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憑依奮闘記3 第二章

 2011-01-27

 クライドにとっての強敵といえば、それこそ沢山のものがある。 空腹などという生理的な敵から始まって、金欠だとか病気だとか高ランク魔導師だとかそれこそ無数にあるわけであるが、その中でも彼女程の天敵は近年稀に見ないだろう。

――その女性は名を”フレスタ・ギュース”と言った。


「さぁ、リンディちゃんの居場所を吐いてもらおうかしら。 いい加減、私様の暖かい慈悲の心も尽きかけているのよ。 おわかり?」

 仁王立ちだった。 ストラウス邸の庭で、何故かクライド二人は正座をさせられたまま暴君に尋問されていた。 何故か分からないがそうなっているのだ。 完全に場の主導権はポッと出の第三者が握っていた。

『おい、ディーゼル。 何がどうなったらフレスタが来るんだ。 しかも、何故か頬がヒリヒリと痛む。 敗者として原稿用紙三枚以内で説明してみろ。 勝者たるクライド君が許すぞ』

『知らないよ。 君に気絶させられていた僕に聞かれたって分かるもんか』

『てめぇ、敗者の義務を果たせよ!!』

 念話で語り合いながら、何故フレスタがここに居るのかを二人して頭を悩ませた。 ここにいないはずの彼女がいるのだ。 悩むのも当然であった。 ディーゼルは正座しながらも、とにかく現状を把握するべく問いかける。

「えーと、その前に何故フレスタさんがここに居るのか説明してくれないかな?」

「質問に答えましょう。 私様の日頃の活躍を理解して下さっていたヴォルク提督が、リンディちゃんの捜索のために命令書を発行してくれたのよ。 だから私はここにいるの。 オーケイ?」

 命令書を突き出すようにしながらフレスタは自信満々の様子で言う。 それを受け取ったディーゼルは素早く確認。 すると、確かにディーゼルの部下として任務に当たるような辞令が下されていた。 ヴォルクとグレアムの連盟のサインもきちんとある。 ディーゼルとしては、受け入れない理由は無かった。

「さすが過保護爺さん。 よりにもよってフレスタを送り込んできやがるとは……」

 思わず感じた頭痛をこらえるようにしてクライドは顔を顰める。 だが、ふと不審に思ってディーゼルに問う。

「おい、お前極秘で動いてるんじゃなかったのか? どうしてヴォルクの爺さんが介入してくるんだよ」 

「僕に聞かれても困る。 ただ、命令書は本物のようだ。 正式な管理局の任務なら”問題はない”だろう」

「あー、さいですか」

 好きにしろとばかりに、クライドは諦めた。 あの孫馬鹿提督が相手である。 確かに、どんな些細な動きも孫のためとなれば見逃すとは思えない。 グレアムの動きにも気づいていた可能性は否めない。

「さて、私の立場が判明したところでクライド。 そろそろ洗いざらい吐きましょうか。 でないと、私様のデバイスが火を噴くわよ」

 トライアドの二丁拳銃が桃色の弾丸を生成されていく。 とにもかくにも、冷静にさせなければならなかった。 でなければ蜂の巣にされることだけは間違いない。

「ちょ、待てよ。 落ち着けよフレスタ。 俺は無実だ。 俺の偽者がいることは既にディーゼルが掴んでる。 だから、俺を尋問したところで益はないぞ」

「そうなの? んー、それならそれでいいわ。 その代わりにあんたも捜索に協力しなさい」

「だが断――」

 瞬間、クライドの頬の横を桃色の弾丸が二発通過した。 砲撃魔導師として腕前は惚れ惚れするほどに美しい。 何せ、狙い通りにクライドの頬を掠める程度で射撃したのだ。 クライドは思わず吐き出そうとした言葉を飲み込むことしかできなかった。

「ごめんねクライド。 ちょっと暴発しちゃったわ。 きっとどっか誰かさんが行方を眩ませて整備してくれなかったせいね」

「嘘だっ!! 今思いっきりわざとじゃねぇか!! それに俺以外のデバイスマイスターなんて本局には腐るほどいるだろうがよ。 なにが暴発だ!!」

「まぁ、そんな些細なことはどうでも良いわ。 ねぇ、協力してくれるわよね♪」

 満面の笑顔である。 至近距離から見たら大抵の男は一殺<いちころ>かもしれない。 ついでに併せ技でウィンクまで飛んだ。 だが、クライドは視線をデバイスに向けてそれをかわしている。 無効化されたかに見えた説得術であったが、彼の視線の先にあるデバイス二丁の先には、やはり次の弾丸が用意されようとしている。 答えを間違えたら間違いなくヤられる雰囲気だ。 クライドは迷わず屈した。 例によって例の如く、魅力よりも勝る武力が、クライドの心を折ったのだ。

「く、なんだこれは。 最近の時空管理局は魔法で脅すような輩をのさばらせているのか。 俺が去った後にどうやら時代が変わったようだなディーゼル。 これが新しき時空管理局……管理世界の未来は暗いな。 力こそ正義の暗黒時代が到来したのか……ますます低ランクは生き難くなるぞ」

「そんなわけないだろう。 これは君専用の実に高度な交渉術だ。 あまりにも効果がありすぎて、君にしか使えない彼女の奥義じゃないか」

「……おい、提督殿。 それは本気で言っているのか?」

「勿論さ」

 爽やかな笑顔で言われた。 だが、クライドはその笑顔に冷や汗が流れていることに気づいていた。

(見て見ぬ振りか、そうなんだなディーゼル!!)

 そこには生きることに必死な提督しかいない。 波風立てぬ大人の配慮という奴が滲み出ていた。 嫌な配慮もあったものである。

「……で、どうなのよ。 手伝うの、手伝わないの?」

 問いかけと一緒にカチリッと、ファイアリングロックが外れる音が静かに響く。 クライドはもう、その音だけで十分である。 彼は諦めが可能性を殺すと常々考えているような男ではあったが、諦めなくても可能性が殺されそうなのだから当然のように命を取った。

「ははぁ……仰せのままに」

「うむ。 よきにはからえ」

 デバイスが仕舞われ、フレスタが満足そうにふんぞり返る。 まるでお殿様と弱みを握られて扱き使われる悪代官といった風情だ。 どちらが殿様でどちらが悪代官なのかは考える余地もない。

「君、僕の時と違ってなんでそんなに物分りがいいんだ」

「馬鹿野郎、昔馴染みとポッとでのエリート提督じゃあ”凄み”が違うんだよ凄みが」

「そういう問題……なのか?」

「そういう問題なのだ」

 しかも、管理局で軟弱な男共を躾けてきた女でもある。 ヘタレ男クライドは無様にも屈することしかできない。

「さて、これで一応話しも纏まったところでディーゼル君。 リンディちゃんを探しに行きましょうか」

「は?」

「なんかね、監査部のゴルなんとかって人が怪しい施設の場所をいくつかピックアップしてくれたらしいのよね。 はい、データをデバイスに転送するから確認してみてくれる?」

「わかったよ」

 グレアムと昨夜通信してから新しい発見でもあったのか。 事実を知らないディーゼルは訝しげにデータを確認する。 クライドもディーゼルが展開した空間モニターを横から覗き込むようにして閲覧。 機密情報の奪取を試みる。

「ふむ……」

「ほぉ、ミッドで二箇所……それ以外の次元世界でもいくつかあるな」

「一番怪しいのがほら、ここのミッド旧市街だってさ」

 モニターに表示されたディメイションマップには確かに座標を示す光点があり、更に詳しい情報が記載されているようであった。 しばらく、二人のクライドは食い入るようにデータを眺める。 見終わった後、二人は同時に顔を見合わせて頷いた。

『なんか怪しいよな』

『ああ、怪しいね』

 何が、とは二人とも言わない。 念話で語らずとも、そのデータが不自然であることに気がついていたからである。

『リンディを探し行くとフレスタは言ったが、目撃情報を元にしたとしてこんな”複数”あると思うか? 誘拐なら普通、人目につかないように犯人は動こうとするだろ。 なのに、どうしてこんな一杯潜伏候補があるんだよ。 誘拐されてからこれ全部をたらい回しにするなんて無理だろ』

『それもあるが、怪しい場所をどうしてこんなにもピックアップできたかが分からない。 監査部……一体どういう基準でこれだけの施設を選んだんだ?』

『なぁ、試してみるから邪魔するなよ』

『試す? 一体何を――』

 疑問に思ったディーゼルの視線がクライドに向く。 すると、クライドは正座をやめてフレスタに近づいていた。

「フレスタ、お前ちょっと俺の眼を見ろ」

「はぁ? ちょっ、近いわよあんた!?」

 右手で肩を強引に掴むようにしながらキスでもするのかと思うぐらいに顔を近づけるクライド。 さすがに呆れそうになったディーゼルであるが、彼はしっかりと見ていた。 足元で五茫星形の青い魔方陣が光ると同時に、クライドの左手が一瞬バチバチと放電したのを。 電撃系の簡単な魔法なのだろう。  試すといった意味をそこで初めて理解したディーゼルが思わず止めようと考えた次の瞬間、フレスタの身体にその左手が触れた。

「――ッ!?」 

 ディーゼルはその光景を見て呆然とした。 フレスタの身体が、桃色の魔力の霧となって空気に溶けていったのだ。 タダの人間なら、そんなことはありえない。 間違いなく”その反応は”リビングデッド<屍人>であったことの証明だった。

「そんな馬鹿な。 リビングデッドだったのか」

 愕然としたディーゼルの呟きが、その胸中を正直に現していた。 しかし、もう一人のクライドは別であった。 先ほどまでフレスタが居た場所の足元に落ちたデバイスを拾いながら、別の事を考えていたのだ。

(また”ルール破り”か)

 フレスタは死んでいないと、昨日のうちにディーゼルは言っていた。 その後に死亡したのだとしたら辻褄が合うが、そうでなければフレスタのリビングデッドなどこの世に存在するはずがない。 しかも、先ほどまで話していたフレスタは二人が良く知っているフレスタの如き行動を取った。 まるで狐か狸にでも化かされた気分になってしまうのも無理はない。

「ああもう、面倒くさいことこの上ないな。 ディーゼル、ちょっと付いて来い」

「どうするんだ」

「落し物検査だ。 これは俺がフレスタのために作ったデバイスだから、調べれば何か分かるかもしれん」

「分かった。 なら、解析の間に僕はグレアム提督にさっきの件で確認しよう。 あの店、次元通信はできるか?」

「ああ、普通に繋がる」

「ならいい。 それにしても、君関連の事件は本当に頭が可笑しくなりそうな事件ばかりだ。 正直頭が痛いよ」

「がんばって解決してくれ。 しかしお前、結構余裕だな。 もっと喚くかとも思ったんだが……」

「君が余裕でいるのに、何故僕がうろたえる必要があるんだ。 まぁ、それはともかく……」

「待て、つかぬことを聞くがお前そのブラストバレットをどうするつもりだ」

「何って、君もリビングデッドかどうか確認したくなっただけだが……」

「馬鹿野郎、ついさっきの決闘で俺はお前のジャベリン”モロに喰らった”だろうが」

「そういえばそうだったな。 しかし、それでノックダウンしなかったことだって普通はありえないと思うぞ。 ……はっ。 まさかまた君のトンデモ発明か」

「企業秘密だ。 それよりほらさっさと行くぞ。 ”時は金なり”だ」

 その後、二人は急いでデバイス工房へと戻っていく。 仲は良くない二人であるが、それでもそんな些事などもはや考える余裕はなくなっていた。

「おや、忘れ物ですか室長」

「違う違う。 ちょっと変なもの拾ったんでな。 ここの設備を借りようかなーと。 いいよな、グリモア君」

「それは構いませんが……後ろの提督は一体どういうつもりなんですか? ここから先は関係者以外は立ち入り禁止なんですが」

「すいません、少し次元通信をさせて欲しいんですが……」

「……まぁ、いいです。 仕事の邪魔をしなければ」

「よし、店長のお許しが出たぞ。 行け、ディーゼル」

 店長に軽く頭を下げてつつ、カウンターの後ろにある通信装置に向かうと時空管理局へと通信を繋ぐディーゼル。 クライドはその間に、デバイスメンテやパーツ交換などの仕事に勤しんでいるグリモアの隣の調整槽へとトライアドを放り込む。 本局のそれと比べても十分引けを取らない高性能なそれは、一瞬で起動するとトライアドのデータを表示し、空間モニターへと羅列していく。

 トライアドはクライドがかつてフレスタのために作った三点セットデバイスである。 それ自体は作ることは難しくはないし、管理局でも作ることは可能だ。 だが、それはあくまでもフレスタ・ギュースという砲撃魔導師のためのデバイスである。 フレスタ専用に調整されていると言っても良い。 しかもそれを調整したのは他ならぬクライド自身だ。 記憶を”検索”しながらその時のセッティングと見比べていく。 あれから約四年経つ。 その間にフレスタが成長しセッティングを変えた可能性はあるが、比べることで見えてくるものも少なからずあるはずだった。

「へぇぇぇ……面白いじゃねーか」

 ニヤリと口を釣り上げたクライドは、唇を下で湿るように舐める。 そうして一々頷きながら確認したいことだけを確認していった。 製造番号からこっそりと記録しておいた製作者のサイン、そしてデバイスの使用ログ。 特にそのログが重要だ。 フレスタが仕事と訓練で使用した分だけ蓄積されているはずなのである。 それによって、いつこのデバイスが用意されたのかが見えてきた。

「楽しそうですね室長」

「ああ。 自分のデバイスが丸々完全にコピーされていると分かればそりゃあ楽しくもなるさ。 こいつを見てくれ。 君も見覚えがあるだろう」

「トライアド……ですか。 しかし、どうしてそれが今室長の手に?」

「さっきフレスタのリビングデッドが来て落としていったんだ。 実に不可解で笑える証拠だ。 もしかしたら、次はフレスタだって俺を挑発してやがるのかもしれん。 野郎はどうしても”俺”に会いたいらしいからな。 こういう卑怯な手を使う奴が俺は大嫌いでな、ちょっと喧嘩して来る」

 軽くそう言うと、クライドはトライアドを調整槽から取り出して、グリモアに差し出した。

「グリモア君、仕事が終わった後でいいからこいつをカグヤに渡してやってくれ。 楽しい”データ”が入ってるんでな」

「それは構いませんけど、まさかこれからすぐに行くんですか?」

「ああ。 ちょっとディーゼルの奴と一緒に行って、軽く喧嘩したら帰ってくるわ」

「分かりました」

 特に不機嫌そうな顔もせずにグリモアが頷く。 あまりにも素直に頷くので一瞬嫌な予感がしたが、仕事中のグリモアはクライドの方を見ずに作業を続けていた。 クライドの用事にまったく無関心のようである。 それが不気味に思えた彼は、しばし悩みながらも尋ねた。

「その、俺が言うのもなんだが本当に良いのか?」

「別にボクは室長がどこで何をしようが構いませんよ。 ちゃんと帰って来てくれるのなら問題はありません」

「……そっか。 なら、多分大丈夫だ。 俺の居場所は”今のところ”こっちにしかないからな」

「なら安心です。 いってらっしゃい室長」

「ああ。 いってくるよグリモア君」

 小さな白衣の背中を背に、クライドは行く。 書の主と書の管制AI。 本来はセットで動くはずの二人は、しかしその自我故に別行動を取ることもある。 今までは考えられないようなことだが、それが今の二人の関係だ。 四六時中繋がっているのだとしても一緒にいなければならないわけでもなく、その思惑もまたそれぞれ違う。 それでいいのだと、二人は思っていた。 胸を焦がすような苛立つような、それでいて憂鬱な感情など介在の余地の無い、唯の事実があるのだ。 今はそれが、二人の精一杯の距離であった。

「ディーゼル、話はついた……か?」 

 クライドがそこに行くと、なにやら身振り手振りで空間モニターに向かって会話している不可解な男がいた。 バイト仲間の娘がなにやら困ったような顔でクライドを見てくる。 意味が理解できないので奇妙な踊りだとでも勘違いしているのだろう。

「なんと、まさかのブロックサイン<身振り手振りで会話するための手段>だと? グレアム叔父さんの仕込みだとしても、なんであんなの使ってるんだあいつ。 本当にミッド人なのか……」 

 ミッドチルダにも手話に似た会話手段は存在するが、こんな大袈裟な動きをする会話手段はないはずだった。 だが、機密保持のために二人が愛用しているのだろうと辺りをつける。 そのうちモールス信号や手旗信号なども使うのだろうか? 素朴な疑問にかられながらも、クライドはバイトの娘を安心させるべく言った。

「気にしないでやってくれ。 映画とかで稀にあるスパイの暗号とかそんな類の奴らしいから。 ああ見えてスパイアクションが大好きな奴なんだ」

「お知り合い……なんですよね? あちらの方と……」

 おっかなびっくり尋ねてくるその歳若い女性。 クライドとしては他人の振りがしたかったが、テーブルで会話しているところを見られていたことを思い出してげんなりする。 断じて友達ではなく、所謂宿敵であった男だ。 仲が良いと思われるのはなんとなくクライドは嫌だった。

「あいつとは腐れ縁だよ。 それ以上でもそれ以下でもないんで、適当に無視してやって欲しい。 本人はあれで真面目な奴だから、害はないと思う」

「はぁ、分かりました」

 やはり、一緒に行くのはやめようかなと切実に思うクライドであった。












憑依奮闘記3
第二章
「想いなる罠」











 止むことのない喧騒こそ、都会の華である。 ヴァルハラからの長距離次元転移を終えた二人は、まずはその音によってミッドチルダの首都クラナガンに迎えられた。 止むことのない足音に話し声。 今日もミッドチルダの首都はそれなりに平和らしい。

「二度と来ないだろうと思っていたが、まさかこんなにも早くこの地に帰ってくるとはな。 この世界こそ我が第二の故郷ミッドチルダ!! ええい、懐かしい空気を醸し出しおってからに。 おっ、見ろよディーゼル。 ちょっと見ない間にターミナルの様子変わってないか? ほら、あそことか前はホットドックの売店が無かったっけ」

「何をやってるんだ君は」

 一度ホテルに戻り持ってきた荷物をコインロッカーに預けながら、ディーゼルは隣ではしゃいでいる”金髪のグラサン男”に言う。 それを見た彼の顔が呆れで染まっているのもしょうがなかった。 まるで都会に出てきたばかりの田舎の人間か、或いは次元旅行者のようなはしゃぎっぷりなのである。 それは、これから戦うかもしれないという立場の人間の態度ではなかった。

「さすがに数年も来てないと街並みもちょっと変わってる気がするなぁ。 おい、ちょっと飯でも食ってかないか? 時差のせいでまだ夕飯まで時間あるけど、そろそろヴァルハラの標準時だと夕食時だぞ」

「君、まさか目的を忘れてるんじゃないだろうな?」

「ちょっとぐらい楽しませろよ。 これから”喧嘩”しに行くんだぜ。 腹ごしらえは必要だ。 久しぶりに店長のチャーシューメンが食いたいんだよ俺は」

「あのな、僕たちはこれから偵察に行くんだぞ。 そういうのは後だ」

「固い奴め。 なら、アレで我慢してやるからちょっとここで待ってろ」

 売店へ駆け込み、適当に飲み物とカロリーブロックを複数購入するクライド。 すぐに帰ってくると、ディーゼルに向かってスポーツ飲料のペットボトルを投げた。

「ほらよ、コンビ結成記念って奴だ」

「コンビね……これっきりだと思うけど、まぁいい。 ありがたく頂戴しておこうか」

「じゃあ行くか。 偽者フレスタが言ってた、一番怪しいミッド旧市街とやらに」

 切符を買ってモノレールに乗り込む二人。 クラナガン周辺はモノレールやレールウェイなどの乗り物で繋がれており、地下鉄と合わせてポピュラーな足として人々に使われていた。

 ミッドチルダでは水に触媒を加えた燃料で走る自動車がポピュラーである。 当然、個人用の車ではなくタクシーやバスといったものもあるが、ほぼ定期的に動いているモノレールや地下鉄の方が渋滞に巻き込まれない分早いこともある。 よくミッドを知っている人間なら大きく移動する場合はモノレールを使うのが定番であり、二人とも根が小市民なので迷わずモノレールを選んでいた。

 二人の目的地はベルカ自治区が存在する北区だ。 旧市街とはミッド人からすればそこにある廃棄都市区画の事を指す。 通称『廃棄都市』とか『廃棄区画』とか呼ばれるそこは、時空管理局が発足した新暦当時に地上本部が置かれる予定だったクラナガンの都市開発計画に合わせて廃棄された都市である。 当時はテロの影響などもあってか、色々と大変な地域だったとも聞いていた。
 近くにはまだ稼動している臨海空港が存在するが、その周辺以外の都市機能はほとんど死んでいる。 近年では魔導師の教導訓練や魔導師資格の試験場として用いられていたりするが、廃棄からそれなりに経つ今でも取り壊す目処は経っていない。

 時空管理局の地上本部や政治家たちが犯罪の温床にもなりうるので壊したいと考えているようだが、先立つものが無いために今現在も放置している所謂暗黙の了解のような土地であった。 また、そこには失業者や浮浪者、ガラの悪い人物たちが住み着くこともあってかクラナガンの繁栄の影に隠れた闇の地でもある。 最近ではベルカ自治区の人間がホームレスたちのために炊き出しなどもしているらしいが、抜本的な解決の目処は立っていない。

『なぁディーゼル。 旧市街って考えて一番先にお前が連想するものは何がある?』

『……この業界だと有名なのが”犯罪者の抜け道”だね。 地上の局員が監視してはいるけど、それでも犯罪者の利用は後を絶たない』

 公のルートを通らずに入るにしても出るにしても、廃棄都市は立地条件が良かった。 いざという時は浮浪者に紛れて逃げることもできるし、監視も完璧であるとは言い辛い。 更に、近くの臨海空港からの密輸品を運びだしたり持ち込んで隠したりすることも距離的に不可能ではないことが拍車をかけていた。 アニメ三期においてはレリックというロストロギアが密輸され、何かの拍子に空港火災事件を起こしたりもしている。 それ以後、事故が起きた空港は閉鎖されることになるらしいのだが、起こってもいない今閉鎖しているわけもない。

 地上と海の所属の違いこそあれ、ディーゼルは局員でミッド人である。 良い噂を聞かない場所として記憶していた。 それはクライドも同じだ。 陸の友人であるザースからも偶々飲みに行ったときなどには、仕事の愚痴としてその区画のことを聞かされた覚えがあった。

『聞いた噂だと特に地下の排水施設が最悪らしいぞ。 知り合いの陸の局員が昔ボヤいてたんだが、迷路みたいになってる上に他の区画にも今でも繋がってるらしい。 それこそ、その気になればどこにでも逃げられるぐらいにな』

『リンディさんを隠すにはうってつけの場所ではあるな。 しかし、それなら目撃情報やどこかの監視カメラで発見されていても可笑しくはないと思うんだが……』

『確かにそうだな。 まぁでもリンディが誘拐された陸士訓練校も同じ北区にあるから、時間はかかるが幻影魔法とかステルス系の魔法を使えば、こっそりと行くことも不可能ではないと思うが……』

 そこでクライドが念話の言葉を濁した。 そんな距離など、それこそ相手には意味が無いということをクライドは真に理解していたからである。 カグヤの無限踏破を知っているからこそ、そんな単純な図式だとは思えなかった。 やはり、なんらかの罠である可能性は捨てきれない。

『どうした、何か気になることでもあるのか』

『いや……今は気にしてもしょうがない話だ』

『……話を振ってきたのは君じゃないか』

『ああっとそうだったな。 どこから手を付けるかって話をしたかったんだよ俺は。 廃棄都市といっても広いだろ。 一々探すのは骨が折れる。 相手だって見つからないように警戒しているだろうし、どうするつもりだ?』

『そっちの心配はあまりしてはいないけどね。 適当にぶらついていれば向こうから来てくれるんじゃないか? またフレスタさんの偽者みたいなのがさ。 もしかしたら、今この瞬間も見張られているかもしれない』

『お前、”偵察”とか言っておきながら実はやる気満々だろ』

『当たり前だ。 こっちは君以外で久しぶりにコケにされた気分なんだ。 あんなふざけたことをする奴、このまま管理世界に野放しになんてしていられない。 リビングデッドはJSウィルスのプロジェクトF理論と同じぐらいに性質が悪い存在だ』

 そう念話で言うディーゼルの顔は険しい。 リビングデッド<屍人の>危険性を間近で見て知っているからこその憤りである。 知り合いの偽者がいとも簡単に現れ、本物か偽者かさえ魔法をぶつけないと分からない存在として入れ替わっているのかもしれないのだ。 そう思うと、彼としても危機感を持たないわけにはいかなかった。 しかも相手は極秘で動いているはずのディーゼルの動きを完全に察知しており、しかも命令書の偽造まで平気でやってのける勢力である。 これで危機感を持てないほど彼の感性は腐ってはいなかった。

 彼はグレアムにそのことを伝え、本局でフレスタが訓練中だという確認は取れていたが、知らない間に入れ替わることも可能だという事実には戦慄を抱かずには入られなかった。 その戦慄は当然のように彼の上司にも伝播していた。 グレアム自身、極秘で動いていたのだから懸念するのは当然である。 以後の報告には特殊な人員を派遣することで対処することになっていた。 そして、その人物とはこの後に合流予定である。

 また、それと同時にグレアムは特別顧問官としてレインや高血圧から復帰したヴォルク提督、この件で動いている全ての人員へと声をかけ公の捜査を開始した。 元々何も足取りは掴めていなかったので、その捜査の遅れを取り戻すべく流れるような動きで局員は動いている。 ”本当”に何かがあるというのであればそれで掴めるはずであった。

 本当はグレアムとしてもミッド地上の捜査協力を得たいところだったが、単純に地上と海の縄張り争いのせいで合同捜査には至っていない。 それどころか管轄の違いを理由に独自に動くと言われていた。 元々リンディが攫われたのは地上でもあるし、地上の面子にかけて犯人逮捕をしたいのだろうという意図が垣間見れる。 そのことをまだディーゼルは知らなかったが、とにかく事態は彼らの認識を超えて大きく動いていた。

『まぁ、俺も性質が悪いって意見には賛成だがな。 本人たちからすればほっとけって言う話かもしれんが……』

『実際の話、ああいう存在が平気で往来を行くような世界があったらとんでもないだろう?』

『そりゃ、”とんでもない”ことだけは確かだけどな』

 魔法プログラムという点ではリビングデッドもクライドも変わらない。 ましてやそんな連中が闊歩するアルハザードを知っているクライドからすれば、ディーゼルの言う”とんでもない”という言葉には大変に頷けるものがあった。 とはいえ、倫理観の差がそこには顕著にあることも同時に理解していた。
 自分も同類だと言えばどういう反応をするか、ある意味では見てみたいとも彼は思ったが、さすがに今それをやると話面倒なことになることは分かりきっているので自重したが。

 やがて、話すことも無くなった二人はそのまま無言になる。 その頃には買っておいたカロリーブロックを齧りながら、クライドは懐かしい街並みを眺めていた。 その黒瞳が哀愁に染まり、まるで触ってはいけないものを目の前に出されたかのような切なさを漂わせている。 ディーゼルはそのことに気づいてはいたものの、何も言わずに目を閉じた。 黒の二人は、そのままモノレールに揺られていった。









「それで、お前が言う連絡人ってのは誰が来るんだよディーゼル」

「来れば分かる。 僕たちよりも先についていると思うんだが……」

 問いかけに応じながらディーゼルは暮れてきた廃棄区画の入り口手前で辺りを見回す。 すると、当然のように目の前には廃棄都市らしい無残な光景が飛び込んでくる。

 ひび割れたアスファルトの道路に、折れ曲がったポールに電灯。 凹んだり拉げたガードレール、窓ガラスが割れた家屋にビルの残骸。 死んだ都市の躯らしいその生々しい姿には、さすがの二人も気が滅入ってくる。 後ろを見れば、すぐそこにそれらとは比べ物にならないほど発展した都市がある。 まるで、人間の繁栄の光と闇を具現化したように見えるのも仕方がないような姿である。 いつもなら入れないように簡易的なバリケードが置かれ、気休めの巡回員がいるものの、今日に限っては物々しい警備体制が敷かれていた。 それを見た浮浪者などは、寝床に帰れずに困った顔で立ち往生している。 ここに来るまでに移動する管理局員が多かったことに気が付いていた二人は、揃って眉を顰めていた。

「捕りものでもやっているのか?」

「かもしれない。 完全に封鎖するような規模だと、かなりの大者が潜んでいる可能性もあるけど……」

「タイミングが悪いな」

 良くある話だとすればそれこそ本当に良くある話ではあったが、何分タイミングが悪い。 捜査の邪魔をする気は無いが、部外者がそう簡単に中に入れるような様子もない。 しばらく迷ったディーゼルだったが、スーツの内側から手帳を取り出すと検問している陸士たちの元へと事情を尋ねにいこうとした。 が、ふとその前にやってきた一匹の猫がそれを止めた。

「やぁやぁ、やっと来たねディーゼル君。 アタシはもう待ちくたびれちゃったよ」

 瞬間、クライドの顔が引きつった。 グラサンの奥の瞳は動揺に揺れ、嫌な汗が背中を伝う。 それは、会うはずの無い彼女に出会った時の怯えにも似ていた。 いや、事実怖いのだろう。 世話になっておきながらいきなり姿を眩ませた事実がある。 その負い目は、自覚していればいるほど彼のヘタレな心を揺さぶった。 まさに、合わす顔が無いといった状態なのだ。 さすがにいつものように開き直って強がることさえクライドはできなかった。 思わず、後退しそうになった足がその証拠である。 だが、それでも逃げていけないという思いで辛うじて彼はその場に留まった。

「その声、リーゼロッテか。 なるほど、君なら連絡役にピッタリだな」
 
「とりあえず、少し離れたところにある公園に行こっか。 確認したいこともあるし、ちょっと今厄介なことになってるからねー」

「分かった。 行くぞ”エイヤル君”」

「あ、ああ……」

 トコトコと先導するように歩いていく猫の後を追うディーゼルと更にその後ろを歩くクライド。 そのまま北に三分ほど歩いたところにあるベルカ自然公園へと入り、手近なベンチに腰を下ろす。 と、その瞬間ロッテが人間形態へと変身。 クライドに向かっていきなり跳躍すると、抱きつきながら洗礼を浴びせた。

「いただきまーす♪」

「ぐぇ、ちょ、待てロッテ。 吸うな、舐めるな、甘噛みするな!!」

「ペロペロペロ。 うーん、この味は確かにクライド君だ。 むむ、匂いもそれっぽいし……これはまさかの本物かな!?」

「そんな方法で偽者か本物かの区別がつくかよ……」

「にゃははは、クライド君ソムリエであるアタシには可能かなぁ。 まっ、本当は味よりも君の匂いを確かめたかったんだけどね。 それ、サングラスにカツラかな? 取って取って」

「そ、それは駄目だ。 どこで変な目があるかも分からないし、俺は……」

「硬いねぇ、別にこの辺りには監視カメラなんてないのに。 お姉さんしょんぼりだよ」

「じゃ、じゃあサングラスだけだぞ」

 ”相変わらず”の人懐っこさであった。 昔と変わらない”笑顔”を向けてくれたことが嬉しくて、思わずクライドは目頭が熱くなったことを自覚した。 そんなセンチメンタルな柄ではないなどと、そんな風に思ってはいても胸の奥で震えるものが確かにあった。

 アレから四年経った今、他の誰よりもクライドが顔を会わせたくないのが、グレアムとリーゼ姉妹だ。 今更どの面下げて会えというのかと思う心に嘘はない。

 三人の知り合いであるクライドの振りをしながら、自分勝手にやってその切ではきっと迷惑をかけ、しかも彼は育てられたその恩を何一つ返さずにいなくなった”親不孝者”である。 そのことを自覚すればするほど、何も攻めてこない姉貴分<リーゼロッテ>の優しさが心に痛かった。

 むしろ怒りの相貌で罵倒され、殴られでもした方がそれはそれで楽だっただろう。 そうやって怒りの捌け口になったという事実があれば、更に楽になれるだろう。 完全に縁は切れ、それこそ完全なる赤の他人としての人生だけが彼に残る。 そうなればきっと、クライドは過去に置き去りにした大切な何かへのしこりをまた一つ捨てることができ、『縁の断絶』という名の事実に縋ったままアルハザードの住人に成れたのだから。

「……おりょ? クライド君……」

 だが、そんな温さに逃げることがクライドはできなかった。 そのしこりは、クライドが”クライド・エイヤル”だったことの証しなのだ。 それはきっと容易に捨てて良いモノではなくて、抱えながら後生大事に持ち歩き続けなければならない『大切なもの』なのである。

「まったく、君は。 また、あの”手紙”みたいなつまんないことでも考えてるのかな」

 そんな今にも泣きそうな顔の彼を、ロッテは強引に抱え込むようにして胸に抱く。 正にそれは、姉が弟をあやすような行為であった。 黒髪を撫でるようにして動く左手の優しい感触と、姉貴分<ロッテ>の優しさにクライドは泣いた。 そんな二人を見るディーゼルは、公園内の視線を独占しそうな二人に対して居心地が悪そうにしながらも邪魔はしない。 ただ、これで少しはクライドが帰ってこようとしない理由が減れば良いとだけ思っていた。 だから、恐らくは彼もまた、その可能性を失念していた。

