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憑依奮闘記2 第三話

 2008-09-07
 暗黒の深遠、深淵よりも深い虚無の中だった。 眼を見開けばそこにあるこの虚空には、いつもならば俺たち二人しかいない。 だが、どうしてか今日に限っては六人いた。 無論、それは俺を含めてだ。 右側にいるのは中心に立ってジッと虚空を見つめるリインフォース。 それだけならば別になんということは無い。 もうこんな夢にも慣れていたからだ。

「……ザフィーラ?」
 けれど、リインフォースの前に立つ青年の背中を見ればこれがいつもと違うということに気がついてしまった。 辺りを見回してみれば、リインフォースを中心として十字の位置に立つ守護騎士<ヴォルケンリッター>の姿が眼に入る。 前にザフィーラ、後ろにシグナム。 左にシャマルで右にヴィータ。 ベルカを象徴するという剣十字。 その構図を取りながら、皆一様にこの場所に存在している。 何故、そうなっているのか? それは理解できない。 ただ、何かが今までと変わっているということだけは理解できた。 

「どういうことだ? こんなこと、今まで無かったんだがな」

 髪の毛を掻きながら軽く頭を唸る。 どう考えても、偶々などと楽観視することはできない。 物事には絶対に過程と結果が存在する。 この結果を生み出す過程が少なくともあるはずなのだ。 だが、やはり分からない。 守護騎士連中に近づいて声をかけてみるが、やっぱりみんな俺を無視する。 というよりも、気づけないといった方が正しいのか。

「ザフィーラ以外は久しぶりだってのに、皆随分とつれないなぁ。 ぐすん」

 嘘泣きをしてみるが、皆さん綺麗にシカトです。

「ちっ、こうなると暇で暇でしょうがないんだよなここ」

 舌打ちを一つして、その場に寝転ぶ。 見えない地面があるようで、とりあえず何かが身体の下にあることだけは確かだった。 攻撃すれば何か反応があるかもしれないが、さすがに本稼動前の俺の魔道書にどんな影響があるか分からない。 迂闊なことはするべきではないだろう。 そのままなんとはなしに考え事をすることにした。 することなど無いのだから、精々無味生産的な想像でも巡らせよう。

 例えば、そう。 俺の魔道書についてだ。 正史の流れから考えれば、辻褄を合わせるとしたら二十五になれば俺は行動を起こさなければならない。 俺で”終われば”問題無いのだが、そうで無い場合には次代の王に愛と勇気で奇跡を起こしてもらわなければならないだろう。

 都合良く八神はやてが次の夜天の王になるかは未知数だが、割と高確率でそうなるのではないかと俺は思う。 単純に考えて魔法資質とタイミングの問題だ。 夜天の書の存在理由が、各地の優秀な魔導師の魔法の研究用の資料にするためだというのなら、夜天の書の転生機能にはある程度のフィルターがあると思われる。 もし本当にランダムで転生先を選ぶのだとしたら、魔法が使えない一般人に転生する可能性が出てくるからだ。 だが、そんなのは時間の無駄だし、そもそも意味が無い。 であれば、ある程度絞込みがされるはずだ。

 恐らくは転生しても魔法資質が及第点以下ならば除外し、次の獲物へと転移するとかそういうのではないだろうか? ある程度資質が低くても希少技能<レアスキル>持ちであるか、あるいは高ランクの資質があればその人物を主とするのではないかと思われる。 勿論、勝手な想像だがこれが一番ありえると思うのだ。 何分、これなら魔法の蒐集という魔道書の仕事を一番効率的に行える。 俺なんかは多分レアスキルが該当したんだろう。 でなければ可笑しい。 だが、多分俺ならばあのときの俺は選ばない。 もっと確実に魔法に触れる人間、ある程度の魔法を習得してそれなりの年齢になった人物を転生先に選ぶだろう。 もっとも、その場合は闇の書についてなんらかの対処方法を編み出す人間が出てくる可能性が出てくるので、今のようにある程度知識を持っていないだろう低年齢の法が良いのかもしれない。 まあ、この辺りは趣味の問題といったところか。

 思うに、この夜天の書を改造した奴は恐らく相当のひねくれ者かあるいは切れ者である。 システムとしての夜天の書のやり方は酷く狡いし、えげつない。 だが、少なくとも理に適っている。 人間の持つ道徳とか倫理などのそういうのを一切無視し、ただただ効率だけを追求した仕様となっている面ではだ。 ただ、こうやって色々考えると一つだけ絶対に腑に落ちないことがある。 そんな奴が、どうしてこんなにも使い難い仕様にしているのかだ。

 正直、固定された主などは必要ではないと思うのだ。 普通のユニゾンデバイスのように、そもそもが専属であるというのなら話は別だが、夜天の書はそうではない。 転生した主に、ページが全部埋まったら初めて単純な力を与える万能型のユニゾンシステムで構成されているはずだからだ。 蒐集してきた魔法や主の資質に応じて最適化し、活動できるのだから魔導師ならばそもそも誰が主になっても良いはずだ。 いっそのこと、持っている奴を主にしてしまえば良い。 それを巡って主候補が勝手に争う間に効率的に蒐集が成されるだろう。 いや、さすがにそれは危険だろうか? だが、転生機能と無限再生の機能を考慮すれば別段どうでも良い気がするのだが。 まあ、深く考えても詮無きことか。

「そういえば、あいつらは今頃何をやってるのかねー」

 シグナムはフリーランスとしてアギトと共に荒稼ぎしているという話しだし、ヴィータとシャマルはミーアたちと専属契約を結んでいる。 遺跡巡りにはシグナムたちが合流したりするという話だが、果てさて。 古代の遺跡なんかの防衛装置もあの三人に掛かればボコボコだろう。 大変に気の毒な話である。

 それと、ザフィーラは今頃どうしているだろうか? 帰り際に妙な気の使い方をするから、ミズノハ先生やらアーク店長にからかわれてしまったじゃないか。 あれは恐ろしく居心地が悪かった。 ついでに言えば胃がきりきりと痛んだものだ。 あれじゃあまるで俺が悪い男みたいじゃあないか。

 リンディとグリモア君が何故か飲み比べを始め、ついでに色々と愚痴を聞かされるしで散々だった。 しかも帰りに酔いつぶれて無防備にぶっ倒れるとかどんだけストレスをためていたのだろうか? やはり、執務官ともなれば当然想像を絶するほどの激務なのだろう。 息抜き程度にでもなってくれれば、まあ誘ったかいもあるのだが少しばかり心配だ。 グリモア君は逆に平然としていて頼もしかったのはご愛嬌だったが。

 とりあえず、リンディには今度会ったら同姓の同僚以外とは飲むなと言っておこう。 間違ってもディーゼルは駄目だろう。 男というものはすべからく狼なのである。 送り狼とか危険は色々とつきものであるし、そもそもなんだ。 俺の精神衛生上よろしくない。 飲んでいて理性がプッツンしたとかそういうことは往々にしてありえるかもしれんし、真面目な奴ほど理性のタガが外れた場合は極端に走るかもしれん。 うむ、これは確実に釘を刺しておかねばなるまい。

 無論、部屋へと送っていったときには俺はグリモア君にも一緒に来てもらった。 何分、俺もいい年の男である。 抑えていたとはいえ飲んでたし、間違いが起こる可能性も無きにしも非ずだった。 まあ、そこはさすが一線を超えないように逃げ切ることに定評のある非常に紳士な俺である。

――なんとか耐え切ったぞこんちくしょう。

















憑依奮闘記2
第三話
「手掛かり」













 その日の夜、ザース・リャクトンは南部の方で発生した特殊な事件の対応に借り出されていた。 本当は彼は東部の人間なのだが、人手が足りないという理由と偶々手が空いていたという理由が相まって白羽の矢がたっていた。 ここ最近事件事件のオンパレードで、いい加減辟易してきているところだったが、それが捜査官の仕事である。 少しばかり億劫だったが、車を飛ばして現地へとやってきていたのだった。

 向かった先は自然の多く残る南部のアルトセイム地方、その中でも一つの名所と数えられていた古い遺跡がある所だ。 遺跡といっても、それはかつてミッドチルダの魔法科学によって作られた次元航行も可能な巨大な移動庭園であり、所有者が存在していた。 ここ最近では高額のため買い手がまったくつかないことで、ホテル『アグスタ』のオークションに出そうと準備されていたものである。 今現在はまだその持ち主個人の所有物といった具合だったが、前評判でいくつかの金持ちや大企業がオークションで買い取ろうという動きもあったという。 その遺跡の名は『時の庭園』といった。

「――わかんねぇな。 なんでこんな馬鹿でっかいもの盗む必要があるんだ? 改造して要塞にでもしたいのかね?」

「さぁ? それは犯人に言ってもらわないと分かりませんよ。 まあ、ここいらでは有名なものですからねぇ。 無くなったのは一大事ってなもんですよ。 近々売りに出されるって話もあったんですがねぇ、地元の人間からすれば寂しい話です」

「なるほど、この地域のちょっとした名所って奴なんだな。 人気があったのか?」

「近くの子供には人気ですよ。 ちょっとした隠れ家とか秘密基地みたいなもんです。 持ち主もまあ、生活区画以外の場所は立ち入り自由にしてくれたりしてましたし、割りと土地の人間には思いいれが強いもんですよ。 かく言う私も絵描きの嫁さんとはそこで出会いましてね」

「はは、思い出の場所って奴かい? なるほどそいつは尚更どうにかして見つけてやりたいな」

 地元の捜査官の人間に詳しい話を聞きながらも、ザースはその微笑ましいエピソードには苦笑を禁じえない。 最近はミッドチルダでもあちこち事件が発生しているが、ここら辺りはあまりその影響を受けていないのだろう。 殺伐とした捜査の日々ばかりだったせいか、そういうのを聞くと少しばかり和んでしまう。 だが、ずっと和み続けるわけにもいかない。 単純に盗まれただけならば、そもそも自分に声がかかるわけが無いのだ。 魔導師絡みの案件だからこそ、陸課特殊犯罪捜査部の彼が助っ人として呼ばれたのだから。

「……で、目星はついているのか?」 

「それが皆目。 ただ、当日に数時間前にもう一つ事件が発生してましてね。 そちらと関係があるかもしれないと思いまして応援を頼んだんです」

 そういうと、捜査官の男はビニール袋に入れられた証拠品を見せる。

「これは……デバイスか?」

 ビニールの中に入っていたのは、待機状態のデバイスだった。 首輪型のそれは、一見すればただのペット用のそれにも見える。 だが、光り輝くコアがそれがデバイスであると証明していた。

「展開状態で庭園近くの川原に落ちていました。 収納スペースには使用済みの圧縮魔力カートリッジ十二発、予備弾装二個が残ってます。 また、デバイス内部には装填済みカートリッジ十二発、内一発は使用済み。 デバイスのログは後で確認してもらえば分かると思いますが、明らかに何者かと交戦していた後があります。 魔導師がもしかしたら事件に介在している可能性は十分にあるでしょう。 正直、この辺りでは犯罪事態が起こることでも稀なんですが、そこに魔導師もいるとなると少しばかり心元ありませんのでね、貴方に来てもらいました。 何分、ここら辺では派遣されている魔導師は少ないんで、もしもがあった場合に対処できる人員が欲しかったのです」

