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憑依奮闘記3 第六章

 2013-04-08

「――これが、現在の戦況というところかな。 質問がある者はいるかな」

 艦船トライデントのブリッジで、空間モニターを見せながらペルデュラボーが尋ねた。 彼だけは昨夜のうちにヴァルハラの次元ステーションからトライデントで出航し、ミッドチルダへと艦を進ませていたのだ。 そして管理局の戦いぶりを観察しながら経過をまとめ、後からやってきたクライドたちに現状を伝えた。 ペルデュラボーが見回していると、スッと手を上げる者が居た。 クライドだ。
「おや、何かなクライド君」

「ぶっちゃけ、俺たちはどっちを攻めるんだ? 管理局がムーン1なら、俺たちはムーン2か?」

「さて、それを決めるのは”君たち”だよ。 僕もバックアップはするけど主役は君たちだ。 それを忘れないで欲しいな」

「論じるまでもないわ。 どっちも潰す。 それだけのことよ。 ただ、昨日も説明したけれどトールが言うにはリンディ・ハラオウンはムーン1に連れ込まれたそうよ。 これは捕まってすぐの話。 他に移送されたかどうかは分からない。 クライド、丁度いいから貴方が決めなさい」

「俺が? いいのかよ。 てっきり、お前は別行動取ると思ったんだが……」

「そうね、確かにいつもの私なら貴方とは逆の方向へ行くかしら。 それも単独で、ね」

 髪の毛を掻き上げながら、カグヤはそこで言葉を切った。 実に思わせぶりな態度であり、若干楽しそうにみえる。 なにやら策でも用意していたのかと期待するクライドは当然のように先を促す。

「なんだよ、意味深に笑うなよ。 気になるだろ」

「実を言うと、私は戦略的に奴に敗北しているそうなのよ」

「はぁ?」

 意味が理解できないとばかりに、クライドだけでなく他の面子も首を傾げる。 守護騎士とリイン、そしてリンディもだ。 さすがに、言葉の意味が理解できるような面子はペルデュラボー以外には居なかった。

「この面子ならもう分かってると思うけれど、近々アルハザードが浮上するわ。 そして、それまでに”私”か”ジル”がシュナイゼルを倒し死霊秘宝を取り戻すか破壊しなければ、アルハザードはその全能を駆使してシュナイゼルが居ると思わしき管理世界全てに攻撃を仕掛ける。 ここまではいいかしら?」

「そういうはた迷惑な話だったな」

「無限書庫に潜り込んでいたトール――知り合いのAIが言ったのだけれど、ならば必然的に私が彼の存在を消滅させ、死霊秘宝を取り戻すことで管理世界は救われることになるのよ。 つまり、私に自分を殺させて管理世界を在続させるのが今の奴の狙いということになるらしいわ」

「はぁ!?」

「なんというか、無茶苦茶ですね」

 クライドが素っ頓狂な声をあげ、隣に座っていたリンディがあきれ顔になる。 無論、説明されていなかった守護騎士たちも一様に顔を顰めていた。

「それで、結局シュナイゼルは管理世界を作ることだけが目的で、それ以外はどうでも良かったということになるのかしら。 私が戦いから降りてアルハザードに攻撃されても、もうこうして”理想郷”を作り上げ終えたから向こうはどうでもいいとでも思っている。 自分の命さえもね。 正直、この推測が事実なら負けたわ私。 勝ったら管理世界が残るから喜ばれる。 戦いから降りても既に目的は達成されているわけだから、どちらにせよ勝ち逃げされたことになる。 このままだと完全敗北してしまうわ。 本当、困った話よね。 正直さすがの私もこの話をされた時には目の前が真っ暗になってしまったわ」

「うがぁーっ、なんだよそれ!! ドンパチで分かりやすく白黒とかじゃなくて、結果的に勝ち逃げする汚ねぇやり方じゃねぇかよ!!」

「だから戦略的に負けているということか」

 憤慨するアギトを宥めながら、シグナムもまた頷く。 先の言葉の意味が理解できれば、なるほど負けたなどという言葉にも合点が行く。 ただし、騎士としての彼女も個人としての彼女もそれは到底認められるものではない。

「ソードダンサーは負けた。 しかも戦わずして戦略で。 やっと状況が分かったぜ。 あの野郎のやりそうな手だな。 それで、どーすんだよ結局さぁ。 ソードダンサーが戦ったら奴が喜ぶってんだろ? だったら、アタシらはほっとくのか」

「いや、さすがにそれは不味いだろうヴィータ。 それはつまり、管理世界の住人を見捨てるということだぞ。 リインも何か言ってやってくれ。 無駄な犠牲を出すよりはいいはずだ、とな」

「そう言われても困る。 敵が喜ぶと分かっていて戦うというのに抵抗を感じるのは私も同じなのだ。 ザフィーラの言うとおりではあるのだが、素直に戦える心境ではない」

 士気に影響する事柄だけに、リインも強くは言えない。 この場合は敵の最大利益を出さないために戦わないことを選択する、などという考え方もできてしまうのだ。 ややこしい話であるが、そういう状況だということが問題だった。 そうでないなら、ただ倒すことだけに集中することもできた。 しかし生憎と状況はそう単純なものではなくなってしまっていた。

「話を進めようぜカグヤ。 それでもお前は戦いに行くんだろ。 どうする気だ」

「勿論、最悪の一手を打ってやるわ。 ”貴方”と”ペルデュラボー”を使ってね」

「俺とあいつを?」

「ええ」

 涼しい顔でカグヤは言う。 クライドとしては、確かにペルデュラボーが強いことだけは知っていた。 何せ、昨晩にリンディを蒐集するために手を貸してくれたのだ。 その際、クライドと別行動を取って戦い、警備していた騎士を全員屋上に簀巻きにした。 それも、”誰にも気づかれずに”だ。 戦闘を直接クライドが見たわけではないが、少なくともリンディを蒐集し離脱するだけの時間を稼いでくれたのは間違いなく彼である。 カグヤが頼るというのも分かる話だった。

「ぶっちゃけて言うけど、彼は私よりエグイから」

「やだなぁシリウス。 今更そんな当たり前のようなことを言われても困るよ」

「……おい。 つまり、お前が二人居るような状況だと?」

「そういうことになるね。 でも、その程度ならアムステル・テインデルでも可能だよ。 というか、彼に手伝ってもらった方が早く終わるけどね。 僕もある程度真似はできるけど、彼ほど無作法ではないつもりだよ」

「オーケイ、そういえば忘れがちだったけどお前もアルハザードの住人だったな。 そうか、アレと同類かぁ……ならしょうがないな」

((((それで納得するのか!?))))

(やっぱり、催眠術とかで暗示でもかけられているロボか? 後でオリジナルに報告しなければいけないロボね)

 遠い眼をしながら、クライドが納得する。 その間、彼がやはりグルグルメガネを弄っていたことに気づいたのは融合していたミニモアだけだった。

「それにほら、丁度彼の所からパク……もとい、貰った砲弾を用意してきたから。 あれ一発で都市のひとつぐらいなら消し飛ばすことが可能だよ」

「げっ!? ま、まさかそれアムステル爺さんの”アレ”か!?」

「うん。 予想通りの代物さ」

 アルハザードで何発か喰らった砲弾を思い出しながらクライドが青ざめる。 確かに、都市のひとつぐらい訳がない。 なにせ反物質を内包した砲弾だ。 どの程度の規模のモノかは分からないが、少なくとも生半可な威力のものではない。

「あら、随分と皮肉の効いたものを用意してきたのね。 純粋な質量兵器での攻撃というわけ?」

「一番大嫌いな攻撃だろうと思ってね」

「それは”楽しみ”だわ」

「なに、メインディッシュを平らげるのは君の仕事だよシリウス。 安心してくれ。 君の嘆願どおりにペルデュラボー”として”動くからね。 だからそれまでは――」

「ええ、クライドの指揮下に入るわ」

「わぁーっつ?」

 何故、そういう話になるのか? クライドがまたも首を傾げる。

「あら、何か問題でもあるの? 私が貴方の剣に成ってあげると言っているのに」

「いや、それが問題だというわけじゃないんだが。 どうしてそうなるかがサッパリだろ。 第一、この敵に一番精通しているのがお前だろ」

「私では動きが読まれるからよ。 けれど、貴方が介入すればその心配は少しは減りそうだものね。 貴方、そういう素養があるんでしょ」

「いやまぁ、アレの副産物的な効果らしいけどさ。 だからって、なぁ」

 絶対領域展開のために常時周辺情報を観測している観測者にハッキングをかけ、”無意識的”に観測情報を弄っては現実に影響しないように直している。 そのせいで、情報変数をクライドが現実を極最小ではあるものの歪めているという話なのだ。 そして、使用するときにはその時に”必要なパラメータ”だけに影響を及ぼさせる。 というのが、クライドの絶対領域の原理である。 そのせいで、アレイスターでさえもクライドやその周囲の人物の未来が読み難い。 未来に行けばいくほど、情報が歪められて現実がズレる。 ただそこに居るだけで可能性を僅かずつでも歪める特異点が彼なのだ。

「いいんじゃねーか。 クライドでも」

「ほう? 珍しいな。 ヴィータがそんなことを言うのは。 いつもは彼にくってかかるものだが」

「士気の問題だよ士気の。 考えても見ろよ。 クライドはアレだろ? そこに座ってる女の本物を助けたいってだけだろ。 それなら管理世界の住人の命だとかなんだとかさ、難しいこと考える必要ねーじゃんか」

「おお、いいじゃねーかそれ。 分かりやすい人助けのためだったら、騎士としても悪くないぜシグナム」

「まぁ、な。 ごちゃごちゃ考える必要もないし、やることは単純明快だ。 私としても嫌な考えではない。 ならば確かに、クライドに指揮を執らせるのも一興だろう。 今一度我らは守護騎士としての己に還るのも面白い。 なに、今度こそこれで最後だ。 シャマルが居ないのが残念ではあるが、その穴はリインフォースに埋めてもらうとしよう。 お前も一口乗るだろう?」

「ふふっ。 もとより私は協力するつもりでここにいるぞ将。 だから、心情はどうあれ反論は持ち合わせていない」

 シュナイゼルの思惑など知らない。 無論、叩き潰してやることに否はないが、それでもヴォルケンリッターの中での優先順位はこれで決まった。 つまり、リンディ・ハラオウンの奪還だ。 

「――だ、そうよクライド。 さて、貴方はどうするのかしら。 ここで降りる? それとも今日一日だけ本当の意味で”夜天の王”となってみる? 今なら夜天の系譜全てを統べられる特典付きよ」

「お前ら……」

 夜天関係者全ての眼が、クライドを見て力強く笑っている。 皆、クライドが降りるわけがないと分かっていて彼の返事を待っているのだ。 狡い話だった。 これには選択肢が在るようで無い。 選べるものが一つしかないのだから、それは決まっているも同然のことで、そんなものに問いかける意味などなどどこにもなかった。 

「ああもう――」

 右手でがりがりを頭をかきながら、それでもクライドは口元を笑みを浮かべた。 だが、リンディは隣で彼の左手が少しばかり震えていたことに気がついた。 仲間の助力への喜びと、そして恐らくは恐怖があったのだろう。 リンディ・ハラオウンのオリジナルを助けられないかもしれないことへの恐怖だ。 指揮通りに動かすということは、その結果がダイレクトでクライドの両肩に圧し掛かるということになる。 だが、逃げることはできない。 いや、逃げる気はないのだ。 眼の色を見れば彼女には分かる。 やる気になった目である。 こうなった以上、クライドは逃げない。 それはとても嬉しいことだった。 だが、それを彼だけに押し付けるわけには当然行かない。 リンディはそっと、自分の手を伸ばしクライドの手を握った。

「大丈夫、貴方ならやれますよクライドさん。 私も、消えるまで一緒に戦いますから」

「ああ、やってやるさ。 いつもみたいにな」

 リンディに頷くとクライドは立ち上がる。 そうして一人ひとりの目を見ていった。

――盾の守護獣ザフィーラ

――烈火の剣精アギト

――剣の騎士シグナム

――鉄槌の騎士ヴィータ

――祝福の風リインフォース

――氷水の剣聖カグヤ

 シャマルを除く、夜天に属する全ての人間がここに居る。 そして、真の意味で今代の王として書を継承したクライドがここに居るのだ。 この状態で、一体何を恐れればよいのか。 しかも、今ならリンディやミニモア、ペルデュラボーまで居るのだ。 これ以上、クライドが望めるものはほとんどない。 それ以上は贅沢に過ぎる。

「よし、それじゃあ皆頼むぜ。 俺はリンディの、こいつのオリジナルを助けたい。 そのための力を貸してくれ。 俺は正直、シュナイゼルだとかいう胡散臭い奴なんざどうでも良いんだ。 眼中にさえない。 そりゃあ、一々俺の人生に横からケチつけてくるいけ好かない奴だからこの手でぶっ飛ばしてやりたいって気持ちもあった。 でも、そんなのはこいつの命と比べればちっぽけなもんだ。 見てくれ、俺の女だ」

「ひゃっ」

 手を引っ張って立たせ、手を回して抱き寄せる。 いきなりのクライドの行動に、さしものリンディも眼を白黒させた。

「俺には勿体無いが、シュナイゼルとか言う奴の手元に抑えられてるのはもっと勿体無い奴だ。 というか、寧ろ罪でしかない。 俺が夜天の王なら、今からこいつはお妃様だ。 だから頼む。 今回だけは、俺の女を助けるのに力を貸してくれ!!」

「「「「「おう!!」」」」」

 騎士たちから声が上がる。 今ここに、夜天の王とその守護騎士たちが動き出す時が来たのだ。 大幅に士気を上げる皆の前で、クライドはペルデュラボーに尋ねる。

「月面都市のデータはどうなってるんだ? 図面とかが在ればみたいんだが……」

「勿論あるよ。 ストラウスがこんなこともあろうかと用意してくれてるからね」

 空間モニターを展開し、ムーン1とムーン2それぞれを映し出す。 

「ただし、これは古い図面だよ。 今どうなっているかは分からないから注意して欲しい」

「いや、これだけあれば十分だよ。 さすがに何も無かったら作戦もなにもないからな。 それよりペルデュラボー、本当に良いのか?」

「いいよ。 そのためにここに居るんだから。 覚えているかいクライド君。 その世界には君しかいないんだ。 だから、君は君の思うとおりに暴れて欲しい」

「確かにな。 俺は今、”世界の中心”に立っている。 ようやく、ここまでこれたよ」

「クライドさん、一体何の話ですか?」

「世界の中心に俺が居て、その隣にはお前が居るってだけの話さ」

「はい?」

 説明する暇も惜しいので、そのまま首を傾げるリンディをそのままにクライドはもう一つ確認する。

「ペルデュラボー、それでお前は俺とは違う方を攻撃するんだったな。 勿論、リンディの捜索もしてくれるんだよな」

「うん。 それは当然だね。 居なかったらすぐに終わらせて、艦に戻るよ。 シリウスのバックアップもするから艦には長く居ないかもしれないけど、そのときには適当に身代わりを置いて艦を戻させておくから気にしないで。 それより、君はどう攻めるんだい」

「先ず絶対条件だが、俺はリンディを助けるのが目的だ。 だからシュナイゼルとやらは二の次にする」

 そこだけは決まっている。 故に、クライドが指揮するとすれば守護騎士たちはそれを前提として動かすことになる。

「だが、助けようとすれば邪魔してくるのは分かってる。 となれば当然露払いが居る。カグヤ、頼むぞ」

「ええ。 ただ、途中で私に時間を頂戴。 死霊秘宝の回収は私に回して欲しいのよ。 それまでは貴方の指揮下に入るわ」

「オーケイ。 ただし、その代わりと言っちゃあなんだが一度だけでいい。 一度だけ、”何をしていたとしても”俺の頼みを聞いてくれ」

「一度だけね? 分かったわ」

「なら、次だ。 リンディが生きてるってのがこの作戦の大前提だが、これはアレイスターが言っていた話ありきの話だ。 連中は裏技を使ってリンディのリビングデッドを作ったってな。 その裏技はずばり、コールドスリープか何かによる仮死状態。 これにより死を偽装し魔法プログラムが作動する状態になるらしい。 となれば、ここで問題になるのが先に都市の電源を落としてしまうとオリジナルリンディの解凍ができずに死ぬかもしれないってことだ」

「つまり、動力炉を先に潰すという方法は取れないということか」

 ザフィーラが唸りを上げる。 騎士が少数精鋭としても、管理局の大部隊が攻め込めないレベルなのである。 一騎当千の騎士と言えど、一々敵と戦っていくことはできない。 となれば、敵の戦力を奪うために電源を掌握してリビングデッドを演算している機材の動力を奪い、一網打尽にするという手が取れないのは面倒だ。 無論、予備電源もあるだろうが所詮予備は予備。 不具合や時間制限をかけられてしまう可能性も考慮すれば迂闊に攻撃するという選択はできない。 取り返すためのリスクは最低にする。 それがクライドたちが徹底しなければならない制約なのだ。

「となると、狙うなら死霊秘宝って奴からでもいいな。 無防備な解凍中に袋叩きにされるのは不味いだろ。 それをぶっ壊すか取り出せばリビングデッドは消えるから、助けるのは逆にその後っていう選択肢もあるんじゃねーか」

「だが、敵もそれは分かっているはずだぞヴィータ。 ならば自然と防衛戦力が多くなるだろう。 一箇所にまとめて防御体制を取っているかどうかで判断するしかないな。 最悪、二手に分かれての突破になる。 念のために救出部隊と攻撃部隊を考えておく必要があるだろう」

 リインの懸念はもっともである。 故に、当然のようにここでクライドは言った。

「オフェンスはカグヤ。 救出部隊は俺だな。 最低でもこれで分けるしかないだろ。 カグヤ、一人で抜けるか?」

「戦略では負けたけれど、戦術で負けるつもりはないわ。 単騎駆けはいつもので慣れてる。 そうなってもちゃんと突破してあげるわ」

「その、あの人あんなこと言ってますけど本当に大丈夫なんですか? とても強いのは知ってますけど……」

 さすがに、どんなエースもあの壁を突破するのは不可能だと思いリンディがこっそりと耳打ちする。

「出来るって言ってるんだからできるんだろ。 そいつに関しては考えるだけ無駄だ」

「そう……ですか」

「お前の爺さんをボコした写真を持ってるアーク店長の師匠だ。 あのグリモア君でさえ戦うのが馬鹿らしいってと言うぐらいだ。 心配する必要はないさ」

「グリモアさんがですか? それはまた……」

 仮想世界で戦ったグリモアは、少なくとも通常のデバイスだけしかない状態であれば間違いなくギリギリのレベルの相手である。 その彼女がそうまで評するのであれば、リンディも一応は頷かないわけにはいかなかった。 無論、強いのは時の庭園の一件で知っているが、一人で問題ないというのはさすがに少し心配であったのだ。 けれど、クライドもそう判断しているのであればと考え一応は納得しておく。

「ああ、それからクライド。 無限踏破使いが出てきたとして、私が傍に居なかったらシグナムをぶつけなさい。 グラムサイトもモノに出来たみたいだし、相手があの二人なら少なくとも一対一なら少しは持ちこたえられるはずよ。 それに、今の貴方とリンディ・ハラオウンも防御に徹すればそう簡単にやられはしないはず」

「マジか?」

 この三人にはグラムサイトがある。 故に、見えない剣閃が見える。 それは防御できるということであり、加えて魔力出力も全員が及第点を突破している。 タメの入った極大の一撃でない限りはそう簡単には落ちないだろうというのがカグヤの読みだ。 純粋な近接戦闘技術だけならば二人とも劣るが、クライドは言わずもがなでありリンディ・ハラオウンは獲物のリーチ差がある。 不意打ちさえ食らわなければカグヤが手伝いに来るまで持たすことは不可能ではない。

「アレは二人ともAMB<アンチマジックブレイド>を体得しているわけじゃないもの。 ただの鈍重な魔法攻撃だから対処できる。 シグナムにアギト……やれるわね? 修行の成果をここで見せなさい」

「承知した。 なら、私とアギトが最後までクライドたちに付き添おう。 シュナイゼルの首は惜しいが、ふふっ。 腕が鳴るなアギト」

「おう!! どんな敵がきやがろうとぉぉ、烈火の剣精たるアタシとシグナムでギャフンと言わせてやるさ!!」

「ん、期待してるぞ。 なら俺が指揮でリンディは弾幕係だな。 後、ザフィーラは防御担当と言いたいところだが、それと同時にリンディの匂いを探って欲しい。 できるか?」

「さすがに戦場でそんな余裕はないかもしれんが気にはかけよう」

 カグヤが遊撃であり突破口を開くアタッカー、炎熱コンビは直近の護衛で、ザフィーラは当たり前のように防御と匂いによる索敵担当。 

「アタシとリインはどうするよ。 護衛か? それとも前に出た方がいいか?」

「強いて言えば、護衛と広域殲滅だな。 ただ、二人には初めにとても大事な役目を任せたい。 やって欲しいことがあるんだ」

 そういうと、クライドはニヤリと口元を歪めた。























「こうなると、だ。 打ち切りルートかぁ?」

 用事を済ませ、リビングデッドにムーン2に移動していたレグザスは舌打ちしながらボヤいた。 今まで順調過ぎた反動か、などと内心ではせせら笑いながらそれでも全身から噴出してくる恐怖に冷や汗を感じた。 

 侵入者はたった一人だ。 しかし、そのたった一人が止められない。 それが彼女”ソードダンサー”だったなら彼は別段畏れなかっただろう。 だが、目の前の相手なら話は別だ。 レイスは交戦させずにムーン1へと退避させ、彼は最奥でその時を待った。 その間、幾人ものリビングデッドが仕掛けたが、結局のところ全員何も出来ずに魔力に還った。 元来、勝負になるわけが無い。 死霊秘宝を作ったのは彼であり、現在の魔法の起源を知るだけにレグザスはただの魔導師ではそう簡単に彼に勝てない理由を知っていたのだ。

「やぁ、久し振りだね。 何百年ぶりかな、こうして君と直接会話するのは」

「はっ。 ”始めまして”じゃないのかよ。 初対面のはずだぜ? 俺とアンタは」

「いいや、これで会ってるはずだよ。 酷いな。 僕と一緒に三大魔法を作ったのは君じゃないか。 それとも、僕のことを忘れてしまったのかい? この僕を。 アレイスター・クロウリーたる”余”のことを」

 メガネを外し、ポケットに仕舞うアレイスター。 レグザスはそれに、無言を貫く。 会話を続けることに意味は無い。 何をしに来たのかが問題で、それ如何によっては行動が変化させざるを得ない。 故に、ただただ黙ってせせら笑いを浮かべたままで対処する。

「答えぬか? ふっ、まぁいい。 今はタント・レグザスだったか? ならばレグザスと呼ぼうか。 正直に言おう。 余は感服したぞ。 まさか、貴公がここまでやってくれるとはな。 素直に褒めよう。 よくやった”レグザス”。 楽しかったよ魔導王の”演目”は。 主演女優の抜擢も好みだった。 やはり、人を楽しませるのは悲劇でなくてはならない。 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。 妹を奪い、男を奪い、国さえも奪って命すら奪う。 その果てに死さえも奪ってまさか勝利まで奪う算段だったとはな。 醜悪な人間の、その野卑な部分をこれほどに凝縮したシナリオは久し振りだったぞ。 奪われ続ける人生か。 なんだこれは。 生きている意味がまるで無い。 自分のためだけに生きた時間が、アレだけ少ない人間も珍しい。 おかげで眺めるのに夢中で気づくのがこんなにも”遅れてしまった”。 いつの間にか”五十年を超えていた”ぞ。 なんということだ。 気づけばこの余までも騙されていたのだ。 こんなにも愉快なことはない。 くくっ……はははは。 はーっはっはっはっは――」

 アレイスターは笑う。 腹を抱え、目じりに涙さも浮かべて笑った。 だが、レグザスは気づいていた。 その黄金の瞳だけは、一度も笑ってはいないことに。

 それは、危険な兆候だった。 これまで回避してきたというのに、その眼を向けられることだけは回避してきたというのに、彼はここにやってきた。 やってきてしまった。 シリウスが決着を着け全てを丸く治める前に。 だが、ここで怖気づくのはそれこそ五十年以上”遅過ぎた”。 レグザスはニヤニヤとクライドの顔で笑いながら、口を開く。

「それでアレイスターさんよぉ。 結局、何をしに来たんだよ。 今さらシュナイゼルを殺しにかぁ」

「まさか。 何故、余がそんなことをする必要がある。 お前の選んだ主演女優がいるではないか。 なんだ、”信じていない”のか? 彼女の勝利を。 彼女はここに勝ちに来たぞ。 この後に及んで勝つ気なのだあの女は! ははっ、滑稽だと思わないか? 既に無駄な努力だ。 お前たちの勝ちは揺るがない。 そういう状況だぞこれは。 どこに彼女が勝つ要素がある!! 彼女に過去は変えられない!! 人生はやり直せない!! そんな時間に抗えない程度の身で、どうやって貴公らに勝つという!!」

「そりゃ、シリウスに聞いてくれ。 俺に聞かれても困るさ」

「嗚呼、しかし”だからこそ良い”という話だ。 お前たちは間違っていないぞレグザス。 仮に、これがあのレイヴァンだったなら駄目だっただろう。 あの男では途中で放棄したはずだ。 何せ、理由が行き詰る。 やるとしても夜天の書の確保までだっただろう。 シリウスのように切り捨てることはできず、身代わりに跪いて許しを請うていただろうな。 後悔に塗れながらも、自分だけ安堵して埋没していく未来しか見えぬ。 まぁ、それはそれで見物するのが楽しかったのかもしれんが、やはり奴のピークは”ベルカ止まり”だ。 それ以上は無いだろうし余の好みではない。 だが、シリウスは違う。 頑なに認めない。 今でもそうだ。 妹の成れの果てを相手に記憶が戻ったら斬るなどと抜かした。 いいな。 アレはいい。 妹の残影にさえ容赦が無い。 そして、自分にもだ。 ストラウスに釘を刺されたというのもあったが、容易には死ねなくなった。 ”死に安らぎを求める権利さえ捨ててしまった”のだ。 どこまでいくか楽しみだよ。 まぁ、それは余やアルハザードの人間だけに許されたこの先の娯楽だ。 貴公には関係のないことか」

「……」

「後は……そうだな。 クライド・エイヤルだな。 よく組み込んだものだ。 大胆というよりは、肝が据わっているとでも言えばいいか。 ”杖喰い”と”完成型機動砲精”という損失しか生まない存在だった彼というよく知りもしないイレギュラーを、シリウスの予備にまで仕立て上げ、そしてリンディ・ハラオウンをアルハザードに招かせブラッドマーキングで”浮上座標”まで得るために利用した。 ああ、安心しろ。 お前の予測座標は変わらん。 浮上速度にも変更はない。 お前の狙い通り、いつでも撃てる距離に居るぞ。 成功するか楽しみだな? 実は、余は一流も好きだが極端な三流も好きなのだ。 ああいう古典的な奴も必要だと思っているのでな」

「あーああ。 こりゃ参ったな。 やっぱりもう全てお見通しかい。 嫌になるね、その”力”」

「そう拗ねるな。 貴公の眼力も中々のものではないか。 そして、その”力”もな」

 顔を顰めるレグザスとは対照的に、アレイスターはただ笑う。 攻めるように笑っている。 言葉の応酬を経ることで、言霊を利用し相手を不安に陥れる常套手段。 そして、事実見透かされることへの恐怖は、レグザスにも如何ともしがたい恐怖を演出する。 だが、それでも彼は耐え切った。 その心を支えるのは、当然のように彼が築き上げてきた実績だ。 積み上げてきた嘘で固めた理想の楼閣。 それが在ったという事実一つで、彼は彼と対峙してのけられる。 もう既になくすものなど無いが故に。

「確信犯はコレだから困る。 ネタバレも大好きと来たからな。 いや、或いはカマかけてるだけっていう可能性もあるなぁ。 アンタはそういう奴だ。 訳知り顔で近づいて、事実その通りに”してしまう”。  知ってるぜ? あんた、”クライド・エイヤル”を子供に戻したんだろ」

「求められたからな」

「酷い話だ。 後少し待ってれば、彼はグレアムたちに会えたのになぁ」

「どうかな? それだと持ち上げて落すだけの結果にしかならなかったかもしれぬ」

「未来は不確定だぜ。 だから、皆足掻くんだろ。 あんたみたいな魔人じゃあない。 限界突破者でもない連中は無い知恵絞って生き足掻くんだ。 その過程で他人を、競争という名の自己弁護で好きなだけ蹴落として、敗北と勝利を積み重ねて生きていくんだ。 だってのに、アンタは過激で極端な道へと人様を陥れて楽しんでいく。 まるで悪魔だ。 あんたが関わると皆が歪む。 俺たちもきっとそうだ。 野心を肥大化させたのはあんたのせいでもあるんだぜ大導師」

「言ってくれるものだな。 余はお前と違って選択させてきたぞ? 全てはその結果に過ぎぬ。 責任を余に擦り付けてもらっては困るよ。 責任さえ取らずに勝ち逃げするしか能が無い貴公と一緒にはしないでもらいたい」

「ぬかせよ、このタコ」

 チンピラよろしく、レグザスは吐き捨てる。 その後ろで死霊秘宝の多面体が怪しく輝いている。 だが、それが力を発揮することはない。 新しい死人は出てこない。 出す意味も無い。 しかして、抵抗という抵抗をしないままレグザスはズボンのポケットに手を突っ込んだままアレイスターへと歩いていった。

「で、結局何をしに来たんだテメェは」

「決まっているだろう。 ここを潰しに来た」

「ああん?」

 意味が分からない、とばかりにレグザスが眉根を寄せる。 シュナイゼルを倒しに来たのでなければ、全てを終わらせに来たというわけでもないはずだったからである。 なにせ女優の到来を待ちわびているのは、ことここに至っては彼も彼と同じなのだ。 なのに、潰しに来たという彼の行動の意味がレグザスには理解できなかった。 それは、いつものアレイスターのやり方ではないが故。

「ああ、なるほど。 余がクライマックスを前にしてただ見物しに来ただけだと思っているのか? ははっ、だとしたらそれは貴公の勘違いだよ」

「勘違い、だと?」

「そう、勘違いだ。 読み違えといってもいい。 はは、ここに来てイレギュラーが多いな。 お前の脚本にはないアドリブが目立つぞ」

 仕舞ったはずのメガネを頭上に引っ掛けながら、アレイスターはにっこりと笑う。 同時に懐から砲弾を取り出して見せる。

「それは……まさか!?」

「そう、これはアムステル・テインデルが大好きな反物質満載の砲弾だ」

「……」

「アレイスター・クロウリーはこの戦いでは動かない。 だけど、”スカウトマン”である僕”ペルデュラボー”はソードダンサーに頼まれてね。 彼女を勝たせるためにここに居るんだ。 だから、リンディ・ハラオウンがここに居ないことを確認した上でコレをここで起爆するのが今の僕の役目。 次の予定もあるからここではこの程度にしておいてあげるけど、まぁ期待しててよ。 君のためだけにとびっきりのモノを次は用意する予定だから」

「なんだそりゃ!! そんなふざけた話があるか!?」

 アレイスターとペルデュラボーは同一人物。 故に、そんなのはただの言葉遊びでしかない。 だが、ペルデュラボーは当然のように取り合わない。

「断言して上げるよ。 ペテンのようなシュナイゼルの勝利は、彼女のペテンで奪われてしまうんだ。 ”可哀想”に。 せっかく用意した筋書きも台無しだ。 僕を”使う”というのはそういうことだからね。 ははっ、頼まれたときは些か困ったよ。 だってさ、僕の役目は観衆<オーディエンス>だろう? 最後には確かに幕引きのために壇上に上がるのはいつものことだけど、主演にいきなり舞台に上げられるなんてサプライズはさすがに予定していなかったんだ。 ああ、でもいいね。 偶にはこういうのも面白い。 見ているだけじゃなくて自分も参加するこの臨場感。 そして、この我欲作『魔導王』を堂々と汚せるこの醜悪なる快感ったらないね。 くくく――」

 ペルデュラボーは無邪気に笑う。 そうして、砲弾を持っている手とは逆の手でポケットを弄ると一枚のカードをレグザスに向かって投げ放つ。 カードは真っ直ぐに虚空を飛び、レグザスの前で止まる。 そのカードには不吉な死神の絵が描かれており、死神が振り上げた鎌は愚者の魂を刈る様が写っていた。 嫌なことに、魂を狩られている愚者に何故か自分の未来を予感させられる。 いや、一瞬確かに彼はその様を幻視した。 

「――っ!?」

 瞬間、カードに火が付いて燃え落ちる。 これがタダのパフォーマンスであれば問題はない。 しかし、そんな程度で済むはずがないと彼には分かっていた。 ペルデュラボーはその様をただただ笑い、ハミングしながら砲弾片手にジャグリングする。 いつの間にか、砲弾の数が増えている。 一つ、二つ、三つ、四つ。 ジャグラーよろしく砲弾を中空で舞わせる手腕は見事であるが、レグザスはそれに構う余裕は無い。 死神は誰で、愚者とは誰か? そんなことは想像するまでもなく考え付くのだから。

