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憑依奮闘記 第一話

 2008-03-13
「むぅ……」

 草木も眠る丑三つ時に、俺は自室の机に座ったまま、立派な剣十字の描かれた魔道書のページを開いて唸っていた。 魔道書のページはどれも白紙。 捲っても捲っても文字の一つもありはしない。 だが、それは当然だった。 その理由も知っているのだが、それでも唸ることしかできなかった。 その存在が手元にあること自体に、大きな疑問が浮かんでいたからだ。
「……主よ、何を唸っているのだ?」

 声をかけたのは、ついさっき俺の使い魔となった青紫の毛皮を持つ狼だった。 ちわわぐらいのちっこいその狼は、部屋のフローリングの床に寝そべりながら怪訝そうに主の様子を探っていた。

「死亡フラグが目の前にいきなり現れたら、そりゃ唸るってもんだ」

 魔道書に向けていた視線を狼に向け、俺はため息交じりに答えた。 そのまま使い魔の訝しがる様子など気にも留めずに再び魔道書に視線を戻すと、机の引き出しを開け適当な黒い紙をハサミで切り始める。 そうして、ある程度形を整えると広げていた魔道書の表紙をそれで包んだ。 これで、ブックカバーの完成である。 真っ黒のその紙に包まれた魔道書は、どこか不恰好ではあったが一応最低限の体裁は整えていた。

「しょうがないとはいえ、これで勘弁……だな」

「主よ、偽装工作などしてどういうつもりなのだ?」

「あのなぁ、ここは時空管理局発祥の地ミッドチルダで、その管理局に所属する魔導師を育てるための学校なんだ。 おおっぴらに持ち歩いてこんな法外なロストロギア所持してるなんて知れたら、俺の今後はおしまいだ」

「……では、管理局に届け出たらいいのではないか? そうやっているほうが見つかったときに大変になると思うのだが」

「それも考えた、けどそうするとお前らの本体が危険を察知して暴走する。 そうなったら色々となんだ……大変だろう? それに俺はお前らに興味があるしな……デバイスマイスターを目指す人間としてはロストロギアに指定されるほどのデバイスはいい研究対象だ。 まあ、他にもちょっと疑問に思うことがあるからなんだが」

 そういうと、俺はブックカバーをかけた魔道書のページを開く。 やはり、ページは真っ白だ。 だが、意味のあるその白さが逆に不気味だった。

「なあ、もう一度聞くけどこれを完成させずに真のマスターになることは不可能なのか?」

「その通りだ。 闇の書は完成するまで待機状態を保つ。 完成させて始めてその真の力を発揮し、莫大な力を主に与えるだろう」

「じゃあもう一つ。 完成の条件はこの魔道書の666ページ全てを埋めることだよな?」

「ああ、そのために我々ヴォルケンリッターがいるのだ。 リンカーコアから魔力を蒐集すればページが埋まる。 そうやって666ページ埋めるまで主を守ったり蒐集を行ったりするのが我々の役目だからな」

「待て待て、シグナムたちの前でも言ったが俺はお前たちに蒐集させる気は無いぞ」

「だが、それでは意味がない」

「だから、魔法は俺が蒐集するって言ってるだろう? 666ページを埋めるってことだけが条件なんだとしたらやりようはある。 他人のリンカーコア蒐集なんて危険な真似はしなくてもな」

「蒐集せずにページを埋めるなんてこと不可能だ」

「何を言ってるんだよ。 これは魔道書って言ってるけど白紙ならノートみたいなもんだ。 だったら、手書きでページを埋めればいいじゃないか」

「――は?」

「字は汚いが、まあそこら辺は我慢させよう」

「ま、待て早まるな主!!」

 シャープペンシルを筆箱から取り出し、嬉々として魔道書に文字を書き込んでいく。 使い魔が血相を変えて駆け寄ってくるが、俺は気にもしない。

「こらこら、主の邪魔をするんじゃないザフィーラ」

「しかし、こんなことは想定外で……」

「何事にも例外はある。 だとしたら、これは最善の妙手だろう」

「いや、しかし……」

 確かに、妙手ではあった。 時空管理局はいまや次元世界の大多数を掌握する巨大な組織である。 彼らの監視圏内で蒐集など行ったら、速攻でばれてしまう。 幾度も彼らと相対したことがあるザフィーラは彼らの監視をごまかし続けることが不可能であることを知っていた。 そして、問題なのは蒐集の仕方である。 リンカーコアとは魔導師が持っている魔力を生み出す源である。 それの魔力を蒐集されれば、魔導師は数日は魔法が使えなくなる。 何の見返りもなく黙って蒐集させてくれる魔導師などいるはずがない。 結果魔法を使った戦闘になり、戦闘になれば時空管理局が感知しやすくなり、結果目をつけられて邪魔をされる。 まったくもって悪循環しか生み出さない。

「しかもなー、よりにもよって俺のところに来るっていうのが信じられない。 というより、ありえない」

 ザフィーラは知りもしないが、俺にとって闇の書とは死亡フラグなのである。 少なくともクライドに憑依した俺が知る限りでは、だが。 だというのに、それが自分を主に定めるなど寝耳に水であった。 だから尚更、妙な厄介ごとに巻き込まれるのは御免だったのだ。 もし、手書きでもいいのなら全く問題は無い。 高々666ページ埋めるぐらいならなんとでもなろう。 闇の書はリンカーコアから魔力を蒐集し、その魔力から魔法をページに記録することで完成するロストロギアである。 であれば、魔法のことを直接書いてページを生めてやれば良いのではないのか。 俺が咄嗟に考え付いたのがそれだった。

 蒐集は闇の書にさせればオートで行われる。 なら、手書きというマニュアル行為で埋めても完成するのではないか。 ザフィーラたちにとっては浮かびもしない発想だったが、それに効果があるのかどうかなど製作者でないのでわからなかった。 まあ、何はともあれ試す価値は俺にはあったのだった。 面倒ごとに巻き込まれるのは即死亡フラグだと警戒しているから。 それに、そもそもありえないのだ。 史実通にいくなら闇の書の主にクライドが選ばれるなんてことは。

「ま、なんとかするしかないんだが……お、シャーペンでちゃんと文字書けるな」

「……シグナムたちが呆れているのだが、主」

「問題ナッシング。 そのうち、四人にも書かせるからそのときは自分の手持ちの魔法全部書き込むように……勿論ミッドチルダ語でだ。 オーケー?」

「それが主の命令とあらば」

「よしよし、じゃあ頼むわ。 俺が授業でいない間は、ザフィーラが自分の分書いておいてくれ」

「……私がか?」

「他の奴は全員待機。 てゆーか、管理局舐めんなよ。 シグナムたちみたいな強力な騎士がいきなり宿舎に現れたら、そりゃ血相変えて飛び込んでくるに決まってるだろ。 さっきみたいに結界張ってても何れバレるぞ」

「しかし……」

 なおも言い募り、他のヴォルケンリッターを表に出させようとするザフィーラだったが俺は斬って捨てる。

「だいたい、俺にとって危険なのはこの本だ。 完成したら主を飲み込んで暴走し、完成させずにほっといても主を侵食していって命を奪うとか洒落にならん」

 何も知らなければそうなる。 だが、俺にはなんとかする算段がついていた。 最悪、恩人であるグレアムさんの助力を請うことになるかもしれないが、デバイスマスターとしての勉強をしている俺にとって、暴走する前に闇の書を改造すればなんとかなるのではないかという考えが浮かんでいた。 そして、それが可能ならば面白いことになる。 十分な旨味があるのだから、俺はその可能性にかけてみようかと思っていた。

「……それを言われると痛いのだが」

 彼らにしても暴走に立ち会った経験は少なく、実際どれほどの危険があるのかをいまいち正確に把握してはいなかった。 妙に自分たちの事情に詳しい目の前の少年が、自分たちの知らないことを語り、それが完全に否定できなかったことから渋々従っているという状況。 詳しすぎる主が何者なのか気になる一方、騎士として仕える以上は主に従うしかなかった。

「さて、そうこう言っている間に二ページ埋まったぞ。 こつこつでいけば……まあ二年ぐらいで完成するかな」

 手持ちの魔法の数がそう多くないため、調べたり覚えてから書き込むことになっていくだろうから実際はそれ以上かかるだろう。 魔導師としても、そしてデバイスマイスターとしても勉強をしなければならない俺にとって余計な手間であったが魔法の勉強の延長だと思えば苦にはならないだろうと思っていた。

 パタンと魔道書を閉じると、机の引き出しに闇の書を入れた。 

「後でこの本の名前つけてやらないといけないかな」

 闇の書、なんて呼んでいてそれが他人に聞かれたらやばい。 そう考えての呟きだった。 が、考えるのが面倒くさくなった俺は椅子から立ち上がるとベッドへ倒れこむようにダイブする。 ベッドのスプリングがギシギシと音を立てた。

「そろそろ寝るわ。 ザフィーラお休み」

「ああ」

 再び床に伏せる狼に言いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。






第一話

「陸士訓練学校」












 この次元世界には時空管理局という組織がある。 ミッドチルダという世界で生まれたその組織は次元犯罪やロストロギア<古代遺失物>と呼ばれる危険物に対処するのが仕事である。 そして、それらに対する戦力として存在するのが魔導師と呼ばれる人間たちである。 魔導師は魔法を使い、ただの人間にはできない力を武器としてそれらに当たる。 元々魔法以外にも進んだ科学技術を利用した質量兵器が存在したが、度重なる戦争や犯罪の増加を防ぐためにミッドチルダはその質量兵器の保有を禁止し、魔法を選んだ。 

 魔法といえば万能の力と思えそうだが、そうではない。 一般市民にとってはむしろ魔法とは使用できない技術に近い。 それは魔法を行使するための才能がなければ扱えず、またそのための訓練をつまなければならないのだ。 恐らく、当時はかなりの反発があっただろう。 だが、魔導師や時空管理局はそれらを押さえつけてそれを成し遂げてしまった。

 そうしてできたのが現在の次元世界の平和である。 とはいえ、時空管理局が管理する世界は多いが世界全体から見れば微々たるものだろう。 無限に広がる世界全てを監視することなどできはしないのだ。 だからこそ、管理するところと監視するに留める世界などもできていく。

 世界は探せばいくらでもあり、管理局が知らない世界も無限に存在するのだから、それらに対する魔導師の手はいくらあってもいいぐらいだった。 事実管理局は魔導師の確保に余念が無い。 管理局にとって広がる監視区域と人手不足は頭痛の種である。