 左手でクライドをあやすように抱きながら、ロッテの右手が彼の肩から下へと徐々に動いていた。 別段それは、力を抜いたせいで重力の束縛によって下がっていったと考えれば不自然な動きではないように思われる。 しかし、彼女の足元に一瞬ミッド式の魔方陣が発生したのを確認できていれば、その行為は不自然極まりないものへと早変わりするだろう。 

「ぐっ……あ……」

 姉の優しさを享受していたクライドは、当然それに気づけなかった。 意識の埒外から、気が付けばふと腹を何かが貫通したと思った瞬間には心臓を抉られたような激痛が全身に広がっていた。 パクパクと金魚のように口を動かすクライド。 その口からは声無き激痛が飛び出していた。 同時に、彼の背中からはリーゼロッテの華奢な右腕と共に青い魔力光を放つリンカーコア<魔力中枢>が摘出されていた。

「ダメダメだなぁクライド君。 甘いねぇ、蜂蜜と砂糖と練乳を混ぜたぐらいに甘いよ。 君はぁ、犯罪者で本物のクライド君の居場所を奪っていた諸悪の根源でしょ? アタシや父様の憎い仇じゃん。 さっきみたいに優しく許してもらえるなんて本気で思ってたのかな。 本物のクライド君がいるのに、薄汚い簒奪者である偽者の君が?」

 それは、お気に入りの弟をしつけるような、そんな優しげな声で語られた。 その言葉の一文字一文字が、剥き出しになっていたクライドの弱い心を悪意のナイフで抉る。 まるでそれが真実であり、先ほどの暖かさなど幻か何かだったとでも言うかのように。 

「ロッ……テ……」

 クライドは苦しげに姉の顔を見上げた。 そこにあるのはいつものロッテの朗らかな笑顔だ。 しかし、今のクライドにはそれが知らない誰かのように見えていた。

 確かにリーゼロッテにはクライドを罵倒し、張り倒す権利がある。 そのことをクライドは否定しないしできない。 彼女からすれば、クライドは”クライド・エイヤル”の偽者であり、成り代わって十年以上騙し続けてきた本物のクライドの仇のような存在だ。 先ほどのように何も言わずに優しく迎えてくれることの方が異常なことなのかもしれない。 しかし、断じて彼の知るリーゼロッテという姉は”こんな”悪辣な手段は使わない。 使ったとしても、それは他の選択肢がなくなったときだ。

 リーゼロッテはアニメ二期においてはアースラクルーを騙し、裏で暗躍していたしそういう腹芸ができないわけでもない。 しかし、それには彼女なりの信念と理由があり、悪意は介在してはいなかった。 復習の気持ちが無かったとは言えないだろうが、それでもその手段しか彼女たちにはなくて、そうすることで目的を達成できる可能性があったから実行したのだろう。 だが、コレは違った。 他にも手段があったし、状況的に追い詰められていたわけでもない。 ただクライドを捕まえたいだけなのだとしたら、それこそミッドに来た瞬間にディーゼルや管理局員を呼んで組めば良い。 そもそも戦闘力では単純にロッテはクライドを圧倒的に凌駕しているのだ。 騙し討ちなどする必要性はどこにもない。

「リーゼロッテ、これはどういうことなんだ!!」

「ディーゼル君、協力ご苦労様。 ちょっと事情が変わってね、やっぱりクライド君は捕まえることになったんだ。 父様からの命令って奴だね」

「そんな……いやしかし、仮にそうだとしても彼はリンディさんの件で協力する気になっていたんだ。 そこまでして無理やり確保する必要は……」

「あるよ。 だって、”この子”を信用するなんて危険なことできるわけないじゃない。 この子は闇の書の主で、犯罪者なんだからさ」

「しかし――」

 ディーゼルはそれを聞いて押し黙るしかなかった。 それは、変えられない事実なのだ。 そして恐らくは、クライドはリンディを助ければ逃げるだろう。 そんなことはディーゼルにも分かっている。 だが、この男を止める役割はリンディに託したかった。 仕事に私情を挟むのは良くないと分かってはいたが、それでもこのややこしい男を一番穏便に説得できるのは彼女であるとディーゼルは考えていたからだ。

 例えそれが無理でもグレアムやロッテも、その時には参加してもらえれば良いとは思う。 しかしこれはいくらなんでも性急すぎるし、そもそもグレアムがこんな策を使うとは思えなかった。 けれど、現実は目の前にあった。 ディーゼルは自分のやり方が生ぬるいと理解していたからこそ、やるせない思いにかられてしまった。

 ディーゼルはクライドを見る。 怒りの相貌でロッテを睨むその男は、その現実を拒絶していた。 都合の良い先ほどまでの現実を欲するかのように、頑なに抵抗しようと震える手で胸部を貫く右手を抜こうと足掻いている。 その姿がどこか哀れで、胸が痛むものであった。 大事な宝物を汚された子供のような、悲痛な怒りの感情が伝わってくる。 それが余計に、ディーゼルを躊躇させた。

「テメェ……誰……だ。 お前なんかが、ロッテのわけが……ない」

「にゃははは。 ナンセンスな問いだよ。 アタシはリーゼロッテじゃんかよぉ。 君やディーゼル君が良く知ってる父様の使い魔のね」

 ロッテが嘲笑するように笑う。 その悪意ある顔を、クライドが怨嗟のこもった瞳で睨みつける。 それを平然と受け止めるロッテの顔はしかし、次の瞬間驚きに染まった。 
  
「あれ? クライド君、君の”リンカーコア”何か普通のとは違うねぇ。 なんか君の……バグってる? これ”採取済み”の奴と同じで魔力情報が足りないのかな? んんー、とにかくなんか可笑しいや」

「へぇ……そうなの? いやぁ、でも一番可笑しいのは今の”アタシ”だと思うけどねぇ」

「え――」

 瞬間、若い女の声がしたかと思うと、ロッテの背後に新たに猫耳少女が現れていた。 普通の少女ではない証拠に、耳は可愛らしい猫耳で、黒と白の管理局の制服のお尻からは尻尾がちょこんと出ている。 クライドを貫いているロッテと寸分違わない容姿だ。 ディーゼルは唖然とした顔で彼女を見た。 そしてそれは、苦痛に苛まれているクライドも同じだった。

 いきなり虚空から現れたその新たなロッテは、前に居るロッテを背後から右手でリンカーコアを抜き出した体勢で、眉ねを寄せながら首を傾げてはいたがすぐに尋ねた。

「それで、これは一体どういう状況なのかな? というか、アタシそっくりの貴女だぁれ? ”アリア”ってオチはさすがにないと思うけどさ」

「つぅ……、オリジナルの”アタシ”ったら、来るの早い……ねぇ」

 問いに答えることなく、ロッテの姿が魔力の霧となって消滅していく。 リビングデッドのロッテが消え、クライドの身体が開放される。 対外に放出されたリンカーコアはそれと同時にクライドの体内に解けるようにして戻っていった。 ベンチに座ったままのクライドの視界は、あまりの激痛で霞んでいたが、それでも本物のロッテの無事な顔を見て安堵していた。

「やっほークライド君。 おひさし……って君、大丈夫?」

「良かった。 無事だったかロ――」

 しかし、クライドはその”笑顔”に答える間もなく意識を失った。 リンカーコアを抜き出されたときの激痛と、それが戻って来たときの二つ目の激痛はまるで麻酔無しに心臓の移植手術でもされたような感覚であった。 一瞬で意識が落ちそうになる衝撃を二度も喰らっては、さすがの彼も意識を繋ぎとめることはできない。

「あちゃー、さすがにあれじゃあクライド君も一発ダウンか。 ディーゼル君場所を変えるよ。 悪いけどクライド君運ぶの手伝って」

「は、はい」

 ディーゼルは呆然としていた意識を復帰させると、クライドを背負ってロッテが乗ってきたというレンタカーへと移動。 そのまま運転席に乗り込むと、路肩に止めていた車を発進させた。











 そこは、かなり広い庭だった。 豪邸の持ち主に相応しいほどの広さは、こじんまりとしたエイヤル家の庭とは比べ物にならない。 その家の持ち主の名はギル・グレアム。 管理外世界の出身の人間でありながら、時空管理局で要職を務めるにまでに駆け上がった男だ。

 彼はクライドの後見人であり、彼なくして今のクライドはありえない。 そのことへの恩義は、生涯クライドが忘れてはならない大事なものだ。 そう、それは確かに”忘れてはならないこと”の一つなのである。 当然、邪魔になったからといってその事実を道端に捨てることなどできず、捨てた振りをしても捨てた気になれるだけで絶対に離れることのできない優しい呪いでもあった。

「準備はできたかなぁ?」

「うん、いつでもいいよ」

「じゃあ初めるよ」

 瞬間、少年だった彼と対峙する猫の少女が走りだす。 彼我の距離は五メートル程度。 それを、十歩も掛からずに詰める彼女は身長差を考慮しても格段に脅威だった。 その素早い身のこなしは、今の少年には出しえないものである。

 身体が発達しているいないなど関係ない。 魔法で身体能力を強化している今、それなりに彼に合わせて手加減をしてくれている彼女は、しかしそれでも早かった。 魔導師になると、そう言った彼を鍛えてくれたコーチの一人は、自らが得意とする近接格闘を彼に仕込んだ。 

 殴る蹴るにもそれなりの理屈がある。 ボクシングや拳法などの格闘技一つとっても、それぞれに術理があり定石がある。 定石とは最善だ。 彼女には特定の流派はないが、それでも実戦で培ってきた最善がある。 それを言葉にすることは彼女にはできないが、それを肌で感じさせることはいくらでも出来る。 故に、とにかく鼠をいたぶるようにジワリジワリと追い詰めていく。

「ぐぇっ、この――」

「はいはい熱くならない」

「あたっ」

 少年のガードを超えて突き刺さった拳骨。 涙目になりながらも強気に反撃を試みる少年を、更に追い討ちのデコピンで迎撃する。 そうして怯んだ隙にしゃがみこんで足払いで倒すと、彼女は馬乗りになってはマウントポジションを取った。

「うーん、とにかくクライド君はアタシに触ることから始めないとねぇ。 闇雲に手を振り回すだけだと当たらないよ? しかも足元がお留守だし」

「くっ」

「はい。 じゃー、お楽しみのペナルティーターイム!!」

 瞬間、少女がクライドの頬っぺたに吸い付いた。 少年にとってはただ恥ずかしいだけの拷問の時間だ。 猫少女ロッテにとっては、元が猫なだけにただじゃれたりマーキングしている程度の認識に過ぎないのだろうが、それは微妙に初心な少年への配慮に欠けていた。

 これがもう一人のコーチであるアリアになると、彼女への肩叩きやマッサージといった奉仕へと変化する。 どちらかといえばアリアの方がクライドは楽である。 羞恥心に苛まれることはなく、単純な肉体疲労だけで済むからだ。 だが、訓練はアリアの方が疲れる。 基本的には魔法戦闘を行うのだが、アリアは生かさず殺さずでクライドを追いつめ続ける。 特に、最後は絶対にバインドで捕らえて骨の髄までバインドの恐ろしさを叩き込んだ。

 そうして、偶に様子を見に来たグレアムが悲鳴を上げながらも楽しくやっている様を見て静かに笑うのだ。 かつて、そんな日々があった。 そう、それは”かつて”なのだ。 もう彼の掌には残っていない、過去の幸福の一旦だ。

 ならば当然、この光景は夢でしかない。

 馬乗りにされたまま、そのことをクライドは理解した。 その瞬間、覚醒した意識が夢の中から浮上する。 脳内幻想は、それですぐに霧散し開いた目が現実を彼の脳に認識させた。

 まず飛び込んできたのは低い天井と景色が流れる窓ガラスである。 その次に、自分がもたれ掛っている柔らかい物体に気が付いた。 空気を吸っている鼻からは知っている匂いがした。 まだ痛む体を強引に誤魔化しながら、首を動かして匂いの主へと視線を向ける。 するとクライドが意識を取り戻したことに気が付いて視線を向けたロッテと目があった。 目を瞬かせるクライドだったが、ロッテはそんな彼に笑顔で声を掛けた。

「やっほー。 起きたねクライド君。 いやぁ、さっきは災難だったねぇ」

「……」

 クライドは呆けた顔をしながら、寝ぼけた頭を必死で回転させる。 やがて一つの結論に達すると、両手でロッテをいきなりハグする。 そうして、身動きを封じてからアルハ式で魔方陣を発生させずに”電撃魔法”を繰り出した。

「ひぎゃっ!?」

「おお、消えないぞ。 どうやらリビングデッドではない本物のロッテのようだな。 んん? ”本物”……だと!?」

「あいたたたた、酷いじゃんクライド君。 久しぶりにあったお姉さんを本物かどうか試すなんてさぁ。 ビリッときたよビリッと」

 瞬間、冷水をぶっ掛けられたかのようにクライドは正気に返った。 魔法をぶつけて消えないのであれば目の前のロッテは本物である。 すぐにハグしていた両手を離すクライドを、バックミラー越しにチラリと確認したディーゼルが呆れたように声を掛ける。 

「どうやら、目が覚めたようだな。 十分ぐらい気絶してたぞ」

「あ、ああ。 それで、これは一体どういうことなんだ?」

「こら。 その前にアタシに言うことがあるんじゃないかよぉ」

「う……その、ごめん。 ロッテの偽者が居たからつい……」

「はぁ、まったくこの子は……」

「まぁまぁ、さすがにそれなりに親しかった君の偽者に襲われたことがショックだったんだろうさ。 直前まで君の偽者に会って泣いてたからね。 偽者でも君に嫌われてなくて心底嬉かったらしい」

「ほぇぇ? どういうことかなそれは」

「ディ、ディーゼルてめぇ!! 武士の情けって言葉を知らんのか!!」

「あのなぁ君、僕は武士とやらではなくて魔導師だぞ。 そんな言葉知らないし聞いたこともない」

「ぐぬぬ……」

 拳を振るわせるクライドだったが、興味津々の隣人からの熱い視線に挫けそうになった。 というか、羞恥で死にそうになっていた。 思わず運転手の座席に頭突きする勢いで額をたたき付け、大袈裟に頭を掻き毟っている。

「ま、言いたくないなら聞かないでおいてあげるけど……聞かれたくなかったらいつもの奴ね」

「……いつもの?」

「うん。 いただきまぁーっす♪」

「ちょ、まさか……また……」

 さすがにもういい加減いい歳の男である。 今年で二十六歳。 転生帰還中の二年を差し引いても二十四歳だ。 色々と不味い。 だが、やはりリーゼロッテのスーパーマーキングタイム<SMT>を阻むことはクライドにはできなかった。 防御力が圧倒的に足りないのである。

 数秒後、例によって例の如く顔中にキスマークをつけられたクライドは妙にキリリとした顔でディーゼルに尋ねていた。 勿論、隣にいるロッテは満足そうに口元を袖で拭ってご馳走様アクションである。 

「――それで、結局今どこに向かっているんだディーゼル提督」

「こ、答えるのは構わないんだが……」

 バックミラー越しではあったが、キスマークがまるでコントのように残っているのを見てしまうとディーゼルは笑いを堪えるのに必死であった。 

「笑いたければ笑え」

「あはははは!! そのメイクかなり似合ってるぞ。 そのまま街中を歩いてみたらどうだい」

「やっぱ止めろ」

 心底ウザかった。

「えっとねぇ、今ちょっと地上が面倒なことになってるからベルカ自治区から行くことになったからなんだよね」

「地上が面倒? ああ、捕り物やってるからか」

「うん。 今地上部隊が『踊る次元捜査戦?廃棄都市を封鎖せよ?』をリアルでやってるからね」

「……はぁ?」

「グレアム提督が、僕が通信の後に送ったメールのデータを元に各方面を動かしたみたいなんだけど、協力を要請した地上部隊がゴネたらしいんだ」

「呆れた……縄張り争いって奴かよ」

 地上本部と本局<海>の確執の根は深い。 同じ時空管理局という枠組みの組織ではあるものの、地上と海という所属の違いは、その立ち位置の相違で軋轢を生んでいるという実態が昔からあった。 クライドもその風潮を少しは理解していたが、いざその事実に直面するとさすがに気が滅入ってくる。

「結局はそういうことだね。 地上は自分たちの管轄だから、こっちでやる。 海の人間は海を探してろってこと。 いやはや、大きな組織は足並みを揃えるのが大変だねぇ。 あっはっは。 参ったねこりゃ」

「笑い事じゃないだろロッテ……」

「あと付け足すとしたら、今の地上本部の偉い人と父様は仲が悪いから余計に鼻を明かしてやろうなんて私怨もあるところかな」

「それはマジで洒落にならんな……」

 だとしたらさぞかし相手は躍起になるだろう。 想像するだけでも十分に面倒なことだった。

「しかし、普通こういう時はお互いに協力し合うものなんじゃないのか? でないと足の引っ張り合いだろ」

「彼らには陸は自分たちの管轄だっていうプライドがあるのさ。 陸からすれば海の人間は優秀な人材と高給な資材を潤沢に使ってるってことだけで許せないんだ。 そのせいで陸の戦力が削がれてきたからね。 でも、そんな環境の中でもそれでもがんばってきたのが彼ら自身なんだ。 そんな職場に、自分たちから色々と搾取してきたように見える連中がしゃしゃり出てくるってのはどうしても受け付けないんだろうな」

「でも、それは規模の違いって奴なんだろ?」

「頭で理解していても、実際そのせいで被害が出る現実がある以上は彼らからすれば海は目の上のたんこぶさ。 後少しでも資金があれば装備を変えられて死人が出なかったかもしれない。 高ランク魔導師がもっと多く現場に居れば迅速に事件が解決できたかもしれない。 そう考えたときに、現状に憤りを覚えるのも分からないでもないんだ。 その不満を一番ぶつけやすいのは搾取してる風に見える海だからね」

「実際は海もそんなに裕福じゃあないけどねぇ。 航行艦の維持費だけでも目も当てられないぐらいの額が動くし、どこの部隊でも高ランク魔導師は取り合いだよ。 しかも、任務が失敗したら最悪の場合はどこかの次元世界が滅びるようなロストロギアの対処に追われるってんだからプレッシャーも凄いし、高給でも貰えないと正直割に合わないって人は多いよ。 長期任務で航行艦暮らしが嫌になってノイローゼになる人もいるしね。 寧ろ、潜在的にはちょっと給料下がってもいいから陸で住民と触れ合いながらやるのもいいかなって考えてる子たちもいるんだよ」

「どこでも隣の芝生は青く見えるってのか」

 人生ままならないものである。 贅沢を言えばそれこそ限りがないのだろう。 それは、もしかしないでも平行線を辿ったまま永遠と平行に突き進む議論なのかもしれない。 少なくとも現状の管理局のスタンスではこれはもうどうしようもない問題だろう。 まだコレでマシなほうなのかもしれない。 主張しあう余裕さえも無くなったら、その時点で管理局内部で内部分裂しそうだ。 これは時空管理局の大きな課題の一つでもあるのだろう。

 管理世界住民からすれば、『馬鹿なことやってないで協力して平和を維持しろ』というだけのことかもしれないが、そこで働いているのは住人と同じ人間だ。 価値観の相違があれば調整し理解し合う努力をしなければそう簡単に一枚岩にはなれないのだ。

「いっそ、少年漫画よろしく海と陸で派手に喧嘩したほうがいいんじゃないか? そうすれば終わった後で互いの健闘を称えあって、仲良くなれるかもしれんぞ」

「ははっ、そりゃいいや」

 そんな簡単な話ではないが、三人はなんとなく想像してみた。





『ふっ、効いたぜ。 陸の平和維持推進拳。 へへっ、まだ膝が震えている』

『そっちこそ、海のロストロギア撲滅拳……凄い威力だったぜ』

『切実な平和への執念が篭った強烈なパンチだ。 陸、いつも噛み付いてくるだけのことはあるじゃないか。 そのガッツで、今まで地上の平和を守ってきたんだな……』

『はっ、そっちこそやるじゃねぇか。 海は才能と金だけのモヤシ連中かと思ってたがどうして気骨がありやがる。 拳に熱い魂を感じたぜ。 お前らが居ればそっちは安泰だな』

『……陸よ。 今まで辛抱強く踏みとどまってきたのだな。 大局に拘っていた俺を許してくれ』

『お前こそ、それだけの力を持ちながら苦労するなんてな。 ロストロギアってのはまったく恐ろしい怪物だ。 いいぜ、もうちょっとぐらい我慢してやる。 お前らに打ち漏らされたら、陸にだって被害が出ちまうからな』

『……すまない。 だが、戦力が必要ならば言ってくれ。 俺たちだって決して陸をないがしろにしたいわけじゃないんだ。 だから、陸のピンチには必ず駆けつけて見せる!!』

『分かってる。 分かってるさ兄弟。 規模の違い、ただそれだけなんだろ。 我ら、時空管理局。 陸と海って所属は違えど平和を思う心は同じ。 俺たちで守ろうぜ。 平和でクリーンで安全な、管理世界っていう理想郷をよ……』

『陸――!!』

『海――!!』


 ――などと、擬人化した陸と海が熱血で和解して暑苦しく抱擁する展開を三人は想像した。 次の瞬間、当然のように三人揃って盛大に吹きだした。 勿論、当面はそんな展開など望めそうにないことだけは確かである。











「ありがとうございやしたー!!」

 威勢の良い見送りの声を背して、食事中に呼び出されたついてない地上局員が暖簾の向こうへと消えていく。 アークはその彼に中途半端に残されたラーメンを下げながら、どこか街中がピリピリとしているように感じていた。 それは管理局を退役した彼をもってさえ、何かあると感じるような生々しい空気である。 何故か嫌な予感を感じたアークは、軽く頭を掻いてどうしたものかと天井を見上げた。

「……何か変だな」

 そう呟いた瞬間、確かに店内の空気が変わったように彼は感じた。 違和感があった。 まるで、遠くから監視されているかのような、そんな気持ち悪さが肌を舐めている。 偶然か必然か、客はいない。 居たのであれば、その客のために調理をしていただろうから、彼は違和感を感じる暇など無かったかもしれない。 しかし、店内にポツンと一人だけの時間にこれほどまで危機感を覚えたことは彼は無い。

「気のせい、か?」

 まるで自分を落ち着かせるようだった。 そのことを自分で自覚しながら、アーク・サタケは苦笑する。 別にお化けが怖い歳でもない。 今は所帯を持って娘も出来た人の親で、剣を置いた今の彼はただのラーメン屋の親父である。 管理局員だった頃のように構える必要はどこにもない。

 気を取り直して、溜まっていた洗いモノを始末していく。 三、四枚のどんぶりを洗ったところで、彼は客が来たことに気がついた。

「らっしゃい。 って、姐さんっすか。 随分と久しぶりっすね」

「ええ、久しぶりねアーク」

 客は彼の剣の師匠であったフリーランス魔導師であった。 ルビーをはめ込んだような美しい紅眼と、ミッドチルダでは珍しい床まで届きそうなほどに長い黒髪は一度見たら誰だった忘れないだろう。 いつもと変わらぬその姿は、相変わらずの少女姿である。 ニッカリと男臭い笑顔で彼女を迎えたアークの眼前、カウンター席にその少女は腰かけた。

「今日は何にしやす?」

「そうね、今日は……”チャーシュー”でお願い」

「……」

「アーク?」

「へ、へい。 チャーシュー一丁!!」

 一瞬呆然としたアークを不審に思ったのか、カグヤが怪訝そうな顔をする。 アークはその視線を無視し、お冷を出すとラーメン作りに入っていた。 ただ、その顔には調理の暑さで出る汗ではない”冷や汗”が滲んでいる。 そして数分の沈黙の後、ラーメンとレンゲを差し出した。

「へいお待ち!!」 

「”相変わらず”美味しそうね」

「まぁ、それなりの味がだせなきゃあ店なんて開けやしねぇよ”お客さん”」

「ふふっ、そうね」

 その会話は、噛みあっているようで噛みあっていなかった。 眼前の何者かはその事実に気づいているのかいないのか、まるで食べ方が分からない初めての客のように”何か”を渡されるのを待っている。

 待っているモノは恐らくは”フォーク”だ。 少女の目の前に鎮座している割り箸の入った筒など、彼女にとっては見知らぬオブジェにしか見えていないのだろう。 純粋なミッドチルダ人には”お箸”の概念などない。 他世界の料理の店は存在し、勿論お箸も売られてはいるが、それはその世界出身の箸という道具を使う文化を持つ人間か、偶々それに触れる機会を得た人間だけだ。

 大抵の一見さんは置かれたレンゲを見て食べ方が分からず、聞いてくることがあるためにアークはそのことが良く分かっていた。 ましてや、”ねぎ大盛り”以外のラーメンをアークは注文された覚えが無い。 間違いなく虫の知らせだったのだろう。 少し前に感じたあの嫌な予感は。

 目の前の少女は間違いなく知っている彼女とは別人で、彼自身が尊敬し、憧れた『サムライガール』ではない。 ならば、アークの答えは決まっていた。

 どういう理由でソードダンサーに変装しているのかは知らなかったが、作ったラーメンは美味い内に食べてもらいたいのが料理人という奴なのである。

「お客さん、あんた食べないのかい?」  

「んん?」

「目の前に箸があるだろう。 そいつで食べるんだぜ。 ほら、こうやって割って使うんだよ。 初めてだとちょっと使いづらいが、慣れると病みつきになる道具だ。 嫌だったら内の店だとフォークを出すが……どうする”お嬢ちゃん”」

「”そうなのか”。 では、すまないがフォークを借してくれ。 後、俺は男だ」

「そいつは悪かったな”坊主”」

 バレたと見るといきなり地が出た。 ソプラノのままの声に驚きはしたものの、アークは気にせずにフォークを手渡す。 良く見ると、その少年は顔も声も驚くほどそっくりだった。 少なくとも、遠くから見た程度であれば見分けが付かないだろう。

 最近は『こんな可愛い子が女の子のはずがない』とか言われる奇妙な時代だ。 アークはなるほど、これがそうなのかと頷きながら世代の違いを実感した。 少なくとも普通の男は女装などしないと思っていたから、時代が変わったなぁと遠い目で少年を見る。

「このラーメンって奴は、スープパスタって奴の亜種だろうか」   

「さぁな。 だが、料理の問題は大抵美味いか不味いかだ坊主。 どうだ、そいつの味は」

「美味い。 今まで食べたパスタの上位に君臨する味わいだ」

「なら問題ねぇな」

「なるほど……確かにそうだな」

「あとな、どうせ坊主は聞いても分からないぜ。 こいつは、俺の故郷がある世界の料理だからな」

「ミッドの料理じゃないのか」

「おおよ」

 アークの故郷ではむしろフォークで食べる習慣があるせいで、別にラーメンを箸で食べなければならないという固定観念はない。 食べやすい方法で満足してもらえれば冥利に尽きる。 美味そうに食べる客を見れば、自然と口元も綻ぶというものであった。

「貴方は……変わっているな」

「あぁん?」

「普通、敵と分かってる相手にこんな親切な対応はできない」

「アホかおめぇ。 なんで”客”を敵扱いしなきゃならないんだよ」

「俺は客……なのか?」

「誰がどうみても客だろうが。 席に座って注文した。 そして今、美味そうに俺のラーメンを喰ってる。 後は腹一杯になってから代金出して帰るだけで立派なお客様の完成だ」

「……」

「坊主がどうしてそんな格好してるのかは知らないが、覚えとけ。 料理人が倒す敵は空腹だ。 だからお前は俺の敵にはなりえない。 第一俺はもう、魔法剣士は廃業した。 飯食って代金払ったら、好きにしろ。 魔法が使えない今の俺だと、SSオーバーの相手なんざできん」

 魔法は使えなくても、魔力を感知する能力は生きている。 アークは目の前の相手の魔力がそれこそヴォルクにさえ匹敵するものだと理解していた。 ジタバタする理由が無い。 また、この距離だと逃げ隠れすることもできないし、二階には今頃学校の宿題をやっている彼の娘がいる。 抵抗して巻き添えを食らわすことだけはなんとしても避けなければならなかった。 故に、誰もが驚くほど無抵抗に接していた。

「抵抗できないと分かっていながら逃げも隠れもしない……強いな貴方は。 さすが”ミッドチルダの侍”だ。 SSSの集束魔法を無力化した次元世界至上唯一の低ランク魔導師だけのことはある。 どうせなら、刀を握れた頃の貴方に会いたかった」

 その事実を知っている人間は少ない。 アークは、どうして目の前の少年が敵だと言ったのかをようやく理解した。 関係者なのだ。 憎き黄金の魔導師の。

「なるほど、お前あの”金色”の関係者か。 なら、あの時魔法を斬られた事実を消すために、今頃になって派遣されてきやがったか」

「まさか。 ”あいつ”は貴方にはもう利用価値を見出しちゃいない。 俺は個人的に興味があったから会いに来ただけだ」

「じゃあただのラーメン屋の親父に、あいつの仲間が何の用があるってんだ」

「厳密には貴方が”持っているモノ”に個人的興味があるだけだったが、直接会ったせいで聞いてみたいことができた」

「そうか。 商売の邪魔にならない間は付き合ってやっても良いぜ。 ただ、一つ聞きてぇ。 お前、少し前に”クライドの坊主”と一緒に陸士訓練学校で暴れたか?」

「半分肯定だ。 俺は貴方の知っているクライドとは居なかった。 偽者の彼とはいた。 ただ、貴方の嫁を倒したのは間違いなく俺だ。 俺への復讐が望みか?」

「いいや、ただ姐さんの無実が関係する話だから聞きたかっただけだ。 あいつは……ミズノハは姐さんの剣じゃないと言っていたからな。 クライドの坊主も……そうか。 偽者だったのか。 嫁の眼に狂いがなくて良かった。 なぁ、俺の嫁は手強かったか?」

「あの場所に居た人物の中では三番目に手強かった」

「なんだ、一番じゃなかったのか」

「一番は事態をややこしくしてくれた”本局の砲撃魔導師”、二番目は校長だ。 他の教師陣や警備員、OBと比べれば所持魔力の割りには断然強い印象を持った。 能力的にはAAAに考えても良い動きだ」

「あいつは、まだ強くなってるのか。 それで、俺に聞いてみたいことってのはなんだよ」

 お玉を手に持った右手で肩をポンポンと叩きながら、さも楽しそうにアークは言う。 そのふてぶてしさが、アークの強さなのだろう。 絶望的な状況に身を置いているという素振りさえ見せない。

「貴方の師に、俺は勝てるだろうか?」

「お前が三大魔法の使い手ならば永遠に無理だな」

「その問題は既にクリアした。 俺の剣はAMB<アンチマジックブレイド>の脅威を脱却する術を得ている」

「それだけでも駄目だ」

「グラムサイトならば二キロ分まで習得している。 また、俺には彼女と同じ能力がある。 魔力量も数値的には拮抗できるレベルにあるはずだし、この身体は常人を超えるべく遺伝子的にも薬物的にも強化改造されている」

「それでも無理だ。 絶望的な差がある」

 アークにはそもそも師匠が敗北するというビジョンが思いつかない。 一対一で闘う限りは、あの剣を上回れるのはそれ以上の理不尽が必要だと分かりきっているからである。 スペックが拮抗ではだめだ。 更に圧勝できるほどの差がなければ、勝利する姿など想像さえできない。 いや、それ以前に――

「彼女は……そこまでの相手か。 あいつと同じことを貴方も言うのか」

「なぁ、お前。 絶対にあの人とは闘うな。 多分、これは俺の直感だがお前は――」

 戦わせてはいけないと、どうしてそんな風に思うのか。 その理由をアークは言葉にできずに飲み込んだ。 ありえない。 そんな事実は、彼は己の師から聞いたことなど一度もない。 故に、口にすることも事実を聞くことさえも憚られた。 

「俺は?」

「――いいや、なんでもない。 それより、そのままだとラーメン伸びちまうぞ」

「伸びると、不味いのか?」

「ああ」

「……それはもったいないな」

 フォークが進む。 どんぶりとフォークの構図はミスマッチな絵ではあったが、それでもアークにはようやく歳相応な姿が見えたような気がした。

「お前、歳はいくつだ」

「数えたことも教えられたことも無いから分からない。 だが、今の肉体年齢は十歳だ」

「そうか……もしかしてお前も、姐さんみたいにでかくなったり小さくなったりできるのか」

「可能だ。 俺も彼女も、所詮は魔法プログラムに過ぎない。 設定を変更すれば自由に変更ができる」

「なんだと? 待て、姐さんもだと!?」

「知らなかったのか? 彼女は俺と同じ死人だよ」

「リビングデッド<屍人>なのか!?」

「違う。 彼女は完璧なるレプリカ<模倣体>だ。 俺たちリビングデッドのような欠陥品ではない。 だが、オリジナルが既に死亡しているという点では同じだ。 どう受け取るかは貴方次第だがな」

 唸るアークを尻目に、少年はスープを飲む。 とんこつ醤油のそのスープが、見る見る内に消えていく。

「馳走になった」

「あ、ああ」

「ミッドチルダの侍。 まだ、俺には暫し自由なる時間が残っている。 欲しいものを手に入れるのはそれを消化した後でも良いだろう。 俺の時間が尽きるまで、通っても良いか?」