「さぁ、遊ぼうかレグザス。 僕は今期待で胸が張り裂けそうだ。 実を言うとね、他人の不幸は蜜の味というけれど、それに引けを取らない蜜もあるんだ。 知ってたかな? そう、そう、そう例えば勧善懲悪だ。 これはちょっと陳腐な味だけどね。 不幸を撒き散らす元凶が、更なる”不幸”に陥ったときが最高さ。 胸が透くようなあの心地。 思わず今から待ち遠しいよ。 君もそうは思わないかい? ”ロールプレイヤー”」

「……!?」

「とまぁ、それよりも君はもっと大事なことを思い出すべきかもしれないけどね。 これが一体”何回目”か、とかね」

「何回目? そりゃ、どういう意味だ」

「”分からないのかい?” なら自分で考えなよ。 どうせそのうち思い出すさ。 というわけで、また会おう自称レグザス。 彼女の勝利の間際にでもね」

「ま――」

 大仰な仕草と共に放り上げられた砲弾が、クルクルと回転しながら重力に従って、手を伸ばしかけたレグザスの頭上に落ちていく。 都合四つ。 全てが同時に真っ二つに割れたかと思えば、一斉に起爆した。 反物質が砲弾内部に作られていた真空から開放されて空気に触れ、対消滅を起こしながらその力を余すことなく解放したのだ。 それは、莫大な熱量と爆音を響かせながら廃棄都市を吹き飛ばすには十分なほどの破壊力を秘めた兵器であった。 当然、レグザスもまたその一撃に耐え切れるわけもなく消滅した。

――月面に、宣戦布告の華が咲いた。


















 宇宙の煌きは星の輝き。 次元空間とは似ても似付かぬその光景は、さながら人の命の輝きにも似ていた。 自己を燃やしながら輝き続ける太陽。 燃やすのは自らの命。 それによって輝きもすれば、いずれは燃え尽きて消えてしまうその様はまるで、人生の縮図のようだ。

 燃やすモノが大きければ大きいほど、輝きは増していく。 なら、命を対価にした輝きというのは通常一度限りのものであり、たった一度しかない奇跡でなければならない。 何度も何度もやり直すということは、ただの一度であるが故の儚さを簒奪する醜さを秘めているからだ。 限りがあるからこそ美しい。 限りがあるからこそ必死になる。 より鮮烈に輝き、何者をも惹きつけて魅せるアート<芸術>となって暗黒の宇宙に刻まれるのだ。 だが、もしそのたった一度を潤沢に繰り返す存在が居たとしたならば、それはきっととても醜悪なことに違い無い。 ギル・グレアムはその不条理を前にして今更のように呟いた。 

「これが、リビングデッド<屍人>を敵に回すということか。 度し難いなまったく」

 航行艦の艦橋で呟くグレアムは、空間モニターの戦闘映像を見ながら辟易した。 ムーン1での交戦開始から既に一時間が経過しようとしている。 艦船は十隻程度でしかないが、本局との転送ラインを繋げたまま近年類を見ないほどの戦力を特例として動員した。 実質上、部隊保有制限さえ無いも同然だろう。 だというのに、月面都市表層部の”確保”さえ完了しない。

 月面都市はクレーターを利用し、エアフィルター装置ですっぽりと内部を覆うようにしてから作られている都市である。 内部は階層構造になっており、表層部を第一とするならばその下に第二、第三という階層で建造されている。 少なくとも旧い資料ではそうなっていた。 そのうち、最上部に当たる表層部にはかつての次元戦争での攻撃でプレートと呼ばれる階層壁に大穴が空けられその下も軒並み破壊されているという話だった。 だが、その資料は出鱈目だ。 確かに、表層部は記述のままだった。 しかし、二層は完全に都市の装丁を保っていたのだ。 電源は生きているのは当然として、乱立したビル群や防衛設備は顕在。 シェルターシステムまで生きている。 だが、グレアムたちに確認できたのはそこまでだ。 

 一時的に表層部<一層>を押さえ、二層へと侵攻を試みているものの潜入部隊が軒並み倒され、返り討ちにされている。 しかし 表層部では逆召喚で送られてくる傀儡兵やガジェット、敵魔導師が定期的にどこかしらから現れ攻撃を加えてくる。 加えて、相手の戦力は無尽蔵。 特にリビングデッドの魔導師は際限なく現れる。 過去の犯罪者、元管理局のエースオブエース。 かつて戦死した自分の先輩や後輩までその中には混ざっている。 皆、一様に眼に光はなく会話さえもままならない。 それが延々と続けばさすがに薄気味悪いことこの上なかった。

『もはや月面都市への艦隊による”直接攻撃”しかないのでは?』

 提督の一人が言った。 彼も、それは当然のように考えていたのだ。 だがそれは最後の手段。 グレアムは険しい表情で沈黙を返すだけに留める。

 リンディ・ハラオウンを誘拐したのがゴルドの一味であり、今現在も彼女の身柄が相手に拘束されているままだということが確定してしまっているため、都市上空からの無差別攻撃ができない。 また、出来る限り敵の施設を制圧し情報の奪取も試みたいために、態々施設を破壊する対物殺傷での攻撃は出来るかぎり控えさせての攻撃にしていた。 

 無論その間にありとあらゆる経路からの突入が試みられたが敵は無限の兵力を持つ。 今もこうして表層部を維持しつつ管理局員に対して攻撃を加え続けている。 戦場に出たヴォルク提督などは、艦船のバックアップを受けながら戦っているが数人にマークされて張り付かれたまま表層部のプレート上空で苦戦を強いられている。

 一進一退を繰り返すその顔には疲労の色が見え隠れしていた。 歳による体力の低下や、孫のための心労があるとはいえ、艦船のバックアップを受けた彼でさえも押さえ込まれている。 他のエースたちもそうだ。 必ず同格かそれ以上のエースが張り付いて泥仕合をさせられている。 これは、意図的な編成に間違いは無い。 まさに悪意が生み出した布陣であり、時空管理局をあざ笑う行為だ。 そう思えば、如何に温厚なグレアムだとしても堪忍袋の尾が切れそうになる。 

(舐められたものだ。 こちらが都市を直接破壊しないと思っての篭城か。 ゴルド君か? それとも別の誰かは知らんが、なるほどやってくれる。 終わりの見えない戦いにこちらの士気はガタ落ちだ。 しかし、篭城は援軍が存在するかこちらが諦めて撤退するまで粘ることしかできないのだが……何故艦に直接攻撃をしてこない? 一手繰り出し、揺さぶるか)

「エスティア並びに我が艦以外は月面へと降下。 都市を包囲するように分散。 真横から艦砲射撃を行う準備に入れ。 同時に、魔導師部隊は撤退と補給をしつつ再突入の準備を」

『グレアム君!!』

 ヴォルクが通信を入れてくる。 当たり前だ、リンディを見捨てることは彼にはできない。 ただでさえ苦心させられている中、それでも通信を送ってくる辺りはさすがといえた。 だが、グレアムは艦隊指令として最善を尽くす義務があった。 リンディ・ハラオウンのためだけに悪戯に消耗させ続けるわけにも行かない。 最悪、命じなければならないこともあるかもしれない。 その覚悟だけは、常に考えていた。

「ご安心を。 まだ事は早すぎる。 ただ、このままでは埒が明かないのも事実。 ですのでクレーター部に真横から穴を開け、突入口を作らせてもらいます。 防衛戦力を迎撃しやすいポイントに集められ続けている現状での突破は難しいでしょう。 前線の消耗も激しい。 提督も急ぎご帰還を。 貴方にはその後の突撃部隊の指揮を任せたい。 そこで死なれるのは困りますのでね」

『くっ、随分とはっきり言う。 じゃが、そういうことならば良かろう。 ただし、くれぐれも攻撃には気をつけてくれ!!』

「分かっています。 全魔導師部隊収容後、艦隊による砲撃で敵拠点を攻撃すると見せかけ最小の砲撃で突入口を作れ。 各艦のオペレーターは最も効率的な箇所の割り出しを頼む。 魔導師部隊はその後、魔導師戦力を突入口への一斉転送を行う。 各員、これが最後の突撃だと思え。 これが失敗すれば、本格的な艦砲射撃で対応するしかなくなるぞ」

 それ以上の打つ手はない。 攻める側は守る側の三倍の戦力が必要だと言われるが、相手の戦力は魔導師限定であるが三倍どころか無限である。 通常の戦闘を行うやり方では埒が明かない。 移動する艦艇と、帰還してくる魔導師たち。 その中には彼が信頼する黒の魔導師も存在した。

「下の様子はどうだったかねディーゼル君」

『三層への昇降ゲート付近の防御が特に凄まじいですよ。 チラッと見ただけですが、あの火線を潜り抜けていくのは至難の業でしょう。 多重防御結界による防衛体制も確認しています。 また、シェルター部を破壊し最下層までの道を狙った部隊もありましたが非常階段やエレベーターの下から高威力の砲撃による防空網が形成されており、その避難経路からの侵攻も不可能だそうです』

「そうか。 ご苦労だった。 少し休んでくれ。 直にまた出てもらう」

『了解』

 敬礼して消える彼に頷きながら、グレアムは黙考する。 通常の侵入経路が駄目ならば、新しく作ればよい。 だが、果たしてその程度の小細工でこの重厚な守りを突破できるのか? また、戦力をどのように配置するかも考えなければならないことに頭を痛める。 戦力の逐次投入は避けたいし、分散運用は基本的には避けたい。 だが、地下での都市戦闘の場合はともかく、入り乱れた避難路や通路というのは搬入口を除けばそれほど広いというわけでもない。 となれば、人数の兼ね合いも重要だ。 しばらく悩んだ末、大まかに指示を出した後は直接戦った現場の采配に任せることとした。 すると、ようやく彼の使い魔もブリッジに備え付けられている非常用のトランスポーターから戻ってきた。

「ただいまぁ!」

「ロッテ、そちらはどうだったかね」

「駄目駄目だよ。 空調関係も全部封鎖されてた。 いくつかぶち抜いてみたけど、その向こうは小動物に変身した魔導師たちが塞いでたよ。 あれじゃあ猫の子一匹入れないね」

「ほう、それは困ったな」

「うん、本当にどうしよっか」

 ニャハハハっと困った顔で頭をかくと、ロッテはグレアムの傍らへと歩みグレアムが覗き込んでいたモニターへと視線を走らせた。 現状の再確認をしているのだ。 グレアムは何も言わずに好きなようにさせつつ、自身もまた状況の推移を見守る。

「ふーん、なるほど。 次は父様も出るんだ?」

「ああ。 横と上から揺さぶろうかと思ってね」

「出てくるかな? ゴルド・クラウン」

「さてな。 アレだけ本局でコケにしてやったから、もしかしたら私の顔を見て出てくるかもしれないしガタガタ震えて閉じこもっているかもしれない。 少なくとも鉄壁の布陣であることは間違いない」

「あらま、期待してないんだ」

「また馬鹿をやらかしてくれたらありがたいがね。 彼は強いよロッテ。 才能に胡坐をかいて修練こそ怠けてはいるタイプだが、一皮剥けると恐ろしいタイプだ。 油断してはならない」

「でも、父様の敵じゃあないでしょ」

「一対一でなら、今の所は――な」

 逆に言えば、複数人まとめて掛かってこられれば危険な相手である。 言葉を濁すグレアムに、彼女は怪訝な顔をする。 グレアムのその顔は、懸念があるという顔だ。 いつも余裕がある彼がそういう表情をするとき、何某かのハプニングが起こる。 戦場では往々にして嫌な予想というのは当たるものである。 気にならないわけがなかった。

「んー、ゴルド監査官じゃないね? 父様の懸念は」

「分かるかね」

「うん、顔に書いてあるよ」

「ははっ、お前のそういうはっきりと言うところは見ていて気持ちがいいな」

「……父様?」

 苦笑しながらロッテの頭を撫でるとグレアムは、本局で交戦したときにデバイスに記録していた男の姿を表示する。 それは、ゴルドを連れて逃げた無限踏破使いの男だった。

「何者か知らんが、奴がまだ出てきていない。 ゴルド君よりも、私はこの男やソードダンサーの偽者が数倍怖いな」 

「……」

「無限踏破……実に恐ろしいレアスキルだ。 シスターメリーの持ってきた古いデータを見て確信しているよ。 私が使い手ならば、今頃我々の航行艦を単身で攻撃しているところだ。 だが、何故してこないのかがサッパリ分からない」

 艦船を落すのに宇宙空間で魔導師を使うのは馬鹿げているが、さりとて有効に活用すれば落すことは不可能ではない。 特に、艦船のシールドの内部に現れることができるなら、迎撃システムが作動するよりも先にピンポイントでブリッジを攻撃するなり魔力炉に攻撃を仕掛けるなりすれば良い。 よしんば失敗しても相手はリビングデッドだ。 何度でもトライするだけで、相手はその警戒に余計な手間をかけさせられる。 だというのに、”それがない”。

「他にもある。 何故、向こう側は次元跳躍系魔法や超長距離狙撃魔法を使ってこない。使用できる者がいないのか? いいや、そんなわけがない。 居るはずだ。 ならば何故出し渋る。 こちらはトランスポーターを頻繁に使用している。 転送場所は掴めているはずだ。 なのに何故試してさえこなかった」

「それはアタシも気になってたかな。 深く考えると相当に不気味なんだよねあの連中。 防御に徹してるだけで積極的に攻めてはこないし」

「うむ。 単純に戦術について無知なのか、それともそこに意味があるのか……私には読めなくてね。 そもそも、連中を判断するための材料が少なすぎるのだよ」

「温存して切り札にしてるとか?」

「誰に対してかな」

「んー、”ソードダンサー”」

「”なるほど”。 ロッテはあの子が来ると思っているのだな」

「うん。 きっと来ると思うよ。 クライド君と一緒に”ここ”に。 リンディ提督がここに居るんなら、絶対に来る。 来て、本物を掻っ攫っていくよ」

「ははっ。 それはそれで困るな」

「た、大変ですグレアム提督!!」

 その時血相を変えた様子でオペレーターが声を張り上げた。 何か良からぬことが起きたのか、空間モニターが眼前に開かれ、その様子を映し出した。 しかし、そこには取り立てて注意するもの見えない。 ただの月面の映像だった。

「月のクレーターかね? これのどこが大変なのかな」

「これはムーン2の月面都市があるはずの場所の映像です。 二分ほど前に、場違いな位置から高エネルギー反応を観測したので調べていたのですが……と、都市が完全に吹き飛ばされています!!」

「なんだと?」

「各艦、及び定置観測体やミッド直上の監視衛星からも打電!! 同様のことで報告が来ています!!」

『グレアム君!!』

『提督!!』

 それ以外でも、艦隊指令であるグレアムの所に提督たちの声が届いた。 グレアムだとで状況が分からない。 ムーン2での戦闘など補足してはいなかったのだ。

「……落ち着きたまえ。 理由が気になるのは分かるが、我々はここを動けん。 オペレーター、射撃の準備は?」

「全艦共に完了しています」

「よろしい。 ムーン2のことは観測隊に任せておきたまえ。 向こうにも連中が居たのだとしても、情報収集は彼らに任せておこう。 今は目の前の仕事に集中するんだ。 各艦、砲撃用意。 全魔導師部隊の準備が出来次第開始する。 各艦、順次報告せよ」

 モニターのその向こう、アルカンシェル装備艦であるグレアムの旗艦とディーゼルのエスティアを覗く八隻が艦首主砲の砲身を伸ばした。 砲塔全部には魔力炉からひねり出された莫大なエネルギーが迸り、環状形の魔方陣を描いていく。 それはまるで、砲撃魔法の発射時と酷似していた。

『こちら五番艦。 準備完了!!』

『四番艦、いつでもどうぞ!』

 一つ一つ、報告が入る。  十分もしないうちに七隻の艦の準備が終わった。

『すまん、待たせたなグレアム君。 こちらもOKだ』

「いえいえ、それでは始めましょう。 これよりテンカウント後の砲撃後に魔導師部隊による再度突入を行う。 全艦セーフティ解除。 カウント初め!!」

 号令と共に、空間モニターにカウントダウンの表示がされ通信網を通して旗艦より全艦へとカウントダウンが開始されていく。 グレアムはもとより全てのクルーたちが静かに見守るその中で、ここで初めて敵側から動きがあった。

――カウント7

「!? 月面都市より高魔力反応!? しかもこれは、空間歪曲反応です!!」

「空間歪曲……デストーションシールドか!?」

――カウント5

「デストーションシールド、都市全域に広がっていきます!!」

「さすがに艦隊攻撃用の対策はしていたか。 カウント破棄。 完全にシールドが展開される前に攻撃する。 全艦一斉射!!」

 瞬間カウントを無視したグレアムの号令により、魔導砲が弾丸を射出した。 通常の魔導師ではひねり出せないほどの威力を宿したその一撃は、次々と月面都市のクレーターの横壁に突き刺さっていくかに思われた。 しかし――、

「魔導砲の着弾を確認! しかし、全弾シールドで阻まれました! なんて硬さだ!?」

 オペレーターの発言に、クルーたちが一斉に顔を顰める。 グレアムもそうだった。 手加減させたとはいえ、全て防がれるとは思わなかったのだ。 また、月面都市はミッドチルダが魔法科学へとのめり込む前に建造された歴史がある。 当然、防御兵装の類なども後付にした程度で満足にないだろうと考えていただけに、ここまで大規模な防御システムを構築していたことにうんざりした。

 しかもこれでは全力砲撃を繰り返すか旗艦かエスティアのアルカンシェルでもなければ突入ができなくなってしまった。 内部への転送がデストーションシールドで阻まれるせいだ。 また、一旦念のために局員の安全を考えて引かせたのが裏目に出たのも痛い。

「デストーションシールドの強度は? こちらの砲撃艦で対処できるレベルかね?」

「計算上は突破可能です。 しかし、その出力では確実に月面都市を破壊します」

「あちゃー、こりゃまた面倒くさいねぇ」

「しかし妙です。 このシールド……艦載装備系のモノとは微妙に系統が違います。 これは……術式? そうだ、間違いない!! ミッド式の魔法です!? しかもこの魔力パターンは……保護対象のリンディ・ハラオウン提督のモノです!!」

「嘘!? 父様!?」

 オペレーターからの驚愕の報告に、ロッテがグレアムへと視線を向ける。

「敵に使われているということだろうな」

 生きていることに安堵する一方で、彼女の非常識なシールド構築能力にグレアムは内心で頭を抱えたくなった。 確かに、次元振動を押さえ込むだけのレベルのシールドを構築できる稀有な逸材であるが、それを利用されるのはよろしくない。 また、これでリンディ提督が生きていることが発覚したせいでヴォルク提督の暴走が心配である。

『グレアム君、もう一度艦砲射撃を行いたまえ』

「……どのレベルでですか?」

『あのデストーションシールドの上から私がブレイカーで相殺する。 信じられんが、あの娘のポテンシャルはどうやら私さえ超えているようだ。 だが、アレは駄目だ。 早く止めてやらねば、確実に後遺症を患ってしまう』

「……ならば尚更相殺するのは厳しいのでは?」

『二隻貸して欲しい。 アレを相殺するには単艦のバックアップでは足りそうにないのでな』

「許可できません」

『グレアム君!!』

「それでは貴方の身が持ちません。 それは艦隊指令として許可できませんな。 貴方には、孫をその手で抱きしめてやるという使命があるはずだ。 途中でのリタイアなど認められない」

『構わん。 孫のためなら本望だ』

 真剣で、そして優しい笑みだった。 激怒するでもなく、こうも穏やかな顔でそう言われるとグレアムもさすがに迷う。 孫のために彼は身体を張ると言っている。 正直、やれば命はないだろう。 それが分かるだけに、止めたい。 止めなければならない。 もう若くはないのだ。 無理が効く年齢はとっくに過ぎている。 そうまでして家族のためにできる男。 家族馬鹿でも一等の大馬鹿で、頭も固い頑固爺だ。だが、グレアムにとっては先輩で、大事な戦友である。 突破口を開くためだけに使い潰すことなどしたくない。 まだ、手はあるはずなのだ。

「頼む、やらせてくれないかグレアム君」

「それは――」

 説得するには代案が必要で、すぐにそれはグレアムの頭の中に出てこない。 さすがに、難しい決断だ。 しばし沈黙しかけたその時、またも事態は動いた。

「提督!! 本艦後方より未確認艦艇出現!! 型式照合……該当一件……闇の書の主の艦だと推測されている艦です。 こ、こちらに通信を求めています!?」

「なに?」

『小僧が来たのか!?』

「回線を繋いでくれ。 ああ、この際だ。 全艦に中継してくれてかまわん」

「りょ、了解!!」

 オペレーターが小気味よく返事を返し、モニターを表示する。 ブリッジ中央部の上空に特大のモニターが開かれ、胸元に紅いビー玉のようなものを吊り下げている黒髪の男が表示された。 

『あー、もしもし? って、グレアム叔父さん!? げぇっ、いきなり直通って……』

「久し振りだねクライド君。 今取り込み中でね、できれば早く用件を言って欲しい」

『お、お久し振りです。 くぁぁっ、こんな形で貴方と会話する気はなかったんだけど……』

「それは私も同じさ。 さっきも言ったが時間も推している。 できれば手短にして欲しいな」

 怒るでもなく怒鳴るでもなく、ニコリと笑みを浮かべながらグレアムは言う。 すると、モニターの向こうのクライドが罰が悪そうに頭をかいた。 彼がどういう反応を期待していたかなど、グレアムには知ったことではないが、自然とそういう顔ができたことにグレアムは内心でほっとしていた。 複雑な心境である。 ざわめく心を律しながらそれでもグレアムは計器を弄ると、そっとディーゼルを呼び出して小さなモニターに映し出す。 すると、それに気づいたディーゼルがグレアムに本物らしいとブロックサインを送った。

『あー、今下でデストーションシールド張ってる奴が居るんだけど、アレはリンディの”偽者”なんで気にしない方がいいですよ』

『なんだと!? 小僧、それはどういう意味だ!!』

「うおっ!? ヴォルクの爺さんも居るのか。 あー、まぁ居ても可笑しくはないのか? えーと、とにかくアレは不可解存在で、本物は多分まだ仮死状態にされてるかもう死んでる。 ほら、証拠に俺の隣にリンディが居る」

『お久し振りですお爺様』

『リンディ……無事だったのか!?』

『無事というかなんというか……とても奇妙な話なんですが、私もその、偽者なんですよ』

『なにぃぃぃ!?』

「……なるほど、それが守護騎士と同じ魔法プログラムとしてのリンディ君かね」

 ロッテから話を聞いていたグレアムが頷く。

『ええ。 で、こいつが存在してる限りは本物は目覚めてないはずなんで、あそこに居るのは”偽者”だ。 本物の居る可能性もあるんだけど、今の所は不明。 こっちで分かってるのは、ミッド地上から月に移送されたらしいってことだけだ』

「なるほどな。 君がそういうならそうなのだろうな。 それで、それを伝えに来てくれたのかな」

『いえ、これから参戦するのでお互いに邪魔しないように提案しに』

「ふむ……その提案を我々が呑むと思っているのかね。 君は公式的には犯罪者であり、闇の書の主という指名手配犯でもあるのだよ」

『微妙ですが、最悪黙認してくれるはずですよ。 これから、こっちは最終兵器”ソードダンサー”を投入します。 ”死にたい奴”はこちらに攻撃して来てください。 今日は随分と刃が血に飢えてるらしくて、いつものように手加減するのも面倒だからどうなっても知らないそうです。 俺や他の守護騎士、それに協力者も、リンディを助けるために邪魔する奴は全部排除するつもりですからお気をつけて下さい。 あー、識別信号は送っとくんで、友軍ないし同盟軍扱いでお願いします』

「はっはっは。 なるほどあのソードダンサーか。 それは”おっかないな”。 よろしい。 一時共闘といこうか。 しかしどうする? 敵は篭城の構えを取っているようだがね」

『適当にどうとでもします。 そうだ、一名ぐらいなら監視役を同行させてもいいですよ。 ただし、空戦S以上で、俺に理解がある奴限定ですが』

「ほう、いいだろう。 丁度いい人材を知っているよ私は」

『奇遇ですね。 俺も知ってますよ。 たしか、今もエスティアの艦長をやってるはずかな?』

『おい、こら!! それは思いっきり僕を指名してるじゃないか!!』

『おっ、噂をすれば出てきたなディーゼル』

『煩いよハーヴェイ君。 それより、よくもどさくさに紛れて聖王教会から脱獄するような真似をしてくれたな。 おかげで騎士グラシアが凹んでたぞ!!』

『そっちは迷惑料払ったから忘れろよ。 それより、来るのか来ないのかどっちなんだ。 俺はさっさとリンディを助けに行きたいんだよ。 無駄な時間を取らせるなよな』

『くぅぅぅ、今ここで君を拘束して二度と脱獄できないようにしてやりたいところだが彼女のために我慢してやる!! 転送ルートを開放しろ。 続きはまた今度だ!!』

『ま、待て小僧。 儂も頼む』

『却下。 爺さんに死なれるとあいつが泣くだろ。 それは看過できないぜ俺は。 それじゃ、ひとまずはこれでよろしく。 終わったら爺さんの艦にでもリンディを任せるから長生きしてくれよ爺さん。 あ、その後であいつを口説き落とせたら挙式にも招待してやるから首を長ーくして待っててくれ』

『なっ!? こ、小僧――』

 真っ赤な顔をして激怒するヴォルクをそのままに、クライドは回線を切る。 グレアムはそれを見ながら、ヴォルク提督が無茶をせずに済んだことにひとまずは安堵した。

(良いタイミングで声をかけてくれた)

 薄く笑みを浮かべると、グレアムは再度艦砲射撃の準備を打電。 同時に、魔導師たちに出撃の準備に入らせる。

「ロッテ、私の代わりに艦隊を頼む。 それと、こちらの作戦をあの子に伝えてあげてくれ。 いい様に組み込むだろう。 ああ、いつものように使い魔回線での連絡は密にな」

「はぁーい。 いってらっしゃーい。 お留守番は残念だけどね。 にしても、甘いね父様。 後で職権乱用だとか言われないかな? 面倒なのにさ」

「ふむ? まぁ、しょうがなかろう。 ソードダンサーとかち合って勝てたという局員は聞いたことが無い。 私は仲間を守っただけだ。 それに、辛口で行かなければならない相手は月に居るのだ。 相手を間違えてはいけないな。 今日の我々はゴルド君たちを潰しに来たのだよ? 余計なことをする余裕は微塵もないよ」

 おどけて言うと、グレアムもまた戦場に降りる準備に入った。 クライドが打つ手は限られるがソードダンサーが居るなら、シールド内部にレアスキルでの突撃もできるはずである。 ならば、内部から解除するしかない状況へと持ち込むだろうことは想像に難くなかった。 恐らくは、クライドは管理局を囮に使うつもりなのだ。 シールドさえ解除してしまえばやりようはある。 そして、先ほどのシールドで敵は高魔力反応を出したことで”魔力炉”の位置を露呈させた。 そこに、クライドたちが付け込むのではないかというのがグレアムの予測だ。

(さて、お手並み拝見といこうかクライド君。 管理局が手を焼いてきたその”剣”、君なら一体どう使う?)


















憑依奮闘記3
第六章
「リミットウェディング」



















 三叉槍のやり先のような形を持つ灰色の船体が、暗黒の宇宙空間を飛翔する。 その先にはクレーター内部に建造された月面都市が突撃してくる彼らを前に、翡翠のシールドで防御の構えを取っていた。 迎撃の気配はない。 故に、彼らの船は堂々と真上からの”直滑降”を敢行していく。 やがて、その船体全体が青白い光に包まれる。 ディメイションブレイド。 虚数空間に沈んだアルハザードが、通常の次元世界へと移動するために構築した次元を切裂き移動するための一つの手段。

 出力はギリギリ抑えてはいるが、通過した最の空間がその移動余波だけで亀裂を生んだ。 次元振動の兆候はほとんどない。 そもそもにおいて、次元に振動を与えてその過負荷で強引に虚数への扉を開くのではなく単純に次元そのものを切断しているので切断された空間が元に戻ろうとする瞬間に小さな余波が生まれるだけだ。 その余波も、空間伝達は極小であるため深刻な被害を生む前に消失する。

「くそっ、本当にでたらめばかりだ。 君と一緒に居るといつもいつも何故常識がブッちぎられることになるんだろうな。 是非とも僕に説明してくれ」

 トライデントの降下ハッチでモニターから外側の映像を見ていたディーゼルが声を上げた。 だが、声をあげたのは彼一人だけだった。 守護騎士やカグヤ、勿論リンディも既にクライドがどういう動きをしようとも今更感でもって受け止めている。 当たり前のように耐性が作られていないディーゼルだけが、その常識的な問いを発することができた。

「そっちの都合にもいいようにしてやっただけだが?」

「どこがだ!! ああもう、今頃絶対に定置観測隊が次元振動が発生しないか顔を真っ青にしてる頃だぞ。 艦隊の局員たちだって、今頃ストレスで胃薬を飲んでるはずだ」

「時空管理局の魔導師隊は人手不足と大変な激務で有名だからなぁ。 さもありなん、さもありなん」

 何せここは月である。 ミッドチルダの惑星と目と鼻の先であると言っても過言ではない。 何かの拍子で次元振動が発生しでもすれば、惑星はとんでもない被害に合うことは明白だ。 彼の妻子も勿論ミッド在住だ。 気が気ではない。 何処吹く風で聞き流すクライドに、思わず拳骨の一発でもと思う自分をディーゼルは必死で押さえ込む。

「この船はメイドインアルハザードだ。 問題ないない。 もっと俺を信用しろ」

「今までの君の行動のどこから信用という言葉が生まれるんだ」

 瞬間、クライドが業とらしく口笛を吹いて誤魔化した。 自分でもそれなりに『色々やったなぁ』という自覚があるので、眼を泳がせるようにしてディーゼルの視線から逃げていく。 そうして、隣にスタンバイしていたリンディに眼をやった。

「そろそろ突入だ。 衝撃、気をつけろよ」 

「ええ。 クライドさんこそ気をつけてくださいね」

 カウントダウンは既に始まっている。 外部の様子を映し出すモニターには、もうすぐそこまで月面が迫っているのだ。 加速度的に縮まっていくその距離の中、遂に月の重力が一同を迎える時が来た。

『重力制御は完璧だけど、衝撃は船体に来るはずだよ。 気をつけてね』

「おーう」

 ムーン2を三十分もかからずに陥落させたペルデュラボーの言葉にクライドは頷くと、まだ白い眼を向けてくるディーゼルを無視したままデバイスを展開した。 瞬間、クライドの全身が青い鎧に覆われる。 それは、PC計画のデータ取り用に作られた試作一号機の、その改造型。 人型のロボットそのものであるグリモアをすぐにクライドが作れるはずもないので、段階的にそれらしいものを作ろうとした過程で生み出されたテスト機体の、その雛形だ。 無論、グリモアとは似ても似つかない。 結局のところ、クライドが一年や二年悩んだ程度では機動砲精には辿りつかないために、自分の趣味もかねて作っていたものだ。 そのせいで至るところにクライドが今まで作り上げてきたデバイスが組み込まれている。


――BDY<バトルデバイスユニット>データリンク開始。

――機動砲精『ミニモア』に全制御集中……クリア。

――搭載デバイスデータチェック……クリア。

――全デバイスオールグリーン。

――感応制御システムフルコンタクト。


『起動チェック終了。 全システムは全力戦闘モードへと移行。 突貫で仕上げた割には致命的な不具合は無いロボ。 着心地はどうロボ?』

「今のところ問題はなさそうだ」

 軽く手足を振るって感触を確かめる。 そうして、クライドが問題が無いことに確認しているとふと仲間の視線が自分に集中していることに彼は気づいた。

「……君、それは何のつもりなんだ」

「何って、武装チェックのつもりだが」

 四年前の庭園での戦闘の折、気絶した教訓として用意した頭部を守るための装甲メットを跳ね上げながら、クライドが言う。 途端、ディーゼルはおろか守護騎士たちまでもが顔を引きつらせた。

「君は一体それでどういう戦いをするつもりなんだ!!」

「魔法戦闘に決まってるだろ。 俺は魔導師なんだぜ」

「リンディさん、僕が可笑しいのかな。 こいつだけ明らかにこの中で浮いてるんだけど……」

「えーと、その、クライドさんですから」

「……」

 その一言で済ましていいのか、もはやディーゼルには分からない。 目頭を押さえながら、ふと魔導師とはかく在るべしなどと言い続けた男のことを思い出す。

(ヴォルク提督、貴方はきっと……リンディさんに再会したと同時にこの馬鹿に講義を始めるんでしょうね)

 強化装甲服タイプのデバイスなど、ディーゼルは知らない。 だが、聞けば間違いなくそれを指してクライドは”デバイス”だと言い張ることは眼に見えている。 歩く度にガシャンガシャンと音を発するその男を遠い眼で見ながら、もうすでに自分の常識でその男を測ることが出来ないことを渋々に認めた。 

