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憑依奮闘記 断章01

 2010-07-12
「……ねぇ、今日もお兄さんからの連絡無かったね」

「……」

 僕は、ベッドの上で枕を抱いているミーアに無言で頷いた。 少女の顔には当然のようにいつもの元気さは無い。 そのミーアの肩の上で、アギトもまた言葉を発さない。 既に、ここ数日で何度もやったやりとりだった。

 無限書庫で彼から頼まれていたデータを渡した僕たちは、一度三人でスクライア一族の船に戻っていた。 僕たちに出来ることは、精々彼のためにデータを集めることぐらいだ。 直接戦闘力は僕たちはそれほど高いわけではない。 どちらかといえば情報処理や戦闘支援の方が得意なのである。 彼の足を引っ張るわけにはいかないし、それに……僕は彼女との約束のためにも必要以上にミーアを危険に晒すことはできない。

 アギトは少し違うが、それでも彼は彼女の力を借りることはしなかった。 単純に何かあったと時にアギトを直すことが現代の技術ではほとんど不可能に近いからだろう。 戦闘で破壊されればそれまでだ。 だから、彼は彼女を連れて行かなかった。

 いや、最悪巡り合うことも不可能ではない。 魔法プログラムである彼女たちは、次の”転生”時に再びこの現世に舞い戻るからだ。 ただ、それにあわせる形で僕たちが生きていなければ意味が無い。 正直、随分と先の長い話だと思う。 けれど、そこには確かに希望もあるのかもしれない。 けれどもしそうなっていたとしたら、彼の敵がそれほどまでに強大であることを証明することになる。

 正直、色々と後のことにまで気を揉んでいる彼に”次の話”をされた時には驚かされたものだ。 けど、それでも僕たちはきっとそんな悲しい”次の話”などではなくて、それよりも全てが丸く収まった”今”が欲しかったのだ。 欲張りだと例え言われても、そうであって欲しかったのだ。

「そろそろ一週間ちょっとになるね」 

「……うん」 

「どうする? このままもうしばらく彼からの連絡を待つかい。 それとも……仕事を再会しようか」

「まだ、待とうよキール」

「ミーア……」

 枕に顔を埋めたまま、僕に背を向けてミーアは言った。 その枕がきっと濡れているだろうことは僕にも分かる。 ミーアは彼と仲がよかった。 それに、彼からの連絡がないということは鉄槌の騎士も、湖の騎士である彼女も”帰ってこれない”ということなのだ。 仲が良かった人がいきなり何人も消えてしまったら、さすがに誰だって気が滅入る。 僕だってこんなにも苦しい。 でも、それでも僕はこの娘よりも大分年上だったから薄情にも言うのだ。

 或いは、それはもう僕は事実を受け止めてしまったということなのかもしれない。 彼もまた、もう戻ってこれないのだ、と。

「いつまでも、こうしてはいられないよ。 期限を決めよう。 後二週間だ。 それで、あの研究を再開しよう。 彼女たちにも手伝って貰っていたんだ。 僕たちだけでも、絶対に形にしてやろうよ」

「……」

「それまでは、ここで遺跡発掘の手伝いでも雑用でもしていよう。 何かしていれば気晴らしにもなる。 ただ待つだけだと、きっと苦しいだけだよ」

「ねぇ、”まだ”一週間だよ? ちょっと、結論を出すのが早いんじゃないかな」

「”もう”一週間だよミーア」

「”まだ”だよ!! きっと、またヴィータもシャマルさんもシグナムさんもお兄さんと一緒に帰ってくるよ!! こんなの……こんなの嫌だもん!! 例え次があったとしても、それじゃあもうお兄さんはいないよ!! 次の夜天の王が、お兄さんみたいに無害な人じゃなくて、悪い人だったらそれだけでもう”今まで”の日常は帰ってこないんだよ!!」

「それは――」

 僕はその悲痛な言葉に言葉を失った。 それは、薄々は考えていたことだったのだ。 でも、僕はそれでも彼女たちとの絆を信じていたかった。 馬鹿みたいに信じたいのだ。 だから僕は彼女が帰って来てくれると信じる。 できれば彼も生きていたらそれは嬉しいことだ。 でも、楽観はできないのだ。 現実は、いつだって正者を苦しめるものなのだから。
 
「次なんてもうないよ。 そんな都合の良いこと起こりっこない!! それに昔の記憶のほとんどは思い出せないって、曖昧だってヴィータは言ってたもん。 昔のベルカのこと、前の主たちのこと、もうほとんど覚えてないって!! じゃあ、じゃあ……その主たちよりも優先度が低いだろう私たちはどうなるの? どうなるかなんてわからないもん!!」

 嗚咽するミーア。 その吐露した言葉に、ミーアの肩の上にいたアギトまで体を震わせた。 それは少し考えれば予想できることだ。 でも、同時にだからこそ考えたくなんてなかっただろうことだった。 言葉にしたら、そうなってしまいそうで怖いのだ。 だがそれでもミーアの口から最悪が語られた。 もう、それを意識せざるを得ない。 その恐怖が、僕たちの心を苦しめる。

「……うう……うう……」

 それでも泣き顔だけは見せない彼女の頭を撫でてやりながら、僕は言葉を捜す。 奇跡のような現実を呼ぶ言葉は無いけれど、それでも僕たちは生きているのだ。 だから、僕たちは前を向かなければならないのだ。 まだ、そうなったわけではない。 それはまだ未知数だと、そんな簡単に縁が切れてたまるかと……僕は、きっと抵抗したかったのだ。 

「ミーア、彼のことは残念だと思う。 でもひょっこり帰ってきたらそれは最高だ。 僕だって嬉しい。 信じ続けたいのなら、そうすれば良いと思う。 でも、いつまでもこのままじゃ駄目なんだ。 僕たちまで駄目になってしまう。 それじゃあ、彼がもし遅刻して帰ってきた時に困ってしまうよ。 それに――」

 そうだ、本当のところはどうなるかは分からない。 彼の生死だけは連絡が無いことが答えになるだろう。 しかし、その次のことは会ってみるまで誰にも分からないのだ。 そうかもしれないだけで、まだ答えなんてでちゃいない。

「――ミーアは次はないって思ってるのかもしれないけど、僕は信じるよ。 シャマルさんは、絶対に僕を覚えていてくれるはずだって。 忘れていたとしても、会って話さえすれば絶対に思い出してくれるさ。 ヴィータだって、シグナムさんだってそうだ。 過去の主たちは皆二年以内に死んでたみたいだけど、彼の守護騎士だった皆はもう九年も顕現していたんだよ? 他の主たちの四倍以上だ。 その時間が在る限り、そう簡単に忘れるはずなんてないさ。 それに、いくらなんでも前回のことぐらいならなんとか覚えているはずだよ」

「う、ぐす……そう……かな」

「そうだよ。 うん、きっとそうだ。 だから、僕たちは腐ってちゃいけないんだ」

「……うん」

「今日はもう寝よう。 早いけど、君はもう眠そうだ」

「ん……お休みキール」

「それじゃあね」

 毛布をかけてやりながら、僕は部屋を出る。 と、その直ぐ後をアギトが追ってきた。

「キールの旦那」

「ん……どうかしたかい?」
 
「旦那は……旦那は怖くないのかよぉ」

「怖いよ。 怖くて怖くて怖いから、だから僕はあんなことを言ったんだ。 でないと、ただ信じて待つって簡単なことさえも僕はできなくなってしまいそうになってるんだ。 僕はミーアよりも大人だけど、でも……怖いのはそんなにあの娘と変わらないんだよ」

 そうだ。 ただ強がってそれらしいことしか言えないのだ。 僕はただ、シャマルさんを信じていたいだけなのだ。 それだけで、震えそうになる現実から逃避しているだけなんだ。 これは僕だけの力ではない。 これは、彼女が僕との約束を忘れるはずがないなんていう、ただの希望的観測から生まれた産物だ。 自分勝手な思い込みで、シャマルさんと培った時間が作った僕だけの武器だ。 だから僕は未練がましく待てるのだ。

「はは、格好悪いね。 でもね、僕はそれでも待つよ。 死ぬまでずっと、何度だって待ってやるんだ。 他でもない僕自身がそうで在りたい」

「旦那は腕っ節は無いけど、それでも……それでも心は強いんだなぁ」

「そんな大層なもんじゃないよ。 きっとただの強がりなんだよ。 そういうアギトはどうだい?」
 
「アタシも怖いよ。 置いて逝かれるのが一番怖ぇぇんだ。 二度と会えないんじゃないかって、どうしようもなく思っちまうんだよ。 でも、でもさ、戦うっていうことはそういうことなんだ。 いつかそうなるかもしれないって、そういうことだったんだよな。 だから、アタシは……旦那みたいに前向きにいられるかどうか、今は自信がない……」

 小さな体躯がションポリと虚空で項垂れる。 アギトだって、シグナムさんを信じて待ちたいのだろう。 でも、悲しむ心はそうはさせない。 その気持ちは、痛いほどに分かる。 ただ待つだけの、たったそれだけのことがどうしてこんなに苦しいんだろう。 痛いんだろう。

「――大丈夫さ」

 でも、だから僕は言うのだ。 僕だけしか言えなくて、三人で前を向くために言えるのが僕しかいないから。 それが、きっと年長者である僕の役割だろうから。

「アギト、君はその気になれば僕たちよりも多く彼女たちに会えるんだ。 それに、シグナムさんを……君のロード<主>を信じてあげなよ。 あの人がそんな薄情な人じゃないって知ってるだろう? 冷静に見えて、あれで情が熱い人だってことは君が一番よく知ってるはずだよ。 例え僕とミーアのことは想い出せなくても、君が融合して一緒に剣を振るえば思い出すさ。 烈火の剣精っていう、小さな騎士と一緒にいたってことを」

「旦那ぁぁ……」

「ん、君も今日はもう寝たらいい。 ミーアと一緒に、明日からもがんばって皆を待とう」

「ああ!!」

 頷いてミーアの部屋に戻っていくアギトの背中が燃えていた。 炎熱の炎が、彼女の意思に呼応しているんだろう。 少しはこれで、元気を取り戻してくれれば良い。気休めだとは分かっている。 その時になれば、こんな僕たちのささやかな願いなんて現実は無視してくれるかもしれない。 でも、それでもその瞬間まで待ち続けたい。

――僕の愛した湖の騎士が、もう一度微笑んでくれるその日まで。
















憑依奮闘記
断章01
「それでも、優しい貴女を僕は待つ」



















 スクライア一族は、次元世界ミッドチルダにその籍を置きながらも日々この多次元世界中に眠る古代の遺跡などを発掘しながら世界を渡り歩いていることで有名である。 彼らが所有する考古学の知識は、管理世界でもトップレベルであったのだ。 その豊富な知識は時に時空管理局さえ捜査のために当てにするほどであるから、そのレベルの高さは容易に伺い知れるだろう。

