憑依奮闘記 第8.5話(なのはSS オリ主憑依系)
2008-05-05
自然ってのはただそこにあるだけで俺たち人間に畏怖を与える。 古代の人間にとって、自然とは神だったり恵みだったり精霊だったり色々なものだったという。 それは時を経た今でもほとんど変わっていないのかもしれない。 現代の人間の心の中にも確かに息づくそれらへの畏怖の感情こそその証拠だ。 その中でもとりわけ、美しい景色というものは人間の無為の心に響いてくる。 だからこそ画家が筆を取り、写真家がその姿を目にしたとき無意識にシャッターを切るのだろう。 一般人もその光景に圧倒され、やはり感嘆の声を漏らす。 それが、俺たち人間に脈々と受け継がれてきた感性なのだ。
目の前に広がるのは、巨大な滝だ。 それも、ナイアガラとかそういうレベルの超大規模の奴である。 幅にして数キロ、高さにして百メートル以上はありそうなそれが、ずらーっと並んで目の前にある。 水の流れの音がやけに身体全身に響いてくる。 ザァザザァっと流れるその滝の、なんと美しいことなのか。 思わず、写真嫌いの俺でさえ記念に一枚取りたくなるほどのものだった。
「あ、クライドさんたちも来ましたよ」
「遅いわよザース、もっと飛ばして来なさいよ。 ほら、出遅れちゃってるじゃない」
「悪いな、ちょっとこいつ探すのに手間取ってな。 なんでか、こいつ洞窟の中なんかに隠れてやがったんでな」
「寝るには都合の良い場所だったんでね」
肩を竦めながら答えると、良くわかんないことばっかりするあんたらしいとフレスタもリンディもそんな目で俺を見た。 何故か無性に馬鹿にされた気分なのは自意識過剰だろうか?
「ま、いいわ。 で、どうここ? すごいでしょ、昼前頃に先生に集合場所でたまたま指定された場所がこの絶景だったのよ。 ついてるわよね?」
「ああ、すごいなこれ」
フレスタが何故か自慢げに語るのを横で聞きながら、俺はしばし圧倒された。 どうやら、ここで水浴びをするつもりらしい。 既に学生の何人かは流れが緩やかな方に陣取り、水着に着替えて思い思い水遊びに興じていた。 って、待て。 水着だと?
「さて、じゃあ私向こうのほうで着替えてくるから。 ……覗くなよ?」
「当然だ。 俺もザースも自分の命が惜しいんでね」
「ああ、命は惜しいぞ」
「なんか、引っかかる言い方ね。 まあいいわ。 行きましょうリンディちゃん。 朴念仁二人があっと驚くような肢体を魅せつけてやろうじゃない」
「……えと、はい」
少し恥ずかしそうにしているリンディを引き連れて、フレスタが森の中へと消えていく。 デパートで探していたものでも出してくるのだろうか? 気にならないと言えば嘘になるのだが、それよりももっと切実な問題が俺にはあった。
「……抜かった。 アレの準備にばかり頭がいって水着持って来るのを忘れたぜ」
男だけならトランクスでも本来は十分なのだが、さすがに女性陣が混じっているところに”それ”では些かモラルにかけるだろう。 さすがにそこまではっちゃけられるほど俺の精神年齢は退化してはいないのだ。
「なんだ、お前水着持ってきてないのか?」
意外だという風な目で見てくるザースに、俺は肩を竦める。
「ああ、別のことに夢中でな。 記憶から消えてた」
ふむ、短パンは持ってきていたがそれで代行するしかないか?
「まさかサバイバルデバイスを作るのに夢中だった、なんていわないよな?」
やや恐る恐る尋ねてくるザース。 さすが我が友よ。 良い線を突いてくる。 だが、さすがにそうではなかった。
「ああ、確かにそれも考えてもいたがさすがに先立つものが無いので自重した。 変わりにもっと別のものを考えていたんだ。 そうだな、一日短くなったから明日の夜に本命を行うべきか……」
「あん?」
「まあ、今は目の前の問題に集中するとしようか。 短パン……着替えるのも面倒だな。 バリアジャケット改良して水着っぽくしてみるか?」
面積を削ってそれっぽくすれば、まあ問題はなかろう。 ただ、少し改造に時間が掛かるのが難点だろうか。
「……お前のそう、手近にあるものでどうとでもしようとする精神が時々俺には怖いよ。 そのうちガラクタからデバイスを作り上げそうだ」
「そうか? 工夫ってのは大切だぞ?」
ザースが呆れたように言うが、俺は憮然と答えた。
「さて、じゃ俺も着替えてくるわ」
「おう」
女性陣とは反対側の森の方へと向かっていくザースを見送ると、俺はゆっくりと飛び上がる。 滝の上からあの絶景を眺めてやろうと思ったからだ。 しかし、人間飛べるようになると色々と感覚が麻痺するものだな。 普通はこれほど高い場所にいれば、恐怖で足が竦むものだが飛べるようになるとそんなものが恐怖ではなくなっている。 適応能力が高いといえばいいのか、それともただ単に図太いだけなのか、些か判断に悩むところだ。
「人間なんてそんなもんか」
喉もと過ぎれば熱さ忘れる。 なるほど、特定の恐怖もどうとでも対処できる手段さえ入手すれば恐怖ではなくなるらしい。 であれば、全ての高所恐怖症の人間に飛行魔法の習得を義務付けるべきだと思う。 割りと多くの人間が解消できるんじゃないだろうか? もっとも、直せるのは魔導師の才能がある人間だけに限定されるのだが。
「お、あの辺りで良いか」
滝の上で微妙に出っ張っている岩の上に降り立ち、絶景を見下ろしてみる。 と、身震いするような高さに、思わず俺の中で克服したはずの恐怖が疼いた。 自然に対する崇拝? あるいは畏敬の念だろうか? 古い記憶が刺激されるような感覚に暫し酔う。 やはり、地に足をつけたままだと恐怖はまだあるらしい。
吹きすさぶ風に、滝の音。 本当に平和だと思う。 魔法戦闘を行ったなんて、まるで嘘のような気がしてくる。 けれど、アレは本当にあったのだ。 非殺傷設定の無い魔法を向けられ、ぶちきれていたことをこれ幸いと利用し、恐怖を激怒に染めて戦った。 いやはや、我ながら信じられないことである。 しかも、AMF内とはいえ相手は格上。 思い出したら腕に震えが走りそうだった。
正直、あんなのはもううんざりだ。 二度とやりたいとは思わない。 しかし、悲しいかなこの身は管理局の魔導師兼デバイスマイスターを目指す身であり、そういうリスクをいつも孕んでいる身へと到ろうとしている。 嗚呼、本当に救えない。
死亡フラグ? 好奇心? どんな理由をつけたところであろうとも、もはや賽は投げられている。 であれば、こうして震える指先が震えを忘れるときが来るのだろう。 それぐらい場数を踏みたいと決して思わないが、それでもまあ結局やりきるしかないわけで。
「ふぁーああ」
大あくびをしつつ、ゴロンと寝転ぶ。 川のせせらぎをBGMにするなんてなんていう贅沢なのか。 簡単なブルジョワジーに浸りながら、そのまま目を閉じる。
所謂、覚悟って奴が俺には足りない。 ウダウダとこうして考えているのがその証拠だ。 ああ、そうだ。 そういえば、俺より先に管理局で嘱託やってる年下はどういう気持ちで戦っているのだろうか? 九歳の少女が自分から進んで? 馬鹿な、ありえない。 何かきっかけとかそういうのが無い限りは、そういうのはこのミッドチルダでも稀なはずだ。 だが、家系的にエリート魔導師を輩出してきた名門であるというのなら、思考的に継がせたいとかそういうのが絡んでくるだろうし、もしかしたらリンディの意思とかとは無関係という可能性も無きにしも非ずだ。 まあ、ぶっちゃけなんも知らんから勝手に推測しているだけでしかないのだけれど。
「……気にならないといえば、嘘になるか」
ザースは目指す人がいると言っていた。 俺の場合は極論で言えば死亡フラグの回避のため。 もっとも、カグヤに会った今では若干ズレが生じかけている気がしないでもないが。 フレスタは……単純に職業への憧れとかそういうのだと思う。 実入り良いしな、管理局員。 何せ天下無敵の公務員だ。 インフレデフレもドンとこいだ。
「たく、ままならないねぇ」
太陽はあんなにも輝いているというのに、どうでも良いことが俺の人生に陰りを作る。 と、少し凹みながら数分経った頃、ようやく着替えてきた三人がやってきた。 どうやら、ザースのウイングロードでやってきているらしく、のんびりとした移動である。
茶色のウィングロードが、岩の上で寝そべっている俺のところまでゆっくりと伸びてくる。 実に便利な魔法だ。 ハイウェイなんて作るよりも、ウィングロードを発生させる機械でも作ったほうがいいんじゃないかと思うぐらいに。 そのほうが絶対クリーンだし、道路特定財源も施しようがないんじゃね?
「お待たせ」
いつもの制服やバリアジャケットとは比べ物にならない薄着の三人が、ゆっくりとやってきた。 フレスタはこちらの様子を伺うようにニヤニヤとし、リンディはその後ろに隠れるようにして歩いてきている。 俺に一体どういう反応を求めているんだフレスタ?
「どう? 中々のもんでしょ?」
何かの雑誌にでも載っているような、妖艶な仕草をしながらポーズを取るフレスタ。 その身体を覆っている紅いビキニが、素肌の白さを否が応でも対比させる。 元々の素材が良いから、良い具合に光っていると言わざるを得ない。 俺はいつもと違うその姿に、少しドギマギしそうになる。 ああ、でもなんだ。 色気ってよりも可愛らしさが先に立つのはまあご愛嬌だろうけどな。
「ああ、大したもんだよ。 その性格じゃなきゃ惚れてたかもしれん」
「……褒められてるのか貶されているのか、判断に悩む言い方ね」
勿論、相殺でプラスマイナスゼロだ。 いや、暴君ということを差し引けばマイナスよりか?
「ふっふっふ。 じゃあ、そろそろ切り札を切るときがきたようね!!」
ずずぃっと背後のリンディを前面に押し出してきた。 ……切り札なのか?
「わ、ちょっとフレスタさん!!」
恥ずかしそうに顔を紅く染めながらリンディがオロオロと前に出てくる。 どうやら、フレスタとお揃いのビキニを選んだらしい。 ただし、その色は白だった。 翡翠の髪の毛との対比が結構可愛い。 ただ、小さな体躯には当然ながら色気が足りないので、大人を真似て背伸びしているようで微笑ましい感じがする。 だが、しかし……。
「うーむ……これが、あんなになるのか?」
唸りながら、記憶上にある未来リンディと比べてみる。 画面越しだからか美化されていたからかどうか分からないが、彼の提督さんは文句なしの美人であった。 これが十数年後にはあんなになるのか? 人体の神秘を感じずにはいられない。 勿論、元がいいからといわれれば納得するしかないわけだが妖精からどうやって女神クラスに進化するのかさっぱり理解できん。
「ど、どうして私のときは凝視するんですか!?」
「……クライド、あんたまさか――いや、やっぱり!!」
「クライド、お前……」
周りがごちゃごちゃといっているが、俺は気にせずにリンディを見る。 爪先から頭までじっくりと観察。 だが、やはり現状からいくらシミュレーションをしてみても、記憶の中の姿は今を大幅に超えている。 超えてしまう気がする。
「一体、この先数十年に何があるんだ?」
「何をわけわからんことをいっとるかこの変態!!」
「く、クライドさん!! エッチなのはいけないと思います!!」
振りかぶられるは二振りの杖型デバイス。 オーソドックスな支給品デバイスと完全なるオーダーメイド品がそろぞれ同時に強打してくる。 次の瞬間、俺の身体が宙を舞った。 痛いとか叫び声を上げるまえに、もっととてつもない恐怖が俺を襲う。
――ダブルホームランアタック=ヒモ無しバンジー=滝つぼへのダイブ。
「俺は無実だぁぁぁぁぁ!!!」
滝の水と同じ速度で滝つぼへと落ちていく。 あー、確か物体って落ちる速度みんな変わらないとかって昔聞いたような聞かなかったような。 どうでもいいことが咄嗟に頭に浮かぶ。 人間追い詰められると訳の分からんことを考えるってのは本当かもしれない。
「く、魔法だ魔法!!」
飛行魔法を唱え、なんとか体勢を立て直そうとする。 だが――。
「死に晒せセクハラ男!!」
「クライドさんの馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、お前ら洒落になんねーって!!」
「ぐはぁぁ!?」
顔面を強打するスナイピングバスター。 そして、それに遅れて飛来する翡翠の弾幕。 無理だ。 この状態からでは絶対に回避不可能。 桃色の弾丸の一発で既に俺の身体は死に体だ。 まともに飛ぶことさえままならない。 くそ、いいところ狙いやがって。 さすが砲撃魔導師暴君のフレスタだ。
数十メートルの自由落下を行いながら、俺の身体が重力に束縛されていく。 もうだめだ。 よしんば体制を立て直しても追撃を対処しきれない。 次々と襲い掛かってくる魔法の嵐に晒されながら、俺は滝つぼにダイブする。 直後、身体を襲う凄まじい衝撃。 水面の熱烈な歓迎が容赦なく俺を攻め立てる。 せめてもの救いは、バリアジャケットを着たままだったことか。 でなければ、俺は今頃確実に逝っているだろう。
――やべぇ、手足が動かん。
(魔力ダメージが半端ではない。 あれ? 非殺傷設定の無い魔法に晒されて怖がっていたけど、なんで無害なはずの非殺傷設定の魔法で死に掛けなきゃならんのだ?)
この日、俺は薄れいく意識の中で殺傷魔法よりも恐ろしい非殺傷魔法があることを知った。
憑依奮闘記
第8.5話
「訓練という名の娯楽」
「……へっくしょい。 ちっ、まだ身体が冷えてやがるな。 後で風呂でも入るか?」
容赦の無い女性陣のおかげで軽く臨死体験したクライドだったが、ザースという無二の友人のおかげでなんとか命を取り留めることができた。 このときほど、人間関係が重要だと思った日は無いと彼は後に語ったという。
「あ、あはははは。 誤解だったんですよね? 勿論、私は信じてましたよクライドさん」
やや顔を引きつらせながら、リンディが調子よく言う。 だが、クライドにはその言葉を信じることはできない。 日に日にリンディがフレスタ化していく。 このままでは、二人目の暴君が出来上がる日も遠くないだろう。 なんだかんだ言っても、リンディは要領が良い。 フレスタのようにクライドの上手いあしらい方を覚える日も遠くないだろう。
「フレスタが十五発。 リンディが二千発。 俺のデバイスがきっちりとカウントしていたんだが、これはどういうことなのか。 詳しい説明を要求するリンディ・ハラオウン嘱託魔導師殿?」
「か、数えてたんですか!?」
「なわけあるか。 適当だ適当。 半分意識が朦朧としていたからな。 ザースが助けてくれなかったら俺は溺死しているぞ多分。 今日はザースの方に足を向けて寝るのはやめよう。 うん、あいつがどこで寝るかは知らんが」
適当に言いながら、クライドは寝床の準備をしていく。 どうやら、今日は仲間の近くで過ごす気のようだった。 一人離れた場所でのんびりとゆっくりしてそうなだけに、リンディはそのことに少しだけ驚いた。
「どうした? ハトが豆鉄砲食らったような顔して?」
「あ、いえ。 今日は一人になろうとはしないのでどうしてかなと」
「まあ、誘われたしな。 それに、俺はあいつらといるのは別に苦じゃないし、ある程度一人の時間さえ確保できれば後は文句なんて言わないさ」
「そうですか……」
ツールボックスから寝袋とシートを取り出し、下に敷く。 滝の近くなので石が少々ゴツゴツしているがまあなんとか眠れそうである。 だが、クライドはそれでも具合が悪そうだと判断したのかこっそりとシートの下にシールドを展開する。 これで、小石などから無関係になる。 まるで魔法の無駄遣いであったが、彼の場合は放出系でなければ特に苦にならないので使うときはどんどん使う。 勿論、めんどくさいときにはさっぱり使わないこともあるが。
「よし、こんなもんか」
既に時刻は夕暮れ時。 適当に支給品の食料(レーションなどの保存食)を食したあとそれぞれ別のクラスメイトとの交流のために分かれていた。 ザースとフレスタはクラスでもそれぞれ引っ張りだこの人気者である。 クラスメイトたちとの約束なども沢山あるだろう。 クライドはそういうのは特に無いので、そのまま明日も合流予定の滝の側にいる。 ついでに、リンディを一人にするのもアレだからという理由もあるので残っていたがそれは言わぬがフラワーなので言わない。
「うう……ゴツゴツします」
寝袋の具合を確かめているリンディが涙目で言う。 布団が変わると眠れなくなるタイプだろうか? クライドはそれを見て、近づくとシートの下に特別なシールドを展開してやった。
「そ、そんなことに魔法使うんですか? 維持魔力勿体無いですよ?」
「心配するな。 俺のシールドは特別だ」
「特別……ですか? あれ? フワフワしてる?」
ありえない感触に訝しげに首を傾げるリンディ。 しかし、クライドはそれには答えずに立ち上がる。 そしておもむろにシールドナックルを展開した。 楕円形のシールド。 普段は攻撃に用いるためのそれを今使用してどうしようと言うのか?
