憑依奮闘記 第一部 エピローグ
2008-08-07
戦闘をする場合、相手の予想を裏切ることができればそれだけで十分な可能性という奴を手に入れることができる。 この前のアギトのこともそうだが、”奇策”というのはそういうものだ。 だが、現状を打破するための切り札となり反面その目論見が外れれば基本的にリスクがでかい。 やはり、一番いいのは何も小細工をしなくても他者を圧倒できる性能をそもそもが有していることである。 それこそが戦いにおける王道であり、正道だろう。
そうだ。 仮に俺がクライド・ディーゼルほどの魔力を持っていたならば人生左団扇でいただろう。 闇の書に関連する死亡フラグ? 『上等だ、全力全壊でフルボッコにしてやるよ!!』てなもんである。 まあ、そんなのは夢の中でしかありえないのだが。
ああそういえば、俺は奇策というかそういう小細工の効いた作戦を自分が相手に仕掛けるのは好きだが、自分が相手から仕掛けられるのは大変に嫌いである。 まあ、当然だろう。 騙された気分になって正直笑うしかないからだ。 実際、ここまで見事にやられればもう笑うしかないのだからしょうがない。 もっとも、これは奇策でもなんでもない正攻法の作戦なのだが――。
「――リンディ、それ反則じゃね?」
「あれ? 可笑しいですよクライドさん? ”こういうのが駄目”だなんてルールあの時確認したときは無かったと思いますけど?」
ニンマリとこちらの動揺を可愛らしく見透かしながら、翡翠の妖精が言う。 ああ、そうだ。 ”それは”確かに禁じていない。 だが、ああなんていうか。 悔しいな。 これで俺の奥義をこの少女は確実に手に入れてしまうのだから。
「く……ぬかったわ。 この小細工の伝道師クライド君が、まさか、まさかそんな簡単なことを見逃していたとは……」
いや、マジでやられた。 不可能だと思っていたことをこうも容易く覆す方法をあの時点で見出していたというのはマジで天晴れだ。 うむ、実にオッポレだ。 ……オッポレってなんだっけ?
「ふふふ、じゃあ行ってきますね。 皆さんには悪いですけれど、久しぶりに”本気”でやらせてもらいます」
透明な翼をはためかせ、妖精が飛んでいく。 勝利を確信したその眩しい笑顔がひたすらに憎い。 まあ、そりゃ無理だわな。 今のリンディをザースとフレスタと少年バージョンのザフィーラが止める? 馬鹿言っちゃあいけません。 そんなことほぼ不可能です。
――いや、だって今のリンディは”出力リミッター外してやがる”からな。
「うーむ、やられた。 てか、これだと同格小隊との戦闘にはならんのだが……」
『ちょ、リンディちゃんそれはダーティーよ!!』
『き、聞いて無いぞクライド!!』
それに気づいて悲鳴を上げるフレスタと焦ったザースの声が念話で響いてくる。 そりゃそうだろう。 一度これで地獄を見てるからなぁ。 弾幕という弾幕が、情け容赦の無い弾幕が、一心不乱の弾幕が翡翠の輝きでもって戦場を乱舞しているその様は、見る分には爽快なのだがやられたほうとしてはたまったものではないだろう。 ザフィーラもさすがにアレじゃあもたない。 しかも、あの状態でグラムサイトまで使いこなしているのだからたまらない。 誰もリンディを止められない。 近づこうにもやっぱり弾幕が遮るし、近づいたらグラムサイトの恩恵と法外な魔力を内包した圧倒的威力の薙刀とそのリーチとで始末されるだろう。 げに恐ろしきは鬼に金棒、冥王にレイハさん、妖精に馬鹿魔力である。
「あ、ザフィーラが抜かれた」
もはや、あのチビッコを止められる人間がいない。 ああ、近接戦が苦手? 今となってはそんな言葉は懐かしい日の思い出だ。 グラムサイトとSランクの魔力と薙刀のリーチ。 この三位一体がその弱点を完全にカバーしている。 ミズノハ先生によって近距離戦闘技術が格段に入学当初より上がっていることも理由に上げられるだろう。
戦っているあの三人が気の毒に思えてならない。 思わず目頭が熱くなってしまった。
「うーむ、気持ちいいぐらいに暴れてるな。 二回目と三回目、やらずに潔く負けを認めたほうがあいつらのためかもしれん。 いや、一応三回目をクリアできるかどうかやらすべきか?」
高ランク魔導師に対するトラウマを友人から植え付けられるのはたまったものでは無いだろう。 うん、俺参加しなくてよかったな。 初めの頃のこともあるから真っ先に血祭りにされていたかもしれん。 しかし、なぁ。 爺さんめ、俺への意趣返しに回りくどい嫌がらせをしおってからに。 リンディに自分で出力リミッターかける方法を伝授して、この瞬間が始まるまで隠させるとは。
目の前でいきなり彼女の魔力が解放されたときには、開放の余波で吹き飛ばされるかと思ったものだ。 いかん、ハラオウンの血脈は本当に半端ないわ。
「うーむ、冥王級ってあれぐらいかな? いや、連中は確かこの時期にAAAオーバーだったはずだからむしろこっちの方がやばいのか?」
軽く考察してみるが、ヴォルク提督がSSという事実を考えるとやはり彼女もそのうち”それぐらい”は軽くいきそうで恐ろしいことこの上ない。 嗚呼、これが時空管理局で流行りの魔力格差という奴なんですね?
「クリアさせないための課題のはずなのに難易度が低すぎて話にならんな。 奥義伝承は……まあ、夜でいいか。 教室の準備も出来てるだろうしな」
――思わずがっくりと肩を落としながら、俺は苦笑して彼らが戻ってくるのを待った。
憑依奮闘記
第一部 黒の少年と翡翠の少女
エピローグ
「そして縁は――」
「「「「リンディちゃん卒業おめでとう!!」」」」
クライドの課題を突破したリンディが三人に連れられて教室のドアを開けると、いきなりのクラッカーの音とクラスメイトの祝いの言葉で迎えられた。 一瞬目を瞬かせるも状況を理解したリンディはにっこりと笑顔を浮かべて頭を下げる。
「ありがとうございます皆さん」
「ほら、真ん中行こうリンディちゃん。 今日の主役はリンディちゃんだからね?」
フレスタがその手を引いて中へと入っていく。 クラスメイトにもみくちゃにされるリンディの様子に苦笑しながら、クライドはザースと共に少し離れた位置に向かう。 そうして、てきぱきと乾杯の準備をしていたジャンクッションからジュースの入ったコップを貰うと、皆の準備が終わったことを確認したフレスタの合図でもって乾杯を始めることにする。
「よぉぉっし!! 皆飲み物は持ったわね? それじゃあ、リンディちゃんの卒業を祝って――乾杯ぃぃぃ!!」
「「「乾杯ぃぃぃ!!」」」
掲げられたコップが、クラスの唱和でもって上がり次の瞬間には近くの友人たちとコップを鳴らしあう。 所々で鳴った甲高い歓迎の音を合図にそこから次々とクラスメイトたちがリンディに一言ずつお祝いの言葉をかけていった。
あっという間の三ヶ月だった。 今ではもう、クラスメイトたちにもリンディにも倍の六ヶ月ぐらいは学校での時間を共有していたような気がしてならない。 初めは距離はそれほど近かったわけではなかったけれど、少しずつフレスタの手を借りて溶け込んでいった今リンディは立派なクラスの妹分と化していたのだった。 マスコットとまでは行かないが、それに準ずる可愛がられようである。
「お疲れさん。 最後の訓練終わったんだって?」
「なんだ、お前知ってたのかジャンクッション?」
「クラスの皆が知ってたさ。 まあ、どんな訓練をやってたのかは知らないけどフレスタ嬢やザースが話していたからね。 しっかし、未来の大魔導師とクラスメイトとは……僕たちもいい経験ができたね?」
「まぁな。 悪いことはなかったな……多分」
「おいおい、ここは何かあったとしても何も無かったという場面だろう?」
「違いない」
珍しく攻撃色の無いジャンクッション。 静かに炭酸のジュースを飲みながら、クライドはボンヤリと教室の中心を眺める。 リンディ・ハラオウン――翡翠の少女がはみかみながら笑顔を振りまいている。 その満面の笑顔を見ていると、確かに悪くない時間だったなとクライドは思った。
「今となっては何もかもが懐かしい……だな」
「何を黄昏手やがるんだ?」
クライドの呟きに何かを感じたのかザースがジュースのボトルを持ってやってくる。 炭酸飲料ではなくスポーツドリンクの類だったのが奴らしい。
「いやなに、こうやって老けていくのかなと」
「お前が?」
「俺たちが、だ」
何れ皆別々にどっか行くわけで、そうなってからまた再会したら随分と変わっているのだろうか? 今とは違う誰かになっているのだろうか? それとも中身はそのままで先へと進むだけなのだろうか? まるで、本物の卒業式の打ち上げのような雰囲気に思わずそんなことをクライドは思う。
「さあてな。 老けるっていうよりは、成長するって考えたほうがいいんじゃないか?」
