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憑依奮闘記2 外伝2

 2009-02-09
 箱庭の世界の中で、ただ無意味なだけの時を刻む。 そんな退屈な世界に居続けるのは言われるまでもなく退屈だった。 世界はただ何も変わらない。 何度月が巡っても、どれだけの時間が流れても、ただただその箱庭の中で飼育される。 され続ける。 そんな救いの無い日常だけしか彼女にはなかった。
 慰めといえば、名前も知らぬあの小鳥だろうか。 鉄格子の間に巣を作ったその一匹の、種類も分からぬ小鳥だけが、彼女の唯一人の友だった。 こちらが何もしないことを知っているのだろう。 初めは近づくだけで飛び立っていた癖に、今では飛び立ち距離を忘れたかのように振舞ってくる。
 ピーピーと、まるで歌うように鳴くその小鳥の静かな歌声を聴いていると、ただ無性に自らの内に広がっていく空虚な心が癒されていった。

――既に二十代に入っていただろうか。

 年齢など分からない。 オリジナルより十歳以上は若いと思うが、定かではない。 ただ、自分の身体を見下ろすとそこそこに育った体躯があり、そこから恐らくはその程度だろうと勝手に当たりをつけていた。 彼女を飼育している連中や、オリジナルは知っているだろう。 けれど、それを問うことに意味はない。 嗚呼、そうだ。 まったくもって意味が無い。 年齢などこの身には何の価値も無い。 自らに許されている存在意義はただの保険としての生のみ。 その一点に尽きる。 それ以外の意味を見出されていないのだから、そこに意味を求めることなど無意味であろう。 そういう意味でいえば、恐らくは世間一般の人生というのが彼女には酷く理解のできない未知であった。

「ふふ、お前は良いな。 妾とは違って自由な空がすぐそこにある」

 そっと、肩に止まった小鳥に頬を摺り寄せるようにしながら女はその小鳥に語りかける。 返答など期待していない。 だが、語る相手がその小鳥しかいない以上は小鳥に話しかけるより他はなく、またそれ以外の誰かと話す気は毛頭無かった。

 つまらないことを話しかけられれば、恐らくは自分は爆発する。 この生き地獄を用意した連中を灰燼と化すだろう。 この魔力封じの拘束具も、そろそろ限界に達してきている。 尊い血統の成せる技だったのか、それとも彼女が異端だったのかは分からない。 だが、オリジナルを軽く上回ろうとしているそれのせいで限界に近づいていることだけは分かった。 恐らくは、今でも”全力”を出せば拘束具を弾き飛ばせる気がする。 だが、それをする理由が彼女自身には無いし出てからしたいことが特にあるというわけでもない。 だから、未だにそこに留まっていた。

 ベルカの聖地。 偉大なる聖王が君臨する剣十字の中心地。 そこに聳え立つ三角の威容がある。 山の上に立っている城砦にして都、都にして聖なる居城。 その最も防御の堅い城の中にそびえる三つの塔のうちの一つ。 魔法科学を研究する塔の最上階にて、彼女は静かに幽閉されていた。

 ひどく退屈だったが、別に不自由だったというわけではない。 食事を抜かれているわけでもなければ、奇妙な実験をされているわけでもないからだ。 完成されているが故に、それ以上のデータなど必要とされていないのだ。 偶に記憶のアップデートはされるが、自分を殺すわけでもなくたたただ知らない記憶が増える程度なので気にはしない。 それだけが、外を知る唯一つの情報だったから、気にする理由にはならない。 ただただ退屈。 そんな日々を、恐らくは死ぬまで続けさせられることになっている。 なんらかのアクシデントでも無い限りそのはずだった。

 と、そのときドアをコンコンとノックする音が響いた。 その音に何か感じたのか、肩に止まっていた友人が鉄格子の向こう側へと逃げていく。 動物は身の危険には敏感だ。 その野生の感でその気味の悪い感触を理解したのだとしたら、さすがである。 感心しながら、しかし彼女はつまらなそうに言った。

「入るが良い」

 横柄な言葉遣いだったが、それは彼女の記憶がもたらしたものだ。 故に、自然とそうなる。 だから特に気にせずにほうって置いた。 そのせいで自分に陰口を叩く輩がいることを知ってはいたが、面と向かって言われているわけでもないので放置している。 やはり、そんなどうでも良い下賎な輩など気にする必要が無いからだった。 

「――失礼します」

「ほう? そなたは確か……シュナイゼル・ミッドチルダだな?」

 記憶を探るとオリジナルの記憶がおぼろげに彼が誰であるかを判別した。 オリジナルの記憶によれば、食えない男らしい。 その金髪に、秀麗な顔立ち。 見るからに女受けしそうな丹精な顔立ちで微笑を浮かべている。 長身でもあるし、恐らくはその容姿だけで引く手数多だろう。 とはいえ、本当に人間を引き付ける決定的な要因はそんなものではない。  自らが持つスキル効果による情報分析力による直感と、オリジナルが感じたそれが彼女にもその明確な答えを知覚させる。

「随分と厄介な力を持っておるようじゃな? 奴と同じで”妾にも”通じないがな」

「おやおや、やはり”貴女様にも”分かってしまいますか? さすが、”聖王様”でいらっしゃる」

「――ほう?」

 聖王と呼ばれた彼女は、その言葉に少し楽しそうに笑うと初めてその男に興味を持った。 なにせ、初めてだったのだ。 偽者の自分を”聖王”などと呼ぶ人間は。

 シュナイゼルはそういうと、低く腰を落としながら一礼する。 そうして、微笑を浮かべたまま金色の瞳を向けて彼女に話した。

「一つ、貴女様に今日はお願いがあって参りました」

「ふむ? お願いとな? だが、”分かっている”のだろう? 妾はここでは何の力も持たないことを。 そなたの願いなど叶えられん……が申してみよ。 内容次第では力を貸してやるのも吝かではない」

「寛大なお言葉ありがとうございます”聖王様”」

「良い。 妾の気まぐれだ。 だが、つまらんことは申すなよ? 興がそれたら貴公をくびり殺すかも知れん」

「それはご安心を。 貴女様はもうそのようなことは致しますまい。 こうして私との会話を楽しんでいらっしゃるのだから」

 臆面もなくそういう黄金の男に、彼女はくっくっくと喉を鳴らす。

「いや、確かにそなたの言うとおりだ。 ”貴公”は面白い男のようだ。 初めてだ、人間に興味が沸いてきたぞ? ああ、無論これはそなたのその力のせいではない。 その”取得選択した好悪を増幅する”力では私の鎧は抜けんらしい。 これは純粋な貴公の”楽しさ”に起因している。 それで、願いとはなんぞや?」

「貴女様に、舞台に上がっていただきたいと思いまして」

「舞台? この妾に女優にでも成れと申すか?」

「――然り。 舞台はこの無限に続く次元世界。 貴女様はそこで、ここベルカの偉大なる”聖王様”として君臨していただきとうございます。 無論、世界全てを騙したままで――」

「――はっ。 随分と楽しい芝居のようだな? で、演目は?」

「次元世界最強の魔法大国”ベルカの聖王物語”など如何でしょう?」

「ふむ、随分と捻りが無く陳腐なのだな?」

「物語は陳腐なほどよろしいかと。 でないと聴衆が”疲れ”ましょう?」

 したり顔でそういう男に、彼女の笑みがさらに深まる。  

「それで貴公が手に入れるものは?」

「魔導王の称号」

「妾が手に入れるものは?」

「永遠の自由を」

「その言葉を信じる根拠は?」

「ここに私がいることで十分かと」

 ほとんど感情の揺らぎを見せず、シュナイゼルは言い切る。 その倣岸不遜な自信がどうして沸いてくるのかは知らないが、それでも興味を十分に引いたことだけは確かだった。 面白い、実に面白い男だ。 赤と緑のオッドアイの目元が抑えきれない感情を宿す。 そこにあるのは純粋な楽しみだった。

「ふふ、抜かしおるわ。 だが、”貴公”ほど信用できない人間はいない。 飼われている私でもそれぐらい分かるぞ? 今の貴公のその眼は人に嘘をついている目だ。 その黄金のマスクの中身を曝け出せシュナイゼル・ミッドチルダ。 スキルの効かない数少ない妾が、そなたを嫌うでもなく好くでもない妾が、第三の立場を選べる”私”が怖いのか?」

「……私が貴女を恐れていると?」

「自分で気がついていないのなら尚更よ。 その偽りの仮面、とうに外せぬようになっているのか? 妾が貴公に未知を見たように、貴公は妾たちに未知を見たはずだ。 だからこそ恐れている。 今までの”自分”の人生で数少ない種類の人間に出会って怯えておるわ。 妾も貴公という未知に怯えているからこそよく分かる」

「貴女は――」

 初めて微笑を消した男に、自らも仮面を外しながら彼女は言う。 自らの器を計らせるように、未知と未知を繋げるその行為は王が持つカリスマそのものであり、まごうことなき王道である。 シュナイゼルはその未知に対して、自身の抱いたその感情がなんであったのかを確かに理解した。 それは、本物の畏怖だった。 あの超理不尽存在とは違う、人間の王族が持つはずの普遍の力がそこには確かに宿っていた。 そうして、未知を繋げたまま偽りの王は言った。

「妾は……”私”は次元世界の制圧などに興味は無い。 このベルカの世界にさえ興味が無い。 だが、外と自由には興味がある。 私にとってベルカという世界はこの箱庭だけで成り立っているからだ。 だから私は王などどうでも良い。 そんなものが欲しいのならば貴様にくれてやってもかまわんと思う。 欲しいのなら言うが良い。 落ち着くまでのしばらくはその”王”とやらを演じてやっても良い。 だが、先ほどいったものを本当に私に献上できるか? それを成すための確たるものが無ければ私は動かんぞ? どうする”シュナイゼル”? 永遠の自由などと誇大妄想を説くならば、その形を示してみよ」

「……アルハザードにその秘奥があります。 それさえ手に入ればそれも成せましょう。 目星をつけているのは二つ。 最強の船と永遠のメカニズム。 この二つが私の貴女への対価の証となりましょう」

「ほう? 人様の物を対価とするか。 して、勝算の程はいかに?」

「どちらも百パーセント。 ただ、そのために”貴女”様の力が要ります」

「”聖王”としてのか。 ……難儀よのう。 だが、良いだろう。 ”貴様”が嘘をついていない間は手を貸そう。 必要になればまた来るが良い、そのときに妾は自分の足でここを出よう」

「はは、ありがたき幸せ」

 慇懃に礼をするシュナイゼルは、そういうと踵を返し去っていく。 ”ここ”に来るだけでも普通は不可能なはずなのだが、人心を限定的に掌握することに長けているあの男であったなら今回の来訪は些事なのかもしれない。 そう思うと、今まで見たことも無い未知が少しばかり楽しくなってきた。 薄く笑う彼女の肩に、再び小鳥が舞い降りる。 やはり、いつもの歌を歌ってくれる。 その歌に慰められるようにしながら、彼女は少しばかり目を閉じた。

