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語られざる歴史を捏造して語ってみる06w

 2007-08-21
 ユークリッド大陸の北の沿岸地域にある街ヴェネツィア。その街の一角に、特設の会場が作られて人々を楽しませていた。 まるでお祭りさながらの賑わいだった。
 元々港のおかげで交易が盛んな街であったために人通りは多く、賑やかだったが、今日は奇術団の公演があるおかげでいつもの比ではないほどに人が多い。 奇術団の公演を楽しみにして、ユークリッド大陸の南側からも人が集まってきているのだ。 人が多いのも頷ける話だった。
 人々は次々と繰り広げられる奇術に目を輝かせていた。 こういう娯楽は、港町でさえ滅多に無いのだ。偶にしか訪れない流浪の奇術を、その目に見て感嘆しては拍手する。 観客は時がたつのも忘れて彼らの芸を心から楽しんでいた。

 しかし、その舞台の上に花形スターであるウィノナの姿はそこにはなかった。 いつもならハイレグの衣装を着て、得意のボウガンでお客を楽しませているはずなのだが、その代わりに彼女に代わって二人の剣士が会場に登場していた。 弓ほどの華はなく、血生臭いイメージがある剣だが、この剣を見世物にしようというのはこの奇術団としても初めての試みであり、ウィノナが抜けた穴を埋めるべく団長が考えた苦肉の策であった。

「続きましては、二人の剣士の試合です。 我らが奇術団の誇る黒騎士と剣姫の剣術、とくとご覧ください!!」

 シルクハットの団長が高らかに宣言すると、舞台の後ろから二人が飛び出してきてステージの中央でぶつかるように剣を振るった。


――甲高い剣戟が会場に木霊する。


 その甲高い刃金の音は、見る者の手に思わず汗を握らせた。
 
 黒いフルプレートに全身を包み、妙な黒い眼鏡のような物をつけたまま幾度も幾度も黒騎士が剣を振るう。 相対するのは、着流しを来た銀髪の美女。 黒騎士の剣を幾度もかわし、舞うように舞台の中で踊っている。 豊満な胸の辺りが大胆に肌蹴て見える衣装を着ているせいで、男たちがだらしなく華の下を伸ばすはずなのだが、剣舞が続くに連れて不思議とそういう雰囲気は薄れていく。 邪な気を感じさせないほどの純粋な美しさがそこにはあったからだ。

 観衆の目には、黒騎士が手加減をしているようには見えていない。見世物としてはありえないほどの速度で、本当に女性を切り殺すといわんばかりに振るわれる剣が幾度となく女性を攻める。

 しかし、一向に女性には触れられない。 紙一重で見切っているのだ。 思わず当たるのではないかと思うほどの見切りを行う彼女に、場内の視線は釘付けだった。 観衆の誰もが、その剣姫の妙技にゴクリと喉を鳴らす。 寒気や恐怖、それすらも超越する技に驚嘆していた。

 観衆は普段は普通の一般市民なのである。 そういうものを普段目にしたことがないため、この反応は当然だった。 超一流の剣士の技を、こんな風に拝む機会などなかったし、これはあくまでも見世物なのだ。だからこそ、楽しめるものがそこにはあった。

 女性は剣をほとんど使わない。 ほとんどの攻撃を体捌きだけで避けきり、時折思い出したかのように仕掛けて、たった一撃で防御した黒騎士の体を大きく後方に吹き飛ばす。 優劣を見せ付けるかのように、観客を楽しませるように、そして何より黒衣の男に指導するために。


――次第に静寂は歓声に変わった。


 黒騎士を容易くあしらう見目麗しい女性に、人々は魅了されたかのように歓声を上げ始めたのだ。 雰囲気に慣れると、男たちは女剣士のその美しい姿で目を潤し、女たちは奮闘する黒騎士に声援を送る。

 ここユークリッド大陸において、黒騎士というのは一種のステータスであった。 ユークリッドの豪族のなかでも、黒騎士になれるのはエリートだけ。 その地位も権力も、一級品なのだ。 しかも、遠めにみて男の容姿は悪くない。 思わず女性たちの応援に熱が篭るのも無理はなかった。

