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憑依奮闘記2 外伝1

 2009-02-09
 旧暦の時代、アルハザード時代とか古代ベルカ時代とかそんな適当に呼ばれる時代が存在したという。 だが、永遠に存在する世界など所詮夢物語でしかないのか。 今とは比べ物にならないほどの進んだ文明がその中にいくつもあったかもしれないが、それでもなんらかの原因によって滅びてしまうことなどよくあることだ。 僕たち考古学者は過去を想像することから始まり、そういうもはや時の彼方に埋もれた真実を探求し世に広めることが仕事である。
 こういう歴史があった。 ああいう歴史があった。 ここはこうではないのか? こういう背景があったからこうなったのでは? 想像に終りは無い。 確固とした物的証拠と、周辺の次元世界の歴史や記録から考察し検証し、出来うる限り突き詰めて考える。 まずは穴だらけでもなんでも良い。 その穴を少しずつ埋めることもまた、仕事の内だ。

 スクライア一族にとっては、歴史考察や各地に残る遺跡探索なんてのはもはや遺伝子に刻まれた欲求が生み出す好奇心であり、本能といっても良い。 恐らくは、祖先によほどの考古学マニアがいたのだろう。 その血のなせる業なのか。 自身のルーツに興味が出てこないわけではないが、やはり今取り組んでいるこの難題こそ、僕たちが挑まなければならないものだろう。 他の誰でもない。 この”難題”を世に解き明かすのは僕たちだ。

 旧暦の462年……全てのミッシングリンクの原初にして次元世界に稀に見る大災厄が突如として発生した。 正直な話、これ以降アルハザードと古代ベルカの記録は酷く曖昧になっていくのが事実だ。 どれだけの歴史を探っても、どこの記録を見ても、時空管理局の領域内では一欠けらもコレだと思う情報が出てこない。 この三年ぐらいはずっとそうだった。 無限書庫のデータを元に目当ての遺跡を巡ってみたものの成果の程は芳しくない。

 アルハザード<伝説の地>に関しては特に顕著だ。 ”アルハザード時代”などと形容されるということは、少なくとも語源になった元が”存在した”はずなのだが、不思議とそう”呼ぶ”だけでその元凶にについての情報が管理世界内からほとんど失われている。 古代ベルカもそうだが、まだこちらの方がマシだ。 聖王教会のシンパが躍起になって当時の資料を蒐集しているので、いくつか参考になる話を聞けたりしている。 その中には”奇妙”な話がいくつか見え隠れしており、大変に興味深い。

 だが、それでもそれが”本当”かなどは証拠を見てからでなければ信じることは出来ない。 歴史とは簡単に歪められうるのが常である。 勝者や時の権力者によって事実隠蔽がされているなんてことはザラにあるからだ。 これもやはり、書庫と同じで参考に留めるべきだろう。 聖職者が嘘を言っているというんじゃあない。 一般や末端は上が言うそれが真実であると信じるし、それを疑えない。 まあ、絶対に世に出してはならないものもあるだろうし、隠蔽しておかなければ彼ら的にも不味いものもあるだろうけどね。

 僕たち人間は善だけでできていない。 その心の内にある闇は、絶対になんらかの形で醜悪なものとして存在している。 付随する悪意と善意の間の境界に見え隠れしているそれをこそ僕たちは引っ張り出さなければならない。 

 だが、それをするには酷く時間がかかることは言うまでも無い。 一族総出でやりたいところだが、何しろ”隠蔽された歴史”という触れ込みだから大々的に動きすぎるのも不味い。 一応僕もこの情報をミーアに授けた少女と話したことがあるが、詳しいことはのらりくらりと避けられた。 話したくないのか、それとも話せないのかは分からないがそれでもアレは僕たちに対する挑戦状であったことだけは理解している。 ミーアが噛み付く気持ちが、少なからず分かる気がした。 僕たちの歴史に対する好奇心が、お預けを食らってイライラしているのだ。 まるで、テストの答えだけ教えられて、その過程に悩み続ける学生のようなものだ。 正解を探し出すまでは、このイライラは収まらないだろう。 酷く歯がゆい反面、反骨心からかモチベーションが刺激される。

 無論、そもそももたらされた情報それ自体が嘘だという可能性はある。 だが、あそこまで綺麗に歴史の空白が埋められている以上は何がしかの確信があるのではないかと思うのだ。

――きぃぃ!! 見てなさい襟首女ぁぁぁ!!

 最近、会うたび会うたびミーアは彼女と戦っているらしい。 夜中に枕をサンドバックにするフェレットを見かけることがある。 いい加減に溜まりに溜まった鬱憤を思いっきり暴力言語で発散させているのだろう。 肉球のジャブが、肉球の右ストレートが、肉球のアッパーカットが次々と枕に猛威を振るい、エリアルコンボを叩き込む様は在る意味サーカスの曲芸にも出られるほどに見事である。 だが、そのせいで枕の消費が非常に激しいのだ。 偶に僕の枕にまで手を出すのはどうにかならないだろうか? 後、最後には結局毛並みを愛玩されているようだから多分全敗だ。 ああも簡単にあのアグレッシブな娘をあしらうことができる彼女に、僕は少なくない敬意を払っている。

 彼女にはなんとなく逆らうことをしてはいけない気がしてくるから不思議だ。 知り合いのバトルマニアが挑んで、容易く返り討ちにあったことをこの眼で見たせいではないよ? うん、多分気のせいだ。 僕はそんなヘタレではない。 これでも理性的でクールな青年で売っているんだ。 うん、そのはずだ。

 と、話がズレているね。 なにはともあれだ。 今のところ管理領域内では目立った発見は無かった。 全て既知での範囲内であり、”既存”の学説を覆すものは何も無かった。 まあ、これは復習みたいなものだから、別にそれ自体に意味は無い。 ただ、目星をつけていた当時に生き残っていたらしい文明の遺跡が粗方”破壊”されていたり、在った筈なのに何も無いように忽然と消えているものが多々あった。 正直、戦慄したよ。 隠蔽なんてのをしているかもしれない連中が”いるかもしれない”という半信半疑から現実に”暗躍しているかもしれない”というレベルにまで認識を改めさせられたんだから。

 管理世界内部に存在する世界の常識となんら変わらないものしか出てこない。 ”皆等しく誤差はあった”がほとんど”近似”しているものばかり。 まるで、どこかの書庫と同じである。

 無論単なる盗掘の可能性がないわけじゃあない。 だが、あそこまで完膚なきまでにやる理由が見当たらない。 風化したり自然災害とかで破壊されるのならばまだしょうがないが、明らかに人為的な破壊痕などを確認するとため息を吐かずにいられなかった。

 しかしその程度で諦められるほど僕たち一族の歴史に対する情熱は軽くは無い。 管理内世界からの考察が不可能ならば、管理外世界から探るまでだ。 むしろ、ここからが本番であるといえる。 現在の時空管理局の管理領域の外側。 例えば、あの自治世界連合に組する独立世界群、そしてさらにその外側。 無限に存在する次元世界の中には、少なくともアルハザード時代から生き残っているといわれる世界がまだまだある。 そこからならば何かが出てくるかもしれない。

 これはさすがに僕たちには未知の領域だ。 自治世界連合とミッドチルダ、ひいては管理局は仲があまりよろしくないから、一族でもそこら辺を研究している人間は少ない。 管理世界だけでも四桁に達する世界があるのだ。 さすがに、一族もそこまで手を回すの人数的に厳しい。 一つ一つの世界を放浪しながら渡航するとしても、どれだけ莫大な年月が掛かるかなんてのは想像に難くないし、危険度も跳ね上がる。 外側には管理局など無い。 つまりは、次元世界的に法の無い無法地帯が存在するのだ。 よからぬ輩に襲われる可能性も無きにしも非ず。 もっとも、今では少しばかりその懸念は薄れている。 何せ、管理局が恐れる闇の書の守護騎士を護衛として雇えるなどという好機に恵まれているのだ。 次元海賊も次元犯罪者もゴロツキ程度なら裸足で逃げ出す戦力である。

 一人は偶に探索開始までの情報収集期間は暇だからといってフリーランスの仕事を請けているが、それでもあの三人が揃えばそうそう恐れるものは無い。 高ランクの空戦魔導師二人に支援特化の魔導師一人。 さらに、僕とミーアも一応は結界魔導師としては優秀な血族であるスクライアの人間だ。 恐れるものがあるとしたら、対艦攻撃クラスの攻撃や、アルカンシェルでオーバーキルされない限りは大抵なんとでもできる戦力である。 しかも、かなりやばいときには極稀に例の少女が助太刀してくれることもある。 あくまでも偶然を装って現れ、ミーアをからかって去っていく風来坊。 何故か守護騎士の皆が揃って会うたびに膝をついて挨拶をしているのが気になったが、本人たちも条件反射的にそれをしていることに首を傾げている。

 ただ、僕からすればそこに彼女から渡された歴史の秘密があるように思えてならない。 未知の魔法を使う魔法剣士にして一向に姿が変わらない剣の少女。 そして永遠に転生を繰り返す闇の書の守護騎士たる彼女たち。 そして、極めつけは彼女に出会ってからのシャマルさんの態度の変化。 周囲に隠そうとしてはいたが、何か戸惑いが感じられるようになった。 一体、何があるんだろうか?

「――次はヴァルハラだ。 少しばかり、彼女についても探ってみるか」

 ヴァルハラ……自治世界連合の主要世界にして、躍進し続ける経済発展世界。 噂ではその技術力はミッドチルダを超えているのではないかという。 魔法と質量兵器が共に轡を並べる近代次元世界。 そして、”旧暦以前から”存在している文明。 もしかしたら、そこで僕たちは何かを見つけられるかもしれない。

 守護騎士、ベルカ、ヴァルハラ、ソードダンサー、全てが符合する答えなど想像もできないが、それでも僕は確かに何かを予感していた。 そこにはきっと、まだまだ僕たちが知らない未知が埋まっているかもしれない、と。











憑依奮闘記2
外伝1
「ウェルカム・トゥ・ヴァルハラ」

















 ヴァルハラは彼の大災厄以前から発見されてはいたものの、次元世界に進出し始めたのはそれよりしばらく経ってからである。 だが、いつの頃からか彼らは魔法や魔導技術を手に入れてジワリジワリと成長し、今では次元世界でもかなり名が売れた世界となっている。

 そんなヴァルハラを語る上で、彼女の名前は絶対に外せないだろう。 恐らく、それが誰かなどヴァルハラに住まう誰もが皆口を揃えて答えるだろう。 例え、小さな子供であったとしてもしっかりと、だ。

 彼女の名はルナ・ストラウス。 ヴァルハラに古くから住まい、王族からも絶大なる信頼を寄せられている妙齢の女性だ。 彼女が一声かければ、ヴァルハラが動くとまで言われている。 ソレほどまでに強い影響力を彼女は持っている。 富も名声もトップクラスだが、そんな彼女は恐ろしいほどに権力というものに固執しなかった。 というよりも、興味がないのだろう。 ただ、その世界に住まう者として意見し、できるだけ住みやすいようにしようとしていただけである。 何せ、彼女は普通には死ねない。 死ねないのだから、じゃあせめて住む世界ぐらいは快適にしてやろうとでも思ったようだ。 それには個人的な暇つぶしもあったが、割と楽しそうであるというのが彼女を知っている者が持つ印象である。

 自身を吸血鬼だ、などと称する癖にその趣味は日光浴。 さらには血が基本的には嫌いだという。 まるでわけが分からない。 しかし決して嘘をつかないその吸血鬼は、その言葉が真実であるかのように老いない。 だから、誰もが彼女が吸血鬼であると信じているし、それが彼らヴァルハラに住む者にとっての常識となっていた。

 そんな彼女であったから、ヴァルハラでは有名人だった。 外の世界からは眉唾な存在だと胡散臭い目で見られはするが、少なくともヴァルハラやミッドガルズが大きく発展したのは一重に彼女の手腕があったことは確かである。 その事実だけは疑いようがないため、真っ向から彼女を非難することはしないしメディアも特にはやし立てるようなことはしない。 というか、今では楽しみにされていた。 次は彼女が何をやらかしてくれるのかを。

 彼女は酷く挑戦的だ。 魔導師ギルド『ミッドガルズ』から始まり、現在では様々な分野に手を伸ばしている。 最近では芸能界や服のブランドにまでシェアを伸ばそうとしているぐらいである。 その成長振りを揶揄して、成功の秘訣はストラウスにありとまで囁かれるほどである。

「――ようこそ、ミッドガルズへ」

 黒銀の髪の受付嬢が来客に軽く頭を下げる。 ここは魔導師ギルド『ミッドガルズ』のヴァルハラ本店だ。 広大なエントランスには幾人もの受付嬢が来客の対応に追われているが、彼女の場所には来客は少ない。 仕事の商談か、あるいはVIPや序列ランクの高い魔導師ぐらいしかやってこないからである。 普通の一般客やあまり名が売れていない魔導師は自然と彼女の手を煩わせないように他の場所を進んで選ぶ。 山済みにされた書類の山を見れば、これ以上彼女に仕事をさせるのは酷だと皆が思うからであった。

