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憑依奮闘記3 第七章

 2013-04-08
 遠慮はない。 手加減も無い。 ただただ、刃を振るって甘え続ける。 同時に、忘れ得ないために目を凝らして対峙する剣士の技を盗みにかかる。 見よう見真似の剛剣ではなく、獲物に沿った正しき動きを自らに取り入れていく。

 数合も打ち合えない。 刃が弾かれ、体制を崩される。 あるいは、寸止めの刃で仕切りなおす。 それを繰り返す度に、心の空隙を埋めるものがあった。 過去ではなく、今この瞬間が埋めていく。 元来人間に備わっている未来への歩みが、意思を得て空隙の中へと顕在化。 かつてないほどの満足感が、彼を満たした。


「アークに感謝しなさいよ」

「勿論だ!! 美味い料理だけではない。 このデバイスを貸してくれた。 それだけではなく、この機会を得るお膳立てをしてくれた!」

 ただ、嫉妬し恨んでいた。 だが同時に、感謝もしていた。 そんな相手だったけれど、彼の同胞が与えてくれたこの機会が、レイスにとっての唯一無二の時間となったのは想像に難くない。 感謝の念と、口惜しさがレイスの胸に去来する。 去来するのを止められない。

――60回目。

「俺は彼とも戦ってみたかった! 兄弟子として、俺という存在を現世に呼び戻してくれた恩人として!」

 かつて欠落していたことがある。 復帰できたのは彼と彼女に出会ったからだ。 助けて、もらえたからだ。 そして今この機会を与えてくれたことに何も報いることができない自分をレイスは恥じた。

「どうすればいい? この大きな借り返すにはどうすればいいんだ。 教えてくれ。 俺は、一体、彼に何をすればいいんだ? 俺にできることなんて何もない。 ただ、彼や貴女から享受することしかできないのか!?」

「何もできない? そんなことはないでしょう。 今はまだ”口が聞ける”。 望みも礼も、私を通して伝えられるわ」

「ならば! ならば伝えてくれ! 俺は感謝していたと! 俺も貴方に随分と遅れて弟弟子になったと!」

 話せて嬉しかったと、料理が美味かったと、零れる言葉には暇が無い。 単純な言葉の羅列と、満足気な表情。 そして、飽く事無く延々と立ち上がる不屈の意思が時間一杯まで彼の時間を有意義なモノに変えていく。

――99回目。

 言葉は尽き、残ったのはただの貪るような剣への意思。 まさしく求道。 血縁ではなく、ただ剣の道を求める純粋な剣士として変革していく。 追い求めるベクトルの変化が、化学反応を起こしたかのようにレイスの中に急速に息づいていく。 その進歩は、カグヤをして満足させる程のものだった。

――101回目。

 ツインマサムネに取り付けられていた、超魔力変換機構が過負荷で壊れた。 残骸を見て、レイスは思い出したかのようにそれを捨てる。 AMFも既に解除していた。 もはや、この教導にそんな不純物は必要ない。

――112回目。

 マサムネ内に残された、アルハザード式を駆動。 AMBを起動させながら剣閃をきらめかせる。 その頃には、もう無限踏破の使用を放棄した。 レイスには分かったのだ。 レアスキルがあるから強いのではないと。 そんなものに頼らなくても、目の前の相手は純粋に強いのだと。

――116回目。

 呼吸は荒げ、体力が低下した。 しかし、精神力はそれに反比例するかの如く充実していた。 一刀一刀の、キレが増していく。 言葉はなくとも、剣で交わす。 ただ、それだけのことがこんなにも楽しい。  

――149回目。

「ぜぇ、ぜぇ――」

 気力だけが、体を支えるようになってどれだけ経ったのか。 レイスはもはや、時間さえも置き去りにした。 もしかしたら、この時間は数分だったかもしれないし十数秒でしかなかったかもしれない。 そんな風に、夢心地になっていた。 何度死んだのか? 刃を寸止めされる度に幻視する自分の死。 繰り返される教導によって、徐々に現実感さえ希薄化していく。 だが――、

「――夢じゃあないわよ」

「ああ。 これが、夢であってたまるものか。 夢を超える現実でなければ、俺はもう満足できない。 もっとだ。 もっと、もっと俺を連れ出してくれ。 あの日見た自由なる空の、その向こう。 そして、今生に最初に見た空の更に先、同胞たちと見た空のその先へ。 この窮屈で呪われた世界から、何もかも忘れて貴女と共にどこまでも。 せめてこの現在だけを連れて――」

――198回目。

 切り結ぶ。 斬って斬って、斬り続ける。 AMBが消し飛ぶことさえ厭わずに、無心になって斬り続ける。 ただ、それに没頭することだけ十分だった。 満たされた。 ブレイド・ハイによる精神の高揚。 ありとあらゆるモノから開放され、ただ剣のみを追求することが許された贅沢な時間。 けれど、当たり前のようにその時間にも終わりは来る。

――199回目。

 仕切りなおしで後方に跳躍したカグヤが見たのは、構えることなく刀を落ろした剣士の相貌。 口元に浮かんだ笑みは満足げな表情を彩り、瞳はまっすぐに彼女の紅眼へと向けられていた。 三秒とかからなかった。 カグヤは――理解した。

「そう。 満足したのねレイス」

 レイスからの返答はない。 ただ、その体が前のめりに倒れる寸前、初めて無限踏破を使って彼の体を受け止めた。  

「お休みなさい。 これで、貴方は自由よ」

 魔法プログラムにも死はあった。 理論上、再起動は無限にできるはずなのに、死亡するという原因不明の不時の病。 アルハザードでさえ、完治させることができない病『欠落』。 感情を、理性を無くしてしまう魔法プログラム特有のその病は、生に満足した者ほど発生率が高いとされている。 一説によれば、長く生きすぎた人間の自己消滅欲求の発現とも、よほど衝撃的な事態に直面した場合、または途方も無いほどの絶望を味わった魔法プログラムが極稀に陥る病であるとされている。

 それから復帰できた例は無い。 眼前の男以外には。

 いや、そもそもレイスが欠落から復活していたという事実さえカグヤは知らない。 だから、彼女はそれが自由のための欠落だと判断した。 これでもう、奪われることはない。 彼から何も奪うことは未来永劫誰にもできなくなってしまった。 
 
「――なによ、なによ、なんなのよコレは!! ふざけんじゃないわ!! 何をやってるのよレイス。 闘いなさい! 戦って戦って、シリウス様を困らせなさいよ。 あんた、そのためだけに生み出されたんでしょ!!」

 現れるや否や、フィーア・アクセルが眼を向きながら頭を掻き毟っていた。 レイスは反応しない。 既に欠落者になった彼にはもう、意味が無いのだ。

「なんで? 何がどうしたっていうの? どうしてここに来て滅茶苦茶になるのよ! アレイスターのせい? いいえ、そんなわけがない。 彼の介在は認められなかった。 なのに、どうして、何故なのよ。 原因は? 要因は? 因果関係は!?」

 こんな事象は、魔導王のシナリオにはない。 例え、シリウスが勝つことが規定路線だったとしても、この嫌に歪んだ結果は完全に想定外だった。

「おかしい? どこがかしら」

「だって、だって、だって! 彼はシリウス様にとっては排除すべき相手だったのよ。 だからいつもどおりに殺されるべきだった! その果てに、シリウス様に忘れられないほどの怨嗟をぶつけながら、呪うように哀れにも死ぬはずだったのよ。 なのに和解した挙句に馴れ合って、こんな呆気なく欠落しちゃうなんて可笑しいわ!?」

 何かが綻んでいる。 それが彼女は気に食わない。 想定の範囲外にして大局に影響が無いレベルでのシナリオの変質。 この修正は簡単だ。 本筋に影響が無いのだから”気にしなければいい”。 だが、彼女にとってはどんな些細なことでも気にしないわけにはいかなかった。

 アレイスターが動いている。 どんな小さなことでも、見逃せば致命的になるという危機感があった。 だから、全ての配役を見直してみる。 何度も何度も。 魔導王のシナリオを点検する。 

「やっぱり、盤面に狂いはない。 どこにも直すべき要素は見当たらない。 傾いた天秤を戻すだけで、それだけでいい。 そうよ、そうよね。 これも、アレイスターの策略だと思えばいいんだわ。 ははっ、こちらをこうやって揺さぶろうというわけね。 あの、人外の魔人風情が――」

「何を一人で納得しているのかは知らないけれど、次は貴女が私の相手をしてくれるの?」

「まさか。 前にも言ったかもしれませんが、私はただの司書ですよ。 私に貴女の相手を期待されては困ります」

「そう。 じゃあ、さっさと”次”を出しなさい」

「次……で、ございますか?」

 意味が分からないとばかりに、フィーアが眉ねを寄せる。 死霊秘法はカグヤの眼前にある。 破壊するなり回収すればいい。 たったそれだけのことでしかない。 それだけで、ここでの戦いは簡単に終わるのだ。

「出し物があるのでしょう? 最後まで付き合ってあげるから準備しなさいな」

 レイスの体を床に横たえ、その体に刃を落とす。 死人が魔力の霧に還る。 ”看取り”ながら、ペロリと、カグヤが唇をなめ上げる。 彼女は、楽しみは最後まで取っておくタイプだ。 だから待っている。 次のイベントを。

 ありとあらゆる罠を粉砕し、障害を突破し、怨敵へと勝利を刻む。 ただ終わらせるための勝利だけでは物足りない。 それだけではもう満足できない。 火照る体を沈めるために、”完全なる勝利”をただ望む。 だから、このままでは終わらせない。 ”終わらせてやらない”。

「無限書庫みたいのでもいいし、またレイヴァンでもいいわ。 好きなだけ付き合ってあげるから、次をよこしなさい。 私はそれを全部クリアして、シュナイゼルの望みを絶つわ。 それともまさか、これで打ち止めなのかしら。 だったら、随分と甘く見られたものね。 この私も――」

「まさか――」

 そんなわけはない。 これから、管理世界の運命を決める一撃が放たれる。 シリウスはそれを彼と一緒に防ぎに向かってもらう。 ヒントは出してある。 だから、彼女はもう次の戦場へ行かなければならない。 シュナイゼルの望み通りに、世界を救い勝利に華を添えるそのために。

「既に次のイベントの幕は上がっております。 貴女様は、それの阻止に――」

「嫌よ。 そっちはクライドがどうにかすればいいわ」

「――は?」

「リンディ・ハラオウンを助けるのは彼の役目なのでしょう? 私はただ貴方たちを滅ぼし、心底勝つためにやってきただけだもの。 だから、私は”ここ”でいい。 ここで貴方たちを地獄に落とす」

「意味が、意味が分かりかねますが――」

 ここに来て、フィーアの困惑は増す。 これもまた、シナリオにはないことだった。 シリウスは無駄な犠牲を嫌う。 だから、ここでの仕事が終わればさっさと次に行くはずだった。 こんな無意味な場所で立ち止まる意味はない。

「は、早くしなければリンディ・ハラオウンが死にますよ。 アレはもはや命と引き換えの超魔導兵器ですから」

「だから?」

「そ、そればかりか彼が失敗すれば管理世界がアルハザードによって攻撃されます!」

「ええ。 そういう流れだからしょうがないわね。 ああ、またミスしたら悲嘆に暮れるクライドを慰めてあげないといけないのかしら。 まったく、面倒なことね。 そういうのは私の性に合わないのだけれど……」

 危機感を感じさせない程自然に、カグヤはそう言い切った。 フィーアが一瞬絶句する。 これでは、選択肢がたった一つになる。 クライド・ハーヴェイでは物理的に間に合わない。 ここからでは遠すぎる。 そして、その道はレグザスが今しがた絶った。 彼の唯一の希望は閉ざされている。 これでは、彼に勝利はない。

 別段、結果がどうなっても構わない。 そういう風に構えている。 だが、だが、だが――。 胸中で膨れ上がっていく違和感があった。 目の前にいるのはシリウス・ナイトスカイ。 死に損なって尚戦い続けてきた夜天の剣姫。 そのやり方も性格も彼女は読みつくしている。 知り尽くしている。 だから、彼女がいつもどおりに動かないことが余計に腹立たしい。

(何を、何を企んでいるというの?)

 疑問が、脳裏を埋め尽くす。 シリウスに勝利は無い。 勝利はできても、それは魔導王に与えられた仕組まれ勝利。 それしか手に入れる権利は与えられていないのだ。 だというのに、何故――、

――彼女はこうも当たり前のように”勝つ”気で居られるというのか?

 理解できなかった。 この瞬間まで完全にコントロールしてきたシナリオが揺らいでいる。 台本を無視した壇上の役者たちのせいで、勝手に未知なるシナリオに変質しようとしている。 認められない異常に、舞台監督は激昂したくなる。

 そのとき、オープンチャンネルでクライドの念話が聞こえてきた。

『この基地で戦っている俺の仲間と管理局員に告ぐ! ここにリンディはいない! 繰り返す、ここにリンディはいない! 遠慮するな、好きなだけ施設を破壊しろ!』

「クライド・ハーヴェイ? 一体、何を――」

 データだけならまだ残っている。 それで追えばいいのだ。 そうすればまだ辛うじて望みはある。 当然、無差別に施設を破壊するようなことなど推奨できない。 それとも、彼女の居場所をノーヒントで掴んだのだろうか?

 ありえないわけではない。 ヒントはばら撒いている。 どこかで、”彼ら”が気づけるように。 しかしそれも今となっては、”管理局員”たちとの連携が必要だ。 なぜなら、ゴルドの動きから当たりをつけることができるのは、管理局だけだからだ。 或いは、少しズるをして”ルナ・ストラウス”に協力させれば問題ない。 しかし、彼女はこの闘いにアレイスターのようには介入していない。 そんな事実はどこにもない。

 湧き出てくる疑問が止まらない。 そんな彼女の不審さえ当たり前のように無視しながら、クライドは続けた。

『守護騎士たちは俺に構わずソードダンサーの元へ向かって支持を仰げ! カグヤ、聞こえてるな? ”約束の一回”だ。 俺を、次の座標に送ってくれ! 俺に、勝利の道筋を付けてくれ!』

 無差別に次元座標が送られてくる。 それがどこの座標かなどは、調べてみなければ分からない。 だが、カグヤには関係ない。 左手を伸ばし、クライドを眼前に引きずり出した。

「いいのね?」

「そこに”リンディ”が居る。 これで俺の勝ちだ」
 
「”確かに”。 ならいってらっしゃいな”王様”」

「お勤めご苦労、我が”剣”」

「どうやって座標を! まさか貴方、彼女<偽者>に――」

「そう、その”通り”さ。 刻んでやった。 この身にあいつの存在を! じゃあな俺たちの敵――」

 クライドが名前も知らぬ女に笑う。 瞬間、女に怪異が起きた。 その体が一瞬でレイヴァンの姿を取ると同時に、クライドを移動させているカグヤのスキルに干渉。 その無限踏破による移動に紙一重で悪影響を及ぼした。

「――”見たな”、剣聖」

「ええ。 ”見た”わ。 アレイスター」

 初めから居たかのように、死霊秘法の収まった装置にもたれたかかった彼に答える。 その眼前には、先ほどまでフィーア・アクセルだったはずのレイヴァンが居た。 
「これが、奴らの不可解の答えだ。 さしずめ、レアスキル版人間死霊秘法と言った所か。 魔力データを己に被せ、別人に成りすます希少技能。 現実改変式レアスキルの一種だな。 それもレア中のレアな能力だ。 模倣条件は……さしずめ、魔力情報の蒐集といったところかな。 本当によく似ている。 素直に驚嘆する程に、感嘆してしまう程に」

「なるほど、レイヴァンだというのに私のブラッドマーキングに反応しない固体がいたのは”他人”だから。 そして不可解は常に一人ずつしか顔を見せなかったのは能力者が彼女しかいないから、ね」

 そうでなければ、死霊秘法で同じ人間を何人も呼べば良かった。 不可解が合理的に許される方法があるならば、その方がより強力だ。

 それがされなかったということは、何かしらに制限があり、制約があったということである。 その方法が今、ようやく彼女らの眼前に晒されたのだ。 修正が効かないほどの、痛恨のミスだった。

「これでようやく確定した。 我々が知るシュナイゼル・ミッドチルダなど”既にどこにもいない”ということが。 いや、そもそも我らは”出会ってさえいなかった”のだろうな」

「じゃあ、私が出会った彼は彼女だったということ?」

「奴が化けていた、ということだろう。 なるほどなるほど。 これで繋がる。 全てがな。 可笑しいとは思っていたのだ。 クライド・ハーヴェイと同じケースだったのだ。 読めないわけだ。 余はいつも表面ばかり覗いて満足し、奥底まで覗くことをしなかった。 だから、気づくのがこんなにも遅れたのだ」

 クライド・エイヤルに闇の書を介して憑依していたクライド。 そして、自らのレアスキルで他人の情報の中に埋没していたフィーア・アクセル。 どちらもまた、他人の皮を被った何かだった。 だから、本気で占う<覗き込む>までアレイスターは感知できずに表層の道化に踊らされた。

「さしずめロールプレイ<情報憑依>とでも呼ぶべきレアスキル。 そうなのだろう? ロールプレイヤー、フィーア・アクセル<全ての元凶>」

 成りすまし、役割を憑依媒体に演じさせる能力。 これもまた、魔法ではない先天固有技能にして稀少技能<レアスキル>。 この局面まで彼女が秘匿してきた切り札にして、全てを意のままに操ってこれた最大の理由。

 人の好悪に致命的な程極端に影響を与えるシュナイゼルの『黄金マスク』、欠陥があるとはいえ魔法プログラム体を作成できる『死霊秘法』のレプリカ。 そして、自らが他人に成り代わることができる『情報憑依<ロールプレイ>』。 これらの手札を効果的に切り替え運用することで、魔導王のシナリオは構築されてきたのだった。
 まるで、全てが収まるべくして収まる相手の手中に集ったのかと錯覚してしまうほどの偶然を経て。 

「姿を真似るだけのモノは知っているけれど、そっくりそのまま能力<スペック>や人格までコピーできるというわけ? さっき私のスキルに干渉されたわよ」

「そのようだな。 面白い。 人間とは一人一人、何故こうもバリエーションがあるのだろうな。 猿から進化したにしては、随分と不可思議な生物だ。 混沌としすぎている。 だが、それゆえに飽きないな」

「――」

「あらどうしたの? 随分と顔色が悪そうよ貴女」

「ここまで順調だったのに、今わの際に水を刺されたからだろう。 ふむ、誰だって機嫌の一つや二つ悪くなるものだ。 これは晒すはずのない手札だったのだろうからな。 無意味に焦ったな? ここに来て痛恨のミスだ。 くっくっく――」

 理解の色を向けるアレイスターに、カグヤは肩をすくめる。 完全に理解しているわけではない。 そもそもにおいて、見過ごせない言動があった。 それを敢えてため息の一つで流すのは労力の要る作業だった。 だが、それでも彼女はやりきった。

「――今更、そう、今更のことね。 黒幕が”シュナイゼル”だろうと、”そうでなかろうと”やることは変わらない」

「真実その通りだ。 その論理に破綻はなく、その理論に綻びは無い。 ならば、貴公はいつものように戦ってくればいい。 余分なことは余が受け持ってやろう。 喜べ、ここから先は完全に”イージーモード”だ」

「はっ、つまりそれって敵にとっては”ハードモード”なわけじゃない。 同情するわ」

 ツインマサムネを仕舞い、氷水を鞘に戻しカグヤは構える。 たわいも無い会話の中で、レイヴァンの姿をした誰かは動かない。 その顔はまさしく彼そのもので、彼女にはいとも容易く内面を読み取れた。 迷っている。 間違いなく、レイヴァンの中でシナリオに無いシナリオの行方が読めずに。

 果たして、この状況でどんなシナリオを紡ぐのか? 縋れるものがあるとすれば、戦略の踏襲。 ネタバレしたところで、実際には意味が無い。 勝利も敗北も意味が無いように盤面は組まれている。 何を迷う必要がある。 ただ結果を出せばそれでいい。 それでいいのだ。 何を”恐れる”必要があるのだろう。 そんなレベルの低い次元で恐れなければいけない局面は、既に五十年前に過ぎ去っているのに。 だが、それでも、彼は聞かずにはいられなかった。

「”勝てる”というのか」

「当たり前でしょう。 でなければ、私はここには来ていないわ。 馬鹿らしくてやってられないものね」

「どうやってだ!? お前の勝ち目などもはやどこにも――」

「ふっ。 声が震えているぞ。 安全な場所に隠れていなければ相対することもできないのか? 問わずとも体感すればいいだろう。 ほら、貴公の目の前に答えがあるのだ。 好きなようにイベントをぶつけてみろ。 貴公が選んだ主演女優様が、今なら剛毅にも全てを受け止めてくれるぞ」

「――」

「そして、その果てに思い出せばいい。 アルハザードを敵に回すということ。 そして、余を敵に回すということの真の意味を。 ”何度”でも懲りずにな。 お前には絶望だけをくれてやる」

「――黙れよ獣! お前の言葉はうんざりだ!!」

 怒気に呼応するように、次々と死霊秘法の間に光が点る。 光は魔法陣を編み、延々と魔導師<リビングデッド>を召還する。

 Fランクの魔導師が居た。 Eが、Cが、Bが、Aが、Sが、SSが、シュナイゼルの顔をしたSSSが、ありとあらゆる次元世界出身の魔導師が延々と召還されていた。 老若男女問わず、基地の演算能力が許す限り。

「俺の勝ちはゆるがない。 お前たちの負けだ。 これは誰にも変えることができない事実だ。 ただ純粋に強いからなんだという。 そんな程度で、その程度の事実で!! ”勝ち終えた私”を敗北させられるものか!! ”私”の復讐は完遂される! だから、もうどの道を選んでも変わらない!」

 勝敗は彼女の中で決している。 それを認めないのは、目の前の二人だけ。 不快な戯言をかき消すために、フィーア・アクセルは魔導師たちに八つ当たりのような命令を下す。 無意味であると知りながら、それでも茶番劇をただ続けた。

「剣聖、この際だ。 手伝いはいるか?」

「いらないわ。 貴方はただ、私の剣が届くようにしてくれればそれでいい」

「ふむ。 いささか退屈ではあるが、貴公がそう望むのであればそれもいいだろう。 もうしばらく見学させてもらおう。 終わらすのは、それこそ”いつでもできる”のだからな」

「そうして頂戴――」

 これで、必要なピースが出揃った。 後はただ、敵を屈服させればそれで終わる。 だからカグヤは迷わない。 その瞬間が来るまで戦い続ける。 合図は、アレイスターがする。 ならば、それまではただ剣を手に踊り続けるだけでいい。

――終わりに向かって、茶番劇が加速する。












憑依奮闘記3
第七章
「夢の終わり」













――そもそも、クライド・ハーヴェイは信じていなかった。

 トールが無限書庫で蒐集したという情報を。
 月に二つのはずの死霊秘法。 しかし、一つは完全にダミーだという。 ならば、トランスポーターもまた罠である可能性を考えるのは彼としては当たり前だった。 そもそも、トランスポーターは”諸刃の剣”だ。 

 もし、レグザスがブービートラップとして置いていたとしたら、どうだ? 転送先はどこかの次元世界の太陽で、転送した瞬間に用済みのクライドを処分するようにされていたら? そこまで考えればそんな危険なモノなど恐ろしくて使う気にはなれない。 ならば、どうして彼はレグザスやゴルドと態々戦ったのか?

