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憑依奮闘記 外伝 失われし世界の中で剣を捧ぐ

 2008-04-29
 どうしようもないことなんて、世の中には確かに存在していて、救われない現実を無駄に多く作り上げていく。 あの時こうしておけばよかったなんて、そんなのは後になってからようやくわかることで、だからこそそんなものに対処することなんて未来でも知らなければ誰にもできない。

 嗚呼、だからこそ”私”はこんなにも怒り狂っているのだ。 全身の血液が、ありとあらゆる体液が感情に引っ張られて沸騰していた。 理性という名の鎖で、辛うじて自分を繋ぎとめている状態だった。

 世界が、徐々に消えていく。 アレだけ繁栄していたベルカという世界が、こうも容易く消えようとしている。 そのことに、なんの感慨も抱かない訳が無い。 その引き金を引く手助けをした女の姉として、私は責任を果たさなければならないのだから。
 ゆっくりと、本星から逃げるように一隻の巨大な船が飛翔する。 弾幕を張り、ありとあらゆる存在を近づけまいと必死の抵抗を続けている。 揺りかご。 そんな名でアルハザードで建造された最強の次元制圧戦艦。 だが、最強の名を欲しいがままにできたそれでさえ逃げを打つしかない。 それほどに、彼らが敵に回した存在は常軌を逸しているのだ。

 そして、私もまた彼らと同じだ。 常道から外れ、異端の集団の仲間入りをした死人。 もはや、私という存在は事実上存在していない。 今ここにあるのは、私という存在に限りなく近い別人。 だが、そうであったとしてもこの身に宿した怒りはオリジナルのそれと相違ない。

「聖地も……夜天も、月天も、地天も、日天も、ベルカの誇る剣十字の地が、もの皆全て消えていく。 後に残るものなど何も無い。 全てが泡沫の如く消えていくのよ。 ねぇ、レイヴァン。 貴方も、私も、こんな結末を求めてはいなかったわ。 けれど、現実はこうなのよ。 全て、全て無くなっていく。 もう、この滅びを回避する手立てなんて存在しないわ。 誰が責任を取るべきなのかしら?」

 声を押し殺しながら呟く私の問いに、赤毛の青年が疲れきった老人のような笑みで微笑んだ。 私の怒りを、彼は痛いほど理解できるのだ。 そして、あんな”妹”に恋をしなければ彼はもっと自らに誇れる道を歩んだはずだ。 それが、たまらなく悔しい。

「恐らくは、あの男が一番背負うべきだろう。 ただ、俺にも君にも止められなかった責任はあると思うよ。 彼女を、止められなかった。 そして、あの男に利用されているだけだと最後まで言ってやれなかった」

 悔しいのだろう、ギュッと長剣型のアームドデバイスを握りしめた手が震える。 こうなることを許してしまった自らへの後悔。 そして、ずっと思いを黙殺してきた忠義の騎士の、それは無言の慟哭だった。

「……そこまで後悔しているのなら遅くはないわ。 あの男を止めるのを手伝いなさい。 貴方なら、それができるはずよ。 私と唯一まともに打ち合える貴方なら――」

 それは恐らくは私の願いでもあった。 けれど私の言葉に彼が頷くことはなかった。 迷いが無いわけでは無いだろう。 だが、彼はベルカの騎士だ。 剣を捧げると誓った主の命に逆らうことができないのだろう。 本当にどこまでも一途なのか。 この頑固さはジルと同じだ。 自らが報われることよりも、もっと別のものが欲しいなんていう誇れるべき偽善者の答えを胸に生きる臆病者。 だが、そんな彼を止める言葉を私は持たない。 馬鹿げていると常人に言われるほどのその献身。 その信念と誓いは、あのペテン師には到底持ち得ない確かな美徳であったから。 だから、私はその彼の答えを誇りに思いこそすれ、否定することなどできない。 ましてや、自らが唯一好いた男の覚悟に口を出すなんて無作法、この私にはできないのだ。 この私のプライドにかけても。


――ほんとう、この忠義にどれほどの価値があるのかをあの子が理解していないことが悔しいわね。


「――すいません、俺はそれでもあいつの騎士なんです」

 はっきりと紡がれる否定の言葉。 聞かなくても、本当は答えなど判っていた。 レイヴァンはあの子の騎士。 あの子だけの騎士なのだ。 彼に命令できるのは夜天の領主を継承したあの子だけ。 
「そう、なら分かっているわね? 私は貴方を殺すわ。 その後、あの男に組するあの子も皆、皆、殺すわ。 それが、私にできる唯一だから」

「ええ、できれば貴女の手で彼女を止めてやってください。 俺には……それだけはできないから」

 長剣を鞘から抜き放ち、剣と鞘を構える剣の騎士。 その構えこそ通常のベルカの騎士だが、彼は私と同じ異端者。 全ての距離を無視する異端の剣を担う者。 故に、彼だけがまともに私と相対できる唯一の人材。 だからこそ、あの男が最後まで手放さなかった。 否、妹に手放させなかったのだ。

「ねぇ、最後だから言っておくわ。 私は――」

「それは、聞かないでおきます。 これから死ぬ人間に言ったところで、意味はないでしょう。 そして、俺の答えは初めから決まっていますから」

「――本当、貴方いい男ね。 あの子に勿体無いぐらいに」

 最後の言葉さえかけることを許してくれないのか。 そのままレイヴァンは自らの剣精と同化していく。

「――アギト。 これが最後のユニゾンだ。 精一杯俺の命を燃やせ。 五体満足で勝てる相手ではない」

「レイヴァン……く、姐さんが相手だからって手加減すんなよ!! やるとなったらとことんやれ!! 夜天最強の騎士はあんたなんだからな!!」

「ああ」

「「ユニゾン……イン!!」」

 烈火の剣精と剣の騎士が融合していく。 圧倒的な戦闘力を持つレイヴァン。 彼の持つ炎熱資質を最大限発揮するために、剣精の炎が彼を燃やす。 彼の妹よりも遥かに強力なその力は、既に私と同じ領域まで高められている。 ならば、後は互いに剣で決着をつけるまで。 この思いにも、そして彼の騎士のためにも、これ以上彼に彼自身の誇りを汚させる行いをさせ続けるわけにはいかない。

「手加減はしないわ。 貴方には悪いけれど、”私”にはまだやるべきことが残っているから」

「是非も無いさ。 夜天の騎士レイヴァン。 聖王様よりじきじきに剣聖と呼ばれた貴女の剣をこの身に刻ませていただく」

 崩壊する世界の中、私たちは剣を向ける。 互いにもはや語るべきことはない。 そして、時間もまた余り無い。 ジルや他の誰かが妹に届く前に私がたどり着かなければならないのだ。 ペテン師に関しては逃げられまい。 アルハザードの誰もが狙っているのだ。 この領域から逃げられるわけがない。 

「では、いざ尋常に――」

「――勝負」

 夜天最強の騎士と、ベルカ最強の剣聖。 剣を交わしたことこそ数あれど、互いに本気で殺し合いをしたことはない。 そもそも、する理由が無かった。 故に、これが最初で最後の殺し合いになるだろう。

 銀光が剣閃となって翻る。 虚空をなぎ払う膨大な数の剣戟の応酬。 空間自体が幾度と無く切り裂かれ、悲鳴を上げるのを確かに聞いた。 もはや、誰にも止められはすまい。 いや、誰にも邪魔はさせない。 今だけは、この瞬間だけは確かにこの”私”が彼を独り占めしているのだから。


――さあ、長年の思いに決着を。 


 全てを一切合財失うための、別れの儀式を。 ベルカとあの子の命が消えてしまう前に。 どうか、神様。 せめてこの決闘が終わるまでは、邪魔の一つも入れさせないで。 どうか――。








憑依奮闘記
外伝
「失われし世界の中で、剣を捧ぐ」










 ベルカの地にて、騎士とは異能を持つ人間だけが成り得る特殊な役職であった。 当時、ベルカ式魔法なんてものが存在しなかった時代に、古来より一部の人間によって継承され続けてきた技能が存在した。 所轄、魔法の原型。 その雛形。 魔力と呼ばれる不可思議なそれを用いて、常識を超える力を行使する存在。 その人間たちは皆ベルカでは魔導騎士とか魔法騎士とか呼び、地方や国を守るための大切な戦力とされてきた。

 聖王と領主もまたその力を継承し、さらにそれぞれが特殊な技能を代々継承してきた旧き良き力の伝承者たちである。 例えば、聖王のカイゼル・ファルベに聖王の鎧がそれである。 一種のレアスキル持ちの家系だと考えれば良いだろう。 そういった特殊技能と魔法を代々継承してきた一族だからこそ、畏怖と憧憬の対象となりうるのだ。 そうして、常人を超越する力で領主が地方を治め、中心の聖地を聖王が治める。 剣十字の地はこうして生まれた。

 やがて時が流れ、時代が次元航海時代に突入してもその風潮は変わらなかった。 古き良き伝統を継承したまま、新しい流れも取り入れる。 そんな柔軟さがベルカの強さであったのだろう。 過去から脈々と受け継がれてきたものを根源とし、温故知新の精神でさらに発展していく。 そのあり方は次元世界でも類を見ないほどの巨大な勢力となるまで続いた。