 全身青の装甲だが、良く見れば両腰にはマジックガンやブレイドが仕込まれているし、両腕にはなにやら通常の手甲と違って何かを接続させるためのアタッチメントが見える。 背中のバックパックからはマガジンのようなものが何本も刺さっているし、銃型のデバイスらしき物まで付属している。 他にもワイヤーやら何やらギミックのようなものが搭載されている。 遠めに見れば、間違いなく質量兵器で武装しているようなシルエットだ。 これを見て魔導師のデバイスだと一目で見抜く者がいるのかディーゼルには甚だ疑問だった。 寧ろ、つま先から頭のてっぺんまでしっかりと覆っているせいで傀儡兵のような魔導機械だと言われた方がまだしっくりくる。 しかも何時の間にやら極自然と高魔力<S+相当の魔力>を発しているのだから気になってしょうがない。

「あら、私とリインの無限書庫土産も付いてるわね」

「分解して共食い整備した後で使えそうなのをとりあえずくっつけてきた。 機動砲精の演算能力に物を言わせれば使えるかと思ってな」

「待て、無限書庫がなんだって?」

「こいつが昨日書庫に隠れてた連中の一味を叩き潰してきたんだ。 そのときに鹵獲した装備がコレだとよ」

 背中にあるバックパックから伸びる四本の刃<ソードビット>を指差しながら、クライドが言う。 だが、ディーゼルは今度こそ発狂しかけた。 無限書庫が何故か内部から崩壊して機能停止に追い込まれていたという事件が起こったことは知っていたが、その元凶と理由がこんなところで明かされるとは思っても見なかったからである。

「アレは君たちの仕業か!? 本局で昨日の夜上へ下への大騒ぎだったんだぞ。 おかげで艦隊の発進準備もテロを警戒して遅れた!!」

「いや、俺に言われても困るぞ。 やったのはカグヤだ」

「爆破処理したのは私じゃないわよ。 文句は自爆させた存在に言いなさい」

 管理局提督の胃に配慮するという気持ちは、当然ながら彼女にはない。

「そのおかげでオーパーツの謎も解けてスッキリだぜ俺は。 昔見つけてからずっと気になってたんだよ。 なんでスクラップ置き場にあんなのがあるのかってさ。 連中が本局で幅利かせてたんだとしたら納得だ」

「羨ましい話だ。 僕は今ストレスで胃がキリキリしてるんだが……」

 報告案件がまた一つ増えた。 これから敵の本願に飛び込むというのに、終わった後の事後処理のことを考えるとディーゼルはすぐさま休暇の申請を考えた。 正直、当分仕事のことは考えたくないというのが彼の正直な感想だ。 しかし、当然のように彼に現実逃避をするような余裕をこの世界は与えてはくれなかった。

『そろそろだよ。 準備はいいかい?』

「お、もうそんな時間か。 んじゃ、皆これに捕まってくれ」

 ペルデュラボーの警告だ。 クライドは腰の両サイドに仕舞われたブレイドを引き抜く。 その後ろには何故かワイヤーが括りつけられており、そのワイヤーを伸ばして全員にしっかりと握らせる。 騎士甲冑やバリアジャケットのフィールドが、それぞれに吸着。 一時的に全員を連結させる。 それを確認する頃には、既に都市が艦船の前に来ていた。

『ん、準備はできたみたいだね。 武運を祈るよ、クライド君』

「ああ、また後でな」

 空間モニターが閉じられ、ペルデュラボーがヒラヒラを手を振った瞬間トライデントが減速する。 月の重力に逆らうようにスラスターを逆噴射。 同時に、そのまま都市を覆うデストーションシールドに真上から突撃を敢行する。

「全員、対ショック防御だ。 来るぞ!!」

 激震が、船内を襲う。 あらかじめ警戒していたおかげで、全員に被害はない。 飛行魔法の応用で姿勢制御をしているのだ。 クライドはモニターを睨む。 すると、都市に張られたシールドの半透明の白と、トライデントの灰色の船体がぶつかっている光景が映し出される。 一瞬、拮抗するシールドが船体の突撃を阻まんと出力を振り絞る。 しかし、青白い光を纏ったトライデントはその瞬間ブレイドの出力を更に上げて過負荷を与えながらシールドを完全に突き抜ける。

 トライデントは止まらない。 辛うじてギリギリ虚数空間へと切り込まない程度に押さえつけていた力を開放し、今度こそ虚数空間への道を切り開く。 しかし、船体が虚数空間へと落ちることはなかった。 重力に抗い、そのまま表層部の階層プレートにまで突き進む。 迎撃のためにデストーションシールドを突破してきた船体に向かってリビングデッドや魔導機械の攻撃が放たれるも、発生した虚数空間がバリアのように船体を覆っているせいで届かない。 無論、その程度ではトライデントの猛威は止まらなかった。

「くっ――」

 二度目の衝撃がクライドたちを襲う。 トライデントが一層の階層プレートへと衝突したのだ。 上層の瓦礫の大半は虚数空間の重力に捕まり飲み込まれていく。 艦を攻撃しようとしていた幾人かのリビングデッドが上層部の瓦礫に踏み潰され、或いは虚数空間の重力に捕まって暗黒の闇の中へと消えていく。 やがて、表層プレートに突き刺さったトライデントがブレイドの展開を止めて防御フィールドを発生させる。 その間、切断された次元が元に戻ろうと躍起になっている間にクライドが全員に問いかけた。

「全員無事だな?」

「見ての通り、戦いもせずに負傷する軟弱者はここにはいないわ。 それじゃ、行きましょうか。 一日限りの夜天の王様。 エスコートは任せなさいな」

 言いながら二十代前半へと姿を変えるカグヤ。 クライドは無言で頷き、左手でリンディを抱きながらその差し出された手に右手を差し出す。 すると、無骨な装甲に覆われたその手が力強く引かれた。 瞬間、クライドの身体はワイヤーで連結している仲間たちと一緒に戦場への距離を零にする。

 無限踏破の距離移動。 気がつけば、全員が一本釣りよろしく船体の外に吊り上げられる。 感じるは風。 体感するは重力の抱擁。 場所は船外。 上層部一層を貫いた二層の只中。 クレーターの端付近に突き刺さったトライデントの真下の領域。 ただし、彼らと船体の間には虚数空間が存在する。 少しずつ入り口は閉じられつつあったが、それもまだすぐに止むというわけではない。 

「よっし抜けたな。 予定通りショートカットするぞ。 リイン、ヴィータ!!」

「うむ。 鉄の伯爵<グラーフアイゼン>、この一時だけでいい。 紅の鉄騎の力を我が手に。 ヴィータ!!」

『おう!! アイゼン、モード変更。 ツェアシュテールングスフォルム!!』

 逆融合で取り込まれたヴィータが、内部からその魔法の行使を補助する。 瞬間、シュベルトクロイツの代わりに握られていたグラーフアイゼンがカートリッジを三発ロード。 ハンマーヘッド部分を変形させる。 片面にはドリルを、逆側にはロケットブースターを内臓したそれは、しかしそれだけでは変化を止めない。 

「トライデントの魔力補助を確認。 魔力サポートを蒼天の書へと同調。 グラーフアイゼンへのリンク完了。 質量変化開始――」

 アイゼンの握りから上が空高くへと伸びていく。 同時に、ハンマーヘッドが更に巨大化。 融合したリインフォースの大魔力と、艦船の補助で得た魔力が融合し高層ビルにも匹敵するほどのサイズへとハンマーを巨大化する。 その用途は明白だ。 ハンマーは振り下ろすもの。 ドリルは穴を穿つもの。 故に――、

「穿て、ツェアシュテールングスハンマーEX――」

『アイゼン、ぶち抜けぇぇぇぇ!!』

 二人の叫びと同時に、ロケットブースターに火が付いた。 推力を得たハンマードリルは、高速で回転しながら第二層へと突き刺さる。 その二度目の激震に、月面都市の大地が揺れる。 ドリルはプレート抉り、即席の昇降口を作り出すために唸りを上げる。

 クライドたちの中で壁抜きを安全に出来る者がいない。 某一等空位が仲間に居るならば、クライドは彼女に頼んでリンディの居るだろう”最下層”にダメージが行かないように神業めいた壁抜きをお願いするところだったが、生憎とここに彼女はいない。 故に、地道にドリルで穴を開けることにしたのだ。  プレートを砲撃で破壊する程度ならば不可能ではないだろうが、デストーションフィールドによる都市防御のために、魔力炉の位置は露呈している。 その位置は最下層中心区画。 対物殺傷を解除した状態での真下への砲撃はリスクが高いと踏んでのドリル選択である。

 リイン、シグナム、カグヤは勿論機動砲精にはそんなスキルはないし、ザフィーラやクライドは論外だった。 この中でこれが可能なのはヴィータだけ。 ディーゼルは壁抜きだけなら出来るだろうが、砲撃専門ではないしコンタクトする前なのでクライドは勘定に入れていない。

 だが、ヴィータだけではグラーフアイゼンの巨大化に限界がある。 プレートに風穴を開けるレベルの巨大さを求めるならばと、融合スキルとトライデントの魔力補助を受けられるリインとの作業を依頼して決行。 トライデントの穴と、最下層への穴を新しく開けて後で突入してくるだろう管理局のための侵入口とする。 敵が防衛している穴に突っ込む労力を考えれば、自分で穴を開けて不意をつく方が警備は薄くなると踏んでの選択だ。 後は管理局員がなだれこんでくれば勝手に敵戦力は分断され、クライドたちを阻もうとする戦力は減る。 

「よし、次だ。 リンディ頼む」

「はい。 シールド展開!!」

 ここに来てようやく彼らの意図を察した敵が迎撃行動に入るが、リンディが展開したディストーションシールドがそれらを容赦なく弾き飛ばす。 きちんとしたバックアップされあれば、艦船の魔導砲さえ遮ることは敵が証明している。 故にその防御力は折り紙つきだ。 邪魔などはさせない。 丸ごと付近一帯を包み込んだシールドが、攻撃魔法のことごとくを遮断する。

「リイン、工事に何秒ぐらい掛かる?」

「この手応えならば一分もあれば十分だ。 単純に破壊するだけならもっと早かったが、下の安全を考慮するとそれぐらいはかかる。 過去の資料の通りなら、だがな」

「さすがにプレート自体を増量するのは物理的に無理だろ。 リンディ、その間大丈夫か?」

「ええ。 でも、そうも言ってられないみたいですよクライドさん」

「……みたいだな」

 シールドの内の地面が割れ、その下から次々と魔導師が上がってきたのだ。 非常口の類か、それとも都市戦闘を想定して用意されていた出撃口かはクライドには分からない。 だが、やることは決まっている。 対魔法刀を取り出しながら指示を飛ばす。

「戦闘開始だ。 入り口が出来るまで、二人とグラーフアイゼンを最優先で守るぞ。 ミニモア君――」

『――イエスマイスター。 メギンギョルズ<電磁フィールド>及び魔力電磁砲身<マジックレール>展開完了。 プラズマは全弾装填済み。 そしてトライデントとの魔力接続は良好ロボよ。 ここでだけは魔力の心配はせずに撃ち放題が可能ロボ。 機動砲精の全武装トリガー、預けるロボよ――』

「会戦の狼煙だ。 持っていけ死に損ない共<リビングデッド>!」

 瞬間、クライドの合図で発射したミョルニルが音速の壁を容易く越えてリビングデッドたちに殺到した。













「はっはっは。 クライド君も中々派手にやるな。 艦による敵要塞への突入作戦か。 てっきりもっとスマートにやるかとも思ったが、これはこれで紳士なら一度はやってみたい戦術だな。 うん、心が躍るな」

『そういう問題かな父様。 にしても、リンディ提督が下に居るかもしれないってのによくやるよ本当に』

「なに、ちゃんと問題がなさそうな確率の高い場所を”狙っている”ようだ。 それぐらいは目を瞑ってもいいだろう。 さぁ、こちらも負けていられないぞ」

 グレアムはクツクツと笑いながら、月面都市に突き刺さったままのトライデントをモニター越しに見つめる。 虚数空間を発生させながら航行するトンデモ航行艦だが、次元振動がミッドに飛来することは間違いなく無い。 伊達にメイドインアルハザードのロゴをつけているわけではないらしい。 ヴォルク提督が半狂乱になって止める準備に入りかけたが、安全が確認されている今そんなことは彼にとっては些細なことだった。

「よし、シールドも完全に解除されたようだ。 全艦砲撃開始。 その後は、各艦の判断で部隊を突入させてくれ」

『はいはぁーい。 各艦に連絡――』

 のんきに頷いたロッテが、全艦に通達。 瞬間、クレーターを包囲していた各艦から魔導砲が再び発射される。 それが防がれることは勿論ない。 そのままクレーターの山を貫通し、都市部の壁へと穴を開ける。 次の瞬間、次々と魔導師部隊がその穴へと転送され月面制圧へと乗り出していく。 当然、強引に空けた風穴だ。 防衛体制が整っているはずもない。 今までの鬱憤を晴らすが如く勢いで管理局員たちが進軍していく。 その中には無論、一目散に転送を行ったヴォルク提督の姿も在った。

「ロッテ、私も行ってくる」

『気をつけてね』

 トランスポーターが起動する。 グレアムの居る旗艦から大量の魔導師部隊が上層部に飛来。 同時に、エスティアからは聖王教会から派遣されてきたメリーやグラシアと共に合同作戦として参加してきた援軍の騎士たちが降り立った。 生憎とグラシアは戦闘には出ないが、それでも責任者の一人としてこの戦いの行方をエスティアから見守っている。

 今、この作戦に新暦最大規模の戦いが行われている。 間違いなくこの戦いは勝って終わらなければならないもので、次元世界の害悪を取り除く機会でもある。 なんとしてでも、管理局を引っ掻き回す悪党共に鉄槌を下す。 それが、今ここでのグレアムの使命。 故に、眼を見開いた転移先のその空で、グレアムは愛杖を掲げて号令するのだ。

「さぁ、行こうか諸君。 我々の憎む、犯罪の芽をまた一つ摘むために――」

 その視線の先には、逆噴射しながら少しずつ大穴から浮上しているトライデントの空けた大穴があった。













「お前の読みは、まったく当てにならんな」

 そう言って深いため息を吐くレイスは、ようやく管制室に戻ってきたレグザスに向かって皮肉を言った。 自信満々に言っていた癖に、何一つ彼の言う通りに事態は推移していない。 大言壮語もいい所だ。 勝手に防御兵装が起動していたようだが、それも既になくシリウスやクライドはもとより、管理局員たちまで突入を開始している。 そもそも、ムーン2に来るのはシリウスだったはずだ。 なのに、やってきたのは彼が知りもしない少年で、ムーン2はもう跡形も無く吹き飛んだ。 これではもう、お膳立てなど無いようなものだった。

「慌てるなよ。 予備なら用意してある。 そこへシリウスをおびき寄せればいいだけだ」

「ふん、どうだかな。 彼女は夜天の王に付きっ切りだぞ。 単独行動どころか、率先して護衛している。 切り離すことは不可能ではないのか?」

「いいや、シリウスの狙いは読めるさ。 奴はシュナイゼルの存在の抹消こそが悲願。 そして夜天の王はリンディ・ハラオウンが目的だ。 この二つの位置は遠い。 それを仄めかせば自然と分かれる」

「だといいがな。 それにしても、随分と顔色が悪いようだが?」

「蛇よりも性質が悪いのに狙われてるからな」

 目に見えて青ざめているレグザスの顔色は悪い。 少し前までは上機嫌だったというのにこの変わりよう。 先ほどの話も、既にただの強がりなのではないかとレイスは邪推する。

「やるなら急げレイス。 時間が無い」

「いいだろう。 しかし、その前にシュナイゼルに会わせろ」

「……なに?」

「お前はもう信用できない。 そもそも、俺は聖王を見送った後は彼と会っていない。 奴を出せ。 奴も俺と同じリビングデッドだ。 ならば、ここでこの戦況を見ているはずだ」

「……」

「どうした、時間が無かったのではないのか?」

 黙りこむレグザスに詰問するようにデバイスを抜き放ちながら、レイスは尋ねる。 レイスは威圧するように当然のように第四魔法を演算。 足元に幾何学的なテンプレートを発現させる。 所詮、命令されればそれまでだ。 だが、この時のレイスはそんな単純なことさえ考えてはいなかった。

 沈黙は数秒。 その間、レグザスはただレイスを見る。 そうして冷めた目をしながら何事かを呟こうとして、ふと意識をレイスからズラした。 レイスもまた、その視線に釣られるようにして視線を動かす。 すると、背後の自動ドアの向こうから一人の男が現れた。 それは、金髪の優男だった。

 端正な顔つきをした金髪の優男。 女受けしそうな微笑を浮かべながら管制室へと入ってくる。 金色に輝く杖と、貴公子然とした豪奢な衣装のその男は、入ってくるなりレイスに言った。

「”私”を呼んだかい? 我らがソードダンサー、レイス・インサイト」

「……何の真似だ”ゴルド・クラウン”」

「何って? 君こそどういうつもりなんだい。 君は今、主たる”シュナイゼル”の眼前に居るのだよ」

「どういうつもりだゴルド」

 レイスだけでなくレグザスが声を上げるも、ゴルドは取り合わない。

「察しが悪いな。 オリジナルのシュナイゼルは今しがた私が殺してきた。 故に、私がシュナイゼルの名を継いだということだよ」

「てめぇ!?」

 レグザスがブレイドを抜き、構える。 だが、その瞬間には掌をかざしたゴルドが抜き打ちで魔法を放つ。 それは、極大の閃光だった。 集束砲撃にも似た大魔力の放出。 一瞬のその早業に、レグザスの身体が成す術も無く閃光に飲み込まれる。 もし、彼がプリウスを所持していれば防げただろう。 しかし、それは無意味な仮定と相成った。 閃光が晴れた後には、管制室には大穴が空いていた。 当然、レグザスの姿はもうそこには無い。

「下克上……ということか」

「そういうことだね。 それで、君はどうする? 既に”最後”の死霊秘宝は我が手中にあるわけだが」

「ならば是非も無い。 しかし、これからどうするつもりだ。 すぐに管理局やシリウスが来るぞ」

「どうもしない。 お前がシリウスを手に入れれば管理局員など取るに足らない。 何のために、今までシュナイゼルが彼女の前に姿を現してきたと思っている? 彼女を手に入れるためじゃないか」

「まさか、遠隔蒐集装置か? 完成していたのか!?」

「闇の書や蒐集詩篇は基本的にリンカーコアの魔力を蒐集し、その過程において魔力データを手に入れる。 しかし、厳密に言えば魔力データはリンカーコアの魔力でなければならないというわけではない。 普段垂れ流す魔力でさえも同じ魔力だ。 データの純度はやはりリンカーコアのものである方が望ましいが、その研究は水面下で進んでいた。 そして、最近になってようやく実用レベルのモノが完成した。 それは無限書庫とムーン2、そしてここに用意されている。 死霊秘宝の間にな」

「……」

「旧来のモノでは無理だし、奴が全力戦闘を行い魔力を垂れ流す機会は少ない。 そもそも時間がかかるのがネックだった。 が、無限図書で得たデータを繋ぎ合わせ、ここのAMFと”お前”で全力を出させればやれるはずだ。 ならば後は、お前が彼女を倒しその隙にこちらが演算するだけだ。 勝って来い。 それで、お前の望みは叶うだろう」

「――いいだろう。 ただし、母は俺が貰うぞ」

「うむ。 さすがに私もあんなおっかないのは手にしたくない。 お前の好きにするといい」

 長剣グラムを納めると、レイスはただ頷く。 シュナイゼルだろうとゴルドだろうと、トップに誰が立とうが彼にはどうでも良いことだ。 レグザスが呆気なく死んだが、どうせ必要になればまた演算されて出てくる。 レイスにとってはその程度のことでしかない。

「例の場所で迎撃する。 だが、言を違えたときは覚悟しておけ」

「ああ、勿論だ。 私のソードダンサー」

 その言葉を聴いて、ようやく去っていくレイス。 シュナイゼルはそれを微笑で見送ると、すぐに行動を開始する。 オリジナルを抹殺したと、彼は言った。 ならば、次に彼がやることは決まっていたのだ。

 成り代わった果てに歩む道は、オリジナルが目指した魔導王への道。 優れた魔法資質と力で、自らを絶対の優良種として管理社会を統べること。 妬みと羨望、そして絶対の格差でもって世界を魔法色で染め上げる。 管理外世界も、自治世界も、そしてあのアルハザードさえも。 それこそが”シュナイゼル<魔導王>”の悲願であるが故。 

(それにしても、レグザスめ。 この私をよりにもよってオリジナルの近くに配置するとは……くくっ、馬鹿な奴だ。 おかげで、呆気なくコールドスリープ装置の中で死んだぞ奴は。 自分の作った者に成り代われるとは、ふむ。 所詮は過去の異物か)

 眠り続け悲願の達成を目前に消え果る。 それは、酷く残念なことに違い無い。 手に入れられるはずのものを手に入れられない。 だが、同時に幸福でもあったのだろうと彼は思う。 なにせ、夢を叶えられると信じての眠りについたはずなのだ。 ならば、夢が叶う夢を見ながら彼は静かに逝けたのだ。 それはそれで幸福なことに違い無い。

「さぁ、戦いを始めよう。 魔法社会<理想郷>の成就のために。 そのためには――」

 自分たちの飼い主と知らずに攻め込んでくる愚かな時空管理局員と、アルハザード側の駒であるシリウスたちの排除。 そして、最大の障害であるアルハザードを駆逐する作戦を実行しなければならない。 オリジナルがどこからか蒐集してきた虚数空間内の浮上座標が手中にある。 条件はオリジナルが整えているのだ。 後は、事を成すだけでいい。 

 彼はシリウスのデータが必要だとは思っていない。 何せ、アルハザードさえ潰してしまえば恐ろしいモノは何もない。 彼女だとてそこの住人なのだ。 破壊すればそれだけで消え去る。 ならば、何を恐れる必要があるというのか。 むしろ連中を片手間に相手にしている間に本命を終わらせるべきだろう。 シリウスが単独行動に出ずにお守りをしている今のうちに事を成すというのが一番スマートなやり方だから。

「――まず手始めにアルハザードに消えてもらおう。 この魔導王シュナイゼルの礎として」
 















 トライデントは月面の戦いから少しずつ遠ざかっていく。 艦を放置することはできない。 トライデントは老朽艦風情ではあったが、それでも管理世界にくれてやるわけにもいかないレベルの艦であるからだ。 故に、トライデントはこれから虚数空間へと離脱する手はずだ。 帰りは適当に彼か彼女が送れば済むのでクライドたちは誰一人そのことに反対はしていない。 既に最下層へとクライドたちが突入した今、この艦は用済みなのだ。

 艦を離脱させるのは当然、ただの手伝いであるはずのペルデュラボーだった。 が、実際は異なっている。 何故ならば、ブリッジにはもう一人、とある人物が居たからだ。 その男はアンリミテッドデザイア<無限の欲望>のコードネームを持つ者であり、あの時庭園で死んだはずの男だった。

「これで舞台は粗方整った。 さて、貴公はどうする”ドクター”? 彼に会いに行くなら送っていくが? 君を良いように使っていた連中との対決だ。 面白いカードであるとは思うがな」

「ふぅん、それは大変に魅力的なお誘いだね。 また夜天の王と轡を並べて戦えるという事実には心躍らせるものがある。 しかしね、アレイスター。 ここには我らがアウトサイダー三銃士のボスたるカノン君がいないのだろう? それでは少し物足りないな」

「ほう? 確かに今はいないな。 あくまでもあの時の面子に拘るか。 必要なら呼ぶこともできるが? というか、アレは彼と繋がっているのだから居る居ないは関係ないぞ」

 トライデントのブリッジで、突撃の少し前から操船をドクターに任せていたアレイスターが意外そうな顔をした。 ドクターはそんな彼に向かって苦笑しながら、頭を振るう。

「私の戦いは既に終わっているよ。 ただ、約束を果たしそびれていることが気に掛かっていてね」

「ああ、それなら当分不可能だろう。 機動砲精は振られたぞ」

「そうなのかね。 私にはあれだけ執心していたカノン君が諦める姿というのは、どうしても想像できないのだが……」

「遠い未来においてならそういう可能性もあるかもしれないが、当分は無理だろう。 ここで顔を出しておくのも面白いと思うのだが、ふむ。 無理にとは言うまい。 スカリエッティ式第四魔法を半ば完成させている君と彼の共闘、これを少し期待して連れてきたのだがな。 少しばかり意外な結果だ」

「期待に添えなくて申し訳ない。 しかし、祝勝会にはサプライズ要員として呼んでくれると嬉しいな。 一応、こうして影ながらお手伝いをするわけだしね。 また行くのだろう? 艦は私に任せて楽しんできてくれればいい。 祝勝会の日程だけは教えておいて欲しいがね」

「くくっ、残念会とは言わないのだな」

「夜天の王は勝つさ。 私は、シュナイゼル側のデータなど今はほとんど持ち合わせては居ないし、詳細に分析したわけでもないがね。 それでもなんとなくそう思えるのだよ」

 故に、彼は過程に興味はない。 ただただくすんだ瞳でアレイスターに言い募り、淡々と答えるのみだ。 彼もまたもはや死人。 庭園で拾われ、アルハザードへと招かれ演算される魔法プログラム。 何時、なんどきデータとして蒐集されたのかドクターは覚えていない。 だが、目覚めれば約定どおり彼がいて、そして今まで彼の元で完全なる第四魔法の構築に勤しんでいた。 それはまだ途中ではあったが、しかし友人の晴れ姿を見られるといわれたので手伝いに参加しただけなのだ。

 何れは近い未来に彼は再び彼の前に姿を現す予定だったが、サプライズとして祝勝会にでも現れるのも悪くない。 これもまた表帰りのための一貫だと思えば時間の浪費も楽しめる。 再び自分が顔を出したらあの二人はどういう顔をするのか? それだけを考えるだけでも面白い。 そして、そんな風に感じる自分を更なる表へと引っ張り出してくれることを彼は期待していた。 あの二人という戦友に。

「理屈に合わぬことを言うドクター<研究者>……か。 くくっ、昔の君が今の貴公を見たらなんというかな?」

「理解不能とでも言うだろうね。 しかし、その不能さ加減を楽しむ心もまた、私には芽生えてしまったんだ。 そう言えばきっと悔しがるさ。 ”人間学”、極めるよ私は」

「ならばその研究レポートが完成する日を余は待とう。 何年でも、何千年でも。 その研究テーマは余が好きなジャンルでもあるからな」

 人間。 光と闇の狭間で揺れる理性を得た獣。 獣を逸脱し、今もまた次元世界のどこかもかしこにも姿を見せるようになった着地点を知らぬ迷子。 善と共に悪を成し、悪を忌避しながらも善に背く。 そしてまた、悪を憎み善を尊ぶ。 矛盾を抱えながら歩く未成熟なその在り方が、しかしアレイスターは誰よりも眩しく思っている。 ならば、それを余すことなく暴き出したいという研究者を彼が見逃すわけがない。

「もし終わらない場合は、途中経過のものでも構わないかな?」

「勿論だ。 貴公の研究は、どの研究テーマよりも終わりが見えない。 それだけの難題だと理解している。 故に、だ。 期待しているぞドクター・スカリエッティ」

 ドクター――ジェイル・スカリエッティ――は、その言葉にただただ頷き、トライデントを加速させる。 その眼前で、アレイスターは音も無く姿を消した。 再び戦場へ”遊び”に行ったのだろう。 ドクターはそのことになんら疑問を持たず、ただただ無言でディメイションブレイドを展開させた。 来るべき祝勝会に思いを馳せて。

「ふむ? 今、潜行する直前に妙な反応があった気がしたが……まぁいいか。 彼らなら、どうとでもするだろう」















――オーバーホールのために移動中のとある一族の航行艦隊。

「あっ、動いたよ」

 その時、シャマルのお腹に手を当てたキール・スクライアが思わず歓喜の声を上げた。 それは、生命の神秘に触れた驚きと同時に、込みあがってくる喜びの感情で満たされていた。 後一月程で生まれてくるという子供のことを覚えば、彼の歓声も当然だったのかもしれない。

 ヴァルハラに構えた家でも良かったのだが、身篭っているシャマルを一人にするのはいざと言うときを考えると怖い。 なので、実家でもあるスクライア一族の航行艦に彼女を預けていた。 キールの両親は当然のように賛成した。 独身貴族で終わるかもしれないと心配していた息子に子ができるのである。 そのおかげで、キールは仕事に出ていくときにも安心していられた。

「ふふふっ、この子、結構元気そうですよ」

「これならきっとフィールドワークが得意な子が生まれますね」

 まだ見ぬ子供と一緒に、古代の遺跡を練り歩く。 そんな、当時は考えたこともない空想でキールの頭が一杯になる。 そうして、その子供に言ってやるのだ。 「この遺跡は、パパが次元世界で最初に見つけたんだぞ!」と。 無論、これから生まれてくる子供が考古学に興味を持つかどうかは分からない。 一族の者でも考古学者にならないものもいるし、無理やり子供の将来を一つに絞るようなつもりはキールにもシャマルにもない。 ただ、それでもスクライアの一族として生まれたキールである。 漠然と考古学で例えてしまう。

「ふふふっ、もう。 それでこの子がミーアちゃんみたいにとても元気な子供になったらどうするんですか」

「うっ……」

 あれほどにアグレッシブに育ってしまったら、親としては今から胃の心配をしなくてはならなくなってしまう。 それだけは間違いないので、キールは一瞬言葉に詰まる。

「で、できるだけミーアみたいにならないように育って欲しいと僕は思うんだけどどう、かな? はは、はははは」

 乾いた顔で笑うキールは、お腹の子供に語りかけるようにして呟く。 その、どこか切実そうな切ない顔を見ているとシャマルは思わずフォローした。

「でも、貴方の子供ですからね。 ミーアちゃんみたいにはならなそうですよね。 どちらかというと、真面目な子になっちゃうんじゃないかしら」

「んー、真面目さは僕にとっての長所であり短所だからね。 それはそれで嬉しいような、複雑なような……」

 自分に似ているということで嬉しくないわけではなかったが、それでも少しばかり思うところがあるキールである。

「うーん。 僕だけじゃなくてシャマルさんにも似るわけだから、真面目でちょっとうっかりさんな子になるかも」

「もう……」

 少しばかり夫の意地悪な言葉に唇を尖らせるシャマル。 そんな彼女にはにかみながら、キールは子供がいるお腹を撫で続ける。 飽きもせずに暇があればそうやっているキールを見ていると、拗ねるのも馬鹿らしくなる。 彼女もそっと自分のお腹に手をやってそこに居るだろう子供に思いを馳せた。

 魔法プログラム体としての自身の体のことを思えば、この子供への悪影響を視野から外すことはできない。 妊娠中に実体顕現を解除しなければ、基本的には問題ないということであったがシャマルとしても唯一そのことだけが気がかりだった。 だが、そんな母親の懸念とは裏腹に、子供はすくすくと育っている。 と、そんな彼女の雰囲気を察してか、キールはいった。

「大丈夫だと思いますよ」

「……ですよね」

「ええ。 その、アレです。 僕もついてますから」

 お腹を撫でる手に重ねられたキールの手が、彼女のてを不安と一緒に包み込む。 それだけで、不安が和らぐことがシャマルとしても不思議だったが今はそれだけ十分だった。

「そろそろ、この子の名前を決めてあげないといけませんね」

「うーん、沢山考えてるんですけどね。 一番はやっぱり『シャール』……かな?」

「ちょっと安直じゃないかしら」

「でも一番しっくりくるんですよ」

 自分たちの名から取る。 単純だが、二人の子供という気がしてキールはその名を上げる。 対するシャマルはというと、不満ではないがもっと色々と検討しても良いのではないかと考えていた。 親から命の次に与えられる宝物だ。 もっと悩んで決めてあげたい。

「ギリギリまで、二人で悩みましょ」

「そう……ですね。 まだもう少しだけ時間もありますし」

 悩んで悩んで、その結果として送りたい。 その気持ちを否定する気はキールにも無く、思いつく限りの名を空間モニターにメモしていく。 それだけで、二人の時間はどんどんと過ぎ去っていく。 少しずつ、積み上がっていく。 キールはたったそれだけのことで幸せを感じていた。 だが、そんな二人の時間を警報の音が引き裂いた。

「これは!?」

 耳に残る、レッドアラート。 それに遅れることもなく、艦内放送が流れる。

『艦後方より超巨大魔力反応接近中!! 全員、何かにしがみつけ!! 繰り返す――』 

 操舵士から、悲鳴のような声が響く。 同時に、重力制御されている艦内を急激な横揺れが襲う。

「くっ!?」

 咄嗟にキールはシャマルを抱き寄せ、魔法を詠唱。 いつでも彼女を護れるように構える。 

「キールさん、これは!?」

「分かりませんが……しかし、次元海賊ではないと思います!」

 もし次元海賊であったとしたら、所属不明の航行艦とでも連絡が入って警告される。 だが、一向にその気配はない。 そもそも魔力反応だ。 どこからか艦のレーダーで気づかれない程の距離から魔力砲で狙撃されているのであれば別だが、今乗っている航行艦はストラウスがスクライア一族に貸し与えている航行艦だ。 その感知性能は民間の船を大きく超えている。 海賊程度に先制攻撃を仕掛けられるのを感知できないなどと言うのは考え難い。 と、瞬間部屋が眩い『黄金の光』で煌いた。

