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憑依奮闘記 断章05

 2010-07-12
「アイゼン!!」

 気合と共に叫ばれた言の葉に従って、鉄の伯爵<グラーフアイゼン>の三連装式カートリッジシステムが稼動した。 圧縮魔力カートリッジの一本に含まれた魔力を開放し、鉄槌の騎士の魔力を底上げする。
「ほっ、また会ったな元気な嬢ちゃん。 できれば、ワシの邪魔はせんで欲しいんじゃがのう」

 士気の高いその小さな騎士のに向かって、老人のようにも見える偉丈夫が楽しげに呟く。 余裕があるというわけではない。 その証拠に、その男は楽しげな声とは裏腹に表情は真剣そのものだったからだ。

「うるせぇ、こっから先は通行止めだ”クラッシャー”」

 薄暗い遺跡の通路。 互いの身体を覆う騎士甲冑とバリアジャケットのフィールド光と点灯しているライトだけが光陵の暗闇。 対峙するは騎士と魔導師の間で、視線による火花が咲いて散る。

「ほっほ、こちらとしても期日が近いでな」

 老人の手に握られたふた振りのトマホーク。 重厚な肉厚を持つ、その二組一対のデバイスが黄色の魔力で輝く。 と、コアがその瞬間に明滅。 何かの魔法を演算している証拠だ。 だが、ヴィータはそんなものは気にもせずに飛び出した。

 跳躍に加わる飛翔魔法の弾丸染みた加速力。 十メートルはあった距離は数秒もせずに零となる。 振り下ろされる鉄槌は周辺の大気ごと圧殺させるほどの威容を放った瞬間、老人ことガイル・マッケンジーは左手のトマホークで受け止める。 左手から伝わってくる、異常な衝撃。 年齢の割りには鍛えられているはずの彼の左腕を容易に痺れさせるほどに凶悪だ。 

「くぅぅ、やはりお嬢ちゃんの相手はきついな」

「だったら、さっさと失せろってんだよ!!」

 受け止めた左のトマホークの刃先にヒビが入る。 瞬間、ガイルは右腕を振るう。 だが、その腕に手応えはない。 紅いゴシックドレスをはためかせながら、後方に潔く飛んだヴィータの胸元を握り拳一個ほどの余裕を持ってかわされた。

「ぬぅ……」

「はっ、その程度で当たってやれるかよ」

「なんの、これで終わりではないぞい」

 トマホークの刀身が更に黄色く輝いてく。 刃に乗せられた魔力が闇夜で煌いたその瞬間、ガイルが次々と虚空に向かって両手を振る。 ミッド式の斬撃飛翔魔法<ショットセイバーの亜種>の連打だ。 高速で飛来する魔力刃が、貴重な遺跡の通路が傷つくことも構わずに繰り出されてくる。 ミーアが知れば激怒するような所業であった。

「ちっ――」

 通路の幅は六メートルあるかないかだ。 老朽化した建材は、その一撃でズタズタに引き裂かれて砕け散る。 舌打ちしながら通路を縦横無尽に飛んでは避けていくヴィータであるが、さすがに戦場が狭すぎた。 勘だけでいつまでも避けることはできない。 避けられない位置に飛んできた四発目の魔力刃を、紅いバリア<パァンツァーヒンダネス>を発生させて受け止める。 そこへ、足が止まったヴィータに大してガイルが必殺の魔法を放つ構えを見せた。

「ツイントマホォォォク――」

 ミッド式の魔方陣が激しく明滅。 すると、手に握っていたトマホークの刀身サイズが倍加した。 質量操作の魔法だ。 更に、そこから全身のバネを用いるようにして回転しながら二振りのトマホークを投擲する。

「――ブゥゥゥメラン!!」

 高速回転しながら二つのトマホークが飛来する。 並の魔導師には止められないほどの破壊力がそれにはある。 だが、それでもヴィータは不適に笑みを浮かべたままだった。

「アイゼン」

 呟きに従って、二本目のカートリッジをアイゼンが飲み込む。 瞬間、バリアの展開をやめたヴィータの鉄槌が二度閃く。 底上げされた魔力によるテートリヒ・シュラーク<痛烈な一撃>が飛来してきたトマホークを力ずくで弾き飛ばす。

「なに!?」

「今度は――」

 容易く渾身の一撃を弾き飛ばされたことに驚きの声を浮かべるガイル。 弾き飛ばされたトマホークが、術者の方へとリターンシステムを発動させて強引にガイルの方へと戻っていく。 ヴィータそれを追うようにして飛んだ。

 グラーフアイゼンが三本目のカートリッジを飲み込む。 瞬間、空薬莢が虚空に飛んだ。 グラーフアイゼンが形状変化。 ロケットブースターと鋭い突起を持つラケーテンフォルムへと変形する。 更にブースターが点火しながら宙を舞った。 

「――アタシのターンだ。 ラケーテン……ハンマァァァァ!!」

 小柄な体躯が駒のように空中で二回転。 そのままロケットブースターの推進力をフル活用してガイルに向かって踊りかかる。

「ぬぅ!?」

 辛うじてヴィータよりも先に戻ってきたトマホークでその突撃を受け止めるガイル。 だが、その攻撃の重さに偉丈夫の身体が後方に弾かれた。 同時に、ひび割れた左手のトマホークだけではなく右のトマホークまでもが握りを残したまま粉々に吹き飛ぶ。 トマホークの破片が四散するその刹那、紅い少女の不敵な笑みがガイルの目に焼きついた頃には、その身体が壁面にぶつかって勢いを止めた。 

「ぐ……強いな」

「てめぇ……リビングデッドかっ!?」

 腹にアイゼンの強打を受けた老人が魔力に少しずつ還りながらヴィータの目の前で消えていく。 急いでその胸倉を掴み上げるようにしながら、ヴィータが叫ぶ。

「おい、消える前に教えやがれ!! どうしてアタシらを付け狙う!!」

「別に、個人的な意図はない。 ワシら”クラッシャー”が用があるのはこういった古い遺せ――」

 そこで、彼の言葉は途切れた。 完全に魔力の霧となって虚空へと溶けたせいだ。 魔力の霧はモノを言えない。 演算不可能になった魔法プログラムの、憐れな最後だった。

「くそっ!!」

 苛立ちを隠そうともせずに舌打ちしながら、ヴィータはアイゼンを握り締める。 敵の正体が分かったせいで、小さな危機感が彼女の中には芽生えていた。 と、その時敵の居た場所に見覚えのある腕時計が落ちているのに気がついた。

「サバイバルデバイス……だな」

 数年前からミッドガルズで発売されている、冒険者魔導師の必須ツールだ。 その形態には様々なモノがあるが、次元マップから旅に使える簡単なサバイバル魔法まで完備している。 とりあえずそれを戦利品として左手に装着すると、ヴィータは奥に進んでいるはずのミーアとリインフォースの二人を追いかけた。






「あ、ヴィータおかえりぃぃ」

「早かったな」

 ヴィータを出迎えたのは、作業中のミーアとその護衛に残ったリインフォースだ。 比較的良い状態で残っていたこの遺跡は、非常用の電源がまだ生きており、そこに残されているデータをミーアが必死にサルベージしていたるところだった。

「おう。 特に変わったことはねーか?」

「うん。 防衛機構とかも無かったし、ここはただのシェルターなのかもしれない」

「シェルターねぇ……にしては隔壁も何も閉じてなかったのは変じゃねぇか?」

「そうかな、白骨死体の一つもないんだよ? 誰も辿り着けなかったんだとしたら理由にはなるよ」

「……そんなもんか」

「それよりクラッシャーは?」

「ぶっつぶしてきた」

「さすがだな」

 壁にもたれ掛ったまま腕組をしている姿でリインが頷く。 特に心配していなかったのだろう。 かつて守護騎士だった小さな騎士の力は魔導師界隈においては高位の方にランクしている。 生半可な相手ならば心配する必要はない。 だが、ヴィータの顔色は優れない。 不機嫌そうに周囲を睥睨しながらリインに言った。

「リイン、一応上の方にサーチャーをやってくれねぇか?」

「……何か気になることでも?」

「潰してきたクラッシャーがリビングデッドだった。 なんか嫌な予感がするんだよ」

「わかった」

 待機状態だったクライド特製の魔導書型ストレージデバイス『夜天の書』が起動。 高速索引しながらオリジナルの書に記憶された魔法プログラムの中から必要な魔法を選び出す。 瞬間、リインフォースの足元に四角形が二つ、魔方陣の中で回転するミッド式の魔方陣が展開された。 同時に、胸元まで掲げられた両手から十数個の白い玉が飛び出していく。 広域探索魔法『ワイドエリアサーチ』の魔法だ。 

 その白い魔力球は、奥の部屋を出て行くとバラバラに散らばっていった。 何か反応があれば、リインフォースが気づくだろう。 デバイスのレーダーを気にかけてはいたが、ヴィータとしてもそれだけを過信することはできない。