 ある日、ベルカ東方の夜天の地にて領主に一人の子が生まれた。 その子供が突然変異だったのか、それとも集約した遺伝情報がもたらした低確率の奇跡だったのかは分からない。 ただ、分かったことは彼女があるレアスキルを持って生まれてこなかったということ。 魔法の才能は申し分無いが、それでも夜天の地を治めるための資格は持っていなかった。 そのことが、周囲から彼女に対しての偏見の目になった。 けれど、彼女はそんなことに価値を見出してはいなかったから、後に生まれてきた妹がその資格を有していたことを喜びこそすれ、羨ましがることはなかった。 それどころか、両親からも周りからも大事な後継として扱われてきた彼女のことを誇らしく思っていた。 可愛い妹。 そのために、自らが姉としてできることはなんなのか? 彼女が誇れるものは、スキルではない。 そして、周囲は彼女に対して領主としての地位を望んではいない。 であれば、残っていたのは武の道だけだ。

――私はお姉ちゃんなんだから、妹を守って上げなきゃいけない。

 それが、姉としてしてやれることではないのか? だからこそ、彼女は物心ついた頃から剣を学んだ。 正当ベルカの剣を。 夜天の地の四大騎士筆頭。 剣を鍛える最高の騎士の家に、彼女は自ら赴いては剣を取った。 求められたスキルこそ無かったが、彼女は酷く聡明で物覚えが良かった。 剣の一族がその才能に畏怖を覚えるとともに、これこそが夜天の地を治める領主の家系の力なのかと関心をするほどに、彼女は剣との相性がよかった。 そしてまた、彼女が生まれながらにして持っていたその異能が、夜天の者には無いはずのスキルが、その後押しをする。

 誰も、彼女の剣からは逃れられない。 唯一それができたのは、同じ年に剣の地にて生まれた後継者のレイヴァンだけ。 二人は例外だった。 通常の剣を修めた頃には、それだけではなく自ら試行錯誤してそれ以上の剣を手に入れようとしていた。 恐ろしいほどの才能に、周囲はこの二人が最高の騎士になると確信していたのだった。 特に彼女の力は別格だ。 スキルと剣と魔法。 この三位一体が恐ろしいほどの力を体現させていたのだ。 時の聖王直々に、彼女に剣聖の称号が送られるほどに、彼女の剣はベルカの地にて知らぬものがいないほどにまでなっていた。
















 通常、剣士の戦いというのはまず近づき、そして手に持った剣で相手を斬るのが普通である。 しかし、彼らの場合は少し違う。 何故なら、彼女たちの剣は距離を選ばない。 どれだけ離れた位置にあろうと、振るわれた剣は確実に相手を射程におさめているのだ。 故に、十メートル離れた位置からその場で斬りあうという常道を無視した戦闘に相成っていく。

 彼女の長剣と、レイヴァンの長剣が火花を散らしながらせめぎあう。 一撃の威力は、レイヴァンの方が強力だ。 だが、圧倒的に技量と速度では彼女が勝っている。 男と女の差であろうか。 一撃必殺の剛の剣を振るうレイヴァンの剣戟は、彼女の細腕では受け止めきれない。 ならばと、彼女の振るう剣は決して彼とまともには打ち合わない。 横から払うようにして捌き、あるいは避けながらその数倍の手数で持って攻め立てる。 互いに、その剣の性質は真逆。 さらにその属性も正反対。 レイヴァンの猛き炎熱の剣と、彼女の誇る絶対零度の剣はまるで鏡のようであった。

「本当、貴方の剣は心地よいわ。 真っ直ぐで、それでいて誠実で……でも迷いがあるわね。 そんな今の貴方には私は切れないわよレイヴァン。 もっと、曝け出しなさい。 貴方を、貴方の心を。 私はこんなものと打ち合うためにここにいるのではないのよ!!」

 剣戟を重ねながら感じる剣の慟哭。 レイヴァンの苦悩と感情が入り混じったその剣には、生来の彼が持っているはずのものが欠けていた。 状況が状況なだけに仕方が無いとはいえ、彼女と打ち合っている間にそんなつまらないことに気を回している彼の愚直さが憎い。 知らず知らずに釣りあがっていた眼が、容赦なく彼を射抜く。

 しかし、レイヴァンはそういわれてもそれを変えようとはしなかった。 その迷いこそ、証なのだと。 忠義を捧げた主に対する胸のうちの不敬も、一切合財を飲み込んで仕えているという見えない証明なのだ。 ならば、その全てを持って彼女と相対しなければならない。 そうでなくては、彼はベルカの騎士ではなくなってしまう。 ただのレイヴァンに成り下がってしまうのだ。 そんなこと、今さら彼にできようはずもない。

「……」

 彼女の問いには答えない。 否、答えることはできない。 それをする資格など無いのだ。 故に、彼はさらに剣戟を上げることで答えとした。 無言の回答。 ただ、剣だけが語る自己主張。 だが、それでも剣聖にはその意は通じた。 諦めのような、呆れたようなそんな目だった。 だが、それ以上は言うことは無かった。 無粋に無粋で返すのは無粋の極み。 それ以上の無粋を味わうのが嫌で、恐らくはかける言葉を失ったのだろう。

――ならば、せめて小粋に返して見せよう。

 レイヴァンの剣全てを飲み込もうというのか、彼女の剣がさらに加速する。 一撃の威力など必要ない。 ただの人間を殺すのに、大それた力など必要ないのだ。 人間は脆い。 どれだけ強固な騎士甲冑やフィールドに包まれていようと、人間は最終的に人間。 クリーンヒットが一発でも入れば、それだけで人間は戦闘力を大幅に失う。 そして、彼女の剣は少なくとも最低限以上の切れ味を持っている。 ならば、それだけで十分。 ただの一太刀。 それだけで終わるのだから、それ以外の余分なものなど必要ではない。 ましてや、最後の逢瀬なのである。 この有意義な時間を、酷く価値のあるものとしてその身に刻むには不必要な要素など入らない。

「炎熱加速!!」

「紫電一閃!!」

 烈火の剣精が吼え、それに続いて燃え盛る紅蓮の刃を振り下ろすレイヴァン。 それが生半可な防御を容易く打ち抜く魔剣であった。 瞬間的に加速してきた剣に、彼女の剣が交差する。 威力は負けていたが、それでも流れるような体捌きで受け流すと身体を捻転させながら横薙ぎの斬撃を繰り出す。 その一撃を阻むは、彼が左手に握る鞘だ。 ベルカの騎士が良く使う攻防一体の剣捌き。 その見事な受けに、彼女は内心で舌打ちする。 攻撃も防御も、恐ろしいまでにハイレベルだ。 彼女は主に剣を振るうことに主眼に置いている分、防御は余り重要視していないが、彼は違う。 攻撃も防御もとてもバランスよく纏まっている。 凡そ、弱点というものはありはしない。 オーソドックスな技術を、全てにおいて高レベルにまとめているのだ。 基本から愚直に習得し、粘り強く練り上げられてきたその技には彼女といえど感嘆を抱かずにはいられない。 強いて弱点をあげるとするならば、それは彼が彼女ほど魔法の才能が無いという点だろうか。 だが、それもアギトという融合機<ユニゾンデバイス>とカートリッジシステムを内包したデバイスによってその差を縮めているのであまり差は無い。

 やはり、一番の脅威なのは彼が彼女と唯一まともに剣を交わすことができる能力を持っているということか。 距離を選ばない斬撃が、互いの知覚範囲内で飛び交うその様は、いつものワンサイドゲームとは程遠い。 とても綱渡りで、一歩間違えれば容易く自らの首が飛ぶだろう。 この緊張感は、久しく感じたことはなかった。 高揚を押さえきれない。















「あら、ミッドチルダから王族の留学生? 珍しいわね、態々この世界に学びに来るなんて……一体連中どういう思惑でやってくるのかしら?」

「さあ、私には分かりませんわお姉さま。 でも、そうですね。 私たちの”魔法”に興味があるそうですの。 その方自らも私たちのような力があるとか……」

「へぇ……珍しいわね? ミッドチルダでしょ? あの質量兵器主義者たちが蠢く世界に、魔法? なんだか胡散臭いわね」

「もう、お姉さまったら」

 取り留めの無い会話だった。 だが、妹はどこかそれが楽しみな様子であり、純粋に心待ちにしているような態度だったように思える。 そのことに違和感を覚えないでもなかったが、彼女は気のせいだとして特に気にもしなかった。 彼女にもし先読みのレアスキルが備わっていたのなら、決してその人物を妹と会わせはしなかっただろうが、彼女にはそんなスキルは無い。 だから、その邂逅を止める術は無かった。 また、外交としても対外的にベルカに比肩し得るミッドチルダからの留学生だ。 問題を起こすべきではないし、断る理由は無い。 そして、何の因果か彼の留学先は聖地ではなく夜天になり、そうして彼と彼女の妹が出会うことになる。
 
