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憑依奮闘記2 第六話

 2009-07-10
 笑えない話なんて、それこそきっと星の数ほど存在する。 増えていく人類の生活圏やら人口と同じで、語り部が見たそれは本当に多種多様なの物語を持っている。 であれば、俺にもきっとそれなりの笑えない話って奴があるのだろう。 俺から見たら最悪でも、他人から見たら笑い話になることもあるだろうし、その逆もまた然り。 結局、それに直面する俺<本人>たちにとっては正直そんなものはきっと恐怖でしかないのだろう。
 管理局の特殊部隊スウェット……グリモア君がいたからこそ撃退できたが、俺単独ではどうしようもなかった。 というか、眠りこけていたから無抵抗で逮捕されていたに違いない。 それにしても笑えない話だ。 闇の書の主として”普通の活動”をしたことなど無かったというのに、俺が主であるとバレていると来た。 現行犯逮捕でもなければ、所持しているという証拠そのものが向こうには無いはずなのにも関わらず、だ。 まあ、それは俺が勝手にそう思っているだけだと言われたらソレまでの話だが、どこか釈然としない。 いつ、どこで、どうやってそれを掴んだのか? まだ詳しいことをグリモア君に聞いていないが、俺には知らなければならないことが数多くあるらしい。 だが、それよりも今は別の問題に対処しなければなるまい。

「目を覚ますと再び間近にグリモア君の顔があった。 どうやら昨日の夜這いは夢ではなかったようだ?」

「おはようございます室長」

「ああ。 しかし……どうしてまた俺は君にマウントポジションを取られ上にプラズマバインドで両手両足を拘束されているんでせうか?」

「いえ、こうでもしないと室長は既成事実を作ってくれないと思いまして」

「ま、待ちたまえグリモア君!! こういうのは少しずつ近づいていくから麗しいのであって、一気に距離を詰めすぎると恋愛バネ理論の反動で大変なことになるぞ!!」

「恋愛バネ理論……ですか?」

「ああ、バネってのは潰しても元に戻ろうとする力があるだろう? 恋愛もそれと同じだという理論を俺は聞いたことがある。 つまり、男女間の仲というのは実に高度で複雑怪奇極まりない理論がまかり通る理不尽な世界なのだ。 だから慎重に行動した方が良いと俺は提案したいのだが……」

「なるほど、つまりバネが戻る力を失うぐらいの時間をかけて負荷をかけなければ何かの拍子に関係が破綻したときに一気に関係が崩れることになるから少しずつ進展させよう……と?」

「うむ、そうだ。 それが言いたかった」

「……なるほど、一考するべき理<ことわり>ですね」

「だ、だろう? だからこのバインドを外してはくれまいか? 後マウントポジションも止めなさい、君の魅力が半減してしまう。 淑女的な意味で」

「でも室長、ボクはバネを溶かすぐらいの情熱でもって二人の関係を溶接してしまえば問題は無いと思うんです」

「な、なんという力づく恋愛……恋愛小説の作家も脱帽の力押し恋愛論ではないか!?」

「というわけで、メイクラブです室長。 ――嗚呼、愛ゆえに。 愛ゆえに」 

「お、落ち着くんだグリモア君!! 冷静沈着で少しばかり無感情気味ないつものクールでニヒルな君に戻るんだ!!」

 迫り来るグリモア君。 それから逃れようと必死の抵抗を試みる俺。 据え膳食わぬは男の恥だという言葉は知っているが、俺はそれには言葉が足りないのではないかと思う。 確かに据え膳食わぬは男の恥なのかもしれないが、”据え膳食らわされるは漢の恥”だ。 そうだ、真の漢たるもの自分のためにも相手のためにも冷静かつ慎重に行動しなければならない。 勢いに任せて醜く飢えたケダモノになるなど、そんなことをこの俺はもとより、大絶賛信仰中のデバイスの女神様がお許しになるはずないではないか。 それに俺は最近の軟派な奴と違って硬派な奴で世間では通っているのだと自負している。 今更そのイメージを覆すような行いなどできようはずがない。 ……結婚した後ならむしろ”望むところ”になる予定ではあるわけだが……まだだ、まだ堕ちない!!

「ぬぉぉぉ、バインドブレイク!!」

 だが、言葉とは裏腹に俺は何故か魔法を発動させることができない。 戦慄と驚愕がその瞬間俺の思考を白に染めた。

「ふふ、無駄ですよ室長。 寝ている間に出力リミッターをかけさせてもらいました。 今の室長はBDAではなくてただのデバイスマイスターですよ」

「な、なんだと……そこまでするのか……」

 勝ち誇った顔でグリモア君はそういうと、なお一層一層顔を近づけてくる。 俺にはもう事実上成す術が無い。 普通の人間の腕力程度ではバインドは破れないから当然だろう。 一瞬リンディの泣き顔が脳裏過ぎったが、フラレマンたる俺にはもう意味が無い幻影だ。 気にしても意味が無い。 ……あー、本当にそうなのか? 俺が気にしている時点でもうこれは……いや、しかし。 考えてもやっぱり意味は無い。 何故なら、やっぱりそうだとしても現状には何にも意味が無いからだ。 そうして、俺たちの距離が零に――。




「……はっ!?」

 とても良い所で目が覚めた。 というか、絶妙なタイミングだった。 夢の内容が実にタイムリーでヤヴァイものであったが、とりあえず俺は寝袋から体を起こして頭を抱える。 心拍数が無駄に上がっている。 まるで浮気相手とのデート中、嫁に見つかった大馬鹿野郎のようだ。 俺はもうフリーなのでそんなことを感じること自体が可笑しいのだが。

「……俺は一体どうしたんだ? これじゃ本当に飢えた狼ではないか」

 正直、そんなことを考える余裕など俺には無い。 夜天の書を取り戻し、安寧を手に入れるまではそうだ。捨てる神<リンディ>あれば拾う神<グリモア君>有りってか? なんか俺の人生、何者かに都合のいいように操られてる気がするな。

 ……んなわけないか。 全部俺が決めて俺が好き勝手やった結果がこれなのだ。 ならば何を言ったところで自分のせいだ。 リンディに振られたのもグリモア君に唇を奪われたのも守護騎士が活動を停止させられて夜天の書が強奪されたのも、きっと全部自分のせいなのだ。 それが俺の現実なのだ。 だったら、精々今までどおりに俺のしたいようにするだけだ。 いや、今までのような遠慮などもうどこにもする必要が無いだろう。

 と、そこまで思考したところで不寝番をしてくれていたグリモア君が焚き火の向こう側からこちらの様子を伺っていることに気がついた。 紫銀の瞳をパチクリとさせながら、何事かと訝しんでいる。

「眠れないんですか?」

「ああ、随分と状況を置き去りにした夢を見てしまったからな」

「……夢ですか。 ボクが見るような夢と室長が見る夢は違うと聞きます。 どんな夢だったんですか? 狼がどうとか言ってましたからそれに襲われる夢ですか?」

「ん、いや……そのあれだ。 突拍子も無い取るに足らない夢さ。 随分と過激な狼ではあったがな」

「過激な狼?」

「リビドーと理性と恋愛テロリストが俺の脳内で暴れまくっていた。 ああいう心臓に悪いのはあんまり見たくないな。 漢の沽券に関わる。 それと、狼は忘れてくれ。 俺の名誉のために」

「はあ……」

 グリモア君は小首を傾げながら、しかし特にそれ以上を聞いてこなかった。 俺自身、今は深く考えたくないことであったから安堵する。 そうして、再び寝袋に体を倒すが、妙に目が覚めてしまったようで眠気が吹き飛んでしまっていた。 そうなると、考えないようにしていることについつい思考が飛んでいた。

「なぁ、グリモア君……」

「なんですか?」

「グリモア君はさ、なんで俺をマイスターに選んだんだ? その、アレだ。 本当なら君までお尋ね者になることはなかっただろう? それに裏切って俺の側につくにはソレ相応の理由があったと思うんだが……」

「室長はやっぱりはっきり言わないと分かってくれない人ですか? それとも、そういう風にはっきりと言葉にされて初めて”信じる人”ですか?」

「どちらかといえば、後者であるとは思うな。 想像だけだと自意識過剰になりそうだし……浮かれる自分を冷めた自分が滑稽そうに笑ってやがる。 そういうのはなんつーか、道化臭くて堪んなく嫌なわけだ」

「カッコつけですか?」

「かもな。 助けに来てくれたことには感謝してるんだ。 本当だぞ? でも、それは管理局にマークされてまでって思えるほどのことだったのか。 そう思ったらちょっと申し訳ないって思うこともある」

「なるほど……つまり室長はボクが怖いんですか?」

「怖い……グリモア君がか?」

「もしかしたらそうなのかなと思って、少し凹んでます」

「いや、そういうわけじゃあないんだが……」

 怖いと思ったことなんて無い。 というか、命でも狙われない限りそんなこと考える理由がちょっと無かった。 職場で今まで一緒にやってきたグリモア君を怖がるなんて理由は、本当にどこにもなかった。

「でも、室長の”それ”はそういうことなのかと思ってしまいますよ。 そうでないのなら、ボクを信じて下さい。 ボクを疑わないで下さい。 いつか言ってましたよね室長、『デバイスを愛せよグリモア君。 俺たちにとっちゃあ商売道具だし、それにあいつらはああ見えて繊細だ。 持ち主は言うに及ばず、俺たちデバイスマイスターが愛してやらんと拗ねてしまうぞ』って。 室長は今はボクの持ち主でありマイスターです。 そんな貴方が自分のデバイスを疑わないでください。 主に愛されないデバイスは”拗ねますよ”」

「いや、君の場合は普通のデバイスと同じ用に定義するのはかなり難しいんだが……」

「その発言はデバイス権侵害です」

「どちらかといえば、君の場合は人権だと思うのだが……」

「なるほど、そっちの方を気にしますか」

 実際の話、デバイスとして扱えば良いのか人間として接すれば良いのか迷うところがあった。 事実としてはデバイスなのだろうが、俺からすればこの娘は”グリモア君”である。 デバイスなのはどちらかといえば後付のオプション<付属要素>でしかない。 人間だと思っていたのがデバイスだったと判明した。 それは良い。 けれど、俺はそれでもやっぱり彼女が自分が知っているグリモア君だと思うわけで、だからそんないきなりデバイスだと割り切って付き合うことはできない。