 だからこそ、魔導師を優遇しその力を育てるために数々の訓練学校が存在する。 クライドが入学している第四陸士訓練学校もその一つだった。 既に入学して一年が経過しており、それだけ長くいれば嫌でも学校に馴染んでしまう。 基本は二年。 望んで三年。 早く管理局に勤めたい者は二年で卒業するが深く学びたい者は三年通う。 そして、恐ろしく才能がある人間は三ヶ月で卒業する例もある。

 クライドが希望していたのは三年だった。 一年目は魔法の基礎と応用を徹底して学び、二年目には実技訓練。 そうして三年目には自由課題をこなし、より深く学ぶ。 そうすることで、魔導師兼デバイスマイスターという二束の草鞋の道を開拓するつもりだったのだ。 だが、ここにきて予定は変わっていた。 卒業は二年へと変更。 とっととデバイスについて本格的に学ぶ必要がでてきたのだ。 それも、実用レベルで。 死亡フラグにビビった結果の進路変更であった。 
 

「ようクライド、聞いたかあの噂?」

 朝、教室にて月刊デバイスマイスターという雑誌を見ていたクライドは、隣の席にいた友人に声をかけられた。 目が良い癖に伊達眼鏡を愛するその友人の名はザース・リャクトン。 陸戦魔導師ランクBを所持する魔導師である。  入学してから一年、クライドとよくコンビを組んでおり、お互いにいい友人であった。 クラスでは人当たりの良さと、早くからBランクを所持する魔導師として注目されている。

「いや、多分知らないな。 一体どんな噂なんだ?」

 人気があるということは、それだけ人と話情報を入手しやすいということだ。 クライドはどちらかといえば、あまりクラス中に顔を覚えられるようなタイプではない。 休み時間はよくデバイスマイスターの本を読んでいることから、声をかける人間も少なく、訓練学校の噂など耳にすることはあまりなかった。 

「なんでもSランク確定の魔導師がここに短期入学するらしいぜ」 

 ザースは興奮を隠さずにそういうと、グッと拳を握り突き上げる。 どうやら、戦ってみたいらしい。  

「いや、まあSランクなんて法外な力を持つ魔導師と戦えるかもしれないというのが嬉しいのは判るけどな、その噂は本当なのか?」

 そもそも、AAAランク以上の魔導師は管理局でも5%に満たないという。 それを超えるSランク確定のような人間が果たしてここにくるのだろうか。

(いや、短期入学というのなら話はむしろ真実味があるのか?) 

 噂だけなら意味はない。 それが事実であるかどうかが、クライドにとっての興味だった。 見てみたいとは思うのだ。 Sランクレベルの魔導師の実力とやらを。

「ああ、なんでも校長とウチの担任が話しているのを立ち聞きして聞いたって話しだ。 噂の信憑性としては高いほうなんじゃねーかな」

「それは……色々と期待できそうな話だな」

「だろう? ウチの担任と話してたっていうんなら、このクラスに転入っていうのがありそうだからな。 できれば模擬戦とかやってみたいな」

「おいおい、Sランク相当なら、ボコボコにされて終わりだぞ」

「いいじゃねぇか。 管理局でエース張れる実力ってのが気になるだろう? どれだけ差があるんだろうな……やっぱ、空戦なのかな」

「Sランクなら空戦は余裕だろう。 それどころか、収束魔法から広範囲殲滅系までなんでもできそうなイメージがあるな」

「実際のところどうなんだろうな。 最近は総合より特化が流行ってるから、何でもできる万能無敵の魔導師じゃあないとは思うんだが……」

「詳しい話は聞けなかったのか?」

「又聞きだからな……どういうタイプなのかとかは聞いてないな。 ただ、このクラスに来てくれたら絶対面白いことになると思うぜ」

「確かに……戦闘力だけじゃなくて、デバイスも見てみたいしな。 Sランクのデバイス……興味が沸くなぁ」

「だろだろ」

 ザースの言葉に頷きながら、クライドもまた会えたらいいと思った。 できれば、デバイスが見たかった。 魔導師としての興味も当然あるが、目下のところクライドにとっては魔導師よりもデバイスへの関心が高い。 ロッテとアリアという猫の使い魔に魔導師としての戦闘技術を叩き込まれている彼にとって、デバイスの勉強の方に関心が向くのは当然だった。 授業でも率先して戦うようなことはせず、もっぱらザースのサポートに徹していた。

「お、そろそろ先生来るかな」

「チャイムと同時に入ってくるから、まあ来るだろうな」

 時計を見れば、すぐにHRのチャイムが鳴る寸前だった。 と、チャイムの音とともにガラガラと扉が開いていく。 現れたのは担任の先生だった。

「おらー、全員席につけぇぇぇ」

 やる気があるのか無いのか。 いまいち判断できないが、それでも腕は確かだという中年の担任教師がヨレヨレのスーツ姿で現れる。 生徒からの人気は悪くない。 ガミガミと締め付けてくるわけでもなければ、放置するわけでもない。 距離感がとても居心地の良い先生だった。 異常なほど時間に拘るところは嫌われてはいたが。

「じゃ、また後でな」

「ああ」

 席につくザースに頷き、机に載せていた雑誌をしまいながらクライドはホームルームに集中することにした。 が、今日はどうにも勝手が違った。 

「今日はお前らが喜びそうなニュースがあるぞ。 なんとこのクラスに編入生が来た」

「先生、それは女子ですか?」

 一部の男子が、テンションを上げながら質問する。 その言葉に、担任はニンマリと笑みを浮かべながら肯定した。

「いやっほう!!」

「だがまぁ……彼女は若い。 女子の連中は彼女を男子連中から守ってやってくれ。 男子諸君は紳士な対応をするように。 それじゃあ、リンディ君、入ってきたまえ」

「……失礼します」

 ガラガラと扉を開けてきたのはクライドたちよりも確かに若い少女だった。 腰まで伸びたエメラルドグリーンの髪を後ろで括り、少し大きめの制服を身に着けている。 年不相応なその佇まいは、どこか上流階級のお嬢様を連想させる。 一つ一つの動作に淀みが無く、注目されているというのに緊張している風でもない。 好奇の目に晒されているというのに、まったく大したものだった。

「さて、この娘がこれから三ヶ月間このクラスに特別編入されることになったリンディ・ハラオウン君だ。 見ての通り君たちよりも若い。 年齢は九歳とお前たちより大体四つ下だな。 だが、その潜在能力はかなり高い。 今回は特別にこのクラスに編入することになったから、皆よろしくやってくれ。 さ、リンディ君。 自己紹介したまえ」

「――リンディ・ハラオウンです。 これから三ヶ月間皆さんと同じクラスに編入されます。 短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」

 ペコリと優雅にお辞儀する九歳児に、一瞬クラスメイトたちは一瞬言葉を失ったが、にっこりと微笑む姿に年相応の可愛らしさを見出したのか、女子たちを筆頭に質問をし始める。

「……九歳だと」

「ああ、四歳下だな。 若い……なんてレベルで済ませていいのか?」

 ザースの呟きに、クライドは魂を吐き出しながら答える。 リンディ・ハラオウンといえば、クライド・ハラオウンの妻である。 アニメと同じならだが。 なるほど、ここでリンデイとクライドは出会ったのだろう。 知り合えることは楽しみにしていたが、出会ったのが管理局以外だったとは今のクライドには予想できていなかった。 また、厄介ごとが一つ増えるのではないかと戦々恐々としてしまう。

「なぁ、そういえば気づかなかったんだが俺の机の左側にさぁ、一つ机が増えてるんだが……まさかってことは無いよな?」

 冷や汗をかくクライド。 彼の現在位置は最後尾の一番左。 窓際から一つ手前の位置だった。 少なくとも、先日まではそうだったはずだ。 一つぽっかりと空いた席。 なるほど、それは転入生がいたからか。 ザースが珍しく頬をヒクつかせているクライドに訝しんだところで、担任は無慈悲にいった。

「ああ、あそこの一番後ろの席に座りなさい」

「はい」

「……なんでさ」

 計ったようなタイミングだった。 やがて、リンディが指定された席へとやってくる。 苦笑いを浮かべたクライドはそこで腹を括ることにした。 考えても仕方が無い。 というか、考えても意味が無いことに気がついたからだ。

「よろしくお願いしますね」

「ああ、よろしく。 俺はクライド・エイヤルだ。 なにか分からないことが”あれば”聞いてくれ。 答えられる範囲で答えるから」

 苦笑いを無理やり笑顔に変えてそういうと、隣の席から野次が飛んだ。

「おいクライド、お前年下趣味だったのか?」

「はっ?」

 いつもクラスに無関心な男の変化に、悪戯心を刺激されたザース。 その一言がさらに彼を追い詰めていく。

「えと、光栄です」

 少し驚いた様子で、しかしはにかみながら微笑むリンディ。 周囲の人間がそれを次々と囃し立てていく。

「クライド、てめぇ可愛いからって手を出すんじゃねーぞ」

「うそ、クライド君って真面目そうだったのにそんな趣味が!?」

「くそ、リンディちゃんは俺が守る!!」

 騒がしいクラスメイトたちに頭痛を感じながら、クライドはこめかみを押さえる。 展開が彼の思考を超えていた。 闇の書のこともなど考えなければならないというのに……ありえない展開でありえなくなるはずの正史を再現させられていることに、少しだけ戦慄していた。

(ああ、これがよく聞く修正力って奴なのか?)

