憑依奮闘記2 第一話
2008-08-19
流れを変えるということは、それ以外の道を選択するということだ。 そしてそれはIFを現実のものにする行為に他ならない。 真っ直ぐにレールが敷かれた道の上で、俺たちは皆それぞれの意思によってその道の先にある分岐点から道を選ぶ。 だが、俺という異物が存在することによってこの世界は既に行く末を捻じ曲げられてしまっていた。 それが良いか悪いかなんてのは知らないが、俺は俺が納得できるような選択を選び続けることしかできないわけで、そのことを後悔するつもりはまったく無い。
結局のところ、そう考えること事態が傲慢なのだろう。 自分一人の選択で世界のあり方が大きく変わる? 馬鹿を言うな。 形になっていなかったものが単純に形を得ただけだ。 色々な絵の具を混ぜられてできた色が、また新しい色を混ぜ合わされて生まれ変わるだけ。 ただ、それだけのことだ。 だから俺は気にしない。 うん、気にしないぞ。 ……気にしてやるものか。
「やぁ、また来たねクライド・エイヤル」
「よう、久しぶりだな」
無限の容積と書籍を誇る無限書庫。 その只中で、俺は軽く手を上げて友人に挨拶した。 牛乳瓶の蓋のような度の厚いグルグル眼鏡を、ファッション用サングラスよろしく頭上に軽く乗っけている金髪の少年。 彼の名はペルデュラボー。 ちょっと呼び難い名前の奴だが、中々興味深く小粋な少年である。
「これ、借りていた本だ。 サンキューな。 で、続きはあるか?」
「ああ、勿論用意しているよ。 無論、タダでは渡せないけどね」
「分かってる。 いつもの占いなんだろう?」
「そういうことさ」
俺が投げた本を受け取ると、したり顔で彼は頷く。 彼とは数年前に偶然無限書庫で出会い、それから色々と話をするうちになんとなく友人になった。 多分年下だと思うが、何分出会った頃からあんまり変わらないのでよく分からない。 若いっていいねぇ。 俺なんかアレからさらに眼つきの悪さが気になってきているというのに。
「僕にとっては最近君に会うことが楽しみの一つになっているからね。 無限書庫の本はどれもこれも僕には物足りなさ過ぎる。 その点、君は違う。 直接目の前にして占えば占うほど新しい発見が出てくる。 君は僕にとってちょっとした未知であり、宇宙だよ」
「それは褒めてくれているのか?」
「当然さ。 ”面白い”ということは何よりも重要な要素だよ。 つまらないテレビ番組を見続ける人間はいないだろう? それと同じさ。 自分が気に入った人間を見ることは僕のちょっとした趣味であり生き甲斐だからね」
そういうと、ペルデュラボーは懐からカードを取り出す。 占いをするためのカードらしいが、俺にはさっぱり分からない。 カードをシャッフルしながら虚空へと並べ、次々と占いの手順を繰り返す。 このとき、俺は別に何もしなくて良いらしい。 それをしたら台無しになるそうだ。 普通は占いをする人間もカードをシャッフルするなりカードを引くなりなんらかの行動をするのではないかと思うが、俺にはそのやり方はあわないのだと彼は言った。
「……ふむ。 相変わらずある程度先までしか見えず、その先が混沌とするね君は。 ……近々あまり良くないことが色々と起こりそうだ。 少し気をつけた方が良いかもしれない」
「良くないこと?」
「それが何なのかはわからない。 けれど……良くないことだとは思うよ。 後は……そうだね。 ”後悔の無いように”しておくべきかな?」
「ん? 随分と不吉だな」
「ははは、占いなんて当たらぬも八卦当たるも八卦さ。 特に、君の場合はそうだ。 何かが普通とは違う。 その何かを僕は知りたいと思っているのだけれど、それを理解するにはまだもう少しかかりそうだ」
薄く微笑しながらそういうと、ペルデュラボーはカードを仕舞った。
「さて、御代は何が良いかな? 『とある純粋科学の殲滅兵器三巻』かそれとも『魔導砲大図鑑 対空砲は質か量か?』かな? 一応『難攻不落の防御兵器とは? 弐の巻』っていうのもあるけどね」
「うーむ……今回はまた随分と迷うラインナップだな」
占いは一度会うたびに一回だけ。 そして一回の占いに対して一冊の本を借りられることになっている。 彼の蔵書は凄いらしく、無限書庫にはどれだけ探しても無かった禁書クラスのやばいものが沢山あるようだ。 いやぁ、管理外世界の民間の研究者ってのはすごい本を発行するんだな。 これらを知ったその日から、俺のモチベーションが一気に上がったのは言うまでも無い。
特に、とある純粋科学シリーズの本が凄まじいだろう。 詳細な質量兵器の作り方が嫌というほど載っているし、実際にいくつか参考にさせてもらったが恐ろしすぎてそのまま全部作る気にはなれなかった。 無論俺の分野が魔法科学系なので微妙にジャンルが違うせいで一部しか理解できないこともあるのだが。 怖いことに第一巻からして管理世界を確実に殲滅するためには何が必要か? 破壊するには最低限どんな兵器を作るべきか? なんて考察から入り色々な兵器を原始的な物から少しずつレベルアップして書かれている。 正直、管理局員の立場からすれば笑えない。 著者のA・Tという人物はよほど管理世界が嫌いなのだろう。 渡された本をペラペラと捲りながら、とりあえず唸ってみる。
「殲滅兵器も良いんだが……アレは正直難しすぎるからなぁ。 魔導砲は割と参考にできる部分が多かったけど今のところもう十分だし……となると難攻不落か?」
「おっと、忘れていた。 今日はこれも持ってきていたんだった」
「えーと……『剣に意地と魂を込めなさい』……ねぇ。 どんな本なんだ?」
「剣術指南書だよ。 彼の有名なヴァルハラのフリーランス最強の魔導師『ソードダンサー』の直筆で、次元世界に数冊しか無いレア本さ。 彼女の対魔導師戦闘理論と彼女が修行して覚えた剣術が載っているね。 まあ、”彼女と同じ”剣が使えないとあまり意味が無いらしいんだけどね」
「カグヤの奴、本当に何やってんだいったい……」
ペラペラとページを捲ってみると、現存する剣という剣の使い方が事細かに書かれている。 ビー○サーベルからナイフまで、もはや形状が剣っぽいならば全部剣だと言わんばかりである。
「残念なことにまだ幻の流派ヒテンミツル○スタイルは習得できてはいないそうだよ。 なんでも京都をいくら探しても継承者が見つからないそうなんだ。 残念な話だよね?」
「……それは突っ込むべきなのか、それともジョークだと受け取って笑うべきなのか悩むところだな」
「どうなんだろうね?」
薄く笑みを浮かべると、少年は笑う。 彼はこの無限書庫で探し物をしている民間人だ。 偶に無限書庫を利用するときに会うので、ここに来るときは決まって俺は借りた本を持ってくる。 エンカウント率は高いほうではないが、やはり返せるときに返しておかなければ借りパクしてしまう可能性もあるからな。
「それにしても、いつもいつも本を貸してもらっている手前アレなんだが、探し物はまだ見つからないのか? 俺でよければ暇なときに手伝うぞ?」
「いや、さすがに休日を潰させてまでするようなものじゃあないよ。 これは僕の道楽も含んでいる事柄だからね。 まあ、”そうでない”人も多いんだけれど……一応は粗方の眼星はつけたよ。 だからまぁ、”こちら”も時間の問題ではあるかな」
肩を竦めてそういうと、ペルデュラボーは周囲を見渡す。 その視線の先にあるのは幾千幾万の本棚だ。 出合った当初、俺はこの本の世界に圧倒されて呆然としていた。 正直、どこからどうやって目当ての本を探せば良いのか頭を抱えていたものだ。 今現在司書なんていないし、上もこの無限の本を管理しようなんて無茶苦茶なことに労力を費やす気はないらしい。 とりあえず、逃げ帰るわけにも行かず半ばやけくそ気味に近場から目当ての本を捜索しようとしていたときに偶々声をかけてくれたのが彼で、俺が探している本はここには無いと教えてくれた。 それからこうして付き合いは続いている。
彼の探し物が終わるときが縁の切れ目なのかもしれないが、できれば今しばらくは居てもらいたいものだ。 彼が占いをする人間だからかどうか分からないが、色々と相談しやすいのである。 物分りが良いというのか、妙にこちらのことを理解しているように話してくれる。 そのために、こちらもまたついつい話さなくても良いことまで話してしまうのだ。 ああ、後なんか声とか聞き覚えのある感じもするからそのせいもあるかもしれない。 よく分からないが、そのせいでなんとなく彼とは長い付き合いになりそうな予感があった。
「さて、結局どれにするのかな?」
「そうだな、じゃあ『剣に意地と魂を込めなさい』にする。 なんとなく気になるんでな」
「君は技術者なのに剣を振るうのかい。 実は体育会系なのかな?」
「俺は理科系だよ。 ただし、剣も振れるようにしてる実戦派の理科系だな」
「はは、随分と前衛的なジャンルだねそれは」
苦笑しながら、他の本を投げて返す。 無重力の空間を漂うようにして三冊の本が彼の手元へと帰っていった。
「さて、そろそろ僕は探し物の続きに行くよ。 また会おうクライド・エイヤル」
「おう、またな」
無限書庫の奥へと漂っていく彼を見送りながら、俺もまた入り口の方へと向かっていく。 とにかくここは広いので、下手をすると迷子になりそうで怖い。 慣れるまでは奥へと行かないことを進めるね俺は。 もしくは、遭難用にサバイバルデバイスが必要だろう。 アレは次元遭難用のSOS信号を発信できるから確実に局員が迎えに来てくれる。 もっとも、その後こっぴどくお説教をされるだろうが。
「しっかし、剣に意地と魂を込めろ……か。 あいつ、クールに見えて実は熱血系なのか? ……意外だな」
妙に精神論的というか、熱いタイトルである。 あのカリスマ少女の様子からは想像できない熱さであるだけに、俺は内心で笑ってしまった。 その後すぐ何故か首元が絞まったような気がしたが、とりあえず気のせいだと思うことにした。
「ギブ、ギブだ。 ちょ、苦し――」
――うん、きっと気のせいだってばよ。
憑依奮闘記2
第一話
「バトルデバイサー」
デバイスマイスターにとって、出会いのチャンスというのは是が非でも勝ち取らなければならないものである。 それは昇進のためだったり、人生のパートナーを得るためだったり、野心のためだったりと割と俗な理由からではあるが、少なくともそれは現実社会と同じであった。
基本的には外周りで活発に活動するタイプという例外はあるが、これが少なくとも現場の常識という奴である。 そしてそれはつまりはメンテナンスルーム組と研究室組にとっての死活問題ということである。 なにせ彼らはとにかく出会いが少ない。 数少ないチャンスをものにしようと、虎視眈々と狙う輩というのは往々にして存在する。 特に酷いのが新人争奪戦のときである。 とにかく、いつも荒れる。 無意味に荒れる。
管理局は基本的にどこも人手が欲しいという事情があり、その中でも特に魔法が使えて実戦希望な魔導師の人材割り振りが実戦部隊か上層部系にほぼ牛耳られているので他の部署にそれらの資格持ちが来ることは少ない。 なので、基本的には歓迎の嵐である。 デバイスマイスターもそうだ。 デバイスを開発するだけならば別に魔法が使えない一般人でも問題は無い。 基本的なハードとソフト、そして魔法理論の勉強さえすれば良いからだ。 だが、魔導師と魔導師でない人間とではデバイスの組み方が変わるのだ。 それは魔法を使えるからこそその感覚を理解している魔導師と、一般の人間との明確な差である。 だからこそ、魔導師でありながらそういう後方の部署にいるデバイスマイスターというのは重宝される。 実戦部隊からの受けも良い。 魔法を使える人間が作るデバイスだからこそ安心できるといった精神的な部分と、厄介な調整をある程度済ませておいてくれるという便利な部分があるからである。 だからこそ、魔導師のデバイスマイスターは好まれるし欲しがられる。
クライドの場合もそうだった。 とりあえず、確保しておけみたいな感じで先達たちが取り合ったという話を聞いたことがある。 一応クライドはそのポテンシャルギリギリの総合Aを辛うじて取得していたから、十分に仕込めば使えるようになるだろうと思われていたらしい。 結局はくじ引きによる平等人事と相成ったらしいが。 割と滅茶苦茶だったがそうでもしないと永遠と新人取得戦争が続いていたという。 そして、この彼女の時もそうだった。 いや、彼のとき以上に紛糾していたといっても良いだろう。
「是非とも彼女をうちの研究室に!!」
「いや、この前の新人はそっちに流れただろう? うちの方では大規模なプロジェクトもあるし、やはり彼女程の魔導師が是非うちに欲しい」
「だが、その……経歴がどうにも不安じゃあないか? そもそも途中で”上に”引き上げられそうでどうもな。 そのときになって急に言われたんじゃあ仕事に支障が出るかもしれんぞ?」
「うーむ、欲しいのは欲しいんのだがな……」
「何を言う、そこは我々の研究という魅力で彼女を惹きつければよいのだ!!」
「出会いをぉぉぉぉ!!」
欲しいと叫ぶ者、慎重に構える者、色々と悩む者多種多様だった。 もっとも、そんな会議のやり取りを横目にクライドだけは端の方でボンヤリとデバイスのことを考えていた。 一人立ちして初めての年だった。 小さな研究室を手に入れ、予算を少なからず獲得した。 一国一城の主になったのだから、かねてより思案していたデバイスでも作ってやろうとニヤニヤしながら考えていたのだ。
クライドがここにいる理由は簡単だ。 研究室持ちになったことで、後輩の育成もその仕事の内に入ったからだった。 助手もいないし、古株と違って経験が豊富というわけではない。 だからこそ新参者ということで意見などしないし、新人獲得に名乗りを上げることはない。 というよりも、好き勝手するためには助手などいても邪魔である。 ついでに言えば、彼はどちらかといえば一人を好むタイプだ。 人に気を使うのが恐ろしく苦手なので、できうることなら永遠に助手などいらないとさえ思っていたぐらいである。 それに何より、経歴が胡散臭すぎる。 厄介ごとを嫌う彼はその時点で新人獲得にまったく興味を失っていた。
出会いなど、クライドは求めていない。 どこぞの執務官から補佐になりませんかと本来なら恐ろしくありがたいお声をかけられていても、面倒くさいの一言で一刀両断して保留にさせるような男である。 彼がもし進んで助手を取るとしたら、何かしら興味を引くようなタイプでなければ駄目だろう。
「おいクライド……不気味だから考え事は後にしろよ」
「ん? ああ、すまない」
隣に座っていた同僚に肘でつっつかれて我に返ったクライドは、意識を手元の資料に戻す。 それは新しく今度入ってくる人間の経歴が記されており、色々と項目がある。 だが、可笑しいことにその経歴のほとんどが黒く塗りつぶされていた。
「経歴書の意味無いよなこれ」
顔写真に映っているのは、無表情な少女だった。 名前はグリモア。 フルネームでグリモアらしい。 偽名か本名かは分からないが、とりあえずそういう処置がされるような特殊な人材らしい。 年は十五で四歳下。 出身地不明、それまでの所属部署は不明、階級は特尉で実戦経験在り、魔導師ランク総合AAAオーバー、特記事項として彼女には魔法を使えないように出力リミッターを自身で処置済み。 本人希望枠……一番強いデバイスマイスターのところ。
(突っ込みどころ満載なんだが……上層部からの人事ってのがまた笑えないな。 てか、何考えてこっちに送ってきたのかサッパリわからん)
はっきりいって信用できない。 単純に厄介払いなのか、それともここで何かを調査するつもりなのか。 とりあえず面白みのあるものから、ありえそうでありえない簡単な理由を想像をしてみる。 だが、コレといってやはりクライドの食指を楽しませるような想像はできなかった。 どう転んでも厄介ごとがありそうだからである。
(てか、一番強いデバイスマイスターのところってのも意味不明だ。 高ランク魔導師の癖に後方支援系のこっちに来ることもそうだが、そもそも高ランク魔導師がこっちにはいないし基本強い奴は現場か上にしかおらんだろうに。 てか、デバイスマイスターに強さを求めてどうなるんだ? バトルマニアなのか?)