 熱狂する観客たちが、会場を埋め尽くす。 その声に従うように、徐々に黒騎士の手数が増え、剣姫の攻撃回数も増えていく。 果敢に攻める黒騎士と、妖精のように舞いながら剣舞を披露する剣姫。

 この見世物、もはやどちらが勝つのか分からない。
 剣姫の攻撃に耐え始めた黒騎士と、元々圧倒的な強さを見せ付けた剣姫。 用意された戦いとはいえ、それでも十分に白熱しているように見える。 筋書きが分からない以上、観客はもはや、どちらが勝つのか分からなかった。


――複数人の武芸者を除いては。


「へぇぇ……あの黒いのも中々やるけど、それだけだな。 あれじゃあ本物の黒騎士には勝てねぇ。 あのべっぴんさんは……まあ、比べるだけ野暮ってもんだけどな」

 その中の一人、先ほど呟いた男もそれが分かる武芸者であった。 ユークリッド豪族に雇われたこともある傭兵であり、本物の黒騎士と会ったこともあるし戦ったこともある。 そんな彼からすれば、目の前の黒騎士に必要なある技能が無いことなど一目で分かった。

「しっかし、剣姫さんとはやりあいたくないね。 どうやればあんな技術と腕を見につけられるのやら。 技能無しで黒騎士を瞬殺しそうなほど強ぇぜ」

 足の運び、間合いの取り方、そして何よりもステージの上全てを制圧しているかのような威圧感。 あれこそ、本物の強者だ。 戦えば恐らく、自分もあの黒騎士もどきと同じように指導されることになるだろう。 観客は黒騎士が徐々に押し始めているように見えているのだろうが、手加減していることなど実力者なら理解できる。 これは見世物だからこそ成り立つ試合なのだ。

「お? そろそろ終わりか?」

 そのとき、男は確かに見た。 体を大きく捻り、水平に渾身の薙ぎ払いを放とうとする黒騎士とすれ違う剣姫の姿を。

――まるで閃光のような神速の踏み込みだった。

 薙ぎ払った剣の刃が、振り切られるよりも先に剣姫はすでに黒騎士の背後へと回りこんでいる。 黒騎士が避けられたことを悟って振り向いたときには、その首には剣が突きつけられていた。 それには、さすがの彼も唖然とした。

(剣が振り切られる前に後ろを取っただと!?)

 一体、あの踏み込みはどれほどの速度を持っているというのだろう。達人は一歩でかなりの距離を詰めることができる特殊な歩法を持っているというが、アレがそうなのだろうか?

「……態々ユークリッドから見に来たかいがあったってもんだぜ」

 ただの休日で、ここまで面白いものが見られるとは。 傭兵の男は惜しみない拍手が鳴り響く会場に背を向けると、満足げな顔で歩き出した。 公演はまだ続いてるが、アレだけのモノを見た後で他の奇術を見る気など起こらなかった。 剣士として、滾る何かを確かに感じていたのだ。 それで十分に満足できた。

「奇術団はまだ当分このヴェネツィアに滞在するはずだったな。 ……そのうちやりあえないかな?」

 傭兵の男――アラン・アルベインは腰に吊るした剣の柄を握り締めながらニヤリと口を吊り上げる。 その顔はまさしく、面白いものを見つけた子供のようだった。







語られざる歴史

第6話

          「異界の剣」










「おはよう。 昨日はなかなか盛況だったねアキト」

 日課になっていた剣の鍛錬を終え、宿に戻ってきたアキトはミュラーに出迎えられた。彼女は今起きたばかりなのか、やや眠たそうに欠伸をしている。

「おはようミュラー。 だが、俺はやはりああいうのは苦手だ」

「ふふ、君は確かにあまり向かないかもしれないね。 そういう目的で剣を振るっていないから仕方ないのだろうけれど、まあこれも彼らに対する恩返しだと思って割り切ろう」

「わかっている。 護衛とはいえ、奇術団が襲われたことは今まで無いからな。 手伝えることはなんでもするべきだ。 だが、やはり苦手なものは苦手なんだ」

 人前で剣を振る。 しかも、見世物のために。 それが金になるのなら、恩を返せるのならと引き受けはしたものの、アキトはやはり進んでやりたいとは思わなかった。 自分の剣はまだまだ未熟だと自覚していたし、ミュラーと良い勝負をしていたという風に見せかけるのは客を騙しているようで躊躇してしまう。