「始めまして。 これからこちらで学ばせてもらうことになりました、シュナイゼル・ミッドチルダです。 どうか、良しなに」

 恭しく頭を垂れたその男を見たとき、彼女は無意識に剣の柄に手をかけていた。 何故かは分からない。 だが、彼女の本能がその男の危険性を察知していたのかもしれない。

 例えるなら、その男は黄金のような男だった。 金髪に長身、その精巧な顔立ちはまるで作り物のようだった。 だが、整いすぎていて彼女には気味が悪かった。 まるで、全てが嘘で塗り固められた粘土に、金粉を塗りたくって黄金に見せているかのようだ。 だが、彼女以外には何故か彼が素晴らしい存在に見えるらしい。 まるでそのカリスマに中てられたかのように、周りの人間は彼を称える。 そして、妹もそんな彼に惹かれた一人になった。

 彼は、ありとあらゆる分野に置いて、常に完璧であり、少なくとも粗というものを決して他者に見せない。 魔法の才能も恐ろしい程にあり、ミッドチルダの人間であるにも関わらず数々のものを習得していった。 少なくとも、その魔法の才能は彼女さえも上回っている。 まるで、魔法のために生まれてきたような人間かと錯覚するほどに。 妹も彼に何か感じるものがあるのか、彼女によく彼の話をしたりしていった。 彼と妹の仲が進んでいくのを感じながら、彼女はしかし何もしなかった。 あれだけ喜んでいる妹を前に、忠告をするのも無粋であると感じていたからだ。 妹が幸せになれるのならば、例え相手が気に食わない相手であっても我慢しよう。 それぐらいの度量は彼女にはあった。

 やがて、彼はアルハザードに興味を持ち始めた。 何かに取り付かれたかのように、かの地への来訪を希望していた。 ミッドチルダとアルハザードに世界同士での繋がりはない。 だが、ベルカは違う。 ベルカの聖王はアルハザードとの交易を慎重に行っていたし、技術者の育成のために少なくない数の人間を送り込んでいた。

「私は、この魔法の力をミッドチルダでも広められるようにしたいんだ」

 そういって、彼は魔法の素晴らしさについて語っていた。 シュナイゼルは異端児だ。 質量兵器を信奉するミッドチルダ、その王族でありながら魔法という異能を有したがために周囲からは気味悪がられていたという。 だが、このベルカではどうだろうか? むしろ魔法を使える人間を崇め、尊敬する風潮がある。 それは騎士への憧れや、聖王の威光に由来したベルカ独特の気風であったが、シュナイゼルはそれこそが世界の真理なのだと勘違いしていた。 彼を形容するならば、一番分かりやすい言葉がある。 魔法至上主義者だ。 それこそ、彼を言い表すのに相応しい言葉だろう。 彼女はそんな彼に得も知れぬ危機感を抱いた。 だから、結局彼と妹がアルハザードへと赴く際に、自らも同行した。 夜天の四大騎士団長も、若い世代を共にして送り、何かあっても対処できるようにする。 それで、本来はどうとでもなるはずだった。

 アルハザード<知識の墓場>は、自他ともに認める次元世界最強の技術力を誇る世界だ。 外の世界にほとんど干渉しない代わりに、中立を貫く永世中立世界。 いつの頃からそうだったのか、それを知る者は創設者たちしか知らない。 だが、次元世界のありとあらゆる技術が集うその世界は、全ての次元を超越するほどの力を潜在的に持っていた。 基本的には技術大国。 人口こそ一つの惑星レベルしかないが、たった一つの世界で全次元を相手に戦争ができる程の戦力を有しているとまでまことしやかに囁かれている。 『眠れる獅子を起こすな』。 これは彼の世界との交易を望む次元世界の人間の共通認識である。 次元世界そのものを崩壊させるような超技術をいくつも持っているのである。 戦争など、するべきではない。

 その地で、彼はアルハザード十三賢者第二位の男に出会う。 それこそが、魔法科学の始まりであった。

「ふむ、中々に興味深い。 余も魔法……魔術を信奉するものだが、貴公の様なアプローチで望んだことなどは無かったな。 ……良いだろう。 余直々に手を貸そう。 他の賢者にも話しは通しておく故、存分に研究するが良い」

 黄金の男シュナイゼル。 だが、それさえも上回る金色の獣が彼の研究に興味を持ってしまった。シュナイゼルなど比べ物にならないほどのその存在は、クツクツと笑いながら自らの知識の一端を用いて魔法の体系化を行っていく。 やがて、シュナイゼルと第二位が基礎理論を作り上げ、それぞれの世界に相応しい魔法体型へと改良を施すことになる。 それこそが、ミッドチルダ式、ベルカ式、そしてアルハザード式の三大魔法の始まりである。 魔法科学の発展、魔法技術の散逸はこの頃から進むことになった。 それは、魔法がより身近な技術になるということであり、新しい時代の幕開けでもある。 けれど、当初はその新しい技術はベルカやアルハザードはともかくとして、少なくともミッドチルダでは受け入れられ難かった。 

 質量兵器とは、誰しもが用いられる万能の力である。 だが、魔法とは才能を持ち修錬を積まなければ扱えない不平等な力なのだ。 スイッチ一つで都市を焼き尽くせるミサイルを発射できるというのに、そんな不確かな力に意義が見出せなかったのだ。 ベルカでさえ、艦対戦に騎士を登用することは無い。 それは基本的に騎士が白兵戦用の兵であり、基本的には歩兵単位での戦闘を有利にさせるための戦力であったからだ。

 シュナイゼルはその事実に愕然とした。 そしてどれだけの才能があろうと、決して認められない世界を嘆いた。 ミッドチルダとは対照的に、ベルカでは元々騎士がいて魔法に対する偏見など無い。 それ故に、ベルカではロストロギアが数多く生み出されていく。 聖王も、魔法という力の更なる可能性に興味をおぼえ、アルハザードとの交易はさらに増え、魔法と科学を融合させた魔法科学の奨励していった。 やがて、騎士が次元航行艦や戦艦を落せるほどになる時代が来た頃には、他世界も少しずつであるが、魔法に興味を覚え始めた。 ミッドチルダにはシュナイゼルがもたらした数々の魔法技術、ミッドチルダ式魔法の研究成果が伝わっていたが、彼のシンパや一部の人間の目を引くくらいで、シュナイゼルが意図していた世界には中々なろうとはしなかった。 だが、それを加速させる分かりやすい要因が現れたことで、その状況は一変する。 

 超広範囲殲滅魔法『アルカンシェル』の完成である。 アルハザード十三賢者第十二位の位を持つアルカンシェル・テインデルの作り上げたその魔法は、正に魔法科学の脅威を知らしめるのには丁度良かったのだ。 それを見たシュナイゼルは、やはりと確信した。 魔法こそ、最大の力。 この力の先にこそ未来があるのだと。 アルカンシェルはアルハ式の最大規模の魔法として名を広めた。 彼の十三賢者『難攻不落』のジル・アブソリュートでさえ、初見ではその魔法を防ぐ手段は無いだろうとの言葉を残したほどに。

 アルカンシェルはアルハ式魔法だったが、シュナイゼルの要請を受けて改変されようとした過去を持つ。 だが、ミッドチルダ式にはどうやっても組み込めなかった。 汎用性を追及したミッドチルダ式では、カスタマイズ性を追及したアルハザード式の複雑で精緻な魔法を再現できなかったのだ。 そこで、アルカンシェルはその魔法を魔法科学で再現することでシュナイゼルの要請に答えた。 奇しくも、これで魔法科学として誰しもに扱えるようになった魔導砲。 ”本来”はこの魔法の技術は持ち出し禁止指定にされていたが、それをシュナイゼルはアルカンシェルを口説き落とすことで入手していた。

 ジル・アブソリュートだけはその事実に気がついていたが、アルハザードの流儀を破った彼女が追放されることを恐れて口を開くことはなかった。 奇しくも、彼もまたレイヴァンと同じタイプの人間だったのだ。 数百年共に生きてきて、行動の一つも起こせなかった臆病者には、天は何も与えない。 全ては後の祭りだった。 やがて、運命の日が来る。 アルカンシェルを手に入れたシュナイゼルは、ミッドチルダの連中の度肝を抜いて価値観の変更を測るとともに、さらなる構想を練る。 脅威的な魔法科学の存在は証明した。 だが、後一手世界を動かすためには足りない。 派手なデモンストレーションが必要だ。 それも、分かりやすい形での。 そして、謀略と知略の限りを尽くしたシュナイゼルはある行動に出る。 それが、恐らくは災厄の引き金だった。 
















 こと、彼らの間の戦闘に置いては距離は意味を成さない。 間合いが存在しない斬りあいにおいて、直接クロスレンジに持ち込む必要など無い。 互いにしか見れない剣戟を、スキル保持者としての感覚だけを頼りに捌き、防ぎ、剣を交わす。 これができるのは同じスキル持ちだけであり、ただそのスキルを持っているというだけで、彼らは戦闘における圧倒的なアドバンテージを確保していた。

 勿論、そんな法外なスキルを持つ人間は少なくとも少数だ。 稀有も稀有。 ジル・アブソリュートの保有しているレアスキル『現状維持』にさえ引けは取らない希少価値を誇る。 原理を解明できるようなスキルであればその価値は下がるが、少なくとも真っ当な手段ではそれを行うことはできない。 擬似的にジルが再現に成功したものの、それだってただ距離を増幅させることだけで、短縮にまでは到っていない。 

