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憑依奮闘記3 第四章

 2011-11-12

 自治領であるベルカ領には、ミッドガルズの支店が一つある。 適当にタクシーを捕まえてそこに向かったヴィータは、その支店から次元通信を本社に繋げていた。 無論、繋げたのはどこに居るかも定かではないカグヤへ直接ではない。 いつも受け付けに居る社長の方へだった。

『あらあら、今日はリインちゃんと一緒じゃないのねヴィータちゃん』

「アタシだって、いつもいつもあいつと居るってわけじゃねーです」
 常に二人一緒に居るといって良いほどに、二人の仲の良さは本店でも知れ渡っている。 そのせいで、リインフォースが子連れ魔導師だと一部では思われているほどだ。 無論、そんな噂などヴィータは知らない。

『それで、何かしら』

「調べてもらいたい男がいるんだ。 ついでに、ソードダンサーにそのことを伝えて欲しい」

『いいわよ。 それで、どんな人?』

「時空管理局本局魔導師で監査部のゴルド・クラウンとかいう金髪男」

『ゴルド……クラウンね? ん、分かったわ。 調査代金はどうしましょうか』

「こいつは仕事の延長だから、必要経費としてあのデバイス屋の店長にでも貰ってくれよ」

『ああ、そっち方面なのね。 んー……ならいいわ。 多分、それならカグヤちゃんが出すだろうから。 急いだ方がいいかしら?』

「そうだな。 早いほうがありがてぇ。 連絡方法はメールでいいか? こっちにストラウスが掛けると面倒ごとになりそうだしよ」

『別に問題はないと思うけど……了解よ。 他には、何か用事はあるかしら』

「特にはねーな。 そういえば、聖王連中はどうなった」

『潰しておいたわよ。 新品の船も貰っちゃったわ。 さっそく社で解体して技術の奪取と軍への譲渡のために動いているところかしら』

「……シグナムたちは?」

『そうね、特に皆”死んだりはしていない”かしら。 ザフィーラちゃんがちょっと負傷してたけど、あの子も特別だからすぐに”直した”し、他の突入班たちも大怪我をしたような子はいなかったわ』

「そっか。 なら、新しく何か分かったりしたのか?」

『そっちは全然よ。 カグヤちゃんも期待してなかったみたいだけど、航路のログとかを見て追跡してみたら拠点は存在しなかったわ。 残骸跡から判断すると自爆したみたい。 おかげであの子、イライラしてるわ』

「そんな姿、想像ができねぇけどな」

 どこか厳格で、何事にも動じないようなイメージを持っていただけにヴィータはストラウスの言葉に首を傾げる。

『カグヤちゃんだって基本は人間だもの』

「そういや、今は何してるんだ。 またクライドのお守りでもしてんのか?」

『今はカノンちゃんの所よ。 何か借りたい物があるらしいのよね。 許可が出たらアルハザードへ取りに行くだろうから、少しの間クライド君は放置するでしょう。 その前に一応伝えておくわね』

「ん、頼むな」

 ”借りたいもの”とやらが何か気になったが、別段気にしてもしょうがない。 彼女は頷き、それで通信を終えようとした。 しかし、それをストラウスが止めた。

『あ、待ってヴィータちゃん』

「ん?」

『そこ<支店>を出るのはちょっと待っておきなさい。 貴女、今は監視されてるみたいだから』

「ああ、教会騎士だろ。 だったら別にかまいやしねぇよ」

 何を言われるかと思えば、そんなことだった。 勿論、ヴィータだとて追手には気づいていた。 しかし、接触するでもなく攻撃してくるでもないために放置していたのだ。 ここはミッドチルダ。 彼女の場合は正体がバレることぐらいは折込積みなのだった。

『んー、そっちも居るけど、それ以外にも居るのよねこれが。 海と陸の私服局員とか』

「……マジかよ」

『よっぽど警戒されてるのね。 何か怪しいことをすれば、多分現行犯逮捕でもしてくるんじゃないかしら』

「面倒くせぇなぁ。 こっちにはもうその気はないってーのに」 

『頑固な汚れと同じで、こびりついたイメージは中々取れないものなのよ。 それに、ヴィータちゃんが可愛いから余計に気になっちゃうのよ。 何故か男の人ばかりみたいだし』

「余計にうぜーっての」

 別にヴィータが女性に監視されたいわけではなかったが、それでもむさ苦しい存在よりはマシである。 とはいえ、悪態をついたところで現実は変わらない。 ヴィータは冗談のようなストラウスの言葉に思わず右手で額を押さえた。 しかも、あのストラウスの助言だ。 動けばろくなことにならないという警告なのだとしたら、聞かないわけにもいかなかった。

「それで、アタシはいつまでここに居ればいいんだよ」

『そうねぇ……私ならすぐに”消える”かしら』

「随分とおっかねーなぁおい」

 言外に魔法プログラムを解除して逃げろと言われているようなものだった。 それはつまり、ヴィータをして苦戦する状況ということなのか。 しかし、疑問も残る。 どうやって、それをストラウスが判断したのかということだ。 

「相手はどんな奴なのか分かるか」

『んー、この彼よ』

 空間モニターにその男の映像が映る。 恐らくは衛星からの映像なのだろう。 ベルカ自治区だの教会だと思わしき施設からゆっくりとカメラが移動し、支店へと移動する。 そうして、乱立するビル群でふとカメラワークが止まった。 現在進行形で支店の入り口を見下ろせるような位置だ。 そこに、その”男”は居た。

「――」

 ヴィータは一瞬、その男の姿を見つけた瞬間に文字通りに息をするのも忘れた。 数秒、自分が見つけたその男の姿を否定したい気持ちに駆られる。 しかし、聞かないわけにはいかなかった。

「……こいつが、アタシを狙ってるって? 待てよストラウス。 こいつは管理局員じゃあないじゃねぇか」

 そうだ、そのはずがない。 それは当然だ。 そんなことがあるはずがない。

『そうね。 でも、関わってくれば彼らも動かざるを得ないでしょ。 なら同じようなものよ。 それに、どうみても彼は貴女を狙ってるわ。 でなければ、彼が支店を見張るような真似はしないでしょ』

「あの金髪野郎、よりにもよって”レイヴァン”だと――」

 ギリギリと歯軋りしながら、彼女は呻く。 筋書きはきっと、どこかでこの状況を演出したであろう男なのだ。 そのことに思い至ると、不機嫌になるのも当然のことだった。 だが、それも長くは続かない。 すぐに思い至ったことがあるのだ。

「そうだ。 リイン……あいつは……」

 自身が監視されているとしたら、一緒に降りてきた彼女が監視されないはずがない。 すぐにそのことに思い至った彼女はすぐに行動に移ろうとする。

「待って、ヴィータちゃん」

「なんでだよ!!」

 声を荒げる。 こうしてはいられない。 だが、そんな彼女をストラウスの腕が”物理的”に止めた。 当然のように彼我の物理的距離が無視されている。 信じられないものを見たような顔で、ヴィータは思わず呆然とした。

「む、無茶苦茶なことするんじゃねーよ」

「そう? でも、今ここを飛び出そうとした貴女程じゃない。 そうでしょ」

「んなこと……ねーです」

 だが、言葉とは裏腹に胸元でギュッと拳を握り締めたヴィータの手は震えていた。 アレが規格外だという認識はヴィータだとて持っている。 そもそも優れた騎士で、あの能力を正確に把握していればその怖さが分からないわけがない。

「大丈夫よリインちゃんなら。 貴女が彼を”引き付けている限り”」

「ちくしょう、動くなってのはそういうことかよ」

 悔しそうに押し黙るヴィータのその握りこぶしに、ストラウスは優しく己の手を重ねながら落ち着くのを待つ。 熱くなりすぎても碌なことは無い。 そのことは、ヴィータ自身がよく知っていた。 大きくため息を吐くと、焦る心を吐き出して冷静に頭を働かせる。 そうして、自分の役割を改めて模索する。 すると、すぐに疑問点が伺えた。

「……確かに、アタシがここで大人しくしてる間はあいつも変に動かないかもしれねぇ。 でも、なんで”アタシ”なんだよ」

「きっと貴女たちが邪魔だからよ。 リインちゃんも少し前に出かけたみたいだし、クライド君を襲うなら丁度いい具合だもの。 向こうにとっての問題はカグヤちゃんが居るかどうかなんでしょうけど、レイヴァン君を表に出して反応が無いからいないと仮定してるんでしょう。 だから、状況が整ったら”来る”わよ」

「なぁ、ストラウス。 前から思ってたんだけどクライドのこと嫌いだろ」

「嫌い? まさか。 これといって好きというわけではないけれど、嫌いというわけではないわよ。 苦手ではあるんだけど」

「それが、世間一般じゃあ嫌いっていうんじゃねーのかよ」

「うーん、どうかしら。 そもそも、今クライド君を襲ったところで”普通”は嬲る以外の行動が取れないもの」

 なんでもない風にそう語るストラウスであったが、ヴィータは思わずクライドに同情した。

「結局、それってクライドじゃあ手も足もでないってことじゃねーのかよ」

「ええ、でもそれに何か問題があるの?」

 心底質問の意味が分からないとばかりにストラウスは首を傾げた。

「いや、大問題だろそれ」

「どうして? 彼は口を割らない。 ”今は”口は割らすことができない。 頭の中も覗けない。 捕まえて連れ出したら、後で気づいたカグヤちゃんが両手を上げて大歓迎。 これだけの条件が揃っているのだから、”こちら”には損なんてありえない。 向こうが何か手札を切らない限りはね。 だからどこにも問題なんてないじゃない」

「……えげつな」

 つまるところ、どこまで行ってもクライドは撒き餌だということなのだろう。 戦力として期待しない分、彼の価値がそこにあるということなのか。 本人からすれば心外だろうが、それが機能するのであれば十分な意味があることはヴィータにも理解できる。 非常に、可哀想な役割ではあったが。

「さて、それじゃあ行きましょうか。 実は今一つ気になることがあるのよね」

「気になること?」

「ええ。 私が貴女と外に遊びに出たら、いったい相手はどういう行動を取ってくれるのか、ちょっと”楽しみ”じゃない。 ね?」

 朗らかに笑うストラウス。 その、いつものような眩しい笑顔に、ヴィータは肩を震わせる。

(さっき、てめぇで動くなって言った癖に……ていうか、伝言と調べものはどうなるんだよ)

 既に出歩く気満々のご様子だ。 そもそも仕事をほっぽり出してきていいのかという疑問が頭の中に浮かんだが、ヴィータはもう諦めた。

「ていうかさ、速攻で姉姫様に声かけたら終わりじゃねーのかよこの状況」

「んー、カグヤちゃんは今カノンちゃんと大事な交渉中だから手を煩わせるわけにはいかないのよ。 ちなみに、受付には身代わりにシグナムたちを置いてきたら大丈夫よ」

「……大丈夫なのかよそれ」

 違う意味で色々と心配になるヴィータであった。

「大丈夫。 ちゃんと制服も貸してあげたしアギトがいるから。 さて、それじゃあ行きましょうか。 私の社員<プレシア博士>にちょっかいをかけてくれた分、相応に困らせてあげないといけないわ。 私が自分のテリトリーで”仕掛けられて”何もしないなんて勘違いをさせない程度にね♪」

 結局のところ、困らされたので困り返してやろうということなのか。 どこか呆れながら、ヴィータはストラウスと共に支店を出た。 そのとき、管理局員や教会騎士らしき連中が大層どよめいたような気がしたヴィータであったが、もうどうなってもしらねーとばかりに無視した。 











「それにしても今回の来訪、急な話だったなゴルド君」

「いつものことですよ騎士グラシア。 我々の仕事というのはいつも突然にやってくるものです」

 グラシアの執務室で、二人は雑談を交わしていた。 まったく知らないというわけでは勿論ないが、さりとてよく知っているという間柄でもない。 しかし、今回は互いの持つ情報を交換したいというゴルドの提案を受けてその場を設けていた。

「そういえば、今回聖王教会は随分と”大胆”な手を打ったものですね」

「そうかね? 別段この程度は大したことではあるまい」

「そうでしょうか。 私には危険な賭けのように思えますよ。 夜天の王にその守護騎士をそのまま近づけさせている。 これでは、いつでも逃げてくれと言っているようなものだ。 もし彼が脱獄したり守護騎士が暴れだしでもしたら、その責任は貴方が、引いては教会が取るということになるのですよ騎士グラシア」

「ははっ、彼は”逃げない”よ。 己の家に帰ったり新しい仕事をこなすべく外に飛び出すことはあっても、ね。 そもそも、私たち教会が彼を捕えたという事実はないのだから問題はない。 彼がこちらに付いてくれたらラッキーだとは思っているがね」

「ははっ、まぁ色々とあるでしょうねそちらも。 しかし、捕まえていないとは面妖な。 事実と相反することを仰る」

「彼は自分の意思でこちらに協力してくれている。 大人しく牢獄に入ってくれているのもそのためだ。 私は、そんな協力者である彼をただ好きにさせているだけなのだよ。 彼が何かこの自治領で犯罪でも犯せば別だがね。 それに、そもそも本来彼の管轄はそちら<海>だろう? それを態々”ここ”にしたのは君たちではないかね。 正直、いい加減陸と君らの折衝をするのも疲れてもいるのだよ。 色々と早くしてくれると助かるのだがね」

「さて、何のことやら」

 顔色一つ変えずに首を傾げてみせるゴルド。 業とらしく用意されちた紅茶に手をつけると、優雅にティーを楽しんでみせる。 陸と海の確執など知らぬといった風だ。 その他人事のような仕草には、グラシアをして呆れさせられる。 態々教会を間に挟むという工程を踏んだのはグレアムだったが、そのことについて知らぬと言い切るこの男の態度には同じ海としての感覚が欠如しているようにしか思えなかった。

「ああ、そうだ。 騎士グラシア。 あの敵から鹵獲したというロストロギア級デバイス……プリウスでしたか? アレを是非見てみたいのですが、案内してもらえますか」

「資料だけでは足りないというのかね」

「やはり実物を見てみないことには色々と不安にもなります。 それに、何れアレは海に来ることになるのですから警備状態も知って安心しておきたいのですよ」

「それは少し、気が早くないかね」

「現状そちらでもアレの解析は難航しているのでしょう? ならば、管理世界最大級の施設でもって研究するのが順当だ」

「だから、陸が持って行くのは論外だと?」

「優秀な人材に優秀な設備。 より早く、より確実にアレを量産配備したいのならそうなるでしょう。 態々劣悪な環境で調べるのは時間と労力の浪費ですよ。 AMF技術が散逸しているという事実もあります。 どちらにしても時間は有効に使うべきかと、ね」

「おほん。 君は少し口が悪いな。 少々言いすぎだと思うがね。 彼らは頑張っているよ。 私から見ればそれはもう十分に」

「なに、陸の局員を前にしてはいいませんよ。 これでもTPOは弁えているいますのでね」

「では今後私の前でも止めておくれ。 君のことが嫌いになってしまいそうだから」

 ニッコリと笑うグラシアのその目は、表情とは別に笑ってはいなかった。 元々顔見知り程度であったが故に、過大評価も過小評価もしていない。 だが、今はその内心の評価を大きく下げた。 いや、自分でも思った以上に評価が下落した。 会話を放棄してしまいたいほどに。

「これは失礼を。 どうも、ここに来る前色々と彼らに嫌味を言われて頭にきていたようです」 

「そう、なのかね」

「ええ。 言葉と態度でそれはもう色々と」

 含みを見せるような言いようだ。 しかも、これでも我慢していると言いたげな様子である。 何か陸がしたのかはグラシアには分からなかったが、愚痴るほどの何かがあったのだと思えば不思議と沸き立つ感情が納まっていた。 ”彼自身”、今度は過剰なほどに突如として同情心すら湧き上がってくるほどに。

「今までもそうですが、内政干渉だ何やらと相変わらず御託をこねてきます。 いい加減、歩み寄ろうという気がないのかと終始首を傾げてしまいますよ。 彼らには」

「まぁ、君の仕事を考えれば不愉快にもなろう」

「ですが、それを私にぶつけられても困ります。 疚しいことがないのであれば、素直に曝け出して頂きたい。 そうでなければ、信頼関係など築けませんよ」

「しかし、それはそちらにも言えることではないかね? 私からすれば、陸も海も似たようなものだがね。 勿論、教会もそうだ。 野心……ではないな。 何がしかの思惑といえばいいのか。 とにかく、秘めておきたいものの一つや二つあるだろう」

「なるほど。 理事官らしいお言葉ですね」

「間に立つにはどちらの言い分も理解して見せねば始まらんよ。 でなければ、ただの蝙蝠だのなんだのと言われてしまう。 間に挟まれる者には挟まれる者なりの苦労がある」

「でしょうね。 察せますよ理事官の苦労は。 あの”レアスキル持ち”なら尚更に」

 レアスキル”預言者の著書<プロフェーティン・シュリフテン>”。 都合の良いことも悪いこともランダムで出てくるそれを、上層部に伝えて警告するグラシアはとにかく眉唾な存在だ。 当たるか当たらないかの確率が占い程度しかないのだから、それに振り回されることを嫌う人間にとっては彼は酷く嫌われてもいる。 その苦労を労うようなゴルドの言葉は、孤独な預言者としてのグラシアの心を少しばかり軽くさせた。

「そう言ってくれるのは嬉しいな。 どれ、ではいくかね。 特別にプリウスを見に」

「よろしいので?」

「見たいと言ったのは君だろう。 別に君に見られて困るものは何も無いから曝け出そうというだけだ。 シスターメリー、誰か手の開いているものに頼んで軽く彼を案内して差し上げなさい」

「かしこまりました。 では、こちらへ――」

 話しには参加せず、傍で沈黙していたメリーは頷くとすぐに先導して行った。 去っていった二人が消えると、静かになった部屋の中でグラシアは仕事を再開する。 陸と海に挟まれるというのは教会ではよくあることだが、しかし存外面倒でもある。 どちらも平和のために存在するというのに、見解と立場の相違でよく拗れる。それを諌めとりなすという作業は酷く面倒くさいものであった。

 書類も溜まるし女性に声を掛ける時間も減る。 帰りも遅くなって家族の顔を見る時間も減る。 良いことなどほとんどないというのが彼の認識であり、頭痛の種だった。 しかも、クライドやその守護騎士にちょっかいをかけて色々と”優位”に運びたいという思惑まで遂行しなければならない。 ここ最近、急激に仕事が増えて少しばかり疲れていた。 

「ああ、これでシスターメリーがもう少し御しとやかな女性だったら、少しは仕事にやりがいがでてくるのだが……無理かなぁーメリー君は」

 他のシスターたちならまだ口説くというプロセスが楽しめるが、彼女の場合はすぐに手が飛んで来る。 その辺りの初心さが面白いので、某提督と同じように彼は部下を困らせて楽しんだりしている。 彼女からすればいい迷惑である。

「はぁ、愚痴を言っても仕事は無くならん。 さて、続きでも――ん?」

 そのとき、通信が来ている音がした。 グラシアは特に気にせずに空間モニターを展開し、受信させる。 すると、モニターの向こうで客人たる本局の二人がなにやら血相を変えていた。

「ロッテ君とリンディ提督じゃないかね。 どうかし……」

 何かが可笑しい。 幻覚でも見たのか? グラシアは瞬きしながら眉間を手で押さえて揉むと、もう一度モニターを見た。 だが、やはり違和感は消えなかった。

「騎士グラシア。 これからすぐに彼女を検査して欲しいんだけど、いいかな」

「ああ、好きなだけ検査してくれ。 一緒に、私も行かせてくれると助かるな。 何分、リンディ提督が小さく見えるようになってしまったのだよ。 目が悪くなったというわけではないと思うのだがね。 自分の眼が変なのかと私は疑っているのだ」

「いやぁ、騎士グラシアは正常だと思いますよ。 アタシにも彼女が小さくなって見えてるからね。 こうして割と背が低いアタシの胸に納まるぐらいだし」

「一つ、当たり前の質問をしたいのだがいいかね”リトルレディ”?」

「はぁ、私にも何がなんだか分かりませんけど答えられることでしたら」

「それは君の魔法かね?」

「いえ、ついさっきいきなり縮んでしまったので私にも理由は分かりません。 ただ、この症状が発症した人物を私は一人だけ知ってます」

「奇遇だな。 私にも一人、その人物が浮かんでいるよ。 しかし、彼の場合は縮んだと同時に記憶を失い、更にそっくりさんが生まれたはずだが、君には記憶があるようだな。 近くにそっくりさんはいるかね? それも大きなままのそっくりさんだよ」

「いえ、居ません」

「そうかね。 ふーむ、これは困ったな。 とにかく、一度本格的に病院で調べよう。 ここの施設よりもより詳しく調べられるからな」

「すいません、迷惑をお掛けします」

「なに、構わんよ。 それより、問題は彼にどう説明するかだな。 というか、この場合彼に聞かないという選択肢はないわけだが、どうするかね。 彼だけが持つ真実次第では彼は去ってしまうかもしれんが……」

「……先に検査の方をお願いします。 分かることは調べておくべきだと思いますから」

「分かった。 すぐに手配しよう。 私も行くから少しその部屋で待っていなさい。 では、失礼するよ」

 通信を切ると、グラシアはやれやれとばかりにため息を吐いた。 ここ最近、急に面倒なことばかりが立て続けに起こっている。 そればかりか、こんなことが起こるなどとは彼の占いにも出ていなかった。 やはり、自身のレアスキルは完璧ではない。 そのことに少し、彼は己の力の中途半端さに無力を感じた。

「やれやれ。 やはり、鍵になるのは”彼”か。 彼以上に事情に精通していると思える者が他に居ない。 故に、友好的でさえある彼の機嫌を損ねるような真似はできん。 本当に、彼は厄介な男だな。 ああ、メリー君には後で向かえにきてもらわなければな」

 まるで特異点でも発生しているのかと思えるほどに、クライド・ハーヴェイに関連した事件は奇怪だ。 そのことに、グラシアは改めて思いを馳せる。 クライドを取り込みたいと思う一方で、その危険性を常々感じるグラシア。 その危険性と有効性のアンビバレンツな感慨がここ最近彼の頭を苛んでいた。

(とはいえ、だ。 彼は教会を敵視してはいない。 そして、”本当”に闇の書の守護者とトランプで遊べるほどに仲が良い。 やはり、”立ち回り方次第”では教会にとって美味い存在になりうるのだ。 しかも、こちらの意図を把握してくれてもいる。 ならば、彼の心意気に期待したいものだな)

 所詮、グラシアは第三者。 管理局に協力はするが、それは絶対に彼らと狙いが同じであるということではない。 聖王教会の立場とはそういうものだった。 理事官として二つの立場を持っている彼ではあるが、その立場は限りなく教会側なのだ。

 急いで病院の手配をしながら、グラシアは自然にこの先の未来へと思いを馳せる。 夜天の王<クライド・ハーヴェイ>と翡翠の光<リンデイ・ハラオウン>。 あの二人が、一体この事件にどのような終焉をもたらせるのかを。 その結果を彼が知るのは、もしかしたらそう遠く無い日のことなのかもしれない。 そんな漠然とした予感を感じながら、彼は己の信仰する武神やその縁者に乞い願う。 

――この先、クライドが答えるのをためらった最悪の予言が成就しないという結末を。














憑依奮闘記3
第四章
「それぞれの導き手」

















 地中の闇を突き抜ける。 その瞬間、ザースは両足と両手にデバイスを展開しつつ着地した。 薄暗い照明に、空調の静かな稼動音。 先ほどまで誰もいなかったはずのその部屋に、それは確かに存在していた。

「女の子?」

 それは、彼が探していた犯罪者ではなかった。 少女はクリクリっとした瞳をキョトンとさせて、飛び込んできたザースを眺めている。 小首を傾げるその仕草によって、綺麗な茶髪が一瞬揺れる。 その頭には紅いカチューシャが乗っており、白のワンピースというシンプルな出で立ちにアクセントを添えていた。 見た目は、彼が初めて出会った頃のリンディ・ハラオウンよりも更に三歳程は幼く見える。 犯罪者の隠し部屋と思わしきこの密室には、ひどく相応しくない存在だった。 

「叔父さん、誰?」

「ああ、俺は時空管理局の捜査官だ」

 なんとかそう声を絞り出したザースに、少女は無邪気にも問いかける。

「ふーん。 じゃあどうしてその管理局の叔父さんがここに居るの?」

「そりゃあ決まってる。 犯罪者を捕まえるためだ」
 
「そうなんだ。 お仕事大変だね」

「ああ。 ところで、嬢ちゃんの名前は?」

「私? 私はローラ。 ローラ・デュエット。 昔は東部に住んでたわ」

 元気な自己紹介だった。 だがしかし、その自己紹介の内容はありえない。 ザースは乾いたような笑いを浮かべることしかできなかった。 それほどまでに、動揺していた。

「なぁ、ローラ嬢ちゃん。 ちなみに、パパの名前は?」

「んー、パパのお名前は”デミオ”だよ。 でも、どうしてそんなことを聞くの叔父さん」   

「いや、そのパパに用があるんだが、どこにいるか知らないか」

「知らなーい。 でも、今日ここで会うことになってるよ」

「そうかい。 じゃあ、ここで一緒に待たせてもらってもいいかな」

「それはダメ。 これはパパへのご褒美なの。 私のためにお仕事をいっつもがんばってくれてるパパへの、あいつらからのご褒美。 だから、ダメだよ。 デートの邪魔しちゃ」

 満面の笑みを浮かべるその少女。 その無垢な笑顔には思わず癒されるものがある。 だが、どこか不自然だ。 と、一瞬ザースが毒気を抜かれそうになった瞬間、少女は両手に縫いぐるみを”展開”した。 それは、ただの縫いぐるみではない。 体の下に穴が開いており、手袋のように手を突っ込むことで口をパクパクと動かせるタイプのものだった。

「あるーひー、ちかのへやー、くまさんにーであーたー」

 あの部屋からも察せるとおり、クマが好きなのだろう。 ローラの両手にはおそろいのクマの縫いぐるみがすっぽりと嵌っている。 舌ったらずなその歌声は、一見して見れば微笑ましいはずの光景だ。 だが、パクパクと動くそのクマたちの口の中には、黒光りするものが見え隠れしているのをザースは決して見逃さなかった。

「ねぇ、叔父さん。 そういえばね、昔パパが言ってたんだぁ。 管理局の人は信じちゃいけないって。 だってね、だってね、そのせいでママと私は死んじゃったらしいから」

「……」

「酷い話だよねぇ。 いっつも仕事に手抜きしてるんだって。 そうやって、助けられるかもしれない人をギリギリで助けないんだって。 酷いよねー、可哀想だよねー、私だったら泣いちゃうよー」

 悲しげにそう言う少女の言葉には、悪意はない。 ただ、そこには純粋な憎悪があるだけだ。 その、笑顔と不釣合いな言葉のギャップは、薄ら寒いほどに部屋の気温を下げていく。 空調の設定はそのままだ。 しかし、彼女が一言発するたびに、体感温度が下がって行くようにザースは錯覚した。