 すぐにキールは窓へと視線を向ける。 咄嗟のことで、非常用のシールドを降ろす余裕さえなかったらしいその窓の向こうを、極光の如き閃光が横切ったのが見えた。 と同時に、魔導師としての本能が警鐘を鳴らす。 すぐに二人して顔を見合わせると、ゴクリと喉を鳴らした。

「今のは攻撃ではない……ですよね?」

「はい。 でも――」

 ベルカの騎士として、シャマルも当然のように艦を横切った黄金の光の正体を感知する。 だが、二人して信じられない物を見たような顔で視線を交わすことしかできなかった。 言葉にしたくなかったのだ。 アレが、ただの集束されただけの魔力の塊であるなどとは。

 いつしか警報は止み、艦内には静寂が戻る。 だが、念のため次元航行をしていた艦は通常空間へと復帰。 暗黒の宇宙へと回帰する。

「もしかして、次元跳躍魔法か何かでしょうか」

「かもしれませんけど、何か変なんです。 この違和感……術式が違う?」

 条件反射のように己のデバイスであるクラールヴィントでサーチしていたシャマルは、今まで見たことも無い術式が観測されたことで首を傾げていた。

「これ、三大魔法のものじゃない。 それに、魔力反応が通り過ぎる間に少しずつ変わってる? いえ、変質しているんです。 こんな魔法、見たことないわ。 これじゃあまるで、魔力の質が移動しながら変わってるみたいな」

「そんな馬鹿な!? 魔力が変質してしまったら、その魔力は使い物にならないじゃないですか!?」

「でも、そうとしか言いようがないの。 見てこのデータを」

 モニターを横から見せてもらうと、確かに変質が見て取れる。 キールは既存の魔法体系ではない何かが関連しているのではないかと理解を示す一方で、少しばかり安堵する。

「まぁ、なんであれこれなら最悪艦に直撃しても大丈夫でしたね」

 変質はしているようであったが、観測データだけ見れば攻撃性を孕むものではない。 ならば、通常は物質を透過していくだけの魔力の塊でしかない。 

「そう……ですね」

 子供に悪影響が出る可能性が無いと分かって、二人して安堵する。 だが、それには若干の希望的観測が混じっていたことは言わずともシャマルは理解している。 が、夫がそういって不安を消し去ろうとしていることを感じ取れないわけもない。 だから、シャマルは不安な顔を出さないように笑顔を浮かべた。 ただ、それでも少しだけ生じた疑問だけは心の中で反芻していた。

(アレは感触が集束魔法の集束魔力に似ていたけど、だとしたらあんな測定不可能なほどの量の魔力を使う何かがあったということよね。 んー、人が制御できる量を超えてるし……しかも次元空間内を通過していた。 ……やっぱり、私の気のせいなのかしら)

 個人で制御できないとしたら、マシンで制御されているものかもしれない。 なんとなく集束魔法のそれに似ている感じがしただけで、確実にそれだともいえない状況では、シャマルとしても結論は出せなかったが、それが偶然でもこの艦を狙ったものではないだろうことだけは分かっていたので忘れることにした。

「あっ、また動いた」

 気がつけば、また自然とお腹にキールが手をやっている。 シャマルはもう、呆れるしかない。

「もーう、本当に飽きませんね」 

「さっきので子供がちょっとびっくりしたかもしれませんからね。 もう大丈夫だよって、こうして教えてあげてるんですよ」

 生まれる前からこれでは、生まれた後はどうなってしまうのか。 シャマルはちょっとだけ心配になった。
















――ミッドチルダ南部。

「気持ちいいね」

 かつて、時の庭園が停泊していたアルトセイムの川原の傍にある土手の上で、その黒髪の少年が呟いた。 黒髪黒瞳。 ミッドチルダでは珍しい部類に入る異貌を持ち、数奇なる運命を辿った彼――クライド・エイヤルは心地よく肌を撫ぜる風にその身を任せる。

 何も危険などなく、不安など抱かずにすむ穏やかな日常は四年の歳月を経た少年がかつて失い、再び手に入れた未来を祝福するかのようだった。 目を細め気持ちよさそうに川を眺める少年を見ていると、リーゼアリアは自然と口元を緩める。 

「クライド君、そろそろお弁当にしようか」

「やった! もうお腹ぺっこぺこだよ」

 クライド少年が急かす。 アリアは苦笑しながら手にしていたバスケットを開けて昼食の準備をする。 大きくなったとはいえ、その性根は変わらない。 学校に通い、友達も沢山できたというのにアリアの傍を離れようとはしない。 それどころか、家事をしているアリアの傍に来て一緒にしようとする。 今日の昼食も、二人で作ったサンドイッチだ。

「それにしても、せっかくの休日なんだから。 友達の家に遊びに行けばよかったのに」

「それじゃあ、アリアが家に一人になっちゃうじゃないか」

 当たり前のように呟いて、クライド少年がサンドイッチをほうばる。 少しだけ拗ねるようなその目が、気恥ずかしさを誤魔化すように川に向かう。 優しさを向けることが、恥ずかしく感じるような歳になった、ということだ。 その純粋な成長にアリアとしては喜びを覚える一方で、心配もしてしまう。

「私のことはいいから、ね」

「でもさ、一人は”寂しい”よ」

「それでも友達は大切にしなきゃね」

「……アリアの方が大切だよ僕は」

 ぼそりぼそりと、少年が言う。 アリアとしては、好かれることは嬉しいがそれが強すぎる依存になってしまうことを恐れている。 それ以上言うとむきになって反論することは分かっているから、やんわりと注意する以上のことはしない。 ただ、聞かなかったことにしてサンドイッチに手を伸ばす。

 いつか、アリアはクライド少年を置いて逝かなければならない時が必ず来る。 使い魔であるアリアは、使い魔としての役目を終えるか、術者であるグレアムが死ぬときに消える運命にあるからだ。 それは、まだ先のことだっただろうけど、アリアにとっては除外することはできない現実なのだ。 少年にはその時に、一人でも生きていけるようになっていてもらわなければならない。 しかし――、

「もう、しょうがないなクライド君は」

 黙ってサンドイッチを食べ終えたクライド少年は、川を向いたまま拗ねた顔をしている。 必要以上に甘やかすのは駄目だと分かっていても、アリアは甘やかしてしまった。 

「ほら、こっちにおいで」

 自分の膝をポンポンと叩き、少年を呼ぶ。 少年は、すこしばかり葛藤する素振りを見せるも、すぐに頷いてその膝の上に頭を乗せる。

「もう、僕は子供じゃないのに」

「まだまだ子供だよ君は。 私に甘えるちょっと大きくなっただけの男の子だ」

「……」

 髪の毛を梳きながら見下ろす。 クライド少年は、もう口答えすることもなく黙ったままで身を任せた。 瞳を閉じ、気持ちよさそうにその手を受け入れる。 けれど、しばらくしてクライド少年が言った。

「このまま、時間が止まってしまえばいいのに」

 時間は止まらない。 既に少年も知っている。 そして、魔法を少しばかり習ったことでこの先に続く現実も理解している。 この時間が永久ではないことを。 永遠には、続いてはくれないことを。

「……獣医、なるのやめようかな」

「諦めちゃうの? あんなに成りたがっていたのに」

「それよりも、魔法の勉強したほうがいいみたいだからさ」

「君の好きにすればいいよ。 でもね、クライド君。 使い魔譲渡の魔法はミッド式には存在しないよ。 少なくとも、管理局が知る中にはないね」

 存在しないモノは学べない。 優秀な魔導師となる素質を持つ彼であっても、その道は険しい。 そもそも、ミッド式における使い魔とは使い捨てなのだ。 誰かに委譲するというのは想定されていない。

「やっぱり、アルハザードにでもいかなきゃ駄目かな」

「こら」

 おでこをコツンと拳骨を落とし、アリアは言う。

「ありもしない伝説なんかに現を抜かすよりも、やれることをやりなさい。 ね?」

「でも……」

「でもも何もないよ。 それに、伝説に挑戦すると周囲の世界が壊滅的な被害を被るんだよ。 そんな酷いことをする子は、私は嫌いだよ」

「ならやっぱり、このまま時間が止まればいい」

「まったく、困った子だ」

 苦笑しながら、アリアは川を見る。 すると、かつてそこにあったはずの時の庭園のことを思い出された。 廃棄された庭園は、一部が虚数空間に飲み込まれてしまった。 報告書のデータどおりなら、アレでミッドチルダが壊滅的な被害を被っていたかもしれないのだ。 そんなことをクライド少年がするなど、アリアは考えたくもない。

「ねぇアリア」 

「ん?」

「あれ、何かな」

 左手の指先を天に向け、少年が尋ねる。 空の上にあるものなんて、雲か飛行機ぐらいだろう。 あるいは、月か。 そう思って空を見上げた彼女の目には、驚くべきことに”黄金の流星群”が見えていた。

「流星群……かな? でも、そんなのニュースでやってなかったけどなぁ」

 星らしき物が次々と空に流れる。 それは、不自然なことに一箇所に向かって流れているように彼女には見えた。 その果てには月がある。 白く、大きく空の青に見える双子月のその一つが。 

「綺麗だね」

「お願いしたらさ、僕の願いごとが叶ったりしないかな」

「ふふっ、それじゃ試してみよっか」

 そうして二人は、その珍しい流星にそれぞれの願いを込めた。 クライド・エイヤルは大好きな猫のお姉さんとずっと一緒に居られるように。 そしてリーゼアリアは膝の上の少年が今度こそ幸福な人生を送れるようにと、それぞれ祈った。













 


「無茶苦茶だ、無茶苦茶だ、無茶苦茶だ……」

 普段は冷静に定評があるディーゼル提督がブツブツ呟きながら壊れかけている。 というか、キレていた。 それほどまでに、今共にしている集団と敵から受けるストレスが彼の胃を襲う。 既に迫り来るストレスは彼の許容限界を容易く突破している。 だが、それでも培ってきた経験が彼の精神を紙一重で支えていた。

 大魔法、集束魔法、弾幕魔法、空間制圧魔法。 第二層のプレートをぶち抜いて作ったショートカット先に飛び込んで受けた数々のオーバーキルな魔法の洗礼と、それをことごとく刀一本で掻き消したソードダンサーの後ろ姿。 そして、その間隙にこちらが打ち込んだ広域殲滅魔法。 白い弾頭は着弾するなり戦場を白く染め上げ、翡翠の弾幕は情け容赦なく市街に降り注ぐ。 様々な戦場に立ったことのある彼をして、思わず叫びだしたくなるような破壊魔法の応酬にはうんざりしていた。 思わず、虎の子の魔法『エターナルコフィン』を敵集団に叩き込んで一時的に黙らせてしまうほどに。

「やべぇ、ディーゼルが壊れる寸前だ」

 編隊の中心に居たクライドが、その変わり果てた姿に頬を引くつかせる。 今ではもう、開き直って爆裂魔法による空爆を敢行している。 非殺傷設定でなければ、今頃は周辺領域を更地にしかねないほどである。

『――第二魔力炉心周辺のサーチ完了。 リンディ・ハラオウンらしき反応はなしロボ!』

「グラムサイトでもあいつっぽい姿が視えないしな。 やっぱハズレか。 次いくぞカグヤ!」

「はいはい――」

 カグヤの姿が現れては掻き消える。 と同時に、編隊に迫っていた集束魔法が掻き消える。 その後には、既に何度も行ったようにヴィータが融合したままのリインフォースと、リンディの広域攻撃が敵対象へと踊りかかる。 倒しても倒しても、敵は蘇えってくるが倒さなければ移動さえもままならない。 故に、道を切り開くのはカグヤと遠距離攻撃組みに一任されていた。 撃ち漏らしはザフィーラとシグナムが対処し、クライドは指揮に専念。 用意してきたマップと、現実の差異をミニモアに埋めさせつつ、オリジナルのリンディを捜索し続ける。 

「いいわよ。 狙撃手も含めて潰したわ」

「ごくろうさん。 こいつを破壊後に第三……いや、第四炉心へ移動するぞ」

 第三炉心には既に、グレアムの隊が向かっているのがレーダーで確認できる。 クライドはグレアムを信じ、先回りをすることにする。 他にも、局所的に侵入を果たした管理局員が各地での戦闘に従事している。 既に表層である第一層は管理局員が抑えた。 問題の敵兵力の無限供給を遮断すべく、管理局員の一部が逆召還や転移魔法を阻害する結界を展開していることも効いていたし、砲撃の穴から防衛線を無視して突入してくる部隊の対処のせいで戦力が分散され各地で大混戦となっている。

 すでに、クライドたちはリインとヴィータが開けた穴から三層へと突入していた。 管理局の部隊も一部突入し、こちらもじわじわと戦線を押し上げている。 だが、そんな混戦の中でヴォルクの隊だけはわき目も振らずに最下層である最下層である採掘階層へと進撃しようとしていた。 その理由は言わずもがなだ。 

『ヴォルクの爺さん、突出しすぎだっての!』

『ふん。 この程度の火線、どうということはない』

『いやいや、この程度ってあんた。 歳考えろってマジで』

『喧しい! この奥にリンディが囚われているかもしれんのだぞ!? これがおちついていられるか!?』
 
 クライドは思わず、ヴォルク・ハラオウンに率いられる隊員を心配した。 恐ろしく神経をすり減らしなら進撃しているだろうことは間違いないからである。 カグヤのおかげで連発されてくる大魔法を無行化しているが、通常は防ぐか反撃して火力で押し返すしかない。 そのため、今現在並大抵の精神力では逃げ出すしかない困難な任務を遂行しているのだ。 その重圧に耐えながらの戦闘だ。 管理局員の名は伊達では無い、ということなのだろう。

『大体、この程度で怖気づく理由などない。 これじゃから次元平定戦争を知らん世代は困る。 若さだけが取り柄か。 そんなんではリンディは任せられんぞ! ワシに食って掛かってきた時の気概はどうした』

『成長して、慎重になっただけだっての。 リンディも何か言ってやってくれ』

『え、えーと、無理しないでくださいねお爺様』

『う、うむ。 大丈夫じゃよ』

 偽者でも、孫の声を聞くと途端に険が無くなる。 『まだ余裕そうだな』と、クライドが内心で安堵しながら脳裏に浮かぶマップを睨む。

 月面都市は基本的に上部三層と、その下の最下層たる採掘区画に分かれている。 クレーターの底辺が半球形を描いているため、その上にプレートを作り居住区にしその下で資源を採掘する。 建設にはまず大規模なエアフィルターが設置され、空気の問題を解消してから建造された。 そのせいで、地下資源を採掘する穴が上層部に影響しないように計算されて下に開けられている。
 
 魔力炉はほとんど三層に集中している。 そこには過去のマップとの差異はない。 しかし、デストーションシールドが展開されたときに感知された魔力炉は三層よりも下層に二機あった。 非常用ではなく、後付で設置されたものとして間違いない。 つまり、上にある魔力炉はダミーと考えてもいいことになる。 しかし、上にある魔力炉を無力化しておく必要はあった。 これがある限り、敵魔導師へのバックアップが継続される。 それでは、上を押さえることができない。

 また、リンディをどこに配置されているかについては不明だ。 バックアップを受けて使用したはずだとはいえ、航行艦も炉心の近くでなければバックアップができないというわけではないからだ。 システムが用意されている可能性だってある。 不可解存在である偽リンディが行ったであろうシールド防御。 確実性を考えれば、総当りしていくのも悪くはない。

 加えて、敵の数に対抗するためには、勿論数が必要であるというクライドの事情もあった。 カグヤを単独で突出させるという選択肢はあるが、カグヤだけでは倒して移動した後にすぐにリビングデッドが復活して配置される。 それでは駄目なのだ。
 可能な限り敵を分散させ、防衛戦力を下げなければクライド自身が進むことができない。 ましてや、最悪リンディ・ハラオウンを人質にされたときに、今はまだ対処できない。 敵にも無限踏破使いが居る以上、カグヤが単身で攫おうとしても当然のように感知して妨害するだろう。 それではリンディが危険である。 しかし、クライドの眼前でなら”どうとでもなる”。 これ以上の安全策はないため、クライドはもっとも手堅い方法を取っているにすぎない。

「よし、第二炉心止めるぞ!」

 用意していたミョルニルで重要部位を破壊。 安全装置が起動して炉心が停止する。 そうして物理的に再起動を不可能にしてから離脱する。 その周囲に仲間たちが集い、移動準備を整える。

 上部のダミーは丁度四つだけ。 つまり、最下層に落りるまであと二つだった。

「またショートカットする。 全員ワイヤーに捕まれ。 カグヤ!」

「まったく、この私をこれだけ顎で使った男は貴方が初めてよ」

「お前の初めての男か? そいつは光栄だなぁ」

「クライドさん? そういう冗談は関心しませんからね」

「あー、その、なんだ。 冗談、冗談だよリンディ」

「もう!」

「まったく、いちゃつくなら後にしなさい」

 全員がワイヤーに捕まり、カグヤがまたもクライドを放り投げるようにして一本釣り。 全員を問答無用で第四炉心の上に移動させる。 瞬間、殺到する敵意と魔法。 周囲が魔力光の光で埋め尽くされる。 その、恐ろしいまでの包囲の中で刃が奔る。 目に見えない程の速度で刃が乱舞。 それによって掻き消える大量の魔法。 そして、一瞬の凪の後に膨れ上がる白い暴虐。

『まったく、限がねぇなぁほんとに。 お前じゃねーととっくに魔力が枯渇してるぞ』

「だな。 ――デアボリックエミッション」

 白い太陽が顕現する。 一瞬、魔力炉の周囲が白に染まる。 そして、それに耐え切った敵にはディーゼルとリンディのブラストバレットが炸裂した。 轟音が連鎖する。 都合七百を超える爆裂弾の全域強襲。 その間にクライドとミニモアがリンディの捜索と魔力炉の破壊箇所を選定していく。 と、その間にグレアムからの念話が届いた。

『こちらグレアム。 第三魔力炉を鹵獲した。 ヴォルク提督、これでどうですかな?』

『おお!? さすがグレアム君!! これなら――』

 数秒後、中心部で凄まじい爆音が轟く。

『あっ、最終障壁が消えたロボよ』

『おいおい、力押しで抜きやがったよあの爺さん。 カグヤに斬らせるつもりだったのに……』

『アレは切り札のデストーションブレイカーだ。 何度思い出しても怖い魔法だよ。 発動されたら今の僕でもどうにもできないし、グレアム提督のおかげで魔力炉のバックアップがついていた。 うん、これは当然の結果さ』

『俺はまだ食らったことないからよく知らないが、相当やばそうだな』

『洒落抜きで死んだと思うよ。 アレで何度僕は臨死体験したことか……』

『そ、そうか』

『――闇夜に注意しておけ小僧』

『げっ、聞いてやがったか!?』

『はっはっは。 大変だなぁクライド君』

 グレアム提督が戦場で余裕を持って笑う。 共通の念話回線を使用している今、戦場に駄々漏れしているそれのせいで戦場の勇士たちから肩の力が抜けていく。 上の人間の余裕は、下の人間にとっては頼もしさへと変化し安堵へと繋がるからだ。 だが、気を抜かれすぎても困る。 グレアムはうって変わった真面目な声で隊員たちを鼓舞していく。

『さて、前哨戦は終わりと言っても良いかな。 ヴォルク提督、下の様子はどうですかな?』

『ふん。 雑魚ばかりが群れておるよ。 我々にここまで突破されて焦っているようだ』

『結構なことですな。 よろしい。 それではそろそろメインディッシュを平らげるとしましょうか。 ディーゼル君。 これからこちらは最下層手前のゲートに向かう。 それに合流し、君がここの指揮を執れ』

『――は? この局面で……ですか?』

『うむ。 君を通して十分に”彼ら”の状況は理解できた。 だから、君はここに留まり三層の完全制圧の指揮を執って欲しい。 我々の退路を確保する重大な仕事だ。 これは君にしか任せられない』

『はっ、了解しました!』

『さて、クライド君。 そういうわけだが合流後に先行してくれるかね? ああ、ヴォルク提督もできればそこで掃除をしながら待っていてもらえますかな』

『今回は君が責任者じゃ。 待てというのなら待とう。 非情に不本意ではあるがね』

『話が勝手に進んでるわよ。 いいの夜天の王様』

『あー、いいよいいよ。 これ共闘だし。 持ちつ持たれつで』

『はっはっは。 なるほど、闇の書……いや、本当の名は夜天の書だったか。 それを持つ者は夜天の王というわけだな。 クライド君、ちょっと知らない間に王様になったのか。 大した出世じゃないか』

『通り名というか、書の所持者に与えられるただの称号なだけで大層な意味はないんですがね』

『それでも、君がソードダンサーを差し置いて最高司令官なことに変わりはあるまい。 忘れるなクライド君。 ”有事の際には冷静さが最大の友”なのだ。 何があっても、最後まで彼女を助けることを諦めるな。 冷静沈着に、焦らず自分のできることを遂行しなさい』

『……はい』

 自身の教訓と、若者へのアドバイスを込めてグレアムが言う。 それは、当然のようにクライドだけでなく聞いていた者たち全員の心へと染みこんだ。


『――ふむ。 確かに、物事をクールに遂行する能力は必要だ。 それに関しては同意するよグレアム提督』


 無差別なオープンチャンネルの念話が届く。 と同時に、管理局員一人一人の眼前に空間ウィンドウが展開された。 そこに居たのは、念話を盗聴していた”黄金の男”だった。 











『ほう、逃げ隠れするだけが取り柄のゴルド君ではないかね。 ガタガタ震えて巣穴に閉じこもっているのはやめたのかな。 降伏したいというなら投降を認めよう。 無論、弁護士もいまならつけてあげようじゃないか。 有罪は確定だろうがね』

 グレアムは部隊を引き連れて移動しながら、オープン回線での念話に答える。 それは当然のようにオープン回線であり、管理局員はもとよりクライドたちの耳にも届いた。

『ふっ。 この私を前にして不敬もいいところだが、今日の私は機嫌がいい。 不問にしてやるぞギル・グレアム』

『不敬? これでもまだ十分に紳士的な対応をしていると思うがね』

『ならばさっさと私の前に跪くべきだろう。 君たちは今、魔導王”シュナイゼル・ミッドチルダ”の尊顔を眼にしているのだから』

『……正気かね』

 一瞬、グレアムは真顔で問いかけた。 問わずにはいられなかった。 それは、その名前は、JSウィルスをばら撒いた今世紀最大の狂気の科学者ジェイル・スカリエッティの暴露文章に記された名前だったからだ。

『あー、なんだね。 狙いは精神鑑定による精神異常かね。 悪あがきはよしたまえ。 そんな程度では、君の有罪は揺るがないよ』 

『ふっ、これだから無知は困る』

 さももったいつけてゴルドが言うが、聞いている管理局員たちの顔には困惑しかない。 当たり前だった。 彼らにしてみれば愉快犯の戯言として処理されて終わった話なのだ。

『あ、あー、グレアム叔父さん、そいつ多分マジで言ってるんだと思うんだけど』

『ふむ? そうなのかね』 

 新しく表示されたウィンドウの向こうで、クライドが残念そうに言う。 こちらもやはりオープン回線だ。

『いや、本人かどうかは知らないんだけど。 え? 顔はそっくりだけど別人っぽい? あー、シュナイゼルを追ってたソードダンサーが言うにはプロジェクトFのクローンじゃないかって』

『これがプロジェクトFかね。 なるほど……記憶転写による複製ということか』

 『古代の叡智』の件、そしてJSウィルスの暴露文章に関して調べていたグレアムや一部の者がその言葉に眉根を寄せる。 胡散臭い存在でしかない眉唾な存在を自称する男が現れた。 それは確かに彼らにしてみれば問題である。 問題ではあるのだが、しかし、それでもやはり実際にそう名乗る者が現れたことで困惑してもいた。

『しかしね。 彼がシュナイゼル何某と名乗ろうが、ゴルド・クラウンだろうが私はどうでもいいのだが、その……なんだね。 結局、だから何なのだね』

 テロリストなら自分の主義主張を公言する。 犯罪者ならば、要求を突きつけて目的を達成しようとする。 名乗り出たからには、そうすることに意味があるはずだった。 しかし、ただ自己紹介をするだけのために出てくるなど正気の沙汰ではない。 グレアムは彼の評価を、またも下落させた。 これではただの目立ちたがり屋だ。

『ふむ、至極当然の疑問だ。 何せ、我々が歴史を捏造し隠蔽してきた。 君たちも管理局員ならば知っているだろう? あの忌まわしき事件を。 次元世界を揺るがせた、旧暦462年の大災害を。 アレを起こし、アルハザードを虚数空間に追放したのは私のオリジナル。 つまり、シュナイゼル・ミッドチルダだ。 無論、それだけではない。 シュナイゼルはアルハザードで君たちが使っているミッドチルダ式魔法を開発し、無限書庫を作り上げ、時空管理局さえも組織した。 そして私は、その彼の名を継承したクローン体。 これで言いたいことはわかるかね?』

『アホか。 分かるわけないだろ。 事情を知ってる俺たちはともかくとして、ここに居る管理局員はお前らのことなんてまったく知らないんだよ』

 JSウィルスの暴露文章にも似た経歴を言ったところで、一般の管理局員にはさっぱり理解できないだろう。 クライドが呆れるように突っ込んだ。

『察してほしいな、夜天の王クライド・エイヤル。 つまりは、私は私の物の所有権を主張しているに過ぎないのだよ』

『所有権だぁ?』

『そうだ。 まずは、手始めに時空管理局を返してもらおうか』

『正気かね!?』

 次元世界の平和を維持するための組織を、個人所有するなどと抜かした。 この発言には、さすがにグレアムも呻く。 聞いている誰もがそうだった。 言った本人だけが、当然のようにうなずく。

『当然だろう。 アレはシュナイゼルが設立し、以来ずっと影で動かしてきたものだ。 優れた優良種である魔導師を導き、自分の都合の良いように社会を徐々に魔法色に浄化していくためのシステムに過ぎないが、それでも個人の意思で作り上げたものである。 ならば必然、それは私のものだろう』

『違う! 確かに、管理局はかつての教訓を経て質量兵器よりも魔法を重視してはいるが、浄化思想などもってはいない! そんな思想などとはかけ離れた、次元世界の垣根を越えた平和維持のための機関だ!』

『それこそ建前だよギル・グレアム。 そう”言っておけば”、ただの人間は、魔法の使えない旧人類は”魔導師”をありがたがる。 そして羨望する。 その力を知り、恐れながらも魅せられ、自分もその強大な力の恩恵にあずかりたいと縋り、金を払って我々を肥えさせてくれる。 そうして、自分たちが愚かにも手綱を握っていると思い安堵しながら私たち魔導師をありがたがって無知蒙昧に生きていくのだ。 気持ちよかっただろう、感謝されるのは。 ”人に無い力”で、”人を救う”という全能感に優越感。 これを味わってしまったらもう、魔法の力など捨てられない。 だから君もここに居るのだろう? 遥か遠き田舎世界を飛び出し、管理局で異例なまでの成り上がりを果たしたギル・グレアム提督は』

 黄金の瞳は、淡々とグレアムに理解を求める。 だが、その醜悪なる共感をグレアムが認めることは当然ない。

『冗談ではない!』

 吐き捨てるように彼は吼える。 ギル・グレアムが管理局に居るのは、そんなことのためではない。 そんな程度の低いものに、命を掛けたことなど一度も無い。

『私はただ次元世界の平和を祈っているだけだ。 理不尽を憎み、どこにでもありふれた不幸を軽減したかった。 そしてその果てに、いつか故郷を襲うかもされない次元災害から、人知れずとも故郷を守りたかっただけなのだ。 この私のちっぽけな両掌で、できることがあると知った私は、それから目を背けることができなかっただけなのだ!』

 魔法に憧れたからではない。 第九十七管理世界の地球には魔法はない。 もしかしたら似たような技術はあったのかもしれないが、幼き日のギル・グレアムはそんなモノを知らなかった。 ただ、故郷のイギリスで血まみれで倒れている管理局員を見つけて助けただけだ。 管理局に入隊したのはただの偶然であり、ただの少年の純粋な正義感だけが原点だった。 

 羨望が欲しかったわけではない。 魔法に傾倒したわけでもない。 神と女王陛下に誓って、ギル・グレアムはそれ以外を理由にしたことはなかった。

 背後を振り返る。 付き従えている部下たち。 その中には当然、グレアムと同じ管理外世界の住人だった魔導師が大勢居る。 彼らもまた、憤るグレアムの視線に頷いて見せた。

 古株の魔導師が叫んだ。

『俺は管理局員に故郷を救われたからここに居る。 局を侮辱するような発言は慎めよ犯罪者!』

 将来有望な、女性魔導師が叫んだ。

『確かに空に憧れはしたわ。 でも、私は魔法が使えない人たちを見下したことはないわ。 そういうの、なんていうかダサイじゃない』 

 美人の嫁さんを求める男が言った。

『モテるし、給料良いって言われたから入隊したけど別に大層な理由なんてなかったな。 後、結局はモテないし給料いいけどきつい仕事ばっかりで正直疲れてる。 まぁでも、わけわからん犯罪者のとこでは働きたくはないぜ。 絶対今よりモテないってことだけは分かるしさ』

 人の理由は様々でも、それでも誰もが彼を否定する。 無論、現状ではただの主張でしかない男の戯言を聞く者は、彼らの中には一人もいない。 彼らは管理局が好きだった。 問題が無い完璧な組織だとは言わない。 ただ、それでも必要なものだと理解し、自分なりの理由をもって職務に励んでいた。 その価値観と、ゴルドが言う価値観は重ならない。

 口々に念話に響くオープン回線からの主張。 グレアムはそれらに頷く。 そして誇らしげにウィンドウの向こうを見た。 黄金の男は、誰一人同調するものがいないことに肩を竦めていた。

『つーか、どうでも良いっつーの。 御託はいいからとっとと降伏しろよ。 でないと、アルハザードとの戦争が再開されるぞ。 連中は本気だ。 冗談もなく管理世界の人間をシュナイゼル勢力と認識して攻撃する準備をしてるんだ。 今なら九分殺しで許してやるから、馬鹿なこと言ってないでリンディを返せって』

『……夜天の王。 君も王を名乗るならばもう少しエレガントに発言したまえ』

『ぶっちゃけ、その称号に価値なんてないぜ? 当然、お前の魔導王もだが。 つーか、恥ずかしくないのか? 俺も自分のことをバトルデバイサーだのスクラップデバイサーなんて呼ぶけど、それは誰かがいつの間にか俺をそう呼び出したからだ。 自称するだけのお前とは違う』

『ふむ?』

『お前のこと、シュナイゼルのこと、お前らが隠蔽したせいで知ってる奴がここにはほとんどいないんだ。 根本的なところでお前は絶対に間違ってるわけだ。 超恥ずかしいな。 相手してるのも馬鹿らしくなってきたぞ。 もう本当にどうでもいいからリンディを返せ』

『というか、聞き捨てならない発言があっただろうミスタークライド!!』

『んお? グラシアさんがなんでここ居るんだ。 教会はこの作戦に関係ないだろ』

『いやいや、教会も援護のために騎士を派遣しているからだよ。 しかし、ではなにかね? 旧暦の事件がシュナイゼルとやらが起こしたことで真実であるというのであれば、それで滅んだベルカや周辺の次元世界はどうなるのかね!? その名を受け継いだと自称する男に損害賠償をさせろということかね!?』

 青筋を浮かべながら、グラシアが言う。

『んー? ベルカはミッドのシュナイゼルと一緒に時の聖王と組んでアルハザードを虚数空間に落としたらしいぞ。 被害者面は難しいと思う。 どちらかといえば、関係ない世界の連中が当時のミッドとベルカに怨嗟の声を上げるんじゃね? 賠償金とか考えると天文学的単位になりそうだしなぁ。 あ、でももう時効か』

『なななな、なんだって? ちょっ、ミスタークライド? 冗談でも言っていいことと悪いことが――』

 怒気を堪えていたグラシアの顔が今度は真っ青になる。

『まぁ、終わった話だけどさ。 詳しく知りたければソードダンサーにでも聞けばいいんじゃね? あいつ当時の夜天の人間らしいし』

『なんと、そうかね。 うむ。 ならば当時の文化資料の保存のためにも今度親睦として私とホテルでディナーでもどうかねソードダン……』

『おほんっ! 騎士グラシア、だから時と場合を考えろつってんだろ!? 大体”犯罪者二人の与太話”なんざどうでもいいんだよ。 ど・う・で・も・だ!!』

『ひぃぃぃ!? メリー君!?』

『要はこのウィンドウの向こう側の男を捕まえれば済むことだろ。 邪魔するリビングデッドはぶちのめし、ついでに奴もぶちのめして洗いざらい吐かせつつ攫われたリンディ・ハラオウン提督を助け出す!! 単純明快シンプルな作戦あるのみだ。 それ以上の理由なんて今はいるか!』

