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憑依奮闘記2 第七話

 2009-07-10
 子供の頃には遠足の前の日や、クリスマスの前の夜なんてのは眠れないものである。 それはきっと、大人になってからも変わらないものなのだろう。 大事な何かがある日や、旅行に行く前日なんてのはいつも年甲斐も無くはしゃいで眠気が遠のくなんてことがある。 意識しすぎて興奮し、眼が異様に覚めたまま、そうして不安や期待に心を躍らせるのだ。 良い意味でも悪い意味でも。
 俺もまた、そうだった。 いきなり作戦時間が決まって、ソレにあわせて休んでいるつもりだったが、どうにもすぐには眠れそうに無い。 用意された個室のベッドで横になったまま、何とはなしに天井を見上げつつもこれからのことに思いを馳せる。

 一世一代の大勝負と言ったら大げさかもしれないが、気分的にはそんな感じだ。 俺の行い一つで、恐ろしいほどに”何かが変わる”。 もしかしたら何も変わらないかもしれないけれど、俺はそれでも変えたいと思うのだ。 このままで良いと思えないし、もっとも安易な選択をして、楽になることは絶対にできない。 あいつは、ザフィーラはどんな思いで消えたのか? あいつのことだ、きっと最後まで戦ってくれたのだろう。 俺の家や夜天の書を守るために、たった一人であったとしても。

 だとしたら、今代の夜天の王は最後まで諦めることはしてはならない。 取り戻せる機会があるのならば、何が何でもそれを成し遂げなければあいつが報われないじゃないか。
 それに、少し前にシグナムとヴィータが再起動されたという話をトールから聞いた。 どこで何をしているのかは良く分からないが、どうやら別の場所で活動しているらしい。 あいつらがどうなっているのかは詳しくは分からないが、どうやらミッドやヴァルハラへ向かったのではなくて各地を転々としていたらしい。 今は転移ではなくて移動をしているようだが、やはり”理由”は分からない。 だが、守護騎士システムに干渉できるような相手が敵である。 俺は楽観はせずに、最悪を考える。 答えはやはり、変わらなかった。 夜天の書を取り戻すことで、全てとは言わないがほとんどの問題が一応は片がつくという結論は変わらないからだ。

「……眠れん」

 疲れをできるだけ取っておかなければならないというのに、考え事ばかりしてしまってどうにもこうにも眠れない。 身体を起こし、ジャケットとツールボックスを引っつかむと俺は部屋を出た。

 この次元航行艦インテレクトは一応表の管理局の船よりも足が速く、またステルス性能においては破格のものをもっているそうだ。 俺がいることで敵側に座標が洩れることで網を張られる可能性はあったが、そこはグリモア君とドクターが出来うるかぎり管理局が動き難いルートを通ることで強引に振り切ることになっている。 既に作戦会議を終えて二時間は経っているが、何者にも攻撃を受けていない。 作戦開始時間までずっとこのままだとありがたいのだが……。

「はぁ……しっかし来るところまで来ちまったって感じだなクライド・エイヤルは」

 正直、次元航行艦という奴が俺はあまり好きではない。 この身体の本来の持ち主が死にかけた場所であり、”クライド・ハラオウン”は作中では次元航行艦で”移動中に死んだ”。 まさかとは思うが、移動中に何も出来ずに……なんてのは勘弁して欲しい。

 何事でもそうだが、何も出来ずに終わるのが一番不幸なことだと俺は思う。 チャンスさえあれば希望を抱いて抗うことができるが、初める前から終わっていたのだとしたら、もうどうにもできないからだ。

 コツコツと静かに響く足音を一人で堪能しながら、数分後には俺はブリッジに到着。 軽く見渡してみれば、ドクターは艦長席に座って何らかの作業をし、グリモア君はその下段にあるオペレーター席で空間モニターと格闘していた。 

「おや? 休んでいたのではなかったのかい?」  

「ああ、どうしても眠れなくてな。 少しグリモア君に尋ねたいことがあって来たんだが……随分と忙しそうだな」

「カノン君は今この艦のシステムを弄っている最中だからね。 彼女でなければ、作戦までに間に合わすことは到底出来ないだろう。 今邪魔をするのは百害あって一利なしだから、私でよければ相談に乗るが……どうだい?」

「ああ、あんたでも別にかまわない。 別にプライベートなことで尋ねたかったわけじゃあないからな」

「ほう? ならば問題ない。 存分に質問してくれたまえ」

「あんたが居るってことは多分あるんだと思うから尋ねるんだが、この艦の工房か研究室を借りたい。 場所が分からないんで教えてくれるか?」

「ふむ? 少し待ちたまえ」

 コンソールを弄りながら、ドクターは俺の前にモニターを表示。 艦内の見取り図を表示させると簡単に説明してくれる。

「なるほど……あと、資材とか勝手に使っても大丈夫か?」

「好きなだけ使って構わないよ。 出し惜しみして負けたら意味が無いからねえ」

「そうか……助かる」

 軽く礼を言うと、俺はブリッジを出ようとしてふと気になったことをドクターに尋ねてみた。

「そうだ、もう一つ聞きたいことがある」

「なんだね?」

「あんたは、初めは反対していたがどうして急にやる気になったんだ?」

「ふむ……」

 ドクターは俺の言葉に少し迷ったように目を瞬かせるが、すぐに苦笑して答えた。 特に隠すことでもなかったのだろう。

「大事な誰かがいることは幸福なことさ。 私はまだ悪の科学者で、誰か特定の大事な人間がいるというわけでもない。 だがね、そんな私でもこの世でたった二人だけ縁を大事にしたいと思った人間がかつていたんだ。 彼らと私は似ていてね、立場も境遇も似ていたし”使われること”を良しとしない人格の持ち主だった。 そんな彼らに、君が近いように感じたからだろう」

「……そう、なのか?」

 困惑する俺をよそにドクターは遠い昔を懐かしむような顔をしながら言う。 俺個人はこのドクター<ジェイル・スカリエッティ>のことはまだ良く分からないことの方が多いが、それでも知っていることだけを考えればそういう風に考えられるということを意外に思った。もっとも、俺が知っているドクターとこのドクターは恐らくは別人なのだろうが。

「君も、彼らも、そして私も抗う者だ。 彼らは自分のためだけではなくて他人のためにも抗うことができた。 私にはその感覚がいまいち分からなくてねぇ……だから、この非常に重要な局面において君の手伝いをすることで少しばかり理解してみたいと思ったのさ。 私は、この戦いが終わった後に表返ろうと思っている。 そのとき、もしかしたらこの経験はなんらかの役に立つかもしれない。 だからこそ、手を貸そうと思ったのさ」

「表返るって……本気か!?」

「別に不思議なことではないだろう? 科学者なんてものは基本的に研究してなんぼだが、属性など特に気にするものではない。 私の場合は裏側に居すぎた気がするよ。 確かに、裏でなければできないことも多い。 生命操作技術、クローン技術などといった非合法系の研究だ。 だがね、だからこそ私は理解しているのさ。 ”裏ではできない研究”もまた表には存在するということを」

 饒舌に語るドクターの言葉は、俺にはいまいちピンと来ないものだったが、もしかしたら焦がれているのかもしれないとは思った。 ずっと違法研究やら次元犯罪者として存在してきただろう彼にとっては、長い薄暗がりの続くトンネルに居続けることに疲れ、その疲れを払拭するために外を満喫したいと思っても別に不思議ではない。 これはそういう衝動に絡んだことだったのかもしれなかった。

「私が本当に研究したいのは”人間”だ。 であれば、裏側でだけで研究したところでその本質は見えないだろう。 見たいのは等身大の人間であり、表も裏もひっくるめた”等身大の人間”だ。 裏は見た。 次は表だ。 そして、その成果を持ってその裏と表の共存するであろう伝説の地<アルハザード>で、余すところ無く人間を研究し続ける。 これが、私の思い描く未来さ。 今は言うまでもなく裏側にいるが、もうすぐそこに表が待っているだろう。 だから、勤勉家の私は少しばかり予習をするわけだ」

「予習……ねぇ。 しっかし、人間を研究する……か。 ”ジェイル・スカリエッティ”らしい研究テーマな気はするな」

「だろう?」

「できれば人道に外れない方向でがんばってくれ。 そっち方面でなら俺も喜んで応援する」

「はははは、だったら是非とも勝って欲しいね。 命が有ればそういう未来もまた起りうる」

 人造魔導師やら戦闘機人を作れるほどの技術力を持っているのだ。 それを医療方面などで平和利用しようとすればドクターならいつかきっと世間を揺るがす発明をすることも不可能では無いだろう。 そうなったら悪の科学者よりもよっぽど親しみが持てる気がする。 ニヤリと笑うドクターに頷くと、俺は今度こそブリッジを後にする。 目指すは彼の研究室。 そこで、少し思いついたものを簡単に作ってみようと思ったのだ。 どうせ作業時間もそんなにかからないし、少し気晴らしをしてから今度こそ寝よう。

「さて、頑丈なワイヤーの類はあるかな?」

 それが使えるかどうかなんてのは分からないが、今はただ精神安定のためにもいつもの俺らしさが必要だった。






「室長、休まずに何をしてるんですか?」

「ん? ああ、グリモア君か。 なに、少しばかり眠れなくてな。 どうせなら無駄に過ごすよりも今のうちに思いついたもんでも作ろうかと思ってな」

 そういうと、俺は適当に弄っていたそれを見せる。 

「……束ねたワイヤーですか?」

 グリモア君は意味が分からないとばかりに首を傾げる。 俺はそれに苦笑しながら答えた。

「探してみたらデバイスに使う類のモノもあったんでな。 無機物操作魔法ってあるだろ? アレとコレを組み合わせたら色々と”面白い”と思ってな」

「実戦で使うつもりですか?」

「必要になったらな」

「……手伝いは要りますか?」

「ん……そっちはやること終わったのか?」

「はい。 遠隔操作用に色々と細工をしてただけですから、”本気でやれば”そんなに時間はかかりませんでした。 元々私一人で操船していた艦ですからね」

 とはいえ、三時間弱もグリモア君に使わせたという時点で常人にはベラボウに理解できない範疇なのだろう。 ケロッととした顔でなんでもない風に話してくれるが、なんとなくスゲーという感想しか出てこない。 俺には次元航行艦の知識はほぼ皆無だからそれは当然だった。

 通常の航行艦は資格さえ取得すれば一人で操船することもできるようだが、さすがにシステムを丸々弄るなんてことは間違っても常人にはできないだろう。 そう考えると、いかに凄まじい能力を保有しているかがよく分かる。

「ドクターがしばらくかかるかも知れないとは言ってたんだがな」

「そうですね、ドクターならもっとかかったかもしれません。 こればかりは”元々”が違いますからどうしようもないですよ。 それで、このワイヤー同士を巻きつけていけば良いんですか?」

「ああ、三、四本ぐらいは絡めてくれ。 一本のワイヤーは切れやすくても、複数本ともなれば頑丈になるだろ」

「室長のそれは少し違うようですけど? あの変なデバイスのマガジンも一緒にいくつか一緒に絡めてますね」

「こいつは”特別製”なんだ。 在庫の関係で一個しか用意しないが、”場合”によっては単発と無しバージョンの奴とで使い分ける。 どこまで使えるかは未知数だけどな」

「そうですか」

 二人して丁寧にワイヤーを絡めながら、それを仕上げていく。 それ以上は特に会話は無かった。 俺はただ黙々と作業を続け、グリモア君はそれを手伝う。 室長と助手の関係そのままに。 何故か懐かしいと思うのは、この数日が余りにも密度が濃かったせいなのだろう。 デバイスを考えたりパーツ発掘したり、メンテナンスなんかをしていたのが遠い昔のことのように思えてならない。 環境は恐らくは、変わりすぎぐらいに変わった。 望みもしない事態に直面して、一方的に奪われていった。 そうして、今があるというのにこの瞬間だけはそんなことから少しばかり遠ざかって、ただのデバイスマイスターに”戻っていた”。

 いや、”戻れていた”という方が正しいのかもしれない。 

 現実逃避がしたかったわけでは決して無いが、穏やかな空気の感触が俺を”夜天の王”から”デバイスマイスター”に戻していた。

「ん、後は……強引に感応制御系がマガジンに繋がるように接続して完成だ」

「室長、こっちのもそれはするんですか?」

「お、五本出来たか。 じゃあ、マガジンを渡すから三本程先端に巻きつけるようにして接続してくれ。 振り回しても外れないようにしっかりと固定してな」

「わかりました」

 予備のマガジンを渡し、また作業に戻る。 俺のはマガジンだけは結構つけた。 これらを一つ一つ接続していくのは面倒だが、そうも言っていられない。 とはいえ、できることはやっておかなければ。

 ああ、どうやら黙々と作業をし続けるのはやはり怖いかららしい。 恐怖は時を追うごとに強まってきている。 上手く接続部位を繋げられない。 指の震えに、そのときになってようやく気がついた。 だが、そうもいってられない。 何故なら、プロのデバイスマイスターは仕事をきっちりとこなすものなのだ。 悪戦苦闘しながら作業を進めていくと、グリモア君が首を傾げながらマガジンを眺めているのに気がついた。

「どうかしたか?」

「いえ、結局このマガジンはなんなんだろうと思って少し考えてました」

「というと?」

「ボクの推論で考えればほぼありえません。 それでも聞きますか?」

「ああ、我が助手が一体どんな推理を披露してくれるか楽しみだ。 さぁ、師の傑作を越えて見たまえ!!」
 
 無駄にテンションを上げて言ってみる。 だが、言った後で気がついた。 そもそも、師とか言ってる前からこの娘は免許皆伝だったのではなかろうか? 公式の資格が無いだけで、初めから知っていたのだとすれば、手がかからなかった理由になるのである。 まさか、助手の方がこの道の先輩だったとか? むっちゃ恥ずかしい。 成り立てのプロが玄人にデバイスマイスターとはなんぞやと、語っていたわけだ。 

「……何故赤面するんですか?」

「気にするな。 己の浅慮を悔いたまでだ」

「はぁ、えーととりえあえず推論を話します。 小型の魔力バッテリーが存在するか、或いは魔力エネルギーを封入された結晶体の類を使っている。 この二つが打倒な考えですね。 もしかしたら、”現状維持”でも利用しているのかとも思いましたが、考えてみればそれは”ほぼ”ありえませんからやはり初めの二つのうちのどちらかだと思うんですけど……」

 答えはいかに? そんな眼で見上げてくる助手。 しかし、俺は違う意味で驚いていた。

「室長?」

「あ、ああ。 答えは”現状維持”だ。 しっかし、よくあんな知名度が無い単語を知ってるなグリモア君」

「嘘でしょう!?」

 絶句するように頭を抱えると、ムムっと唸りながら考え込む。 よく分からないが、俺が”現状維持”を持っていると不味いのだろうか?