 答えは簡単だ。

 リンディ・ハラオウンの本物が目覚めるまでの時間つぶし。 クライドはヴァルハラでリンディと二人だけになったとき、ブラッドマーキング<座標獲得魔法>を使っていた。 だから、本物の座標位置を知るために偽リンディを側に置いた。 ただ彼女を愛したからだけではない。 彼女<本物>を救うために、彼女<偽者>が存在することに意味があったからなのだ。

 そして、一回だけの最優先命令権の確保。 無限踏破とブラッドマーキング。 この二つがあれば、クライドはリンディが目覚めた瞬間にはその場所へといける。これこそが、彼女を救うためにもっとも確実な戦術。 だから、シナリオの流れに身を任せる振りをして”待っていた”。 滑稽にも全力で戦い、頼みの綱である戦力を無駄に分散させそれらしく必死さをアピールしながら。

 その作業自体は簡単だった。 情報を精するものが戦場を制する。 奴らは当たり前のように念話を傍受していた。 第三期においては、スカリエッティ陣営がやっていたことである。 つまり、彼を利用していた連中にとってはそれほど難しくないことなのだ。 ならば後は行動を分かりやすく、そして念話通りにしてやれば、状況に合わせて用意してきた小道具を使ってシナリオを即興で書き上げてくるだろう。 彼らはそういう相手だ。 だから、クライドは裏をかいただけなのだ。 本物を炙り出すそのために。

 冷静に考えれば、既出の情報の中で読めることはあった。 リンディ・ハラオウンを使おうとする場合、絶対に考慮しなければならない問題が二つ有ると。

 一つは、コールドスリープ状態では魔法が撃てないということ。 これは当たり前だろう。 生物としての活動ができないのだから、魔法をどうこうする以前の問題だ。 これにより解凍中には絶対に撃てないと予想できる。 そして、解凍後もしばらくは撃てないだろう。 単純に意識があるか、ないかの問題である。 そしてその僅かな時間こそが、クライドにとっての本当のタイムリミット。 リンディが使われる前に助け出せるかが勝利への分かれ目だった。

 だから、急いでいる。 手段を選ぶことをもうしない。 例え、その果てに罪状が追加されたって気にしない。 全ては、クライドにとって許容できる範囲を逸脱しないために。

――故にただ、世界の中心をひた走る。

「不幸中の幸いとはこのことか。 ”レティ提督”。 ちょっと身柄を預からせてもらうぞ」

「ちょっ、は、え?」

 その日、レティ・ロウランは青い装甲を纏ったテロリストに出会った。 そいつは、いきなり何も無い場所から忽然と現れて目の前に落ちてきたかと思えば、シュタッと左手を上げて妙に親しげに挨拶してきた。 そのとき、訳も分からず反射的に手を振り替えしたのがいけなかった。 いきなり眼前から消えて、高速移動魔法で背後を取ってきたかと思えば、無遠慮にもうら若き女性の体を左手で体を抱き寄せ、右手に銃のようなものを展開して突きつけてきたのだ。 そのとき彼女の混乱は間違いなく最高潮に達した。

 居合わせた管理局員たちも、状況が分からなかったに違いない。 何故ならば、そこはとある管理局施設の”管制室”だったからである。 今、その施設周囲を飛行している莫大な謎エネルギーに対しての対策会議をしていたというのに、いきなりの凶行など想定してはいなかった。

「ちょ、ちょっと何するのよ! 今日ここでテロ対策の訓練が行われる予定なんて聞いてないわよ! 第一、今は非常事態でしょ!」

 というか、それ以前に彼女は自分が訓練の標的にされるなんて考えたことさえなかった。

「普通は了解をとってやるものでしょ! 私はすぐに本局に戻らないといけない程忙しいから、そういうのはまた今度にしなさいよまったく――」

 一瞬、他の局員たちもそのやりとりを見て理解した。 これは、抜き打ちの訓練なのか? と。 偶にあるのだ。 弛んでいる空気に活を入れるべく、そういう訓練が実施されることが。 だが、青い装甲メットを被ったテロリスト役らしい男はそれで引く事は無い。 無言で天井に向けて銃型のデバイスを向けたかと思えば、発砲した。 瞬間、局員が一斉に絶句した。

「全員、両手を頭の後ろに掲げて地面に伏せろ。 これは演習じゃない」
 
「は?」

 突きつけられるデバイスには、青の魔力が宿っていた。 AAAの砲撃が、零距離で自分を狙っているという状況だ。 レティ・ロウランはもう一度だけ眼を瞬かせて、そうして……相手が高ランク級の魔力持ちである事実に屈した。

「まさか本当に? 冗談や訓練でもなく?」

「そう言ってるだろ」

「え? いや、正気なわけ? ここは管理局員が集まって慰霊祭の準備をしてる場所なのよ」

「正気だっつってんだろ。 おらそこ、余計な真似をするな!」

 ミョルニルが飛んだ。 非常用の警報を鳴らそうとしたオペレーターが、直撃を受けて吹き飛んだ。 魔導師ではない一般オペレーターたちから悲鳴が上がる。

「ノアァァァ!?」

「くそ、あいつ明後日に結婚式だってのに!?」

「余命いくばくも無いという病弱な彼女を支えながら、必死に生きていこうとしている健気な若者になんたる仕打ち! 神よっ、何故だ!?」

 上官らしき男が、天に向かって慟哭した。 同時に、同僚の局員たちの視線に、殺意の光がともった。 視線で殺せたならば殺してやる。 そんな、純粋な殺意が管制室を染めていく。  当然、テロリストはその空気に負けて弁明した。

「あー、非殺傷だから死んでないはずだぞ。 まぁ、怒らせたら解除して魔法ぶち込むからおとなしくしてろ。 こっちには時間が無いんだよ」

 テロリストはレティを引きずりながらコンソールへと近づいていく。 誰しもが動けない。 司令室に詰める人間のほとんどは非魔導師。 例外はたまたま居合わせていたレティぐらいだった。 警備員が異常に気づき、向かってくるまで何分あるか? レティ提督は背中に感じる冷や汗を無視しながら、思い出したかのように念話を使おうとした。 だが、その機微を悟ったのかテロリストが魔力刃を展開した。

「だから、余計な真似するなっての。 念話も禁止だ」

 青い魔力の刃を放出する柄が、腰から伸びるワイヤーに繋がっている。 メガネのフレームが切り落とされ、地面に落ちる。 脅しとしては完璧だった。 完全に念話によって生じる魔力の微弱な放出まで感知している。 デバイスによほど優秀なセンサーを搭載しているのだろう。そうでなければ人外の感知能力としかいえない。

「わ、私はどうなってもいいわ。 だから、他の局員は解放して頂戴」

 局員の鑑と言っていいほど完璧な対応。 しかし、相手はテロリスト。 その願いは聞き入れられることはない。

「駄目だ。 状況にもよるが、この場合は人質は多い方が有利なんだよ。 で、だ。 そろそろおとなしく協力してもらおうか」 

「くっ――」

 歯噛みする。 実戦から離れていたとはいえ、腐っても高ランク魔導師。 執務間試験だって通って見せた。 親友のような馬鹿魔力こそもっていないが、それでも十分な力を持っているという自負さえあったのだ。 パッとでのテロリスト如きに屈しなければいけない理由は無いはずだった。 だが、彼女の周囲には戦えない局員が大勢居る。 高速移動魔法で拘束から逃れ、”自分だけなら”逃げることはできるだろう。 しかし、それで助かるのは彼女だけ。 最悪の場合は別の誰かが犠牲になる。

「……。 ぐはっ――」

「しつこいな。 コンソールの影に隠れてるからって、視えてないとでも思ってるのか? 次は本当に非殺傷設定をカットするぞ」

 背後に向かって砲撃し、不穏な動きをみせていた局員をまたも叩き潰した。 

「それとも、本当に誰か死ななきゃ分からないか?」

「やめて!」

「よし、じゃあそろそろ要求にしたがってもらおうか。 まずは……この施設の見取り図をモニターに出せ。 3Dモデルの奴も一緒にな」

「……」

 レティがコンソールを操作する。 一瞬、テロリストの視線が外れた。 レティは迷うことなく警報を鳴らそうとして、指先を掴まれた。

「――甘いです。 対応が甘々ですよ室長。 理解できない作業を、屈服していない相手に任せるなんてありえないです。 プロ犯罪者失格ですよ」

「グリモア君? どうして――」

「室長を公私共に支えるのがボクのライフワークですからね」

「貴女、確かクライド・エイヤルの助手の!? ――ってことはまさか!!」

 観念してテロリストが装甲メットを上げて素顔を晒す。 そこには、確かに親友が追っていた男の顔があった。













「クライドの奴、本当に大丈夫なんでしょうね」

『さぁ? でも、彼が嘘を吐く理由は無いって知ってるでしょうフレスタさんは』

「でも、お姉……レイン艦長!!」

 フレスタ・ギュースが唇を噛む。 せっかくここにリンディが居るからと助けに来たかと思えば、ここには居ないときたもんだ。 無駄に命を捨てる覚悟までしてきたというのに、この仕打ちはあんまりだった。

 空間モニターの向うで、なだめるように言うレイン・リャクトン提督としてはその気持ちが分からないでもない。 心配しているのは彼女だけではないのだ。

「おらぁ狙撃主、ポイントについたぞ。 無駄話はそろそろお仕舞いにしやがれ!」

「はいはーい。 ごめんね待たせちゃってさぁ!」

 月面の廃棄都市、その第一層は完全に管理局が抑えた。 今ではもう、三層の攻略に取り掛かっている。 フレスタとメリーは、二層の完全制圧のために局員の援護へとひた走っていた。

「スナイピングバスター!」

 狙撃銃型デバイスから放たれた桃色の弾丸が、AMFを発生させているガジェット・ドローンを破壊する。 高速で飛来する狙撃弾は、目標を貫通してもその勢いを失わない。 廃ビルの上から、局員を狙撃していた傀儡兵の胸部をぶち抜いて破壊する。

「マジでいい腕だな。 次、三時の方向!」

 高ランク魔導師の大半が三層の攻略に取り掛かった。 その後を任されるのは、当たり前のように低、中ランカー。 彼女たちは自分の仕事を遂行する。 不満はある。 誰だって、花形のような仕事にありつきたい。 だが、誰かがそれをしなければ花形は輝けない。 花形だけでは回らない。 だから、高ランク魔導師以外の戦力もまた、立派な戦力だった。

 紅黒いウィングロードの上を走るバイクに連結されたサイドカー。 その上から、次々と弾丸が飛ぶ。 一機一機撃墜していく彼女は、狙いをまったく外さない。 その射程距離は三キロを超えていた。
 
「もしよければ、聖王教会の騎士になりませんか?」

 邪気の無い綺麗な顔で、メリーが言う。 しかし、フレスタは首を横に振るった。

「ごめんねシスター。 次は母校の教官って、配属先が決まってるのよ」

「残念です。 私たち、良いコンビになれると思いましたのに」

 騎士は基本、近距離重視。 遠距離タイプは非常に少ない。 相棒にぴったりだと思った彼女は、素直にがっかりした。

「その分、今をがんばるから許して」

「しょうがありませんね。 でも、これが終わったらどこかで一杯どうです?」

「それならオッケー。 私もとっても飲みたい気分だもの」

「約束ですよっとぉぉ!!」

 メリーのアクセルを握る手が動く。 瞬間、アクセルを叩き込まれたバイクが加速する。 エグゾースト<廃棄音>は煩いぐらいに二人の耳朶を叩きに叩き、エンジンの振動が増していく。 

「アタシのケツとろうなんざ、百万年早いってんだよぉぉぉ!」

 背後から、飛行型のガジェットが制空権を取り戻そうと襲い掛かってきたところだった。 くの字に編隊をとりながら、次々にレーザーとミサイルで攻撃してくる。 ウィングロードのラインが変わった。 予測できないように先行部分が分裂。 出鱈目に数を増やしながら空中を彩る。 ほとんど急激に直感した道をランダムで走るメリーは、そうしてレーザーの射線から逃げると同時に、急激な加速でミサイルを振り切っていく。

「ミサイルは任せて!」

 狙撃銃型デバイスを仕舞い、二丁拳銃を展開。 背後から飛来してくるマイクロミサイルに振り返りざま、対空防御よろしく弾丸をぶち込んでいく。 空中に、ミサイルの華が咲く。 爆風を背に駆け抜けながら、愛車を駆ってメリーが叫んだ。

「舌ぁ噛むなよ!」

 バイクが、一瞬で上に向かって走るかと思えば、ジェットコースターよろしく一回転。 追ってきたガジェットの背後へと二輪車で捻りこみを敢行する。

「くっ――」

 反射的に射撃を止め、シートベルトに体を預けながらフレスタがデバイスを仕舞う。 重力がミッド地上よりも軽い今、その程度の機動はメリーにとっては朝飯前だ。
 バイクが、ラインの円を抜ける。 

 ラインの先には、当たり前のように目標を見失った編隊がある。 フレスタが意図を理解すると同時に、狙撃銃型デバイスを再展開。

「ぶっぱなせ狙撃主!」

「おっけー!」

 背後からの砲撃に、容赦はない。 一息もしない間にエンジン部の装甲を打ち抜き、爆散させた。

『貴女たち、本当にこれからコンビを組んだらどう? エレガントさには欠けるようですけれど、中々の熱さですわ』

 モニターの向うから、レインが呆れ顔で言った。 

『ううっ、まるでメリー君が二人になった気分だよレイン提督。 こんな恐ろしいことが現実になって良いのか? 私の予言にも無かったことだよこれは!?』

 しみじみとグラシアが呟き、顔を青くする。 

『そういう個人的な事情はともかくとして、彼の送ってきた座標はどうでした』

『――”グラウンドゼロ”。 その、定置観測基地だよレイン提督。 なるほど、本気で彼らがアルハザードを狙うとしたら妥当な場所だ』

『そう。 オペレーター、転送ラインを確保してくださる?』

『はっ? しかし艦長まだ許可が――』

『大丈夫よ。 ねぇ、ディーゼル提督』

『ええ、この際です。 こちらからも一人二人送り込んでおきましょう』

『彼女たちでいいですわね?』

『問題ないよ。 その方が、”あいつ”も喜ぶ』

 喜ぶどころか、冷や汗を出しながら泣き叫ぶかもしれない。 ディーゼル提督の意趣返しに微笑しながら、レインはフレスタに命令する。

『フレスタさん、上がってらっしゃい。 送って上げるわ。 私たちの代わりに見届けてきて頂戴な』

『さっすがお姉さま!』

『いいのですか? 騎士グラシア』

『構わん。 こうなったら最後まで見届けたいじゃないかメリー君。 それに、犯罪者の”彼”だけに任せるわけにはいかん。 面子の問題だよ面子の』

「「了解!!」」

 レッドラインが空へと向かう。 その上を、バイクに乗った二人が行く。 教会騎士と本局の魔導師。 共闘することこそあれど、理由が無ければ交わらない二勢力のコンビが行く。












「く、クライド・エイヤル!?」

「久しぶりだなぁレティ提督。 いやぁ、悪いな。 ちょっと立て込んでてさ。 目的を達成したらすぐに帰るから、おとなしくしといてくれ。 ああ、余計なことしないって約束してくれたら、昔のよしみで他の局員は見逃してやるからさ」

「冗談じゃないわ! 貴方、こんなことしてタダで済むと思って――」

 気丈にもキッとクライドをにらみ付けるその視線には、確かな怒りが見え隠れしている。 クライドは肩を竦めながらその視線を無視すると、グリモアを見る。 紫銀の助手は我関せずとばかりに勝手にコンソールを弄り、次々とシステムにアクセスしていた。 数十秒もかからずにクライドが求めていたデータをモニターに展開する。 
「目当てのデータはこれですね」

「おー、それそれ。 ついでに例の座標を特定してくれると助かる」

「はい」

 グリモアがコンソールと叩き、モニターに光点を出す。 クライドがそれをジッと見つめ、更に進入経路を要求する。 当たり前のように管制システムを使いこなすグリモアと、クライドの行動の意味が分からず、レティは更に混乱した。 グリモアが表示した光点には、”何も無い”。 少なくとも、管理局の提督である彼女にとってはそうだった。

「室長、通常方法での進入経路はありません。 少なくとも、局員側の端末には入力されてないようです」

「まぁ、”そうなる”わな」

「”はい”。 当然ですね」

「じゃあ一番壁が薄い場所への経路だ」

「そう言うと思ってました。 ポチッとな」

 キーを、小さな指先が小気味よく弾く。 光点がモニターにラインを引き、ポイントを曝け出す。 それを食い入るように見つめるクライドと、つまらなそうに見ているグリモア。 その温度差もまた、レティにとっては理解できない。 

 ポイントの中には何も無いのだ。 あるのは分厚い壁だけだ。 何か重要な施設があるというわけでもなければ、要人が待機しているわけでもない。 そんな場所に、一体何の意味があるというのか?

「あっ、動きがありました」

「どうした」

「例のポイントの至近距離、108番格納庫が開いてます。 こっちの管制からの指示ではありません。 別ラインからの操作です。 こっちの権限を上回ってますから、奴らでしょうね」

「108? ちょ、聞いたことないわよ!? そんな番号の格納庫!!」

 レティが叫んだ次の瞬間、モニターに表示された108番格納庫。 その中から、何かが次々と次元空間に打ち出されていくのが見えた。

「今のは!?」

「スロー再生します」

 グリモアが当たり前のように録画してあった映像を巻き戻し、スロー再生。 クライドはそれを見て納得した。 それは、シリアルナンバーが記載されている結晶体であり、アルハザードへの扉を開く力を持っているロストロギア<古代遺失物>の入った小型飛翔体。 それらは、ミサイルのような推進装置の先端にあるポッドの中に収められ、次々と次元空間へと射出されていた。

「アレはジュエルシード! となると、ビンゴか。 やっぱりここにリンディが連れ込まれてやがる! 何故か移動位置がズレてたが、まだ許容範囲内なわけだな。 しかもここは――」

「アルハザードが沈められた次元宙域にして震源地<グラウンドゼロ>のすぐ側です。 奴ら、撃つ気満々ですね。 こうなると、弾丸はリンディ・ハラオウンで決まりですか。 この定置観測所の周囲にエネルギー反応が次々に集まりながら回遊してます。 色が黄金から翡翠へと変化していますから、発射までもうすぐといったところですね。 あの女が抵抗していれば発射カウントは伸びるかもしれませんが……さて、ここから間に合いますか?」

 紫銀の助手が見上げてくる。 その顔には疑問が浮かんでいる。 それは当然だったが、黒の成年はただ頷いた。 間に合うかどうかが問題なのではないのだ。 なんとしてでも間に合わせる。 ただ、それだけなのだから。

「”間に合わせる”さ。 進入経路のデータを送ってくれ。 遅刻しないように滑りこんでくる」

「はい。 御武運を――」

 レティを開放すると、クライドは飛翔していった。 風圧が風を生み、管制室をなで上げていく。

「もう、一体何なのよ!?」

 風に棚引く薄紫の髪を両手で抑えながら、レティ・ロウランは毒づいた。 今のやり取りがまったくの意味不明だったからである。 そもそも、彼女はリンディの艦『アースラ』のオーバーホール後のテスト飛行と、慰霊祭でのセレモニーのためにかき集められた艦船の調整のため、基地指令と打ち合わせにやってきただけだった。 だから、いきなり定置観測所の周囲を高エネルギー体が周回し始めた頃から、状況把握と対策に追われていただけなのだ。 だというのに、テロリストに人質にされるは、行方不明の親友<リンディ>がここに居ると言われたところで、展開についていけるはずがなかった。

「説明! 説明しなさい!」

 コンソールを操り、クライドへとデータを送っているグリモアへとにじり寄りながらレティが絶叫した。 グリモアは面倒くさそうにレティを見上げる。 他の局員は、とりあえず危機が去ったことに安堵しつつ、テロリストの仲間らしいグリモアを捕縛しようと包囲網を形成していた。
  
「時間が押していますから簡単に言いますけど、室長が誘拐されたリンディ・ハラオウンを助けようと右往左往しているだけです。 ここに捕らえられているらしいので、さっき場所を確認しに来たわけですね」

「リンデイがここにいるですって!?」

「はい」

「証拠は!?」

「外を飛んでいる高エネルギー体が彼女の色に染まりつつあるのが証拠です。 敵の魔導兵器に接続されているせいで、アレは彼女のパーソナルカラーに変化しようとしているわけです」

 理路整然と紡がれる言葉に、さしものレティも否定する言葉が見当たらない。 無言になった彼女に、グリモアは更に言う。

「ボクの邪魔をしたいならご自由に。 そのときは室長のサポートがなくなってリンディ・ハラオウンがとんでもない目に合う確率が上がるだけですので。 むしろ、邪魔してくれた方が私としては”好都合”です。さぁ、あの女を見捨てるためにボクの邪魔をするがいいです」

 無表情にそう言うと、ミニモアがさらにモニターへと視線を向ける。

「おや? リビングデッドが大量発生してますね。 室長の邪魔をするつもりのようです。 これだとさすがに室長でも間に合わないかもしれませんね。 コマッタコマッタ――ちらり」

 無表情な唇を吊り上げて、楽しそうに彼女は言った。 レティは両手をワナワナと震わせながら、目の前の女性を睨み付けた。 グリモアは動じない。 好きにしろ、とばかりにコンソールを弄り、基地内の状況を映し出していく。

 各地で、戦闘が始まっていた。

 いきなりのリビングデッドの発生と無差別攻撃に、局員からの悲鳴交じりの通信がひっきりなしに届いていく。 レティが数秒頭を掻き毟り、混乱しながらも答えを出した。

「ああ、もう――」

 ダンッとコンソールへと叩きつけられた両手が力強い音を奏でる。 一瞬、司令室に居た全ての局員の目がレティへと向かう。

「全ての戦える局員は、民間人の避難を優先しつつ敵魔導師の鎮圧行動に出撃。 ついでに、さっきの彼は誘拐された本局の局員を助けるまでは放置! 助け出したら全力で拘束して逮捕! これが現状で取りうるベターな方針だと思います! どうですか基地指令!!」

「う、うむ――」

 いきなり振られた中年の指令が、目を白黒させながらレティを見る。 状況が分かっていないのは彼も同じだ。 だが、レティがそれが当たり前のように言い切ったものだから、その剣幕に押された。 断じて、レティ・ロウランの方が彼よりも階級が上だったからでも、その派閥勢力が恐ろしかったわけでもない。 強いて言えば、長いものについつい巻かれてしまう中間管理職の悲哀だった。

「レ、レティ提督の言うとおり、すぐに事態の収拾に当たれ!!」

「「「りょ、了解!!」」」

 混乱していた現場が、レティの一言で動き出す。 腐っても管理局員。 各々が自分の仕事を思い出せば、対応は早かった。

「お見事。 さすが本局若手No1の”お局様”。 まだ不名誉な称号は健在ですか?」

「煩いわよ”ちんくしゃ”!! 一体誰よ!! 勝手に数字で人の命を勘定する冷血女扱いした上に、嫁き遅れ疑惑を私に向けたのは!? 事件は現場で起きているかもしれないけど、人材をできる限り平等に振り分けるのがこっちの仕事だっての!! 人手不足を全部私のせいにするなぁぁぁぁぁ!! ついでに私はまだまだ若い!!」

 レティ・ロウラン。 親友のために人肌脱いでいたら、何故か自分の婚活をすっかり忘れていたおせっかいなお方である。 混乱にも動じず、テロリストに抗い、毅然と指示を出すその姿と、メガネを外した姿が”美し過ぎる”と評判になるのは今日この日からだったが、そのことを彼女は知らない。













