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憑依奮闘記 第9.5話(なのはSSオリ主憑依系)

 2008-05-15
 夜天の書には防衛プログラムが眠っている。 それは、守護騎士たちも知っている情報だ。 防衛プログラムは基本的に夜天の書自身が危険に晒された場合、もしくは真のマスターとなった人間以外がアクセスしようとしたときに作動する。 いわば、書自体を守るための安全装置である。 その強固な防御は徹底されており、そのせいで書を使うには完成させるしかない。 そう俺自身信じていたし、隣で興味深げに様子を見ているザフィーラもそうであると信じていたのだ。

 だというのに――。

「……マジかよ」

「むぅ……」
 俺とザフィーラは、それを見ながら唸り声を上げることしかできなかった。 どういった原理でそれを成しているのかは分からない。 だが、”彼女”から渡されたあのプラグインとかいう本を指定どおりに夜天の書に触れさせてみたら、なんとそんな防御など無意味だと言わんばかりに夜天の書にアクセスしているのだ。

――防御プログラム? なにそれ? おいしいの?

 そんな声がプラグインの本から聞こえてきそうだった。

「いや、ありえんだろこれは? 防衛プログラムは? アクセスした瞬間に転生して逃げるとかそういう話だったはずだぞ!?」

「……シグナムたちも戸惑っている。 勿論、私もだ。 一体どいうことなのだ?」

 二人してポカンと口を開けていた。 恐らくは、今写真に取られたりしたならば俺たち二人の間抜け面がナイスショットできるだろう。 それを自覚できるぐらいに、俺たちは打ちのめされていた。

「……本物だな。 は、ははは」

 どんだけカグヤに言われたとしても、半分ぐらい冗談だろうと思っていた。 だというのに、こうも証拠を突きつけられてはもはや笑うことしか出来ない。

 夜天の書にプラグインとやらがダウンロードされていく。 空中に浮かぶモニターには、インストール状態を示すバーがあり、着々とデータが飲み込まれている様子が映し出されている。 ついでに何やらカグヤをデフォルメしたようなチビッコいキャラクターがせっせとバケツリレーして火事を消しているアニメーションがあるが、これは製作者の茶目っ気だろうか?

「く、なんてことだ。 待つ人間のための優しい配慮までされているとは、恐ろしい技術者だなこれを作った奴は!!」

「いや、そこは問題ではないだろう主よ」

「だが、ここまでの余裕があるということだぞこれは!!」

 管理局が躍起になって警戒する天下の夜天の書にプラグインを追加するなんて神業、一体どうやればできるのだろうか? 俺の常識が思いっきり崩れ去っていく。 どんな裏技だこれは!!

「うーむ……さすが伝説に謡われし都アルハザード。 半端ないわ」

 きっと、物凄いマッドな集団の巣窟に違いない。

「むう、想像したら友達になれそうな気がしてきたぞ」

 意気揚々とデバイスについて語り合う姿を想像してしまう。 あ、やべ。 熱く語りすぎて向こうがキレた。 ちょ、待て待て俺を人体実験の道具にするな。 アッーーー!!

「主? どうやらインストールは終わったようだぞ?」

「お? そうか」

 どうやら少し想像しすぎたようだ。 手術台の上に上げられてメスの執刀を待つ哀れな実験動物から、そこら辺にいる魔導師小僧に戻ると俺はプラグインの本を持ち上げる。 

 ペラペラとページを捲ると、それら全てが真っ白になっていた。 つい先ほどまでは理解できない文字で延々と書かれていた癖に、今では染み一つない本になっている。

「……おお? 文字が浮き上がってきたぞ?」

「これは……どこの文字だ?」

 理解できない文字が浮かび上がってくる。 やがてそれが全て浮かび上がったかと思うとまた別の文字が浮かんできた。それはどうやら選択肢のようだった。 二つの選択肢があり、一つは翻訳魔法で辛うじて読めるベルカ文字でベルカとかかれており、もう一つはミッドチルダ語でミッドチルダととある。

「言語を選べってことか? しかし、こいつ本の癖にタッチパネル式なのか? なんという親切機能!! だが、どうせなら日本語とかにしてくれたらいいのに」 

 元々が日本人である。 ミッド語も元々のクライドの記憶のおかげでなんとかなっていたが、やはりそっちの方が良い。 と、そう愚痴ったときだった。 文字が変化し日本語になった。 どうやら音声入力機能まであるらしい。

「おお!? 日本語に変化しやがった!! こいつ、もしかして全次元語制覇しているのか!?」

『――勿論、この封鎖次元世界に存在するありとあらゆる言語を私は網羅している』

「しかも、外部音声出力機能つきだと!? どこまで持ち主に優しいんだお前は!!」

「……むぅ、翻訳魔法で辛うじて分かるが……どこの言葉なのだ主?」

 驚愕の連続であった。 ザフィーラが首をかしげているが、俺はそんな言葉に反応する余裕はない。 鬼の形相でその本と格闘していた。

「くそ、外部スピーカーが無い!! 魔力震動式か? それとも感応系出力装置? それともドッキリでどっかにサクラが隠れているのか!?」

 だが、どれだけ周りを確認してもそれらしき人物も突撃ミッドチルダのミッドTVカメラマンはいない。 く、では隠しカメラか!?

『……指向性念話出力型だ。 お前が私の持ち主か? なんともまあ変わった男だな』

「くそ、未知の技術か!! やってくれるぜアルハザード!!」

 ここまで圧倒的な技術格差を見せ付けられると、さすがに降参するしかない。 俺は素直に白旗を揚げることにする。

「覚えていろ。 今はただ負けを認めよう。 だがいつか、次の俺が貴様のそのシステムを余すところ無く解析し尽くしてやる!!」

「いや、本に向かって凄んでもしょうがないと思うが……ところで、結局これはなんなのだ? アルハザードからの流出品なのか?」

 実験としか説明していなかったので、ザフィーラが疑問の声を上げる。 すると、俺が答える前にその本が一人でに語り始めた。
 
『――私の名はトール。 今はただの簡易インターフェースだ。 そこの男の手助けをするようにジル・アブソリュートによって生み出されたプログラムに過ぎない』

 ジル・アブソリュート。 ジルという名には聞き覚えがあった。 俺と同じレアスキル『現状維持』持ちだというアルハザードの住人にして、カグヤの協力者。 そしてアルハザードの過激派連中を抑えられるほどの実力者でもある存在の名前だ。 では、それが彼の本名なのだろうか?

『現在、私にはプロテクトが幾重にもかけられている。 条件次第で順次プロテクト解除がされていく仕様になっているので、状況次第では新たな情報の開示や必要な技術供与をすることが許されている。 従って私は、これ以後重要な分岐点において色々と話すことがあるだろう。 よろしく頼む』

「あ、ああ。 俺はクライド・エイヤルだ」

『予定ユーザーを確認。 正式ユーザー登録及び声紋登録完了。 以後クライド・エイヤルと例外存在以外の存在との意思疎通回線を遮断……実行完了。 続いて端末媒体の破棄に移る。 カウント3……2……1……0……破棄開始』

 と、その瞬間俺の持っていた本が発光。 爆音をあげて爆発した。

「うぉ!?」

「む?」

 咄嗟にザフィーラが俺の前にシールドを展開。 そのおかげで、俺は吹き飛ばずにすんだが……おのれなんという奴だ。 自爆装置まで標準装備しているとは……。 ことごとく技術者としての浪漫を達成していくジルという男に、俺は戦慄した。

「……大丈夫か? 主」

「ああ、だが……プラグインの本なくなっちまったな」

『問題は無い。 既に私は夜天の書にその存在をインストールされている。 先ほどの端末は不必要になったから処分しただけだ』

「……あー、ザフィーラ。 トールの声聞こえたか?」

「いや、何も聞こえないが……先ほどの主以外との会話を遮断すると言っていたから私とは会話できないのではないか?」

『その通りだ。 以後私は夜天の書とのラインを通してクライドに直接会話する。 向こう側にもこの方法ならば感知されないので、情報漏洩はありえないだろう。 無論、例外でカグヤ嬢などがいるが』

「だが、俺が喋ってそれを周りが聞いたら意味がないだろう?」

『念話とは違うが、私に向かって思考すればよい。 夜天の繋がりから私がそれを感知し、会話する。 それで十分に会話可能だ』

『こういうことか?』

『ああ、それで十分だ』

 念話のように頭に響く機械的な合成音。 無機質なその声から察するに性別設定は無いようだ。

『それで、今はどこまでの情報開示が許されているんだ? 俺としては早く計画の根幹に触れたいんんだが……でないと、なんだ。 いきなり何かしろって言われても実行できないかもしれないぞ』

『現状、敵勢力からのアプローチは何も無い。 よって、今はクライド自身のスペックを上げるための二つの情報しか開示は許されていない。 ……閲覧するか?』

『ああ、頼む』

 瞬間俺の脳内にデバイスに感応したときのように情報が提示されてくる。 元々夜天の書がデバイスであるかそういう方式を使っているのだろうか?

『って、これアルハ式の説明書? もしかしてアルハザードの魔法構築理論か!? それに、なんだこのグラムサイトシステムって!?』

『どちらも初歩の初歩の技術だ。 お前に必要かどうかは分からないが、別段習得しなくても問題はない。 所謂暇つぶし用だ』

『じゅ、重要な計画の癖に暇つぶしだと!?』

『”最強の剣”がクライドを監視している。 ならば、別段クライド自身が”強く”なる必要など無い。 ただ、”自分自身”で介入したいというのであれば覚えておいて損は無いだろう。 特に、グラムサイトは習得が難しいが覚えれば戦闘を円滑に行うための技術になりうる可能性を秘めているらしい。 才能がある人間ならば一日で習得できるだろうが、才能が無い人間には一年二年経っても習得はできない。 理論上は魔導師なら誰でも習得できるはずなのだが、訓練についていけない可能性があるそうだ。 逆に、アルハ式は魔法さえ使える人間ならば比較的習得が容易だ。 こちらはただ勉強するだけで良い』

『……知らないところで蚊帳の外にされるのは御免だ。 いいぜ、やってやるよ』

『そうか。 では、健闘を祈る。 以後必要なときに私に呼びかければいい。 いつでも許可範囲内での情報を開示しよう』

 そういうと、トールは感応状態を解除する。 通常思考状態に戻った俺は、提示されていた情報を吟味しながらさらに唸った。

「……会話は終わったのか?」

「ん? ああ」

 会話できないザフィーラが、問いかけてくる。 色々と俺たちの常識を破壊されたはずなのだが、割と立ち直りが早い。 さすが、盾の守護獣である。 メンタル部分でも鉄壁か。

「……とりあえず、アルハザードの魔法理論とわけわからん戦闘を円滑に行うためのシステムを覚えるかって選択肢があるらしい。 どっちも習得するのが最高なんだろうけど……時間また捻出しなきゃならないな」

「ふむ? システムの方は分からんが、魔法はもうミッド式を覚えているから必要ないのではないか?」

「そう俺も思うが……まあ、興味が無いわけでもないし……ミッド式習得してベルカ式の術式齧ったんだからアルハ式に手を出してもいいかと思う。 それに、そのほうが夜天のページ稼ぎもしやすくなるだろうしな」

「……なるほど、無難だな」

 そろそろ、ヴォルケンリッターの面子も手持ちの魔法が尽きてくる頃だろう。 戦闘特化型だから皆不必要な魔法はほとんど覚えていないっぽいしな。 それ以後は、俺がなんとかするしかないので魔法が増えるんなら覚えるのに越したことは無いだろう。 最悪、某Sランク持ちのお嬢様に手を貸してもらうという選択肢もあるが……最終手段だな。 バレたら洒落にならん。

