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とある狼の苦行日 (没ネタ

 2013-04-08
注意

三部三章にて、トラスが作成していた別ルートでの一コマ。
クライドが牢屋に入らずにヴァルハラへ戻った後、リンディが少女に戻され、クライドを頼って来たルートになります。 そこで、クライドがペルデュラボーの協力のもと闇の書にリンディを蒐集。 決戦になるまでの間カグヤの別荘にリンディと引きこもっている間の一部です。 諸般の都合により、クライド独房ルートを採用したので没になってましたが、せっかくなのでUPします。似たようなシーンが別にありますが気にしない方向でお願いします。














 盾の守護獣ザフィーラ。 彼は強大な敵にだって頑なに立ち塞がることのできる精神力を持つ。 必要とあらば、争いの渦中に身を委ね全力で誰かの盾になることを厭わない。 恐怖という感覚がないわけではなく、純粋に胆力を持っているという話だ。 我慢強いといってもいいかもしれない。 だが、さすがにこの現状ではさしもの彼も耐え切れられなかった。

「よし。 行くぞリンディ」

「はい。 やりましょうクライドさん」

 黒の少年<クライド>と翡翠の少女<リンディ>の間には、先ほど彼が淹れたお茶がある。 『湯』などと書かれた湯のみを見れば、大抵の人間は理解できる。 要するにお茶があるわけだ。 だからどうしたと思うことなかれ。 リンディの手元にはさも当然のように砂糖とミルクが存在する。 つまりは、”そういうこと”なのだ。

「……」

 ごくりと、少年が唾を飲み込む。 その眼前で、少女は砂糖とミルクを大量に茶の中に投入しスプーンで可愛らしくかき混ぜる。 この時点で、ザフィーラは顔を背けざるを得なかった。 まず、彼の感性が受け付けない。 ”あんな”邪道な物などこの次元世界に存在しても良いのか、居もしない神に問いかけたい気分にさえなった。 だが、彼への責め苦はそれだけにはとどまらない。

「できました。 それじゃあ――」

「ああ」

 二人して湯のみを中心に、丁度テーブルの角にくの字に陣取る。 そうして、おもむろに手にしていたビニールを引きちぎり、その中に封入されていた細くて長いものを”お茶のような何かが入った湯のみ”に二人して仲良く突き刺した。

 ザフィーラは思う。 いや、言ってやりたかった。 職人が丹精込めて焼いた湯のみが泣いているぞ、と。 しかし、その言葉を彼が発することは許されなかった。

「待て、焦るなリンディ。 こういうのはタイミングが重要だとどこかで聞いた気がするぞ。 せーの、でだぞ」

「せーの、ですね?」

 二人は迷わない。 もはや、タイミングを合わせるのに言葉など不要だろうというぐらいに同期している。 黒と翡翠の二人は、そうして初めての所業に挑みかかった。

「「せーの」」

 その瞬間、二人同時にストローから『お茶のような何か』を飲み始める。 どこか鬼気迫る様子だった二人の表情が、その瞬間には赤面していた。 対面を見れば、近いぐらいにお互いの顔がある。 その状態で、お茶が無くなるまで見つめあいながらとにかく”がんばって”いた。

「……ぷはっ!! よし、『二本のストローで一つの好む飲み物を飲んじゃうぞ』ミッションクリアだ」

「世間一般の恋人たちはこんなハードなものを衆人監視の中でやるんですよね?  うう、恥ずかしすぎて顔から火が出そうでしたよ」

「そう、だな。 俺も駄目だ。 これを素面でやってキャッキャできるほど精神的に強くないからな」

「わ、私だってそうですよ」


――存在できる間は恋人らしいことをしてみたいです。


 リンディはそう言った。 ならば、話は簡単だった。 クライドに時間ができたときに二人が思う”それらしいこと”とやらを全部してみようということになったのだ。 飲み物をストロー二本で飲む一連の行動もそのためだ。 とにかく形から入ってみる二人であった。

「二人とも、もういいか?」

 ザフィーラが疲れたように言う。 衆人環視の状況を再現するただそのためだけに、彼は待機させられていた。 どこか居た堪れない気持ちで二人を見るその表情は、もはや呆れを通り越して疲れ果てている。 実に不憫な絵面だった。

「待ってくれ。 この儀式は終わったけど、まだ他にもノルマがあるんだよ」

「まだ、やるのか」

「今日はアレもやろうと思ってな」

「え、ついにやっちゃうんですか!?」

 あわあわと慌てふためきながら、リンディが覚悟を決める。 その仕草だけは微笑ましいのだが、やろうとしていることはそれなりに恥ずかしいものばかりだ。 しかも、それが分かっていながら挑もうとしているのだから始末に終えない。 クライドもそうだ。 やったことがないという理由で、とりあえずやってみようと酷く前向きに構えていた。 もしかしたら、実はやってみたかったんかもしれない。

「今度は一体なんなのだ」

「良くある奴だよ。 ほら、波打ち際で何故かカップルが突然に意味もなく追いかけっこをするとかしないとかそういう奴な」

「あ、あれか」

「こ、これもかなり”ハード”ですよね!!」

「ああ。 きっと俺たちの羞恥心がとんでもないことになるぞ」

 新たなる強敵を前にして慄く二人。 ザフィーラは思った。 もうヴァルハラに帰っても良いか、と。 ザフィーラの苦行は続く。













憑依奮闘記
第3.5章
「とある狼の苦行日」

















「……てやっ」

 妙に、力の入っていない掛け声だった。 だが、その次の瞬間、確かに”紫銀の助手”の目の前にあったサンドバックが”縦”に揺れた。 ギシギシと唸るロープ。 重力によってサンドバックが苦痛に身を捩りながらも元の位置に戻ってくる。 次の追撃に掛け声はない。 だが二発目はまたもサンドバックを持ち上げ、縦に揺らす。 どうやら自分より背の高い相手でも想定しているらしく、打点がやや高い。 小柄で慎重が低い彼女であったなら確かに大抵の相手は上向きになるのかもしれないが、それにしても気合が入りすぎているように見えなくもない。

――三度、サンドバックが悲鳴を上げる。  

 やはりそれも、縦に揺れた。

「ストレス解消かしら。 随分と分かりやすい発散の仕方ねカノン」

「ええ。 しかし、単純故に効果的です」

 振り返らずにそういうと、グリモアは小さな拳を振るう。 無表情に淡々と容赦なくサンドバックを殴りつけている彼女の姿はかなり怖い。 瞬き一つせずに右、右、右だ。 彼女に用事があったカグヤは、その機嫌の悪さを見て躊躇した。 今”それ”を頼めば確実に引火するだろう。 それが手に取るように分かるからなおさらだった。

 暫しそのことで悩みながら、観察。 するとカグヤはグリモアが執拗に右でボディばかりを狙っていることに気がついた。 派手さは無いが、しかし地獄の苦しみを相手に与えるのがボディーブローだ。 それは一撃では決して楽にしてやらないという意思が多分に含まれていたに違いない。 負のオーラを纏いながら、今にも殺意の波動に目覚めそうな勢いで黙々と拳を振るうその様を見ていると、カグヤとしてもさすがに頼むのは気が引けた。 だが、踵を返そうとした彼女をグリモアは止めた。

「ボクに用があったんじゃないですか?」

「そうだけど、貴女は今とても忙しそうだもの。 大した問題ではないからまた今度でもいいわ」

「いえ、別にかまいませんよ。 寧ろ、何かをしていた方が楽になることもありますからね」

「……そう? でも、きっと後悔するわよ」

「今のこのボクを後悔させるような案件なんて次元世界中を探してもないと思いますけどね」

「最終的に困るのは私ではないから、頼めるのなら任せたいのだけど……本当にいいのね?」
 
「ええ。 丁度店も休みで何をしようか迷っていたところですから。 それで、何をすればいいんですか」

「付いてくれば分かるわよ。 じゃあ、現地に行くわよ」

 理由を告げずにカグヤはグリモア隣に立つと手を取り、歩いた。 次の瞬間、グリモアは自分が砂浜に居ることに気がつき、そしてその光景を見て言葉を失った。

「ははっ。 待てー、待てよリンディィィ」

「クライドさぁん、捕まえてくださいよぉぉ」

 そこは、波打ち際だった。 先ほど耳に届いた黄色い声も、なるほど海水浴で羽目を外した恥ずかしいカップルの一幕だと思えばなんでもない。 だが、彼女の目の前を見知った二人組が駆け抜けていくとなれば話は別だ。 二人とも少々サイズが小さかったが、そんなことは彼女には関係がない。 自然と何かを堪えるかのように肩が震え、その手が自然と拳を作った。 辛うじて猛る感情を、並々ならぬ努力で抑えこんでからカグヤに尋ねる。