「ふーん、でもなんであの”クラッシャー”がリビングデッドなのかな?」

「さぁな。 アタシたちよりも遺跡の方が目的だったみたいだぜ」

 クラッシャー。 次元世界の考古学者たちから破壊屋とか壊し屋とか呼ばれて忌避されている賊である。 目標の物だけを狙って去っていくトレジャーハンターとは違って、彼らは徹底的に遺跡を破壊していくことで有名だ。 逃げる者は追わず、かちあった場合は宣戦布告をしてから攻撃してくる微妙に律儀な連中でもあるが、それでも過去の遺産や遺物を破壊するそのスタンスのせいで嫌われていた。

「この前はあっさり逃げた癖に、今回は最後まで突っかかってきやがったし……仲間がいるかもしれねぇ。 できれば早いとこ帰った方がいいかもな」

「迷惑な話だね」

 ミーアはヴィータの言葉をそれほど深刻に受け止めずにそのまま流した。 ミーアとしてはそんなことよりも今やっているデータを引き出す作業を終わらせることに集中していたいからだ。 大体、何かあったとしても護衛の二人がどうにかしてくれるだろうと信頼していたからである。 と、ヴィータに相槌してから五秒も経たぬ間にミーアが声を上げた。

「お宝発見ぇぇぇん!!」

 空間モニターが起動し、同時に、世界地図のようなものが表示される。

「なんだよそれ」

「この世界の地図だよ。 それも、旧暦の次元断層事件で滅びる前の奴ね」

「へぇぇ……」

「レイジングハート、データ記録任せるよ」

 茶色いローブ姿の胸元で、紅い宝石が煌く。 元気良い返事だった。 ミーアは返答に満足しながら、次々と端末のデータを記録させていく。

「昔の地図がそんなに希少なのかよ」

「うん、特に旧暦のあの事件は凄まじい次元災害を引き起こした次元世界でも稀に見る大災厄なの。 こういう記録が残ってるだけでもすんごく希少でね、いい資料になるよ」

「ふーん……」

 旧暦の462年、大規模な次元断層が発生したという。 記録に残っているだけでも震源時空に隣接する世界は軒並み滅び、その周囲では凄まじい被害が出たという記録が残されていた。 その時の次元世界の混乱と被害によって伝説の地に関する記述や資料がほぼ消失した。 それから考古学者の間では空白期<ミッシングリンク>と呼ばれる非情に曖昧な空白の歴史が出来上がった。
 それ以後アルハザードはあの時に虚数空間に堕ちただの、実は架空世界でモデルになった別の世界があったとか、実は今でも次元世界のどこかにあるとかすごく曖昧で御伽噺めいた存在へと変化する。 アルハザード時代などと、形容されているにも関わらずだ。

「古代ベルカもその時に滅んだとか、その少し後に滅んだとかって言われてるぐらいだから、あの当時の事件に関わった世界の情報ってのは値千金の価値があるんだよ。 なにせ、世界そのものが崩壊してたり、星ごと吹き飛んでたりして今じゃあ何がどうなのかさっぱり分からないことばかりだからね」

「眠くなる講釈はいらないって」

「そう? ヴィータになら特別にタダでベルカ時代の特別講義をしてあげるけど……」

「へっ。 その頃の生まれの”アタシ”が、そんなこと知りたがるかよ」

「だよねぇー」

 守護騎士たちは皆、その時代の存在だ。 現代の次元考古学者が聞いたら連日押し寄せてきそうな希少存在でもある。 ミーアがかつて強かにもクライドに持ちかけたのは、その頃の話を聞きたかったという打算もあった。 今ではそんな打算を超えて仲が良くなりすぎてはしまっていたが、それでも彼女たちをある意味独り占めしているミーアとしてはまだまだ聞いてみたいことが沢山あった。

 帰ってきて直ぐの時は、どうも記憶喪失になっていたが、必殺のフェレットパンチを数発お見舞いすると直ぐに思い出してくれた。 他にも色々と思い出しているようであり、興味は尽きない。 とはいえ、そこから先のことは詳しくは聞いていなった。 言いたく無さそうな雰囲気を醸し出していたからだ。 だから、ミーアは今のところ突っ込んだ話をしていない。 お楽しみは後に取っておく方が面白いのだ。 

 端末を弄る手が加速し、すぐに止まった。 空間モニターにはいくつもの光点が生まれ、やがてそれらは減っていく。 残った光点の数は五つ。 ベルカの完全数の数値だ。 十字に刻まれたその中心、それが今回の最終目的地である。

「んんー、周りはほとんどおまけのはずだからまぁ置いておくとして、最優先はやっぱり聖地の座標かな。 さぁーて、今回は何があるかなぁー」

「どーせ何もねぇーと思うけどなぁ」 

「どうして?」

「確かアタシの記憶が正しければここらへんの周辺次元は開発優先度が低かった辺りだ」

「えぇぇぇ!? それ早く言ってよ!!」

「あぁ、でもまぁ何も無いってことはねーと思う。 確か移民がいたと思うんだけどなぁ。 レーダーにはまったく生態反応が無かったけど」

「くぁぁぁぁもぉぉぉ!! クラッシャーに襲われるは成果が期待できないは、その癖旅費は掛かるは!! さすが古代ベルカ……考古学者の懐をこんなにも苦しめるなんて……絶対にドSな文化だよ!!」

「……そうなのかヴィータ?」

「いや、かつては次元世界を席巻してた大世界だったけど、別にドSじゃなかったぞ」

 そんなアレな性癖のある世界だという記憶など、ヴィータの中には存在しない。 リインフォースはなるほど、と頷きながら視線をミーアに戻す。 すると、ミーアはもう既にレイジングハートをビー球サイズの宝石に戻していつものフェレット姿に変身していた。

「さぁて、次はどっちにしようかなぁ……」

 出不精なフェレットが楽をしようと二人の前をトコトコトコトコ行ったり来たり。 搭乗者の選択に入っている。

「物静かで、それで居て暖かなリインフォースさんの腕の中か、それとも我が十年来の友ヴィータの肩の上か!? これは今回も迷うところだよ!!」

「なんで自分で飛ばないんだよ」

「だってそのほうが圧倒的に早いし楽だもん」

「アタシらは車代わりかよ」

 引きつった笑みを浮かべながら、ヴィータは自分が毒気を抜かれたことに気がついていた。 警戒のせいで張り詰めすぎていた緊張の糸を無理やり解された気分である。

「よぉーっし、今度はリインフォースさん。 貴女に決めたの!!」

「ああ、承知した」

 リインフォースがしゃがみこみ、フェレットをその腕に抱く。 暖かくも気持ちの良い毛皮の感触が、リインの頬を緩ませた。 ミーアのつぶらな瞳が見上げてくる。 気がつくと知らぬ間に彼女は頬釣りしていた。 どうやら、誰かさんと同じで血は争えないようである。

「んー、次の目標はここね。 ヴィータが色々と警戒してるし、そこ行ったらもう今回は帰ろう。 怖いのは嫌だしね。 安全第一でGOだよ」

――そうして、三人は次の場所を目指した。















憑依奮闘記
断章05
「変えられぬ過去と変えられる未来」














 それは、優しい夢だった。 夢の中の彼女は鏡台に座り、彼女よりも年上の少女に髪の毛を弄られている。 ツインテール、ポニーテール、ショート、セミロング、みつあみetc……とにかく色々と試された。 年上の少女は侍従というわけでもなければ理容師でもない。 ”未来の領主”だ。 まだそうではないけれど、既に彼女自身の主となることは決まっている。 そんな女性に髪の毛を弄らせている。 不敬ではないか? いや、彼女はともかくやっている本人はそんなことは考えていない。 ただ終始楽しげに彼女の髪の毛を弄っていただけだった。

 煩わしい因習はそこにはない。 煩い親のようにアレをしろだの、コレをしろだの、もっとおしとやかになれだのとも言っては来ない。 端的にコレを評するならば、”可愛がられている”というのが適切だろう。

