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憑依奮闘記3 第一章

 2011-01-27
※注意
 これは魔法少女リリカルなのはの二次創作小説らしきものです。 無印シリーズよりも前に憑依してしまっていた某存在がヘタレながらもそれなりに生きた物語です。 
 独自設定や原作設定無視、多数のオリキャラ登場など色々と改変が行われておりますので、そういうのが苦手は方は見ないことをお勧めします。 また、これは憑依奮闘記の第一部より十三年後、二部より四年後の話になりますのでお気をつけください。 「奮闘記は一部で終った」、「二部で終りでいいじゃん」という方は容赦なく脳内で無かったことにして精神の安定を図ってください。 それ以外の引き返せない人や許容できる人はどうぞ。











 次元世界ミッドチルダ。 管理世界の中では中心的な世界であり、先進世界とされる次元世界。 だが、そんな世界でも人々の争いは消えることは無い。 大きなものなら世界を危機に陥れる危険なロストロギアを巡る戦いから始まり、次元世界を超えて犯罪を犯す次元犯罪者もいれば、小さいものなら包丁で武装したレトロな強盗まで存在する。 文明レベルが向上すればそれに比例して犯罪は無くなるのかといえばそうでもない。 人が人である限り、それは無限の連鎖となって続いていく。

 断ち切ろうとする決意があれど、それを永続させる普遍なる意思は浸透しない。 浸透しても、価値観と環境によって変わる主観のせいで濃度が薄い。 だが、それでも人々の大多数は平和な世界を願うのだ。 静かに穏やかに暮らせる幸福な世界。 そんな世界を夢に見て、少しでもドリームワールドへとリアルを近づけるそのために。 そしてだからこそ次元世界の警察などと揶揄される組織に金を投資し、次元の平和を守らせていた。

 それには当然、人材が必要である。 それも現在の管理世界においてはそのために生まれた花形とでも言うべき存在が必要だ。 それは、所謂魔導師という特異な存在。 魔力を魔法科学的に作用させ、科学的に魔法を使える彼らはしかし人類の中でも数が少ない。

 出生率はほぼ完全に運任せであり、確実という手段はない。 辛うじて出生確率を上げる方法といえば、魔導師と魔導師を掛け合わせることぐらいだ。 統計的に見ればその場合の魔導師の出生率は上がる。 これは魔法が使えない人間同士が子を成した場合よりも高い数字をたたき出しているのだが、やはりそれでも絶対に魔導師が生まれるというわけでもないし親の魔力資質が子に確実に遺伝するというわけでもない。 生まれやすくなるというだけで、魔導師同士の子供になんら魔法の才能が無いこともまたありえた。 故に、魔導師は大切な人材であり、その魔導師としての才を持つ者の力を伸ばすために魔法学校や訓練学校などといった専門の教育機関が存在した。

 リンディ・ハラオウンもまた、その道を通っている魔導師だった。 家庭で英才教育は施されてはいたものの、陸士訓練学校へと通い魔導師としての力を磨いた。 当然、その中では同じ魔導師の卵たちと勉学に励んだ思い出がある。 そしてその時の繋がりもまた大人になった今でも少なからず縁となって存在していた。 ならば当然かつての母校での同窓会に誘われるということもありえることだった。  

「マイケルのぉぉぉ、ちょっとカッコイイところをみってみったい!!」

「なんと嬉しい俺コール。 ついにこの俺の時代がやって来たようであるな。 ならば当然我は逝く、更なる高みへとぉぉぉ!! ミズノハ先生、この一杯は我らが恩師たる貴女に捧げまするぅぅ!!」

「ま、まあそのなんだ……程ほどに……な」

 酒で盛り上がった連中のテンションは凄まじい。 いきなり名前を叫ばれたとはいえ、あのミズノハが苦笑いで答えることしかできない程だ。 かつてのクラスメイトだった連中が酒を片手に面白おかしく宴会に興じる様を眺めるのは、当時の記憶と比べてみるとリンディは純粋に楽しかった。

「やぁ、ハラオウン君。 楽しんでいるかね」

「はい。 校長先生も楽しんでおられますか」

 声をかけてきたのは、当時短期入学でお世話になった校長先生だった。 かつてよりもさらに老けて見えた。 校長は今年で退職することが決まっており、”後任”も既に決まっている。 そのことを知っていた幹事が今回、特別ゲストとして招待したのである。 他にも、かつてのドSな教官や時間に煩い教師も招待されて酒を交わしていた。

「ああ、楽しませてもらっているよ。 というよりも、安堵しているということの方が大きいかな。 巣立っていった若者たちがどれだけ大きくなったのかを実感しているところだよ。 皆、それぞれの場所でがんばっているようで大変嬉しい」

 この日のために特別に開放された食堂に満ちる喧騒。 その活気を見れば、校長として頬が緩まないわけが無かった。 管理局の制服を着た元生徒や私服姿の元生徒がいる。 彼らの顔を見ることが出来る事実にこそ、陸士訓練校の教師としての喜びが確かにあった。

 残念ながら殉職した人間や、忙しくて休みを取れなかった生徒がいることについては寂しいと思う校長ではあったが、それでも生気溢れる卒業生たちの若いエネルギーはその悲しみにも負けない力強さがあった。 場に流れる暖かな空気が何よりの証拠だ。

「そういえば、ハラオウン君ももう航行艦に乗っているんだったかな。 ヴォルクから聞いているよ」

「はい。 おかげで今日ここに来られるかどうか心配でした」

「はは、確かにな。 航行艦任務は色々と不便なところもある。 ……次元の海に漕ぎ出した感想はどうだね?」

「少し、不安ですね。 自分の采配で艦を動かしていると、特にそう思えてきます」

「君は旨くやれていると風の噂で聞いているが……そうか。 優秀な君でも不安に思うかね」

「艦のクルーの命や、武装隊員の命。 現地の方の命。 最悪を考えれば不安に思うことは沢山あります。 でも、それと同じぐらいにこの仕事にやりがいも感じているんですよ」

「そうか……前者は艦のトップに立つものとして当然のプレッシャーだが、後者はハラオウンの血筋だな。 ヴォルクも昔似たような不安を抱えていたが、それでも艦に乗り続けることを選んだ。 恐らくはきっと、今でもそうなのだろうな」

 次元世界の平和を守るための仕事というのは苦しく辛いこともあるが、それでも誇れる仕事であるのだった。 職業に貴賎は無い。 管理世界において時空管理局が必要とされている限り、その仕事に感じるやりがいはやがてプライド<矜持>や自信へと昇華されていくことだろう。 不安と自信を積み重ねたその先にこそ、その職務を遂行する一端の仕事人が出来上がるのだ。 それは管理局員だろうと一般市民だろうと同じこと。 校長は先に生きた者として、悩める若者へのアドバイスを忘れなかった。 かつての生徒は今でも校長にとっては生徒なのである。 

「――っと、すまない。 楽しい酒の席でつまらない説教話をしてしまった」

「職業病ですね」

「そのようだ。 教師は息をするのと同じように生徒にさも偉そうに説教し、魔導師は魔力放出に陶酔する。 君も気をつけたまえ。 いつか部下に対して、”魔法言語”で説教する恐ろしい上司にならんようにな」

「ふふっ、気をつけます」

「それじゃあ次の生徒に”説教”してくるよ」

 冗談めかしながらも激励するかのようにリンディの肩をポンっと叩くと、校長は盛り上がっている一団へと突撃していく。 どっしり構えるというよりは、随分と活発な攻めだった。 卒業生から酒を注がれて満更でもない笑みを浮かべている。 今年で最後だ。 その分彼もまた楽しみたいのかもしれない。 そこには嬉しさの中にある一抹の寂しさのような顔が見え隠れしているようにリンディには見えた。 

「……ふぅ」

 酒気を帯びた艶かしい吐息を零すと、リンディはそっと席を立って幹事であるフレスタの姿を探す。 酒に酔っているというわけではなかったが、ただ懐かしい母校の空気をもう少し満喫したかったのだ。

「フレスタさん、少し外を散歩してきますね」

「んん、酔っちゃった?」

「いえ、懐かしいあの場所を久しぶりに見ておきたくて」

「そっか。 うん、いいよぉ。 ガンガン行って来なさいぃぃ。 幹事様が許す!!」

 顔を紅くしたフレスタが、ご機嫌そうに見送る。 当然、それを周囲の独身貴族たちは見逃さない。

「やや、夜の一人歩きは危険ですぞ!!」

「ここは一つ、誰が護衛するか飲み比べだぁ!! 今ならかつて我らが妖精と謳ったご婦人と月夜のデートが即可能!! 武士<もののふ>よここに集え!! 聖戦の幕は今ここに上がれり!!」

「やべぇ、久しぶりのチャンス到来。 来て良かった同窓会。 仕事を押し付けた後輩よ、一人幸せになろうとする外道なる我を許せ……」

「ここで重大発表だ!! 参加資格は独身貴族限定!!」

「マジで? 一人身万歳。 ひゃっほー!!」

「あんた、今心にも無いこと言ったね」

「すまん。 こうでも思わないとそれがし、この厳しき格差社会を生きていけぬのよ。 ところでどうよ? 二次会は抜け出して俺と二人だけで――」

「はいはい、あんたがもっとイケメンになったらね」

「ぐふっ。 やはり格差は広がるばかりか……」

「ひ、ひでぇ……あんないい笑顔で。 これだから女って奴は――」

「何年経っても馬鹿が直らないような男も酷いと思うけどなぁ」

「さぁて、一人脱落者が出たようだが、古強者な敗残兵たちよグラスを構えよぉぉぉ!!」

 マイケルの宣言に、独身貴族のエリートたちが立ち上がり一斉にグラスに酒を注ぐ。 女性陣はそんな男性陣を無駄に煽りながら、問答無用で酒を注ぎ潰す準備をしていった。 凄惨な飲ましあいの始まりだ。 所帯を持って落ち着いた連中は勝者の笑みを浮かべながら、そのやり取りを肴に酒を楽しむ。正に、 悲しき格差社会の現実がどこまでも人の立ち位置を変えていた。 持つ者と持たざる者の差という奴である。

「……ふむ。 まだまだ彼らの青春は終わってはいないのだな」

 当然、校長はそんな彼らを見ながら生暖かい目で見守った。 景品<リンディ>は既にこっそりと散歩に出ていってしまっていたが、その勝利者のいない戦いは遅れてやって来たザースが現れるまで無駄に続いた。 勿論、暫定勝者は魔弾の射手<幹事>によって殲滅され一部は肉食系女子によって介抱された。






 第四陸士訓練学校にはリンディ・ハラオウンにとっては忘れられない場所がある。 フレスタやザースやクライドと一緒にかつて訓練していたあの場所だ。 森の中にあるその場所は、今でもまだ体がその場所を覚えていた。 見覚えのある道を進みながら、月光と星光に照らされた夜の道を歩く。 それには確かに、風情のようなものを感じられた。

「夜にここに来たのは、そういえば奥義の時だけだったかしら」

 古い記憶の中にある確かな大事な思い出。 あの日、短期入学最後の青空教室は今と同じような静かな夜だったことをリンディかみ締めように振り返る。 あの時習った奥義はリンディ・ハラオウンという高ランク魔導師にとっては必ずしも必要なものではなかったが、それでも魔導師としての戦術の幅が広がったことだけは確かであり、それなりに練習して覚えたクライド流の最終奥義である。 奥義の性質上実戦で多用することこそないが、それでもその詳細を知っているのは彼女だけ。 そのことにかつて彼女は少なくない喜びを感じてもいたものだった。

「この辺り……だったかな」

 やや開けた視界の中、かつて世話になった森の息吹がリンディの肺を満たしていく。 帰ってきたような、そんな錯覚がリンディの頬を緩ませた。 青空教室は強引にプッシュしてやって貰っていた。 なんだかんだ言って得たものは少なくない。 強力な力で押していくことを最上だと言いながら、それでもそれ以外の方法に目を向けさせる切っ掛けを作ったのがクライドであるのは皮肉な話だ。 自分が満足できるほどの渇望した力が無いからこそのその方向性を、かつてのリンディは嫌うことなく受け入れた。

 純粋な魔導師としての在り方以外を提示されたことが無かったからこそ、そのあり方に新鮮味を覚えていたのだろう。 或いは、それは初めて戦ったときのあの模擬戦がそれほどまでに彼女にインパクトを与えたことの証だった。 

 適当にシールド魔法を発動させ、それを腰より少し下の位置で横に固定。 その上に腰を下ろしながらリンディは翡翠の瞳を閉じた。 月光と星光とラウンドシールドの翡翠の光が、淡く視界を染めていく。 だが、そんな幻想的な光景をリンディは見ない。 思い描くのは思い出の彼方に眠る数々の光景。 思い出せるだけのありとあらゆる幻影を、その脳内で想起する。 その中には、必ずと言っていいほどに彼が居た。 どちらかといえば、制服姿よりも黒のバリアジャケット姿ばかりが浮かんでくる。 その中で彼はよく苦笑をしていた。 でも、その黒瞳は大抵が目で笑っていたこともまた覚えている。 本当に嫌ならはっきりと断る癖に、それでも最後は頼めば色々と付き合ってくれていた。 意地の悪い男ではあったが、それでも優しくしてくれていたのだ。

(きっとあの頃が一番楽しかったのね……)

 その頃は今とは違って、いつでもどこでも彼女の視界の中にその男はいた。 ただ純粋に接することが出来た分、余計にその頃の記憶は美しい。 見学旅行では絶体絶命のピンチを救われ、旅行中には二人で寝袋の中で色々と話をした。 風邪を引いたときには、お見舞いにも来てくれた。 グラムサイトを教わったり、深夜に何故か気絶させられに来たり、婚約者騒動ではディーゼルと戦ってもくれた。 たった三ヶ月の期間だったけれど、それでもリンディはその中で得たモノは確実に今のリンディ・ハラオウンを作り出す根源となったはずだった。 その中でも限りなく沢山の時間がここにある。 訓練学校のこの場所は、だからこそリンディにとっては忘れることのできない大切な思い出の場所なのだ。

 やがて彼女は卒業し、その先にまたあの黒の少年との縁は続いた。 魔導師という性質上、その道が交差しやすい土壌を作っていたのだ。 切れない縁はその先にも続いた。 本局にやってきて、更に少しずつ時間を積み重ねていく日々。 それから数年も経てば、学生時代にははっきりとしていなかったモヤモヤする感情まで芽生えていた。 自覚したのは二人の立場が常にそれを意識させうるものだったからかどうかまでは、リンディにも分からない。 うやむやで特異な婚約者(仮)の肩書きは、二人の関係性を良い意味でも悪い意味でも絶妙なバランスで保ち続けた。 ディーゼルの存在も、ある意味ではそうだったのかもしれない。

 クライドとは違ってディーゼルは分かりやすく好意を向けてくれていたからこそ、異性への関心と興味が二人の存在を比べる形で刺激された。 クライドと出会わなければ、或いはディーゼルの気持ちに応える未来もあったかもしれない。 そう彼女は思う。 そう思うが、しかしもうそれも今更の話であった。

 瞼を開け、デバイスの収納スペースに納まっていた想いの枷を左手に顕現させるリンディ。 銀の光沢が彼女の薬指を占有するかのように闇夜で煌く。 そこにそっと右手の指を這わせ、その硬い感触を確かめるように数回撫ぜる。 はっきりと彼からの言葉を聞いたことはない。 彼と会った最後の瞬間でさえ。 けれどそれでもその指輪型のデバイスが彼の代わりにその想いを主張するように感じるのは、リンディの自意識過剰な妄想が生み出した都合の良い想像などでは決して無いはずだ。 その証拠は、そのデバイスに仕込まれたバリアジャケットの形状が示す通りだ。 冗談半分でその形状を選ぶ”ロマンチスト”などいやしない。 

 人目もないこの場所で、リンディは縋るようにそのバリアジャケット<防護服>を展開する。 その瞬間、翡翠の魔力光に照らされるようにして、白いバリアジャケットがその美しい形状を曝け出す。 誰がどうみてもウェディングドレスだ。 それ以外には見えない。 徹底的に白で統一された花嫁のその正装に左手に納まる銀の指輪。 過去の思い出に浸る今、視線の先にあるそれらは何よりもリンディには重く感じられた。 想いの極限が、胸の中で張り裂けそうになるほどに感情を震わせる。 恋の呪いは健在で、アレからもう四年になろうかという今でさえ当然のように居座って彼女の心を縛り続けている。 まだ待てるのか、もう待てないのか。 そんな不安さえも、それを起動すれば吹き飛んでいく。 精神安定剤ではないが、それに縋り続ける弱い心は同時にそれを得て強く虚勢を張ることを自分に許した。

「はぁ……」

 恐らくは、それに縋れなくなるときが彼女のその気持ちの終焉になるのだろう。 バロメーターにも似たそれは、しかしまだきちんと機能するらしい。 励起する感情を落ち着けながら、リンディはそのことに安堵にも似た吐息を漏らす。 と、その時になって何者かの足音が彼女の耳に届いてきた。 その足音は驚くほど近い。 驚いて音が聞こえてきた方向に顔を向ける。 その瞬間、リンディはその人物を見て目を見開いた。

「クラ……イドさん?」

 呆然と呟かれたその名前。 消えてしまった男の名を呟くと全身に震えが走る。 両腕で体を抱きしめるように強く抱きながら、しかしそれでも彼女は黒の男から目を離さない。 離すことができない。

 十メートルほどある視線の先には、彼女の翡翠の瞳を真っ直ぐに見る黒の瞳が存在する。 目を離せば消えてなくなってしまうのではないかというほどに、リンディは言葉をかけることもできずに動けなかった。 いつもは何かあるとすぐ眼つきが悪くなる癖に、今この瞬間の彼の顔には優しげな微笑が張り付いていた。 まったくもって、実感が持てない。 リンディは恐る恐るグラムサイトを展開する。 幻覚でないのであれば、あの妖精の眼に映らないはずがない。

「ぁ……」

 だが、その特異な眼でさえもしっかりと実像が視える。 それは、幻ではないのだ。 黒の髪に黒の瞳。 黒いジャケットとズボンと黒尽くし。 先ほどまで視ていた過去の記憶の姿そのままの姿だ。 こみ上げてくる感情が胸を突く。 何か声をかけようとしては言葉にならず、椅子<ラウンドシールド>から立ち上がろうとして体を動かそうにも金縛りにあったかのように動けなかった。 ただ、その存在を眼に焼き付けることしかできない。 とはいえ、リンディが動けずとも向こうが動ける。 優しげな声色で聞きなれた彼の声が聞こえてきた。

「よっ。 この前”庭園跡”で見かけたが……その、なんだ。 久しぶりだなリンディ」

「ええ……」

 その頃になって、ようやく返事を出すことが出来た。 搾り出したリンディの声が、夜の闇に溶けていく。 だが、それでもクライドは微笑を浮かべたままその場にいた。 リンディはゆっくりと椅子から立ち上がる。 今にも泣き出しそうな顔で、今度は自分から声をかける。

「やっぱり、あそこに居たんですね」

「ああ、あの時は偽者も居たけどな。 あー……それより、今日は君に頼みたいことがあって来た」

「頼み……ですか」

 リンディは唇を噛む。 それは、ただ純粋に会いに来てくれたというわけではないというクライドの意思表示である。 かつてのことを考えれば、それもまたありえることだ。 現在進行形でリンディは管理局側の人間であり、クライドはかつて闇の書の主として指名手配された人間だ。 ある意味では敵対する間柄にあると言っても良いだろう。 そんなことを冷静に事実として受け止めながらも、しかしそれよりも先に一刻も早く訂正しなければならないことを話したいという衝動にリンディは駆られた。 管理局の人間としての立場の前に、リンディ・ハラオウンという個人が彼に言いたいことがあっのだ。 しかし、その言葉を口にするよりも先にクライドは言う。

「その……なんだ。 お前が欲しい。 俺と一緒に来てくれないか?」

「え――」

 困惑と、それ以上にその言葉を信じられない彼女の思考が一瞬止まる。 心臓の鼓動がその意味を正確に理解した瞬間に跳ね上がるのを自覚する。 生じる沈黙。 混乱は冷静さを彼女から奪い去り、正常な思考を阻害する。 それは、致命的な隙だ。 もし狩人がいたとするのなら、恐らくはその隙は絶対に見逃さないだろう。 

「わ、私は――!?」

 驚きを超えて、動揺しながらもそれでも答えを搾り出そうとする唇がその先を言うよりも先に、リンディが弾かれたように背後へと振り返る。 するとそこには、突如としてその場所に飛び込んできた黒髪の女の姿があった。 その手に掲げるは銀の長剣。 その長剣は白紫の炎熱を闇夜に煌かせながら一気に振りぬかれ、リンディの体を蹂躙した。 躊躇も容赦もない完全なる一撃。 激痛を感じるよりも先に、困惑の言葉が先に零れる。

「な、んで――」

 見開いた翡翠の瞳が、絶望の色に染まって閉じられていく。 リンディの体はその頃には剣戟の衝撃で吹き飛ばされた華奢な体が地面を転がっていた。 防御効果などほとんどないただ見てくれだけのバリアジャケット<防護服>ではその一撃を受け止めきれずに霧散することしかできない。 魔力の残影となって消え失せたバリアジャケット。 吹き飛ばされたその体が、何かの障害物に当たって止まる。 クライドだ。 生暖かく見下ろす黒瞳と目が合ったその瞬間にはもう、彼女は意識を手放していた。 

「奇襲とはいえ、呆気ない」

「お前の奇襲だ。 デバイスのAIさえ斬撃の瞬間に防御魔法を使う隙がなかった。 見事なもんだよ」

「だけど、それなら可笑しくない? その娘、デバイスのセンサーよりも先に私に反応してたことになるわよ。 あの距離からだったから普通は察知できないと思うんだけど……」

「天性の素質か、魔導師としての第六感か……なぁ、どっちだと思う?」

「別にどちらでもいいわ。 さっさと行くわよ」

「へいへい」

 地面に転がった翡翠の女性を抱き上げるクライド。 その顔はこの凶事にさえ何も揺るがない。 表情は固定されたかのように微笑を刻み、この状況を許容していた。 制服姿に戻っている彼女を見下ろすその黒瞳には、もしかしたら何の感情もないのかもしれない。 その足元で、ミッド式の魔方陣が青く輝く。 正方形が二つ、方円の中で回転ししながら周囲の闇を青く照らす。

「リンディ・ハラオウン……お前は今、一体どんな夢を見ているのかな」

「とびっきりの悪夢じゃないかしら」

「そうかな? これから見る夢は幸福な夢かもしれないぞ。 なんせ夢だ。 御伽噺のように、甘ったるい夢でもなんでも見放題なんだぜ」

「見る夢を選べる人間なんていないけど」

「じゃあ、俺が見せてやるよ。 甘く切ない恋の夢をさ。 これで、この一連の馬鹿騒ぎを終息させる駒が揃った。 ジルとアルシェが時を稼ぎ、ソードダンサーは俺の”勝利”に貢献する。 シナリオは磐石だ。 イレギュラーは多々あったが、役割を代替できる駒が都合よく存在する今不安はもうない。 あとは伸るか反るかだ」

「ふーん。 でもそんなに簡単にいくかしら」

「どのルートを選んだところでもう既に俺は勝っているんだよ。 勝者を敗者にする方法などこの世には存在しない。 であれば、そう。 これはただのお楽しみ。 おまけのアフターストリーって奴さ」

 詠唱した転移魔法が座標演算を終了する。 だが、準備が終わったはずのクライドはそのままの状態で暫し待つ。 その脳裏にあるのは感応制御システムがデバイスのセンサーからもたらしたレーダー情報だ。 呼んでもいない誰かが近づいて来る。 リンディの友人か、それともまた別の教員か生徒か。 クライドはそんなことを考えながら、目撃者の来訪を”あえて”待つ。

「リンディちゃーん、そろそろ締めに入るわよぉぉ……って、く、クク、クライドぉぉぉぉ!?」

「よぉ、”フレスタ”。 久しぶりだな」

 絶叫を上げたフレスタだったが、酒に酔ったその目にもすぐにそれが目に入った。 一瞬唖然としていたその目が、憤怒の色に染まっていく。 それと同時に、彼女の両腕には拳銃型のデバイスが二丁握られ、海の武装局員の標準的なバリアジャケット姿に変化する。 完全に戦闘態勢だ。 怒りに震える両腕が、小刻みにデバイスを震わせていることからみてもそれは明らか。 誰がどう見ても、生半可な怒り具合ではない。

「悪いけど、頼めるか」

「それはいいけど勝てるの?」

「酔っ払いに負けるつもりはないさ。 そこで見物してろ」

 展開していた転移魔法が解除され、その手に抱き上げていたリンディが浮遊魔法でソードダンサーの方へ漂い始めたその瞬間、夜の森に怒声が響く。 

「クゥゥライドォォォォ!!!!」

「やろうぜフレスタ。 我慢する必要はない。 お前の引きたいようにそのデバイスの引き金を引け。 でないと、俺がリンディを連れていっちまうぞ」

「あんたは、あんたはぁぁぁぁ!!」

 挑発染みたその言葉を合図に、フレスタがクライドに向かって走りながら引き金を引く。 マズルフラッシュにも似た桃色の閃光。 銃口に瞬間的に集った魔力が運動エネルギーを与えられて弾丸となり、高速で闇夜を飛翔する。 暗闇を引き裂きながら放たれるは弾丸の雨。 それも直接射撃魔法の連打だ。 一発一発の弾速は誘導系とは違って凄まじい速度で疾駆する。 魔力弾という名の暴力が、明確な脅威となってクライドに襲い掛かった。

「はっ――」

 クライドに桃色の弾丸が当たる刹那、その姿が残像となって高速で移動する。 高速移動魔法『ハイスピード』だ。 移動先はフレスタの後方。 その手にはいつの間にか柄型のデバイスが握られている。 フレスタがそれに気づくと、走り出していた勢いをそのままに転がるように前に飛んだ。 その上を、薙ぎ払った青の刃が通り過ぎる。 フレスタは止まらない。 地面を転がりながらも、器用にその身を跳ね上げ右腕を背後へと廻す。 右手の銃口は薙ぎ払って静止するクライドへと伸びると同時に引き金が引かれた。

 木霊する発砲音に続き勘を頼り照準された弾丸が、寸分違わずクライドに胸に突き刺さろうと飛来する。 だが、それは咄嗟に突き出された左手の先に生み出された青い壁に阻まれた。

「シールドカッター!? はん、今更そんな程度で!!」

 弾丸を防いだシールドが回転する。 獰猛な刃を円周に宿すそれめがけて、フレスタは弾丸を発射した。 両腕での射撃二つの火線を生み出して吼える。 二重の弾丸が虚空を疾駆し、シールドを撃ち抜く。 青を抜く桃色。 その弾丸はしかし、次のシールドによって防がれた。

 フレスタが舌打ちする。 シールドの後ろに、まったく同じ大きさのシールドが存在したことを確認したからだ。

「うざったいわね」

 圧縮魔力カートリッジをロード。 ブローバックされた二丁拳銃から吐き出される空薬莢。 瞬間的に底上げされたその魔力を用い、フレスタは引き金を引いた。 二丁拳銃から飛んだ薬莢は二つ。 強引に底上げされた魔力が暴君の如き進軍を使い手に許す。 暴虐が青のシールドを蹂躙。 フレスタはシールドカッターを攻撃に回す余裕さえ与えず、遮蔽物ごとそのまま滅多撃ちにするべく吼えまくる。

「おいおい、力押し過ぎるだろ」

 二枚目のシールドも三枚目のシールドも貫通された。 フレスタのデバイスから再び空薬莢が二つ飛ぶ。 これでは簡単に最後の四枚目もすぐに抜かれる。 そう悟ったクライドは、ブラストバレットを地面に叩きつける。 瞬間、舞い上がる粉塵。 遮られる両者の視界。 元々薄暗い闇夜だ。 人間である以上は視界の低下は致命的である。 だが、フレスタは気にしない。 デバイスに感応。 光学センサーをサーマルセンサーに切り替え、そのデバイスのスコープ視界へと感応制御システムから思考へとリンク。 そのままクライドを撃ち抜こうとして、引き金を引く手を止めた。

 サーマルセンサーが捕らえた人影は複数ある。 それら全員が横一列になって突貫してきていた。 恐らくは幻影。 クライドの十八番だ。 撹乱してその隙にガンナーが嫌う近距離戦へと持ち込もうというのだろう。 フレスタは弾種を変更。 誘導操作に切り替えると、四発放つ。 丁寧に当てるならば弾速が落ちるのもやむを得ないとの判断だ。 確実に幻影を落し、本体を探す。 そのつもりで弾丸が放たれた。

「ショット!!」

 四つの弾丸は寸分違わず全ての幻影を射抜く。 全員が消えた。 それに困惑するよりも先に、フレスタの魔導師としての勘がかつて味わったこれに似た状況を想起させる。 あの時はリンディとの模擬戦だったか。 その記憶が、フレスタを救う。 咄嗟に左に飛んだフレスタの場所へ、上から強襲してきたクライドが落ちてくる。 標的を見失ったブレイドの刃が地面へと叩きつけられた。 その瞬間、フレスタがチャンスとばかりに左手を右に廻すもそれにクライドは反応した。 左手はブレイドから離され、振り下ろした右腕が地面ごと切り裂きながら真下からフレスタへと伸びていく。 跳ね上がった刃が、狙おうとしていたフレスタの左手の拳銃ごと強引に弾いた。

「痛っ――」

 不自然に弾かれた左腕が痛む。 だが、フレスタは歯を食いしばってのその痛みを無視。 今度は右腕を強引にポイントするよう動かしていく。 振り下ろしの後の切り返しだ。 それを終えたクライドの体は右に流れている。 フレスタならば、刃が戻ってくるよりも先に弾丸を放てる。

 近距離からの発砲。 弾丸はクライドの胸部を撃ち、バリアジャケットのフィールドを揺るがせる。 クライドの方がフレスタよりも魔力は少ない。 しかしカートリッジで底上げした魔力は先ほどのシールド破壊に使っていた。 一発では打撃ダメージによる衝撃は与えはしても、貫通させる威力はなかった。 クライドの右腕が戻る。 引き戻された右手は瞬時に、肘の筋力という名のバネに力を蓄える。 それを後押しするのは左手だ。 ブレイドの柄尻を左手で押すようにしながら体越し体当たりするような勢いで突きを繰り出す。 

「ぁぁぁっ!!」

 呼気を乗せ、高速で伸びてくる刃の先端をフレスタは咄嗟に右にサイドステップすることで避ける。 そのまま曲撃ちよろしく鈍痛のする左手で強引に引き金を引く。 放たれたその弾丸はこの距離では本来では外しえないはずだった。 しかし、それと同時に銃口の先には青の光刃が迫っていた。

(フェイント!?)