「つかぬ事をお聞きしますが、貴女はここにボクを連れてきて一体どうしろというのですか? いえ、大体分かります。 分かりますとも。 ボクほどのレベルのAIにもなれば、それこそ言われずとも分かります。 つまり、あの”有害な空気を振りまく元凶<リンディ>”を仕留めろと、そういうことなんですよね? 分かりました。 そのオーダーを受諾します。 サーチ&デストロイ!!」

「まだ何も言ってないけど、不思議と大体合ってるわ。 正直、あの空気を無秩序に振りまかれると私もやり難いのよ。 貴女の力でどうにかしてやってくれない?」

「では、あそこにいる女をさっそく血祭りに上げてきます」

「できれば穏便にして頂戴。 貴女ならあの空気だけをジェノサイドできるでしょ」

「可能か不可能かで言えば可能だと思いますが、その選択肢をボクに強要する権利があんな不愉快なモノを見せた貴女にあるとでも?」

「ないんじゃないかしらね」

「でしょう? ならば、ボクのやりたいようにやらせてもらいます」 

 瞬時に立体映像を変更。 大胆にも黒のビキニ姿に切り替えると、グリモアは走り去っていった二人を追いかけていく。

「姉姫様」

「なに」

「毒を持って毒を制すために”彼女”を連れてきたのかもしれないが、状況がより悪化するだけのように思えるのは私の気のせいだろうか?」

「そうね、私もなんとなくそんな風に思いはしたわ」

 声をかけてきたザフィーラに返しながら、しかしカグヤは悪びれずに言った。

「でも、このままリンディ・ハラオウンが消えるまでずっと目の前でむず痒い茶番を毎日見せ付けられるよりはマシだと思わない?」

「しかし、絶対に丸く収まらないだろう」

「そこはクライドの器量に期待するしかないことよ」

 遠い眼で水平線の彼方を見ながら、彼女は言う。 だが、ザフィーラはその言葉に懐疑的だった。 だってクライドだ。 分の悪い賭けにしか思えない。 というか、言った本人が信じきれぬ言葉などどうやって信じろというのか。

「期待、できるのだろうか」

「無理でしょ、あの子あの二人に弱いもの。 それより、レジャーシートと日傘を用意してくれる? あまり肌を焼くのは好きではないのよ」

「承知した。 一緒に冷たい飲み物でも持って来るとしよう」

 答えながら別荘に戻るために空を飛ぶザフィーラ。 だが、そんな彼の頭にいつの間にやら別の疑問が浮かんでいた。 果たして自分は、いつの間に彼女の執事になったのだろうか、と。 謎は深まるばかりだった。











 ザフィーラが用意して戻ってくると、更に場は混沌としていた。 とにもかくにも理解できなかった。 まず、猿轡を仕掛けられたクライドが首だけ出された状態で砂浜に埋められているのが見える。 続いて、グリモアとリンディが目隠した状態でクライドの方へとむかって歩いていた。 意味不明な現場である。 この時点で、彼は唯一状況を理解しているであろう彼女に視線を送る。 すると、彼女はニヤニヤしながら言った。

「第九十七管理外世界の海の遊戯をちょっとアレンジして見たのだけど、どう?」

「どう、といわれてもな」

 よろめきながら歩く二人が、少しずつクライドがいるだろう方向に歩いていく。

「先にクライドを捕まえた方が勝ちよ。 これならあの空気を味合わなくていいし見ている分には面白いでしょ」

「まぁ、アレよりはマシだが。 ふむ、勝ったらどうなるのだ」

「リンディ・ハラオウンは元の肉体年齢を取り戻せる。 カノンが勝ったら今日一日クライドを独り占めする権利を得られる、ということで両者合意したわ」

「彼はそれで納得したのか?」

「あの二人が文句を”言わさなかったわ”」

「不憫な」

 考える必要もなくその光景が頭に浮かんだザフィーラである。 ため息をつきながらレジャーシートを敷き、パラソルを立てて飲み物の準備を始める。 その間いも、勝負はかなりの激戦を繰り広げていた。

「く、クライドさんどこですか? こっちでいいんですよね!!」

「むぐぐ、むぐぐぅぐぐ!!(俺にどうしろと)」

「むっ、室長がボクを呼ぶ声が聞こえます。 こっちですね!!」

「あら、さすがあの二人だわ。 クライドの場所なら簡単に分かるのね。 ”愛の力”かしら」

「それだけではないようだがな。 なにやら、リンディ・ハラオウンの身体から魔力が放出されているように感じるのだが……」

「きっとグラムサイトでも使ってるのよ。 でも、カノンもカノンで書からクライドの位置を計測しながらあんな業とらしく動いているわ。 二人とも、互いに気づかれないように高度な駆け引きをやっているようね。 業とらしい動きで敵にそれを悟られないように気を配っている。 射程内に入った瞬間、確実に仕掛けるつもりなんだわ。 このゲームのルールを早くも理解しているというわけね」

「……」

 どうやら、これは絶対に負けられない勝負という奴らしい。 己の持つスキルを遺憾なく発揮して全力で勝負に出ている。 カグヤに言われてようやくそのことを理解したザフィーラは、顔を引きつらせながらその二人の攻防を眺めた。 

「きゃっ」

「あうっ」

 時折可愛らしく転げてクライドに音声でアピールしつつ、敵を油断させる。 その癖、相手が自分より近づいていると判断すれば嫌に迷いなく距離を詰めている。 どこまでも本気な二人であった。

「あ、そうそう。 これ魔法は禁止になってるから」

「なるほど、ならば高速移動魔法が使えないということか」  

「そういうこと。 だから背が低いリンディ・ハラオウンは不利かしら。 まぁ、でもカノンは彼女ほど正確に周囲を認識しているようではないようだし、五分五分の勝負かしらね。 あら――」

 そのとき、二人がほぼ同時に動いた。 二人ともが大地を蹴り、滑り込むようにして砂浜の上を流れていく。 身体で作った二人の轍。 その砂浜の軌跡は真っ直ぐにクライドへと向かっている。 

「むぐ!? むぐっむぐぐんむむ!!(ちょっ、その選択肢は不味いだろ!!)」

 クライドが声にならない悲鳴を上げる。 自分に向かってリンディとグリモアが力一杯ヘッドスライディングしてくるのだ。 首から下が地面にある以上、抵抗する手段はない。 砂浜という名の波と二人の身体が猛然と飛び込んでくる。 もう、何をどうしたところでどうにもならない。

「ぐぐむっ!?」

 次の瞬間、かつてトラックに敷かれたその男はそのトラウマを刺激されながら天国と地獄を垣間見た。

「さて、第一ゲームは引き分けで終わったから次にいくわよ」

「今度こそ勝ちますよ!!」

「このボクに勝てる要素など貴女には何一つありませんよ」

 睨み合う翡翠と紫銀。 そしてそれを煽る黒の少女と、彼女たちの間で何も言えず砂を被った状態で縮こまるヘタレ男。 ザフィーラはただ、彼のために飲料を準備することしかできなかった。

「元主」

「なんだザフィーラ」

「ファ○タでも飲むか?」

「ゴールデンアップルで頼む」

「分かった。 とびっきり美味い奴を出そう。 後、お絞りもな」

「すまん」 

 砂塗れの男は、育んだ友情に泣いた。








「さて、第二の勝負は料理よ」

「お料理……ですか」

「なるほど。 ならば当然審判は室長ですね?」

「そうなるわね。 これから貴方たち二人には昼食を用意してもらうわ。 より彼を満足させた方が勝ちでどうかしら」

「ボクはそれでもいいですよ。 正直、彼女には負ける気がしませんからね」

「わ、私だってお料理ぐらいできますよ!!」

「ふっ、強がりですか」

 強がるリンディを鼻で笑うグリモア。 何せ、アルハザードで良くクライドのご飯を用意していたのである。 クライドの好みなど知り尽くしている。 いや、それ以前に彼女は知っていた。

「知っていますよ。 管理局の、それも幼少時から魔導師として活躍していた局員は極端に料理する機会に恵まれていない人が多いということを!!」

 つまりそれは、料理の趣味でもなければ自分で作ることがないということを示していた。 事実、事務員などでも面倒くさいし食堂があるという理由で自炊をする職員が少ないという統計が出ていた。 家族がいて、自分の家を持っている類や家から通える地上の人間ならば別だが、本局の人間にはその傾向が特に強い。 ならば、リンディ・ハラオウンも確かにそうである可能性は高かった。

「じゃあこれはリンディ・ハラオウンは不利な勝負なのかしら?」

 さすがに、一方に有利な勝負は面白くない。 カグヤが考えを改めようとしたその時、しかし今度はリンディが不敵に笑った。

「ふふっ、違いますよグリモアさん。 貴方は間違っていますよ」

「どこがですか」

 まったく隙の無い理論であるはずだった。 穴などどこにもありはしないように思える。

「確かに普通はそうかもしれません。 私の友達のレティなんかは今のところ無理です。 でも、私は彼女が大好きなお酒のおつまみを作らされるような間柄なんですよ!! 当然、料理の一つや二つモノにしているんです!!」