「まあ、そっちのほうがポジティブだな。 例えば……お前の場合は一児の父親とかか?」
「……」
「急に押し黙るなよ。 どうした?」
「……やばいぞ? あの先輩」
「んあ? 不満があるのか?」
「知れば知るほど”不満が出ない”ぐらいやばい」
「おい、それは惚気って言うんだ自重しろてめぇ」
さりげない彼女自慢だった。 どうやらかなり満更ではないらしい。 色々と行動力旺盛なアプローチが成されているらしく、色々と噂が絶えないがクライドが一番羨ましく思ったのは昼のことだ。 まさか、手作り弁当を持ってクラスに襲撃に来るようになっていたとはさすがのクライドも知らなかった。 彼が休学中に随分とよろしくやっていたようである。 とりあえず、そのときはザースを教室の外へとたたき出してやったが、今思えば後ニ、三発殴っておくべきだったかもしれない。
「そういえばジャンクッション。 何故俺を狙って、こいつは狙わないんだ?」
「ふっ、決まっているじゃないか。 もう叩きのめされるのは飽きたからだ!!」
「ああ、レイン先輩が冷やかしてきた奴らを全員叩きのめしてたわ」
さすがといえばさすがである。 爆裂拳で叩きのめされていくジャンクッションたちの様子が、簡単に想像できてクライドは危うくジュースを噴出しかけた。
「そ、そりゃ無理だな。 あの人もやばいぐらい強いからな。 ん? けどお前叩きのめされるの好きじゃなかったか?」
「我らの女神ミズノハ教員ならば不思議と飽きはこないのだがな……武器持ちとの差だろうか? 不思議とそんな気にはならんのだ。 大人の魅力の差と言われればそうなのかもしれんが……」
「あー、さいですか」
暖かな喧騒、平和な時間。 昨日までの殺伐とした日常から学校という世界に戻ってきたことを嫌でも実感したクライドは窓の外に視線を向けた。
紅く沈んでいく夕日が、世界を包んでいく。 その次に待っている夜にせっつかれるようにしながら、次へとバトンタッチをしているのだろう。 その様を見ながら次は自分たちなのだろうなとクライドは思った。
次へ進むために何が必要なのだろうか? いい加減、限界を感じてきていた。 いいや、本当はもっと前から気づいていたはずだ。 このままではこれ以上先へ行くのは難しい。 だからこそ、クライドはあのとき匙を投げたそれにもう一度手を伸ばそうというのだから。
アルハザード式という弄り甲斐のある魔法も手に入れた。 グラムサイトを手に入れた。 AMBという対魔法剣を知った。 ならば、そこからまた自分の新しいスタイルを構築していこう。 今よりも先の次を手に入れよう。 そんなとりとめの無いことを漠然と考える。
「……クライド、どうかしたのか?」
「ん? ああ、夕日が少し綺麗だったんでな」
キザったらしく誤魔化すと、クライドは喧騒に戻っていく。 今日は妖精のためのお祝いだ。 精々あの”妹分”を祝ってやろう。 その辺のジュースのボトルを一つ掴むと、リンディに群がる連中をかきわけながらクライドはその中心へと向かっていった。
夜、クライドはただボンヤリと月を見やげながら模擬戦場に横になっていた。 その下にはシールドクッションがあり、最高の寝心地を演出している。 本当に、魔法の無駄遣いという奴で贅沢をしていた。
「……クライドさん?」
「お、ちゃんと一人できやがったな?」
「はい、約束ですからね」
こっくりと頷きながら、リンディが側にやってくる。 夕食を終えた今、さすがに模擬戦場にやってくるような人間は少ない。 だからこそ、うってつけだった。 誰にも見られずに奥義を伝授できるのだから。
「さて、クライド流の必殺奥義だが……もう一度言っておくぞ? これはリンディにはほとんど必要は無い。 何故なら、こんなもん使うよりも威力のある大魔法でもぶっ放したほうが全然効率的だからだ」
そういうと、クライドは立ち上がりながらアーカイバを展開。 奥義を放つ構えを取る。
「しっかし、良かったな昨日俺がディーゼルと二回戦をやらなくて。 やってたら教えることはできても見せることはできなかったかもしれないぞ?」
「そうなんですか?」
「ある程度発動条件の推測は出来てるんじゃないか? もっとも、どうやってそれをやってるかは分からないかもしれないけどな」
「私の予想では何らかの手段を持ってそのデバイス内部にあらかじめ限界一杯まで魔力を貯めているんだと思ってます。 だから、デバイスを展開した瞬間に貴方の所持魔力が”増幅されたように見える”んじゃあないでしょうか?」
「正解だ。 このデバイス、アーカイバには大容量魔力チャンバーが左右一つずつの計二つが仕込まれている。 展開初期は左のチャンバーの接続を外しておいて、右だけ接続するようにしている。 そうして、右を使い切ったら左を接続。 それでたった二回だけ法外な魔力を用意することに成功した」
昨日切り札を使わなかったので魔力は満タンだ。 だからこそ、使って見せられる。 チャンバー一本辺りの魔力量の最大がAAAランク分。 クライドがいつもいつもできるだけ魔力を無駄遣いしないようにしているのはその魔力の充填に魔力を宛てているからだった。
「さて、どっちから聞く? 魔力を保存している方法か? それとも奥義の原理からか?」
「では保存の方法からお願いします」
「ふむ。 そうだな、例えば……ひんやりシールドを覚えてるか?」
「あの風邪のときの奴ですよね?」
「そうだ。 アレを俺はいらなくなったら壊せといったな?」
「はい」
「俺は魔法や魔力の状態をそのまま維持する希少技能<レアスキル>、”現状維持”を持っている。 その効果は俺の任意、あるいは術式による自己破壊術式が発動するか何者かの攻撃によって破壊されない限り外界からの影響を無視して現状を永久に維持させる。 そのせいで維持魔力も必要としないんだが、なんもせずにほっといたら絶対に消えないんだ。 これを応用すれば魔力が大気中に拡散するのも防げる。 つまりは、チャンバー内部に永久に魔力を保存していられる。 デバイスや魔導師の魔力制御なんか必要もせずにノーリスクでな」
「……そんなこと、可能なんですか?」
「なんで可能なのかは分からん。 原理なんて知らないからな。 てか、そもそもレアスキルってのは意味不明なもんばっかりだろうからこればっかりは説明のしようがない。 何故か知らんができるからやってる。 そんな認識だな。 俺は使えるもんは何でも使う主義だ。 ちなみに内緒だぞ? 登録手続きとかめんどいしな」
「黙っておくのは構いませんけど……じゃあ、私には奥義は使えないってことですか? 私にはそんなレアスキルはありませんよ?」
「いや、そもそもリンディの場合は奥義を使うだけの十分な魔力があるだろ? 使えないわけじゃあない。 ただ、リスクが半端無いけどな」
そう言うと、クライドはいつかのように腰を落すようにしながら居合いの構えを取る。 まあ、その構えは集中しやすいからそうしているだけなのだが。
「ちょっとシールド張ってくれ。 一回使ってやるよ。 ついでに、グラムサイトも起動しとけ。 そうしたら多分はっきりと視えるはずだ」
「はい」
翡翠のシールドを眼前に起動し、リンディは言われたとおりにグラムサイトを展開する。 十分にクライドの動きを視えるほどにまで展開し、感度を上げるべく魔力の散布濃度を上げる。
「よし、じゃあいくぞ」
クライドの右腕がシールドの表面を撫でるように通りすぎる。 その瞬間、リンディは確かに視た。 クライドの右腕から恐ろしく細い糸のような何かが放出され、シールドを切り裂いたのを。
「――あ!?」
「見えたか? 裸眼で見えないのは、放出する魔力が滅茶苦茶細いからだ。 魔力光の光さえ見えないぐらい極最小の魔力開放口を作って、魔力チャンバー内の魔力に圧力を馬鹿にかけて放出する。 ただ”それだけ”の技術だ。 原理的には工場とかで使われてるウォーターカッターを真似てるから、それが一番近いかな。 AAAランクレベルの魔力の流れを用いて相手の防御を切断するわけだ。 一応非殺傷の術式も混ぜてるから人間には効かない。 切り裂いた時点でほとんど勢いが殺されてるから風が走ったぐらいにしか感じないし、ほとんどが敵のシールドの魔力と対消滅されて元々目に見え辛いのがさらに見えなくなる。 これが、俺の奥義『マジックカッター』だ」
相手のシールドやフィールドを切り裂くというよりは、削り切るといったほうが分かりやすいのかもしれない。 ミズノハの『黄金の雷<いかずち>』のように密度と威力で貫通させるのではなく流れで削り切るというアプローチから生まれた奥義だった。 それに、いくらSランクの魔力で作られたシールドやフィールドであってもその魔力の密度は面積を取るから絶対に分散される。 となれば、AAAほどの魔力があれば削りきれないことはない。 そして付け加えるならばそれ以下のランクのに対してはほぼ確実に防御を破壊できるだろう。 そうして、防御を丸裸にして人間に叩き落してから魔法を放って無力化する。これが対高ランク魔導師制圧のためのクライドの奥義の流れである。