 とにかく、仕事量が半端ではない。 常人の二倍三倍どころではなく、十倍二十倍は堅いだろう。 もはや光速ではないかと思うような速度で働くその姿を見たものはまず始めに戦慄する。 正にワーカーホリック<仕事中毒者>を地で行く彼女は、けれどそれを苦とも思っていない。 仕事こそ至高の娯楽。 知的生命体の生み出した最高の快楽元。 そう考える彼女からすれば、忙しくなればなるほど楽しくてしょうがないのであった。 

「ストラウス、私たちは別にVIP待遇の来客ではないのだからいつもいつもそう畏まった言い方をいつもされても困るのだが……」

「あら、でも社員ではないでしょう貴女たちは。 大事な大事なお得意様ですからね」

 微笑を浮かべながら、ルナはやってきた紅い髪の女性にウィンクを一つ飛ばすと茶目っ気を披露する。 そうして、足元に置いてあった紙袋を机の上に置くと女性に差し出した。

「どうかしら、今度の新作なんだけど」

「……む」

 女性は、しばしその包みを凝視すると冷や汗をかきながらゴクリと唾を飲み込む。 隣では、その様子を楽しそうに眺めている小悪魔が一匹、主<ロード>のピンチをニヤニヤと眺めていた。 別段、服装には彼女は興味がない。 主がどんな服を着用しようが自由であるからだ。 例え、それがメイド服やウェディングドレス、ゴスロリであろうと関係がない。 とにかく、中身が彼女であれば別にどうでも良いのだった。

「いい加減観念したらどうだよ。 いつものことじゃねーかよぅ。 お? 今日のは随分と大人しいじゃん。 ヒラヒラの奴じゃないんだな」

 小悪魔<アギト>がふよふよと虚空を飛びながら微動だにしない主<シグナム>をそのままに紙袋の中を漁る。

「こ、今回はなんなのだ?」

「今日はいつもより趣向を変えて、スーツにしたわ。 いつもいつも可愛いのばかりだとアレだものね」

「そ、そうか」

 ホッと安堵のため息をつくシグナムであったが、さすがにこればっかりはいつもいつも戦々恐々としてしまう。 例えそれが代価だったとしても、こんなのはあんまりだった。 しかも、何故かヴィータやシャマルではなくシグナムが指名された。 シグナム自身は特に服に拘るほうではないし、頓着もしない。 スカートなども別に問題はないが、あからさまな服には物凄く羞恥心が沸いてくるというものである。

「お、アタシのもあるある」

 取り出した人形サイズの小さなスーツ。 よく見れば、女性用というよりは男性用と言った趣である。 まあ、スカートよりもズボンの方が感覚的には好みではある。 今回はセーフといったところか。

「それで、今回の仕事は?」

「ヴァルハラ軍の演習に敵役の魔導師として参加してもらいたいの。 ミッドガルズの方で仮想敵の人材を集めて欲しいって打診があったから、貴女たちにはそれに出てもらいたいのよ」

「軍事演習か……勝ってしまっても良いのだな?」

「ええ、こちらからは他にも数人送ることになっているから貴方たちの力を存分に見せてあげて頂戴。 勿論、全勝したら特別報酬もくれるそうだから張り切ってお願いね。 詳しいことはそちらの端末に送っておいたから後はよろしく」

「承知した」

「りょーかーいぃ」

 頷き、シグナムとアギトは紙袋を受け取ると本店を後にする。 そうして、敷地の奥にある巨大な宿舎へと向かった。 シグナムたちフリーの魔導師のためにミッドガルズが用意している宿舎であるそれは、契約者が自由に使えるようにしているのだがそれの運営は会社の利益からではなくてストラウスの個人資産から出ている。 というか、その宿舎は言うなればストラウスの自宅であった。 単純に空き部屋を貸し出していると言った具合である。 ただ、最上階だけはストラウスのプライベート区域になるので立ち入りは基本的には禁止である。 例外は最高ランクの魔導師だけであり、最高ランクに位置するただ一人<ソードダンサー>だけはそこに部屋が用意されている。 ちなみに、何故かシグナムたち守護騎士もそこに部屋を与えられていた。

 宿舎の中には様々な施設があり、訓練施設や日焼け用のプールなどもあり社員にも開放されている。 とにかくでかいの一言に尽きるだろう。

 そのかなりの優遇に、どういう理由があるのかを彼女たちは訝しんでいたが、立ち会ったフェレット娘のライバルからの施しだという。 無論、それは単純にカグヤが気を回しただけだ。 色々と複雑な連中を普通の場所に泊めるよりは、厄介ごとを簡単に処理できる場所の方が都合が良い。 少なくとも、ストラウスの敷地内であれば何かあっても簡単になかったことに出来る。 彼女がヴァルハラにいてもみ消せない事件など存在しないのだ。

「相変わらずでっけぇよなぁ」

「ああ、主クライドの家と比べると特にそう思うな」

 庶民と資産家の違いが明確に出ている。 もはや、口にするのも馬鹿馬鹿しくなるほどの広さを誇るその豪邸は、宿舎などと形容してよいものでは決してない。 おかげでいつもいつも居心地の悪さを感じてしまう。 これで装飾が質素であればまだ問題は無いだろうが、やはり装飾も一流であるから余計に違和感があった。

 入った当初は最上階のプライベートエリアに部屋を用意されたおかげで同業者から色々と勘繰りを受けたものである。 もっとも、それは次第に下火になった。 ストラウスの道楽を彼らが知って同情したからだ。
 
 ストラウスには戸籍の手続きやフリーランス登録などかなりの便宜を図ってもらっているため、シグナムたちは彼女の頼み事は基本的に全部飲む。 どれだけ恥ずかしい仕事着を提供されても着る。 恩には恩を。 ベルカの騎士は忠義に厚く義理堅いのである。 そうなってしまった背景には、ストラウスの一番の着せ替え人形<友人>が顔を出す回数を減らしているからというのがある。 そのしわ寄せがシグナムに来ているわけだ。 もっとも、それをシグナムが知っているわけはない。

 彼女が選ばれた理由は簡単である。 同じ剣士であるというのもあるし、どこか雰囲気が似ているというのもポイントが高かったからだ。 シグナムからすれば、多分に勘弁して欲しい趣味ではあったが。

「うーむ、それにしてもストラウスの道楽はどうにかならないものか……」

「あー、無理じゃないか? だって”ストラウス”なんだ。 諦めて楽しめばいいじゃん」

「動き辛い服やヒラヒラした服は性にあわん。 それになにより、戦闘の際には華美な装飾は必要ではない」

 今回は助かったらしいが軍の演習場へヒラヒラした服で行かなくてはならないのは御免である。 いくら騎士甲冑<バリアジャケット>があるといっても、移動までずっとそれでいるということは辛い。 一度資産家の結婚式の護衛に雇われた際などは、もう少しでウェディングドレスを着せられるところだった。 さすがに、それは主役がいるからと説得したが虎視眈々と彼女が着せる機会を狙っていることを会計の手伝いをしたアギトが掴んでいる。 実に恐ろしいことである。

「あー、しっかし平和だなーここ最近。 もういっそのこと二人でミッドガルズに就職しちまおうか? ストラウスなら結構払いは良いと思うぜ」

「ふむ、それでも別にかまわんといえばかまわんのだがな……」

 何せ、主からは好きにしてくれても構わないといわれているのだ。 ミーアの手伝いをするのも吝かではないのだが、それでも護衛以上の仕事を自分が出来るとは思っていない。 餅は餅屋である。 物理的に敵を排除するだけならばまだしも、プロの考古学者の仕事をサポートするのは何かが違う気がした。 やはり、彼女は基本的には荒事専門なのである。 ヴィータやシャマルは大分馴染んでいるが、シグナムだけはどこかそういう緩い時間の中で居続けることに戸惑いをがあった。 だからこそ、ここでの空気は嫌いではない。 好きなだけ訓練ができるし、依頼を受ければ実戦にも事欠かない。 そして何より、ここに来れば彼女<強者>がいる。 それにどこか後ろ髪引かれる自分がいることに彼女は気づいていた。

「剣に意地と魂を込めろ……か」

 そのフレーズに、どこかで失った何かを感じてならない。 それがなんなのかがさっぱり思い出せないのだが、それでも何らかの形で彼女が昔の自分を知っているような気がすることは確かである。 いや、これを感じたのはきっと自分だけではない。 アギトも、そして一緒に出会った他の二人もそうだ。 主以外に”条件反射”で膝を折る相手など、今現存する記憶の中には彼女を置いて他にはいない。 ただ、どうにも自分の持つ畏敬の念は他の二人よりも人一倍強いらしい。 それがとても気がかりであり引っかかるのだ。 何も思い出しはしなかったが。

「ソードダンサーの姐さんの言葉がまだ気になるのか?」

「ああ、よく分からんが不思議と忘れられん」

「うーん、昔どっかで会ったことあると思うんだけどなぁ」

 アギトはそういうと、シグナムの肩に乗って胡坐をかいた。 ついでに腕も組んでウンウンと唸る。 だが、やっぱり彼女も思い出せないらしい。 主<ロード>と同じく、お互いに時の濁流を越えた身だ。 どこか自分に似ている彼女を、シグナムは今では相棒だと認めていた。 真っ直ぐで気持ちの良い小さな相棒。 彼女といれば、いつか失ったそれを取り戻せる日がくるかもしれないとシグナムは思った。

「ふむ、また近いうちに声でもかけてもみよう。 暇ならば相手をしてくれるだろう。 いい加減、一太刀でも入れたいところだしな」

「だなぁ。 負けっぱなしってのも気にくわねーし、そんときは二人でいっちょうやってやろうぜ!!」

 グッと拳を振り上げながら、二人して作戦を練る。 といっても、やることはどうせいつもと変わらない。 近づいて斬る。 やることはそれだけだ。 空間ごと薙ぎ払うというのも試したことがあるが、それを上回るもので氷付けにされた今となっては如何にして正攻法で戦うかを研鑽している。

 とはいえ、考えれば考えるほど力の差が途方もなく感じてしまうのもまた事実だった。 刀型のアームドデバイスを振るう彼女にはまったくの隙が無い。 構えていない一見無防備な状態からでも、まるでこちらの動きを全て読んでいるように動いてくる。 しかも、目を瞑ったままで倒されたこともある。 あそこまでいくと、もはや悪夢でしかない。

 自らを剣の騎士と定めるシグナムでさえ、呆然とするしかなかった。 故に、だからこそ面白いとも思う。 まだまだ剣には先があり、自分が目指すべきものがああいう境地なのだと肌で教えられたからだ。 魔法プログラム体である自分が成長できるのかどうかは未知数ではあったが、例えばずっと戦わなかったり訓練をしなければ体が鈍るように感じることがあるため成長できるのではないかと考えている。 だからこそ、好き勝手自由に出来る時には彼女は訓練を欠かさない。

「しかし、気になるのはソードダンサーの年齢だな」

 玄関を越え、中に入りながらシグナムは言う。 思い描く外見は、とても剣を握るようなタイプではない。 だというのに、あの小さな体躯で剣を意のままに操っていく。 自分とはタイプが違うということを理解してはいるものの、アレだけのものを身に着けるのにあの外見年齢では難しいと言わざるを得ない。 まあ、魔導師としてのポテンシャルが高いからそれが可能なのかもしれなかったが。

「アレは変身魔法じゃあないと思うぜ? そういう小細工をしそうなタイプには見えないしなぁ」

「本物の変身魔法の使い手には騙されるが、彼女のはそういうのでは無いだろう。 剣が本職のはずだからな。 アレで支援系が得意だといわれれば、今頃私は自信を喪失して部屋に篭っているだろう」

「そのうちニート侍になってたりしてな」

「……嫌な響きだ」

 苦笑しながら、シグナムはエレベーターの開閉スイッチを押す。 どうやら都合よく一番下の階に来ていたようで、すぐに扉が開いた。 そうして、エレベーターの中に入ると最上階のスイッチをおした。 と、そこへ紅い物体が高速で突っ込んでくるのを見て、すぐに開くスイッチを押す。

「おー、サンキュー」

 それは、どこか聞いたことのある声だった。 いや、それだけではなくて良く見知った外観をしている。 相違点といえば髪型と服とサイズだろうか? 真っ赤な髪の毛は腰の辺りまで真っ直ぐに伸びており、誰かさんと違ってボリュームがある。 服はなにやらヒラヒラのドレスちっくであり、そのまま飾れば人形にもなるのではないかと思う。 もっとも、その彼女は知り合いよりも更に小さいのだが。

「……む?」

「おあ!?」

「あん?」

 三人が三人とも互いを見ながら目を瞬かせた。

「……小型のアギト?」

「うわっ、アタシより小型な奴初めてみたぜ」

 シグナムとアギトが驚きの声を上げるさなか、見つめられた小さなのは唯ひたすらに冷や汗をかいていた。

「あー!? しまった、忘れ物があったんだ。 というわけで、折角止まってもらったのにわりぃなぁ!!」

 振り返り、その小さいのはエレベーターから出ようとする。 だが、無情にも出て行く寸前に扉がしまり、逃げ出す機会を失ってしまう。

「……げぇ!?」

 ムンクの叫びを上げながら、可哀相なほどにその小さいのは震える。 よほど忘れ物というのが大事なものだったのだろうか? シグナムは気の毒に思ったが、アギトの方は何か感じるものがあるのかその小さいのを注視している。

(や、やべぇー見つかっちまったー!? 姐さんに切られるぅ!?)