 ああ、それに俺はデバイスに希望を見出していたからこそ愛していた。 生み出していったデバイスたちは、皆俺の子供であり戦友だった。 仕事上他所の子<誰かのデバイス>の面倒も見るし、そこには多分自分の子供たちのような感情を向けていたと思う。 だが、その感情とグリモア君へのそれは同じではない。 同じようには到底できない。

「別に、そんな難しく考える必要は無いと思いますが?」

「そう……なのか。 実際、良く分からんのだ。 今までのようにグリモア君だと思って接することはできるんだが、そうでなくて自分のデバイスだって感じで接するのはすぐにはちょっと無理っぽいようだ」

「別に、無理してデバイス扱いしてくれなくても”室長の女”扱いで良いのですが」

「いや、だからそういうのは……」

「まだ、そういうつまらない建前を口にするんですか?」

「つまらないって……俺にとっては重要なことであってだな――」

 焚き火越しに続けながらグリモア君に次の言葉をかけようとする。 だが、そうする前にグリモア君が座り込んでいた状態から立ち上がると俺の隣になるように座ろうとした。

「ああ、待て待て。 せめてこれの上に座ってくれ」

 シールドクッションを生み出し、それを敷く。 どこか呆れたようにそれを見やると、グリモア君はため息を一つしてそれに座った。 フワフワなその感触に目をぱちくりさせ、しかし気に入ったのかそれにすぐに身を任せる。

「本当、こういうどうでも良いところで凄いところが侮れません。 でも、普通人としての室長は酷い人ですよ」

「と、言われてもな。 俺は”俺”のしたいようにしかできない」

「誰でもそうですよ。 そして、ボクは”ボク”のしたいように。 室長にして欲しいように改善を求めているわけです。 それなのに、室長はそうやって頑なになって気づかない振りをしながら誤魔化そうとする。 ボクはそんなのを求めてはいないのに……」

「俺は……」

「ボクが怖くないっていいましたね? それは”物理的”に命が狙われないからでしょう? でも、室長はきっとボクを怖がっている。 多分、もしかしたら貴女の婚約者もそうやって怖がっていたのかもしれませんね」

「……婚約者(仮)だっただけだ。 あいつにとっては、俺は別に本命だったわけじゃない」

 でなければ、どうしてあいつはディーゼルを選んだのか。 百歩譲って初めはそうだったとしても、積み重ねた結果ああなった。 ああ、俺が”あまりにも動かなさすぎた”からだとしたら、これは自業自得だ。

「本当にそうだって、信じているんですか? ”分かっていた”はずですよ、彼女が偶にみせていたサインに」

 グリモア君は容赦しない。 ただただ紫銀の瞳で黙って俺を見つめては、俺の中に踏み込もうと鋭く切り込んでくる。 そうして、俺の中のものまで全部暴き出すつもりでかかってきていた。 思わず息を呑んだ。 訳知り顔で踏み込んでくる彼女の目を恐れ、視線を反らしてしまったのがその証拠だった。 情けない。 情けないことこの上ない。

「執務間補佐にならないかって誘ってきたのも、仕事の依頼が無くても研究室に顔を出すのも、多分きっと明確な理由と打算があったはずです。 けれど、それがみえみえでも室長は応えなかった。 それが恐れでなくて、何だっていうんですか?」

「……」

「彼女と室長に似た人をボクは知っている。 だから、分かるんですよ。 何かを遠慮しているか怖がっているんだって。 それが何なのかは分かりませんけど、それがボクまで遠ざけようとする理由なのだとしたら、ボクはその防衛線を超えるだけです。 ボクは彼女とは違うから、だから彼女と同じように安易な方向へと逃がしてはあげませんよ」

「……そんな強引に人の中に踏み込もうとしたら”恋愛バネ理論”の反動ではじき飛ばされるぞ」

「そうですか? でも、ボクが信じてる理論は”恋愛磁石理論”なので関係ありません」

 なんだ、その磁石理論って。

「どんな理論だ?」

「磁石ってS極とN極があるじゃないですか。 恋愛においては誰がSで誰がNなのかは分かりません。 そして、それは常に変化している。 S極とS極になって反発するときも勿論あります。 でも、それもすったもんだのあげくにいつかはSとNになって引き合うことになることがあります。 特に元々反発し合っていた方が、後で引き合ったときに凄まじい磁力を生み出して二人を放さないそうです。 最近では”ツンデレ”とか言われてる奴に近い気もしますが、要するにそういうのですよ」

「……何が言いたいのかはなんとなく分かった」

「それは良かった。 で、今ボクがS極と仮定するとすれば、室長は間違いなくS極です。 しかも、ボクがN極になったらN極に変わる天邪鬼な人になって目の前にいます。 さて、ここで質問です室長。 ボクは”どうすれば”そんな人をどちらかの極に固定できますか? マイスターに選んで彼が愛して止まないデバイスになるだけでは足りないようです。 女性として近づこうとしても誤魔化して逃げようとされます。 そんな人を固定するためには、どうすれば良いんですか? このまま押し倒せば良いんですか? それとも、あの女みたいに貴方が逃げられないと悟るぐらいまで傍に居続けながら我慢して待てば良いんですか?」

「そんなこと、俺に答えられる訳――」

「――ありますよ。 だって、これは室長の”心の問題”です」

 ズバズバと容赦なく切り込んでくるグリモア君。 俺は、それに答えることができずに黙るしかなかった。 誤魔化していたのは本当だ。 そうなのかな? と思っても無視してきたのも本当だ。 俺はそのまま反論する言葉を紡げない。

 言葉を捜した。 今のこの息苦しい場の空気を変える言葉を、反論する言葉を捜した。 だが、それに対する明確な答えなど出てこない。 今このときばかりは、見たこともない敵よりもグリモア君が恐ろしい何かに感じる程に、俺は確かに恐怖してテンパっているのかもしれなかった。

 リンディはこうまで踏み込んでくることは結局無かったし、他に必要以上に俺の中に踏む込もうとしてくる奴はいなかった。 だから、俺はずっとこんな風に言われることもなく誤魔化し続けてこれた。 そこには俺なりの理由があったが、確かにそれは恐れていたからだ。 死亡フラグなんて見えないモノに怯えていたからだ。

 それはきっと、ジンクスにも似ていた。 黒猫に道を横切られたら不吉だと思う。 嫌な予感を感じたとき、何故かその予感通りにことが起こる。 そんなジンクスやらに似た何か<死亡フラグ>が怖かったからだ。

――誤魔化せない。

 理解したくなくても理解してしまった。 きっと、この娘は俺の安易な言葉では誤魔化されない。 誤魔化して、ぬるま湯のような生暖かく居心地の良い距離のままで居させてはくれない。 灰色のままで居させてくれない。

「俺は……」

 言葉をなんとか紡ごうとする俺に、しかしグリモア君は追撃をかける。 伸ばされる手が、俺の頬を押さえて自分の方に向けさせた。 紫銀の瞳がまた、俺の全部を見透かそうと俺の逃げ道を完全に封じ、そこまでするのかってぐらいに臆病な俺を前に向けさせようとしていた。

「誤魔化しの言葉はボクに必要ではありません。 こういうことを言いたくはないですが、ボクは所詮機械です。 0と1でしか物事を判断できない。 0.5なんて中途半端なものは多分理解できません。 ええ、”できたとしても”そんな気持ちの悪い状態なんて”理解してあげません”よ。 だから、ボクの目を見て教えてください。 どうすればクライド・エイヤルという人はボクを受け入れてくれるんですか?」

「……」

「ここまで言っても、まだ恐れますか? それとも、沈黙が答えですか? ボクが本気だということは既に”分かってくれているはず”ですけど……」

「――本当に君は、直球なんだな」

「それがボクです」

「分かった……分かったよ。 降参だグリモア君」

「それは良かった。 では、教えてください。 ボクが嫌いだという致命的な理由ではないのでしょう?」

「そうだったら、キスされた時点でブチ切れてるさ。 俺の唇は未来の嫁専用だ」

「……なるほど。 やはり、室長の守備範囲内にいないわけではないわけですか。 良いことを聞きました。 で、理由の方は?」

「死ぬかも知れない奴が、女なんて作ったって悲しませるだけだ。 だから、どうしても俺は安心できるまでそういう目で誰かを見ることを禁じていた。 あいつのときもそうだ。 まあ、この前はその自分ルールを放棄してでも結果次第で……って思ってはいたんだがな。 あれこれする前に振られちまったよ。 だから、今はさっきのとあわせてすぐに誰かをって、そんな軽い気持ちではグリモア君の気持ちに応えられない。 応えたくない。 でないと、俺は君を”都合の良い女”にするかもしれない。 そんなのは、絶対に嫌だ……」

 現実問題として、今の俺にとって最強の”武器”はグリモア君だ。 対魔法刀も、マジックガンも、彼女と比べたら確実に見劣りする。 その”事実”がどうしても俺を変にする。 もし、俺がそんな彼女を女として扱えば”どうするか分からない”。 居てもらわなければ困るから愛想良くするのでは、致命的に間違っている。 利用するために恋心を利用する? 馬鹿を言うな。 そんな”屑野郎”に成り下がるぐらいなら、俺は一人の方がよっぽど良い。

「室長って……もしかして馬鹿ですか?」

「かもしれんな。 だが、”俺”にとっちゃあ重要なことなんだぞ」

「それはボクに遠慮している振りをして変に綺麗なままでありたいだけでしょう? ”そんな”様式美みたいなものは要りませんよ」

「いや、しかし……」

「室長の意気地なし」

「……」

「ヘタレスト<ヘタレ+ロマンチストの意>」

「……」

「独善的浪漫信仰型デバイス中毒者」

 そうして、しばしグリモア君はジト眼で俺への不満をぶちまけ続ける。 真正面から真っ直ぐに言われる容赦の無い言葉の数々に、俺はどんどんと凹んだ。 あの、そこら辺で許してくれませんかね?

