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憑依奮闘記2 外伝4

 2009-07-11
――黒の青年が時の庭園で消えて二年。

「ん? これは――」

 それに気がついたとき、ジル・アブソリュートは思わず首を傾げた。 それは、ルナ・ストラウス経由で送られてきた一つの記録媒体だった。 中身はストラウス本人さえ知らないだろう。 ジルが昔に設置させて貰ったそれには、複雑な暗号化を成された末に今ジルの手元にやってきた。

 自分が頼み込んでいた約束を守ってくれたストラウス。 ただ本人だけはそうとは知らずそれを手に取り、ドライブに記録媒体を突っ込む。 少し前にアルハザードで流行したタイプだ。 アルハザードの技術の進歩は留まる所を知らない。 一年もすればすぐに別の何かに何もかにもが取って代わられることなど良く在る。 とはいえ、過去の名機となったそれを”懐かしみ”捨てずに残しておいたことが幸いした。 記録媒体から読み出されたデータがコンソールに転送される。

「ふむ? この暗号パターンは……えーと、どこかで見たことがあるな」

 それもそのはずだ。 自分で作り上げた暗号だ。 本人にそれが解除できないことは無い。 だが、ソレを知らないジルは少し考えた後でそれを思い出す。 専用のソフトでそれをデータに戻す。 思わず、唖然とした。

――未来の自分へ送る。

 データの一文にはそう書かれていた。 そういえば、今の自分の記憶は色々と不必要なことが在るたびに記憶を消すことにしていた。 これも、その中の一つなのだろうか? 過去の自分がストラウスに何かを託し、時が来たら渡すように言っておいた可能性はある。 ここまで回りくどいことをするのだ。 きっと何か重要なことなのだろう。

「……ああ、トールのデータか。 ……トール?」
 
 そこには、夜天の書の情報放出データとその記録経路。 そして”サンプルのコピーデータ”などの、ずっと待ち焦がれていたデータの数々が詰まっていた。 生憎と今回のそれには敵首魁を滅殺するための記述は無い。 どうやらまだ発見できていないようだ。 随分とたらいまわしにされているのだろう。 とはいえ、その中身は既に十分なぐらいにジル・アブソリュートにとって有用なものだった。

「は、はは――」

 背中を振るわせ、掌が振るえ、思わず涙腺から滲み出した涙が視界から零れ落ちそうになる。 どうやら、今日の自分は最高についているらしい。 ずっと待ち望んでいたものが、遂に遂にその手の中に入り込んできたのだ。

 更に、あの問題に対処するための彼まで完璧に手中にあるのだ。 ジルは泣きながら急いだ。 空間モニターのコンソールに涙が滝のように零れ落ちる。 だが、それにさえ頓着せずに急いで内容を理解すると、必要な作業を黙々とこなしていく。 不思議なことに、必要なものは殆ど全て身近で用意できるものばかりだった。 当然だ、そうなるべくして全てが仕組まれていたのだから。 他でもない彼自身の手によって。

(――昔の僕からの贈り物か。 辛うじてここまでこれたのか……僕は!!)

 怖気が走る。 武者震いよりも先に感じたのは恐怖だった。 歓喜を今すぐにでも殺しつくしそうな絶対的な恐怖と絶望。 だが、希望の火はまだ胸のうちにあった。 それに一抹の希望の全てを賭けることしかできない自分を、誰よりもジルは軽蔑し、嘲笑う。

「今日中に”全て”を終わらせよう」

 思えば、長かったものだ。 感慨に浸りたくなった自分を押し殺しながら、一分一秒も惜しいと言わんばかりに一心不乱にそれをくみ上げる。 アルハザードの秘奥『死霊秘法』をそれに内臓し、更に入手した最強の盾のデータをコンバート。 そして、絶対に消えないように無限転生機能も付加する。 夜天の書で走っていた古代魔道の産物だが、別にその程度”開発に参加させられた”ジルにとっては赤子の手を捻るよりも簡単だ。 そうして、彼は数時間とせずに一冊の書を作り上げた。 名前は無い。 元より、それを考える時間など無かった。 後は、それに名前をつけるだろう彼女に任せれば良い。 この書の主は決まっている。 随分と改造スペースも多いが、それもまた彼女が好きにすれば良いことだ。 それに、そこまでする時間がジルには残されているとは到底彼自身には思えなかった。 

 完成すれば、最低限の武装を持って医療センターメディスへと走る。 できるだけいつも通りに振舞いながら看護婦の案内にしたがって彼女の部屋へ。 そして、紛い物に再び出会った。

「――久しぶりだね」

 相変わらず白い壁を見つめ続ける肉塊に語りかけ、彼女の存在を冒涜するそれに言う。

「僕の目的は達成されそうだよ。 つまりはもう、君は必要ないわけさ」

 恐ろしく優しげにジルは言う。 ずっとずっとこの偽者の存在が気に入らなかったのだ。 その言葉に何かを感じ取ったのか、アルカンシェルを模した何かが、魔法を発動させようとする。 放たれようとしているのは魔法アルカンシェル・エミュレーション。

 だが、ジルはそれを特に気にもせずに自らのデバイスに命令を下し、広がろうとする空間全てを掌握し、空間反応現象に介入する。 

「アルカンシェルは良い魔法だ。 少なくとも既存の魔法と比べれば恐ろしく緻密で、強力で、無慈悲だよ。 でもね、緻密すぎるんだよ。 それが発動する前に空間それ自体に干渉してやれば良い。 まあ、ちょっとやそっとの干渉の仕方では当然駄目だけど、よく言うよね。 知は力だと。 術式の構成も工程も全て僕は理解している。 つまり、空間反応を起こしえない状態にすることなど僕にとっては造作も無いわけだ。 仮に発動したとしても、精々周囲に無作為にやってくる衝撃破やその他諸々の破壊エネルギーだけだ。 そっちは純粋に防御してやれば済む」

 通常の人間にはそう簡単にできるはずがないことを、さも当然のことのようにジルは言った。

「ああ、それとその身体に潜んでいることは初めからわかっていたよ”シュナイゼル”。 随分とドクター・スカリエッティの人間研究の成果が現れていたね? 確かに、彼ならばそこまでやれても可笑しくはない。 一見、無秩序で無意味に埋め込まれたデータだ。 だが、ソレ一つ一つが君を奇跡的なバランスで起動できるようになっていたんだろう? 最悪、オリジナルが殺されても生き延びるためだったのだろうけど、宛てが外れたな」

「……驚いたよジル・アブソリュート。 そこまで分かっていながら、いつもいつもやって泣き崩れていたわけか。 演劇の世界でも十分に通じる迫真の演技だよ」

「ああ、ここに来るたびに怒りで泣き疲れたよ。 軋むほどに痛く、繕えぬ程の絶望と、その根源の前で化かしあいをし続ける自分に、それが出来る自分に、それを成せる自分に対して、破滅的に壊滅的な自分とお前の馬鹿さ加減にな」

「はは、アルハザードの人間は本当に皆どこか”壊れきっている”ね。 私も壊れていると思うが、君たちはもっと酷い。 重症だ」

「黙れ。 初めから壊れていた貴様に言われる筋合いなどない」

 病室を覆う難攻不落のバリアたち。 無限にも思える最弱の盾にして強固な盾。 それが収縮し、透過し”シュナイゼル”を拘束する。 シュナイゼルに抵抗する気配は無い。 自身でも分かっていたのだろう。 抵抗は無意味である、と。 そして、彼自身は最低限の知識しか有していないから、特にオリジナルの邪魔になることもない。 別に機能停止してもどうでも良いのだった。

「さようなら、ジル・アブソリュート。 しかし君は私に勝てるかな?」

「はっ、僕は初めから君と勝負などしていない」

 バリアが圧縮される。 瞬間、内部に捉えられていた人形の身体が押しつぶされ、骨が潰れる音を発しながら裁断されていった。 正常な人間ならば思わず気絶しそうな、そんな恐ろしい死に方だった。 少なくとも、真っ当な人間だったならばその所業に何も思わないはずがない。 だが、ジルは”ゴミ”を一つ捨てた程度の感覚でその病室を後にする。 その後ろで、限界まで圧縮された肉塊が球形の形になったボールとなってジルを追ってくる。 それを肩越しにキャッチすると、ジルはそれを白衣のポケットに突っ込んだ。

