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憑依奮闘記2 第十話

 2009-07-11
「眩しい……」

 目が覚めると同時に、白い光が僕の目を焼いた。 だが、それもひと時のことだ。 人間の光学センサーでもある眼は、すぐにその環境に適応するべく調整していく。 少しずつ視界が開け、像を映し出す。 どうやら”僕”は見たこともない部屋で寝ているらしい。 腕を動かそうとして、気がつく。 身体は動かない。 どうやら、全身を拘束されているようだった。 馬鹿馬鹿しいと思った。 連中は自分が逃げ出すとでも思ったのだろう。 つまりは、自分に”そういう”ことをされる理由がある連中なのだろう。 首を動かして辺りを確認する。 後頭部が少しズキリと痛んだ。 そういえば、最後の瞬間壁に叩きつけられていた記憶がある。 なるほど、そのせいか。 納得しながらこれからどうするかを考える。
 特にすることはないが、このままでいるつもりなど毛頭無い。 ”彼”は必要ならば自分の名を呼べと言った。 上手く失われた時間を取り戻してくれると約束してくれた。 彼が嘘をついている可能性はあったが、別段これといって信じない理由がなかったからもうしばらく堪能してからにしようと思った。 ぼんやりと天井を眺めながら、考えてみるが一行に計画は浮かばない。 それもこれも、あの旅行についていったせいだ。 あれこそ、不幸の始まりだったに違いない。

「たく、この馬鹿。 ようやく目を覚ましたわね?」

 茶髪セミロングの女性が、眉を吊り上げながら不機嫌そうにそういった。 僕はその女性の名前を知っている。 フレスタ・ギュース――確か、よく彼がトレーニングに付き合ってもらっていた記憶がある。 とはいえ、”初対面”だ。 どう声をかけるべきかが分からなかった。 

「……ここは?」

 辛うじて、それだけ喋ることができた。

「次元航行艦レインボーの医務室<メディカルルーム>よ。 あんた、後頭部打って気絶してたらしいわよ。 よかったわね? リンディちゃんに回収されて。 でなきゃ、今頃あんたは次元震動で木っ端微塵に吹き飛んでたか、虚数空間に飲み込まれてたところよ」

「……そうですか」

 リンディちゃん……彼女がそう呼ぶのはリンディ・ハラオウンのことだろう。 その名前にも覚えはあった。 だが、やはり会った事は無い。

「ちょっと待ってて、今呼ぶから。 それと、変なことは考えないこと。 いい? アンタは今重要参考人なんだからね」

「……」

 確かに、彼女たちからすれば僕は非常に重要な証人だろう。 とはいえ、同時に厄介者でもある。 何せ、知ってしまった。 僕の口からそれを言うことは、恐らくは誰のためにもならないだろう。 口をつぐむべきなのかもしれない。 彼女たちのためにも、僕のためにも。

「それで、僕をこれからどうするつもりなんですか?」

「どうするって、とりあえず話しを聞かせてもらうわよ。 私様たちはあんたがどうしてそうなったのかサッパリ分からないんだから。 キリキリ吐いてもらうわよ」

「止めた方がいいですよ。 どうせ信じられないし、信じたら殺されますよ管理局に」

「……はぁ?」

「僕が知っていることを貴方たちが知ったところで意味は無い。 それに、僕は貴方たちが会いたがっていた彼ではない。 彼女と僕を会わせたところで、誰も喜びはしないでしょう」

「……あんた、本当にクライド?」

「僕は正真正銘の”クライド・エイヤル”です。 ただ、貴方たちの認識が間違っていますね。 僕が本物で、貴方たちが知っている彼は偽者です。 まぁ、貴方たちからすれば僕こそが偽者なのかもしれませんが」

「待って、ちょっと待って。 いくら私様でもちょーっと理解できないんだけど……あんた、自分が何を言っているのか分かってるの?」

「理解しています。 その上で意味がないと言っているんです」

「……意味があるかどうかを判断するのは艦長であり私たちなわけ。 おわかり?」

「なるほど、それで良いというのであれば是非はないのかもしれませんね。 僕はこの通り手も足も出せない状態だ」

「そういうこと、とりあえずあんたはそのまま寝てなさい。 いいわね?」

 念を押してそういうと、彼女はメディカルルームを去っていった。 恐らくは、混乱しているというのが正直なところなのだろう。 とはいえ、真実は何も揺るがない。 スカウトマンの彼が僕に話したことは事実だろう。 何せ、今のところ彼の読みどおりに進んでいる。 あの頃から可能性として僕の復帰を仄めかしていたが、それもこの通り現実のものとなった。 信じないわけにはいかない。

「とはいえ、このままずっと居続ける理由も無いか」

 魔力を放出する。 見よう見まねだったが、彼のやり方で良いと思う。 青の魔力光が室内に満ちていく。 拘束具の魔力抑制能力はどうやらAAA+レベルには対応していないらしい。 漏れ出した魔力を用いてシールドカッターを生み出し、拘束具の邪魔な部分を強引に切る。 両手足の自由を手に入れたところで、服を探した。 彼の服が篭の中にあった。 どうやら洗濯してくれているようだ。 それに袖を通す。 すると、デバイスもその中に置かれていた。 ブレイド、マジックガン、アーカイバ。 待機状態だったそれらを身に着けると、再びベッドに座り込んだ。

 仮に、戦闘になったとしたらどうやって逃げるべきか? そもそも勝てるのか? 彼の思考を真似て考えてみる。 勝つ手段が無いわけではない。 例えば、僕にAMBが完璧に使用できるのであれば理論上はリンディ・ハラオウンにも勝てる。 さすがにぶっつけ本番でそれができる自信は無い。 それに、僕は彼ではないから”現状維持”はない。 精々魔力資質が高いだけの魔導師にすぎないだろう。 彼が戦うよりは随分とマシだと思うが、逃げ出すのはかなり厳しいだろう。

 真正面からの突破は不可能。 職員を人質に取る。 不許可。 やる気になれば人質ごと非殺傷魔法で吹き飛ばせば良い。 足手纏いはいらない。 ただ、盾にはできるだろう。 いや、そもそも殺傷設定で構えていれば仲間のために迂闊な行動は取れまいか? だが、ここは向こうの城だ。 地の利が無い。 そのまま追い詰められてエンドだ。 船を人質に取るのはどうか? 次元世界人民の血税を利用して作られた船だ。 金がかかっているだろう。 ……駄目だ、彼の使用していた魔法しか僕は知らない。 彼は大規模魔法なんてもっていなかったから、僕では航行艦を沈めるほどの魔法を放つことができないだろう。 完全に手詰まりだ。 やはり、ここは大人しくするべきだろう。

 と、考えていると部屋の扉がロックされた。 バリアジャケットを展開。 次元空間用のソレにしながら、空気を奪われることに対処する。

(……それにしても、僕は一体何がしたいんだろう?)

 自分でも理解できない。 まだ眼が覚めて少ししか経っていないせいか、どうにも彼の思考癖に敷かれている気がしてならない。 用心深いというか、過剰に周囲に反応しすぎている気がする。 どうせ、今のこの状況も監視されていたからなのだろうが、それが分かっていながら武装するということは敵を挑発しているようなものだ。 拘束具ではいざというときに何もできないからこうする方がまだマシだったというのもあるが。

 ふむ、どうやら空気を抜かれる心配はなさそうだ。 だが、気を抜いてはならない。 とりあえず、危険をセンサーが察知したらすぐにジャケットを羽織るようにしておこう。 無駄な魔力消費は今の僕にとっては得策とはいえない。

「……監視されるのはあまり好きじゃないんだけど、とりあえず話す気があるのなら出てきたらどうかな」

 声は聞こえているとは思う。 数分後、バリアジャケットで武装した女性が三人姿を現した。 一人は先ほどいた人物フレスタ。 後の二人にも見覚えがある。 金髪のロールな人がレイン・リャクトンで、もう一人の翡翠の髪の女性がリンディ・ハラオウンだ。 どちらも一目見て美人だと分かる。 アリアには遠く及びそうにないが。

「お久しぶりですわね、クライド・エイヤル」

「……」

「あら? 私の顔を忘れまして?」

「いえ、そういうわけではありませんよレイン・リャクトンさん。 ただ、貴方たちと僕は初対面です。 お互い、知っているとはいっても現状に対する認識が致命的に違うんですよ」

「どういうこと……ですか?」

 震える声で、リンディさんが言う。

「フレスタさん、僕は言いましたよね。 意味は無いと。 本当に良いんですか? リンディさんにとっては辛いことだと思いますけど」

「いいからさっさと話しなさい。 それとその話し方も戻しなさいよ。 気持ち悪いわ」

「と、言われても困るんですけど……今の僕はこういう風な口調なので」

「はぁ?」

「まず、もう一度言います。 僕は貴女方の知っているクライド・エイヤルではありません。 というより、僕が本物のクライド・エイヤルなんです。 貴方の知っているクライド、つい先日まで僕の身体を使っていた彼ですけど、この場合彼は僕の偽者ということになりますが、その彼は今この世界のどこにも存在していないはずです」

「……それは、死んだということですの?」

「端的に言えばそうなるかもしれません」

「……あ、あ……そんな、こと、嘘、ですよね?」

「本当です。 少なくとも闇の書が自爆した瞬間、中にいるはずの彼も死んだはずです。 僕はその前にこの身体を取り戻したみたいですからなんともいえませんけど、闇の書とのラインが切れた今彼が存在していられるはずがないと思っています」

「……話が見えてきませんわ。 それではまるで、私たちの知っているクライド・エイヤルは闇の書の中に居るというように聞こえますわ」

「僕は彼がそこに居たらしいということしか知りませんよ。 ただ、もう彼が書の主の身体に現れることは二度と無いらしいです。 僕のデータだけで十分だったみたいだから。 色々と教えてくれた人の予測では、ですけどね」

「彼とは?」

「アルハザード第十三賢者第二位『見護る者』――アレイスター・クロウリー。 彼は僕にそう言いました」

「アル……ハザード?」

「はい?」

「……」

 三人はいよいよ訝しげな顔をする。 管理世界ではすでに伝説の都であるらしい。 存在するかしないかさえ分からない架空世界。 それが、今の管理世界の常識だ。 だが、それが有ったのではないかと言わしめるような伝承は口伝は所々にあるらしい。 余りにも信憑性が無いらしくて、管理局の公式見解では馬鹿馬鹿しい噂として一笑に付されているらしい。

「彼と話したのは短い時間でしたが、それでも色々と面白い話をしてくれました。 例えば、闇の書が主を食いつぶす最長時間が二年だとか、その書が蒐集した情報が管理局の有する無限書庫内部に流れているという話などですね。 どうです? とても面白い話でしょう?」

「馬鹿げた妄想ですわね」

「そうですか? では、今巷で話題になっているJSウィルスはどうですか? アレには管理局の非合法研究なども乗っているらしいですね? プロジェクトF、戦闘機人、AMF、アルティメットデザイア、最高評議会、古代の叡智、全部繋がっているらしいですよ”シュナイゼル・ミッドチルダ”の名の元に。 後でそれのデータを見せてくれませんか? 僕も本当にそれに記されているのかを知りたい」

「つまりは、貴方にも確証がないということね?」

「信じたくは無いですけどね。 何せ、このままだと僕は管理局に殺されるらしいので」

「……」

「そうだ、貴女方も僕がこんな話をしていたなんて、言わない方がいいですよ。 程度によっては消されるかもしれません。 シュナイゼルは管理局を好き勝手に動かせるらしいので、管理局に所属している貴方たちを合法的に消す手段なんてダース単位で用意できるでしょう。 彼の居場所をリークし続けて管理局を動かしていたのは彼のはずですから」

 僕は本気で心配しているのだが、目の前の三人は頭を抱えている。 いや、一人だけ顔を青ざめさせているから、僕の言葉を信じてくれているのだろうか?