 片刃の長剣が幾度も交差する。 燃える炎熱の刃が互いの刃に喰らいついては暴れ狂う。 全身が沸騰しそうなほどの熱量。 剣運動で舞う体は、休息の一つさえもらえずに汗に塗れた。

 紫に燃える剛剣を受ける。 迎え撃つシグナムが、上段からの炎剣に対して真横から体ごと叩きつける勢いでなぎ払う。 瞬間、炸裂した魔力の余波でシグナムが弾かれた。

『シグナム!』

『来るな!』

『邪魔すんなよ犬っころ!』

 様子を見に来たザフィーラが、遠くから叫ぶもシグナムとアギトが拒絶する。 ザフィーラはその剣幕に、反射的に飛び出そうとした体を堪えた。

『しかし――』

『任せろと言った! 気になるなら観戦していろ。 ただし、邪魔だけはしてくれるな!』

 空中で旋回するようにして衝撃の勢いを殺し、鞘を咥えてカートリッジをロード。 すぐさま、眼前へと加速し弾かれた距離を詰める。 その、我武者羅な突撃が一体何度繰り返されたのか? ザフィーラが追ってを防いで様子を見に来てから既に10回以上は同じ光景が繰り返されていた。

「性能<スペック>ではない。 アレは、純粋な技量の差か。 まだ、お前でも彼には届かぬか――」

 呻くザフィーラの眼前で、シグナムが剣を振るう。 完全に間合いの外。 しかし、その剣がレイヴァンの剣を打ち払ったことが魔力の衝突光で見て取れる。 無限踏破での剣の結界。 間合いの絶対的有利を利用しての、長距離斬撃の洗礼が続く。

(シグナムは攻撃に完璧に対応している。 確かに、防御するだけならば戦闘時間を引き延ばせるかもしれん。  だが、上回ることができていない。 スキルのことを考慮すれば、凌駕しなければ勝てんぞ。 このままでは泥仕合だ) 

 ザフィーラには疑問だった。 戦況は膠着しているが、それだけなのだ。 有利ではなく、寧ろ少しずつ不利になっているのが見て取れる。 シグナムの剣は、夜天の剣。 その流派は当然、対峙するレイヴァンと同じだ。 シグナムならば、当然のように同門の剣を予測でき対応できる。 それもよく知っている相手ならなおさらだ。 しかし、それは相手も同じだったし、それを考慮に入れても忘れてはならないことがあった。 当時シグナムが純粋な剣の腕でレイヴァンを凌駕していた事実はない、ということである。

 剣を交えれば交えるほどに、力量が把握され癖が見抜かれていく。 互いに同じだとしても、純粋な剣技の才格がその差を徐々に広げていた。 思わず、彼は手に汗を握った。 




『くっ、埒があかん――』

 突破口が無い。 もとより、彼女自身が過去の彼さえも凌駕したとは思っていない。 ただ、あの頃よりも近づけたはずだという自負だけで張り合っている。 記憶の彼方にある兄の動きなぞり、対処する。 グラムサイトで格段に上がった感知能力。 一挙手一投足にまで及ぶ動きの先読みで、辛うじて対処できるが、ただそれだけ。 目指した背中が遥かに遠い。 切り結べば結ぶほどに、その差が如実に現れていく。

 ブレイドセンス<剣の才>の差。 それを、逃げ口上にするのは簡単だ。 性別の差による膂力の差もあるかもしれない。 どこまで行っても、シグナムよりも単純に強いのだと、そう考えれば諦めも付く。 だが、だが、だが――、それを認めることは剣士としての自分を否定することに繋がった。 だから彼女は、その事実を否定する。 その果てに、過去を凌駕することで証明するつもりだった。

「強い。 強いな。 嗚呼、そうだ。 貴方は強かったのだ。 誰よりも、何よりも――」

 憧れであり、自慢であり、そして誇りであった。 剣の騎士として、家族として、誰よりも一番輝いていたことを知っている。 
 
 家ではずぼらで、事務仕事を融合騎に任せるようなだらしない所も知っている。

 純情なくせに、妙なところでは鈍感だったことも知っている。

 そう、シグナムは知っていた。 誰よりも近くにいたからこそ、知っている。 ”本来”であれば、自分がこうして張り合うことなどできないはずであるのだとも。

「だが、それは過去なのだ。 私と違って停滞しているのだからな。 貴方は!」

 成長など、そこにはない。 積み重ねた年月が無いから、そんな自由が与えられえてはいなかったから、闇の書の守護騎士として戦い続けた彼女と違って、全ての経験を飲み干し、成長して見せた彼女たちとは違って、”あの時”から何も進歩などしていない。

 もし、同じような時間が経過していればシグナムはここまで食い下がれなかった。 拮抗などという現状さえ生み出せず、敗北しなければならなかった。 それが必然のような運命だと、心の底からそう思わされたことだろう。

「レイヴァン兄ぃ! 私は、”私たち”は、時の濁流を超えてここまで来た。 愚かにも利用され、次元世界中で不幸をばら撒きながら、それでも遂に、こうして奴に一矢報いる機会を得た!!」

 剣が次々と飛来する。 彼<レイヴァン>からの応答はない。 それでも、言わずにはいられない。 次などもはや、ないだろうから。

「私たちは勝つ! こうして利用されている”貴方”にも、全ての元凶たる”奴”にも! だから――」

 剛剣が唸る。 飛来するは紫電一閃。 鞘でガードするも、砕かれて吹き飛ばされた。 だが、そのさなかであってもシグナムは剣を振るった。 届かぬ間合いで、その距離を少しでも埋めるためにただ、足掻いて見せた。

『届けぇぇぇぇ!』

 アギトが吼える。 瞬間、連結刃となった彼女の刃<レヴァンティン>が、虚空を奔った。 分離した刃はワイヤーを伸ばしながら蛇のように空中をのたうち、技後硬直に陥ったレイヴァンへと喰らいつく。 シュランゲバイゼン・アングリフ。 中距離砲撃魔法に匹敵する破壊の刃が、攻撃により固定されていた無限踏破を逆手に取り後の先を取る。

「――!?」

 レイヴァンが鞘で防御するも、威力に堪えきれずに鞘を砕かれながら仰け反る。 そこへ、一瞬遅れて体勢を整えたシグナムが再加速。 幾度繰り返したか分からぬ、突撃を敢行する。 振り上げた柄に、連結刃が巻き戻り剣状態に戻る。 それを確認する暇もなく、単発式カートリッジシステムに弾丸を装填。 

「――貴方を、呪縛から解き放つ!!」

 決意表明のような啖呵と同時に、距離が変動する。 刃が飛来。 鞘を互いに失った今、純粋な剣技だけが明暗を分かかつことになる。 より、シグナムが不利になる現実が彼女たちを襲う。 

――だが、忘れてはならない。

 シグナム一人だけだったなら、確かにそうだった。 スペックで負けて剣技でまけ、スキルで負けた。 しかし、今の彼女は一人ではない。 今の彼女は騎兵<ロード>だ。 愛馬<融合騎>を駆る騎士なのだ。 

『行くぞアギト――』

『おうよシグナム! ”アンタ”と”アタシ”ならきっとできる! 一人じゃ無理でも、二人でなら! あの”レイヴァン”だって超えられる!!』

『お前、記憶が――』
 
『無いよ。 でも、分かる。 なんとなくだけど、分かったんだ。 あいつが、あの騎士がアタシの昔のロードなんだって。 ちしょう、一言ぐらい話したかった――』
 
 なんとなく太刀筋が読めた。 魔力光を見るたび、霞がかった幻に実像が重なった。 ならば、剣を重ねれば答えは出ていた。 涙が出るほどに、感情が零れそうになるほどに明白なその答えが小さな体に鮮明になっていく。

『躊躇するなよ』

『しねぇ、してたまるかよ! アタシらで助ける。 一分でも、一秒でも早く救ってみせる!!』

 小さな騎士の覚悟はブレない。 涙で前が滲んでも、それでも”今”の勝利を望み続けて魔法を刻む。

『剣閃……烈っ火ぁぁぁぁぁ!!』

 燃え盛る白紫の炎が、シグナムの左手の甲に集束する。 熱量は編み込まれ、左手甲から先に炎刃を生み出した。 それは、烈火の剣精に刻まれた秘奥『火竜一閃』の、その中距離殲滅魔法の威力を開放する前の状態。 莫大な熱量を内包した、炎の剣。

「邪道だがもう、これしかない。 いや、これで――」

 振り下ろされたレイヴァンテインに合わせて炎刃をなぎ払う。 剣技で負けても、スペックでは負けていない。 ならば、”同じ土俵で戦わなければ”良い。 剣技ではなく、純粋な魔法の破壊力で拮抗状態を打破すればいい。 それが二人でならできる。 剣筋の基本は理解した。 後はただ、近づいて斬るだけだ。

「『火竜一閃!!』」

 破壊力の衝突。 拮抗は一瞬。 炎の刃は剛剣を砕き、獲物を奪う。 飛び散った魔剣の破片が、儚い幻のように消えていく<魔力に還る>。 その残影を振り切って、剣の騎士が超えられないはずの最後の距離を駆け抜けた。 

――紫電一閃。

 電光石火の如き煌きは、横薙ぎの斬撃となって騎士甲冑に食い込み、腹を裂く。 血潮が飛ぶと同時に、リビングデッドの体が消えていく。

(さようなら、レイヴァン兄ぃ――)

 彼にとっては、ただの一時の安らぎに過ぎないかもしれない。 彼女の自己満足で終わる、無聊の慰めかもしれない。 ただ、それでも呪縛から逃れられるのであれば、この闘いに意味はある。 そして何より、過去を凌駕したという証明は彼女を一回り大きく成長させる栄養となった。

 残影を背に血糊を振り払うように刃を振り、カートリッジを装填する。 まだこれで終わりではない。 融合したアギトのすすり泣く声がする。 それに、慰めの言葉を掛けるなどという無粋な真似をせずに、シグナムはザフィーラの元へと飛んだ。

「待たせたな」

「いや」

 今、自分がどういう顔をしているのか彼女には分からない。 すぐに踵を返した彼の優しさを享受しながら、二人で来た道を引き返す。 無言の移動。 どこかで、ぽっかりと心に空隙が生じたような違和感があった。 その痛痒の意味を理解することは、まだできない。 けれど、それでよかった。 やることがあるのだから、そのことに没頭する間は余計なことを考えなくて済む。

「こら、おっせぇーぞお前ら」

「敵の猛威が激しかったのか?」

 ヴィータとリインフォースが、坑道の出口で待っていた。 周囲の地面はえぐれ、機材や建物がことごとく壊滅状態だった。 二人の騎士甲冑もボロボロで激戦の後がうかがえた。 遠くでは、戦闘の光がまだ見えている。

「悪いな。 少し、手間取った」

「――まっ、いいさ。 どうせアタシらが遅れても意味なんてねーだろうしよ」

 答えなど、分かりきっている。 夜天の騎士たちにとってはそれだけで十分なのだ。 信じていた。 ”彼女”の勝利を。

「とはいえ、だ。 クライドの命令もある」

 闘いながら聞こえていた命令がある。 彼女の指示を仰げ、と。 彼は、助けを呼ばなかった。 必要がないと判断したからだろう。 で、あれば合流するのが当然だ。 そう判断するシグナムに、誰も意を発しない。 ただ、ザフィーラだけが疑問を口にした。

「ふむ、行動方針はそれでよかろう。 ただ、少し戦場の様子が変わったか?」

「リビングデッドの動きが変わっているようだ」

「増援が減ったんだよ。 そのせいで、戦線が縮小していってる感じだ。 多分、姐姫様のせいだ。 今頃は増援を一人で片っ端から斬り飛ばしてるんじゃねーかな」

「納得の行く話しだな。 となると、ここでの大勢は決したか」

「ならば、尚更合流を急ぐぞ。 我らは、彼ら<時空管理局>とは相性が悪い。 退路を確保しておこう」

 リインを除いて、守護騎士として面が割れている。 長居をする必要はない。

「リインフォース。 余剰魔力はまだあるか?」

「ああ。 書に三分の一程残っている」

「すまんが、ついさっき消耗してきた。 分けてもらえるとありがたい」

「分かった、将よ」

 頷き、リインがディヴァイドエナジーで魔力を譲渡。 すぐには回復しない量を補填し、準備をする。

「助かる。 それでは、行こうか。 場合によってはクライドの援護も考えなくてはいけないからな。 皆もそのつもりでいてくれ」

「うむ」

「ああ」

「おう」

 頷きあい、守護騎士が移動する。 勝利のために。 自らの過去を清算するために。 全てを、見届けるそのために――。

















 定置観測所、通称『グラウンドゼロ』。 次元世界史上最大規模の災厄の震源地付近に配置された観測施設にして、慰霊祭のために利用されている拠点。 一般学生の修学旅行などでも平和学習の一環としてよく利用される、定置観測所の中で最も知名度のある観測施設だ。

『ジュエルシード、反応増大。 グラウンドゼロ周囲にて連鎖反応を開始しました』

「次元振動の心配は? ここまで余波が来る可能性はどれだけある」

『おそらくはゼロでしょう。 撃つためには施設が必要ですからね。 基地以外はどうだか知りませんが』

 焦る心は、そんな単純な事実さえ見逃させる。 クライドは思い出したかのように、養父の言葉を口にする。

「『有事の際には、冷静さが最大の友』だったか。 落ち着け、クライド・ハーヴェイ。 まだ間に合うさ――」

 冷静さを失ってはならない。 焦れば焦るほどドツボに嵌る。 一つのミスが、他へと連鎖することがあるのはよくある話だ。 深呼吸しながら、通路を飛ぶ。 

『室長、先行してこちらで経路の扉を全て開けます』

「助かる」

 管理局員の就業区画を抜け、一般人にも解放されたエントランスへと進入する。 その間、リビングデッドが仕掛けてきたがクライドは無視した。 それらを追ってきた管理局員に擦り付け、強引に突破する。

 人の波を超えるようにして次のルートへと飛翔。 施設内にレッドアラートが鳴り響き、民間人らしき人々が制服姿の管理局員に先導されながら移動している姿が眼下に見える。

 怯える者、恐怖で泣き出す者、状況説明を管理局員に求めるものなどでごった返していた。 リンディが居るのは、司令室の反対側。 艦船などが格納されている区画だ。 遠い。 施設が巨大であるせいで、とにかく遠い。

(やばい、このまま普通に向かったら間に合いそうにない――)

 強化ガラスのその向う、次元空間の向うで巨大なエネルギーの塊が翡翠に染まっていくのが見える。 アレが完全に翡翠に染まれば、それでお仕舞いだ。 チャージが完了し撃たれてしまう。

 クライドの心臓が次々と異常に跳ね、恐怖に喘ぐ。 その躍動の中、ただひたすらに考え、知恵を絞る。 息苦しいほどの危機感が、絶え間なく矮小な精神をマイナス思考へと誘おうとする。 その誘惑を振り切るには、行動するしかなかった。

「グリモア君、管理局の艦船は発進できないのか? 外のアレをどうにかできれば――」

『無理みたいです。 リビングデッドはその格納庫区画から溢れてきてますから、対応にてんてこまいです』

 デストーションシールドでジュエルシードの励起を止めることができれば、第四魔法で攻撃はできない。 第四魔法自体に、虚数空間を開く力が無いからである。 それは、ジュエルシードを射出したという事実からも容易く読み取れる。 ならば、虚数空間をこじ開けなければ、敵は準備不足でリンディでの魔法行使を遅らせる可能性があった。 しかし、現実は無情だ。

『でも室長、よしんば発進できたとしても普通の魔導師には、”彼女”の真似はできませんよ』

「……レティ提督は?」

『無理よ』

 通信に割って入ってきたレティが、冗談じゃないとばかりに安易な意見を両断する。

『高ランク魔導師全員があんな真似ができるわけないでしょ。 アレはあの娘ぐらいの魔導師にだけ許された特殊技能なのよ』

「――さいですか。 はぁっ、やりたくなかったが……やるしかないか。 グリモア君、非常隔壁を任意の場所だけ下ろすことは可能か?」

『できます。 ショートカットですね』

「それしかない。 次元空間を通った方が早い。 出口と入り口はどこがいい?」

『民間人、及び局員の移動ルートに支障が無いポイントですね。 よさそうなのが三箇所あります』

「一番時間が短縮できるルートへと誘導してくれ」

『ちょ、貴方修理費がどれだけかかるか分かってるの!? 窓ガラスを塞ぐのとは訳が違うのよ!』

「踏み倒すからどうでもいい」

『管理世界人民の血税を貴方なんだと――むきゅっ』

『邪魔だから引っ込んでてください。 で、ルートはこれです。 ちなみに、その先に奴らが待ち構えてるポイントがありますから気をつけてください』

「確認した。 次の、次を左だな――」

 扉をくぐった先で一旦足を止め、幻影を放り込む。 瞬間、幻影が爆音と共に閃光を発する。 轟音の後の一瞬の静寂。 その間隙に身を躍らせ、室内にクライドは飛び込み手近な一人にガンナックルを叩き込む。  

 掻き消える魔導師の、その魔力の残骸を突き抜けるようにハイスピードで移動。 目を押さえている敵に、もう一度右腕を叩き込む。 最後の一人は、我武者羅に砲撃を放ってきた。 ランクはAAA。 右腕のマガジンを入れ替えながら、左手で盾を構えて突っ込む。 杖ごと壁に押し付け、右手のイルアンクライベルでジャケットごと無理やりに抜く。 貫通特化の魔法は、抵抗など歯牙にもかけずに男のリビングデッドを貫いた。

「なんだ? 敵に全然歯ごたえがない……」 

 魔力は持っているが、それ以外が嫌にお粗末だった。

『シリウスの相手が忙しくて、こっちが適当になってるんじゃないですか?』

「だといいが」

 言葉を濁しながらも、移動を再開。 扉を潜ったところで、ガラス張りの回廊へと出る。 一般客ならば、次元空間の光景を見て感動するのかもしれない。 だが、彼にそんな時間は無い。

『隔壁、下ろします』

 強化シャッターが下り、出口を塞ぐ。 それが完了したことを確認した後、クライドはミョルニルを強化ガラスへとぶっ放す。 瞬間、盛大に割られたガラスと共に、内部の空間にあった空気が外へと吸い出されていく。 その先にあるのは真空。 宇宙空間と同じだ。 クライドのバリアジャケットは基本的に現状維持のおかげで維持魔力がいらない。 だから、最初から完全に密閉使用のジャケットであるため、一々フィールドの設定を変更する必要はない。 吸い出されていく空気と一緒に次元空間へと飛び出し、電磁加速で次の入り口へと最速で飛んでいく。

 途中、ガラス越しに混乱する施設の中で逃げ惑う民間人や先導する局員の姿が見えた。 援護に向かうことは容易い。 だが、それをすると本命に手が届かない。 だから、居心地の悪さを感じながらもそれら全てを無視した。 優先順位は間違えない。 ともすればそれは、安易な心の安堵と引き換えに全てを台無しにする愚作にする可能性を帯びているからだった。

『――げっ、リビングデッドが外に出てきてるロボ!?』

『あいつら、なんであんなに空気が読めないんだよ』

 砲撃の火線が次元空間を貫いていく。 フィールドを抜かれ、真空に生身で投げ出されることへの恐怖など、当たり前のように彼らにはない。 クライドは回避機動を取りながら、観測施設の外壁スレスレを飛んでいく。 いくつもの砲弾が外壁に着弾。 どこかのガラスがぶち破られ、中から空気と一緒に人が何人も飛び出した。 

『ッ――』

 人影たちはすぐに動かなくなった。 真空中で、人間が生きていられるわけがない。 遅れたように隔壁が降り、ガラスの穴を塞ぐ。 救われた命もあれば、救われなかった命がある。 その事実を噛み締める暇は、やはりない。 

『ミニモア君、基地から離れながら逃げろ。 回避任せる! 施設を絶対に背にするな! 後、リソースをもらうぞ!』

『ヤー<了解>!』

 電磁加速による次元空間の遊泳。 クライドは思い出したのように青の魔力で魔法を紡ぐ。 足元で、アルハザード式による魔法陣が明滅。 数秒の演算。 遅いぐらいの演算に歯噛みしながら、魔法を準備。 紡ぐ魔法は転移魔法。 

『一回だけ、撃ち返せ!』

 ミョルニルが放たれ、リビングデッドが回避行動に移る。 攻撃が止む。 その瞬間、移動行動が全て中断され虚空に静止。 続けて、準備していた転移魔法を行使する。 クライドの体が魔力分解。 次の瞬間、進入ポイントへで再構築されて顕現した。

『転移妨害<ジャマー>無し。 転移成功ロボ』

『よっし、グリモア君――』

『はい』

 砲撃でガラスをぶち抜き、内部へと侵入。 同時に、グリモアが隔壁を下ろす。 飛行魔法は出力全開。 追って展開された魔力電磁砲身が、クライドを加速させていく。

『室長、悪いニュースです』

「聞きたくないが、聞くしかないんだろうな」

『虚数空間が開きます。 もう、後は撃つだけです』

「早すぎるぞ、もうか!? 管理局は何か手を打ったか?」

『まだですね。 まさしく税金泥棒という体たらくです。 期待するだけ無駄でしょう』

『あ、貴女ねぇ、言うに事欠いて――ひゅぎゅ!?』

『だーから、引っ込んでろです。 指揮をしないんだったら、出撃したらどうですか? これだから高ランクの税金泥棒は性質が悪いんです』

『きぃぃぃ――』

 グリモアの毒舌が炸裂する。 モニターの向う、グリモアの背後で怒り狂った顔のレティ・ロウランが歯軋りしていた。 今にも手に持ったデバイスで何かをしそうだ。 しかし、グリモアは相手にもしてやらない。

 レティ・ロウランだって念話を飛ばして次々に指示を出している。 戦場に出ないのはブランクが流すぎることと、現場の混乱を治めるのに苦労しているからだ。 それに加えて、要人の視察もあったし学生の修学旅行や、民間人の観光客なども居たことも大きい。 指示することが腐るほどあるのだ。 戦場に出る暇は、指揮官クラスである彼女には当たり前のようにない。 グリモアには関係の無い話だったが。

「要するに期待できないってことか」

『ぶっちゃけるとそうなりますね。 彼らにとっての、守るべきものが多すぎます。 しかも警備の内側からの攻撃ですからね。 不意打ちから立て直すにも時間がかかりそうです』

「しょうがないといえば、しょうがないのか」

『――背後から敵。 しつこいロボねぇ。 砲撃、来るロボ!』

「わっと。 うはっ、対物非殺傷ぐらい利かせろよ。 TPO弁えろっての!!」

『連中にそんなもの期待してどうするロボ。 大体、罪状をまた一つ増やした現役犯罪者の貴方が言うなロボよ』

「大事の前の小事だ」

『そんな屁理屈、貴方の逮捕にはまったく影響しませんからね! そもそも、貴方は――ふみゅっ!』

『だから、引っ込めって言ってるでしょう。 それともなんですか、室長にラブコールでもしたいんですか? まったく逆効果どころか、相手にもされないでしょうがいい加減理解してください。 このツンデレメガネ風情が!』

『ツンッ!? ば、そんなわけないでしょう!? そもそも彼はリンディの男でしょ! 不謹慎よ!』

『最近、次元世界では寝取る文化が流行っているそうですがね』

『ふ、不潔だわ!』

『ボクもそう思います。 ですから、リンディ・ハラオウンにもそう言っておいてください。 非常に迷惑です』

「あー、次の区画はーっと」

『また誤魔化すロボね』

「察してくれ、相手をする余裕が無いんだよ」

――格納庫区画。

 次元を海へと漕ぎ出す、航行艦の駐車スペース。 トランスポーターへと向かえない民間人が、先導されて次々と船に乗り込んでいる。 そこでも、当たり前のように戦闘が行われていた。