 と、通路の角から見知った看護婦が現れる。 そうして、先程やってきたばかりなのに早くも通路を歩いているジルを不思議に思ったのか声をかけた。

「あら? 今日はお早いんですね」

「ええ。 もう終わりましたから」

「はい?」

 あの、いつも気を使ってくれた優しい看護婦がジルの言い様に首を傾げる。

「”今まで”ありがとうございました」

 ペコリと万感の想いを込めて深々と頭を下げると、ジルは困惑する看護婦をそのままにメディスをあとにする。 ジルの言葉の意味を図りかねた彼女だったが、仕事が忙しくてそれ以上を考える時間がなかった。 去っていくジルを不審に想いながらもそのままナースコールの会った部屋に急ぐ。 その彼女が患者が一人消えたことを知ったのは、それから数時間後のことだった。 
















憑依奮闘記
外伝04
「お互いしか見えなかったとある二人の結末」





















「すいませんね、お忙しいところお手数をかけてしまって」

「別に今日は休日だったからこれぐらいなら構わないのだけれど……」

 ルナ・ストラウスは小首を傾げながらジルに尋ねる。

「私よりもカグヤちゃんに頼んだ方が良かったんじゃない? あの娘なら貴方に素直に協力してくれるでしょうに」

「でしょうね。 でも、”だからこそ”彼女には頼れないんですよ」

「そう……それで手伝うのはこれだけで良いのかしら?」

「もう一つ、頼みごとをしても良いですか?」

「私にできることならね」

「僕が出てくるまでここを完全に封鎖してください。 何者も”内と外”を移動できないように」

「ふーん……いいわよ? ただ、私の力を”越えてくる”連中がいたら無理だからそこら辺は許して頂戴ね?」

「はい、はは……貴女の手を借りられて心底安堵していますよ。 貴女を突破できる存在は”限界突破者”でも限られてくる」

「貴方、まさかカグヤちゃんを警戒しているの?」

「それこそ”まさか”ですよ。 僕が警戒しているのはもっともっと理不尽で”絶望的な存在”です」

 それだけ言うと、ジルは警戒態勢を取りつつある”小惑星群に紛れていた小型の要塞”に一人で突っ込んでいった。














 アブソリュートの血族に特異な力が宿ることが多かった。 魔術やらを発動させた場合、維持魔力を消費しないという特質。 そして、他者や周囲からの魔力干渉から己の魔力を完全に守り、特に発動者がそれの放棄を念じない限り永遠に維持し続けるという特質だ。 今では”現状維持”という名前で呼ばれているが、それがどれほど”ふざけた”スキルであったのかはそれの本質を考察する人間にとってはすぐに分かる。

 まず、そもそもにおいて原理の説明がつかないし科学でも魔術でもソレを模倣することは不可能だ。 というのも、例えば魔法を使うのだとしたら魔力を消費しなければならない。 現状維持保有者の場合も魔力は発動に消費するが、それを維持するための魔力は常に必要になる。 発動させると消費し続けるのが当たり前だ。 それを対価に奇跡を成しているのだから、でなければ辻褄が合わなくなる。 車がガソリンを消費して走るのと同じで、アイドリング状態だろうと消費するわけだ。

 だが、現状維持保有者にはそれがない。 発動に魔力消費するが、存在を維持し続けるのにエネルギーを”消費しなければならない”にも関わらずそれを必要とせずに維持しつづけてしまう。 これはつまり、既存の法則が通用しないということであり、有り得ないを有り得させてしまう特異点を生み出しているということになる。 とはいえ、これだけが特異だというわけでもない。 ”無限踏破”に”マジックパレット”、他にも数えればキリが無いほどに理解不能なものが無限に存在するからだ。

 アブソリュートの一族の祖先はまずこの理解不能の解明に挑んだ。 そして一つの仮説に辿りついた。 アレらのスキルなどは原理や過程などを無視して、そのまま結果だけ世界に顕現させているのではないだろうか、と。 もしああいう能力の根源が、”結果だけを直接世界に顕現させる能力の副産物”として、それぞれの人間の個性に合わせて能力が歪んだ形で形成されているのだとしたら、どうだろうか?

 しかし、そんなことがありえるのか? 何代にも渡って研究し、考察を重ねながらついに血族の中から異端が生まれた。 オカルトやら魔術に被れていたその男は、結果としてその能力を在る程度制御するに到ったのだ。 現状維持の可能性。 その究極系。 それは、その名の通りの代物だった。 やがて、その男は一人の少年と出会う。 それが、究極の聖域アルハザード構想の始まりだった。

 アブソリュートの血族に伝えられる伝承ではそうなっている。 研究の内容も、方法も、論証も、考察も、全て子孫に受け継がれていった。 世界の真実を知れば知るほど血族の者たちはそれの完成を望んだ。 そして、その能力を最大限に利用した子々孫々の系譜たちが、絶対領域と呼ばれた領域を生成するに到った。 最終的にはいくつかの課題を残したままであったが、それもジルの父親フェイル・アブソリュートが完成させた。 だが、フェイルは自分の後の代にまでそれを伝えることはせず、肝心のモノをジルには残さなかった。 それでも血族の悲願は達成できたことを証明するために外側のことを教え、研究の一部の資料だけを残してこの世を去った。

 彼には一つ誤算があった。 ジル・アブソリュートもまたアブソリュートの血族だということを忘れていたのだ。 完成はしていたが、自分には完全に理解できないそれにジルが挑むことに決めた。 この世の中に絶対は絶対に無い。 その証拠がアレイスターだ。 彼ならば一族の絶対さえも超えるかもしれないし、彼以上の何かが未来永劫現れないとも限らない。 一つの究極は完成したのかもしれない。 だが、それ以外にも道があるかもしれない。 研究は終わらない。 先達たちの技術もなく、ただただ既存の力で、それでいて別のモノを完成させる。 それを目標にジル・アブソリュートは研究を続けた。







 子供の頃、目の前で父が肉片になったのを見た。 血を撒き散らし、身体を裁断され、次の瞬間には生き返る。 そんな、恐ろしいことを繰り返しているのを目撃した。 兵器を作ってはその兵器で死ぬ。 一つの例外も無く、ありとあらゆる死に方を模索している。 それは、一種の病気であったのかもしれなかった。 自傷癖というには余りにも凄惨で、正直子供が見て良いものではなかった。 場合によっては論理機構のモザイクやら18禁未満の閲覧は遠慮ください、なんて表記が必要なぐらいにそれはえげつないものである。 幼いジル・アブソリュートはそれを見て、どうして父<フェイル・アブソリュート>がそんなことをするのか不思議だった。

 絶対領域とは最強の防御手段のはずだ。 ならば、その最強で防ぐことこそが実験になるのではないのか? 何故、一々”生身”で吹き飛ばされなくてはならないのか? 理解できない。 何度も何度もそうやって死んでは生き返り、死んでは生き返る。 何を求めているのだろうか? アブソリュートの秘奥は、こんな行き過ぎたモノから作られるのか。 怖かった。 恐ろしかった。 最も恐ろしいのは、自分もやがてソレを継承しなければならないかもしれないことだった。 こうやって、こっそり父親の後をつけて秘密の研究を盗み見る。 それは、いつも父親が自分のやっていることを自分に秘密にしていたからだった。

 テインデルの叔父さんは別にそんなことはしない。 こそこそとせずにむしろ堂々とやっている。 武勇伝も豊富だ。 やれ、新発明でウザイ連中の巣窟を吹き飛ばしたとか、アルハザードに攻撃を仕掛けてきた大馬鹿野郎共を所属世界ごと殲滅しただとか、カッコイイ話をよくしてくれた。 だが、自分の父親はそんな風ではなかった。 研究が防御に特化しているせいか、そういう話はほとんどなかった。 いや、そもそもどうやって研究しているのかさえ他人には秘密にしているようだった。 それが、この自殺にも似た研究の仕方のせいなのかどうかは分からない。 だが、アルハザードにいる誰よりも特異な研究の仕方であっただろう。