「あの、クライド……さん? この冗談はいつまで続くんですか? さすがに監査官の人が記憶を探ったらすぐに分かると思いますよ? お願いですから、冗談は止めてください」

「冗談……といわれても、僕の中でこれは事実なんですけどね。 ああ、それとお願いがあるんですけど、良いですか?」

「何ですの?」

「僕を本局に連れて行かないで欲しいんです。 死にたくはありませんので」

「……それは無理ですわ。 今回のことで、色々と聞きたいことは山ほどあるんですもの」

「なるほど、つまりはやっぱり貴方たちを倒してここから脱出するしか今の状態で僕が生き残ることはできないということですね?」

 不穏当な発言だったのだろう。 フレスタ・ギュースがいち早く反応して僕にデバイスを突きつけてくる。 とはいえ、僕は動かなかった。 まだ、迷っているというのが正直なところだった。 ただ、舐められない程度に魔力の開放だけは忘れない。 AAA+レベルの魔力を放出し、とりあえず威嚇しておく。

「あんたその魔力……」

「別に僕は魔導師なんてどうでも良いんですが、都合の良いことに彼のおかげでどういう風に戦えば良いのかは分かっています。 十中八九勝てそうにありませんが、一人ぐらいなら巻き添えにできるかもしれませんね」

 そういって、フレスタ・ギュースを見る。 一番手っ取り早いのは彼女だろう。 まぁ、できるかできないかは別として、だが。

「ふん、私様が一番やりやすいって言いたいわけ?」

「一番防御力が有りませんからね。 ただ、貴女が一番凶暴だということは知っています。 ですので、こういう手段はどうでしょうか?」

 ブレイドを展開して左手で握り、自分の首に当ててみる。 非殺傷設定など必要ない。 試しに薄皮一枚分切ってみる。 ジワリと何か首元が濡れた。 

「――あんた正気!?」

「はい。 それで、どうします? ここは確かにメディカルルームですけど、僕が回避しながら自殺するまでの間に身柄を押さえられますか? 大事な情報源なんでしょう?」

「死にたくないという人間にしてはお粗末なやり方ですわね」

「確かに、ではこうしましょう。 ブラストバレット」

 爆裂弾を自分の至近距離に複数個配置する。 バリアジャケットなど必要ない。 この位置で僕の今の魔力量でなら確実に自分を吹き飛ばせる。 しかも、ブラストバレットなら迎撃された瞬間に触れて爆破する。 背面にもあるから、僕が意識を失って倒れたとしてもどちらにしろ吹き飛ばすことができる。 脅しとしては十分な効力があると思う。

「これでいいですか? 生身の僕がコレに巻き込まれたら一撃で消し飛べます。 存分に攻撃を仕掛けてきてください」

「……ちっ」

「舌打ちはどうせなら聞こえないところでやってください。 美人なのが台無しだ」

「うっさい、私様はどんなときにも美しいの!!」

 がぁーっと言われる。 どうにも、この女性では頭に血が上りすぎて話になりそうにない。 リンディ・ハラオウンもさすがに酷だろう。 彼が大事にしたかった女性だ。 となると、やはりレイン・リャクトンしかまともに会話することができそうになかった。

「レインさん、恐らくこの中では貴女が一番僕に対してまともで居られると思います。 なので、話をしましょう。 あー、そうだ。 今のうちに聞きたいことがあれば話してください。 答えられるだけは答えますから。 そちらが信じる信じないは知りませんけどね」

「そう……では一つ目の質問ですわ。 クライド・エイヤルが今回の闇の書の主……これは間違いなくて?」

「はい、正確にはそうだったというところです。 今現在闇の書は自爆して転生状態に入っているはずです。 なので、僕はもう主ではありませんね」

「守護騎士に人を襲わせていたのは貴方?」

「いいえ。 闇の書は彼の家から奪われ、守護騎士はその連中に扱き使われていただけです。 僕の保証では信憑性は無いかもしれませんが、貴方たちが知っている彼も、そして勿論眠り続けていた僕も誰も襲わせてはいません」

「闇の書を奪った連中……時の庭園を強奪した連中ですわね? 彼らは一体何ですの?」

「シュナイゼル・ミッドチルダの協力者らしいですね。 旧暦のベルカに連なるものらしいということぐらいしか僕には分かりません。 彼も、それぐらいしかグリモアさんやジェイル・スカリエッティから聞かされていなかった」

「グリモア……ジェイル・スカリエッティ? 二人との関係は?」

「グリモアさんは彼の助手であり、シュナイゼルの命令で彼を監視していた人ですね。 ただ、土壇場で監視対象である彼にハートを盗まれてしまったので、助けるために彼の側に付きました。 スカリエッティに関してはグリモアさんの方が詳しそうでしたが、どうやらシュナイゼルとつるむのが嫌になったので、逃げ出す最中に合流したみたいな感じらしいです。 ああ、ちなみにその人がJSウィルスをばら撒いたらしいですよ。 後、グリモアさんは”古代の叡智”に居たようです。 今はもう活動していないらしいですけどね」

「グリモアちゃんのハートを盗んだって……あの馬鹿一体何をしてんのよ!!」

「彼から何かしたというわけではありません。 ただ、どうもそういう感じだったみたいです。 かなり真っ正直にアプローチしていましたから、さすがの彼も落とされかけてましたね。 本命に振られた反動というのもあったかもしれません。 かなりストレスを感じていたようですし……つり橋効果というのもあったかもしれませんね」

 ちらり、とリンディ・ハラオウンを見る。 すると、面白いぐらいに狼狽していた。

「そのジェイル・スカリエッティはどうなりました?」

「死にましたよ。 彼とグリモアさんのために情報を掴もうとして、ね。 元々彼は科学者で戦う力はそんなになさそうでしたが、それでもそうしたいと思わせる何かが彼にはあったのかもしれません。 もしかしたら、あの人は世間で言われているような狂った存在ではないのかもしれませんね。 まぁ、彼以外にも沢山ジェイル・スカリエッティはいるそうですから、偶々彼がそうだったのかもしれませんけど」

「沢山いるとは一体どういうことですの?」

「言葉どおりですよ。 元々彼が会ったスカリエッティはプロジェクトFで生まれたクローン体です。 その頭脳は紛れも無く天才だった。 だから有効利用するために沢山生み出されてたようですね。 シュナイゼルや最高評議会に。 思いっきり倫理道徳を無視してますね管理局。 僕も実験素体にされるのかな? いや、メリットが無さすぎるか。 処分したほうが遥かにデメリットも無い」

「妄想と現実をごっちゃにしないでくださいまし」

「でも、するかもしれないでしょう? 貴方たちが、ではなくてその連中が。 可能というだけで脅威ですよ。 魔導師が普通の人間にとって危険なようにね。 まあ、このままだとどうせ意味はなくなりますけど」

「意味が、無くなる?」

「はい。 本当は迷っていたんですよ。 だって、もう僕は存在したところで誰にも必要とされませんからね。 普通に生きていたところで管理局からすれば厄介者で、両親も既に死んでいますから居場所がありません。 となると、やはり手段は二つしかありません。 ただ、どうしても自殺というのは抵抗がありすぎる。 だとしたらもう一つの手段を取るべきでしょう。 彼が嘘をついている可能性があるので、死ぬ前に試すつもりですが……まぁ、それまでは少し話しをしようかなっていう気分です今は」

 それさえも嘘だったというのであれば、後はもう玉砕覚悟で突っ込もうか。 そういえば、これも彼の影響なのかもしれない。 悪あがきというのが癖になっているのだろうか? 彼女たちが僕の言うことを信じてくれるかどうか、それによって流れは変わりそうだ。 彼曰く無理だろうという話だったが。

「貴方はその話を真実だと思っているの?」

「はい、残念ながら僕がここにいるという時点でそうですね。 それと、必要なら本局に着く前にDNA鑑定でもなんでもしておいてください。 ”今の僕”は絶対に本局の地面を踏むつもりはありませんから。 それ以降、僕が貴方たちにとって貴重な話をする機会は二度とないでしょう」

「何を、するつもりなんですの?」

「そのうちわかりますよ。 もうこの会話の間で覚悟は決めました。 後は実行するだけですから別段どうということは無いでしょう。 この物騒なモノは仕舞いますね」

 ブラストバレットを消す。 同時に、ブレイドも仕舞った。 ああ、そうだ。 面倒くさいからもういいかもしれない。 話しているとつくづく痛感した。 誰も本気で僕の話を聞いてくれていない。 そう、誰もだ。 リンディ・ハラオウンはそもそもそういうことを期待するのは無理だろう。 僕が彼であって欲しいと願い続けている。 彼女の立場からすれば、それは十分に理解できる話だ。 フレスタ・ギュース相変わらず胡散臭い目を向けているし、レイン・リャクトンもまだ半信半疑。 物的証拠を提示しない限り、信じてはくれないだろう。 まぁ、それぐらいでなければいけないのかもしれない。 次元世界の平和を護る”時空管理局員”らしいから、犯罪者風情の言葉など疑うぐらいで丁度良い。 

 ああ、それにしても寂しいな。 誰も僕の存在を認めてはくれそうに無い。 この女性たちが探しているのは彼であって僕ではない。 当然だろう。 本物か偽者か云々の前に、彼かそうでないかということの方が重要だろうし、それは向こうの立場を考えれば容易に理解できる。

「他に聞きたいことは?」

「……今のところはありませんわね」

「それは良かった。 ならこちらからも聞かせてください」

「何ですの?」

「本局に到着するまで後何時間ありますか?」

「言うと思いまして?」

「言わないでしょうね。 どんな些細な情報だろうと、僕には言うべきではない。 それは多分、艦長として間違っていませんよ。 僕は結局、危険人物ですから」

「……しばらく大人しくしておいてくださいまし。 でなければ独房に入れなければならなくなりますわ」

「それでも別に良いですけどね。 どうぞ、デバイスももう必要ではなくなりましたから持って行ってください。 ああでも、あの窮屈な服は勘弁してください。 僕の絶望が加速するだけだ」

「ええ、確かに窮屈だという理由で一々拘束着を破壊されてはたまりませんものね。 もっと強力な奴を持ってくるのも面倒ですし、そのままで良いですわ。 監視をつけますけど、構いませんわね?」

「”犯罪者扱いされるべき人間”なので、そちらの規則に従いますよ。 数日かそれとも数時間かはわかりませんけど、ご厄介になります」

 デバイスを差し出し、非武装になる。 とはいっても、もうある程度の魔法は感覚で理解したからいつでも使用可能だ。 これ以上考えるのが面倒くさくなった僕は、とりえずベッドに横になる。 もう一眠りしよう。

「とりあえず寝ます。 何か聞きたいことができたら起こしてください」

 目を閉じる。 そういえば、ここはあの時のようにメディカルルームだった。 また、あんな事故に巻き込まれるかもしれないと思うと少し怖いが、まぁ今更どうにもならないだろう。 闇の書の意思たる彼女は僕の話し相手にはなってくれていたけれど、もう彼女との繋がりは断たれているし、また僕は一人ぼっちになってしまった。 必要とされる彼が心底羨ましい。 とはいえ、彼のおかげで僕は目を覚ましたといっても過言ではないらしいので、彼を恨むに恨めない。 まったく、厄介な奴だ。 宿主の居場所くらい残しておいて欲しい。

「……はぁ、一度退室しましょうか。 あとで、もう一度専門の方に見てもらいましょう」 

「そう……ですね」

「うちの連中の調査が終わったら、私も張り付くからとりあえず様子をみましょ。 このままずっと変なままだったら嫌だからニ、三発ドタマにぶち込む許可が欲しいかな。 ショック療法とか効きそうだし」

 やはり、一番暴力的なのがフレスタ・ギュースらしい。 本人は真面目なのかもしれないが、聞かされる方はゾッとしない。 まぁ、態とそういう風に言ってこちらに抗議しているのかもしれなかったけれど。

 やがて、三人は医務室を出て行った。 無論、しっかりと扉はロックしていった。 恐らく、外にも何人か張り付かせているだろう。 どうでも良い話だが。

 それにしても、これでは折角自由を手に入れた意味が無い。 監査官に頭を探られて、妙な記憶を引き出されたらその時点で危険分子と見なされる。 逃げようにもその手段が僕には無い。 できることといえば、自殺を盾にした脅しとは。 滑稽なほどに、意味が無い。

――僕はやはり、十七年前のあの日からずっと一人ぼっちなのかもしれない。















憑依奮闘記2
第十話
「一人ぼっちの帰還者」
















 彼にはもう、ほとんど残っているものなど何も無かった。 名前も、時間も、家も、両親も、友達も、何もかにもが奪われていたからだ。 無論、新しく手にいれたモノもある。 けれど、それもまた無くなるだろう。 彼は一人ぼっちだった。 例えば、彼があのまま目覚めることなく眠り続けて、ようやく今日目覚めたというのであれば居場所があっただろう。 ギル・グレアムやリーゼたちが最後まで看取る覚悟で支援していただろうから。 だが、今はそれがない。 クライド・エイヤルの役割を演じていた男のおかげで。