「未知なる外界。 未知なる自由。 箱庭の外には、一体何が待っているのだろうな? ふふ、そなたも私と来るか? 一人では少しばかり外は広すぎるやもしれんからな」

 偽王はそういうと、肩に止まった友人の頭を撫でる。 楽しみが一つ出来たのだ。 それを友人と共有してみようかと楽しげに誘ってみた。 もっとも、それを小鳥が理解したかは分からないが相変わらず自分から離れないその様子に肯定を感じた。 言葉が通じるわけでもない。 ただただ共にそこにあっただけの二人は、そうしてそれからずっと生涯を共にすることになる。


――それはベルカの世界が消えても、それから先が続いても変わらなかった。












憑依奮闘記2
外伝2
「そして世界は沈み逝く」

















 幻想と虚構の歴史の先に、慄然と君臨する生きた伝説が在る。 人々はその存在を聖王と呼んだ。 生ける伝説の系譜にして、最強の武神。 最強の鎧と人間を越える身体能力と異能たる魔法を修めたベルカに存在するありとあらゆる武術の源流を継承する至高の王。

 かつての未曾有の大戦争を治めるため、その一族の原点は人間を越えた。 それは決して誇張が含まれた御伽などでは決してない。 事実、聖王はヒトではなかった。 いや、カテゴリーすれば人間ではあったが、それをただの人と認識しているのは何も知らずに伝説を信じる信仰者たちだけである。 人であって人ではない。 それが王だった。 そして、その王に求められたのは何よりもまず圧倒的な武力であった。

 伝承を体現せぬ者は王に非ず。 伝説を背負うことができぬ者は王に非ず。 その王が王たる資格を持たぬのならば、王は消える。 そして、次の王が当たり前のようにそこに立つ。

 王とは象徴であり、伝説であり、そして武力であり、この世界に必要な歯車。 それが、ベルカでは当たり前の認識である。 だからこそどの王も素晴らしい。 全てを兼ね備えた存在だけが王となるのだから、彼の王が敬われるのは当然の真理であった。

 では、仮にその王が資格を失えばどうなるのか? 答えは簡単だ。 次の王が生まれる。 ただ、それだけのことである。


 
 まるで、鏡写しのような容姿を持つ二人が玉座の間で対峙していた。 目を凝らしてよく観察してみれば見るものは気がついただろう。 似ているといっても、片方はより若くもう片方はそれよりもさらに幾ばくかの時を経ているような概観であることを。 姉妹にしては似すぎており、もしかしたら年齢が同じであったならば全く同じ顔であったのでは思うほどに二人の容姿は酷似している。 それほどまでに二人は似すぎていた。

 同じ顔が争い、同じ顔が互いを否定する。 性格は似てはいない。 年齢をより重ねている方は、まるで誰もが理想とする王であったが、それと相対する彼女はしかしてそんな誰しもが理想とするに必要なものが欠けていた。 一言で言えば、それは愛である。

 彼女には臣民を思う気持ちがない。 彼女には臣民がいない。 彼女には、友と自分以外の世界がない。 だれよりも原初に近い武力があろうとも、彼女には決定的に歯車となって国を動かそうという王の持たなければならない臣民への愛が欠如している。 そんな存在にどうして王が名乗れよう。 もし仮に資格があっても名乗らせて良い道理が無かった。

「偽者<フェイク>めが。 妾に成り代わりなんとするつもりなのか!!」

 激昂は歳を召した方からとんだ。 歳を召した方といっても、それは数値を比べてのことだ。 三十代も前半ぐらいに見え、まだまだ女盛りの王である。 言霊の宿ったその一言が聞くものの耳朶を震わせ、騒ぎを聞きつけてやってきた連中が縮み上がった。 だが、そんな重みのある言葉などどこ吹く風で、ここまでの障害粉砕しながらやってきた若い方は言う。

「どうもしない。 ただ、飼われるだけの日常など飽き飽きした。 だから、少しばかり表舞台に出てみたくなったのだ。 もっとも、偽者はいつだって本物に成り代わろうとするものよ。 それが分からぬおぬしではあるまい? 言うなれば、妾は本物に成り代わろうとするドッペルゲンガー<二重存在>のようなものだ。 そして、それを生み出した初代聖王やその悪習を今に継承する貴様や元老院の連中の浅慮がこの事態を招いた。 ただ、それだけのことではないか」

「ぬかしおるわ」

 玉座から立ち上がり、聖王の系譜の者が立ち上がる。 玉座の間がそれだけで圧迫感に震えた。 空気自体が震撼し畏怖していた。 ブランドの金髪が魔力の開放によって揺れる。 と同時に、彼女の心臓が戦闘状態に励起した。 体から漏れ出す虹色の色彩。 七色に燦然と輝くその魔力光こそがカイゼルファルベと呼ばれる伝説の色。 系譜にしかと刻まれた証明の色である。

「ふん、いくら聖王の称号を継ぐ系譜の者とはいえ、戦乱から遠のけばそれを取り込んでもその程度か。 悲しいな、本物の”武力”の無い王というのは」

 対する若い女もまた、魔力を開放する。 輝くは虹。 瓜二つのその色は、彼女もまたやはりその伝説の系譜であることを証明している。 だが、違うことといえば彼女は不純物を全く含んではいないということか。 単体で聖王のそれを遥かに凌駕している。 口元にある笑みは、嘲りの笑みである。 聖王はその笑みに怒りを露にした。 

「囀るか偽者!!」

「羨ましいからといってそう僻むな。 妬みなどという愚劣な感情は王にはいらないのであろう? くく、あっはっはっはっは」

 偽者は笑う。 

「しかし、本当に滑稽だな。 ”最弱”の王よ。 結晶の力に頼ってようやくSSか? よくそれで聖王を名乗れたものよ」

 偽者から溢れる魔力が、本物を越える。 そのとき初めて、本物の顔が驚愕を刻む。 元は自分であるというのに、なんなのだこれは。 湧き上がってくる無力感と、どうしてそれがその身になかったのかという羨望の感情がわきあがっていた。 持たざるものの屈辱が、そこには確かにあった。

「武力の無いものが王を名乗ることが咎なれば、貴様の見せ掛けだけの力を粉々に粉砕してから成り代わってやろう。 今のところはまだ系譜は私かおぬししか居らんし、”王”は強い方がなるのであろう? 今までも”こんなこと”があったとおぬしが記憶しているはずだ。 ”私”が”妾”になってやるから安心して逝くが良い。 さぁ、始めようオリジナル。 我が友があの牢獄のような箱庭で妾を待っておるでなぁ!!」

「くっ、スペック<魔力量>だけが武ではないわ!!」

 激突する虹と虹。 互いに虹の魔力を纏った拳が、凄まじい拳圧となって玉座の間を荒れ狂った。 聖王の系譜には、デバイスなど要らない。 そんなものは弱者が振るうべき武器であって、幻想の彼方にいる王には必要ない。 人間を越える膂力で、圧倒的な魔力で、互いが互いの資格を計りあう。 

 血縁同士の決闘の”敗北者”は王ではない。 王とは資格を持つ強き者。 四方の領主を統べ民を導く象徴にして中心。 ベルカという世界に住む人間の生み出した希望にして現神なのだ。 それを名乗れる人間は一人しか許されない。 それがルール、それが制約、それが契約。 莫大な権力を得る変わりの理である。


 両者の戦いは初めは一方的だった。 本物が偽者を圧倒する。 練りこまれた技の練度が、技術が違ったからだ。 同じ記憶を有していようと、体感してきたのは本物だ。 偽者にはスペックはあってもそれが無い。 故に、条件反射がその身体には存在しない。 思考は最善を選び取ろうとしているのに、体が追いつかない。 そんな無様を晒し続けた。

「はっ、無様なのはどっちだ偽者!!」

 振りぬかれた聖王の拳が、偽者の顔が歪むほどに打ち込まれる。 丹精な顔が、秀麗な相貌が一発喰らうごとに痣を作り、血を吐き出しては汚れていく。 まるで、大人が子供を虐待するかのような惨劇である。

 聖王は容赦をしない。 ステップを刻む両足は、高速移動魔法に連続に乗っては動けない偽者が吹き飛ぶ先に跳び、残像を刻む軌跡を何十も生み出しながら攻め続ける。 それは魔法と武術の究極融合芸術であった。 もはやボロ雑巾のように宙を錐揉みする偽者。 その場にいた誰もが、やはり偽者など本物の聖王の前には無力なのだと痛感した。

 真紅の鎧に身を包んだ一人のロイヤルガードもまたそう思った。 そして、感動に震えた。 至高の王の伝説を間近で見られたのだ。 打ち込まれる打撃に乗るそれは、自分の盾であっても受け止められまい。 重厚にして精緻な技巧。 疾風迅雷に戦場を歩み、情け容赦なく戦場に立つ敵と相対する武神。

 そこにあるのは純粋な弱肉強食の論理であり、生態系ピラミッドの真理である。 人間が理性とか知性とかで封印しているそれが、”自分たちを守るために構築した言い訳”がそこにはなかった。 本当にシンプルな、たった二つの言葉しかそこにはない。 ”喰うか喰われるか”だ。

 恐らく、偽者はもう駄目だろう。 彼女は何一つできていない。 防御も、反撃も全てが全て届かない。 どれだけの魔力があろうとも、それを活かしきれていないのでは勝負にならないではないか。 弱者は嬲れても、本当の強者を下せない。 それが、今そこにある現実であった。

 偽者も聖王の鎧は持っているだろう。 だが、それでもあそこまで滅多打ちにされてはどうしようもあるまい。 そも、聖王の鎧の防御限界を一発一発が越えている。 つまりは、鎧など何の意味もないのだ。

 聖王の鎧とは聖王の系譜にのみ存在する固有スキルのようなものである。 レアスキルしても認識できるが、どちらかといえば別物と捉える人間が多い。 それは、人工的に生み出されたものだった。 五体を武器化し、攻撃を防ぐ盾にして矛。 攻撃ランクS程度ならば、容易に弾き返す鎧だ。 聖王が人ではない所以である。 初代聖王が遺伝子改造と強化の経てに行き着いた武の答え。 激戦の中で死なないために作られた究極の鎧。 周囲の情報を蒐集し知覚し、ありとあらゆる害を阻むそれはほぼ恒久的に保持者を守る。 それを破るには純粋に鎧の防御力を上回る攻撃をぶつけるしかないわけだが、SSランクの攻撃の連打である。 鎧などこの戦いにはほとんど意味が無い。