「なぁ、ウサギの目はどうしてあんなに赤いんだろうな」

「あの子たちが赤いニンジンが好きだからじゃないかしら」

「ほんとかよそれ!?」

 なるほど、あの赤い野菜が好きだからということか。 納得しながら少女が次の問いを発する。 

「じゃあじゃあ、身体が白いのは?」

「雪で化粧しているからじゃないかしら? ほら、雪ウサギとかっていう言葉もあるもの」

「茶色のもいるぞ」

「おっちょこちょいな子もいるから、お化粧をし忘れちゃったのよ」

「おお!!」

 隙の無い論理だった。 疑問を挟む余地さえなく見事なほどにメルヘンで武装された理論である。 彼女――ヴィータはその理論を疑問に思うこともせずにただ驚いた。

「じゃあ、エレナの肌が特別白いのもそうなのか?」

「私のは生まれつきなの。 それに、雪でお化粧すると冷たいわ。 風邪を引いてしまうものね」

「じゃあウサギは?」

「あの子達はあったかな毛皮を持ってるじゃない」

「あっ、ほんとだ。 だから寒くねーんだな」

「羨ましいと思う?」

「アタシは寒いのは嫌だぞ」

「じゃあ、こうすればいいじゃない」

 ふと、後ろから抱きしめられる。 人肌の温もりだ。 鏡台に映った紅眼の主は両手でギュッとヴィータの身体を抱きしめている。

「ねっ? 人間に毛皮がないのはきっとこうやって身を寄せ合って暖かくなるためなのよ」

「……うん」

「”お姉様”もよく私にこうやってくれるの」

「姉姫様も?」

「ええ」

 ヴィータには信じられない。 軽く手合わせしてその実力の程は認めていたが、剣士としての姿しか知らないためにどうしても違和感を感じてしまうのである。 情け容赦の無いしごきを受けた。 ほとんど寸止めだったが、それでも叩かれれば痛いものは痛い。 しかもどれだけがんばっても手も足もでないのだ。 苦手意識はどうしてもあった。

 いや、本当は悔しかったのかもしれない。 歳の割には飲み込みが早いと、周囲からは褒めらることが多かった。 事実、同年代の連中にも少し上にも負けることなど無いと思っていた。 そんな小さな騎士の誇りを、歳が離れているとはいえシリウスはズタボロにした。 しかも彼女が仕えるだろう次の領主候補の目の前で、だ。 格好悪い姿を晒すというのはただでさえ我慢ならないというのに、失態のように感じる程に六、七歳の彼女にとっては屈辱的なことだった。

 自然と、ムスッとした顔になったヴィータ。 そんな彼女を後ろから抱きしめる格好になった未来の主は苦笑する。 そうして、また再び髪を弄り始める。

「ん、やっぱりヴィータはみつあみの方がいいかしら」

「別になんでもいいぞ」

「だぁめよそんなこと言っちゃあ。 ヴィータも可愛い女の子なんだから」

「き、騎士にそんなのかんけーねーよ」

「じゃあ主からの命令。 これからヴィータはみつあみの騎士になりなさい」

「うぅ、そんな命令は卑怯だぞ」

「えっへん。 未来の領主様は偉いのですよー」

 この主には威厳が無い。 だが、威厳はなくとも愛嬌はある。 裏が無いというか悪意それ自体が存在しないせいでその姉とは全くの正反対の属性を持っている。 ヴィータはそれが好きだった。 姉の場合は従える風情だが、妹の方は支えたくなる類の主なのである。 それに、いつも遊びに行くとお菓子を出してくれるのも高ポイントだった。 ついつい理由を作ってマメに親交を深めに<遊びに>行く価値は十分にある。

「そうだわ、今日はアイスを用意してるんだけど……ヴィータは何味が良いかな?」

「エレナの作ったのなら何でもいいぞ」

「そう、じゃあ特別に全部だしちゃおうっかな。 あ、でもお姉様には内緒よ? 鉄槌のおば様からヴィータにあまりお菓子を上げないようにって頼まれてるみたいだったから」

「お、おう」

 お菓子禁止令は不味い。 コクコクと頷くと、ヴィータはエレナを急かすようにして立ち上がる。

「ちょ、ちょっとヴィータ? ふふ。 もう、アイスは逃げないわよ」

「逃げるかもしれねぇーだろ。 じゃなかったら、姉姫様が意地悪して全部隠してるかもしれねぇー」

 例え彼女が伝統ある騎士の家の生まれだと言っても、生まれを選ぶ権利は子供にはない。 それが例え望んだことでなくても、それが望まれる現実への窮屈感はお菓子無くしては乗り切れない。 つまるところそれは、子供らしい食い意地の発露である。 ぐいぐいと背中を押してくるヴィータの微笑ましい様子に微笑みを浮かべながら、エレナは部屋を出て行く。

 エレナ・ナイトスカイには姉はいるが妹はいない。 故に、幼いヴィータを
まるで自分の本当の妹のように可愛がった。 彼女には未来の自分に仕える騎士を子供の頃から餌付けしておこうという気もないし、ただただ懐いてくれたことが嬉しかっただけだ。 可愛がられることはあっても可愛がる経験はほとんどない。 そのせいで余計に嬉しかったのかもしれない。

「ねぇ、バニラとチョコレートどっちがいい?」

「両方がいい!!」

「欲張りさんなのね。 分かったわ。 楽しみに待っててね」

 キッチンの奥に消えていくエレナを見送ると、ワクワク顔でヴィータがテーブルに待機する。 そこはシェフが使っている大きな厨房ではなく、領主の親族がプライベートに使うキッチンだ。 勝手知ったるその場所で、椅子に座ったまま足をブラブラさせながら待っているとふと、ヴィータの隣にいきなり現れた黒い”何か”が着席した。 瞬間、それに気づいたヴィータの顔がブリキの人形のようにギリギリと動き、口を開いた。 上下関係は既に、嫌なぐらいに理解していた。

「こ、こんちにわです姉姫様」

「はい、こんにちわ騎士ヴィータ。 それにしても貴女、週末は最近よく来るようになったわね」

「は、はいです」

「その調子でエレナとは仲良くしてあげて頂戴。 あの子も貴女が来るのを楽しみにしているようだから」

 こっくりと大仰に頷くと、シリウスは苦笑しながら怯えるヴィータの頭を撫でる。 何度かされぬままになっていると、いつしかその手はヴィータのみつあみに触れていた。

「ふぅん……ちょっと後ろを向いてみなさい」

 何事かと思ったが、彼女にははすぐに分かった。 自分の髪が弄られているのだ。 主君によってみつあみの騎士にされたので、勝手に弄られるのは嫌だったが文句を言う勇気はなかった。 そうこうしているうちにみつあみが解かれる。

「これ、エレナがやったんでしょう?」

「そーです」

「まったく、もうちょっと丁寧に編まないとバランスが悪いわよ」

 解かれた髪が、また再びみつあみになっていく。 エレナのみつあみを解かれたことにはムッとしていたが、こうなると複雑な心境に駆られるヴィータであった。 こっそりと振り返ると、シリウスは何かを懐かしむような笑みを浮かべていた。

「昔、私もあの子を可愛がるついでによくこうやって遊んであげたものよ」

「……」

 微笑ましい記憶という奴らしい。 なんとなく想像を試みるヴィータであった。 もしかしたらエレナも自分のように鏡の前で色々と髪を弄られていたのかもしれないし、お菓子を振舞われていたのかもしれない。 そう思うと、彼女の中にあった冷たく怖いイメージが少しだけ変わっていた。

「あらお姉様。 いつの間に剣の稽古から帰ってらしたの?」

「ついさっきよ。 エレナ、私はチョコレートでお願い」

「ええ。 はい、これヴィータの分ね」

「あ、ありがと……です……」

 シリウスのせいで目に見えて大人しくなっていたが、それでも用意された器に盛られていた二つのアイスの小山を見たその顔は喜びを隠しきれて居なかった。 この山をスプーンで今から崩す権利を手に入れたのだと思うと、居ても経ってもいられない。 目を輝かせながら、食い入るように見つめている。

「ふふ。 私に構わず解ける前に食べなさいな」

「じゃあ……あむ……んん……」

「どう、あの子のアイスの味は」

 まろやかなバニラの甘味と、チョコレートの風味の効いた味が口いっぱいに広がる。 冷たくも美味しい贅沢な二重奏。 その甘美さの虜になりながらヴィータは答えた。

「……ギガうま」













「――デバイスの強化をさせろだぁ?」

「ああ。 皆の奴はもう随分と昔のままだろう? だから現代のパーツに換装したりフレーム強化したりするパワーアップサービスを実施中だ。 修理のついでにするから、まぁ一月かからんと思うけど、ちょっとその間アイゼンを貸しといてくれ。 しっかし、これ凄いな。 どんな名勝負を繰り広げたらこんなにグラーフアイゼンがボロボロになるんだよ。 酷使しすぎだろ」

 偶々ヴァルハラへ遊びに来ていたクライドが、テーブルの上に乗せられたグラーフアイゼンのパーツを見ながら言った。 幸い、コアは殺されていないために修理は可能だが、ハンマーヘッドの半分が欠け、グリップの近くには何かで強引に削られたような奇怪な跡がある。 クライドが驚くのは無理はないことであった。

「気弱でヒョロッちい癖に、根性ある奴がいたんだよ」

「へぇ……どんな奴だ」

「ドリル型のアームドデバイスを使う奴だな。 ドリルで殴りかかってくるぐらいしか能が無かったけど、それでもアタシよりも魔力持ちでさ、そのせいで単純に面倒な敵だったぜ」