「あの……目が覚めましたか?」

「うん。 ……それにしても、貴女が僕を監視に来るのは辞めた方が良いよ。 君のためにならないから」

「……どうして、そういうことを言うんですか?」

「単純に心配になっただけだよ。 君は僕の記憶がまた変になったとか、二重人格だとか色々と考えているのかもしれないけれど、クライド・エイヤルは僕だから、僕には分かる。 彼はもう僕の中にはいない。 昔の男だったからって、別にそこまで君が気に病むことでもないはずだ。 彼氏のクライド・ディーゼルのところに行った方が君のためになるよ」

「……あの、御免なさい。 あの時のアレは、その……嘘だったんです。 私、貴方を試そうとしていました。 本当は私、ディーゼルさんと付き合うって決めたわけじゃあありませんでした」

「あー、いや……それを僕に言われても困るんだけどね」

 クライドは焦った。 他人の恋愛話など、どうでも良いのだ。 そもそも、その謝罪を受ける理由が無い。 それは本人に言ってやるべき話だ。

「でも、貴方はクライドさんのはずです」

「あのね……ったく、頭が痛くなってくるよ」

 ベッドから身を起こし、適当に机の上に放置されていた紙とペンを取るとクライドはそれで文字を書く。 書かれた文字は『リーゼアリア』。 彼が大好きな猫のお姉さんの名前である。

「貴方は彼と親しかっただろう? 今のを見て、何か気がつかなかったか?」

「……えと、言いたいことが良く分かりません」

「彼は”右利き”のはずだろう? 生憎と僕は”左利き”だ。 記憶が混乱した程度で、利き手が変わるもんか」

「――っ!?」

「専門家じゃあないから本当にこれがありえないことかどうかは分からないけど、このことはアリアたちも気づいて驚いてた。 彼もどうにか直そうと思ってたみたいだけど、彼はもう随分と昔から右利きだったから直せずにそのままでいたんだ」

「そんな……で、でもそれだけじゃあ絶対に信じられません!!」

「貴女が信じようと信じまいと、事実は変わらない。 頼むから、僕と彼を混同しないでくれ。 物凄くやり辛いし、惨めな気持ちになってくるんだ」

 自分以外の誰かが求められている。 その事実が浮き彫りになって、痛いほど彼の心を揺さぶってくる。 なまじその理由が理解できる分、その苛立ちは筆舌にしがたいものがあった。 クライド本人ではない偽者が必要とされる分だけ、本物の居場所が無くなっていく。 初めからもうほとんど何もないというのに、人格さえ奪われるというのであれば、正気を保っていられるはずが無い。

「そもそも、君は一番最初に僕と彼を区別できないと可笑しいんだぞ? 外見と声がそっくりだったとして、少し話をしていたら仕草や行動なんかですぐに違いが分かるもんじゃないのか? 明らかに彼と僕とでは違うだろうに」

 暗に、婚約者(仮)だっただろうと言っていた。 ビクリっと肩を震わせてリンディが泣きそうな顔をする。 クライドは本気でため息をついた。 これでは苛めているようなものだ。 ただ、煩わしいことだけは確かだったがどうにも居心地が悪い。 だが、感情を抑えることはできなかった。 そもそも、他人だ。 それに加えて目の前の女性は自分の存在を否定してくる。 これ以上係わり合いになりたくなど無かった。

「出て行ってくれ。 多分、君の望むことは何一つ僕はできない。 まさか、彼を演じろなんて言う気はないんだろう? できないし、無理だよ。 僕は彼と違って君の事をなんとも思っちゃいないからね」

「……う……っく……」

 泣かれても、どうしようもない。 クライドと彼は別人だ。 偶々一時的に彼がクライドの身体を使っていただけにすぎない。 そして、本物であるクライドが身体を取り戻した。 ただ、それだけのことでしかない。 なのに、クライド・エイヤルは心に痛みを覚えた。

 それ以上言えなくなって背を向けベッドに寝転ぶ。 と、足音が遠ざかっていった。 部屋を出て行ったのだろう。 それで良いと思う。 お互いのために、それ以上できることなんて何も無いのだ。だが、すぐに一人ではなくなった。

「クゥゥゥラァァァァイイイドォォォォォォ!!」

「ま、待て、落ち着いて……」

 拳銃型デバイスを握りしめ、悪鬼羅刹がクライドの前に現れた。 どうにも、話を聞きそうに無い。 苦々しく思いながら、ベッドから跳ね起きる。 桃色の弾丸がベッドに当たって霧散する。 この女、本気で撃ちやがった。 戦慄しながらクライドは空中を左足で蹴る。 側面を通過する弾丸。

(しょ、正気じゃないな。 彼はどうやら凄まじい交友関係の中で耐え忍んできたようだ、僕なら一日だって耐えられそうに無い) 

「ぬぅ、ちょこざいな!!」

「引き金が軽すぎるぞ!! 貴女は時空管理局員でしょうに!!」

「管理局員である前に私様は乙女の味方なの!!」

「そんな理屈が社会に出てから通用するか!!」

 社会に出たことも無い男はそうのたまい、次の瞬間には高速移動魔法でフレスタの後ろへと移動した。 振り返ったフレスタが右手を伸ばす。 クライドはその手を外側に弾くと、そのまま前に出て体当たりを敢行する。 そのまま地面を転がり、体格差で強引にフレスタにのしかかり両腕を押さえ込んだ。 

「……うーむ、彼の知識は役に立つな。 ガンナーは寝技に弱い……と」

「こんの、離しなさいよ!!」

「無茶苦茶言う人だな君は。 いきなり理由もなしに発砲された身としては、君のような危険人物をむやみやたらに自由にするなんてことできるわけがない」

 そのまま睨みあうこと数秒、しかし沈黙は長くは続かなかった。

「フレスタ隊長、大丈夫ですか!!」

「おのれ、我らがリーダーになんたる不埒な行い!! 両手を上げて床に伏せやがれこの卑劣漢!!」

 外で警備していた隊員二人が、杖を構えながら威嚇してくる。

「諸君、君たちのリーダーは預かった。 無事に帰して欲しくばとっととリーダーを連れて失せろ」 

 もはや意味が分からない言葉であるとさえ理解できぬままに、彼はバリアジャケットを展開しながら、横に飛ぶ。 瞬間、跳ね起きたフレスタがクライドをポイント。 顔を真っ赤にしながら激怒の構えを見せる。

「今のあんたに押し倒されるなんて、最悪だわ!!」

「いや、僕もそう思うよ。 どうせならアリアが良かったとしみじみ思う」

「ぬわんですって!!」

「煩い人は好きじゃないんだ。 物静かなほうがミステリアスで素敵だと思う。 アリアは猫だけど、よっぽど美人だよ。 君と違ってね」

「い、い、た、い、こ、と、は、そ、れ、だ、け、か、し、ら♪」

 エスカレートするメディカルルーム。 不穏な空気は伝染する。 クライドは彼の影響を受けて成長はしていたが、それでも元々あった子供気質は消えていない。 よく言えば素直であり、悪く言えば単純なところがある。 やられたらやり返す精神を持っている。 あのクライドは基本女子供には手を出さない主義だったが、少年だった彼にとってはその対象は限りなく少ない。 更に言えば、今彼には誰も遠慮しなければならない人間がいない。 本気で制圧することも考えていた。 その手法はクライドならどう戦うか、である。 驚くべきことに、身体が覚えている感覚だけで彼は先ほどフレスタを相手に立ち回ることが出来ていた。

「ふん、そっちこそ部下の前だからって強がるのはいいけど、後で泣いたって許してやらないからな」

「……あんた、状況がわかってんの?」

「雑魚が三人目の前にいる、それだけだろう?」

 心底嫌味ったらしく言うクライド。 自分が負けるなど少しも思っていないその驕り高ぶった姿勢は、フレスタの頭をいとも簡単に沸騰させる。 リンディのことも合わせて、ここでぶちのめしたくなった。

 対するクライドもまた、元々イライラしている所にリンディとフレスタの時間差アタックである。 ヒートアップこそすれ、クールダウンする理由は無かった。 両手にシールドナックルを生成。 グラムサイトを展開し、勝負の瞬間を待つ。

「……貴方たち、一体何をしていますの?」

 と、あわや一瞬即発といった雰囲気のなかで空間モニターが開いた。 レインである。 頭痛を抑えるかのように眉間に伸ばされた指が、堪らなくエレガントではあった。 とはいえ、声にはまったく柔らかさは無かった。

「フレスタ・ギュースがいきなり僕に銃を撃ってきたんだ。 これは正当防衛だ」

「なんですって!! あんたがリンディちゃんに酷いこといって泣かすからでしょう!!」

「知らないよ勝手に向こうが泣いたんだ。 彼女の願望を僕が聞く理由はない」

「最低!!」

「艦長殿からも彼女たちに言ってやってくれないか? いい加減、彼と僕を混同して見るのは辞めて欲しい。 質問には答えるよ? でも、僕の人格を否定するような連中に答える言葉は僕には無い」

 勘弁してくれとばかりに、両手を上げてポーズをとる。 捕虜の身の上の癖に、無駄に態度がでかい。

「フレスタさん……は駄目ね。 そこの貴方。 彼を独房へ案内しておいて。 貴方も、いいわね? これ以上騒ぎを大きくするようなら拘束具を着せますわよ?」

「はいはい、悪いのは僕だけかい? 身内贔屓もいい加減にしておかないと、いつか取り返しの付かないことになるよ艦長」

「勿論、フレスタさんにはこれから艦内のトイレ掃除をやってもらいますわ」

「ちょ、お姉様!!」

「艦長さん、前言は撤回するよ。 貴方は実に有能だ。 その能力を使って金輪際彼女たちを僕に近づけないで欲しい。 恐らくは、今のままだと貴重な時間を無駄にするだけだ。 さっ、連れて行ってくれ」

 シールドナックルを解くと、見張りの一人に向かっていう。 両手は既に後頭部に置かれていた。 敵意は無いという意思表示である。 そのまま見張りの連れられながら、クライドは独房へと移動していった。

「レイン艦長、いいんですか?」

「あら、フレスタさん。 随分と猛っているわね? いつもの貴方ならもう少し抑えていたと思うんだけど……」

「……すいません」

「貴女の気持ちも分からないではないけれど、しっかりしなさいな。 感情だけで引いて良いほど、そのデバイスの引き金は軽くはないでしょう?」

「少し、頭を冷やしてきます」

「そうしなさいな。 幸い、清掃員の掃除時間帯ではないから、掃除するトイレには事欠きませんわよ」

「トイレ掃除……本気だったんですか?」

「始末書や謹慎処分の方がよろしくて?」

「うう……どっちも嫌だけど……」

「なら決まりね。 本当、身内贔屓と言われてもしょうがありませんわね。 この程度で済ませてあげているのだから」 

「は、反省します」

 トボトボと力なくフレスタは歩いていった。 屈辱と恥ずかしさで死にたくなったのは本人だけの秘密だった。 ある意味これなら謹慎や始末書の方が数倍マシだったかもしれない。














 フレスタに通信を終えたレインは、ため息をついた。 副長はそれを見て苦笑していたが、特に何も進言することはなかった。 罰が軽すぎることは艦内風紀の観点から言ってあまりよろしくは無いが、この船はレインを中心に動いている。 艦長の言葉ならそれで良いかという雰囲気に負けた。 良くも悪くも、それがレインボーという艦の特色だった。

「それで副長、庭園の方のデータは入手できまして?」

「ええ、陸士隊の報告によると殆どの部位が虚数空間による侵食を受けて穴だらけになっているようです。 駆動炉部分はほぼ壊滅。 最下層とその上にある玉座の間周辺も次元震動の余波で空洞部が瓦礫の山になっているようです。 自力での航行はもう不可能でしょうな」

「そう。 貴方はハラオウン執務官のデバイスの会話記録とクライド・エイヤルの会話、そしてJSウィルスの暴露データ……繋がると思う?」

「いやぁ、さすがになんとも言えませんな。 ただ、今現在あのウィルスのせいで本局は上へ下への大騒ぎの真っ最中でしたが、先ほどの時の庭園での次元震動によって一時的なパニックになっていたようですな。 観測データからいって、本局にもミッドにも震動が届く距離でしたからな。 それを水際で食い止めた我々の行いを随分と広報に利用するつもりのようだ。 ウィルスで落ちた管理局の信頼回復に使うのでしょうなぁ。 焼け石に水かもしれませんがね」