「そうか、だから室長はずっと生きて……でも、それだと……」

 ブツブツと独りで呟くと、しばらく彼女は思考の海に沈みこんだ。 俺はとりあえず彼女が正気に戻るまで作業の続きに勤しむ。 グリモア君の百面相を楽しんでも良いのだが、時折洩れる単語の意味が俺には分からない。 アブソリュートがどうだとか、系譜がどうとか突然変異とかなんの話だ?

 三分後、どうにか戻ってきたグリモア君は俺に再び尋ねた。 しかも、今度はかなり突拍子も無いことを質問された。

「室長はもしかしてアブソリュートの系譜……”アルハザード”にいるはずの一族の血に連なる人間ですか?」

「わぁーっつ?」

 何故、そこでアルハザードが出てくるのだろうか? ていうか、”アブソリュート”ってなんだ。

「何が聞きたいのかよく分からないが、俺はアルハザードの人間じゃあないぞ。 アブソリュートの意味もよく分からん。 だいたい、俺の両親<この世界の親>はミッド人で、アルハザードの人間じゃあない」

 そんな驚愕の事実なんて、多分無かったはずだ。 ”クライド・エイヤル”の記憶にも、そんな話を両親からカミングアウトされた記憶は皆無だった……と思う。

「”現状維持”はアブソリュートの一族に発現する特質です。 確かに、彼らの祖も突然変異的にそれを会得したはずですから、数少ない偶然が折り重なって室長がそれを持っていることは可能性的にはありえるわけですけど……」

「恐ろしく確率が低い……と?」

「はい。 特にボクが知っている限りではその能力を持ちえたのはアブソリュートの一族だけです」

「ふーん、まあ珍しいって話は聞いたけどそんな大げさなもんかね?」

「そのレアスキルは道理を無視する異常な能力であり、”人工的には絶対に模倣不可能”な理不尽の権化なんですよ? 驚くなというほうが無理です」

「いや、そんな大げさに言われても困るんだが。 だいたい、これのおかげで俺は闇の書に侵食されないんだぜ?」

「そして、そのおかげで今の状況に陥ってるわけです」

「けどこのレアスキルがなかったら多分もっと前に魔力侵食で死んでたかもしないぞ」

「……そういえばそうでした。 確かに今さらの話です。 しかし、だとしたら勿体無いですね。 それは使い方次第では”難攻不落”の魔導師になれる可能性を秘めていたのに」

「なんだそりゃ?」

「何事も使い方という訳ですよ。 例えば、法外な演算能力を持っている演算機と、悠久たる時間を掛け合わせれば単純に恐ろしいほどの枚数の防御魔法を纏えます。 室長の魔力量がカテゴリーAランクぐらいでも、ソレ相応の時間さえあればSSだろうとSSSだろうと、理論上は通常の攻撃魔法程度なら防げるようになります」

 理屈的にはありえる話だ。 銃弾を月刊誌を何冊も重ね合わせた盾で防御するようなイメージだろう。 弾が貫通できないぐらいの冊数を用意することができるのであれば、その盾は銃弾に対して盾となりうるわけである。

「ああ、確かにそれができればな。 俺も昔考えたことがあるが、んなふざけたことができるほどの演算装置が身近になかったから諦めた。 フラグ操作系だと、柔軟性が無さ過ぎて実用化がきつそうだったし……はっ!? まさかグリモア君なら可能なのか!?」

 期待を込めてグリモア君を見つめる。 しかし、俺の期待とは裏腹にグリモア君は容赦なく首を横に振るった。

「既存のモノと比べると確かに演算にはそこそこ自信がありますが、無理ですよ。 どうやっても今の所ボクは室長の魔力には干渉できませんから力になれません」

 ちくせう。 どうせそんなオチだとは思ったよ。

「それに、あくまでもそれをするには法外な時間がいります。 例えボクに魔力干渉ができても、今のこの状況では準備しきれないですよ」

「そうだった……な。 一度に生成できる枚数には限りがある。 俺の魔力でなきゃ意味が無いんだから当然か」

 儚い夢だった。

「ですが、その分ボクがいますから安心してください。 三度だけ室長を最強クラスの砲撃魔導師に仕立ててあげます」

 何の心配もするなと言う風に、紫銀の助手がそう言って柔和に微笑んだ。 だが、俺はその”引き金<トリガー>”の重さを知っている。 だから、思わずグリモア君にかける言葉を失っていた。 その”三度”は俺にとっても彼女にとっても重いモノになるものだった。 それをこんなにも気安く託される程に、俺は彼女に想われているらしい。 それはとても嬉しいことであり、そして同時にとてつもなく怖いことでもあった。 想いが募れば、自己犠牲に対して何一つ躊躇をしない時が人にはあるという。 そのせいで今の彼女は俺と同じ様にきっとリスク計算が壊れているのだ。 後のことを考えない人間は恐ろしい。 そして今、彼女は俺のせいでそうなりかけている。 そんなのは俺一人で十分だったはずなのだが。

「……できるだけ使わないようにするつもりだ。 今のままでも十分にやれるさ」

「それって、単なる強がりですよ。 室長なら分かっているはずですよ。 この状況下では”使わない理由”がありません。 貴方は私やドクターの提示した”本当の最善”を蹴って挑戦することを選んだんです。 そのリスクを室長が自分で選んで背負い込んだんですから、このリスクにもしっかりと目を向けてください。 逃げられませんよ、貴方が選択したあの瞬間からは。 そしてボクが決めたあの瞬間から、ボクたちは機械仕掛けの心<マシンハート>を越えて運命という名の縁<えにし>が繋がっていますからね」

「縁って……随分と大仰な言い方だな。 ……君を放っておいて一人で行くという手もあるぞ」

「であれば、ボクは勝手にその後を追って自分で引き金を引くだけです。 室長を死なせるわけにはいかない。 だったら、やることは”どっちにしろ”変わらない。 それにボクの方が格段に足が速いですから追い抜いて先行し、露払いをしておくというのも有りですね。 ああ、その方が室長がより”安全”かもしれません。 勿論、室長が追いついてくるまでに五体満足でボクが生きていられるかは分かりませんし、運がよければ室長が回収する前に破壊することも可能でしょうけど……どうするべきでしょうか?」

「……むぅ」

 どうにも、意地の悪い言い方をしてくれるものだ。 思わずため息を吐きながら両手を挙げ、降参のポーズをとる。 グリモア君はソレを見てすぐに満足したらしく、次の行動に移った。

「室長、とりあえず作業は終りですね?」

「ん、一応な」

 ワイヤーに軽く感応してみる。 一応全部に予定通りの感覚があるのを確認した俺は、それらをツールボックスに仕舞い込むと手伝ってくれたグリモア君に礼を言う。

「予定より早く終わったよ。 ありがとうグリモア君」

「いえ、手伝うのは助手として当然でしょう。 それに、実は少し室長に時間を取ってもらいたかったんですよ。 中々言い出す機会はなさそうだったので諦めかけていたんですけど、丁度室長がここに居るので一つ仕事を依頼したいんですが良いですか? 大丈夫、そんなに時間は取らせませんから」

「分かった。 作業を手伝ってもらったしな。 できることなら構わないぞ。 とはいえ、俺が航行艦のことで手伝えることなんて無いと思うが……」

「いえ、これはそういうんじゃありません。 室長に依頼したいのは”とある重要デバイスの調整”です。 これは恐らく今となっては室長にしかできない最重要ミッションです。 なにせ、ボクにもさすがにこれの調整はできそうにないので」

「なに!? グリモア君が調整できないデバイスだと!?」

 内心俺はビビッていた。 恐らくは、グリモア君が言うぐらいの代物だから間違いなくロストロギアクラスのものなのかもしれない。 それも、決戦間近のこのタイミングで話してくるのだ。 使えるようにできれば、戦力がアップする代物なのかもしれない。 久しぶりにデバイスマイスターとしての血が騒ぐ。 思わず作業の疲れなど吹き飛んだ。 

 だがしかし、高揚する精神とは裏腹に、冷静な部分の思考が果たしてそんな代物が触れるのかと冷静に突っ込んできたが、俺は勿論全力で無視した。 理性など、本能が少しでも本気を出せばこんなものだ。

「グリモア君、それはもしかしてロストロギアクラスの代物か?」

「ん、そうですね。 少なくともアレは今となっては一機しか無いはずですよ」

「ほう? そんなレアなデバイスなのか。 期待させて悪いが、ロストロギアクラスはもしかしたら俺には扱い切れんかもしれんが、構わないか?」

「ええ、別に構いませんよ。 ”室長”であれば今は無理でもそのうちに出来るようになるはずですから」

「そ、そうか」

 どうやら、グリモア君は俺の腕を信じてくれているらしい。 ならば、室長としてクライド・エイヤルはこの難題もクリアせねばなるまい。 助手が助けを求めている。 それを解決できなくて、何が室長か!!

「よし、ではさっそくそれをあそこにある妙に高級ちっくな調整槽にぶち込んでくれ」

「分かりました。 それでは、ぶちこみますのでとりあえずコンソールにスタンバイして目を閉じていてください。 多分”絶対”に室長は驚きますよ」

「なんだって!?」

 とりあえずダッシュして、スタンバイ。 コンソールを立ち上げながらその未知のデバイスに出会える幸運を噛締める。 勿論、目を瞑った。 サプライズ……大いに結構じゃないか!!

「それでは、ボクが良いと言うまで絶対に目を開けないで下さい」

「分かった。 しかし、俺は君という規格外の存在を知ってしまったのだ。 そんな俺が驚くかもしれないようなレベルのものがまだ身近にあるとは……正直、この胸の高鳴りを抑え切れないぞ」

「そうですか?」

 何やらゴソゴソと背後から音が聞こえる。 俺を驚かせる準備という奴か。 それにしても、いくつになっても新しいデバイスと対面するときは楽しくなる。 やはり俺はデバイスマイスターになるべくして生まれた男だったのかもしれん。 なんせこんな状態であろうともデバイスへの愛を忘れないのだ。 自分で言うのもなんだが、俺も随分と成長したものである。 デバイス教の教祖になれるぐらいに何かに開眼しそうである。

 などと馬鹿なこと考えていると、背後から聞こる音が衣擦れの音のようなモノだということに気がついた。 目を閉じているから、余計に感覚が敏感になっているのだろう。

 なるほど、重要物だから厳重に布で包まれていたのだな? 思わずグラムサイトを用いて視てみたいという欲求にかられたが、さすがに俺も理解している。 そんな無粋な真似はよろしくない。 ここは、是非現物を裸眼で見て素直に驚くべきだろう。 やがて、今度は魔法の発動を感知したがコレも俺は理由を察していた。

 そういえば、割と大きめの調整槽だった。 俺が十人以上入れそうな大型の奴だったしな。 グリモア君の背丈はお世辞にも高いとはいえない。 良く言えば小柄。 悪く言えば幼児体型。 そんな体型の女性である。 であれば、なるほど。 飛行魔法を使わなければ投げるしかないだろう。 だが、厳重に布で包まれていたらしき物品だ。 投げるなどというのは乱暴すぎる。 ここは丁寧にマイルドにかつスウィートに調整槽に入れるべきだ。 グリモア君の選択に間違いはない。

(更にできるようになったなグリモア君。 手段を選ばずにデバイスのために接することができるようにまでなっていたのか……)

 丁寧にするために魔法さえ用いる。 思わず、弟子の成長に涙したくなった。 いかん、無駄に目頭が熱くなってきた。 俺ももう歳なのかもしれない。 二十を過ぎているしな。 精神年齢は倍近いが。

「……成長したな、グリモア君」

 感極まった俺は思わず呟いた。 その瞬間「え?」などという驚きの声が上の方から聞こえると共に、ザブンという豪快な音が聞こえた。 まさか、俺が呟いたせいで注意力が散漫になり大事なロストロギア(超レア)を調整槽に落としたのか!? なんということだ。 俺としたことが、なんたる失敗。

「だ、大丈夫なのかグリモア君!!」 

 目を開けたい衝動に駆られながらも、辛うじて耐え切る。 クライド・エイヤルは約束した。 だから、絶対に良いと言われるまで目を開けてはならない。 これは助手と室長の魂の絆という奴である。 信じているからこそ、ここでその信頼を裏切るわけにはいかなかった。