「好きにしろ。 客を選べるほど繁盛もしてもいない店だ。 お前が客の間は歓迎するぜ。 だが、その時は姐さんに告げ口して待ち伏せてるかもしれねぇぞ」

「構わない。 最終決戦において己の存在する意義を果たせればそれで良い。 それまでに彼女と会う機会を余計に貰えるのであれば、それは俺にとっての幸福でもある」

 席を経つと同時に、少年は懐から札束をカウンターに置いた。 ミッド紙幣である。 明らかにラーメン代よりも多い。

「おい坊主、これ多すぎるぞ……」

「営業妨害した分も入っている」

「ああ?」

「ここに入ろうとする客の距離を操作して店に入れなくしていた」

 そういえば、夕食のピーク時だというのに客が全く入って来ていなかった。 こんなでたらめなことをする客など今までいなかったせいで、アークは思わず声を失う。

「そうだ、名乗るのを忘れていた。 俺に名は無いが、奴は俺をレイス・インサイトと呼称した。 本名ではないと思うが、名前は名前だ。 次からは名前で頼む」

 少年はそういうと、入り口のドアを開けもせずに消えていった。 それはまさしく、彼の師カグヤと同じ消え方である。 数秒後、入り口のドアが開いて常連客が不思議そうに顔を覗かせた。

「店長、なんかこの店変な魔法でもかかってなかったかい? 手を伸ばしても伸ばしてもついさっきまで入り口のドアに触れなかったんだよ。 それともアレは魔法じゃなくてトリックアートって奴かい?」

「まさか。 んな洒落たもん作る金はねぇーよ。 それより、注文は?」

「チャーハン特盛りと餃子でたのまぁ」

「おいおい、家はラーメン屋だぜ? ラーメンも頼めよラーメンもよぉ」

 愛想良く笑いながら、アークは今会った少年のことは忘れることにした。 どういうわけか、あの師に似すぎる少年を敵だと認識することはできそうになかったからである。 ただ後になって代金として渡された札束を見て、偽札じゃないのかと小一時間彼は悩んだ。













 クライドたち三人を乗せた車はベルカ自治区、通称ベルカ領へと差し掛かっていた。 夕暮れの光はほとんど落ち、帰りの通勤ラッシュが始まっていた。 高速のハイウェイを通ればまだ少しはマシだったかもしれないが、アレは出口が目的地との距離があるために使用してはいない。 そのせいでもあったが、信号にぶつかる度に停止と発進で時間を取られていた。

 その間、しばらく無言であった車内でクライドはロッテに対して今のうちに色々と話しておこうと思って会話のタイミングを計っていたのだが、言うべき言葉を出せずにいた。 いつの間にやら昔のように和気藹々と話していたが、偽者と会ったときの彼こそが本来の距離なのである。 冷静になってその事実を再確認してしまえば、居た堪れない気持ちにもなるものである。

「あ、次の角を右ね。 それで、すぐ左手に聖王教会の駐車場が見えてるでしょ? そこに止めて」 

「了解」

 駐車場の看板を見つけたディーゼルが、ロッテの指示に従って左のウィンカーを出しながらブレーキを踏んだ。 減速する車のGを感じた数秒後、ゆっくりと徐行しながら車は駐車場へと進入する。 さすがにこの時間帯だと、教会への巡礼者も観光客もかなり少くなっている。 そのせいで普段なら一杯に埋まる駐車場には随分と停車スペースが開いていた。

「到着だ」

「ここが目的地なのか? ここまで来なくても他にも駐車場はあったと思うんだが……なるほど経費削減のためか。 有料駐車場は微妙に高いからなぁ」

「あははは、違うよクライド君。 旧市街への直通ルートは地上の局員に封鎖されてるから、ちょっと抜け道を借りるために来たんだよ」

「抜け道を借りる?」

「君も知ってるだろうが、地下水路はそれこそ都市中に広がっている。 旧市街付近は監視されてるだろうけど、さすがに自治区までは地上本部も手を回せないんだ。 そちらの監視は教会の騎士たちがやるからね」

「それでね、聖王教会は本局ともパイプを持ってるから父様が交渉して通らせてもらう手はずになってるんだ」

「なるほど」

「でも、それには条件を出されてね。 だから顔を出しに来たわけ」

「俺たちに寄付でもしろってのか?」

「まさか。 むしろ、管理局は教会に運営資金を寄付されてる間柄なんだ。 時空管理局の創設時も大変世話になっているし、自治区の騎士のまとめ役は慣例として管理局のポストを持つことにもなっている。 彼らの用件は別にあるのさ」

 聖王教会が管理局設立の際に果たした役割は大きいというのは、業界の誰もが知っていることだ。 聖王教会はとにかく信徒が多い。 そのことを利用して当時は設立のための対外交渉などの役割もかって出たという。 また、古くからベルカの文化維持のためにベルカ縁のロストロギアの回収などにも従事してきたという歴史がある。 管理局に協力することはメリットになるし、ミッドチルダに亡命してきた時に受け入れたというミッドへの恩義もある。 仲良く付き合える隣人なのであった。

「クライド君は知らないと思うけどさ、ここの教会騎士で本局の理事官をしてる一族にはある特殊なレアスキル持ちがいるんだよ。 それで、どうしてもその方が君に聞きたいことがあるらしいんだ」

(レアスキル持ちの理事官? そいつはまさか――)

 クライドはその立場に該当する人物に覚えがあった。 そして同時に理解した。 もし、彼女ならば、色々な意味で最悪の事態を詠んでいるかもしれないからである。

「まぁ、それは会ってからのお楽しみという奴だ。 僕は余りああいうの信じないけど、聞いておいて損になることはないと思うよ」

「本当は局の高官や聖王教会の偉い人たちぐらいしか、目を通すことなんてないんだけどねぇ」

 車を降りた二人と共にクライドは黙ってその後ろを付いていく。 が、ふとその歩みが止まった。 思い出したようにポケットに仕舞っていたサングラスをつけると、一度レインとザースの結婚式で来たことのある式用の教会に視線をやった。

 今日もまた、誰かと誰かの門出を祝福しているのだろう。 その教会からは、歓声と拍手の音が聞こえてくる。 もはや彼とは縁の無い場所だ。 フンッっと軽く鼻を鳴らして一瞥すると、少し遅れそうになっていた距離を埋めるべく早足でディーゼルたちを追っていった。 その彼らの後ろを、花嫁と花婿を載せたハネムーンカーが静かに通り過ぎて行った。






 

「初めまして夜天の王。 お会いできて光栄だ。 私はグラシア。 教会騎士と本局の理事官をやっている者だ」

 柔和な笑みを浮かべたそのブランドヘアーの男は、来訪したクライドに向かって手を差し伸べながら名乗り出た。 クライドは何が光栄なのかイマイチ分からなかったが、右手を差し出し軽く握手を交わしながら当たり障りのないようにジョークを交えながら名乗り返す。 ただ、内心では”とある女性”が出てくることを期待していたせいで少しばかり落胆していた。 時代を考えれば仕方の無いことではあったのだろう。 そう考え、すぐに彼は挨拶を返す。

「どうも。 指名手配中の凶悪犯、夜天の王クライドです」

「ははは、噂どおり愉快な男だな君は」

 ともすれば嫌味にも聞こえるジョークをグラシアは笑って受け流すと、ロッテとディーゼルにも視線を向ける。 そんな彼に二人は敬礼。 管理局員として接する。

「ロッテ君ともこうして直接会うのは久しぶりだな。 そちらの君が、ディーゼル提督かな?」

「はっ、私がクライド・ディーゼルであります」

「うむ。 君のこともグレアムから良く聞いているよ。 グレアムの後継を担えるほどの人材だとか……まぁ、立ち話もなんだ。 掛けてくれたまえ。 あと、堅苦しくする必要も無いから楽にしてくれ」

 進められるがままに三人が応接用のソファーに着くと、控えていたシスターらしき女性が紅茶とクッキーを置いてドアを出た。 内緒話をしたいということなのだろう。 人払いされた執務室には、これで四人しかいない。 

「さて、そちらも急いでいるだろうから手短に話そうか。 ミスタークライド、夜天の王たる貴方に私は率直に尋ねたいことが三つある。 答えられる範囲で構わないから、気軽に答えて欲しい」

「分かった。 だがこちらも一つ確認したいことがあるんだが構わないか?」

「おいっ」

 一応これでもグラシアは教会と本局のパイプでもある立場の人間だ。 偉そうに言葉を返したクライドを嗜めるようにディーゼルが肘でつつく。 だが、グラシアは紅茶のカップを持っていない左手で止め、二コリと笑う。

「構わんよディーゼル提督。 私も答えられることには気軽に答えよう。 聖王教会や本局の機密ごとは勘弁してもらいたいがね。 何なら先に質問してくれたまえ」

「じゃあお言葉に甘えて失礼を承知で確認したいんだが、貴方は”本物”か?」

「ふむ? それは一体どういう意味の質問かな」

「ここ最近、次元世界ではリビングデッド<屍人>なる不可思議な輩が本物に成り代わっているらしい。 俺は貴方が偽者なら語ることは何も無い。 だから貴方がそれらではないと証明してもらいたい」

「なるほど、それは道理だな」

「だろ」

 頷きあうグラシアとクライド。 ディーゼルとロッテは冷や汗をかいた。 つまるところ、クライドは魔法を喰らえと言っているのである。 教会でもそれなりの立場を持つ”偉い人”に。

「良かろう。 シスターメリー」

 その言葉から数秒もせぬ間に、先ほど紅茶を用意して去ったシスターが戻ってくる。 恐らくは入り口の外で待機していたのだろう。 

「いつものように軽く君の獲物で私を魔法攻撃してくれないかね?」

「はい……って、それはその、一体どういうことでしょうか?」

「彼は私がリビングデッドではないかと疑っているのだよ。 だから、魔法をぶつけてそうではないと証明しておくれ」

「あ、ついでに俺も頼む。 自分から言った手前、喰らわないのは礼儀に反するからな」

「ええと、本気でですか?」

「爪で背中を引っかく程度の威力で、だ。 君が本気で殴ると、私も彼も地上本部まで飛んでしまうよ」

「き、騎士グラシア。 さすがに私はそんなに怪力ではありませんよ」

「はっはっは」

 顔を真っ赤にした若いシスターの顔が羞恥の赤に染まる。 どうやら、グラシアは秘書を困らせるのが得意らしい。 いつものことなのかもしれなかったが、トンファー型のデバイスを取り出したシスターがやけくそ気味に両手を振るう。 すると、振るわれたトンファーから小さな魔力の衝撃波が飛び、グラシアとクライドに命中して霧散した。

「痛つつ、おお!! グラシアさんも本物のようだな」

「そういう君も本物らしいな。 うん、実に結構なことだ。 ああ、君もう下がっていいぞ」

「くぅぅ、理事がこんな乱暴なことばかりさせるから私がお嫁にいけないんですよ!!」

「むっ、それは大変だな。 私でよければ責任を取ろう。 どうだい、今夜ホテルで食事でも……」

「貴方は既婚者じゃないですか!!」

「何、愛は次元世界を超える。 些細な問題だよ。 聖王様も聖書でそう仰っているじゃないか」

 不適に笑うその理事だったが、さすがにその言葉は許せなかったらしい。 対面のシスターがキレた。 

「おい、誇り高き教会騎士の癖に聖書をダシにして何軟派なことを抜かしてるんだよテメェ。 いい加減その女遊びをやめねぇとマジでトンファーの錆にしちまうぞ。 ああん? それともあんたの貞淑な嫁に言いつけた方がいいのか? あんたの日頃の行いを赤裸々に告白する準備はもうできてるんだよ!! シスター総出で宗教裁判に掛けるぞゴラァ!!」

「ひぃぃ!!」

 なんか本性が出た。 それと同時に恐れ慄き、縮こまる理事官。 クライドの中で、教会の偉い人というイメージが綺麗サッパリ消し飛んだ。

「っと、すいません。 私としたことがお客様の前でとんだ粗相を……。 何かありましたら私にお申し付けくださいませ。 紅茶のお代わりも御座いますので」

 震え上がる理事を尻目に、そのシスターはやや恥ずかしげにクライドたちに一礼すると慈悲深い笑みを浮かべながら退室していく。 見事な変わり身であった。 女は化けるという、良い例だった。

「あー、おほん。 彼女はちょっとアウトローなシスターでね、その……なんだ。 ちょっと短気なんだ。 気にしないで欲しい」

 フォローするところが違うような気がしたが、クライドはただ頷いた。 どうやら、教会内でも色々と複雑な力関係があるらしい。

「とりあずお互い本物でよかった。 それで、そっちの聞きたい事とは?」

「う、うむ」

 気を取り直してグラシアは紅茶で喉を潤すと、神妙に語り始める。

「私の一族は遠い昔、ベルカからミッドチルダへと渡った騎士の生き残りでね。 古代ベルカのレアスキルを一つ継承している一族なのだ。 その能力がコレだ」

 と、グラシアは懐から取り出した紙束をテーブルの上においた。 タロットカードにも似た細長い長方形のそれは、紐でまとめられている。 それはグラシアが魔力を開放すると独りでに宙に浮き、光る文字を綴り始めた。 虚空に何十枚も浮かぶその様は、まるでマジックのように綺麗でどこかオカルトめいている。

 それを見たことがあるロッテはそれを見て驚きはしないが、クライド二人は興味深そうにそれを見ていた。 やがて、そのうちの数枚の詩篇が三人の前に差し出されてくる。 だが、その文字は読めない。 古代ベルカ文字、それも現代の翻訳魔法では読めない程昔の文字である。 考古学者でもないクライドたちに読めるはずがない代物であった。

「なるほど、プロフェンティール・シュリッフェンか……」

「惜しい。 プロフェーティン・シュリフテン<預言者の著書>だ」

「外したか。 しっかし言いづらくて舌噛みそうな名前だな」

「ははは。 私もそう思うが、それにしても君は博識だな。 これは秘匿しているレアスキルでね、元本局の人間とはいえ、ただのデバイスマイスターが知れるようなものではないのだが……いやはや、さすが夜天の書に選ばれるだけのことはあるな」

 感心するグラシアだったが、さすがにその目は笑ってはいない。 レアスキル持ちの大半は局によって情報が封鎖されている。 本人が喋るか、知っている人間が口を滑らさない限り広まり難くなっている。 それを一介のデバイスマイスターが言い当てることなど普通はできない。 笑顔を飾る青い瞳のその奥で、一体彼がその事実をどう解釈しているのか? 探るようなその好奇の眼をクライドは黒瞳で受け流す。 そして、ただ静かに口元を歪ませた。 さも何でも知っているかのような思わせぶりな態度である。 実際はただのハッタリでしなかったが大物チックに見えてしまう。

「むむぅ。 クライド君さぁ、君どうして知ってるの?」

「僕だって最近知ったばかりなのに……」

「蛇の道は蛇ってね」

 格好つけて誤魔化すと、驚愕する二人を置いてグラシアに目で先を促す。 グラシアもクライドが喋ることはないだろうと辺りをつけたのか、好奇心を一旦封印して続けた。

「このレアスキルは毎年行使することにしているが、新しい予言を手に入れるためには特殊な条件が必要でね。 まぁそれは本題には関係ないから飛ばそう。 この詩篇一枚につき、一つの事象が詩のような形式の文章でランダムに予言されている。 予言の内容は半年から数年先の未来の事象で、的中率はまぁそのなんだ――」

「良く当たる占い程度だっけ?」

「――その通り。 本当に良く知ってるな。 だが、それでも大事件などや大災害などはそれなりに当たる。 大きな事件ほど、予言されやすくなるらしいからだ。 その場合、数年前から同じ文章が出ることがある」

「そして、その一枚に”夜天の王”に関する事件の記述があったと?」

「そういうことだ。 この予言は古代文字の上に解釈次第で意味が変わる非情に高度で難解な予言でもある。 しかし、三年程前から君のことを言う予言が現れた」

 そこで言葉を切り、二枚の詩篇を取ってテーブルの上に置くグラシア。 それが意味するところは明白だ。 その二枚の詩篇にこそ問題の予言があるのだろう。 まず、右に置いた詩篇を指差しグラシアが言う。

「魔導と科学の対立した理想の楼閣。 夜天の王は剣を取り、伝説の地の支配者との長き闘争に終焉をもたらす。 その日、誰も知らぬ黄金の主の願いが成就する。 そして彼の者の理想郷は一先ずの安泰を得るだろう」

「な、んだと……」

 それは、クライドにとってアルハザードとの離別を示すような予言であった。 黄金の主の願いを叶えるということは、クライドが利敵行為をするという風にしか解釈ができないのである。 彼が愕然とするのも無理は無かった。

「ふむ。 君には意味が分かるかね? 専門家にも翻訳させたが、大体こんな風な予言になるらしい。 だが、どういう事件なのかが良く分からないのだ。 分かることは夜天の王、つまり闇の書の主である君が剣を持って戦い、アルハザードの支配者との戦いを終わらせるらしいということぐらいだ。 うん、実に意味不明だろう?」

 アルハザードは管理世界からすれば虚数空間に沈んで滅び去ったという架空世界だ。 だが、クライドにとっては実在する伝説である。 そして、その支配者といえばアレイスター・クロウリー。 一度だけ直接会い、それ以後会ってもいない限界突破者<リミットブレイカー>たちのカリスマだ。 単純に考えてカグヤ以下のクライドがどうにかできる相手ではない。 だが、予言はクライドがそんな危険な人物と戦う方について願いを叶えるとある。 外れているとしか思えない。  

「いや、さすがにコレはないわ。 絶対に外れる」

「そうかね? まあいい。 もう一枚あるから聞いてくれ。 これは大変に珍しいレアケースなんだが、恐らくは一枚目と同じような事件を別の可能性として取り上げている予言だ」

 今度は、左に置いた詩篇だ。

「魔導と科学の対立した理想の楼閣。 夜天の王の剣は届かず、翡翠の光が災厄を招き寄せる。 やがて約束の時を持って殲滅兵器が黄金の主をことごとく喰い散らかし、理想郷は限界無き者共に蹂躙され、黄金の主は見てきた夢と共に泡沫へと消え逝くだろう」

「そっちのが現状では成就しそうだな。 どっちも俺にとっては最悪な結果にしかなりそうにないが」

「待て。 本当は君、分かった振りをしながら適当に言ってるんじゃないだろうな?」

「それに、後の方の奴のが不味いんじゃないの? 夜天の王の剣は届かずって、何か不吉な気がするしねぇ。 アタシ的には特に”翡翠の光”が気になるね」

「確かに、それがリンディの可能性はあるっちゃーあるんだが……」

 翡翠の光<リンディ・ハラオウン>が災厄を引き寄せるとはどういう意味なのか? クライドには具体的な見当がつかなかった。

(しっかし、どっちにしろヘビーな予言だ。 是非とも外さないといかんぞこれは)

 このレアスキルによる予言はあくまでも予言であって、起こると決まったものではない。 ならば、あくまでもクライドは可能性の一つとして捉えるだけに留めた。 というか、信じたくなかったのだ。 そんな予言を信じるよりも、今月の月刊デバイスマイスターのデバイス占いの方がまだマシである。 彼が引いたデバイスはいつも通りのロスロギアであったが、それなりに可もなく不可もなく平穏な日常を過ごせると書いてあった。 勿論、全然外れてはいたのでもはや諦めのため息を吐くしかない。

「はぁ……」

 いきなり黙り込んで考え込んだかと思えば、今ではもう目に見えて凹んでいるその彼の様子に、他三人は嫌な予感を感じずにはいられなかった。 

「それで、そろそろ一応君の意見を聞かせて欲しいのだがどうだろう? この二つの予言の解釈、分かるのあれば教えてくれないかね?」

「あー、言っていいのかなこれ……」

 一つ目はまだマシだが、二つ目は管理世界住人にとっては最悪の予言なのだ。 口にするのは憚られたが、両サイドにいるディーゼルとロッテからの視線と、グラシア理事官の真剣な視線に屈した。 管理局員として事件を未然に防ぐために知りたいという熱意に負けた形である。

「詳しくは言いたくないから言わないが、とりあえず一つ目は”管理世界”の寿命が伸びる予言だろう。 それ以上でもそれ以外でもないと思う。 俺にはそれ以上の意味が読み取れない」

「つまり、成就すれば特に危険なことは無いということかな?」

「ああ。 大多数の”管理世界住民”にとってはそうなると思う」

 苦しい思いをするのはきっと、クライドや関係者だけだろう。 それ以上はさすがに、クライドにも分からない。 真剣に耳を傾けていたグラシアが安堵のため息をつく。 

「で、二つ目なんだが……こいつは管理世界住民にとって良くない予言だ。 その、多分聞いても嬉しい予言じゃあないな」

「……文面から予想するだけでも危険そうに聞こえるからね。 察するに相当にヤバイものかね?」

「言っていいのか悩むんだが、それでも聞きたいか?」

「ああ。 それが私の仕事だからな」

 一人の管理世界の平和を願うレアスキル持ちとしての、切実な言葉だった。 最悪を回避するために毎年スキルを行使してきたのだろう。 それこそきっと、彼は人知れず管理局と教会に危機を伝えて併走して来たのかもしれない。 その中にはどこかの世界が滅びるという予言も少なからずあっただろう。 悪い予言を知る覚悟は、スキルを使うと決めたときから彼にはとっくにできているのだ。 

「その、なんて言ったらいいかな。 簡潔に言うと……」

「簡潔に言うと?」

 どうしても言い淀むクライド。 その煮え切らない態度を急かすように、グラシアが言う。 と、その時テーブルの上のソーサーに置かれた紅茶のカップがカタカタと揺れた。 同時に、四人は確かに床が揺れたかのような微かな震動を感じて眉を顰める。

「おっと、地震かな?」

 この地で地震など起こったことはほとんどないだけに、珍しさでついつい首を傾げるグラシア。 だが、眼前のクライドたち三人はその震動がタダの地震であるなどとは思っていなかった。

「ディーゼル、お前今の何発感じた?」

「二発……かな」

「アタシにはほぼ連続で三発だったよ」

「む? 一体何の話を――」

 と、その時この部屋の前の廊下をドタドタと騎士たちが走る音と話し声が聞こえたかと思うと、シスター・メリーがドアを開けて入って来た。 その顔からはシスター然とした慈悲の笑顔はなりを潜め、教会騎士としての凛々しい顔が張り付いている。

「騎士グラシア、地上部隊の廃棄都市区画での作戦ですが、どうやら戦闘状態に入ったようです。 先ほどの地震は、逃亡中の魔導師と警備についていた教会騎士との戦闘により発生した模様です」

「なんだと? それで、状況は」

「地上部隊は次元犯罪組織の構成員魔導師、並びにガジェットドローンや傀儡兵などの魔導兵器との戦闘状態に陥っているようです。 敵の正式な数は不明ですが、魔導兵器だけで百機を越えるとのこと。 作戦本部では現在首都防衛隊への出撃要請を出すか検討しているそうです」

「ふん、どうせいつものように”検討している”だけだろう。 地上本部は面子に拘るからな。 ギリギリまで要請はこんだろう。 今回の作戦は治安維持の名目で、他の区画からも魔導師を導入している。 よほどの自信があるのだろう。 自治区への被害は?」

「地下水路に少しの損傷があるようですが、今のところはそれ以外の被害はありません」

「よろしい。 警戒していたのが功を奏したな」

 グラシアは頷くと、空間モニターを発生させ教会の管制室へと通信を開き常駐している騎士たちや付近の騎士隊へと指示を飛ばす。 騎士グラシア個人は武闘派の騎士という風には見えないが、その姿からは指揮官としての顔が伺えた。

「なんか、面倒くさいことになって来たな」

「本命がいないのなら、僕たちの出番はない。 今はまだ気にする必要はないさ」

 単純に喧嘩に来た程度の認識だったクライドにとっては、これはあまり歓迎のできる状況ではない。 単純に巡回している陸士たちに見つからないようにミラージュハイドでスニーキングミッションでも敢行してやろうと考えていたのだが、さすがに乱戦の中を突っ切っていくのは想像さえしたくなかった。

「旧市街を封鎖しての大掛かりな一斉捜査だからねぇ。 こんな大袈裟な作戦をいきなりやるんだから、そりゃあ隠れ潜んでる色んな犯罪者もビックリだ。 今夜は長い夜になりそうだねぇ」

「長い夜、ねぇ……」

 指示を飛ばしているグラシアと、状況を見守っているディーゼルたちを尻目に空腹を感じたクライドはテーブルの上の紅茶とお菓子に手を出した。

 不謹慎にも思えるその行動を、しかしロッテとディーゼルは止めはしなかった。 二人は気づいていたのだ。 お菓子を頬張るその男の黒瞳が、スイッチが入ったかのように鋭いことに。 二人は顔を見合わせて苦笑すると、自分たちの分の紅茶に手をつけた。








 それは、さながら久方ぶりの戦争のような絵図であった。 旧市街に蔓延る平和を蝕む病巣を駆逐するワクチンよろしく、地上と水路を走り回る陸士たちのその奮戦は、新暦に入ってからの地上本部の戦いの歴史から鑑みても上から数えた方が早いほどだ。

 封鎖された旧市街。 それをかき集めた人手<魔導師>で持って一斉に捜索するのだ。 指揮車の指揮官やオペレーターたちは今回の大規模な作戦に投入された即席の魔導師部隊の掌握に四苦八苦しながら、それでも己の責務を忠実に果たしている。 

「G-30地区にて、武装魔導師を三名確保。 護送車向かわせます」

『A?47で浮浪者集団を発見。 現在犯罪者の照会を開始中。 人手が足りない。 すぐに増援を送ってくれ』

「少し待て、それより地下水路に逃げた麻薬密輸犯の追跡が先だ」

「Q?11より魔導師の応援要請。 敵犯罪者集団に待ち伏せされていたとのこと」

「狙撃班を送れ。 ヘリを使っても構わん。 それまでは無理しない程度に足止めさせておけ」

『こちら地下水路捜索第四部隊ミラルド。 広域次元犯罪者のデミオ・デュエットと数名の取引相手を発見。 現在交戦中、高ランク級魔導師の応援を大至急請う!!』

「虎の子のゼスト隊を応援に出せ。 周辺の魔導師は先回りさせて逃げ道を塞がせろ!! ミッド地上部隊の威信にかけて捕縛するんだ!! このミッドに犯罪者の住む場所など存在しない!!」

 鳴り止むことの無い通信。 空間モニターがひっきりなしに開き、そのたびに慌しく声が響く。 目まぐるしいほどの状況変化。 この一夜は、長い夜になると誰もが予感するような熱気がそこにはあった。 同時に、ミッド地上の本気を伺わせるこの大胆な捜査には局員たちの士気も鰻上りである。 野太い指揮官の怒声も、今は心強く局員たちの背を押していた。

 まだこれといってリンディ・ハラオウンの消息は掴めていないが、それでも一夜にしては少なくない数の犯罪者が捕縛された。 空はヘリが飛び、海には監視艇が巡回。 そして陸はパトロール車と魔導師の歩兵たちが猫の子一匹逃げ出せない程に塞いでいる。 地下通路もまた全ての出口を監視し、突入部隊を突撃させた。

 短時間で召集された捜索隊にしてはかなり要領が良い。 そもそも餅は餅屋だ。 陸の捜査こそ陸士たちの本懐であり、地理的なアドバンテージがその電撃的な捜査速度を可能にした。 その分戦力をかき集められた方々の警戒が緩んでいるという事実こそあったものの、そのリスク以上の成果が出ているように見える。

 四年前のJSウィルスのせいで流出したドクターの研究データ。 それを基にした禁制の品などが密かに次元世界中で流されるようになり、陸でも少なくない数の密輸品が検挙されてきたという事実があった。 特にこの旧市街はその密輸ルートの一つとしても目されていたために、陸士たちはこの気に撲滅しておきたいと考えている者が多い。

 と、その指揮車が並ぶ本部を地下からの震動が襲った。 地震ではない。 その揺れは断続的に発生し、爆音のようなものを響かせてきた。 ただごとではない。 オペレーターたちが状況確認へと併走するより先に、現場からの通信が届けられてくる。

『指揮本部、こちら地下水路捜索第十三小隊。 旧市街の地下が何者かに爆破された!! 爆破された場所から魔導兵器を多数確認!!』

『ちくしょうこっちもだ。 C-34区の地下からも大量の魔導兵器を確認。 傀儡兵にアレは……ちくしょう!! JSウィルスの落とし子がいやがる!! あの円柱のシルエットは間違いない!! ガジェットドローンだ!!』

 次々と響いてくる報告。 あちこちから突如として現れた魔導機械との交戦報告が各部署から響いて来る。 犯罪者の追跡や捕縛時に現れた新たな敵の登場に一時的に混乱しかけたその場を、指揮官は怒声でもって一蹴。 更に野太い声で叫びながら指示を飛ばす。

「落ち着け!! 包囲部隊はそのまま現状を維持。 犯罪者も魔導兵器も一人たりとも逃すな!! ヘリ部隊、地上にはその兵器は出てきているか!?」

『こちらヘリ部隊。 地上には今のところそれらしい魔導兵器は確認できていない』

「よし、ヘリ部隊はそのまま監視と魔導師の運搬作業を継続。 地下の部隊は敵兵器の足止めをしつつ殲滅せよ。 旧市街区画から一歩も出さないようにしろよ。 この際地下水路の施設は少々破壊しても構わん。 一般区域に出られて上に出てこられでもしたら市民に被害が出る可能性があることを肝に銘じろ!! 各員の奮戦に期待する!!」

 指揮官は大声を張り上げて檄を飛ばすと、近くのオペレーターに教会への通信を送らせる。 同時に、浮浪者に犠牲が出さないための避難協力と付近への警戒協力要請も出した。 すぐにその要請に応じた教会騎士は部隊を派遣。 浮浪者への炊き出しと今夜の寝床のための仮設テントなどの用意に入る。 また、落ち着けば職業斡旋などのために職安などを動かす必要はあったが、それはまた終わったあとの話である。

「教会の連中に貸りができたな。 ……最悪、現場での直接協力も視野に入れておくべきか。 上は嫌がりそうだが……まぁ、なんとかなるか」 

 ぼやきながらも、指揮官は再び声を張り上げた。 










「はぁ。 喧嘩どころか仮設テントの設営に借り出されるとは……」

「ボヤいてないで手を動かせ」

 ロッテの偽者が出た公園で、三人は教会騎士たちに混じってテントの設営に追われていた。 パイプを組み立てるだけで簡単に四、五人分のテントが作れる。 陸士訓練校でもこの手のテントの設営経験があったせいか、クライドは特に苦戦することなくテントを組み立てていった。

 一人離れたロッテは避難場所の指揮に当たっていた騎士グラシアと一緒に旧市街の情報を探っている。 これはグラシアの提案であり、教会よりも現場から距離が近いため最悪騎士隊が陸士たちの応援に駆けつけるのに紛れ込む形を取れるようにとの配慮からそうなっていた。 現在は地下で激しい乱戦が繰り広げられており、普通に潜入するのは難しいからである。

「くぅぅ、腹減った。 お腹が減って力が出ないぞ……」

 炊き出しのシチューの香りが余計に空腹を助長する。 腹一杯主義者は空腹に弱い。 いい加減ガス欠気味のクライドは恨めしい眼でディーゼルを見る。 だが、ディーゼルはそんなクライドの眼を無視して黙々とテントを仕上げていく。 魔力量に比例して腹の燃費もディーゼルの方が上らしい。 いい加減情けない気分になったディーゼルは、ため息交じりに飢えた獣に餌をやる気持ちで言う。

「なら、コレを仕上げたら炊き出しの食料を分けてもらえばいいだろう」

「おっしゃー、そうと決まれば急げディーゼル」

「現金な奴……」

 目に見えて勢いが回復したクライドの様子に苦笑しながら、ディーゼルもテントを仕上げて食事に向かった。 炊き出し所では安全のため護送車によって運ばれてきた浮浪者や、怪我をした陸士たちでごった返している。 付近では野次馬もおり、どこからかぎつけてきたのかミッドTVやヴァルハラTVなどのマスコミなども取材に来ていた。 大盛りのシチューとパンを貰った二人は、適当に場所に座り込むと時差のせいで遅くなった夕食を取り始める。

 空腹だった胃が暖かいシチューを歓迎していた。 瞬く間に平らげた二人は、腹をさすりながら自然と喧騒に眼を向ける。 今この瞬間も、陸士たちは闘っているだろう。 そう思うと、ディーゼルとしてはここで何もせずジッとしているのは憚られる。 テントの作業に戻ろうかと思い、クライドに声をかけようとしたところでディーゼルは先にクライドから声をかけられた。

「なぁ、お前はここにリンディがいると思うか?」

「僕に聞かれても困る。 ただ、居てくれたらとは思うよ。 ここならまだ、君にだって手を伸ばすことぐらいはできるだろうからな」

「だったら良いな」

 本当に伸ばせるのかと、クライドは自分の両手を見下ろす。 掴めるモノはいつだって分相応なものだけである。 たまたまラッキーで転がり込んだモノがあっても、それを手放さないための努力はあまりしてこなかった。 いや、寧ろ成り行きに身を任せていたことの方が多い。 ただ、それでも自分で選んで来たはずだった。