 心の中でうな垂れるクライド。 しかしそんな彼に追い討ちをかける人間がいた。 クラスの担任である。 リンディをクラスに溶け込ませるために担任はクライドを生贄にした。

「ふむ、早速仲が良くなったところでクライド。 お前がリンディ君に色々と教えてやってくれ。 なぁに、校内の案内や簡単なことだけでいい。 紳士的にエスコートするんだぞ」

「……わかりました」

 紳士的にというところで釘を刺してくる担任に、実習でいつかぶっ飛ばすなんて危険なことを考えながらクライドは頷いた。 というより、頷くしかなかった。











 クライドとしては、別段どうでもよかったことだった。 だが、頼まれた以上はなんとなく気にかけるのが小心者である彼らしい。 午前の座学が終わり、いつもなら食堂へ向かう癖に今日に限っては授業が終わっても動きもせず、ぼんやりと雑誌を眺めていた。 ザースはそんな彼の様子に気づき女友達を一人捕まえて時間を潰しながら付き合っていた。 クライドが頼んだわけではない。 彼が面白半分で付き合っているだけだった。 が、自分一人になるよりはクライドはマシだったので友人のお節介に心の中で礼をする。

 現在のクライドの行動を簡潔にいえば、ただ単に待っているだけだった。 面倒を見ろと言われたので従っているといった感じだ。 リンディ・ハラオウンは普通の座学はうけていない。 途中編入ということと短期入学という形であることから少なくとも座学は最低限抑えておかなければならないところだけを教師とマンツーマンで受ける特別授業を受けていた。 普通の座学とは違い、必要なことだけを凝縮しているその授業は、短期入学者だけの特別授業だ。 午後の実技はクラスの人間と混ざってやることになるが、そのうち慣れてきたら三年や先生方との模擬戦になるだろう。 少なくともSランク相当なら、そもそもこのクラスに編入する必要性をあまり感じないのだが。

「……遅いな」

 別に約束などしているわけではない。 特別授業が終わってから戻ってきたら、食堂に案内しようと思っただけだった。 もし担当の教員か誰かに聞いて食事をしているのならクライドの行動は意味を失う。 まあ、彼は自分の行動をお節介だと思っていたからその場合はさっさと食堂に昼食を取るだけなのだが。 

 既に授業終了のチャイムがなって十五分が経過していた。 大体五分もすればこの教室に帰ってこられることから鑑みるに、既に食事を取っている可能性がある。 後十五分して戻ってこなければクライドは食堂に行く気だった。

 つまらなそうに雑誌を捲る目は、どこかイライラしているようにも見える。 と、そこでようやくリンディ・ハラオウンが帰ってきた。 少し急ぐようにしている癖に、落ち着いて見えるのは彼女が年不相応な力を持っているからか。

 席に着くや否や教科書や筆記用具を片付けていく。 そうして、席を立つこと数秒。 しかし、少女はそれ以上のアクションを起こさなかった。 困ったように小首を傾げ、ついでもう一度席についた。 全寮制ということもあってか、クラスの人間のほとんどはもう食堂へと向かっており残っている人間などクライドたちしかいない。 それでもちらーっと隣のクライドの様子を探っているのは話し出す切っ掛けがつかめないからか。 クライドはその様子に気がついていた。 だから雑誌をしまうと立ち上がってリンディに声をかける。

「食堂の場所知ってるか? 知らないんなら案内するが」

「あ、お願いしますクライドさん」

「さて、おいザース行くぞ」

「フレスタも一緒だけど構わないよな?」

「ああ、俺たちだけよりはいいだろうよ」

「じゃ行こうかリンディちゃん。 こいつらだけだとアレだし、女の子は女の子同士仲良くしましょ」

 そういうとフレスタは立ち上がったリンディの手を握ると、半ば引っ張るようにして教室を出て行こうとする。 リンデイは少し困惑した様子だったが、気さくなフレスタの様子に成すがままとなっていた。

「誘っておいてなんだが、相変わらずあいつは強引な奴だな」

「いや、リンディをクラスに溶け込ませたいなら女子連中のまとめ役であるあいつは適任だ。 ザースの判断は間違ってない」

 少々強引なところこそあるものの、フレスタ・ギュースはクラスの中ではいい人に分類される。友達も多いし、別のクラスにも顔が広い。 リンディ・ハラオウンにとって悪い出会いにはならないだろう。 

「ほら、なにしてんの二人とも。 出遅れてるんだからさっさと行くよ」

 フレスタが振り返りながらクライドたちを急がせる。 その様子は、妹の相手をする姉のようでどこか微笑ましかった。






 昼時の食堂と言えば戦場である。 売店しかり、食堂しかり。 あるものは売られるパンに命をかけ、またあるものは混雑という名の悪魔との戦いに明け暮れる。 

 煩いことこの上ない戦場に、クライドは辟易していた。 しかし、リンディは違った。 物珍しいのか周囲の様子を見て、フレスタに色々と質問していた。 九歳といえば給食の方が馴染みがありそうである。 こういうところを利用する機会なんて少ないだろうから当然か。 

「まあクライドは淡白で無関心な奴だけど悪い奴じゃないから、どんどん扱き使ってやればいいよ」

「そうなんですか? 結構優しい感じがしたんですけど」

「いやいやアレでいつもはこうムスッとしてるんだよ。 クラスで浮いてる……とまではいかないけど、必要以上に関わってこないって感じ。 特に女子との浮いた話なんて聞かないからねぇ」

「フレスタ、一体なんの話をしているんだ?」

 フレスタとリンディが確保した席に、ようやく手に入れた料理を運んでいたクライドは眉毛をヒクつかせながら問いかける。

「ああ、あんたが実は年下趣味らしいから気をつけろとかそんな話をね」

 悪びれもせずにいうフレスタに、クライドは料理を差し出すのをやめようかと思ったが担任が紳士的に、なんていったことを思い出し苦虫を噛み潰した表情で持ってきた料理を二人の前においた。 何のことは無い日替わり定食だった。 が、少し遅れた昼食になった分だけ美味しそうだ。

「お、サンキュークライド」

「ありがとうございますクライドさん」

「ああ、別にかまわない。 が、一つ言っておくが年下は嫌いじゃないが、がっつくほど俺は飢えてない」

 憮然とした表情でそういうクライド。 その隣にザースが腰を下ろし、これまた確保した食事を自分とクライドの前に置く。

「さて、食べよう。 いい加減腹ペコだ」

「だね。 リンディちゃん、ここの学食結構美味しいから毎日楽しみにしていいよ」

「はい、美味しそうですね」

 全員が遅めの昼食をパクつく。 メニューはミッドチルダでもオーソドックスなパスタとサラダとスープだった。 皆は黙々と食べ始める。 が、沈黙が長く続く前にザースが口を開いた。 どうやら気になっていたことを尋ねるつもりだったようだ。

「なあハラオウン、そういえばお前さん短期入学だったよな? ということは結構魔導師ランク高いのか? 俺は一応陸戦Bランクとってるんだけどよ、良かったら教えてくれないか?」

「私のランクですか?」

「ああ、大抵短期入学生は高ランク持ちって話だからよ。 気になってたんだ」

「あ、私も気になる。 私は陸戦Cランクだけどリンディちゃんは?」

「私は総合Sランクです」

 食べる手を止めて、リンディがなんでもない風に答える。 が、それを聞いたザースとフレスタは一瞬言葉に詰まった。 噂を聞いていたザースでさえ、面と向かって言われると色々と思うところがあるらしかった。

「すげぇな……じゃあ、アレか? ここにいる連中一人でノシちまえるわけだ」

「そうですね、やってみないとわかりませんけど……できないことはないのかもしれません」

 パッと周りを見ながらそういうリンディ。 高ランク持ちは大抵短期入学でさっさと訓練学校を卒業する。 それはそれだけの素質を持った人間は管理局としても長い間のほほんと勉強させることがマイナスでしかないからだ。 特に、魔力さえあれば後はデバイスの補助でどうとでもなるのが高ランク魔導師の特徴である。 魔力が少ない人間にとっては悪夢のような話だがこれは現実。 低ランク魔導師は効率と術式を工夫するが、高ランク魔導師は魔力にモノをいわせた力技で解決できる。 これは純然たる魔導師としての素質の差から現れる現実だった。 そして、膨大な魔力を持った魔導師が工夫と効率化を覚えたときその魔導師は管理局内においてエースオブエースの名を欲しいがままにしていくのだ。

「おいおい、何を物騒なことを尋ねてるんだ飯どきに」

 剣呑な話題につまらなそうに一蹴するクライド。 そんな分かりきっていることを尋ねることに意味があるとは思えなかったからだ。 パッとみただけでもリンディの持つ魔力量が半端ではないことは感じ取れる。 デバイスにスキャンさせてみても、その魔力量は食堂で食事をしている学生を大きく超えている。 これで、全力で魔力を発したなら一体どれほどの力を発揮するのか想像に難くない。 

「いや、やっぱ気になるじゃないか。 それに高ランク持ちの魔導師に会う機会なんてそうそうないからな」

「先生たちでも学園長のAAAが最高でしょ? リンディちゃん教わることなんてあるの?」

 疑問を浮かべるフレスタに、リンデイは答える。

「勿論あります。 私は総合Sランクといっても実戦はあまり経験がないんです。 それに、総合系の魔導師は使える魔法の種類は多いですけど、必ずしも戦闘が得意ということはありませんから。 今回はその辺りを重点的に学ぶためにこの学校に来ました」

「なるほど、空戦Sと総合Sでは求められるモノが違うからな」

 リンディの言葉にクライドがなるほど、と頷く。 空戦魔導師は文字通り空で戦う魔導師を指すが、総合の魔導師とは求められる力が違う。 どちらがどうというわけではないが、それぞれ適するところが違う。 陸戦や空戦魔導師は基本的に戦術レベルでの力を求められるが総合は違う。 何でもできるといえば聞こえはいいが、特化していない分その力は分散する傾向にある。 それに、高ランク持ちはその魔力量を生かした戦い方になり、どうしても力押しの戦い方しか知らない。 総合ランク持ちは実戦経験を積まない限り大抵そうだという話をクライドはアリアに聞いていたことを思い出した。 要するに、戦い方が下手なのだろう。 だからこそ、それを補うために基本的な応用を重視する訓練学校へ学びにきたのだ。

「でも、空戦より総合の方が難易度は高いって聞くぜ?」

「ザース、それは当たり前だ。 苦手なモノでも一通り何でもこなせるのが総合ランクだからな。 陸戦魔導師が空戦をしろと言われて苦労するのと同じ要領だろ」

「ああ、そういうことか。 確かに、俺も空飛べるようになれなんていわれたら難しいって感じるだろうしなぁ」

 基本的に、陸士訓練学校では陸戦しか教えない。 対空戦の勉強はしても、飛ぶことを教えない。 それは陸戦を覚えてからやがて空戦を教えていくという魔導師のカリキュラムからそうなっているからだ。 まあ、素質がある人間は空戦の学校へと行っているはずであるからというのもあるのだが。
 ならば、リンディが空戦の学校にいけばいいのではないかと思うが、真実知らなければならないのは戦闘での創意工夫である。 空戦のように立体的な空間での戦闘は自由度が高い。 しかし、限られた移動範囲内で任務をこなせるように工夫していくのが陸戦魔導師。 工夫を学ぶという点においては、陸戦の学校の方がいいのである。 そして、空戦は総合に近い部分がある。 素質がある人間が集まっているという点だ。 素質が無い人間と素質がある人間では足掻き方が違う。 似たような資質の人間たちの下で学ぶより、ジャンルが違う人間の足掻きのほうが勉強になる部分が多々あるからこそ、彼女はここ陸士訓練学校に来たのだろう。 特に、泥臭い戦闘を学ぶにはここの方が良い。

「まあ、なんにしても俺たちにも良い刺激になるだろう。 どうやって高ランク魔導師の相手をするべきなのかをこの短期間であれ学べるというのはプラスになるだろう」

「違いない」 

「あははは、お手柔らかにお願いしますね」

「手加減なんてできそうにない。 むしろ手加減を頼むのは俺たちの方だろうからな」

「あっはっは。 模擬戦開始十秒で瞬殺なんてなったらかなり凹んじゃいそう」

「いや、それは十分ありえるから」

(そもそも、十秒持つのだろうか?) 