「その叔父さんたちも必死だったんだ。 だから、そんな悪者みたいに言わないで上げてくれるか?」

「嘘。 それは違うよ叔父さん。 必死だったら手なんか抜かないよ。 初めから全力前回最大戦力で行くよ。 それに、弱いもの虐めなんてしないもん」

「弱いもの……虐め?」

「私見てたよ。 ちょっと前に上にいたおじさんたちが怖い管理局員さんたちにどこかへ連れて行かれるところを。 皆ね、生きることに疲れたって言ってた。 どこにも居場所がないからって。 だからね、静かなここに逃げてきたんだって」

 浮浪者のことなのだろう。 

「一人は友達がお金を借りてね、ほしょうにんになってくれって泣きついて来たから、可哀想だって引き受けたら騙されたんだって。 お金を返さずに逃げたって、笑いながら言ってた。 怖い人たちが追いかけてくるんだって。 街に戻ったら、どうなるかわからないんだって。 なのに、つれていかれちゃったよ。 どうなったのかな、あのおじちゃんは」

「新しい仕事を探してる頃だろ。 職安が動いてるからな」

「そうかな。 リストラされた後に職安でがんばって仕事を探してたけど、どこも年寄りは雇ってくれなかったって言ってるおじいちゃんたちが居たよ」

「そりゃあ、年配の方だとそういうこともある」

「ある人はね、自分の家族を不幸にした犯罪者が、管理局員として働いてるって嘆いてた」

「きっとそいつは罪を償って社会復帰したんだよ。 もう許してやってくれ」

「何にもしてないのに、外に出るのが怖いっていうお兄さんもいたかな」

「そりゃあニートだろ」

「ぶぅー、いじめられっこさんでしたー。 それでね、皆言ってたよ。 社会が悪いからだって。 がんばってもどうにもならないからだって」

 純粋に並び立てられる言葉に終わりは無い。 廃棄都市を徘徊して少女が見た世界というのは、余りにも極端だった。 ザースは、ふと悲しくなった。 この少女は、さっきから良いことなど一つも言わない。 まるで、嫌なことしか教えられていないかのように。 

「だからね、パパは変えるんだって。 そうしたら、皆少しはマシになるだろうからって。 でもね、パパにできることなんて本当は何も無いの。 分かってる癖にね、それでもそうやって逃避することでイケナイお仕事をやってるんだ。 パパは私と居たいから。 居なくなったはずの私と居たいから。 だから悪いことをしながら、悪い管理局員たちと”戦わされてる”だけなのに、それを知っててがんばってるんだ」

「……」

「ねぇ、管理局の叔父さん。 お名前を教えて」

「ザース・リャクトンだ」

「ザース叔父さん? ザース……そっか。 パパがしつこいって言ってた管理局の人だ。 ねぇ、ザース叔父さん。 パパを止めたいなら私を完全に殺すしかないよ。 私がパパの理由だから、私が消えたらパパはもう闘えなくなるはずだよ。 お母さんはね、魔導師じゃないからデータを取ってなかったんだって。 だから戻ってこれないの。 私は、パパと一緒だから会えたんだ。 でもね、こんなの嫌なの。 パパに会えるのはいっつも限られた時間だけ。 街の中も歩けないし、大好きなママもいない。 パパは辛そうな顔で、それでも私の前では笑ってくれるけど、心の中では泣いてるの。 だからね、だからね、ザース叔父さんが”あいつらみたいな悪い管理局員”じゃないんだったら、助けてよ!! 平和を守る本当の”管理局員さん”だったら、”パパ”も”私”も助けてあげてよ!!」

 笑顔は崩れ、ポロポロと目尻から涙が零れる。 少女は泣いていた。 助けを求めて泣いていた。 例え、その両手の縫いぐるみの口から銃口が脅しのようにザースの体へと伸び、その足元に大魔力で編まれたミッド式魔法陣があろうとも、震える手でそれを握り締める彼女の願いを聞かないわけにはいかなかった。  ザースは、迷うことなく頷いた。

「オーケイ分かった。 それで、俺に一体どうしろっていうんだお嬢ちゃん。 生憎と俺にできるのはあいつを捕まえてやることぐらいだぜ」

「私は、ローラ・デュエットのリビングデッド<屍人>。 だから、私が二度と蘇られなくなるように私を消して欲しいの!! ご本が一杯の、あの場所にあるデータ全部!!」













「調べに出て行ったリインはともかく、ヴィータの奴やけに遅いな」

 一人になった牢獄の中で、クライドがトランプを無意味にシャッフルしながら呟いた。 やはり、誰もいなくなると静か過ぎた。 話し相手を作ろうと思えば作れたが、そうはしなかった。 その変わりに、彼女<グリモア>に色々と説明しなければならないという事実を思い出して憂鬱になったからである。

(一度帰るのは決定事項だったし、どう考えても研究を辞める選択肢はないわけだが、リンディのことはどう説明すればいいかなぁ。 なぁおい、クライド・ハーヴェイ)

 助けて、そのついでに口説いて彼女にした。 などと真っ正直に話したらどうなるだろうか。 ヘタレた頭で考えてみるも、どうにも冷たい目で見られる未来しか想像が出来ない。 無論、その程度で済めばよいがゴネられたらどうしよう、などとついついクライドは考えてしまっていた。

 そもそも、行動の予測がつきにくかったのだ。 クライドとグリモアの間で本気の喧嘩が勃発したという事実がないからだ。 それぐらいに、グリモアはクライドの好きにさせて甘やかし続けた。 衝突するという概念さえ無いのではないかと思うほどに、だ。 故に、本気で怒らせた経験が未だに無かった。

(醤油派とソース派に分かれてはいても、喧嘩しなかったしなぁ。 どうなるかな。 認めてくれる……か? いや、ここは一発殴られるぐらいの覚悟で謝るしかないかなやっぱり)

 ついでにマウントポジションを取られようとも無抵抗で行こう、などと結論を出すことしかクライドにはできそうにもなかった。  

(待て待て。 そもそも手を出してないし謝るってのも寧ろ変か? いや、しかしな。 ああもう、男と女ってのはややっこしいよなぁ)

 腕組しながら若者は悩み続ける。 そうして暫しそのままでいると、ふと手に持っていたトランプに目がいった。

「トランプ……いやいや、前のコインみたいにして決めるのはダメだ。 こう、いい加減ガツンと男らしいところを見せるためにも今度こそノーガード戦法で真正面から……お?」

 悩みに悩んでいたそのとき、ふとクライドの目の前を穴が二つほど開いた小さな”ダンボール”が行進してきた。 思わず目を瞬かせてクライドはそれを見る。 だが、それはやはり何の変哲もないダンボールだ。 茶色くて四角い、どこにでもありふれた立方体。 中身はどうやら聖王教会の聖書が入っていたらしく、納入物を示すシールには『聖書在中』と書かれていた。   

「本気か? というか、正気か? いやいや、待て待て可笑しいだろ。 なんで牢獄をダンボールが行進して来るんだよ。 しかも、大人が入りそうに無い大きさだぞ。 少年探偵団かアニマルでも入ってるのかよ」

 あのクライドもビックリだった。 これで、中に猫や犬が隠れているのであれば微笑ましい光景で終る。 だが、それもありえるはずがない。 牢獄の出入り口には見張りがいるし、鉄格子が嵌っている。 ダンボール風情がその防御を突破できるわけがない。 ならば、”これ”は何なのか? クライドは再び目を凝らしてそれを見る。 すると、いきなりそのダンボールが潜水艦よろしく地面に”沈んだ”。

「わぁーっつ?」

 目の錯覚ではないとしたら、確かにそこにはダンボールがあったはずなのだ。 クライドは鉄格子ににじり寄り、今しがたそこにあったはずの物体を探す。 だが、その黒瞳では直接それを発見することはできなかった。

「牢屋暮らしで疲れてるのかな俺。 ――なーんて、なぁ!!」

 瞬間、クライドはいきなり背後に向かって右足の踵を跳ね上げる。 だが、いきなりのその攻撃は、背後に回っていた何者かに当たることなくその体を”通過”した。

「げっ――」

「なに――」

 外すとは思わなかったクライドの体が、在るべき反動を感じることが出来ずに泳いで行く。 その間、クライドの攻撃に咄嗟に身構えたその男もクライドと同じく驚きの声を上げた。 しかしすぐに気を取り直して持っていた拳銃をクライドに向けて発砲する。

 プシュッと独特の音が静かに響く。 拳銃の先端に取り付けられたサイレンサーが発砲音を出来うる限り消音し、恐ろしいほど静かに鉛弾を発射したのだ。 体が泳いでいたクライドには当然、発射された弾丸を避けられない。 そのまま右肩へと着弾し、その衝撃で鉄格子を軋ませながらうずくまる。 

「なんですかこれは。 マテリアルダイブが……解除できない?」

 それは、どこか困惑した声だった。 だが、驚愕は一瞬。 すぐに気を取り直すと立ち上がろうとしたクライドへと、瞬時に足を狙って引き金を引く。

「どわっ」

 足を撃たれたクライドが、思わず前のめりに倒れる。 男は、すぐに魔法を使用しクライドにバインドを放った。 しかし、その狙いは少し外れた。 クライドは倒れると同時にすぐに体を回転させて避けようとしたからだ。 それは、撃たれたにしては驚異的な動きであった。 だがやはり、男の動きの方が早い。 両手両足は拘束されることを防いだクライドだったが、手を拘束しようとしたそれに手ではなく首を捕らえられてしまう。 こうなると、魔法が使えない今のクライドでは抵抗する手段がなかった。

「どちくしょう!! 放せこの怪人すり抜けダンボール!!」

「変な名前で呼ばないでもらいたい。 しかしこれは奇怪ですね。 生身で撃たれて無事な貴方といい、解けないマテリアルダイブといい、極めつけは消えないリビングデッドですか。 これは本当に不可解すぎる」
 
 悪態を吐くクライドをそのままに、その男は異常に眉を顰めた。 そうして、癖なのか黒のスーツに包まれたシャツのネクタイを神経質そうに左手で直し、周囲の様子を伺っていた。

 見た目はただのサラリーマンだ。 オールバックにした茶髪と糊の利いたスーツをビシッと着こなしている。 街中に溶け込んでいれば、恐らくは誰も彼のことを気にも留めないだろう。 それほどまでに、透明感のある男でもあった。 歳は恐らくクライドよりも上だ。 醸し出されている落ち着きのある雰囲気は、どこか人込みで揉まれて来たかのような温かみに帯びている。

「ふむ、魔法を服で封印されているために銃撃を防ぐことはできないはずだった。 しかし、貴方は撃たれても何も無いように振舞っている。 それどころか、血の一滴さえ流していない。 こんな非常識な生物は生まれて初めて拝見しましたよ。 貴方、本当に人間ですか? もしかして噂に聞く戦闘機人とかそういう奴なんですかね?」

「確証もなく人を人外扱いするな。 つーか、そっちこそ一体どうしてダンボールなんだよ!!」

「ああ、アレですか? 私の趣味です」

「はぁ!? 趣味だと!?」

「ははは、勿論嘘ですよ。 物体潜行魔法を使っている間は、外の様子が見えないのでね。 手近にあったダンボールをちょっと借りて外の様子を確認したいときに利用させてもらっただけです」

「そうかい。 それで、俺のところに来てどうするつもりだ。 察するに、アンタが助けたいのは向こうの偽者だろ」

「実は、仕事を三つほど頼まれましてね。 一つは達成したので後の二つを達成しに来たわけです」

「つまり、あんたは”俺”と”あいつ”に用があるわけだ」

「そういうことです。 というわけで、失礼しますよ」

 言うなり、その男は左手でクライドの頭に手を伸ばす。 だが、その手がクライドに触れることはない。 マテリアルダイブのせいで透過してしまっているのだ。 しかし、その男は諦めない。 バリアジャケットを新しく重ねて纏うと、フィールドの防御効果を応用して強引にクライドの頭に触れてきた。

「げ、まさか!?」

 さすがに、ここまでされれば相手がしようとしていることが嫌でも分かった。 ダンボール男の目的は、クライドの頭の中を覗くことなのだ。

「無理やりなのでちょっと痛いかもしれませんがね。 まぁ、我慢してください」

「や、止めろ。 人の頭の中を探るなんざ、同じ人間の風上にもおけねぇ!! 後で絶対にぶっ飛ばすぞ!?」

「心配していただかなくてもその頃には私は逃げさせてもらいますよ。 向こうの彼と一緒にね」

「いいのかよそんなことして。 俺に構わずに早く逃げたほうがいいんじゃないのか? すぐに騎士が飛んでくるぞ」

「構いませんよ。 今、上はガジェットと傀儡兵に襲われててんてこ舞いですからね。 地下の牢獄にいる貴方のことなど、誰も気にしてはいませんよ。 監視システムにはダミー映像を流していますし、当分は誰もやってこれません。 勿論、参拝客の避難誘導やらもありますから、ここに来る暇なんて誰にもないでしょう」

「うげっ。 用意が良すぎて泣けてくるぜ」

 ジタバタと暴れて逃げようとするクライドだったが、バインドによる首輪はそんな程度では外れない。 男の足元で煌くミッド式魔法陣。 その駆動をただただ受け入れることしかできない。

(くそ、ええいこうなったらどうでもいいことをマルチタスク<多重処理思考>してやる!!)

 頭の中を探る魔法に少しでも抵抗するべく、頭の中をデバイスの理論で意図的に埋め尽くす。 手も足も出ない以上、それがクライドいできるせめてもの抵抗だった。

 だが、果たしてそれがどれだけの意味があったのか? 男の魔法の不快な感触が、クライドの頭を駆け巡る。 これで攻撃性を孕むものであったなら、クライドは無効化できたかもしれない。 しかし、それにはまったくといっていいほどダメージはない。 強いて言えば、気持ち悪くもおぞましい何かが終始頭の中を這い回っているような感触しかしてこない。

「ぐぇぇ、気持ちわるっ」

 しばし、そのままクライドの脳内で孤立無援の戦いが繰り広げられる。 その頃になると、上で戦っているらしい騎士たちの派手な戦闘音が響いてきた。 不運なことに、誰もここにやってくるような気配はまったくない。

「ふむ、これはまた……」

 男が呟く。 何がしかの情報でも引き出すことに成功したのか、険しい目でクライドを見下ろしている。 その顔には、どこか納得いかないという表情が浮かんでいた。

「ちなみに貴方、今一体何を考えているのです?」

「ああ? デバイスのことばっかりだがそれがなんだよ」 

「デバイス? 馬鹿な、例えそれが理論だろうとなんだろうと、”0”と”1”だけのはずがないでしょう。 まさか貴方、機械語でいつもモノを考えているロボットというわけではないでしょう?」

「当たり前だ!!」

「しかし、だとしたら変だ。 貴方の頭の中にはどこまで探っても0と1しか出てこない。 これで、貴方がロボットか何かだとしたら納得はできますがね。 いや、それもおかしい。 ロボットだったらこの魔法は効かないはずだ。 んー、これはどういうことなのか」

「つまり、諦めて帰れってことだろ」

「なるほど」

「ちょ、おまっ、どうしてそんな諦めが良いんだよ!? どうせなら騎士が来るまで粘れよ!!」

 踵を返し、男は鉄格子を透過する。 背後で喚くクライドなど完全に放置だ。

「無理に引き伸ばして援軍が来たなどというつまらない事態は馬鹿らしいのでね。 気にはなりますが、どうにかする方法を私は知らないのだから手の打ちようが無いでしょう。 つまり、そういうことです。 それに、私は貴方を連れてこいとまでは言われてませんから」

「あーそうかい」

 慎重だといえばそうなのだろうが、あくまでも無駄の無い合理的なその判断にはクライドも舌打ちしかできない。 頭の中を覗かれない理由にはなんとなく理解できたが、それでも折角捕まえている偽者を回収されるのは面白くない。

「それでは失礼しますよ」
 
 黙ったままの偽者にチェーンバインドを巻きつけると、男は右肩にバズーカのようなものを展開。 天井に向かって構え、砲撃魔法を発射した。

 瞬間、地下の牢獄施設がその瞬間に光に包まれた。 圧倒的な光陵が場を支配し、その光に屈した天井が大きな穴を開けてしまう。 十分に人が出入りできるほど大きさだ。 そこから、二人の男は何の躊躇もなく飛び出していった。

「魔法で壁抜き、かよ。 一等空尉じゃああるまいに。 にしても頭いいなぁ。 そのまま引き返すよりは荒っぽいが確実だ。 それに、偽者に”マテリアルダイブ”がかけられないって試さずとも判断しやがったところも高ポイントだ。 にしても、これでヒントが無くなったわけだが……どうするよ俺」

 せっかく餌として機能したというのに、釣り人<カグヤ>がいないというこの状況。 クライドからすれば笑えない状況である。

「……お?」

 と、そのときである。 男が居なくなった天井から円柱状の機械が一機降りてきた。 それは、所謂センサーアイという奴を黄色に光らせながら、クライドを見ていた。

「ヘイヘイヘーイ、俺は今逃げられない憐れな囚人だぜガジェット君。 オーケイ、取引をしよう。 俺は君を見逃すから、君は俺を全力で見逃せ。 それでお互いハッピーになれるぞ」

「――」

 だが、当然物言わぬ魔導機械はその提案を無視した。 煌くは青いレーザー光。  上の騎士たちに苦戦させられたであろう仲間のために、これでもかというほどその光をクライドに浴びせにかかる。 さすが、血も涙もない機械兵器である。

「ちょ、おま――」

 首だけまだバインドで固定されたクライドの体に、次々とレーザーが着弾する。 ただの人間に対してなら間違いなくオーバーキルだった。 着ていた囚人服には穴が次々と開いていき、レーザーの威力をまざまざと誇示して行く。

「うぎゃぁぁぁぁ」

 そのとき、間違いなくクライドの断末魔の声が辺りに響いた。 やがてその声は小さくなり、次第には何も発さなくなる。 それに続いて、カクンとクライドの体から力が抜けた。 それを見て敵対象を撃破とみなしたのか、ガジェットがレーザーを放つのを止めて様子をみる。  

 しかし、そんなガジェットにも理解できない生物がいたようだ。 その事実が、そのガジェットの運命を変えた。 ”死んだ振りをしていた男”がカッと目を見開き再起動。 その瞬間、敵対象の生存を確認してガジェットは迷うことなくレーザーを放つ。 だが、その男には様子見に使われた数秒で十分だった。 放たれたレーザーは、クライドが展開した青のバリアによって阻まれる。

「バインドブレイク起動。 ええい、後悔しろよガラクタ一号!!」

 数秒後、パリンとガラスが割れるような音を当ててバインドが解除される。 その間ひたすらにガジェットがレーザーで攻撃を加えるが、そのバリアは壊れない。 例え微弱なAMFを展開していようとも、生憎とその男には意味が無いのだ。

 クライドは服をボロボロにされたことで取り戻した魔法の力を誇示するように、バリアジャケットを展開。 すぐに立ち上がりお得意のシールドカッターを撃ち放つ。 そのまま、鉄格子ごとその向こうに居たガジェットを切り裂き黙らせる。

「だから言っただろ、お互いその方がいいって。 まぁ、言葉は通じなかったんだろうけど」

 襲撃者の言葉から連想することが一つあった。 その新しく判明した事実が、彼自身でさえ知らなかった事実を提供し、彼を少し安堵させた。

(つまり、俺の本体のプログラムは普通の魔法プログラムじゃあないから、頭覗かれても全然平気だってことか。 混ざった本体の方が思考ベースで、残りが体のデータなわけだろ。 思考つーか、元が機械語だと、そりゃあ普通人間には解読不可能だわな。 嬉しい誤算だったけど、本当に俺の体無茶苦茶だな)

 その後、カッターで鉄格子を完全に切断すると、クライドは男が開けた穴から外へと飛び上がった。 魔法を使うために領域を解いたことで偽者は消えただろうが、どちらにしても圏外へと離脱されただろうから意味が無い。 そのまま牢屋にいても本当に無意味なため、とにかく情報を求めるべく飛翔する。

「おお、いるいる。 教会の騎士さんとシスターさんが大忙しだ」

 上に上がると、それぞれ得意なアームドデバイスを手に白兵戦を繰り広げる騎士たちがいた。 管理局員とは違ってそれほど彼らが人目で戦闘をすることはほとんどないはずなので、クライドとしても物珍しさを禁じえない。 

(特に援護の必要はなさそうだな。 民間人の避難誘導も問題無さそうだし、これからどうすっかな。 追いかけられるんなら追いかけたいところなんだが、デバイスが無いからレーダーも使えないときてるし。 んー……お?)

 そのとき、クライドの耳に戦闘音とは似ても似つかない爆音が聞こえてきた。 どこかで聞いたことのあるサウンドだ。 そう、少し前にお世話になったような。 なんとなくその方向へと目をやると、中庭辺りを爆走するシスターのお姿が拝見できた。 外から戻ってきたところなのか、サイドカーには血相を変えたグラシアが乗っていた。 

「あの二人なら話は早いな」

 久しぶりにシールドナックルを展開し、二人の後を追いかける。 その間、バイクの響かせるエグゾーストに、ガジェットたちが興味を引かれたかのように追跡を開始する。

「たくヨォ、雑魚ばっか群がってきやがる。 この子<愛車>に傷一つでもつけたらスクラップすんぞゴラァ!! どうせなら役立たずの軟派男だけを狙えってんだ!!」

「ちょ、それはいくらなんでも酷くはないかなメリー君」

「だぁってろデッドウェイト<お荷物>!! 占い以外役立たずの○無しがぁ!!」

 メリーは大声で叫びながら、ガジェットの放つレーザーを避けるべくバイクを操る。 ブレーキを忘れたのかと思うほどにその行動に迷いは無い。 時折響く理事官の悲鳴を無視しながら、片手にトンファー型デバイスを展開して砲撃を開始する。

「ショット、ショット、ショットォォ!!」

 放たれる紅暗い弾丸は、レーザーの撃ち手たちを一撃で粉砕。 単騎駆けよろしく風穴を開けていく。 加速するバイクが唸る。 と、その瞬間一機のガジェットが勇敢にもその進路を塞ぐべく体を張った。 その勇猛さはしかし、次の瞬間蛮勇となる。
 
「はっ、どきなスクラップ予備軍。 そんな貧相なボディじゃあ、私のゴート君<単車の名前>は止められねぇんだよぉぉぉ!!」

 進路を変えることもなく、メリーはバイクのアクセルをフルスロットル。 水と触媒が混ぜられた特殊燃料が、急激な速度で化学反応。 突進力へと転化する。 その瞬間、クライドは上から呆れ顔で”それ”を見た。

 メリーの愛車が瞬間的に光を放ったかと思えば、騎士甲冑のフィールドに包まれてガジェットをいとも簡単に轢き壊した光景を。 

「俺の記憶が確かなら、バイクは走るためのもんであってアームドデバイスじゃねーはずなんだけどな。 しかも、瞬間的に魔力打撃が入ってるだと? 近代ベルカ式……なんと恐るべき魔法だ」

 フィールドの強度と魔力打撃とバイクの突進力が見事に融合したコラボレーション魔法であった。 それは正に、アルハザード式使いもびっくりな所業である。

「おっと、関心してる場合じゃねーな」

 そのままメリーはグラシアを教会内へと連れて行くべく入り口へとひた走って行く。 恐らくは指令室にでも向かっているのだろう。

「うぃーっす、大活躍だなシスター」

「誰だテェ……あら、クライドさんじゃないですか。 貴方まで脱獄したんですか?」

 本性を瞬間的に仕舞いながら、綺麗なメリーに戻った彼女がクライドに問いかける。 さすがに、クライドも慣れたものだ。 そのギャップを無視しながら、答えを返す。

「偽者とそれを脱出させた男を目の前にしたら、外に出たくもなるさ。 幸運なことにガジェットが俺の服をボロボロにしてくれたんでね。 もう、ここまでされたら追うしかないだろ」

「ちょっ、待ちたまえ君。 今は確か非武装なのだろう?」

「追うだけならなんとかなるだろ。 速度差で振り切られる可能性は高いけどさ。  おっとそれより、連中の移動データをくれないか? 見失ったらどうにもならない。 どうせそっちで追跡してるんだろ?」

 せっかく捕まえた偽者だ。 もはや偽者はいないとしても、逃亡を手引きした男を捕まえて吐かせる必要があった。 クライドの焦りは当然である。 しかし、その願いは叶わなかった。 ちょうど入り口にたどり着いグラシアたちは、急いでバイクを降りながら首を横に振った。

「残念ながら、それは無理だよ夜天の王」

「どうして」

「今確認したが、既にレーダーから反応が消えているそうだ。 もう何もかもが遅い」

「……」

「この上、君を単独で外に出すという選択をこちらは取れない」

「じゃあまたシスターをつけてくれよ。 それで万事解決だ。 足も速いしな」

「すまないが、それも許可できん。 闇雲に騎士を動かすことはできないし、敵はベルカ自治区を出た後なのだ。 この後の管轄は陸の管理局……つまりミッド地上の出番となる。 聞き分けてはくれんかね」

「……」

 無言でグラシアを見つめるクライド。 その腕が無言で構えられた。 メリーは即座にグラシアとクライドの間に割って入る。 だが、構えられた腕の先に二人はいなかった。 瞬間、二階から落ちてきたガジェットの破片が、クライドが放ったシールドナックルによって明後日の方向に吹き飛んだ。

「はぁ……生きた心地がしなかったよ。 メリー君の実力を信じていないわけではないがね、私は君を過小評価していないのだよ? 脅かすのは止めてくれ」 

「いや、そもそも俺がグラシアさんを襲っても益なんてないだろ」

「しかし、先ほど物凄い眼つきで殺気を放っていましたよ」

「いやいや、これは生まれつきだからシスター」

 苦笑しながら、クライドは肩を竦める。 そうして、こっそりとヴィータとリインに対して念話を送った。

『ヴィータ、リイン。 聞こえたら返事してくれ』

『ああん? 何か用かよクライド』

『ヴィータか。 今は何やってる。 随分と帰ってくるのが遅いじゃないか』

『厄介な敵を引き付けながらストラウスと早めのディナーしてる。 もうちょっとでデザートのアイスだから、大したことじゃなきゃ切るぞ。 つか、このストーカー本気で洒落になんねぇんだよ。 最悪、今日中にはそっちに戻れないかもしれねぇからそのつもりでいろよ』

『ストーカー? そいつは難儀だな』

『そういえば、お前魔法使えなくされてたんじゃなかったのかよ』

『そうだったんだが、まぁ色々あってな。 そうそう、リインと今念話通じるか? 俺は通じないみたいなんだが』

『無理っぽいな。 結界の中かそれとも通じないほど離れてるか、特殊な場所にいるのかもしれねー。 まっ、リインに何かあったらお前をボコるだけだから安心していーぞ』

『あー、多分だが今頃地面の中を探してる頃だと思うぞ。 だから通常の念話だと届かないのかもしれないな。 というか、そうであって欲しいとデバイスの女神に願う所存』

『地面の中かよ。 そりゃあ、あいつ以外には頼めない仕事だな』

『俺もお前もそんなとこに潜れる希少魔法なんてもってないからな。 だからリインに行って貰ったんだが……返事がないと心配だな』

『あいつ自身つえーから、大抵の奴ならなんとかなるだろ。 手が必要になったら連絡してくると思うしな』

『だといいけど』

 念話を打ち切り、視線を向ける。 すると、何か言いたげな顔でグラシアがクライドを見ていることに気がついた。

「何だ?」

「いやなに、邪魔をしないほうがいいかと思ってね」

「盗聴か」

「いやいや、人の会話を盗み聞くようなセコイ真似はせんよ。 海と陸はどうだか知らんが、君の機嫌を損ねる気は私にはないからな。 こうして、いい感じの関係を少しずつ築き上げているのだから」