 彼らは基本的には遺跡発掘や考古学の研究をしているが、勿論それだけというわけではない。 考古学会ではいつも論文を発表し、必要があればその手の学部を持つ学校で講義の仕事も請けおうし、発掘したロストロギア<古代遺失物>を管理局に買い取ってもらったり、一般オークションなどで売買されるロストロギア鑑定の仕事などもやっている。

 こと考古学やロストロギア関連では”スクライア一族の”という枕詞だけで信用されるほどであるから、彼の一族が長年積み重ねてきた社会的な信用はかなりのものがあった。 とはいえ、そんな有名なスクライア一族ではあったが、彼らがいつも頭を悩ませているものがある。 それは、単純に言えばお金であった。 

「埋蔵金発掘……ねぇ。 またいつの間にそんな怪しげな文献を探してたんだが」

 発掘作業を手伝いながら、ミーア・スクライアはぼんやりと呟いた。 稀にあるのだ。 稀代の統治者やら権力者が大量の金銀財宝などのお宝を隠しているという伝承が。 胡散臭いと思うが、それでも本当にお宝を発見することがあるからスクライア一族はたまに一族総出でそれを検証することがある。 そもそもにおいて、発掘作業にはお金がかかる。 もっといえば、次元世界を移動している彼らのスクライア船団の維持に莫大なお金がかかるのである。 お宝探しもロマンではあるが、切実な金策としての効果は未知数だ。 本命の遺跡発掘などの練習用に発掘経験の薄い若い者たちが駆りだされて経験値にされたりもしているが、それでも当たり外れが多すぎることは言わずもがなである。 スクライア一族であっても、ミーアは正直こんなのは好きではなかった。 古代のロマンを追い求めることがライフワークなのに、急にリアルを突きつけられて興ざめしそうになるからである。

 彼女は一族の愛用する茶色い外套のフードを鬱陶しげに跳ね上げると、ショートカットな藍色の髪を晒した。 そこから現れたムスッとした顔には、不機嫌さがありありと浮かんでいる。 思わず地団駄を踏みそうなほどであるから、その不機嫌さは押して知るべしである。 

「私がストラウスさんから色々と動物CMの契約とったりさー、ヴァルハラTVの『何でも鑑定一族』とかで独占契約もとったのに、どうして今更こんな時にこんなつまらない仕事を私に宛がうかなキールは。 ……この恨み、絶対に忘れないの」

 藍色の瞳が、復習の炎に燃えていた。 頭の中ではキール・スクライアをどうやって今後料理していこうかと入念にシミュレート中である。 両手に握ったままのシャベルが、ミーアの握力によって悲鳴を上げた。 単純に魔法による身体能力強化の恩恵という奴である。 ヴィータの英才教育で厳しいトレーニングをやってきたから異常に腕力がついたとかそういうわけではさすがにない。 だが、ミシミシと悲鳴を上げるシャベルにとってはそんな事実はどうでも良かったかもしれない。
 
「うわぁ、ミーア荒れてるなぁ」

「そりゃそうだよアギト。 こんなことしなくてもさ、私がストラウスさんのところに行けばもっと沢山契約とってこれるよ。 ストラウスさんはもう、私の毛皮を愛玩しないと生きていけない体になってるんだからね」

「なんだそりゃ?」

「私のラブリーなフェレット姿にはね、麻薬的な可愛さがあるの。 あの襟首女がいい証拠だよ。 会うたび会うたび私の毛並みにメロメロじゃない。 後はあの女がフェレットアレルギーになれば、今度こそ私の勝利は確実なの。 どう、この完璧でリリカルな計画。 触ろうとして自爆するあの女の苦しげな顔が目に浮かぶね。 しかも触りだしたら”やめられないとまらない”鬼畜仕様。 うん、私の新しい必殺技になるよ」

「必殺技って……一々大げさだなぁ」

「私の毛並みにはそれだけの威力があるの!!」

 自信満々の様子であった。 いつものらしさが出てきたミーアに、アギトが背中の羽をパタパタさせながら安堵する。 元気一杯の方がいつもの彼女らしくてアギトとしても嬉しいのだ。
 
「でも、だとしたら気をつけろよなー。 中毒にさせすぎると毛皮剥がされてスリッパかマフラーにされるかもしれないぜ」

「――え?」

「前に確かスリッパの毛皮に良いとかなんとかソードダンサーが言ってたからなぁ。 あんまり気に入られるとやられちまうぜ」

「そ、それは困る……かな」

 思わず身震いするミーアの横で、アギトは更に言う。

「あとなー、ストラウスを中毒にさせるのも止めたほうがいいと思う。 ミッドガルズに次元世界中のフェレットを拉致する依頼を出してくるかもしれねぇ」

「なんてこと……私のラブリーさがそんな凶事を起こすかもしれないなんて」

 確かに、金持ちは何故かペットを飼うというイメージがある。 ストラウスほどの大金持ちにでもなれば、何か飼おうと考えているかもしれない。 屋敷に何かを飼っているという話は聞いたことが無かったし、飼われた動物も見たことがない。 であれば、その気になったら何だって飼えるだろう。 そのうちフリーランスの魔導師が大挙として身柄を確保しに来るかもしれない。 思わずミーアはその様を想像して頬を引きつらせた。

 きっと、その連中の背後には彼女の天敵がいるのだろう。 ニヤニヤしながら逃げ回るミーアの様子を楽しみ、そしてギリギリでいつものように助けにきたが最後最悪の展開になることは分かりきっていた。

 恐らくは氷竜とフェレットの血で血を洗う抗争の始まりになるのだろう。肉球パンチと毛皮愛玩攻撃を交し合う凄惨な決戦が始まるのだ。 思わず、そんなデンジャラスな未来の到来をミーアは予感せずにはいられない。  

「まぁ、冗談だけどよぉ。 さすがに本物のフェレットならともかく、変身したミーアをゲットするためだけにそんなことするわけないって」   

「だよねぇー」

 本気でそんなことをするような人物たちであったなら、そもそも信用するわけがない。 冗談は冗談として置いておき、ふとミーアは冷めた目をした。 彼女はそれなりに感は鋭い方であるから、今のこの状態に不自然なものを感じずにはいられなかったのだ。

「――で、冗談はここまでにしてさ。 キールは私に内緒で何してると思う?」

「んぁ?」

 意味が分からないとばかりにアギトが首を傾げた。

「そっか、アギトは気づいてなかったんだね」

「何をだよぉ」

「実は今日ね、時空管理局の”執務官の人”が話を聞きに来るらしいんだよ」

「執務官の人? また正体不明のロストロギアの情報でも尋ねに来たのか?」

「そうじゃなくてね、私とキールのどちらか一人と個人的なお話がしたいんだってさ。 だから検討はついてるんだ。 多分、お兄さんのことだと思うよ」

「へぇぇって、おい!! それとんでもなく不味くないかよ!?」

「どうかな。 別件の可能性もあるけど、そこまで悪いことにはならないよ。 ”もしも”の時のことは、ずっと前からお兄さんと話し合ってたからね。 ”私たち”が不利になることはないんだ。 向こうが力づくにでも記憶を探ってこなければね」

「それって……」

「うん、そういうことだね。 キールは予定通りにするつもりなんだ。 向こうからの話の内容次第では、お兄さんたちは正真正銘の悪者になっちゃう」

 二段構えの”嘘”がある。 バレなければ犯罪じゃ無いなどとはミーアも本心から思っていない。 だが、そうしてくれと彼女たちは言われていた。 帰ってこない男に。

 守護騎士たちはそもそも悪のレッテルを貼られることには慣れている。 そうなることも覚悟していた風であったし、最悪の日の話はしている。 だが、そんな日が来るなんてことは思わなかっただろうとミーアは思う。

「はぁ……」

 考えると思わずため息が出た。 ミーアは握っていたショベルを地面にざっくりと突き立てると、それに体重を任せるようにしてもたれ掛る。 考えれば考えるほどに気が滅入るのだ。 

「ヴィータたちの罪ってさ、本当は一体誰の罪なんだろうねぇ……」

 彼女たちを魔法プログラムだと言い切ってしまえば単純に彼女たちは闇の書の主の手駒であり、蒐集を円滑に行うための使い勝手の良い道具だ。 それ以上でもそれ以下でもないことになってしまう。 だが、存在するだけの武器に善悪が問えないように、何もしていない彼女たちに罪が問えるのかと、ミーアはなんとなく考える。

「闇の書が危険物だからってのもあるんだろーなぁ。 まったく、ややっこしーことしやがるよな。 人間ってのはよぉー」

「だねぇ……元は健全なはずの資料本が、どこをどうしたらあんな悪名高い存在になっちゃうんだろう。 結果だけ見たらさ、そう呼びたい気持ちは分からないでもないんだけど……私にも本当に意図がわかんないなぁ」

 闇の書は無限書庫の調べによると、原初は魔導師たちの魔法を研究するためにあったということは調べがついていた。 だが、歴代の主たちによって改変された結果に今のようなはた迷惑な存在になったという伝わっている歴史がある。 嘘か真かはミーアたちには分からない。 当然、そのせいもあってか疑問は尽きない。

 初代製作者の後の主がどうやって改造したのか? どうしてそんな機能をつけたのか? 無限転生機構がバグって何故あんな風に変質しているのかなど、疑問点だらけの代物だ。 他にもこの次元世界には星の数ほどロストロギア<古代遺失物>は存在するが、アレほど原初と後世での存在に差が認められるロストロギアは少ないだろう。 歴史に興味はあってもロストロギアにはほとんど興味がなかった彼女であっても、思わずスクライア一族としての血が騒ぎそうになるから不思議であった。

「蒐集して完成させたら持ち主の願いを叶えるとか、力が手に入るとか現在だと色々噂はあるけど……”資料本”にできることってそんなに多くないと思うんだよねぇ。 ああいうのを欲しがる人たちって、やっぱり美味しい話に踊らされるタイプなのかな?」

「コレクターとかもいるだろ。 後、”デバイスマニア”」

「ははっ、お兄さんそのまんまだ」

「実際、普通に生活するんなら闇の書なんていらねーよぉ。 シグナムにできるのは精々護衛とかだし……ヴィータとかシャマルにできるのも護衛を除いたら私生活じゃあ掃除洗濯とかの家事ぐらいだろぉ。 そりゃあ、魔導師としてのスキルを使ったら金稼ぎぐらいはできるだろうけどさぁ」