「……なぁ、アンタも融合騎なのか?」

「お、おう」

 観念して、小さいのは振り返る。 それを見て、やはりとばかりにシグナムは唸る。 近くで見比べてみれば、恐ろしいほどにそっくりだった。 まるでアギトの姉妹機のようである。

「アタシの名前はアギトだ。 アンタは?」

「あ、アタシはア……いや、サ、サードってんだ。 偶然だなぁ、こんなところでアギトとシグナムに会うなんてな!!」

「……ん? 私の名前を知っているのか?」

「お、おうよ。 最近ミッドガルズで売り出し中の騎士だろう? アタシの主<ロード>もフリーの魔導師だから偶に見かけてたぜ」

「ほう? いつの間にやら私も有名になったものだな」

「ストラウスの新しい着せ替え人形って専らの噂だ」

「むぐ、そんな方面で売り出し中なのか私は」

 どこか脱力しながら、エレベーターの壁に頭をぶつけるシグナム。 騎士としての強さではないのかと、肩を落すその様はまるで落ち武者のように覇気が無い。

「ん、新しいということは前にもいたのか? 私のような境遇の者が」

「ああ、いたぜ。 今もそうさ。 もっとも本人はそれを対して苦とも思ってないけどよ。 似合うなら何でも良いみたいだぜ」

「なんと……それはまた豪気な」

 嬉々として楽しんでいるタイプではないようだが、それでも気にしないでいられることの方が凄い。 一体どんな魔導師なのかとシグナムとアギトは首を捻った。 と、その頃にはすぐにエレベーターが止まる。 サードと名乗ったユニゾンデバイスが外に出て、シグナムとアギトもソレに続く。

「じゃあな、縁があったらまた会おうぜ」

 どこか焦った様子でシグナムとアギトに手を振ると、挨拶もそこそこにサードは急いで去っていく。 小さな人影はすぐに曲がり角の向こう側へと消えていった。

「あれ? そういえば最上階を今使ってるのはストラウスとアタシたち以外じゃあソードダンサーのぐらいしかいないはずだよな?」

 それ以前に忘れ物をしたといっていた気がしたが、先に別の用事でも済ませるとうことなのだろうか? 不思議に思いながらもシグナムは口を開く。

「ふむ、融合騎は希少価値が高いから案外彼女はストラウスのなのかも知れないな。 ソードダンサーが使っているところは見たことがないし……な」

「じゃあストラウスって騎士か魔導師なのか? 魔力はあったっぽいけどよぉ」

「わからん。 だが、彼女が戦っている姿など想像が出来んな。 彼女はそういうタイプには見えない」

 あの受付嬢はいつもいつものほほんと迎えてくれる。 荒事を日常とする連中とは違い、剣呑さもなければ立ち振る舞いも常人のそれである。 魔導師ギルドミッドガルズの経営者とはいえ、さすがに本人がべらぼうに強いというわけではないのだろうとシグナムは思った。 と、その体が不意に片膝を床についた。 ほとんど条件反射のそれにシグナム自身困惑するしかないのだが、どうしてもその癖が抜けない。

「……相変わらずなのね、シグナムは」

「いえ、その……自分でも分かってはいるのですが……」

 苦笑を浮かべながら佇む少女に答えながら、シグナムは立ち上がる。 アギトはそんな主<ロード>の姿を不思議そうに眺めながらも、彼女に問うた。

「なぁなぁ、今さっきアタシみたいな融合騎見かけたんだけどよぉ、アレってストラウスのデバイスなのか?」

「貴女みたいな?」

「おう、アタシより小さめだったぜ」

「ふーん……”知らないわ”」

 黒髪を耳の後ろにやりながら、その後に何気ない風を装って右手で胸ポケットのあたりを押しつぶしつつソードダンサーは言う。 

「ん? 今誰か『ぐぇっ』とか言わなかったか?」

「あら? そんな潰れた蛙みたいな声を出す”人間”がこの屋敷にいるのかしら?」

「うーん……センサーの故障かなぁ?」

「気をつけた方が良いわよ。 貴女はそれでもロストロギアなんだから、故障したら滅多なことでは直せないのよ?」

「うーい」

 ま、そう簡単に壊れるわけがないしょうけど、と呟くと少女はシグナムに問う。

「そういえば、ミーアが一週間後にここに来るんでしょう?」

「ええ、一応その予定になっていますが……彼女から?」

「まあ、そんなところよ。 良かったら、全員ここに泊まれるようにストラウスに頼んでおくけれど、どうする?」

「それは……いいのですか?」

「これだけ部屋が有り余ってるんですもの。 問題はないわ。 それに、なんだかんだ言ってもストラウスもあの子の毛並みが気に入ってるみたいだもの」

「……マフラーにでもする気ですか?」

「スリッパの毛皮とかに良さそうじゃない?」

 フェレットの毛皮で作られたスリッパを思わず想像しながら、シグナムとアギトがなんともいえない表情を浮かべる。 まさかとは思うが、そのうち悲鳴を上げて逃げ惑うフェレットを護衛する日がくるのだろうか?

「か、可哀相だぞ!!」

「ふふっ、でも良さそうじゃない。 アレだけの毛並みを放っておくのは勿体無い気がしてくるわ。 私なら……そうね、SS級の任務報酬全部つぎ込んででも買うわね」

「フェレット皮のスリッパを……ですか?」

「マフラーを、よ」

 冗談とも本気とも言えない涼しい顔が、にんまりと微笑を浮かべる。 思わずゾクリとした二人は、それ以上は聞くまいと話題を変更することにした。 ヴァルハラに小動物擁護団体があるのかは分からないが、今度ミーアを保護申請するべきだと二人は思った。

「ソードダンサー、泊まりの件ですがお願いできますか? こちらからミーアたちには言っておきますから」

「ええ、分かったわ。 じゃ、また今度会いましょう」

「すぐに仕事へ?」

「ええ、アリシアの送迎と護衛にね」

「……なるほど。 では、リニスにも一言伝言をしてもらっても良いですか?」

「リニスに?」

「ええ。 また暇なときにでも手合わせでもどうか、と」

「分かったわ」

 少女は頷くと、すれ違うようにして歩き去っていく。 と、次の瞬間にはまるでそこに居たのかすら怪しいほど跡形もなくその姿が消えていた。

「やはり……錯覚というわけではないな」

「ああ、やっぱしアタシのセンサーからもいきなり消失<ロスト>した」

 いつもそうだ、どれだけ気を張って気配を追っていても忽然と消えてしまう。 実体が無い幽霊とか、シグナムたちのような魔法プログラムの待機モードや演算停止による存在の消失とも違う。 根本的に違う何かをソードダンサーは持っている。

「魔法ではないし、純粋な科学技術でも無いと思うが……悔しいな。 まだ、私たちは彼女に本気さえ出させていないのだろう」

「そうだな」

 だが、いつかそれでも本気にさせてみせる。 そう心に決めながら、シグナムとアギトは部屋へと向かった。

 ヴァルハラ。 魔法と質量兵器が共存する魔導と科学の支配する世界。 普通の次元世界とはどこか違う匂いのするこの世界が、二人にとっては何故か居心地が良いのは失った故郷の空気を一番持っている人物がいたからかもしれない。















「第二十三自治世界ヴァルハラ、質量兵器と魔法が共存する世界……」

 次元旅行会社のパンフレットやミッドガルズ通販で手に入れた資料を覗きながら、キールは次元航行艦の中にある食堂でコーヒーを口にする。 午後という時間のために若干の眠気もあるが、カフェインによる覚醒効果がそれをいい感じに妨げてくれていた。

 次元間の移動をするならば一番安上がりな魔法を彼らは用いることができるが、あまりに遠すぎる場合には数度に分けて飛ぶ必要がある。 ヴァルハラは管理局勢力圏よりもかなり遠いため次元転移魔法を用いるよりも定期便の次元航行艦を利用した方が楽である。 トランスポーターを使うということも考えたが、こちらの方が時間はかかるが安くつく。 なので、一行は定期便たる次元航行艦を使うことにした。 無論、お子様組みの意向でもあったということは言うまでも無いことであったが。

「キールさん、ヴァルハラのことを調べているんですか?」

「あ、ええ。 恥ずかしながらヴァルハラのことはあまり知らないんですよ。 数回しか行ったことがないんで」

 キールの前の席に座った金髪の女性。 ややおっとりとした口調のその女性はセルフサービスのコーヒーを持ってキールの対面へと座りながらキールが見ている資料に目を向ける。

「あ、見ますか?」

「いいんですか? 仕事の資料とかなんですよね?」

「いえいえ、これはそんな大事なものじゃあありませんよ。 一般に誰でも手に入れられるレベルの奴ですから」

「そうなんですか、じゃあちょっと見させてもらいますね」

「どうぞどうぞ」

 キールは、自分の頬が熱くなっていることを自覚していた。 美人に弱いとミーアに言われる彼であるが、実際にその通りである自分を知っている。 だが、どうにもこうにそんな自分を変えられそうになかった。 一族の女性は皆家族のようなもので、気の良い仕事仲間とかそんな風にしかほとんど見れないが、そうではない外部の人間にはどうしても緊張してしまうのだった。 何故か、と問われればまずどう接すればいいのか分からないからだろう。

 ずっと、考古学こそが自分の仕事で天職なのだと思って生きてきた。 だから、幼い頃からずっと歴史にのめりこんできた彼には、異性とうまく接する方法を知らずに成長してきた。 一族の女性は基本的に同類だから歴史の話で盛り上がることができるので問題は無い。 それに第一、仕事をしているときはそういう不埒な思考など思い浮かべる暇が無かった。 クライド・エイヤルという少年をデバイスマニアと呼ぶならば、彼は生粋の考古学マニアである。 女性をそっちのけで考古学に打ち込んでしまうという悪癖があり、そのせいでどうしても歴史の話ばかりすることになる同族の女性に女性を意識することなく生きてきたのである。

 だから、どうしても異性という存在と出会うことになる外界や一族以外の女性においてのキール・スクライアはとてつもなく弱くなる。 綺麗であればあるほど、女性を意識してしまって普段はクールを装っていてもコロリとやられてしまうのだ。 単純にそれを人は免疫が無いと言うのだろうが。

 ただ、彼の場合はその考古学の仕事のように広く浅くを女性には求めない。 むしろ、一極集中になってしまう。 のぼせ上がるというわけではないが、女性と認識した存在に対して酷く真面目になるのだ。 元々根が真面目なので、不誠実というのが嫌いだからかもしれない。

 そこにいくと、このシャマルという守護騎士の女性はキールにとって魅力的な女性であった。 どこかドジな面こそあるものの、彼女は一生懸命でひたむきだ。 そういう誠実さが彼女からは感じられるし、ミーアやヴィータといった年下の子を相手にしているときの慈愛は紛れもなく美しいものだとキールは感じた。 基本的にお子様はお子様同士で仲がよくなっていくので、シャマルとキールがヴィータとミーアを暖かく見守るという構図が自然と出来上がる。 正直、そうなってくれば意識するなというのが無理な話であった。

「……うーん、どれから見ようかしら」

 キールが渡した資料を眺めるシャマルは、まずどれを見ようかと悩んでいるようであったが少し迷ってからミッドガルズの出版している本に手を伸ばした。 魔導師ギルドであるミッドガルズには、今彼女たち守護騎士のリーダーでもある女性が出向している。 そういう意味でも、少しばかり興味を引いたのだろう。

「あ、その三つ目の付箋のところにシグナムさんとアギトが載ってますよ」

「あ、ホントだ。 ……シグナムも頑張ってるみたい。 雑誌に載るぐらい有名になっちゃって良いのかしら?」

 守護騎士としてバレやしないかと心配しているのだろう。 過去の情報から彼女たちを特定することは難しくない。 彼女たちを知っているものたちからすれば、だが。

「大丈夫だと思いますよ。 基本的にそれは自治世界連合で売られている奴ですし、ミッドチルダや管理世界では次元通販じゃないと買えないようになってますから」

「へぇ……なら安心ですね」

 ホッと一息つきながら、シャマルは安堵の笑顔を浮かべる。 そうして、しばしシグナムとアギトのコンビの特集記事を眺めた。 華々しい活躍をしているように書かれている記事には、どこか落ち着かない様子のシグナムが妙にヒラヒラとした服でインタビューされている写真がある。 あんな私服はもっていないはずなのに、そういうのに目覚めたのかとシャマルは首を傾げた。

