スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

憑依奮闘記3 外伝秘話

 2013-04-08

 少しだけ、終わるまえに触り程度の昔話をしよう。
 ずっと昔、大昔。 
 それは、もはや誰も知らない物語のその序章。
 時の濁流に埋もれて消えた、彼女たちのストーリー。







――好かれるというのは、心地よいものである。

 異性だろうが同姓だろうが、嫌われるよりは誰だってそちらの方が良い。 当たり前の話だ。 そう、だから――彼はそれに酔いしれていた。 囁かれる言葉は賛美ばかりで構成され、まるで神にでもなったかのような夢心地にされる。

「愛してるわ”シュナイゼル”」

 男なら美女に、女なら美男子に言い寄られて困るはずがない。 困るのであれば、それはきっとホモかレズだけだ。 嗚呼、そうだ。 例え、それが作為的なもんであれ人為的なものであれ、レアスキル的なものであれ、それは変わらない。 何某かの魅力あってこその求めである。 理由はこのさいなんでも良かった。 悪意でさえないのなら、その心地よさに埋もれて死にたいとさえ、その黄金の男は思っていた。

 黄金の髪に、黄金の瞳。 纏った甘いマスクもやはり黄金。 金色ずくしの美貌の君。 それは、人を極端に惑わす力を持っていた。 その力を疎ましく思いながら、嫌いながら、それでもそれを使って全てを惑わしてきた。 生きるために、復讐のために。

 世界は穢れに満ちている。 ならば、その穢れを管理するか消し去るしかないと、物心ついたときには思っていた。 そして、その時はついぞ来たからこそ彼は実行している。 目の前の美女は、そのことをどう思っているだろうか? 軍事機密のようなそれを、暴露して関心を引いてみたい欲求に彼はかられた。 何故ならば、ここまで熱烈で常軌を逸した求めを誘いを受けたことは彼の忌むべき人生のなかでなかったから。 とはいえ、今にまったく関係の無い言葉で関心を引くのは無粋だった。

 だから、彼は熱烈なキスで彼女を迎えた。 抱擁に熱は篭り、まるで恋の呪いにでもかかったかのような安堵と共に、腹部と背中に二つ同時に灼熱の如き痛みを受けた。

「――っ!?」

 絶叫を上げる余裕もない。 零れた絶叫の全てが彼女の唇に嚥下され、そうして虚しく消えていった。 その時、彼は信じられないモノを二つ見た。 一つは左手で差し込まれた鋭利なナイフ。 そして二つ目は、彼女の右手が己の魔力中枢<リンカーコア>を背中に回した手で押し出してしまった光景だった。 

「――ぁぁああああ!? ききき、貴様、なにを……な、に!?」

 眼前で、美女の顔が変わる。 オレンジ色の髪をバレッタで軽く止め上げた、どこかで見たことがあるやぼったい女に。 彼女はただ虚ろな瞳で見下ろしていた。 まるで生ゴミでも見るような恐ろしく凍えた眼だった。 接吻を交わした唇に、銀色に光る糸を煌かせながら、熱の一切無い声で言う。 

「――アナライズ<解析>完了。 これで、貴方はもういらない。 この世界には必要ない――」 

 グシャリと、魔力中枢が潰される。 本来なら触れることさえできない特殊な器官は、常識外にあるその右手の圧力には抗えなかった。

「――ぁ!?」

 神経さえ通わぬ中枢が、ありもしない幻痛を宿主に返却する。 全身が引きちぎられたかのような激痛。 叫び声が、声にならないほどの痛みが彼を苛み魔導師としての道を建つ。

「お、思い……出した。 思い出したぞ、貴様!? アビリ……ワークの……エージェント、その助手の……生きて……」

「ええ。 死ぬわけには行かなかったもの。 レグザスを殺した貴方を殺すまではね――」

「ぐがっ――んぐ――」

 女が、再び口づけをした。 同時に、右手で鼻をつままれた。 呼吸ができない。 そこへ、ナイフが致命傷となるようにと捻って抉られ、抜き放たれた。 出血でシーツ赤く染まっていく。

 抵抗しようにも、もはや痛みで体が言うことを効かない。 ナイフと魔力中枢へ一撃。 念の入ったやり方に、抵抗の手の字もできずにシュナイゼルは苦しんだ。 肉体的には当然として、酸欠による息苦しさと神経からの痛覚信号、彼を苦しめ後悔させるためだけのその所業は、復讐にしても余りあった。 迫り来る死への恐怖で頭の中は一杯となり、それでも何もできずに死ぬ未来しか約束されていないが故に心の底から絶望した。 やがて、男の命は当たり前のように尽き果てる。

「ぺっ――」

 穢れた唾液は吐き出して、彼女は死体へと吹きかけた。 そうして、彼女は笑った。 泣きながら、怒りながら、ただただ壊れたように笑って、彼の情婦の家に火をつけた。 そして、男の死体は山に埋め、その男に成り代わった。 これは、そんな彼女の物語。




 
 









「さぁ、”思い出せ”フィーア・アクセル。 果たして、コレは”何回目”の開演だった?」

 










憑依奮闘記
外伝 秘話
「それは、時に埋もれた彼の夢」













 ミッドチルダの片隅で、一人の女性が歩いていた。 千鳥足で深夜の路地を歩くそのさまには覇気はなく、せっかく綺麗にクリーニングされていただろうスーツはヨレヨレになっていた。

「なぁにがぁぁ、君には文才がなぁいよぉぉぉ!!」

 頭上に浮かぶ、双子月という名の追跡者に吼えられる。 その姿には当然のように色気はなく、火照った顔には怒りと悲しみで彩られている。

 垢抜けしていない、まるで田舎上がりのその女は、精一杯取り繕った笑顔でライバルと競い会って就職戦争にことごとく破れ去った。 まるで落ち武者である。 ライターになりたくて、平凡な人生に不相応な夢を見て、都会へと出たまでは良かったが現実は甘くない。 いくつもの面接で落とされ、今日もまた即効で落とされて一人寂しく酒に逃げ、こんな時間まで飲みつぶした。

「ひっく、ひっく……」

 時は大次元航海時代の初頭。 次元世界なるまだ一般人には未知の世界が開けたその時代では、当然のようにライターたちも鎬を削りあっていた。 多次元世界人のもたらした情報、技術は瞬く間にミッドチルダの文化に多大な影響を与えた。

 ファンション、軍事、料理、アイドル、音楽、サブカルチャー。 様々な分野で真新しい記事が書かれる度に、雑誌は飛ぶように売れた。 電子書籍やネットの波に押され苦境に立たされていた出版界も、これを機にやや持ち直し、ライターたちが活躍し始めた。 

 もともと、彼女は好奇心は強いほうだった。 色々なことに興味を持ち、知ることの喜びを知っていた。 だから、自分自身もいつかそういう職に就きたいと思って活動してきた。 なのに、その意欲とは裏腹に技術は身につかなかった。

 『熱意だけは一人前』、などと言われ続けて、それでも諦め切れなかったことがいけなかったのか? それとも、努力だけでは報われることがないなどという現実の呪いを打破しようと挑戦することこそが許されざる悪行だったのか? 

 彼女には分からない。 分からなかったから、ただ挑み続けて磨耗するような日々に落とされていた。 もしかしたら、ただ認めたくないだけだったのかもしれない。 『こんなはずじゃなかった』などと、夢を追う自分自身を裏切りたくなかっただけなのかもしれない。

 袋小路の人生だ。 望む出口は見えず、引き返して別の道を探すしかないというのに立ち止まって探し続けた。 おかげで、そろそろ貯金も危ない。 もう、これ以上挑戦する余裕もない。 学生時代に苦心して準備した貯蓄も限界だ。 酒に逃げたせいで、更に追い討ちまでかかった。 飲まずにはやってられなかったけれど、そんな短慮な自分さえ、今の彼女には腹立たしかった。

(――もう、疲れちゃったよ)

 思い足取りで立ち止まり、ふと眼に入った公園へと足を運ぶ。 終電間近の公園には誰も居らず、ところどころに立つ街頭が寡黙にも周囲を照らしている。 近くのベンチへと向かい、倒れ込むようにして腰掛けた。

 その拍子に、最後に残っていた気力が根こそぎ消えた。 もう、立ち上がりたくもなかった。 こんな苦しい思いまでして、何故自分はそれを求めたのだろうかと、過去の自分へと怨嗟を募らせていく。 がんばる自分に酔っていた? それとも、がんばれば何とか成るなんてうそ臭い”言葉”に踊らされることを楽しんでいた? 分からない。 一秒前の自分も、過去の自分も、そうしてこうやって情け無い自分を嫌いになった。

「ううっ……もう、嫌ぁぁ……」

 両手で顔を覆い、零れる涙を裾で拭う。 誰かに助けて欲しくても、助けてくれるような誰かもいない。 故郷を出てきた彼女にとって、無味乾燥な都会はもはや苦痛だけの世界だ。 店員の貼り付けただけのような笑顔、何かに追われるように行き急ぐサラリーマン、不幸をネタに集会を繰り返す不幸自慢の井戸端会議。 相変わらず秩序無きネット世界に、良心の呵責もなく運命を押し付けてくる非情なるこの世界。 それら全てが恐ろしい。 寒気すら覚えるほどに、この世界はきっと病んでいた。