「はぁぁぁ、はっ!!」

「せっ、らっ!!」 

 鋭い呼気とともに剣舞を披露する両者は、初めの十メートルの距離からほとんど動いてはいない。 通常ではありえない戦闘風景だ。 恐らくは、それを理解していない人間からすれば冗談のような戦闘風景だろうが、そんな人間は彼らと相対した瞬間に首が飛んでいる。 ランクSSSであろうとも、彼らにとっては雑兵に過ぎないかもしれない。 それほどに、この二人の力量はずば抜けているのだから。 基本の一撃一撃が最低限の必殺レベルを保持していながら、その動きに停滞は無い。 こと一対一という分野では本当に最強を誇るだろう。 ベルカの騎士のあり方としても異例なほど強力な彼らの力は、既に人外魔境の領域へとシフトしている。

 彼らを止められるものは、同じ異端者か完全なる限界突破者<リミットブレイカー>以外にはありえない。 そもそも、魔導師というよりも二人は騎士とか剣士とかの戦闘技能の延長に魔法を技術を織り交ぜて行使しているに過ぎないのである。 彼らの魔法よりも強力な魔法は数多くある。 超広域殲滅魔法アルカンシェル然り、収束魔法然り、威力や規模だけを考えればそれ以上など数多くある。 だが、それでも最後に勝つのは彼らであろう。 彼らにしか知覚できない領域で、一撃必殺の攻撃を個人レベルで叩き込む。 規模など、この際必要ではない。 彼らは必要だと判断すればそれらを躊躇無く使うが、元々が騎士であるからそんなモノに余り価値を見出していないのだ。 第一、そんなものを使わなくても剣の一振りで事足りる。


 空間を応酬する互いの刃。 飽和状態にまで加速する斬撃の軌跡が、銀の閃きとなって吹き荒れてから既に五分は経過しているだろうか。 高々五分。 しかし、されど五分。 現行の魔導師にはとても真似出来ない戦闘を繰り広げている両者の消耗は激しい。 瞬き一つ許されず、己の身体を限界以上に酷使しなければ次の瞬間には既に真っ二つに両断されているだろう。

 同門の剣故に、読みやすくはあるもののそれぞれ自分用の技に完全に昇華されている。 そのために少しの読み違いが致命的なミスになることもありえる。 その上で、二人は完全にここまで互角の死闘を演じて見せた。 お互いに、お互い以外に好敵手はありえない。 共に相手の剣をその身に刻みながら、そう確信する。 

 やがて、二人は同時に剣を叩き付け合うと同時に剣戟を止める。 このままでは埒が明かないと悟ったからだ。 ただ斬りあうだけでは、互いに決定打に欠ける。 どちらもがお互いの剣に掠りこそすれ、致命傷だけは見事に避けるからだ。 ならば、雌雄を分かつのは別の要素。 お互いの奥義によってのみ決まるだろう。

「……お見事。 ここまで打ち合えたのはやはり、貴方しかいないわレイヴァン。 次の剣の騎士は貴方以外にありえないわね」

「そちらこそ、さすが氷水の剣聖。 我が刃が届かない相手は唯一貴女を置いて他にはいない」

 静かに事実を告げながら、二人が対峙する。 互いに次の手を模索しながら、確実に相手を打倒する技を選択していく。 二人の間に妥協は無い。 レイヴァンは仕えるべき主の、夜天の王の命を全うするため。 彼女は、どうしようもない妹の後始末をするために。 両者共に手を止めることはできない。 それぞれの誓い、それぞれの意地が二人の剣気を紡いでいく。

 遠くで、けたたましい轟音が耳を焼いた。 無敵を誇った揺りかごの一部が崩壊し、大地へと落ちたのだ。 

――もう、ベルカの命は長くは無い。

 この邂逅もそろそろ決着をつけなければ、間に合わなくなるだろう。

「次で決めましょう。 お互いに、時間は無いでしょうしね」

「そうだな。 守護騎士もよくやっているだろうが、それでもアルハザードの軍勢が相手では分が悪すぎる。 眠れる獅子を起こした時点で、いつかはこうなる運命だったのかもしれない。 だが、それでも――」

 次に続く言葉を飲み込んで、レイヴァンは剣にカートリッジを仕込む。 ノッキング音が響き、圧縮魔力を内包した弾丸がレイヴァンの魔力を限界ギリギリまで高めていく。

「――引けはしない。 この身は既に、彼女に捧げたベルカの騎士なればこそ!!」

「いい覚悟ねレイヴァン。 さようなら――」

 耳朶を打つ二つ目の轟音。 それを合図にしながら、一人の剣姫と騎士が刃を交わすべく動き出す。 夜天最強の騎士とベルカの剣聖。 その衝突は、確かに最強を選定する戦いに相応しいほどの衝突になる。 

 

















 運命の日は、唐突だった。 その日、彼女は何も知らされることなくその命を絶たれていた。 一瞬の出来事だ。 ただ、何か青白い閃光が突如視界を覆ったかと思えば意識が断絶していた。 何があったかなどと、後で知った。 その当時のことは記録映像とジルからの伝聞でしか彼女は知らない。 ただ、蘇ってみれば、アルハザードの第六層が滅茶苦茶に崩壊していた。 まるで、何か理解できないものに強襲されたかのような有様に、彼女は思わず息を呑んだ。

「シリウス!! 急げ、僕と一緒に来てくれ。 でなければ君はここで完全に存在を抹消されるぞ!! 僕と一緒に第二位に面会に行くんだ!!」

「ジル? それはどういう――」

 いつも温厚で、焦るということを知らないぐらいマイペースな彼にしては、酷く焦っている様子だった。 何か、とてつもない事故でもあったのだろうか? ロストロギアが暴走したとか、なんらかの実験が失敗してこうなったのか? けれど、それは可笑しいと彼女は思う。 彼女は死ぬ前まで自室でのんびりとお茶を嗜んでいたのだ。 最後の記憶からすれば、そのはずだ。 だというのに、まるで彼は彼女の身を案じているかのように必死だった。

 首をかしげながら、しかし彼は信用に値する人物だったので大人しく彼女はついていった。 ジルに妹はどこにいるのかと問いかけたが、彼は苦々しく『今はアルハザードにはいない』と答えただけで、それ以上は話さない。 そして、何かに苦悩するかのように押し黙っていた。

 やがて、第二位と謁見しそこで空白の出来事を知った彼女は打ちのめされた気分だった。

「そんな、妹とシュナイゼルが!? 何かの間違いじゃないの!? ねぇ、ジル!! どういう冗談なのよそれは!!」

 在ってはならない事態だった。 このアルハザードに、ベルカとミッドチルダの艦隊がアルカンシェルで攻撃を仕掛け新造戦艦を奪って脱出するなんてことは。 馬鹿げている。 まるで、笑えない喜劇ではないか。 そんなことをすれば、どうなるか日を目にするよりも明らかだろうに。

「く、あははははは。 あっはっはっは。 いやはや、いつかやる男だと思ったがあの男、余の不在にそんなことを仕出かしたのか。 外側で色々と人手が足りないというから、外に出ていたというのに、なるほど好機だったわけだな? で、ジルよ。 これからどうするのだ? 勿論、このままで済ませるわけが無いだろう。 大部分の住人からも、そして他の賢者からも嘆願が来ている。 ベルカとミッドチルダを含む関連世界を消去しても良いかと? さて、どうするべきかな? ここに隔離される過程の次元震動と次元断層の余波で周辺世界は崩壊したと思うが、その復興を待たずして攻め立ててみるか? 泣きっ面に蜂といったところだが、それでもたかが次元世界二つ抹消するぐらい余一人でも容易いが……」

 まるで、面白い遊びでも見つけたかのように第二位の少年は呟く。 シュナイゼルの狂気など物ともしない本物の狂気が、その目には宿っている。 知らず知らずのうちに、彼女とジルは一歩後ろに下がっていた。

 眠れる獅子どころではない。 あれは、竜だ。 神も悪魔も区別無く滅ぼす破滅の竜そのものだ。 少年の姿をしていたが、そんなのは見かけだけだ。 その知性と、そのカリスマと、その力は紛れも無く人外のそれである。 限界突破者<リミットブレイカー>の中でも、こと第二位と第一は別格だった。 

「いやはや、第一位がいなくて良かったな。 あの男がいれば、奴らの艦隊など数刻もせずに消し飛んでいたぞ? いや、残念だ。 もしくは余がその場にいられれば良かったな。 久しぶりに楽しい宴になったやもしれぬのにな」

 声をあげて笑う少年に呆然としながら、彼女とジルはその嘲笑が止むままで口を開くことができなかった。 結局、決まったことといえばジルに全てを一任するということだった。 他の賢者や一部の過激派がそのことに意義を唱えたが、それをジルは跳ね除けまずは復興を優先した。