「なら、今回の件で私を持ち上げないわけには参りませんわね」

「そうですな。 それと、いち早く救援としてハラオウン執務官を貸し出したディーゼル提督にも少なからず恩恵があるかと。 人事部の石頭には到底あんな気前の良いやり方はできませんからな」

「ふふ、なら良いですわ。 それと、グレアム提督に群がっていた連中の動きはどうなっていますの?」

「そちらもさすがにウィルスの件で動きを封じられたようです。 身内同士でやりあう前に、地盤を固めないことにはどうにもなりませんからな。 管理局あっての権力です。 馬鹿どももそれぐらいは理解しているようで」

「……食い込めそう?」

「まだですな。 亀裂、というよりは不審が出た程度です。 ただ、今頃内部で”正義”を志して管理局に夢を託した連中が真実の追究を始めているところでしょう。 これで何か一つでもでれば、そこから芋づる式にガードが開く可能性は十分にありえるかと」

「ふふふ、ならクライド・エイヤルの証言は真の可能性が高いわね」

「信じるつもりですか?」

「三つ別のところで同じ名前が出てきましたわ。 キーワードは”シュナイゼル”。 何者かは知りませんが、面白いじゃありませんこと? クライド・エイヤルと正体不明の敵。 昔の借りを返すためだったのに、随分と楽しいことになってきているわ。 このまま管理局内を駆け上がってやりますわよ」

「ははは、若いのに大した野心だ」

「目標は高く、そして公明正大に!! そうすれば誰も文句など言えませんわ」

「ごもっともで」

 才気に溢れる若者の挑戦。 そう考えると、それを補佐する立場の副長としては心踊るものがあった。 権力争いの中で、灰色にもならず真っ白のまま挑もうというのは本来であればありえない。 なのに、この目の前の女性は本気でそんなことを考えている。 顎鬚を撫でながら、副長は愉快げに唇を釣り上げた。

 潔癖なだけでは世の中を渡っていけないのが普通の人間だ。 だが、極稀に強い人間はそんな圧力に屈せずに生きていく。 灰色でも黒でもない完璧なる白。 誰も絶対に文句が言えない究極。 それがレイン・リャクトンの目標なのだろう。 副長は眩しそうにレインを見ると、軽く咳払いしてから続けた。

「それで、どうしますか?」

「クライド・エイヤルにJSウィルスの件も含めてもう少し話をしてみますわ。 少し話してみたけれど、今のところ別に”私たち個人に敵意があるわけではない”ようでしたから、話せば知っていることは喋ってくれるでしょう。 それが真実か事実かは確認しなければいけませんけどね」

「本人は本局に向かって欲しくなさそうでしたが、そちらの方はどうします?」

「どうしようもありませんわ。 彼を逃がすという選択肢がこちらには無いんですもの。 ただ、時間は少し延ばすことは可能ですわね。 この空域で出来ることもうありませんし、通常速度で本局に戻ります」

「なるほど、全速では帰らない……と。 本局の動きを見極めるつもりですかな?」

「それで自ずと見えてくることもあるでしょう。 黒なら一分一秒でも早く彼の身柄を欲すはず。 その前にできるだけ情報を引き出しておきます。 そうして、彼のことを隠せなくしてやれば手を出せなくなるでしょう。 私にはそこら辺が彼にして上げられる限界かしら」

 下手に藪を突いて自分から蛇を出すこともない。 ならば勝手に出てくるのを待とうというのだろう。 

「いやはや、本当に頼もしいですな艦長は」

「さて、どうかしらね。 今の私はこの程度が限界ですもの」

 自嘲気味に呟くと、レインは指示を出していった。 夫の親友を無碍にはしない。 最大限できることをレインはするつもりだった。 借りを返すというのもあったが、その言葉に嘘は無かった。
















 独房はひんやりとしていた。 適当にベッドに寝転びながらクライドは考える。 決めたとはいえ、迷いが無いわけがなかった。 備え付けの毛布を被り、その暖かさで孤独を紛らわす。 随分と自分の今の心境にぴったりの場所だ。 まるであつらえたかのようにしっくりと来る。 彼以外ここにはいない。 世界にまるで自分しか存在しないような錯覚さえ感じる。 いや、彼にとってはそれは事実以外の何物でもなかったのかもしれない。 本当に、彼の世界の中には彼一人しかいなかった。

「……待っているのかもしれないな」

 クライドが来てくれることを期待している人物が三人いる。 その中でも一番に会いたいのはやっぱりあの猫のお姉さんだった。 期待するのはこの孤独から助けて欲しいからである。 それが分かっているから、彼はギリギリまで事を起こすのを渋っていた。

 自分を認めてくれる人物。 自分を彼と区別できる人物。 それはもう、あの三人以外にはいないだろう。 だが、彼が居場所を奪っていた。 そのことで、もしかしたら彼女たちも自分を認めてくれないかもしれない。 答えを知るのが怖い。 それに加えて、そもそも会うことさえできないかもしれない。 期待するだけなら自由だ。 願うだけなら自由だ。 だから、クライド・エイヤルは祈ることにした。 その時が来るギリギリまで。

「寝心地はいかがかしら?」

「最高ですね」

 独房の向こう側にいるレインに答えながら、ベッドの端に座る。 と、鉄格子の隙間から端末が投げ入れられた。 薄型の端末であるそれは、厚さにして三センチも無い。 長方形型の板のようなそれを拾い上げると、クライドは電源を入れた。 板が発光し、モニターになる。 そこにあるデータに目をやりながら、クライドはなるほどと頷いた。

「JSウィルスの暴露データですね。 へぇ……随分とまぁ書き込まれている。 すごいな、本当にAMF理論まで書かれている……これ、今次元世界中に広がっているんですよね? 管理局が潰れる日も近いかもしれないな……」

「そこにあるデータ、本物だと思う?」

「ダミーデータにしては詳細すぎると思いますよ。 生憎と研究内容が本物かの判断はつきませんけどね、ジェイル・スカリエッティはAMFを実用化できる人材です。 となれば、本物だと思う方が無難でしょう。 管理局で検証していないのですか?」

「してるでしょうね。 ただ、本物であって欲しくないというのが本当のところでしょう。 まだ本物かどうかの判断はできていないようですわ」

「もみ消すつもりかもしれませんね、存在されたら困るから。 もっとも、管理世界中に散らばったはずですから、絶対に局以外でも実用化は検討されているでしょう。 表に出てくるのは時間の問題かな?」

「貴方から見て、危険だと思う研究はどれかしら?」

「プロジェクトFと戦闘機人計画、人造魔導師計画も……かな? AMFは言うまでもなく最悪ですけど……パッと見たところではそれぐらいですかね。 ただ、戦闘機人計画と人造魔導師計画は阻止するだけならばなんとかなるんじゃないですか? 要するに素体を確保させなければ良いのですから。 つまり、人間が行方不明になり始めたり、あるはずの死体が消えたりしていたら計画が動き出していると見て間違いはないでしょう。 巧妙に事実が隠蔽されている可能性もありますけどね。 今だって随分”管理外世界”やらで暗躍する勢力は数多いと聞きます。 ”管理局”がその中にいないとは断言できない。 探ってみる価値はあるかもしれませんね」

「……」

「ああ、それと……この連中のアジトの位置に早く人を派遣した方が良いですよ。 自爆したりして証拠隠滅を図られている可能性がありますからね。 一つ、二つでもなんとか確保するべきでしょう。 結構な数があるようですし、もしかしたら確保できる場所もあるかもしれない」

「そちらはなんとも言えませんわね。 こちらはあまり勝手には動けないから」

「宮仕えの哀しいところですね。 自爆後でも部分的に発見できれば存在していたかもしれない証拠にはなるでしょう。 アルカンシェル装備艦があたりがうろつきだしたら黒の合図かもしれませんね」

 データの羅列を見ていくクライドは、特に顔を変えずにそういった。 どうでも良いというのが本心であるし、ああやはりそうなのか、という確認作業以上のものはなかった。

「そういえば聞きそびれていたのだけれど、貴方ではないクライド・エイヤルは一体庭園で何をしていたんですの?」

「闇の書が奪われたといいましたよね? だから取り返しに行ってたんですよ。 無謀にもね。 彼はよほど守護騎士たちが大事だったようですよ。 SSS-がいると聞かされても結局挑戦することを辞めませんでしたしね」

「SSS-ですって!?」

「ああ、それとシュナイゼルはSSSらしいですよ。 どんだけ強いんでしょうね? 僕には想像さえできませんよ」

 馬鹿げた話だとクライドは思う。 あそこでアルカンシェルを撃つことにしてさえいれば、ドクターは死ななかったかもしれないというのに。 結局、彼が選択して手に入れたものなど”何も無い”。 全部失ってしまっただろう。 この身体が生きているだけでも奇跡のようなものだと思った。

「で、他に聞きたいことは?」

「シュナイゼルとは何者なんですの?」

「ここに書いている通りだと思いますよ? 管理局を裏で操っているらしいですね。 ああ、そういえばミッドチルダ式魔法の開祖とか旧暦の462年にアルハザード消失のきっかけを作ったらしいとか、スカリエッティが話していたような気がします」

「……ミッド式の開祖?」

「本当かどうかは知りませんよ。 ただ、そういう話をしていたのは知っています。 彼が僕の中に生じたときから、ずっと彼の知識を得ていた。 彼が知ったことは大抵は知っているというわけです。 もっとも、彼が僕の身体の中で考えたことと知ったことしか分かりませんけどね。 彼の知識によると、ああいう状態を憑依とか言うらしいです。 言い得て妙ですよね」

「いまいち、信憑性が無いわね」

「信じるか信じないかは任せます。 ただ、僕は自分がそうだと思っていることだけを喋っています。 好きな風に受け取ってください」

「……まぁ、いいですわ。 続けますわよ。 彼の仲間は全部で三人だったんですの?」

「うーん、微妙なところですね。 グリモアさんとスカリエッティは仲間と思っても構わないと思いますけど、一人は必ずしもそうだというわけではありません。 彼と顔見知りではありますけどね」

「どういった人物ですの?」

「ヴァルハラの人ですよ。 ミッドガルズの魔導師で、ソードダンサーとか呼ばれているらしいですね。 年齢不詳な黒髪の女性です」

「ソードダンサー……管理局のブラックリスト筆頭の?」

「ブラックリスト筆頭かは知りません。 彼はデバイスマイスターでしたし、そういう情報には興味がなかったようですしね。 調べたこともありません。 彼はその、デバイスマニアだったので」

「なるほど。 説得力がある言葉ね」

 頷きながら、レインはそれで納得できる自分に苦笑する。 クライドもまた、同じだった。 彼に関して言えば、その一言で何もかにもが納得できる部分がある。

「そうだ、彼女が聖王と剣士の相手をしていたんですが、結局どうなったんですか? さすがに聖王に負けましたか?」

「聖王……ちょっと待ってくださいまし。 貴方と話していると頭が変になりそうですわ」

「と、言われても困りますよ。 そちらが介入しているということは、僕の身体が次元震動で吹き飛んでいないことから分かります。 貴女は恐らく、見ているはずですよ」

「黒髪の女性と戦っていた女性なら知っていますけど、その女性がそうだと言うのですの?」

「金髪っぽい人で虹色の魔力光にオッドアイの人でしたか?」

「そうでしたわ」

「なら、その人がSSS-の聖王です。 カルディナとか言う名前らしいですよ。 ソードダンサーが介入しなければ多分、あの瞬間に彼は死んでいたはずです。 ある意味僕にとっても命の恩人というわけですね。 まあ、トータルで考えるとそう判断するべきか悩むところではありますが……」

「……胃の辺りが痛くなってきましたわ」

「健康には気をつけてください。 ザースさんが心配しますよ」

「分かってますわ」

「そうだ、その聖王ですけど多分リビングデッドだと思いますよ。 彼女の部下らしい槍の女がそうでしたからね」

「……そうなんですの? そういえば、敗北した瞬間に消えていたわね……リビングデッドとは一体なんなんですの?」

「それは知りません。 ただ、守護騎士たちと似て非なるものだというのが彼の解釈ですね。 魔法を生身で喰らうとすぐに消えますから、もしかしたら守護騎士の劣化版とかそういうのかもしれません」

