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憑依奮闘記3 第三章

 2011-11-11

――夜が明けた。 

 酷く長い夜だった。 指揮官からの作戦終了の号令を皮切りに、局員たちの中で張り詰めていた緊張の糸が、安堵という名のハサミでプツンと切られる。 その、弛緩したような空気を背にしながら、廃棄都市区画から遠ざかる一台の護送車がベルカ領へと走行していた。

 通常の一般車両よりもやや角ばった印象を受けるその車両の後部車内には、一人の局員と教会のシスター、そして次元犯罪者を二名乗せている。 行き先はベルカ自治区の聖王教会、そのお膝元だ。

「ようやく陸の方でも作戦は終了と言った所か。 魔導兵器の類も全て撃破したようだし、後の処理は地上部隊だけでも十分だろうな」

「こいつを押さえちまったから当然だろ。 指揮官の居ない機械群なら、例外を除けば普通臨機応変な戦いなんてできやしないからな」

 ディーゼルの呟きに、金髪のヅラとサングラスで変装し直したクライドが頷いた。 その視線は二人に挟まれる形で拘束されている偽クライドに向かう。 だが、偽者はそんな皮肉げな視線さえ無視して沈黙を保っていた。

 反応ができないというわけではない。 意図的に応答していないだけだった。 デバイスを全て取り上げられ、SSランクの魔導師でさえ魔法が使えなくなるレベルの拘束衣で完全に身動きを封じられている。 しかも頼みの綱であるはずの演算停止による消失さえ封じられているのだ。 この状態ではさすがに不可解存在といえど抵抗が出来ない。 できることといえば沈黙を保つことぐらいだろう。 瞳を閉じ、偽者は物言わぬ置物を演じていた。

「しかし、驚きましたよ。 リビングデッドとは、とても不思議な存在ですね。 こんなにも彼とそっくりだなんて」

「そうだね。 酷く危険で不思議な存在だよ彼らは」

「ですからミッド地上も興味津々なのでしょうね。 海に持っていかれないように”圧力を掛ける”程度には」

「最終的な管轄は、こちら側のはずなんだけどね」

 シスターメリーの言葉にディーゼルは苦笑を返す。 広域次元犯罪者に指定されている闇の書の主としての”クライド”は、その特異性から考えれば海の管轄に分類される。 無論、海の犯罪者を陸が捕まえてはいけないわけではないが、今回の件に関してはどちらもが譲らない立場を主張していた。

 陸はリンディ・ハラオウン誘拐事件の首謀者としてその身柄を欲し、海は海で広域次元犯罪者として当然のようにその身柄を欲していた。 聖王教会経由だったとはいえ、海の局員であるディーゼルやリーゼロッテが最終的に捕らえたことになっていることも勘定されてはいるため、現在はディーゼルに身柄が預けられている。 とはいえ、それでも嫌がらせのような小言があったことは確かであった。

 海側も地上の捜査に紛れる形を取ったということもあり、中立である聖王教会側に一時的にその身柄が預けられることで最終的には落ち着いた。 尋問して手に入れた情報は三者で共有するという形になるらしいのだが、クライドとしてはいい迷惑だった。 リビングデッドの身体を消えないようにしているのは彼なのだから、彼も一緒にいなければならない。 つまり、その尋問とやらに参加しなければならないわけだった。

「……」

 一人どうでもよさげに腕組をしながら、クライドは二人の話しを聞き流す。 リンディがロッテに付き添われる形で先にベルカ領の大病院に運ばれていたので、そちらの方に意識をやっていたからだ。

(とりあえず、肩の荷が一つ下りたな。 あとは、不可解の謎と連中の問題だけか)

 全ての問題は結局のところそこに集約される。 どれだけ考えても彼の中でその論理は破綻しない。 ならば、この馬鹿騒ぎの元凶に終止符を打たなければならなかった。 でなければ、次を許すかもしれない。 そして、その次が穏便に終る可能性がどれだけあるのかが未知数だからだ。 こっそりとリンディの護衛をカグヤに頼んだので大丈夫だろうとはクライドも思っていても、心配なものは心配だった。

 医療の専門家ではないクライドにはリンディの状態がわからない。 訓練校時代に応急処置などのカリキュラムを受けてはいたが、それだけだ。 精密検査でもしてもらってしっかりと休養を取らせる以上の最善が思い浮かばない。 彼が個人的に傍にいてやりたいとは思っても、現状ではそんな贅沢が許される立場ではないため今の状態で甘んじていた。 その気になればどうとでも逃げ出せるのだから、二人と居ることに特に焦った風でもない。

「――おい、それでいいか?」

「あー、わりぃ。 聞いてなかった。 なんの話しだっけか」

「だから、その偽者を独房に入れるついでに君も一緒に入れるが構わないかと聞いているんだ」

「ちょっ、お前何を勝手に話し進めてるんだよ。 俺はそんなつもりは――」

 知らない間に自分の身の振り方が決められそうになっている。 そのことに反論しようとしたところで、しかしクライドはふと言葉を止めた。 何かを考えているような風に護送車両の天井に視線を向ける。 その思考をディーゼルはミッドチルダへの”未練”として受け取りここぞとばかりに攻勢に出る。 

「丁度いい機会だし、この際君は刑期のことを視野に入れておくべきだ。 今回の事件解決のために貢献してもいるし、嘱託として実績にしておいたほうが後のことを考えると有利になる。 冷静に考えてみろよ」

「……」

「それに、身を綺麗にしておかないとリンディさんとも大手を振って会えないぞ。 世間の眼もある。 彼女の立場も考えてけじめをつけておけ。 良い機会じゃないか」

「一々反論し難い理由を主張するなぁ提督殿は」

「効果がある方面から説得するのが常套手段だからな」

「俺は極悪犯か何かかよ」

「実際、広域指名手配犯で次元犯罪者だから僕の対応は間違っていないさ」

 管理局員でありながら闇の書の秘匿所持し、公務執行妨害の罪を犯した次元犯罪者。 それがクライドである。 その罪とはそう簡単に別れられやしない。 管理局住人だった頃のクライドの明確な罪であるそれは、罪を償わない限りは終らない犯罪者としての烙印なのだ。 まさか、その罪を”クライド・エイヤル少年”に被せるわけにもいかない。 そのことに関してはクライドも別に否はなかった。

「シスターメリーもそう思わないかい? 女性として、そういう男は論外だと思うんだけど、この男に君からも少し現実を突きつけてやってくれないだろうか」

「はぁ。 と言われましても、アウトローな方が格好良いとか思えたりする特殊な方もおられますから一概には明言できません。 ですが、そうですね。 一般的にはそういう方は論外でしょう」

「そらみろ。 これが普通の女性の意見だ。 精々参考にしろよ」

「へいへい」

 それ以上は聞きたくないとばかりに耳を塞ぐと、クライドは一緒に車両内に乗せられていたメリーの大型バイクへと向かっていく。 そうして、サイドカーに乗り込んでどっかりと座り込み眼を閉じた。 間違いなく旗色が悪いための戦略的撤退だ。

「眠いから寝る。 到着したら起してくれ」

「あの、もう数分で教会に到着すると思いますが……」

「徹夜、身体に、良くない」

 次の瞬間、ぐごごごーと業とらしい寝息が車内に響く。 大根役者はそうして会話からまんまと離脱せしめた。 二人から向けられた白い目を盛大に無視して。

「その、本当に彼は個性的な方ですね」

「個性的過ぎて、ユニークという言葉さえ裸足で逃げ出すような奴さ」

 しかめっ面で答えながら、ディーゼルはメリーに愚痴を零す。 迷える子羊を導く聖王教会のシスターは、苦笑しながら彼の愚痴を黙って聞いた。














憑依奮闘記3
第三章
「思惑の坩堝」

















 旧暦の462年。 次元世界史上類を見ない規模の大災厄を人類は経験した。 いくつもの世界が滅び、また被害を被ったとされる忌むべき災厄。 それによって次元震動と次元断層という二つの災害名は一躍最大級の次元災害であると危険視されてきた。 その原因は定かではない。 ロストロギアが原因だとか、伝説の都アルハザードが原因だとか諸説あるが、結局のところ根本的な元凶を明確に把握している者など例外を除けばほとんどいなかった。

 だが、そんな不確かなものでも人々はその脅威を脅威であると認識し、災厄を歴史に埋没させることなく後世に伝え、当時のことを忘れぬために十数年に一度被災者たちのための慰霊祭を行ってきた。 場所は震源座標だと伝えられている次元空間であり、その近くに置かれた巨大建造物で行われている。 それは、過去にその周辺世界に存在した古い次元要塞であり、それを一部改装して作られた管理局の定置観測拠点の一つでもあった。

 現在、その要塞内では今年に行われることになった慰霊祭のための準備が進攻していた。 各世界から派遣されてきた民間のボランティア団体や管理局関係者のスタッフたちが慌しく式の準備に併走し、数年に一度の賑わいを謳歌している。 そんな中、金髪の優男が部下に指示を出しながら仕事をしていた。 監査部のゴルド・クラウンだ。 式典には管理局や次元世界の要人などが足を運んでくるため、準備段階のこの時期ですら気を抜くことはできない。 

「大規模次元災害……か」

 呟きながら、彼はその懐かしき光景に思いを馳せる。 たった一つの世界を切り離すために行われた史上空前の大規模作戦。 そこまでやってなお存在するアルハザード。 思うことは多々あった。 自ら系譜の記憶を振り返ってみれば、その長き年月の奮闘には感慨深いものがあったのだ。 そして同時に、今この瞬間にも全てが灰燼と化すような得体の知れない恐怖とで、彼はその胸中を染めていた。

(勝ちに行くのだ。 負けに行くのではない。 勝利の手札は既に我が手中にあるのだ。 何を心配することがある……)

 心配することは何も無い。 自身に言い聞かせるようにしながら、踵を返す。 ゴルドの仕事はここだけではない。 視察には来たが、後は部下が勝手にやる。 ここに来たのは最終確認のためであった。 今回、式典のために大規模な改修が行われていた。 これは老朽化した設備の一部や観測設備の新調を目的としている。 ゴルドの部署とは関係は無いが、気を廻す必要が彼にはあった。

(第四魔法による砲撃は計算通りの威力をマークした。 庭園動力部の虚数空間内の稼動データによるフィードバックも終えたし、無限踏破使いも確保している。 後は……)

 歩きながらも考えることは沢山ある。 その間にも、ゴルドの頭の中では戦略が構築されていた。 ギリギリの戦いに成りそうではあるものの、概ね最悪の事態のための備えは万全に近い状態まで漕ぎ着けている。 そう自分に言い聞かすことで、安堵しようとする意図があった。 それに気づいて、微笑を浮かべたままのその顔が少しばかり曇っていることに彼は余裕の無さを実感した。

「……」

 ふと思い立って通路の分厚い強化ガラスに映った自分の表情を確認する。 すると、そこにはいつも見慣れた顔があった。 

「シュナイゼル・ミッドチルダ<魔導王>か」

 オリジナルは今頃眠っている。 夢を見ながらにして、魔導王になろうとしている。 今そこに居るゴルドなど、ただのプロジェクトFで生み出されたコピーでしかない。 コピーはコピーでも、ただの類似品であって完全なレプリカというわけでもない。 だが、それでもゴルドは自分をシュナイゼルだと疑っていなかった。

 あの特異なレアスキルがある。 封印しなければならないほどオリジナルと同ランクに位置するレベルの驚異的な魔力がある。 与えられた記憶も鮮明に記録し、思い出せる。 彼は自身を生まれ変わりやら転生した自分のようにも思っていた。 誰かになることに躊躇はなく、自らがまるで初めからそれそのものだったかのように振舞っている。 誰もそれを否定する者など居らず、また自身でもそうだと思っている。 そんな彼こそ、真に魔導王の名を継ぐ者として相応しい。 そうなれば、もはや本物さえ必要ではない。 本物になり、本物を超え、唯一無二の存在に成れる。 そんな漠然とした予感が、今彼の中に広がっていた。

(私は、ただ一人居れば良い。 それだけの話だ。 目覚めの機会すら貴様には必要ではないぞオリジナル。 プロジェクトLにプロジェクトF……あの二人が貴方の保険なのだとしても、最後には私が笑って見せよう。 それに第一、シリウスの相手などするだけ無駄だ。 本当に倒したいのであれば、元から絶つしか方法は無いのだからな。 精々、連中の目をそちらに反らさせてくれ)

 ガラスに映ったオリジナルとやや似ている顔立ちを撫でるようにして触れる。 瓜二つではないのは、整形によって微妙に印象を変えているためだ。 馬鹿正直にしたのではすぐに足が付く。 似ているというだけの、怪しさだけでそれこそ十分である。 他にも怪しい奴は”ごまん”といるのだ。 この次元世界には。

「おっと、感慨に浸る時間さえも惜しいんだったかな」

 微笑を浮かべながら、ゴルド・クラウンは再び足を進めた。 自身の描く未来絵図。 そんな幻影を追うために。

 そして、そんな彼に携帯端末から更なる報告がもたらされていた。 

「なんだと……」

 イレギュラーというのは、それこそなんにだって起こりうる。 どれだけ完璧に思える計画を立てたところで、全てを読みきるのは全知全能の神でもなければできようもない。 例えば、そう。 リビングデッドを”捕獲できる者”が存在するなど、彼にとっては考えたことも無いことであった。

 ゴルド・クラウンは端末に届いたその報告書を読むなり苦笑した。 オリジナル・シュナイゼルの走狗であるクライド・エイヤルの偽者が捕らえられたというのだ。 しかも、別ルートからは演算を停止してもなお捕獲されたままだという話しまである。 ここ最近不可解のオンパレードであったが、この新しい不可解に対してゴルドは薄く笑みを浮かべるだけであった。

 結果はどうあれ自爆し、オリジナルは手駒を一人失った。 その事実が痛快であったのだ。 あれだけ自信満々にしていた癖にざまぁない。 執務室にて驚かされたことや、証拠隠滅の作業をオリジナルの意向で勝手に進められていたことに対する怒りが、少しばかり晴れたほどに。

(となれば、ポイント稼ぎでもしておくか)

 忠実な計画の遂行者という仮面を被るために、リビングデッドではない彼が動く。 そうして、アルハザード側のクライドをこの機会に値踏みして見せれば良い。 その上で、その不可解男の”頭の中身”を閲覧し吸い出せるだけの知識を得れば手品の種さえも手中に収めることができるだろう。

 その結果として忠実なる駒を演じ、オリジナルの後釜に居座り成り代わる布石とする。 無論、リスクはあったが少し趣向を凝らせば良いだけだ。 ただ、それだけのことでしかない。 そう結論付けると、ゴルドは急いでスケジュールの調整に入った。












「この鉄格子の冷たさがまた格別だなぁ、おい」

 呟いて、クライドは握る鉄柱の冷たさにため息を吐く。 その身を鎧うのは、その冷たさを助長する白の囚人服。 但し、普通の犯罪者に使用するそれとは訳が違った。 クライド・ハーヴェイは魔導師だ。 つまり、脱獄させないためにその囚人服にも一工夫されているわけだった。

 魔法を使用できなくさせる拘束衣と同じ効果を持つそれは、クライドを無力な人間へと成り下げる。 デバイスを奪われることを避けるためにカグヤになんとか預けたが、完全に身柄を拘束されている状態だ。 抜け出すことは簡単だが如何せんそれをすれば不可解存在もまた消える。 ”とある理由”からクライドはその環境に甘んじた。

 とりあえず虜囚の身となった今、楽しみといえば”脳内研究”と三度の飯だ。 通路を隔てた反対側の檻の中には偽者のクライドがいるが、もはやクライドは気にもしていない。 何も出来ないが故に気にする必要が無いからだ。 そして同時に、奴が何かを喋ることもないだろうとクライドは早々に諦めていた。

 この四日、陸と海の局員が散々尋問していたが成果の程はまったくない。 クライドは担当であるディーゼルに眩しくライトで顔を照らされたりカップラーメンを盾に尋問されたりしていたが、答えられる範囲では答えるために普通の囚人よりはマシな待遇を受けていた。 とはいえ、そこは普通の留置場とは違い彼と偽者以外は牢屋には入っていない。 本来は一時的に拘束するだけの場所でしかないからだが、それでも警備は厳重だった。 何せ聖王教会内にその建物はある。 教会騎士たちが常駐する施設だけに、いざという時には犯罪者は地獄を見ることになるのは想像にか難くない。

「クライド・ハーヴェイ。 面会だ」

「うぃーっす」

 看守の男がぶっきら棒に言った。 その後ろには、ディーゼルとリンディがいる。 看守はディーゼルたちに軽く会釈すると、そのまま出入り口付近の詰め所に戻っていった。 

「予想に反して本当に大人しくしているな。 とりあえず真人間になるまではずっとそのままでいてくれよ」

「お前な、一日一回は俺に釘を指さないと気がすまないのか」

 毎日のように小言から始まる。 もはや恒例の挨拶のようなそれにゲンナリするクライドであった。

「何せ、”君”だからな。 どんな無茶苦茶な手段で脱獄するか分かったものじゃない」

「はっ、今のところその理由がないからやらないだけさ」

「えと、できれば大人しくしておいてくださいね」

「……わかったよ」

 懇願のような表情を浮かべるリンディに言われると、クライドとしては折れざるを得なかった。 バツが悪そうに頬を掻く。 その、なんとも大人しい様子にリンディの顔に安堵が戻り、やがて安堵は微笑へと変わる。 そうなると、クライドとしてもなんともいえない気分になった。 誤魔化すように先を促す。

「それで進展は?」

「無いな。 フレスタさんの偽者の持っていたデータも現在検証中だが、全て撤退済みだった。 不気味な破壊痕が残るだけさ」

「ほーう。 ま、そうだろうな」

「期待してないって顔ですね」

「そりゃーな。 態々バラすぐらいなんだから、証拠隠滅に自信があるってことなんだろ。 お前らだってどうせ期待してなかっただろ」

「まぁ、ね」

 ディーゼルが苦虫を噛み潰したような顔で言う。 だが、クライドが欲しかったのはそんな分かりきったことの確認ではない。 その中身だ。 

「どちらかといえば俺が気にするのはそこで連中が”何をしていたか”、なんだがな。 現場検証じゃ推察もできないのか? 連中の最初の襲撃事件での奴も併せりゃ相当な数になると思うんだがな」

「僕としてもそこから追えるのなら追いたいっていうのが本音さ。 推察ならされてるがな」

「今更、俺相手に機密保持もなにも無いだろ」

「そう言うと思って差しさわりの無い情報は持ってきてやったぞ。 精々ポイント稼ぎに利用するんだな」

 ディーゼルが鉄格子の下にある食事用の投入スペースから薄型の端末を放り込む。 クライドはそれを拾い上げると、頷いた。 つまるところディーゼルはできる限りクライドから情報を搾り出したいというわけである。 そのついでに協力したという事実をクライドにくれる機会を与えているのだ。 相変わらず律儀な男であった。

「ああ、あのデバイスのことも書いてるな」

「気になっていたんだろう」

「そりゃあな。 へぇ……ハイブリットデバイスとはよくいったもんだな。 んん?」

 デバイスの情報を見ていたクライドがふと首を傾げる。 だが、すぐに理解したとばかりに頷いた。 合点が言ったとばかりにその唇が釣りあがる。

「何か分かったんですか?」

「いや、ただ納得しただけだ。 あのデバイス、プリウスな。 アレ、実はまだ”欠陥品”だろ」

「さすがだな。 デバイスマイスターの肩書きは生きてるらしい」

「見りゃあ分かるさ。 だからあの野郎、防御フィールドと砲撃魔法以外に超魔力を使わなかったんだな」

 超魔力の制御にかなり梃子づらされているらしいことはすぐに理解できた。 クライドでなくても普通のデバイスマイスターなら分からないはずがない。

「演算に余裕が無い。 というか、魔力から超魔力へと変換する工程に莫大なまでにリソースを取られてやがるな。 そのせいで二つ以上同時に超魔力の魔法が使えないんだろ」

 そもそもにおいて、超魔力はプレシアがヒュードラサイズの魔力炉で研究していたものだ。 その制御にはデバイスサイズの演算装置などとは比べ物にならないレベルの装置が使われていたことは想像に難くない。 それを、デバイスサイズにまで小型化したものでやっているのだから無理があっても不思議でないわけだった。

「このログだけでマニアなら一発で欠点が分かるぜ」

「しかし、例えその欠陥があったとしてもかなり価値があるモノだということもまた事実だ。 実に厄介な代物だよ」

「まあな。 特に小型の魔力炉だ。 技術的なブレイクスルーってレベルじゃない。完全にロストロギア級だ。 他の使用パーツも笑えないな。 なんだよこれ、懐かしの”オーパーツ”まで組み込まれてるじゃねーかよ」

「オーパーツ?」

「本局の研究室の奴に聞いてみろ。 昔俺が偶々拾った奴だって言えば分かるはずだ。 あそこの奴らなら喜んで説明してくれるだろうぜ」

 懐かしき古巣の連中を思い出しながら、クライドは四年前の職場に思いを馳せた。 だが、それも一瞬で止んだ。 小型魔力炉のパーツが見たことのあるものにあまりにも似ていることに気が付いたからである。

(この炉心、グリモア君の完全型の図面のにかなり似ているな。 なら、”そういうこと”なんだろうな)

 人格AIのアルカンシェルが用意したと思わしき物品ということなのかもしれない。 つまり、アルハザードからの流出品なのだろう。 これを管理局が零から解析するには果たして何年かかるのだろうか? だが、そこまで考えてふとクライドはその思考の矛盾に気が付いた。

 これは、”魔導師”の価値を下げる。 ヴォルク・ハラオウン流に言えば”世に出ては成らないモノ”だ。 なぜなら、それを量産しえるのであれば魔導師以外にも魔法が使えるように”なってしまう”。 魔導王とか名乗る時代錯誤な男が、果たしてこんなものの流出を許すのか? 胡散臭い連中ではあったが、それでも違和感は尽きない。

「おい、これの現物の警備はどうなってる?」

「当然厳重に管理してるさ。 さすがに門外漢の僕でもアレの価値は分かっているからな」

「グラシアさんに言って、高ランク三人ぐらいに常時見張らせとけ。 多分、取り返しにくるぞ」

「何故だ? 開発に成功してるってことは、別にアレを失っても問題はないんじゃないのか?」

「自分たちより技術力が無いからといって、敵に塩を送るかよ。 俺なら送らないね。 連中は犯罪者だ。 なら、管理局の技術力が上がるのは避けたいだろう。 十年後でも二十年後でもいい。 それを低ランクだけじゃなくて魔導師じゃない一般人にまで普及させられるものとして考えてみろ。 そこいらに高ランクレベルの魔導師が生まれることになる。 連中としてもそれは脅威のはずだ。 人手不足の管理局が、金さえかけたら合法的に戦力を得られるようになるんだ。 それは、犯罪者としては嫌だろう?」

「そうされるとやり難いからなんとかして取り返そうとする、か。 理に適っている意見ではある。 今でも相当に厳重だが、更に警備レベルを引き上げるようには提案しておこう。 腕利きが見張っているらしいが……そうだな。 警戒するに越したことはない」

「そうしとけ。 それに、教会の騎士の方が単純な一対一だと強いだろうから安心だろ」

 それは、魔導師と魔導騎士の差は使用する魔法とスキルの違いから来るというクライドなりの認識から来ていた。 対人戦闘に特化しやすいベルカ式使いの騎士たちの方が、個人としては強い場合がある。 対人とバランス重視では最初から目指すべき形が違う。 しかも、聖王教会に大群で攻めるような規模はありえない。 それならばミッド地上も動く。 となれば、犯行は絶対に少数になるだろう。 少数精鋭の騎士がそれに当たれば、質の面で早々遅れを取ることはないだろうという打算だった。 無論、それはカグヤや聖王級の存在でも現れない限りはというレベルの話ではあったが、それはもうどうしようもない天災だとでも思うしかない。

「他には、何かあるか?」

「特には思いつかないな。 元々、俺はそういう犯罪捜査系の研修ってのはほとんど受けてないんだぜ?  お前みたいなプロに助言できることっていえば専門的なジャンルのことぐらいで――」

 専門的なジャンル。 そこで、ふとクライドはプリウスのデータにもう一度目をやった。 超魔力の演算系の問題を敵が抱えているという事実がある。 それを踏まえれば、自ずと警戒しなければならないことが一つあった。

「どうした、何か思いついたか?」

「クライドさん?」

「しまった、プレシアさんが居るじゃねーか」

「誰ですかその方は?」 

「どこかで聞いたことがあるような名前の気がするが……」

(あの人なら、プリウスの問題をどうにか改善できるかもしれない。 となれば、狙われる可能性があるか? だが、研究が完成する前に事故を起して研究事態は凍結されてるって話だろ。 だから……いや待て。 あの人と一緒に研究していた”当時の研究員”は今どうなってる?)

 プレシアは今現在ミッドにはいない。 偶に家があるアルトセイムに戻ってくることはあるが、ミッドガルズの系列会社に世話になっているために勤務地はヴァルハラだ。 しかも、アリシア・テスタロッサという娘がいるいせいでストラウスから密かに護衛がつけられているし、彼女自身は技術者とはいえ次元跳躍魔法さえ扱えるレベルの高ランク魔導師。 だが、かつて彼女と一緒に研究していた研究者たちはどうだろうか。 改善させるために使える手駒にできやしないか。 それ以前にそのデバイスのために超魔力の研究をさせられていた可能性はどれだけあるのか。  運がよければこのデバイスの出所が、見えてくるかもしれない。 調べてみる価値はあるとクライドは思いつく。

「おい、管理局では超魔力についてどこまで分かってるんだ?」

「ほとんど分かってない。 そもそも管理世界では発見されていない未知のエネルギーだからな」

 それはおかしい。 あの事件は当時テレビのニュースでやっていたほどだ。 だとしたら、つまり超魔力の情報は連中によって隠蔽されている可能性が高かった。 新型魔力炉の暴走事故というだけで終らされているのかもしれなかった。 クライドは唸りながら連中がどういう奴なのかを改めて思いなおし、ディーゼルに言った。 

「ディーゼル、何年か前にあった新型魔力炉ヒュードラの事故を洗え。 ついでに、当時の研究員が今どうしてるかを調べてみろ。 計画途中で辞職した人員も合わせて全員だ」

「なに?」

「超魔力はかつてミッドチルダの大魔導師プレシア・テスタロッサに発見されて研究されてるんだよ。 なにが”未知のエネルギー”だ。 実用化されてなくてもしっかりと発見されていたはずだろうがよ。 あの事故は、次元震を起したとかなんとかで当時ニュースでもやってたんだぞ。 それをお前ら管理局員がどうして調べられていない」

「まさか……」

「偽のフレスタ、偽装命令書、俺たちの行動に合わせたようなロッテのリビングデッドの派遣。 そして今回の超魔力の話。 連中は尽く俺たちに先手を打ってきやがる。 これもそうだとしたらどうする?」

「スパイ……か」

「いないわけじゃないとは思ってたがな。 いっそのことやること全部やった方がいいんじゃねーか提督殿。 本気で捕まえる気があるのなら、な」

 暗に、管理局員全員を魔法攻撃してみろとクライドは言っているのであった。 リビングデッドが紛れ込んでいるのであれば最低限その影響力をカットできる。 普通の人間のスパイは無理でも、やらないよりはマシだ。

「やらない理由はないか。 だが、すぐには無理だぞ。 それに、大事になるからかなり上の方で調整がしなければならないだろう」

「そこはグレアム叔父さんやらヴォルク提督にフォローを頼めばいいだろ。 それでも無理なら二人経由でいっそのこと”三提督”にでも直訴したらどうよ」

「……早急に検討してみよう」

 何も無ければそれでよい。 リビングデッドであれば消えるから、一時的にでも連中の暗躍と止められるし勘違いして逃げ出した連中でも見つけられれば、例えそれが別件だったとしても捕まえれば済むだけの話である。 やや話しが大きくなりすぎる感はあったが、しかしそれでもやってみる価値はあるだろう。 本当にリビングデッドが局内で暗躍しているのであれば。 

「他にはあるか」

「いや、今のところこれ以上思いつくことは無いな」

「なら、今日はこれぐらいにしておくよ。 やることばかり増えて行くから大変だよまったく」

 プリウスの警備強化の進言に、局内に潜伏しているかもしれないリビングデッド対策。 クライドが言っていたオーパーツの話や超魔力のこと。 騎士グラシアに話す以外にも、直接本局に戻ってやることができた。 通信を考えたが、傍受されていたということを懸念して一度直接上司に相談するべきであるとディーゼルは考えていた。 他に気になることと言えばクライドの脱獄の可能性だが、これはリンディが教会で療養している間は問題ないだろうと楽観している。 それは嫌な見方をするのであれば、リンディ・ハラオウンがクライド・ハーヴェイに対して見事に首輪になっているという判断からである。 ならば、少しぐらい離れても問題はない。 そう結論づけると、クライドから端末を回収したディーゼルはすぐに本局に戻ることにした。

「じゃあ僕は行くが……少しぐらいは話しをしてもいいだろう。 リンディ提督、早めに切り上げて戻るんだよ」

「あ……すいません態々」

「なに、これぐらいのサービスは……ね」

 リンディに苦笑しながら頷くと去っていく提督。 本人としては気を利かせているつもりなのだろうが、クライドはどこか恨めしげな表情でその背中を見送った。 むず痒いような時間が嫌なわけではなかったが、生憎と二人の間には邪魔な鉄格子がしっかりと二人の間を遮っている。 無粋な鉄柱が今はただただ憎らしかった。

「……」

「……」

 二人の間で沈黙が漂った。 話すべきことはそれこそ沢山あるはずだ。 あるはずなのに、不思議とそれら全てが頭の中に纏まってこない。 どこか気まずく、そして生温いようなどこか矛盾した心情が二人の胸中を駆け巡る。

「そのだな……」

「その……」

「あー、俺は別に大したことがあるわけじゃないから後でもいいが……」

「い、いえ。 私の方こそ後でも……」

 会話に順番などというものは存在しないはずなのに、二人して譲り合う。 

「じゃあ、そのあれだ。 身体の方は本当に大丈夫なんだよな?」

「ええ、前にも言いましたけど特に外傷があったわけでもありませんから。 ちょっと疲れてただけみたいでしたし、休養を取れば良いだけみたいです。 一応、退院してもいいんですけど、念のためお休みを貰ってます」

「そうか」

「はい」

 会話が途切れる。 暴投のような言葉の白球は、二人の間で右往左往しながらあちこちへと取り留めなく転がっていく。 ようやく拾い上げて投げたとしても、すぐにまたノーコンよろしく明後日の方向へと飛んでいってしまう。 円滑な会話のキャッチボールが中々できない。 なのに、それが別に嫌ではないと、そんな風にクライドには思えていた。 