「……とりあえず、魔法の方は勉強あるのみか。 後、そうだな。 わけわからんシステムをちょっと試してみるわ」

 そういうと、俺はもう一度トールに感応要請を出す。 そしてグラムサイトシステムなんて大仰な名前のつくシステムの術式を見る。

「……あれ? 普通の魔法より術式短いんじゃねこれ?」

 常時展開してもそれほど苦にはならない仕様に、俺は首を傾げる。 本当に、これだけで良いのだろうか? ぶっちゃけ魔力を放出して簡単なサーチャーの術式乗せてるだけのプログラムにしか見えないのだけれど……。

「……とりあえず、アーカイバ使って起動してみるか。 習うより慣れろだ」

 待機状態のアーカイバに術式を転送し、起動する。 周囲に散布される俺の魔力。 だが、少しずつのその量を増やしていったその瞬間、俺は思わずその術式の影響で地面に倒れこんだ。

「――主!?」

「やべ、これ……洒落になら……ん」  

 俺は確かに、地面に立っていたはずだ。 だが、魔力展開量がある一定量を超えた瞬間にドッと全身の感覚が消え去った。 それは空中を浮遊する無重力感覚に似ている。 立っているはずなのに、立っていない感覚がする。 それだけならば地面に手をついて俺はそれに耐えられたはずだ。 だが、次に続く感覚がそれを不可能にした。 空中浮遊の感覚に、さらに”俺自身の存在”が空気に溶けて無くなるような喪失感。 存在が無に返るようなその感覚は、自分自身の存在を自分で否定するという自己否定の感覚そのものだ。 抽象的な表現だったが、それでもそうとしか言い表せない。

 戦闘を円滑に進めるためのシステム? 冗談じゃない。 この不快感を味わいながら戦闘をするなんてこと普通の人間にできるものか。

「う……ぐ……げぇ、気持ち悪い」

 さらに、数秒その状態を保つと今度は嘔吐感まで出てきた。 慣れない乗り物に乗ったときのあの不快な感覚だ。 地面に倒れたまま、三半規管全てをぐちゃぐちゃにシェイクされたようなその感覚に、もはや俺にはまともに身体を動かすことさえ不可能だった。

「アー……カイバ……演算……強制終了……」

 辛うじて、意識を持っていかれる前に術式の演算を破棄する。 その瞬間にどっと、不快感が消えた。 とたんに、身体の感覚が戻ってくる。 だが、しばらくは感覚の混乱が収まりそうに無い。

「主、しっかりしろ!! 主!!」

「な、なんとか大丈夫だ。 それより、水くれ水」

 ザフィーラが用意しておいたペットボトルを投げてくる。 それを口に含むと、全身に感じた不快感を流すようにして、飲み干す。 全身に染み渡っていく感覚が、自身の感覚を補正する。 肩で息をしながら、俺はしばらくそのままゴロンと仰向けになると休憩した。

「――無理、こんなわけ分からんシステム使いこなせるわけがない」

 早すぎるギブアップだった。 我ながら忍耐の無いことだと思うが、あれなら自分で習得するよりも敵のデバイスにハッキングして送り込み、敵に使用させて行動不能にしたほうが良いんじゃないだろうか?

 アーカイバで先ほどの俺のバイタルを確認。 と、そこには特に異常を示す変化は無かった。 が、その代わりにアーカイバの演算システムに恐ろしいほどの負荷が掛かっていたのを見つける。

「やべ、アーカイバの演算でも処理が追いついてない。 魔力放出圏が広がるに比例して爆発的に処理が必要になってる……ありえねぇ」

 少なくとも、アーカイバのCPUは現行最強クラスである。 市販では……だが。 それ以上のものは少なくとも存在しないのだから、アーカイバで演算ができなくなるということは軍用クラスかそれ以上でなければまともに使用することなんてできないのではないだろうか?

「……ザフィーラ、ちょっとお前試してみてくれないか?」

「それは構わないが……」

 腕時計型のアーカイバを放り投げ、それをザフィーラに渡す。 魔力だけの起動で式の違いを無視させ簡易起動で起動させる。 だが――。

「ぬ!?」

 ――あのザフィーラでさえ倒れた。 その結果に、俺自身頬を引きつらせた。

「ザフィーラ、術式強制遮断しろ!! 意識を持っていかれるぞ!!」

「く……なんという不快感だ。 一体これで何をどうやって戦闘を円滑にさせるというのだ」 

 顔面を蒼白にさせながら、ザフィーラが呻く。 水の入ったペットボトルを手渡し、ザフィーラに飲ませる。 しばらくして、ザフィーラもまたようやく感覚を取り戻したのか不可解なシステムに否定的な意見を出した。

「何を術者にさせたいのかまったく意図が掴めない。 未完成品ではないのか?」

『――トール、このシステムの目的はなんだ?』

『……戦闘を円滑にするシステムとしか情報入力はされていない。 使用できるようになって初めて実感できるシステムだそうだ。 体得できないのであれば、知る必要は無いということなのだろうな』

『そういってもこれ、不良品じゃねーだろーな!!』

『それはありえない。 元にこのシステムはジル・アブソリュートとカグヤ嬢が実際に日常的に使用しているとある。 もっとも、ジル・アブソリュートは体得せずにシステムとして利用しているだけらしいのだが、カグヤ嬢はこれを常時自分で展開し、爆発的な戦闘能力の向上を図っているとある』

『カグヤがこれを日常的に? あいつ、本当に人外のヴァンパイアとかじゃないだろうな?』

『少なくとも、本来はこれはシステムというよりは戦闘技術なのだそうだ。 身体で無意識に行使している状態が理想らしい。 デバイスを用いればシステム化することでかなり簡易的になっているらしいが、一応九割の精度を誇るらしい。 無論、自分自身で使えるのならばその力を100%発揮できると記述されてある』

『く、アルハザードの連中は化け物か!!』

 ハイレベルすぎる奴らの存在に、もはや戦慄するしかない。 これで、初歩の初歩だと? 冗談も休み休みいいやがれ。

 悪態をつきながら、俺はザフィーラ共々ぐったりと肩を落す。 色々と疲れた。 と、そこへいつもの時間にやってきた妖精が一人。 訝しげな視線を送ってきた。

「あれ? 二人ともどうしたんですか?」

「ああ、地獄を見たんだ」 

 互いに背中合わせになっている俺たちを眺めながら、リンディが首を傾げる。

「……あ、才能と本局のデバイスの可能性にかけてみるか?」

「ま、待て。 彼女にアレをさせるつもりなのか!?」

「俺たちだけじゃあデータが足りない。 ぶっちゃけ、リンディに無理なら俺には死んでも無理だろうよ」

 総合Sランク持ちの九歳児に希望を託すとしよう。 これで駄目なら、不貞寝だ。 最低限あんなシステムがないと戦えない相手なんて、死んでも御免である。 悪いが、カグヤには無かったことにしてもらおう。 今更クーリングオフなど、あの少女が許してくれるかどうかは知らないが。

「あー、ごほん。 リンディ君ちょっと頼みがある。 このシステム起動してみてくれないかね?」

 アーカイバからデータを転送。 リンディのデバイスにデータを送る。

「……なんですかこれ? 魔法じゃあないみたいですけど……グラムサイトシステム?」

「常駐展開することで戦闘を円滑に行うためのシステムらしい。 本当は人間単体で起動するものらしいが、まあデバイス使ってやってみてくれ」

「……何かの実験ですか?」

「そんなところだ」

 リンディがいつものように、バリアジャケットを展開。 光の羽を展開させながらそのシステムを起動していく。 俺なんかとは比べ物にならない勢いで魔力を周囲に散布していった。

「……あれ? デバイスがフリーズしましたよ? んん……??」

 小首を傾げて、リンディはそういった。 どうやら、管理局のデバイスでさえ演算仕切ることは不可能らしい。

「オーダーメイド品でさえ無理って、どんだけスペックいるんだ?」

 最早、ため息しかでない。 それだけアルハザードの技術力がミッドチルダを大幅に凌駕しているという証明なのだろうが、それではこんなシステムを渡されても使用できないではないか。

「……じゃあ、このまま”私”が起動しますね」

「ああ、そうしてく――ってちょと待った!!」

 なんでもない風にリンディはそういうと、”そのまま”それを起動した。 術式自体はそれほど難しくないし、魔法よりは簡単だ。 だが、たった一回起動しただけでそれを覚えたというのだろうか? もしそうだとしたら、目の前の少女は文句なしの化け物である。 訂正、妖精だったか。

「え? 何か不味いですか? もう起動しちゃいましたけど……」

「……アレ?」

 だが、予想した通りの展開にはならない。 目を瞬かせ何か不味いことをしたのかと、リンディは不思議そうにこちらを見上げていた。

「……つかぬことを尋ねるが、なんともないのか?」

「ええ、特になんとも。 デバイスはフリーズしたみたいですけど、常駐展開系の術式なら基本無意識化で処理する類のものでしょう? なら、普通問題はないと思いますけど……」

「その……なんだ。 気持ち悪くなったりはしないか?」

「いいえ? ”なんとも”ありませんけど? でも、これ一体どうやって戦闘に反映させるんですか? 特に変わったことはないみたいですけど……」

「……どういうことだ?」

「私に言われても分からないが……。 デバイス無しで展開してみたら何か違うのではないか?」

「かな? でも、そんなはずは……」

 どことなく不安を覚えながら、俺自身ももう一度グラムサイトとやらをデバイス無しで試してみる。 と、その途端再び感覚殺しが発動し、嘔吐感がこみ上げてくる。

「――無理」

「く、クライドさん!?」

「主よ、水だ!!」

 そのまま前のめりに倒れながら、俺は思った。

――やっぱ、これ絶対不良品だ。 もしくは俺を殺すためのブービートラップだ。

 嘔吐感に悩まされながら、俺はそのままぐったりと倒れこんだ。 勿論、その日の訓練は無しである。 講義も実技もする気力が起きない。 魂を吐き出しながら、木陰でザフィーラと模擬戦をしているリンディを見守ることにした。

「お? ザフィーラに薙刀あてやがった。 強くなったなーリンディ」

 ”あれだけ”近距離戦闘が苦手なリンディがいきなりそれを成すということの不可解さを見逃したまま、俺はその様を観察し続けた。 その日、俺でさえ勝てないザフィーラをリンディが倒してしまうという快挙が起こるまで、俺はそのまま模擬戦をボーっと見続けた。












憑依奮闘記
第9・5話
「割と密度の濃いクライドの一日」















 その日クライドの影響からか、自分の特性を発揮できる自作デバイスに興味があると言うマイケルたち生徒にミズノハは付き添っていた。 彼らは皆ミズノハの非公認ファンクラブ会員たちなのだが、そんなことは露とは知らない彼女は乞われるままに彼らに自作デバイス選びに付き合う。 首都クラナガンの通りを歩くその集団は、少し周囲から浮いていた。

「そういえばミズノハ先生、他の変則デバイスを用いた模擬戦はやらないのでしょうか? 例えば鞭とか槍とか斧とか」

「ほう? うーむ、君は本当に着眼点が良いなマイケル。 確かに、近年ベルカ式とミッド式を融合させた近代ベルカ式の使い手が現れ始めているし……変則型魔導師の多様化は進む一方だ。 そういう時代の流れに併せ、私たちの方で教材を用意する必要性は確かにある」