「なあ、腹へらねぇ? やっぱ保存食だけだと味気ないと俺は思うんだ」
「……シールドナックルがお腹の減り具合と関係あるんですか?」
「あるね、これは非常にサバイバルに適している魔法だからな」
「はぁ……」
そういうと、クライドはまた別の魔法を展開。 そして、シールドナックルを空間にお茶碗のように立てた状態で固定しながらその中に魔法で作り出した湯を注いだ。
「……お湯ですか?」
「ああ、これが水着を忘れた理由のその一端だ。 サバイバルデバイスを開発するのは資金的な面から断念せざるを得なかったが、サバイバル魔法の開発はできた。 ふっふっふ。 これで取るに足らない不便な生活からオサラバだ」
「相変わらずですね。 そういう普通じゃないところで無駄に凄いのは」
「だが、その無駄が今日明日のサバイバル生活を豊かにするのさ」
と、今度はさらにそのシールドナックルにツールボックスから取り出した物体を投入した。
「あ、それラーメンですか?」
「ああ、あのラーメン屋の店長に頼んで、管理外世界の物資を扱ってる店を教えてもらったんだ。 そこでインスタントラーメン見つけてな。 一番手軽な奴だから買っといたんだ。 一応あいつらの分も用意してはいたんだが……まあいい。 こっそり食べてしまうとしよう」
時間を計りながら、クライドは片方のシールドナックルをリンディに差し出す。
「ほら」
「あ、どうも」
シールド魔法を食器にするという発想に少々驚いていたものの、リンディはそれを躊躇無く受け取る。 お湯のせいで熱いかと思ったがそうでもない。 どうやらきっちりと断熱処理がされているらしい。 変なところまで拘るところが、クライドらしい。
「この魔法を使えば、風呂も余裕だぞ。 はっはっは、サバイバルなど魔導師の手にかかればただのキャンプに過ぎん!! 管理局の偉い人にはそれが分からないのだ!!」
「く、クライドさんいつもとキャラ違いませんか?」
「一度死に掛けると妙にハイになるんだ。 覚えておくといい、人生の素晴らしさが無駄に見えてくるぞ」
「いえ、遠慮しておきます」
きっぱりと拒否しながら、リンディはツールボックスを漁る。 取り出すのはマイフォークである。 ミッドチルダには勿論お箸をを使う文化などほとんどない。 最近では管理局外の世界の料理を出す店も増えてきたので少しずつ広まってはいるものの、やはり主流はナイフとフォークだ。
「よし、もういいぞ」
「いただきます」
口の中に広がる懐かしい味に、アークの作ったラーメンとの差を否が応でも感じる。 いつか、第97管理外世界に行くときが出来たら、日本を旅行しようか。 クライドは自分の生まれた場所との相違点などを確かめてみたいと思っていた。 もし、自分とそっくりの人間が生きてのうのうと暮らしてたらどうしようか? まさかとは思うが、そんなIFに出会えるかもしれないと考えると、どうにも帰郷してみたいと考えてしまう。
今の生活に不満を覚えているというわけではない。 だが、それでもクライドの中身の人格は故郷に近い場所を見ておきたかった。 ホームシックというわけではないと思うが、ただ、身近にあったそれに対する望郷の念はまだクライドの中に少しは残っていた。
ずるずるとラーメンを啜る。 しばしの沈黙が二人の間に流れた。
(く、沈黙が辛い)
いつもはなんだかんだと言って講義から始まる。 クライド独自の考えで語られる魔法戦闘理論の青空教室であり、普通の魔導師とはベクトルが微妙にズレたその講義と実践が主な会話内容である。 プライベートな会話なんてものは、その際には極力無いしフレスタやザース、ザフィーラといった面子と一緒にいるためにこうして間が持たないことはないのだが……。
(やばいな、今更だが年下の女との会話ネタなんて俺は持ってないぞ?)
そもそも人付き合い自体をほとんどしてこなかった男である。 最近の流行もほとんど気にしないし、そのせいで結構会話が事務的なものに成りやすい。 ザースもクライドがそういう話をすることは滅多に無いため、どちらかといえば自分で話題を振っていく。 情報に疎い彼には、それだけで会話が弾むことが多いからだった。
だが、そういうクライドの微妙な機微をリンディが知っているわけがない。 というより、彼女自身も結構そういうことに頓着しないのだ。 フレスタが色々と教え込んでいる現在、当時よりもかなり一般的な少女への情操教育が進んでいるがそれでも高々一月オーバーで目に見えて変化するというわけではない。
(……こうなったら、ゆっくり食って時間を……って、麺がもう無い)
退路も無い。 この沈黙を味わうとかそういうことができない男である。 某執務官殿とこういうところはいい勝負だったかもしれない。
せめてもの抵抗とばかりにスープを飲み干すが、口内に鶏がらの味が広がった頃にはその僅かばかりの時間稼ぎも終わった。 空になったシールドナックルを遠くの茂みに投げこみ、魔法を解除するといよいよすることが無くなった。
「……そういえば、あいつらがいないときに二人だけになることなんてなかったな」
どうにか、話題らしいものが出た。 とはいえ、共通にできる話題といったらあの二人や学校でのこと、もしくは魔法についてぐらいだ。 それで向こうが楽しめるかどうかは分からなかったが、クライドはそれで攻める。
「そうですね、いつもは大抵フレスタさんがいてくれますし……」
んーっと、虚空を見上げながらリンディが答える。 リンディにとってはフレスタは自分に良くしてくれる頼れるお姉さんである。 何かと世話を焼いてくれる彼女は、一人っ子であるリンディにはまるで姉妹ができたようでこそばゆい感じがする人間だ。 同年代の人間がいない今、彼女の存在は酷くありがたい。
「結構あいつは世話好きというか、お節介なところがあるからな」
「ふふ、そうですね」
「あいつも姉妹とかいないらしいし、妹ができたみたいで嬉しいんだろうな」
「かもしれません。 私もちょっと嬉しいんですよ。 ここに来て、お兄さんとお姉ちゃんができた感じですから」
「……兄?」
「ザースさんとクライドさんのことですよ」
「は?」
クライドは思っても見なかった言葉に目を瞬かせる。 ザースはまあ分かるが、自分がそういう風に思われているなんて露とも考えたことが無かったからだ。
「いつも気さくで、人当たりの良いザースさん。 あの虹の人と戦ったあたりから、どうやら私の護衛をそれとなくしてくれてるみたいなんですよ。 この前にフレスタさんがこっそり教えてくれました。 同年代ならフレスタさんが適当にあしらってくれるんですけど、上の人とかがやってきたときとかにはさすがにちょっと無理だろうから、自分の方に回すようにって言ってきたそうです。 挑戦するならまず俺を倒してからにしろ、みたいな感じだそうです。 しかも、相変わらず”クライド・エイヤル”を律儀に名乗ってるらしいですよ。 兄が居たらあんな風にして守ってもらってたのかなって考えちゃいます」
「……あいつらしいといえばらしいな。 それでか、この前何故か三年に絡まれてたのは。 勿論、ボコボコにしてやったが」
ザースはクラスの連中や別クラスの人間から不必要に絡まれるような人間ではない。 ザースと共に訓練場に消えようとしていく連中を見たとき、ザフィーラ共々乱入してやったがなるほど、あれはそういうことだったのか。 そのときは深くは聞かなかったが、理由を知ったクライドは苦笑するしかない。
「……しかし、となると俺の名前が変な具合に上級生に知れ渡ってるかもしれんな。 かなり高度なシューティングアーツを使う陸戦魔導師”クライド・エイヤル”とかそんな感じか?」
「ふふ、そうですね。 そもそも本人はローラーブーツさえ所有してないのに」
「もしかしたら、リンディが卒業した後に俺を狙う上級生が出てくるかもしれないな。 ああ、そのときはザース・リャクトンとでも名乗ってやり過ごせば問題は無いか」
「酷い人」
「お互い様だろ」
二人して声をあげて笑いあう。 いつの間にか、沈黙がなくなっていた。 クライドはこうして自然に話していることを不思議に思ったが、深く考えることは止める。 それよりも自分の評価が気になったからだ。
「それで、俺はリンディの中でどういう評価なんだ?」
「そうですね……って、面と向かって言うんですか?」
少し困ったような顔をしながら、リンディが尋ねる。 誰だって人の評価を本人に言うのは言い辛い。 本音と建前があるからだ。
「ん、なんだ本人に言えないような評価なのか?」
どんな答えなのか、クライドはニヤニヤしながら口を開くのを待つ。
「やっぱり、意地が悪いですねクライドさん」
「大丈夫だ。 今ならどんな劣悪な評価でもあの滝の水に流すぞ」
「……信用できません」
ズズッとスープを口に含むリンディ。 やはり、色々と口にできない評価なのだろうか? 少なくとも、クライド自身あまり良い印象ではないだろうと思っている。 初対面ではザースの悪戯心のせいで年下趣味などと言われ、初めての模擬戦では決戦メンバーと共にノックダウンさせた。 さらに、彼女が出力リミッターをつけるきっかけを作り、今でこそ講義をしているが初めのうちはそんなつもりは全く無かったのでかなり逃げまくっていた。 これで、良い印象を抱けというのはかなり難しいだろう。
「……ふう」
「豪快な一気飲みには感服する。 だがしかし、俺は答えを待っているぞ」
逃がさないとばかりに、追求するクライド。 本当に、どうでも良いところでムキになる男である。
「もう、いつもは淡白なのにどうしてこういうときばっかり……」
ぼそぼそとそういうと、リンディは意を決して口を開いた。 半分ヤケになってるようで、少し微笑ましい。
「クライドさんは、何を考えているのか分からなくて逆にそのせいで気になる感じの人です。 こう、なんとかして真人間にしてあげないとって考えるような駄目な人」
「……は?」
何を考えているのか分からない。 それは、フレスタやザースもまた感じるクライドに対する違和感である。 だが、その後の評価がアレだった。
「……前者の印象はまあ分かる。 けど、真人間にってのはどういうことか説明を要求したい。 それはもう切実に」
「だって、不真面目っぽいじゃないですかクライドさん。 貴方なりに色々と旨味を追求した結果なんでしょうけど、周りからみたら不真面目にしか見えませんよ。 だからどうにかしてあげなきゃって考えちゃいます。 クライドさんはやればできる人ですから」
「……年下に心配されるような態度だったのか俺」
「はい、残念ながら」
即答だった。 迷い無く言い切ったその様子に、クライドは心中で泣いた。 本当に直球で来やがった。 歯に衣着せぬ言い方を自ら望んでいたが、だからといってこうも言い切られては立つ瀬がない。 がっくりと地面に手をついて己の過去を振り返るその様子は、本当に駄目な人である。 そして、そうやって己の所業を振り返ることに没頭するあまりその後の嬉しい評価をクライドは聞き逃していた。
「……やる気になったときは頼りになるお兄さんなのに」
普段、あれだけやる気のない男だったが彼女はその一点だけは好ましく思っていた。 その呟きもまた本心である。 だからこそ、余計に勿体無いと思うのは彼女だからか。 フレスタであったなら、恐らくはその評価を笑いながら一刀両断するに違いない。 「いや、アレはただ単に面倒くさがりやなだけでしょ。 後、ああいうのは出し惜しみする嫌な奴なの」と言っているはずだ。
「く、こうなったら開き直るしかないな。 これからもなお一層手を抜くことにしよう」
「……そういうところが心配になるんですけど」
言っても無駄っぽかった。 開き直ったクライドはいつもとは比べ物にならないくらいに子供っぽい。 どこか不貞腐れているその様子にリンディは呆れるしかなかった。 先ほどまで自分の在り方に疑問を持っていたのではなかったのか? 本当に、この男は何を考えているのか分からない。
(と、そういえばもう一つ分からないことがありましたね)
これは恐らく、魔導師を目指す人間が誰しも疑問に思うことだった。 自分ばっかり喋らされるのはアレだからとリンディが攻勢に出る。
「そういえば、クライドさんはどうしてデバイスマイスターと魔導師の両方を目指すんですか?」
「ん?」
「フレスタさんも疑問に一番そこが可笑しいって言ってましたけど、どうして一本じゃないんですか? 普通は皆どちらかだけを目指すのに」
「あー、その方が面白そうだからって答えじゃ……駄目っぽいな」
「私は正直に話しましたよ? 今度はクライドさんの番です」
思いのほか、強い口調だった。 嘘を許さないと翡翠の瞳がクライドを射抜く。
「――だが断る!!」
「――というのは無しですよ?」
口を開いてほぼ同時に返された。 どうやら、読まれていたらしい。
「むう……言ってもいいけど、質問は無しだぞ。 それに、どうせ眉唾だから信用できんだろうし全部リンディが聞いたら確実に流れがやばくなる」
「私が聞いたら……やばくなる?」
「フレスタに言ったら頭は大丈夫かと言われるな。 ザースも、そうだな。 口にはしないだろうが俺に精神科医への治療を進めるかもしれないな」
「い、一体どういう理由なんです?」
「馬鹿げた被害妄想。 何事もなければそんな風に考えられたかもしれなかったが、今ではもう王手が掛かってる。 だからだな。 昔は……ただ、可能性に立ち向かうためだったし興味もあったからだが……」
そういうと、クライドは空になったリンディのシールドナックルを操作し、茂みに投げてから魔法を消す。 そして、今度は二人の寝袋の間に魔法で炎を生み出した。 辺りはもう、暗くなり始めている。 そろそろ明かりが必要な頃合だった。
「極論から言えば、死ぬのが怖かったからだよリンディ」
「死ぬのが? あ、え――?」
何をいきなり言い出すのか。 リンディの瞳が揺れる。 だが、クライドはそれには頓着せずに正直に話した。 どうせ荒唐無稽な話だ。 信じられるわけがない。 なら、笑い話にしてしまえば良い。
「――俺は俺の手持ちの情報から考えたとき、二十代ぐらいで死ぬ確率が高い。 そう結論付けた。 だから、それに抗うために魔導師とデバイスマイスターを目指そうと思ったんだ。 最低限この二つをモノに出来ればなんとかなると思っていたんだな」
「……それは、どうして?」
「夢みたいなもんを見たといえば、リンディには分かりやすいか。 子供の頃の話だ。 予知夢とか悪夢とかそれに近いかな。 ただ、そうなると思ったから一番分かりやすい対処法を得るために魔導師としての力を求めた。 当時は、デバイスマイスターはついでだったな。 最近じゃあ比重が逆になってるけど」
「えと、よく分からないです」
「だろう? これは、俺以外には決して理解できない事柄が原因だ。 というよりも、アレは説明のしようがないことなんだ。 偶に、俺自身がアレが現実だったのかそれとも妄想だったのか分からなくなりかけるときがある。 だが、俺の元の魂が言ってる。 あれは現実だったと。 だとしたら、この先の展開が予定通りに進む可能性を”元の俺”は否定できない。 最低限の主要人物は出揃っているし、なにやらこう出来すぎているんでな」
「……」
「ま、元の俺の考えが基本的に根底にある。 だが、そうだな。 ”クライド・エイヤル”としてはそれは多分きっかけに過ぎなかったよ。 その二つの資格を取って、それで管理局でのうのうと生きることが今の俺の目標だからな」
「……まるで、別のクライドさんがいるみたいな言い方ですね。 自分自身のことなのに元の俺とか……言い回しがちょっと変です」
「おっと、質問は無しだ。 まあ、前者はともかくとして管理局でのうのうと生きるっていうのは割と本気。 初めの質問の答えとしてはリンディの望む答えだったかどうかは分からないけどな」
そういうと、クライドは肩を竦めた。 それ以上説明することなんてできないのだ。 自分の元はこの世界をアニメの娯楽として楽しんでいる世界なんて言ったところで本当に頭の可笑しい人として取られるだけだ。 しかも、その中で”クライド”という人間はリンディの夫であるなんて口が裂けても言えない。 言えるはずもない。
「あ、そうそう。 話はずれるけどよ、俺の子供時代ってあるとき犯罪に巻き込まれてな。 そのせいで医者曰く記憶の混濁が見られるそうだ。 つまり、さっきの話はその混濁の影響だってわけだな」
「あ、え?」
「つまり、信憑性なんてあるわけがないただの夢さ。 ”リンディ”がそんな深刻そうに考えるようなもんでもないし、子供の頃の恥ずかしい記憶って思ってくれ。 魔導師とデバイスマイスター。 両方をやる理由は、やっぱりそのほうが楽しいからだよ。 俺は戦うのはそれほど得意というわけじゃない。 けど、この二つを絡めて戦術を考えたりそれを活かせるデバイスを考えるのが面白い。 だから、二つ同時に目指してる。 少なくともこれに嘘は無いよ」
「……初めの面白いからって話に戻ってるんですけど」
「だが、それは事実だ。 だいたい、元に面白いと感じれなきゃやってないさ。 特にデバイスマイスターの勉強はそりゃあ難しい。 半端無いぐらい訳が分からん。 こっちには先生がいないからなぁ。 師匠たちも簡単なこと以外は分からないっていって教えてはくれなかった。 教本だけ手に入れたんで、そっからこつこつと手探り状態。 だが、少しずつ未知を紐解く感覚が楽しい。 これは、やってみなきゃあ分からない面白さだ」
「……はぁ」
「リンディも本局で自作デバイスを作ってみれば良いぞ。 ハマったら病み付きになる」
「……いえ、私は執務官の勉強がありますから」
会話がズレていた。 いつの間にか、デバイスの話に移行している。 意図的なのかそれとも本気でそう思っているのか。 リンディには判別がつかない。 さっきのは、冗談だったのだろうか?