「これの欠点は原理の関係上射程が物凄く短いこと。 そして、一度使うと止めることが難しいことだ。 避けられたら終り。 ついでに練習しないと難しいし、魔力制御が半端じゃなくシビアだから下手したら使用するときはそれ以外の魔法をほとんど使えなくなる。 制御で精一杯になるからな。 それと、絶対に攻撃してくる奴には使っちゃあいけない。 懐に潜り込んで叩き込めるほどの技量を持っているんなら問題はないかもしれないが、そんな余裕を持っていられるのかはちょっと疑問だ」
「意外と使い勝手は悪いんですね。 あれ? でも、そうなると私にはほとんど使う意味が無いですねこれ」
「そうだ。 これは俺の基本戦術であるバリアを抜いてから確実に攻撃を通すってことだけに特化した手段だからな。 バリアごとぶち抜くのが基本のリンディたちには使い勝手が良いわけがない。 ついでに、一気に魔力を消費するから多分身体に悪い。 デバイスに充填しておいて使う分には問題ないと思うが、リンカーコアから直接使おうなんて絶対にするなよ? どんなやばい負担が身体に返って来るか分からない。 俺はそんなこと試してないし、そもそもそんなリスクを追う必要がリンディには無いんだ。 普通に力押しをすることにした方が良いだろ」
「むぅ……」
納得しかねるという顔だったが、それでもなんとか概要は理解できたようである。 クライドはサービスにもう一回見せてやることにした。 どうせ、当分は学校内にいるから襲われる心配など無いだろう。 今度はブレイドを抜いてから使ってみせる。
「これを使うと威力と射程が雀の涙ほどだが上がる気がする。 多分、魔力刃発生装置から出すことになるからだと思うが、微妙に射程距離が伸びるんだ。 とはいえ、気休めだなこれは。 やっぱり超至近距離で使うことには変わらないしなぁ。 ――これで一応奥義伝授終了だ。 何か聞きたいことは?」
「これって、防御する人間にしか効果は無いんですよね?」
「そうだな、戦闘に絡めるとしたらな。 攻撃を迎撃するのに使うのは勿体無さすぎるし効果の方は保証せんぞ? 基本的には相手の防御を丸裸にするためのものだからな。 一応滅多に戦うことは無いとは思うんだが、SSランクとかの魔力持ちに対してもこれを使えばリンディなら容易く突破できるだろう。 もっとも、破壊力のある魔法を使ったほうがやはり効率が良いのかもしれないけどな。 如何せん、俺は高ランク魔導師の魔法の最大威力がどれぐらいなのかをほとんど知らない。 そんなことしたら消し炭にされるだけだしな。 測定したことがないからなんともいえないが……まあ小手先の技としてそんなのもあるってのを知っとくだけで十分だろうよ」
「そうですね」
「知ってるってことはなんでも強みになるからな。 知らないよりはいいだろう。 ただ、やっぱり俺としては教えたくはなかったな」
「ふふ、課題をクリアしちゃいましたしね?」
「そういうこと。 潔さも時にはいるだろう。 無論、これは他言無用だぞ? クライド流の奥義だからな」
クスクスと笑うリンディをよそに、クライドは憮然とした表情で言う。 もっともこんなことをする奴はそんなに多くは無いと思われる。 少なくとも、同じようなレベルの連中が使うことはほとんどないだろう。 そういうデバイスがあるという話は聞いたことも無いし、そのために必要な魔力をどうやって確保するのかという問題が一番のネックであるからだ。 無論、やろうと思えば方法が無いわけではない。 ディバイドエナジー<魔力譲渡>の魔法を用いて魔力を仲間からかき集め一矢報いるなどといったことができないわけでもないからだ。 だが、そんなことをする魔導師がいるだろうか? 少しばかりクライドには疑問であった。 無論、カグヤが戦闘者なら試してみる人間もいるだろうと言っていたので、まったくいないというわけでもないかもしれないとは思ったが。
ちなみにアーカイバに貯めた魔力を全部そのままクライドが魔法に利用することができれば、限定的に真正面から高ランク魔導師と戦うことができるのだが、クライドにはそれができない。 それはクライドの”魔力使用限界”を大幅に超えてしまうからだ。 切り札の場合はただチャンバー内を加圧し、小さな穴を開けて放出するだけなのでなんとかなっているだけである。 けれど、それでも本当はギリギリだ。 マジックカッターは魔法制御だけは磨くことができたクライドの悪あがきが作り出した産物であり、渾身の奥義なのであった。 もっと制御技術が上がれば色々とできることも増えてくるかもしれないが、そこは課題という奴だろう。
「さて、じゃあ戻るか。 明日には出るんだろう? 人手がいるなら俺でもザースでもクラスの連中でも声をかければ集まると思うが?」
「いえ、大丈夫です。 昼間に白猫の引越し業者が来ることになってますから」
「そうか……」
「それに、クライドさんには休学していた分の授業を取り戻してもらわないといけませんから頼めませんよ?」
「……あー、そういえばそれがあったな」
一応ある程度はリーゼたちに仕込まれていたので、少しばかり遅れてもどうとでもなるのだがさすがに出席日数が不味い。 ザースのノートをコピーさせてもらってからできるだけ早く遅れを取り戻す必要もある。 違う意味でクライドはまた追い詰められている。 それがしかも自分の関係だったので、リンディとしてもこれ以上負担をかける気は無いのであった。
「まあ、どうとでもするさ。 もし時空管理局から弾かれても魔導師はどこでも引っ張りだこだし最悪職ぐらいどうとでもなるだろ。 理想は本局行きだが……地上本部でもこの際いいかなぁ。 野に下るのは怖いしなぁ」
「ふふ、頑張ってくださいね?」
「ほどほどにやるさ。 また当分は元の学校生活に戻るだけだしよ。 ふわぁぁぁ」
大あくびを一つすると、クライドはリンディを引き連れてとっとと帰ることにする。 夜の闇を切り裂く星空と、優しい月の光に抱かれたまま二人は寮へと向かっていく。 これが最後の夜になるだろう。 だが、クライドは特に普段と変わらないし、変えるつもりはない。
センチになる理由が無かった。 多分、きっとまたリンディ・ハラオウンという少女と会うことになるとクライドは確信のような予感を持っていたのだ。 縁といえば良いのか。 リンディとクライドという名が再び自分たちを引き合わす、そんな風に思う。 それが歓迎するべきことなのかそうでないかは分からない。 けれども、それでも良いと思うのだ。 同時にもう一人のクライドともまた会う気がしてならなかったが、そっちは多分おまけであろう。
「そういえばクライドさんに聞いておきたかったんですけどね? どうしてお爺様への伝言のときにあんなことを言ったんですか?」
「あんなこと?」
「その、クライド・ハラオウンって……」
若干言いづらそうであったが、リンディは真っ直ぐにクライドに尋ねた。 だが、クライドはそれに数秒目を瞬かせると普通に笑って言う。
「突っ込んだ意味なんてなかったな。 ただ、あのときは爺さんに一泡吹かせてやろうと思っただけだし……それとも、そうなって欲しいのか?」
ニヤニヤと唇を釣り上げながら、クライドが言う。 どこか楽しそうなその顔はリンディをからかって遊ぶときのクライドの顔である。
「ち、違います!! そ、そんなんじゃありませんよ!!」
「そうなのか? 可哀相だな”ディーゼル”執務官も。 あれだけ頑張ってたのに……くく、あっはっはっは」
「って、そこで普通ディーゼルさんを持ち出しますか!? もう、信じられません!!」
問題を他者に摩り替えてそういうクライドに、機嫌を損ねて顔をプイッと背けた妖精。 そういう可愛い反応が楽しいのだが、それをリンディが理解するのは当分先のことだろう。 しばらくたっても笑い続けるクライドに、意地悪なその笑いを止めさせるべくリンディはポコポコと叩いて抗議した。
「ちょ、いて、痛いって。 分かった、もう笑わないから勘弁してくれ」
「えい、えい、えい!! クライドさんの馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁぁぁ!!」
乙女の純情を踏み潰す輩に正義の鉄槌を下す妖精。 黒の少年と翡翠の少女の訓練学校最後の夜はこうして相変わらずいつも通りの終りを迎えたのだった。
――そして、それから数ヶ月の時が流れた。