 そうして、いつの間にかまた彼はそこに居た。 リンディ・ハラオウンに手が届きそうなその距離に、だ。 あれから四年。 クライドにとっては二年程度の時間認識であるが、相手はその二倍だ。 忘れられるには十分な時間が経過している。 だというのに、ディーゼルは彼に彼女が探していたと言った。 それは、彼をやきもきさせるには十分な威力を持っていたらしい。 そのことが嬉しいと思う反面、未練がましい自分が滑稽に見えることもある。 そもそも、彼自身どうするべきなのかがまだ彼には良く見えていないのだ。

 リンディを助けたいという意思に間違いは無い。 そこにはきっと、クライドはブレない。 だが、助けてそれでどうするのかという先のビジョンだけは浮かばないのだ。 多分、終わったらヴァルハラに帰ることにはなるだろう。 一時的にか、永久にかは分からない。 その不鮮明さが、今は妙に気持ち悪かった。

「ディーゼル、俺がいなくなってから”あいつ”の日常は何か変わったか?」

「まず、執務官でいることを止めたね」

「その次は?」

「航行艦の艦長になった。 それで、彼女は次にある事件の捜査優先権を手に入れることに躍起になってたな」

「ある事件?」

「次の闇の書事件さ。 未確認情報だったが、君が闇の書の中にいるなんて情報もあったし、或いはまた書を追うことで君が姿を現すかもしれないと考えていたみたいだったよ」

「そうか。 だったら俺は、あいつにとっての何だったのかな?」

「呆れた……君、そんな簡単なことも分からないでいたのか」

 深いため息が出る。 ディーゼルは何故こんな男が、などと思ったがそれでも言った。

「思い出せよ。 君は彼女の”婚約者候補”だっただろう」

 あの場所を保持し続けていた男の癖に、何故そんな簡単なことにさえ疑問を持つのか? ディーゼルには分からない。 そうでなければ、戦えなかったはずだろうに。  

「”だった”ことはある。 けど俺は四年前のあの日、あいつに振られたぞ? なんか、お前と付き合うとか言ってたから応援するって言ったんだ。 そしたら突然ビンタ喰らってな。 そのままあいつは走り去って行ったんだが……」 

「はぁ? ……あ、ははははは。 そうか!! そうだな、君はまんまと勘違いしたらしいよなぁ!!」

「勘違い……だと? 何の話だ」

「いや、どうもリンディさんはどうやら僕とくっつくって嘘を言って君の気持ちを探ろうとしていたみたいなんだ。 えーと、レティ提督の発案だったとか聞いたけど……そうか、君はだからそんな煮え切らない態度をしてたのか!! ようやく合点がいったぞ!!」

「ちょ、待てよ。 そりゃどういうことだ!?」

「考えてもみなよ。 あの頃のリンディさんはどちらかといえばお前の方に好意を持ってただろう? なのに、君が僕との仲を応援するようなことを言ったんだ。 そりゃ、彼女だって怒りたくもなるだろうさ」

「いや、普通あんなこと言われたら誰だって振られたと思うって」

「ああ、僕もそう思うだろうけど、多分彼女は必死すぎて空回りしてたんだろう。 嘘を吐くだけでも勇気が要ったはずだよ。 なのに、君は期待したような反応を返してくれない。 そこで彼女は深読みしてしまったんだ。 君がまったく自分に興味を抱いてくれていないってね」

「ぐはぁ……どんなすれ違いだよおい」

 クライドは思わず吐血したい気分であった。 頭を抱えながら己の選択ミスを呪う。 というか、精一杯格好つけたのが悪かったのかと思うと地面を転がりまわりたくなった。 

「まぁ、そのせいで逆に彼女は君に謝るまで絶対に結婚しないと決めたみたいだよ。 ヴォルク提督の縁談話をことごとく断ってるしね。 断られると思ってなかったヴォルク提督はラーメン屋で泣いてたよ」

「マジかよそれ。 く、あはははははは。 そいつぁいいや!! あの爺さんに遂に反抗するようになったか!!」

「あのな、一々付き合わされる僕の身にもなってくれ。 どうして振られた後に、あの人の愚痴を聞かされなきゃならないんだよ」

「ご愁傷様!! いやぁ、人生ほんとわけ分からんな。 そうかそうか、じゃあ……あ――」

 事実が分かっても、現状は何も変わらないことにクライドは気が付く。 結局のところ、彼の中にある根本的な問題は何一つ解決していないのである。 強いて言えば、この二年で悶々としていた何かに清々しい風が吹いたことぐらいだ。 しかし、その風も直ぐに心理的な壁にぶち当たって凪になる。 やはり、最後にモノを言うのは自身のそれであった。

 それは、身勝手を貫くために必要な強固なる想いだ。 それがまだどれだけ残っているのかどうか、クライドは自身に問いかける。 答えはまだすぐには出せない。 しかし、ただ忘却するだけの無為な時間を過ごしてきた己の中にはまだ未練という感情があることだけは彼は確かに理解していた。

「どうした、いきなりニヤニヤして。 気持ち悪いぞ」

「煩いほっとけ。 ちょっとぐらいアンニュイな気分に浸らせろ」

「そんなのは解決してから好きなだけしろよな」

「へいへい」

 鬱陶しそうに言うディーゼルの言葉に適当に返事を返すと、クライドはふとグラシアとロッテがやってきていることに気が付いた。

「おお、ここに居たかね二人とも」

「何か動きが?」

「いや、特に目立った進展はない。 ただ、戦闘が予想以上に激化してきていることだけが気がかりだ。 敵の魔導兵器はまるで底が見えんのだ」

「相手にソードダンサーの偽者がいるんだとしたら、いくらでも兵器を持ってこれると思うぜ? それだけのストックがあることが前提だけどな」

「”無限踏破”かね? 聖王教会のデータベースでそういうレアスキルを持つ剣姫がいたらしいことは古い資料に残ってはいたが、まさか現代にその使い手がいるとは驚きだ。 正直私はすぐにでもヴァルハラへ飛んでソードダンサーを教会に勧誘したいぐらいだよ。 ベルカ系のレアスキル保持者の保護も教会の仕事だからね」 
「交渉するだけ無駄だと思うけどな。 あいつは聖王に祈るような奴じゃない」

 寧ろ気に食わなければ聖王でも斬る女である。 交渉にさえならないとクライドは思う。

「まぁ、それは情勢が落ち着いてからのお楽しみさ。 そうだ、忙しくなって来る前に話の続きをさせてくれないかな」

「それは構わないが……騎士の指揮とかはいいのか?」

「食事休憩のついでだ。 それにできるうちにしておかないと、君はすぐにここからいなくなってしまいそうだからな」

 ニヤリと笑って、グラシアは持っていたシチューとパンを掲げてみせる。

「さて、予言の続きもしたいがこれは後でも構うまい。 他にも聞きたいことがあるんだ。 そちらもそれなりに重要なことでね」

「そういや、後二つあったんだっけか」

「うむ。 それなんだが、四年前に時の庭園で発見された”聖王”のリビングデッドについて君が知っていることを教えて欲しいのだ」

「そいつはまたピンポイントな質問だ。 狙いが分かりやす過ぎる」 

「教会側としては無視できる案件ではないのでな」

 現代に蘇った聖王様である。 例え屍人であろうとも、聖王教会は放置することはできないのだ。 杖型のデバイスを取り出したグラシアはクライドに差し出す。

「感応制御の応用で意識を接続してくれ。 こっそり航行艦レインボーが撮影した戦闘データがあるから見て欲しい」

「ああ」

 さすがにこの場で空間モニターを開くことは機密の観点からもできないのだろう。 手で杖を握ると、デバイス特有の視界が脳裏に映像を送信してくる。 デバイスのスコープで狙うときの、あの視界だ。 そこにはクライドがかつて遭遇した聖王とカグヤの戦闘風景が映し出されていた。

「さすがに態度でかいだけあってどっちも強いな」

 庭園の上で縦横無尽に闘うその様は、馬鹿馬鹿しいほどにハイレベルな戦いであった。 思わず頬が引きつっていることを自覚しながら、改めて連中のでたらめさにため息を零す。

『聖王の印とも言われる緑と紅のオッドアイ。 そして聖王の血統にのみ発現したという虹色の魔力光カイゼルファルベ。 加えて、聞きしに勝るその圧倒的な戦闘能力に古代ベルカ式魔法と古代魔法による超高度な戦闘技術。 是非とも教会は彼女と交渉がしたい。 どうすれば会えると思うかね?』

『と言われても、俺は彼女の行方を知らないぜ。 知っていることといえば、名前がカルディナ。 三大蒐集機の一つ、蒐集詩篇っていうロストロギアを持ってるらしい女で、四人の従者がいるってことぐらいだな。 後、やたら偉そうだぞこのジャージ聖王』

『ほうカルディナ……。 それで、その蒐集詩篇とはなんだね』

『俺の持ってる夜天の書の類似品』

『ということは、ベルカ系のロストロギアかね?』

『どっちかといえばアルハザード系だと思う。 まぁ、でも使い手があの女だからベルカ系に改造されてるっちゃーされてるかもしれないが……』

 グリモアやカグヤから聞いたことぐらいしかクライドは知らないため、曖昧なことしか言えなかった。 だが、役々興味を増したのかグラシアは満足そうに頷く。

『となるとやはり、聖王教会としては探さぬわけにはいかんな。 ありがとう、参考になった』

『まぁ、これぐらいなら別に。 それで、最後の一つは?』

『君が無害化したという夜天の書を譲って欲しい。 できるだけ高く買う用意が我が教会にはある。 勿論、君の保護も教会側がやるし指名手配の撤回にも尽力するが、どうだね? ああ、勿論それなりの奉仕活動をしてもらった後でになるがね』

 その時、彼はどうしてグラシアが驚くほど好意的に接してきたのかを理解した。 予言も聖王の話も最もらしいが、一番手堅い方法をグラシアは選んできたわけである。 夜天の書とクライドを釣り上げることができれば、前者二つにも手が出せるかもしれないことになる。 また、長年管理局の頭痛の種であった夜天の書を手に入れることで管理局への手柄と合わせて技術を取り込むことでベルカの文化維持にも貢献できるだろう。 一石二鳥というよりも一石三鳥の利益があるわけだった。

 しかも、この二人だけでデバイスを介した”お肌の触れ合い回線”での念話である。 管理局員のロッテやディーゼルに聞かせずに交渉をしてきている。 彼はそのチャンスを抜け目なく狙っていたのだ。 そして恐らくは、グレアムもそれを承知の上で彼に頼んだに違いない。

『騎士グラシア、それはちょっと無理な話だ』

『何故かね? 無害化したのだと聞いているが……』

『無害化はしてるが、アレと俺はややこしい関係になっててな。 特に、管制AIはその、ちょっと気難しいのだ。 俺以外が書にちょっかいだそうとすると、多分怒る』

『なんと”怒る”のかね!? なるほど、融合騎としての属性もあるはずだからな。 普通のデバイスとは違うか……怒らせて教会内で次元侵食未遂事件でも起こされたら不味い……諦めるべきかね?』

『余計なことをしようとすると、間違いなくあの娘はキレるぞ。 今の状態がベストかな』

『うーむ、それなら守護騎士たちはどうかね? 彼らの持つ古代ベルカの古い戦闘技術やベルカ式魔法だけでも是非継承させてもらいたいのだが……』

『それだけなら交渉次第では不可能でないと思う。 でも、俺はもうあいつらの主じゃないから仲介はできても命令はできないぞ』

『ふむ? 守護騎士は夜天の書の防衛機構の一端であり、君の従僕ではないのかね』

『端的に言えば書から完全に切り離した。 現在は一人を除いて主不在で自分の人生を謳歌中だ。 気軽に仕事を依頼するぐらいなら大丈夫だとは思う。 今の仕事が忙しくなければ』

『なんと……君には驚かされてばかりだ。 ことごとくこちらの”思惑”を外してくれる』

『フリーダムこそが俺のジャスティスでね』

『うむむ、となると……』

 守護騎士も居らず、むやみに触れることさえできない夜天の書など、ただの歴史的価値があるだけの置物に過ぎなくなる。 ロストロギアとしての破格の豪華特典が存在しないとなれば、グラシアとしても魅力半減で食指が動き難い。 また同時に、クライド自身がそれほど協力的ではなく自由こそ正義だと言うような男である。 これでは教会に取り込むメリットがかなり薄い。

 できれば取り込んで予言の案件や聖王との交渉役でもやってもらいたいところではあったが、これもまた諦めるべきかもしれないとグラシアは結論せざるを得なかった。 そもそもにおいて、クライドからは保護されたいとかそういう意思がまったく見えない。 そのことでもまた、当てが外れた気分になるのであった。

「夜天の王。 私には君がサッパリ読めない。 はは、つくづく面白い男だな君は」

「褒められているのか、貶されているのかどっちなんだ」

「どっちが良いかね?」

「どうせなら褒めてくれ。 貶されるよりは断然嬉しい」

「では今日のところはそうしておこう」

「今日のところは?」

「何れまた、落ち着いてからで構わん。 元騎士たちへの仲介を頼みたい。 暇なときにでも声を掛けてきてくれたまえ」

 懐から取り出した名刺を差し出すグラシアの顔は、ニヤリと笑っていた。 どうやら彼は長期戦をお望みのようだ。 名刺を受け取ったクライドはというと、それを色々な角度から眺めたり指で弾いたりして異常が無いか確かめてからツールボックスに収納した。

「話は終わったようだな?」

「ああ。 向こうに実りがあったかは知らないけどな」

「実に手強い相手だよディーゼル提督。 こちらの用意できるカードに全く食いついてくれないのだからね」

「俺が今欲しいのはリンディの居場所だけだからな。 そりゃあ、そっちには用意なんてできないさ。 できたら喧嘩が勃発する」

「はは、違いない。 それだと君になら実に分かりやすいテロが起こせるだろうな」

「騎士グラシア、それは冗談にしては笑えないですよ」

「おい、どうして俺がテロるのを前提にしてお前は言うんだよ」

「君の行動力は時に僕の理解を超えるからだ」

「なんだ、そんな褒めるなよ」

「誰が褒めるか!!」

「まぁまぁ、二人とも落ち着きなって。 それより、ずっとここにいるってわけにはいかないけど、どうしよっか?」

 状況はまだこう着状態だ。 悪化すれば恐らく、地上部隊は首都防衛隊や教会騎士の応援を呼ぶだろう。 そこに便乗するつもりではあったが、その機会が来るかどうかは未知数である。

「アタシだけなら忍びこんで様子を見てくるぐらいはできると思うけど……」

「探すにしても、どこにいるか分かってないと無駄足になるぜ。 そういや、ガジェットはどの辺りから出てきてるんだ」

「十箇所ぐらいから湧き出てるみたい。 って、そういえばクライド君はガジェットって何のことか知ってるの?」

「JSウィルスの遺産の一つだろ。 AMF搭載の欠陥機だ。 初めにそんな名前付けたのは管理局だったか? 向こうでも面倒だからって同じ名前で呼ばれてるぞ」

「欠陥機とはどういうことだね。 アレはアレで厄介な代物のはずだが……」

「あの程度ならまだ”欠陥機”だ。 ばら撒いたドクターにそれ相応の時間と設備があったら、更に凶悪に進化してたはずだ。 それこそ、陸士たちだと持ちこたえるだけでも精一杯ぐらいの代物がな。 アレは出てくるのが早すぎた兵器だ」

 設定上、ガジェットドローンという兵器は少しずつ魔導師との戦闘データを蓄積して強力になっていったという側面がある。 それも先の未来での話だ。 それ以前の技術力しかない現在で、兵器として研磨されていないガジェットはまだまだ沢山の欠陥がある。 それはあくまでもドクターが純粋兵器畑の人間ではないから故のものだったのかもしれない。 アレをばら撒いたドクターの専門こそクライドは知らないが、それでも兵器専門の技術者であったという風には見えなかったし、実際にミッドガルズで組み立てられたガジェットの能力はBランク魔導師の魔力レベルで撃墜できるほどのAMF出力しか備えていない廉価版であることを知っていた。 

「やけに詳しいな」

「ばら撒いた奴とは手を組んだことがあるからな。 結局、ドクターは四年前に庭園で死んじまったけどな」

 自分の好奇心に突き動かされて死んだ彼の言葉は、今もまだクライドの脳にしっかりと記憶されている。 最後の言葉が自分たちへの警告とは、ドクターらしからぬ結果である。 だがそれはクライドとグリモアとドクターの三人が曲がりなりにもあの瞬間一つのチームだったことの証明であった。

「ん? 待て、アレをばら撒いた愉快犯は庭園で死んだのか? しかし、レインボーの捜索隊は死体なんて一つも発見できていないぞ」

「馬鹿な、ドクターの死体は魔力炉の辺りにあったはずだぞ。 そこで殺されたんだ」

「うーん、あの時は虚数空間が一時的に発生してたんでしょ? 死体はそっちに落ちたのかもね。 ほら、魔力炉の辺りなんて部屋ごと完璧に落ちてたって報告があったしさ」

「そうか、だったらドクターは今虚数空間を漂ってるのか」

 ならば、そのままドクターの御霊はやがて伝説の地にでもたどり着くかもしれない。 夢のような話ではあったが、そうだとしたらドクターも少しは浮かばれるだろう。 あの地に到達することは技術者の夢の一つだ。 死んでなおドクターは探求しているのかもしれない。 己の尽きること無き欲望を満たすために。

「おっと、今はドクターの話は関係ないか」

「僕としては詳しい話を聞きたいと思うけどね。 結局、ジェイル・スカリエッティは何がしたかったんだ? あのウィルスのせいで、今世紀最大級の狂人指定されているが……」

「自由が欲しかったんだろ。 終わったら、表返りたいとか言ってた。 ずっと裏でいたから、そんな薄暗い世界に飽きてたんだろうな」

「でもクライド君、未だに彼の名を名乗る犯罪者はいるよ」

「彼は作られた存在だ。 そりゃあ作られた数だけ存在するだろうさ。 俺が会った一人だって、その中の一人に過ぎないらしい。 大方他の奴は最高評議会辺りが囲ってるんだろ」

「……あのなぁ君。 JSウィルスの暴露文章は荒唐無稽な作り話だぞ?」

 失笑するようなディーゼルの言葉を、クライドは曖昧な笑みで受け流す。 確かめたわけではない。 だが、あのドクターと話したクライドにとってはあの告発文はドクターの切実なる反逆の一矢なのである。 そう思うと、どうにもやりきれないものがあった。 

(結局この管理世界では、誰もドクターの言葉なんて本気で信じちゃいないってか)

 信じられて変な騒動でも起こされるよりはマシだとクライドは思っていたが、それでもやはり思うところがあった。

「まあいい。 それより――」

 その瞬間、一斉に公園に居た騎士たちがとある一点に眼を向けた。 それは、武闘派ではないグラシアも例外ではない。 クライドやディーゼルにロッテの三人など、思わず反射的に座り込んでいた腰を上げたぐらいだ。 

 完全に闇に没した夜闇の中、廃棄都市の上に白紫に輝く星がある。 それがただの星であったなら、魔導師たちはうろたえはしない。 たが、その星が異常なほど大規模な魔力を集束しているのであれば話は別だ。 SSオーバー級魔力の圧力は、数キロ離れている公園にさえその圧倒的な威力の程を伺わせた。 

 それに気づいただろう現場の陸士たちの砲撃が、夜の闇を切り裂くようにして空へと流れる。 だが、それはそんな程度の脆弱な力を意に返すわけが無かった。

「野郎、まさかあの位置から全力でぶっ放す気か……」

 顔が引きつるのを自覚しながらクライドが呟く。 あの高度からであれば広域攻撃の類かもしれないと自然に推測することができる。 AAAの魔力があれば都市を焼き尽くす程の火力を発揮できるのが魔導師である。 夜天の王『八神はやて』や『リインフォース』のSSオーバーの魔力量があれば、超長距離の広域攻撃さえ可能である。 撃とうとしているのが誰だかは知らないが、街中でおいそれと使用してよい規模の魔法であるとはどうしても思えなかった。

「いかん!! さすがにこれは不味い!!」

 空間モニターを開き、指揮管制の得た映像をグラシアが見る。 そこには、白みがかった紫の魔力光を纏う長剣を振り上げた、”少女”の姿があった。

「ソードダンサー!!」

「違う、そいつはソードダンサーじゃない!! あいつの魔力光は”白”だ。 出やがったな偽者!!」

 訂正の声を上げたクライドの眼前でモニターの向こうにいる偽者がその剣を真下へと振り下ろす。 瞬間、開放された魔力は剣の軌跡から逃れ、極太の閃光となって廃棄都市へと降り注いだ。 次元航行艦からの砲撃にも見える程のそれは、莫大な熱量を投射しながら大地を抉る。 対地攻撃のその震動は、着弾と同時に盛大な爆音と爆風を巻き上げた。 公園の誰もがその瞬間には声を失い、呆然と光る一条の閃光を見上げることしか出来なかった。 

 その閃光は数秒しか確認できなかったが、それでも見たものの心に恐怖を呼んだ。 直接その光景を現地で見ていれば、恐らくは野次馬たちは恐慌にきたしていたかもしれない。 それを向けられたらどうなるか、魔導師でなくても簡単に理解できるだろうから。 制御できない暴力以上に恐ろしいものなどこの世にはないのだ。 

 映像でそれを見ていたクライドは、大規模魔法のあまりの威力に唾を飲み込んだ。 攻撃対象となった旧市街に大きな穴が開き、熱量で融解したらしいアスファルトがまるでマグマのようにドロリとした液体になっているのだ。 あれがもし対人の非殺傷設定を解除していたのだとしたら、付近の陸士は跡形もなく燃え尽きるだろう。 こうなると、久しぶりに高ランク魔導師の恐るべき脅威をまざまざと見せ付けられた思いで一杯である。

 隣にいるディーゼルやここにはいないリンディにも似たようなことはできるのだろうが、それでもあんなでたらめな規模の魔法を向けられた記憶は彼にはとんとない。 基本的な有視界戦闘においては、それこそ対人レベルの攻撃が多いせいで戦略級の魔法を拝む機会などそれこそ稀だ。 スティンガーブレイドなどの空間制圧魔法こそ諸事情によって身近に感じてはいたものの、アレは弾幕というレベルであるせいで一発の威力は落ちる。 だが、今見た魔法はそれこそ問答無用の一点突破を可能にする一撃必殺系である。 アレを狭い地下水路で向けられたら避けることさえできないだろう。 恐ろしい相手であるという認識は、まず間違いない。

 と、さすがの陸士たちも先ほどの攻撃にビビッたのか、攻撃の手が疎かになっている。 そこへ、偽者は何も無い空間からクライドの偽者を引きずり出して降下していった。 

「連中の目的のモノが地下にあるのか」

「騎士グラシア、あの下に何があるかご存知ですか?」 

「いや、さすがに私にも分からん……ただ、大規模魔法で入り口をこじ開けなければならないほどのものだ。 もしかしたら、旧暦にあったという地下シェルター関連の施設が狙いなのかもしれんが。 ううむ……」

 現在の管理局の魔法体制が確立する前、大規模な質量兵器から身を守るために地下シェルターが建設されていたことぐらいはグラシアは知っていた。 だがもはや使用する者など居らず、入り口も埋め立てられたはずのそれに利用価値などあるとはグラシアには到底思えない。

「旧暦のシェルターか……何があるんだ」 

「ミッド純正のロストロギア<古代遺失物>でも眠ってたりしてな」

「だとしたら相当昔のことも知ってないと無理だよ。 当時の資料は……年代によもよるだろうけどさすがにどれだけ残ってるか分からないからねぇ」

「だったら、問題なしだ。 情報通りなら”シュナイゼル”がそういうのを持ってないわけがない。 しかし、だったら変だ。 秘匿されているはずのそれを何故態々こんな手段を使って晒し、かつ人目につくようにして進入する必要がどこにある」

「ん……クライド君、シュナイゼルってだぁれ?」

「四年前俺を嵌めた連中の頭で、ソードダンサーの敵の名前」

「おい”それ”は――」

「おっと、ようやく出番のようだよ諸君」

 ディーゼルが不審下に尋ねようとする直前、それをかき消すようにしてグラシアの声が遮る。 それは待ちに待った出番の到来であった。

「首都防衛隊と教会騎士に援護の要請が出たようだ。 さすがに、あの規模の魔法の使い手を前にすれば面子に拘ってもいられんらしい」

「……でしょうね。 低ランクが多い陸士たちだと、攻撃を防御することさえできない。 悪戯に犠牲を増やすだけだ」

「魔導兵器の動きも活発になってきているらしい。 君たちにシスターメリーをつけよう。 教会からの増援として登録しておいたから、存分に闘うと良い」

「協力感謝します騎士グラシア」

「うむ。 なに、事件解決後にロッテ君が私とデートしてくれればそれで――」

「騎士グラシア、私の準備はできてますが?」

「おおっと、居たのかねメリー君。 相変わらず良いところで邪魔をしてくれるな君は」

「理事官の魔の手から女性を守るのも仕事ですので」

「う、うむ。 さすがはシスターの鑑だな君は」

 必死に誤魔化すグラシアを白い眼で一瞥し、メリーはクライドたちに向き直る。 既に戦闘の準備は万全のようで、彼女は騎士甲冑<バリアジャケット>を纏っていた。 とはいえ、シスター服そのままのデザインの騎士甲冑であるため、特に代わり映えはしない。

「では参りましょうか。 そうだ、皆様の魔力を温存するために私、少し準備してきましたのでどうぞこちらに来て下さい」

 飛べる三人は一瞬首を傾げたが、シスターメリーの後を追うようにして、着いて行った。 するとそこには、サイドカーがついた大型バイクが鎮座していた。

「ええと、これでどうしろと?」

「本来であればヘルメットを着用していただくところですが、非常時なのでそこまでは言いません。 自前のバリアジャケットで頑張ってください」

「はぁ……」

「これだと、アタシは猫形態じゃないときっついね」

 ロッテが猫に変身し、サイドカーに乗ったクライドの膝の上にスタンバイ。 ディーゼルはライダーであるメリーの後ろに抱きつく格好で乗り込む。

「では行きますよ。 舌をかまないように気をつけてくださいね」

 エンジンを始動するメリーは、二度、三度エンジンを盛大に吹かせたかと思うと、いきなり爆音を轟かせながら発進した。 次の瞬間、盛大なエグゾースト<排気音>が、周囲の視線を釘付けにしたかと思えば、二十数メートルほど加速した後にその車体がいきなり”斜め上”に向かって走りだした。 

「げぇっ!?」

「つっ!?」

「にゃー!?」

 道路を行くのかと思いきや、まさかのウィングロードである。 妙に黒い赤の道が夜空を真っ直ぐに伸び、その上を三人を乗せたバイクが猛然と駆けて行く。 障害物など、そこにはほとんどありはしない。 ビル郡よりも上で、巡回のヘリよりも下の高度を一直線にノンストップで走り去る。 地上に居た陸士たちが、ヘリのローター音とは違う音に何事かと空を見上げる始末である。 また、派遣されてきた首都防衛隊の空士たちの第二陣も、隣を悠々と抜き去っていくバイクの一団を唖然とした顔で見送った。 どうやら下手な空士よりも早いらしい。 ベルカ脅威の魔法科学という奴であった。

「さ、最近のシスターは進んでるな!! 俺よりフリーダムだぞ。 やべぇ、変装用のヅラが飛んじまうっ!!」

「聖王教会は教義が緩いのが特徴ですからね」

 聖王教会のシスターさんは、『双子月の満月が美しいミッドの夜空を大型バイクで爆走してはいけない』、などという教義は聖王教会の聖書に存在しない。 ヅラと猫形態のロッテが飛んでいかないように必死になって押さえつけながら、クライドは聖王教会の先進性と度量の深さに感服した。

 シスターメリー。 陸戦AAA+の高ランク魔導師である。 少女時代はベルカ領で少しは名の知れていた元暴走族のヘッドであり、荒れていた少女時代に聖王教会の教義に出会い改心。 改心後、敬虔な聖王教会信徒になった。 今でも愛車を駆って夜の街を巡回している走り屋である。 おかげで彼女の縄張りであるベルカ領ではある種の夜の秩序が構築されているのだが、そのことを彼ら三人は知らなかった。 









「さすがに一番乗りは無理でしたね」

「そ、それでも十分に早かったと思いますが……」

「陸士の方が空士より早いって……なんか間違ってるぞ」

「にゃは、にゃははは」

 大穴の近くに下車した四人は、周囲を警戒しながら穴に近づいていく。 眼前に広がる円形の大穴の底は見えない。 地下水路の照明が手前をそれなりに照らし出してはいるものの、頭上を飛ぶヘリのライトさえも届かない深さがあった。 大規模破壊兵器に備えたシェルターなのだから、その深さもある意味では納得できないこともない。 クライドがグラムサイトを展開すると同時に、ディーゼルはワイドエリアサーチ<探索魔法>のスフィアをいくつも飛ばす。 後はそれを情報源と光源にして慎重に進むだけであった。

「ロッテさん、申し訳ありませんが私を下まで降ろしてもらえますか?」

「うん」

「それじゃあ僕が先行するよ。 その後でエイヤル君だな。 ロッテは最後尾から殿を頼む。 上から魔導兵器が降りてくる可能性もあるからな」

「ま、それが妥当か」

 各々己のデバイスを構えながら、四人は一斉に穴に飛び込む。 進軍速度はそれなりに速い。 落ちるだけということであったが、深すぎるせいで普通の陸士では下に下りるのには大変苦労しそうである。 いち早く空士がいる防衛隊に連絡をした指揮官の先見は見事であると言えよう。 だが、五十メートルほど地下に降りたあたりからクライドを除く三人が眉を顰めた。

「皆気をつけろ。 AMFが張られているぞ!!」

「なに?」

「うん、でもこの濃度……前に現場で見たガジェットの出力より更に上だよ。 別の専用機材でも作ったのかな」

 クライド一人だけ現状維持のせいで理解するのが遅れたが、他の三人が言うのでそういう認識で行くことにした。

「だとすると、できるだけ早く戻った方が良いですね。 皆さんはAMF状況下の戦闘は慣れていますか?」

「とりあえず、俺は大丈夫だ」

「僕とロッテは海の仕事で何度か経験積みだ。 教導隊の戦術研修も受けている。 シスターは?」

「私は研修を受けただけで、実戦は初めてです。 何かアドバイスをいただければありがたいのですが……」

「AMFの出力にもよるけど、砲撃魔法よりも近距離魔法の方が有効なことが多いかな。 砲撃で抜くなら単純に力押しか、多重弾殻射撃が使えるならそれで良いよ。 それ以外だと、純粋物理的な攻撃が有効だって教導隊じゃあ教えてる」

「なるほど……」

 JSウィルスによって広まったAMF技術は管理局にとっては脅威の技術である。 対抗策はいち早く研修という形で広められていた。 既にAMFを使った犯罪も出始めており、管理局はその撲滅に必死である。

「……む? 下に傀儡兵がいる。 砲撃……来るぞ!!」

 ディーゼルが下に向けてシールドを展開。 その後ろに付く形でクライドとロッテがシールドの防御範囲内に陣取る。 瞬間、青白い閃光が真下からいくつも対空砲火よろしく吹き荒れてきた。 

「ちっ、このままだと狙い撃ちされ放題だな」

 舌打ちしながら、それでも余裕の表情でディーゼルは言う。 AMF状況下ではあったが、S+ディーゼルならばその程度の負荷は造作もないようである。 高ランク魔導師はその有り余る魔力で強引に魔法を展開できる。 AMFの出力がまだ壊滅的なほどではないためにに彼には余裕があるのだ。

「ディーゼル距離は?」

「百メートル下だ。 半開きになってるシェルターシールド<隔壁>に陣取って撃ってきてる」

「その周辺は?」

「ガジェットと、砲撃型以外の傀儡兵がいる。 下へ行く道は隔壁が中途半端に開いてるな。 残骸がいくつかあるから、先行した部隊の潰し残りか非常口から沸いて出たかのどちらかだ」

「じゃあ、俺が先行する。 安全な転移座標を寄越せ」

「……大丈夫なのか?」

「任せろ、そう簡単にやられたりはしないさ。 お前らは隙をついて降りて来れば良い」

「わかった。 そこまで言うなら任せよう」

 クライドはデバイスに転送されてきた座標を元に、転移する。 瞬間、視界が開けた彼の眼前でグラムサイトが周辺一帯の敵を感知。 ガジェットの数は十機。 傀儡兵は重砲撃型が四機、近接型傀儡兵三機に、空中型が三機だ。 クライドそれを確認するや否や、すぐさま奇襲攻撃を実行する。

「シールドカッター!!」 

 即座に周囲に展開された四枚のカッターが、いち早くクライドに反応した円柱型の兵器ガジェットに喰らいつく。 AMFの防御があるとはいえ、クライドにはAMFは無意味だ。 エンジンカッターを模したその刃の蹂躙を受けて、ガジェットの装甲が切り裂かれて次の瞬間には真っ二つになっていく。 その結果を見守らず、ガジェットはカッターに攻撃させながらクライドは大物へとハイスピードを展開した。 その手には青く光るブレイドの刃があった。