 滑り込むように飛び込んだクライドの背後で、ドアが閉まったかと思えば砲撃で四散する。 新しい爆音に、何人もの人々の悲鳴が木霊する。 クライドは逡巡した。 彼らの上を突っ切って行かなければならない。 だが、それをすれば確実に流れ弾が出るだろうことは間違いない。 先に、追ってを黙らせるべきか否か。 悩ましい選択肢に心を惑わされそうになる。

『何まごついてるの! さっさと行きなさい! 追っ手はそこに局員に抑えるように指示を出したわ!』

『ついでに、室長の識別信号を味方扱いに書き換えました。 局員から誤射はされないと思うので存分にやってください』

『助かる――』

 最大加速。 一瞬でも速く、この空域を抜けるべく飛翔する。

 背後から、クライドを目指して魔法を紡いでいた追っ手が局員たちから砲撃を受けて足を止める。 

「くそっ、管理局を舐めるな!」

「誰が税金泥棒だっての!」

「寧ろ危険に見合わない薄給でこき使われてる、ブラック企業戦士顔負けの奉仕者ぞ!」

「ボーナスもっと上げろぉぉぉ! 後、出会いも増やせぇぇぇ! 実戦部隊の女性は我が強すぎるんだ! 裏方事務員かおしとやかな一般女性との合コンを所望するぅぅ!」

 次々と、魂の叫びを上げながら局員が奮戦する。 その雄たけびを聞きながら、クライドは心の中で感謝する。 そして同時に、局員がどういうモノだったかも思い出していた。

 高給取りも確かに居るが、ほとんどの局員はそうではない。 フレスタを知っている。 ザースを知っている。 煌びやかなだけでは決して無い、泥臭い職場の方が多いのだ。 後、致命的に出会いが少ない。

「懐かしいな。 そうだった。 管理局はそういうところだった! 良かった俺、デバイスマイスター目指して。 武装局員になってたら絶対に仕事のブラックさで三日も持たなかったぞ」

『ちょっと、貴方たちドサクサにまぎれてなんてことを! 民間人に誤解されるような発言は謹しみなさいな!』

『一般職員の苦労って奴ですね。 上で甘い汁を吸ってる連中には分からない真理です。 いつも困るのは無茶振りされてこき使われる現場の人間ですか』

『貴女に彼らの何が分かるってのよ!』

『偉そうな連中にこき使われる悲哀はよく知ってますよ。 多分、貴女よりもね』

 マシンハートが駆動するまで、絶対服従だった彼女がしみじみ言った。 と、そのときである。 クライドはもとより、格納庫中に響いている騒音が聞こえてきた。 それは、この施設には不釣合いなバイクの音だった。

「なんだ、どっか聞いたような音がするが……」

『ダークホースの人が居ます。 このままだと次の区画辺りで鉢合わせしますね』

「ダークホース? 誰だそれ」

『フレスタ・ギュースです』

「わぁーっつ? あいつ、月面での作戦に出てただろ」

『室長が飛ばした座標を頼ってトランスポーターで追ってきたんでしょうね。 凄まじい行動力です。 無許可なら確実に始末書ものですよ』

「普通、敵前逃亡は銃殺刑じゃなかったか?」

『熱くなっても彼女は己の分は弁えるタイプですから、それはないでしょう』

「そうだっけか?」

 熱くなったら簡単に引き金を引く女だった記憶しか、クライドにはない。

――105番格納庫前。

『ダークホース、カルト教団のシスターと共に先行中です』

「先行? 足が速いな。 ああ、”あの”シスター付きだからか」

 タラップを移動中の人々の頭上を抜け、整備員専用の移動通路を飛び越える。 その眼下で、艦船に補給されていただろう物資のコンテナは放置され、その代わりに次々と人々が逃げ込んでいくのが見えた。 局員は必死になって応戦し、狂ったように暴れるリビングデッドと奮闘する。

 民間人を背後に庇って動けない局員が居た。
 血反吐を吐きながら、それでも杖を捨てない満身創痍の局員が居た。
 訓練も満足に終えていないにもかかわらず、母親とはぐれた子供たちの手を引く幼き嘱託魔導師が居た。 

 そこには、ゴルド・クラウンが言ったような傲慢な魔導師はいなかった。 

 ――時空管理局。 ミッドチルダで発祥した一大組織の魔導師たちは、必死だった。 いや、彼らだけではない。

 危険を顧みず、事務員上がりの癖してペンの代わりに棒状の誘導灯を振るって先導している非魔導師局員の姿がある。

 物資搬入のための民間企業の社員が、怪我を負った負傷者たちを運び込んでいる姿があった。

 兄弟、姉妹の手を引く年長者が居た。 

 学生を必死に非難させる修学旅行の引率教員が居た。

――だが、悲しいかなそれ以外の人間も当たり前のように居た。

 我先にと醜く逃げ込む者。
 指示無く持ち場を離れる局員。
 子供を盾にする親。 
 先を行く者の足を掴み、泥沼に引きずり込む者。

 混乱の中で、混沌とした人間性が暴かれていった。 それを醜いというのは容易い。 誰だって、自分が可愛い。 カルネアデスの板を手に入れたいと、生きるために誰かの板を奪おうとする。 けれど、全員がそうではないと言う事実が、良心という名の善性の存在を確かに証明してもいた。

 それらを一様に観測しながら、クライドは不思議と醜いとも崇高だとも思わなかった。 ただひたすらに、この惨状を生み出した者たちへの憎悪を募らせ、剣姫による剣の断罪を望んだ。

(そっちは頼むぞカグヤ。 絶対に、絶対にだ――) 

 優先順位が有る限り、その望みを自分で実現する暇がないからこそ、ただ求めた。
 願いが通じるかは分からない。 手段を知らない。 方法を聞いていない。 ただ、彼女に任せた。 その事実に訂正は必要ないが故に、結末だけは聞こうと心に留める。

『ダークホースとシスター、106番格納庫で敵集団とエンゲージ――』

「数は?」

『沢山です。 ただし、数は局員が不利です。 民間人が一番多い場所のようですから』

 戦えない者たちを邪魔だと言うのは傲慢だ。 しかし、今は彼らが枷である事実に代わりは無い。 彼女たちは局員であり教会騎士。 だから、立ち止まらざるを得なかったのか。

『――二人とも、完全に足を止めました。 交戦開始<オープンコンバット>』

――106番格納庫。

 飛び込んでくるのは先ほどと似たような乱戦の風景。 砲撃の火線を突っ切る覚悟で飛び込んだクライドは、すぐに念話で叫んだ。

『どこだフレスタ! 居たら返事しろ!』

『――クライド!?』

『位置を教えろ! リンディをより安全に助けるために”お前”の助けが居る!』

『――ッ!』

 レーダーの一つに、光点が強く輝く。 それを見るや否や、クライドは地上へと降下していく。 気づいたリビングデッドが、タラップの上から杖を構えた。 瞬間、防御大勢に入ろうとしたクライドの視線の向こうで、魔導師に飛び掛るシスターの姿が見えた。 トンファーがたたき付けられる。 血のように赤黒い魔力を纏った一撃が、敵を顔面から粉砕し、問答無用で魔力に還す。

『貸しにしてやるよ犯罪者。 さっさと狙撃主を連れて行きやがれ!』

『”貸しといてやる”! 無駄死にするなよ二重人格!』

『ハッ。 こんな程度、温すぎて欠伸がでらぁなぁぁぁ!!』

 狙撃位置を確保していた魔導師たちへと踊りかかり、次々と殴り飛ばすシスター。 その力強い姿を見れば、心配するだけ野暮だった。

「クライド!」

 かつての友人の叫び声が、戦場の音よりも確かに聞こえた。 大雑把なレーダー状況から推察し、グラムサイトを併用して遮蔽物<コンテナ>の陰に隠れているフレスタを見つける。

「できるだけ減速したくない、手を上げろ!」

「うん!」

 掻っ攫うようにして引き上げ、無理やりにも虚空へと誘う。 接触するフィールド同士が衝撃で一瞬反応するも、手の跡が残るほどガッシリと手首を握りなんとか堪える。

 スピードに乗った体が、最加速する頃には腰部のブレイドからワイヤーを一本切り離し、フレスタの体を支えた。  

「久しぶりねぇクライド。 なんでだろ。 あんたの顔を見ると無性にムカムカしてきたわ」

「まだまだ仕事があるんだから、戦力を削るような真似はやめろっての」

「ちっ――」

 落ちないように首に手を回したフレスタが、ヘッドロックに切り替えようとして思いっきり舌打ち。 装甲メットを跳ね上げたままのクライドにガンを飛ばす。 が、それもため息と共にすぐに止んだ。

「後で一発殴らせなさいよ。 それでチャラにしてあげるわ。 お優しい私様に感謝することね」

「あいよ。 嬉しすぎて涙が出そうだ」

「それで、私様に何をしろって言うのよ」

「お前に”出来て”、俺に”出来ないこと”をだ」

 クライドと彼女では研鑽してきたスキルが違う。 それを考えれば、なんとなくフレスタにもピンと来た。

「……”データ”は?」

「グリモア君。 材質から強度まで判断材料を全部転送してくれ」

『了解しました。 十秒下さい』

「あら、グリモアちゃんも一緒なのね」

『室長とボクは既に一心同体ですからね。 もはや永遠に離れられない約束された二人、という奴です。 おかげで誰よりも以心伝心ですよ。 えっへん』

「……」

「おい、無言で眉間に銃口を向けるのはやめれ。 それから、誤解させるような言い回しは禁止だぞグリモア君」

『そういえば、秘密の関係でしたね。 ポッ――』

「なんだか、無性に引き金が引きたいわ」

「まだ我慢してくれよ。 それで、”できそう”かよ専門家<プロフェッショナル>」

「データは……きたわね。 あー、これだと私じゃ口径が足りないわよ? 過剰集束は得意だけど、大出力放出は相変わらず苦手なのよね。 そもそも、厚さが半端ないのよ分かってる?」

「なら魔法と魔力はこっちで用意する。 だから、出力調整やらを任せるぞ」

「となると、間接制御砲撃? うはっ、あんなの実戦でやったことなんてないわよ。 しかも普通はオペレーターの補佐と管制システムを経由するでしょうが」

「他に方法がない。 接触回線を経由したデータリンクでやるしかないんだ。 俺だけだと、余計なモノも壊しそうで不安だ」

「了解。 確かにあんたのスキルだと不安だわ」

――107番格納庫。

「げっ、船が出航中かよ!? フレスタ、お前ジャケットは大丈夫だろうな!?」

「一応わね。 でも……私飛べないから絶対に落とすんじゃないわよ!!」 

 空気を抜く暇も惜しんで、一隻の航行艦が出発していた。 周囲には空戦魔導師が飛び交い、出航を援護している。 

『航行艦アースラ……強行発進中です。 さすが、あの女の艦ですね。 どんな強運ですか。 空気が漏れてますので気をつけてください』

『嗚呼ぁぁぁ!? せっかくオーバーホールしたのに装甲にあんなに傷が!? どれだけ修理費がかかると思ってるのよ!』

『まぁ、飛び立てずにスクラップにされるよりはましですね。 素直に喜ぶがいいですツンデレメガネ』

「あの二人、グリモアちゃんとレティちゃんってあんな仲良かったっけ?」

「さぁな。 それより、ポイントについたぞ。 アースラを囮にして、今のうちに壁をぶち抜く。 レイハさん――」  

 もう一度御神体を取り出して起動する。 一度起動呪文をクリアし、リンディがクライドへと託したのでの命令を素直に聞いてくれた。

――shooting mode. set up. 

 変形したレイジングハートを両手で構え、足元に青いシールドを構築。 予想されうる凶悪な砲撃反動を制御するべく、脚部を大きく広げる。 その内側には、フレスタがシールドに乗ったままレイジングハートを握り締めて同じように手を添えて構え、接触回線でのデータリンクに感覚を委ねていた。

「入り口ができる程度でいいから、威力調節は念入りに頼むな」

「壁の強度を利用しての威力減衰で、余計な被害を増やすなってんでしょ? 私様を信頼しなさい。 あんたより砲撃は得意なの――」


――レイジングハート、BDYデバイスネットワークへの一時接続……クリア

――機動砲精へのデータリンク……クリア。

――接触回線からの間接制御……クリア。

――反動制御術式改変……クリア。

――要求魔力リソース計算……背面部マガジンと小型魔力炉の連携にてクリア。

――チャージ開始。

『トリガー開放。 どっちが撃つロボ?』

「当然私様よって、誰? グリモアちゃんっくりのユニゾンデバイス? どういうことなのよクライド!!」

「後で紹介してやるって。 ほら、ファイアリングロックシステム解除されたぞ」

「はいはい。 あんたの妙な装備もそうだけど、まとめて後で聞くわよ」

 杖の先に光が集う。
 魔力炉とマガジンに収められているチャンバーから、必要量の魔力が集められていく。 環状型魔法陣が二つ程杖先に展開され、反動殺しの制御法陣がグリップの背後に現れる。

『チャージカウント5、4、3、2、1――要求魔力値クリアロボ!』

「頼むぞ」

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

――divine buster Extension.

 フレスタがトリガーを引く。 瞬間、紫銀に塗れた魔力弾が壁へと迫る。 接触は数秒もない。 壁は溢れる光の本流を堪えきれず、その暴虐を受け入れた。 格納庫の壁に、穴が開く。

「抜けた――」

「さっすが私様! 完璧な仕事だわ!」

 直径三メートル程の大穴が、壁に開く。 その向う、対物非殺傷をカットされた魔法の影響はクライドの予想よりも遥かに小さかった。 抜けた先の壁は破壊されずに残り、ぎりぎりヒビが入る程度で収まっていた。 クライドならば、加減が分からずに後ろの壁も無駄に破壊していたところだ。 

『室長、アースラ離脱完了です。 隔壁閉鎖開始と同時に、リビングデッド反転。 そちらに向かっています。 急いでください』

「了解。 フレスタ、絶対にレイハさんを落とすなよ」

「ちょっ――」

 返事を聞かずに加速。 砲撃で貫通した壁の先へと躍り出る。 その瞬間、クライドは跳ね上げたままの装甲メットの向うに、彼女を見つけた。 ミッド地上の廃棄都市で見たような台座に、両手足を拘束された彼女の姿を。

 その向うには、円柱状の機械があった。 ジル・アブソリュートが見たならば、それが冷凍睡眠<コールドスリープ>装置だと看破しただろうが、クライドには分からない。 ただ、全力でミョルニルをぶっ放し、管制を担当しているらしい技術者のようなリビングデッドの魔導師を撃ち抜く。  

「フレスタ! 後は任せる! こいつも持っていけ――」

「もう――」

 ミニモアからの警告が煩い。 ワイヤーから外した右腰部のブレイドを一本、フレスタに押し付け床に落ろしてすぐさま反転。 メットを被りなおしながら壁抜きされた穴へと戻り、奥で顔を覗かせた敵集団へと向かって行った。









「あの馬鹿、本当にデリカシーが無いんだから。 あんたの言葉を誰よりも一番欲しがってる娘が目の前に居るってのに――」

『そんなどうでもいいことを気にするより、早くリンディ・ハラオウンを助けた方がいいですよ。 そろそろ、限界っぽいです』

「――って、そうね!」

 グリモアの呟きに、我に返ったフレスタが走る。 その眼前には全身を翡翠の光で覆ったリンディが居た。 異常なほどの発光現象。 まるで、小さな袋に限界以上の水を汲みいれようとして、周囲に零しているかの有様だ。

 苦悶の表情で堪える顔には、精彩が無い。 ビッシリと額には冷や汗が流れ、全身が絶えず何かを堪えるように震えている。 力強く握られた両手は、柔肌に食い込んで血が滲んでいた。

 しかも悪趣味なことに猿轡に目隠し、おまけにヘッドフォンで完全に感覚を外部から絶たれていた。 両手足を縛る拘束具に、入院患者のような薄手の術衣。 極めつけは電極のようなコードが全身に取り付けられている。

「リンディちゃん!!」

 フレスタは急いで一番やばそうなコードを外し、リンディを地獄から開放する。 瞬間、リンディの体から力が抜けた。 体を覆っていた翡翠の光が消えていく。 それに安堵しながら、目隠しとヘッドフォンを剥ぎ取ると、憔悴しきった彼女の縋るような視線を受けた。

「リンディちゃん、もう大丈夫だからね」

「はぁ、はぁ……フレスタ……さん? すいません。 私、一体、どうなっていたんですか? 確か、訓練学校の同窓会に出て、それから……それから――」

『リンディ、貴女は誘拐されてたのよ』

「……レティ? あれ、グリモアさんも?」

「大丈夫。 落ち着いて。 今、拘束を外すから」

 クライドが預けたブレイドを使い、拘束具を無理やり切断する。

「それは、確かクライドさんのデバイス……クライドさん? そうだ、私は、私はあの日クライドさんに会って、それから――ッ!?」

 繋がった記憶。 脳裏によぎった記憶に目を見開き、疲弊し尽くした体に鞭打ってリンディが体を起こそうとする。 その、必死の行動が何を思ってのものだったのか、フレスタ・ギュースには手に取るように分かった。 だから、体を起こそうとする彼女を起き上がらせる手伝いをしながら、伝えた。

「”大丈夫”。 リンディちゃん、”あいつ”はやっぱり貴女の味方だから。 ほら、見なさいよ」

「――ッ!?」

 遠くで、戦闘の音があった。 彼女にとって周囲は、見たこともない格納庫のような場所だ。 そんな中、青い装甲を纏った誰かが穴の開いた壁の向うから吹き飛んできた。 それを追撃するのは、多種多様なランクの魔導師たち。

 多対一。 その装甲戦士は、それでも体勢を整えて気丈にも戦っていた。 足元に時折、五茫星形で刻まれた青と紫銀の魔法陣が二重に展開され瞬いている。 ”非常識”だった。 通常の魔導師には絶対に起こりえない現象だ。 だが、そんな非常識を当然のように実行している男を、リンディ・ハラオウンは一人だけ知っている。

「――まさか、あの鎧の人はクライドさん……なんですか?」

「ええ。 リンディちゃんはね、クライドのリビングデッドに今まで誘拐されてたの。 でも、あの馬鹿はそれを知って、こうして助けに来たのよ。 まぁ、とにかく色々無茶苦茶してるみたいよ。 詳しく聞いたらリンディちゃん、真っ青を通り越して多分気絶しちゃうぐらいにはね」

『気絶で済めばいいけどね。 私なんて、ついさっき彼に人質にされたわよ。 相変わらず、何をしでかすか分からない男よ彼は』

『税金泥棒とはいえ、正義の組織を動けなくするなら人質が一番有効ですからね。 室長らしいといえばらしいやり方です。 ですが、これでまた一つ罪状が追加されました。 貴女のせいですよ。 まったく、やれやれです』

「ふぇぇぇ? どういう状況ですかそれ! それに、どうしてグリモアさんまで居るんですか!? だって、貴女も行方不明だったはずですよ!」

「室長が心配だったからですよ。 断じて、貴女のためなんかではありません。 ええ、決して」

「うぇ!? ちょ、グリモアちゃん、その体……」

『ちょ、貴女今さっきまでここに――』

 空間モニターの隣に、いきなりグリモアの体が現れる。 彼女の書外活動用の端末だ。 空気中の分子を使って投影された立体映像<ホログラム>。 書が演算している者<魔法プログラム体>の周囲か本隊の側なら、どこだって現れることができる熱無き体だ。 知るはずのない彼女たちは揃って驚くが、グリモアは気にもしない。

「体のことはどうでもいいです。 そのうち室長の愛が満ち満ちた体が手に入る予定ですからね。 それより、良いご身分ですね。 ”魔女”」

「……えっ?」  

「室長が貴女のために戦っているというのに、礼もせずにこんなところで無駄話。 あまつさえ、手助けをしようともしないとは。 呆れてものも言えません。 恥を知れです。 まぁ、今の貴女なんか室長の盾にも戦力にもならないでしょうが」

「ちょっと、グリモアちゃん。 そんな言い方――」

「……そうですね。 フレスタさん、杖を貸してくれませんか」

『無茶よリンディ! 貴女、今自分がどういう状況か分かってるの!?』

 戦える状態ではない。 モニター越しにでも分かる程に、それは明らかなことだった。 

「無駄死にしたければ好きにすればいいです。 それよりも貴女にはやらなければならないことがあるんですからね」

「クライドさんの援護をして欲しいんじゃないんですか?」

「室長に援護なんて要りません。 邪魔な貴女たちが戦場を離脱すればそれで済むことですから。 それより、室長ではどうにもならない問題が残ってます。 まぁ、ボクの予想が外れたら必要ないかもしれませんけどね。 ”姉さん”、魔女に使わせますけどいいですね?」

――All right.

