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憑依奮闘記2 外伝3

 2009-07-10
 終わらない夢などありはしない。

 苦い夢も甘い夢も辛い夢も楽しい夢も、いつかきっと目を覚ますことで消えてしまう。 夢は泡沫。 現実もまた泡沫のようにいつか消える淡い輝き。 けれど、夢と現実の境界はいつだって人間を苦しめ、悩ませ、その乖離を事実という名の剣に変えて突きつけてくる。 そのたびに揺らぎながらも、人間は歩みを止めない。 まるで泳ぎ続けなければ息が出来ない魚のように、運命の濁流を泳ぎ続ける。 それしか、彼らにできることが無いが故に。
「盤面の駒には意思はなく、皆等しくプレイヤーの手駒に成り下がる。 しかして人の運命はこんがらがった糸のように複雑に絡み合い、個人の意図を無限に内包しながら形を成していく。 意図の荒波は下流で合流する沢山の川の一部であり、やがてそれらがたどり着く海は終着駅として運命を全て飲み込み、結果の波を返していく」

「――けれど限界突破者<リミットブレイカー>は人の意図も何もかもを意思の力でもって断ち切れるわ。 ただ海に向かっていく意思の川には自由はほとんど無いのに、彼らは自分の意思で流れをどうとでも変えられる。 下る路が無ければ土を削り、強引に流れ込んでは川の流れを自前で作る。 強引な工事をするみたいにね」

「だがストラウス。 強引に川の道を切り開くことができる理不尽存在である限界突破者にも、できないことは無限にある。 例えば、魚の鮭のように逆に川を遡ることはほとんどできない。 できるのはそういう部分の”限界”を偶々越えられる者だけだ。 とはいえ、厳密に言えば限界突破者は可能性の極限が存在しない。 その限界さえ、いつの間にか意思の力で超えてしまうこともある。 故に限界突破者は超越者にさえ並び立てる可能性を内包している。 当然だ、”限界”が広義的には無いのだからやりようによってはそこにもいける。 とはいえ、これは可能性の話だ。 実際にそこまで辿り着ける者は少ない。 辿り付かなければならなかった者を除いて、皆それを明確には理解していないからだ。 だから、その必要が無い限界突破者は皆それだけで満足して立ち止まることがある。 個人の望む相応の流れさえあれば人は大抵満足できる。 ならば、それ以上を望むか望まないかの自由は彼らの中に常にあり、限界突破者の限界を作っていく」

「そうね、でも”そんな当たり前のこと”を私に話して一体何をしたいのかしら?」

 怪訝そうな顔をして黒銀の受付嬢――ストラウスはその少年に小首を傾げる。 言葉遊びは嫌いではないけれど、ストラウスは”忙しい”。 態々そんなことを話すために休日外の自分を呼ぶなどありえないと考えている。 であれば、また楽しそうな”仕事の頼み”でもしてくれるために呼んだのだろうと推察する。 

 玉座に座り込んで薄く笑う少年――アレイスターは、そんなストラウスの様子を眺めながら楽しそうに微笑んだ。 圧倒的なカリスマと存在感を誇るその相貌だったが、対するストラウスも負けては居ない。 悠然と微笑んで言葉を待った。 

「なに、本題の前の雑談だ。 取るに足らない前置き、そんな程度のものだ。 実はなストラウス。 川の流れを滅茶苦茶にする奴がそう遠くない内にやってくる。 それに関連して一つ、やってもらいたいことがある」

「へぇぇ……面白いわね。 具体的にはどのようにして滅茶苦茶にするのかしら?」

「端的に言えば悪意の無いクラッカーのようなものだ。 とはいえ、それ自体には基本的に害意が無いから狂いはしても元に近づく。 が、流れは確実にそれに近づけば近づくほど僅かずつ影響を受けるだろう。 いい意味でも悪い意味でもな」

「いまいち要領を得ないわね。 悪意が無いならそれはただのハッカーではないの?」

「余にもそれ以上の言葉が思いつかない。 別に例えたとすると特異点だが、精々自身の周囲だけだし限界突破者のように限界を超えられたわけでもない。 ただ、そういう機能を持った存在だというだけの話さ」

「貴方に弊害はあった?」

「特にはないな。 元より人に害を成す類ではない。 ……だが、もしかしたら”貴公”だけは苦手になるかもしれん」

 どことなく楽しそうな様子のアレイスターに、ストラウスは黙考する。 別に仕事を依頼されるのは構わないが、『自分だけが苦手になる』というその言葉の意味がいまいち掴めない。 どちらかといえばストラスは気が長い方である。 凡そ、何かを嫌うという感情があまり発生し得ない。 それは彼女の格が余りにも高すぎることに由来するある種の余裕から生まれ来る個性ではあったが、その彼女をして苦手になるかもしれないというのは明らかに異常な存在である。

「確認するわねアレイスター。 苦手になるかもしれないだけで私にも害は無いのね?」

「断言する。 ズレはするが害は起りえない。 貴公ならば正しくアレを理解できるだろう。 アレはちょっとした成果だよ。 ”偶然”を上手く利用した良い例だ」

 それ以上は言うつもりは無いらしい。 具体的なことは何も言わずに、アレイスターはそこでその話題を打ち切るとストラウスに今後の予定の一つを話す。 それにストラウスは思わず目を瞬かせて驚きながらも、自分が呼ばれた理由をおぼろげながら理解した。

「虚数空間から一時的に浮上する……ね。 となると、その後は”戦争の続き”でもするのかしら?」

「相手の出方次第ではそうなるな。 だが、その前にアルハザードを”自治世界連合”に特別枠で加盟させる。 アルハザードの外交窓口は本来は十二位か十三位の仕事だが、これからは貴公に一任する。 その手腕でアルハザードの永世中立を理解させ、存在しないはずの伝説世界<アルハザード>の名を再び現実に引きずり出す手助けをしてもらいたい。 納得させる餌は必要だろうが、封鎖世界の連中が欲しがるような程度の技術ならば腐るほどこの地に眠っている。 貴公の権限で適当にいくつか持って行けば良い。 ああ、久しぶりに各世界から一名ずつ留学生を招くというのでも良いかもしれん。 その辺りは貴公に任せよう。 いつものように存分に仕事をするが良い」

 本当ならアルハザードは単体で全ての世界を相手にして”一方的”に戦える。 だが、シュナイゼルのような存在が出た以上、二度目を許す気などいくら面白かろうとアレイスターには無かった。 そのための自治世界連合。 伝説を信じない者がいようと、アレは個々の独立自治を認めない勢力を牽制する最大規模の抑止力。 ストラウスがヴァルハラから提唱し、実現したそれは長い年月をかけて一応の成果を出している。 無論、そこには各世界の思惑が多数あれど、それでも加盟世界への次元侵略戦争の類は目に見えて激減した。 その事実を単純に利用しようと言うのだ。 加えて、ストラウスを使うことで表の経済面からも彼女であればその名前だけで圧力をかけられる。 ストラウスの名はもはや自治世界連合内部では伝説の域にあるのである。

「調整が面倒そう。 でも、やりがいはあるわ」

「そうだろうとも。 余では”結局力押し”になるからな。 暴君となって圧倒的な力による独裁ならば得意だが、それをすれば第一位が帰って来たときに壮絶な殺し合いになるかもしれん。 が、その点貴公は平和にことを成してくれる。 『アルハザードの良心』とはよくいったものだ」

「ふふ、私の本質からは遠い言葉ね。 生来の私は感染し犯す者<吸血鬼>だというのに」

「個の善性を問うならば、貴公は生粋の善人だ。 なまじ力が強すぎるから自身ではそういう言葉に抵抗を感じるのかもしれぬがな。 余からすれば、貴女を怒らせる奴の方がただそれだけで悪だ」

 アレイスターはヴァルハラ世界で彼女を初めて発見した日のことを思い出しながら言う。 あの頃はいまいち自分の存在を正確に理解していなかった彼女であるが、既に自己を理解した今彼女は当時の比ではないほどの位階に立つ存在として昇華されている。

「それで、時期はいつ頃になるのかしら?」

「二十年以内だ。 早くて二年……といったところか。 そこまでしか視えなかったから、時が来るまではまだ何とも言えん。 しかしこれで今まで放置していた問題が一つ片付くだろう」

「片付けるのは”彼”? それともあの”娘”? まさか、”貴方”だってオチはないでしょう?」

「無論それは決まっているさストラウス――」

 まるでその時を待ち焦がれる子供のような、老人のようなそんな年齢を超越する無邪気な笑みを浮かべながらどこかもったいぶったような顔でアレイスターはニヤリと唇を釣り上げる。 ここ数百年続いた問題が片付くのだ。 彼が楽しまない理由は無い。 だからこそ、彼は”そう言う”のだ。 ドクターに語ったあの時のように。 友人に言ったあの”言葉”を。

「――いつだってそれを成すのは、”その世界の中心に立つ者”だ」

   












憑依奮闘記2
外伝3
「遥かに遠い戦場」













――管理局員は当たり外れがありすぎる。

 それは、ラウムの中では常識であった。 部隊保有制限というもののせいで、表向きには戦力の一極集中ができない以上”骨の在る奴が”少ない。 場合によっては数重視で一人も強者が居ないことさえ有りうるからだ。 確かに、戦力が一部隊に集中しすぎることは効率の面において良くないこともあるが、それを効率的に指示して運用していくのが”上の”仕事だ。 いくら人手が少ないからといって杓子定規的なルールを作り、臨機応変を少なからず阻害する決まりを作るのはよろしくないとラウムは思う。 あるいは、”そうしなければ”有能な魔導師の取り合いが起って組織が上手く立ち回らない事態を招く危険性があるというのなら、そもそもにおいて人を使う側に問題がある。 つまりは、人間の敵は”人間”ということなのだろう。 そう思っていた。 だが、やはり”そうでない”奴というのもまたそうある人間と同じぐらいにはいるはずだったことをここに来て痛感した。

「なんだ、管理局も”やればできる”じゃあないか」

 戦場は既に自分たちの予測を超えた。 一体どこに部隊保有制限などというものの片鱗があったのか。 呆れを通り越して嬉しくなった。 そうだ、こんなにも血沸き肉躍る戦いというのは彼女の敬愛する姉御意外には久しぶりのことである。 このプレッシャーと、久方ぶりの本物の闘争の空気に当てられて、闘争本能が楽しいほどに刺激されていた。

 猫二人は剣と鉄鎚の二人を相手に互角以上の戦いを演じ、二人を援護するはずのフーガは後から乱入してきた青年によって抑えられている。 そして彼女自身は、ミッド式の女の奮闘によって抑えられていた。 一対一での決戦力を重視しているベルカの騎士である彼女が、だ。 確かに、魔力量だけで見れば目の前の局員の女の方が強いだろう。 だが、こと近接戦闘技能に限って言えばベルカの騎士の方が優勢であり、加えて彼女はミッド式には”すこぶる強い”特性がある。 だというのに、目の前の女はそれでも抗って見せている。 近接戦闘能力はラウムには及ばない。 しかし、それを補うほどの奇妙な勘の良さと多様な魔法で攻め立てて来た。

 求められる魔導師としての力のベクトルこそ違うが、そこは確かに彼女が認めうるだけのものがあった。 もっとも、それでもさすがに大分弱ってきていたが。

 ラウムが振り回す白の槍の切っ先が、異様なほどの翡翠色に染まりながらも翡翠の刃と幾度と無くぶつかっては轟然とした音を奏でる。 強大な魔力攻撃の衝突によってその度に瞬間的な閃光がチカチカと輝いては眼を焼いた。 けれど、そんな良くある光景に眼をやられることも無いままラウムは更に長槍を振り回し続ける。 対する女性局員は、それに必死で対処しながら”鍔迫り合いにならないように”すぐに刃を引く。 瞬間、後ろに下がった彼女の眼前に現れる数十発のスティンガーブレイド。 本来ならばもっと数を用意できるはずなのに、何故かその程度を発生させることで精一杯だった。

「――ウォールシフト!!」

 瞬間的に発生させるのはその程度が限界ということなのだろう。 明らかに弱体化している己の魔法に歯噛みしながらも、それでもその局員は刃を放つ。 ラウムはそれを見ると、すぐに槍を中心を握り締めて風車よろしく回転させて即席の盾にしながら放たれたスティンガーブレイドを弾き飛ばすと、そのまま距離を取ろうとする女を追った。 高速で空を流れる互いの身体。 目まぐるしく高速で空を飛びながら陸地から解き放たれた魔導師たちが空を舞う。

 機動力は単純にラウムの方が速い。 すぐに追いつくと、真後ろから槍を薙ぎ払い翡翠の魔力刃を打ち出す。 瞬間、開放された魔力刃が高速斬撃となって迫り局員はそれをシールドを張って防御すると、すぐに翡翠に輝く魔力刃を宿した杖を下から斜め上に一閃させた。 再び獲物同士が衝突。 ラウムが大上段から叩きつけるようにして振るった”白い槍”が薄っすらと翡翠の色に再び染まっていく。 それは彼女の魔力が食われている証だった。

「――く、やはり貴女のそれは!!」

「ああ、多分お前が”思った通り”さ。 で、どうするよ。 あんたは多分、こういう手合いは初めてなんだろう? いつまでも”逃げ切れる”とは思ってないよな? 確実にあたいよりも先にアンタの魔力の方がくたばるぜ? 無駄撃ちせずに腹ぁ括れや。 ガス欠で堕ちるなんざ、最低の負け方だろ」

「魔力吸収<マジックアブソーバー>ですか、厄介な特質ですね。 ……ですが、それだけで勝てるほど私は安くありませんよ!!」
 
「はっ……ぬかせ。 手間はかかるが”それだけ”だろ”お嬢様”。 あんたは致命的にあたいとは相性が悪いんだぜ? 現に遠距離魔法はフルスペックを発揮し得ないだろう? いくら法外な魔法があろうと、”全力で撃てなきゃ意味が無い”。 そして近距離で”ベルカの騎士”に勝てるミッド式の魔導師は端からそれ用の訓練を積んでなけりゃあほとんどゼロだ。 はっきり言えるがあんたは”この距離”が得意じゃねーんだろ? 眼が良くても身体がついてきてないぜ? あんたの本当のジャンルは基本的には遠距離からの撃ちあいだろう? あんたの太刀筋は綺麗すぎる。 なんというか、教科書そのままなお上品な匂いがプンプンだ。 これじゃあ、”近接技能”はその程度だって公言してるようなもんだ。 普通の剣士やらにはまだそのリーチの差でもっとマシに戦えるんだろうが、生憎とあたいの獲物はこの通り槍だからな。 それは戦術的アドバンテージにはならない。 辛うじて今はその膨大な魔力で助かってるだけだ」

「――くっ!!」 

 鍔迫り合いの最中、彼女は酷い虚脱感に襲われていた。 単純な話だ。 接触点から魔力を喰われていくため、その喰われた量と同等の魔力を刃に込めなければならないせいでただ密着するだけで魔力を酷く消費させられていた。 基本的に人の魔力に他人が干渉することはできない。 使用済みで意識的に支配下から外れた残滓ならばまた別だが、通常は他人が制御している魔力には干渉できないはずなのだ。 それが現在のミッド式やベルカ式魔法の明確なルール。 だが、ラウムにはその明確なはずのルールが”通じない”。

「ミッド式の遠距離魔法の大半は体外に魔力を散布してから練り上げてスフィアとかにしてから効果を発揮するタイプが多い。 さっきの飛ばす魔力剣も広義的にはその一種だな。 だが、散布中にもその魔力をあたいは”奪い取れるだけ奪い取って無力化できる”。 つーか、体内から離れたところの魔力の方が制御が格段に緩いのな。 例外は近距離魔法なんだが……今のそれ以上に近距離で高威力の魔法なんて持ってねーんだろう? あるなら早く使った方が良いぜ」

「敵に手の内を晒すと思いますか?」

「いーや、思わねーさ。 単純にあたいが気になったから聞いてるだけだ。 久しぶりに骨の在る奴と戦えてそこそこ楽しめたんだが、どうにもジャンルが”噛みあいすぎて”萎えてきた。 無いなら無いでとっとと潰そうかと思うんだが……どうだ? もうちょっと抵抗してみるか?」

「ペラペラと喋って、随分と余裕なんですね」

「何、まだまだ余力は十二分にあるからな。 運がよければ後三人も余分に戦えるんだぜ? って、おおう?」

 強引に大量の魔力を刃に込め、翡翠の女性はラウムを力ずくで弾き飛ばす。 だが、肩で息をしているのを見れば明らかに疲弊しているのは明らかだった。 ラウムは距離を数メートを開けられはしたもののすぐに体勢を立て直し、その女性が立ち直るのを待つ。 勿論、油断など初めからしていない。 単純に底を見てみたいだけだったから、ああして炊きつけてみただけだ。 遠距離魔法はその性質上ラウムには効き難い。 魔力を放出し形にする前にその魔力を奪い取って効果を激減させることが可能だからだ。

 近距離では本職が槍使いなおかげで、彼女の槍捌きは達人級である。 さらには刃を交えれば交えるほど魔力を喰われる。 ミッド式に対して圧倒的な優位性を持つラウムにとってはミッド式の遠距離系という時点で例外を除いたほとんどが手強い敵にはなりえない。 彼女は生粋の魔導師殺し<メイジキラー>にして騎士殺し<ナイトキラー>。 そもそも”そういう”連中を狩るための騎士だった。 その蓄積した戦闘経験と力量は本物だ。

 騎士が敬われ、異能たる魔法が科学と隆盛だった古代ベルカ。 聖王の名の下に民は平和に暮らしてはいたが、その中で奉られてきた騎士であっても人間だ。 出来心やその生まれ持った異能を持って犯罪を犯す人間は少なからずいた。 どれだけ発展しても、人類から犯罪者はなくならない。 そこでそんな連中を取り締まる人間が彼女のような諸国を練り歩く自由騎士の位を授かり、道を外れた騎士を狩る抜き打ちの尖兵として通常の騎士とは別に世に放たれていた。 ラウムはその一人であり、その中でもかなり格上としてランクされていた。 だからこそ、”一番の異端となった王の命”を狙うことにさえ戸惑わなかった豪傑だ。

 彼女が戦っていた理由は別に正義感とかではなかった。 ただ合理的に一番暴れられるのが自由騎士で、さらには悪人ならどれだけぶちのめしても良心の呵責など持ち得ないからなんとはなしにそれを続けていた。 強くなりたいという感情は、単純に彼女に槍を仕込んだ両親の教育の賜物だったが、そのせいで戦いというものをシンプルに考える。 戦って強いのはどちらか? これが基本的なモノの考え方である。

 力とは彼女にとって一番分かりやすいバロメーターだ。 知力でも武力でも金力や精神力でも、それらを常人よりも多く持ち得る者がいつの世も間違いなく強者として君臨する。 それが世の常だ。 そして、その極限を持つ者こそが絶対強者として自由に生きることができる。

 極端な話、犯罪者でも極大の力を持つ連中は正義であるとラウムは考える。 無論、それは常識から外れても強く有れるという前提が必要だ。 もし社会に押さえつけられてそのシステムで駆逐される程度の力であったなら、それらは正義足り得ない。 つまりは、ただの犯罪者に成り下がるわけだ。 だからこそ、目指すべきは何人たりとも寄せ付けぬ境地。 真の武人の域。

 強者になりたい。 強者を目指したい。 その上で、強者の視界というのを見てみたい。 例えば、そう。 あの聖王カルディナのように。 世界一つ灰燼と化しても我を貫けるそれは、恐らくは歪んだほどの強さによって支えられている。 少なくとも、ラウムには到底あんなことはできないししたいとも思わない。 いいや、真っ当な人間にはきっとできないだろう。 だからこそ思う。 単純につき抜けた強さを持つものが正義である、と。

 例えるなら彼女の生き方は槍そのものだった。 生涯の中でありとあらゆる障害を貫いた先にある未到達地点。 強者たちが最後に到達するその場所へ、その地点へただ邁進し成長し続ける生きた槍。 今のところは王に握られているが、いつかはそれだって食い破れるだけの槍となるかもしれない。 そうして、今は見えない場所にある”見えない何か”を掴むのだ。 ラウム自身、それを形容できる言葉は無い。 そうすることが気持ちが良い、あるいは自分が納得できるといった程度でそれほど深くは考えていなかった。 だが、”そうなってみたいと思う”自分がいることだけははっきりと分かっているから、彼女は戦う。 戦い続ける。 その痛みに怯えないし、過程で得た痛みこそが次への糧だと信じていた。