『だ、大丈夫です。 それよりも室長、もしかして目を開けてました?』

『いや、別にそういうわけではないが……この通り今か今かと待っている。 それより、デバイスは大丈夫なのか? かなり焦った声が聞こえたが……ていうか、何故念話?』

『それは取るに足らない疑問です。 それより、デバイスは大丈夫です。 なんとか体勢を立て直していますからね』

『そ、そうか。 扱いからして物凄くデリケートなものなのかと思って焦ったぞ。 耐久力に難があるのか?』

『ん、確かにかなりデリケートですけどそんなに繊細なものでもありません。 それでは室長、もう目を開けても構いませんよ。 存分に調整してやってください』

『分かった、全力を尽くしてみよう』

 目を開けてその調整槽の中にあるソレに目を向ける。 どうやら、人間大の大きさのデバイスらしい。 紫銀の髪の毛をフヨフヨと調整水に漂わせながら、そのデバイスは調整槽の中に浮いていた。 小柄な体躯は明らかに幼児体型でちみっこい。 だが、そんなものは些細な問題だとでもいうかのような雰囲気をそのデバイスは持っている。 『黄金率によってはじき出された造形美など必要ではなくて、機能美こそが至高!!』とか『見た目で判断すれば火傷するぜ?』という風な感じの不敵な笑みを浮かべている。 白と緑のストライプ柄のビキニをその身に纏ったそのデバイスに、俺は戦慄を通り越して絶句した。

『……大変だグリモア君。 このロストロギアはグリモア君そっくりだ!! まさかこれは先行試作型でプロトタイプなグリモア君か!? いや、これは……あまりにも似すぎている。 な、なるほど、分かったぞ。 これは所謂量産型だな? これならば確かにこの局面で味方として起動できれば心強い戦力となる!!』

 なるほど、グリモア君が二人に増えると考えれば単純に戦力は倍!! これ以上心強い味方はいないだろう。 これは絶対に起動させなければ――。

『……室長のボケは本気か冗談が非常に分かり辛いのが難点ですね』

『なに? それではまさか目の前にいるのはグリモア君なのか?』

『ボクは一体しかこの次元世界には存在しませんよ。 そもそもボクは試作型なので量産は考慮されてませんから姉妹機なんて存在するはずがありません』

『……では、もしかしなくてもやっぱりロストロギアとはグリモア君のことなのか?』

『当然です。 ボクを越えるものがこの界隈にそうそうあるはずがありません。 というわけで、思う存分室長色に染めてください。 今まではシステム上での簡単なことしかできませんでしたけど、今なら思う存分に隅から隅までボクの身体を好きにできますよ』
 
『ば、かな。 パワハラがセクハラで……いや、しかし相手はマッパではなく水着だ。 であれば……これはセーフ……なのか?』

 確かに、これはアギトのときと違って自主的に自前の水着着用ということでセクハラには当たらないだろう。 そして、本人が調整してくれと頼んでいるので権力を利用した無理やりなパワハラではない……ないが、何かが酷く間違っている気がしてならない。

『室長、女にここまでさせたんですから覚悟を決めてください』

『ぬぅ……わ、分かった。 だから、そんな泣きそうな顔をしないでくれ』

 腹を括った俺は渋々ではあったが、グリモア君の調整に入る。 とはいえ、見知らぬパーツに見知らぬシステム。 さらには、ほとんど理解できないオーパーツ群の数々を見せ付けられた俺の精神は、すぐ様沈んだテンションを回復させた。 やばい、アギトのデータがほとんど役に立たない。 理解できない。 全く理解できない。 だが、だが……この高揚は本物である。 デバイスマイスターとしての魂が震える。 そして俺はどんどんと深みに嵌っていく。

「うわ、なんだこれ。 ぬぉぉ!? こんな組み方が世に存在しても良いというのか!?」

 似ているところもあるにはあるが、そんなのは少数だ。 余りにもアギトのデータとは違いすぎる。 これで興奮しない奴はデバイスマイスター失格だ。 モニターを追う指先が違う意味で震え、戦慄と驚愕が三秒置きに俺の中で凌ぎを削った。 どちらも凌ぎを削りすぎて凌ぎがペラペラになったが、それでもさらに削り続ける。

『グリモア君……こ、この辺りはなんなんだ?』

『それはメインの演算系ですね』

『なに? ならば、やはりこの辺りが動力炉?』

『そうです。 超小型の魔力炉心が搭載されています。 メインがS+ぐらいの魔力を捻り出せますね』

『なんと、プレシアさんがまだ不可能だと言ったものがこんな身近に堂々と隠されていたとは……』

 疑問は尽きない。 グリモア君の身体は今やちょっとした宇宙である。 アレこれやっていると、すぐに一時間ぐらいが経過していた。 無論、それでもまだまだ時間は足りない。

『そろそろ終りにしておきましょうか。 さすがに、室長には休憩時間が必要でしょう』

『まだいける!!』

『いえ、ボクの身体に執着してくれるのは純粋に嬉しいですが、ここまでです』

 調整槽から強制的にコンソールをハックして、グリモア君は強引に電源を落とすと調整槽から上がってくる。 かなり残念ではあったが、パワハラは良くない。 俺は涙を飲んで諦めると、グリモア君に頼まれて近場の台の上に置かれていたバスタオルを手渡す。 調整水で濡れた全身を拭くグリモア君。 そんな彼女をぼおーっと眺めながらも、俺は頭の中で彼女のことを色々と考えていた。

「どうかしましたか?」

「やはり、ユニゾンデバイス系列はデバイス群の中でも度を越して奇怪な部分が多いんだな。 他のデバイスが玩具に思えてくる。 改めて痛感したぞ」

 ストレージ、インテリジェント、ブースト、アームド、そしてユニゾンetc……。 数あるデバイスの中でも、ユニゾンデバイスだけは別格だ。 その中でも一番特異なのは自分で動き回ったり魔法を行使出来る点だろう。 インテリにはオートバリアの機能などもあるが、魔力源がなければ使用できない。 だが、ユニゾンデバイスには魔力源が内臓されている。 グリモア君に搭載されているのは機械式の奴で、どうやら魔導師の持つリンカーコアに限りなく近い働きをするタイプらしい。

 確か、アギトに組み込まれているのは人工のリンカーコアだったはずだから、もしかしたらその差のせいで彼女は魔導師の魔力に干渉できないのかもしれない。 とはいえ、その人工のリンカーコアを作る術は現代のミッドには無い。 古代のベルカではそれの開発に成功していたようだが、今のミッドがユニゾンデバイスを再現しようと思えば、魔導師からのリンカーコアの提供が必要になるだろう。 作れないならば直接現物を埋め込めばよいという発想だ。 たしか、その方法で八神はやてはリインフォースツヴァイなるユニゾンデバイスを作成、所持出来たんだった……と思う。

 これはユニゾンデバイスが流行れない理由の一つでもある。 どうやってそれをすれば良いのか? 俺にはある程度推察はできるがそれ以上のことはかなり難しい。 少なくとも、一発で成功させろといわれればほぼ絶対に不可能だ。 或いは、その方法などももしかしたら無限書庫を漁れば出てくるのかもしれないが、そんな依頼をされたわけでもないしそもそもそんなことを研究できるような法外な研究資金もない。 リンカーコアを提供してくれるなんて都合の良い人間もいないだろうし、論理的にも敷居が高い。 ユニゾンデバイスの作成は正に夢のようなものだった。

「厳密に言うとボクは融合できるだけの”ユニゾンデバイスモドキ”、なんですけどね」

 デバイスの定義から考えれば、確かにグリモア君はかけ離れている。 魔導師が魔法を円滑に使うためにデバイスがあるのに、彼女は魔導師など必要とせずに人を選ばずに魔法の力を与えることができる。 どちらかといえば魔導兵器に近い側面が確かにある。 とはいえ、そんなものは別に大した問題ではない。

「なぁグリモア君。 俺は自慢じゃないがスプーンの先端がフォークみたいになっている”突き刺せるスプーン”をスプーンだと認識したまま気にしないでいられる男だ。 態々モドキなんて言う必要は無いぞ。 良いじゃないか突き刺せるスプーン。 スタンダードな丸い奴よりも実に機能的だ。 俺はああいうのも好きだぞ」

「……もしかして、それで慰めているつもりですか?」

 例えにさえなっていない例えに、グリモア君はただただ苦笑を浮かべた。 言い方がアレだったから気にしているのかと思ったのだが、どうやらそれほど気にしてはいなかったのかもしれない。

「ふふ、それにしてもボクのコンプレックスをスプーンと同じにして考えるなんて……相変わらず室長は……」

「待て、何故そこでそんなにも生暖かい目で俺を見るのだ?」

「いえ、別に深い意味はありません。 ボクもあの特殊な形状のスプーンは嫌いではありませんし」

 そういうと、どこか嬉しそうに彼女はウィンクを一つ飛ばして発言する。 

「となると、新居のスプーンはその形状で統一する必要がありますね。 覚えておきますよ」

「なにか今恐ろしく不穏当な発言が聞こえた気もしたが、とりあえず俺は飯食って今度こそ寝るわ」
 
「わかりました」

 こっくりと頷くグリモア君。 着替えようとする彼女に慌てて背を向けると、俺は急ぎ足で部屋を出る。 部屋を出るまで背中に視線のようなものを感じたが、俺はそれを無視して歩き去った。 どうにも限界だった。 今の俺には余裕が無い。 欠片も無い。 自分が思っている以上に、相当に……だ。

 夜天の王に戻った俺はそうして罪悪感に苛まれながら、”巻き込んでいる”この状況を都合よく利用している人でなしな自分を嘲笑うように自嘲する。 その気は無かったとはいえ、何を言ってももはや言い訳にさえならないだろう。 元に彼女<グリモア君>はそうすることを決めている。 であれば、取り繕うことなんてできやしない。 俺にできることといえば、無事作戦を終了できるように全力を尽くすことぐらいだ。 その後で、俺に返せるものがあるのだとしたら出来る範囲で”何かを返す”ぐらいしかしてやれることはないだろう。 それが彼女が満足するようなものかどうかは別として、だ。

「身勝手だな俺。 ……そうか、だからあいつに愛想を尽かされたんだな」

 いつだって”そうしたい”からそうする。 それが良いと思うからこそ、そうしたいからこそそうして、そうやって生きてきた。 それ以上の物差しなんて俺には用意できないからだ。

 今ならばお前の言った意味が少しは分かるかもしれない。 認めるよペルデュラボー。 俺が今立っているのはまごう事なき”世界の中心”だ。 酷い独善に満ち満ちた、俺ワールド<世界>のセンター<中心>だ。 さすがに自覚したさ。 だから、お前はここをそう表現したんだな? そして、それでもお前は俺とは違ってこの限りなく自己中心的な場所<世界の中心>に限りなく近い隣へと、”愛しい誰か”を招くことができたんだな?

「ちょっと羨ましくなってきた……俺は、チャンスがあったかもしれないのに、まだ誰もここに居ない。 ”居てもらうことができない”」

 薄ら寒いこの場所の空虚を埋めることはまだできない。 だが、今回の目標を達成できたなら俺も少しがんばってみようか? ふと、そんなことを思った。 これもまた、やはり自己中心的な自分が生み出した甘すぎる幻想だと知りながら。













憑依奮闘記2
第七話
「天国と地獄への螺旋階段」













「準備は良いかね?」

 ドクターの言葉に頷くようにしながら、クライドとグリモアはそれぞれ所定の位置についた。 そこはいくつかの転送装置がある部屋であり、二人はそれぞれ別々に装置の上に乗っていた。 艦橋にも一つ有事の際のためにあるが、敢えてそこは使わない。 転送装置に向かう中、最後の確認を終えた二人はその間に適度な緊張感と集中力を高めるために、そこまで歩いた。 

 クライドは書を取り戻しあいつらを取り戻して生き残るために。 グリモアは自分の新しい主を死なせないために。 それぞれに思惑は違うけれど、それでもそれぞれが全力以上のものを発揮しなければこの計画は成功しないかもしれない。 障害はいくつかあるが、それでも何が何でも計画は成功させる。 させなければならない。 であれば、後はやるだけだった。

 不安があるとすれば、一時間前に一隻の管理局の艦を追い抜いたことぐらいか。 こちらにアクションを取らなかったことから、専門の追撃部隊ではなく別件を操作中の艦なのだろう。 それの航路が目標とする時の庭園がある場所にかなり近い場所を通る。 作戦を開始したら、もしかしたら嗅ぎ付けて乱入してくるかもしれない。 不確定要素ではあるもののドクターとグリモアは寧ろ在る意味ではチャンスだと感じた。 最悪の場合は一対一ではなくて、三つ巴の戦いにしてしまおうと言うのだ。

 通常の部隊は勿論、時の庭園で戦う勢力が一体どういう連中なのかなんて分かりはしない。 であれば、どちらも次元犯罪者の類として見るだろう。 ならば上手く立ち回れば敵の敵をつくることも不可能ではない。 無論、リスクもある。 だがこのさい四の五の言っていられる状況ではなく、作戦の変更をする気は到底無かった。 チャンスは一度。 二度も三度も同じようにできるとは到底思っていないし、それはただ悪戯に危険を増やすだけでしかない。
 
「よし、ならば行こうか。 作戦開始だ!!」

 空間モニターの向こうで、ドクターが操船を開始する。 急激な加速に、一瞬艦が揺れるような震動に襲われるが、クライドもグリモアも予め装置の端を掴んでいたので倒れることなくそれに耐えた。 そうして、二人は空間モニターで外部の様子を確認しながらその時を待つ。

「グリモア君、こんなときに言うのはアレなんだが……」

「なんですか?」

 どこか躊躇するような感じで言うクライドに対して、グリモアはモニター越しに尋ねる。 とはいえ、クライドは中々それを口にしない。 だが、グリモアはそれでも何も聞かずにクライドの言葉を待った。