 サンドバックとなった偽者。 その体が、宙に浮かんでどれだけの時を刻んだのだろうか? 数秒では生ぬるいほどの時間滞空していた。 その体を、これで終りだとばかりに聖王が蹴り飛ばす。 くの字になって偽者が吹き飛び、玉座の間の床に叩きつけられてバウンドした。 二度、三度と床を跳ね、ゴロゴロと無様に転がって紅鎧の前で止まった。 勝負はもう、ついていた。

「ふん、聖王を名乗るには武がまったく足りなかったようだな。 ええ、”カルディナ”よ」

 吐き捨てるように、偽者の名を呼ぶ。 偽者は、その言葉に反応しない。 意識が朦朧としているのか、それともダメージを負いすぎて死んでいるのかは分からない。 いや、良く見れば胸の上で心臓が鼓動しているのでまだ生きているようだ。 だが、それでももうすぐ死ぬのではないかと紅鎧は思った。

「お前は妾を最弱の王と呼んだな? では、そんな妾にさえ勝てないお前はなんだ? 塵芥か?」

 つかつかと聖王が歩み、カルディナ<偽者>のブランドの髪を掴んで持ち上げる。 宙吊りにされたカルディナは動かなかった。

「ふん、どこの誰に”吹き込まれて”このようなことを仕出かしたのか知らぬが、狭い箱庭しか知らんお前だ。 井の中の蛙だったと知って逝くが良い」

「――か、は!?」

 ドゴォンと、まるでタイヤをバッドで殴ったような凄まじい打撃音が響く。 魔力を纏った拳がカルディナの腹部にめり込む。 次の瞬間には見事なブランドの髪の毛が千切れ、カルディナは紅鎧の前を血を撒き散らしながら吹き飛んでいった。 それで、もう誰もが今度こそ終りだと思った。

――けれど、そうはならなかった。

「――鳥だと?」

 一体どこから入り込んだのか、一羽の小鳥がピーピーと鳴きながら床に転がるカルディナの上に降り立つ。 そうして、必死に泣きながらその頬の突っついていた。 まるで、大事な友を心配するかのように。 やがて、小鳥が歌を歌う。 ピーピーと、ただそれだけの音階で。 たった一人の友に歌を歌った。 いつもいつも、寝ている彼女を起こすときに歌う目覚めの歌を。

「――ああ、寝起きにはお前の声がやっぱり一番だ」

 果たして、それはどんな奇跡だったのか。 唯一人の友の声が、死に損なった彼女を起こした。

「ごほっごほっ。 だが、悪い奴だな? 私と約束していただろう? 牢獄で待っていておくれと」

 血を吐き出しながら、血で汚れた顔でカルディナは笑った。 小さな友の激励に支えられながら、震える体をおして立ち上がる。 限界一杯一杯の体で、それでもなお戦意を失わずに構える。

 大見得を切った癖に、ここまでやられるとは思っていなかったことは確かだった。 日に日に増えていく魔力が、オリジナルの悩み<コンプレックス>故に絶大なる自信となって肥大化していたのかもしれない。

 魔力をフルに治癒魔法に回し、辛うじて繋がった命を繋ぎとめる。 聖王は死んではならない。 王が死ねば、後に続く誰もが皆立ち上がれない。 中心<王>は誰かのためにも敗北して死んではならない。 王の責務とは希望であることだ。 立派な指導力も必要だが、最終的にはそれが無くてはならない。 希望の元に人は集い、希望の指し示す方角に向かって突き進むことができる。 人間とは元来、弱者なのだ。 その弱者が寄り集まって社会を形成し、集団のリーダー<中心>となったものが舵取りをする。 けれど、その中心は決して敗北してはならない。 民たちの命運を背負っているが故に。

 カルディナには民がいない。 だが、たった一人の友がいた。 だからそうだ、あんな場所に住み着いた彼女を一人残して逝くわけにはいかない。 たった二人の牢獄より這い出て、外へと行くと決めたのだから。

「――何のつもりだ? まだやろうというのかカルディナ」

「ああ、友が応援に来てくれたでな。 みっともない姿などみせられるものか」

「野鳥如きが友か。 偽者には似合いだな」

「はっ、友もいないお前に笑えるものか」

「王に友などいらんよ。 周囲にいるのは導きを乞う愛すべき民だけだ」

「寂しい奴めっ――」

 死に底無いは駆け出し、その先へと向かう。 ベルカを示す剣十字の魔法陣が、三角に輝いた瞬間、カルディナの姿が消える。 聖王はそれを蒐集した情報から理解し、現れる場所に向かって跳んだ。 高速移動魔法の応酬。 互いが互いの死角を狙いながら、残像を残して連続で跳ぶ。 

 常人には到底できない速度でのキャスト<詠唱>、それに続く連続詠唱。 通常のデバイスならば白旗を揚げるほどのその演算は、既に人間の限界というのを大きく超越している。 聖王の鎧の持つ特性を考えれば、それを成すための莫大な処理能力が存在しなければならない。 遺伝子改造の果てに手に入れたその副産物はバイオコンピュータのように機能し、破格の演算能力を彼女たちに与えている。 だからこそ、それが可能だ。 特に、自らの能力を理解し限界まで行使できるのであればその程度は造作も無い。 聖王が絶対の強者としてベルカで君臨してきた力の一旦である。

 攻防一体の鎧と常に取得した情報を処理し続ける莫大な演算能力。 加えてその圧倒的な武術に人間を凌駕する身体能力はベルカの人々に彼らを武神と呼ばせるのに実に容易いことであった。

「――っ!?」

「どうした、死にぞこないに噛み付かれるのがそんなに不快か?」

 演算を続けるが、聖王はカルディナの影を捉えきれない。 紙一重で届きそうで届かない。 その事実は、聖王が彼女よりスペックで劣っていることの証明だった。

「はは、ようやく馴染んできたぞオリジナル。 そうか、これだな? この感覚がそうなのだな?」

 カルディナは今まで、ただただサンドバックにされていたわけではない。 情報収集能力をフルに活用しながら、自分に無いものをオリジナルからデータとして蒐集していたのだ。 後は、得た情報に従って自分の感覚を併せるだけ。 ただ、それだけでオリジナルを凌駕できる。 単純にスペックが彼女の方が強大だからだ。 足りないものを”得た”後には、そこにあるのは形勢逆転という事実だけだ。

 連続機動の応酬。 だが、ジワリジワリとカルディナが聖王の速度を越え遂にはそのリズムさえも読み取った。 元々オリジナルの記憶がある。 それは容易なことだった。 さらに続く刹那の時間。 一瞬を一秒に、一秒を数秒に、加速する思考が自らの体躯に自分のあり方を刻んでいく。 かつて、初代聖王が持っていた武人としての才能<センス>が足りないものを急速に埋めていった。 それはまさしく、進化である。 代替わりで面々と継承してきたそれが、カルディナの中に急速に芽吹いていく。 

「はは、今にも手が届くぞ聖王!! ほら、逃げろ……逃げろ!!」

 聖王に手を伸ばしたカルディナの残像が聖王の残像に徐々に近づく。 やがて、残像が聖王の残像を捉えた瞬間、カルディナの拳が聖王を痛打していた。

「返礼だ聖王!! 今度はお前がサンドバックだ!!」

「――ぉぉ!? ぐっ、がぁぁぁぁ!?」

 玉座の間の上で、宙に浮かぶ聖王が無様に宙を舞い続ける。 ありとあらゆる角度からの打撃が、聖王のそれを凌駕し連続で打ち込まれる。 カルディナでさえギリギリだったそれを、それ以上の破壊力を持った拳撃となって荒れ狂った。 情け容赦の無い暴虐。 聖王の防御を越える威力で、聖王が培ってきた反射を超える速度で荒れ狂う暴風が三千世界に勇名をはせる聖王をサンドバックにしていった。

「はは、あははははははははは!!!!」

 狂った嬌声が木霊し、暴風のような魔力が虹色の色彩を彩りながら伝播する。 互いの血が飛び散り、玉座を濡らすその様は伝説の襲来などでは断じて無い。 だが、それでもそれを見上げるものたちの中にある畏怖は本物だった。 誰もがその暴虐に震えた。 そして同時に、新たな聖王が誕生しようとしていることを悟る。 最後の血縁たる現聖王がいなくなれば、自然と系譜<バックアップ>であるカルディナが聖王になる。 ならせざるを得ない。 聖王こそが中心にして象徴。 ベルカという国を、世界を維持するには聖王の威光がもはや必要不可欠なのだから。

「日より生まれ夜を超え、月を背にして地に還る。 貴様が背負いしは剣十字の刃にしてその誉れ。 さあ、明け渡せエレキシュガル・ベルカ<聖王>!! 敗北者に祖の名はいらん!!」

 床に叩きつけるようにしながら、カルディナは愉悦を堪えずに言う。 限界一杯一杯に近いが、それでも治癒魔法のおかげでまだまだ十分に戦えると思った。 失った血は多いが、なんのことはない。 今は精神が完全に肉体を凌駕している。 聖王を見据えながら、カルディナは床に降り立ったまま待つ。 聖王が死んでいないことは他でもない自分がよく分かっていたからだ。

「死んだ振りか? ふん、生きているのは分かっているのだ。 さっさと立ち上がって拳を構えろ。 聖王として逝きたいのだろう? それとも、もうそんな称号はもういらないか最弱?」

「――ごほっごほ。 ほざけ」 

「――ほう? やはり、そうするか。 だが、だから貴様は最弱なのだよ」

 起き上がりながら、聖王もまた治癒魔法を行使しながら口元を拭う。 その目にある確かな憎悪を隠しもせずに、苛立ちの全てを元凶に向けた。

 カルディナは理解している。 有事の際のために記憶を植えつけられているから、目の前の女が何を考えているのか容易に分かるのだ。

「自らの役割を演じ続けようとする執念は認めよう。 そして、そうやって自己を型に嵌め続けて生き続けることが、確かに王族としての勤めなのかもしれん。 だがな、だからこそ”越えられんのだ”。 私には民がいないから良く分かる」

「――ふん、知ったような口をきくな」

「”偽者”だから言うのさ。 歴史や文化に押しつぶされて磨耗し、期待に追い詰められてそこまでしたオリジナルを持てばな。 元々我々の祖先は人間を”こういう”手段で越えようとした。 遺伝子操作という科学の力で、人工的にな。 お前もそうやってあやかろうとしたんだろうが、お前の場合は人間を捨てようとした。 そんなにしてまでしがみつく理由が私にはとんと分からんよ。 ”死人”め」