 今感じているもどかしさも、言葉にできない気恥ずかしさも、対峙する彼女が目の前に居てこその産物だ。 それを邪険にするような思いが不思議と沸いてこず、寧ろできるだけ長くその空気に触れていたいとさえ感じていた。 理由など言わずもがなだった。

 とはいえ、その空気は長くは続かなかった。 元々知り合いで、そもそも嫌いあってもいないし付き合い事態も短くはないのだ。 その空気に慣れてしまえば会話も増えた。

「そういえば、お前はいつ頃ここを離れるんだ。 本局の仕事もあるんだろ」

「そう……ですね。 まだしばらくはここに居られると思います。 ディーゼルさんが言ってましたけど、私がここに居た方がクライドさんの口も軽くなるだろうからって、そんな打算もあるみたいですから」

「なるほど。 普通はこんなに毎日同じ人間を面会させるなんてことはないだろうしな。 担当のディーゼルならともかく、病み上がりのお前を毎回一緒に連れてくる理由なんてそれぐらいだろう」

 納得がいったとばかりにクライドは頷く。 元々それ自体は予測していたのだ。 別段不思議がることでもなかった。

「別にそれだけが理由というわけでもないんですけど……ね」

 言葉を濁しながら、少し拗ねたようにリンディは言った。 その様子を眺めながら、クライドは数秒目を瞬かせる。 さすがに、何が言いたいのかはなんとなく察した。 

「へぇぇ、そうなのか。 じゃあ、こっそり教えてくれよ」

 鉄格子越しに業とらしくクライドは聞き耳をたてる。 さすがに、こうまでされるとリンディにもクライドの意図が分かった。 つまるところ、いつもの意地悪である。 だが、そうと分かっていればそんな子供染みたからかいにも対応できた。 だから、リンディも悪戯な笑みを浮かべて言ってやった。 それはもう小声で、しかしはっきりクライドに聞こえるように。

「――」

 瞬間、からかっているはずのその男は今までの彼女とは違う行動に言葉を失った。

「ふふっ、確かに教えてあげましたからね。 それじゃあ、今日はコレぐらいにしておきます。 また来ますね、クライドさん」

「あ、ああ……」

 クライドにそう言って笑みを浮かべると、彼女はそのまま足音だけ残して去っていく。 その後ろ姿を呆然と見送りながら、クライドは思わず右掌で顔を覆った。 何故か、不用意に出したジャブに強烈なカウンターをあわせられたような心地だったからである。

(やられた。 なんか無性に”負けた”気がする)

 聞き間違いでないのだとしたら、確かにクライドは耳元で彼女にこう言われたのだ。

――『私が貴方に会いたかったからですよ』と。

 ”いつものように”からかってやるつもりだったはずなのに、あんなにも堂々と言い切られては立つ瀬が無い。 さしものクライドもこれには参った。

「ミッドの女、四年会わざれば活目してみるべしってのかねー」

 ぼそりと一人呟くと、クライドはそのまま鉄格子を離れてベッドに寝転んだ。




















「やぁ、元気そうでなによりだよミスタークライド」

 独房へ、お供のメリーを引き連れてグラシアがやってきた。 その顔に張り付いているのは人当たりの良い笑みである。 何か良いことでもあったのかと思いきや、その後に続く二人の女性に気が付いて、クライドはすぐに眉を顰めた。

「よぉ、随分といい部屋に住んでるじゃねーか」  

「変わりないようだな元主」

「何故だ」

 絶句を通り越して唖然としていた。 鉄格子越しにいるのは、ニヤニヤと笑っているオレンジがかった紅のお下げ髪を引っさげた女性と銀髪の女性だ。 ”二人とも揃って”十代後半ぐらいの歳だろうか。 口をパクパクと金魚のようにさせながら、クライドはお下げの女性に注目した。 ズボン姿でラフな格好であるが、そのボーイッシュな姿は別に問題ではない。 問題なのはそのサイズだ。 鉄槌の騎士=低年齢という図式が見事に粉砕されている様を見れば、誰だってクライドの味わった衝撃が理解できるだろう。 出会い頭にテートリヒ・シュラークの魔法でも鉄の伯爵に食らわされたような気分になるのも致し方ない。

「君の知り合いらしいな。 いやぁ、さすがは夜天の王。 綺麗どころに囲まれていてなんともうらやま……いだだだだ!!」

 わき腹をメリーに抓られながら悶えるグラシアを、メリーが相変わらずの慈悲深い笑みで迎撃する。 別にグラシアがどれだけ抓られようとクライドにはどうでも良かったが、困惑を隠しきれなかった。

「二人とも、どうしてここに? というか、ヴィータがなんででかくなってるんだ」

「どうしてって、お前の様子を見るために決まってんだろ。 クライドから音沙汰がないからって、依頼を出した”馬鹿”がいるんだよ」

「必要なら手を貸してやってくれとも頼まれている。 指し当たっては、脱獄の手伝いでもべきか? 私たちは貴方の現状をそれほど把握してはいない。 状況の説明を頼む」 

 どうやら助手の差し金らしかったが、しかしリインフォースが普通にデバイスを展開していない状況を見てクライドは心底ホッとした。 返答次第ではリインフォースが全力で戦ってくれるだろうことは頼もしいが、彼女は広域殲滅型の魔導騎士である。 街中で戦ってはならない魔導師筆頭であるため、彼女が対物殺傷を解除して全力で戦ったら教会どころかベルカ自治区が壊滅的な被害を被る。 最も都市部で戦ってはいけないタイプの魔導騎士なのだ彼女は。

 どう説明したものかと考える矢先、クライドはふと向かい側の独房に眼をやった。
 すると、クライドの様子などきに求めずに偽者が微かに独白したのをクライドは見た。 その唇の微かな動作は確かに言葉を発したような動きである。 ”彼女”の正体を読み取ったことのアクションに相違ないだろう。 だが、クライドはそれに気づかない振りをする。 連中の仲間らしい確認が一つ取れただけで、それ以上の収穫は無いからだ。

「状況の説明……ね。 とりあえず、今のところ俺はここを出る気はないぞ。 それに、出て行きたくなったら勝手に出て行くさ。 こんな程度で”俺たち”を捕らえ続けられるわけがない。 それは二人も分かってるだろう?」
 
「まっ、そりゃそうか」

「では、当分はここに残って貴方の護衛をするべきだろうか。 それとも、動けない貴方に代わって何かを調べるべきだろうか」

「いや、その前に聞きたいんだがお前らどうやってここまで来たんだよ。 グラシアさんが融通効かしたのは分かるんだが……タダでってことはないよな?」

「うむ。 タダでは通せんよ。 だから古代ベルカ式の魔法プログラムを貰ったよ。 いやぁ、凄いな君の知り合いは。 出来れば滞在する間に知っている魔法全て教授してもらいたいぐらいだよ。 わは、わはははは」

「一日に純粋なベルカ式の魔法プログラム一つで融通してくれるそうだ。 この程度なら安いものだ。 ”私”にとっては」

「確かに”お前”なら……な」

 どれだけのベルカ式魔法をストックしているのか正確な数こそクライドは知らないが、蒼天の書に記載されているベルカ式は守護騎士四人分だけではないことは簡単に想像が出来た。 旧暦から現在に至るまでのベルカ式使いの被害者の数だけ最低でも存在するのだから当然だった。 数週間どころか一年は滞在できるかもしれない。

 純粋な古代ベルカ式の魔法。 滅び去った世界の、かつてミッド式と魔法勢力を二分したとされるほどの術式。 聖王教会の人間としてはその一つ一つが文化の一部であり財産だ。 できればこのまま全部放出させたいのかもしれなかった。

「うむうむ。 夜天の王のおかげで旨みは無いかもしれないと諦めかけていたが、期待した結果が少しは出てきてウワウハだ。 やはり、誰にも得がある商談というのは気持ちがいい。 なぁメリー君」

「私としては、不謹慎なようにも思えますが」

 シスターとして理解できる部分と理解したくない部分が内心で鬩ぎあっているのだろう。 困ったように言う。 利益のために融通するという行為が始めてではないにしても、余り気持ちの良い話ではないのだろう。

「近代式もいいがね、純粋性という奴が欲しいのだよ。 ベルカの民としては、な」

 次元世界ミッドチルダに住んでいるベルカ人の末裔としてのその言葉だった。 アイデンティティにも似たそれは、昨今の自治領住人に希薄化してきたものを思っての言葉だったのかもしれない。 世代を重ねる事に磨耗していくそれらを、ベルカの騎士としてグラシアは護りたいのだろう。 ミッドのベルカ自治区在住”ベルカ人”として。

「とまぁ、そういうことでヨロシク頼むよミスタークライド。 それに、夜天の王の関係者なら分別が無いというわけでもないだろう? 見目麗しいお嬢さんたちじゃないか。 色々話しを聞いてみたいし是非ともデートに誘いたいな。 そうだ、暇ならこの後すぐに行かないかね? うん、それが良――ぐふっ!?」

「……」

 言葉を掛けられたリインがニヤけるグラシアを前に無意識に後ずさり、それを庇うようにヴィータが前に出る。 ”『てぇだしたらぶっ飛ばすぞこの野郎』と、その顔には張り付いているのが微笑ましい。 麗しの主従愛という奴である。 そして、その眼前で肘打ちをシスターから喰らって壁まで吹き飛んだ中年が一人、ふらふらしながら立ち上がる。 本当に懲りない男である。

「リインいいな? 知らない奴についていったらダメだからな。 特に、こんなオッサンはダメダメだ。 絶対だぞ!!」 

「私は小さい子供ではないのだがな。 しかし、デートなら既に元主と経験済みだが……」

「ああん!?」  

「ひぃぃ!! 矛先が何故かこっちへ!?」

 聞き捨てならないとばかりにヴィータの視線が独房の中へと飛んだ。

「待て、落ち着けヴィータ。 アレはお前へプレゼントを選ぶのを手伝っただけで他意はなかった!! 冤罪だ!! それに、アレはお前も喜んでただろ!!」

「……んだよ。 だったらそう言えよな。 勘違いしそうになったじゃねーかよ」

 超巨大USAGI型ロストロギア<ぬいぐるみ>の威力であった。 選んだのはリインだったが、ウサギを選ばせたのはクライドである。 白くて眼が赤くてちょっとやんちゃなサイズのそれは、とにかくヴィータに絶賛された。 アレの破壊力を思い出したヴィータは、腕組しながらしょうがねぇとばかりに矛を収める。 妙に頬が紅いのは、相当に気に入ったからだろう。 やはり、USAGIは偉大なのだ。

「ほう、夜天の王は女性の扱いにも長けているのか。 今度、私とその辺りのテクニックについて話し合わないかね? 私もこうみえて結構手が早いと局所的に有名で――」

「蒸し返すな教会の偉い人」

「なんの、聖王様は男女愛を否定しては居ないから問題ではないよ」

「そういう問題ではありません。 つーか、いい加減に自重しろよゴラァ!! 他の仕事も溜まってんだよ!! 後、今回の件で増えに増えた陸と海との折衝とか仕事が腐るほどあんだろがヨォ!!」

「ちょ、メリー君まだ話は――」

 シスターに背広を引っ張られながら、偉いはずの人が去っていく。 クライドは思った。 聖王教会の教義は、どこまでの不敬が許されるのだろうか、と。 また同時に、アイコンタクトで”恩を売ってきた”彼の強かさに対しても別の意味を込めてため息を吐かずにはいられなかった。 

「喰えないオッサンだ。 二人のことも貸しにする気満々だぞあれは」 

「みてーだな。 アタシの正体に気づいてる風だったしよ。 さすがに、リインは無理だったみたいだけど、あのオッサンよっぽどおめーに恩を売りたいんだな」 

 ヴィータがミッドに降りてくるために年齢設定変更し、大人の姿になっているとはいえ守護騎士としての面影がある。 夜天の王としてクライドと接触を持つ過程で守護騎士のことを調べていたからだろうが、そんな彼女たちを普通にクライドのために融通させた。 それも、最低限の旨みをゲットしながら、だ。 ただの軟派騎士ではないのだ。 あのグラシアという騎士は。 

「まぁいいさ。 借しにしてお願いしてくる程度なら可愛いもんだよ」

「それでこいつか? お前の偽者ってのは」

「見分けが付かないほど似ているな」

 ヴィータとリインが偽者を見る。 偽者は相変わらず沈黙したままベッドの上で寝ていた。 もう、観察するような眼は向けていなかった。

「今はもう何もできないだろからほっといてもいい。 それより、来たのは二人だけか?」

 ギリギリまで鉄越しに近寄って、小声で尋ねる。 念話でも良いのだが、アレは盗聴の可能性がある。 周波数さえ合わせれば聞けないこともない。 そして、ここは聖王教会とはいえ独房だ。 監視されていない可能性の方が少ない。 まだこちらの方が誤魔化せる可能性はあった。

「本当は面が割れていないだろう私だけで来るつもりだったんだがな。 ヴィータが譲らなかった。 後の二人は出撃したよ。 ソードダンサーと一緒にな」

「出撃? 一体どこへだ」

「他にも、名のあるフリーランサーが出たぞ。 ”聖王”とやらを潰しにな」

「奴らを見つけたのか!?」

「なんか、ストラウスが言うにはどでかい航行艦で自治世界連合の勢力圏を真っ直ぐに通過しようとしてたらしいぞ。 識別信号の発信も船舶登録もされていない所属不明の巨大航行艦で、それなりにステルス機能もあったらしいんだけどさ。 ヴァルハラ圏内を通過したもんだからさぁ大変って寸法だ。 正規軍とも力を合わせて制圧訓練用の教材に使いつつ”拿捕”するんだと。 アタシはもう同情しかできねぇよ」

「それはなんというか……敵も災難だな。 よりにもよってヴァルハラを通過だと? どれだけその艦の能力を過信してやがるんだあのジャージ王」

 ヴァルハラには”ストラウス”が居て、ストラウスが時折アルハザードから外貨を得るためにミッドガルズを通してばら撒いている技術の一端がある。 その中でも特に、ヴァルハラだけに特権的にばら撒かれているのが監視装置の類だ。 昨今では次元跳躍攻撃さえ存在するために、次元空間や次元間攻撃を監視する防衛システムが普及しているが、それの索敵能力は周囲の世界と比べると一線を駕している。

 噂では自治世界連合形成時にどこぞの”テロリスト”から次元戦略級の跳躍攻撃を喰らったが、感知してしっかりと防衛し反撃さえ喰らわせたという話しだった。 あくまでもネット上の旧い噂であるが、事実その手の装備には自治世界領域内で定評がある。 軍事雑誌でも取りざたされている程で、その事実故に次元海賊さえ周辺宙粋での犯行に及び腰になっているのだが、知らなかったのだとしたらあまりにもアレなオチだった。

「しかも撃墜じゃなくて”拿捕”かよ」

「ソードダンサーとストラウスの意向だってよ。 まっ、理由の方は言わなくてもクライドなら分かるだろ。 ”そういうこと”だな」

「だとしたら俺を何故呼ばないんだ? 俺ならリビングデッドを捕まえられるんだぜ」

「相手が相手だからそんな余裕が無いんだろ。 さすがにさ」

 念には念を入れて、潰す以上の成果を求めていないのだ。 それを目的にしておけば、余計な欲を出して自滅するようなこともない。 また、カグヤが聖王の身柄を重視していないのもあったのだろう。

 カルディナがシュナイゼルと手を組んでいる事実を理解していても、シュナイゼルが全てを曝け出しているなどとはカグヤは思っていないのだ。 知っていることは確かに多いかもしれないが、”死霊秘法”のある拠点までは知らないだろう。 それはシュナイゼルの最重要機密。 バラすメリットなどどこにもない。 知らないとほとんど分かっているのだから、無意味な時間を取る気は無いのだ。 だから蒐集詩篇を破壊し、舞台から抹消する以上の理由をカグヤは見出してはいなかった。

「確かにあのジャージ王をどうにかするには相当の腕利きが必要だろうし、それがあいつの判断なんだったら問題はない……か。 てゆーか、あいつリンディの護衛すっぽかしたのな」

「リンディ・ハラオウン……だったか? 猫の人がこっそり張り付いているし、”時間の無駄”だから辞めたことを伝えるように言われてるぞ。 よけーなことを考えるより、クライドにはやることがあんだろう? 料金は貰ってるし、精々アタシらを使えよな。 そこにいたら、外のことなんてまるっきり分からねーだろ」

「確かに外部から切り離されてはいるけどな」

 精々がディーゼルの零す捜査内容程度だ。 しかも十分に検閲した情報だろう。 ディーゼル個人はあれで最大限譲歩しているかもしれないが、組織として上から口止めされていることもあるかもしれない。

「一応、ソードダンサーからこれを預かってきた」

 リインが杖型デバイスであるシュベルトクロイツを展開し、クライドに向かって伸ばす。 お肌の触れ合い回線を要求しているようだった。 恐らくは、データを閲覧しろということなのだろう。 杖の先端を握り、意識接続を開始。 感応制御によって通じるインターフェースの中から情報を漁って行く。

『”色々あるなぁ”』

『ああ。 それと、プレシア・テスタロッサ博士に関する情報もある』 

 意識接続による直接会話。 念話ではないために傍受不可能な呟きを交わしながらクライドは現状を把握する。 手広い範囲で非合法研究所が破棄されたらしいという話だ。 フレスタの偽者の持っていたデータもあわせるとかなりの数だが、その一部はトールが一方的に送ってくる情報の場所でもあるようだった。 しかし、それ以上はカグヤ側の情報網でも分からないようだ。 他に眼を引くことといえば、プレシア・テスタロッサがかつて研究していた超魔力に関係しての情報もあった。

 超魔力という時点でクライドよりも先に探っていたのだろう。 プレシアに直接聞いて、その後でストラウスを通じて当時の関係者の行方を捜索させたらしい。 今のところ数人ほど行方不明者が確認されているらしい。 また、そこでクライドを驚かせる情報があった。

『――って、おい。 プレシアさん襲われたのか!?』

『一時的にリビングデッドに攫われたらしいが、リニスと組んだストラウス社長が奪還したそうだ。 プレシア・テスタロッサ博士には使い魔がいるし、主の位置を魔力リンクで追えるから当然といえば当然の結果だろう』

『確かにストラウスさんが動いたんなら当然の結果だろうが……妙だな』

 ストラウスは当時からアルハザードの関係者であることが”彼ら”に割れている人物だ。 少なくとも懇意にしていたカグヤがそう言ったし、グリモアとも当時から面識があった存在だ。 アルハザードの住人ならアレイスターに匹敵するほどの知名度もある。 そんな彼女の系列の社員に手を出すのは愚策の極みというものだ。 態々そんな分かりきっていることをする理由がまるで見えない。 ストラウスに喧嘩を売ることはデメリットの方が大きいからだ。

(何かが可笑しい。 腑に落ちないぞ。 連中、一体どういうつもりだ?)

 リンディ・ハラオウンの誘拐の件は、クライドにアルハザード側の情報などを探らせるためのスパイにするためのものである”はず”だと彼は思っていた。 カグヤもそうだしその件に関してはクライドも前情報から判断すれば”そういうこと”なる。 それは、それ以外にリンディ・ハラオウンに態々クライドの偽者を宛がって誘拐する意図が見えなかったからだ。

 まさか、クライドの偽者でなければリンディが隙を見せないからという理由ではないだろう。 高ランク魔導師とはいえリンディ・ハラオウンは人間だ。 絶対無敵の存在ではなく、ましてや敵にはカグヤの偽者がいる。 攫うことなどそれほど難しいようには思えない。 それどころか、ガチの魔法戦闘でリンディ・ハラオウンを真正面から叩き潰せるかもしれない。 それ以外でも対人戦闘に優れた高ランク級リビングデッドを”大量”に送り込み、袋叩きにしてしまえばそれだけで良いのだ。 敵には”それ”ができる。 できるのだから、態々クライドの偽者など担ぎ出す必要は何処にも無い。 ”クライド”をおびき寄せるために敢えて行ったという理由でもなければ。 

(もしかしてリンディの件に俺は関係がない? いや、だったら何で俺の偽者を担ぎ出す。 俺が必要だからリンディを俺の姿で誘拐した。 俺をおびき出すために偽者として各地で暴れまわった。 そのついでにいらない施設を破棄して存在をアピールしていた。 これならしっくりくるんだ。 それなら事実に矛盾がないからだが、じゃあプレシアさんの件はなんなんだ? ストラウスさんの関係者にリビングデッドをけしかける意図がサッパリ分からん。 本来はタブーのはずだ。 いや、待て。 矛盾が一つある。 ”何故””ストラウスさんの敷地内に居た”俺にフレスタのリビングデッドをけしかけられる? それとも、俺に手を出すことをストラウスさんが許容するという確信があったってのことか?)

 考えれば考えるほど事実が矛盾してくる。 アルハザード側の存在であるストラウスの目に留まるような行動は”リスク”に繋がるはずだったし、リンディ・ハラオウンに超魔力による次元跳躍攻撃を撃たせたことやプリウスの超魔力にしたってそうだった。

 少なくとも、超魔力に関しては隠しておくべきだったはずなのだ。 知らなければ、対抗策を考える時間を取れない。 アレが虚数空間内に沈んでいるアルハザードへの攻撃手段の一つとするならば、だ。 しかし、そうではないというのことなのか。

 知らせるということは、知られても構わない段階だということである。 まさか、何も考えていないなんて馬鹿なことはないだろう。 手の内をむやみやたらに晒すのは馬鹿のすることだ。 切り札は最後まで取っておくべきであり、見せるのであればさらに奥の手があるという状況かそれ以外に方法がない状況でなければ納得ができない。 クライドの思考からすればそういう結論になるので、不審感がやはり拭えなかった。 

(まとめて考えると、だ。 超魔力はこっちに見せても良い。 そしてリンディは返しても良い。 プリウスのことがバレても良くて、その上でストラウスさんに喧嘩売っても問題はない。 そんなことを可能とする戦略があるってことか? ”ありえない”。 ”何か”が可笑しい。 矛盾が矛盾しない論理が見出せない)

 思考が袋小路に入った。 クライドにはどうしてもそれ以上が思いつけない。 専門の戦略家でも呼んで尋ねてみないことには、この不可解さに理解できそうにない。 

(仮に、アルハザード勢力を凌駕する力を手に入れてしまっていて、それが超魔力由来のものでないのだとしたらこっちの目を超魔力の方に向けさせてる可能性はある。 別段、虚数空間内のアルハザードを攻撃する手段がそれ以外にないわけでもないだろうからだ。 でも、仮にも建前上は質量兵器の保持と製造を禁止した管理世界に魔法科学関係以外の”力”がどこにあるっていうんだ? 秘密裏に研究してたとか、そんなレベルの話しではないはずだろうこれは。 要求されるのはアルハザードの頭のネジがぶっ飛んだ連中でさえどうにもならないレベルの力だぞ。 その時点で無理難題だ。 強力なロストロギアでも発掘したとかか?)

 杖に記載されたデータを睨みながら、クライドが唸る。 思考を回転させ、クライド・ハーヴェイという異邦人的な視点で考えても結論は出ない。 そもそも一介のデバイスマスター風情にその答えが捻り出せるのであれば、カグヤが既に閃いているだろう。 向こうはクライドよりも更に事情に詳しく、また当時に直接その本人と会話さえ交わしているのだ。 見えることはクライドよりも多く、それに思考する時間さえも相当にあったはずである。 なのに、そんな彼女でさえ回答の一部さえも見出せないという事実がある。 それを考えればクライドがすぐに思いつく方が可笑しい。 しかし、クライドはそれでも強引に思考することをやめなかった。

 理解できないことを理由に放って置いて良い問題ではなくなっているからだ。 連中は明確にクライドに敵対し、喧嘩を売ってきている。 そして、リンディ・ハラオウンを誘拐した。 それ以上の理由はもはや必要はなく、そもそも和解できる理由がない。 これで、クライドが納得できるような理由があるのだとしてももはやそんなレベルの話しは当の昔に超えている。 正当な理由があろうとなかろうと関係がない。 そんなところまで突き進んでしまっているのだ。 また、正当な理由など万に一つ、億に一つあったとしてもそれを許容することに足る理由を探すことの方がクライドには難しかった。 

 一体、リンディ・ハラオウンを巻き込んでどんな正当な理由を用意できるというのか。 リーゼロッテの姿をしてクライドの心を抉るような真似をして、フレスタの姿をして忍び寄りその果てに何があるというのだろう。 まさかそれで”『次元世界の恒久的な平和が目的だ』”などと言うわけでもないはずである。 そんな答えがあるのであれば、もっと真っ当に愛と平和でも叫びながら活動するべきであり、断じて誰かを犠牲にしてまで掴むものではない。

「元主」

「んあ?」

「考え事は構わないが、そろそろ構わないだろうか」

「ああ、悪いな」

 いつまでも触れ合い回線でいるわけにもいかず、とりあえず一通り確認した情報を頭の中にしまいこむ。 幸い、考える時間はまだある。 今は分からなくても、彼の思考を止めることはもはや誰にもできないからだ。 答えが分からなくてもこうしして彼が独房の中にいることに意味がある。 態々こうして彼は”捕まってやっている”。 そこには当然、理由があるのだ。

 ただ、クライドは思った。 もし、仮に真っ当ではない答えが”答え”なのだとしたならば、それは”利害を超えた何か”かもしれない、と。 そして、その想像が当たったのであれば最悪だった。 

 最も最悪な答えというのが『強い奴に会いに行く格闘家』や、『山があるからそこに登る登山家』のような答えだろう。 アレらはある種の欲求に従ったような健全な答えだが、それと同じようなベクトルでさも当然のように『他人に害意をもたらしたいからやっている』のだとしたら話は変わる。

 ”そうしたいからそうする”というのは分かりやすい行動理念だが、しかし今回の矛盾に対しての答えなのだとしたら最悪でしかない。 巻き込みたいから巻き込んだ。 などと、そんな馬鹿げた答えなど存在してよいはずがないのだ。 他人を傷つけて悦に浸るような行為に愉悦を感じるような純粋な悪意の塊のような人間であるのなら、それはクライドには到底想像さえ出来ない答えになるのだろう。 だとしたらクライドやカグヤには想像さえ出来ない彼岸の彼方に、その答えを用意しているのかもしれない。

 『理解できないが故に答えを想像できない』のであれば、なるほど結局はクライドに答えを察することはできない。 殺人快楽者の気持ちが理解できない常識人に、殺人者の思考を理解しろといったところでそれは不可能だ。 未来永劫、過去永劫。 そもそも発想さえできないのだからどうしようない。 考えるだけ無駄というものだった。

「何かアタシらにして欲しいことでも考え付いたのか?」

「だったら良いんだけどな。 敵さんの行動の矛盾に行き着いてどうにもならない」

「そこの奴には聞いたのかよ」

 偽者を指差してヴィータは言う。 だが、それは不可能だった。 ”消えさせない力”がクライドにはあるが、肝心の”喋らせる力”が彼には無い。 あのカグヤにさえ無い。 今はただ、黙って現状を維持することしかできない。 それが例え、無意味に時を刻むだけで終ったとしても。

「いいや。 けど、言うわけ無いだろ。 そいつは連中の仲間なんだからな。 おーい偽者。 知ってること全部吐け。 そしたら開放してやってもいいぞ」

「……」

 戯れに試してみるクライドであるが、やはり当然のように返答はない。 

「な?」

「そりゃそうか」 

 聞いてすぐに喋るようなら問題はない。 そして、現在はぶん殴ってもノーダメージ。 ならば、今はただ辛抱強く待つしかない。 耐え切れなくなって状況が動くそのときまで。 そのためにクライドはここに居るのだ。 それ以外に彼には打つ手が無いから。

「となると、だ。 アタシらは何かあるまでここで待機してりゃあいいわけだな」

「そうなるな。 別に面倒くさかったら帰ってくれてもいいぞ? 俺の予想なら当分荒事なんてないだろし」

「そりゃ楽でいいけどよ、何もしなかったらアタシらがクライアントに怒られちまうよ。 お前の”女”、相当にカリカリしてたぞ」

「げっ――」

「そういえば、牢屋に入っているとソードダンサーが言った直後に激怒していたな。 後は、そうだ。 リンディ・ハラオウンが会いに通っていて貴方がデレデレしていたという報告を聞いた辺りでボールペンをへし折っていた。 その後すぐにデバイスのメンテを依頼していた私とヴィータをここに送り込んだというわけだが、ストラウスが珍しく冷や汗をかいていたぞ」

「ストラウスに感謝しとけよな。 ベルカ自治区が消し飛ばされたりしないように宥めたのはあいつだかんな」

「さすがストラウスさん。 グッドジョブだな」

 やってやれないことはないが故に恐ろしい。 この場合考えられる最悪というのはグリモアがアムステル・テインデルに協力を依頼した場合だ。 完成型のボディ辺りを新造して彼女が全能を振るうだけで軽く火の海になるが、彼が直接出て来たとしたら更にその上を行く。 無論本当にそんな馬鹿げたことを彼女が実行に移すなどとはクライドは思わなかったが、その発言をリインフォースたちに聞かせたのはきっと”やろうと思えばできるからオーダーを寄越せ”と遠まわしにクライドに伝えたかったからかもしれなかった。

 彼女はクライドにやってくれと言われればきっと躊躇などしない。 微塵もしないだろう。 だが、クライドは違う。 そのことをしっかりと理解しているからできはしてもやりはしない。 精々がこうやって可能性を示唆して可愛らしく主張してくるだけだ。

 何故か、どこからともなく『早く帰って来てください』という助手の声が聞こえてきたような気がして、クライドは思わず胃の辺りを押さえた。















「うーむ、これは……詰んだな」

 はっはっはと楽しげに笑いながら、聖王カルディナが言った。 状況はもはや洒落になっていない。 ”聖王の揺り篭”のコピー艦の周囲を囲むようにして、ヴァルハラの正規軍艦隊が併走しているのだ。 しかも、揺り篭からの砲撃を”全て弾き飛ばしながら”、だ。 単純に敵艦の”空間歪曲フィールド”が強力であるというわけではないだろうが、しかしそれでも度が過ぎていた。 

「姉御よぉ、ご丁寧に古代ベルカ語でミッドガルズの社長から降伏勧告来てるけどどうするよ」

「どうもこうもない。 通常の艦隊ならまぁ、それなりに戦えるはずだったが如何せん”ルナ・ストラウス”が直接出張ってきておるからのう。 ははっ、凄いなあの女。 まるで初めから来ることが分かっていたかのような対応の早さではないか。 これは噂の監視システムの性能云々だけではないな。 なるほど、シュナイゼルが言った通りの奴か」