「そうか? まあ、それなら諦めよう。 っと、なら今度はこっちがどうして執務官になりたいのかを聞こうじゃないか。 実入りが良いからとか、そんなのか?」
「ちょっ、そんな俗っぽい理由じゃありません!!」
「いや、かなり現実的な理由だと思うぞ。 一般人の感覚からいけばな。 現実に魔導師は儲かる」
「そ、それは否定できませんけど……」
魔法を行使できる人間が少ない以上は、それに対する価値は大きい。 それに、魔導師はどこでも人手不足なのだ。 率先して確保するためにはそれ相応の報酬を出す必要もある。 だからこそ、フリーランスの魔導師や嘱託制度を登用しているところは多い。 勿論、管理局も例外ではない。 時空管理局は公務員扱いだが、魔導師の資格持ちの給料はそれが無い一般人よりも資格手当てが大きいのだ。
結局、その日の夜はそのままお互い滅多にないプライベートな話を交互にする羽目になった。 まだまだ知らないことはお互いに沢山ある。 クライドの冗談か本気かよく分からない話に、リンディの年相応な願いから、魔導師とはなんなのかという話。 さらには、あのバインドの魔導師との戦いの考察など、話はもう多種多様に及んだ。 そうして、二人の夜はそれなりに穏やかに過ぎていった。
深夜、寝袋から抜け出したクライドは一人滝の近くで月を見上げていた。 ミッドチルダの双子月とは違い、ここには月が一つしかない。 それを肴に、一人オレンジ味の炭酸形ジュースを煽っていた。 その手には、懐かしいポテトのスナック菓子が一つある。 塩味も好きだが、彼はやはりコンソメ派であった。 それらもまた、彼が管理外世界の品を扱う店で買っておいたものだ。 酷く懐かしいその味は、今ではもう味わうことさえ難しいものだった。
やや肌寒い川の風、相変わらず轟音を奏で続ける滝の音、そして天に輝く淡い月光。 これだけあれば、十分一人でも噛締められる。 と、不意に足音が二つ響いてくる。 リンディではない。 彼女は今頃疲れて寝袋の中で眠っているはずだし、何かあれば張っておいた結界が反応する。 では、他の学生だろうか? 振り返って、そしてクライドはその二人を見た瞬間に目を瞬かせた。 いないはずの二人が、そこにはいた。
「一人で月見とは寂しいね。 ヴォルク提督のお孫さんはもうオネムなのかな?」
「やっほー、久しぶりだねクライド君。 元気してた?」
二人は、十六か十七ぐらいの少女の姿をしていた。 だが、その耳にある猫耳と尻尾がその正体が人間ではないことが見て取れる。 勿論、それは昨今流行って居たりしたコスプレグッズなどではない。 ピコピコと彼女たちの感情一つで動くそれは、紛れも無く本物の猫のそれだ。
「……アリアにロッテ? なんだってここに……」
クライドは驚く。 だが、二人はそんなクライドの様子を気にもしない。 特に、ロッテの反応は酷く分かりやすい。 その場からいきなり跳躍すると、クライドに向かって手を広げて抱きついてくる。
「ちょ、ロッテ!?」
「ほれほれー、久しぶりのお姉さんの抱擁だよぉ。 ついでにマーキングもしとこうかしら」
抱きついてきたロッテに押し倒され、そのままマウントされたクライドは成すすべも無くキスの洗礼を受ける。 抵抗はできない。 そもそも、彼の格闘術の師匠が彼女なのである。 クライドとはスキルが違いすぎた。
「アリア、ヘルプ!! うわ、ロッテ吸い付くな!! 舐め上げるなぁぁぁ!!!」
「あははは、相変わらずだねクライド君。 でも、君はロッテのお気に入りだからそれぐらいのスキンシップは許してあげてね」
「だからって、微妙な年頃の少年に対する接し方じゃないぞ!!」
「へぇぇぇ、でもちょっぴり嬉しそうだけど?」
「嫌よ嫌よも好きのうちだよねぇぇぇクライド君♪」
「嫌じゃないけど、やっぱり嫌だ!! こう、襲われるのは男としてのプライドに関わるから断固拒否だ!!」
「あら? じゃあ、襲ってみる? お姉さんが特別に受け止めてあげちゃうよ?」
「……マジで?」
「あ、考えたなこいつー。 ほんとう、ムッツリなんだから♪」
「青少年としては健全な反応だ!! それにオープンエロよりはマシだ!!」
「いや、どっちもどっちでしょクライド君」
やれやれと首を振りながら、アリアが苦笑する。 だが、苦笑するだけで助けはしない。 ある意味、これが彼らのスキンシップだった。
「ほんとう、双子ながらロッテのそういうところは私には計り知れないね」
「良い女には謎が多いものよアリア♪ ふふ、ご馳走様。 美味かったぜい。 アリアもやったら?」
「また今度ね」
「うう、辱められた……」
数分の格闘だったが、クライドの惨敗である。 元々、クライドは女子供には強気には出られない。 というより、対処方法を知らない。 フレスタにいいように使われたり、リンディの涙目攻撃に撃沈するほどの男である。 百戦錬磨の猫の使い魔を相手に、有利に進められるスキルはついていなかった。 奴は元々ヘタレだったのだ。
「……それでどうしてここに? まさか、俺の貞操を奪いに来たとかそんな冗談みたいなことじゃあないだろう?」
「うん? 奪っていいの?」
ジュルリと舌なめずりをしながら、クライドににじり寄るロッテ。 クライドは咄嗟にアリアの後ろに隠れるようにしながら身を守る。
「――ロッテ、貴女が言うと洒落に聞こえないからクライド君で遊ぶのはその辺りにしておきなさい」
「はーい。 本当、アリアはクライド君には甘いよねぇ」
「貴女と変わらないわよ。 ……ああ、それで質問の答えだけど今回私たちは別任務の帰りだったんだけど、偶々こっちで人手が要るって話があってね。 それで帰りがけに寄ったんだよ。 学生たちは知ってるかな? 今回色々あったっていう話」
「あー、確か次元犯罪組織『古代の叡智』だったっけ? それの『リビングデッド』とか言うのに襲われたんだろ?」
「……情報規制が甘いね。 後でディーゼル執務官を締め上げとかなきゃ」
「あれ? でも確か規制を完全に出来てるのは二人の学生を除いてじゃなかった? もしかしてクライド君大当たり?」
「嘱託魔導師と一緒にいた学生っていうのなら、多分俺だよ。 リビングデッドのえーと、誰だったか……リンディが名前言ってたな。 えーと確か……リー……リーなんとかって言うオカマ野郎と戦ったぞ」
「リージス・ザックベイン……魔力資質AAAランクの魔導師で、死刑にされたはずの死人よ。 私とロッテで昔捕まえたんだけど……変な縁があるようねクライド君」
「あー、あのバインドモドキ君だよね? 私たちでシバキ倒したあの気持ち悪いの!!」
「……なんだ、二人が捕まえてたのか。 あー、だから俺が元ネタ知ってたのかよ。 二人の話聞いてなかったら、俺も騙されてたかもしれないな。 まあ、一人でボッコボコにしてやったけど」
案に、少しは俺も成長したんだぞと二人に言っていた。 クライドにしては珍しい自己主張である。 だが、それを聞いても二人は笑い飛ばした。
「あはははは、冗談が美味くなったねクライド君。 でも、一応報告書で来てるよ? 学生二人の協力で倒したって」
「いや、だからそれは実は面倒になるのが嫌でリンディに言わせ――」
そこまで言って、クライドはしまったとばかりに口を閉じた。 だが、もう遅い。
「――ふーん、そうなんだ?」
先ほどまでにっこりと笑い飛ばしていたアリアは、相変わらず表情だけは見事に笑顔である。 しかし、その目だけは笑っていなかった。 現役管理局員に対しての先ほどの発言は、完全に失態である。 偽証罪とか、バレたら洒落にならないのだ。 リンディにもいらぬ迷惑を被るかもしれない。
「――たってのもやっぱり冗談です。 ほら、前半リンディを戦わせて相手を消耗させた上で、波状攻撃をしかける第二陣として俺が挑んで、勝ったって感じですはい」
そう取れなくも無かったが、かなり苦しい言い訳だった。 勿論、そういう見方もできるのだが強引な解釈によるこじつけに過ぎない。 アリアはうろたえながら目を逸らすクライドをジッと見る。 が、やがてため息をついて聞かなかったことにした。
「聞かなかったことにしておいてあげるよ。 でも、今度帰ったときは……分かってるねクライド君?」
「うう、誠心誠意ご奉仕させていただきます」
クライドは二人に頭が上がらないが、特にアリアに頭が上がらない。 ロッテはオープンで後に引かないが、アリアは逆に遠まわしに切り込んでくるためさらに苦手意識がある。 勿論、魔法の講義で一番扱かれたというのもあるのだが。 実際、ロッテとアリアではクライドはアリアの方を脅威と感じており、その恐ろしさはもはや骨の髄まで染み込んでいた。 彼女もまた、ミズノハと同等かそれ以上のスパルタなのである。
「まったく、心配させないでね。 私もロッテも、勿論お父様だってクライド君には危ないことはあまりして欲しくないんだよ」
「あー、うん。 それは分かってるつもりだよ。 けど、まあ味方がやられそうになってて、どうしようも無かったんだ。 逃げるのは、さすがに俺にはできそうもなかったし……」
「ふーん、やっぱり可愛い子だしね。 放っておけなかったんだ? クライド君も男の子だったんだねぇ」
ニヤニヤと、楽しげな笑みを浮かべながらそういうとアリア。
「あ、ポテチだー。 クライド君貰うよ? ついでに、ファンタも」
そしてマイペースなロッテもまた動く。 アンニュイな月見にしゃれ込んでいたクライドの風情はその瞬間確かに消え去っていた。
「もう、好きにしてくれ」
フレスタは暴君だった。 だが、それを凌駕する小悪魔は双子猫の姿をしている。 クライドはそれを今確信していた。 もっとも、それはもう何度と無く察していたことであったが。
訓練学校に入る前はどこか日常的だったそのいつもの光景に、クライドは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。 それは、滅多に笑わないクライドの心からのの笑顔だった。
リーゼロッテとリーゼアリア。 ギル・グレアムという魔導師の使い魔であり、一番クライドにとって身近な存在。 リンディにとっての姉がフレスタであるように、クライドにとっての姉がこの二人だった。 場をマイペースに引っ掻き回すのがいつもロッテで、アリアはそれに右往左往するクライドを守ったり笑ったり、クライド遊びに参戦したりと縦横無尽に戦場を行く。 いつもいつもクライドはこの暖かな二人の姉に寂しさから守られてきたのだ。 クライドは恐らく、この二人には永久に勝てないだろう。
「あ、そういえばグレアム叔父さんは? 二人がいるってことは叔父さんもいるんだろう?」
「うん、お父様もいるよ。 ただ、今は航行艦の中だけどね。 さすがに提督が現場を離れることは難しいから、代わりに私たちが来たんだ」
「そっか……相変わらず忙しいんだな」
「お父様は有能だからねぇ。 艦隊指揮から魔法戦闘までなんでもこなせる英国紳士だもの」
「クライド君もあんな風に育つんだよ? なんだったら、今から執務官試験の教本を探してきてあげようか? 今期は無理でも次の次ぐらいには受かるかも。 勿論、死ぬ気で勉強したら……だけどね?」
「あはは、無理無理ロッテ。 クライド君はデバイス弄りの方が好きだもん」
「まあ、そういうこと。 それに、俺にはグレアム叔父さんみたいにはなれないよアリア」
「そうかな? クライド君はやればできる子だよ」
「だといいけどね」
まるで、敵わない。 二人にとっては弟か子供みたいな位置にクライドはいた。 そのことが少しだけくすぐったい。 しばらくそうやって三人で、家族の団欒を過ごした。
「さて、じゃあそろそろ私たちは行くね。 休憩時間は無限には無いし、お父様の手伝いも必要だから」
「じゃあねークライド君。 今度帰ったら続きをしようか♪」
「しないよ!! っと、そうだアリアこれもってって」
そういうと、クライドはツールボックスから残っていたラーメンの袋を三つ取り出して、アリアに渡した。
「あれ? これラーメン?」
「あ、しかもチキンラーメンだ。 通だねぇクライド君」
「確か、叔父さんは日本通だったよな? そんなものしか無いけど、良かったら夜食にでもしてくれ」
「オーケー、お土産にしておくよ。 後、できれば上に向かって手を振ってあげて。 宇宙からモニターで見てるだろうから」
「ああ」
月の浮かぶ空に向かって、クライドは手を振るった。 向こうが見ているかどうかなんて知らないけれど、苦笑しながら向こうも手を振っているようなそんな気がした。
「じゃあねクライド君。 今度会うときは家でだね。 ご奉仕よろしく」
「ばいばーい」
「ああ、また」
トランスポーターを遠隔操作させ、転送されていく二人を見送りながらクライドはもう一度だけ空に向かって手を振った。 それは自分のことを心配して様子を見に来てくれた二人の姉に対するお礼の意味も込められていた。
「さて、そろそろ戻るか。 今日はぐっすりと眠れそうだよ、二人のおかげで」
ポテチとファンタを回収すると、クライドは寝床へと戻っていく。 その足は、月を一人寂しく見上げていた頃とは違い、どこか軽い。 そのことを自覚しながら、クライドはそんな弱い自分に苦笑する。
寝床に戻ると、グッスリと眠っているリンディがいた。 幸せそうに眠るその様は、小さいながらもあのバインドの魔導師と戦った立派な管理局の魔導師とは思えないほど可愛らしい。
「家族といられるために……か。 ああ、そういうのも立派な理由だよリンディ。 少しだけ、俺にも分かる気がするな」
もう二度と会えない本物の親。 そして、クライド・エイヤルという人間の親。 その二つをクライドは失っている。 三人目の親や家族は、最後には静かに余生を過ごすはずだが、その輪の中に自分も入れたら良いなと思う。
未来がどうなるかなんて分からない。 予定された通りに動くのか、それともイレギュラーを交えたこの世界が別の分岐点に向かうのか。 その分かれ道の選択は少しだけクライドの手に委ねられている。
「流れは……止められるのか。 それとも、新しい流れとなって加速するのか。 だが、俺には奇跡なんて起こせない。 それに、カグヤやアギトのこともあるし、俺の魔道書の問題もそうだ。 ああ、ままならないねぇ」
チートレベルの能力は無い。 努力と熱血も自分には足りない。 であれば、何を武器にするべきなのか?