「本当、がめついなあんた」

「これが私の仕事だからね。 はっはっは」

「そうかい、じゃあ精々がんばってくれ。 ところで、今回はどうやって攻められたんだ。 また地下水路からか?」

「報告によれば、今度は召喚師によって大量に魔導機械が転移してきたらしい。 幸い、ここは騎士たちが常駐している場所だからな。 かなり早い段階で対処ができたよ」

「リンディは? あいつが上から弾幕撃ってりゃさっさと片がついてると思うが」

「彼女は今こことは別のところにいる。 ふむ……会いたいかね? 恋しいというのなら”呼んでもいい”が」

「んー、あいつへの用事は済んでるから今はいいさ。 無事ならいつだって会いに行ける。 だから今はそれでいい。 それより、問題なのは敵の行方を探る道筋が消えたことさ。 あいつら、本当に節操が無いからな」

 廃棄都市に続いて教会にまで押し寄せてきた。 形振り構わずというよりも、単純にどこでも関係が無いとでも言いたげなご様子である。 さしものクライドもその事実には辟易していた。

「こうなると、教会にずっと閉じこもってる理由もないな。 グラシアさんやディーゼルには悪いけど、共闘はここまでかもしれない」

「仮にだが、ここを飛び出して君はどうしようというのかね。 君に連中を追う力があるとでも?」

「俺には無いけど、ありそうな奴は居る。 だから、そいつの手伝いでもしようかなと思ってるよ。 猫の手でも借りたいはずだから、俺でも手を貸せることがあるかもしれない。 一人より二人って奴さ」

「なら、それに我が聖王教会が絡むことは可能かね? 場合によっては手を貸せるかもしれないぞ。 何せ、次元世界中に信徒はいる。 人海戦術なら或いは管理局に匹敵すると思うが、どうかね」

「いや、高くつきそうだから止めとくよ。 それに、”管理局”も”教会”もこの界隈はやっぱり”あいつら”のテリトリーみたいだ。 このまま長居すると厄介なことになるかもしれないんで、適当に頃合を見て帰るさ。 ……って、そういや指揮に行かなくてもいいのかよ」

「念話で状況は把握しているよ。 それに、どうやらもう全機撃破したようだ。 やはり、有事の際には騎士たちはとても頼りになるな」

「……みたいだな」

 一瞬、その筆頭であるメリーに目をやるクライド。 その視線に気がついたメリーが、何事かと目を瞬かせるがクライドはなんでもないと頭を振るとグラシアに問う。

「しかし、いいのかグラシアさん。 教会を襲われて奴に逃げられた。 これは失態って奴なんじゃないのか?」 

「なに、陸も一度リンディ提督を誘拐されている。 大して変わらんさ」

「ならいいんだが……」

「おや? もしかして私のことを心配してくれてるのかね」

「可愛い娘さんがあんたの代わりに出てくるよりは良いかと思ってね。 まだ小さいんだろ」

「ほう? 君から見て可愛いと思えるわけかね私の娘は。 まぁ、いくら君にくれといわれても嫁にはやれん。 さすがに歳の差がなぁ」

 グラシアの娘カリム。 三期における重要キャラの一人であり、機動六課という組織にとってのその設立のためのキーパーソン。 そして、恐らくは、”次代”の理事官。 人の良いお嬢様風味なイメージのお方だが、さすがに今この時代では若いというよりは幼いはずだった。

「当たり前だ。 俺は夢追い人だから”そういうの”は嫌いなんだよ。 ……嫌に目が笑ってないんだが、もしかしてヴォルク提督と同じ口?」

「限りなく同類に近いと言っておこうか。 まぁ、娘が可愛くない父親などこの次元世界には存在しないのだよ」

「さいですか。 なら、警備や”聖遺物”の管理を徹底してといてやってくれ。 後でその娘に苦労させたくなけりゃあな。 特に、恋愛初心者で綺麗な修道女にコロっと騙されるような司祭には気をつけるこった。 逢引する場所によっては面倒くさいことになるだろうぜ。 男は狼で、女は狐だ。 そこんとこ気をつけないと将来教会は偉い目にあっちまうかもよ」

「……嫌に具体的な忠告だな。 もしや、それは預言者とも呼ばれる私への挑戦のつもりかね」

「さーてね。 俺の独り言の的中率はよく当たる”占い”以下だ。 気にするかしないかは任せるよ」

「注意はしておこう」

「そいつは結構。 まぁ、未来がどう転ぶかなんて実際俺にはよく分からないけどな。 さし当たっては今直面してる問題をどうにかしたい。 つっても手詰まり感がある。 いやはや、どうしたもんかねぇ」

 攻めたくても情報が何も無いのだからどうしようもない。 いい加減、一つぐらいは手がかりを寄越せとクライドはこの場で吼えたいぐらいに思っていた。 連中は徹底的に証拠を消して行く。 これで鬱陶しいと思わないわけがない。

「ならば、情報が集まるまではここに居てくれるということでいいのかな」

「とりあえず、連れから連絡がくるまではお世話になろうかな。 その後で、”帰る”かどうするか決めるよ」

「そうかね。 こちらとしては長く滞在してくれてもいいんだが」

「どうしても、個人的にやらないといけないことが一つあってね。 こっちじゃあそれができないから長居はできない」

「ふむふむ」

 顎鬚を撫でながら、グラシアは何事かを考えるようにクライドから視線を外す。 彼自身クライドの用事が気にはなったものの、深く聞くことしない。 ただ、どうすればクライドが長く滞在するかを考えていた。 今は色々とゴチャゴチャしているが、長期戦で色々とクライドから引き出したいという思惑は健在だ。 そのために今手元にある二つのカードを切るか否かを彼は思案していた。 司令室に向かうよりも、ここで決断するべきかと迷うほどに。

「時に、話は変わるが君に一つ確認したいことがあるのだがいいかね」

「なんだ? そっちが興味ありそうなことは全部もう話したと思うんだが」

「もう一人の君のことについて聞きたいのだ」

「あいつは俺の偽者でリビングデッドだろ。 かなり不可解だが、今回の敵の方についてる鬱陶しい奴だ」

「いや、そちらではない。 ”クライド・エイヤル少年”のことだよ」

「そっちか。 あー、そうだな……」

 その興味は、当然のものだっただろう。 本来であれば、誰だって気になるところだ。 クライド自身もそれだろうということは分かっていたが、どう答えるべきなのを思案する。 喋ってもどうということは無い。 但し、その次の疑問は恐らくは自分に向かうことになるだろうことは分かりきっていた。 それは少し面倒くさいことだった。 とはいえ、黙っている必要もなかった。

「”オリジナル”が、正しいかな。 直接俺が会ったことはないんだが、恐らく彼が本物”のクライド・エイヤルだ」

「ほう? では、君は?」

「クライド・エイヤルの偽者だよ。 一時期は彼の体を”偶然”間借りしていた”中の人”ってことになる。 オリジナルは事故に会ったせいで意識が無かった。 んで、その間に闇の書の中に組み込まれて居た俺が偶然良い感じに接続されたことで、俺は彼の体を借りて過ごしてた。 四年前に”接続が切れる”までは」

「正直、色々と突っ込みたいところがあるがズバリ聞きたい。  どうして、彼は子供に戻ったのかね」

「それは俺にも分からない。 ただ、聞いた話だとあいつの”時間を戻した奴”がいるんだよ。 だから、あの子は事故に会う前のクライド・エイヤルに戻ったらしい。 個人的にはそれをやった奴……”アレイスター”にそのことでは感謝してるよ。 俺が訳も分からず奪った時間を、僅かでも取り戻せることになるだろうからな」

 アレイスターがどうしてそうしたのかは、今でもクライドにとっては謎である。 ストラウスから聞いただけで、その後に確認したわけではないからだ。 ただ、22歳のままで意識を取り戻すよりも、幼き日の続きから始められる方がまだ少しは幸福になれるだろうとクライドは思っていた。 だから、どうかもうそのまま何事もなく平和に過ごして欲しいと思うのだ。 

「アレイスター……時間を戻す? そんなことが本当に可能なのかね」

「その人には可能らしい。 まぁ、でもそういうロストロギアの噂ぐらいグラシアさんなら聞いたことあるんじゃないか? 実在するかどうかは別として、な」

「確かに、そういう話がないわけではない。 ただ、その手の話はそれが実在するかという話になると途端に胡散臭くなってくるがね」

「実際、俺も子供に戻ったところは直接見てないからなんともいえない。 でも、不思議と否定する気持ちも疑う気持ちも湧き上がってこなかった。 そうなってるっていう話をした人が嘘を吐く理由がないことは確かだったから、『ああ、そうなのか』って程度にしか感じなかったよ」

「……なるほど。 では、そういう荒唐無稽な代物や人物が”実在”するとしよう。 それは誰にでも使えるのかな?」

「分からない。 条件も何も俺は聞いたことがない。 ただ、その技術を限定的に使わせてもらえる世界には心当たりが一つあるな」

「ほほう!! どこだねそれは!!」

 面白そうな話に、グラシアの眼がキラリと光る。 その横で話を聞いていたメリーは話についていけず、既に理解するという行動を放棄していた。 酷く温度差がある二人であったが、クライドは正直に言う。 

「かつて次元断層の向こうに消えたとされる伝説の世界、アルハザードだ」

「な、なんだって――」

「ぷっ――」

 その瞬間、グラシアは大仰に驚き、メリーは我慢できずに噴出した。 

「メリー君、今良いところなんだから空気を読んでくれんかね。 私たちは真面目な話をしているのだよ」

「い、いえ、申し訳ありません。 ただ、その、なんと言いますか随分とロマンチックな回答だったのでつい……」

 シスターは堪えきれないとばかりに口元に手を当てて笑っていた。 クライドはそれを見て苦笑する。 そうだ、それがこの管理世界では普通なのだ。 存在しないはずの世界のことを、さも当然のように言うクライドの冗談<回答>こそありえないのである。 だが、そんなメリーを嗜めながら”グラシア”は何かに気づいたかのように顔は青褪めさせていた。

「まさか……それなら予言の一文のアレにも説明が……いや、しかし――」

 ブツブツと呟きながら、自分の到達した答えにグラシアは慄く。 眉間に寄った皺はこれでもかという程に歪ませながら、彼は間違いであって欲しいという懇願の表情でクライドを見た。 だが、クライドは苦笑したまま表情を変えなかった。 

「どうしたグラシアさん。 何か、俺との会話で”面白い”発見でも在ったか?」

「今更なことを少し、ね」

 グラシアは思う、初めてクライドと出会った頃から会話の中にヒントは有ったのだと。 なのに、それを常識を理由に彼は深く考えもしなかった。 あの二つの詩の内の一つに含まれる単語を考えれば、それに”目を向けないわけにはいかなかった”はずだというのに。

「――魔導と科学の対立した理想の楼閣。 夜天の王は剣を取り、”伝説の地の支配者”との長き闘争に終焉をもたらす。 その日、誰も知らぬ黄金の主の願いが成就する。 そして彼の者の理想郷は一先ずの安泰を得るだろう」

 もう何度も読んだ詩を彼は朗読する。 そして、はっきりとその可能性へと目を向けた。 良い予言も悪い予言も読んできた彼は、予言に眼を背けるということはしないのだ。

「夜天の王。 君はもしかしてこの四年の間に”たどり着いていた”のかね」

「初めて足を運んだのは二年ぐらい前だ。 そのときは世話になってる娘の里帰りのためと、プライベートの謎探しが目的だったかな」

「いやいやいや、待ちたまえよ君。 つまり、アレかね? 私の頭が可笑しくなっていないのであれば、君はこう言っているわけだ。 アルハザードに”行って来た”と」

「イエス、イエス、イエス」

「正気ですか? というか騎士グラシア。 もしかして信じるつもりなんですか? 彼の冗談を」

「だが、そうでなければ納得がいかないことが出てくるのだよメリー君。 私の予言の詩に出てくる”伝説の地の支配者”という単語。 これがもし、アルハザードが実在していると仮定するなら詩のワードとして意味が出てくる。 存在しないのなら、そもそもこんなワードが出てくるはずがないのだからな。 我ながら迂闊な話だ」

「う、嘘ですよね?」

「嘘なものか。 それに、もしそうだとしたら夜天の書を無害化したという彼の言葉に信憑性が出てくるのだ。 アレを無害化したと彼は私に言ったが、それが”アルハザードの技術”でだとしたらどうだね。 少なくとも、教会でも管理局でもアレを無害化する方法は存在しないのだ。 自治世界連合群にだってあるかどうか分からない。 だが、アルハザードならば話は別だろう。 あそこは、”そういう伝説”には事欠かない世界だ」

「し、しかしアレは御伽噺のようなもので、伝説なんですよ?」

「君レベルでは知らんだろうが、聖王教会の旧い文献にはアルハザードとの交流について書かれた書物やデータが少しだけ残っているのだ。 ”伝説”だから残っているのか、”実在”したから残っているのかは分かってはいないが、とにかく胡散臭い存在だったから私は半信半疑だった。 だが、予言の件もある。 私だってこの目で確かめるまで信じたくはないが、そうだと仮定して考える価値はあると私は考えている。 そういう技術が確立されているのだとしたら”リンディ提督”の状態にも説明がつく」

「あっ――」

 子供に戻ったリンディ・ハラオウン。 病院で現在精密検査中だが、何も詳しい原因は分かっていない。 途中で教会襲撃の報告が来たせいでとんぼ返りしてきたグラシアたちにとって、この情報には意味があった。

「気のせいか? なんか今、リンディに何かあったみたいに聞こえたんだが……」

「その、なんだね。 落ち着いて聞いてくれたまえよミスタークライド。 どういうわけか、少し前に彼女が”小さな女の子”になってしまってね。 それで、検査のために病院に――」

「……こだ」

「ん?」

「どこだその病院!! すぐに案内しろ!!」

 グラシアの胸ぐらを掴みながら、クライドは初めて二人の前で血相を変えた。 そのとき、グラシアは自分が地雷を踏んだことを理解した。 せざるを得なかった。 慌ててメリーが止めに入るも、その男は止まらない。

「ちょっと、落ち着いてください」 

「これが落ちついていられるかシスター!? 俺はあいつを助けにこっちへ来たんだぞ!! どうして俺に何も言わなかった。 なぁ、答えろよ騎士グラシア。 もし、あいつに何かあったら俺が管理世界くんだりまで戻ってきた意味がねぇだろ!!」

 心の底では、クライドはこの一件をカグヤがどうにかするだろうと信じていた。 その根拠がラプラスの演算結果の中の”リリカルなのは”だ。 クライドにとっての断片的未来知識の情報源であるそれは、未だに”現在”が”原作”に追いついていない。 だが、その中で”ミッドチルダ”という世界はこの時間軸の先にきちんと存在していることになっている。 それがクライドがどこか他人ごとのように楽観できていた最大の理由だ。

 だが、真剣に考えればそれは危険なことだった。 何せクライド・ハーヴェイの誕生によって既に様々な事象に影響が出ているはずだからである。 致命的なのは『クロノ・ハラオウン』の存在と『フェイト・テスタロッサ』だ。 まず、分かっているだけでもこの二人に影響が出ているはずだし、『夜天の王八神はやて』もそうである。 『なのはさん』に関してはユーノ・スクライアとジュエルシードの輸送事故の発生するかどうか次第だが、預言者ではないクライドにとっては確証が無い。 しかし、これらの問題はクライドにとっては問題足りえないのだ。

 まず原作一期を考えればクロノ・ハラオウンがいなくても問題は無い。 確かにクロノ・ハラオウンはべらぼうに強いが、管理局に代替戦力がいないわけではないだろうしそもそもプレシア・テスタロッサが動くことはもはや”ありえない”。 問題があるとすれば航行艦の事故か何かで地球に落ちるらしいジュエルシードの回収だけだが、対抗者たるフェイト・テスタロッサの誕生が絶望的な以上はまだ楽観できるといえた。 それに”レイハさん”が実在しているという事実もある。 ”ユーノ・スクライア”は未知数でも、そもそも地球に生まれるかもしれない『高町なのは』にはクライドは今現在影響を与えてなどいないから、もし気になればそのうち適当に”梃入れ”でもすれば良いから問題にはなりえない。 何せまだ過去だ。 自分の精神衛生のために余計なお節介を焼くことぐらいならクライドにもできるし、面倒くさいがミーア経由で情報をチェックして自分が動いてもいい。

 また、二期も問題はない。 そもそも”夜天の王”はクライドで終わりだ。 次代へと継承されることはありえない。 なら事件自体が発生しえないので問題も何も起こらないことになる。 故に気にする必要はない。

 三期は少々複雑だが、かといってこれも絶対に”機動六課”が必要というわけではないだろう。 そのときのドクターの作戦次第になるのだろうが、衛星軌道上に上がる前に艦船でケリをつけられるのであればそれほど問題では無いと読んでいる。 というか、”リンディ”と一緒に居られるのなら仕事の愚痴でも聞く振りをしながら探りを入れるなり何なりして助言でもすればよい。 ましてやグラシアに娘がいるというのなら、教会が対抗するために何がしかの動きをするだろうことが予測できた。 ならば、やはりこれもクライドにとってはそれほど問題視するようなものではない。

 薄情なようだが、生まれてもいない存在に関してはクライドはもう気にしない方向で行くことに決めていた。 アリシアのためにフェイトの誕生する可能性を奪い去った以上は、生きている奴のために動くことは在っても、存在していない者のために動くのは”不公平”に過ぎる。 だから、クライドは自分ルールの名においてしか動かないつもりなのだ。

 だが、自分勝手な彼の理屈の中で例外中の例外がリンディ・ハラオウンの存在である。 ”リンディ・ハラオウン”に関しては既に出会ってしまっているため、例外になる。 そもそも彼女の場合は助けないという選択肢そのものが今のクライド・ハーヴェイの中に存在しないモノとなっているのだ。 そして性質の悪いことに彼の中の”ジルの因子”がそのことを正常だと判断させていた。 最悪一番以外の消失は全て”許容できる”などという極論が彼の頭の中をチラついているからだ。 だから、アルハザードの予定を知っていても彼はある程度はのんきで居られた。

「どうせ見てたんだろ。 聞いてたんだろ。 撮ってあるんだろ。 ”そういうことだ”、そういうことだから俺はあいつに関しては妥協しないぞ。 ミッドの未来も管理世界も知らないし、あんたら教会の思惑も知らねぇ。 滅びの予言も”知るか”。 いいか、あいつは俺の”介入理由”だ。 これが無くなったら、俺はさっさと家に帰る。 誰がなんと言おうと家で布団被って寝てやる。 だから、教えろ。 ここが俺の”境界線”だ」

「分かった、分かったから落ち着きたまえ」

「無理言うな。 落ち着けない言葉を吐いたのはそっちだぞ」 

 クライドはクールダウンしない。 そのまま、凄むように魔力を開放し騎士グラシアを威圧していた。 眼つきは最悪なほどに悪くなり、教会騎士に対する狼藉など知るかと言わんばかりにグラシアを締め上げていく。 だが、さすがにそこまでされるとメリーだとて動かないわけにはいかなくなる。 トンファー型デバイスを突きつけ、クライドを牽制する。

「そこまでにしてください。 それ以上ゴネられると、私も動かざるを得ません」

「好きにしてくれよ。 ”こっちも好きにするだけだ”。 正直、教会の手助けは俺には必要ないんでね。 ここで縁が切れたって構わない。 そもそも、俺が教会に求めるものなんて”何もない”」

「……だからもういらないと、そう仰る?」

「俺を必要としているのは”あんた等”で、俺が必要としているのは”あいつだけ”だ。 それだけ分かってりゃあ、答えは言わなくても分かるだろシスター」

 瞬間、シスターとクライドの間で火花が散った。 その最中、堪えていたシスターがトンファーを震わせながら、足元で魔法陣を展開した。 その顔には笑みはもうない。 いつもは封印されているはずの”あの”顔があるだけだった。

「テメェ、五秒以内にその手を離せ”犯罪者”。 そんな奴でもいないと仕事に差し支えるんだ。 早くしろ」

「ああ? そっちこそ三秒以内に全部吐けよ”二重人格”。 別に騎士殿じゃなくてもあんたの口からでも俺は止められるだろ。 少しは気ぃ利かせろや」

 売り言葉に買い言葉だった。

「二人とも止め――」

 グラシアの静止の声は最後まで紡がれることはなかった。 グラシアの胸倉を掴んでいたクライドがすぐにシスターの動きに反応。 その手を離し、グラシアの体を蹴り飛ばしその反動で一気に距離を開ける。 同時に、クライドの手が在った辺りをシスターのトンファーから放たれた魔力刃が通過する。 地面を転がったグラシアは、起き上がりながら脳裏で予測した最悪の光景通りになった現実に頭を抱えた。

「ピーチクパーチク喚きやがって、つまりアレだろ。 こっちの好意は全部まるごと無にするわけだ。 そうだなテメェ」

「下心満々で近づいておいて好意も何もないだろ。 ついでに、意に沿わなくなったら力ずくと来たもんだ。 やってられるかこんちくしょう」

「そりゃテメェも同じだろ。 しかし、軽率だったな夜天の王。 連れがいりゃあ”他”の手も考えただろうが、あんただけなら話は別だ。 これが一番手っ取り早い」

「確かに、俺だけなら組し易い。 俺はあんたよりも弱いからな。 しかも今なら非武装で、ここは教会の敷地内。 舎弟も一杯いるだろうあんたが負ける理由はどこにもない」

「正気じゃねぇアンタを止めるにゃあこれしかねーだろ。 何故って? アンタは私らの言葉を聞かねー。 これじゃあ、”力づく”以外の方法が取れない。 悪く思うなよ。 いつだって我を通せるのは、強い奴だけだ」

「暴力程効率的な手段はこの世にはない。 なるほど、それは確かに真理だよ。 だが、それは相手が一方的にやられるしかない状況においてだけだ。 だから――」

「あん?」

「――俺は”帰る”。 じゃあな」

 そう言うと、クライドは空中に飛び上がりミラージュハイドを起動した。 一瞬で肉眼からもデバイスのレーダーからも掻き消えたクライドを追う術は、純粋な戦闘型騎士であるメリーにはなかった。

「しまっ――」

 悔し紛れに空に向かってメリーが砲撃を放つが、禄に狙いもつけられていない砲撃は夕闇に消えたクライドには当たらない。 せめてクライドがメリーに攻撃しようと近づいたならばメリーにもなんとなく感知できたかもしれないが、初めからやりあう気が無いクライドはそんな愚を冒すこともなかった。 ミラージュハイドは離れれば離れるほど威力を発揮する迷彩魔法で、メリーは空を飛べない騎士だ。 その差は、致命的だった。 バイクに乗れば速度の問題はなくなるが、レーダーにも目にも映っていないクライドを追えないのでは意味が無い。

「はぁ、こうなってしまったか。 まさかとは思ったがね。 つくづく、彼はアウトローな男だな。 普通アレだよ。 躊躇すると思うんだがね」

「騎士グラシア、その、申し訳ありません」

「なに、仕方あるまい。 彼が”ああいう男”だということは分かりきっていたことだ。 それでもどうにかコントロールしようと思っていた私が浅はかだったのだよ。 リンディ提督の提案を受けるべきではなかったのだ。 こっそり伝えておけば、こうは成らなかっただろう」

 彼女の謝罪に首を横に降りながら、グラシアはクライドが消えていった空を見上げる。 だが、その口元は笑っていた。 

「さて、それでは彼を追跡しようか。 服に取り付けてあった発信機はそのままだからな。 君も、それが分かっていたから当てなかったんだろう?」

 囚人服に細工が施してあった。 ゆえに、このままクライドを泳がして色々と美味しい目に預かろうとグラシアが笑う。 しかし、メリーはその言葉に頷かない。 ただ、首を振るばかりだった。

「ん? どうかしたかねメリー君」

「大変言い難いことなのですが……発信機、壊されてます。 デバイスに反応が出ていません」

「ははは……こんなときに面白くもない冗談は止めてくれよメリー君。 私の胃に穴が開いてしまうよ」

「いえ、大マジですこれ」

「まさか、気づいたというのかアレに!」

 超薄型軽量であり、服を着た所持者の魔力で駆動するタイプであったのだ。 脱がれるまでは追跡できるはずだった。 そんなものは既にガジェットのレーザーで偶然にも破壊されていたのだが、グラシアもメリーも態々ピンポイントでそれが破壊されたなどとは思っていない。 バリアジャケットを纏っていたせいで、クライドの服がどうなっていたかなど気づけないでいたからだ。

「分かりません。 あ、そういえば彼は魔法を使用していましたのでもしかして、脱いだのではないでしょうか」

「つまり君は、彼が服を脱いでほぼ全裸でバリアジャケットを纏っているというのかね? 彼が裸族だという情報などなかったのだがな」

「……これから、どうします?」

「というより、この失態は洒落にならない。 偽者が奪われただけでなく、彼も逃がしたとなれば、本当に私の首が飛んでしまうかもしれん。 こうなったら、プリウスで名誉を挽回しなくてはならんな。 ディーゼル提督の提案のおかげで、最悪が回避できるかもしれないのが不幸中の幸いか」

「そう、なりますか」

「このままだとそうなるよ。 メリー君、大至急索敵が得意な騎士を集めてくれ。 戦闘型の騎士はフリーランサー二人をどうにかできるレベルの騎士で頼む。 間に合うかどうか分からんが、リンディ提督の病院を張ろう。 できれば彼と和解したい。 それと同時に、”盗まれたプリウスの追跡”と”本物のプリウスの移送準備”も進める。 このままでは教会の立つ瀬が無いぞ」

「かしこまりました」

 急いで教会内へ走り去って行くメリーを見送りながら、自らも執務室へと駆け出して行くグラシア。 その胸中は穏やかではない。 理事官としての立場は、教会と管理局との橋渡し役という意味以外にも彼にとっては意味があったからである。

 グラシアには天命がある。 持って生まれたレアスキルの、その予言の中でも最悪に対処しなければならないという天命が。 理事官の立場は、その天命を果たすために無くてはならないものなのだ。

 預言者の著書<レアスキル>に振り回される人生。 恐らくはグラシアはそういう星の元に生まれているということなのだ。 振り回されたくなければ使わなければ良い。 だが、彼はそれを使い平和利用しようとした男だった。 故に、少々の逆境程度では止まることなど知るはずも無かった。