 クライドはこの年下の魔導師がSランク持ちという事実を考えると、冗談が現実になりそうで怖かった。 ただ、戦闘が下手だからこそ勉強に来たと言っていたことから、一度位なら全力で戦ってみたいと思った。 クライドはCランク以降ランクの試験に挑んだことはない。 事実としての戦力差は圧倒的だったが、それでも完全に準備をした上での短期決戦であるならば、勝てる可能性もあるかもしれないと思った。

「ま、なんにしても昼から嫌でもわかるだろう。 昼からは実技だからな。 今日の午後はスパルタな模擬戦ばかりさせるミズノハ先生だ。 この機会に俺たちに高ランク魔導師との模擬戦をさせる可能性もある」

「うげぇ、マジあの先生ならやりそうだなそれ」

「やるとしたら、コンビはありえない。 この戦力差だ。 恐らくはクラス全員対リンデイという構図もありえる」

「私一人対クラス全員……ですか? そんな無茶苦茶な……」

「いや、それもありえるわよリンディちゃん。 なんせ、あの先生私たちを受け持ったときに最初に行った授業が先生一人対クラス全員だったからね」

 頭を抱えながらフレスタが言う。 彼女にとって、ミズノハという教員は鬼門だった。 開始早々に必殺の一撃を喰らった身としては戦々恐々とするしかない。

「生き残った奴は少なかったなぁ……クライドは生き残ってたっけ?」

「ああ、面倒くさいから隠れてた」

 というより、アレはどうみても生徒を苛めて楽しんでいるようにしかみえなかった。 目をつけられるのも嫌だったので、クライドは開始早々に隠れたことを思い出した。 アレは面白い獲物を探す目だったのをクライドは覚えている。

「なんにしても、ミズノハ先生は気をつけろ。 力押しに見せかけて色々とえげつない小細工を混ぜてくる。 まあ、あの戦い方こそ学ぶべきものなのかもしれないが」

 銃剣型のデバイスを振り回しながら一人で学生を昏倒させていったバトルジャンキー。 ジェイソンも裸足で逃げ出すほどの殺気を振りまくあの先生は、しかし訓練相手としては最高の人間であった。 ただ、目をつけられたら徹底的に扱かれるという噂があるのであまりお近づきになりたくはないタイプだったが。

 実はクライドは一度目をつけられたことがある。 制限時間一杯まで生き残った人間は彼女に目をつけられ、補習を言い渡される。 それは生き延びるほどのセンスがある人間をよりよく伸ばすためのモノだった。 あの後は悲惨だった。 クライドがノックダウンするまで演習場での模擬戦を強いられたときには、生きた心地がしなかったものだ。

「へぇぇ……立派な先生なんですね」

 リンディはなんとなくすごい先生だと関心したが、それは知らぬが仏というものだ。 純粋に尊敬している九歳児に、クライドたち三人はこいつは大物になる、と妙なことを思った。 












「では、これよりリンディ・ハラオウンを歓迎してクラス全員での模擬戦を行う。 勿論、リンディ・ハラオウン対クラス全員だ」

「「「えぇぇぇぇぇぇ」」」

 不平不満の声が上がるが、ミズノハ・サタケ教員は手に持った2丁の銃剣型デバイスの片方を天に向け、引き金を引く。 魔法の発射音とは思えない砲撃音が次の瞬間に木霊して、クラスメイトたちがピタリと黙る。 

 ミズノハ・サタケ――泣く子も黙る空戦AAランク魔導師。 こと戦闘に関しては妥協も甘えも許さぬスパルタ教師である。 生徒が魔力ダメージでノックダウンするか授業時間一杯まで逃げきらない限り行われる苛めの名のつく模擬戦は、最早訓練学校では有名である。  

「すごい先生ですね」

「ああ、問答無用ですごいだろうよ。 卒業生も現役の魔導師の人も彼女の授業を受けたことがある者は今でもあの人にあったら敬礼は忘れないそうだ」

 既に三十を超えているらしいが、見た目は若い。 二十代前半でも通じそうなその美貌は、触れれば切れる名刀のようだった。 肩口で無造作に切られた金髪、スレンダーな長身とで男子生徒から違う意味で人気があるが、訓練学校で恐れられている先生としては上から数えたほうが早い。

「さて、私は書類上でしかリンデイ・ハラオウンの力を知らない。 今日は思う存分クラスの連中をノックダウンさせてやってくれ。 なに、遠慮はいらない。 非殺傷設定もあるし、私がよくこいつらを叩きのめしてきている。 今更九歳児に打ちのめされようとメンタル面で落ち込むことなどありはしない。 そうそう、模擬戦が終わったときに時間があれば私がじきじきにノックダウンさせてやるから、できるだけお前らは生き延びろよ。 では、早々に彼らを倒してくれたまえリンディ・ハラオウン」

「は、はぁ……」

 暗に、全員をぶちのめせと言っている教員の言葉に、リンデイは冷や汗をかく。 クラスの連中は皆いつもの先生の調子に涙した。 勝手も負けてもノックダウンされそうな雰囲気に、どうにでもしてくれと自棄をおこしそうだった。

「予感的中……だなクライド」

「模擬戦は一回だけだと思ってたが、先生も出張る可能性があるとは……正直油断していた」

「最悪……」

 ザースがどこか嬉しげに、クライドはただため息をついて、そしてフレスタは絶望したかのように肩を落とす。

「まあ、ようは戦闘を時間を延ばせばいいんだ。 これだけの人数がいれば、そうそう簡単に全員を倒すことなんて……いや、できないこともないのか?」

「おいおい、まさか……冗談だろう?」

「総合Sランクなんだ。 広域系の攻撃魔法も使えるんじゃないか? そうなったら、よほどうまく逃げないと訓練場もろとも一撃で終わらすことも可能かもしれない」

 嫌な想像だったが、やれないことはないだろうとクライドは思う。 だとしたら、陸戦魔導師にとってそれは地獄のような話である。 空に逃げるという選択肢が普通は無いので遮蔽物に隠れるか防御魔法で防ぐしか無いのだ。 遮蔽物ごと殲滅されればお話にならない。 そして、さらに不味いことに相手は恐らく空に上がる。 こちらは陸戦魔導師ばかりだが、相手はそうではないのだ。 空に上がった魔導師を撃ち落すのはかなりの技量が必要である。 飛べない陸戦魔導師にとって、空戦魔導師とはかくも恐ろしい存在なのだった。 そして、それを彼女が理解していれば決して地面には降りないだろう。 態々不利になる要素を選ぶ必要など無いのだから。 


 数分後、バリアジャケットに身を包んだ訓練生全員が思い思いの位置につく。 クライドはザースとフレスタに声をかけると一目散に駆け出しできる限り離れることにした。 目視できる距離にいても意味は無い。 離れた位置で、ある程度作戦を考えなければノックダウン確実であると踏んでいたからだった。

「目標は制限時間一杯まで逃げ切ること……なんて俺は思っていたがそれだとザースは嫌なんだろう? だったら、俺たちでリンディを落すぞ」

「はぁ?」

「お、いつになくやる気じゃないか」

 その言葉に呆れるフレスタと、意気揚々と頷くザース。 クライドにとって、リンデイという人間はよく知らない人間だ。 そもそも、アニメを三期まで見ている彼ではあったがリンデイ・ハラオウンという人間が戦う姿など見たことは無かった。 ただ、その技量は恐ろしいものがあるということだけは感覚的に理解していた。 しかも、高ランク持ちだというのなら今の自分がどれだけ戦えるのか気になって仕方が無かったのだ。

 これは一重に才能と凡人の工夫の戦いであるとクライドは思う。 だったら、小細工でどこまでやれるのかを今のうちに知っておきたかった。 ロッテやアリアと戦って培った経験と、そして今まで学んできたものがどこまで高ランク魔導師に届くのか。 最後まで生き残れる魔導師を目指しているクライドにとって、良い模擬戦相手であるとの確信があった。 最悪、今まで滅多に使うことがなかった奥の手を切るつもりであった。

「ああ、総合Sランクを地には這わせるなんて機会はもう無いかもしれないからな。 この機会にどこまでやれるのか知りたい。 良い勉強になるぞ」

「んで、俺はどうすればいい? 生き残ることに関してはお前の腕が一番高いことは理解しちゃいるが、俺にできるのは相手に突っ込んで殴ることぐらいだぞ?」

「えと、私もあんまりできることって少ないんだけど……」

 Sランク相手にできることなど、たかが知れている。 暗にフレスタもザースもそう言っている。 だが、クライドはそうは思わなかった。 今この三人だからこそできることがあるはずだと思っていたのだった。 何せ相手はSランクとはいえ一人なのである。 少ないが、一人で彼女と戦うよりはマシであるし、それを武器にしなければ勝てない。 切り札を使っても地力の差を埋めることは不可能であるとクライドは考える。

「即席で悪いが、連携重視の戦術でいくぞ。 俺はサポートと遊撃をこなす。 ザース、お前確かウイングロードが使えるよな?」

「ああ、Bランク取得の際に必要だと思ったからな」

「フレスタは確か狙撃系だよな? 遠距離射撃は得意だろう? リンデイの誘導弾を撃ち落す自信はあるか?」

「リンディちゃんの操作レベルによるけど……なんとかなると思う。 ただ、それだと射程距離があんまり取れないよ」

「……難しいか」

 一通り戦い方を考えるなか、クライドはどれもピンと来ない。 問題はどうやってザースを近づけさせて彼女を地面に落すかである。 今のところクライドは地面の上でなければ切り札を仕えない。 ついでに言えばできるかぎりリンディの魔力を削って地力の差を埋めなければノックダウンさせられるのはこちらであるかもしれないのだ。 下手な手は打てない。 相手が戦闘経験が豊富では無い今だからこそできる手を考えなければならないのだから。

「基本的に、俺たちの長所を最大限利用しなければ勝つなんて夢のまた夢だ。 付け入る隙は向こうが戦闘になれていないという一点。 そして、俺たち単独じゃないということだけだ」

「なぁ、俺はいつもどおり突っ込むって考えていいんだなクライド?」

「ああ。 ザースには真上から奇襲してもらう。 一番威力のある一撃をリンディの頭上から叩き込め。 そして地面に叩き落すまでの注意を逸らし、あわよくば魔力を削るのがフレスタと俺の役目だ。 地面に落したところを俺が決める」