「……逃げ切った後だな、その、一体どうするんだ?」

「どう……とは?」

「多分君は全部本気で言ってたんだと思うんだが……その、なんだ。 俺はこういう奴だから多分、すぐには君に応えることはできないと思うし、もしかしたら君の意に沿わないことになるかもしれない。 それでも、いいのか? 今ならまだ命を賭けるような危険なまねなんてしなくて済むかもしれないぞ」

「ボクの答えは”決まっています”。 つまらない話で士気を落とすのは止めてください」

「……そうか。 すまない」

「何故謝るんですか?」

「俺は、結局君を都合の良い女にしてしまっているのかもしれない。 しているつもりは無かったが、元に今そうなってしまっている。 これはとても、酷いことだと思うんだ」

「……」

「だから、すまないグリモア君」

「室長、貴方は――」

 と、そのときグリモアはいてもたってもいられずに装置の上から飛び出した。 クライドがいる隣の装置の前まで行くと、シャツの胸元を強引に掴むようにして引っ張って強引にクライドの頭を自分を見下ろすように下げさせる。 

「ちょ――」

「――馬鹿ですか貴方は!!」

 口から出た言葉は罵声に近かった。 だが、怒りの感情なんてものは彼女の顔には一欠けらもありはしない。 あるのはただ、クライドを心配するような顔だった。

「どこの次元世界に、都合の良い女に甘んじる女がいるんですか!! そんなこと、あの天然ポヤポヤな執務官だってしませんよ!! 都合の良い女? そんなの室長が勝手にそう思ってるだけでしょう!! ボクは貴方のために命を賭けることを何一つ不満に思ってもいなければ、悲しんでもいない。 これは機動砲精カノンたる”私”が、室長の女であることを望んだグリモアたる”ボク”が自分の意思で決めたことなんですよ!! ボクが決めたことに、貴方が余計な心配なんてする必要はないんです。 大体、ボクを都合の良い女にしたって言うんでしたら、室長は今、どうしてそんな都合の良い女のことで辛そうな顔をしているんですか!!  大事にしたいからそんなに気にしているんでしょう? 自分の気持ちを間違えないで下さい。 一番酷いのは、そうやって自分の気持ちさえ歪んで解釈してしまう貴方の思考で、”クライド・エイヤル”ではないんですよ」

 グリモアには迷いなど初めから無い。 機械仕掛けの心<マシンハート>の駆動を理解したときから、全てはもう決まりきっていた。 それは彼女自身が選んだことで、自分の意思で選んだ答えだ。 彼女の意思はもう何者にも犯せない。 例えそれはクライド・エイヤルであったとしても、前マスターであるアルカンシェル・テインデルでも、それはもう不可能だ。 彼女自身がそれを選択したいと思わない限りは。

「いいですね? 貴方は今とてもナイーブになってるんです。 作戦前ですからしょうがないですけれど、しっかりしてください。 そんなことでは勝てるものも勝てなくなりますよ」

「……」

「どうしてもそういう詰まらないことが貴方の思考を乱すのであれば、そんなことがどうでも良くなるような約束をさせますよ?」

 胸元を掴んでいた両手がクライドの頬に添えられ、グリモアがカカトを上げるようにして背伸びする。 クライドは次の瞬間にはもう、キスされていた。 いつかの時のように、グリモアには融合する気配は無い。

 数秒、そのままが続いた。 クライドはその間、金縛りにあったかのように動けなかった。 まるで世界中から音が消え、時間さえも静止したような錯覚さえ抱いていた。 同時に、感じたのは情けなさであり、ふがいない自分の弱さだった。 そんな弱い自分を、目の前の女性は支えようと全身全霊を込めて愛そうとしてくれている。 こんな、チッポケな自分のために。 見限りもせずに。 とても優しく微笑みながら。

「……三度目は貴方からボクにしてください。 できれば、場所は教会がいいです。 約束ですよ? つまらないこと考える前に、この約束を果たすことだけを考えて頑張ってください」

「……分かった」

 クライドは思わず、そう言った。 そうして、グリモアが転送装置に戻る背中を見送りながら装置の中で一人悶えた。 本当は頭突きでもしたかったが、さすがに装置に八つ当たりするわけにもいかず、髪の毛のかきむしるようにして恥ずかしさに耐える。 なんという失態。 気がつけばウィンドウの向こうでは、精一杯笑いを我慢しているドクターの生暖かい視線がある。 それもまた、クライドを悶えさせる要因となっていた。

「くそ、なんてこった。 年上のお姉さんにあやされて安堵する幼児か俺は。 ああ、もう――」

「ああ、その表現は的確ですね。 実際、ボクの稼働時間は数百年を楽々越えてますから、それと比べれば室長なんてイケナイ遊びをしたことを後悔して親に素直に謝りにくる可愛い子供みたいなものです」

 あんまりな例えに、恥ずかしいを通り越して悶絶したヘタレ男は、もう二度と馬鹿なことは言うまいと堅く堅く心に誓った。

――戦場はもう、すぐそこにまで迫っていた。















 王には王の考えがあり、それを犯すことは何人にもできない。 もし仮に、それをするものがいるのだとしたら、それは王を排除できる者のみである。 であるならば、今回の彼女の気まぐれもまた止められる者など存在しないだろう。 何故なら、今そこには彼女の手駒と魂無き木偶人形ぐらいしかほぼ存在しないからである。

「姉御ぉぉぉ、なんかそれっぽい船が来てるらしいぜ? あの女が言ってた」

「んん? ああ、ようやく来たのか」

 のっそりとベッドの上で大あくびをかましながら、カルディナは戻ってきた部下に視線を送る。 そのあまりの緩みっぷりに、ラウムは苦笑しながらどこかの世界で見た百獣の王とやらを連想した。 確か、あの生物も獰猛な癖してだらけるときは思いっきりだらけていたような気がする。 アレと同じようなものだと思えば、この王もまだ少しは可愛げがあるものだ。

「ふむ……シルビアはどうしている?」

「庭園で草木の手入れをしてる。 なんでも、綺麗な花が咲いたからぐうたらな神様に献上して驚かせてやるんだと」

「なるほど、ではもうしばらくはそのままにしておいてやろう。 ドンパチが始まったら”部外者”は誰も中に入れるなといっておいてくれ。 フーガも一緒にシルビアと待機だ」

「あたいは?」

「お前は螺旋階段の中腹で待機だ。 夜天の王とカノンのペアと戦うのがお前の仕事だな。 妾はつまらなそうだから、奴らの相手をするつもりは”これっぽっちもない”」

「……相手が白だったら?」

「つまらんからもう一眠りする」

「滅茶苦茶適当だなぁ。 まあ、あたいはカノンと戦えたらそれで良いけどよ。 いるかどうかも分からん奴にだけ的を絞るのはどうかと思うぜ?」

「いるさ。 間違いなくな。 でなければ何故急にカノンが裏切る? あいつは”裏切れる”らしいが、そんな機会はいつだってあった。 態々今回というタイミングを選んだのには理由があるはずだ。 そして、だとすれば製作者の片割れであるジル・アブソリュートがいる可能性が最も高いとは思わんか? 生みの親がついたのならば、色々となんだ。 そういう気分になることもあるかもしれん。 妾の王としての勘がそう言っておる」

 間違いない、とまで豪語する王だったが、ラウムはそんな王を小ばかにしたような目でみて反論する。

「なわけないでしょーよ。 情報では組んでる奴は夜天の王だ。 だったら、きっとアレですよ。 ほら、職場恋愛とかそういうの。 こういう場合、スパイするために近づいてたはずなのに、見張るために観察しすぎて惹かれあい、愛してしまったが故に逃避を選ぶなんざ映画でもよくある定番のストーリーじゃないっすか」

「そんな王道的なオチはつまらん」

「いや、つまらんとか言われても……」

 ジャージ姿のラフすぎる王様は、ラウムの言葉をそれ以上は聞かずに部屋を出る。 部屋を出た先には螺旋階段があり、螺旋の途中には部屋がある。 今はほとんど貸切状態なので、どの部屋も好きに出来る。 カルディナは日替わりで部屋を変えては代わり映えしない内装に不満を言いながらも寝る日々を送っていた。 やることといえば、庭園の草木の鑑賞か軽い運動、あとは遊戯室にあるゲームぐらいだ。 暇を持て余しているのはラウムにも分かっていたが、どうにもそのせいで思考能力が落ちている気がしないでもない。 その気になれば世界を支配する強国の王さえ勤まる癖に、実に勿体無いことである。

「大体、好き勝手するのが妾の特権だ。 書を奪う仕事はしたし、ちょっと夜天の王と話して事実確認をすればそれで終りだ。 好き勝手しても問題はない」

「そりゃそーでしょうーけどね。 ここ最近の姉御のぐうたらさ加減にはちょっとあたいも思うところがあ――」

 続きを言いかけたその瞬間、ラウムは獲物である槍を展開しながら横に飛んだ。 だが、振り返った先には何も無い。 当たり前だ。 カルディナが寝ていた部屋の中には彼女とカルディナしかいなかった。 何かが居るはずがない。 自分の眼で確かめたのだからそのはずだ。 しかし、それでもラウムの戦士としての勘が今先ほどの瞬間確かに何かを感じていた。

「どうしたラウム? そんなところで素っ頓狂なことをして」

 カルディナはニヤニヤと笑いながら、奇妙な行動を取ったラウムを見据える。 声をかけられたラウムは、しかし決してカルディナの方には向かずにそのまま槍先を下にするようにして構え、槍を強く握るてに力を込める。

(背筋が凍るようなこの感覚……そして、この身体全体に纏わりついて放れない嫌な感触……なんだ? まるで、死神にでも狙われているみたいな、そんなありえない感じがするぜ)

 冷や汗が勝手に出てくる。 自分の戦闘に関する勘はそれほど捨てたものではないとラウムは思う。 戦闘の勘なんてものは大抵は経験則という奴である。 その直感が今まで彼女が積み上げてきた第六感となり、脅威を感じ取って止まない。

「ふむ? 存外勘は良いようだな。 一度だけ”寸止め”するように命令してみたのだが……よもや背後からのアレに気がつくか……」

「……姉御、あたいが外に行ってる間に誰か来たのか?」

「ああ、来たとも。 お前も一度は戦ってみたかった男だ。 シュナイゼルの奴が悪趣味にも置いていきおってな。 少しばかり楽しませてもらった。 しかし、あのレアスキルは卑怯すぎると思わんか? 奴の近接攻撃は距離を選ばず全てクロスレンジに修正され、こちらの攻撃は距離を無限大にして届かせない。 いやはや、妾自身も随分なものを持っているが、アレはそれを攻守ともに越えてくる。 しかも、本人の剣の腕は紛れも無くトップクラスときたものだ」

「嘘だろ、姉御……まさか、呼び出せたのか!? あいつを、あの”剣の騎士”を!!」

「ああ、どうやらやろうと思えばシュナイゼルにはできたようだ。 ふむ、ただし随分と変わり果てているがな。 どうにも、かなり”不安定”だしもはや普通の人間とは呼べんよ。 ほれ、螺旋階段の上の方にいるだろう?」

「上……!?」

 ラウムは言われたとおり、螺旋階段の方を見上げてみる。 すると、確かにその騎士は五、六階は上の位置でラウムを見下ろすように立っていた。 磨り減った記憶を遡りながら、かつてのその男の顔を思い出す。 すると、確かに記憶と繋がった。 だが、やはりほとんど別人のようにも見える。 少し前に連れて会ったシグナムとヴィータと同じだ。 いや、それ以上にその眼は死んでいる。

「おいおい、あんな距離から寸止めができるって?」

 空間把握能力が常人を軽く越えているのではないだろうか? それとも、そういうレアスキル持ちだからこそなのか? ゴクリと生唾を飲み込んだラウムは、思わず喜び勇んで飛び出したい衝動に駆られた。

「ラウム、待て」

「はっ、冗談きついぜ姉御。 あんな上玉をあたいに見せといてそれはない。 あんまりだ」

「ふふふ、だからこそ今ここで見せたのだ。 のうラウム、お前は管理局の局員に負けたのだろう? SSだったらしいが、妾の槍ともあろうものが”無様”に負けて帰って来たわけだ。 おかげでシグナムとヴィータが管理局にもっていかれたそうだな? まあ、少し前に顕現停止したから何も情報など引き出せなかっただろうがのう」

「ぐぐ、いや、それはまあそうなんだけどさ。 それとこれとは話が別……」

「馬鹿者。 管理局員程度にやられるようでは、あの男の相手など夢のまた夢だ。 そんな奴に戦わせるわけには……いかんよなぁ?」

 意地の悪い顔で、カルディナは言った。 単純にラウムをからかって遊んでいるだけなのだが、言われた本人からすれば堪ったものではない。 剣聖と唯一互角に戦えた男。 例え魂無き抜け殻に等しかろうと、その残滓でさえどれだけ強いか分からない。 そして、今この機会を逃せばいつ戦う機会が巡ってくるか分かったものではないのだ。

「うぐぐぐ……」

「ふむ? そんなにアレと戦いたいか」

「当たり前だろ!! レイヴァンだぞレイヴァン。 あの夜天最強の騎士が目の前にいるのに戦わないなんて選択肢はあたいの辞書には載ってないっつーの」

「よし、ならば条件付きでアレと戦わせてやろう」

「条件だぁ?」

「そうだ。 どうせなら先の汚名を返上してからにしろ。 つまり、一つ武勲を立てろということだな」

「ちっ、まあいい。 つまり、アレなんだな姉御。 ”夜天の王”をあたいが倒せってことだな?」

「そうだ。 倒せるものなら倒してみろ。 カノンがいるから”かなりキツイ”かもしれんが、それができるならまあ、褒美としてレイヴァンと死ぬほど戦わせてやろう」

「よっしゃ、約束だからな姉御」

「うむ、王様ゲームの始まりだ」

 ルールは簡単。 ラウムが王様の命令を唯実行し、結果を出すだけ。 ただ、それだけのゲーム。 楽しむのは王様で、後は皆一切合財チェス盤の駒。 オーディエンスは唯一人。 魔導王は実家へ里帰りしている最中で、イチャモンの一つもつけることはできない。 正に王様が主催するゲームが開催されるわけである。