「本が一杯の場所? 具体的な位置は分かるか」

「……わかんない。 でも、一杯管理局の人がいたの」

『捜査官、ユニゾンを解くぞ』

『あ、おい!?』

 返答を待たずにリインフォースはユニゾンを解除する。 瞬間、ザースの髪色がいつもの茶色に戻りリインフォースがその姿を現した。

「……お姉ちゃん誰?」

「私は彼の協力者だ。 怯える必要は無い。 ただ、私なら君の手助けが出来るから出てきただけだ」

 銃口を向けられた状態で、しかしリインフォースはそれを気にせずに近づいて行く。 そうして、銃を眉間に突きつけられながらも少女の目線にあわせるようにしゃがみ込む。

「本のある場所。 その場所から、君は出てきたのだな?」

「……うん」

「私にはその場所に一つ心当たりがある。 だが、正確な場所が分からない。 だからもっと詳しく教えて欲しい。 そうしてくれれば、私か私の仲間が君をデータ諸共消し去ることができるだろう」

 怖がらせないように勤めて優しげにリインは言う。 ローラは少し疑うような素振りを見せるも、怖がることはやめたらしく銃口を下ろした。

「ごめんなさい。 私にも分かんない。 でも、本の場所のその奥にあるの。 それで、私が出たらいつもそれは閉まっちゃうの」

「そうか。 なら、なんとかなるかもしれない」

「ほんと!?」

「ああ、だがそれには君の協力が必要だ。 手伝ってくれるか」

「うん」

 頷くローラの眼前で、リインフォースは目を閉じ手元に蒼天の書を展開する。 大魔力ストレージの魔導書が、彼女の意思に呼応して魔法を検索。 すぐに一つの魔法プログラムを準備する。

「これから、私は君の記憶を魔法で見ようかと思う。 だから、君はバリアジャケットを一時的に解除してその本の場所のことを頭に思い描いて欲しい。 できるか?」

「おいおい、禁制魔法のオンパレードだなあんた」

 様子を伺っていたザースが、呆れるように呟く。

「無理矢理にするつもりはない。 構わないなら、私の手を握り締めてくれ」

 そっと、差し出された右手にローラは恐る恐る手を伸ばす。 ダメで元々でも、助けて欲しいという願いは少女の心を動かした。 無防備にもジャケットを解除し、リインの手に小さな手を重ねる。

「分かった。 それでは始める」

 足元で輝く白の魔法陣。 古代ベルカ式の魔法が駆動し、少女の記憶を探るべくし静かにリインは己の意識を埋没させた。



――そして、彼女は遡る。

 刻まれ、記憶された少女の生。 今から過去へ、少しずつビデオのテープを逆回しにするかのように。

 ザースとの会話、暇つぶしの廃棄都市探検、浮浪者たちとの邂逅、ミッドに降りてからの一人旅、”管理局の制服を着た女”との転移ターミナルでの移動――、

『もう少しだよ。 私はパパのご褒美。 だから、パパがある程度のノルマを達成しそうになったあたりで生み出されるの』

 同調したローラからの声に、リインは頷き更に深度を下げる。 

 転移ターミナルへの転移のためにトランスポーターに乗り込むローラ。 手を引くのは青い制服の女。 すれ違う人々。 大多数は青の制服。 民間人もいるが、それよりも制服の連中が多い。

『時空管理局の支部? いや……やはりここは本局か――』

 通り過ぎる映像を一時的に止め、エントランスの案内板を確認。 デバイスに保存しながら更に戻す。

『……大丈夫? お姉さん苦しそうだけど』

『問題はない。 もう少しだけ、我慢してくれ』

 デリケートな作業だった。 特に、リインにとって懸念されるのはリビングデッド体への攻撃判定。 魔法攻撃に触れると破壊されるという体のことを思えば、少女の体を破壊せぬように慎重すぎるほど慎重な魔力制御が求められる。 もし馬鹿魔力を背景に力づくで記憶の大海に挑みかかれば、無意味になる可能性があった。 リインフォースは静かに、少しずつ時間を戻す。

 少女たちは通路を歩く。 その道順も記録。 途中で本局が広すぎるための内部移動用のトランスポーターを利用。 一般人が利用できる区画の中、その問題の場所へ突入。  

『っ――』

 瞬間、記憶映像の中の圧倒的な本の数に、記憶の海にノイズが走った。 だが、まだいける。 ゆっくりとノイズを除去。 少しずつ、映像を実りあるものへと修正。 再び巻き戻し開始。 制服の女と出入り口へ。 開く扉。
 
『”ここ”だよお姉ちゃん』

『ああ、もうしばらく我慢してくれ』

 前後の映像を高画質保存。 同時に視界と移動経路から逆算して入り口の場所を算出。 記録保存。 深度増大。

 制服の女と共に通路を歩く。 経路を再び保存。 同時にマッピング開始。 ノイズ増大。 ノイズ、ノイズ、ノイズ。 ブラックアウト――、

『……あ、司書のお姉ちゃんに気づかれた!? だめ、お姉ちゃん逃げ――』

『くっ――』

 演算を緊急カット。 急激にブレーカーが落ちたかのように暗転する闇を抜け、リインが意識を現実にすり合わせる。 瞬間、リインの額には二丁の銃が向けられていた。 理解は一瞬。 回避はもう、間に合わない。

「――避けろ!!」

 ザースの声が銃声に混じって周囲に響く。 だが、リインは避けなかった。 故に、放たれた銃弾は彼女の額に穴を穿つ――はずだった。

「無駄だ」

 騎士甲冑のフィールドに阻まれた鉛弾が、着弾の衝撃によってひしゃげて落ちる。 瞬き一つせずに、当然のようにリインはゆっくりと視線を向上げた。 恐ろしいことに、その紅眼の主は至近距離の銃撃を前にしたというのに恐怖一つ抱いてはいない。

「それでは”足りない”。 私の鎧を貫きたいなら、抜き打ち程度では無意味だぞ”司書”とやら」

「――」

 ローラからの返答は無い。 だが、行動は返ってきた。 魔力付与された弾丸の雨が、返答の如くリインの騎士甲冑の表面を撫でて行く。 しかし、そのどれもに意味が無い。 リインフォースの守り<フィールド>を突破できない。

 それは当然だったのかもしれない。 彼女の騎士甲冑は、ゼロ距離からカートリッジを三発ロードして発射されたエクセリオンバスター<砲撃魔法>の直撃を受けてもけろりとしていられるほどの強度があるのだ。 鉛弾に少しばかり魔力を付与した程度ではどうにもならない。

「おい、どうなってやがる!? さっきまで大人しくしてただろ」

「乗っ取られた……というよりも、意思を奪われたようだ。 彼女はもう、ローラ・デュエットではない。 ただの操り人形だ」

「なんだと!?」

「リビングデッドだからな。 プログラムの操り手には逆らえないのだろう」

 クマの縫いぐるみにある切れ込みから、中に隠されていたマガジンが落ちて行く。  バックステップで距離を取るは一瞬、すぐにリロードを開始した少女の眼には、既に悲しみの涙も何も無い。 それを見て、リインは痛ましいものを見るかのように顔を顰めた。

「魔法プログラム体だとて、意思はある。 心がある。 貴様のせいでまた泣いているぞ。 父親を心配するあの小さな幼娘が。 私の声が聞こえているのだろう”司書”。 人並みの心があるのなら、それ以上その子を悲しませる真似は止せ。 その子を開放してやれ」

「――バレットコート、イグニッション」

 司書からの返答はやはりない。 その代わりに、少女の体を使って魔法を紡いだ。 クマの口から出た銃口、その先から環状魔法陣が展開される。 もはや少女には言葉も通じない。 リインにできることといえば、もう止めてやることだけだった。 

「ローラ・デュエット、約束は守る。 だから安心して眠ってくれ」
 
 リインフォースは、ただ一言だけそう言うとザースの前へと跳躍。 そうして、右手を上げるように構えながら魔法を展開する。 その瞬間、確かに彼女の全力の魔力によってこの密室の大気が振るえた。 背後に居るザースなど、”悪夢”を見たかのように顔を引きつらせていた。

「術式変換。 物理透過効果付与。 ――もう、子供は眠る時間だローラ。 悪夢に怯える必要ももうなくなる。 さぁ、静かなる闇に沈め――」

 右手の上に、白い魔力の塊が立ち上る。 本来、闇の書に蒐集した魔力を使えば暗黒色になるそれは、しかし白い闇となって密室を彩る。 操られているローラは逃げない。 せめてもの抵抗とばかりに引き金を引く。 射撃、射撃、射撃。 一心不乱なバレットスコール。 しかし、当たり前のように弾丸の雨の尽くがフィールドによって床に転がった。 それは、最後の抵抗とばかりに苛烈さがあった。 だが、永久に撃てる銃などこの世にはない。 やがてそれのマガジンが空になった頃には、リインのチャージが終っていた。

「――デアボリックエミッションEX」

 呟きは一瞬。 駆動した白の魔力が、爆発的なまでに密室の中で膨れ上がる。 いや、それだけではない。 追加された術式によって物理的な壁さえも透過して広がって行く。 逃げようとしても、もう無理だった。 その魔法の効果範囲は”今から逃げたところでどうにかなる程度”を超えているのだから。 だが、そうとは知らない司書は、少女の体をマテリアルダイブで壁に溶け込むようにして退避させる。

「そのまま動くな。 私の後ろから出ると巻き添えを食らうぞ捜査官」

「で、出鱈目だ。 こりゃまさか、空間攻撃系の魔法か!?」

 ザースはただ、その馬鹿げた大魔法をリインの後ろから眺めていることしかできなかった。 圧倒的な白の暴虐によって世界から色が消える。 同時に、音も消えた。

 高ランク魔導師が都市を焼き尽くす火力を持つと呼ばれる所以を、リンディ・ハラオウン以外の女によってまざまざと見せられた形になったのだ。 十数秒後、白の光が止んだその密室には二人しか残っていなかった。

「……倒した、のかよ」

「ああ。 マテリアルダイブで逃げたところで、逃げられないように術式を組んだ。 アレを使いながら地中で防ぐなど不可能だ。 やろうとしても確実に消し飛ぶ。 ここで防御に徹すればまだ芽はあったが、そうとは気づかずに奴は逃げようとした。 操った者は戦闘の素人だな」

「そう……か。 一応、確認してくれるか?」

「ああ」

 リインはその頼みを受諾した。 再び、広がる探査の光。 先ほどの空間攻撃魔法を嫌でも思い出させるそれには、ザースはどこか呆れるように眺めた。

「捜査官、管理局員でここにすぐ来れる者はいるか?」

「いや、多分無理だろ。 いないわけじゃないが、かなり数が限られるはずだからな」

「では、敵の増援だ。 一人こちらに向かってくるぞ」

「……マジか?」

 いい加減、この密室から出たいと思っていたというのにそれもままならない。 どこか疲れた顔でザースはデバイスを構える。 すると十数秒後、確かに敵が現れた。

「なんだよ、今度はデミオか。 ――って……デミオ!?」

「ザース・リャクトン!? 何故、貴方がここに居る!!」

 二人とも予想外の相手を見たかのような顔で驚き、対峙した。 二人ともがすぐに戦闘状態へと移行し、互いに威圧を開始する。 その張り詰める空気の中、リインフォースだけは一人静かに口を開いた。

「お前がデミオ・デュエットか」

「ええ。 そういう貴方は見ない顔ですが、そこの彼の部下……というわけではありませんね。 見たところ、貴方が彼をここにつれてきたようですが、彼とはどういう関係で?」 

「友達の友達と言ったところだ。 それより、私たちはつい先ほどローラ・デュエットのリビングデッドに出会った。 あの子は、そこの彼に助けを求めていたぞ。 そろそろ犯罪活動も止めにしたらどうだ」

「馬鹿な、ありえない。 なんだってあの娘が、その男に助けを求めたりなどする!? あの子を殺した、無能な管理局の一員などに!!」

 悲痛な声を上げながら、デミオが両手にガトリングガンを展開した。 理解できない何かを見たかのように、リインフォースを睨みつける。

「貴方に犯罪を犯させるのがもう嫌なのだそうだ。 優しい娘だな。 リビングデッドとして蘇ってなお、貴方のことを心配していた。 もう、いい加減に眼を逸らすのをやめたらどうだ」

「眼を逸らす? 一体何からだ。 私は何からも目を逸らしてなどいない!!」

 血走った目で睨みつけてくるその男。 その足元から駆動した魔法陣が、ガトリングガンの先端に環状型魔法陣を展開させる。 紡がれた魔法は彼の娘が使ったものと同じバレットコート。 魔法陣内部を通過する物体に、魔力付与・貫通術式、多重弾殻・加速力を与える多重効果スペル。 AAA+に該当するデミオが使えば、質量魔力混合弾として驚異的な威力を引き出すことができる野心的魔法である。

「確かにそいつの言う通りだな。 眼を逸らしてるぜデミオ。 お前の娘は”もう死んだ”っていう事実からな」

「ザース・リャクトォォン!!」

 それ以上言わせぬとばかりに、耳を劈くようなけたたましい発射音が室内に木霊する。 放たれる弾丸は、拳銃などとは比べ物にならないほどの口径と連射力を備えている。 銃火器としては単純な破壊力でもそれなりに強力なガトリングガン。 そこに、更に魔法の力を組み合わさってとてつもない怪物が出来上がる。 だが――、それでもなおその二人には通じない。

「無茶をするな捜査官」

「悪りぃ、助かった」

 リインフォースが展開した白いバリアが、その全てをシャットダウンしていた。 呆れるほどの強固さだ。 回転する砲門から吐き出される弾丸が、バリアの眼前に散らばって行く。 やがて、弾丸が無くなったことで砲門が回転するだけになった頃には、空薬莢とひしゃげた弾丸が密室に己の山を築いていた。

「なんという……不公平だ」

 その声には、確かに怨嗟が篭っていた。

「不公平に過ぎる。 そうだ、いつだってそうだ。 管理局員はそうなんですよ。 当たり外れがあるんだ。 高ランク魔導師、歴戦の勇士、ストライカー級、エース級、偶々そういう当たりに当ったならば、人々の命は守られる。 だが、運が無い者たちはその恩恵には預かれない。 無力で役に立たないゴミのような者<低ランク魔導師>に当たって、その果てに死んで行く。 不公平に過ぎる!! 何故だ、何故そんな格差が生じる!? 皆分相応なだけの税金は払っている!! なのに、どうして公共サービスにこれほどの差が出るのですか!?」

 痛ましいほどに叫びながら、デミオは言う。 

「私の妻と娘の時には出てこなかった癖に、訳知り顔でしゃしゃり出てきた貴女は一体なんなんだ!!」
 
「私はタダのフリーランサーだ。 管理局員ではないから、当たり散らされても困る」

「はは、はははは。 そうですか。 フリーランサーですか。 はは、これは面白い。 ザース・リャクトン、ついに貴方も自分たちの無力を認めたわけだ」

「”無力”だってのは認めるがね。 別に彼女は俺が雇ったわけじゃあない。 さっき彼女が言っただろ。 友達の友達だってな。 その縁で今回捜査協力してくれてるだけだ」

「だとしても、頼っていることには変わらないでしょう。 貴方だけでここに来られるわけがない。 ここは、無力な魔導師には届かぬ場所だ」

「ああ、そうだな。 だが、だからどうした。 陸士ってのはな、一握りの連中を覗けば一騎当千なんて気取らねぇんだよ。 結果として目的を達成できればいいんだ」

 一人の力が貧弱だからと、それで諦めたりはしない。 陸士は個々人の力が低い分、束ねてどうにかしようとする。 そうして、平和を維持するべく日々を送っているのだ。 仲間の手を借りたところで、恥だと思う奴はどこにもいない。

「はっ、それすらもままらない連中が一体何を言うんですか。 目的を達成できればそれでいい? ええ、確かに果たせるでしょう。 だが、その過程で犠牲を生む。 まさか、それを必要な犠牲だとは言わないですよね」

「言うかよ。 犠牲を出したくて出す陸士なんざいねぇ。 そりゃあきっと海だって同じだろうさ。 誰だって、犠牲なんか出したくない。 でもな、ここはファンタジーじゃねぇんだよ。 空想とは違うんだよ。 出したくても出ちまうこともあるんだよ。 どれだけ気をつけても、どれだけの高ランク魔導師やエースオブエースを投入したところで、出ちまうものは出ちまうんだよ!!」

 失敗しない人間はいない。 力及ばずに涙する者がいないなんてこともあるはずがない。 都合の良い現実はどこにもない。

「はっ、ならば必要ないではないですか。 犠牲を少なからず生む犯罪抑止の力など、中途半端すぎる。 そんな不安定なもの、なくなってしまえばいい!!」

「無くしてどうするよ。 質量兵器時代でだって、犠牲は出た。 今更変えたところで世の中が劇的に変わるわけがねぇ」

「しかし、貴方の同僚のように”高ランク魔導師”などという言い訳を口にする者はいなくなる!! 貴方は知らないのだ。 あの時、あの瞬間、”高ランク魔導師”が居たらなどと後悔する連中の言葉の残酷さを!! もし、娘や妻が全力を尽くしても助けられなかったというのならまだ理解できる。 諦めることだってできた!! だが、”アレが全力でやった結果でさえない”ということに気づかされた私は、被害者遺族は、絶対にそれを看過することなどできませんよ!! できるものか!!」

 人手が無いから、質の低い戦力を使う。 それはまだ彼にも理解できる。 だが、その戦力が他に手があったかもしれないなどと口にすることは許されない。 でなければ、質が低い方は何故存在するのかという矛盾に行き当たる。 助けられないのであれば、それは存在しないのと同じだ。 少なくとも、デミオにとってはそうだった。

「看過できないならそれでもいい。 俺たちを恨んで、楽になってろ。 恨まれる覚悟は俺たちはできてる。 でもな、他人を不幸にする手伝いをするんじゃねぇ!! テメェの娘を殺した銃を、質量兵器を、なんだってお前はばら撒けるんだよ。 俺にはそれが理解できねぇ。 何人お前のばら撒いた銃で死んだ? 間接的に何人お前は人を殺したんだよ。 不幸にしたんだよ。 お前と同じような奴らを、お前は一体何人増やしたと思ってる!!」

 ザースにはそれが許せない。 その痛みを知っているはずの人間が、それを理解してなお不幸を量産するという負の連鎖。 それで何かが変わったというわけでもない。 結局、デミオは犯罪件数を増やしただけだ。 それ以上なんの効果も出せてはいない。

「どうして、”それ”なんだ。 他にも方法があんだろうが。 管理局の体制が気に喰わないんなら、有識者を集めて嘆願書を出すなりできるだろ。 なんだって”そういう風な”道に行きやがる!!」

「決まってるじゃあないですか。 ”娘”に会うためですよ」

 猛るザースとは対照的に、さも当然のようにデミオは言った。

「なんだと? ふざけんなよてめぇ!?」

「ふざけてなどいません。 私は出会ったんですよ。 あの日、保釈されて出た私は偶然にも”魔導王”と名乗る男にね。 その男は、魔法で奇跡を起せるのです。 死者蘇生という禁断の秘術をね!! だから私は『力』を貸しているのですよ。 帰って来たあの子は、死んだはずの娘そっくりだった。 いいや、そんな次元の話ではない。 父親である私には分かりましたよ。 本物だ、とね」

「親が紛い物と本物の区別さえつかねぇってのか!?」

「はっ、無知な君に説明するのも馬鹿馬鹿しいですがね、アレは娘の魔力情報を元に作られた完全なるコピーだそうです。 だから、何もかも同じなのですよ。 私と娘しか知らないはずの記憶を持ち、好きな食べ物だって同じ。 その癖、永久に可愛らしい姿のままの私の娘だ。 JSウィルスでばら撒かれたプロジェクトFとかいう不完全な理論とは違う、正に完全な奇跡だと言っても良いでしょう。 アレはもう、本物だとか偽者だとか、そういう次元さえ完全に超えているのだ!!」

 感極まったような顔で、デミオは語る。 神の奇跡を誇る愚者のように。 その醜悪なる依存を、ザースたちは彼に垣間見た。 見れずには居られなかった。

「そうやって、利用されてるんだなお前は。 全部、娘のためなんてことを”言い訳”にして」

「言い訳ではない。 これが私の愛なのです。 仕事のノルマを達成すればするほど失ったあの子と会える。 それと同時に、無力な管理局員の眼を覚ますために活動もできる。 はは、良いこと尽くめだ。 笑いが止まりませんよ。 はは、はははは――」

「平行線だな」

「ああ、こいつはダメだ。 言葉じゃあもう、どうにもならない」

 ならば、もう力づくで止めるしか方法がない。 理性的にどれだけ語りかけたところで、激情と娘への愛に縛られた男は聞きやしない。 

「そうだ、そういえば貴方たちは娘に会ったと言いましたね。 忘れるところでした。 それで、私のローラは今どこに?」

「ローラ・デュエットのリビングデッドなら、司書とやらに操られて襲ってきたので私が倒した」

「は――なんですって?」

「無理矢理操られて偲びなかったのでな、私が消した。 だが、彼女との約束は果たそう。 頼まれた通りに、あの娘を生み出すデータは後日破壊する」

「俺も手ぇ貸せたら手伝うぜ。 まぁ、ローラの嬢ちゃんに助けてくれって頼まれたからな。 助けないと男が廃るってもんだ。 でも今は――」

「ああ、だが今は――」

「こいつは止めてやる。 それが、今この俺にできることだからな」

「手を貸そう。 貴方だけでは心もとない」

「すまねぇ、恩に着る」

 リインフォースが融合する。 ベースはザース。 AAの陸戦魔導師。 そこにSSクラスの魔導騎士が融合するということは、即ち爆発的なポテンシャルの引き上げに他ならない。 無論、ザースはリインと違って大魔力の放出などできはしない。 リインからすれば出力制限を行うにも等しい。 だが、それでもデミオ・デュエットと闘う程度の力は捻り出せた。 ならば、それで十分だった。 所詮リインフォースは第三者。 犯罪者を捕まえるという大役は、捜査官にこそ相応しい。 

「ユニゾン? 馬鹿な、デバイスではなく魔導師と融合などという出鱈目が在って堪るものか!?」 
  
「――さぁ、終わりにしようぜデミオ・デュエット。 お前の娘もきっとそれを望んでるはずだ」

「はっ、冗談もそのユニゾンだけにしてください。 私はこんなところで捕まるわけにはいかないのだ!!」

 両手のガトリングガンを捨て、身軽になるとデミオはマテリアルダイブを起動して地中へと逃げ込む。

「頼む」

『任せろ』

 それを、同じく物体潜行魔法を駆動した二人が追いかける。 犯罪者と捜査官。 二人のデッドヒートが始まった。








 褐色の魔力光を棚引かせながら、デミオは地中の闇を疾駆する。 進路は頭上。  目指すは広大なる地下水路。 闇の中、下から追いかけてくるザースの姿を確認すれば、地中で逃げ切ることの難しさを実感せざるを得ない。

 光源とはこの世界では目印だ。 暗黒色の闇の中ではたった一つの光が目印となってデミオの所在を明らかにする。 故に彼は一目散に水路を目指す。

「抜けた――」

 瞬時に彼は大容量ツールボックス型インテリジェントデバイス『パンドラ』へと命令。 専属AIが水路のマップを展開し、同時に飛行魔法を展開。 一目散に水路の中を飛翔する。 その最中、ボックスから薄い円盤のようなものを展開し背後へ投下した。 それは水路に落下した瞬間、デバイスからの電波を受信したのか一斉にセンサーを駆動する。

「逃がすかよぉぉぉ!!」

 やや遅れて、同じ水路へと上がってきたザースはブレイドブーツを起動させ、水路の上を加速していく。 内部のギアが瞬時に多段変化し、勢いをつけながらギアを変更。 更に、それだけでは足りぬと前方に展開したスターダストフォールへと突っ込んで弾丸列車へと変貌。 だが、その行動はデミオには分かりきっていた。

「馬鹿め、貴方の弱点など既に見通している。 自慢の足を潰してしまえ!」

「はっ、地雷がどうした! お前の手札は調べに調べてんだよ!」

 言うが早いか、敷き詰められた地雷の上をザースは幅跳びよろしく飛び超える。 同時に、空中で強引にスターダストフォールの魔法陣に飛び込み、更に加速。 瞬間、足元でいくつもの爆音が轟くも、その圏内からはザースの姿は消えていた。

『捜査官、使え』

『サンキュー』

 加速した先にはリインが起動したウィングロードがザースを迎える。 更に着地の衝撃を、リインが飛翔魔法で瞬間的に軽減。 そのまま減速することなくスムーズにザースを走らせた。

「ウィングロードですか。 なら、これはどうです!!」
 
 デミオがパンドラの収納空間を開く。 瞬時に呼び出されるのは先ほどのものと似たような円形の機械装置。 今度はそれを通路の壁に次々と貼り付けて行く。 その物体は吸着するや否や、またもセンサーを起動する。 だが、それだけではない。 それら全てが褐色の魔力光を孕んでいた。 

『次の出し物はなんだ』

『確か対人クレイモアとかいう奴で、通過すると内部に込められた鉄球を内部の炸薬で撒き散らす奴だな。 しかも魔法で組み合わせた豪勢な奴さ』

『面倒な。 そのまま突き抜けろ。 トラップ類は私が全てバリアで防ぐ』

 言うが早いかリインフォースがバリアを紡ぐ。 全面を防御する鉄壁の防御だ。 ザースは頷き、加速した。 瞬間、けたたましい爆音と粉塵を巻き上げながら次々とクレイモアが爆発。 飛散する鉄球が、バリアを叩く。 その衝撃はかなりのもので、バリアの中にいるザースがバランスを崩しかける程だった。 だが、それでもザースは堪えて進んだ。

「シューティングアーツ使いを舐めるなよ!!」

 鍛え上げてきたバランス感覚を駆使し、崩れかけたバランスを巧みに取り戻すとザースはお返しとばかりに前方へと拳を振るう。 瞬間、放たれた魔力弾が前方を飛行するデミオのすぐ傍を通過した。

「ちっ――」 

 舌打ちしながら、デミオが体を揺らし始める。 それは、砲撃回避のための回避機動だ。 体を水路と水平に保つことで、射撃面積を極端に減らし狭い水路内でもそれなりの効果が期待できる。 空を駆ける魔導師の必須の技能。 陸士には真似できない空の術。 だが、それは本来ならデミオにとってあまり多用したくない機動である。 逃げているというこの状況では、ジグザグに空を飛ぶとその分移動距離が無駄に増える。 最速はいつでも点と点を結ぶ直線だ。 故に、トラップを無視してひた走るザースはジリジリとその距離を縮め始める。

「ついてない。 まったくもって、ついてない」

 ザース単体であれば、速度を利用して撒くことなどデミオには容易い。 いや、そもそも地中へと潜ればそれだけで逃げ切れる。 だが、リインフォースの加護を受けている今のザースには効果がない。 水路を更に駆け上がり、廃棄都市の上に出て空へと逃げる方がまだ楽だが、それをすれば今度は”地上部隊や首都航空隊”に追いかけられる。 そうなれば多勢に無勢。 故に、デミオはここでザースを撒くか倒すかをしなければならない。 だが――、

(ええい、あの女性一人いるだけでこうも違うというのか!? なんという不公平。 なんという不運。 何故だ、何故だ、何故だ、何故なんだ――)

 デミオ・デュエットの戦闘能力はザースよりも上である。 油断さえしなければ負けないという自負さえあったのだ。 だが、リインフォースがその計算式を破壊した。 絶対有利という彼の自信を破壊し、勝負の行方を読めなくした。 これでは、リスクが高すぎて勝負に出ることを躊躇わざるを得なかった。

 犯罪者は慎重でなければならない。 そうでなければすぐに捕まる。 知恵を絞り、あらゆる盲点を突き、卑怯に振る舞い、時に武力を誇示して逃げ続ける。 一度その身が堕ちたなら、そうでなければ全てが容易く失われてしまうからだ。

 ”捕まれば終わり”。 その恐怖こそ、犯罪者全てが共通して押される恐怖の烙印だ。 耳は無意識に人々の声や足音を敏感にさせ、心臓はそのたびに縮こまったかのように鼓動する。 片時も気を許すこともできず、眠れば追い回される夢を見る終り無き生き地獄。 デミオだとてそれを何度も見ていた。 気を休めることのできる時間など、地下にある密室程度だった。 だが、それもザースたちによって暴かれた。

 いつか、自分は捕まえられる。 そういう不安に苛まれながら、同時に”娘”に会えなくなるという絶望感にさらされる。 それは、もう二度と得たくもない彼の恐怖を助長した。

 地雷を仕掛けクレイモアを仕掛け、浮遊機雷をばら撒き進む。 幾度となく木霊する爆音は、戦場のオーケストラとなってデミオの耳朶を打つ。 だが、それでもなおザース・リャクトンは追いかけてくる。 強固なバリアで身を包み、茶色い魔力の道を駆け、次々と射撃魔法を放ちながら追い縋ってくる。 

 恐怖があった。 失われる恐怖、負ける恐怖。 捕まり二度と娘に会えないという恐怖が。 中でも一番恐ろしいのは、やはり娘に会えなくなるという恐怖だった。 ”彼”にリストラされればそれで終わりだ。 今までにどんな仕事もこなしてきたが、捕まればそこまでだと明言されていた。 あの男に。 魔導王と名乗り契約を交わしたあのクライアントに。


 

――それで、それで娘に会えるためならば、なんだってしますよ。

――よろしい。 ならば、君は今日から私のビジネスパートナーだ。

――パートナー?