青空の下、いつもの模擬戦場で一人ぼんやりとクライドは空を見上げていた。 卒業式が終わってすぐのことだった。 これから実際に寮を出るにはまだ日が少しあるが、それでも卒業というのは感慨深いものがある。
なんとか本局の方へ行けることになった。 魔導師としてではなく、デバイスマイスターとしての枠で辛うじて滑り込めたのだ。 これで、当面の目標は果たせたというところである。 ここからようやく本格的にデバイスマイスターへの道が開けるのだと思えば、こみ上げてくる嬉しさで頬が緩んでしょうがない。
「ザースは地上でフレスタが武装局員……んで、俺がデバイスマイスターか。 割と呆気なかったな……もっと苦労するかと思ったんだがな」
管理局の人材不足がいよいよ深刻になってきているのかもしれない。 最近では魔導師の教育制度を短縮するべきではないかという話も健闘されてきているようだし、近い将来にはさらに魔導師のあり方というのが変わっているのかもしれない。 まだ少しは今の体制で行くらしいが、詰め込みで叩き上げてから現場で磨くという方向へとシフトしていくようになるのは目に見えているだろう。 恐らくは、それでも人は足りないのだろうが。
広大な次元世界を管理する実行戦力が魔導師しかいないのだから、その人手不足というのは自らが蒔いた種だろう。 だが、それでもなんとか踏みとどまって平和を維持しようというスタンスを取り続ける時空管理局がある限りこの流れは行くところまでいくものと思われる。 安定期にはまだ遠いということか。 黎明期の歪みをそのまま押し通した結果の軋轢が徐々にボディーブローのように組織にダメージを与えていたのかもしれない。 まあ、そのおかげで滑り込めたのだからクライドは幸運だった。
「ま、後の問題もこの調子でなんとかしますかね」
そのまま一眠りするようにして、クライドが目を閉じる。 と、しばらくしてからクライドの視界が暗くなった。 曇り空にでもなったのだろうか? 訝しんで片目を開けてみると、いつかの少女が空の上から降りてきていた。
「もう、探しましたよ? こんなところにいたんですかクライドさん?」
「――リンディ?」
あの翡翠の少女だった。 透明の羽を仕舞いながらふんわりと地面に着地すると、リンディがトコトコとやってくる。
「卒業おめでとうございますクライドさん」
「ああ、お祝いに来てくれたのか?」
「そんなところです。 ところで、フレスタさんたちがこれから街でうち上げやるって行ってましたけど行かないんですか?」
「んん? ああ、そういえばそんなことも言ってた気がするな」
クライドの立ち位置はアレからまた元の位置へとほとんど戻っていた。 特に周りを気にせずにマイペースに日々を謳歌していたのだ。 違うことといえば、ザースだけでなくフレスタぐらいだろう。 いなくなった誰かのことを懐かしく思いながら、決戦メンバーとしてつるんでいた。 レイン先輩や虹男が偶に乱入するということもあったが、やはり大きな事件というのは何も無い。 クライドとしては万々歳といった毎日だった。
「ん、じゃあ折角お迎えが来たことだし、行くとしますかね」
すっかり忘れていたとばかりに頬をかくと、クライドはリンディの差し出した手を握り立ち上がろうとする。 と、グッとその手を引っ張ったときだった。 リンディの身体がクライドの体重を支えきれずにそのままクライドの方へ倒れこんでくる。
「ひゃ!?」
「っと……悪い。 そういえばお前、魔力はともかくとしてあんまり力はなかったよな」
フレスタやザースとはまだ根本的に身体のつくりが違うのである。 倒れこんできたリンディを受け止めたままクライドは一人呟く。 さすがに、年下の少女に乗っかられる程度では苦しくもなんともなかったが構図的に不味い。 得も知れぬ気恥ずかしさを覚えたクライドは、しかしリンディが一行に動かないのでどうしたもんかと焦る。
「なんだ? どいてくれないのか?」
「――クライドさん」
自分を見つめてくる翡翠の瞳が予想外に近い。 けれど、身動きを封じられたクライドはまるで金縛りにあったように動けなかった。 リンディの頬が僅かに紅潮していたのだ。 そうして、しばらくそうしていると、リンディがようやく口を開いた。
「――クライドさん。 貴方とディーゼルさんがどうやらまだ私の婚約者(仮)候補にされてるようです。 なので、またそのうちに模擬戦をやりたいってお爺様が仰ってるんですけどどうします?」
「……は?」
「三日後辺りにその件で時間を取って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」
予想外の言葉に、クライドは口をポカンと開けて呆然とした。 何を言ってるんだこいつは? みたいな感じで目を瞬かせるその様は、まるで出会い頭に知り合いからいきなり意味不明な右ストレートを喰らったような感じである。
「……待て。 あの話はご破算になったんじゃないのか?」
「いいえ、決着はついてないのでやり直すんだそうです」
「ディーゼル執務官はそれで良いと?」
「いえ、その……どうやらお爺様がまた”魔法言語”で説得したらしいんです。 本局の医務室で唸りながら言ってました」
「……懲りない爺さんだな」
クライドは頬を引くつかせて唸る。 正直に言うともう多分絶対に勝てない。 助っ人を呼んでよいのなら勝つ手段はあるが、彼女を呼ぶのはあまりにも反則である。 というか、恐らくは苛めにしかなるまい。
「ふむ、戦う内容を俺が決めていいんだったら考えとくと伝えてくれ。 例えば、そうだな――自由恋愛でリンディを口説き落とした方が勝ちとかどうだ? 無論審判の爺さんは絶対に”邪魔”をしないという条件で、だが」
ニヤリと笑みを浮かべると、クライドは言う。 それをしたときのあの提督の怒り狂い様を想像すると痛快な気分になるから不思議である。 恐らくは血管がぶちきれるほど暴れ狂うだろう。 そして、そんなとき側にいたリンディをシールドにすれば”向こうは絶対”に手が出せまい。
「あの……本気ですか?」
「無論だ。 徹底的に決着を先伸ばしにしてやるよ」
「……クライドさん、本気で戦う気がありませんね?」
「当たり前だろ。 爺さんの思惑に従う理由が俺には無い。 それに、俺は欲しくなったら多分自分から動くぞ? こんな風にな」
そういうと、クライドはそのままリンディと上下を入れ替えるようにして転がる。 そのまま今度はリンディを見下ろしながら言う。
「それとな、前にも言ったがお前無防備すぎ。 そのうちいい女になったら、狼に食われるぞ? 『男は狼なのだ、気をつけやがれ』という格言を知らんのか?」
「そのときはクライドさんがまた守ってくださいね?」
「……いや、まあ助けを呼ばれたら助けるけどな」
にっこりと笑顔で迎撃された。 本人に大した意識は無いのだろうが、どうやら見ない間にいつの間にか女を磨いてきたようだ。 男のうまいあしらい方を覚えつつあるらしい。 そういうのに詳しい友達でもできたのだろうか? なんかうまく誤魔化された気がしたが、クライドは苦笑しながら立ち上がる。 今度は、自分が手を差し出す番だった。
「ほら、とりあえず行くぞ。 フレスタたちが待ってるんだろう? 遅れたらスナイピングバスターで俺がぶっ飛ばされちまう」
「ふふ、そうですね」
翡翠の少女を引っ張って立たせると、黒の少年は少女と一緒に模擬戦場を去っていった。 どうやらまた、色々と難題が襲い掛かってきそうである。 うまい立ち回り方を考えながらも、結局は面倒くさいと問題を棚上げにして、クライドは打ち上げを楽しむことにした。
――やはり、彼らの縁はまだまだ続きそうだった。
ああそういえば、俺は奇策というかそういう小細工の効いた作戦を自分が相手に仕掛けるのは好きだが、自分が相手から仕掛けられるのは大変に嫌いである。 まあ、当然だろう。 騙された気分になって正直笑うしかないからだ。 実際、ここまで見事にやられればもう笑うしかないのだからしょうがない。 もっとも、これは奇策でもなんでもない正攻法の作戦なのだが――。
「――リンディ、それ反則じゃね?」
「あれ? 可笑しいですよクライドさん? ”こういうのが駄目”だなんてルールあの時確認したときは無かったと思いますけど?」
ニンマリとこちらの動揺を可愛らしく見透かしながら、翡翠の妖精が言う。 ああ、そうだ。 ”それは”確かに禁じていない。 だが、ああなんていうか。 悔しいな。 これで俺の奥義をこの少女は確実に手に入れてしまうのだから。
「く……ぬかったわ。 この小細工の伝道師クライド君が、まさか、まさかそんな簡単なことを見逃していたとは……」
いや、マジでやられた。 不可能だと思っていたことをこうも容易く覆す方法をあの時点で見出していたというのはマジで天晴れだ。 うむ、実にオッポレだ。 ……オッポレってなんだっけ?