 本当なら、アキトはミュラーと戦えば一瞬で敗北する。 少なくとも剣という分野では、彼女に勝てるわけがないのだ。 剣の師であるミュラーに師事して数週間程度である。 それだけの短時間で、一貫という戦闘技術を作り上げた彼女を凌駕することなどできるはずがない。 得意の機動兵器戦、銃の腕ならば勝てるだろうがそれでは意味はない。 結局の所、ことこの世界での武器を用いた戦闘ならばアキトなど彼女からすれば一般人と大差ないのだ。 それほどの差があることをアキトは自覚していた。

「まったく、君は妙なところで素直なんだから」

 苦笑しながら、ミュラーは言う。

「君はもう少し、柔軟性を持ったほうがいいね。 大方剣の腕が自分にはないからとか、そんなようなことを考えているのだろうけど、それは考えることではないと思うよ」

「……それは、何故だ?」

「思い出してみなよ。 昨日私と剣をぶつけ合って、それで観客たちは君に失望の念を見せたかい? むしろ惜しみない拍手をくれただろう? 勝者である私にも向けられた拍手だったけれど、アレは健闘した君にも向けられた拍手なんだ。 もう少し自信を持てばいい」

「しかし、俺は半人前だ」

「けれど、腕はそこらへんの剣士よりは数段上だよ。 それは私が保証する。 だから気にする必要なんて無いさ」

 ミュラーは嘘は言っていない。 アキトの進歩は目覚しく、また努力を怠る性格でもないために確実に強くなっていた。 ただ、やはり彼自身には実感がない。 自分自身にできることとできないことの境界線が、今はまだ見極めきれないのだ。 不確かな能力を過信することなど、戦場では命取り以外のなにものでもない。 どれだけの準備をしていようが、慢心は容易く油断を生み敗北を与えるのだから。

「そう……なのか?」

 ミュラーの剣の腕が凄まじすぎるせいで、アキトは自分の剣の腕を正確に図ることができない。 それに、アキトはまだミュラー以外の誰かと剣を交わしたことはなかった。 比較対象がミュラーしかいない現状では、どうしても自分の腕を誇ることはでない。

「どこかに君と戦ってくれる相手がいれば分かると思うんだけど、こればっかりはどうしようもないかな」

「ああ、奇術団には剣術を見世物にしている人はいないからな」

 それに、剣術よりも人目を引き付けやすい弓術を持っているウィノナがいるのだ。 そちらのほうが奇術団にとっては派手さも受けもいいだろう。 剣術が披露されたことがこの奇術団では初めてだというのも無理はない。 けれど、客の反応は悪くなかったと団長は満足顔でいっていたし、団長はまた気が向いたらステージに立ってくれとアキトやミュラーに頼んでいた。

 奇術団での自分たちの居場所が序所に作られている。 そのことについては、アキトは悪い気はしなかった。

「そういえば、二人は今頃ハーメルにいる頃かな?」

「そうだな……団長が金を出し渋っていたから、稼ぎながら行くっていうんだったら今頃は宿で稼ぐ準備でもしてるんじゃないか?」

 ユークリッド大陸の南部、ハーメルという街からさらに南に向かった場所にベルアダムという村がある。 そのさらに南には森があり、その中にダオスが興味を引かれたものがあった。 精霊が住むという大樹『ユグドラシル』である。 話を聞いたダオスは、一度それを見てみたいといって一人で出歩こうとしていた。 ウィノナはそんなダオスのために、ウィノナは馬を借りて現在小旅行中である。 おかげで、奇術団は看板スターを一人欠いた状態であり、代役としてアキトとミュラーに白羽の矢がたったのだ。

 アキトとしてもついていきたかったが、旅費の問題のこともありそれについては諦めていた。 魔物が出る心配もあったが、大分力が回復したダオスはすでに十分動き回れるほどになっていたし、ウィノナを守ることぐらいならできると自信を持って話していたので、信用することにした。 なにより、ミュラーがダオスなら大丈夫だろうと太鼓判を押していたことも効いていたが。