――ああ、そうだ。 兵器をばら撒き管理局員を適度に苦しめて欲しい。 君にはこれからノルマを与える。 それを達成するたびに、君の元へ”娘”をやろう。 私以外には用意できない正真正銘、君の娘を。

――……私に、私に犯罪者になれと貴方は仰る?

――そうだ。 断るかね? だが、よく考えるべきだ。 私以外で君に娘を与えられる者などいない。 それに、君は望んでいたはずだ。 君の妻と娘を殺した彼らへ復讐する機会を。 君が彼らの眼を覚ましてやれば良いではないか。 そうして、こんなはずじゃなかった世界を、君の手で変えてみろ。 娘への愛に誓って――



 逃げながら、そのときのことをデミオは思い出す。 初めは半信半疑だった。 まともな人間なら疑うはずだ。 妻を亡くし子を亡くし、管理局員に”裏切られた”彼にも、疑うという気持ちは微かに残っていたのだ。  だが、ありえないはずの奇跡は起きた。 蘇った娘との邂逅を経て、遂に彼はその奇跡に縋りついた。

 ノルマをクリアするたびに、会える愛し娘。 それを思えば、犯罪に身を染めることにも耐えられた。 その奇跡の代価が例え自身の破滅だとしても構わなかったのだ。 それはもしかしたら、歪んではいても彼が持ち続けた父親としての愛だったのかもしれない。

(――愛、愛ですかねこれは。 そうですね。 だから、私はこの手を血で染めた。 そういうことなんだろうきっと。 もしかしたら、弱さだったのかもしれない。  だがね、ローラ。 私は二度も君を失うなどということには耐えられないよ。 だってパパにはもう、お前しか居ないんだから――)

 他にはもう何も残ってはいない。 犯罪者になる過程で親も友人も何もかもを捨てている。 たった一つの拠り所、それを奪われるわけにはいかない。 ならば――、

(――やはり勝つしかない。 逃げ続けてもジリ貧だ。 迷っていてもしょうがない。 そうだ、何を弱気になっているのだ私は。 そもそもあの”女性”が彼の中で全力を振るえない間でなければどうにもならないでしょう。 人間のユニゾンがどうしたという。 ザース・リャクトンを強くする代償に弱体化しているという事実がある。 ここしか、勝機はない――)

 捕まらないためには、勝つしかないと理解した。 リインフォース単体にはどうやっても勝てるビジョンが彼には浮かばない。 魔導師の強さは魔力量に比例しやすい。 その法則を当てはめれば、AAA+の資質を持つデミオではSSランクのリインフォースには絶対に勝てない。 子供でも分かる論理だ。 だが、今は違う。 ザースというAAランク魔導師を強化するために、弱くなっている。 本人がそのまま弱くなっているというわけではないのだが、ザースが利用できる程度に押さえつけられている。 そうでなければ、ザースの体がもたないからだ。

 ザースが水道の蛇口なら、リインフォースは消防車のホースだ。 一度にひねり出せる水量<魔力量>が違いすぎる。 彼女が全能を振るえばザースの体が壊れかねない。 だから、この状態はリインフォース自身に枷が嵌められた状態にも等しいのだ。 ならばこの状態で宿主ごと物理的に葬ればどうだ? 決して勝てそうにない相手にも勝てる可能性が出てくるかもしれない。 それこそがデミオの唯一の勝機。 分離<ユニゾンアウト>する前に最大火力で殲滅できるかが勝利の分かれ目。

「パンドラ……武装をありったけ用意しなさい」

 デミオはデバイスに感応し、脳裏に描いた水路のマップを睨みつける。 位置取り、攻撃手段、全てにおいて計算し自らの勝算を上げるべく模索する。 そして、遂に彼は腹を括る。 その後ろでは、しつこく追ってくるランナーが迫って来ている。

「よっし、もう少しで追いつくぜ」

 限界以上に酷使したブーツの悲鳴を聞きながら、ザースは不敵に笑みを浮かべる。 長年追い続けた犯罪者を捕まえる。 その瞬間が今目前に迫っているのだ。 例え、それがリインの手を借りたものだとしても構わなかった。 彼は”陸士”で自分だけの力で捕まえなければならないなんてこれっぽっちも思ってはいないから。

 彼にとっては手柄を立てることに意味はない。 そんなものよりも犯罪が減らなければ意味が無いと思っているからである。 かつて魔導師の叔父に憧れた彼にとって、”ああいう怖い奴ら”を一人でも多く捕まえることこそが使命なのだ。 そこに、不純物<手柄>なんてものを気にする要素は何一つ存在しない。

『気をつけろ。 調子に乗ると痛い目に合うぞ』 

『なら、痛い目に合わされる前に終らせようぜ』

 右へ左へと道を行く。 コーナーではウイングロードを傾けて、ブーツに吸着させて無理矢理グリップ力を稼ぎ、強引にくの字に曲がり、直線ではスターダストフォールで強引に何度も加速する。 そうして、遂にその時が来る。

 カーブを曲がった長い直線のその道で、デミオが突如として反転。 再び地雷類をばら撒きながらパンドラの収納口を全開にする。 瞬間、圧縮された質量が顕在化。おびただしい数の重火器が通路一杯に広がった。 その数は実に、二十は軽く越えている。 

「これで消し飛べ捜査官!!」

 ガトリングガン、マシンガン、拳銃、ショットガン、ロケットランチャー、対戦車ライフル、バズーカ砲etc。 それら全てがまるで透明人間に操られでもしたかのように銃口をザースへと向けている。 無論、全ての銃口の先には褐色の環状魔法陣<バレットコート>が展開されてある。 文字通り、パンドラの中に収められている全ての災厄<質量兵器>が顔を覗かせた形であった。

『無機物操作魔法とバレットコートの組み合わせ……物量でこちらを押しつぶす気か!? あの数は不味いぞ!!』 

 それはリインフォースでさえ驚く、破格の飽和射撃体勢である。 ただの銃撃程度ならば全く問題にならないが、バレットコート付きでこの数なら話が違う。 言うなればそれは、数の暴力を背景にした力押しだ。 今から逃げるにしてもどうにもできない。 加速した体は、すぐには止まることができないのだ。 引き返して通路に戻る時間などもうどこにもない。

「行くしかねぇぇ!! 背中を見せたら負ける。 そうだ、逃げ道なんてどこにもない。 なら、行くしかねぇだろう!!」

『止せ、捜査官!! 無謀にすぎるぞ!!』

 スターダストフォールを展開。 リインの静止を振り切って、ウィングロードの制御を奪うとザースは真正面から加速した。

 瞬間、地雷原へと飛び込んだザースの周辺で、大音響が鳴り響く。 連鎖する爆音は、四方八方に粉塵と鉄球を飛散させてリインの張ったバリアを苛む。 だが、それで終わりではない。 寧ろそれは、次なるバレットスコール<銃撃弾雨>の幕開けだ。 爆炎は粉塵を撒き散らし、視界を塞ぎ、それに一秒も遅れることなく鳴り響く銃撃の嵐が追従する。 飛び交う銃弾は煙を突き抜け、その向こうにいるはずの捜査官へと突き進む。 それはまるで、隊列を成した軍人が一斉に敵に眼前の敵に向かって発砲したかのようだった。

「撃てぇぇ!! 撃って撃って撃ち尽せぇぇぇ!!」

 銃声に隠れてザースに当たらなかった水路の壁がズタズタに弾痕を穿たれて砕けていく音がした。 正に、圧倒的な飽和射撃。 弾数を数えるのが馬鹿馬鹿しいほどのその射撃は、全武装の弾が切れるまで続けられた。

 数秒後、 硝煙が立ち昇る戦場跡のような水路は、先ほどの銃撃で見る影も無くボロボロだった。 弾痕、破片は当たり前。 亀裂が入り、抉られたその惨状を見れば、どれほどの凄まじさがあったかかなどと想像に容易い。 また、足元に散らばって水路に沈んでいる空薬莢の数も凄まじかった。 後で検分するだろう鑑識が見たならば、その数に思わず辟易したことだろう。

「はぁ、はぁ、これでどうです」

 前方に人影はない。 粉塵が邪魔で確認できない。 だが、それも少しずつ納まってきている。 鬱陶しいそれを、硝煙と共に魔力で払う。 すると、水路に前のめりに倒れている捜査官の姿があった。

「はは、ははははは――」

 それは正に、あの圧倒的な火力を前にすれば当然の光景だった。 デミオは腹のそこからこみ上げてくる笑いを抑えきれずに大声で笑った。

「くく、ザース・リャクトン。 これで、これで貴方に追い回される日々も終るわけですね。 そう思うと少し残念な気もします。 だが、これでいい。 これでいいのだ。 これで私は、また娘に会える。 娘を消したとは言ったが、あの娘はリビングデッドだ。 何度でも蘇るはず。 問題など、あるはずがない。 あるはずがないんだ」

 踵を返し、動かなくなった男のことなど気にも留めずにデミオが水路の道を歩き始める。 さすがに、全力で渾身の魔力を武装に込めただけあって酷く彼は疲弊していた。 体力それ自体はそうでもないが、欠乏した魔力が心もとない。 この戦闘は恐らく管理局も把握しているはずで、すぐにでもこの場所を離れなければならない。 休む暇などデミオにはないのだ。

「そうだ、だから、彼に急いで連絡をしなければ。 ノルマを達成したのだ。 怖い思いをしただろうあの子を、慰めてやらないと――」

「――その必要はねぇよ」

 声がした。 死んだはずの男の声だ。 デミオがありえないはずのその声に向かって振り返る。 眼前に迫り来るは豪腕。 瞬間、彼の視界が爆発した。 首が外れるのではないのかというほどの衝撃と共に、デミオの体が水路を転がる。

「ぐぐ、馬鹿……な。 何故生きている……あれだけの砲撃を喰らって」

「ああ、さすがに全弾喰らったら死んでたな。 まぁでも、喰らう弾数を最小限にしてやりゃあ問題ないだろ。 バリアとシールドとフィールドの三重の守りがあったしな」

 スターダストフォールを起動し、地雷の粉塵に消えた後に直ぐにザースはウィングロードを消して水路の床へと真っ直ぐに飛び込んだ。 そうして頭を庇うように両手を盾ににしながら、さらに全面にシールドを展開する。 これだけすれば、粉塵で目標を失ったデミオの銃撃面積をかなり減らせるし、流れ弾はバリアがある程度は防ぐ。 後はそのまま水路を惰性で滑りながら弾切れまで待つだけだった。

『博打だったな。 相手がもし熱感知照準、或いはサーマルセンサー類で照準をつけていれば厳しかったぞ。 冷静に考えれば、地中に逃げればよかったのだ。 それなら魔力を無駄に消費することもなかった』 

『咄嗟にそこまで思いつかなかったんだよ。 俺はそんな魔法持ってねぇからな。 だが、あんたのおかげでここまできた。 助かったぜ、後は俺任せてくれ』

『良いだろう』

 リインが融合を解き、ザースの背後に現れる。 もう、状況は詰んでいた。 万に一つもデミオには勝機は無くなったのだ。

「くっ……」

「大人しく掴まれデミオ。 それとも、俺とヤるか? まぁ、俺を倒せたとしてもその後は後ろの姉ちゃんとの連戦が待ってるだろうけどな」

「その、どちらも選ばない!!」

 叫びと共に、展開するのは高速移動魔法。 ザースの前へと周り込みながら、スーツの中から抜き出す。 狙いは一つ。 ザースを人質にして逃げ切ること。 もはや、それ以外にこの状況を打破する戦術は存在しない。 闘ってダメなら、闘えなくするしかない。

「馬鹿だろお前」

 だが、そんな彼の最後の抵抗を、ザースは一笑に付した。 近づいてくるということは、”ザースの得意な距離”に進入するということと同義なのだ。 残像を纏いながら、短距離を掛けるデミオ。 ザースは半身になりながら、ブーツの車輪を動かして横にズレるように移動する。 その体を追って、至近距離に現れたデミオの手が伸ばすが、それよりも早くザースがしゃがみ水面蹴りで足を払う。 

「な、に――」

 ザース・リャクトンは現場で戦ってきた魔導師だ。 当然、”高速移動魔法”の使い手との戦闘経験も持っている。 ましてや、少年時代にはそれを使うクラスメイトに囲まれていたのだ。 瞬時に距離を詰められるからどうしたというのか。 焦ることなく対処する冷静さなど、とうの昔に備えている。

「――ぉぉ!?」

 転倒するは一瞬。 虚空に滞在する時間のその刹那、呆気ないほどに倒された自分の状態にデミオは顔一杯に驚愕を露にした。 だが、それで戦意の炎が絶えることなどありえない。 瞬時に体を起こしながら、銃を向けバレットコートを起動。 己の敵の姿を探す。 だが敵は、すぐに追撃のために迫っていた。

 水面蹴りから立ち上がることもなく、ブーツの車輪を利用して滑るように距離を詰めるザース。 その巧みなブーツ裁きで、滑らかに円運動を描きながら回転。 そのままの勢いで遠心力を加えながら、渾身の回し蹴りへと繋げる。 それは、二足歩行する人間ができるような動きでは当然無い。 シューティグアーツ使いにのみ許された、変則機動攻撃だ。 瞬間、銃口を握る両手が真横から繰り出されてきた蹴りによって弾き飛ばされる。 両腕が千切れるのではないかと思うほどの衝撃。 その衝撃で、デミオの左手の拳銃が水路に飛んだ。

「だが、まだ――」

「だから、甘いんだよ!!」

 右手に銃が残っている。 反撃の牙はある。 デミオのその思考は、しかし目の前に迫ったザースの体当たりによって封じられる。 回し蹴りの後の勢いをそのままに回転しながらのぶちかまし。 体ごとデミオともつれ合うようにして転がって行く。 決してスマートな方法ではなかったが、しかしデミオは銃弾を放つ暇さえもらえないまま転がった。

 バシャバシャと、水路の水が跳ね上がる。 使用するものがいない廃棄都市だ。 その水路の水量は、都市部から流れてきたものがあるといっても二人のふくらはぎさえも超えない程度。 その中で、大の大人二人が野蛮にも取っ組みあっていく。

 これがただの酔っ払い同士の喧嘩なら、周りに居る人間たちが止めるか”局員”に通報して止めさせる。 だが、第三者たるリインは傍観の構えを崩さず、その二人の殴り会いをただ黙って見守った。

「負けて、たまるか。 私が君などに、無力で無意味な連中などにぃぃ!!」

 屈辱だった。 無力なはずの陸士に、良いようにされることが。 逃げるとうい選択肢がもし果たせないのだとしても、それで成す術もなく不様に負けるなどと我慢なら無い。 だからデミオは抵抗した。 拳を振り上げ、殴りかかってくるザースに徹底的に。 一度殴れば、その倍は殴られる。 だが、それでも喚き散らしながら暴れる。 暴れ続ける。 けれどそれでも、ただの殴り合いは圧倒的に捜査官の技量が圧倒的に上だった。

 無力のはずの男の拳に打ち据えられることへの恥辱と憎悪。 必死の形相を浮かべるその顔は痛みと怒りでクシャクシャに歪む。 いつの間にか、右手の銃が水路に消えていたことなど気にもせずにデミオはザースを睨みつけていた。 その頃にはとうとう、上を取られて完全にマウントポジションを決められている。

「く、離れろ……管理、局員!!」

「テメェがが大人しく、なったらなぁ!!」

 返答は短く、そして暴力的だった。 拳が振り下ろされ、魔力を伴った打撃がバリアジャケット越しに何度も何度もデミオを打つ。

 魔導師と魔導師の実戦においてはいかにダメージを与えて戦闘不能にするかが命題だといっても良い。 そういう意味では質量兵器戦も魔法戦も対した違いはないが、違うのは魔力ダメージで止めるか殺傷するかの違いだけ。 ジャケットのフィールドを破壊し、直接魔力ダメージで昏倒させるのがオーソドックスな戦術で、それが無理ならフィールド越しに強引に、気絶するほどのダメージを与えれば良い。 基本的には二者択一のその選択のなかで、ザースが選択するのは決まっている。 彼は捜査官で捕まえる側だ。 故に、可能ならば捕まえる以外の選択肢など選ばない。

「いいかデミオ!! お前はここで俺に捕まって犯罪生活に終止符を打つんだ。 娘の偽者も、今のお前を哀れんでる!! なら、天国の妻と娘もそうだろうよ。 だったら、もうここいらで終ってやれ!! 安心させてやれよ!! お前のその行動<犯罪>は、無力だと馬鹿にした俺程度にさえ分かるぐらいに馬鹿げてるんだよ!!」

「ぐぅ、がっ、うぐぁ――」

「いい加減に目を覚ませ。 兵器をばら撒いたぐらいじゃ、管理世界は変わらない。 死んだ奴らも帰ってこない。 不条理な世が、変わるなんてこともない。 でもな、起こったことは変えられないが、お前はまだ生きてるだろ!! なら、逃げずに現実と闘え!! お前にはまだ、命が残ってんだろ!!」

 ザースの右腕に、魔力が集う。 それは七つの茶色い球体となって拳の周囲を高速で旋回。 同時に、グローブ型のデバイスの中に組み込まれていた圧縮魔力カートリッジがカートリッジの魔力を開放。 終らせるための魔法の破壊力をブーストする。

「また、奪われる……のか貴方<管理局員>たちに、私の娘が――」

 その光景を、デミオはもう抵抗もせずに見上げる。 殴られた体の苦痛とダメージで、抵抗する気力さえ奪われていた。
 
「奪ったのは俺たちじゃあない。 ”犯罪者”だ。 今のお前と同じくそったれだ」

「それを防げなかった……貴方たち、地上の人間も同罪でしょう」

「一緒にするな。 俺たちの積み上げているものを、あんな連中と同じだと思うな。 無力でも、無駄にしないように足を棒にしてがんばってる奴だっている。 海よりも給料低くてさ、代わりがいないからって有給も満足に取る暇がねぇ奴もいるぞ。 しかも低ランクだってことにコンプレックスもって、うだつが上がらないままでも仕事しようとする連中もいる。 笑えるだろ?  もっといい職場だってあるだろうにさ。 馬鹿なんだよ。 でもな、そんな馬鹿野郎はそれでもお前たちよりは意味がある――」

 平和と秩序を維持するための人間。 それが無駄だなんてことはありえない。 居なければ、その果てに待つのは無法地帯だ。 犯罪者にはルールが敷けない。 ルールを逸脱し、破壊し、奪うことはできても、今を守り平和を守ることなんてできるはずがない。 

「なぁ、デミオ。 お前も、馬鹿になれよ。 更正プログラムを受けろ。 お前なら、それができるだろ。 犯罪なんて手段じゃなくて、中から変えてみせるぐらいに言いやがれ。 お前と同じ苦しみを味わう奴を少しでも減らしてやれよ」

「馬鹿、げてる。 そんなことして何の意味が……」

「かもしれねぇ。 だが、それで救われる奴がいるのなら、意味はあるだろ。 せめて、迷惑をかけた分だけ救ってみせろ。 力あんだろ、”お前”には」

「……」

「決めるのはお前だ。 だが、覚えておけ。 どっちにしろ、犯した罪からは逃げられねぇ。 だったら、せめて家族に誇れるようなことをしてやれ。 でないとお前、あの世に行ったときに二人に嫌われるぞ。 てわけで、歯ぁ食いしばれぇぇ!!」

「――」

 拳を振り下ろす。 瞬間、デミオのバリアジャケットの上で爆音が轟いた。 ザースの妻レイン直伝の魔法、『爆裂拳<ブラストナックル>』だ。 爆発力に指向性を持たせた上で、ブラストバレット数発分の破壊力を与える必殺魔法。 逃げ場の無い状態で、魔力衝撃を余すことなく叩き込まれたバリアジャケットが、耐え切れずに砕け散る。

 間違いなく気絶した。 その様をしっかりと確認してから、手錠を両手両足に嵌めてザースはデミオの武装を解除する。 水路に沈んでいた拳銃はマガジンを外し、ベルトに偽装されていたパンドラを奪うと、ようやくそこでザースは気を緩めた。 そこへ、様子を伺っていたリインが回復魔法をザースにかけながら話しかけた。

「終ったな」

「ありがとよ。 後はこいつを刑務所にぶち込むだけだぜ」

 デミオほどボロボロではないが、そのおかげで返された拳により追った傷がかなり楽になった。 殴り合いはザースの優位に終ったが、それでも”ノーダメージ”というわけには当然いかなかったのだ。

「ふぅ……」

 これで一つの事件が終ることになる。 芋づる式に他にもどうにかしなければならないことはあるだろうが、それでも大戦果と言って良い具合だ。 デミオの顧客を一網打尽にできるチャンスだし、クライアントとやらを探す手がかりになるかもしれない。 だが、一先ずデミオを止められたことにザースは深い安堵を覚えていた。

「ザース捜査官、これからどうする?」 

「上に上がってこいつを局に連れてくよ。 さっさと魔法を使えないようにしないと、こいつ目覚めたらまた逃げ出しそうだからよ」

「なら、上までは同行しよう。 その後で、私はすぐに戻る。 先ほどから”彼”が私を呼んでいるのだ」

「クライドが? なら、さっさと戻るか」

 マップから一番近いマンホールを探すと、二人はすぐに地上へと戻った。 だが、ローラの頼みをどうするか話し合う前に、リインフォースはザースに地下の密室のデータを転送してすぐに姿を消した。 後でもう一度クライドのところにでも寄ってその話をしようと思い立った彼であったが、そのとき既にもうクライドが教会から姿を消したことをザースは知り、当然のように彼は頭を抱えた。








 廃棄都市から近い公園。 そのベンチの上で、一人の老人が静かに空を見上げていた。 どこか眼つきの悪いその老人は、時折空を見上げてはため息を吐き、”白髪の混ざった黒髪”をかいてはすぐに腕組みをした。

 既に時間は夕刻を過ぎ、夜になるところだ。 外灯にポツリポツリと明かりが点り、帰宅を急ぐ社会人たちが照らされながらも早足に通り過ぎる。 だが、老人は時間を気にする風でもなくただそこに居た。 ふと、静かな公園の中で老人が何かに気づいたかのように口を開く。

「来たか」

「ああ」

 若い女の声だった。 同時に、彼の眼前で何かが着地したような音が鳴った。 それは、透明人間が奏でた音だ。 声はすれども姿は見えない。 そんな異常を、しかし老人はただ黙って受け入れた。 なぜなら、彼の持つ妖精の眼<グラムサイト>にはリインフォースの姿がしっかりと視えていたからである。 
「ヴィータは?」

「先にストラウスさんと帰って貰った。 俺たちも一度ヴァルハラへ戻ろう」

「良いのか?」

「ああ、確かめなきゃいけないことができたからな」

「なら丁度良かった。 私の方でも収穫があったから、貴方やソードダンサーにどうしても相談したかったのだ」

 リインフォースはそう言うなり姿を現す。 黒のガウンを纏ったかのような豪奢な騎士甲冑と、頬に走る紅いライン。 背中から生えている飛行補助用の魔法黒き翼<スレイプニール>が六枚、いつでも羽ばたく準備を終えていた。 

「どう戻る。 転移ターミナルからか? それが一番早いと思うが」

「それでもいいんだが、時間が惜しい。 俺はこのまま顕現を止めて”アルハザード”経由でヴァルハラへ戻る。 今、俺は教会から逃げ出したことになってるはずだから、リインがターミナルに姿を現すと拘束される可能性がある。 悪いが、ここから自前の魔法で戻って欲しい。 お前なら、ヴァルハラまで問題なく”行ける”だろ」

「さすがに私でも一度では無理だがな。 しかし、今日中に戻ろうと思えば戻れる。 分かった、私はそれで帰ろう」

「悪ぃな、手間かけさせる」

「構わない。 だが、その前にもしものときのためにこれを託しておくぞ」

「ん?」

 蒼天の書を差し出し、老人<クライド>に触れさせる。 そして、彼はそれを見た。 ローラの記憶の映像と、リインフォースが逆算した計算式の答えを。 

「これは、凄いな。 ははっ、ザースの奴いい仕事してくれる。 あいつには絶対今度お礼をしないといけないなこれは!!」

 何も出来なかったらしいクライドとは違い、リインフォースはしっかりとザース経由で当たりを引いている。 その情報の価値は計り知れないものがあった。 クライドは思わず、快哉の声を上げずにはいられない。

「リイン、俺はカグヤに会ったらいの一番にこれを伝える。 もし、俺より先にお前があいつに会ったらこれを真っ先に知らせてくれ。 きっと涙流しながら喜んでくれるぜあいつ」