「ははっ、そうよね。 嫌でもなんでも、これが私の現実――」

 泣きながら、彼女は救いなどないことを心底理解した。 想像の中では全知全能で博愛精神に満ち満ちた神様とやらも、ただの就職浪人程度には救いなど齎さない。 きっと、冷めた眼で見下ろしながら呪いのような苦しみだけを平等に人々に与えていた。 救いを求める幻想の中にさえ、そんな誰もが持っている脳内の逃避先にさえ救いがない。 なんて一貫した苦行世界なのだろう。

――こんなことなら、”夢なんて見なければ良かったのに”

「ッ――」

 吐き捨てたい言葉があった。 でも、それだけは、そんな簡単なことがまだできなかった。 この期に及んで、心の中でありもしない幻想に縋っている自分が彼女の中に居たのだろう。 涙を拭い、救いの無い現実に溺れそうになってこそ立ち上がる。 泣いたせいか、少しだけ楽になった。 後は、惰眠でも貪れば後、一回ぐらいは歩けるだろう。 そう思ったときだった。 ふと、声をかけられた。

「――へい、彼女。 俺たちと遊びにいかない?」

 四人の男だった。 まだ学生にも見える少年とも青年とも呼べそうな男たちがヘラヘラと、楽しそうに笑いながら空気も読まずに能天気にも声をかけてきた。

(こんな就職浪人風情をナンパとか、頭可笑しいんじゃないのこいつら)

 どこにでも生息している、軽さだけが売りの青年たち。 相手にする余裕もない。 ましてや、全員が全員とも好みではない。

「悪いけど、そういう気分じゃないの。 他の人に当たって」

 言い切り、家路へと急ごうとする。 と、その足が阻まれた。 男たちが、道を遮ったのだ。

「いいじゃん。 なんか嫌なことでもあったんだろ? 俺たちと遊んでストレス解消しなって。 あ、金は心配しなくてもこっちでも持つからさ」

「結構よ。 そこ、どいてくれる?」

「絶対楽しいって」 

「そうそう」

「俺たちけっこう遊び慣れてるしさ。 良い店知ってるからさ」

 ニヤニヤと、薄ら寒い笑いに阻まれる。 囲いは、消えない。

(こいつら――)

 冷たい汗が、背中を伝うような感触が酔いに酔った頭であっても恐怖を抱かせる。 バックを持つ手が震えた。 こんなのは、良くある三流展開だ。 だが、だが、だが――、そんな程度であっても彼女には脅威でしかない。

「やめて、大声を出すわよ」

「ああそう、そういうことしちゃうわけ?」

「だったら、こうするまでだ」

 リーダー格の男が、手をかざした。 触れようとする気配はない。 意味の無い行為だ。 そう、思った瞬間に”それ”は来た。 バチンッと、静電気にも似た光が眼を焼いたかと思えば、雷光が体へと突き刺さる。 彼女の体が、それだけで力を失った。 

「な……に、これ――」

「何? 何って、何が?」

 全身が痙攣して立っていられない。 膝が落ち、地面にへたり込む。 まるで怪異だ。 理解できない何かで、彼女の恐怖は限界に達した。

「おい、お前ら。 立ってられないみたいだから、どっかで”休ませて”やろうぜ」

「いいね」

「さんせーい」

「俺たち優しいなぁ」

 二人の男が手を回し、両肩を抱き上げてくる。 抵抗することは、できなかった。

「うわっ、滅茶震えてる。 つか、痙攣? やばくね」

「大丈夫だって。 天国に連れて行ってやるからさ。 ぎゃはははっ」

 嘲笑が木霊する。
 こうなると、どうなるかなんて想像するに容易い。 抵抗しようにも体は動かず、呂律が回らないせいで満足な声さえもでない。 自然と、彼女の眼にまた、涙が流れてきた。

――なんだって、こんなにも苦しまなければならないのか? 

 自分だけが特別不幸だったわけではない。 悲劇などというものは、どこにだってありふれている。 小さなものから大きなものまでそこら中に。 でも、”だからって”、”どうしてこうも”、”自分だけを狙って苛む”のか?

 分からない。
 分からない。
 分かりたくなんて、無い。

 世の中には成功するのが当然のような人生を送っている者たちがいる。 成るべくして成る。 そんな者たちだ。 そんな連中と、自分に一体どんな差があるというのだろう? 見目麗しくないからか、親が普通だったからか、それとも自分という個体がそんな不運を約束された運命の元にあるからなのか?

 引きずられるように運ばれながら、そんなことを思う。 どうせ、何をしてもどうにもならないんだとしたら、抵抗することに果たして、どんな意味があるというのか?

(――そんなに、私が憎いの?)

 世界の悪意が、まるで自分だけを狙い撃ちにしているようにも感じられた。

(私が、一体、何をしたって言うのよ)

 ただ、夢を見ていただけなのに、何故、こんな目に会わなくてはならないのか。

(”私”だけが、どうして――)

 帳尻が合わない。 不幸がやってくるのであれば、幸運もまたやってこなければ可笑しいじゃないか。 そうでなければ、苦行だけの人生になってしまうだろうに。

(こんな世界なんか、もう――)

 そのとき、ザッと誰かが立ち止まる音がした。 辛うじて動く目が、前方に立つ男の姿を捉える。

「おい、そこ行く糞餓鬼供」

 そこに居たのは、周囲にいる糞野郎供よりも明らかにチンピラ然とした男だった。 歳は二十台中盤。 ヨレヨレのカッターシャツに黒のスラックス。 どちらも安物で、品性のかけらもない。 ベルトは無駄にでかく、悪趣味な髑髏マークが刻まれている。 靴なんて履き潰し寸前で、まるで安っぽい。 極めつけは、ミッドチルダでは珍しい黒髪と黒瞳だ。 野性味が溢れるといえば聞こえがいいが、こいつはそんなレベルを遥かに超える。 唯一の救いは、髭だけはさっぱりと落とされていることぐらいだ。 とにかくそいつは、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま言った。

「餓鬼はとっとと帰って糞して寝ろ。 ついでに、酔っ払いの女を拾ったんなら警察でも救急車でもタクシーでも呼んで押し付けやがれ。 それがこの場合の一番正しい対処方法だ」

「なんだよ、このおっさん」

「俺たち、これから介抱してやらなきゃなんねーんだよ。 マジうぜー」

「はぁ? 神が戯れに生かしてるようなお前たちよりは、よっぽど俺はイケメンだぜ。 ほら、そこにトイレあるから鏡見て確認して来いよ。 待っててやるからよぉ」

「ちっ。 何だよ、正義の味方気取りなのか? 今時はやんねーっての」

「痛い目みたくなかったら消えてくれよおっさん」

「アホか、俺が正義の味方ならタダ働きなんてするわけねーだろ。 こっちはビジネスでやってんだ。 おい、そこのお前。 そうそう、そこの無駄に偉そうにしてる低脳のお前だ」

 タバコに火をつけながら、チンピラが言う。 紫煙が上る。 その、一拍の間の間にリーダーの少年が顔をしかめた。

「――ったく、アホが、目に付くことしやがってからに。 お前、警察に……いいや、もっと性質の悪い奴らにマークされてるぞ」

「はぁ?」

「ただの婦女暴行、強姦程度ならまぁ、奴らは動かない。 だぁが、お前は違う。 お前だけは、もっと過酷な場所に強制連行だ。 喜べ、裁判も無い。 あそこは、そんなところさ――」

「わけわかんねぇ、何言ってんだよ。ラリッてるのか?」

「”忠告”だ。 黙って聞いとけ。 ついでに、スタンガンか電気銃でも買って誤魔化す用意をしとけよ。 でないと、マジで碌な目にあわねぇぞ糞餓鬼」

 それは、まるで少年の未来を案ずるかのようなものだったが、当然のように少年は聞かなかった。

「なんだこのおっさん。 わけわかんねぇ。 おい、やっちまえ」

 手が空いていた少年が一人、頷いて前に出ようとしたところでチンピラはポケットから手を出し、何かを投げた。

「――」

 瞬間、薄暗闇の中に場違いなほどの光が一瞬輝いた。 少年たちが、一斉に目を押さえてひっくり返る。 彼女もまた例外ではない。 体を投げ出されて地面に転がった。

 目が見えない。 投げられたのがフラッシュバンだと理解したのは、少年たちのうめき声が木霊してからだ。 打撃音と、悲鳴が公園を席巻する。 やがて、音が消えた頃になって足音が自分に迫ってきたことを理解した。

「おい、あんた家はどこだ」

 チンピラは、妙にやさしげな声でそういうと彼女の体を抱き上げた。 目は見えないせいで、ただそれだけでも恐ろしい。 咄嗟に、痺れが残る手が反応しそうになる。 だが、そんな彼女の様子など知らぬとばかりに男が歩き出した。