「うぉりゃぁあ!!」

 狙うべきは傀儡兵の中でも大型に属する砲撃型だ。 四メートルはありそうなその柿色の巨体の背中には、相応の大きさの二つの砲門がある。 対空攻撃用に配置されているそれは鈍重な動きでクライドに向かって振り向こうとする。 だが、その動きは余りにも遅すぎた。 防御シールドさえ発生する暇もなく、カートリッジを吐き出したブレイドによって後頭部から背中にかけてを唐竹に叩き斬られる。 重要部位を斬撃によって破壊されたのか、動かなくなった巨体を蹴るようにして刃を抜くと、クライドは真後ろへと跳躍。 そこへ、四枚の黒翼を備えた緑の傀儡兵が両刃の斧を持って強襲した。

「よっと――」

 振り下ろされた大きな斧は、そのまま沈黙した友軍機の残骸に叩き付けられて柿色の装甲の破片を飛ばす。 クライドは一端着地すると、飛散する装甲をフィールドのジャケットで弾きながら動きを止めた緑に向かって空中を駆け上がりながら切りかかる。 青の光刃が一度下段から跳ね上がり、緑の羽の片翼を斬り飛ばす。 浮力を失った機体が、その瞬間重力に負けて落下すると同時に、振り下ろした二度目の刃が背中から喰らいつく。 ブレイドの一撃によって切断された装甲からバチバチと火花が飛び、斬られた装甲の向こうから断線した機械ケーブルが血のようなオイルを垂れ流す。 次の瞬間、火花に引火して燃え上がるその機体が火に包まれるよりも先にクライドは次の標的へと飛び出した。

 そのクライドの新たな標的はやはり大型の砲撃型だ。 しかしその行く手を阻もうと、剣や槍、鉄球で武装した二メートル程度の近接型が道を塞ぐ。 クライドは臆せず距離を詰めた。

 傀儡兵もガジェットも基本的には同士討ちをしない。 友軍のマーカーが存在する限り、デフォルトであれば攻撃範囲を選ぶ習性があるとドクターから聞いたことがあるからである。 味方を巻き込むような無茶な砲撃はまずこない。 詰めるクライドに向かって鉄球が飛んできた。 機械の膂力で振り下ろされたその重量武器をクライドは右に転がりながら回避する。 瞬間、棘着きの鉄球を叩きつけられた隔壁が、大音響を奏でて小気味良い音を響かせた。 転がったクライドが身体を跳ね上げながらも鉄球のチェーン部位を切断。 そのまま進み、立ちふさがった槍型の射程に進入する。 その槍型の薙ぎ払いをスライディングで回避すると、真下から跳躍するようにして刃を振るった。 股下から胸部まで装甲を切断された槍型。 反応を止めて崩れ落ちる同僚を無視して、武器を失った鉄球型がチェーンを武器にクライドを攻撃する。 

「シールド!!」

 そこへ、ガジェットを狩っていたカッターの一枚が根元からそのチェーンを引きちぎった。 明後日の方向へ飛んでいったチェーンが無意味にも隔壁の床を叩く。 と、チェーンを振り下ろした格好で静止した鉄球型が、次の動作に入ると同時にクライドがエアステップで空中を蹴る。 その真下を、鉄球型の蹴りが飛んだ頃にはクライドは鉄球型の上にいた。 ブレイドの刃をもっとも装甲の薄そうな首の付け根に突き刺し、魔力刃を伸ばさせる。 無防備な内部を抉る青が、内部から鉄球型の機能を奪った頃には上からの援軍が到着した。

「援護します!!」

 立ち回っていた間にも降下してきたメリーが叫ぶや否や、クライドを狙っていた剣型の攻撃を左手のトンファー型のアームドデバイスで受け止める。 身体能力の強化力が凄まじいのか、剣型の剣を受けた状態でも彼女の身体は微動だにしない。 そのまま彼女は右手のトンファーを剣型の腹に近づけたかと思うと、グリップ部の引き金を引いて砲撃魔法を繰り出した。

 足元に光るは黒みがかった赤で描かれたベルカ式の魔方陣。 発光とほぼ同時に発射された魔力弾はゼロ距離から剣型の装甲をいとも簡単に穿ち、腹部に大きな風穴を開けてその機能を蹂躙。 崩れ落ちるボディを左手で払うようにして押しのける。 ジャンクの仲間入りを果たしたその剣型をそのままに、メリーはしかし余裕の表情で周囲を警戒する。 隙の無い身のこなしからかなり強いとクライドは想像してはいたが、やはり実際に見てみると心強いものがあった。 

「シスター、それ近代式か?」

「はい」 

 古代ベルカ式にしては先進的過ぎる。 どうやら、近代ベルカ式をかなり自分なりにアレンジしているようである。 と、クライドが着地した瞬間、青の爆裂弾がその周囲に降り注いできた。

「でかいの行くぞ、そのまま動くな!!」

 ディーゼルのブラストバレットだ。 シールドカッターに追い立てられていたガジェットと砲撃型三機が凄絶な青に飲み込まれ吹き飛んでいく。 景気の良い一撃である。 それで一網打尽に見えたが、クライドたちに影響を巻き込まない程度に加減したせいでシールドで耐えていた生き残りの砲撃型一機が、背中の大砲の射線にクライドたちを捕らえた。 シールドが解除され、その砲門に光が点る。 しかし、その砲撃が発射されることはなかった。 いつの間にかその肩の上にいるロッテが、ペタペタと装甲に触れている手を離してクライドたちの方に跳躍したかと思うと、いきなり爆発したからである。

「いぇーい。 ブレイクインパルス」

 ブレイクインパルスは物体の破砕振動数を割り出して魔力破壊する魔法である。 少々発動に時間がかかるのが難点だが、一度破壊振動数を割り出しておけば同種の敵に対してすぐに発動できるというメリットがある。 機械兵器の分厚い装甲もコレを喰らうと一撃だ。 近接格闘に特化しているせいで遠距離魔法があまり得意でないロッテらしい対機械系の魔法であった。

「おっと、ガジェット君の破壊振動数も一応は覚えておかないとね」

 適当に残骸に触れて震動数を割り出すと、そのまま何食わぬ顔で合流するロッテ。 ディーゼルはジャベリンで他にも二匹の飛行型を仕留めて降りてきていた。  チームとしてはやや近接に特化してはいたものの、クライドを除けば皆高ランク級である。 悪環境下であるとはいえ、この程度の戦力など物の数ではなかった。

「手応えはそれなり……かな?」

「AMFは厄介ですが、この程度でしたら行けそうですね」

「問題は俺の偽者とソードダンサーの偽者だな。 前者は俺がベースの癖に、妙なデバイスを持ってやがるから気をつけろ。 攻撃力と防御力が見た目の魔力量に比例しない術を持ってる。 ソードダンサーの偽者は倒すのは諦めろ。 出会ったら即死を防ぐことだけ気をつけてくれれば俺が何とかする」

「おい、それはどういう意味だ?」

「アタシも無理しないってのには賛成だよ。 正直、あの娘に確実に勝てる自信がアタシにもないからねぇ。 でも、クライド君に何とかできるの?」

「任せろ。 悪運だけは定評がある俺だ。 それに、”目には目を歯には歯を、非常識には非常識を”だ」

 ジャケットの襟を無駄に弄りながら、その確かな”感触”を確かめたクライドが力強く笑う。 だが、当然のように三人はスルーした。 正直、無理して強がっているようにしか見えないのである。 あの大規模魔法を見た後では、クライドなど蟷螂の斧しか持たぬ昆虫のように儚い。 玉砕する姿しか思い浮かばず、一同は揃ってため息を吐いた。

「そろそろ先を急ぎましょうか」

「そうだね。 ディーゼル君、下はどうなっているかな?」

「先行させたエリアサーチはまだ底までついていない。 どうやら、隔壁がまだこの先に数枚あるみたいだ」

「待て、何故俺の発言をまるで申し合わせたかのようにスルーする」

「ほら、クライド君強がってないで行くよ。 大丈夫、ソードダンサーの偽者はアタシがなんとかするからさ」

 猫娘はそう言って笑うと、再びシスターの降下を手伝うべくメリーを後ろから抱き抱える。 ディーゼルなど、クライドを無視して先に居りる構えである。 どこか釈然としない思いに駆られながら、クライドは後を追った。












 建造時は大枚をはたいて建造されたであろうその大型シェルターは、しかし時の移ろいと共に不必要な代物へと成り下がっていたはずであった。 だが、当然のようにその施設は生きていた。 非情灯の薄暗い明かりが最下層にたどり着いた少年と青年を迎えたのが何よりの証拠だ。 非常用の電源はまだ生きており、動力もまた人知れず整備されてきたせいでいつでも全開にできる。

 クライドの偽者は楽しそうに管制室へと入っていく。 その後ろではレイスが、抜き身の長剣を右手に握ったままただ黙ってその無謀着な背中を見つめていた。 今なら、クライドの偽者の首を刈るのは容易い。 或いは、彼がグライアス・デュリックであったならばその一撃を繰り出したかもしれない。 しかし、レイスは忠実なる手駒でもない癖にそんな感情を一ミリグラムも持っていないらしく、ただ沈黙し続けるだけであった。

「なぁレイス。 ”ソードダンサー”は来ると思うか?」

「来るだろうな。 ”クライド・エイヤル”が動いている。 ならば四年前のように彼女は介入してくる可能性が極めて高いと思われる」

「そうか、お前もそう思うか。 シュナイゼルのシナリオがある意味最終段階へと到達している今、俺としてはソードダンサーに勝利してもらう方が良い夢が見れて嬉しいんだが……はてさて、終局を前にして彼女は最終的にどう動くかな? こちらの望みどおりに勝ってくれるかな?」 

 楽しそうに笑うクライドは、非常用の制御装置のコンソールを迷いなく弄っていく。 すると、どこか遠くで軽い音がしたかと思えば、主電源が息を吹き返して地下シェルターが永い眠りから目覚めていく。 通電し、十分な電力を手に入れた施設は一斉に非常電源から切り替わり、照度を上げる。 薄暗がりから眩しいほどに輝く照明の下には、いくつものコンピューターが空間モニターを展開しながらシェルター内部と地下水路の様子を映し出していく。 そこには、突入してきた幾人モノ魔導師たちと魔導機械たちの奮戦模様が映っていた。

 負傷し、それでも懸命に魔導機械を駆逐せんと魔法を繰り出した陸戦魔導師が、ガジェットからの反撃のレーザー照射を受けて無残にも事切れる様がある。 仲間の死に激情して突貫する新米がいて、破竹の勢いで魔導機械を殲滅するエースが居れば、フォーメーションを組みながら堅実に戦うベテランのストライカーがいた。

 その戦場に主役などいない。 誰もが険しい顔で、同じような想いの元で戦っている。 どうしてか、空間モニター越しであってなお心に響くモノがある。 レイスにはそれが、どこか美しく、崇高な何かに見えた。

「”必死”だよ。 あいつらは今、一人一人が必死になって戦っている。 何故だか分かるかレイス」

「自分たちの住む街の下に凶悪な兵器があると分かれば、オチオチと寝ても居られないからだ」

「それだと少し弱いが、まぁいいか。 敵がそこにいて、自分たちの隣人を傷つけるかもしれないと知っているからだな。 自分の命さえ危険の中に投げ出し、それでも守りたいと恐怖を押し殺しながら戦っている。 コレを見て何も感じない奴は、血の通わぬ肉団子さ。 あそこにいる誰しもを、人々は馬鹿にしちゃあいけない。 馬鹿にすることなど”許されない”。 例え神とやらがが許したとしても、この周辺に済む人間は誰一人そんな不義理な真似はしないだろう。 したらそいつらは、その身に安全を享受する資格を失うからな」

「お前が、この事態を引き起こしたお前がそれを言うのか”レグザス”」

「”だからこそ”言えるんだよ。 他の誰かがあの連中を馬鹿にしたら、俺は絶対にそいつを許さない。 それこそ、非殺傷設定なんて生易しいものを度外視して殲滅しよう。 アレこそが、醜くも美しい人類の姿って奴だ」

「人間に、綺麗も汚いもないだろう」

「だが、そう言いながらも善悪に拘って自身の身の潔白を欲しがるのが人間さ。 こんな俺だって、綺麗な身でありたいと思う。 誰だって清潔でいたいものなんだよ」

 風呂で垢を落とすのとは訳が違うが、それでも同じ尺度で偽者は言った。 レイスには極めて不潔だろうその男が、清潔を求めているなどとは到底信じられない。 ただ、無言で馬鹿話を聞き流しモニターへと再び目をやった。

 モニターの向こうの戦場では、それこそいくつものドラマが繰り広げられている。 だが確かに、生々しくも凄惨なそれを汚いなどと形容することはできなかったし、腹を抱えて笑いたいというような気にもなれなかった。 なるほど、ならば確かに彼らは今この瞬間”美しい”のかも知れない。

「クライド・エイヤルが来たようだな」

「へぇぇ、やっと来たか”ドッペルゲンガー”。 シュナイゼルの計略には無い完全なイレギュラー。 ジルの駒か、それとも別の誰かさんの回し者か、いやはや興味深い。 とはいえ、シナリオに組み込んでしまえるならばただの駒さ。 パーティーメンバーは?」

「クライド・ディーゼルとリーゼロッテ。 そして見知らぬシスターの三人だ」

「なるほど……シスターってことはやっぱりグレアム叔父さんが手を回した通りに動いているわけだな。 好き勝手やられるよりも行動予測がやりやすくて助かる。 当面はこのままが理想だが……よし、最終確認といこうか」

「どうするというのだ」

「リンディを”使う”。 目標は……そうだ、潰す予定のアジトでいいかな。 行く手間が省けるし、どの道試し撃ちは必要だ。 データはなるだけ多い方が良いからな」

「悪趣味な」

「合理的と言って欲しいね。 労力の削減ができるんだ。 それに、奴の反応を試すこともできる」

 憮然とした表情を浮かべながら、偽者の男レグザスは更にコンソールを弄る。 蘇ったシェルターは、今正に彼の手の内にあるといっても過言ではない。

「さてと、そうと決まれば準備だな。 彼らが降りた後の隔壁を順次封鎖。 後続を断つと共に、残りの魔導兵器でリンディのドレスアップ時間を稼ごう」

「ドレス……ね」

 そんな可愛げなど、彼女に与えるドレスには存在しない。 そのことを知っているレイスは鼻をフンっと鳴らしながらも長剣を床に突き刺して無限踏破を行使する。 その両手がまるで何かを掬うように動いた直ぐ後、その手の上には拘束衣を着せられている翡翠の女性の身体があった。

 彼女に意識は無いようであり、身じろぎ一つせずにただ呼吸の度に胸を上下させている。 眠れるシェルターと眠れる姫君。 眠りから覚めたその時に、果たして何が起こるというのか。 暗躍する二人は、ただ静かにその時を待った。












 四人がその轟音に気づかないわけが無かった。 魔力光の光しか光源らしいものがもはや無い闇の中で、抜けた隔壁の直ぐ上から生々しい駆動音が響いてくる。 音響する音が、まるで逃げ場をなくしたかのように閉鎖空間で反響する様は、お世辞にも心地よいとは思えない。

「おい、上の隔壁が閉まってくぞ!!」

 グラムサイト圏内であったために、それが何なのかよく視えていたクライドが注意を喚起する。 罠であるというのは先刻承知ではあったが、それでもいざというときの退路を思えば面白くはない。

「結界がないなら転移で抜けられる。 最悪の場合、僕がぶち抜くからそれほど心配しなくて良い」

「できるのかよ? AMFもあるし、あの隔壁かなり分厚かったぞ」

「集束系は得意ではないけど、一応習得はしているからね。 一発で全部抜くのは無理かもしれないけど、数回に分ければなんとかなるだろう。 どっちも無理なら非常用の脱出路でも探すしかない」

 頼もしいお言葉である。 力押しが可能なでたらめさが、クライドにはとても羨ましい。

『四人とも、大丈夫かね?』

 その時メリーのデバイスにグラシアからの通信が届いた。 だが、電波状態が悪いのか開かれた空間モニターの映像はノイズが仕切りに走っている。 声だけはまだ届いているため、それでも四人は耳を傾ける。

「はい、現在第二隔壁を抜けて第三隔壁へ向けて降下中です」

『そうか。 こちらで資料を探させてみたが、恐らくは第五隔壁まであるということが分かった。 それと、第一から第二隔壁が今閉まっているのを確認した。 気をつけたまえ』

「了解です。 それと騎士グラシア、先行した空士たちはどうなっています?」

『第四隔壁での通信を最後に交信が途絶えている。 単純にジャミングされているのかはどうかは分からないが、用心してくれ。 あと地上の方は大分目処がついてきた。 それが済み次第、隔壁の破壊作業と別所にある非常口からの突入を開始する予定だ。 ただ、一つ気になることがある』

「と言うと?」

『その地下シェルターだが、旧暦の時代にはどうやら”次元戦略級”の魔導兵器が存在したらしい。 シェルターが破棄されたときには解体されていたらしいがね』

「じ、次元戦略級ですか!?」

「それは凄い」

『有事の際にはシェルターシールドで大規模質量兵器などから身を守り、次元攻撃を可能とする戦略兵器で反撃するのがそのシェルターの構想だったらしい。 それに合わせて地下都市建造計画や、兵器工廠、食料生産プラントなども作られる予定だったとか。 ただ、さすがに大風呂敷過ぎて魔導兵器を作った時点で計画は頓挫している。 他の施設も未完成のまま埋め立てられた”はずだった”』

「はずだったってことはまさか――」

『地下水路の下に、稼動している兵器工廠が発見された。 ガジェットや傀儡兵はそこから供給されているらしい。 夜天の王の偽者が動いていなければ、誰も気づかないままだっただろう。 恐ろしい話だ』

 モニターはノイズで良く見えないが、それでも四人にはグラシアが冷や汗を拭っているだろう様子が見て取れた。 さすがにことが大きすぎる。 そこに居る誰しもが、そんな兵器があるなどとは想像さえしていなかったのだ。

「ってことは最悪、その解体されたはずの兵器を止めろって?」

『分からん。 こればかりは君たちの眼で確かめてもらうしかない。 メリー君のデバイスに資料を送る。 参考にしてくれ』

 通信はそれで消えた。 その後、数秒もせずに送られてきたデータをそれぞれのデバイスに転送した頃、メリーの後ろから資料を見ていたロッテが首を傾げる。

「変だね。 これ、解体されたにしては魔力炉とかはそのままだ。 やり方が甘いよ」

「だが、確かに兵器は解体されている。 これだと撃ちようが無いんじゃないかな。 専門家じゃあないから絶対かは分からないけど……」

「いや、待てよ。 この兵器の位置だとほとんど海側だぞ。 非常時の脱出路とかも海底にあったんだとしたら、そこからパーツを運び込むこともできるのかもしれない。 頭に入れておいたほうがいいかもしれんぞ」

「海から進入して、誰かが作り続けていたって言うのか?」

「可能性の話だがな」

「ここで議論したって実物を見ないと始まらないよ。 見つけたら全力でぶっ壊す方向でいいじゃんか」

「……いや、まぁそれはそうなんだがな」

 適当な話ではあるものの、確かに行ってみたら分かる。 それが真理であることだけは確かであった。 先ほどよりも降下速度を速め、一同は第三隔壁を通過する。 対空砲撃は無かった。 その上には魔導機械の残骸が散ばっていただけである。 先行部隊の仕事なのだろう。 この時点ではやられた空士の姿は見当たらない。

「あ、また隔壁が閉まるよ」

「ターゲットは俺たちってか。 歓迎が熱烈過ぎてムカつくな」

「僕たちっていうか、狙いは君だけかもしれないぞ。 いっそ一人で行ってみるか? 本当に閉まったとしたらまぁ、死ぬ気でがんばるしかないとは思うが」

「そいつはいいな。 俺一人で手柄を独り占めできる」

「……その、なんだ。 冗談なんだから本当にやるなよ」

「馬鹿な、お荷物な提督を置いていくチャンスを逃せというのか!?」

「誰が荷物だ。 これでも今の所撃墜数トップは僕だぞ」

「――ちっ。 ヴァルハラで俺と決闘して負けた癖に態度がでかいぞ」

「ええっ? ディーゼル君がクライド君に負けたの!?」

「そのとき、提督は一体どんなハンデを背負ってらしたのですか?」

「う、いや、それは……」

 普通の魔導師の視点からいくと、高ランクのディーゼルが負けるというのは中々に想像し難い。 勝敗について言葉を濁す彼を笑いながら、しかしクライドは内心で肩を落とす。 さりげなく自慢したのに、まったく自慢になっていないからである。 

「と、とにかくそんなどうでも良い話よりも今は先を急ごう。 おっと、先行させたスフィアがそろそろ第五隔壁についたようだ……むっ!?」

「どうした?」

「空士隊が対空砲火を喰らって足止めされてる。 第五隔壁越しに激しく撃ち合っているようだ」 

「ならば急ぎましょう。 隔壁が閉じられているせいで増援はすぐにはこられないはずです。 それと、上との回線が途切れました。 気をつけて参りましょう」

「うん」

 第五隔壁まで敵はいないことが確認できているせいで、再び降下を開始した四人の飛翔速度は今までよりも格段に速い。 と、第四隔壁を抜けた辺りで下方からチカチカと光が瞬いているのが見えた。 間違いなく戦闘の光だ。 魔法の砲撃光やレーザーの光、局員のフィールドの光が一同には見える。 更に、近づくにつれ戦闘の音も響いてきた。 

(嫌な位置での待ち伏せだな)

 着地点を狙うという戦術は理に敵っている。 特に現在はAMF環境化であるために空士たちの防御力が落ちている。 そのせいで余計に魔導兵器の攻撃を警戒せねばならない。 また半開きになっている隔壁はその分厚さもあってか下からの盾としては機能してはいるようだが、下へ降りるための広さを奪っているため敵のカバーしている射撃面積を少なくしている。 対空砲火が集中しやすくなるために迂闊に飛び込むのは厳しそうであった。 四人は散発的な撃ち合いをしている十数名の空士たちに近づくと、情報を交換することにした。  

「私たちは地上の作戦部隊から教会への協力要請を受けて応援に参りました。 この隊の指揮者はどなたですか?」

「俺だ。 教会のシスターに……なんだ? 本局の制服の奴もいるな」

 メリーの言葉に答えたのは、厳つい顔の男であった。 ブラウンの髪角刈りを面倒くさそうにかきながら、しかしそれでも力強い笑みを浮かべている。

「彼らは偶々教会にきていたお客様で、本局局員と協力者です」

「そうかい。 まぁ、増援なら歓迎だ。 俺は首都防衛108隊のロビン・マツーダー一等空尉だ。 よろしく頼む」

「メリーです。 こちら、本局のディーゼル提督とロッテさん。 後の一人は……」

「民間協力者の”ハーヴェイ”だ」

 言葉に詰まったメリーの言葉に付け足しながら、クライドは言う。

「そうか。 で、ハーヴェイだったか? ヅラがズレてるぞ」

「おっと、こりゃ失礼を」

 一瞬睨むような視線が来たが、クライドは気にせずにヅラを直す。 その間にクライドを除く三人が手帳を出し、身分を明らかにしていることもあってか、”見逃された”。

「暗闇だと見難いな。 まぁ通信で夜空をバイクで走ってる”シスター”が居たって仲間が言ってたし、信じよう。 現在我々は敵の対空攻撃のせいで攻めあぐねている。 加えて、通信もジャミングされているし弱めのAMF下でもある。 気長に行こうかと思ってはいるが……そちらさんは見たところ訳ありだな」

「”それなりに”、と申しておきましょうか。 こちらは先を急いでいますので、できればこの先に行かせてもらいたいのですが」

 そう言ってメリーがロビンに微笑む。 ロビンは頷きながら、視線をディーゼルやロッテに向ける。 管理局の部隊保有制限は通常一部隊に高ランク魔導師を多く囲うことを禁止している。 抜け道を使えばその限りではないが、それでも今目の前には高ランク魔導師が三人居るという事実がある。 ならば下の連中を相手にしながら抜けることもできるだろうし、協力すれば今よりも簡単に下の連中を黙らせることも可能だろう。

「レディーファーストで構わないかな」

「構いません。 その後は突破した者から速い者勝ちでどうですか?」

「そいつは狡いな。 でもまぁ、シスターさんの頼みなら聞かんわけにもいかんな。 俺は天国で、噂の聖王様とやらに怒られたくはないんでね」

「ありがとうございます。 貴方様方に聖王様のご加護を」

 聖王教会式の剣十字の印を軽く切ると、メリーは三人に振り返る。 クライドたちとしてもその方が好都合であったので頷き返す。 やはり、本局のディーゼルやロッテがでしゃばらなかったのが良かったのかもしれない。 聖王教会のメリーだからこそ、素早く事が進んだのだ。

「突入のタイミングはシスターたちに任せる。 決まったら声をかけてくれ」

 作戦会議の間にロビンは部下たちに指示を飛ばし、クライドたちの援護と突入の準備を進めていく。

「エリアサーチが破壊されたけど、大体敵の陣形は見えた。 連中はガジェットを前面に出したままその後ろに傀儡兵を置いてこの下をグルリと囲んでる。 その向こうは見えなかったけど、かなり数がいるぞ」

「俺とロッテだけならミラージュハイドでこっそり抜けられるかもしれないが……どうする?」

「それもアリだが、それだと戦力的な不安が残る。 ソードダンサーの偽者への戦力として最低でもロッテと後一人高ランク魔導師が欲しい」

「なら、私を置いていってください。 そうすれば、飛行速度を上げられるはずですし、三人に注意が向いた隙をついてロビン一等空尉たちと共に下の兵器郡の殲滅を行いましょう。 邪魔な方々に追われながら進むのは少し困るでしょう?」

「それは構わないんだけど、いいの?」

「騎士グラシアからはできる限り万全の状態でお送りするようにと、仰せつかっておりますので」

「よし、ならシスターの厚意に甘えようか。 ロッテとハーヴェイがミラージュハイドで先行してくれ。 その十数秒後に僕が空爆しながら追いかける。 その混乱をついて、空士の人たちとシスターが掃討。 これなら特に難しいことはないし、大丈夫だろう」

「対空砲火に捕まって撃ち落とされんなよディーゼル」

「ふん、君こそせいぜいリーゼロッテに優しくエスコートしてもらうんだな」

「ふふっ。 お二人とも本当に仲が宜しいですねぇ」

「憎まれ口叩き合いながらもお互いを心配してるからね。 喧嘩する程仲が良いって奴なんだよきっと」

 次の瞬間、仲が悪いはずの男どもが声をそろえて否定した。









 ステルス迷彩魔法ミラージュハイド。 ロッテが得意とし、クライドに教えた隠れ潜むための魔法である。 レーダーの反応を消し、更には視覚からも消える恐るべき魔法だ。 動物の鼻、グラムサイトなどは誤魔化せないが、こと人間に対しての迷彩能力はかなり高い。 魔導師でも勘の良い者などが近い距離まで接近されて初めて感付ける程であり、遠距離からの場合はほぼ見つけることができない。 同時に、クライドは過去のデスティニーランドの一軒でこのミラージュハイドが傀儡兵に対して有効であるということを理解していた。 

「よーし、野郎共下がれ!!」

 ロビンの号令と共に、下方への射撃を行っていた魔導師たちが一斉に隔壁の上を移動する。 下方からの射線が通らない位置に移動しているのだ。 しばらくは隔壁の穴から上に抜ける敵の魔導砲撃やレーザーが飛び交う。 しかし、敵への狙いがつけられないためにその砲撃も数秒後には止んでいた。

「んじゃ、先に行くぜ」

「後よろしくね」

 ミラージュハイドを行使した二人は、そのまま薄暗がりに解けるように消えていくと、そのまま砲撃が止んだ隔壁へとダイブした。 一瞬の浮遊感。 その後に生じるの重力の抱擁。 上下感覚さえ喪失しそうな暗黒の中、クライドはその手をロッテに引かれるようにしながら第五隔壁を越えていく。 手を繋いでいるおははぐれないようにするためと、単純に飛行速度が速いロッテにクライドを牽引させるためだ。 魔力量の差が飛行出力にも影響するため、当然の処置である。

「彼らへの砲撃は無し……か。 そういえば、弾幕を相手にするのは久しぶりだな」

 カウントを確かめながらディーゼルもまたダイブする準備に入る。 最近はあまりやっていないが、ヴォルク・ハラオウンの弾幕魔法を嫌と言うほど身近に感じたこともある彼にとっては、対空砲撃の雨に対する恐怖が良い意味で欠落していた。 特に気負うこともなくS2Uを握り締め、魔法を詠唱する。

 足元に光る青のミッド式の魔方陣。 ストレージデバイスが彼の意思を受けて演算能力を解き放つ。 そこにディーゼルの驚異的な集中力を加えてマルチタスク処理を行えば、トランス状態を維持しながらの戦闘が可能になる。

 その後ろには、シスターメリーとロビンの隊が自分たちの出番を待っている。 その中でロビンの隊はディーゼルの強力な魔力と、これから単独で砲撃に晒されることに対して何の恐怖も感じていないらしい様子に目を見張っていた。 空士たちは陸士たちと比べれば陸のエリートである。 だが、今のディーゼルを見ればそんな自尊心を僅かながら揺らされた。 圧倒的脅威に平然と飛び込めるその青年の背中が遠い。 そんな風に、思ってしまうのだ。 

「カウント……ゼロ。 よし、これより降下する。 シスターメリー、ロビン一等空尉。 後方は頼みます」

「御武運を」

「提督殿もまだ若いんだ。 あまり無茶しないようにな」

 ディーゼルまた暗黒の第五層へと飛び込む。 瞬間、姿を現した射撃目標へ向かって対空砲火の嵐が吹き荒れた。 その闇を切り裂く弾丸は、高速で飛行するディーゼルの軌跡を追うようにして隔壁を叩く。 震動する隔壁の上で、ロビン隊とメリーが出番を待つ。

「まったく、高ランク魔導師は本当にでたらめですな」

 メリーに向かってボヤくロビンは、自信を喪失したような隊員たちを見て苦笑い。 仕方なく活を入れてやることにした。

「おい貴様ら、凹んでる暇があったら降りる準備しろ!! まだシスターのエスコートも残ってるんだ。 カッコイイところを見せとくと、後でこの美しいシスターを食事に誘えるかもしれんぞ!! ちなみに、これは撃墜数一番で生き残った奴だけが許される勝者の特権だ!!」

「なんと、この暗黒の戦場にラブの風が……」

「となると、この空士隊のエースが誰かはっきりと分かるってわけっすね」

「実は俺、何を隠そうシスター萌えなんだ」

「それは残念だったな。 権利は私が頂こう」

 士気が向上したロビン隊。 そのまま欲望を丸出しのまま我先にと飛び込む準備をしていく。 と、そんな彼らの足元で盛大な爆裂音が木霊した。 同時に爆裂の閃光が隔壁の上を青い光で何度も瞬く。 ディーゼルの爆撃が始まったのだろう。

「よっしゃ、第一陣飛び込め!!」

「「「「了解!!」」」

 邪なる男たちが、その瞬間鬼になった。 手に持った量産型の杖型デバイスは獲物たる金棒である。 先端にはAMF下であっても形成された魔力弾が発射の瞬間を待ちわびる。 更にその後ろから突入を援護するべく、第二陣が上からの狙撃を慣行。 魔力弾に混じってディーゼルへと注意を向けていた無防備な魔導機械たちへ鉄槌を下していく。 

「その……なんと言いますか。 空士の皆さんは非情にお元気ですね」

「ええ。 それだけが取り得の、空に魅せられた愛すべき馬鹿共です。 それでは俺がエスコートしましょう」

 誇らしげにロビンは言うと、第二陣に混じって降下するためにメリーに言う。 だが、メリーはそれにやんわりと首を振ると、笑顔で言った。 

「それには及びません。 皆さんの熱気に中てられてしまいましたので、私も”元気良く”行きたくなりました。 ウィングロード!!」

 黒い赤<ダークレッド>の道が、薄っすらを虚空に光り、第五隔壁を越えていく。 だが、その傾斜は明らかに直角気味だ。 普通の陸士では止まることなど難しい。 ローラーブーツを装備しているシューティングアーツ使いならばなんということはないかもしれないが、シスターは徒歩である。 ロビンが首を傾げた瞬間、シスターは滑り台よろしくそのウィングロードへと”飛び乗った”。

「おいおい」

 ロビンは目を見張る。 メリーは僅かな傾斜を利用して猛スピードで降下しているのだ。 しかも、騎士甲冑のフィールドでウィングロードに身体を強引に吸着させながらの降下だ。 フィールド制御を間違えればそのまま勢いを止められずに床に衝突するだろう。 また、ウィングロードはこの暗闇では魔力光のせいで目立ちすぎる。 格好の的だ。 それこそディーゼルの度胸とタメを張るぐらいの胆力が伺えた。