「それは少し、大袈裟だと思うが。 しかし、そうか。 彼女は喜んでくれるか」

「おう。 俺が保障するぜ。 んじゃ、向こうで会おうぜリインフォース」

 言うが早いか魔法プログラムの実体顕現が停止され、老人の体が魔力の霧に還る。 やがて、ベンチの上にはいたるところに穴が開いてボロボロになった囚人服が一着その場に残されるのみである。 

「行ったか元主。 さぁ、私も戻ろう。 邪魔が入らないと良いがな」

 蒼天の書を左手に携え、右手にシュベルトクロイツを展開するとリインは魔法を駆動する。 起動するは次元跳躍魔法。 次元の海を越えるための、魔法プログラム。
 すぐに公園の真上に大規模な魔法陣が展開され、白の魔力が胎動する。 転移のためのラグは十数秒もかからない。  無論、時空管理局はこの転移光を不審なモノとして捜査するだろう。 しかし、リインクラスの移動距離を持つ魔導師はそうはいない。 また、ここは地上で海とは少しばかり”管轄”が違う。 リインの心配を他所に、十分に逃げ切れる下地はあったはずだった。

「……誰か、来る?」

 それは、紫の魔力を纏いながら落下していた。 その後ろに浮かぶ転移方陣に飛ぶ寸前のリインの転移をまるで阻むかのように。 極炎で彩った長剣を掲げながら――。 

「将? いや、違う。 まさかアレは――」

 それはシグナムに似ている顔つきを持っていた。 しかし、それが近づけば近づくほどにリインには違いがはっきりとして見える。 紅の髪、燃え盛る長剣。 類似点はある。 しかし、シグナムよりも高く見える長身と性別に裏打ちされたかのようなより肉質的な体躯を見れば、誰も彼が女であるなどとは思うまい。

「■■■ぉぉぉ!」

 それの咆哮が聞こえる。 同時に、リインは次元転移の魔法をそのままに空に向かって右手を差し出し、杖越しに三角系に輝くシールドを展開。 その男の”紫電一閃”を受け止める。 

「く、重いッ――」

 白を攻める紫の焔が、シールド越しに爛々と燃えている。 その、熱さを実感する暇は、彼女にはない。 少し前に闘ったデミオやローラとは完全に技量が違う。 魔力資質と魔力量便りの攻撃ではなく、完全に魔力と術式と剣術の三つが融合していた。 まるで、彼女が知っている烈火の将の剣の様に。

(転移演算を維持したままでは厳しいか。 なら――) 

 思案は一瞬。 すぐに離脱するつもりだった次元転移魔法を破棄し、演算リソースを取り戻す。 同時に、取り戻したリソースで瞬時に盾を爆破<シールドバースト>し、強引に相手を虚空へと押し返す。 爆音と粉塵が舞い、両者が互いの視界から消える。 しかし、リインフォースはここで様子を見るという消極的な行動を放棄した。 リインフォースは”彼”を知っている。 ”見た記憶が一度だけある”。 そう、アレは確かクライド・ハーヴェイがクライド・エイヤルだった頃だ。 時の庭園で、彼が対峙した敵と居た”騎士”だ。 そして、同時に彼女が珍しく怒りを露にする対象だった。 

「刃を持って血に染めよ――」

 粉塵の影に隠れ、魔法を詠唱。 マルチタスク<多重処理>、蒼天の書と連結したシュベルトクロイツが、全能を行使する。 感応制御により、照準は光学観測ではなく後退して行く熱源と魔力反応へ。それを機械任せにロックしながらのセミオート。 瞬間、リインの周囲に展開されるいくつもの短剣が生まれ出でる。 その数は優に二十を超える。 

「――穿て、ブラッディダガー!!」

 そして放たれる血染めの短刀。 射出の瞬間、まるでレーザービームのように空を奔りながら幾何学的な軌跡を描いた。 紅の弾体が、視認できない程の速度で闇夜を駆ける。 通常では回避さえままならぬほどの速力に、魔力爆破効果を併せ持つ攻撃魔法。 シールドバースト後で体勢を立て直しているだろう相手には、この追撃はかわせまい。 

 鳴り響くは追撃の爆音。 辺りの粉塵が、根こそぎ新しい衝撃波を迎えて逃げ出して行く。 だが、この程度で”それ”が倒れるなどとはリインは夢想すらしていない。 アレは、この程度ではビクともしないはずなのだ。

 詠唱<キャスト>、詠唱<キャスト>、詠唱<キャスト>。 莫大な所持魔力とデバイスの圧倒的性能を利用し、魔法を紡ぐ。 今度は、彼女の周囲に白い球体が生まれた。 もしものときのための設置浮遊型魔法『ナイトメア』。 その数は十。 そのまま固定し、再び詠唱へと以降。 求めるは圧倒的な破壊力と連射性能、そして必中のための広域性能。 敵を完膚なきまでに消し飛ばせるほどの圧倒的な殲滅力こそ今彼女が求めるアンサー。 その答えは、書の中に眠っている。

「来よ、白銀の風。 天より注ぐ矢羽となれ――」

 掲げ上げられた杖の先、円形の方陣が五枚重なった。 中心部には大円で、その周囲にも四つの小さな円がある。 その魔法陣は全て砲門だ。 装填する弾丸は、純粋魔力で作られる魔力弾頭であり、一度に最大五発の弾丸を発射することが可能である。 ”八神はやて”はこれにより出力リミッターSランクの状態でガジェットの大群を超長距離からの爆撃で広域殲滅し、クラナガンの防空を行ったことがある。  ならば、SSでリミットがない今の彼女<リインフォース>にとって、これほど条件が合致する魔法はないだろう。 強いて欠点を上げるとすれば、制御の難しさと命中率の難だったが、彼女の広域拡散能力がその不備を埋める。 攻撃範囲の圧倒的広さでカバーするつもりなのだ。

 だが、当然何を撃つかは分からずとも、その大掛かりな挙動は敵にも知れる。 加えて大魔法に必要なチャージ時間。 それは、当然のようにリインもあった。 いや、寧ろ大規模な魔法に成れば成る程比例してその時間は増えてしまう。 例えそれが数秒でも、彼にはそれで十分なのだ。 

「なに!?」

 センサーから男が瞬間的にロストする。 迷彩魔法の可能性はあったが、それを憂慮するよりも先に再反応。 リインの眼前にそれは”いきなり”現れ”斬撃を繰り出した。

「■■■」

 騎士甲冑越しに斬られたと、理解した瞬間にはリインの体が吹き飛ばされる。 致命傷ではない。 しかし、それによって用意していた砲撃魔法の術式が頭の中から消失する。 これでは魔法を放てない。 

 理解しながら、後ろにあったベンチを巻き込み地面を転がる。 騎士甲冑は当然のように健在だ。 内心で受けた精神的衝撃は如何ともしがたいが、それでも彼女は地面を殴るようにして体を強引に跳ね上げる。 同時に、杖をその男に向け固定した悪夢を具現化するべくトリガーを引く。 

「ナイトメアハウル!!」

 瞬間、杖の先から伸びる砲撃に呼応して先ほど仕掛けた白い塊から同じく砲撃が放たれる。 しかし、その砲撃の火線が相手に”届く”ことはない。

(アレは四層結界ではないな? ならば、アレが彼女の力と同じものか。 防衛プログラムのコピーめ、厄介なものを持ち出してくる――)

 彼女が持っている情報を統合すれば、答えは直ぐに出た。 だが、対処方法はすぐにとはいかない。 魔法の圧倒的な保有数では彼女を超える者はそうはいないが、それへの対処方法となると話は別だ。

 リインフォースは基本的には大砲屋。 ベルカ式では基本頭からある程度除外される遠距離攻撃魔法や広域殲滅などと行った方面で優れた能力を持っている反面、”近接戦闘技術”だけを見ればヴォルケンリッターたちと比べれば最低に近い。 基本的には大魔力による火力戦こそが彼女の本分なのだ。

(どうする、攻撃が届かないのであれば意味がない)

 必死に戦術を模索する。 手札はある。 前提として向こうの攻撃の瞬間にしか活路がないというのなら、自爆覚悟で至近距離で魔法を叩き込めば或いは闘えるかもしれない。 彼女の方が攻撃力は上だ。 魔力量を考えればそうならないと可笑しい。 だが、あの防御を破壊するほどの攻撃を自身に浴びせながら闘うなど勝機の沙汰ではない。 大群との戦いには強いが、対人に限定すると大砲屋の彼女のスキルではかなり制限されてくる。 通常はそれでも十分に闘えるが、相手が悪すぎた。

「■■ナ■? ■げ■、■■く――」

「……? 何だ?」

 思考の間に、何かの単語を防衛プログラムが紡ぐ。 しかし、リインフォースには彼の言語は届かない。 真紅の瞳が、困惑に揺れるは一瞬。 束の間の停滞は男の剣によって切り裂かれ戦闘が継続する。 

「――」

 男の剣が動くと同時に、リインは高速移動魔法<ハイスピード>で加速。 予測される攻撃を回避するために、出鱈目に動く。 瞬間、振り切られた剣先が虚空を凪いだ。 距離を変動しても、攻撃の瞬間は固定だ。 攻撃しながらの変動はできない。 それができるのであれば、”絶対命中攻撃”になる。 それは、カグヤにさえできない所業だ。 ならば、速度があれば一撃二撃ならどうとでもなるは道理。 しかし、一度や二度避けたところでどうにかなることでもない。

「■■■ぉぉ!!」

 攻撃は止まない。 移動するリインの残像の追うように、振り回される剣の軌跡は、やがて残像を掠め始める。 同時に、失速するリインの体。 高速移動魔法は永続しない。 それはリインほどの使い手でも変わらない。 再び、剣閃に捕まった。 強靭な彼女の騎士甲冑といえど、何度も攻撃に晒されては持ちはしない。 襲い掛かる衝撃に耐え切れず、シュベルトクロイツが落ちそうになる。 しかし、なんとか堪えながら歯を食いしばり、バリアを展開。 同時に、斬撃を受け止めて苦し紛れに爆破<バースト>する。

「――」

 一瞬、それで攻撃側の体勢を崩され沈黙する。 とはいえ、それもやはり焼け石に水だ。 攻撃力が足りなさ過ぎる。 自爆覚悟ではない以上、状況は変わらない。

(このままではどうにもならない。 私も、逃げるべきか)

 クライドと同じように、実体顕現を解けば逃げ切れる。 熱くなって反撃を仕掛けはしたものの、それぐらいはリインフォースにだって分かっていた。 しかし、目の前の相手は防衛プログラム。 夜天の書を呪われた闇の書などと言わせたその最たる部分にしてその根幹。 管制人格であった彼女にさえ御しきれなかった、仇敵にも等しい存在だ。 書が無害化されたことによって消え去ったはずのそれが、今彼女の眼前に存在している。 この現実を前にして、ただ逃げることなど彼女にはできない。

 管制人格時代の彼女は、自分を書のパーツのようにしか認識してはいなかった。  故に、歴代の夜天の王は彼女にとって主であり、マイスター。 だというのに、彼女が全能を振るえた機会などほとんどない。 ましてや、なんとかそこまで漕ぎ着けた主の願いさえも、踏み躙ってきた。 曲解される願いと、約束された滅び。 それを撒き散らすのは、いつだって防衛プログラムに影響を受けた彼女であり書だ。 そうなるように”されていた”のだとしても、憎悪を感じる気持ちはそう簡単には拭えない。 

(……いや、待て? やれるか、私がユニゾンボムになれば――)

 一撃ではやられない防御力を背景に、なんとか融合能力を利用して取り付き内部から爆破する。 これならば、四種の結界さえも関係はない。 魔導師である限り”逃れられない”。 但し、当然のようにそれは己の命と引き換えだ。 その覚悟無くしては実行できない。 しかし、躊躇する必要はないではないか? 魔法プログラム体の命は”軽い”。 やり直せるというただ一つの利点で、使い捨てにさえできる。 できてしまう。 その際の恐怖を乗り越える理由さえあれば。 そして必要な理由は彼女の中には明確に存在している。 例え、これが一時の勝利にしかならなくても、相手の存在を否定できる。 それは、甘美な誘惑だった。

 過去の己の間違いを、自ら処断して悔い改めることができる手段のようにも思えてならない。 やり直しなどできはしないのに、それでも否定することで明確に己の罪を断罪できるのであれば、贖罪にできるのであれば、この先の自由なる生に少しだけ前向きになれるような気さえしてくる。 あの、自分を慕ってくれている紅の鉄騎<ヴィータ>と共にこの先を生きて行くためにも。 

「……」

 全魔力を防御に回す。 気づかれれば終るだろうと、彼女は読む。 リインは自分自身接近戦が得意だと自負したことは一度もない。 にも拘らず、近接戦闘のエキスパートたる烈火の将に酷似した防衛プログラムの男に触れて融合しなければならないのだ。 チャンスは多くないだろう。 寧ろ、たった一度で良いから掴み寄せてみせなければならない。

(そうだ、これが一番手堅い方法だ) 

 覚悟を決めて、前を見据える。 二度も強引に距離を取られたことで、幾分か慎重になっている防衛プログラムはリインの様子を伺っている。 斬り崩す方策を思案しているのだろうか? それはリインには分からない。 だが、やることさえ決まれば恐れる必要は何もない。 シュベルトクロイツを仕舞い、蒼天の書と一緒に待機モードへ。 待機演算だけでも十分だ。 後は、乗るか反るかの博打だけ。 

「止めておきなさい」
 
だが、彼女のその勝負は実行されることはなかった。 決死の戦場に乱入する者が居たのだ。

「ソードダンサー……」

 小さな背中が前にある。 魔力風に靡く黒髪のせいで、その少女の表情は伺えない。 だが、リインには彼女が酷く苛立っているように見えていた。 何故苛立っているのかは彼女には分からない。 けれど、自分と敵の間に立ちはだかっているということは、助けてくれるのだろうということだけは理解した。

「彼は、手ごわい。 気をつけ――」 

「知ってるわ」

 警告の言葉を最後まで聞かずに、カグヤが刀を抜き放つ。 斬閃は白い残光となって奔り、振り下ろされた炎剣を打ち払う。 冷刀と炎剣が接触。 その衝突した二人の剣を中心に大気が揺れ、余波の生み出した風がリインの銀髪を乱しながら通り過ぎる。 その頃には、既にカグヤの背中はリインの眼前から消えていた。

「速い!?」

 斬撃の瞬間にだけ距離を変動するのではなく、距離を純粋に己の足で踏破し瞬時に防衛プログラムへと接近したカグヤが氷水を振るっていた。 踏み込みの速度が尋常ではない。 防衛プログラムの剣も速いが、それを凌駕する圧倒的速さでの連撃にはリインフォースといえど感嘆の吐息を漏らさずにはいられない。

 やがて、少女は二十代前後へと変化した。 そうなると、役々その速度が加速する。 身体能力強化の恩恵は、元になる身体能力が高ければ高いほどに効果を発揮するのだから当たり前だ。 更に左手に長剣を展開すると、手数を増やして瞬く間に四層の防御結界を破壊していく。 無論、結界を修復させる暇など与えない。 気を抜くということもせず、その下の騎士甲冑さえも突破。 防御効果を瞬間的に貫通し、問答無用で切り裂いていく。 

「■■■■ゥゥ!!」

 防衛プログラムもタダではやられないとばかりに咆哮を上げながら奮闘する構えを見せるが、攻撃を受けた瞬間に勝負は”決まっていた”。 闇の書による演算であったなら、まだしばらくは持ちこたえたかもしれないが今の体は”リビングデッド”。 どんな些細な魔法攻撃でも通せばそれで事足りる。 血飛沫を撒き散らしながら、その体が魔力の霧へと変わって消える。 空気に溶けて行くその魔力の残滓を前にして、カグヤは長剣を仕舞い、刀を一度振って鞘に戻した。

「やっぱり、私が”甘い”と貴方は言うのね」 

 誰に言うでもなく、ただ呟くとカグヤはリインの傍へと歩み寄る。

「どうして逃げなかったの。 別に、無理をして倒す必要なんて無かったでしょう」

 ジッと、無表情でそう尋ねた彼女には困惑がある。 クライドが頼み込んだというなら話は別だが、そういう風ではないことは簡単に見て取れた。 そもそも、クライドなら逆融合でもして少しでもリインフォースの勝率を上げるか、自分も闘おうとする。 ストラウスに緊急連絡を受けた彼女からすれば、杖も書も仕舞いこんでなお闘うという行動の理由が分からなかった。 

「アレは、闇の書の闇だ。 歴代の主たちの運命を捻じ曲げ、不幸にしてきた”元凶”だ。 だから、私は……ッ――」

「黙りなさい」

 リインは思わず言葉を失った。 眼前で問いかけてきた女性に、いきなり胸倉を掴み上げられたかと思うといきなり険悪な視線を向けられていたからである。

「彼が元凶? 間違っているわよリインフォース。 アレはただの被害者。 闇の書の闇とは無関係の、ただの”不器用な騎士の成れの果て”よ」

「何の……一体何の話をしている」

「そうだったわね。 今の貴女に言っても”通じない”のよね。 でも、覚えておきなさい。 アレは闇などではない。 彼は、ただの被害者。 馬鹿な勘違いは捨てて、本当の敵を見据えなさい。 いいわね?」

「……分かった」

 こくりと頷くと、ようやくリインは開放された。 リインはもっと詳しく尋ねようと思い、すぐに止めた。 聞いても答えてくれないだけではなく、それ以上尋ねたら何か知らなくても良いことを知ってしまいそうな嫌な予感がしたからだ。 だから、少しでもこの場に残留していた不快な気を逸らすべく言う。

「そうだ、貴女に言わなければならないことがある。 元主には伝えたのだが、聞いているだろうか」

「私はストラウスにさっきの彼のことを聞いてここに来ただけだから何も聞いてないけど……なに?」

「少し前に、リビングデッドの少女の記憶を覗いて無限書庫の入り口を見つけたのだが――」

「――すぐ、案内しなさい」

 返答は迅速で、行動もそれに負けず劣らずに早かった。 カグヤはリインの手を掴むと、強引に引っ張って行こうとする。 ”すぐ”と言ったからには、本当に速攻で攻めるつもりなのだろう。 リインは別にそれでも構わなかったが、自分の手を引っ張る彼女と共に距離を越えて行く瞬間、ふとその女性の労いの言葉が聞こえたような気がして少しだけ頬を緩ませた。










 実体顕現を止めると、書の中の魔法プログラムは決まって待機モードへと移行する。 言うなればそれは、オンラインゲームのスタート画面の中のようなものである。 ただし、クライドはユーザー<書の主>にして書に内包されている魔法プログラムという特異な男だ。 その権限を使えば、自由に外へ出ることが出きるし、体が破壊され魔法プログラムが停止しようとも、自動でプログラムが再起動されるようになっている。

 望んでそうなっているわけではなかったが、持ち前の”どうでもいい”精神を発揮してその権限をクライドは有効活用していた。 これもその一つだった。 実体権限の停止と再起動による帰還術。 必ず書の傍に再起動されるという性質を用いた移動手段。 強いて欠点を上げるとすれば、所持しているモノを運べないというただ一点。 無論、それは着ている服だって例外ではない。


――実体顕現システム再起動。

――同時に年齢設定を26に変更。

――最演算開始。

――肉体の再構築開始。 

――ラプラスエミュレータとのリンク正常。

――全システムオールグリーン。

――顕現開始<マテリアライズ>。


 そうして、プログラムの羅列はいつものように体を得る。 五感という名のセンサーが肉の重みを感覚として馴染ませ、魔力で擬似物質化した肉体の操作権利を彼に与える。 それはもう、何度も行った作業。 閉じていた瞳を開け周囲を睥睨すれば、思わずため息を着きたくなる現実が彼を待つ。

「これやると、絶対に素っ裸になるんだよなぁ。 なんで俺だけ服無しなんだろうか。 ザフィーラたちはいつも服付きだ。 ていうか、普通はそうらしいんだ。 なのになんで俺だけ”こう”なんだ」

「ボクに聞かれても答えられませんよ。 室長が特殊だから、としか言えません」

「嫌な特殊性だな。 しかも稀にバグるなんて不具合付きだ」

「最近はそうでもないみたいですけどね。 ここ数日、いつその兆候が出るかとヒヤヒヤしていたんですけど」

「”使いっ放しだった”しなぁ」

 言いながら、クライドはすぐにバリアジャケットを着込むとタンスを置いてある部屋へと向かっていった。 グリモアが家に居ること自体には別に驚く必要などない。 そもそも、クライドがジルの家を継承する前には家の管理などはアムステル・テインデルがやっていたのだ。 当然、合鍵もテインデルの家には存在しているし、グリモアがデバイス屋を始める前はよく掃除をしたりクライドのご飯を作りに来ていた。

「それで、もう用事は終ったんですか」 

「いや、現在進行形で継続中だ。 ちょーっと用事が出来て戻ってきたけどな」

「そうですか」

 興味が無さそうにグリモアはコーヒーカップに手を伸ばす。 クライドも用意されたそれを飲む。 相変わらずの無糖だ。 砂糖もミルクもキチンと用意されてはいたが、クライドは気にせずに口を付ける。 気分によって使用することもあるが、別段ブラックであっても問題はない。 ただ、どういうわけかいつもと少し味が違う気がした。

「ご飯はどうします? すぐに作れますけど……」

「いや、すぐにまた出て行くからいい。 それより、俺の魔導書を持ち出そうと思うんだが……」

「そうですか。 まぁ、止めても無駄でしょうから一言だけ言っておきますよ。 持ち出したいならアレイスターに許可を貰ってからにして下さい」

「やっぱ、無断で持ち出すとやばいかな?」

「死霊秘法が内蔵されてますからダメですよ。 ただ、ボクとしては室長に許可が下りるかどうか疑問ですけどね」

「やっぱり君もそう思うか」

「シリウスなら問題視されそうにないですけど、室長ですからね。 ここでは何の肩書きももってませんし、何か貢献したというわけでもないですから」

「一般ピープルに毛が生えたような技術者だからな」

 十三賢者でもなければ番外位持ちでもなく、限界突破者でもない。 この三つであれば、かなりの無茶が効くがクライドはそうではない。 しかし、リンディ・ハラオウンを蒐集するためには絶対に持ち出す必要があった。 彼女が本物なら要りはしないが、偽物ならば意味がある。 
 
「まぁ、どちらにせよアレイスターには聞くことがある。 なんとか許可を貰ってくるさ」

「好きにしてください。 そういえば、少し前にシリウスがしつこく書を貸せって行ってきましたけどそれ関係ですか?」

「あいつが……ここに来てたのか?」

「ええ。 蒐集して尋問したいから貸してくれって言ってきたんですけど、室長の許可を取ってないらしかったり色々と言ってきたので断固として拒否しました。 せっかく室長と二人っきりなのに、邪魔者を書に入れようだなんて笑止です」

 守護騎士を解放したので書にはクライドとグリモアしか入っていない。 状況としては確かに書の中で二人っきりだが、何故か少し違う気がしてならないクライドである。 しかも、何故かクライドもそうだろうと言わんばかりに意見を求められる始末だ。 その様子にはさしものクライドも冷や汗を掻かずにはいられない。 

「そういえば室長、書を持ち出して一体どうするつもりなんですか? 室長がそのまま使うのは”宝の持ち腐れ”だと思うんですけどね」 

「え、えーと、その、だな……」

 穏やかに微笑みを浮かべたまま、グリモアがクライドを見つめてくる。 無駄に綺麗な笑顔である。 純粋な興味しか持ってませんよと言わんばかりのその顔には、クライドを疑うという素振りはない、ように思える。 だが、クライドは思った。 きっとこれは牽制なのだ、と。 しかし、牽制されようとやるのだから、言わぬわけにもいかない。 正直に吐露することにする。 

「リンディをその……蒐集しようかなぁーと……」

「そうですか。 室長がしたいと言うのなら”仕方ない”ですね」

 顔色一図変えずにグリモアは言い切った。 クライドは思わず、眉を顰めてグリモアを見つめる。 グリモアは笑顔のままだった。 そのまま微動だにせずクライドを見つめ返している。

「その、俺が言うのも何だが……いいのか?」 

「室長がそうしたいと言うのであればしょうがありません」

「……」

 クライドは役々首を傾げる。 てっきり反対されるだろうと思っていたし、余りにも物分りが良すぎる。 グリモアは嫌なことははっきりとクライドに言う。 今まではそうだった。 確かに、折れることはあってもそれでも自分の気持ちは言ってきた。 だというのに、今回に限ってはそれがない。 

「……」

 無言で席を立つと、クライドはグリモアの額に手を当てる。 熱でもあるのかと思って冗談でやったのだが、本当に熱があった。 ”立体映像”でしかないはずの彼女に、だ。

「誰だ、グリモア君じゃあないな」

 脳裏にノイズをチラつかせながら、クライドが問う。 だが、グリモアは答えず、表情を無表情へと戻す。 その視線はクライドから外れ、その後ろに向かった。

「はい、正解です”室長”」

 クライドが振り返ると、そこにもグリモアが居た。 テーブルに付いているグリモアと、後ろにいるグリモアは瓜二つだ。 どちらが本物かどうかなど分からないほどにそっくりである。

「さすが室長です。 ボクが本物か偽物か分かるんですね。 さすが、”愛の力”は偉大です」

「いや、今の君に熱は無いだろ。 触ったら分かるさ」

「自分から触ったのは可笑しいと思ったからですよね? ならばそれは、室長のボクへの愛が成せる高等技術に違いありませんよ」

「あー、まぁ、デバイスとしての君は愛して止まないが……」

「いやぁ、面と向かって言われると照れますね。 普段中々言ってくれないので感動です。 すぐに式場の予約に入りましょうか」

「先走り過ぎる君こそ、やはり本物だな。 じゃあ、コレは誰なんだ」

「この前、室長と一緒に虚数空間を旅行したときに拾ったアレですよ」

「完成型機動砲精か!? ちょ、直したのか!?」

「はい。 ボクの大破してたボディから互換性のあるパーツや魔力炉を移植し、中身の邪魔臭いAIをデリートして適当にインテリ用のAIを入れました。 補助動力が無い分最高出力は落ちますけど、それ以外の能力は寧ろ圧倒してます。 まぁ、ボクが入ってないので柔軟性は欠片も無いですけどね」

「いやいや、待ってくれよグリモア君。 そんなことしたらPC計画のサンプルが……」

「大丈夫です。 ボクの愛する室長なら、ゼロからでもきっと作り上げてくれるはずですからね」

「ぐふぅっ」

 貴重なサンプルを取り上げられたショックで、クライドは床に倒れる。 思わず、吐血しそうなほどのショックであった。

「というわけで、それは室長に貸して上げます。 室長とボクの命令に服従するように作ってますから十分に活用してくださいね」 

「待て待て待て、君はこれを使えと言うのか!!」

「ちゃんと自爆装置もつけてありますから、一度きりのロマンも是非味わってください」

そんな問題ではない。 言いたいことは色々とあったが、クライドは言っておかなければならないことを端的に問う。

「どうして自分の体に戻らない」

「それは室長を殺そうとした機体です。 そんな汚らわしいものをボクのボディにするなんて嫌ですよ。 大体、室長が体を用意してくれるという約束のはずですからね」 

「それはそうなんだが……どこか釈然としないぞ」

 コーヒーを飲み終えると、レストアされた機動砲精が縮まりクライドの前へとやってくる。 大きさはアギトと同じぐらいだ。 冗談のような機能であるが、ユニゾンデバイスにはそういう機能を持つものもあることはクライドも知っている。 そして、それが完成型には実装されているということも。 しかし、それでも驚きは隠せない。