「はな、して――」

「動くな。 送ってってやるっつってんだ。 ああ、くそ重えぇ!? 見た目に反してなんて重さだ!? 女ってのはどうしてこう重いかねぇ。 胸に脂肪無駄に詰めてるせいかぁ」

「そ、そんな……重く……ない……わよ……」 

「あー、呂律も回らないのか。 悪かった。 さっきのはジョークだ。 本当は軽いぞ。 ちょー軽い。 と、それにしても疲れるな。 しかもなんだ、酒くせーぞ」

「よけ……お世話……」

「まぁ、何があったのかしらねぇーけど。 お前、運が良かったな」

 どこがだろうか。 就職もできず、夢に見捨てられ、挙句の果てに強姦未遂。 ここまで来ると、運が悪いなんてものじゃない。 だってのに、そのチンピラ男は愉快そうに笑うのだ。

「くっくっく。 この俺が来たんだ。 こんな強運があるか。 お前はきっと、今日世界で一番ツイてる女だ」

 そう言って、自分でも可笑しかったのか肩を震わせるその男。 それが、彼女<フィーア・アクセル>と彼<タント・レグザス>の出会いだった。
   











「つっ、あたま痛……」

 目が覚めれば、酷い頭痛がした。 ベッドの上で体を起こし、周囲を見渡せば見知らぬ光景が目に入ってくる。 まったく見覚えのない部屋だった。 床には散乱するゴミゴミゴミ。 コンビニの袋に飲料のペットボトルやコーヒーの空き缶。 極めつけはほったらかしにされているだろう衣類。 これぞ正しく男の部屋。 今時の小奇麗でなよっちい優男連中の部屋ならば、女を誘うためにももっと小奇麗にしているだろう。 しかし、その部屋にはまったくと言っていいほど清潔さが無い。

「……うぇ?」

 テーブルの上に、スーツがあった。 見下ろせば、下着姿の自分が居た。 理解できなくて固まって、思わず毛布を手繰り寄せた。

「えーと、え? ここどこ。 そもそも、なんで私――」

 昨日、嫌なことを忘れるべく飲みまくったことだけは覚えていた。 頭痛も、その時の酒が原因だと思えば納得できる。 しかし、この状況だけはすぐには理解できなかった。

「……」

 しばしの沈黙。 その後には震えるほどに恐ろしかった、昨夜の記憶がよみがえってくる。

(ああ、そうか。 今時流行らないぐらいのネタ事件に、自分自身が会いかけたんだっけ)

 答えはすぐに出た。 となると、自分は助けてくれたあのチンピラ男にお持ち帰りされた、ということなのか。 乾いた笑みを浮かべながら、零れ落ちてきた涙を拭う。 そうして、畳まれることなく投げ捨てられたようなスーツを着た。 バックも一緒に在って、中にはちゃんと財布もある。 中を確認すると、特に盗られた跡もない。 そのまま部屋を散策。 バスルームとトイレ、物置のような部屋を二つほど確認してから三つ目のドアを開けた。 その部屋は、他の部屋と比べるとまだマシだった。

 奥のドアからすぐの所には、応接用のソファーと吸殻が一杯の灰皿が載った安物のテーブル。 窓際には書類やパソコンが置かれたデスクがあり、ブラインドの向うからは日光が遮られていた。 事務所のような部屋だった。 壁掛け時計を見れば、もう昼になろうという時間だ。 起きるにしても遅すぎたが、彼女と同じようにソファーで寝ているチンピラ男が、昨日の格好のまま着替えもせずにイビキをかきながら眠っていた。

「えーと、アレ?」

 普通はこういうとき相手は起きているもののはずだが、その男は爆睡を決め込んでいる。 起きる気配はない。 そのまま奥の扉を開け、出ようとする。

「――せめて、礼ぐらいは言って帰るべきじゃねーか?」

 寝ていたはずの男の声だった。 驚き、振り返ってみれば大あくびをしながら目を擦っていた。 どこか呆れたように、男は続ける。

「まぁでも、可愛い寝顔と下着姿は拝ませてもらったからチャラか。 白か。 いいねぇ、純朴で大いに結構! 若さが溢れてやがるねぇ」

 ニッシッシと、下品に笑う。 その顔が、あまりにもだらしないので、思わず両手で体を隠してしまう。 彼女は直感した。 この男は、とんでもないスケベ野郎だと。

「しゃ、写真とかとってないでしょうね!」

「撮るかよめんどくせぇ。 まぁでも心のアルバムには収めたがな。 くっくっく」

 そういって、男はテレビをつけた。 テーブルの上にどっかりと足を置き、ミッドTVの昼のニュースを眺める。 しかし、それもすぐに止んだ。 もう、彼女には関心が無いのか瞳を閉じて眠り始める。

「……」

 自分勝手な男だった。 だが、自分に何かをしようとするような男ではない。 構えているのが馬鹿らしくなって、再び背を向ける。 扉を開けながら、小声で「ありがとう」というと、「おう」という返事が聞こえてきた。 短い、会話だった。 扉の向うに歩き出し、ふと、彼女はもう一度だけ振り返る。 そうして、何を思ったかそのまま男の方へと歩いていった。

「ねぇ」

「あんだよ。 用が無いんだったら、さっさと帰れ。 犯すぞ」

「冗談。 その気があったら、昨日のうちにヤッてるんじゃないの?」

「けっ――んだよ、まさか俺が善人だぁ、なんて思ってやがるのか。 だったら、勘違いだぞ」

「善人というよりはスケベ男よね」

「潔くも否定はしねぇよ」

 真っ正直に断じられるも、肩を竦めるだけのその男。 その顔は、心底うざそうにしていた。 

「貴方、私がツイてるって言ったわよね」

「おう。 世界一ツイてるとも言ったな」

「じゃあさ、どこかで良いバイト先を知らない?」

「はぁ? ちっ――あのなぁ、ここは職業安定所でもなきゃ、斡旋会社でもないっての。 ここは、探偵様である俺様の事務所だ。 職探しなら他所でやれっての」

「その割には汚いわよね」

「忙しくて掃除なんざやってる暇がねぇのさ」

「儲かってるんだ」

「そこそこにな」

「私、掃除はそれなりにできるわよ。 後、一人暮らしだから料理もね」

「いらねぇ」

「ちぇっ、やっぱり無理かぁ」

「たりめぇだ。 だいたい……いや、待て。 お前――」

 怪訝そうな顔をしていた彼の目が、一瞬鋭く見開かれたかと思えば、「げっ」という心底嫌そうな声が漏れ出す。

「やべぇ、今とんでもない”電波”を受信しちまった」

「電波って」

「冗談じゃねぇ! と、言いたいところだが、はぁ。 なるほど、確かにお前は世界一ツイてるのかもしれねぇ。 くそ、マジでファックだ。 どちくしょう、俺にだって選ぶ権利があるだろうよぉゴッド。 ロマン舐めてんのか!」

「えーと、貴方頭大丈夫?」

「いきなりここがなんだか知りもせずにバイトさせろって言うお前よりはなー」

「……」

「おい、不承不承だが採用してやるよ。 名前は?」

「フィーア・アクセルよ」

「オーケー。 俺はタント・レグザス。 人呼んで『異能探偵』レグザス様だ。 部屋解約して荷物持って来い。 助手として雇うついでに、奥の部屋貸してやる」

 そう言って、顎をしゃくる。 その向うには外へと続くドアがあった。

「……えと、住み込みでってこと?」

「そうだ」

「さすがに貴方と二人っきりで生活するのは了承して無いんだけど……」

「じゃあ了承しろ。 給料は……そうだな。 相場がわかんねぇが――」

 ソファーからおき出し、デスクのある方へ行く。 そうして、ダイヤル式の重そうな金庫を開けると札束を一つ無遠慮に放り投げてきた。

「ちょっ――」

 おっかなびっくり受け取ったフィーアは、絶句した。 一束でもがんばれば一年は暮らせる程度の額がそこには在ったからだ。

「支度金込みだ。 ついでに危険手当と保険代、それだけあれば十分だろ。 まずは一月でそれだ。 後は働きを見てから決める。 文句は?」

「な、な、な、な――」

 文句などない。 ただ、余りにも額が多すぎてめまいがした。

「なんだよ、札束一つでビビるなよ」

「た、探偵って、そんな儲かるの? 危ないことしてるんじゃないでしょうね!?」

「普通の奴はどうだかしらねーが、確かにやばいことをやってるな」

 そう言うと、レグザスは肩を竦める。

「断りたいなら断れ。 というか、断ってください是非に」

 男は切実に言っていた。 祈るような目で、フィーアを見ていた。 まったく訳が分からない。 だが、フィーアはもう決めた。

「やだ。 お世話になる」

「神は死んだ!?」

 がっくりと俯き、無駄に燃え尽きたそのチンピラ男はのろのろとソファーに倒れ込む。 その手が、犬を払うようなしぐさでフィーアを外に追い出そうとしている。 フィーアは札束をバックに仕舞うと、とりあえずその男に聞いた。