「あー、その社長なんだけどな。 五分後に中に突撃してくるとさ。 白旗でも揚げるか?」

 ラウムはそういうと肩を竦めた。 ガチの魔法戦闘であれば強い部類に入る槍の騎士ではあったが、次元空間内で艦隊と正面きって戦うような魔法など持っていない。 というか、初めから航行艦と勝負するという思想事態を彼女は持っていないのだ。 領分がかみ合わないのだから気も乗らない。 かつて騎士は対人戦用の切り札であり、間違っても対艦用の戦力ではなかったのだから当然である。

「むむむむー。 神様、どうしますか?」

「ふむ。 向こうから来てくれるというのであれば連中の相手をするだけさ。 シルビアよ。 少しこちらに来るが良い」

「はい?」

 手招きするカルディナに向かってキョトンと首を傾げながら、シスター少女はすぐに聖王に近寄った。 玉座に座っているカルディナは、手招きしながら少女がやってくる間ただ微笑む。

「お主に重大な任務を与える。 良いな?」

「勿論ですよぅ。 私は聖王様の敬虔なる僕ですからねっ」

 まるで擦り寄るよう子犬のように、彼女は元気に頷いた。 その、人一倍ある無垢さにはカルディナをして困らされたが、しかしその屈託の無い笑顔を前にすればそんなことは些細な問題だと思わされた。

「ほんに愛い奴よのうお主は。 そなたと”生前”に出会えなかったことが残念でならん」

 言いながら、シルビアの首筋に顔を埋めるようにして抱擁した。 彼女の侍従であり、騎士の家系出身の孤児は突然のそれをしかし、いつものことだと思って受け入れる。 聖王は彼女にとっては現存する神様で、その行動を妨げるなどという不敬を彼女はしない。 考えもしない。 ただ、静かに首筋から耳元に寄せられた唇から呟かれる言葉を神の言葉として心に刻む。 

「――というわけだ。 シルビアよ、良いな?」

「はぁーい。 私は言われたとおりに待機してまーす」

「うむ。 良い返事ぞ。 頭を撫でてやろう」

「えへへ、褒められちゃいました。 じゃあ、神様バイバイ」

「ああ、”またな”」

 実体顕現を解き、シルビアが魔力で構築されたその身体をその場から消していく。 空気に溶ける魔力光のその残光を、カルディナは静かにその手に掻き抱く。 触れる熱はなく、触れられるわけもないそれがやはり当然のようにカルディナの手をすり抜ける。 だが、その優しき燐光は消える間際までシルビアの光に満ちていた。

「あーあ。 本当に姉御はシルビアにだけは甘いんだからよぉ」

「ふふっ、庭園で局員にしてやられたことを悔いておったからな。 元々、あやつに戦闘力なんぞ期待してはおらなんだし、くれてやったデバイスもハッタリ重視の代物だ。 戯れに稽古をつけてはやったが、それほど闘争の才があるわけでもなかった。 だがな、アレは”妾”の者だ。 シリウスにもアルハザードにもやらぬよ。 やってはならぬのだ。 あの娘の神様として、な」

「ありゃりゃ、神様って言われるの嫌ってるんじゃなかったんですかい?」

「ああ、お前やフーガが言ったら鉄拳制裁だから安心せい。 さて、フーガ。 聞こえておるな? お前は魔導機械をありったけ起動させてブリッジを守護しろ。 進路はこのまま固定。 全速前進で突き進め」

「御意――」

「ラウムは転移装置で動力炉に飛べ。 そして望みどおり死ぬまで戦え。 精々楽しむのだぞ? お前の転移後は艦内移動用の転移装置は全て破棄する。 炉心へと続く隔壁の前で遊んで来い。 ああ、攻めても構わん。 好きにしろ」

「あいよ。 精々あたいの槍が折れるまで楽しませてもらうさね」

「PIPI」

「友は……そうだな。 お前はここで良かろう。 さあ、祭りの時間だ。 皆存分に楽しめ。 もしかしたら、これで”最後”かもしれぬからな」

 聖王の命令により、全員が所定の位置に移動していく。 闘争の空気が揺りかご内を静かに染め上げていくように、鳴り響くレッドアラートが艦内に木霊する。 王はゆっくりと玉座に腰をかけながら、その手に友を留まらせようと手を伸ばす。 だが、彼女の友はその手にはとまらなかった。 彼女の座る玉座の左側にパタパタを羽を羽ばたかせて滞空したかと思えば、人型へと変身した。

 金髪のロングウェーブを靡かせながら、どこか眠そうに垂れているその瞳には、やる気というだけのやる気が何一つ感じられない。 まるで立ったまま寝ているのではないかと思わせるような気だるげな雰囲気を醸し出しているその女性は、目元を軽く擦りながら大きく欠伸をすると、デバイスを二つ展開した。

 一つはハープ型アームドデバイス『ローレライ』、そして二つ目は夜天の書に酷似した魔導書型ロストロギア『蒐集詩篇』だ。

「んー、はい。 ディーナのー」 

「うむ。 しかし、シルフィのその姿を見たのは久しぶりだな」

「だってー、ここが私とディーナの最果てかもしれないからねー。 こんなときぐらい、ディーナに合わせてあげるのー」

「果て……か」

 外に限りは無く、あの牢獄の外は無限に広がっては未知を広げながら拡散している。 最果てなどそこにはない。 限りがあると感じるならば、それは自らに檻を用意したということに他ならない。 鳥篭の中とその外への境界線は、最果ての運命線を引いて今ここに顕現した。 そんな風に感じれなくも確かになかった。

 厳密には封鎖され、限界線が敷かれているのだとしても関係がない。 その垣根を越えてしまえば良いだけで、外に無窮が広がっているという現実には相違なし。 主観さえ破壊してしまえば、線の外へだって飛び出せる。 例えば、そう。 アルハザードの限界突破者<リミットブレイカー>のように。

「のう、シルフィ。 最後の到着地点を最果てだと呼ぶのなら、妾たちの最果てはまだほんの少しばかり遠いかもしれぬぞ」

「そうかなー。 そうだったらいいねー。 シルビアの作った美味しいご飯を食べながら、限りない外を皆で皆で飛んでいくのー。 ずーっとずーっと次元のお空の、その向こう側までー。 そんな自由をー往きたいよねー」

「続く限り羽ばたいてやろうぞ。 檻は既になく、次元の空には果てがない。 ならば、我が足と汝の翼はどのような未知の大海さえも走破できよう」

 つまらない箱庭の牢獄から飛び出た外の世界で、窮屈な王様に飽き果てて、伝説の世界に喧嘩を売って、やがては粉砕されそれでも生き汚く彷徨った。、挙句の果てには辞めたはずの王様に戻らされて神様扱いされている。 どこまでも続いていく未知の道は、まだ続いている。 だから、カルディナはどこまでもその贅沢を続けてやるのだ。 他人を巻き込みながら、恨まれながら、それでも満たされぬ空虚を一瞬でも満たすために。

 きっと彼女は底に穴が開いた水がめなのだ。 だから流れ出る水<空虚>を止める術を知らずに延々と水を汲み入れることしかできない。 そういう風にしか生きられない。

「――ふぅん。 死人の癖に、まだ生きたりないの? 強欲なことね」

「はっ、欲のない人間などおらぬよ。 お主も、義務感という名の欲望に動かされておるんだろう”シリウス”。 お前も私の同類だ。 違うところがあるとすれば自らに役目を押し付けて満足しているか、押し付けられたものを蹴っ飛ばして自ら満足できるものを探し歩いているかの違いだけだ。 そうでなければ”息さえ”できぬ。 そういう類だろう貴公も」

 虚空から現れた剣姫と社長を前にして、聖王は玉座から堂々と立ち上がる。 その手が、隣に立つシルフィの持つロストロギアに伸びていく。 その瞬間、確かに怪異は起きた。

 舞うは詩篇。 詩篇は紙片となって舞い上がり、聖王の御身へと融合する。 カバーも全て何もかも、貪欲な王の中で一つとなっては揺り篭の動力炉とリンクする。 アギトのような融合時特有の変化はない。 だが、その瞬間炉に接続された聖王の身体へ莫大なまでの魔力が流れ込み、彼女の元にひれ伏した。

「あらあらあら、やる気満々よカグヤちゃん。 滅んだ世界の王様は」

「みたいね。 それで、陛下のお好みはどちらかしら? 介錯する人間ぐらいは選ばせてあげるわよ。 珍しくストラウスがやる気になっているし、ね。 それとも、リベンジマッチがお望みかしら」

「ほう? 良いのかシリウス」

「良いも悪いもないわ。 ”どちらにせよ結果は決まっている”のだから」

「相変わらずサービス精神旺盛だな。 くくっ、ならば遠慮なく”社長”とやらせてもらおうか」 

 剣聖の理不尽さは味わっている。 動力炉によるバックアップがあるおかげで庭園よりも出力では上だがその代わりにレイヴァンがいない。 カウンター殺しの魔法剣を潰すための戦術も考案してはいるが、もっと真新しい未知がある。 ならば、彼女が社長を選ぶのは当然だった。

 揺り篭のコピー艦で、聖王が最高の力を享受できるこの環境。 更にそこにアルハザードの人間と戦うという状況は、かつてのそれと酷似している。 だが、そんなことなどストラウスには関係がない。 お願いをされたら聞きたくなる。 だから、当然のように受けるだけ。

「かしこまりました。 それでは注文どおり、ミッドガルズの社長であるこの私が特別に遊んで差し上げましょう。 貴女は、”そのため”に態々ヴァルハラを真っ直ぐに目指したのでしょう? 私は”人”にお願いされることに弱いの。 シュナイゼルや貴女に直接私から仕掛けるのは”彼”の嘆願で控えていたのだけれど、”そちら”から申し込まれたのであれば問題はありませんからね。 お相手しますわ聖王陛下――」

 ペロリっと、可愛らしく舌を出し悪戯が成功した子供のようにウィンクしながらストラウスが微笑んだ。 同時に、シリウスは観客よろしく後方に飛び壁の華へと成り下がる。

「ははっ、我が意をそこまで正確に把握しているとはな。 噂通り、お主には隠し事などできぬようだな。 ヴァルハラの守護神――ルナ・ストラウス。 来て貰って茶の一杯も出せんのは悪いが、変わりに我が拳で許してくれ」

「いえいえ、お気になさらずに。 あらあらあら、そういえば私ってば初めて会う貴女様とは名刺の交換も何もしていませんでしたわね。 どうしましょうか」

「生憎と妾は名刺は持っておらぬ。 名乗り合いだけで許せよ。 お互いに色々とどこからか聞きかじってはいるだろうが、な」

「ふふっ、しかし何事も様式美というのがございますから」

「うむ、確かにそうよな。 貴公の言うとおりだ」

 ゆっくりと二人して前へと歩む。 その最中、二人は互いに名乗り合う。

「聖王名はエレキシュガル・ベルカ。 固体名はカルディナだ。 妾はベルカ最後の王である。 我が意を汲んでもらったことに心の底から感謝しよう」

「アルハザード十三賢者第四位『月夜の執政者』兼ミッドガルズ社長ルナ・ストラウス。 貴女の挑戦、受諾しましょう。 挑戦料としてこのご立派な船は頂きますが、恨まないでくださいね」

 単なる様式美以外の何者でもないパフォーマンス。 だが、旧き武神にとってはそれなりの意味があった。 それは武の者たちの戦儀礼であり、真っ向から一騎打ちを行う敵対者への敬意の証だ。

「そちらこそ、もし踏み倒せたなら許せよ。 何分、これ以上やれる財産はないでな。 実はタダで持っていかれると困るのだ」

「あら、それは大変ですね。 そうそう、立場上聞いておきますけどシュナイゼルの盗み出したものの在り処を知ってるかしら? 残りは……蒐集詩篇を外すと後三つという話しなのだけど」

「知るわけなかろう。 仮に知っていたとしても言わんが、な――」

 強気に笑うと、気負うことなくカルディナは飛び出した。

 かつてシュナイゼルが忠告していたが、もはや管理世界を飛び出している彼女にとってはそんな忠告を律儀に護る必要もない。 自治世界群より更にその向こうへと行く前に、どうしても彼女は試さずにはいられなかったのだから。

――伝説のベルカの武神と、ヴァルハラ最強の受付嬢の戦いが始まった。













「ちっ、数が多いな」

『でも、アタシたちの敵じゃねぇ!!』

 瞬間、彼女の紅蓮に燃える翼が更に推力を上げた。 道路と思っても差し支えない程の通路の中を、高速で彼女は駆け抜ける。 その下を、フリーランサーとヴァルハラ軍の火線が疾駆する。 質量兵器と魔法の弾幕が、ガジェットたちの防壁をズタズタに引き裂いていく。

 拿捕するとはいっても、無傷にとはいかない。 ストラウスとカグヤ以外に聖王を抑えられる存在がいない以上は、それ以外の戦力は全て艦内の制圧に動いている。 その中でもシグナムの役目は動力炉の停止だ。 艦の心臓部さえ止めれば、精強な揺り篭といえども鉄の棺桶に成り下がる。 ブリッジを押さえて制御権を奪うのも良いが、シグナムは進んで過酷な方を選んだ。

 心臓部の迎撃装置は魔力炉の恩恵を潤沢に受けられるため、止めるのには些か難易度が上がる。 逆にブリッジは精密機械が密集しているためそれまでの道のりには防衛兵器があるだろうが、中に突入してしまえば普通は防衛兵器が存在しない。 故に、そちらはザフィーラが担当することになっていた。

『隔壁が降りるぜ』

「構わん、そのまま抜けるぞ」

 後ろの者たちだけでも十分に抜けられる。 そのことが分かっているからそのまま単独行動に出た。 次々と降りていく隔壁の中を、シグナムは突き進む。 そうして、彼女は槍の騎士を前にしてようやくその足を止めた。

「ようっ、久しぶりだなぁシグナム」

「お前は……ラウムか!?」

『知り合いか?』

『そんなところだ』

 自然と構える。 左手に握り締める鞘を前に構え、右手の愛剣はすぐに振りぬけるように後ろへ。 それは、受けから攻撃へと素早くシフトする特異な構えだった。 相手のこと知っているが故にシグナムはその構えを取り、ラウムもまた普段は多用しない突きの構えを自然と取った。

「既に大勢は決している。 といっても、聞かぬだろうな貴女は」

「ああ。 聞いてやる義理が無いからな。 それに、戦わずに逝くのは一番つまんねー。 できれば剣聖様とやりたいんで、王様のところまで戻りたかったんだが多勢に無勢だ。 だもんで突破するのが億劫だったんだが……まぁ、この際お前でもいいか」

「変わらんなその性格」

「ぬかせ、お前も大してあたいと変わんねー癖によ」

「違いない」

 頷きながら、唇を釣り上げる。 二人とも獲物こそ違えど強者と全力で戦うことが嫌いではないから、純粋に楽しみだった。 特に、純粋な古代ベルカの騎士同士で戦える機会はもはや希少だ。 二人してこの一戦の価値がよく分かっていた。  

「お互い、長々と旧交を温めるって性格でもねーしそもそも時間がねー。 さっさとやるかい”剣の騎士”」

「依存は無い。 ”騎士狩りの自由騎士”」

「いざ――」

「尋常に――」

「「――勝負!!」」

 シグナムの魔剣が燃え、ラウムの魔槍が静かに戦場の魔力を喰らい始める。 かつて、戦場で共に戦ったこともある二人は、そうして真っ向からぶつかった。 

「いくぜおらぁっ!!」

 呼気と共に放たれるは点の一撃。 リーチの違いにより存在する先制攻撃。 初撃から胴へと放たれるその槍を、シグナムは半ば回転するよう真横から鞘で殴打する。 獲物の奏でる火花と高音。 ”敢えてフィールドを纏わせていない鞘”から返ってくるその反動を無視しながら、シグナムは回転斬りよろしくレヴァンティンを強引に薙ぎ払う。 ラウムの渾身に会わせるかのような全力のその一撃は、突きを反らされたラウムの身体を真横から強襲する。 これ以上ないほどの絶妙なるタイミングだった。 だが、シグナムがレヴァンテインから感じたのはラウムを切り裂いた感触ではない。

「ちぃっ――」

 槍の握りから生み出されたフィールドの槍がある。 渾身の薙ぎ払いの力が最高に乗るその直前でレヴァンティンに接触し、ガードしながらシグナムの魔力を吸っていた。

「甘えよ。 一撃で終ったら勿体ねーだろ。 楽しませろよ、なぁシグナムゥ!!」

 両手で槍を握り締めながら片手の剣を押し返し、強引にかち上げて距離を開けさせる。 その瞬間、間合いを取り返した槍が旋回。 得意の距離で乱舞する。 魔法によって強化されているその身体能力は、シグナムとほぼ同等。 通路の中で幾度も弧を描いては飛来する様はまるで台風のように吹き荒れる。 
 
 リーチを維持しながらの叩きつけるような槍の連撃。 シグナムはしかしそれをやり過ごす。 槍の一撃は剣よりもモーションが大きい。 その間隙に身を躍らせながら時に鞘でいなし、距離を詰めるようと挑みかかっていく。 グラムサイトの恩恵と、凝縮された戦闘経験がかつてのそれを超えてシグナムを突き動かしていた。

 そして、それを押しつぶそうとするかのような剛風を前にして感じる小気味よさ。 沸き立つ高揚を魔力と共に燃焼させながらアギトと共に炎を紡ぐ。 猛る炎熱が加速する。 絶え間なく床板を蹴るその足に停滞は無く、勇猛果敢に前に出る。 それは彼女の二年間での成長の証だ。 自然と、その口元が綻んでいた。

「はっ、ご機嫌だなぁシグナム!! 思いっきり戦えて満足ってな面だぜ。 畜生、お前アレから随分と上手くなってるじゃねーか!!」

 槍の騎士が吼える。 同じく口元を綻ばせながら、更に操る槍のギアを引き上げ、彼女と同じように加速していく。

「そういうお前こそ、楽しんでいるのだろう? そんなに退屈していたのか。 聖王陛下の下にいながら!!」

「姉御は強すぎるんだよ。 戦うと楽しーんだが同時に差がありすぎて悔しくなるのさ。 だが、お前は違ぇ。 だから楽しい。 一番楽しいのは拮抗かちょい上ぐらいの相手と凌ぎを削る瞬間だ。 全身全霊で戦えて、さらにはミックスアップまでしちまえる。 天秤の行き先が読めねぇ戦いってのは、すんげー贅沢なことなんだよ。 お前ならあたいのこの言葉の意味、分かるだろ?」

「違いない!!」

 殺しあうために戦うというよりは、二人の感性は武道家のそれに近いのだろう。 お互いの技術と信念がせめぎあうこの瞬間が、何に変えても得がたい。 そんな風に感じてしまう。 感じてしまえる。

「だから、お前が突出してくれたことに関しては礼を言いたいぐらいなんだぜ? 一対一ならそうそう負けることはねーが、多勢に無勢じゃあ嬉しさも半減だ。 さぁ、もっと楽しませてくれよ。 でないと、先にその鞘がぶっ壊れちまうぜ」 

 ラウムのレアスキル『マジックアブソーバー』を防ぐには、単純に魔法を使わなければ良い。 故に、シグナムは左手の鞘に防御用のフィールドを纏わせてはいない。 これならばラウムが魔力を奪うことは出来ないからだ。 そうして、剣の間合いに忍び込んだ瞬間に渾身の一撃で騎士甲冑を突破するのがシグナムの選んだ戦術である。 融合して魔力の総量がアップしているとはいえ、奪われれば意味がない。 だが、この戦術の前提として鞘が持たなければならない。 フィールドを失った鞘は、本来の鞘の強度しか持たないためにそう長くは持たない。 ラウムの攻撃をそう何度も喰らうわけにはいかない。 故に、シグナムが狙うのは短期決戦。 鞘が壊される前に己の間合いに入り込み炎剣を叩き込むことだけに全力を注ぐ。

『アギト――』

『おうよ!! 烈火刃――』

「紫電一閃!!」

 ふと、強引に連携の継ぎ目に狙いを定め、シグナムが強引に前に出る。 近接重視の魔導騎士に必要な必須技能である瞬間的な急加速で身体を前に押し出し、右手の愛剣を叩き込む。 幾多の魔導師を沈めてきた一撃必殺の剛の剣。 しかし、手応えは軽い。 避けられぬと見て後方にラウムが飛んだせいで威力が落ちた。 バックステップで距離を取りながら、ラウムが感嘆の声を上げる。

「くっ、やるな。 さすが、兄貴の”お下がり”の力は伊達じゃねぇってか」

「融合騎だけの力とは思わないで貰いたいな」

「わりぃわりぃ。 確かにそうだ。 使いこなせるお前の技量も褒めてやるよ。 夜天の王の時にも思ったが、あたいも欲しくなってきたぜ融合騎って奴がよ」

「作れる技術者はかなり希少らしいがな。 それに、今ではかなり高くなるらしい。 手に入れるつもりなら懐と相談するといい。 とはいえ、それはお前たちが生き残れたらの話しだがな」

「心配してくれてありがとよっ――」

 軽口を叩きあいながらも、シグナムは詰め寄っていく。 再び、ラウムの槍がその進入を妨げるかのように空間を奔る。 だが、今度は先ほどまでとは違う。 右手の槍をそのままに、左手にもフィールドの槍を形成して振り回してくる。 槍の二刀流は剣の二刀流よりもさらに難易度が高い。 普通に考えれば槍の重量の問題もあるのだが、フィールドの槍には重みがなく使い手が魔導騎士だ。 ラウムは普通の常識を無視したかのように軽々と槍を振り回し、襲い掛かってくるシグナムの進入を防ぐ。

「随分と器用な」

 奇襲の如き左手の槍をレヴァンティンでいなし、今度はシグナムが後退。 だが、当然ラウムがそれをただ見逃すはずがない。 後退に合わせて追いすがり、二振りの槍を叩き込んでくる。

「そらそら、いいのかシグナム!! お前の魔力、吸い尽くしちまうぞ!!」

 鞘で片方を対処はできても、二撃目はどうにもならない。 レヴァンティンでの防御を強要される。 いや、それだけではない。 ”奪う”と言いながらもラウムの瞳に込められた強気な視線は、シグナムの全身を油断無く観察している。 隙を見せればその部位に槍を叩き込み、騎士甲冑を破壊する気満々だ。 あくまでも攻撃的なその姿勢は、ラウムの気迫と相まってまるで猛獣にでも睨みつけられているようなプレッシャーを生み出していた。 並みの騎士であったなら、それだけで萎縮してしまいそうなほどだ。 だが、シグナムは果敢にその槍撃に挑みかかる。 

『ちくしょう、このままじゃ鞘がもたねぇ!! この槍女、普通に強えぇ!!』

 シグナムのレヴァンティンにリンクしているアギトが、思わず内部から呻き声を上げた。 無理もない。 フィールドが無いせいで強度が落ちている鞘は、既にひび割れている。 リンクデータから見ても視覚から見てもギリギリであることは明白だ。 直ぐにでも折れてしまいそうなほど頼りなげに見えてしまう。
 
『クライドに感謝しておかなければな。 デバイスを強化していなければ、既に鞘は破壊されていたかもしれん』

『んなの、のんきに考えてる場合かよぅ!!』

『すまん。 この戦いが存外に楽しくてな』

 心躍る戦いだった。 相対する槍の騎士には凡そ悪意というものがない。 ベルカを崩壊させたあの王に仕えながら、驚くほど戦士然としている。 コレは殺し合いだ。 非殺傷設定など存在しない野蛮極まりない戦いであり、命のやりとりである。 だが、だというのにラウムという女からは相変わらず殺気はあっても殺意がない。 確かに、究極的には互いに死という概念からは無縁だとしても”私怨”という不純物が一切無い戦いに昇華されている。

 それは、純粋な力比べと言っても良いのかもしれない。 子供同士が得意なもので競い合っているだけのような、そんな感慨が沸いてくるのはシグナムもまた同じ穴の狢だからか。

 力を信奉しているわけではない。 ただ、純粋に強くなりたいと願う気持ちには共感できる。 そして、それと同じく強者と己の武を交わすことの喜びがある。 ずっとこのまま戦っていたくなるような、不思議な魅力をラウムは持っていた。 しかし、その”贅沢”を享受し続けることがシグナムには許されていない。 許されてはいないのだ。

『アギト』

『んだよぉ!?』

『”決めるぞ”。 多少無理をするが、踏ん張ってくれ』

『あいよぉ!! しくじるなよシグナム!!』

 提案にすぐさま即答を返す剣精。 その小気味よい返事を受けて、シグナムは剣を振るう。 融合騎と騎士は戦場においては一心同体。 迷うことなどありえない。 

『当然だ』

 冷静に、ただ不敵に口元を緩めなあらシグナムはラウムの槍を打ち払っていたレヴァンティンを至近距離で変形させた。 選んだ形状<フォルム>は連結刃形態。 そのまま、刃を振り下ろすかのように振り抜いて至近距離から強引に砲撃級の魔法を放つ。

「飛竜一閃!!」

「――ちぃっ!!」

 瞬間、二人の間の空間が爆裂した。

 強引過ぎるほど強引な距離の取り方だった。 衝撃で二人の身体が後方へと吹き飛ばされる。 半ば自爆するかのようなそれの後、魔力爆発で生じた粉塵のその向こう、ラウムは起き上がりながらも冷や汗をかいた。 ラウムの耳は確かに聞いた。 粉塵のその向こうで、確かに圧縮魔力カートリッジが起動したらしき音が。 それも、二発だ。 レヴァンティンだけではなく、鞘に仕込まれているそれさえもつぎ込んだ一撃。 そのせいでラウムに奪われた魔力が回復するだけでなくさらに一時的に凌駕している。 人一倍魔力に敏感なラウムは最大級の一撃を防ぐべく咄嗟に槍に魔力を注ぎ奇襲に備える。 だが、ラウムはここで一つ読み間違えた。 

「駆けよ――」

 声がした。 粉塵のその向こう、シグナムのその明朗な声が。 粉塵に遮られて見えぬその向こうには、剣の騎士という彼女の通り名にそぐわぬ武器が構えられている。 魔剣レヴァンティンの第三形態。 剣の柄と鞘を合体させて弓となし、魔力を込めた矢を放つボーゲンフォルム。 それは、ラウムが知らないシグナムの隠し技だった。

 かつて剣士の精神修養用に取り入れられていた弓術派生の魔法があった。 ”剣士としてのシグナムだけを知っていてなおかつ先入観を持っているラウム”には到底発想できない代物だろう。 しかも、粉塵で遮られている今それを察することはラウムにはできないがシグナムは違う。 彼女が習得したグラムサイトで粉塵の向こう側からしっかりと狙いを定められるからである。 

 シグナムが弦を引く。 その手にはいつの間にか展開された矢が納まっており、シグナムは魔力を先端の鏃へと収束させる。 足元に燃える紫に輝く古代ベルカ式魔方陣。 その輝きが最高潮に達した瞬間、シグナムは矢を解き放った。

「――隼<シュツルムファルケン>!!」

 瞬間、粉塵を突っ切るようにして矢が放たれる。 その際、音速に達した矢が衝撃波で粉塵を切り裂いた。 ラウムはそれを見て顔を引きつらせたがどうしようもない。 心臓目掛けて寸分の狂いなく向かってくるその鏃を理解したときにはもう遅すぎる。 二度目の爆音。 騎士甲冑に触れた矢が防御の構えを取っていたラウムの身体を問答無用で吹き飛ばす。

「ぐ、がっ――」

 防御貫通属性を持った爆裂型の射撃魔法。 しかも、ミッド式とは違い放つ直前まで魔力が奪えない”魔力付与型の遠距離魔法”だ。 さすがに、剣での奇襲を想定していたラウムにとってはたまらなかった。

「くそっ、剣士の癖に弓かよ。 くぁー、んな手札気づけるかっ!!」

 地面を転がりながら、己の判断を呪って悪態をつくラウム。 その身体が、魔力の霧に還ろうとしていた。 

「すまんな。 剣だけで戦っても良かったが、それだと長引くからな」

「お前、これから絶対に剣の騎士って名乗るなよ。 お前の通り名に嘘偽り有りだ。 くぁぁ、勿体ねー。 いい勝負できてたんだが……はぁ。 ま、いいさ。 今度やるときは負けねー」   

「ああ、お前からのリターンマッチは最優先で受け付けよう」

「約束だぞ。 ああ、そのときは夜天の王も誘って一緒に飲もうぜ。 あいつとは約束したままだし、まぁ、そのうちだな。 例えそれが”地獄”でも”この世”でもかまわねーし……よ……」

 偽りの身体が消えていく。 その残影を見下ろしたまま、シグナムは少しばかり瞳を閉じた。

(地獄、か。 お前は私もそこに落ちると思っているのか? しかし、だとしたら何故それが分かっていながら貴女はそちら側にいて、今も”そう”なのだ)

 自由騎士ラウム。 悪事を働く騎士を、世の平和を乱す者を裁く権利を当時ベルカで与えられていた特異な騎士。 彼女の生い立ちを考えれば聖王カルディナに組するという選択はありえないはずである。 そして、彼女自身には悪意もなければ野心もない。 単純な武人というイメージしかシグナムは得ていなかった。 故に、どこか腑に落ちない。

『……シグナム? おい、どーかしたかよぉ』

「いや、なんでもない。 ただ、少しばかり彼女のことを考えていただけだ」

『昔の知り合いだったんだろ? まぁ、気になること言ってやがったけどよぉ。 それより先に動力炉を抑えてからにしようぜ』

「そう……だな」

 ボーゲンフォルムを解除し、魔剣をボロボロになった鞘に収めながらシグナムは頷いた。 成すべきことを成さなければならない。 感傷に浸るのは後でもできる。  剣の騎士は動力炉への道を急いだ。








 戦場の結末はきっと、始まる前から決まっている。 結局のところ、最終的に戦力がどれだけ相手よりも上かが戦いの運命を左右する。 であれば、この一見遭遇戦にも似た戦いの趨勢は決まっていたのかもしれない。

 蒼の狼と戦いながら、フーガはそのように思う。 周辺ではひっきりなしに魔導機会と狼の仲間たちが戦っている。 だが、既に結果は見えていた。 兵器の数を投入しようと一騎当千のフリーランサーたちと、統制の取れた職業軍人。 凄まじい錬度を誇るそれらの暴虐をどうにかするには圧倒的に戦力が足りない。 結局のところ、そこにある戦力差を覆すだけのものがなにもなかったというわけだ。 この劣勢は、きっと戦う前から決まっていた。

「どれだけ考えたところで無意味だぞフーガ。 諦めて投降しろ」

「――」

 イージスのトンファーで、ザフィーラの拳を受けとめる。 その腕に装着されているは白い魔力杭を発生させるバンカーナックル。 次々と殴りかかってくるザフィーラの攻撃をフーガは鉄壁の防御で耐え忍ぶ。 一度やられている以上、その魔力杭さえも視野に入れて戦っていた。 更に、元々攻撃よりも防御を得意とする以上その守りは単純に堅い。 同じく防御に秀でているザフィーラと同じように攻撃力不足で互いに決定打に掛けるせいもあり、泥仕合にも似た戦いをせざるを得なかった。