「なぁ、あんたは”そこ”で満足してるか?」

「……」

 局員の女性はいきなりの言葉に怪訝な顔をする。 当然だ、そもそもどういう意図があるのかさえ分からない。 

「あたいはまだ満足できないんだよなぁ。 ただ、我武者羅な時とか戦ってる最中だけは満足した場所に居られる気がする……あんたはあたいが何を言ってるか分からんだろうが、どうよ? ヤケに気を張ってお勤めしてさ、どうにも”全力集中”してやってる感じがしねーんだよなぁ。 何か気がかりでもあるのか?」

「戦闘が生き甲斐というわけですか? さすが、”闇の書の守護騎士”ですね」

 返って来た答えは皮肉の言葉だけだったが、ラウムは特に気にもせずにクツクツと笑うだけだった。 的外れな勘違いに対してと、言いたく無いという不機嫌さが嫌でも顔から伝わってきたからだ。

「はは、そんな怖い顔すんなよ。 まるで男にでも振られたみたいな顔になってるぜ?」

「余計なお世話です!!」 

「ありゃ……もしかして図星か? あー、すまん。 そりゃ立派な”言い訳”だな。 しかし、こりゃ更に萎えるな。 どうせなら万全の体勢で来いよ。 気持ちがどっか他所を向いてたら折角の大魔力が台無しだ」

 優勢になってきたあたりから少しずつ底が見えてきたせいで、やる気が減ってきていたところに更に気が滅入ってしまうラウム。 だから、”もう終わらせる”ことにした。 

「ま、いいさ。 他人のプライベートなんざ聞いたって楽しいことは特に無いって昔から決まってる。 精一杯抵抗してみろ。 だが、後がつかえてるみたいだからよ……ちょっとばかし急ぐぜ」

 翡翠がかった白に輝く長槍が更に限界一杯まで魔力をかき集めていく。 周囲に散布されている翡翠の魔力を吸収し、過剰散布される怪しい魔力を中心に吸収していった。 ただ、自然散布されている程度の極最小の魔力は放置する。 それはどうにも”気にするほどの魔力”でもないし、余分なことに力を使っては意識のリソースを取られる。 確かに練り集まれば脅威となるが、この程度ではどうにもならない。 それがこの局面での目の前の女性局員の生命線<グラムサイト>だったことに気がつかないまま、ラウムは油断せずに前に出た。 更に冴え渡っていく連撃が次々と繰り出されては対戦者に猛威を振るう。 

 翡翠の局員はしかし、その高速突撃にしっかりと反応した。 ラウムの槍は突くよりも薙ぎ払いを多用するタイプの豪快な槍技が多いらしい。 突きも使わないわけではないが、そちらはあまり好みではないのか今のところはあまり使っている様子は無かった。

 振り回される槍が、局員を攻めていく。 反応して防御はできるものの、それ以上には続かない。 単純に長物を扱う技量が違いすぎた。 防御に専念することで辛うじて耐え切れるが、それだけ。 まるで嬲り者にされている気分がしてくる。 そして、随所で用いられてくる巧妙なフェイントもまた厄介だ。 巧みの技は単純な反応を凌駕して幾度と無く彼女を追い詰める。 獲物を扱う技量、魔力吸収能力、近接戦闘技能と単純な魔力量以外で全てが全て負けている。 だが、それでも局員の女性は紙一重で耐え凌ぐ。 逆転の一手を思考しながら、紙一重の最中であっても思考を止めない。

 強さの質が違いすぎることは理解している。 相性が最悪だということも理解した。 だが、それでも翡翠の女性局員――リンディ・ハラオウンは戦った。 遮二無二なって刃を振るい、迫り来る槍を最悪致命傷だけは回避するようにして迎撃。 ラウムが思わず嬉しくなるような気迫を見せる。

「はは、随分と頑張るじゃあないか”お嬢様”。 そんなに仕事が大事かい?」

「……」

 抗えば抗うほどご機嫌になっていく相手の言葉を無視しながら、迎撃、回避、迎撃、迎撃……。 少しずつ高度を落としながら、魔力を奪われダメージを蓄積され、体力と集中力をすり減らしながらも槍に抗う。 仕事だからというのも勿論ある。 だが、リンディ・ハラオウンにはそれ以外にも目的があった。 だから今、”ここ”に居るのだ。


――酷だと思うけど、できれば手を貸して欲しい。 多分、君自身のためにも真実を知る必要があると思うんだ。


 苦い顔をしながら、ディーゼルは彼女にそう言った。 彼自身も少なからず混乱していたのかもしれない。 だが、それを態度にできるだけ出さないように語ると、彼女にそう落ち着いて言ったのだ。 無論、リンディは当然そんな言葉を信じることはできなかった。

 どんな顔をして会えば良いのか、それとももうできるだけ会わない方が良いのか? 友人として会うのは多分無理だろう。 向こうは平然としていたようだったが、自分はそんな風にすぐに割り切れるとは思えない。 あんな最低な嘘をついたということと手を出したことによる負い目、自分の存在が彼にとって結局はそんな程度だったのかと思うとどうしても悲しくなった。 そんなリンディにとって、その彼の言葉は追い討ちとばかりに突き刺さった。 目の前が思わず真っ暗になったぐらいだから、彼女の受けた衝撃というものがどれだけ凄まじいものだったのか分かる。 思わず、ペタンと床に倒れて尻餅をついた。

――クライド・エイヤルが闇の書の主である。

 冗談にしては笑えない話だ。 ただそれを確認するだけだったらまだ平静で居られただろうが、その後特殊部隊スウェットと交戦しこれを撃破して逃亡するなど、冗談では済まされないことをしている。 他にもいくつか放たれた管理局の追撃部隊を返り討ちにしたりしながら逃亡を続けていた。 その目的は分からないし、それだけの力が彼女が知っているクライド・エイヤルにあるかと問われればあるはずがないと彼女は考える。 どうやっても彼単体の力では無理だ。 自分であったなら、在る程度はやってやれないことは無いだろうとは思うが、それと同じことが”あの”彼にできるはずがない。 確かに、一対一ならば格上も特定条件下では倒すことはできるだろう。 しかし、集団戦闘における数の暴力の怖さを覆すための戦術がクライドには余りにもなさすぎる。 同じぐらいのレベル二人三人ならまだしも正規部隊はそれ以上の武装局員が詰めていることが多い。 だから、彼の戦闘力では厳しすぎるはずである。 だが、その推察は簡単に覆された。

 現在のクライド・エイヤルの魔力量を換算した場合推定でSオーバーは堅いという調べが交戦した部隊の全ての報告書に記載されている。 つまりは、彼女自身が知っているクライドとは明らかに違いすぎるのである。 今までが嘘で、初めからその力を隠し持っていたのか? それはないはずだ。

 確かに、彼は見せてはいけない牙を選び隠すタイプだが魔力量自体は管理局に隠すことはできない。 それは定期的に行われている健康診断のことを考えれば当然だ。 例え出力リミッターを仕掛けていたとしても、あの機械の眼は誤魔化せない。 であれば、この前の検診からの間に何かが彼の身に起きたのだろう。 考えられる要素は二つ。 一つが彼が昔持っていたはずの魔力を取り戻したこと。 そして、もう一つが闇の書だ。 闇の書は完成させれば莫大な力が手に入ると実しやかに囁かれているロストロギアである。 その恩恵を彼が少なからず獲得しているというのなら、ありえない話ではない。 第一、元々彼が持っていた魔力量はAAA+であるらしい。 取り戻して成長したとしても、そんな急激にS+程のものになるだろうか? それにクライドの”最大魔力量”は増えない。 『何をどうやっても増えないから諦めた』と、あの”酷く諦めの悪い”彼でさえ匙を投げるほど成長できないものだったはずなのだ。 果たして魔力を取り戻したとしても成長できるのか疑問である。

 考えれば考えるほど何が本当で何が嘘か分からなくなる。 助手のグリモアも彼と合流してから消息を絶っているらしいし、彼が何か理解できないようなことに首を突っ込んでいる可能性は少なからず在る。 だが、今回はヴォルクの持ち出してくる模擬戦とは違って正真正銘の管理局正規部隊が動いていた。 そして記録された戦闘の映像データをいくつか見たが戦闘スタイルが著しく変化しているし、驚くことに魔力光が二種類観測されている。 クライドにはマジックパレットが無いから絶対にそれはありえない。 魔力光の色は魔導師のパーソナルカラー<自分だけの色>。 同じ色に見えても指紋と同じで一人一人絶対に違う。 それが二つ同時に発現したりするなど異常以外のなにものでもない。 その身に何かがあったのは簡単に推察できる。

 そして、彼のことを考えている最中に一つだけ思い出したことがある。 彼は結局冗談のように話していたが、その時が近づいてきているのではないか? 恐ろしい話だった。 だとすれば彼は随分と昔からそれを予見していたことになる。 もしかしたら関係は無いのかもしれない。 だが、それを思い出したときから別の恐怖が彼女の中に息づいていた。

――俺は俺の手持ちの情報から考えたとき、二十代ぐらいで死ぬ確率が高い。 そう結論付けた。

 クライドはもう二十代に入っている。 あの言葉が本当なのだとしたら、彼はそれに今抗っている最中なのかもしれない。 その中で、魔導師とデバイスマイスターという言葉を繋げて考えてみれば、面白いぐらいに話が符合する部分がある。 デバイスマイスターの資格を持った魔導師として、闇の書関連のことで抗おうとしているのではないか? そのために今現在逃げているのだとしたら? 

 所詮想像だ。 何故管理局を頼らなかったのか? 何故自分には何も教えてくれなかったのか? 何故、何故、何故? 考えれば考えるほどに知らないということがネックになって想像だけが膨らんでいく。 そうして、自分の知っている彼の像がだんだんとあやふやになって、泡沫の夢のように消えそうになるのだ。 信じたい想いと、疑ってしまう思考の狭間に揺れながら、そこでリンディ・ハラオウンは自分がしなければならないことに気がつき、だからこそここに居る。 悩んだ末に、ここに来ることを選んだ。 ならば、いくら相手が百戦錬磨の守護騎士(?)だからといっても負けるわけにはいかない。

 確かに特化型はその分野の戦術を極めたが故に基本的には同レベルの万能型魔導師よりも限定分野では強い。 当たり前だ。 それに培った時間が違う。 万能型は基本的には器用貧乏になりやすいが、特化型にはありえない強みがある。 そう、結局のところ万能型の最大の強みとは臨機応変に取りうる戦術を変更できる柔軟性。 個人的な得意分野というのは確かにあるが、それ以外でも”それなりに戦える”というその取りうる手段の多さでもって相手を制するのが真髄である。

 ラウムのマジックアブソーバーは、一見すれば攻略の糸口が無い攻守ともに完全なもののように見える。 ミッド式の遠距離魔法を著しく弱体化させるその能力と、近接技能の高さ。 確かに、それらは厄介だが、であれば何故彼女はまだ落とされていないのか? ”反撃の糸口”はそこにあった。 だからこそ、それに気がついた彼女はその時がくるまで耐え忍ぶ。 既に、きっと戦闘が始まったときからこの化かしあいは始まっていたのだろう。 気がつけばなんということはなかった。 ああ、そうだ。 だからこそ、まだ”ラウムの天敵”たるリンディは落ちていない。 ならば、仕掛けるポイントは当然在る程度予測できるし決まっていた。

「く、はぁ、はぁ……」

「運動不足か? この程度で息上げるなんざ体力不足の証拠だぜお嬢様」 

 敵の嘲りも意味在る挑発だと理解した。 それに乗らずにただただ肩で息をしながら、リンディはさらに高度を下げる。 まるで狼に追われる獲物のようだ。 だが、その獲物が狼を狩りに来た狩人であったなら、勝負は最後まで分からない。

 身体は正直に酸素を求めて疲労に喘ぎ、身体をだんだんと重くする。 だが、決してその翡翠の瞳の色に宿った力強さだけは色褪せない。 ラウムは内心で感嘆しながら、お嬢様などと言いながらも、相手が本当にその範疇にはないことを理解する。

(いいねぇ大したガッツだ。 心底あたいに負ける気は無いって眼をしてやがる。 最後の”夜天の王”と比べれば随分と感じが違うじゃねーか。 お上品なだけじゃあないってか)

 記憶に残るお嬢様と目の前の女を比べながら、ラウムは思う。 最後まで震えて戦うことができなかった女と目の前の女は明らかに質が違う、と。

 世の中には二種類の女がいる。 誰かに守られる類の女と、自分の手で敵を蹴散らす女だ。 別にどちらがどうというわけではない。 ベクトルは違えどそれはそれで女の持つ武器だからだ。 勿論ラウムは後者だし、目の前の女は初めは前者のような感触だった癖に今ではもう後者に化け始めている。 そういう貌をしてきた。 であれば、急ぐ必要がある。 こういう手合いは”完全に化けたら”酷く容赦が無いからだ。 だが、しかし――。

(こういうのが特に面白いんだよなぁー)

 思わず倒すことさえどうでも良くなって、この成長を見続けたい気持ちがラウムの中に湧き上がってくる。 強さを求めるが故に、”手強くなった相手”と戦うことが単純に楽しみなのだ。 殺し合いの中でさえその性質を忘れないラウムにとっては、少しばかり迷うところではあった。 だが、そうとばかりも言っていられなかった。 フーガからシグナムとヴィータが捕まったという念話が届いてきたからである。

『ラウム……シグナムとヴィータが確保された』

『はっ、自我消してるから戦闘力落ちてるせいだろ? 随分とつまらねー話だな。 あんたももしかしてヤバイ口か?』

 水を差された感がしたことで少しばかり機嫌が悪くなったラウムが念話で毒ずく。 フーガはそれを否定しなかった。

『恐らく、長くは持たん。 この男……できる』

『おいおいおい、ったく、やられるんなら跡形も無く消えろよ?』

『分かっている。 証拠は残さ――』

 念話はそこで途切れた。 ラウムは槍を上段から振り下ろしつつ、槍が蓄えた翡翠の魔力を開放。 至近距離から魔力を爆破させて力ずくでリンディを地面に方に向かって吹き飛ばすと、追撃をかける前に少しばかりフーガが居たはずの方角に視線を向ける。

「……はぁ? あいつ、氷付けにされたのか?」

 思わず声が出た。 少し前に異常な魔力の胎動を感知したが、リンディのではなかったので気にもしていなかったがどうやらそのときに氷付けにされてしまったらしい。 局員の青年が氷の彫像となった鎧男の前に降り立っているのが見える。 その上の方ではシグナムとヴィータが猫の局員によって気絶さえられたらしくグッタリとしている上に手足をバインドで拘束され合流している姿が見える。 思わず、ため息が洩れた。

 とはいえ、すぐに気を取り直すと地面に降り立つリンディにあわせる形で降り立つと、十数メートル離れた位置で槍を構える。 その槍は、不思議なことに”白いまま”だ。 リンディが普通に漏れ出す程度の魔力しか放出していないからというのもあるが、第一に決めるつもりだったというのがある。 ”もう少し続けておきたかった”が、状況的にはそうもいかない。

「お前の部隊、非常識だな。 管理局はオーバーAAAを一部隊が三人も囲えるほどの余裕は無いって聞いてたんだけどな」

「別に、部隊保有制限は破っていません。 それに、ここに投入されているのは二部隊ですからまったく問題はありませんよ。 一人は普通戦力換算しない艦長ですし……」

「おいおい、艦長まで呼び出して戦線に投入たぁな。 なるほど、それぐらいしなきゃああたいたちを止められないと考えたわけだ」

「残るは貴女一人です。 速やかに投降してください」

「ナマ言ってんじゃねーよ。 あいつらとあたいはすこしばかり違うんでな。 ”やりよう”によっては十分に楽しく戦えるさ」

「いいえ、それは無理でしょう。 何故なら、”貴女は私に逮捕される”予定ですから」

「くく、あっはっはっは。 お前、最高に冗談が上手いな――」

 軽く笑ったラウムはしかし、リンディが瞬きをする前にはもうすぐに戦士の顔に戻っていた。

「まあ、冗談かハッタリかはやってみれば分かる。 精々足掻けや。 これで最後にしてやるよ」

 半身に構えた状態から更に槍を後ろに引く。 更に上半身を大きく捻り、白い槍を握り締める右腕を限界一杯まで引くラウム。 途端に張り詰めていく戦場の空気に、リンディも杖を握りなおして構える。 だが、その先端にはあるはずのモノがない。 それは、翡翠の刃だ。 リンディはあろうことか薙刀の刃を消し、構えていた。

(なるほど、魔力を奪われなくするには確かに獲物に魔力を纏わせなければ良い。 が、デバイスを覆っているフィールドはそのままとは、随分と中途半端だな。 それとも、抜き打ちで何かを仕掛ける気か?)

 ラウムは己の発言から考えたであろう対策を前にして、暫し考える。 だが、別段それを必要以上に気にする必要などなかった。 決めると決めたのならば、狙う場所など決まっている。 必殺を狙いに行くのなら、獲物の状態など対して意味はない。 何を企んでいようと、思惑ごと握ったその槍で貫通してやればよいだけのこと。

「槍の騎士ラウム……押して参る!!」

 ダッと地面を蹴り飛び出すラウム。 と同時に、高速移動魔法が発動してその姿が残像の露と消える。 移動先は大胆不敵にもリンディの正面。 そこへ、高速移動魔法の勢いをそのまま大地を再び蹴ると同時に半身に構えていた上半身を回転させながら槍を突き込んだ。 その白の槍が点の一撃となって高速で打ち出され、まるで放たれた矢のようにリンディに喰らいつこうとする。 リンディはそれをグラムサイトで感知しながらも、避けない。 それどころか、ほぼ同時に彼女自身もまた刃の無い杖を前に突き出す。

(――こいつ、まさか!?)

 その瞬間、ラウムは槍に纏わせいるフィールドを”延ばす”ようにして射程を広げる。 僅かに伸びたフィールドが伸び、リンディの杖が届く前にリンディの全身を守るバリアジャケットのフィールドと衝突し、受け止められる。 その瞬間、白のフィールドは翡翠を喰らって自らを染めながら威力を高める。 その後に続くのは長槍型アームドデバイス『グングニル』。 接触させて相手の防御魔力喰らい、弱ったところを食い破る二段構えのこの突きこそが、ラウムの必殺魔法『アーマーキラー』である。

 この魔法は本来格下や同クラスの相手にとってはその性質上破格の威力を誇る。 当然だ、これは必ず相手の防御を貫くための魔法であり、フィールドとの接触時間を伸ばせば理論上は相手が格上の魔導師だろうとフィールドもバリアもシールドも無効化させ貫通することができる。 だが、”天敵たる大魔力魔導師”には貫通までにソレ相応の時間がかかってしまう。 魔力を奪うことで防御を無効化させるという性質上、単純な破壊力は重視されていはいないのだ。 だからこそラウムはその時間をできるだけ少なくするために今まで執拗にリンディの魔力を削ることに専念していた。 一撃必殺の機会を伺っていたのだ。

 フィールドの後に続いてきた槍が、リンディのフィールドを貫通するべく衝突し、さらなる負荷をかける。 だが、辛うじてリンディの大魔力で編まれたフィールドはそれに耐えた。 その瞬間をリンディは見逃さない。

 体内に響くリンカーコアからの悲鳴。 魔力を限界まで引き出しながら、その鈍痛を歯を食いしばって耐えつつ、左手で自分の命を狙う槍を掴むと”零距離”からバインドを放って槍を空間に固定する。 本来ならそれをする前に魔力吸収によって極めて無効化しやすくなるだろうが、今ラウムはリンディを落とすことに意識を集中しているためと、零距離ということもあってかそれへの対処がこの瞬間には疎かになっていた。 だが、当然分かっている。 どうせこれも数秒と持たずに魔力を吸収されて霧散するだろう。 けれど、その瞬間には攻撃が疎かになり、更に一瞬の時間を稼げるだろう。 ならば、その数秒こそが勝敗を分かつ鍵であった。

(やっぱり、なんでもやっておくものですね”クライドさん”)

 刃の無い杖は限界まで伸ばされた右腕によって既にラウムの胸部近く十数センチ付近にまで迫っている。 だが、辛うじて届いていない。 けれど、それで良いのだ。 数十センチと放れていないその場所でこそ、”アレは最も威力を発揮する”のだから。 次の瞬間、リンディの背面の翼が消え去り、その蓄えていた余剰魔力のほとんど全てが一瞬でリンディの杖の大容量魔力チャンバーに集められ、爆発的に加圧される。 リンディはクライドとは違い生粋の大魔力の持ち主である。 だから、”リンディ”にとってはこの程度は慣れれば大した魔力制御でもなかった。 加えて、今は地上にいる。 空とは違ってここなら確実に”安全な使用”が可能となる。 フルスペックの魔力などいらない。 相手の魔力量を考えればS程度の魔力さえ用意できれば、ソレでよかった。

 ラウムはそれを避けない。 いや、それよりも彼女の頭に中にあったのは先手必勝の思考である。 先に攻撃を抜いた方が勝つ。 そうだ、リンディの反撃がなんだろうが、もはや数秒もいらない。 バインドは申し訳程度の魔力しかつぎ込まれていないし、もう一息で防御を貫通することができる。

(撃たせる前に喰らいつくせ、グングニル!!)