「ジル……ついてきたのか?」

「あ……う、ごめんさい」

 困った顔でフェイルは言った。 ペタンを尻餅をついて泣き顔を晒しているジルを見て、彼は頭を掻いた。 子供にはキツ過ぎる映像だっただろう。 何せ、自分の父親が目の前で吹き飛んだのだ。 むしろ、意識が普通にあるだけでも凄い。 まぁ、アルハザードでは稀にそういうレベルの喧嘩もあるにはあったが、それを何度も繰り返すような馬鹿はアブソリュートの血族ぐらいだった。

「ほら、泣き止め。 別にお前が痛いってことはないだろう? 父さんはほら、この通りなんともないからな」

「うん……」

 抱き上げて背中を叩くようにしながら、落ち着かせる。 ジルは父親の顔が近くにあるのを見て、思わず手でポンポンと顔を叩いた。 大丈夫だ。 どこも変になった風ではない。

「おいおい、ちゃんとくっついてるさ。 アレイスターの時間逆行システムは完璧さ。 まあ、身体全部が消滅しちまったら戻せないがな。 そこらへんは肉体の一部でも兵器の射程外になるように計算してるから問題ない。 まぁ、登録してあるからミスして死んでも蘇るけどな。 死からの復活はよくある救世主伝説みたいでカッコイイだろう?」

 ニヤリと笑いながら、頬を擦り付けてくる。 ジルはいつもの父親の様子に安堵した。 少しばかり無精髭がちくちくしたが、これもよくあることだった。 このちくちくは嫌いではない。 母親からは不評だったらしいが。

「ねぇ、父さんは痛くないの?」

「とてつもなく痛いぞ」

「だ、だったらなんであんなことしてるの?」

「なんでって、そりゃ身体張らないと取れないデータもあるからだ。 特に、普通の機械じゃあ計測できないもんがあるからな。 自分をデータ蒐集機にするしかないんだ。 ふふっ、こいつは今のところ俺にしかできないぜ。 お前の爺ちゃんもやってたが、基本は一子相伝だからな。 今はお父さんが独り占めしているんだ。 どうだ? 凄いだろ」

「よく分かんない」

「そうか? まぁ、お前は真似するなよ。 ようやく目処がついたんでな、なんとかお前までこんなことをする必要は無くなりそうだ。 父さんの代で終わらせる……先祖代々から続く、ながぁーい宿題だったが、お前はこんなことする必要はないからな」

 ちくちくが刺さる。

「……怖かったかジル?」

「うん」

「ならその”怖さ”を絶対に忘れるな。 それを忘れたら、多分俺たちは外れちまう。 自分の中にある恐怖を絶対に殺すな。 それは、俺たちが人間で有り続けるために必要なものだ」

「難しすぎてわかんないよぉ」

「あー、さすがにまだ早いか? だけどな、これだけは覚えとけよ。 死ぬことの恐怖を忘れたら、アブソリュートの一族はみんな”ここ”に辿り着いちまうんだ。 アブソリュートの悲願に飲み込まれるな。 夢はずっと、俺たちの後ろでこっちが泥沼に嵌るまで待ってやがるんだ。 理想と現実の境界を見極めろ。 もし、心が理想に転がったら、どうにかして現実に戻してやれ。 でないと、取り返しの付かないことになるぞ」

「……父さんは?」

「俺か? 俺はもう理想の泥沼に浸かっちまってるからな。 お前には忠告しか残してやれない。 もしかしたら、本当はこれはお前が自分自身で理解しなければならないのかもしれないことなんだが、俺はそんなになって欲しくは無いなぁ」

「……」

「そうだ、どうせならアルシェちゃんところのアムステルみたいなのを目指してみろ。 あいつは良いぞ。 ザ・パーフェクトマンだ。 料理洗濯から始まって家事全般、さらには超兵器まで完備してる。 ちょっとキレやすいが、アレでなかなか人も良いんだ。 あいつなら、多分”間違いない”」

 アムステルは基本的に理解不能が嫌いだったが、何故かフェイルとは仲が良かった。 勿論初めからそうだったわけではないし、絶対領域のことでよく絡んできた。 だが、それを除けば普通の親父同士だった。 酒もやるし、娘や息子を伴ってピクニックに参戦することもあった。 そういう普通を大事にできる人間だからこそ、フェイルはアムステルのことを人一倍信頼していた。

 それはもう、フェイルがジルに与えてやれないものだった。 だから余計にそれを与えてくれるアムステルの存在がフェイルの中では信頼という形で生まれていた。 向こうはそれに加えてライバル視もしていたようだったが、その程度は安いものである。

「父さんは……父さんの研究とアムステル叔父さんの研究とどっちがすごいの?」

「んー、ベクトルの違いだな。 別段どっちが凄いとかってのは無い。 例えば、食を研究してる奴もアルハザードにはいるし、建築やら美術を研究してる奴もいる。 そいつらと俺たちとの違いなんて方向性だけだ。 皆全部凄いんだぞ」

「……アレイスターさんよりも?」

「そりゃあそうだ。 あの人が料理専門の研究家に料理で勝てるかっての。 ジャンルの違いだ。 お前がどういうジャンルが好きどうかによって何が凄いかは変わってくるぞ。 まぁ、どうしたいかはゆっくりと考えたら良い。 どれもこれも、アルハザードの奴はレベルが高い。 何を目指しても一級品の技術を学べること間違い成しだ」

 伝説の都、知識の墓場、忘れられた叡智の眠る場所、封鎖世界の要、etc……。 アルハザードはそういう場所だ。 無限の叡智と知識が作り上げる進化し続ける箱舟。 絶えず躍進し、進み続け、繁栄をただ見守るだけの聖域。 この封鎖世界の最果てでもある。 故にこそ、そこには無限の未来があった。

「ただまぁ、なんだ。 もう一つだけ忠告することがあるとすれば……そうだな。 芸術関係はセンスが必要となってくるからお前はちょっと厳しいかもしれん」

「……父さんよりもセンスあるよ」

「安心しろ、五十歩百歩だ。 家の一族はみんなセンスが無きに等しい」

 誇る所が間違っているが、言い方が可笑しかったのかようやくジルが笑った。 フェイルはそれに安堵しながら、愛しい子を抱きしめて容赦なくちくちくの刑に処す。

 父親として自分は不適格な奴だと自覚はしていた。 だが、どうしても”外”を知ったからにはそうすることしか彼にはできなかった。 アブソリュートの呪い。 それはきっと、延々と続くのだろう。 外が外で在る限り。 アレらを知って立ち上がれない父親は父親失格だ。 不適格者よりもさらに始末が悪い。 ならば、自分は不適格者でも良い。 それで、息子たちの未来が続くのであればそれだけで十分だ。 幸いにしてアムステルがいる。 あいつなら、自分の息子に良くしてくれるだろうということはわかっていた。 父親の座を明け渡す気はないが、自分が与えてやれないものを与えてやって欲しかった。

(ジル……悪いな)

 息子を自分のようにはしたくない。 それはきっと我侭だった。 フェイル・アブソリュートの意地だと言っても良い。 だが、それでも未来の息子は同じところを目指すようになってしまった。 それは誇れるべきところなのか、そうでないのか。 それを知らないフェイルにとっては分からないだろう。 もう死んだ彼には、それを感じる術が無いのだから。 
















 世の中には”攻撃こそ最大の防御”などという言葉がある。 だが、ジル・アブソリュートにとってはその言葉はあまり当てはまらなかった。 攻撃こそ最大の防御? 考えてもみて欲しい。 究極の攻撃力を持った存在と究極の防御力を持った存在。 これは矛盾という言葉から考えらられるように同時には存在し得ない。 だが、防御側が攻撃してはならないという話ではなかったはずだ。 最強の防御力で最強の攻撃を無効化し、僅かながらの攻撃力であっても攻撃すれば良い。 攻撃側は防御が最強だとは一言も触れられていないのだから、在る意味防御こそ最大の攻撃という言葉があっても良くはないだろうか? 敵の攻撃よりも防御力が強い。 向こうは攻撃力は強いが、防御は大したことはないのだとしたら、その時点で勝敗は決している。