 どこからかいらだったようにアクセルを吹かせる音がする。 月面都市に乗り込んだ、二重人格シスターの愛車の音だ。 今も戦場を疾駆していることは間違いない。 
『そうそう、良いこと言うじゃない運転手のシスターさん! だからさぁ、もういい加減終わらせましょ。 その後で、クライドの偽者も本物諸共ぶっちのめす! それで円満解決よ』

『げっ、フレスタ!? おま、俺の偽者にやられて病院じゃないのかよ!? つーか、よりにもよってシスターメリーのサイドカーに乗ってるのか!?』

『あのね、ザースがもう復帰してるのにどうして私様がリンディちゃんが大変なときに入院してないといけないのよ。 あんなの、魔法で治療してもらえば数日で直るわよ。 てか、私はあんたにも話があるんだから、終わっても逃げるんじゃないわよクライド! 絶対にあんたもぶ・ん・な・ぐ・る!』

『……』

 最下層手前でグレアムたちを待っていたクライドが押し黙る。 ちょうど、合流するべく降り立ったグレアムが見たのは、装甲メットを上げた状態で冷や汗をかいている彼の顔だった。

「まぁ、なんにしてもやることは変わらないわけだがね。 ディーゼル君、ごくろうだった」
 
「はっ。 後はお任せします。 奴の言い様は僕たち真面目な管理局員を馬鹿にしています。 僕の分まで、お願いします」

「うむ。 私も腹に据えかねているからね」

 ディーゼルが部下を掌握している間に、グレアムはクライドの横へと歩いていく。

「よく待っていてくれたねクライド君」

「その方がお互い、面倒がないですからね」

「それだけかね?」

「……」

 クライドが顔を背ける。 そうして罰が悪そうに、頬をかきながら最下層を見下ろした。 グレアムもそれに習って下を覗けば、下で何者かが戦っているのが見て取れた。 ソードダンサーだ。 たった一人、先行して暴れていた。 無限踏破を用い、敵の陣営に一瞬で距離を詰めて無力化し、次の戦場へと移動する。 その破滅的なまでの撃墜速度にはグレアムをして舌を巻く。

「うーむ、彼女だけで終わらせてしまうかもしれないな」

「ただ倒すだけなら問題はないでしょうね」

「ほう?」

「けどあいつの勝利条件は、難易度が高すぎる。 あるいは、俺や管理局よりも」

「……事情は分からないが、お互い勝たねばならん正念場というわけかね」

「ええ。 この戦いは、俺もあいつも負けることが許されない」

 すでに、二人して空間ウィンドウの向こうは無視していた。 話しても通じないどころか意味が無いと理解しているのだ。

『ふん。 私を無視するとはいい度胸だ。 親子揃って不敬極まりないが、これを見てまだそんなことが言えるかな』

 ウィンドウに新しい映像が映し出される。 それには、まるで集束魔法の光のように集っていく月が写っていた。

『これはこの月の周辺の光だが、この光は――』

『ああ、もういいよ大体分かってるから』

 うんざりしながら、クライドは言う。

『超魔力を用いた次元跳躍魔法か何かでアルハザードを攻撃するってんだろ?』

『なに?』

『もったいぶらなくても”超魔力”を使ってる時点で狙いなんて俺らには分かるさ。 ミッド地上で撃ったときから狙いは筒抜けだ。 つーか、隠す気がない時点で話しにならん。 俺はてっきり、教えても問題ないほどの小細工を用意しているんだと思っていたんだが……どうよ。 なんか用意してるのか?』

『言うと思うかい? だとしたらとんだ愚か者だ』 

『あー、そうか。 ”ない”のか。 どうしよう、こんなのが首魁? 冗談だろ』

 クライドは心底呆れつつ、ため息交じりに要求する。

『チェンジだ”ゴルド・クラウン”。 前座は引っ込んでろ。 オリジナルのシュナイゼルを出せよ。 お前じゃあお話しにならない』

『なっ、貴様!?』

『リビングデッドでも、本物でもどっちでもいいからさ。 贅沢は言わねーよ』

『馬鹿め、奴など既に私が殺した! 私こそがシュナイゼルなのだ!』

『はぁ……』

 ゴルドの主張を聞いて、ますますクライドの顔が曇る。 その顔は、当たり前のように彼の言葉など信じていない。

『本物に”成り代わる”。 言葉だけ聞けば簡単そうに聞こえるけどよ、お前には無理だぜ』

『何を言う。 そうであれば、私がこの拠点を押さえているわけがないだろう』

『ジェイル・スカリエッティ』

 失笑を浮かべるゴルドに、淡々と言葉がぶつけられる。 それには、確信的な言霊が含まれていた。 冷めた黒瞳の主は迷わない。 迷う必要が無い。 彼のことをクライドは知っている。 その事情もあの時に聞いている。 ならば、彼という先例がゴルド・クラウンの欺瞞を否定することを確信させる。

『無限の欲望がどうした。 今は奴らなど関係あるまい』

『JSウィルスをばらまいたドクターが、俺のために命を使ってくれた彼が言っていたぞ。 シュナイゼルや最高評議会に”でかい花火を打ち上げないと自由になれない”宿命を背負わされているってな。 つまり、そういうことだ。 ”シュナイゼル”がお前みたいな馬鹿を見逃すなんて信じられない。 お前たちは生まれたときから方向性をコントロールされているんだ。 だったら、答えは明白だろ。 そもそも、製造した創造物にやられる程度の奴ならソードダンサーから今まで逃れることなんてできるわけがない』

 確信は揺るがない。

『奴の戦略は、今見えている分だけでもほとんど完璧だと思うぜ。 きっとできうる限りの方法で、冗談みたいな夢を掲げながらも現実的に世界を操ってきたんだろう。 だから、俺は信じてる。 不思議と、奴を知らずとも信じているのさ。 だってそうだろ。 カグヤを手玉に取って来たんだぜ? 断言するがお前じゃあカグヤには勝てない。 あいつに負けを意識させられるような奴が、お前”程度”にやられるわけがないんだ――』

 ゴルド・クラウンの戦略ではソードダンサーには勝てない。 何故ならば、この男は実像がはっきりとしている。 あやふやで輪郭さえおぼつかないペテン師ではなく、きちんと明確に存在している実在する敵だ。 ならば、斬れる。 夢や幻ではなく、論理や理論などという不可解な存在でもなく、物理的な実体を持つ敵でしかないのならば、剣姫の刃は届くのだ。
  
『もう一度言うぞ、ゴルド・クラウン。 本物を出せ。 お前じゃあ話しにならない。 そもそも、俺如きの敵にさえならない』

『馬鹿な、貴様如きが私に勝てるわけが無いだろうが! 気が触れたか”クライド・エイヤル”。 そもそも、私の手の中にはリンディ・ハラオウンがいるのだぞ。 お前こそ降伏しろ!』

『”だからだよ”阿呆が』

 クライドは翠幻の花嫁の肩を抱き、ウィンドウの向こうの男に見せ付ける。    
『こいつは俺の女だ。 偽者ではあるが、寸分の狂いもない同位体だ。 俺は彼女を手に入れた。 俺がもし、”これでいいと思ったら”その時点で本物に価値はなくなる。 ここで戦う理由はなくなる』

 つまり、人質としての価値が消える。 その瞬間、クライドは気を使う必要が無くなるのだ。 それはつまり、この月面都市という場所へ何の躊躇も無く無差別攻撃を仕掛けることができるということをも意味する。 方法は無数にあるのだ。 かつてではなく、今このときのクライドであれば。

『……なるほど、もう彼女を助けるつもりがないということか。 都合の良い女を手に入れたから、本物にはもう用がないと、そう言うわけだな? 下種な男だ』

『いいや、これは”事実の確認”さ。 ついでに、お前の勘違いを訂しておいてやるよ三流役者。 お前は、リンディを人質にとったことで俺や管理局に対して優位に立っているつもりだろうが、それは違う。 結局お前はリンディ・ハラオウンに”生かされている”だけの弱者でしかない。 人質を取る犯罪者は勘違いするんだ。 ”自分が人質の命を握っている”と。 でも本当は”逆”なんだよ。 ”人質”が犯罪者の命を握っているんだ!』

『……』

『そして人質は五体満足だからこそ意味がある。 だが、人質が人質として意味を成さなくなったその瞬間、俺たちはどうとでも動けるんだ。 なら、結果がどうなるか分かるだろ。 今、俺の手の中にはお前たちを抹殺してなお余りある威力の断罪の剣が握られているんだぜ。 しかも、あいつにとっては究極的にはリンディの安否なんざ関係ないんだ。 俺の手を離れたら最後、それだけでお前は終わりだ』

 ソードダンサー。 クライド陣営最強の一振り。 この欺瞞に満ちた茶番劇を終わらせにやってきた、”勝利すべき夜天の剣”。 シュナイゼルとやらが望み、クライドが望み、ジル・アブソリュートやトールが最終的には望んだ、断罪の刃。 それを今握っているのは間違いなくクライドなのだ。 そしてそこに、彼の仲間たる夜天の騎士が揃っている。 この条件で、クライドに完全な敗北はありえない。

『俺の勝利は確定した。 完全勝利さえ求めなければ、”シュナイゼル”のように俺は勝つ。 何故って? 事実上俺はもう勝ってしまっているからだ』

 妥協した結果で良いとしたならば、そういう理論武装で欺瞞的な勝利を既に得ているのだ。 無論、それをクライドが勝利と認めることは難しい。 難しいがしかし、これでペテンのような勝利を彼は手に入れた。 ペテン師を模倣したペテンの勝利を。

『これはもう”後始末”なんだ。 シュナイゼルのやり方と同じならな。 だから、倒されるべきスケープゴート<身代わり>であるお前は、”お前だけは誰にも勝利することができない”んだよ!』

 シュナイゼルにも、グレアムにも、クライドにも、カグヤにだって当たり前のように勝てない。 それ以外の役割を、悲しいかな与えられていないだろうから。

『だから、俺も叔父さんに倣って親切にも言ってやるよ。 もう降伏しろ道化。 これ以上はもう、恥の上塗りだ!!』







「――」

 モニターの向こうで、黄金の男が言葉の意味を反芻する。 理解できないイレギュラーの男の言葉は、彼には到底理解できない。 だが、そう。 そんな彼だって分かることはある。 笑い飛ばすことは簡単だった。 彼は負けるつもりがないのだから。 だが、だが、だが、真実を探求する程度のことに労力を割くことぐらいは彼も認めた。

 既に勝利の方程式は彼の中で組み立てられ、完全に演算の結果を待っている状態だ。 彼が彼である限り、その方程式の間違いには”気づけない”。 何故ならば、そう。 未だ全ては”あの存在”の手のひらの上でしかないからだ。

 監視カメラを操作し、ゴルドは事実を笑い飛ばすためにそれを見る。 そうして、きちんとした現実を知る。

「なんだこれは」

 愕然と、そのコールドスリープ装置の映像を見る。 自身が魔法を打ち込み、破壊したはずのポッド。 オリジナルシュナイゼルが眠って居たその残骸の中に、割れた強化ガラスのその向こうに、彼が信奉している魔法の猛威にさらされた”自分の死体”が存在していた。

「なんなのだこれはぁぁぁぁぁぁ!!」

 ゴルド・クラウンは、その事実に耐えかね絶叫した。









『違う、違う、違う!! 私こそが、魔導王なのだ。 私こそが真のシュナイゼルなんだよ。 管理世界を、魔法社会を、嫉妬と羨望こそが真理となる魔法社会の王となるべき存在だ。 そうだ。 そうなのだ。 ははは、こんなのは嘘だ。 出鱈目だ。 こんな事実はない。 ないったらない!! こんな事実は、この次元世界に存在するわけがないのだ!!』

 喚き、望み、否定する。 それは、黄金の男のなりそこない。 金メッキは既に無い。 メッキは剥がれ、醜悪な事実が顔を出す。 それは、ペテン師に騙された者の末路だった。

『おー、おめでとさん。 真実を知った気分はどうだゴルド・クラウン。 どっかの世界の三日天下どころか、それ以下だ。 ははっ、いい演技力だったぜ。 三流ここに極まれり、だ!! 腹が痛いぜ。 くくっ、ざーまみろ”シュナイゼル”さんよぉぉ』

『レグザスゥゥゥゥ!! 貴様が、貴様らオリジナルの犬が、この私をぉぉぉ!!』

『文句は本物に言えよタコ。 夜天の王が言う通りさ。 この程度の保険、”シュナイゼル”がかけてないわけがないだろ。 奴はペテン師だ。 だからこそ、ここまでこれたんだ。 今更お前の裏切りを許すわけがないだろう。 ええ?』

『おのれ、おのれ、おのれぇぇぇ!!』

 空間モニターが、黄金色で染まる。 その向こう、流れる音声は魔法の鳴動を隠すことなく衆目に晒す。 怒りの咆哮を上げるゴルドの怨嗟の声と、それを小ばかにするレグザスの声だけが響く。

『だーから、無駄だっての。 さっきは俺を殺せるようにしておいてやったが、お前が死霊秘法を所持したという事実なんてどこにもねーのさ。 つまりだ。 ほれ、この通り、な』

『体が、動かん!?』

『そう、お前はもうリビングデッド<屍人>なんだよ。 人間でさえない化け物さ。 良かったな。 これでお前も正真正銘シュナイゼルの犬だ。 アレだけ焦がれた本物に顎で”使ってもらえる”んだ。 泣いて喜べよ、愛すべき三流役者――』

『黙れぇぇぇぇぇぇ!!』

『お前が黙れよ。 犬以下の屑め。 他人の手柄を横取りしようなんざ片腹痛いんだよ』

『……ッ!?』

 レグザスの一声で、ゴルドの口がピシャリと閉じる。 たった一言の命令だけで、彼は黙る。 もはや、ゴルド・クラウンという存在は自由を奪われた魔力の塊なのだ。 その、どれだけの怒声も、怨嗟の声も、吐き出せない。 紡ぐことができない。

『レグザス、それがお前の名前か。 不可解な偽者め』

『おう。 今はそう名乗っておこうか。 そういえば自己紹介してなかったな、夜天の王クライド・ハーヴェイ』

『お前の名前なんざ覚えてやる気はないけどな』

『結構。 俺もお前の名前なんざどうでもいい』

『なら言いたいことは分かってるな?』

『おうとも。 なんだかんだいいながら、お前はリンディ・ハラオウンを求めているんだろ。 だから、言うべき言葉はこれだ。 『リンディを返せ』。 どうだ、間違ってるか?』

『分かっているんだったら話は早い。 とっとと返せ。 お前たちのルールで行けば、俺の勝ちは揺るがない」

『答えはノーだ。 何故って、こっちの勝ちもまた微塵も揺るがないからさ』

 小賢しい自己満足の果て、手に入れた勝利がある。 だが、それを他人が奪うのは至難の業。 その傲慢たる真実が、シュナイゼル勢力を支える最後の切り札。 互いの勝利条件はかみ合わない。 だから後は力で押し通すしかない。

『欲しければ奪い取れ。 これからこの管理世界を破滅に導く女を、そのちっぽけな手で救ってみせろ。 これはもう、管理世界の命運を掛けたゲームなんだよ。 ぶっちゃけここまで来ると、滅びようが生き残ろうがこっちは”どうでもいい”。 精々気張れや』

『言われるまでもない。 そして知ればいいのさ。 お前が”選んで敵に回した女”が、てめーらの馬鹿げたシナリオを破綻させるその瞬間をな!!』

 クライドが振り返る。 夜天の仲間たちはそれに頷き、一斉に最下層へと飛び込んだ。 停滞していた進撃が再開される。 そこへ、カグヤが合流し再び道を切り開く。 最下層の薄暗くも広大な地下世界が多種多様な魔力光で彩られていく。

 大量のリビングデッドが準備していたかのように、侵入者の排除にかかる。 生者を地獄へと引きずり込むゴースト<悪霊>のように。 死者の軍勢が牙を剥く。 それを、クライドは突き進む。 仲間と共に、その手に抱いたリンディと共に。

 そして、それから数秒も立たずにグレアムもまた声を張り上げる。 管理局側にとっては、クライドとレグザスのやりとりなど真意の理解できないことだらけだ。 けれど、それでも分かっていることがあった。 それはレグザスが、リンディ・ハラオウンを使って良からぬことを企んでいるということだ。

「ではディーゼル君、この場は任せたよ」

「はっ、御武運を」

「グレアム君、私もここに残るよ」

「ヴォルク提督?」

 進む気満々だったはずの彼の言葉に、グレアムは一瞬目を瞬かせる。 しかし、彼は察した。

「……あれだけ急いでいたのは、そういうことだったのですな?」

「うむ。 悲しいことに、寄る年波には勝てんらしい。 小僧の言うとおりか。 ゴホッゴホッ――」

 咳き込むヴォルクが覆った手には、口内から零れただろう血がにじみ出ていた。 グレアムは気丈にも立つ先輩に取り出したハンカチーフを差し出す。 無言でそれを受け取るヴォルクは、視線だけで後輩へと全てを託す。 そして、拭い去った血で汚れたそれを懐に仕舞いながら言った。

「ディーゼル君のバックアップは任せたまえ”グレアム”。 経験の足りないところは、私が補佐する。 昔のように、”存分にやりたまえ”。 君は艦隊指揮もこなせるがしかし、それでもやはりそうして戦場に立つ方が似合っているぞ」  

「――では、お願いします。 ”ヴォルク先輩”」

 グレアムはヴォルクの無念と願いを受け取って、指示を出していく。 彼のおかげで、結界破壊にかかる時間と局員の魔力が大幅に軽減された。 これ以上の仕事を、彼にさせるわけにはいかない。 そして当然、ここまでの無理をしてくれた彼を手ぶらで帰還させるわけにはいかなかった。

『ロッテ、大至急管理局に連絡し三提督へ知りえる全ての情報を打電してくれ。 あらゆる事態に即応できるように』

『はぁーい。 にしても、月の周りに集まってきてる”超魔力”って奴、すんごいエネルギー量だよ。 艦隊の観測機器が計測不能でカウンターストップ。 間違いなく、”星の一つや二つ砕けるレベル”だよ父様。 まだ、ただの純粋なエネルギーみたいだけど、これが魔法として起動したらと思うと、冷や汗が止まらないよ。 どこからこれだけのエネルギーを集めてきたんだろ』

『一応、管理世界全てに警戒するようにも伝えてくれ。 これから何が起こるか、私にもわからない。 なんにしても、我々は最悪に備えてありとあらゆる手を打たねばならんのだ』

『了解!』

 使い魔回線での念話を打ち切り、グレアムは精鋭部隊を引き連れていく。 その頃にはもう、敵の空間モニターは消えていた。












 人類が世界を開拓するのには理由がある。 人は生きるだけで消費する生き物だ。 発達した文明社会は、自然の循環や資源を簒奪して巡っている。 高度に進化した文明もそうだ。 原始時代であっても、人類はそうだった。 そして、それからの教訓として学んでいることがある。

 それは、生存区域の拡大は新たな資源の獲得と同義なのだということだ。

 月と言う、水もなく空気も無い劣悪な生存環境のそのなかで、宇宙に対するロマン以外の現実的な答えがあるのだとしたら、当然それは資源を求めてに他ならない。 だから、月面都市には投資した分の金を長期的に回収できるほどの魅力があったのだ。 次元世界が開拓された後には、その価値も下落して忘れ去られてしまった。 そして、戦争と”奴ら”が全てを零にした。 月という、遥かな高みから全てを見下ろすそのために。

 時の濁流に忘れ去られた者たちだからこそ、忘れ去られた物件を求めたと思えば分かりやすい。 そして、そんな月だからこそ意味があった。

 月は、儀式魔法などに影響を及ぼす天体なのだ。 それ自体が無限の魔力を放っている特異な装置といっても過言ではない。 『聖王の揺り篭』と呼ばれた、あの次元航行艦には月の魔力の影響を受けることで、地表への高精度爆撃やそれ単体で管理局の航行艦隊と渡り合えるだけのポテンシャルを秘めていた。

 いずれにせよ、月の力を活用するというアプローチは実に人間らしいものである。 足りなければ他所から持ってくるという発想。 他所のモノを奪い利用するのはそれほど物珍しいことではない。 だから、天然の魔力源としてこれほど有用な装置はない。 また、月は次元世界の至るところに存在した。 管理世界に、管理外世界に、監視世界に、それこそ至るところに在ったのだ。 ならばそれを有効に利用しないわけにはいかない。

 シュナイゼルは時空管理局を作り、超広域次元通信網<ディメイションネットワーク>のインフラ整備や監視所を作る際、通常宇宙空間に建設する監視所は月がある場所にした。 それに、意味が無かったわけがない。 別の健全な理由の裏で、多次元世界中から魔力をかき集めるための準備をしていたのだ。

 通信網は感応制御装置の中継ラインもかねており、観測範囲を中継して制御するための路となり、監視する衛星軌道上の基地は魔力を集める蒐集装置。 管理世界が増えるたび、最終的にそれらの力は加算され第四魔法はその破壊力は増して行く。 アルハザードを完膚なきまでに破壊するだけの膨大な魔力を用意するには、彼にはそれ以上の策が思いつかなかったのだ。 そもそも強大なエネルギーを無尽蔵にひねり出す魔力炉を用意することに時間とコストをつぎ込むよりも、あるものを使う方が安上がりに仕上がる。

 敷いて欠点を上げるとすれば、あまりにも莫大なエネルギー量であるが故に、制御が追いつかないということか。 しかしその問題もまた手近な素材を使うことで解決した。

「どうだゴルド。 特別に見せてやるよ。 お前の先輩たちの末路さ」
 
 そこには、人間の尊厳などなかった。
 そこには、魔導師が人類の優良種であるなどという事実はなかった。
 そこは、ただの牢獄だった。

 反抗することもできずに、ゴルドはただただそれを見せられる。 何百、何千、何万かも分からない。 それだけの数のシュナイゼルの顔をした何かが、その装置に接続されてそこに居た。 皆、体から”超魔力”を発散しながら苦悶の表情を浮かべている。

――最も安価な解決方法とはなにか?

 それは、高度な制御装置を作り上げるということをせずに魔導師を生体パーツとして利用すること。 ミッドの地下都市で彼がクライドに言った通りの事実がそこにはあった。

「はじめは勿論ただのダミーだった。 アルハザードの連中の目を逸らすためだけのデコイ<囮>さ。 だが、いつからかそれだけではなくなった。 ”お前たち”を製造したのは、し続けたのはこのためでもあったのさ。 SSSランク以外を処分したのもそう。 ”SSSレベルの莫大な魔力制御能力を持つぐらいの才能がなければ意味がなかった”からだ。 第四魔法による多人数連結型大戦略儀式魔法『ラストオーダー<最後の審判>』を使うにはな。 この日のために、レイスには処分させてきたぜ。 次元世界に撒き散らしていたデコイ全部な」

 制御に生じる負担を、分割し制御する。 そのためにも彼らは量産されてきた。 そして、処刑されたことでリビングデッドになって生体パーツとして組み込まれた。 そうすれば、設定しだいでは人間として維持する必要性はない。 人間の維持などという無駄なものにコストや資源を浪費することもない。 だが、当然のようにこのやり方にも不備はあった。

「準備はできたさ。 撃つことはできるだろう。 リンディ・ハラオウンのリビングデッドが放ったおかげで、試し撃ちは成されデータが取れた。 後残った問題はたった一つ。 分割して制御することで負担を減らしたとはいえ、これを最終的に総括して制御するための魔導師――便宜上”メイン魔導師”とでも呼ぼうか。 そのメイン魔導師への負担は正に想像を絶するものになる。 それに求められるのは、お前らとはまた違った素質だった」

 ただの強力なだけの生体パーツだけでは駄目なのだ。 確かに、撃てないことはない。 SSSの魔力資質を持つ怪物ならば、かろうじて撃つことはできるだろう。 しかし、精度や威力を完璧にして最高の兵器に仕立て上げようとするならば、”シュナイゼル”でさえも役者が足りない。

 そう。 ”だから”――、

「――だから、お前を使うことは"今のところ"ないから安心しろって話しだ」

 ゴルドはシュナイゼルのプロジェクトフェイク体。 だが、そんな彼でさえ足りない。 故に使えない。 リビングデッドであるから、使い捨ての弾丸にはできる。 しかし、それでは粗悪な一撃しか放てず至高の一発は夢のまた夢。

「これを完璧に使うなら、そうだな。 アレイスターの野郎でも連れてこないと駄目かもしらねぇな。 くくく、本末転倒だろ。 奴らを倒すために、奴の力を必要とする? どんな矛盾だ。 そう思って探していたよ。 ここ五十年と少しばかり。 そして、その果てに遂に見つけたわけだ。 俺たちは――」

 空間モニターが投影され、ゴルドの前に彼女が映る。 翡翠の魔導師。 正に、管理世界を破滅に導くための女。 彼女は、コールドスリープ装置の中で眠っている。 今から、自分がどうなるかも知らないままで。

「もともと、ハラオウンの血脈ってのは大魔力持ちが多かった。 だぁが、奴らの真価はそんなもんじゃあない。 奴らはなゴルド、本当の適正は”戦闘”ではなく”補助”なんだ。 それも、他人を補助する類じゃあないぞ。 機械の補助を”恐ろしいほどに有効に活用する資質”を持った奴らなんだ。 お前なら知ってると思うけどよ、艦船のバックアップを受けるってのは、並大抵の素質持ちじゃあ無理だ。 自分を凌駕する莫大な魔力に、申し訳程度にしか研鑽されていない程度の制御システム。 そんな中ほとんど自分で制御しなきゃならないせいで、その難易度はそこらの大魔法と比べても変わらない。 むしろそれ以上だ。 無理して使えば寿命を削る。 なのに、あの連中は次元振動を押さえ込めるレベルのそれを行使して疲弊する程度の損耗しかない。 それは何故だ? 簡単な答えだよ。 奴らはその分野の”スペシャル”なんだよ。 シリウスが剣に特化しているように、奴らはそれに特化した魔導師なのさ。 アレはもう一種のレアスキルだと思ってもいいぐらいの代物だ」
 
 そして、ニヤニヤと笑みを貼り付けながらレグザスは言った。

「だから、こいつはすげぇーぞ。 シュナイゼルの適正をSSランクとして換算すれば、こいつはなんとSSSランクだ。 無限書庫のデータで比べてみても、こいつを超える奴は存在しなかった! ヴォルク・ハラオウンがそれまでは最高だったのに、こいつはそれをさらに上回る怪物だぁ!! 正に、この女はこの管理世界の命運を決めるために生まれた俺たちの切り札の一つなんだよ。 もしかしたら、こいつならアルハザードが砕けるほどの一撃を放てるかもしれない! そんな夢を見せてくれたよ。 シリウスの保険の餌? ヴゥワァカか。 あいつなんざそれこそ”その程度”さ。 こいつはド本命だ。 シリウスの対抗馬としての、在続路線ではなく破滅路線の最有力候補!!」

 ズビシッと指された指先が、モニターの彼女を撫で上げる。 その、嫌に繊細な動きはまるで壊れ物を扱うような丁寧さを持っている。 敬意、ではない。 そんなものをレグザスが向けるわけが無い。 だとしたら、それはレグザスの持つ狂気に他ならない。

 そもそもに矛盾している。 管理社会在続のためのシリウス。 そして、破滅させるためのリンディ。 この対極の方針を持つ二つの駒は、明らかに方向性が真逆だ。 本来ならば『ラストオーダー』は勝利のためにアルハザードを破壊するための切り札のはずなのだ。 ゴルド・クラウンからすればこれが破滅を呼ぶというのは看過できない事実である。

「ん? 聞きたいかぁ? 聞きたいだろうなぁ。 お前は疑問に思う。 思うように”なっている”。 何故勝てないと、何故これで負けるのかと。 だぁが、逆に俺にはお前がこれで勝てると思っている方が不思議だよ。 考えても見ろ。 これは、”単純に強力なだけ”の第四魔法をアルハザードに叩きつけるってだけの、シンプルすぎる攻撃しかできないんだよ。 つまり、だ。 やりようによってはシリウスだけで十分に防げちまうのさ。 無限踏破でな。 なら奴に防げるんなら、連中が防げない道理はないだろう? 第三の選択肢、アルハザードへの勝利っていう可能性は実質あってないようなものだ。 運が良ければ効果があるかもしれないが、やっぱりそんなものに期待するのは限りなく無意味なんだよ」

 レグザスは不可能だと信じている。 信仰していると言ってもいい。 かつてとは既に、状況が違う。 あの時は最外層区画の賢者であった”アルカンシェル”が効果のある方法を用意した。 しかし、これは違うのだ。 未知ではあるものの既知を超える概念の代物ではない。 無論、小細工は考えてはある。 現状で最も効果のありそうな攻撃にする予定ではあった。 だが、それでも対応される確率の方が高いと踏んでいる。 ならばどうして用意したのか?

 ゴルド・クラウンは当然のように疑問を感じた。 それについて、視線で問う。 

「おいおい、考えたら分かるだろ。 これは、どこの誰が用意して、どこから誰の力でぶっ放す? それが答えさ」

 ”シュナイゼル”が用意し、”シュナイゼルのクローン体”と”ミッド人たるリンディ”が”管理世界領域”から”アルハザード”へとぶち込む。 効果があるかどうかなど、それだけの事実があればもはや関係ない。

「――」

 ゴルド・クラウンは声を失う。 もともと、レグザスによって一言も喋られないようになっている。 だが、それでも理解できるようにと悪辣にもマインドコントロールを解除された頭で考えれば、声に成らない声で、絶望の悲鳴上げた。 

(う、うう、撃たれただけで……撃ってしまっただけで……や、奴らが、あの狂った連中が、間違いなく檻から解き放たれた猛獣の如く押し寄せてくる!?)