 その敵は単純な一点突破型であった。 だが、その破壊力にだけは目に見張るものがある。 ただ前に掘り進むためだけの道具を模したそのデバイスは、クラッシャーの気弱な少年の手にあったが、十分に天を突きそうな威容を持っていた。 ヴィータが苦労するほどであるから、その実力は押して知るべしである。

「なに!? ド、ドリル型だと!! おい、それどんな形だ!! 嘘だろ、ドリルって……デバイスにドリルって……そんな馬鹿なことやろうと思うデバイスマイスターが俺以外に居るのか……」

 三期のヴィータはアイゼンにドリルをつけた形態を使用していたが、それでもそれは一応ハンマーに付属部した形であった。 そうではなくて、純粋にドリル型として製作されたデバイスなどクライドはまだ見たことが無かった。 デバイス界の深遠を覗き込んだ気がして、さすがのバトルデバイサーも唸らずにはいられない。

「なんだよ、クライドもあんなの作りたかったのかよ」

「当たり前だ。 ドリルは漢のロマンなんだぞ? 墓穴掘っても掘り抜けるぐらいの代物を作ってみたかったのに……くそ、どこのどいつか知らんが、先を越されたな」

 悔しげにしながらもはメモ帳を開いてアイデアをストックする。 どうやら、本格的に一つ作ろうと考えているようだ。 もしかしたら自分で使ってみたいのかもしれない。 螺旋の力はそれほどに侮れず、魅力的なものなのだ。

「んなの後でいいから、とにかくアイゼン頼んだぞ」

「分かってる。 ほれ、代わりに俺のデバイス貸しとくからもってけ。 使えるだろ」

「ブレイドか? まぁ、いいけどよ」

「対魔法刀とか拳銃型のデバイスもあるけど、いるか?」

「いらねぇよ。 これだけで十分だ。 次のミーアの発掘はアイゼンが戻ってくるまで中止だしな。 んじゃ、頼んだぜ」

「おう。 そうだ、リインフォースのところに戻るんならこれを届けてやってくれないか?」

 クライドが黄色い十字架のキーホルダーのようなものを投げてきた。 どこか見覚えのあるモノだとヴィータは気づき、観察する。 すると、それは確かに彼女が知っているデバイスであった。

「これ、シュベルトクロイツか?」

「その通り。 夜天の書にくっついててもどうせ使わないしさ。 データも取ったし、もったいないからリインにやろうと思ってな。 おまけで魔導書型のデバイスも収納しといたから、使ってもらってくれ」

「シュベルトクロイツは杖型のデバイスだろ。 魔導書型をどうしてセットにするんだよ」

 胡散臭そうな目で問うヴィータ。 デバイス馬鹿は高笑いしながらそれに答えた。

「ふははは。 何を隠そうその魔導書には、今まで夜天の書が集めた魔法データが全てコピーされているのだ!! 言うなれば、蒐集機能の無い劣化版夜天の書だ。 名づけて『蒼天の書』。 こいつにシュベルトクロイツの演算能力とを合わせて使えば、ただでさえ強いリインが更に凶悪になるぞ。 発掘中にまた変なのに襲われてもこれで安心だ!!」

「蒼天の書ねぇ……」

 立ちふさがる敵はヴィータが潰すと決めているので、リインがこれを使う機会は無さそうではあったが、無いよりはマシである。 ヴィータはありがたく頂戴することにした。

 杖と魔導書。 この二つのデバイスを組み合わせて使う魔導師は少ない。 というか、デバイスは大抵一つあれば十分だ。 二つ以上使おうなどという魔導師は少ないし、騎士なら獲物に合わせて修練していることが多いために更に少ない。 居たとしてもカグヤのように剣と刀のような類似型を使うのが専らだ。 ユニゾンデバイスの場合はそもそもロードのポテンシャルの引き上げや戦闘補助が目的であるから、レヴァンティンとアギトを使うシグナムもまた実際にはほとんどレヴァンティン一つしか使っていないことになる。

 例外は、今目の前にいる自称バトルデバイサーぐらいのものだ。 グローブ型、柄型、拳銃型と、最低でも三種類は使う。 とにかく、こんな雑食性の高い魔導師は本当に稀有なのである。

「ま、いいや。 リインにはちゃんと渡しとくぞ。 そういや代金はどうなるんだ?」

「ん……別に俺の奢りでいいぞ。 前とは比べ物にならん程研究費があるし、”あの野郎”の残してたパーツ類を使ってるからほとんど出費はないんだ。 それに、シュベルトクロイツに関しては元々リインのだ。 なら金は貰えないさ」

「そうか? ところで、”あの野郎”って誰だよ」

「こっちの話さ。 ああ、あとアイゼンの修理改修費もタダにしといてやろう。 シグナムのレヴァンティンの時も金貰ってねーし、知り合い価格でサービスしとくぞ」

「なんだよ、今日はやけに気前いいじゃんか。 前はマスクドバーガー四つ食うだけで自重しろとか言ってた癖にさ」

「大人の余裕って奴だな。 俺の器も少しずつ成長しているのだ」

「はっ」

「待て、何故そんな鼻で笑うのだ」

「クライドの場合はさぁ、なんか身体だけでかくなったイメージしかしねぇんだよなぁ。 中身がぜんっぜん変わらねーしよ」

「ばっ、失礼な。 俺だって色々と成長してるぞ!!」

「ま、そういうことにしといてやるよ。 んじゃな」

「待てヴィータ。 その発言に訂正を要求す――」

 無視してクライドが泊まっている部屋を出るヴィータ。 閉じた部屋の向こうでなにやらデバイス男が『こっそりドリルつけてやる!!』とかのたまっていたが、もう彼には用がない。 そのまま戦利品を持って自分たちの部屋へと向かっていった。 勿論、本当にドリルを着けやがったら殴る算段である。

「ただいまぁ」

「ああ、お帰りヴィータ」

「何を読んでるんだ」

「シャマルがキール氏と一緒に料理の練習をしているのを見てな、何か作ろうかと思って本を借りてきたところだ。 ちなみに、ミーアはそれを冷やかしながら早速遺跡のデータを検討していたぞ」

「ふーん、相変わらずあいつも好きだよなぁ」

「それが彼女の仕事だからな」

 特に興味を惹かれなかったヴィータは、そのままリインフォースが座っているソファーへと駆け寄っていく。

「そうそう、これクライドがリインにだってよ」

「これは……シュベルトクロイツか」

 受け取ったデバイスを展開するリイン。 黄金色のその杖を、どこか手馴れた様子でリインが触れる。 だが、撫でるように杖の表面を摩る指先とは裏腹に、その顔には特に感慨深げな様子は無かった。 全く、覚えていないのだろう。 彼女には自分の杖だという自覚さえないのだから当然ではある。 むしろ、シュベルトクロイツを主用のデバイスとさえ認識していた。 

「クライドが魔導書型のデバイスもセットにしてるって言ってたぞ」

「ああ、確かに収納されているようだな」

 展開されたその青の魔導書は、杖を通してリインと遠隔感応し虚空へと浮かぶ。 戦闘時にも必要でなければ、虚空に滞空し主の周囲に浮かぶ特質が夜天の書にはあった。 それと同じ機能なのだろう。 感触が似ているからか、すぐにそれを理解したリインは試しにデバイスの情報を閲覧していく。 その様はかなり速く、管制人格として培ってきた経験が伊達ではないことを伺わせた。

 ふと、おもむろにリインは蒼天の書から魔法プログラムを検索する。 すると、開いた空白のページに文字が埋まり、ベルカ文字で魔法の術式が文字列化されていた。 同時に、彼女の頭の中で魔法プログラムが多重処理される寸前まで行ったところで演算を中止。 その確かな感触を確かめてから杖と一緒に書を仕舞った。

「なるほど、確かにこれは私用のデバイスに仕上がっているようだ。 セッティングの癖が夜天の書に酷似している。 後で彼にお礼を言わなければいけないな。 ヴィータのアイゼンはすぐに直りそうか?」

「いや、改造もするからちょっと掛かるってさ。 まぁ、一月もかかんねーだろうとは言ってたから問題ねーだろ。 次の発掘先も決まってねーし、当分はクライドのブレイドで我慢するさ」

「使えるのか?」

「あったりまえだろ。 アタシはこう見えて、ヴォルケンリッターの中で一番器用なんだぞ。 大抵の武器は使えるさ」

「そうか。 頼もしいな」

 ポンッと、リインが隣に座ったヴィータの頭に手をやった。 ヴィータは初め驚いたような目をしていたが、特に気にせずになされるがままになる。 緩やかな時間。 ただ、静かなその時間をかみ締めるように、ヴィータがリインの太ももを枕にして横になる。 甘えられているということが分かっているリインは、それを特に何も言わずに好きにさせた。 自然と、口元が緩んでいた。