 勿論、被害は馬鹿にならないし何よりも厄介な周囲の虚数空間を越える手段を手に入れなければならない。 力のあるものならば、単独でも外に出られたのだが、ジルはそれを良しとしない。 入念に準備をし、虚数空間の外へと大兵力を送る手段を作り上げるまでは復興と情報収集を優先し、ことを起こした人間やその世界だけに的を絞ることで被害を最小限にしようとしたのだった。 無差別にもしアルハザードの人間が動けば、ダース単位で世界が崩壊する。 それが可能なだけに、ジルの背中に乗るプレッシャーといえば並大抵のものではなかった。 そして、彼の心労を増やすもう一つの要因がある。 それは、シュナイゼルに見捨てられたアルカンシェル・テインデルのことだった。

「……」

 まるで、死人だった。 何も話さず、何も語らず、ただ時を刻むだけの人形に成り下がった人間。 アルハザードの技術で復活してはいたものの、その心までは復活することがなかった。 彼女はもう、人間ではない。 心を失い、欠落者となった人間はただ生きているだけの肉の塊に過ぎない。

「アルシェは……あの瞬間まで、僕と一緒に管制室にいたんだ。 そこで、彼に攻撃されたことで全てを悟った彼女は……壊れた」

 ジルは語る。 恐らくは、これほどシュナイゼルが好き勝手できたのもアルシェの力が介在していたからだと。 アルハザードの防壁発生装置や対空兵器の配置位置。 さらには、外側の交流者には決して漏らしてはならない部外秘の情報まで彼女が漏らしていた可能性があると語る。 その顔には苦悩と、絶望があった。

「『シュナイゼル、嘘でしょ? 冗談よね、私を選ぶって貴方言ってくれたじゃないの!!』そう最後の瞬間に言っていた。 アルカンシェルだけならば良かったんだ、だが、防壁が破られたときに僕は確信した。 ああ、全て彼女が漏らしたんだなと。 第六層は僕とアルシェの管轄だ。 僕たち以外でそれらを詳細に知っているのは他の賢者ぐらいだ。 そして、彼らはシュナイゼルとの接点は薄い」

「……まるで詐欺師やペテン師ね。 吐き気がするほど度し難いわ」

 吐き捨てるようにそういうと、彼女はゆっくりと立ち上がる。 既に、彼女には自分の立場というものが非情に危ういものであるということを知っていた。 シュナイゼルの女と目されている妹、そしてその所属世界の人間。 これだけでも、疑われる材料としては十分だ。 もし、ジルと共に第二位に謁見し、身の潔白を証明しなければ彼女はアルハザード内で無差別な迫害を受けていたかもしれない。 知覚範囲内であれば、彼女はそう簡単に殺されない自身があったが、それでも限界突破者<リミットブレイカー>がうようよ存在するこのアルハザードではそんなものは気休めにしかならない。

「状況は理解したわ。 この私にベルカを捨てろというのね?」
 
「……現状では、ベルカやミッドチルダにだけ的を絞らせることしかできない。 すまない、僕にはこれが精一杯だ」

 ジルはそういうと頭を下げた。 まるで、罪を告白する罪人のように。 その姿に、彼女は自分を見た気がした。 彼と自分は同じなのだ。 止められなかったという点において、妹の意思を尊重した結果がこれなのだ。 全く笑えない。 そして、同時に自分のやるべきことを理解した。

「頭をあげて、ジル。 どうせ、私も貴方と同じよ。 止められなかったわ。 知ってて、あの男と妹を一緒に居させていた。 そのツケが自分に返ってきた、それだけのことでしょ。 なら、私は私の名にかけて後始末をするわ。 私の妹ですもの。 私以外の誰が責任を取るというの?」

「……すまない、本当にすまない」

「貴方のせいでは無いわ。 それだけは、私が保証してあげる。 私の保証では、貴方の救いにはならないでしょうけれど、言っておくわ」

 泣きながら、いつまでも頭を上げないジルに彼女は背を向ける。 この男が泣き顔を見せて良いのは、恐らくは世界でたった一人だけだ。 死んでいないだけの人形に成り下がったアルカンシェル以外に、この涙を見て良い道理は無い。 苦悩と、後悔と悔しさと、そして絶望。 さらには、目の前で好いた女性を奪われ利用された挙句に殺された。 そんな救いの無い現実に慟哭する彼の嘆きは、彼女にさえ侵してはならない距離のものである。

 そういえば、彼に似た人間が身近にいた。 あの男もまた、そうなのだろうか? 唯一心を許した男の顔が頭に浮かぶ。 だが、頭を振ってその幻影を散らすと彼女は口を開く。

「ジル、私の力が必要になったらいつでも言って頂戴。 私は、復興を手伝ってくるわ」

「ああ……気をつけて。 アルハザードはもう、君にとって安全地帯では無い。 過激派の連中が動かない保障はできない……」

「それも、私の罪ならば蹴散らすだけよ。 そのときは弁護してくれると助かるわね。 ここの住人は皆強いわ。 私でも、どれだけやれるかわからないところがあるから」

「ああ、任せてくれ」

 涙を拭うことも忘れて、呟いた言葉を確認した彼女はそっとその場を後にする。 やがて、彼女が名前を変え、アルハザードのために動くことになるのはそれから一週間後のことである。 願わくば、ベルカが決戦の地に成らないことを祈りながら、彼女は精力的にアルハザードに尽くした。 だが、彼女の願いとは裏腹に首魁は決してベルカから出なかった。 それどころか、ベルカの地にて聖王さえ抱きこみ次元世界の制覇へと乗り出していった。 略奪した新造戦艦。 そして、豊富な魔法科学技術にアルハザードから奪い去ったロストロギア。 魔法科学の脅威を否が応にも見せ付けたかの人間は、そうやってベルカを食い尽くしていったのだ。 アルハザードの存在は伝説にされ、知っていない世界から情報操作を進め全てを泡沫に変えていく。 徹底して行われた情報操作は、まさしく感嘆の一言である。 全ては彼が掲げる理想を実現するために。ベルカもまた、その生贄に過ぎない。 だが、彼にも誤算はあった。 それは、数十年虚数空間の向こう側に沈み、滅んだはずのアルハザードが生きていたことだ。 

 突如としてベルカ本星を襲った封鎖結界。 星そのものを飲み込むその結界は、完全に外部から内部を遮断していた。 転移魔法も、次元転移も、どのような手段でも離脱は叶わない。 そして、彼らが誇る最強の兵器であるアルカンシェルでさえ、それを破壊することはできなかった。 無力化されたアルカンシェル。 初見では確かにジルでも防ぐのは困難だといったが、種はもう割れている。 そしてその威力も余すところなく理解している。 ならば、その兵器の欠陥も全て理解した彼にとってその攻撃は脅威足りえない。 ジル・アブソリュートという難攻不落の存在の恐ろしさが発揮された瞬間であった。 そして、過激派を筆頭とした突撃部隊が結界内部に彼女の力によって送られる。 そこからはもう、虐殺の始まりだった。 どれだけの兵力があろうと、どれだけの精強な軍隊を手に入れようと、次元世界最強の技術力と人智を超えた戦闘力を持つ限界突破者たちを相手にただの人間の軍隊に出来ることなど何も無い。

 後に、ベルカ世界消滅の謎としてミッシングリンクに数えられることになった破滅は、こうして幕を開けたのだった。 












 互いに、剣を振りかぶり必殺を狙う。 剣の一撃は確かにレイヴァンの方が強力だったが、それはあくまでも剣を用いての攻撃の話だ。 魔力放出攻撃などの個人レベルを遥かに凌駕する魔法攻撃の分野に置いては、レイヴァンは彼女よりも劣る。 アギトの補助があってどうにか互角になれるかといったところだ。 未知数だったが、それでもそれ以外に最速で雌雄を決する方法が無い。 頬を伝う汗に、自らの過去の情景が思い浮かぶ。

 いつだったか、この姉妹に出会ったのは。 初めに合ったのは姉の方だ。 領主の長女でありながら、求められたレアスキルを持ち得なかった少女。 剣の騎士の地で、剣を学び並の騎士など歯牙にもかけないほどの武力を身につけた剣姫。 そして、そんな姉を追って隠れるように鍛錬の様子を見ていた妹君。 弱弱しくも、可憐なその姿に魅せられた彼は、彼女こそが自らの剣を捧げる相手であるということに高揚こそ覚えたものの不満など何一つ持たなかった。

(レイヴァン個人として未練が無かったというわけではない、けれどそれでも騎士としての自分には未練など無いのだ)

 下された命令は彼女の撃破。 唯一彼女とまともに戦える彼だからこそ下された使命。 それに命を燃やすことに何の不都合があろうか。

「猛れ、炎熱!! レイヴァン、あんたの全部燃やし尽くすぜ!!」

 内部よりサポートをしてくれている烈火の剣精。 彼女のレアスキルを模した能力を持つ、その分身にして最高傑作。 意味の無い繋がりだったけれど、それでもその価値をレイヴァンは信じる。 例え嘘でも良かったのだ。 まやかしであろうとも、それでも絶対に騎士の誓いは違えない。 ならば、最後まで自分自身さえ騙しきるしか道は無い。

「剣閃烈火!!」

 頭上に掲げる剣に収束する大規模な魔力。 カートリッジも利用した限界ギリギリの最大殲滅魔法。 全てを飲み込む竜の顎<アギト>が開いていく。 紫色の魔力光が、まるでとぐろを巻いた蛇のようにベルカ式の魔法陣から吹き荒れ、剣十字の中心に立つ彼を祝福する。