「それをやると主の人はとんでもない”なまけもの”になっちゃうね。 お兄さんは……どちらかといえば扱いに困ってっけ」

「なまじ人間そっくりだからなぁ」

 あれで全員が皆ロボットとかだったとしたらまだ迷うことはないのかもしれない。 だが、ほとんど全員が人間みたいなものである。 起動中はご飯も食べるし、そのせいで食費は単純に増す。 生活スペースも必要だ。 貧乏な家庭に現れられたら、金銭面で持ち主に大ダメージを与えること間違いなしの代物なのである。 扱いに困らない方が難しいことなのかもしれない。

「お兄さんみたいに待機モードを命じたりする人ってどれだけいいるんだろうね?」

「いないんじゃないかぁ。 そもそも待機モードがあるかどうかさえ聞いて見なきゃわかんねぇと思うし」

「かなぁ。 うーん、私がもしヴィータの主だったらどうしてたかなぁ」

「あいつらにデバイスの代わりに発掘道具持たせてたんじゃないか?」

「おおぉー、それもアリかも。 ベルカの発掘騎士団結成だね。 今まで調査できなかった危険地帯に一族総出で殴りこんでたかも」

 なんとなく、一緒にいたときと同じような気がしてミーアの顔が綻んだ。 想像の中でさえもお友達になれそうである。

(あ、でも駄目かも。 私だと二年で死んじゃうや。 それにどうせ一族総出で書のことを調べて、危険だったら管理局に通報してたかもしれないかな)

 扱いに困るというか、さすがに自身の命はそう簡単に天秤にはかけられない。 そう考えると、己の命を危険に晒しながらも九年も放置してのけたクライドという年上の男の滅茶苦茶さが良く分かる気がした。 ”現状維持”という特質があったといっても、本当にそれが効力を及ぼすかどうか明確な証拠など無かったはずなのだ。 楽天的というか、前向きというか、ただ運が良かっただけなのかは分からないが、彼だから五体満足で九年稼げたのだとミーアは思う。 そしてだからこそ尚更思わずにはいられない。 それは純粋に凄いことなのではないだろうか、と。 

「ねぇアギト。 お兄さんてさ、もしかして心臓もデバイスに改造してたのかな?」

「はぁ? いきなりなに言うんだよ」

「いや、だってさ。 夜天の書のことを知ってたにしては、全然怖がってなかったじゃない」

「そういえば……そうだったかもなぁ」

「だからもしかしたら心臓もデバイスに変えてたから動じなかったのかも、なんて思っちゃった。 てへ♪」

 それは、もしかしたら今のミーアの精一杯の冗談だったのか。 アギトはそう言ったミーアの貼り付けた笑顔を、悲しく思わざるを得なかった。 とはいえ、それを感じさせないように同じく笑顔を返しながら冗談めかして笑う。 

「それならさぁ、きっと心臓だけじゃなくて全身デバイスにしたかったのかもなぁ。 ほら、いつだったかアタシの体のデータとか欲しがってたじゃんか」

「あー、そんなこともあったね。 他の女性スタッフの人とアギトに問答無用で蹴り飛ばされて研究室から追い出されてたっけ」

「そうそう。 でもそれでも諦めきれなくってさ、しつこく訳を聞いてきたんだよな」

「ちょっと考えれば分かることなのにねぇー。 セクハラだよあれ。 普通のデバイスならともかく、性別があるユニゾンデバイスは大変だよねぇ」

 懐かしい話に花を咲かせる二人。 今ではもう守護騎士たちと一緒にいた時間こそ長くなったが、それでも二人ともクライド・エイヤルという男のことを楽しげに言葉にした。 初めて会った時の話、絶体絶命のピンチになったときのデスティニーランドの話、なんかよく知らない少女の婚約者争奪戦での面白卑怯な戦いの後に一緒に食べた”ラーメン”なるパスタに似た珍妙な料理の味など、あの男との思い出が想起される。

 二人の記憶の中のクライド・エイヤルは、どちらかといえばちょい悪だが、決して悪人ではなかった人物である。 そう、根っからの悪人ではないのだ。

「……ん、そうだよね。 やっぱりこんなの、駄目だよね」

「ミーア?」

「私はお兄さんやヴィータたちを悪者になんてしたくない。 そりゃあね、お兄さんは闇の書を秘匿所持してたけど……それだけしかしてないんだよ。 そりゃ、社会的には悪いことなんだけどさ。 でも、お兄さんは”夜天の書の主”であって”闇の書の主”なんかじゃないもん。 レイジングハート――」

 胸元の赤い宝石が、主の命に従って演算を開始。 ミッド式の魔方陣をミーアの足元に形成していく。 

「ちょ、おいミーア!!」

「お兄さんたちを、今回のヴィータたちを悪者で終わらせるなんてやっぱり私は嫌だよ。 いっつも悪いこと<問答無用の蒐集>してたって言ってもさ、今回だけは違うんだもん。 だから、そのことを知ってる私たちが何も知らない人たちと一緒になってお兄さんたちを”悪者”にしちゃいけないんだ!!」

「そうはいってもよぉ、今更言っても話がこじれるだけだって」

「大丈夫。 そのときはヴァルハラへ亡命するから」

「ああ、早まるなよぉミーアァァ」

「えいっ、トランスポーター起動!!」
 
 アギトつかんで次元転移。 宇宙空間に待機中の航行艦へと転移していく。 発掘していたスクライア一族が、持ち場を離れ転移していく彼女のことを不審に思いはしたものの、いつものことだとばかりに放置した。 宝探しが好きな人間もいれば好まない人間もいる。 サボりたくなる気持ちは微妙に理解されていた。 とはいえ、団体行動中に何も言わずに去っていくのはマナー違反だ。 後で族長に告げ口され、ありがたい拳骨を頂いた。 











 来客用に用意されている応接室の一つで、翡翠の執務官がソファーに腰を下ろしていた。 対応したスクライア一族の一人に案内されてから数分。 目当ての人物がやってくるのを待っていた。 ぱっと見たところ、彼女が時空管理局の執務官であるなどとは誰も思うまい。 その執務官の女性は、どういうわけか管理局の制服ではなく普通のスーツ姿でいたからだ。

 腰までありそうな艶やかな翡翠の髪を後ろでポニーテールのように縛っているのはいつも通りだったが、白のブラウスに黒のスカートという服装だ。 お堅いスーツというわけではなく、どちらかといえば軽くカジュアルにまとめられていた。

「いやぁ、お待たせしてすいませんねリンディ・ハラオウンさん」

 と、そんな彼女の元に飲み物の乗ったトレーを持ったキールがやってきた。 少し遅れたのは飲み物を用意することを忘れていたからだ。 用意し忘れたことを思い出したのは直前で、用意が終わる前に執務官がやってきたので少しばかり待たせる格好となったのだ。

「どうぞ、インスタントですがけっこうイケますよ」

「あ、どうもお構いなく……」

 テーブルの上に載ったインスタントコーヒーのカップ。 その白いカップから立ち上る湯気が、独特の香りを室内に漂わせる。 キールはそれに砂糖を入れると、小さじでかき混ぜながら対面に座る女性の様子を探る。

(執務官にしては若いな……二十代前後ぐらいか? だが、内包する魔力量は凄まじい。 確実に高ランク級だ。 さて、何を聞きにきたのやら……) 

 警戒しながら、それでも笑顔を浮かべながらキールは対応する。 平然と、なんでもない風を装って。 

「しかし、珍しいですね。 時空管理局の人がこちらに来る時といえば、大抵防護服姿か制服姿でやってくるんですが……スーツ姿ですか。 僕は初めてみましたよ」

「どちらかといえば、今日は個人的に聞きたいことがいくつかありましたので……制服姿の方が良かったですか?」

「いえ、どちらでも構いませんよ。 正直にいえば、堅苦しくない私服とかの方が楽でいいですね。 その、僕のほうもめかし込まないとって、思ってしまいますから」

 右手で頭をかきながら、一族のローブを掴んで合図する。 一応、それはスクライア一族のユニフォーム<作業服>のようなものだ。 大抵のスクライア一族は街にでもでない限りはそれか、ラフな私服姿ばかり。 キールとしてもスーツ姿で畏まられると、妙に調子が狂うのだ。 スーツを着るときというのは、大抵営業に出たり講義の仕事が入ったときが多い。 スーツとはある意味勝負服のようなイメージがキールにはあった。

「ふふっ。 あ、頂きますね」

 その言い様に苦笑しながら、女性がコーヒーに手を伸ばす。 ミルクをいれ、砂糖の小瓶を手に取りそしてキールの前で五杯ほど入れてスプーンをかき回す。 キールはさすがに、それはさすがに甘すぎないかなと思ったが、世の中には紅茶に二十杯ぐらい砂糖を投入する甘党と呼ばれる人間もいる。 失礼のないようにスルーして、言葉を待った。

 ゆっくりとカップに唇をつけるその女性。 執務官といえば厳格そうなイメージがあるが、目の前の女性はそういう類ではないらしい。 若干肩の力が抜けてきたのを自覚したキールもまたコーヒーで喉を潤す。 

「それで……僕に話を聞きたいというのはどういうことですか? 一応、僕もスクライア一族なので考古学については普通の人より詳しいという自負はありますが、執務官の方が僕を名指しして訪ねたいことっていうのは、イマイチ想像できないんですが……」

 しかも、執務官が”個人的”に聞きたいという事柄などキールには想像ができない。 彼関係でもなければ、キール個人が対応しなければならないことなど想像ができないのだ。

「実は、九年前のデスティニーランドでの事件のことをもう一度お伺いしたいのです。 覚えてらっしゃいますか?」

「デスティニーランド……ですか? ええ、それはまぁ覚えていますが……」

 烈火の剣精アギトを狙った次元犯罪組織である『古代の叡智』の実行部隊、リビングデッド<屍人>に襲われた事件だ。 偶々守護騎士たちとの顔合わせの時に襲われたため、闇の書の主と守護騎士たちの力で難を逃れることができた。 さすがに、自分たちが当事者の事件のことだ。 九年前のこととはいえ、覚えていた。

「実は、とある筋から『古代の叡智』があの時に壊滅していたという話を聞きまして、もう一度当事者の方から話を伺いたいと思っていたんです」

「――は?」

 さすがに、その言葉にはキールも驚かずにはいられない。 確かに、リビングデッドを守護騎士たちが倒したという話は聞いていたが、それ以上の話を彼は知らないのだ。 

「あ、えと……僕の聞き間違いですかね? 今、九年前に古代の叡智が壊滅していたって聞こえたんですが……」

「ええ、そう言いましたけど何か?」

「いえ、そう……ですか。 あの時に……滅んでいたんですか」

 キールは考える。 だから、”あれ以来”リビングデッドにちょっかいを出されることが無かったのか、と。 守護騎士である三人娘がいた頃も、彼女たちが合流する前も、リビングデッドは再び現れることはなかった。 組織だって動いていたのだとしたら、報復でもされるかと当時は考えていたものだが、なるほど。 ”そうだった”のだとしたら、何も無かったことに頷けた。 思わず、安堵のため息をついてしまった。

「なるほど、だから僕のところへ来たんですか」

「そういうことになります。 ですが、どうやら貴方もご存知なかったようですね」

「僕たちの専門は考古学ですから。 それ以外というと、テレビやニュースでやってること以上のことははさすがに分かりませんから。 しかし、凄いですね時空管理局は。 奴ら、正体不明の連中だったと聞いていますよ。 壊滅を確認できたってことは、元関係者の誰かでも捕まえたってことでしょう? 次元世界の警察の名は伊達ではないですね」

「そうだったら、良かったんですが……」

「というと?」

「先ほどの話は、あくまでも未確認情報なのでまだはっきりとしていないんですよ」

「そうなんですか? でしたら、そういう内部情報の類は一般人の僕なんかに話すのはまずいんじゃ……」

「ええ、ですのでオフレコでお願いしますね」

「はは、了解しました」

 未確認情報だからこそ、確認したい。 執務官らしく足で稼ぎに来たのだと思えば、キールとしても頷かないわけにはいかない。

「一応当時の担当者にも話は聞きましたが、当事者の方の方が何かピンと来るものがあるのではないかと思いまして、伺わせてもらいました」

「いえ、これぐらいはお安い御用ですよ。 他には、何かありますか?」

「そうですね。 当時事情聴取したレベルのことはもう記録が残っているのでこの件に関してはあと二、三確認したいことがあるぐらいです」

(この件に関しては?)