「さて、後は庭園の自動防衛システムだが……放っておくか。 あれぐらい潜り抜けてもらわなければここで戦う資格など無い。 その場合は武勲無しとみなして機会は無しだな」

「うがぁぁぁ、絶対来やがれ夜天の王。 あたいのために!!」

 十字を切りながら神とやらに祈ってみる。 嫌がらせの如くラウムは丁度目の前にいる武神に向かって祈った。 カルディナは意図を察して頬をヒク付かせながら拳骨の一発でもくれてやろうかと思った。 無論、ご利益など与える気は毛頭ない。

「いい度胸だ。 覚えておけラウム」

「へいへい、都合の良いところだけは覚えとくよ。 なむなむ?」

 不敬罪極まりない槍の騎士は、そう言って一度レイヴァンの方への視線を向ける。 だが、すぐに螺旋階段お中心に向かって跳躍すると下の方へと降下した。 エレベーターも四機ほどあるが、飛び降りた方が数段早い。

「まったく、血の気の多い奴だ」

 既にアレの頭の中にはレイヴァンと戦うことしかないのだろう。  カルディナは苦笑すると、すぐさまレイヴァンを伴って庭園の方へと向かうことにする。 出迎えをせねばなるまい。 家主不在の今、その代理たる彼女は。

 本来なら、夜天の王は彼女に逆らえない。 なにせ古から続く盟約とシステムがあったのだ。 四の領主の一、剣十字の東を治める夜天の王。 その称号を継ぐ者はエレキシュガル・ベルカに歯向かうことなど許されない。 当然だ、上司の命令に逆らえるはずがないのだ。 しかし、夜天の王の称号はもはや、昔の意味では使われておらず、風習や文化がことごとく消え去った今ではその名は単純に夜天の書の主という名の生贄を指し示すだけのものに成り下がっている。

(ふむ、いや……そういえば真の意味で夜天を継げる者がまだ一人存在しているか)

 王になれなかった女がいる。 彼女が居る限り、真の意味での夜天の王はまだ消えてはいないということになるかもしれない。 血筋だけで言えば、名乗ることは可能。 だが、能力は無い。 しかし、少なくともアレが一代限りの”奇跡”だろうと、カルディナは認めようと思う。 レアスキル”無限踏破”を操る氷水の剣聖。 単純に文化を無視して実力主義で考えたならば、彼女を四領主の一つに据えないのは”ありえない”。

「さて、あの男か未だ見ぬ剣聖か。 どちらがバックに居ても良いが、ハズレだけは困るな」

 結論として、ハズレではなければそれで良い。 入り口の玄関先にある階段にどっかりと腰を下ろしながら、ジャージ姿の聖王は大あくびをかましながらそのときを待った。 その視線の先では、彼女の友が何やら噴水の水をクチバシで突くようにして水と格闘している。

 数分、その穏やかな時が続き、それが十数分になる前には庭園の入り口付近で変化がおきた。 カルディナは、しかしそれでも態度を変えずに不敵に待つ。 友は危険を察知して何処かへと飛び去った。

 しばらくしてから次々と響く轟音。 紫銀のプラズマが庭園に草木の間に急造された迎撃装置の重要部に突き刺さり、主砲の制御装置との連結部を容赦なく破壊する。 副砲と警備用に用意されている傀儡兵が、その異物に対して攻撃をしようとするが、どういうわけか一部の傀儡兵が同士討ちを始め乱痴気騒ぎを起こす始末。 その間に、紫銀の輝きは最速で副砲さえも破壊。 庭園上部を音速で徘徊しながら唯ひたすらに蹂躙していく。

 プラズマの雨はそうして、数分後には動きを止め別の侵入者と融合。 しかし、許されたのはそこまでだった。

「レイヴァン、”合わせろ”」

 高速で飛来するそれが、聖王を無視して庭園上部に唯一ある巨大な塔の形をした建物に向かって音速を越える。 聖王の姿は見えていただろう。 だから、相手は無視したいのだ。 だが、そんなつまらないことなど彼女はさせない。

 白ジャージを纏った右手が、”何気ない仕草”で虚空へと伸びる。 だが、それに込められた膂力と魔力はその軽い仕草とは裏腹にとてつもなかった。 次の瞬間、カルディナを襲う圧倒的な加速エネルギー。 普通の人間ならば耐えられるはずがない。 だが、彼女は人間を越えた”王”である。 立ち止まった状態で微動だにせずに音速の運動エネルギーを持っていたはずのそれを素手で押さえ込み、さらにはそれの胸元を掴んでは眼前に”引きずり出した”。

 紅と緑のオッドアイが、引きずり出した男の黒瞳の視線と絡む。 男は、完全に呆気に取られていた。 その目にあるのは、紛れも無い恐怖の色だ。 理解不能な事象に出会い、恐れおののく弱者の顔である。

「――始めまして夜天の王。 妾は聖王カルディナだ。 しかし、そなたは随分と失礼な奴だな。 王に挨拶も無しに素通りしようとは、不敬であるぞ」 

「――な!?」

「どうした? 何か可笑しなことでもあるのか? 別に、”距離さえ合わせれば”妾ならほれこの通り。 例え音速に到ろうとも止められるぞ。 知らなかったのか? S+でひねり出せる運動エネルギーなど、SSS-がひねり出せる力と比べれば児戯にも等しいということを。 どうせなら”光速”に到ってからやってこい」

「……う……あ……」 

「ふむ? そんなに怖い顔をするな。 映像で見たよりも随分と目つきが悪くなっているぞ。 そんなことでは女子にはモテん。 少しばかり緩めてみよ。 もしかしたら、愛嬌がある顔になるかもしれん」

「――う、るさい。 この目つきは生まれつきだ」

「そうなのか? まあ良い。 それよりもっと楽しい話をしよう。 もう分かっていると思うが、”妾”に貴公が勝つことはほぼ不可能だ。 ああ、止めておけカノン。 それが発動する前にこの男を殺すことなど妾には造作も無い。 この距離では尚更な」

 見えないはずの魔力電磁砲身<マジックレール>を感知しながら、カルディナは薄く笑う。 そして同時に、クライドが叩き付けようとして動かした右腕を外側に弾く。 瞬間、青の魔法が開放されるが、それは失敗に終わった。

「おお、今のは着眼点が良かったな。 強制転移の類だな? 場所は分からんが……なるほど。 勝てないまでも、今のが決まれば追い払うことはできたかもしれんな。 だがこれで分かっただろう? 妾の持つ”聖王の鎧”は絶えず周囲の情報を蒐集している。 そなたが行使する魔法の術式、効果本質を理解し、そなたを越える速度で対処できる。 言うなれば、今の状態はラスボスにいきなり村を旅立った勇者が捕らえられたようなものだ。 よもや、そちらもラスボスのはずの妾が初めに出てくるとは思わなかったようだな? なにせラスボスだ。 玉座の間辺りでワイン片手に戦況を楽しんでいても可笑しくはない」

「……」

 男に返答は無い。 今頃は必死に頭の中で思考を回転させ状況を動かすための方法を考えていることだろう。 だがカルディナにはその必死な形相が絶望に彩られていることを理解していた。 初めの”力”の異常さが、この男のありとあらゆる可能性を殺していく。 そして、単純スペックの差がこうも歴然としている。 この状況でカルディナの機嫌を損ねることはすぐに運命を終わらせることに他ならない。

「そうだ、少しばかりお話をしよう。 存外、そちらにとっては有益な話だと思うぞ」

 男を引きずり出した手を離す。 男はすぐに地面に降りると、カルディナから離れようと後方に跳躍。 数メートル挟んだ位置で刀を構えた。 だが、カルディナからすればそんなのは警戒する価値さえ無い。 だから、気にも留めずに会話を進める。

「一つゲームをしよう、夜天の王よ」

「……ゲーム?」

「そう、ゲームだ。 妾は正直、そなたらの相手をするつもりなど微塵も無い。 妾が用があるのは、そなたのバックにいる”何者”かだ」

 怪訝な顔をする夜天の王。 だが、構わずに続ける。

「だから、その何者かをここに連れてきてくれるのであれば妾はそなたとは戦わないでいてやろうと思う。 ああ、勿論無抵抗で夜天の書をやるわけにはいかんから、妾と、この後ろに居る騎士以外はそなたを止めるだろう。 だが、分かっているだろう? これは破格の条件だ。 何せ、妾とこの騎士を除けばそなたとカノンでもそこそこ勝負にはなるだろうからな。 それで、どうする?」

「……俺にはアンタが言っている意味が分からない。 ”ドクター”に用があるのか?」

「ドクター? はは、彼もそちらに着いているのか。 ふむ、それで傀儡兵が奇妙な動きをしていたわけか。 彼がここで余計なことをしていた記憶が確かにある。 うむ、それはそれで愉快なことだが、妾が求める者ではない。 もっと具体的に言ってやろうか? ”アルハザードの連中を誰か呼んで来い”と妾は言っているのだ」

「な、んだと?」

「ジル・アブソリュートでも剣聖でもどちらでも良い。 なんならそれ以外の誰かでも構わない。 ソレをもってこのゲームを始めてやろう。 どうする? 無理なら無理で早く言え。 ハズレならここに長居をさせる理由などないから、すぐに黄泉路へとお帰り願うつもりだ。 勿論、呼びに帰りたいというのならば見送ろう。 それぐらいなら待ってやってもよい」

「……」

 夜天の王は沈黙したまま答えない。 だが、己の命がかかっているのだ。 これで援軍を呼ばないのは馬鹿のすることである。 

「……」

 夜天の王は、ため息をつきながらシャツの”襟首”の辺りを弄る。 特に意味はないのだろうが、聖王は男が酷く汗を掻いている理由が分かった気がした。 この男は、きっと”ある意味でハズレ”なのだ。 そうでなければ、この局面で行動を起こさない理由が無い。

「ふむ、そうかハズレか。 であれば、黄泉路へとお帰り願おう」

 つまらん時間を取らされた。 そんな風に思った王は体内の魔力を全て開放。 足元に虹色の色彩を発生させながら、滅びの十字を刻んでいく。

「――つまらん、消えろ」

 放たれるは十字の極光。 それが、回避行動を取った男の真正面に距離を修正されて踊りかかる。
 高速移動魔法など、後ろの騎士の力を持ってすれば意味がなくなる。 輝く虹色は男が今まで見たことも無いような途方も無い魔力量であり、その後ろにある全てを消し飛ばす――はずだった。

 だが、その瞬間にカルディナは見た。 己の放った極光が、黒の男を吹き飛ばす直前に白い何かに切り裂かれたのを。 目を凝らしてよく見るまでもない。 その女性は、黒の男の襟首を引っつかんだ状態で、無造作に刀を構えて立っていた。 全てを凍てつかせる紅眼と、その墨を流したような黒の髪。 黒のドレスをその身に纏った美女、夜天の血統が生み出した最強の剣姫。 聖王の記憶の扉が疼き、オリジナルの記憶と照らし合わせる。 間違いない。 ”知っている顔”だ。

「くく、随分と勿体ぶって現れるものだな”剣聖シリウス”。 ”見ていた”癖に、ここまで出を引っ張ってくれるとは貴様、剣士を辞めてエンターテイナーにでも鞍替えしたか?」

「――真逆。 それにしても、”聖王陛下”。 貴方は自分が”どれだけ”取り返しのつかないことをしたのか理解しておいでかしら?」

「はて? 取り返しのつかないことなど何一つないぞ。 全ては妾にとって許容範囲内の出来事だった。 であれば、そんな大事など何一つとして存在しない。 強いて上げるとするならば、貴公のことぐらいさ。 父親とは何度か会ったが、お前は一度も私の前に現れなかった」

「必要が無かったのよ父にとっては。 私は夜天の後継者では無かったし、それでいて名前だけは広がりすぎていた。 陛下の先代のおかげでね。 ある意味、家では恐れられていたとも言うわね。 数年とかからずにベルカを改革し続けた”陛下”と、この”私”を引き会わせるのはね」

「なるほど、下手をすればお家騒動になかったかもしれないわけだ? 確かに、あの頃であったならば貴公を領主に指名したかもしれんな。 融合<ユニゾン>能力など、別段特に魅力を感じさせるものでもない。 希少性は高いが、”無限踏破”と比べればあらゆる面で劣ってみえる」

「まあ、昔の話はどうでも良いわ。 それより、ゲームとやらを初めましょう”陛下”。 ソードダンスはお好みかしら?」

「別段好みというわけではない。 ただ、貴公の存在は妾好みの趣がある。 何、満足するまで可愛がってやるさ。 互いにかつてのベルカを知る者同士、剣と拳を交えるのも悪くは無かろう。 それに、今回は特別だ。 後ろにいるこやつも相手をする。 二人掛りだが許せよ? こやつがいないと”逃げられて勝負にならん”」

「それは丁度良い話だわ。 一刻も早くその”出来損ない”と”陛下”の二人を処分したかったの」

「うむ、実に今日は愉快な日だ。 では始めよう剣聖。 褒美は”やれん”が過去に戻る時間だけは与えよう。 かつてライバルだった男との再会だ。 存分に味わえ? 或いはこやつ、そなたの剣で正気に戻るかもしれんぞ」