 リンディが吼える。

「あら、じゃあ面白い勝負になりそうね。 制限時間は……そうね。 これから二時間以内に作っておいて頂戴。 材料はザフィーラに聞いて半分ずつ使いなさい。 それでは、初めっ!!」

 三人の肩を押し、無限踏破で別荘へと移動させてやる。 消えていくその二人の眼には、バチバチと火花が散っていた。 心なしか、女性二人の背後には勝利に燃えるハムスターと忠犬の姿が浮かんでは消えた。 

「さて、どちらが美味しい料理を作ってくれるか今から楽しみねクライド」

「お前なぁ、どんだけあの二人で遊ぶ気なんだよ」

「遊ぶとは失礼ね。 私なりに進展させてあげているというのに」

「そういうのを余計なお節介って言うんだよ」

 辟易した様子でクライドは言うと、ザフィーラが用意したシートに頭を抱えながら座り込む。 昼には難題が待っているからである。 満足する方を選べ、などとは彼にとって随分な話だ。 どっちも上手かったらどうしろというのか。

「ああもう、そもそもなんでお前はグリモア君を連れてきたんだよ」

「初めは別の用事があったからだけど今となってはあの娘のためよ。 あの娘、一人寂しくサンドバックを叩いてたのよ? ガス抜きしないとそのうち我慢できなくなって暴れそうだったわ」

「グリモア君だぞ? あの娘が暴れる姿なんて想像もできないけどな。 なんだかんだいって冷静だ」

「貴方の前だけわね」

「……」

「貴方、あの娘の生まれた理由は知ってる?」

「デバイスなんだから、持ち主のアルシェって奴の力になるためなんじゃないのかよ?」

「いいえ。 アルシェと喧嘩するためにあの娘は作られたのよ」

「はぁ?」

「私と妹を見てたらやりたくなったんだそうよ。 あの娘、どこか変わってるところがあったから」

「変わり者過ぎだろ。 俺からしたら開発理由が理解できん」

「あら、貴方も私からすれば色々と理解できないところが多いのだけれどね」

「……この際、俺のことはおいとけよ。 それで、だからどうしたってんだ」

「実は、私は一度もあの娘がアルシェと喧嘩しているのをみたことがないのよ」

「マシンハートが起動してなかったからじゃないのか? アレが起動しないと絶対服従だったって聞いてるが」

「じゃあ、そうだったとしましょう。 なら今は貴方と喧嘩できるのよね? なら、なんでしないのかしら。 私とも……ね」

 背中を倒して横になりながら、カグヤは言う。 

「貴方に嫌われたくないから、なんて可愛い理由で溜め込んでるだけなのか、それとも初めから喧嘩のやり方をしらないのか。 AIの知識は私にはないから分からないけど、あの娘はもしかしたら単純に理解していないのかもね」

「喧嘩のやり方を?」

「大事な相手を傷つけてでも自分の意見を通す権利があの娘自身にもあるということを、よ」

 クライドは押し黙る。 ぶちぶち言われたことはあっても、確かに喧嘩したことはない。 異なる価値観の二人が居たにも関わらず、だ。 

「貴方はあの娘のマイスターよ。 そういうところも上手くケアしてあげないといけないんじゃなくて? ”デバイスマイスター”なんでしょう貴方は」

「言いたいことはなんとなく分かる。 でも、じゃあ具体的に俺にどうしろっていうんだよ。 書をデフラグすりゃあいいのか? それともあの娘がストレスに感じる部分の情報を削除してやればいいのか? デバイスマイスターとしての俺だとそれぐらいしかしてやれることはないぞ」

「なら、”クライド・ハーヴェイ”としてどうにかしてあげればいいだけのことよ。 そっちの方がよっぽどあの娘は嬉しいはずよ」

「あのなぁ、それができたら苦労はしないだろ」

 クライド・ハーヴェイは現在進行形でリンディ・ハラオウンに独占されることに決めていた。 今更、それを止める気は彼にはない。

「だから、別に男として接しろなんて言ってないでしょう? そういう空気を混ぜずにただ話をすればいいのよ」

「向こうにそういうつもりがなかったら?」

「そのときは、姉に甘える弟的に攻めてみなさい」

「はぁ?」

「だって、貴方とカノンの関係ってそうこじつけられるわけでしょ」

「そりゃあ、俺<ジルの作品>とグリモア君<アルシェとジルの共同作品>はそういう意味じゃあ義理の姉弟に近いかもしれんがな。 正直、解釈が無理矢理すぎる」

「無理矢理でもなんでも、やれるならやりなさい。 そうして、事態を打開しなさい。 ”手段”があればやれるんでしょう?」

「善処する」

 煮え切らない政治家のような言葉だけ呟いて、クライドもシートに寝転んだ。 考えているのはそうなのだろうが、やはリ具体的には何も浮かばないらしく、それ以上は何も言わなかった。

 ザザァンと、音がする。 幾億回も繰り返されてきたその海の営みは、母なる水の子守唄。 二人して眼を閉じ、瞑り寄せては返す波の音に静かに耳を傾ける。

「そういえば今さらの話なんだが、俺はこんなのんびりやってていいのだろうか」

「いいんじゃない? 貴方には他にできることがないのだから。 それとも、私と一緒に連中のアジトらしい場所にでも戦いに行く? 下手をすると管理局員が出張ってくると思うけど」

「止めとくわ。 正直、局とことを構えても意味がない。 それに、フレスタの偽者が持ってたデータはディーゼルが本局に持ち帰って洗ってるはずだからな。 今のうちに俺は準備を万全にしとく」

「それが分かっているのに聞いてしまうほど、本物のリンディ・ハラオウンが心配?」

「当たり前だ。 第一、あいつは本当に関係なかったはずだろう? それが、偶々俺と仲が良かったってだけでコレだ。 正直、何かあったらあの連中を俺は絶対に許さん。 いいや、あいつらだけじゃない。 助け切れなかったら俺は俺自身を呪うかもしれない。 それぐらい頭にキてるんだよ」

「そう……」

「でもな、同時に今のこの瞬間が永続して欲しいとも思ってる自分がいる。 現金なもんだ。 魔法プログラムだろうとリンディはリンディだ。 そんな風に俺は”思える”。 思えちまうんだ……」

 リンディが手元に居る。 そのことだけで、満足しそうになってしまう自分がいることクライドは自覚していた。 間違ってはいないけれど、その認識の歪さがどことなく不自然に彼には思えるのだ。 そして、恐らくはリンディもそうだったに違いない。 だから、その不自然さを拭い去るために彼女は期間限定にしたのだろう。

「間違ってる……のかな」

「確かに、それが正しいというわけではないでしょうけど、でも一緒に居られる時間が続いて欲しいと思う気持ちはきっと極自然な感情なんじゃないかしら」 

「……」

「クライド、それが大事な時間だと思うんだったら悔いのないようにしておきなさい。 何もできないで終わるより、きっとその方がいいに決まっているから」

 その時の彼女の声色は、どこかいつもと違っていた。 クライドはふと、今までとは違った側面に触れた気がして視線を向けた。 真横で寝ているカグヤは、眼を瞑ったままだ。 だが、隣で寝ているその横顔が一瞬後悔に塗れているように見えて言葉を失った。 

「お前……いや、そう……だな。 この際、この不自然を命一杯楽しんでおかないと損だよな」

「ええ、だから精々よろしくやって頂戴。 私の眼の届かない範囲で」

「一言多くないか?」

「正直な感想でしょ。 それとも、私にもリンディ・ハラオウンやカノンみたいに甘く接して欲しいのかしら」

「あー、辛いよりは甘い方がまだいいな」

「そう。 じゃあ、昼から甘く接してあげるわ。 あの二人の前で魅せつけてやるぐらいに、ね」

「すまん、絶対にやめてくれ。 ていうか、俺で遊ぶのはやめれ」

 そうなった場合の混沌具合を、想像するまでもなく恐れるクライドであった。









 別荘に戻った二人をまず迎えたのは、奥のキッチンから漂う良い匂いだった。 どこか食欲をそそるその懐かしい匂いに、クライドは思わず生唾を飲み込む。 だが、それもすぐに止んだ。 自然と視線が小狼形態で床に寝そべっているザフィーラに向かったからだ。

『何故力尽きているのだザフィーラ』

『いや、一足先に食べて満腹なのだ。 喜べ、どちらも元主が好きそうな感じだ』

『そうか、じゃあ期待しようかな』

 念話で確認して安堵のため息を吐くと、クライドは二人の挑戦者に視線を向ける。 すると、それぞれ青と白のエプロンで武装している二人は、自信満々の笑みでクライドを見ていた。 