「で、ここの住所とかは? 業者に頼むっていってもそれがわかんなきゃ荷物送りようがないわよ」

「くそっ、気づきやがったよ!?」

「当たり前よ」

 しぶしぶ、財布から名刺を取り出しフィーアに渡すレグザス。 名刺はよれよれで、まったくクライアントに渡すような体裁を整えていない。 おそらくは、一枚も配ったことはないのではないだろうかというほどに。

「じゃ、すぐに送るわね」

「おう。 もう、好きにしてくれ。 ただし、後悔してもしらねぇぞ」

「”ええ”。 誰が後悔してやるものですか。 世界一ツイてる女なんだから」

 息巻く彼女をレグザスは見送った。 バタンッと扉が閉められ、部屋に静けさが舞い戻る。 レグザスは、仰向けになると自分のこの選択が正しかったのかどうか、熟考した。 細められた目が、天井を睨み付ける。 だが、どれだけ考えても答えが出なかった。

「……はぁ。 わかんねぇ。 俺って、あんな垢抜けてねぇのが”好み”だったのか? ええ、未来の俺よぉ。 もうちょっとこうなんだ。 在るだろ、色々よぉ――」











 それからしばらくして、二人の奇妙な共同生活が始まった。 レグザスは大抵昼間はパソコンで何かの情報を収集し、彼女は助手というよりも住み込みの家政婦のように彼の生活をサポートした。 給料はさすがに多すぎたので、勤務時間を決めての日給にさせた。 それでも多いぐらいだったが、レグザスは無理やりフィーアに持たせた。

 偶に依頼があったかと思えば、何日も留守にしてレグザスは傷だらけで帰ってくる。 二ヶ月ほど経った頃には、探偵などという職業が嘘っぱちであることはフィーアにはすぐに分かった。 そもそも、依頼人がやってくることがない。 全てはメールを経由しての依頼であり、それだけで完結していたのだ。

「痛っ、こら、もうちょっと優しく手当てしろ! 殺す気か!?」

「これでも十分優しくしてあげてるっての」

「嘘、吐くな!? くそ、消毒やべぇ、なんだよこれ苦行か、それとも嫌がらせか!? それともお前が途方も無くへたくそなだけか!?」

「あのねぇ、じゃあどうしろってのよ」

「そこはおまえ、舌で優しく舐めて直すとか色々あるだろ」

「冗談! そんな変態じみたことしてあげられるもんですかっ」

「え? 偶に俺の枕に抱きついて匂い嗅いでるお前が変態じゃない、だと?」

「ぶふっ――」

「こら、消毒液をぶちまけるな!? 痛ぇぇ、死ぬぅぅ、消毒液で死んでしまうぅぅ!!」

「どどどど、どうして知ってるのよ!?」

「隠しカメラ仕掛けてんだよ」

「どこに!?」

「安心しろって、ちゃんと着替えシーンは早送りしてる。 ひひひ。 黒は止めとけ。 まだお前には早ぇぇからな」

「……この、スケベ野郎!!」

 どこだどこだと、カメラを探すフィーア。 その姿が可笑しくて、レグザスは腹を抱えて笑いながら痛みに耐える。 

「ああもう、大体貴方何してるの!? 普通、探偵って浮気調査とか行方不明の誰かを探したり、警察の事件に首を突っ込んで迷宮入りの事件を解決したりするもんでしょっ」

「ああ、ドラマの向う側だとそうだろうな。 だが、俺は違う」

「何がどう違うってのよ。 まさか、ギャングやらマフィア相手に銃撃戦繰り広げるようなことしてるってんじゃないでしょうね!」

「お、当たらずとも遠からずだな」

「え、本当に?」

 瞬間、フィーアの眼前が発火した。 何も無かった。 だというのに、真紅の炎が目の前でいきなり踊って見せた。

「きゃっ。 え、え、なによ今の!?」

「”超能力”」

 レグザスは説明する。

「”ベルカ”って知ってるか? まぁ、今どき子供でも知ってるわな」

「あ、当たり前よ。 多次元世界のえーと、魔法科学とか言うのが発達してる世界でしょ? ファーストインパクト<第一接触>後……ミッドチルダに新しい概念を齎せた先進文明世界じゃない」

「そう、はた迷惑な話しさ。 だから俺が”苦労”してる」

「話が見えないんだけど……」

「次元世界とやらを超えた先から現れた、招かれざる使者。 次元戦争中に戦艦ごとこの世界に不時着した奴らは、ミッドチルダで手厚く保護された。 こっちは、宇宙開発がようやく軌道に乗り始めて月の開発が始まった程度だった。 だぁが、奴らは違う。 もっと先を行き、数段上の科学力を持っている。 しかも、詳しい話を聞いてみればいくつもの世界と戦争して領土増やしまくってる大世界ときたもんだ。はっ、笑えねぇよなぁ。 くそったれだ」

 ベルカからの来訪者。 ミッド人にとっては、今では映画にさえなったファーストコンタクトは余りにも有名だ。 その中で、ベルカの夜天とか言う地域出身の戦艦乗りが、次元世界の垣根を越えた大恋愛をやらかしてミッド人女性と結婚した。 そんなストーリーのノンフィクション映画は、一時期とんでもないブームとなっていた。 新しい概念。 宇宙どころか世界さえ超えたそれに、人々の関心は高まった。 しかも、騎士階級とかいうそのベルカ人は、本来なら圧倒的国力差を持つ二つの世界の同盟を、ほとんど対等な形にまで引き上げた上で成してしまった。

 ベルカからすれば、右も左も分からない赤ん坊を助けた程度なのかもしれないが、その力があるおかげで別の勢力が容易には手を出せなくなった。 そして、そこから新しい概念、魔法科学の流出が始まった。

 次元航海のための新機軸のテクノロジー。 そして、人間の持つ魔力とかいう胡散臭いエネルギーを利用した魔法の実装された社会形態は、ミッド人にとってはとてつもない衝撃であった。

――故に世は既に大次元航海時代。

「それが、超能力とどんな関係があるのよ」
 
「大有りだ。 実はこれは公にはされてないが、ベルカには魔法以外の力がある。 やんごとなき血族や、偶に偶発的に取得したとかいう先天固有技能、或いは後天的に発現する特殊技能。 広義的にはコードネーム希少技能<レアスキル>とも呼ばれてる奴な」

「レア……スキル?」

「魔法は、魔力中枢<リンカーコア>やら魔力を持つ者しか使えない。 だが、こっちは魔力なんざ必要ない場合が多く、しかも発現率は更に低い。 継承されていく場合もあるが、確実ではない。 むしろ、魔力持ちの方が多いって話だ。 今、政府はベルカと協力して魔力持ちの人間って奴を探してる。 対人戦闘能力は折り紙つきらしいからなぁ。 軍事的にも、将来は次元世界の一勢力としての基盤をつくるためにも研究が始まっている。 おかげで、上の方で色々ともめてるらしいぜ。 法律の整備、ミッド内のパワーバランスや既得権益の調整。 まぁ、やることは色々だわなぁ。 もっとも、ほとんどの人間は反対らしい。 武器メーカーとかもそうだな。 人権団体も動き出してる。 人間兵器の製造を許すなってなぁ。 後は、魔法をつかえない連中を指して旧人類とか呼び、魔法を使える奴らは神に選ばれた新人類だ、なんて教義をぶち上げた魔法宗教とかも出てきた。 後は、ベルカの聖王様とやらを崇める向うの宗教が広がってきたってところか。 とにかく、魔法とかいうのは認知されすぎたんで、まだマシだ。 だが、レアスキルは違う」

「どうして?」

「魔法を使える者、えーと、ミッド政府の呼称は魔導師……だったか。 奴らよりも更に少なく、しかも一芸特化型な能力が多い。 正直、軍事的にはあんまり使い物にならない上、探すのが面倒なんだと」

 魔力の有無が能力に影響しない場合が多く、探すことができない。 名乗り出るか、使っているところを見なければ判別できないし、ましてや本人も自覚していない場合があった。 そんなあやふやな者を探すよりも、まだ魔導師を探す方が建設的だし、ミッドチルダからすれば兵士を質量兵器で武装させた方が確実に安定的な戦力を用意できる。 軍からはそれ主体にすることは懐疑的なのだった。 今のところは特殊兵科としての運用しか考えられていない。

「で、レグザスはそのレアスキル持ってると。 さっきの超能力っていうのよね。 なんか、余計に胡散臭いわねその名前だと」

「一昔前に流行っただろ。 ”千里眼”やら、”発火能力”やら、”念動力”やらがTVでな。 そのほとんどは手品まがいの偽者だが、稀に本物がある。 そのせいで知ってる奴はいるし、研究してる事象研究者なんかもいる。 んで、だ。 前提としてほとんどこいつらは表に出てこない。 今となっては、出てこないようになってる。 俺たちが、”アビリティ・ネットワーク”が無自覚な馬鹿どもが表に出ないように機能してるからだ」