 ミズノハはマイケルのクリティカルな意見に唸った。 知らないままにさせておくよりも、少なくともどういうものかを教えておく必要は確かにある。 戦場では何が起こるかわからない。 変則型は特に意外性で攻めてくるタイプが多いし、奇妙な魔法を使って邪道とも言うべき攻め方をしてくる。 それらを彼ら学生に教えておくことは、必要なことであるように思える。 

「最高は力押しで勝てるだけの力を持っておくことだが、低ランク持ちにはそんな武器などは無い。 であれば、知識を武器にすることは間違いではない。 考慮しなければならないことである……か。 うむ、これも校長にかけあっておこう」

「ありがとうございます」

「礼には及ばない。 それが私たち教師の使命だからな」

 会員たちが、その言葉に感動に打ち震える。 その様子に気づかずに、ミズノハは思考していく。 現状、支給デバイスの関係もあってか基本的には杖型のデバイスを用いる授業が多い。 彼女自身銃剣などという変則気味のデバイスであるが、それでも鞭や完全なる銃撃タイプとは戦い方が少し違う。

 杖はミッド式の花形だ。 歴代のエースオブエースも、皆大抵は杖型を振るってきた。 それは杖という媒体が魔法のイメージに直結するものであるということと、一撃必殺の高等魔法を扱う上での補助能力が高いからであった。

 近距離魔法戦闘主体と魔法戦闘主体では、デバイスのリソースの振り分け方にかなり差がある。 基本的に近接重視のベルカ式と魔法重視のミッド式とを比べてみてもそのそのスペックの持たせ方には雲泥の差があった。 ベルカ式は武器としての特性を含むものが多いために、頑丈さなどといった直接戦闘に必要な要素を追求している。 しかし、ミッド式は強力な汎用魔法を行使するためにデバイスが術者をサポートする機能を強化するものが多い。 直接殴りあうためのものはあまり考慮されていないのが現実である。 近距離用に強度などにリソースを振り分けることもあるが、それでも最低限の魔法補助効果へのリソース配分は必ずある。 だが、変則はさらに違ってくる。 変則戦術特化型であり、術者に合わせたものが多いため別ベクトルで威力を誇るものが多い。 そういう規格外には、正規の戦術を用いたときに苦労する場合が多い。

 例えば、あのリージス・ザックベインのデバイスがそうだ。 基本リソースがバインド強化に振り分けられたあのデバイスは気味が悪いほどにバインドの威力を強化する。 バインドの処理速度、術式強度共に増幅する正にバインドを成すためだけの武器となっている。 鞭としての最低限の強度はあるが、そんなものは飾りに過ぎないだろう。

 変則型デバイス。 そしてそれを操る変則魔法スタイルを持つ魔導師。 希少ながらも、それは魔導師が増えれば増えるほど数を増してきている。 もしかしたら、数十年後にはそういう変則型が台頭してくる時代が来ることもあるかもしれない。 そんなときに、教え子たちを守るためにはできるだけそういうものに対する知識と経験を与えておくしかないのだ。

 ミズノハは教師である。 しかも、管理局員であった経験から考えればそういうものを性格上放置することはできない。 憂慮するのは当然であった。

 と、思考の海に沈んでいたときだった。 見覚えのある黒髪の少年が、見知らぬ女性たちに囲まれながら道を歩いているのを見つけた。

「む、あれはクライドか……ほう?」

 ただ、クライドだけが歩いているだけだったなら恐らくは彼女は声をかけようなどとは思わなかっただろう。 しかし、彼を囲んでいる一団が皆一際魔導師として出来上がっていることを彼女が瞬時に見抜いたせいで風向きが変わった。

(あの立ち振る舞いからして金髪の女性は……後方支援系か? 他の三人よりは使い手の動きをしていない。 が、使い魔の少年よりはやや上。 少女の方は……ふむ。 驚くことに私より魔導師としては格上だな。 さらに、あのポニーテールの女性は……な!?)

「く、クライドめ!! 我らがミズノハ先生の視線まで独占するというのか!? やはり、先生とデートしていたという噂は本当だったのか!? しかも、美人の女性陣と一緒にデート中だと? ……許せん!!」

 まったくの勘違いであったが、マイケルたちはおもむろに円陣を組むと、仲間たちと語る。 議題は、クライド・エイヤル脅威論である。 やはり、何かと彼は敵を作りすぎているらしい。 無論、見学旅行での珍事もそれに入っている。

「ここはやはり、大々的に反抗組織を作るべきではないか?」

「うむ、フレスタ嬢といいリンディ嬢といいミズノハ先生といい、何故か皆あの男を注目している節がある」

「富の偏在を我々は許さないのだ。 諸君、今が立ち上がるときではないかね!!」

「ああ、マイケル会長の言うとおりだ」

 やんややんやと議題は進む。 全てが全て勘違いなのだが、それを彼らが知る術はなかった。 日頃からのクライドの人付き合いの悪さがそれを助長していた。 全くの悪循環である。

「ああ、すまない諸君。 私は少し用ができた。 ここで別れたいのだが構わないか?」

「は、はい。 どうもありがとうございました」

「ああ、それと先ほどの件。 すぐに授業に反映できるかどうかは分からないが、できるだけ早急に対処しておく。 少し待っておいてくれ。 それではな」

 悔し涙を流しながら、一同がミズノハを見送る。 その視線の向こうには、仇敵クライドがいた。 皆の怨嗟が、クライドに届いたどうかは知らないが、そのときクライドの身体は不自然な寒気に襲われていた。 また一つ、クライドへの風当たりが強くなるのは必然であろう。


 クライドたちを後を追うミズノハ。 と、彼らが向かっている先を理解した瞬間に彼女はニヤリと口を歪める。 それは訓練施設だった。 魔導師のために用意された公共の魔法訓練用の施設である。

「クライド・エイヤル」

「あれ? ミズノハ先生……珍しいところで会いますね。 先生なら本局とかで暴れるんじゃないですか?」

「ああ、普段はそうするのだが少し君の連れに興味をもってな」

 そういうと、ミズノハは全員に視線を向け、最後にシグナムに視線を向けて止めた。

「……ふっ」

 その視線にシグナムは理解したという風に笑みを浮かべながら頷くと、無言で握手を交わす。

「クライド、彼女を少し借りたいのだが構わないか? 貴女も、どうやら”私”に興味をもってくれたようだし……どうだろう? すぐそこの施設で一戦交えるというのは」

「……私からもお願いする。 今日の訓練はヴィータを中心に行って欲しい。 貴方の授業を受け持つ程の使い手と純粋に剣を交わしてみたい」

「別に構わないけど……その、なんだ。 熱くなりすぎて施設を崩壊させるなよ?」

「「……ふっ」」

 だが、クライドの心配をよそに二人は同時に優しい笑みを浮かべるだけで、それには答えなかった。 激しく嫌な予感がすることこの上ない。

「では、いきましょうか。 ああ、誘ったのは私ですから御代は持ちましょう」

「かたじけない」

 去っていく二人に、クライドは冷や汗をかく。 駄目だ、アレは問答無用で戦うつもりだ。 下手をすれば明日の新聞かニュースでこの二人がトップを飾るかもしれない。

「……シンパシーでも感じたのかお互い?」

「さぁな。 シグナムのああいう決闘癖はいつものことさ。 しょうがない、弱いもの苛めは気が進まねーけど、今日はアタシがみっちり扱いてやるよ。 その代わり、マスクドバーガーだぞ」

「わかった。 それにヴィータはちゃんと手加減してくれるからいつも助かる」

 見上げてくる少女の頭を撫でると、クライドは受付へと向かっていった。 が、そのクライドの背後から子ども扱いするなと抗議の鉄球が飛んできた。 強打する鉄球に、クライドは施設の床を縦回転しながら飛んでいく。 その様に冷や汗をかく受付のお姉さんが慌ててかけよっていくのだが、その言葉をクライドが聴いたかどうかは謎である。 最近良い所がまったくないが、彼は一応夜天の書の主である。 少なくともそのはずだ。







「ほう、中々の剣術だ。 ミッドチルダでこれほどの使い手がいようとは思いませんでした」

「いえ、そちらも中々。 手加減して頂いているおかげで、なんとか打ち合えるという具合です」

 お互い清清しい笑みを浮かべながら剣を交わす。 衝突する剣が放出する魔力に、周囲一帯に轟音が吹き荒れていく。 銃剣の二刀流で切りつけるミズノハに、長剣と鞘で対処するシグナム。 互いにその武器は剣。 絢爛なその二人の剣戟は、素人が視認出来ないほどに鋭い。 というか、踏み込みで二人の足元の床が凹んでいる。 その様子に周囲の人間は引き気味だ。

「……ミズノハ先生、もしかしなくても本気だな」

「へぇぇぇ、カートリッジ使ってないとはいえあのシグナムとまともに打ち合ってやがる。 中々やるじゃねーかお前の先生もよ」

 遠目にそれを眺めながら、呆れ気味にクライドとヴィータは呟く。 個室ではなく広場を選択した今回、訓練施設で場違いなほどの剣戟を交わす二人の剣士に、周囲の人間は皆呆気に取られていた。 特に、偶々非番でやってきていたらしい管理局員の目がやばい。 スカウトする気満々だ。 そして、その隣ではベルカ自治区のシスターっぽい人がウズウズと自分のデバイスを玩びながらその様子を見守っていた。

(うわぁぁ、バトルジャンキーばっかだな。 てか、シスターが戦闘狂ってアリなのか?)

 汝の隣人を愛せよ? 嘘だ!! 汝の隣人の力を測れが教義っぽい。

「さて、こっちもそろそろやんぞ。 クライドは弱っちーからな。 今日は……そうだな。 あいつらみたいに模擬戦でもするか?」

「おう、よろしく頼む」

 柄の長い槌<ハンマー>型のデバイス。 グラーフアイゼン<鉄の伯爵>を構えながらヴィータがバリアジャケットを纏っていく。 真紅のゴシックドレスに紅の帽子。 クライドの中にあるイメージそのままに、鉄槌の騎士が戦闘態勢に入っていく。 違いがあるとすれば帽子にウサギの飾りがついていないことぐらいか。

 それをみながら対峙するクライドもまた、ブレイドを展開しながらバリアジャケットを纏う。 さらにカートリッジをロード。 少なくとも、それをしておかなければカートリッジを使わない状態のヴィータとさえ打ち合うことができないためだ。 周囲に排出された薬莢が飛ぶ。 それをザフィーラが回収し、シャマルが儀式魔法で魔力を補給。 再利用できるようにしていく。

「じゃあいくぞ。 できるだけ粘れよ? 手加減してやるんだからな」

「――っ!?」

 そういうと、瞬時に詰め寄ってきたヴィータがアイゼンを振り下ろす。 それを遮るは青の魔力刃だ。 衝突の反動で、クライドの身体が軋む。 ヴィータ自身の膂力は小柄な身体ながら、たいしたものであった。 魔力強化が恐ろしいほどにハイレベルである。 さすがAAA+ 相当の騎士といったところか。 ギリギリ魔力刃を壊さない程度に力を抑えながら、かつそれを振り回して次々とクライドを襲う。  

「く、はっ!!」

 クライドに余裕は無い。 アイゼンの一撃一撃にはオリジナルのテートリヒ・シュラークの術式が混じっており、凄まじい衝撃を与えてくる。 対抗術式を演算しながらなんとか相殺していくが、それでもクライドの俄仕込みの術式や剣術では勝負にならない。