 きな臭い言い回しだ。 執務官が足元においてあるバッグに手を伸ばす間、キールは安心させて突き落とされた気分を味わってしまう。 顔にでていないとは思うが、それでもコーヒーを飲みながら乾きそうになっていた口内を湿らせた。

「この写真を見ていただけますか?」

「……これは?」

 裏返りそうになる声をなんとな堪えこんでキールは言う。 テーブルの上に置かれた四枚の写真にはそれぞれ四人の人物が写っている。 写っているのは剣を構えた騎士、鉄槌を構えた騎士、藍色の毛並みを持つ狼、そして彼の良く知っている湖の騎士の四人だ。

 ――守護騎士ヴォルケンリッター。 闇の書の生み出す魔法プログラムにして、主と書を護る四人組である。 来るべきときが来たかと、キールは思った。 

「調書の中に貴方たちの発言記録が残っていました。 もしかしたらと思いますけど、貴方がたが助けてくれたと言ったベルカの騎士はこの中に二人いませんか?」

「……」

「剣とハンマーを振る二人の男性だったという話ですが……」

 確かに、彼女たちそのままだ。 キールは写真に目を落したまま、業とらしく顎を撫でる。 だが、ふと手にとった写真を眺めていった。

「ええ、もう随分と昔の話ですけど……言われてみればそこはかとなく似ているような気はしますね」

「そうですか。 しかし、見たところ明らかに女性のように見えますが……どうして調書では男性などと?」

「多分ですけど、服装の違いではないですかね。 ここに写っている二人は、それこそそれ相応の格好をしていれば男性に見えないこともないですからね。 非常事態でしたし、勘違い……してたのかな?」

 剣の騎士はやや女顔の男性に、鉄槌の騎士は少年に確かに見えないこともないと、そうキールは言う。 次元世界には某世界のタカラヅカなどのように男性が女性役をやったり、その逆に男性が女性役をやったりするものがある。 そういう、異性を演じる文化というのはミッドチルダや他の次元世界にも完全に無いわけではないのだ。

「厄介ごとはごめんだって感じで去っていきましたからね。 管理局と反りが会わない類の人たちが変装してた……のかな。 本人たちに聞いてみないと分かりませんが」

「なるほど……」

 反管理局の思想を持った人間は未だに健在である。 そういう人間だったのだとしたら、確かに辻褄は合いそうだ。 リンディもその変装説は闇の書の”守護騎士”を隠すためのそれらしい手段に思えたのでそれ以上の追求はしない。 その事情をある程度推察できてしまうが故に納得してしまった。

「……」

 だが、そんなリンディの胸のうちはともかくとして、キールは自分で言っておきながら内心では吹きそうだった。 単純にハマり役過ぎたのだ。 男性役で銀幕デビューしたシグナムや、やんちゃな少年を演じるヴィータなど、想像しただけでも簡単に笑いがこみ上げてきてしまう。

(特にシグナムさんは男装が似合いそうだけど、後で知られたら怒られそうだなぁ。 これは、僕の胸のうちだけにそっと仕舞って処理しておこう。 うん、そうしよう)

 続いてお約束の如くシャマルの想像をしてみるが、それはどうしても上手くいかなかった。 なんとなく黒いサングラスにトレンチコートを装備させて堅物な刑事役をさせるところまでは想像できたが、その先が思い浮かばない。 やはり、エプロンなどを装備させて保母さん役とかのそれらしい女性役というのが、彼女のイメージに圧倒的に合うのである。

「うーん……」

 真剣な表情でテーブルの上の写真に目を向けるキール。 リンディは真剣な様子で写真を眺めるその男の様子から、随分と管理局に協力的な方だなぁと更に勘違いした。









 スクライア一族の航行艦といえば、少し前までは老朽艦であった。 なにせ、その流浪の一族は管理世界では考古学では有名なものの、それ以外ではそれほど有名ではない。 普通の会社に就職したり、管理局に就職するモノもいるが大抵は皆考古学に魂を売っているような連中がばかりなのだ。 だが、生きるためには金がいる。 考古学は直接的に金を得るのは難しいのだ。 だからこそロストロギアの鑑定の仕事や、学校の講師の仕事などもスクライア一族は請け負う。

 スポンサーとしても、普通の会社に投資するような気分では考古学に金を落せない。 いくら彼らがその道のプロフェッショナル集団であるとはいえ、限度はある。 発掘機材のリース代や、移動用の航行艦を整備するための資金。 余計な出費をしたい人間など織らず、彼らの仕事に理解を示し尚且つ十分な研究が出来るほどの額をポンと出せる金持ちはそれほど多くない。 そういう意味で言えば、族長のミシェル・スクライアの孫が紹介してきたスポンサーというのは彼らに破格の待遇を与えたといっても過言ではなかった。

 何せ、中古とはいえ金食い虫である次元航行艦を三隻も気前良くスクライア一族に譲渡したのだ。 その日、ミシェルは契約書の文面を一文一文で確認する度に心臓が止まるかと思うほど面食らったことをまだ覚えていた。

「船の調子は良さそうですね。 一応、長期航行用にフルチューンしておきましたけど、できれば一年に一度は我が社のドッグにいらしてください。 無償で修理をさせていただきますから」

 古い知り合いたる黒銀の受付嬢が、相変わらずの笑顔でそう言う。 邪気が無く、異性でなくても思わず惹かそうになるほどの美しい微笑みだ。 とはいえ、ミシェルからすればその笑顔が恐ろしくてたまらない。 何もかもが優遇されすぎていた。 そのことに、彼女は警戒心を抱かないわけがなかった。 そもそも、ルナ・ストラウスのミッドガルズへの利益還元という意味では、スクライア一族はまだまだその恩を返せるほどのものが無い。 その知識を生かしたTV番組やフェレットCMの出演依頼などの話もできるだけ受けたが、それではまかない切れない程の額が動いていることだけは確かだった。

「いえいえ、こちらで出来ることは出来る限りさせて下さいな。 貴女の好意に甘えるだけでは、私たちの自立心が目減りしてしまいます」

 小さなフェレット姿に老眼鏡をかけた姿のミシェルは、ストラウスにそう返した。 借りを作りすぎて良い相手ではない。 時空管理局の依頼もこなしているスクライア一族の長という立場もある。 自治世界の重鎮と仲良くしすぎていらぬ詮索をされたくもない。 適度な距離を保ちたいというのが本音であった。

「ふふ、ご謙遜を。 管理世界では貴女方スクライア一族以上に考古学や歴史に人生を掛けている一族はいらっしゃらない。 自他共に認める歴史の探求者たる貴女方が、自立心をすり減らすことなどないでしょう。 私はただ歴史を後世に刻む大切な仕事のお手伝いを申し出ただけ……」

「それが”本心”であれば、私も肩の荷が降りるのですが……」

 老眼鏡を外し、ハンカチで拭くミシェル。 既にミシェルの年齢は七十を超えている。 人間の姿よりも魔法で変身したフェレット姿の方が楽なほどにその体は老いていた。 心労が募るのはあまり良くない。

「私はどうしてもミーアのことが心配なのですよ。 ストラウスさんの溢れんばかりの好意は確かに一族としても在り難いのだけど、貴女の隣で大あくびをしている”少女”が私はとっても怖いの」

「ふぁぁぁ、失礼ねミシェル。 アレは貴女が私の用意した遺跡ばかり荒らすからちょっと懲らしめただけでしょ。 まだ根に持ってるの? あんな五十年は昔のことを」

「ええ、ええ、覚えてますとも。 貴女からしたらそんな程度の認識でしょうけど、私たちからすれば古代ベルカのお宝を前にしてお預けを食らわされたようなもの。 いくら凶悪な番人に居座れようとも、ただ座しているだけなど、スクライア一族に生まれたからには到底不可能なことだったわ」

 遥か遠い昔の話だ。 ミーアと同じように、古代ベルカが専門だったミシェル・スクライアは、若かりし日に管理世界と自治世界などという真実どうでも良い垣根を越えてベルカについて広く探求した。 そしてその果てに彼女は五つの遺跡で彼女に出会った。

 なりは小さい癖に嫌に尊大だった黒髪の少女。 雇っていたミッドガルズの護衛も悉く倒されたときには、ここで死ぬのかと思ったほどである。 その敵の二つ名を、『ソードダンサー』と言う。

「トップの貴女がそんなだから、いつまで経ってもスクライア一族の好奇心が止まらないのよ。 本当にいつか、貴女たちはとんでないモノを掘り返して痛い目見るわよ」

「それこそ、私たちにすれば望むところ。 ”黒歴史”だろうと何だろうと、歴史とは後世に紡がれていく教訓にして反面教師という名の教科書よ。 己のルーツさえ満足に知らぬ私たちが、唯一それを知れる過去への道標。 欲するのは当然よ」

「過去ばかり探しても、前には進めないわよ」

「未来のために、過去を顧みなくてはならない。 積み重ねた先にこそ未来は広がる。 過去無き未来などありはしないでしょう」

「よく言うわ。 知った癖に伝えることを放棄した”貴女”が」

「黙らっしゃい。 ”アレ”は、今更掘り返したところでどうしようもないものよ。 ミッシングリンク<空白期>など、もう誰も知らなくても良いの。 それに私のことを言う貴女こそどうなの? いい加減数百年以上停滞してくる癖に、よく人のことをとやかく言えたものね”シリウス・ナイトスカイ”」