 まるでチキンレースだった。 限界まで我慢できた方が勝つのではないかと思うほどに、それは引いたら負ける戦いだった。 少なくともリンディにとっては。 恐らく、ラウムにとって誤算だったのはリンディの攻撃が”通常のミッド式魔法”だろうと考えたことだろう。 性質から言えば零距離砲撃系だと彼女は読んでいた。 単純な感触であの魔力刃でれば耐え切れる自信がラウムにはあったし、フィールドに魔力を注ぎ込んで魔力打撃をするにはリーチが足りなさ過ぎる。 ありえるとしたら砲撃系。 それも、外部放出タイプの魔法以外だろう。 しかし、これまでの戦闘の最中にリンディが使ったのは全て外部放出タイプの魔法。 万能系であると思えるが、使わないのは得意ではないからだとラウムは睨んだ。 であれば、普通よりも多くタメの時間を取るだろう。 ならば、それを放つ前に決めれば良い。 不慣れなモノをここ一番に頼りにするのは間違っている。 実戦経験が少ないのか、選択を間違えたなとラウムは思った。 しかし――

「――その選択は貴女の勝利に貢献しませんよ」

 その一言で局員の勝ち誇った顔を見た瞬間、自分の方がミスをしたのだと理解したと同時に、その一言で一瞬考えて反応が遅れたことを呪った。 ラウムは”それ”から逃げることはできなかった。

 至近距離から真一文字に振られた杖がある。 その軌跡に沿ってラウムの身体が問答無用で”切り裂かれる”。 ラウムがそれに気がついたときにはもう、勝負はついていた。 まるで信じられないものを見たかのようにそれを成したリンディを見る。 すると、リンディもまたなんとか残りの貯蓄分の魔力を持って用意した魔力刃で無理な体勢からの切り替えしの一撃を放つ寸前、驚愕した顔でラウムを見ていた。 そこで、ラウムの意識はプッツリと途切れた。

「――嘘、守護騎士じゃなくてリビングデッド<屍人>だった?」

 リンディは勿論相手を殺すつもりなどなかったからマジックカッターを非殺傷設定で放った。 だというのに、相手の身体はこうもあっさり両断された。 この現象は昔に一度見たことがあるし、何よりもありえないことであるはずだった。 魔力に還元されていくラウムを見ながら、リンディは呆然とする。 守護騎士は魔法プログラムだが、管理局に捕獲されたことは今までも何度かあったと記録が残っている。 であれば、こうして今目の前のラウムのように還元されていくはずがない。

 しばしそのままでいたリンディだったが、そこへ紅鎧の騎士を凍結したはずのディーゼルが苦い顔をしながらやってくる。

「どうやら”古代の叡智”が介入しているようだね。 ここ数年表に出てきた記録は無かったけど、未だに健在なのかもしれない。 防御が嫌に硬いんで軽く氷付けにしてみたんだけど、しばらくしてすぐに消えたよ。 証拠品の闇の書のようなモノのページも自爆したし……まったく今回の事件、彼のことも含めて訳が分からないことばかりだ」

「収穫は無し……ですか」

「いや、リーゼ姉妹が確保した二人は健在だ。 そっちは今までの記録上にある守護騎士のようだから収穫がまったく無いわけでもないんだけど……」

 肩を竦めるディーゼルにリンディは頷く。 明らかに例年の闇の書事件とは何かが違う。 そんなきな臭い匂いがしてくるのだ。

「彼はもしかしたら、この謎を知っているのかもしれないね」

「古代の叡智の人間だったとは考えないんですか?」

「彼が? はは、それこそありえないさ。 あんなアクの強い奴、目立ちすぎてスパイには到底使えないと思う。 ……それと、これは忠告だけど心にも思ってないことは言わない方が良いよ。 事実が確定しない限りは、今の状況では何を考えてもネガティブになるから」

「そう……ですね」

「ちょ、本当に大丈夫かい?」

 倒れそうになったところを自分の杖で身体を支えるようにして立つリンディに肩を貸すと、ディーゼルは急いで次元転移を封じさせていた武装局員に結界を解除させてリンディと共にエスティアに帰還する。 そうして、医療班に疲弊した彼女を任せるとブリッジへと戻りグレアムに通信を送った。

「ああ、ご苦労だったねディーゼル君。 彼女は大丈夫かね?」

「極度の疲労と魔力欠乏で意識を失ってます。 医療班は数時間安静にしていたら大丈夫だろうと話していましたので、大丈夫でしょう」

「そうか……彼女が相手をした槍使いは相当な力を持った騎士だったようだからな。 無理も無い」

「……確保した二人はどうです?」

「魔法行使を阻害する拘束具を付け、リーゼたち二人に厳重に監視させている。 目が覚めれば尋問を開始しようと思うが……本部から緊急招集の伝令が来た。 一度帰還することになりそうだ」

「そうですか。 まあ、最悪彼女たちの口が堅い場合は監査官の手を借りる必要もあるかもしれませんし、丁度良いところかもしれませんね」

「いや、それがそうでもないようだ。 今、本局は上へ下への大騒ぎらしい。 ニュースを見たかね? ジェイル・スカリエッティと名乗る次元犯罪者からの管理局の暗部に対するウィルスでの告発だ。 無差別にやられているから、隠すことができなかったらしいが事態は洒落にならないところにまで発展しそうな気配がある。 次元災害規模ではないが、管理世界規模の混乱に下手をすれば見舞われるだろう。 最悪なのは、彼自身の研究データがばら撒かれていることだ。 その中にはAMFの技術がある」

「AMF!?」

「研究データや暗部のデータも本物かどうかは分からんが、これがもし本物だった場合管理局は対処を誤れば相当苦しい立場に追いやられるだろう。 反管理局勢力や次元犯罪者も活気付くだろうし、内と外の敵に四苦八苦することは考えずとも分かる。 また、我々の捜査にも何らかの形で更に邪魔が入りやすくなるかもしれないな」

 洩れるため息には、やるせなさが多分に込められていた。 ただこうして出撃するだけでも余計な時間と邪魔を取らされたというのに、この上更に捜査の邪魔をされるかもしれない状況が生まれてしまったのだからたまらないのは当然だった。 

「……守護騎士たちから、情報が出てくることを願うばかりですね」

「ああ、最悪私は無理でも君だけはなんとしてでも動けるようにするつもりだ。 その時は頼んだよディーゼル君」

「はっ」

 このときほど、グレアムは立場が邪魔に感じることはなかった。 身一つで追っても良いのであれば、リーゼたちを引き連れて彼は単独で動けたかもしれない。 だが、そんな勝手が許される立場ではないと痛いほどにグレアムは理解していた。

(クライド君……か)

 ”彼”と一番初めにあったのは、多分きっと病室でだった。 その前の”彼”とは違うが、それでも結局彼は彼だとグレアムは認識した。 ”AAA+”ほどあったはずの魔力は見る影も無いほどに弱体化していたが、それでも気にはならなかったのはそう思いたかったからなのかもしれない。

 どちらが本物の彼だったのかなんてのは、多分きっと考えるだけ無粋。 それはきっとそういうものだと思うことしか、彼にもリーゼたちにも出来なかった。 生きてくれていたことを喜び、目覚めたことを祝福することしか彼らにはできなかったから。 それ以外なんてものはきっと、必要ではなかったのかもしれない。

 結局のところ、クライド・エイヤルは生きている。 それ以上の幸福など無くて、それ以上を望めばきっと何かが終わりそうな怖さがあったのだろう。 

――クライド君は魔導師に興味はあるかい?

――全然ないよグレアム叔父さん。 だって、魔導師じゃ病気になったアリアを助けて上げられないもん。 父さんも母さんも魔導師にならないかって勧めてくるけどさ、僕は大きくなったら獣医さんになるんだ。 それでね、一杯アリアみたいな苦しそうな子を助けてあげるんだ。

――はは、そうだな。 魔導師は少しばかりの傷は直せても病気を治してあげるなんてことはできない。 ……君は優しい子だね。

――そうかな? でも苦しいのはやっぱり可哀相だよ。 だから、僕はアルトセイムで一番の獣医さんになってみせるよ。 その時は……そうだ。 アリアにはお嫁さんになってもらおうかな?

――アリアを? くく、ああそれは楽しみだ。 あの子がそれが良いって言ったらそうしよう。 結婚式は盛大にやってくれよ? 勿論私も呼んでくれるね?

――うん、グレアム叔父さんは特等席で、大きなケーキを取ってあげるよ。

――ははは、ウェディングケーキかい? それは楽しみだなぁ。


 初めに出会ったクライド・エイヤル少年の夢はそんな可愛いものだった。 思い返せば、思わず胸が熱くなってくる。 子供特有の夢だと笑うことは容易い。 けれど、純粋で優しいその願いは結局叶うことは無かった。 獣医に挑戦することさえできず、両親を失い、そうして結局彼は別人のようになってしまった。

――管理局員になりたい?

――うん、駄目かなグレアム叔父さん。

――いや、それは君個人の自由だ。 好きにするといい。

――やった。 じゃあさ、アリアとロッテに色々と教えてもらうよ。

――……あの二人に?

――だってさ、あの二人って強いんでしょ?

――まあ、確かに教導隊に顔を出す程度には強いと思うが……本気かい?

――うん。 後、できればデバイスマイスターの教本とかも欲しいんだけど……手に入らないかな?

――……ふむ、まあその程度ならなんとかできるだろう。 ちょっと待っていなさい。

――やった、ありがとう叔父さん。


 帰って来たクライド・エイヤルはまるで別人だった。 まるでそういう演技を無理やりしているようなそんな印象さえ抱いて、薄ら寒いほどにその貪欲さを少しずつ晒していった。 自分の魔力が成長しないことや奇妙なレアスキルを持っていることが発覚してからも、それでも魔導師としての訓練を止めず、理解できない癖にそれでもデバイスマイスターの教本に齧りついた。

 初めは犯罪者が憎いからかとも思ったが、そうではない。 見ていたらどこか何かが違う。 今までに無いような険しい眼で何事かを考えていた彼には、理解できないほどに眼に力が入っている。 だが、それでも彼は息子になった。 なってくれた。 養父として、接するうちに不可解なんてものはどうでも良くなって、今のような関係に落ち着いた。 それで、何もかも”普通”になるはずだったのだ。

 正直に言えば、悔しかったのだろう。 自分が真っ先に赴いて自分の手で彼を助けてやれないかもしれないことが。 無論、犯罪者ならば容赦なく捕まえ、罪を償わせることに躊躇は無い。 だが、本当にそうなのか? その真実を知りたい。 知って、そうして叱るなり助けるなりしてやりたい。 それが本当の”親”のするべきことではないのか? 彼の本当の親ではないから、まだこんな場所に立ち止まっているのではないかと思う自分がいた。

 だからこそ、立場に縛られ見えない鎖で雁字搦めにされている今の自分を、グレアムは滑稽に思う。 個人の意思を理性と立場が完全に押さえ込んでいた。 そうできるのは彼が十分に大人だったからだろう。 聞き分けの無い子供のように振舞うことができるほど、幼稚ではない。 だが、決してそれが良いのかどうかなんてことはグレアムには分からなかった。 

 管理局の提督としては勝手など勿論許されない。 だが、義理でも後見人として、親としての自分はそれこそ誰よりも早くに動くべきだという板ばさみのジレンマが絶えず彼の心を締め付ける。 彼の苦悩は、この事件が解決しなければ決して終わることはないだろう。 本局への帰還の指示を出して管理局の提督をやりながら、それでもグレアムの親心はどこか遠いところを見ていた。
















――二日前。

 どんよりとした空気だった。 いや、もしかしたらそれ以上に薄暗くジメジメとした暗鬱なる闇の輝きがその空間には広がっていたかもしれない。 とにかく、まるで深淵の闇に君臨する魔王とかそんなのにも匹敵する程の威圧感と馬鹿魔力を放出する存在が、武装隊の猛者たちを相手に大立ち回りしていた。

 きりりとしたその横顔には、いつものほのぼのさなど微塵も存在しない。 管理局の魔導師としての顔だけを貼り付けたその翡翠の女性は、これでもかというほどに猛者たちを打ちのめす。 まるで八つ当たりか何かをしている風でもあった。

「あっちゃー、家の血の気の多い奴らもさすがにアレ見たら怖気づくか……知ってる私でもヤバイんだものね」

 遠めにその様子を見ながら、フレスタ・ギュースもまた冷や汗を禁じえなかった。 色々と鬱憤が溜まっていそうな彼女に動いて憂さ晴らしでもしたらどうかと言い、暇している知り合いの武装局員を集めに集めてトレーニングルームに放り込んで彼女の生贄に捧げてみたのだが連中にはもう初めの威勢の良さなど既に無かった。

「く、模擬戦だよなこれ!? ノックダウンされても死なないよな!!」

「くそ!? 倒せた奴がフレスタさんとデートできるっていってもこれはあんまりだ!!」

「やっぱこの大人数でもSSに勝てるわけねー!!」

「うぎゃーー!!」

「ひ、翡翠の弾幕が我を蝕むぅぅぅ!!」

「衛生兵!! 衛生兵!! 何してる!! 急患が量産されている今こそ技量を磨くチャンスだぞ!! 普段戦場での出番が少ない俺たちの勇士を見せ付けるときだ!! このチャンスを逃すなヒヨっ子共!! 戦場ではこんな非殺傷設定なんて無いんだぞ!!」

「あの……部隊長、あんな戦場<地獄に一番近い場所>に行くんですか!? それはちょっとハードルが高すぎないですか? もっとこう、少しずつステップアップしていくのが士気的にも良いと思うのですが……」

「四の五の言うな!! アレに突撃できるんなら戦場でも十分に動けるようになる!! さあ、我に続け新入りどもー!!!!」

「ひ、ひぃぃぃ!!」

 トレーニングルームは阿鼻叫喚だった。 フレスタの集めた低?中ランク手程度の人材ではやはり彼女にとっては雑魚でしかないようだ。 まあ、数だけは用意した。 したのだが……相手の得意分野があの過剰弾幕である。 ひたすらに上空から繰り出される絨毯爆撃にほとんどの武装局員がタダ飲み込まれていくことしかできない。

「……九年前と比べて、益々弾幕に磨きが掛かっているわね。 うーん、ペネトレーションバスターでどうにかできるかな?」

 見慣れているフレスタは、開き直った顔でそう呟く。 無論、気持ちは今ノックダウンされている連中と同じだ。 ”例え訓練でも”あんな弾幕の中に突っ込みたくはない。 アホな男どもはその悲しい性<さが>故に、漢<おとこ>を魅せようと必死であるが彼女はそんな馬鹿共のことなど気にも留めずに隙を伺う。 一応誘った手前遠めに見学してはいるが、参戦して構えたら”脅威”だと認識され、次の瞬間には本気で”狙われる”だろう。 今はただ悶々とした闇を吐き出して落ち着くのを待つべきだった。 ついでに、部下や知り合いに”高ランク魔導師”との戦闘経験を与えられるから一石二鳥である。 参考になるかどうかはまた別問題であったが。

(ん、やっぱりこういうときは塞ぎこむよりも体を動かして発散した方がいいわよね。 それにしても、ったく……あの馬鹿のせいでリンディちゃんの暗黒面が開放されちゃったじゃない。 しかも闇の書の主? 一体何やってんのよあのすっとこどっこいは)

 更に付け加えれば、どうやら特殊部隊スウェットを撃破して大絶賛逃亡中らしい。 アホだ、まるで理解できない。 管理局の庭で問題起こして本気で一人で逃げ切れるとでも思っているのだろうか? 本気になられたら個人程度ではどうにもならないと分かりきってるだろうに。 しかも、よりによってリンディがその捕縛任務に就くという。 これじゃあリンディにとってはあんまりな話ではないか。

(しかもリンディちゃんフった後に? 捕まえたら暴力言語と砲撃言語での制裁が必要ね。 そりゃ本人の気持ちをないがしろにするとはいえないからさ、振るなとは言わないけどあんな風に泣かせたのは万死に値するわ)

 何を考えているのかサッパリ分からない奴ではあったが、今回は呆れるを通り越して怒りしか沸いてこない。 思わず握り締めたクライド作成の二丁拳銃型デバイスがフレスタの怒りの篭った目線を向けられて一瞬怯えたようにコアを明滅させた。

「ん、ごめんね。 あいつは悪いけどあんたたちは悪くないわ」

 ストレージデバイスとインテリジェントデバイスの中間といえば良いのだろうか? 両者に近い性質のインターフェースを所持しているそのデバイスの名は『トライアド』。 二丁拳銃と長身の狙撃ライフルタイプの三点セットデバイスである。 使い勝手は悪くない。 圧縮魔力カートリッジによる威力強化、そして例のクライドの魔導砲用のマガジン。 この二つを使い分ければ、かなり有効であると思える。 この模擬戦で使う気にはフレスタは到底なれなかったが。

「さて、ホントどうしようかな?」

「何をどうするんですか?」

 衛生兵以外の局員を叩きのめし終えたリンディが、フレスタの側に下りてくる。 周囲に響く屍共のうめき声がその生々しい惨劇の後を物語っているが、フレスタは勿論スルーした。 本当に暴君である。 

「ん、終わったみたいね。 どう、少しはすっきりした?」

「えーと……実を言えば、まだ暴れたり無いかなぁっと……」

「マジで?」

「マジです」

 胎動する膨大な魔力が、不完全燃焼を自己主張。 発生した魔力風がいっそ爽快なまでにフレスタの髪を靡かせる。 だが、それよりも一番フレスタが恐ろしいと思ったのはその眼である。 いつものポケポケっとした柔らかな眼ではない。 不機嫌だと一目で察することができるほどに機嫌の悪そうな眼がそこにはあるだけである。 確かに、これはいつもの妹分の眼ではない。 フレスタはムムっと眉根を寄せて考える。

「うーん、リンディちゃんが歯ごたえを感じるような奴なんてさすがに”私”じゃあちょっと用意するのは難しいのよねぇ」

 基本的に高ランク魔導師はどこでも引っ張りだこなので忙しい。 武装隊の待機シフト系の連中は何かが無いかぎりの余剰戦力だから、かき集めればそこそこの数を用意できるがそれ以上は本当に厳しい。 また、フレスタは若い方である。 近い年代や後輩ならいざ知らず、さすがに先輩連中に声をかけるのは難しい。 階級的な遠慮とかもあるし、”見返り”を踏み倒すことができ難いからだ。

「……そうですか」

 本当なら今頃は資料集めなどをしているはずだったのだが、グレアムやディーゼルが気を回してそれを止めた。 それはこちらで用意しておくから、その間に色々と覚悟を決めておいて欲しいということであった。 本来なら非番であるというのもあったのだろう。 無理を言って頼んだのだから、便宜を図ってくれたようであった。

「うーん……しょうがないわねぇ。 こうなったらお姉さんが相手してあげるわ」

「”本気”ですか? その、なんだか今日の私は色々と手加減できそうにないですよ」

「……ま、まあなんとかなるわよなんとか。 ただし、ハンデは貰うわよ」

「はぁ……」

「私と同じランクまで出力リミッターで魔力を落しなさい。 そうすれば、少しは形にはなるでしょ」

「……ああ!! その手がありましたね。 残念なことをしました。 さっきの武装隊の方たちのときにそうしておけばよかったわ」

 もっとも、それはフレスタが許さないだろう。 ”自分”が生贄になるつもりは毛頭無いのだからきっと全力でやらせたはずだ。

「ふふんっだ。 ”同格”なら”勝つ”のはどっちかしらね? 実はちょっとだけ興味があったんだよねぇ……」

「ふふ、負けませんよフレスタさん」

 出力リミッターを施して、自らの最大魔力をAAレベルにまで抑え込むリンディ。 恐らくは自分自身でもそのどうにもならない感情をどうにかするには一時でも良いから忘れるしかないと理解していたのかもしれない。

 忘れてもどうにもならないだろうが、それでもその瞬間だけは自らの心の蟠りを誤魔化すことができるのならば、少しは楽になれる。 そうして、早く精神を安定させなければ次の任務に心が耐え切れなくなるかもしれない。

――クライド君が闇の書の主かもしれないの。 ……酷だと思うんだけど手を貸してくれないかな?