「ついでに、真逆とは思いますが……男色というわけではないですよね? こうも頑なになるところが怪しい……」

「なわけあるか。 俺はノーマルだ!!」

 在る程度の劣悪な評価はしょうがないとしても、コレばかりは否定しなければならない。 だが、それを聞いたグリモア君は言質は取ったとばかりに、唇を歪めた。 瞬間、俺は地雷を踏んだことに気がついた。

「安心しました。 では、そうでない証拠を見せてください。 ついでに、ボクをこんな風にした責任を取ってください」

「待て、デバイスの女神に誓って言うが俺は君に何もしていないぞ!!」

「今更何を言うんですか。 いつもいつもボク(の思考回路)を滅茶苦茶にして、色々と手取り足取り(デバイス道等を)教えこんで、遂にはボクを自分の”モノ”にしたじゃないですか(マイスター的な意味で)」

「ご、誤解を招くようなことを言わないでくれ」

「大丈夫、誤解ではないようにしますから。 時に、式は教会で良いですか? 最近の結婚式は聖王教会系列で上げるのがうら若き乙女たちの間で次元世界基準<ディメイションスタンダード>に成りつつあるらしいです。 いえ、勿論室長がどこぞの少数民族の形式が良いとか、拘りがあると言うんでしたら妥協しますけど……」

「……ぬぅ、一体君の頭の中では俺の未来はどうなっているんだ?」

「最終的にはボクと生涯を共にしてもらう予定ですが何か?」

 今更何を、という表情を浮かべながらグリモア君は言う。 そうして、極々自然に顔を近づけてくる。 咄嗟に俺は身構えるが、彼女はそのまま俺の額に自らの額をコツンとくっつけるだけに止めた。 フェイントだったのか……。 

「本当、室長は卑怯です。 待てといいながら、それでもボクを拒絶しない。 そういう中途半端さが”ボクたちを苦しめる”ことを分かっている癖に、しない。 狡いですよ、本当に……」

「……すまん」

「まあ、いいです。 押しても拒絶されないから脈が無いというわけではないことは分かりました。 次の機会にはもっと踏み込むことにします。 感応制御システム接続開始――」

「……は?」

 俺に融合してくるグリモア君。 瞬時に編み上げられるメギンギョルズ<電磁フィールド>を纏い終えた次の瞬間にはもう、魔力電磁砲身<マジックレール>によって打ち出されていた。 まるで黒髭危機一髪よろしく、寝袋から吐き出された俺はそこでようやくグリモア君がそうした訳を察した。

「管理局か!?」 

『恐らくは……本当、空気を読まない奴らです』

「管理局のセオリーからすれば、専門の追撃隊でも派遣されてきた可能性が高い……か?」

『でしょうね。 確実に”こちら”と同等かそれ以上の戦力を用意してくるでしょう。 そうでないとしたら、古今東西組織が個人を追い詰めるときの手法なんて在る程度限られていますから、面倒くさいことになりますよ』

「消耗戦狙いか?」

『室長も人間ですから、二十四時間狙い続ければ疲労でそのうちやられるでしょう。 過剰戦力を用意できなくても、そうやってこちらを消耗させることが向こうにはできます』

「だが、それをするとしたら確実に俺の潜伏先を割り出してなければできないだろう?」

『闇の書が室長の次元座標を認識し続けています。 ”連中”が管理局に匿名で通報すれば、確認のために動くことはあるでしょう。 まあ、そもそも管理局は貴方の敵の手駒のようなものですからぶっちゃけていえば大抵は何でもできますよ』

「勘弁してくれ……」

 正直、考えが甘すぎたのかもしれない。 しかし、もうどうにもならない所まで来ているのだ。
 
――そう、今はただ駆け抜けるのみ。


















憑依奮闘記2
第六話
「それぞれの蠢動」














「何事も予定通りスマートに、とはいかないものだね」

「はっはっは。 楽しくなってきたではないか。 機動砲精の離反に、ナンバーが分からんが、ここで突貫作業しておったドクターも行方が分からんとは。 くく、未知が未知を呼びおる……いいぞ、もっともっと楽しませてくれ」

 微笑に影を落としながらため息をつく男と、その姿を笑う王。 時の庭園の現在の支配者たる二人は、そうやって来るべき時を待っていた。 男は嫌なタイミングが重なるものだと思う反面、元々その可能性を留意していなかったわけではないから、面倒くさいことこの上なかった。 とはいえ、庭園の景観を楽しみながらお茶を嗜んでいた二人にとって、それぞれの真新しい話題にはなったようではあったが。

「カノンの場合は仕方が無い。 アレは最終的に”反逆”することができるように作られている。 遅いか速いかの違いだけで、何時かはそうなる可能性はあった。 しかし、ドクターは”別”だ。 特にある程度以上の知恵をつけたドクターの予定に無い造反は煩わしいことこの上ないな。 首輪はつけていたはずなんだが……驚くべきことに自力で首輪を外したらしい」

「ふむ、何を特化して研究してきたかにもよるだろうが、ソレならば仕方が無かろう。 だが方向性を制御してはいたのだろう? そこから手の内は読める……違うか?」

「その通り。 しかし、だからこそ彼は面倒くさいのですよ。 ……しばらく留守にしたいのですが、任せてよろしいかな?」

「ほう……致命的な案件なのか?」

 探りを入れるような風に女は哂う。 寧ろ、彼女の場合はその致命的が起こらないかと期待している。 それが分かるだけに、男は少しばかりの苛立ちを感じた。 とはいえ、この”苛立ち”こそ尊いものである。 中間者に向ける苛立ち。 この苛立ちこそ焦がれたモノである。 故に男はそれ以上の感情を得ない。

「致命的、というにはまだまだでしょう。 しかし、今の管理局にはまだ”速すぎる”のですよ」

「……なるほど、大体読めてきたぞ? そうか、”あの”ドクターはそういうのが専門であったか」

 だからこそ、色々と余計なこともしていたのだろう。 男が気がついているかどうかは知らないが、女――カルディナは恐らくは”知らない”のだろうと推測する。 そうして、それを口にすることなく楽しみを胸のうちに仕舞い込んで先を促す。

「多分だが、一番不味い類のものだな?」

「分かりますか?」

「例えば、”人造魔導師計画”ではお主は別に動かんだろう。 ”戦闘機人計画”でもそうだ。 寧ろ、貴公からすればこの両計画は”管理局の魔導師”による事件解決によって潰れてもらわなければならんものだろう? 安定する前か、安定して幾ばくかの時間が経過した頃に魔導師の力が舐められ始めた頃に世間に出させ事件化し、より魔導師の立場を磐石にするための布石として利用する。 大体、こんなものに使うだろうな。 ”貴公”なら」

「……なるほど。 面白い解釈だ……続けて下さいカルディナ」

「この二つは倫理的に致命的に大衆受けし辛いし、何よりも貴公はそういう安易な”魔導師”や”代替戦力”になりうる者を認める気は毛頭無いはずだ。 世論操作はもとより、既に生まれても浄化消滅させるためのシステムを構築していると妾は推測する。 だが、まだアレを実用化させたとは聞いていない。 だからこそ、まだ歯止めさえかけられないからこそ最悪を考慮して”シュナイゼル”、お主は動かざるを得ない」

 訳知り顔でカルディナは言い切った。 紅と緑のオッドアイが、楽しげに微笑している男の表情を見て確信する。 シュナイゼルはそれに肯定も否定もしない。

「どうだ? 中々”楽しい推理”だろう?」

「ええ、確かに”楽しい”推理でした。 しかし、その推理は少し間違っているよ」

 そう言うと、シュナイゼルはカルディナに向かって手を向け魔法を放つ。 何の変哲も無い砲撃魔法だった。 黄金色のそれが、テーブルに座っているカルディナを襲う。 だが、それは別にカルディナを傷つける程の魔力は込められていなかった。 黄金の弾丸はミッド式魔法ではシュートバレットと呼ばれる簡単な砲撃魔法に酷似しており、カルディナは何気なしにそれを”素手”で払うようにして弾き飛ばす。 だが、腑に落ちないことがあったのかカルディナはその秀麗な眉を歪めて問う。

「……なんだ、今のは?」

「なんだと思いますか?」

「現行の魔法では無いな」

「それはそうでしょうね。 つい最近、ようやく完成の目処が立った”第四魔法”の雛形ですから」

「ほう!? では、ついにアレが完成したのか」

「まだまだ課題も多いですがね。 今ので八分ぐらいの完成度かな。 恐らくは完成まで後数年はかかるでしょう。 ミッドチルダで有名だったとある大魔導師の研究理論を元にして、ようやく日の目を見ることになった。 後はこれと攻撃座標さえあれば、一度限りという制限がつきだが最低でも四層までは抜けるはずだ。 いや、座標がそれ以上のものでもあれば更なる破壊も見込めるだろう。 ”絶対領域”は層と層の間に展開されていると聞いています。 当時の”アルカンシェル”の話を元にすれば、ですがね。 だとしたらその内部にある重要施設に直接叩き込めば或いは致命的な破壊を促すことができるかもしれない」

「ふむ、だがそれだけでは心もとないのではないか?」

「ええ、だからこそ更に貪欲に方法を集めておく必要が在る。 時間も必要だし環境も整えなければならない」

「なるほど、そのための管理世界であり時空管理局。 そして、そのための”ジル・アブソリュート”というわけか」

「ええ、彼は良い。 実に良い。 ”分かっていながら”踊ってくれる」

「まともに戦えば我らは奴の足元にも及ばんがな」

「別に直接戦ってやる必要は無い。 結局、こんなものは”勝てば”良いのですよ。 元来、人間と人間の戦いとはそういうモノだった。 勝てば官軍であり負ければ賊軍。 次元世界のあちらこちらでいつもいつも飽きずに繰り広げられて来た普遍の真理です。 勿論、中には正々堂々と真正面からぶつって勝つ者もいるが、狡賢く立ち回って勝つ者もいる。 コレもまた同じことだ」

「確かに、どちらも人間の姿よな」

「それに、私はまだ”限界突破者<リミットブレイカー>”ではない。 連中と同じ土俵に立てない以上は、そうする理由がどこにもない。 っと、それでは失礼します王よ」

「うむ、お主がいない間は”好きにする”が構わんな?」

「どうぞご随意に。 ああ、そうだ。 彼を置いていきましょう。 剣聖が現れたときの良い戦力になりますし、良い予行演習が出来るかと」

「……ふむ? まあ、良い。 使える奴なら使ってやろう」

「それでは、また会いましょう王よ」

 一礼して去っていくシュナイゼル。 去っていくその人影には見向きもせずに、カルディナはお茶の入ったカップに口をつける。 そうして、部下である少女の作ったホットケーキにパクついた。