 レイジングハートが答え、赤いコアを明滅させる。 グリモアはフレスタから彼女を奪い取ると、困惑するリンディに押し付けた。

「貴女をもう一度死ぬような目にあわせてあげます。 出番が来るまで、ボクとすぐそこの端末を死守していてください。 逃げたら敵前逃亡の刑として、室長を永遠に独り占めしてやりますからあしからず。 というわけで、遠慮せずにとっとと尻尾を巻いて逃げやがれです」

「ちょ、グリモアさん!?」

「フンッ――」

 問うような呼びかけには答えず、拗ねたように鼻を鳴らすと、グリモアは分子で編まれた衣服を作り出す。 それは、彼の助手にとってはユニフォームでもある純白の白衣だった。 それに袖を通しながら、淡々と端末へと近づいていく。 

「さて、それではこの施設を”完全に掌握”するとしましょうか。 昔とった杵柄という奴ですが、アナログ操作でもボクのハッキング技術は満更捨てたものではないですよっと」

 瞬間、端末に凄まじい速度での投影型キーボードのキーがタイプがされていった。 目まぐるしく空間モニターのウィンドウが展開されては消えていく。 本職のオペレーターが真っ青のスピードだ。

「嗚呼、今日のボクは室長のために働きすぎです。 好感度ゲットのためとはいえ、割に合いませんよ。 あの時やっぱり監禁しておけばこんな苦労はしなかったのですが……はぁ――」

 誰にともなく愚痴りながら、グリモアはグラウンドゼロの掌握にかかった。

 








『ぬっ、ぐぅぅぅ。 こんな時にパワーダウンだとぉぉ!!』

『壁抜きした後、うっかりマガジンを入れ替えなかったからロボよぉ!』

 機動砲精内部の魔力炉は、エンプティ<ガス欠>にならないように必死で駆動しているが戦闘中だ。 中々チャージする暇が無い。 多勢に無勢の中、必死にイヴァルディシールドを構えて魔法攻撃にクライドは耐えた。

 場所が悪すぎた。 狭すぎるせいで、機動砲精の機動力が生かせない。 それどころか、逃げればリンディたちの場所へ敵が移動する。 敵から離れられず、それでいて消耗しないように魔力を温存しようにも敵の連携の網から中々抜け出せない。

『くそったれが後5人。 絶対にあいつらを通すな!』

『――ッ、ユニット稼働限界、そろそろ来るロボよ!』

『ッ――』

 悲鳴のように木霊するミニモアの声を黙殺。 クライドは反転しながら、両足にブレイドブーツを展開。 回し蹴りを繰り出しながら、ブーツの車輪に刃を構築。 振り下ろされた杖が、発生した魔力刃に食い込み魔力爆発。 右足のブーツが杖と引き換えに車輪ごと吹き飛んだ。 

『くっ、右脚部損傷甚大! パージ――』

「まだ、まだぁぁぁ!!」
 
 残った左足を振りきり、車輪の下から青の魔力刃<ショットセイバー>を射出。 杖を失った中年男の魔導師をけん制する。 無理せずに引いた中年魔導師が引くのに一歩遅れて、背面からティーンの少女が背後から襲い掛かってくる。

『ビット射出!』

 ソードビットが一本飛翔し、なけなしの魔力でそのまま侵攻を妨げる。 だが、魔力値が足りない。 容易く杖を叩きつけられて破壊され、明後日の方向へとひしゃげて飛んだ。 一工程の時間稼ぎ。 その間に、クライドが振り返る。 右手にはマジックガンを展開し、突っ込んでくる少女に照準。 至近距離から二発ぶちこみ、霧散させる。 そのままマガジンを落としながら、投げ捨てるようにツールボックスに収納。 左手を頭上へと掲げる。 ひげ面の成年魔導師から放たれる砲撃魔法。 盾で受け止めるも、その圧力で滞空維持限界が突破され虚空へと投げ出される。 その拍子に、追撃の砲撃がバックパックを掠めた。   

『ぐっ、今のでバックパック破損。 右肩マジックガン、及びビット一機半壊! 両方パージ!!』

『残りが使えりゃいい!! いらない部位<デッドウェイト>は捨てろ! それより、姿勢制御急げ!』

 投げ出された時の回転の勢いで、視界が回る。 こみ上げてくる吐き気を堪えながら、意識を集中。 背面に迫る鋼鉄の床すれすれで引き起こす。

 そこへ、追撃とばかりに向かってくる影がある。 十にも満たないだろう幼い顔。 ベビーフェイスには似合わぬ魔力を両手の小太刀に込めながら、問答無用で刃を振るってくる。 右手で対魔法刀を握り締め、左手の一撃を受ける。 右腕が折れるのではないかと思うほどの衝撃。 刃を落としそうになるのを堪えながら、首に向かって飛来してくる追撃の右を上体を逸らして避けつつ、そのまま左足のつま先を跳ね上げる。 瞬間、車輪から再び発生した紫銀の刃が少年の股間に炸裂。 ジャケットごとその下のモノを抉りながら、再び過負荷で爆発する。

『左脚部装甲もパージ!!』

『だが撃破した! 後三人!』 

 五人目の詠唱が終わる。 様子を見守っていた若い女は、取るべき戦術を決めたように仲間に頷く。 瞬間、足元に広がったミッド式魔法陣。 掲げる杖の上には6つのスフィア<魔力弾>。 弾丸は、不規則な弧を描いて加速する。

 高速誘導弾。 制御能力に比例して加速する、扱いが難しいながらもどの魔法よりも扱い切れれば命中率が高い思考制御魔法。

「あれは、やばい。 確実に”削られる”――」

 シールドカッターを四枚生成。 発生した側から、女に射出。 すれ違う円刃と誘導弾。 クライドは盾と刃を構えたまま後方へ飛翔する。 だが、当たり前のように弾丸の方が速い。

 一発目を盾で防ぐ。 命中したと同時に破裂。 盾越しに衝撃を見舞ってくる。 二発目は、背後に回ってきた。 振り返る暇はない。 残り二本になったビットを一機使用。 盾にして防ぐ。 ビット喪失。

「うざったい!」

 三発目は、頭上から来た。 右腕を上げて刃で応戦。 すると、四発目が床に当たったかと思えば盾の下から跳ねあがってきた。 胸部に命中。 纏った電磁フィールド<メギンギョルズ>を痛烈に消耗させながら胸部装甲を凹ませる。 球形の跡が刻まれ、予期せぬ衝撃に体勢が崩れる。 そこへ、五・六発目が同時に左右から迫る。
 
「くっ――」

 無理やり前方の空間を蹴り、反動で後退。 避けた拍子に弾丸同士がぶつかって対消滅。 最後の一発はまたも背後。 狙いは、ユニットの制御中枢が内包されているバックパックの中心。 最後のビットを放出。 もっとも重要な機関を守り、代償としてビットを完全に失う。

「乗りきった。 今度は、俺のターンだ!」

 シールドカッターが、女を襲う。 四枚がそれぞれ前後左右から強襲。 その対応に女が動いた瞬間、やっと溜めた魔力で本命のミョルニルを発射。 真下からプラズマで打ち抜く。 

『後二人ロボ!』

 杖を半ばまで砕かれた中年男が、無謀にも突撃してくる。 その背後から、ひげ面の成年が援護射撃とばかりに砲撃が放つ。 ランダムに飛翔し、砲撃を避けていく間に中年男が半壊した杖を投げた。 対魔法刀で弾き飛ばした次の瞬間、突撃してきた男が盾を構えたクライドにでっぷりと肥えた腹からボディーアタックを敢行してくる。

「ぐぉ!? くっ、重……うぇ?」

『この光……まさか、自爆ロボぉぉ!?』

 その体から、魔力が燦燦と輝いたかと思えば閃光が視界を照らした。 爆音が、その後に続く。 AAAランク級の魔導師の自爆魔法。 その破壊力は、問答無用でクライドを吹き飛ばす。 盾越しだろうと、当たり前のように滞空維持限界を突破した体が虚空へ投げ出された。 そこへ、追撃の砲撃が迫る。

 体勢を整える暇はなかった。 避ける暇も無く、魔力弾が全身を襲う。 電磁フィールドを局所的に抜き青の装甲に次々と弾痕を穿つ。 ダメージ増大の果て、遂にユニットが駆動限界を迎えてしまう。

『――ユニットダメージ、もう限界ロボ。 回路<リンク>断線! システム停止。 残りの武装をツールボックスに強制収納と同時にそれ以外を全部パージ!』

 青の装甲が弾け飛ぶと同時に、仕込まれていた煙幕が放出され戦場を染める。 その影の向う、装甲の中から黒のジャケットを纏ったクライドが一瞬姿を現しては煙幕の向うに消えた。 

 静寂は数秒。 煙幕のせいで、狙えなくなった射手が杖の先をリンディたちに向ける。 そこからでも十分に狙える。 狙えない誰かを狙うよりも、今見える敵を片付ける。 その選択は、確かに合理的ではあったのかもしれない。 しかし、その数秒で彼が準備を終えていた。 

 煙幕を切り裂く風圧。 その向う、僅かに回復した魔力を用い、電磁加速したクライドが盾を掲げて突っ込んでいた。 その右手には、当たり前のようにガンナックルが装着されていた。

「これでぇぇラストぉぉ!!」

 砲撃をイヴァルディシールドで遮断し、無理やりに距離を詰めて右腕を振り上げる。 炸裂した衝撃が、撃鉄を降ろし魔導砲を発射する。 青の閃光がひげ面の男を貫き、実体を貫く。 男は魔力の霧に還って空気に溶けた。 

「ぜぇ、ぜぇ……これで、終わりか。 リンディの安全確保……完了。 後は――」

 レーダーには、敵反応はもうない。 少なくとも、増援でも来ない限りはしばらくは安全のはずだった。 額の汗をぬぐいながら、ガンナックルや使用したマジックガンにマガジンを装填し、盾を仕舞う。

「そろそろ、在庫がなくなるな」

『そりゃあ、アレだけバンバン使えば無くなるのは当然ロボ。 むしろ、まだ十本残っているだけ行幸ロボよ』

「そう……だな。 マジ疲れた。 もう、今日はこれ以上戦いたくない。 これでリンディが無事じゃなかったら、大赤字も良い所だ」

『――いいえ、まだです室長。 最後の仕事が残っています』

『グリモア君?』

 それは、通常の念話でも通信ではなく、夜天の書を介した直接通信だった。

『敵航行艦、108番格納庫より出航中。 超魔力を制御下に置き直しながらグラウンドゼロへと向かってます』

『はぁ!? この上まだ航行艦を出すだと!?』

『まぁ、格納庫ですからね。 船があってもおかしくはありませんよ。 ちなみに、死霊秘法もあの中みたいです。 基地内への転移回路は封鎖しましたが、逆にこちらから向うへの転移ラインが切られました』

『――対処方法は?』

『幸い、こっちにトランスポーターがありました。 航路上に飛んで破壊すれば、あの艦に関しては問題ありません』

『つまり、他の箇所から撃たれる可能性があるってか』

『はい。 アレ一隻を潰したところで根本的な問題の解決にはなりません。 確認しましたが、撃てる場所が推定で44箇所はあります。 一応、ハッキングを仕掛けていますがさすがに全部落とすとなると時間がかかりすぎます。 可能性を封殺したいのであれば、”リンディ・ハラオウン”を使うしかありません』

『つまり、第四魔法とやらを虚数空間にぶちこまれる前にあいつに虚数空間を閉じさせろと、そう言うわけだな?』

『イグザクトリー』

『実行した場合、あいつの体は大丈夫なのか』

『さぁ?』

『おい!?』

 世界と引き換えに女の命をかけるのは、美談かもしれない。 しかし、当事者からすれば堪ったものではない。 それを許容できるのであれば、初めから助けになどクライドは来ていない。

『選択はご自由に。 ただ、どちらにせよ、先にあの航行艦は潰しておかないといけませんよ。 どれだけジュエルシードを積み込んでいるかなんてわかりませんからね。 塞いでもまたこじ開けられたら意味がありません。 多分、二回も封鎖する体力も気力も、今の彼女には無いでしょう。 アレは確実に潰さなければいけません』

『俺があいつの隣で『絶対領域』を使えばどうだ?』

『それなら命だけは助かると思います。 問題は時間だけですね。 ちなみに、この施設に魔力砲なんて都合の良いものはありません。 次元災害の慰霊と、観測、ネットワークの中継が目的の施設ですからね。 やるとしても室長が撃破後になりますね』

『ちっ――』

 とにかく、時間が無いのだ。 最短で最速の結果を出すためには、グリモアの案は申し分ない。

『幸い、あの女の船が外に出ています。 今ならまだ、間に合うかもしれません。 どうしますか?』

 グリモアは無表情に聞くだけだった。 決断するのは自分の役目ではないと、心底思っているのだろう。 そのことに、一瞬歯噛みするも彼女を攻めるのはお門違いであることに気づく。

(――ここで葛藤することさえ、時を浪費する愚作か。 どちらにせよ、トランスポーターに行かなきゃ話しにならん。 結局、”やるか”、”やらないか”の二者択一か――)

 クライドはリンディたちが居る場所へと飛行した。 その間の時間は余りにも短すぎた。 考えがまとまらないまま、邂逅を果たした。









「よう。 ”久しぶり”だなリンディ。 少し痩せたんじゃないか?」

「かもしれません。 そういう貴方も、随分と疲れた顔をしてますよ」

 黒瞳と翡翠の瞳が交差する。 お互いに余裕はない。 ただ、それでも続けたい言葉を飲み込んで、事務的な会話を続けた。

「状況は理解しているか?」

「よくわかってません。 でも、グリモアさんが言いました。 私を、死ぬような目に合わせると――」

 端末を弄っているグリモアは、片手だけあげて二人の視線に答える。 相変わらず、色々と作業が忙しいのかハッキングの手を休めることはしない。 フレスタやレティとしても、言いたいことはあったがクライドが余りにも真剣な顔をしているので、邪魔することはしなかった。

「要するに、だ。 死ぬような目にあってでも管理世界を救いたいか、それとも確実に生きるために見捨てるかって話だ。 俺には選べん。 選びたくもない。 だから、お前が決めろ。 三分以内でだ!」

「――えぇっ? なんですかその極端な選択肢は!」

「都合の良い方を選べよ。 ”どっちだろうが”俺はお前を助ける。 だが、さすがに管理世界の命運までは背負えない。 そういうのは、犯罪者じゃなくて”時空管理局様”が背負うもんだろ。 デバイスマイスターの俺には、ちょっとスケールがでか過ぎる。 だからお前が選んでくれ。 できれば、俺とこのままトンズラしてくれれば余計な苦労を背負わずに済むんだが――」

 果たして、そんな選択をリンディ・ハラオウンが認めるか? クライドには”まったく自信が無い”。 というか、そもそも選択させることが卑怯だったかもしれない。 これでは、遠まわしにやってくれと言っているようなものだ。 そうでないのであれば、問答無用で浚っていけばいい。 しかし、それがクライドにはできない。 リンディ・ハラオウンを”不幸にしたくなければ”、結局のところ管理世界は”必要”なのだ。 それは考えるまでもなく分かることだった。

「クライドさんは――」 

「そりゃ当然。 お前が死ぬような目に合っても、それでも俺への愛の力で生き残ってくれたら万々歳だ」

「なんですかそれ。 結局これ、選択肢として機能してないじゃないですか!?」

 顔を引きつらせながら、リンディは言う。

「機能して無いな。 よし、なら際冥土の土産に教えておいてやる。 俺は、クライド・ハーヴェイはお前を心底愛している。 だから、お前だけをここで浚っていって、飽きるまでイチャイチャウチャチャしたい――のだが、我慢している。 そこんとこ察してくれると超嬉しい」

「あ、愛!? そ、それにイチャイチャって。 い、いきなりそういうこと言われても困ります! あああ、でも別にそれが嫌だっていうわけじゃなくてですね――」

『ちょっと、貴方たちねぇ、今どういう状況下分かってるの!? ラブコメはいいから、さっさと事態の収拾に動きなさいよ!』

「そうそう。 そういうのは終わった後にでも二人っきりの時に好きなだけしなさいよ! 物事には順序ってのがあるでしょ!」

「黙れ外野供! 俺はマジで言ってるんだ」

 クライドならそれで納得してしまえる。 そういう風な思考形態になってしまっていた。 だが、彼女はそうではない。 そうではないのだ。 だから、問う。 そして選ばせる。 

「俺はお前を犠牲に管理世界を救いたいとは思わない。 世界と個人の重さを考えろ? 冗談じゃない!! 個人に報いの無い世界なんざこっちから見捨ててやれ! 自業自得、ご愁傷様。 そんな風に俺は考えられる。 今の俺の腹んなかはそれだけだ。 でもな、お前は”違う”だろ」

 管理世界を自分の都合で逃げ出したクライドと、ミッドチルダや管理世界で生きてきたリンディ・ハラオウンでは立場が違う。 その差が、選択肢を束縛する。 今ならば力づくで浚うことはできる。 トランスポーターを利用し、このままヴァルハラへと逃げればいい。 それだけで全て終わる。 その後で、リンディ・ハラオウンの怨嗟を受け止めながら、恨まれながら、生きていけばいい。 それは心苦しいことであり、その先の幸福を汚す行為である。 裏切りであると言ってもいいかもしれない。 それが嫌だからこそクライドには出来ない。 それだけは決して。 だから卑怯にも選ばせるのだ。 

「いいか、リンディ。 今、お前は理解していないだろうが確かに世界の中心に居るんだ。 幸か不幸か管理世界の命運を握った女になっちまったんだよ。 落ち着いて考えろ。 俺はお前の味方だ。 どっちを選んでもだ。 だから、”後悔しない方”を選んでくれ。 十秒以内で」

「もう! 回答時間が大幅に短縮されてますよ! 考えさせる気は本当にあるんですか!?」 

「ある。 なければこんなことは言ってない。 8・7・6……」

「室長、ヤァヴァイです。 航行艦からの発射まで、後8分もありません。 カウントダウン、始まってます」

「ちょっ、おまっ――ええい! 543210! はい終わり! アンサープリーズ!」

 やけっぱちだった。 もうどうにでも成れという勢いで、クライドは問う。 リンディはその様に呆れた。 いつもそうだった。 その男は、大事なところで説明が足りない。

「どうして、最初から『俺のためにやってくれ』って言ってくれないんです? この後に及んで私が自分の命惜しさに協力しないとでも思ってるんですか!? 酷い侮辱だわ!」

「アホか、お前の命と管理世界だと割りに合わないからって言っただろうが! 分かれよ、この微妙な男心!」

「居なくなったかと思えば、いきなり現れてこんな究極の選択を強いてくる人の心なんか知りません!」

「なっ――ここは冗談でも察してみせるのが元婚約者候補(仮)って奴だろう!」

「知りません! クライドさんが何を考えてるかなんて、私にはぜんっぜん分かりませんからね。 そもそも、貴方だって私のことなんて全然分かってないじゃないですか!! この四年間、私がどれだけ心配したことか!! 時の庭園の時だって、声ぐらいかけてくれたって良かったのに、私のこと、まるでどうでも良いみたいに返事もせずに消えた癖に!!」

「そ、そりゃあアレだ。 お前にだって立場があるみたいに、俺だって色々あるんだよ。 だいたい、あそこで声かけてたら、後でお前がクルーたちにどんな疑いをかけられるか――」

「もう遅いです! あれ以来、クルーの人たちの目がちょっと変わったんですからね!!」

「た、例えばどんな風にだ」

「怒らせるととっても容赦の無い艦長だって! 帰還してから何故かクルーの人たちが妙に怯えてるんです! ちょっと声をかけただけでビクっとするんですよ!? 私は破壊神かなにかですか!?」

「ぶ、部下に舐められるよりは、威厳があっていいんじゃないだろうか」

「私はアットホームな職場を目指してたんです! なのになんであんなに殺伐とした職場になっちゃったんだと思います!? 全部クライドさんのせいですよ!!」

「えーと、なんかしらんがそれって多分自業自得じゃあ……」

「それだけじゃありません!」

 ピシャリと言い切られる。

「四年前からお爺様はお見合いを勧めてくるは、貴方は連絡一つくれないは、有給は中々取れないは、夜中に悪夢を見るは、貴方を思うと胸が苦しいは、とにかく全部貴方のせいなんです!! ついでに仕事が忙しいのも、私がまだ独り身なのも全部です!! ぜ・ん・ぶ!!」

「い……いくつか、全然因果関係がないのも混じってたように思うが」

 というか、仕事の忙しさはクライドとはほとんど関係ない。 

「そんな細かいことはどうでもいいんです! 問題は今ですよ”I・MA”!」

 頬を膨らませる勢いである。 懐かしきハムスターの構えが発動する気配をひしひしと感じながら、クライドはどうすればいいのかを考えた。 だが、ふと馬鹿らしくなったので両腕で抱きしめ無理やりにも彼女の口を塞いだ。 人目も気にせず自分のそれで。

「――」

 一瞬、その身に起きたことが理解できずに彼女は瞳を瞬かせる。 三秒も立たずに顔が真っ赤になったかと思えば、腰が抜けたのか後ろに倒れ込んだ。 クライドは離さなかった。 そのまま、一緒に倒れながらも行為を続けた。 何故か、無駄にディープだった。





「――ねぇレティちゃん。 今って一応とんでもない事件の真っ最中なのよね?」

『そうよ。 なんかとてつもなくやばい事態なのは確かよ』

「じゃあさ、なんでこの二人は”こんなとこ”で”こんなこと”してんの?」

「し、知らないわよ! 大体、クライド・エイヤルが奇天烈な行動に出るのは言わずもがなだし、リンディもちょっとその、天然さんだから――」

 相乗効果は、押して知るべしであった。 無論、この空気を打破できるのも”彼女”だけだ。 当然のように、彼女が止める。

「室長、七分を切りました。 そろそろどうするか決めないと間に合いませんよ。 ていうか、ボクの目の前で汚らわしい行為に移るというのが万死に値する悪行だと思うんですがどうでしょうか? それともなんですか、そんなにボクに見せ付けて誘ってるんですか? さすがに三人はどうかと思いますが――って、ガン無視ですか。 グランパ、やっぱり管理世界は滅ぼしましょう。 もはやこの次元世界に必要ありません。 魔女と同じです。 皆平等に、存在する価値が無い!!」

「ぷはっ――待て、早まるなグリモア君! それだけはやっちゃいけない!」

 管理世界に、新たな破滅フラグが立った。

「ついさっきまで魔女と乳繰り合っていた人に言われたくはないですが」

「はぁ、はぁ――」

 そして、必死に説得するクライドの後ろで、何故か息が荒いリンディがほんのりと紅い顔のまま人差し指で自分の唇をなぞっていた。 何かを確認するようなそのしぐさには、妙な色気が漂っている。

 状況はカオスだ。 レティとフレスタはとにかく咳払いし、クライドは半眼で見上げてくる助手に嫌にキリリとした顔で対応して無かったことにする。 そうして、なんとか立ち上がったリンディにもう一度問うた。

「えーと、それでなんだっけ。 あー、そうそう。 死ぬような目に合ってでも管理世界を救うか、それとも見捨てて俺と逃げるか、だったっけか。 結局どうするリンディ。 俺はもうどっちでもいいぞ。 俺の勝利条件はお前だからな。 お前が無事ならもうなんでもいい」

「分かりました。 では”望みどおり”、死ぬような目に合って管理世界を救いつつ、貴方を精一杯不安に陥れた後でたっぷりと責任をとってもらっちゃいます!」

『なんか、勝手に選択肢が修正されてるわね。 リンディ、たくましくなって……』

「うん。 無駄にね。 あの純粋だったリンディちゃんが、遂に朱に交わっちゃったのかしら。 なんか、お姉さん悲しいを通り越して寂しいわ」

『”男”……なのかしら』

「ええ、”多分”ね」

『……』

「レティちゃん、後で聖王教会のシスターさんと飲もうって約束してたんだけど、貴方もどう? お酒、強かったわよね」

『いいわね。 終わったら是非とも参加させて頂戴。 今日はとにかく飲みたい気分だわ。 なんか、とっても疲れたもの。 はぁ――』

「うん。 私様もよ。 はぁ――」

 二人してため息を吐きながら、もうどうにでも成れという気持ちで二人を見る。  件の二人は、当たり前のよう恋人繋ぎをしながらトランスポーターに乗り込んでいた。 独り身の二人は、思わず遠い目をしながら思った。

――管理世界の命運とやらを忘れて、”貴重な時間”を浪費するな、と。














「――とにかく現場から離れろだと!! 後ろから狙われてるんだっての!! え? 臨機応変に対応しろ? こっちにはその指示を出せる人が不在なんだよ!」

「操舵主、回避行動だ!! 後ろからまた艦砲射撃くるぞ!」

「ええい、全員何かにつかまれ!!」

 アースラのブリッジ内でオペレーターたちが次々と悲鳴を上げる。 なんとか出航こそできたものの、その後ろから若干遅れて未確認航行艦が出撃。 背後から問答無用で砲撃をぶち込んできた。

 魔力砲撃が次元空間を抜けていく。 外部映像を打ちしていたブリッジのモニターが、一瞬の砲撃光に煌いたかと思えば微細な振動が船を襲った。 装甲を掠めた衝撃が船体に奔ったのだ。

 現在、艦の指揮が出きる人間はいない。 辛うじて乗り込んだ武装局員もいたが、彼らは基本魔導師で艦戦とは無縁だった。 とにかく回避するか撃ち返せとしかいえない。 そして、管制塔も状況に追われて満足な指示を出してこない。 お手上げだった。

「ああもう、艦長が”行方不明”になってからこっち、全然ついてねぇ!!」

「ボヤくなよアレックス」

「どちくしょう、今までこんなことなかったってのによぉ!! つーか艦長見つかったんじゃなかったのかよ! 療養中にまた行方不明になったってどういうことだ!! 説明もせずに階級差で押し切りやがって。 何が『諸君にはまだ知る必要がない』だ。 現場舐めてやがるのか上の奴ら!!」