 初め、リンディはリーゼの言葉の意味を理解できなかった。 クライド・エイヤルが今現在次元世界で猛威を振るい始めた闇の書の主? そんな想像はリンディ・ハラオウンという女性の中には全く微塵も存在しなかった。 恐らくは、慰めに来てくれていたフレスタ・ギュースの頭の中にもなかっただろうとリンディは思う。 けれど、実際そういうことで時空管理局という組織は動いているらしい。 呆然として、その次に来たのは意味不明な苛立ちだった。

 感情としては、失望が近かったのかもしれない。 いや、それはもしかしたら怒りだったのかもしれない。 自分が好いた人物が、そんなことをするはずが無いと思う一方で何を根拠にそんな”綺麗な理想”で彼を見るのかと自嘲する自分がいる。 一番自分が近くにいたはずだったのに、何もかも一番知っていて近くにいるはずだったのに、本当は何も知らない自分。 近くにさえ居られなかった自分。 そんな自分が堪らなく嫌いになりそうだった。 

 リンディ・ハラオウンが知っているクライド・エイヤルはそんなことをする男ではない。 仮にそうであったなら、何故”自分を襲わない”。 最大級のメリットがあったはずだ。 総合SSランクの自分ならば、闇の書の餌にはもってこいだったはずだ。 しかも、リンディは無条件でクライドを信じていた。 彼ならば十分に不意打ちでもなんでもできただろう。 今でも思うが、いきなり彼に襲い掛かられれば確実に自分では抵抗できなかったはずなのに。 そして、多分だがそんな自分のことをクライドが見逃すとは思えない。 彼が”本当に闇の書の主”でそれを完成させることに”全力”であったのだとしたら。

 しかし、それは単純に無防備だった自分のことだけを考えただけの穴だらけの推論だ。 それは分かっている。 ”今までの立場”を維持したかったとしたら、そんなことをしても意味は無い。 寧ろ、ただの害悪でしかない。 メリットとデメリットがつりあわない。

 もっともっと上手いやり方があるのではないか? 考えれば考えるほどそう思えてならない。 そして、さらにそれ以上に思うのがどうして自分に相談してくれなかったのかということだ。 執務官としての自分なら、例えばそれがいきなり転生してきて主にされてしまったのだとしたら、色々とアドバイスしたり力になれたかもしれない。 そうすれば、封印処置でも破壊でも管理局の協力の下でどうとでもできただろう。 何故、自分を彼は頼ってくれなかったのか。 信用できなかったからだろうか? それとも、やっぱり自分のことなど信頼に値しない程度にしにしか思わなかったからだろうか。 そう思うと悲しくなる。 腹立たしくなる。

 違うと思う。 違うと思いたい。 そして、そして、あのときの言葉もまた間違いであると言って欲しい。 嘘をついた自分が悪いということは分かっていても、それでもあんな風に何の抵抗もなくすっぱりと切られるのは堪らなく嫌だ。 例えそうだったのだとしても、まだもうほんの少しでも良いから夢を見ていたかった。 初恋は実らないと言うけれど、それが絶対などということは無いはずだったのに。 

「ん……そういえばさ、こうして魔法戦闘をするのは随分と久しぶりよね?」

「そうですね……局に入ってからはもうほとんどしてなかったですね」

「まあ、シフトとかのこともあったし、リンディちゃんが”強すぎる”ってのもあったしね」

「もう、そんな人を危険人物みたいな言い方しないでくださいよ。 総合の私よりも空戦ランク持ちの方がよっぽど怖いんですよ」

「あははは、まあ空戦はねぇ……」

 客観的に見た戦闘力最強は空戦ランク持ちである。 それが管理局の魔導師たちの常識。 空で戦うための技術と魔法を収めた彼らは戦闘のプロフェッショナルであり、魔法戦闘のエキスパートである。 総合は幅広い活動ができるため空戦もできる人もいるが、別段戦闘力を特化して求められるわけではない。 総合と空戦が同じランクであったとして、戦って単純に強いのが空戦であるという平均値も出ているらしい。 無論、それでも総合が空戦に勝てないというわけでは勿論ない。 相性もあるし、総合の手持ちのカードの多さもまた脅威であることに間違いはないからだ。 単純に数値の上ではそういう風になっているが、フレスタからすれば空戦も総合も空を飛べる連中が相手であったならあまり変わらない。

 空を飛べるという絶大なアドバンテージと、単純に強力な魔法を所持している連中。 ランクに保証される魔力量とその正当なるレベル評価。 中でも一番陸戦魔導師が恐れるのは広域攻撃であり、空を制することのできる戦闘領域の自由度の高さとその機動力等もまた恐れている。 シューティングアーツという比較的新しいスタイルの登場によって一部の陸戦魔導師も空というフィールドを手に入れたが、そうではない魔導師には高度という優位性は基本的には存在し得ない。

「ま、いいわ。 こんなときぐらいお姉さんが胸を貸してあげましょう。 それに、勿論”私”もやるからにはそう簡単にやられるつもりなんてないからね」

「あははは、お手柔らかにお願いしますね」

 単純に魔法で八つ当たりしているのは分かっている。 そういう風にしか、そのうちにある衝動を吐き出せない。 それは、リンディが魔導師だからそうだったのか、それとも単純に泣くだけでは駄目だったからだろうか。 フレスタには分かるような気がする。 鬱憤が堪ったときに繰り出す砲撃魔法の心地良さ。 魔力放出と一緒にストレスやら何もかもが吐き出されていくようなあの感覚は魔導師だけが味わえる特権だ。 職業病にも似た独特のそれは、サンドバックを思わず殴りたくなるようなそれと似たような感覚であるといえるだろう。

 十数メートルほど互いに離れ、それぞれのデバイスを構える。 リンディが構えるのは杖型インテリジェントデバイス『ワイズマン』だ。 その先端からは薙刀の形を模した翡翠色の魔力刃がその顔を覗かせている。 近接戦闘時には恐ろしい威力とリーチとで敵を切り裂く魔力刃であり、相手の接近を容易にはさせない。 フレスタは射撃系だからクロスレンジに持ち込んで相手をしようと言うのだろう。 相手のやり方を少なからず知っているからこそのアプローチである。 両腕でしっかりと上段に構えられたそれ力強さは、少なくともフレスタにとってはあまり歓迎のできるものではない。

「みんなー、ちょっと私がこの娘と戦うから邪魔な連中端っこに寄せといてー」

「「「「うぃーっす、フレスタさん!!」」」」

 衛生兵たちがズバッとフレスタに向かって敬礼しつつ、急いで哀れな生贄たちを大雑把に運んでいく。 肩を貸されて歩いていく奴、腕を引っ張られる奴、足を引っ張られる奴、うつ伏せのまま引っ張られて床掃除をする奴などなど様々な人間がいたが皆が皆暴君の言葉に従う。 フレスタ・ギュース――自称武装隊の華は連中にとっての一つのカリスマらしかった。

 リンディは顔をやや引きつらせながらその様を眺める。 無論、大の男たちをここまで平然と扱き使える姉貴分に若干の尊敬と畏怖を感じたのは言うまでも無い。 そうして、適当に連中が仕事を追えた頃にようやく準備は整ったとばかりに二人は頷く。

 リンディと対峙するフレスタは、右手を眼前に突き出し、左手を上に向けている。 左手のそれは開始の開始の合図のためのものであった。 両腕にある軽い重みと、今にも引き金を引かせろという砲撃屋の本能が自らに囁く。 不謹慎ではあるが、こんな大物と戦うのは久しぶりだ。 ハンデ<出力リミッター>があると分かっていても、だからこそ気になるのだった。 魔力の差を度外視した自分の技術というのは今、本物<強者>にどれだけ”通用するのか”と。

 理屈から言えば、できることが制限され攻撃力や防御力の差もほとんどアドバンテージになりえないから、同じ土俵<レベル>でやり合う場合に限れば在る程度はやってやれないことはないはずである。

「じゃあ、スリーカウントで始めるわよ」

「わかりました」

 頷くリンディ。 その顔つきが不機嫌な眼をした娘からただの魔導師の顔に戻る。 それを見てフレスタは内心で苦笑した。 そうだ、今この瞬間は何もかもを忘れてしまえば良い。 嫌なこともこれからのことも忘れて、心の中を回復させて耐えられるだけの心の余裕を取り戻せば良い。 時間はあまり無いだろう。 恐らくは、午後には出航するとディーゼルから聞いている。 だからこそ、それまでの間にリンディ・ハラオウンを”使い物”になるようにしてあげなければならない。

 どういう風に今回の事件に臨むのかはリンディ次第であるが、だとしてもパンパンに張り詰めた風船のままでは良い結果など手に入れられはしないだろう。

 フレスタ・ギュースはクライドを捕まえろと言われたら、恐らくは躊躇無く捕まえることができる。 少なくとも、フレスタはそうであると思っている。 リンディほどにクライドと距離が近いとも思っていないし、それを理由に情けをかけるのは”違う”と割り切っているからだ。 むしろ、捕まえてやることがクライドの友人としての勤めで在ると思う。 道を踏み外した馬鹿<友人>をぶん殴ってでも厚生させる。 そうして、罪を償い終えてから友人としてもう一度”迎えてやる”。 それが、フレスタ・ギュースにできることであると信じているからだ。 それに、まだ救いはある。 クライドがスウェットと戦ったらしいという話こそ人づてに聞いたが、まだ”誰かを殺した”とは聞いていない。 であれば、まだ更生の余地有りとみなされてどうにかなるかもしれない。 管理局の犯罪者更生プログラムにあやかれるのだとしたら、望みは十分にあるはずだった。 

「じゃ、やるわよ。 三……二……一……ゴー!!」

 左手の引き金を引き、砲撃。 軽く響く砲撃音が周囲に響くと同時にその左手を戻しつつもフレスタは右手の引き金を引く。 同時に、リンディの体が凄まじい速度で加速。 高速移動魔法<クイックムーブ>で残像を残すようにして移動しながら一発目の桃色の弾丸を避けて瞬時にフレスタの右側面に回り込むと薙刀を振り下ろす。

「せやっ!!」

 気合一閃、その上からの斬撃をフレスタは軽くバックステップをしつつ、避ける。 と同時に左手の銃を右手の下から連射する。 至近距離でのガンファイト<銃撃戦>。 次々と飛来する桃色の弾丸が暴風のように荒れ狂っては虚空を奔る。 しかし、リンディは引き金を引かれる前には左にサイドステップしながら避け、再びクイックムーブを発動する。

(でしょうね!! でも――)

 背面に瞬時に現れるリンディが今度は真横に薙刀を薙ぎ払う。 と、次の瞬間にはその薙刀の刃が発射されて飛翔する斬撃となりながら広範囲を一気に薙ぎ払った。 斬撃飛翔魔法『ショットセイバー』だ。 薙ぎ払った薙刀の魔力刃を飛ばして攻撃する魔法だ。 基本的に陸士は空を飛べない。 であれば、セオリーとしてはまず回避し難いものをチョイスするのは当然である。 これなら単純なバックステップでは意味が無いし、サイドステップも薙刀のリーチが生み出す薙ぎ払いの射程からはそう簡単に逃れられない。 

「――避けた!?」

 だが、リンディの予想は外れた。 薙ぎ払ったその向こう側にはフレスタの姿は無い。 驚くと同時に、しかしグラムサイトを展開しながらも体を動かす。 地面を転がるような勢いで体を虚空へと投げ出し、床にその身預けるようにして回避行動を取る。 その移動の軌跡を追うようにして、後方から放たれる無数の弾丸。 次々と勘で放たれる魔力弾の嵐。 五回転ほどした体を、強引に跳ね上げるとともに飛翔魔法を行使することで一気に体を浮上させる。 そうして、振り向くその向こう側からこちらに向かってきつつも次々と引き金を引くフレスタの姿が目視する。

(なるほど、さっきのは高速移動魔法かしら) 

 そういえば、フレスタも持っていた。 砲撃魔導師のイメージに無いから頭の中から知らず知らずのうちに除外していたようだ。 高速飛行をしながら、こちらからも返礼。 スティンガーブレイドを二百ほど生成しつつも放つ準備をする。

「うげっ、相変わらず鬼のような数だわ」

 フレスタからすれば悪夢のようなものである。 とはいえ、そんな程度で弱音を吐くようなら相手をするなどとは初めから言わない。

 どれほどの数を準備するつもりなのかは知らない。 だが、完全に魔法が形になる前ならば容易に破壊は可能である。 ましてや、フルスペックの威力など出せないのだ。 ならば、やってやれないことはないはずだった。 スティンガーブレイドはリンディにとっては弾幕だ。 一撃の威力そのものを重視しているわけではないことを知っている。

「弾種変更――ショットシェル<散弾>。 ショット、ショットショットショット!!」

 空中に顕現していくそれらに、狂ったように引き金を引く。 銃撃の咆哮が次々と木霊しては当たるを幸いにスティンガーブレイドを撃ち落す。 目も冷めるような高等射撃。 誘導系ではなくて、体に染み付かせた勘と動作のみでソレを成すその様を見れば、ディーゼルならば懐かしい敵のことを思い出していただろう。 

「スティンガーブレイド・ホーミングシフト!!」

 だが、そんな散弾の雨などリンディは気にもしない。 破壊されたスティンガーブレイドの数など無視して全弾発射の構えを取る。 放たれる百を越える刃が、次々とフレスタに猛威を振るう。 フレスタはしかしそれでも撃つことをやめない。 体を動かしながら、回避迎撃行動に入る。

 フレスタは砲撃魔導師だ。 しかも、防御力が強い固定砲台タイプではない。 であれば、体を動かして避けることを考えなければならない。 無論、それだけでは駄目だ。 回避とともに迎撃か或いは反撃する方法を持っていなければジリ貧である。 故に、足を止められない。

 暴虐のような翡翠に抗う桃色の魔弾。 散らばるその弾丸は、スティンガーブレイドの切っ先に衝突し、破壊できなくても軌道をずらす。 それがホーミング誘導で弾道修正する頃にはフレスタの姿足元の床に突き刺さる。 単純に斜め上から下に射ち放っているのだから速度的な関係で修正が間に合っていないのだ。 攻撃は最大の防御とはよくいったものである。 とはいえ、ほとんどまぐれのような回避がいつまでも続くわけもないし、弾道修正ができた魔力剣も存在する。 体を掠めていくそれらとの恐怖とさえ戦いながら、それでもその暴虐の嵐が抜けるのを待つ。 瞬く間に磨り減っていく集中力。 奪われていく体力と魔力。 だが、それらをどうにかこうにか繋ぎとめながら、フレスタは過去耐え切れなかったその剣雨を掻い潜る。

「っしゃ、さすが私様!!」

 リンディがこの九年で成長しているならば、当然フレスタも成長しないわけがない。 多分にかなり運が絡んだ部分もあったが、それでもあの弾幕を潜り抜けた自分をフレスタは褒められずにはいられなかった。 無論、これがチャンスだと理解もしている。 高まった士気をそのままに、右手の拳銃を仕舞い込むと同時に狙撃銃型デバイスを展開。 抜き打ちでスナイピングバスターをぶっ放す。

 高速で飛来するそれをリンディは銃口を向けられた瞬間にはもう回避行動に移っている。 だが、その速度故に至近距離を通り過ぎたそれがフィールドを掠った結果与えてきた衝撃に目を見張った。

(あんな方法で弾幕を掻い潜ったことも凄いですけど、随分とまぁ威力が上がってますね)

 やはり、目を見張るのはまずそこだろう。 そして、抜き打ちでのこの砲撃精度。 やはり、武装局員として戦ってきただけのことはある。 砲撃のキレも良いし、一つ一つの行動への迷いが無い。

「うぉぉぉ、あの弾幕を掻い潜りやがった!?」

「すげぇ、さすが武装隊の華!!」

「フレスタ隊長ナイスファイトですよぉぉ!!」 

「く、やはり諦めきれん!! いつか絶対モノにしてやる!!」

「俺はあっちの娘とお近づきになりたいな……」

「貴様、裏切ったな!? 俺たち<フレスタさんに撃たれ隊>の魂の結束を裏切ったな!!」

 衛生兵のおかげで復活していた連中が、やんややんやと声を張り上げて応援する。 中には不純な動機の輩も数人いたが、とりあえずフレスタの株が鰻上りであった。

「ふふっ、人気者ですねフレスタさん」

「私様が美しすぎるからいけないの……罪な女よね、私ってばさぁ!!」

「あははは」

 シールドで防ぐようなことはせずに、時計回りに空を飛びながらリンディは次々と砲撃を避けていく。 直接射撃系は基本的に発射後に任意で弾道を曲げられない。 勘を頼りに撃ち込んでくるそれはその速さ故に脅威ではあるが、動きっぱなしの標的を狙うには少しばかり厳しい。 無論、戦場ではまぐれ当たりが存在する以上ずっとそのままというのは無理だろう。 それに、向こうは本来長距離狙撃が得意なタイプだ。 回避の癖を見抜かれることもあるかもしれない。

 とはいえ、それにはしばらく時間がかかるだろうしそれでも中てきれる保証はどこにもない。

(距離を取るべきか取らざるべきか、微妙なところだわ)

 距離を取れば単純に回避能力は上がる。 だが、ソレは向こうも同じことだ。 そして、向こうの本職は狙撃系。 それに加えて近距離での技術も習得しているようであるし、その練度も侮れない。 相手の長所を封じながら短所を攻める。 それがリンディ・ハラオウンの万能性故の攻略セオリー。 しかして、こういう風に苦手を克服してきているタイプは単純にやり辛い。 力押しで押し切れる魔力があればどちらも迷う必要は無い。 しかし、今現在は出力リミッターがあるおかげでそう簡単にことを運ぶことは出来ない。 攻撃力と防御力が格段に落ちているし、フレスタの切り札であれば確実に今の自分を一撃で落すことができるはずだ。

 フレスタの切り札、ペネトレーションバスター。 あれは格上用の集束魔法である。 少々チャージのための時間がいるようではあるものの、当たれば今のリンディではひとたまりも無い。 撃たせる気は毛頭無いが、それでも何が起るかわからないのが戦場である。 ソレに何より、油断して手痛いしっぺ返しを食らわせてきた”懐かしき決戦メンバー”の一人である。 故にこそ、彼女は近距離戦でいくことを決意する。 チャージする暇を与えず、短期決戦で叩くことを選ぶ。