「ふふふ、じゃあ行ってきますね。 皆さんには悪いですけれど、久しぶりに”本気”でやらせてもらいます」
透明な翼をはためかせ、妖精が飛んでいく。 勝利を確信したその眩しい笑顔がひたすらに憎い。 まあ、そりゃ無理だわな。 今のリンディをザースとフレスタと少年バージョンのザフィーラが止める? 馬鹿言っちゃあいけません。 そんなことほぼ不可能です。
――いや、だって今のリンディは”出力リミッター外してやがる”からな。
「うーむ、やられた。 てか、これだと同格小隊との戦闘にはならんのだが……」
『ちょ、リンディちゃんそれはダーティーよ!!』
『き、聞いて無いぞクライド!!』
それに気づいて悲鳴を上げるフレスタと焦ったザースの声が念話で響いてくる。 そりゃそうだろう。 一度これで地獄を見てるからなぁ。 弾幕という弾幕が、情け容赦の無い弾幕が、一心不乱の弾幕が翡翠の輝きでもって戦場を乱舞しているその様は、見る分には爽快なのだがやられたほうとしてはたまったものではないだろう。 ザフィーラもさすがにアレじゃあもたない。 しかも、あの状態でグラムサイトまで使いこなしているのだからたまらない。 誰もリンディを止められない。 近づこうにもやっぱり弾幕が遮るし、近づいたらグラムサイトの恩恵と法外な魔力を内包した圧倒的威力の薙刀とそのリーチとで始末されるだろう。 げに恐ろしきは鬼に金棒、冥王にレイハさん、妖精に馬鹿魔力である。
「あ、ザフィーラが抜かれた」
もはや、あのチビッコを止められる人間がいない。 ああ、近接戦が苦手? 今となってはそんな言葉は懐かしい日の思い出だ。 グラムサイトとSランクの魔力と薙刀のリーチ。 この三位一体がその弱点を完全にカバーしている。 ミズノハ先生によって近距離戦闘技術が格段に入学当初より上がっていることも理由に上げられるだろう。
戦っているあの三人が気の毒に思えてならない。 思わず目頭が熱くなってしまった。
「うーむ、気持ちいいぐらいに暴れてるな。 二回目と三回目、やらずに潔く負けを認めたほうがあいつらのためかもしれん。 いや、一応三回目をクリアできるかどうかやらすべきか?」
高ランク魔導師に対するトラウマを友人から植え付けられるのはたまったものでは無いだろう。 うん、俺参加しなくてよかったな。 初めの頃のこともあるから真っ先に血祭りにされていたかもしれん。 しかし、なぁ。 爺さんめ、俺への意趣返しに回りくどい嫌がらせをしおってからに。 リンディに自分で出力リミッターかける方法を伝授して、この瞬間が始まるまで隠させるとは。
目の前でいきなり彼女の魔力が解放されたときには、開放の余波で吹き飛ばされるかと思ったものだ。 いかん、ハラオウンの血脈は本当に半端ないわ。
「うーむ、冥王級ってあれぐらいかな? いや、連中は確かこの時期にAAAオーバーだったはずだからむしろこっちの方がやばいのか?」
軽く考察してみるが、ヴォルク提督がSSという事実を考えるとやはり彼女もそのうち”それぐらい”は軽くいきそうで恐ろしいことこの上ない。 嗚呼、これが時空管理局で流行りの魔力格差という奴なんですね?
「クリアさせないための課題のはずなのに難易度が低すぎて話にならんな。 奥義伝承は……まあ、夜でいいか。 教室の準備も出来てるだろうしな」
――思わずがっくりと肩を落としながら、俺は苦笑して彼らが戻ってくるのを待った。
憑依奮闘記
第一部 黒の少年と翡翠の少女
エピローグ
「そして縁は――」
「「「「リンディちゃん卒業おめでとう!!」」」」
クライドの課題を突破したリンディが三人に連れられて教室のドアを開けると、いきなりのクラッカーの音とクラスメイトの祝いの言葉で迎えられた。 一瞬目を瞬かせるも状況を理解したリンディはにっこりと笑顔を浮かべて頭を下げる。
「ありがとうございます皆さん」
「ほら、真ん中行こうリンディちゃん。 今日の主役はリンディちゃんだからね?」
フレスタがその手を引いて中へと入っていく。 クラスメイトにもみくちゃにされるリンディの様子に苦笑しながら、クライドはザースと共に少し離れた位置に向かう。 そうして、てきぱきと乾杯の準備をしていたジャンクッションからジュースの入ったコップを貰うと、皆の準備が終わったことを確認したフレスタの合図でもって乾杯を始めることにする。
「よぉぉっし!! 皆飲み物は持ったわね? それじゃあ、リンディちゃんの卒業を祝って――乾杯ぃぃぃ!!」
「「「乾杯ぃぃぃ!!」」」
掲げられたコップが、クラスの唱和でもって上がり次の瞬間には近くの友人たちとコップを鳴らしあう。 所々で鳴った甲高い歓迎の音を合図にそこから次々とクラスメイトたちがリンディに一言ずつお祝いの言葉をかけていった。
あっという間の三ヶ月だった。 今ではもう、クラスメイトたちにもリンディにも倍の六ヶ月ぐらいは学校での時間を共有していたような気がしてならない。 初めは距離はそれほど近かったわけではなかったけれど、少しずつフレスタの手を借りて溶け込んでいった今リンディは立派なクラスの妹分と化していたのだった。 マスコットとまでは行かないが、それに準ずる可愛がられようである。
「お疲れさん。 最後の訓練終わったんだって?」
「なんだ、お前知ってたのかジャンクッション?」
「クラスの皆が知ってたさ。 まあ、どんな訓練をやってたのかは知らないけどフレスタ嬢やザースが話していたからね。 しっかし、未来の大魔導師とクラスメイトとは……僕たちもいい経験ができたね?」
「まぁな。 悪いことはなかったな……多分」
「おいおい、ここは何かあったとしても何も無かったという場面だろう?」
「違いない」
珍しく攻撃色の無いジャンクッション。 静かに炭酸のジュースを飲みながら、クライドはボンヤリと教室の中心を眺める。 リンディ・ハラオウン――翡翠の少女がはみかみながら笑顔を振りまいている。 その満面の笑顔を見ていると、確かに悪くない時間だったなとクライドは思った。
「今となっては何もかもが懐かしい……だな」
「何を黄昏手やがるんだ?」
クライドの呟きに何かを感じたのかザースがジュースのボトルを持ってやってくる。 炭酸飲料ではなくスポーツドリンクの類だったのが奴らしい。
「いやなに、こうやって老けていくのかなと」
「お前が?」
「俺たちが、だ」
何れ皆別々にどっか行くわけで、そうなってからまた再会したら随分と変わっているのだろうか? 今とは違う誰かになっているのだろうか? それとも中身はそのままで先へと進むだけなのだろうか? まるで、本物の卒業式の打ち上げのような雰囲気に思わずそんなことをクライドは思う。
「さあてな。 老けるっていうよりは、成長するって考えたほうがいいんじゃないか?」
「まあ、そっちのほうがポジティブだな。 例えば……お前の場合は一児の父親とかか?」
「……」
「急に押し黙るなよ。 どうした?」
「……やばいぞ? あの先輩」
「んあ? 不満があるのか?」
「知れば知るほど”不満が出ない”ぐらいやばい」
「おい、それは惚気って言うんだ自重しろてめぇ」
さりげない彼女自慢だった。 どうやらかなり満更ではないらしい。 色々と行動力旺盛なアプローチが成されているらしく、色々と噂が絶えないがクライドが一番羨ましく思ったのは昼のことだ。 まさか、手作り弁当を持ってクラスに襲撃に来るようになっていたとはさすがのクライドも知らなかった。 彼が休学中に随分とよろしくやっていたようである。 とりあえず、そのときはザースを教室の外へとたたき出してやったが、今思えば後ニ、三発殴っておくべきだったかもしれない。
「そういえばジャンクッション。 何故俺を狙って、こいつは狙わないんだ?」
「ふっ、決まっているじゃないか。 もう叩きのめされるのは飽きたからだ!!」
「ああ、レイン先輩が冷やかしてきた奴らを全員叩きのめしてたわ」