「年寄りの忠告は聞くもの。 そうでしょう”ミシェルお婆ちゃん”」

「ええ、ええ、そうでしょうね”カグヤお婆ちゃん”」

「お婆ちゃんにお婆ちゃんと呼ばれるのは、妙な気分ね」

 カグヤが肩をすくめたところで、ストラウスが楽しそうに口を開いた。

「あらあらあら、だったら私のことはどう呼んで下さるのかしら? ねぇ、ミシェルちゃん」

「ヴァルハラの神話時代から生きる吸血鬼に、そもそも年齢という概念があるのかしら。 だいたい吸血鬼という俗称さえ、本当かどうか怪しい癖に」

「んんー。 在るといえば在るし、無いといえば無いのかも……」

「羨ましい話ね。 年齢に悩む女性全てに喧嘩を売っている台詞よそれ」

「あらあらあら? そういうカグヤちゃんも似たようなものじゃない」

「意味は無いけど無駄に年齢が加算されていく事実があるわ。 最近は私みたいなのロ○バ○ァとか呼ぶんでしょ?」

「その幼い姿でいるときだけわね。 それは一応希少価値……一部では誇るべきステータスなのよカグヤちゃん」

「どこの誰にとってよ」

 どうでも良いとばかりに、頬杖をつく。 その仕草は、実年齢からすれば凡そ若々しい。 ミシェルも老眼鏡をかけ直しながら、その年齢に比例しない子供染みた仕草に呆れ果てる。

「まぁ、ストラウスさんはともかく、この”性悪襟首女”がそれを分かる日は未来永劫やって来ないでしょうね。 聞いてるわよミーアから。 相変わらず、妖怪染みたことをして楽しんでるんでしょう? 精神年齢まで停滞してるみたいで心の底から安心したわ」

「ふんっ、本当にスクライア一族の女は進歩が無いわね。 毛並みを愛玩すると大人しくなるところまでそっくりよ貴女の孫は」

「当然でしょう。 私の可愛い孫なんだから」

 ニヤリと唇を釣り上げた老フェレットは、そのまま楽しそうに笑う。 その笑い方はあまりにもミーアに似ていた。 思わず、カグヤとストラウスはそこに血の繋がりを垣間見る。

「ところで、聞いたわよ貴女」

「何をよ?」

「ウチの孫が貴女のほっぺたに肉球の後を刻んだのよね?」

「そういうこともあったかもね」

「ふふふ。 私は後ろ足で思いっきりやってやったっけね。 写真に残せなかったのが残念だったわ。 どう? あの時の屈辱は思い出せたかしら」

「後生憎様。 思い出せたのは気持ち良い肉球の感触だけだよ。 貴女たち、毛並みと肉球の気持ち良さだけは誇っていいわね。 それだけは私も認めざるを得ないもの」

「相変わらず、可愛げのない女……」

「そっちもね」

 正に水と油だ。 究極的に微妙に反りがあわないこの二人。 ストラウスはそんな二人を見ながら、相変わらず終始笑顔の構えを取る。 まるで仲が良い子供たちのじゃれ合いを微笑ましく見守るお母さんのようであった。

「まあいいわ。 このままにらみ合っていても話は進まないものね。 それで、今日は一体どういう用件で?」

「年に一度の契約更新手続きのために……かな? 後は、久しぶりにミシェルの顔を見にね」

「もうそんな時期だったかしら。 でも次からはいつものようにアポを取ってからにして下さいな」

「いつもならそうするんだけど、カグヤちゃんが驚かせてやろうって言ったのよ」

「お茶目な催しでしょ?」

「年寄りの心臓を凍らせるような悪戯はお茶目とは言わないの。 自重しなさいな」

「そうね、いい加減心臓発作が心配な歳だものね」

「歯に衣着せなさい」

「何よ、古いお友達の体を心配をして上げただけじゃない」

「貴女はただ楽しんでるだけでしょう」

「さぁて、どうかしらね?」

「はぁ……ストラウスさんも、どうしてこの偏屈がお気に入りなの? 私にはとんと分からないのだけれど……」

「え? 可愛いじゃないカグヤちゃん」

「可愛げの欠片も無いように私には見えるのだけれど」

「大丈夫、心配しなくてもミシェルちゃんも可愛いわよ」

 まったく答えになっていない。 だが、そんなミシェルの様子などストラウスはまったく気にしない。 そのままミシェルの体を両腕で抱き上げると、毛並みを撫でた。  ミシェルはそのまま成されるがままになる。 懐かしいストラウスの手の感触が背中から毛並みを撫でらていく。 隣の少女もまた、つつくようにして毛並みを触ってきた。

「老いて視力が落ちたから見えないんじゃない? ほら、メガネしてるし」

「普通の人間は老いれば自然と視力が落ちるものなの」

「剥れない剥れない。 さぁさぁ、契約更新のサインをしましょうねぇ」

「こういうの、アニマル接待っていうのかしらね」

「うーん、どうかな。 でも、たったそれだけで私からポケットマネーを使わせようと思う貴方たちの毛並みこそ、私は莫大な富をつぎ込んでも維持したいかなぁって思っちゃうわ」

「呆れた、アレ全部ポケットマネーだったの?」

「書類に書いてあったしょう? ミッドガルズとの契約じゃなくて、実質私との個人契約よ。 だって、でないと採算が取れないから会社に迷惑かけちゃうもの」

「……相変わらず、スケールの大きい人ね」

「ミシェルちゃんの毛並みもね。 次元世界で上から数えた方がいいぐらいの価値があるもの」

「まぁ、契約のことはいいわ。 どうせこちらの台所事情が苦しいのは知ってて言ってるんでしょうし。 でも、あの子のことは別。 貴女たちはあの娘をどうしたいの? 私ができなかったことをさせたいの?」

「別段は何も? 何かして欲しいわけでもないし、”黒歴史”をスクライア一族の名で公表させて管理世界を震撼させたいわけでもないわ」

「それは”嘘”ね。 ”ソードダンサー”はストラウスさんと違って善意だけでは動かないもの」

「失礼な。 これでも色々と便宜を図ってあげてるのに……」

「それもこれも、貴女があの娘に余計なことを吹き込まなければ必要さえなかったでしょうに……」

 闇の書の主や守護騎士たちにしてもそうだ。 カグヤに関わる案件の匂いがしたせいで、優遇はしたがそれ以上する気はミシェルにだって無かった。 孫の嘆願もあったが、必要以上に踏み込ませるつもりはなかったのだ。 しかし、彼女の孫は如何せん活動的過ぎた。 キールという目付け役を巧みに使って自治世界にまで飛び出してしまったのだ。 心配しないわけにはいかなかった。

「貴女に似てとても元気で結構なことじゃない。 可愛い孫には旅をさせろって言うじゃない?」

「本当、怖い人ね。 何を考えてるのかサッパリ分からない」

「あら、聞いたストラウス? 貴女を怖がる人なんて私初めて見たわよ」

「貴女のことよ貴女の!! まったく、停滞しすぎて進歩もしてないじゃない。 そりゃあね、ストラウスさんは見た目とは違って得体の知れなさでは怖いけれど、それを除けば貴女よりは数億倍マシよ」

「あらあらあら、また可愛いこと言ってくれるじゃないミシェルちゃん。 これはもっともっとサービスしてあげなきゃいけないかしら」

「結構です。 私の生きている間に返せない利子なんて、次代に任せて逝きたくなんてないもの」

「あら……お友達から利子なんて取ってるのストラウス?」

「いいえ。 無利子無担保無返済、踏み倒し上等の契約だから実質寄付してるみたいなものだけど?」

「何それ。 甘やかしすぎもいいとこじゃない」

 さすがに、契約条件が無茶苦茶だ。 カグヤが驚くのも無理は無い。 が、ストラウスにとってはそうでもないらしかった。 お小遣いをちょっと上げた程度の感覚なのだろう。

「そんなスポンサーがいきなり現れた私の身になってみなさいよ。 いつからこの世は天国になったのかって、自分がロストロギアにでも都合の良過ぎる夢を見せられてるんじゃないかって疑ったわ。 というか、善意のレベルが桁違いだから、何かとんでもないことをさせられるんじゃないかって、思わず疑心暗鬼になってしまったわよ」

「ぷっ、くくくく。 ストラウスに限ってそんなことありえないのに、凄い被害妄想だわね」

「だまらっしゃい”襟首女”」

「そうよ、心外だわミシェルちゃん。 それだったら私、きちんと書面にして配布してから”全力”で潰しにいくわよ」

「……だから、そういうこと笑顔でサラッと言えるから恐ろしいのよ貴女は」

「あら、あらあらあら?」

 小首を傾げて困ったように笑うストラウス。 本人は本気でそれが普通だと思っているという事実が、”常識”から乖離しすぎたルナ・ストラウスの恐ろしいところである。 彼女は笑顔でそれができる。 その事実が、ミシェルには恐ろしくてたまらない。 危機感知の嗅覚が、第六感を刺激して止まないのだ。

 根は善人だと分かっていても、善人過ぎて理解ができない。 まったく悪意無く、善意だけしかない聖人君子が恐れられて裏切られるのと同じだ。 理解できないが故にこそ恐ろしい。 その精神も、その力も、その在り方も何もかにもが違い過ぎる。 そんな存在と付き合っていくのは、本当に骨が折れる。 カグヤも理解できないが、それ以上に理解できないのがストラウスという人物なのだ。

「はぁぁ……本当、貴女たちと一緒にいると疲れるわ」

「それは大変。 ご老体に無理させちゃあいけないし、素早く契約しなくちゃね」

 嬉々として書類を取り出すと、テーブルの上に置くストラウス。 その頃にはカグヤは再び欠伸をしながらソファーの上で目を瞑っていた。 当然、契約を終えてもそのままだったカグヤにミシェルは肉球で奇襲攻撃を敢行する。 久しぶりのその頬っぺたの感触は、相も変わらずプニプニであった。

――だが、さすがに肉球の跡は今回はつけられなかった。 

 半眼で空中に浮かぶ老フェレットを見下ろす紅眼の主の唇が歪んだかと思えば、いつの間にか両手でその体が捕獲されていた。

「いい年したお婆ちゃんが、なに子供染みたことやってるのよ」

「可愛い孫の代わって、正義のお仕置きを少し……」

「ふーん……ストラウス」

「なにかしら」

「ご老体は少し疲れたそうよ。 全身マッサージでもしてあげれば喜ぶんじゃない?」

「まぁっ!!」

「ちょっ、待ちなさい!? 駄目、貴女のはただくすぐったいだけだから絶対に駄目よ!!」

 ワキワキと、楽しげに両手を開くストラウス。 まだミーアが食らっていない究極の愛玩攻撃の前兆である。 逃げようにもカグヤに両手で掴まれているミシェルは逃げられない。 必死にジタバタともがくが、悪魔のような女の魔手はその程度では外れなかった。