研究室の奴の中に使い込みでもしている奴がいるのだろうか? そういうのをこっそり調べるために送り込まれた査察官だったら面白い。 少なくとも、自分のようにスクラップを発掘しているようなデバイスマイスターはいないから、度肝を抜いてやれるかもしれない。 と、そこまで考えてやはり結論が変わらないことに気がつく。 個人的に接触してみる分には楽しいかもしれないが、やはり直接下に来られたら色々な意味で厄介かもしれない。 そこだけは何一つ変わらない事実である。
「……とっとと終わらないかな」
「なんだ、お前新人欲しくないのか?」
「あー、普通の奴ならまだもっと考えたかもしれないけどこれじゃあな」
「まあ、気持ちは分かるが……」
苦笑する同僚。 彼もやはり乗り気ではないようだ。 ただ、若干顔写真の辺りを眺める目に力が入っていることから別の意味での興味はあるらしい。
「お前、出会いが欲しいのか?」
「お前はいらないのかよ。 こんなチャンスは滅多に無いぞ?」
「あー、今はそういうの考えられないからな。 デバイスが俺の恋人だ」
「……そうやって婚期を逃すタイプだよお前は。 この筋金入りのデバイスマニアめ」
「それはお互い様だろ?」
「はは、違いない。 ただ、俺は出会いは普通に欲しいけどな。 今度コンパがあるけど来るか?」
「却下だ。 話が合わんし、そもそも俺はキープされてる」
「例の執務官か? たく、お前は本当に訳がわかんねぇよ。 俺ならそのまま補佐になって公私共にがんばっちまうぞ」
「……いや、色々あるんだよ。 これは非常に高度かつデリケートな案件でな」
少しばかり難しい顔でため息をつくと、クライドは新人獲得会議の行方を見守る。 会議は紛糾しているが、平行線ばかりだ。 確かに高ランク魔導師のデバイスマイスターならば、色々と開発に参考になるクリティカルな意見を聞けるだろう。 実戦経験持ちなら尚更だ。 だが、クライドは出力リミッターをかけられているということを忘れているんじゃないかと思った。 魔法が使えないようにしているというのなら、まったく意味が無い。 意見は確かに貴重だと思うが、そもそもデバイスを組むときにそれを作る連中を想定する場合がほとんどだ。 支給品はそもそも使いやすさと汎用性を追及するし、パーツ単体の高性能化を目指す連中にとってはそもそもまったく関係ない。
「こりゃ、またくじ引きかね?」
「現場の裁量に任せるのはいいんだが、それにしても適当すぎやしないかと俺は思うぞ?」
「てかクライド、俺もお前もそれで分けられたんだぜ? 俺らはすでにこの悪習に染まりきってるってわけだ」
「病んでるな」
「結果さえ出せば良いんだよ。 管理局は基本的に実力至上主義だからな。 まあ、運を天に任せまくっているという事実は否めんが」
「それで納得するしかない現実が憎い」
肩を竦めて答えたところで、古株の一人が言った。
「このままじゃあ埒があかん。 いつもの方法でも良いんだが、本人の希望も聞いてやったらどうじゃ? 経歴がこんなんじゃ。 色々と苦労している子なのかもしれん。 上の人使いの荒さは有名じゃからな」
鶴の一声であった。 古株の貫禄が、紛糾する会議に染み渡った頃には既に事態は次へと移って行く。 いっそのこと歓迎会の日に行きたいところを決めてもらうという方向に会議は持っていかれた。 なんだかんだいって、飲みたかったのだろうか。 どこの店にしようかとか、あそこの店が良いなんて言う気の早い連中が自ら幹事を名乗り出たりと、カオス空間を演出している。
クライドは頭痛を感じながらも、その滅茶苦茶さに呆れた。 どこの世界にそんな人事があるのだろうか? 少なくともこんなことが発覚したら、この部署が潰されても文句は言えない。
「……謎だな。 この部署が査察部につるし上げを喰らっていないことをコレほどまでに不思議に思った日は無い。 てか、身の保身のために内部告発するべきだろうか?」
「いや、どうだろう。 けど、このまま年を刻んだら数年後には俺たちもああなるんじゃあないか?」
かなり嫌な未来像だった。
そうして、本当にそのまま新人が歓迎会の日に所属する研究室を選ばせることになってしまった。残念ながら、反対意見が無さすぎたのだ。
彼女と出会ったクライドの当初の印象は超絶無感情人間だった。 いるだけで体感温度が五度は下がるような、彼女はそんな鋭い切れ味を持っており、しかもボクっ娘属性持ち。 一部狂喜乱舞してひたすらに自分を売り込もうとした奴もいたし、熱くデバイスについて語って気を引こうとした奴もいた。 クライドだけは隣の席でひたすらに飯をかきこんでいて浮いていたが、それがもしかしたら悪かったのかもしれない。
「よし、じゃあそろそろ宴もたけなわといったところだが決めてもらおう。 誰の研究室を選ぶかねグリモア君。 遠慮することはない。 ぶっちゃけ、どこに行っても確実にデバイスマニアになれること請け合いの連中だからね」
そうして、幹事のその言葉を聞いて彼女は迷いなく彼を選んだ。
「では彼でお願いします」
「「「はぁぁぁ!?」」」
彼女が選んだのは、ひたすらに食事を続けていた男だった。 我関せずを唯ひたすらに貫くその姿勢は、いっそ清清しいまでに立派だ。 彼女の獲得に躍起になっていた連中にとってはむしろ敵にもなりはしないダークホースそのものであり、誰もそれを予想できた人間はいない。 叫び声と悲鳴と絶叫が木霊する歓迎会の中、ようやく食事をやめたクライドが次の料理を注文しようとスタッフコールのスイッチを押そうとしていたところで、背後から酔った同僚に羽交い絞めにされた。
「うぉ!? な、何事――!?」
「くぅぅぅ、この大食い野郎。 俺たちの春を返せ!! 可愛い子が入ってくるのは滅多に無いんだぞこの野郎!!」
「クライド君、君は確かに今私たちを”敵”にした。 帰りは気をつけたまえ。 後、予算もそうだね」
「これは是非とも制裁を受けるべきだ。 デバイスの女神が許しても我らが許さんよ!!」
「ま、待て。 一体どういうことなのかさっぱり分からないんだ。 せめて次のメニューを頼んだ後で分かりやすくコンパクトに説明してくれ!!」
「「「いい加減、食うのを止めろ!!」」」
結局、クライドが食事に夢中になっている間に恐ろしく特殊な人事決定が成された結果、彼女は彼のところに世話になることになった。 正直首を捻ることばかりだったのだが、クライドはしかし決まったことに反対するほど猛者ではなかった。 その場にいる全員が敵だったのだ。 とてもではないが、辞退が許される雰囲気ではない。 また一人高ランク魔導師との接点ができてしまったが、とりあえず本局の人間ならば大丈夫だろうと思って観念した。
「では、これからよろしくお願いしますクライド室長」
「……了解、明日からよろしく頼むな。 ただ、コレだけは質問させてくれ」
「なんですか? 答えられる範囲でしたら答えますけど」
「――俺は腹いっぱい主義なので次の注文をいい加減したいのだが、構わないだろうか?」
「……ボクに構わずお好きにどうぞ」
――そうして、彼女はこのときよりゴーイングマイウェイな彼の助手となった。
「……ああ、そういえばずっとグリモア君に聞き忘れていたことがあるんだが」
「なんですかクライド室長?」
昼食時に食堂でライス大盛のチキンカツ定食を食べながら、クライドは尋ねる。 時空管理局の本局には様々な世界から集まった人間が多いので、世界別にある程度の種類の料理が用意されていた。 クライドの身体は純粋ミッドチルダ人だが中身は日本人だった。 なので、彼が注文するのは大抵第九十七管理外世界のメニューである。 ライスと味噌汁と卵があったらそれだけで幸せだと彼は言う。 対面で食事をするグリモア君は体系に比例して小食気味で、パスタとサラダで草食動物のようにゆっくりと攻めているが、クライドはガツガツと食べている。 育ちの差だろうか? 養父の英国紳士でさえ、彼にテーブルマナーを躾けられなかったようである。
「いや、三年も経って今更なんだがどうして俺を選んだのかと思ってな。 俺より腕が良い古株の人もいただろう? 何か”俺でなければならない”理由があったのかと思ってな。 聞いていなかったよな?」
「確かに今まで聞かれていませんね。 気になりますか?」
無表情に若干の苦笑を織り交ぜながら、グリモアは言った。 クライドは個人的な質問はできるだけしないようにしている。 彼女の訳ありそうな経歴からすれば当然だったが、いい加減三年も経つと少しずつではあるが気になりだしていた。 特に、こういう会話が必要な場面ではそういうことも話の種にし始めている。 慎重というか、臆病というか、実に牛歩な歩み寄りであるが。
「気にならないといえば嘘だな。 で、実際は?」
「――室長への愛が原因です」
「ぶふっ!? ちょ、おま……」
「何をそんなに焦っているんですか? 冗談ですよ」
正直、そういうジョークは笑えない。 クライドがお冷を喉に流しながらぜぇぜぇと荒い呼吸をするなか、しかしグリモアは楽しげ口元を歪めながら続けた。
「理由は……あの中で貴方が一番強そうだったからです」
「そうなのか?」
「それに、あの噂も聞いていましたから」
「噂?」
「――夜中にトレーニングルームで鍛錬したり、武装局員と一緒に訓練している変わり者のデバイスマイスターがいると。 確か……つけられた渾名はBDA<バトルデバイサーエイヤル>でしたか……室長の名前を聞いたときにピンときました」
「ああ、それでか」
「でも、凄い噂ですね。 ”噂”では実戦部隊の武装局員をもう何人も叩きのめして自信を喪失させてるという話です」
「所詮”噂”だろう? あんまり真に受けてもしょうがないと思うぞ。 それに、大抵相手にするのは同格のランクA前後ばっかりだ。 高ランクの相手なんて”滅多”にない」
「そうですか? でも、助手になってから何度かボクは見ていますよ? 相手はだいたいAAAランク前後の人だったと思いますが、貴方に倒されていました」
「他人の空似じゃないのか? 俺と同じ名前で同じように黒髪の提督がいるからな。 そっちと勘違いしたんだろう。 あいつはべらぼうに強い」
「いいえ、ボクが室長と誰かを間違えるなんてのは絶対に”ありえません”」
「……グリモア君、偶に君は大胆な発言をするなぁ」
「そうですか?」
何の照れも無くそういうグリモアに、クライドはそれが素なのかと唸る。 割と言われたら嬉しい言葉なのだが、どうにも彼女はそれがそういう意味で聞こえるということに気づいていないらしい。 こういう無自覚さはあの執務官とどっこいである。 仮にそういうのを武器にしてこられたらいくらヘタレのクライドでも万が一が起こるかもしれない。 某執務官といるときは極力アルコールの摂取は控えているし、平時では自制してはいるが後四年時間を稼げるかどうか微妙なところだった。 何分、色々と我慢するので精一杯なのである。 まあ、それでも生殺しに耐え続けようとするところが臆病なクライドらしいといえばらしいのだが。
クライドは目安として、二十六になるまではそういうのを考えないことにしていた。 逆に言えば、二十六を超えたら解禁である。 後がどうなろうと知ったことではない。 死亡予定の二十五を超えられたのならばもう安心といった具合だ。 その反動がどこに向かうかは分からないが、二十六になったらとりあえず全力でイチャイチャパラダイスをする相手を捕まえる気であった。 捕まえられるかどうかはまったくの謎だったが、そういう野望があることは確かだ。 さすがむっつりである。 オープンにではなく、密かにというところがまたらしい。
「まあ、そのなんだ。 そういう発言は彼氏にでもしてあげると良い。 君は魅力的な女性だから血の涙を流しながら喜んでくれるはずだ。 俺が彼氏だったら、とりあえずデバイスの山を駆け巡るかもしれん」
「……私はフリーなんですが?」
「そうなのか? うーん……あんまりこういうことは言いたくはないが、だとしたらちょっと今のうちから活動的になった方が良いかも知れん。 俺たち<研究室連中>の悪名は色々と管理局中に広がっているからな」
付き合いたくない部署第一位、だらしなさそうな連中第一位、オタクが多そうな部署第一位、自分<恋人>をほっぽらかして趣味に生きやがりそうな連中第一位etc……等など、様々な不名誉なランキングを総なめにしている部署なのである。 できるだけ速くに捕まえておかなければ色々と苦しいことになるかもしれない。
「そのときは室長にどうにかしてもらいます」
「いや、だからなんだってそういう男殺しな発言を躊躇無くするのかね君は。 そういうのはいい人を見つけるまでぐっと胸のうちに仕舞っておきなさいグリモア君。 それだけで君の魅力は五割り増しでアップするのだ。 次元世界の究極真理だぞこれは」
「はぁ、そんな真理があるなんて聞いたことも無いのですが」
「ロマンチストの間では密かなブームだ。 うむ、実に雅<みやび>だ」
「……雅<みやび>? また意味不明な発言を」
どうでもよさそうにパスタをクルクルとフォークに巻きながら困惑する助手の様子に苦笑いしながら、クライドはライスをかきこんだ。 やはり、麺よりライスである。 無論、ラーメンは別腹であるが満腹時の満足度が違いすぎる。
「――さて、おかわりだな」
昼からは例によって例のごとくスクラップ発掘をせねばならない。 無関心を装いつつも雅について考え続ける助手を放置して、クライドは腹いっぱいの源泉を目指した。
「これに、これ。 ん、向こうの地層が怪しいな。 一度全体を把握するべきか」
「室長、ボクは今日はどこが良いですか?」
「ああ、そっちの方で頼む。 多分、その辺りにありそうな”匂い”がする」
「了解です」
スクラップの山に駆け上がりながら、助手に指示を出すとクライドは発掘を開始。 山のように詰まれたスクラップの頂点から周囲を見渡してある程度のあたりをつける。 安全のために白衣っぽいバリアジャケットを着込んでいる。 これは昔スクラップの雪崩に襲われたときに得た教訓だ。 あのときはバリア魔法で助かったが、今思えば後数秒遅ければ生き埋めになっていたかもしれない。 それでも懲りないところが、彼らしいといえばらしいが。
「何がでるかな、何がでるかなっと」
鼻歌交じりに目を凝らしながら、本気で探す。 クライドは使えそうなものはなんでも使う主義である。 その感性から言えば、ここは宝の山であった。 特に、アレの数を確保するためにはここが一番効率が良い。 研究費を使えばある程度数を揃えられるが、それではさらなる研究のための資金がすぐに底を突いてしまう。 なので、できるだけ多くの生き残りを探さなければならない。 死んだ振りをしている奴らを発見し、再利用する。 それがスクラップデバイサーと呼ばれる所以なのだから。