「なるほど……それで、デバイスの持ち主は?」

「ザフィーラというらしいです。 なんでも、本局の魔導師の使い魔だとか……」

「……は? もしかして、そいつ狼ベースの使い魔の奴か?」

「ええ、おや? もしかして知ってるんですか?」

「……知り合いのデバイスマイスターの使い魔だ」

「それは……では、クライド・エイヤルさんも知っていますか?」

「俺のダチだ。 ……まさか、もう一つの事件ってのにあいつが関与しているのか!?」

 正直、信じられない気持ちだった。 ザフィーラの強さを知っているだけに、ザースは唸る。 少なくとも、学生時代は一度も勝つことができなかった。 それぐらい強かったのだ。 険しい顔を浮かべるザースに、捜査官は気の毒そうに言う。

「――それは分かりません。 ただ、そのクライド・エイヤルさんの家が何者かに破壊されていまして、ザフィーラという使い魔は現在行方不明です。 付近の住人の話によれば、彼に似た人物と紅い鎧を着た誰かが戦っているのを見たという話があります。 それと、槍を持った青い髪の女が飛んでいたという証言もあります。 もしかしたら、管理局員を狙ったテロか何かに巻き込まれた可能性も……」

「なんてこった……」

 ザースは正直、自分が今どういう顔をしているかさえわからなかった。 苦笑いでもなく、困惑でもない。 怒りだったかもしれないし焦りだったのかもしれない。 ただ、額に手を当てて天を仰ぐようにすることしかできなかった。 今まで捜査してきた事件の中に身内が巻き込まれたものはまだ無かっただけに、そういう覚悟をしたことがなかったのだ。 だが、もう無理である。 今後はそういう覚悟さえもしていなければならないようだ。 胸のうちに燻る苛立ちをこらえながら、なんとか爆発しそうな感情を押さえ込んだ。

 これが今のミッドチルダの現状なのだ。 それを認めて、少しでも多くの犯罪と戦うしかない。 子供が大きくなったときには、安心して暮らせるような世界に自分たち管理局の人間が作るのだ。 いや作らなければならない責務なのだこれは。

 猛る感情を義務感へと転化させながら、ギリリと奥歯をかみ締める。 そうして、まずしなければならないことを頭の中に整理していった。

「――クライド・エイヤルに連絡は?」

「まだです。 現場の封鎖や応援の手配などに少しばかり時間を取られてましたので」

「……俺の方から連絡しよう。 知らない奴じゃあないから、話が早く進むだろう」

「そうですか……助かります」

 取り出した携帯端末を使用し、ザースはすぐに連絡をつける。 だが、数コールしてもクライドは出ない。 時間は既に深夜であるし、寝ているのかもしれない。 無論これで出てもらわなければ本局の方に問い合わせをするしかないが、そこまでする前には出て欲しいと思う。 まさかとは思うが、本気で何か”関係”があるわけでもあるまい。 紙一重の奴だが、あいつは態々犯罪を犯すような奴ではなかった。 そう思って否定したい自分と、捜査官として疑ってしまう自分との板ばさみにザースは少しばかり葛藤してしまう。 だが、十数コールの間辛抱強くまった甲斐があった。 寝起きのような気だるそうな顔が携帯端末から展開された空間モニターに映ったのだ。

『はい、クライド・エイヤル……って、なんだザースかよ。 こんな真夜中に一体なんだってんだ? また仕事の話か?』

「よう、久しぶりだな。 仕事といえば仕事の話だな。 ただ、少しばかり笑えん話だぜ」

『ふあぁぁぁ。 ……それで、一体なんだってんだ? また奇妙なデバイスでも見つけたのか?』

「いや、今度のは違う。 その、なんだ。 お前今どこにいる?」

『本局の宿舎の部屋に決まってんだろ? 昨日はリンディたちと飲んでてな。 そのせいで滅茶苦茶眠いんだ。 用件なら早く言ってくれ。 さっさと二度寝して明日……というか今日に備えたい』

 心底眠そうにクライドは言う。 だが、次のザースの言葉にクライドの欠伸が止まり、表情が凍った。

「そりゃ悪かったな。 だがお前には言っておかないといけないことがあってな……その、なんだ。 冷静に聞けよ? お前の家が何者かにぶっ壊されてる。 それと、ザフィーラが行方不明だ」

『――は?』

「だから、お前の家がぶっ壊れてて、ザフィーラが行方不明なんだよ。 ザフィーラっぽい魔導師が魔法戦闘をしてる姿を付近の住人が見ているから、多分泥棒か何かをした魔導師と戦ったんだと思うんだが……デバイスを残して行方が消えてる。 局員であるお前を狙ったテロの可能性もあるが……お前、なんか知ってるか?」

『……』

「それとな、ほとんど同時に付近にある『時の庭園』が盗まれた。 その現場の近くにザフィーラのだと思しきデバイスが転がってたそうだ」

『……なあ、ザース。 どこからが本当で、どこからが冗談なんだ? はは、さすがに俺が寝ぼけてて聞き間違いしたとしてもこれは笑えないぜ? なぁ、お前は俺の家がぶっ飛ばされてザフィーラが行方不明って言ったのか? そうなのか?』

「――ああ、”間違いなくそう言った”。 お前の聞き間違いでもない。 ”事実”だ」

『……』

 空間モニターの向こう側で、クライドが頭をガリガリとかく。 その顔にあるのは困惑だった。 いや、それもまたすぐに消える。 そんな生易しい感情表現ではない。 見るものが思わずゾッとするような無表情がその顔には張り付いていた。

 ザース・リャクトンはクライド・エイヤルが本気で怒った顔など見たことが無い。 いつもは冗談でやり過ごしたり、気だるそうにする顔ややる気になったときだけ真面目な顔をすることはあっても間違ってもこんな風に表情を凍らせて静かに怒っている顔は見たことが無い。 彼は何に対しても沸点が高い。 興味を示さないというか、どうでも良いと認識している節があったがこれは違う。 思わず息を呑むような貌がそこにある。

 その頭の中で、今現在一体どういう思考をしているだろうか? もし今の彼が犯人と直接遭遇したらまず間違いなく、勝算に関係なく戦いを挑みそうだ。 そういう致命的な危険性を孕んでいるような気がする。 何かを言おうとしたザースだったが、さすがにすぐには言葉を吐き出すことができない。 そうして、お互いにしばしの沈黙が訪れた頃にはクライドが再び口を開いていた。

『――ザース、”すぐに行く”。 どこで落ち合えば良い?』

 恐ろしく低い声でクライドは尋ねてくる。 すでに”その気”になった目をしていた。 こうなったらもう、行き着くところまでいくしかこいつは止まらないかもしれない。 一抹の不安を覚えながらもザースは言った。

「……お前の家で合流しよう。 詳しい話はそのときにな」

『分かった、すぐに行く』

 そういうと、すぐに空間モニターが閉じる。 どうもこうもない。 あいつのことだ、本当に最速でやってくるだろう。 管理局のトランスポーターと自前の転移魔法を複合すれば数時間もしないうちにやってこれる。 許可の方も犯罪捜査への協力だとか言えば管制の方もすぐに出すだろう。

「……やばい奴に火がついちまったな。 こりゃ、犯人を絶対捕まえるしかねーな」

 迷宮入りなどしようものなら、今のあいつは単独でもその足取りを追い続けるだろう。 だが、犯人の目星などはほとんどついていないのが現状だ。 仮にザフィーラの件と時の庭園の方の犯人が同一だとして、足取りを追うとしても相手が次元移動可能なのだから行方を探すにしても航行艦が必要になってくる。 地上ではそれを用意できないから、恐らくは海の側の案件に移行することは想像に難くない。 そうなったとき、あいつはどうするだろうか? ザースは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、携帯端末を仕舞うと担当の捜査官に言った。

「見ての通りだ。 すぐ来るらしい。 今のうちにできるだけ分かっていることを整理しておきたいんだが……構わないか?」

「ええ。 こちらも早い解決が望ましいですからね」

 その後、捜査官に情報を聞きながら二人は車でもう一つの現場へと向かった。 言うまでもない。もう一つの現場とはクライドの家である。 ザースも何度か行ったことがあったが、割と普通の一般の家だったことを覚えている。 だが、それを見たときにそんな記憶はすぐに消えた。

「……酷いもんだなこりゃ」 

 思わずそう呟くことしかできなかった。 家があった場所には瓦礫の山が一つあるだけで、他にはまったく何も無かった。 周囲にはテープが張られ、現場を封鎖するための人員と鑑識が現場の検証をしている。

「恐らくは、魔法による爆破か爆弾でしょう。 付近の住人が妙な爆発音があったと証言していますから」

「……くそ、まいったぜ。 こんなんどう説明すりゃいいんだ」

 なまじ二人を知っているだけに、できるだけダメージが少ないように気を使ってやりたい反面どうやってもそんな説明ができそうにない現実にザースは呻いた。
















 寝耳に水とはこのことだった。 これがあの夢の原因なのだろうか? だとすれば、もう守護騎士全員がザフィーラのように行方不明になっている可能性がある。 こみ上げてくる恐怖と、それ以上の怒りが彼の頭を埋め尽くしていく。 これから何をどうするべきなのか? その指針が、展望が全く浮かばない。 その頭にあるのはどうやって敵を叩きのめすかということだけだ。

 寝巻き代わりのジャージから管理局の制服を着る。 その上からバリアジャケットの白衣を羽織ると、デバイスとツールボックスを引っつかんで部屋を出た。 時刻はまだ朝方というよりはまだ深夜である。 話の内容や進み具合によっては明日の仕事は休むべきだろうか。 そんなことも一瞬考えたが、それはまた後で考えれば良い。 トランスポーターのある区画まで行くと、そのままミッドチルダへと跳んでいた。

 浮遊感。 そうして、すぐにミッドチルダの地に降り立つと今度は管制に連絡をかけて転送魔法の許可を取る。 飛行するよりもその方が早いのは明白だ。 二時間もかからないうちに転送を果たすとクライドはそうしてようやくそこに辿りついた。

「――」

 言葉が出なかった。 クライドの視線の向こう、そこあるはずの自分の家が無かったのだ。 いや、あるにはあるがそれはもはや残骸といっても良かった。 立ち入り禁止のテープが回りを囲むようにして張られ、そこには現場を封鎖する局員と鑑識と思わしき人間たちが動いている。  だが、それもどれだけの意味を持つのか。

 見渡す限りの瓦礫の山。 生活用品も、家具もそのことごとくが滅茶苦茶に散乱している。 まるで地震にでも襲われたような有様だ。 否が応でも拳を握りこんでしまう。 自分の中にある負の感情が爆発する先を探している。 だが、それをぶつけるべき対象などどこにもいない。 そんな対象がいるならば、まず速攻でぶちのめす。 高ランク魔導師だろうがなんだろうが知ったことではない。 ”使えるありとあらゆる手”を用いて叩きのめし、後悔させてやる。 冷静な自分がそんなことは出来ないといっていたが、それでもやはりその考えが脳裏に深く刻まれてしまった。

「……クライド?」

 動きを止めて外から様子を見ている白衣の男など、現場の人間からすればすぐに目に付く。 ザースは鑑識からの話を切り上げると、クライドのところへと向かった。 無論、どういう説明をするべきかまだ迷っているが、それでも言わなければならない。 それが自分の仕事なのだから。

「――見ての通りの有様だ」

 辛うじて出た言葉は、自分でも冷たいと思った。 だが、努めて冷静に振舞うことしかザースにはできない。 そうして、そのまま刺激しないように話せることだけを話した。 といっても、何か決定的なものを話せるわけではない。 そもそも、そんなものはまだ何一つ分かっていないのだから当たり前だった。 クライドはただ、無言でそのザースの説明に頷く。 分かっていること、そうして怪しい人影のことなどを聞くたびに、クライドは一字一句忘れないように頭に叩き込む。

「紅鎧を着込んだ奴に槍を持った青い髪の女……か」

「……心辺りはあるか?」

「いや……」

 軽く思い出すように首を捻る。 原作知識の中にはそんなキャラクターは登場していない。 無論、アレは冥王様を中心にした話だからそもそもそれに関係しない人間のことなど出てくるわけがないのである。 次元世界が無限に広がるというのなら、数多くの魔導師は存在するわけでもうどうしようもなかった。 まるで雲を掴むような話だ。 本局が捕捉している魔導師を照合したとしても、果たしてそれらしき人物を探し出すことができるだろうか?