「えと、じゃあレグザスの仕事って」

「おうよ。 能力者が表に出ないようにするのが俺の仕事だ。 依頼はネットワーク経由で、その目的は能力者たちが平穏に暮らせる社会の形成補助。 そのための俺たちエージェントが活動してる。 だから、お前を襲った餓鬼供にまぎれてた能力者を見張っていた俺は、お前を助けられたわけだ。 運が悪かったな。 三日後には政府の奴らが動いてたはずだが、それより先にお前は襲われた」

「うぇっ、ちょっと待って。 あの餓鬼、そのレアスキル保持者だったの!?」

「おう。 電気使い……エレクトロマスターとか、そんな風に呼ばれる類の奴だ。 だからあの時ビリっと来たろ」

 思い出したくも無いことだったが、思い出さずには要られない。 確かに、雷のようなもので撃たれたような気がした。 フィーアは思わず、喉を鳴らした。

「ね、ねぇ。 これって、もしかして特ダネ?」

「止めとけ。 それやるとお前、俺に”殺されるぞ”」

「……ちょ、ちょっと怖いわよ。 冗談じゃないの、もう」

「それに、俺たちを不幸にしたくないならマジで止めろよ。 今、”能力者狩り”が流行ってる。 余計なことをすると、マジで消されるし、関係すると政府が動くぞ」

「さっきも言ってたっけ。 動いて、どうするの?」

「魔導師探しは表で、能力者探しは裏でやってる。 魔導師は新しい可能性を模索するために、んで、能力者探しは対策法の確立研究と常人への能力付与のために、だったかな? 既に犯罪者による人体実験も確認された。 俺も捕まったら解剖されてホルマリン漬けだな。 だりぃ話さ」

 冗談めかしてレグザスが言うが、目だけは笑っていなかった。 

「んで、もう一つ勢力がある。 こっちを主導してるのは皇太子の隠し子、シュナイゼル・ミッドチルダって餓鬼で、”裏切り者”だ」

 シュナイゼル・ミッドチルダ。 母親はアビリティ・ネットワークの幹部だった女であり、政府関係の情報を探るエージェントだったが、いつの間にやらネットワークのことを政府に漏らし、彼らに大打撃を与えたと見られている。 それは、レグザスたちにとっては痛恨の出来事だった。

「……えと、よくわからないんだけど。 どうして、裏切ったの?」

「さぁな。 そこまではしらねぇ。 だが、奴が掲げる目標は『異能力者の殲滅』だ。 これが裏切りでなくてなんだってんだ。 あいつのせいで、去年エージェントの三分の一が狩られた」

 もともと、レアスキル保持者は少ない。 圧倒的少数派なのだ。 言い換えれば、弱小勢力。 本当なら闇にまぎれてそのまま一生を終えるべきなのだ。 そうでないのであれば、社会のために貢献するべきなのかもしれない。 だが、異能者を受け入れられるほどに社会は成熟していないとネットワーク関係者は考えている。 同時に、能力者もまた全員が全員とも成熟していないという事情もあった。

 他人に無い力という、常軌を逸する力を行使できるという優越感が、知らず知らずのうちに一般人を見下すような人格を形成することがある。 やがてその人格をもって育った者たちは、通常の集団の中で孤立するか他者を隷属させたり、力を誇示するために犯罪に逃げる場合があった。 それらはネットワーク関係者からすれば、唾棄すべき能力者であり、自分をコントロールできない犯罪者予備軍だった。

 ネットワーク関係者が恐れるのは、そんな連中と自分たちの同列視であり、能力者の排斥ないし差別だった。

「……俺には夢がある」

「夢? いきなり話変わるわね」

「関連する事項だからな。 ここまで言えば分かるか?」

「んー、静かに能力者が暮らせる社会を作ることかしら」

「外れ」

「じゃあ、とにかく平和に暮らすこと?」

「そりゃ誰だって望んでるだろ。 俺が望むのはな、”能力者が異能の力を隠さずに行使して社会に貢献できるようにすること”だ。 どうだ、でかい夢だろ。 スケールが半端ねー」

「……夢ねぇ」

 夢なんて、見ても苦しいだけだ。 そう、言ってしまいたかった。 フィーア・アクセルの夢は、永久に叶うことがないのだと思い知っていたから。

 レグザスに隠れて面接を受けまくったが、やはり梨の礫だ。 それどころか、最悪なのは肉体関係を強要してくるような、ありえない面接官も居た。 そんな現実に直面すれば否定したくもなる。 だが、そう、だが――挑戦し続ける者を嘲笑うようなことだけはしたくなかった。 だから、チンピラにしか見えない目の前の男が持つには不相応な夢を、否定せずに言うのだ。

「まぁ、いんじゃない。 貴方にできるかどうかは知らないけど、大きな夢を持てるってのはいいことだと思うわよ」

 そう言うと、レグザスは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、フィーアを見た。

「な、なによ。 その顔は」

「いや、素直に驚いたんだよ。 普通は俺みたいな奴が言ったら笑われるような夢だろーが。 くそっったれ。 言ってて恥ずかしいぞちくしょうめっ」

「ふん。 誰がどんな夢を見たって本人の勝手じゃない。 それとも、その夢は他人に笑われるようなみっともない夢なの?」

「まさか――」

 そんなわけがない。 そんな風な程度だったなら、レグザスはこうまで焦がれることはしない。 夢に見るのは理想郷のような世界だ。 せっかく持って生まれた才能があるのだから、それを生かしたいし、それで認められたいと思う。 そう思うことが、間違っているなんて思えない。

 チンピラだと自認しているような男でさえもそう思うのだから、それは笑われるようなモノではないのだろう。 フィーアから見ても、別段その夢とやらが変なものであるとは思えない。 ただ、願うことや言うことは容易いが、それを実現できるかのかということだけが気がかりだった。

――小さな鈍痛が、胸を苛む。

 もしかしたら、目の前の男は背中を押して欲しかっただけなのかもしれない。 疲れていたから、フィーアにそれを求めたのか。 それは、言うなれば”迷い”の感情だったのかと思うと少しばかり後悔を覚えた。

 がんばり続けるのは思ったよりも苦しいのだ。 楽しいことばかりか、或いはそうしなければならない合理的な理由でもあるなら別だが、そうと感じ続けられるものがないのなら、それはただの苦行になってしまう。 それは、その道の過酷さは、彼女自身が嫌というほど理解したもので、そんな生き地獄に目前の男を突き落としてしまったのかと思うとただ怖かった。

「フィーア?」

「な、何よ」

「なんだよ、今、すげぇ辛そうな顔してたぞ」

「……ちょっとだけ、ね。 本当にちょっとだけ、後悔したのよ」

「あん?」

「夢を、夢を見るは簡単じゃない。 でも、叶わない夢を追い続けるのは、苦しくて辛いのよ。 もしかして貴方、止めて欲しかったのかなって。 そう、思っちゃったのよ」

「お前は……お前は、苦しかったのかよ」

「――ええ。 すっごく。 だから、あんたに言っとくわ。 無理しても碌なことにならないって。 苦しいと思ったら、引き返しなさいよ。 でないと、でないとその……」

――私が心配しちゃうじゃない。

 続く言葉は、尻すぼみになって空気に溶けた。 レグザスは意味を理解するまで数秒かかった。 だが、その言葉の意味を脳が理解したときにはニヤニヤと笑っていた。 途端にフィーアの顔が紅くなるも、そのことをレグザスは追求したりはしなかった。 そうして、ふと真面目な顔で言ったのだ。

「お前、思ってたよりもいい女かもな」

「はぁ!? あんた、熱でもあるの!?」

「誰かさんのせいで傷が疼いて心も疼いたからな」

「もう! 絶対性格が悪いわよ!」

 膨れっ面で抗議するフィーアが、残っていた消毒液を傷口に流し込んだ。 途端、レグザスは豚のような悲鳴を上げた。









――二年ほどが経過した。

 いつの間にか、助手の仕事を続けていくうちにフィーア・アクセルもまたレアスキルに開花していた。 リンカーコアの魔力データを解析するアナライズハンド<解析手>。 そして、それを生かすめのロールプレイ<情報憑依>。 この二つは、レグザスの仕事に貢献した。 特に、仕事から異能力者と遭遇することが多いため、協力者と依頼対象に行使し、数々のデータを得ていた。 また、それに併用してレグザスによって戦闘訓練を受けた。 申し訳程度だったが、一般人程度ならばどうにかなる程度にはなった。

 充実した日々だった。 共同生活の中で、そんな彼女にレグザスは言った。 「いつか、俺様の活躍を記事にできるような日が来たら、俺の記事を書いてくれ」と。  フィーアはそれに頷いた。 相変わらず、面接で落ちる。 面接というよりも、提出した記事を見て決まって文才がないという文句が帰ってくる。 だが、へこたれている暇はなかった。 レグザスの活躍がネットワークで話題になっていたのだ。 探偵助手としては、そのことが何よりも嬉しかったし、負けてたまるかと思ったのだ。