クライドの研究目的はいくつかあるが、基本は訓練学校時代と変わらない。 目指すのは高ランク魔導師を叩きのめせるだけの力をつけること。 そのために、有用なデバイスの開発をするためにクライドはデバイスマイスターを選んだのである。 魔導師としてのポテンシャル限界が早くから露見していたので、コレしかなかった。 質量兵器OKの世界に住んでいたら兵器の類で武装することを選んだだろうが、生憎とここは管理世界。 使えば犯罪者にされるので、その選択はありえない。 だが、デバイスは違う。 アレは魔法科学の産物であり、合法の力となりうる可能性を秘めているのだ。 そのためのデバイスマイスター、そのための研究である。 無論、もはや趣味にもなっているのは言うまでもないことだったが。
「スクラップ、嗚呼スクラップスクラップ。 出でよ高級パーツ!!」
宝探しはとにかく楽しい。 気分はトレジャーハンターである。 無論、当たり外れは当然付きまとうが、お宝を手にした瞬間は思わず『あったぞぉぉぉ!!』などと叫びたくなる。 ここら辺はクライドも男であった。
そうして、そんな彼をチラチラと観察するように見上げる助手は自分の上司の変態っぷりを見ていろいろと再確認をするのが日課である。
(室長、今日も無駄に輝いています)
嫌な輝き方もあったものだ。 最近ではスクラップ置き場に入った瞬間からハイテンションになっている。 もはや条件反射なのだろう。 ここでコレだけ輝ける人材をグリモアは見たことが無い。 仕事中よりも生き生きしている気がするのは、デバイスマイスターとしてどうなのだろうか? いや、訂正。 考えてみれば、デバイスと向かい合っているときもこれぐらい輝いている気がする。 そのベクトルが明るいか暗いかの違いだけだ。 スクラップ物色中はやけに爽やかだが、デバイスと向き合っているときは何故か鬼気迫る執念というか、邪悪な輝きを放っていた。 まあ、つまりはどっちにしても突き抜けて変な方向へ輝いているわけである。
「本当に在った……」
ムムっと無表情な唇を歪ませてグリモアが唸る。 四回に一回ほどではあったが、クライドの勘は当たる。 普通ならば一笑に付して終わるはずなのにやはり、彼は侮れない。 こうして偶に当たりを引くと、さすがのグリモアも少し嬉しい気分になる。 もはや、手遅れだった。 どう見てもクライドに毒されてきている。
「……ベルカ式の槍型アームドデバイス。 生き残ってるのは……やっぱり、カートリッジシステムの方かな」
三年も経てば、生き残りのスクラップにはどの部位が多いかなどなんとなく把握できる。 基本的にデバイスに致命的なダメージを与えるにはコアを狙うのが一番だ。 アレを潰されたらほとんどデバイスは死んでしまう。 だからスクラップの中にはほとんど生き残っているコアは見つからない。 逆に、それ以外のパーツは生き残る可能性が高く特にコアから遠い部分にあるパーツは生き残りが見つかりやすい。 魔力チャンバーやら感応制御系の伝達系が一番多いだろうか。 だが、全く見つからないということも無いので、探せば辛うじて他のパーツも出てこないこともない。 正にスクラップの発掘は宝探しそのものと言えるだろう。
「やっぱりあった」
槍型は柄の辺りに単発式のカートリッジシステムが仕込まれることが多い。 現在の管理局の本局でベルカ式が出てくるのは稀なので、これは大きな当たりである。
「室長、再利用可能そうなカートリッジシステムが見つかりました」
「おおっ、それはまたレアなのを見つけたな。 十字勲章ものの働きだぞグリモア君!! それは一番多い単発式か? それとも亜種のリボルバー型かマガジン型の近代式系か?」
「残念ながら単発式です」
「ふぅーむ、単発式か。 まあ、それはそれで使い道は十分にある。 カートリッジシステムを欲しがる奴が出てくるかもしれないから大事に取っておいてくれ。 単発式は頑丈だから十分に実戦で使えるレベルまで復元可能だろう」
「わかりました」
適当に工具を用いて分解。 そのまま持ってきている鞄に詰める。 まるで機械の如き正確さでグリモアはそれを終えると次を探しだした。 こうして分解するだけでもデバイスの組み立ての勉強にはなるので、ある意味クライドの趣味は新人教育には役に立つだろう。 が、さすがに三年もそれをし続けるグリモアの忍耐力は凄まじいものがあった。 恐らく、普通の人間なら留守番に回るかクライドの下から速く独立しようとするだろう。 が、彼女は何故かそれをせずにその立場に甘んじ続けている。 そのおかげで、新しい新人の話が来てもクライドは何故かくじ引きからも除外されていた。 アレからクライドには新人が一切回されないことが暗黙の了解となっており、少なくともグリモアが一人立ちするまではクライドに全部任せようということになっていた。
人情人事も甚だしかったが、連中はそれを生暖かい目で見守っている。 最近は色々と賭けの対象にもされているらしく同僚の女性デバイスマイスターがグリモアに告げ口していた。 大体1:9でクライドが逃げ切ると予想されているようだ。 あのデバイスマニアを堕せるのは、超高級なユニゾンデバイスでもなければ無理だというのが連中の共通見解である。 が、それはいつもの彼だけを見た印象でしかない。
何故ならば、単純にクライドを落すだけならば不可能では無いだろうと彼女自身は既に結論をだしていたからだ。 そもそも前提としてクライドに好意を抱く異性が少ない。 恐ろしくピンポイントな趣味とあの愉快な性格を受け入れつつ、さらにそれでも好意を抱き続けられるという猛者でなければならないからだ。 恐らくはその前提をクリアしなければ彼とは長く続かないだろう。 アレはそういうアクの強いタイプの男なのである。 そういう意味で言えば、恐らく本当の壁として立ちふさがれる力量を持っているのはあの執務官だけだろう。 何があったのか知らないが、あそこまで彼と自然に接することができる人間がほとんど彼女以外にいないことをグリモアは既に知っている。 少なくとも、本局内部には他にいないだろう。 一応一人ダークホースがいないでもないが、そもそも向こうには友人以上の感情はなさそうだ。 バシバシとクライドに物理的なアタックを仕掛け続ける彼女は、少なくとも何かよほどのことが無い限りはそんな関係になることなどありえない。
ただ、クライドの態度が少しばかり彼女に甘すぎるのが気がかりだ。 好意ではなく、何か負い目を感じるような目で彼女を見ていることが偶にある。 故にダークホースという評価をグリモアは下している。 とはいえ、やはりあの女が一番危険であることには変わりはなかった。
ひたすらにひたすらに地味に攻め続けるあの執務官。 ジワリジワリと歩んでいくその速度こそ遅いが、確実に外堀を埋めて来ている。 このまま何もなければ恐らくは彼女の一人勝ちだっただろう。
(あの調子だと後ニ、三年は現状維持だとは思いますが)
執務官の攻撃は慎ましい。 もっと大胆に迫ればいいものをお上品に攻めるので押し切れないのである。 ボディーブローのように効いてきているのは事実なのだがそれでは確実に時間が掛かるだろう。 そして、そここそが恐らくは攻略ポイントであった。 向こうが遅効性の毒でも、自分は恒常的な毒を盛れる位置にいるのだ。 後は、彼女が盛ってきたそれを超える濃度とインパクトでもって吹き飛ばせば良いだけだ。
(共有時間単位では恐らくは現状ではボクが上。 後は密度だね。 吊り橋効果を生み出す極限状態と、それを意識させる大胆な攻めこそが恐らくはボクがあの女を凌駕して室長を攻略する鍵にな――)
などと、戦略を考えていたところでグリモアは軽く首を振るった。
(――いったいなにを考えているんだろう? こんなことを考えてもボクには意味が無いのに。 やはりボクは確実に室長の影響を受けているのだろうか? ……ありえない。 こんなこと、ありえるはずが無いのに……もしかして本当にボクは――)
何がそうさせたのか。 何がどうなってそうなってしまったのか。 グリモアは困惑する。 そうして、いつもいつも思考に無意味なエラーを感じつつも日課をこなすのだ。 少なくとも、ここ二年はそんな毎日だった。 無論、戦略は考えても実行しない。 というより、することにそもそも意味が無い。 何故かぼんやりと考えてしまっていたが、それはやっぱり頭の中だけにしていた。 今はまだそうだった。
「おお!? こ、これは幻の限定パー……って、なんだ偽者か。 紛らわしい奴だな。 だが、その珍しさが仇となるのだよ!!」
楽しそうに発掘を続ける白衣の男。 それを見ていると、グリモアは自分の悩みが酷く馬鹿らしいものに思えてくる。 正直にいえば、羨ましいのかもしれなかった。 ああも、自由に振舞えるあのクライド・エイヤルという男が。 それは多分、自分には無いものだったから。
「室長、偽者なのにキープするんですか?」
「ああ、偽者だろうと本物だろうと俺は一行に気にしない。 パチモンだろうとなんだろうとちゃんと使えるならなんだって良い。 ついでに、性能が高ければもはや言うことさえない!! パーツは知名度では無く、性能で決まるのだよ。 本物の癖に偽者よりスペックが低ければ、俺は当然偽者を選ぶ!!」
「つまり、機能重視ということですか?」
「そうだな。 基本的には俺はそうだ。 ただ、例外もあるがな……」
「例外ですか?」
「デバイスで言えば、形状とかそうだな。 一昔前のモデルと、今のモデルではデザインなんかが思いっきり違う。 昔のはなんていうか、ゴツゴツしてるっていうか堅いイメージのが多い。 今のはなんか丸いっていうか、流線型が流行だろう? 突き詰められてそうなってきているんだとしても、昔のままが良いっていう連中は今でも結構いるんだ」
「つまりは、使い慣れてるほうが良いってことですか?」
「うーん、それもないでもないけどちょっと違う。 デバイスなんかはロストロギアとかのふざけた規格外品を除けば新しい方が良いっていうのは通説だ。 性能は言うに及ばず、ありとあらゆる面で進化してきている。 戦術的優位を確保するんなら、強い方が当然良い。 良いんだが、やはり思い入れとかがあったりするとついつい取っておきたくなるのが人間という奴だろう?」
「はぁ……それが室長が言う愛という奴ですか?」
「かもしれんな。 勿体無いと思う感情をそう呼べば良いのかは分からんが……要因とかにはなってるはずだな。 無自覚な奴にはさすがに俺にも抱き辛いが、ずっと一緒にやってきたってんならそういう感情を持つのも在りだと思う。 デバイスを愛せよグリモア君。 俺たちにとっちゃあ商売道具だし、それにあいつらはああ見えて繊細だ。 持ち主は言うに及ばず、俺たちデバイスマイスターが愛してやらんと拗ねてしまうぞ」
「所詮は人間に作られた道具ですよ? 知性を擬似的に与えられたインテリジェントデバイスもユニゾンデバイスもそうです。 そんなものに室長はどうして愛を語るんですか? ボクにはちょっと理解できません」
「そんなの決まっているよグリモア君。 他の誰でもない”俺”がそうしたいからだ。 どうだ、シンプルかつ分かり安い理由だろう?」
「……室長の場合、本気ですから尚更性質が悪いです」
「ははは、本物のデバイスマイスターになったら分かるさ。 それに、こういう理想論とかそういうのにこそリアリストには感じられんロマンがある。 だからこそ、止められないんだ!!」
ニヤリと唇を釣り上げながら、呆然とした様子のグリモアにクライドは言う。 グリモアもさすがにいつものことなので目を瞬かせることぐらいしかしないが、そこまで言い切れるこの男への興味だけはやはり膨らんでいた。
デバイスマイスターの中には彼のようなタイプもいるが、そうではなく全く正反対の人間もいる。 機械は所詮人間の道具。 それが事実で、それ以上などありえない。 無論それは正論だ。 どこまでいってもその事実は変わらない。 AI<人工知能>を与えても、所詮は人間が円滑に使用するためのインターフェースに過ぎない。 そう言うのは簡単だ。 でも、だからこそクライドのように考える人間がいることをグリモアは否定したいとは思わなかった。 デバイスの気持ちになって考えれば簡単に想像できる。 どちらの”側”に居れたら嬉しいのか、なんてことは特に。
「……貴方のデバイスになれたデバイスは幸せかもしれませんね」
作業を続ける白衣の男を見上げながら無感情に僅かばかりの感情を込めてグリモアは呟き、室長に続けとばかりに仕事を再開した。 無論、その仕事とはスクラップ探しである。 通常業務に含まれない凡そ趣味の延長のような仕事であったが、それでもグリモアは今日もクライドと共にスクラップを発掘し続けた。
「ちょっ!? く、この――」
夕食を終えた後のトレーニングルームにて、次々と桃色の弾丸がクライドを襲っていた。 高速で飛来するその弾丸は全て直接射撃系。 誘導操作を一切含まない純粋銃撃魔法だった。 引き金が引かれるたびに吐き出されるその桃色の弾丸には全く容赦がない。 まるでマシンガンのように連打される弾丸を吐き出しているのは、管理局でもまだまだ使い手が少ないとされる拳銃型デバイスによる連射だ。 それを扱うものの動きに迷いはない。 ほとんど勘を頼りにクライドの動きを予測して次々と打ち込んでくるのだが、なんという神業か。 その大抵がクライドに命中するコースを突き進んでいるのだからたまらない。
「それそれそれ、踊って踊って踊り狂いなさいクライド!!」
最近では陸戦AAにカテゴリーされる程に力をつけた彼女は、某戦闘狂のような恍惚な笑みを浮かべながら引き金を引く。 射撃時のマズルフラッシュによって照るその輝きは、少しばかり危険な魅力に満ちている。 武装隊の中でも小隊リーダーを努める彼女の名はフレスタ・ギュース。 クライドの訓練学校時代のクラスメイトにしてドSな暴君である。
「くそ、ガンナーズハイ<銃撃陶酔>に酔ってるんじゃねぇフレスタ!!」
「あー、気持ちいい最高!!」
夜の定時上がりで食事をした後、偶々食堂で見かけたので暇なら訓練に付き合ってくれと声をかけてみたらこの様だった。 回避迎撃の訓練をしたいから一定距離を開けて撃ちまくってくれといったのだが、すでにそんなことは彼女の頭には無いらしい。 初めのうちはまだ良かった。 一応頼んだとおりの誘導弾が次々と飛来してきたので、それをAMBを纏ったブレイドで切りまくっていたのだが、あまりにもクライドに命中しないので業を煮やした彼女が少しずつ難度を上げると言って直接射撃系を使い始めた。 ある程度身体も温まってきていたので、次のステップとばかりにクライドはそれに応じた。 だが、そこから地獄が始まった。