「ザース、ザフィーラのデバイス……バンカーナックルのログを見せてもらっても良いか?」 

「ん、ちょっと待ってろ」

 ザースが適当に捜査官の一人に声をかけ、その彼と一緒にやってくる。 ビニールに入った待機状態のデバイスを持ったその捜査官はクライドとニ、三会話をするとログを展開。 一応証拠物品なので、さすがにクライドが直接触ることはできない。 だが、それでもログを見ることで何か分かることがあるかもしれない。 食い入るように展開された空間モニターを眺める。 特にクライドが気になったの使用ログのほうだ。 カートリッジの話を聞いていたが、それを見てやはりと一つの確信を持った。

「戦った相手は多分高ランク魔導師だな」

「分かるのかよ?」

 舌打ちするクライドに、ザースと捜査官が眉を顰める。

「ザース、ここの最後の方のカートリッジの使用時間を見てみろ。 ほとんど使用時間に間隔が無いだろう? つまりは、それだけカートリッジを使わないといけない相手だったってことだ。 しかも、使ったのはバンカーだ。 対高ランク防御突破用のこれを、十二発連続で叩き込まなきゃならない相手なんて高ランク魔導師しかありえないだろ」

「なるほど、確かにな」

 少なくともザフィーラの能力を考えれば同格以下にそうそう遅れを取るとは思えない。 また、互角の勝負をしたのだとしたらバンカーナックルの十二発に耐えられるはずが無い。 それに耐えられるとすれば、相手は高ランクしかありえないのだ。

「AAAオーバーぐらいと確実に戦ってるな……」

 そこまで言ってクライドは少しばかり考える。 そうして、彼が考え付いた答えはあまりにも絶望的だった。 デバイスだけ残して消えたザフィーラ。 それの意味する所を、ようやく頭が理解してしまったのだ。 

 込みあがってくるものを抑えきれない。 特に、このデバイスがナックル型だというのがその推察に拍車をかけた。 普通の杖型や、銃型のデバイスならば敵に拉致されたとか逃げるときに落したとかそういう風に考えることもできる。 だが、ナックル型は腕に直接装着するのだ。 つまりは、それ単体が現場に残るということは即ちザフィーラが完全にやられたということに他ならない。

 ザフィーラは魔法プログラムだ。 その最後は、普通の使い魔の行き着く先となんら変わらない。 死体は残らず、まるで初めから存在していないかの如く消えてしまうのだ。 推察の時点でこうも絶望的だということに、クライドは熱くなった目頭を抑えた。 無論、希望が無いわけではない。 そこが魔法プログラムと使い魔の差だからだ。 復活させること自体は不可能ではない。 だが、それをするには確実にクライドが夜天の書の真の主になるしかない。 守護騎士プログラムの、破壊されたそれを再起動させるにはそれしか手段が無いからだ。

――だが、それは楽観的な希望にすぎない。

 そもそも事実は変わらないのだ。 ザフィーラが確かに一度殺されたらしいという事実は。 その事実がある限り、この胸の中にある痛みとこみ上げてくるものの思いは本物だろう。 また、ザースに心辺りは無いと言ったが、正直に言えば嘘である。 ザフィーラが狙われる理由は、クライド<管理局員>を狙ったテロなどというあやふやな理由よりももっと怪しいものがあるではないか。

 それをザースに言うわけにはいかない。 言えるはずもない。 それを喋れば事実上クライドが動けなくなるし、そもそも本当の意味でザフィーラを救うことができなくなるかもしれない。 ザースでは駄目だ。 喋れるとすれば確実に上を抑えられ、かつクライドに理解を示してくれる人間でなければならない。 ザースは理解はしてくれないことは無いかもしれないが、だがザースではどうしようも無いのだこの問題は。 それに、まだそうと決まったわけでもない。 瓦礫の山の中から彼の魔道書が有るか無いかで全てが決まるといえる。 けれど、やはりそれもまた楽観でしかなかった。

 仮に家ごと吹き飛ばすような攻撃を安置されている闇の書が感知していればなんらかの動きがあるはずだ。 だが、それが無い。 クライドのところに転移してきたわけでもなければ暴走しているわけでもない。 ならば、敵の攻撃によって吹き飛ばされたか、持ち去られているのだろう。 しかし、持ち去られたとしてもそれをどうするのだ? アレの主はクライドであり、その事実がある以上有効に使えるはずがないのだ。 それを犯人は知らないのだろうか? それとも、どうにかする方法を持っているのか?

「他にこれ以上分かることはない……か」

 インテリジェントデバイスならば、或いは相手のことを自分の意思でAIが記録していたかもしれないが、生憎とバンカーナックルはアームドデバイスである。 そんなことをしているわけがない。 結局、デバイスから分かったのはそれぐらいだった。 証拠品となるそれが、遺品でもあるわけだが少なくとも事件になんらかの決着がつかない限りはそれはクライドの手に戻ってこないだろう。 そう思うと、さらにやりきれなくなった。

 一体、何にあの忠臣の面影を見出せというのか? 彼が守ってくれていた家はもう無く、さらに彼の残したデバイスは今は触れることさえできない。 悲しみの行き場所が無い状態で、静かな怒りだけが溜まっていくのだ。 これほど辛いことはない。 いっそ、人目も憚らず泣けば楽になるのだろうか。

「……」

 目頭の奥が必死になって熱さを訴える。 だが、クライドはただただそのあふれ出ようとするものを堪えた。 今ここで楽になることなど自分自身が本当に求めていることではない。 ありとあらゆる感情を、犯人にぶつけてやらなければならないのだ。 それをするとしたら、全部終わってからだ。 でなければ、自分は空気の抜けた風船になってしまうかもしれない。

「ザース、俺に何か協力できることはあるか?」

「今のところは無い……な」

 あくまでも捜査をするのは捜査官の仕事だ。 クライドの怒りを間近で理解しながらも、ザースはそう言うしかなかった。 それが彼の今の立場であるからだ。 そして、犯人を追う役目もまた自分にあるのだという自負がある。 だが、そう言うだけでは冷たすぎる。 ザースはさらに続けた。

「クライド、俺は見ての通り陸の捜査官だ。 陸の事件は俺たちが何とかしなきゃあならん。 だが……ことはそれだけで収まらないかもしれない。 時の庭園のこともあるから、あるいはそっち<海>にいる”執務官”に捜査依頼をすることもあるかもしれない。 あいつにその依頼が降りれば、あるいは……」

 クライドが介入する口実を作るとすれば、”執務官”経由で動けるようにするしかない。 と、暗にザースはクライドに言っていた。 本局のデバイスマイスターが大っぴらに動ける理由など陸ではそう簡単には存在しない。 だが、舞台が本局の領分にも広がっているというであればクライドはそこから介入する口実を得られるだろう。 クライドはデバイスマイスターで、丁度とある執務官が補佐が欲しいと再三に言っていたことを知っているからこそ、うまく行けば関われる可能性も零ではない。 だが、その確率はどれほど低いのだろうか? うまくことが運ぶ可能性はあまり高くはなかった。 直接あの執務官に協力要請を届けられるのならばなんとかなる。 だが、陸と海では命令系統が少しばかり違いすぎるし、海と陸の軋轢もある。 ことはそれほど簡単なことではない。

「……そうだな。 そうなったらそう動くのも手だな」

 内心では、それもまた楽観だと分かっていた。 運良くそういう流れになってもそれでも直接動くのは執務官であって補佐ではない。 それが各々に課せられた役目であり、システムを成す歯車であるからだ。 個人の好き勝手が通るほど、社会はそんなに甘くは無いのが現実である。

 無論、通せないことは無い。 当てはあるのだ。 だが、それでもクライドは内にある悩みがそれを容易にはさせない。 苦々しいものだ。 いつかは通る予定だったとはいえ、それでもやはり躊躇してしまう。 できるならば自分の手で。 そう考えてしまう自分がいて、そいつが合理的な判断を狂わせようとしている。 それは矜持でもなければ、怒りでもない。 あるいはもっと別の感情だったのかもしれない。 義務感……だろうか?

 その後、クライドはザースによって形式的な質問をいくつかされた。 とはいえ、答えられることなど高が知れているしそもそも本当に犯人を知らない。 話せることを全部話した頃には、日がもう出ている頃合だった。 一応ザフィーラのデバイスが見つかったという川原にも行ってみたが、特に新しい発見があるわけでもない。 ただ、確かにそこから見えていたはずの『時の庭園』がなくなっていることを確認できたぐらいでそれ以上の有益な情報はなかった。 そして、それ以上やることがなくなったクライドは仕方なく本局へと帰っていった。 どう動くにしても正確に状況を把握しなければ話にならない。 無論、家のあった場所から夜天の書が見つかったということもなかった。

 ただ、本局へ行く前にシグナムとミーアに連絡を取ってみた。 どちらも運悪く出ているということだったので、どうしようもなかった。 シグナムの方はミッドガルズの方へ伝言を頼み、ミーアの方も一族の人に伝言を頼んだ。 ただ、焦燥感は拭えない。 特に、ヴォルケンリッターの三人の安否が心配だった。 あの夢に出てきたのはザフィーラだけではなかったのだ。

 もし、それが最悪の事実を表しているのだとしたらどうすれば良いのだろう? 得も知れぬ恐怖を抱いたまま、クライドは本局へと向かうトランスポーターに乗りこんだ。 身体を包む浮遊感。 重力を感じさせないその冷たい感覚に抱かれたままクライドはただただ最悪が無いことを祈った。















「室長、ここの計算間違っていますよ?」

「ん? ああ、本当だな」

「後、こことここも怪しいです」

「ぐあ、今日はミス連発だな……面目ない」 

 どんどんと出てくるミスに、ため息をつきながらクライドは仕事を続ける。 無論、睡眠不足というのもあったが、それ以上に精神的な負担の方に参っていた。 仕事が手につかない程であるから重症である。 それが自分の今しなければならないことだとは理解していても、そんな簡単に割り切れられるほど器用なほうではない。 いや、例えそういうことができたとしてもこれはこんなすぐに割り切って良い部分では決して無いし、これは人間としては当たり前のことだったかもしれない。 

「……室長、何かあったんですか? 顔色も若干悪いようですが……」

「ん? ああ、まぁそのなんだ。 プライベートで少し……な」

 そのいつもとは違う影のある苦笑に、グリモアは追求しようかどうか迷う。 元々お互いにプライベートについてはそれほど話をするタイプではない。 仕事のこと、とりわけ話の中心はデバイスについてばかりだった。 最近では少しずつプライベートにも踏み込んだりしているが、話したくなさそうなことを強引に聞くというのは憚られた。

 けれど、それでもやはり心配に思ってしまうのだからしょうがない。 だが、そこで思考が止まった。 どういう風に言えば良いのか全く分からないのだ。 そういう経験が無いので、類似的な行動を取ることもできず、しかもクライドがこういう風になっているのを見ることさえ初めてだったから全然対処法が浮かばないのである。

(いつもはあんなにもアレなのに……)