 突きのモーションから右上へと突き上がったはずの刃が、右の袈裟切りとなって帰ってきていた。 左手は止められない。 発砲の瞬間、再び弾かれた左手。 獰猛な桃色の弾丸がクライドを襲うことなく明後日の方向へと飛んでいく。 鈍痛は悪化し、痛みがフレスタの動きを鈍らせる。 そこへ、更に一歩踏み込んできたクライドの右上への斬撃が迫ろうとした。 

「調子に――」

 手前に弾かれた左手。 フレスタは咄嗟にそれを使う。 跳ね上がってくる刃にデバイスを用いて盾とし、それにクロスさせるように右手に握る銃をその後ろに添えるようして前に出す。 クロスした拳銃の銃身に鈍重な衝撃。 炸裂する互いの魔力の衝突が、一瞬火花のように咲いて散る。

 お互いに超至近距離。 だがそこは近接系魔導師のテリトリーだ。 砲撃魔導師の距離ではない。 ないが、だからといってフレスタは引かない。 男と女。 単純な腕力だけでいえば、フレスタはクライドには敵わない。 だが、既に魔力量はクライドよりも多いのだ。 身体能力強化の恩恵が、その差を魔力差故にイーブンかそれ以上へと持っていく。

「――乗るなぁぁ!!」  

 吼える暴君が全身の膂力でブレイドの刃を押し返す。 酷使された左手が、更に軋むような痛みを伝えてくる。 しかし、激昂したフレスタの感情と摂取していたアルコールが感覚を麻痺させ、そんな余分なことへと意識を伝えさせなかった。 その怒りの向く先は当然の如くクライドだ。 至近距離で鍔迫り合いを行うクライドが、その瞬間ギョッとする。 眼前に迫り来るはフレスタの額。 砲撃魔導師の、それも女性の頭突きなど、この状況では想定していなかったに違いない。

「っせい!!」

「がっ!?」

 両者の額が衝突。 繰り出したフレスタは当然構えていたせいで、フィールド越しの衝撃にさえ耐えきった。 対して、無防備に喰らったクライドの身体が一瞬力が抜けた。 このチャンスを最大限利用すべく、頭突きの衝撃で緩んだ刃を彼女は完全に押しのける。 そこに、ここぞとばかりにカートリッジをロード。 駄目押しの砲撃を罵声と共に叩きつけた。

「行方不明になって、久しぶりに顔出したと思ったらあんた一体なにやってるのよ!! 今更あの娘に何の用があるわけ!?」

――カートリッジをロード。 空薬莢が飛ぶ。

 弾丸は容赦せずにクライドのフィールドへと突き刺さり霧散する。 衝撃を与えられたクライドの体が仰け反る。 しかし、その体が地面に落ちるよりも先に次の弾丸がその体を強引に跳ね上げた。 

「あんたの都合なんて私様は知らない!! 知りたくもない!! つーか、ぶっちゃけどうでもいいのよ!!」

――カートリッジをロード。 空薬莢が飛ぶ。

 限界を超えて使用される砲撃魔法。 単純なシュートバレット<射撃魔法>を近距離連射用に調整した速度と連射力を重視したその連続射撃が次々と着弾。 クライドの体が衝撃に悶えるように跳ね、無様なダンスを踊っていく。 

「でもね、なんなのよそれ!! リンディちゃんを二人係りで襲って連れてくって? 立派な犯罪よあんた。 いつからあんたはそんな屑野郎に成り下がったのよ!!」
 
――カートリッジをロード。 空薬莢が飛ぶ。

 一瞬にして枯渇しそうになる魔力を強引にカートリッジで底上げしながら紡がれる連射には、情け容赦など存在しない。 相手がクライドだろうと、生半可な中ランク魔導師であれば確実に落ちている。 それほどの暴虐だ。 しかし、それでもどういうわけかクライドのバリアジャケットが消えない。 五発の圧縮魔力カートリッジを吐き出し終えたマガジンがデバイスから落ちる。 最後の弾丸を吐き出し終えたフレスタ。 その両手から拳銃型デバイスが消える。 変わって現れるのは狙撃銃型デバイスだ。 クライドがかつて管理局のデバイスマイスターとして作成した最後のデバイス。 瞬間、そのデバイスに装填されている特殊マガジンが接続され、魔導砲のエネルギーとなって荒れ狂う。

「あんたは、いつもみたいに馬鹿やりながらリンディちゃんの傍にいるだけで良かったのよ。 あんたにできるのはそんなことぐらいでしょうが!! なに訳わかんないことやってんのよ!!」

 マガジンに装填されているのはクライドの現状維持を利用して蓄えられたAAA級の大魔力。 瞬時に魔導砲モードへと移行したデバイスが、主の求めに従ってその威力を解き放つ。 放たれるは”青”の弾丸。 レーザービームのように伸びるそれが、駄目押しとばかりに二発クライドを襲う。 着弾し、虚空を錐揉みしながらクライドが地面を転がる。

 同時にフレスタの狙撃銃からマガジンが落ちていく。 替えのマガジンを入れ、二丁拳銃へを再度展開。 荒げた呼吸を落ち着かせながら、言いたいことは言ってやったとばかりに拳銃にもマガジンも入れる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 呼吸を落ち着け、フレスタは次の獲物に向き直る。 次の相手は見学していた黒髪の少女だ。 逃げる素振りを見せることもなければ、ただただフレスタの様子を見ている。 見た目の年齢は十六か十七。 思わず目を引かれるのは地面まで届きそうな黒髪と、白い肌。 だが、一番フレスタが気に入らないのはその紅眼だ。 瞳の奥にある確かな悪意。 それを隠そうともしていない様が、何よりもイラついてくる。

「次はあんたよ”ソードダンサー”」

「へぇぇ……貴女、私が誰か分かるの?」

「私様は昔、モニター越しとはいえ『時の庭園』であんたの姿を見たことがあるのよ」

「そう。 でも、貴女の相手は私じゃないでしょう?」

「はんっ。 あの馬鹿は当分目を覚まさないわよ。 あんだけ撃ちこめばあいつじゃあ絶対に防ぎきれないもの。 あいつの耐久力はよく知ってるんだから」

「そうね、今のならもしかしたらSランクでも落ちてたかもしれないわね。 最後の二発は強力すぎたわ。 ……でも、彼はまだやる気満々よ」 

 顎でクライドが倒れているはずの場所を促す。 フレスタが、そんなはずがあるものかとばかりに視線をクライドへと向けた。 その視線の先には、地面に倒れたまま起き上がれない青年の体があるはずだった。 だが――、

「そんな、嘘でしょ――」

 そこにあったのは倒れたままの男の姿ではない。 黒のバリアジャケット姿のまま、平然と立ち上がっている男の姿があるだけだ。

「ありえない。 絶対そんなことあいつには――」

「――無理だ……なんて言わなくでくれよフレスタ」

 呆然と呟くフレスタの言葉を笑いながら遮るクライドの顔には、確かな余裕が存在する。 いつものペテンかトリックだと、ふとフレスタは理解した。 でなければ、クライドがAAA級の砲撃を防ぎきることなどできはしない。

「別に不可能を可能にしたわけでもないぞ」 

「……でしょうね。 あんたは、いつも方向性をズラすことで対処してた」

「そう、ベクトルをズラすんだよ。 手段をかみ合わさないともいうな。 短距離走で次元世界一の人間と争うのならバイクや車に乗れば良い。 腕相撲で巨漢の男と勝負するなら、機械仕掛けの強化装甲服でも纏えば良い。 邪道こそ正道を犯せる力なのさ」

 饒舌に語る黒の男。 フレスタは黙ってその言葉を聴いていたが、それでも酒で酔っていた頭が少しだけ落ちつきを取り戻す。 小細工でまた何かをしたと、そのメカニズムさえ理解できれば対処もできるはずなのだ。 構えた二丁拳銃を握る左手の具合を確かめるようにグリップをためつすがめつしながら、思考を続ける。 その間にも、クライドは余裕の態度を崩さずに続けた。 その黒瞳が、構えられた二丁拳銃に向けられる。

「”トライアド”か。 カートリッジはともかく、特殊マガジンがまだ残っていたのには驚きだ。 武装局員として使用する機会は多々あったと思うが、補充が利かないそれをよく残してたな」

「使うまでもない相手が多かったのよ」

「なるほど」

「あんたこそ、また変な小細工を考えたものね」

「”できること”をしているだけなんだがな」

 実にらしい言い方だった。 言いながら、クライドが再びブレイドの刃を構える。 フレスタはそれを見て大きく息を吐いた。 ジクジクと痛む左手。 仕切りなおしたせいで戻ってきた痛みだ。 それを顔に出さないようにしながら、更にもう一つの負担についても意識する。 それは短時間で連続して使用したカートリッジの負担だった。

(さすがに、ほぼ連続で八発は自己最高記録だわ。 体が重い……)

 ベルカ式カートリッジシステムには魔導師の魔力を底上げする効力があるが、本来そのシステムを使うのはベルカの騎士だ。 圧縮魔力カートリッジはベルカで生み出され、ベルカ式用に調整されている。 本来ミッド式にはない発想で、魔法の力を高めるその特異なシステムはミッド式の使い手のことなどまったくといって良いほどに考慮されていない。 そのせいで、有効ではあるが相性はあまり良くない。

 クライドは守護騎士たちのデバイスのデータから制御用のプログラムを作成したが、それだって完璧ではないのだ。 クライドのブレイドは単発式のカートリッジシステムしか積んでいないために、一度の戦闘で砲撃魔導師が使うカートリッジの量と比べれば負担は軽い。 だが、フレスタは砲撃魔導師であり、オートマチック<自動式>型のカートリッジステムが装備されている。 装填数の差は安易な使用に繋がり、引き金を軽くする。 そして何より、このベルカ式カートリッジシステムの使用負担が軽減されるのはこれよりも後の時代の話だ。 アニメ第二期を経た後、第三期に至る間に見直されて進歩する技術なのである。 

―― 一応注意しとくけどな、一日に十二発以上はできるだけ使うなよ。

 ふと、それを試し撃ちしていたときに言われた言葉をフレスタは思い出す。 ハイになっている状態でありながら、少なくともクライドを倒したつもりだったフレスタはその誤算に悪態をつきたくなった。 弾倉<マガジン>一つに六発のカートリッジがある。 既に使用したマガジンは二本。 マガジン2本×装弾数6発の計12発が使用済みだ。 それも、インターバル無しに使ったのはそのうちの八発。 かつての古代ベルカでさえ、ここまで短時間にカートリッジロードした人間は少ないだろう。 怒り心頭だったとはいえ、明らかにやりすぎていた。

「……」

「……」

 睨み合う形になった二人。 距離にして約六、七メートル。 その距離は高速移動魔法の距離内だ。 間合いにはほぼ意味がない。 距離的には銃撃して先手を取れるとはいえ、フレスタは動けばすぐにクライドが動くと予想していた。 それに第一、砲撃戦になれば圧倒的に不利になるのがクライドだ。 近距離以外を選択する理由が考えられない。

 高まった緊張感が、フレスタの背中に薄っすらと汗を滲ませる。 狙撃だけでは辛いと思って会得した近距離射撃。 その培ってきた技術を信じてはいたが、それでも相手は得体の知れないペテンを使う。 そのカラクリのこともあるし、クライドなど所詮前座なのだ。 離れた位置で観戦しているソードダンサーへの対策は絶対に必要だ。 故に、フレスタはクライドを速攻で片付けるという選択をキレながらも選んでいたのだ。

(私には、私にできることしかできない)

 彼女自身の力は、精々魔導師ランクが保障する程度が限界だ。 けれど、それでもできることはあるはずだった。 ソードダンサーには一人では届かずとも、クライドをぶちのめして改心させる程度なら不可能ではないはずなのだ。 フレスタはクライドにとっても友人なはずだった。 止められないなどと在ってはならない。

(行くわよ。 フレスタ・ギュース。 私だけが今ここでできることを――)

 フレスタの左手が空を向く。 右腕はそのまま発射体勢を維持しながら鬱陶しそうに口を開いた。

「魔力光だけじゃあ、あんたの馬鹿面を狙い難いわね」

「まぁ、夜だからな」

「だから――」

 月光と星光があるとはいえ、それは昼時のような明るさはない。 防護服のフィールドと、時折足元で輝く魔力光は目印にはなっても目印になる程度だ。 近距離に切り込むクライドとは違ってガンナーのフレスタにはやり難いことは想像に難くない。

「――明るくするわよ!!」   

 左の拳銃の引き金が引かれる。 同時に、発砲音と共に天に向かって桃色の弾丸が飛んでいく。 同時にクライドの体が再びハイスピードで高速移動。 ジグザグに撹乱するように動きながら、撃たれなかった右手の銃の照準から逃れるようにして前へと前進。 進軍を開始する。 フレスタは右手を動かすことさえせずに待ち構える。

 集中し、研ぎ澄まされた意識がその魔法を発動させる瞬間を待つ。 その一瞬は刹那と共にやってきた。 眼前へ、極端な前傾姿勢の状態でクライドが飛び込んで来たのだ。 その右手に握られた刃は既に引かれ、上へと伸びるようにして放たれる変則的な突きの体勢となってフレスタの正面へと現れた。

 右腕の照準をする暇などそこにはない。 斬撃の中でも最短距離を行く突きが、空薬莢を飛ばしながら避け難い胴へと一直線で迫ってくるのだ。 フレスタは動かない。 その表情はあくまでも変わらない。 魔導師として、陸戦魔導師としての彼女の意識は極めて冷静にその現状を捉えていたからだ。 瞬間、クライドは己の突きがフレスタの胸に突き刺さるのがはっきり見えた。

「――!?」 

 だが、感じるべき手応えがその右手には微塵も無い。 突きを放った体勢のまま、標的を失った体が前へと傾ぐ。 瞬間、背面後方で轟音と共に辺りが強烈な桃色の光に照らされた。 フレスタが左手から放ったライトシェル<照明弾>の魔法が、空中で炸裂したのだ。 クライドが魔力反応を感じる後方へと振り返る。 スタングレネードほどの眩しい閃光は無いが、それでも薄暗い夜に慣れた目はその光陵に眩む。 その向こう、高速移動魔法<クイックムーブ>で残像を残しながら移動したフレスタの黒い影がしゃがみ込みながら回転しているのが微かに見えたときにはもう、両足ごと払われていた。

「くっ――」

 銃撃ではなく、水面蹴りからの足払い。 既に普通のガンナーの取る戦術ではない。 予期せぬ方法での足元への攻撃に、背後へと振り返っていた不安定な体勢ではクライドは避けられなかった。 地面へと仰向けに倒れこむその体。 反射的に受身を取って振り仰いだその顔面に、フレスタのドロップキックが炸裂する。

「――」

 今度は声を上げる暇さえ無い。 顔面からの衝撃はクライドを容易く地面へと叩き付け、その上に着地したフレスタの体が芸術的なまでの駄目押しとなって腹を襲う。 衝撃はバリアジャケットが受け止めたが重量はジャケットの上に確かにある。 ダメージはなくとも、しっかりとした人の重みにクライドが気づく。 反射的に身体を跳ね飛ばそうとするクライドであるが、もはや鬼と化したフレスタは止まらない。  左手は胸部へ。 右腕はブレイドを持った右腕へと向かう。 当然、その手に握られているのは獰猛なまでに魔力を蓄えたデバイスだ。

「侮ったわねあんた。 私様の近距離での成長を――」

 マウントポジションを取ったフレスタが、それこそ能面のように感情を消失させた表情で言う。 同時に、引き金が無慈悲に引かれた。 零距離からフィールドへと与えられた衝撃が、クライドのバリアジャケットを揺るがせる。 胸部へと叩き込まれた一撃。 そしてブレイドを握っていた手が弾丸を撃ち込まれ、衝撃を受けてデバイスを手放す。 クライドは動けない。 動こうとした頃には次の弾丸がぶち込まれるのだ。 動きようがなかった。

「さっき耐えた原因はよく分からないけどさ、死なない程度にとりあえず寝てなさい」 

 左手で連射。 ついでに、右腕で額に当てて暴君よろしく零距離から滅多撃ちにしていく。 悪鬼羅刹でさえもここまではやらないだろうという凶悪さだ。 観戦していたソードダンサーの顔が、そのえげつなさに引きつっている程である。

 マウントポジションからの零距離射撃。 撃って撃って撃って撃つ。 防護服を貫通破壊し、魔力ダメージでノックダウンしたことを確実に確認できるまでフレスタは止めるつもりがなかった。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 数秒が十数秒へ。 十数秒が二十秒へと続いていく。 インターバルさえおかずに撃ちこまれる暴君の弾丸は、もはやオーバーキルを通り越している程に傍目には見えるだろう。 衝撃でクライドの身体が不自然に痙攣したかのようにビクビクと何度も跳ねる。 だが、それを確認するフレスタの顔はポーカーフェイスでは無くなっていた。

(どうして? こんなの、ありえない――)

 弾丸一発では無理かもしれないが、それでも零距離からの連射だ。 カートリッジを使ってはいないといっても、クライドの魔力で作られた防護服ならば破壊できないわけがない。 道理がない。 手応えは感じていた。 フィールドを破壊したような感触を直感的にフレスタは感じている。 しかし、それが現実に反映されない。

 ふと、フレスタはフィールドの向こう側で冷めた目で見ている男の黒瞳を見た。 寒気を感じる程に濁りきったその瞳には何の感慨もありはしない。 劣勢だとか絶体絶命などという単語からは無縁だ。 それほどまでに、”無頓着”だった。

「く、なら――」

 得も知らぬ恐怖に突き動かされるようにして、反射的にフレスタは両手のデバイスのマガジンを使用する。 ソードダンサー用に切り替えた虎の子の魔導砲用マガジンが、フレスタの意思を得て本体へと接続される。 零距離からの魔導砲。 青い閃光が先ほどまでとは比べ物にならない威力の弾丸を四発発射。 着弾した魔力は炸裂する。 だが、それでもやはりクライドのバリアジャケットが”抜けなかった”。 それ以上引き金を引くことも出来ずに、フレスタの表情が凍りつく。 

「気は済んだか?」

 酷く、低い声でクライドは言った。 それに言葉を返すよりも先に、銃撃が終わった隙をついて伸ばされた右手が、フレスタへと伸ばされる。 その手の先には、淡く輝く光玉が存在した。

「正気じゃ、ない――」

「ブラストバレット」

 青の爆裂弾が二人の間で破裂する。 轟音と衝撃が粉塵を撒き散らすその魔法が生み出した粉塵の中から、転がるようにしてフレスタの体が飛び出してきた。 防護服はほぼ零距離からの爆発に巻き込まれたせいで、ボロボロだ。 咄嗟にデバイスを盾にして防御したが、それでも距離が近すぎた。 ダメージは決して少なくない。

「げほっ、げほっ。 ク、クレイジーを通り越して……呆れたわよ」

「そうでもないさ。 相手にだけ被害を与えられるんなら、これは有効な戦術だろ」

 粉塵の向こうから、無傷のクライドが現れる。 転がっていたブレイドを拾うと、立ち上がる気力も奪われていたフレスタを見下ろした。

「というか、お前の方がクレイジーだぞ。 普通、砲撃魔導師がドロップキックをかますか? しかもそのままマウントポジションでの追加攻撃だ。 あんな戦術使ってる奴は初めて見た。 そこいらの次元犯罪者でさえもやったことない殺し技だと俺は思うぞ」

「うっさい……それでも、私はあんたを……」

 カートリッジの負担と全力をつぎ込んだ砲撃の魔力欠乏。 そして零距離からのブラストバレットのせいで、フレスタは既に満身創痍だ。 震えそうになる体を、支えるようにして、起き上がろうと手に力を込める。 しかし体は正直だった。 意識が朦朧としてくる。 それを辛うじて繋ぎとめているのは強靭な精神力だ。 狙撃銃型デバイスを展開。 杖のようにしながら強引に体を持ち上げていく。

「無理しない方がいいと思うけどな。 後遺症が残っても知らないぞ」

「黙りなさいよ。 私は、あの娘の……味方なの。 今の最低なあんたと、あの娘を合わせるわけには……いかないのよ。 止めてやる……それで、絶対にぶん殴ってやる」

「そんな体でか?」

「どんな体でもよ!!」

 状態など知ったことではない。 そんな薄情な関係であったなどと、フレスタ・ギュースは認めない。 認めてやらない。 リンディはフレスタの親友であり、クライドも彼女にとっては友人だ。 友人のはずなのだ。 闇の書事件の時には止めてやることさえできなかった。 けれど今は目の前にクライドがいるのだ。 手が届くこの距離にあって、強引でお節介気質がある彼女が、今この現実を前にして尻込みするわけがなかった。

「あんたにはデバイスの借りもある」

「踏み倒してくれてもいいが?」

「あんたが良くても……私様は絶対に御免だわ。 借りっぱなしは……性に合わない」

「けど、実際問題もうどうしようも無いだろ。 手段が無い。 方法が無い。 それじゃあもう詰んでるってことだ」

「はっ、詰んでるですって?」

 詰んでいるのであれば立ってなどいられない。 疲れた体は急速に回復を求め、意識の放棄を訴えている。 精神力とて無限ではない。 しかしフレスタを支える希望は、まだ潰えてさえいない。

「四年前のあんたじゃあ、多分分からない。 今のあんたなら、尚更分からないんでしょうね。 少なくとも、ここで学んでいたときの”あんた”ならこんな簡単なことぐらい分かるはずよ」
 
「だから、一体何がだよ」 

 まだ消えていない”桃色の照明弾”に照らされたフレスタの相貌を、困惑するようにしてクライドが見た。 そのフレスタの顔は、不敵にも力強く笑っていた。 満身創痍の癖に、それでも笑っていた。 気でも触れたのかとクライドが思ったその瞬間、クライドがようやくそれに気づいて舌打ちする。

「なるほど……いつの間に念話を」

 高速で向かってくる光が三つある。 その先頭を行くのは黄色い光だ。 見下ろすように戦場を見据えるその顔には、困惑と驚きが同居している。 だが、それでも両手に握られた銃剣は相変わらずその存在を主張していた。 デバイスのレーダーさえ気にもしなかったその慢心が生み出したうっかりである。 そして同時に、それはかつてクライドがフレスタとザースと共にもたらした一つの勝利への可能性だった。

「奇妙な状況だ。 そして同時に、大変に理解に苦しむな。 校長先生はどう思います?」

「懐かしき青春時代の思い出に感化されたにしてはやりすぎだと私も思う。 さすがに、力づくで添い遂げようというのはその、何かね。 私たちの時代でも考えられないことだよ」 