「む? かけて無いと思ったら中にシロップを混ぜ込んで焼きおったな……シルビアめ、侮れん奴だ。 友よ、お前もそう思うか?」

 予想よりも随分と美味かったらしい。 別の小皿に乗っているそれを、一心不乱にクチバシで啄ばむ友人の姿を見て、カルディナは顔を綻ばせた。

 カルディナの友は小鳥をベースにした守護獣である。 守護獣化させるとどういうわけか人間と酷似したモノが食べられるようになる。 ミッドの使い魔もそうだ。 施術者に合わせるような形でなければ、共存し難いからそういう風になるようにされているのだろう。 無論、種族的な好物は変わらないだろうがこうしてティータイムを共に楽しめるというのはとても楽しい。

「さて、友よ。 お腹一杯になったら運動でもしようか。 何、奴が置いていった”夜天最強”で予習でもするだけさ。 退屈な見世物にはさせん。 しかし、くく……ラウムの奴が知れば後で悔しがるだろうな」

 槍の騎士の残念がる姿を想像して軽く笑いながら、カルディナはカップに手を伸ばした。 武人として、未知を探求するものとして、あの”特異”な力は大変に興味深い。 少しばかりやる気になった王は、自分でもわかる程に口元を緩ませていた。

「それに、”いい加減退屈だ”。 なればこそ、妾はこっそりと奴の居ない間に時計の針を進めてやろうと思うのだが、どうだ? 夜天の王は妾の宣戦布告を受けてくれると思うか?」

「ピピッ」

 啄ばむことをやめて、カルディナの友が振り返る。 が、特に何かを進言することはせず、ただフルフルと頭を振るった。 彼女には分からないし、そもそもまったく微塵も興味が無い。 彼女はいつものように彼女と共に在るだけだ。 ただそれだけで彼女には満足であったからそれが変わらないのならば、特に何も言わない。

「ふむ、興味が無いか。 ……友は相変わらず変わらんな。 いや、それ以前に食い気の方が刺激されておるのか? この食いしん坊め」

 指先でチョンと、小さな友の頭をつっつきながらカルディナはしばしティータイムを楽しんだ。











「プロジェクトF……AMF……記録しておいた全てのアジトの座標データ……クリア。 老人たちによる人造魔導師計画案、及び戦闘機人計画案……クリア。 次元犯罪組織”古代の叡智”並びに管理局と繋がりのある裏組織の活動記録……クリア。 ミッドチルダ、ベルカ、及びアルハザードに関する秘匿情報……クリア。 時空管理局と彼と老人の関係考察論並びに、アンリミテッドデザイア<無限の欲望>シリーズの存在に対する警告文……クリア。 送信者はこの私、”ジェイル・スカリエッティ”……固体ナンバーは……まあ、別にそこまで拘る必要は無いか――」

 次元世界を揺るがすために、ドクターは一人暗躍していた。 これをすることに意味があるか問われれば、ドクターは間違いなく有ると言うだろう。 そして、勿論この劇薬にも似た爆弾を投入することで生じる大規模な混乱さえも反抗の証であると考える。

 組織としての時空管理局の信用と価値を下落させる。 人造魔導師計画、戦闘機人計画、プロジェクトFは倫理的側面から絶対に”犠牲者”は避けて通れない。 少なくない人間を生贄にしなければ完成しない計画を秘密裏に研究しようとしている管理局。 果たして、まともな人間がそれに難色を示さず肯定できるだろうか?

 人間と同じものを弄くり、解剖し、処分し、研究して完成させる。 ”人間”にそれができないとはドクターは思わない。 だが、それを表立ってできるほど図太い人間は少ないということをドクターは理解している。 彼自身はまったくそれに忌避感を持たないが、それは彼が”少数派”であり、完全なるアウトサイダーの人間だからだ。 普通の一般市民が研究内容やそれを知れば、その神をも恐れぬ所業に良心が耐えられまい。

 無論、極論すればこんなものに善悪など存在しない。 戦闘機人計画も、人造魔導師計画も、プロジェクトFでさえもその技術を有効活用すれば医療方面で莫大なデータを得ることができるかもしれないからだ。 それによって今まで救えなかった人間が救えるかもしれないという側面は誰にも否定できない。

(”職業に貴賎は無い”……その意見には多いに賛成だ。 だが、私はこうも思うのだよチェーン。 ”研究にも貴賎は無い”……とね)

 研究とは元来無垢なものだ。 善悪の属性など存在せず、ただただ知的好奇心やより先にある可能性を手に入れるために行われる唯の行為だ。 そのためになら”人間”をモルモットに選んだところで”今まで”と何ら代わりが無い。 マウスや猿で実験するのと、人間を使って実験することに何の差があるというのか。 生物を研究の名の下に研究する。 マウスだから良い? 猿だから良い? 人間以外だから良い? それらはきっと良心の呵責に耐えられない人間の生み出した精神防壁<人間に都合の良い言い訳>だ。 ドクターからすれば、間の段階で工程が一つ増える分面倒くさいだけだと思う。 ソレに何よりドクターのオリジナルが元来探求し、研究したかったのは”人間”だ。

 人間は足掻くことを止められない悲しい生物であり、そしてだからこそ前に進み続けるためにどんな力をも手に入れて来た。 石器から始まり木器や土器や鉄器や電気や科学など、例を挙げればキリが無い。 そうして、他の生物からすれば”理不尽”なまでに進化してきた。

 そんな生物を、彼<オリジナル>は研究し解明したかったらしい。 人間とはなんのか? それをテーマに人間を研究し、人間の生み出したモノ全てにまで研究の根を広げた。 だからこそ、彼は”天才”と呼ばれるほどにまでその頭脳を鍛え続けた。 生命操作技術、科学技術など研究内容は多岐に及ぶ。 終りの見えない研究への欲望、アンリミテッドデザイア<無限の欲望>の本当の原点とは、元来そういう純然たる知的好奇心であったはずだった。

 本人<オリジナル>も恐らくは理解していた。 この研究は、人類という種が絶滅するまで決して終わること無く続くだろうということに。 だが、それが分かっていてもなお人間を研究し続けたオリジナルは足掻きに足掻いて、ついにはその熱意が”スカウトマン”の目に留まるまでの場所にまで到達した。 或いは、その研究テーマに共感を覚えたからこそ、”スカウトマン”は目をつけたのかもしれない。 その仮定でオリジナルが出会った新しい人類の到達点の一つである”限界突破者”。 そしてさらにその後に生まれた魔法なる技術を獲得した”魔導師”に目をつけたあたりから方向性が”不自然に”歪められてしまった。

 思い出してみれば、それはとても屈辱的であり、研究の途中放棄にも等しい行為だった。 永遠に続くと予想していながら、自らその到達点をそんな程度に狭めてしまっていた。 馬鹿な、ありえない。 なんだって、そんな”中途半端”なモノを自分<オリジナル>は終り<研究の終着点>だと思ったのか? それでさえ、単なる通過点に過ぎなかったはずなのに!!

(ふふ、準備はほぼ整った。 今ならまだ止められはすまい。 AMFC<アンチマギリンクフィールドキャンセラー>はまだ完成してはいない。 実用化の目処は残念ながら研究していた私<偽者>にもオリジナルにも立っていなかったのだからねぇ)

 空間モニターキーを叩く指が興奮に震え、思わずミスタイプしかける。 だが、それでも全てのプログラムを組み終えたドクターは最後のキーを押し込み、完成させたそれを用いて超広域次元通信網<ディメイションネットワーク>へランダムアタックを開始する。

 ありとあらゆる掲示板に書き込み、フリーのファイルスペースへとデータをアップロードし、フリーダウンロードを可能にする。 さらに、コピーしたデータをデスクトップ上に開き、リンクを辿って無限増殖を繰り返すウィルスプログラムも数十種類配信された。

 無論遊び心は忘れていない。 興に乗って2828動画などの動画サイトにさえ、自分の研究成果やデータを惜しげもなく送信した。 それら全てが”ジェイル・スカリエッティ”という彼の名前付きであることは言うまでもない。

 通常、その性質からネットに蔓延していくウィルスを全て駆逐するのは並大抵のことではない。 そして、そのデータを発見した者が、真にそれを理解する頭脳を持っている人間であったなら、この悪質な愉快犯とも取れる行動の真偽を”匿名のネット上”でやりとりしてくれるだろう。 莫大な数の人間の中には、試してみなければ気がすまない連中というのは”必ず”いる。 そして、そういった連中が書かれているそれを検証し、作成してみたときにでも気づくだろう。 それが形になったとしたら、その他の信じたくないデータももしかしたら本当なのではないか、と。

 そして、水面下で管理局が火消しに動けば”分かる人間”には分かるだろう。 管理局が動いたという事実がどちらにしても”信憑性”を高めることになる。 そこまでいけば、必ずAMFに目をつけるだろうとドクターは予想する。 図面も理論も添付してあるため、そのまま組み立てればAMFは十分に使える。 九年前の試作実験からより進化したそれならば、十分に魔導師の戦力としての力を”弱体化”させることが可能だ。 反管理局思想者や次元犯罪者がそれを手に入れれば、対抗策を十分に確立していない今の管理世界を少なからず震撼させることができるだろう。

 そうして、そのデータの真偽を見極めたり、それの流出を防ぐために管理局が右往左往する間を狙ってことを成し、管理世界を脱出する。 これが、ドクターの描いた分かりやすい形での”花火”であり表返る前にやっておきたかったことである。

 魔導師の戦力としての低下が現実になれば、現行の魔法至上主義社会にとって百害あって一利なしだ。 そのために彼や管理局が動かない理由は無い。 否が応でも動かざるを得ない。

 しかも、これは協力者である機動砲精カノンへの援護も兼ねている。 彼女への追撃力を少なからず弱めることができるだろう。 そうして、管理局へと一時的に彼の眼を向けさせ時の庭園から彼を引きずり出すことができれば、それだけで成功確率は跳ね上がることになる。 意趣返しと敵戦力の分断工作としてはこれだけで十分成果が期待ができるとドクターは考える。 ならば、後は”仕掛け”と”彼女”とこの”艦船”があればどうにかなるはずである。

(私は私の役目を十分に全うしているよカノン君。 君はどうだい? 私に小気味良い勝利を味あわせてくれるかい?)