 昨日までは確かにいつもの室長だったのだ。 飲みに行って執務官を部屋に送り届けるのを見届けてから別れた。 ただ、それだけのはずだ。 だのに、翌朝に研究室で会った頃にはどこか寂しげな表情を浮かべたまま空間モニターをぼーっと眺めていた。 現時点で最高のデバイスを知り合いのために作るのだと意気込んでいた癖に、一体どういうことなのか? デバイスに対しての熱意よりも勝る何かがあったということは想像に難くなく、また”その事実”には大変に驚いたものだ。

 クライド・エイヤルという男がデバイス以外の何かに心を奪われている姿を見るのもまたグリモアは初めてだった。 というよりも、信じられない思いだった。 もしかして今いるクライドは偽者なのだろうか? いや、何を馬鹿な。 そんなことがあるわけがない。 軽く頭を振るようにして、益体も無い想像を頭の中から追い出す。 目の前にいるクライド・エイヤルは間違いなくグリモアがいつも会っていたクライド・エイヤルだ。 彼女が彼を間違えることなどありえない。 だが、今のその姿を見ていると少しばかり疑ってしまう自分が確かにいた。 デバイスを最上位に置かないクライド・エイヤルなど彼女が知っているクライドでは無いのだ。 そんな彼を見ているのは酷く面白くない。 グリモアは意を決して彼に問うた。

「何か悩み事でもあるのですか? 相談に乗れることなら乗りますよ? 話して楽になることもあるかもしれません」

「ん……ありがとうグリモア君。 でも、これは相談できるようなことじゃないんで、好意だけ貰っとくわ」

「そうですか……」 

 すまなさそうにそういうと、クライドは天井を見上げるようにして遠い目をする。 その目に映っているのは恐らくは天井であって天井では無いのだろう。 見ているのは目で見ているものではなく、その胸のうちに有る何かだ。 グリモアはその何かを知りたいと思ったが、これ以上踏み込むことには躊躇した。 これ以上は踏み込めない。 ずっとどこかで感じていた線引きがそこには感じられたのだった。 恐らくは、踏み込もうとすれば誰であっても拒絶されるだろう。 あの女でもまだ多分無理だ。 そして、悲しいことに彼女に無理なら自分ではまだ到底そこまでは行けない。

 クライドの線引きは酷く曖昧に見える。 割とそんなものなど気にしないという風を装っているが、そんなのは嘘っぱちである。 彼の線はいくつかあるが、彼にとっては最後の線の内側へと侵略を許せる人間は恐らくは”誰もいない”。 ずっと自分で何かを決めて、そうして誰にも頼らずに一人で生きていこうとするような、そんな独りよがりな部分があるのではないかとグリモアはこの三年で確信していた。 というよりも、見ていたらそういう風に感じてならない。 誰かなどきっと最終的に彼にはどうでも良いのだろう。 そんなものではなくて、自分がどうしたいかを根底にしてずっと行動しているのだ。

 彼は絶対に彼の論理でしか本気で動かない。 そういう頑なさと頑固さを持っている。 無論他人の意見を聞けないわけではない。 譲歩するところは譲歩するし、理解を示すことはできる。 だが、それは決して自身の内面にあるものを変えるのではなく、とりあえず周りに合わせるといった妥協的判断でしかない。 それが大人になってから必要な処世術の一環であるといえばそれまでなのかもしれないが、彼はそれにあわせてゴーイングマイウェイな感性と周りに合わせて妥協する癖を併せ持った厄介なタイプである。 自分で納得できるものを見つけなければ、ずっとそのまま周囲を欺いているのだから。

 周りを気にしないのは、自分がそれを気にしないからで最終的に自分と他人を比べて自分を取っているからに他ならない。 恐らくクライドはそうやって在り続けることで自分を守っているのだろう。 そう思うと、グリモアは少しばかり寂しく思った。

 手を差し出しても、その手を掴んでもらわなければ何も出来ない。 線の内側へ入ることを許してもらえなければ、何も共有ができない。 あの女も、きっとこの繰り返しに悩んでいるに違いない。
 線を越える切っ掛けがなければどうにもできない。 冷静な部分がそう言っている。 とはいえ、それで妥協することもまた辛い。 自分が必要とされていないと認めるようなものだからだ。 そして、それではきっと彼女の二の舞になる。 だが、どうすれば良いのだろうか? 

 ぼんやりと天井を見ているクライドにかけるべき言葉はなんなのか。 考えても考えても浮かびはしない。 頭の中で繰り返し繰り返し演算をしてみても”こんな”ことに対する答えなどはっきりとでなかった。 そもそもが未知である。 未知に対して一体どうやって正確な答えを導き出せというのだろう。 自分では答えが出せそうにない。 そういう風なものは学習していない。 だが、だが……。

(せめていつもの室長なら興味を引くようなものを持ち出せば気を紛らわせることぐらいはできるんだろうけど……いつもの?)

 そういえば、ここ最近彼はずっとスクラップパーツの発掘をしていない。 優先事項がデバイス作成に向いていたからだ。 どうにかして線の中に入ることは無理でも、調子を元に戻すような切っ掛けならば用意できるかもしれない。 天啓のようなそれが頭に閃いたグリモアは、意を決して口を開く。

「室長、今からスクラップパーツを探しに行ってください」

「……わーっつ?」

 正に、いきなりの提案だった。 ぼんやりとしていたクライドが、目を瞬かせてグリモアを見る。

「今のままでは効率が最悪です。 いっそのこと気分転換をして、それからにした方が良いと判断します」

「いや、まあ確かに効率が落ちてることは認めるが……これをさっさと仕上げないと……」

「だとしたら尚更ですよ。 ミスを連発する方がかえって仕上がりは遅くなるでしょうし、納得のいくものが作れないでしょう。 他のミスの洗い出しをボクがやっておきますから、そのまま気の済むまで今日は発掘してきてください」

「……あ、ちょっとグリモア君!?」

 クライドにスクラップパーツ収納用のツールボックスを押し付けて立ち上がらせると、グリモアはぐいぐいとクライドの背を押して研究室から追いやっていく。

「最低でもいつもと同じぐらいは探してきてください。 それが終わるまでは戻ってきては駄目ですよ?」 

「わかった。 それと、その……すまないグリモア君。 気を使わせたようだ」

「そう思うならいつもの室長に戻ってください。 でないといつまでたっても仕事が終わりません」

「……面目ない」

 容赦の無い攻めでクライドを追いやるグリモア。 助手に気を使わせてばかりの自分の至らなさを自覚しながらも、クライドは好意に甘えることにした。 自分でも今の状態が良いものだとは思っていない。 ただ、何かに打ち込むことで現実から逃避しようとしていた感があった。 それが空回りしているのかもしれない。 他人が見て不味いと思うぐらいなのだから、相当にキテているのか。 情け無い自分を恥じながらも、クライドはグリモアに見送られながらいつもの場所へと向かって通路を進む。 その足取りはしかし、今のテンションと同じで重そうだった。

「……これで気がまぎれれば良いんですが」

 去っていくクライドの背中を見送って、グリモアは研究室へと戻る。 そうして、クライドのやっていた計算を片っ端からチェックし始める。 今日に限ってはクライドの仕事を信用することはできそうにない。 常人を圧倒的に上回る能力を発揮しながら、次々と見直し修正していく。 その動きは、クライドの仕事の速度を遥かに越えていた。

 空間モニターを流れる文字と数式が流れては消えていく。 その膨大な羅列の流れを全て追い、理解しながら仕事をこなしていく。 だが、その速度が常軌を逸していた。 クライドはもとより、熟練のデバイスマイスターでさえ到底到達できないほどの速度だ。 彼女の能力の非凡さが伺える仕事ぶりである。 いつもであれば、そんなことはしない。 普通に常人と変わらぬ程度の速度にまで落しているからだ。 いつも模倣しているのは勿論クライドの仕事速度である。

 ただ、彼女の場合は普通の仕事の速度自体は凄まじいがある一点に置いては常人以下になることがある。 それは、未知に遭遇した場合だった。 彼女は未知に相対した場合には、常人以下の速度まで効率が低下する。 こればかりは彼女の性質なのでしょうがない。 そこでいくとクライドという滅茶苦茶な男に振り回されてきた影響が出たのもそのせいだったのかもしれない。

 普通、人間というのは未知に対しては弱い。 本能で動く部分ならば問題は無いだろうが、人間は段階的に物事を吸収して対応する力を身につけ、そうすることで未知を克服してきた生き物だ。 往々にしてその能力には個人差があるが、彼女の場合はそれの能力が格段に低かった。 既知に強く未知に弱い。 グリモアはそんなタイプの典型だった。 そうして、だからこそ未知に相対した瞬間にそれまでの圧倒的な速度で進んでいたチェックの手が止まってしまった。

「これは……今までのデバイスとは違う?」

 確か、これはフレスタ・ギュース用に作っているデバイスだったはずだ。 自分独自の機構を取り入れたデバイスにするとクライドはグリモアに言っており、その部分の担当は彼がしていた。 そういえば、その部分は秘密だと言っていた気がする。 気にならなかったといえば嘘だが、しかしそれでも普通のデバイスの範疇に入るものであるだろうとグリモアは思っていた。

――だが、それは違った。

 いや、確かに所々では普通の理論を用いて作られている。 ベルカ式カートリッジシステムを搭載した銃型デバイスの三点セット。 簡単に言えばそんな程度のものである。 2丁拳銃と狙撃用の長大なライフル型からなるそれらは、しかしグリモアが普通のデバイスでは見たことが無い未知を孕んでいた。 デバイスには関係の無い別の装置が組み込まれていることは分かる。 それが独自機構というのならばそうなのか。 だが、これは――。

「……不自然な点が二つ。 これではまるで――」 

 その未知に類似するものをグリモアは知っていた。 だが、それでもここまで小型化したものは見たことが無い。 いや、現在の管理局の所有する技術でもできないことはないが、ここまで突き詰められた機構になっているものは初めてみた。 こんなものはあってはならない。 ここにあるはずのないものなのだこれは。

「室長が新しく構築した? ……ありえない。 こんなことはあの人にはできない、できるはずが無い……。 これは次元航行艦の、艦船の分野でデバイスとはほとんど関係が無い。 そういう友人から入手した? それとも……やっぱりあの人は”そう”なの?」

 無表情な顔の眉を顰めて、グリモアはため息をついた。 なんだって、”そう”なのか。 ただの変わり者であるだけならばよかったのだ。 

(見つけたのはたった一つ。 そうだ、まだたった一つだけ……それも決定的ではないもの。 なら――)

 まだ大丈夫だ。 そう自分に言い聞かせて、グリモアはそのことを頭の中から排除する選択をした。 どうしようもない焦燥を感じる。 これが恐怖という感情なのか。 胸の動悸が鬱陶しいほどに加速している。 だが、ことはそれだけでは納まらない。

「……メール?」

 差出人不明のメールが自分のデスクに届いたらしい。 嫌な予感がした。 少なくとも、自分にとっても彼にとっても良いことなど無いだろう。 恐る恐るメールを開く。 ここでこれを見ない振りをすることはできない。 はたして、その目に飛び込んできた文字は無情だった。 今まで、三年もの間何も無かったというのに今頃になってまるで凍った時が動きだしたかのように状況が動いていた。

「――プランA?08!?」

 思わず、机に手を叩きつけるようにして座った椅子から立ち上がった。 だが、何度見てもそのメールの内容は変わらない。 小刻みに震える肩。 グリモアの無表情な表情がさらに無表情になっていく。 頭から血の気が引いたのをグリモアは確かに感じた。 いや、感じただけではない。 ついさっきに感じた恐怖など生ぬるいというほどの絶望がその小さな肩にのしかかっていた。 全身から力が抜ける。 力なく座りこんだ拍子に高めに調整してある椅子がギシギシと不快な音を立てた。 いつもならその音を不快に思っていただろうに、今日ばかりはその音さえどうでも良かった。 そも、そんなことにさえ気を回す余裕が無い。