 難しい顔でミズノハに相槌を打つ校長。 そして、遅れてウィングロードを走ってきたその男などは、呆れ顔でクライドを見下ろしていた。

「クライド……お前、いくらハラオウンが好きだからって誘拐は駄目だろ誘拐は」

 ミズノハ・サタケ、校長先生、ザース・リャクトンの三人だ。 いいや、それだけではない。 デバイスのレーダーからは更に応援がやってくる気配があった。

「はぁ、はぁ、酔っ払いを走らせるとは我らが幹事は鬼か悪魔か」

「暴君じゃなかったっけ?」

「黙って走りたまえ皆の衆。 その憤りは懐かしき仇敵にぶつけるべきだ。 我らが誇れる旧友を攫おうなどと言語道断。 楽しき天誅の時間だ。 喜べ諸君!!」

「お、今お前また良いこと言ったね。 名言だな」

「だろだろ。 富の偏在は許さない。 それが我らの”古き良き漢の誓い”だ。 時代を超えて永遠に受け継がれる、崇高なる漢の魂さ」

「あんた達さ、んなこと言ってるからまだ独り身なのよ。 いい加減理解したらどうよ。 進歩って言葉を知らないの?」

「ぜぇ、ぜぇ、おーい。 何人かは吐いてから来るってさ」

「オッケーオッケー。 ハラオウンと戦おうってんじゃないんだ。 相手はクライドだぜ? 決戦メンバーだろうとなんだろうと、この数の暴力の前には魔法一発でダウンだっての」

「ふっ。 ついに災害対策課で鍛えた俺の必殺救助魔法が日の目を見る時間がやってきたわけか」

 ざわざわとした一段が、ハイテンションでやってくる。 皆が手に酒やらつまみやらデバイスを持っていた。 呆れるほどに場違いだ。 ぶっちゃけていば、酔っ払いの集団である。 間違えても魔導師の集団には見えない。

『……どうするのよ。 どんどん増えてるみたいだけど?』

『いや、ほんとどうしよう。 羽目を外しすぎて馬鹿すぎるミスしちまった』

 頭痛を堪えるように唸ると、念話をしながらクライドが辺りを見回す。 校長にザースにフレスタにミズノハに旧友。 更には様子を見に来た警備員や、教員宿舎に止まっている教師までが顔をのぞかせている始末である。

 この施設内は通常とは違って陸戦魔導師の訓練施設であり、少々魔法を使ったところで学生の修練だとしてスルーされる。 外部への警戒はかなりしっかりしているが、内部の警戒は緩い。 入ってしまえば大胆に活動できないこともない。 だが、フレスタのように周辺へと無差別に異常を知らせるように念話を送れば教師や何やらは確認のために動いてくる。 教官の教員と生徒は全員が魔導師だ。 個の質はともかくとして、その数は少なくはない。

『全員叩き潰せないことはないけど……面倒なのが数人いるわね』

『そりゃ、お前は大丈夫だろうが今の俺には超ヤバイ。 用意した分の半分以上がフレスタにぶち壊されたし……見てみろ。 まだまだやる気だ』

 精神が肉体を凌駕する。 集ってきた魔導師は全てフレスタの味方に等しい。 その状況は何よりもフレスタを奮い立たせた。 疲弊していた体が少しだけ軽くなる。 ならば、かつてのクラスリーダーとして号令をしないわけにはいかなかった。 大きく息を吸い、号令をかける。

「皆ぁぁ、念話で言った通りよぉぉぉ。 クライドの馬鹿がリンディちゃんを拉致ろうとしてるから、全力で捕まえなさい!! 死ななきゃ何してもオッケーよ!! こいつ今局で賞金首になってるから、賞金も昇進も捕まえた者勝ちよ!!」

「「「「おおぉぉぉ!!」」」」

 瞬間、目の色を変えた元クラスメイトたちの一団+αが雄たけびを上げながらクライドに向かって怒涛の進軍を開始した。 友情と嫉妬と欲望が入り混じったその戦いは、そうして喧しくも始まった。

 一人ではできないことも、二人ならできることがある。 二人で無理なら三人で。 三人で無理なら大勢でかかれば、それだけ大きなことができるようになっていく。 最も可能性を高める手段とは、それこそ”人の繋がり”などというシンプルなものなのかもしれない。 邪道などとは無縁の、正道にして最強のフレスタの暴力が招かれざる客二人に牙を剥く。

「これが、今のあんたが忘れた力よ。 覚悟……しなさい……クライド」

 暴君に号令をかけられた群れが行く。 突撃していくクラスメイトたちのその声を聞きながら、フレスタの体から力が抜けた。 彼女自身にできることは全てやった。 後はただ、かつての仲間を信じるだけだ。 クライドは彼らを傷つけられない。 非殺傷で気絶させることはできても、それ以上など不可能。 フレスタが知っている男は”そういう男”だ。 ならば、後は皆に任せても大丈夫。 地面に座り込むようにしながら、杖にしていた銃に体を預けた。 喧騒が”懐かしき場所”に響き渡る。 フレスタはそれを子守唄にしながら、繋ぎとめていた意識を手放した。 だから、その後に呟かれたクライドの言葉は完全に耳に入っていなかった。

「んん、さすがにこれは俺だけじゃあ無理だ。 なぁ、お前も手伝ってくれよソードダンサー。 予定より数は増え過ぎたが、まぁ許容範囲内だしスマートに行こう」

「はいはい。 ここら一帯更地にするけど構わないわね?」

「オーケーだ。 証人たちが生きてさえいてくれれば後は不問だ」

――そうして、黒髪の魔導師二人は向かってくる魔導師たちと衝突した。
















憑依奮闘記
第三部 第一章
「不可解考察」
















 次元の海は、暗さと淡い光に満ち溢れた不可思議な色をしている。 それを形容できる色はなく、それを再現する言葉もまたないだろう。 次元航行艦エスティアは、そんな不可思議な海を航海する船である。

 今日も今日とてその船は海を進む。 例え、リンディ・ハラオウンが陸士訓練学校でクライド・エイヤルに誘拐されてから数日が経過していたとしてもだ。 組織の駒一つが消えたぐらいでは、彼の船は止まらない。 まだ、止まってはいない。

 艦長たるクライド・ディーゼルは、その知らせを聞いてからずっと心の中に不自然なものを感じていた。 航行艦エスティアでのパトロール任務をしながら、ここ数日よくため息をするようになったのがその証拠である。

 クルーの人間はその悩ましい姿に首を傾げながらも、あまり深入りするようなことをしない。 基本的には生真面目で、よく考え込むような癖がある。 またぞろ重要な仕事でも押し付けられたではないかと思って見過ごしていたのだ。 とはいえ、今回ばかりはそのクルーの想像は間違っていた。 ディーゼルを悩ませている案件は、意味不明かつ理解の及ばない出来事であるからだ。

「それで……グレアム提督。 進展はないのですね?」

 艦長室で空間モニター越しに尋ねるディーゼルの顔色は暗い。 グレアムは顔色一つ変えずに、事実だけを述べる。 だが、その心の内までポーカーフェイスでいられたかは本人にしか分からない。 

『ああ、リンディ提督の行方は相変わらず掴めていない。 ヴォルク提督が彼を見つけたら「絶対に魔法言語の刑に処す」などと叫んだ後、高血圧で倒れたぐらいで特に進展はない。 ただ、五時間前にもまた彼らによる襲撃が確認されたとの報告が入った』

「今度はどこですか?」

『第221世界の管理局施設だ。 公式には存在しない秘密ブロックが暴かれていて、中に隠れていた連中が”皆殺し”にされていた。 それも徹底していてな、隠れていた連中以外の正規の職員は非殺傷設定でノックダウンさせられているだけだったようだ。 首謀者らしいトップの人間たちを除いて、な』

「口封じ……ですか。 しかし、何のために彼が?」

『本当に解せんよ。 一週間前に”時の庭園”付近での小規模次元震動の調査中にリンディ君のアースラチームが戦いあう”二人”のクライド君を見つけた。 一人はリビングデッドで、もう一人はリンディ君と戦わずに逃げたそうだ。 それを切っ掛けにして彼が再び表に現れたのだとしても、あの子がテロリズムに走るような理由は、とんと見えないのだ。 蒐集されたという職員もいない。 今回は闇の書の関係ではないかもしれんが、やはりまったく情報がない』

「そうですね……というか、あいつがリンディさんを誘拐したというのも僕には信じられませんよ。 それでフレスタさんや陸士訓練校の方々も命に別状は無いとはいえ被害に合っているわけですが、そこまで見境がない男ではなかったはずです」

『私もそう思う。 犯行時刻には屋敷でアリアが”クライド少年”と一緒にいたことを確認している。 念のためクライド君の記憶も一緒に探らせたが、何もでていない。 少なくともこの件に関してはクライド少年は無関係だろう。 それだけが救いだよ』

「そう、ですね。 ですが、意味不明なあいつのことです。 またぞろ妙なことをしてるのでしょう。 前回もアレでしたが、今度はもっと酷いですよ」

『確かにな……』

 深いため息を吐くグレアムの心中は複雑だ。 クライド少年は帰ってきたが、それまでの彼が見つかったというのだ。 ある意味気が気でないない違いない。 拳骨をくれてやれば良いのか、魔法言語で叩きのめして改心させれば良いのか、それともまた後見人にでもなればよいのか犯罪者として扱えば良いのかで本当に困惑していることだろう。

「前回の闇の書事件での話ですが、スウェットや他の追撃隊と戦ったときの彼が非殺傷設定を解除したという記録はありません。 僕はあいつがその一線を越えるとは到底思えないんですよ」

『そうだな……』

「前回と今回の明確な違いはまずそこです。 どちらかといえば、彼と組んでいるというソードダンサーの方が問題でしょう。 ミッドガルズ本店からの返答はなんと?」

『知らぬ存ぜぬの一点張りだよ』

「……相変わらず、ですか」

 ヴァルハラは自治世界連合の中心世界であり、フリーランス魔導師のギルド”ミッドガルズ”はとにかく管理局と仲が悪い。 管理世界内の支部ならば強制捜捜査ができるが、ソードダンサーは本店での依頼しか受け付けないし本店だけに顔を出す魔導師だ。 故に、管理世界の外にあるヴァルハラのミッドガルズ本店を管理局は強制捜査することができないのである。

『仮にヴァルハラにクライド君が四年前に逃げ込んでいたとして、どうしてまたこちら側で活動する必要があるのかということになる。 しかも、態々彼を指名手配した管理世界領域内へやってくるのだ。 それなりの理由が必要なはずなのだが……』

「本当に、訳が分からないですね」

『今回の隠しブロックは襲われた施設全てに存在している。 だが何のための施設なのかがまだ分からない。 データは全て抹消され、それらしい機材も軒並み破壊されてただ不気味な痕跡が残るだけだ。 研究機材の残骸から研究内容を専門家が調査しているが、その分野が多岐に渡りすぎるそうだ。 範囲が広すぎて関連性が察知し難いのだ。 他の案件で制圧された犯罪者の秘密施設などもそうだが、本当に良く分からない』

「管理局施設に存在する秘密の区画。 管理局側の施設のそれと、犯罪組織の施設。 繋がりが在ったと考えると、四年前のJSウィルスのことを思い出しますね」

『君もそう思うかね?』

「はい。 意味不明な羅列であり犯罪者の戯言。 研究内容以外はそんな風決着をつけられて終わった”都市伝説”でしたが、果たして実際はどうなのか。 提督や近場を巡回していた艦が抑えたアジトからも情報が何もでてこなかったですし……怖いですね」

『リンディ君がそれらの行方を追っていたというのであればまだ話は分かるが、彼女が追っていたのはあくまも”闇の書”や”彼の行方”だ。 嗅ぎ回られると厄介だと思って攫ったのか、単純に無理やりにでも奪うつもりだったのかははっきりとは分からないが、それでもやはり腑に落ちない』

「大前提ですが、あいつはリンディさんを物理的に傷つけることなんてできませんよ。 それは僕が保障します」

『ああ。 それは”彼”が”彼”ならば私も心配はしていない。 彼に紳士道を説いたのは他でもないこの私だ。 不埒な行動は頭の中でのシミュレーションと一瞬の視線だけに留めるように教育してある』

「ですよね。 紳士道こそ漢<おとこ>の嗜みです」

 頷きあう上司と部下。 変な薬でもキメて前後不覚にでもなっていない限りは、紳士は絶対にその道を外してはならないという不文律がある。 それ以上が許されるのは相手を口説き落としたときだけだ。 その魂の掟を破るのは唯の変態だけである。 ディーゼルはクライドを変人だと思ってはいたが変態であるとまでは思っていない。 もし仮に外道に堕ちているのであれば、地の果てまで追いかけて確実に引導を渡すぐらいはする覚悟はあった。

「そういえば……」

 途切れかけた会話を繋ぐように、ディーゼルが問う。

「提督は今日は廃棄予定施設への視察でしたね?」

『ああ、随分と建物も古くなっていてね。 私がまだ前線に立っていた頃には活気があったものだが、ロストロギアの暴走であの世界は辺境になってしまった。 経費削減のために取り壊されることになっているところだが……』

「もし、そこに彼らがやってきたらどうします?」

『盛大に歓迎する……と言いたいところだが、相手が彼女であればそれも無理だな。 彼女の弟子は全盛期にヴォルク提督にさえ勝てる程の男だった。 そんな屈強な男を育て上げられる魔導師だ。 ブラックリスト筆頭は伊達ではない。 被害を最小限に抑える方向で動きたいとは思う。 できれば、対話で収めたいというのが本音だよ』

「提督がそこまで警戒する相手……ですか」

『君の気持ちは分かるがやめておきたまえ。 クライド君の相手ならともかく、彼女の相手は君には無理だろう。 対抗するには管理局の現役”エースオブエース級”を投入しなければなるまい』

 エースオブエース。 粋がる犯罪者も思わず黙る、最強の魔導師たちに送られる一騎当千の称号だ。 時空管理局内部でも魔導師戦力の最高峰に位置する彼らでさえなければ、止められないとグレアムは言っているのだ。 ディーゼルは思わず背筋に冷たいものを感じずに入られない。

『”ソードダンサー”はミッドガルズの最強で在り続けた魔導師の称号だ。 分かっていることといえばSSオーバー級の力を持ち、剣を好んで使うということぐらいだ。 管理局にも顔写真は残ってはいるがね、皆ほとんど同じ顔だ。 年齢は不詳。 時に可憐な幼女であり、美女であり、美少女であり老婆でさえあった。 管理局の黎明期においては戦場でその黒髪を見たものは必ず任務が失敗するとまで言われて恐れられていた存在であり、一部では人型のロストロギア<古代遺失物>ではないかとまで噂される程だ。 今までは向こうの仕事とブッキングしたり、こちらから余計な手を出さない限り何もしてこなかったのだがな』

「今はこちらに明らかに敵対行動を取っていますが……」

『”こちら”、という表現は正しくない気がするな。 我々でさえ知らない何かと敵対行動を取っている風に私には見える。 分別がありすぎるのだ』

「殺傷と非殺傷の差……ですか?」

『現場はほとんど斬殺死体ばかりだ。 ただし、普通の管理局員は気絶だけで済んでいる。 極めて理性的で計画的な犯行でさえあるとも見れる』

「そんな言葉で表現するには度を越している気がしますが……なんにしても、良くない問題です」

 このままでは管理局としても面子が立たないだろう。 事件の内容を明確にし、事実関係を明らかにしなければこの不審は管理世界と自治世界連合の関係にまで悪影響を及ぼす可能性も否定できない。 そこまでいくかどうかは上の調整の仕方によるだろうが、ディーゼルとしてはそんな未来は御免である。

『一応、私の方でも近日中にソードダンサーに探りを入れる用意がある。 非公式にだが、うまくいけば彼女と直接会話することもできるだろう。 そのために、準備が出来次第君にヴァルハラへと飛んでもらいたい』

「僕がですか!?」

 グレアムの言葉に、ディーゼルは絶句した。 管理局とミッドガルズの関係は良くないことはこの業界の人間なら誰でも知っていることだ。 管理局の提督でもあるディーゼルを送るのは良くない一手に思えた。 だが、危惧することもある。 後は向こうがその話を聞いてくれるかどうかが問題だ。

『安心したまえ。 いつものように門前払いを受けないための用意をしているところだ』

「しかし、僕には航行艦の任務がありますが……」

『君のエスティアもそろそろオーバーホールが必要な時期だろう? 既に私の方で予約をねじ込んである。 レティ君が急なことで文句を言ってくるかもしれんが、君は彼女と仲が悪いわけでもない。 ”がんばってくれ”』

「ちょ、提督!! 何をがんばればいいのかサッパリですよ!!」

『親友のリンディ君が行方不明になっているせいで気が立っているのだろう。 愚痴を零されるかもしれんが”がんばってくれ”と、そういう意味だ。 他意はないよ』

「本当にそれだけでしょうね!!」

 モニターの向こうにいるのは歴戦の勇士であるグレアムだ。 涼しい顔でディーゼルの言葉を受け流すと、業とらしく内線が来たとか言いながらレトロな通信機の受話器を取った。 ディーゼルには深刻な話をしていたはずなのに何故この上司はいつもどおりに余裕綽々なのかが分からない。 内線と話をしている上司をジト目で見る。 だが、その上司の顔がすぐに険しくなったことに気がついてディーゼルは唐突に嫌な予感がした。

『なに……それで……ああ、分かった。 私も出よう。 一般局員は念のため退避させたまえ。 生半可な戦力では止められんはずだ。 決して無理はさせないようにな。 相手の片方は高ランク魔導師だ。 最悪、施設ごと物理的に消し飛ばされると思いたまえ』

 グレアムはモニターの向こうで受話器を下ろすと、ため息交じりにディーゼルを見る。

『噂をすればなんとやらだ。 黒の二人組みが来たらしい』

「それではっ!?」

『ああ、私も先行したロッテを追って様子を見てくる。 すまない、この続きは終わってからだな』

 簡潔に締めくくられようとする通信。 温厚な紳士という顔の下に隠されていたギラつくグレアムのその眼光は、顧問官として後方職についた人間とは到底思えないほどに鋭い。 古株魔導師としての確かな矜持に満ち溢れており、生半可な魔導師などとは比べ物にならないほどの威圧感だった。 思わず、ディーゼルがゴクリと喉を鳴らすほどである。

「提督……御武運を」

 敬礼しながら、上司の武運をディーゼルは祈る。 今までにない程に、礼のために上げた腕に力が入った。

『ああ、行ってくるよ』 

 その様に苦笑しながら、返礼を返してグレアムは消える。 消えた空間モニターの辺りを眺めながら、ディーゼルは拳を震わせた。 ギル・グレアムという魔導師が再びその手に杖を握る。 その瞬間を見たいという欲求が一瞬ディーゼルを襲っていたのだ。 だが、それも長くは続かない。 それよりも今は尊敬する上司が無事に帰ってくることを願った。 共に来いと言われれば、副長にでも後を任せて行くこともできたが、ソードダンサーとは戦うなと忠告されたすぐ後である。 足手まといになるつもりはない。 高ランク魔導師としての矜持こそあったが、それでも彼は上司の力を信じていた。











「いやぁー、本当に敵さんも大胆だよねぇぇ」

 呟きながら、施設内を走る十六、七歳ほどに見える猫耳少女。 彼女はギル・グレアムの使い魔の一人リーゼロッテである。 海の管理局員のポピュラーな青の制服姿ではなく、黒をベースに肩口から白のラインに局のマークが施された制服を着ている。 スラリとした健康的な脚線はオーバーニーと共に絶対領域を形成しており、お尻の辺りから出ている尻尾はゆらゆらと揺れていた。 そんな彼女はブリッジから先行する形で通信が来るや否やグレアムの艦から転移していた。 主に通信する暇も惜しかった彼女の頭の中には、足止めもしくは敵の捕獲しか存在しない。

 とある管理外世界にある定置観測地点であり、辺境に位置するその場所は危険な現地生物もいないことから強力な魔導師は配置されていない。 近年になって新しく別の場所に作られた最新の施設の観測能力が高く、十分にこの施設の観測範囲をカバーできるため、この定置観測施設にはそれほど管理局は人手を割いていないのだ。 人員もかなり縮小されているはずだったが、緊急退避してくる局員や物資搬入のためにやってきていた民間業者の人間たちもいるようで、すれ違った人数はそれなりにあった。

『リーゼさん、次の角を左です。 その先に地下へとぶち抜かれた穴があるはずです』

「もう見えたよ。 先に向かった武装隊員たちは?」

『この施設中の中にいる全魔導師が向かい、現在戦闘中です。 しかし……もうかなりやられてます。 長くは持ちそうにありません……』

「そう……」

 苦い顔で報告するそのオペレーターの青年。 憤怒の形相にこそなっていないが、自分たちの基地<ホーム>を荒らされることへの怒りを隠しきれていない。 ロッテは送られて来た敵の映像に目を走らせる。 隠しブロックの監視映像は存在しないが、それまでに倒れている武装局員たちが死屍累々の体で倒れた姿を見るのにいい気はしない。 目に見えての重症患者こそいないが、それは隠しブロックの中にまで適応されるかどうかは分からない。 いや、十中八九それはないのだろう。 彼女の鼻が微かに漂ってくる異臭を捕らえていた。

(久しぶりのご対面って所かな。 でもオイタにしてはやりすぎだよぉクライド君)

 二人目のクライド。 彼女の記憶にある限りでは、”知っているクライド”は唯の一度もロッテに有効打を与えたことはない。 ソードダンサーは未知数ではあったが、それでもそれだけは確定していた事実。 後れを取るつもりは毛頭なく、獲物の鼠を狩る猫よろしく美味しく頂くつもりであった。

「オペレーター、今からしばらくあたしへの通信は通じなくなるから、提督のバックアップに専念してくれるかな」

『はっ!!』

 消える通信モニター。 それを合図にリーゼロッテが虚空へと跳躍する。 眼前には大きく穴を開けられた床がある。 地下ブロックへの進入口だ。 飛行魔法を使用すると同時に、彼女の姿が空気に溶けるように消えていく。 迷彩魔法『ミラージュハイド』だ。 奇襲と逃走に優れるその魔法は、勘の良いものでもなければ察知しにくい特性を持つ。 攻撃魔法を使うとすぐに魔法は解けてしまうが、よほどのことがない限りは気づかれにくい。 ロッテが得意とする魔法であり、逃走用にとクライドに教えた十八番であった。

(うわおぉぉ、久しぶりに遭遇したけどこりゃまた随分とエグイ現場だねぇこれは)

 気絶した局員に混じって斬殺された死体が所々に転がっている。 白衣を着ている者が多く、研究者ばかりだ。 周囲の機材は滅多切りにされて破損し、今でも奥の方からは戦闘の音が聞こえてくる。

 ロッテは慎重に虚空を飛び、足音を立てないように忍び行く。 奇襲が成功するのは一度だけ。 そう何度も使うことはできない。 クライドをまず戦闘不能にし、ソードダンサーにも奇襲をかけたい。 欲を出せばそうしたいところではあったが、それは彼女たちが分断されているかいないかによる話だ。

 ロッテの頭の中にはクライドがオフェンス<攻撃側>という構図はない。 クライドは高ランク魔導師ではなく、その戦闘能力は同格の個に対してはそれなりだが、対集団戦闘においてはそれほど評価できるモノはあまりない。 状況を操作し、一対一を繰り返して多対一を成立させないように戦闘していけばそれなりに標準的な局員たちとも戦えるだろうが、それは逃げ隠れする場所が多くある場合だ。 この場所のような室内戦で、しかも限定的過ぎる場でそれをやり続けることはかなり難しい。

 ミラージュハイドで奇襲と離脱を繰り返すやり方もできなくはないが、武装局員もそう何度も同じ手は食わないだろう。 奇襲は奇襲だからこそ成立する。 種が割れれば警戒され、警戒されれば対処法がそれなりに出てくる。 工夫には限りがあり、種が割れた奇術は奇術ではなくなる。 ならば、自然とクライドはバックス<後方側>としての役割を担うはずである。

 強力なオフェンスであるソードダンサーが先行して露払い。 その後にバックスであるクライドが撹乱や援護をするのがオーソドックスにして鉄版なやり方だろう。 前衛が強力過ぎるためクライドが前に出る必要はない。 ならば、忍び寄ってまず戦闘力を奪えるのは後ろにいるクライドになりやすいはずだった。

(速い、もう砲撃音が消えた)

 武装局員たちの安否も気にかかるが、今は必要以上に冷静さを保たなければならない場面だ。 ロッテは息を殺しながら音もなく忍び寄る暗殺者のように進攻する。 奇妙なポッドのようなものが割られ中身の液体が垂れ流された部屋もあれば、死体が折り重なった凄惨な部屋もある。 局員は相変わらずほぼ無傷の者が多い。 徹底された非殺傷。 そして殺傷された死体との違いが気にはなるが、それでもロッテは足を止めない。 いや、次の部屋へと足を運ぼうとしたところで、彼女は死臭に混じった懐かしい匂いに足を止めた。

 慎重にその部屋を覗きこむ。 すると、黒いバリアジャケットの青年がコンピュータを相手に一人で格闘していた。 忙しなくコンソールを叩く指先の音だけが静かに響く。 その奥にも通路はあるが、そこからは微かに何かを破壊するような音が響いてくる。 千載一隅のチャンスだった。 ソードダンサーが先行し、クライドが一人作業をしている。 合流されるまでのその刹那の瞬間を、リーゼロッテは逃がさない。 空中を滑るように飛翔し、最短距離でクライドへと肉薄する。

「よし、これで終わ――!?」

 その瞬間、クライドが何もない背後へと振り返り身構える。 抜き放ったその右手には柄型のデバイスから青き刃が展開されていた。 煌く青が、前方の空間を淡く照らす。 だが、そこには何もない。 数秒ほどその空間を睨み、しかし杞憂だと思ったのか構えを解く。 だが、その瞬間彼の胸部からいきなり腕が生えてきた。 黒のバリアジャケットを貫いたその掌の先には、淡く輝くビー球サイズの光の塊がある。 魔導師が魔法を使うための必要な魔力中枢<リンカーコア>だ。 

「ぐ……こ、れは……」

「惜しかったねクライド君。 いい”勘”してたんだけど……まだまだだねぇ」

 いきなりリンカーコアを対外に引きずり出された激痛に悶えるクライドだったが、それでも背後から声をかけてきたロッテを振り返る。 そこにはコンソールの上に空中で逆さ吊りにされたような格好で静止しているロッテがいた。

「久しぶりの再会がこんなになったのはちょっと残念だけどね。 それより、君には色々と聞きたいことがあるんだよね――」

 フランクに笑うその猫の眼には、優しさと冷たさが同居していた。 それを見る黒瞳の主には苦渋のような顔があったが、しかしすぐにそれも消えていく。 ”消えてしまって行く”。 青い魔力の霧となったその青年。 取り落としたブレイドのデバイスが、音を立てて床に落ちた。 リーゼロッテはその音を合図に凍りついた表情を浮かべて呻いた。

「クライド君の……リビングデッド<屍人>!?」

 虚空から地面に降り立ち、先ほどまでクライドが弄っていたコンソールに手を伸ばす。 だが、空間モニターにはデータのデリート作業が終わったことを示すダイアログが残されているだけだ。 舌打ちしながらデータを探るが、全てのデータは消されていた。 後数秒早ければ止められていたかもしれないと思うと悔しい。 ロッテは反射的にコンソールへ八つ当たりしそうになった自分を諌めながら、動揺を落ち着かせるべく呼吸を整える。

(データを回収していたというわけじゃなくて、徹底した証拠隠滅が目的? 相手はリビングデッドのクライド君だ。 なら、所属は古代の叡智? でも、なら”ソードダンサー”がいることの意味は?)