 蹴りが、拳が黙々と二人の間で繰り出され、トンファーと杭が鎬を削る。 魔力強化された身体能力と、魔力を込めた身体での打撃戦。 ぶつかるたびに、互いの膂力で身体が軋む。 だが、それでも二人は殴り合いをやめない。 それが仕事で、それが使命だ。 そこに妥協は無い。 手抜きは無い。 例え、それがどれだけ無意味であろうとも。

「既に大勢は決している。 これ以上の交戦は無意味だ」

 ザフィーラが、どこか諭すように言う。 だが、フーガは頑なにトンファーを振り続けていた。 聖王が勝つと妄信しているわけではない。 ただ、彼女が負けようと勝とうと下された命令が変わるわけではないからである。 忠誠心という名の無骨な鎧。 纏った騎士甲冑のように頑強なそれは、ロイヤルガードとしての意地であったのか。 故に、遮二無二にトンファーを振るう。 振るい続ける。 カルディナの騎士として、どこまでも愚直に忠臣を演じる。 敵の甘言に惑わされることもなく、ただひたすらに。

「”シリウス・ナイトスカイ”が出ている。 彼女を止められる者がここにはいないはずだ。 例え、それが聖王陛下であってもそれは変わるまい。 時の庭園とやらでの戦いの話しは聞いている。 仮にどうにかしたところで外の包囲艦隊もある。 勝負は付いているはずだ」

「”だからどうした”」

「なに?」

「夜天の守護獣よ。 お前は、戦況が不利だという程度のつまらない理由で主の命令を放棄するのか!?」

 苛立たしげに、フーガは言った。

「私もお前も護る者だ。 主の盾であり、矛だ。 例え、その先が破滅だろうと敗北だろうと、共にする覚悟はとうの昔にできているはずだ。 そうではないのか!!」

「その決意は理解できる。 かつて主がいた身だ。 ベルカの騎士として、その矜持は理解できる。 だが、あの聖王陛下へどうして忠誠を捧げられるのかが分からぬ」

 ベルカ崩壊の引き金を引いた王。 そんな存在に対して、死後も忠誠を誓うことなどできるのか? いいや、それだけではない。 最も腹が立つのは、自分たちだけ蒐集詩篇に隠れたことだ。 自分たちだけに後を託して、後の民には滅びと混乱をもたらした。 潔く最後まで付き合ったなら評価は少しばかり変わるが、カルディナはそうではない。 そうではないのだ。

「ふっ、青いな」 

「なに?」

「確かに、あの王こそベルカの崩壊の要因の一人かもしれん。 だが、それはお前たち夜天の人間も代わらぬ。 元凶たるシュナイゼルに夜天の妹姫。 忘れたとは言わさん。 それどころか、”アルハザードに組した剣聖”こそベルカを滅ぼした真の裏切り者でないとどうして言える。 アレがあの日、アルハザードの連中とともにベルカに降り立ったことを知らぬわけであるまい。 ならば、最も罪深き女ではないかシリウス・ナイトスカイは!!」

「ふざけるな!! あのお方は――」

「内と外では見えるものが違う。 アレが清廉潔白な剣士だろうと悪逆非道な女狐だろうと知らぬ以上分からぬ。 私は、”何も知らされていなかった”からな。 だが、見えた事実を繋ぎ合わせればそうなる。 そうなるのだ」

 思わず激昂しかけたザフィーラに反論しながら、トンファーを握り締めた右手が放たれる。 右に左に、叩き付けられて来る鈍重な一撃。 ビリビリと、受けとめる両腕の手甲が、互いの魔力の衝突に彩られてチカチカと輝く。

 フーガの怒り。 静かなる怒り。 夜天の系譜に向けられたそれを、ザフィーラは痛い程に感じた。 ベルカを愛したが故のその怒りを、ザフィーラには止めることはできない。 だが、それでも夜天の騎士として吼える。

 侮辱されたままでいることはできなかった。 例え、繋ぎ合わせた事実であったとしてもそれは、真実ではない。 夜天の者が追うべき責め苦はある。 しかし、それを全て、領主の地位に着くことさえ望まずに妹に譲り、剣の道を望んだたった一人に背負わせるわけにはいかなかった。 

「例えそのように見えたとしても、あの方はあの方なりにベルカの民を救った!! ”ベルカ本星”だけで済んだのは、あの方の功績だ。 いいや、それだけではない。 散り散りになったベルカの民の一部を、統制を失ったベルカ領土の者たちや辺境の開拓民たちを戦禍に巻き込まんために、ヴァルハラや他の世界へと彼女が誘ったおかげで今もベルカの血は生きているのだ!! この広大な次元世界の中で絶えることなく!!」

 戦争をされて戦争を仕返してはならないという法はない。 そして、アルハザードはやられれば当然のように兆倍にしてやり返す世界。 そこに妥協などありはしない。 それを強引に調整して本星だけで済ませたのはジルだが、そこにカグヤの存在が影響を与えたことは事実である。

 また、各地の難民の一部などをヴァルハラに移住させたりしたこともある。 そのせいで、管理世界領域だけでなく自治世界領域にまでベルカの民は流れている。 同盟世界であったミッドに逃げた者、それ以外に逃げた者、王を失い、まとまりを失ったベルカを軸とした次元戦争の中で、その血族の居場所を作ったという事実は確かにある意味”救った”と取れなくも無い。 例えそれが少数だろうと、その行動は確かに彼女一人だけが負った贖罪だ。 戦争をして、戦争を仕返されて、ただ無責任に闇の中に逃げた聖王とは違う。 そのことを、記憶が完全に統合された後に彼はストラウスから聞いて知っていた。 そのせいで、不可思議な程にベルカの遺跡が次元世界中に散逸し、考古学者たちを悩ませているという不具合はあったかもしれないが、そんな些細なことは目を潰れる程度の事柄だ。  

「それがお前の側から見た真実か」 

「ああ」

 だが、今さらの話だ。 そんな真実一つでどうにかなる状況でもない。 結局のところベルカは失われ、ここまで来ている。 そして、フーガは”敵の甘言”などに踊らされるような男でもなかった。 仕切りなおすように距離を取りながら紅い鎧で隠された兜の隙間からザフィーラに真っ直ぐに視線を向ける。  

「では、仮にそうだったとしよう。 それで、何か事実が変わるのか?」

「……」

「何も変わらんさ。 この構図も、この立ち位置も、この現実さえ代わりはしない。 ましてや、私はただの陛下の盾だ。 無機物に説法したところでどうにもならん。 お前も騎士なら押し通れ。 あの時のように、俺の盾を打ち抜き、鎧を貫け」

「もはや、言葉では止められぬか」

「言葉如きでは足らぬ。 我が忠義は既に血肉と共に全て捧げているのだから。 そして、その果てに私は見届けねばならないのだ」 

「みと……どけるだと? 一体、何をだ」

「王がベルカを破壊してまで手に入れたがっている何かを、だ」

「な、に……」

「王はベルカが生んだ負の遺産だ。 プロジェクトフェイクの落とし子で、その存在意義は有事の際の保険的存在。 確かに、かつてそれは当たり前のような技術だったかもしれない。 だが、私は先代の王の最後をこの眼で見たときからずっと疑問に思っていた」

 自らをレリック・ウェポンにしてまでベルカにその身を捧げた先代の王。 彼女の最後を知っているが故に、フーガは吐露せずにはいられない。 いつになく饒舌なのは、その核心にザフィーラが触れたからなのか。

「初めは、純粋なものだったのかもしれぬ。 それを初めて成した王の、身を削ってでもベルカのためにと行ったこと崇高なる願いの起した奇跡だったのかもしれない。 だが、遺伝子改造とプロジェクトフェイクは代を重ねながらそれ以降の王たちに当たり前のように踏襲されてきた。 ”ベルカの安寧という大儀と引き換えに”な。 しかし、考えればわかる。 それは、自然の摂理から逸脱した行為だ。 故に、歪みが生じ蓄積されたのだろう。 その結果が最後の王だ。 王はきっと、その歪みが顕在化した存在なのだ」

「だからお前は彼女を肯定するというのか!? 彼女がしたことの全ても!?」

「彼女を歪ませたのは民と我らだ。 王たちの犠牲を当たり前のように享受しながら、都合よくその威光だけを信じ、歪みから眼を背け続けて安穏と暮らしていた我らベルカの民全体への罰なのだろうよ。 それまでの王はただ我慢なされてきた。 尽くされてきた。 だが、彼女はそうではなかった。 ただ、それだけのことなのだろう。 俺には、それだけで十分だ」

「私は、私には認められぬ。 他にも道はあったはずだ。 あの滅びが必然だったなどとは決して認められん!!」

「普通の者ならばそういう。 だが、だからこそお前の言葉は私には届かんのだ。 歴代の王は自身さえも犠牲にしてきた。 彼女は、生まれたときから保険としての人生を強制的に歩まされ自由を搾取されてきた。 ならば、ベルカに奪われたもの相応のモノをあの方がベルカから奪い去ったとしても私は許容する!! 私はもう嫌なのだ。 ”何も無い”王から僅かばかりの自由さえ奪うのは、もう、絶対に!! 絶対にだ!!」

 何も無いからこそ求め続けている。 求めるモノの形さえ分からずに、未知という名の”何か”を探している。 自身でさえよく分かっていないそれを、どうやって見つけるというのか。 手に入れていても気づけないのでは意味が無い。 それでは答え合わせができないテストのようなものだ。 不毛に過ぎる。

「私一人ぐらいは、最後まで王の味方でなければ帳尻が合わん。 いいや、”俺”一人で帳尻が合うはずもないいことは言われずとも分かっている。 だが、盾の一つぐらいは、供回りぐらいは”付けさせろ”!! でなければ不条理に過ぎる。 私は騎士だ。 ”聖王陛下”に仕える騎士なのだ夜天の守護獣!! ”盾の騎士の代理人”よ。 故にお前では私は止められん。 物理的に止めることはできようとも、この忠義の魂までは止められぬのだ!!」

「……ならば押し通る他あるまい。 お互いに信じるもののために、成すべき事を成すより他は無いのだから」

「それしかないのだ。 この溝は決して埋めることはできない溝なのだから」

 ダンっと、両者が同時に力強く床を蹴る。 瞬く間に互いへの距離を走破するその両足は、互いの理念を粉砕するそのために前へ前へとその身体を疾走させる。 激突の瞬間は、直ぐに来た。

 先手を取ったのは、鎧で動きがやや重いフーガではなくザフィーラだ。 バンカーナックルの魔力杭をそのままに、フルスイングで右拳を叩きつける。 その唸る豪腕を、フーガが左手のトンファーで受け止めた。 利き腕ではない左手が、その重さにビリビリと痺れが奔れるも、今度はフーガが右腕を振りかぶる。 奇しくもその選択はザフィーラと同じフルスイング。 渾身の膂力と魔力を利き腕に込め、迷うことなく振りぬいた。 

「くぅぅぉぉぉ」  

 だが、ザフィーラはそれを読んでいたかのように強引に膝をダッキングさせ、フーガの拳を避ける。 拳圧で頭上の大気が殴りとばされ、ちりちりと白髪が風に靡く。 そこへ、伸び上がるように膝のバネを利かせて反動そのものをフーガの顎先へと叩き込む。

「ッ――」

 しかし、今度はフーガの番だ。 半歩後ろに下がりながらも右拳を振り上げながら兜の鼻先を通り過ぎる腕を紙一重で避けて見せる。 その動きは遅滞無く進み、フーガの拳が弧を描くフックの軌道でザフィーラのこめかみへと突き進む。 だが、その拳を放つと同時にフーガの意識は一瞬飛んだ。 

「がっ……」

「ぐぅっ……」

 アッパーの後の二撃目、ザフィーラの右拳がフーガのそれとほぼ同じタイミングに合わせて振るわれたからだ。 のけぞりあう二人が、一瞬飛んだ意識を頑強なる精神力で繋ぎとめ、すぐさま崩れ落ちようとする体を支える。 打ち負けんと食いしばられた互いの唇はへの字に歪み、歯を食いしばりながら次の一撃を繰り出すため己の闘争心に火をつけた。

 フルスイングの打撃戦。 打って、打たれて、打ち返す。 互いに頑強な防御力を誇るが故に、防御を最小限にして渾身の攻撃を繰り返す。 互いのフィールドを傷つけ合いながら、喰らいあうかのように野蛮にも殴りあう。 スマートにどうこうできる相手ではないと、両者ともに認めているのだ。 故に、真っ向勝負に打って出た。 相手を屈服させうるダメージを入れるには、共に攻撃に傾倒するしかなかったのだ。

 防御重視型の魔導騎士たる二人には、真に一撃必殺の武器が無い。 無いが故に、積み重ねる。 己の肉体が悲鳴を上げようともそれを行う。 そうして、辛抱強さで打ち勝つしか道がない。

「ぜぇ、ぜぇ……」

「はぁ、はぁ……」

 息を荒げながら、苦痛を堪えて拳を交わす。 ほぼ同格の二人だ。 これは潰し合い以外の何ものでもない。 このままでは単純に頑強な方が勝つだろう。 

(まずいな、こうもバンカーを警戒されては安易に使えん)
 
 幾度も使おうと試みるも、フーガは挙動を捕らえてザフィーラに打ち返してくる。 また、回避し難いボディへの攻撃に対する警戒はあからさまである。 使わせない意図が簡単に読み取れた。 いや、それだけではない。 狙われている気さえしていた。 攻撃の際には大なり小なり隙ができる。 フーガはそれを狙って、イージスのカートリッジを温存しているのかもしれなかった。 我慢強く、虎視眈々と冷静に。 そう冷静に分析しながら、しかしそれでもザフィーラは使うことを決めた。

 今回ザフィーラがこの戦いへの参戦を希望したのは、心情的にカグヤ側に肩入れしているからということの他に、微力ながら己の力を役立てたいと思ったからである。 過去の憤怒も在りはするが、連中を野放しにしていていいはずが無いという結論に起因している。 せめて、静かに誰に迷惑を掛けるでもなく暮らしているのであれば目を瞑ることもできただろうが、生憎と”前回の借り”もある。 それに併せてシュナイゼルの盟友たる聖王の存在を、そのままにしておくという選択を彼は選べるはずがなかった。 また、クライドをおびき寄せるために”リンディ・ハラオウン”を誘拐したらしいという話しも気に入らない。 そういう手合いが、彼は純粋に嫌いなのだ。

「っぐぅ……」

 ガツンっと、脳天ごと叩き割ろうとするかのような衝撃を、ザフィーラは血まみれの頭で耐えぬく。 避けた皮膚から流れる血が、左目を伝い床に落ちる。 しかし、食いしばった歯をギリリと砕けんばかりにかみ締めながら、ザフィーラはトンファーごと押しのけるようにして無理矢理前に飛び出した。

「なにっ!? しかし――」

「うぉぉぉぉ!!」

 床板が割れんばかりに踏み込み、右拳をフーガの胸部へと身体ごとぶつかるかのように叩き込む。 瞬間、バンカーナックル内の弾装が回転し、小型圧縮魔力カートリッジが爆裂。 白い魔力杭に爆圧の反動で力を与える。 

「甘いぞ守護獣――」

 不敵な口元の笑みとともに、その攻撃は外される。 ガードに入った左手のイージスが、カートリッジの空薬莢を虚空に飛ばす。 いや、それどころか右手のトンファーからも空薬莢が飛んでいた。 狙い済ましたかのようなカウンター。 瞬間的にブーストされた魔力を得て、フーガがザフィーラの左わき腹に攻撃を叩きつける。 ボキリと、フィールドの護りを超えてあばら骨を数本砕いた感触がフーガの腕に伝わってくる。

「――がふっ。 ぐ、くぅぉぉ。 甘いのは、貴様のほうだぁぁ!!」

 ザフィーラは脂汗を浮かべながらも、強気に笑い返しながら左手で己のあばらを折った右手を掴んでいた。 瞬間、フーガの口元が一転した。 同時に、ザフィーラが右手のバンカーを使用する。 装弾数六発。 その内残りの四発を、纏めて受け止めている左手のイージスに叩き込んでいく。 ガツン、ガツンと杭が鳴く。 完全防御形態である盾状ではないイージスの片割れに。 だが、それを目にしながらフーガは受け止める以上の選択を選べなかった。 右手を掴まれている今安易には逃げれず、かといって左手をガードから外せば真っ直ぐに己の身体へとバンカーナックルを叩きつけられることは明白だったからである。 それでは、負ける。 前回のアルトセイムでの戦いのように。 あの、夜の川原のように。

 せめてその身がリビングデッドでさえなければ、左腕を失ったとしてもフーガは戦えただろう。 しかし、一撃でも紅鎧のフィールドを突破されて生身に攻撃を喰らってしまえばその身はすぐに無へと帰す。 そして、すぐにその時は訪れた。

「てぇおぁぁぁ!!」

 咆哮にも似た狼のウォークライ。 フーガの前で、血まみれの男がトンファーを叩き折った勢いのまま右拳を胸部に叩きつける。 同時に、敵を貫くための白き牙が、彼の身体に風穴を開けた。

「がふっ……見事……だ――」

 血まみれの男に賛辞を送りながら、フーガの意識が闇に落ちる。 その身体は、すぐに魔力の霧となって霧散した。 それを見届けながらザフィーラは無言で右腕のバンカーナックルの弾装を入れ替え、左の腹を抑えながら気丈にも歩を進めた。

 やがて、それから十分もしない間に全ての戦闘は終った。 揺り篭のコピー艦は、未知の領域へと漕ぎ出す前にその歩みを止めたのだ。

















 己が身体が動かせない、などという事象は真っ当に生まれた健常者にとって、老後までは無縁のはずの状態のはずである。 それが年齢設定を弄くれる”リビングデッド”としての身体なら尚更だ。 不可解がここに極まる。 ルール破りと呼ばれた彼をしてそうなのだから、なるほど確かにそれは理解できない事実として脳髄に刻まれた。

 この状況は彼にとって不本意であり、どうしようもないイレギュラー。 ただゴロリと寝たまま、生かされて無益な時間を歩まされている。 なんという浪費。 なんという贅沢。 もはや時間は増えない。 待ってはくれない。 止まってはくれない。 だというのに、その様なのだ。 その無駄をかみ締めさせられている彼にとっては、自嘲の一つも浮かべたくなるというものであった。

 クライド・エイヤルの偽者。 タント・レグザスは自分が少し軽率過ぎたことを悔やむ。 だが、計画を改めるという考えを放棄することなく、寧ろ確信さえ抱けたことに満足するという奇妙な心境にあった。

(やはり、彼を使わない手はない。 ”一人”より”二人”だ。 あのクライド・ハーヴェイという男は、やはり”シリウス・ナイトスカイ”と同レベルの価値を持っていることを僕に”証明してくれた”のだから)

 今のこの不自然な状態こそがその証明。 リビングデッドを物理的に処分する方法は今のどの管理世界にもあるが、その消失を防ぐ術はどこにもない。 あるとすれば、それこそ”アルハザード”だけだろう。 あの”でたらめ世界”ならばそれも許される。 ”クライド”という存在が二人居る不自然も、この状況もそれを”理由”とするならば不自然さはなくなる。 もともとそのつもりで動いていた。  そこへ今回の動きだ。 クライド・ハーヴェイはシリウスと同じく”枷”がない。 自由に動き回ることが許されている”アルハザード側の駒”である。 重要なのはその一点。 その事実だけで、組み込む価値は十分にあった。

 思考は武器だ。 身体が動かないからなんだというのか。 ただ、何も出来ないだけで、推察し観察し取捨選択の材料を生み出せる。 無駄にはしても無価値にはしない。 それこそが弱者の最強の武器。 弱さを認め強者を降す、ヒトという貧弱な知的生命体が持ちえた唯一無二の最終奥義。

 ナマクラな刀が武器でも、木石しか回りに無くても、ヒトは知恵でもってその苦境を脱することがある。 ならば、ただ貧弱だというだけで勝敗を語ることはできない。 勝ち目がまったく無いというレベルの話を、勝率1%の可能性にすり替えられるかもしれないそれこそ、人という種が生態系のピラミッドの中で限りなく頂点に立っていられる理由なのだろう。

 それは真に恐るべき特質<レアスキル>であり、知的生命体の持つ先天固有技能なのだ。 故に、彼は思考する。 思考を止めない。 考えられる可能性を模索しながら、妙手を探る。 シナリオに合わせるために。 全てを予定調和へと摩り替えるために。

(シナリオは陳腐で、それでいて一抹のもどかしさと緊張感があればあるほど良い。 聴衆たるあの男や、あの連中がエキストラとして舞台に上がりこまない状況を演出するには、だ。 そう、だから”彼女と彼の関係”は丁度良かったんだ。 それに彼女の義務感と、超人的な武力も主演女優としては最高だった。 サポート要因たる蝙蝠男は、時間稼ぎの任を”全うしてくれた”し、これ以上を望む必要は無い。 問題はイレギュラーなこの力だけど、この状況を楽しめない奴は居るはずだしレイスに予定を最悪の場合に備えて伝えてあった。 ここまで来ると、問題は時間だけ。 時間切れを除けばルートは二つに絞り込まれている。 君たちはどれを選ぶ。 シュナイゼルはどちらでも構わない。 さぁ、後は好きな方を選んでくれシリウス)

 まだ彼の手の内の中に管理世界の運命がある。 ダイスの目は十の指で足りる程度。 その中で彼女に魔導王が与えたのは二種類の目だけ。 そう、たった二つだけなのだ。 それ以外が彼女には用意できない。 彼女の存在こそが彼の完全勝利への扉を開く勝利の鍵であり、魔導王を”トゥルーエンド”へと導くマスターキー。 クライドなど偶々紛れ込んできたスペアキー<予備>に過ぎず、もう既にサイは投げられている。 遠い昔に、あの忌まわしき次元災害の日に。

「……」

 ふと、彼の思考が止んだ。 結局のところ、飽きるほど考えてみた彼はシュナイゼルのシナリオを破綻させる要素を見出すことができ無かったからだ。 そもそもにおいて、シリウスに押し付けた二者択一の答えさえノーマルエンド達成後のアフターストーリーに過ぎない。 そう、これはもう”終った”演目なのだ。 ただのオマケなのである。 例えるならアイスを食べるという目的を達成した後に、当たり棒かどうかを判別する作業に他ならない。 だから、彼は動じない。 彼はこの状況でも焦らない。 彼は勝利者。 敗北とは無縁の存在。 故に、彼はもう誰には負けない。

 だが、そう思っていても憂いが無いわけではなかった。 恐怖が無いわけではない。 不安を感じないわけがないのだ。 ただ、それでも彼はもう魔導王のシナリオに全てを投げ打っている。 後戻りはできない。 する気も無い。 だから、彼の思案はきっと負けないための理論武装をしているに過ぎないのだ。 

(僕はもう、やるべきことはやった。 さぁ、二つのルートの内どちらを選ぶ”シリウス”)

 身動き一つできぬ者は、そうして黙々と無意味な時を刻んだ。 次の出番を待ちながら。





 









 次元世界有数の超巨大施設といえば、間違いなく時空管理局本局を外すことはできない。 次元の海を渡る艦船をいくつも整備し、運用している最大級の人造施設。 その巨大さは、一つの衛星にも匹敵するほどである。 広い管理世界の犯罪抑止力の要であるそれは、一度外から見れば忘れられない程の威容を持っている。 内部に航行艦用のドッグと、局員たちの職場に居住スペースが存在し、その中心には巨大なデータベースたる無限書庫が存在する。 正に、管理世界の力を象徴したかのような現像物といえる。 と、そんな施設の転移装置<トランスポーター>の一機がミッドチルダから帰還してきたディーゼルを迎えた。

「さて、報告も急ぎたいがまずは荷物からだな」

 コインロッカーに預けていた荷物を回収し、ディーゼルは数日ぶりに本局へと帰還した。 その足は少し急ぎ気味である。 そのまま上司の元へ直行しても良かったが、それでもきちんと自室で身嗜みを整える当たりが彼の人柄を現していた。

 その間、彼は平行して頭の中で報告の内容をまとめながら、ふと卓上に置いてあるフォトスタンドに眼をやった。 そこには、”息子”と”妻”と取った写真が填まっている。 自然とディーゼルはフッと笑みを零した。

「本当、ヴォルク提督の気持ちが今なら分かる気がするな」

 家族写真を持ち歩きたくなる心境というのが、今では切実に理解できるようになってしまった。 数年前には理解できなかったが、なんとなくこそばゆい気がしてくる。 ついつい緩んだ頬がその証拠だった。

(父さんはがんばってるぞクロノ)

 ミッド地上の家にいる息子に心の中で語り掛けながら、青の制服に袖を通す。 すると、不思議と元気が沸いてくるような気がして苦笑した。 今回の事件は、それこそ不可解さで言えば彼が担当してきた事件の中でもダントツだ。 正直な話し、さしものディーゼルだとて頭が変になりそうなことだってあった。 だが、それでもなんとか最悪の事態には及ばずに済んでいる。 リンディ・ハラオウンはその身柄を無事に保護出来、クライド・ハーヴェイもこちら側に引っ張りだすことが出来た。 それだけでも十分な意味があり価値があった。 少なくとも、彼にとってはそうだった。

 管理局の提督といえど、できることは限られている。 全てが全て綺麗に丸く収めることはできないとしても、できることはしておきたい。 その中で想定されていた最悪を回避できたのだから、彼の安堵も当然のことだった。

「おっと、まだまだこれからだ。 気を抜くには早すぎる、気を引き締めてかからないと」

 呟きながら、部屋を出る。 着替え慣れた青の提督服が、嫌に体に馴染む。 やはり、スーツよりもこちらの方が性に合う。 そんな気がするのだ。 やがて、数分後には上司の執務室にたどり着いた。 その頃になると、緩んでいた頬は引き締められて提督としての相貌が浮かんでいた。 

「失礼します」

「おお、戻ったかディーゼル君。 本当によくやってくれた。 リンディ提督の件といい、彼の件といい君には無茶をさせたな」

「いえ、それが僕の仕事ですから」

「うむ。 頼もしい限りだ。 ロッテは当分、リンディ提督が戻ってくるまで彼女の傍に居させるつもりだ。 その分、君にはこちらで腕を振るってもらいたい」

「それは構いませんが……一応、僕はあいつの担当なのでそちらを先にどうにかしておきたいんですが」

「ああ、クライド……ハーヴェイだったか。 本当は、彼のことは私が直接やりたいが、余り干渉すると余計な詮索をかけられないとも限らない。 地上もそのことで、私に嫌味を言ってきたからな。 相変わらず、あの男は変わらん。 アレならレジアス少将の方がまだ頼りになる。 おっと、すまない。 愚痴だったな」

 グレアムにしては珍しい姿だった。 ディーゼルとしても余り見ない顔だったので、少しそれには驚きを隠せない。

「いえ、それにしても珍しいですね。 提督がここで愚痴を零すなんて」

「ははっ、私だって愚痴を零したい時はあるよディーゼル君。 だが、上の者の愚痴はみっともない。 部下の前では尚更だ。 少し気をつけるとしよう」

「提督が愚痴を零せるのはリーゼたちの前と、ラーメン屋の中でだけだと思ってましたよ」

「ははっ、確かにな。 さて、報告を聞こうか」

「リーゼロッテからはどれだけ聞いてます?」

「ほとんど全てだと思う。 魔力リンクでの、使い魔とのラインでの念話は盗聴されないから、出来る限りは意見を交換してある。 だが、君の口から直に聞いておきたいと思っている」

「分かりました。 では、触れ合い回線で」

「うむ」

 盗聴の危険性、スパイの危険性を考えればこの部屋が監視されているかもしれないことは明白だ。 ディーゼルは己のデバイスS2Uを展開し、グレアムはその杖に触れる。

『面倒なことだな。 これでは、満足に指示も出せない』

『そうですね。 敵は驚異的な情報収集能力を持っています。 僕たちの予想を遥かに超えるほどに』

『情報戦で負けているというのは本当に厳しいな。 しかも、こちらのことは筒抜けで、相手のことはさっぱり分からないと来ている。 腹立たしい限りだ』

 そして、密談が始まる。 リーゼロッテからの報告もある。 ディーゼルが話している間、グレアムはほとんど質問せずに頷くだけだった。

『――そうか。 ロッテの報告とほとんど変わらない内容で安心したよ。 さすがに、あの娘に成りすませて使い魔とのラインで情報戦を仕掛けられることはなさそうだ。 それと、提案の件は任せたまえ。 ヴォルク提督はもとより、三提督も確実に動かして見せる』

『よろしくお願いします。 僕ではさすがに難しいですから、提督の力が必要です』

『ああ、何とかしよう。 それと超魔力とやらの件だがプレシア・テスタロッサ博士の魔力炉ヒュードラの事件、確かに存在していたようだ。 だが、提出された報告書が改竄されていたことが判明した』

『改竄……ですか』

『ああ。 明らかに人為的な処置だ。 当時事件を担当し、報告書を上げた人間に尋ねてみたから分かったことなのだが、個人的に彼が取ってあったという報告書のバックアップデータと本局に上げられてきた報告書に”食い違い”があるのが発見されている。 何者かの暗躍は確実だろうな』

『当時の関係者の行方は?』

『今調べさせている。 これは秘密裏に調べるのは無理だから部下たちを堂々と動かしているが、数日のうちに分かるだろう。 それと、プレシア・テスタロッサ博士は最近誘拐されていたことも分かっている。 彼女は娘さんのせいで有名だ。 一番にコンタクトが取れて確認できている。 ヴァルハラでミッドガルズが動いて救出したそうだが、恐らく連中の仲間が動いたのだろう。 犯人はリビングデッドだったそうだ』

『そう、ですか』

『リビングデッドといえば、クライド君が捕まえているそうだが、どうやってそれを成しているかは聞いているかね?』

『聞いても答えてはくれませんでした。 ですが、彼と一定の距離を離れるとダメらしいです。 後は、それをしている間は魔法が使用できなくなるとか……』

『そうか。 彼のそれが発明なのか”レアスキル”によるものなのかは分からないが、リビングデッドを捕獲できるという事実は連中に対して強力な武器になる。 もっと協力してもらいたいが……できそうかね?』

『リンディ提督が居れば可能かと。 ですが、それなら提督本人が出向かれ方がより確実かも知れませんよ』

 瞬間、言われたグレアムの顔に驚きが広がっていた。 彼は、自分にそこまでの影響力があるとは思っていなかったからである。

『”私”が……かね』

『ええ、リーゼロッテと彼が会ったとき、とても安心したような顔をしていました。 リーゼ姉妹と、提督。 貴方は彼にとって間違いなくまだ”身内”なんだと思います。 そんなに驚くことではないと思いますよ。 それに、犯罪者に向かって家族や友人、近しい者から説得してみるのはある意味セオリーでしょう』