「……無理です。 このままじゃあ”私”は……」

 常々使っていた一人称ではない、本来のそれが思わず唇から呟かれる。 だが、それとて今の余裕の無さが生み出したものにすぎない。

 やらなければならないことが何なのかを違えることなど自分には出来ず、優先順位など初めから決まってしまっている。 そのせいで、どれだけ辛くてもそうするしかない。 それが自分の存在意義の根底にあるものなのだから。

 だが、本当にそれで終わって良いのか? 自問する思考が、不敬極まりない論理を紡ぐ。 昨日思ったアレを嘘にして良いのか? 例え”意味”は無くとも初めてそう自分で決めたのではなかったのか? 目まぐるしく展開する思考が、抗いのそれを次々と紡いでいく。 明確なそれができるわけではない。 だが、だからこといって何もしないままで諦めることなどできそうにない。 そうだ、全てを手に入れられるのは勝者だけだ。 ならば、自分が勝者になれば良い。 ”自分ならば”それができる。 そも、自分にとっての勝利とはなんだ? 敗北とは? ”そうだ”そもそもの問題が彼らとは違うのだ。 ならば、その中で自分なりの勝利を掴めばよい。

 初めての未知と出会ったことで、彼女は未知を進む決意をした。 それが結局どうなるのかなど自分でも分からなかったがそうせずにはいられない。 それが、彼女が手に入れた未知であるが故に。




















 ぼんやりと、ただただいつものようにスクラップを探していた。 だが、それでもクライドの気はまぎれない。 分かっている。 この問題は解決して初めてどうにかなる類のものだ。 だから、それが気になっている間はどうにもならない。

 これからどうするべきか。 自分でできることなど高が知れている。 せめて相手の場所さえ分かれば単身乗り込むこともできるというのに、それを探ることさえできない。 それが普通だといってしまえばそれまでだが、もどかしさだけが募っていく。 情報が切実に欲しい。 どんな些細なものでも良い。 これから先の指針になるような、選択できるような何か各個たるものが欲しい。 無いもの強請りだと理解してはいるが、そう思わずにはいられない。 暗鬱たる空気を纏った白衣の男は、そうしてしばらくはそんな調子でいた。

 見渡すばかりのスクラップに囲まれたまま、ただただ黙々と一つのことを苦行のように行う。 そんな自分が酷く滑稽に思える。 まるで道化だ。 今まで平和に酔い、暖かい場所でただただ何も知らずに踊っていた自分。 そして、そんな道化のために戦った忠臣がいた。 それを思えば、今こうしてこんなことをしている自分に呆れてしまう。 

 自分の立場と、自分の望みと、自分の最善。 その中でいつもいつも最高を目指してきた。 理想的な流れを願い、次善策として最悪を回避できる妥協論を用意していた。 だが、今はもうそれが遠い昔のことに思えてならない。

 あいつらは無事だろうか? 最後の一ページはどうなるだろうか? 自分はどうするべきなのか? 考える……考える……。 だが、全てが希望的観測に成り下がっていた。 心のどこかでこんなことはありえないと、そう言っている自分がいる。 これが悪い夢で、目が覚めたらまたいつもの日常に戻れたらなんてことまで考えた。 けれど、そんなことは無意味だと他でもない自分はもう気づいている。

「……くそっ!!」 

 思わず、溜め込んでいたはずのものを吐き出すが如く足元に広がるスクラップを蹴っ飛ばした。 物に当たってもどうしようもないことは分かっている。 だが、そうせずにはいられない。 堪えていたものが零れる。 誰もいないこの場所ならば、存分にそれもできる。 だが、やっぱりそれは”まだ”したくはなかった。 燃やすべきものは、それが見つかるまで持っておくべきだ。 ありとあらゆる力を結集し、ことを成す。 そのためにはこんなところで激情を無駄にしてはならない。


――荒れているわね。


 そんな彼を見かねたのか、彼女が遂に重い腰を上げた。 本来であれば、放っておくはずだった。 いや、事実そうするのが常である。 クライドの不可解さもあるし、懸念もある。 だというのに、その痛ましい姿に何かを思ったのか剣聖は呆れながらも手を差し伸べた。 その手にクライドが気づいた頃には、クライドの姿はスクラップ置き場から消えていた。

 襟首の辺りが、引っ張られていた。 誰だ、などと考えても詮無きことだ。 そんなふざけたことができる人間をクライドは一人しか知らない。

「カグヤ――」

 呟いたときには、自分を見上げるようにして目の前にあの少女がいた。 黒のゴスロリ服に身を包んだ少女が、自分の襟首を引っ張った状態でその真紅の紅眼で射抜いている。 何の用だと問う前に、少女はクルリと身を翻す。 あくまでも優雅なその仕草は自然豊かなこの聖域のような場所と相まって、どこか神聖なもののようにクライドには見える。

 ここは彼女の所有する聖域にして居住地。 別荘のようなログハウスが一軒立つだけの、あのいつか来たことがある場所だ。 証明の明かりではない太陽の陽光に目が眩みそうになるが、それもしばらくすれば元に戻った。

「つまらないことで悩んでいるようだから、良いことを教えてあげる。 ただ、そのための対価を貰うわ」

「対価?」

 少し離れた位置に立つと、少女はおもむろに虚空から一本の刀を取り出した。

「これは私が贔屓にしている刀匠に打って貰った業物。 SSSの集束魔法にさえ耐え切る対魔法刀……昔アークに上げたものと似たようなものだけれど貴方にあげるわ」 

 そういって、カグヤは無造作にクライドにそれを投げた。 クライドは眉を顰めてそれを受け取ると、困惑したような顔でそれを見る。 思いの他軽い。 通常のアームドデバイスに使われるような精神感応金属製のそれとは材質からして違うのだろうか。 軽く鞘から抜いて見ると、銀の刀身が光沢を放ちながら姿を晒す。 その波紋は水のように揺らいでおり、流麗の一言であった。 唯のデバイスマイスターには決して作れない、これは本物の職人がその手で打ったものだと確信させるような威容を放っていた。

「……大層なもんだってのは分かった。 それで、俺にどうしろってんだ?」

「勿論、武器を得たならばやることは決まっているでしょう?」

 そういうと、カグヤは今度は自分のデバイスを展開する。 刀型アームドデバイス『氷水』。 まるで氷のように透き通った青白い刀身を持つその刃に、クライドは思わず目を見開く。 彼女の絶対零度の剣を一度見たことはあるが、一度も自分が打ち合ったことはない。 彼女の強さの一旦を知るだけに、何故こんなことをするのかと困惑する。 自分ではものの数秒も持つまい。 

「構えなさいクライド。 今の貴方の眼<グラムサイト>と剣<意地>で私の懸念を振り払いなさい。 それができたら、貴方に情報をあげましょう」

「あんたはなんでもお見通しってことか?」

「まさか。 私にも分からないことなんてそれこそ無限にあるわ。 知りたいことを未だに知れない私だけれど、私は貴方がまだ気づいていないことを知っている。 丁度よい機会だからついでに私の懸念も晴らしておくわ。 私はずっと貴方の不可解さに気づいたときから一つの懸念を抱いていた。 私と交わす刃は決して嘘をつけない。 だから、これから貴方にはそれで身の潔白を証明してもらうわ」

 軽く黒髪を耳の後ろにするようにしながら、カグヤは言う。

「貴方は不可解だわ。 ”知らない”はずのことを知っていたりその奇妙な身体……彼、ペルデュラボーが貴方は問題ないと言っていたけどその確信は私にはないわ。 だから、私に貴方の剣<心>を見せなさい。 全力で来なさいな。 手加減はしてあげるけど、懸念が晴れなければそのまま躊躇せずにバッサリと行くわよ」

 そういって軽く微笑を浮かべた頃には、カグヤの身体から圧倒的な威圧感が放出されていた。 膨大な魔力に乗った殺気と剣気にクライドの身体がブルリと震える。 初めて相対したときに感じたような心臓を鷲づかみにされた恐怖があった。 カグヤは構えてさえいない。 ただ、刀を抜き放った状態で右手に持っているだけだ。 だが、それだけだというのにクライドは既に敗北したかのような錯覚に陥った。 蛇に睨まれた蛙どころではない。 像と蟻、太陽と月ぐらいの差が確かにある。 魔力量だとかそんなもので済ませるられる程度のものでは決して無い。 もっと恐ろしい明確な何かが彼女とクライドの間には横たわっている。 これはその片鱗に過ぎないのかもしれない。

「ふぅぅぅはぁぁぁぁ」

 完全に飲まれている。 そう自覚してクライドは深呼吸をした。 震えそうになる指先を強引に刀の柄に沿え、バリアジャケットを展開しながら軽く振る。 いつも振るっているブレイドよりもやや重いが、その重みこそが確かな実感となってクライドの胸に確かな熱を芽吹かせる。

 カグヤは言った。 情報をくれると。 それが意味するところを頭で理解すれば、クライドの中には藁にも縋る思いでこのチャンスをものにしようという気概が生まれていた。 夜天の書の居場所でも知っているのだろうか? それとも敵に当てがあるのだろうか? どちらかにたどり着けるというのなら、従うしかない。 もとより、ココから帰るのにも彼女の力が必要だ。 迷う理由など無い。

 グラムサイト<妖精の眼>を展開。 その瞬間、自分の周囲が無意識に知覚されていく。 さらに右手に握った刀にAMBを纏わせる。 握った刀はデバイスではない。 だが、別段それ自体はあまり関係が無い。 フィールドを纏わせその上から魔法を展開すればブレイドとほとんど何も変わらないのだ。 無論、自分で魔法を演算する分手間がかかるがどうせカグヤのそれと比べれば弱弱しく貧弱である。 手持ちのデバイスで演算しても良いが、対して変わらないだろう。 それに、彼女の剣は魔法を断つ剣だ。 その事実を鑑みれば別段気にしてもしょうがないしコレは剣を交わすだけの儀式だ。 突き詰める必要性が無い。

「ルールは?」

「そうね……AMBだけの縛りルールにしましょう。 余分なものはいらないわ。 ただただ無心に剣に意地と魂を込めなさい。 それだけで私には十分だから」

「……その文句は何か意味があるのか?」

「これは夜天の剣を次ぐ者に代々伝えられてきた精神にしてそのあり方を示す言葉。 剣を志す人間にすべからく求められる理<ことわり>。 職人が精魂込めて一つのもの作り上げるように、剣を振るう者は剣に全てを込めよ。 さすれば剣は応えるであろう。 そういう意味が込められた言葉よ。 それができる剣士は一流。 それができない剣士は全て三流。 覚えておきなさい。 剣を振るうとはそういうことなのよ」

「あんたが言うと心底そう思えてくるから不思議だなソードダンサー」

「さて、御託はもういいわね? 語るべきものはお互いが握った剣にこそある。 後は互いのそれを交わせば済むこと。 剣は私に嘘をつけない――」

 まるで散歩でもするかのような足取りでカグヤがゆっくりと歩いてくる。 無論、彼女にとっては本当にそんな程度の認識だったのかもしれない。 数百年かけて研鑽してきた彼女の剣が高々九年振るっただけの若く幼い剣に負ける道理が無い。 故に、倣岸不遜なまでの余裕を見せて彼女は歩いた。 低ランクだからと相手を侮っているわけではない。 そもそも常在戦場で在りつづける彼女にそんな意識があるのだろうか。 自分の中に裏打ちされている確かな自信と、それを可能にするだけの法外なレベルの剣術。 単純に彼女が強すぎるだけなのだ。 明確な力量差が存在する以上は、どのような小細工も無意味である。 こと剣だけという選択肢しかないのであれば、クライドが彼女をどうこうできる可能性は皆無なのだ。