 それに対する彼女は、身体を限界まで捻り居合いの体制を取る。 レイヴァンの決死の一撃を全てなぎ払おうと言うのだろう。 真っ向から受けて立とうと剣聖の構えた刃が強烈な冷気を発していく。 空間ごと凍結してしまいそうなその凶悪な絶対零度の魔力は、まさしく氷水の剣聖の名に相応しい。 彼女の真下で、粉雪よりも白い魔力光がアルハ式の紋様を描く。 ベルカを捨てるために、その未練を断ち切るために彼女はもうアルハザード式しか使わない。 五芒星形のその魔法陣はアルハザードを象徴する破邪の印だ。 その加護を得て、剣聖が剣を取る。

 一瞬即発。 両者共に呼吸を計り、最大のタイミングを計る。 膨大な魔力の衝突を前に先ほどまで響いていた轟音が一瞬止んだ。 まるで、世界自体がこの二人の対決を待ち望んでいたのではないかと邪推してしまうぐらいに酷くタイミングが良かった。 だが、その刹那は永遠には成りえない。

――次の瞬間、両者の耳が次の轟音を感知した瞬間に二人同時に剣を振るった。 

「「火竜一閃!!」」

 竜のアギトが口を開く。 放たれるは灼熱の咆哮。 大上段から振り下ろされた魔剣が膨大な熱量を放出しながら距離をわたる。 それに相対するは、極低温の刃だ。

「青竜一閃!!」

 全てを凍結破壊する魔の刃が、同じく距離を飛び越えて至近距離で凌ぎを削る。 スキルの知覚範囲内、互いの距離の中間地点がその膨大な魔力の余波を受けて悲鳴を上げた。 熱気と冷気が互いに食い合うその様は、暴虐の破壊となって二人の周囲を破壊していく。  

「がんばれ、レイヴァン!! もうちょっとだ、ほら!! あんたの誓いはまだ果たされちゃいないんだ!!」

「当然だ!!」

 剣精の激励に、レイヴァンが答える。 無理な大規模魔力放出の余波で、リンカーコアが悲鳴をあげていた。 けれど、彼は決して泣き言など言わずに魔力が空になるまでその力を放出し続ける。 内部をサポートするアギトには、それがどういうことか分かっていた。 バイタルが次々とエラーを吐き出していく。 けれど、それで引くような騎士ではない。 剣精のロード<主>は最高のベルカの騎士なのだ。 その身を惜しむような、そんな柔な精神では断じてない。 無理も無茶もその刃で引っ込めてきた最高の騎士。 夜天の四大騎士筆頭の剣の名家に生まれた誇れるべき相棒なのだ。 その命さえ出し惜しみはしないその覚悟は、もはや何者にも超えられないはずだ。

「……本当、貴方って人はどこまで」 

 その覚悟に、本当に彼女は感嘆していた。 火竜の向こう、彼女にとっては無にも等しき距離の向こうで血を吐きながら咆哮を上げる騎士に、剣聖は称賛を送る。 彼こそベルカの、そして夜天の誇る最高の騎士である。 その命さえ燃やし尽くす烈火の如き騎士の姿を目に焼き付けながら、彼女はさらに魔力を放出する。

 本来であれば、この極限の衝突において彼女の優位はほとんどない。 一番に不利なのは、その属性だ。 彼の炎熱に対して、彼女の属性は冷却系。 であれば、冷気の理論限界地である絶対零度以上の力を彼女は出しえない。 しかし、レイヴァンの熱量は無限熱量にまで理論上は上げることができる。 無限と有限ではその差は明らかだ。 例えそれがただの人間には不可能に近くても、それができるという時点で潜在的な威力の差が生まれているのだ。

 だが、それでも彼女は負けていなかった。 それがどうしてかなんて彼女自身でさえ理解できていない。 ただ、漠然と自らの全力に挑んだ結果そうなっているだけである。 元々の魔法の才能の差であったのか、それとも別の要素が絡んでいるのかは分からない。 レイヴァンが手加減しているわけでもない。 だが、現実に彼女は彼との最後の一撃にてむしろ余裕を持って相対していた。 ジリジリと火竜を押し込んでいく青竜。 その姿に、彼女は勝機を見る。

「そんな、嘘だろ!?」

「冷気が炎熱を超える、そんな道理があるというのか!?」

 不条理の極みだと思った。 アギトとレイヴァンは理解不可能な事象を前に愕然とすることしかできない。 だが、ふとレイヴァンは笑った。 笑みを浮かべて、笑った。 あれが、まさしくアルハザードにその存在が謡われる限界突破者<リミットブレイカー>なのだと悟ったのだ。 条理を無視する不条理。 そんな存在に、通常の道理を信じる者が勝てるわけがない。

「アギト……今まで世話になったな。 達者で暮らせ」

「そんな、レイヴァン!? あたしも最後まで一緒に――」

「ユニゾン・アウト」

 融合を解除し、目の前に現れたアギトの小さな身体を距離を無視して彼女の側に押しやると、レイヴァンは最後の咆哮を上げる。

「騎士道とはぁぁぁ忠義に死ぬことと見つけたりぃぃぃぃぃ!!」

 命を魔力に転化しながら、なけなしの魔力を振りしぼる。 火竜がその咆哮に反応して一瞬青竜の進行を押しかえす。 だが、彼にできたのはそこまでだった。 命を燃やし尽くしたレイヴァンを、その火竜ごと顎を開いた青竜が飲み込んでいく。 弾き飛ばされた魔剣が、余波で天高く夜天の地に舞っていく。 後に残ったのは、墓標のように大地に突き立った魔剣と、壮絶な魔法が衝突した痕跡を残す大地の裂傷。 そして、烈火の騎士の残した剣精だけだ。

「そんな、レイヴァン……嘘だろ!! レイヴァァァァァァァァン!!!!」 

 アギトの慟哭が響く中、彼女は無言でレイヴァンの剣を手に取った。 付着している血痕が、生暖かい。 けれど、それには頓着せずに彼女はその血を舐め上げその身に刻んだ。 忘れることなどできはしない。 彼のような使い手を、彼のような忠義の騎士を。 例え、その身が幾星霜の時が流れようとも、夜天の最強の騎士の存在を彼女は大切にその胸にしまいこんだ。 そして、グッと袖を濡らすと、彼女は手に取った剣を持ったまま歩き出す。 やらねばならない。 全ての決着をこの手でつけなければならないのだ。 ここで、感傷に浸っている暇などないのだから。

「アギト、来なさい」

「うぅぅ、レイヴァン……どうして……なんでこんな……あんたが一体何をしたっていうんだよぉぉ……うぅ……。 あんたはただ、一所懸命妹様に仕えてただけだっていうのに、どうして!!」

「アギト!!」

 二度は言わないとばかりに、彼女はアギトをその手で掴むと無造作にポケットに放りこむ。 それでも嗚咽し続けるデバイスの泣き声を聞きながら、彼女は歩く。 だが、その目の前に降り立つ五人の姿を見た瞬間、彼女はおもむろに足を止めた。 止めないわけにはいかなかった。 何故なら――

「……ようやく会えたわねエレナ。 どう? 貴方の仕出かしたオイタのせいで、この有様よ。 ベルカも夜天も、全てが泡沫へと還っていくわ」

――そこには、探していた妹がいたのだから。


「お姉さま……レイヴァンは……私の騎士は……」

「勿論、無に還ったわ。 本当に、彼は貴女には勿体無いぐらい立派な騎士よ。 私が領主であったなら、国をあげて葬らなければと思うほどの……ね」

 手の中にある彼の長剣に目を落しながら、彼女は言う。 その表情は見えない。 声を押し殺し、感情を押し殺し、そして激情を必死で抑えている状態だ。 まるで、決壊する前のダムのようだった。

「それで、貴女はこんなところで何をしているの? 愛しい殿方のところに居ないで良いのかしら? それとも、貴女もアルシェと同じように用済みになった? だとしたら、笑えないわね。 今は聖王様のところかしら? 本当、反吐が出るほど分かりやすいわねあの男は!!」

 その言葉に、腕に抱いた本型のデバイスを取り落としそうになるほどビクッとする。 エレナの肩が気の毒になるぐらいに震えた。

「それで、もう一度聞くわよエレナ。 貴女は一体こんなところで何をしているの? 私に殺されに来たの? それとも、命乞いに来たのかしら? でも、残念だわ。 今の私はとっても怒っているから、”跡形もなく”貴女を吹き飛ばすことしか頭の中には無いのよ」

 その言葉に、彼女の守護騎士が一斉に彼女の前へ出た。 レイヴァンの妹に、鉄槌の騎士、そして湖の騎士に盾の守護獣。 妹がお気に入りだった騎士たちだ。 だが、彼らの目は既に死んでいる。 凡そ、人間ではありえない。 まるで、ロボットか機械のようにその目は濁っており生物としては落第である。 目に光の無い肉人形。 ただ、形だけを真似た人形。 彼女の目がさらに冷酷になっていく。