 ジル・アブソリュートのフィールドとバリアは単純な防御力だけで考えればそれほど強いわけではない。 だが、それを難攻不落として利用できるスキルがあって初めて二つ名を名乗ることが出来た。 現状維持による無限大数の魔法維持。 馬鹿みたいな数の防御魔法を延々と演算しきるアルハザードの演算装置。 その二つがあって初めてジル・アブソリュートは難攻不落を名乗り始めた。 その前はどちらかといえばアムステルのように攻撃よりだった気がする。 正直、その方が手っ取り早い。 だが、今のこのスタイルがジルには性にあっていた。 よりアブソリュートの一族らしい気がするのだ。 それに、呆れるほどに彼は痛みを知っている。

 殴られれば痛い。 そんなのは当然だ。 だが、それを真実知った人間は途端に臆病になる。 無論そうではない奴もいるが、ジルは臆病になる典型的なタイプの人間だった。 傷つけられる痛みを知っている。 殺される痛みを知っている。 死に瀕するあの瞬間の怖さを知っている。 だからこそ、理由なく何かを傷つけるのは怖かった。 誰よりも痛みを知っている分、それを理不尽に誰かに振りまくことがどれだけ恐ろしいことかを知ってしまったのだ。

 痛みと隣り合わせの人生。 それがきっとアブソリュートの一族の絶対領域への憧れの根源だったのかもしれない。 誰も傷つかない絶対の領域。 そんなものが現実にあるわけがない。 絶対は絶対にない。 限界突破者の存在がそれを証明している。 物理限界も理論限界も何もかもが彼らが通れば裸足で逃げ出す。 だが、それが分かっていながらも目指すことを諦められなかった。 絶対に限りなく近い何か。 アブソリュートの一族が精々到達できるのはその程度だった。 しかし、そこにたどり着くまでに捧げられた血族の意地と信念と覚悟は本物だ。 その重みが、執念が、フェイルの代で到達限界を向かえ、ジルはまた別のベクトルからそれを目指した。

――そして、それは今彼の手の中にある。 

 その周辺一帯の世界の情報が犯されている。 ジルはそれの効力を確認し、歓喜する。 誰も殺せない。 周辺に溢れるリビングデッドを自分のバリアやフィールドで殺そうとしたが、誰一人殺せなかった。 だからこそ、拘束するだけに止めて奥を目指した。 なに、一万枚もバリアで全身を覆ってやればどんな魔導師もそっとやそっとの時間では抜け出せない。 無量大数のバリア枚数を持っているジルにとっては、その程度大したことでもなかった。

「これはすごいな。 これならアルシェを守れるかもしれない」

 確信を抱く。 結果として誰も領域内の存在を傷つけられないのだから、これ以上安全な防御手段は無いだろう。 それでもやはり欠陥はあったが、それはどうしようもないことだ。 その欠陥に目を瞑ってでも、この結果は十分成功に値する成果を出したといっても過言ではない。 

 通路を進む。 そのたびに質量兵器とリビングデッドの襲撃を受けたが、ジルはやはり無傷でその場所へと辿りついた。 重々しい扉だった。 さすがにバリアで破壊するのは不可能だろうと思われる。 だが、ジルは気にもしない。 立ち止まってバリアが変形させる。 形状を変化させられたそれらは、極細の糸のように広がり同じく変形していくバリアたちと端をくっ付け合いながら変化していく。

「攻撃対象ロック。 バリアスライサー……やれ」

 次の瞬間、空間を奔る糸の群れ。 縦横無尽に好き勝手動くようにも視えるそれは、所謂単分子カッターの役割をする。 アルハザード式でもなければ、絶対に不可能なそれはバリアの名が付くのもおこがましいほどの切れ味を誇っている。 熱したナイフをバターに入れたように、笑えるほど呆気なく扉は切断された。 作業を終えた糸は、すぐに元の通常のバリアに戻る。

 ズタズタに切断されてもはや用を成さない扉の上を歩き、ジルは室内へと足を進める。 そうして、確かにずっと捜し求めていた彼女の姿を発見した。

「あ……ああ……やっと……やっと……」

 それ以上言葉に出せなかった。 思わず喜びのあまり気絶しそうになったジルは、噛締めるように一歩一歩踏み出していった。 室内は薄暗く、そして通常の人間が生きていられるような環境ではなかったが、次元空間用のフィールドで完璧に守られているジルには関係が無い。 周囲を見渡し、放置されている機材に足を運ぶ。

――コールドスリープ装置。

 アルハザードのロゴが入ったその装置の中で、アルシェは死んだように眠っていた。 あの頃のままの姿で。 ずっとここにいたのだろう。 これで一つの謎が解けた。 ジルは確信を抱く。 それを誰かが試したという話は聞いたことがなかったが、確かにこれならばあの男も選択するだろうと思われた。

 人為的に仮死状態になり世界に対して死を偽装する。 これならば、世界が誤認して魔力データからの実体顕現での死者蘇生が可能になるかもしれないし、ブラッドマーキングからも逃れられるかもしれない。 やはり、シュナイゼルは死んでいないのだろう。 ここと同じような施設を作り、そこに本体<オリジナル>を隠してリビングデッドとして世界で暗躍しているのだ。 可能性としてはそれは最も高い気がする。 少なくともあの小心者には間違っても自殺などできようはずが無いのだから。

(さすがにアルシェと自分では優先順位が違うだろうし、トールも苦戦しているんだろうね)

 闇の書にトールを送り込んだ理由は二つ。 サンプルのデータ確保と、アルシェの情報を探るため。 対外的にカグヤなどにはシュナイゼルの本拠地探しというお題目があったが、真なる目的はやはりアルシェの存在を探ることにあった。

 闇の書は魔法の研究のための資料本としての側面があるが、だとしたら絶対に資料本を活用する人間が情報を閲覧できなければならない。 この場合その資料を欲しているのはシュナイゼルだ。 過去の闇の書の主に選ばれた人間たちは、そもそも資料本として使用できない。 皆データだけ集めさせられて処分されていくからだ。

 そうして、転生する瞬間に闇の書は取得したデータを圧縮保存しページを白紙にする傍ら、取得したデータをどこかしらにアップロードしている。 そのアップロード先が恐らくはシュナイゼルの拠点だ。 いくつものダミー基地を経由して偽装している可能性がある。 居場所の秘匿こそが最大の強みであり武器であるわけだから、恐らくはこの経路にも様々なセキュリティがあるだろう。 トールを闇の書の放出データに潜ませ、取得したデータをルナ・ストラウスの機材へとデータを送らせる。 そして、データを得てからジルが動く。

 シュナイゼルはカグヤに任せれば良いが、アルシェの場合はそうはいかない。 絶対にこれは”問題”になる。 その問題をどうにか解決しなければならない。 とはいえ、結局その問題を解決する術は見当たらなかった。 そこまでの力はジルにはない。 できることといえば、どこか安全な場所にアルシェを匿い、アムステルに任せることぐらいだろう。 自分には無理でも、彼ならばどうにかやれるかもしれない。 テインデルの一家の人間として、最低でもアルシェをアムステルの元へ取り戻す手助けをする。 それがジルの望む最後の願いだった。 その上で、一度も言えなかった言葉を言おう。 その資格などもはやないのかもしれなかったが、それでももう”何もしない”ことになんて耐えられはしない。

 絶対領域を発生させていたシステムを一時的に切ると、装置のコンソールを慎重に触り、アルシェの止まった時間を解凍していく。 それに合わせて、室内の環境も人間が生存できる環境に戻した。 装置の中のアルシェに、少しずつ赤みが差していく。 まるで童話に出てくるお姫様のようだった。 悪い魔法使いにかけられた呪いを解く勇者の気分だ。 これでアルシェが自分と一緒に来てくれることさえ選択してくれれば言うことなしだったが、そうもいかないだろう。 心を蝕む呪いは恐らく健在だ。 忌々しいが、最悪は力ずくということになるかもしれない。 勿論、ジルがアルシェに手を上げることなどできはしない。 バリアで覆って身動きを取れなくする方法を取らなければならないだろう。 魔法を使われるかもしれない。 アルカンシェエルを撃たれるかもしれない。 だが、覚悟など当の昔に済んでいる。 今回ばかりは絶対にしくじれないのだから。