『確かにそれはそうだが……そう、なのか。 私が、まだあの子の……』

 四年前は、間に合わずに終った。 そして、結局最後まで父親らしいことがしてやれなかった。 そして、還ってきたクライド・エイヤルにはせめてもという思いでいたが、ここに来て二度と会うことはないかもしれないと思っていた二人目が見つかり、遂にその身柄が押さえられている。

 色々と思うところはあるものの、彼自身もう一度会いたいという欲求がある。 そして、確かにロッテからいつか会いに戻ってくるつもりらしいという話を聞いていた。 そのときまで、自分が会うことはないだろうとグレアムは思っていたのだが、確かに自分から会いに行くという選択肢もあるのだということに今更ながら気がついた。 ギル・グレアムは、クライド・ハーヴェイと名乗っている二人目と向き合わなければならない。 かつて見守っていた者として、確かにその権利が彼にはあるはずだった。

『ディーゼル君。 あの子は、私に会ってくれると思うかね』

『拒否する理由が見当たらないかと』

『そうか……そう……だな』

 感慨深げに呟きながら、グレアムは瞳を閉じる。 今、上司が何を考えているかなんてディーゼルには分からない。 ただ、義理だとしても父親が息子に会いたいと思う気持ちは分かるような気がしていた。 沈黙をかみ締めながら、上司の顔を盗み見る。 迷いが無いというわけではないのかもしれない。 だが、どこか超人的だった上司の顔に、確かに歴戦の魔導師以外の顔が見え隠れしている。 だからこそ、ディーゼルはその肩を押した。

『その、僕が言うのもなんですけど、父親が息子に会いに行くことを禁じる法律は管理世界には無かったと思いますよ。 ですので、誰に何を言われようと提督の思う通りにすればよいかと』

『ははっ。 いや確かに君の言うとおりだな。 やれやれ、この歳になって若い部下に”父親としての特権”を聞かされるとは思わなかったよ。 ディーゼル君、君は私より良い父親をやっているのだな』

『どうでしょうか。 管理局員の、それも海で航行艦に乗っているような父親です。 家に帰る度に、息子に忘れられてないか心配してるぐらいなんですよ』

『私の経験からいうと、どうやらそういうことはないらしい。 息子に誇れないようなことをしたら嫌われてしまうかもしれないがね。 この私がセーフらしいから、君ならそんな心配は無用だな』

『提督のお墨付きなら安心ですね』

「ああ、安心だ。 くくっ―」

「ははっ――」

 二人して、我慢できずに笑った。 しばらく、執務室に二人の笑い声が響く。 少しばかり不謹慎だったかもしれないそれが、しかし二人には止めようが無いほどに痛快だったのだ。

「ディーゼル君」

「なんでしょうか」

「ありがとう」

 笑い終わった後、グレアムはディーゼルに礼を言った。 それは、間違いなく上司としてではなく、同じ父親としての礼だった。 

「いえ、提督にはいつもお世話になっていますからこれぐらいの助言は大したことありませんよ」

「そうかね。 そう言ってくれると助かるよ。 しかし、アレだ。 私はそんな君にこれから無理難題を言わなければならない。 許してくれ」

「……と言いますと?」

「なに、もうそろそろ来る。 きっと、君ならば言わずとも分かってくれるだろう」

「は? それは一体――」

 ディーゼルは首を傾げながらデバイスを仕舞った。 待機状態になったそれをポケットに仕舞った頃、何故か背中からゾクリとしたモノを感じた。 予感がした。 直感があった。 それこそ経験則に基づく危機回避の本能が、さっきからディーゼルを見るグレアムの申し訳なさそうな、それでいて爽やかな笑顔を見れば察せざるおえなかった。 今からきっと自分は、とんでもない目に合うだろう、と。

「提督、切実なお願いがあります」

「なんだね」

「今すぐにこの部屋から退出して構いませんか? 無理難題とやらの理不尽さに合点が行きました。 大至急戦略的撤退の許可を願います」

「却下する。 これは上司命令だよディーゼル君。 甘んじて受けたまえ」

「提督ぅぅ!!」

 いつの間にか、英国紳士はいつもの余裕な笑みを浮かべて笑っていた。 と、そのときである。 台風が部屋へとやって来た。 ノックもそこそこに、さも当然の如くドアを潜りながら。

「やぁ、”ディーゼル君”。 会いたかったよ。 それはもう切実に、ね。 ふふ、ふふふふ」

「お、お久しぶりですヴォルク提督。 その、高血圧で倒れたという話しを聞いてましたが、お元気そうで何よりです」  

 乾いた笑みを浮かべながらジリジリと後退しているディーゼルの歩みよりも早く、ヴォルクは詰めより近寄っていく。 

(や、やっぱりヴォルク提督だったか。 妙に覚えがある馬鹿魔力が高速でこちらに接近していると思ったらよりにもよって……)

「さぁ、聞かせてくれ。 リンディからも直接通信が来て聞いているが、君からも聞きたいのだ。 あの子は本当に無事なのかね? というか傷一つついていなかっただろうね? あの娘は強い子だから、私を心配させまいと気を使って黙っている可能性があるのだよ。 君は信頼に足る男だ。 よって、真実を私の元に晒してくれると信じているよ。 さぁ、さぁ、さぁ、教えてくれないかねディーゼル君!! たかだか高血圧如きで倒れて地上に降りれず、復帰したら復帰したらで何も行方を掴めずにいたこの無能なる私に!!」

「お、落ち着いてくださいヴォルク提督。 大丈夫、大丈夫ですから。 心配するほどの大事にはなってませんから安心してくだ――」

「本当かね!? 本当だろうね!? 嗚呼、私は心配なのじゃよ。 リンディはこの私から見ても相当に美しくなった。 それはもう、最近のアイドルにも負けないほどに、だ。 というか、ひょっこり隣で歌って踊っていたとしても遜色ないだろうと自負している。 いや、むしろ圧倒的大差で勝ってしまうほどだ。 いいかね、その事実は揺るがせない事実であり、森羅万象の究極的回答なのだよ。 私は、その事実を正確に認識しているが故に心配だ。 とてもとても心配なのだよ。 そもそも男というのはすべからくあの娘を狙う悪しき生物であり悪魔の化身で――」

 ガクンガクンと肩を揺さぶられながら、ディーゼルはリンディの自慢話と男の醜悪さについて織り交ぜた講義を強制的に受講させられた。 いつものことと言えばいつものことであったが、今回は歴代の講義よりも更に強烈だ。 彼女が誘拐されて帰って来たのでこのテンパり具合も当然といえば当然なのかもしれなかったが、いつにも増してパワフルである。 心なしか、魔力で身体能力が底上げされまくっているという事実を忘却したくなるほどに。

『がんばれ、ディーゼル君。 私は君の無事を祈っているよ。 若い頃から屈強な魔導師として鍛え上げられてきた君なら、この試練耐え抜けるはずだ。 私は、君の若さと無限の可能性を信じている』

『グレ……アム提督。 また、謀り……ました……ね……』

『予想はしていたんだがね。 まさか、ここまでとは。 いやはや、さすがはヴォルク提督。 この分だと今日一日ずっと君に講義するだろう。 とはいえ、彼のガス抜きができる手近な人材<人柱>は君しか居ない。 私に言われてもその、なんだ。 困るからな。 とはいえ彼の協力は必要だ。 すまないディーゼル君。 私は仕事を円滑に進めるために心を鬼にして君の勇姿を見届けることにするよ』

『洒落に、なりませんよ……』

『なに、大丈夫だよ。 さすがにもう昔のように君に魔法言語で講義することはないだろうからな。 いつもの数倍の密度になるかもしれんが、まぁ、君なら耐えられる下地は既に作られているから大丈夫なはずだよ。 この苦境、笑って脱したまえ。 有事の際こそ、冷静さが最大の友なのだから』

『そういう問題では……ないですよこれは……』

 既に、ディーゼルはリンディの婚約者候補でもないし別の女性と結婚までしている。 にも拘らず、ヴォルクのディーゼルに対しての仕打ちは変わらない。 そして、それが分かっていながらディーゼルで遊ぶことを忘れない上司。 二人ともに尊敬している部分こそあれど、その尊敬の念を根こそぎぶち壊すこの催しだけはディーゼルはいつまで経っても慣れそうになかった。 というか、正直慣れたくなどない。 ぶっちゃけ、止めて欲しかった。 こんなコミュニケーション、いい加減卒業したい。 これならまだ極悪な犯罪者やクライドの相手をしたほうがまだ精神的に楽なのだ。

(あ、そうだ。 彼がリンディさんともしくっついたらこの矛先はこれから全てあいつに向かうのかな。 うん、そうだ。 そうだったらいいな。 そうなってくれないと困る……な)

「――で、あるからしてリンディはもはや美の神の転生した……ん? どうしたディーゼル君。 死んだ魚のような目をして」

「少し前に帰って来たばかりですからな。 疲れが溜まっているのでしょう」

「おお、そうか。 地上での戦いはかなりの激戦だったと聞いておるしな。 うむ。 しかし、まだまだじゃな。 私やグレアム提督が若い頃はそれはもう毎日のように戦場をかけづりまわって……」

「まぁまぁヴォルク提督。 武勇伝はいつものラーメン屋でするとして、一つ相談が」

「ふむ? 私に出来ることかねそれは」

「はい。 実は、リンディ提督も無事に見つかったことですし久しぶりにあの面子で一緒に”ゲートボール”に行きたいと思いまして。 どうです? リンディ提督の奪還祝いもかねて一つ」

「ほう!? ”君”がゲートボールじゃと!?」

 瞬間、ヴォルクは居住まいを正して驚いてみせる。

「それは”急ぎ”でかね」

「大至急、が希望ではあります。 どうです? ちょっと連絡してみませんか? いつも渋っている私が参加すると言えば、あのお三方も驚いて”歓迎してくれる”と思うのですが」

(き、聞き間違いか? 何故この局面でゲートボールなんだ……ヴォルク提督のご機嫌伺いなのか? というか、提督が得意なのはゴルフだったはずだけど……)

 開放されたディーゼルはよろめきながら近場のソファーへと撤退。 その過程で聞き間違いかとばかりに上司を見る。 だが、上司はニコヤカな顔でヴォルクと予定を詰めていくだけであった。 このとき、ディーゼルはまだ知らなかった。 ”三提督”がどこかの世界から流れてきたゲートボールという遊戯に凝っているということを。
















 五日目の朝が来た。 リンディ・ハラオウンは宛がわれた教会の一室で目を覚まし、着替えと食事を済ませていつもの時刻を待っている。 同室を与えられているリーゼロッテは、一応本局の仕事もあるので空間モニターを展開して事務書類などを行っている。 リンディも軽く暇つぶしとして手伝ってはいるが、同時にディーゼルが本局に行っている間のクライドの監視の任を引き継いでいた。

 クライドたちの独房は二十四時間監視されている。 昨日の面会までなら特に何も異常は無かったが、今は違う。 そのことが少し彼女を不機嫌にさせていた。

「本当にグラシアさんは一体何を考えているのかしら」

「んー、向こうには向こうの思惑があるってことだよ。 気にしない気にしない」

 呟きを拾ってロッテが言う。 特に関心が無いという意味では剛毅だが、その無関心さは今のリンディに見習えるものではなかった。 なぜなら、女の子二人と鉄格子越しにトランプに興じているクライドの姿があるからである。 自分が気を使って面会の時間を出来る限り短くしているというのに、彼女の眼前でそういうことをされてはさすがに機嫌も悪くなる。

「あの人、クライドさんは本当に今の自分の立場を理解しているのかしら」

「分かってるとは思うけどねー。 ただ、娯楽なんてあの中には何もないし退屈なんでしょ」

「普通、こういうところでああいうことしますか?」

「クライド君だし。 それに、ここ教会だからねぇ。 向こうが止めないんだからアタシらがどうこう言う話でもないじゃん」

「だから尚更性質が悪いんじゃないですか!」

 何処の世界に、鉄格子如しに椅子を用意して女性二人とトランプをしながら時間を潰す囚人がいるというのか。 あの椅子を用意したのがグラシアという事実が如何ともしがたい。 しかも、片方の女性は守護騎士に似ている。 というか、成長した本人そのままにしか見えない。 これは問題だとリンディは思うのだ。

「混ざりたければ、素直に混ざればいいじゃんか。 確かに仲は良さそうだけど、そんなに目くじらを立てて心配すること程でもないと思うけどなぁ。 ああ、そっか。 仲が良さそうなのが心配なんだね」

「べ、別に私は……」

「ふーん」

 意味ありげな視線をリンディに向けるロッテである。 その眼がキラリと光っているのに気づきながらも、リンディは反論を試みる。

「だ、だいたいですよ、一人は守護騎士の人にそっくりじゃないですか。 この時点で普通なら大問題ですよ」

 守護騎士の復活は同時に闇の書の復活を意味するのである。 管理局員として放っておけるはずがない。 

「それなら問題はないと思うよ。 クライド君が無害化したらしいからさ」

「ふぇぇっ!? き、聞いてませんよそんな大事なこと!?」

「あれ、言ってなかったっけ? まぁ、ディーゼル君がクライド君から聞いたっていうだけで証拠なんかないんだけど……実際にまだ局にそれらしい被害届け出てないからねぇ。 とりあえず、アタシとしては信じて上げようかなぁってところかな」

「で、でももし何かあったら……」

「そのときはクライド君を締め上げればいいだけじゃんか。 問題ないない」

 さらりと流し、リーゼロッテは再びモニターに眼をやる。 事務仕事の処理である。 リンディの護衛をしながら通常の事務処理をしなければならない。 また、彼女自身はグレアムの使い魔として彼の仕事の補佐もある。 グレアムは元々仕事が速いが、それでもリーゼアリアが抜けたことで仕事量は増えている。 出来るときに一枚でも多く処理しておかなければ、後々大変なことになる。 リンディをクライドにけしかけてニヤニヤと楽しむ余裕は余りない。 とはいえ、彼女自身は興味津々であるためそれでも楽しむことは忘れないつもりではあったが。

「そうそう、そろそろ時間だと思うけど今日はいかなくていいのかな」

「あ、もうそんな時間ですか」

「もう開き直ってあの二人みたいに椅子持参して粘ればいいと思うよ。 どうせ騎士グラシアなら君がお願いすれば許可してくれると思うしね。 あ、そうだ。 どうせなら同じ牢獄で一緒に寝泊りしてみたら?」

「……そ、そんな不謹慎なことできるわけないじゃないですか」

「おやおやおや~、今ちょっと迷った?」

「うぅ、苛めないでください」

「素直が一番だよ。 でないと、あの子をあそこの二人に取られちゃうよリンディ提督」

「も、もう。 行きますよロッテさん!!」

「にゃははははは」

 データを保存し、一端作業を中断すると恨めしげな目をしているリンディの背を押すようにしながらロッテは姿をミラージュハイドで姿を消した。

 もう一度リンディ・ハラオウンを狙ってくるならば無防備を演出し誘い出せるかもしれない。 それが、”グレアム”がロッテをここに居させる理由だ。 もっとも、さすがに二度目だ。 その可能性は低いとも思ってはいたものの念には念を入れていた。 リンディには量産型とはいえ杖型のデバイスを渡してあるし、そもそもここは聖王教会の敷地内。 騎士が普通に仕事をしている。 この状況下で安易に攻めてくる奴は本物か馬鹿だけである。 杞憂だと思いたいロッテであったが、用心するに越したことは無いため教会に待機していた。

「まったく、もう……」

 見えないロッテに悪態を吐きながらドアを開けて通路に出ようとして、リンディはふと足を止めた。 丁度、ノックする姿勢で立つ男がいたからである。

「やぁ、ハラオウン提督久しぶりだねぇ。 間に合って良かったよ」

「貴方は……ゴルド監査官?」

 ゴルド・クラウン。 彼はリンディも知っている金髪の男だった。 丹精な顔つきに見事な金髪。 そして、特徴的なその微笑は余り接点がないリンディも何故か良く”覚えていた”。 

「どうしてここに」

「上からの命令って奴さ。 クライド・エイヤル二人の頭の中を覗いて来いって言う簡単な……ね。 今来たところなんだけど、先に君の安否を確認しておこうと思ってさ。 心配していたんだよこれでもね」

「そう、なんですか。 ありがとうございます。 でも私は大丈夫ですよ」

「嘘はいけないな。 確かに五体満足らしいけれど、アレの影響で魔力値が7%程落ちたらしいじゃないか。 君の元々の魔力値からすれば大した数値ではないから気にならないのかもしれないけど、体はもっと大事にしたほうがいい」

「随分と詳しいんですね」

「君のことならなんでも知ってる。 と、自信満々に言える関係なら良かったんだけど、残念なことに仕事方面に必要なことだけ詳しいだけさ」

 肩を竦めて苦笑するその男。 不快感は特に無く、その顔には友好的なその笑みがあるだけだ。

「それを聞いて安心ですね。 プライベートなことまで知られていると恥ずかしいですから」

「調べて欲しいならいつでも言ってくれていいよ。 君なら大歓迎だ」

「ふふっ、考えておきます」

 リンディはやんわりとその誘いをかわすと、今度こそ通路へと出る。

「これから彼に会いに行くんだろう? 良かったら、私もご一緒させてくれないかな」

「いいですよ。 どうせ教会の方には許可は取っているんでしょうし」

「勿論だよ。 それじゃあ行こうか」

 監査官は、そうしてリンディと一緒に歩いていった。 首を傾げるリーゼロッテに気づかぬままで。 









「お? ヴィータそっちでいいのか」

「く、こいつ……」

「あ、そっちもいいな。 ジョーカーがお前を呼んでいるぞ」

 鉄格子から伸びる右手と左手。 その手の中に一枚ずつ納まっているカードこそ、勝敗を分かつ運命のカード。 クライドのそれに手を伸ばすたびに、ヴィータはクライドの囁きに惑わされる。 

「ふははは、俺の顔色からババを探そうなど百年早いのだ」

「くそ、こういう時だけどうしてそんな的確に避けるんだよてめぇ!!」

「……二人とも楽しそうだな」

 ババ抜きの最中である。 一足先に抜けたリインは粘りに粘る二人の様子を眺めながら呆れ顔であった。 既に一騎打ちに突入して三分は立つ。 その間、クライドは仕切りにヴィータの選択を惑わせるような言葉を挟んで上がるのを妨害していた。 実に姑息な男である。

「ベルカの騎士は一対一ならそう簡単に負けないらしいが、俺だってカードなら早々には負けんぞ。 魔導師ランクなど、俺の悪運で超越してくれる」 

「げっ、またかよ!?」

 いい加減終らせたいと願いながら、負けないようにヴィータがカードをシャッフルする。 どうみてもムキになったお子様の構図であった。 外見は普通の少女だったが、長い間固定されていた肉体年齢が精神に及ぼしている被害は甚大のようである。

「俺と戦う不幸を呪え!! これで終わりだぁぁ!!」

 そして、むやみにテンションを上げながら力強くヴィータのカードを奪おうとするクライドであった。 所詮確立は二分の一である。 ならば、二回に一回の確立で上がれるはずなのだ。 悩むことなく右手でカードを引ったくり……大袈裟に眉を顰める。

「馬鹿な、またジョーカーだと!? 七回連続で外すとは……やべぇ、局所的にこの場所の確率が狂ってやがる」

 確率は二分の一。 所謂五十パーセント。 二枚に一枚。 なのに、どうしても上がれない。 この場の確率が狂っているとしかクライドには思えなかった。

「「この勝負、まだまだ終らないな!!」」

「いや、終わりだ」

 盛り上がる二人を他所に、リインは言う。 そうして足音がしてくる方を振り返った。 その視線の先には、やってくる局員が二人いた。

「ある意味、前代未聞の光景だね」

「私も驚いてはいたんですけどね」

 ゴルドとリンディである。 

「よう、お勤めご苦労さん」

「……それで、貴方は何をしてるんですかクライドさん」

「見ての通りさ。 二分の一の確立に全てを委ねているところだな。 何、そろそろ決着がつくところだ。 ふむ……終ったら混ざるか?」

「混ざりません」

 きっぱりと断ると、リンディはクライドに視線で不機嫌だと訴えかける。 それを見て取ったクライドは、カードを地面に置き休戦に入る。

「勝負はおあづけだな」

「ちっ」

 さっさと終らせろとばかりに舌打ちしながらヴィータが顎をしゃくる。 クライドは頷き、やってきた三人に眼を向けた。 とはいっても、ロッテにはいつものように気づかない振りをしている。 彼女の仕事の邪魔をする気がクライドには無いからだ。

「しっかし、ここに来て”ニューフェイス”の登場か。 ”見ない顔”だな……リンディの部下か?」

「彼は監査部の方ですよ。 今日はクライドさんと偽者さんに用があるみたいです」

「ふーん。 ディーゼルは?」

「まだ本局から戻ってきてませんよ。 昨日の今日ですし、他にも止まっていた仕事とかもあるはずですから」

「そう……か」

 クライドは頷き、そうして微笑を浮かべているゴルドに視線を移す。 瞬間、黒瞳と黄金の瞳が交差した。 

「君のことは色々と聞いているよ。 この場合、自己紹介は私だけで十分なのだろうね」

「そりゃあ手間が省けて助ける。 それで、あんたの名前は?」

「ゴルド・クラウン。 本局で監査官をやっている男さ。 どうぞよろしくクライド・エイヤル」

 フランクに伸ばされてきたその右手を、しかしクライドは”握らない”。 右手を見下ろしたまま、下げた視線をすぐにゴルドに向けた。 リンディはそのクライドの顔を見て若干驚いた。 先ほどまでカード遊びをしていた眼ではなくなっていいたからだ。 その眼を、彼女は知っている。 よく、覚えている。

「おや、握手は苦手なのかな」

「良く知らない男とする趣味はないことは確かだぜ」

「それは残念だ」

「冗談だよ。 アンタは”監査官”なんだろう? だったら、アンタに触ったら記憶を覗かれるのかなと思ってな」

 そのままクライドは視線を外すと、鉄格子から離れてベッド座った。 ゴルドは気にもせずにその様を見届けながら笑う。

「ははっ、鋭いね。 でもまだ魔法を使っていないんだけどね」

「そうかな。 魔方陣が浮かばない魔法だって世の中には在るし、もしかしたら対峙するだけで相手の考えが分かるレアスキル持ちの可能性もある。 まぁ、その場合はもうアウトかもしれないわけだが――」

「クライド……さん?」

 リンディはクライドの察しの良さに息を呑む。 確かに、監査官はその手の禁制の魔法や技術を持っている者が多い。 口で聞くよりも確実に情報を得られる手段であるからだ。 しかし、むやみやたらに使ってよい魔法ではない。

 誰だって記憶を他人に覗かれるのは嫌なはずであり、監査官というだけで警戒する人間は多い。 クライドの反応も当然かもしれなかった。 だが、リンディには反応が過敏過ぎるような気がしてならない。

「というわけで、俺はあんたには近寄らない。 悪く思わないでくれよ」

「いや、いいよ。 君の警戒は当然だ。 誰だって記憶を覗かれるのは嫌なものだ。 それに、君はこちらに協力的だと聞いている。 だったら、無理矢理は良くない。 分かっている。 分かっているよ”クライド・エイヤル”」

「そうか、だったら安心だな」

「だがしかし、だ。 これは上の決定なんだ。 だから、我慢して欲しいな。 私としても嫌がる人を無理矢理……なんてことはしたくない。 できれば穏便に済ませたい。 協力してもらえないかな」

「嫌だ」

「ほう、では自主的に協力するつもりはないと?」

「そういうことになるな。 大体、俺はディーゼルだから協力しているんだぜ。 あいつは俺と違って馬鹿に真面目な奴だが、”良い奴”だ。 だから、信頼できる。 だが、あんたは違う。 初対面の人間だ。 俺の頭の中に入ろうだなんて、早すぎる。 早すぎるよあんた」 

「ふむ、では信頼関係を構築した後ならば問題はないわけだね」

「いいや、他にもダメな理由はある」

「それを教えてもらえるかな」

「あんたに言う必要はないな」

 クライドは頑なだった。 見るからに折れそうにない。 ここまで来ると、力づくでも無い限りは無理だろう。 そういう、頑迷なところが彼にはある。 今このときその性質が働いているのは明らかだ。

「ゴルドさん、もう……」

 見かねたリンディが止めに入ろうとするが、ゴルドは面白いことを思いついたとばかりに提案する。

「強情だね。 では、リンディ提督がやるならどうだい。 彼女なら文句はないだろう?」

「勘弁してくれ。 死んでも御免だ」 

「えぇっ!?」

「当たり前だろ。 どこの世界に女に頭の中を覗かれて喜ぶ男がいるんだよ。 ディーゼルは俺と仲が悪いから、見られてもこれ以上関係に亀裂が走らないがリンディはダメだ。 死んでもダメだ。 もし、もしもだぞ。 俺がリンディを見て何か良からぬことを考えたことがあったとして、それを知られるだなんてこと考えたくもないわっ!!」

「クライド……さん? その、思いっきりカミングアウトしてる気がするんですけど……。 というか、そんなことしてたんですか?」

「今のは分かりやすい例だ。 あくまでも分かりやすく噛み砕いて言っただけだから気にする必要はない。 というか、気にするな」

「そ、そうなんですか? じゃ、じゃあしてないんですね」

「……」

「どうして眼を逸らせながら黙るんですか!!」

「俺も、”漢”だからな。 無意識までは責任が持てん」

 遠い眼をしながら、クライドは言う。 リンディはその余りにも正直な告白に呆れればいいのか恥ずかしがればよいのか頭を抱えた。

「なるほど、確かにそれは理解するには十分な理由だね。 私としたことが、とても軽率な案を出したようだよ。 同じ男として、撤回しよう。 すまなかったね。 今のは私が悪かった」

「分かってくれれば良い」

 男二人が頷きあう。 そして同時に、女性陣は白い眼で二人を見た。 理解できない異性の機微は、深刻な溝を作りかけていた。

「とりあえず、今日は顔見せだけにしておこうか。 しかし、私に与えられた命令はそうやすやすと撤回できるものではないことは忘れないでくれ。 まだ時間はある。 君の頭の中を覗くのは次の機会にするよ」 

「そうか。 できればもう来るなよー」

 とっとと行けとばかりにクライドは手を振るう。 ゴルドは偽者のクライドに少しだけ眼をやってから、すぐに去っていった。 余計な軋轢を作らないために根気強く長期戦をするつもりなのかは分からなかったが、随分と諦めが早いことだ。 その背を見送ると、クライドはすぐにベッドから立ち上がり鉄格子に寄った。 視線の先にはヴィータがいた。

「ヴィータ、ちょっとデバイスに触らせてくれ」

「んぁ?」

「今更ながらに思い出したんだがちょっとお使いを頼みたい。 メモるから触らせてくれ」

「しゃーねーな」

 鉄の伯爵<グラーフアイゼン>を展開し、鉄格子越しに伸びてきたクライドの手に触れさせる。

『ヴィータ、今さっきの奴を徹底的に調べてくれ。 ゴルド・クラウンとかいう監査官、もしかしたら連中の仲間かもしれない』

『はぁ? 根拠は』

『俺の記憶を探って、何か出たときに困るのは”奴ら”だ。 だから、俺の頭の中を探ろうって奴は連中の息のかかった奴の可能性が高い。 簡単な推理だ』

『分かったよ。 まっ、お前が言わなくてもアタシは探るつもりだったけどな』

『ヴィータも俺と同じ考えだったのか?』

『ちげぇよ。 ただ、さっきの野郎はアタシの知ってる嫌な奴にそっくりだったからな。 特にあの肌にまとわりつくような嫌な雰囲気……あいつに似すぎてやがる。 他人の空似ならいいんだけどよ……』

『何にせよ警戒はしておくってことで。 一応、カグヤにも連絡よろ』

『わぁーったよ』

「そうだ。 後ついでに月刊デバイスマイスターを頼む」

「アタシをパシらせよぅーてのか」

「いいだろ。 俺、今はここから出られないんだから」

 途中から肉声での会話になっていたが、ヴィータは会話を終えるとすぐにアイゼン戻すと椅子から立ち上がる。

「リイン。 アタシはこいつの頼みで本探してくるからよ。 しばらくこいつの相手でもしてやっててくれ」

「わかった」

「んじゃ、行って来る。 クライド、リインに変なことしたらぶっ飛ばすからな」

「同意がなきゃしないっつーの」

「同意があってもするな」

 走り去っていくヴィータを見ながら、クライドはげんなりとため息を吐く。 その視界の中では、何やらリンディがもの言いたげな顔で彼を見ていた。 どうみても、お怒りのご様子である。 その証拠に顔は笑っているのに、眼だけは笑っていないという恐ろしい状態だ。 これを無視できる程クライドは男を捨ててはいない。

「リンディ、何故お前はそんなにも怒っていらっしゃるのでせうか?」

「怒ってませんよ。 クライドさんが私の知らない女の人と楽しそうにしているからって怒ってはいませんからね私は」

「一応、言っておくが二人は友達みたいなもんだぞ」

「本当ですか」

「ああ、つーかな。 俺が軽薄な男だったら今頃人生の墓場に直行しとるわ!!」

 魂の叫びであった。

「その、逆切れされても困るんですけど」

「じゃあ、百歩譲って”そう”だったとするぞ。 だとしても、だ。 お前には関係ないことだろ」

「っ――」

 何気ない会話だった。 精々がムカムカする感情から発生した愚痴のようなものだったはずだ。 だが、目に見えてリンディの顔色が変わった。 当然だ。 クライドの発した言葉は、彼女にそうさせる程の事実を突きつけていたからである。

「そうだ、今のお前には関係が無いことだろ。 俺とお前の間には何も関係が無いからな。 現状では精々が昔からの知り合いって程度だ。 ”それ以上でもそれ以下でもない”」

「どうして、そういうことを言うんですか」

「まず、事実を認識しないと変えられるものも変えられないからだ」

 クライドはそういうと、鉄格子の間に右手を突っ込み手を伸ばす。 真っ直ぐに伸ばされたその右手は、リンディの手を掴んでいた。

「く、クライドさん」

「折角だし、はっきりさせよう。 それまでは付き合え」

 掴んだ手が引っ張られる。 リンディは、思わず倒れそうになるのをなんとか鉄格子を掴むことで耐えると、恐る恐るクライドを見上げた。 その、どこか恐れるようなそんな顔をしている彼女をクライドは両手で逃げられないように抱きしめる。 だが、それはただ甘いだけの抱擁ではない。 二人の間を遮っている鉄格子と同じく冷たい言葉が用意されていたからだ。