「ちっ、第二部隊降下!!」

 さすがに心配になったロビンが早めに第二部隊と同時にそれを追う。 凄まじい勢いで戦場へ突入していくロビンは、しかしその瞬間に確かに見た。

 メリーのウィングロードの道が変化している。  捻れるように螺旋を描きながら砲撃を避けると共に落下方向を調整し、ディーゼルのブラストバレットが着弾したと思わしきスクラップの集団を飛び越えるような位置を取っている。 その先には、バリアを張って空士たちの射撃から身を守っている砲撃型傀儡兵たちがいた。 地面への着地も近い。 さすがに減速するかと思ったその瞬間、ウイングロードの先端が途切れ、その上をノンストップでシスターが飛び出していった。 その姿、正に弾丸シスター。

「はぁぁぁ、烈風一塵!!」

 次の瞬間、気合の咆哮とともに近代ベルカ式魔法を展開したメリーが落下速度を利用しながら空を舞い、その手に持ったトンファー型デバイスを砲撃型のバリアに身体ごと叩き付けた。 落下速度に合わせて叩き込まれた魔力打撃は、いとも簡単にそのバリアを叩き割り、その下の重厚な装甲をも陥没させる。 同時にメリーは身体に存在した落下速度を攻撃の反動で強引に相殺。 凶悪なる降下を実現させた。 その瞬間の砲弾が着弾したかのような轟音に、空士たちが一瞬何事かと音源へと目をやる。

 すると視線の先には空士の誰かが放った光源用の照明弾に照らされながら、砲撃型やらガジェットを次々とスクラップにしていくシスターの勇士があった。 そこには世間一般にあるシスターらしい大人しいイメージとは程遠い、戦場に咲き乱れた一輪の華が咲くばかりである。 

――その日、空士たちはその華に手を伸ばすべくいつもの数倍奮闘した。











 グラシアのデータを元にミラージュハイドで先行している二人は、既に迷彩を解いていた。 魔導機械はどうやら第五隔壁の真下に集合しているようで、デバイスのレーダーには反応一つ存在しないし、ディーゼルが発見し難いためにミラージュハイドを使い続ける必要がなかったからだ。

「ここら辺は電気が通ってるな」

「設備を掌握しているんだとしたら、通ってないと可笑しいからね」

 隔壁の周辺は意図的に暗闇にしている可能性がある。 その方が人間は戦闘がやり難いからだ。 しかし、本人たちの戦闘に支障が出るのであれば、待ち受ける側は照明があった方がやりやすいこともある。 無論、罠をしかけるのであれば暗闇の方がいいかもしれないが、行使する戦術によっては変わってくるだろう。 クライドならばまず、照明を落とした状態で戦闘をやるだろうが、相手にはそういう必要がないのかもしれない。 それは、単純に自らの技量に自信を持っているからか。 だとしたら、まだやりやすい相手であると思われた。 

 二人の眼下に広がるのは途中まで建造されたビルや工場と、むき出しの地面だ。 アスファルトで埋め立てられているのは完成したと思わしき建物に続く道程度で、それ以外は明らかに地肌がむき出しで放置されている。

 ミッド人は大地を得て空を得て宇宙にまで進出し、更には次元世界にまで足を伸ばし生存区域を拡大してきた。 歴史が一つ狂えば、地下もその一つに数えられていたのかもしれないし、海底や海上まで広がっていたのかもしれない。 その趨勢を思えば、この朽ち果てるだけのはずだった地下都市は、忘れ去られた幻のフロンティアだったのかもしれない。

 星に己の勝手な都合を強いるのが人間である。 勝手気ままに生きて、要らなくなれば捨て、また新しい場所を開拓する。 その身勝手さが、クライドはまるで自分の今そのもののように見えていた。

 都合が悪くなったせいでミッドを捨て、ヴァルハラからカグヤやストラウス経由でアルハザードへと飛んだ。 まるで同じだった。 恐らくはきっと、都合が悪くなれば色々なモノを捨てながらこれからも身勝手に彼は生きていくのだろう。

 ”その世界の中心”にいるのはクライドである。 ”その世界”はクライドを中心に回っている。 だから、中心たる彼にとっての快適さが何よりも優先されることになる。 それが可笑しいと思うことに意味は無く、それが間違っているということもまた意味は無い。 でもしかし、捨ててきたモノに価値があったと思うのであれば、また拾いたいと思う浅ましさを捨てることは到底出来ないことであった。 いや、もしかしたら拾いたいのではなくて、彼はただ楽になりたいだけだったのかもしれない。

「ねぇ、クライド君」

「なんだ」

「クライド君はさ、この事件終わったらどうしたい?」

「どうしたいって……」

「管理世界に帰って来たい? それとも、ヴァルハラに戻るのかな?」

 すぐに答えを返すのは難しい問いである。 リーゼロッテの問いは、それこそその先にまで続いていく問いであったからだ。 ロッテの左手が、その先に繋がっていたクライドの右手を引き寄せる。 飛行状態での距離が縮まり、彼の姉貴分はいつもの朗らかな笑みとは違う、物寂しげな表情を浮かべてクライドを見ていた。

「アタシはどっちでも君の好きにしたら良いと思ってるけどさ。 ”でもやっぱり”クライド君はこっちに居た方がいいと思うんだよね。 そりゃあ、ちょっと我慢しなきゃいけないこともある。 でも、そっちの方がアタシだって父様だってアリアだって嬉しいんだ」 

「でも俺は……俺は……クライド・エイヤルの”偽者”だぞ? それが分かっててずっと、”クライド”をやってた偽者なんだよ……」

 それは、彼にとっては悪い嘘であった。 その道しかほとんど選択肢は無かったとはいえ、それでも目覚めたあの時にクライド・エイヤルを演じて騙したのはクライドの罪である。

 グレアムもロッテもアリアも見知らぬ”彼”を求めてなどいなかった。 それが分かっていながら、”騙していた”のである。 しかも今は”本物”が近くに居るのだ。 その暖かな場所は本来彼のものなのだ。 クライドがそうやすやすと入り込んでよい空間ではそもそもない。 葛藤の基点はそこにあった。

「ごめん……」

 そう言って目を逸らす。 本当は、ただ謝りたかった。 その後は考えていなかったが故に。 その先はきっと彼にとっての望外であり、彼の世界の中には存在しない。 だが、それはあくまでもクライドの中の話だ。 その世界の中心にいる”リーゼロッテ”には関係がない。 だから、彼女はその言葉をクライドに言えた。

「”知ってたよ”」

「え――」

「偽者だって、気づいてたよアタシ達は。 だってさ、バレバレだよ。 アタシもロッテもそうだし、お父様もきっとそう。 半分可笑しいって気づいてて、それでも君を”クライド君にしてたんだ”」

「そんなこと……」

「本当のクライド君は”左利き”だった。 でも、帰ってきたはずの君は”右利き”だった。 にゃはは、さすがにこれは記憶が混濁してたとかって理由だけじゃあ可笑しいよね。 二重人格だったとかっていうんならまだ話は分かるけどさ。 ……だから、アタシらもごめんね。 ずっと、君をクライド君のままにしてて」

「なんで……なんでそんなこと言うんだよ。 だって、可笑しいだろロッテ。 騙してたのは俺で、ロッテやグレアム叔父さんはただ……ただ……」

「分かってたのに、言い出さなかったのはアタシらの罪だよ。 君が知ってて騙ってたのと同じでね。 ”クライド君であって欲しかった”から、ずっと君に甘えてたのかもしれないや」

 姿が同じで、声も同じで、ただ中身が違うだけの誰かだった。 でも、その誰かはクライドを演じようとしていた。 そのことを、リーゼロッテは知っていた。 アリアは気になると言葉で言いつつも事実を追求せず、グレアムはただ笑ってクライドが無事だったことを喜ぶことだけで手一杯だった。 それ以上の事実を追求し、日の本に曝け出して真実を知ることが”誰”にもできなかったのだ。

 クライド・エイヤルは不幸な少年で、彼らが可愛がっていた少年だったからである。 幻であっても良かったのだろう。 幻はやがて二人目のクライドとなって彼らの中に定着したから。 偽りの日々が、ただの”家族”の日常になっていたから。 嘘でも信じたい、言えば失われる何かだと、そんな風に臆病になって全員が真実に触れなかったのだ。

「アリアもアタシも、父様の使い魔だ。 だから、アタシらができないことは、きっと父様にもできなかったんだよ。 にゃはは、グレアムファミリーは皆揃って臆病っ子だったんだ」

 冗談めかして笑うロッテを、クライドは正視できなかった。 偽者ではなくて、本物の姉が帰って来いと言ってくれている。 ありがたいことだった。 ありがた過ぎて、戦場だと言うのに彼はロッテの腕の中で知らず知らずのうちに泣いていた。

「ありゃりゃ、まぁいっか。 君から甘えられたことなんて、アタシはほとんど覚えていないから嬉しいよ。 ようやく、本当のお姉さんになってあげられた気がするよクライド君」

 大の男が泣く様は、お世辞にも格好いいものではない。 だが、リーゼロッテはそれでもクライドを受け止めていた。 初めて涙を見せた弟分の、格好悪いその姿を他の誰にも見せないように。 その顔には、今までで一番優しげな姉の表情があった。

「ロッテ」

「なぁに、クライド君」

「俺、やっぱそっちには帰れない……本物の居場所は、本物の居場所だから」

「そっか……」

「だから俺は、いつか”クライド・ハーヴェイ”として会いに行くよ。 ロッテや叔父さんに、勿論アリアにも本物にも」

「ハーヴェイって、適当な偽名じゃなかったんだ。 もしかして君の、今の名前なの?」

「ああ、今の俺の名だ」

 偽者ではなくて、オリジナルになった男の、それは新しい名前であった。 適当に決めた名前ではあったが、”エイヤル”の名を名乗ることはもうできない。 オリジナルがいる。 そして、それとは違う者になった今のクライドは真実別人としての人生を歩まねばならないのだ。 だからこそ、居ないはずの男としてその名は誰よりもクライドに相応しい。

「はぁ、この子は……どうしてこう真っ直ぐに育たなかったのかなぁ。 変な方向にばっかり進もうとするしさぁ」

「愉快で優しい”姉”たちに囲まれたらこんなになったんだ。 もうどうしようもないって」

「なら、遊びに来たときにでもまた躾ける必要があるってことだね。 あ、でもまんざらでもないんだったっけこのムッツリめ。 うりうりー」

「むぎゅ……ちょ、苦しいって……つか、本当に俺もういい年なのに……」

 再びのスーパーマーキングタイムである。 だが、心なしかいつもよりもその抱擁は力強かった。 猫の姉はそうやって、クライド・ハーヴェイをただ笑って受け入れた。 









 未完成の地下都市の中で、一つだけ完成しているはずの施設がある。 それは当然、シェルターの隔壁を閉じるための管制施設だ。 三人はグラシアのマップに従い、その手前を合流ポイントとして合流した。 それぞれに軽く役割を決めると、周囲に何も無いことを確認して管制室がある管制塔へと踏み込んでいく。

「ブレイズカノン!!」

 S2Uのコアが明滅すると同時に、槍のように構えられられたその身の先から獰猛なる閃光を吐き出した。 放たれた砲弾の如き大きさの青が、最上階にあるらしい管制室の壁を轟音を立てながらぶち破る。 砲撃の激震が一際大きい管制塔の管制室を遅い、飛散する破片が周囲に飛んだ。 同時に、粉塵舞い上って場の視界を遮ったその瞬間に一も二もなくミラージュハイドを纏ったロッテとサングラスを仕舞ったクライドが突撃する。

 標的はそれぞれ決まっていた。 己の敵を見つけた二人はハイスピードで瞬時にそれぞれの目標へと移動する。 瞬間、本物識別用のヅラが高速移動魔法の移動速度に耐え切れず宙を舞うが、気にする暇も無いクライドは管制室の最奥で座っている黒の男へと踊りかかった。 振り上げたブレイドの切っ先は横薙ぎの斬撃となって敵の身体強襲。 呆気ない程簡単にその身体を切り裂いた。 まるで、それは質量や防御力が存在しない空気のような手応えだ。 その手応えに、クライドは思わず息を呑む。

「なっ――」

「しまっ――」

 同時に二メートルもしない隣から上がったロッテの驚愕に、クライドが今時分たちが相手にしたのが魔法による幻影だと理解した。 瞬間、その幻影が轟音と閃光を巻き上げながら破裂する。

 その強烈な音と閃光に、似たような戦術を使うが故にクライドのフィールドは抵抗する。 必要以上の音と光をジャケットのフィールドが遮断するおかげで、辛うじて意識を吹っ飛ばされることも忘我状態になることもなかった。 だが、ロッテは違った。 魔力消費の観点から必要でなければ余計な術式をフィールドに奔らせてはいなかったのだ。 グラムサイト越しの視界で、腰から力が抜けたのか蹲ろうとしている姿がある。 クライドは舌打ちをするより先に血の気が引くのを感じた。 妖精の眼<グラムサイト>に、次の瞬間”奇襲返し”に来たがそれらが室内に飛び込んでくるのがはっきりと見えたからだ。 
 それは、”黒の青年と黒の少女”だ。 自分と同じ顔をして、カグヤと同じ顔をした存在が二人、この三十メートル四方の空間に飛び込んできた。 呼吸をするより先にクライドの意識が反応する。 同時に、ディーゼルが手はず通りやや遅れて飛び込んでくる様子が伺えたが、この間合いで間に合わない。 

「カ――」

 カグヤの偽者の右腕が動く。 断罪の刃を振り下ろす処刑人の如く、倒れこんだロッテへと長剣を振りかぶる。 状況は絶望的だ。 クライドの脳裏に最悪を回避するためのノイズが奔りかけたその刹那、もう一人の乱入者がクライドの視界の先に現れた。

 出現と同時に、鞘奔っていた銀光が斜め上の処刑刀を逸らす。 衝突した刃が火花を呼び、甲高い音を奏でる。 と同時に、その黒の少女たちはその場の誰の認識よりも早く次の手を出していた。

 カグヤの左手が、居合いのせいで隙を晒した右わき腹に向かって強引にフィールドを纏った鞘を向かわせる。 その向こう、カグヤの偽者の放った鞘が辛うじて縦に構えたカグヤを真横から殴打した。 ――衝突。 白と白紫の生み出した打撃音が木霊し、管制室の空気をビリビリと震撼させる。 大魔力持ち同士の衝突余波だ。 空間がただそれだけでまるで恐れをなしたかのように震え上がったのを確かにクライドは感じた。

「――グヤ!?」 

 クライドは己の眼を疑った。 眼前で黒の少女たちが、そのまま微動だにせずに静止しているからである。 それは、魔力量的な単純衝突で両者が共に拮抗しているということを示していることに他ならない。

「どういう状況だこれは!!」 

 そこへ、遅れてディーゼルが飛び込んでくる。 その目が一瞬対峙しあう黒の少女たちに目をやる。 だが、それも一瞬だ。 すぐにディーゼルは背後からクライドの偽者へと躊躇せずに攻撃した。

 S2Uの先端にあるジャベリンの矛先が、高速の突きとなって疾駆する。 空気ごと抉るような獰猛なその突きを、クライドの偽者は半身になって避けるとバックステップで距離を取る。 更に壁まで逃げるように数度飛ぶと、”小細工”を繰り出した。

「おいディーゼル!! ”本物”を狙ってどうする!!」

「”偽者”が何を言うかと思えば、そういう”せこい”所も誰かさんにそっくりだな」

「誰が”せこい”だ。 つーか、お前躊躇なく攻撃しやがったな。 もし俺だったらどうするつもりだ!!」 

 クライドがブレイドを掲げながら抗議する。 少なくともヅラが無い今見た目はそっくりであった。 偽者と本物を瞬時に見分けることなど、普通はできないだろう。 しかし、ディーゼルは事も無げに言った。

「圧倒的に眼つきが悪いのが”本物”だろ。 目の前の彼の方が、どう見ても温和そうじゃないか。 偽者は彼だな。 疑う余地はない」

「お前、そんなので判別できるのかよ……」

 さすが、かつてライバルだった男である。 独特な識別方法で見分けるものである。 とはいえ好奇ではあった。 何せ数の上では有利だ。 懸念事項があるとすれば、それはロッテがまだ蹲ったままであるということだけだ。 至近距離からモロに喰らったせいで、意識が朦朧としているのかもしれない。 また、普通の人間よりも元が猫である彼女の方が、人間よりも感覚が良すぎて参っていたのだろう。 軽いショック状態に陥っている可能性は否めなかった。

「それより、ソードダンサーの本物が来るなんて聞いてないぞ」

「言ってないからな」

「僕は契約金は払えない。 君が代金を持つんだろうな?」

「安心しろ。 これは俺の頼みだからあいつはタダ働きだ。 持つべきものは友人だな」

「一応貸しにしとくわよ。 後で適当に”身体”で払って頂戴」

「へいへい」

「なぁっ!? き、君達は一体いつからそんな仲に!?」

 顔を真っ赤にさせながら提督が「不潔だ!!」などとのたまう。 実際はただ彼がサンドバックになるだけだろうが、クライドは敢えてそれ以上言わずに改めて偽者に視線を向けた。 偽者は楽しそうにやり取りを見ていたが、視線が合うとニヤリと笑みを浮かべて応じる。

「庭園ぶりだな”イレギュラー”」

「おう。 しっかし、いつの間にソードダンサーとそんな熱い仲になったんだよ。 知らなかったぜ”そんなこと”」

「お前だって、随分とカグヤの偽者と仲良さそうじゃないか」

「今から取り替えてみるか?」

「冗談。 俺は今のままでも十分ラブラブなんでね。 全く微塵もそんな気は起きんな」

「眼つき悪い癖に一途なのな」

「眼つきは関係ないな眼つきは。 あいつが欲しけりゃ噂の”魔導王”でも裏切れよ。 そうすればあいつだって喜んで切り刻んでくれるだろうぜ」

「ははっ、それならできないこともないが――」

 一瞬、カグヤに視線をやってから偽者は言う。

「正直、”女王様系”は好みじゃない。 どっちかといえば”お姫様系”がいいんだよ俺は」

「お前、いくらこいつでも女性の”面前”でそんなはっきりと言うとは……俺の偽者の風上にも置けんな。 貴様、さては”紳士”ではないな?」

「だったらどうする」

「エリート紳士ディーゼルとボコる。 ついでに、リンディの居場所も吐かせてやる。 カグヤ、こいつを”捕まえる”。 ”邪魔する”からそいつをどっか遠くへやってくれ」

「ええ。 こっちはこっちで好きにやるわよ」

 と、その瞬間止まっていた黒の少女たちの拮抗が崩れる。 カグヤの右手が初撃で止まっていたそれを、左腕の上から僅かな肩の動きから勢いをつけて振るったのだ。 偽者は己の首に届かんとするその横薙ぎにあわせてしゃがみこむ。 その頭上をカグヤの刀が通り過ぎるや否や、後方に飛んで管制室から”消えていく”。 無限踏破による距離移動だ。 カグヤもまた、グラムサイトで掴んだ相手の移動距離へとそのまま飛んだ。

 管制室に残っているのはこれで四人。 クライドはそれを見てまだ立てないロッテの方に歩きながらディーゼルに視線と飛ばす。 偽者はそれを見ても止めはしない。 その手に顕現させた右手のブレイドと左手の杖型デバイスの調子を確かめながら、来るべきタイミングに備える。

『ディーゼル、あいつの杖に気をつけろ。 ただの魔力じゃなくて”超魔力”って奴を使ってくる。 普通の魔法と違ってAMF状況下でも威力が左右されないから注意しろ。 威力は……多分リンディとかヴォルクの爺さん級だ。 気を抜いたら一瞬で落とされるぞ』

『……つくづく偽者でも君は変なモノを持ち出してくるな。 厄介な』
 
『俺の発明じゃない。 あんなの作れるんだったら、俺は今頃デバイス界に革命を起こしているぞ。 アレ、多分小型の魔力炉かなにかを積んでるんだぜ?』

『止めてくれ、考えるだけでも頭が痛くなってくる。 それより、リーゼロッテは大丈夫なのか?』

『ダメージはないが至近距離でスタングレネード魔法を喰らった。 人間より感覚が鋭いせいで、効果が抜群だったらしい。 すぐには動けないだろうな』

『となると、戦場を変えるしかないな。 相手の防御力もリンディさん級か?』

『多分な。 だから遠慮せずにガンガン行け。 できればあいつを地上に叩き落してくれ。 その方が”やりやすい”』

『わかった』

 念話が途切れる。 クライドはそのままロッテの盾になる位置から前進。 ディーゼルは側面から偽者へと油断無く距離を詰める。 その周囲には、少しずつ爆裂弾<ブラストバレット>が威圧するように生まれていく。

「二対一か。 別にそれでも構わないんだがな……いいのか? 俺に構うより先に、お前たちがかつて焦がれていたリンディ・ハラオウンを探すべきなんじゃないのか?」

「お前に居場所を吐かせればいい。 それだけのことだろ」

「”リビングデッド”の俺にか? ナンセンスだろそれ」

「ハッ。 いつまでもその身体の欠陥性で逃げ切れるなんて思うなよ偽者め。 今度こそお前の不可解、解明してやるぜ」

 クライドの周囲に四枚のシールドカッターが現れる。 回転する青の円刃は、クライドを守るように飛びその中央でクライドが左半身にブレイドを構えた。 右足は後ろに、右手が弓を引くように引かれ突きの構えで止まる。 そのままジリジリとプレッシャーをかけながら間合いを詰めるその姿を前にして、しかし偽者は動じない。

「――プリウス」

 呟きに従って彼の左手に握る杖が起動する。 二つの蛇が杖上に絡みあい、先端にある黄金のコアに這い回るような意匠のその魔杖プリウスが、圧倒的な青の輝きを点す。 通常の魔導師には理解できない異常な力が、足元の幾何学的なテンプレートを床上に刻む。 更に、それに交わるようにマルチタスク<多重処理>によって生み出されたミッドチルダ式の魔方陣が右手のブレイドによって重ねられた。

「なんだこの異常なエネルギーは!! これが”超魔力”とかいう奴なのか!?」

 所見のディーゼルが額に薄っすらと冷や汗を滲ませながら、その様を冷静に受け止める。 呟きに乗せられた危機感は、管理局の提督として慣らして来た彼を持ってしても異常に感じられた。 ”超魔力”などという代物を彼は知らなかったが、それでも十分に肌でその威容を感じ取っていた。

 またクライドもそうだった。 一度見たとはいえ、それでもこうして間近ではっきりとそれに相対した以上はその脅威の力を認めざるを得ない。 口内が乾き、無償に喉が渇いてきた。 だが、それでもクライドは大きく息を吸い込むと、その未知に向かって駆け出した。 臆する必要などどこにもなかった。 クライドには、それ以上に恐ろしいことがあるのだ。

「行けっ!!」

 乱舞する刃が、弧を描きながら左右から二枚ずつ喰らいつく。 それを、偽者は左のプリウスで事も無げに弾き飛ばす。 エネルギー総量が違いすぎた。 霧散する青のその中を、黒の閃光<クライド>が駆け抜ける。 その最中、ロードしたカートリッジが排出されて空を舞う。

「イルアンクライベル<雷神の篭手>!!」

 カートリッジが底上げした魔力をブレイドの切っ先に込め、高速の突きと成す。 魔力電磁砲身<マジックレール>による瞬間加速こそ使えないが、それは確かにグリモアからクライドが教わったアルハ式魔法だ。 その突きは最低限の突撃の勢いさえ破壊力にプラスして、最短距離で虚空を奔る。 カッターを弾き飛ばした後の偽者はそれを避けもせずにフィールドで受け止めた。 過負荷によって砕け散るブレイドのその刃。 だが、フィールドは無傷でもその身体が一瞬後方へと浮いた。 

「おっ?」

 クライドはそのまま追撃に入る。 偽者は浮いたせいで一瞬、背後の壁に触れ逃げ道を無くす。 その無防備な空中で、飛行魔法を行使されるよりも先にクライドが己の奥義を叩きつける。

「アーカイバ!!」

 瞬間装着されたグローブ型デバイスが、己の主に従って魔力を開放。 クライドは更に一歩を前に出て刃を失ったブレイドを振り下ろす。 視認できないほどに圧縮された魔力が、敵のフィールドを斜め上から削っていく。 しかし、減衰させることはできても偽者のフィールドは抜けない。

「ちっ――」

 それで抜けると思っては居なかったが、クライド自身はせめて奥義の二連撃を食わせたいところだった。 クライドはマジックカッターの一撃を食らわすと同時に後方へと跳躍。 偽者は床に戻した身体を使い、反撃とばかりに杖を構える。 斜線上にはロッテがいる。 故に、クライドはすぐには”安易にかわせない”。 そんなことは、様子を伺っていた彼にも理解できていた。 故にこそプリウスの先端、黄金のコアに鳴動する青へ、もう一人の黒が踊りかかる。

「させるか!!」 

 ジャベリンの切っ先が、強引に下から魔杖をかちあげる。 瞬間、狙いがそれたプリウスの先端から極太のレーザーが放射された。 その一撃は斜め上に管制室の天井を容易くぶち破り、その上の地下都市の岩盤へと着弾する。

 大地を抉る激震。 抉られた岩盤の破片が落ちて遠くへと悲鳴を奏でるよりも先に、ディーゼルがジャベリンを再び突き出し偽者の身体を真横から突き飛ばす。 偽者の身体が宙を舞い、コンソールに背中からぶち当たる。

「対物殺傷限定解除。 ブラストバレットォォ!!」

 そこへ、追撃の爆裂弾が十数発容赦なく降り注いだ。 青の光玉がいくつもの爆撃となって管制室を一方的に破壊していく。 偽者がいた区画はその一撃に耐えられずに爆砕し、外の広大な空間へと繋がる。 偽者は爆発の衝撃にもみくちゃされながら外へと吹き飛ばされていった。

「やっぱ、真面目な奴の方がやることも派手だよな」

「さぁね。 それより追撃するぞ。 今のもまるで手応えがなかった」

「ああ」

 気休めにロッテにプロテクションをかけたクライドは、落ちたヅラをそのままに二人して半壊した管制室を飛び出していく。 と、その二人に向かって青の円刃が飛翔する。 偽者のシールドカッターだ。 クライドがブレイドが再びカッターを生成して対抗。 ディーゼルはそのままジャベリンで破壊して上昇していく。

「先に行くぞ」

 足が速いディーゼルが高速で飛翔する。 青い軌跡が魔力のシュプールを刻みながら、照明よりもなお青く輝く。 その後ろを、やや遅れてクライドが追っていく。

 ふと、その時クライドはデバイスの感応視界からレーダーに意識をやった。 レーダーで捕らえきれる位置にいたらしいが、随分と離れている。 その方角を見てみると、白と白紫の煌きが見えるのをクライドは確認した。 

(あいつの偽者にも、やっぱり何かあるのか?) 

 クライドはその疑問を今は頭の片隅に置くことにして、偽者を追う。 足元では開発されたような跡は道路一本になり、それ以外の建物は周囲には完全になくなっている。

 その整地されただけのむき出しの大地のその上で、空戦を繰り広げながらディーゼルが派手に戦っていた。 何度も響く爆裂魔法の閃光と音と、時折走る青の極光。 その戦いはまるで様々な兵器で武装した戦闘機と、大型の対空砲と防御兵器とを兼ね備えた戦艦が戦っているようであった。 

 どうやら、クライドの偽者は飛行は己の魔力で行っているらしい。 だが、その砲撃と防御には間違いなくあの超魔力が使われている。 どうして全てをあの特異なデバイスで行わないのかは謎であったが、今はそれがありがたかった。

 魔力と超魔力には威力的な差はないが、その出力がディーゼルを上回っているようにクライドには見えたからだ。 一筋縄ではいかないだろう。 ディーゼルは足の速さを利用してヒットアンドアウェイで偽者の上を取りながら、攻撃を続ける。 クライドの要望どおりに地面に叩き落すつもりらしく、高度の優位を相手には与えないように動いている。 

(やっぱ、AMFがディーゼルの戦闘力を下げてるか? こっちが息切れするのが先か、野郎の防御を削りきるのが先か……破壊力勝負になるな)

 用意してきたデバイスに思考を飛ばしながら、クライドはただ真っ直ぐに二人を追う。 やがて、少しずつ高度が降りてきた二人の戦闘に混ざれる位置にまで来るとブレイドを一端仕舞って対魔法刀を抜く。 同時に、新型のアーカイバに追加のパーツを展開した。

 状況に応じて瞬間的にデバイスの装備を換装する新型システムを組み込んだそれの上に、手甲のようなモノが展開される。 庭園でワイヤーを射出した使い捨てのパーツだ。

「よっしゃ、来いディーゼル!!」

 瞬間、極光よりも弱い青が一条の閃光となって流れ落ちる。 ディーゼルの放ったブレイズカノンによって、滞空維持限界を超えたエネルギーを叩き付けられた偽者の体が上から強引に吹き飛ばされて錐揉みしながら落ちてくる。

『そら、要望どおりに落としたぞ』

『どんぴしゃだ!!』

 追撃してくるディーゼルの声が脳裏に響く中、クライドは落ちてきた偽者に踊りかかる。 集束した魔力が、再び雷神の篭手となって対魔力刀を青く彩った。 

「さすが、Sオーバーの相手はこの身体だときっついな」

「だったら、大人しく落ちてろ!!」

 飛行魔法の制御を取り戻そうともがく偽者が、それを見てプリウスを横に払う。 突き放たれた刀が、その威力差故に当たり前のように弾かれる。 だが、ブレイドのように刃を失うことなくその頑強さで耐え切った。 クライドは獲物を弾かれながらも強引に姿勢を制御し飛翔。 短い距離を強引に走破するや否や強引に懐に潜り込んで肩からぶちかまし、偽者の落下を助長する。 当然、それで終わりではない。 クライドは更にしつこく敵を追った。

「ちっ」

「ワイヤーショット!!」 

 伸ばされた左手からワイヤーが射出され、いつかのように偽者のフィールドに吸着する。 落下に引かれて落ちていく二人の身体を重力が熱烈な歓迎で迎え入れる。 両者が共に飛行制御と相手への対処に意識を割く仲で、クライドは同時にデバイスにワイヤーを巻き取らせ接近を試みていく。

 落下しながらもみるみる縮まっていく距離の中、偽者が密着を嫌ってブレイドを振るった。 すぐにワイヤーが切断されるも、その間に再びクライドは至近距離へと詰めている。 左手のワイヤーショットをパージ。 そのまま再び新しいパーツを展開する。 その新しいパーツには、三発のマガジンが差し込まれている。 更に手の甲には三つの砲門があり、マガジンから抽出した維持魔力をエネルギーにして青く輝いていた。 

「喰らえ、ガンナックル!!」

 叩き付けられた左手の甲の三つの砲門が、接触と同時に火を噴いた。 ヴァルハラにて油断していたディーゼルを”一撃”で沈めた攻撃だ。 単純な破壊力で言えば今現在クライドの持ちえる最強の攻撃力であり、マジックガン三発分に相当する完全な対高ランク魔導師仕様。 かつて二発はキツイといったディーゼルの意見を取り入れた新作だった。 単純にマジックガンを三つほどくっつけただけの簡素な代物なのだが、単純故に強力だ。

 青のレーザービームが至近距離から炸裂し、阻むフィールドへと着弾する。 それを見て、改心の笑みを浮かべるクライド。 これでディーゼルの攻撃と合わせて、相当にフィールドの耐久力を削ったはずだった。 しかし偽者はそれでも耐え切った。 苛立たしげにクライドに向かってプリウスを振るう。

「いちいちウザイ攻撃をしやがる。 ランク相当の攻撃をしやがれ!!」
 
「ぐ、おおっ!?」

 クライドはそれを辛うじて対魔法刀を盾にして防御しながら吹き飛んでいく。 バリアジャケットへの直撃は回避したが、それでも刀を握る手が衝撃で痺れた。 しかしその程度で戦意を失うことはない。 滞空維持限界を超える威力で吹き飛ばされながらも、エアステップの要領で虚空に着地。 膝のバネで衝撃を緩和しながら屈伸運動で天地逆の状態から飛翔魔法を行使して追撃の体制を整える。

「無茶をするな。 僕が前に出る。 君は無難に追撃を仕掛けてくれればいい!!」

「獲物が獲物だ。 ここは苦労しとく場面だろ」

 隣を降りていくディーゼルに向かって強がりながら、クライドもまた後を追う。 本来なら組むことなどあり得ない対極の黒が、お互いに軽口を叩き合いながらもそれでもしっかりとコンビネーションを展開していくのは、二人ともがリンディを心配しているからに他ならない。

 クライドもディーゼルも、ただその事実一つあれば水と油のような相性の癖に手を組むことができる。 或いは、攫われたのがフレスタであっても同じだっただろう。 この二人の唯一の共通点は、必要ならば私情を押さえ込むことができる点だ。 その果てに、たった二人であっても互いの力を高めあうことができていた。 それは正に、フレスタが偽者に見せ付けたはずの人の輪の力そのものだった。

「ブラストバレット!!」

 ディーゼルが幾度も爆撃し、ジャベリンで突っ込んでいく。 空戦での機動力を巧みに使い、ジャベリンのリーチを生かして幾度と無くフィールドに突きかかる。 近接それ自体は偽者も遜色ないが、その後に続く幾多の追撃魔法の技巧にはやはり見るものがあった。

 爆裂弾が飛び、誘導弾が舞い、ブレイズカノンが飛び、バインドが飛来してくる。 破格の集中力を用いた連続詠唱。 その息を吐く暇さえ惜しまれる猛撃の間隙を潜り抜けたかと思えば、クライドがその隙をついて忍び寄る。