 コンソールを叩きながら、怒りも露に少年がぼやく。 いつもは自分の突っ込み役をしているアレックスが遠慮なく叫んでいる。 普段の落ち着いた様子などそこにはない。 それほどまでに、この突発的な事態に彼も苛立っているということなのだろう。 少年オペレーター――ランディは、自分も悪態を吐きたいという思いに駆られながらも必死に仕事をこなすことに専念した。

「言いたいことは分かる。 けどよ、今はアースラを守ることだけを考えようぜ。 艦長が戻ってきたとき、『船が無くなってました』、じゃ話にならないだろ。 俺たちも艦長も、航行艦乗りなんだぜ」

「――帰って来ると思うのかよお前。 だったら、能天気すぎるだろ。 下手すりゃ今頃はもう――」

 犯罪者に誘拐されたらしいのだ。 彼女への逆恨みかなんだかさえ、彼は知らなかったが一度見つかった時点でさえ”療養”が必要だったのだ。 また次に復帰できるかどうかなんて、分かったもんじゃない。 そう、言おうとしてその言葉は最後まで言えずにさえぎられた。 

「――言うな! それ以上は聞きたくない!」

「ランディ、お前……」

「ちくしょう。 俺たちの配属先の初艦長だぞ。 適当に栄転でもしてくれたんならこっちだって誇らしい顔で見送れたってのによ!! ”見送る暇さえなかった”! 執務官が捕まらないからって、あの人は二人分の仕事をいつも笑いながらしてたよな。 誰かに押し付けちまえば良かったのに、なんでもない風に処理して俺たちに弱音一つ見せなかった! おまけに、実戦には出るは次元振動は塞ぎまくるわ。 文句つける隙は極度の甘党ぐらいの非凡な艦長だった! そんな俺たちの”艦長”が、この船に戻ってこないわけがあるか!」

「わ、わりぃ。 つい、カッとなっちまった……」

「――いいさ。 とにかくだ。 艦を守るぞ。 それしか、俺たちにはできることはないんだ」

「ああ。 でも、ちくしょうめ。 操船やオペレートだけじゃなくて、戦闘指揮の方も勉強しとけばよかったぜ。 素人よりはマシだとは思うが、それだけだもんな俺たち」

「武装隊連中も基本は現場での殴りあいの連中だ。 部隊指揮はできても、艦の指揮は取れないからなぁ。 耕した畑が違いすぎる」

「しかもなんだ、このグラウンドゼロを回遊しているエネルギーは。 何が起きてるのかさっぱりわかんねぇ。 おまけに虚数空間が開いちまった。 次元振動の被害を心配する必要はなさそうだが、どうなるんだよこれから。 まさか奴こさんたち、このままアルハザードでも目指そうってんじゃないだろうな――」

 クルーの誰もが思うその疑問に、答えられる人間はいなかった。 アースラは逃げる。 搭載武装で背面に申し訳程度に打ち返すも、未確認艦がその抵抗を嘲笑うかのようにデストーションシールドを張った。 足もアースラより速い。 このままだと万事休すだ。

「艦長ならどうする? 分かんねぇ、分からねぇよちくしょう――」

 のほほんと普段は微笑を浮かべながら、すいすいと任務をこなす翡翠の艦長の姿を思い出す。 たった一人だ。 たった一人の欠如で、こんなにも違うというのか? 人材がいきわたって居なかったというのもある。 オートメーション<自動化>された設備のおかげで最低人数で運用されていたというのもあるし、今回の航海はオーバーホール後の試験航海。 ただの気楽なドライブで終わるはずだったいうのに、なんてざまなのか。

「くそったれ、生きて帰ったら絶対に艦長の補佐を用意してもらおうぜ! ついでに、艦長には今までよりもうんと楽をさせないとな! ティータイムの砂糖もいままでの倍、いや、三倍でいいだろ。 なんなら俺の給料から天引きでもいい!」

「ばっかお前、俺たちの艦長なら軽くその五倍はいけるだろ! くく――」 

 狂ったように笑う二人を止めるようなクルーはいない。 馬鹿話を止める余裕もない。 ただ、状況を切り抜けるためにできることを探し続ける。

「民間人の本局への転移、7割ほど終了との報告」

「館内に侵入した敵魔導師の駆逐完了との報告あり。 武装隊、民間人の転移が終了しだい、基地へと戻って残敵の掃討に向かうとのこと」

「艦尾砲撃システム損傷! 航行には支障なし。 しかし、このままでは――」

「謎のエネルギー、カラーパターン変更中。 また黄金色に変色していきます!」

「敵艦、更に加速!! すごい勢いで距離を詰めてきます。 げっ、シールド展開したままこっちの回避機動に合わせて突っ込んでくる!? おいおいおい、奴さんアースラを轢いていく気か!?」

 状況に遠慮はない。 次々とアースラにとって良くない報告だけがブリッジを飛び交う。 ここまでくれば、自らの不運を呪いたくなるのも分からないでもない。 

「き、緊急用のトランスポーターが、ブリッジ直通の一機が強制稼働! 何者かによるハッキングです!?」

「う、内側からも潰すつもりか!? くそっ、徹底してやがる。 武装隊を呼べ!」

「無理です! 一分はかかります!」

「なら回線を物理的に切ればいいだろ!」

「もう無理です。 げっ、そのままメインシステムへと侵攻!? 防壁、突破されていきます!? 管制システムが完全に乗っ取られれるまで後……三十秒もない!? に、人間技じゃないぞこれは――」

 トランスポーターが輝く。 光がともり、その向うに人影を転移させてくる。 クルーの顔に絶望の表情が浮かぶ。 武装隊を除けば、基本的にブリッジ要因には武力など求められない。 だが、敵はどうか? 考えたくもない答えが全員の脳裏を過ぎる。 そして視線は、その脅威が跳んでくるトランスポーターに釘付けになった。

――魔力分解されていた人影が実体化<マテリアライズ>。

 一人は薄手の術衣を身に纏った翡翠の女性。 そしてもう一人は黒髪の男だった。 

「「「「――艦長!?」」」」

「――おまたせしてすいません皆さん。 リンディ・ハラオウン、これより戦線に復帰します。 これから可及的速やかにやることがあるので、ブリッジの皆さんはすぐに持ち場に戻ってください。 状況報告をお願いしますね。 ランディ――」

 にっこりと、微笑んでみせる艦長にブリッジクルーの悲壮感がブレイクされた。 名指しされた少年オペレーターは、反射的に声を震わせそうになりながらもしっかりと答えた。

「げ、現在本艦アースラはグランドゼロ方面へと航行中! 敵、所属不明艦からの攻撃をうけながらも航行に支障なし。 ですが、艦がハッキングされてます。 今、落ちました!」

「ハッキングですか? ああ、グリモアさんですね。 まったく、私の船だろうとなんだろうとお構いなくですか」

『当然です。 土壇場で邪魔されないように防壁はこちらで新規のモノに再構築しますから、その間にちゃっちゃっと仕事を済ませてください。 後6分程ですが、死ぬ気になればどうとでもなるでしょう。 ここからは、貴方の仕事です。 リンディ・ハラオウン提督殿、ブリッジの制御だけは返します。 給料分の仕事をしやがってください』

 モニターの一部に、グリモアが姿を見せながら言う。 リンディは頷いた。 

「本艦はこれより、虚数空間の封鎖を実行します。 艦の進路を引き続きグラウンドゼロ方面へ。 そして魔力炉のバックアップを私にお願いします。 皆さん、心配をかけてごめんなさい。 でも、私は帰ってきました。 またこれからもお願いしますね。 ――さぁ、”私たち”のお仕事を始めましょう!!」

「「「了解!!」」」

 クルーには分からない。 事情の何も聞かされていない彼らにとって、状況の何もかもが不鮮明だったからだ。 そもそもクライドとかいう次元犯罪者が何故か艦長の隣に立ち、手をつないでいるのかなんて深遠なる謎もきっと、些細な問題だった。 自分たちの艦長が”戻ってきた”。 それだけで、今は十分だった。 

「艦長、魔力バックアップ開始します!」

 途端、リンディの体へと莫大な魔力がなだれ込んだ。 その魔力のに対応するべく、ほとんど透明に透き通っている妖精翼が優美な羽を展開。 と、同時に。 いつもの青いバリアジャケットが展開される。

 翡翠の輝きを放ちながらブリッジを照らす。 手に握り締めたレイジングハートが、そんな彼女の魔法行使をデバイスモードで全力サポート。 彼女のサポートを行いながらコアを激しく明滅させる。 その威容を、どこか懐かしい顔でクルーたちは見た。 そして同時に、実感した。 自分たちの艦長が本当にこの船に帰ってきたのだと。

「艦後方より敵航行艦突撃してきます。 どうしますか?」

「回避機動は、間に合いませんか。 邪魔する私が居る以上は、撃破してしまいたいんでしょうね。 面倒なことだわ」

「――リンディ、俺にも魔力のバックアップを寄越してくれ。 そっちは俺が沈めてくる。 お前は、自分の仕事に専念してくれ」

「……できるんですか?」

「”任せろ”。 出来ると確信した俺に、できないことなんてない。 そのことはお前がよく知ってるだろ」

「分かりました。 そちらは貴方にお願いしますね。 信じてますよクライドさん」

「余裕だ。 今の”俺”ならな」

 トランスポーターに戻る。 すると、オペレーターが何かをする前にクライドにバックアップが届いた。 間違いなくグリモアの仕業だった。

 普通ならその魔力のあまりの多さにクライドの体がもつわけがない。 だが、今は完全型機動砲精のレストア機<ミニモア>が居た。

『魔力のバックアップを確認。 こっちで制御するロボよ』

『オーケイ、それじゃあちょっとリンディたちを驚かせてやるか』

――完成型機動砲精。

 アルカンシェル・テインデルとジル・アブソリュートの二人が作り出した試作型ユニゾン・デバイス。 幾度もの改修と改造を経て、遂には完成型が生み出された事実上オリジナルアルシェが生み出した最後の作品。 そのデバイスには、彼女の名を冠する魔法が当たり前のように搭載されていた。

『トランスポーターへアクセス。 転移場所固定。 転移――』

 瞬間、彼の意識が飛ぶ。 全ては一瞬のこと。 目を見開いたその先は、アースラの船体後部。 砲撃が直撃したのだろう。 見渡せば、抉れた装甲の向うでバチバチと火花が散っていた。 航行に支障が無いといっても、その傷は艦にとってはダメージに違いない。

(艦船『アースラ』か。 俺が乗ることになるとはな。 本当に、この世界は俺を退屈させてくれないなぁ――)

 船体にジャケットの吸着術式を応用し、しっかりと両足で踏みしめる。 その眼前で、クライドがゆっくりと右手を突き出し、左手を添えた。 その足元では、紫銀に燃えるアルハザード式魔法の魔法陣が、激しく回転。 光で出来た五茫星を刻みながら、内臓されている魔法の術式に沿って駆動していく。


――最優先ユーザー、クライド・ハーヴェイの”承認”……クリア。

――秘奥アルカンシェル演算開始。

――反応消滅対象選別。 目標の敵航行艦を光学補足……クリア。 

――要求魔力値……艦船アースラのバックアップによりクリア。

――照準は完全オートで固定。 ロックオン……キャンセル。

――外部からの”照準補助”要請を確認。

――間接制御システムへと移行しますか?


『――室長、照準をボクが補正します。 ミニモアにはまだこの距離は早いですから、承認ください』

『オーライ。 面倒な処理は”君たち”に全部任せる』


――ユーザーの承認……クリア。

――間接制御システムへと移行します。 

――データリンク……クリア。

――間接制御システムによる照準、及び誤差修正……クリア。

――アルカンシェル、多重制御バレル展開……スタート。


 魔力による、仮想砲身<バレル>が展開されていく。 三枚に渡って形成されるそのバレルは、クライドの右腕の先から膨張。 腕先からまっすぐに前方の次元空間へと広がった。

 通常の砲撃バレルよりも精緻にして複雑な図形が描かれ、その中に青白い弾体が形成されていく。 それは、かつてアルハザードへと放たれた魔導砲のオリジナル。 管理世界では表向きにはもはや絶えて久しい、古代遺失魔法<ロストマジック>。


――バレル展開……クリア。

――反動制御術式……クリア。

――弾体形成……クリア。

――ファイアリングロックシステム……開放。

――最終セーフティ……解除。

『アルカンシェル、発射工程オールクリア!! トリガー、預けるロボよっ!』

『よぉーし。 ”全力全開”だ。 今までの苦労も何もかも、全部こいつに込めて八つ当たりしてやろうぜ――』

 脳裏に写るは、彼方より迫る一隻の航行艦。 名前も知らない、死霊秘法を積んだらしき邪魔な艦船。 クライドに今ここでジュエルシードごと消滅させる戸惑いなどあるはずもない。 だから、彼はあっけないほどに軽い引き金を引いた。

『魔法アルカンシェル――発射!!』

 撃鉄が落ちる。 クライドの意識のその向う、破壊の力を内包した大魔法が久方ぶりに産声を上げた。

 バレルを弾丸が通過する。 青白い光のそれは、優しく、儚く、ただ直進するだけの小さな光。 艦船の大きさを考えれば、場違いなほどに脆弱に見える。 そんな光が、次元空間を駆け抜けた。 狙いは、デストーションシールドを張ったまま高速で接近してくる敵艦船。

――命中。

 それは、弾丸による直接の破壊ではなくそのまま空間へと作用する。 光が更に激しさを増す。 着弾と同時に空間に作用。 反応消滅させながら、空間歪曲魔法<デストーションシールド>ごと全てを貪欲に飲み干していく。 暗黒の海に、青白い閃光の花が咲いた。 その、呆気ないほど無慈悲な破壊力に、クライドは思わず目を細める。

『あっ、回収せずに死霊秘法をぶっ壊したわけだが……怒られたりしないよな?』

『良いんじゃないロボか? どうせ、アルハザードからしたら骨董品のはずロボ』

『骨董品……ねぇ』

 だが、そんな程度にミニモアに断じられた程度のロストロギアが、こんなにも大きな事件を引き起こす材料になった。 果たして、本当に存在して”良い物”なのかどうか、クライドには分からない。 ただ、そう、ただ――、そうは考えてもその恩恵を享受している以上は、クライド・ハーヴェイには頭ごなしに否定することだけはできなかった。

 ただ存在するだけの物に罪悪は問えない。 生み出されただけの物には罪はない。 そうでなければ、誰も責任など取る必要が無くなる。 問題は”どう使用するか”、そして”どのように付き合っていくか”だ。 ”夜天の書”も、”機動砲精”も、”自分自身”でさえもそうだった。 だから、クライドはこれ以上は考えることはやめた。 どう使うかなんて決まっていた。 全部自分が後悔しないように使えば良い。 ただ、それだけのことだったのだ。 シンプルなその論理で彼は満足だった。

『さぁて、俺は勝ったぞ”リンディ”。 後は、お前の仕事だ――』

 クライド・ハーヴェイの勝利はもはや”確定している”。 だから、次はリンディ・ハラオウンの番だった。
 







 艦船アースラが、一つの航行艦の破壊光を振り切って進んでいく。 その只中で、ブリッジでは薄ら寒いほどの沈黙が支配していた。

「て、敵艦消滅。 い、今のは……ま、間違いなくアルカンシェルでした。 し、信じられない。 かかか、彼は……魔法でそれを成しました!?」

 アレックスが頬をヒクつかせながら、艦長を振り帰る。 他のクルーたちも、訳が分からないとばかりに答えを知るかもしれない彼女に縋るような視線を送る。 しかし、頼みの綱の彼女は首を横に振って言った。

「大丈夫です。 私がここに居る間はアースラが撃たれることはありませんから」

 にっこり微笑む。 すると、クルーたちが何故か一斉に前を向いた。

((((それって、艦長が居なかったらやばいってことですか!?))))

 気にしたら負けだ。 そもそも、時の庭園で艦長から逃げた次元犯罪者だ。 闇の書の主にして、広域指名手配犯。 どうしてそんな人物が、艦長とさも仲良さそうにしていたのかだって謎だ。 この世の中は謎に満ち満ちている。 だから、今はただ仕事に専念することにした。 アースラは今、虚数空間を封鎖しようという大仕事の真っ最中なのだ。 クルーは自分たちの艦長を信じていた。 

『魔女、このままでは出力が足りないと思います』

「クライドさんのせいですか?」

『それ以前の問題ですよ。 単艦の出力では抑えきれない程広域にジュエルシードがばら撒かれているんです』

「あら。 それは、とっても”大変”ですね」

『ええ、”とても”』

「でも、打つ手があるんでしょう? ”貴女”には」

 リンディには確信的な予感があった。 何のために、必要以上に彼女がハッキング作業に拘っているのか? その回答がここにあったのだ。

『当然です。 ボクは初めに言ったはずですよ。 ”死ぬような目にあわせてやる”と』

 確かに言った。 だが、リンディだって言ったはずだ。

「ええ。 その後でクライドさんが責任を取ってくれるんですよね? だったら帳尻は合っちゃいますから大丈夫です」

(((((せ、責任ってなんですか艦長!?)))))

 クルーには謎な会話であったが、突っ込む余裕さえもはやない。

『生きて帰れたら、ですけどね。 精々死なないように気をつけやがれです。 もっとも、忌々しいことに室長が戻ってきましたからその心配はないかもしれませんがね。 でも、間違いなく言えます。 何も失わずに居られると思ったら大間違いですよ。 その覚悟だけはしておくといいです――』

「”ええ”。 それでは、始めましょうか――」

「お? 今からか。 ちょうど良いタイミングだな」

 トランスポーターで回収されたクライドがやってくる。 リンディはこっくりと頷いて、レイジングハートを両手で突き出すようにして構えた。 ミッド式の魔法陣が回転を始める。 翡翠の光。 予言に歌われた破滅の色ではなく、真実救済のために用意されている彼女の魔法が、翡翠に彩られながら紡がれていく。 破滅の光から救済の光へ。 自らの意思で望む未来のために、彼女の魔法が滅びに挑む。

「クライドさん、すいませんが後ろから支えてくれませんか」

「ん、おう」

 クライドが背中から手を回し、体を支える。 力強いぬくもりが背中にある。 ずっと、探していた男のぬくもりだ。 これを手放すことを彼女は望まない。 望まないから、背負った重みに潰されないように支えて欲しかった。

『準備はいいですか? それじゃ、演算リソースと一緒に魔力を”奪ってきます”。 段階的に増やしていきますから、天国と地獄の狭間で悶え苦しんでください。 さて、まずは普通に起動してください――』

「デストーションシールド展開!」

 アースラから散布された魔力が、虚数空間を覆っていく。 その広大な展開範囲は、時の庭園の時と比べものにならないほどに大きい。 このままでは出力が足りないことは明白。 更に、発動それ自体が虚数空間の影響を受けて止まろうとする。

 元来、虚数空間は三大魔法の術式を停止させる特殊な性質を持っている。 故に、通常の魔法科学の産物とは致命的に相性が悪い。 それを回避するためには、より広大なシールドを展開する必要があった。 

「くっ――」

 苦悶が漏れた。 包み込むようなイメージで、領域を丸ごと封鎖する。 そのためのリソースも魔力もまるで足りない。 広げた風呂敷よりも、包み込みたい中身の方が格段に大きな状態だ。 このままでは”話にならない”。

『ふむ、まぁ一隻ではこんなものでしょうか。 出力、倍にします』

「かっはっ――」

 ズンッと、体にのしかかってくる負担。 今までに感じたことの無い重みが、彼女の華奢な体に無遠慮にも襲い掛かってきた。 同時に、新しくどこからか追加されてきた演算リソースが彼女の負担を軽減する。 だが、そんなものは気休めだった。 

「お、おいグリモア君。 本当に大丈夫なんだろうな? すっげぇ、やばそうだぞ」

『さぁ? 室長の領域が対応できないダメージであったなら、どうなるか分かりませんからね。 五体満足で生き残れる保障はできません。 というか、した覚えもありません』

「おいおいおい、ありえないだろ! 誰も傷つかないのがアレの特性だろ!!」

『”物理的”に傷ついていないじゃないですか。 だから、意味が無い可能性はありますね。 そもそも、これは”賭け”です』

「だ、大丈夫です。 まだ、やれますから――」

「頼むから、俺の腕の中で死ぬなよ。 そんなのはごめんだからな!」

「当たり、前です――」

 立って居られないのを、クライドに支えられることで何とか取り繕っているだけの状態だ。 支える彼にはそれが分かっていた。 だが、だからといって止めることもできなかった。 それが彼女の意思だった。

『では、更に”一隻分”増やしますね』

「ッ――」

 声に出来ない悲鳴が漏れた。 彼女の目が霞みそうになる。 

(グリ……モアさん、もしかして……私をここで合法的に殺す気なんじゃないですか? ていうか絶対にここでつぶれてもいいって思ってますよね!? そうなんですね。 まったく、もう――)

 呼吸が、苦しい。 圧迫されるような、体全体が締め付けられるような苦しみに襲われる。 今までの三倍の出力。 未到達のその世界の中で、暴走しそうになる魔力の渦を制御する。 その苦労を、思わず投げ出したくなってしまう。

(投げ出してしまいたい。 苦しいですクライドさん――)

 せめて体調が万全であったならと、思わずにはいられない程の過負荷。 もはや既に、体はクライドの支えなくしては立った姿勢を維持できない。

『そろそろ限界ですか? この”倍”はやって欲しいんですけどね。 予備はもう確保してますからいつでもいけますよ。 というか、やらないと計算上無意味ですが』

 シールドは辛うじて戦域を覆った。 だが、それだけだ。 ジュエルシードの励起を押さえ込むどころか、ほとんど何も効果を発揮していない。 

「――なぁ、グリモア君」

『なんですか』

「間接制御システムを経由して負担を半分俺に繋げろ」

『……はい?』

 グリモアが小首をかしげた。 正直に言えば、まったくの無意味だからだ。 クライド・ハーヴェイにはこれだけの魔力を制御する能力が備わっていない。 ましてや、完成型を当てにしているのだとしたら短絡的に過ぎた。 アレのスペックをも完全に超えている。 繋げてもオーバーロードで自爆するだけだ。 出力を制御できるギリギリにすれば軽減ぐらいはできそうだが、それ以上なら気合でどうにかなる問題ではない。 特機でもない機動砲精には無理な話なのだ。 そもそも機械にだって限界はある。 使用用途を大幅に超えるような負荷には耐えられない。無視すればオーバーヒートで自爆する。

「――これが適応できないパターンだってんなら、今ここで”俺”が適応すればいいだけだ。 くそったれ、俺が航行艦に乗ると本当に碌なことがない!」

『絶対領域による魔力負荷のダメージ判定化。 それによる負荷の無力化ですか。 しかし――』

「かまわん。 やってくれ――」

 黒瞳がモニターを見上げる。 そこに宿る意思は頑迷で、折れそうに無い。 そのことに妬けた。 無表情を取り繕うことが苦しくなる。 だが、彼女は助手でありデバイスだった。 彼の我が侭はなんでも聞く。 そして、その果てに未来へのツケにしておくのだ。 いつか、その思いが報われることになる日が来るそのときまで。

『……愛は、”究極の愛”は見返りを求めないものだそうですね』

「うぇ?」

『だとしたら、ボクの愛は不純なのかもしれません』

 だが、それでも良かった。 ”テインデルの女”である彼女には。

 見返りの無い愛に何の価値がある? 手に入らないものに意味はない。 そう割り切ってしまえば、やり方になど拘る必要はどこにもない。 もし拘るとしても、それは自分の心とだけ相談すれば事足りる。 刻むべき真実は、それだけで事足りた。 だから、その望みを彼女は叶えた。

『その体がどうなるかは知りませんが、ボクの愛は無限です。 壊れても安心してください。 ボクは永劫に見捨てませんからね』

「うわぁーい。 想いが重過ぎるぐらいヘビーだなぁ。 はぁ。 まぁ、今に始まったことじゃないからもう直視できるけどな」

『では、前置きはこれぐらいにしていきますよ』

「おーう。 バッチ来い!」

――そして、クライドは彼女の地獄を共有した。

 初めに感じたのは、観測できないほどの流れ。 それはまるで海だった。 容赦の無いほどに潮流し、押し流し、満たしていくほどの力の本流。

「がっ――」

 流れ込むそれを制御するなど、どれほどおこがましいことだったのか?  ミニモアが自分のできる範囲での制御を受け持ってなお、その苦しみは重すぎた。 そもそも、絶対領域を展開していた今、クライドにはそれをどうにかする余裕そのものが無い。

(――こいつは……やばい。 溺れる。 魔力に……溺れちまう。 お前は、こんなものに――)

 かつてあった大魔力への憧憬さえ、その重みを感じた今では投げ出したくなるほどに苦しい。 物理的に、存在的に。 矮小な身では支えきれないと切実に知った。 意識が、魔力の津波に押し流される。

 クライドは幻視する。 0と1で構成された世界の中で、自分の体が何度と無く破裂した光景を。 いや、破裂だけで済むものではない。 全身の穴という穴から、魔力が暴発していくようなイメージがずっと脳内で荒れ狂った。  

 体が、実像を保てずにブレた。 ノイズが奔り、実体権限システムに異常が起こる。 見守っていたクルーがその異常を目の当たりにして、しきりに己の目を疑った。

 十秒も持たなかった。 クライドの実像が完全に消え、ノイズだけが輪郭を構成しアスキーアート染みた文字列に変容した。

『ここに来てバグですか。 今日は使いすぎです。 本当に死にますよ室長――』

 いつかのように倒れても不思議ではない。 それを防いでいるのは、バリアジャケットだ。 リンディを支えたまま微動だにしないそれは、現状維持の恩恵を受けて二人の体を寡黙に支えていた。 






(……クライド、さん?)