 リインにとっては、ヴィータは小さな騎士である。 子供というよりは、どこか強がっている妹のような感触を抱いていた。 クライドがヴォルケンリッター<守護騎士>を解散させてから少し、その間に何か考えることがあったのかリインフォースを新たな主にした。

 初め、リインフォースは困惑した。 それはそうだ。 彼女自身には守護騎士たちとの交友がほぼ皆無だったのだ。 主に祭り上げられるような間柄だなどとは思ってもいなかったし、リインフォース自身には何か騎士を欲しがるような理由が無かった。 だが、騎士には主が必要だと言われて、強引に主にされた。 それが嫌だということは無かったが、ただ、どこかくすぐったいモノを感じていたことだけは確かである。 そして、好きなように生きろと言われたこともあってか元主のように彼女の好きにさせることを選んでいた。 

 クライドは彼女にとっての、今回の主だ。 グリモアが強引にクライドを夜天の書の主にしたからではあるが、それがシステムに縛られるモノの宿命であるはずだった。 しかし、結局はその宿命は無くなった。 その降って沸いた自由、好きにできるということの事実が漠然としすぎていて、まだリインには良く分からなかった。 だが、こうやって慕ってくれている騎士と居れば、いつかは分かるのかもしれないとも思っていた。

 ヴィータはこれからも彼女を引っ張って広い場所へと連れていくだろう。 まずは、手手近なミーアのところだったが、居心地は悪くない。 まだ先のことは分からないけれど、この小さな騎士の主に本当の意味でなる時が来るのだろう。 今のリインは、夜天の書という箱庭から引っ張り出された自由なる迷子なのだ。 先導者の存在はありがたかった。

 ヴィータは小さい騎士だ。 だが、人一倍頑固なところがあることをリインは書の中居た頃から知っている。 けれど、その小さな体躯とは裏腹に、その心はその身体に納まりきらない程の優しさを持っている。 無邪気に見えて、色々と考えてくれている。 そのことが分かるだけに、いつか引っ張りまわされるだけではなくて引っ張りまわせるようになろうかと考えていた。 
 
「ヴィータ」

「んん?」

「何故私を……」

 喉元まで出かけた問いがある。 だが、今は無粋なその問いを飲み込んでリインフォースは再び右手をヴィータの頭に載せて撫でた。

「なんだよ、途中で止めんなよ。 滅茶苦茶気になるじゃねーか」

「気にするな。 どうでも良いことだ」

 誤魔化すように、撫でる手を動かす。 すると、それ以上聞かずにヴィータは大人しくなった。 そのままテーブルの上に置いたままに成っていた料理本へと目をやる。 それは、料理は料理でもお菓子の本だった。 普通の料理でも良かったが、がんばって戦ってくれた騎士のために何か作れるかと思って見ていたものである。

 次元世界にはそれこそ沢山のスイーツがある。 何か、好みのモノが無いかと思案しながらページをめくっていく。 すると、冷たい甘味で何故か目が留まった。 作れるかどうかなどわからない。 ただ、それでも何かインスピレーションのようなものを彼女は感じた。

「ヴィータ」

「なんだよ。 今度こそちゃんと言えよ?」

「アイスは好きか?」

「アイス? うん、好きだぞ。 でも、どうしてそんなこと急に聞くんだよ」

「丁度目に留まったからな。 今度、暇を見て作ってみようかと思う」

「マジで!!」

「初めてだからどうなるか分からないが、試食してくれるか?」

「おう!! ならさ、皆にも分けてやろうぜ。 アタシも手伝うからさ、二人で一杯作ろう!!」

「ああ」

 楽しそうなその様子に、リインが微笑を浮かべて頷く。 それを見たヴィータの中で、過去のそれが重なる。 しかし、やはりそれはただの幻影だ。 瞬きした瞬間にはもう、今の感情は薄いリインの顔に変わっていた。

「どうした?」

「な、なんでもねーよ。 それより、道具とか材料の買出しに行かねーとな」

「それはそうだが、今からか? いくらなんでも気が早いと思うが」

「いいんだ。 思い立ったが吉日って言うだろ。 ほら、行くぞリイン」

 先に立ち上がり、リインの手を引っ張りながら急かす食いしん坊。 彼女は苦笑しながら、料理の本を持って立ち上がった。 やはりまだ、彼女はまだ引っ張っていかれる側らしかった。









 人の世では、大抵虫は嫌われる。 台所に出る黒いのやら、血を吸う鬱陶しい吸血虫やら、甘いものを求めて集団で集ってくる働き虫など様々だ。 だが、そんな鬱陶しい虫たちよりも更に人に嫌われる虫がある。 その虫の名を、人は敬意と侮蔑の意味を込めて『お邪魔虫』と呼んだ。

「むむっ、また出ましたねお邪魔虫が」

「出会い頭に虫扱い? ちょっとクライド、貴方あの純真無垢だったカノンにどんな教育をしてるのよ」

 その日の昼、アルハザードの工房に戻ってきたクライドはいきなり冤罪を押し付けられた。 グラーフアイゼンを修理しようとしていた手を止め、とりあえず自分の名誉を守るために反論を試みる。

「教育も何も、俺は基本放任主義だぞ? 自然とこうなっていたというのが正しい。 デバイスの女神に誓っても言うが、調教<調整>とかしてないぞ」

「ゴーホームです。 いいえ、この際ゴートゥヘルでも良いです。 貴女が来ると室長の記憶の中に残るボクの印象が薄れますからね」

「いつどこでどうやってその統計を取ったのか気になるんだけど」

「室長の頭の中では、貴女の存在は良い意味でも悪い意味でも強烈らしいです。 というわけで……とっとと帰りやがってください」

「それはごめんなさい。 私の方がクライドの好みだったなんて全く知らなかったのよ。 不可抗力だわ」

「どちらかといえば、好み云々よりも危険度の高さで警戒されてるんですが」

「危険だと思わせるほどの魅力があったということかしらね」

「どんなポジティブな解釈をすればそうなるんですか!!」

「マイナス思考的解釈よりは良いと思うんだけど」

 ああ言えばこういう。 そんな、不毛な戦いである。 グリモアとカグヤは旧友らしく、良く言葉のじゃれ合いをする姿を見せている。 物理的手段に持ち込まず、半分冗談のような言い合いだけで済ませるところがこの二人の距離の近さを現していた。 クライドとしてはどうでも良いやりとりだったが、一つ恐ろしい言葉があったので顔を引きつらせながらグリモアに尋ねた。

「ちょ、グリモア君? 今俺の記憶覗いてるとか言わなかったか?」

「多分きっと、気のせいですよ」

 花も恥らうぐらいの笑顔を振りまいてグリモアは言う。 見事なまでの誤魔化しである。 クライドは、『そうか』と頷きながら硬い笑顔で言った。

「俺の記憶覗くのは今後禁止な。 ダメ、ゼッタイ」

「むぅ、またシリウスのせいでマイスターの攻略が遠のきました。 責任を取ってくださいよ」

「黙ってれば分からないんじゃない?」

「それはそうですが、昨日ようやくここまで出来るようになったんですから、少しは参考にしてもいいじゃないですか」

「よくないって!! ていうか、なんで俺の記憶を覗く必要があるんだよ。 俺のプライバシーが草葉の陰で羞恥心に悶えながら泣いてるぞ!!」

「室長の魔法プログラムは特殊ですからね。 いざと言う時のことを思えば、色々と把握しておく必要があるんです。 家主<書のAI>として当然の処置ですよ。 この前もバグってましたしね」

「一応それっぽく聞こえるけど、それ以外の思惑もあったんでしょ?」

「まったく無いとは言えませんね。 でもアレは役得という奴ですよ。 故意ではなかったのであしからず」

「なんて正直なカミングアウトだ。 もしものときのことを考えてくれている君の先見を喜ぶべきなのか、怒るべきなのかサッパリ分からんぞ」

「ボクを所有物にできた事実と共に、この抱えきれない愛を素直に受け止めてくれれば問題はないかと」

「……そ、そういうのはまぁ、なんだ。 カミングアウトされてもその、反応に困るぞ」

「なにこれ。 私、今惚気られてるの? それとも見せ付けられてるの?」

「どっちでもないわ!! まぁ、この件は後でいつか主従会議で結論を出すとしてだな、それよりお前だ。 一体何しに来たんだよ」

 ヘタレは言質を取られないように回避すると、話題を変える。

「今日は貴方じゃなくてカノンに用があるのよ」

「ボクにですか?」

「ヴィータが”クラッシャー”とか言う連中に会ったらしいんだけど、貴女連中の詳しいこと知らない?」

「クラッシャーですか? 一応知ってはいますけど……驚きました。 あの連中まだ生きてたんですね」

「なんだよ、クラッシャーって」

 作業の手を止め、クライドも問う。 グリモアは古い記憶を探りながら、答えた。

「シュナイゼルの過去抹消部隊のことですよ。 とはいっても、ボクが居た”古代の叡智”よりもかなり重要度は低かったはずですけどね。 昔はどうか知りませんけど」

「そう。 で、具体的にはどんな連中なのかしら」

「リビングデッドで組織された古代遺跡専門の破壊者たちです。 高ランク魔導師の、それも次元転移が出来る魔導師が野に放たれたことがあります」

「古代の叡智とはどこが違うのかしら。 アレも遺跡を襲ったりしたのでしょう?」

「アレは基本的に指令を受けてから動く虎の子の部隊ですよ。 情報が確定してからでないと動きません。 イーターがデスティニーランドで室長に破壊されるまではの話ですけどね」