「おらよっ!!」

 目に見えて脅威足りえない癖に、それでも己のデバイスを用いてランクに見合わない攻撃をチクチクとしつこく繰り出してくるクライド。 しかも杖の攻撃は対魔法刀を盾にして跳ね飛ばされながらもしっかりとグラムサイトのおかげで致命傷だけは防ぐ。 偽者がそうやって吹き飛ばせば、今度は追撃の砲撃を繰り出す前にディーゼルが死角から強襲してくる。

「うぜぇっ、こいつら仲悪いんじゃないのかよ!?」

 二対一の本当の恐ろしさは、同時に二人の敵の動きを警戒しなければならないところにある。 特に空のような三百六十度視界が広がる世界の中で、別々に動く二種類の動きを警戒し続けるのは難しい。 技量の差が圧倒的であれば問題はないが、偽者の技量はそこまで人間を捨てていない。 寧ろ、戦闘技術それ自体はクライドやディーゼルとそれほどは変わらない。 プリウスのせいで破格の防御力と攻撃力こそもっているが、今はただそれだけだった。 

「どうした偽者。 ロストロギア級デバイスを持ってその程度か!!」

 ディーゼルのジャベリンを避けた次の瞬間、背面に回っていたクライドが左のガンナックルを叩きつける。 炸裂した青が、再び偽者の身体の滞空維持限界を突破する。 と同時に、手甲の肘から伸びている三本のマガジンをパージ。 一端距離を開けて退避しながらマガジンを装填。 その間、吹き飛んだ相手をディーゼルが追撃していく。 

「驚異的なデバイスではあるが、当たらなければどうということはないね。 空戦状況下では単純な直接射撃系は使い勝手が悪い。 特に、僕たちは人間だ。 機械みたいに正確に狙らうのは、その道のプロでもなければ難しい。 良く狙える状況を作らなければね」

「くそっ、二対一の癖に粋が――」

 口上を遮るように、ディーゼルの爆裂弾が至近距離で着弾する。 爆音の向こうで真面目なディーゼルは律儀にも言う。 

「君は馬鹿か? 折角友軍がいるんだ。 あんな奴でも使わないともったいないだろ」

 粉塵を突き抜けながら、錐揉みして落ちていく偽者。 その様を見て、クライドが高笑う。

「ふはははは!! もう泣き言か偽者!! 許して欲しかったらリンディを返しやがれ。 そうすれば半殺しで済ませてやるぞ!!」

「ほとんど矢面に立ってない癖になんてウザイ奴だ!?」

 八対二ぐらいの割合でディーゼルが働いている。 なのにまるで自分だけの手柄のようにクライドが言うのだ。 さすがにその物言いには偽者も呆れるしかない。

「はっはっは、それ尻尾巻いて逃げろ偽者め。 ディーゼル、逃げ場も無いほどに弾幕で塞いでやれ!! 天誅の時間だ」

「……どこか腑に落ちないが、まあいい。 ブラストバレット・ジェノサイドシフト!!」

 爆裂魔法が中空で百個ほど一斉に発生する。 それら全てが、偽者の周囲に逃げ場が無いほど埋めていく。 

「リンディさんを攫った罪は果てしなく重い。 精々後悔するんだな!!」

「げっ――」

 悲鳴を上げる暇さえ与えられない。 全周囲からの爆裂魔法が、地下都市に一際巨大な光を捧げる。 発生した爆音は空気を伝播しながら周辺に広がって連続で何発も鳴っていく。 その問答無用さには、さすがにちゃっかりと避難したクライドも頬を引きつらせた。 

『おい、マジで殺してねぇよな』

『非殺傷だ。 リビングデッドなら当然のように死ぬかもしれないが……どうかな? それなりに本気で攻撃してみたんだが……あの防御、嫌に耐久力がある。 フィールドへのエネルギー供給力がかなり凄いのか、それとも単純にあの特異な魔法の術式強度が凄いのか……どちらにしても興味深い』

『ああ、特にあのデバイスな。 あの杖、どうにかして剥ぎ取りたいな。 奪い取れれば、あいつ多分かなり戦闘力が低下できるんじゃないか? それとディーゼル。 今のうちにエリアサーチをもう一回飛ばせ。 あいつが向かってた進行方向に”こっそり”とな』

『なに?』

『なんか臭い。 あいつ、本当に”本気”で戦ってるのか? 庭園で戦ったときよりも全然手応えがない。 それがかなり不気味だ』

『……僕も似たようなことは考えていた。 確かに、僕たちを誘い込もうとしている可能性はあるな。 それに、この方向には次元戦略兵器とやらがある。 そんなのに狙われたら、さすがに僕でも耐えられない』

 粉塵が隠した視界の向こう、止むまでの間にディーゼルは再びエリアサーチを飛ばす。

『ディーゼル、馬鹿の臭い芝居に気づかない振りをしながら行くぞ。 そのまま潰せれば良し。 無理そうならデバイスを破壊もしくは奪取。 それも無理なら状況次第では先に件の兵器が使用される前に破壊する』

『それが無難か』

 粉塵が晴れてくる。 その刹那、クライドがディーゼルに向かって叫んだ。

『……!? 避けろディーゼル!! 砲撃が来るぞ!!』

『ちっ――』 

 高速移動魔法<クイックムーブ>が瞬時に発動。 その残像を貫くようにしながら、青の極光が通り過ぎる。 再び上の岩盤へと突き刺さる青。 さらに、照明に偶々直撃したのか光源が一つ消え去った。

「外した? 本当に上手く避けるね」

 粉塵を吹き飛ばした一条の光のその向こう、偽者が笑う。 その、どこか業とらしい笑みが、再びクライドとディーゼルを戦闘へと誘う。

 相手はまるで無傷だった。 バリアジャケットに損傷など見られず、その顔には全く焦りというモノが感じられない。 それは、押されている者がする顔では到底なかった。 微笑みにも似たポーカーフェイス。 その貼り付けた”微笑”が、どこか二人には恐ろしく見えた。

 人間とは、あんな風に無感動に笑えるものなのか。 表情の癖に表情ではなく、意思表示ともまた違う。 感情表現でもありはしない。 それは、例えるならば初めてのバイトの店員の引きつったような笑みよりも更に硬い。 そういう表情のマスクでもつけているかのような、そんな固定された笑みなのだ。

『ディーゼル……』

『なんだ?』

『最悪、倒しきれそうになくなったら俺を置いてロッテと合流して逃げろ』

『何だと?』

『あいつ、何か”変”だ』

 直感が言う、その奇妙さ。 ただ強いだけの武器を持った相手だというのなら、このまま押し切れぬ道理はない。 しかし、クライドは相手の得たいの知れなさに恐怖を抱いた。 まるで、ジェノサイドシフトを皮切りに今は別の誰かと相対しているような錯覚さえしてきた。 偽者と戦っているのだと、クライドは思っていたが本当にそうなのか? それさえも怪しくなってきた。 いや、本物ではない。 クライドを”例外”とするならば、目の前の偽クライドは存在してはいけない不可解なのだ。

『奇妙なのは確かだが……』

 ディーゼルもまた、険しい目で偽者を見た。 クライドが何を感じているのかは分からなかったが、それでも彼もまた違和感を感じていることは確かであった。 最悪の場合を想定しないわけにもいかない。 そのことを考えれば先ほどのエリアサーチはギリギリのタイミングだったのかもしれない。 ここに何も無ければ無理に戦う必要はなくなる。 それこそ、相手が地上に出て無差別に人を攻撃するなどという暴挙に出ないのであれば。 捕らえられない相手を捕らえることに労力を注ぐ必要はない。 次の機会のために、情報を持ち帰ることもまた戦略だし、いっそ撤退して魔導師の応援を呼んでくるのも手だ。 最悪は、いつでも頭の中で想定している。 ただ、その事態にまだ直面したわけではなかった。

『君にしては、諦めの早いことだな』

『お前やロッテの命がかかってるからな。 これはヴォルクの爺さんが用意する摸擬戦とは違う実戦だ。 生きてる奴は生きるべきだろ。 俺みたいに、お前らには次はないんだぜ』

『まるで、君には次があるみたいな言い方だな』

『俺も守護騎士とほとんど同じ”魔法プログラム”だからな』

『なに? おい、じゃあ君も――』

『リビングデッドじゃあないぞ。 あいつらみたいな”欠陥持ち”とは違うからな』

『くそ、土壇場でとんでもないことを言う奴だ。 他に隠し事はないだろうな!!』

『あるかもしれんが、プライベートはミステリアスが主義でな。 とりあえず今はそんなどうでも良いことよりも目の前に集中しろよ』

『覚えてろ。 その秘密主義、後でお灸を据えてやるからな!!』

 舌打ちを残し、ディーゼルはS2Uを握り直しながら飛翔する。 敵は低空に対空している偽者だ。 言い知れぬ悪寒を堪えながら、クライドもまたそれに続いた。 その脳裏では、再びノイズがちらついていた。













 黒の少女が空を舞う。 縦横無尽なその足取りは、既に距離という距離を無力な限界として踏破していた。 虚空を踏みしめる足が、次の瞬間には”別の空の上”を踏んでいる。 それを普通の魔導師同士の戦闘だと解釈するのであれば、見た者はその連続した空間転移の技量に感服し、彼女たちを称えるだろう。 だが、その認識は誤りである。 これは、ただの異能がもたらした錯覚に過ぎないからだ。

 タダの一歩あればそれで良い。 その一歩が、無限を超えて二人の身体をありとあらゆる場所へと踏破させる。 彼女たちの戦場とは、つまるところそんな果てにあった。 

 黒のゴシックが優雅に回る。 翻るドレスの裾から見えるその足は、虚空を踏みしめ高速の体重移動<シフトウェート>。 その度に振られた刃は甲高い金属音が響かせ、刀と長剣の刃が絡み合っては己の主を誇り合う。

 刀の上を滑る薄い冷水を、しかし次の瞬間にぶつかった長剣に焚ける白紫の炎熱が舐め上げた。 やがて、気化した水滴が水蒸気となって衝突する二人のバリアジャケットの表面を湿らせる。 その不快さに眉を顰める暇も無く、カグヤは目の前の”不可解”によって言い知れぬ懐かしさのようなものを感じていた。

 距離を飛んでくる片刃の長剣を弾き飛ばし、その隙に剣速の速さを利用して繰り出した斬撃を鞘で受け止められる。 その一連の流れが、どうしてか剣の騎士<レイヴァン>を思い出させるのだ。

 リズムが、そして癖が似すぎていた。 自身と同じ顔をして、対極の属性を振るうその偽者は、カグヤにとって少なくない驚きを提供していく。 更に奇妙なことに、無言の内に重ねられていく剣が切実にカグヤを求めて咆哮していた。 ただ、それ以外の感情がその剣にはない。 酷く、それが不気味だった。 そんな感情を向けられる理由が彼女にない。 ましてや、この目の前の”少年”に会ったのは始めてなのだ。 何故か、不快感だけがその心に募っていった。

「面妖な”ぼうや”ね」

 思わず、彼女の口から呟きが零れた。 そのソプラノに乗った苛立ちが、更に彼女の剣速のギアを引き上げる。 封殺するように、先の先を押さえ冷酷な剣となって空間を奔った。 ワルツのビートが加速する。

「くっ――」

 それに音を上げるように、少年の顔が悲痛に歪んだ。 しかし、その目だけは執拗にカグヤを攻めている。 紅眼に乗った意思は金剛石のように意思で持って何かを訴えかけている。 意思に動かされた体は、防戦一方になりながらもそれでも紙一重で致命傷を避ける。 確かな執念がそこにはあった。

「私に化けていることはどうでも良いのだけど、私をこんなにもざわめかせる貴方は……”何”?」

 初めて、カグヤの口から問いらしい問いが飛んだ。 同時に、カグヤの手が止まる。 振るっていた刀はいつの間にか左手の鞘に戻り、居合いの構えで静止する。 少年――レイス・インサイト――は、亀のように防御を固めていた武器を構えなおしながらそれには答えず、ただ息喘いで呼吸を整えることだけに心血を注いだ。

 そこには、ただアークに事実のように語った時の自信は既に無い。 呆然と、湧き上がる戦慄の感情を押し殺しながら、己の傲慢と浅慮を悔やむばかりである。

 彼はただ、防ぐことで精一杯だった。 対峙した瞬間の鞘撃こそ己が互角であるという驕りを得ることができたが、それ以降それを現実にすることはできなかった。 確かに、剣に反応はできていたし打ち合えないことはない。 だが、結局はそれだけだった。 こうなれば、差が在り過ぎることを理解せざるを得なかった。

「はぁ、はぁ、はぁ――」

 だが、それでもレイスは撤退を良しとしなかった。 奥歯をかみ締めながら、ただただ無心に己の剣に縋る。 それしか”彼には縁が無い”が故に、”夜天の剣”に闘志を燃やした。 その想いは、心臓を中心に血流に混じりこんで彼の全身を駆け巡り、更に魔力に溶け込んでは灼熱の炎熱で防護服の外側の熱量を上げて、その足元に白紫の幾何学模様のテンプレートとベルカ式魔方陣を発生させる。

「まだだ、まだ折れるなよグラム……」

 幾度もの衝突に耐え切れず、刃こぼれしている愛剣を叱咤するように呟きながら、魔力を注いで修復する。 同時に、彼の愛剣からカートリッジが弾け飛んだ。

(技術だけではない。 そう、それこそ俺には分からぬ”何”かが足りぬのだ。 足りないから、”貴女”は俺に気がついてくれぬのだ……)

 長剣を両手握り、上段に構える。 求めた答えを導き出すための、解を求めて。 焦がれるように、カグヤに向かってただ渾身を叩き込むべく振り上げる。 炎熱が燃え盛り、刀身が炎に焼かれている。

「紫電――」

 尽きぬ思いを燃料に、ただ渾身の力でもって繰り出そうとするそれを前にして、カグヤは静かにそれを向かい討つ構えを取る。 足元でアルハ式の五芒星が白く燃え、ただ凪のように静かにあった。

 答えぬというのであれば、別にそれでも良いのだろう。 聞いたからといって、何かが変わるとも思えない。 眼前の少年は敵であり、それ以上になる要素は何処にもない。 故に、ただ終わらすことだけを彼女は考えた。

「―― 一閃!!」

 吼える少年のソプラノが、決意の斬撃に華を添える。 同時に、それに狙われたカグヤがタイミングを合わせるようにして居合い抜く。

 剣の勝敗を決するのは、ただ純然なる強さのみ。 小細工さえ労せぬ真っ向勝負ならば、単純に威力がある方が勝つだろう。 しかし、これは別に力比べなどでは断じてない。 ただの戦闘行為だ。 そして、競り勝たなければ勝てないという局面でさえない。 カグヤがその渾身に付き合う義理はどこにもないのだ。 

 また、少年は気づいていなかった。 遂先ほど、剣と鞘を使って防御することで手一杯だったということは、その速度についていけていなかったということに他ならない。 ならば、抜き打ちの構えを取った彼女の刀が今までと同じ剣速であるわけがなかった。

 剣速は単純にカグヤの方が上だ。 そして、それがその瞬間に圧倒的差に変化した。 鞘走る刃が再び、地下都市の上で銀の弧を描きながら斜め上に奔っていく。 振り下ろされた長剣が衝突する。 その瞬間、レイスは確かに奇妙な手応えを感じ取る。

「な――」

 獲物の衝突予定距離が、明らかに違っていた。 通常の斬りあいなら相手の身体を狙うだろう。 だが、カグヤは相手の”武器”を狙った。 それも、無限踏破を使って、よりレイスよりも早い速度でだ。 そうして、剣に一番膂力が乗る前の位置を狙って刀を叩き込んできた。 結果として勢いが乗る前の剣は、渾身になる前に止められた。 夜天の剣は一撃必殺を旨としているにも関わらず、だ。 その眼前で、剣を止めたカグヤの身体は予定調和とばかりに衝突した勢いで持って素早く刃を戻し、二の太刀へと繋いだ。 その戻りの早さは、速度を重視した彼女の剣ならではの速さである。

「経験不足」

 再び、カグヤの銀光が閃く。 右の薙ぎ払いの白い軌跡をレイスが視認した頃には防御のフィールドが消失する。 それは、あまりにも速過ぎた。 視認はできていたし防衛の意思が防御しようと足掻いたが、防御はコンマ数秒の差で間に合わなかった。

 騎士甲冑のフィールドがギリギリ身体を守って死んだと理解した次の瞬間、その身体を突きが襲った。 剣で突きを防御することは難しい。 点の一撃たる切っ先は、次の斬撃をガードしようとした長剣と鞘の防御を容易く潜り抜けレイスの胸へと突き刺さる。 灼熱の如き痛みと、口内からこみ上げてくる血が、自然と彼の身体から力を奪う。 と同時に、魔法攻撃を喰らった身体が、存在を保てずに崩壊していく。

「ごほっ……」

 空気に溶けるその身体。 敗北の事実を認めながら、レイスはしかし眼前に迫った紅眼の主を見続ける。 容姿は己に似すぎるほどに似すぎており、彼の知っている彼女に相違ない姿をしている。 殺されながら、それでも自然と笑みが零ぼすレイス。 その、場違いなまでのあり方がカグヤには尚のこと不快に映る。 消えながら、レイスはそんな彼女に言葉を残す。

「俺が、何かと尋ねたな。 だが、貴女は俺を、知っている……はずだ」
 
「知らないから聞いたのよ。 まぁ、どうでも良いといえばどうでも良いことなんだけれど」

 にべも無く言葉が飛ぶ。 その事実を租借しながら、レイスが悲しげに身体を震わせる。 その様が、まるで泣く子のように見えた。 とはいえ、やはりカグヤの記憶にも記録にも、自身に似た存在の記憶は確認できない。  

「どうでも、いい? 嘘だ!! 貴女が俺を”守り”、俺を”連れ出してくれた”だろう!! 貴女は俺の――」
 
 悲痛な叫びは、しかし理解されることなく虚空へと解けた。 同時に、完全に消え去ったレイスの居た場所を、カグヤは気持ち悪げに見る。 最後の途切れた言葉から感じる本能的な感じるおぞましさに、さすがの彼女も悪寒を感じずにはいられなかったのだ。

「”居ないはずの人間が居る”。 ただそれだけ、というわけではなさそうね。 今だかつて感じたことの無い空気がする……これは、なに? エレナじゃない……あの娘に近いけど遠い。 なんなの、この気持ち悪さは」

 呟きながら、視線を地下都市の一角へと向ける。 と、その瞬間彼女の眼に”翡翠の光”が飛び込んで来た。 瞬く星のような、流麗なそれは盛大に輝きながら広がっていく。 それは、魔力ではないエネルギーを束ねながら唐突に空へと舞い上がっていった。 それ様はまるで、光の柱か天への架け橋のようにカグヤには見えた。

「クライド……あの子、またしくじった?」

 ため息を一つ吐いて、カグヤはその距離へと飛んだ。














 何かが可笑しいと、そんな風に感じた黒の二人の予想は当たっていた。 その男は、それこそ別人のように変化していたからである。 

「くっ、こいつ!?」

 ジャベリンを叩き付けたディーゼルは、その瞬間呆然と驚くことしかできなかった。 青い槍を防いだその青き光刃<ブレイドの刃>。 それは正に、道理に合わないことである。 クライドの偽者であれば、絶対にできない程の魔力格差があるのだが、今目の前の偽者はいきなり魔力量を変化させていた。 

「――彼の偽者には絶対に無理だ。 その認識は正しいよディーゼル提督。 でも、僕は”彼”じゃあないから問題はないんだよね」

「君は……まさか!?」

 姿や声は変わらない。 だが、内面のその変化をディーゼルは肌で感じ取る。 眼前にいる敵は、既にクライド・ハーヴェイの偽者ではない。 クライドの”オリジナル”の偽者であった。 

「まさか君は、オリジナルエイヤルの偽者だったのか!? ……出力リミッターか!!」

 さすがに、ディーゼルもこの変化には驚愕した。 その隙を、偽者は見逃さない。 左手で握ったプリウスを振り、打撃を加える。 そのただの一撃でフィールドがほぼ致命的なレベルのダメージを負い、横腹から殴られたディーゼルが驚愕と苦悶の入り混じった顔で吹き飛んでいく。

「ぐっ――」

「ディーゼル!? くそっ、どんな手品だ!!」

 魔力量が変わっている。 クライドとオリジナルの容姿は同じだ。 出力リミッターで誤魔化すことは不可能ではないだろう。 しかし、クライドはそのことに違和感を感じた。 

 庭園でこの偽者はマジックガンを魔導砲モードで使っていたのだ。 つまり、現状維持が在ったはずなのである。 ならば、”クライド・ハーヴェイ”の偽者でなければならないし、高ランク級の魔力量のある魔力刃をブレイドから発生させることなどできてはならない。 不可解だ。

「ははっ、やっぱりオリジナルの”僕”の方が強いね。 現状維持の特質だけは使えるけど、あんな不自由な身体より数段軽くて使いやすいや」

「このっ、不可解野郎!!」

 対魔法刀で背後から切りかかる。 そのクライドの攻撃を、偽者は半身になって軽やかに避けた。

「ちぃぃっ、この――」

 刀を振るう。 斬撃の軌跡が次々と弧を描いて飛来するも、その尽くがブレイドとプリウスで防がれる。 まるで別人であった。 身体能力の差が歴然として目の前に存在している。 いや、それ以上にその動きには今までに無いほどのキレがあった。

「ああ、やっぱりオリジナルエイヤルの方が動きやすいね。 獣医なんて夢を持たなければ、彼は間違いなく管理局のエースになれるだろう。 天才だよ彼は。 でも、君は違うね。 特質だけで、それ以外は酷く凡庸だ。 いや、特殊ではあったっけね。 魔力情報の記述が変な君のデータは、それこそ身体のデータしか無いから、条件反射もないし思考能力もまるで無い。 しかも、感覚が鈍いからいつもよりも多く裏から操るしかなかった。 おかげで酷く面倒だったよ」

「裏から? どういう意味だ!!」

「敵に聞くのはナンセンスだね。 それが許されるなら僕こそ君に問いたいな。 不可解存在君。 僕はルールを”破っちゃいない”よ。 でも、君は破っている。 どうやって? 君はもしかしてリミットブレイカー<限界突破者>なのか? だとしたら納得できないこともないんだけど……それにしては弱すぎる。 不可解ではあるけど、理不尽じゃない。 この中途半端さ、なんなんだ君は」

「俺がリミットブレイカー? アホか。 俺をそんな大層な連中と一緒にするな!! 俺はただの”デバイスマイスター”だ!!」

 クライドの剣戟が加速する。 偽者はただ、不思議そうな顔をしてただ防御し続ける。 反撃は、何故か無い。 いや、防御の体制さえ放棄した。 フィールドの出力のみでクライドの剣を受け止める。 

「じゃあそれでもいいよ。 君に僕は止められないだろうからね。 君には”魔力”が無さすぎる。 特質があってもジルとは違うし……イレギュラー要素以外で目を見張るものは、やはりアルハザード側の人間だということだけかな。 残念だよ、シリウスとは違って君には英雄になる資格が無いらしい」

「心底どうでも良い話だな。 俺は英雄に成りに来たわけじゃない。 俺はお前をボコりに来ただけだからなぁ!!」

 左手だけではなく両腕にガンナックルを装着。 そのまま、両手で最高の四発を叩き込む。 マガジンが強制排出されて両腕から六つ飛ぶ。 さすがに、十二発の魔導砲が炸裂させられればたまらないのか、ようやく偽者がブレイドを一閃する。 緩慢で、酷く面倒くさそうなそれは、しかしクライドからすれば致命的なレベルの斬撃だ。 後方にバックステップし、紙一重で避ける。

「ははっ嘘だね」

 嘲笑するように、偽者は哂った。 それ以上の動きはない。 クライドはマガジンを差し替えながら、一瞬ディーゼルへと意識をやる。 すると、ディーゼルは地面に降り立った状態でいた。 そのまま、強力な魔法の詠唱に入っている。

 そんな彼らを前に、しかしどうでも良いとばかりに偽者は続けた。 ディーゼルなどどうでも良いのかもしれない。 それだけ、クライドに利用価値を見出しているということなのか。 
 
「君は、リンディ・ハラオウンの英雄に成りに来たはずだ」

「……は?」

「うん、そうやって君は否定するかもしれない。 でも、彼女にとって君はあの幼き日に初めて出った英雄<ヒーロー>なんだ。 強大な力を持つと自認する幼き彼女を仲間と倒し、見学旅行では彼女のピンチに駆けつけ、彼女の未来の”不確定さ”まで守った頼れる年上にして未知なる隣人。 それが君だったじゃないか。 違ったっけ彼女の英雄君」

「ざけんな、俺はたまたま近くに居れただけだ。 それ以上でもそれ以下でもない。 大体、あいつに英雄が居たとしてもお前が語るな!! それを語れるのは本人だけだ。 お前にあいつの何が分かる!!」

「分かるさ全て。 彼女の魔力データは取得している。 そこから本心を覗けば良いだけだ。 実に簡単な作業じゃないか。 だから言えるよ。 お姫様は彼女だけの英雄を求めているってね。 しっかりと助けてあげなよ? でないと、間に合わなくなるよ」

「ま、さか――」

「安心していいよ。 今はまだ殺してはいないから。 でも、いつまでもそのままというわけでは当然ない。 良くあるだろう? 攫われた姫君って奴は、役柄古今東西何がしか利用される”運命”にあるってね。 君が彼女の英雄なら急ぐことだ。 ああっと、君は英雄じゃあなかったっけね。 ならもう帰って良いよ。 役に立たないどころか、役が与えられない役者には”シュナイゼル”の舞台には必要が無いんだ。 シリウスにでも甘えて、精々好きに生きていけば良いよ。 そうすればもうすぐ綺麗な花火を拝める」

「次元戦略兵器か!?」

「そういうこと。 ただし、兵器は兵器でも”人間兵器”さ。 リンディ・ハラオウンを核として起動する超魔力兵器だ」

「てめぇ!!」

「クライド・エイヤル。 彼女の英雄に成りたいんだったら急いだ方がいいよ。 なにせ、これが試し撃ちだ。 実験体への悪影響なんて、それこそ考慮なんてしてないんだ。 ははっ、どうなるかな? 耐え切れずに身体がはじけ飛ぶかな? それとも廃人になって壊れちゃうかな? 楽しみだよ本当に。 はは――」

 くつくつと哂いながら、偽者は明後日の方角にブレイドを向ける。 その指し示された方角に、リンディがいるということなのだろう。 だがしかし、それをするには目の前の男が邪魔である。 放っておくのは危険であり、無効化するのにも骨が折れるどころか、命掛けといった有様だ。 しかし、余計なことをペラペラと喋ってくれたおかげで無理して捕まえる必要性はなくなりかけている。 これで、ディーゼルのエリアサーチがリンディの姿を確認できれば完全に用無しだ。  

『おいディーゼル、どうやらリンディは噂の次元戦略兵器の近くにいるらしい。 エリアサーチはどうだ?』

『なに? ……あと少し待て。 まだ確認できていない』

『できるだけ急いで――いや、お前今何を詠唱してる?』

『集束魔法さ。 余り得意ではないけど、単純な威力は高いし貫通能力だけで言えば手持ちで最強に近い魔法だ』

『分かった。 俺がバインドを仕掛ける。 それを合図に撃て。 勝負に出るから、できるだけ長い時間照射してくれ。 溜めの時間は少し稼ぐ』

 言うが早いか、クライドは念話をそのままに様子を伺っている誰かも巻き込むために言葉を吐き出す。 

「おい、”偽者”。 リンディを核にするってのはどういうことだ」

「言葉道理さ。 さすがにあの兵器を当時のまま組み立てるのは大規模な工事が必要になってくる。 が、その点彼女を使えば格段にその工程を短縮できる。 知っているかい? 高ランク魔導師は古代ベルカ時代から兵器転用が容易な”生態パーツ”なんだよ」

「反吐が出るぜ、そういう思考」

「そうかい? 僕はむしろ人間らしいとさえ思うよ。 ヒトは何でも身近にあるものを武器にしてしまう。 道具、地形、温度、空気、知恵、動物、魔力。 どこかの世界には衛星やらコロニーを兵器にするっていうスケールの大きな話さえあるんだってね。 なら当然、その中に人間が入らないわけがないだろう? これほど身近な素材だ。 目をつけないわけにはいかないよね」

「ふざけるな。 誰が好き好んでそんなことするんだよ。 やるんだったら、お前自身がやれ。 その高尚な理屈を押し付けられた人間の気持ちをてめぇで知れ!!」

「はは、ははははは!! 君、面白いことを言うね。 僕が知らないとでも言うつもりなのかい?」

「知らないだろう!! 知ってたらできるもんかよ!! ”兵器”にされるってことは、人間扱いされないってことだ。 ただの道具に成り下がるってことなんだよ!! そんな屈辱、想像だけで十分だ。 現実にされたら堪ったもんじゃない!!」 

 約二年前、アレイスターがジルの絶対領域発生装置を破壊していなければ、クライドは”防御兵器”になっていたかもしれないのだ。 トールがクライドに与えたグリモアを救うための対価のために。 何も知らなかったが故に答えたが、知っていればきっと躊躇しただろう。 いや、代償は支払わなければ助からないからと、諦めたかもしれない。 だが、知っていれば必ずそこで理不尽に大して怒りを感じなかったはずがない。

「うん、その通りだ。 確かに堪ったもんじゃないだろうさ。 嗚呼、しかし、その嘆きは数世紀は遅いね。 忘れたのかい? もう次元世界の人間はそこまで辿りついているんだよ。 ベルカ時代なら”聖王”や”レリックウェポン”にプロジェクトF<フェイク>、それよりも更に前や、更に別の名も知れぬ次元世界でもきっと似たようなモノは数多く在っただろう。 いいや、それだけじゃないよ。 そいつらは無くても有ったんだ。 フィクションの中に、映画の中に、空想科学のその中に。 リアルにもファンタジーの中にさえそれらは在った」

「無駄に大袈裟に喋りやがって……だからなんだってんだ」

「それらはヒトの内から自然と生まれて確立される、暗黙の領域に潜む思考癌なのさ。 時の忘却でさえ覆い隠せず、切除しても忘れられても蘇る。 それは、そうまるで……無知を言い訳に罪を犯すような醜悪さで、ひっそりと確実に育っていく人的災害なんだ」

「はっ、お前もその災害の一人だろうが」

「それは否定しないよ。 けど、僕はそれだけでは終わっていない。 その”成果”がここにある。 君も良く知ってるだろう? ”魔導王の箱庭<管理世界>”を」

 両手を広げて、偽者は言った。 その意味をクライドが理解するのに、さすがに数秒の時を要した。 その男は、ミッドチルダを含め、管理世界全てを指して”成果”だと言い切っているのだ。 

「まさか、お前がシュナイゼルか?」

 成果を誇れるのは本物か協力者だけだ。 クライドのその思いつきを、しかし偽者は否定する。

「君がそう思うのも無理ない。 でも僕は”シュナイゼル・ミッドチルダ”ではないんだ。 彼のことは”良く知っている”けどね。 彼はどこか抜けている美男子であり、彼は金メッキのマスクを被っている臆病者であり、彼はSSSランクの魔力資質を持つ狡賢い男だ。 そして、彼はこの管理世界の怨敵であり原初でもある二面性を持つ度し難い存在だ。 断じて僕と同一存在じゃないよ」

 言い方もそうであったが、どこか棘があるその言い様にクライドの頭はいよいよ混乱した。 当初、クライドは目の前の偽者たちはシュナイゼルの味方だと考えていたからである。 だが、まるで目の前の偽者はそんな風ではない。 表情もどこか嫌そうな、迷惑そうな顔をしている。 とはいえ、それはどうでもよいことであった。 目の前の偽者はリンディを攫い、フレスタやロッテの偽者をけしかけてきたクライドの敵である。

「おい、”偽者”。 一つだけ教えろ、リンディはここに居るんだな」

「さぁ? それは自分の眼で確かめるべきだよ。 もっとも、君では僕に勝てないということはもう分かっているだろう? 頼みの綱のシリウスは手が空いてない。 ああ、ディーゼル提督がまだ健在だけど、今の僕はさっきより強いよ。 それにこのハイブリットデバイス、魔杖プリウスもある」

「ふん、これだから強い武器と魔力持ってりゃそれだけで勝ちだって思う単純馬鹿は大嫌いだ。 俺が勝てない? いやいや、寧ろ負ける方がありえないだろ」

「だったらこの状況をどうにかできるなら是非教授して欲しいな。 君は……そうだったな。 小細工が得意だったっけね。 ならこの状況を打破できる方法を教えてくれないかな」

「ハッ、お前には小細工なんて必要ないだろ」

「へぇ……ただの力押しだけで良いと?」

「負けない理由は三つある。 というか、お前自身の方が良く分かってるんじゃねーのか?」

 不適に笑いながら、クライドが左手の指を立てて見せる。 立てられた指は、その根拠を示す数。 即ち三本だ。 その一本を折りながら、クライドは言う。

「一つ。 お前はカグヤが来るのを恐れている。 だからAMFを用意して、さらには偽者も用意した。 だが、心配だよなぁ。 あいつは噂のシュナイゼルよりも更に”強い”らしい。  そしてお前は言ったな。 俺が不可解だと。 だったら、あいつの偽者にもカラクリがあるってことになる。 あいつの”本当の偽者”でないならあいつが負けるはずがない。 なら、俺はただ時間を稼げばいいだけだ。 それだけで俺の勝ちが確定する」