「やっぱ、小細工しかねーんだよな。 俺には。 それで、どこまでやれるか。 あー、あと確証の無い無限コンテニューがあるのか?」
寝袋に潜り込み、欠伸を一つしながらクライドは目を閉じる。 家族が今、星の上で見張りをしてくれているというのなら、何も厄介ごとなど起きないだろう。 ただ、一度だけ目を開けて寝袋から手を伸ばし、回収していたファンタを飲み干してから、クライドは少し遅めの睡眠を取った。
そして翌日、最後の日にはクライドは持ち込んでいた全てを晒した。 それはバーベキューセットだったり、焼き蕎麦やカレーライスだったり、キャンプでは割りと定番のものばかりであった。 勿論、セットとはいっても材料だけだ。 冷凍系の魔法で保存しておいたそれらと、開発していたサバイバル魔法によって鉄板や器を魔法で作り料理する。 サバイバル訓練を彼は完全なる娯楽にしていた。 その様にリンディとザースが呆れ、フレスタが珍しくクライドの行動を褒めていたりしたが、それはまた余談である。
NGシーン
没ネタ1 二日目の昼頃
相も変わらずすることが無いので、水辺には学生たちがいた。 勿論、それはクライドたちも例外ではない。 特にクライドは昨日水着が無かったせいで、満足に泳げなかったのでバリアジャケットの設定を弄って水着っぽくした現在ではひどくはしゃいでいた。
例えば、クライドはザースの腰にチェーンバインドを巻きつけ、足元にシールドを展開してから水上スキー(ザースがウィングロードを走り、クライドその力でスキーをするシステム)を楽しんでいる。 本当に、手近なものを無駄無く利用する男である。 だが、それも長くは続かなかった。 いきなり滝の上から人間が降ってきたのだ。 それも一人ではない。 複数人の男子と、極稀に女子が次々と空から降ってきていた。
『うお、あいつら何やってんだ?』
『ヒモ無しバンジーって、今うちのクラスで流行っているのかザース?』
『いや、そんなはずはないだろっと――!?』
首を傾げながらクラスのことに鋭いザースに念話を送って会話をしていたが、ザースの展開しているウィングロードの上にその一人が降ってきた。
「我が人生に一片の悔い無しぃぃぃぃ!!!!」
結果、ザースはその人物と衝突しクラッシュ。 クライドは咄嗟にバインドを解除したために難を逃れたが、ザースはそのままウィングロードを滑るようにして川へとダイブしていった。
「……ついてない奴。 にしても、一体上で何があったんだ?」
なんとか被害を免れたクライドが、訝しんで滝の上へと飛行魔法で上るとそこには妙齢の美女が何やら拳法の構えをしたまま鍛錬していた。 それも際どい水着のままで。 酷く、場違いである。
「ふむ、クライドか。 水も滴るなんとやらだな?」
「いや、そんなわけないじゃないですかミズノハ先生。 けど、何でここに先生がいるんです?」
「保険だよ。 大丈夫だとは思うが、何かあったときに動ける人間が欲しいというので私に声がかかったというわけだ」
「……なるほど、でも何故に水着?」
「郷に入れば郷に従えというのだろう? 学生が皆水着であるというのに、私が水着にならないわけにいくまい」
「いや、そもそもそういうの先生が嫌う不真面目では?」
「何を言う、彼らはリゾートでの護衛時という特殊条件下において、デバイス非所持時に敵に襲われた場合の対処方を教えて欲しいと嘆願してきたのだぞ? ここで彼らの熱意に応えねば教師ではなかろう」
「あー、もしかしてさっき滝の上から飛び降りてきた連中は……」
「皆その嘆願者たちだ。 勉強熱心で大変結構だな。 お前もああいうところは見習ったほうが良い。 特に、マイケルがそうだな。 あいつほど私の授業に熱心な奴はいない。 まったく、良い根性をしている」
「マイケルって、あいつは確か……」
マイケル・ジャンクッション。 非公認ミズノハファンクラブの会員の一人だ。 二年の初めはそうではなかったが、ノックダウンされ続けた結果何故かそうなった。 今ではいの一番にミズノハに挑んでノックダウンされるのを望んでいる節がある。 ミズノハのスパルタ教育の弊害である。 だが、誰よりもノックダウン後の回復が早く、ミズノハの授業で必ず三度はノックダウンされる勇者でもあった。
「……ま、程ほどにしてください。 と、そういえば先生って無手でも強いんですか?」
「一応基本は齧っている。 とはいえ、訓練生を病院送りにする程度の力しか無いな。 切り札にするには弱すぎる。 まあ、一応デバイスが無い場合のために少しは鍛えているつもりだが? やってみるか?」
グッと拳を突き上げ、構えを取るミズノハ。 どこにいても戦闘狂は戦闘狂なのか。
「……いや、ほんと先生危ないわ。 二重の意味で」
この場合、男としてのお約束とその武力を指して言っている。 挑みかかって簡単に返り討ちにあい、天高く空を舞いながらクライドは二度目の滝つぼダイブを敢行した。 勿論、勇者共にあやかり、潔く飛行魔法の使用を禁止している。 やはり、未開惑星であろうとも、ミズノハはやっぱりミズノハだったらしい。 そんなことをしみじみと感じながら、クライドは全身を襲う衝撃に呻いた。
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ちゃんちゃん。
没ネタ2 夜
「あー、食った食った」
膨れ上がった腹をさすりながら、クライドがシールドクッションの上に倒れこむ。 最後の夜、クライドは用意しておいた全てを曝け出した。 その切り札とも言うべき食材は、きっかりと四人分。問答無用でその他の連中のことなど無視している。 特に、某模擬戦時によってたかってフルボッコにされた恨みは大きい。
匂いに釣られてやってきたクラスメイトが、クライドが周囲に展開しておいた半透明な結界越しに飢えた視線を送ってきているが、完全に無視している。 さらに防音加工を施しているのでまったく外側からの声は聞こえない。 リンディやザースが恨みがましい視線に少し居心地悪そうにしているが、彼とフレスタは全くそれを気にしていなかった。
「あの、クライドさん? 周りの人たちがその……無性に気になるんですけど……」
「ああ、ほっとけほっとけ。 四人分しか用意して無いからどうやってもあいつらの分は無い」
冷酷にそういうと、クライドはくっくっくと喉を鳴らして哂う。 酷く意地が悪いその笑いに、リンディとザースは頬をヒクつかせた。 防音加工しているくせに、周囲に匂いが洩れるのは防いでいない。 なんという確信犯。
しかも、結界もまた一枚ではない。 複数枚重ねて展開しているのだ。 フレスタやリンディ、ザースからも魔力を分けてもらい、クライドが唱えたそれらは少なくともそう簡単に破れるものではない。 維持魔力は現状維持のせいで必要なく、重ねて数枚展開したそれらはかなり強度があった。 何人かが悔しげに魔法をぶち込んできたが、傷一つついていない。
「いやぁー、あんたがやる気出したらいっつも最高だわ。 未だかつてこんなことしてた人間がいたのって聞いたことないわよ。 うん、あんたは確実に訓練学校の伝説になったわ」
太鼓判を押すフレスタもまた、お腹をさすりながら満足度をアピールしていた。 どうやら暴君も今宵のクライドの所業に満足のご様子だ。 周囲の人間のことなど一切無視しきっているその様は、肝っ玉があるというか豪気だというかなんというか。
「うぅ、明日から夜道は気をつけないと……」
「だな。 俺もできるだけ一人になるのはやめとくわ」
持ち込んだ食料やお菓子はあろうとも、ここまで大々的にやった人間はいないだろう。 特に、一番の難点は先生だ。 普通はどうやってもそれなりの道具が必要になるので、持ち物検査の段階で余りにもサバイバルに不適合なものは弾かれる。 ではどうやってクライドはパスしたのか。
クライドの場合はほとんどの材料は前日に切り分けて魔法で冷凍し、そのほとんどを調理済みにして手提げ鞄に入れておいた。 今回の盲点は学校側が指定したのは道具に関してだけであったことだ。 少々の食料は大目に見るというスタンスであったがために、彼の手提げ鞄に入る程度ならば問題はないだろうと彼らはスルーしていたのだ。 そしてクライドが夜少し寝て作り上げたサバイバル魔法によって、調理には道具などほとんど必要が無い。
得意のシールド改造によってシールドに熱伝導の効果をつけて鉄板にしたり、シールドナックルを用いて食器にしたりと、もはやなんでもありであった。
「あんたさ、いっそのこと管理局の魔導師やめて魔法料理でも始めたら? そのほうが物珍しさから大成するかもしれないわよ?」
「脱サラか? あーそれは無理だな。 さすがに人に出すような上等な料理なんて作れない。 こういうのはただ焼いてるだけだから問題はないけどな」
それに、彼は味よりも量を好む傾向がある。 所轄腹いっぱい主義者なのだ。 人に出すようなものは到底作れないし、他人を満足させるようなものを作った事は無い。
その日、決戦メンバーはクラスの大多数を敵に回した。 口コミやらなんやらで広まった噂は、尾ひれがつき再びクライドが血祭りにされることになるのだが、それはまた余談である。 飢えた連中の食べ物の恨みとはかくも恐ろしいものなのである。
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ちゃんちゃん。
没ネタ3 お風呂
サバイバル訓練であるから、川での水浴びぐらいしか通常は汗を流す手段などない。 だが、そこはそれ。 クライドの出番である。 もはやなんでもありだと認識したフレスタが、風呂に入りたいと言い出した。
「……別に用意できないこともないが」
「おお!! 今日はあんた本当に頼りになるわね。 褒めて使わす!!」
「ははぁーーー、感謝の極み」
仰々しく腰を折り、フレスタに一礼するクライド。 ……それにしてもこのクライド、ノリノリである。
「……もはや呆れてものもいえないんですが」
「いや、俺もそうだ。 あいつ、魔導師とかデバイスマイスターとかぶっちゃけどうでも良いんじゃないかと時たま思うときがある」
リンディとザースは至極まともな感想を述べる。 フレスタの命令に従って風呂の準備をするクライドからは、時空管理局の魔導師としてのプライドなんてものは何一つ感じられない。 自分たちが研鑽している技術がこうもベクトルの違う方向に利用されているという現実に、二人は嘆かずにはいられない。
「よし、やあぁぁぁってやるぜ!!」
気合を入れてクライドが魔法を行使する。 いつものラウンドシールドが発生し、その後に大きく広がったかと思うと徐々にその面積を広げていく。 やがて、かなり大きめの面積を確保したそれは中心部を窪ませて底の厚いお皿のような形を取った。 勿論、内部はクッション気味になっており通常のシールドが持っている強度などまったくないし保温加工までしてある。
「まあ、こんなもんで十分だろ」
「おお!? で、これをどうするの?」
「勿論、湯を注ぐ」
例のインスタントラーメンを作ったときのように、魔法でお湯を作り出すとクライドはそれをシールドに満たしていった。 自分一人用であったなら、シールドナックルを拡大しただけでも良いのだが二人分ならこれぐらいの広さが欲しいだろうとの気遣いからだ。
「おお!!」
「これで完成だ。 どうだフレスタ、これで満足だろう!!」
「サバイバル訓練でお風呂に入れるなんて……あんた、今確実にレジェンドになったわよ」
「くく、これぞ我がサバイバル魔法の勝利だ!!」
二人して高笑いを上げながら、お互いにバシバシと背中を叩いている。
「これからも二人と仲良くやっていくためには……あの空気に慣れないといけないんでしょうか?」
「まあ、あいつらとこれからも付き合おうとするならそうなるな」
やや距離をとりながらそういうと、リンディとザースはため息をつく。 どうにも、頼もしいことだけは確かなのだがその方向性が間違いすぎている気がするのは何故だろうか?
「よっしゃー、じゃ入るわよーーー!! リンディちゃん一緒に入ろう!!」
「……はあ」
「一応俺も結界張っとくけど、そっちも自前で張っておけよ。 でないと覗きが来るかもしれん」
「えー、露天風呂とかしてみたかったのにー!!」
「水着で入れば問題ないだろうな。 それをするつもりなら結界の上だけ穴を開けることぐらいはできるが」
「うーん、じゃそれでお願い」
「了解した。 ではではご婦人方良い湯浴みを」
「おうさ!!」
パンとハイタッチを交わすと、クライドは結界を展開。 天井に穴が開いているなどという通常から考えれば冗談としか思えないような結界を構築する。 本当、器用な男である。 しかも、それでいて内部の映像を外部に漏らさないように徹底していた。 中々に芸が細かい。
「……ん? 覗かないのか?」
「……ザース、お前俺をなんだと思っているんだ?」
「いや、お前ならマジックミラーにするとか簡単にやりそうだし、フレスタに日頃の怒りを込めて色々と企んでるのかと思ったんだ。 今のお前はどうにもこう……なんだ。 いつも以上に変だ」
「微妙な評価をありがとうザース君。 お前が普段どういう目で俺を見ているのか分かる台詞だ」
こめかみを押さえながら、内心の怒りを我慢するクライド。
「担任も言っていただろう? 紳士になれと。 俺の親代わり人は英国紳士だぞ? そんな破廉恥な思考形態を持って育てられてはいない。 もっとも、周りにいる奴らはどうか知らないけどな」
そういうと、クライドはバーベキューの匂いに釣られてやってきていた連中を見回す。 結界を解いたあたりから、こちらの様子を伺っていた。 恐らくはクライドを血祭りに上げようとしていたり、女性陣を口説こうと画策していた連中だろうが、予想外の展開に手を出しかねていたようだ。
「……マジか?」
「後な、やろうと思えばあの結界俺はマジックミラーにできるし透明にもできる……がやらない。 俺だって命は惜しいぞ」
――ピクっ。
連中の耳が動き、その言葉を理解した瞬間には一斉にデバイスを纏っていく。 どうやら、それなりに色々と狙っていた連中もいたらしい。
「……で、俺たちはガードもしなけりゃならないってわけか?」
「暴君とつるんでるからな。 逆に、素通りさせたら俺たちが殺される気がする」
シールドナックルを構え、幽鬼のように迫り来る野郎どもに視線を向けながら、クライドはゴチる。 どちらにしても、クライドは色々と恨みをかっている。 勿論、食事的な意味で。
「野郎ども突撃だーーー!! 理想郷をこの目で拝むため、悪漢クライドを拿捕せよぉぉぉ!!」
「「「「おう!!」」」」
「待てコラ、誰が悪漢だ誰が!!」
突撃してくる連中をシールドナックルでぶん殴りながら、クライドが吼える。 ザースも、それにため息をつきながら参戦。 ありとあらゆる角度からクライドを狙う彼らを昏倒させていく。
「く、さすが決戦メンバー。 だが、我々の熱意はその程度でくじけはしない!! 我々は修羅である。 ならば、何度でも蘇り戦って見せよう!!」
「……なんでここにいるジャンクッション? お前の狙いはミズノハ先生だろう?」
「決まっている。 そこに理想郷があるからだ!! その種類など、桃源郷を前には意味を成さない。 いいものは皆いいのだ!!」
「漢らしいといえばらしいんだが、どうにもベクトルが違いすぎるな」
「……あいつら、音は届いてるってこと分かってないな」
天井付近は星を見るために空いているのである。 クラスメイトなら声でだいたい誰か分かる。 にもかかわらず、大声で決意表明をするとは。 クライドはさすがに気の毒になって目頭を押さえた。 次の瞬間、降り注ぐは翡翠の弾幕。 クライドやザースもろとも周辺をなぎ払おうとするその翡翠の魔力剣の嵐は、全ての男たちを容赦なく飲み込んでいく。
「ちょ、なんで俺たちまで!?」
「諦めろザース。 何せあのフレスタだ。 俺たちは、止められなかった。 理由はそれだけで十分なんだろう」
「冤罪だ!!」
「ぎゃーーー!!」
「まだだ、まだ倒れはせ――ぐふ!!」
次々と倒れ付していく男たち。 まるで空爆されたようなその暴虐の嵐によって、周辺にいる全ての男が気絶した。 嗚呼、勇者たちに幸あれ。
「ん、静かになったわね。 初めから男連中みんなノックダウンしてれば良かったんじゃない? ねー、リンディちゃん」
「……あ、あははは。 そうですねフレスタさん」
リンディは忘れない。 馬鹿な男たちに立ち向かった二人の男がいたことを。
「んー、良いお湯。 ほらリンディちゃん背中流してあげるわよ。 こっち来て来て」
「あ、はいお願いします」
「ああ、やっぱり肌がスベスベー」
「ひゃっ、フ、フレスタさん!?」
その後、次の日までそのまま放置された男たちは、皆フレスタによって女子連中のブラックリストに回され、しばらくの間口も利いてもらえなくなるのだが、それはまた余談である。 ちなみにクライドとザースはお情けで回収され、寝袋に放り込まれていた。 さすがに、連中と一緒に放置していくことをリンディが可哀相だと思ったからの措置であったのは言うまでも無い。
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没ネタだから終っとけw
「あ、クライドさんたちも来ましたよ」
「遅いわよザース、もっと飛ばして来なさいよ。 ほら、出遅れちゃってるじゃない」
「悪いな、ちょっとこいつ探すのに手間取ってな。 なんでか、こいつ洞窟の中なんかに隠れてやがったんでな」
「寝るには都合の良い場所だったんでね」
肩を竦めながら答えると、良くわかんないことばっかりするあんたらしいとフレスタもリンディもそんな目で俺を見た。 何故か無性に馬鹿にされた気分なのは自意識過剰だろうか?