 解凍が終わった。 コールドスリープ装置の扉が開き、アルシェの全身が露になる。 見覚えのある服だった。 確か、彼女がお気に入りだったメーカーの研究服だった気がする。 静かに眠るその姿に安堵のため息を吐く。 ただ、寝ているだけのようだった。 これならば問題はないだろう。 軽く脈拍や心拍数なども確認してみるが、どれも正常な数値をたたき出している。
 
「よし、後は――」

 カツン、カツンっと、背後の方から音がした。 靴音だ。 この喜ばしい静寂を犯す、絶望の君が奏でる音だった。 ジル・アブソリュートは全身を震わせながら、血という血が何者かのせいで奪われてしまったかのように顔を青ざめさせる。 後ろを振り返ることはしない。 震える手で絶対領域を生成するシステムのスイッチを入れる。 そうしてアルシェの身体に自分が覆っているバリアとフィールドの半分を与え、戦闘準備に入ったことを確認し一度深呼吸をしてからゆっくりと振り返った。

――ぱちぱちぱち。

 振り向いたジルに向けられたのは、一人の少年の惜しみない拍手だった。

「おめでとう、おめでとうジル・アブソリュート。 今日は実にめでたい日だな。 貴公の悲願がこれでようやく達成されたわけだ。 余から記念に拍手を贈らせてくれないか?」

「……どうしてアレイスターさんがここへ?」

「何、決めていたのだ。 ずっと昔から絶対にこの瞬間には立ち会おうとな」

「そうですか、それで拍手を?」

「ああ、こればっかりは遠方から見ているわけにもいくまい」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる絶対者は、そうして静かにジルとアルシェの二人を見る。 黄金の瞳に見つめられた瞬間、ジルは心臓が止まりそうな圧迫を受けた。 アレイスターはただ見ただけなのだろうが、ジルにとってはそれは死神に見つめられているかのように居心地が悪い。 事実、彼は死神だ。 予想はできていたものの、やはりこのタイミングでやってきた。 やってきてしまった。

「なにせ、アルハザードの裏切り者が二人も揃ったのだ。 ようやくこの瞬間に”刑”に処すことが出来る。 これでかつてアルカンシェルで殺された第六層の者たちへの手向けを贈ることができるわけだ」

「……僕はどうなっても構いませんから、彼女だけは見逃してあげてくれませんか?」

「駄目だ。 それでは貴公らに殺された連中は誰も納得すまい。 貴公は言えるのか? その後ろにいる女のせいで死んだ連中に先ほどの台詞を。 どれほどの厚顔無恥さがあればそれができる? はは、さすがに余でもそれはできんな。 死者数は万を軽く越える。 十二位『魔導砲』、そして十三位『難攻不落』という責務にありながら、シュナイゼルに組した貴様らに救いなど一切存在しない」

「……くっ」

「アルカンシェルの罪は貴様が言ったな? 最外層区画の防衛装置の配置位置。 さらには外側の交流者には決して漏らしてはならない部外秘の情報まで彼女が漏らしていた可能性、魔導砲アルカンシェル程度ならば別に笑って許してやっても良かったがな。 彼女はやりすぎたのだよジル」

「だ、だけどそれはシュナイゼルに操られていたからだ!! 奴の黄金マスクが彼女を狂わせ――」

「ああ、それは貴公の勘違いだ」

 ピシリっと空間に亀裂が入ったような音が聞こえた。 といっても、それはジルの錯覚であった。 寧ろそれは、ジルの心が奏でたものであったのかもしれない。 

「……はは、何を言うんですかアレイスターさん。 アルシェはあいつのせいで……あんなに可笑しくなって……それで、それであんな大それたことを!!」

「だから、それが間違いだというのだ。 もう一度言おう。 アルカンシェル・テインデルはシュナイゼルに操られてなどいない。 寧ろ、彼女は奴を利用した口だ」

「……利用? わ、訳が分かりませんよ!! あんな奴を利用して、一体何をどうしようって言うんですか!!」

 そうだった。 そもそもそんなことをするメリットが何も無い。 アルハザードから敵視されてまで手に入れられるものなんて、一体何があるというのか? そんなものあるわけが――

「ふむ? 鈍感というのは時に罪だな。 この一連事件のおかげで、ようやくアルカンシェルは長年欲しかった究極の一を手に入れたのだがな」

「彼女が一体何を手に入れたって言うんですか!! こんなになってまで手に入れられたものなんて一体どこにあるんですか!! ありはしないですよそんなものは決してどこにも!!」

 ジルには信じられない。 そんなものがあるだなんて、知りもしなかった。 だから、反発するしかできなかった。 アルカンシェルが目を覚ましていれば或いは尋ねることができたかもしれないが、今は眠っている彼女に尋ねることなんてできはしない。

「手に入れたものはあるさ。 形にはならなくとも、そこにあったものだけは本物だった。 それは一番貴公が良く知っているはずだがな。 何故なら、アルカンシェルが手に入れたのは”貴公の心”なのだから」

「……は?」

「馬鹿馬鹿しいことに、その女は貴公の心を独占するために一芝居うったのだ。 それも、二段構えの策略だ。 一つはシュナイゼルとの結婚宣言。 だが、このときは貴公は動かなかった。 そこで、引くに引けなくなった彼女はシュナイゼルを利用して例の騒動を利用したわけだ。 そうすれば、絶対に貴公は何もかにもをかなぐり捨ててアルシェのために動くだろう。 アルハザードのためではなく、アルカンシェルのためだけに。 そうして、貴公はその果てに行動するための力を得た。 自分の本心を隠さずに打ち明けようと思ったのだろう? まんまと彼女のシナリオ通りにことは進んだわけだ。 そうそう、これに関連して傑作な話が一つある。 シュナイゼルだ。 あやつは自分がアルカンシェルを手に入れたと思い込んでまったく疑っていない。 あいつが会っていたのは偽者だったのにも関わらず、な。 くく、貴公やアムステルならば絶対に騙されないだろうが奴はまんまと騙されたというわけだ」

 ジルはなんと言ったら良いのかさえ分からなくなった。 仮にそれが本当の話だったとしたら、自分は一体なんのためにこれだけの苦労をしたのか? 沢山の嘘をついた。 友人であるカグヤを利用し、アムステルにまで黙っていることがある。 だというのに、その結果がこれなのか? 

 真実が分からない。 事実が分からない。 だが、一度芽吹いた疑いの心は偽善者の自我を軋ませ心を砕く。 その様を見ながらアレイスターは嫌味なほど冷静に淡々とさらに告げる。 同情などしない。 哀れみもしない。 無慈悲なほどに事実という名の残酷な刃を突きつけるのみ。 

「さて、アルカンシェルについてはこの程度かな? では貴公の罪状を読み上げるとしよう。 当時は久方ぶりに外側から大攻勢があったな。 それに伴って限界突破者の多くや余も外側へと行かざるを得なかった。 そのときの余のスケジュールのリーク。 そしてレプリカとはいえ余の書斎から秘奥、死霊秘法のレプリカの奪取補助。 その後の情報操作及び、背信行為。 ああ、簡単に数えただけでもこれだけ上がる。 詳細に言えばまだまだ出てくるが、一番重いのはこれらだろう。 人的被害だけは貴公は極力抑えようとしていたな。 他の二人とは比べようもなく少ないが、それでも”死霊秘法”を外に持ち出させた罪は極めて重い。 アルカンシェルと引き換えなどという”甘言”に惑わされるとは度し難いぞジル・アブソリュート」