 そうなれば、シリウスやクライドがどれだけ奮闘しようとも”意味が無い”。 二度目など奴らが許すわけがない。 我慢するはずもない。

 滅ぼすためにやってくる。 
 殲滅するためにやってくる。
 跡形もなく消し飛ばすためにやってくる。

 正に破滅。 破滅の引き金だ。 騎士グラシアのレアスキル、プロフェーティン・シュリフテン<預言者の著書>に謳われた、”翡翠の光”とは、真実希望ではなく災厄を招きよせるためだけの忌むべき存在なのだ。

――故に、その第四魔法に付けられた名は『ラストオーダー<最後の審判>』。 

 元々、旧暦の彼方より始まったこのシュナイゼルの計画は、この茶番劇は、在続確率の方が当たり前のように低い分の悪い賭け。 突き詰めればそれは、”結果で一喜一憂するような程度では勝利できない”と考えたペテン師の、詐欺紛いの勝利戦略。 シュナイゼルは負けないように戦う必要があった。 故に、負けない戦略で戦っていた。

 欺瞞された過程の中、通過点を目標にして目標を嘘で塗り固め、後は結果で右往左往しないで済むように磐石の布陣を敷いて勝ったまま消える。 後のことなど考えない。 どうでもいいことにしてしまい、敗北の可能性そのものを勘定させない。 だから、この局面のために公平にもシュナイゼルは二つの極端な駒を用意した。 片方に入れ込めばそれは、敗北を意識する惰弱な精神を持つことになってしまうから。 


――救済のための主演女優、シリウス・ナイトスカイ。

 管理世界を在続させるため、死に損なってなお絶対に立ち止まることがない都合の良い無敵の剣姫。

――破滅を呼ぶ魔女、リンディ・ハラオウン。

 管理世界を滅ぼすために魔導師の中から選ばれた、特異な能力を持つ使い捨てにして至高の弾丸。


 だが、シュナイゼルの魔導王という茶番劇の中で、予期せぬイレギュラーは勿論ある。 それがクライドの存在である。 

 シュナイゼル勢力は知らない。 このイレギュラーの誕生こそが、”起こるはずの無い”今という歴史の歯車を回したことを。 この歯車は、ジル・アブソリュートがアルカンシェル・テインデルのためだけに望み、シリウスが彼らの拠点を割り出すために許容した犠牲者<モルモット>。 しかし、彼が生まれなければこの局面は来なかったのだ。 この結果にたどり着くことさえなかったのだ。

 ラプラスが演算予測した正史が可能性の一旦であるとするならば、夜天の書は”八神はやて”と”高町なのはたち”の起こした奇跡によってその存在を失う。 つまり、内部に居たクライドの存在など跡形も消えてなくなり、歯車として機能することもなく、この局面は永劫に訪れることなく可能性の一旦として埋没することになるはずだった。 そうでもなければ、彼らの存在そのものがパラレルワールドとして処理されていた。 けれどそれは詮無きことだ。

 この世界は”これ”で進んでいる。 この情勢で、この境遇で、これらの理由で歯車が回っている。 世界の中心であるものたちが、独断と自分の都合で回してある今、多種多様な歯車の行動がこの意図的に終幕が用意されていない矛盾する茶番劇の運命を決めるのだ。

「さぁ、管理世界の運命を選べよ。 なぁシリウス、ドッペルゲンガー。 俺はどっちでもいいからよぉ。 望む勝利を掴むつもりで奴を呼んだんだろうが、今更だろうがよ。 悪あがきでしかねーって。 シュナイゼルはもう、壇上を去る準備ができちまったぞぉ。 覚悟完了って奴だ。 ぎゃははははは」

 もはや、震えている暇もない。 そもそもにおいて、レグザスはどうでもいい。 復讐だとレイスに言っておきながら、矛盾する望みの結果を待つだけだ。

――最後の審判が下される瞬間は、もうすぐそこまで迫ってた。













 強大な支柱が乱立する月面都市の最下層。 月の地下資源を採掘するためにしてはいささか殺風景なその場所には、錆びた発掘機材や打ち捨てられた鉱石の山が並んでいた。 階層を隔てる上部のプレートによってこの場所は薄暗い。 申し訳程度に発掘用の光源が存在したが、それは些か薄暗い。 その中で、魔力光という明確な光源は敵味方共に非常に有用な目印となる。

 乱戦のさなか、便りになるのは己のデバイスが示す仲間のレーダー位置と視界だけ。 突撃していく管理局員と、進撃するクライドたちにとってはこの上なく厄介だった。 だが、それでも足は止まらない。 

「ッ――」

 眼前で、直撃コースだった砲撃魔法が掻き消える。 淡い魔力の残影を突き抜けるや否や、次の魔法が踊りかかる。 クライドに、攻撃をする余裕はない。 そもそも王が攻防をする必要はない。 ただただ感応制御システムがもたらす、ミニモアが更新し続けるマップデータとグラムサイトに意識を傾け、己が指揮する軍団の取るべき道を示し続ける。 その果てに夜天の王を中心とした一個の生物のように彼らはこの戦場で機能した。

「怖いか?」

「いいえ。 貴方と一緒ですから」

 飛び込む寸前のまま、腰を抱かれた姿でリンディが言う。 戦場を突っ切る二人が視線を交わす。 黒と翡翠の視線が絡まり、魔法が飛び交う戦場の中であっても二人して笑った。 

「とんでもない新婚旅行になっちゃいましたね!」

 爆音が、衝撃波が、延々と木霊するそのなかで、リンディは聞こえるように声を張り上げた。 それに、当然のようにクライドも応じる。

「忘れられないぐらいの旅行にしよう! 俺はお前のこと、記憶にロックをかけてでも忘れない。 忘れてはやらないぞ!」

「そうしてください。 私のオリジナルが嫉妬するぐらいの、二人だけの武勇伝にしちゃいましょう」

『クライド、そろそろカバーしきれなくなるわよ』  

『ああ――』

 魔法の火線が密度を上げる。 先行していたカグヤが切り開いた場の向こうは、当然のように敵のテリトリー。 弾幕の密度は比例して上がっていく。 先行するクライドたちの背後から、管理局の精鋭が追ってくるとはいっても洗礼を始めに受けるのは突出した彼らである事実はかわらない。

 クライドはギュッと、両手でリンディを抱きしめる。 纏った装甲のその向うにある温もりを欲するかのように。 一秒でも長く共に在れるように、二人で闇に紫銀と翡翠のシュプールを刻んでいく。

『変ロボよ。 坑道のデータ、過去のマップと変化が無いロボ』

『上のことを考えれば、掘れる場所を増やすのは危険だからな。 問題は一体どれが正解かってことだ』

 クライドはサバイバルデバイスを起動。 ディメイションネットワークから正確な次元座標を拾い出し、マップデータに重ねる。 そして、さらにそこにリンディの不可解存在が張ったディストーションシールド使用時の魔力反応のデータをリンク。 この月面都市の、心臓部たる魔力炉へとつながる穴を割り出しにかかる。

(該当数は二つ。 位置的に正反対の場所か。 リスク分散のための距離か? しかし、坑道の入り口はそのままでも中がどうなっているかはわからない、か)

 考える時間も惜しい。 一番近い南側の坑道へとクライドが向かい始めたその瞬間、再び空間モニターが起動した。 モニターの向うに、表示されるべき画像はない。
 ただの暗黒が広がるだけ。 しかし、それは確かにクライドにあてられたものだった。 機械音のような、冷たき音声がクライドの耳に響く。 

『――違う。 お前の進むべき道はそちらではない”弟”よ』

「この声は――」

『音声パターン照合。 類似パターン一件あり。 これはジル・アブソリュートのデバイスAI『トール』が好んで使っていた音声パターンロボ! ここまで、届いたロボか!?』

「トール……久しぶりだな」

『うむ。 息災で何よりだ』

「はっ、俺を生贄にしようとしたお前がよく言うぜ」

『謝罪はしない。 それが私の役目であったが故に。 だが、それでも今は君に道を指し示そう。 助言が精一杯だがな。 アルシェの防衛ソフト<ウィルスブレイカー>が思ったより強固過ぎた。 この私は、後数分も持たずにウィルスとして駆除されてしまうだろう。 だが、この瞬間まで潜伏できれば十分だ。 最後にこの情報をお前たちに託せるのだからな』

 淡々と、事実を告げるトールの声は戦場の音にかき消されることなくクライドへと告げられる。 それは、ジル・アブソリュートが”カグヤ”のために用意した最後の置き土産だった。

『ムーン2の死霊秘法はダミーだ。 奴らは、まだ後一つ死霊秘法を秘匿している。 そしてその先に、アルハザード攻撃用の兵器が準備されているらしい』

「なんだと!?」

『秘匿された場所へは専用の転移装置を使わなければここからはたどり着けないようだ。 このままルートを表示する。 通信で送りたいが、そうすればデバイス回線からハッキングを仕掛けられるだろう。 それは望むところではない。 このままそちらで照合しろ。 リンディ・ハラオウンはそこから移送されたようだ。 助けるならその先に向かうしかない。 今ならまだ、その転送ラインは生きている』

 サウンドオンリーだったモニターの画像が切り替わる。 データを照合。 クライドはそれをしっかりとミニモアに記録させた上でデータを仲間全員に転送する。 その間も、トールは一つでも多くの情報を伝えようと声を出すことを止めない。

『そしてシリウス。このまま南にいけば、魔力炉にたどり着けるがそこにはこのムーン1の死霊秘法がある。 ただし、これは罠だ。 君に対する悪辣なトラップが仕掛けられている。 弟よ、確実に勝ちたいならそちらは最後にしろ。 決して、シリウスを一人でそちらへは行かせるな。 時間がかかったとしても、後回しにしろ。 いいな?』

「冗談言わないで。 だからこそ私は、それさえも凌駕して粉砕しなければならない。 そうでしょう」

 カグヤがクライドの横に現れて言う。

「それに、時間が無いのではなくて? ここから撃つのも、転移したという向う側から撃つのも変わらないわ。 可能性を潰すために、私たちは同時にこの二つを潰さなくてはならない。 既に、いつ撃たれてもおかしくはない段階に到達しているでしょうから」

 月の周囲に集った超魔力という名のエネルギー。 それが、破壊の権化へと姿を変えるまでの時間はもはや敵にしか分からない。 奴らは撃つことに躊躇などしない。 勝利しているが故に、戦略上躊躇する理由はないのだから。

「それに無限書庫の貴方が言ったことよ。 私は、”私”以上の理不尽と相対しない限りは負けないと。 その言葉を貴方が否定するの?」 

『……なるほど。 向うの私がそう言ったのであれば、コピーとしては言を違えるわけにはいかんか。 いいだろう。 ならば勝って来い。 勝って、この茶番劇を終わらせて来い』

「じゃあな、トール」

「お役目ご苦労様」

『うむ。 ではなシリウス、弟よ――』

 モニターが落ちる。 あっけないほど、短い対話だった。 クライドもカグヤも、これでトールと会話することは未来永劫ないだろうと悟る。 ジル・アブソリュートが残した、最後の執念のその使い。 彼がもたらせた情報は、この二人の戦いを決定付ける最後の道標となって二人の行動に影響を及ぼす。

「ショートカットする。 カグヤ、その先で分かれよう」

「ええ」

「せっかくだ、期間限定の俺の剣に最後の命令をしておくぜ。 俺は勝つ。 だから、お前も絶対に勝って来いよ」

「誰に命令しているのよ。 私の心配をするより、貴方は自分の女のことでも心配すればいいわ。 ねぇ? リンディ・ハラオウン」

 紅眼の主は微笑する。 その、思いのほか優しい微笑みに頷きながらリンディは言った。

「もう、”私”が会うことはないでしょうけれど、がんばってください。 貴女とも、時間があればゆっくりとお茶してみたかったです」

「ふふっ、次が”あれば”、私が最高の茶葉を用意しておいてあげるわ。 勿論、カノンと違って砂糖とミルクもたっぷりとつけましょう」

「それは楽しみですね」

 その次は、永遠にこないだろう。 薄々はそう感じながらも、交わった視線を外しながら行動に出る。

 もう、何度も行ったショートカット。 クライドたちは、トールが示した東の坑道の直前へと移動する。 そして、一斉に飛び込んだ。 突入の援護をしたカグヤは、その足で南へと向かう。 進軍の枷でしかかったクライドたちと分かれたことで、自分のことしか考えなくて良くなったが故に、その歩みを止められる者はもはやいない。 破竹の勢いで突破し、一際広く掘られた穴の中で立ちふさがるその青年と相対した。

「――来たか」

 レイス・インサイト。 存在するはずがない遺伝情報を持つ亡霊剣士。 その手には、彼女が弟子に与えたデバイスがあった。 ”ツインマサムネ”。 己の正義を宗とする者のためにカグヤが授けた二刀一対の対魔法刀。 その、超魔力使用のための改良パーツ付与型。 

「あら、もしかしてあの時の坊や? また貴方なのね」

「貴女を抑えられるのは、俺以外には存在しない」

「冗談。 坊やでは足りないわ。 前回で懲りたと思ったんだけれどね」

「差は理解した。 しかし、俺は俺の望みにかけても貴女を”ここ”で押しとどめる。 我が剣は求道の剣。 その望みは貴女の、髪の毛一本から血の一滴まで併せた存在の全て。 だから兆に一つでも可能性がある限りは、幻想に縋らせてもらおうか」

「そう。 夢を見るのは勝手だものね」

 白紫の魔力光が、炎熱資質と合わさって空気を焦がす。 その青年の体が、背後にある魔力路から強大な魔力のバックアップを受けて燃え盛る。 足元には、前回と同じベルカ式魔方陣と第四魔法の幾何学的なテンプレート図形。 

 それに頓着せずに、カグヤは氷水を鞘に収めて居合いの構えを取る。 と、そこで周辺一体に計ったかのようなタイミングでAMFが展開された。 それは、今まで管理世界で使われてきたどのAMFよりも重く、容赦なく彼女が外に展開する魔力結合を阻害してくる。

 スペックアップのための魔力炉。 そして敵対象の弱体化を促すAMF。 そしてAMFの発動などものともしない超魔力による第四魔法。 組み合わせは大よそ、考えられるだけ最悪のものである。

「準備は万端と言うわけね。 まぁ、いいけど。 どうせ何度やっても私が勝つことは変わらないもの」  

 ペロリと、右手の親指を軽く舐め、胸ポケットを軽く擦るようにしながら刀へと添える。 そうして、次の瞬間には全力で刃を抜いた。 斬戟は距離を超え、その距離からレイスの首を狩りに行く。

――カグヤの、勝利を挫くための戦いが始まった。












 
 坑道。 地下資源を求めた人々の、資源採掘のための採掘道。 都合五つの人影が、蟻の巣にも似た道を行く。 放置されたベルトコンベア、その上に堆積した埃と土ぼこりとを飛行の風圧で舞い上げながら、攻撃してくる敵の間隙を強引に突破する。

 先頭を行くのはリインとヴィータの主従コンビ。 最高射程と高魔力を背景に、無理やり突破口を開らきつつ侵攻していく。 トライデントからの魔力供給時、大規模魔力ストレージとして蒼天の書に溜め込んだ莫大な魔力を湯水の如く使用していく。 その背後を、シグナム、リンディ、クライドが魔力を温存しながら追った。 最後尾のザフィーラは、殿よろしく背後からの敵砲撃をバリアで弾き飛ばしつつ飛翔する。 

「元主、次で第一発掘所だ。 私とヴィータが残っていいのだな?」

「ああ。 リインじゃないと、追ってくる奴らの足止めができないからな」

 坑道の前からの追手、そして坑道内で置き去りにした敵が背後から追ってくる。 ほぼ一本道のこのルートで、無尽蔵に沸いてくる敵に背後から追い回されてはたまらない。 どこかで、蓋をしなければならなかった。

「構わない。 この中で一番多対一に向いているのは私だ」

『こっちはアタシらに任せろ。 後ろのことは気にすんなよな。 きっちり死守しといてやるからよ』

「頼む」

「さて、そうと決まれば――」

 リインフォースの眼前に魔法陣が展開される。 数秒の詠唱。 その後に放たれるは、問答無用の広域砲撃。

「フレースベルク!!」

 飛行を内部からヴィータが補助し、詠唱のみに集中したリインが放つは白銀の矢羽。 放たれたそれは、五つの弾頭となって坑道とは違って開けた採掘所を二人の色で染めつくす。 その後を、シグナムを先頭にした四人が次の坑道を目指して通過する。 

「ヴィータ!」

『おう!』

――ユニゾン・アウト<融合解除>

「アイゼン、カートリッジロード!」 

 圧縮魔力が封入された弾丸が三連装マガジンに飲み込まれる。 引き続いてラケーテンフォルムに変形を果たしたグラーフアイゼン<鉄の伯爵>は、ロケットブースターを燃焼させながらヴィータの体を加速させる。 その先に居るのは、クライドたちの行く手を阻もうとする名も知らぬ魔導師のリビングデッド。 

「行ってこいクライド!! 負けたらぜってー許さねーからな!!」

 リインの砲撃を辛うじて耐え切ったその魔導師は、叩きつけられた鉄槌の一撃で魔力に還る。 ヴィータは止まらない。 ブースターに残った燃料を利用し、回転しながら次の敵へと飛翔する。

 その背後からは、真紅の刃<ブラッディダガー>が乱れ飛ぶ。 眼にも留まらぬ速度で飛翔する、リインフォースの魔法だ。 爆裂する刃は、生き残りが体制を立て直す前にことごとくを沈黙させる。

「これで終わらせてくれ最後の王よ。 闇の書や、私のような者をこれ以上増やさないためにも――」

『任せろ!』

 爆音に混じって届くリインの言葉。 二人の騎士に背中を託し、クライドは往く。 リインとヴィータはその言葉に口元を緩め、すぐに二人して今しがた飛んできたばかりの坑道へと視線をやった。 追撃のリビングデッドや、魔導機械たちがその先から次々と進入しようとしていた。 

「紅の鉄騎……ヴィータ」

「なんだよ、改まって」 

「こんなときに不謹慎かもしれないが、これが終わったらまた二人でアイスでも作ろうか」

「……”うん”。 そうしよーぜ。 祝勝会用にさ、沢山用意しよう。 んで、ギガうまなアイスをクライドの女にも食わせてやろーぜ」

「ああ、そうだな。 それがいい――」

 それ以上の言葉はなかった。 次の瞬間にはもう、二人して己のデバイスを構える。 グラーフアイゼンが、シュベルトクロイツと蒼天の書が、覇気の宿った二人の魔力を得て演算を開始する。

「こっから先には、一歩もいかせねーぞ! 死にたい奴からかかってきやがれ!」

「お前たちはもうこれから先の未来には必要ないのだ。 もう、安らかに眠れ――」








 迷う必要がない路の果ては、まだ遠い。 背後から幾度も木霊する爆音を背に進む。 その道程の中で、クライドはかつての時の庭園のような悪意を感じ少しずつボルテージを上げていた。

 極論すれば、この戦いは茶番でしかない。 そんな見え透いた現実へと誘われ、リンディ・ハラオウンを危険に晒したシュナイゼル一派には、当然のようにクライドは頭にキテいた。 猛る感情は煮え立った油のようにいつでも発火する準備を終えている。 不安と怒り。 方向性の違う二つの感情を持て余しながらも、それでもただ前を見据える。

「クライドさん、とっても怖い顔をしてますよ今」

「あいつらのお遊びにつき合わされてるのかと思えば腹立たしくてな」

「随分とスケールの大きな遊びですね。 迷惑極まりないわ」

「俺たちには理解できない、理解する必要がないって風に徹底してやがる。 理由も実体もほとんど何もかもがあやふやで、こんなので満たされるのは結局のところ自己満足しかない。 ああ、”そうか”。 だから、余計に腹立たしいんだ」

 理解できないことが、最も腹立たしい。 意味がないことに全力をつぎ込めないというのに、理解不能なことに巻き込まれ戦わされている。 戦いを強要されている。 それで手に入れる者に価値はある。 価値はあるがしかし、すっきりしない違和感がある。

 勝つために戦うのが常識なのに、目的を達成することが至上だというのに、勝敗を無意味にするというナンセンスな戦いに巻き込まれた。 これは結局、戦いでさえない”何か”なのだ。 敢えて表現するなら相応しい言葉はただ一つ。 ”茶番劇”以外の何者でもない。 それが分かるだけに、この腹立たしさで悶々としてしまう。

「まぁ、でもそれは俺には関係ないことだな。 俺の前にある問題は、お前のことだけだ。 俺の戦いはそのためだけであればいい」

 彼にはそれだけで理由に足りる。 だから、モヤモヤとする全てはカグヤに任せてしまうことにした。 その方が余計なことを考えなくてすむ。

「ふっ、シンプルでいいな。 だが、”それで良い”だろう。 それがお前の勝利条件なのだ。 ならばそれ以外を考える必要はないどこにもない」

『そうそう。 頭をどれだけ捻ったところでさぁ、クライドの旦那にできることなんて高が知れてるぜ』

 炎熱コンビが話しに割って入ってくる。 既に、敵の数はほとんどいない。 追ってくる者はいるが、そのことごとくが魔導機械。 もうしわけ程度にリビングデッドも居るが、それほど防衛を重視しているようには見えない。 そして、遂に第二採掘所に四人は到達しようとした矢先に、シグナムが皆の足を止めた。

「――止まれ」

「シグナム?」

「ザフィーラ、お前はここで後続を抑えてくれ。 この先には来るな。 この先には無限踏破使いが……レイヴァン兄が居る」

「彼が? ……分かった。 足手まといにはなるつもりはない。 私はここで追手を食い止めよう」

「頼む。 それと、クライドたち二人は悪いが私を置いて最速で進んでくれ。 この先は、私の個人的な戦いになるだろう。 抜かれるかもしれんが、できうる限りは押さえてみせる。 任せてくれるか?」

 クライドはマップを見る。 転送装置<トランスポーター>があるらしい部屋は、第三採掘所。 この一つ先だ。 それまでの道は今までよりもずっと短い。 

(なるほど、これも奴らは折込み積みだってことか)

 立ち止まって三人がかりで戦うか、シグナムに任せるか。 この問いに悩む必要はなかった。 どちらにせよ、時間が惜しい。 

「分かった。 その代わり、負けるんじゃないぞ」

「確約はできんな。 私は一人で彼に勝ったことはない。 だが、今ならば良い所まで行けるだろうと考えている」

『心配すんなよ旦那。 アタシが居るさ! この烈火の剣精アギト様がな! だから、気にせず先にいってくれよ。 さっさと終わらせて、追いついてやるからさ』

「事情はよく知らないけど頼もしいな。 あんまり遅いと、俺ら二人だけで終わらせちまうぜ」

「ふっ。 ならば、その後は姉姫様の手伝いだ。 難題を一つ一つ片付けていこう。 そうすれば最後には我らの勝ちだ」

「ん、ザフィーラも無理しない程度に頼むぜ」

「了解だ」

 頷き、ザフィーラが離脱する。 

 クライドは右手で対魔法刀を抜き、左手でリンディ抱く。 そして、シグナムの後ろを飛んだ。 三人が採掘所へと飛び込む。 瞬間、侵入者を迎撃するべく紅の騎士が炎熱の宿った剣を振るった。 彼我の距離が、零に成る。 狙いは先頭を行くシグナム。

 だが、当然のように警戒していた彼女はレヴァンティンの刃で辛うじて受け止める。 剣戟の火花が散る。 一撃、二撃、三撃。 歯を食いしばって剛剣を防ぎ続ける。 

「行け、クライド!!」

 エアステップで虚空をしっかりと踏みしめ、懇親の魔力と膂力でシグナムが強引に長剣を押し戻す。 と、その下を、魔力電磁砲身<マジックレール>で電磁加速したクライドたちが抜けていく。 温存した魔力を用いたその加速は、数秒もせずに彼らの姿を採掘所から消し去った。 グラムサイトで完全に坑道へと侵入したことを視送ったシグナムは、ただ真っ直ぐに剣の騎士を目指して虚空を飛ぶ。 そこへ、ありとあらゆる角度からの斬撃が二人を阻む。

『くっそ、どこから剣が来るんだよこれ。 本当にソードダンサーと同じだぞ。  剣の間合いじゃないって絶対!!』

『同じではないさ! 今の私なら捉えられる。 そして、お前の補助があれば威力でも負けない。 ならば後は、近づいて斬るだけだ!!』

 我武者羅に、不器用に、シグナムが必勝の策を念話で叫ぶ。 アギトはそのあんまりな答えに一瞬絶句したが、シグナムらしいと思い直す。 シグナムにできるのは、基本的には斬ることだけだ。 剣士である以上は、それしかないといってもいい。 そして、そんな騎士をロードに選んだのはアギトである。 それを是とした以上、一蓮托生でやるしかない。

『ちくしょう、絶対に近づいて斬ってやる!!』

『その意気だ!』

 剣を振るう。 振るい続ける。 かつて追ったその背を追い越すために、シグナムは愛剣に意地と魂を込めてレイヴァンに抗った。









 二つの光が坑道を猛スピードで飛行する。 道中の風景が、パノラマのように引き伸ばされて視界を流れる。 飛翔する二人の周囲に、防衛戦力であるガジェットと傀儡兵の砲撃が着弾するも、二人はもはやそれらに頓着することをしなかった。 行きがけの駄賃とばかりに反撃を繰り出し、次々と黙らせていく。

「さっきからもう、魔導師の方が出て来ませんね」

「お膳立てだろ。 俺はカグヤの保険らしいからな」

 クライドとカグヤでは当然のように想定されている難易度が違う。 当たり前だ。
 彼がギリギリでクリアできる程度の難易度でなければ、保険の意味がない。 構図を読めばその程度はクライドにも読めた。 だから、敵の分断工作に乗って二人で先を進むことにしたのだ。

「まぁでも、それもいつまで続くか――」

 そこまでは読めても、この先はどうか分からない。 そもそものシナリオの全貌をまだ把握していないのだ。 まず気になったのは自分での終わらせ方。 幕引きの仕方である。

 リンディ・ハラオウンを助けてそれで終わりなどという安易な終わらせ方をこの敵が用意しているのかどうかの自信は、彼にもない。 そして、勝つ気満々のソードダンサーが盤上に存在する以上は、クライドの存在はそれほど重要視されるものではなくなっている。 あくまでもクライドは予備なのだから、本命が存在する以上は代替存在として固執する必要はない。

 そして、敵の孕んでいる矛盾がある。 結果は得た。 後はどうでもいい。 そんな連中だからこそ”後を考えないで済む”分恐ろしい。 いつでもクライドという予備を切り捨てることができるのだから、クライドは敵の気が変わる前に決着を望む。 そうでなければ、リンディ・ハラオウンが危険だった。

 彼女が存在してこそのクライドの介入だ。 クライドの参戦が意味を成さないとなれば、逆に言えばリンディ・ハラオウンが用済みになるということでもある。 そうなる前に、クライドはケリをつけなければならない。 だから、選べる選択肢はただ一つ。 ”どんな手段を用いてでも”、本物のリンディ・ハラオウンの前へたどり着くことだけだった。

「……大丈夫か?」

「え? ええ。 私は大丈夫です」

 装甲越しであっても、進めば進むほどリンディの顔が強張っていくのをクライドは感じていた。 戦闘のストレスや疲労ではない。 確かに、今までとは違った状況ではある。 管理局員として働いてきた彼女であっても未知のケースであることは間違いないだろう。 しかし、それとは別種の感情を孕んでいることだけは確かだった。

 それは、まるで遠足の終わりを前にした子供のような顔だった。 後ろ髪引かれる思いが作り出した、未練の如き感情の発露。 作り笑いに隠されたそれを、気づかない振りをするのは簡単だった。 だが、それでもクライドは残酷な問いを口にした。

「ずっと、このままがいいか?」

 クライドは問う。 

「……ええ」

 作り笑いが消えて、彼女の顔が悲痛に歪んだ。 残酷な問いに、本心をぶつけた。 そんな自分の我が侭な感情を、嫌いながらもそうでありたいと思っている。 心に嘘を付くことは簡単だ。 目の前のクライドを困らせたいとも思っていない。 でも、それでも今この世界に存在していることを放棄することが、今のリンディには素直に許諾することは難しかった。

 たった数日の生の中で、オリジナルと成り代わった時間がある。 オリジナルにさえ手にすることができなかったものがある。 例え、自分が身代わりだったとしてもそれでも、確かに今この瞬間の彼女こそが”リンディ・ハラオウン”なのだ。 その立場を容易く放り出すなんてことはしたくない。 したくないのに、時間は待ってはくれない。 刻一刻と、その瞬間が迫ってきている。

 彼と飛ぶ最後の空。 二人だけの、最後の時間。 照明は薄暗く、申し訳程度で殺風景な穴だけの道。 新婚旅行なのにあんまりだ。 でも、そんな非常識な旅行ではあったけれど、彼女はクライドが”リンディ・ハラオウン”を心の底から助けたがっていることを実感していた。 その思いが、例えオリジナルに向けられるべきものだと分かっていても嬉しいと思った。

 強がりながらも、内心では彼が焦っているのが彼女には分かる。 同位体のリンディを手に入れて保険になってくれと言ったとしても、本物を救うことを明らめるつもりもない。 そして、最も狡いのはオリジナルと彼女を同じように考えてくれたことだ。 確かにクライドが言ったことに嘘はないのだ。 それが分かるからこそ余計に、この立場を放棄したくは無い。 

――いっそのこと、オリジナルが消えてしまえばいいのに。

 考えてはならないことを考えてしまう。 聖女でもない以上は、彼女だって欲張りたくなる。 そう望みたい。 でも、それは願ってはいけないことだった。

「クライドさん。 今の私は、口に出せないような狡いことも考えちゃってます」

「お前でもやっぱ、そうなるか」

 言わんとすることの先は、クライドにも想像することはできた。 実感は持てなくても、推測は容易い。 泣きそうな顔で、胸に顔をうずめる彼女の背を抱きながらクライドは心の底から謝った。

「悪い。 本当に、俺はお前を苦しめるつもりはなかったんだ」
 
 苦しめたかったわけではない。 それがクライドにとって都合が良いことだったとしても、幻でも何でも、クライドはリンディ・ハラオウンに笑っていて欲しかった。 喜んで欲しかったのだ。 それが余計に、彼女を苦しめることになるとは考えもせずに。

「離婚届けが欲しいなら今のうちだぞ」

「馬鹿。 私は、グリモアさんと違って絶対にサインしませんからね! 大体、ハネムーン中にそんなことする夫婦はいません!」

「まぁ、書いてもないから意識的なもんだけどさ」

「それでもです」 

「……なぁリンディ」

「はい」

「俺は”お前”を助けるぞ。 でも、もしお前が嫌なんだったら言えよ。 無理に付き合う必要は無い。 俺に遠慮することは無いぞ」

 自然と優しい声でクライドが言った。 しかし、返答は彼の意図とはズレていた。

「嫌です」 

「おい、ここは男が女の愚痴を聞いて慰めてやる場面だろ!」

「そんなのは知りません。 だいたい、私の時間は有限なんですからね。 短いからこそ、貴方に自分の嫌な部分は出したくない。 本当は、全部曝け出すべきなのかもしれません。 でも、私は貴方を困らせたくないし嫌われたくない。 幻滅されたくなんてないから、ここは強がるのが正解なんですよ」

「あのなぁ、今更俺がそんなことで嫌うとでも思っているのかよ」

「クライドさんが良くても、私は気にしちゃいますからね」

「はぁ。 まぁ、それでいいならいいんだが」

「その代わり、クライドさんにもう一つだけお願いしてもいいですか?」

「なんだ。 まだ何かあったか」

「ええ。 大事なことが後一つだけ」

 リンディは迷わない。 保険を許容しても、それだけは許容できないことがある。 だから、言うのだ。 

「もし、これが最後だとしたらこの私のデータは完全に消してください」

「な……に……」

「私は、成り代わりたいです。 ずっと、貴方のリンディ・ハラオウンで居たい。 でも、やっぱり”身代わり”は嫌です。 存在できる私は一人だけ。 だから、だから、お願いしますね」

 助け出せた遠い未来の果てに、オリジナルも死ぬだろう。 それは、寿命という名の摂理がもたらす現実だ。 でも、もしその後でクライドがリンディ・ハラオウンの在続を望むことがあるとしても、今のこの彼女が身代わりになることはできない。 その頃にはもう、彼女とオリジナルでは”乖離”しすぎているだろうから。 クライドが望む、乖離したリンディ・ハラオウンを演じられないだろうから。 だから、自らの消去を望むのだ。

「――わかった。 約束する」

 クライドは頷く。 それが、彼女だけのオリジナリティを望んでのことであれば、拒否する理由はない。 自分の記憶の中だけに残る花嫁。 例え、幻として消え去るだけだとしても、データとして存在した証が消えたとしても、クライドは忘れてはやらない。 忘れたくないと思った。 この、翠幻の花嫁のことを。 一日だけの、彼女のことを。

『マイスター、そろそろたどり着くロボよ』

 ミニモアが、注意を喚起するように告げる。 クライドはそれに頷いて、装甲メットを跳ね上げた。

「リンディ」

「はい」

「愛してたぞ」

「私もです」
 
 黒と翡翠の双眸が揃って笑顔で見つめあい、一瞬だけ零になる。 その刹那の一瞬は、永劫にはとどまれない。 けれど、それは確かな記憶として二人の魂に刻まれた。 忘れられない、一瞬となった。

 離れれば、それで終わりかもしれないと感じて二人して離すことを躊躇する。 しかし、その迷いを断ち切ったのはリンディだった。 お互いに、これ以上は甘えることはできない。 クライドは無言で頷き、装甲メットを閉める。 そうして、抱いていた手を離す。

 マジックレールを解除し、通常の飛行に切り替えて二人で第三採掘場へと突入する。 そして、採掘場にしては場違いな区画を裸眼に映す。

「なんだこれは」

「ゴルドさんが……」

 数えるのも馬鹿らしいほどの生体ポッドが、円冠のように整理されている。 まるで、球場やらコロシアム、あるいは競技場の観客席のようにも見える場所に設置されているポッドに、彼らは瞳を閉じたまま苦悶を浮かべていた。 それら全て、生きていた。

 全てに不可解な魔力、超魔力の反応があり、一人一人のエネルギーは常軌を逸して余りある。 これら全てが目を覚ませば、二人では数の暴力に抗えないことだけは確かだっただろう。 だが、クライドもリンディも彼らが襲い掛かってくることはないだろうと察した。 なぜならそれは、まさしく生体パーツそのままだったからだ。

 醜悪で、悪趣味で、ドス黒い狂気に犯されている。 まずまっとうな人間にはできないだろうことが、そこでは慄然と存在している。 二人は揃って不快感に眉を顰めながら、ただまっすぐに空を飛んだ。 入り口の反対の位置にはデータ通りにトランスポーター<転送装置>が一機だけ設置されている。 目標とするならそこだ。 しかし、当然のようにそれをさえぎる人影があった。 レグザスとゴルドだ。

「よく着たなクライド・ハーヴェイ。 待ちくたびれたぞ俺は。 嗚呼、待った。 幾星霜の時をただずっと。 ただひたすらに待ちわびたのさ――」

「ああ、そうかい――」

 クライドは、歓迎するように大きく手を広げたレグザスに付き合うことを放棄した。 展開された魔力電磁砲身<マジックレール>は正しく機能し、クライドを轟然と打ち出した。 握られた手の先には対魔法刀。 刃に添えられた左手を滑り、切っ先が容赦なく紫銀に染まる。 数秒とかからずに彼我の距離が近づいていく。

 莫大な推進力と共に突き出された切っ先が、容赦なくレグザスを襲う。 呆気ないほどの無防備。 抵抗らしい抵抗もないように見える。 だが、レグザスが突如として”それ”を展開した。

 右手に顕現するは長大な棒。 握りを入れれば三メートルはあるだろうそれの先には黄色いプラズマが展開されていた。 同時に、融合していたミニモアが悲鳴を上げる。

『そんな!? アレは間違いなく”このボディ専用”の兵装デバイス『トールハンマー』ロボよ!? ちょっ、聞いてないロボよぉぉぉ!!』

『どわっ、煩いぞミニモア君! 腹ん中で怒鳴るな!』

 無理やり電磁砲身を捻じ曲げるよりも先に、クライドが自前の魔力でハイスピードを展開。 無茶な体制で下方へと移動した。 余りにも無茶な選択。 移動速度を制御しきれずにその体が、凄まじい勢いで落ちていく。 と、その上を一瞬送れて黄色いプラズマが超音速で通り過ぎる。