「ま、いいわ。 で、どうここ? すごいでしょ、昼前頃に先生に集合場所でたまたま指定された場所がこの絶景だったのよ。 ついてるわよね?」
「ああ、すごいなこれ」
フレスタが何故か自慢げに語るのを横で聞きながら、俺はしばし圧倒された。 どうやら、ここで水浴びをするつもりらしい。 既に学生の何人かは流れが緩やかな方に陣取り、水着に着替えて思い思い水遊びに興じていた。 って、待て。 水着だと?
「さて、じゃあ私向こうのほうで着替えてくるから。 ……覗くなよ?」
「当然だ。 俺もザースも自分の命が惜しいんでね」
「ああ、命は惜しいぞ」
「なんか、引っかかる言い方ね。 まあいいわ。 行きましょうリンディちゃん。 朴念仁二人があっと驚くような肢体を魅せつけてやろうじゃない」
「……えと、はい」
少し恥ずかしそうにしているリンディを引き連れて、フレスタが森の中へと消えていく。 デパートで探していたものでも出してくるのだろうか? 気にならないと言えば嘘になるのだが、それよりももっと切実な問題が俺にはあった。
「……抜かった。 アレの準備にばかり頭がいって水着持って来るのを忘れたぜ」
男だけならトランクスでも本来は十分なのだが、さすがに女性陣が混じっているところに”それ”では些かモラルにかけるだろう。 さすがにそこまではっちゃけられるほど俺の精神年齢は退化してはいないのだ。
「なんだ、お前水着持ってきてないのか?」
意外だという風な目で見てくるザースに、俺は肩を竦める。
「ああ、別のことに夢中でな。 記憶から消えてた」
ふむ、短パンは持ってきていたがそれで代行するしかないか?
「まさかサバイバルデバイスを作るのに夢中だった、なんていわないよな?」
やや恐る恐る尋ねてくるザース。 さすが我が友よ。 良い線を突いてくる。 だが、さすがにそうではなかった。
「ああ、確かにそれも考えてもいたがさすがに先立つものが無いので自重した。 変わりにもっと別のものを考えていたんだ。 そうだな、一日短くなったから明日の夜に本命を行うべきか……」
「あん?」
「まあ、今は目の前の問題に集中するとしようか。 短パン……着替えるのも面倒だな。 バリアジャケット改良して水着っぽくしてみるか?」
面積を削ってそれっぽくすれば、まあ問題はなかろう。 ただ、少し改造に時間が掛かるのが難点だろうか。
「……お前のそう、手近にあるものでどうとでもしようとする精神が時々俺には怖いよ。 そのうちガラクタからデバイスを作り上げそうだ」
「そうか? 工夫ってのは大切だぞ?」
ザースが呆れたように言うが、俺は憮然と答えた。
「さて、じゃ俺も着替えてくるわ」
「おう」
女性陣とは反対側の森の方へと向かっていくザースを見送ると、俺はゆっくりと飛び上がる。 滝の上からあの絶景を眺めてやろうと思ったからだ。 しかし、人間飛べるようになると色々と感覚が麻痺するものだな。 普通はこれほど高い場所にいれば、恐怖で足が竦むものだが飛べるようになるとそんなものが恐怖ではなくなっている。 適応能力が高いといえばいいのか、それともただ単に図太いだけなのか、些か判断に悩むところだ。
「人間なんてそんなもんか」
喉もと過ぎれば熱さ忘れる。 なるほど、特定の恐怖もどうとでも対処できる手段さえ入手すれば恐怖ではなくなるらしい。 であれば、全ての高所恐怖症の人間に飛行魔法の習得を義務付けるべきだと思う。 割りと多くの人間が解消できるんじゃないだろうか? もっとも、直せるのは魔導師の才能がある人間だけに限定されるのだが。
「お、あの辺りで良いか」
滝の上で微妙に出っ張っている岩の上に降り立ち、絶景を見下ろしてみる。 と、身震いするような高さに、思わず俺の中で克服したはずの恐怖が疼いた。 自然に対する崇拝? あるいは畏敬の念だろうか? 古い記憶が刺激されるような感覚に暫し酔う。 やはり、地に足をつけたままだと恐怖はまだあるらしい。
吹きすさぶ風に、滝の音。 本当に平和だと思う。 魔法戦闘を行ったなんて、まるで嘘のような気がしてくる。 けれど、アレは本当にあったのだ。 非殺傷設定の無い魔法を向けられ、ぶちきれていたことをこれ幸いと利用し、恐怖を激怒に染めて戦った。 いやはや、我ながら信じられないことである。 しかも、AMF内とはいえ相手は格上。 思い出したら腕に震えが走りそうだった。
正直、あんなのはもううんざりだ。 二度とやりたいとは思わない。 しかし、悲しいかなこの身は管理局の魔導師兼デバイスマイスターを目指す身であり、そういうリスクをいつも孕んでいる身へと到ろうとしている。 嗚呼、本当に救えない。
死亡フラグ? 好奇心? どんな理由をつけたところであろうとも、もはや賽は投げられている。 であれば、こうして震える指先が震えを忘れるときが来るのだろう。 それぐらい場数を踏みたいと決して思わないが、それでもまあ結局やりきるしかないわけで。
「ふぁーああ」
大あくびをしつつ、ゴロンと寝転ぶ。 川のせせらぎをBGMにするなんてなんていう贅沢なのか。 簡単なブルジョワジーに浸りながら、そのまま目を閉じる。
所謂、覚悟って奴が俺には足りない。 ウダウダとこうして考えているのがその証拠だ。 ああ、そうだ。 そういえば、俺より先に管理局で嘱託やってる年下はどういう気持ちで戦っているのだろうか? 九歳の少女が自分から進んで? 馬鹿な、ありえない。 何かきっかけとかそういうのが無い限りは、そういうのはこのミッドチルダでも稀なはずだ。 だが、家系的にエリート魔導師を輩出してきた名門であるというのなら、思考的に継がせたいとかそういうのが絡んでくるだろうし、もしかしたらリンディの意思とかとは無関係という可能性も無きにしも非ずだ。 まあ、ぶっちゃけなんも知らんから勝手に推測しているだけでしかないのだけれど。
「……気にならないといえば、嘘になるか」
ザースは目指す人がいると言っていた。 俺の場合は極論で言えば死亡フラグの回避のため。 もっとも、カグヤに会った今では若干ズレが生じかけている気がしないでもないが。 フレスタは……単純に職業への憧れとかそういうのだと思う。 実入り良いしな、管理局員。 何せ天下無敵の公務員だ。 インフレデフレもドンとこいだ。
「たく、ままならないねぇ」
太陽はあんなにも輝いているというのに、どうでも良いことが俺の人生に陰りを作る。 と、少し凹みながら数分経った頃、ようやく着替えてきた三人がやってきた。 どうやら、ザースのウイングロードでやってきているらしく、のんびりとした移動である。
茶色のウィングロードが、岩の上で寝そべっている俺のところまでゆっくりと伸びてくる。 実に便利な魔法だ。 ハイウェイなんて作るよりも、ウィングロードを発生させる機械でも作ったほうがいいんじゃないかと思うぐらいに。 そのほうが絶対クリーンだし、道路特定財源も施しようがないんじゃね?
「お待たせ」
いつもの制服やバリアジャケットとは比べ物にならない薄着の三人が、ゆっくりとやってきた。 フレスタはこちらの様子を伺うようにニヤニヤとし、リンディはその後ろに隠れるようにして歩いてきている。 俺に一体どういう反応を求めているんだフレスタ?
「どう? 中々のもんでしょ?」
何かの雑誌にでも載っているような、妖艶な仕草をしながらポーズを取るフレスタ。 その身体を覆っている紅いビキニが、素肌の白さを否が応でも対比させる。 元々の素材が良いから、良い具合に光っていると言わざるを得ない。 俺はいつもと違うその姿に、少しドギマギしそうになる。 ああ、でもなんだ。 色気ってよりも可愛らしさが先に立つのはまあご愛嬌だろうけどな。
「ああ、大したもんだよ。 その性格じゃなきゃ惚れてたかもしれん」
「……褒められてるのか貶されているのか、判断に悩む言い方ね」
勿論、相殺でプラスマイナスゼロだ。 いや、暴君ということを差し引けばマイナスよりか?
「ふっふっふ。 じゃあ、そろそろ切り札を切るときがきたようね!!」
ずずぃっと背後のリンディを前面に押し出してきた。 ……切り札なのか?
「わ、ちょっとフレスタさん!!」
恥ずかしそうに顔を紅く染めながらリンディがオロオロと前に出てくる。 どうやら、フレスタとお揃いのビキニを選んだらしい。 ただし、その色は白だった。 翡翠の髪の毛との対比が結構可愛い。 ただ、小さな体躯には当然ながら色気が足りないので、大人を真似て背伸びしているようで微笑ましい感じがする。 だが、しかし……。
「うーむ……これが、あんなになるのか?」
唸りながら、記憶上にある未来リンディと比べてみる。 画面越しだからか美化されていたからかどうか分からないが、彼の提督さんは文句なしの美人であった。 これが十数年後にはあんなになるのか? 人体の神秘を感じずにはいられない。 勿論、元がいいからといわれれば納得するしかないわけだが妖精からどうやって女神クラスに進化するのかさっぱり理解できん。
「ど、どうして私のときは凝視するんですか!?」
「……クライド、あんたまさか――いや、やっぱり!!」
「クライド、お前……」
周りがごちゃごちゃといっているが、俺は気にせずにリンディを見る。 爪先から頭までじっくりと観察。 だが、やはり現状からいくらシミュレーションをしてみても、記憶の中の姿は今を大幅に超えている。 超えてしまう気がする。
「一体、この先数十年に何があるんだ?」
「何をわけわからんことをいっとるかこの変態!!」
「く、クライドさん!! エッチなのはいけないと思います!!」
振りかぶられるは二振りの杖型デバイス。 オーソドックスな支給品デバイスと完全なるオーダーメイド品がそろぞれ同時に強打してくる。 次の瞬間、俺の身体が宙を舞った。 痛いとか叫び声を上げるまえに、もっととてつもない恐怖が俺を襲う。
――ダブルホームランアタック=ヒモ無しバンジー=滝つぼへのダイブ。
「俺は無実だぁぁぁぁぁ!!!」
滝の水と同じ速度で滝つぼへと落ちていく。 あー、確か物体って落ちる速度みんな変わらないとかって昔聞いたような聞かなかったような。 どうでもいいことが咄嗟に頭に浮かぶ。 人間追い詰められると訳の分からんことを考えるってのは本当かもしれない。
「く、魔法だ魔法!!」
飛行魔法を唱え、なんとか体勢を立て直そうとする。 だが――。
「死に晒せセクハラ男!!」
「クライドさんの馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、お前ら洒落になんねーって!!」
「ぐはぁぁ!?」
顔面を強打するスナイピングバスター。 そして、それに遅れて飛来する翡翠の弾幕。 無理だ。 この状態からでは絶対に回避不可能。 桃色の弾丸の一発で既に俺の身体は死に体だ。 まともに飛ぶことさえままならない。 くそ、いいところ狙いやがって。 さすが砲撃魔導師暴君のフレスタだ。
数十メートルの自由落下を行いながら、俺の身体が重力に束縛されていく。 もうだめだ。 よしんば体制を立て直しても追撃を対処しきれない。 次々と襲い掛かってくる魔法の嵐に晒されながら、俺は滝つぼにダイブする。 直後、身体を襲う凄まじい衝撃。 水面の熱烈な歓迎が容赦なく俺を攻め立てる。 せめてもの救いは、バリアジャケットを着たままだったことか。 でなければ、俺は今頃確実に逝っているだろう。
――やべぇ、手足が動かん。
(魔力ダメージが半端ではない。 あれ? 非殺傷設定の無い魔法に晒されて怖がっていたけど、なんで無害なはずの非殺傷設定の魔法で死に掛けなきゃならんのだ?)
この日、俺は薄れいく意識の中で殺傷魔法よりも恐ろしい非殺傷魔法があることを知った。
憑依奮闘記
第8.5話
「訓練という名の娯楽」
「……へっくしょい。 ちっ、まだ身体が冷えてやがるな。 後で風呂でも入るか?」
容赦の無い女性陣のおかげで軽く臨死体験したクライドだったが、ザースという無二の友人のおかげでなんとか命を取り留めることができた。 このときほど、人間関係が重要だと思った日は無いと彼は後に語ったという。
「あ、あはははは。 誤解だったんですよね? 勿論、私は信じてましたよクライドさん」
やや顔を引きつらせながら、リンディが調子よく言う。 だが、クライドにはその言葉を信じることはできない。 日に日にリンディがフレスタ化していく。 このままでは、二人目の暴君が出来上がる日も遠くないだろう。 なんだかんだ言っても、リンディは要領が良い。 フレスタのようにクライドの上手いあしらい方を覚える日も遠くないだろう。
「フレスタが十五発。 リンディが二千発。 俺のデバイスがきっちりとカウントしていたんだが、これはどういうことなのか。 詳しい説明を要求するリンディ・ハラオウン嘱託魔導師殿?」
「か、数えてたんですか!?」
「なわけあるか。 適当だ適当。 半分意識が朦朧としていたからな。 ザースが助けてくれなかったら俺は溺死しているぞ多分。 今日はザースの方に足を向けて寝るのはやめよう。 うん、あいつがどこで寝るかは知らんが」
適当に言いながら、クライドは寝床の準備をしていく。 どうやら、今日は仲間の近くで過ごす気のようだった。 一人離れた場所でのんびりとゆっくりしてそうなだけに、リンディはそのことに少しだけ驚いた。
「どうした? ハトが豆鉄砲食らったような顔して?」
「あ、いえ。 今日は一人になろうとはしないのでどうしてかなと」
「まあ、誘われたしな。 それに、俺はあいつらといるのは別に苦じゃないし、ある程度一人の時間さえ確保できれば後は文句なんて言わないさ」
「そうですか……」
ツールボックスから寝袋とシートを取り出し、下に敷く。 滝の近くなので石が少々ゴツゴツしているがまあなんとか眠れそうである。 だが、クライドはそれでも具合が悪そうだと判断したのかこっそりとシートの下にシールドを展開する。 これで、小石などから無関係になる。 まるで魔法の無駄遣いであったが、彼の場合は放出系でなければ特に苦にならないので使うときはどんどん使う。 勿論、めんどくさいときにはさっぱり使わないこともあるが。
「よし、こんなもんか」
既に時刻は夕暮れ時。 適当に支給品の食料(レーションなどの保存食)を食したあとそれぞれ別のクラスメイトとの交流のために分かれていた。 ザースとフレスタはクラスでもそれぞれ引っ張りだこの人気者である。 クラスメイトたちとの約束なども沢山あるだろう。 クライドはそういうのは特に無いので、そのまま明日も合流予定の滝の側にいる。 ついでに、リンディを一人にするのもアレだからという理由もあるので残っていたがそれは言わぬがフラワーなので言わない。
「うう……ゴツゴツします」
寝袋の具合を確かめているリンディが涙目で言う。 布団が変わると眠れなくなるタイプだろうか? クライドはそれを見て、近づくとシートの下に特別なシールドを展開してやった。
「そ、そんなことに魔法使うんですか? 維持魔力勿体無いですよ?」
「心配するな。 俺のシールドは特別だ」
「特別……ですか? あれ? フワフワしてる?」
ありえない感触に訝しげに首を傾げるリンディ。 しかし、クライドはそれには答えずに立ち上がる。 そしておもむろにシールドナックルを展開した。 楕円形のシールド。 普段は攻撃に用いるためのそれを今使用してどうしようと言うのか?