「さすがあの二人ですよ。 もうSランク級の仕事を任されるようになっているようです。 そのまま最高ランクまで駆け上がるかもしれませんよ」 

「ふふ、シグナムは強いですから。 それにアギトもいますから……」

 あの二人の相性は抜群らしい。 こと一対一の戦闘ならば、大抵の高ランク魔導師を倒しそうな勢いがある。

「でも、不思議ですよね。 アギトとシグナム。 ”偶然”だったとしても……あの二人が出会うなんて……」

 どこか遠い過去を想起するように、シャマルが呟く。

「あの二人? シャマルさんはアギトとシグナムの詳しい出自とかを知っているんですか?」

「え? あ、いえそういうわけじゃあないですよ!!」

 どこか焦ったように言うシャマルに、キールは少しだけ首を傾げる。 いや、本当は気づいていたが、それでも彼女が隠そうというのならばと思いそれ以上は聞かない。

「はは、”シャマルさんたち”もアギトみたいに昔のことはよく覚えてないんですよね? もしかしたら、何か彼女は貴女たちに関係したデバイスだったのかもしれませんね」

「そう……ですね。 本当に”凄い偶然ですね”」

 胸の痛みを堪えるようなその瞳は、遠い過去に向けられている。 キールはシャマルの”うっかり発言”を聞き流しながら、話題を変えた。 シャマルがそういう話しをそれ以上したくなく思っていることはさすがに異性に疎いキールでも分かっていた。

 本当は知りたいと思う。 それは果たして考古学者としてだったのか、キール・スクライアという男がシャマルという女性のことを知りたいがための疑問だったのかは分からない。 だが、無性に彼女に尋ねてみたかったことだけは確かである。

――貴女は昔の自分を思い出しているんですか、と。

 ベルカの謎、アルハザード時代の謎、その謎をもしかしたら彼女が知っているかもしれないという事実は物凄く興味を刺激する。 だが、それでもシャマルという女性が隠したがっているのだから、それを好奇心如きで土足で踏み荒らすような真似などできやしない。

(他の守護騎士、シグナムさんやヴィータにそんな様子は見られない。 彼女だけが特別なのか? それが戸惑いの原因の一つではあるのかもしれないな)

 勝手な想像は得意であるが、そうそう外れたものでもないとキールは思う。 考え込むのは職業病であったが、思わずジッと雑誌を見る彼女の顔を目で追っていた。 

「な、何故かとてつもなく見辛いんですけど……私の顔に何かついてますか?」

「あ、いえいえ。 相変わらず綺麗な方だなと思いまして……」

「ふふっ、お上手ですね」

「ほ、本当ですよ? ええ、次元世界に散らばっているスクライア一族を代表してでも僕が保証しますよ!!」

 嘘はいっていない。 キールは心底そう思っていた。 だが、思わず反射的に言った言葉であったが後から考えてその言葉がとても恥ずかしいものだと感じた。 キールの必死な様子にクスクスと笑う彼女の顔を見ていると特にそう思った。

(うう、何をやってるんだ僕は……本当に女性に弱い……弱すぎるぞ……)

 恥ずかしさで顔から火が出そうになるのを隠すように、キールはコーヒーに手を伸ばしてカップに口をつける。 ガチガチに固まったその手は、緊張で小刻みに震えていた。

「ねぇ……キールさん」

「は、はい!!」

「貴方は私たちが怖いですか?」

「あ、え? いや、質問の意味がよく分からないんですが……」

「私たちはその、アレなんですよ?」

 少し申し訳なさそうな感じの問いかけだった。 もしかしたら、震えている自分の態度からそう見えるのだろうか? キールは心配性な彼女の性格を思い出して、慌ててその勘違いを否定する。

「いえいえ、できれば今後とも末永くよろしくして欲しいと思ってますよ僕は!! この手の震えはそう、アレです。 喜びに撃ち震えるという奴です!!」

「はい?」

 目をパチクリさせながら、シャマルはキールを見る。

「ああ、でも勿論本来の仕事に戻りたいという言うのでしたらかまいませんよ? 僕やミーアの都合に皆さんに付き合ってもらってるわけですし……その、シャマルさんたちにしたいことがあるなら存分にやってもらったら良いと思います。 無理やり付き合ってもらうのはアレだし、彼もそう言っていたのでしょう?」

「したいこと、ですか?」

「ええ!! なんでしたら、ヴァルハラで何か探してみますか? 料理の毒見でもなんでも喜んで僕がお付き合いしますよ!!」

「毒見って……」 

「ああああ、決してシャマルさんの料理が下手だと言っているわけではなくてですね、こう色々と新しい料理を習得する練習台にでもしてくださればという意味ですよ? 自慢ではないですが、僕はこうみえても貴女の手料理を独り占めしたいと思ってる男の一人ですから!!」

 キールは必死だった。 自分でも何を言っているか分からないぐらいに必死だった。 シャマルはその様子にしばし呆気に取られていたが、自分が危惧したようなことを目の前の男性が考えているのではないということだけは理解した。 同時に、必死になっている姿をどこか可愛らしく思った。

「ふふっ、そんなことを言ってくれた人は始めてだわ。 ヴィータちゃんもシグナムも、私が何かを作ろうとしたら止めるんだもの」

「なんでしたら一緒に作りましょうか? 僕も一応一人身の男ですから簡単なものぐらいなら作れますから。 お菓子はちょっと専門外ですけど、普通のなら大丈夫ですよ」

 というか、どうしても今の面子ではキールが腕を振るうしかない。 ヴィータとミーアのお子様組みは食べる専門だし、シャマルは色々とアレだった。 何度か腕を振るう機会を見せてもらったが、腕は悪くない。 悪くないのだが、性格的なものが作用しているのかいつもいつもうっかりミスで致命的なまでの創作料理を披露してくる。 キールは涙を流しながらそれを処理したことがある。 ヴィータとミーアが青ざめたような顔をしていたが、一人だけ馬鹿みたいに全部を処理した。 終始ニコニコ顔のシャマルの笑顔を止めることは、彼にはとてもできなかったのだ。 無論、彼女が自分の料理に手を伸ばすのも阻止した。

「基本的に料理なんてものは慣れですからね!!」

「そうですね、また何かチャレンジしてみましょうか? 美味しいものをシグナムにも食べさせてあげたいし」

「ええ、ビックリさせてやりましょう」

 シグナムの冥福を祈りながら、キールは思った。 ヴァルハラで彼女を一人にしないように気をつけよう、と。 それが身の保身のための考えだったのか、それとも単純に”自分が納得できる理由を作りたかった”からなのかは分からない。 分からないが、なんとなくそうできる理由を得たことを喜んでいる自分に気がついていた。

(……我ながら、卑怯っぽいな)

 心のどこかでそう思う冷静な自分が、浮かれている自分を嘲笑う。 何をもって卑怯だと自分を断じたのかといえば簡単だ。 単純に、自分が彼女に好意を抱いた一番の理由であるだろうと自覚してしまったことだ。

 目の前の女性はいつも一生懸命だ。 何にも対しても、真剣に取り組む。 例えそれが不得手な作業であろうとも、だ。 やらなければならないからやるというのではなくて、やるのならば一生懸命にしようという前向きさを持っている。 そして、それに本当に”誠実”に接していく。 そのことをキールは感じていたからこそ、彼女に惹かれているのだろうと思った。

 キールにはトラウマがある。 女性に対してのトラウマだ。 誠実な振りをして”不誠実”でありながらそれを見せずに隠せる怖い”女”が世に存在するということが、どこかで臆病な自分を形成している。 だから、余計に眩しく見えるのだろう。 シャマルという女性は”絶対”にそういう不誠実さとは無縁であると理解してしまったから。

 無茶をしようとするヴィータを心配する彼女の眼は酷く優しい。 フェレット姿のミーアが彼女の肩によじ登ってじゃれ付いても、笑顔で嬉しそうに自分もそれに興じていく。 そういう自然な姿を見ていると、どうしても彼女がああいうことができる女性ではないとキールは思うのだ。

 適わぬ恋でも良い。 一時の泡沫でも良い。 もしかしたら、彼女が真剣に誠実に自分と接してくれるであろうということを”期待している”自分が、甘えようとしているだけなのかもしれない。 そしてそれを自分で理解しているからこそ、理由に気がついてしまっているからこそキールは自分を卑怯者だと思った。


――自分に優しくしてくれそうだから欲しいのか?

 そうではないと、言い切れない自分がいる。 
 
――彼女の綺麗な優しさに縋りたいのか?

 違うと言い切れない自分がいる。


 だが、それだけではない自分もまた居るはずだった。 だから、キール・スクライアはそういう”誠実”な自分にも問いかける。

――僕は誠実な彼女と同じぐらいに誠実な男でいられているのだろうか?

 答えは出ない。 不誠実な方ではないと思う。 だが、決して誇れるほどに誠実なだけでは自分はない。 浅ましい自分がいる。 弱い自分がいる。 誰にだっているのかもしれないが、”こういうとき”ぐらいは誠実だと言い切れる強さが欲しかった。 多分に、それは自己満足だった。 分かっている。 今は何も関係が無い。 ただの、雇い主とか仕事の同僚とかそんなレベル<程度>のものしかない。 勝手に舞い上がって、勝手に思い込んで、勝手に決めて、勝手に一人相撲を取っているだけだ。 

 こうしてとりとめなく話をするだけでも、彼女は笑顔を忘れない。 性格的なものなのだろうが、その笑顔はいつもずっと”本心”から滲み出ている。 そういう表裏の無い彼女が、たまらなくキールは好きらしい。 

――重症だった。

「……そういえば、シャマルさんに尋ねたいことがあるんですが、いいですか?」

「私にですか?」

「ええ、その……かなり前から気になっていたことで、その、かなりプライベートなことなんで尋ね難かったことなんですが、構わないですか?」

「プライベート……というと一体なんですか?」

 しどろもどろになりながらもキールは問おうとする。

「あの、一応私も女の子なのでスリーサイズとか体重は秘密ですよ?」

「あ、いえ。 それも世間一般の男として恐ろしく気にはなりますが、それよりももっと気になることがありましてですね……」

「はぁ……えと、そんなに畏まられても困っちゃいますよ?」

 キールの緊張が伝わってきたのか、シャマルも何かとてつもないことを聞かれるのかと思って考えた。 昨日こっそり食べた夜食のことだろうか? それとも仕事のことで? うんうんと、唸りながら、考えてみたが特に何も浮かばない。 というか、プライベートなことでキールが気にするようなことが浮かばなかった。

「えーと、その、シャマルさんは――」

「私は?」

「す、好きな男性とか付き合っている男性はいらっしゃいますか?」

「――はい?」

 さすがに、それはシャマルの想像の範囲外の言葉であった。

「あ、え?」

「あー、いや、答え難ければスルーしてくださって構いませんよ勿論!! ええ、こういうのはその……人に言い辛いものですしね!! ちなみに僕は募集中なんですけど……」

 ははは、すいませんっとばかりに頭をかきながらそれでも目ざとく自己主張しつつキールが言う。 シャマルは少しだけ考えた後、しかし正直に答えた。

「憧れた人がいましたけど、今はもう誰もいませんよ」

 シャマルの返答にキールは前者の言葉に目に見えてがっくりとし、後者をを聞いてグッと力強く拳を握る。 本当に判りやすい男である。 そのことが可笑しくて、シャマルは意地悪く笑いながら言った。

「うふふ、気になりますか?」

「あ、え……その……」

「気になりますか?」

「……その、ええ……まあ……た、大変気になっております!! このままでは夜眠れなくなるかもしれないので、できれば教えていただければ幸いです」

 我ながらアホだと、このときキールは思った。 これじゃあまるで学生が新しく現れた意中の転校生の様子を伺っているかのようだ、と。 二十を越えているという自覚が、猛烈に羞恥心を煽ってくる。 自分はヘタレではないと、いつもいつも否定しているというのにこのときばかりは自分がキング・オブ・ヘタレだったのだと自覚せざるをえない。

「その人はですね、とっても真面目で当時の夜天の騎士の中では多分一番強い人でした」

「……え?」

「キールさんは知っているんですよね? ベルカという世界……その星のことも」

「え、ええ。 記録に残っている程度に、ですけど……」

「じゃあ、ベルカの東の地が夜天と呼ばれていたことを知ってますか?」

「はい、ベルカ史が専門ではないのでミーア程詳しくはないですが……」

「その地にですね、当時騎士として夜天最強と呼ばれた騎士がいたんですよ」

「へぇぇ……」

「実は私、その人とお見合いさせられたことがあるんです」

「お、お見合い!?」

「本当は断りたかったんですけど、それができなくて。 だから、会ってみたんです。 その人の強さのことは私の住んでいたところまで噂として聞こえていましたから、会うまではとっても怖かった……」

「……」

 キールは半ば放心しながら、思い出話に耳を傾ける。 ”住んでいたところ”とか普通に考えれば気づくことはずのことをスルーしながら。

「でもですね、会ってみたらそれほど怖い人でもなかったんですよ。 しかも、随分と真面目で……一途な人でした。 お見合いをした最初の日にですね、すぐに言われたんですよ。 『俺には好きな人がいるので、貴女をそういう風な人に選ぶことはできません』って。 彼――レイヴァンさんの方も付き合いで断りきれなかった所もあったんだと思います。 でも、一応企画者たちの顔を立てるためにも嫌々参加していたんですね」