「……」

「レリックだったか? 死者さえ蘇らせるほどの結晶体の名前は。 聖王の称号は、そんなモノに頼ってでも守り続けなければならん程のものかレリック・ウェポン<聖王>?」

 その瞬間、周囲の人間がざわめく。 紅鎧の男も例外ではない。 集まった民の突き刺さる視線を浴びながら、聖王は目を閉じる。 反論は無い。 それが、答えだった。

「私には分からん、分からんよ。 代替物である私<偽者>がいるというのに、そこまでする理由が私には思いつかん。 そこだけは、貴様は私に記憶として与えることをしなかったからな。 まさか、権力欲だとかそんな陳腐なものではないよな? それとも、”歴代最弱”の称号を返上したかったからか? 低ランクの聖王よ?」

「……民がいないお前には、永遠に分からんよ」

 そう言うと、聖王を名乗る死者は拳を構える。 と同時に、残りの心臓を全て励起させた。 その数は四。 これで、彼女は五つの心臓を鼓動させたことになる。 体が崩壊するほどの過剰出力に、全身が悲鳴を上げていたが気にもしない。 役割を演じ続けるためだけにそこにいる王には関係が無い。 全身を虹の光で輝かせながら王は目の前の偽者を見る。 死に底無いの癖に、悔しいほどに力強い。 オッドアイの瞳に宿ったそれは、強固な決意を宿したまま揺るがない。 今そこに在るものを破壊すれば、箱庭の外に出れば何かを手に入れられると妄信している。 そんなものはきっと外にもないだろうに、その埋められない空虚を埋める術を求め続ける若さも、渇望を満たそうとする覇気も、何もかにもが気に入らない。

「ふん、五つか? 完全数とはな、とことん執着するか世界<ベルカ>の傀儡め」

「これは献身の証だ。 妾は最弱の王だったが、誰よりもベルカを愛していた。 死人になってでもしがみつくのはそれが妾の責務だからだ。 確かに、本来はお前に渡すべきだったのかもしれん。 だが、お前には決定的に欠けているものがある。 そんなお前に譲ることなど断じてできん」

「その杞憂はもっともだ。 なにせ、私が聖王になったあかつきにはとりあえず元老院の爺共を皆殺してしばらく遊んでからベルカをどこぞの男にくれてやる予定だからな。 そして、私は永遠の自由を往くのさ」

「……馬鹿者め」

「ああ、そうさ。 オリジナル<本物>と同じで大馬鹿者さ。 お前は呆れるほどにベルカが好きなのかもしれんが、私は呆れるほどに嫌いだ。 こんな不自由な箱庭なぞいらん。 だからぶっ壊すのさ、この私が!! 既存を超越する未知がすぐそこに私を待っている。 邪魔者は疾く失せるが良い!!」

「はっ、させるものかよ。 この聖王たる”私”が要る限りなぁ!!」

 戦闘を再開する両者が激突する。 聖王などもはやどこにもいなかった。 そこに居るのは、死んだ聖王の逝きそこないと、そんな聖王の偽者。 ただそれだけだ。

 紅のロイヤルガードは声を押し殺してその闘争を見届ける。 どこか歪で、そして悲しいそれの激突には己の無力さを感じてならない。 果たして誰が王にそこまでさせたのか? 誰もそんな王の決意を知らなかった。 そこまですることを一体ベルカの民の誰が求めたというのか? そこまでベルカを愛して下さるこの御方を、一体誰が救えるのか?

 凄惨な戦いだった。 誰も割って入れない。 だが、彼はふと思った。 今この瞬間だけは、もしかしたら王は孤独ではないのかもしれない、と。

 武神としてでもなく、聖王としてでもない。 自分のエゴを前面に押し出してぶつかれるのは、受け止めきることができるのはそんな彼女の代替物だけなのだ。 ”王”の仮面が無い生の王。 その生き生きとした在りようを、高貴なる己の主の輝きを紅鎧はそのとき始めて己の眼でしかと見た。

 極限なる魔力の胎動。 魂が震え、玉座が震え、全身が震え、感情が震えた。 この偽りなき気高き王の姿が一秒でも長く続くことを願って。 心が、震えた。

「はは、随分といい顔になったじゃないか!! そうだ、そうだ、そうやって笑って魅せろ!! 型に嵌められた息苦しさを、無常のこの世に顕現せよ!! それが”私”さ!! 王ではない我らの、鮮烈なる輝きだ!! それ、命の火を燃やし尽くして私<偽者>を止めよ!! お前の命が燃えつきる前に!!」

「――尽きるものか、尽きるものかよ!! はは、力が溢れるぞ……全身が燃えるように熱い。 嗚呼、本当に凄まじいな。 この力が、これ程の魔力が、妾にあったなら――」

――或いは、違った結末を迎えていたのかもしれぬのに。

 だが、天が人に与えるものなど気まぐれだ。 渇望することも、選び取ることもできずに理不尽な現実だけを与え産み落とす。 そうして、生き足掻く者の嘆きなど意に返さずに、そのままで世界を廻させていく。

 この世の中にもし平等なモノがあるとしたら、それはたった二つだけだ。 いつか来る終焉と時間の流れ。 尽きる命と過ぎる時。 ただ、それだけだ。 無論、その究極さえ正者は犯す。 ならば、きっとその外れ者には天は味方などしない。 ただただその愚者を嘲笑いながら、絶望を与えるだけに終始するだろう。

「■■ぁぁぁぁぁ!!!!」

 それは、もしかしたら咆哮だったのかもしれないし絶叫だったのかもしれない。 だが、虹色の炎を身に纏いながらも、尚もただ王で在らんとする決意だけで在り続けていた。 決して戻れずとも、ただの意地だけで拳を振り上げる。

「ちっ……馬鹿者め、過剰出力で限界を超えたか」

「――」

 声にならない。 声帯さえ破壊するほどの暴声が、止むことなく轟き叫ぶ。 レリックというエネルギー結晶体の過剰出力に、さしもの超人の肉体も持たなかったようだ。 だが、それでもそんな己を省みずに聖王は拳を振り上げる。 振り上げ続ける。 それは聖王という名と完全なる数をその身に宿す、究極の人間兵器<レリック・ウェポン>の成れの果て。

「なあ、本物。 ……ベルカの文化<完全数>もお前を遂に否定したぞ。 それでも、それでもまだ私を阻むのか? ”たった一人”で私を阻むのか?」

「――■■■■!!」

――声にならない。 されど慟哭は響き続ける。

「ああ、もう良い。 お前は逝け。 そんな”妾”を見るのは忍びなさ過ぎる。 そんな英雄は、王は、もうこれからに必要ないのだ」

「――■■■■!!」

――声にならない。 されど、燃える体は燃えながら更に疾駆する。

「――■■■■!!」

――その魂からの叫びは、声にならない!!

 まるで聖王は燃え滾る超エネルギーの塊だった。 だが、カルディナ<偽王>はそれに怯むことさえせずにそれの意地を受け止め続ける。 交える拳が、彼女の鎧さえも焼き焦がそうと攻め立て、互いの肉を焼く焦げ臭い異臭を放つ。 聖王には原型など、最早無い。 だが、燃え尽きる寸前の蝋燭の癖に、そんなことさえもどうでも良くなるような、そんな鮮烈な命の輝きだけが最後まで玉座の間を照らし続ける。

「――だから、もうお前は眠れ。 お前はもう、十分に王の務めは果たしたのだ。 誰もお前を否定しないさ。 王だったお前を誰もが認め、誇るだろうよ。 聖王<オリジナル>よ――」

 彼女と会って、ただ初めてどこか寂しそうな貌を晒すとカルディナはその魔法を詠唱する。 拳戟が、蹴戟が、圧倒的な虹色の業火と相対しながらそれを眠らすための新しい十字を刻む。 玉座の間に輝く最大規模の魔法陣。 剣十字が描かれたその虹は、カルディナの前方に顕現したかと思えばその瞬間に空間を十文字に焼き払うべく爛々と輝いた。

「妾からのせめてもの手向けだ、ベルカの誇る剣十字に焼かれて逝け――グランドクロス!!」

 輝く十字がレリック・ウェポンを焼き払うべく、強烈な閃光を放っていく。 通常の人間の魔力放出量を馬鹿に越えた魔力放出だ。 それを無視するように、聖王はそれに突撃した。 燃え尽きる前に、その輝きを屈服させようと言うのだろう。 全身を焦がすエネルギーを考えれば、それだけでも十分にその魔法を貫けるはずだった。

 虹色の十字に飛び込んだその向こう、カルディナに届くまで後数メートルだった。 だが、その数メートルが絶望的に遠い。 五つの結晶が、彼女を裏切った。 内部から膨大なエネルギーを開放しながら膨れ上がり、ついには弾けてカルディナの魔法の威力に流されながら消し飛んでいく。 非殺傷設定を効かせたのは、恐らくはカルディナのせめてもの情けだった。 だが、レリックがその身体から消滅したとしても、その聖王の亡骸はもう人とも思えぬほどに凄惨な焼死体となっていた。 非殺傷設定など関係ないほどの制御不能なエネルギーをその身体に宿していたせいだ。

「――はぁ、はぁ、はぁ……これで、お前はもう自由だぞ。 来世ではしがらみの無い場所で、自由なる生を謳歌してみせよ。 もう、王などお前はこりごりだろう? お前の愛に、ベルカは応えなかったのだ」

 呟くようにそういうと、カルディナは飛んできた小鳥を手にとまらせる。 その歌声を耳に聞きながら、死に底無っている体に鞭打って玉座を目指す。 誰も、その足を阻むものはいない。 最後の王はもう、彼女しか居ないのだ。

「……ふぅ、予想外に疲れたな。 当分は惰眠を貪りたいところではあるが……そうも行かぬか」

 眠りたいと思うが、やってきた人影に向かって視線を上げる。 すると、いつの間にかやってきていた紅鎧はその視線を真っ向から浴びながらも膝を折り、臣下の礼を取っては低い声で言った。

「――御命令を。 聖王陛下――」

「おぬし……泣いておるのか?」

「……」

 紅い兜の隙間から零れる雫を見て、カルディナが尋ねたが紅鎧は答えない。 ただ黙って新たなる王の声を待つのみだ。

「まあ良い。 ”妾”は疲れている。 寝床の準備をしろ。 それと、汝の名前を教えよ。 栄えある我が第一騎士となったお前の名はなんと申す?」

「……フーガと申します」

「そうか、では我が騎士フーガよ後は任せる」

「御意――」

 その無骨な在り方を見て、フッと口を緩ませると”聖王”はそのまま目を閉じた。 疲れに疲れていた。 いくら彼女であっても、あそこまで肉体を酷使して消耗しないわけが無い。 まるで死んだように彼女は眠った。 今ならば、もしかしたら容易く聖王の仇を取れるかもしれない。 安心して無防備を晒しながら眠っている王を見ていると、フーガはそう思う。 だが、それをせずに彼は聖王が眠る玉座に回復結界を張るとそのまま新しい王の命を守るべく動き出した。 その途中で、前王の亡骸に縋るように泣く教会の連中に目がいったが、同僚の連中に新しい聖王の護衛を頼み急いで寝床の準備に併走した。

 新しい王が生まれた。 敬愛する王を殺した彼女が憎くないわけではない。 けれども、その彼女だけがニコリともせぬ王の仮面を脱ぎ捨て去り、ベルカという牢獄から解き放った。 そのことだけは、確かだった。 だから思うのだ。 ベルカという世界の重さに屈せず、真正面からその牢獄を粉砕しようとする新しい王の行く末を最後まで自分が見届けようと。 

 これはベルカに終焉の笛が鳴り響くよりかなり前のことであり、彼らがアルハザードへ攻め込む前の話だった。 この後、本物の聖王の亡骸は密かに教会の人間によって持ち出され、別世界を転々とした後にとある教会に聖遺物として秘密裏に安置されることになる。 後にその教会がある地はベルカ領と呼ばれ、聖王教会の中でも強力な発言権を持つ教会になるのであるが、それはまた別の話である。


――かくして、偽者は本物に成り変わって王となった。










 何よりも楽しいことは知らないことを知ること。 未知に出会った瞬間、人間の心は恐怖を抱き、それを克服する術を得ることで安堵を抱く。 それが知るということだとカルディナは思う。 だからこそ人間にとって未知を知るということは同時に安らぎでもあると考える。 では、もし仮に理解できないものと相対した場合はどうだろうか? 永遠に安堵を抱けず、ただただ恐怖することしか人間には選択肢が残されていないのか?