武装局員として長距離狙撃だけではなく、近距離の射撃技術までモノにし始めた彼女の戦闘能力は当時の比では無い。 基本は一撃必殺のタイプなのだが、近距離は数が勝負だと言わんばかりの弾幕狂に変わっていた。 リンディの影響では無いと思う。 それならば恐らくは誘導操作系の弾幕を得意とするはずだ。 昔にいたフリーランスの魔導師の真似しようしているらしいのだが、もはや既に自分の身体の一部になっているようだ。 強力な遠距離魔法を持ったまま、近距離に対応したガンナータイプは酷く戦い辛い。 というより、回避迎撃の訓練で弾幕を張られるともはや虐めでしかないだろう。
「自重しろフレスタ!! 俺はバトルマニアな武装局員と違って酷く繊細でデリケートなデバイスマイスターなんだぞ!!」
「ただのデバイスマイスターが私様の銃撃をここまで避けられるわけないでしょ。 あんたにはコレぐらいやってやらないと訓練にもなりゃしないのよ。 BDAの称号が無くわよ?」
「く、大体それだってお前が面白半分で俺を生贄にしたからじゃねぇか!! あの時お前が『クライドを”二人”倒した人とデートしてあげる』とかなんとか言って武装隊連中を焚き付けなきゃあんな称号は無かったはずだ!! この愉快犯め!!」
「いいじゃないのそれぐらい。 それに、そのおかげで色々と実験できるんでしょうが」
「トレーニングルームに入る度に武装隊連中に飢えた目で睨みつけられる俺の立場を考えろ。 ついでにお前酷すぎだぞ。 クライド二人って俺とディーゼルの二人だろ? 連中が大抵Aランクなのにお前はあのS+に挑ませようってんだ。 最初からデートなんてする気ないんだろうが!!」
「当然じゃないの。 私が美しすぎるせいだって言うのは十分に分かっているけれど、飢えた連中とデートする気なんてこれっぽっちも無いわ。 ああ、速く私にも白馬の王子様が颯爽と現れないかしら?」
「その性格さえなければ選り取りみどりだってなんで気がつかない!! 男として連中への同情を禁じえんぞ!!」
バトルデバイサーなんて渾名を作った張本人は、しかしまったく悪びれない。
「ふんだ、目先の欲望に目が眩んだ”馬鹿な童貞男ども”が悪いんでしょう?」
「く、さすが暴君……男が一番言われたく無い言葉を平然と何の躊躇も無く吐きやがるとは……」
絶句するクライドだったが、それでも彼もまた男である。 男の尊厳を守ろうと必死に舌戦に抵抗する。
「そうは言うけどな、もしかしたら純粋にお前に好意を持っている奴もいるかもしれんだろう? そいつらのなけなしの勇気さえお前は否定するのか?」
「あのねぇ、もしそんな人がいたらこの話をした時点で”私のために”止めに入ってるはずでしょ? 一緒になってあんたを倒そうと躍起になる時点でアウトよアウト。 アウトオブ眼中って奴よ」
「ぐぬぅ、正論だけに言い返せん……」
あの時、よって集って群がってきた連中を思い出しクライドは少しばかりげんなりする。 特に、年下連中の意気込みが凄かった。 フレスタの新人教育が”しっかり”と行き届いているらしく、我先にと突撃してきたものだ。 普通ならばその時点でクライドに勝ち目など無いはずなのだが、連中は”短縮”組だった。 人手不足解消のために実験的に短縮されまくった教育課程を踏んできたせいで、微妙すぎた奴ばかりだったのだ。 まるでカモである。 コレ幸いとクライドの開発した新デバイスの餌食になっていったものだ。 ただ、誤算だったのはその後ルール決定がなされ、一対一になってからのことだ。 なんと、フレスタより少し上のベテラン連中まで参戦してきたのである。 これにはクライドも焦った。 焦って焦って、しかし負けたらフレスタが逃げないように準備していたペネトレーションバスターによって吹き飛ばされることは確実だったので、泣く泣く叩きのめした。 対高ランク魔導師用新型デバイスと、一対一という条件設定が無ければ、恐らくは負けていただろう。 勝つには勝ったが、そのほとんどが紙一重であった。 もう二度とやりたくないと思ってはいるが、トレーニングルームにやってくる度に連中と遭遇するので逃げられない。 最近は一日一人だけというルールを追加したことで、勝手に挑戦権を勝ち取るために潰しあいをしてくれているおかげで落ち着いては来ているが、一時期は凄いことになっていた。
多分、その頃にでもグリモアが見たのだろう。 最近は彼らの熱も落ち着いてきているし、あまり戦った記憶が少ない。 勝てないと思って諦めたのか、それとも勝つための修行を積んでいるのかは分からないが、それでも平和が続く今が永遠に続けば良いとクライドは思う。
「しっかし、最近落ち着いたな。 平和なのはありがたいが平和すぎて不気味だ」
「ああ、それは違うわよ。 あの子たち徹底して貴方対策のシミュレーションをやってるもの。 ある程度データが出揃ったからそれを吟味しながら作戦を立ててるのよ」
「はぁ? そこまでする意味が分からんぞ?」
「そりゃ、貴方が武装局員としての面子をことごとく叩き潰したからでしょ? 貴方に敗北した連中には洩れなくデバイスマイスター以下の武装局員っていう不名誉な称号が与えられるのよ? 名誉を挽回するために躍起になるのは当然じゃない。 誰だって給料泥棒って呼ばれたくないでしょ?」
「……鬼だなお前。 そうやって連中を鍛えてやがるな?」
「まあね。 けど、訂正しときなさいクライド。 私はどっからどう見ても美女でしょ?」
エッヘンと小さくない胸を張りながらそういうとフレスタは快活に笑う。 銃撃はその頃には止んでいた。 色々とストレスを発散したかったのかもしれない。 実際の戦闘ではこんなにバカスカ砲撃を撃つ機会は少ないらしいので、いいガス抜きになるのだろう。
「けど、本当に貴方勿体無いわね。 デバイスマイスターなんか辞めてうちに来れば良いのに。 エースはまあ私様がいるから無理だろうけどナンバーツーぐらいはあげても良いわよ?」
「冗談じゃない、前線に回されるのは御免だよ。 それに、俺は基本的に集団行動が苦手なんだよ……多分俺を混ぜても命令無視とか独断専行をしまくるぞ?」
「まぁ、あんたは好き勝手動くタイプだからそうなるかな? なんていうか……物凄く上の連中に反発しそうだもの」
「そして、辺境か最前線へノンストップでゴーか? やめてくれ洒落にならん」
「始末書のエースとか呼ばれてそうだわ」
想像してみると、意外にありえそうでフレスタとクライドは揃って笑った。 そうして、しばし休憩するために二人は自販機へと向かう。 適当にスポーツ飲料を二本買うと、クライドはフレスタに付き合ってもらった礼の意味もこめて放り投げる。
「ほれっ」
「ん、ありがと」
プルタブを開け、適当にベンチに座るようにしながら二人はそのまま話し込む。 クライドは割りと自由な時間を作ろうと思えば作れるが、フレスタはそうは行かない。 武装隊連中は有事の際に備えての待機シフトが多いので、自由な時間はあまり無い。 偶に会えば話し込むことがザラであった。
「そういえばあんたのあの銃型デバイスってさ、私らにも用意できないの? アレがあれば少なくとも上のランカーともいい勝負が出来ると思うんだけど……」
「用意できないことは無いんだが、色々と制約が多すぎる。 それに何より、合法ギリギリだから上の連中に目をつけられるかもしれん」
「そうなの?」
「それに、一番難しいのが数を揃えることができないことだ。 デバイス本体は別にそんな難しいもんじゃないんだが、弾の方が問題だ。 一発撃つのに普通は三日掛かる。 しかも、それを作れるのは多分管理局内じゃあ俺だけだ……色々とまだまだ課題も多いしな。 なんだ、またデバイスが心元無いのか?」
「うーん……ほら、最近何かと物騒じゃない? ”あの時”と比べるとあんたのおかげで随分マシにはなってるんだけど……どうもね。 嫌な予感がするのよ」
軽くお腹に手を当てるようにしてフレスタは言う。 その顔にはいつもの快活な様子は無く、武装隊の小隊リーダーの憂いがあるだけだった。
「……まだ痛むのか?」
「ん? ああ、もう大丈夫よ。 偶に疼くけど……問題は無いわ」
真っ先に傷つくのは前線で戦う連中である。 特に、力の無いものにそれが顕著だ。 どれだけの準備をしたところで、戦闘をすればリスクはついて回る。 戦うとはそういうことだ。 無傷の勝利ばかりなどありえない。 敵も必死で抵抗するのだから。
「……そうか。 なら、データ取り手伝え。 それで何とか数発分は用意してやる。 ついでに完全なオーダーメイドにこの際変えとけ。 いい加減、お前もそれぐらいは持った方が良い。 本当なら武装局員全員そうするのが良いんだけどな……」
さすがに、そんな予算的な余裕はどこにもない。 だからこそ、クライドは苦々しく思う。 力が無いのならば装備を高価にするのが当たり前だが、その当たり前ができないのだ彼女たちは。 仕方が無いこととはいえ、それでもやはり色々と思うところはあった。
「……悪いわねクライド。 さすがにちょっと無理言ったかもしれない」
「気にするな、俺にできるのはそれぐらいだ。 あのときみたいに何も出来ないよりは断然マシだろ?」
「もう……あんまり気にしなくても良いのに。 アレは私の言い訳じゃない」
「お前にとってはそうなのかもしれんが、俺にとってはここ数年で一番堪えたことだ。 気にするな、俺の勝手なお節介だよ。 ああ、それと予算の方も任せろ。 全部俺の方で持ってやるよ。 その代わり、データ取りの時間をなんとしても捻出しろよ? でないと作るもんも作れん。 中途半端なもんを持たせる気は毛頭ないからな」
「――うん、本当にありがと」
軽く俯くようにしながら、フレスタは言う。 フレスタは小隊のリーダーだ。 当然、その重圧は重いだろう。 彼女には責任がある。 リーダーとして部下の命を守る責任が。 今のままでもやれないことは無いかもしれない。 けれど、それが永遠に続く保証など無い。 少しでも何かできることをしておかないと、心が苦しいのだろう。 フレスタ・ギュースはリーダーシップが強い人間であり、人を強引に引っ張っていく才能が元々あった。 けれど、表に出さないような弱い部分は勿論彼女にだってあるのだ。 部下の前では出せないものだったが、旧知の人間の前でしか出せないその弱さを甘えということが誰にできようか。
人のことに責任を持たなければならない立場というのは、往々にして辛いものだ。 特に、命のやり取りをする場合は特に。 誰か支えてやれる奴が側にいればとも思うが、まだ彼女にはそういう人間がいない。 ならば、友人が気を使ってやるしかないとクライドは思った。
「希望はあるか? 変則型か特化型か色々と悩むところではあるが……」
「そうね……あんたに全部任せるわ。 あたしのことを良く知ってるあんたが作るデバイスなら問題はないでしょ?」
「む、それは俺<デバイスマイスター>に対する挑戦状か? ふむ、良いだろう。 後で絶対に参ったと言わせてやる」
「ふふ、それは頼もしいわね」
暗鬱な空気を振り払うようにしてクライドは立ち上がると、飲み干した缶をゴミ箱に放り投げる。 ガタンと音を立てる空き缶が、ゴミの仲間入りを果たした頃にはフレスタも中身を飲み干していた。
「さて、そろそろお開きと行くか。 明日も待機シフトだっけか?」
「うーん、明日は予備待機かな。 なんかあったら借り出される奴」
「トランスポーター様様だな。 まぁ、なんにしても頑張ってくれ。 次元世界の平和はそっちの腕に掛かってるんだからよ」
「ふふ、任せときなさい。 私様が悪党をコテンパンにしてあげるわよ」
と、そう言って分かれようとしたときだった。 フレスタが不意にクライドに言った。
「そういえば、あんたまだリンディちゃんに手を出していないみたいね? いい加減観念したら? 二人から相談される私の身にもなりなさいよね」
「……そ、その案件については二十六になったら回答する!! てか、なんで二人?」
「リンディちゃんと後はディーゼル君よ。 リンディちゃんはもう一杯一杯って感じだし、ディーゼル君の方は本当に泣いてるわよ? デート中に彼女が上の空だけどやはり嫌われているんだろうかとか」
「ちょっと待て、それ以前にお前あいつと仲良かったのか?」
「アレ? あんたに言ってなかったっけ? ディーゼル君は訓練学校時代から私のメル友よ?」
「し、知らんぞ!? 初耳だ!! くそ、あのあんちくしょう……リンディだけでなくフレスタにもちょっかいを出してやがるのか……許せん!! 俺が水際でギリギリ我慢しているというのに……なんて羨まし……ええい!! また今度叩きのめすべきか。 無論、俺のデバイスでな」
「……あんた、ディーゼル君に勝つ気なの? 彼半端じゃなく強いわよ?」
「昔卑怯な方法で一度勝ってる。 ”今なら”真正面から叩きのめしてやれるかもしれんな。 無論、博打になるのは分かりきっていることだがな」
「……あんな不条理存在<高ランク魔導師>に勝てる確率をはじき出すあんたが、私は時々心底怖いわ」
「ふはははは、バトルデバイサーエイヤル君を舐めるなよ!! 我がデバイス道に不可能は多分無い!!」
というよりも、元々が対高ランク魔導師思考で固まっている男である。 ”提督になって艦長席でふんぞり返っている奴”に負けてやるつもりなどクライドにはなかった。 まあ、実際は今もディーゼルは戦闘力を維持しつつ高める努力を怠っていないのだが、ほとんど会うことの無い男のことなどクライドが知っているわけがなかった。
「まぁ、程ほどにしなさいよ?」
「おう。 んじゃまたな」
片手を上げて見送ると、二人はそのまま自分の部屋の方へと帰っていった。 その帰り、クライドが考えるのはやはりデバイスのことである。 本職の砲撃魔導師のデータは確かに欲しかったので、渡りに船といったところだが、どういうデバイスにするかは悩むところだった。 フレスタの戦い方はトレーニングをつき合わせているせいでだいたい把握してはいるが、だからこそ悩む。 デバイスマニアの意地の見せ所であるから、本当に心の底から驚かせてやりたい。 あのときはそもそもそんな余裕さえなかったが、今は違うのだ。 自分の裁量でどうとでもしてやれるのである。 ならば、絶対に満足させてやらなければならない。
――あはは、あんたの忠告聞いて無理にでも予算捻出させとけば助かったかな?