「うっは、そうくる!!」

 決断すれば即実行。 ブラストバレットを数十発展開しながら、リンディはそれを突っ込ませてくる。 それを次々と撃ち落すフレスタは、しかし舌打ちを一つ。 爆裂弾のせいで翡翠色に塞がれた視界。 リンディを狙えないし、何をしてくるか分からない。 かといって、至近距離まで爆裂弾の接近を許せば迎撃したとしてももっと近くの視界を潰される。 そうなれば、対処する時間が無くなる。 嫌らしい、そして上手いやり方だ。 こういうときに、自分も空を飛べたらとフレスタは切に思う。 少なくとも、ザースぐらいの機動力を得られれば色々と戦いやすくなるというのに……などと考えながらも、フレスタはリンディの次の攻撃を考える。 と、粉塵を突き抜けて来る翡翠の女性。 真っ正直に薙刀の刃を掲げて躍りかかってくる。 だが、無論、それはいくらなんでも”馬鹿正直”すぎる。 偽者だと言っているようなものだ。 しかし、かといってそれを撃ち落さないわけにもいかない。 狙撃銃でスナイピングバスターを発砲。 打ち抜かれたリンディ<幻影>が爆発。 クライドの幻影のように爆裂術式を組み込んでいたようだ。 それを気にもせずに、フレスタは周囲を睥睨して感覚を研ぎ澄ます。 デバイスのレーダー、センサー類とそして自分自身の勘をフル活用し、姿を見せないリンディを警戒する。 

「――そこ!!」

 セオリーでは後方からの強襲である。 だが、それでは少々”捻り”が足りない。 フレスタはだからこそ、第二に死角である真上に一発散弾を放った。 通常の陸士の概念と空戦の概念は違う。 特に、陸士にとっては基本的に周囲とは前後左右が警戒するべき範囲だ。 その中でも普通は見えない後ろを一番警戒する。 だが、空に居る人間は通常三次元の概念を持って戦闘をする。 簡単に言えば前後左右に上下を混ぜた全方位を警戒しなければならないわけだ。 この場合、陸士にとっては直上というのは後ろにも等しい死角である。 飛ばない人間にとっては斜め上ならばともかく、直上というのは概念が希薄に成りやすいのだ。

 頭上で強襲しようとしてきたリンディの幻影が、散弾に撃たれて爆発する。

「嘘、こっちもフェイク<偽者>!?」

(攻める時は守る者の気持ちになって、守るときは攻める者の気持ちになって考える。 知らない相手じゃあないんだし、そこから次を考えれば――)

 焦る思考を押さえつけながら、戦闘思考を継続。 そうして、周囲を睥睨した瞬間やられた気分になった。 今度は三方からのアタックだ。 上を見て撃ち落した瞬間にでも生み出したのだろう。 本物がどれかは分からない。 だから、全部本物であると仮定する。 右腕の狙撃銃から手を離すようにして収納し、左手で一番近い真正面からのリンディを撃ちながら右腕に仕舞い込んでいた拳銃を握り締める。 でかい狙撃銃では取り回しが悪い。 拳銃型という少しでも早く動く武器をチョイスするのは、そういう観点からであった。 

――真正面からのリンディ撃破。 爆発。 

 そのまま右腕で右後方から迫るリンディに向け発砲。

――爆音を聞きながら、左後方に左手を向け発砲。

 (これが本命? いや、違う本命は――)

――三人目のリンディが爆発。

(駄目、リンディちゃんのカード<手持ちの魔法>が多すぎて読みきれない)

 焦る思考が、フレスタの背筋を凍えさせた瞬間フレスタは弾かれたように真上に右手を向ける。 しかし、間に合わなかった。 ミラージュハイドを解除しながら振り下ろされた翡翠の軌跡が、一条の閃光となってフレスタの体に斬撃を見舞う。 デバイスを盾にして防ごうとしたが間に合わなかった。 崩れ落ちる体は全身から立ち上がる力も気力も根こそぎ奪われ、気づいたときには床に倒れていた。

「私の勝ちですね、フレスタさん」 

 リンディが薙刀の刃でフレスタの首元の床に突き立て、ニッコリと微笑む。 そこそこ発散できたようで、いつもの調子が戻ってきているようである。 やはり、ああいうときにはとりあえず暴れるのに限る。

「ああもう、私様の完敗よ。 やられた、完璧読み間違えてたわ。 次の死角次の死角って、急ぎすぎたみたいね」

 デバイスを収納しながら差し出された手を握り締め、疲れたとばかりに体を起こす。 

「ふふ、真上からの幻影にあんな早くに気がついたのには驚かされましたけど、周囲に意識を釘付けにした後で、一度対処させた方角から責めさせてもらいました。 ちょっとしたミスリード狙いでしたけど、上手くはまりましたね」

「嘘の中に本命を隠すのがクライド流なんだったっけ?」

「そうですね、とりあえず騙しきった者勝ちだって昔言われました」

「ぬかったわ、あいつなら分かりやすい方向から陽動しておいて最後に真上かと思ったのよ。 一回そうやってるの見たことあるから、本命を制すればって思ったんだけどねぇ……」

「ふふ、それも有りといえば有りですね。 そういえば、”フレスタさん”も一緒に来るんですか?」

「ディーゼル君から正式に出撃要請出されたしね。 それに、あの馬鹿は何をするか分からない奴だから人となりを”知ってる”奴が多い方が対処しやすいだろうって、ね」

「……そういうところは、相変わらずだったんですね」

「あの馬鹿のやり口はあの頃からあんま変わってないわよ。 ただ、相変わらず色々と妙な武器を隠し持ってるだろうから、気を抜いちゃあ駄目よ。 あいつの秘密主義は病気レベルだから」

「……そうですね」

「とはいっても、今回は無理でしょ。 多勢に無勢よ。 まともに戦うんならディーゼル君だけでお釣りが来ると思うし、そこに私でしょ? それに武装隊員と、教導隊で恐れられているリーゼさんたちもいる。 無理よ、どうやってもあいつに勝ち目なんて無いわ。 ”リンディちゃんが居なくても”結果はほとんど決まったようなものよ」

「……フレスタさんは、クライドさんを躊躇無く撃てますか?」

「勿論」

「そ、即答ですか」

「それが”仕事”ってのもあるし、私にはあいつに手加減してやる理由が公私共に無いもの」

「……」

「別にリンディちゃんがクライドを捕まえる必要は無いよ? あいつ一人ぐらい私様がどうにかしてあげるから。 まあ、守護騎士はさすがに私には荷が重そうだけど……そこはリーゼさんたちの出番だろうし」

 デートから帰ってから速攻で自分の部屋へと帰ったリンディは、布団を被って泣いていた。 偶々すれ違ったときに様子が可笑しかったから、気になってフレスタが顔を見に行ってみれば案の定である。 話を聞いて激怒し、クライドを一発ぶん殴ってやろうかと思った。 無論、リンディにも非はあったとは思うが、あの野郎が言ったという言葉にはさすがにカチンと来た。

 何が、”俺はそれでも良い”のか。 ”それでも”ということは、他にも色々とあったのではないのか? 直接見たわけではないからなんとなく想像することしかできないが、それでも二十六になれば返答するとかって自分に話した言葉は嘘だったのか? あれはそういう気の話ではなかったのか。

 イライラする。 あいつは”自分本位な奴”であり、だからこそ他人の意見では容易に自分を曲げない。 基本的に自己中であり、自分を納得させない限りは本気で動かない奴だ。 つまり、そういう風に言ったということはこれはクライドにとっての許容範囲だったわけだ。

――ふざけるんじゃないわよ。

 フレスタが一番気に喰わないのはそこである。 本心はどこにある? ”それでも”などと言うことはそういうパターンも想定していたということなのだろうが、では”あんた”にとっての最高の結末という奴はなんなんだ? それを、何故口にしてやらなかったのだ? それとも、”クライド・エイヤル”にとって”リンディ・ハラオウン”という女性は本心を口に出すこともできない程度の存在だったというのか? ――冗談も大概にしやがれ。

(私たちのリンディちゃん<妹分>よ。 捻じ曲がった”本心”なんて、この娘には毒でしかないって分かってるはず……あんたは、してはならないことをしたのよ。 分かってるのクライド……。 あんたなら分かったはずなんだから。 あんたなら、”この娘”の必死な嘘ぐらい見抜けなきゃいけなかったんだから。 それだけの時間は共有してたはずでしょ――)

 かなり無茶苦茶な話だと思ったが、それでもフレスタはそう思うのだ。 積み上げてきた年月は本物だった。 それぞれにその時間に嘘は無かったはずだ、と。 だったら、嘘の一つや二つ何故”見抜けない”。 それとも、自分を騙すのに精一杯でそんな余裕もなかったのか?

 所詮、他人の恋愛ごとだ。 しかし、”大事な他人”の恋愛ごとだ。 フレスタ・ギュースにとってはせめて双方に悔いが残らないようにしてやって欲しかった。 何故なら、痛みは伴おうともそれならば双方にとって一番納得がいったはずであるからだ。 そうでなければ、ただの飯事で終わってしまう。 ただの馴れ合いにすぎないと、そんな程度で終わってしまう。 それならば初めから”ただの友人”で終わっておけば良かったのだ。 だが、二人はそうではない。 婚約者(仮)という微妙な関係だが確かにそれでも、そんな関係があったのだ。

「……私は、出ない方が良いんでしょうか?」

「そうは言ってないわ。 ただ、リンディちゃんがいなくてもあいつの一人や二人どうとでできるってだけの話よ。 でもまぁ、リンディちゃんが”どうしてもあいつを自分の手で捕まえたい”っていうんなら、お姉さんがフォローしてあげる。 私の隊の奴らは足が遅いからって、私だけが”一時的に引き抜かれてる”から、丁度腕の良い”前衛”が欲しいところなのよ」

「……」

「それに、そのついでに色々と吐き出したいことがあるんならやってしまいなさい。 最悪、”下手したら”二度ともうその機会はこないかもしれないわよ」

 どうもこうもない。 アルカンシェル装備の艦船が用意された時点で、そういう可能性を視野から外すことができないだけだ。 そして、今までの闇の書に関する事件のデータからその最悪に行き着く可能性は否定できない。 だが、絶対にそうなると決まったわけでもない。 だからこそ、どうにかできるのであればしてやりたいとフレスタは思うのだ。 

「フレスタさん……」

 こっくり頷くリンディ。 その瞳の輝きは先ほどまでとは違い、少しずつ生来のものが戻ってきていた。 どういう葛藤がその胸のうちにあるのかなんて、フレスタには想像することしかできない。 フレスタとリンディではクライドに対する思い入れが決定的に違うからだ。 だが、それでもこれだけは分かる。 張りぼてでもなんでも良いから、自分のやるべきこと決めただろうと。 捕まえるというのは絶対だ。 執務官としての仕事であるし、それが任務だ。 そして、そのついでに些細な私事も片付ける。 ただ、”それだけ”のことだ。

 迷いが無いとは言わないだろう。 立場上は敵味方に分かれたようなものだ。 だが、それでもやるしかない。 そして、そのことはリンディ自身がよく分かっているはずである。

「ん、どうするか決まったようね。 だったら、もう乗艦しときましょうか。 ”エスティア”に色々と新しい情報が入ってきてるかもしれないしね」

「はい」

 軽くウィンクするフレスタ。 その優しい笑顔を浮かべる姉貴分に心の中で感謝しながら、リンディは力強く返事を返す。 正直、嬉しかった。 フレスタ・ギュースという人はいつもいつも弱気になってしまうリンディの背を押してくれる。 大変に心強い味方だ。 だったら、もう少しばかり頑張れなければ嘘である。

 執務官としての自分、個人としての自分。 どちらにも折り合いをつけながら、その中でやらなければならないことを貫く。 果たして、それができるのかどうかは分からない。 だが、それでもリンディ・ハラオウンは腹を括った。

「あ、でもやっぱりその前にディーゼル君の部屋に寄ってくわ。 ちょっと仕事の話がしたいから」

「私も付き合いますよ」

「そう? あー、やっぱり途中の自販機コーナーで待ってて。 ちょっとかかるかもしれないから」

「わかりました」

 そうして、適当に知り合い連中に声をかけてからフレスタはリンディと一緒にトレーニングルームを出て行った。























「ディーゼル提督、どうして私を今回の作戦に組み込んだのでしょうか?」

 ビシリ、と敬礼をしながらディーゼルの執務室にやってきたフレスタ・ギュースは”外面”で対応する。 公私混同が嫌いらしい彼女の対応に、ディーゼルは苦笑しながら口を開いた。 どうやら、フレスタはプライベートなことではなくてビジネスモードで話すことがあるらしい。

「君や僕……それにリンディ執務官は彼とは長い付き合いだからね。 色々と好都合だというのがまず”一つ”あるかな」

 あの愉快な男ことを知っているというというのは大きい。 アレはとにかくどうにかして勝とうとしてくる。 しかも、力ずくで無理ならば歪曲に攻撃してくる嫌らしいタイプなのである。 常日頃からその頭にあるのは如何にして格上を打倒するかという下克上の理論だ。 あんなヘンテコに普通の魔導師をぶつけるよりは、ある程度手の内を知っている人間をぶつける方が有効かもしれない。 それに、あの大馬鹿野郎はフレスタに弱い。 色々な意味でとてつもなく弱い。 そこら辺の日頃の上下関係もまた効くかもしれないとディーゼルは思ったからこそ、彼女を一時的に部隊に組み込むことを提案し、実行した。

「彼の戦い方をある程度知っているから、有効な対処が君ならできると思う。 よろしく頼むよ」 

「はっ」

「……っと、そろそろ外面はやめない? いい加減、笑っちゃいそうなんだけど」

「提督のご命令とあらば」

「ん、じゃあ命令」

「了解。 ……ったく、態々私様だけ引き抜いてくから多分そういうつもりなんだろうなとは思ったけど、”本気”で私をあいつにぶつけるつもりなの?」

 とたんに日頃の地を出すフレスタ。 そのギャップにだけは未だにディーゼルは慣れない。 だが、これが彼女の持ち味なのでやはり苦笑するだけだった。

「状況次第では……ね。 グレアム提督と僕も一応艦長だから、早々簡単に艦を放れることはできない。 リンディさんにリーゼ姉妹。 彼女たちで守護騎士と助手を抑えるか、撃破するまでは彼の足を止めてもらいたい。 まあ、僕も多分戦場に立つことになるとは思うんだけどね……」

「うーん、相手が陸戦しかできないんなら私も役に立つとは思うんだけど、あいつ絶対に私を見つけたら空に逃げるわよ?」

「そうかな?」

「少なくとも、広い場所だと絶対そうなるわね。 私があいつを抑えられるとしたら、室内戦ぐらいよ? 飛べるのを相手にするのは陸戦タイプは辛すぎるわ。 足の速度が違いすぎるもの」

 走るのと飛ぶのでは機動力が違う。 いかに長距離射程を持つフレスタといえども、空に逃げる敵を狙撃しながら追うのは厳しい。 しかも、クライドにはミラージュハイドがある。 遠距離狙撃を効率よく潰せるアレを使われたらどうにもならない。

「ああ、そこらへんはどうにかさせるよ。 結界も準備するし、僕の部下の空戦可能な隊員を君のバックアップに付ける。 君は部隊指揮の資格も持ってるし、とにかく足を止めてくれたらそれでいい。 勿論、君が捕まえてくれても良いよ。 場合によってはリンディさんとのコンビも考えているしね」

「ん、まあそれならなんとかなるかも……。 あ、それと私は基本的に”足が遅いお荷物”だからリンディちゃんと組むってことで構わない?」

「うん、現場の人間がそれでやりやすくなるんならそれで構わないよ。 こちらとしても、結果が出せるのならばやり方にはあまり拘るつもりは無いからね」

「そうやってやりやすくしてくれるところが、ディーゼル君のいいところね。 ガッチガチに命令してくるのとかいると、こう後ろから誤射してやりたくなってくるのよね」

「はは、誤射は勘弁して欲しいよ。 ま、期待しているよ」

「任せなさい」

 フレスタだとて、本気を出せば陸戦AAなのである。 総合Aのデバイスマイスターの一人ぐらいまともにやりあう事が出来れば抑えられない道理は無い……と思われる。

(まあ、私様が早々簡単に負けることは無いとは思うけど……)

 前提として向こうがフレスタを無力化しようとするのであれば、フレスタはクライドと十分やりあえると思っている。 力押しだけならば自分の方が今では強い。 それは完全にランクが保証している。 陸戦AAと総合A。 出力だけ見ればたしかに、上ではあるのだ。 後は状況がどうなるかだ。

(ついでにいえば、魔導砲も私様にはあるし形態が銃型である以上私の方が射撃練度は高いはずだから射撃戦にでも押し込めば有利に戦える……かな)

 クライドが一番嫌いなのは単純な力押しである。 基本的には、彼我の戦力差を用意しておいた戦術で覆すのがあの男だ。 だが、その戦術<奇策>は一見者制圧に特化している。 ”知ってさえ”いればそれを防ぐのは確かにそれほど難しいことでは無い。 そして、今現在あの男のやり方を一番見ているのはフレスタだ。 リンディはクライドの弟子ではあったが、ソレは九年前の話であり今は違う。 クライド流の基本骨子こそ一番理解しているだろうが、この九年で進化しているそれとは微妙に勝手が違うだろう。 まあ、”完全なる力押し”でどうとでもできる魔導師だから、骨子さえ分かっていればクライドのそれさえ力づくで食い破れると思う。 つまり、フレスタの仕事は彼を抑えるかリンディや他の連中が来るまで粘ること。 この二つに尽きる。

「そういえば、守護騎士って奴らはどれだけ強いの?」

「推定ではS+が一人。 AAAぐらいが一人。 それで、昨日から新しく発見されたS-とAAA+クラスの騎士がいるらしい。 全員が全員とも高ランクだから、主らしい彼よりもよほど”手ごわい”だろうね」

「ふーん、単純戦力としては半端ないわけか。 管理局員にも喧嘩売るぐらいだから、相当な腕前なのね」

「恐らくは……ただ奇妙な点もある」

「奇妙な?」

「ああ、これを見て欲しい」

 デスクの端末を軽く弄り、空間モニターを発生させるディーゼルはフレスタに言う。

「この青い髪の槍の騎士とこっちの紅鎧の盾の騎士。 今まで管理局が戦ってきた守護騎士のデータに情報が無いんだ」

「データが……無い?」

「今まで確認されていた守護騎士は四人。 そして、その四人はこの四人だ」

 モニターに新しく紅い髪の少女に、金髪の女性、ポニーテールの女性に、どこかで見たことがあるような白髪の青年が映し出される。 それが、今まで管理局が戦ってきた守護騎士だった。 青い髪の女や、紅鎧の騎士はその四人の中に含まれていない。

「……守護騎士って闇の書の主の護衛みたいなもので、魔法プログラムなんだよね? そのプログラムにバリエーションがあったってこと?」

「分からないんだ。 そんなデータは今までに無い。 にもかかわらず、新しい守護騎士らしき二人が四という数を形成する形で行動を共にしている。 この符号には何らかの意味があるんじゃないかと僕は思っているんだ」

「ふーん、新たに生み出された護衛やフリーランスの可能性は? 残り二人はクライドの護衛をしてるとか」

「かもしれないし、単純に彼の知り合いが協力しているというのもありえる。 だけど、今までの記録では守護騎士は決まって四人。 だから僕はこの使い魔の”青年”がヒントになっているのではないかと睨んでいるんだけどね」

「……ん、確かに”クライドの犬”に似てるわね」

 フレスタが言っているのはあの小さい狼ことクライドの使い魔ザフィーラである。 確かに、サイズを変更していれば少年姿になるし、この青年姿に似ている気がする。 であれば、今までが擬態だったのかもしれないと彼女は思った。

「だろう? つまり、こっちが彼の使い魔の本来の姿だったのかもしれない……となれば……」

「あ……もしかして、あいつって……」

 そんなまさか。 簡単に行き当たる事実にフレスタは呻く。 このことから推察すれば容易に発覚することがある。 ザフィーラが守護騎士であるというのなら、つまりはクライドは学生時代からずっと闇の書の主であったということになる。

「ちょっと待って、となると……あいつってば少なく見積もっても最低九年近く闇の書の主をやってたっていうの?」

「恐らくは……ね」

「……でも、だとしたらどうして”今更”動いてるわけ? あの頃からもしかして密かに動いてた?」

「いや、闇の書が動き出したって言う話は執務官時代にも聞いたことが無い。 闇の書の案件は管理局にとっての懸念事項の一つだ。 蒐集の被害者から大抵は洩れてくることが多い。 仮に蒐集後に口封じを行っていたとしても、何らかの形で表に出るはずだ。 戦闘時の魔力反応や現場の痕跡から検証すればある程度事件の輪郭ぐらいは推察できる。 管理局もさすがにそれを見逃すほど無能じゃあないからね」

「んん、だとしたらやっぱり”分からない”わね」

「そうだね。 いきなり動き出した闇の書、そして特殊部隊の追撃を振り切って逃げたエイヤル君と彼と合流してから行方が分からない助手。 彼は確かに重度のデバイス狂いだったけど、こんなことを大っぴらにやるタイプじゃあない」

「確かに、あいつは”秘密主義”な奴だったけどここまで大胆にできる奴でもないわね。 ……いや……そうね、必要になったらやることもある……かな?」

「勝てなければ勝算を強引によそから持ってくるような男だ。 逆にいえばこの状況からでも”勝てる”ような手段を用意しているのかもしれない……けど、それは考えたくないね。 とにかく今回のやり方は”彼”らしくない気がするんだ」

「それはライバル<恋敵>だからそう思うわけ?」

「はは、そういう色眼鏡で見ているわけじゃないよ。 ただ、色々と腑に落ちないだけださ」

 ディーゼルはそう呟くと、あの憎たらしい男のことを頭の中に思い浮かべる。 正々堂々とは無縁の男だった。 ユニゾンデバイスで自分の魔法を使用不可能にしてから戦いはじめたり、リンディを人質にとってから傷つけたくなければギブアップしろとのたまったり、出力リミッターをかけさせてAランクまで自分の魔力を落させてから戦うことを強要させてきたりと、本当に嫌な奴だった。 だがそれでも決して”身内”の冗談で済ませられるようなこと以上をしたことはなかった。

 今のように不特定多数に被害を与えるようなやり方だけは、確かにあの男はしなかったのだ。 だが、今はどうだ? 冗談で済ませたり、平謝りで済むようなレベルを遥かに超えている。 こんな馬鹿げたことを、クライドが果たして”望んでやる”のだろうか。

「第一、こんなことをしてたらリンディさんにいい加減愛想をつかされると思うんだけどね」

「あー、それは……もう手遅れかも」

「手遅れ?」

 苦い顔をするフレスタ。 ディーゼルはまだ二人の関係がどうなっているのかを知らなかったので、首を傾げる。

「えーと、なんかリンディちゃんあの馬鹿に振られたみたいなのよね」

「……はぁ!?」

 ディーゼルはフレスタの言葉に心底驚いた。 いや、驚いたというよりも理解できないとばかりに眉を顰め、さらには眉間を押さえた。 そういえば、昨日闇の書のことで協力要請を出しにいったときにリンディは体調が悪そうだった。 目が妙に紅かったし、少しディーゼルは心配していたのだが、まさかアレはそういうことだったのか?