さすがといえばさすがである。 爆裂拳で叩きのめされていくジャンクッションたちの様子が、簡単に想像できてクライドは危うくジュースを噴出しかけた。
「そ、そりゃ無理だな。 あの人もやばいぐらい強いからな。 ん? けどお前叩きのめされるの好きじゃなかったか?」
「我らの女神ミズノハ教員ならば不思議と飽きはこないのだがな……武器持ちとの差だろうか? 不思議とそんな気にはならんのだ。 大人の魅力の差と言われればそうなのかもしれんが……」
「あー、さいですか」
暖かな喧騒、平和な時間。 昨日までの殺伐とした日常から学校という世界に戻ってきたことを嫌でも実感したクライドは窓の外に視線を向けた。
紅く沈んでいく夕日が、世界を包んでいく。 その次に待っている夜にせっつかれるようにしながら、次へとバトンタッチをしているのだろう。 その様を見ながら次は自分たちなのだろうなとクライドは思った。
次へ進むために何が必要なのだろうか? いい加減、限界を感じてきていた。 いいや、本当はもっと前から気づいていたはずだ。 このままではこれ以上先へ行くのは難しい。 だからこそ、クライドはあのとき匙を投げたそれにもう一度手を伸ばそうというのだから。
アルハザード式という弄り甲斐のある魔法も手に入れた。 グラムサイトを手に入れた。 AMBという対魔法剣を知った。 ならば、そこからまた自分の新しいスタイルを構築していこう。 今よりも先の次を手に入れよう。 そんなとりとめの無いことを漠然と考える。
「……クライド、どうかしたのか?」
「ん? ああ、夕日が少し綺麗だったんでな」
キザったらしく誤魔化すと、クライドは喧騒に戻っていく。 今日は妖精のためのお祝いだ。 精々あの”妹分”を祝ってやろう。 その辺のジュースのボトルを一つ掴むと、リンディに群がる連中をかきわけながらクライドはその中心へと向かっていった。
夜、クライドはただボンヤリと月を見やげながら模擬戦場に横になっていた。 その下にはシールドクッションがあり、最高の寝心地を演出している。 本当に、魔法の無駄遣いという奴で贅沢をしていた。
「……クライドさん?」
「お、ちゃんと一人できやがったな?」
「はい、約束ですからね」
こっくりと頷きながら、リンディが側にやってくる。 夕食を終えた今、さすがに模擬戦場にやってくるような人間は少ない。 だからこそ、うってつけだった。 誰にも見られずに奥義を伝授できるのだから。
「さて、クライド流の必殺奥義だが……もう一度言っておくぞ? これはリンディにはほとんど必要は無い。 何故なら、こんなもん使うよりも威力のある大魔法でもぶっ放したほうが全然効率的だからだ」
そういうと、クライドは立ち上がりながらアーカイバを展開。 奥義を放つ構えを取る。
「しっかし、良かったな昨日俺がディーゼルと二回戦をやらなくて。 やってたら教えることはできても見せることはできなかったかもしれないぞ?」
「そうなんですか?」
「ある程度発動条件の推測は出来てるんじゃないか? もっとも、どうやってそれをやってるかは分からないかもしれないけどな」
「私の予想では何らかの手段を持ってそのデバイス内部にあらかじめ限界一杯まで魔力を貯めているんだと思ってます。 だから、デバイスを展開した瞬間に貴方の所持魔力が”増幅されたように見える”んじゃあないでしょうか?」
「正解だ。 このデバイス、アーカイバには大容量魔力チャンバーが左右一つずつの計二つが仕込まれている。 展開初期は左のチャンバーの接続を外しておいて、右だけ接続するようにしている。 そうして、右を使い切ったら左を接続。 それでたった二回だけ法外な魔力を用意することに成功した」
昨日切り札を使わなかったので魔力は満タンだ。 だからこそ、使って見せられる。 チャンバー一本辺りの魔力量の最大がAAAランク分。 クライドがいつもいつもできるだけ魔力を無駄遣いしないようにしているのはその魔力の充填に魔力を宛てているからだった。
「さて、どっちから聞く? 魔力を保存している方法か? それとも奥義の原理からか?」
「では保存の方法からお願いします」
「ふむ。 そうだな、例えば……ひんやりシールドを覚えてるか?」
「あの風邪のときの奴ですよね?」
「そうだ。 アレを俺はいらなくなったら壊せといったな?」
「はい」
「俺は魔法や魔力の状態をそのまま維持する希少技能<レアスキル>、”現状維持”を持っている。 その効果は俺の任意、あるいは術式による自己破壊術式が発動するか何者かの攻撃によって破壊されない限り外界からの影響を無視して現状を永久に維持させる。 そのせいで維持魔力も必要としないんだが、なんもせずにほっといたら絶対に消えないんだ。 これを応用すれば魔力が大気中に拡散するのも防げる。 つまりは、チャンバー内部に永久に魔力を保存していられる。 デバイスや魔導師の魔力制御なんか必要もせずにノーリスクでな」
「……そんなこと、可能なんですか?」
「なんで可能なのかは分からん。 原理なんて知らないからな。 てか、そもそもレアスキルってのは意味不明なもんばっかりだろうからこればっかりは説明のしようがない。 何故か知らんができるからやってる。 そんな認識だな。 俺は使えるもんは何でも使う主義だ。 ちなみに内緒だぞ? 登録手続きとかめんどいしな」
「黙っておくのは構いませんけど……じゃあ、私には奥義は使えないってことですか? 私にはそんなレアスキルはありませんよ?」
「いや、そもそもリンディの場合は奥義を使うだけの十分な魔力があるだろ? 使えないわけじゃあない。 ただ、リスクが半端無いけどな」
そう言うと、クライドはいつかのように腰を落すようにしながら居合いの構えを取る。 まあ、その構えは集中しやすいからそうしているだけなのだが。
「ちょっとシールド張ってくれ。 一回使ってやるよ。 ついでに、グラムサイトも起動しとけ。 そうしたら多分はっきりと視えるはずだ」
「はい」
翡翠のシールドを眼前に起動し、リンディは言われたとおりにグラムサイトを展開する。 十分にクライドの動きを視えるほどにまで展開し、感度を上げるべく魔力の散布濃度を上げる。
「よし、じゃあいくぞ」
クライドの右腕がシールドの表面を撫でるように通りすぎる。 その瞬間、リンディは確かに視た。 クライドの右腕から恐ろしく細い糸のような何かが放出され、シールドを切り裂いたのを。
「――あ!?」
「見えたか? 裸眼で見えないのは、放出する魔力が滅茶苦茶細いからだ。 魔力光の光さえ見えないぐらい極最小の魔力開放口を作って、魔力チャンバー内の魔力に圧力を馬鹿にかけて放出する。 ただ”それだけ”の技術だ。 原理的には工場とかで使われてるウォーターカッターを真似てるから、それが一番近いかな。 AAAランクレベルの魔力の流れを用いて相手の防御を切断するわけだ。 一応非殺傷の術式も混ぜてるから人間には効かない。 切り裂いた時点でほとんど勢いが殺されてるから風が走ったぐらいにしか感じないし、ほとんどが敵のシールドの魔力と対消滅されて元々目に見え辛いのがさらに見えなくなる。 これが、俺の奥義『マジックカッター』だ」
相手のシールドやフィールドを切り裂くというよりは、削り切るといったほうが分かりやすいのかもしれない。 ミズノハの『黄金の雷<いかずち>』のように密度と威力で貫通させるのではなく流れで削り切るというアプローチから生まれた奥義だった。 それに、いくらSランクの魔力で作られたシールドやフィールドであってもその魔力の密度は面積を取るから絶対に分散される。 となれば、AAAほどの魔力があれば削りきれないことはない。 そして付け加えるならばそれ以下のランクのに対してはほぼ確実に防御を破壊できるだろう。 そうして、防御を丸裸にして人間に叩き落してから魔法を放って無力化する。これが対高ランク魔導師制圧のためのクライドの奥義の流れである。