メディカルルームのベッドの上で、包帯でグルグル巻きにされたフレスタがあの時そう言って苦笑いしながら言った言葉を今でもクライドは覚えている。 復帰は問題無いらしいが、お腹の辺りに傷は残るという話だった。 正直、あのときほど堪えたことは無い。
当時、クライドはまだ室長でもなくただの助手でしかなかった。 フレスタからデバイスについて相談を持ちかけられたときにただただ忠告することしかできなかったのだ。 助手に研究予算をどうこうする権限は無く、またフレスタの方でも事実上どれだけの無理を言っても予算を捻出させることなどできない状況だった。 資金が無ければ何も出来ない。 支給品の量産型、それも二つ前の世代のそれでギリギリの戦闘を強いられていたフレスタにクライドができたことは何も無かったのだ。 ただ、可笑しいとは思った。 普通ならばもう一つ上の正式装備のデバイスになっているはずなのに。 そのことの意味をクライドは知らなかった。
それを知ったのはフレスタが負傷してからのことだ。 どうにも、上の奴が自分のデバイスに予算をつぎ込みまくったせいでその下の連中の予算が削られていたらしい。 それは、”高ランク魔導師”のせいだった。 もし、それが下の連中のために前に出るタイプのストライカーと呼ばれるような立派な魔導師だったならばクライドはまだ溜飲を下げただろう。 だが、違う。 その魔導師は階級を傘に来て低ランク魔導師を平然と使い捨ての盾にするタイプだった。 その現場の実情を知って愕然とした。 それがまかり通るような腐敗体制が現実にあることと、そうやって世の中が回っているという事実にもだ。
高ランク魔導師デバイスは基本的にはオーダーメイドである。 その本人の魔力資質を十分に発揮できるようにして作られる。 無論、デバイスが進化すれば進化するほどその予算も跳ね上がるが、かといってそんな進化に合わせて変えたのでは予算が追いつくはずがない。 そんな潤沢な予算など海にも無いのだ。
それに、そもそもが間違っている。 何故弱い奴が強い奴を守らなければならないのか? 普通は逆だ。 切り札にするにしても、単独で戦えない大砲屋であったならば尚更盾になる連中に気を使わなければならない。 そうでなければ、成り立たないはずなのだ。
無論こんな例はごく一部だ。 ほとんどは良識ある連中だと信じたい。 だが、その極一部の最低な魔導師に当たってしまった低ランクの運命は悲惨の一言である。 フレスタが知り合いだったから特にそう思ったのだろう。 どうにかしてなんとかしてやりたいとクライドはその頃に思ったものだ。 高ランク魔導師にほとんど提案をしないのはそのせいだ。 連中のデバイスの強化をすればその部下へのためのの予算が大幅に削られる。 それがどんなことになるかを考えるだけでクライドは怖かった。
それに、時空管理局という組織には不自然なところが色々ある。 高ランク魔導師をどうにも擁護しすぎるのだ。 絶大なる戦力であるはずなのに、昇進が優遇されたりしている現実。 普通に戦えば普通に戦果を挙げられるのに態々なぜそんなものが存在するのだろうか。 それに加えて強い奴が容易に後ろに下がれるシステム構造が確かにある。 前線で結果を出して昇進するのは分かるが、キャリアコースでのあのランクや希少技能保有者に対する試験免除制度はなんだ? 高ランクを持っていることと試験免除に何の繋がりがある? それは管理局の人材不足の観点からすれば絶対にしてはならないことのはずだ。 魔法が使えない人間が一歩一歩上っていくはずの階段を、連中はエスカレーターに乗って駆け上がっていく。 そうして、前線の苦労を知らないままに上の椅子に座るのだ。 これほど恐ろしいことはない。 力を持たない連中の気持ちを理解できない奴が量産されていくのだ。 これが高ランク魔導師至上主義社会の弊害といえばそうなのかもしれない。 だが、そういうことを考えていくとやはり高ランク魔導師というのが嫌いに思えてしょうがなかった。
コレは僻みなのだろうか? 持って生まれたモノが無い連中の嫉妬とかそういう醜い感情が生み出したどす黒い感情なのだろうか? 自分が高ランク魔導師だったら、そういう連中の仲間入りをしていたのだろうか? 分からない。 クライドにはそれを想像することさえしたくなかった。
クライドの対高ランク魔導師デバイス思想には、現在の管理局の前提を破壊する研究が存在する。 仮にそれを世に出すことができるかは分からないが、それができたら高ランク魔導師など無用の長物になるだろう。 無論、完成しても世に出せないかもしれない。 連中が躍起になってその存在を否定することは目に見えているからだ。 だが、それでもやってみたいとクライドは思う。 それは一人の低ランク魔導師としての、デバイスマイスターとしての確かな野望の一つでもあり意地であった。
「だいたいは俺の試作品の発展形で良いよな……とするとマガジンの方と後カートリッジの方も欲しいな。 ついでに、弾切れも考慮して……となると――」
ブツブツと呟きながら通路を歩く。 その間もクライドは考え続けた。 もう二度とあんな無力感を味わうのは御免だ。 今できる最高のデバイスをフレスタにくれてやろう。 高ランク魔導師が来ようが、連中が尻尾を巻いて裸足で逃げ出すようなそんなふざけた奴を作ってやりたい。
――明日から、少しばかりクライドの研究室は忙しくなりそうだった。
「やぁ、また来たねクライド・エイヤル」
「よう、久しぶりだな」
無限の容積と書籍を誇る無限書庫。 その只中で、俺は軽く手を上げて友人に挨拶した。 牛乳瓶の蓋のような度の厚いグルグル眼鏡を、ファッション用サングラスよろしく頭上に軽く乗っけている金髪の少年。 彼の名はペルデュラボー。 ちょっと呼び難い名前の奴だが、中々興味深く小粋な少年である。
「これ、借りていた本だ。 サンキューな。 で、続きはあるか?」
「ああ、勿論用意しているよ。 無論、タダでは渡せないけどね」
「分かってる。 いつもの占いなんだろう?」
「そういうことさ」
俺が投げた本を受け取ると、したり顔で彼は頷く。 彼とは数年前に偶然無限書庫で出会い、それから色々と話をするうちになんとなく友人になった。 多分年下だと思うが、何分出会った頃からあんまり変わらないのでよく分からない。 若いっていいねぇ。 俺なんかアレからさらに眼つきの悪さが気になってきているというのに。
「僕にとっては最近君に会うことが楽しみの一つになっているからね。 無限書庫の本はどれもこれも僕には物足りなさ過ぎる。 その点、君は違う。 直接目の前にして占えば占うほど新しい発見が出てくる。 君は僕にとってちょっとした未知であり、宇宙だよ」
「それは褒めてくれているのか?」
「当然さ。 ”面白い”ということは何よりも重要な要素だよ。 つまらないテレビ番組を見続ける人間はいないだろう? それと同じさ。 自分が気に入った人間を見ることは僕のちょっとした趣味であり生き甲斐だからね」
そういうと、ペルデュラボーは懐からカードを取り出す。 占いをするためのカードらしいが、俺にはさっぱり分からない。 カードをシャッフルしながら虚空へと並べ、次々と占いの手順を繰り返す。 このとき、俺は別に何もしなくて良いらしい。 それをしたら台無しになるそうだ。 普通は占いをする人間もカードをシャッフルするなりカードを引くなりなんらかの行動をするのではないかと思うが、俺にはそのやり方はあわないのだと彼は言った。
「……ふむ。 相変わらずある程度先までしか見えず、その先が混沌とするね君は。 ……近々あまり良くないことが色々と起こりそうだ。 少し気をつけた方が良いかもしれない」
「良くないこと?」
「それが何なのかはわからない。 けれど……良くないことだとは思うよ。 後は……そうだね。 ”後悔の無いように”しておくべきかな?」
「ん? 随分と不吉だな」
「ははは、占いなんて当たらぬも八卦当たるも八卦さ。 特に、君の場合はそうだ。 何かが普通とは違う。 その何かを僕は知りたいと思っているのだけれど、それを理解するにはまだもう少しかかりそうだ」
薄く微笑しながらそういうと、ペルデュラボーはカードを仕舞った。
「さて、御代は何が良いかな? 『とある純粋科学の殲滅兵器三巻』かそれとも『魔導砲大図鑑 対空砲は質か量か?』かな? 一応『難攻不落の防御兵器とは? 弐の巻』っていうのもあるけどね」
「うーむ……今回はまた随分と迷うラインナップだな」
占いは一度会うたびに一回だけ。 そして一回の占いに対して一冊の本を借りられることになっている。 彼の蔵書は凄いらしく、無限書庫にはどれだけ探しても無かった禁書クラスのやばいものが沢山あるようだ。 いやぁ、管理外世界の民間の研究者ってのはすごい本を発行するんだな。 これらを知ったその日から、俺のモチベーションが一気に上がったのは言うまでも無い。
特に、とある純粋科学シリーズの本が凄まじいだろう。 詳細な質量兵器の作り方が嫌というほど載っているし、実際にいくつか参考にさせてもらったが恐ろしすぎてそのまま全部作る気にはなれなかった。 無論俺の分野が魔法科学系なので微妙にジャンルが違うせいで一部しか理解できないこともあるのだが。 怖いことに第一巻からして管理世界を確実に殲滅するためには何が必要か? 破壊するには最低限どんな兵器を作るべきか? なんて考察から入り色々な兵器を原始的な物から少しずつレベルアップして書かれている。 正直、管理局員の立場からすれば笑えない。 著者のA・Tという人物はよほど管理世界が嫌いなのだろう。 渡された本をペラペラと捲りながら、とりあえず唸ってみる。
「殲滅兵器も良いんだが……アレは正直難しすぎるからなぁ。 魔導砲は割と参考にできる部分が多かったけど今のところもう十分だし……となると難攻不落か?」
「おっと、忘れていた。 今日はこれも持ってきていたんだった」
「えーと……『剣に意地と魂を込めなさい』……ねぇ。 どんな本なんだ?」
「剣術指南書だよ。 彼の有名なヴァルハラのフリーランス最強の魔導師『ソードダンサー』の直筆で、次元世界に数冊しか無いレア本さ。 彼女の対魔導師戦闘理論と彼女が修行して覚えた剣術が載っているね。 まあ、”彼女と同じ”剣が使えないとあまり意味が無いらしいんだけどね」
「カグヤの奴、本当に何やってんだいったい……」
ペラペラとページを捲ってみると、現存する剣という剣の使い方が事細かに書かれている。 ビー○サーベルからナイフまで、もはや形状が剣っぽいならば全部剣だと言わんばかりである。
「残念なことにまだ幻の流派ヒテンミツル○スタイルは習得できてはいないそうだよ。 なんでも京都をいくら探しても継承者が見つからないそうなんだ。 残念な話だよね?」
「……それは突っ込むべきなのか、それともジョークだと受け取って笑うべきなのか悩むところだな」
「どうなんだろうね?」
薄く笑みを浮かべると、少年は笑う。 彼はこの無限書庫で探し物をしている民間人だ。 偶に無限書庫を利用するときに会うので、ここに来るときは決まって俺は借りた本を持ってくる。 エンカウント率は高いほうではないが、やはり返せるときに返しておかなければ借りパクしてしまう可能性もあるからな。
「それにしても、いつもいつも本を貸してもらっている手前アレなんだが、探し物はまだ見つからないのか? 俺でよければ暇なときに手伝うぞ?」
「いや、さすがに休日を潰させてまでするようなものじゃあないよ。 これは僕の道楽も含んでいる事柄だからね。 まあ、”そうでない”人も多いんだけれど……一応は粗方の眼星はつけたよ。 だからまぁ、”こちら”も時間の問題ではあるかな」
肩を竦めてそういうと、ペルデュラボーは周囲を見渡す。 その視線の先にあるのは幾千幾万の本棚だ。 出合った当初、俺はこの本の世界に圧倒されて呆然としていた。 正直、どこからどうやって目当ての本を探せば良いのか頭を抱えていたものだ。 今現在司書なんていないし、上もこの無限の本を管理しようなんて無茶苦茶なことに労力を費やす気はないらしい。 とりあえず、逃げ帰るわけにも行かず半ばやけくそ気味に近場から目当ての本を捜索しようとしていたときに偶々声をかけてくれたのが彼で、俺が探している本はここには無いと教えてくれた。 それからこうして付き合いは続いている。
彼の探し物が終わるときが縁の切れ目なのかもしれないが、できれば今しばらくは居てもらいたいものだ。 彼が占いをする人間だからかどうか分からないが、色々と相談しやすいのである。 物分りが良いというのか、妙にこちらのことを理解しているように話してくれる。 そのために、こちらもまたついつい話さなくても良いことまで話してしまうのだ。 ああ、後なんか声とか聞き覚えのある感じもするからそのせいもあるかもしれない。 よく分からないが、そのせいでなんとなく彼とは長い付き合いになりそうな予感があった。
「さて、結局どれにするのかな?」
「そうだな、じゃあ『剣に意地と魂を込めなさい』にする。 なんとなく気になるんでな」
「君は技術者なのに剣を振るうのかい。 実は体育会系なのかな?」
「俺は理科系だよ。 ただし、剣も振れるようにしてる実戦派の理科系だな」
「はは、随分と前衛的なジャンルだねそれは」
苦笑しながら、他の本を投げて返す。 無重力の空間を漂うようにして三冊の本が彼の手元へと帰っていった。
「さて、そろそろ僕は探し物の続きに行くよ。 また会おうクライド・エイヤル」
「おう、またな」
無限書庫の奥へと漂っていく彼を見送りながら、俺もまた入り口の方へと向かっていく。 とにかくここは広いので、下手をすると迷子になりそうで怖い。 慣れるまでは奥へと行かないことを進めるね俺は。 もしくは、遭難用にサバイバルデバイスが必要だろう。 アレは次元遭難用のSOS信号を発信できるから確実に局員が迎えに来てくれる。 もっとも、その後こっぴどくお説教をされるだろうが。
「しっかし、剣に意地と魂を込めろ……か。 あいつ、クールに見えて実は熱血系なのか? ……意外だな」
妙に精神論的というか、熱いタイトルである。 あのカリスマ少女の様子からは想像できない熱さであるだけに、俺は内心で笑ってしまった。 その後すぐ何故か首元が絞まったような気がしたが、とりあえず気のせいだと思うことにした。
「ギブ、ギブだ。 ちょ、苦し――」
――うん、きっと気のせいだってばよ。
憑依奮闘記2
第一話
「バトルデバイサー」
デバイスマイスターにとって、出会いのチャンスというのは是が非でも勝ち取らなければならないものである。 それは昇進のためだったり、人生のパートナーを得るためだったり、野心のためだったりと割と俗な理由からではあるが、少なくともそれは現実社会と同じであった。
基本的には外周りで活発に活動するタイプという例外はあるが、これが少なくとも現場の常識という奴である。 そしてそれはつまりはメンテナンスルーム組と研究室組にとっての死活問題ということである。 なにせ彼らはとにかく出会いが少ない。 数少ないチャンスをものにしようと、虎視眈々と狙う輩というのは往々にして存在する。 特に酷いのが新人争奪戦のときである。 とにかく、いつも荒れる。 無意味に荒れる。
管理局は基本的にどこも人手が欲しいという事情があり、その中でも特に魔法が使えて実戦希望な魔導師の人材割り振りが実戦部隊か上層部系にほぼ牛耳られているので他の部署にそれらの資格持ちが来ることは少ない。 なので、基本的には歓迎の嵐である。 デバイスマイスターもそうだ。 デバイスを開発するだけならば別に魔法が使えない一般人でも問題は無い。 基本的なハードとソフト、そして魔法理論の勉強さえすれば良いからだ。 だが、魔導師と魔導師でない人間とではデバイスの組み方が変わるのだ。 それは魔法を使えるからこそその感覚を理解している魔導師と、一般の人間との明確な差である。 だからこそ、魔導師でありながらそういう後方の部署にいるデバイスマイスターというのは重宝される。 実戦部隊からの受けも良い。 魔法を使える人間が作るデバイスだからこそ安心できるといった精神的な部分と、厄介な調整をある程度済ませておいてくれるという便利な部分があるからである。 だからこそ、魔導師のデバイスマイスターは好まれるし欲しがられる。
クライドの場合もそうだった。 とりあえず、確保しておけみたいな感じで先達たちが取り合ったという話を聞いたことがある。 一応クライドはそのポテンシャルギリギリの総合Aを辛うじて取得していたから、十分に仕込めば使えるようになるだろうと思われていたらしい。 結局はくじ引きによる平等人事と相成ったらしいが。 割と滅茶苦茶だったがそうでもしないと永遠と新人取得戦争が続いていたという。 そして、この彼女の時もそうだった。 いや、彼のとき以上に紛糾していたといっても良いだろう。
「是非とも彼女をうちの研究室に!!」
「いや、この前の新人はそっちに流れただろう? うちの方では大規模なプロジェクトもあるし、やはり彼女程の魔導師が是非うちに欲しい」
「だが、その……経歴がどうにも不安じゃあないか? そもそも途中で”上に”引き上げられそうでどうもな。 そのときになって急に言われたんじゃあ仕事に支障が出るかもしれんぞ?」
「うーむ、欲しいのは欲しいんのだがな……」
「何を言う、そこは我々の研究という魅力で彼女を惹きつければよいのだ!!」
「出会いをぉぉぉぉ!!」
欲しいと叫ぶ者、慎重に構える者、色々と悩む者多種多様だった。 もっとも、そんな会議のやり取りを横目にクライドだけは端の方でボンヤリとデバイスのことを考えていた。 一人立ちして初めての年だった。 小さな研究室を手に入れ、予算を少なからず獲得した。 一国一城の主になったのだから、かねてより思案していたデバイスでも作ってやろうとニヤニヤしながら考えていたのだ。
クライドがここにいる理由は簡単だ。 研究室持ちになったことで、後輩の育成もその仕事の内に入ったからだった。 助手もいないし、古株と違って経験が豊富というわけではない。 だからこそ新参者ということで意見などしないし、新人獲得に名乗りを上げることはない。 というよりも、好き勝手するためには助手などいても邪魔である。 ついでに言えば、彼はどちらかといえば一人を好むタイプだ。 人に気を使うのが恐ろしく苦手なので、できうることなら永遠に助手などいらないとさえ思っていたぐらいである。 それに何より、経歴が胡散臭すぎる。 厄介ごとを嫌う彼はその時点で新人獲得にまったく興味を失っていた。
出会いなど、クライドは求めていない。 どこぞの執務官から補佐になりませんかと本来なら恐ろしくありがたいお声をかけられていても、面倒くさいの一言で一刀両断して保留にさせるような男である。 彼がもし進んで助手を取るとしたら、何かしら興味を引くようなタイプでなければ駄目だろう。
「おいクライド……不気味だから考え事は後にしろよ」
「ん? ああ、すまない」
隣に座っていた同僚に肘でつっつかれて我に返ったクライドは、意識を手元の資料に戻す。 それは新しく今度入ってくる人間の経歴が記されており、色々と項目がある。 だが、可笑しいことにその経歴のほとんどが黒く塗りつぶされていた。
「経歴書の意味無いよなこれ」
顔写真に映っているのは、無表情な少女だった。 名前はグリモア。 フルネームでグリモアらしい。 偽名か本名かは分からないが、とりあえずそういう処置がされるような特殊な人材らしい。 年は十五で四歳下。 出身地不明、それまでの所属部署は不明、階級は特尉で実戦経験在り、魔導師ランク総合AAAオーバー、特記事項として彼女には魔法を使えないように出力リミッターを自身で処置済み。 本人希望枠……一番強いデバイスマイスターのところ。
(突っ込みどころ満載なんだが……上層部からの人事ってのがまた笑えないな。 てか、何考えてこっちに送ってきたのかサッパリわからん)
はっきりいって信用できない。 単純に厄介払いなのか、それともここで何かを調査するつもりなのか。 とりあえず面白みのあるものから、ありえそうでありえない簡単な理由を想像をしてみる。 だが、コレといってやはりクライドの食指を楽しませるような想像はできなかった。 どう転んでも厄介ごとがありそうだからである。
(てか、一番強いデバイスマイスターのところってのも意味不明だ。 高ランク魔導師の癖に後方支援系のこっちに来ることもそうだが、そもそも高ランク魔導師がこっちにはいないし基本強い奴は現場か上にしかおらんだろうに。 てか、デバイスマイスターに強さを求めてどうなるんだ? バトルマニアなのか?)