 タイミングとしては彼女と出会えたのは最高だった。 だからこそ、期待することをドクターは止められない。 適当に”友人たち”がいた部屋から持ち出してきた”自分の名前入りのテレビ”のスイッチをいれ、経過を見守る。 表立って報道してくれればやった手前とても嬉しい。 ミッドTV、管理局広報チャンネル、ヴァルハラTV……。 そんなすぐに反応が返って来るとは思っていないが……それでも心が躍った。

「さて、後は彼女たちか。 合流予定時間まで後少し。 カノン君は上手く合流できるかな?」

 答えなど分かりきっている癖に、ニヤニヤとドクターは笑いながら自問する。 そうだ、初めから答えなどわかりきっている。 彼女が本気になった時点で、普通の管理局員には絶対に彼女を止められない。 止められない訳があるのだ。 だからこそ、彼女は普通の局員など眼中に無い。 そして、結局彼女もまたアウトサイダーに生きる存在だ。 この裏の薄暗さを良く知っているが故に、表で安穏としている連中に簡単にしてやられるなんて無様を晒すとは到底思えない。


 数時間後、メディアが動き出した。 一番初めに動き出したのはヴァルハラTVだ。 管理局への辛口で有名なメディアであり、彼からの宣戦布告とも言うべき告発原文をそのままの形で流している。 また、基本的に経営者の意向で情報を歪曲させた報道は”可能な限り”行わない。 この分では自治世界連合にまでデータが流出してくれそうである。

「はは、期待通りにやってくれるね。 管理局が容易に止められない連中からの情報戦だ。 さぁ、精々踊ってくれたまえよ”シュナイゼル・ミッドチルダ”。 キングが火消しに回っている間に、クイーンとそのポーンたちがいる根城を少しばかり攻めさせてもらうよ。 あーっはっはっはっは!!」

 ドクターは笑う。 腹の底から哂う。 この先起るであろう管理局の管理能力低下で、どのような事件や犯罪を誘発することになろうと、”表側”にいない彼には全くと言って良いほどに”どうでも良い”。 そのせいで何百人、何千人の人間がプロジェクトFや人造魔導師素体、戦闘機人の研究素体にされようが、罪悪感一つ感じずにいられる。 その狂った感性は常人には到底できない在り方であると言えるだろう。 それが”非合法存在”であるが故の、”手段を選ぶ必要が無い”存在の最も恐れるべき武器であった。

 守るべきルールが無いが故に、無法者特有の”周りの被害を考えない悪辣なやり口”がやりたい放題できる。 極端な話、次元震動や次元災害を誘発させることができるロストロギアでもその手にあったのだとしたらドクターはきっと躊躇無くそれを使用するだろう。 安全装置たる鎖を彼<スカウトマン>によって外されているため、容易にそういうことができる彼こそ、自由なる自分を取り戻した偽者<フェイク>にしてオンリーワン<唯一独り>の”ドクター”であったのかもしれない。

 と、ひとしきり愉快そうに笑っているドクターはふと、合流地点に次元転移してくる者がいることに気がついた。 すぐに端末を操作し、その転移者が何者かを衛星軌道上から確認する。

 ブリッジの計器が艦が監視していた合流地点に現れる一組の男女の姿を映し出す。 一人はドクター自身が始めてみる男でありもう一人は先ほどまで少しばかり思案していたカノンの姿がある。 どうやら計画通りに進んでいるらしくすぐに彼女から通信が入ってきた。

『――ドクター、私たちの回収をお願いします。 すぐに追ってが来ると思いますから早々にこの宙域を離脱しますよ』

「ふむ、了解したよ。 それにしてもお互いよく無事だったものだ。 協力者としてとても心配していたんだ。 それで、そこの彼が君の言っていた人物なのかな?」

『はい、とりあえず今のところは計画に支障などありません』

「それは喜ばしいことだね。 こちらも、私なりに暇な時間を有効活用して小細工はしてみた。 お互い、情報交換といこう」

 端末からトランスポートを操作し、返事をしてくる彼女に頷き返しながらドクターは言う。 すぐにトランスポーターが起動し監視先にいた二人を瞬時に艦内への転送を開始する。

「さて、準備はほぼ整った。 後はやるだけ……か」

 軽く独白しながら転移が完了したことを確認してから次元航行の準備に入っていく。 闇の書の主を艦に招いたことで、連中に追跡されることは明白だ。 だが、この艦『インテレクト』を補足できる船が表向きには時空管理局には存在しない。 先回りして防衛網でも構築し、弾幕で燻りだすことはできるだろうが、果たして”そんな”ことをする余裕がそのときの管理局にあるだろうか?

 分の悪い賭けではない。 可能な限り勝率は引き上げた。 ならば、勝負に勝って賭けたコイン<リスク>の分だけ配当<リターン>を頂くだけ。 ただ、それだけのこと。

 おもむろに席を立ち、ブリッジの扉が開くのを待つ。 大事な大事なお仲間とのご対面。 それも、この船の主<機動砲精>と彼女が招いた客<夜天の王>がやってくるのだ。 彼は彼らしく自己主張をすることにした。 しばらく待っていると、すぐにブリッジの扉が開きその向こう側から二人の男女が顔を見せる。 ドクターは両手を広げて歓迎していることをアピールしながら、ニヤリと笑みを浮かべながら言った。

「ようこそ、我らが航行艦『インテレクト』へ。 歓迎するよ同志諸君。 さぁ、始めようじゃないか。 私たち自身のための反逆を――」

 大げさに語りながら、彼はいつものパフォーマンスを始める。 グリモア<機動砲精>はいつものことかと特に気にもしなかったが、クライド<夜天の王>は目の前の男の奇妙な熱狂振りを見てとりあえず頬を引きつらせた。
















「あー、つまんねー」

自然と口から出た愚痴によって更につまらなさが増幅されるという悪循環に苛まれながら、ラウムはとある無人世界で撃退した管理局員の頭を手にした槍で突っついた。 ピクリとも反応しないその局員は、先ほどラウムが倒したAAAランクの管理局員だった。 いくら管理局の高ランク魔導師だとて、戦えば早々に負けることは無い。 それほどまでにラウムは対魔導師戦闘に慣れているし、その局員よりも更に魔力も豊富だ。 一対一ならば負ける理由がほとんど無かった。 それに加えて、今現在は”四人”で活動しているというのもある。 生粋の戦闘型高ランク魔導騎士が四人だ。 これでは”部隊保有制限”のせいで満足に戦力を運用できない一部隊など、大した脅威ではなかった。 態々次元転移をジャミングせずに足跡を残しながら移動しているのに、歯ごたえはほとんど変わらない。 砂漠地帯にいるせいか、その味気なさも相まって更に気が滅入ってくるからたまらない。 これでもう少し良い景色でもあればまだなんとはなしに、景色でも楽しんで無聊を少しは慰めることが出来るというのに。

「ったく、難易度が下がれば下がるほどつまらなくなるじゃねーかよぉ。 お前らもうちょっとあたいに分け前を寄越せよな」

 ラウムは後ろにいる二人の騎士に言う。 だが、声をかけられたその二人は返事を返すということをしなかった。 その二人の眼はどこか虚ろで、光を宿していない。 まるで生きているのか死んでいるのかさえ分からないぐらいに、致命的に生物として大切な何かを失っている。 その様を見て、更にラウムのつまらなさが増した。

「あーあー、こうなっちまったら”剣”も”鉄鎚”も形無しだなぁおい」

 王様の命令だからと先日から合流して一緒に行動し始めてはいたが、ラウムはその二人を見ているとやるせなくなってくる。 ”自分”も一歩間違えればそういう風になるという事実が、酷く恐ろしいものに思えてくるからだ。 とはいえ、ラウム自身は自分がそうなるとはまったくこれっぽっちも考えていない。

 彼女の主は傍若無人にして理不尽の権化だが、それでもそうしたことは”一度”もない。 必要に迫られればやるかもしれないし、それができないというわけでもないだろう。 けれど、やっぱりそれをしないのは部下<ラウム>がいることを楽しんでいるからだろう。 常に自身を満たすものに飢えている主にとっては、そんなつまらないことをする理由が無い。 と、そんな益体も無いことを考えていた彼女の元へ、同僚がやってきた。 
 右手には盾状にしたデバイス『イージス』を持ち、左手には分厚い本を握っている。 クライドがそれを見たら恐らくは驚くだろう。 それは、剣十字の飾りが無いだけで夜天の魔道書に恐ろしいほどに酷似していたからだ。 ページの厚さはやや少なかったが。

「お? そっちの蒐集は終わったか?」

「……」

 言葉を発さずに無言で頷くフーガ。 喋れないのではなくて、単純に喋るのが苦手らしい同僚のいつもの仕草を見て、ラウムはようやく不機嫌な顔を少しばかり緩める。 彼との付き合いは長い。 王様至上主義者であるが、忠臣を地で行く彼のことを別段ラウムは別に嫌ってはいない。

「んじゃ、こいつらも頼むわ」

「……」

 再び頷いた彼は、主むろに左手に持っていた本を広げる。 と、その瞬間一斉に本のページ<紙片>が本から離れ、倒れ伏している管理局員の上に何枚も覆いかぶさっていき、やがては解けるようにして融合した。

「ふーむ、いつ見ても不思議だよなー。 ”融合蒐集型”ってのはよ。 夜天の書みたくこう体外にリンカーコアを引きずり出してからの”直接蒐集型”の方がそれっぽい気がするんだけどよ」

「ぐぁぁぁぁ……」

 気絶した局員が苦悶の表情を浮かべながら、二度三度と身体を痙攣するように軽く手足が震える。 内部からの強引な蒐集にショックを受けているのだろう。 リンカーコア<魔力中枢>からの魔力情報蒐集は当然、本来ならありえない手順での行いだ。 身体がそれに抵抗しようとして反射的に反応しているに過ぎない。 だが、その反応は無意味である。 普通の人間はそれに抗うことなどできないからだ。

 やがて、局員が落ち着いた頃には融合していたページが融合を解除して書に戻っていく。 融合する前は何も文字が書かれていなかったそれには、特殊な暗号化をされて詩のようなものがベルカ文字で記載されている。 蒐集による情報の記録跡だ。 ページが元に戻っていく様を眺めながら、ラウムは遥か昔のことを思い出す。 そういえば、今回の命令以外にそういう命令を受けたことが昔にも何度かあったな、と。 その中でも一番真新しい記憶を掘り返してみると、それは彼女たちがシルビア・シルエイティというシスターの少女と出会った頃だった。

 聖王教会系列のシスターである彼女は、遥か昔にベルカが崩壊したときに本星以外にいた民の子孫だったらしい。 伝えられてきた古代ベルカ式魔法を継承している純粋な教会の人間であり、そして最も敬虔なる異端者である。

