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憑依奮闘記 断章04

 2010-07-12

 トレーニングルームで、互いの獲物を打ち合う音が木霊する。 甲高い、思わず耳に残るような音が何度も鳴った。 その音色は魔力の衝突の際に幾度も伝播し、長剣と刀の衝突をまるで楽器のように奏でさせる。 随分と剣呑な楽器もあったものだ。 触れ合う度に魔力衝突が起こり、互いの腕と武器に衝撃を返す。 それが彼女に心地良いと思わせるのは、もっと昔の彼を知るからか。
 彼女の顔をよく見れば、口元が楽しげに歪んでいた。 ある意味ではシンプルで、ある意味では極端な程分かりやすいその感情表現。 戦闘中には不謹慎であるという認識さえ湧き上がってこない程に楽しんでいた。 それは、若者の成長を楽しむ老人のように達観しており、また同時に面白い遊び道具を見つけた童女のようでもあった。 白い布で目隠しをしている癖に、それでもまだそう思えるだけの余裕がある。 二人の間には経験の差というものが、大きくあった。

「なんか、楽しそうだなシグナム」

「ああ、すまない元主。 少し不謹慎だったか」

「いや、別にいいけどさ。 なんかこう……嫌に爽やかな笑顔だったんで気になったんだ」  

「少し昔の貴方のことを思い出してな。 つい違いを比べてしまっていた」

「それ、剣の振り方が全然分かってなかった頃のだろ」

 刀の柄型デバイス『ブレイド』を作ったその頃、ザッと十一年以上前の話だ。 その頃は、モーションデータをパクッて下手なりに彼女の真似をしていたことをクライドは思い出す。 更にそれから少しして、そこにカグヤの刀のモーションが追加された。 結果として長剣と刀の中間の中途半端な振り方がその体には染み付いていた。 故に、クライドの剣というのはどっちもつかずだ。 それは結局今も変わらない。

「ああ。 それから比べると随分と”斜め上方向”にマシになっている。 誇ってもいいだろう」 

「いや、斜め上って何だよ。 斜め上って」

「そのままの意味だが?」

「カグヤじゃないんだから、生粋の魔法剣士の感覚なんて俺には分からないって。 もっと一般人に通じるように話してくれよ」

 話しながら、互いに円を描くように移動する。 攻めるタイミングを互いに伺うような、そんな距離を保ちながらである。 と、数秒もせぬ間にシグナムが先に動いた。 高速の踏み込み。 数歩で己の射程距離に到達するや否や、振り上げていた愛用のデバイス『レヴァンティン』を振り下ろす。 かつてのクライドはそれに反応できず、そのまま一撃を喰らって昏倒したこともある。 だが、今はどうだ。

「――くぉ!? いきなりだなぁおい!!」 

「ふむ……やはりな」

「何がだよっ!!」

 長剣の一撃を両腕で構えた刀でしっかりと受け止めていた。 出力リミッターでシグナムが最大魔力量をAランク程度に抑えているとはいえ、それでもまだクライドには余裕が伺える。 まず間違いなく進歩していた。 デバイスマイスターとしての勉強を本局でしながらであったはずだが、それでもやるべきことをしっかりとやっていなければこうまでは変わるまい。 シグナムは打ち合いながら感じるクライドのその成長を認めていた。

「貴方の剣がかつてよりも大きく進歩している。 ハンデも多少あるが、それでも見違えるほどに変わっている。 正当剣術よりもやはり我流寄りのきらいは多少あるが、それでも”貴方の剣”になって来ているぞ。 ただ真似ていただけの頃とは格段に違うな」

「ああ、だから斜め上って?」

「そういうことだ。 私のでもなく、あの方のでもない。 貴方の動きになっている」

「そいつはどうも!!」

 叫ぶと同時に、クライドが後方へと大きく飛ぶ。 シグナムはその後を追うように、跳躍した。 飛翔魔法を展開。 歩方に飛翔魔法の突撃力を加えて、瞬時にクライドへと迫る。 再び、炎を纏った刃を両腕で振りかぶる。 すると、クライドはそれを予期していたのか、着地するや否や体を大きく左に捻った。

 威力重視よりも速度を。 横に捻られたその体が、伸ばしたゴムが元に戻るかのように加速する。 その姿はまるでカタパルトだ。  放たれた斬撃は真横からの薙ぎ払いとなってシグナムの剣を真横から強引に弾くコースを辿る。 それは真正面から受け止めようという動きでは断じてない。 明らかにシグナムとのパワーゲームを嫌った動きだ。 シグナムはその瞬間、柄から右手を離した。

――瞬間、二人の意識が極限まで加速する。

 シグナムの左手の長剣が床に届き、体の重心がその方向へ流れる。 その刹那、クライドの体もまた薙ぎ払いの勢いで右に行く。 だが、シグナムは目隠しされた眼ではなく、妖精の眼でその右薙ぎでブラインド<目隠し>された二発目の斬撃へと意識を飛ばしていた。

(おもしろい。 だが――)

 右手に遅れることコンマ数秒。 それに遅れる形で、逆手に握られたブレイドの刃が薙ぎ払いの軌跡を追って迫ってくる。 二段構えのその斬撃は、グラムサイトが無ければ警戒しにくい一撃だった。 視えてさえなければ、いい奇襲だった。

「もらっ――」

 クライドの青が、奇襲の刃となって迫ってくる。 何もしなければ直撃だろう。 何もしなければ、だ。 クライドは失念していた。 シグナムは確かに片刃の長剣レヴァンティンを使うが、何もレヴァンティンだけが彼女の武器ではないのだ。 斬撃の瞬間、ある程度クライドの行動を予測できた彼女は腰に挿していた物体を右手で掴み上げていた。 

「――げっ!?」

 クライドが気づいたときにはもう遅い。 ブレイドの斬撃を阻むように、同じく逆手に握られたレヴァンティンの”鞘”が、横からの二発目との間に割って入っていたのだ。

 受け止められたブレイド。 利き腕ではない左手では、利き腕で握ったシグナムの鞘を強引に弾くことさえできない。 更に、右に流れきった刀を戻すには遅すぎた。 左手のレヴァンティンが刀の内側を通るようにして上に跳ね上がってくる。 一瞬決まったと思って気を抜いたクライドには、それへの対処ができなかった。

「ここまでだな」

 ピタリと、右わき腹で寸止めされた刃を引きながらシグナムは言った。 同時に、二人の間にあった緊張感が霧散した。 レヴァンティンの刃を鞘に収め、待機状態にするシグナム。 その前で、クライドもブレイドと対魔法刀を仕舞って大きく息を吐いた。 随分と悔しげな様子であった。 

「ちくしょうっ、今なら一本ぐらい取れるかと思ったんだけどな。 やっぱそんなにシグナムは甘くは無いか」

「剣だけの縛りルールだったからな。 これでそう簡単に一本取られるとなると、剣の騎士の名が泣く」

「そこまで言うかぁ? つーか、こっちへのハンデも考えろよなぁ。 グラムサイトの練習だって言っても目隠しで出力リミッター付きだぞ? 昔ならいざ知らず、こんなあっさりと負けたのはもの凄いショックだ」

「その自信が最後には慢心となったようだったがな」

「ぐはっ、それを言われると痛い」

「最後の瞬間だが、気を抜かなければまだ対処する方法はあったはずだぞ」

「縛りルールが無かったら高速移動魔法<ハイスピード>かシールド張ってギリギリ逃げられたかもしれんが、剣以外は飛ぶとか以外禁止だったろ。 あの状況からだとほぼ詰んでる」

「確かにな。 だが、足で私を蹴り飛ばして致命傷を避けようとするなり、相打ちを狙うなりして欲しい所ではあったな。 ここでそういう癖をつけておくか考えていないと、実戦で咄嗟にできないぞ。 練習していないことは実戦ではほとんどできないんだ。 日々の積み重ねこそ堅実な強さに繋がる大事な要素だ」

「まぁ、そうなんだろうけどさ。 どうにも、前と状況が違いすぎてなぁ……」

「というと?」

「ぶっちゃけて言えば、こっち<魔法戦闘>関係だと目標がなくなった。 腑抜けてるというか、昔ほど熱意が入らないというか……そんな感じなんだよ」

「目標の喪失か。 ただ強くなりたいとか、そんなのでは駄目なのか元主」

「それだと弱いな。 俺に今ある欲求は「食う」、「寝る」、「デバイス」だけだからなぁ。 本局にいたときは、闇の書のことは別にしても負けたくない奴が一人いたんだ。 でもなぁ、そいつと会うことなんてもう二度とないだろうし……ぶっちゃけ戦闘訓練が惰性になってる」