「そらそら、受けるだけじゃ勝負になんねーぞ。 クライドの場合は最低限速度か鋭さで相手を凌駕しねーと、格上と戦うなんて無理だからな」

「んなこといったって、こっちはこれが精一杯だっつーの!!」

 完成されたハンマー捌きに、クライドは防戦一方だ。 力の差がここまではっきりしていると、いっそうのこと清清しい。 ただ遮二無二なって刃を振るうことしかできない。 ブレイドを長くして対処するということも考えたが、それをすると刃の密度が下がり魔力刃が持たないのでその選択は選べない。

 速度と技術のどちらもが必要だった。 もっと具体的に言うならば流れるような連撃と、体捌きが必要だ。 そんな普通の剣士の戦闘技術をクライドはモノにしなければならない。 だが、それは一朝一夕で身につくものではないため酷く苦労する。

「ああ、それとお前は普通に打ち合うのやめたほうがいいぞ? 払うとかそういうのを重点的に覚えないとその刃持たないだろ」

「り、理屈じゃ分かってるんだがどう実践すればいいのか分からん!!」

「なんだ、シグナムは教えてくれなかったのか?」

「あいつは基本的な剣の振り方と、近づいて斬れっていうアドバイスかどうかよく分からん戦術しか教えてくれなかったぞ? 後は身体で覚えろだそうだ」

「……あいつ、人に教えるの苦手だからってそれはねーだろ」

 やや呆れるようにそういうと、ヴィータが打ち合うのをやめる。 さすがに、それでは進歩する速度が遅いと思ったのだろう。

 口頭で理屈を説明し、自らクライドのブレイドを振るって手本を見せた。 中々に堂に入っているその教え方に、聞き耳を立てている周囲の人間も驚いていた。 特に、先ほどからウズウズとシグナムたちの様子を伺っていたシスターの方が、驚愕の視線をヴィータに送っていた。 どうやら、古きベルカの戦闘技術を継承する類の人間だったらしい。 ヴィータの後ろで、まるで神に捧げるような敬虔な祈りをヴィータに捧げていた。

 だが両腕に包まれているのはトンファー型デバイスであり、祈る神は聖王ではなくバトルの神に違いない。 武神ヴィータ教が誕生する日も近いのかもしれない。 その様に、クライドはあきれ果てる。 ヴィータの授業に集中できず、微妙に視線が泳いだ。

「……おい、クライド聞いてるのか?」

「あ、ああ」

 シスターが気になったクライドだったが、アイゼンの錆びにされるわけにはいかないと真剣に聞き入る。 出来る限り分かりやすく説明するヴィータ。 面倒見はどうやら良いらしい。 しかも、一応武具の扱いにも詳しい。 アイゼンを選ぶ前に色々と齧っていたのだろうか?

「よし、じゃーアイゼン真っ直ぐ振り下ろすから払ってみろ。 まずはそれからだ。 基本から覚えないと後で大変なことになるからな」

「わかった」

 振り下ろされるアイゼンを真横に払うようにして直角に斬りつける。 別の方向から運動エネルギーを与えられたアイゼンが、それだけで面白いほどに軌道を変えた。

「おお!? これでいいのか?」

「まあ及第点だな。 それにしてもお前センスがねーな。 滅茶苦茶不恰好だぞ?」

「まだ覚えたてなんだからしょうがないだろ。 元々俺は格闘系で殴り方しか知らなかったんだ」

「ふーん、まあいいや。 アタシがここまで扱いてやるんだから、今日中にそれを覚えろよ。 それができるようになったら少しはまともに戦えるようになるだろうしな」

「おう!!」

 頷き、クライドは訓練に没頭していく。 酷く酷く基本的なことばかりだったが、剣を滅茶苦茶に振り回すだけでは本物とは戦えない。 リージス・ザックベインのようにそもそもまともに打ち合うことを考慮していない人間には通じても、本物の近接戦闘のスペシャリストにはそれでは絶対に届かないのだ。

「ふふふ、ではそろそろ次の段階へと進むとしよう。 我が連結刃の洗礼、受けられるか? ミズノハ教諭」

「何の、ならばこちらは銃剣の真髄でお相手しよう」

 隣のバトルジャンキースペースとクライドの基礎訓練スペース。 ベクトルは違うが、周囲にとっても大変参考になったと、訓練に来ていた魔導師たちは後に口を揃えて語ったという。 だが、施設の管理者たちは口を揃えて彼らにはもう二度と来て欲しくないと語った。 辛うじて施設はその存在を保つことには成功していたが、かなりの被害が出ている。 無論、それら全ての被害はあの二人のせいであった。 後日、『戦闘狂』お断りのポスターが貼られたがそれを彼らが自分のことだと認識したかどうかはさだかではない。




















 訓練後ミズノハと分かれた一行は帰りに施設のシャワールームで汗を流すと、ヴィータの要請に従い一行はマスクドバーガーへ赴いた。 さらにその後でゲーセンで例のSランク指定ロストロギア『ウサギ』と格闘し、シグナムが敗北。 それを皮切りにザフィーラが轟沈し、クライドが再び沈没。 そして最後の牙城となったシャマルはなんと驚くべきことに一発であのウサギを入手した。

「おお!? やるじゃねーかシャマル!! アタシもシグナムもザフィーラも勿論クライドも敗北したんだぜ? それを一発かよ!!」

「ぐ!?」

「む!?」

「う!?」

「あ、あははは。 ビギナーズラックって奴ですよヴィータちゃん」

 謙遜するシャマルに、剣の騎士と盾の守護獣が敗北の苦味を噛み締める。 クライドだけは対してそれを意識してはいなかった。 何故なら彼は別のことを考えていたからである。

「さすが必殺仕事人シャマルゥだな」

「ん? クライドさん今へんな発音しませんでした?」

「いや、気のせいだろう?」 

 涼しい顔で一度面と向かっていってみたかった渾名を口にするクライド。 もはや場には昼間の剣呑さからは程遠い。 その後人気の無い路地裏で女性陣三人を待機モードへ移行させると、クライドはザフィーラと別れていつものラーメン屋へと向かった。 少し小腹が空いていたのだ。 時刻は既に夕刻。 夕飯には丁度良い。 本当はザフィーラも誘ったのだが、彼は書を大っぴらに持ち歩くことを危惧し、先に帰ることを選択した。 中々に用心深くクライドとしては頼もしい限りであり、さすがはザフィーラと内心で唸った。 勿論、唸るだけでラーメンへの欲求を捨てないところがクライドらしいが。

「らっしゃい。 お? 坊主じゃねぇか」

「アーク店長、いつもの奴頼むわ」

「あいよ!! チャーシュー一丁」

 オーダー復唱し、アークが調理場へと向かっていく。 どうやらまだ今日はピーク前に来れたようだ。 クライド以外に人はおらず、かなり静かである。 適当にその辺にあった週刊デバイスマイスターの雑誌を広げると、クライドはそれをぼんやりと眺め始める。 どうも、管理局員が出入りしやすいこの店は、管理局の魔導師やデバイスに関連する雑誌が多い。 まあ、馴染みを歓待する意味でもそのチョイスは結構無難だ。 勿論漫画や週刊誌もあるのだが、そのほとんどが97管理外世界のものばかり。 店長の趣味がモロに反映されている。 週刊跳躍や、週刊弾倉などが良い証拠だ。

――ガラガラ。

 と、ページを五ページ程捲ったころだろうか。 特集記事を読み終えた頃にクライド以外の客が現れた。

「隣いいかしら?」

「ああ、どうぞ……て、はぁ!?」

「らっしゃ――あ、姐さん!?」

 人気が無いというのに態々クライドの隣に座った少女に、アークとクライドが同時に驚いた。 そこにいたのは、こんな場所にはいないはずの人間。 カグヤであった。

「アーク、いつもの奴を頂けるかしら?」

「へ、へいとんこつですね」

「ええ、いつも通りネギ多めね」

 知り合いなのだろうか? 酷く恐縮しながらお冷を出してくるアークの姿に、クライドは純粋に吃驚する。

「……なんだってここに?」

「あら? 私がアークのラーメンを食べに来るのがそんなに意外なのかしら?」

 薄っすらと微笑しながら、カグヤが微笑む。 本気で笑っているのかそれとも冗談なのか分からないが、クライドは少なくとも彼女の機嫌が悪くなっていないことに無意識に安堵を覚えていた。 ぶっちゃけ内心でビビっている。 それを自覚しながら、そうは思わせないようになけなしの勇気を振り絞って口を開く。 勿論、話題はある。 あのプラグイン関係のことでだ。

「あのプラグインの本、一応夜天の書に触れさせてみたらグラムサイトシステムとか言う奴の情報の閲覧ができたんだが……なあ、アレは一体なんなんだ? あんたはアレを常時展開しているんだろう? 一体どういう風にあの気持ち悪いので戦闘を円滑に行うことができるんだ?」

「あら? 貴方の弟子がその可能性を見せたじゃない。 アレで理解できなかったのかしら?」

「弟子……ああ、リンディのことか? あいつも特に分からないって言ってたぞ。 だからこそあんたに聞いてるんだが……」

 正直、クライドには理解できなかった。 それに、クライドとリンディの差がそれに関わっているというのなら、尚更理解できないだろう。 総合Sランク持ちと総合Cランク持ちである。 その差は歴然としていた。 それはもう凄いぐらいに。

「でも、少しは予想はできてるんじゃない?」

「……使用者の近接戦闘能力を引き上げるシステムか?」

「そうね、”そういう効果も確かに”あるわね。 でも、それは本質じゃあないわ」

 お冷で軽く舌を湿らせながら、カグヤがゆっくりと口を開く。

「魔力を散布する。 そうすることがグラムサイトの第一段階。 そしてその魔力にサーチャーの術式を簡易的に混ぜる。 アレはただそれだけの技術だわ。 でもね、何故態々サーチャーそれ自体の魔法にしなかったのか、分かるかしら? それが答えよ」

「サーチャーの魔法にしなかった理由?」

 サーチャーとはそれ自体が周囲の情報を探る魔法である。 所謂センサーの役割をする魔法の総称だ。 遠距離の相手の姿を探ったり、データ収集を行う場合に使用する魔法であり、比較的簡単に魔導師なら誰でも扱うことができる。 だが、それにしない理由などあるのだろうか?