――答えは否である。

「は、はは……なんだそれは?」

 五体満足の体で、しかし無意識に震える体を押してカルディナは問うた。 だが、その白衣の男はカルディナに答えない。 いいや、そもそも障害にさえ思っていないのだろう。 そこら辺に転がる小石とか土を人間が対して脅威に思わずに踏み潰して歩くように、彼もまたカルディナをそういうのと同じようにカテゴリーしていたのだろう。

 無関心に揺りかごと名づけられた強大な航行艦の最深部へ、通路を真っ直ぐに歩くその男。 屈強な騎士が幾人もその行く手を阻むために立ち向っていったはずだが、傷一つ追った形跡が無い。 それが、その男の非常識さを表していた。 だが、それで彼女が屈するわけにはいかなかった。

「く、妾を無視するか下郎がぁぁぁぁ!!」

 硬く握り締めた拳が、絶世の破壊力を秘めた法外な一撃となって連打される。 聖王を継承し、エレキシュガル・ベルカ<本物>となった彼女の一撃は、少なくとも何人たりとも無視できるものではない。 あの魔導王でさえそうだ。 それが事実。 だが、そんな認識が空しくなるほどに無視され続けた。 武神と呼ばれ、今のベルカでは最強の位置に立つ彼女が、だ。

 彼女の攻撃はどれもその白衣の男のバリアを破壊している。 殴るたびに数枚、十数枚単位で破壊しているはずである。 なのに、一向にその守りを”突破できない”。 防御力が強固であるというわけではない。 少なくとも、一枚一枚はA+ほどの防御力しか無い。 だが、彼女と比べればそんなちっぽけな防御力しかないバリアの存在だけで彼女は無視され続けている。 それがここでの現実だった。

(何枚だ、一体何枚こいつはバリアを張っている!!)

 聖王の鎧のもたらす福次効果である周囲の情報収集能力でさえ、その正確な数値が計測できない。 殴って殴って殴って殴って殴った。 だが、揺るがずにただただ歩みを進めるその男を止めることが出来ない。 さすが、アルハザード第十三賢者第十三位『難攻不落』の男である。

「く、ならば全部破壊しつくすまでだ!!」

 更にギアを上げ、人間の限界を超えた身体能力をフル活用しながらカルディナが挑む。 だが、やはりそれでも変化が無い。 屈辱の極みだった。 全身が怒りで沸騰し、目の前の男をぶちのめさなければ気がすまなくなった。 けれど同時に、カルディナは笑っていた。 唇を釣り上げて笑っていた。

 未知を愉悦に変え、恐怖に竦む自分さえも楽しんでいたのだろう。 恐怖を好奇心に変えて荒ぶるそのあり方はやはり、生粋の武人である。 理解不能を心の底から味わうことに終始努め、無意味さを噛み締めながらその未知に挑み続ける。 今までとは比べ物にならない未知。 理解不能存在。 そんな奴が目の前にいる。 突き動かされる感情がその未知を知ることだけに費やされる。 その時間が甘美でたまらない。 世界が崩壊しようというその中で、未知と闘うなどという最高のシチュエーション。 失っていく怖さなどカルディナにはない。 全ては借り物であり、無価値な道具<アイテム>だ。 そんなものを後生大事にするつもりはまったくない。

 オリジナルがいない今、エレキシュガル・ベルカ<聖王>と名乗るようになってからもそうだ。 ありとあらゆる束縛因子を破壊し、消去し、新しい秩序を創造した。 だが、結局そんなものに価値を感じるような精神を持っていない。 必要なものは二つだけ。 だから、砂で作った城<ベルカ>など必要ではない。 だからこそ走り続ける。 探求し、探求し、追い続ける。 自由の先にある未知こそが彼女にとって価値を感じる唯一だから。 だからこそ、終りの無い永劫の自由の中で飽くことなく無く未知に挑み続ける。

 拳戟を響かせ、バリアを粉砕し続けること数分。 ただひたすらに殴り続けた頃だった。 ふと、未知を提供する男が足を止めた。 いい加減、鬱陶しくなったのかもしれない。 無視できる程度とはいえ、目障りに自分の周りを飛び回られては迷惑だ。 飛び回る羽虫を払うように、難攻不落は初めて彼女に対して攻撃をしかけた。 

「……っ!?」 

 回避行動を取る暇もなかった。 唯ひたすらに攻撃をしていたその手を止めることさえ出来ぬままに、数千枚のバリアが拡大されながら彼女の体を”すり抜けた”かと思うと、通り抜けた後で実体を形成。 凄まじい勢いで縮小を開始する。

「ぉぉ!?」

 咄嗟に彼女は、今まで破壊していたバリアなど無視して後ろから強襲してくる突き抜けた数千枚に狂ったように拳を叩き込む。 徐々に狭まる領域。 バリアとバリアの圧殺地獄に捉えられた彼女は、戦慄など感じる暇もなくそれに抗った。 全力だった。 揺りかごのバックアップがなければ、恐らくはそのときに死んでいただろう。 死に物狂いで迫り来るバリアを破壊しつくしたころには、白衣の男は再び歩き出していた。 やはり彼女を無視して。

「待て、まだ妾はここにいるぞ!! この聖王の首がいらんと申すか!!」

 唯人ならば身を竦ませる程の殺気を乗せて聖王<偽王>は叫んだ。

「……聖王如きの首になど興味はありませんよ。 僕が探しているのはシュナイゼル・ミッドチルダ唯一人だ」

 心底つまらなそうに、初めてその白衣の男が答える。 正直、いい加減諦めて欲しいと彼は思っていた。 ”折角殺さずにいてやった”というのに態々命を捨てることもないだろうに、と。 もっとも、この星から出られないのだから死ぬのが遅いか速いかの違いでしか無いだろう。 あまりにしつこい連中は排除したが、逃げる者を彼は追わない。 そんな時間の無駄など御免だ。 態々カグヤに頼んで”一人だけ一番近い場所”に送ってもらった意味が無くなる。

「貴様の狙いはシュナイゼルか!?」

「どうせ奥で震えながら縮こまっているんでしょうあの男は? ミッドチルダに帰らずにここ<ベルカ>に居続けたのもきっとそうだ。 アルハザードを虚数空間如きで排除するなど不可能。 魔法科学だけで作られた城砦ならひとたまりもなかったのかもしれませんが、アルハザードはそうじゃない。 ありとあらゆるものがある。 魔法科学が使えないのなら、純粋科学を使えば良い。 ただそれだけことだし、大体”絶対領域”が在る限り三層以降の破壊はほぼ不可能。 ”貴女たちベルカの人間はただ、自分自身の首を絞める手伝いをしただけだ”。 哀れですよ。 彼とは無関係な全てが。 彼に狂わされる全てが」

「では、おぬしもその狂わされた口か?」

「――ええそうです。 僕には効かずとも彼女には届いた。 届いてしまった」

「……彼女だと?」

 全く心当たりが無かった。 そもそも、オリジナルの聖王すらその男を詳しくは知らない。 彼が何を言っているのか理解しろというのは酷だろう。 だが、ふいにその場にそれを理解する人間が現れて言った。 

「――魔導砲アルカンシェルを作り上げた女性のことですよ聖王様。 アルハザード十三賢者第十二位『魔導砲』のアルカンシェル・テインデル。 しかし、アレは貴方が悪い。 ああするしかもう、彼女には道がなかったのだから」

「……久しぶりだなシュナイゼル。 だが、それは違う。 本当のアルシェはあんなに弱くはない。 ”黄金マスク”でお前が狂わせたせいだ。 お前が無意味に追い詰めたせいだ」

「それは貴方の中の真実でしょう? アルハザード第十三賢者第十三位『難攻不落』のジル・アブソリュート。 貴方は二つ名の通りに頑強な城砦だったがために彼女を失った。 それが真実で事実以外の何ものでもない。 救いを求めた彼女を唯一人救えた癖に、それに気づかずに顔色一つ変えずに応援<地獄に落と>した。 その貴方の”思いの強さ”に彼女が負けた結果、ああなっただけのことでしょう?」

「違う!! お前が壊させたんだ!! ”お前”がアルシェに余計なことを吹き込みそそのかしたのが全ての元凶だ!! 彼女の道をお前が汚した!! さぞ楽しかっただろうな? 純粋無垢な彼女の心を塗りつぶすのは!!」

 怒号が飛び、怒るということを知らないぐらい温厚な男が凄まじい形相でシュナイゼルを睨みつける。 だが、シュナイゼルはどこ吹く風だ。 何故か余裕の表情を浮かべたまま、不気味に微笑を刻み続ける。 

「人聞きの悪いことを言わないで欲しいね。 私はただ相談されたから提案をしただけだ。 そしてそれを彼女が実行した。 それが彼女の意思であり、選択だ。 なら私に非があるはずがないだろう? それとも何かね? 全てが全て私のスキルのせいだというのか?」

「そうだ。 数あるレアスキルの中でも最悪の部類に入る感情操作系のそれが、全てを狂わす。 そのせいで”ここ”もこうなった。 お前のその”自分”に優しい世界を追求する源泉となったそれが諸悪の根源だ!!」