 止めてはいないが、熱心さが消えていた。 体力維持とデバイスを使った戦術研究の趣味以上の意味合いがもはや無いのだ。 それをするよりも、アルハザードの研究室でデバイスの勉強でもしている方がよっぽど有意義かもしれない。 彼がダラけるのも無理は無かった。

「まぁ、元主は今や民間人だ。 それでもいけないということはないだろうが、やはり惜しいな。 止めることはいつでもできるし、続けてみてはどうだ? 私ならいつでも訓練相手として歓迎しよう」

「ありがとよ」

 互いに防護服<バリアジャケット>を解除し、一息つく。 用意しておいたタオルで汗を拭い、水分補給しながらベンチで話しているとクライドもまた学生時代を思い出していた。

 その頃といえば、守護騎士たちはザフィーラを除いて皆週一程度しか外へ連れ出せなかった。 今はもう完全に皆好き勝手して暮らしている分生き生きしているようにも見える。 それが少し寂しくもあったが、これこそが彼女たちの真の顔なのかと思えば悪くなかった。 職場の上司みたいな感じではなくて、等身大の素顔を覗けるというは立場は人間関係においては贅沢な部類である。 それが嬉しくないわけがない。

 シャマルはキールとイチャイチャし、ヴィータはリインフォースの騎士となってミーアと共に遺跡めぐり、シグナムはフリーランス魔導師としてアギトと暴れまくってザフィーラはストラウス邸の番狼をしている。 パターンはほとんど前と同じではあったが、それでも自活しながら生活しているので完全にヴァルハラの住人という風情であった。 クライド自身はもうアルハザード側の人間だが、偶に生き抜きにこちら側にやってくると普通の一般人をやっている皆の姿を見るのは新鮮だった。 

「そういえば、聞いたぞシグナム。 こっちの聖王教会から騎士を養成してくれないかって頼まれたんだって?」 

「ああ。 古代ベルカ式の魔法と、私の剣術を後世に伝えたいという話が来ている。 連中の文化維持活動の一環だな」

「受けるのか?」

「悩んでいる……というのが正直なところだな。 前のフリーランスの依頼で、話をしてきた教会の騎士と組んでな。 少し手合わせしたら、なにやら惚れ込まれてしまった。 私は人にモノを教えるのは苦手であるし、そのうち教会付きの騎士になってくれて言われそうなので考えていたのだ。 アギトは剣士をどんどん増やそうなどと言うが、今時の若者たちが古い剣術など果たしてどれだけ熱心にやるか……」

 未来に行けば行くほど、次元世界からはベルカの文化が消えていく。 時の移ろいが、古きを過去のモノとして忘れさせていくのだ。 古き良き文化を維持したいという教会の熱意はシグナムとしても理解できたが、それでもあまり乗り気ではなかった。

「どちらかといえば、こういうのはヴィータの方がいい。 私は剣に特化した家系の出だが、あいつはハンマー以外の他の武器もそれなりに教えられるはずだからな」

「へぇぇ……鉄槌一筋じゃないのか?」

「私のように不器用でもないから器用なものだ。 かつてのヴォルケンリッターの中で一番汎用性が高いのはヴィータだったしな」

「そうなのか。 昔の話は聞いてないからよく分からないんだが……」

 そもそも、クライドが知っているアニメでは彼女たちは闇の書の魔法プログラムという設定以上は出てこない。 聞かなければ分からない話なのだ。

「剣の名家、武器の名家、索敵支援の名家、守護の名家……我ら四人は仕えるべき夜天の領主の下に集められた騎士でな。 それぞれ伝承してきた魔法が違う。 当然、騎士としての差もそこから来る」

「その伝承してきた魔法ってのはなんだ? 皆が使ってるベルカ式魔法ってそんなに凄いものなのか?」

「いや、私たちが使っている魔法はベルカが最後の繁栄期に生み出した新魔法だ。 これよりももっと古い時代から継承されてきた、一種の古代魔法に当たるモノと言えるな。 とはいえ、我らが今使っている魔法の方が使い勝手が良いものが多かったために我らはもう使ってはいない。 しかもほとんど血族用のものが多くてな、誰かに伝えるのは時間が掛かるるし不便な面も多い代物だ」

 ベルカ式魔法よりも過去の魔法。 ベルカの魔法科学の基礎を気づいていた古き叡智。 それをヒントにして生み出された現在の三大魔法とはそれらは何もかもが古い。 それこそ神話の時代の魔法に等しいものがあった。 闇の書の転生魔法に採用されたのもその古代魔法である。

「だが、仮にもベルカの中で発展してきた魔法だ。 ベルカ式にもその流れは受け継がれている。 特に、受け継いで来た騎士たちはそれと同じかそれ以上に使い勝手や威力があるモノをベルカ式で再現していった。 全てではないが、古代ベルカ式はそれらを参考にして作られたといっても過言ではない」

「正に、温故知新だな」

「古い技術だからといて、捨てたものでもないということだな。 寧ろ、長い年月をかけて磨かれてきたものだ。 時代が変わっても研磨されてきたその技術は今でも別の形となって生きているのだ」

 懐かしげに語るシグナムは、そう締めくくると飲料が入ったボトルに手を伸ばす。 自分の世界の魔法だ。 騎士として生きてきた彼女にとっては、酷く照れくさい話なのかもしれない。 どこか、遠い目をして天井を見上げているのがその証拠だ。

「ベルカ式魔法の誕生秘話って感じだな。 確かミッド式もその当時に生まれたんだよな。 なんか面白そうな話を知ってるか?」

「元主が楽しく思うだろう話か。 興味が無かったから詳しくは聞いては居なかったが、ベルカ式との開発コンセプトがかなり違うと聞いたことがある」

「ほう……具体的には?」

「ベルカ式は元になった魔法が古代魔法の場合が多い。 だから、それを模する形で一つ一つ作られた分古代魔法の模倣と強化が開発コンセプトになっている場合が多い。 しかし、ミッド式は基礎になる魔法の在り方を大まかに決めて、そこから術式を肉付けしたりして開発していったそうだ。 だから、必然的に一つ一つの魔法がその用途を満たすために作られた特化術式のベルカ式とは違って改造余地がある分、汎用性が高まったとか。 噂では、その影響もあってか後の時代でベルカ式がミッドチルダ式との生存競争に敗れた要因にもなったとも聞いたことがある」

「面白い話だな。 発展性の有無が二つの魔法の未来を決めたわけか」

「他にもカートリッジシステムの取り扱いが難しいからだとか色々と言われているようだ。 私からすれば好みと手間の問題だとは思うがな。 砲撃魔法で戦う私など想像できないだろう? それと同じだ」

「確かにな。 シグナムが砲撃で戦うっていうイメージは沸きにくい。 つーか、魔法の盛衰も人間の好き嫌いが元凶かと思うと笑えてくるな」

「どちらも一長一短。 万能などこの世にはありはしない。 限りなく万能はあってもな」

 ボトルを置き、シグナムがベンチから立ち上がる。 手には再びレヴァンティンが握られていた。

「さて、そろそろ休憩も終わりだ。 折角の機会だから、もうしばらく付き合ってくれ元主」

「うげっ、まだやるのかよ」

 いい加減疲れていたが、シグナムはやる気満々だ。 クライドはため息を吐きながら、しかしツールボックスに仕舞った対魔法刀を取り出す。

「全力でやれるカグヤがいない分、欲求不満そうだな」

「ああ、それもあるな。 最近あの方は何かと忙しいようだから」

「……なぁ、そのうちお前はついていくのか?」

「できればついていきたいというのが本音だ。 そのためにはまず、最低限百メートルクラスのグラムサイトの習得と守護騎士時代の記憶の完全統合を急げと言われたがな」

「難儀だなぁ……ヴィータもザフィーラもそれで苦労してるんだろ?」

「楽しかった記憶もあれば、辛いだけの苦しい記憶もある。 だが、それを乗り越えなければならない義務が我らにはある。 蒐集時代の私たちは、それだけ周囲に理不尽を振りまいてきたのだ。 そう簡単に楽になることは許されないのだろう。 幸い、安定しているシャマルの例もある。 記憶のストレスとも、そのうちに折り合いをつけられるようになるだろう」