「そ、そうなんですか……」

「ええ、でも私はそこまで人を一途に想える人なんだなぁって、好感を持ちました。 その後で、またその彼と一緒の時間を過ごす時間がかなりあったんですが、知れば知るほど惹かれました。 強いところもそうでしたけど、報われなくてもずっと思いを秘め続けられるその一途さや、自己犠牲の精神。 騎士として見習うべきところが一杯ありました。 ……少しズボラなところもありましたけどね。 自分の融合騎に事務仕事を押し付けたりとか偶にしてましたから」

 シャマルは懐かしそうに語る。 望郷の念も入っているのだろうが、彼女はそれがもう絶対に帰ってこない日常の一つであるということを真実理解していた。 他の守護騎士と彼女の違いは、恐らくは彼女が失ったはずのものを”取り戻しきってしまった”ことだ。 だから今の環境に激しく戸惑っている。 自分以外の誰もが知っているようで微妙に違う誰かになっていたり、この数百年の法外な記憶が滅茶苦茶に彼女の中に乱立して存在しているせいでベースであるシャマルという存在が揺れているのだ。 それを隠そうと努めて普通を装っているが、さすがにずっとそれを持ち続けることに耐え切れなくなってきていた。 だから、こうやって話してしまいたかったのかもしれない。

 彼女は少し楽になりたかったのだ。 ヴィータやシグナムは思い出していないから、彼女は誰にも相談することができない。 また、真実などもはや知ったところでどうにもならない。 機能を果たすだけの機械<魔法プログラム>を偽装している今の彼女たちは、その永遠の牢獄から逃れる術がないのだ。

「……うう、聞けば聞くほど良い男に聞こえますね」

「ふふっ、思い出ですから少し美化されてるかもしれませんよ?」

「く……で、でも例え相手がいい男だろうと引けないことも僕にはあるんです!!」

「例えばそれはどんなことですか?」

「え? あ、いえ……それは……秘密です」

「秘密なんですか?」

「はい、と、ところでシャマルさん。 その人の名前ってレイヴァンていうんですよね? まさかとは思うんですが……この人ですか?」

 キールは恐る恐る手に入れていた資料本の一つを手に取ると、ページを凄まじい勢いで捲っていく。 そうして、開いたのはとある映画の特集記事である。 

「ベルカ最後の日?」

「ここですよ、登場人物にほら……レイヴァンって言う騎士がいるんですよ。 ま、まさか知り合いなんてことはないですよね?」

「……」

「あ、あれ? シャマルさん?」

「……キールさん、これはどこに行けば見られますか?」

「あ、気になりますか? えーとですね、一番行きやすいのはヴァルハラシネマ劇場ですから……ミッドガルズの本店から大体三十分ぐらい離れたところですね。 一緒に見に行きますか? 昨日ぐらいからどうやらリメイク版が公開されているみたいですし……」

「いいんですか?」

「勿論です!! 少し長めの船旅ですし、いきなり仕事をする気になりませんしね。 それに、ミーアは着いたら当分カグヤって人に驕らせてヴァルハラの観光をするみたいですから」

 少なくとも、キール・スクライアが護衛で張り付くよりは確実に安全だろう。 ミッドガルズ最高ランクの少女だ。 戦闘力に差がありすぎることは良く知っているし、アレで中々ミーアを気にかけてくれている。 見かけの年齢も近そう(?)だし命一杯遊ぶだろう。 ミーアと一緒に遊ぶというよりはミーアで遊ぶのだろうが。

「ふふ、今から楽しみ。 ねぇ、キールさん、これってデートですか?」

「え、あ……そ、そうですね。 デートって認識でも全然オッケーですよ」

「そうですか。 でも、本気になっちゃ駄目ですよ? 私はただの”魔法プログラム”なんですから」

「それは――」

 関係ないといいたかった。 だが、それを言う前にキールの唇の前に差し出されたシャマルの人差し指で止められてしまう。

「それが”事実”なんです。 だから、それを忘れちゃ駄目ですよ? ねっ?」

「……」 

「さて、それじゃあ私は部屋の方へ戻ってますね」

 貼り付けたような”笑顔”でキールにそういうと、シャマルは席を立って食堂を後にしていく。 キールはかける言葉を探していたが、結局その後姿をただ見送ることしか出来なかった。 何故か、とてもつもなくそのことが悔しかった。

「……あんな寂しそうな笑顔で笑われたら、何にも言えないじゃないか」

 言い訳を口にして、しかしそんなことでは納得できない自分にイライラをただ募らせる。 そうして、しばしキールは一人で悶々とし続けた。 


















「えい、やっ、とう!!」

 ペチペチと格闘するフェレットがサンドバック<枕>に向かって猛威を振るう。 サンドバックを支えているのはヴィータだ。 ストップウォッチでタイムを計りながら、檄を飛ばすその姿はどこからどうみても熱血コーチそのものである。

「ほら、ペースが落ちてんぞ? あと一分だもうちょっとがんばれ」

「うん、よぉぉぉし食らえ襟首女!! 必殺、フェレップシーロール!!」

 ブンブンと無限大の文字を描くようにして上体を揺らしながら、その勢いをそのままに延々とパンチを繰り出していくフェレット。 キールの護衛対象にして、現在打倒カグヤを目指して猛特訓中の実にハングリーな小動物である。 連日の修行の甲斐あってか少しずつ力を蓄え、今ではヴィータという古き戦闘理論を継承する彼女をコーチに向かえて絶賛トレーニング中である。 ただ、勝率は悲しいほどに皆無だ。 直視できないほどの戦況だったが、それでも彼女は戦うことをやめない。 何がそこまで彼女を駆り立てるのかは分からないが、少なくとも怨敵に一矢報いるまでは止めそうに無かった。

「よし、やめ!!」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 さすがに、この訓練は消耗が激しすぎるようだ。 アグレッシブな少女とはいえ、厳しいコーチの指導に何度か挫けそうになった。 だが、それでも打倒カグヤの熱は未だに彼女の心の中に燻っている。 ギャフンと言わせるまでは、止められそうに無かった。

「うーん、必殺技は随分と身体に馴染んできたな。 動きにぎこちなさがなくなってきたぞ」

「ふふ、これであの女もイチコロだね。 次に私を拉致したその瞬間、肉球の跡を嫌というほどあの女の餅肌頬っぺに刻んでやるの!!」

「おう、そのいきだぞ」

 敵は恐ろしく強大だということをヴィータも知っている。 何せあのシグナムを容易に撃破するほどの騎士(?)である。 この程度で敵が屈服するかどうかは未知数ではあったが、それでも立ち向おうとするストイックなフェレットに彼女は惜しげもなく協力した。 無論、友情も多分に含まれていたことは言うまでも無い。

「あら? 今日も特訓なのミーアちゃん?」

「あ、シャマルさん。 うん、そうだよ。 少しでもあの女にこの私のリリカルでラブリーな恐ろしさを刻んでやるの!!」

「ふふっ、程ほどにするんですよ? あの人はものすっごく強い人ですから」

 怒らせたらとんでもないことになるということを”知っている”シャマルとしては、少しばかり怖くはあったが、同時にカグヤがこの子に構うときに本当に楽しそうにしていることを知っている。  妹に甘かった彼女のことだ。 毛並みは違ったとしても、どうしても楽しんでしまうのかもしれない。

「キールのとこ行ってたのか?」

「ええ、食堂でヴァルハラの雑誌を片手にコーヒーを飲んでました。 シグナムたちの活躍してる姿も載ってて楽しかったわ」

「ふーん、まああいつなら色々と話題にはなるかもな。 アギトもいるし、アタシたちの使ってるベルカ式はもう珍しい魔法みたいな位置づけなんだろう? ミッドガルズでも使い手は少ないだろうしな」

「そうね」

 枕を戻して、以前シャマルにとってもらったウサギを腕に抱くヴィータ。 どうやら、かなり気に入っているようだ。

「そういえば、ヴィータはずっとそれ大事にしてるよね? 大事なものなの?」

「ああ、こいつか? 昔クライドたちと一緒にゲーセンに行ったときにさ、シャマルにとってもらったんだ。 シグナムもクライドもアタシも取れなかったのに、シャマルだけ一発でとってくれたんだぞ」

「UFOキャッチャーで?」

「うん」

「ふーん、お兄さんそういうの苦手なんだ?」

「クライドは得意じゃなかったぞ。 デバイス弄ることと変なこと思いつくぐらいしか取り得がねーからな」

「お兄さん色々と頑張ってるみたいだけど、そんなに駄目駄目なんだ?」

「なんか変なんだよあいつ。 普通のミッドの魔導師とはなんか魔法の使い方が違うしな。 騎士と魔導師って違いはあっても大体はその元になった魔法での戦闘理論を遵守するだろ? あいつの場合、基本的にはミッド式で総合系だから広く浅くなんだけど、戦い方がアタシたち寄りなんだよミッド式の癖に」

「決戦力と生存力を重視していますよね?」

「遠距離捨ててんのは、苦手ってのもあるだろうけどそもそも考えてない節があるぞ? 汎用のミッド式の癖にだ。 強いて言えば近距離決戦型ミッド式……かな?」

「ふーん」

 興味なさそうに相槌をうちながら、ミーアはベッドで丸くなる。 まあ、戦闘関連の話に興味を抱くようなタイプではない。 とりあえず、話を元に戻すことにした。

「話を戻すけど、なんでそのヌイグルミだったの? ウサギに思い入れとかあるの?」

「うーん、なんとなくだけどさこう”白くて眼が紅いのがアタシは好き”なんだ」

「へぇぇ」

「落ち着く感じがするんだよ、ミーアはそう思わねーか?」

「うーん、どうだろ? 可愛い……とは思うけど、私もおんなじぐらい可愛いもん」

「……相変わらず良い性格してるよなミーアは」

「えっへん」

 誇らしそうに言うミーアは、ヴィータの側まで歩いていくとそのウサギの隣にスタンバイする。 どうやらSランクのウサギと張り合っているらしい。

「どう? あの女さえイチコロなこの私のラブリーさ!! これはもう、アタシを次元世界のマスコットに指定するしかないと思わない? 胸元のレイジングハートも良い感じにお洒落な感じがにじみ出てるでしょ」

「うん、ミーアちゃんも可愛いわよねー」

「えへへ、だからシャマルさん大好き」

 ちょっとヌイグルミと見比べて悩んだヴィータをそのままに、調子よくミーアはシャマルの身体をよじ登り毛並みを頬に擦り付ける。 親愛のスキンシップという奴である。 管理局が目の仇にしている闇の書の魔法プログラムであるとか、そんなのはミーアの中ではもう大した問題ではなくなっていた。 単純にお友達みたいな感覚しかない。 こうなると、遠慮が無いお子様だけにすぐに溶け込んでいた。

「でも、そうね。 ヴィータちゃんがそういうのが好きなのはきっとそれだけじゃあないと思うわ」

「そうなの?」

「例えば……”大好きな誰かに”似ているとかそういうのもあるかも知れないわね」

「アタシが好きな奴に似てる?」

「ええ、そういうこともあるかもしれないでしょ?」

「うーん、よくわかんねー。 どっちにしろ、そんな奴”記憶に無い”ぞ?」

「ふふ、だから”かもしれない”のよ」

 少しだけ困った顔でそういうと、シャマルは不思議そうに自分を見上げるヴィータにフェレットの温もりをプレゼントする。 ミーアをヴィータと一緒に頬っぺたでサンドイッチして抱きしめるような形だ。

「んぷ、苦しいぞシャマル」

「あははは」

 屈託無く笑うフェレットを中心に、シャマルはそうやって二人の少女と戯れた。 もう一度、あの人に会うことになること、そしてあの映画の話。 否が応でも想起させられる過去の記憶。 そんなものに押しつぶされそうな自分を隠しながら、大好きな二人と一緒にいることでそれらを忘れようとした。

 彼女に、聞かなければならないことがある。 何度か答えを聞くことなく会ったが、それでもやっぱり聞かなくてはならない。 思い出したから、取り戻したから。 だから、今はまだたった一人でも、それでもソードダンサーに尋ねなければならない。

――夜天の地の騎士であった彼女は。













 夕方ぐらいにはヴァルハラへの移動は特に問題なく終り、一同は迎えに来たシグナムとソードダンサーに従いながら一日目はストラウスの自宅でのんびりとしていた。 振舞われた豪勢な食事と、事実上ミッドガルズの長でもあるストラウスや序列最高位のソードダンサーを交えたその会食には一同戦々恐々としたものの、特に問題なく終わっている。 もっとも、それはミーアの毛並みが連中のハートを釘付けにしたことが理由の一つだ。 カグヤとストラウスの間に挟まれたミーアが、負けじと二人と徹底抗戦の構えを取る姿などには、思わず守護騎士とキールは涙したものだ。

 そして、そんな壮絶な食事を終えた後部屋に戻った彼らはそれぞれの夜を満喫していた。 唯一の男であり、恐ろしく肩身の狭いあの男を放置して。 とはいえ、あの男はそれでも動く。 自らの明日のために。 