 こうなったら、最悪自費出版でレグザスの探偵生活を綴ってやろうとまで考え、貯金も始めていた。 相変わらずの日給制だったが、助手として現場についていくようになってからは危険手当が大幅に増えている。 通帳を覗くのが楽しみになっていた。 そして、それだけではなく自然と男と女の関係にもなっていた。

 告白などは無かった。 いつの間にかそうなっていただけだ。 なし崩し的といえばそうだったのかもしれない。 フィーアにとっては、それでも良かった。 叶うことならば、こんな生活がずっと続けばいいと思うようになっていた。 それはきっと、ささやかな幸せだった。

「――ねぇ、次の仕事はどんなの?」

 パソコンのメールをチェックしようとしていたレグザスの背中に抱きつきながら、甘えるように彼女が尋ねる。

「んー、これだな」

 アビリティ・ネットワークの暗号ファイルを開きながらモニターに表示する。 すると、そこには次の依頼対象の写真が出てきた。 銀髪の可愛らしい少女だ。 歳は13歳。 能力は治癒系で、一日に一度だけ怪我と病気を完全に治癒することができる能力『デイクリア』を持っていると記述されている。

「……アレ? 治癒系だと”鎮圧”でもなければ”教育”でもないわよね。 暴れようがないものね」
 
「いつものやり方は使わない。 口で説得しなきゃならん面倒な仕事さ」

「説得って、貴方に一番似合わない仕事が来たわね」

 とりあえず対象に接触し、ぶちのめすか政府に密告して引き取らせるのが彼のやり方だ。 肉体言語での説得はともかくとして、口はそれほど達者なほうではない。

「苦手なのは自覚してるっての。 しっかし、なんだこれ。 うげっ、やべぇ……ネットに露出してやがるじゃねぇか!?」

 特記事項に記載されていた警告文にギョッとして、レグザスが呻いた。 フィーアもまたその情報に頭を抱えた。

「つーか、よく見たらネットワークから既に警告されてるじゃねぇかよ。 ――おいおい、なんて親だ。 娘の命よりも金を取りやがったか!?」

 最近整えられている新型ネットワーク。 ディメイションネットで記載URLを検索。 すると、どんな何秒や怪我でも大金と引き換えに直せるとして、依頼ページが作成されていた。 少女の顔写真付きで、だ。 これには、フィーアともども二人して絶句するしかない。

「ねぇ、ミッドTVが取材するみたいだけど? 逆に、世間に露出しちゃえば安全なんじゃないの?」

「無理だ。 ミッドTVは民間を装っちゃいるが、政府広報部の天下り先だぞ。 OB供は逆らえねぇよ。 どうせ情報は封鎖されるに決まってる。 ちくしょう、どうせならヴァルハラTVにしとけってーの。 あそこは基本的に辛口だが、政府に媚うらねぇからな」

「じゃあ、どうするの?」

「どうしようもねーっての。 後手に回りすぎてる。 シュナイゼルの糞餓鬼が動くのも時間の問題だ。 そうなったら最後、軍が動く。 対能力者用の実戦テストを兼ねた質量兵器部隊がな。 くそったれだなぁおい!」

 ネットワークのエージェントの三分の一を殺した部隊。 噂では、遂に魔導師が実戦投入されたとも聞いていた。 対能力者用の虎の子の部隊だ。 一対一であっても重火器で武装された兵隊をどうにかするのは厳しいというのに、これではあまりにも絶望的だ。 普通なら見捨てるだろう。 事実、この依頼はたらいまわしにされている節があった。 他のエージョントが不可能だと断じて拒否した依頼なのだ。

「既に監視されている可能性がある。 のこのこ出て行ったらやべぇ。 かといって何もしなかったらこいつは確実に”消される”……どうする。 どうすればいい!? 見捨てるのは簡単なんだよ。 だがなぁ、後味わりぃし、せめて……」

「あっ、そうだ。 じゃあ、こういうのはどう?」

「あ?」







「――どうも。 ヴァルハラTVの”レイス”です。 新米記者ですが、今日はよろしくお願いしますね。 こっちはカメラマンの――」

「”インサイト”だ。 よろしく」

 とある住宅街から離れた郊外の屋敷に、一人の歳若い男性記者とサングラスをかけた黒髪のカメラマンがやってきた。 乗ってきた車はまだ水に特殊な触媒を混ぜた燃料で駆動する新型のエコ対策車ではなくガソリンエンジンを内蔵したボックス車。 公用車らしく、TV局のロゴがプリントされていた。

「これはこれは、ようこそお越しくださいました。 さぁ、どうぞ奥へ」   

 手招きする中年男性。 対象の父親であるその男は、随分と血色が良さそうだった。 笑顔の奥に隠された野卑たる野望が、レイスにはたまらなく不快だったが、笑顔でそこをやり過ごし、中に続いた。

 塀で囲まれた屋敷には、多数のガードマンがうろついていた。 もともとはただの一般人だったはずの一家が、これほどまでの金を稼げるようになったのはやはり、一人の少女の恩恵か。

――怪我と病気を完全に治癒することができる能力<アビリティ>。

 その能力の法外さの意味などは、”彼女”にも容易く分かった。 もし、本当にありとあらゆる病気も怪我も治癒できるというのなら、難病や不治の病を抱えた者たちはこぞって彼女を頼るだろう。 その奇跡に対する対価が莫大であったとしても構うまい。

 それで命が永らえるというのであれば、生に執着する生物の本能は形振り構うことはないだろう。 そしておそらく、治療は金持ちを優先だ。 一日一回しか使用できないという制約があるのなら、金額優先はある意味当然。 その果ての屋敷。 その金の成る木<娘>を守るためのガードマン。 分かりやすいその構図だが、ここまで単純にシステムとして回っているのであれば、なるほど説得など無理ではないか。

『レグザス、説得は無理よこれ』

 成り代わった犯罪者の能力『念話<テレパシー>』で、カメラを構えたレグザスに話しかける。 レグザスはカメラを回す振りをしながら、答えた。

『だなぁ。 外は見てきたが、ガッチガチの警備だ。 金に群がる豚供なら、これで安心って感じの布陣だ。 これならいくらなんでも大丈夫ってところかねぇ』

 エージェントとしての訓練を受けたレグザスとしても、ガード連中がプロであることは理解していた。 死角ができないよう、至るところに監視カメラが設置されていたし、庭に要る全員が防弾チョッキとフルフェイスのメットで体を防御。 質量兵器をぶら下げて二人一組で巡回。 まるで一種の軍事基地のようにも思えたものだ。 
強いて不満を上げるとすれば立地条件。 郊外に移動したせいで人目がほぼ皆無な点だろうか。 いっそのこと街中のど真ん中にでもあれば、軍は動き難いがここなら戸惑う要素がない。

『なら、ほうっておいても大丈夫?』

『さてね、政府のお偉いさんの身内でも治療してコネでも作れていたら分からないが……そこまで器量がこの目の前のおっさんにあるとは思えねぇな』

『どうするの?』

『ガードが邪魔だ。 そのせいで説得そのものができねぇな。 くそったれ、取材して帰るしかねぇ』

 歩く二人の周囲にも、ガードが張り付き、不振な動きが無いようにと目を配らせている。 これで何かことを起こすのは得策ではない。 ましてや、アビリティ・ネットワークのことなどは当事者とその親だけが知っていればいいことだ。 ガードに聞かせてやる必要はない。

「ここが、娘の部屋です。 治療を希望の先客が一人いますが、よろしいですかな」

「はい。 ということは、実際の治療風景を見せていただけるということですね?」

「でなければ胡散臭いでしょう?」

 ニヤリと、父親が笑った。 宣伝効果を期待していると言う目だった。 そのせいで、取材費はタダでいいそうだったが露骨なそれに、さすがにレイスの顔が引きつりそうになった。

「それじゃあ、一応カメラは回しておくぜ」

 インサイトが断りを入れてから、カメラが回る。 父親が慣れていない手つきでノックし、中に入る。 二人もまた、それに続いて、一瞬言葉を失った。 

 銀髪の可愛らしい少女が居た。 写真では大人しそうなその顔には、妙に淫猥で蕩けるような顔があった。 その向かい側のテーブルに要るのは、金髪の優男。 まだ学生と言われても可笑しくはないほどに幼い顔の癖に、寒気がするほどに整った顔を持つ少年だった。 その少年の名を、二人は知っている。 エージェントであるが故に、その一等危険な彼のことは知っていた。