「そっか……がんばれ」

「元主もな。 『PC計画』だったか? デバイスの方では随分と高い目標を掲げているらしいではないか。 ロストロギア級を作るのだろう? 話を姉姫様から聞いているぞ」

「んー、まぁ結構時間がかかるかもしれん壮大な計画だ。 気長にやるよ。 偶にこうしてこっちに来て皆の元気な顔を拝みながら……な」

「拝むだけではなく、毎回こうして手合わせしてくれればよい。 そのほうが私としても楽しみが増えて嬉しい」

「いいぜ、その時は新しいデバイスの実験台になってくれよ」

「ああ、約束だ」

 互いにバリアジャケットと騎士甲冑を展開。 部屋の中央で笑い合いながら、獲物を構える。 すると、再び二人の間に張り詰めた空気が漂い始めた。 そうして、二人の手合わせはクライドが足腰立たなくなるまで続けられた。















憑依奮闘記
断章04
「ナイト・オブ・ナイト」
















「隙有りだ」

「――あたっ!?」

 余所見をした瞬間、シグナムの頭に訓練用の長剣が飛来した。 涙目になりながらそれをした兄であるレイヴァンを見上げる。 すると、レイヴァンの顔はどこか腑に落ちないようにして首を傾げていた。 

「お前、どうも今日は集中力に欠けているな」

「い、いえそんなことは……」

 フルフルと否定の意思を込めて振るったせいで、最近伸ばし始めていた桃色がかった紅髪が揺れる。 レイヴァンはふむ、と一言呟くと模擬剣を肩に乗せるようにしてトントン叩きながら否定する妹の方へと近づいた。

「な、なに……」

 レイヴァンの身長はシグナムよりも高い。 年齢差が少しあることと、レイヴァンが男ということも併せれば必然的にシグナムが見上げる形になる。 兄妹とはいえ、異性である。 至近距離で見つめられると照れくさい。 やや顔を赤らめながら俯いてしまった。 と、それを見たレイヴァンが難しげに眉を顰めた。

「んんー、その……なんだ。 兄の俺がこういうことを言うのはどうなのかと思うんだが……」

 言葉を濁しながら、しかしそれでもレイヴァンは模擬剣を握っていない左手を伸ばしてシグナムの髪に触れた。 頭の上に無造作に置かれた掌。 そのまま二度三度感触を確かめるように撫でられる。

「ちょっ、レイヴァン兄!?」

 シグナムがそのいきなりの行動に驚くが、振り払うことなく成されるがままだった。 今年でシグナムも十四にもなる。 いい加減そういう行為が恥ずかしい年頃ではあったが、レイヴァンは彼女の兄である。 それも、ただの兄ではない。 親族からも一目を置かれる程に剣が強く、騎士としても優れた素質を持っている若き天才剣士だ。 「兄さんのような立派な騎士になりなさい」と両親からも何度も言われる程であったから、シグナムにとってはレイヴァンという騎士は大きくも頼りがいのある兄であった。

「お前、最近髪伸ばしてるよな。 アレか? 学校で好きな男でもできたか?」

「ち、違うよ!! いきなり変なこと言うなレイヴァン兄……べ、別にそういうわけじゃ……」

「そうか? 前は剣を振るのに邪魔だって言って短めにしてたじゃないか。 安心しろって。 親父にもお袋にも言わないぞ」

「だ、だからこれは違うの!! こ、これはほ、ほら。 シリウス様みたいに髪の毛伸ばしたら剣の腕もちょっと上手くなるかなぁーなんて思ってそれで……」

 真っ赤な嘘だった。 他の騎士と兄が髪が長い女性が好みだという話を偶々耳にしたので、試してみただけなのである。 断じて、男に興味を持っていたわけではなかった。

「シリウスの真似?」

「あ、あの方はこっちの学院でも人気だったし、綺麗な人だし、レイヴァン兄と互角ぐらいに戦えるし……その……」

「別に真似したらいけないなんてことはないが、やっぱりアレは邪魔に見えるけどなぁ」

「で、でも綺麗だなぁって思わないか」

「まぁ、見てくれはそうだな。 だがあいつは普段、猫被ってるだろ。 あれで中身は物凄いじゃじゃ馬だ。 アレよりも俺は妹姫様を真似ることを勧めするな。 なんというか、健気だからついつい護りたくなってくる。 おしとやかだし」

「嘘、あんなにシリウス様と仲良いのに!?」

「シリウスとは仲が良いっていうか、彼女とはどちらかといえば強敵と書いて友と呼ぶ間柄だ。 何故かよく周囲からは勘違いされるがな」

(も、もしかしてレイヴァン兄……まったく気づいてないのか?)

 困ったものだとばかりに、頬をかくレイヴァン。 シグナムは違う意味で大物な兄に苦笑いを返すことしかできなかった。 騎士としては物凄く強い癖に、プライベートでは物凄く弱い所があるのだ。 剣を持って騎士然としていれば立派に見えるが、家に帰ったり騎士っぽくない事柄に対しては途端にずぼらで鈍い男に変身するギャップ有る男であった。

「それに、あいつが髪を伸ばしたままなのは俺への嫌味だぞ」

「嫌味?」

「初めてあいつが剣を習いに来たときな、そんな長い髪で剣触れるのかって聞いたら物凄い睨まれてな。 『強くなれば問題ないでしょう』って生意気なこと言うから思わず子供心にカチンと来て、じゃあ俺に勝ってみろって勝負してからだ。 結局俺から一本取るまでずっと伸ばし続けてたな。 その後何回か切ってたけど、伸ばさないのかって行ったら凄い顔して睨んできてな。 また意地になって伸ばし始めた。 だから髪を伸ばしたままでいるのはきっと俺へのあてつけに違いない。 よく業とらしく髪をかきあげる仕草をしてるし……うん、きっとそうだ。 あいつは根に持ってやがるな」

「そ、そうなの……かな?」

 単純にレイヴァンが長い方が好みだということを知っているからだと思った彼女は素直に驚く。

「俺よりも強くなったぞ。 文句があるならかかって来なさいって挑発してるんだよ。 あいつにだけは負けたくないって俺が思ってることあいつは知ってるからな。 本当、意地っ張りな奴さ」

 単純に男の矜持という奴だった。 シグナムにはどうしてレイヴァンがシリウスに負けたくないのか根本的な部分では分からなかった。 だから、分かりやすい意味で捉えた。 レイヴァンは剣の家の生まれである。 だからこそ、人一倍剣という分野にプライドがあるからだと思った。

 本当はお忍びで稽古を覗き見に来る姫君の前で、姉に負ける男などと言うダサいレッテルを張られるのが嫌だからであったが、シグナムがそのことに気づくにはこのときはまだ若すぎた。 それに、男の純情という奴は男にしか分かり難いものなのである。

「ま、とにかくだ。 別にお洒落するなとは言わないけど、鍛錬にはしっかりと集中しろよ。 髪の毛が気になるんなら……そうだな。 リボンとか紐で止めておけ。 ポニーとかだったら邪魔になり難いしお洒落にもなるだろ」
 
「レイヴァン兄はその方がいいのか?」

「そっちの方が万倍いいな<修練の効果的な意味で>」

「わ、分かった。 ちょっと留めてくる」

「あっおい、別に今からじゃなくても……って行っちまった。 我が妹ながら真っ直ぐ過ぎるというか……なぁ、そこんとこどう思うシリウス」

「……あら、よく気づいたわね」

 背後から噂の彼女の声がした。 気づきながらも振り返らずに、レイヴァンは摸擬剣で自身の肩を叩く。 シリウスはそんなレイヴァンをそのままに、壁に立て掛けられている摸擬剣の一本を握り締めて素振りを始める。

「貴女のスキルと俺のスキルは必然的に干渉し合う。 聞かなくても分かってることだろう」

「気配を消してたら気づかれないかと思って試してみたのよ」

「嘘だな。 そんなことは摸擬戦中にもう何度も試している」

「そうだったかしら? 昔のことなんてよく覚えてないわ」

 素振りの音が道場の中で軽く響く。 小気味良い音だ。 向上心旺盛な剣士ならその音だけで吸い寄せられる魔性の如き雰囲気がある。 しかし、レイヴァンにしてみれば知り合いの出す音だ。 改めて挑戦したいという気も起きなかった。