研究室の奴の中に使い込みでもしている奴がいるのだろうか? そういうのをこっそり調べるために送り込まれた査察官だったら面白い。 少なくとも、自分のようにスクラップを発掘しているようなデバイスマイスターはいないから、度肝を抜いてやれるかもしれない。 と、そこまで考えてやはり結論が変わらないことに気がつく。 個人的に接触してみる分には楽しいかもしれないが、やはり直接下に来られたら色々な意味で厄介かもしれない。 そこだけは何一つ変わらない事実である。
「……とっとと終わらないかな」
「なんだ、お前新人欲しくないのか?」
「あー、普通の奴ならまだもっと考えたかもしれないけどこれじゃあな」
「まあ、気持ちは分かるが……」
苦笑する同僚。 彼もやはり乗り気ではないようだ。 ただ、若干顔写真の辺りを眺める目に力が入っていることから別の意味での興味はあるらしい。
「お前、出会いが欲しいのか?」
「お前はいらないのかよ。 こんなチャンスは滅多に無いぞ?」
「あー、今はそういうの考えられないからな。 デバイスが俺の恋人だ」
「……そうやって婚期を逃すタイプだよお前は。 この筋金入りのデバイスマニアめ」
「それはお互い様だろ?」
「はは、違いない。 ただ、俺は出会いは普通に欲しいけどな。 今度コンパがあるけど来るか?」
「却下だ。 話が合わんし、そもそも俺はキープされてる」
「例の執務官か? たく、お前は本当に訳がわかんねぇよ。 俺ならそのまま補佐になって公私共にがんばっちまうぞ」
「……いや、色々あるんだよ。 これは非常に高度かつデリケートな案件でな」
少しばかり難しい顔でため息をつくと、クライドは新人獲得会議の行方を見守る。 会議は紛糾しているが、平行線ばかりだ。 確かに高ランク魔導師のデバイスマイスターならば、色々と開発に参考になるクリティカルな意見を聞けるだろう。 実戦経験持ちなら尚更だ。 だが、クライドは出力リミッターをかけられているということを忘れているんじゃないかと思った。 魔法が使えないようにしているというのなら、まったく意味が無い。 意見は確かに貴重だと思うが、そもそもデバイスを組むときにそれを作る連中を想定する場合がほとんどだ。 支給品はそもそも使いやすさと汎用性を追及するし、パーツ単体の高性能化を目指す連中にとってはそもそもまったく関係ない。
「こりゃ、またくじ引きかね?」
「現場の裁量に任せるのはいいんだが、それにしても適当すぎやしないかと俺は思うぞ?」
「てかクライド、俺もお前もそれで分けられたんだぜ? 俺らはすでにこの悪習に染まりきってるってわけだ」
「病んでるな」
「結果さえ出せば良いんだよ。 管理局は基本的に実力至上主義だからな。 まあ、運を天に任せまくっているという事実は否めんが」
「それで納得するしかない現実が憎い」
肩を竦めて答えたところで、古株の一人が言った。
「このままじゃあ埒があかん。 いつもの方法でも良いんだが、本人の希望も聞いてやったらどうじゃ? 経歴がこんなんじゃ。 色々と苦労している子なのかもしれん。 上の人使いの荒さは有名じゃからな」
鶴の一声であった。 古株の貫禄が、紛糾する会議に染み渡った頃には既に事態は次へと移って行く。 いっそのこと歓迎会の日に行きたいところを決めてもらうという方向に会議は持っていかれた。 なんだかんだいって、飲みたかったのだろうか。 どこの店にしようかとか、あそこの店が良いなんて言う気の早い連中が自ら幹事を名乗り出たりと、カオス空間を演出している。
クライドは頭痛を感じながらも、その滅茶苦茶さに呆れた。 どこの世界にそんな人事があるのだろうか? 少なくともこんなことが発覚したら、この部署が潰されても文句は言えない。
「……謎だな。 この部署が査察部につるし上げを喰らっていないことをコレほどまでに不思議に思った日は無い。 てか、身の保身のために内部告発するべきだろうか?」
「いや、どうだろう。 けど、このまま年を刻んだら数年後には俺たちもああなるんじゃあないか?」
かなり嫌な未来像だった。
そうして、本当にそのまま新人が歓迎会の日に所属する研究室を選ばせることになってしまった。残念ながら、反対意見が無さすぎたのだ。
彼女と出会ったクライドの当初の印象は超絶無感情人間だった。 いるだけで体感温度が五度は下がるような、彼女はそんな鋭い切れ味を持っており、しかもボクっ娘属性持ち。 一部狂喜乱舞してひたすらに自分を売り込もうとした奴もいたし、熱くデバイスについて語って気を引こうとした奴もいた。 クライドだけは隣の席でひたすらに飯をかきこんでいて浮いていたが、それがもしかしたら悪かったのかもしれない。
「よし、じゃあそろそろ宴もたけなわといったところだが決めてもらおう。 誰の研究室を選ぶかねグリモア君。 遠慮することはない。 ぶっちゃけ、どこに行っても確実にデバイスマニアになれること請け合いの連中だからね」
そうして、幹事のその言葉を聞いて彼女は迷いなく彼を選んだ。
「では彼でお願いします」
「「「はぁぁぁ!?」」」
彼女が選んだのは、ひたすらに食事を続けていた男だった。 我関せずを唯ひたすらに貫くその姿勢は、いっそ清清しいまでに立派だ。 彼女の獲得に躍起になっていた連中にとってはむしろ敵にもなりはしないダークホースそのものであり、誰もそれを予想できた人間はいない。 叫び声と悲鳴と絶叫が木霊する歓迎会の中、ようやく食事をやめたクライドが次の料理を注文しようとスタッフコールのスイッチを押そうとしていたところで、背後から酔った同僚に羽交い絞めにされた。
「うぉ!? な、何事――!?」
「くぅぅぅ、この大食い野郎。 俺たちの春を返せ!! 可愛い子が入ってくるのは滅多に無いんだぞこの野郎!!」
「クライド君、君は確かに今私たちを”敵”にした。 帰りは気をつけたまえ。 後、予算もそうだね」
「これは是非とも制裁を受けるべきだ。 デバイスの女神が許しても我らが許さんよ!!」
「ま、待て。 一体どういうことなのかさっぱり分からないんだ。 せめて次のメニューを頼んだ後で分かりやすくコンパクトに説明してくれ!!」
「「「いい加減、食うのを止めろ!!」」」
結局、クライドが食事に夢中になっている間に恐ろしく特殊な人事決定が成された結果、彼女は彼のところに世話になることになった。 正直首を捻ることばかりだったのだが、クライドはしかし決まったことに反対するほど猛者ではなかった。 その場にいる全員が敵だったのだ。 とてもではないが、辞退が許される雰囲気ではない。 また一人高ランク魔導師との接点ができてしまったが、とりあえず本局の人間ならば大丈夫だろうと思って観念した。
「では、これからよろしくお願いしますクライド室長」
「……了解、明日からよろしく頼むな。 ただ、コレだけは質問させてくれ」
「なんですか? 答えられる範囲でしたら答えますけど」
「――俺は腹いっぱい主義なので次の注文をいい加減したいのだが、構わないだろうか?」
「……ボクに構わずお好きにどうぞ」
――そうして、彼女はこのときよりゴーイングマイウェイな彼の助手となった。
「……ああ、そういえばずっとグリモア君に聞き忘れていたことがあるんだが」
「なんですかクライド室長?」
昼食時に食堂でライス大盛のチキンカツ定食を食べながら、クライドは尋ねる。 時空管理局の本局には様々な世界から集まった人間が多いので、世界別にある程度の種類の料理が用意されていた。 クライドの身体は純粋ミッドチルダ人だが中身は日本人だった。 なので、彼が注文するのは大抵第九十七管理外世界のメニューである。 ライスと味噌汁と卵があったらそれだけで幸せだと彼は言う。 対面で食事をするグリモア君は体系に比例して小食気味で、パスタとサラダで草食動物のようにゆっくりと攻めているが、クライドはガツガツと食べている。 育ちの差だろうか? 養父の英国紳士でさえ、彼にテーブルマナーを躾けられなかったようである。
「いや、三年も経って今更なんだがどうして俺を選んだのかと思ってな。 俺より腕が良い古株の人もいただろう? 何か”俺でなければならない”理由があったのかと思ってな。 聞いていなかったよな?」
「確かに今まで聞かれていませんね。 気になりますか?」
無表情に若干の苦笑を織り交ぜながら、グリモアは言った。 クライドは個人的な質問はできるだけしないようにしている。 彼女の訳ありそうな経歴からすれば当然だったが、いい加減三年も経つと少しずつではあるが気になりだしていた。 特に、こういう会話が必要な場面ではそういうことも話の種にし始めている。 慎重というか、臆病というか、実に牛歩な歩み寄りであるが。
「気にならないといえば嘘だな。 で、実際は?」
「――室長への愛が原因です」
「ぶふっ!? ちょ、おま……」
「何をそんなに焦っているんですか? 冗談ですよ」
正直、そういうジョークは笑えない。 クライドがお冷を喉に流しながらぜぇぜぇと荒い呼吸をするなか、しかしグリモアは楽しげ口元を歪めながら続けた。
「理由は……あの中で貴方が一番強そうだったからです」
「そうなのか?」
「それに、あの噂も聞いていましたから」
「噂?」
「――夜中にトレーニングルームで鍛錬したり、武装局員と一緒に訓練している変わり者のデバイスマイスターがいると。 確か……つけられた渾名はBDA<バトルデバイサーエイヤル>でしたか……室長の名前を聞いたときにピンときました」
「ああ、それでか」
「でも、凄い噂ですね。 ”噂”では実戦部隊の武装局員をもう何人も叩きのめして自信を喪失させてるという話です」
「所詮”噂”だろう? あんまり真に受けてもしょうがないと思うぞ。 それに、大抵相手にするのは同格のランクA前後ばっかりだ。 高ランクの相手なんて”滅多”にない」
「そうですか? でも、助手になってから何度かボクは見ていますよ? 相手はだいたいAAAランク前後の人だったと思いますが、貴方に倒されていました」
「他人の空似じゃないのか? 俺と同じ名前で同じように黒髪の提督がいるからな。 そっちと勘違いしたんだろう。 あいつはべらぼうに強い」
「いいえ、ボクが室長と誰かを間違えるなんてのは絶対に”ありえません”」
「……グリモア君、偶に君は大胆な発言をするなぁ」
「そうですか?」
何の照れも無くそういうグリモアに、クライドはそれが素なのかと唸る。 割と言われたら嬉しい言葉なのだが、どうにも彼女はそれがそういう意味で聞こえるということに気づいていないらしい。 こういう無自覚さはあの執務官とどっこいである。 仮にそういうのを武器にしてこられたらいくらヘタレのクライドでも万が一が起こるかもしれない。 某執務官といるときは極力アルコールの摂取は控えているし、平時では自制してはいるが後四年時間を稼げるかどうか微妙なところだった。 何分、色々と我慢するので精一杯なのである。 まあ、それでも生殺しに耐え続けようとするところが臆病なクライドらしいといえばらしいのだが。
クライドは目安として、二十六になるまではそういうのを考えないことにしていた。 逆に言えば、二十六を超えたら解禁である。 後がどうなろうと知ったことではない。 死亡予定の二十五を超えられたのならばもう安心といった具合だ。 その反動がどこに向かうかは分からないが、二十六になったらとりあえず全力でイチャイチャパラダイスをする相手を捕まえる気であった。 捕まえられるかどうかはまったくの謎だったが、そういう野望があることは確かだ。 さすがむっつりである。 オープンにではなく、密かにというところがまたらしい。
「まあ、そのなんだ。 そういう発言は彼氏にでもしてあげると良い。 君は魅力的な女性だから血の涙を流しながら喜んでくれるはずだ。 俺が彼氏だったら、とりあえずデバイスの山を駆け巡るかもしれん」
「……私はフリーなんですが?」
「そうなのか? うーん……あんまりこういうことは言いたくはないが、だとしたらちょっと今のうちから活動的になった方が良いかも知れん。 俺たち<研究室連中>の悪名は色々と管理局中に広がっているからな」
付き合いたくない部署第一位、だらしなさそうな連中第一位、オタクが多そうな部署第一位、自分<恋人>をほっぽらかして趣味に生きやがりそうな連中第一位etc……等など、様々な不名誉なランキングを総なめにしている部署なのである。 できるだけ速くに捕まえておかなければ色々と苦しいことになるかもしれない。
「そのときは室長にどうにかしてもらいます」
「いや、だからなんだってそういう男殺しな発言を躊躇無くするのかね君は。 そういうのはいい人を見つけるまでぐっと胸のうちに仕舞っておきなさいグリモア君。 それだけで君の魅力は五割り増しでアップするのだ。 次元世界の究極真理だぞこれは」
「はぁ、そんな真理があるなんて聞いたことも無いのですが」
「ロマンチストの間では密かなブームだ。 うむ、実に雅<みやび>だ」
「……雅<みやび>? また意味不明な発言を」
どうでもよさそうにパスタをクルクルとフォークに巻きながら困惑する助手の様子に苦笑いしながら、クライドはライスをかきこんだ。 やはり、麺よりライスである。 無論、ラーメンは別腹であるが満腹時の満足度が違いすぎる。
「――さて、おかわりだな」
昼からは例によって例のごとくスクラップ発掘をせねばならない。 無関心を装いつつも雅について考え続ける助手を放置して、クライドは腹いっぱいの源泉を目指した。
「これに、これ。 ん、向こうの地層が怪しいな。 一度全体を把握するべきか」
「室長、ボクは今日はどこが良いですか?」
「ああ、そっちの方で頼む。 多分、その辺りにありそうな”匂い”がする」
「了解です」
スクラップの山に駆け上がりながら、助手に指示を出すとクライドは発掘を開始。 山のように詰まれたスクラップの頂点から周囲を見渡してある程度のあたりをつける。 安全のために白衣っぽいバリアジャケットを着込んでいる。 これは昔スクラップの雪崩に襲われたときに得た教訓だ。 あのときはバリア魔法で助かったが、今思えば後数秒遅ければ生き埋めになっていたかもしれない。 それでも懲りないところが、彼らしいといえばらしいが。
「何がでるかな、何がでるかなっと」
鼻歌交じりに目を凝らしながら、本気で探す。 クライドは使えそうなものはなんでも使う主義である。 その感性から言えば、ここは宝の山であった。 特に、アレの数を確保するためにはここが一番効率が良い。 研究費を使えばある程度数を揃えられるが、それではさらなる研究のための資金がすぐに底を突いてしまう。 なので、できるだけ多くの生き残りを探さなければならない。 死んだ振りをしている奴らを発見し、再利用する。 それがスクラップデバイサーと呼ばれる所以なのだから。
クライドの研究目的はいくつかあるが、基本は訓練学校時代と変わらない。 目指すのは高ランク魔導師を叩きのめせるだけの力をつけること。 そのために、有用なデバイスの開発をするためにクライドはデバイスマイスターを選んだのである。 魔導師としてのポテンシャル限界が早くから露見していたので、コレしかなかった。 質量兵器OKの世界に住んでいたら兵器の類で武装することを選んだだろうが、生憎とここは管理世界。 使えば犯罪者にされるので、その選択はありえない。 だが、デバイスは違う。 アレは魔法科学の産物であり、合法の力となりうる可能性を秘めているのだ。 そのためのデバイスマイスター、そのための研究である。 無論、もはや趣味にもなっているのは言うまでもないことだったが。
「スクラップ、嗚呼スクラップスクラップ。 出でよ高級パーツ!!」
宝探しはとにかく楽しい。 気分はトレジャーハンターである。 無論、当たり外れは当然付きまとうが、お宝を手にした瞬間は思わず『あったぞぉぉぉ!!』などと叫びたくなる。 ここら辺はクライドも男であった。
そうして、そんな彼をチラチラと観察するように見上げる助手は自分の上司の変態っぷりを見ていろいろと再確認をするのが日課である。
(室長、今日も無駄に輝いています)