 延々と続く0と1がそこにはあった。 それは果たしてなんだったのか? 苦しみを軽減された脳裏に、不思議とこびりつく映像がある。

 それは、間接制御システムがもたらすデータリンクのその向うで、延々と拡散していく。 それは意識か、それとも意思か。 どこまでもどこまでも空っぽで、満たされるということを知らないそれが、情報の洪水の中でひたすらに何かを探してさ迷っていた。 

 直感的に、彼女はその方向へと感じるがままに舵を取る。 情報の大海。 いつも感じる魔力のそれとは違う、理解不能な巨大な流れ。 世界の裏側を疾走して止まない異形の法則。 それを彼は観測し、改竄し、変質させていく。 延々と、ただひたすらにトライ&エラーを繰り返しながら。

(”そう”なんですね――)

 そこが、どこかなんて考えるまでもない。 二人の意識が、間接制御システムを介して”混線”しているのだ。 だから、ここは彼女と彼だけの世界だった。

(その探し物が必要なんですね。 だったら――)

 ミニモアが負担した分、軽減した負荷。 やや持ち直した彼女の意思は、彼が求める何かを手助けするべく同化した。

――求めるは、この空虚を満たすための情報変数。

 今を幸福だとして現状で埋め尽くし、ただ享受し続けるための、現実を改竄するそのための不条理な数値のその値。 そして、二人の望む未来を繋ぐための新しい公式。 ”二人”を責め苛む計算式を、理不尽にも無力化させるスキルのバージョンアップこそが、この状態を終わらせる最後の仕事。 一人では無理でも、それに直面している二人でなら――。

(クライドさん)

(リンディ?)

(お手伝いしますよ)

(お前……ああ。 ”そうか”。 こんなところまで、”追ってきたのか”。 なら、そうしよう。 一人じゃ荷が勝ちすぎた。 手伝ってくれると助かる)

(はい。 ”二人”で、終わらせましょう――)




「「――見つけた」」

 意識が分断される。 必要な工程の全て終えた。 その果てに、負荷が消える。 全ての負荷は、負荷を得る前の状態に戻されて消えていく。 理不尽は成り、全ての状況がクリアされた。

――それにより、二つの事象をグリモアは観測する。

 クライドの実像が、ほとんど元に戻ったことを。
 リンディ・ハラオウンの眼に、力強い輝きが戻ったことを。

『はぁ。 その様子だと明後日の場所から、奇跡を無理やりにでも持ってきやがりましたか。 嗚呼、憎らしい。 素直に妬ましいと宣言しますよ。 ですが、”いつか”必ずそこへボクも到達してやります。 魔女にできて、ボクにできない道理はありませんからね。 それでは、続きと行きましょうか――』

 呟いた機人の言葉が、呆れを含んでモニターから流れる。 その、どこか妬けっぱちな言葉に二人して頷きながら、言い切った。 

「グリモア君――」

「グリモアさん――」

「「残り全部、こっちに回せ<回してください>!!」」

『了解<ヤー>――』

 グリモアが頷いた。 そして、残った”グラウンドゼロの施設と停泊していた艦船全ての魔力とリソース”を二人に繋げた。

 瞬間、虚数空間を覆っていた光が翡翠に染まる。 光は、荒れ狂う次元切断エネルギーを抑制し、遮断しながら振動を押さえ込む。 そのとき、間違いなくグラウンドゼロに太陽が生まれた。 翡翠色に輝く光が、破滅を遠ざけ管理世界を在続させる奇跡となった。 それは、とある教会騎士が予言したそれを、遥かに超越する結果だった。

 虚数空間が閉じていく。 腹を空かせた暗黒の穴が、何も飲み込めずに恨めしげな顔をして閉まっていく。 故に、リンディ・ハラオウンの勝利もまたここに確定した。 代償はあろうとも、それでも彼女は確かに勝利したのだ。 彼女は正しく滅びの光ではなく、救いの光へと変貌した。 その事実は、もはや誰にも消せなくなった。









「やったわね、リンディ」

「はぁ、一時はどうなることかと思ったけどね」

 レティとフレスタが、グラウンドゼロの管制室で大きくため息を吐いた。 そこかしこで歓声が響き渡り、事態が集束した事実に酔いしれている。 リビングデッドはクライドが艦船を打ち落とした段階でいつの間にか消え、虚数空間も閉じた。 謎のエネルギーも霧散していく。 今はもう、これ以上何も求めるものはない。 

「でも、あのグリモアって娘やりすぎよ」

「あははは。 おかげで施設の生命維持がギリギリだしね」

 グリモアは遠慮などしなかった。 おかげで一時的に施設全体の魔力が底をつき、全ての施設が非常電源に切り替わってしまった。 魔力炉が復旧するまでは、しばらくかかるだろう。 優先して電力が供給されている管制塔であっても、最低限の生命維持しかなされていない。 おかげで薄暗くてかなわない。

「これから、あの二人をどうしてやろうかしらね」

「グリモアちゃんとクライド?」

「ええ。 貢献度を考えると、さすがにそのままって訳にもいかないんじゃない? 問題は山済みだけどね」

 レティ・ロウランはいいながらメガネのフレームを押し上げようとして、指先が空を切った事実を観測。 どこか間抜けな絵面だったろうことを想像し、赤面しながらも咳払い。 それをフレスタが笑い、レティが憮然とした顔をする。 怒りの矛先は、当然のようにメガネのフレームを切断しやがったあの奇天烈な男だ。

「――後で彼にはメガネも弁償させないといけないわね。 手伝ってくれます?」

「ふふっ、いいわよ。 私様も、あいつを一発殴る予定があるのよね」

 それもこれも、施設の電源が回復してからの話だったが、それでも二人は笑った。 









 刻まれた勝利は二つ。
 ならば、最後に一つだけ顕現しなければならない勝利があった。
 大前提としての勝利。 それ即ち剣の断罪――


『グレアム提督、最下層の魔力炉破壊完了です! 残り後一つです!』

「よろしい、そのまま君たちは遊撃に入って戦力が足りない箇所を回ってくれ。 最後の一つは、私たちが抑える」

『了解!』

 部下の念話を聞きながら、眼前の敵の杖を、ただ冷静にランスロットで受け流しつま先を跳ね上げる。 就撃が燐光を宿し、男の腹がくの字に曲がる。 ジャケットは抜けていない。 そこへ、顔面に握りこぶしをたたき付けて今度こそ撃破する。 あくまでも淡々と。 それはまるで、花を手折るが如き対応だった。

『敵砲撃来ます!』

「バリア部隊前へ」

『『『はっ――』』』 

 強固なバリアの輝きが、砲撃の火線をさえぎって戦場を覆う。 歴戦の勇士たちの進撃は止まらない。 火線が途切れたと見るや、杖を構えて盾役の前に出る。

「砲撃開始。 きっちりとお返ししてやりたまえ」

『『了解!!』』 

 指示はシンプルに、しかして的確に。 砲撃後に魔力を消耗した魔導師へと次々と魔法が降り注ぐ。 無難にして無理の無い用兵。 そして、単身最前線へ立てるその器量こそ、完全無欠のオールラウンダーであるグレアムの本当の姿である。

「突撃部隊、いいぞ。 お預けした分、好きなだけ食い破りたまえ」

『聞いたな戦友供? 提督のお許しが出た! あの気色悪いコピー野郎供を一人も逃がすな!』 

『『おう!』』

 虎の子の突撃部隊が、砲撃で開いた穴へと喰らいつく。 対空防御を潜り抜け、ひたすらに食い込んでいく。 いつの間にか、敵の増援が疎かになっていた。 一瞬罠かとも考えたグレアムだったが、守護騎士が最後の魔力炉へと飛び去ったことで好機であると理解した。 故に、温存した戦力をたたき付けた。

『ディーゼル君、そちらは大丈夫かね?』

『一層は完全に制圧。 二層も粗方片がつきました。 退路は完全に確保できています。 こちらの心配は無用です』

『よろしい。 では、詰めるとしようか』

 グレアムの本隊が、進軍する。 素早く、それでいて無駄なく的確に。 局員たちの疲労は随分と蓄積されていたが、気力は充実していた。 終わりの見えた闘いに、この圧倒的優勢。 命を惜しみ始め、攻撃が手薄になるだろう場面であっても奮闘は終わらない。
 
 全ては、次元世界の平和のために。

 ただそれだけの理由一つで、彼らは戦えた。 逆にそれ以外の理由はそれほど彼らには必要ではないのだ。 戦禍に直接関わってきたからこそ、この闘いの意義が見えてくる。

 こちらをあざ笑うようなコピー魔導師<リビングデッド>での防衛。 数々の事件を起こしてきただろう敵を葬り去ることができるこの好機。 逃す手はないと、誰もが噛み締め、疲れた体と心に鞭を打つ。

 南の坑道へ。 一度ソードダンサーによって蹂躙され、今また守護騎士たちが突破した最後の場所へと踏み入っていく。 その果てに、彼らは見た。

 足を止めた守護騎士たちの更にその向うで、延々と戦い続ける一人の剣姫の闘いを。

「全軍、止まりたまえ――」

 彼の静止の一声で、部隊が止まる。 完全に掌握しているからこそ、その動きはしっかりと浸透した。 戦闘は続いている。 ここで止まることに、意味は無い。 だが、かつて見たとある男の背中をグレアムはこの局面で思い出していた。 思い出さずにはいられなかった。

(アーク・チェザイル――)

 二刀の刃でもって、戦場を駆け抜けた若き低ランク魔導師。 模擬戦では数々の高ランク魔導師を撃破し、戦えなくなるそのときまで剣を振り続けたであろうその男の姿が、彼女の背中にダブって見えた。

(ミッドチルダの侍、その師匠はソードダンサーか。 なるほど。 ずっと半信半疑だったが、ここまで似すぎていれば疑うのも馬鹿らしい。 アーク君、クライド君、君たちは運がいい)

 魔法を切り裂き無効化し、多勢に無勢の中を切り抜ける。 その後には、当たり前のように事切れていく敵勢の姿しかない。 ここは映画のスクリーンの向う側でもなければ、舞台の上でもないというのに、その異常な姿には不思議な安心感があった。

 完全懲悪モノに出てくるヒーローにでも会った気分だ。 彼女はそういう類の存在なのだ。 だから、管理局では捕まえられない。 捕まえられるわけがなかったのだ。 戦場にはそんな荒唐無稽な存在が居ることがある。 ありえない戦果をたたき出す英雄。 その中でもとりわけ、公の正義とは無関係な独自の正義を持っている者は始末に終えない。 劇薬なのだ。 彼らは。

「ふむ、手を出そうと思うが……出したら不味いかね?」

 この闘いに意味があるというのなら、それを汚す行為を行った場合に矛先が向く可能性があった。 だから、彼は問いかけた。 足を止めていたヴォルケンリッターたちに。

「必要ないと思うがな」

 答えたのは犬耳が生えた男だった。 使い魔の一種にも似た容姿を持つ彼は、ただ静かにそういった。

「私もそうは思うが、ここでジッとしていたのでは後で給料泥棒などと誰かに言われそうでね」

「間違って斬られてもいいと言う程の覚悟があるのであればいいのではないか? 私たちには生憎とその覚悟がなくてな」

 もとより、でしゃばる気が無い以上は、割って入る気は無かった。 寧ろ、足を引っ張ってしまうかもしれないことの方がこの場合は重要なのだ。 シリウスを勝たせる方法など、彼らには分からない。 だから、彼女の邪魔になるかもしれないというのであれば戦えない。 ただ戦場を離れて見守ること以上の真似はできなかった。

「ふむ。 援護に入って斬られるのは困るな」

 顎髭を撫でながら、困ったような顔でグレアムが苦笑い。 そうして、どうしたものかと彼が考え始めた矢先に”時が来た”。









「――来た。 来た来た来た! 遂に来たぞシリウス! 断罪の時が押し寄せて来たぞ! 夜天の王とその花嫁はこの闘いに勝利した。 ならば、彼の剣となった貴公はどうだ? どういう結末を余に望む!!」

 もう、何体の屍人<リビングデッド>を切り伏せただろうか? 撃墜数<キルスコア>を数えるのも馬鹿らしくなってきた頃になって、”ようやく”その時が来た。 待ちに待った終幕の時。 茶番劇のフィナーレを飾るその瞬間が。 だから、彼女はただ望んだ。 終幕のための勝利を。

「当然のような勝利を! 心底納得できる、完全な勝利こそを私は望む!」

 充実した体は、血のように吹き荒れた魔力の残影をただ掛けた。 銀閃は呆れるほどに乱舞し、この空間一帯を嵐の如く吹きぬける。 多勢に無勢の刀劇舞踏<ソードダンス>。 駆け抜けた日々は、今正にこの時のため。 そのためだけにあったのだ。

「良いだろう。 望むならばくれてやる。 さぁ、汝の欲することを成すが良い。 剣聖シリウス。 余の眼前で、この愚かな罪人を裁いて魅せよ――」

「獣め、この後に及んでまだ動くか!?」

 アレイスターが手にしていたカードを投げる。 放たれるはカード型デバイス『トート』。 それが刻むのは忌まわしき滅びの運命。 バラけたカードは死霊秘法の内包された柱に向かい、横に歩を進めるアレイスターが今しがた居た場所へと陣取った。 輝くのは六茫星。 紡がれるは怪異なる外道の術式。 三大魔法の外側に位置するただの魔術。 だが、似て非なる論理で紡がれたその術式を防ぐことは表側の魔法ではできなかった。 その果てに、彼女<フィーア・アクセル>は今居た場所から『居たかも知れない』場所へと存在確率を広げられ、アレイスターが指定した場所に『居る』ことにされた。

「――ッ!?」

 空間転移。 気がつけば、彼女は抵抗も出来ずに魔法陣の中に居た。 脳が、魂が、命が、彼女にその理不尽さを認識させる。 抵抗はできない。 無限踏破が効果を発揮しない。 そればかりか、気がつけばフィーアの体が自分のそれに”戻っていた”。

――いつの間にかチクタクと、あの時計の音が鳴っていた。

「――真逆、”時間逆行”!? スキル使用前に私を――」

「その通り。 戻してやったぞ。 他人の顔など今更必要ではあるまい。 死ぬなら素顔のままで死ね――」

 忌まわしきフルートの調べに乗って、慄然と君臨する魔術師からの言葉が響く。 脳髄に響きわたるその声は、まさしくアレイスターのものである。 少年のような、少女のような、老人のような、若者のような、そんな声が言霊を介してフィーアの耳朶に叩き込まれてくる。 押し寄せる恐怖に抗いながら、それでも気丈にただ最後の時を待つ。 何故ならば、シュナイゼルは敗北しなければならないからだ。 彼の存在が虚構のモノだと暴かれた今、供物になりうるのは自分しかいない。

 別段、自分から消えても良かった。 ただ、それでもシリウスに殺されてやることを是としたのは、己が絶対に勝っているという自負があるからだ。 ましてや破滅という選択肢をクライド・ハーヴェイによって回避されてしまった。 ならば、残った結末は一つだけ。 その完遂のために、この”管理世界<理想郷>”を救うために魔導王のシナリオに全力を注ぐことに否はなかった。

――自己満足による勝利ならば、他者は敗北を刻めない。

 心の底からそれを認識していられるのであれば、フィーア・アクセルは誰にも負けない。 魔人にも邪神にも、現実にも真実にも。 ならば必然、シリウス・ナイトスカイにさえも負けることはない。 それは、未来永劫覆らないペテンの論理。 この論理に破綻はない。

――だから、この終わりを受け入れた。 

 その背後には、死霊秘法があった。 フィーア諸とも、カグヤに破壊させる位置取りであるのは明白だろう。 剣姫の刃であれば、それこそ一撃で圧倒的弱者であるフィーアを両断して余りある。 演出としては十分な配置であるといえるだろう。 それならば、彼女は謀りに乗ってやっても良かった。 両腕を広げ、彼女の刃を受け入れるかのような如き姿勢で我欲作の終わりを待つ。

(ここまで、長かったわ。 でも、もういいよねレグザス……もう、私もそっちへ行っても。 貴方の夢は優しかったわ。 だから、その夢に抱かれて私は終わりたい。 同胞の命はこれからもきっと守られる。 もう、私の役目もおしまい。 だから――)

 焦がれながら、恨みながら、呪いながら、憧れながら、”夜天の人間”への怨嗟の全てを、希望ある簒奪に摩り替えて己の終焉さえも勝利へと繋げる。 その執念は、確かな信念となって勝利への道をひた走る――かに、見えていた。

「くくっ――」

 魔人が笑う。 嘲笑するかのように、腹を抱えて笑い始める。 

「ふはははっ。 これで貴公の勝利が絶対だと? その程度でか? こんな程度の戦略でか? 面白いな”人間”。 本当に、腹が捩れるほどに愉快だ。 ならば、こちらもカードを出さねばな」

 そもそも、この闘いが勝敗さえ無意味な闘いにすりかえられていたものであったとしても、相手に都合が良いだけの終わりなど果たして”彼”が許すのか? 答えは当然のように”否”である。
 
「一つ教えてやろうか、フィーア・アクセル。 貴公は”正しい”。 その論理事態は間違っていない。 だが、”勘違いしていることも在った”な」

 ターニングポイントはそこだった。

 考えてもみよう。 この勝利が、自己満足に由来するものだというのであれば、その前提を崩せば簡単にその勝利は無かったことなってしまうのだ。 普通なら無理だっただろう。 シリウス単体であれば、百回中百回の確率でもはやどうにもならない。 パーフェクトスコアで負けてしまうだろう。 そう、”シリウスだけであった”なら。

「さぁ、”思い出せ”フィーア・アクセル。 果たして、コレは”何回目”の開演だった?」

「――え?」

 何回目、などというものは無い。 この勝負は人生を全て賭けた復讐劇。 ただの一度しか行われていない、たった一度の茶番劇。 回数を問うことに、意味などない。 そもそも、そんな記憶などあるわけがな――――――あった。

「――は? え? あれ、あ、あぁ、嗚呼ぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 既知感<デジャブ>にも似た記憶があふれ出してくる。 まるで今まで封じられていたかのような勢いで、脳裏を過ぎる。 何度も何度も。 味わってきた敗北の記憶が早すぎる”走馬灯”のように彼女の中で繰り返された。

(違う、こんな記憶は無い! でも、これでもう2346回目。 え? 嘘よ。 そんな、馬鹿な――)

 繰り返した。 何度も何度も繰り返していた。 決まって最後は、この男に暴かれてリスタート。 記憶を失い、最後の局面で敗北させられ全て振り出しである”あの日”に戻って、ただ繰り返して来た。 終わらない悪夢の日々がある。 この先に待っている。 そう、”実感”させられてきたことを、フィーア・アクセルは無理やりにも”思い出さされた”。


――レグザスに救われる前に、暴漢に殺された記憶がある。

――シュナイゼルに取り入る前に殺された記憶がある。

――カルディナの説得に失敗し、殴り殺された記憶がある。

――エレナに手を出そうとして、シリウスとレイヴァンに殺された記憶がある。

――アルカンシェルに手を出して、ジルとアムステルに殺された記憶がある。

――ジェイル・スカリエッティの説得に失敗し、裏切られて殺された記憶がある。

――限界突破者たちが我慢できずに押し寄せ、管理世界ごと殺された記憶がある。


 幾度もの死の狭間、最後に聞くのは決まって耳にこびりつく獣の嘲笑。 その度に、フィーアは全てを思い出しては断罪された。 そんな、無間地獄のような、永劫にも続く敗北があった。 そしてそれは、この先も続くのだ。 そう認識する至っては、遂に彼女は勝利を失った。

「止めてよ、奪わないでよ!! 私からこの勝利を! この復讐の終わりを!! アレイスタァァァァ!!!」

 初めて登場したキャラクター、クライド・ハーヴェイ。 未知のルートは完璧なまでの筋書き<シナリオ>に沿って終わりへと加速していた。 だというのに――あの忌まわしい音が止まない。

――カチッコチッカチ。

 全てを巻き戻すあの音がこれから全てをチャラにしてしまう。 この結末以上のシナリオに遭遇したことはない。 ここで、”終わらせなければならない”。 彼を出し抜くまでは決して抜け出すことができないのだから、こんなチャンスを手に入れるために、後何度、自分は、繰り返させられなければならないのか?