「ヒューっ言うじゃねぇか。 魔力差は圧倒的だぜ?」

「地面の上でなら切り札を叩き込めばなんとかなる、と思う。 そのさい、俺がリンディのバリアジャケットを抜けなかったらお前らも攻撃しろ。 それでバリアジャケットをぶち抜けたら俺たちの勝ちだ。 無防備なところに一発でもぶち込めば同じ人間だからな。 魔力ダメージでノックダウンしない道理は無い」

「ず、随分いうねクライド。 あんたそんなに好戦的だったっけ?」

「今回は特別だ。 相手が高ランク魔導師なら、レベル差を埋めるために何ができるのかを知る機会は滅多にこないぞ」

「そりゃ、そうだな」

「それで、私たちが動くタイミングはどうするの?」

「向こうは近場から片付けるだろ。 俺なら速攻で空に上がって広範囲攻撃系で近場を一掃してから各個に撃破する方法を選ぶ。 広範囲系の攻撃を撃った後、各個撃破している最中を狙うぞ」

「そうそう上手くいけばいいんだけど……本当にバリアジャケットを抜けると思うの?」

「小細工は小細工だが、アレで抜けなきゃ全員ノックダウンするだけだ。 二回戦でミズノハ先生のありがたい授業が始まるだけ。 まあ、勝ったら模擬戦は無しとか言ってなかったから十中八九あの人はやる気だとおもうけどな」

「はぁ……まあ、いいや。 どうせノックダウンされるならちょっとは足掻きたいもんね。 さすがに年下にクラス全員で挑んで負けるとその……ちょっと凹む」

「よし、じゃあ決まりだな。 クライド、お前の切り札って奴を見せてもらうぜ」

「ああ、使う前にノックダウンするんじゃないぞザース。 俺が下手したらお前たちにフォローしてもらわないといけないんだからな」

「そうだ、一応それがミスったときの作戦は?」

「逃げ切ることができるかは分からんが、時間切れを狙うしかないだろうな。 三人で囲んで生き残りと合流しつつ、地形を利用しながら他の奴が襲われたり高ランクの魔法を使うのをことごとく邪魔するしかない。 まともに戦ったら負けるんだから、それ以外にノックダウンを避ける方法は無い」

 だが、長期戦をすればするほどクライドたちは不利になる。 元々の地力の差を埋めることが出来ない場合はノックダウンされるだけなのだから。 

「それと、リンディがどんな魔法を使うのかできるだけ遠めに見ておこう。 相手がどんな魔法が得意なのかが分かれば御の字だが……総合ランク持ちだから、これは気休めだな」

「まあ、知らずに撃ち落されるよりマシかじゃないかな」

『さて、諸君そろそろ模擬戦を開始するぞ。 私が空に砲撃したらそれが開始の合図だ』

 と、そこまで話した時点で念話によってミズノハから戦場に散った生徒たちに伝達される。

「さて、大分離れたが……見せてもらおうか。 総合Sランク魔導師の実力とやらを」

「想像を絶する苛めに発展するのは目に見えてるけどね」

 どこか楽しそうに言うクライドに、フレスタは呆れながら突っ込みを入れた。 そして、見上げる空に一条の閃光が走る。 開始の合図であるミズノハ教員の砲撃魔法である。

「ここまで離れたら広域殲滅はされないだろう。 後は運を天に任せるだけだな」

 動き出した九歳児が集める膨大な魔力に冷や汗を感じながら、クライドたちは頷きあった。








 ミズノハ・サタケにとって、この模擬戦は今までの在学生たちのためだけのものではなかった。 リンディ・ハラオウン。 極稀に生まれる恐ろしい素質を持った魔導師。 若すぎるその才能を羽ばたかせることは、ミズノハにとって光栄なことであった。 そして、そんな才能の塊である存在に自らの全てを叩き込むことこそ使命であると考えていた。 才能を保持した人間は、凡人をはるかに超えた速度で成長し、圧倒的高みに駆け足で駆け抜けていく。 そのために必要なことは、実に簡単だ。 彼らは元々吸収率が異常であるのだから、凡人が学んだことをきっちりと教え込めむだけで成長する。 地力の差は、そこまでの差を生み出すのだ。 だが、だからこそ彼女に教授しなければならないことがある。 才能の無い人間の足掻きと、数の力というものを。 在学生たちがどこまでそれをやれるかはわからない。 だが、双方にとってこの模擬戦は大きな意味があるとミズノハは考える。

 前線に出れば、一騎当千の猛者は意外に少ないということを知るだろう。 そうして、そんな彼らを支えることがエースオブエース、あるいはストライカーという称号を得るほどの高ランク魔導師の役目であるということも。 拠り所とされた彼らの道は孤独である。 皆は自分を頼り、しかし自分は頼ることを許されない。 仲間を信じることは必要だ。 仲間に背中を預けることもあるだろう。 けれど、それでも高ランク保持者は孤独に戦わなければならない。 集団の中の孤独を、嫌でも知らなければならない。 それが素質を持って生まれた魔導師の運命なれば。

「さて、準備は良いなリンデイ・ハラオウン」

「はい、いつでもどうぞ」

 バリアジャケットに身を包んだリンディが己のデバイスを握りしめて頷いた。 藍色のジャケットに白のブラウスとズボン。 年相応の可愛らしさを持ったリンディが着れば、どこかの社交場にも出ていけそうな出で立ちだった。
 そして、その手に握る杖型のデバイスもまたシンプルながら優雅である。 普通に支給される訓練用のデバイスではなく、彼女の大出力魔力に耐えられるように管理局のデバイスマイスターが作り上げたそれは、一般の訓練生の持つそれを大きく超える性能を持っている。 現在は訓練用にデチューンしてあり、大出力放出こそ可能なだけのデバイスに成り下がっているがそれだけでリンディの戦闘力を遺憾なく発揮することができる凶器であった。

「先程も言ったが、全力でやってくれ。 逆に、訓練生如きをノックダウンできないようなら君の実力が疑われることになる。 まあ、約一名厄介な奴がいるがそれ以外で君が遅れを取るようなことはないだろう」

「厄介な奴……ですか?」

「真面目なのか不真面目なのかいまいち分からん奴だ。 ただ、低ランク所持者の訓練生相手に私がノックダウンされたのはアレが始めてだった。 中々に食わせ者だよそいつは」

「えと、どんな人ですか?」

「お前ももう知り合っている奴さ。 まあ、これ以上は自分の肌で感じてくれれば良い。 あいつが本気になるかどうか私には分からんのでな」

「はぁ……」

 どこか楽しそうに言うミズノハの言葉に、曖昧に頷きながらリンディは思った。 知り合いの中で一番に浮かんだのはクライド、ザース、フレスタの三人だ。 あの三人がそんなに強いのかどうかリンディには理解できかねたのだ。 感じる魔力はそこそこで、自分とは比べ物にならないほど少ない。 魔力量は一番手っ取り早い戦闘力の感知方法だ。 少なくとも、最大攻撃力には掛かってくる要素なので、それをまず考慮する。 後は、戦闘技術を高めた人間かどうかというのがネックだが、それは戦ってみなければ分からない不確定要素である。 少し考えたが、どちらにしろやることは変わらない。 そう結論付ける。 ただ、ミズノハの言葉を微かに頭の中に覚えておくことだけは忘れなかった。 三人のうちの誰かがジョーカーだというのなら、三人全員を警戒しておけばいいだけなのだから。

「では、始めるぞ」

 銃剣型のデバイスを空に向け、発砲する。 放たれた閃光は空を貫いていくと同時に、リンデイは飛行魔法を展開する。 一瞬足元に光る翡翠色の魔法陣。 次の瞬間にリンディの背中に透明の翼が生える。 重力制御から魔力貯蔵、魔法行使を円滑に行うためのリンデイが独自に編み出した魔法であった。 翼が、羽ばたく。 それと同時に小さな体躯を羽ばたかせながらリンディは飛び立っていく。

「……まるで妖精だな」

 生徒が聞いたら噴出しそうなメルヘンチックな感想を抱きながら、ミズノハは苦笑した。 その妖精は可愛らしい容姿とは裏腹に、圧倒的な力を内包した存在なのだ。 あるいは、先生をやっている自分でさえ圧倒しかねないほどの。

「だが、まだ私とやるには早い」

 魔力量だけが武器の魔導師など、戦場では長く生きられない。 そのことを理解し、この戦いで少しでも戦い方を学んで欲しかった。 

「さて、戦闘の記録用にエリアサーチをしておかねばな。 データ解析はあまり得意ではないが、それが仕事だ」

 ぼやきながら、彼女は空間モニターを展開していく。 訓練場に設置された機材や自らが放った監視魔法から送られてくるデータをまとめながら彼女はそれに気がついて笑った。

「ほう、いつも単独かコンビしか組まない奴が三人でつるんでいるとは……やる気になったのかあの男? これは面白いことになりそうだな」

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるミズノハの視線の先には、モニターに映し出された黒髪の少年がいた。











 上空に飛翔する小さな体躯。 妖精にも見えるその可憐な容姿とは裏腹に、いっそ爽快なまでの無茶を彼女は行っていた。 無茶、というよりは滅茶苦茶だった。 空中に躍り出る彼女を狙撃する砲撃魔法を無視し、かなりの高度を取った彼女はそのまま魔法の詠唱に入る。 動きを止めるなど愚策でしかないが、それは通常の場合だ。 馬鹿げた出力のシールドがそれら全てを防ぎきっている。 正直、あそこまでやられるといっそのこと恐怖さえ沸く。 どんな攻撃もそのシールドを貫くことはなく、やがて、詠唱を終えた彼女の頭上には幾百の魔法の剣が現れる。

 それはスティンガーブレイドと呼ばれる魔力で出来た剣を打ち出す魔法だった。 ある程度の魔力量がある魔導師ならば扱える程度のものだったが、その数がふざけている。 魔力量が少ない魔導師が頑張って剣を五十個は生み出せれば良いほうだが、彼女の場合は三百を有に超えていた。 それを見た訓練生たちは皆呆然とそれを見上げることしかできない。 感じられる魔力量だけで、自分たちの何倍もの量があり、それを背景にした魔法は恐ろしいほどの恐怖を植えつけてくる。

「おいおい、洒落にならないぞアレは」

 戦慄を言葉に、ザースが呟けたのはそれだけだった。 フレスタなど、戦慄を通り越して青い顔をしている。 彼らにとっての最大の脅威と認識されているミズノハ教員よりもさらに数倍を行く魔力量。 そしてあの、数えるのも馬鹿らしくなるほどのスティンガーブレイドの数。 