「そもそも、だ。 俺は四年前にお前に振られた。 それ以降、俺とお前との間には何の関係も無くなった。 そうだな?」

「ち、違います。 あれは、だから嘘だって……」

「違わない。 アレがお前の嘘だったとしても、確かに一度アレで終ってるんだ。 俺は、婚約者候補でもなければ彼氏でもない。 そういう、そこら辺に居る有象無象の男になったんだ」

 そうして、終っている。 関係は破棄され、消え去っている。 そうだ。 それは間違いではない。 クライドとリンディはただの男と女にあの瞬間に戻っていたのだ。 何の関係もないただの他人に。 内心はどうあれ対外的にはそうなっている。

「いいか、いくらお前が否定したってこれは変わらない事実なんだ。 まず、それを受け止めてもらわないと困る」 

「だから、だから貴方が他の女の人と楽しそうにしてるのを見て何も感じるななんて、そんなことを言うつもりなんですか? やっと、やっと会えたのに、謝れて、それでまた、前みたいに。 ううん、前よりももっと貴方の近くに居られるようになるかもって思えたのに、どうして……どうして……そういうことを言うんですか!!」

 牢獄に、響き渡るリンディの声。 悲しい声色に包まれたそれが、痛いぐらいに周囲の壁に反響した。 クライドは見上げてくる翡翠の視線を逸らさずに、己が黒瞳で受け止める。 そしてその上で、少し黙った。

 内心を吐露した彼女の言葉はまだ終らない。 我がままを言うような子供のように、その胸のうちを吐き出していく。 その、かつて貰えなかったそれを見てクライド自身、不思議と妙に嬉しかった。 今、間違いなくクライドはリンディに”甘えられている”。 それが、はっきりと分かるからだ。

 それこそ四年前、不可思議な関係の中でオブラートに包まれて隠されていた何もかもが露出されている。 それが自分に向けられている。 その確信は、何よりもあの頃クライドが欲していたものであったから。 だから、彼は喜ばずには居られなかった。

 遠慮するようにしか甘えられないのではまだ遠い。 それでは自らも遠慮してしまう。 もっと、近くに踏み込みたい。 それができなければ、関係ありきの関係で突き進んでしまう。 それは余りにも残念で、それでは余りにも勝負に出るには怖すぎて、踏み込むことさえ躊躇してしまう。

「いいじゃないですか。 四年前の続きでいたって、そのつもりでいたっていいじゃないですか。 私は、私の中はあの時のままの気持ちで貴方を――」

 半ば追い詰められ、自棄になっていた最後の邂逅。 あの時よりも更に心の距離が近くなっている。 そのことを、クライドは今はっきりと自覚した。

「ストップだ」

 今にも泣き出しそうだった。 向きだしにした感情の矛先は、クライドの言葉一つでその運命を変えるだろう。 だが、それでもここで一度はっきりとさせなければならなかった。 でなければ、二人して前には進めないだろうから。 前に一度それで失敗している。 その失敗を、クライドは繰り返すつもりはないのだ。

「落ち着けって。 何をそんなに怖がってるんだよ。 なぁ、別に今更な事実を正確に認識したところで俺もお前も”何も”変わらないだろ」

「変わります。 変わっちゃいますよ。 だって、そうでないと私たちは……」

 陸士訓練学校の出会い、そしてクライドとディーゼルの二人の摸擬戦から全ては始まった。 それこそが二人の原点であり失敗だ。 曖昧なまま、心地よいぬるま湯で居させたそれは、確かに気持ちよいものであったかもしれない。 明確な行動がとれぬ程に。 闇の書の問題を理由にまだそのままでもと逃げられた程に。

「あのな、きっと初めから変だったんだよ。 間違っていたといっても過言じゃないんだ。 俺たちには、普通の連中がまず持ってたはずのものが欠けていたんだから。 それを取り戻すには、これは必要なことなんだよ」

「……」

「まぁ、嘘つきの俺の言葉を全部信じろとは言わない。 でもなリンディ、ほんの少しぐらいの間は黙って信じてくれないか?」

「なら、信じさせてください」

「”任せろ”」

 クライドは頷くと、抱き寄せていた手に力を込める。 更にグッと縮まったその距離の中で、クライドはその背中をあやすようにポンポンと叩くとそのまま右手でリンディの頭を撫でてやる。 少し苦しいぐらいの抱擁だったが、リンディはただ黙ってなされるがままでいた。

「どうだ、少しは信じる気になったか?」

「この邪魔な鉄格子が無ければ、そうなっちゃいそうですね。 こんなの狡い……」

「今の俺にはコレが精一杯さ。 それにな、俺もマジで残念なんだよ。 これのせいで、お前が少し遠くに感じるんだ。 本当、悔しいぐらいに」

「……」

「さて、じゃあ続きだ。 まずは最後まで聞け。 それで嫌ならもう知らん。 俺にできることは無くなるからな。 できれば駄々をこねてくれないと助かる。 どうだ、できるか?」

「このまま貴方を信じさせてくれるならきっと……」

「なら大丈夫だな」

 そう呟くと、クライドは意を決したように深呼吸した。 お膳立ては整っている。 後は、そう、無くしたモノを不自然な形にではなく当たり前の状態に再構築して繋げるだけだ。 

「俺とお前の間には今現在何も特筆すべき関係がない。 精々が友達とか知り合いとか昔馴染み程度だ。 でもな、それで”良いんだ”。 でなきゃ、始められないだろ」

「始……める?」

「なぁ、知ってるかよリンディ・ハラオウン。 俺は、クライド・ハーヴェイはお前のことが好きらしい。 だから、その、俺と付き合ってくれ。 今度は爺さんの思惑も何も無しでさ、俺とお前の意思だけで始めたいって、俺はそう思ってるんだ」

 外からの理由は要らない。 事情も知らない。 そんな不純物は、もういらない。 そして何より、他のどの理由よりも簡潔な理由一つあれば良い。 それだけで、二人の関係は始められる。 そうでなければ、始まらないのだ。

「さぁ、俺は告白したぞ。 次はお前の番だ。 嫌ならそう言え。 俺は今の言葉を嘘にして、お前のことは忘れてやる。 希望するなら二度と姿を見せないでやるさ。 だから、お前の気持ちを教えてくれ」

「狡いですよ。 そんなの、そんなのもう口に出さなくても分かってる癖に……」

「ダメだ。 言葉にしてくれないと俺は分からない。 お前の声で、お前の気持ちを教えてくれ。 俺を安心させてくれ」

 熱の篭った黒瞳に急かされるように、リンディの唇が続きを紡ごうとする。 吐露するべき言葉は決まっている。 ずっと、胸に秘めて来たその想いをようやく形にするべき時が来たのだ。 そう意識してしまえば、妙に気恥ずかしく、顔が火照った。 彼女自身でさえ分かる程だから、それはきっと対面しているクライドにだって筒抜けだ。 けれど、もうその気持ちを自身の中に埋没させ続ける必要は彼女にはない。   
「わ、私も……」

「うん」

「私も、クライドさんのことが好きです」

 そして遂に、彼女は言った。 それは短い言葉の羅列。 それ自体の意味はともかくとして、それを言うだけの作業がどうしてこんなにも昔は怖かったのか。 彼女はふと、過去の自分の意気地の無さが悔しくなった。

 かつて、嘘を吐いたことがあった。 でも、そんなことをする前に、何よりも先にするべきこがあったのだ。 気持ちを相手に伝えるなんていう、誰が聞いても簡単に分かる大事なことが。 相手がどう思っているのかを知る前に、自分からしなければいけなかったことが確かにあったのだ。 リンディはどこか憑き物が落ちたような顔で笑いながら、クライドを見上げた。

「よし、じゃあ俺たちは今から恋人同士だ」

「はい……はい……」

 鉄格子越しの抱擁。 自身の両腕をクライドの背に回しながら、彼女はふとおかしくなった。

「変ですよね」

「ん?」

「だって、さっきはあんなに恥ずかしかったのに……今はそんな風ではないですから。 今はただ、ずっとこうしていたいもの」

「そうか? 俺は今滅茶苦茶恥ずかしいけどな」

「ふふっ、クライドさんでもこういうのは恥ずかしいんですね」

「羞恥心ぐらいあるさ。 でもまぁ、一番恥ずかしいのは、だ」

 クライドが紅くなった顔でチラリと視線を観客に向ける。 釣られて視線の先を追ったリンディは、椅子に座ったまま二人の様子をジーっと眺めている銀髪の女性を見て再び赤面した。

「あ、あわわわ。 そ、その、もしかして貴女全部聞いて――」

「嘘を吐く理由がないから簡潔に言おう。 ごちそうさまでした」

 ペコリと会釈しながら、リインフォースがトドメを指す。 リンディはたまらず、クライドから凄まじい勢いでずぎゅんと離れ――

「く、クライドさん。 それじゃあまた来ます!!」

――恥ずかしさの余り逃げ出して行った。

「さすがに、超至近距離で告白タイムやってたって知ったら逃げ出したくもなるか」

「だろうな。 しかし、突然そういうことをやられると気を利かせて去ることもできない。 次からは何でもいいから合図して欲しいものだな」 

 見せ付けられた形になったリインが、少しばかり恥ずかしそうに言う。 逃げ場が無いクライドは、それには答えずにベッドに頭から倒れこんでそれ以上の突っ込みを回避する。 彼自身恥ずかしくなかったわけがない。 そして、本当はもっと恥ずかしい告白だったことに気づいたせいで思わずやり直したくなっていた。

「なぁ、リイン」

「……なんだ?」

「忘れてくれとは言わないからさ、質問に答えてくれないか」

「ああ」

「ここは牢獄で、俺はきっと監視されている。 ということは、今のやりとりを監視しているだろう誰かが音声付きで録画していない可能性はどれだけあると思う?」

「……」

 リインもさすがにその切実な問いかけの中、彼が求めているだろう言葉をかけてやることができなかった。 クライドは再び頭を抱えた。










 早足で部屋へと戻ったリンディは、戻るなり堪えきれずにベッドの上に突っ伏した。 恥ずかしさで火が着きそうな程に赤面している顔を枕に押しつけて隠す様は、妙に可愛らしい。 時にキリリと、それでいて普段は余裕のある笑顔でいることの多い彼女の役職の仮面は、今は無い。 それもこれもクライドのせいだった。

「ほ、本当に夢じゃないんですよね」

 まるで信じられない現実に出会ったように、思わず自問する程である。 逸る心臓の鼓動が煩いぐらいに自分の中で血流をまわしている。 その、普段は感じない異常さえも意識できる。 それぐらいに今は恥ずかしい。 まだ、クライドと再会して一週間と経っていない。 だというのに、彼女自身でさえ驚くべき速度で関係が一気に縮まってしまった。 今までよりもずっと。 少しばかり焼餅を焼いた程度で、だ。 かつて求めて止まなかった自信さえも取り戻し、あまつさえ満たすものであるという事実に、彼女は舞い上がらずにはいられなかった。

(ど、どうしよう。 なんでこんな簡単に……)

 まるで出来すぎるほどに状況が動いている。 彼女自身、恐ろしいと思うほどに。 呆気ないほど簡単に、かつてのそれ以上の関係を手に入れた。 形だけではなくて、正真正銘二人の気持ちだけで創造したその関係。 そのことを思えば、今までの切なさも悲しみも全部消えて無くなってしまいそうだった。 本当は、ちょっと拗ねてみる程度のことだったのだ。 なのに、事が大きくなってそうなっている。

 しかも、その関係を先に言葉にして求めて来たのがクライドからだ。 あの、いつものらりくらりと交わしながら意地悪くしていた彼からだった。 この進歩は、今までのそれとは違う。 その価値を正しく理解してしまえば、リンディ・ハラオウンという女性の浮かれようはしょうがないのかもしれなかった。

(あ、明日はどうしよう……)

 会いに行かないという選択肢は絶対に無い。 鉄格子越しだとしても、手に入れたものがある。 会える間は会い続けたい。 そして、今感じている恥ずかしさをもっと感じたとして、もっと貪欲になりたいと思う気持ちを抑えられそうになかった。

 リンディはゆっくりと枕を開放し、のそのそと備え付けの鏡台へと向かっていく。 すると、鏡の向こうに居る自分が随分と浮かれているのが見て取れた。 なんとなく真面目そうな表情を作ってみるものの、すぐに口元から崩れてしまう。 ここが艦船アースラのブリッジではなくて良かった。 そうでなければ、クルーの人たちの前で艦長などと名乗れなくなってしまうかもしれない。 それは非情によろしくない。 

「いやぁ、それにしてもなんともまぁ……」

 リンディの背後で、姿を現したロッテが声をかけた。 その声にビクリッと震えるようにしながら、リンディが顔を引きつらせながら振り返る。 するとそこには、お腹の底からあふれ出してくるニヤニヤを堪えられずにいる猫娘が一人いた。 業とらしく口元を掌で抑えている様が実に嫌らしい。 

「この展開を予測してなかったわけじゃないけど……うん。 父様たちにも報告しないと……あ、そだそだ。 おめでとうでいいよね。 リンディて・い・と・く♪」

「あの……どこから見てました?」

「勿論初めから、今こうして鏡の前で悩んでたところまで全部だよ」

「あ、あうあう……」

 再びやってくる羞恥の感情。 どこからどう見ても言い逃れも何もできないこの状況において、リンディができることは少ない。 そのことを理解しているのか、リーゼロッテはリンディの後ろまでやってくると後ろから抱きつき、耳元で囁いてくる。

「いやぁ、これはすごい。 もうクライド君、そう簡単にヴァルハラに戻れないよ。 いやぁ、アタシもかなり長い間管理局に勤めてるけど、犯罪者を堕として心理的に逃げ難くした提督ってのは始めて見たよ。 違う意味でパないねリンディ提督は」

「そ、そんな大袈裟な……」

「うんうん、クライド君はこれで帰る前に君に言ってから出てくしかなくなったよ。 それで、うん。 すぐにミッドチルダに戻ってくるね。 でないと愛しのリンディ提督に会えなくなっちゃうもんねぇ」
 
「あの、いえ、そういうつもりだったわけでは……」

「分かってる。 分かってるよ。 でもねリンディ提督。 これはアタシにとっては嬉しい誤算なんだ。 君が理由になってくれるんなら、もうあの子は絶対に戻れないなんて言い訳できなくなるからね」

「えっ?」

「薄々君も感じてたとは思うけど、あの子が今ここで大人しくしてるのはこっちの都合に合わせてくれてるのと同時に、きっとあの子の都合でもあるんだよ」

 リーゼロッテはそういうと、先ほどまでの嫌らしい笑みを消して真顔になった。 

「君を助けに行ってたときにね、クライド君は”本物のクライド”の場所は取れないから戻れないって言ってたんだ。 だから多分君を助けたらヴァルハラに帰るつもりだったんだよ。 あの子は、そういう所を馬鹿みたいに気にする子だからさ」

「そう……だったんですか。 あ、それじゃあクライドさんはもうこっちに帰ってくるつもりなんて……」

「無かっただろうね。 アタシや父様に会いに来るとは言ってたけど、それはきっとミッドチルダに帰ってくるって意味じゃあなかったはずなんだ。 でも、君はアタシらとは”事情が違う”から、あの子の理由に成れるんだ」

 グレアムやリーゼ姉妹、何よりも本物のクライド・エイヤル。 彼らとの関係とリンディ・ハラオウンは全く関係が無い。 だから、リンディはクライドがミッドチルダに帰るための理由に成り得る。 

「心理的な意味で条件が違うんだよね。 こればっかりは、アタシにはどうしようもできない問題だもん。 前みたいに接してあげることがアタシにはできるよ。 ううん、前よりももっと優しくしてあげることだってできる自信はあるんだ。 でも、あの子自身がそれを許せなくちゃどうにもならない。 けど、君にはそんな柵なんてなくてただの”男”と”女”の問題だけしかないから違うんだ。 正直言うとちょっと羨ましいよアタシは」

「そんな、私がロッテさんに羨ましがられることなんて。 私よりもずっとリーゼさんたちの方があの人の近くに居たはずですし……」

「うーん、それはどうかな。 でも羨ましいし、妬ましいのは本当だよ。 大事な弟分を取られちゃうんだから」 

「ロッテさん……」

「ねぇ、お願いだよリンディ提督。 あの子が遠慮できないぐらいに、ううん。 遠慮しようなんてつまらないこと思わないぐらいになるんだよ。 でないとあの子、遠慮せずに誰にも甘えられなくなっちゃうからさ」

「はい」

「ん、ありがと。 あ、そだ。 こんなこと言っといてアレだけどね。 勿論クライド君が嫌いになったらすぐに放り出してもいいんだからね? 君が無理する必要なんて全然無いからさ」 

「む、無理なんてそんなこと全然……」

「我が弟ながら、あの子はちょっと”変”な所があるからねぇ。 正直、リンディ提督に捨てられないかアタシは今から心配で心配で……」

「は、はははは」

 リーゼロッテの心配事をリンディは乾いた声で受け流す。 クライドには良い所もあるが、当然悪い所もある。 その中でも非常識なところが、一番の頭痛の種だろう。 とはいえ、それでも気持ちは揺らがなかったのだから、問題はない。 ない、はずだ。

「あ、我ながら大事なことを忘れてたよ」

「え? 何か、ありましたか?」

 特に仕事上大事なことがあったというわけではない。 クライドが新しく提案したわけでもないし、先ほどの面会で新しい進展があったというわけでもない。 にもかかわらず、リーゼロッテはリンディから離れると急いでデスクに向かい空間モニターを立ち上げ操作していく。 気になったリンディが後ろからその様子を覗き込むと、それに気づいたロッテがその映像の音量を上げた。

『――なぁ、知ってるか。 俺は、クライド・ハーヴェイはお前のことが好きらしい。 だから、その、俺と付き合ってくれ。 今度は爺さんの思惑も何も無しでさ、俺とお前の意思だけで始めたいって、俺はそう思って――』

「ちょ、こ、これはさっきの!?」

「うん、君たちのナイスシーンだよ。 おお、いい感じに撮れてる撮れてる」

 吐血しそうなほど鮮明に、その時の映像がモニター一杯に映し出されていた。 しかも音声付きで、である。 鉄格子越しに気持ちを確かめ合う男と女。 第三者からの視点でそれを見たら、あまりの恥ずかしさで逃げ出したくなるほどであった。

『さぁ、俺は告白したぞ。 次はお前の番だ。 嫌ならそう言え。 俺は今の言葉を嘘にして、お前のことは忘れてやる。 希望するなら二度と姿を見せないでやるさ。 だから、お前の気持ちを教えてくれ』

『狡いですよ。 そんなの、そんなのもう口に出さなくても分かってる癖に……』

『ダメだ。 言葉にしてくれないと俺は分からない。 お前の声で、お前の気持ちを教えてくれ』

『わ、私も……』

「わ、わぁー、ダメです。 これ以上は許してください!」

「ええー、これからがいいとこなのに」

 もう耐えられないとばかりに、リンディがモニターを弄って映像を停止させる。 更に二度と再生できないように映像を消去しようとして、リンディは気づいてはならないことに気がついてしまった。 その映像は、言うなればクライドの監視記録という名の証拠品なのである。 それを恥ずかしいからといってリンディが勝手に消去してしまって良い代物では”断じてない”。 しかも、これには聖王教会も関わっている。 ならば、管轄が違いもあって彼女の提督権限でどうにかなるものでは絶対にない。

「ま、まさかこ、ここここの映像って本局や地上本部に資料として回されたりとかしちゃいません……よ、ね? ちゃんとカットしてくれますよね!?」

「んんー、多分そのまま回るんじゃないかな? ”今回の件に関係してる人たちで見る権限を持ってる人全員”にさ。 変にカットしたりしたら文句言われたり難癖つけられるよ?  あ、勿論フルボイス付きでになるねこりゃ」

「い、い、い、いやぁぁぁぁ!!」

 その日、リンディ・ハラオウンは恥ずかしさの余り真剣に退職を考えた。 当然逃げたところでその記録映像は残ることになるのだが、このときのリンディはそんなことを考える余裕はなかった。

『私も、クライドさんのことが好きです』

『よし、じゃあ俺たちは今から恋人同士だ』

「ロッテさん!! 本当に恥ずかしいですから再生しないで下さい!!」

 頭を抱えながら、イヤイヤと首を振るリンディ。 その彼女の脳内では、この映像を重大な資料として閲覧しようとして、呆気に取られている局員たちの姿がまざまざと浮かんでいた。

「良いじゃん減るもんじゃなし。 あ、そうそう。 ちゃんと君の端末とかアタシの端末にデータは複製して送っておいたから安心してくれていいよ」

「ひ、広める気満々じゃないですか!?」

 超愉快犯な猫型使い魔に情けはない。 既に、その頭の中では情報の拡散ルートが出来上がっているのだった。 主であるグレアムはもとより、当然この映像は最終的にヴォルクに届けられることになっている。 この映像を見た彼が、一体その後どうするかを考えただけでリーゼロッテの悪戯心が刺激された。 無論、それだけではない。

『私も、クライドさんのことが好きです』

『よし、じゃあ俺たちは今から恋人同士だ』

『私も、クライドさんのことが好きです』

『よし、じゃあ俺たちは今から恋人同士だ』

 巻き戻してのリピート攻撃である。 リンディに容赦なく止めを刺していく。 これ以上リンディは聞きたくないとばかりに耳を塞いでベッドに逃げ込んでいたが、空間モニターは執拗にリンディ追跡して耳元で二人の告白シーンを再生してくる。

「うう、嬉しいはずのシーンが、こんなにも苦しくなるなんて……」

 出来たばかりの大事な思い出が、なんだか無性に嫌な思い出に変わりそうで、リンディは泣きたくなった。 そもそも、告白だ。 世界中の男と女にとって互いの気持ちを確かめ合う大事な儀式といっても過言ではないシーンなのだ。 だというのに、それが流出しあまつさえ記録映像として管理局や聖王教会に残されるかもしれないだなんて告白に対する冒涜ではないか? そして、そのシーンで乙女心を弄んでいる危険な猫を許しておく道理は彼女にはない。 生まれ持ってきた大魔力を開放し、いい加減止めさせるべく立ち上がろうとして……彼女はズボンの裾を踏んでお尻から床に滑り落ちた。

「あうっ、いたたた」

「あはは、何してるのリンディていと……く?」

 ガタンと、ロッテが腰掛けていた椅子が凄まじい音を立てて倒れた。 その中でも、相変わらず鉄格子の告白シーンが流れている。 それを止めさせようとリンディは痛むお尻を押さえながら立ち上がろうとして、気が付いた。

「え――」 

 立ち上がろうとしてベッドに置いた左手に違和感があった。 手事態には異変は無い。 だが、そのサイズが明らかに変だった。 裾をまくってみれば、着ていたブラウスの中ほどに隠れたその手は、まるで子供の手のように小さかった。 

「あ……」

 異変は手だけには納まらない。 立ち上がって見下ろせば、ズボンのサイズが明らかに合っていなかった。 目を瞬かせながら、リンディはロッテを見る。 すると、リーゼロッテは明らかに動揺したような顔で自分を見ていることに気が付いた。 その唇からは、声が無かった。 言葉を失ったという表現が正しいほどに、歴戦の魔導師たる彼女であっても驚愕させられていたのだろう。

 リンディは恐る恐る少し前に自分の表情を確認していた鏡台へ、ズボンを引きずるようにして歩いていく。 そうして、改めてその事実を認識した。

「私の体……縮んで……る? え、何これ……どうしてこんな……」

 彼女の瞳のその向こうには、確かに生気が無いぐらいに青褪めた”翡翠の少女”が映っていた。 その少女の姿を彼女は知っている。 知らないことなどあるはずがないだろう。 なぜならその少女の名は”リンディ・ハラオウン”。 彼女自身の子供時代の姿に相違ない。 例え年月を経て成長していたとしても、おぼろげながらも理解できた。

「なんなの……これ……」

 視線が低い。 見下ろす掌が小さい。 細いというよりは小さいだけの、その指はリンディの意思に従って思い通りに動く。 感覚が通っている。 サイズダウンしただけで、身体感覚に異常は無い。 無いように思えた。 だが、自分の体に起きている異常の理由が彼女に分からない。 故に、まるで他人に自分の体を良い様にされているようなおぞましさを感じていた。

「私の体……どうなってるの?」













 その日、ザース・リャクトンは未だに封鎖されている廃棄都市に足を運んでいた。 先日の大捕り物以来、この地区は封鎖されている状態だ。 ガジェット・ドローンと呼ばれる魔導機械の残骸や傀儡兵のジャンクを運ぶトラック。 発見された地下都市への調査隊。 犯罪者の根城やアジトを調査している捜査官。 廃棄都市へと戻ろうとする浮浪者たち相手にしている連中などを尻目に、彼は単独で目的の場所へと向かっていた。

「ちっ――」

 零れた舌打ちは、彼の今の心の苛立ちを代弁している。 それもそのはずだ。 結局のところ、ザース・リャクトンはこの前の事件で目当てのどちらとも遭遇することができなかったからである。 一人は友人で、もう一人は彼が追っていた次元犯罪者。 二兎追うものは一兎も得ずではないが、そもそもどちらともエンカウントすることができなかったのであればただ単純についていないというだけの話。 運の良し悪しに憤りを覚えたからとて意味はない。 意味は無いが、やはり彼が腹立たしく思ってしまうのはしょうがないことだった。 何事も思い通りに行くなんて都合の良い話しは無いとわかってはいても、都合の良いIFは誰だって欲しいものだから。

(それにしても変だぜ。 相手も高ランク魔導師だったのかもしれないが、あの”ゼスト隊”が取り逃がすってのがどーにも解せねー)

 ゼスト隊。 ミッド地上の魔導師ならこの近年でかなり名が通っている部隊である。 首都防衛隊に属しながら、それでいて重要な案件によく投入される魔導師隊だ。 中でも隊長であるゼスト・グランガイツと呼ばれる騎士はミッド地上では珍しい高ランク魔導師で、オーバーSランクに該当する凄腕だ。 その部下も中ランク魔導師が居り、陸でも上から数えた方が早い程度の戦闘能力を誇る。 直接ザースは話しをしたことはないが、それでも武勇伝という名の噂は最近よく耳にできた。 そんなストライカー級を相手に逃げ切るのは並大抵の力量では無理だろう。 ならば、その犯罪者はザース個人の力量を確実に超えた相手であるというのは想像に難くない。 

 その広域次元犯罪者の名はデミオ・デュエット。 ミッドチルダ出身の犯罪者であり高ランク魔導師級の力を持ちながら質量兵器を売り捌く武器商人。 特に、ミッドチルダでの彼の暗躍だと思われる仕事はかなり多い。 彼のおかげでここ数年ミッドチルダの犯罪件数が加速度的に上がったのではないかと分析される程だから始末が悪い。 それほどの相手だった。 故に、捜査官である彼が拘るのも無理は無い相手と言える。 

 ブレイドブーツを駆動させながらザースは荒れたアスファルトの上を進んでいく。 繁栄の都<クラナガン>の影にある闇。 今回のことで、その闇に時空管理局地上部隊は捜査のメスを入れた。 これで少しは犯罪も減るだろう。 しかし、減るだけで無くなることはない。 犯罪が無くなった時代など、人の歴史の中には存在しないのだ。 だから、少しでも減らそうと彼らのような人材が必要とされる。 そのための力を彼は持ち、そのために力を振るうことに否はない。  故に、少しでもその足跡を追うために彼はそこへと向かっているのだ。

「ここか」

 後で回ってきた報告書に記載されていたゼスト隊が見失ったという地点の、その真上。 デバイスの表示するマップを見ながら、ザースはブーツにブレーキをかましながら足を止める。 

 このまま近くのマンホールから降りればすぐに目的の場所へとたどり着くだろう。 本来、地下水路は上に住む人々の生活のための代物だったが、その性質上市内全域に通じているせいで犯罪者の格好の逃走ルートとなっている事実がある。 特に、ザースが調べただけでもデミオの逃走手段としては良く利用されている実績があった。 この地下の道は、それだけ広大で都合の良い逃げ道なのだ。 だが、それだけであったのだとしたらそう簡単に見失ったりなどしないはずだ。

 何か秘密があるのではないか? ザースはそう思い立ち、ここへとやってきたのだ。 例えば、管理局が抑えている地下水路のマップには記載されていない抜け道や隠し部屋があるというのはどうだろうか? それならばゼスト隊が”見失った”という事実に納得がいくのだ。

 ザースは周囲を見回しながら近くのマンホールを探す。 穴倉へと潜るのはあまり好きではなかったが、一応自分の眼で確かめる価値はあると思っていた。 現場を見ない捜査官などいない。 既に他の捜査官が入ったのだろう蓋が開いているマンホールを見つけると、すぐさま降りようとした。 だが、その前に通信が着ているのに気がついた彼は空間モニターを開いた。

『ザース、大至急ベルカ地区へ行け。 お前に仕事があるらしいぜ』

 良く見知っている同僚からの中継だった。 首を傾げながらザースが問う。

「なんでまたベルカ地区なんだよ。 あそこは教会連中の縄張りだろ」

『知らねーって。 なんでも陸のお偉いさんからのオーダーだとか署長が言ってる。 んで、犯罪者を一人、説得して引き入れろだとさ』 

「意味がわかんねーよ。 そういうのはもっと別の奴がやることだろ」

『えーと、待ってろ。 ほら、こいつだとさ』

 送られてきたデータには、黒髪の男の顔が映っていた。 なるほど、”良く知っている顔”だ。 ザースは目を見開いて空間モニターを見つめながら、更に追加で送られてきた資料にも目を通す。

「なるほど、確かにこいつの説得は俺向きだろうな。 説得できるのかっていう疑問はあるが、知らない奴よりは話が早い。 その判断は正しいな。 ああ、正しくはあるな」

『随分と気に喰わなさそうな顔だな』

「思惑が見え透いててどーも……な」

 つまるところ、これは横合いから手柄を一つ掠め取って来いと言われているのにも等しい。 ザースの感性からすれば下らないの一言で終るような事柄だ。 しかし、これは命令であり私人としてのザースの興味からも外れない。 故に、一度話しに行くのには否はなかった。

「文句を言っても始まらねぇ、か。 行って来るよ。 幸いここからは近い」

『さっさと済ませて捜査続行してくれ。 俺たちは捕まえた相手の今後よりも、捕まっていない奴をどうにかするのが仕事だ。 特殊捜査部ってのはそういうところだからな。 デバイスの回線を開けてくれ。 詳細な情報を送る』

「あいよ」

 ブレイドブーツを回転させて、ザースは踵を返す。 加速するローラーは、置いてきた車の場所へと向かって行く。 目指す場所はベルカ自治領にある聖王教会。 その、総本山とも言うべき施設だった。