「最近学院はどうだ?」

「退屈よ。 何故か女の子にモテてしまうけど、それを除けば平和で楽しいものよ」

「そうか……こっちもそれなりだな。 でもな、お前と違って俺の方には柄の悪い奴が態々俺を名指しでやってくるんだ。 しかも、そいつらは皆一様に俺に勝ったらナイトスカイの令嬢とデートができるなどとほざきやがるんだ。 これは一体どういうことなんだよ」

「実家の方からお見合いの話が来てたから、最低でも貴方を倒してからにしろって話して断ってるからだと思うわ」

「頼むからすぐに止めてくれ。 物凄い迷惑だ」

「私も迷惑してるのよ。 だから護ってくれない?」

「我が騎士の剣は民と領主と聖王様のために、だ。 強者には必要ないな」

「失礼な男だわ。 こんなにもか弱い女がここにいるというのに」

「エレナ様ならいざ知らず、どうしてお前みたいな強すぎる女に手を貸す必要があるんだよ。 俺はお前に手を出した男の方に同情するよ」

「あら、じゃあ止めにするわ。 エレナにも一杯来てたから役に立ってもらってたんだけど……貴方が断るならしょうがないわね。 嗚呼、押しの弱いあの娘のこと。 騙されて手篭めにされてしまうのね……どこかの騎士様が断ったばっかりに……よよよよよ」

「なっ!? 馬鹿野郎、それを早く言え。 それなら仕方がない。 未来の領主様のために、俺は喜んで剣を振るおう。 命知らずの連中をじゃんじゃん俺の所に寄越せ。 確実に潰しとく」

「分かったわ。 最近夜天以外からも来るようになってて困ってたのよ。 これで楽ができるわ」

 主に彼女自身が。

「馬鹿な男を止めるのは同じ男の役目だ。 大船に乗ったつもりでいてくれ」

「頼もしいわね。 さて、そろそろ身体も温まってきたしやりましょうか」

「シグナムがそろそろ帰ってきそうなんだが……」

「帰ってくるまでで良いわ。 どうせ、貴方とは本気ではやれないんだから」

「禁止にされちまったからなぁ。 やっぱ、この前内緒で”真剣”使ったのがバレたのが効いてるな」

「でしょうね。 貴方になら殺されても文句は言わないのだけど……対外的には不味いらしいしね」

「ふんっ、心にも無いことを。 俺はお前に殺されるのだけはご免だよ」

 摸擬剣を肩から下ろして、レイヴァンがようやく振り返る。 その眼前には、ウォーミングアップしたシリウスがいた。 と、いつもならそのまま掛け声もなく始まる二人だったが、何故か今日はそういう空気にはならなかった。

「あー、そのなんだ。 始めるまえに尋ねておきたいんだが……」

「なによ?」

「お前もシグナムみたいにお洒落を始めたのか?」

 レイヴァンの眼前には、何故か黒髪を白いリボンで括ってポニーテールにしているシリウスがいた。 数秒後、戻ってきたシグナムがそれを見て声にならない悲鳴を上げていたが、シリウスは涼しい表情を浮かべたまま無視した。 レイヴァンは終始、首を傾げるだけだった。











「……む?」

 それは、白昼夢にも似た記憶統合作用の結果だった。 シグナムは床で荒い息を吐きながら倒れているクライドに剣を突きつけた体勢で止まっていた。 身体には心地よい疲労が残っており、心臓の鼓動も加速していた。 状況を理解し、剣を引く。 すると、足元からクライドの泣き言が聞こえてきた。

「ぜぇ、ぜぇ……も、もう無理だ。 両手が上がらない……両足の筋肉もプルプルしてる……」

 そうだ、剣だけの試合をしていたのだ。 そのことを思い出した彼女は、荒げていた息を整えていく。 回数は数えていないが、ムキになってかかってきたクライドを彼女は何度も倒していた。

「……ふむ」

 目隠しの布の内側で、瞼を二、三度開いては閉じる。 裸眼の視界は暗黒だが、グラムサイトの視界は健在だ。 身体の感覚を確かめるようにして二度、三度と剣を振るいレヴァンティンを鞘に収めた。

 学生時代の懐かしい記憶だった。 守護騎士時代のものでもなければ、領主の騎士に任命される前のこと。 まだ、シグナムやレイヴァンがシリウスと気安く話せていた頃の、日常の一幕だ。

 なんとなく、髪を止めている黄色い紐に手をやる。 長すぎる髪は戦闘の邪魔になることがある。 留めるようになったのは、あれからの話だ。 ヴィータのようにみつあみにしたりすればもっと髪が纏まるが、シグナムは結局そうはしなかった。

 蝶々結びになっている紐を、なんとなく引っ張る。 紐が解けると同時に、伸ばしていた髪が窮屈さから開放されて広がっていく。 騎士にはお洒落など必要ではないが、それでもさっきまでの髪型は気に入っていた。 と、しばらくそのままでいると起き上がって来たクライドが自分を見て首を傾げているのが視える。

「どうした、私の顔に何かついているか?」

「いや、何もついてはいないんだけど……髪を下ろしてるのを見たのはそういえば初めてだったんでな」

「そういえば、いつもはポニーテールのままだったな。 ふふっ、丁度いい機会だ。 元主としては今の私といつもの私、どちらの髪型の方が好みだ?」

「甲乙つけがたし」

 考え込む暇もなく答えが返ってきた。 

「ほう?」

「ポニーにはポニーの、そっちにはそっちの良さがあるな。 一粒で二度美味しい。 そんな感じだ。 やっぱ、男としては女性の長い髪には心惹かれるモノがあるぞ。 似合ってればなんでも良い奴の方が圧倒的に多いとは思うけどな」

「そうか。 昔は伸ばすことなく切っていた。 長すぎると邪魔になることもあるからな」

「もったいない話だ」

「さすがに私でも、ソードダンサーぐらいまで伸ばすのは無理だがな」

「あいつのは下手すると床まで届きそうだからな。 やりすぎだ。 似合ってるけどよ」

 床上十センチがデフォルトらしい。 髪道楽の極地であるかもしれない。 しかも、その状態で魔法戦闘までこなすのだ。 シグナムからしてもさすが、としか言いようが無い。

「あ、でもシャマルが髪をそんなに伸ばさないのはそのせいか?」

「かもしれんな」

「あれ? でもそういえばヴィータも結構伸ばしてるぞ」

「あいつのアレは、さるお方のお気に入りだったからだ。 恐らくは、ヴィータがずっと”あんな姿”なのもな」

「エレナ……ナイトスカイか?」

 守護騎士たちの真なる主にして、本当の意味での最後の夜天の王。 四つの名家の騎士を統べる夜天の地の次代の領主。 記憶を消される前のリインフォースの真名である。

「優しい主だった。 優しすぎる程に優しく、穢れを知らない無邪気な姫君だった。 姉姫様とは対極だったが、二人とも仲がとても良かったよ。 それこそ、目に入れても痛くないぐらいの扱いだった」

「今では到底考えられない話だな」

 現在の二人は一方的な冷戦状態にも等しい。 カグヤの方がリインフォースを存在しないものとして扱っている。 空気扱いでさえない。 クライドがその不穏な空気に気づいてしつこく問いかけると、問答無用で上空二キロ上に”蹴り飛ばされた”。 いきなり視界の先に空が広がったクライドは、ビビリながら飛行魔法を展開。 重力の抱擁を必死になって拒絶した。 シャマルがこっそり理由を教えてくれなければ、恐らくはもう数回程空を自由に飛んでいたに違いない。  

「プライベートな話だけど、見てる方は心が痛いな。 リインフォースの方はカグヤと仲良くなりたそうなのが特に切ない」

「記憶が無いとはいえ、本能的に近しい者だと気づいているのかもしれん。 容姿も髪の色を除けばそっくりだ。 だから余計に気になるのだろう」

「どうして、あいつだけ記憶が戻らないんだろう。 守護騎士たちは戻ってるのに」

「本来なら我らの記憶も消えていたはずなのだ。 転生するたびに得たプライベートな記憶がほとんどリセットされていたようだからな。 だから、私たちの過去の記憶は物心ついた頃からあやふやで曖昧だった」

 守護騎士のための四人分しかジル・アブソリュートの細工が効いていない。 夜天の書の席は最大で七人分。 だが、五人分しか当初の計画では使用されることはないはずだった。 シュナイゼル自身がそれを使用できないようにする細工はあったが、それだけだ。 リインフォースはジルのウィルスに感染していない。 守護騎士とリインの差はその差でしかない。