「うん、良い匂いね。 どちらも準備ができているようだし……そうね、まずはカノンから見せてもらいましょうか」

「はい」

 一度奥へ引っ込み、すぐにその料理を運んでくるグリモア。 リビングのテーブルに着いたカグヤとクライドの眼前に、その料理が置かれる。 献立はサラダにカレー。 至ってシンプルなものであった。

「へぇ……カノン。 どうしてこれを選んだの? 少し簡単過ぎるのではなくて?」

「勝利条件は”室長を満足させた方が勝ち”ですからね。 正直、だとしたら凝った料理はダメですよ。 室長は腹一杯主義者です。 つまり、チマチマ食べるようなお上品なものよりもとにかくお腹一杯にさせる料理でなければいけません。 その点、カレーなら室長の好きなペースで好きなだけお代わりしてもらえればいいだけですし、室長はカレーが好きですから何も問題はありません。 栄養の方も偏らないようにサラダをつけてますから完璧ですよ」

「なるほど。 手抜きではなくて、勝算が十分にある選択だというわけなのね」

「ちなみに、隠し味でチーズと醤油を使ってます。 そういうの、好きでしたよね室長は」

「く、ケチのつけどころがない……完璧な布陣じゃないか」

 自然とクライドの口から感嘆の言葉が零れる。 ここまで好みを把握されてるとぐうの音も出ない。 これならば確かに否が応でも満足させられてしまうかもしれない。 だが、まだ勝敗を決するには早すぎた。 まだもう一人のチャレンジャー<リンディ>が手札を隠しているからだ。

「何故かこのまま勝負が決まりそうな勢いだけど、それじゃあ次にリンディ・ハラオウンの料理を見せてもらいましょうか」

「はい!!」

 試食前から高評価を得ているグリモアに対抗できる代物など用意できるのか。 クライドはどこかワクワクした表情でそれを待つ。 そういえば、初めてだったのだ。 リンディの”手料理”という奴は。 だとしたら、しっかりとそういうことを考えているこの男が期待していないはずがなかった。

「あら、これはまた……」

「なっ――」

 それを見た瞬間、クライドは戦慄しカグヤは唇を釣り上げた。

「”お好み焼き”だと!? ”ミッド人”なのにか。 局の食堂には無かったメニューだぞ!!」

 思わず席を立ちそうな勢いでクライドは驚いていた。 ミッド人ならパスタ系か何かだろう、などと勝手に予想していたクライドである。 第九十七管理外世界の料理で勝負をかけてくるとは夢にも思っていなかった。

「ふっふっふ。 クライドさんが件の世界の料理が好きだということは”ラーメン”のことを考えても一目両全でしたからね。 だから、こっそりあの世界の料理も覚えてたんです。 いつか言ってましたよね、久しぶりに”お好み焼き”も食べたいなって」

「覚えていたのか。 あんなどうでもいい呟きを……」

「クライドさんのことですしね。 いつか驚かせてあげようかなって思ってたんです。 良かったです。 その反応だと好きなものだったんですね」

「へぇぇ、これはいよいよ判定が難しくなってきたわねクライド」

「鰹節もケチってないし……こいつ、まさかおたふ○ソースまでちゃんと使ってるんじゃないだろうな? だとしたら……満足度は跳ね上がるぞ!!」

 ミッドチルダに全然関係ない二つの料理。 次元を超えてやってきた故郷で定番の家庭料理を前にして、クライドは武者震いを禁じえない。 そうして、そのクライドを本日のチャレンジャー二人が自信満々の笑顔で待ち構えているのだ。

「そうね、好きな方から一口ずつ行ってみましょうか」

「なら……順番通りにグリモア君のからにしようか」

 スプーン手に取り、熱々のカレーを白ご飯に絡めるようにして救い上げる。 その際、中に隠されていたチーズがドロリと伸びてその存在をひっそりと主張してくる。 クライドは一々大袈裟に反応したくなりながらもそれを堪え、とにかく一口味わってみる。 瞬間、口に広がるは醤油とカレーとチーズの味だ。 三種類がミックスされたその濃厚な味わいは、好きな者には多大な幸福感を与えること間違いがない。 そして、グリモアが作るいつもの味だったことで不覚にもクライドは舌先までグリモアに制圧されたような錯覚を覚えてしまった。

「”いつもの味”……だな。 だが、それが良い」

 安心できる味わいで、それ以上のコメントのしようがない。 思わずグリモアに視線を向ける彼に、彼女はただ頷くだけだった。 それ以上の言葉は入らないようだった。

「トッピングでチーズがあるというのは知っていたけど、なかなか面白いわね」

 カグヤも普通に満足できるレベルらしい。 そもそもカレーは失敗し難い料理だ。 だが、家によって具材からルー、拘ればスパイスまで違う魔性の料理だ。 それを、万人に好かれる癖に特定個人用にフルチューンしている。 ターゲットからしてみればピンポイントでスナイパーに狙撃されたような気分になるのが道理といえよう。 急所に当たれば効果は抜群だ。

「く、次はリンディのお好み焼きだな」

「ええ、お願いします」

 見た目はシンプルだ。 何か細工しているようには見えない。 ふんだんにかけられた鰹節と青海苔の上にはマヨネーズがしっかりとかけられ、際奥にはソースを隠している。 更に、お好み焼き本体の具材はカレー同様に好みが出る。 果たして一体どういうチョイスなのかが非情に気になるクライドは、ヘラでまず真っ二つにしてみる。 すると、ようやくメインの具材が何であるかを察した。

「これは豚玉か……」

「これを選んだ理由は?」

「クライドさんの好みだと思ったからです。 ラーメンでもクライドさんはチャーシューかとんこつばかりを頼みます。 その中でも私が知る限りほとんどチャーシューでした。 このことから推察すると、クライドさんが一番満足できるのはコレ以外にはないはずですよ」

「天晴れだ。 ラーメンからお好み焼きの好みを割り出すとは……」

「でも、味のほうはどうかしらね」

「ええい、一々期待させてくれるな!!」

 ヘラで一口サイズに切り取り、そのままガブリといく。 その瞬間、クライドはあまりの懐かしさに故郷に帰ってしまったような感慨を得た。 特に、キャベツと鰹節をケチっていないお好み焼きに外れ無しという独自の嗜好までカバーしている。 ソースとマヨネーズも不思議と適量であり、多すぎでもなければ少なすぎるということもない。 おかげで、鰹節との絡みが最高である。

「う、美味いぞこいつ」

「本当ですか!?」

「ああ、普通に美味い」

「確かに十分美味しいわ」

「これ、レティも気に入ってくれたんですよ」

「へぇぇ、あのレティ執務官がねぇ……」

「あ、今は提督ですよ」

「そうなのか? そっちのことはもう疎いからなぁ俺」

「おほん」

 無駄に話しが脱線しそうになるのを、グリモアが咳払いで封じる。

「さて、一応試食してもらったわけですが判定はどうなりますか室長」

「う、そう……だな」

 そうだった。 まだ、終わったわけではない。 白黒はっきりとつける仕事がのこっているのだ。 紫銀と翡翠の視線が黒瞳に痛いぐらいに突き刺さってくるのを感じ取り、クライドはいよいよ難題にぶち当たる。

「……うーむ」

 悩みながら、交互に比べるがごとく食べていく。 食べる間は答えなくても済むが、果たしてその答えを搾り出すのはどれだけ食べれば良いのか皆目クライドには検討が着かなかった。

 やがて、考えている間に料理は無くなった。 サラダまできっちりと、だ。 その間チャレンジャー二人は片時も話すことなくクライドを見つめている。 そうなってくると、その男はもうダメだった。

「け、結果は――」

「「結果は?」」











「ドロー!!」













「「「「……」」」」

 その結果を聞いた四人が沈黙する。 当然、そこまで引っ張って答えを出さないその男に一同は言葉を失ったのは言うまでもない。 更に、その思考空白を利用してクライドは席を立ち、回れ右して全速で外へと走り去っていった。

「あ、室長が逃げた」

「クライドさん!!」

 チャレンジャー二人が納得いかないとばかりにその後を追う。 残されたカグヤとザフィーラはお互い視線を絡めあってため息を吐いた。

「ヘタレすぎるわね」

「ああ」

「まぁ、クライドらしいと言えばらしい結果だけど」

「だろうな。 どっちも文句なしに美味かったから残らず平らげたのだろう。 ただ、さすがにこの状況でドローは無いだろうドローは」

「白と黒じゃなく灰色、か。 ここまで来るともうあの子の処世術なのかしらねアレは」

「まぁ、命がかかった極限の状況下というわけでもないからな」

「そうね。 でも、そういうときが来たらきっと迷うのでしょうね」

「きっとギリギリまで悩むさ。 或いは、第三の選択肢を無理矢理つくるのが常套手段だな。 もっとも、アレが正直な感想なのだろうからそれ以上の言葉はなかったのかもしれぬがな」