「なあ、腹へらねぇ? やっぱ保存食だけだと味気ないと俺は思うんだ」
「……シールドナックルがお腹の減り具合と関係あるんですか?」
「あるね、これは非常にサバイバルに適している魔法だからな」
「はぁ……」
そういうと、クライドはまた別の魔法を展開。 そして、シールドナックルを空間にお茶碗のように立てた状態で固定しながらその中に魔法で作り出した湯を注いだ。
「……お湯ですか?」
「ああ、これが水着を忘れた理由のその一端だ。 サバイバルデバイスを開発するのは資金的な面から断念せざるを得なかったが、サバイバル魔法の開発はできた。 ふっふっふ。 これで取るに足らない不便な生活からオサラバだ」
「相変わらずですね。 そういう普通じゃないところで無駄に凄いのは」
「だが、その無駄が今日明日のサバイバル生活を豊かにするのさ」
と、今度はさらにそのシールドナックルにツールボックスから取り出した物体を投入した。
「あ、それラーメンですか?」
「ああ、あのラーメン屋の店長に頼んで、管理外世界の物資を扱ってる店を教えてもらったんだ。 そこでインスタントラーメン見つけてな。 一番手軽な奴だから買っといたんだ。 一応あいつらの分も用意してはいたんだが……まあいい。 こっそり食べてしまうとしよう」
時間を計りながら、クライドは片方のシールドナックルをリンディに差し出す。
「ほら」
「あ、どうも」
シールド魔法を食器にするという発想に少々驚いていたものの、リンディはそれを躊躇無く受け取る。 お湯のせいで熱いかと思ったがそうでもない。 どうやらきっちりと断熱処理がされているらしい。 変なところまで拘るところが、クライドらしい。
「この魔法を使えば、風呂も余裕だぞ。 はっはっは、サバイバルなど魔導師の手にかかればただのキャンプに過ぎん!! 管理局の偉い人にはそれが分からないのだ!!」
「く、クライドさんいつもとキャラ違いませんか?」
「一度死に掛けると妙にハイになるんだ。 覚えておくといい、人生の素晴らしさが無駄に見えてくるぞ」
「いえ、遠慮しておきます」
きっぱりと拒否しながら、リンディはツールボックスを漁る。 取り出すのはマイフォークである。 ミッドチルダには勿論お箸をを使う文化などほとんどない。 最近では管理局外の世界の料理を出す店も増えてきたので少しずつ広まってはいるものの、やはり主流はナイフとフォークだ。
「よし、もういいぞ」
「いただきます」
口の中に広がる懐かしい味に、アークの作ったラーメンとの差を否が応でも感じる。 いつか、第97管理外世界に行くときが出来たら、日本を旅行しようか。 クライドは自分の生まれた場所との相違点などを確かめてみたいと思っていた。 もし、自分とそっくりの人間が生きてのうのうと暮らしてたらどうしようか? まさかとは思うが、そんなIFに出会えるかもしれないと考えると、どうにも帰郷してみたいと考えてしまう。
今の生活に不満を覚えているというわけではない。 だが、それでもクライドの中身の人格は故郷に近い場所を見ておきたかった。 ホームシックというわけではないと思うが、ただ、身近にあったそれに対する望郷の念はまだクライドの中に少しは残っていた。
ずるずるとラーメンを啜る。 しばしの沈黙が二人の間に流れた。
(く、沈黙が辛い)
いつもはなんだかんだと言って講義から始まる。 クライド独自の考えで語られる魔法戦闘理論の青空教室であり、普通の魔導師とはベクトルが微妙にズレたその講義と実践が主な会話内容である。 プライベートな会話なんてものは、その際には極力無いしフレスタやザース、ザフィーラといった面子と一緒にいるためにこうして間が持たないことはないのだが……。
(やばいな、今更だが年下の女との会話ネタなんて俺は持ってないぞ?)
そもそも人付き合い自体をほとんどしてこなかった男である。 最近の流行もほとんど気にしないし、そのせいで結構会話が事務的なものに成りやすい。 ザースもクライドがそういう話をすることは滅多に無いため、どちらかといえば自分で話題を振っていく。 情報に疎い彼には、それだけで会話が弾むことが多いからだった。
だが、そういうクライドの微妙な機微をリンディが知っているわけがない。 というより、彼女自身も結構そういうことに頓着しないのだ。 フレスタが色々と教え込んでいる現在、当時よりもかなり一般的な少女への情操教育が進んでいるがそれでも高々一月オーバーで目に見えて変化するというわけではない。
(……こうなったら、ゆっくり食って時間を……って、麺がもう無い)
退路も無い。 この沈黙を味わうとかそういうことができない男である。 某執務官殿とこういうところはいい勝負だったかもしれない。
せめてもの抵抗とばかりにスープを飲み干すが、口内に鶏がらの味が広がった頃にはその僅かばかりの時間稼ぎも終わった。 空になったシールドナックルを遠くの茂みに投げこみ、魔法を解除するといよいよすることが無くなった。
「……そういえば、あいつらがいないときに二人だけになることなんてなかったな」
どうにか、話題らしいものが出た。 とはいえ、共通にできる話題といったらあの二人や学校でのこと、もしくは魔法についてぐらいだ。 それで向こうが楽しめるかどうかは分からなかったが、クライドはそれで攻める。
「そうですね、いつもは大抵フレスタさんがいてくれますし……」
んーっと、虚空を見上げながらリンディが答える。 リンディにとってはフレスタは自分に良くしてくれる頼れるお姉さんである。 何かと世話を焼いてくれる彼女は、一人っ子であるリンディにはまるで姉妹ができたようでこそばゆい感じがする人間だ。 同年代の人間がいない今、彼女の存在は酷くありがたい。
「結構あいつは世話好きというか、お節介なところがあるからな」
「ふふ、そうですね」
「あいつも姉妹とかいないらしいし、妹ができたみたいで嬉しいんだろうな」
「かもしれません。 私もちょっと嬉しいんですよ。 ここに来て、お兄さんとお姉ちゃんができた感じですから」
「……兄?」
「ザースさんとクライドさんのことですよ」
「は?」
クライドは思っても見なかった言葉に目を瞬かせる。 ザースはまあ分かるが、自分がそういう風に思われているなんて露とも考えたことが無かったからだ。
「いつも気さくで、人当たりの良いザースさん。 あの虹の人と戦ったあたりから、どうやら私の護衛をそれとなくしてくれてるみたいなんですよ。 この前にフレスタさんがこっそり教えてくれました。 同年代ならフレスタさんが適当にあしらってくれるんですけど、上の人とかがやってきたときとかにはさすがにちょっと無理だろうから、自分の方に回すようにって言ってきたそうです。 挑戦するならまず俺を倒してからにしろ、みたいな感じだそうです。 しかも、相変わらず”クライド・エイヤル”を律儀に名乗ってるらしいですよ。 兄が居たらあんな風にして守ってもらってたのかなって考えちゃいます」
「……あいつらしいといえばらしいな。 それでか、この前何故か三年に絡まれてたのは。 勿論、ボコボコにしてやったが」
ザースはクラスの連中や別クラスの人間から不必要に絡まれるような人間ではない。 ザースと共に訓練場に消えようとしていく連中を見たとき、ザフィーラ共々乱入してやったがなるほど、あれはそういうことだったのか。 そのときは深くは聞かなかったが、理由を知ったクライドは苦笑するしかない。
「……しかし、となると俺の名前が変な具合に上級生に知れ渡ってるかもしれんな。 かなり高度なシューティングアーツを使う陸戦魔導師”クライド・エイヤル”とかそんな感じか?」
「ふふ、そうですね。 そもそも本人はローラーブーツさえ所有してないのに」
「もしかしたら、リンディが卒業した後に俺を狙う上級生が出てくるかもしれないな。 ああ、そのときはザース・リャクトンとでも名乗ってやり過ごせば問題は無いか」
「酷い人」
「お互い様だろ」
二人して声をあげて笑いあう。 いつの間にか、沈黙がなくなっていた。 クライドはこうして自然に話していることを不思議に思ったが、深く考えることは止める。 それよりも自分の評価が気になったからだ。
「それで、俺はリンディの中でどういう評価なんだ?」
「そうですね……って、面と向かって言うんですか?」
少し困ったような顔をしながら、リンディが尋ねる。 誰だって人の評価を本人に言うのは言い辛い。 本音と建前があるからだ。
「ん、なんだ本人に言えないような評価なのか?」
どんな答えなのか、クライドはニヤニヤしながら口を開くのを待つ。
「やっぱり、意地が悪いですねクライドさん」
「大丈夫だ。 今ならどんな劣悪な評価でもあの滝の水に流すぞ」
「……信用できません」
ズズッとスープを口に含むリンディ。 やはり、色々と口にできない評価なのだろうか? 少なくとも、クライド自身あまり良い印象ではないだろうと思っている。 初対面ではザースの悪戯心のせいで年下趣味などと言われ、初めての模擬戦では決戦メンバーと共にノックダウンさせた。 さらに、彼女が出力リミッターをつけるきっかけを作り、今でこそ講義をしているが初めのうちはそんなつもりは全く無かったのでかなり逃げまくっていた。 これで、良い印象を抱けというのはかなり難しいだろう。
「……ふう」
「豪快な一気飲みには感服する。 だがしかし、俺は答えを待っているぞ」
逃がさないとばかりに、追求するクライド。 本当に、どうでも良いところでムキになる男である。
「もう、いつもは淡白なのにどうしてこういうときばっかり……」
ぼそぼそとそういうと、リンディは意を決して口を開いた。 半分ヤケになってるようで、少し微笑ましい。
「クライドさんは、何を考えているのか分からなくて逆にそのせいで気になる感じの人です。 こう、なんとかして真人間にしてあげないとって考えるような駄目な人」
「……は?」
何を考えているのか分からない。 それは、フレスタやザースもまた感じるクライドに対する違和感である。 だが、その後の評価がアレだった。
「……前者の印象はまあ分かる。 けど、真人間にってのはどういうことか説明を要求したい。 それはもう切実に」
「だって、不真面目っぽいじゃないですかクライドさん。 貴方なりに色々と旨味を追求した結果なんでしょうけど、周りからみたら不真面目にしか見えませんよ。 だからどうにかしてあげなきゃって考えちゃいます。 クライドさんはやればできる人ですから」
「……年下に心配されるような態度だったのか俺」
「はい、残念ながら」
即答だった。 迷い無く言い切ったその様子に、クライドは心中で泣いた。 本当に直球で来やがった。 歯に衣着せぬ言い方を自ら望んでいたが、だからといってこうも言い切られては立つ瀬がない。 がっくりと地面に手をついて己の過去を振り返るその様子は、本当に駄目な人である。 そして、そうやって己の所業を振り返ることに没頭するあまりその後の嬉しい評価をクライドは聞き逃していた。
「……やる気になったときは頼りになるお兄さんなのに」
普段、あれだけやる気のない男だったが彼女はその一点だけは好ましく思っていた。 その呟きもまた本心である。 だからこそ、余計に勿体無いと思うのは彼女だからか。 フレスタであったなら、恐らくはその評価を笑いながら一刀両断するに違いない。 「いや、アレはただ単に面倒くさがりやなだけでしょ。 後、ああいうのは出し惜しみする嫌な奴なの」と言っているはずだ。
「く、こうなったら開き直るしかないな。 これからもなお一層手を抜くことにしよう」
「……そういうところが心配になるんですけど」
言っても無駄っぽかった。 開き直ったクライドはいつもとは比べ物にならないくらいに子供っぽい。 どこか不貞腐れているその様子にリンディは呆れるしかなかった。 先ほどまで自分の在り方に疑問を持っていたのではなかったのか? 本当に、この男は何を考えているのか分からない。
(と、そういえばもう一つ分からないことがありましたね)
これは恐らく、魔導師を目指す人間が誰しも疑問に思うことだった。 自分ばっかり喋らされるのはアレだからとリンディが攻勢に出る。
「そういえば、クライドさんはどうしてデバイスマイスターと魔導師の両方を目指すんですか?」
「ん?」
「フレスタさんも疑問に一番そこが可笑しいって言ってましたけど、どうして一本じゃないんですか? 普通は皆どちらかだけを目指すのに」
「あー、その方が面白そうだからって答えじゃ……駄目っぽいな」
「私は正直に話しましたよ? 今度はクライドさんの番です」
思いのほか、強い口調だった。 嘘を許さないと翡翠の瞳がクライドを射抜く。
「――だが断る!!」
「――というのは無しですよ?」
口を開いてほぼ同時に返された。 どうやら、読まれていたらしい。
「むう……言ってもいいけど、質問は無しだぞ。 それに、どうせ眉唾だから信用できんだろうし全部リンディが聞いたら確実に流れがやばくなる」
「私が聞いたら……やばくなる?」
「フレスタに言ったら頭は大丈夫かと言われるな。 ザースも、そうだな。 口にはしないだろうが俺に精神科医への治療を進めるかもしれないな」
「い、一体どういう理由なんです?」
「馬鹿げた被害妄想。 何事もなければそんな風に考えられたかもしれなかったが、今ではもう王手が掛かってる。 だからだな。 昔は……ただ、可能性に立ち向かうためだったし興味もあったからだが……」
そういうと、クライドは空になったリンディのシールドナックルを操作し、茂みに投げてから魔法を消す。 そして、今度は二人の寝袋の間に魔法で炎を生み出した。 辺りはもう、暗くなり始めている。 そろそろ明かりが必要な頃合だった。
「極論から言えば、死ぬのが怖かったからだよリンディ」
「死ぬのが? あ、え――?」
何をいきなり言い出すのか。 リンディの瞳が揺れる。 だが、クライドはそれには頓着せずに正直に話した。 どうせ荒唐無稽な話だ。 信じられるわけがない。 なら、笑い話にしてしまえば良い。
「――俺は俺の手持ちの情報から考えたとき、二十代ぐらいで死ぬ確率が高い。 そう結論付けた。 だから、それに抗うために魔導師とデバイスマイスターを目指そうと思ったんだ。 最低限この二つをモノに出来ればなんとかなると思っていたんだな」
「……それは、どうして?」
「夢みたいなもんを見たといえば、リンディには分かりやすいか。 子供の頃の話だ。 予知夢とか悪夢とかそれに近いかな。 ただ、そうなると思ったから一番分かりやすい対処法を得るために魔導師としての力を求めた。 当時は、デバイスマイスターはついでだったな。 最近じゃあ比重が逆になってるけど」
「えと、よく分からないです」
「だろう? これは、俺以外には決して理解できない事柄が原因だ。 というよりも、アレは説明のしようがないことなんだ。 偶に、俺自身がアレが現実だったのかそれとも妄想だったのか分からなくなりかけるときがある。 だが、俺の元の魂が言ってる。 あれは現実だったと。 だとしたら、この先の展開が予定通りに進む可能性を”元の俺”は否定できない。 最低限の主要人物は出揃っているし、なにやらこう出来すぎているんでな」
「……」
「ま、元の俺の考えが基本的に根底にある。 だが、そうだな。 ”クライド・エイヤル”としてはそれは多分きっかけに過ぎなかったよ。 その二つの資格を取って、それで管理局でのうのうと生きることが今の俺の目標だからな」
「……まるで、別のクライドさんがいるみたいな言い方ですね。 自分自身のことなのに元の俺とか……言い回しがちょっと変です」
「おっと、質問は無しだ。 まあ、前者はともかくとして管理局でのうのうと生きるっていうのは割と本気。 初めの質問の答えとしてはリンディの望む答えだったかどうかは分からないけどな」
そういうと、クライドは肩を竦めた。 それ以上説明することなんてできないのだ。 自分の元はこの世界をアニメの娯楽として楽しんでいる世界なんて言ったところで本当に頭の可笑しい人として取られるだけだ。 しかも、その中で”クライド”という人間はリンディの夫であるなんて口が裂けても言えない。 言えるはずもない。
「あ、そうそう。 話はずれるけどよ、俺の子供時代ってあるとき犯罪に巻き込まれてな。 そのせいで医者曰く記憶の混濁が見られるそうだ。 つまり、さっきの話はその混濁の影響だってわけだな」
「あ、え?」
「つまり、信憑性なんてあるわけがないただの夢さ。 ”リンディ”がそんな深刻そうに考えるようなもんでもないし、子供の頃の恥ずかしい記憶って思ってくれ。 魔導師とデバイスマイスター。 両方をやる理由は、やっぱりそのほうが楽しいからだよ。 俺は戦うのはそれほど得意というわけじゃない。 けど、この二つを絡めて戦術を考えたりそれを活かせるデバイスを考えるのが面白い。 だから、二つ同時に目指してる。 少なくともこれに嘘は無いよ」
「……初めの面白いからって話に戻ってるんですけど」
「だが、それは事実だ。 だいたい、元に面白いと感じれなきゃやってないさ。 特にデバイスマイスターの勉強はそりゃあ難しい。 半端無いぐらい訳が分からん。 こっちには先生がいないからなぁ。 師匠たちも簡単なこと以外は分からないっていって教えてはくれなかった。 教本だけ手に入れたんで、そっからこつこつと手探り状態。 だが、少しずつ未知を紐解く感覚が楽しい。 これは、やってみなきゃあ分からない面白さだ」
「……はぁ」
「リンディも本局で自作デバイスを作ってみれば良いぞ。 ハマったら病み付きになる」
「……いえ、私は執務官の勉強がありますから」
会話がズレていた。 いつの間にか、デバイスの話に移行している。 意図的なのかそれとも本気でそう思っているのか。 リンディには判別がつかない。 さっきのは、冗談だったのだろうか?