嫌な輝き方もあったものだ。 最近ではスクラップ置き場に入った瞬間からハイテンションになっている。 もはや条件反射なのだろう。 ここでコレだけ輝ける人材をグリモアは見たことが無い。 仕事中よりも生き生きしている気がするのは、デバイスマイスターとしてどうなのだろうか? いや、訂正。 考えてみれば、デバイスと向かい合っているときもこれぐらい輝いている気がする。 そのベクトルが明るいか暗いかの違いだけだ。 スクラップ物色中はやけに爽やかだが、デバイスと向き合っているときは何故か鬼気迫る執念というか、邪悪な輝きを放っていた。 まあ、つまりはどっちにしても突き抜けて変な方向へ輝いているわけである。
「本当に在った……」
ムムっと無表情な唇を歪ませてグリモアが唸る。 四回に一回ほどではあったが、クライドの勘は当たる。 普通ならば一笑に付して終わるはずなのにやはり、彼は侮れない。 こうして偶に当たりを引くと、さすがのグリモアも少し嬉しい気分になる。 もはや、手遅れだった。 どう見てもクライドに毒されてきている。
「……ベルカ式の槍型アームドデバイス。 生き残ってるのは……やっぱり、カートリッジシステムの方かな」
三年も経てば、生き残りのスクラップにはどの部位が多いかなどなんとなく把握できる。 基本的にデバイスに致命的なダメージを与えるにはコアを狙うのが一番だ。 アレを潰されたらほとんどデバイスは死んでしまう。 だからスクラップの中にはほとんど生き残っているコアは見つからない。 逆に、それ以外のパーツは生き残る可能性が高く特にコアから遠い部分にあるパーツは生き残りが見つかりやすい。 魔力チャンバーやら感応制御系の伝達系が一番多いだろうか。 だが、全く見つからないということも無いので、探せば辛うじて他のパーツも出てこないこともない。 正にスクラップの発掘は宝探しそのものと言えるだろう。
「やっぱりあった」
槍型は柄の辺りに単発式のカートリッジシステムが仕込まれることが多い。 現在の管理局の本局でベルカ式が出てくるのは稀なので、これは大きな当たりである。
「室長、再利用可能そうなカートリッジシステムが見つかりました」
「おおっ、それはまたレアなのを見つけたな。 十字勲章ものの働きだぞグリモア君!! それは一番多い単発式か? それとも亜種のリボルバー型かマガジン型の近代式系か?」
「残念ながら単発式です」
「ふぅーむ、単発式か。 まあ、それはそれで使い道は十分にある。 カートリッジシステムを欲しがる奴が出てくるかもしれないから大事に取っておいてくれ。 単発式は頑丈だから十分に実戦で使えるレベルまで復元可能だろう」
「わかりました」
適当に工具を用いて分解。 そのまま持ってきている鞄に詰める。 まるで機械の如き正確さでグリモアはそれを終えると次を探しだした。 こうして分解するだけでもデバイスの組み立ての勉強にはなるので、ある意味クライドの趣味は新人教育には役に立つだろう。 が、さすがに三年もそれをし続けるグリモアの忍耐力は凄まじいものがあった。 恐らく、普通の人間なら留守番に回るかクライドの下から速く独立しようとするだろう。 が、彼女は何故かそれをせずにその立場に甘んじ続けている。 そのおかげで、新しい新人の話が来てもクライドは何故かくじ引きからも除外されていた。 アレからクライドには新人が一切回されないことが暗黙の了解となっており、少なくともグリモアが一人立ちするまではクライドに全部任せようということになっていた。
人情人事も甚だしかったが、連中はそれを生暖かい目で見守っている。 最近は色々と賭けの対象にもされているらしく同僚の女性デバイスマイスターがグリモアに告げ口していた。 大体1:9でクライドが逃げ切ると予想されているようだ。 あのデバイスマニアを堕せるのは、超高級なユニゾンデバイスでもなければ無理だというのが連中の共通見解である。 が、それはいつもの彼だけを見た印象でしかない。
何故ならば、単純にクライドを落すだけならば不可能では無いだろうと彼女自身は既に結論をだしていたからだ。 そもそも前提としてクライドに好意を抱く異性が少ない。 恐ろしくピンポイントな趣味とあの愉快な性格を受け入れつつ、さらにそれでも好意を抱き続けられるという猛者でなければならないからだ。 恐らくはその前提をクリアしなければ彼とは長く続かないだろう。 アレはそういうアクの強いタイプの男なのである。 そういう意味で言えば、恐らく本当の壁として立ちふさがれる力量を持っているのはあの執務官だけだろう。 何があったのか知らないが、あそこまで彼と自然に接することができる人間がほとんど彼女以外にいないことをグリモアは既に知っている。 少なくとも、本局内部には他にいないだろう。 一応一人ダークホースがいないでもないが、そもそも向こうには友人以上の感情はなさそうだ。 バシバシとクライドに物理的なアタックを仕掛け続ける彼女は、少なくとも何かよほどのことが無い限りはそんな関係になることなどありえない。
ただ、クライドの態度が少しばかり彼女に甘すぎるのが気がかりだ。 好意ではなく、何か負い目を感じるような目で彼女を見ていることが偶にある。 故にダークホースという評価をグリモアは下している。 とはいえ、やはりあの女が一番危険であることには変わりはなかった。
ひたすらにひたすらに地味に攻め続けるあの執務官。 ジワリジワリと歩んでいくその速度こそ遅いが、確実に外堀を埋めて来ている。 このまま何もなければ恐らくは彼女の一人勝ちだっただろう。
(あの調子だと後ニ、三年は現状維持だとは思いますが)
執務官の攻撃は慎ましい。 もっと大胆に迫ればいいものをお上品に攻めるので押し切れないのである。 ボディーブローのように効いてきているのは事実なのだがそれでは確実に時間が掛かるだろう。 そして、そここそが恐らくは攻略ポイントであった。 向こうが遅効性の毒でも、自分は恒常的な毒を盛れる位置にいるのだ。 後は、彼女が盛ってきたそれを超える濃度とインパクトでもって吹き飛ばせば良いだけだ。
(共有時間単位では恐らくは現状ではボクが上。 後は密度だね。 吊り橋効果を生み出す極限状態と、それを意識させる大胆な攻めこそが恐らくはボクがあの女を凌駕して室長を攻略する鍵にな――)
などと、戦略を考えていたところでグリモアは軽く首を振るった。
(――いったいなにを考えているんだろう? こんなことを考えてもボクには意味が無いのに。 やはりボクは確実に室長の影響を受けているのだろうか? ……ありえない。 こんなこと、ありえるはずが無いのに……もしかして本当にボクは――)
何がそうさせたのか。 何がどうなってそうなってしまったのか。 グリモアは困惑する。 そうして、いつもいつも思考に無意味なエラーを感じつつも日課をこなすのだ。 少なくとも、ここ二年はそんな毎日だった。 無論、戦略は考えても実行しない。 というより、することにそもそも意味が無い。 何故かぼんやりと考えてしまっていたが、それはやっぱり頭の中だけにしていた。 今はまだそうだった。
「おお!? こ、これは幻の限定パー……って、なんだ偽者か。 紛らわしい奴だな。 だが、その珍しさが仇となるのだよ!!」
楽しそうに発掘を続ける白衣の男。 それを見ていると、グリモアは自分の悩みが酷く馬鹿らしいものに思えてくる。 正直にいえば、羨ましいのかもしれなかった。 ああも、自由に振舞えるあのクライド・エイヤルという男が。 それは多分、自分には無いものだったから。
「室長、偽者なのにキープするんですか?」
「ああ、偽者だろうと本物だろうと俺は一行に気にしない。 パチモンだろうとなんだろうとちゃんと使えるならなんだって良い。 ついでに、性能が高ければもはや言うことさえない!! パーツは知名度では無く、性能で決まるのだよ。 本物の癖に偽者よりスペックが低ければ、俺は当然偽者を選ぶ!!」
「つまり、機能重視ということですか?」
「そうだな。 基本的には俺はそうだ。 ただ、例外もあるがな……」
「例外ですか?」
「デバイスで言えば、形状とかそうだな。 一昔前のモデルと、今のモデルではデザインなんかが思いっきり違う。 昔のはなんていうか、ゴツゴツしてるっていうか堅いイメージのが多い。 今のはなんか丸いっていうか、流線型が流行だろう? 突き詰められてそうなってきているんだとしても、昔のままが良いっていう連中は今でも結構いるんだ」
「つまりは、使い慣れてるほうが良いってことですか?」
「うーん、それもないでもないけどちょっと違う。 デバイスなんかはロストロギアとかのふざけた規格外品を除けば新しい方が良いっていうのは通説だ。 性能は言うに及ばず、ありとあらゆる面で進化してきている。 戦術的優位を確保するんなら、強い方が当然良い。 良いんだが、やはり思い入れとかがあったりするとついつい取っておきたくなるのが人間という奴だろう?」
「はぁ……それが室長が言う愛という奴ですか?」
「かもしれんな。 勿体無いと思う感情をそう呼べば良いのかは分からんが……要因とかにはなってるはずだな。 無自覚な奴にはさすがに俺にも抱き辛いが、ずっと一緒にやってきたってんならそういう感情を持つのも在りだと思う。 デバイスを愛せよグリモア君。 俺たちにとっちゃあ商売道具だし、それにあいつらはああ見えて繊細だ。 持ち主は言うに及ばず、俺たちデバイスマイスターが愛してやらんと拗ねてしまうぞ」
「所詮は人間に作られた道具ですよ? 知性を擬似的に与えられたインテリジェントデバイスもユニゾンデバイスもそうです。 そんなものに室長はどうして愛を語るんですか? ボクにはちょっと理解できません」
「そんなの決まっているよグリモア君。 他の誰でもない”俺”がそうしたいからだ。 どうだ、シンプルかつ分かり安い理由だろう?」
「……室長の場合、本気ですから尚更性質が悪いです」
「ははは、本物のデバイスマイスターになったら分かるさ。 それに、こういう理想論とかそういうのにこそリアリストには感じられんロマンがある。 だからこそ、止められないんだ!!」
ニヤリと唇を釣り上げながら、呆然とした様子のグリモアにクライドは言う。 グリモアもさすがにいつものことなので目を瞬かせることぐらいしかしないが、そこまで言い切れるこの男への興味だけはやはり膨らんでいた。
デバイスマイスターの中には彼のようなタイプもいるが、そうではなく全く正反対の人間もいる。 機械は所詮人間の道具。 それが事実で、それ以上などありえない。 無論それは正論だ。 どこまでいってもその事実は変わらない。 AI<人工知能>を与えても、所詮は人間が円滑に使用するためのインターフェースに過ぎない。 そう言うのは簡単だ。 でも、だからこそクライドのように考える人間がいることをグリモアは否定したいとは思わなかった。 デバイスの気持ちになって考えれば簡単に想像できる。 どちらの”側”に居れたら嬉しいのか、なんてことは特に。
「……貴方のデバイスになれたデバイスは幸せかもしれませんね」
作業を続ける白衣の男を見上げながら無感情に僅かばかりの感情を込めてグリモアは呟き、室長に続けとばかりに仕事を再開した。 無論、その仕事とはスクラップ探しである。 通常業務に含まれない凡そ趣味の延長のような仕事であったが、それでもグリモアは今日もクライドと共にスクラップを発掘し続けた。
「ちょっ!? く、この――」
夕食を終えた後のトレーニングルームにて、次々と桃色の弾丸がクライドを襲っていた。 高速で飛来するその弾丸は全て直接射撃系。 誘導操作を一切含まない純粋銃撃魔法だった。 引き金が引かれるたびに吐き出されるその桃色の弾丸には全く容赦がない。 まるでマシンガンのように連打される弾丸を吐き出しているのは、管理局でもまだまだ使い手が少ないとされる拳銃型デバイスによる連射だ。 それを扱うものの動きに迷いはない。 ほとんど勘を頼りにクライドの動きを予測して次々と打ち込んでくるのだが、なんという神業か。 その大抵がクライドに命中するコースを突き進んでいるのだからたまらない。
「それそれそれ、踊って踊って踊り狂いなさいクライド!!」
最近では陸戦AAにカテゴリーされる程に力をつけた彼女は、某戦闘狂のような恍惚な笑みを浮かべながら引き金を引く。 射撃時のマズルフラッシュによって照るその輝きは、少しばかり危険な魅力に満ちている。 武装隊の中でも小隊リーダーを努める彼女の名はフレスタ・ギュース。 クライドの訓練学校時代のクラスメイトにしてドSな暴君である。
「くそ、ガンナーズハイ<銃撃陶酔>に酔ってるんじゃねぇフレスタ!!」
「あー、気持ちいい最高!!」
夜の定時上がりで食事をした後、偶々食堂で見かけたので暇なら訓練に付き合ってくれと声をかけてみたらこの様だった。 回避迎撃の訓練をしたいから一定距離を開けて撃ちまくってくれといったのだが、すでにそんなことは彼女の頭には無いらしい。 初めのうちはまだ良かった。 一応頼んだとおりの誘導弾が次々と飛来してきたので、それをAMBを纏ったブレイドで切りまくっていたのだが、あまりにもクライドに命中しないので業を煮やした彼女が少しずつ難度を上げると言って直接射撃系を使い始めた。 ある程度身体も温まってきていたので、次のステップとばかりにクライドはそれに応じた。 だが、そこから地獄が始まった。
武装局員として長距離狙撃だけではなく、近距離の射撃技術までモノにし始めた彼女の戦闘能力は当時の比では無い。 基本は一撃必殺のタイプなのだが、近距離は数が勝負だと言わんばかりの弾幕狂に変わっていた。 リンディの影響では無いと思う。 それならば恐らくは誘導操作系の弾幕を得意とするはずだ。 昔にいたフリーランスの魔導師の真似しようしているらしいのだが、もはや既に自分の身体の一部になっているようだ。 強力な遠距離魔法を持ったまま、近距離に対応したガンナータイプは酷く戦い辛い。 というより、回避迎撃の訓練で弾幕を張られるともはや虐めでしかないだろう。
「自重しろフレスタ!! 俺はバトルマニアな武装局員と違って酷く繊細でデリケートなデバイスマイスターなんだぞ!!」
「ただのデバイスマイスターが私様の銃撃をここまで避けられるわけないでしょ。 あんたにはコレぐらいやってやらないと訓練にもなりゃしないのよ。 BDAの称号が無くわよ?」
「く、大体それだってお前が面白半分で俺を生贄にしたからじゃねぇか!! あの時お前が『クライドを”二人”倒した人とデートしてあげる』とかなんとか言って武装隊連中を焚き付けなきゃあんな称号は無かったはずだ!! この愉快犯め!!」
「いいじゃないのそれぐらい。 それに、そのおかげで色々と実験できるんでしょうが」
「トレーニングルームに入る度に武装隊連中に飢えた目で睨みつけられる俺の立場を考えろ。 ついでにお前酷すぎだぞ。 クライド二人って俺とディーゼルの二人だろ? 連中が大抵Aランクなのにお前はあのS+に挑ませようってんだ。 最初からデートなんてする気ないんだろうが!!」
「当然じゃないの。 私が美しすぎるせいだって言うのは十分に分かっているけれど、飢えた連中とデートする気なんてこれっぽっちも無いわ。 ああ、速く私にも白馬の王子様が颯爽と現れないかしら?」
「その性格さえなければ選り取りみどりだってなんで気がつかない!! 男として連中への同情を禁じえんぞ!!」
バトルデバイサーなんて渾名を作った張本人は、しかしまったく悪びれない。
「ふんだ、目先の欲望に目が眩んだ”馬鹿な童貞男ども”が悪いんでしょう?」
「く、さすが暴君……男が一番言われたく無い言葉を平然と何の躊躇も無く吐きやがるとは……」
絶句するクライドだったが、それでも彼もまた男である。 男の尊厳を守ろうと必死に舌戦に抵抗する。
「そうは言うけどな、もしかしたら純粋にお前に好意を持っている奴もいるかもしれんだろう? そいつらのなけなしの勇気さえお前は否定するのか?」
「あのねぇ、もしそんな人がいたらこの話をした時点で”私のために”止めに入ってるはずでしょ? 一緒になってあんたを倒そうと躍起になる時点でアウトよアウト。 アウトオブ眼中って奴よ」
「ぐぬぅ、正論だけに言い返せん……」