 頭の中で目まぐるしく情報を整理していく彼女の中で、いくつもの疑問が浮かんでは消えていった。 古代の叡智とミッドガルズの関係性を疑うことから始まり、ソードダンサーもまたリビングデッドの可能性があることが容易に推測できてしまうのだ。 寧ろ、その方が信憑性が出てしまった。 年齢不詳のソードダンサー。 そのことに明確な理由が出来てしまうのだ。 相手がコピー魔導師であるというのなら、その時期のコピーが数種類あるのだと仮定すれば年齢が滅茶苦茶なことにも納得できる。

「でも、これだけだとソードダンサーがそうだという明確な証拠にはならない……」

 ソードダンサーが”本物”かどうかは、魔法攻撃を当てるまでは分からない。 しかも、相手がリビングデッドならば口を割らすことはほぼできないと悟り、ロッテは唇を噛む。

(どっちにしたって、やってみるしかないか)

 ミラージュハイドを再度纏う。 消えながら虚空へ飛翔し、そのまま更に奥へと向かおうとする。 だが、そのロッテの後方でいきなり先ほどまで軽く弄ったコンソールが爆砕した。

(――っ!?)

 振り返ると、そこにはいつの間にかコンソールを長剣で叩き割った状態で立つ十代前後の少女がいた。

「あーあぁ。 もうバレちゃったのね」

 呟かれた声は、独り言のようには聞こえない。 ロッテは消えたまま体勢を整えるが、長い黒髪を振り仰ぎながら”視線を合わせてきた”紅眼に寒気を感じた。 勘が良い者は確かにいることが分かるだろうし、その場所に辺りをつけることはできる。 だが、隠れたはずのロッテにこうも簡単に視線を合わせることは難しい。 よほど索敵能力が高いデバイスを持っているのか、単純に魔導師としての感覚がずば抜けて高いのか、咄嗟にロッテにはその判断ができなかった。

「ねぇ、貴女はどう思う? ”猫の人”」

 ロッテはその言葉に答えない。 冷や汗が流れた背中を意識しながら、言い知れぬ嫌な予感に耳を傾けるだけだ。 警鐘は動悸となって心臓を圧迫し、息苦しさを助長する。 眼前で振り返った見た目同年代風の少女の、長剣を振り下ろしたその一見無防備な姿を見てもなお先手を取れるなどとは思えなかった。

(まずったかなぁ。 今まで色んな人を見てきたけど、この娘は本当に桁違いだ)

 思わず動物だった頃の野生の勘が、ロッテに二の足を踏ませた。 魔力量だけのプレッシャーならばまだ我慢できたが、冷たいその瞳に宿る値踏みしてくるかのような”楽しげな”余裕と、その奥に隠された異質な感覚が優秀な使い魔の彼女をして戦うことを躊躇させていた。

 間合いに踏み込めばまず間違いなく迎撃される。 確信にも似たその予感を脳裏に思い描きながら、躊躇せずに前に出ることなどできやしない。 その躊躇は紛れもなくロッテが高レベルの魔導師であるからこそ嗅ぎ分けられた、経験に根ざす回答だ。 無視することはできない。

「本当はこんな面倒くさいことをしなくてもね、私が全力でやれればもっと早く終わるのよ。 でも、正規の局員は傷つけるなって言われるとこうもストレスの溜まるやり方しかできないの。 でも、貴女はラッキーだわ……」

 傍から見れば独り言のようなその言葉は、しかし間違いなく会話である。 一方的なそれであったとしても、相手がいるのだから成立した。 ロッテは言葉の先にある事柄を悟ると、自然と緊張のあまり唇を舐める。 身構えたその体は、いつでも動けるようにスタンバイ。 瞬きさえせずに、その瞬間に備える。

「だって貴女、余計なことを知ってしまったんですもの――」

 振り下ろされていた長剣が、片手で振り上げられたその瞬間。 リーゼロッテは高速移動魔法<ハイスピード>を展開。 解けたミラージュハイドのせいで、空中に現れたロッテの姿が残像を残しながら移動する。 その後ろで、振り下ろされた銀の長剣が”その場”からロッテがいたはずの床を叩き割る。 ロッテはそれを遅れて耳で聞きながら、一心不乱に前に出た。

(二の太刀を貰う前に、終わらせる!!)

 振り下ろされた長剣を振り上げる前のその刹那に割り込む形で、ロッテは振り上げた右腕に必殺の魔法を纏わせた。

 リーゼロッテは魔法担当のアリアと違ってフィジカル担当だ。 その無手の体裁きは柔軟にして俊敏。 更にそこに天性の野生の勘を交えた近接格闘術を彼女は持つ。

 剣の間合いよりも遥かに近いその場所に伸びる残像の影。 本来ならば後方に回りたいところだが、その背後にあるコンソールが邪魔である。 クライドのリビングデッドに食らわせたような奇襲は、姿が見られている相手にはやり難い。 ならば、最短距離を最速で行くことをロッテは選ぶ。

 地に足を着けた感触。 それと同時に腰を捻り蓄えた反動を床に叩きつけるようにして開放。 ソードダンサーの胸部へと右手を突き出す。 ソードダンサーはそれを避けない。 いや、避けられないのだろう。 強すぎるが故に格下だと侮ったツケだと、ロッテは一瞬考えた。

「――!?」

 しかし、繰り出した右手には何の感触もなく伸びきった。 幾多の魔導師を沈めてきた一撃必殺のその魔法。 敵のバリアジャケットを素通りし、リンカーコアを強引に対外に射出させて無力化するロッテのそれが、今は攻撃の反動さえ感じさせない。

「無駄よ。 多分、言っても分からないでしょうけど貴女からの攻撃は”届かない”」

 声が前からした。 その流麗な、ともすれば優しいとさえ感じられる敵の声にロッテはハッと我に帰る。 バックステップを踏み、後方へと跳躍。 そして再び敵を見据える。 ソードダンサーは再び剣を振り下ろした状態で止まっていた。 ロッテは頭が可笑しくなったかのような錯覚を感じた。 敵にはまったくと言って良いほどロッテの攻撃に無頓着だった。 当たらないわけがなかった。 しかし、現実には攻撃は当たっていない。

(間合いを図り損ねた……アタシが?)

 自問自答するが、それもまたありえない。 近接格闘を専門にフィジカルな戦術を体得した彼女が、間合いを見誤るわけがないのだ。 だが、どれだけ悩んでも分からないものは分からない。 不気味な現実を前にして、ロッテはすぐに頭の中を切り替える。 魔法であれレアスキルであれ、それら全てを知っているなどとロッテは思わない。 未知との遭遇など、それこそこれまでの仕事中にいくらでもあったのだ。

「一つ聞きたいんだけどさ、貴女だぁれ?」

「ソードダンサー、という言葉以外が欲しいようね」

「ほんとに本物って証明して欲しいんだよね。 ほら、でないとアタシら管理局は貴女を追えないじゃん」

「必要ないわ。 貴女は今日ここで殉職するのよ。 良かったじゃない、労せずに二階級特進できるわ」

「それは却下で。 あ、それと届かないってどういう意味かなぁ?」

「私のレアスキル『無限踏破』は距離を操る希少技能。 例えアルカンシェルの直撃コースに居ようとも、私には決して届かない。 つまりは、そういう意味よ」

 一瞬、ロッテの眉がピクリと動く。 冥土の土産にしては大盤振る舞い過ぎた。 敵に種明かしなど正気の沙汰ではない。 それができるのはよほどの馬鹿か自己顕示欲の高い愚者と、己の力に圧倒的な自信を持つプライドユーザーだけだ。

「なにその反則スキル。 ”スキル”が強すぎて魔法なんてもう必要ないじゃん」

「魔法だけでも無双のつもりだけど? その気になればこの施設ごと一撃で吹き飛ばせるもの。 試してみる?」

「あー、それも困るかなぁ。 まだ人残ってるし」

「そう、残念だわ。 一度全力で吹き飛ばしてみたかったのよね」

 無頓着を通り越してその言葉には純然たる驕りがあった。 ロッテの眼が細まり、その挑発に応じるが如く、両足が床の上でリズム良くステップを刻む。 白のオーバーニーから伸びたその足は、実に軽やかだ。 その上にある上半身はステップに合わせて構えを取る。

 特定の武術の流派ではなく、純粋野性的な本能に裏打ちされたロッテ独特の動きだ。 タタン、タタンと靴音が鳴る。 タップダンスにも程遠いリズムの音が、タイミングを計るようにして響く。 と、その音が一瞬無音になった次の瞬間、猫の使い魔は前に出た。

 音のリズムが無音になり、その体が空気のように消えていく。 ミラージュハイドによる迷彩だ。 見られていたという確信はあったが、それでもロッテはそれを選ぶ。 少しでも正常な状態で相対したくないという危機感が、彼女に臆病なほどの慎重さを選ばせたのだ。

 互いの距離が刹那の間に縮まっていく。 ソードダンサーは動かない。 ロッテの動きを目では決して見えない癖に、それでも待ち構えるようにして笑っていた。 攻撃が届かないことを確信している表情だ。 だが、ロッテはそれを気にもしない。 眼前に踊りかかる瞬間に急激に右に回る。 猫独特の俊敏性が、その移動を可能にした。 そのまま、動かない敵に向かって手を突き出す。 リンカーコアをぶち抜く一撃必殺の奥義だ。 単純な物理的攻撃力こそほとんどない、対魔導師用の魔法で言えば破格の能力を誇っている。 他の魔法で攻撃する必要などない。

「っ――」

「無駄よ」

 攻撃はやはり届かない。 攻撃を繰り出したせいで、ロッテの姿が現れている。 その体が技後硬直で止まっているその刹那に合わせて、ようやくソードダンサーの体が動いていた。 無造作に振り上げられた長剣が、抜き打ちの斬撃となって振るわれる。 その瞬間、隙を晒したはずのロッテの姿がソードダンサーの裸眼から消え失せた。 高速移動魔法で移動したのではない。 その場から動かず、”猫の姿に変身”することでその攻撃を避けて見せたのだ。

「――あら?」

 今度はソードダンサーが隙を晒す。 猫<ロッテ>の頭上を通り過ぎた刃を戻すよりも先に、再び人間形態に変身したロッテが斬撃の後の体を強襲する。
 二人の間の距離は既に、ソードダンサーの攻撃のために繋がっていた。 その証拠に、ロッテの鼻が目の前の少女の匂いを感じ取っている。 攻撃は、この瞬間ならば確実に届く。 ならば、近接格闘能力に長けた彼女がこの最高の間合いで仕損じるなどありえない。

「シャッ!!」

 鋭い呼気と同時に放たれる一撃必殺の奥義が、超近距離から猫の爪となって牙を剥いた。 衝撃さえない。 防御フィールドを無視する究極の対フィールド魔法の一撃は、驚くほどあっけなくソードダンサーの胸へと吸い込まれ、防御を無視して背中からリンカーコアを体の外へと叩き出す。 

「にゃはは。 最近の猫を舐めたら痛い目みるよぉ。 これでもマメに爪は磨いてる方だからね」

「……そのようね」

 使い魔は主から人工魂魄を移植されて生まれた魔法生物だ。 元となった動物への形態変化など簡単に誰でも行える。 使い魔の常識だ。 猫耳と尻尾を生やした人間形態よりも、寧ろ楽に変身できる程である。 攻撃面積を極端に減らせる元小動物ならではの緊急回避手段であった。

「油断大敵……か。 いい経験が出来たわ。 ありがとう”猫の人”。 褒美に生かしておいて上げるわ。 どうせ片方だけ隠匿しても意味が無いだろうしね」

「んん? 貴女ももしかして……」

 負け惜しみにも似た言葉を吐く相手を、訝しげな表情で見る。 魔力の霧となって消えていくのはある意味予想通りであったが、しかしそれでもロッテは不審そうに眉ねを寄せた。 だが、特にそれ以上を気にすることもなく、大きく息を吐き出した。 頬を伝う汗が、唇まで伝っていく。 ペロリと舌で舐めると、そのしょっぱさがようやく現実感を彼女に思い出させた。 背中にべっとりと張り付いたシャツの感触も不快だ。 だが、それよりも運よく退けられたことへの安堵の方が勝っていた。  

「ぷはぁぁ。 次に本気で狙われたら勝てないかもねこりゃ」

 伊達に教導隊に顔を出しているわけでもない。 辛うじて戦術で読み勝ったが、ああいう小細工に二度目はない。 彼我の戦力差を埋めたのはただの人間には行使しにくい奇策と強すぎた相手の慢心だ。 次にまたそれを許すほど相手は甘くないということをロッテは悟っていた。 だが、収穫があったこともまた確か。 襲撃者がリビングデッドだったということ。 そして、ソードダンサーの強さの秘密。 知識は武器になる。 それほど大きい情報ではないかもしれなかったが、それでもロッテは何も無いよりはマシだと思う。

「リーゼロッテ、無事か」

「あ、父様」

 数分後、一息ついていたロッテは杖を持って駆け寄ってくるグレアムを見て、心底ホッとした。 そのグレアムの後ろには、応援に駆けつけた武装局員が数名いる。 皆油断無く周囲を見回しながら、警戒を強めていた。

「襲撃者たちはどうした?」

「交戦したけど二人ともリビングデッドだったから捕まえられなかったよ。 ごめん父様。 逃げられちゃった」

「二人ともだったのか。 ……待て、だとしたらロッテが追い払ったのか? あのソードダンサーも?」

「うん。 なんかものすごく慢心してたからお灸据えちゃった。 褒めて褒めてー」

「うーむ……」

 使い魔が主に嘘を言う理由もない。 長年付き従えている相手の言うことだけに、グレアムはその言葉の意味を理解すると思わず唸らずにはいられない。

「あ、でも次は多分厳しいよ。 コレまぐれだからさ」

「そうか……いや、だとしても本当によくやった」

 誇らしげに笑うと、グレアムはロッテの頭を撫でる。 ロッテは笑いながら主の労いの言葉を受け取ると成されるがままになる。 と、その時にグレアムは気がついた。 ロッテの髪の毛が異常な程汗ばんでいるということに。 

(この娘がコレほどまでに汗をかいている……やはり、一筋縄ではいかない相手か)

 双子のリーゼアリアがクライド少年のために本局からミッド地上に降りたせいで、アリアへの魔力供給は少なくなっている。 そのせいで、逆に負担がかかるロッテへの魔力供給量は格段に増えていた。 使い魔の力は主からの魔力量に多大な影響を受ける。 ある意味ではパワーアップしているロッテにここまで緊張感を与える相手。 ソードダンサーへの警戒度をグレアムは更に引き上げた。

「よし、武装局員は二手に分かれてこの隠しブロックの捜索と負傷者の救護に当たれ。 敵は去ったと思うが、確認されるまでは決して気を抜かないようにな」

「「「「――了解!!」」」」

「父様、アタシも現場検証を手伝うよ」

「いや、お前は一刻も早くここで見たことを報告書にまとめてくれ。 命のやりとりをやった後だろう。 大分精神的にも疲弊しているはずだ。 ついでに暖かなシャワーでも浴びておきなさい。 ご苦労だった」

「はーい」

 去っていくロッテの背中を見送りながら、グレアムもまた自分の仕事に戻っていく。 顧問官としてやることもあるし、調べたいこともある。 と、顎鬚を撫でながら考えていると、ふとある物体を発見した。 粉砕されたようなコンソールの瓦礫の中に、場違いな筒のようなものを見かけたのだ。

「あれは……クライド君のデバイスか」

 刀の柄型ストレージデバイス『ブレイド』。 クライド少年に受け継がれているはずのデバイスだ。

「新しくまったく同じものを作ったのか……」

 それを作れるデバイスマイスターはそれこそいくらでもいるだろう。 だが、それを使う人間はクライドを置いて他にはいない。 そもそもにおいてハンドメイドであり、ベルカ式カートリッジデバイスを搭載したある意味では珍しいデバイスなのだ。 作成者であるクライドを除けば、彼の研究室に残された設計図を閲覧しなければ寸分違わずに作ることはできないだろう。 偽者<リビングデッド>にそれができるのか、偽者だからこそ出来たのか。 疑問が更に疑惑を呼んだ。

 制服のポケットからハンカチを取り出し、ブレイドを掴み上げようとするグレアム。 だが、そのグレアムの目の前で忽然とそのデバイスが消えた。 狐に化かされたような気分を感じたグレアムは、疲れているのかと思って瞳を閉じて目頭を揉んだ。 しかし、やはりブレイドの姿だけが忽然と消えていた。

「幻覚……だったのか? いかんな、そろそろ年なのかもしれん」

 退職をそろそろ視野にいれるべきか? そう頭の中で考えながら、グレアムはその場所を後にした。














 ヴァルハラとミッドチルダは表向きには交易もあれば交流もある。 裏では仲が悪いとしても、戦争中というわけでもないし断絶しているわけでもない。 だとしたら当然、次元航行艦の航路もあれば、次元転移用のトランスポーターにも設定が成されていた。

 黒のスーツでシックに決めたディーゼルは、グレアムの指示を受けてミッドチルダの次元転移ターミナルへとやってきていた。 本局から直接飛ぶことも不可能ではないが、管理局員だと公言する手段は避けたかった。 民間の施設を使うのはそんな理由からである。 トランスポーターは次元航行艦よりは圧倒的に早く次元間を移動できるが、その分金も掛かる。 だが、そこはそれ。 管理局の経費として落ちるので、懐が痛むということもない。 窓口でヴァルハラ行きの切符を買うと、領収書を受け取ってから転移装置のある奥へと向かって歩いた。

 平日のターミナルには家族連れの旅行者や、ビジネスマンが並び、何台も設置されたトランスポーターの前に列を作って待機している。 次元交流が始まれば、当然のようにトランスポーターは増えていく。 ミッドチルダは管理世界内では魔法文明に関してはかつて古代ベルカと二分するとまで言われた勢力でもあり、管理局発祥の地だ。 経済的にも比較的賑わっていることから、次元間での行き来もそれなりにある。 特に首都クラナガンには管理局の地上本部もあることと北部に存在する聖王教会の治めるベルカ自治区の存在がそのことに拍車をかけていた。 陸の管理局のお膝元であり、更には周辺の次元世界において信徒がかなりの数存在する聖王教会への観光や巡礼なども多いために、賑わいが途切れないのだ。 大きな事件が発生すればしばらくは大人しくなることもあるが、それもまたすぐに元に戻る。

「相変わらず、ここは活気があるな」

 転移装置の列に並んだディーゼルは、久しぶりのこの喧騒に笑みを浮かべた。 現役の管理局員としては、この平和な光景が嬉しくないわけがない。 次元航行艦の艦長として、次元空間のパトロールや犯罪者対策に駆け回ったりすることの意義が、そこには成果として現れているのだ。 航行艦の中では決して味わえないその雰囲気が、ディーゼルの仕事へのモチベーションを上げる。 順番待ちは辟易するが、それでもこの次の仕事もがんばろうという意欲が沸いてきた。

 十分ほど後、ディーゼルがトランスポーターへと入っていく。 家族連れのことも考慮して複数人が一気に飛べる設定になっているトランスポーターに一人で入ると、何やら贅沢な気分になった。 元々小市民であるディーゼルは、その様に苦笑しながら電子音の案内に従って切符を機械に通していく。 窓口で登録された場所に向かって、切符から行き先を判断したトランスポーターが起動する。 瞬間、飛び込みのタダ乗りを防ぐために密閉された内部で、ディーゼルの体が魔力分解されて消えていく。 消失する重力感。 まるで空を飛ぶときのような浮遊感と共に、一瞬でディーゼルの体は遥か遠い次元へと転移する。 その時のことを、人間は知覚できない。 気がついた時にはもう既に、目的地へと辿り着いているといった具合だ。 重力感が戻ってくる。 そう感じた頃が、転移終了の合図になる。

「ご利用ありがとうございました。 またのご利用をお待ちしております」

 喧騒に混じって、閉じられたトランスポーター内部から電子音が耳に届く。 同時に、空間モニターが聴覚不自由者のために転移場所の文字で、転移終了の合図を出た。 開かれるトランスポーターの扉。 途端に喧騒の音が更に強くなる。 ディーゼルは荷物の入ったトランクを持って外に出ると、そこにはやはりミッドチルダの転移ターミナルと同じように、人々が列を成している光景が目に入ってきた。

「ここがヴァルハラ……か」

 第二十三管理外世界『ヴァルハラ』。 経済的には自治世界連合の中でもトップクラスの発展世界。 その喧騒の音は、ミッドのそれと比べてもたいしたものだった。 なんとなくネクタイを締めなおして気合を入れると、人ごみに混じりながらディーゼルは案内板へと向かって歩く。 ヴァルハラにやってきたのは初めてなのだ。 確認する必要は確かにあった。 やがて位置の確認を終えると、今度はタクシー乗り場へと向かう。 ミッドと同じく環境へと意識された車を一台捕まえると、一先ず滞在予定のホテルへと向かった。 最長でも一週間は粘ってソードダンサーとコンタクトを取る。 それがディーゼルに課せられた任務だった。

 航行艦の艦長の仕事とは無縁だったが、ある意味では極秘の任務でもある。 グレアムに信頼されているディーゼルとしても、その期待には応えたい。 ホテルへとチェックインすると、軽く食事を済ませてから出発。 そこから再びタクシーに乗り、十数分揺られて目当ての場所へと辿り着いた。

 ヴァルハラが誇る吸血鬼の職場。 ミッドガルズ本店だ。 管理局の地上本部よりは小さいが、それでも超高層住宅にも匹敵する程の高さを持つそれを見たディーゼルは、思わず真下からビルを見上げた。 元々はフリーランス魔導師のための企業から始まって、現在では様々な分野にその魔手を伸ばしている巨大企業だ。 長者番付不動の第一位が建築させたそのビルは、既に数回ほど立て替え直しているという。

 入り口は強化ガラス張りで、一階には魔導師たちが仕事の斡旋を受けているのが目に入る。 出入りも激しく、古風な回転式扉が回転を止めることなく魔導師やサラリーマンたちを飲み込み吐き出してくる。 ディーゼルは入る前に軽く携帯用の手鏡を取り出して身だしなみを整えると、中へと入っていった。








「受付が多いけど……ここでも順番待ちか」

 中に入ったディーゼルは、単純なサラリーマンたちの商談用の受付と、魔導師の仕事斡旋用の受付に真っ二つに分かれていることに気がついた。 更に個室のボックスがその奥にはそれぞれ並んでおり、割り振られた場所で斡旋や商談を受けることが予想された。 だが、ふとディーゼルは気づく。 入り口から丁度真正面にポツンとある受付だけは、人が並んでいないのだ。 早いに越したことはない。 しばし悩んだディーゼルは、その”黒銀の受付嬢”がいる場所へと足を向けた。

(……なんだ、あの異様な動きは)

 近づいてみると、その受付嬢の残像が見えた。 それは、高速移動魔法で移動しているのではないかと思うほどの速度で働く一人の女性が生み出した極々平凡な仕事風景であった。 ディーゼルの顔が思わず引きつる。 彼女こそ、この職場の主にしてヴァルハラの有名人。 ミッドガルズ社長のルナ・ストラウスその人だったのだ。

(ここは本当に受付……なのか? というか、社長が受付……う、噂は本当だったのか)
 
 受付のプレートこそ置かれていたが、誰がこのオーバーワーク過ぎる女性に声をかける勇気を持っているというのか。 コンソールを叩く指先が見えない。 サインをするペンの動きが見えない。 判子に手を伸ばしたと思ったら既に書類には判子が押されている。 まったくのミステリーだ。 ワーカーホリックなどと揶揄されるわけである。

 ヴァルハラの噂の中でも彼女は特に胡散臭い存在だとミッドチルダでは一部言われているが、果たしてこれを裸眼で確認すれば、冗談にも聞こえてきた数々の逸話を意識せずにはいられない。 ディーゼルは思わず声をかける気力さえ無くした。 同時に、誰もこの受付に並んでいない意味を心の底から理解した。 これは、声をかけて良い雰囲気には到底見えない。

 呆然としながら思考停止をしていたディーゼルが再起動して離れようと思ったその直前、ふとその受付嬢が仕事を中断し顔を上げて微笑みを浮かべた。

「お待たせして大変申し訳ありません。 ようこそ、ミッドガルズへ」

 決まり文句の出迎えだ。 本当にここは受付としても機能するという驚くべき事実が発覚した。

「あ、その……」

 場所を変えて大人しく並ぼうと思っていたところへの不意打ちだったせいで、ディーゼルもさすがに言葉に詰まる。 だが、受付嬢はそんなディーゼルへと暖かな笑顔で迎えた。

「今日はどのような御用でしょうか。 見たところ魔導師の方のようですが、仕事の斡旋をご希望ですか? それならば当社はお客様の実力に見合った”高ランク魔導師レベル”のお仕事を仲介させていただきます。 お客様は初めてのようですので、まずはお客様のフリーランス登録からになりますが、よろしいですか?」

 一目で高ランク魔導師だと見抜かれた。 魔力を感知できる者なら不可能ではないが、それでもディーゼルは現在一般人を装うため”出力リミッター”で極限まで魔力を抑えて来ていたのだ。 高ランク魔導師であることを察知することなど、普通はできないはずだった。

 そのことに驚きながら、しかし”開き直って”ソードダンサーへの仲介依頼をしてみることを選択する。 どちらにしても、彼女の意見がこの会社では最上位になるはずだった。 大物を狙うには、またとない相手でもある。 気を引き締めながら強敵と相対する覚悟で彼は臨んだ。

「いえ、実はソードダンサーへ個人的に繋いで頂きたいのですが……」

「真に申し訳ありませんが、フリーランス魔導師個人への直接的な依頼は当社では行っておりませんのでお引取りください」

 魔導師の秘匿性の観点を重視し、ミッドガルズは依頼者へ個人的な繋ぎはしないことになっている。 そのことはディーゼルも知っていた。 だからこそ、グレアムは”切り札”をディーゼルに持たせていたのだ。 

「どうしても確認したいことがあるんです。 どうにかなりませんか? 一応、”ソードダンサーのお弟子さん”に書いてもらった紹介状を用意してきたのですが」

 スーツの内ポケットから慌ててその紹介状を取り出すディーゼル。 それにはミッドチルダ語でもヴァルハラ語でもない文字で『密書』と書かれた白い紙に包まれており、中々に達筆な文字が楷書で書かれていた。

 なんでもその文字は『墨』と『筆』とかいう特殊な道具によって書かれたらしいということをグレアムから聞いていた。 中身の文章は知らないが、ディーゼルはそれがソードダンサーとその弟子にだけ通じる一種の符丁のような意味があるのではないかと睨んでいた。

(文字は恐らくは翻訳魔法で理解できるだろうが、暗号がふんだんに使われていて関係者以外には意味不明な羅列に見えるに違いない。 ソードダンサーの個人情報はほとんど管理局でも掴めていないんだ。 きっと凄い暗号化された文章が並んでいるんだろうな)