「馬鹿な、彼に限って”そんなこと”するはずが……」

「どうしてそう思うわけ?」

「いや、どこからどうみてあいつリンディさんに執着してたよ? あの彼がそんなことをする理由が分からない」 

「……はい?」

「大体、この件に関しては恨みっこ無しだという紳士協定を結んでいたわけだし、こと彼に限ってそんなことをするはずがあるだろうか? いやないね(反語)」

「なにそれ?」

「どっちがリンディさんのハートを掴んでも良いからこれだけは正々堂々にやるぞと、彼と超紳士協定を結んでいたんだ。 いくら彼が嘘吐きだろうと、”これだけ”は守るはずさ。 彼はそういうのに異常に”拘る男”だ」

「呆れるわ。 そんな馬鹿みたいなこと約束して二人ともどうしようってわけ?」

「詳しくは黙秘するよ。 けど、つまりはそれほど彼も”必死”だったということさ」

 さり気なくリンディとの関係を仄めかしつつ、余計な虫がつくことを排除しまくるための同盟だった。 無論、飛んで火にいる夏の虫にはきちんとガンを飛ばしたり飛び出てこようとする杭を打ったりと様々な牽制をしあった仲でもある。 そこまで水面下でしてきた同士だけに、まさかそんな大事を行ったなどとディーゼルにはとても信じられない。 まあ、振り返ってみれば幾分か若気の至りというのもあって思い返すだけで恥ずかしい記憶も多々あるのではあったが。

「でもさ、そこまでやってもディーゼル君戦況的に押されてたでしょ?」

「……そうなんだ。 僕の方が多くデートに誘っているはずなんだけど、どういうわけか手応えというのが感じられなかった。 僕に無くて彼に有る何か特別な魅力でもあるのかな? あの愉快さ加減とかだったら、僕には到底真似できないんだけど。 いや、それが必要だというのならそういうキャラクター性を今からでも構築するのはやぶさかではないんだけど……」

「アレを真似するのだけはやめといた方が良いわよ。 真面目な貴方とは対極に位置するから」

「そう……なのかな?」

 というか、それをすればリンディは苦笑いしながら遠ざかるだろう。 自分なら真っ先に引くと思うだけに、フレスタはこの男の良い人っぷりに冷や汗をかく。

(人格まで変えようかと思うぐらいにゾッコンってわけ?)

 さすがに、そこまでするような生真面目さはある意味病気レベルである。 本人は大した問題(?)のように思っていないみたいだが、その道のりは険しすぎる。 それにしても、ヴォルク提督のマインドコントロール<魔法言語によるリンディ道の布教>の成果が出すぎではないだろうか? S2U<クライドがディーゼルがデバイスを新しくするときに洒落でリンディに協力してもらって作ったリンディボイスで詠唱するデバイス(録音機能付き and リンディ命名 )>を家宝のように扱っていることや、リンディのブロマイドを制服の内ポケットにお守りとして忍ばせていることなどから考えるに、生真面目さが変な方向へとシフトしているようにフレスタは思うのだ。

「ま、まあ……いいわ。 そりゃ、あいつとディーゼル君のプライベートだからあんまり突っ込んで言わないけど……っと、そういえば金髪で軽薄そうな監査官の人がさ、なんかリンディちゃんにちょっかい出してたわよ?」

「監査官? ……ああ、ゴルド・クラウン監査官のことかな」

「ん、なんかよく分からないけど背筋がゾクゾクするようなタイプだったから気をつけた方が良いかもね」

「ゾクゾク?」

「信用できない匂いがプンプンするわね」

「……なるほど、君のそういう直感的な感覚はやっぱり凄いね」

「そう?」

「実は彼のことも”君”を呼んだ理由に掛かってくるんだ」

「へぇ……今回の案件に絡めて?」

「そういうこと」

「”なるほど”……じゃあ”私”を引っ張ってきたのはそういう理由もあるわけね?」

「不可解な点がいくつかある。 だから、信用できる人間に周囲に多く居てもらいたいんだ」

「了解。 ……じゃあ、私はできるだけリンディちゃんと一緒にいた方が良いのかな?」

「うん、お願いするよ。 リンディさんの元気が無さそうだったし、変な虫から彼女をガードしてもらいたい」

「そっちの方が”本当の仕事”のように聞こえるから不思議だわ」

 最後の言葉が一言多いとフレスタを思う。 これじゃあ単にリンディのために張り付いて欲しいと言われているようなものだ。 少しばかり”職権乱用でかつ公私混同”にも聞こえるのは仕方が無かった。

「はは、そういう気持ちが無いとは言えないかな。 でも、やっぱり彼には気をつけて欲しい。 ”彼”のせいで発進が送れさせられたり、”グレアム提督”の動きが上から”妙な圧力”に晒されているようなんだ。 エイヤル君の身内だから警戒しているのだとしても、あんな風に監査官を送り込んできたりしてこんな”あからさま”に提督の周囲を監視するようなやり方は”やりすぎ”だ」

「そうなの?」

「グレアム提督は基本的に野心家というわけでもなければ、黒い噂が流れるようなタイプじゃない。 それに、執務官長や艦隊指揮官にも抜擢されるほど有能で信に厚い管理局員なんだ。 少なくとも今まで積み上げてきた功績から考えれば、こういうワンクッションもおかずにいきなり監視するようなやり方は失礼極まりないことだよ。 あの人が管理外世界からやってきた”成り上がり”だったとしても礼儀に反するし、提督なんて比べ物にならないぐらい”黒い奴”はゴロゴロいる」

「ふーん。 色々とあるのね、上の方は」

「海千山千の狸共や、利権に塗れた連中なんてのが上に多いのは多分政治家と同じだよ。 人間の集まりである以上は管理局もその例からは外れない。 でも、だからってそういうのばかりでもないけどね。 そういう人たちが頑張っていられる間はまだまだ管理局も大丈夫さ」

「だといいけどね。 そういうつまらない話を聞くとやる気なくなっちゃいそうだわ。 でも、だったらディーゼル君はどっちなのかな?」

「僕は……どうなんだろうね。 偶々こういう世界に足を踏み入れたわけだけど、正義感に燃えているわけでもないし、特別出世したいわけでもない……うーん、改めて考えると分からないな」

「ふふ、艦船エスティアを率いる提督殿がそんな無欲で良いわけ?」

「と、言われてもね。 こればっかりは人それぞれだと思うよ? でも、別に後悔しているわけでもないんだ。 だからきっと、僕は今に満足しているのかもしれない。 天職だしね」

 現状に満足していないのだとすれば、人間はきっとそこから離れるかそれ以上を目指す。 居たくも無い場所でずっと我慢し続ける理由があるのならば別だろうが、生憎とディーゼルにはそんな理由など無い。 魔導師としての自分を活かせるところ。 自分の力が求められる場所。 管理局とは、彼にとってそんな場所だった。 無論、両親の薦めであったというのもある。 初めはそんな程度のものだったが、今ではもうそれなりに愛着もある。 だからきっと、満足しているのだろうと思った。

「こう思えるってことはさ、幸せなことだよね。 フレスタさんはどうだい?」

「んー、私にとってはあくまでも通過点かな」

「へぇ……上を目指したいってことかな?」

「そういうのとはちょっと違うわよ。 やっぱり私もほら、良い人見つけて普通に家庭に入りたいなぁとか思うこともあるわけ」

「なるほど、それまでは……ってことかな?」

「そういうこと。 一生武装局員でやっていける程自意識過剰ではないしね」

 無意識にお腹の辺りを撫でながら、フレスタは言う。 ”そういう世界”だと知っていて入ったのだから傷が少々残ったぐらいでは気にしないつもりではあったが、それでもあの頃のように我武者羅で有り続けられはしない。 もっともっと強ければ、或いはそうはならなかったかもしれないが、そんな想像に意味は無い。 復帰してもどこかで考えていた。 そして、部下を持つようになった辺りから益々その念が強くなってきている。

「それに、偶に思うのよね。 今自分がいる場所よりももっともっと充実できる場所がどこかで私を待ってるんじゃないかな……ってね」

「……」

「魔導師になったことや、武装局員になったことは別に私にとっては問題ではないのよ? それだけは多分胸を張っていえるわ。 でも、このままずっとやり続けて私は満足できるのかなぁって思うときもあるわけよ。 何かが私様には足りないの」

「なるほど……でも、そればっかりは僕もアドバイスできそうにないかな。 そういう”悩み”は自分で蹴りをつけなきゃいけないモノだしね」

「分かってるわよ。 でも、やっぱり思っちゃうんだからしょうがないでしょ。 うーん、コレが”若さ”なのかな……無いもの強請りだってのは分かっているんだけどさ」

「確かにね……ん、ならいっそのこと武装局員辞めて別の部署に転属願いでも出してみたらどうだい? 執務官を目指すとかやりようによっては色々と未来はあると思うよ」

「んー? 執務官はちょっと興味ないかも……でも、そうね。 悩むよりもちょっと色々やってみるの方が有益かもしれないわね」

「別に武装局員以外の仕事も管理局にはあるからね。 僕からお勧めするとすれば……そうだな。 教導資格を取って訓練学校の教師とか教官になるとかどうだい? 部下や新人を鍛え上げる感覚と似てるだろうし結構似合ってそうだよ」

「ぷっ、私が教師とかやるの? くくっ、ガラじゃないわよ」

「そうかな? 似合いそうだと思うんだけどね」

 年下のリンディから好かれたり、武装局員の部下を指導したりしている姿を見れば別段そういうのもこなせそうな気がするとディーゼルは思った。 が、フレスタはツボに入ったのかそういう自分を想像してけらけらと大笑い。 そして、何を思ったのか真面目な顔をして先生役を演じ始めた。

「――ディーゼル訓練生、良い案を提案できない罰として廊下に立ってなさい」

「あの、フレスタ先生……僕なりに有益な提案をしたつもりなんだけど? というか、何故に廊下?」

「くく……だめ。 あははは、やっぱり似合いそうにないわ」

「というか、廊下だと魔法学校の先生って感じだけどね」

 思いっきり似合いそうではあった。 彼女の場合は廊下に立たせる前に砲撃が飛んできそうではあったが。

「……まあ冗談はこれくらいにしておこうか。 それじゃあ、エイヤル君の件とリンディさんの件、よろしく頼むよ」

「ん、任せといて」

 ヒラヒラと手を振った後、ビシリっと敬礼をして去っていくフレスタ。 その姿を見送ってから、ディーゼルはため息をつく。 フレスタは口には出さなかったが、多分”本気でクライドを私の手で撃たせるのか”と聞きたかったのだろう。 できるできないではない。 ”旧知”の自分を使ってそれをするのか? と尋ねたかったのだろう。 恐らくは、フレスタもまた戸惑いがあるはずだった。 こういう風に、知り合いを撃つなんて任務に送り込むというナンセンスさを遠まわしに非難していたのかもしれない。 それを”口”に出さない所は彼女らしいとディーゼルは思ってはいたが。

「――まったく、君は本当に何をしてるんだ? 失った信用を取り戻すのは簡単なことじゃあないんだぞ?」

 犯罪者になるということは、”そういうこと”だった。 友人知人たちと築き上げた何もかもを容易く失うことになる。 それは、真っ当な人間からすれば恐ろしい程の精神的苦痛を伴う、裏切りにも等しい行為だ。

 そういうのはヴォルク提督関連とかああいう勝負の時ぐらいで、決してプライベートに持ち込んだことはあの男は無かったはずだった。 少なくとも、プライベートでクライド・エイヤルに騙されたと思えることはディーゼルはあまり無かった。 それほど親交が厚いわけでもなかったし、どちらかといえば嫌いな類いだ。

(ああ、断じて君は好意的に付き合える類の奴じゃあなかったさ)

 だが、それでも腐れ縁的な付き合いをディーゼルは続けてきた。 それはきっとあの暴虐<ヴォルク提督>にさえ果敢に立ち向う反骨心と彼独自の良心とやらを認めていたからだ。

――いいか、ディーゼル。 とりあえず、爺さんが諦めるかあいつが”はっきり”と誰かを選ぶまでは”手”を出すなよ? AもBもCも禁止だ!! ”手を出したら”生まれてきたことを後悔するような責め苦を味あわせた上で爺さんに代わって俺が抹殺してやる。 クライド流の禁則事項を破ってでも、だ。 肝に銘じて置きやがれよ。

 彼行き着けのラーメン屋で珍しく男二人で飲んでいた時に凄みながら言われた。 妙に酔っ払っていたから、”冗談か本気か”判断がつきにくかったが、そういうことで”釘を刺してくる”ということはシラフであってもこの男にはそういう意識があるものだと思われた。 だから、そうだ。 あいつは”自分”と同じぐらいに”密かに本気だったはず”なのだとディーゼルは勝手に思っていた。

 それは勿論勝手な想像であったが、そうであって欲しいと思わずにはいられない。 少し前に会った元気が無い、何かを我慢しているような”彼女”の姿を思い出したら尚更そう思う。

「こんな形での不戦勝なんて、僕は認めないぞ」

 そうだ、認めてなどやるものか。 だから、絶対に”捕まえる”。 捕まえて、罪を償わせるのだ。 それまでなら、待っても良い。 こんな形でトライアングルハートに決着などつけさせてやらない。

 もしかしたら、何も始まってもいないのかもしれない。 ただの、事実だけが先行した”薄っぺらい”だけの一方的なものだったのかもしれない。 だが、曲がりなりにもディーゼルはそういう認識でいた。 そうゆう意識で臨んできた。 だから尚更許せないのだ。 あの眼つきの悪い男が。

(まったく、仕事と私事とで君を追うことになるなんて想像もしてなかったよ。 本当、滅茶苦茶な奴だよ君は……)

 悪態の混じったため息をつくと、ディーゼルは仕事を再開する。 だが、途中である特殊部隊からの報告書を見て少しばかり顔を引きつらせることとなった。

 報告書に記載されているのは、クライド・エイヤルの魔力量考察であり彼自身の失ったはずの魔力が実は回復しているのではないかというとんでもない話だった。 ディーゼルはクライドの魔力量がギリギリAランク程度であるということは知っているが、S+が観測されるほどの魔導師であるとの可能性を事実に上げられている文面に思わず頭を抱えた。

「……まさかまた彼のトンデモ発明か? それとも、これが闇の書の力なのか?」

 真実に掠りもしていないが、理由を知らない者にとってはそれはそれは不可解なことであることは間違いなかった。

























 自分自身リンディ・ハラオウンは不思議だった。 だが、それでも何かに突き動かされるようにして喋らなくても良いことまで喋っていた。 クライド・エイヤルについてのことを。 感情的な自分が、もしかしたら意趣返しのような気分でそれをしたのだろうか? いくら相手が監査官で、管理局員であろうとここまで素直に”プライベート”なことも含めて話してしまうのは何故だろうか? そんな風に思っていても、何故か口が”開いていた”。

「へぇ……噂に違わないほど変な奴なんだね、その彼は。 しかし、勿体無いね。 貴女のような美しい女性を振るだなんて、私にはとてもできそうにないよ」

 微笑を貼り付けた、金髪長身の優男。 ゴルド・クラウン監査官は一々頷いてリンディにクライドのことを尋ねていた。 職業柄初めは探りは入れられているのかと思って警戒していたが、巧みな話術で上手いこと話を繋いでくる。 しかも、彼女を口説きながらだ。 苦笑してしまうのは、”分かっていて”もそうすることをやめないこの軽薄そうな男の軽さにあったのかもしれない。

 愛と憎しみは表裏一体だ。 気にしていたからこそ、その反動は大きい。 そして、そこを突かれていることを”なんとはなし”に理解していたが、それでも”質問”に答えてしまう。 それが、普通の監査官のやり方なのかどうかは分からなかったが、それでも別に構わないと彼女は思った。

 どちらにせよ、自分は何も知らない。 クライドが闇の書の主だったことなど、想像さえしていなかったのだ。 そんな自分が何かを喋ったところで、どうにかなるわけでもない。 そして、これは管理局の仕事に関する案件でもある。 ”黙秘する理由”が無かった。

「どうだい、そんな見る眼のない男のことなんか忘れるつもりで今度の休みにでも私と一緒に食事でも……」

「えと、お仕事ではなかったんですか?」

「はは、仕事も勿論あったんだけれどプライベートで君に興味を持ってしまったのさ。 どうかな? ここだけの話、割と本気なんだけど……」

 軽くウィンクまで混ぜてくるその男。 リンディはどこか、その男の調子が誰かに似ている気がした。 そうして、暫し回答を待つその男を見ていたらふと思い出した。 あのカラフルな男に似ていたのだ。 今ではもうどういう人間かを知っているのでアレは単純な擬態であると知っている。 だからこそ、思うのだ。 もしかしたら”だから”思い出したのか、と。

「あの、そういうのは間に合ってますので……」

「ふむ、残念だね。 ああ、そうか。 君には”ディーゼル提督”もいるんだったね。 ん、彼が羨ましいよ」

 そういうと、一先ずその青年はリンディへのアプローチを取りやめる。 そうして、何事か次の話題でも振ろうと考えていたのだろう。 だが、その顔にはどこか”困惑”するような貌があったことをリンディは見た。 不思議に思う。 何故、そんなにも”当てが外れた”ような顔をするのだろうか、と。

 クライド・エイヤルについてのことで、もっと自分が知っていると思ったのだろうか? それともそうではなくて何か別の思惑があったのだろうか? 真逆、本気で自分を口説こうとしていたわけでもあるまい。 奇妙な違和感は拭えない。 だが、その微笑の裏側にあるものをリンディは警戒しつつも、留意しない。 気にし続けることが出来ない。

「ん、まあいいや。 そのうちに気が向いたときにでも覚えておいてくれたら嬉しい。 はい、これ私の連絡先。 通信は多分仕事柄すぐには出られることは少ないと思うから、メールがありがたいね」