 それ以上言わずに、ザフィーラは目を瞑るって耳を塞ぐ。 家の外から聞こえてくるあの三人の妙に甘ったるい空気を感じぬそのために。

『室長、はっきりとこのちび魔女に言ってやってくださいよ。 ボクのカレーが次元世界一だって声高に!!』

『いいえ、私のですよね? 返事してくださいよクライドさん!!』

『どっちも美味かったし大満足だ!!  それ以上は言えぬぅぅ!!』

「しょうがない。 アレを放置しておくと更に居心地が悪くなるだけだし、どうにかして白黒つけさせなければいけないわね」

「まだ続けるのか」 

「これで最後よ」

 どこか頭痛を堪えるように額に添えられた人差し指。 その体勢で数秒考えた彼女の中で、今第三プランが固まった。 

「もうこの際面倒だし、ガチでやりあってもらいましょうか」














――俺の魔導書<マイブック>内部プログラムリンク開始。

――ラプラスエミュレータ限定駆動。

――フィールド選択『街中』で季節は春。 天気は快晴。

――リンク人数……3。

――強制没入<ダイブ>開始。


 その瞬間、ザフィーラを覗く三人全ての意識が切り替わる。 外部情報は若干残したまま、感応制御システムで繋がるそこには第九十七管理外世界に酷似した世界が広がっていた。

「いや、まぁここなら問題はないだろうけどさ」

 クライドが呆れながら言う。 何せここは、クライドが生まれた元々の世界の簡易データだったからだ。 書の中に駆動されたアプリケーションの世界。 零と一の箱庭。 確かにここならどれだけ暴れたとしても被害はない。

 都会の街並みと、歩き続ける人のシルエットだけの影法師。 簡易でしか演算しないのは、書を持ってしても全てを演算することができないからだ。 処理速度が圧倒的に足りなくなるから仕方がない。 オブジェクトを配置するだけで精一杯。 だが、それでも十分なスペースがある。

「ここは――」

「ようこそ魔女。 ここは室長の故郷のそのコピーですよ。 ああ、本当に許せません。 こんなところまで貴女を踏み込ませるだなんて……」

 ギリリと、かみ締める歯が鳴りそうなほどにグリモアが歯噛みする。 だが、それでも涙を呑んで彼女は我慢した。 今はそれ以上にやらなければならないことが在るからである。

「ここまでさせてあげるんです。 ボクが勝ったら金輪際貴女は室長の前に存在しないということでどうぞよろしく」

「あのー、何故だろうグリモア君。 景品がすげーランクアップしてやがる気がするんだが……」

「無茶苦茶ですよ!! 一日だけっていう約束ですからね!!」

「ちっ、気づきやがりましたか。 魔女の癖に」

 心底嫌そうにグリモアが言う。

「そういえばなんで私魔女なんですか?」

「あ、それ俺も気になってた。 なんで魔女? 魔導師だろこいつは」

「室長を誑かす悪い女ですから魔女です」

「ああ、それで魔女なのか」

「で、できれば普通に呼んでもらいたいんですけど……」

「そうですか、魔女」

「うう……」

 既に戦いは始まっているらしい。 心理戦でダメージを与えてイニシアチブを取ろうというのだろう。 一切譲歩することないその姿勢はいっそ清々しいまでに天晴れだった。

「どうして、あの真面目なグリモア君がここまで歪んでしまったんだろうか」

「愛じゃない?」

「ええ、室長への愛が成せる技です」

「愛なら仕方ない……のか?」

 あんまりな答えに冷や汗をかく以外の態度が見当たらないクライドは、もう何も言うまいとばかりに座り込んだ。 丁度、今はビルの上であり良く空が見える。 ここからなら、空戦をやる二人もしっかりと見えるだろうことは間違いない。 どこか達観した様子でクライドは空を見上げながら思った。 嗚呼、空が青いと。

「というわけで二人とも。 第三戦始めるわよ。 正々堂々と戦いなさい。 カノン、ズルはダメよ? まぁ、貴女の昔のスペックを考えればそんなことする必要はないでしょうけど」

「あの、戦うのはいいんですけど、デバイスが今手元にないんですがどうすればいいんですか?」

「カノン」

「ええ、真に遺憾ですが私<書>のリソースを貸してあげます。 本来であれば、室長以外の何人たりとも触らせることはないはずなのですが、涙を呑みます。 ええ、飲んでやりますとも」

「わぁっ、すごいですねこれ。 私のデバイスより数段上だわ。 これなら――」

「当たり前ですよ。 これでもかつて闇の書と呼ばれていたロストロギアなんですからね。 そこらにある半端なデバイスなんて比べ物になりませんよ」

「なるほど。 局が危険視するはずです」

 頷き、リンディが魔法を使う。 すると、瞬時に飛行魔法が発動。 背面から透明な翼が生えてくる。 同時にバリアジャケットを展開して完全に戦闘態勢へと移行する。 そのまま、準備運動よろしく空を舞ったり魔法を使ったりして感覚を馴染ませていく。 対するグリモアも、自分のデータをかつてのそれに設定。 電磁フィールド<メギンギョルズ>に紫銀のプラズマを纏わせて空に向かう。

「エミュレータプログラムに支障なし。 身体データオールグリーン。 プラズマ制御もシミュレート通りですね。 ふむ、戦闘データを選択。 対魔女殲滅ロジックへと変更。 っと、こんなところですか。 あ、そうです忘れるところでした」

「……あら? 元に戻った」

『折角倒すんですから年齢設定を戦闘中は戻してあげますよ。 その方が、後でいい訳できないはずですしね』

『今日のグリモアさん、なんだかとっても怖いですね』

『敵に情けは無用ですから』

『敵、ですか?』

『大敵で天敵で強敵で恋敵。 四重の意味で貴女は敵です。 ですので、今日のボクは容赦しませんよ。 室長の前でコテンパンにしてあげます』

『お、お手柔らかに』

『二人ともそろそろ準備はいいわね』

『はい、こちらはいいですよ』

『ボクも構いません』

『それじゃあ、初め!!』

 次の瞬間、紫銀と翡翠が空の上でぶつかった。 後に言う”第一次クライド戦争”の勃発である。 超高速で飛び交うプラズマに翡翠の弾幕。 もはや呆れるほどハイレベルな空戦が、その時クライドの眼前で展開された。 なんとなく体育座りでそれをボケーッと眺めていた黒の青年は、それを見てふと悟りを開いたという。 

「というか、この戦いって本当に必要なのか?」

「さぁ? でも本人たちはやる気満々だし、そのままやらせてあげればいいんじゃない。 それとも、貴方が身体を張ってあの二人を止めに入る?」

 上の二人を焚きつけた少女は、意地悪そうな顔でそういった。 無論、クライドは思った。 冗談じゃない、と。












 空を舞う感触は嫌いではない。 強引に魔力電磁砲身を奔りながら、ふと、機動砲精は自らに与えられていたかつての力に思いを馳せる。 その間にも、幾重にも放つ紫銀のプラズマ。 翡翠の剣弾の間隙に滑り込んでいくその軌跡が、数の暴力へと進軍する。 数では勝てない。 いや、それをすることに意味がない。 数よりも質。 圧倒的な速度と破壊力。 その二乗を魔法と成して繰り出し、同時に敵の剣弾の雨に己の体躯を滑り込ませていく。

 演算機構は既に瞬間的に幾重にもルートを検索し、ロジックは最短で己が敵をた叩き潰すための論理を紡ぐ。 元々、それを用意していなかったわけではない。 いつか、そう、いつかかつての力を取り戻すことを考えていなかったわけではないからだ。 最悪、前のボディ並のデバイスをアルハザードで用意することも彼女は考えた。 だが、結局のところ彼女はそれを選ばなかった。 なぜなら、そこに魔女はいなかったからだ。 翡翠の魔女が。

 元来、機動砲精はアルカンシェル・テインデルのためのデバイスで、彼女と喧嘩するために作られたと同時に主を護るための存在だ。 今ではその前者の理由は消え去ってはいるが、後者の理由だけは今も当然のように健在。 即ち、クライド・ハーヴェイを護るためになら十全の力を発揮して当然の存在なのである。 そんな彼女にとって、翡翠の魔女というのは最悪の大敵で、巷に溢れるゲームに例えればラスボスのような存在だ。 ならば当然、近づけようとは思わないし何よりも”盗られる”なんてのは女の沽券に関わる事象であった。 必然的に、彼女の頭には手加減などという単語が微塵も浮かぶことはない。 