「心配かい?」

「……ああ」

「大丈夫。 ウィノナのボウガンの腕はかなりのものだし、ダオスもいるから心配はいらないよ」

「俺にはダオスがどれだけ強いのかよく分からないのだがな」

 ミュラーが大丈夫だといったからこそ、ダオスの戦闘力が高いのだろうと判断していたアキト。 しかし、思い返してみればダオスは武器のようなものはもっておらず、どうやって戦うつもりなのか生憎と見当がつかない。

「なに、彼は“マナ”の使い方をよく理解しているようだしね。 “本来の力”が発揮できるのなら魔物に囲まれても大丈夫。 何より、彼には切り札がある」

「……切り札?」

「そう、いざとなればそれを使うことを躊躇しないさ。 なにせ、ウィノナがいるんだからね」

 それが何なのかアキトには分からない。 ただ、ミュラーが確実に大丈夫だというのなら信じるしかないのだ。 もう二人は昨日旅立っていたし、今から追いかけたとしてもこの世界の地理に疎いアキトには待つ以外の術がない。

「さて、私はもう一眠りすることにするよ。 今夜も公演があるようだしね、黒騎士殿?」

「……動きづらくて仕方ないんだがな、あの鎧は」

「あははは、まあそれはしょうがないよ。 ああいうハッタリも芸には必要なんだろうしね」

 自分の部屋に戻っていくミュラーの後姿を眺めながら、アキトは朝食を取りに向かった。 こうして、ダオスとウィノナのいない奇術団での二日目が始まった。













「にししし、やっぱり親父に黙って来た甲斐があったってもんだよねー」

 熱気と歓声の渦に、自らも高揚していく感覚を感じながら一人の少女が特等席で眺めていた。 年の頃なら15か16歳。 桃色の髪をポニーテールに結い上げたまま、手に持ったジュースとお菓子を頬張る姿は中々に愛らしい。

 少女の真紅の瞳が向けられた先には、彼女が今まで見たことも無い世界が広がっていた。 剣を腹まで飲み込む男、吟遊詩人の語る英雄譚、思わず嫉妬してしまいそうな魅惑の美女たちの踊りに、魔物とさえ戦えそうな野生の獣を従えたビーストマスターが演じさせる数々の芸。 現実世界を凌駕した、確かな幻想がそこにはあった。娯楽というの名のエンターテイメント。 奇術という夢を魅せる技術。そのどれもが彼女の目に焼きついて離れない。

 元々、彼女は好奇心旺盛な性格であった。 こうも珍しいものを立て続けに見れれば十分に満足できた。 態々ハーメルの東にあるローンヴァレイの谷から奇術団の噂を聞きつけてやってきただけのことはある。

「あーあ、こんだけ凄いんだったらリアも連れてくれば良かったじゃん」

 親友の少女も一緒だったなら、それはそれは楽しいひと時を過ごせただろう。 小旅行とでも言える旅が出来るのも悪くは無いし、そうやって楽しい時間を過ごした記憶というのはきっといつまでも色あせずに思い出として残せる。

 人と違う時間の流れを生きることになるだろう自分にとって、色あせない思い出というのは大事な宝物になろうだろうから。 少し残念に思いながらも、舞台の上に集中する。 今度の出し物は黒騎士と女剣士の試合のようだ。 一度目の公演では、かなりの盛況を納めたという凄腕の剣士たちの試合。 剣術とかそういうものに興味はないが、街で噂になっていただけに少しは楽しみにしてもいた。

「へぇぇ……中々かっこいいじゃん」

 現れた黒騎士に視線を向けながら、後で楽屋に乗り込んでみようかなとか彼女は思った。 ついでに、サインなんかも貰ってみるのもいいかもしれない。 二つもらって、一つはリアへのお土産にしよう。

 親友の喜ぶ姿を思い浮かべながら、彼女はゆっくりとお菓子を口に頬張る。 少し塩味が薄い気がするが、そこがまた良い。 多めに買っていたお菓子が、既に半分はなくなっていた。

 と、お菓子をやっつけるのに忙しかった彼女は不意の金属音に思わず舞台へと視線を戻す。 どうやら試合が始まったようだ。 剣戟の一つ一つが、心地よい高揚を生み出していく。 始まりは静かに、しかし確かな熱を内包したそれが熱を生むのに時間はさしてかからなかった。 歓声を呼び、伝播する興奮が魂を熱くさせる。