――次の瞬間、ストラウスの手がミシェルを襲った。








「あれ、今お婆ちゃんの笑い声が聞こえた……ような?」
 
「そうかぁ? アタシのセンサーには何も聞こえなかったけどなぁ」

「んん? ま、いっか。 それより、どこでキールが執務官の人と話し合いしてるかだよねぇ。 この一番艦か二番艦か、それとも三番艦かな?」

 かつての老朽艦は全部中古で売り払われたせいで、ミーアはまだ新しい船に詳しくはない。 一応荷物などはちゃんと用意された自分の部屋に運ばれてはいたものの、最近はほとんどヴァルハラを中心に活動していたせいで慣れていなかった。

「オンボロ船から一転して綺麗な船になったけど、うーん、今度は逆に広すぎるぐらいだよねぇ……。 フェレット姿で皆で缶詰になってた頃が懐かしいや」

「維持費とか、大丈夫なのかよ。 大きな船ってそれだけ金がかかるんだろうぉ?」

「問題ないない。 ストラウスさんからぼったくるから大丈夫なの」

「あら? そうなのミーアちゃん」

「……アレ? ドウシテ、ストラウスサンガココニ?」

 いつの間にやら、通路の先にストラウスとカグヤがいた。 ストラウスの腕の中には何故かグッタリとしたミシェルがいる。 とはいえ、さすがに不味い発言を不味い人に聞かれたものである。 ミーアが思わず、引きつったような笑みを浮かべたのも無理は無い。

「契約の更新でちょっと……ね。 それに、ミシェルちゃんにも久しぶりに会いたかったのよ」

「そ、そうなんだ。 アレ? お婆ちゃんと仲いいの?」

「昔格安で魔導師を斡旋して上げたことがあるのよ。 その時は敵がカグヤちゃんだって知らなかったから、高ランク級魔導師を三人程サービスしてつけたげたんだけど、全滅した後で金返せって言われたわ。 付き合いは……まぁ、その時にクレームを受けてからかな?」

「ふーん。 そっかぁ……だから、ストラウスさんは私たちに特別親切にしてくれてたんだね」

「ああ、それは私が頼んだからでミシェルは関係ないわよ」

「貴女には聞いてないよ襟首女!! 私とストラウスさんのスウィートトークに割って入らないの!!」

「ふふっ。 相変わらず、カグヤちゃんと仲がいいわねぇ」

「ぜんっぜんだよストラウスさん!! ええい、貴女のせいでとんでもない勘違いされちゃったじゃない」

「貴女も、本当にそういうところ進歩しないわね」

「フッ――」

 だが、そんなカグヤの言葉をミーアは嘲笑うようにして笑みを浮かべた。 心なしかカグヤに対して勝ち誇っているような感じである。 訝しげにカグヤがミーアを見上げる。 すると、何故かミーアはシナを作るようにしてポーズを取った。

「どう、ここ九年で進化したこの私のナイスバディ!! 襟首女よりも圧倒的に高くなった身長に、男共を虜にするこのそこはかとない胸の膨らみ。 まだちょっと全体的にはアレだけど、まだまだ成長の余地が私にはあるもん。 正に、戦闘力の差は歴然!! 成長できない貴女と比べて私は日々進化してるんだよ!!」

「……」

 さすがに言いたいことは二人ともが理解した。 後ろにいたアギトも、過去と比べればという意味ではその成長具合を認めざるを得ないぐらいだ。 とはいえ、六歳の頃と比べたらさすがにそれは当たり前の感想だったが。

「あらあら、ミーアちゃんも随分と成長したものねぇ。 もう立派なレディよ。 今度私と一緒に社交パーティーにでも出てみる?」

「え? あ、でも私ダンスなんて全然だよ」 

「大丈夫大丈夫。 手取り足取り教えてあげるから」

「んんー、じゃあ出てみようかなぁ? どうせ襟首女は子供用の小さいドレスしか無理だろうし……それじゃあ、この私が会場の視線を独り占めする大人の色気って奴をストラウスさんと一緒にご提供――」

 と、いい感じにミーアが乗せられたところで、ミーアの視界から外れたカグヤが気配を消して後ろ側に回り込んだ。 アギトはそれが目に入ってはいたものの、その次の行為によって声を上げることさえできなかった。

 いきなり、カグヤの容姿が変化したのだ。 ミーアは現在十五歳だったが、それよりも更に大人びて見える姿だ。 二十代前半ぐらいだろうか?  アギトは思わず口をパクパクと開けて、指を差すことしかできない。

「ねぇ、ミーア。 誰が子供用のドレスしか着れないのかしら」

「それは勿論、何故か全然身長が成長しないどこかの性悪フリーランス魔導師が、だよ」

「へぇぇぇ……そうなんだ」

「うん、そうだ……よ……お?」

 宿敵の声が、耳元からした。 ハッと気がついた頃には、後ろからミーアは何者かに抱きしめられていた。 今のミーアよりも確実に背丈は高い。 また、同時にその声には覚えがあり過ぎた。 油が切れたロボットの如く、硬い仕草でミーアがゆっくりと首を後方に向ける。 すると、やや斜め上に位置する紅眼の主と視線が合った。 そこには、意地の悪い笑みが浮かんでいた。

「あ、れ? 変身魔法……じゃない!?」

「違うわ。 原理は教えてあげないけど、これが二十歳の私。 どうかしら。 そこそこに色気はあると自負しているのだけれど……」

「ミルク飲みすぎじゃないかな? かな?」

 追い抜いたはずの戦闘能力が、何故かまた追い抜かされていた。 身長はもとより、何やら背中に当たる物体の大きさでもだ。 見て確認せずとも、ミーアは本能で理解した。 間違いなく、シグナム・シャマル級だろう。 発展途上な存在が勝てる大きさではなかった。

「う、うわぁぁんストラウスさぁぁぁん。 女の敵がいるよぉぉぉ!!」

「よしよし。 もうミーアちゃんを苛めちゃだめでしょカグヤちゃん」

 甘えるようにストラウスに抱きつくミーア。 内心では、甘えることで少し前の発言を誤魔化すような意図もあったのだが、ふとそれの存在に気づいて更に震え上がる。

「……あら? どうしたのミーアちゃん。 急に元気がなくなっちゃったけど……」

 そのボリュームは圧倒的だった。 宿敵さえ抗えない、そんな絶対なる王者の貫禄がそこにはある。 当然、それ以外でもハイスペックだ。 ストラウスはあらゆる意味で比べてはならない相手であった。

「……可哀想に。 盛大に自爆したわね」

 遠い目をしたカグヤが、敗残兵をそのままにいつもの姿へと戻っていく。 どれだけ慰めたところで、その威容を前にして戦慄しない女はいない。 そうやって、絶対的な壁にぶちあたった後に女は確固たる自分だけの武器<オンリーワンウェポン>を探していくものなのである。

 美貌とはやはり切磋琢磨した努力の果てにこそ顕現するものだ。 少なくともそうやって信じられてきた。 だが本当にそうなのだろうかと、ミーアはその日に考えた。 格差社会は、何も魔導師や社会人の貧富の差だけに留まるものではないらしい。 どうやら、こんな身近な所にまで潜んでいるようである。

「……アタシも、そういうの気にした方がいいのかなぁ。 そこそこだと思うけど……どうなんだぁ? サイズが違いすぎるからイマイチ分かんないや」

 煤けたミーアを眺めながらアギトがボヤく。 そもそも彼女は純粋な生物ではないから、身体的な成長とは無縁である。 己の体と見比べながら、腕組して考えた。 当然、その素朴な疑問に答えられる人など周囲にはいなかった。












「それでは、お忙しいところをありがとうございました」

「いえ、ご苦労様です。 また、何かあればいらっしゃって下さい。 スクライア一族は時空管理局の方には喜んで協力させていただきますから」

 トランスポーター<転移装置>まで付き添い、執務官を見送ったキールは盛大に息を吐くと、そのまま自室へと足を向けた。 終わってしまえば、呆気ないものだ。 キールとしては執務官がもっと突っ込んで来るかと思ったのだが、どうやら彼女は彼らが”彼”と親しかったことまでは調べられていなかったらしい。 そのせいで、過去に説明した程度のことぐらいしか尋ねられなかった。

「しかし、彼はスパイの訓練でも受けてたのかなぁ」

 相手は時空管理局だ。 例えば、彼らへの連絡先が書いたメモやデータを彼の部屋から押収し、当たりをつけるぐらいは簡単にやってのけそうだったので戦々恐々していたのだが、そういうわけではなかった。 となると、彼が諜報員よろしく証拠隠滅などをしていただろうことは簡単に想像ができた。

 自分たちへの通信は極力本局から出て道端の通信ボックスやフリーメールを使っていたことからも考えれば、自室でもそうだったのではないかとキールには思えてならない。 だが、そんな小心者とか臆病者だと思えるほど慎重な面もあるかと思えば、一人で敵の本願に突っ込むような大胆さまで持ち合わせている。 極端な方向にアンバランスというか、そういう印象をキールは彼に持っていた。

(まぁ、彼のことは一先ず置いておくしかないか。 それよりも時空管理局だな。 彼らは”彼の敵”を捕まえたりしてくれたりするのかな。 そうであったなら、彼も少しは浮かばれるだろう――)

 通路を歩く彼は、そんな安易なことを考える。 生きているのか、そうでないのか。 既にキールの中ではほとんど答えは出ている。 そういう風に構えて、ダメージを最小にした。 そして、次の希望へと目を向けて未来へと繋いでいる。 そんな彼にしても、やはりそれ相応の報いというのを、敵とやらに与えて欲しい想いは隠せない。

 優しい守護騎士の、シャマルとの時間を奪い去った連中など、とっととこの次元世界から消えて欲しかった。 他力本願であろうとも、そう思ってしまうほどにキールは冷静さを欠いていた。 いや、例え冷静であったとしてもそう思う暗い情念は消せはしない。 自制できる程度なら、そもそもキール・スクライアはこんなにもその心を揺さぶられたりはしないのだ。

 通路を歩く足が重い。 待ち続ける覚悟があったとしても、それは引きずってでも大事にするものだ。 今を慰める特効薬には成り難い。 ミーアやアギトに言ったことは本心だったが、それでも彼自身ダメージを追っていないということではないのだ。 ただ強がっているだけ。 ただ、それだけなのだから。