「はぁ……」

 気軽に差し出された名刺を両手で受け取り、思わずリンディはそれを覗き込む。 分かりやすいように写真入の工夫がなされたその名刺には、確かに彼の連絡先や肩書きなどが記されている。 ”派遣されてきた監査官”にしては随分と軽い人である。 だが、不思議と口が軽くなってしまいそうな、そんな人物であるということだけは記憶に止め、リンディもはこっくりと頷く。

 監査官というのは基本的に居心地の良い人物ではない。 監視されているとか、疑われているとか、そういう風に考えて構えてしまうから当然のことだ。 しかして、この眼の前の監査官はそういう普通の監査官とどこか毛並みが違うらしい。

「ん、それじゃあ失礼するよ。 また会おうリンディ・ハラオウン執務官」

 軽くウインクして去っていくその監査官。 リンディからすれば対して気にする必要も無い相手であったが、不思議と心に残った。 と、そんなリンディに向かって少し放れたところから様子を伺っていた女性が、通路に立ち止まっているリンディに声をかけた。

「ハラオウン執務官、さっきの監査官には気をつけたほうが良いですわよ?」

「レイン提督?」

 驚き、振り返ってみればそこにいるのは”レイン・リャクトン”その人である。 学生時代からずっと通している金髪の縦ロールは健在であり、どことなく気品があるその女性は少しばかり眉を顰めていた。 それは彼女が先ほどの男と面識があるからである。 滅多に見られないような不快感をそのまま表情に宿しているのは、それほどに先ほどの男に良い感情を持っていないからだろう。

「お久しぶりですね」

「そうですわね。 最近色々と海の方も色々と厳しくなってきているから、めっきり会う機会も減ってしまいましたもの……にしても、貴女も大変ね。 さっきの男、無意味に手が広いことで一部の女性職員には有名ですわよ? 目をつけられたのだとしたら、注意しておきなさいな」

「お知り合いなんですか?」

「ええ、私<わたくし>も口説かれたことがありますわ。 人妻と”知ってて”……ね」

「……はい?」

「私<わたくし>、ああいう軽薄な輩がどうにも嫌いなんですの。 やっぱり、男性は家の主人のように一本気な人でなければ駄目ですわよね?」

 堂々と惚気るレインに、リンディは相変わらず冷めない人だなぁと苦笑する。 陸と海の人間にある潜在的な軋轢も、レインとザース夫婦の前では大したことではないようだ。 正直、羨ましいものである。 自分もああいう風な理想的な関係という奴を構築したかったと切実に思ってしまう。 苦笑に混じる影がそういう心情を露にしていた。

「まあ、あの男はそれ以前に色々と怪しすぎるようですし……近づかないに越したことはありませんわよ?」

「怪しい……ですか?」

「ええ、調べてみたら本局上層部の繋ぎ<パイプ>か何かのような感じでしたわ。 黒を通り越して暗黒色……下手に触ったら後戻りできないタイプだと思いますから忠告しておきますわ」

「へぇぇ……凄い人なんですね」

「……はぁ、相変わらず貴女はポケポケしてますわね。 楽観なのか余裕なのか、未だに私には判断ができませんわ」

「あははは、気にしてもしょうがないかなぁと。 それに、近づく気は無いですから」

「そう? でも、あの男は妙に女性を堕とすことに長けているようですから気をつけなさいね。 貴女、どこかそういうのに疎そうだから心配ですわ。 利用されそうで危うい気がするのよ」

「うう、確かに得意ではありませんけど……」

 でなければ、もっと上手く立ち回れたはずだ。 あんなことになることも無かったと思う。 自分が悪かったのか、それとも相手が悪かったのか。 いや、そうではない気がした。 あんな風に”試す”ようなことをしたことがいけなかったのではないだろうか? 無論、あの男が元からそういう風な意識しかなかったのだとすればそこまでの話だが、そうではなかったとリンディは思いたかった。

「ま、いいですわ。 貴女には貴女のペースがありますものね。 クライド・エイヤルも貴女も、どこか常人とはズレてますもの。 あんな”歪”な関係で、それでもこうまで長続きしているのが奇跡みたいなものですわ」

「歪……でしたか?」

「ええ、私からみればそれはもう歪でしたわ。 私ならきっと、一年も持ちませんわね」

 こればっかりは理解できないとばかりに恋愛の先達は言う。 リンディにとっては痛い言葉であったが、目の前の人物は別に責めるように言っているわけではない。 ただ、真っ正直に思ったことを言っているだけなのだ。 嫌味に聞こえないのは公明正大がモットーらしい彼女の人柄のせいなのかもしれない。 ついでに言えば、知らないからこそこうやって話題にもできるのだろう。 もうそういう関係ではないのだと知っていれば、恐らくは話題には出すまい。 であれば、単純に忠告をするためだけに話かけてきたのではないということをなんとなくリンディは察した。

「レイン提督、私の時間なら空いてますけど……」

「それはよかったですわ。 少しばかり、貴女と話をしたいと思っていたのよ。 あの人も存外”彼”を心配してるみたいなのよ」

「何か知ってるんですか!?」

「さて、どうかしら。 確信には遠いのだろうけれど、知らないよりは知っていた方が良い話だと思いますわ。 ん、フレスタさんも来たようだし、丁度いいですわ。 私の執務室に寄っていきなさいないな」

「はい」

「お久しぶりです、レインお姉さま」

 敬礼もそこそこに、リンディの背後から現れたフレスタが珍しい組み合わせに首を傾げる。 が、かつて姉妹の契りを交わした間柄の二人にとっては、アイコンタクトだけで十分だった。

「……ええと、なんでそんな二人して分かり合ったように頷きあってるんですか」 

 阿吽の呼吸でリンディの両サイドに陣取る二人に困惑しながら、リンディはしかし二人に手を引かれるようにして歩いていった。 

 知らないことが多すぎる。 聞いてみたいこともある。 何よりも、あと少しすればクライドを追う任務に就かなければならない。 何か、参考になる話を聞けるかもしれないと思ったリンディはなすがままにされることにした。

 自分が一番近くにいるのだと思っていた。 クライドが誰かと付き合い始めたという話しは一度だって聞いたことがないし、婚約者(仮)を口実にコンパなども断っているらしいということを聞いていた。 そういう話があるのは自分だけだった。 だから、クライドの気持ちを聞いて安心してしまいたかったのだ。 だからこそ試した。 だからこそ確かめずにはいられなかった。 結果は裏目に出てしまったが、そのおかげで一晩泣いて分かったことがある。

 涙が出るほどに、”リンディ・ハラオウンは本気だったのだ”ということだ。 それだけは、確かな事実だった。 そう思うと、リンディはどこかで自分自身が可笑しく思う。 感情は自分の気持ちをはっきりと理解していたのだ。 迷うというよりは恐れていたものが、そんなに”致命的な所”までまだ来ていないということを。

 もしかしたら、泣き疲れたせいで開き直ったのかもれなかった。 凹んだところへの闇の書の主を捜索する任務への参加要請がきたことでそうなったのか? 或いは、それは現状の状態に対して”キレていた”のか。 とにかく、そういう自分がいるらしいことだけは確かで、そんな”諦めの悪い”自分が言うのだ。

――このままで良いはずがない、と。











 基本的には偉い肩書きを持つ人ほど優先的に執務室が与えられる。 それが提督レベルにもなれば当然である。 来客用のソファーに座ったフレスタとリンディは、レインにお茶を振舞われていた。 話しをする前に一息入れようということなのだろう。

「ん、さすがレインお姉様だわ。 相変わらずお茶も絶品ね」

「ふふ、フレスタさんはあの頃からそのお茶が好きだったわものね。 懐かしくなってついつい貴女が来たときにはコレを出してしまうのですわ。 まあ、貴女にはあまり関係ないかもしれませんけど……」

 眉間に手を当てながら、レインは言う。 その視線の先には、常人には多すぎる砂糖をお茶に投入し、憎たらしいぐらいに緩みきった顔でお茶を嗜む翡翠の女性がいた。 お茶を振舞った者としては冒涜だと思うが、この顔を見ればどこか許してしまわなければならないという気持ちにさせるその愛嬌がそのレインの感性を押さえ込む。 苦笑しかでない。

「はふぅ……結構なお手前ですね」

「……まあ、いいですわ。 それより、彼の話をしましょうか。 夫も今回の件ではかなり驚いていましたわ。 私が昨日例の通達を知って尋ねるまでは知らなかったようですし、別の件で彼の周囲を洗っていたようでしたから驚くついでに色々と納得したようでしたわ」

「え……ザースさんが、クライドさんの周囲を探っていたんですか?」

「へぇ、それは初耳ね」

 二人とも、そんな話は聞いていないので素直に驚いている。

「なんでも、少し前に彼の使い魔が行方不明になって、南部にある彼の家が爆破された事件があったそうですわ」

「え?」

「はぁ?」

「一応地方の新聞では取り扱われていたようですけど、中央などで別に大きな事件があったせいでそれほど中央では大きく報道されていないせいか情報があまり広まってはいないようですわ。 本局だとよほど南部を気にしている人物でなければ気づけないでしょうね」

 単純に規模の違い、という奴のようだった。

「それで一応、彼を現場に呼んでから夫が軽く話しを聞いてみたそうなんですけど、そのときに本気で激怒していたと聞きましたわ。 だから今回の件のことも総合して考えると、多分ですけど”次元犯罪者”か何かに”闇の書”が狙われてそうなったのではないかと夫は推察しているみたいなのよ」

「……なるほど。 ”クライドが闇の書の主だった”として、そういうのを狙う奴にやられたんだとしたら、色々と”想像しやすい”わけね?」

「そういうことですわ。 仮に私が管理局に敵対するのテロ屋とかだったしても、彼の家を爆破する理由なんてほとんどありませんもの。 私なら彼の家を爆破するよりも彼の後見人であるギル・グレアム提督の家の方を爆破しますわ。 そっちの方がまだ”嫌がらせ”の効果より高いですものね」

「そりゃ、デバイスマイスターと提督じゃあ比べ物にならないわよねぇ」

「後見人だからという線で考えても同じでしょう? 本人は基本的に本局にいるのだから害すことができるというわけでもない。 だから留守番をしている使い魔を狙う? ちょっと安易過ぎて信憑性に欠けますでしょう? でも、彼が闇の書の主だというのであれば在る程度の納得がいく構図に仕上がりますわね」

「なるほど」

「それと、これは別件かもしれませんけど同じ日に”時の庭園”というミッド純正の遺跡が盗まれたそうですわ。 そして、彼の使い魔ザフィーラのデバイスがその近くで発見されている。 無関係と見るには少しばかり無理な気がしますわね」

「時の庭園……ですか?」

「夫の話では旧暦の遺産。 次元航行ができるだけの武装解除された移動要塞のようですから、それで移動したんでしょう。 犯行時間が極めて近いと推察されているようですし、関連付けて考えないのは可笑しいですわ。 そちらの方の捜索依頼が本局に出したと聞いていたのだけれど、少し調べてみたらその依頼自体がまだ本局に来ていませんでしたわ。 夫が間違いなく”出した”と言っているのにも関わらず……ね」

「それは……確かに変ですね」

「ミッド地上と本局の軋轢による連携の遅延……というわけじゃあないんですよね、レインお姉様?」

「地上本部が故意に握りつぶす理由は普通にはありませんし、こちら側<本局>もそう……電子媒体での依頼ですから、紛失したという可能性は極めて低いはず。 何やら色々と”怪しい”匂いがプンプンで……まったく笑えませんことよ」

 或いは、データの確認途中で職員が誤って消してしまったというケースも考えられないことも無い。 だが、”そんな”ミスがあったとすればリカバリー処置を取らないはずがない。 もし、仮にそれが広域次元犯罪クラスや次元災害クラスの重要な案件であった場合には目も当てられないことになるからだ。 管理世界の平和を守る組織の一員としては、危機感が足りなさすぎるし問題である。 

「そういえば、怪しいって言えばクライドの犬が守護騎士じゃないかって言う話をディーゼル君から聞いてるんだけど」

「……それもありえない話ではありませんわね。 ”全て”をクライド・エイヤルが闇の書の主と仮定した場合にはね。 ここで私、素朴な疑問を抱いたんですけれど……どうして彼が闇の書の主なんですの?」

「どういうことですか?」

 そのレインの含みのある言い方にリンディが尋ねる。

「彼がそれだというのならば、色々と話が繋がるという話を先ほどしてましたけれど、その”前提”は一体どこから沸いて出た話なのかと私は疑問に思っているのよ。 一体、”誰が”どうやって”それ”を確認しましたの? 彼がそうだと自分の口から言ったのかしら? それとも誰かがそれを所持しているところを目撃したとか? スウェットの件で公務執行妨害だけは確実みたいだけれど……」

「私は聞いてないかな……リンディちゃんは知ってる?」

「いえ……私はクライドさんが闇の書の主だと上から聞かされただけですから、情報のソースまでは……」

「そう……執務官である貴女が知って良いレベルではないのか、単純に話せない理由でもあるというところかしら。 私が気に入らないのはそこが一つ。 そして、二つ目は先ほど話していた”時の庭園”が一体どうやってミッドから消えたのかということよ。 例えば、それが個人の所有物でありちょっとそこら辺を次元航行するというのであれば、管理局に”一報”入れて航行許可を取るのが普通ですわ。 そうでないなら、途中で管理局に補足されて局が危機管理の観点から動くはずだというのに、かなり大質量なせいで観測しやすいはずの”時の庭園”が忽然と姿を消してしまっている……提督の位についている私からすれば信じられない話ですわ。 ミッドチルダからの出航ですのよ? 警戒厳重な監視網をそんな容易に潜り抜けられるはずがないですのに……」

「時の庭園の質量はそれほどなんですか?」

「少なくとも、普通の次元航行艦よりは大きいですわね」

「意図的に見逃されたか……ステルスとかロストロギア?」

「そういうロストロギアや装置が無いとは言いきれませんけど、あまりそういうことは考えたくありませんわね。 見逃すとしたら、それはもう局員の中に手引きした人間がいるという話になりますし、考えたくないですわ。 管理局に”基本的”にメリットが無い以上十中八九犯罪者が入り込んでいることになる。 面倒くさい話ね」

 自分の分のカップを持ち上げ、レインはお茶で喉を潤す。 どこかイライラしているように見えるのは、そういう不自然がたまらなく嫌いだからだろう。 だが、ありえない話ではない。 そして、”そういう”のが少なからず居ることをレインは知っていた。 でなければ査察官や監査官など必要ではないし、スパイとして送り込まれてくる人間や汚職に手を出す人間は出てこないはずではないか。

「……」

「あら? 納得いかないって感じねハラオウン執務官?」

「気持ちの良い話ではありませんからね。 局員のモラルと善意を私は信じたいです」

「局員の善意を信じるなら悪意も信じなければいけませんわ。 遠からず貴女は上に来る予定なのだから、もう少しそういうのを今のうちに学んでおくべきよ。 私たちはそういうのを排除して部下たちを制御していかなければならないのだから」

「まっ、それでも真っ当な人の方が多い……ですよねレインお姉様」

「そうね、それが”普通”ですわ。 誰だって綺麗な身でいたいもの。 さて、話を戻しましょうか。 最後の不可解、今現在のギル・グレアム提督に掛かった圧力について。 もう噂はひろがっていますわ。 特に、上の方ではね。 艦船の発進準備事態は整った。 だというのに、発進するまえにギリギリで遅延させられていると聞いていますわ。 間違いないですわね?」

「……はい。 詳しくはやっぱり聞いてませんが、事実そうなっています」

「最高評議会、グレアム提督と仲が悪い派閥連中、それから目に見え安い形では地上の次期交換意見陳述会での議題内容に加えて本局を牽制する内容にしようというようなあからさまな動きがあるの。 二つ目と三つ目は違和感はあまりないですけれど、その速度が昨日の今日で”あまりにも早過ぎる”。 そして勿論、最高評議会が絡むとなれば疑うなという方が無理ですわ。 現在、グレアム提督が三提督がヒヤリとするような発言を連発しながら事態を動かすように折衝中。 これで連中を提督がどうにかできなければ、最悪動けるのはディーゼル提督だけになりますわ」

「あっちゃー、上の方ってそんなに切羽詰まってるの?」

「……私も知りませんでした」

「提督が部下を心配させないように配慮してたんでしょうね。 或いは、自分だけで抑えることで部下へ飛び火するのを食い止めているか……まあ、最悪は自分の地位を餌に状況を動かすでしょう」

「……」

「グレアム提督が信用できないのならば、局に閉じ込めて監視すれば良い。 そういうことでしょう? ディーゼル提督だけ動かさせて監査官を同行させてそちらも監視。 裏切れば証拠発生でどちらも確保。 目障りな無所属派とそのシンパの団結を牽制し無所属派を各個に分断吸収、それを餌にさせれば”最低でもディーゼル提督”が動けますわ」

「うひゃぁ、そこまでするの?」

「それに近いことをしなければ、どうにもならない所まで来ていますわ。 誰が見ても異常ですけれど、不自然なほどに”黒い奴ら”が群がっている。 それに、闇の書は定期的にやってくる点数稼ぎの源だし、上のポストが一つ空くんだから砂糖に群がる蟻たちがこぞって群がってますわ。 しかも、恥ずかしいことに私の”元お父様”までいらっしゃる始末……。 あれだけ叩きに叩いたのに、まだ野心を捨てきれないようなのよ」

「それは……」

「なんとまぁ……」

「お兄様が聞いたらきっと、”もっとあのとき虹色に染めておべきだった”なんて言ったかもしれないわね。 私もあとニ、三発鉄拳制裁しておけばよかったですわ」

 頭痛を堪えるようにレイン眉間を押さえながらため息を吐き、リンディとフレスタは揃ってなんともいえない表情を浮かべる。 複雑な家庭事情の結果であるが、さすがにそれには同情を禁じ得ない。 ビフレスト家のお家問題というのが一時期局内で話題になっていたことがある。 壮絶な親子喧嘩と離婚調停劇、さらには隠し子問題まで発覚して一部のゴシップ好きの局員たちに話題を提供していた時期が在る。 当然、色々な意味で当代のビフレスト家の信頼は地に落ちた。 が、それでもまだ懲りないらしい。

「最近嫌がらせが大人しいと思ったらまったく……何をやってるのかしら。 あそこで見切りをつけて正解でしたわ」

「な、生々しい話ね」

「一応私の目的はあの時点で最低限達成されていたしね。 あの件でクライド・エイヤルには個人的に借りがあるのよ私も、お兄様も。 だから、少しばかり私なりに仕事ついでに手伝ってあげますわ。 恩は恩で返す。 でないと、借りっぱなしでは私の名が穢れるでしょう?」

 リンディもフレスタもその意外な言葉に目を瞬かせる。 あの件とクライドに一体どんな関わりがあるのか想像できないからだった。 だが、心強い味方である。 グレアム提督が最悪”動けなくなったとしても”、望みを繋ぐことができるかもしれない。

「私のほうで”時の庭園”の捜索任務を受けましたわ。 ミッドチルダの南部、時の庭園があったはずの時刻辺りからの次元航路を定置観測区域の穴から逆算し、最も人目につき難い航路を回ってみますわ。 正直、どれだけ効果があるか分からないですけど、私は”時の庭園”と”闇の書事件”と”クライド・エイヤル”の三つを結びつけるのだとしたら考えておかなければならないポイントだと思っているの。 恐らく、”守護騎士”か”クライド・エイヤル”を追うだけでは事件の全容は把握できないんじゃないかしら……」

 レイン・リャクトンは時の庭園と闇の書とクライドの三つを結べば在る程度今回の事件について納得のいく想像が出来るのではないかと考えている。 夫の話からきな臭いものを感じていたし、グレアム提督は恐らくは可能な限り追えるのであれば”クライド・エイヤル”を追うだろう。 今のところ守護騎士の方は動きに法則性がほとんど無いため掴み辛いし、動いてからでなければ管理局は補足出来ていない。 ならば対処療法で行くしかない現状、それらはいっそのこと近場の連中に任せて誰もまだ”考慮”していない側面から攻めてみるのもの面白い。