『――ュナイゼル……ミッドチルダ!? レグザス、どうしよう!?』

『落ち着けフィーア。 普通にやり過ごせ。 ビビる必要は”まだ”ねぇ』

 二人の心を、恐怖と憎悪が覆っていく。 平静を保つことがこんなにも難しい作業だとは、二人はこれまでの人生を振り返っても重い出せない。

『なんなのよこの子。 気持ち悪いよ。 すっごく、すっごく、なによこれ。 吐き気がする。 一秒でも同じ空間に居たくない――』

『母親の能力……”傾国”が妙な形で遺伝してるのかもしれねぇ。 気をしっかり持て。 精神影響系の能力は、飲まれたら洗脳じゃすまないぞ』

『う、うん……』

 無理やりにも笑顔を貼り付けて、ライターになろうとしていた彼女が記者に成る。 その道を目指すものとして、彼女は精一杯少年に抗った。

「こんにちわ。 貴方が今ネットで噂の奇跡の少女?」

「あ……はい!」

 少女が一瞬、夢から覚めるような顔で慌てた。 恥ずかしそうにはにかみながら、それでも名残惜しそうに少年へと目をやっていた。 フィーアには信じられなかった。 レイスの裏側から、目の前の少女の正気を疑った。

「リア・フロント……です」

「はい、自己紹介ありがとう。 今日は君にインタビューさせてもらいたいんだけど、その前にとってもすごい奇跡を見せてくれるみたいだね。 期待しているよ」

「は、はい。 よろしくお願いします」

 ペコリっと、頭を下げられる。 その様子を、隣の少年は楽しげに見ていた。 微笑は揺るがない。 気持ち悪いほどに虚ろな表情。 本当に笑っているのか? フィーアには分からない。 形容するべき表現で言えば笑顔だ。 だが、果たして、こんな笑顔を浮かべる”人類”が居てもいいのだろうかと、不可思議なほどに人間を呪いたくなる。

「こちらこそ、よろしく。 緊張しなくていいよ。 気楽にしてくれればいいからね。 それで、そちらが今日のクライアントさんでいいのかな?」
 
「はい。 えーと、シュナイゼルさんだそうです」

「カッコいい少年だね。 君は実は彼女の友達か何かかい?」

「――いえ、違います。 初対面でしたが、彼女とは予想外に話が弾んでいたんですよ。 もしかしたら、”運命の出会い”という奴かもしれませんね」

 父親が、咳払いする。 すごい顔で少年を睨んでいた。 どうやら、まだ誑し込まれたくはないらしい。 自分の手元に置いておきたいという意思が丸見えだ。  

「オーケー。 そいつは素敵だ。 このまま君にも色々と聞きたいところだけど、ずばり尋ねたい。 君は彼女にどんな怪我や病を治してもらいにきたんだい?」

「強いて言えば、病気です。 誰にも治せない。 自分の意思ではどうにも成らないそれを治してもらいたくてここに来ました」

「へぇぇ、具体的な病名とかは出せるかな」

「はい」

 少年が、花が咲いたような顔で微笑する。 だが、フィーアとレグザスだけが次の言葉で表情を一瞬変えた。 変えざるを得なかった。

「制御不可能系常時発動型のレアスキル保持者に多いそうなんですが、所謂、パッシブ病と言う奴ですね」

――そんな病気が、あるわけがない。

「え、えーと……、それは……病気なのかな? ちょっと専門的過ぎて分かりにくかったけど……」

「病気ですよ。 本来、レアスキルというモノは自らの意思が反映されるそうです。 しかし、私のそれは意思を受け付けず制御ができない。 これは病だ。 自分ではどうしようもない、不治の病なんですよ。 嗚呼、これを思うたびに私の胸は張り裂けそうになる! 何故? どうして? そんな疑問が私の精神を磨り減らせていく。 磨耗させていく。 ええ、ですから――」

 にっこりと微笑しながら言うのだ。

「――彼女の”奇跡”に、一抹の希望を見出そうかと思って。 この哀れな私を助けてくれるかい? リア――」
 
「はい! 今すぐにでも」

 囁かれた言葉に従って、彼女が動いた。 席を立ち、少年の側まで近づくと両手を突き出して光を生んだ。

 それは正に、奇跡だった。 両手の平から生まれた光は、少年を包み込んで輝かせていく。 数秒、その時が続いた。 誰も、言葉を発することはできなかった。 この光景を汚すことができないと、感覚的に理解していたからなのか。

 慈愛の光か、優しさの発露か。 レアスキルに本人の思想や形質が宿るなどという不可思議こそないはずだったが、それでも、その光景は確かに”聖女の奇跡”のようだった。

「――」

 光が止んだ。 見たところ、当然のように外見が変化したというわけでもない。 満足げな顔をしている聖女は、少年を見た。 少年は、微笑んでいた。 そうして、次の言葉を投げかけた。  

「”所詮は汚らわしい力”か。 期待した私が馬鹿だったよ」

 微笑は変わらない。
 だが、その言葉には確かな悪意があった。
 いいや、そもそも、彼には悪意しかなかったのか。

「ああ、もういい。 ”消毒”してくれ。 一人も逃がすないようにね」

 ポケットから取り出した携帯端末に向かって言う。 通話のままだったのか、すぐにその意思は伝えられた。 瞬間、室内が黄金色に輝いた。 聖女の淡い光とは違う。 それは優しくも無ければ、慈愛にも満ちてはいない。 純然たる破壊の意思が込められた、ただの暴虐の光だった。 ドォンと、通常は一般生活で耳にしない爆音がした。 いくつも、いくつもそれらはなって、連鎖し、屋敷を何度も振動させた。 外からの攻撃だ。 カーテンが開け放たれた窓の向うで、塀に穴が開き煙が上がっていた。 その向う、軍服を着た一団が軍用車に乗って突入してくる。

「そういえば、取材中だったっけね。 いい映像がこれからとれると思うんだよ。 だから、その”カメラ”は大事にしてよ」

 黄金が集束する。 その光に一体、何の意味があるのかを知るものは居ない。 その光が、不自然にもシュナイゼルの突き出した手に集束していく。 凝縮されているその光。 黄金のお如き悪意に、レグザスだけが”反応”した。

「ッ――」

 インサイト<レグザス>は、咄嗟にカメラを手放しレイス<フィーア>へと飛びついた。 瞬間、閃光が部屋を貫いた。 サングラスをしていたレグザスは、床を転がりながらその光景を確かに見た。 まるでレーザーのようなものが掌から撃ち出されていったのを。 光は、当たり前のように部屋の壁を貫通。 その向うから眩しい陽光を招き入れた。

『な、なに、今の……レグザス。 アレ、”なんなの”よ一体――』

 状況を理解してなお、認められない。 質量兵器でもなければレアスキルによる能力でもないそれは、フィーアにとっては未知の代物だった。 

『――”ベルカの魔法”だ。 間違いない、この糞餓鬼……習得してやがる!?』

 遠くで、銃撃の音が響き渡る。 ガードと軍の戦闘が始まった。 そんな中、呆然としていた少女の父親が地面にへたり込みながら今更のように喚く。

「な、ななな、なんのつもりだ!?」

 少年は微笑した。 

「消毒ですよ。 この世界に必要の無い雑菌<レアスキル保持者>を殺すためのね」

「消毒!? ふ、ふざけるな!? こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」

「”はい”。 既に手回しは終わっています。 この家はそうさしずめ、テロリストやら犯罪組織の幹部の家だったとして、処理されます。 ”ご安心ください” 私は何の咎もなく、罰もなく、罪さえもなく、次の任務に移ります」

「そんな、馬鹿――」

 最後まで、言葉は紡がれなかった。 言葉を否定しようとしていた父親の顔が、吹き飛んだ。 狙撃だ。 対人に使うには余りにも大きな口径の弾が使われたのか、スイカを棒で力いっぱい殴りとばしたかのような勢いで、果肉が飛んだ。 弾痕が室内に穿たれ、建材の破片が飛ぶ。 

「イヤァァァァァァァ!!」
 
 リア・フロントが絶叫する。 へたり込み、この凶行を起こしただろうシュナイゼルから離れようと震える手足を引き擦るように逃げていく。

「可愛そうなリア。 汚らわしい力を手に入れてしまったばっかりに、こんなにも怖い目にあって。 大丈夫。 君の悪夢は、終わらせてあげるよ。 この私が、今すぐにでも」

 光が集束する。 黄金の輝きのその向うに、彼女が居た。 フィーアともども壁の端まで転がっていたレグザスは舌打ちして、あろうことか駆け出した。 

『レグザス!?』

 武器は屋敷に入るときのボディチェックを警戒して所持していない。 素手のまま突撃していく。

「うぉぉぉぉ!!」

 その後ろを、仕損じた狙撃弾が再び建材を吹き飛ばすも彼は迷わない。 鉄版が仕込まれている靴を跳ね上げ、突き出された少年の掌を無理やりにも跳ね上げた。 レーザーが天井を貫く。 シャンデリアにも似たハイソな電灯に掠めたせいで、ガラス片が飛び散る。 その残骸の中、サングラスの向うでチンピラ男と黄金の少年の瞳が交差する。

 体勢を崩した少年の顔が、一瞬不快気に歪む。 微笑が消えてメッキが剥がれる。 その向うに露出した憎悪の篭った眼差し。 それを見た瞬間、殺意すら凌駕する感情がレグザスの中で爆発した。