「そうか? まあ、それなら諦めよう。 っと、なら今度はこっちがどうして執務官になりたいのかを聞こうじゃないか。 実入りが良いからとか、そんなのか?」
「ちょっ、そんな俗っぽい理由じゃありません!!」
「いや、かなり現実的な理由だと思うぞ。 一般人の感覚からいけばな。 現実に魔導師は儲かる」
「そ、それは否定できませんけど……」
魔法を行使できる人間が少ない以上は、それに対する価値は大きい。 それに、魔導師はどこでも人手不足なのだ。 率先して確保するためにはそれ相応の報酬を出す必要もある。 だからこそ、フリーランスの魔導師や嘱託制度を登用しているところは多い。 勿論、管理局も例外ではない。 時空管理局は公務員扱いだが、魔導師の資格持ちの給料はそれが無い一般人よりも資格手当てが大きいのだ。
結局、その日の夜はそのままお互い滅多にないプライベートな話を交互にする羽目になった。 まだまだ知らないことはお互いに沢山ある。 クライドの冗談か本気かよく分からない話に、リンディの年相応な願いから、魔導師とはなんなのかという話。 さらには、あのバインドの魔導師との戦いの考察など、話はもう多種多様に及んだ。 そうして、二人の夜はそれなりに穏やかに過ぎていった。
深夜、寝袋から抜け出したクライドは一人滝の近くで月を見上げていた。 ミッドチルダの双子月とは違い、ここには月が一つしかない。 それを肴に、一人オレンジ味の炭酸形ジュースを煽っていた。 その手には、懐かしいポテトのスナック菓子が一つある。 塩味も好きだが、彼はやはりコンソメ派であった。 それらもまた、彼が管理外世界の品を扱う店で買っておいたものだ。 酷く懐かしいその味は、今ではもう味わうことさえ難しいものだった。
やや肌寒い川の風、相変わらず轟音を奏で続ける滝の音、そして天に輝く淡い月光。 これだけあれば、十分一人でも噛締められる。 と、不意に足音が二つ響いてくる。 リンディではない。 彼女は今頃疲れて寝袋の中で眠っているはずだし、何かあれば張っておいた結界が反応する。 では、他の学生だろうか? 振り返って、そしてクライドはその二人を見た瞬間に目を瞬かせた。 いないはずの二人が、そこにはいた。
「一人で月見とは寂しいね。 ヴォルク提督のお孫さんはもうオネムなのかな?」
「やっほー、久しぶりだねクライド君。 元気してた?」
二人は、十六か十七ぐらいの少女の姿をしていた。 だが、その耳にある猫耳と尻尾がその正体が人間ではないことが見て取れる。 勿論、それは昨今流行って居たりしたコスプレグッズなどではない。 ピコピコと彼女たちの感情一つで動くそれは、紛れも無く本物の猫のそれだ。
「……アリアにロッテ? なんだってここに……」
クライドは驚く。 だが、二人はそんなクライドの様子を気にもしない。 特に、ロッテの反応は酷く分かりやすい。 その場からいきなり跳躍すると、クライドに向かって手を広げて抱きついてくる。
「ちょ、ロッテ!?」
「ほれほれー、久しぶりのお姉さんの抱擁だよぉ。 ついでにマーキングもしとこうかしら」
抱きついてきたロッテに押し倒され、そのままマウントされたクライドは成すすべも無くキスの洗礼を受ける。 抵抗はできない。 そもそも、彼の格闘術の師匠が彼女なのである。 クライドとはスキルが違いすぎた。
「アリア、ヘルプ!! うわ、ロッテ吸い付くな!! 舐め上げるなぁぁぁ!!!」
「あははは、相変わらずだねクライド君。 でも、君はロッテのお気に入りだからそれぐらいのスキンシップは許してあげてね」
「だからって、微妙な年頃の少年に対する接し方じゃないぞ!!」
「へぇぇぇ、でもちょっぴり嬉しそうだけど?」
「嫌よ嫌よも好きのうちだよねぇぇぇクライド君♪」
「嫌じゃないけど、やっぱり嫌だ!! こう、襲われるのは男としてのプライドに関わるから断固拒否だ!!」
「あら? じゃあ、襲ってみる? お姉さんが特別に受け止めてあげちゃうよ?」
「……マジで?」
「あ、考えたなこいつー。 ほんとう、ムッツリなんだから♪」
「青少年としては健全な反応だ!! それにオープンエロよりはマシだ!!」
「いや、どっちもどっちでしょクライド君」
やれやれと首を振りながら、アリアが苦笑する。 だが、苦笑するだけで助けはしない。 ある意味、これが彼らのスキンシップだった。
「ほんとう、双子ながらロッテのそういうところは私には計り知れないね」
「良い女には謎が多いものよアリア♪ ふふ、ご馳走様。 美味かったぜい。 アリアもやったら?」
「また今度ね」
「うう、辱められた……」
数分の格闘だったが、クライドの惨敗である。 元々、クライドは女子供には強気には出られない。 というより、対処方法を知らない。 フレスタにいいように使われたり、リンディの涙目攻撃に撃沈するほどの男である。 百戦錬磨の猫の使い魔を相手に、有利に進められるスキルはついていなかった。 奴は元々ヘタレだったのだ。
「……それでどうしてここに? まさか、俺の貞操を奪いに来たとかそんな冗談みたいなことじゃあないだろう?」
「うん? 奪っていいの?」
ジュルリと舌なめずりをしながら、クライドににじり寄るロッテ。 クライドは咄嗟にアリアの後ろに隠れるようにしながら身を守る。
「――ロッテ、貴女が言うと洒落に聞こえないからクライド君で遊ぶのはその辺りにしておきなさい」
「はーい。 本当、アリアはクライド君には甘いよねぇ」
「貴女と変わらないわよ。 ……ああ、それで質問の答えだけど今回私たちは別任務の帰りだったんだけど、偶々こっちで人手が要るって話があってね。 それで帰りがけに寄ったんだよ。 学生たちは知ってるかな? 今回色々あったっていう話」
「あー、確か次元犯罪組織『古代の叡智』だったっけ? それの『リビングデッド』とか言うのに襲われたんだろ?」
「……情報規制が甘いね。 後でディーゼル執務官を締め上げとかなきゃ」
「あれ? でも確か規制を完全に出来てるのは二人の学生を除いてじゃなかった? もしかしてクライド君大当たり?」
「嘱託魔導師と一緒にいた学生っていうのなら、多分俺だよ。 リビングデッドのえーと、誰だったか……リンディが名前言ってたな。 えーと確か……リー……リーなんとかって言うオカマ野郎と戦ったぞ」
「リージス・ザックベイン……魔力資質AAAランクの魔導師で、死刑にされたはずの死人よ。 私とロッテで昔捕まえたんだけど……変な縁があるようねクライド君」
「あー、あのバインドモドキ君だよね? 私たちでシバキ倒したあの気持ち悪いの!!」
「……なんだ、二人が捕まえてたのか。 あー、だから俺が元ネタ知ってたのかよ。 二人の話聞いてなかったら、俺も騙されてたかもしれないな。 まあ、一人でボッコボコにしてやったけど」
案に、少しは俺も成長したんだぞと二人に言っていた。 クライドにしては珍しい自己主張である。 だが、それを聞いても二人は笑い飛ばした。
「あはははは、冗談が美味くなったねクライド君。 でも、一応報告書で来てるよ? 学生二人の協力で倒したって」
「いや、だからそれは実は面倒になるのが嫌でリンディに言わせ――」
そこまで言って、クライドはしまったとばかりに口を閉じた。 だが、もう遅い。
「――ふーん、そうなんだ?」
先ほどまでにっこりと笑い飛ばしていたアリアは、相変わらず表情だけは見事に笑顔である。 しかし、その目だけは笑っていなかった。 現役管理局員に対しての先ほどの発言は、完全に失態である。 偽証罪とか、バレたら洒落にならないのだ。 リンディにもいらぬ迷惑を被るかもしれない。
「――たってのもやっぱり冗談です。 ほら、前半リンディを戦わせて相手を消耗させた上で、波状攻撃をしかける第二陣として俺が挑んで、勝ったって感じですはい」
そう取れなくも無かったが、かなり苦しい言い訳だった。 勿論、そういう見方もできるのだが強引な解釈によるこじつけに過ぎない。 アリアはうろたえながら目を逸らすクライドをジッと見る。 が、やがてため息をついて聞かなかったことにした。
「聞かなかったことにしておいてあげるよ。 でも、今度帰ったときは……分かってるねクライド君?」
「うう、誠心誠意ご奉仕させていただきます」
クライドは二人に頭が上がらないが、特にアリアに頭が上がらない。 ロッテはオープンで後に引かないが、アリアは逆に遠まわしに切り込んでくるためさらに苦手意識がある。 勿論、魔法の講義で一番扱かれたというのもあるのだが。 実際、ロッテとアリアではクライドはアリアの方を脅威と感じており、その恐ろしさはもはや骨の髄まで染み込んでいた。 彼女もまた、ミズノハと同等かそれ以上のスパルタなのである。
「まったく、心配させないでね。 私もロッテも、勿論お父様だってクライド君には危ないことはあまりして欲しくないんだよ」
「あー、うん。 それは分かってるつもりだよ。 けど、まあ味方がやられそうになってて、どうしようも無かったんだ。 逃げるのは、さすがに俺にはできそうもなかったし……」
「ふーん、やっぱり可愛い子だしね。 放っておけなかったんだ? クライド君も男の子だったんだねぇ」
ニヤニヤと、楽しげな笑みを浮かべながらそういうとアリア。
「あ、ポテチだー。 クライド君貰うよ? ついでに、ファンタも」
そしてマイペースなロッテもまた動く。 アンニュイな月見にしゃれ込んでいたクライドの風情はその瞬間確かに消え去っていた。
「もう、好きにしてくれ」
フレスタは暴君だった。 だが、それを凌駕する小悪魔は双子猫の姿をしている。 クライドはそれを今確信していた。 もっとも、それはもう何度と無く察していたことであったが。
訓練学校に入る前はどこか日常的だったそのいつもの光景に、クライドは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。 それは、滅多に笑わないクライドの心からのの笑顔だった。
リーゼロッテとリーゼアリア。 ギル・グレアムという魔導師の使い魔であり、一番クライドにとって身近な存在。 リンディにとっての姉がフレスタであるように、クライドにとっての姉がこの二人だった。 場をマイペースに引っ掻き回すのがいつもロッテで、アリアはそれに右往左往するクライドを守ったり笑ったり、クライド遊びに参戦したりと縦横無尽に戦場を行く。 いつもいつもクライドはこの暖かな二人の姉に寂しさから守られてきたのだ。 クライドは恐らく、この二人には永久に勝てないだろう。
「あ、そういえばグレアム叔父さんは? 二人がいるってことは叔父さんもいるんだろう?」
「うん、お父様もいるよ。 ただ、今は航行艦の中だけどね。 さすがに提督が現場を離れることは難しいから、代わりに私たちが来たんだ」
「そっか……相変わらず忙しいんだな」
「お父様は有能だからねぇ。 艦隊指揮から魔法戦闘までなんでもこなせる英国紳士だもの」
「クライド君もあんな風に育つんだよ? なんだったら、今から執務官試験の教本を探してきてあげようか? 今期は無理でも次の次ぐらいには受かるかも。 勿論、死ぬ気で勉強したら……だけどね?」
「あはは、無理無理ロッテ。 クライド君はデバイス弄りの方が好きだもん」
「まあ、そういうこと。 それに、俺にはグレアム叔父さんみたいにはなれないよアリア」
「そうかな? クライド君はやればできる子だよ」
「だといいけどね」
まるで、敵わない。 二人にとっては弟か子供みたいな位置にクライドはいた。 そのことが少しだけくすぐったい。 しばらくそうやって三人で、家族の団欒を過ごした。
「さて、じゃあそろそろ私たちは行くね。 休憩時間は無限には無いし、お父様の手伝いも必要だから」
「じゃあねークライド君。 今度帰ったら続きをしようか♪」
「しないよ!! っと、そうだアリアこれもってって」
そういうと、クライドはツールボックスから残っていたラーメンの袋を三つ取り出して、アリアに渡した。
「あれ? これラーメン?」
「あ、しかもチキンラーメンだ。 通だねぇクライド君」
「確か、叔父さんは日本通だったよな? そんなものしか無いけど、良かったら夜食にでもしてくれ」
「オーケー、お土産にしておくよ。 後、できれば上に向かって手を振ってあげて。 宇宙からモニターで見てるだろうから」
「ああ」
月の浮かぶ空に向かって、クライドは手を振るった。 向こうが見ているかどうかなんて知らないけれど、苦笑しながら向こうも手を振っているようなそんな気がした。
「じゃあねクライド君。 今度会うときは家でだね。 ご奉仕よろしく」
「ばいばーい」
「ああ、また」
トランスポーターを遠隔操作させ、転送されていく二人を見送りながらクライドはもう一度だけ空に向かって手を振った。 それは自分のことを心配して様子を見に来てくれた二人の姉に対するお礼の意味も込められていた。
「さて、そろそろ戻るか。 今日はぐっすりと眠れそうだよ、二人のおかげで」
ポテチとファンタを回収すると、クライドは寝床へと戻っていく。 その足は、月を一人寂しく見上げていた頃とは違い、どこか軽い。 そのことを自覚しながら、クライドはそんな弱い自分に苦笑する。
寝床に戻ると、グッスリと眠っているリンディがいた。 幸せそうに眠るその様は、小さいながらもあのバインドの魔導師と戦った立派な管理局の魔導師とは思えないほど可愛らしい。
「家族といられるために……か。 ああ、そういうのも立派な理由だよリンディ。 少しだけ、俺にも分かる気がするな」
もう二度と会えない本物の親。 そして、クライド・エイヤルという人間の親。 その二つをクライドは失っている。 三人目の親や家族は、最後には静かに余生を過ごすはずだが、その輪の中に自分も入れたら良いなと思う。
未来がどうなるかなんて分からない。 予定された通りに動くのか、それともイレギュラーを交えたこの世界が別の分岐点に向かうのか。 その分かれ道の選択は少しだけクライドの手に委ねられている。
「流れは……止められるのか。 それとも、新しい流れとなって加速するのか。 だが、俺には奇跡なんて起こせない。 それに、カグヤやアギトのこともあるし、俺の魔道書の問題もそうだ。 ああ、ままならないねぇ」
チートレベルの能力は無い。 努力と熱血も自分には足りない。 であれば、何を武器にするべきなのか?