「あ、それ違うわよ。 生き残ってたイーターは私が破壊したから」

「ちょ、おい!! あの時いたのかよお前!!」

「ええ。 アギトごと連れ去られたり、グライアスに襲われたりで大変そうだったわね貴方」

 てっきりシグナムの火竜一閃で死んだと思っていたクライドと、クライドが倒したのだと思っていたグリモアは微妙な顔をして唸った。

「ま、まぁ過去の話だ。 今を生きる男クライド君は苦笑いで受け流そう。 それで、そのクラッシャーとやらは指示無しに無差別に破壊する連中ってことでいいのか?」

「はい。 自我を残した形で放たれた彼らは、一年に一度の頻度でどこかの遺跡を襲います。 ただ、その際シュナイゼルからの組織的なバックアップはほとんどありません。 壊す場所も、壊す瞬間も彼らの意思で決めていきます。 そのせいで、単独行動を取るタイプは警備している軍に殲滅されたり、重要文化財を破壊した賊扱いされて狩られていきました」

「随分と適当なのね」

「それほど期待はしてなかったのでは? 過去を表に出されないようにするための保険に過ぎなかったんでしょう。 それに、古代の叡智がありましたしね。 発見されたら奪うなり、破壊するなり、情報を改竄したりと好き勝手やれましたから」

「単独で破壊し続けた連中か。 そいつら、ある意味では凄いな。 自我とかはあったのか?」

「在ったはずですよ。 そうでなければ、臨機応変に命令をこなすことができませんから。 確か、一年中何も破壊できなかったモノにはお産に匹敵する痛みと苦しみが与えられたとか……」

「マジでか!? アレ、噂だと男だと絶対に耐えられないとかいうレベルの痛みなんだろ?」

 噂で聞いた話ではあったが、とにかく途方も無い痛みと苦しみを味合わされたのだと思えば、クライドはその連中に同情を禁じえない。 強引に蘇らされ、目的を与えられて放置される。 それは、きっとやられたら堪ったもんではないだろう。

「最近彼らの噂は聞かなかったんですが、まだ生きてるんですね。 驚きです。 補充員ももう五十年ぐらい前から供給止めてるという話しですし、ボクはてっきり自然消滅したんだと思ってましたから言われるまでサッパリ忘れてましたよ」

「クラッシャー……ねぇ。 そういえば、昔それらしい連中から遺跡を守ったこともあったかしら。 アレがそう……だったのかしら」

「ま、考古学者たちの敵だってのは分かったな。 ミーアが知ったら絶対にキレるぞ」

「かもしれないわね。 となるとあの娘の安全のためにも早急に対処しておくべきか……」

「対処ってお前、簡単に言うけどそいつらの情報があるのかよ」

「どうやら連中、生き残った仲間同士で年に一回集まって宴会をやってるみたいなのよ。 ヴィータが手に入れてきたサバイバルデバイスに集合日時が書いてあったわ」

「はぁ? おいおい、随分と図太い奴らだな」

「せっかく蘇ったんだから、どうせなら今を楽しもうってところですか。 そんな可哀想な連中に、シリウスは絶望を与えに行くわけですね。 さすが、血も涙も無い不感症女です」

「失礼な。 血も涙も存在しない貴女よりはマシなつもりよ」

「そりゃあそうですよ。 ボクはデバイスですからね。 それっぽい液体を前の身体だと流せましたけど、さすがにこの身体だと無理ですし……」

 今の身体は書に組み込まれた特殊パーツを使用して空気中の分子に投影しているホログラフ<立体映像>だ。 触れるし物も持てるが、それだけの存在だ。 血も涙ないし、体温もない。 がんばればそういう映像は流せるが、それだけである。

「ま、その話はそれはもういいわ。 とりあえず連中は失われし古代文明の遺産を破壊する無法者たちなのね?  なら、いい加減馬鹿みたいな役目から開放してあげるべき。 やることは決まったわ」

「そんな建前を言わなくても、シュナイゼルの駒は目障りだから消してくるって言えばいいじゃないですか」

「目障りだったとしても、さすがに私は何でもかんでも斬りやしないわよ。 鞘から刀を抜く時は、斬る覚悟を決めたときだけよ」

「んで、これから直で行くのか?」

「ええ。 でないとパーティーに遅れてしまいそうだから」 

「精々めかしこんで行ってくれ。 ダンスの相手にゃ事欠かないだろうよ。 お前ならきっと、ダンス相手は引く手数多さ」

「物足りなかったら貴方も踊らせてあげてもいいわよ」

「冗談。 俺は踊る相手は選ぶぞ。 そもそもソードダンスは得意じゃない」

「でしょうね。 貴方、きっとそういうタイプだもの」

 ヒラヒラと手を振って、カグヤは去っていく。 その背中を見送って、クライドは再びアイゼンの修理に取り掛かろうとした。 が、その前にグリモアが言った。

「ダンスの相手ならボクがして上げますよ。 練習しましょう社交ダンス。 ついでにどこかの大会にでも出てベストカップル賞辺りを頂きましょうか。 良い思い出になりますよ」

「どこの社交界に俺をデビューさせる気だ!?」

 彼の助手は、割と乗り気だった。 勿論、クライドはアイゼンの修理改造とPC計画を理由に逃げだした。 回りこまれることは、さすがになかった。










 

「一応ちゃんと形にはなっているようだな。 味が心配だが、さて……」

「きっと大丈夫だって。 ほら、早く食べようぜ」

 冷凍庫から取り出したアイスを見て、リインが呟く。 横で爪先立ちをしながらアイスの入った型を覗き込むヴィータが、待ちきれないように急かしている。 夕食後のデザートとしては、いい具合の時間だ。 型から抉り出して用意しておいた器に盛り付け、ヴィータと共に試食を開始。 すると、冷たい舌触りと共にバニラの甘さが口内で踊るのをリインは感じた。 上出来であった。

「ん、素人でも結構簡単にできるもんなんだな。 メガうまだぞ」

 ホクホク顔でアイスと戦うヴィータ。 それを見ていると、さすがに作った甲斐があるというものである。 自分もアイスを食べながら、リインは満足げに笑った。

「元主たちも、もう少し滞在していれば分けられたのに残念だな」

「いいよ。 その分アタシが美味しく食べてやるからさ。 ん、おかわり!!」

 まるで独り占めしようというかの勢いだ。 お代わりを催促してくるその目が、キラキラと光っている。 微笑ましいことこの上ない。 虫歯が心配だが、ついついリインは言われるがままにアイスを盛ってしまった。 

「ふふ、ヴィータに全部食べられないうちに皆の分を分けてこようか」

 大目に作っていたので、ストラウス邸にいる知り合い分ぐらいはある。 用意した器に屋敷に居る人数分のアイスを盛ると、残りを冷凍庫に戻しリインは部屋を出て行った。 最上階のプライベートルームに皆いるので、さしたる距離はない。 今日はミーアたちスクライア組みとストラウスが居るだろう。

 アギトとシグナムは仕事に出かけていて明日まで帰って居らず、ザフィーラは今頃夜の見回りだ。 カグヤは居るかどうかは分からないが、一応は用意すると屋敷内にいたミーアたちにまず配り、次いで世話になっているストラウスにアイスを渡す。 いきなりのリインフォースの訪問であったが、四人は喜んで受け取ってくれた。

 誰かが喜んでくれるのは純粋に嬉しい。 リインはまた今度作ってみようかと内心で思いながら、最後の一人ザフィーラを探しに向かう。 ザフィーラは番狼のアルバイトをしている。 不埒者がいないかを狼姿で定期的に巡回しているため、部屋に居ないときはどこにいるかは分からない。 また、最近ストラウスが一般の観光客も有料で敷地内に入れるようになったおかげで彼の巡回数は増えていた。

 とはいえ、泥棒がストラウス邸から何かを盗んで逃げ切ったことはないし、要人たるストラウスを狙う賊もまた無事にこの屋敷から逃げられた試しはない。 ある意味、要塞のようなこの施設はヴァルハラに住む犯罪者諸氏にとっては難攻不落の城であった。 幾人もの怪盗やヒットマン、企業スパイたちがこの屋敷でお縄になっており、慎重な連中は絶対にここに忍び込むような真似はしない。 はずであった。