「死人は死人。 そして出来損ないは出来損ないだわ。 本物の万分の一にも劣る。 彼と比べれば陛下もあの男もゴミ虫以下……精々足掻いてくださいませ。 貴方は私を怒らせた――」

 夜天の王の襟首を離すと、シリウスは静かに目を細める。 ほとんど無表情に近いが、その剣気は殺気となって魔力に宿り、周辺一体の空気を体感的に凍えさせた。 いや、実際に気温がカグヤを中心に下がっていた。 漏れ出す白の魔力の残滓が、彼女の魔力資質と合わさって周囲を恐ろしい速度で冷却していく。

『クライド・エイヤル、ゲームは始まったわ。 気をつけて行ってきなさい。 今の私にはもう、”貴方の御守をする”余裕は無いわ。 全力で生き抜きなさい、ここが正念場よ』

『まさかと思ったがお前カグヤか? 助かった。 それにしても、随分とまあ急激に成長したもんだな……』

 少女姿とは打って変わったその妙齢な容姿に、クライド<夜天の王>は驚愕する。 だが、そんな戯言などカグヤにはもう雑音にしか聞こえなかった。 それ以上は言わさずに襟首を再び掴むと、そのまま聖王の後ろの建物の中に”放り投げるようにして送り込む”。 ぞんざい過ぎる扱いだったが、ここにいられても邪魔なだけだった。 目の前に居る二人は、規格を超越するイレギュラーである彼女でさえ、決して気を抜けない相手なのだから。 体格差など物ともしないその膂力は、彼女が展開している身体強化が並外れていることを容易くうかがわせたが、それをクライドが理解したのは投げられた後だった。

「これで邪魔者はいなくなったわけだ。 ではゲーム開始だ。 本当はさっきの男の謎も追及するべきなのだろうが、私には興味が無いのでな。 それに、そなたが関与しているという時点で在る程度の推察もつくだろうし、書の”廃棄”も検討するだろう。 まあ、そこは妾が考えることではない。今は唯、一つの未知を暴くのみ。 さあ、氷水の剣聖。 アルハザードで揉まれたその力、かつてを越えるか我が眼前に顕現させよ!!」

 愉快そうに叫びながら、聖王とレイヴァンが動き出す。 そうして、人智を越えた極限たちが庭園の上で遂に戦いの火蓋を斬って落とした。

















 時の庭園は、例えるなら巨大な浮き島に円柱状の塔が突き刺さっているような外観をしていた。 元々は過去のミッドチルダで生み出された遺産の一つであるが、その用途はどちらかといえば物資運搬拠点に近かった。 戦艦などと比べて内部スペースがかなりあり、武装もそれなりの規模のモノを施せたことから、戦場とミッドを結ぶ中間の役目を担っていた。 要塞としては小ぶりなのは、戦闘力を重視するよりも機動力と運搬能力を重視したためだろう。 次元平定を終えた辺りにはもう必要とされなくなり、ミッド南部に移り住んだアルトセイムの金持ちに買われた。

 だが、その次元航行能力は健在であり、撤去されたはずの武装もドクターたちによって在る程度の新型に換装されてちょっとした迎撃力を持っていた。 とはいえ、突貫作業と無理な施術のせいでかなり無駄が多い。 ドクターはその最中、いくつかの布石を嫌がらせとして行っていた。

 一つは、警備員たる傀儡兵を”とある反応を検知した瞬間”に同士討ちするようにプログラムに細工をしておくこと。 そしてもう一つが主砲や副砲への制御系を集中させできるだけむき出しにしておくということだ。

 作戦の第一段階として、船で安全に転移できるポイントが把握できるギリギリのポイントまで近づき、グリモアを単体で送り込む。 そうして、すぐに傀儡兵を同士討ちさせる特殊な電波を放出させ、傀儡兵たちを同士撃ちさせながら彼女の砲撃能力と機動力を生かして制御系を破壊する。 それでも動くものは庭園上部にあるものは攻撃し、在る程度脅威度を下げた上でクライドを送り込み合流。 勿論、クライドは遅れていくことでこの奇襲をやりやすくするための第二陣だった。 クライドを一番にグリモアと共に飛ばしては、注意を分断させることはできない。 なので、グリモアに白羽の矢が立ったということだ。 

 インテレクトはそのまま接近を続け、真上からアルカンシェルを撃てる距離で固定。 ついで、ドクターが用意した魔道兵器と傀儡兵で駆動炉を破壊する。 このとき、突入班であるクライドを狙う敵は兵器たちから駆動炉を守るためにそちらに戦力を割かざるを得ないので分散する可能性があった。 クライドはグリモアの機動力を利用して出来るだけ交戦をさけつつ、闇の書までノンストップで突き進む。 ドクターの記憶とクライドが用意しておいた見取り図、そしてトールが検出する闇の書の次元座標によって大体の在り処は突入前に把握している。 後は、のるかそるかであった。

 しかし、予期せぬイレギュラーがあった。 その一つが騎士レイヴァンのレアスキル”無限踏破”であり、聖王が初めから待ち構えているという事実だ。 音速で飛翔する高速移動体を受け止めるだけならばまだ理解できたが、あれだけ距離が離れていたはずの距離を無力化されたのはもはや悪夢としか言えない。 聖王単体であれば恐らくは無理だったはずだ。

 そしてもう一つが、聖王の能力の出鱈目さをクライドとグリモアが心底理解しきれていなかったことだろう。 聖王の鎧とその内包魔力を合わせた戦闘能力。 ”普通の高ランク魔導師”と似たような感覚でいたことで絶体絶命の危機に瀕した。

 相対してクライドは初めて理解した。 認めたと言っても良い。 アレは”違う”。 今まで彼が見てきたもの聞いてきたものの推測上限を更に数段上を行く”何か”である、と。

 そして同時に、もう一つ悔しい事実を理解した。

(ゲーム……ゲームか。 ははっ、”あいつら”も”俺”も、例外なく娯楽道具か!!)

 あの聖王と名乗った女は、それ以上の感情など初めから持っていないのだろう。 その事実が、クライド・エイヤルを堪らなく滾らせる。 怒りで頭がどうにかなりそうだった。 奴らはゲーム感覚で自分の守護騎士を奪ったのか? 考えれば考えるほど怒りが湧く。 そして同時に、無力感にも苛まれそうになる。 ”そんなふざけた連中”にいいようにされるしかない自分を認めなければならないという屈辱故にだ。 

 クライドの目の前には、螺旋階段が広がっている。 背後を振り返れば開け放たれた扉があり、その向こうでは見たこともないような魔法戦闘が繰り広げられているようだった。 時折走る激震が、そのことを何よりも雄弁に語っている。

「カグヤ……今回は借りとくぞ」

 彼女のおかげで命が一度繋がった。 襟首の辺りを駄目もとで弄っていたのが功を奏したのか? いや、そうではないだろう。 タイミングがあまりにも良すぎる。 ならば、聖王が言った通り見張られていたということか。 だが、そのおかげで今は命がある。 ならば、礼の一つも後で言おう。 ついでに、あの女もぶちのめしてくれていたら少しはすっきりするのだが……。 

『……グリモア君、行けるか?』

『問題はありません。 しかし、室長。 貴方はまだ何かボクに隠し事がありませんか?』

『グリモア君が知りたそうなことでは、多分もうないと思う。 あいつは……カグヤは俺の知り合いだ。 アルハザードとこっちを言ったり来たりできるらしいが……俺は詳しいことを知らんからいまいちあいつがどういう奴かは分からんが、多分悪い奴じゃあない……と思いたい。 あいつもかなり強いみたいだが、さっきの聖王相手にどこまでやれるか……』

『彼女――剣聖シリウスは古代ベルカでかつて聖王直々に”剣聖”の称号を与えられた強者にして、限界突破者<リミットブレイカー>です。 恐らくは、聖王とも互角以上にやりあえるとは思いますが……』

『そうか……限界突破者とはなんだ?』

『文字通りの言葉ですよ。 定められている限界を超えた者に与えられる称号です。 アルハザードに集められたりしていますが、彼らは皆常識を超える非常識な能力を持っています。 特に、定まっているはずの運命や理論限界値を捻じ曲げてしまう特性は驚嘆の一言です。 彼らは事実上の限界を超越してしまうので、一部ではバグ存在とか呼ばれたりします』

『あー、つまり非常識な奴と考えれば良いんだな?』

『常識を持って接すると、信じている世界が崩壊するので気をつけてください。 純粋科学の敵だそうです』

『魔法科学的にも敵だと思うが?』

『かもしれません』

『さっきの聖王もそれの一種なのか?』

『違うと思います。 アレは単純に遺伝子改造と元々の能力、そして後ろにいたもう一人の騎士の力の産物です。 ただ、古代ベルカで武神と崇められるほどの力が聖王にはありますから、限りなくそれに近く見えるかもしれませんね』

(リリカル世界の遺伝子強化人間……が、存在定義的には近いのかもしれんな。 つまり、元々普通の人間よりもいろんな意味で強いわけか。 理屈じゃ納得できるが、いまいち実感がわかん。 アレが本当に人類にできることなのか?)

 だが、そこまで考えてクライドは思い直す。 そういえばオッドアイの幼女がレリックで成長して母親と勝負していたが、幼女にまったく戦闘のイロハがなかったのにも関わらず母親は苦戦を強いられていた。 魔法情報は蒐集していたらしいが、戦闘のやり方まではありえない。 どちらの母親も拳での戦いかたなど見せていないはずだからだ。 つまり、あの幼女は純粋に魔力量と身体能力で”駄々を捏ねた”程度であれだけの力を発揮していたことになる。 あのエースオブエースたる母親を相手に、だ。

 怖い想像だった。 仮に彼女が自らの持つ力を完全に制御し、戦闘技能者として完成されていたとしたら一体”三期”はどういう結末を迎えていたのだろうか? もしかして、メガネ女に対する”壁抜き”もないままだった可能性もあるかもしれない。 聖王の持つ可能性とやらに、思わずクライドは絶句した。

『……シュナイゼルとやらは? そいつも遺伝子改造とかされてる口か?』

『そちらはそんな話を聞いたことはありません。 恐らくは通常の人間のはずです』

 恐ろしい話だ。 強化人間な聖王がSSS-で、さらに普通の人間がSSS。 ここに居るとしたら絶望的に思えてくる。 だが、そいつには聖王の鎧はあるまい。 であれば、まだマシかもしれない。 気休めだったが、そうとでも思わなければやってられなかった。

 自分は今、聖王のきまぐれとカグヤの介入のおかげで助かっている。 それが事実で、それ以上の現実など存在しない。 それはつまり、言い換えれば自分の命さえ満足に守れないほどに自分が弱いということに他ならない。

 グリモアに助けられた。 ドクターの協力を得た。 それだけでも十分だったはずなのに、それだけでもう破格の戦力であったはずなのに、実際にはそんなものはクライドの慢心が生み出した砂上の楼閣に過ぎないのか。

 自分は今、きっと目隠しをして高さ数百メートルのビルの上の間を綱渡りで歩いている。 ビルとビルの隙間の強風に身体を襲われながら、バランスを満足に保つこともできずに歩かされているような、そんな絶望的な気分にクライドは晒された。 そして実際の話、クライドを襲う風はきまぐれという名の最悪を偶然という形ですでに四つも敵にしていた。

『室長、どうかしましたか?』

『いや、なんでもない。 行くぞグリモア君。 できるだけ早くだ。 ゲームオーバーなんてしてたまるかよ』

『了解です』

 螺旋階段の中心部へと跳躍し空中に躍り出ると、クライドはグリモアの魔法で次の瞬間には真下へと撃ちだされる。 下に向かえば向かうほど、自ら地獄に一番近い場所へと向かっているような不吉な予感が脳裏を掠めたが、それでもクライドは止められないことを理由に奥へと向かう。 恐怖は、すでに彼の限界容量を超えて彼の感覚を麻痺させていた。



 螺旋階段は黄金色。 まるで黄金の悪魔に飲み込まれているような錯覚さえ、クライドは抱いた。捻れ構造の階段は、ドリルの内部でも通っているように感じさせる。 と、数秒もしない間にクライドは一人の女が自分の行く手を遮っていることに気が付き、一瞬迷った。 こいつもまさか、イレギュラーではないだろうか? ふと、そんな風に考えて腰が引けそうになる。 

『槍の騎士ラウム……魔力吸収<マジックアブソーバー>の使い手です。 それと、どうやら下層部の方から多数の反応を検出。 ……恐らくは傀儡兵です。 次々と出現していきます。 どうやら、ドクターの細工が無いタイプのようですね』 

『挟まれたらやばいか? 今の俺たちなら突っ切れないこともないと思うが……』

『ラウムの相手をした方が堅実かもしれません。 彼女は魔導師の天敵です。 下手に後ろに着かれれば次の敵と挟み撃ちにされる可能性もあります。 最深部への道は中腹の玉座の間を通ってからの道と螺旋階段の終点から真っ直ぐの二つですが、聖王の近くにいる人間は四人いるという話ですから確固撃破できるならその間にしておいたほうが無難かもしれません。 それに、外に聖王とあの騎士以外にも別に二人ほど見かけました。 もしかしたら、ここにいるのは二人かもしれません。 なので、倒した方が”後々楽”になる可能性があります』

『なるほど……』

 安堵させてから落とすのが、一番人間を絶望させる方法だ。 聖王はゲーム感覚でしかいないから、当然自分が”面白い”ようにゲームメイクする可能性はある。 例えば、少しばかり遅れてその騎士たちを追撃に出させてみる、などなど。 とりうる手段は無数にある。