「――ッ!?」

 剣弾に飲み込まれずに貫いたプラズマを、リンディ・ハラオウンは瞬時にバリアを発生させて防ぐ。 着弾は三発。 だが、当然それだけでは抜けない。 グリモアにはわかっていたことであり、そう簡単に潰れる程度なら苦労はしない。 そんな程度に”盗られる”なんて現実は己の力で叩き潰す。 そうでなければならない。 盗られるのは許せないし、盗られるとしてもそれが取るに足らない存在だというのは認められない。 そう、彼女にとってはこれは害虫駆除と値踏みを兼ね備えた戦いでもあったのだ。 

「本当、力押しで鬱陶しい女です。 どうして室長は――」 

 愚痴を飲み込んでスティンガーブレイドの間隙をくぐり抜ける。 瞬間、更に彼女の身体が加速する。 電磁フィールドと魔力電磁砲身による電磁加速。 人間なら前後上下左右へのこの急激な加速に大きな負担を蒙るだろう。 だが、グリモアは違う。 彼女単体の方が、クライドと一緒に居たときよりも更に早い。 当たり前だ。 彼女は人ではなく機人。 機械仕掛けの電脳存在。 人の負担とする行為の大半は無視できる。 データ上においてオリジナルデータが耐えられなくなるギリギリまではどこまでも無茶ができるのだ。 そしてなにより、コレは聖戦だ。 限界ギリギリでさえ躊躇しない。

「速い!? でも――」

 リンディは縦横無尽に空を駆ける彼女に感嘆の吐息を零した。 スティンガーブレイドの間隙をすり抜けながら、砲撃を加えてくる。  その技量にはさしもの管理局の魔導師導も舌を巻く。 だが、引かない。 いや、”引けない”。 それは戦いだ。 乙女の一念を通す戦いなのだ。

 今、リンディのその手には相棒<ワイズマン>がない。 だが、それよりも更に演算能力を持つデバイスに接続されている。 魔法を演算する上で、反応速度に不満を持っていた彼女がその恩恵得ている今愚痴を零せるわけがなかった。 考えうる最善を彼女は模索する。

 彼女は己に残された時間が分からない。 後、何日何時間存在できるのかさえ定かではないのだ。 彼女は本物が目覚めるまでの間の残影。 ただの残滓。 ならば、その間の時間を一分一秒でも無駄にすることはできない。 

 速いからどうしたというのか。 それだけでは落される理由にはなりはしない。 グリモアが戦闘機なら、リンディ・ハラオウンは戦艦だ。 速度は無くとも防御力と攻撃範囲がある。

「ブラスト・バレット……ウォールシフト!!」

 突っ込んでくるグリモアに向かって、爆裂弾の壁を張る。 並の魔導師では近づくことさえ躊躇する機雷の壁を前にして、しかしグリモアは止まらない。

「ディフュージョン・ミョルニル」

 瞬間、彼女の電磁フィールドからプラズマが加速する。 プラズマはやがて弾けるように拡散し、機雷群の一角を誘爆させる。 同時に、その爆炎を煙幕にしてその中を突き進む。 その姿、正に疾風迅雷。 目も覚めるような加速で、リンディの眼前に躍り出た。 その足元で、紫銀に燃える五茫星が明滅している。

「プラズマ収束。 イルアンクライベル展開」

 馬鹿正直なその突撃を、リンディはしかし避けない。 グリモアの右腕に集束されたプラズマは、防御貫通に特化したアルハ式魔法。 並の防御魔法ではどうにもならない。 常のリンディならばそんなことはしなかっただろう。 だが、彼女はそれを敢えて受け止めることを選んだ。

 グラムサイトの視界密度を更に上がる。 目にも留まらぬ速度で迫るグリモアのそれを、魔力濃度を上げてその感度を更に強引に引き上げることで力ずくで反応し、掌を突き出す。

「シールド全開!!」

 瞬間、雷神の篭手<イルアンクライベル>を”小さな”翡翠の盾が受け止めようとして、リンディの滞空維持限界の方が先に悲鳴をあげた。 衝撃に耐え切れずにその身体が吹き飛ばされる。 だが、グリモアには確実にダメージを与えたという手応えを感じなかった。 寧ろ、純粋に驚いていた。 

「まさか、瞬間的にとはいえ受け止めた!?」

 バリアやシールドを貫通するためのグリモアの必殺魔法だ。 それを、受け止めようとするのは明らかに愚作だと思っていた彼女は、苛立ちを我慢することもできずに吐き出した。

 あの瞬間、ラウンドシールドの面積を限界ギリギリまで減らし、通常の防御範囲分の魔力をその小さな盾に収束して強引に止めたのだ。 ただ、単純に音速で飛翔していたグリモアの突進力全てを受け止めることができなかったが故に滞空維持限界を超えて吹き飛ばされたが、それだけだ。 バリアジャケットが損傷したわけでもない。 いや、それどころか体勢を立て直すように背面の翼をはためかせながら砲撃を放ってきた。 

「――ッ!?」

 瞬間的にハイスピードを展開し、グリモアがそれを避ける。 クライドの魔法だが、かつての戦いでそれはグリモアに登録されている。 紫銀の残像を残しながら、すぐに魔力電磁砲身を生み出して加速。 追撃の弾幕から逃れるべく大きく距離を取る。

 その後ろを、スティンガーブレイドの弾幕が追いかける。 リンディお得意のホーミングシフトだ。 だが、グリモアの加速に追いつけず、弧を描くような機動を取ればすぐに追撃を諦めたかのように霧散した。

『さすが、魔女の癖にやりますね。 正直、ウザイです』

『貴女こそ、クライドさんから少し聞いてましたけど本当に凄いわ。 さっき一瞬落されたかと思いましたからね。 でも、その魔力光を見てやっと実感が持てました。 貴女が、あの人を護ってくれていたんですね。 ようやく、四年前のクライドさんの力に対する疑問が解けました。 ありがとう、グリモアさん』

『室長を守るのはボクの義務ですから、別に貴女にお礼を言われる筋合いはありません』

『ふふっ、そうかもしれませんね』

 念話をしながらも、戦いは続いている。 グリモアは遠距離からリンディの攻撃を避けながら、ミョルニルで反撃を繰り返す。 遊んでいるわけではなく、もう一度懐に潜り込む機会を伺いながら、だ。 対するリンディも、一見魔法を無駄撃ちして魔力を無駄に放出しているように見せかけながら、下準備を進めている。 ただ、二人して直接ぶつかったのはコレが初めてだった。 故に、グリモアは不満を。 リンディは単純に好奇心をぶつける。

『そういえば、貴女はいつから”そう”なんですか?』

『出合って数ヶ月で、ですよ』

『早いんですね。 私は、随分とかかって更に遠回りまでしたのに。 初めは、多分良く分かってなかった。 自分のことなのに、変ですよね』

『ボクには理解できませんけどね。 あの人に期待ばっかりして何もしなかった癖に、ちゃっかり室長の傍にいる。 ボクは貴女のそういうところが大嫌いです』

『ふふっ、私は貴女が羨ましいわ。 だって、貴女はずっとあの人の傍にいられるんですよね』

『ええ。 ただ、貴女は狡いです。 狡過ぎますよ。 貴女はオリジナルの幻の癖に、残滓の癖に、それを超えた位置に立っています。 しかも生まれてからたった”数日”の内に違うようになった。 正直、『ふざけるな』です。 貴女は、自分のオリジナルにさえ喧嘩を売ったんですよ。 本当に理解してますか』

『……そう、なのかしら。 私は私<リンディ・ハラオウン>だから結局は同じだと思いますけど』

『違います。 貴女は、瞬間的に本物から、そして何よりもボクから取上げているんです。 後でオリジナルが生きていたら教えてあげます。 きっと、貴女のことを恨めしそうな顔をして睨みますよ』

『そう、なるのかしら』

 困ったような呟きが届く。

 偽者の癖に限定的に本物を越える。 それは、果たして許されることなのか? グリモアの尺度で考えればそれは、自分自身に対する宣戦布告だ。 仮に、グリモアが自分のコピーを作ってそれをクライドが寵愛したとしたら、まず間違いなく”ぶち切れる”。 故に、彼女は絶対にバックアップ目的以外ではコピーを作ろうとは思わないし、そんな不貞は”許さない”。 もし仮にコピーを作ったとしても、絶対に自分で手綱を握る。 或いは、グリモアという存在のネットワークを構築し全員を自分とするだろう。

 それは、言うなれば独占欲の発露だ。グリモアでさえそうなのだから、真っ当な人間のリンディ・ハラオウンがそれを許すとは到底思えない。 ただ、居なくなっていたらどうかはしらないが、どちらにしてもよい感想は持ちづらいだろう。 間女が自分のコピーでした、なんてふざけた事象がまかり通るかなんて”新ジャンル”過ぎて笑えないからだ。

『オリジナル以上に貴女を室長が求めることになれば、絶対にそうなります。 ならないんだとしたら、それはリンディ・ハラオウンという女の感性がおかしいと、ボクは言わざるを得ません』