 レアスキル”黄金マスク”とは、魔性の力だ。 通常の人間の持つ好悪の感情を完全に二極化して増幅する。 感情に影響を与えるそれは、一度心酔させたが最後ほぼ完全に好悪の感情を掌握することができる。 些細な切っ掛けで反転することが稀にあるが、それでもよほどのことが無い限りはそれはない。 特に、他人に対して悪意を持ち辛い人間ほどそれには弱い。 相手を嫌うという感情を忌避する類いの人間はまず初めに相手のことを好意的に受け止めようとするからだ。 それがそういうタイプの人間の人との付き合い方といえばそれまでだが、そういう類いの人間は人間が普段被っている”良い人の仮面<外面>”をその人の人格なのだと好意的に受け止め、相手のイメージを構築する。 そうして、構築した像で相手の嫌な部分を相殺凌駕させて嫌うという感情を殺す。 だが、それは”黄金マスク”を所持するシュナイゼルにとっては潜在的に存在するカモでしかない。

 全てが全て、良い感情として増幅される。 存在する醜悪さを凌駕し、最後には人間の究極の感情にまで感情を塗りつぶさせてそこへ行き着かせる。 妄信、狂信、狂愛、それの影響から脱却するのは容易ではない。 

 だが、勿論それは諸刃の剣でもある。 前情報で構築した嫌悪するイメージを持つものや、初めから警戒するようにして相対する相手などと出会った場合には、ほんの少しでも相手に嫌悪感を抱かせた瞬間に絶望的なまでに忌避されることになるからだ。 そして、それもまた反転させるのは酷く難しい。

「僕はお前の微笑以外を見たことが無い。 お前が恐れ、止められないそれが容易に人間を変えていくから、それをせめてコントロールするために人間が一番嫌悪し難い微笑でいることでお前は自分に優しい人間を増やし続けて生きてきたんだろう。 自分を好くか嫌うかしかしない二種類の人間だけの中で生きるのは辛かったのかもしれないが、その中で培ったそれを使って何もかも手に入れようとするお前の言葉など、”もう”絶対に僕は信じない」

「やれやれ、嫌われたものだね私も。 ”貴方”には影響はないでしょうにね」

「それがお前の元々の姿だということさ。 僕がお前なら今頃は誰も居ない場所でひっそりと暮らしている。 だが、お前はそれを選ばなかった。 嫌悪する人間が消えるような世界を作ろうという野心を抱いた。 ここベルカのような自分に優しい世界を、だ」

 魔法を使える騎士を敬うという特異な文化を持つベルカ。 ただ、魔法が使えるだけでさえ敬われ、好意的に受け止められる。 誰かから好かれたい、愛されたいというのは人間が持つ初歩的な心理である。 だが、ミッドチルダでは”魔法”のせいで忌避される。 そんな意味不明な力を持つというだけで恐れられ、腫れ物のような目で見られ誰もが彼を忌み嫌う。 スキルの後押しもあり、絶望的なまでにシュナイゼルを好意的に受け入れる人間がミッドチルダ<故郷>では少なかった。 それが事実、それが動機。 魔法科学を全次元に普及させ、さらにベルカのような魔法技能保持者にとっての楽園を構築する。 全てはそのための生贄だ。 そこに例外はありはしない。

「笑わせるなよシュナイゼル。 魔法が優れた技術だからお前がベルカで受け入れられたんじゃない。 人々がそれを必要として望んでいたから偶々”ここは”お前は受け入れられたんだ。 他の選択肢を奪っておいて無理やり選択させた世界は、必ずまたお前の故郷のようにお前を忌避する。 お前を弾じき出して駆逐するぞ!!」

「はは、そんなことになるものか。 現にミッドチルダではもう魔法科学を受け入れざるを得ないようになっている。 アルハザードを表舞台から抹消するために一役買った”アルカンシェル”や、”ジュエルシード”は良いデモンストレーションになったよ。 それらを生み出した魔法技術こそが絶対の力だという事実が、人々を魔法へと回帰させる。 持たざる恐怖と持たざる羨望が世界を構築する段階がきたのだ。 この流れはもう止められんよ。 そして、その果てに私は王になる。 最強の魔法資質を持つ魔導王としてだ。 誰も彼もが私を敬い、認め、愛するだろう。 もうすぐにそうせざるを得ない世界が到来するのだから!!」

 シュナイゼルは笑う。 アルハザードの連中が生きており、こうやってベルカと自分を殲滅しようとしているというのに、余裕を持って笑い続ける。 唯ひたすらに自身の勝利を信じつづけて。 

 ジル・アブソリュートにはそれが理解できない。 アルハザードという最大の障害を残す今ああやって不確かな夢に縋り続けられるはずがないのだ。 常人ならばそうだ。

(……なにか、アレだけ妄信できるほどのものがあるのか?)

 ありもしない希望に縋っているのか? それとも、それが成せるだけのものが既に彼の手の中に在るのか? ジル・アブソリュートは自身の持つ知識のすべてから推察を試みるが、やはり何一つ浮かばない。 彼の持つ切り札といえば”アルカンシェル”と”聖王の揺りかご”。 そして彼が”アルシェのために嫌々ながら製作に協力した”闇の書”と”アレイスターのところから盗み出した”秘奥のレプリカ”ぐらいだ。

 アルカンシェルは克服して見せ、聖王の揺りかごはそもそも”当時の魔法科学を結集しただけの”次元攻撃が可能な大型次元航行艦に過ぎない。 闇の書は戦力としてはほぼ期待できず、レプリカに到っては”奴には”解析できないはずである。 では、それ以外の何があるというのか? 薄い微笑を貼り付けて笑う黄金の男を睨みつけながら、しかしジルはそれ以上を深く考えることをやめた。 そもそも、理解できるはずがないのだ。 狂った男の考えなど。 

「まあ、僕には君の狙いなどどうでも良いのですけどね。 というよりも、元来君の存在そのものにまず興味がない。 僅かな価値さえ見出せない。 人の前で本心を何一つ語れない人間など気にする意味も無い。 ただ、貴様だけが知っていることが一つある。 その事実だけが、僕が君に持つ唯一の興味だ。 正直、アルハザードの外層区画を吹き飛ばされたことや、住人を殺したこと、”僕”を殺したことだってどうでも良い。 だが、この唯一だけは譲れない。 答えろ、シュナイゼル・ミッドチルダ――」

 万感の思いを込めてその名を呼ぶ。 無意味だと知っていながら、それでも彼はその名前を口にする。

「――本物のアルシェはどこだ?」

「さぁね。 彼女なら既に死んだだろう? 役目を終えた君と一緒に”あの時に”吹き飛んだはずだ。 今頃は魔法プログラム体としてアルハザードで再生しているのではないかな?」

「紛い物など、僕にはいらない。 僕が必要としているのは本物だ。 もう一度言う、答えろシュナイゼル・ミッドチルダ」

 五芒星がジルの足元で揺れる。 三大魔法の一つアルハザード式の紋様が、緩やかに魔力を放出しながら明滅する。 静かに怒りを孕んだ魔力が、嵐の静けさとなって二人の間で輝く。

「君が何を言いたいのかが私には分からない。 そもそも彼女は”私の”だろう? 知っていたとしても君に言う義理など無いよ」

「……そうか。 やはりお前の手の内か。 ならば今はこれ以上は問わない。 後で吐かせるだけだ」

 瞬間、ジルが発生させているバリアの数万枚が凄まじい速さでジルの体をすり抜け広間一杯に広がっていく。 バリアの癖に伸縮自在、さらに実体を消すことで物体をすり抜けられる特性を持つそれは、ジルが開発したアルハ式魔法である。

「シュナイゼルよ、妾も混ぜよ。 その男、一発殴ってやらねば気がすまん」

「ご協力感謝します、王よ」

「うむ。 祭りはもう終りに近いが、まだもうしばらくは”楽しめそう”だからな」

 難攻不落のバリアに挑む、聖王と魔導王。 聖王が前衛で魔導王が後衛。 聖王がひたすらに縮小を開始してくるそれを殴り、その背後から膨大な数の砲撃魔法を魔導王がほぼ無詠唱で放つ。 二人ともが揺りかごのバックアップをフルに受けているため、通常の魔導師の常識を超越した超破壊能力を有している。

 だが、それでも数万のバリアを全て破壊するのは難しい。 枚数が半端ではないのだ。 圧倒的なその数の暴力。 通常の魔導師には絶対に不可能なその事象は、まるで理解不能である。 だが、そうだ。 そういう”理不尽”な連中の巣窟こそがアルハザードなのである。 外で猛威を振るっている連中と目の前の男はそう大差ないとカルディナは理解すると同時に、極限に特化した存在の恐ろしさというのを肌で感じた。 相手は唯の人間だ。 それは分かっている。 彼女のように遺伝子強化をして生物的に人間を越えているのでもないようだし、シュナイゼルのような法外な魔力資質を持っているというわけではない。 だが、そんな矮小な敵がこれほどの脅威となってそこにいる。

「シュナイゼル、これは一体なんなのだ?」

「レアスキル、”現状維持”という彼の特質とアルハザードの技術力が生み出したただのバリアですよ。 物体をすり抜けたり縮小拡大が自由自在な……ね」

「はっ!! ただのバリアでこんなことが出来てたまるものか!! 術式強度が恐ろしく頑強な上にありとあらゆる対属性防御が刻まれておる!! 第一、この膨大な数を制御することなど人間には不可能だ!!」

「ですが、現に目の前に存在しています。 それに、不可能なのは魔導師単体が行えばの話ですよ。 現に彼は別に魔導師として超越的な力を持っているというわけではない。 持ち出し禁止指定級のオーバーテクノロジーを持ち出してきたようですがね」

「ぬぅ!? 技術力だけでここまでいけるというのか!? 凄まじいものよ、アルハザードの住人というのは!!」

 驚愕を嬉々に変えてカルディナは言う。 既に限界を大幅に超えるほどに肉体を酷使しているが、一向に数万枚のバリアは消えてくれない。 シュナイゼルが居なければ、既にあのバリアによって圧殺されていることだろう。

「……ふむ、王よ。 一つ試しても良いかな?」

「うむ、この機会にやれることは全てやってみるが良い。 船が壊れても構わん。 どの道外の連中に数刻もせずに落されるだろうしのう」

「では、我が最強の一撃をお見せしましょう」

 起動する黄金の輝き。 ミッド式の魔法陣ではないそれは、五芒星を刻む。 空間がそれによって反応。 続いて人智を超えた膨大な魔力が吹き荒れる。 SSSオーバーの魔力と揺りかごの補助によるそれが圧殺地獄を破壊しようと猛威を振るう。

「――おおそれは!?」

「――アルカンシェル・エミュレーション」

 放たれるは青と白の閃光。 空間の反応消滅を誘発するそれが、縮小してくる数万枚を消し飛ばすと同時に、通路の向こう側だけを消し飛ばしていく。 その圧倒的な威力にカルディナは驚愕し、シュナイゼルは当然だとばかりに笑みを刻んだ。 だが、それを見つめる難攻不落の瞳は冷やかである。