「クライドさん!?」

 遅れてクライドを追っていたリンディが、直撃を受けそうになったクライドを心配して声を上げる。

「大丈夫だ!」

 飛行魔法で体制を整え、地面に叩きつけられるよりも先に慣性を殺す。 無理やりな姿勢制御。 身に纏ったBDYが、一瞬エラーデータを吐き出すも、ミニモアが強引にエラーを修正。 すぐに黙らせ、クライドにデータを送る。

『トールハンマー<雷神の鉄槌>、この機体に装備されていたはずのデバイス。 アレは庭園でこのボディと一緒に虚数空間に飲み込まれたんじゃなかったロボか?』

『そのはずだったんだが、実は落ちずに庭園に放置されてたみたいだな。 奴らに回収……されていた……のか』

 厄介な話だった。 アレは、完全型機動砲精と同等レベルの小型魔力炉を搭載されている兵器だ。 ミニモアに残されているデータから参照しても、十分に脅威だ。 ギリリッと、クライドが奥歯を噛む。

「はっはー、さすがにこいつが怖いか? 何せ、お前は一度これで地獄を見ているはずだからなぁ」

 脳裏に、アルシェの擬似人格を内蔵した完全型との戦いが一瞬過ぎる。 その凶悪さはまだ、彼の記憶にも鮮烈に刻まれている。 しかし、クライドにそれを憂う暇はない。

「ゴルド、お前がリンディ・ハラオウンを片付けろ。 俺はこいつを足止めする。 せっかく浚ったお姫様をただで帰すなんてなぁ、悪役のすることじゃあないからなぁ。 利用しつくしてやるのが華ってもんだ」

「――」

 苦渋の顔で、ゴルドが飛翔する。 咄嗟にクライドが遮ろうとしたが、すぐさまその行動を打ち切る。 黄色いプラズマだ。 その身に宿っている砲精のそれよりも、さらに凶悪なそれが、レグザスの握るデバイスに集束していくのが見えた。 無視することはできなかった。

「リンディ、そいつは任せるぞ!」

「はい!」

 リンディが杖を振り上げ、上がってくるゴルドに叩きつける。 翡翠と黄金の輝きが、頭上で爆裂し一瞬の閃光となって周囲を照らす。 その光を受けながら、クライドはブレイドブーツ<ローラーブーツの車輪に魔力刃を発生できるブーツ>を展開。 脚部に装着すると同時に、展開していた魔力電磁砲身へと飛び込む。

 加速するブーツは、ローレンツ力による強引な推力に悲鳴を上げながらも彼の体を大地に沿うように走らせる。 ほとんど同時に、レグザスのトールハンマーが火を噴いた。 プラズマが殺到する。 衝撃波を引き連れながら発射されてくるプラズマを、クライドは遮二無二に避けていく。 まるで円を描くような機動のその後を、残像を貫くようにしてプラズマが通りすぎていく。 クライドの体は遠心力に負けないようにと傾けられ、同時に飛行魔法による姿勢制御でスケートをするかのように電磁加速。 坑道にミステリーサークルよろしく車輪の跡を刻んでいく。

「おうおう、使ったことのない戦術で俺をかく乱するつもりかよ」

 トールハンマーを両手で抱えながら、引き金を引き続けるレグザスが嘲笑する。 クライドにローラーブーツをザースのように十全に使う腕はない。 無理やりに魔法を組み合わせて機動力としているが、錬度は比べるべくもないのだ。 勝るものは唯一つ。 その加速性能だけだった。

「なるほどなるほど、そんなに”近接戦闘”がしたいか! 遠距離ほとんど捨ててるせいで近づかなきゃ何できないものなぁお前は!!」

 トールハンマーは長大だ。 三メートルの棒を”人間”が振り回すなら攻撃方法はおおよそ二つに限られる。 振り下ろすか、振り回すかだ。 クライドが飛行しないのは、攻撃方法を限定させたいからだとレグザスは読む。 飛行していれば全方向からの攻撃が可能だ。 砲撃の逃げ道を減らし、被弾確率を増やすリスクを背負ってでも攻撃手段を限定させたいのは近接戦闘をするためだと容易く予測できた。

「ハッ、嫌に饒舌だなイレギュラー! そんなに、ゴルド・クラウンで遊べたことが嬉しかったか!」

「おうよ。 あいつらが俺は大嫌いだ。 あんな顔をした奴が、シュナイゼルの顔をした奴がのうのうと生きているだけで虫唾が走る!! だーから、そんなあいつが屈辱と恥辱で身を振るわせたあの瞬間は最高に楽しかったぜ」

 何度も何度も引き金が引かれる。 機動予測データがトールハンマーに蓄積され、弾道を自動修正していく。 クライドをロックしながら、必殺の弾丸を叩き込む準備を整えていく。

『ちょっ、もう安全マージンが十センチも無いロボよ!?』

『だったらもっと加速しろ! まだ余裕あるだろ!』

『無理言うなロボ。 カノン・テインデルほど柔軟な制御能力は私には無いロボよ。 空の上ならともかく、これ以上地上で加速すると制御不能になるのは目に見えてるロボ。 そもそもこんな運用は考えられてないロボ! 機動データをよこすロボぉぉぉ!!!』

『無くてもやるんだよ。 演算能力が足りないっていうなら、全デバイスの演算リソースを使ってもいい!  ほら、行くぞ!』

『げっ、スターダストフォール!? ちょ、今そんなことしたら――』

 アルハ式で青い円環状の魔方陣が前方に展開される。 クライド自前の加速装置。 クライドは円の機動の中、ザースよろしく飛び込む。 瞬間、更に瞬間的に加速した二人は遂に足を取られて地面を明後日の方角へと滑っていく。 さすがにそれは、トールハンマーの機動予測を逸脱した機動だ。 プラズマ弾はそれを追うことができずに明後日の予測位置へと突き進む。

「ぎゃははは、ちょっ、お前こんな時になにやって――」 

 失笑を禁じえないレグザス。 その彼が見たのは倒れた瞬間に地面に打ち込まれたであろう、ワイヤー付きのブレイド。 ブレイドには当然のように青い刃が展開されており、その柄に止められているワイヤーがピンッと張っているのが目に見えた。 そしてその先では、明後日の方向へ飛んでいったはずの男がブレイドを基点に円運動を再開している姿も見えた。 その先には、またもスターダストフォールの魔方陣。

「――は?」 

 地面を滑りながらも、視覚による認識ではなくグラムサイトによる眼で見ているクライドは、俯瞰した眼で認識しながら戦場を滑る。 そして、そのときが来た。 第二加速で一気に加速。 刃を消し、楔としての役目を終えた右腰のブレイドのワイヤーを巻きながらレグザスの斜め前を通って右後方へとぶっ飛んでいく。 まるで砲弾のように打ち上げられたその姿は、正に人間大砲だ。 その度重なる常識外の変態機動は、トールハンマーの自動照準システムを逸脱する。 そして勿論、レグザスの思考さえも超えた。 呆気に取られた彼が砲身の向きを変えることも先に首だけで後方を見た瞬間、クライドが青いシールドの上に着地していた。

『くぅぅぅ、魔力を脚部に集中させたとはいえさすが足に来るな!』

『ひぇぇぇ、今脚部に凄まじい負荷が来たロボよ!? エラー続出!』 

『動ければいい! ほら次行くぞ』

『なんてデバイス使いの荒いマスター!』 

 このまま使い潰されるのではないかと恐怖するミニモアをよそに、クライドがまたもスターダストフォールで虚空を飛ぶ。 と同時に、ブレイドブーツは収納され、掲げられた対魔法刀が大上段から振り下ろされる。 

「ちっ――」

 レグザスがはき捨てるように舌打ちしながら、トールハンマーで振り向きざま受け止める。 纏った電磁フィールドが、クライドの対魔法刀とぶつかって火花を散らす。 が、それも束の間。 すぐにクライドが魔力量の差で押し返される。

『無理ロボよ! やっぱり出力差が歴然ロボ!』

『背中のマガジンに詰め込んできた、トライデントからのプール<貯蔵>分の魔力も使え! かまわん、こいつを倒した後で武装を奪えばどうとでもなる!』

 一瞬絶句したミニモアだが、すぐに命令に従って温存魔力を開放する。 紫銀が更に輝きを増し、BDYにも比例して力が漲る。 

『基本は全部膂力に回せ、他は最小限でいい!』

『ひえぇぇ、今度はユニットが過剰出力に悲鳴を上げてるロボ!?』

 エラーメッセージが機体各所から湧き上がってくるも、クライドはそれらをことごとく無視しながら切りかかる。

「どりゃぁぁ!!」

「なっ、打ち負けないだと!?」

 パワーブースト<腕力補助>にそのほとんどの魔力を費やし、クライドが攻め立てる。 取り回しの悪いトールハンマーでは、その距離は圧倒的に不利だ。 やがて鍔迫り合い、至近距離で睨み合う。 

「はっ、強い武器もったからって使いこなせなきゃ意味がないんだよ!! そもそも俺に、そんな長大な武器を扱った経験はない!」

 杖型や銃型は申し訳程度にはある。 リンディの薙刀も調整のためにこっそりと触ったことだってある。 しかし、それらをモノにしたことはクライドにはない。

「俺の偽者がそんなもん扱えるわけがない! 横着すんな不可解野郎ぉぉぉ!」

「遠まわしに自分を否定している癖になんて偉そうな!」

「ふははは、更に――」

「げっ――」

 レグザスの眼前で青い魔力を纏ったワイヤーが、無機物操作魔法によってクライドの腰の両側と肩から伸びてくる。 その先にはマジックガンが一丁ずつ。 銃口に青の魔力を蓄えている。 計四門の銃口を前にして逃げ出す暇はレグザスにはない。 

「零距離から食らえ。 一斉射撃だ!」

 AAA級の魔力が内包された魔導砲が4×2の数だけ発射される。 八発の魔導砲。 瞬間、クライドの眼前で青の光が溢れた。 砲撃の破壊力は容赦なくトールハンマーによって構築されている電磁フィールドを消耗させる。 対消滅した分の魔力を補填するために内臓されている魔力炉心から魔力を供給するも、それをクライドは許さない。

「はっ、たったその程度の攻撃でこの防御が抜けるわけねーだろ!」

「安心しろよ――」

 レグザスの眼前で、マジックガンのマガジンが地に落ちる。 だが、その後に展開されたマガジンが、ミニモアの補助による無機物操作の魔法でごく自然とマガジンに装着される。 それにより再び発射体制が整う。 クライドが、呆気に取られたレグザスに言う。

「今日は当然のように”在庫全部”持ってきてるんだ」
 
「――は?」

 マガジンの自動装填の後、左手の甲から発射されたワイヤーショットが発射されて電磁フィールドに吸着。 高速移動魔法での回避が封じらる。 更に、クライドの魔力によってシールドカッターが周囲に展開。 物理的な逃げ道をことごとく封殺する。

「”何のために”このデバイスを無理して用意してきたと思ってるんだ。 どうせ邪魔するだろうお前を、こうしてハメ殺すために決まってるだろうが!」

 何か用意して立ちふさがってくることはクライドには読めていた。 そもそも、前回のハイブリットデバイスのことを考えれば予備か何かがある可能性があった。 それを使われればクライドは一人では太刀打ちできない。 ディーゼルが都合よく居るわけもないし、同じ手は警戒されて通じないだろう。 だから、単独で打ち勝つための手段としてBDY<バトルデバイスユニット>を無理やり用意してきたのだ。

 本来ならグリモアのボディから魔力炉を借りるつもりだったが、彼女がミニモアをクライドに付けたのでその必要は無くなった。 そして、立ちふさがる敵を倒すために貯蓄してきた魔力がある。 完全型の最大制御魔力は、当時のグリモアの比ではない。 今でこそ使い古しの魔力炉のせいで出力が制限されているが、魔力さえ用意できれば短時間ならいくらでも誤魔化せた。

「くくく。 はははは。 てめぇ、俺を倒すためだけに! リンディ・ハラオウンを助け出すためだけにこんなものを用意してきやがったか!」

「それ以外の理由はいらないからな!」

「嘘だな。 お前には俺に聞きたいことがあるはずだ。 全ての真実。 始まりから終わりまで、これまでの流れの全てを知りたい。 そんな顔してやがるぜ!」

「いいや、ないね。 それを知る必要があるのは俺じゃないし”遺言”なんざ聞きたくない。 お前らの都合も事情も知ったことじゃないんだよ。 そんなどうでもいいことに、一秒たりとも俺とあいつの時間をくれてやれるかぁぁぁ!!」

 思わせぶりな言葉を一刀の元に切り捨てると、クライドは容赦なく引き金を引く。
 撃って、装填して、撃って、装填する。 撃つたびに消耗させられたレグザスの体から、魔力が削られていく。 それは正に、本人の魔導師としての力量を完全に無視した攻撃だった。 青い閃光が何度も輝き、吼え続ける。

「あいつが待ってるんだ。 嘘を悔いながら、死んだはずの男を捜してるあいつが――」

 何も知らずに捕らえられ、利用されている翡翠の彼女。 勝手に訳の分からない奴らの都合で管理世界を破滅させるための道具にされようとしている。 その果てに、故郷を滅ぼす女という烙印を背負わされようとしている。 それを許容することは、クライドには到底できない。 一分でも一秒でも速く、そんな悪夢から解き放ってやらなければならないのだ。

「だからお前は、さっさと消えろ不可解!!」

 機械の膂力にモノを言わせ、クライドが対魔法刀を押し切る。 フィールドに接触した刃が、抵抗するフィールドで押し返されるも彼は止まらない。 無理やりに過負荷を与えながら打ち続ける。

 その、鬼気迫るクライドを前にしてレグザスは抵抗しようと思えばできた。 しかし、そんなことをしなかった。 ただ、より悪辣な趣向を取ることを選んだ。 

「そんなに女が大事か。 そうだ、男はそうでなくっちゃな! くく、いいぜいいぜ、クライマックスに向けてそれらしくなってきたじゃないか! どうやら、俺はお呼びではないようだな。 ゴルド!」

 レグザスが叫ぶと、リンディと戦っていたゴルドがすぐに降りてくる。 援護を要請したのかと、クライドが身構えるもレグザスはそんなクライドを無視してあろうことか抵抗を止め、スターダストフォールを発生させるとゴルドに向かってトールハンマーを射出した。 

「お前!?」

 トールハンマーの助けが無くなったレグザスの体が、刀によって切り裂かれると同時に、マジックガンで打ち抜かれ魔力に霧に還っていく。 その最中、こびりつくような悪意がクライドを嘲笑う。

「精々、間に合わせろや夜天の王。 天秤が傾きすぎた。 だーから、俺は帳尻はあわせるぜぇ――」

 言いたいことだけを言って、その体が完全に無に還る。 その残影を呪う余裕はクライドには無い。 ゴルド・クラウンがトールハンマーを手に入れた。 それが意味するところは、酷く単純だ。 SSSランクの魔力を持つ魔導師が、同等の魔力を自力で生み出すデバイスを手に入れたということ。 庭園での戦いの焼き増しだ。

「駄目だリンディ! 避けろ!」

 クライドの眼前で、銃口にプラズマ形成される。 杖を眼前に突き出し、シールドで防御する体制に入っていたリンディへの叫びは、間に合わなかった。 引かれた引き金は、容赦なく音速を超えプラズマをシールドへと叩きつける。 その一撃に、一瞬リンディのシールドが抵抗する。 だが、その後に続く黄金色の砲撃。 間髪いれずの二発めに、リンディの顔に苦悶が奔る。 

「くっ――」

 トライデントのバックアップ魔力を貯蓄していた分で強化してもなお、その一撃は受け止められない。 SSS級魔法の二連撃。 ディストーションシールドではない通常のシールドでは、その圧倒的な力の本流に耐え切れそうにない。 逡巡する余裕は、クライドにはない。 伸ばしたワイヤーを巻きながら、魔力電磁砲身に飛び込み彼女の元へ全力で飛ぶ。

「まだだ! 俺を信じろ!!」

 クライドの脳裏にノイズが走る。 彼の視界が0と1の世界に堕ちると同時に、青の魔力が一瞬消える。 その後に、遂に翡翠のシールドが砕け散った。 その向う、手を伸ばしたクライドの向うでリンディ・ハラオウンの体が黄金に閃光によって成すすべなく吹き飛ばされる。 青のバリアジャケットがフィールドごと消し飛び、両手で突き出すように構えられていた即席のデバイスが砕け散る。 残骸と共に、翠幻の花嫁の体が虚空へと投げ出され月の重力に捉えられて堕ちて行く。

「リンディ! まだ俺たちの旅行は終わっちゃいないぞ! 眼を開けろ!」




「ッ――」

 黒の成年の声が耳朶に響く。 リンディ・ハーヴェイはその声を、確かに聞いた。

(私はまだ、生きているの?)

 天地逆になった視界の中で、辛うじて繋がっている現実へと意識を向ける。 砲撃の直撃を受け、死んだはずだったのにまだ生きている。 生きて、落ちている。 その向うに青と紫銀の光が見えた。 逡巡は、一瞬。 意味を理解した本能が彼女の戸惑いを凌駕する。 手を伸ばす。 その手が青い装甲の主に浚われる。 途端――浮遊する感覚と力強く抱きしめられる感覚を同時に得る。

「今はまだ続いてる! そうだろっリンディ!」

「――はい!」

 バリアジャケットを再展開しながら、すぐにクライドに応じる。 その体が、急激なGを得る。 クライドがバレルロールしながら、回避行動を取ったのだと感じた次の瞬間、黄色のプラズマが周囲を抜けていく。 敵の追撃だ。 プラズマは採掘場の壁に衝突し、弾痕を穿つ。 砕けた壁面が地上に降り注いでポッドを割った。 だが、それでもゴルドは止まらない。 グラムサイトの視界で、リンディはそれを把握する。 

「野郎、見境が無いな。 この施設も代替があるっていうことか」

「みたいですね。 もしかしたら、この施設も数あるうちの一つなのかも」

「保険が多すぎるぜまったく。 どれだけ周到に準備してきたってんだ!」

 アルハザード時代から新暦の現代まで。 暗躍し、ただひたすらに理想郷を構築しようとしてきたレグザスたち。 その恐るべき執念とも言うべき仕事には、クライドをして驚愕を禁じえない。 どこからどこまで想定し、どのような終焉を模索してきたのか? そしてそれを、ただ延々と続けてきたそのモチベーションの源はなんなのか? 興味が無いわけがない。 レグザスは喋りたそうにしていから、訊ねればもしかしたら嬉々として話したかもしれない。

 なにせ、これが最後だ。 これ以上はない。 結果がどうあれこれで幕切れ。 その事実は変わらない。 既にこのアフターストーリー<後日談>は終わりに向かって加速しているのだから。 けれど、それはクライドが知るべきことではない。 知る必要が無いことだった。

「ミーアに感謝しないとな――」

 悪態を着きながら、好奇心を仕舞いつつクライドは装甲メットを跳ね上げる。 そして懐に忍ばせてあった預かり物を手に取った。 それは、赤いビー球や宝石にも見える球体だった。 出撃前に、ストラウスと見送りに来たミーア・スクライアが、クライドに預けた”お守り”だ。

「これを使え」

「インテリジェントデバイス……ですか?」

「ああ。 そういえばまたしても御神体を拝むことを忘れてな。 なんなんだよちくしょう! 俺とレイハさんには縁が無いとでもいうのか運命!」

 悔しそうにリンディにとっては意味不明な言葉をのたまうデバイス馬鹿。 それに苦笑しながらも受け取ったデバイスを起動しようとした瞬間、リンディは目を瞬かせた。

「クライドさん、パスワード<起動呪文>ってなんですか?」

「――は?」

『あっ、何をボケてるロボ!? 直撃コースロボよぉぉぉ!?』 

 黄金の閃光が迫る。 ミニモアが強引に移動方向を上に捻じ曲げ、ゴルドの追撃を振り切る。 反撃する余裕はない。 プラズマ弾と黄金の魔力砲撃をかいくぐることだけに専念する。

「ぱ、パスワードだと? ……やべぇ、聞いてないぞ」 

「ふえぇぇ!? 使えないじゃないですかそれじゃあ!」

 クライドが用意した杖はゴルドに破壊された。 その残骸は、既に落下して手元にはない。 デバイスが無くても魔法は使える。 しかし当然、その状態ではリンディはフルスペックを発揮できない。

「レイハさーん、巻きで頼むってマジで!!」

 だが、クライドがどれだけお願いしても御神体は却下した。 それは単純にセキュリティの問題だった。 インテリジェントデバイスにしても破格の融通を利かせられる彼女(?)であっても、正統な持ち主ではないリンディではどうすることもできない。 ミーアならば所持者なので登録魔力を参照するだけで工程を短縮できるが、彼女はそうではないのだ。 

(あー、どうする。 どうする。 一人じゃ荷が重すぎるぞ。 ……いや? 覚えてはないが、知っているか? でもアレでいいのか本当に。 ええい、南無三――)

 記憶の海に検索を掛ける。 所詮その身は魔法プログラム。 全ての記憶はデータとして保存されている。 思い出せずとも、データとして閲覧することはできた。 あの、アニメでの本家のやりとりを。 

「ちょっと長いが復唱しろリンディ。 これで駄目なら次の手を考える!」

「はっ、はい」

「我、使命を受諾するモノなり――」

「わ、我、使命を受諾するモノなり――」


 我、使命を受けし者なり。
 契約のもと、その力を解き放て。
 風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。
 この手に魔法を――


「――レイジングハート、セットアップ!!」


――stand by ready. set up.


 赤い宝石が明滅する。 リンディの魔力に反応し、待機状態から戦闘状態へと移行するために変形。 収納していたパーツを次々と展開して組みあがっていく。
 ビー球サイズだった赤い宝石は手のひらよりも大きなコアとなり、排熱のための二本の突起が付いた黄色い月のような支柱に支えられる。 白い杖の握りはリンディの身長に合わせて伸縮し、支柱と合体。 現代の魔導師の武器たるデバイスと成った。

「あ、あのークライドさん。 何故かジャケットが勝手に……」

「大丈夫、誰も気にしない!」 

「そういう問題じゃありません!」

 デバイスが展開された。 それはいい。 だが何故か、展開と同時に青いバリアジャケットを身に纏っていたはずのリンディは、クライドだけが見覚えのある白いバリアジャケットに身を包んでいた。 それは、某フェレット娘ご用達の魔法少女服だった。 白いジャケットに白いロングスカート。 その胸元に揺れるのは、かわいらしい真紅のリボンだ。

「AIも問題ないって言ってますけどその……」

「だったら大丈夫だろ。 俺が前に出る。 お前は、無理しない程度に攻撃してくれ。 レイハさんは砲撃特化のデバイスだが、お前ならどうにかやれるだろ」

 クライドは無責任にもリンディの体から手を離す。 一瞬、リンディが恨めしげな視線を送るがすぐにゴルドの攻撃に対処するべく背中の羽をはためかせる。 風圧ではためくスカートが恨めしい。 ジャケットを戻そうにも、そんな暇はもうなかった。 感応制御システムのもたらすデバイスの魔法プログラムを参照しつつ、クライドのバックアップのための準備に入る。 そして、リンディは驚いた。

(このデバイス、さっきまでのよりも更にリソースに余裕がある!?)

 クライドが用意したそれよりも更に余裕があり、そして驚くべきことに命令せずとも勝手にリンディのために自動的にシステムを最適化していた。 反応もインテリジェントデバイスにしてはすこぶる良い。

(砲撃用のシューティングモードに通常のデバイスモード。 内臓のプログラムはミッド式……これなら――)

 プラズマの雨を必死に掻い潜りながら接近しようと試みるクライドにあわせて、リンディは地上に降り立つと脳裏に浮かんだスコープの映像に意識を向けた。














 左手に逆手の刀を握ったまま、右手で番の刃を振り下ろす。 白紫に燃える炎熱の業火の切っ先は間の空気を焼き尽くしながらも剣姫に向かって幾度もの弧を描く。 その刃はしかし、当たり前のように振り下ろされた鋼によって逸らされる。 瞬間、触れ合う刃のフィールドが反発し、魔力の火花が飛び散った。

 瞬きする暇はない。 無理やりに軌道を変えられた刃を直すよりも先に、体が反応。 レイスよりも速く戻ったカグヤの刃が間髪いれずに首に向かって飛来する。

「ッ――」

 間一髪、逆手に握る刃を突き出し防御――する寸前で刃が軌道を変えた。 突きとも唐竹とも思えるその一撃は、雷鳴の如き速度で迫り、彼の頭部に触れる前に虚空で止まる。

「42回」

 明朗とした声が響く。 一瞬ビクリと動きを止めたレイスが反応するよりも先に、カグヤは後方に飛び距離を取る。 そうして、”延々”と仕切りなおす。 必ず、それは二十手以内に行われた。 紅眼の主は表情一つ変えることはない。 怜悧に、ただつまらなそうな眼で彼を見るだけだ。

「くっ――」

 レイスは無言で刀を構え、歯噛みしながらも離れた距離を詰める。 その戦いには、無限踏破さえ使われなかった。 もはやそれは、戦いでさえなかった。

「どうしたの。 剣先が鈍っているけれど」

 声にはまるで驕りが無い。 迷いも無い。 ただ、漠然とした事実だけを取り込んでそこにはあった。

 分かっていたはずだった。 しかし、それでも前回は打ちあえたはずだった。 なのに、何故こうまで差が出るのか? 超えられない壁。 その高すぎる壁が、彼の望みを阻んでいた。

「何故――」

「これが当然の結果だからよ」

 最後まで言わずとも、返答が帰ってくる。 

「万に一つ? 億に一つ? それとも兆に一つ? 無理よ。 このまま何度やっても結果は同じ。 そもそも、貴方は私相手に全力でさえないもの」

「嘘だ! 俺は全力だ! 全力で貴方を――」

「求めているって? 真逆。 そんなわけがないでしょう。 私は真実貴方の母親ではないのだもの。 私を手に入れるですって? 仮にそれを成せたとしてもその後は? 私に甘えたところで意味が無い。 いい加減、自分を騙すのは止めたらどうなの」

「黙れ!」

 突撃するような勢いでレイスが突進する。 一足飛びに距離を詰め、渾身の一撃を叩き込んでくる。 だが、それにどれだけの威力があろうとも関係がなかった。 もはや、まともに刃が重ねられることさえない。 半身に避けられた程度で、刃が空振る。 振り下ろした右腕の刃が、レイスの望みを裏切った。 

「虚言を吐く意味が私にはないのだけれどね。 ほら、43回目」

 顎下に、ピタリと止められた刃がある。 切っ先はまたも左腕の防御をすり抜け、鋼の威容を眼前に晒していた。 騎士甲冑のフィールド出力を考えれば、それで即死するほどではないようにも見える。 だが、今こうしてセンサーが捕らえたその数値が全てではもちろんない。 瞬間的に魔力値が変動しているのは当たり前。 そもそも、AMFがまるで意味を成していないのだ。 魔導師であるならば、それはありえないことだった。

 ミッド地上の戦いにおいては出力が落ちていた。 しかし、今回に限って言えば”それ”がない。 しかもレイスが望むほどの全力でもない。 これでは、レイスの望みを叶えるにしても時間がかかる。
 
「分かっているはずよ。 私は貴方の母親ではない。 似ているだけの別人なのだから、貴方の刃には意味が無い。 それは、誰よりも貴方自身が理解しているのではなくて?」

「――ッ」

「いい加減、事実から目を逸らすのはやめたらどうなの。 坊や」

 身代わりが欲しいだけかと、それで満足するつもりなのかという問いが痛烈にレイスの心を抉った。 それは、ただの事実だ。 だがそれがこうも眼前に並び立ち、彼のモチベーションを殺そうとする。 確信的な矛盾がある。 当たり前のような事実が、このやり方の整合性のなさを糾弾するかの如く脳髄に無理やり叩き込まれてくる。 レイスはそれに、耐えられるほどの精神的強度を持たなかった。

「――煩い」

 ピシリっと、埋まらぬ空隙を埋めたがる心が軋んだ。

「煩い、煩い、煩い煩い煩い煩い煩い! 母と同じ顔で! 母と同じ声で! それ以上俺を嘲笑するなぁぁぁぁ!!」

 幼子のような感情が爆発する。

「情けのつもりか!? 俺では届かぬからと! 俺には負けぬからと、一刀さえ叩き込まずに俺を惑わし、終わらせるつもりかぁっ!!」

「そういうつもりはないわ。 私はただ、相手をする意義が見えないだけだもの。 本当に、もったいない。 アークがどういうつもりで貴方に刀を託したのかは私には分からなったけれど――」

 心的外傷<トラウマ>となった最後の母のような顔で、剣姫が当たり前のように紡いだ。

「助けて欲しいのであれば、そう言いなさいな。 求道? 違うわよ。 貴方のそれは甘えたいだけの剣だもの」

「な――」

「駄々を捏ねたところで、現状では何も変わらない。 そもそも、私が身代わりになれないのは貴方自身がよく知っている。 妙にはっきりと前よりも認識しているおかげで前よりも刃が温いわ」

 どういうわけか、以前より霞がかった視界がクリアになっていた。 それが、どういう意味のものだったかは想像するに容易い。 その果てに、餓狼のような望みが揺らいでいた。 

「確かに、事実的には私と闘い合おうという体裁は整えてあるけれど、内面が更に酷い。 斬る斬らないどころではないわね。 しかも、私が欲しいと言いながらも本当に欲しいのは真実自分の本当の母親なのでしょう? ならば、必然。 私に対してその求道は意味を成さない。 だから、ただ輪郭を重ね合わせて甘えようとしているだけでしかない。 ああ、少し違うかしら。 変化したとも取れるわけね。 思春期の子供のような、甘酸っぱさが生まれている。 言うなれば心の麻疹みたいな痛痒? ふふっ、言ってて可笑しくなるわね」

「――”恋”、だとでもいうつもりか。 この俺の今の感情が」

「さぁ? それを決めるのは貴方の心よ。 コンプレックスかトラウマの影響かは知らないけれど、同情するわ。 それは決して、実ることのない果実だもの」

 カグヤ自身には、向けられた感情を受け止める受け皿が無い。 だから、それが実ることはないし、ましてや叶えてやる義理さえもない。 ともすれば、憎悪を抱いても可笑しくはない相手でさえある。 レイスの存在――生い立ちそのものが、彼女にとっては唾棄すべきものであるが故。

――だが、子は親を選べない。 

 作意でもって産み落とされただけの命には、憎悪を向ける意味がない。 それを向けられうべきなのはやはり”製作者”。 だからカグヤには、一片の殺意すらも抱く意味がなかった。

「それで? 結局、私に貴方はどうして欲しいのよ」

「……」

「勿論、私には貴方の望みを叶えてあげる理由はないし立て込んでるから面倒なことはしてあげられない。 けれど、内容次第では受けることのできる依頼もあるかもしれないわね。 私はフリーの魔導師でもあるのだから」

「”こんなとき”に、依頼だと?」

「”こんなときだから”よ。 これが、きっと坊やと会う最後の瞬間になるだろうから」

 死霊秘法は奪還するか、破壊する。 ここで終わらせるために、彼女が刃を捨てることはない。 そして、カグヤには彼を救う手立てはない。 できることは、多くは無い。

「このまま状況が動くまで私に甘えたい? それとも貴方を産み落としたシュナイゼルらの抹殺を望む?」

「……」

 依頼内容など、咄嗟には思いつかない。 そもそも、考えたことさえない。 ただ求めていた。 面影を。 あの日を振り払うための、否定するための材料を。 ただ、それだけだった。

(俺の望み。 ”彼女”に対する望みは――)

 瞳を閉じる。 脳が生み出した数多くのそれを集約し、選別する。 その間、当たり前のようにカグヤは攻撃を仕掛けなかった。 そもそも、敵とさえ認識していない。 もはや彼女からすれば、その辺りにいた子供に甘えられている程度の感想しか持ち合わせていないのだ。

 数秒の逡巡。 その刹那の時間で意味の無い望みが、レイスの中で意味の有る望みへと変換されていく。 そのさなか、彼は同胞の背中を思い出す。

――今度、また今度あいつらがやってきても、嫌だって自分を貫くための力が欲しいんです!! お願いします!! お願いします!! お願いします!!

 彼は去るだけの彼女を引きとめ、そして当たり前のように弟子となった。 まだ、そのときの光景は脳髄にこびりついている。 むしろ、欠落を超えたその先で、それが最初に記憶した光景ではなかったか?