「これの欠点は原理の関係上射程が物凄く短いこと。 そして、一度使うと止めることが難しいことだ。 避けられたら終り。 ついでに練習しないと難しいし、魔力制御が半端じゃなくシビアだから下手したら使用するときはそれ以外の魔法をほとんど使えなくなる。 制御で精一杯になるからな。 それと、絶対に攻撃してくる奴には使っちゃあいけない。 懐に潜り込んで叩き込めるほどの技量を持っているんなら問題はないかもしれないが、そんな余裕を持っていられるのかはちょっと疑問だ」
「意外と使い勝手は悪いんですね。 あれ? でも、そうなると私にはほとんど使う意味が無いですねこれ」
「そうだ。 これは俺の基本戦術であるバリアを抜いてから確実に攻撃を通すってことだけに特化した手段だからな。 バリアごとぶち抜くのが基本のリンディたちには使い勝手が良いわけがない。 ついでに、一気に魔力を消費するから多分身体に悪い。 デバイスに充填しておいて使う分には問題ないと思うが、リンカーコアから直接使おうなんて絶対にするなよ? どんなやばい負担が身体に返って来るか分からない。 俺はそんなこと試してないし、そもそもそんなリスクを追う必要がリンディには無いんだ。 普通に力押しをすることにした方が良いだろ」
「むぅ……」
納得しかねるという顔だったが、それでもなんとか概要は理解できたようである。 クライドはサービスにもう一回見せてやることにした。 どうせ、当分は学校内にいるから襲われる心配など無いだろう。 今度はブレイドを抜いてから使ってみせる。
「これを使うと威力と射程が雀の涙ほどだが上がる気がする。 多分、魔力刃発生装置から出すことになるからだと思うが、微妙に射程距離が伸びるんだ。 とはいえ、気休めだなこれは。 やっぱり超至近距離で使うことには変わらないしなぁ。 ――これで一応奥義伝授終了だ。 何か聞きたいことは?」
「これって、防御する人間にしか効果は無いんですよね?」
「そうだな、戦闘に絡めるとしたらな。 攻撃を迎撃するのに使うのは勿体無さすぎるし効果の方は保証せんぞ? 基本的には相手の防御を丸裸にするためのものだからな。 一応滅多に戦うことは無いとは思うんだが、SSランクとかの魔力持ちに対してもこれを使えばリンディなら容易く突破できるだろう。 もっとも、破壊力のある魔法を使ったほうがやはり効率が良いのかもしれないけどな。 如何せん、俺は高ランク魔導師の魔法の最大威力がどれぐらいなのかをほとんど知らない。 そんなことしたら消し炭にされるだけだしな。 測定したことがないからなんともいえないが……まあ小手先の技としてそんなのもあるってのを知っとくだけで十分だろうよ」
「そうですね」
「知ってるってことはなんでも強みになるからな。 知らないよりはいいだろう。 ただ、やっぱり俺としては教えたくはなかったな」
「ふふ、課題をクリアしちゃいましたしね?」
「そういうこと。 潔さも時にはいるだろう。 無論、これは他言無用だぞ? クライド流の奥義だからな」
クスクスと笑うリンディをよそに、クライドは憮然とした表情で言う。 もっともこんなことをする奴はそんなに多くは無いと思われる。 少なくとも、同じようなレベルの連中が使うことはほとんどないだろう。 そういうデバイスがあるという話は聞いたことも無いし、そのために必要な魔力をどうやって確保するのかという問題が一番のネックであるからだ。 無論、やろうと思えば方法が無いわけではない。 ディバイドエナジー<魔力譲渡>の魔法を用いて魔力を仲間からかき集め一矢報いるなどといったことができないわけでもないからだ。 だが、そんなことをする魔導師がいるだろうか? 少しばかりクライドには疑問であった。 無論、カグヤが戦闘者なら試してみる人間もいるだろうと言っていたので、まったくいないというわけでもないかもしれないとは思ったが。
ちなみにアーカイバに貯めた魔力を全部そのままクライドが魔法に利用することができれば、限定的に真正面から高ランク魔導師と戦うことができるのだが、クライドにはそれができない。 それはクライドの”魔力使用限界”を大幅に超えてしまうからだ。 切り札の場合はただチャンバー内を加圧し、小さな穴を開けて放出するだけなのでなんとかなっているだけである。 けれど、それでも本当はギリギリだ。 マジックカッターは魔法制御だけは磨くことができたクライドの悪あがきが作り出した産物であり、渾身の奥義なのであった。 もっと制御技術が上がれば色々とできることも増えてくるかもしれないが、そこは課題という奴だろう。
「さて、じゃあ戻るか。 明日には出るんだろう? 人手がいるなら俺でもザースでもクラスの連中でも声をかければ集まると思うが?」
「いえ、大丈夫です。 昼間に白猫の引越し業者が来ることになってますから」
「そうか……」
「それに、クライドさんには休学していた分の授業を取り戻してもらわないといけませんから頼めませんよ?」
「……あー、そういえばそれがあったな」
一応ある程度はリーゼたちに仕込まれていたので、少しばかり遅れてもどうとでもなるのだがさすがに出席日数が不味い。 ザースのノートをコピーさせてもらってからできるだけ早く遅れを取り戻す必要もある。 違う意味でクライドはまた追い詰められている。 それがしかも自分の関係だったので、リンディとしてもこれ以上負担をかける気は無いのであった。
「まあ、どうとでもするさ。 もし時空管理局から弾かれても魔導師はどこでも引っ張りだこだし最悪職ぐらいどうとでもなるだろ。 理想は本局行きだが……地上本部でもこの際いいかなぁ。 野に下るのは怖いしなぁ」
「ふふ、頑張ってくださいね?」
「ほどほどにやるさ。 また当分は元の学校生活に戻るだけだしよ。 ふわぁぁぁ」
大あくびを一つすると、クライドはリンディを引き連れてとっとと帰ることにする。 夜の闇を切り裂く星空と、優しい月の光に抱かれたまま二人は寮へと向かっていく。 これが最後の夜になるだろう。 だが、クライドは特に普段と変わらないし、変えるつもりはない。
センチになる理由が無かった。 多分、きっとまたリンディ・ハラオウンという少女と会うことになるとクライドは確信のような予感を持っていたのだ。 縁といえば良いのか。 リンディとクライドという名が再び自分たちを引き合わす、そんな風に思う。 それが歓迎するべきことなのかそうでないかは分からない。 けれども、それでも良いと思うのだ。 同時にもう一人のクライドともまた会う気がしてならなかったが、そっちは多分おまけであろう。
「そういえばクライドさんに聞いておきたかったんですけどね? どうしてお爺様への伝言のときにあんなことを言ったんですか?」
「あんなこと?」
「その、クライド・ハラオウンって……」
若干言いづらそうであったが、リンディは真っ直ぐにクライドに尋ねた。 だが、クライドはそれに数秒目を瞬かせると普通に笑って言う。
「突っ込んだ意味なんてなかったな。 ただ、あのときは爺さんに一泡吹かせてやろうと思っただけだし……それとも、そうなって欲しいのか?」
ニヤニヤと唇を釣り上げながら、クライドが言う。 どこか楽しそうなその顔はリンディをからかって遊ぶときのクライドの顔である。
「ち、違います!! そ、そんなんじゃありませんよ!!」
「そうなのか? 可哀相だな”ディーゼル”執務官も。 あれだけ頑張ってたのに……くく、あっはっはっは」
「って、そこで普通ディーゼルさんを持ち出しますか!? もう、信じられません!!」
問題を他者に摩り替えてそういうクライドに、機嫌を損ねて顔をプイッと背けた妖精。 そういう可愛い反応が楽しいのだが、それをリンディが理解するのは当分先のことだろう。 しばらくたっても笑い続けるクライドに、意地悪なその笑いを止めさせるべくリンディはポコポコと叩いて抗議した。
「ちょ、いて、痛いって。 分かった、もう笑わないから勘弁してくれ」
「えい、えい、えい!! クライドさんの馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁぁぁ!!」