 その差をよく知らないクライドにとっては、そのことが不思議でならなかった。 向こう側でも詳しく調べられなかったせいで、その呟きには苛立ちがある。 どうしてもジルの所業が中途半端に思えるのだ。 どうせなら全員救えよと、クライドはジルに言ってやりたかった。 そうすればあの二人の息苦しい空間形成も少しはマシになるだろうから。 しかし、そんな風に憤るクライドとは反対にシグナムはどこかホッとしたように言う。

「だが、これでよかったのかも知れん」

「なんでだよ。 記憶が会った方が仲直りでもなんでもしやすいはずだろう? 言葉にしなきゃ、どんな想いも伝えられない。 まさか、空を越えて伝わるとかって考えてるわけじゃあないだろう? きっとそういう空想はロマンの向こう側にしかないぞ。 美しいとは思うし、そんな奇跡があればいいとは思うけどな」

「そんなのではないさ。 ただ、記憶が戻っていたら尚更シリ……姉姫様は我慢ができなくなると思うのだ。 どんな我侭も許すほどに可愛がっていたから、だから反動で余計に憎くもなるのだろう。 私は寧ろホッとしている。 エレナ・ナイトスカイとしての記憶があったなら、きっとあの人は実体顕現する度に妹姫様斬っただろう。 その時に私たちがどれだけ割って入っても、あの方はきっと止まらない。 貴方が絶対領域とやらを張っても同じだ。 そんなことなど気にも留めずに、彼女の痕跡を消しに掛かってくるだろう。 そういう頑迷さが、あの人にはあるのだ」

「愛しさ余って憎さ百倍か」

「そんなところだ。 どこか、常人とは外れた理の中を歩まれているからな。 今更認められるはずもないのだろう。 二人きりで対峙させないようにするしかないな。 多分、ヴィータも同じことを考えてるはずだ。 だからあいつは、もう一度あの人の騎士となったのだ」

「騎士には仕えるべき主が必要だ……とか言ってたっけな。 リインが滅茶苦茶困惑してたけど……」

「心底守りたいと思っているのだろう。 二度も守れないなどというのは屈辱だ。 だから今は、片時も彼女の傍を離れようとしない。 ミーア・スクライアの発掘の手伝いを再び申し出たのも、恐らくは長時間あの二人を一緒にさせたくないからだろう。 会っても辛いだけなら、会わないほうがいいからな」

「ままならないなぁ、ほんと。 皆には闇の書に振り回されてた分幸せになってもらいたいんだが」

「幸せだよ。 ただ、それが100%のものにはなれないだけだ。 オリジナルのコピーである私たちは、そもそも夢幻の類なのだ。 残滓とはいえ、それが少なくない犠牲も出してきた。 そんな我らにはこれでも法外なチャンスなのだろうな」

 騎士甲冑を解除する。 汗で湿ったトレニーングウェアの下にあるインナーが汗で張り付き、気色の悪い感触を与えてくる。 その不快さに顔を顰めると、シグナムはタオルと飲み物が入ったボトルを手に取った。 クライドもバリアジャケットを解除しながら、しかしまた再び床の上に寝転ぶ。
 
「いい汗を流せた。 礼を言うぞ元主」

「良いって、俺はもうしばらくここで寝てるわ。 身体がすげぇ重いからしばらくこのままでいる。 あ……でもちょっとレヴァンティン貸してくれないか?」

「整備ならマメにしているから問題はないが?」

「違う違う。 シグナムたちのデバイスって古代ベルカ時代の奴そのままだろ。 ちょっと現代の技術で強化出来るところは強化しようかと思ってな。 武器は強い方が良いだろ?」

「ほう……分かった任せよう。 しかし手元にデバイスが無いのは寂しいが」

「出来上がるまで俺のを持ってけよ。 ブレイドと……あー、対魔法刀もサービスしとく。 魔法プログラムも適当にコピーしたりしてくれてもいいぞ」

 待機状態のブレイドと、ツールボックスに仕舞った魔法刀を投げ渡すクライド。 シグナムはそれを危なげなくキャッチすると、魔法データだけを転送してからレヴァンティンを投げ渡す。

「おおぉ、久しぶりだなレヴァンティン。 もっとデバイス前にしてやるから覚悟しておけよ」

 インテリジェントデバイスほどではないが簡単な応答機能があるレヴァンティンが、クライドの言い様に応えるようにコアを明滅させた。 パワーアップしてもらえると知って、喜んでいるようである。

「グリモア君がオーバーホールしてるアギトよりは早く終わらせられると思う……二、三日くれるか?」

「分かった」

 疲れたから休むと言っていた癖に、むくりとクライドは起き上がる。 疲弊した体力をデバイスへの改造欲求に従って無理やり動かすその様は、どうにもマッド臭い匂いがしてくる。 シグナムは呆れるような表情を浮かべたが、すぐにクライドらしいと思い直し苦笑した。

「よぉぉし。 そうと決まれば急いでこの身の穢れを払わなければな。 シャワーでも浴びにいきますか」

「ああ」

 頷き、それぞれ男女別のシャワールームに向かって歩いていった。 













 記憶統合作用。 かつてシャマルが一人だけ陥っていた守護騎士たちの記憶と自我を守るためのコンピュータウィルスの副作用。 転生するたびに少しずつ記憶が蓄積されていったせいで、何人もの自分がいるような錯覚に彼らは襲われる。 それら全てが、彼女たちのベース<基礎人格>からすれば微妙に別人である自分になったかのような不快さを感じさせていた。 初期の人格があったとしても、どれが自分の本当の姿なのかさえ分からなくなる程に近似的な自分の記憶。

 守護騎士という名の魔法プログラム、ただの道具だった頃の機械的な記憶もあれば、幼い主たちに家族や友人のように慕われた記憶も存在する。 転生の度に生じた新しい環境。 新しい生活。

 荒野の広がる過酷な世界の主を得たこともあれば、裕福な金持ちの家の主を得たりもした。 だが、一様にその結末は悲劇めいた終わり方しか存在しない。

 リンカーコアの魔力を集められなければ書からの魔力侵食の影響で主が悪影響を受け、全ページを集めても主と強制的に逆ユニゾンして顕現する管制人格が主を飲み込んで願いも何も真っ当に叶えさせない。 リインフォース<管制人格>にその意図はなくとも、システムが勝手にそう認識させてやってきた。 更に、下手に書を攻撃すれば主を飲み込んで転生したり、防衛プログラムが暴走して周囲に壊滅的な被害を与えるなど、碌なことにはならない。 

 守護騎士たちが暴走に立ち会った経験が数あれど、その記憶はほとんど消されて曖昧だ。 更にそこまで行くことができるまで生き延びることさえ困難だった。 守護騎士自身さえも、闇の書を完成させるためのリンカーコアを有している。 完成のために自らの魔力中枢の魔力を根こそぎ喰われて、実体顕現システムを強制停止させられたことも数多くある。 プログラム存在にとってはシステムの縛りは絶対的で、権限が無いものには薄情だ。 そうなるべくして仕組まれていたとはいえ、それでもそれを思い返すたびにシグナムの中で黒い炎が育っていく。

「ぐっ、はぁ、はぁ……」

 呼気を荒げながら、上体を起こす。 また、嫌な夢を見た。 守らなければならない主が死んだ夢だった。 苦しいと同時に、全身から怒りが湧き上がってくるような、そんな救われない夢だ。 咄嗟に、待機状態であるレヴァンティンを掴み、痛いほどに握り締めた。 掌に爪が食い込むこと痛みさえ、その記憶の痛みと比べればたいしたことはない。 嫌な汗が、Tシャツの上からじっとりと張り付く。

(あの頃、シャマルの様子が可笑しくなるわけだ。 これは……思いのほか精神にくる)

 シグナムは思い出す。 誰よりも先に、自分の過去を取り戻すために己の記憶と戦っていた彼女のことを。 恋煩いかと当時は勘違いしていたが、それだけではなかったのだろうと、今になってはっきりと理解できた。 これで誰にも悟られないように日々を過ごすのは、正直辛い。 肉体的な痛みよりも、精神的な苦痛が心の中を抉って来る。 訓練でどれだけ肉体的な痛みを経験していようと、この手の痛みとは種類が違う。