「ふぅ……」

 一人になった今、ため息がやけに増えた気がしてキールはその場で首を振るう。 いつの間にか、自室まで帰り着いていた。 自動ドアが一人でに開きキールを迎える。 中には、ダンボールに包まれた私物や資料が山積みにされている。 最小限の荷物で、探索拠点として間借りしたストラウス邸と比べればその部屋は随分と狭い。 いや、それだけではなくてどうも肌寒かった。 エアコンのせいではない。 そんなことは彼にだって分かっている。 それは、単純に独りでいることの寒さだった。

 ベッドに横なり、両腕を枕にして天井を見上げる。 照明は無遠慮にキールの眼を照らしつける。 だが、それさえも億劫に感じる。 ここには、前向きなキールはいない。 ただ一人になってしまった男がいるだけ。 安息はなく、ただただ寒い空虚な居場所。 こんなものなどとは比べ物にならない程暖かい場所を知ってしまったが故に、その差が彼を不満にさせる。 一時期は、そのまま『独りでも良いか』、などと思ったこともあったが、そんな侘しい選択さえも彼女との出会いが変えてしまった。

「寂しがっている? いや、それだけじゃない気もするな。 なんなんだろう。 ああ、くそ。 言葉が見つからない」

 良い大人が、何をやっているのか? 格好悪い。 酷く格好悪い。 そんな自分ではありたくはない。 そう思いながら、いつしか自然とキールはぼんやりとシャマルとの思い出を振り返っていた。 

「そういえば、初めて会ったのはデスティニーランドのときだったかな」

 クライドの守護騎士の一人であり、悪名高い闇の書の騎士。 そういう存在だと調べて、値踏みしていた。 いや、もっと悪く言えば警戒してもいたが、自然とそんなことは忘れていた。 それは、ミリア<ドッグ・アイ>との戦いの中で自然とそんなことを忘れていたからだったか。

――すいません、後ろをお願いします。

――わ、分かりました。

 その時には、互いに背中に庇ったミーアを護るように構えて共闘した。 ミラージュハイドで全く見えない相手を相手に、シャマルはデバイスの補助を得て次々と居場所を看破し鏡のようなシールドでダガーによる攻撃を受け止め弾き飛ばしていた。 更には撹乱用の彼女の幻影の中から本体を見破り、キールを襲ってきた彼女をデバイスの糸で絡めて捕らえようとしていた。 だが、ミリアもアグスタでは怪盗として名を馳せた魔導師。 戦闘向きではないとは言っても、高ランク級の魔力があった。 シャマルは善戦していたが、彼女もまた索敵と支援が得意な後方系の騎士だ。 単純な魔力差と、キールたちを庇っていることで劣勢を強いられていた。

 一生懸命だった。 護衛として、前に出て二人の前の敵に立ちはだかり続けた。 そんな姿を見せられたら、キールとしても怯えているだけではいられない。 クライドから貰ったシールドカッターを周囲に配置し、ミーアと一緒に援護した。 ミーアも護られるだけだけを嫌がったし、キールとしても男の矜持というものがあったのだ。

――シャマルさん、私たちも手伝うよ!! えい、シールドカッター!!

――すいません。

――謝らないで下さい。 それに、これから貴女方と共闘することもあると思います。 予行演習と行きましょう。 ね? それと、僕たちは素人ですから、指示してくれると助かります。

――……分かりました。 一緒にがんばりましょうキール……さん。

――ええ!!

 彼女は少し困ったような顔をしてはいたが、それでも三人で戦って最後までミリアの攻撃から耐え凌いだ。 ミリアを倒すことは難しかったが、それでも切り抜ければ勝ちであった。 そして、彼らを使役していた親玉が倒された頃にはミリアは消えた。 

――やった、私たちの勝ちだぁぁ!!

――お疲れ様です。

――ええ、本当。 助かりました。 ありがとうございました。

 切り抜けた後、そっと浮かべた安堵のような笑みは、特に眩しかった。 思えば、その時点で既にキール・スクライアはやられていたのかもしれない。 

「アレだけは変わらないよなぁ今も、昔も」

 女性の笑顔でコロっといかない男などいない。 特に、人一倍一生懸命なその彼女の見せた純真な笑みが、何よりもキールの脳裏に焼きついて消えない。 遺跡で面白そうな発見をしたときの顔や、初めて二人でデートした日の恥ずかしげな笑顔もそうだ。

 彼女は人一倍笑顔を絶やさない人だった。 人一倍、笑顔が純粋な人だった。 だからこそ安心して、のめり込むことができた。 それを独り占めできた幸福を、キールはどうしても忘れられない。 そして、同時にそれで良いのだと思っていた。 大事なモノがそこにはあったのだ。 共有した時間が、紡いだはずのどこにでもありふれたはずの何かがあった。 そんな不確かで曖昧なものを感じる度に、どうしようもなく心が躍った。

 それで、幸せではなかったなんてことは絶対に言えるわけもなく、それを追い続けたいと思う自分の正直な心を誤魔化すことなんてできなくて、キールは延々と思い出を振り返る。 だが、それでもずっとそんな幸福な場面だけに浸ることはできなかった。

――シャ……マルさん、その体……。

 二人でちょっと息抜きに公園を歩いていた日のことだった。 突然、シャマルの体がぶれ始めたのは。 

――キールさん、その、ごめんなさい。 私の守護騎士プログラムの演算が……止まっていってるみたい……。

――止まるって……そんな馬鹿な!?

 何もかもがいきなりだった。 そんな事実を認識したくなど無かった。 だが、時間はそんなにも与えられない。 キールは、震える手でシャマルの体を抱きしめることしかできなかった。 それで、一秒でもコンマ数秒でも長く彼女の存在を繋ぎとめていたかった。 しかし、両腕に抱いたはずの彼女の体から体の感覚は加速度的になくなっていった。 まるで、零れ落ちる砂を抱いているみたいだった。 

――書に何かあったのかも……ねぇ、キールさん。 これで、お別れだと思います。 だから……私のことは忘れてください。 そして、これからもミーアちゃんを貴方が護ってあげて。

――待ってください。 い、いきなり、そんなこれが最後みたいなこと言わない下さいよ!! お願いです!! お願いですよシャマルさん!!

――でも、それがきっと貴方が成すべきことのはず。 ただの魔法プログラムである私よりも、あの子のことを優先してあげて。 それがきっと、キールさんの使命で、義務だったんですから。

――違います!! 確かに、初めはそうだったかもしれません。 でも、でも、今の僕が最優先したいのは!!

――駄目ですよそれ以上は。 だって、それ以上言われたら私も困っちゃいますから。

 いつかのように、唇に差し出された人差し指がキールのそれに優しく触れる。 そのまま困った顔で嗜めるシャマルを見て、キールは彼女の前で泣いた。 その間にも、彼女の感触は消えていく。 体を構成している魔力が、空間に溶けていく。 死体さえ残らない、残された者のことを一切無視した完全なる消失に向けて、ただただ静かに儚く消えていく。

――う、あぁ……うぅ……。

 言葉にならなかった。 何かを言わなければならないのに、言葉が搾り出せない。 情けないぐらいに、涙で視界が滲んでいた。 だが、それでもキールは言わなければならなかった。 だから、最後の瞬間に言ったのだ。

――約束……しましょう……シャマル。

――約束……ですか?

――いつか!! そう……いつかですよ!! もし、今お互いの持っている仕事が全部終わったら、そのときは……その時は僕と一緒に……。

 吐き出さなければならない言葉が、最後には掠れた。 最後まで、格好が悪い。 だが、それでもシャマルはそんなキールに頷いて笑ってくれたのだ。

――はい、キー――

 その返事を最後に、シャマルの実体が完全に消えた。 両腕の重みが完全に無くなり、空気の塊と抱擁する馬鹿な男が出来上がる。 だが、それでもしばらくキールはその場から動けない。 その空気の中に、魔力に解けた彼女がいた。 彼女の残滓の残した暖かさがあったのだ。 中々その場から動くことができず、結局はミーアとアギトからヴィータやシグナムが消えたという念話が来るまでそのままだった。

 それが、キール・スクライアにとっての幸福の終わりだ。

「……」

 九年間は長い。 今日、数ヶ月や一年程度の交際で結婚するような現代社会で、それだけ一緒にいる男女というのは職場や旧友を除けばほとんどないだろう。 その中でシャマル以上の人などキール・スクライアにはもう想像さえできない。 既に、そう結論は出ていた。 それを超えるリアルなど、未だかつて彼は観測したことがない。 だから、その咄嗟の約束を最後まで追う。
 そのためには――、

「――思い出に浸るのも、自重しないとな」

 でなければ、きっとシャマルに嫌われてしまう。 それはきっと、今この瞬間よりももっととてつもなく恐ろしいことに違いない。

(彼女と僕の約束だ。 絶対にそれを、僕のほうから反故にするわけにはいかない。 だから……)

 やることをやる。 そして、その上で帰って来なければ探しにいけば良い。チャンスが無いわけではなく、それができない理由もない。 キール・スクライアは魔導師で、次元を渡る力もちゃんと備わっている。 どんなに遠い次元世界に書と共に現れようと、彼女を追うことができないわけではないのだ。 それに、まだ大事な仕事の途中である。 嘆き続ける暇なんてない。 そろそろ独り立ちしても良い頃だが、何かと”彼女”は元気すぎる。 目付け役がいないと、どこかで何をするか分からない。

(そう、こんな風にいつまでたってもドタバタしてるんだ。 シャマルさんが心配するのも無理は無い)

 何故か、キールの名を叫びながら件の少女の声が響いてくる。 それに気がついたキールは、苦笑しながら部屋を出る。 すると、アギトを引き連れた彼女が一目散にやってきた。

「ちょっとキール!! お兄さんたちを悪者にしたの!?」

「いや、執務官の人なら特にそういうこと聞くこともなく帰って行ったよ」

「え、どうして!?」

「どうもヴァルハラへソードダンサーに会いに行くついでに寄ったらしくてね。 九年前のことと、スクライア一族が知ってる闇の書のことについて聞かれたぐらいで、すぐに帰っちゃったよ」

「うえぇ!? で、でもその人管理局員なんでしょ!? 絶対門前払いされるに決まってるよ!!」

「うん、僕もそう言ったんだけど……相手もそれは覚悟していたみたいだったよ。 でも、それでも行くんだってさ。 通信じゃあ埒が明かないからって。 どうやらその娘、”彼”と仲が良かった人みたいでね……確かめたいことがあるからって、止めても聞いてくれなかったよ」