 無論、無関係ということもあるだろう。 だが、それならそれでクライドか守護騎士。 この二つを追うことに全力を注げばよいだけの話だ。 可能性の一つが潰せるのであれば、それは例え遠回りだったとしても立派な援護になるかもしれない。

「それと、ディーゼル提督のエスティアのトランスポートラインを優先して私の艦にリンクさせるようにしておくから、”発見できれば”援護を要請するわ。 手が空いていたら”来なさい”な」

「うは、さっすがレインお姉さま。 大盤振る舞いなところが素敵だわ」

「ありがとうございます!!」

 フレスタが感嘆の声を上げ、リンディは素直に礼を言う。 そこまで気を回してもらえるとは純粋に驚くことでもあったが、レインの気前の良さには頭が下がる思いだった。

「でも、さすがにそんな色々としちゃって大丈夫なんですか?」

「問題ないわ。 ”問題にさせない”ようにしておくから」

 権力の使い方は分かっているということなのだろう。 ”ビフレスト”の血はどうやら健在であるようだ。 しかも、彼女はあまりグレーゾーンというのが嫌いだ。 だから真っ正直にホワイトゾーンで問題にさせないように動くのだろう。 そういう野心的でかつ潔白な彼女だからこそ、もしかしたらザース・リャクトンはコロリとやられたのかもしれない。

「ああ、でも私が通信を入れるまでは他の誰にも喋らないこと。 良いわね? ディーゼル提督には私が話しておくから、”絶対に”グレアム提督にも喋っては駄目よ」

「そっか、今色々と大変なのよね……」

「そういうことですわ。 これで一応話しておきたいことは終りだけれど、何か他に聞きたいことはあります?」

「そうね、……クライドに借りがあるっていうのは? あいつがお姉様たちに借りを作れるなんて思えないんだけど」

「彼には無理を言ってある戦闘技術の提供と、デバイスの強化をしてもらったのよ」

「デバイスはまあ理解できるとして、とある戦闘技術?」

「それを習得すれば視えないはずのモノを視れるのよ。 まったく、妖精の眼<グラムサイト>とはよく言ったものですわ。 あんな”もの”があるなんて、私もお兄様も知りませんでしたもの」

「グラムサイト?」

「なるほど、確かにアレはすごく有用ですよね」

「習得が大変でしたわ。 乙女には少し敷居が高い技術ですわね」

「……私だけ知らないわけ?」

「あははは、まあフレスタさんにはあまり関係が無い……かもしれませんね。 あ、でも覚えたら回避命中率が劇的に上がるかも……」

「地獄も覗けますけど……ね」

「地獄?」

 さすがのレインもアレの習得には苦労した。 兄のエーリッヒの方がやはり習得が早く、最大展開範囲も広いが、それでも最低限目標としていた九十メートルはなんとか達成した。 今ではそれのおかげでさらにカウンターのキレが増しているぐらいだから、習得した甲斐があったというものだ。 それに何より、あの父を越えられた。 それだけでも十分に価値があり、クライドに借りを感じるに十分だった。 無論、カートリッジシステムを取り込んだデバイスもそれなりに気に入っている。

「ま、その件はいいですわ。 問題はクライド・エイヤルについてでしょう? とはいえ、もうほとんど話したいことは話し終わっているけれど……」

「私様はもう無いかな? 結局あいつが闇の書の主だろうと犯罪者だろうとやることは決まっているし」

「……」

 リンディ・ハラオウンにできることはたった一つだ。 彼のために彼を捕まえることぐらいだ。 きちんと罪を償って、そうして社会復帰に少しでも望みができる状態にすること。 できるとすればそんなことぐらいだ。 見逃すこともできるかもしれないが、それは管理局人民としてして良いことではないしそもそも法を無価値にする悪である。 私人と公人のどちらの観点からでも決してしてはならないし、彼のためにならない。

「……そういえば、別の話ですけどいいですか?」

「ええ、構いませんわ」

「えと、私とクライドさんの関係が歪だったというのはどういうことですか?」

「ああ、その話? 私の個人的主観から見た場合の話だけどかまわないかしら」

「はい」

 先達の意見は貴重な助言だ。 特に、恋愛の大先輩である。 同じ人類としての差がどうしてこれだけ広がったのか知りたくなるのも当然だった。 或いは、もう一度クライドに会ったときの参考になるかもしれない。 聞かない理由はなかった。

「仮に”私”がクライド・エイヤルやクライド・ディーゼルの立場だったとして、多分絶対に貴女から離れていたでしょうね。 冷静になればなるほどいつそうなっても可笑しくなかったと思うんだけれど……」

「――え?」

 いきなり、辛辣な言葉が返ってきた。 思わずリンディとフレスタの顔が凍りつく。

「だって、貴女ずっと二股かけてるんですもの。 私なら速攻でキレて勝負に出ますわ。 それで脈が無いのならもうとっとと諦めるでしょうね。 私、どうしてもああいう”煮え切らない”関係に落ち着き続けた理由が分かりませんわ」

 それが心底レインには不思議だった。 自分がザースに二股されて九年もよく分からない関係で居させられるとしたら絶対に耐えられない自信がある。 だからどうしてリンディやクライドたちがそのままでいたのかが歪に思えて仕方が無いのだ。 逆に自分がリンディだったとしても、やっぱりそうだ。 どうにも、気持ち悪い感じがして早急に何がしかの答えを叩き出すだろう。 少なくとも、九年も必要としない。

「ふ、二股……」

 ガガーンっと、リンディは真っ白になりながら呟く。 何やら今になって非常に自分が嫌な女になった気がしてきた。

「ちょ、リンディちゃん?」

「あら……今頃になって自分たちが形成していた関係に気づいたんですの? あれって、貴女を中心とした一種の三角関係<トライアングルハート>だったでしょう?」

 もしかして、素で気がついていなかったのだろうか? というか、この分だとエイヤルにもディーゼルもそういう意識が無かったのだろうか? 普通に考えれば思いっきり三角関係に揶揄される関係のはずだというのに。

「フレスタさん、貴女は彼女たちの関係を三角関係だとか二股だとかそういう風に言ってあげたことは無いんですの?」

「え? あはははは……私はこの三人を見ているとそんなドロドロした風な関係に考えるなんてできなかったわ。 あー、そっか。 なまじ二人とも知ってるし、三人が三人ともがそんな意識がこれっぽっちも持ってなさそうだからそんな風に見えなかった……かも」

「ズレているというか、もしかしてあの三人にとってはそれが”普通”だったというんですの?」

「うん。 なんというか、リンディちゃんのお爺ちゃんが勝手に婚約者候補に二人を選んで、なんとなくそれに落ち着いてるっていうか、強引にそうなってるっていうのが今までだったみたい。 それで、結局二人とも何回か魔法戦闘で勝負してるみたいなんだけど、今のところ全部勝敗が決する前に勝負が台無しになって有耶無耶になってるっぽいわ」

「あ、呆れますわね。 魔法戦闘の勝者が彼女の夫になるとでも?」

「お爺ちゃんの頭の中のルール上はそうみたいよ。 まぁ、どっちも満更でもないみたいだからむしろその方が男たちにとっては後腐れがなくて良いのかも。 それ以外でもデートとかしたりして気を引こうとしてもいるみたいだったしね。 でもディーゼル君は余りの手応えの無さに私に泣きついてくるぐらいだし、クライドの方は何故か知らないけど二十六になるまでこのままのつもりらしかったけど、このままあいつが帰ってこないとディーゼル君の不戦勝になるのかな?」

「ふ、不戦勝? い、一生に一度のことをそんな適応に決めるわけですの!?」

 呆れるを通り越して絶句したレインは、思わず確認するためにリンディを見る。 すると、当の本人は冷や汗を掻きながらこそこそとお茶を嗜んでいた。 どうやら、客観的に自分をみたら相当な悪女にでも見え、その事実に打ちのめされているようだった。

「つ、つまりアレは彼女の祖父が諸悪の根源ということ? というか、この娘本気でそれで結婚とかするつもりなんですの。 忌避感とか不満とかぶちまけたことはないのかしら……」

「……えと、小さい頃からもうずっとあの調子だったので、その、あんまりそいういうのは無かったんです。 しかもその、二人とも嫌いではないので特に……」

「フレスタさん聞きまして? ここに悪女がいますわ!!」

「あー、どちらかといえばリンディちゃんはお爺さんの思惑の被害者じゃないですかお姉様」

「それはこの娘からみたらでしょう? 私からしたらこの娘は天然無自覚な悪女ですわ!! この娘の存在のせいで、何人の女性がディーゼル提督に告白して玉砕したか……」

「ああ、そういえばディーゼル君って結構モテたっけ?」

「世間一般的にはアレはいい男の部類に入るのよ。 うちの夫には勿論五億桁は落ちますけど……この間帰ったときもね、あの人ったらもう私が危険な仕事をして無いかって随分と心配してくれたのよ。 私はほら、基本的に人を使う方だから武装隊の方たちに比べると危険度は下がるのだけれど、それでも自分の方が色々と危険な癖にそんなこと知らないとばかりにこっちの心配ばかりしてくれるの。 そのおかげか彼の愛が私を守ってくれているのね。 こんな仕事をやってても一度も絶体絶命のピンチなんて訪れたことがないですもの。 ……彼の愛の力ね」

「はぁ……あいつの愛……ねぇ。 あいつ、そういうのドライっぽい感じだったのにお姉様にだけは何故か激甘みたいね」

「う、羨ましい……愛の力ですか」

 レインの魅力が凄いのか、それともこのレインにそこまで言わせるザースが凄いのか、フレスタには分からなかった。 ただ、妹分はどうやら酷く感心しているらしい。

「ふふふ、フレスタさんも貴女も早くいい人を掴まえることね。 いいこと? ”掴まえてもらう”のではなくて、”掴まえに行きなさい”な。 口で言って分からない男がいたら、行動で分からせて上げなさい。 男も女も本当は選ばれたいと思っているの。 けど、待っているだけでは駄目なのよ。 期待させて掴まえてもらおうなんて回りくどいことをしては駄目よ。 そのままだと絶対に距離なんて縮まらない。 縮めたいと思う二人の思いが零になって、初めて人は愛し合えるのですわ」

「おお、さすがお姉様!! 言うことが一々もっともだわ」

「き、既婚者の人の言うことは重みがありますね」

 少なくとも、その理論で男を掴まえた女性が言っているのだ。 二人は思わず間違いなどない気がしてきて唸る。 聞けば聞くほどなるほどと思わざるを得ない。 特にリンディはそう思った。

「さて、先達からの教えはこの辺りで終わって……そうそう一つ言うのを忘れてましたわ」

「なんですか?」

「フレスタさん、貴女私の所に来なさいな」

「は、はい? で、でももうディーゼル君に引き抜かれてるんだけど……」

「こっちに居たほうが都合が良いですわ。 ついでに、置いてきぼりの部下も全員私が面倒見てあげます。 それに陸戦の貴女は庭園探索の方がまだマシですからね。 間違っても空戦が入り乱れる戦場に”足手纏い”を重用するのは間違いですわ」

「きつっ!! 容赦ないですよお姉様!!」

「せめて空が飛べるのなら止めはしませんわ。 でも貴女、確か空を飛べないでしょう? 追撃戦で機動力が無いのはある意味致命的ですわよ」

「うぐぐ、でも、そこはほら転移装置<トランスポーター>とかリンディちゃんに運んでもらうからセーフということで……」

「つまり、文字通り彼女の”お荷物”になりたいの?」

「……あうう、分かりました。 お姉様の方についていきます」

「よろしい。 ディーゼル提督にはついでに言っておきますわ。 それと、私はディーゼル提督と打ち合わせた上ですぐに出るから貴女も急いで準備して来なさい。 荷物とかね。 エスティアに積み込んでいるなら今すぐ急いで私の艦『レインボー』に移動させておきなさい」

「了解です」

 敬礼すると、フレスタは軽く礼をして部屋を出て行った。 どうやら本当に今すぐ用意をするようだ。

「ふふふ、フレスタさんも随分と武装隊で揉まれているようですわね。 ”良い敬礼”ですわ」

「武装隊は武装隊で色々と大変みたいですし……フレスタさん随分と強くなりましたから」

「そうですわね。 そうでなければ、武装隊なんて危険な仕事やっていけないでしょうし、あの娘はなんだかんだ言っても自分をきちんとコントロールできる……あの調子なら心配しなくても良さそうね。 ……前はちょっと”頑張りすぎていた”ようですし、アレくらいなら大丈夫でしょう」

 クスリと笑うレインに浮かんだその顔は、紛れもなくいつもフレスタがリンディに向けている笑みに近かった。 フレスタの面影を見たリンディは思わず目を瞬かせて苦笑する。

「……どうかしましたの?」

「い、いえ。 なんでもありません」

 訝しげに小首を傾げたレインの視線から逃れるために、リンディはお茶に手を伸ばす。 口に含んだそのお茶はやはり、思わず心が温かくなるほどに甘かった。














「やぁ、お目覚めかなハラオウン執務官」

「……クラウン監査官? ……私はどれだけ眠っていましたか?」

 メディカルルームのベッドにお世話になっていたリンディは、声をかけてきた青年に尋ねた。 確か、槍の騎士を倒してディーゼルと合流したところまでは覚えている。 だが、その後の記憶が無い。 恐らくは戦闘の披露やダメージで倒れたのだろう。 かなり無理やり魔力を行使したし、クライド流の奥義であるマジックカッターも使用した。 あの瞬間に失った魔力はかなりのものだったから、もしかしたら自分はかなりの間寝ていたのかもしれない。

「四時間ほどかな? 余りにも寝顔が美しかったから、眠り姫かと思ったぐらいさ。 欲を言えばもうしばらく観察していたかったかな?」

 おどけた風にそういうと、ゴルド・クラウンは冗談めかしてそう言う。 身体を起こしながら、リンディはその良い様に苦笑した。

「女性の寝顔を見るのはマナー違反ですよ」

「こいつは失礼したね。 でもね、これは男の楽しみのようなものさ。 だから多分、機会があればまたこういうこともあるかもしれない」

「そうやって女性を口説くんですか?」

「うーん、口説かせてくれるならいつでも口説くよ? でもまぁ、ほら。 ディーゼル提督がお怒りだから止めとくよ」

 肩を竦めてそういうと、クラウンは自身の眼前に展開されている空間モニターを指差した。 リンディは釣られてソレを見ると、ディーゼルが色々な意味で心配している顔が見えた。 どうやら、彼は仕事をしながら見張ってくれていたようだった。

「おはようリンディさん。 体調はどうかな?」

「ええ、特に問題はありません。 心配させちゃったみたいですね」

「無事ならそれで構わないよ。 しばらくはそのまま休んでおいて。 君の仕事は今のところ無いからね」

「分かりました」

「ああ、それとクラウン監査官は早くグレアム提督の艦に戻った方がいいんじゃあないかな? 監査の”仕事”がたっぷりとあると思うんだけどね」

「ご心配ありがとうディーゼル提督。 眠り姫も起きたことだし、そろそろ私は失礼するよ。 だからそんなに焼餅を焼かないでくれ。 男の嫉妬はみっともないよ?」

「嫉妬? よくわからないな。 貴方に嫉妬するようなことは何も無いと記憶しているのだけれど?」

「素直に『俺の女に手を出すな』、ぐらいは言っても罰が当たらないと思うよ」

「い、いきなり何を言うんだ君は!!」

「ははは、それでは失礼するよハラオウン執務官。 グレアム提督の懐刀もこういう方面ではまだまだ”青い”らしい。 君のおかげで良い情報を知れたよ。 あっはっはっは」

 大笑いしながらクラウンは医務室を出て行く。 リンディはなんともいえない表情で、空間モニターに映っているディーゼルを見た。 何故か、いつも冷静なディーゼルのペースが乱れすぎているように感じる。 苦い顔をしているディーゼルを見て、何故かリンディはそう思った。

「……たく、勘弁して欲しいよ彼は。 監査官だからといって、むやみやたらに好き勝手動き回られてはたまらない」 

「ディーゼルさん、今かなり怒ってます?」

「怒っている……僕がかい?」

「不機嫌そうなオーラが顔一杯に広がってますけど……」

「そりゃーあね。 彼は君がそこに運ばれた後、ずっと君の寝顔を拝見していたんだ。 すぐに退室するならまだしも、ずっとなんて紳士にあるまじき行いだよ。 それをして良いのは今のところエイヤル君か僕だけのはずだからね」

 心底そう思っているらしい。 だが、その言葉をリンディは不思議に思った。

「そういえば、前から聞きたかったんですがディーゼルさんってクライドさんのこと結構認めてます?」

「僕が彼を? ……そうだね、”君に対しての安全性”という意味では認めているよ。 性格はその限りではないけど」

「えと、それはどうしてですか?」

「彼はああ見えて身持ちが硬いし、彼なりに君のことを大切に思っていたようだ。 僕はそこだけはライバルとして買っている」

「……そう、なんですか? 私にはあまりそうはみえなかったんですけど」

「あくまでも”彼なりに”だからね。 僕があいつと同じような位置にいたからそう思っているだけなのかもしれないけどね」

「そう……ですか」

 改めてリンディはクライドのことを考えてみる。 だが、思い浮かぶのは常にひらりひらりと攻撃をかわしていくあの眼つきの悪い男が何かにつけて逃げ出す姿だった。 アレが自分を大切にしていた行動なのか? 今ではもう、いまいち自信が湧いてこない。 手を出されないことが大切にされていた証だと思えということなのだろうか?

「……ディーゼルさん、私そろそろ決めたいと思います。 だから、あの人を捕まえて一度三人で話し合いませんか?」

「ん、いいんじゃないかな? リンディさんがそれで良いというのならば僕に是非はないよ。 多分、”彼も応じる”だろうしね」

「……やっぱり、ディーゼルさんの方がクライドさんのことを理解しているように思えてきますね」

「そりゃあ彼の嫌な面を僕ほど知っている奴はいないと思うよ? アレはやられてみて初めて分かる腹黒さを持っているからね。 特に、初めてやりあったときとか君を人質にしたときなんかが良い例さ。 僕は本気でギブアップを考えさせられた。 彼ほど嫌らしい手を戦闘に持ち込む奴はいないし、そうまでしても勝たなければならないと考えていた奴も知らない。 彼はもしかしたら、いつだって君のために本気だったのかもしれないよ」

「……」 

「さて、それじゃあゆっくりと休んでおいてよ。 次の任務はまだ決まっていないから」

 そう締めくくると、ディーゼルは空間モニターを閉じた。 全身の力を抜いて、リンディはベッドに横になる。 疲労のせいか、まだ身体が重い。 目を閉じればすぐにでも睡魔が襲ってきそうだった。

(『彼はもしかしたら、いつだって君のために本気だったかもしれない』……か。 本当にそうだったら嬉しいのに今の私にはその言葉が素直には信じられません。 ……嬉しいのに、嬉しいはずなのに……どうしてなの?)

 それはおそらくは、実感が無いからだろう。 今のリンディには自分の理性と気持ちがズレているように感じた。 理性が疑い、気持ちは純粋に喜んでいる。 だが、今は理性が勝ってしまっているのだろう。 そう思うと、何やら本当に自分が信じていたはずのものがガラガラと崩れていくような錯覚に襲われた。 真実を知っているのはクライドだけだ。 リンディがいくら考えたところで理解できるはずはない。 その後、数分もせずにリンディは再び眠りに落ちた。

 次の戦場は、すぐそこにまで迫っていた。
コメント
く、魔導王に殺意がメラメラと湧き上がって仕方ない!

それはおいといて、皆苦労してるな諸悪の根源は同じ艦にのってるというのに、やべまた沸きあがってきた。
【2009/07/11 00:44】 | Tomo #- | [edit]
主観と客観がところどころ入り乱れて読みにくいと感じるのは私だけだろうか
【2009/07/11 19:31】 | 名無しさん #DHiWGXHI | [edit]
それはある。



だが17回も読み返した私には感じなかったな。
【2009/07/12 17:31】 | kazu #.AUkuh/Q | [edit]
アレイスターかっこ良す。
世界の中心に立つものに対する台詞に感動した。
彼自身も世界の中心に立っているのだろうか?
【2009/07/15 22:29】 | 名前のない何か #fqc/.6i2 | [edit]












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