「守護騎士システム……ね。 なるほど、そうやって死者を玩ぶの……本当に、あの男らしいわ。 夜天の書も……そんなことに使われるために生み出されたわけでは無いというのに……いえ、訂正するわ。 ”そもそもそのために”作られたのならば色々と合点がいくもの。 蒐集詩篇……そして杖喰い、全てはそのための布石というわけ? アルハザードの死者蘇生システムの複製……それが狙いだったのね。 新造戦艦奪取もその目くらまし? はっ、ならばこの状況も彼の想定範囲内なのかしら」

 妹は震えたまま、それ以上は語らない。 どれだけ彼女の守護騎士が屈強だろうと、目の前の姉には勝てないということを嫌でも知っていたからだ。 まともな騎士であれば、少なくともこの四人の前に敗北するは必然。 だが、目の前の剣聖だけは話が別だ。 彼女の融合のレアスキルを行使したところで、どれだけ足掻いても届かない。

「懺悔の時間なんて貴女には必要は無いわね。 いいわ、そのまま消えなさい」

 左手に握られた愛剣が、その場で四度煌いた。 それだけで、同時に四の首が飛ぶ。 次の瞬間、擬似的な魔法プログラムとして実体顕現していた守護騎士たちが一斉に無力な魔力へと還元された。

「あ、ああ!?」  

「何をそんなに驚いているのかしら? この程度、私なら造作も無いと知っているでしょうに。 可笑しなエレナ」

 クツクツと哂いながら、彼女は右手の剣を掲げてゆっくりと歩いた。 エレナはその様に恐怖を覚え、腰を抜かして地面にへたり込む。

「遺言があるなら聞いておいてあげるわ。 それぐらいの慈悲はまだ、私にも残っているらしいから」

「あ、ああ……お姉さま……御免なさい、御免なさい!!! でも、私、他に……ああするしか!! でも、ああ!! 許してお姉さま!!」

「この後に及んで命乞いなの? ふざけないでエレナ。 それが最後の夜天の王のすることなの!? 恥を知りなさい!! 貴女の騎士は、貴女がどれだけ馬鹿げた命令をしてもそれに耐えてきたわ。 だのに、今の貴女はなんなの!! そんな様で、よく夜天の後継を名乗れたわね!!」 

 ダムは決壊する。 響く彼女の怒号が、場違いに響く。 彼女自身、ここまでとは思っていなかったのか呆れていた。 レイヴァンの忠義も、守護騎士たちの献身も、何一つこの子には届いていなかったのか。 そう思うと、無償に悲しかった。 何のために彼らが命をかけたのか。 どうして、レイヴァンが彼女のために命を燃やし尽くしたのか。 全てがまるで悪い冗談のように思えてくる。 なんという道化。 これ以上は見るに耐えない。

「……さようなら、エレナ。 来世ではもっとマシに扱いてあげるわ。 貴女はどうやら甘やかしすぎていたみたいだしね」

「お姉さ――」

 長剣を振り下ろす。 無慈悲に、これで少なくとも夜天の者としての仕事は終わる。 後はシュナイゼルを完膚なきまでに殲滅したことを確認するだけだ。 そう思っていただけに、その剣が弾き飛ばされたことに彼女は唖然とした。

「エ……手……出す……な」

 片言で、酷く声は聞き辛い。 だが、それは確かに死んだはずのレイヴァンの声だった。

「そんな、貴方までそこに……この子はなんてことを……」

 生気の無い、人形。 だが、それでもその不屈の意思は、誓いは消えていない。 真っ直ぐに色の無い無機質な瞳が彼女を射抜く。 

「レイヴァン!?」

 ポケットからその声を聞きつけたアギトが、顔を出して呆然とする。 ありえない。 死人がこうも容易く出歩くなどとあってはならない。

「……あ、は。 レイヴァン? レイヴァンなの!?」

 目の前でたった一人、自らを守ろうとする騎士に縋りつきながらエレナが涙でグシャグシャに汚れた顔をこすり付けるようにして抱きつく。 忠義の騎士は、死して尚彼女を守ろうというのか。 全身に鬼気を纏わせながらしっかりと立った。

「……これは、なんていう冗談なのかしら? 今までのより数段悪趣味だわ。 というより、最低だわ」

「レイヴァン、レイヴァン、生きてたんだな!!」

 胸ポケットから飛び出すアギトが、泣きながらレイヴァンに向かおうとする。 アギトにはもう、死人と正者の区別もつかないのだろうか? そんなアギトをしかし、彼女は逃さない。 距離を操作し、決して彼の元へとたどり着かせない。

「駄目よ、貴方は。 アギト……その小さな目を見開いてよく見なさい。 彼の魂はここにあるのよ、あんな紛い物にはないモノがここに確かに存在している。 そのことをはっきりと知覚しなさいな。 烈火の剣精!! 貴方の炎で、判断しなさい!! 偽者に縋るというのなら、それでも構わないけれど、その場合は今後一切彼の騎士を名乗ることをこの私の名にかけて許さないわよ」 

「あ、姐さんでも……あれは、レイヴァンで……レイヴァンなんだよぅ……」

「そう、なら好きにしなさいな」

 ため息をついて、彼女はもう諦めた。 意思と魂のあの叫びが、無価値なものへと成り下がっていく。 あの忠義の騎士の壮絶な死が、その価値が狂わされていく。 腹が立つことこの上ない。

「レイヴァン……アタシだよ。 今度こそ、最後まで一緒に……」

 アギトが声を出せたのは、そこまでだった。 音速で降りぬかれた刃が、小さな体躯をまるでゴミのように跳ね飛ばす。 辛うじてフィールドで切断だけは免れていたが、それでもほとんど致命傷なまでのダメージを負っていた。

「どう……して……レイ……」

「そう、そんなに彼を侮辱したいのね。 ……いいわ、シュナイゼル。 貴方の望みなど、ただの一つも叶わないと知りなさい!!」

 自らのロードの亡霊によって跳ね飛ばされたアギト。 その身体を優しく包みながら、彼女が声をあげて宣言する。 もう、どうにも我慢の限界を超えていた。 このような茶番につき合わされ続けるのはうんざりだ。

「レイヴァン……どうして、その子は私が貴方にあげた……私の……」

「――確か、守護騎士プログラムの定員は四人だったわね。 けれど、確かジルが昔ぼやいていたわね、意図的に七人分の空きがあるって。 残る三人分の空きは……一体誰の分なのかしらね? レイヴァンを入れても後二人……一人がもし私の分だったとして、だとしたら残りはやはり……」

「――え?」

 それは、ありえない行動だった。 忠義の騎士が、自らの主を襲うなどということは。 少なくとも彼の意思が本当に生きていたならば、そんなことはありえないはずだ。

「あ、これ……蒐集? まさか、私を!?」 

 呻くように身を捩るエレナ。 その身体からは、距離を無効化して背面から貫いたレイヴァンの腕が確かにあった。

 夜天の書がページを開く。 まるで、初めから予定されていたかのようにその中にエレナという存在の記述を書き殴っていく。 リンカーコアからの魔力を蒐集し、その魔法を保存研究するための資料本とする。 それが表向きの存在理由だ。 だが、本当の狙いは違う。 ジルが忌避していた使い方を、シュナイゼルは想定して作っていたのだ。

 魔力とはただのの無色の力ではない。 魔力には情報が宿っており、それはマテリアル<物質的>な情報を記した生物の設計図である遺伝子と似たような性質を持っている。 ただ、違うのは初めから情報を持っているのではなく、生きていく上で書き記されていく生物の記憶を記したようなものであるということ。 だからこそ、人によって魔力光の色に変化が出るしその魔力を解析することで魔法を夜天の書が情報として取り込むことができるのである。 

 ならば、こうも考えられはしないだろうか。 もし、仮に魔力からその情報を得ることができるのならば、遺伝子と同じようにそれから人間を再構成できるのではないか? そして、その情報を莫大な演算能力を持つ機械でプログラムとして演算し、魔力で擬似的にシミュレートすることで、生物を再構成することができると。 その答えが魔法プログラムの実体顕現システムの根幹の発想だ。 魔法プログラムはそれ自体がブラックボックスであり、任意では作れない。 少なくとも、生物を模したものは人の手では作れないのだ。 それは神の禁忌に触れるが故に。 では、守護騎士とはなんなのか。 即ち、元となる人間から蒐集した情報を利用し、プログラム的に再現した擬似存在。 アルハザードの復活システムそのものである。 

「あ、嗚呼……」

 全身の魔力をリンカーコアから搾取され、その魔力を奪われたエレナが力なく倒れる。 その上で、忠義の騎士を模した何かが自らの剣でエレナを串刺しにした。 仮に人間を再現したものだったとして、それがプログラムであるならばいくらでも存在の改変は可能である。 アルハザードの場合はそれを恐れて、絶対に人格プログラムを犯せないように強力なセキュリティが施されているが、あの男がそんな不都合なものを取り付けるわけが無い。

 全ては自らの望む世界のための礎。 徹底的に骨の髄まで使い潰そうというのだろう。

「……哀れな子。 最後まで、あの男の掌の上で踊り続けるなんて」 

 次の瞬間、エレナの後ろに彼女と同じ顔の人間が召喚されていた。 違うことといえば、奇妙な翼を生やしていることだろうか。 漆黒の翼が、銀髪に生えて不気味なほどに美しい。 魔法プログラム化されることで、色々と最適化されているのかもしれない。