「あらあら……これは……」

 小首を傾げながら、受付嬢はそれを受け取ると外側の紙を丁寧に取って中の紹介状に目を通す。 文字を追うその目は、しかし困ったように眉ねを寄せた。

「その、言いにくいんだけど……」

「な、なんでしょうか?」

「これが”本物”だってどうやって証明してくれるのかしら?」

「――え?」

「私にはこれが本物かどうかなんて”普通は”分からないと思うんだけど……」

「えと、ソードダンサーにお弟子さんがいるのはその……ご存知ですか?」

「うーん、いるってことは聞いたことがあるんだけど……興味が無かったから詳しく聞いたことが無かったの。 だから私はその人を知らないのよ」

「その、だったらそれを届けてもらえませんか? ソードダンサー本人でしたら確認とかできると思うんですけど」

「うーん、でも会社の規則で仲介しちゃ駄目ってことになってるのよね」

「そ、そこをなんとか。 ”社長さん”なら、どうにかできるのではないですか!?」

 せっかくの切り札も、本人に渡せなければ意味が無い。 ディーゼルは必死になって頼み込む。 しかしストラウスとしても例外を許すつもりはないようだ。 困った顔をしながら、それでも言う。

「個人資産で金銭的な無理するのは全然問題はないんだけど、会社の規則は信用問題に関わることだからちょっと難しいのよ。 それに、貴方は管理局員でしょう”ディーゼル提督”。 自治世界連合に加盟した世界は管理局とは表側はともかく水面下では仲が悪いってことを知っているでしょう? 立場上私は貴方の味方はできないの……アルバイトの仲介はできますけどね」

「そ、そう……ですか」

 粘りたいという想いがあるディーゼルだったが、現実は無常だ。 何やら彼を見ながらガタイの良い黒服の男たちがチラチラと視線を送ってきているのが見えて、その行動さえとれそうにない。 所謂、シークレットサービスとかボディーガードとか言われる類の人間なのだろう。 普通に高ランク魔導師級の魔力を垂れ流しながら、ディーゼルに対して鋭くガンを飛ばしている。

――とっとと帰れ。

 そんな幻聴さえ聞こえて来そうな雰囲気である。 他にも何やら右手のフリーランス魔導師ブースの方からも視線のようなものをディーゼルは感じた。 横目で見てみると、何やら全員が楽しげにこちらの様子を伺っているのが見える。

(こ、これは不味い。 ある意味犯罪者の秘密基地に単身で乗り込んだような状況だ)

 気圧されるというよりは、生理的に受け付けない空気にディーゼルは呻きたくなった。 それに、何やらヒソヒソと話されているのが途方も無く気になる。 実際はストラウスの受付に向かった初心者を見て、自分の若かりし頃を懐かしむ輩の方が多かったが、さすがにディーゼルはそれに気づかない。 ただ、引くか粘るかについて考えていた。 すると、ストラウスの方が折れた。

「うーん、じゃあ後三分待ってくれるかしら?」

「連絡してくれるんですか!?」

 何故三分なのかは分からないが、それでもディーゼルは藁にも縋る思いで頷いた。

「いいえ。 でも、偶々出会っちゃったら仕方ないものね」

 意味不明な言い回しだが、手ぶらで帰るよりはマシである。 受付のカウンター席から出てきたストラウスが差し出した予備の椅子に座ると、ディーゼルは再び仕事を始めた彼女の様子を伺う。 鼻歌でも聞こえてきそうなほど楽しそうに、ストラウスは仕事をしていた。 その頃には、黒服からのガン飛ばしもなくなっていた。

 そのまま三分耐え切った頃、ふとディーゼルの隣に小さな人影がやってきた。 黒髪に隠れて見えないその横顔。 なんとなくそれが女の子だとディーゼルは思いながら、腕時計に視線を落とす。 そのまま少女はディーゼルなど気にも留めずにストラウスと仲良さげに話をし始める。

「ストラウス、一応総理の送迎は終わったわよ」

「ご苦労様カグヤちゃん。 ごめんね、急な仕事で。 あ、そうそうこれ見てくれる?」

「密書? 珍しいわね。 これ、日本語で書かれてるじゃない。 今時こんなローカルでマニアックな形態の文を送ってくる知り合いが貴方にいたの?」

「違うわよ。 それ、貴方宛らしいのよ」

「私に?」

「お弟子さんからの紹介状だって」

「アークから? 珍しいこともあるものね」

「本物か分からないから、確認して頂戴。 持ってきたのはそこに座ってる彼。 管理局員みたいだから”気をつけて”」

「ふぅん。 確かに、見覚えのある顔だわ。 でも、多分彼は無害でしょ」

「――はい?」

 いきなりの話の展開についていけなかったディーゼルは、驚きながら隣に立つ少女に目をやる。 振り返ったその少女の顔を見たディーゼル。 その途端に椅子から飛び上がるようにして立ち上がった。 勢いがありすぎて、椅子が後ろに倒れた音が周囲に響く。 他の客も何事かと視線を向ける。 身長差のせいで丁度見上げる形になった黒髪の少女は、その様に呆れながら一言言った。

「管理局の提督って、以外とそそっかしいのね」

 ディーゼルは居心地が悪そうにしながら椅子を直した。 勿論、また黒服の男たちからガンを飛ばされていた。







 話しやすいように場所を変えるという提案を受けたディーゼルは、その少女の後を追うようにして会社の中を歩いていく。 会社のすぐ隣にはストラウスの巨大な邸宅がある。 会社から直通で行けるそれは、途中のゲートで関係者であるIDカードを通せばミッドガルズの関係者やフリーランスたちはタダで入れる。 また、去年から開放されたせいもあってか偶に観光客や近場の住人が見学料を払って内部施設を使いに来たりすることもあるせいで、ゲートを越えた先にはまばらかな人影が存在した。

「ほんと、お金持ちのやることはよく分からないな」

 呆然と呟いたディーゼルは、その呆れたオープンさと敷地の広さに脱力を禁じえない。 小市民には理解できない境地なのだろう。 一般客と同じく一日用のゲストカードを首から紐で提げたまま、呆然と少女の後ろを歩くことしかできなかった。

「あら……でもよく管理局の情報部がここにスパイに来てるけど?」

「そ、そうなんですか?」

「全員何の情報も持ち帰られずに帰っていくけどね」

「はぁ……」

「全員の顔と証拠写真は揃ってるから、いつでも告発可能らしいわ。 貴方も、余計なことをしないことね。 でないと、社会的に抹殺されるわよ」

 ニヤニヤと楽しげに少女が笑う。 ディーゼルはその冗談がどこまで本当なのか図りかねて微妙な表情を返した。 ミッドガルズと犯罪組織の関係性はこれまでもまことしやかに言われてきたことだ。 ガンスリンガーことチェーン・ムーブルなどがその筆頭である。

 危険な質量兵器やロストロギア封印するための平和維持戦力として、魔導師を貢献させたいという方向性を持つ管理世界にとって、自由に動き回る魔導師というのは間逆の性質を持つ存在であり、あまり好ましくないスタイルの魔導師なのである。 特に彼らはその自由さから一般的にはタブーとされるものに手を出すことが少なからずあることも危惧されていた。

「まぁ、それは何かを持ち出せたらの話だから、まだ深く気にしなくてもいいわ」

「僕は産業スパイをするつもりはありませんよ」

「だといいけどね。 私も貴方を斬れなんて面倒くさい仕事を頼まれるのは嫌だもの」 

 物憂げに黒髪を梳くその少女。 極々自然なその仕草が、酷く様になっていた。 金持ちや上級階級層の人間は皆こうなのかと、思わずディーゼルは唸った。 リンディもそうだったが、なにか小市民とは違うオーラのようなものが感じられるのだ。 そもそも、雰囲気からして可笑しい。 ディーゼルだとて高ランク魔導師だ。 特有の威圧感というものは兼ね備えている。 垂れ流す魔力はプレッシャーとなって、対峙する者に何がしかの圧力を与えるものだ。 だが、言葉にしにくいそれは彼の上司と同じ程に強烈。 見た目の可愛らしい少女の姿とは存在感がまるで一致していない。 こんなチグハグな存在をディーゼルは今までみたことがなかった。 いや、実際は一度だけその顔を見たことがあるはずなのだが、”当時”は彼女のことをただの観客だとしてしか思っていなかったせいでディーゼルは覚えてさえいない。 そのせいでまるで初対面のようにその少女の一挙手一投足を警戒してしまう。 隙を見せたらやられるのではないか? そんな漠然とした不安が、ディーゼルにはあった。

「ここでいい?」

「ええ、別にどこでも構いませ……ん?」  

 邸宅と会社の間に位置するその真新しい店の看板には、デバイス工房『バトルデバイサー』の看板が存在する。 その文字を見た瞬間、思わずディーゼルは噴出しかけた。 

(な、何故か強烈に嫌な予感がするんだけど……僕の気のせいかな)

 寧ろ想定されてしかるべき事態でさえあったはずだ。 ディーゼルは言葉を失いそうになる自分を叱咤しながら、ソードダンサーの後に続く。 店の自動ドアが開くと同時に、カウベルが来客の到来を告げるべき鳴り響いた。 それに続いて、店員の無機質な声が耳に入る。

「いらっしゃいませ」

 カウンター席に立っていたのは、何故かメイド服を身に纏った小柄の女性だ。 その紫銀の髪の女性をどこかで見たような気がしたディーゼルだったが、それよりも”あの男”ではないことに何故か安堵した。 さすがに想像した男はそこにはいないらしい。

 外で見た様子だと、店内はよくある携帯端末の販売ショップ三つ分程度の広さがあった。 入り口の正面にあるカウンター席から右に向かうと簡易メンテ用の小型調整層が何台も横に並び、その正面には暇つぶし用のテーブル席と自販機や週刊誌を置いてある棚がある。 見たところ客足はそれほど多い様には見えない。 新しい建物であることから、まだまだ開店して日が浅いのだろう。 調整層を弄っている魔導師も、おっかなびっくり説明書を見ながら作業している様子だ。

「カノン、一つ席を借りるわよ」

「それは構いませんが……またぞろ面倒そうな人を連れてきましたね。 その人、管理局員ですよ」

「知ってるわ。 それも海のエリートさんでしょ」

「分かっているならこの店に連れてこないでください。 ストラウス邸の喫茶ルームや貴方の部屋でも話はできるはずですよ」

「そこまで行くのが面倒だもの」

「はい、それ嘘ですね。 冗談にしてももっと上手な嘘にしてくださいよ。 もうこの時点である程度察してますけど、それでも一応言っておきます。 冷やかしと”ボク”の邪魔しかしないんなら、公私共に邪魔ですからとっとと失せやがってください。 出入り禁止にしますよ”人間タクシー”」

「貴方が凄んでも何故か迫力が足りないのよね。 もっとスレた風に言わないと、全然怖くないわよ。 なんていうか、雰囲気が犬チックなのよ貴女」

「余計なお世話です」

 早く行けとばかりに店長が顎をしゃくる。 それにヒラヒラと手を振ると、ソードダンサーはそのまま自販機の方へと向かって歩いていく。 テーブル席に向かうつもりなのだろう。 ふと、仲が良いのか悪いのか良く分からないその少女たちの間で立ち尽くしかけたディーゼルだったが、カウンター席の奥の扉が開いたのに気づいた。 その向こうからは、なにやら白衣を来た黒髪の男が顔が現れる。 その男は親しげにカウンターの女性に尋ねた。

「グリモア君、今ちょっとカグヤの声が聞こえたんだがもしかしてあいつが来て――」

「――」

 思わず呆気に取られたディーゼルの向こう側で、男もまた二、三回瞬きをした。 そして首を傾げるとすぐに扉の奥に引っ込んだ。 ドアが高速で閉まり、煩いぐらいの音が鳴る。

「ちょ、ま――」

「お客様。 向こうで連れの方がお待ちしていますが?」 

 店員が抑揚の無い声でディーゼルに言う。 更に紫銀の瞳の主は、ディーゼルに無言で訴えていた。

――何も聞かずに失せろ。

 まず間違いなくそういう感じの、敵意にも似た言葉が雰囲気から察せられた。 表情は完全に無表情を通り越して苛立っているようにも見える。

「あ、えと、その、今の男性は……?」

「当店の”バイト”ですが何か」

 間髪いれずに答えが返ってくる。 と、瞬間また再びドアが開いた。 今度はスパイが敵地に進入しているような慎重さでだ。 そうして開いたドアの隙間から、黒の瞳がしっかりとこちらの様子を伺っているのが見えてしまった。 さっきのバイト君だ。 また眼があった瞬間にドアは閉じた。

(僕は今確かにあいつにとてつもなく馬鹿にされている。 そんな気がそこはかとなくするのだけど……何故だろうか)

 彼は、猛烈に誰かに問いたい気分であった。

「あの、そのバイト君がこっちを見てるんですけど、彼もしかして”クライド・エイヤル”とかっていう名前の男じゃあないですか?」 

「いいえ。 彼はそんなどこぞの次元世界の車の名前を強引にゴロ当てしたような奇妙な名前の人ではありません」

 問答をしていると、またドアが開いた。 やっぱりバイトの男がディーゼルを注意深く観察してくる。 いい加減温厚に定評があるディーゼルでもさすがにこれには参った。 

「はぁ……では、あの隠れてるのか隠れてないのか良く分からないことをしているわざとらしい男はなんなんですか? 見つけて欲しいのか、欲しくないのかさっぱりわからない。 というか、今すぐこの手で殴りたい……」

「気のせいです。 幻です。 白昼夢です。 ボクの店の”バイト”がそんな奇行を行うわけがありません」

「いや、でも現にそこに……」

 店長が振り返る。 だが振り返るよりも先にドアは音を立てて盛大に閉まった。 

「やはり、いないじゃないですか。 貴方の錯覚ですね。 腕の良い病院を紹介しましょう。 記憶が飛ぶぐらい強めの薬を打ってもらえるように頼んでおきますので、ベッドの中で養生しやがってください」 

「貴方、何遊んでるのよ」

 適当なテーブルに陣取って待っていたカグヤが、呆れながらも声を掛ける。 ディーゼルに、ではない。 明らかにバイトに向かって言っていた。 次の瞬間、彼女は大馬鹿者を物理的距離を無視して力ずくで引きずり出す。

「どわっ……」

 いきなり”床に投げ出された”その男は、体制を整える間もなく床に尻餅をつく。 三人の視線がその尻餅男に向かう。 すると男は視線に耐えかねるようにして顔に無理やりな笑顔を浮かべて言った。

「あ、あー……おほん。 久しぶりだなディーゼル。 元気してたか?」

 ディーゼルは無言でその男に向かって歩いていくと、相手が立ち上がる前にヤクザキックを繰り出した。 例え航行艦の艦長だろうと提督だろうと、男には一撃入れないと気がすまない時がある。 そして、それは間違いなく今だった。









「……で、これは一体どういうことなんだ」

「どう、とは?」

 デバイス工房『バトルデバイサー』の店内で、黒髪の少女と青年二人がテーブル席を陣取っていた。 自販機で買った缶コーヒーを握りつぶさないように感情を抑制しながらディーゼルは問う。 缶がミシミシと悲鳴を上げているような気もするが、クライドは気にしない。 寧ろ完全に開き直ったようであり、頬杖つきながら面倒くさそうに欠伸をしていた。

「君はこんなところで何をしているんだ?」

「見て分かるだろう。 アルバイトだよ」

 瞬間、ディーゼルは無言で出力リミッターを解除した。 開放された魔力はまるでディーゼルの心を代弁するかのように荒れ狂う。 自然と、発した声はドスが効いた声になった。 

「ふざけているのか?」

「まさか。 あのな、俺はデバイスマイスターだぞ? かつて本局で手にした技術を、どうして生かさないわけがある」

 羽織っていた青エプロンに刺繍されているデバイス工房のロゴに指をやって、クライドは言う。 理解したくは無かったが、酷くまともなその回答には逆にディーゼルは唸るしかなかった。 

「なるほど、確かに君はデバイスマイスターだった。 そういう仕事に就きやすいだろうね。 なら質問を変えよう。 どうして君は管理世界に帰ってこなかった”闇の書の主”」

「帰ろうにも居場所が無いし時空管理局は俺を大絶賛指名手配中だろ。 今でも犯罪者扱いで賞金首らしいじゃないか。 生きてるからって帰ったとして何になる。 何にもならない……そうだろう?」

「ああ、確かにそうだな。 犯罪者といえばそうなんだろうが、重度のそれと勘違いされたまま逃げ隠れするのは君の勝手だ。 でもな、せめて連絡ぐらいはするべきだったんじゃないのか?」

「亡命者が連絡なんぞしてたら、それはそれで連絡された奴らに迷惑がかかるだろうが。 誰かが人質にでもされたらどうやって責任取るんだよ」

「人質……だって? 誰にされるというんだ」

「ディーゼル、お前は四年前の闇の書事件のことはどこまで知ってる」

 闇の書事件。 クライドが管理世界にいられなくなった事件だ。 アレさえなければ、クライドはクライド・エイヤルのままでいたに違いない。 苦い顔をしながら、それでもディーゼルは知っていることを話すことにした。 どうせ、本人にとっては知っていることだ。 訂正させれば、それだけで不可解な事件の輪郭が浮き彫りにさせることもできる。 話しすぎない程度に簡潔に言う。

「君が秘匿していた闇の書が奪われ、君はそれを追った。 そして時の庭園を最後に行方を眩ませた。 そこまでは分かっている。 意味不明なことは多い事件だった。 特に、”君”と”彼”のことは本当に訳が分からないがな」

「驚いた。 大体の流れは知ってるんだな。 さすが時空管理局提督殿だ。 それじゃあ、俺が戦った相手のことはどうだ」

「古代ベルカに連なる者……というところか。 未確認情報ではあるけど、”聖王”なる意味不明な存在も確認されている。 あとは守護騎士とリビングデッドが共に活動していたな。 古代の叡智かと思えるが……別ソースだとそれはありえないということらしい。 訳が分からないけどね」

「オーケー、そこまで分かってるんなら話は早い。 お前のことだ。 どうせ聖王教会にも訪ねたんだろ?」

「教会側は否定している。 彼の王の名を継ぐ者は存在しない。 それが”真実”だと」

「そう言うしかないだろうな。 繋がっていたとしても、いなかったとしてもだ。 悪いことは言わない。 あいつらには関わるな。 例え見つけたとしても絶対に交戦するな。 人生棒に振るようなもんだ」

「君はその危険な連中を捕まえて欲しいと思わないのか?」

「正直、もう二度と関わりたくない。 命がいくらあったも足りん。 第一勝利条件が鬼畜過ぎる。 あいつらリビングデッド<屍人>だぞ? プログラム体を運良く倒せたとしても、元を断たなきゃ意味が無い。 それまで何度でも蘇ってくるんだ、まぐれで一回勝てても二回目で潰されるぞ」

「君は……そういえばリビングデッドに詳しいのか?」

「お前よりは数段詳しいと思うぜ。 簡単に言うとああいう存在を作れるロストロギアがあって、連中はそれで実体顕現しているってだけの話さ。 ほっとけほっとけ。 ”触らぬ神に祟りなし”だ」

「はっ、生憎とそうもいかないな。 そんな危険な連中なら尚更だ。 僕は管理局員なんだ。 管理世界領域内に危険な犯罪者が存在するのなら取り締まる義務がある」

 クライドの忠告のようなそんな言葉を、しかしディーゼルは一笑した。 やるやらないは別なのだ。 彼は取り締まる側なのである。 それを成すために給料を貰っているという自負もある。 危険な輩を放置するなどという考えは、彼には到底許容できない話なのだ。 

「やるっていうなら止めはしない。 言っとくが、リーダー格はヴォルクの爺さんよりも”数段強い”。 やるならやるで高ランク魔導師……できればエースオブエース級数十人掛りで挑め。 マジで部隊保有制限は度外視でいけ。 それでも厳しいかもしれんが、それぐらいの戦力を投入しないと多分話にもならない気がするからな」

「随分と過剰な戦力だと思うけど……参考にはさせてもらおう。 強者であるということはこちらでも予想はしているからな」

「命が惜しかったらそうしとけ。 ……で、お前が聞きたかったのはそんなことぐらいか?」

「いや、もっと詳しい話を聞きたいがこれは別件だ。 本当はそこの彼女に用があったんだ。 でも君も無関係な話ではないからこのまま聞いてくれ」

「へいへい」

 興味は無い。 だが、それでもクライドは話に耳を傾けることにする。 紫銀の女性がアイコンタクトでさっさと仕事に戻れと訴えかけてきてはいたが、気づかない振りをしてやり過ごす。 無糖コーヒーが嫌に苦い。 後の攻勢を覚悟しつつ、ため息交じりに先を促した。

「二つある。 実は君の母校でもある第四陸士訓練校で一週間ほど前、フレスタさんが幹事で同窓会を開いたそうだ」

「同窓会ねぇ」

「そこで、君とソードダンサーにリンディさんが”攫われた”ようだ。 何か知らないか?」

「わぁーっつ。 おいカグヤ、お前リンディを攫ったか?」

「なんのためによ」

「だよなぁ。 俺もお前もあいつ攫うメリットなんてないし……」

「交戦したフレスタさんたち同窓会メンバーや教師陣たちは全員気絶させられたそうだ」

「怪我とかは?」

「ほとんどない。 命に別状は無いよ。 それだけが救いだ」

「そりゃ良かった。 しかし、妙に律儀な奴らだな」

「犯罪者にしてはね」

 一時的に戦闘力を奪うという意味では魔力ダメージでのノックダウンも殺害も大して変わらない。 だが、それでも犯罪者がそれに拘る必要はない。 律儀といえば律儀な話だった。

「ここだけの話だが、俺の偽者には一人だけ心当たりはある」

「ということは君、やっぱりこの前”時の庭園”に居たな?」

「ちょっと用があってな。 噂の偽者君とやりあった。 そいつはリンディにあっけないほど簡単に真っ二つにされて消えたっけな。 その後で俺はリンディと交戦しないように逃げたんだが……」

「それはリンディさんから聞いてる。 そいつはリビングデッドらしいな」

「”多分”な」

「そいつに関連している話だと思うものがもう一つある。 二つ目だ。 リンディさんが誘拐されてから君たち二人によっていくつかの犯罪者組織と、管理局施設に対するテロ事件が相次いで発生している。 その際、偶々接触する機会を得たリーゼロッテが君たち二人の偽者と交戦し、これを撃破した。 二人ともリビングデッドだったらしいが、そのせいで今も事件は継続中だ。 まだ連中は暴れまわっている。 本局は躍起になって行方を追っているが、足取りは全く掴めていない」

「ロッテなら俺の偽者に勝てない道理はないから驚かないけど、こいつの偽者がリビングデッドだってのはありえないと思うが……間違いないのか?」

「リーゼロッテはそう明言している。 だが、何故そんなに念を押してくる」

「理由は黙秘する。 だが、それも普通”絶対”にありえないことなんだよ」

「ありえない?」

「オリジナルか同種の存在がいる限り偽者の魔法プログラムは起動できない。 そういうルールがあるんだよ。 ちなみに、俺の偽者がリビングデッドだっていうのも本当ならルール違反だ。 だから、そいつは不可解存在。 もっと格好良く言うと規則破壊者<ルールブレイカー>ってところだな。 俺はルール破りとか呼ぼうかと思ってるがまぁ、適当に呼称すればいいんじゃね? どういう存在かまだ分からんし」

「そんな適当な話、詳しい説明も無しに信じろというのか?」

「ああ」

「虫の良い話だ」

「別に俺は困らないから好きに受け取ってくれよ」

「ちっ……わかったよ。 ソードダンサー……カグヤさんは、どうなのかな? 何か知っていることは無いだろうか」

「私から特に言うことはないわね。 管理局施設を直接襲撃したことは”まだ”ないし、私が犯罪者の施設を潰した後は管理世界領域内ならそっちに通報するもの。 通報はあったのかしら?」

「いいえ、少なくとも犯罪者の施設関連ではそういう話は聞いていません。 ただ、監視カメラの映像で二人がセットで残されてしました。 まるで発見してくれと言わんばかりに」

「そう。 じゃあ違うわね」

「ただ、交戦した魔導師……リーゼロッテはソードダンサーと会話し、無限踏破というレアスキル持ちだという話をされたとか……」

「スキルの特性について話をしたの? 私の偽者とやらが?」

「はい、なんでも距離を操作するレアスキルだとか……」

 カグヤとクライドが横目で視線を合わせる。 二人ともが同時に腑に落ちないという顔をした。

「そいつも”ルール破り”疑惑があるか。 面倒だなぁおい」

「”タイミング的”に考えれば挑戦状か保険確保かのどちらかだと思うけど」

「だな。 リンディがそいつらに攫われたんなら尚更だ」

「だとするとリンディ・ハラオウンにはいい迷惑よ。 同情するわ」

「本人からしたら迷惑どころの騒ぎじゃないって。 くそっ、庭園の上であからさまに交戦を避けたのが不味かったか」

「どういうことだい。 君たちは何か知っているのか?」

「簡単な話さ。 その偽者は多分”俺”に用があるんだよ」 

「君にだって?」

 ディーゼルには事情がサッパリ読めない。 ただ、クライドが迷惑そうにため息をするので嫌な予感しかしなかった。

「どんな用かは分からない。 が、内容次第ではリンディの安否だけは確定するだろうよ。 任務苦労さんだディーゼル。 ”お前”、多分メッセンジャーにされたぞ」

「はあ?」

「俺に用があるってのはそういうことだ。 カグヤはともかく、俺の行方は捜そうと思って探さなきゃどうにもならん。 オリジナルが管理世界にいるなら尚更だ。 野郎、庭園で見かけたせいで興味持ちやがったか? 迷惑極まりないぞ」

「探しに行くの?」

「まさか。 リンディは優秀な魔導師だ。 俺が応じないなら管理世界のために開放されるだろ。 ほっとけばいい」

「ちょっと待て。 それは”本気”で言ってるのか!!」

 テーブルに両手を叩きつけるようにして声を荒げるディーゼルを、しかしクライドは冷めた目で見ていた。 その冷淡さがディーゼルにはどうしても許せない。 かつてリンディ・ハラオウンを巡って戦ったライバルにしてはあまりにも薄情に過ぎる。 憎悪にも似た怒りの感情を叩きつけないわけにはいかなかった。 だが、それでもクライドの態度は変わらない。

「落ち着けって。 第一、向こう側からコンタクトされる前の段階だ。 それまで俺には何もできないだろ。 これだって推測にすぎないし、今できることなんて俺には何も無いのさ」

「……君の想定通り、敵が連絡してきたら?」

「そりゃあ無視する」

「おいっ!?」

「いや、だってそれが一番賢いと思うぞ? 極論すれば俺には関係がないしな。 お前があいつを助けたいってんなら応援はするしなんか分かったら情報提供するのも吝かじゃあないが、表立って堂々と何かしてやることはできないぞ。 そもそもこれは管理世界側の問題だろう?」