あの時、よって集って群がってきた連中を思い出しクライドは少しばかりげんなりする。 特に、年下連中の意気込みが凄かった。 フレスタの新人教育が”しっかり”と行き届いているらしく、我先にと突撃してきたものだ。 普通ならばその時点でクライドに勝ち目など無いはずなのだが、連中は”短縮”組だった。 人手不足解消のために実験的に短縮されまくった教育課程を踏んできたせいで、微妙すぎた奴ばかりだったのだ。 まるでカモである。 コレ幸いとクライドの開発した新デバイスの餌食になっていったものだ。 ただ、誤算だったのはその後ルール決定がなされ、一対一になってからのことだ。 なんと、フレスタより少し上のベテラン連中まで参戦してきたのである。 これにはクライドも焦った。 焦って焦って、しかし負けたらフレスタが逃げないように準備していたペネトレーションバスターによって吹き飛ばされることは確実だったので、泣く泣く叩きのめした。 対高ランク魔導師用新型デバイスと、一対一という条件設定が無ければ、恐らくは負けていただろう。 勝つには勝ったが、そのほとんどが紙一重であった。 もう二度とやりたくないと思ってはいるが、トレーニングルームにやってくる度に連中と遭遇するので逃げられない。 最近は一日一人だけというルールを追加したことで、勝手に挑戦権を勝ち取るために潰しあいをしてくれているおかげで落ち着いては来ているが、一時期は凄いことになっていた。
多分、その頃にでもグリモアが見たのだろう。 最近は彼らの熱も落ち着いてきているし、あまり戦った記憶が少ない。 勝てないと思って諦めたのか、それとも勝つための修行を積んでいるのかは分からないが、それでも平和が続く今が永遠に続けば良いとクライドは思う。
「しっかし、最近落ち着いたな。 平和なのはありがたいが平和すぎて不気味だ」
「ああ、それは違うわよ。 あの子たち徹底して貴方対策のシミュレーションをやってるもの。 ある程度データが出揃ったからそれを吟味しながら作戦を立ててるのよ」
「はぁ? そこまでする意味が分からんぞ?」
「そりゃ、貴方が武装局員としての面子をことごとく叩き潰したからでしょ? 貴方に敗北した連中には洩れなくデバイスマイスター以下の武装局員っていう不名誉な称号が与えられるのよ? 名誉を挽回するために躍起になるのは当然じゃない。 誰だって給料泥棒って呼ばれたくないでしょ?」
「……鬼だなお前。 そうやって連中を鍛えてやがるな?」
「まあね。 けど、訂正しときなさいクライド。 私はどっからどう見ても美女でしょ?」
エッヘンと小さくない胸を張りながらそういうとフレスタは快活に笑う。 銃撃はその頃には止んでいた。 色々とストレスを発散したかったのかもしれない。 実際の戦闘ではこんなにバカスカ砲撃を撃つ機会は少ないらしいので、いいガス抜きになるのだろう。
「けど、本当に貴方勿体無いわね。 デバイスマイスターなんか辞めてうちに来れば良いのに。 エースはまあ私様がいるから無理だろうけどナンバーツーぐらいはあげても良いわよ?」
「冗談じゃない、前線に回されるのは御免だよ。 それに、俺は基本的に集団行動が苦手なんだよ……多分俺を混ぜても命令無視とか独断専行をしまくるぞ?」
「まぁ、あんたは好き勝手動くタイプだからそうなるかな? なんていうか……物凄く上の連中に反発しそうだもの」
「そして、辺境か最前線へノンストップでゴーか? やめてくれ洒落にならん」
「始末書のエースとか呼ばれてそうだわ」
想像してみると、意外にありえそうでフレスタとクライドは揃って笑った。 そうして、しばし休憩するために二人は自販機へと向かう。 適当にスポーツ飲料を二本買うと、クライドはフレスタに付き合ってもらった礼の意味もこめて放り投げる。
「ほれっ」
「ん、ありがと」
プルタブを開け、適当にベンチに座るようにしながら二人はそのまま話し込む。 クライドは割りと自由な時間を作ろうと思えば作れるが、フレスタはそうは行かない。 武装隊連中は有事の際に備えての待機シフトが多いので、自由な時間はあまり無い。 偶に会えば話し込むことがザラであった。
「そういえばあんたのあの銃型デバイスってさ、私らにも用意できないの? アレがあれば少なくとも上のランカーともいい勝負が出来ると思うんだけど……」
「用意できないことは無いんだが、色々と制約が多すぎる。 それに何より、合法ギリギリだから上の連中に目をつけられるかもしれん」
「そうなの?」
「それに、一番難しいのが数を揃えることができないことだ。 デバイス本体は別にそんな難しいもんじゃないんだが、弾の方が問題だ。 一発撃つのに普通は三日掛かる。 しかも、それを作れるのは多分管理局内じゃあ俺だけだ……色々とまだまだ課題も多いしな。 なんだ、またデバイスが心元無いのか?」
「うーん……ほら、最近何かと物騒じゃない? ”あの時”と比べるとあんたのおかげで随分マシにはなってるんだけど……どうもね。 嫌な予感がするのよ」
軽くお腹に手を当てるようにしてフレスタは言う。 その顔にはいつもの快活な様子は無く、武装隊の小隊リーダーの憂いがあるだけだった。
「……まだ痛むのか?」
「ん? ああ、もう大丈夫よ。 偶に疼くけど……問題は無いわ」
真っ先に傷つくのは前線で戦う連中である。 特に、力の無いものにそれが顕著だ。 どれだけの準備をしたところで、戦闘をすればリスクはついて回る。 戦うとはそういうことだ。 無傷の勝利ばかりなどありえない。 敵も必死で抵抗するのだから。
「……そうか。 なら、データ取り手伝え。 それで何とか数発分は用意してやる。 ついでに完全なオーダーメイドにこの際変えとけ。 いい加減、お前もそれぐらいは持った方が良い。 本当なら武装局員全員そうするのが良いんだけどな……」
さすがに、そんな予算的な余裕はどこにもない。 だからこそ、クライドは苦々しく思う。 力が無いのならば装備を高価にするのが当たり前だが、その当たり前ができないのだ彼女たちは。 仕方が無いこととはいえ、それでもやはり色々と思うところはあった。
「……悪いわねクライド。 さすがにちょっと無理言ったかもしれない」
「気にするな、俺にできるのはそれぐらいだ。 あのときみたいに何も出来ないよりは断然マシだろ?」
「もう……あんまり気にしなくても良いのに。 アレは私の言い訳じゃない」
「お前にとってはそうなのかもしれんが、俺にとってはここ数年で一番堪えたことだ。 気にするな、俺の勝手なお節介だよ。 ああ、それと予算の方も任せろ。 全部俺の方で持ってやるよ。 その代わり、データ取りの時間をなんとしても捻出しろよ? でないと作るもんも作れん。 中途半端なもんを持たせる気は毛頭ないからな」
「――うん、本当にありがと」
軽く俯くようにしながら、フレスタは言う。 フレスタは小隊のリーダーだ。 当然、その重圧は重いだろう。 彼女には責任がある。 リーダーとして部下の命を守る責任が。 今のままでもやれないことは無いかもしれない。 けれど、それが永遠に続く保証など無い。 少しでも何かできることをしておかないと、心が苦しいのだろう。 フレスタ・ギュースはリーダーシップが強い人間であり、人を強引に引っ張っていく才能が元々あった。 けれど、表に出さないような弱い部分は勿論彼女にだってあるのだ。 部下の前では出せないものだったが、旧知の人間の前でしか出せないその弱さを甘えということが誰にできようか。
人のことに責任を持たなければならない立場というのは、往々にして辛いものだ。 特に、命のやり取りをする場合は特に。 誰か支えてやれる奴が側にいればとも思うが、まだ彼女にはそういう人間がいない。 ならば、友人が気を使ってやるしかないとクライドは思った。
「希望はあるか? 変則型か特化型か色々と悩むところではあるが……」
「そうね……あんたに全部任せるわ。 あたしのことを良く知ってるあんたが作るデバイスなら問題はないでしょ?」
「む、それは俺<デバイスマイスター>に対する挑戦状か? ふむ、良いだろう。 後で絶対に参ったと言わせてやる」
「ふふ、それは頼もしいわね」
暗鬱な空気を振り払うようにしてクライドは立ち上がると、飲み干した缶をゴミ箱に放り投げる。 ガタンと音を立てる空き缶が、ゴミの仲間入りを果たした頃にはフレスタも中身を飲み干していた。
「さて、そろそろお開きと行くか。 明日も待機シフトだっけか?」
「うーん、明日は予備待機かな。 なんかあったら借り出される奴」
「トランスポーター様様だな。 まぁ、なんにしても頑張ってくれ。 次元世界の平和はそっちの腕に掛かってるんだからよ」
「ふふ、任せときなさい。 私様が悪党をコテンパンにしてあげるわよ」
と、そう言って分かれようとしたときだった。 フレスタが不意にクライドに言った。
「そういえば、あんたまだリンディちゃんに手を出していないみたいね? いい加減観念したら? 二人から相談される私の身にもなりなさいよね」
「……そ、その案件については二十六になったら回答する!! てか、なんで二人?」
「リンディちゃんと後はディーゼル君よ。 リンディちゃんはもう一杯一杯って感じだし、ディーゼル君の方は本当に泣いてるわよ? デート中に彼女が上の空だけどやはり嫌われているんだろうかとか」
「ちょっと待て、それ以前にお前あいつと仲良かったのか?」
「アレ? あんたに言ってなかったっけ? ディーゼル君は訓練学校時代から私のメル友よ?」
「し、知らんぞ!? 初耳だ!! くそ、あのあんちくしょう……リンディだけでなくフレスタにもちょっかいを出してやがるのか……許せん!! 俺が水際でギリギリ我慢しているというのに……なんて羨まし……ええい!! また今度叩きのめすべきか。 無論、俺のデバイスでな」
「……あんた、ディーゼル君に勝つ気なの? 彼半端じゃなく強いわよ?」
「昔卑怯な方法で一度勝ってる。 ”今なら”真正面から叩きのめしてやれるかもしれんな。 無論、博打になるのは分かりきっていることだがな」
「……あんな不条理存在<高ランク魔導師>に勝てる確率をはじき出すあんたが、私は時々心底怖いわ」
「ふはははは、バトルデバイサーエイヤル君を舐めるなよ!! 我がデバイス道に不可能は多分無い!!」
というよりも、元々が対高ランク魔導師思考で固まっている男である。 ”提督になって艦長席でふんぞり返っている奴”に負けてやるつもりなどクライドにはなかった。 まあ、実際は今もディーゼルは戦闘力を維持しつつ高める努力を怠っていないのだが、ほとんど会うことの無い男のことなどクライドが知っているわけがなかった。
「まぁ、程ほどにしなさいよ?」
「おう。 んじゃまたな」
片手を上げて見送ると、二人はそのまま自分の部屋の方へと帰っていった。 その帰り、クライドが考えるのはやはりデバイスのことである。 本職の砲撃魔導師のデータは確かに欲しかったので、渡りに船といったところだが、どういうデバイスにするかは悩むところだった。 フレスタの戦い方はトレーニングをつき合わせているせいでだいたい把握してはいるが、だからこそ悩む。 デバイスマニアの意地の見せ所であるから、本当に心の底から驚かせてやりたい。 あのときはそもそもそんな余裕さえなかったが、今は違うのだ。 自分の裁量でどうとでもしてやれるのである。 ならば、絶対に満足させてやらなければならない。
――あはは、あんたの忠告聞いて無理にでも予算捻出させとけば助かったかな?
メディカルルームのベッドの上で、包帯でグルグル巻きにされたフレスタがあの時そう言って苦笑いしながら言った言葉を今でもクライドは覚えている。 復帰は問題無いらしいが、お腹の辺りに傷は残るという話だった。 正直、あのときほど堪えたことは無い。
当時、クライドはまだ室長でもなくただの助手でしかなかった。 フレスタからデバイスについて相談を持ちかけられたときにただただ忠告することしかできなかったのだ。 助手に研究予算をどうこうする権限は無く、またフレスタの方でも事実上どれだけの無理を言っても予算を捻出させることなどできない状況だった。 資金が無ければ何も出来ない。 支給品の量産型、それも二つ前の世代のそれでギリギリの戦闘を強いられていたフレスタにクライドができたことは何も無かったのだ。 ただ、可笑しいとは思った。 普通ならばもう一つ上の正式装備のデバイスになっているはずなのに。 そのことの意味をクライドは知らなかった。
それを知ったのはフレスタが負傷してからのことだ。 どうにも、上の奴が自分のデバイスに予算をつぎ込みまくったせいでその下の連中の予算が削られていたらしい。 それは、”高ランク魔導師”のせいだった。 もし、それが下の連中のために前に出るタイプのストライカーと呼ばれるような立派な魔導師だったならばクライドはまだ溜飲を下げただろう。 だが、違う。 その魔導師は階級を傘に来て低ランク魔導師を平然と使い捨ての盾にするタイプだった。 その現場の実情を知って愕然とした。 それがまかり通るような腐敗体制が現実にあることと、そうやって世の中が回っているという事実にもだ。
高ランク魔導師デバイスは基本的にはオーダーメイドである。 その本人の魔力資質を十分に発揮できるようにして作られる。 無論、デバイスが進化すれば進化するほどその予算も跳ね上がるが、かといってそんな進化に合わせて変えたのでは予算が追いつくはずがない。 そんな潤沢な予算など海にも無いのだ。
それに、そもそもが間違っている。 何故弱い奴が強い奴を守らなければならないのか? 普通は逆だ。 切り札にするにしても、単独で戦えない大砲屋であったならば尚更盾になる連中に気を使わなければならない。 そうでなければ、成り立たないはずなのだ。
無論こんな例はごく一部だ。 ほとんどは良識ある連中だと信じたい。 だが、その極一部の最低な魔導師に当たってしまった低ランクの運命は悲惨の一言である。 フレスタが知り合いだったから特にそう思ったのだろう。 どうにかしてなんとかしてやりたいとクライドはその頃に思ったものだ。 高ランク魔導師にほとんど提案をしないのはそのせいだ。 連中のデバイスの強化をすればその部下へのためのの予算が大幅に削られる。 それがどんなことになるかを考えるだけでクライドは怖かった。
それに、時空管理局という組織には不自然なところが色々ある。 高ランク魔導師をどうにも擁護しすぎるのだ。 絶大なる戦力であるはずなのに、昇進が優遇されたりしている現実。 普通に戦えば普通に戦果を挙げられるのに態々なぜそんなものが存在するのだろうか。 それに加えて強い奴が容易に後ろに下がれるシステム構造が確かにある。 前線で結果を出して昇進するのは分かるが、キャリアコースでのあのランクや希少技能保有者に対する試験免除制度はなんだ? 高ランクを持っていることと試験免除に何の繋がりがある? それは管理局の人材不足の観点からすれば絶対にしてはならないことのはずだ。 魔法が使えない人間が一歩一歩上っていくはずの階段を、連中はエスカレーターに乗って駆け上がっていく。 そうして、前線の苦労を知らないままに上の椅子に座るのだ。 これほど恐ろしいことはない。 力を持たない連中の気持ちを理解できない奴が量産されていくのだ。 これが高ランク魔導師至上主義社会の弊害といえばそうなのかもしれない。 だが、そういうことを考えていくとやはり高ランク魔導師というのが嫌いに思えてしょうがなかった。
コレは僻みなのだろうか? 持って生まれたモノが無い連中の嫉妬とかそういう醜い感情が生み出したどす黒い感情なのだろうか? 自分が高ランク魔導師だったら、そういう連中の仲間入りをしていたのだろうか? 分からない。 クライドにはそれを想像することさえしたくなかった。
クライドの対高ランク魔導師デバイス思想には、現在の管理局の前提を破壊する研究が存在する。 仮にそれを世に出すことができるかは分からないが、それができたら高ランク魔導師など無用の長物になるだろう。 無論、完成しても世に出せないかもしれない。 連中が躍起になってその存在を否定することは目に見えているからだ。 だが、それでもやってみたいとクライドは思う。 それは一人の低ランク魔導師としての、デバイスマイスターとしての確かな野望の一つでもあり意地であった。
「だいたいは俺の試作品の発展形で良いよな……とするとマガジンの方と後カートリッジの方も欲しいな。 ついでに、弾切れも考慮して……となると――」
ブツブツと呟きながら通路を歩く。 その間もクライドは考え続けた。 もう二度とあんな無力感を味わうのは御免だ。 今できる最高のデバイスをフレスタにくれてやろう。 高ランク魔導師が来ようが、連中が尻尾を巻いて裸足で逃げ出すようなそんなふざけた奴を作ってやりたい。
――明日から、少しばかりクライドの研究室は忙しくなりそうだった。