「……あそこまで魅せられたら、訓練生なら恐怖するな。 心理戦まで覚えてるのか?」

「そんな問題かよ。 あんな面制圧射撃を喰らったら、懐に飛び込むなんて無理だぞ?」

 そうして、遠めに見える魔力剣が妖精の指揮の下一斉に自分たちの方を向いた。 通常、スティンガーブレイドは面制圧に用いることが多い。 数と威力のバランスがいいためだ。 しかし、彼女の選んだ選択は違う。 一つ一つの魔法がそれぞれ訓練生一人一人に向いているのだ。 クラス全員合わせて三十三人。 大体一人頭十本弱の剣がそれぞれを狙っている計算になる。

「……なんだ、あの使い方は?」

 信じられない神業であった。 放たれる魔力剣が全員に不規則な弧を描いて発射されたのだ。 通常はあの魔法に追尾誘導の機能などつけない。 あくまでアレは面制圧に用いられる類の魔法だからだ。 しかし、現に彼女はそれに追尾誘導機能を付加し戦場に存在するクラス全員に対して射出して見せたのだ。

 高速で迫り来る魔力剣。 それを確認した瞬間、クライドはザースと一緒にフレスタを守る位置に立つ。

「ザース、死ぬ気でフレスタを守るぞ!!」

「了解だ」

「フレスタ、見つかっても良い近づかれる前にできるだけ叩き落せ。 どこまで捌けるか分からない!!」

「うん!!」

 それぞれがデバイスを構え、魔弾に対して備える。 距離をとっていたことが幸いし、比較的対処する時間が取れたことが幸いだった。 通常支給される杖型のデバイスを構え、次々と狙撃していくフレスタ。 ザースは両手に嵌めた篭手と足元のインラインローラー型のデバイスに魔力満たし、迎撃していく。 クライドは、しかし二人とは違いデバイスを待機状態にしたまま迎撃する。 待機状態とはいえ演算能力だけはそのままだ。 クライドにはそれだけで十分だった。

「くそ、馬鹿に早いだけじゃなく誘導操作ってのが信じられねぇ!!」

「御免、早すぎてあんま落せなかった!!」

「滅茶苦茶だ!! これが総合Sランクの実力なのか!?」

 クライドは両腕にシールドを纏い片っ端から迫ってくる魔弾を叩き落しながら悪態をつく。 各個撃破など、彼女の頭にはないらしい。 あの位置から、動く気が無いのだ。 少なくとも、それができると彼女が判断しているという事実にクライドは信じられない思いだった。 既に三キロは離れているはずだったが、この精度での砲撃ができるという事実は訓練生にとっては悪夢でしかない。しかも、誘導操作とはどういうことだ。 これでは、初めの様子見の一撃でさえ、落される人間が続出するだろう。

 一発一発がかなりの強度である。 その魔弾を十発防げるだけの防御力を持った訓練生などそう何人もいない。 これで、クラスの半数が堕ちたなら、次はさらに多くの数の魔弾が降り注ぐことになるだろう。 同じ精度で、さらに多くの数が自分たちを狙ってくるというのなら、訓練生たちは次が撃たれる前に決死の覚悟で接近戦を挑まなければならない。

 そして、今でこそ分散しているが皆が落そうと接近してきたところで頭上から広域魔法を叩き込む。 それで一網打尽だ。 どちらにしても、それで終り。 一対一ではどうやっても勝てる訳がないのだから、これ以上数を減らされる前にどうにかしなければならない。 しかも、もう一回彼女が先程の魔法を唱える前に。

「様子見もさせてもらえないほどの差があるとは……」

「くそ、何もせずに終わるのは御免だぜクライド!!」
 
「分かってる!! こうなったら、打って出るしかない!! 作戦に変更は無しだ。 幸い、まだ誰も飛んで見せた奴はいないからな!! ザース、俺に捕まれ」

「あん?」

「俺は飛べるからな。 途中まで進んでいってからお前を降ろし、時間を稼いで見る。 お前はそのまま全速力でリンディの頭上へ向かって叩き落してくれ。 フレスタは俺とザースの援護だ」

 ザースの身体を持ち上げるようにしながら、クライドが飛翔する。 その際、姿を消す魔法であるミラージュハイドを唱えることを忘れない。 

『クライド、あんた飛べたの!?』

 念話でクライドに疑問をぶつけるフレスタ。 今までクライドが飛んで見せたことなど一度も無かったからその反応は当然だった。

『飛べないと言った覚えは無いぞ』

『はっ、面白くなってきたじゃねーか。 こうなったらお前の切り札って奴を見せてもらうぞ』

『見るのは勝手だが、そこまで追い込んで見せろよザース』 

『分かってる、任せろ。 きつい一発を叩き込んでやるぜ』


 とはいえ、クライドもザースも分かっていた。 それがどれだけ難しいことであるかということを。 リンデイ・ハラオウン。 陸士訓練学校に転入してきた総合Sランク保持者。 その強さに誇張など無い。 ランクがその強さを完全に保障していた。

 ミラージュハイドの魔法は光学迷彩の機能と、ステルス機能を備えた魔法である。 よほど感の良い人間でなければ近づかない限りはそれを感知するのは難しい。 ついでに、すぐにそれを用いたことから向こうがこちらがノックダウンして倒れたと誤認してくれていればまだ付け入る隙はあるとクライドは考える。

 全速力で演習場の森の上すれすれを飛翔する。 遥か彼方に見える小さな点。 シールド魔法で身を守りながら次の攻撃を準備している残酷な妖精に見つからないように祈りながら、二キロ地点までやってきたころ、次の小細工を開始した。 まだ、こちらに気がついた様子は無い。 ならばこそ、できることがある。 紙一重の綱渡りだったが、もともと戦力差がありすぎることを考えればこの方法しか取るべき手段は無かった。 

『降ろすぞザース。 少々小細工はするが、お前はこのまま左回りで最短距離を行ってくれ。 間違ってもフレスタの射線の上にウィングロードを載せるなよ援護できなくなったらおしまいだ』


『分かってるさ。 お前こそ落とされるなよ!!』

『任せろ、MVPは俺が貰う』

 ザースを降ろして身軽になったクライドは、右回りにリンディを目指す。 その目には負ける気など微塵も無かった。





 





 別段、ミズノハ教員の言葉に期待したわけではない。 ただ、訓練学校の陸士がどの程度の力を持っているのか気にはなっていた。 しかし、その興味はすぐに薄れた。 様子見に放ったスティンガーブレイド。 そしてそれを撃つまでの詠唱時間。 一歩も動かずにいたというのに、誰も彼女のシールドを敗れる人間はいなかった。 

 魔力量が絶対的な差では無いが、魔力量が豊富だということはただそれだけで強大な武器になるということを彼女は良く知っていた。 だからこそ放った選定の一撃だった。 結果は彼女の予想以上だった。 撃破数は十五人弱。 三分の一ぐらいしか落せないかもしれないと思っていただけに、この結果は逆の意味で驚いた。

(大したことは無いのかもしれない) 

 どこかで、彼らを見下していた思考がある。 それは、圧倒的な魔力量と資質を備えた彼女だからこそ感じる思考だった。 彼女の両親も、祖父も、管理局では優秀な部類の魔導師。 そしてその恩恵である絶大な魔力量は他の追随を容易にはさせない。 両親によって魔導師の英才教育を受け、魔法も学業も文武両道にこなしてきた彼女にとって、ランクとは絶対的な評価である。

 そして、両親もまた強力な魔導師であったが故に、足りないモノを補いながら戦うといった泥臭い戦いとは無縁だった。 ただ、それでも祖父だけは違った。 管理局でも敏腕といわれる祖父は、そんな彼女の境遇に少し不満を覚えたらしく、空戦魔導師の訓練学校ではなく陸戦学校を薦め、彼女をそこへ入学させた。 彼女にとって、不満が無いといえば嘘ではなかったが、自分を可愛がってくれていた祖父が言うのだからと、素直にそこで学ぼうと思っていたのだった。

 ただ、それだけだった。 だが、この結果に落胆しか感じなかったのは彼女が恵まれすぎていたからだ。 そして、祖父が何故ここを選んだのかをリンディはこれからその身を持って知ることになる。


 散発的で、初めよりも強力な砲撃魔法が地上から幾度と無く撃ち放たれる。 しかし、リンディのシールドは敗れない。 どれだけの数の砲撃魔法だろうと、Aランクにも満たない訓練生ごときの魔法に打ち抜かれるほどSランクのシールドは弱くは無いのだ。 そして、その守りを突破することができたとして、この身を守るバリアジャケットがある。 二つの守り。 その二つが破られることなど、ありえないと思っていた。 そも、高ランクの威力の魔法をぶつけられない限り破られた経験が彼女には無かった。 だから、彼らの攻撃で破られるなどということは露とも考えていない。

「……二発目、いきます」

 一発目は腕試し。 先程の遊びの一撃をやり過ごせるだけの力を持った人間がどれだけいるのか試してみた威力偵察だ。 二発目には、遊びなど含めない。 無慈悲に、圧倒的魔力量を背景にした魔弾を敵が全滅するまで送り込むだけ。

 彼女の頭上に、次々と魔力剣が出来上がっていく。 生まれていくその数は、先程の三倍。 千にも届く数だった。 そして、それら一つ一つが先程と同じく追尾誘導操作を付加している。 彼女の持つ訓練用ではないインテリジェントデバイスだからこそできる力技であった。 一人頭約七十本程度の魔力剣に狙われる計算である。 そして、それら全てを同時ではなく連続で打ち出していくのだ。 面制圧ではなく、個別制圧とも言える射撃魔法の完成である。

「……え?」

 と、それを放とうとしたところで、一人だけこちらに高速で飛翔してくる影があった。 それを目で捉えた時、リンディは驚いた。 その瞬間、ミズノハ教員の言葉が頭の中に蘇る。


――君の知り合いの中で、一人食えない奴がいる。


 それは咄嗟に思い浮かべた三人のうちの一人だった。 その名はクライド・エイヤル。 担任ミハエル・チェイン先生に自分の面倒を見るようにと言われた黒髪の少年である。 

 と、それに気を向けた瞬間、リンディは感知しない後方からの攻撃を受けた。 ギャリギャリと不快な音を立てるそれは、自分が良く知っている魔法だった。 だが、それは本来の用途から考えればありえないものだった。

「ラウンドシールド? いや、違う……なにこれ?」

 自分も使っているシールドにそっくりだったが、少し違う。 というよりも、こんな使い方をしている人間を彼女は知らない。 ラウンドシールドとは通常円形の盾である。 今後方から自分のバリアジャケットを削っているそれのように外周部にギザギザなノコギリの刃などつけないし、高速で回転させて攻撃魔法にすることは普通ない。 

(改良しているの?)