 黒騎士という名の知名度、そして見世物であるという安心感は純粋な娯楽としては十分だ。 何時果てるとも知れぬ剣の舞に、彼女は目を奪われた。 だが、それもすぐに隣の剣士の呟きによって現実に戻される。

「おお、相変わらずいい腕だなあの女。 こりゃ、今日もあの黒騎士が敗北か?」

 気持ちよく応援しているところに水を差す声は、どこか緩い。 寝ぼけているのか、目頭をこすっている。

「むぅぅ、ちょっとおじさん。 昨日はどうだったのかは知らないけど今日はあの黒騎士の人が勝つんじゃないの?」

「ああん、そりゃ無理だ。 あの黒騎士じゃあ逆立ちしたってあのねーちゃんに勝てねぇよ」

 大口を空けて欠伸をすると、男は自らの腰の剣の柄に手を伸ばす。

「正直、あの黒騎士もどきより俺のほうが強い」

 一瞬、男によぎった剣呑な視線。 緩かったはずの視線が、その瞬間だけ獰猛な視線へと変わっていた。

「あー、でも俺よりも向こうのねーちゃんのほうが強いんだよなー。 一回戦ってみてーもんだぜ」

 獰猛な視線はすぐに元のだらしないいそれに戻っていた。 けれど、彼女にはそれが一種の別世界のように感じられた。 歓声から切り離され、どこか異空間にでも囚われてしまったかのように。 適当に短く切り捕らえた短髪に、普通の旅装束を着ただけの男。 ただ、普通の旅人と違うところは腰にある剣とどこか一般からかけ離れていると錯覚できる妙な雰囲気。 剣呑というか、一般人ではまず纏えない何か特殊なものその男は纏っていた。 恐らく、戦士か剣士なのだろう。 それも、舞台の上で剣を振るっている黒騎士を”もどき”などと論することが出来るほどの。

 だけど、そんなことなどどうでもよかったのだ。 彼女は、せっかく楽しんでいた舞台に水を差されたことのほうが問題なのだ。 どうにかして、隣の男をギャフンといわせてやりたいと思った。

「ねーおじさん。 そんなにあの上で戦っている女の人と戦いたいわけ?」

「まーなー。 こう見えても俺は結構剣の腕は立つんだぜ。 あとおじさんじゃなくておにーさんだ」

 まだ若い、などと言う男の言葉を無視して意地の悪い笑みを浮かべると、彼女は手に持っていた箒を突き出して男にある提案をした。 男は初め驚いていたが、次の瞬間大笑いしながらその提案を受け入れる。

「いいぜ、嬢ちゃん。 あんたのリクエストに答えてやるよ」

「ふふふ、そっちこそあの黒騎士さんにコテンパンにされちゃいなさい。 ねぇ、お・じ・さ・ん」

「おじさんじゃねーって言ってるだ……おお!?」

 男の腕を掴んで箒に跨った彼女は、そうして観客席からゆっくりと飛翔した。 勿論、ただの人間にそのような真似ができるはずはない。 それはマナの力を扱い、術を紡げるエルフたちか精霊の血を祖先に持つものだけが行使できる魔術であった。 ならば、それを扱える人間が普通の人間であるわけがない。 ただ、エルフ特有の尖った耳はなく、人間らしい丸い耳があることから彼女はエルフではないだろう。 となれば――。

「――驚いた、お嬢ちゃんハーフエルフだったのか?」

「そういうこと。 それと、お嬢ちゃんなんて呼ばないでよね。 私だってもう立派なレディなんだから」

 そういって頬を膨らませる様子が子供っぽいのだが、それを言えば噛み付かれることは間違いない。 余計なことを口走る前に、男は低姿勢に出た。

「へいへい。 じゃあ、なんて呼べばよろしいので?」

 空中へと飛翔した箒から落とされないように必死にしがみ付きながら、男はレディと自称する少女に問いかける。

「美人で聡明なアーチェ様って呼んで」

「分かったよ”お嬢ちゃん”」

「むかー、やっぱあんたムカつく」













(身体が熱い。 血が滾るのを止められない)