 一歩歩くごとに濃密な死の気配が近づいてくる。 カリスマ少女の圧倒的な威圧感に、ゴクリと喉を鳴らすクライドだったがこれ以上の無様を晒すつもりはなかった。 今は何よりも情報が欲しい。 あの忠臣のために。 気を抜けば震えを隠せそうに無い体を内心で叱咤激励し、クライドは一気に飛び出した。 様子見など必要ではない。 初撃から渾身の覚悟でぶつかっていく。 振り上げられた刃の先には彼女がいる。 微笑を絶やさぬ剣の少女を前に、クライドはこの九年で得たものを全部ぶつけていった。















 諦めが可能性を殺す。 そんなことは分かっていたが、それでも無意味かもしれないことをやり続けるのは苦しい。 特に、その成果が目に見えて分かるものではないものは往々にしてそれを遣り通すだけの理由がなければままならない。 クライドの場合は命が掛かっていた。 だから、妥協をすることはなかった。 やらなくて良いのならばやらなかっただろう。 けれど やばくなるかもしれないことが分かっていて、何もせずにいることは怖かった。 そしてやっぱりその通り最悪に出会うのはもっと恐ろしいと思っていた。 だから、昔からできうることはやってきていたつもりだった。 背後にいる見えない死神から逃げ続けるランナー。 それがきっとクライド・エイヤルという人間の姿だったのかもしれない。

 剣もそうだ。 素手では無理だと思った。 それでは先にいけないと思ったからこそ、ブレイドを手に入れ、シグナムやカグヤのモーションを手にしたときも自分なりにやってきていた。 ただ、彼の場合はそれを実戦で使用する機会自体はあまり無い。 この九年は修錬の一環や体力づくりの延長でしかなかったかもしれない。 無論、実戦を想定してAMB<アンチマジックブレイド>の習得にも励んではいたものの人間相手は数を重視していた武装隊の飢えた男共ぐらいで、本物の使い手と戦ったことなどは無かった気がする。

 クライドの青の魔力を纏った剣閃が翻り、白の刃を操る少女へと次々とその凶刃を振るった。 AMBとグラムサイトver2に自らの全力を注ぎ、可能な限りの連撃を見舞う。 相手に反撃を許さぬほどの連撃こそが、カグヤの剣の真髄だという。 本家にそれがどれだけ通じるのかなど、考えても無意味である。 振るう刀は全て打ち払われ、受け流され、気がついたときには自身の首すれすれの所を少女の刃に何度も何度も晒された。 無論、それは手加減だ。 本来ならばそれで自分の首が飛んでいるはずなのだ。 その度に、クライドは自らの死を覚悟する。

 生半可な腕前ではないということは分かっていたが、純粋にここまでの差があるということを改めて理解させられた。 修錬で培ってきたものが、何一つ通じない。 悔しいと思う反面、やはりという思いが頭を過ぎる。 かつて彼女にまったくセンスが無いとまで言われたことがある。 そんな自分が付け焼刃のように剣を振るい続けたところで、本物には追いつけないとでも言うのだろうか? 

 ギリリと、奥歯をかみ締めるようにしながらそれでも強引に刀を振るった。 それしか、今の自分を表現するものは何も無い。 甲高い音が、互いの刃が触れるたびに鳴り響き火花の華を咲かせては散ってく。 だが、散らされたそのことごとくが自分の魔法だ。 AMBが全くもたない。 対魔法剣を同質の対魔法剣がことごとく斬り飛ばしているのだ。 こうまで一方的だと、いっそ爽快な気分になる。

「それが貴方の渾身かしら?」

 嘲笑するでもなく、感嘆するでもなく、ただただ事実を確かめるように少女が問うた。 クライドはその言葉に噛み付くように剣戟のリズムを上げていく。 これが限界などということは理解している。 そもそも初めて握った刀をここまで振るうだけでも精一杯だった。 だが、何度死を体験しても少女を納得させるまでは止まるつもりはなかった。

「ぜぇ、ぜぇ――」

 数分は剣を振り続けた気がする。 実際の戦闘ではこうなる前に一度離れるか別の方法を考えて相手を打倒することをクライドは考えるだろう。 けれど、そんな小細工などこの場では使えない。 いや、そもそも本当にこの少女に通じるだろうか? AMBがある限り、自分の魔法はほとんど通じないだろうし、彼女のレアスキルは法外だ。 アレにかかっては絶対に逃れられない自信がある。 それに第一、彼女は手加減をしているのだ。 剣術で負け魔力量で負けスキルで負けている。 そんな自分が、彼女に追いつくことなど事実上不可能だ。 そもそも、単純に勝つことなどこの立会いに意味は無い。 彼女の懸念を剣で払拭するというなんとも曖昧なことをせぬ限りクライドは勝てないのだ。 自身の勝利とは即ち、どうにかして彼女に認めさせること。 ただ、それだけ。 そんな曖昧なものに勝利するための方法をクライドは知らない。 

(剣は嘘をつけない? はっ、嘘ばっかりで固めた俺のことをそんなもんで測れるのかよ)

 一向に終りの見えないマラソンレースを強いられているようで、さしものクライドもいい加減頭にきていた。 むしゃくしゃしていたというのもその思考を助長しているのかもしれなかったが、それでもこうしてただただ剣を振るうことに何の意味があるのか。

 カグヤという少女は未知の存在である。 正史には居らず、そもそもアルハザードとこの次元世界を行き来するトラベラー。 さらには、クライドを使って自身の敵を釣り上げることを念頭に置いているはた迷惑な存在であり、同時にそれとなく自分に便宜を図ってくれたりもする敵とも味方とも分からない存在である。 信頼することはできない。 だが、それでも不思議と信用できる部分を併せ持っていたりするのでその立ち居地がまるであの占い好きの友人のように掴み所が無い。

 あるいは、そこが彼女の魅力だったのか。 初めて出会ったときには偉そうだった。 だが、それから幾度か普通に話す機会を得る中でそれは勘違いだと気がついている。 もしかしたら、彼女はあの時嬉しかったのかもしれない。 思わず相手を威圧するほどに、本来の自分ではない理性を越えた歓喜をあの時に見出していたのかもしれなかった。 剣を交わすうちにクライドは不思議と相手のことを考えるようになっていた。 

 彼女の振るう剣は、その可愛らしく凶悪な見た目に反して絶世の鋭さを持っている。 シグナムのような重さは無い。 いや、そもそもこの十歳前後の小さな体躯ではその膂力を生み出すことができないのか。 魔力を上乗せすれば単純な威力が出せるのだろうが、それではクライドがもたない。 故に、彼女なりにクライドを活かさず殺さずの状態に絶妙な加減をしている。 だが、単純な鋭さが酷く恐ろしい。 力ではないのだ。 その技術はもはや想像もできない高みにあり、力など無に返すだけのものになっている。 剣術とは、修錬により培うものだ。 ならば、これほどのものを身に着けるために彼女はどれだけの時間をかけて剣を振るった? ついさっき、センスが云々と考えていた思考が別のことを考え始める。

「――ざっと数百年は振っているわ。 だから、貴方たちがどれだけ私に近づこうとしても単純な時間では絶対に私には追いつけないでしょうね」

「――なっ!?」

 思わずギョっとして、クライド彼女を見る。 口を開いて、言葉で問うたわけではない。 だが、どうしてこうも彼女は自分の疑問に容易く答えを出せたのか。 呆然としかけるが、それでも身体は止められない。 自身を狙う白の刃が、その瞬間眼前に迫っている。 単純な袈裟斬りであった。 クライドは動揺した自分に舌打ちしながら、辛うじて刀で受け止める。 間一髪で防いだ刃が、クライドの顔のすぐ近くでAMBを散らす。 だが、次の瞬間には下段からの切り上げが迫っている。 すぐに両腕の刀を下ろし、回転するようにして薙ぎ払う。 衝突する刃の間隙に、すぐさま彼女の剣が対応する。 まるで条件反射か何かのように思考を超越する超反応が最速で奔っているのではないかとクライドは思った。 恐ろしいほどに迷いが無い。 まるで相手の動きを全て見切っている動きである。 そうして、クライドの薙ぎ払いに対応しながらすでに次の剣に繋ぐように身体が動いていた。 その刃が、再びクライドの首筋を通過した。

「――っ!?」  

 その速度はグラムサイトの知覚さえ越えていた。 なんだ、これは。 クライドが考える剣とは根本的に違うのかもしれない。 すぐに一歩下がり、仕切りなおしのようにカグヤは構える。 来ると分かっていても反応さえ出来ないのか。 自分の首などいつでも取れる。 そういう風な本物の余裕を前にして、クライドは思わず足を止めた。

「あら、もうおしまいなのかしら? まだまだ、話すことはあるというのに」

「……あんた、本当に剣で俺の声を聞いているのか?」

「ええ。 私には聞こえるわ。 ただただ純粋に話す彼らの真摯な声が。 アークも貴方ぐらいの頃には多分聞こえていたわ。 彼は戦士タイプの貴方とは違って純粋な剣士だったから」

「俺が戦士タイプ?」

「アークはかつて、剣に全てを捧げた純粋な剣士だったわ。 剣こそが彼のたった一つの武器だった。 その思いに剣は間違いなく応えていた。 彼ほど、剣に自分の全てを捧げようとしていた男を私は知らない。 けれど、貴方は違う。 貴方は剣に全てなど微塵も捧げていない。 貴方にとってはその刀も所詮武器に過ぎない……最終的に勝つことを目標に戦術を組み立てる貴方はどちらかといえば私たち剣士とは違う。 忠誠によって主に剣を捧げる騎士とも違う。 多分、貴方では当分は聞こえないでしょうね」

「……じゃあ、俺の場合はデバイスの声なら聞こえるのか?」

「そうね、貴方にはそっちのほうが聞こえるかもしれないわね。 それが貴方の選んだ武器ならば――」

 荒唐無稽な話だった。 だが、ロマンを感じる響きにクライドはそういうのもあれば良いなと思う。 自分には全く分からない話だが、それでも相手がそう言っているのだ。 そして、今のところその相手はクライドに嘘を言ったことは無い。 未知が未知を語っているのだ。 どこかで、この少女ならばしょうがないと思う自分がいる。 毒されているなどと思う反面、そんな毒一つにさえこうも確信を持って振り払えない自分に改めて未熟を感じた。

「自前のデバイスにしたほうが良いか?」

「いいえ、そのままで良いわ。 貴方のブレイドの魔力刃では二撃目が続かないでしょう」

「……違いない」

 魔力刃がAMBごと消されるのだから、そのままバッサリとやられるのは想像に難くない。 今握っている刀は、AMBが消失してもその刃だけで彼女の剣を止めている。 ならば、その方が良いというのも当然の判断だった。

「……とはいえ、そろそろ急ぐべきかしらね。 あまり長く貴方がここにいるのは貴方のためにならないわ」

「まあ、一応仕事中だったからな」

「あら、アレは貴方の趣味のゴミ漁りではないの?」

「アレは宝探しだ」

 憮然とした表情でそう否定すると、クライドは切っ先を一度鞘の中に納める。 そうして、鯉口を切るとやってみたかった居合いというのをやってみた。 鞘走る刃が、上半身の捻転によって更に加速され誰もいない空間を切り裂く。 慣れないと足を切ることもあるらしいが、何とかそれらしいものができた気がした。 それを見てカグヤが少しだけ眉を動かしたが、クライドはそれには気づかずに鞘をツールボックスの中に収納する。