 驚きに目を向けるリンディ。 それによってフィールドが削られていく。 バリアジャケットは全身を覆うフィールドである。 シールドやバリア系の防御魔法とは違い全方位防御なので、シールド系よりも防御力は低い。 しかし、こんな攻撃で削られるほど彼女のジャケットの防御力は低くは無いはずだ。 だが、現実には削られていた。

「密度の差と……削ることに特化した貫通の術式のせいかな?」

 関心しながら、スティンガーブレイドをいくつか突き立てる。 と、シールドの腹から三発ほど打ち抜けば消えた。 その耐久力は、彼ら低ランク魔導師の魔法としては割りと強めの強度だった。 が、使いようによっては自分のフィールドを削ることができるということをリンデイは初めて理解し、それを放った人間の方を見て驚いた。 目を離した瞬間、その僅かな間にクライドは高速移動魔法で声が聞こえるほど接近していた。

「よう、余所見していいのかリンディ」 

 手に纏っているのは、これも見覚えの無い魔法だった。 強いていえば、回転する楕円形のシールド。 先程のラウンドシールドを改造した魔法もそうだが、奇妙な魔法を使う変わった魔導師である。 それに他の訓練生が飛んで無いというのに、一人だけ空を飛んでいるのも不自然だった。

 振り上げた拳が真っ直ぐにリンディへと振り下ろされる。 下からの砲撃に備えていたシールドはそのままに、左手の先から二枚目もシールドを展開。 受け止める。

「変わった魔法ですねクライドさん」

 展開されたそれは、圧倒的な魔力を誇る無敵の盾。 しかし、これもまた削られる。 貫通の術式と回転する一点の密度を高めたそれは、明らかにこちらに負荷をかける魔法だった。

「だろうな。 こういう小細工を考えるのは結構好きでな」

「飛べる癖に飛ばなかったのもそうですか? 空戦魔導師だったんですね」

「いや、俺は総合Cランクしかとってない。 まあ、皆が大抵とっているのは陸戦Cだがね」

 涼しい顔でリンディの言葉に返しつつ、左腕を振り下ろす。 シールドを纏っていた左腕が、次の瞬間別の術式を展開。 シールドに触れた瞬間に別の魔法へと変化する。 

(なんて変則的な魔法の使い方)

 瞬時に変わった術式を読み取ると、それは右腕のドリルのようなシールドより遥かにシールドに意味のある魔法だった。

「バリアブレイク!!」

 ドリルで削り、術式への割り込みをかけてシールドを無効化してみせる。 次の瞬間、ガラスのように砕けるシールド。 予想よりもシールドが砕かれるのが恐ろしく早い。 リンディは自分のシールドがこうも簡単に破られたのが信じられなかった。 クライドはそのままシールドを破ったまま少し横に移動する。 そうして側面から再び右腕を振り上げ、シールドを纏った拳をたたきつける。 リンディはそれを見て取った瞬間、スティンガーブレイドの詠唱を破棄した。 負荷が掛かっていたデバイスが、演算能力を取り戻し瞬時にシールドを編み上げる。 今度は、ただのシールドではない。 先程のようにああも簡単にバリアブレイクなど通させるつもりはなかった。

 再びクライドの右とシールドがぶつかる。 右腕が削り、振り上げられた左腕が二回目のバリアブレイクを成そうとするところで、リンディの体制が崩れた。 一瞬真っ白になる思考。 今度は一体なんだ? だが、視線を向けてもそこには何も無い。 彼女のフィールドを一瞬揺るがした何かは、既に霧散していた。

「バリアブレイク!!」

 再びシールドを破るクライド。 思考が中断したことによる思考空白を利用した、強引なシールドブレイク。 こんなにも容易くシールドが破られることなど、ありえない。 呆然とするリンデイはその背後で何かが自分の背後を通過していったことを偶然見逃した。 思考のリソースが目の前のクライドという男に向きすぎていた。 それは大きな隙だった。 

「どうやって!?」

「まあ、大したことではないがなこの程度は」

 メンタル部分では年相応でよかった。 何気ない風にそっけなくそういうと、クライドはその一言にやや衝撃を受けたらしい少女の精神を追い詰めていく。 冷静になられても困るのだ。 今この瞬間にも天高き道を走る彼のためにも。

 三度、振り上げられる右拳。 ただそれだけだったが、リンディは二度の経験から回避を選択しようとして、そこでようやく気がつく。 自分の頭上に何か影があることを。

「嘘いつの間に!?」

 見上げれば、太陽に隠れて恐ろしい速度で迫ってくる男が一人。 茶色い魔力光の道をインラインローラーで滑りながらこちらに向かって降りてくる男の名はザース・リャクトン。 陸戦Bランクを保持する低ランク魔導師の一人。 リンデイが姿を確認したその瞬間、ザースの前に魔力のスフィアが発生する。 ザースが魔法を展開したのだ。 その魔法の名はスターダストフォール。 本来は物質を加速させてぶつける魔法だが、自分自身を物体に見立てて加速するその様はまるで落ちてくる隕石そのもののようにリンディには見えた。

 高速で迫る隕石。 このまま馬鹿正直に迎え撃つことに意味は無い。 回避行動を取ろうとして、再びフィールドに衝撃を感じた。 いつの間にかクライドの姿は消えていた。 だというのに、意図しない攻撃。 フィールドに衝撃を与えるだけだったが、今この瞬間それに思考を割く余裕は無い。 インラインローラーの加速力とスターダストフォールの加速力。そして、ザース自身の魔力と質量が乗った一撃をどうにかしなければいけないのだ。

 回避行動を取ろうとする。 しかし動くはずの足が動かない。 今度は一体なんだと足元を見ると、足首にある青い魔法の輪。 移動を束縛するバインドの魔法である。 その向こうにはクライドの涼しい顔がある。 余所見をした瞬間に下に移動してバインドを決めていたらしい。

 リンデイに避ける術はない。 頭上からは隕石が迫っているのだ。 だとすれば防御するしかない。 リンディが冷静なら、バインドブレイクでバインドを吹き飛ばすことなど簡単だったはずだが、頭上にある脅威に目が向いてしまった彼女にはそんな考えは浮かばなかった。 

「シールド……全開!!!」

 全力て展開されたラウンドシールド。 そこに、隕石が飛来する。 爆発的な加速力によって得た突進力を武器にしたそれは、リンディの小さな身体では受けめきれない。

「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!」

 力技で押しで押し切ったザース。 茶色いウィングロードの軌跡が、叩き落したリンディを追う。 リンディに施されていた両足のバインドは既に解けていた。 ザースが接触した瞬間には既に解いていたのだ。 クライドは頭上から迫ってきた小さな身体を追う。 Sランク魔導師に対して中途半端な攻撃で済ます気はなかった。

 衝撃できりもみされながら、飛行魔法で体制を整えようとするリンディ。 その思考にあるのは恐怖だった。 理解できない何かがある。 そう、リンディは思った。 ランクなど物ともしない何かを持った魔導師がいるのだ。 そう事実を、認めた。

「くっ、でも――」

 それでも、総合Sランク持ちという意地があった。 良いようにやられっぱなしでいるつもりは無い。 どういう手品かは知らない。 けれど、まだ自分はまだ負けてはいないのだ。 

 その証拠に、体力も魔力もまだまだ十分あった。 バリアジャケットも負荷はかけられたが、それだけだ。 致命的なダメージなど一つも無い。 隕石に跳ねられたときは終りかと思ったが、戦える。 スティンガーブレイドを後十発以上放てるだけの魔力がある。 ならば、それを利用して乗り切れば良い。

 リンディの背面の翼が、魔力を受けて活性化する。 堕ちる体の体勢を立て直し、リンディはふんわりと大地に着地する。 その目にはもう油断は無い。 ありとあらゆる敵を排除する気概に燃えていた。

 その目に映るのは、黒い閃光。 着地したリンディと同じく大地に降り立って高速移動魔法を使っているクライド・エイヤルの姿がある。 三度クライドに対してシールドを展開するリンディ。 しかし、クライドの両手には二度バインドを破るために使用した楕円形のシールドは無い。 だというのに、どういうつもりなのか? クライドの眼は笑っていた。

「悪いなリンディ、その選択は君の勝利に貢献しない」

「えっ――」

 咄嗟に、リンディは嘘だと思った。 クライド・エイヤルという少年には自分の防御を突き破る攻撃は無い。 シールドに負荷をかけ、異常なほどの速度でシールドを破るバインドブレイクでシールドを破壊する。 それは一つの脅威だったが、鎧を一枚剥いだぐらいで、二枚目の防御を破る術などありはしない。 トドメはさっき物凄い加速力で強引に攻撃を仕掛けてきたザースの役目のはずだ。 

 加速する思考がありえない言葉に対して反論する。 どうやっても、これで自分が負ける理由が無いのだ。 むしろ、これで勝ちであるとさえ思っていた。 シールドは破壊させる。 そうして、次の瞬間に無防備になったところを大出力の魔法をゼロ距離の抜き打ちで放ち、防御ごと力ずくで吹き飛ばしてノックダウン。 どうみても、彼には自分の攻撃は防ぎきれないのだから。  

 真正面に飛び込んでくるクライド。 右腕を下にした状態で、まるでどこかの管理外世界にいるという侍という戦士が刀を抜く前の姿勢を取る。

「デバイス起動」

 次の瞬間、彼の両腕にグローブ型のデバイスが本来の機能を発揮するために転送され、同時に彼の魔力がいきなり爆発的に増幅された。

(そんな、出鱈目なこと!?)