「同じ存在、所謂元の人間のリンカーコアが稼動している間は、偽者は存在できない。 二重存在否定の法則だったかしら? だとしても、やることがいちいち徹底しているわね。 次に欲しがるのは私のリンカーコアかしら?」

 最後の七人目。 その空白を埋めるのは自分か。 笑えないジョークであると、彼女は一笑した。 どれだけ偽者を作り上げようと、魂無き木偶の坊に敗北する気はなかった。 確かに、レイヴァンは強力な騎士だ。 そのオリジナルともなれば、彼女に唯一比肩し得る魔導騎士として彼女がその身に刻むほどに強い。 だが、目の前の存在は違う。 ただの、偽者。 自分のように自我を保って存在しているのではなく、改変され改悪された出来損ないだ。 そんなものに負ける道理など一切無い。

 レイヴァンの偽者にエレナの偽者が融合していく。 元々のエレナのレアスキルは融合だ。 融合することで融合対象者のポテンシャルを大きく引き上げる力を持つ。 だが、それがなんだというのか。 オーダーメイドでレイヴァンのためにだけ作られたアギトとは違い、そんなものは付け焼刃にしかならない。

「いいわ、来なさい。 ベルカの騎士のあり方を教育してあげるわ」

 二振りの長剣を構えながら、悠然と彼女は微笑む。 怒りを通り越して、感情が麻痺していた。 それほどに、彼女の怒りは深かったのだ。 次の瞬間、ベルカで生まれた限界突破者<リミットブレイカー>が、常識を超えた非常識な戦闘を行うことになる。 恐らくは、彼のシュナイゼルが見れば卒倒するレベルの、それはそれは凄まじいものだった。


















「結論から言いましょう。 オリジナルの死亡は確認しました。 しかし、貴方が言うようなコピーが存在するというのであれば、あの倒れ方は些か不自然であると言わざるを得ません」

「……そう、ならやることは決まっているわけね」

 全てを終えてアルハザードに帰還した彼女は、ジルの言葉に頷く。

「ええ、燻りだすしかないでしょう。 ただ、この前ので過激派の連中も落ち着いたので、あまり大規模に動く前に何かしかの行動を取ることで被害を最小限にできるでしょう」

「長い戦いになるわよ、それだと?」

「餌は仕込んでいますよ。 ただ、それがいつになるか。 一応、身軽な貴方には次元世界を探って欲しいのです。 それで尻尾を出すとしても本体に行き着くのは難しいと思いますが」

「それでも、やるしかないでしょう。 それに、もうあの男のせいで無駄な犠牲を強いるのは正直どうかと思うわ。 悪いのはあの男。 それだけで、もう十分なのよ」

「ごもっとも」

「それじゃ、また会いましょう。 ……アルシェ、目を覚ますと良いわね」

「ええ、死亡判定されるギリギリまでに目を覚ますことを祈ってますよ」

「本当、貴方も彼もそう。 一途な男ばかりが馬鹿を見る。 嫌な世の中ね」

「はは、僕たちのような臆病者なんて、所詮そんなものですよ。 ただ、この胸にある思いだけが価値を持つ。 その価値を馬鹿みたいに信じてるロマンチストにはお似合いの末路ですよ」

「そう……なのかしら? 私にはよく分からないわ。 欲しいものは欲しいと思うもの」

「それが普通なんですよ。 その彼も、僕も、多分感性がズレてるんです」

「ふふ、そうね、そしてそこが魅力だったわ」

「そうですか……では、また会いましょう。 と、そういえば今度からなんて呼べばいいですか? もう名前を元に戻しても大丈夫だとは思いますけど?」

「ジル、私はもうカグヤよ。 それ以上でもそれ以下でもないわ。 ただの、帰る場所なんて無い一人の女よ」

「……そうですか。 でも、いつでもきてください。 ここはアルハザード。 辿りついた人間や、求められた人間を等しく受け入れる場所です。 ここにいられる条件はタダ一つ。 ここの流儀を犯さないこと。 ただそれだけ。 貴方なら、十分にここで暮らす資格があるんですから。 僕だって、権限をフルに使ってバックアップしますよ?」

「考えておくわ。 けれどそれも、全てが終わってからの話よ。 一体何年先になるかしら?」

「時間は無限。 されど、永遠を刻む前に全てのしがらみから脱却せねばならない。 ままならないものです、人生とは」

「あら、死人が人生を語るの?」

「ええ、勿論です。 私たちはオリジナルに限りなく近い亡霊。 ですが、オリジナルの意思を限りなく受け継いでいるんですよ。 ドッペルゲンガーみたいなものです。 ただし、それゆえにオリジナルが存在している間は存在できませんがね」

「ほんと、ここって不思議よね。 神をも恐れぬ所業だわ」

「神なんて、第一位から言わせれば敵の方が多いらしいですよ。 まったく、祈るべき神なんて自分たちの中にしかいないってことですかね」

「ふふ、いつか会ってみたいわね、ここの長とも。 二位よりもすごいんでしょう? 楽しみだわ」

「今もどこかで領地拡大のために頑張ってますよ。 本当は、領地なんてあの人には必要ないんですけれど、そうでもして囲いを作っておかないと色々と大変らしいですから」

「ま、その話はまた今度ね。 存外長居をしてしまったもの」

「……では、また。 次に会うときは、お互い良い知らせがあるといいですね」

「ええ、それじゃあね」












 悠久の時間。 無限の時間。終わることの無い放浪の旅。 されど、ようやく一つの兆しが見える。 旅はいつか終わるのだ。 永遠を生きる死ねない存在にも、終りはやってくる。 であれば、この出会いもまた一つの運命なのだろうか。

「みつけた……ふふ、しかも二つも」

 目の前にいる少年と、小動物。 ジルから貰った仕込みのセンサーが探し物の来訪に反応している。 であれば、ようやく終焉への道が開くのだろう。 長かったこの放浪の旅も、ひとまずの終りが見えてくる。 そう思うと、奇妙な寂しさを感じる。

「さあ、いらっしゃいこの聖域へ。 歓迎してあげるわ」

 彼女の感知圏内に存在する少年に手を伸ばし、焦がれるように引っ張り上げる。 長い長い、旅が終り、凍ったときが動き出していく。 全ては、ここから再び動き出すのだ。 もう身体に染み付いてしまった距離操作のスキルを使用しながら、一人呟く。


――これで、ようやく終われるかもしれない。


 無限に続く人生など退屈だ。 ジルのように目標があったなら、少なくとも意味を持つだろう。 けれど、彼女にはもうそれは無い。 タダ一つ、彼の存在の完全殲滅以外にもはや遣り残したことなどは無いのだから。 

「けれどまあ、責任ぐらいはとらないとね。 暇つぶしの相手ぐらいわ」

 新たに増えた無限存在。 永遠に終わることの無い七人目。 一人は狂い、防衛プログラムに成り下がり、もう一人は統制人格へと相成った。 そして、空いていた最後の席に座るのは、彼女の代わりになるべく取り込まれた意図された七人目にして、こちら側が送り込んだイレギュラー。 その一人が目の前で周囲の様子を伺っている。 可愛らしいほうが良いからと、懐かしい少女の姿をとっていたことが裏目にでたのか、近すぎることと身長が低いことで視界に入っていないことを理由に無視されている。 何故か、馬鹿にされているようで少し不快だ。


「へぇ……身長差を利用してこの”私”を無視するなんて……貴方、いい度胸ね?」

コメント
凄い面白いです。引き込まれました。
此処を知ってから一気に此処まで読んでいましたが、書込みせずにはいられませんでした。
オリ設定で此処まで書けるなんて脱帽です。
是非是非完結まで行って欲しい良作だと思います。
これからも頑張ってください。


一位=神殺しの刃、二位=背徳の獣ですか?
【2008/06/21 00:30】 | みーと #JalddpaA | [edit]
おおー、七人ってそういうことだったんですか~!!

原作ヴォルケンリッター以外にも、キャラクターが増えるのかなー
と思ってたらそうくるとは・・・

めっちゃ面白かったです~
【2008/06/22 20:00】 | たけ #- | [edit]
みーとさん、たけさんコメントありです^^

オリジナル部分ですから結構敷居は高い感じになってますが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

一位と二位の二つ名はそのうち出したいと思ってます。
そこまで書き続けられるかは分かりませんがw
【2008/06/27 19:04】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
いやぁ 面白いですね。

独自解釈でとても斬新ですが、破綻なく纏まっているのに感動します。

【2008/06/30 23:18】 | 燐寸 #- | [edit]
燐寸さんどうもコメありです^^

我ながらとんでもないものを考えたものです。
大風呂敷を広げすぎたかとうpしたときは戦々恐々してましたw
【2008/07/01 22:58】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
誤字報告です。

「そうだな。 守護騎士もよくやっているだろうが、それでもアルハザードの軍勢が相手では分が悪すぎる。 『眠れるを獅子を起こした時点で』、いつかはこうなる運命だったのかもしれない。 だが、それでも――」

眠れる獅子を起こした時点で、だと思います。
細かい指摘をすみません(‘・w・`)
【2008/09/23 19:31】 | kazu #.AUkuh/Q | [edit]












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