「……古代の叡智が壊滅したという噂を聞いたんですけれど」

「壊滅したんですか? ふーん……それは聞いていませんでした。 まぁ、どうでも良いことでしょう」

「なんでも、イーターとかいう黒コートの人物が首謀者だったらしいですわ。 シュナイゼルの部下だったという話もありますわ」

「イーター? ……デバイスイーター<杖喰い>のことかな? ああ、なるほど。 なら、デスティニーランドで彼が守護騎士たちと共に昔倒したせいかもしれませんね」

「そ、それはいつのことですの?」

「学生時代ですから、九年前のことですかね?」

「呆れてモノも言えませんわ……クライド・エイヤルは一体何をしているんですの? 本当にただのデバイスマイスターだったんですの?」

「彼自身はそのつもりだったようですよ? 何れ闇の書も改造して無害化しようとか考えていましたし、基本的に本人は悪人のつもりではなかったみたいです。 結局、犯罪者になりましたけどね」

 迷惑な話だと、肩を竦めながらクライドは言う。

「上手くことが成っていればまだマシだったんでしょうけど、結果がこれでは笑えませんね。 少しばかり力をつけた程度で、彼はいい気になっていたんでしょう。 昔の彼なら絶対にしないはずの失敗を今回はいくつもしていますから」

 例えば、勝てない相手がいるのだとしたら勝てる手段を用意して勝負するのが彼の基本戦略だったはずだ。 なのに、それをしっかりと用意せずに突っ込むなんてのはそもそも道理に合わないことだった。 グリモアの存在、マジックガンの存在、そしてドクター。 それらもまた彼の判断を狂わせる要因になっていたのだとしたら、救われない話だ。 とはいえ、守護騎士のことで随分と頭に来ていた彼だから、やっぱりそんなことは関係なかったかもしれないが。

「貴方、彼が嫌いなんですの?」

「自分の身体を好き勝手使っていた奴を好きになる理由がどこにあります? 彼のおかげで僕の意識が浮上できたらしいですからこの程度の嫌味で済んでいますけど、その事実がなければもっと並べてやりますよ。 例えばそうだ。 こういうのはどうです?」

 クライドは言う。

「あの日、リンディ・ハラオウンに最後に彼が会った日に彼は悩んでいたんですよ。 闇の書のことなんかをグレアム叔父さんに話すかどうかを。 そこで彼が取ろうとした手段がコイントスですよ? 馬鹿げていると思いませんか? それをリンディ・ハラオウンにさせようなんて考えていたんですよ彼は。 しかも、それに合わせてポケットに”給料三か月分をつぎ込んだ指輪型のデバイス”なんかも忍ばせていたんですよ。 あいつは”究極の馬鹿”ですよ」

「なんですって?」

「結局は渡す前に振られたと思い込んで、それはラーメン屋の子に高価な玩具として上げてましたけどね。 早合点した店長から拳骨を貰ってましたけど……いい気味です」

 確か、早くも娘を奪いに来たかもしれない敵対生物<MUKO>として認識されかけていた記憶がクライドにはあった。 丁度休みで店の手伝いをしていた嫁さんがいなければ、大乱闘にまで発展していたはずだ。 大和撫子を目指して教育されているという娘の方は単純に綺麗な玩具が手に入って嬉しそうだったが。

「そ、その話は彼女には?」

「していませんよ。 言ったら壊れそうな雰囲気がありましたしね。 さすがに僕は空気を読めない男ではないので」

「そ、そう……」

「ああ、でももう遅いかもしれませんね」

 ちらりと、レインの後ろに目を向ける。 と、そこには様子を伺っていた人影があった。 レインが振り向くと同時に人影は姿を消したが、果たしてどうなるかはクライドには分からなかった。
 
「……最悪ですわね」

「そうでもありませんよ。 ただ、どうしてトイレ掃除をしているはずの彼女がそこにいたかの方が問題です」

「あら、フレスタさんだったの? なら大丈夫でしょう」

「サボリは問題じゃないですか?」

「……後で言っておきますわ」

 今のクライドに、容赦という言葉はなかった。













「……おや? トイレ掃除は終わったんですか」

「終わったわよ。 あんたのせいで私は身も心も汚されてしまったわ。 どうしてくれるのよ!!」

「ああ、男性用トイレまで掃除させられたんですか? 良い気味です」

「……ぐぬぬ、あんた私に喧嘩売ってるの?」

「どちらかといえば、貴女が売ってきているんですけどね。 ところで、それは何ですか?」

「見て分かるでしょうが、あんたのための食事よ」

「……ちゃんと手は洗ってますか?」

「当たり前でしょう!! 私様は綺麗好きなの!!」

 専用の食事窓から食事の乗ったトレイが入れられる。 クライドはどうしようか迷ったが、素直にいただくことにした。

「捕虜の食事にしては豪勢なんだな」 

「ふふん、お姉様に感謝しなさいよ」

「そうですね。 感謝しておきますよレイン艦長殿に」

 暗に、フレスタには感謝しないと言っていた。 フレスタの忍耐力が急速に減っていくが、さすがに鉄格子越しにいる相手をどうこうすることはできない。 デバイスを抜き放ちたい衝動を堪えながら、食事にありつく青年を眺めた。

「……見られていると食べずらいんで、どっかいってくれませんか?」

「食器の回収もしないといけないの。 フォーク一本パクらせないわよ」

「僕は脱走計画を企んでなんていないんですけどね。 大体、艦の壁がそんなもので破れるわけありませんよ。 魔法でも使わないかぎりはね」

「じゃあそれも踏まえて見張るだけよ。 あんた出力リミッターかけられてないんだもの」

「実際、牢屋を出るぐらいならいつでも可能ですけどね。 でも、どうせハラオウン執務官に止められるのは目に見えてる。 僕は無駄なことはしない主義ですから安心して見張っててください」

 左手に握ったフォークで適当にパスタを食べるクライド。 パンやらハンバーグやらを黙々と平らげる。 レトルトかもしれなかったが、今のクライドにとってはそれが物凄く美味く感じられた。 十七年ぶりの食事だ。 噛締めるものが確かにあった。

「あんた、美味そうに食べるわね」

「実際美味しいですよ。 最後の晩餐にしては十分豪勢ですしね」

「最後って、あんたね。 いい加減あんたの妄想に付き合うのは嫌なんだけど?」

「妄想……まあ、いいですけどね。 それより、レイン艦長との話を盗み聞きしていましたよね? 結局ハラオウン執務官に話したんですか?」

「話せるわけないでしょうが!! あの子、かなり気にしてたし随分とあんたを探すのに無茶してたんだから!!」

「……」

 ”あんた”という言葉を聞くたびに、クライドはげんなりする。 サラダに突き刺したフォークをそのままに、一度手を止めてフレスタを見た。 憤慨している。 美人な癖に無愛想な顔のせいで台無しだ。

「なによ、何か文句でもあるの?」

「沢山ありますけどいいです。 貴女にはどうやら言っても無駄らしいですから」

 彼が羨ましくなる。 そこまで心配してくれる人間がいるのに、自分を心配してくれる人間は誰一人としていない。 やはり、もう自分など存在しない方が良いのだろう。 諦めが表情に出る。 クライドは食事の続きをした。 先ほどまでは美味かったのに、もうそれが美味いとか感じることはなかった。

「……」

「……」

 しばらく沈黙が続いた。 フレスタが何度か何かを言いたそうな顔をしていたが、クライドはそれを無視して食べることだけに没頭する。 やがて、食事を終えたクライドが無言で食器を返却してベッドに横になる頃にはフレスタは居心地の悪さのせいで一言も喋らなかった。

「行かないんですか?」

「……い、行くわよ」

 用はもう済んだとばかりに出て行く。 そんなフレスタの背中に、クライドは声をかけた。

「そんなに彼に会いたいんだったら、事情を知ってそうな人に会いに行けば良いじゃないですか」

「どういう意味よ?」

「ソードダンサーですよ。 彼女に聞けば僕と話をするよりも貴女方にとっては建設的なはずです。もっとも、ヴァルハラやミッドガルズは管理局が嫌いのようですから、貴方たちが彼女と接触できるかどうかはしりませんけどね」

 それだけだとばかりにクライドは毛布を被る。 フレスタは何を言ったら良いのか分からなかったが、それでもその言葉だけは後でリンディに伝えようと思った。












 牢獄の中では時間の感覚が酷く曖昧だ。 時計も無いから今が何時で、あれからどれだけたったのかも分からない。 次の食事もまだだ。 ということは、半日も経過していないのかもしれない。 ベッドに座り込んだクライドは、ボンヤリと虚空を見上げながら何をするでもなくただそこにいた。

 それしかもう、することが無かったと言っても良い。 あまりに退屈だったので、レインが置いていった端末に手を伸ばす。 JSウィルスの暴露データ。 政治のことはクライドにはよく分からなかったが、これだけのモノが世に出たのであれば、管理局はひとたまりも無いだろうと思った。

 少なくとも、今の組織としての管理局の体制を疑問視する連中は出てくるだろうし、ことの真実を追究しなければ納得できない連中というのは腐るほどにいるだろう。 次元世界人民が金を出資しているのは安全を買うためだ。 なのに、こういう部分が本当に起っているかもしれないというのであれば今の管理局の体制を変更したりと何がしかの動きがあるはずだった。 

「そういえば頭が変わるだけで済む可能性もあるのか? ……厄介だな。 いるかいないか分からないのが強みだとしたら、闇に潜まれたら誰も手が打てなくなるぞ」

 組織というものに詳しい知識などなかったが、よくあるトカゲの尻尾切りなど連中には簡単にできる気がする。 そう思うと、真実にたどり着ける人間がどれだけ出てくるのか心配になってきた。 なんとなく、このシュナイゼルとかいう奴が気に入らないのだ。 

「まぁ、もうどうでもいいんだけどね」

 まるで自分に言い聞かせるような風だった。 そのまま興味を失って端末をベッドの放り投げる。
 と、その時になってまた来客が来ていることに気がついた。 クライドは驚きの表情を浮かべたが、それもすぐに止んだ。 目の前にいたのはグルグルメガネを引っ掛けた少年だったからだ。

「随分と退屈そうだね?」

「そうだね、面白いことなんて何一つ無い。 ここは地獄の一丁目だよ」

「それは可哀相に。 居場所もなく知り合いも居らずただただ生きているだけ。 そんな人間は酷く絶望するものだ。 僕もそうなったらさすがに発狂するだろう。 その気持ちは想像できるよ”クライド君”」

「君もどちらかといえば彼の方を気に入っているんだろう?」

「否定はできないね。 彼はちょっとした楽しみだから。 でも、かといって君が嫌いだというわけでもないよ」

「今の君はペルデュラボー? それともアレイスター?」

「クライド君の友人はペルデュラボーのはずさ」

「なるほど、じゃあ君のことはペルデュラボーと呼ぶことにしよう。 それにしても、よくここにこれたね? 無限書庫と比べるとここへ進入するのは苦労するんじゃないかと思うんだけどね?」

「なに、ちょっと僕が本気を出せばこの通りさ。 この界隈で僕が行けない場所なんてほとんどない」

「いいねぇ、君は自由で」

「『自由とは最大の不自由だ』という言葉もあるけどね」

「それでもきっと大多数の人間は自由を選ぶよ。 その不自由さは幸福の代償だと知っているからね。 そうだ、今の僕にぴったりの言葉が思いついたよ」

「へぇ……一体どんな言葉なんだい?」

「『人は所詮一人では生きられない』。 この言葉を編み出した人は天才だね。 実感しているよ。 こんなにも苦しいとは思わなかった。 人間はどうやら自分を認識してくれる人間が必要らしい。 なんというか、狂ってしまいそうだ。 もしかしたらここにいる自分は、本当は彼なのかと錯覚してしまうほどに。 でもね、そんなことはありえないんだよね。 だって、僕はここにいる。 僕だけがそれを知っている。 デバイスマイスター? 魔導師? そんなものに興味を持つ僕は僕じゃあないんだ。 僕の夢は、あの頃に止まったままここにある。 どうして誰もそれを理解してくれない? どうして彼ばかり認識して僕を認識してくれない? ……ここにいる連中は僕にとっては皆僕を可笑しくする悪魔みたいなものだよ」

「『我思う、故に我有り』。 コギトエルゴスム……だったかな? 君は間違いなくそこにいるよクライド君。 だから安心して欲しい」

「君がそういってくれるのであれば心強い」

 疲れた顔に力なく笑みを浮かべてクライドは心の底からそう言った。 目の前の少年が実は本当は悪魔であったとしても関係が無かった。 自分を正確に認識してくれる今現在唯一の人間が彼だったから。

「さて、それでどうする? お望みならすぐにでも君の”今”を代償にして”過去”を与えよう。 あの日に見れなかった夢の続きを、完全にとはいかなくても君は取り戻すことができるだろう」