「だからって、はいそうですかって割り切れるか!! リンディさんはお前にとっても大事だった人だろうが!!」

「ああ、”大事だった”な。 でなきゃ、お前や爺さんの相手なんて好き好んでするもんかよ。 でもな、それはもう過去の話だ。 今更の話だよディーゼル」

「なっ――」

「今はお前と付き合ってるんだろ? あー、もう結婚とかしたのかな。 だったら、これはお前の仕事だろ”クライド・ハラオウン”。 今更振られた俺を担ぎ出す必要なんてない。 格好よくお前が助けてやれよ。 本当に連絡してきやがったら、そっちに通信でも送ってやるからお前がどうにかしてやればいい。 その方があいつも喜ぶだろうぜ」

「ッ――」

 ディーゼルは一瞬意識が遠くなるのを感じた。 怒りを噛み締めた奥歯から力が抜ける。 激怒を通り越して、笑いたくなった。 だが、それも一瞬のこと。 湧き上がってくる怒りを目の前の腑抜けた男に向かって向けるのを止められない。 

「本気で……本気でそんなことを言ってるのか君は」

「嘘を言ってどうするよ。 こっちはこっちでよろしくやってんだ。 俺にも俺なりの今の生活って奴がある。 今あるそれをうっちゃってどうにかする訳にもいかないさ。 ……あー、もう用件は終わったか? いい加減バイトを疎かにしてるとクビにされちまうし仕事に戻るぜ俺は。 他にはもうないんだろ」

 肩を竦めてそういうと、クライドはコーヒーを持って席を立つ。 隣をすれ違っていくその黒の男。 ディーゼルは歯軋りしながらそれでも言った。 言わずに入られなかった。

「見損なったぞ”ライバル<恋敵>”」

「もう全部昔の話ってだけのことだ。 ”過去”よりも”今”。 分かりやすい選択だろ”元ライバル<強敵>”」

「僕も彼女に”振られた”と言ってもか。 彼女はずっと君を探していたんだぞ!!」

「……」

 クライドの歩みが止まる。 しかしその歩みは二秒も過ぎない間に再開された。 黒の男は、そうしてカウンターの奥のドアへと消えていく。 最後の問いに対しての返答は、ついぞ無かった。

「くそっ!!」

 額を掌で覆いながら、ここが管理世界でないことをディーゼルは呪う。 管理局員としての活動ができるのであれば、ディーゼルは間違いなくあの男の首根っこを引っつかんででも捕まえて連れて行くだろう。 だが、今は犯罪者を逮捕する権利がない。 ヴァルハラにはヴァルハラの法があるのだ。 ディーゼルの肩書きなど、ここでは何の意味も無い。

 悪態をつきながら深いため息を吐く。 コーヒーの苦さよりも更に苦い苛立ちが心に広がる。 止めようの無いそれは、怒りと失望の色に染まっている。 リンディのために手を貸すぐらいは、かつてライバルだった男ならするだろうと思っていたが、見事にその期待は裏切られた。 犯人であるとかないとか、そういう事実事態はありえないだろうとディーゼルも信じていた。 信じられるはずだった。 けれど、それは四年前のクライド・エイヤルであったならという前提の上で、だ。 今のクライドを信用することなどディーゼルにはとてもできそうになかった。

――そのことが、今は何よりも悔しかった。












「彼、一先ずは出直すそうよ。 当分は近くのホテルに泊まるって」

「あいつも大変だな」

 カグヤの言い様に、しかしクライドはおどけた答えを返すことしかしない。 その目は空間モニターに表示されているデバイスの情報を追うだけで、振り返ることさえしない。 まるで無関心だった。 カグヤは入り口の向こう側から様子を伺っているグリモアの視線を遮るようにしてドアの扉を閉めると、直ぐ近くの椅子に腰掛ける。

 レジの後ろにあるドアの奥から繋がっているこの部屋は、表にある簡易調整槽とは違って本格的な調整槽がいくつもある。 その中には修理や調整、改造などを依頼された顧客のデバイスが少なからず存在していた。 それらが皆、グリモアやクライド、バイトの仕事を待っている。

「本当にあれでよかったの?」

「さぁね」

「ああ、そうね。 今の貴方にはカノンの身体を復元するという最優先の仕事があるから、あまり余計なことに首を突っ込む暇がないんだったかしら」

「それもあるな。 俺は研究に追われて忙しいのだ」 

「でも可笑しいわね。 だったらなんでこんなところで”アルバイト”なんてしているのかしら。 ”そんな暇はない”らしいのにね」

「……」

 この店『バトルデバイサー』においてクライドはあくまでもバイトでしかない。 それも、特に必要が無いバイトだ。 いてもいなくても変わらないということをカグヤはよく知っていた。 彼の本当の職場はここではない。 本当の職場とは虚数空間の奥にあるアルハザードの研究室だ。 ここに彼がバイトに来るのはデバイスマイスターとして次元世界レベルでの実情を知るためであり、所謂個人的なデバイス研究の一環でしかないのである。

 彼の本命はPC計画。 かつてアルハザード十三賢者第十二位『魔導砲』と十三位『難攻不落』によって作成された機動砲精カノンの復元もしくは完成体の作成こそ現在の彼の目標である。 それはクライド自身が自分に課した課題であり、あの時グリモアとした約束を果たすために必要なことでもある。 彼にとっての現在の最優先目標という奴だった。

 今のグリモアの身体は所詮紛い物であり、『俺の魔導書』に組み込まれた新しいパーツによって空気中の分子で作り出された立体映像<ホログラフ>でしかない。 とはいえ、ただの立体映像でもアルハザード製だ。 魔法こそ使用することはできないが、それでもプロのアスリート選手に匹敵するような身体的ポテンシャルを持っている疲弊せぬ体だ。 しかし、ただそれだけの体と言ってしまえばそれまでだ。 その身体には熱も無く、ただの外部行動用の端末でしかない。 

「お前なぁ、仕事の邪魔しかしないんならとっとと帰れよ。 またグリモア君に怒られるぞ」

 鬱陶しそうにクライドが振り返る。 その目は珍しく苛立っているようにカグヤには見えた。 とはいえ紅眼は揺るがない。 意地悪く唇を釣り上げるようにして微笑むだけだ。 

「なんだよその微妙に癪に障る笑顔は」

「あら、私は今笑ってるの?」

「それはもう楽しそうに笑ってやがるさ。 そんなに今の俺が滑稽か」

「笑ってるのだとしたらそうなのでしょうね」

 カグヤは即答する。 相変わらず見事な切り返しの速さである。 クライドは憮然とした表情を浮かべると軽く舌打ちして、再び空間モニターへと視線を戻す。

「くそっ、イライラしてくる。 仕事でミスが出たらお前とディーゼルのせいだからな。 覚えてやがれよ」

「嘘仰いな。 私たちだけではなくて自分にも苛立っているんでしょう? 彼女を巻き込ませたことへの罪悪感と、本当に放って置くことも簡単にできてしまえそうな薄情な自分と、クライド・ディーゼルの最後の一言に”少なからず喜んでしまった”自身に対して」

「……」

「”シュナイゼル”かどうかはまだ確定はしていないけれど、そうであってもそうでなかったとしても貴方にとっては怖いはずよ。 年頃の見目麗しい女性が精神肉体共に五体満足で帰ってこれるかなんて、それこそ分からないことだものね」

「黙れ」 

「他にも、次元世界の中にはそれこそ記憶操作系の魔法や暗示や催眠なんかの方法も存在するし、用が無くなったら処理することも容易い。 私の偽者が本当に存在するのであればそれこそいくらでも相手ができるし、貴方の偽者を使って貴方に”成り代わる”こともできる。 ああ、あの娘が捕まえてきた犯罪者の仲間の報復という線も可能性としてはあるのかしら?」

「黙れって言ったの聞こえなかったのかよ」

 声はいよいよ堅くなる。 だが、それを無視してカグヤは言った。

「いいえ、もっとおぞましいことも想像できるわね。 そして想像ができるということは、できないということからも遠ざかるということよ。 可能性の中だけでもそれだけの危険があるというのなら、現実はもっと悲惨になる可能性がある」

 リンディ・ハラオウンは魔導師だ。 その気になれば、”利用法”など幾通りも存在する。 クライドが簡単に想像できることでさえも無数の可能性が存在するのだ。 正真正銘の”真性”が犯人だとするならば、どうなるかなど分かりはしない。 ディーゼルにクライドが言ったように確かに管理局の駒としては必要とされるべき人材であるが、それは余りにも楽観し過ぎだろう。

「お前は俺に何を期待してるんだ」

「”結果”なんて最初から期待してはいないわ。 貴方にできることなんて高が知れてるものね」

「嫌な言い方しやがる。 もっと直球で言えんのか」

「見苦しいから行動しろヘタレ二号」

「こいつはほんとに……」

 プルプルと拳を震わせながら、クライドはがりがりと髪を掻き毟る。 偉そうな女王様に無理難題を吹っかけられた愚民のような気分であった。

「あのな、じゃあどうしろって言うんだよ」

「私としては正直貴方の葛藤はどうでも良いのよ。 色恋沙汰云々も合わせてね」

「な、んだと? じゃあなんでそんなにつっかかるんだ。 他人事だろうが」

「私はシュナイゼルのせいで犠牲になるかもしれない人間が出るのが気に喰わないだけ。 それ以上でもそれ以下でもないわ」

「ちょっと待てやコラ。 事件解決の過程で生じるクライド君の精神的葛藤とか労力とか、行動の際の助手への言い訳とか、考えただけでもきりきりと痛くなってくる胃に対する労わりはないのか!!」

「あるわけないでしょそんなもの。 人一人の人命がかかっているかもしれないというときに、そんなつまらないことを考慮に入れるわけにはいかないでしょう。 超法規的処置という奴よ」

 一つの正論だった。 もしかしたら命が掛かっているかもしれないという事実の前には、あらゆる葛藤など二の次だ。 それもヘタレ男の鼻で笑えるような葛藤など、それこそ考える余地はない。 

「く……言い返せん」

「だったら今すぐ動きなさい」 

「だが断る」

「……いよいよ末期ね」

 軽蔑の眼差しがクライドに向く。 さすがに笑顔から一転したその表情は失望に染まっていた。 埒が明かないとそのまま席を立とうとしたその瞬間、機先を制するようにしてクライドから声が掛かる。

「末期上等さ。 だが、お前こそ現実を見ろよカグヤ。 ディーゼルは正規の管理局員なんだぜ? その上司は艦隊司令や執務官長にまでなった古株で、リンディの爺さんや両親はそれなりに上の地位の局員だ。 当然それに見合った顔の広さを持ってるはずだ。 なのに誘拐されてもう一週間だとあいつは言った。 何故そんな豪勢な連中が八方探しても何の手がかりも掴めていない? 相手に”無限踏破”持ちがいるなら、距離の壁は一切無効化されちまうな。 転移光の後なんて残さずにどこにでも逃げ込めるわけだ。 あれだけ巨大な組織が探して見つけられないんだぞ? 正直、単独の俺が一人で闇雲に動いても見つけられるわけがないだろうが。 虚数空間に落とした宝石を一人で探すようなレベルの無理難題だぜ」

 それ以上に、相手がカグヤの仇敵であるシュナイゼルに連なる人間ならば皆一筋縄ではいかない相手でもある。 今の今まで隠れ潜んで蠢動してきた連中のアジトや拠点は、相変わらずダミーばかりだと聞いていた。 現在ではトールがヴァルハラに一方的に送ってくる情報を頼りにカグヤが動いているがそれでもまだ有益な情報は手に入ってはいないのが現実だ。

「シュナイゼルってのがお前が言ったとおりの奴なら探すだけ無駄だ。 なら、向こうからのアクションを待つぐらいしか俺にできることはない」

「だからそれまでは普段通りに仕事を続けるっていうの? 驚いたわ。 随分と冷静に考えてるじゃない」

「冗談言うなよ、俺が冷静だって? 頭の中じゃあルール破りをどうやってぶっ潰すかシミュレート中だ。 間違っても冷静じゃあないね」

 そう言葉を返すクライドは、やはり振り返らずに言うだけだった。 いや、振り返る暇さえ惜しいのかもしれない。 かの存在に関連した戦いにおいては終始後手に廻されてきた。 戦場のイニシアチブは相手に取られ、劣勢から挽回せよという条件ばかりだった。 デスティニーランド然り、一度目の時の庭園然りである。 彼としてもいい加減いきなり現れて人生にケチをつけられるのはもううんざりであったのだ。
「デバイスイーター<杖喰い>がもういないから、問題は蒐集詩篇の連中とお前の偽者。 そしてその他に用意されてるだろうリビングデッド<屍人>。 だがそんなことよりも最も厄介なのがリンディの奪還だ。 正直難易度が高過ぎる。 マジで俺には荷が勝ちすぎるぞ。 どこぞの世界にいる『身体は子供で頭脳は大人な少年探偵』か、或いは『有名探偵の孫』でも呼んで来いってんだ。 何なら『新世界の神』でもいい。 そのほうがよっぽど事件解決のための戦力になるぞ」

「かもしれないわね」

「今のところ”俺”にできることはほとんど何もない。 これが事実だ。 せいぜい、来るべきときのために準備する程度だ。 連中は絶対に後”三ヶ月以内”に俺にコンタクトを取ってくるだろう。 俺はその間できる限りこっちで準備しながら待つことしかできない。 だから動かん。 以上」

「あの彼とは手を組まないの? 使えないわけじゃあないんでしょ彼」

「まだあいつは使えない。 ディーゼルのバックは管理局だ。 お前の言うことが正しいのであれば、組んだらこっちの手の内や動きが読まれる可能性が否めない。 今頃あいつはホテルに帰って上司に俺のことを”報告中”のはずだ。 俺の情報をまず向こうに流してもらわなければ始まらないからこれは外せない。 精々上司に愚痴りながらぶちまけてもらう。 そしてそこまでは洩れればいいさ。 俺への連絡先が確定させないことには、向こうも動き難いはずだからな。 これで、向こうの動き方が確定する。 早ければ今日中にでも事態は動くぞ」

「……そこまで考えているのなら、私からは言うことは無いわね。 私にして欲しいことはあるかしら。 相手が相手だから、今回は初めから手を貸すのも吝かではないわ」

「そいつはありがたい。 どうせ理解してはいるだろうが、お前の協力は絶対に必要だ。 ……そういえば、お前俺を炊きつけようとしてたな。 焚きつけるからにはどういう風に動くつもりだったんだ? 言うからにはなんかやり方があったんだろ」

「私はもっと能動的に行こうかと思っていたわ。 あの彼に上司を通じて偽者の活動座標を知らせてもらい、後は私が出向いて鎮圧し続ければ良い。 私には人質<リンディ・ハラオウン>を盾にしても無意味だから、貴方ではなく私が出たという事実で持って貴方の介入してくる可能性を潰してあげることもできたかもしれないわ。 貴方との交渉の余地が無いと思わせる方が相手にとっては辛いでしょう?」

「その場合、お前を俺宛のメッセンジャーに使おうとしてくるんじゃないのかよ」

「かもしれないわね。 けれど、私は”聞く耳を持たずに斬る”わ。 だから、会話も交渉も永遠に成立させてやらない」

「なんつー無茶苦茶な」

 人質など通じないということを心底理解するまでアピールする心算なのだろう。 確かに、カグヤには究極的には無意味だ。 無理してまで助けてもなんら彼女にはメリットなどないのだから当然だ。 そして彼女は無視すると決めたら徹底的に無視できる女でもある。 人質を取らなければ動けない程度の相手にとっては最も敵にしたくないタイプの人間だ。 むしろ、下手をすれば人質ごと斬ることも厭わない女なのだ。 非殺傷設定が使える以上は人質の存在など盾にもならない。 人質ごと後ろの馬鹿を切ればよいのだから。

「しかし、そのやり方は俺の『無視しよう作戦』と効果は同じだと思うのだが……」

 五体満足で開放されるかどうかはやはり未知数だ。 そのことに関して言えば同じだった。 どちらも交渉の余地が無いと相手に思わせるという意味では変わらないからである。

「同じでしょうけど、貴方が名残惜しそうに出て行くよりは効果はあるはずよ。 一度も姿を見せなければ、貴方にとってのリンディ・ハラオウンという女性の価値をその行動が証明したことになる。 一度でも貴方が向こう側の交渉テーブルに着けば、未練があると取られて価格を吊り上げられるわよ。 あの男はそういう所には敏感だから」

「アレだな。 テロとの戦いと同じだな。 譲歩したら効果があるという証明になって同じ手が何度も使われるわけだ」

「前例とはそういうものよ。 きっと更に被害は増えるわね」

「うへぇ……居留守使おうかなぁ」

 リンディ以外にもクライドが親しかった人間は少なからず居る。 まとめて人質に取ることが出来る以上は、一度を許せば毟り取られることは簡単に想像ができることであった。 まさか、人知れず護衛をするわけにもいかないし、護衛したら弱みだと思われるだろう。 それならば無視しておいたは方がまだ被害は広がらないかもしれなかった。

「となると選択をミスったか? 俺の居場所はアルハザードってことにしておけば連中には手出しできないはずだったのに、ここに居るってことをディーゼルが証明しちまったことになる」

「そうね」

「おい、分かってたんならどうして止めてくれなかったんだよ」

「私はてっきり貴方がヘタレてたから、そういうことも勘定にいれずにウダウダやってるものとばかり思っていたのよ。 止める止めない以前の問題よ」

「くはっ、俺=ヘタレか!! その認識は即刻捨てといてくれよ。 俺はやるときにはちょっとやるかもしれない未知数な男だ」

「これから留意しておくことにするわヘタレ二号。 それで、結局どうするの?」

「ここまで来るともう方針は変えられない。 問題がなければ俺はヴァルハラで奴らが動くのを待つ。 できるだけリンディが人質として通用しないように振舞うつもりではあるがな。 あいつに危害を加えると言われたら多分、折れざるを得ない。 最悪、ギリギリまで従った振りをしながらチャンスを伺おうかと思う」

 それは、まさに子供を誘拐された親のような心持ちだった。 借金してでも無傷で子供を取り返したいという切実さは、時に親は自分の未来さえ天秤に載せる。 特に、命が掛かってくる場合は厳しい選択を迫られてなお動いてしまう。 理性など、そうなってしまえば失うことへの恐怖に怯えて役に立たなくなる。

「それは悪手だわ。 向こうは初めからそれを狙っているのだから、貴方に立ち回らせる隙なんて最後まで与えない」

「しかし、あいつは俺たちとは違うんだ。 まだ生きてる。 生きてるんだよカグヤ。 俺は……まぁ微妙だけどお前と同じもんになってるから非人間だ。 でもあいつはまだ生きてる人間で、まだまだ幸せに生きる権利があるはずだ。 そうだろう?」

 魔法プログラム体は人間ではない。 生きているように見えても、ただのプログラムに過ぎない。 その事実はきっとどこまでいっても覆らない。 だからこそ、カグヤはいつも自分をオリジナルの残滓だと言うのだろう。 しかし、まだリンディは生きている。 その違いは途方もなく大きいのだ。 既に死人であるからこそ、その意味は嫌というほどカグヤ自身も理解しているはずだった。

 カグヤにしても犠牲を出したくないという思いに嘘は無いのだろう。 ただ、それができないのであれば絶対にメリットを与えない戦いへと切り替える冷酷さを優先する。 価値観の相違だ。 そしてそれが、クライドと彼女の差でもある。 もう何も失うものが無い女と、失われることを恐れるものがまだある男の明確な。

 ふと、作業が一段落したのかクライドが振り返る。 腹は既に括っているという顔がそこにはあった。 こういう顔をしている男は、多分もう止まらない。 そのことをよく知っている彼女はもう、それ以上無意味なことを言うことはしない。 ただ、釘を刺すことだけはしっかりとした。

「一つ忠告しておくわ」 

「されても今更意味無いような気がするけどな」

「茶化さない。 アルハザードが浮上するまではもう三ヶ月を切っているわ。 情報は自治世界連合の総会辺りで洩れたんだと思うけど、それが貴方が目をつけられた理由だとは大体分かっているわね?」

「ああ」

「だったら、向こうの狙いも分かっているわね」

「向こうは俺にアルハザード側のスパイでもさせたいってんだろ? これでも俺は新参者だが向こう側の人間だ。 だが、そいつは違う。 アルハザード側の情報を手に入れる術がシュナイゼルにはない。 だからその情報は喉から手が出るほど奴は欲しているってわけだ」

 既にアルカンシェル・テインデルがジル・アブソリュートによって奪還された。 そのことの意味を理解しているはずであり、それが意味するところはシュナイゼル側の無限の時間の喪失という事実に他ならない。 もはや、一刻の猶予もありはしないのだ。 そういう事実と危機感につき動かされた苦し紛れの動きだと予測するぐらい、クライドにも簡単にできる。 そうでなければ、カグヤと繋がっていると予測されるクライドを標的に選ぶことで、無意味なリスクを背負う必要などありはしない。

 アルハザードが浮上すれば全てはご破算だ。 今までの暗躍も何もかもが全て意味を失う。 そのことをなんとしてでもシュナイゼルは阻止しなければならないのだ。 アルハザードは敵対者に容赦などしない世界。 ましてやそこに住むアムステル・テインデルという男は短気だ。 娘を良い様にされて――例えそれにアルシェの思惑がありこそすれ――手を抜くはずがないし、ジルが消えたことを知らない向こう側は彼の報復という分かりやすい脅威も想定しているかもしれない。 ジル・アブソリュート一人倒せない戦力しかシュナイゼルは持ち得ない以上は何者も脅威でしかないのだ。

 今までは薄氷の上を両足に重りをつけた状態で歩く程度のリスクで済んでいたが、もはや死の宣告を受けてカウントが0になる寸前である。 普通に状況を理解しているのであればこれは藁にも縋る思いの一手であり、背水の陣にも等しい行動でもあるはずだった。

「なら理解しているはずよ。 アルハザードに敵対行動と取られかねない行為はしないように気をつけなさい。 程度は問題ではないの。 利敵行為をすれば、貴方も消される。 最悪、私に後ろから斬られるぐらいの気持ちで望みなさい」

「分かってる。 俺はPC計画を完遂するまでは消えるわけにもいかん」

 それは”嘘”だった。 別にクライドでなければ機動砲精を修復できないわけではないからだ。 アムステル・テインデルがいる。 クライドの存在が無くなれば、彼が数日で復元させるだろう。 ジルとアルシェをも上回る技術者である彼にかかれば、その程度は些事でしかない。 それでもカノンの復元をしていないのは本人<グリモア>からのたっての希望だからであるからに他ならない。

「分かっているならそれでいいわ」

 無限転生機構も絶対領域も完全ではない。 それらを凌駕して破壊する方法など次元世界レベルでは見えなくともアルハザードにはあるかもしれないのだ。 それらに安心して胡坐をかくことはできやしない。

「とはいえ、それ以外にもどうしようもない問題もあることも確かだけどな。 嗚呼、マジで胃が痛いぞ」

「カノンのことね」

「ああ。 人命が掛かってるとはいえ、あいつとは相性が恐ろしく悪いからな。 俺のリスクを嫌ってあの娘に自発的な行動をされたらどうにもならない。 最悪、書を自爆されて一年先ぐらいに転生させられるとそれだけで俺は手も足も出せなくなるんだぜ? あの娘はマシンハート<機械仕掛けの心>のせいで俺の頼みも命令も余裕で拒否できる。 俺が書の主で管理者権限持ってるとはいえ、実質『俺の魔導書』を支配してるのは彼女なんだ。 次元世界最強の”家主”だよ」

「それは貴方がどうにかするしかない問題よ。 夫婦喧嘩は犬も食わないし、私だってそんなつまらないモノを剣では斬れないわ」

「待て、その認識は可笑しい。 俺はまだ独身貴族だぞ」

「身体が出来上がるまで待つっていう奴? 既に”手遅れ”だと思うけど」

「向こうから言って来たことだ。 それに甘いぜ。 あの娘の身体はロストロギア級なのだ。 デバイスマイスターの俺でさえ、再現に後八十年は掛かるかもしれん。 なにせ、今でも大分部がサッパリ分からんからな」

「それ、自慢にはならないのではなくて?」

「デバイスの部分はともかくとしてアルハザードと技術格差もあるけど、それ以上にジャンルがデバイスから離れた分野にも多岐に渡っているからしょうがないんだ。 魔力炉の構造だとかだとかその他諸々とかすぐに理解なんてできるかよ。 こちとら純粋なデバイスマイスターだ。 ジャンルが違うんだよジャンルが。 ジルとアルカンシェルのカバーしてる技術範囲が可笑しいんだよ!!」

「私に逆ギレされても困るわ」

「アギトみたいなああいうタイプのユニゾンデバイスみたいなもんだと軽く考えてた俺が馬鹿だった。 いや、厳しさは前にデータ見たときに予想できていたけどさ。 けどそれでもまだなんとかなりそうな気がしてたんだよ初めは。 それに本人の協力もあると思ってた。 けど、実際蓋を開けたらグリモア君はこの件は全部俺任せだ。 しかも俺を養うとか言ってこっちで働くために動いてたし。 俺にだって普通に予算下りてるのに……てゆーか、デバイスに金の心配をされる俺ってどんだけ駄目人間やねん。 普通そういうの俺が出すもんだろ立場的に考えたらよぉ」

「……薄給だからじゃないの?」

「いや、研究費から引いても喰うには困らんだけだけの額はあるし、アレイスターのおかげでジルの遺産がそのまま俺の懐に入ってきてるから正直困らんだろ。 でも、グリモア君は経済的にも自立してモーションを掛けようという心算らしいんだ。 なんか、”できる女”になるから覚悟しておけとかなんとか言ってた。 アルハザードに飽きたらこっちに来ればいいみたいな、そんなつもりなのかもしれん。 完璧にあの娘は本気らしい。 本当、どうしてこうなった」

「呆れた、とことん犬チックねあの娘」

 魔導師の相棒たるデバイス娘である。 主に反逆する能力を得ていたとしても、それ以上に世話を焼こうとしてくるのはもはや仕様なのかもしれない。 また、いくら自己進化しまくっているといっても、原初の行動理念が色濃く残っている可能性もあった。 というか、ここまで来ると明後日の方向へと突っ走っている感がある。 主が主ならデバイスもデバイスなのであった。

「更に恐ろしいことにテインデルの実家で家事を習得し終えているのだぞ。 アムステルの爺さんの恐ろしく丁寧な指導の元で、だ。 とんでもない話だ。 着々と自己のスペック<魅力>を研磨してきている。 きっとそのうち、俺はグリモア君無しでは生きていけない体に魔改造されてしまうのだ」

「そうなると、陥落しない貴方が可笑しいという結論になるわね。 やっぱり貴方は追われると逃げて、去ろうとすると追う鬼畜なタイプなの?」

「待て、どんだけ俺を嫌な奴にするつもりだお前は!!」

「それだけ完璧に尽くされて何もしてないじゃない。 普通の男って、ああいうのに弱いのでしょう?」

「知るか、そんなの個人の好みの問題だろ…って、この際俺のことはどうでもいいんだよ。 問題はどうやって目を瞑ってもらおうかってことだ」

「安心させてあげればそれだけでオッケー出すでしょうあの娘なら。 貴方が一々不安にさせるからいけないのよ」

「うへぇっ……結局そこに持っていくのかよ」

「自業自得。 それに貴方リンディ・ハラオウンにも未練があるんでしょう? だから余計にあの娘に馬鹿みたいな罪悪感を感じて金縛りになるのよ。 違う?」

「うぐぅ」

「それが分かっているから、あの娘は自分を高めるように行動を変更したんだわ。 気持ちは公言してるものね。 競り負けないように涙ぐましい努力をしているのよ。 可哀想に、こんなヘタレと出会ってしまったばかりに……」