「でもそれだとリンディ・ハラオウンが無事に済むかな。 時間が欲しいのは君だろう? 僕にはそれほど必要ではないんじゃないかな」

「じゃあ二つ目だな。 俺は別にお前を倒す必要は無いわけだから、ここはディーゼルに任せて、とっとと転移魔法でリンディがいるらしい場所まで飛べば良い。 んで、なんか良く分からん次元戦略兵器とやらの近くに居るだろうリンディを助け出して戻ってくれば、それだけで三対一だ」

「なるほど、戦力が増加するなら確かに厄介だ。 しかし、彼女が戦えるかな? 薬で今夜一杯眠ったままかもしれないよ。 それだと無防備な彼女を守るために戦力を取られる。 むしろ合流することの方が致命的な気もするけど?」

「じゃあしょうがない。 三つ目だ。 今から強力な援軍を呼ぶのはどうだ? これだと純粋に数が増えるし時間もかからないぞ」

「今からだとどれだけ時間をかけても”間に合わない”よ。 連れてきた陸戦特化のシスターでも呼ぶのかい?」

「そうか。 やっぱり”そうか”!! ははっ、ははははは!! じゃあ、手の打ちようが無いな!! 俺には召喚魔法なんて使えない。 今からじゃあどうがんばったところで誰一人呼べないわな!!」

 そう言って、クライドが声を上げて笑う。 偽者がそれを怪訝に思い、眉を顰めたが、状況は何も変わらないことだけは確かであった。 下のディーゼルに視線をやり、すぐに笑い続けているクライドに戻す。 その頃には、クライドは笑うのをやめていた。

「お前、やっぱり”視る眼”が無いな」

「ん?」

「知ってるかよ偽者。 目に見えない妖精さんにはなぁ、”猫の耳”が着いてるんだぜ!!」

 クライドが再び前に出る。 それと同時に、ようやく追いついた”彼女”が行動に移った。

「――!?」

 何も構えることなくノーガードだったその偽者の身体が、ハンマーで殴られたかのように背中から前に吹き飛んだ。 その背後には、猫の耳を生やした少女が一人。 右手を前に突き出した状態で舌打ちしている。

「嘘、アタシの”アレ”がフィールドを通らない!?」

「リーゼロッテか!! く、二度ならず三度まで!?」

「だから言っただろう。 視る眼<グラムサイト>が無いってなぁ!!」

 背後からの強襲で体制が崩れたところへ、クライドが対魔法刀を掲げて突っ込んでいく。 偽者は苛立ちながらも、デバイスで受けようとして訝しむ。 接近してきたクライドが、ドロップキックの体制を取ったかと思うと、直前で虚空に着地して方向転換。 そのまま真上に伸び上がるようにして飛翔したのだ。 それを眼で追う偽者。 瞬間、クライドが上からロングレンジバインドを放った。 

 輝く青の輪が常人には反応さえできぬ程の高速で飛翔する。 偽者はそれに反応してはいたが、身体がついていかない。 数あるバインドの中でも最上位に君臨するほどの速度を持つそれが、驚くべきほどの速さで偽者を束縛する。 とはいえクライドのバインドだ。 数秒もかからずにブレイクできる。 故に、それは程の脅威ではないはずだった。 しかし、偽者の敵はクライドだけではないのだ。

「リーゼロッテ離れろ!! ハイブレイズカノン……マキシマムシュート!!」

 詠唱の声は、下方から響いた。 今までのディーゼルのブレイズカノンよりも更に大口径の閃光が、斜め下から飛来する。 獰猛なその青が、バインドで動きを止めていた偽者を飲み込まんと迫った。

「プリウス!!」

 バインドを力ずくで破った偽者には、もはや回避するだけの時間は無い。 ならばと、ブレイドを仕舞って両腕で杖を握りシールドを展開して耐えようとする偽者。 ディーゼルの青が、シールドに阻まれるその刹那、青の残像を残しながらクライドがそのまま敵の背後へと回り込む。

「背中がお留守だぜ偽者!!」

「なっ、正気か!?」

「無茶だよクライド君!!」

 ディーゼルの砲撃を受け止める偽者は、背後のクライドに驚愕の声を上げる。 正気の沙汰でなかった。 偽者がディーゼルの砲撃を受けとめることを勘定に入れていたとしても、彼が回避を選択していればフレンドリーファイアで落とされていたかもしれないのだ。 仲間であるロッテでさえ、その無謀な行動に驚いている始末である。 だが、クライドはその瞬間に賭けた。 その両手にはいつの間にかマジックガンが握られており、必殺の魔導砲がその威容を晒す瞬間を待ち侘びていた。

『これで決める。 踏ん張れよディーゼル!!』

『そっちこそしくじるなよ。 集束魔法だって言っても二十秒も持たないからな!!』

『それだけありゃあ十分だ』

 ディーゼルの鮮烈な青が、更に地下都市の一部を染めていく。 S+の全力砲撃。 AMF状況下で威力が落ちているとはいえ、それでも高ランク魔導師が都市を焼き尽くせると言われる枕詞に嘘は無い。 瞬間的な破壊力はSSにも匹敵するだろう暴虐がそれにはあった。 さすがにシールドで受け止めている偽者の顔に冷や汗が伝う。

「耐えられるもんなら耐えてみやがれ!!」

 引き金が引かれ、偽者の背中に向かって魔導砲が火を噴いた。 青の弾丸はレーザーのように銃口から伸びてハイブレイズカノンの砲撃を受け止めている偽者の背中を強襲する。 当然それだけでは抜けない。 全弾四発撃ちつくして直余裕で耐え切る堅牢さを見せつける。 しかし、それで良いのだ。 前方のの防御に超魔力のエネルギーを注がなければならない今こそ、最高の好機なのだから。 

 マジックガンから手を離すようにして収納。 同時に前に出て拳を叩き込むクライド。 休む暇もなく手の甲より、更に凶悪な青が吼える。 

「力ずくで君が抜くつもりか? そんなこと――」

「できないなんて言わせないぜ!! さぁ、根競べだ偽者!!」

 一発、二発、三発、四発。 魔導砲の一撃が咲いては散って、ガンナックルの青が止む。 叩き込まれた魔導砲の弾丸の数は合計で十六。 マジックガンとガンナックル。 更に、ディーゼルの砲撃で超魔力をシールドに使わせ続けてなお抜けない。 正に難攻不落の城砦を思わせる防御力だ。 ただ魔力総量が膨大だという、ただその一点だけで耐え切る魔力量の暴力。 その暴虐に、二人の男が挑み続ける。

『くそっ、まだか!!』

 ディーゼルが己のリンカーコアから全魔力を放出する勢いで叫ぶ。 その声に反応する暇さえ惜しんでクライドは攻撃を続けた。

「まだだ、俺のデバイスはまだっ!!」

 クライドは諦めない。 ガンナックルのパーツを収納し、バンカーナックルのパーツへと換装。 そのまま魔力杭を発生させて全カートリッジをロードする。 弾倉が回転し、一発一発その魔力杭へと破壊力を送り込む。 そのたびに杭とフィールドが轟音を奏でる。 激しい衝突の火花がフィールドと杭の間で巻き起こり、その度にクライドの眼前で星のように瞬く。

「いい加減に諦めたらどうだい? 無駄な抵抗さ」

「煩い、お前は黙ってディーゼルの砲撃に耐えてろ!!」

 リボルバー式のバンカーナックルの装弾数は片腕辺り六発。 それでもまだ抜けない。 両腕がほぼ同時に六発目を打ち付けた瞬間には魔力杭の方が耐え切れずに砕け散る。 バンカーの喧しい衝突音が、情けない音を奏でてフィールドを叩く。

「ははっ、頼みの綱のデバイスもその程度じゃないか」

(くそがぁ!! まだ足りないってのか――)

 今だかかつて無いほどの攻撃を叩き込んだ。 にもかかわらずバリアジャケットのフィールドは健在。 クライドは次の武器を取り出す。 取り出したのは、一度も実戦では使ったことが無いワイヤーだった。 結び目には魔導砲に使う魔力マガジンがいくつもくくりつけられている。 

「爆導鎖っ!!」

 ワイヤーが、無機物操作の魔法によって意思ある蛇のように虚空をのたうつ。 クライドは背後に距離を開けると、偽者の全身に巻きつかせて起爆する。 マガジン内部の魔力が暴走し、魔力を撒き散らせながら小爆発を繰り返す。 クライドは視た。 爆発の粉塵のその向こうで、敵がまだ生きているということに。 だが、ようやく敵の限界もまた見えていた。

「く、さすがにこれ以上は!?」

「手間取らせやがって……しつこいんだよ」

 敵のバリアジャケットが今の爆発でボロボロになっており、今にも崩壊しそうなほどに明滅している。 限界がマジかに迫っているのは明白だ。

『く……さすがにもう、保たないぞ。 決めろぉぉぉ!!』

 下からの青の本流の勢いが落ちていく。 さすがに魔力持ちのディーゼルでも永遠に撃ちっぱなしができるわけがない。 むしろ、この数十秒撃ち続けられた事実こそ賞賛に値する。 ここで決めなければ、次のチャンスなど来ない。 疲弊したディーゼルにはもう一度同じことはできないのだ。

――ラウンドシールド展開。

――演算カットで現状維持。

――ブレイド展開。

――アーカイバ接続。 

「これで、終わりだぁぁ!!」

 偽者の背後に生み出したシールドに飛び乗り、現状維持で虚空に滞空させたその上で、クライドがブレイドを掲げて振り下ろすモーションへと入る。 しかし、それと同時に偽者が最後の抵抗とばかりに左足を背面のクライドへと繰り出していた。  偽者の足にクライドを蹴った感触がある。 そして、下からの砲撃も途切れた。 これで、憂いなど何もなくなるというその瞬間、しかし偽者の顔に驚きがあった。

「ま、さか――」

 紙一重だった。 蹴りがクライドの身体を吹き飛ばすよりも先に、クライドのマジックカッターの一撃の方が早かったのだ。 

 背中から切り裂かれた偽者の身体が、魔力の霧となって還っていこうとする。 その手から零れ落ちたプリウスがその証拠だ。 だが、それで終わらない。 そこで初めて、偽者の顔が凍りつく。

「”逝かす”かよ」

 もはや身体を維持できないはずのその身体が、何故かそれ以上”消えずにそこにあった”のだ。 強引にラウンドシールドの上に引き釣り寄せられた偽者。 その身体は崩壊した直前のまま維持され、消える気配がない。 いや、消え続けながらも消えないという矛盾した状態のままでそこに在った。

「死ねば逃げられるって? はっ、馬鹿を言うなよリビングデッド<屍人>。 ”させない”って言っただろう俺は。 このままお前には全部吐かせてやる。 何もかもな」

「ありえない。 演算を停止してなおこの身が消ないなんて……」

「不可解返しだ。 精々絶望しろ」

 呆然としたまま動かない偽者の身体にマウントポジションを決めつつ、クライドが勝ち誇る。 ついでに梃子摺らされた鬱憤を晴らすためにもボコボコと制裁を加える。 だが、”当然”のようにその偽者へのダメージは皆無だった。

「ご苦労様クライド君。 いやぁ、それにしても本当にごめんね。 肝心なときに居なくてさ」

「まったく、本当にヒヤヒヤさせてくれるよ君は」

 罰が悪そうにしながら笑うロッテと、肩で息をしているディーゼルが、それでもクライドの労を労うように肩を叩く。 

「ディーゼルの魔法も大したもんだったぜ。 照射時間が半端なかったぞ」

「注文したのは君だ。 僕はそれにあわせただけだ。 土壇場で集束魔法の術式をちょっと弄ったんだけどまぁ、上手くいって良かった」

 健闘を称えあうその三人の足元で、身体が崩壊間際で止まっているせいで身動きできない偽者がただ、見上げる。 魔法も発動できないほど崩壊が進んでいたようで、ほとんど死に体の状態であった。

「しかし、これはどうやっているんだ? 消えそうでいて消えないし、意識がある癖に全く抵抗しようとしない」

 リビングデッドは魔法を喰らえば消滅する。 その例外状態を作る方法をディーゼルは知らない。 疑問に思うのも無理は無かった とはいえ、秘密主義の男クライドが簡単に口を割ることはない。

「ちょっとした小技だ。 これに全力を注いでるから、そのせいで俺は今魔法が”使えない”。 悪い、どっちか先に行ってリンディを助けてきてくれ」

「それじゃあアタシが行くよ。 場所は?」

「ん、エリアサーチでようやく発見できたよ。 例の魔導兵器の動力炉の近くにいるらしい。 良く分からない機械の上で拘束されてるみたいだ……まずい、機械が動き出してるぞ!!」

「ロッテ頼む!!」

「分かった、先に行くよ」

 急いで飛んでいくロッテ。 ディーゼルは失った魔力を回復させるために残る。 魔力がほとんど底を突いている状態なので無理もない。 無理についていくということはせず、上がってくる前に偽者が落としたプリウスを見やった。

 感応制御が解かれたプリウスは、ただ無言でそこにある。 ディーゼルが自身でも使えるかと思い、試しに感応しようと意識を接続させてみる。 すると、それは何の抵抗もなくあっさりと彼の制御下に落ちた。 同時に、内部の小型魔力炉が起動するのが分かった。 どうやら、それを特別に組み込まれている装置を使って超魔力に変換してからチャンバーに溜め、デバイスの演算能力を用いて超魔力を使った魔法を使用するらしい。 ハイブリットデバイスとは良く言ったものだ。 通常の魔法もテンプレート魔法も使用できる特殊なデバイスらしかった。

「しかし、なんて杜撰な管理だ。 パスワードロックの一つも無いのか」

 呟きながら、システム内容を洗っていく。 と、その様子に気づいたクライドがしゃしゃり出た。

「おーっと、ここは本職である俺に研究させるべき場面だぜ提督」

「道理だな。 だが、その偽者が抵抗しないとも限らない。 一端降りてしっかりと拘束してからにしよう」

「了解。 とぉっ」

「って、何してるんだ!!」

 いきなりラウンドシールドの上から、偽者を引きずって飛び降りるクライド。 地上から二十メートル以上離れている位置であり、しかも今しがた魔法は使えないと言っていたのだ。 飛び降りて無事に済む高さでは決して無い。

「ひゃっほー!!」

「おい!!」

 咄嗟にその後を追うディーゼルが、上からバインドを放つ。 すると、地面から二メートルもしない位置で偽者がそれに捕まった。 綺麗に空間に固定された状態で止まる。 だが、クライドは狙いを外したらしくそのまま地面へとダイブした。 クライドが頭から地面に落ちる。 バリアジャケットが有ったとはいえ、頭からモロである。 さすがに致命傷だろう。 一瞬言葉を失ったディーゼルだったが、ヒモなしバンジーを行った男はバリアジャケットを喪失しながらも何故かムクリと起き上がった。

「うーむ、やはり人間は生身で空を飛べないらしいな。 重力という名の別嬪さんが手放してくれなかったぞ」

「……おい」

「ん? どうした」

「君、今の状況が分かってるのか?」

「いや、だってもう俺にできることないし。 それに、ロッテならなんとかしてくれるさ」

 信じているのだと言えば聞こえは良いが、余りにも他力本願であった。 ディーゼルは無言でその男と、空中にバインドで縫い付けられた偽者をチェーンバインドを巻きつけて拘束。 己のデバイスをカードの待機状態にしてから仕舞い、プリウスを使用する。 そのままプリウスに内包されている小型の魔力炉からの魔力のバックアップを受けて強引に空へと飛びあがっていった。 彼は不足の事態に備えてロッテを追うつもりなのだ。 プリウスが使えるのであれば、彼は戦力になれる。

「ちょ、おい!?」

「そのまま反省してろ。 サルでもできるぞ」

「ちょっと実験してみただけだろうが!!」 

「何が実験だ。 どういう意味があるのかサッパリだが、時と場所を考えてからにするんだな」

「ちょ、おい。 上下逆、逆になってるって。 うぉ!? 緩んでる、拘束が微妙に緩んでるぞ!! っていうか、飛んでいくよりも転移しろよ。 その方が絶対に早いだろ」

「……無理だ」  

「はぁ? お前総合S+だろうが。 余裕だろ余裕」

「いや、確かに僕はS+なんだが……その、転移系の魔法は持ってないんだ」

「待てよ。 隔壁閉まっても転移すれば抜けるって言ったのはお前だろ。 なのに使えないってどういうことだ」

「君が使えることは知っていたから、任せようと思っていた。 それに、別に航行艦乗りは艦のトランスポーターを使えれば良いだけだ」

「だから習得しなかったって? 文明の利器に頼りすぎだろ。 俺だって一人二人ならともかく、一気に四人飛ばすなんて真似無理なんだぞ」

「だ、大丈夫さ。 リーゼロッテがいるじゃないか」

「アリアならともかく、ロッテがそんな器用なことできるのか? あいつはフィジカル担当だぞ。 自分だけなら運べても、他人まで転移させられるかどうかは怪しいと思うが……」

「ははっ、なら僕が隔壁をぶち破るまでさ。 丁度今はこの杖もある。 コレを使えば簡単じゃないか」

「……」

 さすがに、戦利品でどうにかするのは狡いとクライドは思ったが、それ以上追求することはできなかった。 

「あー、時にディーゼル君。 前方のアレはなんだろうか?」

 ロッテが先行した方角から、翡翠色の輝きが見えてきた。 ディーゼルにも当然それは見えていた。 もうかなり距離が近いせいもあってか、魔力とは似て似つかない超魔力の異質な気配が伝わってきた。 咄嗟にディーゼルはエリアサーチの情報を空間モニターに映す。 すると、リンディが拘束されている機械の下に巨大な幾何学模様のテンプレートが翡翠色に輝いているのが見えた。

「まさか、魔力炉とリンディさんを強制的に繋げて撃たせる気なのか!?」

「アレが例の予言にある”翡翠の光”? ……っておい偽者!! リンディにどこを攻撃させるつもりだ!! まさか……おい、冗談じゃないぞ……」

「……」

 クライドが問うが、偽者は答えない。 ただ、翡翠に光が輝く方角を見るだけである。 そんな彼らの目の前で、翡翠の光が地下都市の空へと上がっていく。 それは光の柱となって岩盤へと突き刺さった。

 目も覚めるような翡翠の光が二人の裸眼にさえしっかりと届いている。 偽者の砲撃よりも、ディーゼルのハイブレイズカノンよりも更に何十倍も巨大なその閃光は、邪魔な地下都市の天井を抉りながら、圧倒的な破壊力で貫通していく。 その衝突の余波で、大地が震動し、今正に穿たれている穴の周囲から岩塊や土砂が降り注いだ。

「ちっ、荷物があるって時に面倒な……」 

 回避行動を取りながら、ディーゼルが苛立った声を上げる。 無理も無い。 敵の思惑が何でアレ、碌なことにならないことは明白だ。 真上には廃棄都市があり、今も上では陸士たちが戦っているはずなのだ。

「ロッテ、間に合わなかったか? くそ、偽者を無理に捕まえようとしなきゃ間に合ったかもしれんのに……俺の判断ミスか。 リンディ――」

 欲張りすぎたというのが、原因かもしれない。 彼女に何かあれば、悔やんでも悔やみきれない失態だ。 偽者など、本当の意味ではクライドにはどうでもいいのだから。 

「――ふぅん、やっぱりしくじったのね貴方」

「カグヤか。 ああ、半分な。 戦利品はそこだ」

「そう。 何も無いよりはマシかしら。 こっちは貴方たちの邪魔にならないように適当に引っ張って終わらせたけど……あら? 一応あの娘は無事みたいよ」

「マジか!!」

「猫の娘が強引に機械から引き剥がしてるわ。 ほら、光も薄まってるでしょ」

「は……はは、焦らせやがって」

「こちらでも確認した。 良かった、これで少しは肩の荷が下りる」

 だが、カグヤは安堵をつくクライドやディーゼルとは対照的に冷めた目をしたままである。 その視線は偽者に向いていた。 

「私の”ブラッドマーキング”に反応無し……ね。 当然といえば当然だけど貴方に似ているだけの別人のようね。 ふむ……ジャケットが無い今の状態でグラムサイトで術式が見えない以上変身魔法ではない。 その癖クライドに瓜二つのリビングデッド……」

 クライドとディーゼルがしげしげと観察するカグヤを見て、何かカラクリが分かったのかと期待する。 が、当のカグヤ本人は何も言わない。 それどころか、偽者の頭に左手を添えて目を瞑った。 瞬間、彼女の足元にアルハ式の五茫星が浮かんだ。

「おい、何やってんだよ」

「ちょっと頭の中を覗かせてもらおうかとなってね」

 思考捜査系の魔法を使っているのだろう。 確かに、攻撃魔法ではないから今の偽者にも有効ではある。 だが、一応そういうキワい魔法は一般には使用や習得が規制されているので知っている人間は少ない。 そういうミッドの常識を持っていた男二人は、彼女のなんでもない言い様に唖然とした。

「お前、男が出来たら絶対に管理するタイプだよな?」

「どうかしら。 できたことがないからわからないけれど……にしても、変ね」

「何がだよ」

「この子、自分のことを”クライド・エイヤル”だって信じて疑っていないわよ。 それどころか、自分がどうしてここにいるのかさえ認識していない……思考捜査対策? いや、違うわね。 これは……」

「これは?」

「……分からないわ」

「おい、期待させといて結局それかよ」

「何でもかんでも私が知っているわけがないでしょ」

「へいへい」

「……二人とも、そろそろ到着だ」

 無駄話を切り上げるように言うと、ディーゼルは高度を落とす。 すると、彼らの眼下には四基の巨大な魔力炉が見えてきた。 その中心に向かうように魔力炉からはいくつものケーブルが伸び、台座のような機械に接続されている。 その台座のすぐ傍で人影が見えた。 ロッテとリンディだ。

「ロッテ、リンディさんは!?」

「あ、来たね二人とも……って、ソードダンサー!?」

「大丈夫だロッテ。 こいつは偽者じゃない本物だ。 こっちから喧嘩でも売らない限りは攻撃はしてこない……多分」

「そ、そうなの?」

「私は別にまとめて相手してあげてもいいけど」

「こらそこ、無意味に警戒させるような発言は慎むように」

「はいはい」

 こんなところで無意味な戦闘をやられてもクライドとしては困るだけだ。 カグヤの笑えないジョークを止めると、眠ったままのリンディに視線を向ける。 その黒瞳に映っているのは、手術台にも似た台座の上でスヤスヤと眠っているリンディだ。 パッと見たところ外傷はない。 ディーゼルがバインドを緩めてクライドの身体を介抱すると、彼はリンディの安否を確かめるかのように近づいていった。

「良かった、怪我とかは無さそうだな。 まったく、心配させやがって」

 心配してなかったといえば嘘になるだろう。 後は、しっかりと目覚めてくれればそれだけで良かった。 翡翠の髪を撫でるように手を当てながら、クライドは大きく安堵のため息を吐く。

「あれれ? やっぱり心配だったんだねクライド君。 相変わらず素直じゃないなぁ」

「そういう性分なんだからほっといてくれ」

 ロッテのからかいにぶっきらぼうに答えるクライド。 ふと気がつけば、バインドで拘束されている偽者を除いた全員が生暖かい視線を向けてきていた。

「な、なんだよその目は」

「別に?」

 ディーゼルとロッテは業とらしく目を反らし、カグヤはニヤニヤしながら口元を緩めている。 むず痒い視線に晒されたクライドは、気恥ずかしさをやり過ごすべくなんとか話題を変えようとした。

「あ、あー諸君。 こういう時、お姫様の眠りを覚ますのは王子様の役目だと相場は決まっているような気がするが……どう思う?」

「都合よく王子様がいれば、そうかもだね。 今時そんなベタなの試す人はいないだろうけどねー」 

「大体、ここにはいないから無意味な疑問よ」

 確かに童話ならそうかもしれない。 だが、ここはリアルである。 女性陣は笑いながら受け流し、ディーゼルは呆れた顔をしながらトドメを指した。

「あー、分かってると思うけど、その渾身のジョークを実行に移したら僕は君を痴漢の現行犯で捕まえるぞ」

「だろうな」

 クライドもそれぐらいは分かっている。 アレらは童話だから成り立つファンタジーなのだ。 現実に寝ている女性に実行に移すとなると、下手をすれば冗談では済まされない。 同意があれば別だろうが、さすがにそうでなければ犯罪の香りしかしないだろうし、そもそも意識が無い女性の唇を奪ってよいのは命がかかったときのマウストゥーマウスの時ぐらいだ。 クライドだとてその辺は弁えている。
 
「とか言いながら、本当は狙ってたりして」

「そうね。 リンディ・ハラオウンが”寝たふり”でもしていたなら、冗談でこの子はやるかもしれないわね」

「そうなの? クライド君超外道。 アタシらはそんな風に育てた覚えはないんだけどなぁ」

「俺だって紳士に育てられた覚えはあっても、外道に育てられた覚えはない」

「ふっ、化けの皮がはがれないように必死だな」

「なんだと? お前こそ爽やかキャラ見せて実は根に持つタイプだろうが!!」 

「なっ、僕がいつそんなキャラを出した!?」

 ムッツリ紳士と爽やか紳士が馬脚を現したかのように罵り合う。 相変わらず子供染みたやり取りだ。 本当に一端のデバイスマイスターと管理局提督のやりとりなのかと考えると、女性陣は笑うしかない。

「ふ、ふふふ」

 ”目覚めた”ばかりの彼女をしてそうなのだ。 誰が見たって仲の良い連中がじゃれ合っているようにしか見えないだろう。

「あら、噂のお姫様が目覚めみたいね」

「おはようリンディ提督。 おひさー」

「はい。 その……すいません。 迷惑、かけたみたいですね」

 ディーゼルがクライドと普通に接していることから、早くも状況を理解したようだ。 苦笑しながら彼女は言った。 身体に力が入らないのか、上半身を起こそうとして起き上がれないリンディの背を、クライドが支えるようにして起き上がらせてやる。

「無理すんなよ。 そのまま寝てても誰も文句なんて言わんぞ。 後のことは心配せずに、全部ディーゼルに押し付けて寝ちまえよ」 

「そ、それはちょっと……」

「僕はそれでも構わないよリンディさん。 正直、一度病院に行って見て貰った方が良い。 今の君は色々と疲弊しているはずだからね」

 事実、リンディの顔色は優れない。 魔導兵器のパーツとして利用された代償なのか、妙に覇気が感じられなかったのだ。

「ほら、ディーゼルもああ言ってるんだ。 心配せずに寝てろって」

 そう言ってクライドは台座に寝かせようと負担がかからないようにと再び身体を支えようと手を伸ばす。 だが、リンディは微笑みを浮かべながらもその手を取った。 クライドの右手を両手で祈るように胸元に抱くその姿は、クライドが見たこと無いほどに弱弱しい。 だが、それでもしっかりと握られた柔らかな掌には、確かな熱が存在した。

「リンディ?」

「やっと、やっと捕まえました。 あれから、四年も経っちゃいましたけどやっと……」

「……そうだな。 もう、四年だ。 でもま、あんまり変わってないようで安心したぞ」

 クライドにとっては二年でも、彼女にとっては四年もの月日が経過している。 クライドは二十六になり、リンディは二十二になった。 その間、どんな想いでいたのかなんてクライドには分からない。 だが、それでも自分の手を握り締めるその女性の姿には、果てしないほどに胸を揺さぶられた。

「ずっと、ずっと謝りたかった。 あの時の嘘を。 ごめんなさい、私貴方に嘘をついたんです……」 

「ああ、ディーゼルから聞いたさ。 でも、もうそんな気にするなよ。 俺もその、色々と悪かったこともあったんだろうし、間も悪かったんだ。 ただ、それだけなんだろうさ。 だから、だからそんな泣くなよ……」
 
「う、うう……」

 女子供に泣かれることほど、居心地が悪いことはない。 自分の右手を握り締めながら泣くリンディを、クライドは支えるために背中に廻していた左手で抱きしめてやることしかできなかった。

 泣くほどに、涙を流すほどに後悔していたというのなら、そんな嘘ぐらいクライド・ハーヴェイは流してみせる。 流せないで、何が男なのか。 そもそもそのことを怒ってさえいなかったのだ。 そんな程度を気にするはずがなかった。

 結局、クライドは彼女が泣き止むまでそのままでいた。 何かもっと優しい言葉をかけてやることぐらいはできただろう。 だが、今は何も言う必要さえ彼は感じてはいなかった。 言葉にして伝えられなければ他人の真意など分からない。 けれど、今は彼女のその様子と、触れている腕から十分に想いが伝わってくる気がしたのだ。 逆に、今何か言うのは無粋なようにさえ感じる程だ。 それだけで、もう十分なのかもしれなかった。

(そういえば、こいつを泣かしたのはこれで二度目か……)

 一度目は四年前のあの日。 そして、二度目は今この瞬間だ。 クライドは彼女の涙を見たことはそれ以外ではなかった。 泣き顔など、見たくは無い。 リンディ・ハラオウンにはいつものように笑っていて欲しい。 そんな風に自然と思ってしまうのは、やはり”そういうこと”なのか。

 脳裏をよぎり続けている煩い0と1のノイズよりも、なお鮮明に見える翡翠の女性の手を、クライドはただ黙って握り返し続けた。
コメント
ヒャッホーイ。更新待ってました。
ニヤニヤ読まさせていただきました。
クライド・ハーヴェイになった主人公か。
クライドと名のつく人物が4人もいるので混乱しちゃうお。
【2011/01/27 21:04】 | kazu #.AUkuh/Q | [edit]
ハーヴェイは、なんか息子がイデアシードを開発しそうな苗字ですね。
【2011/01/27 22:15】 | 名無しさん #- | [edit]
更新キター
やっぱりおもしろいわ、待ってたかいがあった
【2011/01/28 03:00】 | 名無し #- | [edit]
読んでると時間を忘れてしまう。
やっぱ半年に一度の楽しみだよ、このSSはw
さてさて、リンディを取り返したクライド君は助手と妖精との間にどんな関係を築いていくのか楽しみにしてます。
【2011/01/28 13:35】 | xBBx #mQop/nM. | [edit]
更新キテター
予告通り映画っぽい展開が実に燃えます
リンディもヒロイン復帰してさあどーなるハーヴェイ君
【2011/01/29 03:10】 | |・ω・) #LkZag.iM | [edit]
やっと合流できたー!

無事会えて本当感動もんだ、リンディよかたねー
【2011/01/29 16:11】 | 名刀ツルギ #qx6UTKxA | [edit]
更新待ってました。
リンディとクライドの再開もニヤニヤ。
これで二人の時間がどれくらい確保されるのかわかりませんが
一息ついたら一気に”この先”の話になるはずで、
クライドの優柔不断っぷりにまたイライラする事になりそうですw
男なら方向性と落とし所決めてつっぱしれよ~
【2011/01/30 02:01】 | ドラ #mQop/nM. | [edit]
 更新有難うございます。
 待ってました。

 リンディ・・・、がんばれ! ふぁいっと
【2011/02/14 12:50】 | Goell #mQop/nM. | [edit]
リンディ頑張れ、超頑張れ。
優柔不断ならどっちも選べば(・∀・)イイ!!じゃない
【2011/02/22 12:05】 | 名無しさん #- | [edit]
今回の更新分もとても面白かったです。
クライドさんも苗字にハーヴェイ選ぶあたり未練ありまくりでしたしすっきりしました。
しかし200年待ちとかリンディさんの寿命すら見越してそうなグリモアさんに隙はなさそう。

とうとう表に出てきそうなシュナイゼルさんの目的がとても楽しみです。
プロジェクトFAKEの産物なのか、もどきさんも一杯でてきそうですし。
【2011/02/28 00:21】 | sg #3/2tU3w2 | [edit]
4年という歳月を経てリンディはとうとうクライドを捕まえましたねぇ。

……あ、やべ、ちょっと涙ぐんできた(涙

グリモアのこともあるだろうけど、リンディとも幸せになってほしいと願う私がいる。

やっぱり、最後はハッピーエンドを迎えてほしいですからねぇ。
【2011/03/02 14:00】 | 東方の使者 #X.Av9vec | [edit]
一気読みさせて頂きました
完結目指して頑張って下さい
【2011/08/07 23:16】 | キリト #- | [edit]
kazuさん 名無しさん xBBxさん |・ω・)さん 名刀ツルギさん ドラさん Goelさんl
sgさん 東方の使者さん キリトさん

皆さんコメありです^^

>>クライドと名のつく人物が4人もいるので混乱しちゃうお
そうですね、イメージし難いかもしれませんががんばってくださいw

>>シュナイゼルさんの目的がとても楽しみです。
終盤には判明するかと思いますので、お待ちください。

>>完結目指して頑張って下さい
はいっす。 あ、それとキリトさんもしかしてSAOからハンドルつけましたか?
もしそうなら、ビビっときてMBO書いたのはあなたのせいですよw
【2011/11/11 18:26】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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