「……少し待ってくれないか? ギリギリまで考えたい。 希望がまだあるかもしれないんだ」

「そうかい? だがもう時間が無いよ。 もうすぐ怖い監査官がやってくる。 レイン・リャクトンは勿論君の事を報告している。 本局の連中が監査官をつけて君の希望と一緒にやってくるよ」

「それはそれは。 どうりで君がここに来てくれたわけだ。 希望を踏みにじる絶望がやってきたということなんだね? ……分かった。 すぐにやってくれ。 救いが無い”今”なんて僕はいらないよ」

「分かった……何か言い残すことはあるかい? 誰宛でも良いよ」

「なら、彼に言ってやってくれ。 究極の馬鹿野郎、サンキューってね」

「はは、了解したよ。 ではさようなら、”クライド・エイヤル”。 君が存在したということを僕だけは覚えておこう」

「いいよ、どうせ記憶容量の無駄さ」


――カチコチカチ。

 どこからともなく響く機械音。 時計の歯車が回るような、そんなレトロな音と共にそれは起きた。 クライド・エイヤルの身体が、その音が響くたびに縮んでいく。 大人の姿から子供の姿へ。 今を全て捨てて過去に戻る。 クライド・エイヤルにペルデュラボーがそれを選ぶのであれば与えると言ったのはそれだった。

 やがて五歳ぐらいの子供にまで戻ったクライドは、ブカブカの服の中からなんとか首を出している状態でベッドに倒れた。 唾を垂らしながら眠っているその様は、どこからどうみても先ほどまで大人の人間だったとは思えない。 その姿を過去の彼を知っている者が見れば、間違いなく驚くだろう。 あの日、あの旅行で死に賭けたはずの少年の姿そのままだったのだから。

「さようならクライド君。 立派な獣医になってくれ。 僕には視えるよ。 いつか君があの故郷の町で沢山の小さな命を救う光景が」

 そう呟くと、ペルデュラボーは微笑みを浮かべて牢獄を後にした。 後に残ったのは黒髪の少年の穏やかな寝息だけである。 牢獄に再び静寂が戻った。

















 ギル・グレアムはその報告を聞いて、すぐに動いた。 リーゼアリアとリーゼロッテを伴い、何とか作った空き時間を利用してレインボーへと転移した。 その際、監視しているであろう金髪の監査官もまたついてきたが、そんなことは些細な問題だった。 

「クライド君が見つかったそうだね? レイン提督、よくやってくれた」

「いえ、ですがその……少し前に問題が発生しました」

「問題? まさか、大怪我でもしていたのかね?」

「そういうわけではありません。 ただ、私たちにも理解不能なことが彼の身に起きています」

 レイン自身、その報告を独房のモニターを監視していた監視員から受けた際に頭痛を通り越して唖然とした。

「案内しますわ。 口で言うよりも先に会って頂いた方が理解できるはずですし」

「分かった」

 逸る気持ちを抑えながら、グレアムはレインについていく。 どんな形であろうと、良い。 ちゃんと生きていてくれてさえいれば。 そうすれば、やり直すことだってきっとできるはずだったから。

(話をしよう。 まずはそう、沢山の話をしなければいけない。 何故こんなことになったのか? どうして私に相談してくれなかったのか。 私が頼りなかったのかもしれない。 私に迷惑をかけたくなかったのかもしれない。 ちょっとばかし、道を間違えただけかもしれない。 だが今はまず、話をしよう。 まずはそれからだ)

 無力感を感じた。 結局は何も出来なかった。 だがそうやって悲観するだけでは何も変わらない。 前へ進むために今を知ろう。 確かに、何もできなかったかもしれない。 けれどこれからはきっとそうではない未来だってあるはずだ。 

「こちらです」

 医務室のドアを開ける。 すると、船医が小さな子供に何かを聞きながらメモを取っているところに出くわした。 広い室内にはベッドがいくつもあるが、とりたてて大人が寝ているようなベッドは無かった。 不審に思ってレインに問いかけようとしたそのとき、検診を受けていたであろう少年がこちらを振り向いて、駆け出してきた。

「アリアー!!」

「あ……え?」

 いきなり少年に飛びつかれたアリアが目を瞬かせながら黒髪の少年を見た。 その顔は信じられないモノでも見たかのような驚きに満ちている。 いや、グレアムもロッテもそうだった。 この少年を三人は知っている。 しっかりとまだ、覚えている。

「君は……クライド君なの?」

 目線を合わせるようにしゃがみ込みながら、アリアが問う。 少年はどうしてそんなことを聞いてくるのか不思議そうにしていたが、それでもアリアの問いかけに元気よく答えた。

「うん、そうだよ!!」

 黒髪に黒瞳。 眼つきが悪くなる前の、昔のクライドそのままだった。 アリアは主であるグレアムを見た。 ロッテもそうだった。 理解できない。 まったく、状況が理解できない。 グレアムだってそうだった。 だから、レインに聞くことしかできなかった。

「これは……一体どういうことなんだね?」

「私たちにも理由が理解できませんわ。 初めに彼をハラオウン執務官が見つけて連れてきたときは確かに大人の姿でした。 ですが、独房に入っている最中にいきなりこんなになってしまいましたわ。 監視映像を確認しましたが、理由はサッパリ分かっていませんの」

「話が見えないんだけど少しいいかい? レイン提督、君はあの少年がクライド・エイヤルだって言うのかい?」

 馬鹿馬鹿しいとばかりにゴルド・クラウンは言う。 だが、そう思っているのは彼だけだった。 グレアムは震える手でクライドの頬に手を伸ばす。 偽者ではない。 本当に人間の温かみがそこにはあった。

「あれ? グレアム叔父さん……いつの間にお髭をそんなに生やしたの? 髪の毛も真っ白になっちゃってるよ」

「あ、ああ。 これかい? 少しばかり歳を取ってしまってね。 クライド君、君は今自分がどうしてここにいるのか分かっているかい?」

「父さんと母さんが悪い奴に殺されちゃったから、時空管理局に保護されてるんでしょ? だから、多分ひとりぼっちになった僕の様子をみにくるために叔父さんたちが来てくれたのかなって思ったんだけど……違うの?」

 不安げにクライドが言う。 今にも泣きそうなのは、両親が殺された頃の光景を思い出しているからだろうか? グレアムはいてもたってもいられなくなってクライドの小さな身体を抱き上げた。  なんという軽さだ。 老いた両腕でこんなにも容易く抱き上げられるほどに、クライド少年の身体は小さかった。 それ以上声を出せずに、目頭の奥から溢れ出てくるものをそのまま流した。

 この少年の未来を護らなければならない。 そう思うと、この軽さが本当はどれほどの重さを持っているのかグレアムには想像さえできなくなった。

「いきますわよ」

「さっぱり意味が分からない」

 レインは四人を残してそれ以外の人間を外へと追いやった。 さすがに、今のこの雰囲気で邪魔をすることは憚られた。

「グレアム叔父さん……どうして泣いてるの?」

「ああ、嬉しかったんだよ。 君が無事でいてくれて」

「そうなの? へへ、叔父さん……父さんに似てるよね」

「私が?」

「うん、僕が危ないことをしているとよく父さんは泣くんだ。 だからいっつも母さんに慰めてもらってたよ」

「はは、そうなのかい? それはちょっと格好悪いな。 クライド君に笑われないように私も泣き虫は卒業するよ」

「うん、その方が叔父さんらしいよ」 

 生意気にもクライド少年はそういうと、手を伸ばしてグレアムの頭を撫でた。 白髪頭をなぞる小さな手の感触がくすぐったい。 クライドを降ろすと、アリアとロッテをクライドにつけて彼は医務室を出た。 ポケットから取り出したハンカチで溢れ出たモノを拭うと、艦隊指揮官の顔に戻る。

 外には船医がいて、とりあえず今のところなんら身体には問題がなさそうだいう話をされた。 何がどうなっているのかは分からなかった。 ただ、クライドが無事だったという事実だけでもうグレアムには十分だった。 今度こそ父親にならなければならない。 自分以外の一体誰が彼を護れるというのか? 誰もいやしない。 そんな人間はきっと、この広大な次元世界のどこにもいやしないのだ。 それが唯一できたはずの両親がいない今、その役目はグレアムとリーゼたちの役目になっているのだから。

 これは恐らくはもう二度とないだろう奇跡なのだ。 その奇跡を起こした神とやらに、グレアムは心の底から感謝した。 こんなじゃないはずだった世界の、それでも小さな希望はそこにあった。

 ブリッジへと向かう。 すると、ゴルド・クラウン監査官がレインと話しながらモニターを見て唸っていた。

「レイン君、気遣いありがとう」

「いえ……心中お察しします」

「それで、どうしてああなったのかそちらにも分からないのだったね?」

「ええ、この映像を見てもらえますか?」

 空間モニターに映されたのは独房の様子だった。 特に拘束具もつけられていない青年がデータ端末機をしばらくみて、それを放り投げてしばらくしたときだった。 いきなり青年が少年になってベッドにゴロンと横になった。

「……監視記録では、これが問題の一瞬ですわ。 他の角度からの記録もありますが全て一瞬で子供になってしまっています」

「ううむ……これは、なんとも言えんな」

「モニターに細工でもされているのかとも思ったのですが、全てのモニターは正常に作動していましたわ。 整備員に確認させました」

「私が記憶を探ってみましょうか? 一応これでも監査官なのでね」

「ああ、頼めるかねゴルド君。 恐らくはもう何も覚えてなさそうだが、何か手掛かりがあるかもしれない」

「ええ、じゃあさっそく行ってきますよ。 一刻も早く真実が知りたいですよ”私”も」

 監査官が去っていった後、レインはグレアムに尋ねる。

「いいのですか?」

「構わんよ。 それに、”彼”が何も無いと言えばそれは真実になる。 そして多分、本当に今のクライド君は何も知らないだろう。 アレは子供に変身したわけではない気がするよ。 昔のクライド君そのままだ。 子供は大人の真似ができるが、大人は子供の真似はできん」

 グレアムは少なくともアレが擬態ではないと考えていた。 今までの経験で変身魔法で子供に化ける魔導師に出会ったことがあったが、子供にはなりきれていなかった。 特に、『目は口ほどにものを言う』とも言われるが、この場合は特にそうだった。 子供の無邪気な目というのは大人にはもう絶対に真似できないものだ。 アレは子供だからこそできるものであって、大人がいつか失ってしまうものの一つだ。 どんな舞台俳優だろうと、それは絶対にできない。

「それに、ロッテとアリアもいる。 何か変なことをすれば”すぐに分かる”。 二人ともあれで戦技教導隊に顔を出すほどの魔導師だ。 向こうもさすが二人同時には敵にすまい」

「……なるほど」

「第一、今の彼に手を出す輩がいたら私が直接相手をするよ。 彼が”私の監視役”だというのであれば、その意味はよく理解してくれているはずだ」

 笑いながらグレアムはそういう。 老いた身であろうと、その身が持つ魔道の力は本物だ。 表情はにこやかなのに、その眼に宿る力強さは敵に一切の容赦などかけるつもりはないと物語っていた。 レインは内心で冷や汗をかきながら頷く。 普段温厚な人間ほどキレればすごいことになるという見本だった。 実力者だけが持つ貫禄がそこには確かにある。 まあ、そうでなければ艦隊指揮官や執務官長など到底務まらないのだろう。 レインが目指すべき目標の一人に掲げるだけのことはあった。

「それで、今回の件で何か分かったことはあるかね? 報告書で簡単なことだけは知っているが、報告内容が荒唐無稽すぎて私はイマイチ理解できていないのだよ」

「分かりました、一から説明しますわ。 オペレーター、今回のデータ全て出してくださる?」

「はっ!!」

 時間は有限。 少しでも現状を把握するためにグレアムはレインから詳細な説明を受ける。 そのさい、レインは包み隠さず知っていることを話した。 さらには、小さくなる前のクライドとの会話記録も見せた。 グレアムはそれら一つ一つに驚きながらも、その言葉を一字一句忘れないようにと心に留める。

「JSウィルス……クライド君、そして聖王……それらを繋げるキーワード『シュナイゼル』……か。 ため息しか出てこないよレイン君」

「私も初めそうでした。 それで、グレアム提督は何か心当たりはありますの?」

「……この謎を追いたい、ということかね?」

「はい、これが本当だとしたら由々しき事態ですわ」

「確かにな。 私も信頼できる連中にこの件で働きかけてみよう。 だが、あまり無茶はしないでくれ。 私は彼を護ろうと思う。 そうなれば、私の力などすぐに届かなくなるだろう。 新しい時代の風は担うのは君たち若者の特権だ。 だが、踏み込みすぎないように注意しなさい」