――少年の体が突如、何の脈絡もなく発火した。

 炎は酸素を吸い、猛々しく燃え上がっていく。 だが、燃やすのは酸素と室内の埃だけ。 光が強まったかと思えば、炎の中から無傷の少年が歩いてくる。

「発火能力<パイロキネシス>? 無駄だよ。 そんな程度ではこの魔法は抜けないよ」

「ちっ――」

 舌打ちと同時に、シャンデリアのガラスが、何の脈絡もなく空を舞う。 念動力<サイコキネシス>。 鋭利な破片が次々と少年に降り注ぐも、黄金の輝きに衝突するたびに砕けた。

「だから、無駄さ。 私の魔力量は、ベルカの騎士さえ顔を真っ青にさせる程のものだからね。 試したことはないけど、戦車砲でも容易に貫通できないらしいよこれ」

「んな馬鹿な話があるか!」 

「本当だよ。まぁ、口径とか弾の種類とかでも変わってくるみたいだけどね。 さすがにやってみたいとは思わないけど」

 後ずさりながら、先に壁際まで歩いていった少女の後に続く形でレグザスが後退。 その様を眺めながら、少年は続けた。

「それにしても驚いたな。 ここに居るってことは、アビリティ・ネットワークの生き残りかな? まだ残ってたんだ。 中枢部は大分前に潰したはずなんだけどなぁ。 しかも、ダブルスキル持ち? 珍しいなぁ。 生け捕りにして研究所にでも回すべきかな? 発現のメカニズムさえ分かれば、駆逐する明確な方法も見えてくるかとも思うのだけど……」

「黙れよ裏切り者。 レアスキル保持者の面汚しが!!」

「心外だな。 君たちのような汚らわしい存在の仲間になった覚えがないよ」

「同類を裏切った女に、同類を皆殺しにしようとするその息子。 くそったれ過ぎて、頭が可笑しくなりそうだ。 何故、なんて知りたくもねぇが聞かせろ。 なんでこんなことをしやがるんだよ。 あぁん!?」

 ガンを飛ばしながら、背後に少女を庇う。 その姿が、チンピラには不釣合いだった。 そもそもそんな役回りはレグザス自身もお断りだった。 柄ではないと理解しながら、それでも自然とこの期に及んで少女を助けようと努める。 時間稼ぎだとは、分かっていただろう。 しかし、少年は語った。

「君には分からないだろうが、そうだね。 強いて言えば、制御できない力など不要だと言ったところかな? 私の能力は強力すぎた。 良くも悪くもね。 リアを見なよ、今すごい顔をしているだろう? ついさっきまで、私を親身にも救おうとしてくれた奇跡の聖女の顔じゃない。 まるで悪鬼だ」

 視線を一瞬動かせば、凄まじいほどに少女の顔に憎悪があった。 恐怖が爆発したそのさきの、理不尽な現実に大しての反発どころではない。 正しき殺意が、その表情には見え隠れしていた。

「感情制御系スキルか。 喜色悪りぃと思ってたら、ビンゴかよ」

「その通り。 母は異性を虜にする能力『傾国』とやらを持っていたそうだ。 でも、どういうわけか誑かせた相手に本気になってしまったみたいだった。 愛。 悩ましいものだね。 だが、それが過ちだった。 結果として私が生まれ、能力が制御できない個体を生み出してしまった。 告白しよう。 私は、欠陥品であると。 能力が制御できない半端者であると。 だから、その欠陥をリアの能力で直せるかどうか試してみたかった。 でも、欠陥は欠陥か。 異常ではないと、これが”正常”なのだと彼女のうたい文句から理解してしまったよ。 さて、これで希望は無くなったわけだ。 一縷の望みを掛けていたとはいえ、汚らわしい能力者に頼った過去の私は愚かな道化だったのだろうね。 この過ちは正さなければならない」

「リア・フロントを抹殺してか!?」

「彼女だけではないさ。 ミッドチルダに隠れ潜む全てのレアスキル能力者を抹殺する。 私のような者を二度と生みださないためにも、この健全な世界をこれ以上汚さないためにも。 突然変異<ミュータント>は排除する」

 再び、黄金の光が手に集まる。 レグザスのスキルは”超能力”。 一芸特化ではなく、広範囲に作用する手札の多き希少技能。 破壊力はそれほどではない。 少なくとも胸を張って戦車砲を超える威力のモノがあるとはいえない。 だから――、

『フィーア、そこに居ろ。 離脱するぞ!』

『う、うん!!』

 背後の少女を抱き上げとんずらする。 瞬間移動<テレポーテーション>。 少年の眼前で、二人が消える。 次に二人が現れたのは、レイスの前。 レイスが抱きつく勢いでレグザスに飛び込む。 瞬間、三人の居た場所を魔法が貫くも空を切った。 再び彼らが瞬間移動したのだ。

「発火に念動力に、おまけに瞬間移動? トリプル……いや、多重スキル持ちか。 それとも……一つの能力を応用したのかな。 それにしても、制御さえおぼつかない私の前でこれほどまでに制御した姿を魅せつけるなんてね。 これほど殺意しか湧き上がってこない相手も珍しいや。君は殺そう。 絶対に、どんな手段を用いてでも」

 少年は微笑する。 怒りに震える心を沈めながら、人当たりの良い笑顔を取り繕う。 遠くで、誰かの叫び声がする。 リア・フロントが存在したという事実を抹消する作業が続いている。 だが、これでは無意味だ。 だから、追撃を放つことにした。 携帯端末を取り出し命令する。

「聞こえているね? 私だよ。 リア・フロントに逃げられた。 大至急捜索して欲しい。 テレポーテーションで逃げたから、多分近くにいると思うよ。 確か、ああいうのは距離の制約がある場合が多いと騎士の人が教えてくれたよね? そうそう、とりあえず指名手配にして行方を捜そう。 見つけ次第抹殺してよ。 あ、そうだ。 最悪、大使館にいるベルカの騎士に応援を頼もう。 凶悪なテロリストが居て手に負えないから助けてくれってさ――」

 その日、リア・フロントの居場所はミッドチルダから消えた。













――以後、取り留めて語るべき重要な話はない。

 結局、生き残ったのは一人だけ。 その一人は最低限の復讐を果たし、それでもなお埋まらぬ空虚を埋めるべく、彼を殺した騎士が住むベルカへと目をむけ、更にその過程で彼の”夢”に手を出した。 叶わぬはずの夢を追い求め、それを成すために奮闘し、驚嘆すべきほどの成果を出した。

――こうして、彼の願った理想郷は顕現し未だに存命している。 

 レグザスの同胞たるレアスキル保持者は情報を秘匿されながらも、保護され、希望者は管理局員として容易に能力を使って働けるようになった。 無論、使わずとも生きていけるのは当然として、彼らを”狙う”者たちは悪となるように事件化させて法律も整備させたし、彼らへの人権も確実に定着していた。

 とはいえ、誤算もあった。 魔法だ。 魔法への忌避感こそフィーア・アクセルは持っていたが、そこは素直に諦めていた。 後で分かったことだがレアスキル保持者に魔導師の素質がある場合が多かったことがその最たる理由である。 頭ごなしに排斥するわけにはいかなかった。 故に、魔導師も希少なスキル<魔法技能>を持つ広義的なレアスキル保持者として認識し、現在のような形で理想郷を形成した。

 結局のところ、魔導王という名の”我欲作”は、真実彼女の欲だけで生み出された我欲の産物。 公演は旧暦から新暦をまたにかけ、同胞を救うためのシステムが完備されるまで続けられた。 そして、最終的に埋まることの無かった空虚がレグザスを奪った世界への復讐心となって”生存”と”滅び”という、二つの矛盾するフィナーレを用意させることになったのだった。

 勝利を確定させ、どちらも望んだが故のフィナーレを剣姫の闘いの結果に委ねたのは、最後に彼を殺した騎士に対する復讐心の発露だったのか。 その答えは、もはや消えた彼女にしか分からない。

――閑話休題。

 そもそも、”本当”のフィーア・アクセルは既にベルカで”死んでいた”わけだが、その意思はリビングデット<屍人>となって残り夢を追い続けた。 ならば、厳密な意味での勝利者とは本当は誰だったのか? この茶番劇において勝利した人物は、もしかしたら”彼”と”彼女”だけだったのかもしれない。 だが、”そう”。 これが我欲により始まった演目であるのなら、自己満足にも勝利者だと胸を晴れる者だけが真の勝利者なのだろう。

――我欲作『魔導王』~憑依奮闘記

 それは、一人の女性が長い夢の果てに紡いだ、誰にも覆せない愛の劇場。




コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kuukyowomitase.blog120.fc2.com/tb.php/180-b9972ee9
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

プロフィール

トラス・シュタイン

Author:トラス・シュタイン
不定期更新ブログの主。
趣味はアニメ・ゲーム・漫画
好きな言葉は因果応報

カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
ブログ内検索

ゲーム

マンガ

PCゲーム

断章or三部キャラ人気投票
断章と三部部の投票用です。 一日一回投票できます。

他のキャラでも是非とも投票したいと言う場合は空白部分に名前を書き込んで投票してください。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。