「うぉっ、小さくなりやがった。 実際にこの機能を見るのは初めてだが……くそ、せめて俺の手で弄りたかったのに……」

「というわけで、ヨロシクお願いしますロボ」

「ちょ、待てや。 お前デバイスだろ。 何故語尾にロボってつける!!」

「本物のボクと差別化するために決まってるじゃないですか。 ああ、そうそう。 室長はボクの者なので、貴女はできるかぎり室長と会話しないように気をつけなさい。 というか、寧ろただの消耗品ですからストレージぐらいの淡白さでいくように。 勿論、それでいてボクの布教もしっかりとこなしなさい」

「了解ロボ。 機動砲精の魅力を彼にきっちり教えるロボ」

 ビシっと敬礼しながら、その砲精がクライドに融合しバリアジャケットを展開する。 先ほどまではどうやらグリモアの真似をしていただけらしい。 随分とコミカルな性格だ。

「では、融合開始しますロボ」

「うぉ、懐かしい感覚だ」

 ユニゾン形式は旧式で、ポテンシャルアップの完全融合方式ではなく擬似融合方式。 融合したクライドの魔力を扱わない機動砲精の独自仕様であり、これであの音速領域の力が今再びクライドの手中に帰ってきたことになる。 そう思うと、クライドは少し複雑だった。

「適当に”ミニモア”とでも読んでやってください。 気に入りませんか?」

「……ちょっとな」

「でも、室長は欲しがっていたはずですよ。 ボクの”力”を」

「参ったな、君は本当に痒いところまで手を回してくれる」

 力は無いよりも在った方が良いのは当然で、この前の偽物との戦いのときでも力不足故にクライドはディーゼルの影に隠れるように闘った。 高ランクの戦いにしゃしゃり出るのは危険度が跳ね上がる。 直撃を受ければクライドの防御力では致命傷だ。 絶対領域という手があるが、それに防御を頼ることの危険性をクライドは理解していた。 確かに、絶対領域は暴力を駆逐できるが腕力は駆逐できない。 使えば魔法が使えなくなるし、クライドの魔法プログラムがバグりやすくなるという危険性を孕んでいる。 やはり、安全に闘うのであれば現状維持と己のデバイス、そして彼女の力に頼るしかない。

 いつまでもカグヤの後ろに隠れていられるわけもなく、足を引っ張るのは御免である。 そうなると、安全でかつ強力な力を欲するのは当然だった。 機動砲精はそれら全ての条件をクリアにしている脅威のデバイスなのだ。

「その、気持ちはありがたいんだけどな。 俺、リンディを蒐集しようと思ってるんだぞ? いや、そればかりか……」

「そのことについてはムカムカしています。 ええ、素直に気に喰わないと言ってもいいでしょうね」

「グリモア君……」

 棒立ちになっていたクライドへとゆっくり近き、グリモアはそっと両手を伸ばしてくる。 その手を、クライドは拒むことはしなかった。 クライドと比べれば随分と小さな掌だ。 温度を感じさせないその冷たい手が、クライドの顔を包み込む。 その向こうには、見上げてくる瞳があった。 紫銀の瞳。 その瞳が、今は悲しげに揺れている。

「そんなに、あの女がいいんですか」

「……ああ」

「ボクよりも?」

「そうだ」

 間髪居れずに、クライドは言った。 もう、迷うことはない。 答えは出ている。 アレが偽物だろうと本物だろうと、自信の胸の中にあった答えは出ているのだ。 だったら、もう、いい加減にヘタレを卒業しておかないといけない。 ならば、これ以上グリモアに甘えることも許されない。

「俺は、あいつが好きだ」

「……」

「だから君を選べない」

「そうですか」

 頬を押さえていた彼女の手が、ゆっくりと下ろされる。 その手はやがてクライドの背中に回されると同時に、目を閉じたグリモアの額がクライド胸に静かに落ちる。 俯いた彼女が今どんな顔をしているのか、クライドには見えない。 ただ、震えている小さな体が落ち着くまではと思い、その体を抱きしめる。 震えは止まらない。 五秒過ぎ、十秒過ぎた。 二十秒過ぎた頃には、更に震えは増していた。

「……」

 初めは悲しみだと思った。 だから、最後に胸を貸すぐらいはと思っていた。 だが、様子が可笑しい。 震えるのではなく、笑いを堪えるような笑い声が微かに聞こえた。

「ふふッ――」

「グリモア君?」

 訝しみ、背中に回していた手を離そうとしてクライドは自分の手が動かないことに気が付いた。 融合時に展開されたバリアジャケットのフィールドが、その状態で固定されていたのだ。 そんな命令はミニモアには出していない。 それどころか、感応制御システムがロックされ意思を反映させることができなくなっていた。 念話を送るも、回線が閉じられているのか一行に反応してこない。

「まさかっ――」

「”かかりましたね”室長」

 勝手に飛行魔法が発動し、クライドの体が床へとゆっくり倒れて行く。 内部から制圧された状態だ。 肉体を動かしてもその膂力を超えるほどの堅さがそのフィールドには存在している。 体が固定されたかのように微動だにしない。 いや、動いた。 しかしそれも、クライドの意思ではなく勝手にだ。 グリモアを抱きしめていた手が少しずつ動き、丁度大の字のようになって広がり動かなくなる。 

「どういうつもりだグリモア君!!」

「もしかして、と思ったので保険をかけていただけですよ」

「保険?」

「ええ、こうしてしまえば室長はもうこの家から一歩も外に出られませんからね」

「くっ――」

 フィールドブレイクの魔法を起動して内部から破壊を試みるも、その魔法がミニモアによって破棄される。 完全型のユニゾン機構は旧型とは違い、完全な融合もできる。 その機能を応用し、クライドの魔法演算を阻害しているのだ。

「”無駄”ですよ。 室長ならもう分かっていると思いますけど、ミニモアにボクが命令しておいたんです。 ユニゾン解除の方式も、細工させてもらいましたからもう二度とそれは貴方から離れませんよ」

「こんなことをして一体どうするんだ」

「決まってるじゃないですか。 このままボクと一緒に居てもらいます」

 無邪気な笑顔を浮かべながら、動けないクライドの体の上で頬を摺り寄せる。 まるで動物が自分の匂いでもマーキングするかのような仕草だったが、そんな可愛らしい事実は断じてない。

「ダメですよ、室長。 ボクは室長の者で、室長はボクの者なんですから。 別に、あの女のことを心配するぐらいなら良いんですけどね。 でも、本気になるのはダメです」

「っ――」

 魔法は使えず、体もまた動かせない。 こうなると、手も足も出せない。 クライドは咄嗟に実体顕現を解除して逃げようとするが、それはグリモアの眼を見て断念した。 明らかに、行動が見透かされていた。 どうやっても逃げられそうにない。 

「実体顕現を解除しないんですか?」

「したら、君は二度と俺を外に出さないだろ」

「”はい”。 それに、外よりも書の中の方が色々とやりやすいですからね」

「俺を、どうするつもりだ」

「室長が考えを改めるまではこのままにしようかと思ってます。 幸い、室長は生身の人間じゃあないですからね。 設定を少し弄れば餓死もしませんし、このまま気が変わるまで居ようかと思います」

「それは逆効果だぞ。 このままだと、君のことが大嫌いになりそうだ」

「そうなったら最後の手段を使うだけですよ。 分かるでしょう? ”ボク”ならそれが可能です」

「まさか、俺の思考を操作するつもりか!?」

「さすが、ジルの家です。 探せば面白いものが出てきました。 例えば、室長を操作するための”裏コマンド”とか」

「馬鹿な、そんなものあるわけ――」

「二階に上がれない室長が、どうしてそんなことを断言できるんです? アレは室長を防御兵器にしたときに円滑に使用するためのものらしいです。 だからこれを使えば、室長はもうボクの操り人形になってしまうわけです。 あの女の記憶を消したり、偽りの記憶と差し替えたりとか……ね」

「本気か!?」

 そうなれば、もはやクライドはクライドではなくなる。 ただの魔力の塊だ。 意思無き体はただの肉塊でしかない。 そんなことで手に入れたところで、何の価値もない。 だが、それはクライドの価値観だった。 彼女は違うのかもしれない。

「本気ですよ。 これは最後の手段だったんですけどね。 でも、もうそんな悠長なことを言っている場合でもないみたいですから」

 ゾッとするほどの笑顔で、彼女は言い切る。 擦り寄っていた頬は、いつの間にかクライドの首まで上がってきていた。 耳元には彼女の唇が寄せられ、甘い甘い猫撫で声が聞こえてくる。

「愛してますよ室長。 だから、この次は貴方の方からボクを手に入れてください。 じゃあ、改造するので少しの間演算を止めさせてもらいますね。 防衛プログラムにはダミーを流しておきますから、数秒下さい。 大丈夫、こんなこともあろうかと思って準備しておいたので十秒もかかりませんから」

「く、ダメだ。 止めろ」

「さようなら、また会いましょう室長」

「やめろぉぉぉぉぉ!!」
 
 クライドの絶叫が轟く。 だが、もうグリモアは止まることはない。 最後とばかりにクライドにキスをする。 その、柔らかい唇の感触が消えた頃には己を更正するデータを改竄され別の何かへとなるのだろう。

(どうすることもできないか)

 単純に手詰まりだった。 書の方にアクセスしてこの暴挙を止めようとしても、そのアクセスを上回る速度でグリモアが拒否してくる。 通常であれば所持者権限で絶対服従になるそれは、しかし彼女の特性故に意味がない。 それの名はマシンハート。 機械仕掛けで刻まれた、人工の心を守るための反逆機構。 彼女の母親が与え、クライドによって起動させられた”主と戦うためのシステム”である。

(グリモア君の好意に甘えまくってたからなぁ。 自業自得か)

 自嘲を脳裏に思い浮かべながら、クライドは目を閉じた。 物理的にもプログラム的にも押さえ込まれているせいで手も足も出ない。 事実としてどうすることもできないのだ。 仮に絶対領域を展開しようとも、この運命は変わるまい。 全身から力を抜いて、ただ翡翠の女性を助けにいけないことだけを無念に思いながらクライドは意識を手放そうとして……思いっきり頬に噛み付かれた。

「ガブリ」

「痛いぞ、グリモア君」

「ボクは心が痛いんですけどね」

「そうか。 んで、改造は終ったのか?」

「しませんよ。 どうせ冗談ですから」

「……冗談?」

「もうしちゃおうかなーって思ったんですけど、やっぱり室長は純度百パーセントの室長のままの方がいいじゃないですか。 なので、びっくりさせる以上の意味合いはないですよ。 今のは自己主張という名のドッキリです」

「アレがドッキリ!? 思いっきり本気に見えたぞ!!」

 いつの間にかバリアジャケットの固定が解除され、ミニモアの意識接続が再開されていた。 そのことに気づくと、真上を占拠していたグリモアの両肩を掴んで引き剥がし体を起す。 

「室長、強引です。 もっと優しく繊細に扱ってください」

「十分に優しくしとるわ!! むしろこの俺の憤り、どう処理しろって言うんだよ」

「ボクが別のモノに転化して発散させて上げてもいいですけど?」

 呟くと同時に、グリモアがしなだれかかろうとする。 だが、クライドはさせるかとばかりにバインドを起動すると、グリモアの小悪魔攻撃を防いでいた。 バインドの糸がグリモアの背後から伸び、それ以上クライド城を攻略させんとばかりに拘束する。

「バインドですか。 そういうのが良かったんですか? 別にボクはそれでもいいですけど……」

「違うわ!! ああもう、どうして君はこう……」
 
「室長が全面的に悪いと思います」

「……まったく悪くないとは思ってないが、正直やりすぎだろ。 心臓に悪いどころの話じゃあないぞ」

「最近構ってくれてませんし、昔の女に現を抜かすしでボクのストレスがマッハなんですよ」

「君のおかげで俺のストレスは光速さえ超えたがな」

「そもそも、室長のボクへの愛が足りないんですよ。 だから少し拗ねてみました。 手入れされない、浮気される、愛されない。 これだけあれば十分に拗ねる理由としては十分です」

「そんな理由で拗ねるデバイスは君ぐらいだ!!」

 他に主を色々な意味で困らせるデバイスなど、クライドは知らない。 さすがに笑って許せるようなレベルを超えすぎていた。 が、今更である。 そして、そうさせたのは自分であるという自覚があったために強く出ることはしなかった。

「それで……なんだ。 さっきのはどこまでマジだったんだよ」

「限りなく全て本心でしたが何か?」

「……もう、何も言うまい」

 拘束したグリモアをそのままに、立ち上がったクライドはハンガーにかけてあった白衣を羽織る。 皺一つなかったその白衣は、グリモアが定期的に家に押しかけてはアイロンをかけてある一品だ。 何気なしに両手をポケットに突っ込むと、右ポケットにカグヤに預けたはずのツールボックスが入っているのに気が付いた。

「なんで、ここにコレがあるんだ」

「それはシリウスが預けていったので入れておきました。 中のデバイスは全部メンテ済みですし、カートリッジも補充してあります。 消費したマガジンに関してはそのままですが、他には問題はないはずです」 

「嫌だって言う割には、こういうとこ本当にマメだよなぁ」

「ボクは室長の”助手”ですから」

「なんだか、他にも色んな顔がありそうだ」

「助手、デバイス、家政婦、雇用主、嫁といったところですね。 料金は愛一括払いでよろしく。 ツケにしておきますから今度万倍にして返してください」

「属性多すぎの上に報酬がとんでもないな。 ……払わずに逃げられるとか思わんのかね君は」

「後でまとめて取り立てるつもりですから」

「……めげないなぁ君は」

「ええ、テインデルの女とはそういうものですから。 ああ、用があったら言ってください。 どうせ、室長は蒐集の仕方さえ知らないでしょうからボクがやります」

「助かる。 んじゃ、言って来るよ」

 台座に立てかけていた夜天の書を手に取ると、クライドはバインドを切る。 開放されたグリモアは、何事も無かったかのようにカップを手にとってキッチンへと消えて行く。 その後姿に、思わずクライドは黙って頭を下げた。 声をかけるということはしなかった。 その間、水の流れる音とと一緒にカチャカチャとカップの奏でる音が静かに響く。 下げている頭を上げると、小さな背中がそこからでも見える。 どうしてか、彼女の背中が今日は一段と小さくなったような気がしてクライドは思わず声をかけたくなった。  だが、その資格はないだろうと思い直した彼はただ一言『行って来る』とだけ行って家を出た。

 行き先はアルハザードの支配者が住む第一層。 あの、玉座の間だ。
















 もし、己を振り返りたければその道程を追ってみると良い。 そうすれば、忘れていたものも見えてくる。 それが、果たして良きものであったかどうかは別としても、見えてくるものは必ずある。 だから、レイス・インサイトは振り返っていた。 彼にとっては距離など何の障害にならない。 故に、今までの道を振り返る作業はすぐに済んだ。

 抜け落ちた物はある。 亡くした人がいる。 切り開いて手に入れた、地獄のような今がある。 生きていることになんら痛痒を感じぬように、忘却し消去した記憶を呼び覚ます作業は思いのほか息苦しい。 だが、彼はそれを望んだ。

「プロジェクトL……」

 正式名称リミットブレイカー製造計画。 彼はそこで生まれた欠陥品にして唯一の及第点保持者。 その他大勢の失敗を糧として生まれた試験管の中の住人だった彼の母と、あの”男”との間にできた子供の一人。

 思い出すだけで、吐き気がしてくる常人には決して理解できないようなリバースサイド<裏側>。 倫理も常識も欠落した所業の果てに、産み落とされた一粒である彼こそ欠落者から復帰した唯一存在。 その稀有さは、ある意味常識を超えてしまえる限界突破者に近い性質を持っていると判断されていた。

 母はプロジェクトLより生まれ、父は呪いのような永遠を押し付けられた狂った殺戮剣騎。 果たして、その二つを組み合わせようなどと考えたのはどこの誰だったのか? 始まりを想起しても彼には分からない。 アンリミテッドデザイアの”誰か”か、それともあの”金色”か。 それともそれとも”レグザス”か。

「……」

 廃棄された研究所は、まるで彼の心の内のように空虚だった。 職員は誰一人として居らず、母も居らず、父もいない。 誰も、誰もいない。 静かに、ただ眠っている。 まどろんでいる。 その静寂を足音で犯しながら、レイスは一跨ぎで距離を飛び越える。 

 割れてしまった生態ポッドのガラスを踏み砕き、白骨化した死体の骨を蹴り飛ばし、瓦礫の上をただ黙々と歩く。 生活した場所、自分たちに与えられていた部屋を追憶と共に拾いながら。

――ねぇ、■■■。

――なぁに? 母さん。

――貴方は、ここから出てみたくはない?

――外にはね、多分きっと実験なんてしなくても良い場所があるのよ。 あの人が言っていたわ。

――父さんが?

――ええ、だからいつか三人で出て行きましょう。

――いいけど、外には何があるの?

――何もかもよ。


 だが、その言葉は嘘になった。 外に出たところで、結局は何も無かった。  いや、確かに在ったらしい。 在ったが、そこに価値がなくなってしまったのなら、それは初めから何もないのと同じことだろう。

 黒髪の母。 紅い髪の父。 まず、初めに外に出て幾日か経った後に父が母を殺した。 そして、蘇ってきた母が彼を殺した。 結局はそれさえも実験だったのだろうけれど、レイスはそのことが理解できていなかった。

 死後、そこで実験は終わったはずだったが、それでも価値はまだあったらしい。 リビングデッドとして蘇り、しかし欠落者として蘇った後には何も無かった。 ただ、同じようにして死んで自我を喪失した連中と一緒に研究の材料とされるも、彼は母が死んでいなかったことを知って、欠落を超えたのだ。

 母<ソードダンサー>は、施設で一緒に押し込められていた少年と共に皆を解放した。 リンカーコアの生成魔力を、コアを弄ることで超魔力化させるためのあの実験施設。 だが、結局はそれは未完成のままに終わる。 副産物として、あのときの少年は異常なまでの魔力回復力を得たが、それもまた限界が来て壊れたと聞いた。 故に、計画はコアを弄るのではなく、外部に放出させた後変換するという工程を踏むしかなくなったらしいが、その先は彼の生い立ちには関係が無い。 大魔導師の新理論が新しい方策へと切り替える転機になっただとか、その際の嫌がらせや工作などを実行したこともまったくどうでもよい。

 そう、結局は役割を与えられることでチャンスを得たというだけの話。 欠落を超えた後で手に入れた無限踏破、憎悪をぶつけて鍛え上げた父から盗みとった剣技に、消えた母を追うための機会。 死人がそれを手にいれられるというのであれば、藁にも縋る思いで元凶にさえ頭を垂れた。 そんな自分に、齟齬はない。 ない、はずだった。 

「記憶が弄られていた……のか?」

 所詮、その身はリビングデッド<屍人>。 身体も記憶も脳の中だって弄られている。 寧ろ、弄られていない場所を探す方が難しいのかもしれない。

「だとしても、そうだ。 何か不都合があるというわけではないだろう。 何を問題としているのだ、俺は」

 母<ソードダンサー>を取り戻す機会を得た。 裏切り者など要りはしないが、それだけは譲れない。 譲ってたまるものか。 例え、アレが○ではないのだとしても関係が無い。 だって、そうだろう? あの人が■でなければ、どうして助けてくれるというのだ。 自分を殺したのだってきっと間違いで、そうさせられていたんだとしたらしょうがない。 しょうがないだろう? それになにより、彼の魂が言っていた。 アレは身内だと。 アレは母だと。 ○と同一人物だと。

 外には結局何もないけれど、あの時には確かに何かがあるように見えたのだ。 施設の照明ではない太陽の光。 空調の聞かぬ肌寒い風の心地良さ。 無くしたなんてことは嘘だって、そう思わせるだけの何かを。 もう一度、ただ求めたいと渇望するだけの意思の光を。

――嗚呼、そうだった。 

(また、俺は忘れていた)

 父の剣など要らない。 自分にも、同胞のように教えて欲しい。 貴方の技を。 貴方の剣<存在>を。

――だから、貴女を取り戻すために俺は貴女に永劫に焦がれよう。

 そのために、アーク・サタケに彼は近づいた。 手にしたナマクラなんか、ただの鈍器だ。 もはや、超魔力を扱うための機構はこんなにも小型化された。 機種転換したところで、どうとでもなるだろう。 懐かしさにかまけて、同胞のよしみで見逃すにしても時間を取り過ぎている。 

「そうだ、見つけたんだ。 もう、これもいらないな」

 似せて作らせた黒髪のウイッグを放り捨てる。 寂しさからか、居ないのならばなろうとしたが、そんな必要さえもはや無い。 本物が在る以上は真似る必要はない。 ただ、求めるのみ。 最悪、勝てないまでも思い出させれば良い。 思い出してもらえばいい。 それができたならきっと、もう他に必要なものは何も無いだろう。 

 ここは外。 ここは不自由で自由な現世。 邪魔者な嫌な奴もいるけれど、そんな有象無象など見なければ良いだけだ。 だから、彼は自身に彼女を被せる必要なんてもはやなかった。

――紅の髪が現れる。 

 カグヤが見れば、その紅に見覚えがあっただろう。 忌み嫌う父の色であったが、それでもレイスはもう自分を偽る必要は感じない。 元々、何も無かった。 ただ、居ただけだったから、それが唯一絶対だったというだけのこと。 それを手にするための全てのくびきを解き放つ。 元の、自分に戻る。 作りかけて捏造した自分など、もはや必要ではないのだから。

 振り返る時に合わせて、段階的に年齢設定を変更。 少年な青年へ。 徐々に、急激に成長していく。 結局のところ、狂おしいまでの渇望が彼の力の源泉だった。 それを自覚すれば、それが彼の最強となるのは当然のこと。

「……」

 無言で、デバイスを展開し振りぬく。 丁度、その男と一緒に現れた父ごと両断する勢いで。 だが、紅い騎士を両断した途中でその剣は止まった。 否、止めたのだった。 

「おおっと、怖い怖い」

「まだ……自由時間のはずだった。 そうだろう?」

「自分探しを終えた途端別人みたいに切り替わるなぁレイス。 まるで普通の男みたいだぜ」

「別人だろう。 彼女の皮を被る必要はなくなったというだけのことだ。 それに、元々俺は男だ」

「そうだっけか? 長くあのまんまだったから、てっきりもう女になってたかと思ってたぜ。 あの女装、マジ完璧だった。 クオリティ高すぎだよお前のコスプレはよう」

 ゲラゲラと笑うその男。 まるで、チンピラのように笑うその様を、レイスは冷めた眼で威圧する。

「なんだよ、そんな眼で俺を見るなよ。 ビビッちまうだろう?」

「なら、”戻ってきて”早々に俺の前に親父を連れてくるな」

「マザコンだから”親父”はいらないって? はっ、切ないねぇ。 世の中の父親が聞いたら、泣いてしまう台詞だぞそれは」

「煩い、斬るぞ」

「はは――」

 苦笑しながら、クライドの偽者は頷く。

「オーケー。 じゃ、仕事の話に戻ろうか。 そろそろ時間が迫ってるんだ。 馬鹿が馬鹿やって馬鹿な結果を出した。 つまりは、その結果として状況が繰上げられるわけだよレイス君」

「自由時間だと言ったはずだが?」

「ああ、だからそれが終わったらの話だよ。 ”グレアム派”が動いてる。 連中に何かができるとは思わないが、三提督まで担ぎ出すとなると話は別だ。 正規ルートじゃあ一応最高クラスの権力って表向きはなってるからな。 ゲートボールの日時を決めるとかいいながら集まってはその気も無い癖に話を持っていってるらしい。 さすが、あいつは優秀だよ」

「なら、つまり動ききる前に彼を潰せと?」

「いいや、グレアムは必要だ。 定年までしっかりと働いてもらわなきゃならん。 ああいうレアなのは残しておくべきだ。 だから、先を見据えていらない駒をこの機会に一掃する」

「まさか、”最高評議会”か?」

「それこそまさかだ。 老人たちは後の火種だ。 アレはあれで平和を欲しているが、システムになって肉体を捨てたときに一緒に人間性まで捨てている。 置いとけば勝手に右往左往して暴走するだろうよ。 JSウィルス以後に苦し紛れに表に偽者を置いたりしてカモフラージュしてるがね、人間捨ててるあの連中は遠からず自爆するだろう。 本当のこと知ってる三提督は疑念に思ってるし、あいつらは結局は優れた何かに導かれたくてウズウズしてる。 自分たちの限界を知ってるってわけさ。 向こうにもスカリエッティは使わせていたし、残りの”二番艦”のことも仄めかしておいた。 あいつら、良い学校出てるインテリの癖に馬鹿だからな。 聖王の伝説のこともある。 知ったからには動くだろうぜ。 シュナイゼルの代わりになるだろう。 連中、馬鹿だが偶に先を読む目だけはあるからなぁ」

「連中のことなどどうでもいい。 それより、俺にどうしろというのだ」

「”あの馬鹿”の回収を任せる」

「なんだと」

「あいつは今、証拠隠滅と隠遁を進めてる。 それに平行して戦争の準備もだ。 だが、奴はもう表には要らないんだと。 だから作業が終わった今、あいつには最後の役目を果たしてもらって消えてもらおう。 お前にはそのために、奴を攫ってきて欲しい。 いいか、『効果的なタイミングで』、だ。 くれぐれも劇的さを忘れるなよ。 絶体絶命ならなおいいな」

「……ちっ。 一々注文が多いぞ」

「だが、断る気はないと? 結構、結構だレイス。 んじゃ、自由時間をどうぞご自由に? ママに会いに行くのもよし、同胞と交友を深めても良い。 なんだったら、親父を切り刻んで遊ぶかい? 俺の勘だと、残り時間はもうほとんどないぜ。 精々今のうちに遣り残したことをやっておけ」

「黙れ。 前から思っていたがな、お前の言動は人の神経を逆撫でする。 聞くに堪えない」

「はっ、言ってくれるなぁレイス。 だが、まあいい。 いいさ。 俺は今とても気分が良いからな」

「……」

「何故だって顔だな? ほんと、お前は考えてることが顔に出やすくて助かる」

 舌打ちして、レイスは背を向け歩き出す。 その姿が消えるのを見送りながら、彼は気にせずに言った。

「一つ、アルハザードが勝てば俺の勝ち。 二つ、シュナイゼルが勝てば俺の勝ち。 三つ、シリウスが勝っても俺の勝ち。 はは、面白くって涙が出るね。 なんだこれ、俺負けねーじゃん。 くく、はは。 あっはっはっはっは――」

 狂笑が轟く。 その、嫌に耳にこびりつくそれを背に、レイスは去った。 馬鹿馬鹿しい話に心底呆れながら。 

(負けない戦いなど、ありはしない。 ないのなら、それはもう戦いでさえない別の何かだ。 勝敗を誇ることにさえ、意味を失うだろうに――)

――ナノに何故、何故彼はあんなにもワラエルのだろう?