「さりげなくハンカチで涙を拭うな!! あと、お前一応グリモア君の旧友だろうが。 勝手に悲劇のヒロインにしてやるな」

「失礼な。 そうしているのは私でなくて貴方じゃない」

「ほんっとにこの女、他人事だと思って好き放題言いやがる!!」

 年齢不詳の女でも、やはりこういう話題では口数が大きくなるのか? クライドは諦めたように盛大なため息を吐く。 とにもかくにも動く前に通すべき筋があることだけは確かだ。 戦う以前に、その問題で押しつぶされそうであるヘタレな心をどうにかしなければならないらしかった。

(いかん、本当にグリモア君に頭が上がらなくなってるな。 いっそ陥落した方がどれだけ楽なことか)

 そうするのがある意味では一番楽で、簡単に終わる。 しかし、それでも引っかかるものがあったからこそクライドは決断できなかったのだ。 それを人は未練だと言うのだろう。 薄々は彼だって自覚していた。 けれどだからといって白黒はっきりつけられるのであれば彼はヘタレなどと揶揄されはしないし、これ幸いと『待ちます』発言を利用して時間を稼ぎ、少しずつのその未練をかき消していく作業を必要することもない。 

 俗説では異性関係では過去の人物に対して男はセーブ<記録>し女はデリート<消去>するという。 その法則でいくと間違いなくクライドの中には記録した翡翠の女性の思い出が残っていることになる。 そう想える存在がいたという事実があった以上は、それは未練となることもあるのだろう。 合理性という名の物差しで計れない厄介なそれは、人の心をかくも苦しめるものである。 想いが本物であったなら尚更に。

 リンディ・ハラオウンは辛抱強く待つタイプであり、グリモアは静かに突撃して離さないタイプだ。 両者はこの分野ではある意味対極に位置するが、一つだけ共通することがある。 故に、クライドはことこの二人に対しては今となっては迷わざるを得ない。 四年前の事件前ならば決められた。 だが、どうしても今となってはすぐに答えなど出せない。 その理由は単純だ。 その二人こそはクライドにとっての未知だからに他ならない。 

 デバイスへの愛を謳っても、異性への愛を語ったことが彼は無い。 自身の恋愛感を伝えたことはあっても、本物の恋愛をしたことがない。 友愛と親愛は理解できる。 しかし、異性としての感情を向けられたことは”あの二人”からしかない。 それが一人だけだったなら、迷う必要など無かったのだろう。 しかしもう一人現れてしまった。 そして、初めの一人と終わってその後にはもう一人にそれを向くことを決めかけたという事実がある。 その事実はもう覆らない。 欲しいという感情が発生したならば尚更余計に。

 男は記録する生物で、記録し続けるのならば忘却するまでそれが残る。 より大きいものにそれを成長させて選び取れる程の差を発生させなければ。 少なくともクライドはそういう類の強欲な男である。 少しずつ心の整理はしてはいたはずだったのだが、完全に吹っ切る前に問題が向こうの方から転がり込んできた。 吹っ切っていないこととディーゼルの発言のせいでその悩みはぶり返し、クライドの頭を苦しめていた。 

「ま、精々悩みなさい」

「可笑しい。 どうしてこんな話になってるんだ。 もっと悩むことが別にあるはずなんだが……連中とどうやって立ち回るのかとかさ」

「ぶっちゃけ連中のことなんてどうでもいいからでしょ」

「それは……あるかもしれんな」

 大事なのはリンディの安否である。 それ以外ではクライドは特に考えることはない。 故に敵のことなど二の次にできる。 優先順位が違うのだ。

「私もよく思うもの。 心底どうでも良いからさっさとこの世から消えてくれないかってね」

「お前も大変だな」

「貴方とは悩みのジャンルが違うけどね」

「違いない。 ところで、少し前から物凄く気になることがあるんだが聞いてもいいか?」

「何よ」 
 
「俺がヘタレ二号なら一号はどこの誰だ?」

「ヘタレの神よ」

「いや、だからそれは誰なんだよ」

 クライドには理解できない謎だった。













 何かを始めるならば、終わらせ方を考えていなければならない。 今その瞬間を刹那的に生きていくのではなくて、もっと先を見据えた動きというものが人が生きていくためには必要だ。 その理には例外はない。

 仕事でも学業でもスポーツでも、終点は存在する。 終わりは次の始まりへと繋がり、新たな始まりはまた別の終わりへと向かってひた走る。 ただ、そうやって始まりと終わりを繰り返しながら進むことが人の業だというのであれば、それはきっと”彼”にだって同じなのだろう。 だが、そんな彼にしても今現在とても焦っていた。 

「……手立てが、ない」

 呻くように呟きながら、執務室で”魔導王に連なる者”は両手で顔を覆っていた。 確実に青褪めたその表情は誰がどう見ても暗い。 眼前に開かれた空間モニターの向こうには、今現在管理局を悩ませている”広域次元犯罪者二人”の映像が映っている。

 一人は死を超えてなお迫り来る剣の姫<シリウス>であり、もう一人は四年前に不可解な変貌を遂げて少年に戻ったはずの闇の書の主<クライド・エイヤル>だ。 別段、この二人が手を組んでいることは彼の驚きに値しない。 しかし、ここ最近の二人の犯行は常軌を逸していた。 怒涛の如き勢いで、”彼ら”が長年作り上げてきた秘匿拠点にピンポイントで襲撃を掛けてきているのだ。 その勢いは留まるところを知らず、現在も数あるダミーを無視して進行中である。 いつものように虱潰しという風ではない。 確実に関係施設だけを襲撃してくるのだ。 そのことに、彼は真綿を締めるようにじわりじわりと首を絞められているような恐怖を感じていた。

(グレアムの使い魔が撃退したというが、そんな一度のまぐれなどに意味は無い。 シリウスはともかくとして、あの不可解な男もまた魔法プログラムなのだろう。 ならばリビングデッド<屍人>に見せかけることなど造作も無い。 本体のプログラムはどうせアルハザードだ。 完全な殲滅は物理的に不可能。 更に、あの女の剣は三大魔法の担い手に対してはほぼ無敵だ。 これでは打つ手がほとんどない)

 どれだけ防衛力を強化しても、シリウス・ナイトスカイが無効化するだろうことはゴルドには容易に理解できた。 敢えてアジトに潜入させ基地ごと自爆させようとも、倒せるかさえ分からないしそもそも倒しても復活するからやはり意味がない。 唯一対抗できそうな聖王カルディナは既にどこともしれぬ次元世界に旅立ったせいでカードにはならない。 となれば、もはや取りうる手段は自身に繋がる情報を一度全て抹消することぐらいだ。 そして、その作業は既に特殊な部下を通じてさせていた。 とはいえ、彼の懸念はそれだけでは留まらない。

「やはり、元凶は奴か不可解存在。 ことごとく私の邪魔をしてくれる」 

 椅子に深くもたれかかりながら、天井を見上げるような格好で黄金の瞳を閉じる男。 頭の中ではその男への苛立ちばかりが募っていた。 シリウスならばまだ理解は出来るし諦めようもあるのだろうが、全ての発端はその男の登場に集約しているようにしか彼には思えなかった。

 杖喰いの消失から始まり無限の欲望の一人の離脱によるJSウィルス事件。 闇の書の廃棄、強力な隠し駒であった機動砲精二機の喪失。 更には四年前に虚数空間に沈めた時の庭園の魔力炉が、約四年の時をかけて虚数空間で得た超魔力の駆動データ回収阻止。 これら全てに、あの得体の知れないイレギュラーの男が関わっている。 疑うなという方が不可能であった。

(中でも虚数空間からの帰還が予定より早かった魔力炉の件が致命的だ。 特殊空間の時間計算が甘かったせいでこちらの初動が遅れ、不可解存在のどちらかの手に渡ってしまったのだろう。 この修正、容易ではない。 もはや管理世界には力を蓄える時間は無いのだ。 既に、アルハザードは動き出しているんだぞ)

 彼のネットワークでも管理局の情報部でも自治世界連合のここ最近の不穏な動きを察知しており、アルハザードの浮上が近いという話が秘密裏に出回っていることを確認していた。 時間的な猶予は既に彼にはない。

 出来ることといえば、自治世界連合にスパイを送り込むことで正確な浮上日時と浮上位置を探らせる程度。 あわよくばヴァルハラのストラウスやシリウスから有益な情報を奪取したいが、こちらはほぼ不可能だと理解しているためにゴミ箱辺りから裁断前のメモの一つでも手に入れば御の字だと思っている。 更なる欲を言えば、不可解存在と接触し超魔力のデータを回収したいがそれも恐らくは叶わない。 本当に打つ手など無い。 いや、限りなく低いがその不可解存在を管理世界におびき寄せるための駒が彼に無かったわけではない。

 時空管理局本局所属の提督にして航行艦アースラの艦長リンディ・ハラオウン。 最悪でも一番イレギュラーに対して効果がありそうな女性が手の内にはあったはずだからだ。 だが、それも過去の話に成り下がってしまった。 手を打つ前に既に連中に回収されてしまったのだ。 まるで、”自分の手の内を読まれている”ような薄気味悪いタイミングで、である。

 だからこそ彼は考える。 手段というのは、頭脳に突如として飛来する閃きによってのみ創造されることを良く知っているから。 考えに考え抜く。 そうしてあらゆる手を模索するようにしながら”彼ら”は今を築いてきた。 思考こそ人の武器であり、魔法などただの力だ。 ”この彼”にとってはそういうものだ。 故に、知識とと知恵を総動員しながら妙手を捜す。

――まずは状況を整理。 

 不可解存在は少なくとも二人いることが分かっていた。 厳密な意味において不可解な三人目もいるが、彼については手を出すことは即刻の破滅に繋がる可能性が容易に理解できるのでできない。 それにその少年にはアリバイはある。 今回の件とは完全に別なので除外する。 残る不可解はルール破りについてだ。 不可解筆頭のクライド・エイヤル二人。 魔法プログラムは世界に一つだけ存在できるコピー体。 ならば、本来の意味においてはこのオリジナルの少年がいる時点で二人は共に存在することができないはずの完璧なイレギュラーとなる。 しかし、現実はそうではない。

(アルハザード側は魔法プログラムの二重起動に成功した?)

 答えは不明。 しかし、アレイスター自身から不可能だという話をかつて聞いた記憶がある。 ならばと、思考を切り替える。 オリジナルとその二人が似ているだけの別人であると仮定した場合、その二人が同時に存在できることもまた不明。 三人が三人とも別人の可能性はあるにはあるが、まるっきり同じ顔をした人間が次元世界で発見される確率は皆無とは断言できないが恐ろしいほどの低確率になると簡単に予測できる。 何よりも、現実味が無い。

(では、クローンの魔法プログラムか?)

 可能性としてはそれが一番高い。 クローンはオリジナルと別人だ。 遺伝子情報が同じなのであるから、同じような顔になるだろう。 しかし、だとすれば何故超魔力のデータを回収した事件においてその二人が争うように戦闘をしていたのかが分からない。 アースラチームが手に入れた戦闘映像が作り物で無い限りは、二人は敵同士だと仮定するしかないのだ。 不可解存在同士が潰しあってくれる分にはまったく痛いことはないが、その片方はシリウスと組んで攻撃を仕掛けてきている以上は捨て置くことはできない。

(となればやはり、敵対する片方と接触し対抗させるのが上策だが……)

 毒を持って毒を制す。 そうしたいが、それが可能であるかもしれないリンディ・ハラオウンは消えている。 一番可能性が高い彼女がいない。 代役が務まるとすれば、ギル・グレアムか或いは友人たち。 しかし、その友人たちもまた同窓会においては殺されこそしなかったが不可解に倒されている。 可能だとは思えない。 しかし、やはり何もしないで破滅を待つことなどできはしない。 リスクがあるとしても打てる手は打っておくべきだった。

(……試してみるか)

 彼だけではなくグレアムもまた、状況解決のために動いている。 動いた駒は彼の懐刀”クライド・ディーゼル”。 彼らと噛み合うかもしれない駒が一つある。 後は、いつものように状況を操作することで強引に展開させれば良い。 その程度ができなくては、”魔導王”などになどなれはしないのだ。

 必要な作業をしながら、彼は過ぎ去りし長き時を思う。 ”彼ら”の時、歴代の自身の分身たちの記憶を。 別人でありながらしかし、”皆一様に図ったようにそのことを受諾した”先達の奮闘の記憶を。

 全ての始まりはオリジナルの故郷であるミッドチルダから始まり、その完成はミッドチルダへとまた還る。 そうなるそのために彼らが出した大量の犠牲と、与えた混乱と、手に入れた刹那の平穏と、○○○○○○への憎悪と、使命感は”途切れることなく続いてきた”。 それは、続く者たちの悲願であり、後押しすることを拒めなかったこの今の管理世界の総意にもなろうとしている。 例えそれが力ずくでの総意でも層でない切実な願いだとしても同じこと。 それが”積み重ねた結果”というものであるから。 だから、理解し、受諾し、選択したその男たちにとっての天命だった。 意味はある。 意義もある。 それを理解できぬ者には、”全く”理解できないだろうけれど、原初の意思は今も歪められずに”続いている”。 その価値を、その黄金の男もまた”疑うことなく”信じていた。 故に、瀬戸際になろうとも続けてきたことをやり遂げようとするその執念は凄まじい。 もはや妄執に近いほどだ。

「……」

 ふと、部屋のドアがノックされていることに気がついた。 集中しすぎていたせいで聞こえなかったようだ。 彼は熱くなり過ぎていたことを理解すると、思わず苦笑した。 机の上の端末を操作し、ロックを開ける。 そうして、入ってくるように声を上げる。

「入りたまえ」

 インターフォンを通じて聞こえただろう。 しかしいつものように入ってくる人の気配はしなかった。 もしかしたら、入るように促した声が聞こえてはいないせいで出直したのかもしれない。

「ふむ? 急ぎの用事ではないのか」

 表向きは監査部でもそれなりの地位についている彼である。 用向きに来るのであれば大事かもしれないと思って首を傾げる。 とはいえ、誰が用件があるのかが分からない。 仕方なくドアから視線をデスクに戻し、作業に戻ろうとしたところで身の毛のよだつような恐怖を感じた。

 彼は驚いて振り返るようなことはしない。 その代わりに気づいていいない振りをして備えた。 頭の警告に従って本能的に出力リミッターを解除。 同時にバリアジャケットの構築と黄金のバリアを形成。 開放された魔力はその莫大な力を威容へと変えた。 室内に照る証明よりも眩しい金色の光が悪意ある敵の視線さえ遮断する。
 
「――なに?」

 だが、それでも攻撃は無かった。 それどころか、背後には誰もいない。 椅子から立ち上がる。 その手にはいつの間にか展開したのか杖が握られていた。 魔力光と同じで、それでいて豪奢な黄金の杖<ゴールドロッド>。 管理局が有する膨大な数のデバイスの中でも、間違いなく上から数えた方が早いだろうロストロギアクラスの一品である。 そこへ、前人未到の”SSS”級の魔力があればそれだけでどのような相手からも身を守ることはできるように思える。 しかし、その男は警戒をやめない。 背後からドアへ。 デスクの前に分かりやすい位置にある応接用のソファーとテーブルの向こうにあるドアへと目を向ける。 するとそこには、今度こそ彼の敵が存在した。

「やっ、元気してる?」

 律儀にも右の掌をヒラヒラと振りながらがら気軽にその黒の男は言った。 ボサボサの黒髪に、黒の瞳。 理解不能な不可解存在の一人。 その男の名を彼は知っていた。 

「元気だ、とでも言えばいいのかな? バトルデバイサー……クライド・エイヤル」

「どうやら今代の”シュナイゼル殿下”は博識でいらっしゃるようだ。 このしがない犯罪者風情の名前をお知りのようで。 勤勉なことで実に結構」

「知らぬ者などこの業界ではモグリさ。 何せ、君は闇の書の主でもあった。 一時期は君の顔写真は管理世界中に犯罪者ポスターとして広がっていたし、今でもまだ嫌がらせの如く置かれている程の賞金首だ」

「おおー、そうだったそうだった。 お蔭様で肩身の狭い人生になったよ。 ありがとうよ”シュナイゼル・ミッドチルダ”」

「私の名はゴルド・クラウンだ。 間違えないでくれたまえ。 それで、今日はどういった用向きなのかな? 私は見ての通り忙しいんだ。 できれば後日にして欲しいが……」

「そいつは失礼したシュナイゼル。 実は特注のデバイスに必要なデータを売りに来た、と言えば信じるかい?」

「ほう……では商談が目的かい。 できればアポを取っておいて欲しかったが、良かろう。 内容次第では考えようかな」

 ゴルドには意図がまったく読めない。 ニヤリと唇を次ぎ上げて笑うその男、気負うこともなくただただゴルドを見ているだけだ。 莫大な魔力の威圧を受けてなお、だ。 ただのAランク魔導師には到底思えないほどのふてぶてしさである。 出来うる限りの微笑を維持しながら、ゴルドはその笑みの裏側にある理由に目をやる。 直ぐに気がついた。 その男の左手を取りながら現れた黒髪の少女の姿を見れば、理由など嫌でも分かる。 余裕なはずだ。 表の管理世界に限定すればほぼ最強の”剣”がそこにある。 その状態で怯える理由などありはしない。

 状況は不利を通り越して絶望的だ。 この状態で逃げられるわけがない。 準備が全くできていないのだから尚更。 善良な局員の応援を呼ぶべきか、それとも、証拠隠滅のための用意をするかゴルドは迷う。 だが、やはりどう考えても戦闘は分が悪すぎた。

 倒すことはできない。 粘ろうと思えば今までとは少し違うだろうが、それでも整形したプロジェクトF体を補足されたという事実がある。 死体からでも情報は取れる。 彼の身体は、それこそ機密の塊なのだ。 渡すわけにはいかない。 それよりも次代へと繋ぐ方がまだ見込みがある。 自爆への躊躇などない。 感応制御で繋がったデバイスは彼の決意に答えて証拠隠滅のための自決用思考を準備。 その瞬間へと備える。 と、微笑の裏で腹を括ったシュナイゼルに向かってクライドが何かを投げた。

「ほれよ」

「……これは?」

 受けとったそれは何の変哲も無いデータディスクだった。 管理局でも使っている量産型の大容量記憶媒体。 型は一世代ほど古いが、それでも十分に現役で使用されているものだ。

「おいおい、言っただろう商談に来たって」

「中身はなんだね」

「虚数空間で使用された超魔力の稼動データ」

「馬鹿な!!」

 微笑が崩れる。 冗談にしてもありえない。 喉から手が出るほど欲しいそれを、態々持ってくることなど罠としか思えない。

「疑うなら調べて見ろよ。 端末はそこにあるんだろ?」

「……」

「大丈夫大丈夫。 別にJSウィルスみたいな厄介な代物を仕込んでるわけじゃあない。 およ、信用できない?」

「できると思うかい」

「いんや。 でも信用してもらうさ。 六時間後、また尋ねよう。 その頃にはお前はもうフリーなはずだ。 それまでは好きなように好きな端末を使って好きなだけ調べてみろ。 他でもないお前なら、それが本物か偽者か分かるはずだ」

 そう言うと、クライドはゴルドに背を向けるようにして歩き初める。 隣に付き従う紅眼の少女を付き従えて、その不可解は王者のように歩み行く。 背後のドアの直前で、空気に溶けるようにして消えていくその背中を見送りながら、ゴルドは自分自身の現実感さえも疑った。 しかし、結論は変わらない。

「”無限踏破”だと……やはり本物なのか? 信じられない、どういうつもりだシリウス……」

 様々な謀略を繰り広げてきた黄金の男でさえ、その意図がサッパリだった。ただ、確かなことはその手には渡されたディスクがあり、彼の命は助かったということだけだ。 その事実だけが、一人きりの執務室には残った。 その事実を上手く認識するために、さすがのゴルドも時を忘れて数分間立ち尽くした。

「理解できないがしかし……」

 仮にこのデータが本物で、目の前に現れた先ほどの不可解存在たちが敵ではないのだというのであれば、まだ望みはあることになる。 軽く頭を振るって気持ちを落ち着けると、ゴルドはデータディスクを解析する準備に入った。 その数分後、黄金の男の笑い声が防音の効いている執務室に木霊した。

「はは、ふはははははは!!!! そうか、やってくれるな”シュナイゼル!!” そうか、今の二人はお前の差し金か。 くく、はは、ならば――」











 翌朝、クライド・ディーゼルは重い足取りでストラウス邸へと向かっていた。 不幸なことに彼としてはこのまま引き下がるわけにもいかない。 心労もそうだが、昨晩盗聴を警戒して上司と行った慣れないブロックサインによる打ち合わせの疲れもあって些か精彩に欠けていた。 人ごみを行くサラリーマンや主婦たちが元気そうに人生を謳歌しているというのに、一人だけ不幸の塊のようなその姿はディーゼルの生真面目さと相まって仕事に馴染めない新入社員のようにも見える。 しかし、その胸の中には静かに燃える使命感という名の炎は健在だった。
 
「今日こそは……」

 見上げるはミッドガルズの本社ビル。 決意を新たにした彼は、その横を素通りしてストラウス邸へと真っ直ぐに足を伸ばしていく。 観光客用のゲートで入場料を払い、ゲストカードをもらって庭を歩く。

 時刻は昼過ぎ。 社員食堂ではなくストラウス邸の喫茶ルームなどで静かに腹を膨らせた社員や、仕事を探しに部屋から出てきたフリーランスの魔導師たちとすれ違いながら例の店へと向かい、扉を潜る。

「いらっしゃいませ。 ごゆっくりどうぞ」

 業務マニュアルに従ったような作り笑顔で迎えられたディーゼル。 カウンターにいる店員は昨日の小柄な女性ではなく、また別の女性であった。 胸元にあるプレートに氏名と一緒にアルバイトの文字がある。 ただ、制服が昨日と違って喫茶店のウェイトレスで見かけるような制服になっていた。 制服が統一されていないのかと首を傾げながら、更にそのまま店内を一瞥。 すると、缶コーヒーを飲みながらテーブルの上でデバイスパーツと睨めっこしている黒髪の男を発見する。 その前の席には、週刊誌と思しき雑誌を見る少女が一人。 ディーゼルは迷うことなくその二人の席に腰掛ける。 丁度、窓際の少女の隣の席に座った形だ。

「……失礼する」

「なんだ、本当に来やがったのか」

 視線を一瞬向けて、しかしそのまま視線をデバイスパーツに戻し整備を続けるクライド。 ディーゼルは苛立ちながらも、しかしその感情を押し殺す。

「昨日、君たちと話していた時間にまた一つ襲われていたことが分かった。 どうやら本当に偽者が別にいるらしい。 今のところ分かっていることはそれぐらいだ」

「なら俺たちの疑いは晴れたってことだな。 一応こっちもまだ誰からもリンディを人質にしたっていう連絡は届いてないぜ。 進展は無しだ」

 どちらも報告することを互いに義務付けているわけでもない。 なのに、業務報告のような冷たい会話をしながら対峙を続けた。

「今日はバイトはないのか?」

「ああ。 週に一日か二日だけだ。 本業が別にあるんでね。 ここに来るのはそれぐらいだったんだが、もしかしたら誰かさんが来るかと思ってな」

「丁度良い。 そんな簡単に都合が融通できる程に暇なんだったら僕に付き合え」

「管理世界になら行かないぞ? 面倒だし領域内で捕まえられても困る。 っと、そういや昨日言い忘れてたことがあるな」

「なんだ、事件解決のための情報でも思い出したのか?」

「いや、違う。 俺が持っていた闇の書についてだ」

「なに?」

 ピクリと眉を動かしてディーゼルが反応する。 管理局がA級やら一級に捜索指定しているロストロギア<古代遺失物>のことなのである。 反応しないわけにはいかなかった。

「アレな、無害化されたからこれからもう金輪際”闇の書の主”なんて現れないぞ」

「なんだって!?」

 彼が驚くの無理は無い。 闇の書を無害化できる者などいない。 そういう結論をディーゼルは出していたからである。 今まで蒐集してきたデータから検証しても、無限書庫で最近探索チームが発掘した資料からもそういうことになると結論付けられていたのだ。 そんな一つの災厄の化身とも呼べるモノを無害化する方法など、管理局のチームでさえ捻りだせなかったのである。 一介のデバイスマイスター程度にどうにかできるモノとは思えないせいで、その驚愕は当たり前であった。

「ほ、本当なのかそれは……」

「嘘言ってどうするよ」

「証拠は」

「ない」

「なら、信じられないな」

「だろうな。 ま、これも別に信じようと信じまいと結果は変わらんからどうでも良い」

 何一つ証拠を提示していないのだ。 端から信じさせるつもりがないクライドにとっては、やはりどうでも良かった。 それに、この情報は漏らされても痛くも痒くもない。

「しっかし、それは置いとくとしてもお前これからどうするんだ。 偽者が居るって言うことが確定したんだ。 本局に帰って討伐チームにでも志願するのか?」

「可能性としてはありえる。 だが、できれば君たちに犯人逮捕に協力して欲しい」

「だから、断るって。 カグヤは分からないけど、俺は嫌だ。 ”管理局”とは組まない。 メリットがない」

「捜査に協力してくれれば、僕やグレアム提督の方から恩赦が出るように取り計らえる。 そうすれば君にかけられた賞金だって取り下げられるだろうし、司法取引で罪を軽減することだってできるはずだ。 犯罪者の更正プログラムだってある。 嘱託としての実績があれが有利にできることは知っているだろう? 上手くすれば、最短で管理世界に帰ってこれるんだ。 これがメリットでなくてなんだと言うんだ」

「あのな、そりゃ”帰る気がある奴にだけ”だろ? もうこっちに居場所があるんだぜ俺は。 態々そんな面倒くさいことをしなくてもこっちでなら大手を振って生きてけるんだよ。 それはメリットにはならない」

「ちっ。 強情な奴め」

「そりゃお前もだ。 別に俺なんていらないだろう。 俺より強い奴なんて腐るほど局にいるだろうが。 つーか、隣で雑誌眺めてる奴一人担ぎ出せばそれで終わりだ。 交渉するんならこいつにしろ。 こいつなら一人で偽者の千人や一億人ぐらい楽に狩れる」