「これで、何人目だ……」

 犠牲者の数を数えてはいないが、それでも犠牲にしてしまった者たちへの罪悪感は消えてくれない。 ただの道具ではないからこそ、それは重い事実として彼女の肩にのしかかってくる。 たまらなかった。 なまじ真面目な性格であるが故に、その時の無念と悲しみが静かな怒りへと変換されていくのを止められない。

 シグナムは、そう簡単にクライドが言うように幸せにはなれないと思った。 なってはいけないのだと、思うようになっていた。 元凶はのうのうと生きているのだ。 そんなことを、騎士としても夜天の剣としても見逃してはおけない。 許してはおけない。 シャマルのように過去のこととして乗り越えるのは、シグナムはどうしても無理だった。 進むために、けじめをつけなければならない。 その方法は、彼女には限られていて、そのための力と方法は少なからず在る。 穏やかで、争いごとが嫌いな彼女とは違ってシグナムには静かにその胸の中で燃える激情がある。 その熱を、純粋な怒りの炎を消火するには行動が必要だった。 新しい自分を始めるための儀式という名の行動が。

 そこには、同時にふがいない過去の己への自戒も込められている。 罪悪感を感じるということは、自分にも非があると少なからず感じる要素があるからに他ならない。 冷静に見えてその心のうちには二つ名と同じ静かな烈火の如き熱が存在している。 そんな自分を止める術を彼女は持たない。 と、不意に八つ当たり気味に握り締めていたデバイスがいつもと違っていることに気がついた。

「そうか、これは元主のデバイスだったな」

 手を広げると、刀の柄のキーホルダーにも見えるそれが闇夜に見えた。 照明の薄暗い明かりでも自分のそれとの差異が良く分かる。 起きだして、照明のスイッチを弄る。 薄暗がりな闇が駆逐され、ライトの白い光が部屋に満ちる。 立て掛けていた対魔法刀を手に取ると、彼女はそのまま部屋を出て行った。

 廊下を出てエレベーターに乗り、屋上へと向かった。 夜風が冷たくシグナムの肌を刺激して、急激に眠気が遠のいていく。 騎士甲冑を展開すると同時に、鞘から刀を抜き放つ。 それを左手に逆手に持ち、今度はブレイドを展開する。 紫の刀身が光刃となって屋上を照らした。 その感触がいつもと違い過ぎて、いささか頼りない気がしてくる。 とはいえ、それでも今はそれが彼女の武器だ。

「……軽いな。 逆に、左手がいつもより重いか」

 右手に魔剣レヴァンティン、左手にはその鞘。 場合によっては左手の鞘を収納ないし、腰のベルトで止めて両手持ちで剣を振るう。 それが、シグナムのスタイルである。 だが、これだと重量が逆になる。 ブレイドは刀身が魔力で構成されるため刀身の重みが存在せず、対魔法刀の方は実体剣であるが故に刀身部のせいで重い。 逆に持ってみる方がまだしっくりと来るが、これだといつものようにカートリッジを入れ替える動作に停滞が生じるだろう。 右と左が変わった程度ではあるが、それでも長年に渡って体に染み付いてきた動作を考えれば、右手にブレイドを持つ方が結果としてはやりやすい。

「はっ」

 そのまま、無心になって剣を振るう。 仮想的の斬撃を左の魔法刀で受け止め、右手のブレイドで切りかかる。 そうやって、脳内に想定する敵に向かった。 仮想的は誰でも良かったが、できるだけ強い相手を選んだ。 自然と思い浮かんだのはレイヴァンだ。 最近の記憶統合では、よく懐かしい顔として出てくる。 強さと共に、苦悩を抱えた剣の騎士。 だが、それでも最後まで誇らしく意地を通し抜いたと、最近になって彼女はカグヤに聞いていた。

 兄らしいと思うと同時に、もっと柔軟性を持っていても良かったのではないかともシグナムは思う。 自分も人に言える程器用ではなかったけれど、それでも、そう思えてならない。


――剣に意地と魂を込めて振るえ。 そして、そこにある誇りを持って戦え。 振り返る必要はない。 悩む必要もない。 本気でそのために剣を振るおうと思ったのなら、それがお前の騎士道となるだろう。 半端に曲げようと思っても、多分できない。 簡単に曲げられるぐらいなら、初めからその選択を俺たちは選んでいるはずだ。 例え何度やり直したってそうだ。 自然と俺たちはそこに辿りつく。 だから――、


「――自分の剣を信じて往けシグナム」

 それはただの言葉だ。 騎士として叙任するに当たり、代々送られてきた言葉。 本来は、誇りを持って戦えという下りだけで終わるはずのそれに付け足してレイヴァンはシグナムにその言葉を送った。 それは今思えば、彼の経験と人生が凝縮されたような言葉ではなかったか? シグナムにはそう思えてならない。

 ただ、黙々と剣を振るう。 ただの、剣を振るだけの装置のように。 彼女の道はまだ先にはない。 再び始まったはずなのに、まだスタートラインに立ってさえもいない。 遣り残しがある。 そんな風に感じているからこそ、まだ立ち止まっていた。

 進むのはそれが終わってから。 そんな風に決めている。 故にその道にブレはなく、その先へもきっといつかは歩けるだろう。

――兄のような立派な騎士になりたい。

 かつて夢想していた理想の姿。 だが、立派な騎士とはなんだろうか? ただ強ければ良いのか? 誰よりも優しければ良いのか? 主のために躊躇なく命を投げ出せるような、そんな高潔な自己犠牲精神を持てが良いのか? だが、どれもシグナムの胸には響かない。 

 強くありたいと願うのは、間違いではないだろう。 優しくあるのは素晴らしいことだろう。 自分の命に変えても誰かを守ることを選べる者は、きっと誰よりも尊敬されるだろう。 でも、それだけでも駄目なのではないだろうか?

 シグナムが見てきたレイヴァンは、きっとそんな小難しいことなんてきっと考えていなかったに違いない。 ただ自分が誇れると思うことのために剣を捧げてきたのではないだろうか? 今では自然とそう思うようになっていた。 そして、そう思う彼女自身もまたそれに続こうとしていた。

 剣を振るうのを止め、大きく息を吐き出す。 落ち着きを取り戻した彼女が、ブレイドを仕舞い刀を鞘に入れる。 と、そこへ聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「こんな夜遅くに特訓とはなぁ。 随分熱心だなぁシグナムは」

「お前は……アギト? いや、違うお前は……」

 アギトよりも更に小さいその姿。 それにはシグナムは覚えがあった。 いつか、エレベーターですれ違った名前も知らぬ融合騎だ。 プライベート区画に入ることを許された、誰のものとも知れぬユニゾンデバイス。 紅髪を夜風になびかせながら、ふよふよと彼女の元に漂ってくる。 

「久しぶりっていうのもアレだなぁ。 そろそろグラムサイトには慣れたかよぉ?」

 馴れ馴れしいが、どこかそれが不快ではない。 シグナムは応えずに、しかし彼女の顔をジッと見る。 本当に小さい。 どこにデバイスとしての機能が詰まっているのかと疑えるほどだ。 だが、勝手にシグナムの左肩に腰を下ろした彼女からは感応制御システム特有の感触がしてくる。 デバイスと直結するためのその感覚は、紛れも無くデバイスだということの証明だ。 疑う余地はそこにはない。

「なんの用だ?」

 敵意は無い。 そんなことは分かっていたが、思わず吐き出した声は硬い。

「用なんて特にねぇよ。 アタシはただ、ここから随分と気持ち良い魔力の波動を感じたんで見に来ただけさ」

「……」

「もう、お仕舞いなのか?」

「少し寝苦しくてな。 気晴らしに振りに来た。 ただ、それだけだから長く続けるつもりはない」

「ふーん、でも獲物が違うせいでちょっとやりにくそうだったぜ? アタシの持ってるのを貸してやろうか?」

「お前の?」

「といっても、これ姐さんのでもあるから内緒だぞ。 バレるとアタシが怒られるしよぉ」

 瞬間、シグナムの眼前にその長剣は現れた。 彼女の愛剣レヴァンティンに酷似したその剣を見たその瞬間、シグナムは思わず息を呑む。

「これは……この剣をどこで……」

「姐さんの拾い物だ。 そして、アタシにとっても大事な人の剣だったモノさ。 へへっ格好いいだろ!!」 

「ああ……ああ……」

 ズシリと腕に来るその感触。 シグナムの長剣よりもやや長く、刀身も肉厚があるそれはたった一人の騎士のためだけに作られたオーダーメイドの品である。 本人以外の使用など原則考慮されていないワンオフモノだ。