「……ああ、やはり”その程度”ですか」

 呟きは自然と洩れていた。 この局面で彼女の力<アルカンシェル>に縋るしかできない男への、それは嘲笑であり嘲りであった。

 シュナイゼルはその言葉に動じはしない。 だが、その顔に浮かんだ冷や汗がその心の中にある恐怖という感情を露にしていた。 ”アルハザード”。 あの男の支配する伝説の都。 本気にさせてはならない連中の巣窟にして、魔窟。 そして、ありとあらゆる知識と技術が集う、荒唐無稽の御伽の国。 そんな連中の一人と、今自分は戦っている。 今は”勝てない”戦いをしている。 だが、しかしそれが未来永劫ではないと彼は信じていた。 それだけが彼が持つ希望であるが故に。

 永遠が先にある。 永劫がその手の中にある。 ならば、その中での一度の敗北などに意味は無い。 ようは最後に勝てば良いだけなのだから。 何百年、何千年、何万年の時を刻もうともそれは変わらない。 目の前の男がいる限り、その程度の時間を”勝手に作る”だろうから。

 アルカンシェル・テインデルという絶対のカードをシュナイゼルが握っている限り、ジル・アブソリュートは絶対に次元世界の無差別破壊を敢行させることができない。 厄介なアムステル・テインデル<過激派>を水際で止める力を持っているし、基本的には平和主義者だ。 善人で在るが故に、あまりに無関係な人間を殺すような真似を忌避する。 今回もそうだ。 態々ベルカの星だけに的を絞っているのがその証拠だ。 ベルカやミッドチルダが制圧している世界群のどちらもを完膚なきまでに破壊し尽くせばそれだけで勝てるというのにそれをしない。 それが”できない”。 その甘さが致命的なまでにシュナイゼルを生かす温床を作り出す。

 アレイスターは恐らくは楽しむために自らは最後まで動かないだろう。 故に、シュナイゼルには彼を恐れる理由がまだない。 そして、彼がここに一人で来たということで益々確証が深まった。 

――アルハザード勢力はアルカンシェルの居場所を掴むことができない。

 ならば、永遠にも近いほどの時間を彼は獲得したも同然である。

『存外、余裕だなシュナイゼル?』

『ええ、本質的な敗北を彼は私たちに刻むことが出来ない。 負けないのだから、恐れる必要などどこにもありはしない』

『ふむ……まぁ、そうだろうがな』

 カルディナもそうだし、シュナイゼルにしてもそうだ。 必要なものがお互いに既に誰も手の届かない場所にある。 永遠を刻むそれがある。 だからこそ、物理的に今の自分を破壊されようとも全く痛くも痒くも無い。 念話で簡単に会話しながら、せめて目の前の男の手の内を探るべく構える。

「さて、そろそろ終りにしましょうか。 これでも忙しい身なんですよ僕は」

「できるものならやるが良いさ。 君ではそれができないだろうがね」

「ではさようなら」

 瞬間、先ほどまでのバリアなど比べ物にならないほどの数のバリアが二人の下へと広がっていく。 その総枚数は、五百兆を軽く越えている。 いや、ほんとうにそんな”程度”の数だったのかすら怪しい。 天文学的数値を越え、無量大数にも届こうというほどの馬鹿げた数のバリアが、理不尽なまでに攻め立ててくる。 

「これは……なんとまぁ呆れるしかないな」

「……そのようで」

 全身全霊を持って戦う。 戦い続ける。 だが、全てが無駄だ。 先ほどのようにシュナイゼルが放ったアルカンシェルが今度は無効化され、数十秒もしない間に圧殺地獄に二人は捕らえられる。 バリアが二人を押し潰すように縮小し、全身がミシミシ悲鳴を上げた。

 しかも、恐ろしいことにそのバリアは全身にフィットするかのように変形し、全身に均等に圧力をかけてくる。 これでは体に力を入れることさえままならない。

「ぐぬぅぅ……」

「つっ……」

「そろそろ無駄な抵抗は終りですかね?」

 つまらなそうにジル・アブソリュートは言う。 捉えた二人。 聖王は必要ではないからすぐに殺しても良いが、連中<過激派>の”八つ当たり先”にもってこいだからこのままにしよう。 後は、シュナイゼルを何万年かけてでも吐かせるだけ。 そのためならば何兆回でも笑いながら殺そう。 大丈夫、死体さえ存在するのであればアルハザードで何度でも蘇らせることができる。 生かしながら殺し続けて、吐かせれば良い。 それが駄目ならば、コピー体を作り上げた上でその存在のブラックボックスごと徹底的に暴く。 その過程でシュナイゼルという存在がどうなろうとも知ったことではない。

「ぐぁぁぁぁ!!!!」

「くっ!?」

 四肢がバリアによって締め上げられて砕かれ、絶叫を上げる二人にまるで関心を示さないままジル・アブソリュートはとりあえず尋ねた。

「では、そろそろ一度死んでもらいたいと思うのですがどうですか? なに、すぐにアルハザードで蘇らせて上げますから心配はしないでください。 慣れると死ぬのもそれほど苦しいもんじゃないということを理解していただけますから。 ああ、いや違ったからな? とても苦しくて苦しくて、他人を傷つけることができなくなるぐらいに価値観が様変わりできるんだったかな?」

 偽善者が、爽やかな笑みを浮かべながら言った。 だが、激痛に苛まれながらもシュナイゼルはそんなジルを”哂う”。

「はははははは!!」

「おや、狂いましたか?」

「貴方は、どうやら本当にアルシェにしか興味が無いようだ。 ”大事なこと”を忘れている」

「ふむ、悪趣味だなシュナイゼル」

 魔力の霧となって消えていくシュナイゼルと、そしてそれに続くカルディナ。 先ほどまで無敵を誇っていたジルが、それに愕然と目を見開いている。 敗北といえば敗北だったが、それでも完全な終りというわけでもない。 寧ろ、カルディナはこれからがまた面白そうだと思う。

「なに!? 馬鹿な!? レプリカを解析したのか!?」

「ふはははははは!!」

 高笑いを浮かべながら消えていく二人の王を眺めながら、ジル・アブソリュートは拳を握り締める。
 
「コピー体……馬鹿な、シュナイゼル如きには不可能だ……真逆……”ドクター”か!?」

 ミッドチルダ出身で、唯一人アルハザードへとスカウトされた男がかつていた。 しかもその男はいつの間にかシュナイゼル派になっていた。 その男の顔を思い出しながら、ジルは完全に空気に溶けて消えた男が居た場所を睨みつけ続ける。 と同時に、限界を迎えた揺りかごの高度が凄まじい速度で堕ちているのを感じた。 どうやら、潮時らしい。

「……はは」

 ジル・アブソリュートは狂おしいまでに張り裂けそうな鈍痛を胸に感じながら、その激痛に耐える。 磨耗した精神が、自らを絶えず攻め続け自身の無価値さを語りかけてくる。 感情が欠落したような瞳は、まるで機械のように色が無い。 だが、それでも彼は『難攻不落』の二つ名を持つ男だ。 そんな空虚な状態からでも、軋む自我を拾い集めて自己をまだ存在させる。

「奴本人はもう……死んでいる?」

 少なくとも、理論上はそうでなければならない。 コピー体だったという事実は、それが絶対であることを示している。 だが、ジル・アブソリュートはどこかでそうではないと思っていた。 あの”臆病者”が、人間の持つ最大のストレスであり恐怖である”死”を自ら望むことなどできるはずがない。 そんな強さを持っているというのならば、こんなことを起こせる脆弱な精神など持ち得るはずがない。

「アルシェのオリジナルの死は誰も確認していない……」

 あの時、管制室に居たのは自分と偽者<プロジェクトF>のアルシェだけ。 つまりは、アルシェはどこかで生きているのだとジルは考えていたし、奴の口ぶりからしても”どこかで生きているかもしれない”という可能性はあった。 ましてや、”自分”に他の連中を止めさせる最大の抑止力になりうる彼女の存在を抹消するはずがない。 生きていることを匂わせて、こちらを騙すことは可能だろうが、”そんな”愚かな真似はしないだろう。 恐らくは普通には生きてはいないはずだ。 ルナ・ストラウスのブラッドマーキングに反応しないから生きてはいないのだろうが、データとしてならば生きている可能性が在る。 ならば、アルシェという存在が欠片でも残っているというのならば、ジルは偽善者であり続けなければならない。

 アムステル・テインデル直伝の破壊兵器で、殲滅理論で、一切合財の全てを灰燼と化すことができたならばどれだけ胸のすく気持ちになれるだろうか? そうしてしまいたい。 そうして、自分も一緒に消えてしまいたい。 だが、まだ”彼女”のためにそれはできない。

「シュナイゼルは死んでいた……アルシェもまた、少なくとも生きていないがデータとしてなら生きている可能性が大きい……いや、待てよ? 抜け道がある……か?」

 仮に前提が間違っているとしたらどうか? ふと思いついた疑問。 シュナイゼルも死んでおらず、アルシェもまた死んでいない。 そんな事実と矛盾することが可能な方法があったとしたらどうだろうか?

「いや、だとしても結局”やること”は変わらない」

 次を考えなければならない。 ミッドチルダも破壊すれば良いか? いや、分かりやすい逃げ道を用意しておいてそこに逃げ込ませて行方を探る方が良いかもしれない。 だが、尻尾を早々簡単に出すかどうかは未知数だ。 もしかしたら、ベルカにずっと居たのもミッドチルダにこちら側の目を向けさせないためだったという可能性も在る。 考えても考えても分からない、がそれでも何かをやらなければならない。 落下していく揺りかごの中を歩き始めながら、外へと避難していく。 別にこのまま地表に船がたたきつけられようが、傷一つ負わないのだから焦る理由など無い。

 そうして、ひたすらに思考を続けながらジルは終りの見えない戦いへと向かっていった。 これで”一応”オリジナルの死亡は確認できたわけで、少しは過激派連中のガス抜きになったはずである。 そうであってくれなくては困る。 アルシェがどこかにいるかもしれない世界を、連中に無差別に破壊されるわけにはいかないのだ。 

「まったく、胃が痛くなりますね。 終わりたくても、これじゃあいつまで経っても終われないかもしれない。 奴の掌の上で踊らされるだなんて、怒りで気が狂いそうだ……”トール”、僕の記憶の改変を。 ああ、そうだ。 矛盾無く”繋がる”ように頼む」

 腸が煮えくり返るほどの激情を堪え、その記憶を消し去った頃にはジルは崩れいく揺りかごを後にしていた。 その数十分後、ベルカの民の母星が完全に次元世界から消えた。













「姉御よぉぉ、いい加減起きたらどうだ?」

「煩い。 後三日は寝させてくれ」

 いきなり部屋に乱入してきた快活な女に、彼女はしかし取り合わない。 自堕落に、そして自由に。 ただただ外を満喫していた。 箱庭の外には未知が一杯だった。 ベルカはもう無いが、それでも永遠の自由を手に入れた今となってはどうでも良いことだ。