「彼女については昨日、君がいなくなった後で少し話をしたが断られた。 というか、もしOKを出されてもこのままでは絶対に無理だ」

「なんでだよ」

「嘱託魔導師へのお礼金を超えるレベルの法外な契約金を払わされるからだ。 管理局では彼女一人に対して、あんな馬鹿げた額を出せるわけがない」

「お前、どんだけ吹っかけた?」

「出撃一回につき高ランク魔導師の一般年収分程度かしら。 あ、事件解決の成功報酬はまた別よ」

「はぁ!? んなふざけた額を誰が出せるんだよ!!」

 さすがのクライドもその法外さには目を剥く。 ディーゼルが不可能だと言った理由が分かるというものである。 しかも、相手はリビングデッド。 倒しても蘇ってくるような連中が相手だ。 その条件は足元を見すぎだとしか思えなかった。 一般人の感覚から行けば絶対にそうであった。 しかし、カグヤは涼しい顔でなんでもない風に言った。

「そう? 最低限それぐらいは平然と出してくれる客しかストラウスは私に仕事を廻してこないのだけれど……」

「呆れた……お前、大金持ち専用だったのか!! 道理で暇そうにしてる癖に羽振りが良いわけだな」

「それが、ストラウスが評価した私の仕事に対する正当価格なのだから仕方ないでしょ」

「犯人はストラウスさんかよ……っとにあの人も……」

「でも、その分速攻で仕事は片付けるし結果は残しているつもりよ」

「仕事してる姿なんて見たことないから俺に言っても分からん。 そうだ。 ならアリシアちゃんとこの護衛とか警備依頼はどうなってるんだよ。 向こうの自腹なのか?」

「そんなわけないでしょう。 ストラウスの事務所から出ているわ」

「くそっ、金持ちはこれだから!!」

 一般人と金銭感覚が違い過ぎる。 依頼しようとしたディーゼルが無理だという理由が良く分かった。 確かに無理過ぎる。 

「ということだ。 無理なのが分かったか」

「納得したくなかったが理解した。 今度からは値切り交渉や庶民の味方もできるように、リーズナブルな価格にすることをこいつに提案しておく」

「それは大丈夫よ。 泣きながら貯金箱を持ってくるような可愛らしい子たちには親身になって対応して上げているから。 ちゃんと無償かつお菓子付きでね」

「そんな極端な美談をカミングアウトされても実感が湧かんわ!!」

「猫が逃げたとか犬がいなくなったとか、そういう可愛らしい依頼も私の担当なのよ」

「もういい分かった。 お前の仕事はアンバランス過ぎることだけは分かった。 能力に比例してフリーランス魔導師は極端になるということが良く分かる話だったな。 もうこの話は終わりだ」

「……とにかく、彼女は無理だということだ。 その事実を心の底から納得できたところで、そろそろいい返事をくれないか? というわけでいい加減手を貸せこの野郎」

「んとにしつこいなお前。 しかも頼みこむ態度じゃなくて命令形になってやがるのは何故だ。 お願いしますという言葉を知らんのか」

「相手が君だからな。 こういう対応になるのもしょうがないだろう。 僕と君の仲という奴だ」

「嫌な腐れ縁だなぁおい。 嬉しすぎて泣けてくるぞ」

 知り合いだからといって、あんまりな態度である。 そもそも互いにある意味では天敵同士の間柄なのだ。 仲良くするという概念が二人には無いのかもしれなかった。 潤滑剤だったリンディが居なければこんな程度の友情しか発揮できない。 二人ともに歩み寄るという単純なことさえ考えはしないのだ。 もっとも、カグヤからすれば二人ともリンディ・ハラオウンを心配しているからこそ妥協していないということだけは共通していることを理解していたために、このじゃれ合いのような争いの中でも雑誌片手に缶コーヒーを飲んでいた。 デバイス工房はこの瞬間はまだ平和だった。

 





「く、このままじゃ拉致があかないな。 この頑固者め。 いい加減譲歩したらどうなんだ」

「それはこっちの台詞だ生真面目野郎。 こうなったらここいらでどっちが立場的に上か雌雄を決する必要があるな。 遂に我らの間で最終決戦に望む日がやってきたのだ。 表に出ろディーゼル。 今日こそここで全次元世界の”クライド”を代表して貴様を成敗してくれるわ!!」

「いいだろう。 その代わり僕が勝ったら捜査に協力してもらうぞ」

「なら俺が勝ったらお前は俺の言うとおりにしろ。 毎日この店に通われるのはうんざりだからな。 それと、約束は守れよ」

「君こそ、負けた後で書類にしてなかったから今のは無しだとか餓鬼臭いことを言うのは禁止だぞ」

 いい加減整備を終えていたブレイドを待機状態に戻してクライドが立ち上がる。 ディーゼルもまた立ち上がり、二人して連れ立ち店を出て行った。 外で決闘でもするのだろう。 二十六にもなった癖に、二人の仲の悪さは相変わらずであった。

「仲が良いのか悪いのか。 ねぇ、貴女はどう思うカノン」

「マジでどうでも良いです。 営業妨害にならないのであれば」

 二人の口喧嘩について、どうするべきか判断に迷ったバイトが奥の部屋から店長たるグリモアに指示を仰ぎに来たために様子を見に来たところだったのだが、噂の二人は仲良く店の外に出て行ったところであった。

 不完全燃焼なグリモアは二日連続で不機嫌そうな顔でカグヤに言う。 クライドに昨日からまるで凶悪な猛獣のように恐れられている現状、彼女の機嫌は悪くなる一方であった。

「それで、結局室長は探しに行くんですか? 当分バイトは休みたいと相談は受けましたからOK出しましたけど……」 

「さぁ? ここで相手を待つ作戦みたいだけど……どうかしらね。 あの調子だと、我慢できずに明日にでも出て行きそうな雰囲気よ」

「行きたいなら行けばいいんですよ。 中途半端に未練を残されても未来のボクが困りますからね」

「あら驚いた。 ゴネないのね、正直もっとグズるかと思っていたわ」

「ボクは子供ではありませんからね。 それに、どうせ止めたって行くに決まってますよ。 あの人はそういう人です。 逆に、行かなければそれはそれで心配にもなりますよ。 あの室長が”やんちゃしない”って言うんですからね。 それこそ驚天動地という奴です」

「ふぅん……」

 不機嫌そうな顔から一転し、苦笑を滲ませるそのカノンの表情は恐ろしい程の余裕で満ち溢れていた。 カグヤにも分からぬその余裕の源泉はどこにあるのか謎ではあったが、”家主”の雷が落ちないようなので何よりであった。

「ま、いいわ。 確かに流れに身を任せてみるのも一興だものね」

「諦めたんですか?」

「まさか。 ただこっちの方が早そうだから様子見。 それに、偽者に”襲われた”という場所のデータがある程度集まるまで待っているのよ」

「ストラウスの情報待ち、ですか」

「トールの情報の中でもダミーの数が異常に多いのよ。 偽者が襲っている施設から統計を割り出して現在類似点を捜索中なの。 これがドンピシャでね、全部情報の施設から外れていないのよ。 ダミーの中にある本物だけが襲われている感じがするわ。 だから直のこと偽者の意図が私には分からないせいで困ってはいるんだけど……」

「ボクにだって分かりませんよ。 用済みだから処分するにしても、態々あんな風に”人目に付かせる必要は無い”わけですからね」

「そう、まずそこが理解できない。 どこかいつもの動きとは違うのよ。 今回の件、あいつ<シュナイゼル>の動きにしては表に流出し過ぎているわ」

 それだけ追い詰められているということなのだと思えば理解できなくもないが、それでもこの方針転換の意味がカグヤには図りかねていた。 暗躍していたモノを表に流出させるその意図にこそ、何か理由があるはずで何がしかのメリットが無ければならないのだ。 だが、その意図が今回は待ったく読めない。 カグヤたちを挑発しているという可能性はある。 しかし本当にそれだけの意味しか持たないのかどうかが読めないのだ。

「第三勢力の可能性はどうです? 例えば、アンリミテッドデザイアシリーズによる内部分裂とか」

「それはありえないわね。 例えば、手駒に反乱されたのだとしても鎮圧する術は絶対にあの男なら用意するはず。 嫌味ったらしい形で、ね。 JSウィルスももう完全に下火になっているでしょ?  でも、今回の件のために何かが動いているという報告はストラウスからもこっちの警戒網からも出てこない。 それどころか、隠蔽工作さえ後手に回っているらしいのよ」

「へぇぇ……彼が先手を打てない事態だと?」

「一応隠蔽工作らしき動きを”襲っている奴ら”がしているらしいけれど、ならそもそも発見されないように動けば良いだけの話でしょ。 けれど、見つかっていなかったのだから秘密裏に処分するぐらいはできたはずなのに、敢えて発見されるようにする理由は何? 今までの戦略と合致しないわ」

「ボクには聞かれても答えられませんよ。 彼には魔法の才能と共に策略の才があります。 例えそれがペテン師の如き卑劣なものでも、そのペテンの力は全て最終目標に集約されるはずです。 ですからこれもきっと――」

 言葉を切るグリモア。 その先の言葉など容易くカグヤにも想像が出来る。 故に、こそ彼女は間髪居れずに言葉を返した。 

「”魔導王”へと続く工作というわけ?」

「でしょうね。 意味が無いことはしない人です。 必ず意図があり、目的があります。 その瞬間には見えなかったとしても意味が必ず」

 グリモアが彼に使われていた時代でさえ、その一つの任務は必ずもっと大きなメリットのためになるように仕組まれていた。 その中でも特に、隠匿性と情報操作に関しては目を見張るものがある。 古代の叡智として航行艦インテレクトで活動していた頃の経験が彼女にそうだと判断させていた。 

「でも、今のような方法をやりすぎると管理局自身が身内を疑って疑心暗鬼になるわよ。 それでは、管理世界の秩序を維持する上では良くないわ」

「ボクもそう思います。 これではまるで、自分を発見して欲しいように振舞っているかのようにも見えますし……」

「それは私たちに? それとも管理局に?」

「或いは、その両方にですよ。 ”魔導王”……自称するだけなら魔導師の子供にだってできるんですよ。 しかし、称号や二つ名は誰かに呼ばれなければ意味が無い。 その称号に込められた畏怖も畏敬も誇示できませんからね。 貴女の”剣聖”の称号と同じです。 認められないモノには意味が無い。 長く潜伏して準備を終えたので、そろそろ表に出てきたいとうことなのかもしれませんね」

「そうして、管理世界でその称号を手に入れるというの? 実際にやったら稀代の笑い者よ。 まず現実味が無いし、王がどうたらとか考え方がまず前時代的過ぎるわ。 例えテレビで生放送されたりしても、今の民衆は敬うことも認めることもしないわよ」

「その意見には同意します。 自分の世界の政治に対する問題にさえ無関心になってきている昨今ですし。 ただ、それでも彼が魔法世界に固執してきたことだけは事実で、それを具現化するように管理社会の秩序は構築されて来きました。 その積み重ねが今の管理世界なんです。 なら、彼にとって重要な何かや意味があるのでしょう。 或いは、”魔導王”になることでそれに付随した何かを手に入れることができるのかもしれませんね」

「アルハザードの浮上が間近なこの時期に? 焦りがこれを誘発したのかしら……」

 シュナイゼル・ミッドチルダはかつてアルハザードに居た男でもある。 その恐ろしさは、それこそよく知っているはずなのだ。 その頃は甘い見通しを立てて強気になっていたが、現実は夢物語のように甘くないと知って今更みっともなく自棄を起こしたという可能性はあるかもしれなかった。 恐ろしく短絡的過ぎて情けない想像ではあったが。

「シリウス、一つ質問です。 貴女がアルハザードと戦うとすればどうしますか?」

「その質問は成立しないわ。 仮定の中にさえ、私の選択肢の中にはアルハザードを攻めるなんて愚作は存在しないもの。 きっと、”勝っても負けても”碌な事にはならない」

「それでも敢えて仮定してください。 その場合、絶対に必要なモノが見えてくるはずですから」

「……難しいことをいう娘ね」

 そもそもにおいて、勝てるというビジョンがカグヤには思いつかないのだ。 勝てない戦いはするべきではないし、してはならない。 向こうに攻撃の意思も何も無いのだから、その気も無い相手に突っかかることこそしてはならない。 それこそが賢君としての理だ。 戦争を外交のための手段だとしたとしても、その先に勝利の二文字が手に入れられず、その結果繁栄に繋がらないのであれば意味が無い。 為政者としては論外である。 やるからには勝たねばならない。 つまり、絶対に必要なのは”それ”だ。 例外で玉砕覚悟という戦術もあるが、アレはもう選べない連中の戦術である。 後に何も残らない以上ただの自己満足に過ぎない。

「勝てる可能性、つまりは勝つための”手段”が無ければ初めてはならない」

「そういうことです。 そのための手段が無ければいけません。 どんな戦いでも真剣に仕掛ける戦いならば”ほぼ例外なく”です。 命がかかってないなら別ですけどね」

 まさか、負けて苦しい思いをするために戦いを仕掛ける馬鹿はいない。 勝つために仕掛けるのだ。 最悪勝てないとしても戦いを仕掛けることでなんらかの利潤が享受できなければならない。 仕掛ける側というのは、そうでなければ始まらない。 例外として戦いたいがために戦うというのもあるが、それこそ例外だ。 戦うことそのものが利潤なのであるから、勝ち負けはどうでも良い。 それさえもないというのがきっと最低の戦いに違いない。 

「ですが、考えてみてください。 そんな夢のような手段は無いんですよ。 ジュエルシードで虚数空間へアルハザードを落とすという次元戦略は本気でそこまでするのか? という点では見事ではありましたが、当時でさえそれで確実だと妄信できるものではなかった。 貴女の存在が良い例です。 少なくとも防御に徹していれば”普通には届かないから倒せない”。 そういった理不尽な力を持つ連中がいるのがアルハザードです。 絶対防御の代名詞である絶対領域の存在も彼は知っていたはずですから、ジュエルシードが通じない可能性など思いついていたはずでしょう。 なのに、それでも実行したのはもしかしたらその頃から別のシナリオが存在したからではないですか?」

「シュナイゼルがそんな上等な手段をあの頃から用意していた、と? まさか。 そんなはずがあるわけが――」

「在るはずのないボクの完成型なんて保険まで隠し持っていたんですから、その可能性を除外するのは早計です。 現に貴女とジルから隠れて暗躍していた事実があります。 ジルが意図的に状況を操作して貴女と必要以上にニアミスさせないようにして来たというのもあったようですが、それでも潜伏期間が長過ぎです。 今思えば、先の先までシュナイゼルは当時から予期して準備していたのかもしれません。 ずっとベルカに居たのも、ミッドチルダでの動きを悟らせないためだとしたら納得できます。 だから、ベルカ崩壊後にすぐにミッドで動けたのでは?」

「それこそまさかよ。 あの頃の全ての状況を読むことは不可能よ。 そもそも、最後の壁であるアレイスターはどうなるというの? アレの理不尽さは私の比ではないのよ。 行動も思考も常人では図ることさえできないわ」

「一時的といえ、三大魔法開発のために彼に手解きしたのがアレイスターです。 その彼は自身をヒトだと言っています。 神でも悪魔でもないのです。 人間なら人間を少しは理解することができるでしょうから、時間さえあれば好みが分からない道理がありません」

 グリモアが言っているのはアレイスターの趣味のことだろう。 彼は人間を観察することを楽しんでいる男であり、苦悩も絶望も幸福も怒りもそれら全てを娯楽だと言い切れる怪物である。 ましてやそれを公言しているのだ。 嘘偽り無く。 どこまでそれを貫くかということが問題ではあるが、それならそれをどの程度まで信じられるか入念に調べてから決行したのかもしれない。 人心を掌握するためには他人を理解することができなければ不可能だ。 ならばその術に長けている男が、計れないということがあるのだろうか?

「だとしても、いつ気が変わるかもしれない以上は”不確定要素”としか言わないのよカノン。 そんな曖昧な思い込みを信じてはいけない。 ましてや、読み違えた時点で全てが終わるかもしれないから博打にさえならないわ」

「いいえ、多分その認識が既に”間違い”なんですよ」

「そう思う根拠は?」

「多分、室長と同じなんですよ」

「クライドと?」

「室長はしたくないことは必要になるギリギリまでしませんし、しなくて良いならそもそもしません。 そして、一度しないと決めたら自らの例外条項に触れるまでは絶対にしません。 彼曰く、『面倒くさいから嫌』だそうです」

「それはあの子お得意の我侭じゃない」

「他人からの評価はこの際関係ありませんよ。 そしてアレイスターもある一点においては同じようなルールを自分に強いています。 ”ギリギリまで動かない”という自分ルールです」

 カグヤは今までのアレイスターの言動を思い出す。 確かに、彼はいつでも動けるが故に”動く素振りを見せなかった”。 自身に課したルールを遵守している。 その程度は問題ではないのだろう。 その瞬間、カグヤの顔が不機嫌に染まった。 その通りに動くという予測を、確かに立てられると今この場で”自身”が想像の中で結論として簡単に出してしまったのだ。 

「まさか、貴女は私もペテンにかけられているとでも言いたいの?」

「そうです。 最悪、貴女も彼の計画に必要な一人かもしれないということです。 もしそうだとしたら、”ベルカ生まれの貴女”が彼を追う”アルハザード側の人間として立っている”この状況はやや不自然に思えます」

「不自然? 私の憎悪も怒りも私だけのモノよ。 シリウス・ナイトスカイだった頃からあるこの胸の冷めない熱は、余すことなく残滓である私にも受け継がれているのよ」

「しかし、だとしたら何故貴女は”アルハザード側”に居るんですか」

「何故って、だからそれは――」

「貴女には”エレナ”と”レイヴァン”がいました。 二人が居たのはベルカであってアルハザードではありません。 あの二人と比べれば当時のボクもアルシェもジルも、勿論ストラウスだって優先度は下がるはずです。 なのに、貴女は復興するためにアルハザードに残り、ベルカ攻撃の際にはアルハザード側として加わった。 何故ですか?」

 生まれ故郷であり、可愛がっていた妹と好いていた男がいる場所。 例え、それが破滅への道を歩むものだとしてもシリウス・ナイトスカイにはそれを阻むための力も時間もギリギリまで残されていたはずではないかと、そうグリモアは言っているのである。 虚数空間内とベルカという彼我の物理的距離は関係ない。 カグヤならそういう行動が取れたずなのに、どうしてその選択しなかったのかとグリモアは問うているのだ。

(私はアルカンシェルで殺されて、魔法プログラムになってジルに会った。 そして、状況を聞きながらアレイスターに謁見した。 その時の私は……私は……)

 疑問が疑問を呼ぶ。 遥か昔の記憶ではあるが、魔法プログラム体の記憶は脳ではなくプログラムの中に記述されている。 検索すれば忘れてはいても情報として取り出せる。 そういうシステムだ。 そのシステムがその当時の記憶を事実としてカグヤに思い出のように再現して見せる。 だが、その合間にもグリモアは言い募った。

「もう一つ可笑しいことがあります。 何故、シュナイゼルは貴女ではなくレイヴァンを選んだのですか? 強い方が後々は対アルハザード戦力として使いやすいはずです。 夜天で最強と呼ばれた騎士と、時の聖王が公認した剣聖。 一地方の騎士とベルカ全域で知られた剣姫の差は歴然です。 なのに貴女は彼に選ばれなかった。 エレナ・ナイトスカイが手の内にあったのなら、貴女を抱き込むことも不可能ではなかったはずではないですか」

「冗談じゃないわ。 この私があんな男に膝を屈する可能性など、無限の彼方を探したってありはしないわよ!!」

 珍しい程に怒りを露にしたカグヤの激昂が飛ぶ。 客や店員が何なのかと振り返るが、それをグリモアは無視して更に続ける。 

「確かに貴女は御し難いかもしれない。 でも、ボクからすれば騎士レイヴァンと条件はほとんど同じだったと思いますよ。 だって、貴女も彼もエレナという弱点が存在していたという意味では同じです。 いっそ二人とも手に入れてしまえば良いぐらいです。 夜天の書にある空きは七人分。 守護騎士の四人、エレナ、レイヴァン、シリウスで丁度埋まります。 本当は貴女とレイヴァンのどちらかではなく、自分が入りたかったのでしょうがジルがそれをできないように細工していたようなのでシュナイゼルは最も安定して完成度が高い三番機には魔法プログラムを”入れられなかった”。 これには三番機が完成した段階で気づいていたはずなんです。 なら、後のことも考えれば貴女を入れることも勘定に入れていたはずです。 なのに、それが”されていなかった”。 ボクは今だからこそ思いますよ。 もし、何も知らない貴女がエレナに頼まれたら、嫌とは言えなかったのではないかと。 今のように”自由意志がある貴女”は無理でも魔法プログラムやリビングデッドの貴女なら意思とは関係なく御せるはずですよね? ならば、”そうしておかなかったはずがない”。 アレだけメリットには敏感な男が、無限踏破持ち二人を同時に手にすることができる好機を見逃すだなんてこと、ボクにはそれこそ”信じられない”」

 一度に言い終えたグリモアは、言葉を失っているカグヤを見下ろす。 すると、缶コーヒーを缶を握りつぶす勢いでその手がブルブルと震えていた。 グリモアの考える仮説など、それこそ一度も考えたことはないのだろう。 何か盛大な思い違いをさせられていたのではないかと、今頃は必死に当時の状況を振り返っていることは容易に想像が出来る。 グリモアからすればもはやどうでも良い疑問ではあったが、それでもシュナイゼルと思わしき連中の者が愚かにも彼女の”主”にちょっかいを掛けてきた。 故にこそ、確実に今回の騒動のキーマンになるだろうカグヤへの言葉であった。 

「所詮これはボクの想像です。 でも、もし仮に今の構図まで描いて始めていたのだとすると、アルハザード側に彼が勝つ手段が一つだけボクには想像ができてしまうんですよ」

「そんな……物理的に不可能だわ」

「はい。 戦力差はそれこそ絶望的です。 十回戦って十回ともアルハザード側が勝ちます。 負ける要素がないからですからね。 けど、それでも問題を摩り替えてやれば勝てるかもしれません。 もし、仮にシュナイゼルが当時からそういう段取りでこの舞台のキャストを調整してきているのだとしたら、”貴女”も”アレイスター”も、もはやシュナイゼルには勝てません。 ふざけた勝ち方になるかもしれませんけど、ね」

 そんな魔法染みた方法などあるはずがない。 実現したらそれこそそれは悪夢でしかない。 カグヤには到底信じられないし、許容できることではなかった。 そんな道理に合わないことが存在して良いはずがないのだ。 この構図のどこに、そんなものがあるというのか?

「教えないさいカノン。 貴女は一体何を考えついたというの」

 だが、尋ねても紫銀の助手はそこから先は何も言わない。 紅眼の主が珍しいほどに感情を励起させているそれを真っ向から平然と受け止めるだけであった。 紫銀の瞳は動じない。 今にも射殺さんとばかりに睨んでくるカグヤの双眸。 だが、それでも彼女はその答えを言わなかった。

「……所詮仮定の話ですよ。 何をそんなに熱くなっているんですかシリウス。 不感症女の癖に、今日の貴女は柄にない程に熱いですよ。 シュナイゼルの黄金マスクの影響ですか?」

「聞き捨てなら無い言葉を出したのは貴女よ」

「いい気味です。 精々悩みやがってください。 いつも店を冷やかすばかりで、しかもボクと室長の仲を拗らせようとする貴女にはそれぐらいの意地悪をしたっていいはずですからね」

「……貴女、本当にいい性格になったわね」

「シリウスほどお茶目ではないつもりですよ。 後、変わったというなら貴女もでしょう。 昔よりも感情的になっています」

 悪くなりかけた二人の空気は、しかし既に霧散していた。 カグヤは盛大にため息を吐くと、読んでいた雑誌を回収して席を立つ。 

「いいわ、言いたくないならこれ以上は聞かないわ。 まったく……これがクライドなら大気圏外まで斬り上げてでも吐かせるところよ。 かつて育んだ友情に感謝して頂戴」

「私もこの身体だと死にはしませんからやってもらっても構いませんけど?」

「唯の立体映像を切り刻んでもストレスが溜まるだけよ。 その点、彼はいいわね。 悲鳴も楽しく上げてくれる高級サンドバックに早代わりだもの。 しかも、何度斬っても壊れない永久使用できる希少品よ」

「……あげませんよ? ボクのですからね」

「馬鹿、欲しいなんて一言も言っていないじゃない」

 そんな戦いに参戦する予定など今のところ皆無なのである。 勝負するつもりもないので敵視されてもカグヤとしては困るだけだ。 白けた空気にもう一度だけ疲れたようにため息を吐くと、カグヤは店を後にした。 すると、店の前に広がる庭園でクライドとディーゼルが茶髪の女性の足元に二人して倒れ付しているのを発見した。

「よっしゃー!! ディーゼル君やクラスメイト+先生方の敵討ち終了!! フフンっだ。 二度も続けて負ける私様じゃないのよ。 さぁ、気絶してないでとっとと攫っていったリンディちゃんを出しなさい!! うりゃうりゃうりゃ!!」

 勿論、注意して視ていなかったのでどうしてそうなったのかは彼女には分からない。 ただ、女性が仁王立ちしながら勝利の勝ち鬨を上げていることでなんとなく状況を察することだけはできていた。

 死人に鞭打つように気絶した男をビンタしながら起こそうとするその女性。 言ってることは滅茶苦茶だし、気絶している相手への気付けのつもりなのだとしてもやりすぎだ。 むしろ、八つ当たりという認識しかできない所業をクライドに与えていた。

 乾いた音が何度も木霊するその珍妙な光景を見て、カグヤは三度ため息を吐きながら、見なかったことにしてストラウス邸へと去っていく。 ただ、後でミーアの毛皮でも撫でて荒んだ心を慰めることだけはしっかりと心に決めていた。

――なぜなら、一流のフリーランス魔導師は体調管理と同じでメンタルケアも欠かさないものだからである。

コメント
更新まってました!お疲れ様です。
じっくり読ませていただきます。
【2011/01/27 15:26】 | irp #1ovp2TO6 | [edit]
クライドVSクライドの勝者はフレスタ氏になりました!

・・・・・・・・・・・・あれ?
【2011/01/27 20:01】 | Tomo #SFo5/nok | [edit]
最後にいったい何があったんでしょう
【2011/01/27 21:36】 | 名無しさん #- | [edit]
アルハザードのチートな連中に勝つ方法って一体何なんだろう…。
【2011/01/27 23:04】 | ot #- | [edit]
う~ん、読んでて楽しいな~






なにがなんだかわからないw
【2011/01/29 14:04】 | 名刀ツルギ #pt67g6gE | [edit]
誤字報告を。
×反抗時刻
○犯行時刻
【2011/02/13 19:57】 | 三成 #NIjeC0HU | [edit]
irpさん Tomoさん 名無しさん otさん 名刀ツルギさん 三成さん

 ども、コメントアリです。
 更新遅いですけど、なんとか完結目指してがんばります^^
【2011/11/11 18:14】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
なんで句点の後に全角スペース入れてんの?
【2013/03/01 21:01】 | 名無しさん #- | [edit]
名無しさん

なんで句点の後に全角スペース入れてんの?

トラスの癖というか、趣味です。それ以上の意味はないですよ
【2013/04/08 20:17】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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