「む?」

「ちっ――」

 下に下りるためにエレベーターに向かったリインの眼前で、エレベーターのある通路の先からスーツ姿の男が音も無く走って来るのをリインは見た。 その男は、リインを見るや否や舌打ちする。

 一番上のプライベート区画だ。 ここに入って良い人間は限られてくる。 興味本位で覗きに来た野次馬か、それとも賊か。 だとしても、野次馬ならばリインに殺気を飛ばしてはこないだろうし、ナイフを抜いた姿で走りはすまい。 大方、フリーランス魔導師として登録してから、この区画まで進入してきた賊なのだ。 その手には展開されたナイフ形のデバイスを持っており、その目は妙に血走っていた。

「リインそいつは賊だ!!」

 その後ろからやや遅れて現れた人型のザフィーラが、駆けながら叫び声を上げた。 アイスの乗ったトレーを持ったまま、リインは頷く。 瞬間、侵入者の顔が悲痛に歪んだ。 魔力を開放したリインフォースのそれは、ザフィーラの魔力よりも更に強大だ。 もっと言えば、アギトとユニゾンしたシグナムさえも素で上回るほどである。 そんな馬鹿魔力の所持者に立ちふさがられては、どうしようもない。 だが、このときリインフォースは騎士甲冑さえ纏っていない状態である。 ならば、纏われるよりも先に攻撃を通せば勝機はあるだろう。 賊はその閃きに己の運命を賭けた。 

「シャッ――!!」 

 鋭い呼吸から吐き出された肉声と共に、その手に握るナイフが一閃されるようとする。 しかし、現実はやはり非情であった。

「盾」

 本来であればリインの首筋を狙って放たれるそれはしかし、一瞬でリインの前に展開された白い三角形のシールド<パンツァーシルト>に防がれた。 通路一杯に広がったそれは、ナイフごと突っ込んだ襲撃者の身体をただそれだけで吹き飛ばす。 もんどりうって吹き飛ぶ賊。 背後から迫ったザフィーラはすかさずその男へとバンカーナックルを叩き込む。 その一撃で、いとも容易くその男は気絶した。

「すまない、手を煩わせたな」

「いや、別に構わないが……その男はなんなのだ?」

「いわゆる下着泥棒だ」
 
「……何?」

 ストラウスを狙ったヒットマンかとも思っていたリインである。 さすがにその一言は予想外過ぎる。 彼女が呆れ果てるのも無理はなかった。

「馬鹿な、そんなことのためにここまで来たのか」

「狼ベースの私にはよく分からんが、人間には時として異性の下着に劣情を催す稀有な性癖を持つ輩が生まれるらしい。 お前も今は人間の女だ。 こういう不埒な男には気をつけておけ」

 言いながら、ザフィーラは男の懐やポケット探り、盗まれた下着を取り返していく。 ブラやらショーツやらが何枚も出てきたのを確認した頃には、さすがにリインも背中に怖気が走るのを感じた。 思わず、目の前の男にデアボリックエミッション<全周囲広域攻撃魔法>でも叩きつけたくなったところで更なる驚きに遭遇した。

「む!? あの絵柄付きはヴィータの……何故それがここに!? しかもこれは……そんな、私のもあるだと!?」

「ここのメイドさんが纏めて洗濯に出されていたそれらを仕分けしている時に、こいつが襲ったらしいのだ。 さすがに、これだけの数があると特定個人を狙った犯行ではあるまい。 不特定多数を狙った犯行かもしれぬな」

「どちらにしろ恐ろしい話だ」

 自分の分とヴィータの分を回収しながら、リインは思う。 これらはもう捨ててしまうべきか、と。 折角ヴィータやミーアと一緒に楽しくデパートで買ってきたというのに、その思い出が台無しであった。

「リイン、済まないが下着類を全部持ち主に返してやってくれないか? さすがに元狼とはいえ男の私では気まずいものがある」

「そう……だな。 その方がいいだろう」

 いきなりザフィーラが返しにいっても、色々と不味い気がする。 床に大の字に寝たその男は、何故か不気味な笑顔を浮かながら寝ている。 どんな夢を見ているのか知らなかったが、まるでエイリアンにでもあったかのような衝撃をリインは受けた。 と、そこにミーア率いる発掘隊の安全を確保して来たカグヤがやってきて眉ねを顰めた。 

「なによ、この奇妙な状況は。 理解に苦しむわね」

「ああ……ソードダンサーか。 下着泥が出てな、今しがた捕獲したところだ」

「この”絶対に逃げられない屋敷”で下着泥? ……世も末ね」

「私もそう思うが、摩訶不思議な現実はここにある。 恐らく、この屋敷で未だかつて誰も見たことのない類の賊だな」

「下郎め」

 侮蔑の表情で気絶した男を見下ろすカグヤ。 だが、何かに気づいたのか紅眼を険しくして、無言で足を振り上げる。 その足は一遍の迷いも躊躇もなく下着泥のこめかみを直撃。 問答無用で蹴り飛ばす。

「ぷべらっ!?」

「私のまで盗むとは、万死に値するわ。 しかも……気絶した振りをしながら丈の短いリインのスカートの中を鑑賞とは……度し難い変態だわ。 一回死んでみる? いいえ、寧ろ死になさい今すぐに」

 痛みによってのた打ち回るその男。 さすがに人体の急所の一つであるこめかみを蹴られてはたまらないらしく、必死に頭を抑えて摩っている。 だが、何故かその男は堪えていない。 寧ろ、悦んでいるようにも見えた。 ドMもいいところだ。 カグヤは無言で刀を抜くと、全力でそれを振るう。 瞬間、氷結魔法もかくやというほどの冷気がその男を氷付けにする。

「……や、やりすぎではないか?」

「いっそ去勢してやりたいぐらいだわ。 刀が穢れるからしないけど……これはもう、ゴミ箱行き確定か……」 

 男にとって恐ろしいことをサラリと言うと、自分の下着を回収するカグヤ。 ザフィーラは氷付けになった男を抱え上げると、とりあえず警備員に突き出すために去っていく。 その場に残された二人は散乱している下着を回収。 その途中で、ふとカグヤがリインが床に置いたトレーの上の物についてを尋ねた。

「このアイスは?」

「あ、ああ。 ヴィータと一緒に作ってみたのだが……ザフィーラと貴女もどうだろうかと思って……」

 そういえば、まともに話したのはこれが始めてだったかもしれない。 リインは無言で見上げてきたカグヤに、しどろもどろ答える。 しばし、紅眼の持ち主同士の視線が絡む。 先に視線を外したのはカグヤだった。 「そう」とだけ言って、アイスの器に手を伸ばした。
 
「それじゃ、後は任せるわよ”リイン”」

 下着の山を押し付けられたリイン。 その視線の先には困ったような顔をしながら去っていくカグヤの背中があった。 何故かそれは、今までよりも数段近いように彼女には見えた。 そういえば名前を呼ばれたことも話しかけられたことも初めてだったことを、今になってリインは思い出した。

「ソードダンサー……カグヤ。 嫌われているわけではない……のかな」

 その後、下着を知り合いの女性たちのところへ向かって返し終えたリインが部屋に戻ってくるとヴィータが駆け寄ってきた。 どこか腑に落ちないらしく、その顔には困惑があった。

「なんか、ソードダンサーがこれ置いてったぞ。 しかも甘すぎるって文句言ってた」

「そうか」

 それは、カグヤが持っていったアイスの器である。 少し嬉しくなったリインは、次に作るときは少し砂糖を控えようと思った。 が、直ぐにアイスのことを考えて顔を顰めた。

「しまった。 ザフィーラに渡すのを忘れていた……」

 既に、ザフィーラのために用意したアイスはドロドロに解けていた。 














おまけ
翌朝編




『――ええ、昨夜のニュースです。 ヴァルハラではもうお馴染みの女社長、ルナ・ストラウスさんの自宅にまたも賊が侵入した模様です』

『ええっ、またですか!? いい加減皆さん無理だと悟って諦めてる頃だと思ってたんですけど……犯罪者の皆さんは本当に懲りませんねぇ。 成功した人と逃げ切った人は今のところ皆無なのにぃ本当に学習能力無くて嫌になっちゃいますね』

『はい。 しかも、今度の賊は今までのヒットマンやテロ屋とは違ってなんと下着泥だったようです』

『ちょ、女の敵じゃないですか!!』

『最近では、その逆もいるらしいですけどね』

『あははは、何言ってるんですか○○さん。 そんな女性いるわけないじゃないですか』

『はい、ところが絶無ではないところが可笑しい昨今です。 えー、この男性調べによると自営業のフリーランス魔導師だそうですが、開業するもひたすらに仕事が無く、「むしゃくしゃして逆恨みでやった」などと言い全面的に容疑を認めているとのことです。 なお、一部警察では下着泥を装うことで別の目論見を隠しているのではないかという見方もあり、忍び込んだ場所が場所だけに今後も厳しく取り調べをしていくとのことです』