「いやぁ、いやよ、また初めからなんていやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 耳を塞ぎ、泣き叫んでも時計の音は止まらない。 耳元で嫌に正確な時を刻みながら、全てを”台無し”にしようと駆動している。

 右に振り返れば、”いつものように”アレイスターが嘲笑していた。 その手には、古めかしい懐中時計のような時計を握っている。 それが、おそらくは、アルハザードの時間逆行システムと同じ理論で構築されているだろう”何か”。 あれを壊せばまだ、望みはある。 だが――そこで彼女は思い知った。

 ”彼女自身”は、それこそ最低ランクの魔力しか持たない一般ピープルであり、眼前に居るのは正真正銘の魔術の申し子。 魔人と呼ばれ、獣と呼ばれ、大導師などとも言われる彼に抗う力など彼女には微塵もない。 そして、頼みの綱のロールプレイ<情報憑依>で誰かに成ろうとしても当たり前のようにその端から戻されてしまう。 忌まわしい彼の持つ時計一つで。

――レイヴァン、カルディナ、アルシェ、ラウム、エイヤル、フレスタ、リンディ、グレアム、エレナ、アーク、ゼスト、ミゼット、リーゼアリア、レグザスetc……その身に刻んだ全てへのロールが無慈悲にも戻される。

「なら、なら――」

 手段を探し、それでもどうにもならなくて、せめて六茫星の結界から出ようと足を使う。 しかし、結界は当たり前の彼女の行く手を阻んでは微動だにしない。

「ここから出せぇぇ、出しなさいよぉぉぉ!!」

 それでも、それが分かっていてなお、彼女はその結界に己の体をぶつけた。 恐怖に取り付かれた顔で、自傷することも厭わず、唯一ある己の体で挑みにかかった。 結界の反発力で爪が砕け、皮膚が裂けようとも一心不乱にただ抗った。

――彼女にはもう、勝利はない。

 もし、全てが無意味にされるのだとしたならば、前提が覆る。 過去を改竄できないからこその彼女の勝利。 だが、それを成しえているアレイスターと、それを肯定するしかない己の記憶が、彼女自身を裏切るからだ。 ならば必然。 彼女の勝利はもはや、どこを探してもこの盤面にはありはしない。 盤面ごと台無しにされた。

――こうして、いとも簡単に呆気なく彼女の勝利は奪われた。





 全ての元凶が泣き喚きながら、結界の中で無意味な努力を続けている。

「■■■――」

 悲痛なだけの叫びが何度となく木霊した。 その、救いの無い状態に堕としてこそのこの好機。 遠くで、アレイスターが頷くのが彼女には視える。 全てのお膳立ては完遂され、彼女の刃が届く距離にまで確かに敵が堕ちてきた。 彼女もまた、しっかりと頷き返して己が限界を踏み超えていく。 踏破した過去が、今現在へと続く確かな力となって顕現。 限界を超越する力となって己が使命を果たす刃となった。

 決着のために。
 断罪のために。
 終焉のために。 

「――サード、邪魔な連中を消し飛ばすわよ」

『あいよ!! 景気良く行こうぜ姐さん――』

 リビングデッドは相変わらず彼女へと群がってくる。 そこに、もはや意味は無い。 全ての距離が無限になる。 一センチ先の空気の向うの距離が変動。 その左手には”レイヴァンテイン”が握られ、右手には当たり前のように氷水が次の一撃を待っている。 無限の距離のその向から、リビングデッドが無駄に魔法を打ち込んでくるも全て無視。

『変換資質反転解除――』

「リミット・ブレイク<限界突破>――」

 己の限界を、意思の力で突破する。 現実が歪み、正しく限界を超越。 その果てに、彼女を後ろへと飛ぶ。 どよめくは観衆。 離れていたはずの管理局員とヴォルケンリッターへの眼前で、背を向けたまま刃を振るう。 放たれるは横薙ぎの一閃。 全てを凍結破壊する青竜の一撃が、先ほどまでいた戦場を全て薙ぐ。 しかし、その一刀だけでは終わらない。

『資質反転、炎熱加速!!』

 冷却資質が無理やりに反転。 再び炎熱の力を解放し、込めた魔力が騎士の剣に集う。 ずっと昔に、それを拾ったときから決めていたのだ。 彼への手向けになるものを。 そして、自分が納得できるための一撃を。 振りぬいた右腕とは逆に、掲げられた剣が振り下ろされる。 熱量の刃は正しく力を解放し、敵集団を対極の温度差で焼き尽くす。  

――双竜一閃。

 絶対零度と炎熱の奥義の合わせ技。 正真正銘、戦場ごと斬り抉る空間殲滅魔法。 群がった敵集団が、二重の猛撃を受けて観衆の前で消し飛んだ。 その向う、アレイスターの結界で守られたのか、一定区画以上が不自然なほどに無傷で在った。 その中へ向かって、シリウスはただ終焉へ向かって駆け抜けた。

 想起するのは超えてきた長い道のり。 踏みしめてきた時間の集大成が、彼女の眼前に当たり前のように降りてきた。 その好機を逃す彼女ではない。 ただ一振りの刃となって、その距離を踏破する。 その果てに、彼女は結界の中へと飛び込んだ。

「出せぇぇ、ここから!! この無間地獄から!! 止めて、よして、奪わないで、奪わないでよぉ! 私が勝ったんだから、これで、これで終わりなの! だから、だからぁ、これで終わりにさせてよぉぉぉ――」

 結界はびくともしない。 どれだけ殴っても蹴っても、当たり前のように彼女を拒む。 ふと、背後に感じる圧力にフィーアがビクリッと肩を震わせた。 そうして、恐怖に引きつった顔で背後を振り返る。 視線の先には長剣を振り上げた剣姫が居た。 彼女は勝って終わらせるためにここに来た。 だから――、

「シリウス……様――」

――当然のように、その”呪い”のような言葉を敵に叩きつけた。

「フィーア・アクセル。 これで”何回目”か知らないけど、勝たせてもらうわよ。 だから、”また初めからやり直して来なさいな”」

「ひぃぃ!? いやぁ、やめて。 後生ですから……助けて……シリウス様。 私は、私はただ――」 

「駄目よ。 私に殺されるために貴方<シュナイゼル>は居たのでしょう? ならば、全ての報いを受けてもらわなければ帳尻が合わないじゃない。 だから、ねぇ――」

 そうして、優しげな微笑を浮かべたまま断罪の刃が振り下ろされた。

「また会いましょう<さようなら>――」

 フィーアの顔が絶望に染まる。 救いを求める手が、魔力の霧に帰りながらもシリウスへと伸ばされる。 だが、当然のように彼女はそれを無視して右手の刃を振るった。

――死霊秘法が割れる。

 氷水によって両断された破片が、二つとなって地面に転がる。 こうして、”シュナイゼル”が持つ最後の一つが失われた。 シリウスの長い戦いもまた、ようやく終わったのだ。






「――おめでとう。 これで、完全に貴公の勝利だ」

 業とらしい拍手が、主演女優に向けられる。 それには答えず、融合を解除してサードと二振りの獲物を仕舞う。 そうして、切り落とした二つの残骸を拾い彼に投げた。

「勝った、ね。 正直な話、これでよかったのかどうかまだ”しっくり来ない”のだけれど?」

 結界を解除していたアレイスターは、放り投げられた残骸を右手で受け取りポケットへと仕舞うと、肩を竦めた。

「勝ったではないか。 ペテン師に”ペテン”を返し、勝利を取り上げた上でありもしない”悪夢”に落して絶望だけをくれてやった。 完全無欠に貴公の勝利だ。 もっと素直に喜べ」

 アレイスターはただ傍観していたわけではない。 死霊秘法に秘密裏にアクセスし、フィーアの記憶を改ざんした。 これにより、彼女はありもしない”繰り返し”を信じて絶望しながら消えた。 バックアップなど当然ない。 クライドが先に最後の拠点を破壊したせいで、ここが彼女の”墓標”となったのだ。

「――」

「まさかこの後に及んで余の手助けがいらなかった、などとつまらぬことは言わぬよな」

「言うわけがないでしょう。 私にはできないと理解していたからこそ、貴方に頼んだのだから」

「頼るのがストラウスではないという時点で少しばかり興が乗った。 張り切り過ぎて余の趣味に付き合わせたきらいはあったが、そこはまぁ”許せ”よ」
 
「でもこれで終わりかと思うと、なんだか呆気ないものね」

「復讐の後には何も残らないらしいからな。 精々、抜け殻にならないようにな。 燃え尽き症候群というのは、アレで中々手ごわい病だ」

「あら、まるで経験したような言い方ね」

「余だとて、それで苦渋を舐めたことぐらいはある。 倦怠と永劫の無限螺旋。 二度は御免だが、アレを超える刑罰など簡単には思いつかんな。 だから、今回はちょうど良かったな」

「ふぅん――」

 どうせ禄でもないことに決まっている。 興味もなければ、関心もない。 シリウスは黒髪を梳きながら、アレイスターに背を向ける。

「それじゃあね。 終わったから帰るわ」

「そうか。 ところでシリウス――」

「なによ」

「――これからどうするのだ。 もう、貴公にはやるべきことは残っていないと思うのだがな」  

 微笑する獣が、去り行く彼女に問いかける。 彼女は足を止めない。 ただ、振り返らずに当たり前のように言うだけだった。

「”いいえ”。 生憎と私の予定は”これから”もぎっしり詰まっているわ」

「そうか。 ”そうだった”な。 ならば、暇なときでいい。 深遠に降りてくる時間が出来たなら、顔を見せよ。 貴公が望むのであれば、更なる闘争の世界へと貴公を誘おう。 貴公ならば、きっと気に入るはずだ」

「考えておくわ」

「うむ。 では、また運命が交差する日に会おう――」

 アレイスターが踵を返し、消えていく。 カグヤはそれを視送りながら、駆け寄ってくる騎士や局員の一段と相対する。 先に声をかけてきたのは、ギル・グレアムだった。

「終わったかねソードダンサー」

「ええ。 ”全て”がね」

「では――」

 シグナムがどこか安堵したような表情を浮かべ、問いかけてくる。 聞きたい言葉は言われずとも分かる。 だから、彼女は微笑みながら頷いた。

「私たちの勝ちよ。 これでようやく肩の荷が降りるわね」 

「はい!」

「よっし、なら後はクライドの奴だけだな!」

「大丈夫よヴィータ。 あの子も勝ったみたいだから」

「ほんとかよっ!?」

「だから、これは私たちの完全勝利だと言ってもいいわね」

「やったのか、彼も」

「ならば、祝勝会の準備をしなくてはな」

 設定年齢をいつもの少女姿の年齢に変更。 沸き立つ騎士たちの姿を見ていると、今更ながらに何かがこみ上げてくる。 それを実感しながら、カグヤはギル・グレアムに問いかけた。

「私たちは帰るけど、後始末は任せてもいいかしら」

「うむ。 そうしてくれるとありがたい」

「あら? ゴネて捕まえようとはしないのね」

「正直、今はそれどころではないのでね」

 局員たちが、最後に残った魔力炉の制圧に向かっている。 同時に、残された端末から情報のサルベージも行うつもりなのだろう。 カグヤにとってはもはや、どうでも良いことだ。 何が出てこようとも構わないから、ただ頷くだけで留めた。

「そうだ。 一つ聞いても良いかね」

「いいわよ」

「君は、どうしてクライド君に味方したのかね」

 グレアムには分からない。 二人の接点も、肩入れする理由も。 そして、彼の剣としてこの戦場に現れた彼女の思惑も。

「そうね……」

 予想外の質問に、問われた彼女はしばし瞳を閉じた。 初めは、単純にジル・アブソリュートと共にシュナイゼルを倒すために必要な駒を捜していただけだった。 誘い出す餌としてのクライド。 それ以上でもそれ以下でもなかったことは間違いない。 事実、そのために二度も見捨ててさえもいる。 だからそう、”味方をした”というよりもただ”利用しようとしただけ”というのが正しいのかもしれない。

「やっぱり、私の都合に”合致した”からかしらね」 

 無難で無理のないその回答に、グレアムは一瞬眉を動かす。 だが、すぐに見上げてくる少女の紅眼には悪意の色がまったく無いことに気づく。 それどころか、どこか楽しそうな双眸をしていたことに安堵を覚えた。

「君の都合かね。 なるほどなるほど正直で結構なことだ。 ならば、これで付き合いは終わりなのかな?」

「いいえ」

「ん?」

「これから、私は契約の対価を彼に支払わなければならないのよ。 ”だから”これから先は、永劫に彼の味方だと思うわ」

 ニンマリと少女のあどけない唇が愉悦を刻む。 微笑というよりは妖艶なそれに、グレアムは一本取られたような顔をした。 つまり、遠まわしに彼女は言ったのだ。 クライドに手を出したら”自分”が出ると。 無限踏破を持ち、圧倒的な戦闘能力を眼前で見せ付けた彼女が、だ。 そう宣言されると、もはやグレアムには苦笑しかでなかった。

「ははっ――それはなんともまぁ、”愉快”なことだね」

 ブラックリスト筆頭からの味方宣言だ。 管理局員としては笑えないが、グレアム個人としては痛快だった。 そのまま質問は終わりだとでもいうかのように去っていく彼女と守護騎士たちの背を見送ると、グレアムはリーゼロッテに念話を送った。

『リーゼロッテ』

『父様?』

『ここでの作戦はほぼ終了だ。 調査隊の派遣を頼む』

『了解。 お疲れ様ー』

『ああ、それとリンディ提督だが、おそらくはクライド君が向かった場所で見つかったはずだ。 ヴォルク提督にもそう伝えてくれるかね?』

『はーい!』

 戦闘は終わった。 ならば、後は調査だけだ。 どういうわけか、施設に自爆するような気配もない。 これから何が出てくるか分からなかったが、一先ず戦いが収束したことに彼は安堵する。

 管理局員としての戦いがこれで終わるわけではなかったが、それでもこの終わりが少しでも犯罪の抑止になればと彼は願う。 そして同時に、義理の息子の勝利を喜んだ。 例え犯罪者だろうがなんだろうが、自分の息子が一人の女性を救ったのだ。 それはきっと、養父として誇って良いものであろうから。 ギル・グレアムは勝利に沸き立つ局員たちの中、ただ一人その事実を噛み締めた。 
















『お疲れ様です。 ミッションコンプリートですよ』

 グリモアの声がする。 モニターの向う、写しだされたグラウンドゼロにはもう、虚数空間の影も形もない。 全ては、翡翠色に輝く透明な太陽に飲み込まれた。 その事実をしっかりと観測した”二人”はそれぞれ魔法とスキルの行使を止めた。 途端、リンディ・ハラオウンの翼とジャケットが消え、その手からレイジングハートが離れた。 ほとんど過負荷は彼女と船体の方で受け持ったおかげで、演算による負荷以外での傷はレイハさんにはない。 すぐに待機形態に移行するとクライドの首にかかったままである留め紐へと戻っていった。

「これで、終わりですよね」

「ああ。 お疲れさん」

 固定していたバリアジャケットをブレイクし、クライドが倒れそうなリンディに肩を貸す。 弱りきった体とは裏腹に、気力は妙に充実していた。 込みあがってくる充実感と、満足感が体中から溢れてくるような感覚だった。 クルーたちも歓声を上げて喜んでいる。 その熱気は、本来ならば場違いである彼にも伝染した。 ブリッジの最上段にある艦長席へと向かい、リンディを膝の上に乗せるようにして着席。 後ろから力いっぱい抱きしめつつ勝利の余韻に浸り込む。

「あ、あの……クライドさん?」

「ん、どうしたよ」

「その……左手が……」

「ん? おぉぉ、”モザイク”かかってんな」

 手首から先の実体が、まるで人体を構成できていない。 手がある感触こそ感じられたし、意思に追随してモザイクも動く。 だが、明らかに不自然だ。 戻り切れなくて、クライドの魔法プログラムがバグっているのだ。

「だ、大丈夫なんですか」

「魔法プログラムを再起動させれば、多分直る……とは思う。 バックアップデータが変に上書きされてなければな。 その辺はグリモア君がなんとかてくれるから心配すんな」

「あ、あの? 聞き間違いですか? クライドさん……魔法プログラムって」

「ああ、そうか。 ”お前”は、今の俺の体が守護騎士たちと同じになってることも知らなかったっけか」

「ふえぇぇ!?」

 ぎょっとした顔でリンディがクライドへ振り返る。 クライドは苦笑しながら、意地悪く言う。

「なんだよ。 俺が魔法プログラム体だったら嫌か? ならこれで”お別れ”だなぁ。 なんてこった。 体が魔力になった程度で嫌われてしまうとは――」

「あ、あの! き、嫌うとかそういうんじゃなくてですね――」

「んんー?」

 なんて楽しそうな顔だろうか。 リンディは自分を困らせて楽しんでいる彼をキッと睨み付ける。

「……クライドさん、分かってて言ってますよね?」

「んー、わからないなぁ。 俺はリンディの考えてることなんて全然分からないからなぁー」

「もうっ、なんですかそれ! 向こうでのことの反撃のつもりですか!?」

「くっくっく。 まぁ、でもそれで”いいんじゃないか”? 知らないから、お互いに知りたくなるんだろうし、こうやってささやく言葉に意味が出てくる」

――それに、俺はお前が好きだぞ。

 耳に口を近づけ、ボソボソとクライドが言う。 途端、リンディは喜ぶよりも先に半眼でクライドに言った。

「そういう大事なことをどうしてこっそり言うんですか」

「”同じ失敗”を何度も繰り返さないのが大人って奴だからだ」

「失敗って、なんのことです」

「いや、周りを見てみろよ」

「はい?」

 言われるがままに、視線を前方に戻す。 すると、突き刺さらんばかりに見上げてくるクルーたちの視線に彼女は気が付いた。 一瞬、間違いなく彼女の中で時が止まった。

「あ、あわわわ――」

「あっはっはっは! 今度から仕事の時に気をつけろよリンディ。 根掘り葉掘り聞かれちまうぞー。 人間、他人の色恋沙汰は無駄に楽しむからなぁ。 まぁ、俺には都合がいいけどな。 これでアースラクルーはお前が売約済みだって理解するだろうし? やぁやぁ、アースラクルー諸君!! 特にこっそり狙っていた狼供に告ぐ。 早々に口説くのは明らめろ! 諸君らの艦長の心は既に、この俺が頂いたぁぁぁ!!」

「ちょ、ちょっとなんてこと言うんですか!?」

 顔を真っ赤にしながら怒るも、クルーからすれば否定の言葉が無いわけで、艦長に対する疑惑が確信へと変わっていく。 どこからか泣き叫ぶ声や、黄色い悲鳴が飛び交った。

「しょ、証拠は!? 証拠はあるのかぁぁ!!」

 ふと、一人の武装局員が広域次元犯罪者に向かってモニター越しに立ち上がった。 プルプルと手を震わせて怒り狂っているのは、クライドとしても見ていて気持ちが良かった。 だから、当然のように彼は言ってやった。

「いい質問だな少年。 よーし、そこで見てろよ。 これから証拠を見せてや――ぐふっ」

 ジャケットを解除した脇腹に、肘鉄が入った。 クライドが悶絶し、リンディが真っ赤な顔でそっぽを向く。 一瞬、クルーたちの目が点になった。 証拠は、その時には挙げられなかった。

「よ、よっしゃー!! まだ望みはあるぞぉぉ!!」

「あ、当たり前だ。 艦長が犯罪者に心を許すなんてねーっての」

「とか言いながら、その冷や汗はなんだよお前」

「いや、真面目に考えて膝の上に乗ってる時点で確定かと思ったんだが……まだそうじゃないみたいだからな。 さすがに、嫌な汗も出るって」

「あーなるへそ」

「だが、これならもしかしたら努力次第では!!」

 一部の狼たちが勝ち鬨の声を上げる。 無駄に煩いその中で、ふとリンディの隣に誰かがやってきた。 振り返ると、そこには何故か”ソードダンサー”が居た。

「クライド、貴方何世界の終わりが来たみたいな顔で悶絶してるのよ」

「嗚呼、カグヤか。 俺はどうやら本格的に振られてしまったらしい。 調子に乗りすぎていたようだ。 ちょうどいい、お前の胸で泣かせてくれ」

「ふぇ!? ちょ、クライドさん!?」

「はぁ。 別に慰めてあげてもいいけど、それよりどうするのよ。 全部終わったから迎えに来て上げたのだけど……残る? それともヴァルハラへ帰る? 守護騎士たちはもう先に帰したわよ」

「あー、そうだな。 ”帰る”か」

 膝の上のリンディを艦長席に座らせ、クライドはすぐに離れていく。 無駄にチラチラとリンディの方を振り返るその様が、非常に業とらしくて彼女は思わず頬をヒクつかせた。

「ちょ、ちょっと待ってください! ほ、ほんとにすぐ帰っちゃうんですか!?」

「んー、帰るよ。 長居する理由も無くなったし、腹も減ったし、今日の戦闘データとかも整理したいからな。 あー、それと一応俺って広域次元犯罪者らしいし?」

「そういえば、ザフィーラが祝勝会するからってさっき買出しに出てたわよ。 食事はそれまでは我慢しておきなさいな」

「マジかっ!? よし帰ろう。 今すぐ帰ろう。 グリモア君はどうする。 まだ何か作業してるか?」

『いえ、ここですることはもうありません。 室長が戻ったらそこに端末を作り直します。 ”仲間内の打ち上げ”ということであれば、ボクも参戦する権利があるはずですからね。 何か”いつものように”室長が好きそうな料理でも用意しますよ』

「おっ、それは期待大だな」

『はい。 楽しみにしておいてください』

 グリモアが何故か勝ち誇ったような顔でモニターからリンディを見下ろしていた。 その何気ない会話の間、当たり前のようにリンディはプルプルと拳を握り締めていた。 貼り付けた微笑が崩れそうになる。 だが、ここで何かを言うのは負けだったから、多大な努力をして意地悪を受け流そうと努める。

(その手には乗ってあげません。 乗ってあげませんからね!!)

 帰るならさっさと帰ればいいのに、彼女の前で延々と会話を続けている。 これがトラップでなくてなんだというのか? 罠に掛かったが最後、クルーの前でとんでもなく恥ずかしいシーンを晒すことになることだけは間違いない。 さすがにそれは、いくらなんでも戸惑われた。

「もう、帰るなら帰るで早く帰ってください! こっちだって仕事があるんですからね!」

「んー、”手強いな”。 まぁ、確かに続きは二人っきりの時の方がいいか。 見せ付けて手出しする気も起きないようにさせたかったんだが……な。 嫌われたら本末転倒か」

 つまらなそうに頬を掻いてから、クライドはカグヤに向かって手を伸ばす。 その手を取った彼女は、頷いて先導。 その後に続くように数歩歩けば、クライドの姿が跡形も無く消えた。 グリモアも、それを確認してすぐ姿を消した。

「――はい?」

 てっきりトランスポーターでも使うのかと思っていたリンディは、跡形もなく消えてしまったことに眼を瞬かせる。 他のクルーたちもギョッとしていたが、クライドがどういう男かを思い出して考えるのを止めた。 無限踏破のことなどこの”リンディ”は知らない。 だが、またぞろ妙な小細工でも使ったんだろうと考えて心の平穏を保つことにした。

「まったく、あの人は私をからかうのがそんなに好きなんですか? もう――」

 変わっていない。 ずっと昔から、それこそ本当に自分が知っている彼と何も変わっていない。 そのことが少しだけ嬉しくて、彼女は小声で「馬鹿……」とだけ呟いた。 そうして、パンっと両手を叩くとクルーたちの視線を集めて言った。

「はーい、それではここでのお仕事は終了です。 グラウンドゼロの観測基地に戻りましょう」

「「「「了解!」」」」

「アースラ、発進――」

 傷ついた航行艦が、翡翠の艦長の命令を受けてゆっくりと次元の海を漕ぎ出していく。 次の任務は決まっていないが、すぐにまた新しい仕事が彼女たちを待っていることだろう。 だから、英気を養うためにも休息が必要だった。 アースラも、リンディも。 クルーたちも。

(あっ、そういえばクライドさんはどうして――)

 四年前のことで、謝らなければならなかったことがある。 それで終わったことになってしまっただろうに、それでも何故、今の自分をああも簡単に助けようとしてくれたのか? 求めてくれたのか? その答えを観測基地に帰還中、リンディはずっと考えていた。

 その疑問の答えを知る日は、それほど長くはない。 なぜなら、愉快犯な猫型使い魔が証拠品と一緒に持っているからである。 当然その記録を見せられたリンディは”自分ではない自分の仕出かしたこと”を知って恥ずかしさのあまり悶絶し、クライドが何故ああもう”強気”だったのかを理解した。

――全ては、間女である”自分の偽者”のせいであったのだ、と。
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