「失礼します。 シャマルさんいますか?」

「ああ、ソードダンサーと話がてら月見にしゃれ込むんだってよ。 多分屋上で飲んでると思うぞ」

「そうなんですか……」

「どうした、何かシャマルに用でもあったのか?」

「ええ、ちょっとプライベートな用件で話したいことがあったもので」

「そうか。 キール氏、丁度良い少しばかりシャマルのところにいく前に話をしないか?」

「はあ……構いませんけど……何かありましたか?」

 集まって話し込んでいる女性陣の座っているソファーに向かいながら、キールは首を傾げた。 シグナムとヴィータはどこか神妙そうにキールを向かい、ミーアはアギトと一緒にベッドの上で毎夜毎夜のトレーニング<枕殴り>に勤しんでいる。 

「……気をつけてくださいよ。 枕を無意味に消費する癖が最近あの娘についてますから」

「ふふ、あのくらいなら可愛いものさ。 それより、最近特にシャマルの様子が可笑しいとヴィータから聞いたのだが、何か心辺りはないか?」

「なんだかよ、かなり前からちょっと余所余所しくなったつーのかな? 距離を開けられてる気がすんだよな」

 シグナムも感じていたのかもしれない。 何か違和感のようなものがあることに。 ずっと同じ時を過ごしてきた間柄だ。 些細な違和感にも気づいてしまうのだろう。 

「元々あいつは心配性だからよ、なんか不安とか感じてるのかもしんねー。 最近キールの方があいつといる時間は多かっただろう? なんか知らないか?」

「と、言われても僕も分からないですけどね……」

 言葉を濁しながら、キールは惚けた。 シャマル自身が恐らくは自分で言わなければならないことだと思ったからだ。 それに、キールは自分が直接そうだと彼女に聞いたわけでもなかったから想像していることを言うことはしない。

「そうか……」

「アタシはさ、あんたのことかと思ったんだけどそれは違うのか?」

「はぁ? 僕のこと……ですか?」

 意味が分からないとばかりにキールは首を傾げる。 キール自身が何かシャマルにしたとかそういうことが無いからだ。

「なんてーのかな。 恋煩いって奴じゃねーのか?」

「はい!?」

「私もそれならば納得がいくな。 何やら二人してデートに行くようだし、そういうアンニュイな気分になってもしょうがないかもしれん。 さすがに、私たちにも恥ずかしくて距離を取ることもあるだろう。 こういうのはどうしようもない人間の機微だからな」

 どこか悟った風にシグナムは言う。 だが、何故か知らないがその右腕がレヴァンティンの柄に回されているという光景を見て、キールは顔を青ざめさせた。

「ま、待ってください。 僕は無実ですよ!!」

「そうなのか?」

 ヴィータもまたグラーフアイゼンをいい笑顔で展開している。 カートリッジを無意味に装填していることから、キールの言葉次第ではそれを使う気満々だというのは簡単に理解できる。

(い、いくら防御結界に定評があるスクライア一族でも、この二人を相手に防御し続けるなんて不可能だぞ!?)

 答えなど出ている。 あれほど頼もしい味方だった二人が、こうも脅威に感じるとは人生何があるか分からないものである。 命乞いをしても意味が無い。 ここは果敢に無実を訴えることしかキールにはできそうになかった。

「ま、待ってください。 落ち着いてクールに話し合いましょう!!」

「シャマルに用があるのだろう? 逢引のためではないのか?」

「逢引というか、明日の予定のことも含めて話をしようと思ってるだけなんですが……」

「ふーん、つまりまだそういう関係ではないと?」

「残念ながら」

「そうか、では無理やりだったのか?」

「おめー、男の風上にも置けない奴だな」

「さらに劣悪な評価に成り下がってる!?」

 一体どうしろというのだろう? ソファーを立ち上がった守護騎士二人が、まるで幽鬼のように立ち上がっては獲物を今にも振り下ろさんとばかりの姿勢でキールを攻めている。 というか、二人とも自分をそんな目で見ていたのだろうか? そちらも十分にキールを打ちのめす事実となってのしかかっていた。

「ま、待ってください。 本当に僕は無実ですよ!! そ、そりゃあ彼女に興味が無いのかと言われれば断固として否定しますけどね、そもそも僕は……僕は……相手にもされてないんですよ?」

「むぅ?」

「そうか? あいつ明日が楽しみだって話してたぞ?」

「――え、本当ですか?」

「ヴィータ、敵に塩を送るな。 男は皆狼なのだ。 主クライドを見ろ。 偶に視線が我らの胸元を彷徨いかけていただろう? 男連中はばれてないと思っているようだが、女は視線には敏感だ。 ああいうムッツリな人種は一度許したら付け上がるぞ?」

「アタシは別にシャマルがキールとくっつこうがどうでも良いさ。 ただな、あいつを悲しませたら許さねー。 ただ、それだけだ。 ちなみに、クライドはそんなことアタシにしたことなかったぞ?」

「そうか、私の自意識過剰だったか? いや、しかしあの視線は……」

 真実は胸元で揺れていた待機状態のレヴァンティンに向けられた視線七割、豊満な女性のシンボルに向けられた視線三割であったが、全部が全部シグナムは後者だと思った。 まあ、どっちにしろ興味が無いわけではないムッツリ男のことである。 冤罪だとも言い切れないので、シグナムに言われたらきっとクライドは誤魔化して逃げるだろう。 逃げられるかどうかは別の話だったが。

「それにさーシグナムさん。 キールにはそんな女性を無理やり押し倒せるような甲斐性なんてないよ? だってクールを装ってるヘタレだもん。 基本的にいい人で終わるタイプだよ?」

「ミーア、フォローしたいのか貶したいのか一体どっちなんだい?」

「心外だよキール。 応援してるんだよ私は?」

「……というか、なんで皆僕がシャマルさんにその、好意を持っていることを前提にして話しを進めているんだい?」

「いや、だってバレバレだろ?」

「発掘中も何かにつけてシャマルさんを最優先で防衛兵器から庇おうとしたり、率先して荷物持って上げたり露骨に特別扱いしてたじゃない」

「馬鹿な、ちゃんと全員の荷物も担いでたはずなんだけど……」

「でも一番初めに持ち上げるのは決まってシャマルさんの荷物だよね?」

「……」

「ふっ、語るに堕ちたとはこのことだな」

「ぐふっ!!」

 辛辣な一言に打ちのめされながら、キールは自分が魔窟にいることを理解した。 この連中、絶対に自分で遊んでいる。

「まあ、この際キールがシャマルさんに惚れてたとしてもさ、色々どうなの? ヴィータちゃんやシグナムさん的には有りだと思う?」

「あいつがそれで良いって言うんならいいんじゃねーか? クライドはアタシらの好きにすれば良いってスタンスでいるし、喜んで仲人になりそうだぞ?」

「基本的には私も反対はしない。 だが、色々と厳しいな。 ”我々”は夜天の書の魔法プログラムなのだ。 人間ではない」

「うーん、でもプログラムっていう感じは全然しないよ? アギトはどう思う?」

「人間も魔法プログラムも対して差なんてねーよ。 融合してた感触から行けば一緒だからよぉ」

 クライドと融合していたときとシグナムと融合していたとき適性の差はあっても、特に違和感など感じなかった。 であれば、肉体的な差は大した問題にはなりそうにないというのがアギトの意見である。

「ほらほら、やっぱり最後の問題は”アレ”だよ」

「ん、”アレ”だよな?」

「ほう、”アレ”か」

「うんうん、”アレ”がなきゃ話になんねーよな」

 四人娘が皆まで言うなとばかりにしたり顔で頷く。 キールは、何故こうも女性陣の団結力は無意味に強力なのかと呆れたが、何か重大なヒントを彼女たちがくれそうだということだけは理解した。 男には理解できない真理でもあるのだろうか? 女性の恋愛感など分からないから、ただただその会話に耳を傾ける。

「でもさ、シャマルさんてほら。 誰にでも優しいから」

「だからこそ、ヘタレの方が好みかもしれんぞ?」

「シグナムは自分より強い奴だろ?」

「あ、やっぱりそうなんだ? じゃあ高ランク魔導師以外の人は論外なのかな?」

「……何故、私の好みをすぐにそんな風な方向に持っていくのだ?」

「え、だってなんかそんなイメージがあるよ?」

「大体、シグナムは恋愛に興味なんてあるのか? ストイックに剣の道に生きていきそうだぞ?」

「ちょっと待て、そのイメージには断固として反論する。 私だって女なのだぞ」

「……アレ? もしかして僕はもう蚊帳の外?」

 よく分からないうちに危険は去ったがキールはどこか納得がいかなかった。 というか、無ければ駄目なアレとは一体なんなのだろう? その謎だけはどうしても知りたい。 だが、折角回避した危機にもう一度飛び込む必要はあるのか?

(ええいままよ!!)

 虎穴にいらずんば虎児を得ず。 死中に活あり。 つまりは、突撃しなければ何も得ることなどできない。 半ばヤケクソ気味にキールは訪ねた。

「あの、結局必要なアレってなんなんだい?」

「……え? キール分かんないの!?」

「おいおい、デバイスのアタシでも分かるぞ」

「……にぶちんだな」

「やはり斬るべきか」

 若干一命相変わらず剣呑であったが、とにかく馬鹿にされているような気がしてキールは心の中で泣いた。

「本当に判らないの?」

「本当に判らないんだ」

 呆れたように目を丸くしている一同。 ミーアはため息をつきながら言う。

「”アレ”……それは究極至高絶対無敵の真理。 男女関係の奥義なんだよ? その一言だけでさ、なんでもかんでも許されるっていう奇跡の言葉があるじゃない」

「馬鹿な、そんな真理が存在するだなんて聞いたことが……学会でだって発表されたこと無いはずだ!!」

 少なくとも、考古学の研究でそんなものを人類が発見したなどというのは聞いたことが無い。 というより、親からも友人からも聞いたことが無い。 だが女性陣が皆うんうんと理解の色を示している現状を鑑みれば、人類は既にその究極の叡智を手に入れているらしいことだけは確かであった。

「お願いだ、答えを教えてくれミーア。 でなければ、僕は一歩も前に進めそうにない!!」

 大の男が恥を忍んで年下の相手に頭を下げる。 そんな奇妙な光景であったが、周りの女性陣はそこまでして奥義を求めるその男の愚直さに泣いた。 と同時に、そこまでするこの男の純情さというのに心を打たれた。 女性陣の視線が嫌に生暖く、そして優しかった。

「それはなキール氏。 人類の持っている究極の感情だ」

「ああ、アタシらもきっとそうやって生まれてきただろう?」

「人間も機械も魔法プログラムも関係ない。 全てを丸く抑える魔法の言葉、それ即ち――」

 シグナムが、ヴィータが、アギトが言う。 そして、あの魔法少女騎士が珍しくフェレット姿から人間の少女姿になりキールに言った。

「――”愛”だよキール。 それさえあれば、しょうがないって誰もが納得しちゃうんだよ。 ありとあらゆる障害さえも破壊する絶対無敵のその奥義、本当はキールも知ってるはずでしょ?」

「――あ、”愛”……だって!?」

 目から鱗が落ちた。 というか、そんな簡単かつ誰しもを納得させられる言葉を何故自分は理解できなかったのか? 愕然としながら、震える声で自らの朴念仁さをキールは呪う。

「そ、そうだ。 確かにそれは僕にだってあるはずだ!! いや、人類は確かにそれを知っている!! 手に入れているんだ!!」

「ああ、そうだ。 そして、それがあるならありとあらゆる障害など無力な敵に成り下がるだろう。 さあ、もう貴方はここには用は無いな? 愛という言葉を知った貴方にはこれから行くところがあるはずだ」

「ありがとう御座いますシグナムさん!! 先ほどから隙あらば斬ろうとしたその魔剣も、このことを僕に伝えるための道具にしていたんですね!!」

「ふふっ、剣にはこういう使い方もあるのだ。 覚えておくと良い」

「はい、では失礼します!! 皆さん、絶対に挙式には来て下さいね、歓迎しますよ!!」

 気分はスターを手に入れたマ○オである。 もはや、ここには用は無かった。 凄まじく色々なものを置き去りにしてキールは走り去っていく。 生真面目な男ほどキレたら凄いことになるの図である。

「ふむ、良いことをした後は気分が良いな」 

「ま、あいつにあってもシャマルになかったら全部”無意味”だけどな」

「あははは、生真面目だから突っ走るよキールは。 後で慰めてあげなきゃね」

「……偶に思うんだけどよぉミーア。 お前って、あの人で遊んでないか?」

「そんなわけないじゃない。 遊んでるんじゃないよ。 楽しんでるんだよ」

「どんな違いがあるのかわかんねーよぉ」

 再びフェレットに変身し、枕を殴るフェレットはしかしそのアギトの言葉を笑いながらスルーした。 今はただ、憎き仇敵を倒すための力を蓄えるだけらしい。 次々と繰り出される必殺パンチに、枕がただただ悲鳴の音を奏でていく。 魔法少女騎士の必殺パンチがカグヤを襲う日も近い。
