「やっぱ、小細工しかねーんだよな。 俺には。 それで、どこまでやれるか。 あー、あと確証の無い無限コンテニューがあるのか?」
寝袋に潜り込み、欠伸を一つしながらクライドは目を閉じる。 家族が今、星の上で見張りをしてくれているというのなら、何も厄介ごとなど起きないだろう。 ただ、一度だけ目を開けて寝袋から手を伸ばし、回収していたファンタを飲み干してから、クライドは少し遅めの睡眠を取った。
そして翌日、最後の日にはクライドは持ち込んでいた全てを晒した。 それはバーベキューセットだったり、焼き蕎麦やカレーライスだったり、キャンプでは割りと定番のものばかりであった。 勿論、セットとはいっても材料だけだ。 冷凍系の魔法で保存しておいたそれらと、開発していたサバイバル魔法によって鉄板や器を魔法で作り料理する。 サバイバル訓練を彼は完全なる娯楽にしていた。 その様にリンディとザースが呆れ、フレスタが珍しくクライドの行動を褒めていたりしたが、それはまた余談である。
NGシーン
没ネタ1 二日目の昼頃
相も変わらずすることが無いので、水辺には学生たちがいた。 勿論、それはクライドたちも例外ではない。 特にクライドは昨日水着が無かったせいで、満足に泳げなかったのでバリアジャケットの設定を弄って水着っぽくした現在ではひどくはしゃいでいた。
例えば、クライドはザースの腰にチェーンバインドを巻きつけ、足元にシールドを展開してから水上スキー(ザースがウィングロードを走り、クライドその力でスキーをするシステム)を楽しんでいる。 本当に、手近なものを無駄無く利用する男である。 だが、それも長くは続かなかった。 いきなり滝の上から人間が降ってきたのだ。 それも一人ではない。 複数人の男子と、極稀に女子が次々と空から降ってきていた。
『うお、あいつら何やってんだ?』
『ヒモ無しバンジーって、今うちのクラスで流行っているのかザース?』
『いや、そんなはずはないだろっと――!?』
首を傾げながらクラスのことに鋭いザースに念話を送って会話をしていたが、ザースの展開しているウィングロードの上にその一人が降ってきた。
「我が人生に一片の悔い無しぃぃぃぃ!!!!」
結果、ザースはその人物と衝突しクラッシュ。 クライドは咄嗟にバインドを解除したために難を逃れたが、ザースはそのままウィングロードを滑るようにして川へとダイブしていった。
「……ついてない奴。 にしても、一体上で何があったんだ?」
なんとか被害を免れたクライドが、訝しんで滝の上へと飛行魔法で上るとそこには妙齢の美女が何やら拳法の構えをしたまま鍛錬していた。 それも際どい水着のままで。 酷く、場違いである。
「ふむ、クライドか。 水も滴るなんとやらだな?」
「いや、そんなわけないじゃないですかミズノハ先生。 けど、何でここに先生がいるんです?」
「保険だよ。 大丈夫だとは思うが、何かあったときに動ける人間が欲しいというので私に声がかかったというわけだ」
「……なるほど、でも何故に水着?」
「郷に入れば郷に従えというのだろう? 学生が皆水着であるというのに、私が水着にならないわけにいくまい」
「いや、そもそもそういうの先生が嫌う不真面目では?」
「何を言う、彼らはリゾートでの護衛時という特殊条件下において、デバイス非所持時に敵に襲われた場合の対処方を教えて欲しいと嘆願してきたのだぞ? ここで彼らの熱意に応えねば教師ではなかろう」
「あー、もしかしてさっき滝の上から飛び降りてきた連中は……」
「皆その嘆願者たちだ。 勉強熱心で大変結構だな。 お前もああいうところは見習ったほうが良い。 特に、マイケルがそうだな。 あいつほど私の授業に熱心な奴はいない。 まったく、良い根性をしている」
「マイケルって、あいつは確か……」
マイケル・ジャンクッション。 非公認ミズノハファンクラブの会員の一人だ。 二年の初めはそうではなかったが、ノックダウンされ続けた結果何故かそうなった。 今ではいの一番にミズノハに挑んでノックダウンされるのを望んでいる節がある。 ミズノハのスパルタ教育の弊害である。 だが、誰よりもノックダウン後の回復が早く、ミズノハの授業で必ず三度はノックダウンされる勇者でもあった。
「……ま、程ほどにしてください。 と、そういえば先生って無手でも強いんですか?」
「一応基本は齧っている。 とはいえ、訓練生を病院送りにする程度の力しか無いな。 切り札にするには弱すぎる。 まあ、一応デバイスが無い場合のために少しは鍛えているつもりだが? やってみるか?」
グッと拳を突き上げ、構えを取るミズノハ。 どこにいても戦闘狂は戦闘狂なのか。
「……いや、ほんと先生危ないわ。 二重の意味で」
この場合、男としてのお約束とその武力を指して言っている。 挑みかかって簡単に返り討ちにあい、天高く空を舞いながらクライドは二度目の滝つぼダイブを敢行した。 勿論、勇者共にあやかり、潔く飛行魔法の使用を禁止している。 やはり、未開惑星であろうとも、ミズノハはやっぱりミズノハだったらしい。 そんなことをしみじみと感じながら、クライドは全身を襲う衝撃に呻いた。
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ちゃんちゃん。
没ネタ2 夜
「あー、食った食った」
膨れ上がった腹をさすりながら、クライドがシールドクッションの上に倒れこむ。 最後の夜、クライドは用意しておいた全てを曝け出した。 その切り札とも言うべき食材は、きっかりと四人分。問答無用でその他の連中のことなど無視している。 特に、某模擬戦時によってたかってフルボッコにされた恨みは大きい。
匂いに釣られてやってきたクラスメイトが、クライドが周囲に展開しておいた半透明な結界越しに飢えた視線を送ってきているが、完全に無視している。 さらに防音加工を施しているのでまったく外側からの声は聞こえない。 リンディやザースが恨みがましい視線に少し居心地悪そうにしているが、彼とフレスタは全くそれを気にしていなかった。
「あの、クライドさん? 周りの人たちがその……無性に気になるんですけど……」
「ああ、ほっとけほっとけ。 四人分しか用意して無いからどうやってもあいつらの分は無い」
冷酷にそういうと、クライドはくっくっくと喉を鳴らして哂う。 酷く意地が悪いその笑いに、リンディとザースは頬をヒクつかせた。 防音加工しているくせに、周囲に匂いが洩れるのは防いでいない。 なんという確信犯。
しかも、結界もまた一枚ではない。 複数枚重ねて展開しているのだ。 フレスタやリンディ、ザースからも魔力を分けてもらい、クライドが唱えたそれらは少なくともそう簡単に破れるものではない。 維持魔力は現状維持のせいで必要なく、重ねて数枚展開したそれらはかなり強度があった。 何人かが悔しげに魔法をぶち込んできたが、傷一つついていない。
「いやぁー、あんたがやる気出したらいっつも最高だわ。 未だかつてこんなことしてた人間がいたのって聞いたことないわよ。 うん、あんたは確実に訓練学校の伝説になったわ」
太鼓判を押すフレスタもまた、お腹をさすりながら満足度をアピールしていた。 どうやら暴君も今宵のクライドの所業に満足のご様子だ。 周囲の人間のことなど一切無視しきっているその様は、肝っ玉があるというか豪気だというかなんというか。
「うぅ、明日から夜道は気をつけないと……」
「だな。 俺もできるだけ一人になるのはやめとくわ」
持ち込んだ食料やお菓子はあろうとも、ここまで大々的にやった人間はいないだろう。 特に、一番の難点は先生だ。 普通はどうやってもそれなりの道具が必要になるので、持ち物検査の段階で余りにもサバイバルに不適合なものは弾かれる。 ではどうやってクライドはパスしたのか。
クライドの場合はほとんどの材料は前日に切り分けて魔法で冷凍し、そのほとんどを調理済みにして手提げ鞄に入れておいた。 今回の盲点は学校側が指定したのは道具に関してだけであったことだ。 少々の食料は大目に見るというスタンスであったがために、彼の手提げ鞄に入る程度ならば問題はないだろうと彼らはスルーしていたのだ。 そしてクライドが夜少し寝て作り上げたサバイバル魔法によって、調理には道具などほとんど必要が無い。
得意のシールド改造によってシールドに熱伝導の効果をつけて鉄板にしたり、シールドナックルを用いて食器にしたりと、もはやなんでもありであった。
「あんたさ、いっそのこと管理局の魔導師やめて魔法料理でも始めたら? そのほうが物珍しさから大成するかもしれないわよ?」
「脱サラか? あーそれは無理だな。 さすがに人に出すような上等な料理なんて作れない。 こういうのはただ焼いてるだけだから問題はないけどな」
それに、彼は味よりも量を好む傾向がある。 所轄腹いっぱい主義者なのだ。 人に出すようなものは到底作れないし、他人を満足させるようなものを作った事は無い。
その日、決戦メンバーはクラスの大多数を敵に回した。 口コミやらなんやらで広まった噂は、尾ひれがつき再びクライドが血祭りにされることになるのだが、それはまた余談である。 飢えた連中の食べ物の恨みとはかくも恐ろしいものなのである。
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ちゃんちゃん。
没ネタ3 お風呂
サバイバル訓練であるから、川での水浴びぐらいしか通常は汗を流す手段などない。 だが、そこはそれ。 クライドの出番である。 もはやなんでもありだと認識したフレスタが、風呂に入りたいと言い出した。
「……別に用意できないこともないが」
「おお!! 今日はあんた本当に頼りになるわね。 褒めて使わす!!」
「ははぁーーー、感謝の極み」
仰々しく腰を折り、フレスタに一礼するクライド。 ……それにしてもこのクライド、ノリノリである。
「……もはや呆れてものもいえないんですが」
「いや、俺もそうだ。 あいつ、魔導師とかデバイスマイスターとかぶっちゃけどうでも良いんじゃないかと時たま思うときがある」
リンディとザースは至極まともな感想を述べる。 フレスタの命令に従って風呂の準備をするクライドからは、時空管理局の魔導師としてのプライドなんてものは何一つ感じられない。 自分たちが研鑽している技術がこうもベクトルの違う方向に利用されているという現実に、二人は嘆かずにはいられない。
「よし、やあぁぁぁってやるぜ!!」
気合を入れてクライドが魔法を行使する。 いつものラウンドシールドが発生し、その後に大きく広がったかと思うと徐々にその面積を広げていく。 やがて、かなり大きめの面積を確保したそれは中心部を窪ませて底の厚いお皿のような形を取った。 勿論、内部はクッション気味になっており通常のシールドが持っている強度などまったくないし保温加工までしてある。
「まあ、こんなもんで十分だろ」
「おお!? で、これをどうするの?」
「勿論、湯を注ぐ」
例のインスタントラーメンを作ったときのように、魔法でお湯を作り出すとクライドはそれをシールドに満たしていった。 自分一人用であったなら、シールドナックルを拡大しただけでも良いのだが二人分ならこれぐらいの広さが欲しいだろうとの気遣いからだ。
「おお!!」
「これで完成だ。 どうだフレスタ、これで満足だろう!!」
「サバイバル訓練でお風呂に入れるなんて……あんた、今確実にレジェンドになったわよ」
「くく、これぞ我がサバイバル魔法の勝利だ!!」
二人して高笑いを上げながら、お互いにバシバシと背中を叩いている。
「これからも二人と仲良くやっていくためには……あの空気に慣れないといけないんでしょうか?」
「まあ、あいつらとこれからも付き合おうとするならそうなるな」
やや距離をとりながらそういうと、リンディとザースはため息をつく。 どうにも、頼もしいことだけは確かなのだがその方向性が間違いすぎている気がするのは何故だろうか?
「よっしゃー、じゃ入るわよーーー!! リンディちゃん一緒に入ろう!!」
「……はあ」
「一応俺も結界張っとくけど、そっちも自前で張っておけよ。 でないと覗きが来るかもしれん」
「えー、露天風呂とかしてみたかったのにー!!」
「水着で入れば問題ないだろうな。 それをするつもりなら結界の上だけ穴を開けることぐらいはできるが」
「うーん、じゃそれでお願い」
「了解した。 ではではご婦人方良い湯浴みを」
「おうさ!!」
パンとハイタッチを交わすと、クライドは結界を展開。 天井に穴が開いているなどという通常から考えれば冗談としか思えないような結界を構築する。 本当、器用な男である。 しかも、それでいて内部の映像を外部に漏らさないように徹底していた。 中々に芸が細かい。
「……ん? 覗かないのか?」
「……ザース、お前俺をなんだと思っているんだ?」
「いや、お前ならマジックミラーにするとか簡単にやりそうだし、フレスタに日頃の怒りを込めて色々と企んでるのかと思ったんだ。 今のお前はどうにもこう……なんだ。 いつも以上に変だ」
「微妙な評価をありがとうザース君。 お前が普段どういう目で俺を見ているのか分かる台詞だ」
こめかみを押さえながら、内心の怒りを我慢するクライド。
「担任も言っていただろう? 紳士になれと。 俺の親代わり人は英国紳士だぞ? そんな破廉恥な思考形態を持って育てられてはいない。 もっとも、周りにいる奴らはどうか知らないけどな」
そういうと、クライドはバーベキューの匂いに釣られてやってきていた連中を見回す。 結界を解いたあたりから、こちらの様子を伺っていた。 恐らくはクライドを血祭りに上げようとしていたり、女性陣を口説こうと画策していた連中だろうが、予想外の展開に手を出しかねていたようだ。
「……マジか?」
「後な、やろうと思えばあの結界俺はマジックミラーにできるし透明にもできる……がやらない。 俺だって命は惜しいぞ」
――ピクっ。
連中の耳が動き、その言葉を理解した瞬間には一斉にデバイスを纏っていく。 どうやら、それなりに色々と狙っていた連中もいたらしい。
「……で、俺たちはガードもしなけりゃならないってわけか?」
「暴君とつるんでるからな。 逆に、素通りさせたら俺たちが殺される気がする」
シールドナックルを構え、幽鬼のように迫り来る野郎どもに視線を向けながら、クライドはゴチる。 どちらにしても、クライドは色々と恨みをかっている。 勿論、食事的な意味で。
「野郎ども突撃だーーー!! 理想郷をこの目で拝むため、悪漢クライドを拿捕せよぉぉぉ!!」
「「「「おう!!」」」」
「待てコラ、誰が悪漢だ誰が!!」
突撃してくる連中をシールドナックルでぶん殴りながら、クライドが吼える。 ザースも、それにため息をつきながら参戦。 ありとあらゆる角度からクライドを狙う彼らを昏倒させていく。
「く、さすが決戦メンバー。 だが、我々の熱意はその程度でくじけはしない!! 我々は修羅である。 ならば、何度でも蘇り戦って見せよう!!」
「……なんでここにいるジャンクッション? お前の狙いはミズノハ先生だろう?」
「決まっている。 そこに理想郷があるからだ!! その種類など、桃源郷を前には意味を成さない。 いいものは皆いいのだ!!」
「漢らしいといえばらしいんだが、どうにもベクトルが違いすぎるな」
「……あいつら、音は届いてるってこと分かってないな」
天井付近は星を見るために空いているのである。 クラスメイトなら声でだいたい誰か分かる。 にもかかわらず、大声で決意表明をするとは。 クライドはさすがに気の毒になって目頭を押さえた。 次の瞬間、降り注ぐは翡翠の弾幕。 クライドやザースもろとも周辺をなぎ払おうとするその翡翠の魔力剣の嵐は、全ての男たちを容赦なく飲み込んでいく。
「ちょ、なんで俺たちまで!?」
「諦めろザース。 何せあのフレスタだ。 俺たちは、止められなかった。 理由はそれだけで十分なんだろう」
「冤罪だ!!」
「ぎゃーーー!!」
「まだだ、まだ倒れはせ――ぐふ!!」
次々と倒れ付していく男たち。 まるで空爆されたようなその暴虐の嵐によって、周辺にいる全ての男が気絶した。 嗚呼、勇者たちに幸あれ。
「ん、静かになったわね。 初めから男連中みんなノックダウンしてれば良かったんじゃない? ねー、リンディちゃん」
「……あ、あははは。 そうですねフレスタさん」
リンディは忘れない。 馬鹿な男たちに立ち向かった二人の男がいたことを。
「んー、良いお湯。 ほらリンディちゃん背中流してあげるわよ。 こっち来て来て」
「あ、はいお願いします」
「ああ、やっぱり肌がスベスベー」
「ひゃっ、フ、フレスタさん!?」
その後、次の日までそのまま放置された男たちは、皆フレスタによって女子連中のブラックリストに回され、しばらくの間口も利いてもらえなくなるのだが、それはまた余談である。 ちなみにクライドとザースはお情けで回収され、寝袋に放り込まれていた。 さすがに、連中と一緒に放置していくことをリンディが可哀相だと思ったからの措置であったのは言うまでも無い。
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没ネタだから終っとけw