「……駄目だ。 分からない。 降参だ」

 肩をすくめてクライドは言う。 本当に判らなかった。

「そう、ならしょうがないわね。 教えてあげましょう」

 面倒くさそうに髪を耳元で掻き揚げるようにしながらそういうと、カグヤは言った。

「率直に言えば、グラムサイトは周囲に散布した自分の魔力散布領域<マジックバウンド>からありとあらゆる情報を知覚する技術よ。 そのための魔力散布。 そのためのサーチャーの術式。 私たち人間は通常五感で世界を感じているわ。 けれどこの技術によって擬似的に散布した魔力で満たされた周辺空間、魔力圏とか魔力散布領域とか魔力制圧圏とか色々呼ぶんだけど、それを新たな感覚器官とし、そこから得られる情報を元に状況を無意識的に認識させるのよ。 その結果反応速度が向上したり、通常理解できないはずの情報をなんとなく感じ取ることができるようになるわ。 普通に見えている世界よりもずっと多くの情報を脳に認識させることができるからこそ、戦闘を円滑にすることができるようになるのよ。 これがグラムサイトシステムの根幹発想。 ただ、その新しい擬似感覚は通常人間には無い魔力を用いて作った新たな感覚よ。 だから魔法に親和性の無い人間、つまりは才能が乏しい者には――」

「――脳が認識した情報に混乱して気持ちが悪くなる?」

「――そういうこと。 けれど、これは慣れの問題。 知覚領域なんかは魔力圏内の最大展開範囲を広げることでもっと広がっていくけれど、才能によってその展開範囲や知覚量は変化してくる。 けれど、展開できていれば小さな範囲内でも十分に範囲内にいる敵の動きをなんとなく読めるようになったりと確実に戦闘を円滑に進めることができるようになる。 覚えておいて損は無い画期的な技術だわ。 相性が良い人間とか極めた人間は魔力圏内<マジックバウンド>にある全てを知覚することも可能よ。 要するに目を瞑ってても戦えるようになるわけね。 そもそも目で見なくても周りを理解できるんだから当然の話だわ」

「なんつー出鱈目な」

「勿論、そこまで到るにはかなりの修錬が必要だわ。 才能が無いのならそれこそ死ぬほどの時間が習得にはいるかしら」

「……うげぇ」

 クライドはそのシステムの概要に息を呑んだ。 なんというお得システム。 気持ち悪さがネックだが、確かにそれができるのであれば戦闘を円滑にすることもできるようになるかもしれない。 そも、知覚領域内では隠し事ができないということだけでも脅威である。 ミラージュハイドなどの魔法で隠れてこっそり忍び寄ったりしても、魔力圏内の知覚領域に入れば絶対に散布魔力に触れるだろう。 そうすると、そこから知覚されて丸分かりになってしまうというわけである。 そう考えると恐ろしいシステムだ。 また、単純に知覚領域を増やし脳への判断材料を増やすということで敵の動きをさらに知覚できるようになるため、今まで反応できなかったモノへ反応できるようになるわけである。

 少なくとも、自身の周囲をなんとなく無意識的に認識した状態で戦えるということであるから、魔力圏内では奇襲の類は一切効かなくなるだろう。 ならば、リンディがザフィーラを倒したのもその恩恵ということなのだろうか? 近接戦闘があそこまで下手だったリンディが、歴戦の勇士であるザフィーラを上回ることが可能性になる程の力を秘めているシステム。 勿論、素手同士ならばどうかは分からない。 薙刀と篭手のザフィーラではそもそもリーチの差が歴然であり、剣道三倍段が適用されるからである。 だが、使ってみて急にここまでの変化が出るということには純粋に驚くしかない。 それに何より、たった一回の機動でその感覚を覚えきったリンディが凄すぎるというのもあるのだが。

「単純に感覚を増やして、今よりももっとシャープに状況を理解するようにし、無意識的に魔力圏内を掌握した状態で戦うってことか。 よくそんなふざけたこと考えたなジルって奴は。 一体どんな頭してるんだ?」

「さぁ? 結構長い付き合いだけれど、よく分からないところがあるわね。 少なくとも自分にとっての究極の目標を達成するためには、何でもするタイプだわ。 まあ、”手段をあえて選ぶ”ようなマゾい所もあるんだけれど」

「究極の目標ねぇ……殲滅対象の抹殺って奴か?」

「違うわ、それは彼のプライベートとアルハザード第十三賢者十三位としての責務よ。 元々の彼が開発したいものとは別の案件だわ」

「ふーん。 アルハザードの人間が開発したい技術ってんだから、相当やばい研究なんだろうな」

 プラグインの本の技術だけでも破格の技術レベルを持っていることが見て取れる。 だが、そんなものは一端に過ぎないはずだ。 伝説に謡われる程の地の超技術。 一体どれほどのレベルなのか想像さえできない。 だが、そんなクライドの予想をカグヤは声を出して笑い飛ばす。

「ふふ、それは無いわね。 他の賢者や住人はともかく、彼は凄い偽善者であり平和主義者だもの。 彼の開発しているものはその最たるもの。 彼が研究しているのは『誰も傷つかない領域を作り出すこと』よ。 どう? これは危険な研究かしら?」

「……そんなもの、本当に完成させることなんてできるのか?」

「さぁ? 本人はやる気満々だけど? そのためにいつもデータ取りと称して自分自身を一日に十数回殺してデータを取っているんだもの。 彼ほど自虐的な男もこの次元世界では珍しいんじゃないかしらね」

「自分を殺してデータ取り? わけがわからないんだが?」

「誰も傷つけたくない。 なら、自分を傷つければ良い。 そんな論理を平然と実行できる男ということよ。 根は暖かい人間だけど、狂人でもあるわね。 ああ、あとあれで中々一途でロマンチストなところがあるわ」

 含み笑いをしながら、友人を紹介するみたいなノリでカグヤが言う。 事実として友人なのだろうが、それでも頭のぶっ飛んだ奴であるということはクライドは認識した。 やはり、それぐらいでなければアルハザードなんて世界ではやっていけないのだろうか。

「でも、そうね。 彼は強いわよ。 少なくとも私じゃあ彼を倒せないわね」

「……トールがあんたのことを最強の剣だって言ってたんだが、その言葉には嘘偽りアリか?」

「剣だけなら私の右に立つ人間は少ないわ。 でも、勝負の方法は剣だけではないでしょう? 私の武器が剣技なら、彼の武器は圧倒的なテクノロジー<技術>よ。 剣と技術、お互いの領分は基本的には噛みあわないのだけれど、彼と私が戦えば恐ろしく噛みあうわね。 そのせいで、戦う前から結果なんて見えきっているもの」

「……つまり、あんたの方が弱い?」

「いいえ。 彼には現状どうやっても私を倒すことなんてできないわ」

「ん?」

「でも、私も彼を倒すことができない。 私を最強の剣とするなら、彼は最強の盾。 矛盾なんて言葉があるけれど、この場合は意味が無い言葉に成り下がるわね。 千日手で決着がつけられないんだからどうしようもないもの。 私たちのどちらかが互いの武器を上回るものを身に着けない限りは……ね」

「……どういう戦いをするんだあんたらは」

 決着がつかない戦いなど、ありえるのだろうか? 最悪相打ちというならまだしも、勝負がつかないということが考え難い。 そもそも、そんな戦いをしたことはクライドには無い。 戦えば勝つか負けるかの二者択一が普通だ。 ダブルノックダウンという例外もあるが、それだって決着の一つの形である。 勝負がつかないなんてのはありえない。

「まあ、これは私と彼を知らなければ意味が無い疑問ね。 参考だけに教えてあげるわ。 私の魔導師ランクは貴方たちで言うところのSSランクよ」

「……SSねぇ。 もうSって言葉は聞き飽きてるぞ俺。 じゃあ、ジルって奴もSS?」

「いいえ。 彼はA+ ぐらいかしら? 彼は技術者であって魔導師では無いもの」

「はぁ!?」

 まるでありえない。 そんなにもレベル差があるというのなら千日手などそもそも起きるはずがないのだ。 魔力ランクに裏打ちされた戦闘能力は正当な評価である。 普通にはかなり覆しようがない評価なのである。 ありえない程の差に、クライドが呻く。 だがとふと考えもした。 やりようによっては戦えるということをそのジルが証明しているということではないのかと。

「……一度そいつに会ってみるべきかな」

 クライドと同じレアスキル<現状維持>持ちで、凄まじい技術力を持った技術者。 もしかしたら、そのジルの戦い方こそクライドの手本となるべきモノがあるのかもしれない。

「ほら坊主、チャーシューだ」

「あ、どうも」

 運ばれてきたラーメン。 割り箸を割りながらカグヤに断ると、クライドは先に食べ始める。

「ん……相変わらず美味い」

 口に広がるチャーシューの濃厚な味わいに、クライドはご満悦だ。

「っと、そういえばカグヤ。 話は変わるんだが、どうして店長と知り合いなんだ? 店長ももしかしてアルハザードの出身とか?」

「……いいえ、それはないわね。 彼は第九十七管理外世界の出身。 それと訂正しておくけど私の出身はベルカよ」

「……出会いのシチュエーションが想像できん。 ついでに、あんたの年齢も」

「あら? 女性に年齢を尋ねるのかしら?」

 心なしか襟元が苦しい。 ギリギリと絞まってくるそれに、クライドは思わず無言で首を振るった。 降参のポーズである。

「そう、好奇心は小動物をも殺す。 物分りが良いと長生きできるわよ」

「く、なんて恐ろしい特技だ。 全然発動が確認できないなんて反則すぎるぞ」

「これは生まれつきのものよ。 私にとって息をするのと同じぐらいの感覚で使えるわ」

「……俺のスキルと交換してくれマジで」 

 結構本気でそうクライドは思った。 現状維持も悪くは無いのだが、彼女のそれと比べたら明らかに見劣りする気がする。 まだクライドはそれがどういうものかを理解していないが、少なくとも理解の及ぶ範疇でさえヤバイ代物であるということだけは簡単に推察できていた。

「姐さん、とんこつっす」

「あら、ありがとう」

 戻ってきたアークが、ネギが山盛りになっているラーメンを持ってくる。 クライドはそれを見て少しげんなりした。

「ネギ多すぎじゃね?」

「これぐらい普通よ」

 少し嬉しげにそういうと、彼女はまずスープを味わう。 そうして、しっかりと舌で味わい終えると豪快に麺に立ち向かっていった。

「……何故だ。 普通は上品に食わんのかと突っ込みを入れるところだが、あんたの場合はそれが当然に見えるから不思議だ」

 お嬢様のリンディは音をできるだけ立てない。 音を立てるのが寧ろラーメンに対する流儀だと教えても立てないようにしていた。 だが、彼女は違う。 そんな恥じらいなど必要無いと言わんばかりの姿勢である。 だが、それでも絵になるという不思議にクライドは首を傾げざるを得ない。

「姐さんだからな。 さもありなん」

「いや、店長それ答えになってないよ」  

 その様子を眺めながら、満足そうに言うアーク。 あれほど美味そうに食べられたら料理人として嬉しいのだろう。 

「……で、どうして店長がこいつと知り合いなんです?」

「ああ、彼女は俺の恩人兼師匠なのさ」

「……は?」

「子供の頃家族で日本を旅行中に魔導師狩りにあってな、偶々武者修行中の姐さんに助けてもらったんだ。 いやぁ、あの時の姐さんはまさにジャパニーズTVの暴れん坊ジェネラルそのものだったぜ。 あの小さな体躯で並み居る悪漢共を切り捨て御免とばかりに膾切りにしていったからなぁ。 多分、東洋の神秘サムライガールってのは姐さんのことを言うんだろう」

 遠い目をしながら語るアーク店長。 よほどその頃のことが記憶に残っているのか、その語りには熱が篭っている。

「昔……つっても今もそうだな。 時空管理局が魔導師をあれだけ独占しているとな、その弊害で他のところに所属する魔導師が極端に少なくなるんだ。 フリーランスや嘱託もいるが、そんなのでは到底数を揃えられない。 特に次元犯罪組織とかは戦力確保に躍起になって、管理外世界で魔導師の素質を持つ人間を見つけては拉致していくんだよ。 んで、洗脳して魔導師教育施して自分たちの兵士として利用するんだな」

「恐ろしい話ですね」

「ああ、特に魔導師なんてのを知らないただ素質を持っただけの人間には脅威だよ。 対抗手段が無いからな。 魔導師を知っている世界ならある程度秩序があるが、管理外世界とかだとそういうのに対する治安が最悪だ。 法なんて無いから無法地帯そのまんまさ。 封鎖結界ってあるだろ? あれで素質のある人間だけを結界に閉じ込めて連れ去っていくのがオーソドックスな連中のやり方なんだ。 俺もいきなりそれに閉じ込められて町から両親だけじゃなくて人がいなくなるのにはビビッたもんだ。 日本って国の首都にいたんだが、人がいなくなるなんてのはそれこそありない場所でな。 いきなり杖持った妙な格好の男共に詰め寄られたときはさすがに殺されるかと思ったぜ」