「前から幻影魔法が使えるってことは知ってたけどよ、いつからお前は二人も三人も増殖するようになったんだよ。 ええ、クライド」

「人を雑菌か何かのように例えるのはやめれ。 つーか、第一声がそれかザース。 もっと友情を確かめ合うような台詞を寄越せよ。 にしも、今日は嫌に来客が多いな」

 憮然とした表情で、クライドは言った。 そもそも彼自身には増殖もなにもした覚えはない。 エイヤルはオリジナルで、彼自信は”姿が似ているだけの別人”なのだから当然だった。

「それで、どうしてまたこんなとこに居やがるんだよお前は」

「なんだよ、まるで俺がここに居ちゃいけないみたいな言い方だぞ」

「俺にはお前が大人しくしているってのが信じられねーって話さ。 大体の経緯は命令書で見た。 つーか、お前があのときの作戦で海の奴と組んでたって情報を知ったのもほんの少し前だったんだぜ? これぐらいの悪態はつかせろよ」

 そもそも、詳細な情報事態をザースは与えられていなかった。 最終的にはリンディ・ハラオウンが助けられたということは聞いていてもそこにクライドの関与があったかどうかなどは伏せられていたのだ。

「ハラオウンの奴も、多分情報規制で俺にはお前のことを何も話してこなかったからな。 俺は蚊帳の外だったわけさ」

「いや俺の予測だとあともう一人蚊帳の外がいるぜ」

「誰だよ」

「あいつだよ、我らが暴君様さ。 俺がここに居るってのに、あいつはまだ殴り込みに来てないからな。 知ってたら無理にでも休みとって俺を殴りに来るはずだろ」

「はっ、違いねぇ」

 お互い、憤慨しているフレスタの顔を思い浮かべて笑いあう。 容易に想像できるほどに、二人は彼女のことを知っているから当然のだった。

「まぁ、あいつの偽者には会ったがな。 そいつのせいで、俺はここに来ることになったから、あながち蚊帳の外というわけでもないのかもしれないな」

「あいつの偽者? それはまた、随分とヤバイ奴がいるんだな」

「気をつけろよ。 偽者はリビングデッドだったが、見分けがつかないぐらいそっくりだ。 行動パターンもそっくりでな、一撃食らわされたぜ。 というわけで、お前も偽者かと俺は疑ってる。 悪く思うなよザース」

「面白く無い話だな」

「身内に二回も化けられたら疑心暗鬼にもなるさ。 三人目がいないとは思えない」

「そりゃまた、難儀だなお前も」

 瞬間、ザース・リャクトンは自分の左掌に向けて右拳を打ち付ける。 パシンッと軽快な音ともに足元に浮かんだ魔法陣を見ればその用途は明らかだ。

「オーケイ。 お前は本物みたいだな。 長い付き合いだし、何でも聞いてくれよ。 答えられる範囲でなら俺はゲロるぜ」 

「そいつぁ、楽で結構。 しっかし、何から聞いたもんかねぇ。 聞きたいことは山ほどあるはずなんだが、お前の顔を見てるとどうでもよくなってきた」

「おいおい、そんなのでいいのかよ捜査官殿」

「いいんだよ。 ハラオウンが戻ってきたんだったら、あいつが吐かせるだろ。 俺はあいつの手柄を取る気はねーのさ。 とはいえ、だ。 俺はそう思ってるけど上は違うだろうなぁ。 そこがお役所の辛いところって奴だ。 どうやらお前に用があるらしいぜうちの上は」

「そりゃあ残念。 まあでも陸がお前を俺んとこに来させた理由には興味がある。 言ってみろよ。 内容次第では手を貸すぞ」

 情報の封鎖を解除してまでザース・リャクトンを寄越させた理由が、すぐにはクライドには思いつかない。 海を出し抜きたいのだとしても、そもそも場所が中立的な教会内では意味が無い。 海と陸と教会の三つ巴が演出されている以上は、情報の共有は進んでいるはずなのだ。 その上で生じた用とは何なのか。

「単刀直入に言えば、”スカウト”だな。 上はお前の身柄を欲してるらしい」

「陸が俺を? 俄かには信じられない話だな」

 クライドは思っても見なかった言葉を聞かされたことで、眉ねを寄せる。

「どうしてそんな話が出るんだ。 俺をそっち側に迎えたら今回の捜査で主導権を取れるかもしれないっていう打算か? だとしたら無意味だぞ。 俺は教会だろうと海だろうと陸だろうと話せることは対して変わらない」 

「違うさ。 確かに、そういう方面の打算が全くないというわけじゃあないんだろうが、陸のお偉いさんの目論見はそれじゃあないんだ。 少なくとも、今回の命令を送ってきた奴の腹はな」

「んじゃあ……闇の書か?」

 クライドの身柄を欲する理由といえば、後はもうそれしか思いつかない。 そして、それに付随する戦力としての守護騎士<ヴォルケンリッター>。 戦力不足に嘆いている陸が、少しでも戦力をかき集めようとしているということなのか。 だが、ザースはそれを否定した。

「いや、違うだろ。 確かに守護騎士は戦力的に見たら魅力的かもしれないが、さすがに使おうとはしないだろ。 詳しくはしらねーけど、あいつらは主の僕<しもべ>なんだろ? お前の命令以外聞かないんじゃあ使いづらいだろうし、だからってお前のところに一括して任せたら何するか分からないからリスクが出る。 そもそも、陸の上はロストロギアやらに頼るってのは本能的に好んじゃいないんだ。 なんていうかな、本局が理数系だとすると陸は体育会系が多いんだよ」

「じゃあなんだよ。 手柄じゃあない。 戦力じゃあないって言われたら、後に残るのは……俺個人の魔導師としての力ぐらいだぞ」

 クライドの公式的な最終取得ランクは総合Aランク。 陸だとそれでも十分使える部類には入る。 確かに、猫の手も借りたいなら欲するかもしれない。 しかし、それだけでは理由としては弱い。 態々犯罪者を更正させてまで使いたいという程の価値が、クライドにあるかといえばそうではないのだ。 少なくとも表向きには。 

「俺ならお前を魔導師で採用するけどな。 性格はともかく、お前のあのよく分からん奥義は性能だけみりゃ”ふざけてる”」

「できることをやってるだけなんだがな」

「だが、それじゃあない。 そんなんじゃなくて、お前にはもう一つあるだろ。 特技がよ」

「いや、持ち上げられるほどのもんはもうないと思うが」

「そうかよ、”デバイスマニア”」

「……いや、それこそありえん。 デバイスマイスターとしての腕は悔しいが”まだ”普通レベルだぞ」

「じゃあ、なんで連中はお前の”デバイスマイスター”としての腕を買いたくて俺を送り込んだんだってことになるな」

「うぇ、マジかよ」

「お前のことを調べた上が、お前の作ったとあるデバイスに興味を持ったらしい」

「どんな奴だ? 昔は結構試してたから色々あるんだが……」

「銃型の奴で、フレスタが持ってる奴だ」

「ああ、アレか」

 ようやく、クライドは合点が行った。 つまるところ、マジックガンを量産したいというのだ。 アレを量産配備することができれば、低ランク魔導師でも高ランク魔導師を潰せる可能性が得られる。 つまり、戦力不足という現実を少しは改善できる。 海に有能な魔導師戦力を吸い上げられようと、残った者たちに戦える武器を供給することができるというわけだ。 それは確かに彼らからすれば魅力的に見えるだろう。

「確かに、アレは俺じゃないと無理だわ」

 デバイス本体が重要なのではない。 それだけなら設計図さえあればどうにでもなる。 だが、肝心の弾丸がクライドにしか用意できない。 故に、クライドの身柄をという考えが理解できた。

「それで、これはどこの誰からの命令だ」

「お前も一度はニュースとかで聞いたことはある男だとは思うが、レジアス・ゲイズ少将だ。 ここ最近、よく名前を聞くようになった男だな。 聞いた話だとかなり有能って話しだ。 地上の代表格にのし上がるのも近いってもっぱらの噂で、割と武闘派らしい」

「あー、納得だ」

 その名前は知っていた。 直接の邂逅はないが、それでもイメージは持っている。 故に、なるほどとクライドは一人頷いた。

(三期で魔導師不足のミッド地上で最高評議会と組んだか組まされたかで戦闘機人の戦力化を期待していた人物だったかな? レアスキルやらが嫌いな……って、少将? 中将じゃねーのか。 ということは、正義感溢れる出世する前辺りの人か。 つっても、この選択肢はありえねーか。 俺が絡む展開は”面白そう”ではあるけど)

 アルハザードの研究室を超えるほどの興味を地上は提供できない。 単純に好みの問題で行けば選択の余地はない。 そもそも、本局でさえ今のクライドの立場以上のものを用意できやしないのだ。 一人の技術者として考えるのであれば、考える余地などどこにもない。 ミッドに永住したいとは思ってはいない今のクライドにとっては。

「それでどうする? 俺は好きにしろとしかいえねー。 ただ、個人的にはお前がこっちに居ると面白くはなるとは思ってる。 ま、更生プログラムを抜けるまではそれなりに時間はかかるだろうけどな」

「面白さで俺の人生を決めるな、と言いたいがお前のその想像には賛成だ。 確かに俺なら色々と好き勝手して傍目には色々と面白くできるかもしれん。 とはいえ、だ。 そっちの要求を満たすだけなら別に俺が所属する必要性はない。 単純に俺がそれを作って卸せば良いってだけだ。 交渉次第では商売にできそうだし、そっち方面としてなら考えとくよ」

「呆れたぜ、お前商売にするつもりなのかよ」

「バイト先の店長に世話になってるんでね。 あそこの店の売り上げに貢献できるなら考えるさ」

「……管理局に下る気全然無さそうだなお前」

「局で欲しかったものはもう手に入れてるからな。 だから、俺にはもう局に戻る理由が無いんだ」

「天下の時空管理局もお前にとっちゃただの”通過点”か。 いい就職先だと思うんだけどなぁ俺は」

「次元世界の平和を守るためにって理由だと重すぎるさ。 俺は、こう見えて大局よりも局地が好きだからな」

「狭すぎるんだよ、お前の局地は」

 笑いながら、冗談を切り返す。 二人の男はまだ、それだけのことができる間がららしい。 犯罪者と捜査官。 だが、元は友人だった二人だ。 深く突っ込みあうということはしなかった。 それは、それをすれば関係が悪化するということを危惧してなのか。 それは二人にしか分からない。 ただ、ザースもクライドも懐かしさに華を咲かせているということだけは確かだった。

「そういや、バイトがどうとか行ってたがお前アレからどこ行ってたんだよ」

「ん、海の連中やらに追われながら最終的には盗まれてた時の庭園に向かって敵とバトル。 そこで一端消えて、ヴァルハラとかに潜伏してた」

「結局あの犬、ザフィーラの仇は倒せたのか?」

「一応な。 ただ、犯人はリビングデッドだったし、その後別の奴にボコボコにされた。 手も足もでなかったよ。 エースオブエースでも知恵と勇気と頼れる仲間がないと切り抜けられそうにも無いぐらい絶望的な状況だったな」

「マジかよ、そんだけヤバイ相手だったのか」

「ああ、アレならリンディと闘った方がまだ楽だよ。 世の中、とんでもない奴がいるもんだ」

「随分殊勝だな。 お前らしくもない」

「老けた分、無くしたくないもんが両手の中に詰まってるってことなんだろ。 お前だって、そういうものの一つや二つあるだろ」

「そういうのは分からないでもないがな。 でも屈するのは別だ。 そうだろ?」

「ああ、そいつに関しちゃ同感だ。 だから俺はここ来た。 多分、そういうことなんだろうぜ。 だからきっと迷う必要は無かったんだな」

 どうでも良いと思えることなら放っておけば良かったのだ。 だが、結局クライドはここに来て、リンディ・ハラオウンとの関係を今更ながらに求めた。 その行動こそ、さも当然のように。 ハリボテだった関係ではなく、今度こそ本物の関係に仕立て上げて。

「迷ってたって? お前が? なんにだよ」

「なぁ、ザース。 亡命者が某国の姫と結ばれるには駆け落ち以外にどんな手段があるか知ってるか」

「知るか」

「おい、それなりに切実な問題なんだが」

「どーせハラオウンとのことなんだろ? だったら、てめーで考えろ。 ややっこしいことばっかりしてるからそうなるんだよ馬鹿野郎」

「先達として是非教授してくれよ。 俺はお前にこのジャンルだと一歩も二歩も遅れてるんだ。 ギブミーアドヴァイス」

「だったら素直にそうハラオウンに言えよ。 んで、二人で考えろ。 駆け落ちだろうと事実婚だろうと二人が納得できる形にすればいいんだよ。 そもそも、俺はお前の事情をよく知らないんだぜ。 どれだけ時間がかかっても当事者同士で納得行くまで話し合うしかないんだよ結局はな」

「はぁ、やっぱそうするしかねーのかなー。 それも今回の一件が終ってからの話しなんだが……」

 顎をしゃくるクライドに、釣られるようにしてザースは後ろを振り返る。 そこに居るそっくりさんは、しかし興味が無いとばかりにすましている。 ザースはそれに対して冷たい視線を送るばかりである。 そもそも、同窓会の日に彼は偽者たちにやられている。 苛立つのも当然だ。

「クライドの偽者……か。 そういや、よくよく考えてみるとお前にしちゃ動きが雑でアクティブだったんだよな」

「こいつとやりあったのか?」

「この前の同窓会の時にな。 フィールドをぶち抜いた感触はするのに、ジャケットはそのままっていうわけ分からん事実をプレゼントしてくれたぜ。 フレスタもそのことで『狡い』だの『反則』だの文句行ってた」

「壊しても存在するフィールドってことか?」

「ああ、壊しても壊しても無くならねぇーんだよ。 ちゃんとバンカーナックルも叩き込んだが、無傷だった。 わけがわかんねーよ。 その後、動揺したところでカウンターくらってやられた。 今思い出しても腹立つぜアレは。 確実にとったと思ったから尚更だ」

「そう……か」

 プリウスの介在か、それとも他の手かは直接見ていないクライドには分からない。 だが、やはり気持ちの良い話ではない。

「そいつがどれだけ俺の姿で暗躍してたのかは知らないが、面倒なことだよ。 こいつのせいで、余計な濡れ衣を着せられそうになってたんだぜ」

「運が悪かったと思え。 にしてもよ、リビングデッド<屍人>ってのを見たのはこれが始めてなんだが、マジで厄介そうだな。 これだけ管理局を引っ掻き回してくれた連中は最近だとちょっといないぞ」

 暗躍し、成り代わり、全てを水面下で収めてきた勢力。 その危険度は言うに及ばず、実力もオリジナルに比例して上がって行く。 もっとも恐ろしいのは、やはり偽者か本物かの見分けがつかないということと、何度死んでも蘇られる不死性だ。 元を断つしか方法がない。 そして、その元がどこにあるかが分からない点が厄介なのだ。 発見するまで何度も何度も何処かからやってくる。

「だが、お前はこいつを捕まえた。 わけわかんねーこいつを、多分俺が知らない小細工か何かで、だ。 だからな、俺は思うんだよクライド。 今回の事件、もしかしたらこいつらがお前を巻き込んだのは失敗だったんじゃねーかなってな」

 それは、捜査官としての勘だったのか。 ザースは真剣な目でクライドを見据えて言う。

「俺はこいつに同情するよ。 お前に関わんなきゃ捕まることなんて無かったわけだろ? だってのに、こいつはお前をこっち側に”引っ張り出してきた”。 きっと、こいつには考えも着かなかっただろうぜ。 自分が捕まるだなんてな」

「そりゃあまぁ、そうだろうけどさ。 でも結局はそれだけだぞ。 元を絶つ手段も吐かせる方法も俺にはない」

「かもしれねー。 でもな、お前はきっと連中にとっての想定外なんだろうぜ。 そんなのを敵に回したんだ。 だったら、連中にとって一つや二つ良くないことが起こっても不思議じゃあないさ。 お前は良くも悪くもイレギュラーメーカーだからよ」

「トラブルメーカーの親戚か何か俺は」

「実際そうだろ。 俺は、お前みたいな奴を他にみたことがない。 んじゃなクライド。 気が向いたら顔でも見に来てやるよ。 生きてさえいてくれれば、こうやって話すこともできる。 俺はこう見えて忙しいんだ」

「知ってるよ、陸士殿」

 踵を返しながら言うと、ザースはクライドに背中を向けた。 捕まった男のことを考えるよりも、まだ捕まっていない奴のことを考えなけらばならないのだ。 この次に会うのは、きっとこの牢獄の外だという漠然とした予感を彼は感じながら。

「またなザース。 今度会えたら新作をプレゼントしてやるよ。 どこぞの提督も一撃で潰せる”とっておき”を、だ」

「そいつはすげぇ。 期待して待ってるよ。 そんときゃ犯罪者は卒業しといてくれると助かる。 またあの店にラーメン喰いに行こうぜ。 仕事の愚痴だけは、ストックが付きねーしよ。 ――っと、そうだそうだ。 一応知らないとは思うんだがよ、お前”デミオ・デュエット”って犯罪者知ってるか?」

「……知らないな。 そいつはどんな奴なんだ?」

「この前の事件で大量に出てきた魔導機械とかを密輸してたと思われる奴だ。 量産してたアレの一部を買い取って使おうとしてた奴が吐いてな。 訳ありで俺が個人的にも追ってる奴なんだが、もし知ってたらと思ってよ」

「聞いたことも無い名前だが、興味が出てきた。 詳しく教えてくれよ」

「高ランク魔導師で、裏では質量兵器を売り捌く次元犯罪者さ。 反管理局思想の持ち主でな、元は善良なサラリーマンだった男だ。 この前現場で姿を見かけられたんだが、追ってた凄腕部隊が忽然と姿を見失ってる。 部隊の中に召喚師がいたらしくて、転移系魔法で逃げた風ではないってことだけは分かってるんだがな」

「場所は?」

「地下水路だが、それがどうかしたか」

「地下か。 素人意見でいいなら知恵を貸すけどどうする捜査官殿。 今ならついでに今日一日だけ凄腕も貸してやるサービスを実施するぞ」

「知恵ねぇ……」

「というわけで、おーいリイン。 ちょっと手を貸してくれ」

「仕事か」

 リンディのときの教訓として、クライドの客には距離を取っていたリイン。 胡散臭そうな目で自分を見てくるザースを無視しながら、クライドのところへと向かって行く。

「打てる手は打っておきたい。 ヴィータには戻ってきたら話しておくから、関連があるかどうかこの捜査官と一緒に調べて来て欲しい。 構わないか?」

「分かった。 それで、私は何をすればいい」

「なに、お前にしかできないことをな」

 クライドは唇を釣り上げると、リインフォースに説明した。












「――ったく、客が来ねぇと思ったらまたお前かよ」

「ああ」

 とんこつのドンブリを差出し、アークが憮然とした表情で言う。 その目の前には少女のような少年がいた。 レイス・インサイトだ。 何が目的なのか、また夕食前に顔を出してきた。 害意が今のところ無いことだけはアークにも分かってはいたが、それにしても肝が据わっているように見える。 アークがカグヤに言って待ち構えていたらそれだけで終わりだというのに、彼にはそんな危機感が微塵も無いのだ。 

「そういえば、この前貴方の師とやりあってきた」

「なに?」

 唐突な告白である。 アークは一瞬呆然とした。 命知らずを通り越して無謀だと思ったのだ。 その理由の一端を理解している男としては、さらりと言うこの目の前の少年の神経が分からなかった。 いや、元より知るほどの仲でもない。 呆気に取られながらもその告白に耳を傾ける。

「最後にはやられたが、貴方が言ったことの意味が理解できた気がした」

「そうか」

「理不尽だった。 アレはスペック差の問題などではない。 スキルに差が在りすぎるのだ」

「だろうな。 ”積み重ねてきたものの差”は如何ともしがたい。 そもそも武術やら剣術の思想ってのは大抵スペック差を埋めるためのもんだ。 特に人間の場合はそうだな。 それに、姐さんはいつも”戦場”に居る。 境遇は知らないけどよ、アレは筋金入りだ。 常にそのつもりでいやがる。 後ろから追いかけようとしても早々簡単に追いつけやしないさ。 高いぜ、あの剣の頂きはよ」

「……」

「諦めろって言っても聞かないんだろうが、そもそもお前にあの人と戦う理由はあるのか? それさえもままならないような顔してるお前じゃあ、未来永劫あの山には登れないぞ」

 先人の忠告を、レイスはラーメンを啜りながら聞き流す。 彼からすればその選択肢はないらしい。 しばし黙って味わいながら、尋ねる。

「どうすれば勝てる」

「あのな、俺に聞いたって答えられるわけないだろうがよ。 俺は姐さんの側の人間なんだぜ? それに第一、俺はあの人に刀を掠らせたことさえないんだ。 聞いても意味がねぇだろ」

 弟子に自信をつけさせようなどという優しさは彼女には無かったし、アーク自身もそんな生ぬるいものを求めてなど居なかった。 故に、徹頭徹尾敗北の味をかみ締めさせられた記憶は今でもまだ覚えている。 寧ろアークとしては高過ぎる壁<目標>であってくれたことに感謝しているぐらいである。 当時を振り返ればそのおかげで我武者羅に生きられたのだととも思っていたから尚更だ。

 また、アークは剣を手段に選んだ男だ。 勝つことを選ぶのだとしても剣だけでそれを目指す。 ならば、追い抜くところまで行かなければそれは手詰まりになる。 しかし、それに拘りぬいてきたアークにとってはそれ以外の道など考えもしなかった。 故に、答えられない。

「それでも、尋ねたい」

 食い下がってくる少年。 アークはため息交じりに言う。

「剣に意地と魂を込めて振るえ。 振るい続けろ。 お前が剣士なら、それ以外の道は無い。 スキルで超えろ」

 要するに積み重ねろとアークは言った。 そんなことしか言えないが、それは確かに正道だった。 すぐに目に見えて強くなれる術などない。 あるとしても、それはその人間が強くなったわけでは決してない。 例えば一般市民が銃で武装したとしても、それは単純に銃が強力なだけであって本人が強くなったわけではないのだ。 こと剣に関して言えば武器の強さに意味がないわけではないが、使い手の力量の方が遥かに重要である。 ”同じ土俵で戦う限り”はそうやすやすとこの理屈は覆らない。

「他には、ないか? それでは圧倒的に時間が足り無い。 俺に残された時間は少ないんだ」

「そんなこと言われても無いもんは無い。 あったとしてもお前には無理だ。 コレは俺の勘だが、お前間違いなく自己中だろ」

「それが、どう関係するというんだ?」

 性格と剣。 似ても似つかない。 アークの言いたいことが分からず、思わず苛立たしげにたずね返す。

「レイス。 お前は最強の剣とは何か、考えたことがあるか?」

「”強い剣”が最強ではないのか」

「ただ強いだけの剣か? それが答えなんだったら、それがお前の最強なんだろうな。 だが、それは俺のとは違うな」

「なんだと」

「俺が思い描く最強は”理不尽を跳ね除ける剣”だ」

 アーク・サタケは理不尽と出会い、そしてそれらと戦うために剣を取った。 故に、かつて目指したのはそういう剣だ。 ただ純粋に強くなりたいと思ってはいたものの、そのベクトルは抵抗力としての剣である。 研ぎ澄ませた刃は、そのための力なのだった。 そして、あの最後の瞬間のアーク・サタケはミズノハを背に最強の理不尽に抗って見せた。 二度と放てぬだろう生涯最強の対魔法剣。 それこそ、理不尽を打ち破った彼の最強だ。 今でもアークは思う。 あの、最後の一刀こそ自身の最強であると。 

「強い剣は確かに”ただ強い”。 でもな、それはより強い剣に負けるってことだぞ。 できるのは精々弱い者虐めさ。 強い者虐めなんて夢のまた夢だ」

「言ってるいる意味が分からないが……」

「己が剣に付加した属性の話さ。 漠然としてるけどな、結局その本人の剣を決める要素だよ。 復讐者の剣。 善人の剣。 悪人の剣。 正義の剣。 義務の剣、どれがお前の最強かは俺は知らない。 強いだけの剣。 大いに結構だが、それは本当にお前の最強か? 今まで生きてきて染み付いたそれを、振り返ってみろ。 今のままだとお前の剣は、自分より強い奴には効かねぇぞ」 

「……」

「そうだな。 例えば、戦り合ったんなら姐さんの剣を思い出してみろ。 打ち合ったんならなんとはなく分かるはずだ。 あの剣は”速くて重い”。 体感した威力よりも直重く感じなかったか? 姐さんの場合、あの重さが半端じゃない。 多分アレは義務の剣だと思うが、ありゃあ絶対に”一人分”じゃあない。 何人分もの”重さ”がある最強だ。 アレをお前一人で止めるのは多分無理だ。 ”一人だけのお前”じゃあ止められるわけがねぇ」

「それは、貴方の最強でも無理か?」

「そりゃあ無理さ。 姐さんは俺にとっては理不尽<敵>でもなんでもなく、目指していた到達点だし、俺の最強は精々十数人分……いや、あの時は二人分だけだったか。 まぁ、とにかくそれじゃあ届かねぇよ。 スペックで負け、スキルで負け、最強で負けたらもうどうにもなんねーだろ」

「それが、ソードダンサーの強さか」

 レイスは聞きかじっていた彼女の生い立ちを想像し、なるほどと呻いた。 カグヤの最強に乗っている重さはシュナイゼルの出した被害の分だけ重いのだろう。 それを考えると、たった一人分しか持ち得ない自身では太刀打ちできないように思えた。 いや、それ以前に自身の敵とは何だったのか? 今更のようにそれを考え、愕然とした。 同時に、頭部がズキリと痛む。 

「っ――」

 何も思い出せない。 痛みのその向こうにさえ、何も無い。 本当は何か、大事な何かがあったはずなのに。 あの”黒髪の女”と、”紅髪の男”のことで何かあったはずなのに。 何故、こんなにも思い出せないのか? レイスはフォークをどんぶりの中に落としながら、左手でブルブルと震える右手を押さえる。

(あの、自由の空の向こう。 ■を失った……あの時、元凶……あの■切者……くっ――)

 脳裏を過ぎ去る幻影。 記憶はランダムに過去に飛び、一人の少年が黒髪の○○に土下座をしている姿さえ見えた。 同じ境遇に落ちた、どこかへ引き離された同胞たちの、あの生気のない生ける屍<仲間たち>の、その顔さえも見えた。

(そう、だ。 だから、俺はアーク・チェザイル<同胞>に嫉妬はしても敵意を持てないのか)

「おい? どうした」

「いや、なんでも……ない」

 明らかに異常だ。 だが、レイスは痙攣するように震える右手から左手を離し、懐からまた札束を取り出してカウンターに叩きつける。 それ以上は無理だった。 この空間に居ると、アークに八つ当たりするだろう自分を止められそうに無い。 羨望と嫉妬と憧憬と、そして純粋なる怒りと安堵が彼の胸のうちに去来する。 同時に、彼の思考を強固に安定させていた何かが、まるでガラスのようにひび割れてしまいそうな錯覚に陥った。 

「すまない、残す――」

「あ、おい!?」

 ラーメンをそのままに、多すぎる代金だけをカウンターに叩きつけてレイスは去っていった。 その瞬間、確かにアークは彼から身もよだつような怖気を感じた。 同時に、酷く口惜しい何かも感じて両手に視線を落とした。

 そこにあるのは料理人の手だ。 ラーメンを、客の舌と腹を満足させるためだけにある大事な武器<刃>がある。 だがしかし、今この瞬間だけは過去の自分に戻りたいと思った。

 何も怖い者は無く、誰にも背中を預けることもなく、どんな理不尽にだって抵抗してやると思ってただ駆け抜けた愛刀との日々。 戦えぬ今、それを思うことに意味は無い。 意味は無いが、ただ、それでもアークは悔しかった。

「未練だ。 そう、これは未練だレイス。 俺に刀があったら、俺がお前を止めてやれたかも知れねぇ。 お前には、そもそも”勝つ気がない”んだろ。 そんなんじゃあ、どうやったって勝てねぇよ。 スペックもスキルも最強も本当は関係がないんだ。 お前はただ……」

――あの人に甘えたいだけなんじゃないのか?