 カルディナを神とすることは今の教会の教義ではありえない。 そもそも聖書に記載できない最後の王がカルディナだ。 本物から力ずくで王の座を勝ち取り、成り代わっただけならばまだ問題は無かったが彼女はベルカ崩壊の引き金を引いた。 元々、聖王に成り代わった偽者という稀有な立場と、それが合わさったせいで教会の歴史からは抹消されたのだ。 そんな彼女に仕えるという時点で異端呼ばわりされてもしかたがない。 彼女を部下にしたときにカルディナは一度管理局員に対して容赦なく力を振るった。 その武と書の力を余すことなく使用して。

「悪夢の五年間の元凶にして黎明期に管理局が恐れたデバイス『蒐集詩篇』。 ユニゾン爆弾<魔導師殺し>とはよくいったもんだぜ。 お前もそうは思わないかよフーガ? 確か、一番最後に使ってたのはシルビアん時だろう? 第十六次次元平定戦争の終り辺りだっけかな。 お前よくそんな昔に使った奴の使い方を覚えてるよなぁ。 あたいはもう忘れちまったよ」

「……」

 少なくとも、ラウムはもう使い方なんか覚えていない。 面倒くさいし興味がない。 それに、あんなのは嫌がらせ以外の何ものでもない。 生前のシルビアを殺した管理局魔導師部隊を軒並み魔力中枢だけを破壊して殺さずに魔導師として再起不能にするために使われた。 黎明期の悪夢とまで言われた災厄の権化。 その頃の管理局はまだ部隊保有制限なんてものはなく、魔導師=高ランクのエリート部隊というものが大半だった。 そんな連中を全て叩きのめして地に這わせ、二度と魔導師を名乗れない体にしていった。 魔導師としての自分でそこまで上り詰めた連中にとっては、これほど絶望を感じる所業は無い。 それを理解していながらの行いだ。 彼女たちの王様は怒ったらそれはそれは怖いのである。

 他人の痛みが分からないのでない。 分かっていても躊躇しないのだ。 明確な線引きがあり、それを犯すものは誰であろうと許さない。 特に、その線引きがとてつもなく狭い。 恐ろしく狭い。 きっと、魔導王さえも彼女の領域を侵せばカルディナは笑いながら力を振るうだろう。 何者にも媚びない王。 ただただ自分のためだけに邁進する主。 そんなロクデナシが何の因果か自分たちの王である。 だが、別段ラウムはそれが嫌だということは思ったことは無い。 いっそ清清しいとさえ思うのだ。 あそこまで自由奔放で自分本位な人間は滅多にいない。 それに、どうやら自分たちをその領域内には置いてくれているらしい。

 彼女たちの主には大義もなければ覚悟も無い。 何かをしなければならないわけでもないし、目的という目的があるわけではない。 けれどそんなものなど無くても彼女は決して揺るがずに変わらない。 どこだろうとどんな場所だろうと、何者にも縛られずに生きている。 ルールがある場所ではタブーとされることでさえも、彼女は彼女自身が必要であると思えば平然とそれを無視できる。 全てが全て自分の意思で。 それはきっとカルディナという個体が持っている外れ続けられる強さだった。 ”王”だからでは決してない。 ”カルディナ”という個体が持っている個性としてのそれは到底ラウムには持ち得るものではなかった。 普通の人間からすればそれは我侭とかそういう言葉で括られてしまうものだが、逆に言えばその誰にもできない我侭を押し通せる意思の強さが存在するとも言えるだろう。 ラウムはそこまで自分本位には生きられないし、そんなに生きたいと思わない。 自由すぎて逆にそれは”恐ろしい”とさえ思うからだ。 そして、だからこそカルディナは永遠に続く飢餓に飢えている。 我慢を知らないというか、強いからこそ再現が無い。 天井知らずの決して埋まらない飢えを満たすためだけに未知を探し続けている。

 箱庭の中でも外でも、その”満たすもの”の欠如に彼女は苛まれ続けている。 ”本心”から満たされたことなど、恐らくは無いのだろう。 いや、そもそも”それ”が理解できないのかもしれない。 持っていてもそれに出会っても気づけなければ意味が無い。 ザルに水を汲むが如く、零れ落ちていくのだ。 そして、際限なく求め続けられるからこそ妥協点が分からない。 そんな人間はきっとその妥協点を理解するまでずっとそのままなのだろう。


――妾には満たされるということがよく分からん。 楽しいというのは分かる。 なんとなく面白いとかもっとしたくなるとか、そんな感覚なのだろう? だが、満たされるということが理解できんのだ。 なぁ、ラウム。 戦っているお前は、実に良い顔をしている。 妾が戦っているときもそうなのか? それとも、未知を見つけたその瞬間だけ期待している妾が期待感を得て擬似的に満たされた様に感じているから、こういう自由という名の空虚な牢獄の中で息苦しさとつまらなさを感じ続けているのだろうか? ……お前には妾が探し続ける答えが分かるか?


 ラウムはその問いにこう答えた。

――あたいには姉御が何を言いたいのかさっぱりわからねーよ。 あたいは姉御じゃねーからな。 だから、あたいに聞いてもどうにもならないと思うぜ。


 だが、分かりはしないがそれでも自分たちがいるのはきっとその何かを探す手伝いをするためなのだろうことは分かっていた。 楽しいとか面白いというのは満たされるという感情に近い所に位置する感情だ。 現在進行形の楽しさに触れることで、王は自らが捜し求めるそれを理解しようとしている。 未知に出会うことで。 いつもいつも、それらに強引に触れながら。

 初めはそんなことなんて思いもしなかった。 そもそも理解できなかったのだ。 真っ正直に暗殺しにいった自分を自身直属の騎士にしたことも含めて。 第一、あの強すぎる王には護衛など”必要”ない。 あまり考えこみすぎるのは性に合わない性分の癖に考えに考えて、最近ようやく分かったことだった。 随分と長かったが、そうと分かれば話は早い。 満たすものを探す手伝いをすれば良いだけだ。 天職は武人。 だが、”今は”たった一人の王に仕える騎士である。 だから、まあ、”十分満足させてもらっている”のだからそれぐらいはどうにかしてやりたいとラウムは思う。

「フーガ、お前は満たされてるか? あたいはそれなりに”満足”してるんだけどよ。 今も昔もな。 そういや、お前にこんなこと聞いたことなんてなかったよな?」

 本を閉じ、少しばかり空を見上げながらラウムのいきなりな質問にフーガは少しばかり考え、その問いには無視せずに答えた。 響く重厚な声は、なんともまぁ重苦しいものだった。

「尋ねられたことは無いな。 満足……か。 我らが王がその生涯を終えるまでは、私もまた永遠に満足などしないだろう。 それが私の騎士としての役目なのだから」

「うへぇ、相変わらず堅い奴だなお前。 姉御ならお前が満たされてても文句なんて言わないぜ? 寧ろ、新しい未知だとかって喜びそうなもんだけどなぁ」

「……」

 そういう性分なのだろう。 自分に無ければ他人のものを参考にする。 理解できないのだから、理解できる人間のことをまず考えてみるのはよくやるやり方だ。 それは王も例外ではない。 だが、想像はできても実感ができない。 当たり前だ。 カルディナはそれで満たされる人間では無いだろう。 ”それ”が凄まじく限られてしまっているのだから。

「王にもいつか分かる時が来ると私は信じている。 或いはそれは――」

「それは?」

 珍しく饒舌なフーガの答えを待ちながら、ラウムはしかしその言葉を聞くことなく視線をフーガから外す。 フーガもそれで気がついたのだろう。 後ろを振り返りながら戦闘態勢を取る。

「転移光だな。 ……早いな。 管理局の別部隊か。 いいねぇ、丁度ウォーミングアップが終わったところだ。 精々”蒐集詩篇”の肥やしにしてやるぜ」

 犬歯をむき出しににながら、ニヤリと豪快に笑うラウムは楽しげにやってくる管理局員を見上げる。 と、その瞬間世界が夕闇に落とされていった。 次元転移で逃げることを封じるために結界が張られたのだ。

「――お? はは、今度は随分とまぁ”規格外”の部隊じゃあないか。 フーガ、あの一番魔力が多い”透明の羽付き”はあたいにやらせろや。 猫っぽい奴二人は”シグナム”と”ヴィータ”が担当な。 フーガは……まあ、適当に二人の援護かその辺の雑魚の相手でもしてりゃあいいんじゃね?」

「……」

 順当な割り振りだと思ったのか、特に意見することもなくフーガは頷く。 だが、ふとラウムは何事かを思い返しすぐに先の言を撤回。 先ほどの”ウォーミングアップ”は難易度が低すぎたから思いっきりここで死に物狂いの戦いというのも悪く無いという考えが頭の中で閃いたのだ。

「あー、やっぱ今の無し。 あたいがまず突撃するから後は各自自由に戦うってことでどうだ?」

「……なに?」

 さすがにそれは適当すぎる。 思わず尋ね返したフーガだったが彼が言葉を発する前にもうラウムは飛翔していた。 思わずため息を吐く前に、ついさっきのラウムの言葉を命令だと解釈したシグナムとヴィータもその後を追って跳躍。 彼はどこか憮然とした風に呆れながらもその後を追うべく戦闘準備に入る。 直後、持っていた蒐集詩篇のページの全てが彼に融合。 不思議なことにバリアジャケットたる真紅の鎧が”何ら変化しない”。 だが、それでも”はっきりと”彼のポテンシャルは大きく引き上げられていた。
 そうして、ページが無くなった本の表紙を適当にその辺りに放り投げるとフーガはイージスをシールド型からトンファー型に変形させつつラウムに遅れる形で戦場に突入していった。













「……シュナイゼル・ミッドチルダ?」

 初めて聞くその名前に、クライドは眉を顰めつつも神妙にドクターの話を聞いていた。 クライドは敵の正体も何もかもを知らない。 一方的に”攻撃される側”であった彼にはそもそも対峙しなければ知りえるはずが無い情報だ。

「そう……ミッドチルダ式の開祖であり、三大魔法の原型の開発に尽力した男の名前さ」

「三大魔法っていうのは、勿論あの三つだよな? ミッド式にベルカ式……そしてアルハ式だろ?」

「ふーむ、良く知っているね? 今のミッド人なら近代式を最後の三つ目に上げそうなものだけど……いや、そうか。 君ならば知りえる立場にいたね」

 軽くグリモアに視線を向け、ドクターは話を続ける。 勘違いであったが、クライドはそれを言うこともせずにまずは話を聞くことに集中する。

「簡単に言えば、彼は管理局に隠れているラスボスさ。 最高評議会さえも未だに逆らえず、ミッドチルダも彼の言葉を無視できないほどの力を持っていてね、私のような”無限の欲望”の初代製作者さ。 最高評議会も多分一人は秘密裏に確保しているとは思うが……ね」