『えーと、なんだか随分といわれてるような気がするんですけど。 気のせいかしら』

『さぁ? ただ、鏡の向こうの自分に室長が取られたと思えば分かると思いますけどね』

 言われたとおり彼女はなんとなく想像してみる。

『それは、なんだか嫌……かしら』
 
『でしょう? そういう意味でいえば、貴女の存在は本当に不自然になります。 貴女が自覚している以上に、ですよ。 これで、貴女のオリジナルが死んでいたらそんなことは考える必要はないんですけどね』

『でも、私は私ですから。 それに、だとしても私をあの人が認めてくれています。 それはどうなるんですか?』

『室長だから問題はありませんよ』

『ええと、そっちの答えも色々と不自然だと思いますけど……』

 クライドだから問題がないなどと、そんな不思議理論がまかり通るのはあまりにも理不尽だ。 いや、そもそも論理的な解でさえない。 哲学者だって首を傾げる暴言以外にないはずだ。

『そうでもないでしょう。 要するに、室長を誑かす貴女が悪いんです』

『あはは……結局そっちに持っていくんですね』

『当たり前です。 室長はアレで良いんです。 アレが室長なんですからね』

『ふふっ、そうね。 あ、今もしかして初めて意見が合ったのかしら』

『不本意ながら――』

 加速する。 途切れた弾幕の瞬間を狙って、再びグリモアがリンディに接近する。 音速を超え、更にその十数倍の速度で飛ぶプラズマ弾を打ち込みながら。 あの小さな身体に、精一杯のクライドへの想いを乗せて突貫していく。 その、何も隠すことの無い無垢な姿には、リンディをしても困らされた。

 確固たる意思を持って突き進む紫銀の光。 その、最短距離を一直線に駆けてくるスタイルと、グリモアの性格がマッチしすぎている。 恐らくは、クライドに対してもそうだったのだ。 対して、自分自身はどうだったのか? リンディは思わず考える。

 リンディ・ハラオウンは気づくのに遅れ、余計な回り道をしてそこにいる。 グリモアが求めて求めて止まない位置に。 そして、本物がずっと待ち望んだ位置にだ。 その位置を手に入れたことは、きっかけは敵の策略だったのかもしれないけれど、それでも彼女は”届いてしまった”。 だから、その位置を容易く譲り渡すわけにはいかず、時間制限のためにできること全てやりたいと切に願っている。

――二人でできること全てを、誰に邪魔されることなく一緒に。

 望まれて、望む。 そんな普通が、その身には遠すぎるから。 だから、彼女はグリモアに負けてやることはできなかった。 何より、彼女だって嫌なのだ。 ”グリモア”にクライドを取られるのは。 期間限定だろうとなんだろうと嫌なものは嫌だ。 それは、あやふやな鏡の向こうにいる自分よりもなお分かりやすい結論で、だから尚更にそれを避けたいと思えない。 

 全身全霊、その魔法には紫銀の女性の意地が乗っている。 それを、恋敵<リンディ>は何より痛い程に感じ取れてしまうから。 だから、リンディは避けない。 そのまま、再び止めに入る。 全力全開で真っ向からその想いを受け止めるために。 カードを切る。

「二度も同じ手は許しませんよ!!」

「ええ、でしょうね。 でも、これならどうかしら」

 リンディ・ハラオウンの前の空間が歪む。 ハラオウンの秘奥。 ディストーションシールドの兆候だ。 だが、それはどこか今までと違う。 グリモアはしかし、それには頓着しなかった。

 グリモアはかつてリンディのデバイスを整備していたクライドの手伝いをしていた助手だ。 そのときに彼女はリンディの魔法を盗み見ていた。 他にも、彼女の戦闘記録を見てどういう戦い方をするのか知っている。 故に、対抗するための戦術さえ組みこんである。 どうやって彼女を倒すかをある程度の算段をつけてあったのだ。 故に、当然のようにハラオウン一族の秘奥のことも考えていた。

 空間歪曲系魔法。 デストーションシールドは確かに破格の大魔法ではあるが、その分準備が必要で、彼女たちの弾幕はそのための布石。 無論、それを使う必要が無い程度の相手ならば弾幕に抗えずに沈まされる。 そして、リンディ・ハラオウンはそこに力押し以外の戦術を手に入れているオールラウンダー。 総合系として幅広い適正を持つ万能系であるが故に、相手のウィークポイントを徹底して突くことを念頭においてくる。 相手に対して合わせる戦術。 魔法の数だけ戦術があり、適応してくる。 その、天性と後天の融合戦術形。 一見穴が無いようにも見えるがしかし、それでもやはり限界はある。 当たり前だ。 リンディ・ハラオウンは人間で、できることは限られている。 そう、だから彼女にできないことをして適応限界を超えれば勝てる。 例えば、そう。 魔法『アルカンシェル』だ。

 普通の人間なら理不尽だと嘆くような圧倒的な魔力量と魔法適正。 それを、更にスペックで上回る術がある。 かつて失ったそれのデータで今戦闘をこなしているのだから、当然グリモアにはアレがある。 ならば、彼女が自身にさえ負担を強いるものだとしてもそれの使用を躊躇するわけが無い。 

 瞬間、”補助動力”に火が入る。 膨れ上がる魔力量が、更にグリモアの魔力出力を引き上げる。 理不尽には理不尽を。 非常識には非常識を。 己が限界を全てを出しつくし、アルハザード生まれのロストロギアとしての力を振るう。 誰のために? 自分のために。 あの男のために。 出し惜しみはしない。 例え、デストーションブレイカーだとて溜めがいる。 そして、その溜めを超える速度でアルカンシェルを演算すればそれだけで勝てる。 だが、当然その瞬間無防備になる。 グリモアを持ってしてもそうなのだ。 だが、リンディの秘奥よりも計算上の行使速度は上である。 負ける要素がない。 そもそも、通常の射撃戦でも良いのだ。 彼女とリンディでは余りにも違いすぎる。 機械仕掛けの彼女は疲れとは無縁で、持久戦になれば魔力炉の恩恵もあずかれる。 リンカーコアの回復力と比べればそれは顕著になるだろう。 これは、この時点で負けるはずのない戦いなのだ。 その、はずなのだ。 秘奥を出されたとしても対応できる。 ならば、シールドを張られたとしてもその次に対応すればよい。 補助動力により瞬間的に魔力量を引き上げた。 先ほどの小細工に切り替えたとしてもこれで詰む。

「イルアンクライベル展開。 これで――」

「デストーションナックル展開――」

 音速で飛ぶ、グリモアの拳が更に魔力電磁砲身<マジックレール>で加速する。 その眼前で、しかしグリモアは聞きなれぬ言葉を聴いた。 しかし、今更止まれない。 早すぎるが故に、戻す暇も無い。 故に、全力で叩きつけるしかなかった。

 瞬間、雷神の篭手がデストーションシールドに触れる。 そのシールドは彼女が知っている使い方のどれとも違っていた。 デストーションシールドは空間を歪ませて隔離する防御魔法。 シールドにしてバリアのように展開される全周囲形か、ディストーションブレイカーのように相手を閉じ込めて強引に歪められた空間が元に戻るエネルギーを相手に叩きつける風にして使う。 ハラオウンの一族が使うのはこの二つ。 そして、それはリンディにも当てはまる。 なのに、ここに来て彼女はデータに無い使い方をしてきた。 歪んだ空間をその右手に纏い、溜めが必要なはずのそれを発生部分を局所的にすることで高速で演算しきって。 それにより、デストーションシールドを張るための莫大な魔力と合わせて、空間を歪めることで直接接触しない分吹き飛ばされずに結果として受け止めている。 グリモアの渾身の一撃を、だ。 思わず、呆れたように彼女が呟いたとしてもしょうがなかった。

「――貴女、本当に人間ですか?」

「一応、そのつもりなんですけど」

 篭手とナックルが拮抗する。 貫通特化+補助動力の恩恵を得たはずのそれが、それを更に上回る理不尽によって防がれた。 ジョークだとすれば哂えない。 グリモアが思わず確認したのも無理は無いかもしれなかった。

「えーと、多分私の持っていたデバイスだと無理だったと思うんですけど、今演算能力を使わせてもらってるのがとっても凄いんですよ」

「だとしても、です。 ああもう、本当にどこまでボクに立ちはだかってくれますね貴女は!!」

「えっと、その、ごめんなさい。 でも、しょうがないと思いますよ。 だって、私は鏡の向こうの私に取られるかもっていう不安よりも、貴女に取られることの方が我慢できそうにありませんから。 一分でも、一秒でも。 だから――」 

 微笑ながら、リンディが右腕の空間を操る。 それは、クライドがかつて使っていたシールドナックルの発想に近い。 ただ、その規模が破格だったというだけの話し。 ただ、それだけだった。