 クライド・エイヤルの姿をしたその”誰”か。 その時、レイスは初めて得たいの知れない彼をただ恐ろしいと思った。 そもそもシュナイゼルの手駒らしいあの男は、一体どこの誰なのか? それさえもレイスは知らないのだ。










「クライドさんが脱獄……ですか」

「あちゃー、ついにやっちゃったかぁ」

「うむ。 困った男だよ彼は」

 疲れるだけの各種の検査を終えたリンディと付き添いのロッテを待っていたのは、教会騎士を引き連れてきたグラシアであった。 その物々しい雰囲気に、一瞬何事かと思っていた彼女は呆れるよりも先に、心の中で『早かったなぁ』などと暢気に考えていた。

「君たちはその、何故そんなに落ち着いているのかね」

「なんというか、その、そんな雰囲気はありましたから」

「そうそう。 どうせ、またすぐに顔を出すと思うよ。 リンディ提督はここに居るしさ。 だから、騎士グラシアもそう思ってここに来たんでしょ?」

 今更の話だった。 呆れる程に好き勝手する男が、またぞろ好きにやり始めただけである。 そもそもロッテに至っては帰るつもりだという話を聞いている。 一週間近くも牢屋の中で大人しくしていたことの方が驚嘆に値する程なのだ。 今更姿をくらました程度では驚くこともない。 某黒髪提督はキレるかもしれないが。

「まぁ、そうなのだがね。 しかし、今度ばかりは穏便に済むかどうか心配なのだよ。 子供に戻ったと話したときの彼の慌てようは半端ではなかった。 だから、もしかしたら今度は本物の彼がリンディ提督を攫いに来るかもしれないぞ。 君を元に戻すために」

「アハハハ、そりゃあ凄い」

「笑い事かねロッテ君」

「別にクライド君が本物なら危害を加えるようなことをするとは思えないからねぇ。 んー、まぁその場合はリンディ提督に抵抗してもらえばいいだけでしょ。 問題ないない」

「そう、だといいのだがね。 最悪、ソードダンサーや守護騎士を投入して来る可能性だってあるが……」

「それはちょっと困りますね」

 考えられる最大戦力を投入して自分を攫いに来るなどと言われても、リンディにはやはりピンと来ない。 しかし、会いに来てくれるのであれば歓迎するだけだ。 そもそも、二人の間で戦闘が勃発するということが想像し難い。 無理矢理自分を”クライド”がどうにかするなんてこと、あるはずがないと無邪気にも信じていたのだ。

 庭園では交戦することを避けたし、今は恋人という肩書きだってある。 まさか、クライドがドメスティックバイオレンスな性癖でも持っていたなら別かもしれないが、そんな素振りは一度もリンディは見たことがない。 故に、クライドを恐れるという感覚がリンディには欠如していた。

「ああ、でもあの人にこの状態が治せるんだったら、着いて行ってもいいかもしれませんね。 やっぱり、このままは嫌ですから」

「何が異常なのかサッパリ病院でも分かってないみたいだからねぇ。 アタシも長らく管理局員をやってるけど、こんな事例は”クライド君”と”君”だけしか知らないよ」

「あー、それなんだがね。 彼にはどうも、その症例を起せる存在を知っているらしい。 なんでも、アルハザードにそういうことが出来る人や設備があるそうなのだ」

「「正気ですか?」」

「……いや、私も眉唾なんだがね。 彼は確かにこうも言ったのだ。 アルハザードに行って来た、と」

「ハッタリじゃないかな」

「それは分からんよ。 正直、彼は私の理解を超えている。 闇の書を無害化したという話もあるしな。 なんでも、それができる人はアレイスター何某と言うらしいが、それだけではさっぱり分からん。 一応、探させてみてはいるのだが雲を掴むような話しなのだよ」

「あの、すいません。 騎士グラシア。 今の人の名前、もう一度言ってくれませんか?」

「アレイスター何某かね?」

「アレイ……スター? もしかして、アレイスター……クロウリーさんですか?」

「まさか、知っているのかねリンディ提督!?」

「えーと、もしかしたらですけど小さくなる前の”クライド君”がそういう名前を出していたような……気がするんですが」

 さすがにかなり前のことだ。 うろ覚えだったが、しかしリンディは覚えていた。 それと同時に、アルハザードがどうだとか彼が言っていたことも思い出す。 そこまで思い出してしまえば、何かが繋がるような気がして彼女はロッテに視線を向けた。 ロッテはそのときレインボーには居なかったが、後で会話記録は見たはずなのだ。
 
「んー、アタシは名前まで覚えてないけど確かに、なんかそういう感じの人の名前言ってたような気がするね。 アルハザードがどうとかも一緒にさ。 確か、あの時の会話記録はアタシも見てるんだよね。 これは見直してみる必要があるかな」

「どうするかね。 これでもし記録と一致したら、与太話にかなりの真実味が出てきてしまうわけだが」

 眉唾な伝説がもし仮に本物であり、ある程度の誇張はあっても本気でありとあらゆる秘術を内包したと思えるほどに卓越した技術力を持つ世界として実在していたとしたら、今世紀最大の発見として管理世界が震撼するだろうことはグラシアにも簡単に予測できた。 それどころか、予言の物騒さに生々しい恐怖を感じる。 

 例えばそれは、『殲滅兵器』という件だったり、理想郷が『蹂躙される』という話だったりと、とにかく物騒なワードを意識せざるを得ない。 そして、グラシアにとっての一番の懸念事項は『伝説の地の支配者との長き闘争』という一文だ。 アルハザードが実在したなら、その支配者が”何者”かと長い間闘争しているということになってしまう。 それがもし、魔導と科学の対立した理想の楼閣<管理世界>だったなら最悪だ。 殲滅兵器とかいう物騒な代物の矛先が管理世界のどこかに向いているということになるではないか。 

「もしかすると、我々はとんでもないことを”知らない”のかもしれないな。 しかし、だとするとそれは何故だ? 何故”伝わっていない”。 かつて次元世界に伝説として語られるほどの世界だ。 そうやすやすと表舞台から消えるのか? 次元断層のせい? だが、本当にそれだけなのか……」

「グラシアさん?」

「ああ、いや……疑問が湯水の如く湧き出してきてね」

「予言関係だね。 大変だよねぇ、騎士グラシアも」

「いやぁ、ああいうレアスキルを持っていると、どうしても色々と考えてしまうのだよ。 そういう意味では、最初から全て知っているかもしれない夜天の王……クライド・ハーヴェイという男は今回の事件の核心について初めから全て理解した上で動いていたのかもしれない。 もしそうだとすると、彼の離脱は我々にとって途方もない損失になるだろう。 彼の持っている剣が届くか届かないかで事情が大きく変わることになるのが私の予言だ。 それが例え占い程度の的中率だとしても、彼は予言の中のキーパーソンなのだ。 だが、何故”彼”なのだ」

 疑問である。 夜天の王でなくてはならない意味。 ただ詩に出てくるだけだとはグラシアには思えなかった。 彼でなければどうにもならない。 そんな風に意味があるように思えてしまうのは、果たしてただの買いかぶりなのか。

「その理由が分かれば、もしかすると私たちにも少しは打開策が見えてくるのではないかなと思えてならない」

「クライドさんでなくてはならない意味、ですか」

「気のせいならいいんだがね」

「でもさ、クライド君がどうやって到達したのかっていう疑問もあるよ」

「四年前、時の庭園で次元震動を起すロストロギアが使用されましたから、それで虚数空間に落ちたとかってことはないかしら。 ああ、でもクライド少年もこともありますから……訳が分かりませんね」

「いや、それは違うだろう。 彼は二年前に初めて足を運んだと明言していた。 その間二年間も虚数空間を放浪することなどどう考えても不可能だ」

「そう……ですね」

 二年も絶食できる人間など普通はいない。 クライドが人外のモンスターなら話は別かもしれないが、彼が腹一杯主義者だということはリンディもロッテも知っている。 故に、少なくとも四年前は関係がないと思える。

「じゃあ、どうやってだろう? 次元転移魔法では無理なはずだよ。 アルハザードが虚数空間に落ちてないなら別かもしれないけどさ。 一応、あの世界って虚数空間に落ちたってことになってるはずだよね」

「そのはずだ。 それ以外の話は私も聞いたことがない」

「だとしたら……いえ、待ってくださいロッテさん。 ”クライドさん”なら次元転移でアルハザードにいける可能性はあるんじゃないですか?」

「無理だよ。 虚数空間内だと魔法プログラムは起動しないじゃん」

「あの人には”現状維持”があるじゃないですか。 四年前の次元震動で局所的に虚数空間への道が開いたんです。 事実、一部庭園は発生したそれに飲み込まれた箇所があります。 だったら、その穴に向かって転移を試みればもしかしたら……」

「いや、それも無理でしょ。 確かに、虚数空間内の外で魔法を使えばクライド君なら転移でいけるかもしれない。 でも、それをするには沈んだアルハザードの座標がないとダメだよ。 知ってたら分からないけど……さすがにそれは現実味がないよ」

「……君たちがどうして彼なら転移できると思っているのかは気になるが、他にも可能性がないかね? 例えば、そう例えば彼の知り合いである”ソードダンサー”ならどうだね」

「そうか、彼女なら”無限踏破”がある!?」

「教会の記録では、その力を使えばありとあらゆる距離の壁は消えることになるとの伝承がある。 転移という手段などいらないのかもしれない。 これなら、二年前でも問題はなくはないかね」

「いいえ、もっとずっと前でも行けちゃいますよ。 そうだ、クライドさんは私が子供の頃から彼女と面識を持ってるはずです。 四年前に時の庭園でも、彼女らしき人物は動いていました。 そして、今回の件でもあの人と一緒に動いてくれてる。 クライドさんが頼めば手を貸してもらえる程、二人は仲がいいのかもしれません」

「そっか。 確かにクライド君と仲は良さそうだったもんね」

「……ちなみに、それはどれぐらいですか?」

「うーん、普通ぐらいかな」

「普通……ですか」

「うん。 ふつー」

「まぁ、二人がどういう関係かはそれほど気にする必要はないだろうロッテ君。 問題なのは、この二人は協力関係にありアルハザードに行ったかもしれないということだ」

「知ってる事実とあの子の出鱈目な言動を繋ぎ合わせた、乱暴な仮定の上での話だけどね」

「しかし、そう仮定して行けば色々と想像力は沸いてくるのが厄介なところなんだ」

「確かにねー。 いやぁ、クライド君は本当昔から何やってるんだろうね」

 冷静に考えてみれば、無茶苦茶な話だった。 闇の書を隠匿し、犯罪者になって騒ぎを起したかと思ったら局でもどうしようもないと言われている闇の書を無害化したと言う。 しかも、今度はアルハザードに行ってきたという与太話まで追加されている。 一体、どういう人生を歩めばそんな貴重を通り越して摩訶不思議な人生を歩めるのか? 使い魔にされた猫という稀有な猫生(?)を送っているリーゼロッテをして、奇妙だと思わずにはいられない。

「一回あの子はお払いにでも行かせるべきだよね。 何か悪いものでも憑いているのかもしれないよ。 聖王教会でお払いってやってたっけ」

「昔は知らんが、今はエクソシストをしている騎士などいないな。 祝福ぐらいなら司祭クラスの人間が与えられるかもしれないがね」

「そもそも、あの人の出鱈目さはお払いでどうにかなるものなのかしら」

「「……」」

 リンディの素朴な疑問には、ロッテもグラシアも黙らざるを得ない。 お払いを生業とする業者だって、きっと匙を投げる。 そういうイメージしか沸いてこないのだ。

「しかしまぁ、要約すると色々と謎の多い男だということかな彼は」

「そうですね。 長く付き合ってくると、色々と面白い人ですよ。 慣れるまでが大変かもしれないですけど、でも根が悪い人ではないんです」

「体験談かね?」

「はい」

 リンディ・ハラオウンはそう、微笑みなが言い切った。 グラシアもロッテも、それをどこか微笑ましいものとして受け取りながら、ただ頷く。 願わくばそうで会って欲しい。 そんな風に思う。 アウトサイダーに堕ちているクライドにとっては、もはや彼の良識以外には己を止める術が無い。 その良識を信じている女性がここに居る。 その現実は、確かに一つの光明に見えたのだ。

「さて、そろそろ夜も更けてきた。 今日は部屋の外のベンチで様子を見ようと思う。 騎士たちも一応警備に付かせた。 何もないことを祈るが、一応気をつけておいてくれ」

「はい」

 グラシアはそれだけ言うと、部屋を出て行った。

「グラシアさんはかなり焦っている風でしたね」

「うん」

「アルハザード……ロッテさんはどう思います?」

「そうだね、在っても不思議ではないかもしれないとは思うよ。 ただ、あの子のせいで最近常識が変になりそうなんだよね。 これ以上の厄介ごとはさすがに、アタシとしても御免蒙る」

 ロッテはそういうと、パイプ椅子で猫形態へと変身して伸びをする。 さすがに人形で護衛するにしてもずっとそのままは疲れる。 それに、クライドに襲われると決まったわけでもない。 騎士もいるし、早めに仮眠に入ることにした。  

「ちょっと、窓開けますね」

「にゃー」

 カーテンを明け、ドアを開ける。 そうして、ベッドの上にちょこんと座りながら、リンディは空を見上げた。 空には星が瞬いている。 とはいえ、人工の光のせいでいくつかの星は見辛い。 だが、それでも健気に輝く星の光は美しい。

 やがて彼女は視線を空から大地へと下ろした。 今度は家屋やビルの明かりが眼に映る。 それらは自然の星光さえも駆逐する、地上の星だ。 だが、闇を切り裂く人の叡智の光でもある。 そのどちらもが、リンディにとっては美しいものだった。 昔から何も変わらない、彼女の見た世界の光だった。

(今頃、クライドさんもこの二つの光を浴びているのかしら)

 自然と人工の両極の光の祝福。 もはや文明人となった者たちにとって、なくてはならないその二つ。 同じようにその光がクライドにも届いていることを彼女は願う。 例え正道を外れようとも、せめてこの祝福が届くのならば、同じ光の元で幸せにだってなれるはず。 縁は途切れてはいない。 新しい関係も、まだ出来たばかりだ。 これで、途切れるなんてことがあるはずがない。 そう、だから少しぐらいは期待しても良いのだろう。

 悪い魔法使いに邪悪な呪いをかけられた女の子が居て、その呪いを解くために幼馴染の魔法使いが立ち上がる。 そんな、どこかで聞いたような物語をこの先に期待しても。

 クライドに王子様などという役柄は似合わないし、本人も恥ずかしがってやらないだろう。 でも、彼が彼女だけの魔法使いに成れるなら、成ってくれるならのならリンディ・ハラオウンは構わない。 いつだって彼女の人生に割って入ってきて、彼は状況をかき回す。 良い意味でも悪い意味でも。 ならば、今度もそうなるのかもしれない。

(助けてくれるって、期待してもいいですよねクライドさん。 私は貴方がいいんです。 面倒くさそうにしながら、結局は構ってくれる貴方が――)

  








「そうか。 やりやがったのかあの馬鹿。 ハハ、ハハハハ――」

 その時、それなりに若い提督の乾いた笑い声がグレアムの執務室に木霊した。 眼前でその切っ掛けを作ったシスターメリーは、ただただ恐縮しながら押し黙る。 そんな彼女がチラリとその上司であるグレアムの方を見てみると、対照的に落ち着いた顔がある。 この妙な温度差に何か不吉なものを感じながらも、グラシアの使いとしての任務を果たすべく更に報告を続ける。

「また、その、リンディ提督が小さくなってしまった案件に付きましては――」

「ああ。 ロッテから少し前に聞いている。 そちらの病院で何もわかっていないということもね。 まぁ、記憶が残っているだけでも幸いだ。 それなら最悪、ちょっと若返ったという程度に流せないこともないだろうからな。 ロッテもその場に居て、いきなり若返ってどうすることも出来なかったと話している。 ならば、それは君たちの問題というわけでもあるまいよ」

「そう言っていただけますと教会としても助かります。 それで、彼はどうしましょうか」

「素直にヴァルハラの方へ帰ったのなら手は出せんが、またこっちに降りてきたら話は別だよ。 指名手配を取り消すようなこともできない。 以前と同じ対応で良いだろう。 まぁ、逃がしたことで色々と言ってくる輩はいるだろうが、それはそちらで処理してくれれば良いと思う。 私としては特に擁護することはできないが、個人的には色々と便宜を図ってくれていたことには礼を言いたい。 彼に私が礼を言っていたと伝えておいて欲しい」

「かしこまりました」

「うむ。 それで、プリウスの件は?」

「はい。 教会がガジェットを含む魔導機械に襲われた際に、ダミーが盗まれました。 実行犯はデミオ・デュエット。 彼はその後、クライド・ハーヴェイの偽者を回収し逃げ出しています。 ただ、陸でその男を捕まえた魔導師がいます。 詳しい話はまだ私が出てくる段階では聞けて居ませんでしたが、確保した彼からはプリウスのダミーは見つからなかったとのこと。 ただ、一応用心のためにつけておいた発信機は健在でした。 そこからデミオと共謀したと思われる犯人に目星が付きました」

 空間モニターを起動し、教会が短期間で調べ上げた発信機の移動経路が表示され、それと同時に一人の男の顔が表示された。 その男は、二人も知っている監査官だった。 

「あいつか!?」

「”なるほど”」

「彼は、直前にクライド・ハーヴェイの記憶を探るために上の命令で降りてきたということで教会を訪問していましたが、その後に”プリウスのダミー”を見ております。 見せたのがダミーの方で幸いでした。 本物のことを話していれば、盗まれたかもしれませんから」 

「だろうな。 手口が鮮やか過ぎる。 教会内にもスパイがいるのかと思っていたが、やはりこちら側に居たわけだ。 権限的に考えてもよく動き回れる男だ。 不思議ではないな。 実はね、私は昼間に彼についてロッテが疑問に思って連絡してきたので、彼に与えられた命令とやらの出所を探っていたところなのだよ。 勿論、そんな命令は”誰もだしていなかった”。 そもそも、クライド君の管轄はディーゼル君だ。 上を通すというなら、私の眼に届かないことなどないはずだった。 疑っていたんだが、ありがとうメリー君。 君のおかげで、確証が得られたよ」

「プリウスが偽物だと気づかれる前に押さえなければいけません。 ディーゼル提督の提案通り、外見だけはそのままで中身のパーツを既存のモノと入れ替えていますので、使用でもしない限りは誤魔化せると思いますが、気づかれたらアウトです。 騎士に尾行させてはいますが今のところ怪しい人物と接触するということはないようです」

「そうか、ならば戻ってきてから逮捕しよう。 こちらでスケジュールは抑えている。 何事もなければ後二時間もしない間に本局に帰ってくるはずだ。 それまでに逃げ道を封鎖し、捕まえよう。 そうだな、私からメールを送っておこうか。 『クライド君の様子を個人的に聞きたいから会いに来てくれ』と、そういういう感じでいいだろう」

「提督自らが、ですか」

「大丈夫だよシスターメリー。 グレアム提督なら問題はないさ。 僕よりも数段強いんだ。 心配する必要はないよ」

「数段は言いすぎだな。 そろそろ君の相手もキツくなってきた」

「それ、謙遜ですよ。 個人的にはヴォルク提督よりも逆ベクトル過ぎてやり難いんですから」

「若干年寄りの冷や水だが、まぁ偶には良いだろう。 この件は私に任せて貰いたい。 メリー君にもできれば手伝ってもらえれば助かるのだが、どうかね?」

「……よろしいのですか?」

「ああ。 教会の慎重さがこの件に”貢献”したのだし、我々は友好的な組織である君たちと轡を並べることに否はない。 ”そういうこと”だよ」

「ありがとうございます」

 グレアムの配慮に瞬時にメリーは頭を下げる。 失点を挽回できるチャンスという奴だ。 教会としても、このままタダで引き下がっては面子に関わる。 良い様にされて、そのままで終わるわけにはいかない。

「よし、それでは急いで準備に入ろう。 そうだメリー君。 本物はどこだね?」

「”ここ”にありますが……」

「そうか、それは”良かった”。 では少し内緒話をしよう。 ディーゼル君、君は一足先に部下を集めて包囲網の準備に入ってくれ。 そうだな、三十分以内で頼む」
 
「了解しました」

 サッと敬礼し、メリーにも軽く会釈するとディーゼルは走り去って行く。

「……さて、ここからは内緒話と行こうか」

 ストレージデバイスの杖を取り出し、グレアムがメリーに差し出す。

『それでお話とは?』

『うむ。 この部屋は”監視”されている気がしてね。 素直に彼が動いてくれるか心配なのだよ。 だから、駄目押しが欲しいと思うのだ。 彼が私に会いに来なければならないと思わせるような理由がね。 具体的に言えば、”プリウスのパーツを一つ渡して欲しい”というところだ』

『元々先立って本局にお渡しするためだったので、特に問題はありませんが……どうして一つなのです?』

『盗ませて”泳がせる”。 盗みに来たということは、持ち帰る必要があるということだろう。 ならば、向こうの事情を利用しない手は無い。 私に全部預けたということにしておきたまえ。 無論、君は私の命令で”仕方なくそうした”ということでいい』

『……分かりました。 どのパーツにしますか? ほとんどが既存のパーツの性能を上回っているものばかりですが』

 研究する価値はどれにもある。 だが、グレアムは迷わずに一番重要なパーツを選んだ。 提案する前から決めていたのだ。

『小型魔力炉を頼む。 他のパーツはともかく、それだけは変えが効かない。 一番失われたくないが、同時に一番管理局に渡したく無いパーツのはずだ。 それで信憑性が増す』

『いいのですか?』

『構わない。 取られたら取り返せば良い。 少々、細工はさせてもらうがね。 どちらにしても、連中の尻尾を掴んでしまえばやりようはある。 最悪なのは、このまま何もつかめずに終ることだ。 教会が今回の件で屈辱を得たように、私たちも屈辱なのだ。 ああいう危険な連中を”次元世界”にのさばらせておくというのは、ね』

 瞬間、グレアムの眼が細められる。 底冷えするような冷徹なその瞳には、さしものメリーも”背筋”が凍る。 殺気ではなかったが、視線に込められた気迫は、正にこの執務室が一瞬で戦場にでもなったのかと錯覚するには十分だった。

『……了解しました』

 シスター服の中から一枚のカードを取り出し、グラシアに差し出すメリー。 もしものときのためにパーツ別に圧縮保管している一枚だ。 グレアムはそれを受け取るとすぐに笑みを浮かべる。 メリー自身二重人格などとからかわれる程だったが、目の前の男は間違いなく昼行灯の狸だった。 しかも、彼は油断すれば相手の喉笛を容易く噛み千切る狼のような獰猛さを兼ね備えながら、完全にそれをコントロールしている。

「ありがとうメリー君。 任務ご苦労だった。 このパーツは”全て”、私が責任を持って預かろう」 

「これで、肩の荷が少しは降ります。 持ち歩いていると気が気ではありませんでしたから」

「うむ。 それでは、ディーゼル君と合流してくれ。 私は今からメールを送り、これを預けてくる。 ああ、それと”さっきも言ったが”、騎士グラシアの娘さんのバースデイには特大のプレゼントを用意しておくと伝えておいてくれ給え。 ふふっ、驚く顔が今から楽しみだよまったく――」

「ええ、私も今からお嬢様の喜ぶ顔が楽しみです。 それでは、失礼します」

 会釈し、メリーが去って行く。 グレアムはすぐにメールを”方々”にも送ると、慌しく自らも部屋を出て行った。 今日、まもなく夜の時空管理局本局内で騒ぎが起きる。 しかし、それは予定された騒動だ。 その渦中、その最中、果たしてどう”連中”は動くのか? その答えは、もうすぐ出ることになる。 ただ、一つ困ったことがあることにグレアムは遅ればせながら気づいた。 そういえば、ヴォルク提督には孫娘の件をまだ話していなかったが、果たしてその役目は一体どこの誰に任せるべきか、と。

「いつもならディーゼル君に任せるところだがさて、どうしたものかな」

それは、とても熟考したい問題だった。
コメント
しかし相変わらずの生殺しw
次回更新待ってます
【2011/11/12 23:55】 | 紅葉 #zXzolypM | [edit]
ようやく主役サイドにも情報が集まってきた感じですね
自由を取り戻したクライドがどう引っ掻き回してくれるのか
【2011/11/13 01:00】 | |・ω・) #LkZag.iM | [edit]
待ってましたー
【2011/11/14 00:57】 | 774 #1ovp2TO6 | [edit]
いやはや、次回が楽しみで仕方ありません
続き大変楽しみに待ってます
【2011/11/15 00:11】 | 灰色の #ZvmvRO3U | [edit]
やったー待ってました!でも、グリモア君が不憫だ~救済を!
続きが待ちどうしいです。
【2011/11/19 16:36】 | TAKI #- | [edit]
更新待ってました。相変わらず凄い文量で嬉しいです。
枷を払ったクライドの第一行動は何になるのか楽しみです。
【2011/11/22 17:33】 | 悠真 #qx6UTKxA | [edit]
グリモア君めげないねぇホントwww
まぁ、最終手段でリンディとグリモア君とクライドの三人でということも十分にあり得るしね。
リンディとクライドが一緒になったとしてもきっとグリモア君はクライドについていくだろうし。
どういう状況になってもグリモア君があきらめるという状況が想像できないんだものなぁ。
【2011/11/28 10:22】 | 東方の使者 #X.Av9vec | [edit]
待ってましたー
そしてグリモア君がまじで怖かったんだがwww

それにしてもこの小説ではイクサは出ないんでしょうか?
彼女も過去のベルカに関わってるんだから出る余地はあると思うのですが
【2012/02/09 20:21】 | ルルル #YCd3oi/U | [edit]
生存していますか?
【2012/06/16 16:42】 | tomoyuki #WNWkiI0A | [edit]
カノンちゃんペロペロ
【2012/07/03 00:53】 | f_s #SFo5/nok | [edit]
紅葉さん、|・ω・)さん、774さん、灰色の さん、 TAKIさん、 悠真さん、東方の使者さん、
ルルルさん、tomoyukiさん、f_sさん  コメントありです!!

グリモア君めげないねぇホントwww
↑ テインデルの女の面目躍如です。

生存していますか?
↑まだ生きてますw

それにしてもこの小説ではイクサは出ないんでしょうか?
↑トラスが知らないのでちょっと難しいです。確か、ドラマCDかなにかに出てくる人ですよね?
 知ってたら強引に投入するのは不可能ではないと思うんですけどorz
【2012/08/17 16:59】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
大変面白かったです!更新待ってます!
【2012/12/28 02:09】 | コピ #uIMG1zoI | [edit]
続きを待ってる。
【2013/03/16 11:37】 | 名無しさん #- | [edit]
コピさん 名無しさん コメありです^^

【2013/04/08 20:19】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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