「な、んだと?」

「加えて言えば、さらに彼は闇の書……いや、夜天の書の製作にも関わっている男だ。 その目的は魔導王になること。 つまりは、魔法で世界を支配しようと考えているのだろう。 その証拠に現在の管理世界では魔導師至上主義社会が形成されてきている。 遡ればアルハザード時代、古代ベルカを崩壊させた要因でもあり、旧暦の462年にあのアルハザード消失のきっかけともなった次元断層事件にも深く関わっている。 正に、正真正銘この管理世界で最も危険な男さ」

「魔導師としての力量はミッド式換算でSSSオーバー。 今現在も管理世界内では彼以上の魔力資質を持つ人間は発見されたことが無いそうです。 正直、真正面から戦って勝てる相手ではありません。 室長では絶対に勝てませんね」

 ドクターの言葉に絶句しているクライドに、止めとばかりにグリモアが言う。 そもそも挑戦させてはいけない。 アレは規格外の魔導師であり、魔法の申し子なのである。

「そして今回は彼の要請で”聖王”まで動いている。 正直、真正面から対人戦を挑むのは愚の骨頂だ。 勝ちたければ絶対に”それ以外”で勝負しなければならないだろう。 個人で戦いを挑んでも勝てるというのなら問題は無いが、君にも私にもそこまでの力は無い。 辛うじてそこにいるカノン君だけが、少しばかり抵抗ができる程度だろう」

「ちょっと待ってくれ、その、さっき聞き捨てならない言葉を聞いたんだが……聖王って、あのベルカの聖王か?」

「ああ、そうだよ。 聖王カルディナ。 祖の名エレキシュガル・ベルカを受け継ぐ武神さ。 魔導王と対等に戦えるだろう唯一の存在だ。 シュナイゼルだけでも規格外なのに、そこに武神と名高い聖王までいるわけさ。 本当ならこの時点で我々にできることといえば、裸足で逃げ出すことぐらいだった。 だが、幸いこちらにはカノン君の航行艦『インテレクト』がある。 個人戦闘ではなくて艦戦に持ち込めば少なからず勝算があるわけだね」

「インテレクトにはアルカンシェルが装備されています。 つまりは、時の庭園ごと吹き飛ばしてしまおうというわけですね。 さすがに航行艦のアルカンシェルは彼らにも防げません。 個人レベルとは比較にならないほどの出力がありますから、抵抗し得ないわけです」

「指し当たっての問題は庭園に装備されている迎撃システムだが、そちらは私の細工がある。 であれば、お膳立てがされている以上は勝率は限りなく高いだろう。 加えて、もう一つの細工が上手く効いていれば魔導王はもうそこにはいない可能性がある。 これを見たまえ」

 そういうと、ドクターは適当にテレビモニターの電源を入れ、二人に見せる。 そこには今現在特番で何かのニュース番組がされていた。 ミッドTV、ヴァルハラTV……様々なチャンネルが皆一様に臨時にドクター『狂科学者ジェイル・スカリエッティからの挑戦状か!?』などなど、管理局の暗部についてのニュースを緊急速報で流している。

「……なんですか、これ?」

「ふふ、私が今まで集めておいた管理局の裏データと非合法研究データ、そして私たち無限の欲望のことなどをディメイションネットワークを通じ情報発信ウィルスとして次元世界中にばら撒いた。 そのおかげで今現在管理局はとても”苦しい”立場にあるわけだね。 これを”知らなかった”連中はその士気を挫かれ、知っている連中はこれのもみ消しに必死というわけだ。 反管理局団体は活気付き、それに乗じた社会的な混乱も誘発される。 当然、シュナイゼルもそれらを抑えるために動かざるを得ないだろう。 庭園から出て……ね」

 実に楽しそうにドクターは言う。 グリモアはそれは面白いとばかりに頷き、クライドはしかし対照的に顔を真っ青にさせながら胃の辺りを押さえた。

「ちょ、待ってくれドクター。 んなことしたら、管理世界が滅茶苦茶になるぞ!!」

 恐ろしい話だった。 想像するだけでもゾッとする。 平和のために頑張ってきた局員にとってはこれは猛毒にも等しい行為だ。 どんな高尚な理念を持つ組織だろうと、そこにいる人間は千差万別である。 中には野心や野望に忠実な腹黒い輩だって当然出てくる。 これは、そんな綺麗で無い連中の所業を強引に表に引っ張り出して他の綺麗な連中をそれらと同格に見なさせる行為だ。

「普通の管理局員まで巻き込むつもりか!?」

 自浄作用の域を完全に超えている。 内部告発とかそんな可愛いものでは決して済みそうにない。 これは完全に信用問題となる事柄だ。

「大体、ばら撒いた研究データってなんだ? まさかAMFとかか!? だとしたら本当に管理局が崩壊して次元世界中が無法地帯になるぞ!!」

 法の番人がいなくなれば、そこにあるのは混沌だけだ。 あるいは、管理世界が分裂して個々の独立勢力となって落ち着くこともあるかもしれない。 だが、確実にそこに到るまでの間に少なくない争いが起きるだろうことは想像に難くない。

 また、AMF<アンチマギリンクフィールド>は管理局が世に出してはならないものである。 魔導師を無力化させるあれを完全駆動させれば、通常の魔導師は魔法が一切使えなくなる。 つまりは、無力な人間に成り下がる。 今現在魔法の力で世界を治めているというのに、そのための力が無くなれば極端な話時代がまた一つ変わることもありえてしまう。 そのときの社会的混乱を考えれば、クライドの危惧は当然だった。 だが、クライドの様子など知らぬとばかりにドクターは肩を竦めるだけである。 それは当然だ。 彼にとっては管理世界など極端な話どうなってもよいのだ。 魔法社会が崩れ去ろうが、質量兵器時代が到来しようがまったくもって関係が無い。

「ふむ……君は一体何が言いたいんだい? 今の君には全くどうでも良いことだと思うのだがね」

「なに?」

「だってそうじゃないか夜天の王。 君はもう完全に”アウトサイダー”の人間なのだよ? 今更管理局や管理世界に義理立てする必要なんてどこにあるというんだい? その偽善も憤りも全く見当違いさ。 ”はみ出た”君にはもうそうやって憤る資格が無いじゃあないか。 いや、そもそも君自身にはもしかしてまだ自分が”犯罪者”だという自覚が無いのかい?」

「だったらどうだってんだ。 俺は確かに犯罪者だが、別に管理世界にそれ自体をどうにかしたいわけじゃない。 こんな大それたことを聞かされて何にも思わないほどまだ、管理世界に絶望なんてしちゃいないんだ」 

「ふむ? だが、これは通過儀礼としても必要なことだと思うがね? ”いつか”はこの問題に管理局は直面するだろう。 それが速いか遅いかの違いだけで、結局は管理世界はこれらの問題を乗り越えなければならない。 私はその時を少しばかり早めた程度に過ぎないし、第一放っておいたら管理局はこんなにも都合が悪いことは確実に隠匿して世間に知らせずに”もみ消す”だろう。 アレらは自他共に法の番人等と揶揄されているほどの組織に成長したが、呆れるほどに自らの”悪行”には寛容だ。 決して自分たちの所業に眼を向けようとしない。 確かに誰だって自分の嫌な側面は見たくないだろうからね。 それに見方によれば私は彼らに生まれ変わるチャンスを与えているともいえる。 膿は出しきらなければ意味が無いだろう? コレを気に彼らは目を背け続けたことにさえも目を向けるべきだ。 ”本当に管理社会が必要だと思っているのなら”……ね」

 ニヤニヤと笑いながら、ドクターは大げさに手を広げる。 全く自分のしていることに悪びれないその姿にクライドが歯噛みした。 この気持ちが悪い感覚はきっと常識の外側を悠々と行く者に向けられた苛立ちにも似ていた。 自分を常識人などと言うつもりはなかったが、それでもクライドの良心がそれにどうしても拒否反応を起こす。 だが、それ以上クライドは言うことを諦めた。 もはや何を言っても無駄であるからだ。 なにせ、もう既に実行されているのだから。

「室長、落ち着いてください。 それに理解していると思いますがこれは私たちにとっては都合の良いことですよ」

「言いたいことは分かるが、納得できるかどうかはまた別の話だ……」

 冷静な自分が損得を勘定するために少なからず思考していた。 まったくもって度し難い。 クライドは自分の右拳を開いたり握り締めたりしながら居心地の悪さを強引に押さえ込む。

「それにしても意外だよ。 闇の書を秘匿所持していた君が、今更こんなことを気にするとはね」

「それとこれとは話が別だからな」

「しかしそれも結局は自己満足だろう? 法を犯したという過ちを都合よく偽善の名の下に誤魔化しているだけに過ぎない。 そういう言い訳をしなければ、君は自分を保てない類の人間かね?」

「……何が言いたい」

「中途半端な正義感は悪行となんら変わらない。 法の下に生きる者はすべからく皆法を遵守するべきだった。 君はその時点で最初から間違えていたというだけの話さ。 都合の良いときだけ法を立脚点として気にして、そうでないときは気にしない。 なのに君は自分がまだ法を気にしなければならない立場だと自分勝手に振舞いながらも思い込み、そのダブルスタンダードな矛盾に苦しむ。 私には理解できないね。 その思考、その心理が。 何故そんな不要なものに悩み、苦しむ必要があるんだい? それとも、”そう悩める”自分に酔っているのかね? 君はもう犯罪童貞ではないというのに?」

「……」

「私はね、そんな感情は一切無い。 何故なら、私は初めから君のような葛藤が発生するような環境にはいなかったからだ。 だからきっと”君”には私が理解できないだろうし、共感が持てないのだろう。 だから、私と付き合うときは”そういう”ものだと思って付き合ってくれたまえ。 それと、誓って言うが私は別に君と言い争いをしたいわけでもない。 できれば今後とも楽しく付き合っていきたいんだがどうだろう? もっと有意義なことを話したいのだがね」