「このデバイスの名前は……なんというのだ?」

 ほとんど確信している癖に、それでもシグナムは掠れる声で尋ねた。 柄を握り締めた腕が震える。 その様子を見ながら、かつて”烈火の剣精”と呼ばれた融合騎は誇らしげに答えた。

「レイヴァンテイン<レイヴァンの杖>。 夜天最強の騎士の剣さ」

「やっぱり、これはレイヴァン兄の……なら、お前は……お前は一体……」

 烈火の剣精アギトはこの次元世界では一機しか存在しない。 そのはずの代物だ。 故に、アギトが二機あるというのは本来ならば在り得るわけがないことなのだ。

「さぁてな。 アタシのことは秘密だ!! それにシグナムにはそんなことよりも今やりたいことがあるんじゃないのか」 

「……しかし、いいのか? これはレイヴァン兄の剣なんだろう……”シリウス様”が怒りはしないか?」

 自分の剣を勝手に使われて怒らない騎士はいない。 許しも無く振るのはマナーに反する。 シグナムが戸惑うが、かつてアギトだったモノは楽しげに首を振るうだけだ。

「いいんだよぉそんな細かいことは。 滅多なことじゃあこいつは使ってもらえないんだぜ。 暇をもて余してるから、ちょっとぐらい触っても罰は当たらないって。 ほら、こいつも構わないって言ってるだろ」

「……」

 明滅するコアから、レイヴァンテインの意思が頷いていた。 拭いきれない誘惑に負け、対魔法刀を床に置いてその剣を抜く。 すると、シグナムの魔剣と同じ片刃の長剣がその刀身を覗かせた。

 騎士には武器が必要だ。 剣士には剣が必要で、その剣こそ彼らの騎士道を支え続けた己の分身にも等しい大切な相棒である。 しかも、今握っているのは兄の騎士道を最後まで支え続けたその剣なのだ。 思わず体感する重量以上に、重い何かを感じずに入られなかった。

「よぉぉし、それじゃあ”久しぶりに”一発でかいのをカマしてみようぜシグナム」

「久しぶりだと? やはり、お前は――」

「ユニゾン――イン!!」

 あくまでも正体は秘密らしい。 それ以上を詮索することもできずに、融合してくる懐かしい存在を受け入れる。 騎士甲冑の色が青に染まり、背面からは燃え盛る紅の炎の羽が噴き出す。 同時に、シグナムの髪の色も白みがかった紅へと変化する。

『それじゃあいくぞぉ。 あの時未完成だったアレを今度こそ成功させて魅せやがれ』

 魔力中枢に溶け込んだ彼女からの声が感応制御システムを通して脳裏に響く。 同時に、攻撃範囲を示すマーカーがレーダーセンサーに表示される。 その射程は、ストラウス邸の空へと続いていた。

『どうせ見てたんだろぉストラウス!! 今からでかいのを一発空にぶちカマすから、敷地内で処理してくれよぉ』


――はいはぁい。 でも、夜だからあんまり煩いのは使っちゃだめよ。


 どこからともなく声がした。 こんな夜更けだというのに、しっかりと響いてくるその声の主。 止めないのかとシグナムは思ったが、お膳立てはされてしまった。 ならば、やってみたいという誘惑からは逃れられない。

『剣閃烈火――』

 炎熱が紫の業火となってレイヴァンテインを伝っていく。 灼熱を得た刀身が力強く燃え盛り、烈火の秘奥を顕現させる。 秘奥の使い方は二種類ある。 薙ぎ払うようにして使用する中距離殲滅系の広範囲型と、真正面から敵軍に風穴を開ける中距離直線系の大出力魔力斬撃だ。 かつて、デスティニーランドで放ったそれは、前者である。 後者は、クライドも見たことがないもう一つの秘奥である。 今放たれようとしているのは、後者の方だ。

「レイヴァンテイン……カートリッジロード!!」

 瞬間、飲み込まれた圧縮魔力カートリッジが、圧縮魔力を開放し空薬莢を吐き出す。 底上げされた魔力が限界スレスレまで刀身の炎を集束。 更に激しく燃え盛る。

 剣の型は大上段の振り下ろし。 真上に掲げられた長剣が、炎熱によって周囲の大気を歪ませながら、その瞬間を待ちわびる。 だが、シグナムはかつてそれに失敗した。 溜め込んだ大魔力を横に全ての目標を薙ぎ払うように放つのと、真っ直ぐに放出するのとでは難易度が少し違う。 騎士としてまだまだ発展途上だった頃のシグナムにとっては、それは大変に難しいことだった。 しかし、今のシグナムはかつての全盛期をも凌ぐ経験値を持っている。

 守護騎士として、何度も転生しながら戦ってきた記憶の積み重ねが、記憶統合によって集束し、膨大な経験値として彼女の魔導騎士としての力量を跳ね上げているからだ。 曖昧なだけの経験の、その全てが今に繋がろうとしている。 シグナムという名の剣は、今打ち直されている真っ最中なのだ。

『準備はいいなシグナム? 空のことは今は気にしなくてもいい。 ストラウスが全部処理してくれるからよぉ』

「ああ」

『それと、なんか最近色々考え込んでるみたいけどさぁ、そんなに深く考えなくてもいいだぜ? ウダウダ考えるなんてのは、騎士のするこっちゃねーんだよぉ。 そんな邪魔なもん、その手の炎で全部燃やして灰にしちまえばいいんだ!!』


――なぁ、そうだろうシグナム? 決める前から決まってる答えに悩むのは馬鹿らしいだろう。


(……ああ、そうだなレイヴァン兄)

 記憶統合作用を超えて、いつか聞いた励ましの言葉が聞こえてくる。 悩むことが馬鹿らしくなってくるようなその言葉は、しかし、彼女の大好きだった兄の言葉だ。 自分でも悩んだだろう癖に、それでも笑いながら言ってくれた大切な言の葉だ。

「いくぞ”アギト”!!」

『おうっ!! 火竜――』

 上段に構えた剣が、炎の竜と化して荒れ狂う。 攻撃目標はヴァルハラの夜空の中で、最も輝く名も知らぬ星。 届くはずもないその標的に向かって、その二人は咆哮を上げた。

『「―― 一閃!!」』

 大出力の炎熱が、竜の吐息となって飛来する。 莫大な熱量が放射され、狙った星に向かって一直線に伸びていった。 完璧だった。 イメージ通り、いやそれ以上の精度で真っ直ぐに空に上っていく。 だが、その光景もまたすぐに消えた。 ストラウス邸の空の上を奔っていった竜の吐息が、まるでブラックホールに飲み込まれたのではないかというほど綺麗サッパリと何も無い空間に飲み干されていったのだ。 

『さすがストラウスゥ。 いい仕事するなぁ』

「……で、きた」

 放ったシグナムとしては、もう苦笑するしかない。 だが、それでも先ほど完全に制御できた大魔力の感触が、その手には気持ちいぐらいにしっかりとこびり付いていた。 今はただ、それだけで十分満足だった。

 長剣を鞘に戻し、ユニゾンを解除。 再び左肩の上に座る彼女に返す。 収納され、消えた剣の重みが名残惜しい。 だが、その心の中は実に晴れ晴れとしていた。  

「ありがとう。 かなり今のですっきりした。 この後は心地よく眠れそうだ」

「なら良かった。 アタシもあいつも、久しぶりに全開でやれたから満足できたぜ」

「一つ聞いてもいいか」 

「んぁ?」

「何故、アギトが二人も同時に存在しているんだ? アギトはレイヴァン兄専用の融合騎だったはずだが……」

「へっ、何を言うかと思えばそんなことか。 烈火の剣精アギト様はぁ……”お前のアギト”はこの世界に一機しか存在してねぇだろうがよぉ。 何寝言言ってるんだよシグナム」

「いや、しかし元に……」

「アタシはアギトじゃない。 それは勘違いだ。 ああ、でも勘違いしてるシグナムには大事なことを教えといてやるよぉ」

「大事なこと、だと?」

「おうよ。 烈火の剣精は置いて逝かれるのが大ッ嫌いなんだぜ。 だから、死ぬまで傍で扱き使ってやってくれよな。 間違っても土壇場で置いて逝ったりするなよなぁ。 それはきっと、あいつにとってはものすげぇ辛いことだからよぉ」