「なんとなく、気づいてはいたわ。 でも、まさか私がきっかけというのは予想もしてなかった」

 透明なグラスを持ったまま、カグヤは隣に立って月を眺めるシャマルに言った。 若干の驚きと、そして苦笑がその顔には存在する。 

「ですけど、私が一番貴女と接点があるもの。 だからこんなことになっちゃったんじゃないですか”シリウス様”」

「その名はとうの昔に捨てたわ……今はソードダンサーのカグヤよ」

「捨て去ったとしてもそれが貴女の名前だったことは変わらないわ。 私にとっては貴女はシリウスだもの」

「ふふ、エレナにするのと違って随分と強気な対応ね。 私も一応領主の娘なんだけど?」

「彼女は私たちの王だから別よ。 それに、私にとっては”シリウス会長”はプライベートではただのお友達だもの」

「お願いだからその呼び方はやめて頂戴」

「良いじゃないですか。 一緒に女学院で生徒会の仕事をした仲じゃない」

「どうにも、やり難いはね”シャマル副会長”は」

 月見をしながら、守護騎士の彼女と旧交を温める。 そんな日が来ようなどとはさすがにカグヤも思ってもみなかったことだ。 声をかけられたときに無視しても良かったが、付き合ってしまったのはきっと青春時代の思い出を想起させられたからに違いない。 それに加えて、随分とアレから時間が経過しているからというのもあるかもしれない。

「クラスメイトであり四家の一。 湖の騎士……あの頃から貴女は本当に苦手だったわ」

「あはははは、貴女の居場所をことごとく彼女たちにリークしちゃってましたからね」

「おかげさまで在学中に同姓からの恋文には事欠かなかったわ。 ”少しばかり剣が得意”だからって、あんな風に詰めよられては居心地が悪くてしょうがなかった。 どうしてくれるの?」

「ふふ、それを言ったら私だっていつもいつも『シリウス会長はどこですか!!』なんて大勢の子たちに囲まれてたんですよ? ”少しばかり索敵が得意”だからって、貴女発見器なの私は?」

「言いえて妙だわ。 確かに、貴女はそういうのが得意だものね」

「しかも、実家からは自分より数段強い貴女の護衛までしろって命令されてたんですよ? 私こそ貴女に私の青春を返せって言いたいぐらい」

「……とりあえず両成敗で手を打ってあげる。 不毛な争いになりそうだもの」

「ですね。 でも、本当に驚いたわ。 だって、貴女あの頃よりも更に若い姿で私たちの前に出てくるんだもの。 記憶を取り戻すまでは混乱してたのよ」

「でも、貴女は分かったようね?」

「あんな剣技とスキルを持っているのは、貴女とレイヴァン様だけじゃない」

「そうね……」

「教えてシリウス。 私は……私たちはアレからどうなっているの?」

「予想はついているんでしょう? 多分貴女の思っている通りよ」

 少なくとも、全ての記憶を取り戻したというのならばそのはずだった。 彼女はそれを理解することができる位置にいたはずなのだから。 

「それでもお願い。 私は”エレナ様の騎士”として知らなければならないはずでしょう? ねぇ、シリウス……エレナ様はアレからどうなってしまったの? 私たちがこうして”生きている”ということはあの人だって……レイヴァン様だって生きてるんじゃ……」

「……さて、アレを生きていると言っていいのかしらね」

 カグヤはそういうと、ベルカ最後の日のことを思い返すように目を閉じた。 ブラッドマーキングは彼や妹の反応を示さず、最終的にはよく分からない何かに彼女たちは変容した。 物理と魔法の四枚の障壁に、蒐集したと思わしき数々の魔法を行使してくる異形の存在。 辛うじてあのときは人型のままだったが、レイヴァンの剣が無ければ或いはあの時に彼女は敗北していたかもしれない。

「貴方たちヴォルケンリッター<守護騎士>とレイヴァンやエレナが座っている席は違うのよ。 それに、生きていたとしても無駄よ。 私の前に現れようものなら、この手で何度でも消し去るつもりだから」

「シリウス……貴女本気なの?」

 その壮絶な殺気に、シャマルは震えながら目の前の紅眼を見た。 だが、そこにあるのは純粋な殺意だけであり、戸惑いも慈悲も何もかにもが存在していない。 背筋が凍るほどの絶対零度の視線のままで問答無用にシャマルに答える。

「こんなことで嘘は言わないわよ。 レイヴァンは最後までエレナのために戦って騎士としての誇りを胸に抱いたまま逝った。 エレナは最後にはあの男に捨てられて死んだ。 だから二人とももう”この世”のどこにもいやしないの。 いさせないわ、この私が居る限りね。 レイヴァンには永遠の安息を。 罪を償うことさえできない妹には安楽を。 全てはもう後の祭りよ」

「そんな……」

「そういえば、私からも聞きたいことがあるわ。 貴女、全部自分を取り戻したんなら、これからどうするの? ずっと夜天の書の中にいるつもり?」

「分からないわ……色々と考えなきゃいけないこともあるし、そんな自由が私に許されるのかも分からないもの……」

「罪を感じるのは当然。 ベルカを崩壊させた要因の一人の騎士だったんですもの。 でも、何をどうやってもベルカは帰ってこないわ。 そして、もうそのことを知っている人間はこの辺じゃあほぼ皆無。 貴女たちは利用されてただけだし、あの子の命令には逆らえなかったんでしょう? 夜天の王たるあの子は、後継たるあの子は……随分とあの男に利用されていたようだし」

「……」

「まあ、時間だけは沢山あるわ。 その気になったらミッドガルズに来なさい。 ストラウスに私宛に連絡するように頼んでおくし、ジルに頼んで守護騎士システムから貴女を切り離して貰うことも可能だと思うから。 そうして、何もかも忘れて”新しい自分”を始めれば良いわ」

「シリウスはもう始めているの? 新しい自分」

「私は当分無理よ。 あの男の存在がこの世界に在り続ける以上、私は変わることができない。 そして、その後もずっと”予定が詰まっている”もの――」

 疲れたように呟きながら、カグヤはグラスに口をつける。 用意していたアルコールが喉の奥に流れ込み、彼女の頬をうっすらと紅潮させる。 元々肌が雪のように白く、そのせいでほんのりと色づく紅が妙な色気を醸し出していた。 相変わらず少女の姿ではあったが、隠しきれないカリスマがそんなことは些細なことにしている。

「まあ、貴女の場合はそうしなくても近いうちにそうなるのかもしれないわね」

「どうして?」

「だって、クライドが何か企んでるでしょう? 彼、よく分からないけど貴方たちを開放したがってるもの」

「……そういえば、そうでしたね」

「夜天の王の宿命とかなんとか理由をつけてるみたいだけど、あの子は本気でそれを実現しようとしている。 多分、今まで貴女たちの主になった人の中では始めての試みなんじゃあないかしら?」

「ふふ、歴代の主たちには”色々な子”がいましたけどあんな人は始めて。 特に、蒐集しないで手書きで完成させようとか普通は考えないことを考えちゃいましたし……確かにあんな主は他にはいませんね。 できると思いますか? クライドさんにそれが」

「どうかしら? 私は実際のところアレを全て理解しているとは言い難いから、彼に可能かどうかなんて分からないわ。 でも、できたら良いわね。 誰かの手を借りたことだとしても、もう一度自分をやり直す機会を得るチャンスなんて、普通にはないもの」

「……それを私たちが”望まなくても”?」

「優しい善意は、人を幸せにするためにあるものよ。 確信的で打算的な偽善ではなく、それが真実の善意ならばその善意が貴女たちのためにならない道理はないわ。 貴女たちがそれを踏みにじろうと思わない限りは……ね」

「狡い言い方だわ」

「悲観するよりは建設的よ。 結局、どうなるのかなんて分からないんだもの。 要するに気の持ちようでしょ?」

「相変わらず強いのね……その貴女の迷わず前に進める強さが、本当に羨ましいわ」

「どうかしらね。 私は基本的に物事に対して不感症だから、そういう風にしか考えられないのよ」

「義務感で生きているから?」

「ええ、一般的な普通の家庭に生まれたわけではないから、物心ついた頃からそういう風に生きなければならないって考えてしまうようになってしまっているのよ。 貴女も、騎士の家に生まれたからそういうことは少しは理解できるでしょう?」

「本当に少しだけ……ね。 私の家は適性の関係上地味だったからわりとゆるかったもの。 後継たる私を剣の名家に嫁がせようとしたりもされたし……」

「前に出て戦うことしかできない連中を上手く使うための”重要な”家だったでしょ? 何も悲観することはないじゃない。 貴女の家は戦略上必要な名家だったわ。 お見合いは……まあ、相手があのレイヴァンなら破談になるって分かってて敢えてだったけど……」

「戦略を戦術単位で崩壊させる癖によく言うわ。 って、なんですそれ?」

「貴女の両親は知ってて縁談を持ちかけたのよ。 身持ちが堅い貴女が行かず後家にならないように、異性に興味を抱かせようときっかけ作りのために涙ぐましい努力をしたわけよ」

「……まさか、貴女私でレイヴァン様を試しましたね!?」

「なんのことかしら?」

 知らぬ存ぜぬでスルーするカグヤ。 シャマルは信じられないとばかりにカグヤを睨むと、持っていたグラスの液体を煽る。 そうして、一気飲みした後に据わった眼でカグヤを見た。 それは、今まで守護騎士たちの誰もが見たことが無いような壮絶な視線であった。

「どうりであの時お見合いの席で貴女の気配をちらりちらりと感じたわけだわ」

「へぇぇ良く気がついたわね? あの厳重な警備の中で」

「やっぱり貴女もいたのね!!」

「だって、私も貴女の両親に相談された手前、上手くいくように警備に参加しながら状況を見守るのは当然じゃない」

「……」

「そうそう、ちゃっかりシグナムも警備に参加してたわよ。 兄が取られるんじゃないかって心配だったみたいね」

「シ?グ?ナ?ム?!?」

「まあ、まだ”思い出してない”彼女を責めるのはやめてあげなさい」

「もう、全部貴女が悪いんじゃない」

「我ながらあの頃の私は随分と”お茶目”だったと思うわ」

 そんな可愛らしいものではないとシャマルは思ったが、目の前の女性は”そういう”性格なのである。 唯我独尊が服を着て歩いているのだと思えばよいのだろう。 要するに、何を言っても暖簾に腕押しである。 だが、だからといってやられっぱなしのシャマルではなかった。 起死回生の一発をカウンターでシャマルは放つ。

「ミーアちゃんに貴女の弱点を教えますよ?」

「弱点? 私の? そんなものあったかしら」

「ふふ、知ってますよ私は。 貴女は”手作りのお菓子”が大嫌いでしょう? 私が何度かケーキを作ってあげたのに、食べる度に倒れていたじゃない。 今度ミーアちゃんと一緒に作ってあげることにします。 まあ、我慢しながらも食べてくれるところが貴女の優しさだと私は知ってますけどね。 ファンの子達の差し入れもなんだかんだいって全部きちんと食べてあげてましたし」

「……」

「ふふふ、恐ろしくて声もでないみたいね」

 勝ち誇ったシャマルの顔を、珍しく脂汗を流したカグヤが引きつった笑みで見た。 若干肩が震えているのは、あの惨劇を”味わった”ことのある者にしか分かるまい。

「残さず食べてくださいね? ”優しい善意は人を幸せにするためにあるもの”なんですよね? 誰よりも不義理を嫌う貴女は、私の善意を踏みにじったりしないんでしょう?」

「……」

「楽しみですね? そうだ、一緒にシグナムにもたっぷり用意してあげようかしら? 彼女も確か手作りのお菓子が苦手だったもの。 夜天の剣士は皆揃って甘いお菓子が苦手なのかしら?」

 真実を告げるべきかどうか悩んだカグヤだったが、全ては後の祭りであった。 ミーアの作るケーキは大丈夫だとは思う。 だが、しかし……ことはそんな単純なもので済みそうに無い。

「お願いだから、それだけはやめて頂戴」

「いいえ、許してあげないないわ。 逃げてもだめよ。 ストラウスさんに預けておくから残さずに食べちゃってね?」

 どうやら、退路は無いらしい。 未だかつて無いほどの絶望がカグヤを襲い、それと必死でカグヤは戦った。 しかし、どうしてもその強大な敵は倒せそうにない。 と、そんな戦場に一人の男が現れた。 後にカグヤは言う。 神はヘタレの姿をしていた、と。

「はぁ、はぁ、はぁ、見つけましたよシャマルさん!!」

「あら、キールさんどうかしましたか?」

「……あら、私はお邪魔かしらね?」

 そそくさと撤退に入るカグヤだった。 が、ヘタレ神に止められた。

「いえ、丁度良いです。 貴女は生き証人になってください」

「……証人? 一体なんの話なのかしら?」

 意味が分からないとばかりにカグヤは首を傾げたが、そんな彼女を無視してヘタレの神は邁進した。 それはもうストレートに。

「シャマルさん!!」

「な、なんですか?」

 どこかキールの様子が普通でない。 お酒でも飲んで酔っ払っているのかと思ったが、そういう風ではない。 単純にハイテンションなだけである。 その珍しい様子に何かあったのかとシャマルは思った。 無論、彼がいきなり何を言い出すかなんてことはこのとき完全に予想もしていなかったことだけは確かである。