「肝に銘じておきます」

「それと心当たりだがね、正直無いとは言えんよ。 ”今”も”昔”も決定的に致命的な問題を次々と管理局は偶然の積み重ねで処理してきたところがある。 問題が都合よく解決しすぎるときがあるのだ。 まるでそう、何物かの掌の上で踊らされているような、そんな感触を感じたことがある。 年寄りの世迷いごとかもしれん。 例えばJSウィルスだ。 議会では君たちが未然に被害を抑えた次元震動を都合よく利用して信頼回復をしようという動きがある。 それに、暴露データや研究成果とやらへの対策班も驚くべきスピードで設置された。 これを管理局の危機感故の対応の早さと受け取るか、予め想定していた事態故の速さなのかは受け取り方次第だが、きな臭いことには変わりない」

「最高評議会の横槍とかそういうのではないのですよね?」

「それも分からない。 彼の存在たちは基本的に問題があって初めて接触してくるという”ルール”があるようだ。 逆に言えば、問題がなければ見守ることだけに終始するらしい。 今回これだけの騒ぎの中でまだ連中は沈黙を保っている。 私や闇の書の件で首を突っ込んでそのままだ。 個人個人に極秘に接触している可能性は否定できないが、JSウィルスの件で彼らに対する不信感も上層部では広がっている。 その対処に追われているせいで身動きが取れない可能性はあるが……全て推測に過ぎんな」

「否定する要素もないが、肯定する要素もない……というわけですか」

「だが火の無いところに煙は立たないともいう。 この火が無意味に消火される前に存在を立証できれば、問題は変わってくる。 どうやって燻りだすのかという問題はあるがね」

「暴露データの中にある犯罪組織や、アジトだけでは足りませんの?」

「明確な証拠がなければ厳しいな。 暴露しているのが次元犯罪者だ。 それだけで管理局に対する情報テロだということで有耶無耶にしたがる連中は数多くいる。 事実、情報部と広報部はそれで対処しているからな。 だが、これは酷く危険だ。 仮にそれで一旦火が消えても、もう一度その件で火が出れば致命的なまでに”管理局”は組織としての信用を失うだろう。 今でさえ辛うじて抑えている状況だ。 何かあれば一瞬で破裂しても可笑しくは無い」

 次元世界中が混乱していると言っても良かった。 メディアは動き続けているし、気の早い連中は不穏な空気を発しながら周囲の警戒に入っている。 管理局が公式発表を出したところで、すぐに収まるとは思えない。 そもそも本当にそうであったのだとしたら自分たちのためにも次元世界人民は動かざるを得ない。

 管理世界の安全と平和のために時空管理局は存在する。 だが、そんな建前の裏で犯罪者と平気で手を結びあまつさえ犯罪に加担しそれを自分たちで収拾する。 これが事実だとしたら八百長もいいところだ。 厳しい追及と今までよりもさらに厳しい監査組織の発足の動き、その波及効果は更なる混乱を呼び管理局の平和維持行動にも多大なる影響を与えることは間違いない。

 管理局が平和維持に貢献しないのであれば、もはやそんな有害な組織は必要ではない。 各世界が予算を出すのは管理局が必要だという認識があるからで、平和を作らない管理局など必要ではないのだ。 それならば自分の世界で自治世界連合のように大規模な自治勢力でもつくって巡回させた方が遥かに安心できる。

「デリケートな問題であることは理解していますわ。 ただ、それでも放置することは我々には許されません。 我々は”管理世界”の平和のために活動している組織なのですから」

「ああ、その考えは間違いではない。 真っ直ぐで、酷く眩しい正論だ。 若者らしい若々しさに満ち溢れている。 期待しているよレイン君」

 そして、それは必要なことでもあった。 このまま有耶無耶になどさせて良いわけがない。 でなければグレアムはなんのために管理外世界から飛び出して管理世界の魔導師となったのかが分からなくなってしまう。 いや、グレアムだけではない。 管理外世界から出てきた魔導師たちが必死に犯罪と戦うのは大半が故郷の平和を守りたいからだ。

 次元犯罪、ロストロギア、次元災害、etc……知りもしなかったそれらと出会い、その脅威から目をそむけることなく戦うことを選んだ者たちは皆平和のために戦ってきたはずだった。 断じて犯罪の片棒を担ぐためではない。

 時空管理局とは次元世界の垣根を越えて加盟世界が次元世界の安全と平和を願って過去のミッドチルダが発案提唱し、設立したはずなのだ。 でなければ今日まで存在することなどできなかったはずだ。 平和や安全は人々が暮らす上で必要な要素である。 必要とされたから作られた。 反発があっても最終的に受け入れられた。 黎明期を越えて安定期に受け継がれなければならないものは、その当時に掲げられたはずの崇高な使命であり、それを成そうとする人々の平和への願いであったはずだ。 でなければ、誰もが納得すまい。

 本当は、つい先ほどまで少しばかり早い隠居をしても良いかとも思った。 だが、そんな弱気な自分をグレアムは内心で一喝する。 クライドを守る。 そして同時に彼が安全に暮らせるような社会もまた作らなければならないのだと若い熱に触れて気がついた。 であれば、まだまだ踏みとどまってできることをしなければならない。

「レイン君、これらのデータを全て私のところにも回してくれるかね? 少しばかり無茶がやりたくなってきた。 年甲斐もなく血が滾ってきたよ」

「了解しました」

「ああ、それともう一つ頼みたいことがある」

 ニヤリと、唇を釣り上げるグレアムは思い出したかのように至極真面目な顔で言った。

「アリアかロッテをクライド君につけたいと思う。 融通してくれるかね?」 

 管理局の艦隊指揮官の顔からいきなり人の良い大人に戻ったグレアムに、レインは苦笑しながらその頼みに頷いた。



















 正直に言えば、今のリンディ・ハラオウンにもう仕事らしい仕事はない。 時の庭園の件で臨時戦力として呼ばれたという建前がもうなくなったからだ。 出向に出されてから急いで戻って来いという話もきていないし、やることといったら報告書の作成とデータの整理ぐらいだ。 とはいえ、そんなものはもうとっくの昔に終わらせた。 

 執務官としての仕事はここでは求められていないから、宛てがわれた部屋で枕を抱えて突っ伏していた。 何がなんだか分からない数日間だった。 嘘を付いた次の日からまるでその日を境に世界が急変したといっても良い。

「クライドさんが闇の書の主で、庭園で助けたと思ったら別人だって言われて、今度は子供になって私のことまで忘れてる……本当にこれは現実なの?」

 何か奇妙なロストロギアにでも自分は幻覚を見せられているのではないかと考えたが、そもそもここ最近そういう類の捜査なんてした記憶が無い。 であれば、これは現実以外の何物でもなかった。

「こんなはずじゃなかったのに……」

 抱きしめた枕に顔を埋める。 何かを抱きしめるという行為に、人間は妙に安心感を抱くことがある。 抱き枕がヒットする要因だろうし、毛布を思わず抱きしめたりしたときのあの心地良さが今は無償に恋しかった。 

 理解不能のオンパレードのせいで、リンディの頭の中はパンク寸前だ。 泣いてどうにかなるものなら泣き続けてやるところだったが、そんなことをしても何も変わらない。 だが、かといって何をすれば良いのかが分からなかった。

 リンディの知っているクライドは死んだらしい。 認めたくないと思うし、あんな妄想のような与太話をどうやって信じろというのだろう? けれどあの話を否定したところで、現実がどうこうなるわけでもない。 寧ろ、更に分からなくなるだけだ。

 極めつけは幼児化したクライドの存在である。 ゴルド・クラウン監査官が記憶を探ってみたらしいが、まったく何も出てこないらしい。 ここ数年の記憶はおろか、両親が死んで管理局に保護された辺りまでの記憶しか無いそうだ。 一緒に訓練学校で学んだ記憶も、本局で共有した時間も、一緒に遊びにでかけた何もかにもの記憶が失われている。 そんなことが、有り得えるのだろうか。 疑いたい気持ちはずっと現実を拒絶する。 けれど、冷静な部分ではもうそれが現実だと認める以外の選択肢をリンディ自身に与えなかった。

 謝りたかった。 その上で、ちゃんと言わなければならない言葉があった。 なのに、それを言う機会はもう無い。 無いのだ。 あの与太話が本当であるとするのならば。

(私の知っているクライドさんは闇の書の中にいて、書は自爆……死んだ? そんなのどうやって信じろっていうのよ)

 信じられない。
 信じたくない。
 信じたくなんて――。

「……はぁ」

 ため息が洩れる。 もう何度も洩れている。 これ以上洩れたところで何にもならないのに、それでも出てくる。 思考はずっとグルグルと同じところを回り、何ら新しい答えを導き出さない。 明確なヒントでもあればまだ行動することで自分を保てたかもしれないが、それさえない。 現状では有事の際に備えて待機する以上のことはできない。 何か、何かないだろうか?

 ずっとそうやって考えている。 少年クライドとも話してみたが、ただ胸が苦しくなるだけだったし、フレスタの方は自分と違って正規クルー扱いを受けているからあまり暇が無いようだ。 ベッドの上でゴロリと回転。 天井の照明を眺めるようにしながら、枕を二度三度上に投げてはキャッチする。

 そんな風にしている自分を良くないと思う一方で、何もかもが億劫に感じる自分はそのままでいようとする。 やるせない空虚感だけが広がる。 ずっと満たされないその穴だけが、今もまた少しずつ穴を広げていくような、そんな気だるさに全身が支配されたようだ。 

 彼女の知っているクライドはもういない。 けれど、彼女にはまだその現実感が湧いてこない。 この手で時の庭園から助け出したはずだという事実が、希望的観測がまだあったからかもしれなかった。 もしかしたら小さくなったクライドが今度はいきなり急成長して大きくなって、元のクライドに戻るかもしれないし、彼女にとっての本物のクライドがどこか別の場所にいるかもしれない。 心のどこかでそう期待している自分がいることをリンディは知っていた。

 発見されたクライドが死体であったとのだとしたら、リンディはこんなにも考え込まずに諦められたかもしれない。 けれど、中途半端に生きているクライドに出会ってしまった。 そのせいで、正常な理性が感情に負けてしまっているようだった。 理性はもう諦めろと言っている。 でも、諦めの悪い感情は頑なにソレを認めるのを拒んでいる。

 と、枕をキャッチした状態で動きを止めていたリンディは部屋の扉がノックされているのに気がついた。

「はい……どなたですか?」

 ベッドから起きだし、作り笑顔で来客を迎える。 急ぎの仕事なら通信が入るだろうが、そうではないところを考えるとフレスタがやってきた可能性もあった。 鍵を空け、来客を出迎える。 すると、そこには今はレインボーにいないはずの人物が何故か出前用の岡持ちを持ってそこにいた。

「久しぶりだなリンディ・ハラオウン」

「ええ、お久しぶりですね――ミズノハ先生」

 昔の恩師の突然の来訪に、リンディは大きく戸惑った。




 ミズノハ・サタケは陸士訓練学校の教員にして、休日には夫の店を手伝う魔導師である。 そろそろ四十代に達しているはずなのだが、二十代前半にも見える美貌をキープしている美女でもあった。

 優れた魔導師は何故か見た目が老化し難い。 寿命は普通の人間と対して変わらないが、驚くべきほどに若作りであることが統計でも出ている。 リンカーコアで生成する魔力がお肌の維持に抜群に効果があるからとか、魔導師は戦闘に特化した人類だから戦いやすい若い状態を保つためにそうなっているだとか、色々と言われているが真実は定かではない。

 そのせいで次元世界の女性の多くは魔導師として生まれることを望む。 別に魔法は使えなくても良い。 魔力があればそれだけで良いという人間さえいる。 お肌のために。

 ミズノハは訓練学校時代にリンディやクライドがよくお世話になっていた教員だ。 夫のアーク・サタケが営むラーメン屋はクライドがお気に入りのために今でも顔をあわせる機会は多い。 とはいえ、何故彼女がやってきたのかがリンディには分からなかった。 部屋へと通したリンディは困惑しながら尋ねる。