「……分かった。 お前がそういうなら肝に銘じておこう」

「約束だぞシグナム。 それじゃな、縁があったらまたどこかで会おうぜ」

 大きく手を振るった剣精は、そう言い残してと一足先に屋上を去っていった。 今の主の下にでも帰るのだろう。 パタパタと背中の竜翼をはためかせて飛んでいく姿が、”彼女のアギト”とそっくりであった。

「ふむ、後で姉姫様に怒られなければいいのだがな。 絶対にあの人なら先ほどの魔法で気づいているはずだし……な」

 誰が持ち主かなどと、すぐに分かった。 一度はぐらかされたのはきっと、まだ夜天の書からシグナムが開放されていなかったからだろう。 敵対する者に必要以上の情報を与えるほどシリウス・ナイトスカイは甘くは無い。 今ならばきっと聞けば答えてくれるだろう。 だが、シグナムは自分から尋ねようとは思わなかった。

「今は余計なことを考えるよりも先にやることがある」

 するべきことはもはや決まっている。 今は立ち止まってはいるけれど、それもいつか終わることだ。 ならば、終わった後にでも尋ねれば良い。 そのときにはきっと、何の枷もなく全てを話してくれるだろうから。

 対魔法刀を拾い、屋上を後にする。 その足取りは、ここへ来るまでのシグナムとは違って随分と軽そうだった。













「ただいまぁ」

「よっ」

 二日後の昼、シグナムの元にアギトとクライドがやってきた。 相変わらず、目隠ししたままトレーニングをしていたシグナムは、剣を振るっていた手を止めて振り返る。

「おかえり。 それにしても、早かったな。 もう一日二日掛かるかと思っていたが……」

「なんか、アギトの設計図が出てきたらしくてな。 それのせいで、随分と早く仕上がったらしい。 一応、念のためにこれからバックアップを取って行くってことになったから、定期的にグリモア君のところにやってあげてくれ」

「アギトがそれで良いというのなら、私からも是非頼む」

「アタシもセルフチェックで当分大丈夫だと思ってるんだけどさぁ、仕事に出たらもしもってこともあるかもしれないからよぉ」

「ああ。 私としてもいざと言う時に助けられないのは困る」

 何が起こるかなど、神ならぬ身には分からない。 日頃から有事の際に備えておくのは当然だ。 そのことで、少しばかりシグナムは安堵する。

「それとシグナム、レヴァンティンだけど一応全体的なフレームの強化と換装できる分のパーツを全部新しいのに変えておいたぞ」

「ということは、かなりパワーアップしているということか?」

「そういうこと。 特に演算系の処理速度と反応速度はかなり上がってると思う。 出来る限り俺の方で改造前の感覚に近づけてるけど、試した後で気に入らないところがあったら言ってくれ。 簡単な調整道具も持ってきたから直ぐにバランスを修正するぞ」

「ふむ……ということは、対戦相手がいるな」

 シグナムの唇が楽しげに歪む。 その顔の先には、丁度良い対戦相手の男がいる。 クライドは思わずしまったとばかりに額を抑えた。

「もしかしなくても、俺に相手をしろって?」

「さすが元主だ。 かつての騎士のことは良く分かっているようだな。 理解してくれているなら話は早い」

 対魔法刀とブレイドの二つとレヴァンティンを交換しながら、シグナムは笑う。 前回は剣だけの縛りルールだったが、今回は実戦さながらの魔法戦闘をやる気満々である。

「あー、まぁいいけどさ。 せめて前みたいに魔力を抑えろよ」

「それぐらいはするさ。 ただ、今回はアギトも使わせてもらうぞ。 アギトとレヴァンティンの同調テストもしておかなければならないしな」

「ちょ、お前は鬼か!!」

「ただのフリーの騎士だが? さぁアギト。 ユニゾンだ」

「おう!!」

「俺をコテンパンにする気満々じゃねぇぇか!?」

 アギトと融合しつつ、出力リミッターで魔力出力を抑えるシグナム。 だが、例え魔力を抑えていようとも完全武装しているにも等しい状態だ。 三日前の雪辱は晴らしたいところではあったが、クライドとしては難易度がノーマルからハードになったゲームに挑んでいる気分だった。

「く……ええい分かった、分かったよ。 相手してやるよ」

 バリアジャケットを纏い、対魔法刀を抜く。 剣だけの縛りルールではなく、しかも魔力出力が同じ程度であれば一矢報いることも、不可能ではないかもしれない。 あくまでも、不可能ではないというレベルの話であったが、クライドとしても一度シグナムに全力でやってみたいと思っていたのでいい機会でもあった。

「覚悟しろ、出力リミッターを付けていることを後悔させてやる。 この俺のデバイスでな!!」

「ふっ、その意気や良し。 ならば、私も全力で応じよう」

 レヴァンティンの柄からカートリッジの薬莢が飛ぶ。 途端、出力リミッターで抑えられている魔力出力がカートリッジによって底上げされる。

「……やっぱ、前言撤回したい」

 慌ててブレイドを展開し、負けじとばかりにクライドがカートリッジを使用する。 右手に剣を、左手に鞘を握ったいつもの構えを取る剣の騎士を前にして、似たような構えを取る。 その頭の中には、例によって例の如く勝つための方法が模索されていた。

「さぁ、いくぞ元主。 デバイスの準備は――」

「食らえ、先手必勝剣!!」

「むっ!?」

 左手に逆手で握ったブレイドから、斬撃飛翔魔法<ショットセイバー>がいきなり飛んだ。 青の斬撃が光の刃となって疾駆し、シグナムを強襲する。 

『こらぁ、汚ねぇぞクライド!!』

 鞘で弾き飛ばしたシグナムの内部から、アギトが非難の声を上げる。 だが、クライドは高笑いを浮かべながら悪役よろしく一笑。 そのまま対魔法刀を振りかぶりつつ距離を詰めていく。

「ふはははは。 戦いとは戦うと決めたそのときから既に始まっているのだ!! 戦場で気を抜く奴が悪いのだ!!」

「反論することができない側面が少しあることだけは確かだが……貴方が言うと卑怯者の台詞にしか聞こえないのがアレだな」

『こらぁ、正々堂々と戦えぇぇ!!』 

「完全武装の騎士様と民間人がまともになんて戦えるか!! これも崇高な作戦のうちだ!!」

 間合いに入る直前、左手がまたも振るわれる。 その瞬間、至近距離で投擲されたブレイドがシグナムに向かって放たれた。 シグナムがそれを再び鞘で弾く。 と、そこへ刀を振り上げたクライドが踊りかかる。

「AMB<アンチマジックブレイド>、無効化できないけど出力最大!!」

『野郎、舐めるなよ。 炎熱加速――』

「――紫電一閃!!」

 交差する青と紫。 炎の魔剣と青の刀がトレーニングルームで衝突する。 そうして、かつて手も足もでなかった主とかつてその男の騎士だった者の摸擬戦が始まった。 

「ああ、やはりあの頃と比べたら強くなったな元主。 だが――」

「ちょ、お前何リミッター解除してんの?」

「リミッターを付けるとは言ったが、解除しないとは言っていないだろう」

『よっしゃー、そのままたたんじまえシグナム。 卑怯者にはいつの時代にも天罰が必要だ』

「ルール違反だ!! それは正義の騎士様の戦術じゃないぞ!!」

「しかし、そっちがその気ならこちらも正義の騎士として”正々堂々全力全開手加減なし”で相手をしなければならん。 嗚呼、悪く思うなよ元主クライド。 騎士道とは、かくも厳しいものなのだ」

「こ、これが世に言う自業自得か……」

 その日、クライドの悲痛な叫びが幾度もトレーニングルームに響き渡った。 騎士の剣は卑怯者に容赦などしない。 さらに副次的な効果として、レヴァンティンの高出力攻撃のデータがしっかりと取れたせいで、その後の調整がかなりスムーズに進むことになった。

 後にクライドはデバイスマイスターとして身体を張ってデータを取るためにあんなことをしたと言い訳したが、当然誰もそんな戯言は信じなかった。 だが――、

「――何故、お前はデバイスを構えるのでせうか?」

「あら、今なら貴方が出血大サービスで身体を張って、デバイスの調整テストをしてくれるってシグナムたちが教えてくれたのだけど?」

「お前がやると本当に出血しそうだからマジで勘弁してくれ」

 それ以後、もう二度とシグナムに卑怯な真似をしようとは思わないクライドだった。

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