 だが、とアークは言う。

「――そんなときだ。 姐さんが颯爽と着物姿で現れてな、手に持った刀で連中をなぎ倒していったんだ。 いやぁ、痛快だったぜ」

「なんて無駄に美味しいシチュエーションなんだ……」

 クライドはその姿を想像して無意識に吹く。 まだ彼女が戦っている姿など見たことはないが、それでもやはり問答無用で敵を征圧していったことだけは理解した。 SSランクの魔導師である。 その辺のチンピラのような犯罪者など歯牙にもかけないだろう。

「その後、ラーメンを奢って貰ってな。 そこで親捜してもらってから別れたんだが――」

「だが?」

「――東京湾に姐さんが沈めたはずの奴らが仲間を連れて大挙として押し寄せてきてな。 俺はまた拉致されたんだな。 それで別の世界に連れ去られて一年ぐらい魔導師教育されたころに、今度は巫女服着た姐さんが俺たち拉致被害者の前に現れたんだ。 んで、その組織をたった一人で壊滅。 戦闘を感知してようやくやってきた次元管理局の連中を一喝して去っていったんだ。 勿論俺はそのときに管理局に保護されたんだが、姐さんが去っていく前に声をかけてな。 向こうも一年前って言ったらそれを覚えてたんで、これ幸いと弟子入りした。 付き合いはそれからだな」

「……なんて壮絶な人生。 店長も店長だが、カグヤもカグヤだ。 世直しの旅でもしているのか?」

「いやぁ、我ながら弟子入りするしか無いと思ってな。 姐さんが首を縦に振るまで東洋の最上級嘆願行為ドゲザーしてたわ」

 豪快に笑いながら、語るアーク店長。 どうやら、第九十七管理外世界は思いのほか危険に満ちているようだ。 クライドは思わず管理外世界に行くときは気をつけようと切実に考えてしまった。

 と、ラーメンを味わっていたカグヤが会話に入ってきた。 いつの間にか、彼女の器にあるはずの麺が消えている。 ネギも勿論残っていない。

「ふふ、随分と懐かしい話だわ」

「姐さんもあの頃から……まあ、見た目以外は変わらずっすね。 まだ、獲物が見つからないんで暇つぶしの武者修行を?」

「ええ、今もだいたい同じかしら。 ただ、活きの良い餌が手に入ったから少しは進展してはいるのだけれど……もうしばらくはかかるわね」

「……そうですか。 何もできないっすけど応援はしてますぜ」

「ええ、ありがとう」

 分かり合ったかのような師弟の会話だった。

「それで、坊主の方はどうしてまた姐さんと? お前も助けられた口か?」

「いや、俺は巻き込まれた口だよ」

「彼、生餌なのよ。 非情に美味しい……ね」

「そりゃ、難儀だな坊主。 強く生きろよ?」 

「とりあえず、個人的にはもうAAAランク以上の知り合いはいらない。 俺の周りでそういうふざけたのが何故か集まってくるから。 敵も味方も」

「はっ、そりゃたまんねーな」

 げんなりしながら、クライドがラーメンの残りに向かっていく。 管理局にAAAランク以上は5%もいないという。 が、だというのにここ最近でさえ五人以上会っている。 世間が狭いのか、それとも自分の運が悪いのか判断に悩むところである。 ただ、その間は確実に平穏から足が遠ざかるということが問題であった。 

「だが……そうなると坊主、姐さんから剣を習ったらどうだ? 姐さんの剣ならそこらへんの魔導師ぐらいならどうとでもできるぞ? 限定条件下に限って言えばSSを落すことも不可能じゃないぜ?」

 事実、アークはそれで模擬戦とはいえヴォルク・ハラオウン提督を落したこともある。 その言葉は大変魅力的にクライドには聞こえた。 しかし――。

「それは無理よアーク。 だって彼センスが絶望的に無いもの」

 眉に手を添えながら、カグヤが言う。 眉間に寄った皺が、どれだけ彼が絶望的なのかを二人に語っていた。

「……うぐぅ」

 ヴィータにも言われたことを、ここでもまた言われるとは。 クライドはそんなに自分にはセンスが無いのかとがっくりと肩を落す。 その姿に同情の念が沸いたのかアークが少し踏み込んでくる。

「……そんなに酷いんで?」

「センスのセの時も無いわね。 まあ、無いよりはマシぐらいには仕込めるでしょうけど、時間がかかりすぎるわ。 最低限グラムサイト、後はエア・ステップとAMBを習得してもらわないと私と打ち合うことさえできないでしょうし……」  

「ぐ、グラムサイトは一年ぐらい根気強く訓練しないと普通の人間にはきつ過ぎますぜ? エアステップはそれこそ慣れだ。 しばらく時間があるんだったら仕込んでやっても良いんじゃないんですかい? それに、戦闘技術ってのは基本的に習得に時間がかかるもんでしょう?」

「それはそうなんだけれど……この子ではまず無理なのよ。 貴方のように魔力回復量が高いというわけでもない。 常に最強の一撃で攻め続けることができないんですもの。 それじゃあ削りきることはできないし……ああ、そういえばアレがあったわね貴方には。 それを使うことを前提ならそれらしい戦いを仕込めるかしら……ただ、それだと……」

 ブツブツと何かを考えるように、カグヤが唸った。

「クライド、貴方あのバインドの魔導師のフィールドを切り裂いた奴、一回の戦闘で何回使えるのかしら?」

「……切り札のことか? 正直誰にも言いたくないんだが……」

「いいなさい」

「に、二回であります!! もっと効率上げられたら三回いけるかもしれないっす!!」

「確実にいけるのが二回……話にならないわね」

「そ、それでも自分では破格だと思うぞ。 何せSランクのシールドを一発で抜けるんだ」

 そこだけは確かなクライドの強みである。 だが、それでさえカグヤは足りないとばかりに一蹴した。

「欠点はそれだけじゃないでしょう? パッとみた限りだと、貴方アレを使う瞬間は他の魔法使えないんでしょう? そんなので戦おうなんて考えが甘すぎるわ。 それにアレは防御する人間に限って言えば強いけれど、攻撃する人間には振るえないんじゃなくて? さらにいえば、非殺傷設定の場合は人間の身体を絶対に傷つけられないから魔力ダメージでのノックダウンを狙えないでしょ」

「ぐ!?」

「……大体当たり?」

「一回見せただけなのに、そこまで解析されているとぐうの音も出ない。 どこの完璧超人だあんたは!!」

「アレぐらい見てたら分かるわよ。 魔導師としてはどうか知らないけれど、戦闘技術者ならああいうのを試してみるのは良くあることじゃない。 私だって使えるわよあれぐらい」

「……マジで?」

「マジよ」

 はっきりと言い切ってくるカグヤに、クライドは戦慄を禁じえない。 苦心して手に入れた技術だっただけに、その落胆は激しかった。 もっとも、それを思いついたのは家で通販番組を見ていたときだが。

「どちらかといえば、貴方は私に教わるんじゃなくてジルに教えを請うべきね。 彼は戦闘技能者ではないけれど、それでも相手を制圧する手段を持っている。 技術者の戦い方って奴かしらね。 私には到底真似できないベクトルの力を保有しているから、貴方にはとても参考になるはずなんだけれど……」

「……けれど?」

「彼、滅茶苦茶忙しいんだもの。 貴方の相手なんてする暇ないでしょうね」

「……なんてこった」

 がっくりと肩を落としながら、クライドがため息をつく。 さすがに、これ以上の追い討ちは不味いとアークがフォローを入れた。 なんとなく、ミズノハの生徒ということもあり、彼にアークは甘かった。

「あー、そのなんだ。 俺が剣を教えてやるのは無理だけどエア・ステップとAMBの術式ぐらいならみせてやれるぞ?」

「うう、店長あんた良い人だぁ」

「……使いこなせるかは別でしょう。 それに、この子はもう剣の師匠がいるわよ。 全くベクトルが違いすぎてあまりタメにならないでしょうけれど」

「シグナムのことか? 確かに剣の師匠だけど、あいつはまともな指導なんてしてくれてないぞ?」

「いいえ。 シグナムはまともな指導をしているわ。 でも、アレは正当な”ベルカの騎士”を養成するための古き良き指導法であって、そうではない貴方には向いていないだけよ」

「……わーっつ?」

「例えば、貴方シグナムからモーション盗んでいるでしょう? 剣の振り方とか見ているとそういうのが見えてくるのだけれど」

「う、よく分かるな」

「だとしたら、シグナムのあの独特の太刀筋に何か違和感を覚えない? どこか、身体に合わないとかそんな不快感があるはずよ」

「あー、ぎこちない感じはあるな」

「それは、シグナムがベルカの理想的な剣の使い手だからよ。 騎士の基本は近距離での接近戦。 そのためには敵が空中戦を選んだ場合でも対応できるように足場の無い空中での剣の振り方も知っていなければならない。 けれど、貴方はそれを知らずに地上で空中での剣の振り方をやっているんですもの。 それはあわないわ。 それに、シグナムの太刀は基本的に一撃必殺。 貴方じゃあどうやっても魔力的なもののせいで威力が足りない。 豪剣を振るうスペックが無いのに、無理にそれを真似ているんだから無理が出てきているのよ」

「姐さん、それじゃあ尚更姐さんの剣の方がいいんじゃないですかい? 最低限の必殺威力を備えた剣を相手に反撃不可能なほどの連撃で振るうのが姐さんの剣の真髄ですぜ?」

「剣の性質だけで言えば、私の剣の方があっているでしょうね。 けれど、どちらにしても魔力が持たないわ。 短期決戦の、それもド短期。 たった一人だけにしか向けられない剣に、果たしてどれだけの意味があるのかしら? 完全な決闘仕様の魔導師になってしまうわよ。 そんな魔導師、使い勝手が悪すぎる。 私はお勧めできないわ。 それより、逃げ足の方を鍛えることを勧めるわ。 そのほうが絶対に長生きできるんですもの」

「……完全な決闘仕様? それで、何か問題があるのか?」

「私的にはね。 貴方にとってはどうかは知らないけれど」

「問題ナッシング!! むしろ最低限必要なときに何とかできるだけの力があれば十分だ」

「……ふう、しょうがないわね」

 そういうと、小気味よく指を弾く。 と、どういうわけか胸ポケット当たりがもぞもぞ動いたかと思うと、クライドのデバイスにデータが送られてきた。 それは、彼女の剣のモーションデータと、それを成すための必要最低限の技法が記されたデータであった。

「おお!!」

「とりあえず、それを身につけられないと話にならないわ。 貴方の場合はそれだけでも数年かかりそうだから、それ以上はそれを覚えてからね」

「オーケー!!」

 浮かれながらデータを睨むクライドに、しかしアークは冷や汗をかいていた。 それは、彼女の今の剣の基本がグラムサイトを利用した剣であるということを知っていたからである。 クライドにとっては、その修行は地獄の特訓になることは目に見えている。 やばいもんに手を貸したかもしれんと、アークは内心でクライドに謝る。 彼にできるのは、それをきっちりとクライドが習得することを祈ることだけだ。 グラムサイトを習得できなければ、それに培う時間は無意味になるだろう。 そう思うと、修行の成功を祈らずにはいられない。

「坊主、強く生きろよ」


 しばらくして、データを見ながら顔を青ざめさせているクライドがいたが、その原因を作った彼女は二杯目のラーメンを食して颯爽と帰っていった。 カリスマの少女にとっては、どうやらクライドがどう思おうが関係は無いらしい。 いっそ清清しいまでの放置っぷりであった。