乙女の純情を踏み潰す輩に正義の鉄槌を下す妖精。 黒の少年と翡翠の少女の訓練学校最後の夜はこうして相変わらずいつも通りの終りを迎えたのだった。
――そして、それから数ヶ月の時が流れた。
青空の下、いつもの模擬戦場で一人ぼんやりとクライドは空を見上げていた。 卒業式が終わってすぐのことだった。 これから実際に寮を出るにはまだ日が少しあるが、それでも卒業というのは感慨深いものがある。
なんとか本局の方へ行けることになった。 魔導師としてではなく、デバイスマイスターとしての枠で辛うじて滑り込めたのだ。 これで、当面の目標は果たせたというところである。 ここからようやく本格的にデバイスマイスターへの道が開けるのだと思えば、こみ上げてくる嬉しさで頬が緩んでしょうがない。
「ザースは地上でフレスタが武装局員……んで、俺がデバイスマイスターか。 割と呆気なかったな……もっと苦労するかと思ったんだがな」
管理局の人材不足がいよいよ深刻になってきているのかもしれない。 最近では魔導師の教育制度を短縮するべきではないかという話も健闘されてきているようだし、近い将来にはさらに魔導師のあり方というのが変わっているのかもしれない。 まだ少しは今の体制で行くらしいが、詰め込みで叩き上げてから現場で磨くという方向へとシフトしていくようになるのは目に見えているだろう。 恐らくは、それでも人は足りないのだろうが。
広大な次元世界を管理する実行戦力が魔導師しかいないのだから、その人手不足というのは自らが蒔いた種だろう。 だが、それでもなんとか踏みとどまって平和を維持しようというスタンスを取り続ける時空管理局がある限りこの流れは行くところまでいくものと思われる。 安定期にはまだ遠いということか。 黎明期の歪みをそのまま押し通した結果の軋轢が徐々にボディーブローのように組織にダメージを与えていたのかもしれない。 まあ、そのおかげで滑り込めたのだからクライドは幸運だった。
「ま、後の問題もこの調子でなんとかしますかね」
そのまま一眠りするようにして、クライドが目を閉じる。 と、しばらくしてからクライドの視界が暗くなった。 曇り空にでもなったのだろうか? 訝しんで片目を開けてみると、いつかの少女が空の上から降りてきていた。
「もう、探しましたよ? こんなところにいたんですかクライドさん?」
「――リンディ?」
あの翡翠の少女だった。 透明の羽を仕舞いながらふんわりと地面に着地すると、リンディがトコトコとやってくる。
「卒業おめでとうございますクライドさん」
「ああ、お祝いに来てくれたのか?」
「そんなところです。 ところで、フレスタさんたちがこれから街でうち上げやるって行ってましたけど行かないんですか?」
「んん? ああ、そういえばそんなことも言ってた気がするな」
クライドの立ち位置はアレからまた元の位置へとほとんど戻っていた。 特に周りを気にせずにマイペースに日々を謳歌していたのだ。 違うことといえば、ザースだけでなくフレスタぐらいだろう。 いなくなった誰かのことを懐かしく思いながら、決戦メンバーとしてつるんでいた。 レイン先輩や虹男が偶に乱入するということもあったが、やはり大きな事件というのは何も無い。 クライドとしては万々歳といった毎日だった。
「ん、じゃあ折角お迎えが来たことだし、行くとしますかね」
すっかり忘れていたとばかりに頬をかくと、クライドはリンディの差し出した手を握り立ち上がろうとする。 と、グッとその手を引っ張ったときだった。 リンディの身体がクライドの体重を支えきれずにそのままクライドの方へ倒れこんでくる。
「ひゃ!?」
「っと……悪い。 そういえばお前、魔力はともかくとしてあんまり力はなかったよな」
フレスタやザースとはまだ根本的に身体のつくりが違うのである。 倒れこんできたリンディを受け止めたままクライドは一人呟く。 さすがに、年下の少女に乗っかられる程度では苦しくもなんともなかったが構図的に不味い。 得も知れぬ気恥ずかしさを覚えたクライドは、しかしリンディが一行に動かないのでどうしたもんかと焦る。
「なんだ? どいてくれないのか?」
「――クライドさん」
自分を見つめてくる翡翠の瞳が予想外に近い。 けれど、身動きを封じられたクライドはまるで金縛りにあったように動けなかった。 リンディの頬が僅かに紅潮していたのだ。 そうして、しばらくそうしていると、リンディがようやく口を開いた。
「――クライドさん。 貴方とディーゼルさんがどうやらまだ私の婚約者(仮)候補にされてるようです。 なので、またそのうちに模擬戦をやりたいってお爺様が仰ってるんですけどどうします?」
「……は?」
「三日後辺りにその件で時間を取って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」
予想外の言葉に、クライドは口をポカンと開けて呆然とした。 何を言ってるんだこいつは? みたいな感じで目を瞬かせるその様は、まるで出会い頭に知り合いからいきなり意味不明な右ストレートを喰らったような感じである。
「……待て。 あの話はご破算になったんじゃないのか?」
「いいえ、決着はついてないのでやり直すんだそうです」
「ディーゼル執務官はそれで良いと?」
「いえ、その……どうやらお爺様がまた”魔法言語”で説得したらしいんです。 本局の医務室で唸りながら言ってました」
「……懲りない爺さんだな」
クライドは頬を引くつかせて唸る。 正直に言うともう多分絶対に勝てない。 助っ人を呼んでよいのなら勝つ手段はあるが、彼女を呼ぶのはあまりにも反則である。 というか、恐らくは苛めにしかなるまい。
「ふむ、戦う内容を俺が決めていいんだったら考えとくと伝えてくれ。 例えば、そうだな――自由恋愛でリンディを口説き落とした方が勝ちとかどうだ? 無論審判の爺さんは絶対に”邪魔”をしないという条件で、だが」
ニヤリと笑みを浮かべると、クライドは言う。 それをしたときのあの提督の怒り狂い様を想像すると痛快な気分になるから不思議である。 恐らくは血管がぶちきれるほど暴れ狂うだろう。 そして、そんなとき側にいたリンディをシールドにすれば”向こうは絶対”に手が出せまい。
「あの……本気ですか?」
「無論だ。 徹底的に決着を先伸ばしにしてやるよ」
「……クライドさん、本気で戦う気がありませんね?」
「当たり前だろ。 爺さんの思惑に従う理由が俺には無い。 それに、俺は欲しくなったら多分自分から動くぞ? こんな風にな」
そういうと、クライドはそのままリンディと上下を入れ替えるようにして転がる。 そのまま今度はリンディを見下ろしながら言う。
「それとな、前にも言ったがお前無防備すぎ。 そのうちいい女になったら、狼に食われるぞ? 『男は狼なのだ、気をつけやがれ』という格言を知らんのか?」
「そのときはクライドさんがまた守ってくださいね?」
「……いや、まあ助けを呼ばれたら助けるけどな」
にっこりと笑顔で迎撃された。 本人に大した意識は無いのだろうが、どうやら見ない間にいつの間にか女を磨いてきたようだ。 男のうまいあしらい方を覚えつつあるらしい。 そういうのに詳しい友達でもできたのだろうか? なんかうまく誤魔化された気がしたが、クライドは苦笑しながら立ち上がる。 今度は、自分が手を差し出す番だった。
「ほら、とりあえず行くぞ。 フレスタたちが待ってるんだろう? 遅れたらスナイピングバスターで俺がぶっ飛ばされちまう」
「ふふ、そうですね」
翡翠の少女を引っ張って立たせると、黒の少年は少女と一緒に模擬戦場を去っていった。 どうやらまた、色々と難題が襲い掛かってきそうである。 うまい立ち回り方を考えながらも、結局は面倒くさいと問題を棚上げにして、クライドは打ち上げを楽しむことにした。
――やはり、彼らの縁はまだまだ続きそうだった。