「あ……まさかその人、リンディなんとかっていう人?」

「あ、ああ。 よく知ってたねミーア。 執務官のリンディ・ハラオウンって言う人だよ」

「その人、お兄さんがこっそり部屋にツーショット写真置いてた人だよ!!」

「へぇ……そうなのかい? いや、彼の部屋に僕は行ってないからさ。 なにやらただならぬ仲なのかって思ってはいたんだけど、それだと失敗したかな……」

 痛いほどにその気持ちが今のキールには分かる。 どんな小さな話でも知りたかったはずだ。 だから、”ヴァルハラ”へ行くのだろう。

「そっか。 あの人も探してるんだ。 お兄さんの無事を信じて……」

「かもしれないね」

「ん、だったら私たちも負けてられないね。 キール、もう一度ヴァルハラへ行こう!! ”いつか”帰ってきたお兄さんたちに、絶対私たちの研究成果を見せつけて唸らせてやるんだ!!」

「うん。 それは僕も賛成だよ」

「そうと決まれば準備だね。 今ならストラウスさんとあの女がいるから、タダでヴァルハラへ戻れるよ」 

「ストラウスさんたちが? ああ、そういえばそろそろ契約更新の時期だったかな。 いやぁ、すっかり忘れてたよ」

 そんな些事はすっかり頭の中にはなかった。 頭をかきながら笑う。 いつの間にか十分過ぎるほどに元気を取り戻したミーア。 その姿を見ていると、不思議とキールも元気になれる気がした。

「よぉぉし、それじゃあ荷物を纏めて一時間後にお婆ちゃんの部屋に集合!! でないと、あの女にフェレット質に取られたお婆ちゃんの命が危ないの」

「は……なんで族長が人質に?」

「良くわかんないけどさぁ、ミーアみたいにあの二人に遊ばれてたぜ」

「そ、そうかい。 ま、まぁ相手の一人はスポンサーだし……族長自ら身体を張ってご機嫌取りしてる……のかな?」

 それだけなのかと思ったが、キールはアギトがそれ以上聞くなと目で合図してきたのを見て考えることを放棄した。 駆け出していくフェレット娘が、また予定を無視して動こうとしている。 キールは急いで自室に戻ると、旅の準備を始めた。 寂しさを感じる暇など、どうやらキールにはないらしい。












 月日が経つのは早い。 止まらないことなく進み続ける勤勉な時間という奴は、目まぐるしいほどの速さで過ぎ去っていく。 過去を思うことも当然のように在ったが、それでもキール・スクライアは前を向き続けた。 もう、アレから二年は経つだろうか。 探索の方も順調で、少しずつ進歩している。 今のところ特に興味深い遺跡を二つ見つけて、そこに残された碑文を頼りに、存在するはずの三つ目の遺跡を探しに行くための準備をしていた。 要するに買出しである。

 守護騎士たちの穴はミッドガルズのフリーランス魔導師が埋めた。 そのことに文句を言うつもりは彼にはない。 やはり、それもまたストラウスの好意から出たことであった。 とはいえ、前のように専属というわけでもない。 そのことが、少し残念に思えた。

 フリーランス魔導師にも都合がある。 彼女たちのように、簡単に予定を合わせてくれるわけでもない。 ギブアンドテイクの距離感が、否が応でも彼女たちのことを思い出させた。 だが、それでも決して三人は弱音を吐かなかった。 やるべきことがある。 待つべき人がいる。 愚痴を零す暇など、彼らには無かった。

「携帯食料の買出しも、これで終わりか」

 ツールボックスに仕舞ったために、キールは手ぶらだ。 後は破れたテントの修繕をしているミーアたち次第で準備が整う。 出発は明後日の予定だ。 綿密に組み立てた旅行プラン。 いつものように、軽く終わらせてしまえばよい。 ただ、どういうわけかいつもと違って今回の旅の護衛たちとはまだ会っていなかった。 ストラウスに聞いてみると、どうもメンバーに変更があったことが分かっている。 土壇場でキャンセルされたのか、それとも単純に向こうの都合が悪くなったのかは分からない。 ただ、できるだけ早く顔合わせはしておきたかった。

「……おや?」

 ストラウス邸の部屋に帰ってきたキールが、ふと首を傾げる。 部屋の向こう側に、魔力の気配があったのだ。 屋敷を維持している執事やメイドさんはいるが、彼らは原則として人の部屋として割り振られた部屋には無断では入らない。 ミーアとアギトならば二人分の魔力が感じられるはずだった。

 警戒しながら、少しだけ扉を開ける。 すぐに身を隠しながら室内にサーチャーを送り込んだ。 乱雑に積み重なった資料の中、家具が埋もれている様子がサーチャーから送られてくる。 いつもの自分の部屋だ。 攻撃はない。 特に不審な様子も無い。 だが、確実に侵入者はいる。 その侵入者は、なんと大胆なことにキールのベッドで眠っていた。

 スクライア一族の茶色い外套を羽織ったその女性。 フードを被ってうつ伏せに寝ているせいでサーチャーといえど顔が分からない。 だが、規則正しく上下している背中から察するに、眠りこけているようにしか見えない。

「……んん?」

 何かが可笑しい。 部屋は荒らされた形跡も無く、強いて言えば自分の外套が引っ掛けていたハンガーから消えているぐらい。 バリアジャケットを展開し、一応有事の際に備えるとキールは部屋の中へと足を進めた。 ベッドの主はまだ起きない。 バインドで捕獲する準備をしながら、キールはそっとフードに手を伸ばし、意を決して素顔を覗き込む。 瞬間、さすがに異常を察知したのか金髪の女性がパチリと目を開けた。 そして、二度三度瞬きすると話しかけてきた。

「あ、ふぁぁぁぁ。 おはようございます」

「お、おはようございます……シャマル……さん?」

「ただいまです。 キールさん」

 求めて止まなかった人がそこにいる。 キールは、思わず体を震わせると、何故か部屋の出口に向かって走っていった。

「は、ははは。 可笑しいな。 幻かな? 困った……本当に困った。 どうやら今日の僕はかなり疲れてるみたいだ。 あー、ミーアかアギトにでも一発気付けに殴ってもらおう。 うん、そうしよう」

 だが、ドアの寸前でもう一度振り返りたい衝動に駆られて立ち竦む。 振り返ってしまいたい。そして、その幻影に溺れてしまいたい。 夢でも何でもいいから、そうやって彼女の幻でさえ大切にしたいそんな衝動に駆られて動けなくなった。

 と、いつまでたっても出て行かないキールの背中に、暖かな感触が感じられた。 お腹に廻された細腕が、ギュッと抱きついて。 優しくて、心地よい感触。 それに続く心臓の鼓動が、背中越しにさえ感じられた。 それは、夢幻にしては余りにもリアルすぎた。 

「私の存在は、夢……なんですか?」

 その幻が、悲しげな声を紡ぐ。 その瞬間、キールの体がブルリと震えた。

「僕にとっては夢なのかもしれないです。 ずっと、我慢していたんです。 我慢して来たんです。 だから、僕は本物の貴女に会うまではって……ずっとずっと……」

「キールさん。 約束は覚えてますか?」

「忘れるわけないですよ。 貴女が忘れても、僕は絶対に――」

「良かった。 じゃあ、私も約束護れます」

「シャマル……さん?」

「でも、残念。 貴方が私を認めてくれないと、私はここにいられなくなっちゃいます。 それだと私、とっても困っちゃいますよ」

「い、いえ。 たとえ幻でも脳内彼女ぐらいのレベルに達してくれるのであれば、デスクトップアクセサリーの如く常駐してもらっても構わないぐらいの気構えはあるんですよ!?」

「ふふっ、良かった。 あまりアレから変わってないみたいですね。 なんだかんだ言いながら、今格好つけようとしてましたね。 私に涙を見せるのが、そんなに恥ずかしいことなんですか?」

「う、いや……これは……」

 幻が回り込む。 キールは、眼前にあるシャマルの顔を見れない。 視界が滲んでいる。 涙で濡れたその顔は、誰がどう見ても格好悪いだろう。 嫌われたくは無い。 そんな軟弱な男の涙など、好きな女には見せたくはない。 嗚呼、でも、バレてしまったらもう、格好なんてつけられない。 両頬に添えられた掌のせいで、キールは顔を隠すことさえままならないのだ。

「いいじゃないですか。 私の前でだけは、格好なんて気にしないで下さい。 私は、貴方の彼女さんなんですから」

「う、うぅ……シャマル……さん……シャマルさん……シャマル!!」

「きゃっ――」

 決壊した感情が爆発する。 両腕でシャマルを抱きしめたキール。 もう二度と話さないとばかりに、その腕は力強い。 少し苦しいぐらいではあったが、その力強さこそキールの想い発露だ。 シャマルもまた、キールの背中に手を廻してその抱擁を受け入れた。

「ふふっ、もう一度貴方に言いますね」

 優しく微笑む。 それこそが、今のキールがシャマルに一番求めている顔だと聞かずとも気づいていたから。

「ただいまキール……」

「は……い。 おかえりシャマル……」

 そうして、見詰め合った二人の距離が零になる。 幻でも幻覚でもない。 唇に感じるそのリアルな感触こそ、彼女が幻ではない証であった。 キールはその頃になってようやく実感する。 同時にその事実を彼の脳が理解した瞬間には、嬉しくて死にそうになった。

―― そうして、一度途切れた二人の道が今また再び繋がった。

コメント
更新キタわぁ、待っていました!!
久々に読んでもすんなり入り込める安心のクオリティ。
今回の登場人物を全員覚えていたことに自分でもビックリw
【2010/07/12 20:35】 | yozo #- | [edit]
おお、更新されている。
シャマルさんとキールがハッピーエンドっぽくてホッとしました。

さて、ユーノはどうなるんだろう。
【2010/07/13 00:27】 | Wellday #DSptUo96 | [edit]
待ってました-!!!
ほんと、ほんと待ってました。

是非是非、これからも書いていってください。
【2010/07/13 01:06】 | エフ #sSHoJftA | [edit]
更新キター!!
やべえ、涙が出そうだ…。
【2010/07/14 22:26】 | リアン #- | [edit]
5日遅れで更新を確認・・・・キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
そして初っ端から縁起の良いキール×シャマル・・・・ヤバイ、マジ泣けてきた (ノД`)
ちょっと時間が無いので残りの更新分はまた後で読む事にします・・・・仕事に手がツカネェよぅ!
【2010/07/17 08:03】 | 皇 翠輝 #JalddpaA | [edit]
おー久々の更新キター!そして初コメです。はじめまして。

まずは誤字報告。
>――だが、さすがに肉級の跡は今回はつけられなかった。 
肉球ですね。

相変わらず世界観の構築やその表現が素晴らしいです。オリ設定やオリキャラが多いのにこんなに面白いとは。
しかしシャマル遂にデレたか!キール不幸属性強いのにこんないいことあると何かしっぺ返し喰らいそうwwでも読んでるこっちまで幸せな気分になります。
そして他の守護騎士や主人公の方も気になる……。
【2010/07/25 12:42】 | ゆきひこ #- | [edit]












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