「……アレイスターさん一つ聞かせてください」

「なんだ?」

「何故今まで僕を放って置いたんですか? 知っていながら!! 分かっていながら!! 貴方はどうして!!」

 彼が本気にさえなれば、すぐにでもこの問題は終わっていただろう。 ジルの計画の概要を全て理解できていなかったとしても、それでも”どうとでも”できたはずだ。 そうすればこんなにも罪を重ねずとも済んだかもしれない。 生き地獄を彷徨わなくてもよかったのではないか? 我慢して耐えて、偽り続けてその最後に、どうして今<最後>になって知りたくもなかった真実とやらを突きつけてくるのだ。 

「なに、罪には罰が必要だ。 存分に苦しんだだろう? 存分に悩んだだろう? 十分過ぎるほどに、十全過ぎるほどに。 抱えきれぬ空虚に何度も何度も押しつぶされそうになっただろう? 決して満たされぬ地獄を見ただろう? 温い、温いぞジル・アブソリュート。 分かっていたはずだ。 気づいていたはずだ。 今も昔も”アルハザード”を攻撃した連中には相応の末路が待っているということを。 貴公はアルハザードとアルカンシェル・テインデルを天秤にかけ、アルカンシェルを取ったのだ。 その時からこの未来は決まっていた。 ただ、それだけのことに過ぎん。 そして、アルカンシェルはアルハザードを犠牲にジル・アブソリュートを得ようとした。 だからこそ、貴公ら二人に未来は無い。 ただ、それだけのことだ」

 アレイスターは基本的には傍観の姿勢をまず取る。 そうして、そいつらがよほどのことをしない限りは放置する。 だが、決してその目的は達成させてやらない。 必死に必死に知恵を搾り出して有りもしない可能性に縋リ続ける咎人をただ無残にも最高のタイミングで処断する。 肥大化した罪が最も絶望に落ちる瞬間まで待って、アルハザード最強クラスの限界突破者として罪人を裁く。

「さて、もう話すことはないだろう。 それとも、アルカンシェルが目を覚ますまで待った方が良いか? 別に余は二人掛りでも構わんぞ。 砲と盾が揃ったところでできることなど高が知れる」

 抵抗するつもりならしてみろということなのだろう。 ジルはその傲慢な態度が真実余裕の表れであると知っている。 絶望的だった。 少なくともどうやってもジルにはアレイスターを倒しうる方法というモノが無い。 それは致命的だった。

(絶対領域は効いているはずだが……)

 頼みの綱はそれだけだ。 傷つけられないというただ一点。 彼がただ生まれるだけでも良かったのはそもそも本当は完成するとは思っても見なかったからだ。 忘れていたというのもある。 自らが忘れさせたというのもあったが、最悪こんな日が来たとしてもいつか形になって自分が生きた証として後世にでも残れば良いと考えていたからだった。

 だが、その予想を越えてそれ<希望>はジルの手元にやってきた。 アルシェの位置情報と共に一筋の光明となって。 賭けるしかなかった。

(……システム譲渡開始。 マイスター設定をアルシェに。 魔法プログラムである僕は絶対にアルハザードから逃げられない。 だが、オリジナルの身体を持つ君だけなら助かる可能性も――)

 助けられる希望など、どこにも無いというのにそれにしか縋ることができそうになかった。 真実だろうが事実だろうが、もはやジルは戻れない。 アルシェのためにアルハザードを捨てることができるが故に、彼にはもうそれしか選択肢が残されていなかった。
 
 壊れていたのだ。 取れなくなっていたのだ。 もはやその思考の究極はアルシェにしか向いていない。 向けられない。 ソレが以外は皆等しくそれ以下に成り下がり、盲目の愛だけが彼の免罪符となって難攻不落の心を支える。 意味など最早無い。 ただ、馬鹿になってまで自分の好きな女のために戦うことしか許されていないから。 だから、ジル・アブソリュートは立ちふさがった。

「ああ、そうだろうな。 そうだろうとも。 貴公はそういう人間だ。 そう在れる人間だ。 それしか無いと言っても良い。 純粋すぎるが故に、それ以外には成れない」 

「真実なんて知らない。 事実なんてもう僕には分からない。 だけど、やっぱり譲れないモノはあるんですよ。 ”これだけしかない”から、もうこれだけしか残ってなんていないから!!」

 ずっと昔から焦がれていた。 ずっと昔から欲しかった。 手に入れたかった。 終ぞそれは手に入らなかったけれど、彼女のことを好きだった自分を、そこまでできてしまう自分は、無意味でも誇らしいと思える。 他の誰がアルカンシェルのためにここまでできる? 他の誰がここまで彼女のことを想えるというのか。 たったそれだけのために、ジル・アブソリュートは己の命まで捨てられる。 命を容易く天秤に載せられる。 そんな自分で居られた彼は、ある意味では究極の幸福であり究極の不幸だった。

 ただ、ずっと一緒に居て欲しかった。 アルハザードで一緒に。 二人で面倒くさい賢者なんてやりながら、第六層でのんびりと研究しながら永遠を生きる。 彼女が飽きたといえば一緒に消えよう。 外に行きたいといえば荷物持ちでもなんでもいいから付いていこう。 自分の料理が食べたいなんていわれたら、こっそりとアムステルにでも頼み込んでレパートリーを増やそう。 子供が出来たら、アムステルのように立派な大人になって二人して育ててやるのだ。 そうして、その子供がまた自分にとっての大事な人を見つけたときには二人して泣きながら喜んでやるのだ。 孫、というのにも会って見たい。 なんて、馬鹿なことを夢に見た。 ソレが駄目でも、最低限アルシェが笑っている姿さえ見られるのであればそれでよかったはずだった。 なのに、どうして、今はこんなにも絶望的に遠いのだろう? なぜ、こんなことになっているのだろう? 夢に見た世界は、望んだ世界はこんな絶望に濡れた世界のはずじゃあなかったのに!!

 絶対領域を発生させている装置をアルシェのいる装置に投げる。 アルシェの手元の辺りに入っていったそれをそのままに、ジルはバリアを広げた。 その魔法の名は難攻不落<インプレグナビリティ>。 一枚辺りの弱さを防御枚数を馬鹿げた枚数用意することで魔法として凄まじい威力を持つに到った魔法。 物体をすり抜け、それらは高速でアレイスターの身体を覆う。 一枚の力は例え弱かろうと、重なり合った数の力は馬鹿げたほどの力を生み出して敵対象を圧殺させる。

 防御を極めるということは、攻撃を研究することから始まる。 故にこそ、アムステルはジルにとって最良の師であった。 師はこういった魔法の類は嫌いで嫌っているがジルにはそんな拘りは無い。 ただ、自分の特性を十分に発揮できるこの魔法は二つ名に見合う程のモノだと言う自負はあった。
 
「いいだろう。 精々足掻いて見せよ。 勝てないと知りながらも立ち向わずには居られない貴公ら人間の不屈なるその意思は、その鮮烈なる命の輝きは余も嫌いではない」

 空間ごと圧縮してくるバリアの群れ。 一万二万程度では無意味だ。 ジルは最初から必殺の覚悟で挑んだ。 攻撃される前に叩く。 余裕を見せている間しか、どうにかできる瞬間は無いと思ったのだ。 バリアの半分はアルシェにある。 ならば、その残りである自分の防御を全て費やす。 最悪フィールドが残っている。 ならば、出し惜しみなどすることに意味は無い。

 今現在『難攻不落』が相手にしているのは『見護る者』。 賢者の序列は戦闘力とはまったく関係が無いが、それでも相手は限界突破者にして最強クラスと誉れ高いアレイスターだ。 無量大数/2の枚数で挑むことになんら不思議などない。 シュナイゼル如きとはレベルが違い過ぎるのだ。 だが、これだけの量をつぎ込めばさすがに動きぐらいは封じれるはず――。

「ふっ――」

 左手で金髪をかきあげながら、アレイスターがカードを真上に投げる。 カード型デバイス『トート』。 舞う花吹雪のようにカードが舞ったかと思えば、いつの間にかそのカードが一斉に六芒星を描く。 五芒星ではない。 瞬間、吹き上がる膨大な魔力が周辺から群がって来るジルのバリアを受け止める。 微動だにしない。 全力で空間ごと圧殺しようとするそれを、いとも簡単に受け止めきった。 揺るがない防御陣。 それどころか、ただ受け止められらだけでジルのバリアが接触部分から解呪<ディスペル>されていく。