「……坊主、落ち着いたか?」

「店長、俺死ぬかも」

 最低限必要な技術がグラムサイト。 一体、これからクライドはどうなるのか。 自分自身で頼み込んでデータを貰っただけに、習得に挑戦しないわけにはいかないが、それでも自ら進んであの苦行に挑まなければならないのかと思うと涙が出てきた。

「なんか、コツとかない?」

「そうだな、俺の経験からすると一気に魔力を散布したらそれに比例して情報が一気に頭にきて気持ち悪くなる。 だから、ほんのちょっとずつで良い。少しずつ身体にならしていく感じでやってみろ。 一メートルぐらいでまず感覚を成らして、慣れたら二メートルとかそういう具合に地道にやっていくしかないぞ。 いきなり最大魔力でやると、普通は意識飛ぶからな」

「……ちなみに、店長の最大展開範囲は?」

「百メートルぐらいだな。 それだけあれば、少なくとも戦闘に支障は無い。 姐さんは……正直分からん。 超長距離狙撃にも反応できるぐらいだっていってたから、軽くキロ単位で認識できるんじゃないかとは思うが……何せ姐さんだ。 超広域系クラスの領域に展開できるのかもしれん」

「あと、常駐展開が基本ってあるんだがこれは冗談?」

「本当だ。 姐さんの場合はマジで常駐展開してる。 俺はさすがにそれは疲れるから普段は使わない。 ただ、剣を握るときだけ使用してたぞ。 何事も切り替えは必要だからな。 姐さんみたいに平時から常在戦場で気を張り続けるなんてできないさ普通は。 坊主がどうしたいかは知らないが、メリハリつけるぐらいの感覚で使ったほうが無難だぜ」

「違いないや。 何せ俺センスないらしいし」

「……根に持ってやがるな」

「やる前からお前には無理だ、みたいに言われるのはムカつくんだ。 裏技でも何でもして、どうにかして見返してやりたいじゃない、やっぱさ」

「はは、その気持ちは分かるぜ」

 その感覚が理解できるからこそ、アークは高ランク魔導師狩りをしていたのだ。 空戦魔導師――所謂エリート共に目にも見せてやるという意地のようなものが、彼にはあった。 それに、自らが憧れた剣の力を存分に見せ付けてやるためにも、彼らは打って付けの鴨であったのだ。

「ま、ばんばってくれや」

「あ、店長ファンタ一本お願い。 今日は最強味のアップルで」

「あいよ」

 ペットボトルのそれを取り出すと、アークはそれを差し出す。 それを貰いながら、クライドがぼんやりとデータを眺める。 アークの店は管理外世界の日本の店の雰囲気そのままだから、クライドにとっては酷く居心地が良い。 終電ギリギリまで色々とデータのことでも尋ねておこうか? 勿論、仕事に邪魔にならない範囲でだが。 なんて、クライドが考えていた頃だった。

――手榴弾がやってきたのは。 

「邪魔するよアーク君」

 どこかで聞いたことのある声に、思わずクライドが振り返る。

「らっしゃい。 お? 今日は提督二人組みか。 珍しいな」

「おや? クライド君じゃないか」

「ぐ、グレアム叔父さん!? それに、リンディの爺さん!?」

 クライドの隣にグレアムが座り、その向こうにヴォルクが座る。 管理局でもかなりの地位を誇る二人の魔導師の来訪に、クライドは呻いた。

「アーク君、私は醤油を頼む。 後、ビールを貰おうか二人分」

「私は味噌をお願いするよ」

「あいよ、ビール二本に醤油に味噌一丁」

 アークの仕事が始まった。

「ふふ、それにしてもクライド君とこんなところで会うとは。 奇妙な縁だなぁ。 元気にやっているかね?」

「はい。 叔父さんも元気そうで何よりです」 

「はっはっは。 まだまだ若いつもりだからね。 それに、ロッテもアリアも精力的に働いてくれている。 彼女たちのおかげだよ」

 柔和な笑みを浮かべながら、グレアムはいう。 いつもながらのその何も問題は無いと言わんばかりの様子に、クライドは少し安堵した。 かなり忙しいという話はよく聞くし、何よりも顔を合わす回数が少ない。 顔を直接みるだけでも安心できるというものである。

「さて、ここであったのも丁度良い機会だ。 彼にも”孫”争奪レースに参加してもらう旨を伝えておきたいんじゃがの?」

「はっはっは。 どうぞどうぞ。 私としても気になるところですからな」

「”孫”争奪レース? リンディに何か関係が?」

「うむ。 現在、最有力候補を選定してその彼に五十人抜きをさせているところじゃ。 この試練を彼が乗り越えたとき、彼にはリンディの婚約者候補になってもらう。 一人でも負けたら除外して倒した人間が候補になるがの」

「はい?」

 話が読めないとばかりに、クライドが首を傾げる。 だが、嫌な予感だけはヒシヒシとしてきた。 まず、彼はなんといった? クライドにも参加してもらうとそういうことを言ってはいなかっただろうか?

「彼のお孫さん……リンディお嬢さんに、ヴォルク提督が婚約者を作ろうと動いているのだよ。 それで、私の部下の執務官がその最有力候補にされているのだが……なぜか君も候補に入っているのだ。 ああ、私も彼らからそれを聞かされたとき大変驚いたよ」

「……な、何故に俺が!?」

「なに、ミズノハ君と二人がかりであったとはいえ、君は私を一瞬ではあるが昏倒させた。 その手腕を私は高く買っているということだよ」

「う……ぐ……なんてこった。 平穏が、俺の平穏が遠のくーーー!!」

 頭を抱えながらクライドが呻く。 確かに、そんなことをした覚えもあるがあんなのは奇襲に過ぎない。 評価されるのは嬉しいが、かといって厄介ごとに巻き込まれるのは嫌である。

「耳を疑ったのだがねクライド君。 本当に彼を昏倒させたのかね? 失礼だが、今の君には私はどうやっても彼を昏倒させるような真似ができるとは思えないのだが……。 リーゼたちもそれはありえないと笑っていたしな。 良かったら種を教えてくれないかね?」 

「はぁ、まあ……」

 グレアムは恩人である。 普通なら喋らないことでも、喋らないわけにはいかない。 クライドは幻影魔法にスタングレネードの効果を混ぜたことを正直に話した。

「ほう? それはまた……」

 グレアムが感嘆の呟きを漏らす。 例えどのような手段であれ、本当にそれをできると確信してやっていたのならばたいしたものである。 中々に狡猾な手口に、思わず唸らずには居られなかった。

 アークが持ってきたビールを煽りながら、二人揃って提督が頷く。 理解したとばかりのアイコンタクトだった。

「……えーと、辞退するっていうのは無しですか?」

「ほう? 私の自慢の孫が欲しくないとでもいうのかね?」

 深緑の魔力光が、店内に溢れる。 その膨大な魔力に、思わずクライドは椅子からひっくり返るかと思った。 が、なんとか体勢を立て直すと言い訳を開始する。 ここで判断を迷えば、恐らくは店が跡形も無くなる。 視線で殺すのではないかというほどの、ヴォルクの悪鬼の視線にクライドは戦々恐々口を開く。

「や、やっぱりほら、アレじゃないですかヴォルク提督。 ハラオウン家のお嬢様ですよ? 管理局広しといえども、将来有望な魔導師じゃないですか。 そんなお嬢様には、俺みたいな雑種が関わりすぎるのもどうかな……と思っている次第なんですが。 高嶺の花過ぎてどうにも恐縮なんで……」

「――ほう高嶺の花とな?」

「やはり人間身の程を弁えないといけないと、小生具申する次第であります」

「ふーむ……アーク君」

「なんです?」

「理解ある若者に餃子を二人前用意してあげてくれたまえ。 なるほど、中々謙虚だ……そういうのは美徳であると私は思うよ。 確かにリンディは君にも彼にも勿体無すぎる程の女性だ」

「……自ら卑屈になることでジャブを避けたか。 しかもさりげなくお孫さんを持ち上げて自らの株を高める……成長したなクライド君」

 ヴォルク提督の弱点は言わずもがなリンディである。 つまり、そこを攻めれば少なくとも最悪は回避できる。 ヴォルクの攻撃を見事にやり過ごしたクライドに、グレアムが唸る。 もし、彼の執務官にもう少し柔軟性というか、強かさがあったならもう少し上手く立ち回れるだろうに。 だが生憎と真面目すぎる彼にはそんなスキルは無かった。 それが、酷く残念に思えてならない。 確か、今日も徹夜で追い込みをかけている頃だろう。 そう思うと、グレアムは少し部下の仕事量を減らしてやろうかと思ってしまう。

「だがまあ、最終的にリンディが嫌といえばそれまでの話だ。 今回の話も、私の独断であるしな。 だから君も遠慮なく戦って欲しい。 それに、管理局に勤め始めたらそれ以外の人間との接点は薄くなるし、できるうちに選択肢を与えておきたいというのが私の意見だ。 だからこそ、候補を選び選定している。 まあ、ほぼ結果は見えているのだがねぇ」

 そういうと、ヴォルクはクライドの前にモニターを表示する。 黒髪の少年と、ヴォルクがどこかの訓練施設で戦っている映像が流れた。 が、クライドはその少年に見覚えがあった。 確か、見学旅行でリンディが報告していた執務官だ。 ディーゼル執務官とか呼ばれていた気がする。

「私と模擬戦をしている少年が、グレアム君の部下で一押しの若者”クライド・ディーゼル”執務官だ。 どうだね、若いながら凄まじい戦闘能力だろう?」

「――げほ!?」

 名前を聞いた瞬間に、クライドの飲んでいた炭酸飲料がダイレクトに彼の気管へとなだれ込む。 咽ながら、しかしクライドの意識は成層圏の彼方まで吹っ飛んでいた。

(なんですとぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)

 クライドなんて、確かに良くある名前である。 自分以外にそういう名前の人間がいてもそうそう驚く必要も無い。 だが、グレアムの部下でかつヴォルクの目を引く人間というのは、色々な意味でクライドにとっては意味があった。 どちらが偽者か本物かとかそういう意味でである。

「……大丈夫かねクライド君?」

「げほ、げほ、ええ……な、なんとか……」

「ちなみに、彼のランクは総合Sランク。 丁度、リンディと同じぐらいだな。 君と同じぐらいの年でもう執務官であるし、仕事振りも大変真面目だ。 非の打ち所がまったく無いな。 見ての通り、魔導師としての戦闘力も申し分も無いからリンディともかろうじて釣り合いが取れるじゃろう。 うむ、”かろうじて”じゃがな」

 念を押してそういうヴォルク。 だが、そのかろうじてと強調されるような執務官殿は、ヴォルクの圧倒的物量の弾幕をたった一人でやり過ごし、モニターの中で大規模な凍結魔法を放っている。 もっとも、次の瞬間にヴォルクによって途方も無い威力の魔法を喰らって倒れていたが。 それでもかなり健闘したほうであろう。

 間違いなくクライドなど勝負ににならないほどの差がそこにはあった。

「……な、なんという格差!! 同じ名前持ってる癖にふざけた魔力資質持ちやがって!!」

 彼と比べれば、クライドなど月とすっぽんである。 リンディは接近戦が苦手であり、戦闘経験が豊富ではない。 だからこそ、三人がかりでどうにかなったわけだが、彼には苦手な距離はなさそうである。 正に、正真正銘のオールラウンダーだ。 

「うむ。 だが、少し私には思うところがあってな。 だからこそ君を候補にしたとも言える。 私を昏倒させたことだけでも評価に値することだが、これからの魔導師の現状を考えれば我々ハラオウンも色々と模索せねばならない段階にきていると私は思っているのだ」