(母はいない。 もういない。 居るのはただの同位体。 そんな彼女に望むものがあるとすれば、それは――)

――同胞が得て、自らが手に入れられなかった理不尽に抗うための武力のみ。 

「時間は――」

「――ん?」

「時間は、後どれくらい残っている?」

「次の出し物が私の眼前に現れるまでよ」

 全て叩き潰す。 用意された何もかもを打ち砕き、その上でペテン師を壇上に引き摺り出して断罪する。 そのためには当然、出てきてもらわなければならない。 この、茶番劇を用意した者に。 だからこうして暇を潰している。 死霊秘法を前にして、その瞬間を待ちながら。

 時間が無いのはクライドや管理局員であってカグヤではない。 究極的にはカグヤには”どうでも良い”ことでしかない。 それは、彼女の勝利には抵触しない事柄であるが故。 

「どうやら、”決めた”ようね」

「”ああ”」

 力強く頷く。 内面にある葛藤も、しがらみも、トラウマも超えて。 ただ、今眼前にある一人に剣士に願い請う。

「俺にも、アーク・サタケのような剣をくれ! 過去に縋るだけの今を乗り越える、そのための剣の力を!」

「いいわよ。 ただし、時間が無いから巻きでいくわ。 着いてこられるかしら、甘えたがりの坊やに」

「同胞にできて、俺にできぬ道理はない!」

「ならばクライアントの貴方に尋ねましょう。 設定する難易度は?」

「無論、最高難易度だ! 正真正銘貴方の全力を所望する!」 

「あら、欲張りなのね」

「甘えさせてくれると言ったのは貴女だ」

 それ以外にはないと、最も厳しい条件をレイスは望んだ。 その眼差しは、甘えから脱却しようという強固な意志が隠れている。

「いいのね?」

「二言はない」

「――”サード”」 

「よっしゃー! ついにアタシの出番かよ姐さん! AMFC<アンチマギリンクフィールドキャンセラー>だけで終わりかと思って退屈してたぞ」

 それは、ジル・アブソリュートがカグヤのために残した手札の一つ。 シグナムが手にするアギト・レプリカの元となった、夜天最強の騎士の忘れ形見の一つにしてその相棒。 烈火の剣精のオリジナルにしてカスタム<魔改造>型。 

 存在を隠蔽するために用意された特殊なドレスのポケットからもぞもぞとできてたその子悪魔は、主の友人の趣味によってコーディネートされている。 竜の如き背中の翼を出す真紅のドレスに、腰まで伸びた真紅の髪。 そしてなによりも、その身に宿す力を与える能力こそが彼女の最大の特徴だ。

「融合騎だと……馬鹿な!?」

「姐さんのこのジャケットはストラウスが夜なべして作った完全な戦闘用なんだぞ! 並の仕様じゃねーっての!」

 ふんぞり返りながら、サードが言う。 これまで、彼女がシュナイゼル一派の眼前に姿を現したことは無い。 理由は単純。 使う必要が無かったか、持ち合わせていなかったからだ。 だが、遂に彼女はこの場での解禁を許した。

「全力がいいのでしょう? 最後だし、出し惜しみせずに見せてあげるわ」

「いくぜ、姐さん。 あいつらの度肝を抜いてやろうぜ」

「ええ」

――ユニゾン<融合>。

 戦場を凍えさせる冷気が、急速に反転し空間が白い熱に犯される。 カグヤと融合したサードの資質反転機能が正しく熱量を育んだ。 握り締めた氷水に滴っていた冷水が、急速に沸騰し蒸気となって空気に溶ける。 その靄のような蒸気の向こう、奇しくも白紫に燃える五茫星形の魔方陣が顕現する。 

 黒髪は薄っすらと白に彩られ、銀とも白とも似つかぬ真珠の如き色に変化した。 その背からは、二対の魔力翼が顔を覗かせる。 肉体的な変化はそれだけだ。 しかし、当然のように増した魔力と威圧感は劇的なほどにレイスの感性を揺さぶった。

 元となった素体の能力の高さによって、融合による得る能力の上昇効果の恩恵が莫大なのだ。 対峙することで肌で感じるこの熱量はなんだ。 これに、彼女がシュナイゼル打倒へと延々と磨き続けてきた技量が備わるのだ。 その果てに顕現する戦闘能力の乗算結果など、考えたくもない。 だが――。

「ははっ――」

 レイスは笑った。 憑き物の落ちたような顔で、純粋にただただ笑って見せた。

(レグザス、これではお前の計略など意味がないな。 やはり、お前は嘘つきだ)

 融合による不純物の合一=魔力データの変質。 それは、ともすれば純粋な魔力データの収集が不可能になるという事実も孕んでいた。 レイスにもはやその気がなかったとはいえ、自らの望みが一つの計略を木っ端微塵にしたことを笑わずにはいられなかった。

(お前の言葉は、結局嘘になったぞ。 嗚呼、だがこれでいい。 これで――)

 自分を偽るのも、誤魔化すのも、もう止めだ。 焦がれた事実は否定しない。 母の面影を彼女に求めた自分にも嘘はない。 だがもう、そんな気分ではなかった。 ここから先の闘いは、一人の剣士としてのものになる。 他の誰にも犯せない、誓約の如きレイスだけの時間になる。 その間だけは、”事実としてレイスは彼女を独り占めすることができる”のだ。

――それはきっと、できもしないことを望むよりも暖かで、幸福なことに違いなかった。

「これからが44回目、だったな」

「ええ」

「僅かな時間になってもいい。 時間をくれたことに礼を言う”氷水の剣聖”」

「好きなだけ味わいなさい坊や。 噛み締めながら、焦がれながら、呪わしい悪夢の果てに得た一時の安らぎを享受するそのために――」

「ああ!!」

 レイスの魔力が鳴動する。 全力で駆動するリンカーコアは、魔力炉のバックアップを受けて限界までの魔力をその身に蓄える。 やがてその魔力は、超魔力に昇華されて第四魔法へと進化する。 足元に広がるテンプレートの文様が、一際輝くその瞬間。 レイスは再び剣を振り上げた。 このとき初めて、彼は茶番劇のシナリオから脱却した。













――shooting mode. set up.

 コアを支える支柱の如き月の台座が変形、U字の如き形を取る。 その眼前に、コアを明滅させながら翡翠の魔力が集中する。 そうして、環状型魔方陣は魔力弾が通り過ぎるのを待ちわび、今か今かと明滅する。

「とぉりゃぁぁぁぁ!!」

 脳裏に映る狙撃用感応スコープの映像の向うで、装甲を纏ったクライドがプラズマをかいくぐりながら突っ込んでいく。 機動砲精のスピード。 そして、プールした魔力を全て使う勢いで突き進む。

 ゴルドは地面の上から動かない。 ただひたすらに、トールハンマーの引き金を引きながら魔法を放つだけだった。 それが、最も効率の良い戦術であったのだ。

 魔力量で押しつぶすスタイルであるゴルド・クラウンにとっては、羽虫に周囲を飛びまわれる程度問題は無い。 魔力量に裏打ちされた膂力でもって、長大なトールハンマーを片手で扱い、左手に握り締めたゴールドロッドからは黄金色の魔法を放つ。

 散弾を、誘導弾を、直接射撃魔法を、集束魔法を。 固定砲台のようなそのあり方は、有る意味ミッド式の基本を遵守している。 バランス特化のミッド式。 近接特化ではなく、柔軟にありとあらゆる戦術に対応できるその魔法体系を魔力資質と魔力量の恩恵だけで振り回す。 その、なんと単純で醜悪なことか。

 クライドは当然として、似た要素を持つリンディでさえも当たり前のように嫌悪感を抱いた。 それには研鑽がまるで無い。 それはまさしく、適当に放っているだけの児戯だった。 けれど、それでも威力がある分性質の悪い暴力装置として機能していた。 言うなれば、攻撃力と防御力が異常に高いだけの大艦巨砲主義の戦艦だ。

『リンディ、ちまちまやってたって埒が明かない。 魔法攻撃の連打で押しつぶす。 休む暇もなく叩き込むぞ! 予定通り回線を明けてくれ!』

『はい!』

 デバイス間での通信ポートが開放され、データが共有される。 連携用に魔導師が用いる専用の回線だ。 これにより使用する魔法の攻撃範囲、威力、などのデータが共有され、レーダーなどに反映することで戦闘を円滑に行うことができるようになる。 ただし、共有データが多ければ多いほどにリソースを食うしユーザー同士の情報把握が困難に成る。 コンビや少人数でしかあまりつかわれない連携システムだった。

『データリンク確認。 火砲支援、行きますよクライドさん――』

――divine buster.

 リンディの砲撃の射線に入らないように、クライドは飛ぶ。 翡翠の魔力弾が魔方陣を通って加速。 大口径のレーザービームとなってゴルドに向かって伸びていく。 レイハさんの主砲、長距離砲撃魔法『ディバインバスター』だ。

 それに対するは黄金の円盾。 杖先に形成されたラウンドシールドが、砲撃を受け止める。 その瞬間、滞空防御が疎かになった空をクライドが詰める。

『ミニモア君、もう一回魔力を膂力へ回せ!』

『アイコピー。 もう、本当にどうなっても知らないロボ!』

 加速の勢いをそのままに、クライドが行く。 叩きつけるは純粋なる物理の一撃。 近接用に集束された銃口の先にあるプラズマをかいくぐり、膂力だけで挑みかかる。 魔法の威力に対して対魔法刀の頑丈さを武器にパワーで挑もうというのだ。 瞬間、青い閃光が残光となってゴルドの横を抜けていく。 

 衝突の瞬間、当たり前のようにBDY本体が軋みを上げた。 その異音を聞きながらも、クライドは抜ける。 バリアジャケットのフィールドが、表面を滑る刃の一撃を受けて悲鳴の如き火花を散らす。 手ごたえはあった。 ただの物理攻撃であろうとも、膂力さえ十分にあれば魔導師のフィールドに過負荷を与えることはできるのだ。 

 抜けると同時に、離脱。 そのすぐ後で、リンデイの砲撃を受け終えたゴルドが二人に対して反撃を試むべく獲物を構える。

『うっし、パワーブーストは攻撃の瞬間だけでいい。 それ以外は機動砲撃用で制御してくれ』

『了解。 ついでに、新兵器をお見舞いするロボよ』

『あ、こら勝手に――』
 
 抜けざま、振り返る暇もなく背面に搭載されたソードビットが四本分離。 演算能力にモノをいわせた誘導操作で虚空を飛ぶ。 それらはゴルドの周囲を旋回しながら翻弄、反撃のタイミングを崩すべく申し訳程度の砲撃を撃ち放つ。 それを知ってはいても食らったことはないだろう。 高速で移動するそれらが、不規則な動きをしながら攻撃を加えていく様は異様であった。 だが、クライドにはそれでも不満だった。

『もっと不規則に! もっと嫌らしくだ! そんなんじゃフレスタに簡単に落とされちまうぞ。 常に視界の外から攻撃するんだよ。 くそ、やっつけ仕事だったから動きが甘過ぎる。 今度持ってくる時に要改良だ。 メモ忘れんなよ助手二号!』

『ああもう、イチャモンつけるなら自分でやれロボ』

『できたら自分でやっとるわ!』

――Device mode. set up.

 排熱の煙を吐き出しながら、撃ち終えたレイジングハートが砲撃用フォームから変形。 通常のモードに戻りながら次の魔法を用意する。

『ふふっ、クライドさんたちは仲良しですね。 私たちも、負けてられないかしら』

 ソードビットの砲撃にまぎれつつ、こそこそとミラージュハイドで姿を消して、背後からゴルドに襲い掛かるクライドたち。 なんだかんだ言いつつも、内部のユニゾンデバイスと息を合わせて戦っている。 デバイスと魔導師は一心同体。 リンディも負けずに詠唱を継続していく。

 詠唱するは自分の得意な弾幕魔法とレイジングハートが得意とする砲撃魔法のとの合わせ技。 内包されているプログラムを改変<アレンジ>し、自らの得意分野へと昇華させる。 それを、インテリジェントデバイスたるAI<レイジングハート>の補助が加わり、即席の弾幕砲撃へと記述改変。 

――Divaine shooter EX.

「シュート!」

 リンディの周囲に膨大な数の光玉<スフィア>が展開され、一斉に乱舞した。 数えるのも馬鹿らしい魔力弾が強襲してくる。 タイミングに同調して高速移動魔法<ハイスピード>で射線から逃げたクライドたちの眼前で、砲撃に飲み込まれていくゴルドが見える。 だが、その瞬間はこなかった。 展開された黄金色のバリアがその砲撃をことごとく弾き飛ばしたのだ。 やがてその向こう、黄金に輝くその壁の向うから、長大な銃口がリンディへと向けられた。 

「レイジングハートさん!」

――Flier fin.

 ゲストユーザーの意思を汲み取り、跳躍するリンディの両足に翼が生える。 飛翔補助魔法「フライヤーフィン」。 背面の妖精翼と同調し、飛翔を支える媒体となる。 その足元を、いくつものプラズマが走り抜けていく。

 抜けたプラズマは当然のように辺りのポッドにぶつかって、無差別に全てを破壊。 そのたびにリビングデッドのシュナイゼル・クローンたちが魔力の霧へと還っていく。 

「俺を忘れるなっての!!」

 対魔法刀を収納。 同時に拳を振り上げてクライドがゴルドの背中へと突貫する。 両腕に展開されるのはガンナックル。 三連装の魔導砲を至近距離からぶっ放すための近接攻撃デバイス。 殴る、殴る、殴る、殴る。 膂力のブーストされた腕力と、砲撃の破壊力が合わさりゴルドのフィールドを痛烈に消耗させる。 地面に立っているその体には、滞空維持限界は存在しない。

 ゴルドの体が、威力に耐え切れずに地面を離れる。 リンディへの攻撃が止み、その体が吹き飛んでいく。 クライドの両腕からマガジンが落ちる。 次のマガジンを自動装填。 そこへ、回避行動の必要が無くなったリンディが杖を振り下ろし、誘導弾で反撃する。

――Accel Shooter.

 高速で飛来するは七つの球体。 グラムサイト圏内であることで、完全知覚された空間内を、通常の飛来速度を圧倒的に凌駕する弾速で意思の弾丸が飛来する。

『えい、追加攻撃ロボ!』

 ビットが踊る。 翡翠の球体に紛れ込み、上方から砲撃の雨を降らせたかと思うとそのまま落下。 普段は射撃口をふさいでいる刃を開いたまま、両手足に噛み付いた。 地面に縫いとめる形となったゴルドを、誘導弾が情け容赦なく襲い掛かる。 と、クライドもまた空へと飛び上がり射線を確保。 そのまま魔力電磁砲身を展開させ、大量のプラズマで追撃する。

『ミョルニル<雷神の鉄槌>フルロック。 休ませるな! 全弾ぶちこめ!』

『アイアイサー!』

『合わせます! ディバインバスター・フルパワー!』

 紫銀と翡翠の砲撃が身動きの取れない男一人に殺到する。 流星の如く地表に落ちる紫銀の弾幕。 それに遅れて大地に突き刺さる翡翠の柱。 採掘所が二人の魔力光で染まっていく。 と同時に、一拍遅れて砲撃の生み出した風圧が吹き荒れた。 視界が舞い上がった粉塵で侵される。 これほどの飽和攻撃。 常人ならば、これでケリが付いたと考えても可笑しくは無い。 だが、クライドとリンディが手を緩めることはなかった。

『クライドさん、私が彼のジャケットを抜きます。 だから――』

『抑えとけばいいんだな?』

『はい!』

 粉塵が晴れた一瞬、翡翠と黒の視線が絡む。 頷き合う二人に迷いはない。 リンディはそのまま杖をシューティングモードのまま掲げ、クライドは背面のバックパックに接続されていたマガジンを交換しながら武装を確認する。 

(ちっ、さすが試作一号機。 もうしばらくは持つが……想定していた運用範囲を超えてるせいでダメージが酷い。 完全に作り直しだな。 バックアップ分の魔力もさっきの砲撃で使い切った。 後は在庫か。 マジックガン用だから出力が心もとないが――)

『ミニモア君、ユニットの稼働データはちゃんとバックアップとってるな?』

『当然ロボ』

『なら、壊しても最低限元は取れてるわけだ』

『うげっ、やっぱりこの機体を使い潰す気ロボね!?』

『デバイスは塗装が剥げるまで使い込んで何ぼだろ。 だから、螺子一本レベルまで酷使するんだよ。 両腕一杯の愛をもってな――』

『そんな痛い愛はいらないロボ! まったく、機動砲精<オリジナル>が執心する理由がさっぱりロボよ』

『それは本人に聞いてくれって。 さぁ、もう一回行くぞ。 壊すぐらいの愛を持ってな』

『だぁから、サラッと怖いこと言うなロボぉぉぉ!!』

 虚空で反転。 天地逆の体勢からマジックレールで加速する。 加速する装甲が、粉塵を切り裂きながら落雷の如き勢いでゴルドを目指す。 と、レールの機動が変わる。 円を描く螺旋機動<スパイラル>。 それとほぼ同時に、下からは黄金の光が伸びてくる。

「――ぅぉぉぉぉぉ!!」

 すれ違う大魔力の光線が、クライドが居た場所を飲み込んで天井を貫く。 一撃は岩盤を砕き、土砂を撒き散らしながら月面へと伸びていく。 数秒後には、月面へと貫通。 クレーターの外側から宇宙空間へと抜けた。

 それで、安心できたら話は簡単だった。 ただの人間が狙う程度の砲撃魔法なら、向けられた杖の射線から逃げればどうにかなる。 問題は、その後に続くだろうトールハンマーからの砲撃。 拡散砲撃でも撃たれれば、至近距離からではどんな通常機動を取ったところで避けられない。

(グリモア君、ありがたく使わせてもらうぜ――)

 ミニモアに収納されていた実体盾を展開。 両手でしっかりと握り締めたまま急降下。 そのまま、クライドは天地逆にプラズマの砲弾へと突っ込んでいく。 通常ならば、その選択はありえない。 ただの盾ごときでは、プラズマの雨に挑むには無謀にすぎる。 だが――。

「さすがグリモア君! 愛してるぜちくしょう!! ――勿論デバイスとしてだがな(ボソリ)」

 その盾は、ジル・アブソリュートの研究室にあった研究素材。 ただそれを加工して使用者の体がすっぽり隠れる程度の代物でしかない。 けれどそれは、あの”難攻不落”の遺産であった。 その名をイヴァルディシールドという。

 クライドがプラズマの弾丸を突き抜ける。 その下には、眼前の事実を認められない顔で呆気に取られている魔導師が、ボロボロに成った銃口を天に向けた状態で目を剥いていた。

『食らえ、我が必殺のレールガン!』

『ただの電磁加速による体当たりロボ。 どこが必殺ロボかっ――て、どうやって止まる気ロボぉぉ!?』

『撃ち出した弾丸は止まらない! ミニモア君、諦めてパワーブーストだ!』

『もうやだこのマイスターァァァ!?』

 人間弾頭が着弾する。 

 咄嗟に掲げられたトールハンマーの銃身が、シールドタックルによってくの字にひしゃげる。 その衝撃で、今度こそBDYのフレームに致命的な音がしたのをノイズ混じりの視界の中でクライドは聞いた。 

 運動エネルギーが急速に零に向かって加速する。 だが、構わない。 かつてジャージ聖王が不遜にも言っていた言葉が、確かな現実となっただけだ。

――どうせなら”光速”に到ってからやってこい!

 今更その事実に驚愕する暇はない。 静止するまでの一瞬さえいらなかった。 

(引っ込んでろ0と1<情報変数>! 魔法が使えねぇだろうが!)

 安全のために起動していた本日二度目の絶対領域を解除。 レアスキルはすぐにクライドの意思を受けて効力を失う。 世界が元の光景に戻る。 クライドが魔法を再起動。 ミニモアがユニットのエラーをやっつけている間に、虚空を蹴った。 

 体がシールドを基点に踵から回転、着地する。 瞬時に展開するは対魔法刀。 時間も惜しいとばかりに振り向きざま我武者羅に無防備なゴルドを撫で斬った。 瞬間、ミニモアが警告する。

『今ので左腕装甲が完全にイッたロボ。 強制パージ!』

 黒のバリアジャケットの外側で爆発がおきる。 瞬時に不要となったパーツが飛び散った。 肩から左腕が露出するも、直接左腕にガンナックルを装着して対応。 放置されたシールドを振り落としながら、ゴルドが振り返る。 同時に向けられるは左手のゴールドロッド。 集束するは黄金の輝き。 それに向かって、クライドが振り下ろした刃を右手一本で斬り上げる。

「せい!」

 高速の切り返し。 刃が強引に杖を勝ち上げ、砲撃が天井へと走りぬける。 至近距離からの目が眩むほどの閃光。 クライドの頭一つ上を抜ける砲撃魔法。 冷たい汗が背中を奔る。 喉はひりつきながら唾液を望み、心臓は忘れたように鼓動を強める。

『まだロボ!』

 安堵する暇はない。 ひしゃげたまま銃身をそのままに、右腕が水平になぎ払われてくる。 切り上げた柄尻へとクライドの左手が伸びる。 その後に続くのは右下へと伸びる渾身の振り下ろし。 腰の捻転も加えたその一撃で、辛うじてトールハンマーの銃身が止まる。 鈍重な衝撃。 互いに弾かれ、たたらを踏む。 そこへ、再び伸びてくる黄金の杖。 明滅するコアは、主の魔力を吸い取り魔法を紡ぐ。 体は動かせない。 だから、動かせるものを動かすしかない。 

『――腰部ブレイド射出!』

 ラックから無機物操作で抜けた柄が二本、隠し武器よろしく紫銀の刃を編みながら強襲。 交差しながら鋏の刃のように黄金の杖を挟み込み進路を阻む。 その瞬間、一拍遅れて放たれた黄金の散弾が虚空をえぐり、同時に掠めた弾丸が左肩のマジックガンを剥ぎ取った。 爆散した破片が、装甲メットを左側から強烈に叩く。

「く、そがぁぁぁ!」

 だが、クライドの闘争心には毛ほどの傷も付かなかった。 歯を食いしばりながら前を見据え、ゴルドの第四撃よりも速く先を取る。 リーチの差故に当たり前のように戻りが早い事実を利用し、刃を振り下ろすと同時に右足で踏み込みぶちかます――と同時に、ゴルドの背後へとスターダストフォールを展開。 無理やり環状魔方陣へと押し込み、運動エネルギーを真横に与えて射出する。 意図しないレベルでの急加速。 急激な衝撃でゴルドの右手からトールハンマーが零れ落ちた。

『くぅぅ、今の体当たりで右肩もイッたロボ!? アクチュエーターに不具合発生!』

『構うな! ビットを任せる。 死んだ振りしてる奴を最優先で叩き起こせ! ついでに”リボンの用意”もな!』

『ヤ、ヤー!』

 ディバインバスターとミョルニルの砲撃跡から、四本のビットが飛翔する。 非殺傷設定でしか放っていないため、物理的に破損していない四機が飛んでいった。 と、そのビットの背面部、方向転換用の魔力射出口から紫銀の光が零れていく。 それらは、急激な横Gを受けたせいでブラックアウト寸前で堪えながら、必死に起き上がろうといているゴルドの体を拘束旋回。 旋回しながら背面部から放出した魔力を実体化させて拘束<バインド>する。 

「これで終わりだ!」

 無事な左手を突き出し、クライドもまたいくつものバインドをほどこす。 ストラグル、フープ、ロングレンジ、トラップ。 叩き込めるだけの種類のバインドを仕掛ける。

『いいぞ、なんとかなった。 リンディ、決めてくれ!!』

『はい!!』

 快活な返事が聞こえる。 クライドが見上げる。 すると、採掘場の上では流星が飛んでいた。 翡翠の色をした流星。 星の光の如き柔らかな光が、杖を掲げるリンディの眼前で集束し魔力の星となって輝いていく。 その、幻想的な美しさは、ともすれば残酷な力を忘れさせるほどに優美であった。

――Starlight Breaker.

 明滅する真紅のコアが、カウントを刻む。 足元で回転するミッドチルダ式の魔方陣が、更に激しく回転。 採掘場で使用された魔力を、強引に練り上げ魔砲のための力と成す。

 翡翠の双眸が眼下の敵を見下ろした。 逡巡はしない。 する意味もない。 例え、それが哀れな道化としての役割を与えられた存在だとしても、彼女には同情させるような材料が無かった。 だから、彼女はクライドが退避したことを確認した瞬間にはもう無慈悲にも杖を振り下ろしていた。

「これで、おしまい――」

 採掘場が、翡翠に染まる。 集束された魔力の塊が、振り下ろした杖によって運動エネルギーを与えられ、戦艦の主砲を思わせるほどの砲撃と成る。 集束魔法『スターライトブレイカー』。 単純な原理ながらも、周囲からかき集め集束した魔力を利用することによって持ち主の所持魔力以上に破壊力を増していく特異な射撃魔法であり、ディバインバスターのバリエーションの一つ。 本来はレイジングハートの使用者にのみ与えられる、悲しみを撃ち抜く魔砲であり、まだこの時代において日の目を見るはずのない魔法だった。

「げぇっ。 何秒照射するんだよアレ」

『多分、敵や私たちの使用した魔力が桁違いだったせいで残留魔力が豊富だったロボね』

 ディーゼルのハイブレイズ・カノンも凄まじかったが、リンディが放てばそれ以上だった。 最後の足掻きとも言うべきゴルドのシールドさえ撃ち抜き、完全にその体を消し飛ばす。 それだけでは飽き足らず、更に十秒ほど射出した。

「あ、あははは。 ちょっと、張り切りすぎちゃいましたね。 すいません、レイジングハートさん」

 放っておきながらもその予想以上の破壊力に耐え切れず、コアやフレームにヒビが入っているレイジングハート。 リンディが謝罪しながら自己修復機能を使って魔力注ぎ、修復する。 そんな彼女に、気軽な口調でレイジングハートは許した。

「ふう。 これで邪魔者はいなくなったわけだ」

 トランスポーターを使用するための障害はもう無い。 追撃もヴォルケンリッターたちが抑えてくれているせいか、静かなものだ。 シールドとビットを回収し、クライドはひしゃげたトールハンマーへと足を向ける。 これさえあれば、この後の闘いが楽になる。 ほぼ半壊しているBDY<バトルデバイスユニット>の代わりぐらいにはなるはずだった。 

「これで俺の勝利フラグは立ったな。 ミニモア君、トールハンマーのデータ自体は残ってるんだよな? 回収するから掌握してく――」

――使わせるかよヴァカ。
 
「――レグザス!?」

 姿は無い。 それは、スピーカーから垂れ流された声だった。 現れる気配はない。 それが、彼の不気味さを演出した。 足を止めたクライドと一緒に、リンディもまた何がおきても対応できるように身構える。

――ハァッハー! 無駄な努力ご苦労さん。 まぁ、これぐらいはやってもらなきゃ嘘だよなぁ。 おめでとう。 お前にはどうやら、”梃入れ”がいらないらしい。

 瞬間、言葉が切れる前にクライドの眼前でトールハンマーが爆発した。 残骸が当たり前のように四散し、爆発の傷痕が地面に穿つ。 その後の爆風が吹き抜け、構えた二人の脇を当たり前のように抜けていく。

 悪趣味というよりは当たり前の処置である。 敵に兵器を鹵獲されないようにする処置だと思えばなんてことはない。 だが、それでも思わず舌打ちしたクライドは不快感を隠さない。 それを嘲笑うように、レグザスは続けた。

――お前には絶望をやろう。 喜べ、シリウスの勝利が確定した。 ありゃ、駄目だ。 手が付けられない。 だぁから、お前はもう”用無し”だ。

「カグヤががんばり過ぎたってわけか」

――その通り! あいつは勝つべくして勝つ女だった。 だからこそ、勝たせながらも負けさせて恥辱に塗れさせてもみたかったし、最高に悪趣味な罠に嵌めてやるつもりだった。 サイの目が出す偶然で揺さぶり、奴をあざ笑ってやるつもりだった! だってのに、なんだアレは! 冗談じゃない。 よって、ペナルティとしてお前への”ヒント”は無しだ。

 もう一度、爆音が鳴った。 リンディとクライドが揃って音の方に顔を向ける。 その表情が、凍りつく。 二人の眼前には、当たり前のようにトランスポーターの残骸があったからだ。

「「――」」

――そして、時計の針を進めよう。 救いにお前たちが大勢を整えるのであれば、俺は破滅へと時を進めさせる。 最後の瞬間まで矛盾してやる。 それが、俺たちの勝利戦略だからなぁ。 翡翠の光……そろそろぶっぱなさせてもらおうか!

「うっ――」

「リンディ!?」

 体が傾き、膝をつく。 その体が、不自然に明滅していた。 彼女が攻撃を食らったわけではない。 それは突然、当たり前のように彼女を襲った。

「クラ……イドさん……私――」

――もう退場しろ偽者。 管理世界を滅ぼす眠り姫<本物>様のお目覚めだぁぁぁ!! 

 悪意を凝縮した嘲笑が響き渡る。 耳にこびりつく邪悪な笑いが、採掘場に木霊する。 聞くに堪えない笑い声が消えていくその中で、クライドは咄嗟にリンディを支えようとした。 しかし、その手が実体を掴むことはなかった。 伸ばした手が彼女の体を当たり前のように透過し、存在そのものが薄れていく。

「ここまで……みたいですね」

「ああ」

 レイジングハートが零れ落ちる。 明滅するコアが、状況を理解できずに呼びかけ続ける。

「レイジングハートさん、ありがとう。 おかげで、助かりました。 後はクライドさんに使ってもらってください」

――……yes.

「言い残すことはあるか?」

「短い間でしたけど、楽しかったです」

「本当に?」

「本当ですよ。 夢が二つ、叶いましたから」

「……二つ?」

 クライドには分からない。 首をかしげる彼を前に、リンディは言った。

「一つは貴方と一緒になること。 そして、二つ目は貴方と一緒にお仕事することです」

 前者はともかくとして、後者はもうできないはずのことだった。 それは、執務官時代に思い描いていた淡い夢。 結局、クライドは彼女の補佐になる道を選ばなかった。 選んではくれなかった。 自分のことに精一杯だったのだろうし、彼女自身もアプローチはしても、ゴネることは無かった。 だから、それはもう叶えられない願いのはずだった。

「それに多分、貴方が”私”と一緒に戦うのはこれで最後のはずですから」 

 オリジナルを助けた後に、リンディ・ハラオウンとクライド・ハーヴェイが共に戦うような戦場は無い。 提督と犯罪者。 クライドが管理世界に戻り、その上で管理局員として公正プログラムを受けて戻れば或いはその可能性もあるかもしれない。 けれど、リンディ・ハーヴェイはその道はないだろうと確信していた。

 クライドはデバイスマイスターであり続ける。 それが、彼の道であることに疑いの余地はない。 だから、次元の海を航海し続けるだろう自分<オリジナル>との距離は、この分野においてはもう重なるなんてことがあるはずがないのだ。

「クライドさん、私は幸せでしたよ――」

「リンディ……」

 そう言って微笑む彼女の顔が、クライドにはどうしてか泣き笑いにしか見えない。 最後にその手で抱きしめてやりたくても、既に実体が無い体には触れられない。 脳裏に一瞬ノイズが走る。 現状維持派生型現実改変式レアスキルの、その前兆。  それを使えば、確かにこの時間を引き延ばすことはできるだろう。 しかし、それは使えない。 この局面では”使ってはならない”。

 奥歯を噛み締め、最後を看取る。 目を逸らすことは許されない。 彼女を”身代わり”にして重ね合わせた以上は、この結果を受け入れなければならない。 胸の奥が張り裂けそうな激痛が奔る。 だがそれでも、クライドはその結果を受け入れる。 頬を緩め、精一杯笑って見せた。 

「さようなら、クライドさん」

「ああ。 色々と助かったよ。 ありがとうな」

「ふふっ。 これで”私たち”の勝ちですね」

「”間違いなくな”。 だから、安心して眠ってくれ。 じゃあな――」 

 力強く頷き、消え行くリンディを完全に見送る。 翡翠の魔力に分解された体は、実像を完全に失って空気に解けていく。 その瞬間、ほんの一瞬だけミッド式の魔法陣が起動する。 それは、きっと彼女の最後の願いだった。

――魔力譲渡魔法『ディバイトエナジー』

 ほんの僅かな魔力がクライドへと流れ込む。 彼女を構成していた魔力の、そのホンの一滴程度がクライドに解けこんだ。

(最後まで、俺と一緒に見届けたいんだな? なら、一緒に行こうぜ――)

 最後の言葉を嘘にはしない。 レイジングハートを無言で握り締めると、待機状態に変形させて首に戻す。

『――ミニモア君。 後どれだけユニットを誤魔化せる?』

『正直、いつ壊れてもおかしくないロボ。 とりあえず、右肩から下はもう駄目ロボね。 パージするロボよ』

 小爆発の後、無理やり弾き飛ばしたパーツが地面に散らばる。 両肩を失ったが、それでもまだユニットは動く。 デバイスもまだ残っている。 戦う術は、まだあるのだ。

『使えない部分は逐次パージだ。 行くぞ、”間に合えば”それでいい』

『間に合えばって……そもそも、これからどうするロボ? 虱潰しにこの月面基地を探して、行方を調べるロボか?』

『まさか』

 そんな時間はもうない。 既にリンディ・ハラオウンのオリジナルは次元世界に”復帰”し、レグザスは使うと断言した。 しかし、だからこそクライドの欺瞞ではない、真実の勝利をリンディ・ハーヴェイは確信したのだ。 なぜなら、彼女だけは聞かされていたのだ。 ヴァルハラで、クライドの考える勝利の方程式を。

『どういうことロボ?』

 話しが見えないとばかりに、クライドの魔力中枢の中でミニモアが首をかしげる。 クライドはそれに答えず、バックパックのマガジンを交換。 今できる武装を完全に整えてから、とあるアルハザード式魔法を起動しつつ”念話”を使った。

――ここに、クライドの勝利フラグが起動した。
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