「な……バリアブレイクなのか? 馬鹿な、僕のバリアが触れた側から一瞬でブレイクされているとでもいうのか!? あんな一瞬で!?」

「ふむ……存外他愛も無いものだな。 これならばまだアムステルの兵器のほうがまだましだぞ?」

「――くっ、バリアスライサー!!」

 バリアを変形。 単分子カッターへと変換。 魔力分子一つ分の厚さの魔力糸に変形し、防御対象の分子結合を断つこれならばバリアに触れる面積が極端に少ない。 触れた瞬間には切れる。 ブレイクなどできないはずだった。 相手のあの魔法を結局は魔力結合から実体を構成しているはずだ。 ならば、その魔力の繋がりを最小単位の魔力で切断できないはずがない。

 魔力の糸が振るわれる。 前方の空間を高速で走る糸の斬撃。 だが、通常の魔法科学的にはそれで何もかにもが切断できるはずだというのに、アレイスターの防御陣は揺るがなかった。 微動だにしない。 幾重に巡る斬糸の煌き。 アレイスターの立っている周囲の床やその周囲が細切れに裁断されていく。 だが、それでもやはりアレイスターはそこに立っていた。 さらには、暇そうに自らの枝毛を探す余裕さえ見せている。 

「……む? トリートメントには一応気を使っているのだが……探せば見つかるものだな」

 そういう問題ではないと、ジルは内心で毒づいた。 自分が信じているものがこうも呆気なく対処されている。 本当なら頭を抱えて喚き散らしたいところだ。 

(……洒落にならない、シュナイゼルなら容易に天文学的単位で屠れるはずなんだぞ!?)

 自分の魔法が通じない。 確かに、確かにアレイスターは三大魔法の基礎開発に関わっていた。 彼なくして現在の魔法は日の目を見ることはなかっただろう。 しかし、だとしてもこれは異常だ。 魔法科学的視点からみてこの結果はありえない。 まさか一般に知らされていない裏技でもあるというのだろうか?

 ありえない話ではない。 相手はあのアレイスターだ。 そもそも、彼にできないことというのが想像できないのだ。 こと魔法やらなんやらで彼の右に出るものなどほとんどいないのだから。

 攻める、攻め続ける。 ありとあらゆる角度から糸を奔らせ、空間を埋め尽くす。 だが、いくらやってもアレイスターの領域に切り込めない。 

「ふむ? 随分と単調な攻めだな。 そんな程度では到底”外”には出られんぞ? 元々貴公らの一族はああいう連中から人々を護るためにその力を磨いてきたはずだ。 貴公も一度見ただろう? 視てはいけない外の真実を。 あの邪悪なる理不尽を。 あの絶望を。 それと同類の力を持つ余に傷一つつけられないというのは一族の血が泣くぞ?」

「――ょう……」

 そうだった。 その通りだった。 この聖域たる世界<ホーリーワールド>で、ずっと誰も傷つかない領域を研究していたのはそのためだったはずだ。 父はそのために心血を注いだ。 一族は代々それを知った時から諦めるということができなくなった。 研鑽した技術は、決して何かを倒すためのものではなかったのだ。 それは絶望から人々を護るための力だ。 今のように、後ろにいる誰かを護るための力ではなかったか? そのための絶対領域ではなかったのか? そのための最強の防御ではなかったのか? だからこそ、永遠に終わるはずのない研究に挑み続けたのではなかったのか!!

「ちくしょう……」

 諦められるわけが無い。 絶対の絶望<アレイスター>が相手だろうとなんだろうと、今ここで踏みとどまることなんて絶対に。 ジルは一瞬だけ後ろを振り返った。 そこには無防備に眠っている最愛の人がいた。 そんな彼女が殺されるなんて、悪魔に魂を売っても絶対に許せるはずがないじゃあないか。 善悪の境界など当に彼岸の彼方に逃げ出している。 世界の中心には立っているのは自分で、その後ろにいるのはアルシェだけだ。 ならば、ジル・アブソリュートは神にも悪魔にも道を譲るわけにはいかない。

(諦めるな、絶望に屈するな。 思考を展開しろ。 常に常に攻め続けろ。 防御するってことは、こっちの攻撃が脅威だってことだろう。 ならば、無駄なんかじゃない。 決して、絶対に無駄なんかじゃ、無駄、なんかじゃ――)

 理解なんて必要ない。 ただ、ただ、攻め続ける。 護るために。 護り続けるために。 世界の全てと引き換えにしたって良いと思える女が後ろにいる。 ただ、それだけがジル・アブソリュートにとっての唯一無二の真実。 それだけあれば、絶対に最後まで折れない。 

「おお、少しはマシになってきたな。 そうだ。 それが人間の持つ”最も恐ろしい力”だ。 余はそれを知っている。 識っているぞ!!」

 それしか知らない人間は、そうして絶望に抗い続けた。 数分か数時間か。 延々と戦い続けた。 アレイスターは必殺の陣の中を歩いて進んだ。 ゆっくりと死神の鎌を振り下ろすためにただ、歩いた。 一歩進むたびに熾烈極まりない糸の洗礼を受けた。 二歩目には足が重くなった。 そこからは更に更に苛烈な攻撃を受けた。 それをただ繰り返した。 そうして、遂にその哀れな人間の目の前にまでやってきた。

「――チェックメイト」

 無造作に、なんでもない風を装って放たれた少年の右腕がフィールドごと人間の身体を貫いた。 絶対領域が発動しているはずなのに、いとも容易く。

「――かはっ」

 血を吐き出しながら男がそれでも最後まで男は抗う。 目は最後まで少年を睨み続け、そして不意に笑った。

「――やっと……防御陣から出ましたねアレイ……スターさん……」

 糸が最後の力を振り絞る。 術者が消える瞬間に現状維持した難攻不落。 防御陣から出たアレイスターの身体に殺到し次々と切り刻む。 分子の一つも残さずに滅殺しようと荒れ狂う。 だが、だが、だが――。

――カチリカチリ。 
 
 時計の音が響く度に、斬撃によって細切れにされたはずのアレイスターの身体が巻き戻る。 何十回何千回何万回切り刻まれても元に戻る。 理解の範疇を超えた。 元々越えていたが、その限界さえも通り超えた。 左手が振るわれる。 面倒くさげに。 ただ、それだけで全ての糸がいとも簡単に消し飛んだ。

「ははは、期待したか? 余に勝てるかもしれないと夢想したか? すまんな。 貴公に負けてやる理由は余には無いのだ。 許せジル・アブソリュート」

「酷すぎですよ……アレイ…………さん。 本当に、アムス…叔父……言う……理解不能だ……」

「なに、別段余は無敵というわけでもない。 単純に貴公らが弱すぎるだけだ。 それではごきげんよう。 もう二度と会うこともあるまい」

(アルシェ……御免……)
 
 存在が消える。 実体顕現していた肉体が魔力へと還っていく。 最後に後ろを振り返った。 すると、いつの間にか絶対領域を生成していたはずの装置が知らぬ間に破壊されていた。 なるほど、だからこそこうして傷ついたのか。 だが、それが分かったところでどうすることもできない。

 そうしてジル・アブソリュートの身体はこの世界から消えた。 後に残ったのはアレイスターと未だに眠り続けるアルシェだけだ。

「二人ともやり方さえ間違えなければこうはならなかったろうにな」

 黄金の腕輪を撫でながら、アレイスターは呟く。 次はアルカンシェルを処分しなければならない。 この純粋すぎたお姫様を。 

「……んん……ジル?」

 身じろぎし、眠り姫が目を覚ます。 その目に映ったのは愛しい男の姿ではなかった。

「おはようアルカンシェル・テインデル。 楽しい夢見れたかな? だが残念だ。 君はすぐに眠ることになるだろう。 さようなら。 あの世でジル・アブソリュートが待っているぞ――」