『真性の人じゃなかったんですか?』

『さすがにそこまでは分かっていません。 ただ、その下着泥の男ですが新世界を覗かせてくれた黒髪の女帝に会うために、出所したら是非ミッドガルズに登録に行きたいと厚顔無恥にものたまっているようで、事情聴取した方たちも些か呆れているとのことです』

『黒髪の? ってことはやっぱりそういうことですかぁー。 ストラウス社長気をつけてー!! まだ狙われてるよぉー!!』

『えー、ちなみに当番組の記者が日も昇らぬ早朝に夜食を買いに近くのコンビニに出歩いたストラウス社長にその件で直撃してみたところ、「この機会に服だけでなく下着業界にも進出も考えてみます」という野心的なコメントを頂きました』

『うわぁ、今年の下着メーカーさんたちは戦々恐々すること間違いなしですね!! きっと下着泥が増加するような下着を作って攻めてきますよ。 キャッチコピーはきっと”盗まれるほど美しい下着”とかですね』

『早くも投資家たちの間ではメーカー株の値下がりが始まっており、厳しい戦いが予想されています。 そのせいで、一部メーカーの人物がその下着泥に対してブローグやツツイッターなどで厳しいコメントを連発しているようです』

『体力のケタが違いますからねぇー。 資本力が怖いのは当然ですかぁ』

『はい、今後もミッドガルズの予測できない進出ぶりには目が離せませんね。 それでは、次のニュースです――』

 その後も、ヴァルハラTVの朝の顔。 見目麗しいアナウンサーと歳若い男の司会者が軽いノリで進めていく。 寝ぼけ頭でそのニュースを見ていたリインとヴィータだったが、共に顔を引きつらせていた。 さすがに、一瞬で目が覚めた。

「じょ、冗談じゃねーぞ」

「まったくだ。 もう顔も見たくないのだがな」

 後日、模倣犯が出て一時的にストラウス邸に物々しい厳戒態勢がしかれることとなった。 その最前線には黒髪の少女の影が在ったり無かったりと、ストラウス邸に出入りする男たちが半ば監視されるという事態が巻き起こる。 また、ディメイションネットでもスレ立てされ、進入経路を話し合う犯罪者予備軍がしこたま現れることになる。 その中には本物のヒットマンがいたり企業スパイが混じっていたが、やはり実行犯は皆”下着泥”として御用となった。 当然、その男たちの社会からの信頼は地に堕ちた。












おまけ2
それは、漢娘のロマン





「なんだよ。 そのツェア……ツェアなんとかフォルムってのは」

「ツェアシュテールングスフォルムだ。 面倒くさかったらラケーテンツヴァイとか適当に呼べばいい。 ま、詳細は起動すれば分かるさ」

 神妙な顔をしながら、クライドは言う。 その胡散臭さがヴィータは特に気にはなったが、アイゼンを修理と強化をしてくれたのだから文句は言わない。 試しに展開してみることにした。

「アイゼン、とりあえず変形してみろよ」

 マイスターの言葉を受けて、グラーフアイゼン<鉄の伯爵>がカートリッジを起動しながら変形していく。 ハンマー部が巨大化し、次に片面からはラケーテンハンマー時のロケットブースター<やはりでかい>が、展開される。

「なんだよ。 ラケーテンフォルムをでっかくさせただけじゃ――」

 そう思っていた時期が、ヴィータにもあった。 ラケーテンフォルムはロケットブースターの反対側に鋭角な黄色の突起物が現れる。 確かに、そのフォルム<形態>にも突起物があった。 鋭角でもあった。 だが、突起物は突起物でもそれは巨大なドリルである。 そう、ドリルなのであった。

「な、な、なっ――」

「ふははははっ!! このアイゼンの美しくも凶悪で雄雄しい姿にはさすがのヴィータも声がでまい!! そう、これこそが鉄の伯爵のロマン形態!! どこぞの巨大航空機の動力炉さえも悲鳴を上げる最終形態だ!!」

 唖然とした目でヴィータは相棒の変わり果てた姿を見る。 だって、ドリルなのだ。 問答無用でドリルなのだ。 例え、ブースターの色と同じ黄色に塗装されていてちょっとやんちゃなイメージを醸し出していたとしても、可愛くもない。 そもそもハンマーであるグラーフアイゼンには全然マッチしていないようにしか見えない。 彼女がポカンと口を開けるのも無理は無い。 だが、そんな彼女の様子を無視してクライドは嬉々として説明していく。

「見ろ、このドリル様を!! どんな硬いシールドだろうとフィールドだろうと、ブースターの推進力とドリルの回転が先端に集められた魔力が使って強引に穴を穿つんだぞ。 もはやお前のアイゼンを止められる魔導師は人間じゃないね。 ああ、これを防御できる奴はもう絶対にリミットブレイカーだな」

「……へぇ、そうなのかよ」

「おう。 絶対にそうだ。 いやぁ、それにしても久しぶりに良い仕事ができた。 感謝するぞヴィータ」

「じゃあ、折角だしその仕事の成果って奴を試してみないとな。 手近な魔導師の身体でよぉぉぉぉ!!」

「ちょ、ヴィータさん。 何故それを俺に向かって振り上げるのでせうか?」

「この野郎、アタシのアイゼンに勝手に妙なもんくっつけやがって!! ツェアシュテールングス……ハンマァァァァァ!!」

「ちょ、もう名前覚えてるじゃん!! こうなったら――」

 気合一閃。 ヴィータが振り下ろされる鉄槌が凄まじい威力を携えて飛来する。 ロケットブースターは点火されて魔力炎を噴出し、先端のドリルはギュルギュルと高音を奏でながら回転する。 その威容、その恐怖。 久しぶりに死の予感を感じたクライドは何とか抵抗を試みる。

「――必殺真剣ドリル取り!!」

 胸元に飛来してきたドリルを両手に魔力を込めながら咄嗟に挟む。 だが、相手は悲しいかなドリルである。 クライドのなけなしの努力を嘲笑うかのように回転し、両手の魔力を摩擦で弾き飛ばすと問答無用でクライドを吹き飛ばした。

「馬鹿な、クライド君の必殺技が一秒も持たないとは……鉄槌のドリルは化け物か!!」

「必殺技じゃなくてそれ、必死技の間違いじゃねーかよ」

「ぐはっ。 な、ナイスドリルだヴィータ。 我が、デバイス道に悔いなし……ガクリ」

 力尽きたクライドが、魔力ダメージのせいで床に倒れる。 しかし、その顔は何故か満足げだった。 良い仕事ができたと、心底思っているからだろう。 ヴィータは更にデバイスの感触を確かめるかのようにドリルで大馬鹿野郎をつんつんする。 更に、ドリルをなんとなくクライドの腹の上で駒のように回転させてみた。

「ぐ、おぉぉぉぉ。 や、止めてくれ。 俺の腹を掘るなぁぁ。 は、腹がグヨングヨンするぞおぉぉ」

「……なぁ、クライド。 真面目に聞くけどよ、これ使えるんだろうな?」

「当然だ。 ドリル様だぞ!? ザフィーラのシールドだろうとシグナムのシールドだろうと”まともに入れば”ぶち抜けるわ!!」

「ちっ、ならまぁ使えねーわけじゃねーのかもな」

 アイゼンのイメージには合わない。 合わないが、奇妙なミスマッチ感がヴィータの中に去来していた。 ハンマーとドリル。 一見してみれば奇妙な組み合わせではある。 だが、それはそれだ。 ドリルの有用性を認めていたヴィータは、溜飲を下げる。 使えるならのであれば文句を言いまくるつもりは彼女にはない。 そもそもタダで修理と改造をしてもらっているのだ。 だから、こうして遊ぶだけで済ませてやった。

「ぐ、うぇ、ちょ、ヴィータさん? いつまでやってるのだろうか」

「いや、ちょっとこの独特の震動がたまんないかも……」

「な、なんと。 ようやくドリルの良さが分かったのか。 ヴィータも漢娘<おとこ>になったわけだな」

「誰が男だ。 アタシは女だ!! アイゼン、回転力アップだ」

「ちょ、ぐええええぇぇぇ。 ど、どうせなら肩とか腰に当ててマッサージしてくれよ。 は、腹はマジで不味い。 気持ち悪い……うっぷ」

「問答無用だ!!」

「ノォォォォ!!」

 ドリルは確かに男のロマンである。 だが、使用法は間違ってはならないということを、この日クライドは心底思った。 

コメント
ツイントマホークブーメランww
そしてドリルは言わずもがな。
しかし下着泥…お前、勇者だよ…!
【2010/07/25 23:56】 | ゆきひこ #- | [edit]












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