 本物の聖王になり代わり、窮屈な政務をしていた頃と比べれば雲泥の差である。 超越者に襲撃され星ごと全てを吹き飛ばされた頃が懐かしい。 まさか、噂に聞くアルハザードの住人があそこまで凄まじいものだとは知らなかった。 人間単体のスペックでは彼女は超人に分類されるのだが、それを容易く上回ってくる。 相対したあの白衣の男は、あの”難攻不落”の存在はもはや悪夢としか言いようが無かったし、それ以外の人物も情報ではやりすぎだった。 やはり世界は未知に満ち満ちているらしい。

「駄目だって、ほら。 あのすかした野郎がまた依頼を送ってきやがったぜ?」

「ああ、シュナイゼルか? ふん、難儀な……手駒を一つ失ってから随分と妾を扱き使ってくれることよの」

 つまらなそうに布団から出ると、彼女は軽く欠伸をして服を着替える。 別にどんな服でもかまないが、動きやすい物が良い。 適当に白のジャージ上下を羽織ると自分を起こしに来た騎士と共に部屋を出る。 向かうのは航行艦のブリッジだ。 そこに、彼の端末である彼女があるはずである。

「面倒よのう。 いっそうのことブリッジまでの壁を全て取っ払ったほうが良いと思うのだがのう?」

「いやいや、そんなことしたらダメージコントロールも何もできませんって」

「ふん、早々簡単に落ちるような船などいらん。 やはり、船は大きくて強力で頑丈でなければならんな。 さっさと隠してある二番艦なり三番艦なり寄越せというに」

「ていうか、あんなんで航行してたら管理局に補足されて捕まっちまいますよ」

「なら、全部叩き落せば良い。 アレなら簡単な話ではないか。 それが無理でも、妾が叩き潰せばすむことだ」

 ああいえばこういう傍若無人な主の言葉に、騎士はため息をつきながらしかしいつものことなので気にしない。 こういう会話のキャッチボールを単純に楽しんでいるのだ。 割と、大らかな考えである。 というよりも、何も考えていないのかもしれなかった。 主が主なら騎士も騎士だった。 正道からはかけ離れたそのあり方は、彼らの母国のあり方とは完全に真逆である。 だが、だからこそその騎士は彼女の騎士に選ばれた。 その飄々とした性格と、気持ちの良い性根は共にあるには十分すぎるほどの価値があった。 例え、かつて自分の命を狙った”自由騎士”だったとしてもそんなことは大した問題ではない。

 幾分か長い通路を突き進み、曲がり、ようやくブリッジに到着した。 

「あ、神様ーーなむなむ」

「これこれ、人をそんな超越者と同じ様な形容で呼ぶでない。 それと、妾を拝むな」

「ええー、でもでも聖王様は我々が敬愛し、尊敬し、信仰している愛すべき神様ですよ? 食事前と出会ったらまずお祈りしないと」

「まったく、これだから教会の連中は信仰深くていけない」

 桃色の髪をお辞儀と一緒に揺らすシスターの少女の歓迎に苦笑しながら、彼女はブリッジを見回す。 と、その肩に気まぐれな友人がとまった。 パタパタと羽を羽ばたかせ、重力制御が完璧に効いた室内で軽く旋回してからの着地。 少しばかりその小さな羽が頬を撫でてくすぐったかったが、いつものことなので彼女は気にしない。

「ふふ、今日も愛い奴だな?」

 軽く頭をつっついてから、艦長席へ。 そうしてブリッジ席から連絡のメールを確認する。 発信者のハンドルは魔導王。 中身を確認するとこれまた面倒くさい頼みごとが書かれていた。 ただ、その報酬が珍しく法外だったから少しばかり思案する。

「さて、どうしたものか」

 基本的にはお互い不可侵。 だが、自由に振舞うバックアップを彼がすることでこの快適な未知捜索の旅は続いていた。 依頼には対価を。 それが彼女らの関係の対等さの証明。 だからこそ、提示されたその報酬につりあった仕事内容であると考える。 だが、少し解せない。

 三番機とは基本的に不可侵であったはずだ。 なのに今更何故? あれほど合理的に理不尽に管理局員以外の魔導師の蒐集ができる駒は無い。 全てが天災のようにやってきて、あっという間に過ぎていくそれは、まるで局所的に現れては消えていく台風のような存在のはずだった。 だが、情報ではもう九年は稼動しているという。 馬鹿な、ありえない。 それでは絶対に”生贄”がもつはずが無い。 では、アレに不具合や破損でもできたのだろうか?

 秀麗な眉を歪めて考えてみるが、それも可笑しいと思った。 剣聖との死闘によって凄まじいダメージを負わされたせいで内部的には予期せぬ異変がいくつもあるらしいが、それでもあの無限転生機能が生きている。 ベルカ式などという魔法体系ではなく、その原型となった古代魔法でもって無限に転生し再生するはずなのである。 ハード的にはそのはずだ。 では、ソフトウェアにバグでも発生しているのだろうか?

 管理人格は取り込むことになっていたし、防衛プログラムや守護騎士システムも最後の時点で取り込み終えていたはずだ。 惜しむらくは最強の剣聖を攻勢プログラムとして取り込めなかったことだが、これは夜天最強の騎士殿が手に入っただけでもまあ、十分だろう。 十分といえるほどの防衛戦力を単独兵器としては持っている。 依頼どおり手に入れるだけならば、少しばかり骨が折れる可能性もあるが可能だろう。 と、そこまで考えてさらに情報を閲覧。 不意に眉を顰めた。

「守護騎士が蒐集もせずに無意味に分散して行動している……のか? ……わけがわからん」

 最後のデータによると、騎士たちがそれぞれほとんど別の場所に存在している。 まるで理解不能だ。 奴らには意思は無く、プログラムに完璧に支配されていると聞いている。 では、主がそのように命じたのだろうか? ……何のために?

「……この配置に九年の意味が隠されているのか?」

 思考を展開し、マルチタスクでありとあらゆる状況を推察。 その中で最もありえそうな状況を推理する。 が、考えられるおおよそのほとんどが途中でエラーを吐き出した。 どんな理由があっても矛盾する。 結論はそこに行き着く。 仮に蒐集することにメリットが無くとも、所持し続けるメリットもまた無いはずだ。 一体、どこの誰があんないつ爆発するかもわからない爆弾を近くに置いておくのだろうか? 賢者であれば、さっさと処理するはずであるというのに。

「ふむ……ラウム、フーガ」

「お? あたいの出番か?」

「……」

 先ほどの女騎士がニンマリと顔を上げ、もう一人の二メートルを超える長身を持つ紅い鎧に身を包んだ騎士はいつものように無言で振り向く。 だが、その騎士は常に頭を垂れた姿勢を取る。 それが自身の礼儀だと言わんばかりに。 彼が喋る言葉はベルカが無くなってからは極端に少なくなった。 徹底的に自己を殺した騎士とでも呼べば良いのか。 恐らくは声をかけるまではずっとそのままで居続けるだろう。 一度試してみたら二日はその体勢を維持していた。 さすがに可哀相になってやめさせたが、そこまでの忠誠を向けられるのは悪くない気分である。 ここまで愚直に使命を果たそうとする騎士はそうはいない。 夜天の最強の騎士と違って強いというわけではないが、その純粋なる性根がとても気持ちが良く彼女は彼をロイヤルガードから引き抜き、自分の側に置いた。 それに何より、彼は自分に初めて頭を垂れた騎士である。 重用するのも無理は無かった。

「三番機の回収を命ずる」

「げぇ!? マジっすか?」

「――御意」

「本体の現在位置のデータはここにある。 最近はまったく動かないらしいから、恐らくはそこが拠点だろう。 守護騎士が一人いるが、別に殺しても蒐集しても構わんそうだ。 ただ、”主”は殺すな」

「あぁ? なんでですかい?」

「どうやら、我々で釣りをしたいらしい。 あの常識の狂った連中の介入を確認したいのだと。 まあ、それ以前に殺せば本体も宿を失って転生する。 こればかりはしょうがない」

「ちょ、待ってくださいよ!! 姉御よぉ、また死にかけたいんですかい!?」

 ラウムと呼ばれた騎士が、あんまりな命令に反対の声を上げる。 無理も無い。 連中に殺された身としてはその反応は普通だろう。 だが、それは普通の人間の感性ではだ。

「別に死ぬと決まったわけではない。 現段階では疑わしいだけであって、確証が無い。 それに、報酬もでかいでな」

「報酬っすか? それに見合うだけのもんなんてあるんすか?」

「懐かしい我が船、それの二番艦をくれるそうだ。 レプリカだが、アレのレプリカなら十分に管理外世界のさらに外にいけるだろう。 いい加減既知も飽きたし、ここいらで大外という未知を目指してみたいと常々思っていたのでな」

「かぁー!! 姉御よぉぉぉ、それはちょーっとばかし道楽がすぎませんかね? あたいはそれでも少ないと思うぜ。 連中は常識の定義に納まるような連中じゃあないって知ってるはずだろう?」

「終わってから奴に吹っかけてやれば良い。 それに、完成させるだけならば別段我らだけでも十分だろう。 管理局に補足されても蒐集の肥やしにすれば良いだけだしな。 ”部隊保有制限”のせいで、碌に人員を集中させることができんし、武装局員の多くはカスだ。 アルハザードの連中が介入してくるかこないかぐらいしか危険は無い。 まあ、連中が来てくれても良いのだがな。 彼らほど刺激的な奴らもいまい。 管理局の生ぬるい連中よりもよほど楽しめるだろう」

「ウゲェ……結局姉御の怖いもの見たさかよ」

「ねぇー、神様神様。 私は?」

「ああ、シルビアは当分妾の側に居ると良い。 おぬしがいないと妾の身の回りの世話をしてくれる奴がいなくなるでな」

「はぁぁぁい♪ 聖王様のご命令とあらば!!」

「計画の段取りは奴と詰める。 それまでは皆自由にすれば良い。 では行くとしようかのう。 ミッドチルダ<魔導王の都>へ」

 艦長席のすぐ横にある本を軽く叩く。 と、彼女の意思を理解したそれがいつものように艦船をコントロール。 次元航行艦を発進させる。 たった一つで全てをコントロールしきるその演算能力は凄まじいの一言だ、さすが二番機である。 三大蒐集機の名は伊達ではない。 艦船のコントロール如きに生じるリソースなど、大した負荷にもならないのだろう。

 そうして管理局の次元航行艦よりもさらに早い足を持つその船は、ステルス機能を全開にしたまま次元の海を翔破していった。

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