 居合いのモーションは、何度となくクライドが切り札を使用するとときにやってきた動作を真似ただけのものである。 何故今それをしたのかといえば、単純に気合を入れるためだった。 一刀に全てをかける居合いというのは、なんとなく自分の切り札に似ているような気がした。 そういう意味では、この仕切りなおしにおいて気を引き締めなおすのに有効な気がしたのだ。 

「……まあいいわ。 準備運動はこれぐらいにしておいてあげる。 次は止めずにバッサリと行くわよ。 死ぬ気で防ぎなさい」

「止めてくれ、気が滅入る」

 そうというからには、そうするのだろう。 非殺傷設定が効いていれば首が飛ぶことは無いが、口ぶりではそんなものを使う気はなさそうだ。 無論、冗談だとは思う。 思うが、彼女が嘘を言ったことが無いからそういうことになるかもしれないと心のどこかで考える。 妥協をするつもりなど、目の前の少女にはない。 それは雰囲気で分かる。 威圧感が殺気に転じた。 体中の細胞が逃げろと訴えてきている。 思わず頭を垂れて敗北を認めたい自分が、楽になりたい自分が心の中で警鐘を鳴らした。 だが、しかしクライドはなけなしの勇気を振り絞った。

 二十二にもなった男が十代前後の容姿の少女を前にして体を震わせるのは滑稽な話であったが、これが今の立場という奴だった。 膝が震える。 背筋が凍る。 刀を握る指先が振るえ、心臓が圧迫感に悲鳴を上げる。 いっそのこと殺せと、そう叫びたくなる。 だが、それをしたところで意味は無い。 そんなクライドにカグヤのソプラノボイスが明朗に響いた。 殺気とは裏腹の酷く優しい声だった。

「剣に意地と魂を込め、貴方の本心を曝け出して魅せなさい。 自分には理解できずとも、今この瞬間だけは私を信じて剣に全てを捧げなさい。 それだけが、今この場で貴方が私を納得させうる最良の方法。 我慢など必要ないわ。 ”溜め込んだ衝動”と一緒に猛る想いを私にぶつけなさいクライド・エイヤル」

 口上が終わった瞬間、クライドは無意識に一歩踏み出していた。 最後の枷が外され、自分が我慢しようとしていた激情が本物の殺気を前に開放される。 それが言霊に宿っていた力だったのかは定かではない。 ただ、今この瞬間は彼女の言葉に従うことだけが自身の先を紡ぐ唯一なのだと自身の本能が悟っていたのかもしれなかった。

 一歩踏みしめるたびに、激情を開放する。 その脳裏を掠めるのは走馬灯にも似た幻影だった。 初めて連中に出会ったときは驚いたが、それでも彼らを責める気は不思議と起きなかった。 自分の命がヤバイと分かっていても、好奇心に負けたのかそれとも単純に嬉しかったのか。 そんなことさえ今ではもう思い出せない。 けれど、彼らとは自分なりにうまくやっていた。 それだけは確かだ。 シグナムをからかってはコテンパンにされてシャマルに癒され、ツンデレなヴィータにぶっ飛ばされながらやはりまたシャマルに癒される。 そうして、そんな自分を一歩は離れたところから青い狼が苦笑しながら見守る。 そんな日々があった。 そんな暖かい日々があった。 もう、二度と会うこともないかもしれない”自分の”守護騎士たち。 安否は知れず、それでもまだ自分の手の届くところにいるというのなら、どうにかしたいと本気で思う。

――これは、そのために必要な一歩である。

 剣の間合いに入った瞬間、再び我武者羅に刀を振るった。 もしかしたら、色々と滅茶苦茶だったのかもしれない。 だが、それでも彼が培ってきた九年がそこには確かに存在していた。 決して綺麗なものではない。 カグヤからすれば、欠伸が出るほどの拙い剣だ。 ただ、それでもその剣には先ほどまではなかった執念があった。 込められた確かな意地があった。

「そう、それで良いわ。 下手に我慢する必要など無いのよ。 器用ではないなら、ズレているならなおさらに――」

 うっすらと笑みをこぼすカグヤは、そういってリズムを上げる。 二人の剣戟がさらにさらに増していった。 クライドを飲み込もうと少しずつギアを上げていく剣閃が、カグヤの白の剣となってクライドの青の剣を飲み込んでいき、それに抗うためにクライドの剣が悲鳴を上げる。 だが、青はそれでもなお執念で食らいついていた。 それしかもう彼には残っていない。 それしか、その激情しか込められるものが無かった。 何の嘘も無い、本心。 連中を取り戻したいというその想いには嘘は無い。 嘘で覆い隠す理由が無い。 そんなものは必要ではない。

「はあ、はあ、はあ――」

 肺を潤す酸素が足りない。 刀を振るう体力が、一気に消耗していく。 切っ先が鈍り、次々と迫る剣閃に飲まれそうになる。 いや、事実もうほとんど飲まれている。 反応が遅れるせいで、バリアジャケット<防護服>の表面が何度となく斬られかけた。 どうにか対処してはいるが、これ以上は持ちそうに無い。

 カグヤの剣閃は留まるところを知らなかった。 というよりも、明確な終りが無い。 技後硬直の時間がほとんど無いのだ。 無限の剣閃とでも呼べば良いのか、間断なく攻め立ててくるこの剣の真の恐ろしさをクライドは初めて肌で理解した。 もし、コレで張り付かれたらどんな魔導師でも無力に成り下がるだろう。 どんな強固なシールドもフィールドも切り裂かれ、攻撃に転じることなく首を飛ばされることになる。 今まで相対してきた連中よりもよほど性質が悪い。 魔導師では無理だ。 近接特化の騎士でならばあるいは対応できるのかもしれないが、それでもやはり厳しいだろう。 これほど隙の無い、恐ろしい相手は初めてである。 何か一つに秀でることがこれほどに恐ろしい力を生み出すのか。 羨ましいとさえ思う。 その代償がなんであるかは知らない。 時間だけでは無い気がする。 もっと別の、途方も無いものを捧げなければここまでたどり着くの不可能なのではないか? そう考えると、達人の技を越えた神技のように思えてくる。 もしかすれば、彼女こそ剣神とか剣姫とか剣聖とか人に呼ばれる類の傑物なのか。

 矮小な自分が惨めに思える。 どうして自分はこうも貧弱なのかと羨望の視線を向けてしまう。 けれどそんなものは――。

「「――無いもの強請り」」

 声を出した瞬間、ソプラノボイスがクライドの低音に重なった。 もはや、疑う余地も無い。 いや、もうそもそも疑ってさえいない。 ことここに到っては疑うことに意味など無いのだ。 彼女には本気で剣を通して伝わっているらしい。 であればただただ渾身で刃を振るうのみ。

 首筋を通ろうとする刀を状態を下げて紙一重で避ける。 すれ違った剣が、黒髪の先端をもっていく。 それが次に繋がる前に、クライドが前の空間を蹴るようにして後ろに跳んだ。 エア・ステップ。 空いた空間を通り過ぎる絶対零度の剣閃。 だが、その次の瞬間に距離を取ったクライドの眼前にはいつの間にか小柄な体躯が踊っている。 まるで地面を滑るようなその歩法に、クライドが呻く。 だが、それだけでは終われない。 クライドの真横をすれ違い様に切りつけてくるそれを、刀の刃を立てるようにして構え凌ぐとその場で回転しながら真後ろからの斬撃に刀を叩きつける。 グラムサイトの恩恵で辛うじてそれさえも防ぐと、今度は自らも攻め立てた。 防御だけでは追いつけない。 なんとかして攻めに転じなければ容易く押さえ込まれてしまう。

 全身を冷や汗と熱を殺すための汗が流れていく。 濃密な死の気配が漂うそれを、ただただ無心になって捌いていた。 ただ、それだけだ。 そんなことしかできない自分で、取り戻せるのか? 交わす剣を越えてふと、そんな取り留めの無いこと思う。 しかし、それはただの泣き言でしかない。

 無理を通せば道理も引っ込むという言葉がある。 究極の理不尽でさえ通してしまえばそれで全ては問題なしだ。 ならば、他でもない自分はそれをやらねばならない。 やっぱり、自分は連中ともう少しばかりいたいのだ。

「ぁぁぁぁぁああああああ!!」

 声にならない声で、気がつけば叫んでいた。 刀を狂ったように振るい、激情を剣に込めて振るう。 咆哮のようなそれが、いつしかクライドの全身を突き動かしていた。 精神の高ぶりが一瞬だけクライドの身体を疲れから開放する。 まるで燃えつける前の蝋燭だ。 次の瞬間、クライドはキレたように突撃を敢行していた。 カグヤの剣の結界に強引に踏み込んで強引にいこうとしたのだ。 けれど、それが許されたのは一歩だけだった。 気がつけば、腕の中にあったはずの重みが無い。 陽光を反射しながら宙を舞う刀。 無論、それはクライドの刀だ。 弾き飛ばされたことにクライドが気がついたときには、既にカグヤの姿は眼前にはない。 ただ、鞘に刀を仕舞う音だけが背後から聞こえてきた。 それをグラムサイトで知覚した瞬間、クライドのバリアジャケットが消滅した。同時に、首筋に奔った紅い一文字の傷痕から薄っすらと血が滲む。

「――まあ、こんなところかしらね」

 宙を舞った刀が、大地に突き刺さったころにようやくクライドは正気に返った。 右手を恐る恐る首元にやると、まだしっかりと繋がっていた。 胴体と泣き別れしていない。 そのことを理解すると、クライドは安堵のため息を吐いた。

「……は、はは。 まだ死んでねーぞ俺!!」

「あら、殺して欲しかったの?」

「冗談はその剣技だけにしやがれ!! 死んだかと思ったじゃねーか!!」

 バリアジャケットが消えた瞬間、『お前はもう死んでいる』状態になっていたのかと思っただけに心底クライドは安堵していた。

「別に敵ではない貴方を殺しても私には何の得も無いのだけれど?」

「嗚呼、生きてるって素晴らしい」

 何か間違った方向に開眼しかけながら、クライドが大きく息を吐く。 今までで一番命の危機を感じたのは言うまでも無い。 というか、彼女と剣を交わした段階で死んでいたのではないだろうか? ここが天国だと言われたら今のクライドは信じるかもしれない。 それほどまでに精神的圧迫から開放された今のクライドはハイであった。

「人生に喜びを見出している最中に水を差して悪いけれど、さっさと終わらせるから聞きなさい」

「ああ、もう何でも良いから教えてくれ」

 溜め込んでいたものを大暴れしたせいで吐き出したクライドは、大地に倒れこみながらカグヤに説明を求めた。

 その後、カグヤによって手掛かりを得たクライドはカグヤに貰った刀を手にしてスクラップ置き場へと帰っていった。 まるで憑き物の落ちたような顔をしたクライドが、ようやくするべきことを自覚したことを知覚しながら、カグヤは聖域で薄っすらを笑みを浮かべる。 その様は剣を振るうときの彼女にはない、純粋な慈愛の色が浮かんでいる。 だが、それもすぐに来訪者の到来を感じて消えていた。

「――存外、私は過保護なのかもしれないわねペルデュラボー」

「おや? 君は僕に気づいていたのかい?」

「ついさっき……ね。 でも似合わないわねその眼鏡。 今の貴方を見たら本当の貴方を知っている人間はきっと別人に思ってしまうわ」

「酷いね、これは僕のトレードマークだよ?」

 苦笑を浮かべながら頭に引っ掛けているグルグル眼鏡を指差すと、ペルデュラボーは唇を歪めて抗議する。 だが、それもすぐにやめて”いつもの”口調に戻した。

「で、確証はとれたのかな剣聖。 貴公はなまじ説明するよりも剣を交えた方が分かりやすかろう。 あのズレ……貴公は昔センスが無いなどと評していたが、その理由の一旦ぐらいは理解したか?」