 速度を落とし、クライドは決めた。 断じて、目の前の女が”槍を持った青い髪の女”だからではない。 自分たちの安全確率を少しでも上げるために戦うのだ。 ザフィーラのことを自分から聞くこともしない。 ここに来る前にはもう、優先順位が決まっている。 そして、聖王の洗礼を受けた今のクライド・エイヤルには、本当にこれっぽっちも余分なことを考え実行する余裕は残されていない。

「お、やっときやがったか夜天の王。 あたいは待ちくたびれちまったよ」

「そうか、それは悪かったな。 お宅らの王に少しばかり洗礼を受けてな。 時間を取られちまったんだ」

「あははは、そりゃあ仕方ねーな。 姉御はわりと意地悪で快楽主義者だから、面白そうなもんはついつい弄っちまうのさ」

 白い長槍を片に担ぐようにしながら、その女は豪快に笑う。 そのたびにシャギの入った青い髪が揺れ動く。 嫌味を感じさせないその笑いは、ひどく場違いな印象をクライドに与えた。 これが、今から殺し合いをしようという女の顔なのか? 目の前の女には邪気の欠片もありはしない。 あるのは気さくで、フレンドリーで、快活な貌だけだ。
 
「どうした? 随分とあてがハズレたような顔して?」

「あんたは、本当に俺の敵なのか?」

 我ながら馬鹿なことを聞いたとクライドは思った。 だが、それを聞いた女は更に声を上げて笑いながら言う。

「おう、勿論敵だぞ。 お前の”犬”を殺したり、お前の”家”を爆破したり、お前の”書”を命令どおりに持ち出したのはあたいだからな」

「……」

「とはいえ、あたいも別に好きでそうしたわけじゃあない。 ザフィーラの奴は嫌いじゃなかったし、別に敵意や殺意があったわけでもないからな。 それに、あいつとは酒を酌み交わしたこともある。 言うなれば……遠い昔の戦友みたいなもんだ。 だがまぁ、それはそれこれはこれだ。 あたいにも立場ってもんがあるからな。 今のあたいは姉御の槍だ。 この関係が続く間は、それがあたいの立ち位置って奴なんだ。 だから、あたいは今まぎれも無く”お前の敵”さ。 夜天の王を倒せって命令されてる。 悪いな、あたいの武勲になって貰うぜ?」

 女は、根っからの戦士らしかった。 クライドはなるほどと頷き、唇の端を歪める。 目の前の女の人格そのものはどうやらそれほど嫌いな類ではないらしい。 目の前の女からの言葉は全く嫌味も敵意も含んでいないからだ。 だが勿論”それとこれと話が別”だ。 人格がどうだろうが、敵は敵。 こういうシンプルな考えを向けてくれる相手は、こちらも”シンプル”に考えれば良いからやりやすい。

「なぁ、勝たせてもらうが恨まないでくれよ?」

「恨みつらみを戦闘に持ち込むのはつまらんと思うぜ? そんなんじゃあ辛気臭くて戦いが楽しめねぇ。 戦場で大事なのは勝つか負けるかってのがオーソドックスな感覚だが、気持ちよく戦えるかも重要だ。 最初から全力で来いや。 あたいの槍は”例外なく”魔導の者の天敵だ」

 槍をゆっくりと構える女の顔から笑みが消えた。 クライドもそれにあわせて会話を打ち切ると、心に燻る憎悪の熱を落ち着かせながら、空中で刀を構える。 目の前の女に負けられない理由が一つ増えた。 ならば、問題はどうやって勝つかである。 ザフィーラの仇との戦いは、こうして幕をあけた。













 ドクターの仕事は、直接戦うことでは勿論ない。 当たり前だ。 彼は戦闘技能者ではなく、研究者だ。 だからこそ彼はインテレクトで戦場の情報収集をする傍ら突発的なイレギュラーに対して目を光らせていた。

 場所は時の庭園のほぼ直上。 次元空間に置いては上下左右の概念は宇宙空間と同じく厳密には存在しない。 自分たちを中心にして感じる概念など、この神秘的な世界の前では何の意味も無いだろう。

 次元空間は多次元宇宙をいくつも内蔵し、その中で世界を形作る。 厳密に言えば人間が呼ぶ世界は文明がある宇宙を指し、そのなかでも代表的な文明の名前や次元進出を果たしたその文明の名で呼ばれることが多い。 実際、宇宙は常に膨張を続けていることからそれは単純に呼ぶための名前、所謂記号に過ぎず結局は区別するための意味しかもっていない。

 ミッドチルダの世界はミッドチルダと呼ばれた惑星から生まれた文明でしかないし、そのミッドの宇宙が例外なく膨張し続けているのだからその中に別の文明が発生ないし存在し次元世界的にコンタクトできるまでに進化したとすると、その宇宙<世界>をミッドチルダなどと呼称し続けることは難しくなるだろう。 とはいえ、今のところそんな兆しは無い。 何れは変わる可能性もあるだろうが、可能性の中だけの話だ。 今は気にすることではなかった。

 ドクターは空間モニターのカウントを少し見て、頃合かと判断した。 と、インテレクトの物資搬出口が開き、おびただしい数の魔導機械がインテレクトから飛び去っていく。 ドクターが研究施設で研究していた戦闘兵器の、その二作目だった。 飛行能力を備えたそれらは全長二、三メートル程しかなかったが、そこそこの性能を有している。 武器は魔導レーザー兵器とマイクロミサイルだ。 だが、無論必要とあればカミカゼを行って機械兵器特有の自爆攻撃さえ行える。 防御フィールドにはAMFを搭載したそれは、すくなくとも魔導師にとっては数が集まれば少なからず梃子摺る相手に仕上がっている。

 その機械たちは本来であれば大気圏内の運用されるはずだったが、少しばかりドクターが弄ったことで次元航行が可能なぐらいにはなっている。 勿論、それは応急処置にすぎないから、本格的に次元空間戦闘はできない。 だが、要するに時の庭園を覆っているエアフィルター<人工的に発生させている大気>内部に進入できれば問題は無いのだ。 そうすれば本来の性能を発揮できる。 距離が離れているから少し時間がかかるだろうが、増援はこれだけではない。 アレは時間差で攻める一手に過ぎないのだから問題はない。

 時の庭園からの攻撃はもう無い。 どうやらカノンが上手く制御系を破壊してくれたようだ。 何発か砲弾がインテレクトのバリアを揺るがしたが、致命的な損害などはなかった。 一つ訝しいことがあるとすれば、それは時の庭園が一向に動かないことだ。 カノンや傀儡兵が破壊できるのは上部に向けて発砲できる射線を取れる対空迎撃系が主なのだが、庭園の下側、浮き島の下部などに設置されている砲台は破壊できない。 本来ならば、ここで時の庭園は回転し生き残っている砲台の射線をインテレクトに向けるべきなのだが、そのための動きが全く感じられなかった。 酷く不気味だ。

「……妙だな」 

 声に出すほどに気になる。 だが、ドクターは頭を振ってその理解不能を頭の中から追いやった。 もしかしたら、カノンたちが予想以上に上手くやっているのかもしれない。 続けて、ドクターは転移強襲部隊を発進させる。 こちらは飛行部隊とは違って直接内部に転移させる腹積もりだ。 円形円柱型の魔導機械と、チューンした傀儡兵を送り込む。 時間的にはこちらの部隊が先に庭園内を蹂躙するだろう。 少しだけ余力を残し、後は全て転移させる。 残りは、イレギュラーの対処とこの船が狙われたときの護衛だ。 気休めだったが、ソレは必要なことだった。

 飛行型魔導機械七十機、円柱型魔道機械百機、そしてタイプ別傀儡兵五十機。 普通の魔導師四人ごときであったなら、この数の暴力の前には押しつぶされるのは必定。 魔導機械には虎の子のAMFが標準装備されているから、相当に疲弊させるなり抹殺するなりできるはずだ。 だが、それは普通の一般の魔導師であればの話。 ドクターの頭ではこれでもまだ全く足りないと考えていた。

 特に、先ほどから庭園上部で暴れている三人の魔導騎士たちの戦いを見れば特にそう思う。 なんだ、”アレ”は。 夜天の王に尋ねると黒髪の女は味方だから放っておけと言ってきたが、ドクターはそうでなければ今にもアルカンシェルを撃ち放ってしまいたいという衝動に駆られていた。

――赤の騎士。

 古代ベルカ絶対強者のうちの一人。 記憶が疼く。 古い旧い記憶が、胸に響く鈍痛となってドクターの精神を圧迫し、オリジナルの記憶を紐解いていく。 その果てに、ドクターはその男の名前を今になってようやく思い出した。

「……レイ……ヴァン? 剣の騎士レイヴァンか!?」

 だとすれば、今現在夜天の王が生きているのは奇跡に近い。 どうやら庭園内部で交戦中らしいが、それでも思う。 今日はもしかして奇跡のオンパレードが許される日なのか、と。

(彼との戦闘をスルーでき、あの”レイヴァン”に古代ベルカの最後の”王”、彼らと二対一で対等に戦える存在が味方だと!? いつの間にか夜天の王は悪魔とでも取引したのか……それとも、”彼”の仕業か?)

 彼ならば、あるいはこのマッチメイクも笑いながらできるだろう。 いや、しかし。 本当にこれは”奇跡”なのか? 或いは、これは破滅への前触れではないのか? あまりにもこの展開は都合が良すぎる。 インテレクトはいつでもアルカンシェルを発射できるし、ほぼ無傷。 増援は今送り込んだし、今のところ致命的な事態にはなりそうになっていない。

(経験則でいえば、嫌な予感というものは当たるものだ。 統計学的に見れば嫌な予感というのは経験則に裏打ちされているらしいというのを噂で聞いたような気もするが、それが絶望的なもの場合は更なる絶望を呼ぶというジンクスにさえなっている。 ならば、この私の嫌な予感というのもまた、当たりうる可能性があるわけだ。 何か、私は見落としただろうか? カノン君が示唆したこと以外で、まだ何か起りうるか? 或いは、見知らぬイレギュラーが隠されている可能性はどれだけある?)

 可能性など些細なことから上げていけば思いつくだけでもキリが無い。 だが、ドクターは何か途方も無いことに気がついた気がした。 今現在の状況で一番ありえるのは、インテレクトへの攻撃。 何故ならそれが一番脅威度が高いからだ。 庭園ごと吹き飛ばす威力がこちらにはある。 それは脅威以外のなにものでもないはずだ。 

(狙われている? それが一番可能性が高い気がするね。 だが、攻撃手段は?)

 砲撃は封じた。 対艦クラスの攻撃魔法であの位置から攻撃するとすれば、それはもう次元攻撃クラスの魔法を使用するしか届かない。 だが、それができるの敵戦力は聖王とレイヴァンぐらいのはずだ。

 魔導王がいる可能性が咄嗟に一番早く思い浮かんだが、アレは異常があればできるだけ”自分の目で確かめる”タイプの人間だ。 カノンが襲撃した際、居るのであればいの一番に顔を見せる気がする。 逆に、聖王は個室のベッドで出番が来るまでは寝ている可能性があると思っていたぐらいだ。 実際には予想は外れたようだったが、しかし今となっては高確率で居ないはずだった。 では、どうする?

(インテレクトに転移攻撃を仕掛ける? ……却下。 空ならば在る程度可能性はあるが、ここは次元空間だ。 ジャケットが破壊されれば一撃で人間は即死する。 次元空間で人間を使うのは、よほどのことが無い限りありえない。 そうしなければならない段階、つまり絶体絶命のピンチにまで追い詰められなければ無いね。 アルカンシェルがこちらにあるとはいえ、夜天の王が向こうにいる間はこちらはアルカンシェルを撃てないからまだその段階ではないはずだ)

 転移は”まだ”無い。 であれば?