 ありえない現象に、リンディは両方の目を見開いてクライドを見る。 相変わらず涼しい顔の彼は、何でも無い風に見えない刀を振り上げた。 本当に刀を振るったというわけではない。けれど、リンディにはそう見えたのだ。 居合いという刀を抜くと同時に相手を切るという変則染みたモーションに酷似したその軌跡に沿って、いつの間にかシールドが紙のように切り裂かれていた。  リンディには、その現象が何なのか理解できない。 ただ、思考を空白にすることしかできなかった。 目に見えない何かで確かにシールドが切断されていたことだけは理解したが、それ以上を思考する余裕はなかった。

「悪いな、これは俺が考えた反則技でね」

 クライドは止まらない。 右腕を振り抜いた反動で泳いだ体勢を利用し、左手でも居合いの体勢を即座に取ってリンディの二枚目の鎧――バリアジャケットを紙のように切り裂く。 バリアジャケットが消失し、リンディの鎧は完全に消え去る。 そこに、飛び込む黒い閃光。 

「そん――」

 リンデイは最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。 その眼に見えたのは自分の胸部に手を沿えたクライドの姿。 次の瞬間、バリアジャケットを失ったリンディはクライドの魔法攻撃によって気絶した。 










 正直、場は唖然としていた。 あれだけ無敵を誇っていた総合Sランクがクラスでも目立たない少年によって倒されたのだ。 驚くなという方が無理だった。 遠めに見ていた人間にはクライドが何をしたのか分からない。 ただ、強固なSランク魔導師のシールドとバリアジャケットを切り裂いてゼロ距離から魔法を叩き込んだことだけは理解した。

「で、結局どうやったんだ?」

 クライドの援護ができるような位置で移動していたザースは、一瞬でリンディのシールドを無効化した手品のネタを問いかける。 手品に使ったであろうグローブ形のデバイスはいつの間にかクライドは収納していた。

「見せただろ? 後は自分で考えてくれ。 正直、もう疲れた。 当分模擬戦はしたくないな」

 倒れこんだリンディを抱き上げつつ、クライドはめんどくさそうに答える。

「ああ、そうだザース。 そのままウィングロードでフレスタを回収してやってくれ。 俺のMVPは揺るがないけど、フレスタの狙撃は最高の援護だった。 俺が礼を言ってたってそう言っておいてくれ」

「そりゃかまわないけどよ……そいつはどうするんだ?」

「一応ミズノハ先生に見せてくる。 魔力ダメージで気絶してるだけだとは思うが、大事があったら大変だからな。 気絶させた責任ぐらいは取るさ」

「ふーん、まあいいや。 年上の面子が保たれたしな」

「まあな。 ただ、次からはこうはいかないぞ。 俺はもうやる気ないし、何よりもめんどうだし、それに多分同じ手は通じない。 彼女が戦闘技術を本当の意味で学んだら手なんかつけられないすごい魔導師になるね絶対」

「なら、次はクラス全員妖精のせいででノックダウンか?」

 可愛らしく眠るリンディを指差しながら、ザースが冗談めかして言う。

「ああ、だろうな」

 総合Sランクの強さは本物だった。 少なくとも、一対一ではどうやっても無力化させる自信はクライドには無い。 そして、ある程度の条件が揃わなければクライドは自分の能力がクラスの人間とそう変わらないと思っていた。

「ま、明日以降の楽しみにしておくわ」

「そうしろ。 魔力ダメージでぶっ飛ばされるのは俺たち慣れてるしな。 綺麗に意識ごとこの娘ならぶっ飛ばしてくれるぞ」

「違いない」

 ウィングロードを起動して、フレスタを迎えに行くザース。 その姿を眺めながらクライドは思う。 今回のは付け焼刃だったが、中々良いコンビネーションだったと。 リンディを地面まで叩き落したザースの一撃は勿論、リンディの注意を逸らさなければならない重要な場面でのフレスタの狙撃。 どれが欠けても今のような状況は生まれない。 それは一騎当千の魔導師だからこそ知らない、とてもとても泥臭いギリギリの戦いでの勝利だった。

「ふむ、まさかと思ったがお前たちが勝つとはな」

「ミズノハ先生。 疲れたんで次の模擬戦俺は見学でいいですか?」

「なんだ、私自ら相手をしてやろうと思ったのに、随分とつれないことをいうな君は」

「先生にノックダウンされるのも飽きましたよ」

「はっ、いい加減真面目に授業を受ける気はないのかね君は。 その不真面目さが私は大変気に入らんのだが?」

「いつもいつも全てをさらけ出す人間なんていやしません。 それに、手の内を全部バラしても良いことはないでしょ。 まあ、今回俺は本気で落しにかかりましたけど」

「ふむ……では彼女を医務室に運んでやってくれ。 それで模擬戦は勘弁してやろう」

「診てあげないんですか?」

「バイタルで問題ないことを確認している。 それに見せるなら専門の先生の方が良い」

「了解しました」

 クライドはそのままリンディを抱き上げたまま、医務室へと向かう。 飛べる癖に、急ぐようなことはせずにマイペースに歩いていく。 ミズノハにはアレが何を考えているのかさっぱりわからなかったが、それでもああいう、才能を打倒する泥臭い魔導師がいるという事実だけは痛快に思っていた。 

 自分にも経験がある。 陸戦魔導師を馬鹿にしていて、彼らに模擬戦で倒された苦い記憶が。 そして圧倒的な力を持つオーバーSランクとの力の差に愕然として、どうやって打倒すれば良いのかと研究し、その結果今がある。 若いうちに、それもこんなところで教員でもない低ランク保持者に敗北したという記憶は、リンディ・ハラオウンという魔導師を一回りも二回りも大きくするいい栄養になるだろう。

「良い経験をしたなリンディ・ハラオウン。 君は今、路傍の石ころにつまずくなんていうドジを初めて踏んだのだ。 大人になって、その屈辱を知るよりも今知っておくことは君の将来に必ずや良い結果を生むだろう」

 クライドの後姿を見送ってから、ミズノハは念話で生き残った学生たちに模擬戦の追加を言いつける。 もちろん、戦うのは生き残りと彼女自身である。 

「さて、今日も全員ノックダウンさせるか」

 清清しい顔で恐ろしいことをいうミズノハ。 彼女の念話を聞いて青い顔をして演習場に散っていく学生たちを一人一人見つけては切り伏せていく。 模擬戦のフィールドが、彼女の参戦によって阿鼻叫喚の地獄と化した。












 目をあけたときにリンディに見えたのは、知らない天井だった。 

「あら、気がついた?」

「はい。 えと、ここはどこですか?」

「ここは医務室よハラオウンさん。 貴方は模擬戦で気絶して、ここに連れてこられたの。 隣のベッドで寝てる彼が、君をここに連れてきたのよ」

 医務室の先生の言葉に、リンディは隣のベッドに視線を向ける。 と、そこには気持ち良さそうに眠るクライドの姿があった。

「えと、彼はどうしたんですか?」

「君の付き添いだそうよ。 でも、すぐに寝ちゃってそのまま。 追い出しても良かったんだけど、ミズノハ先生がそのまま寝させてやれって言ってきたからそのままにしておいてあげてるの」

「そうですか……」

「さて、私はこれから演習場にいかなければいけないんだけど、もう大丈夫よね?」

「はい、もう大丈夫です」

「それじゃあ、お留守番をお願い。 君の気絶はただの魔力ダメージのせいだけじゃないから、午後はもうここで休んでなさい。 担任の先生には言っておくから」

「はい、わかりました」

 ペコリと礼儀正しく頭を下げたリンディの様子を微笑ましく思いながら、医務室の先生は部屋を出て行った。

 リンディはベッドに起こした体を倒しながら、自分が何故負けたのかを考える。 冷静に考えてみても、敗因が分からない。 というより、理解できなかった。 負ける要素が無かったといってもいい。 だが、現実は違う。 何か要因があったからこその敗北だ。 魔法の使い方? それとも彼らを甘く見すぎたこと? 油断がなかったとも言わない。 だが、こんな結果を誰が予測できるというのだろうか。

「祖父や、父と母ならどうだったんだろう」

 管理局でも上から数えた方が早い両親たちだ。 横で眠りこけている少年に負けるとは到底思えなかった。 だが、だからこそ異常に思う。 そして、困惑するのだ。 負けるはずの無い戦いで負けたのだから。

「後で、ミズノハ先生に聞いてみよう」

 模擬戦を監視していたミズノハなら、色々と彼の秘密を知っているのかもしれない。 特に知りたいのは自分のシールドとバリアジャケットを切り裂いた見えない魔法。 そして、グローブ型のデバイスを装着した瞬間に爆発的に彼の魔力が増えたように見えた理由だ。 今思えば、あの魔力量はランクAAAに匹敵していたような気がする。

 もう一度、彼を見る。 お世辞にも魔力量が高いとは思えない。 感じる魔力量はだいたいAランクに届くか届かないといったレベルだ。 SSに届こうかというほどの魔力を持つ自分とは比べ物にならないほどにその力は小さく見える。

「何があるんだろう。 クライドさんがレアスキル持ちで、それが関係してるとか?」

 だが、レアスキルにそんな瞬間的に魔力を増幅させるモノがあっただろうか?

「まあ、いいや。 まだ三ヶ月はあるもの」

 そうだ。 短期入学とはいえ、三ヶ月あるのだ。 自分の面倒を見るように言われた彼とは、また接点も多くなるだろう。 その際に、クライドの秘密を探ればいい。 そうして、その力を自分のものにしていけば負けることはなくなる。

 新しい学校での生活は、思いのほか自分のためになりそうだった。 祖父が進めた理由もこれを見越してのものだったのか? ベッドの上で考え込みながら、リンディはいつしか再び眠りについていた。 その寝顔は、やはり年相応に可愛らしかった。
コメント
陸士訓練学校
↑一応軍扱いですよね
 先生じゃなくて教官じゃない?

受注八苦
↑十中八九
【2008/05/24 09:59】 | スケープゴート #- | [edit]
どうも、スケープゴートさん感想ありです。

訓練学校ではうちのSSは先生で通します。 その方が硬すぎなくて良いかなと思ってるからですね。 私の勝手なイメージですがw
【2008/05/26 05:53】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
米神は地名であって人体の方は「蟀谷」ですよ
【2008/06/12 22:47】 | meo #2NKnmN5w | [edit]
meoさんどうもご指摘ありがとうございます^^
蟀谷ではちょっと難しい感じがするので、こめかみに修正しておきますね。 あと、できればシークレットで教えてくださるとありがたいです。 私の羞恥心的にですがw
【2008/06/12 23:43】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
はじめまして。
読ませていただきましたが、ちょっと気になった部分があるので。
ウィングロードってナカジマ母娘固有の先天魔法じゃなかったですかねぇ。
独自の設定改変ですと言われると、はあそうですかというしかないわけですけどw
【2008/06/13 22:33】 | へそプリ。 #nHeIJZvg | [edit]
どうもこんにちは へそプリ。さん^^
すいません、BBSで書いたとおり設定改変です。
寛大な心で受け流してやってくださいw
【2008/06/13 23:00】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
闇の書の意思『体に直接書き込んじゃらめぇ!そこ(白紙の部分)は敏感なのぉ!(染まりやすい的な意味で)』

クライド「でもこれがいいんだろ?体は正直だな。ほらみんなも見てないで手伝ってくれよ」

ヴォルケンズ「「「「はっ!」」」」
カキカキカキ

闇の(ry『くやしい!でも蒐集しちゃう!(ビクンビクン!)』
【2008/06/14 16:02】 | あるべると #V4rYaZBU | [edit]
数えてみたらノックダウン20回出てきた
さすがにノックダウン言い過ぎ
【2012/03/10 14:48】 | 銀チョコ #mQop/nM. | [edit]












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