 確信は無かった。 だがアークには不思議とそうとしか思えなかったのだ。 どこか敵対しているという彼女のことを嬉しそうに、そして寂しそうに語る彼の表情。 それはまるで、誰かに置いていかれないようにもがこうとする子供のような顔であった。 似すぎている顔つきから想像しても、それから連想される答えは少ない。 故に、アークにとってはレイスが己の師匠と戦うことは好ましく思えなかった。

 別に、戦う必要はない。 その資格が彼にあるというのであれば、ただ言葉を交わせば良い。 それだけだ。 それだけで済む。 だというのに、戦うのは魔法剣士としての血筋がそうさせる業なのか? それとも己の剣<意地>で、伝えたい何かがあるのか? 詳しく知らないアークには分からない。 最悪、金色に使われているだけだという想像も容易くできる。 そう考えると、奇妙な後味の悪さを感じずにはいられなかった。

 アークは置かれた札束に目を向ける。 彼の境遇を鑑みれば、これは悪人の金ということになるのだろう。 レイスが自分で稼いだ金というわけでもないのかもしれない。 そもそも金を払うことは知っていてもそれにどれだけの価値があるかまでは理解している風ではなかった。 まず間違いなく、普通の人間ではない。 いや、そもそも強化された人間だと話していたことを思い出し、更にアークは気が滅入ってきた。 彼はカグヤには話していない。 話してどうにかなる問題ではないようであるし、そもそも連絡先さえも満足に知らない。 ヴァルハラのミッドガルズにいけばなんとかなるかと、そんな程度の認識だ。 行くべきか行かざるべきか、それさえも迷っていた。 と、そんな悩む彼の店に常連客がやって来た。 いつもの男だった。

「店長また入れなかったんだが……本当に何も仕掛けてないんだよな?」

「あ、ああ。 ”俺”は何もしてないぜ」

 耳元で鳴り響くイヤホンから競馬のラジオを聴きながら、その男は首を傾げる。 アークは不思議そうな顔をする男にお冷を出しながら、いつものように注文を取った。 ただ、頭の中では今日ばかりはいつもより早く閉店しようかと考えていた。 何故か無性に、飲みたい気分だった。












「ここだ」

 夕暮れの中で歩く廃棄都市はその草臥れた姿と共に奇妙な哀愁を携えている。 影法師が真っ直ぐにアスファルトに伸び、その上で”一人佇む”ザースはいつもと違う自分の状態に戸惑っていた。

 いつもはブラウンのその髪が、今では妙に薄い白が混ざっている。 染めたようなその色合いは、決していつもの彼の髪色ではない。 鏡を見ればその変化は一目瞭然だろうが、生憎と自分の姿を確かめるような暇は無かった。

『さて、準備は良いかザース捜査官』

 ザースに”融合<ユニゾン>”し、今はその魔力中枢に居るリインが尋ねる。 その頭に直接響いてくるような声には、さしものザースも戸惑いを隠せない。 だが、それが必要だというのであれば我慢もできた。

 とんぼ返りでのこの捜査。 もしかしたら、というクライドの思いつきでしかないそれを確かめに来たのは、その可能性を不思議と誰も考えなかったからである。 ザース自身、普通の常識に捕らわれていたというわけだった。 陸課特殊捜査部の捜査員としてはお間抜けだと自嘲するしかない程のミスである。 
「ああ、頼むぜリインフォースさんよ」

 瞬間、ザースの足元にミッド式の魔法陣が現れる。 白みがかった茶色のその色こそ、融合している二人の魔力光がシンクロしているという確かな証拠だ。 若干緊張しながら、ザースはその魔法に己の身を任せる。 そして、彼らは”地面の中”へと沈んでいった。

 物体潜行移動魔法<マテリアルダイブ>。 物体を素通りして移動する魔法だ。 地面だけでなく魔力的な何かでもなければありとあらゆる物体を通り抜けられる特殊な魔法だ。 レアスキルに区分され、人の頭の中を覗く魔法と同じく規制されている魔法でもあるため普通の一般的な魔導師はその魔法を覚えられない。 しかし、マジックホルダー<魔法蒐集者>とも呼べるリインフォースにとっては彼女が所持する魔法の一つに過ぎなかった。

 元々、闇の書は各地の偉大な魔導師の希少な魔法を保存する役割を持っているとう”設定”の代物だ。 故に、書が蒐集してきた膨大な数の魔法がある。 クライドがリインのために闇の書のオリジナルパーツを適当にでっち上げて作った”蒼天の書”には、オリジナルの闇の書の魔法が全てコピーされている。 故に、彼女ほど多岐にわたる魔法を行使できる魔導騎士はいないだろう。 しかも、彼女は総合SSで闇の書の管制人格としての経験を持つ稀有な存在だ。 彼女の所持魔法の数はリンディ・ハラオウンをも遥かに凌駕している。 先天的要素が必要ではない魔法に関しては見事に再現できる程多芸だ。

『すげぇな』

 地面の中に潜行する経験など、普通は無い。 海の中を泳ぐのに近い感触と共に、周囲に広がる暗黒の闇。 ともすれば上下左右の感覚さえなくなってしまいそうなほどに暗い。

『あんた、本当に何者だよ』

『ただのフリーランサーだ』

 そっけなく言うリインだったが、ザースはついつい職業柄尋ねていた。

『ただのフリーランサーだったとしても、こんな禁制の魔法どこで覚えたんだ? できれば教えてくれよ。 捜査にも色々と役立ちそうだぜこいつは』

『他の者のことは分からないが、これは”人から貰った魔法”だ』

『なるほど、フリーランサー同士の横の繋がりって奴か』

 それはザースの勘違いだった。 そんな優しい入手方法ではない。 リインのそれは、書が蒐集の過程いおいて頂いた代物に過ぎないからだ。 しかし、リインはそのことを訂正したりはしない。 管制人格だった頃の記憶は、彼女にとって楽しいことばかりではないからだ。 それを思い出すような行為を、彼女は嫌っていた。 他の守護騎士たちがそうなように、リインだとて言いたくないことはあるのだ。

『それより、どこに行けばよい』

『まず真下の地下水路まで頼む。 確認はしておきたい』

『了解した』

 真下へとリインが体を移動させる。 泳ぐというよりは飛行する感覚に近いのかもしれない。 マテリアルダイブによる移動は、それぐらい特異な感覚をザースの五感に与えて来た。

(しっかし、確かにクライドの言うとおりなんだよな。 召喚魔法での離脱じゃなきゃ迷彩魔法で姿を消して逃げたか地面に潜るかぐらいしか選択肢はない。 隠し扉の類は寧ろ”普通の人間”だって場合の選択肢だ。 魔導師の特殊犯罪を追う俺が、こんな根本的なことを忘れるなんて、な)

 彼自身でも不思議だったのだが、クライドに言われるまで完全に頭の中からその発想が抜けていた。 余りにもそういうケースが”レア”過ぎたのだ。 だから、きっと”ゼスト隊”も咄嗟に見失ったのではないかとザースは思う。 ただ、疑問は残る。 この魔法は一般には知られるはずがない類の魔法だ。 つまり、デミオ・デュエットという魔導師がそう簡単に知れる代物ではないということでもあるのだ。

 この可能性は確かに考えられるが、他の可能性と比べると格段に可能性が低くなると思わざるを得ない。 しかし、だからこそデミオという犯罪者にはありえそうだとザースは考えた。 

 そもそも、デミオの経歴からすれば可笑しいことが一つあった。 それは、ただの高ランク魔導師のサラリーマンがどうやって武器の密輸をやってのける程にまでなったのかという疑問だ。

 元々デミオ・デュエットは管理局の陸士訓練校を卒業し、管理局には進路を求めずに”普通の学校”に進学した上で貿易会社に入社した変り種だ。 通常、ミッドチルダでは魔導の素質を持つものは魔導師になり局員になる者が多い。 しかし、彼は魔導師の道から降りただけでなく質量兵器を売り捌くようになった。

 その動悸こそザースには推察できても、そこから今に繋がる道筋だけは分からない。 高ランク魔導師だから、有用な駒として声をかけられたのか? それとも昔からそういうコネを持っていたのか? その把握し切れていない経歴にこそ、目を向けなければならないのではないかとザースは思っていた。 そして、恐らくはそれが先日の事件にも関わってくるのではないかと彼にはどうしても思えてならない。

(にしても、クライドがこの女を俺につけたのもそれを確かめるためなんだろうな。 まったく、そういう強かなところだけは変わってねーなぁ)

 今融合しているリインフォースという魔導師。 得たいの知れなさで考えれば、普段のザースは絶対に手を組まないだろう。 そもそもフリーランサーで、一般人であるというならこの封鎖された現場に連れて来ることだってしたくはない。 けれど、そこに”クライド<友人>”の介在があり、自分には絶対にできない技能を彼女は持っている。 気を許すことはできないが、それでもクライドがまだ友人だと”思いたいザース”は信用することを選択した。 例え、騙されてたとしてもそれならそれで今度こそぶん殴ってやるだけである。 そう、彼からすれば結局のところその程度の問題でしかなかったのだ。 そう思える自分で、彼は有りたかったのだ。

『ん、抜けたな』

 水路に着地しながら、周囲を見渡す。 一度潜っているため、代わり映えしない景色がザースの視界を埋めている。 水路と通路。 そして戦闘跡らしき傷が薄暗い証明に照らされてそこにある。

 ザースはこの前の事件の時に与えられていたマップを開いた。 地下水路は広い。 広すぎると行っても良い。 逃走ルートだけでなく隠し部屋のことも疑える以上は、道以外の全てに疑いがかかる。 普通に探すなら骨が折れる作業になることは間違いない。

「一つ聞きたいんだが、さっきの魔法はどれだけの時間使ってられるんだ?」

『個体差はあるだろうが、私なら使うだけなら一日中使っていられる。 そのデミオと言う魔導師のランクは?』

「推定だとAAA+だ」

『ならば、半日は余裕だろう。 しかし、この魔法はかなり繊細で神経を使う。 私なら長時間使用したいとは思わない。 管理局に追われているのであれば尚更だ。 だから、隠し部屋の方を探したいと思う』

 言うが早いか、ザースの足元に魔法陣が再び展開される。

『大規模な探索魔法を放つ。 構わないか』

「ああ」

『では、この周辺一帯を”立体的に解析”する。 ただ潜って闇雲に探すだけでは不毛だからな』

 瞬間、ザースの足元で回転していたミッド式魔法陣から爆発的に光が広がっていった。 まるでザースを中心とした光の波が、三百六十度全てに広がって行くかのような光景だった。 いや、事実そうなのだろう。 光は地下水路の建材さえ素通りして広がって行くように見える。 当然、ザースは頬をひくつかせて呻いた。

 つぎ込まれた魔力の量が、通常の探索魔法のそれを大幅に凌駕している。 攻撃魔法にそれを使えば、まず間違いなく低ランクはなぎ倒せるだろう。 というより、管理局のセンサーが拾って誰かが来る可能性の方が高い。

「ちょ、おま――」

『私は広域殲滅が得意でな。 これはそのちょっとした応用というわけだ。 魔法の広域資質を探索に利用した、な。 すぐにここら一帯全ての立体地図が手に入るだろう』

「そ、そうか。 そりゃあいいが、できればさっさと終らせようぜ」

 辛うじて返事を返すザースの脳裏に、リインフォースがマッピングした情報がダイレクトで送られてくる。 加速度的に広がって行くその立体地図には、もう感嘆を通り越して呆れるしかない。 ただし、欠点もあるようでエリアサーチと違って映像を入手できるわけではなかったし、監視し続けられるわけでもないらしかった。 だが、それでも使いどころさえ間違えなければ十分に有用な魔法と言えた。

『やはり在ったな。 精査領域だけで怪しい場所が十四はある。 どれも無人のようだ。 ここから一番近い部屋は……ふむ。 向こうだな』

「すげぇよマジで。 あんた、本当に何者だ」

 タダのフリーランサーとは到底思えない手札の異常さ。 既に住んでいる次元が違うのではないかと思わされる程の圧倒的な差を彼は漠然と垣間見た。 それが悔しいと思わないでもない。 だが、他人の芝生の青さに焦がれる感情にはザースはもう慣れていた。 だから、悔しさを感じながらも彼女の力を借りられた幸運に感謝した。











「ここも相変わらず出口が無い部屋か」

 四角い立方体の部屋。 地面をくりぬいてそのまま通路を繋がなかった曰く付きの物件。 そこは、誰にも知られていない犯罪者の隠し部屋だ。 水道や電気が通っていることから考えれば、地下水路の明かりの電源を横流ししているのだろう。 水も、元々上の都市へと供給されていた部分から引っ張ってきたのだろうと思えば納得が行く。 空調も完璧に作動しており非常食も蓄えられていた。

「くそ、なんだよここは。 普通じゃない。 こんな部屋、あいつに用意できるわけがないんだよ。 どうやったらこんな場所を作れる。 これじゃあまるで、都市開発の段階で用意されてたみたいじゃねーかよ!!」

 八つ当たり気味に端末が乗ったデスクを叩くザース。 その頭の中は間違いなく混乱していた。 当たり前だ、考えれば考えるほど頭が可笑しくなりそうなのだ。 こんな都合の良い場所を、ただの一般人だった男がどうやって知りえるのか。 であればやはり、デミオ・デュエットという犯罪者の後ろに彼をバイヤーにした何者かが居ると思えてならない。 単独でこれを作るのは不可能で、仮になんらかの組織のバックアップがあったとしても道が無い部屋を管理局に知られずに作るのは無理にしか思えない。 ならば、これは廃棄都市が作られた頃に既に用意されていたと考える以外に納得できるものではない。

『……』

 憤るザースをそのままに、リインは無言でユニゾンを解くと端末の調査を行う。 余りにも端末が旧すぎて、ザースには触れない。 故に、リインがそれを触りながらデータを閲覧しているのだ。 その大抵が、密輸品のリストと顧客リストだ。 どうせここにはこれないだろうと高を括っていたのかパスワードロックの一つさえない。 デバイスに光学映像で記録させれば十分に証拠品として利用できる。 座標も記録しているので後でザースが陸の特殊技能魔導師を呼んで詳しく見聞すれば良い。 無論、クライドの頼んでいた通りに情報は最優先で探していた。

「……どうだ?」

「ここも同じだ。 但し、データが旧すぎる。 貴方が探しているという男以外にもここを使っていた者がいたのだろう。 ログが旧暦にまで遡れる」

「旧暦……か はぁ、ため息しかでねーよ。 さしずめここは、大昔から続く犯罪者組織ご用達の部屋ってわけか。 随分と犯罪者共の暗躍の歴史を感じさせてくれるぜまったく」

「そろそろ行こう。 次で最後だ」

「あいよ」

 再び融合し、マテリアルダイブを使用する。 既に何度も行っているせいで、さすがのザースも慣れていた。

『そういえば、お前さんとあいつ……一体どういう関係なんだ』

『あいつとはクライドのことか?』

『ああ。 いつからか、無駄に高ランク魔導師と接点が多いとか嘆いてたが、あんたみたいな女の話は聞いたことがなかった。 付き合いは長いのか』

『”直接話しをした”のは大体二年ぐらい前からだな。 彼とはそれからの付き合いになる』

『そうか。 なら、あいつがミッドから消えてからの知り合いか』

『気になるか? 彼のことが』

『気にならねぇって言えば嘘になるな。 昔っから大事なことは全部自分だけでどうにかしようとする奴でな、その癖妙に目に付きやがるんだ。 どうにも、アクの強い奴でな。 どっか普通の奴とズレてる奴だったよ』

『ズレている?』

『あんたはあいつといて感じなかったか。 違和感があるんだよ。 あいつの見てるモノと、俺が見てるモノは違うってな。 視点が違うのか初めから感性が違うのかはわからねーけどよ。 価値観が違いすぎるっていうのが近いのかもな。 今もそうだな。 昔からそういうとこ、全然変わらねー奴なんだ』

 懐かしげに言うザースの言葉には、なんとも言えない感情が渦巻いている。 ただ、リインにはそれがどこか寂しそうに聞こえていた。 

『でもよ、それでもいいんだと思ってたんだよ。 人間って奴は一人一人違うから、だからああいう奴がいても良いと思ってた。 でも、あいつはズレ過ぎてやがる。 だから簡単に普通から外れられる。 俺には、それが分かってても止めてやれねぇ。 友達の、はずなんだけどな』

 管理局の誘いは、犯罪者更正プログラムに直結する事柄だ。 司法取引というか、罪を減刑し社会復帰するための最速の道筋を、クライドは容易く興味が無いと言い切った。 デバイスマイスターになりたがっていた昔を知っているだけに、ザースは未練が無さ過ぎるクライドの決断の意図が分からない。 本当に、どこまで他人に理解できない場所を突っ走るのか? 

『言えば良いだろう。 彼に耳が無いというわけではない。 言えば聞いてくれるはずだ』

『聞きはしても考えを改めるとは思えねぇな』

『……それは違う』

『あん?』

『確かに、彼は”物理的に容易に拘束できない存在”だ。 しかし、貴方は彼に影響を与えることができる。 何故なら彼が楽しそうに話せる相手だからだ。 だから、それはきっと違うはずだ』

『……』

『勿論、言えば止まるかといえばそうでもないかもしれない。 だが、貴方の言葉で彼は考える。 一工程加えて結論を出す。 それではダメなのか』

 リインフォースは静かに言い募る。 そもそも少し前に出会っただけの相手で、訳知り顔で言われると腹も立つ。 だが、何故かその言葉はザースの諦観を解そうとしていた。

『……フリーランサーって人種は、もっとドライかと思っていたぜ。 あんたは見た目クールそうなのに、中身はホットなんだな』

『さて……な』

 余計なお節介だったと言った後で考えていたリインだった、ザースの言葉で口元を緩ませた。 リインフォースは知っていたのだ。 クライドとザースの関係を。  だから言った。 今ではもう、闇の書の管制人格でもなんでもなくて、その義務や責務から切り離された別個の存在だというのに。

 クライド・ハーヴェイは幸福だ。 止めてくれる者がいるという幸福を持っている。 リインからすれば、それは彼が享受するべきものでそれを受け取る前から諦められるのは残念に思えただけだ。 ただそれだけだったはずだ。 なのに、そう言えたことを少しだけ喜んでいる自分に内心では驚いてもいた。

 行為に付随する義務はない。 そんな義務は、既に切り離された時点で抹消されている。 切り離されて自由になって、まだよくわからない場所を手探りで歩いているのが実情だ。 そんな中で、自分から自然とそう思えたことした。 それ即ち少しずつ彼女自身に人間味という奴が備わってきたという証明だった。

 自覚すれば、例えばザース・リャクトンという魔導師がクライドに影響を受けているように、自分もそうなのだろうと容易く理解できた。 無論彼女に付き従うことを宣言した”紅の鉄騎<ヴィータ>”の影響も多分にあるのだろうが、その変化が彼女は不思議と嫌ではなかった。 

『どうかしたかよ』

『なんでもない。 それより、これで最後だ』

 地中の闇を突き抜ける。 同時に、融合を解除して床に降り立つ二人。 すると、彼らの前に今までとは一線を駕した光景が広がっていた。

「むぅ、ヴィータのウサギよりも大きいものが存在するとは……」

「最後の最後で妙にファンシーな部屋だなぁ、おい」

 端的に言えば、可愛らしい部屋という形容が正しいのだろう。 他の場所と違って綺麗なカーペットが敷かれ、縫いぐるみや人形を収納したボックスがある。 念入りに掃除されているようで、他の部屋とは清潔さからして違っている。 どこか甘ったるい匂いがするその部屋は、犯罪者の秘密部屋というよりも幼い女の子の部屋だった。

「あいつ、少女趣味だったのか? ――って、んなわけないか」

 犯罪者の意外な趣味まではさすがにザースも知らない。 だが、デミオ・デュエットという中年男の部屋としてはあまりにも異色過ぎる。

「仲間の部屋か、それとも初めから関係が無いかだな。 ここには他の部屋と違って端末が見当たらない」

「はずれってのか? しかし、こんなところに部屋を持つ奴が他にもいるとは思えねぇ。 ”まさか”……な」

 手近にあったクマの縫いぐるみを一つ持ち上げながら、ザースは己の中に浮かんだ疑惑を打ち消した。 そんなはずがない。 ”居る”はずが無い。 偶々少女を連想するような部屋を見ただけで、そうだと決まったわけがない。 だが、そう思いながらもザースは口を開いていた。

「……俺が追っている男、デミオには娘がいた」

「では、この場所はその娘のための部屋か」

「しかし、それはありえねーんだよ。 何故なら、あいつの娘はもう死んでるんだ」

「……死因は?」

「直接の死因は銃だ。 犯罪組織のいざこざに巻き込まれて運悪く母親諸共やられた」

「そうか」

 クライドが居なくなる前の話だった。 ザースはそれに直接関わってはいない。 関わる前に、それは終っていたからだ。

「確かあれは六年前だった。 東部の方で事件があってな。 過去に捕まえたとある犯罪組織のボスを解放しろっていうお題目で、その元部下たちが銀行を襲ったんだ。 そうして連中は客を人質に取り、立てこもった」

「何故銀行なのだ。 普通はそのボスとやらが捕まっている場所を襲うのでは?」

「いや、連中にはどこに捕まってたかがわからなかったんだよ。 だから、適当な場所で暴れて開放させようとしたらしい。 同時に逃亡資金も得ようとしたとも聞いてる。 とまぁそれで、連中の要求はこうだ。 『一時間以内にボスを解放しここにつれて来い。 そして包囲網を解いた上で逃げるためのヘリを用意しろ。 要求が受け入れられない場合は、五分遅れるごとに人質を一人殺す』」

「なるほど、それで管理局はそれを聞き入れたのか?」

「まさか。 最悪人命優先でボス諸共一端逃がしてから捕まえる案も考えられてたみたいなんだが、結局は突入部隊を編成して突っ込んだんだ。 相手には魔導師は居らず、全員銃器で武装していただけってのが理由だ。 後からそれが間違いだって気づいたときには遅かったそうだ。 向こうも後が無かったんだろうな。 隠し玉として出力リミッターで魔力を隠した魔導師を隠してた。 それで突入時には相当激しく抵抗したんだと。 結局、見通しの甘かった陸の魔導師たちは人質に被害を出さずに終らせることはできなかった」

 ザースはあの日のことを思い出す。 他の事件を追っていたために現場から遠かった。 故に、ザースがその事件を知ったのは終った後だった。 東部から離れていなければ彼は突入部隊の人員に数えられていたかもしれない。 後でそう言われて、疲れた顔をした同僚の愚痴を聞きながら酒をやったものである。 

「では、失敗した管理局に対する怒りで犯罪に?」

「いや、恐らくはその後だ。 突入部隊に選ばれた同僚の愚痴を聞くために、後日俺はそいつと一緒に街で飲んでた。 直接担当した事件で被害者を出したのがそいつは初めてでな、かなり凹んでたよ。 まるで全部自分のせいみたいに思ってやがった。 そいつが直接何かミスをしたってわけじゃないらしい。 精一杯やったと言っていた。 でもどうしても、IFを考えずにはいられないぐらいに弱ってたんだろう。 あいつは ”もしも、海と協力してたらどうだったか”なんて言い出した。 一時間あったんだ。 その間に陸の連中よりももっと錬度が高い奴らを呼んだら結果は違ったかもしれないってな。 そいつは低ランクの魔導師でな。 魔導師ランクにコンプレックスを持ってた。 だから、最終的には己の無力を愚痴にした。 そのときだった。 後ろで飲んだくれてた男がそいつにいきなり殴りかかっていったんだ。 それが、デミオだった」

 クマの縫いぐるみを戻しながら、ザースは思い出すよう目を閉じた。 彼はまだ覚えていた。 だから、彼を止めたいと思い自らの責務としていた。

「俺は奴を止めようとしたが、奴は中々止まらなかった。 あいつからすれば、もっと他の手段があったかもしれないなんて言われたら堪ったもんじゃなかったんだろう。 現場はどこも人手不足で、それこそ海と比べたら陸は貧相だ。 平均ランクからして如実に違う。 俺たち陸士はその中でできることをやるしかない。 でも、そんなことは”俺たちの事情”だ。 一般人だったあいつには関係無い。 だから、俺たち陸士の無力があいつには許せるはずもなかったんだろう」

 それこそ、些細な事件でもストライカー級やエースオブエース級魔導師を湯水の如く投入できるのであれば、鎮圧作戦の被害は最小になったかもしれない。 だが、不満を上げれば限が無い。 どこの現場だって、強力な手札を”欲している”のだ。

「同僚はデミオの顔を覚えていたみたいでよ、抵抗せずに殴られ続けてそれが切っ掛けで辞職した。 その後だ、暴行罪で捕まったデミオが保釈期間中に消えたのは。 奴は行方を眩ませ、一年後に俺の前に現れた。 俺が偶然、奴が別の犯罪者と取引している密輸現場へ踏み込んだからだ。 だがあいつは苦も無く逃げ切ったよ。 眠らせてた高ランク魔導師としての力を遺憾なく発揮してな。 それ以後、暇を見つけてはあいつの足取りを探してたが、さすがにそう簡単に尻尾を出すような真似はしなかった」

 だが、また再び彼は現れた。 であれば、ザース・リャクトンは諦めずに追うしかない。 彼は捜査官で、相手は犯罪を助長するような存在だ。 陸士の無力が生み出したかもしれない相手だろうと、足を止めるわけにはいかない。

「正直、あんたには感謝してるよ。 ここを発見できたのは大きい。 網を張ってれば今度こそ奴を捕まえられるかもしれねぇ。 さすがに、こんな場所をそう簡単に発見できる陸士はいねぇから油断してるだろう。 次にあいつが戻ってきたときにでも、勝負をかけてやる」

 グッと、拳を握り締めながらザースは笑った。 相手が一度逃した相手で、高ランク魔導師だというのに彼は悲壮感など微塵も感じさせない。 本気で捕まえる気なのだ彼は。

「そうか。 捕まえられるといいな」

「おう」

「それで、話を戻すがこの部屋は結局何なのだろう。 その男の娘のものではないということは分かったがな」

「わからねぇ。 だが、仲間にこういう趣味の奴がいるかもしれねぇって考えるのが無難だろう」

「……そうだな。 ここには端末もないし、そもそも無関係という可能性もある。 そろそろ地上に戻るか」

「だな。 いい加減日の光が恋しくなってきたところだ」

 ユニゾンし、二人は地上へと戻るべく壁の中へと解け消える。 収穫はあった。 後は手に入れたデータを元に捜査を進め、同時に部屋へと戻ってくるだろうデミオを待ち伏せるような体制を構築すればそう遠くない日に捕まえることができるかもしれない。 今はただそれだけで十分だったはずだった。

『ん?』

 地中の闇に、光はない。 マテリアルダイブ中の二人にとっては、地中は光が無い暗闇だけの世界だ。 だが、ザースの視界に一瞬それ以外の何かが見えた。 夜に流れる流れ星のような、一筋の光が見えた気がしたのだ。

『なぁ。 ありゃあ……なんだ?』

 言われてリインも注意を向ける。 しかし、彼女もそれが何なのかを見分けることはできなかった。 単純に遠すぎたのだ。  けれど答えは明白だろう。 地中の中で光る物体は無い。 そもそも地中には光源が無い。 有るとすれば、それは彼らと同じように”魔力光を放っている”場合にしかありえない。

『どうやら、部屋に関係者が戻ってきたようだ』

『本当かよ。 地上は今、封鎖されているんだぜ?』

『物体潜行魔法を使っているのなら問題はないだろう。 陸士も地中までは監視できまい。 さて、どうしたものか』

 一端戻って応援を呼んでくるという手もあるし、そのまま踏み込むという手もある。 彼女単独であれば突入するが、捜査官としてのザースの都合を考慮に入れリインは問いかけていた。 それに、ザースは迷うことなく即答した。

『頼む、俺をすぐに連れて行ってくれ』
 
『いいのか? 別に急がずとも泳がせて他の拠点や仲間を一網打尽にするという手もあると思うが』

『泳がせるよりは吐かせたい。 それに、俺があいつと戦うとしたらきっと無事じゃあすまないはずだ。 なら、単独の内に抑えたい。 上に戻っている間に見失う可能性もあるしよ』

『分かった。 それでは一端さっきの部屋に戻って再度”探索”を掛けよう。 確実に捕捉し、追撃する。 それでいいか?』 

『ああ、恩にきる』

 陸士の一人として、ザースはデミオを止めなければならない。 職務としてはもとより、陸を去ったかつての同僚のために。 そして何より、ザースの感性が許せなかったのだ。 無力な陸士のせいで妻と娘が死んだなどと思われ続けるのは。 

 人手不足に喘いでいるという事実はある。 強力な魔導師が大量に要るというわけでもない。 でもそれでもきっと現場は”必死”だったのだ。 人の命には代えられないなんていう正論は重々承知している。 それは事実で、しかし魔導師の数が少ないという事実も理解している。 だが、それでも踏ん張って併走している連中の一人として、ザースは証明して見せたかった。

 『無力だから』、『ランクが低いから』、などというのは結局のところ言い訳だ。 『人手が足りないから』とか『部隊保有制限』だとかも同じだ。 結局のところ、無い袖は触れない。 だから、一人一人が与えられた状況の中で最善を尽くすしかないのだ。 その上で、陸士はその状況の中でできうることをしたはずだ。 だから恨むなとザースは思っているわけではない。 ただ、せめてその怒りと同じ分だけ犯罪に対して怒りを向けて欲しいのだ。 元凶は犯罪者。 なのに、精一杯やった奴らに怒りを向けるだけで、自分も一緒になって犯罪を犯すような道に堕ちて欲しくないのだ。

 どうして彼が質量兵器の類をばら撒くのか? その道をデミオが選んだ理由が、もし管理局員の無力さに付随するものだとしたら、デミオ・デュエットは時代を逆行させるために自ら明確な脅威となることを選んだ”異色”の犯罪者なのだとザースは分析している。 きっと今とは逆に、魔導師を封印して特殊技能ではなく兵器によって管理された世界を望んでいるのだろう、と。

 人の素質に異常なまでに左右されず、誰しもがある程度平等に使用できる力による管理社会。 旧暦か魔法が存在しないレベルまで時間を戻したいという願望こそが目的だろう。 確かに、それならばある程度平等に戦力を保持させることができ、人手不足などという状態は今よりも起こり難くなる。 そのためだけに、デミオはきっと自分と同じ被害者を量産するのだ。

『よし、準備はいいな』

『おうよ』

 立体地図を作成するための広域透過探索魔法<スルーサーチ>が駆動する。 それにやや遅れる形で二人が地中へと消えて行く。 もし、仮に今二人の前に広がっている光景を表すとすれば光と共に広がっていく宇宙だろう。 広がって行く探索光は、地中の闇に創世の光の如く照らしつけながら探査の網を広げて行く。

 やがて、ザースの知覚にリインが感応制御で繋げた立体地図が上書きされる。 反応は、あった。 十四あった隠し通路の、その一番初め。 デミオがゼスト隊と逃げる時に使ったと思わしき地点から反応が在った。 移動速度が加速する。 

 進行向を修正し、突き進み、その反応へと疾駆する。 その最中、ふとザースはあの時逃げられる前に言われた言葉を思い出していた。 


――ザース・リャクトン。 管理局の、貴方たちによって歪められている管理社会という名の甘い幻想、この私が破壊してさしあげましょう。 皆さんの眼を覚まさせるために。 これ以上私の娘と妻のように、人々が”無力な管理局員”に殺されないために!!


 家族のために憤ることは正しくても、結局のところ方法が致命的に間違っている。 そんなことさえ怒りに燃える男には分からないのか。 だったら、殴ってでも止めるしかない。 例え無力だと言われようとも、自分たちの存在が無駄ではないと証明するためにザースにはそれしかないできない。

――そうして、遂にザースは地中の闇を突き抜けた。

コメント
久々更新、ずっと待ってましたー。ほぼ毎日覗いててようやくです
リンディとクライドはようやくと言ったところだが、リンディの異変や助手の動向を含めてまだまだ波乱が続きそうですね。
【2011/11/11 19:17】 | 紅葉 #zXzolypM | [edit]
更新キター
待ってましたよ、早速読んできます
【2011/11/11 21:24】 | sc #- | [edit]
リンディかわいいよリンディ
ついに決着キターと思ったらまた波乱
前作の姿に戻されるヒロインとかまさに劇場版
【2011/11/12 01:29】 | |・ω・) #LkZag.iM | [edit]
おひさです。
さて、早速一から読み直すとしますか。
【2011/11/12 01:54】 | nao #- | [edit]
ニヤニヤしてたら突然ロリに!?
【2011/11/12 10:00】 | 名無しさん #- | [edit]
ロリンディから羽化したはずのリンディさんがまさかのロリンディ化
ナンテコッタイ

イチャイチャが見れるはずが、また波乱だと?(ゴクリ…
【2011/11/12 16:05】 | サバ #mQop/nM. | [edit]
紅葉さん、 scさん、|・ω・)さん、naoさん、名無しさん、サバさん コメありぃーっす!!

リンディの異変や助手の動向を含めてまだまだ波乱が続きそうですね。
↑そう簡単に楽ができないのがクライドです。

リンディかわいいよリンディ
↑まぁ、リンディですからねw
【2012/08/17 16:49】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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