(こちらは”アルカンシェル”で攻撃できる位置にいる。 ということは、向こうからも同じく攻撃できる位置にいるというわけだ。 だが、向こうはアルカンシェルを撃てないはずだ。 主砲部分はカノン君が制御系を破壊することで無力化した。 修理はすぐには無理だ。 何せあそこには技術者はもういない。 ならば、現状アルカンシェルを放てるのはカノン君ぐらいだ。 それも、この距離だと彼女自身を駆動炉の魔力と直結し、自爆覚悟で一発撃てるか撃てないかのはず……) 

 ちらりと、モニターで駆動炉の辺りを観察する。 駆動炉は時の庭園の塔の最上階部分にあり、非常に頑丈で分厚い特殊合金の向こう側にある。 塔の屋上の下の階に丁度在る計算になるわけだが、そこに誰かがいるなんてことはないだろう。 そもそも、いたとしてもどうにかなるわけではない。

 そのとき、塔の屋上にある円形のマンホールのような蓋がゆっくりとしたから押し上げられていくのをドクターは見た。 その中から現れたのは、ドクターも少なからず知っている小柄な女性だった。

「馬鹿な……何故、”君”がそこにいるんだ――」

 声が震える。 存在しないはずの亡霊を見た気分だ。 或いは、これがリビングデッドに出会った者の恐れなのか。 震える手で夜天の王に通信して確かめようと手を伸ばしかけるが、ドクターはそれを断念した。 その代わりに、急いで転送装置を起動する。 座標は塔の入り口だ。 転移していく傀儡兵や、陸専用の魔導機械の一部が庭園の防衛装置類を破壊するために行進している。 別の場所では紅鎧の騎士とシスター服の少女がそれと戦っているようだが、まだそこまでは手が回っていない様子。 ならば、なんとかなるだろうとその場所に転移座標を設定し、大急ぎで転移装置に飛び込んだ。 ドクターがはっきりと見たのはそこまでだったが、それでもそのあの小柄な人影が一体何をしようとしていたのかは理解できていた。 足元に浮かんだ極大の五芒星形と、彼女の容姿を考えれば一発でピンと来た。

 瞬時に転移したドクターは、周囲の傀儡兵たちを支配下におく前に塔の上を見上げる。 このときばかりは自分の命の危険など彼は勘定に入れていなかった。 ソレほどまでに事実確認を渇望していたのだから。

 見上げる空は次元空間特有の暗黒色。 エアフィルター越しに見える空は、ここがまるで地獄の果てにでもいるかのように暗い。 だが、その空の手前の部分が”紫銀”の魔法陣らしきモノで嫌に輝いていた。 次の瞬間、ドクターは見た。 その紫銀から立ち上っていくように見える極太の”青白い閃光”を。 

「あの閃光……イーター君が見せてくれたアルカンシェル特有の輝きにそっくりだ……真逆、ここにはもう一人”カノン君”がいるのか?」

 ありえないと断定したい気持ちと、疑う気持ちがドクターの中でせめぎあう。 旧い記憶を探りながら、その可能性を模索する。 だが、やはり記憶をどれだけ探っても答えはノーだった。

(機動砲精カノンを構成するパーツのほとんどはアルハザード製のものばかり。 こちら側であのオーバーテクノロジーを模倣するのはほぼ不可能。 研究施設、資材、どれもが現代でも必要レベルに達しない。 似て非なるベルカ系のユニゾンデバイスならば製作は可能だが、現物の複製は不可能だ。 どうやっても”こちら側”では彼女を模倣することはできないからだが、じゃあ一体彼女はどこから来た? どうやってそこに存在している? 調べなければ……)

 奇跡の安売りをしすぎだと、ドクターは内心で毒ずく。 ドクターは勿論、奇跡などというものは信じない。 全ては偶然か計算が成り立たせるものだからだ。 であれば、この奇跡を用意したはずの人間の顔が数人自然と浮かび上がってくる。 だが、その一人はありえない。 彼女は今愛しい夜天の王に身を任せて命をかけたデート中だ。 彼女をあそこまで虜にした彼を裏切るはずはない。 ならば、やはりあの二人のどちらかが噛んでいる。 そして、だとしたら絶対にあの男が噛んでいないはずがない。

 何を目的で用意したのか、何をそこでするためにそこに潜ませていたのか? 考えなければならないことは無数にある。 一つだけ、辛うじて思いつく可能性があった。 数秒思案し、ドクターは決意する。 この謎を追うことは、恐らくを自分の命を容易く無に帰すことになるだろうと自覚しながら。

 通信端末のチューニングを弄って、ドクターは一度インテレクトに回線を繋ぐ。 カノンが遠隔操作で艦を制御するために弄っていた特殊回線に繋ぎ、状況を把握するためだった。 回線が繋がり、システムの状況を把握する。 だが、それも数秒もしないうちに不可能になった。

「……沈んだようだね。 一撃でインテレクトのバリアを消し飛ばすとなると、やはりアレはアルカンシェルか。 ならば、上にいるのは……」 

 その先を発せずに、ドクターは先行していく傀儡兵の一体に命令して自らその腕に飛び乗った。 推測などいくらでもできる。 ならば、実際にこの目で確かめるしかない。 螺旋階段を見上げながら、ドクターは思う。 夜天の王が地獄に通じる穴を進んでいるのだとしたら、自分はきっと天国に続く階段を登っているのかもしれない……と。 

 本当なら夜天の王にいち早く通信するべきだったが、ドクターはそれをすることをしなかった。 今日は奇跡のオンパレードが続く日だ。 ならば、その奇跡はきっとその誰かのためのものなのだろう。 少なくとも、自分のためではないだろう。 夜天の王か、黄金の男か。 どちらのための奇跡<偶然>なのか? その一旦を解明する役目はどうやら自分にあるらしい。 それを把握した上で、通信しよう。 大丈夫、幸い今の自分には手駒がある。 自分が作った、対魔導師用のAMF展開が可能な魔導機械がある。 数が心元無いが、それでも少しばかり探りをいれるぐらいはできるだろう。

(これが”君たち”の間にあった感情なのかな? グライアス殿、チェーン……誰かのために戦うというのはこの私は初めてだが、存外悪いものではないようだ。 少しばかり、楽しくなってきたよ。 ああ、それに彼らの結婚式のためにも”神父役”たる私は絶対に生き残らなければならないじゃないか!!)

 反逆の同胞。 親愛なる友人。 時を越えた縁を感じた彼らと同じぐらいのものをこの一日にも満たない間にドクターは感じていた。 それは、裏側では決して得られなかった暖かい感情だった。

――この日、彼は誰かのために戦えることの幸福を少しだけ知った。 














「――アルカンシェルの反応ですって?」

「はい、間違いありません艦長。 少し予定航路を外れますが、特有の反応を検出しました。 この宙域での局の作戦行動は記録にありませんでしたから、当たりかもしれませんよ」

 オペレーターの声を聞いて、その金髪縦ロールの艦長は流麗な眉を少しばかり動かした。 その隣に立っていたフレスタは、思わず期待を込めて敬愛するお姉様の顔を見た。 その視線に気づいたのか、艦長は苦笑しながらも頷いた。

「ええ、どうやら目当てのものが”見つかった”のかもしれませんわねフレスタさん。 オペレーター、次元通信を大至急エスティアのディーゼル提督に繋いで頂戴」

「了解しました」

「操舵主はそのポイントへ進路を取りなさい。 レーダー主は警戒を密に。 よろしくて?」

「「――はっ」」

 威勢の良い声がブリッジに響く。 これがぬか喜びである可能性もあるが、艦長の女の勘がこれが当たりだと囁いている。

「エスティアとの通信、繋がりました。 モニターに出します」

 空間モニターが開かれ、その向こう側には黒髪の青年の真面目そうな顔を映し出す。 お互い、知っている身だ。 この通信の意味を理解しているだろう。 現状の確認をかねて話すつもりだった。

「ごきげんよう”クライド・ディーゼル提督”。 そちらの方の作戦は順調かしら?」

「少し前まではね”レイン・リャクトン提督”。 守護騎士を二人捕まえて本局に連行していたんだけど、そこで肝心の守護騎士が消えてしまった。 次の襲撃まではお手上げといったところさ」

「消えた? 逃げられたんですの?」

「相手は魔法プログラム体だから、どうやら闇の書の主が捕縛を察知して実体顕現を停止させたようだ。 自分から魔力の霧に還られたら、こちらとしては打つ手が無い。 本局の監査官をこちらに寄越すように言ってたんだけど、どうにも本局はそれ以外のことで手一杯らしくてね……」

「なるほど、JSウィルスの件ですわね? それにしても、タイミングがここまで悪いのは意図的なのか偶然なのか、判断に迷うところですわね」

「だろうね。 それにこちらの作戦中に守護騎士に混じってリビングデッドが活動していた。 過去の犯罪者のデータベースのどこにも存在しない未知の戦力だ。 こちらは単純に捕縛は不可能だから在る程度割り切れますが……」

「古代の叡智と闇の書の関係は昔のデータにありまして?」

「リビングデッドと守護騎士は似ているようで微妙に違います。 今回が特別なレアケースだと”思いたい”というのが、僕の率直な見解ですね。 性質が違いすぎる。 リビングデッドは制御できるかもしれないし、守護騎士も制御できるかもしれない。 でも、守護騎士の場合はそれができるのは闇の書の主だけだ。 そして、闇の書は転生先を選ばない全くのランダム転生を行う。 一時的には両者が繋がるのは可能だとしても、繋がり続けられると考えるのは難しい。 まあ、そうであって欲しいという僕の願望がかなり混ざっていますね、この考えには」

「確定的なデータが出揃うまでは黒に近いグレーといったところですわね。 しかし、なるほど。 となると……そちらには今のところ打つ手は無いといったところかしら?」

「例の善意に満ち満ちたタレコミは逆探知不可能、ついでに現在は守護騎士たちの活動も停止中。 そして最悪なのが、JSウィルスの対処のためにグレアム提督が一時的に本局に召還されたことです。 艦隊指揮官として、執務官長として、あのウィルスの対処のために釘付けにされることは目に見えてる。 僕が動けるようにはなんとかするとは仰っていたけど、それでも今後の活動を考えるとかなり厳しいだろうね」

 ため息をつきながら語るディーゼルの眼には、焦りの色が伺える。 ようやく手掛かりを掴んだかと思いきや、それを手に入れられずに終わる始末。 時間が経てば経つほどに罪状は重くなり、犯罪者にも恐ろしいまでに寛容な更生プログラムもこのままでは匙を投げることになるだろう。 できる限り急がなければ、クライド・エイヤルはもう管理世界に復帰できないことになるかもしれない。

 深まるのは謎ばかり。 真なる闇の書の主、リビングデッド、クライドの逃亡理由、消えた助手、増えた魔力量、時の庭園、エイヤル家爆破事件、最低でもこれぐらいは謎がある。

「光明はあると、貴方は信じる?」

「半々ぐらいで。 彼の人となりは嫌な部分ほど良く知ってる。 基本的に彼は確信犯なんだ。 無駄なことはしない主義だし、無益なことはしたがらない。 今回の事件、もしかしたら彼にとってのメリットを理解することができれば、或いは何らかの意図が垣間見れるかとも思うんだけど彼は……その、アレな奴だから絞り込むのが難しい。 プロファイリングが得意な鑑識でも彼の精神構造を把握するには時間がかかると言ったぐらいだから、あれはもうきっと筋金入りさ」

 魔導師としての力を高めるために闇の書の力を欲した可能性、単純にデバイスマイスターとして闇の書を研究し尽くすために逃亡している可能性、助手と駆け落ちした可能性、何らかの事件に巻き込まれて逃げている可能性、簡単に思いつくだけでもディーゼルには四つある。 だが、果たして本当にこの中に理由があるのかさえ断定できないほどにあの男は奇天烈な思考回路をしている。 アレほどやり難い相手はいない。

「私<わたくし>も彼を知ってますけど、その意見には賛成ですわね。 でも、夫も信じているし、私も信じたいのですわ。 彼は無闇に人を襲うような人物ではない……と」

 そのとき、レーダー主がついにそれを発見したそれを別のモニターに映し出す。 レインはしばし会話を打ち切りそれを見た。 最大望遠で辛うじて確認できる程度だったが、それはまるで岩の塊のようにも見えた。 だが宇宙空間とは違ってスペースデブリの類など”基本的”には次元空間には存在しない。 さらに、別の観測班がそれが探しているものと一致することを突き止めた瞬間、レインはディーゼルに言った。

「真偽は常に真実と一緒にバカンスを楽しんでいますわ。 だからこそ、我々はそれを突き止めなければならない。 そのためには、優秀な”執務官”が今すぐ一人こちらに”欲しい”のですわ。 ”仕事が無い”のならこちらに暇してる彼女を寄越してくださる? 戦力も”ちょっと”足りないのよ」

「はは、それは”大変”だ。 しょうがないね。 しょうがないから彼女をそちらに一時的に僕の権限で出向させるよ。 今の本局だと、戦力を送るには時間がかかるかもしれない。 その間にそちらに何かあったら大変だ」

「ありがとうディーゼル提督。 それでは、彼女の出向を心待ちにしておきますわ」

 強く頷くディーゼルと共に、レインは敬礼を交換してから通信を終えた。

「フレスタさん、貴方の部隊の人間はすぐに動けて?」
 
「勿論ですレインお姉様」

「こら、ブリッジでは”艦長”と呼びなさいな」

「とと、失礼しましたレイン艦長」

 思わず出た地を取り繕うようにしながら、フレスタは謝罪する。 もっとも、こんなものはここにいるときだけだ。 ブリッジを一つ出たら、すぐにここにいる”全員”が喜んで彼女の下僕に成り下がる。 男も女も関係なく。 無論、無理やりではなくて、何故か皆が彼女を前にすると自然にそうなってしまう。 それが、レイン・リャクトンの恐ろしいところであった。 すでに艦内クルーの人心を当たり前のように掴み切ってしまっている。 フレスタが未だに敬愛し続けるのもそのせいであった。

「さて、それでは”彼女”が来るまでの間に武装隊は出撃準備を整えておいて。 こちらは転移距離ギリギリまで近づいて、少し情報を探っていますわ」

「了解!!」

 敬礼し、早足でブリッジを出て行く小隊リーダー。 その背中を見送った後、レインは続けて指示を出す。 一応、先ほどのアルカンシェルのこともある。 艦の足を止める愚は冒さずにランダム軌道でできるだけ庭園の周囲宙域を回るようにさせながら情報を探っていった。

 彼女たちの来訪が吉と出るか凶と出るかはまったくの未知数だ。 しかし、彼らは”仕事”と”私事”のためにここにいた。 彼との少なからず縁がある者たちの思いが、もしかしたらこの必然たる偶然を作り上げたのかもしれない。 そして、だとしたらもっとも縁が強い彼女がこの局面でやってこれないわけがなかった。

 艦橋に一機だけ設置された非常用の転送装置。 そこに、ダイレクトで飛んでくる人影がある。 それが実体を持って現れたそのとき、レインは優雅に微笑みながら彼女の来訪を歓迎した。

「ようこそ、私の航行艦『レインボー』へ。 歓迎しますわ、リンディ・ハラオウン執務官」

 本来ならいないはずの役者もまた、こうして舞台に上がる権利を得た。
コメント
第二部のフィナーレに向けて着々と役者がそろってるな。

しかし、まだまだ序盤だから仕方ないけどエイヤルの力量が絶望的に足りてないどうやって一泡ふかすのかそれとも逆転ホームランを打つのか目が話せなくて困るw
【2009/07/11 00:01】 | Tomo #- | [edit]












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