「ええ。 確かに、貴方の入れ知恵だというのは気に食わないけれど。 ただ、私には理由が分からないし原理がそもそも分からない。 彼……一体何? 本当にただの”現状維持”保有者なのかしら」

「余もそれには”まだ”答えを出しかねている。 ある程度の推察はしているが、その状態を作ったであろう本人が”覚えていない”ので確認のしようがないのだ。 アレは偶然では起こりえないはずだ。 ただ、これだけははっきりと言えるだろう。 クライド・エイヤルは別段貴公の障害というわけではない、と」

「ええそうね。 彼は真っ白だわ。 隠し事はあるみたいだけど、それは別段気にするほどのものではなかった」

 不可解がもし仮にシュナイゼルとの繋がりに直結していたのであれば、カグヤはあの最後の瞬間に間違いなくクライドの首を刎ねていた。 だが、そうではない。 彼はただ単純に夜天の書と、彼の騎士を心配しているだけだった。 本当のことを知っているのであればそんなことはしないだろうに、ああも必死になって剣を振るっていた。 そのことが痛いほど理解できたために、カグヤはクライドを信じる気になっている。

「さて、もうしばらくすれば彼の運命の輪が閉じる。 未定だった彼の運命はどうやら闇の書を奪われた時点で決まったようだ。 その後に、さらなる混沌を周囲に撒き散らしていく人生を彼は送るだろう」

「あら? 彼は未知の塊なんでしょう? 裏のルートを編み出すこともあるのではなくて?」

「それは無理だ剣聖。 人の運命は通常は単一で決まるものではない。 数々の人々の偶然が必然となって跳ね返ってくる。 それがただ人の運命だ。 彼がリミットブレイカー<限界突破者>ならばそんな道理も跳ね返すかもしれぬが、彼はそうではない」

「それは……」

「ああ、勿論これは貴公の紡いだ運命というわけではない。 逆に、貴公という存在と出会わなければ彼の運命はもう当の昔に閉じているのだ。 九年もの法外な時を稼げず、学生のうちに死んでいただろう。 寧ろ貴公に彼は感謝をするべきだ。 今回もまたそうだ。 あの刀がかつて貴公の弟子を救ったように、今回もまた彼の助けにはなるだろう。 もっとも、最後の結末にはなんら意味を成さんだろうが、それでもその道程で自らを押し通す手助けにはなろう」

「貴方が彼を助ければ済むことではないの?」

「十分に自らの足で立つための助力はしている。 今回のようにな。 無論、代償あっての対価だ。 本来、余はそういうことをする立場にはない。 してはいけないというわけではないが、あまり干渉するつもりは毛頭無い。 所詮この身は”見護る者”なればこそ――」

 そういうと、ペルデュラボー<アレイスター>はカグヤに背を向けて聖域から去っていった。 アルハザードへと帰ったのか、それともまた無限書庫に行ったのかは知らないがその背中が珍しく寂しそうに見えたのはカグヤの気のせいだったのだろうか?

「彼も彼に肩入れしているのかしら? ……まさか、ね」

 我ながら馬鹿な想像をしたものだ。 あの魔人が、金色の獣がそんなことをするはずはないだろう。 人を超越する感性と法外な力を持つあの少年に限ってそんなことはあるまい。 彼は人間を嘲笑いながらただ眺めるだけの存在だ。 見護ることだけが仕事だと己に課している節がある。 もっとも、それは正しい。 彼が本気で動けば、この封鎖世界そのものが崩壊するだろう。 超越者とさえ肩を並べる存在なのだアレは。 だが、一つ不可解に思うことがある。

「彼を彼らに殺させるつもりが無い私が干渉しても助けられないのかしら?」

 彼自身の運命が彼単体の招いた事象ではなく、連中のせいだというのなら助けることに躊躇は無いのだ。 では、敵が連中では無い可能性があるというのか? 単純な戦闘力だけならば自身を越える人間は少ないし、逃がすだけならば彼女は他の誰よりも秀でている。 そして彼女は限界突破者でもある。 運命を覆す資格が無いというわけではないはずだ。 なのに、アレイスターはもう終わったという。 ならば、これは力ずくでどうにかできる問題ではないということなのか?

 カグヤには運命など見えないし、展開を予測することはできない。 ただただ、今までよりも彼に注意しておくことしかできないのだ。 それが、彼女の限界であるが故に。 全てを見通す目でもあれば、あるいは状況を変える力を得られるだろう。 けれど、そんなものを彼女はもっていないし、彼に言ったようにそれが無いもの強請りでしかないと理解している。 ただ、その葛藤はどれだけ強くなってもついてまわることであった。

「まあ、例えそうなる予定だとしてもそれで諦められる人間なんていないでしょうけどね」

 悪あがきは人の常であり、それこそが人間に法外な力と結果を与える要素である。 ならば、運命に翻弄される人間の嘆きこそが、限界突破者を生み出す切っ掛けでなのではないだろうか。 だとすれば、可能性が完全に閉じているというわけでは無いと思った。

 それが例え絶望的に低い可能性であったとしてもそう思うのは自分が人間だからだろうか。 超人とは違った答えを持ちながら、彼女はそうして運命の時を待つことにする。 結果など出た後に判断すれば良いことだ。 それが、自身の望む答えかどうかなどことが起こる前には神のみぞ知ることである。


――そう結論付けると、カグヤはため息をつきながら別荘の中へと消えていった。


コメント
始まったばかりなのに、もう終焉を感じさせる第二部
けれど、そこがいいです。
限界突破者には至れずとも、クライドの意地だけは確かに示されると思いますから。
【2008/09/07 09:04】 | ddd #2fpgHdjY | [edit]
グリモアは敵側だったのか…?
それにクライドの死亡が確定したし……続きはどーなるんだろーか
個人的にはクライドには運命を書き換えて欲しいなーと
【2008/09/07 09:54】 | sinking #IzcE9f9g | [edit]
なんだかグリモア君がスパイちっくな感じになっとる
あらためて見りゃ、経歴不明だし、実力隠してるし、名前も偽名に思えてくるし、美人だし…

今回も面白かったです
【2008/09/07 10:07】 | イペリット #mQop/nM. | [edit]
切り替えさせたのは彼女でしたか。
彼女の事忘れてた。orz 気になる真実、さてはてどうなることやら。
【2008/09/07 10:46】 | akira #wriFTfcY | [edit]
展開が回る回る
情報も手に入ったし管理局とは別に単独で動くのかな
謎勢力を利用しようとするグリモア君、補佐フラグが立った直後に消えかけてるリンディの動きも気にかかる
【2008/09/07 11:18】 | |・ω・) #LkZag.iM | [edit]
まあ、グリモアは≪魔書、魔導書≫の意味ですから収集機の一つなんじゃないかなとは思っていましたので、敵側なんだろーなとは予測していました。
デバイスであったとしたらクライドにとって最高の相棒、もしくはお嫁さんな訳で、そう考えると前回の彼女の台詞も意味深いですよね。
クライドの物語は閉じることが確定しているらしいですが、そうすると「彼」の次の物語はどうなっていくのか、これからが楽しみですね。
【2008/09/07 12:01】 | rai #SFo5/nok | [edit]
前回から続く怒涛の展開に楽しませて貰ってます。
確定した運命にクライドがどう抗うのか、グリモアの行動は、この先が物凄く楽しみです。
体を壊さない程度に執筆頑張ってください。


クライドは自決するのかな
【2008/09/07 13:01】 | 心慈 #i5RlUaH. | [edit]
クライド死亡確定か。

クライドの死亡前後がどうなるか、今から楽しみです。
【2008/09/07 16:54】 | 名無しさん #- | [edit]
カグヤが師匠やってますね。
しかし、他のクライドの騎士たちは無事なのか不安。
次回はどうなるのか。
【2008/09/07 18:26】 | 悠真 #eLnC4.eo | [edit]
えぇい、あれだけ誘ってるリンディを襲わないとは、このヘタレめ!!。
NanohaWikiから考えると、そろそろ仕込まなければクロノが生まれないというに。
「死」という運命に向けて、一歩一歩着実に歩んでいる彼が、もう不安でたまりませんよ。

金色の獣からも破滅認定受けていますが、グリモア嬢がイレギュラー起こしそうですし、なんとか彼が悪あがきしてくれるのを期待しています。
【2008/09/07 19:29】 | rin #mQop/nM. | [edit]
いつのまにか第二部がスタートしてて俺、涙目。
第二話でザッフィー消滅して今回はクライド死亡予告。第二部は最初から最後までクライマックスなんでしょうか。次回を楽しみにしています。
【2008/09/07 19:37】 | サザナミ #zQHIT1rU | [edit]
クライド君の死亡フラグが完全固定!?
偶然があれば助かるのだろうか、とも思うけど・・・。あるいはクライド君が・・・。

まあ、何はともあれ次回にも期待しております!
【2008/09/07 20:44】 | リアン #- | [edit]
更新お疲れ様です。なんかもう物語が物凄い勢いで展開していてハラハラしっぱなしです。今回でザフィーラを想い、涙を堪えたエイヤル君に読んでるこっちの目頭が熱くなってきました。
もはやクライドの運命の輪が閉じるのは決定していると断言されてしまいました。しかし彼の持つ全てを今回の黒幕に叩き付けて欲しいものです。
体調に気をつけてください。次回も楽しみに待っています。
【2008/09/08 01:13】 | マッキー02 #- | [edit]
な、何だか最終話まであと3話くらいな雰囲気ですよ?
エイヤルは死亡フラグ全開で、生き残ることができるのでしょうか?
次回を楽しみにしています。
【2008/09/08 01:41】 | 歌ワニ #17ClnxRY | [edit]
みんなクライド死亡を望みすぎw
例え限界突破者でなかろうと無理を通して運命を蹴っ飛ばすのが主人公じゃないですか!


あー、でもエイヤルくんだからなぁ……ww
【2008/09/08 12:58】 | 123 #LkZag.iM | [edit]
dddさん sinkingさん イペリットさん akiraさん |・ω・)さん raiさん
心慈さん 名無しさん 悠真さん rinさん サザナミさん リアンさん
マッキー02さん 歌ワニさん 123さん

どうもコメントありです^^


【2008/09/12 16:10】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
みんながきっと思っているだろう事を俺は声を大にして言いたい!

グリモア君がマッドサイエンティストDrの美人秘書さんに思えて仕方が無いぜぇ!

ロリンディもいいけどロリウーノもねっ!
【2008/09/14 22:33】 | 三成 #NIjeC0HU | [edit]
きっとクライドなら死亡フラグも跳ね返してくれるって信じてる。
そしてザフィーラは強くなって戻ってくるフラグが立っていると信じてやまない俺がいる(;ω;)ブワッ
【2008/09/19 11:18】 | 牛猫 #mQop/nM. | [edit]
うーん、闇の書の行方も気になるけど、エイヤルの恋愛模様の方が気になる!
このまま逝くとクロノは誕生の機会を逃すような…。
やはりディーゼルとリンディはくっ付くのだろうか?話の途中で転生を匂わすようなことも言ってもいたし。
続きが気になります(^ω^)ノ
【2008/09/20 03:04】 | kazu #.AUkuh/Q | [edit]
三成さん 牛猫さん kazuさん どうもです^^

>>ロリンディもいいけどロリウーノもねっ!
……これは考えてなかった!!
どっかで書いてる人いるのかなw
【2008/09/23 16:58】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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