「と、言いますと?」

「グレアム君は感じないかね? ここ最近の魔導師の傾向と、これから管理局に台頭してくる若者たちの新しい息吹を」

「変則型や、近代式の魔導師……ですか?」

「うむ。 デバイスの進化、そして魔法の体系化によって生じてきた新しい流れによって魔導師はまた新たな可能性を得てきている。 その中で、私たちのような完全無欠のオールラウンダータイプは、少しずつ数を減らしてきているのが実情だ。 それが悪いというわけではないが、それでも新しい流れと上手く付き合っていく必要があると考えている。 そのためには、そこの彼のような工夫で格上を打倒する資質が必要であるかもしれないと思ったのだ」

「……なるほど、そういうことですか」

「リンディの魔力資質を考えれば、例え彼との間に子供ができたとしても資質がAAAを割ることは無いだろう。 だが、それ以上に戦場でうまく立ち回ることができるようになったなら、ランクの一つや二つ落ちたところで問題ではない。 魔力はただあるだけで純粋な戦力であり、そこに戦闘への純粋な技術が混ざれば鬼に金棒じゃ」

「では、クライド君の役目はディーゼル執務官のアンチテーゼということですな?」

「そういうことじゃ。 だからこそ、彼には最後の最後でディーゼル君の戦闘データ全て提供した上で単独で戦ってもらいたい。 現状のオーソドックスな力押しタイプの魔導師であるディーゼル君と、低ランクながらも格上を打倒する可能性を秘めている決戦特化型の魔導師であるクライド君。 この二人の若手の戦闘結果によって、私は決めたいと思っている」

 一気に言い終えると、ヴォルクはビールを煽った。 新しい魔導師への世代交代の流れ。 それは、ここ数年でグレアムも感じている流れである。 変則型、特化型、汎用型、それぞれ持ち味が違うが、それでも確かに昔と違って魔導師に求められているものは違ってきていることも確かだ。 黎明期を過ぎ、世間の混乱も落ち着いて過渡期へと移行してきたころからだっただろうか。 ヴォルクはその流れに乗ろうと言うのだろう。 グレアムは内心、その先見に感心させられた思いだった。

「味噌と醤油お待ち。 餃子も上がったぜ」

「おお、相変わらず美味そうじゃな」

「でしょう? ここ程ミッドで美味いラーメン屋は無いですよ」

「ヴォルク提督、頂きますね」 

 提督二人がそれぞれラーメンに向かい、クライドが餃子へと向かう。 クライドは餃子を口に運びながらも、ディーゼル執務官の戦い方を何度も見ていた。 だが、突破口になりそうなものが見当たらない。 ジャベリンの魔法とブラストバレット。 それだけでも、十分に脅威である。 特に、前者の方にクライドは危機感を持った。 飛行速度に差がありすぎるため、近接戦闘を行うことが酷く難しいだろう。

 特に、切り札の射程範囲に潜り込めるかどうかが微妙過ぎる。 かなりの高確率で、撃墜されることは目に見えていた。 では、バインドや幻影はどうか? そう考えはするものの、ブラストバレットなどの炸裂系を遠距離から撃たれまくってはさすがに、やり辛い気がする。 全体的にハイレベルだという点が、酷くやり辛い。 本当になんでも出来そうで弱点らしい弱点が見あたらないのだ。

「……ヴォルク提督。 戦うとしたら、いつどこでになります?」

「一応、予定はリンディの卒業日の前日……君たちの学校の局員一日参観の日じゃ。 その日の帰り辺りでどうだろう? もっとも、そこまで彼が勝ち残るかどうかという懸念もあるだろうが、私は彼が勝ち抜くだろうと予想している」

「後一月弱……か」

 正直、大変勝つのは難しい。 勝負するための武器が足りなすぎるのだ。

「まあ、一応やってみますけど……”どうなるか”は時の運といったところですよ?」

「勿論、それで構わんよ。 ”普通に考えれば”君に勝てという方が無理な話じゃろうからな」

 普通に考えれば無理。 それが当然の評価。 そんなことはクライド自身にだって分かっている。 だが、そういう言い回しは大変に嫌いだ。 だから、なんとかして目に物見せてやりたいと思った。
 目の色が変わったクライドのその様子に、内心でヴォルクがニヤリと笑みを浮かべる。 クライド・エイヤルという人間に対する印象は、ヴォルクからすれば悪餓鬼そのものであった。 無理だと言われたら余計やりたくなってしまう天邪鬼体質というか、そういう感性を彼の戦い方から見て取っていたのだ。 だからこそ挑発するような言い回しで言ったのだが、予想以上の食いつきの良さである。

 その後、クライドはヴォルクからディーゼルの戦闘データをコピーさせてもらうと御代を払って速攻で帰っていった。 その分かりやすい反応に、グレアムもまた苦笑していた。 ついつい、面白がって爆弾のスイッチを入れてしまう程に弄りがいがある。

「さすが見学旅行の時に二人っきりで一夜を共にした仲ですな。 よほど、リンディお嬢さんに気があると見える。 いやぁ、青春ですな」

 勿論、グレアムの英国式ジョークである。 あの時、艦船のモニターから親しげな二人の様子を見ていた彼ならではの起爆法であっただろう。 だが、それを聞いた手榴弾――ヴォルク提督の顔は引きつっていた。 というよりも、怒りで歪んでいた。 それはそれは恐ろしいほどに。 無論、英国紳士は慣れっこな様子でその顔を肴に一杯引っ掛けているが。

「……もしかして、早まったのかのう? それとも……もう一度彼とは魔法言語で語り合うべきなのじゃろうか? 今度は一対一で心置きなく」

「いや、それはどうでしょうな。 貴方が本気を出したら、クライド君はこのミッドチルダから消滅してしまいますよ」

「じゃが、悪い虫であるというのなら駆除するしかあるまい。 時にグレアム君。 そのときの様子をできるだけ詳細に事細かに教えてくれるかね? 何分、私には寝耳に水の話なのでね」

「構いませんよ?」

 クツクツと笑う英国紳士が、愉快げに語っていく。 酔いの勢いもあってか、面白おかしく誇張されたその話に、ヴォルク提督の血圧がかなり大変なことになったことは言うまでもない。 こうして、リンディ本人の知らぬことろで妙な動きが画策されることになったわけだが、当日にどのような結果が待っているかはまだ、誰も知らない。 

コメント
主人公のクライド・エイヤルはクライド・ディーゼルの存在を知りましたね。

ヴォルク提督の中では勝った方がリンディの婚約者にするという考えがあるようですね。
能力だけで考えるのなら、クライド・エイヤルの方が圧倒的に不利なのでどうやって差を埋めていくのか楽しみです。

リンディと一夜を共にしたことなどで、気があると思われししまったクライド・エイヤルはどんな目に逢ってしまうんでしょう。

次回も楽しみにしています。
【2008/05/15 20:45】 | ZO #mQop/nM. | [edit]
レアスキル”現状維持”はほかと比べても凄い物っぽいがアルハザードにいるジルのようにカグヤと遣り合えるほど使いこなせたないし、それをのぞくとことごとく周りの素材が良すぎて思わず眼から汗があふれるな。
 それにしてもリンディ最初の一発で使いこなせるってマジで凄すぎ!
【2008/05/15 21:22】 | tomo #SFo5/nok | [edit]
今回も楽しませていただきました~

エイヤルはやはり天邪鬼だったのですね。なんとなくツンデレ要素があるかなーと思ってたのですが。
新しい技を覚えて生き残れエイヤルw

そして最後の一文が気になったり。どんな事が起きるのか。ニヤニヤしながら待ってます。
【2008/05/16 04:24】 | にゃんごろ #5VQqvotI | [edit]
初めて感想書かせて頂きます。
といっても疑問というか質問的なものなんですが。
レアスキル“現状維持”はクライドに直接関わる魔法関係(使用魔法やリンカーコアへの侵蝕)などに対して効果を発揮しているように見えますが、
もしかしてクライドがグラムサイトをマスターすると、一度展開すれば処理能力の限界までほぼ永続的に効果を発揮し続けるんでしょうか?
物語のキーですからネタバレになるなら返答しなくてもいいんですが、
イマイチこのレアスキルの効果やら範囲やらが把握できず気になってしまって^^;
【2008/05/16 04:55】 | 皇 翠輝 #JalddpaA | [edit]
今回もよかったです。
クライド君がどのようにディーゼル君に立ち向かうのか
すごく楽しみです。
でも、クライド君は勝っても負けても地獄になりそうですね。
次回も楽しみにしています。
【2008/05/16 16:45】 | NAI #IgNuUUdA | [edit]
ZOさんtomoさんにゃんごろさん皇 翠輝さんNAIさんコメントありです^^
皆さん反応が早いですねw
さて、皇 翠輝さんの質問ですが……どうしましょうか。 ここで質問に答えるべきなのか、それともBBSの方でまた新しくそういうの専用のを作って他の人に配慮するような形にするべきか……少し迷っています。 前に設定に関してこっそり質問があったときはBBSの方へ小細工集として出しました。 無論、ストーリーに関してとかまだ語っていないことは原則答えませんけれど……とりあえず、少し待っておいてください。 近いうちにレアスキルと技術関連の簡単な設定をBBSで晒すことにしますね。
【2008/05/16 23:02】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
相変わらず面白かったです

ただ……苦言というか思った事なんですが、グラムサイトの事なのですが、カグヤ等の超絶(?)な人たちはともかく、クライド君もザフィーラもまともに使えないのに、なぜリンディは一発目で普通に展開できたのかな……と不思議に思いました。
理由があればいいのですが、そうじゃなければ少し不自然かな……と
【2008/05/16 23:44】 | 黒ちゃん #Q.SqKg22 | [edit]
なんとなくではありますが、リンディがチラッと言った無意識化がどうのこうのってのが一つの鍵ではあると思いますよ。 クライドとザフィーラは意識的に発動して大量の情報を全部知ろうとしてぶっ倒れたんだろうと。
 まぁ間違ってたら大恥だが
【2008/05/17 00:46】 | tomo #SFo5/nok | [edit]
今回が初コメです。

最初から一気に読ませてもらいましたがとても面白かったですw
自分はこういう工夫や小細工が得意なキャラが大好きなんでクライドはまさに理想のキャラw
これはクライドvsクライドに期待しざるおえないw

次回も期待していますね。
【2008/05/20 16:55】 | めるふ #z0jZ7y9g | [edit]
どうも、初めまして。
今までのを一気に読ませていただきましたが、かなり量もあり、色々考え込まれているようで楽しく読ませてもらいました。主人公は真っ向からのごり押しタイプではなく、十の力をなるべく高めよう、効率よく使おうというタイプで私の好みピッタリです。それに色々どこかで見たような技術があり興奮です。ほかのキャラもいい感じなので次回も期待して待っています。

後、レアスキル“現状維持”はいわゆる永続魔法のようなものであれば、かなり利用価値が高いのでは?主人公の工夫が楽しみです。頑張ってください。
【2008/05/20 19:48】 | 黒兎 #CxlomWXk | [edit]
リンディとカップルになったら面白そうですね。
【2008/05/21 01:42】 | タクミンタク #kFfTDLeA | [edit]
黒ちゃんさん tomoさん めるふさん 黒兎さん タクミンタクさんコメントありがとうございます。
最近投票の方を見てみるとエイヤルが現在ダントツで人気なのに吹きました。あいつ、あんなに人気あって良いのか?(汗)
後、黒ちゃんさんの疑問ですが一応理由も用意してありますがただ、この話では分かり辛いかもしれません。 次話を見てから納得できなければ、BBSの方へお願いします。これからそっちへ板作りますので^^
【2008/05/21 05:07】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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