「ちっ、あんたはやり難い奴だな」 

 舌打ちを一つして、クライドは不承不承その言葉には同意する。 アニメ第三期のラスボス”そっくりの男”と共闘するのは不本意ではあったが、その能力だけは確かなはずだった。 そして、こうやって自分を精神を逆なでするような話をしながらペースを握ろうとしてくるやり方は”酷くそれらしい”気がしてクライドは逆に落ち着きを取り戻す。

「それは私も同じだよ。 君は実に良いサンプルだ。 君は恐らくは普通っぽい人間の感性を持っているのだろう。 だから君は私を許容できない。 受け入れる土台がそもそも無いのだからしょうがない。 今後は少しずつ私を理解して耐性をつけてくれるかね? 私自身、これから少しずつそういう普通というのを知って生きたい。 お互いに理解しあうという行為が必要なわけだね」

「……はぁ? あんた、普通ってのに憧れでもあるのか?」

「ああ。 何せ、そういう経験も感覚も私にはまったく全てが欠如している。 であれば、それを求めても何ら不思議ではないだろう?」

 思わず絶句するクライドだったが、ドクターは至極真面目な顔を晒すだけだった。 なんとなく毒気を抜かれたクライドはグリモアに思わず視線を向けるが、グリモアは肩を竦めるだけだった。

「ドクターの出自は相当に特殊なんですよ。 アウトサイダーの人間の中でも彼ほど特異な生まれをしている人間は少ないでしょう。 端的に言えば、変人です。 だから別に室長が彼の言葉に気に病む必要は全く微塵もありません。 大体、彼を無条件で信頼するのも信用するのも危険です。 警戒するぐらいで丁度良いですよ」

「ははは、酷い言い様だねカノン君」

 苦笑しながら、ドクターはしかしそれを否定しない。 普通は噛み付くべき部分だとクライドは思うのだが、寧ろそう言われて喜んでいるようにも見える。 ますますドクターとは不可解な男だった。 天才と何とかは紙一重。 常人を越える思考と境遇の持ち主の思考などクライドに理解できるはずがなかった。

「とりあえず、話を戻そう。 大まかにだがそのシュナイゼルとかいう奴のことと、敵のことが少しは分かったわけだが……俺としては夜天の書を取り戻したいからアルカンシェルで庭園ごと吹き飛ばすのはできるだけ待ってもらいたい」

「室長、一体さっき何の話を聞いていたんですか? だから、室長では絶対に勝てないと話したはずですけど……」

「そんなもんはやってみなければ分からん。 だいたい、戦って勝つ必要自体がどこにも無い。 パッと忍び込んでパッと書を取り戻して逃げるだけだ」

「ほう、では君には明確な勝算があるというのかね? 個人単位で括ってしまえばそれはほぼ不可能だ。 断言しても良い。 アレを上回る個人戦力など、”アルハザードの連中”でもなければかなり厳しい。 闇の書の力を完全に解放でもしない限り、君には勝ち目など微塵も無いだろう」

「それでも俺はなんとかするさ。 俺は”夜天の王”だ。 ”書”が無ければ格好がつかないし、別にアルカンシェルで時の庭園ごと連中を吹き飛ばすの止めてくれとは言ってないだろ。 俺がヘマしてもあんたはきっちりと連中に勝ってくれれば良い。 手伝えって言う気もないしな。 そこは俺の領分だってことぐらいは理解してる。 それに、俺を囮にした方がそれの成功率は上がるはずだ……違うか?」

 なんでもない風にそういうクライド。 闇の書を取り戻すと決めたときから、”挑戦しない”という選択肢はもう彼の頭の中には無かった。 SSSがいるかもしれないからどうした? そんな程度を理由にあいつらを完全に失うことを認めるのであれば、初めからクライド・エイヤルは書を破壊するなりなんなりしている。 

「君は……まさか死にたいのかね?」

「なわけあるか」

 憮然とした表情で言うクライドにドクターは思わず唸る。 理解できないという気持ちと、何か引っかかるものが彼の中に存在したのだ。 これは一体何なのか? ただ、漠然とその未知を考える。

(自分の命を賭けるほど、夜天の王にとって書が重要だということか? いや、それだけじゃあないだろう。 リスクとリターンの天秤がそれだけでは釣り合わない……何だ? 彼は一体何を思ってカミカゼとも取れる馬鹿げたことをやろうとしているんだ? 彼にそうまでさせる根源は一体なんだ?)

 自他共に認める世紀の天才が、このときばかりは意味不明な数式を叩きつけられて研究成果を否定されたときのように苛立つ。 つい先ほど互いに理解も共感も難しいといっておきながら、その言葉を越えようと思考する。 しかし、どうしてもこの目の前の男が何故そんなことをしようとするのかが理解できない。 推察できない。 

「室長、呆れてボクはものが言えないんですが……もしかして、この期に及んで一人で行くつもりですか?」

「そりゃあそうだろ。 さすがに、ここから先はグリモア君は巻き込めん。 やると言ったからには一人でもやるぞ俺は。 あいつらは”俺の守護騎士”だ。 初めからそのつもりだったんだから、今更怖気づく理由が無い」

「……待ちたまえ、君はもしかして”書”ではなく”守護騎士”の方を取り戻したいのかね?」

 確認するようにドクターは問う。 そうであるのであれば、また話は変わってくるからだ。

「ああ。 あいつらには色々助けられたこともあるしな」

「そうか……”そういうこと”か……なるほど。 ”それならば”合点がいくじゃあないか。 良いだろう、君のその挑戦に私も人肌脱ごう」

「なんだって?」

「私には君のそれがどういう感情に基づくものか正直分からない。 だから、間近で観察してみようと思うのさ。 ただの気まぐれだが、君にとっては好都合ではないかね? カノン君と私が反対していたら君は民主主義の原則によって拘束されていても可笑しくは無かったんだ。 これで君はカノン君に文句を言われても数の暴力でもって挑戦できる権利を得た」

「いや、別に多数決で行動が決まるというわけじゃあないと思うが……」

「そうかい? ならばこの中で一番権力を持っているカノン君には誰も逆らえなくなるが、それでも良いのかね」

「なんと、ここではグリモア君が一番偉いのか……」

「当然だよ。 この航行艦は彼女の物だし、物理的にも彼女が一番我々の中で強い。 彼女が我々のボスと言っても過言ではないのだよ。 試しに彼女のご機嫌を少しでも損ねてみたまえ。 すぐそこにある次元空間で”楽しく次元遊泳”させてくれるだろう。 無論、完全に無装備で……だ」

「グリモア君、なんて恐ろしい娘……」

「ドクター、室長が怯えています。 冗談もその辺りにして下さい」

「ああ、君が言うならばそうするよ”カノン艦長”。 ちなみに私はポジション的には悪の科学者は外せないから、夜天の王は差し詰め……艦長のラバーで良いかね?」

「ラバー<恋人>……良い響きですね。 見直しましたよドクター。 つまらないことばかり言うので外に追い出してやろうかと思っていましたが、中々良い発言をするじゃないですか」

「それは良かった。 であれば、挙式には是非とも呼んでくれたまえ。 無論、仲人も友人代表も私がやろう。 さすがに神父は専門外だが、略式で良いのなら後で見よう見まねで私がその役をやっても良いが、どうする? そうだ、いっそのこと景気付けにこのブリッジで結婚式でもやってみてはどうかね。 人類が持つという愛という名の理不尽な力で、我らが敵に一矢報いることができるかもしれないしねぇ」

「良い案ですね。 古来より愛が次元世界を救うといいますし、この局面では非常に重要かつ必要な超戦略なのかもしれません」

「待て、大幅に議題がズレているぞ!!」

「……残念だ。 結婚式というのを一度間近で見てみたかったんだがねぇ……」

「室長、そんなに嫌がるなんて……分かりました。 確かに戦場では少し不謹慎でしたね。 一生に一度のことですし、ここは二人の思い出に残って忘れられないような立派な計画を立てて豪勢にやりましょう。 そうだ、舞台装置はドクターに作ってもらいましょう」

「任せてくれたまえ。 表返ったときの目出度い初仕事は是非ともそれにしたい」

 その後、白熱する二人のブライダル話が数十分続いた。 もう一人の主役を置いてけぼりにしながらのその討論はキリが良いところまできっちりと話し合われた。 ちなみに、ドレスの色はやはり白でファイナルアンサーのようだ。

「嗚呼、何故かグリモア君のクール成分がどんどんと激減していくと同時に、俺の未来が勝手に偉いことになっていく……」

 一体ここ数日で彼女の身に何が起こったのか? クライドは顔を引きつらせながらその謎について考えるが、さっぱり理由が分からなかった。 これが地なのか、それとも自分のせいでそうなっているのかさえよく分からない。 分かっていることといえば、確実に助手が本気らしいということぐらいだ。 決戦を前にして、何故か異様なほどにクライドの緊張感が死滅した。

 その十五分後、本当の作戦会議が開かれて襲撃は八時間後に決定された。 各自休憩と決戦に向けての準備に移行していく。 その頃にはもう、三人の顔からはそれまでの”余裕”が消えていた。

コメント
ヒィーヤッハー!
更新されてるぅー!

これから読みますぜー!
【2009/07/10 23:24】 | チハ坊 #- | [edit]
お久しぶりです、お待ちしておりましたあ!

半端に知ってる反動で態度保留にしてたつけがきをったなw
【2009/07/10 23:41】 | Tomo #- | [edit]
いただきます。
【2009/07/11 00:25】 | Gobell #- | [edit]
ちょ、え、グリモア君ルートキテハーッ!?
【2009/07/11 01:30】 | 鯖カレー #93Gfe1AA | [edit]
恋愛バネ理論の話をグリモア君が知っている
ということは…
【2009/07/11 04:36】 | 名無しさん #S8Zty8Z6 | [edit]
うをー更新キターしかもグリモワルートだと!
DQ9なんか買いに行ってる場合じゃねー。
【2009/07/11 07:28】 | うりぼう #.nYSL3eM | [edit]
更新ジャー!久々の更新ジャー!
【2009/07/14 01:24】 | ちこ #- | [edit]
今日は最高じゃー
【2009/07/16 00:48】 | 西桜大狐 #vQU5PwVA | [edit]
祭りじゃー! 一気に見てくるぜ大将!
【2009/07/18 11:24】 | 華麗なる田中 #etbfE.eg | [edit]
久々に来たら・・・待ってました~全部呼んでくるぜ~。
【2009/09/08 13:33】 | にゃんこ #JalddpaA | [edit]












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