「くっ――」

 グリモアが押される。 腕力ではない。 人工的に歪まされた空間自体が凄まじい力で反発しているのだ。 咄嗟に左腕にイルアンクライベルを纏い、リンディを攻撃しようとするが、それもまたリンディが左腕に纏ったデストーションナックルで止めた。

「――負けてあげませんからね。 貴女には」

 両腕を押し込むようにして、一気にリンディがグリモアを押す。 両手から一気にグリモアの外側に弾かれる。 その瞬間、リンディ・ハラオウンの両手に環状魔方陣が現れる。 スターダストフォール。 ミッド式ではポピュラーな、魔力弾などに加速力をつける魔法。 それで、デストーションナックルを瞬時にグリモアに向かって発射する。

「ぐ、くぅ――」

 さしものグリモアでも避けられる距離ではない。 ナックルはブーストナックルとなってグリモアの身体に叩き込まれる。 電磁フィールドを揺るがす空間歪曲弾。 グリモアは思う。 出鱈目だらけだ、と。 シールドを武器にするのはジルやクライドの専売特許だったはずだ。 それを、”使う必要がない人間”が小器用に使っているという現実がここにある。

 グリモアは知らなかった。 リンディがクライドの戦い方を参考にして己の魔導に組み込んでいたことなど。 だから、リンディがハラオウン家らしからぬ魔法を繰り出す可能性など露とも考えていない。 そもそも、王道を外れること事態が稀なのだ。 そのデータを知らなかったし、ましてや持っているデータが四年前のもので止まっているのだから人間の成長力を計算に入れていない彼女には勝てる道理がなかったのかもしれない。 

「はい、これでおしまいです。 私の勝ちでいいですよね?」

 その瞬間、グリモアのフィールドにめり込んでいた二発の空間歪曲弾二発が元の空間に戻り、その反動を高エネルギーとして変換しながら破裂した。 極小規模のディストーションブレイカー。 規模が小さすぎるせいでグリモアの警戒をすり抜けたその一撃は、確かに彼女のフィールドを局所的に破壊して大破判定が出るほどのダメージを彼女に与えた。 二人の決着は、そうしてようやくついたのだった。 














「あー、その、なんだ。 うん、二人ともよくがんばったな」

 力なく俯いているグリモアを見て、さすがのクライドもかけるべき言葉を失いかける。 だが、横から後ろからカグヤが肘でつっついてくるので辺り触りの無い言葉を投げかける。

「ほ、ほら グリモア君も元気出せよ。 勝負は時の運っていうし、こういう日もあるさ」

「……はい。 そうですね。 真に遺憾ながら、本当に遺憾ながら今日の敗北を認めましょう。 ですが!! 今日は偶々ですからね。 ええ、次やればボクが勝ちますからね!!」

 グリモアがリンディを見上げる。 その瞳は相変わらず敵意で一杯だ。 だが、悲壮感に濡れては居ない。 いつものグリモアっぽく振舞っている。

「そうですね。 次はたぶんオリジナルとでしょうけど、がんばってくださいね」

「……本物とやらす気かお前は」

「ええ、私は偽者でしかありませんし、本来グリモアさんの憤りを全部受け止めなければいけないのは本物だと思いますから」

「くっ、敵に塩を送るその余裕。 ますますムカムカしてきますよ!!」

「どっちにしろ怒るのね貴女は」

 呆れ顔でカグヤが言う。

「当たり前じゃないですかシリウス。 未来永劫馴れ合いはしません。 今決めました。 絶対にこの女はボクと馬が会いません。 そうに決まっているんです」

「そうなの? じゃあ、クライドが仲良くしろって言ったらどうするのよ」

「反逆します」

「わーい、シンキングタイム<考える時間>ゼロだ。 ちょっとは考えてくれると嬉しいんだが……どうだろうグリモア君。 ここは俺の顔を立てると思ってだな……」

「くっ、室長を味方につけて交渉とはなんて卑怯な!!」

「いえ、あの、私は何も言ってないですからクライドさんの本心だと思いますけど。 というか、私も個人的にはグリモアさんと仲良くしたいんですけどね」

 困った顔でリンディが言う。 その、苦笑染みた笑みから今の構図を考えれば、まるでグリモアが駄々っ子のような印象を誰しもが持つだろう。 そのことに気づいて更にグリモアは機嫌を悪くする。 けれど、勝負は付いた。 敗者の義務を果たすことを選ぶ。 妙に潔いところがあるのが彼女であった。

「はぁ。 ま、いいです。 約束でしたしね。 どうぞ。 これが肉体年齢を操作するインターフェースです」

 分かりやすく二人の前にインターフェースを差し出す。 リンクで繋がっているリンディにも分かりやすい形でそれは提供された。 感覚で理解したリンディは頷きながら己の設定を変更する。

「これで、本体の私は元に戻るんですね」

「ええ」

「よし、じゃそろそろ出ようぜ」
 
 クライドの言葉に従い、グリモアは素直にリンクを解く。 エミュレーターも停止させ、デジタル世界の存在を消去する。 そうして、全員のリンクが本体へと移行していった。 ただ、最後にホログラフ端末に意識を戻すときのグリモアの唇が笑っていたことに三人は気づかなかった。







「ん……あ、やりました。 元にもど……あ、あぁぁぁ!!」

 そのとき、一番に目覚めたリンディがそれを見て悲鳴を上げた。 ザフィーラはようやく戻ってきた彼女の反応をさもありなんとばかりに頷く。 外で三人の身体がどうなっていたかを見ていたザフィーラには、こうなることが良く分かっていたのだ。

「ん、んん? なんだこれ」

 確か、始める前にソファーに座っていたはずだった。 なのに、いつの間にかクライドはグリモアに抱きつかれている格好で寝ていた。

「ふふっ、ご馳走様です室長」

 寝ぼけ眼で状況を確認しようとしたクライドの頭上から、グリモアが満足げに言う。 クライドは暫し状況を理解しようとして、うめき声に気づいた。

「クゥラァイドさん……」

「リンディ? ん……うぉ!? 何故俺はグリモア君にハグされている!?」

「おはようございます。 貴方はボクの腕の中で気持ち良さそうに寝てましたよ。 ええ、今日はこれだけでも来た甲斐があったというものです。 役得万歳です」

「……貴女、狙ったわね?」

 他の三人が意識接続で本体の情報を感じて居ない間に、一人行動して仕込んでいたのだろう。 あのカグヤをして見事だと思わずには居られない所業だ。

「さぁ? ですが、室長が気持ち良さそうにしていた。 という事実だけでもう十分だと思いますけどね。 やっぱり、今度から添い寝してあげますよボクが」

「あのー、クライドさん。 いつまでそうやっているんですか?」

 リンディが恨めしげな視線をクライドに向ける。 が、クライドとしてもどこうとしていたのだが、それをグリモアの腕によって止められていた。 腕の中から逃げようにもがっちりとホールドされていて”逃げられない”。

「ん、どうやら室長はボクにもうちょっと甘えたいようですね。 しょうがありません、しょうがありませんから今日はもうこのまま寝ましょうか。 お泊りします」

「クライドさん!!」

「あー、現在進行形で離れようとしているんだが、グリモア君が開放してくれないと動けんのだ。 実は俺、この娘より非力なんだ」

「もうっ」

 業を煮やしたリンディがクライドを助けだそうと後ろからクライドの身体を引っ張る。 

「く、力ずくとは。 これだから魔女は空気が読めない!!」

「ていうか、負けたんですから潔くしてくださいよ!!」

「約束は護りましたよ」

「約束だけじゃないですか!!」

「ぐぇぇ、ちょ、お前ら首が取れる。 取れるって!!」

 ある意味、何も変わっておらず戦線はこう着状態のままだった。 こうなると、カグヤにももはや打つ手はない。

「ザフィーラ」

「なんだろうか」

「私、今日はストラウスの家で寝るわ。 後はお願いね」

 頼まれたとして、一体どうしろというのか? そんな素朴な疑問を投げかける前に、カグヤはもう既に姿を消していた。 というか、逃げていた。 ザフィーラはため息を吐いて二人の女の戦場に目をやる。 その視線の先では、今にも第二次大戦が勃発しそうな甘ったるくも険悪な雰囲気が漂っている。 しかも、その中心ではある意味男冥利に尽きて、それでいて最高に情けない男が物理的に両腕を引っ張られて綱引きされている姿がある。 その時、蚊帳の外から三人を眺めていたザフィーラは思った。

(もしかして、今日はずっと三人の痴話喧嘩を眺めなければならないのか?)

 やれやれとばかりに頭を振り、床に寝そべったままため息を一つ。 そうして、現実逃避するために夕食の献立を彼は考えることにした。 結局、ザフィーラの苦行はグリモアの休日が終るまで続いた。
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