 アルカンシェル・テインデルもまた、そうして数分と経たずに逝った。
















「なんだ、何が一体どうなってやがる?」

 アムステルはストラウスからブラッドマーキングに一瞬アルシェが反応したということを聞いたが、すぐに反応が消えたといわれて首を傾げていた。 探しに言ったが座標には何もなかった。 さらに帰ってきてからはどういうわけかメディスからアルシェのプロジェクトF体のコピー体が行方不明になったことを聞かされた。 ジルのところに連絡しても肝心のジルは出かけているようで姿が見えず、しかたなしにいつものように酒をラッパ飲みしながら研究に明け暮れた。

 と、そんな彼のところに思わぬ来客がやって来た。 

「てめぇ!!」

 アレイスターだった。 ここであったが百年目とばかりに超兵器を用意しようと動くアムステルだったが、そんな彼に向かってアレイスターは静かに言った。

「ジルとアルシェを始末した。 一応、貴公が親だったからな。 報告にきたのだが……なんだ、相変わらず酒臭いな。 少しは控えたらどうだ?」

「……」

「どうしたアムステル? 顔が面白おかしく歪んでいるぞ」

「……ふざけてやがるのか?」

「ふざける? 余は別に冗談の一つも言った覚えなどないが? 少し報告が遅れたことは謝罪するが、確かにジルとアルカンシェルを殺してきたぞ」

「……」

 カタカタカタ。 コンソールに瞬時に手が動く。 瞬間、アレイスターに向かって凄まじい数の兵器が火を噴いた。 百万トンは下らない量の反物質を内包した砲弾が、ブラックホール弾が、レーザーが、ただの弾丸が、空間破砕兵器が、次元破壊砲が、レールガンが、単分子カッターが、確率変動弾が、光子爆雷が、中性子爆弾が、核ミサイルが、アルカンシェルが、その他諸々の呆れるばかりに超兵器が、一斉に室内で荒れ狂った。

「相変わらず短気なのは変わらんな」

「黙れ理解不能野郎!!」

 閃光と爆発と、もはや想像さえ出来ない量の破壊エネルギーをその身体に叩き込まれた癖にケロッとしているアレイスターに、次々とアムステルは攻撃をしかける。 だが、この階層ごと何度も吹き飛んでも可笑しくない殲滅兵器が全て無効化された。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 肩で息をしながら、それでも憎悪の視線でアムステルはアレイスターを睨む。 些かも落ち着いた気配が無い。 寧ろ、攻撃するたびにストレスがたまっているようだ。 血管が今にもブチ切れる寸前のご様子だ。

「少しは落ち着いたか? まだ話は終わっていないのだがな」

「煩い、とりあえず死ね。 なんでも良いからくたばって見せろ。 そして二度と顔を見せるな」

 持っていた酒瓶まで投げた。 アレイスターは苦笑しながらそれをキャッチすると反対に黄金の腕輪をアレイスターに投げる。 アムステルは怪訝な顔をしてそれを受け取ると、それを見た。

「先ほども言ったとおり、ジルとアルカンシェルは余が殺した。 殺して、今はその中に奴ら二人の魔法プログラムを入れた」

「……なに?」

「外部からは顔を見ながら会話するぐらいのことはできるが、干渉できないようにした。 実体顕現することもできないようにしておいたからまぁ、つまりはあの二人を楽園で暮らすアダムとイブ状態にしてやったわけだ。 今頃は二人して泣きながら抱き合っている頃ではないかな? 世界の全てと比べてお互いしかいらんという究極の馬鹿共だ。 そんな二人にはお似合いの末路だろう。 丁度二人だけの永遠の牢獄に入れてやった形になるな。 ああ、勿論サービスもしてやったぞ。 自己修復機能も与えたり永久稼動するようにしたからな」

「……」

「どうした、狸に騙されたような顔をして?」

「お前、そんな下らないことをするためにずっと動かなかったのか?」

「アブソリュートの血族はアルハザードに多大な貢献をしている。 少しばかり融通を利かせてやっても良いと判断したまでだ。 これ以上は刑を軽減できんし、余もさすがにあの二人の進展のなさには昔から辟易していたからな。 これで一つ懸念事項が片付いた。 後はシュナイゼルの問題だけだが……まぁ、それももうすぐに終わるだろう。 アムステル、できるだけ多くのシュナイゼルへのロックオンは済ませて置けよ。 大半は貴公が始末しろ。 拠点はカグヤが、残りは余が一人残らず殺し尽くす」

「……ちっ!!」

 気に喰わないとばかりにアレイスターから視線を外すと、アムステルは適当にその辺りに置いてあった銘酒を無造作に引っつかむ。 そうして、アレイスターに向かって力いっぱいブン投げた。 顔面を狙って放たれたそれはしかし、無造作に受け止められる。

「『土佐の鶴』か? ふむ、よく金賞に輝くというメーカーの酒か。 おお、しかもこれは限界突破酒ではないか」

「いいか、感謝なんてしてないぜ? 偶々余りモノをいらないからくれてやるだけだ」

「くく、酒豪である貴公の余りモノだ。 さぞ美味いのだろうな。 後でゆっくりと楽しませてもらおう」

 踵を返し、アレイスターはアムステルの部屋を出ていく。 アムステルはそれを見送りもせずにすぐに腕輪を調べる。 デバイスイーター<杖喰い>の本体を回収し、アレイスターが改造して作り上げたあの二人だけの世界を覗き見る。

「……ちっ、数千回殺される前にタダで持っていきやがって。 畜生、せめてこっちで結婚式でもやっていけってんだ。 この親不孝共め……」

 二人して抱き合いながら泣いている様子が視える。 こちらから声をかけてやっても良いが、さすがに今はそんな気分ではない。 息子と娘がそれで幸せかなんて分からなかったが、それでも二人が笑えるのであればそれでも良いかと、アムステルは思った。

「……それにしても、趣味が悪い色だな。 アレイスターの趣味かこりゃあよー」

 暇なときにでも上から色を塗って変えてやろう。 そう決意しながら、アムステルは新しい酒に手を伸ばす。 『土佐の鶴』。 昔、酒屋にこれを買いに出かけて嫁さんと出会った思い出の品だ。 身体は弱かったし、病気がちで結局アルシェを生んでからすぐに死んでしまった。 時間逆行での蘇生も魔法プログラム体としての生も、なんか理解できないから嫌だとかいって最後まで選択しなかった。 とてつもなくいい女だった。 自分の人生感が変わるほどに。 自分の心を永遠に奪い去っていくほどに。

(あいつに似て魔性の女だったのかアルシェは。 ……まさか、な)

 蓋を開けてあの世に居るだろう最高の女に向けてビンを掲げる。 一つ、肩の荷が下りた。 まだまだ名残惜しい気がするが、降りてしまった。 明日からは研究とあの屑野郎の抹殺のためだけに生きるのみ。 いや、もう二つあったか。

「絶対領域とアレイスター。 今に見ていやがれ……この俺が絶対に”殲滅”してやる」

 ゴクリっと酒をラッパのみしながら、決意を新たにアムステルは研究を再開した。
コメント
やばいやばすぎる、設定を借りてるだろうなとは思ってたがクロスオーバーでもあったんですねこの小説まさに脱帽です。
【2009/07/11 01:51】 | Tomo #- | [edit]
やっべ、アルカンシェルかわいい。
……そう思ってしまう僕はもうだめかもしれません。
【2009/07/11 07:08】 | VITSFAN #7jWR/6wc | [edit]
アレイスターが孔明に見えてきたw
【2009/07/11 21:39】 | yoshi #gq9m/OHk | [edit]
限界突破酒って。
やっぱり限界突破杜氏とか限界突破麹カビがいるでしょうか?
限界突破A・オリゼーの活躍があったりなかったり
【2009/07/19 22:31】 | 名無しさん #- | [edit]
アルシェ・・・・・・・なんという地雷女<ゴク
【2009/08/05 23:48】 | himitu #Xnq8k9Uo | [edit]
見事などんでん返しでした。
【2011/03/18 10:40】 | nuboo #MarANZuA | [edit]












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