「僕と同じ墓に入ってください!!」

「はい?」

「……」

「あ……え? ヴァルハラでさっそく調べたい遺跡<墓>でも見つかったんですか?」

 シャマルは何か凄い発見でもあったのかと思った。 無論、カグヤはキールの言いたいことを察して笑うのを我慢した。 しかし、どうにも口元を緩んでしまうのはしょうがない。 さすがにこればっかりは剣聖も耐えられなかったようだ。 だが、ヘタレの神があまりにも真面目腐った顔で真剣そうにしているので笑うに笑えない。 ここで笑うのは失礼極まりないことだ。 だからなんとか状況を見守るだけに終始した。

(なるほど、だから証人……ね。 でも、彼女魔法プログラムだから死体なんて残らないんだけど……同じ墓は無理なんじゃ……っと、これは無粋な考えだったか……)

「いえ、その……そういうことではなくてですね、つまり……その……」

 漢<キール>は引くに引けない。 今日シグナムたちから伝授された奥義に、ただ自らの思いの丈をぶつけることしかできない。 酷く不器用だったが、後悔など微塵も無かった。 そこにはキール・スクライアの本気があった。

「……本気になったら駄目とか、魔法プログラムだからとか、そんな悲しいことを言わないで下さい。 僕は……シャマルさんをこんなにも好きになってしまったんですから」

「――え?」

「愛しています。 だから、僕と結婚してください」

 絶句するシャマルの両手を取りながら、自分の精一杯の言葉で伝えた。 困惑するシャマルの瞳を見つめながら、眼を逸らさずに返答を待つ。 どこか、清清しい気分であった。 回答に要する沈黙さえ、もはやキールは恐れていない。 居直った人間、そして愛という言葉を得た人間は有史以来誰も彼もが無敵なのである。 それはヘタレであっても変わらない。

「……その、色々な過程を随分と省略しすぎてると思うんですけど」

「そうですか? ここ数年でお互い、色々と互いを知り合っていると思いますよ?」

「で、でも私は魔法プログラムで……夜天の書の騎士なんですよ?」

「関係ありません。 僕の愛はその程度の事実では揺らぎませんから」

「……っ!?」

 決意は固いようだった。 誰が見ても、そうだった。 シャマルはどうやって目の前の青年に諦めさせようかと考えていたが、ふと違うと思った。 そんな言葉を彼が求めているのではない。 彼が求めているのはそんな他人のための忠告のような言葉ではなくて、ただ嘘偽りの無いシャマルの本心だ。 酷く当たり前な、そんな言葉だけを求めている。 そして、この場面ではそのたった二種類の言葉だけが意味を持つ瞬間であるということを悟った。 だが、勿論これはそんなすぐに返せる言葉ではない。

「……御免なさいキールさん、時間を私にくれませんか?」

「分かりました。 じゃあ、明日デートが終わってから答えを頂くということでどうですか? あ、いえ……貴女が望むのなら一年でも二年でも十年でも僕は待ちますよ」

「そんな長くはいりません。 ただ、自分の気持ちと相談するだけだもの」

「そうですか、では明日。 お昼前にでもデートに行きましょう。 それが終わってから、教えてください。 貴女の答えがどんなでも僕は構いません。 ただ、待ってます」

 そういうと、キールは踵を返して歩いていく。 その背中はやることをやった満足感で一杯だった。 拒まれても、良かったのだろう。 ただ、精一杯悩んで真剣に自分の気持ちに彼女が向き合ってくれるのなら、それだけで……それだけで本気になった甲斐があるというものである。

「キールさん、待って下さい。 部屋に戻る前に、一つ教えてください」

「なんですか?」

「どうして私なんですか?」

「だって、貴女は僕の言葉に”いつだって真剣になって答えて”くれていました。 それは僕にとってはとても嬉しいことだったんですよ。 はは、すいません。 もっとこうカッコイイことが言えたら良いんですけど、僕はこういうことは得意じゃないから、こんな訳の分からないことしか言えません……」

「いえ……ありがとうございます」

「ええ、それではシャマルさん今度こそ失礼しますね。 良い夜を――」

 今度は精一杯格好つけた風に言うと、キールは再び歩き出した。 全身がガクガク震え、顔は緊張で固まっていたが、それでも最後までそんな姿を晒すことなく隠し通して彼は屋上を後にした。 無論、部屋へと帰った彼の心臓が張り裂けそうなぐらいにすごいことになっていたが、それは隠し通した彼だけの秘密である。

「……第二の人生はもっと早くやってきそうね?」

「はぅぅ……もう、人事だと思って貴女は」

「ふふ、御免なさいね。 でも、そういうことを考えるような機会に恵まれるということは幸せなことだと私は思うわよ。 で、どうするの? 結婚するの?」

「……分からないわ。 あんな、真っ直ぐな眼でプロポーズされたことなんてないもの」

「そうなの?」

「ええ、困っちゃうわ」

 恥ずかしさのあまり真っ赤になった顔を俯かせながら、シャマルはぼそぼそと呟く。

「嫌そうに見えないし、案外貴女乗り気なの?」

「うう、悪い人じゃあないってのは分かってるし、真っ直ぐな人ってことは知ってるけど……」

「タイプじゃない?」

「一途そうだし、生真面目なところも可愛いとは思いますけど……」

「まあ、今時珍しい天然記念物級に真っ直ぐな男であるとは私も思うわね。 ああいうタイプはとことん惚れた女に尽くしそうだわ」

「……貴女ならどうします?」

「勿論断るわ」

 躊躇無く一刀両断するカグヤ。 相変わらず切れ味鋭い名刀のようである。

「だって、彼は私を”剣で満足させてくれそうにない”もの」

「……貴女、自分がとてつもない無理難題を言っていることを理解してる?」

「そうかしら? 少なくとも”その程度”がこなせない男は願い下げだわ」

 不思議そうに小首を傾げると、カグヤはシャマルが”弱点をミーアに告発することを”思い出す前にそそくさと屋上を退散した。 シャマルはもう少し屋上で悩むようだった。 だが、自分の部屋へと戻りながらふとカグヤは例外があることに気がついた。

「まあ、でも結局自分を愛してくれて、自分が愛したいと思うかどうかが”全て”かしらね?」

 強い弱いなど、その事実の前には究極的に無意味であろう。 その上で、自分を満足させてくれる相手ならば文句なしだが、果たしてそんな男が自分の前に現れるのはいつのことになるだろうか? 

「私に足りないのは男<ロマンス>? くく、アムステルの言葉を思い出してしまうなんて、今日の私は随分と酔っているみたいね」

 全くシラフの癖に、ここ数百年考えてもみなかったことを考えてしまうとは。 まだ自分の中にそういう余分なことを考える余裕があったのかと思うと、カグヤは急に可笑しくなった。 こんなことを考えるようなような年齢ではもうないはずであったが、これもまた人間の性<さが>というものだったのか。 アムステルは”忘れ去ったもの”といったが、本当は違う。 唯単に”捨て去った”だけである。 だからきっと、必要になればカグヤは自ずとそれを拾い上げることになるだろう。 それが限界突破者<リミットブレイカー>であったとしても逃れられない人の持つ業であったから。 

「なんにしても自由にすれば良いわ”シャマル副会長”。 これは貴女の人生なんだもの。 私はただ、幼馴染の幸せを祈ることぐらいしかできないし。 さしあたっては明日、ミーアたちを誘って”映画”でも見に行こうかしら?」

 彼女にしては珍しくお茶目な思考を展開しながら、カグヤは自分の距離にいるフェレットを引っ張り上げるようにして肩へと乗せる。

「わわっ!?」

「トレーニングを邪魔して悪いけど、明日は映画を見に行きましょう。 アレは毎度毎度言い出来だから泣けるわよ」

「きぃぃぃ!! だから、いっつもいっつもそれ使って私を呼ばないでってば!! ショックで毛並みが悪くなっちゃうでしょ!!」

「あら、それは一大事だわ。 ごめんなさい」

「まったくもう……」

 ブツブツといいながら、フェレットはしかし隙を見せたカグヤに向かって上体を揺らし始める。 無限大の文字を描く小さな身体の速度が最高潮に達した瞬間、振りかぶった拳が凄まじい乱打となって肉球の跡をいくつもカグヤの頬っぺたに残すはずだった。 が、次の瞬間にはもうミーアの身体はストラウスの肩にいた。 放たれた肉球パンチの勢いは止まらない。 気づいたときには、ヴァルハラの誇る女傑の頬っぺたをペチペチと痛打していた。 かなり張りと艶あり、大変によろしい感触だった。

「――あら、ミーアちゃんじゃない。 御免ね、今サービス残業中なのよ」

「……お仕事の邪魔して御免なさい」

 肉球の跡がしっかりとついた頬のまま、ニッコリと笑顔で対応してくるストラウス。 さしものミーアも、これには素直に頭を下げた。

「じゃあまた今度遊びましょうね?」

 といいつつ、さりげなくミーアの毛並みを嬉しそうに撫でて仕事を再開。 どうやら、本当にミーアの毛並みが気に入っているようである。

「ねぇ、ここどこ? 襟首女に送り込まれたんだけど……って、ここ無限書庫!?」

「ふふ、違うわよ。 ここは私の書斎よ」

「書斎って……ええ!? これ全部書類とかなの!?」

 あんぐりと大口を開けてミーアは絶句する。 本のように分厚いバインダーが無限書庫のような馬鹿げた数の本棚に収まっているのを見れば、そう思うのも無理は無い。

「ストラウスさん、いつもいつもどれだけ仕事してるの?」

「んー、休日以外は大抵仕事してるかしら? 会社以外にも世界を一つ運営してるから忙しいのよ。 嬉しい悲鳴という奴かな」

「は? 世界を運営? えと、一日の睡眠時間は?」

「一日平均三時間ぐらいかしら? 日焼けしながらゆったりと……ね?」

「……本当にワーカーホリック<仕事中毒>なの?」

「仕事が生きがいなのよ。 でないと退屈で気が狂ってしまいそうになるタイプの特殊な吸血鬼なのよ私」

「それって、冗談じゃないの?」

「冗談?」

 何かおかしなことを言っただろうかと、ストラウスが上品に小首を傾げる。 ミーアはそれ以上聞いたらいけない気がしたので、持ち前の感の良さでスルー。 二度とこの話題を振ることをしないように心に決め、肉球の跡が残っている頬っぺたをさすりながら申し訳なさそうに手伝いを申し出る。

「……できることあるなら手伝ってあげようか?」

「ふふ、ありがとう。 でも、良い子はもうすぐ眠る時間だから先にお休みしましょうね?」

 ミーアの頭を軽く撫でると、その小さな身体を両手で抱え上げてストラウスはおもむろに”手を離す”。

「わっ――」

 次の瞬間、ミーアは世にも奇妙な”何か”を見た。 それはとても形容できるような言葉はなく、カグヤのアレともまた違った。 だが、どっちにしても”恐ろしい”ものであるということだけはミーアは本能的に悟っていた。 気がついたときには、いつの間にやらミーアは廊下を移動中のカグヤの頭の上に着地していた。

「……あら? もしかして貴女、私と一緒に寝たいの?」

「……ブルブルブル」

 何か恐ろしい体験でもしたのだろうか? 気の毒な程に震える小動物を腕に抱きながらカグヤは守護騎士たちにミーアを部屋へ連れて行くからといって自室へと戻った。 その日、ミーアは宿敵と一夜を共にすることと相成った。 もっとも、翌朝には正気に返って必殺パンチを寝ているカグヤに叩き込んで勝利の雄たけびを上げていたが、勿論それは彼女が甘んじて受けただけであって本当の勝利とは言いがたかったが、それはまた余談である。

 ちなみに、翌日ヘタレの神はとりあえず完全敗北は免れたようである。 延長戦にもつれ込みそうな勢いではあったが、今の彼はことシャマルのことに関しては無敵だ。 嬉しさのあまりストラウスの自宅をフェレット姿で駆け巡るなど、タガが外れて珍事を起こしたという。

 どうやらヴァルハラには確かにキールが知らなかった究極の未知が埋まっていたようである。

コメント
 カグヤの弱点とナ?…… ぶほ! この場合カグヤのというよりもシャ○の弱点じゃないのか (=w=;

いや~それにしても一人だけ当時のことを思い出してその中でシグナムとヴィータのことも色々わかったわけですが彼のことはスルーなのはわらえますな
【2009/02/10 10:10】 | Tomo #SFo5/nok | [edit]
いつの間にか復活ですか!?

それにしても人物の妙な背景が見えてきましたな。これは面白い。
【2009/02/11 23:34】 | リアン #- | [edit]
お帰りなさいませ

首をながーくしてお待ちしておりました。
【2009/02/12 21:41】 | かぼちゃー #Lx90sfmU | [edit]
お帰りなさいませぇぇぇぇぇぇ!
言ったとおり週一で来てたかいがあったというもの!
【2009/02/14 16:38】 | 華麗なる田中 #etbfE.eg | [edit]












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