「あの、どうしてここへ?」

「なに、フレスタ・ギュースからお前宛に出前を頼まれてな。 何度かアークのラーメンを出前に取る本局の局員もいたし、航行艦で出前をとってはならないという規則は時空管理局には無い。 さすがに航行艦まで出前を頼む奴は始めてだったが、この船の作戦はもう終了しているということですんなりと許可が下りたよ」

「だからここまで出前を……ですか?」

「ああ、お前が好きなとんこつラーメンを一つ持ってきた。 そうそう、御代はもう貰ってるから気にする必要は無いぞ」

 岡持ちを空け、ラーメンを取り出す。

「レイン提督に言ってここに来る前に食堂を借りてきた。 とりあえず問題なく食べられるようにしている。 さぁ、存分に食べろ。 丼を回収せねばならんから少しここにいさせてもらうぞ」

「ええ?」

 割り箸を差し出され、なんだかよく分からないうちに食べることになってしまっていた。 航行艦の中で出前のラーメンを食べるなど恐らくは前代未聞のことである。 記念すべき第一号となったリンディは思わず迷う。

「安心しろ、レイン提督の許可は得ている。 これも仕事だと思え」

「は、はぁ……」

 一体どういう意図があるのだろうか? 首を傾げながらもそこまで言われては食べないわけにもいかない。 まずは一口、レンゲでスープの味を確かめる。 口に広がる濃厚なスープの味。 思わず自然と笑みがこぼれる。

「はふぅ……」

 そこまでくると、麺と戦わずにはいられなくなったリンディは意を決して立ち向うことにした。ツルリと艶やかな唇の中に吸い込まれていく麺。 恐らく食堂で調理してきたのだろう。伸びておらずコシもしっかりとある。

「食べながらで良いからそのまま聞け、リンディ・ハラオウン」

 軽く頷きながら、リンディはそのままを維持。

「実はな、少し前にクライド・エイヤルが店に来たとき置いていったものが二つある」

 ピタリッとリンディの腕が止まる。

「一つは手紙。 もう一つは随分と高価な玩具だ。 今の娘には早すぎるぐらい高価な……な」

「……」

「手紙は時が来たらギル・グレアム提督に渡すように頼まれていた。 渡す時期は時が来たらすぐに分かるといわれた。 自分で渡すのが筋だとアークは言ったが、妙に覚悟を決めた目をしていてな、不承不承アークは奴の頼みを聞いた。 手紙はもうグレアム提督に渡してきた。 もしかしたらあいつはあの時店に来たときからこの事態を見越していたのかもしれん。 私たちが知っているあいつは……死んだらしいな」

 リンディはその言葉に頷かない。 そのまま静かにラーメンを啜る。

「少し前にフレスタに言われて子供に戻ったというクライドにも会ったが、まるであいつとは別人だった。 あいつの原型が全くと言って良いほどに感じられなかった。 私は説明をした連中が初め嘘をついているのかとも思ったよ。 だが、それが事実らしいな」

 ズルズルと麺を啜る。 その問いにはまだ答えない。

「真実はまだよく分からん。 色々と簡単に喋って良い部分だけ説明してもらったが、不自然過ぎると私は思った。 他の連中もそう思っただろうし、直接事件を追っていたお前は尚更そうだろうと思う。 だから、今だけは昔のように教師としてお前に言おう」

 その頃になって、ようやくリンディは割り箸を止める。 懐かしい恩師は、模擬戦時には決して見せない優しい笑顔を浮かべて自分を見ていた。

「リンディ・ハラオウン、信じたくないのであれば無理に信じる必要はどこにもないぞ。 まだそうと決まったわけではないのだとしたら、信じさせる理由を見つけてからにしろ。 それからでも遅くない。 中途半端に終わったことにすれば、後の人生に一生の悔いが残るぞ」

「……先生もありましたか?」

「ああ、いくつかあるさ。 迷宮入りしてしまった事件、上の命令で捜査が打ち切りになった事件、アークが局員を辞めることになったきっかけを作った事件など色々ある。 局員として活動しているとそういう事件に触れることもある。 そのたびに現場にいる人間は何がしかの悔いを背負うものだ。 悔いの背負い方も人それぞれだ。 お前の納得の行くような背負い方をすれば良い。 あいつのことを忘れるのも良い。 事件の謎を死ぬまで追い続けるのも勝手だ。 だが、最低限折り合いをつけられるような選択をしろ。 でないと自分を見失うことになる」

「……」

「私のことを話そうか。 私が一番悔いが残った事件は、アークと一緒に最後に組んで望んだ事件だ。 その時あいつが戦っている最中、情けないことに私は敵にやられてずっと気絶していた。 今思うとアレは”古代の叡智”の基地だったのかもしれん。 倒しても倒しても蘇る死人、そんな馬鹿げた存在がいる戦場だった。 結局迷宮入りした事件だったがな」

「敵がリビングデッドだったんですか?」

「ああ、そう呼ぶらしいな。 後で知ったことだが、今思い出しても背筋が凍る話だよ。 人間の姿をしたそうでない者が延々と死んでは蘇ってくるのだ。 アークは最後に敵の親玉と会って、動けない私を守りながら戦闘をしたらしいが結局歯が立たなかったようだ」

 ミズノハ・サタケは苦笑交じりに言う。 だが、遠い過去を思い出すその顔にはどこか痛みのようなものがあるように見えた。 後悔、しているのだろう。

「悔しかったよ。 あいつが魔法を使えなくなるまで戦ったというのに、私はのんきに気絶していたのだ。 あいつは魔法剣士で、剣が生き甲斐のような男だった。 そんな男から私は剣を奪ってしまったのではないかと思うと、無償に哀しかった。 あいつは誰よりも強い男だ。 例え相手が高ランク魔導師でも敵に背を向けずにただ我武者羅に前に進み続ける、そんな不屈の男だったんだ。 私が足を引っ張らなければ、あいつは魔法と剣を失うことなく勝っていたのではないかと今でも思う。 私にとってはそれが一番辛かったな」

 ミッドチルダの侍と呼ばれた男が失った夢。 それは今でもずっとミズノハの中で後悔として残っている。 アークはアレがミズノハのせいだなどとは欠片も思ってもいないが、当時のミズノハにとってはそれは自分のせいにも等しいものだった。

「その時私はあいつの変わりにあの事件の謎を追い続けようと思った。 そうやって追っていたが、結局何一つ分からずに終わった。 しかも、その頃には私はもう局員として前線に立てなくなっていた」

「え?」

「一人で戦うのであれば問題ないが、私は集団で戦うことができなくなっていた。 自分のせいでまた誰かが夢を奪われるのではないかと思い、身体が言うことを聞かなくなったんだ。 あれは武装局員としては致命的な欠陥だった。 そのせいで私は前線から身を引くことになった。 教導資格を持っていたから、一応今のような教員になったがな。 お前たちと模擬戦をやる頃にはもう克服はしていたが、その頃には教師が板についていたからそのまま骨を埋めるつもりでやっていた。 結果的に天職にめぐり合えたわけだが、やはりまだあの時のことは私の中で悔いとして残っている。 アークに言ったら鼻で笑われたよ。『終わったことを愚痴愚痴と考えてる暇があったら、生徒のためになるようなことの一つでもやってやれよ』、とな」

「……強い人ですね、アーク店長は」

「そうだな。 私はその一言で救われたよ。 長年喉の奥に気持ち悪い何かがずっと引っかかっているような感覚があったが、言われてからはもう大分マシになった。 お前の悔いは少しばかり種類が違うかもしれんが、要するに同じだと思う。 色々と気の済むようにやってみろ。 そうすれば案外、人生なんとかなるものなのかもしれん」

「……なんとか、なれば良いですけどね」

 ミズノハにも自分の時とは状況も何もかもが違うということは分かっていた。 とはいえ、ここで何かを言っておく必要があると思って話をしている。 フレスタに頼まれたというのもあるが、でなければ持ってきた物を見てリンディがどうなるかの想像がつかない。

 再びラーメンを啜るリンディ。 麺が全て消えた頃にはミズノハは懐から小さな小箱を取り出した。

「なんですかそれ?」

「これがあいつが私の娘にやった高価な玩具だよ。 受け取れ。 娘には随分と早すぎる代物だし、これはきっとお前のものだ」

 備え付けのテーブルの上に差し出された黒い箱。 首を傾げながらリンディはそれに手を伸ばす。 そうして、そっと蓋を開けた。

「あ……」

 中に入っていたのは指輪だった。 リンディはそれを震える手で手に取り、そっと左手の指に嵌めてみる。 ピタリと寸分違わずに指に納まったそれは、次の瞬間には勝手に白いバリアジャケットを展開した。

「ほう……固有魔力反応に反応する仕掛けか。 しかし、クライドの奴随分と洒落たことをするな」

 そのバリアジャケットの姿は、まるで花嫁のウェディングドレスそのものだった。 指輪型のデバイスは決して戦闘用というわけではないのだろう。 バリアジャケットを展開するぐらいにしか魔法の演算ができないほどの低スペックしかない。 さすがに指輪サイズのデバイスには普通のデバイスの機能などつけられなかったのだろう。 だが、そもそもそれは戦闘用でさえない。 それは、ただの証だった。

「あ……ああ……」

 見下ろす自分の姿は、女性が一度は憧れるような姿に変わっている。 それが作られた意図など、容易に察することが出来た。

「ちょっと鏡の前に立ってみろ」

 言われるがままに立ってみる。 すると鏡の向こうにはどこからどうみても花嫁の姿をしたリンディ・ハラオウンがそこに立っていた。

 純白のドレスに身を包んだ自分がいる。 まるで、別人のような自分。 生涯に一度の舞台で着るはずのそれが、翡翠の髪に映える。 クライドがリンディを驚かせてやろうと思って密かに選んだ一番似合いそうな奴だった。

「う……あ、ああ……」

 自然と溢れ出るものが瞳から零れ落ちた。我慢など出来ない。 あんな嘘までついてしまったのに、いなくなった男の想いを今更になって実感した。 それは、酷く酷く遅い自覚だった。 もっと早くこれを知っていれば、あんなことはしなかっただろう。 タイミングが悪かったのか、それとも待てなかった自分が駄目だったのだろうか? 嗚咽しながら、リンディはそれを着たまま己の肩を抱くようにして泣いた。

「……」

 ミズノハはそれを見ながら、何も言わない。 ただ、泣きじゃくるかつての教え子に胸を貸してやるだけだった。 生徒は卒業しても教師からすればずっと生徒なのだろう。 まだ若い彼女にはとても苦い事件になった。 そのことについて、それ以上何か助言をしてやりたかったが、今はまだ無理そうだった。

 それからしばらくした後、丼を回収したミズノハは航行艦を後にした。 教え子がどういう選択をするのかは分からないが、また店にでもやってくることがあれば先達として相談に乗ってやろうと思う。 一人で立ち直れるかどうかは分からない。 だが、恐らく立ち直るだろうとミズノハは考える。 しっかりと左手の薬指に指輪を納めたままの彼女を見ていると、なんとなくそんな気がしたのだ。

「クライドめ……生きているのならできるだけ早く姿を表した方が良いぞ。 でなければお前は大事な女の人生を狂わせたままで終わるぞ……」

 ミズノハは呟きながら、あの日最後に会ったもう一人の教え子の姿を思い出す。

 確かに、何かを決めたような顔をしていたがまさかこんなことになっているなどとは夢にも思っていなかった。

(基本的に奴は確信犯だ。 分かっていてそれが必要ならば躊躇無くやる。 そして、その結果にも躊躇しない。 だが、今回は間違えたな。 お前はあいつに会ったらこのことを後悔するぞ。 必ずだ――)

 追いかけることを決めた人間の執念はそんなに簡単に無くなるものではない。 想いが本物であればあるほど、それは枷となってその人間の心を縛り続ける。 どのように縛られるかは人それぞれだが、それでもきっとこの悔いが杭のようにリンディ・ハラオウンの心の中に打ち込まれてしまった。

 クライドのことを忘れるのも有りだ。 だが、今のリンディがそれを選択するとは到底思えない。 


――この日を境に、リンディ・ハラオウンは執務官のままでいることを辞めた。
コメント
やべぇ、正直この展開は予想外すぎる獣は一体いつからこれに気づいてたんだ、読んでるうちに混乱してきた。
【2009/07/11 01:34】 | Tomo #- | [edit]
この展開は神だ
【2009/07/14 01:54】 | ちこ #- | [edit]
素晴らしい。ラストで普通に泣けた。
【2009/07/15 15:24】 | 名無しさん #JalddpaA | [edit]












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