 歓声と熱気、そして際限なく高ぶっていく精神の高揚にアキトは喜びを感じていた。 それは、戦闘に身を置いた者だけの特有の感覚だったのかもしれない。 自身の技を、力を、持てる全てをぶつけられる相手がいるというのは武芸者としては幸せである。 例えそれが復讐人であったテンカワ・アキトと呼ばれる存在だったとしても、例外ではなかった。 酷く原始的な闘争本能を刺激され、身体が疼くのを止められない。 何のしがらみも無い、束縛の無い舞台というなの戦場はアキトはあまり縁が無かった。

 全力で振るう剣から感じる重厚な衝撃に、血液を全身に送り出す心臓の躍動。 動き続ける身体は熱を呼び、頭の中はそれとは反対に酷く冷静に相手をどうすれば倒せるかをひたすらに思考
する。 まるで、自分が剣を振るうための一種のマシンにでもなったようだ。 そして、それを楽しんでいる自分自身を感じることがひどく楽しい。 知らず知らずのうちに吊り上げられた唇が、バイザーの下で笑みを刻む。

「今日も中々盛況でいいねぇ。 君も楽しそうだし」

「……高揚しているのは否定できないな」

 真正面から振り下ろした剣の横を紙一重でかわしながら呟くミュラーに答えながら、アキトはさらに剣を振るう。

 振り下ろした切っ先がアキトの意志を汲んで弧を描き、横薙ぎの斬撃として疾駆する。 けれど、それがミュラーに届くことは無い。 長剣が振られるよりも早く、既にしゃがみ込んでいたミュラー。 その姿に、アキトはもう何度も感じた戦慄感じずにはいられない。 ゾクゾクと背筋を凍らせるような、そんな言い知れぬ恐怖。 間違いなく、自分は次の瞬間には死んでいる。 それが、はっきりと良く分かった。
 
 その瞬間、アキトの脳裏に浮かんだのは今までの戦闘経験から導かれた敗北の姿だ。 これが戦場でミュラーが敵なら、次の瞬間にはもう自分の胴体は上下に分かれているに違い無い。
 振り切られた腕、それを戻す暇もなく、神速の歩法で真正面から飛び出してくる剣姫の一撃。 そうして、至高の一撃によって身体を真っ二つにされた自分はただの躯となるのだろう。

「……4回目だね」

 ミュラーの呟きに、現実に還るアキト。 すでにミュラーは、後方に跳躍してアキトとの距離を取っている。 仕切りなおしというわけだ。

「まったく、俺はもう何十回もあんたに殺されている気がしてならない」

「あはははは、でも初めに比べるとかなり生き延びられる時間が延びているよ」

「だといいがな」

 死んだと直感するたびに、脳の細胞が滾っていく。 高揚が抑えきれなくなる。 命を懸けた戦闘ではないというのに、この臨場感が堪らない。

 これが、本物の強者と相対しているということなのだろうか?
 我武者羅に力を求めた過去と違い、充実感を感じるのはどうしてなのだろう。

(月臣との鍛錬でもこうはいかなかったな)

 自分の心がこういう高揚を感じたことは今まで無かった。 復讐心を満たすこと、守りたかった者を取り戻すために足掻いたあの日々の記憶。 それは決して楽しいと思えるものではなかった。 だからこそ、何のしがらみも無い今をアキトは精一杯謳歌していたのかもしれない。
 
 帰れないと知って安堵して、そして悲しんだ。 望郷の念が無いわけでは決して無く、未練はまだまだ胸を苛む。けれど、思うのだ。

(――こういうのも、悪くない)

 自分が今笑っている。それをはっきりと自覚した。 だからこそ、アキトは再び剣を掲げて飛び出していく。 

 もっと、もっと、楽しめる。
 まだまだ、先がそこにある。 到達できないほどの先がある。
 そこに少しでも足を伸ばそう。
 自分が満足できるように、満足し続けられるように。
 いつか、あの男が自らの目的を達成させる手助けをするために。
 例え、自分にはそれだけの力が無いとしても。
 その領域にいつかはたどり着いてみせる。


――それは、一つの誓いだった。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 剣戟を加速させ、先ほど”殺された”ことなど気にもせずにアキトは無心に剣を振るった。 その姿に何かを感じたのか、ミュラーは今度は避けるのではなく真正面から打ち合うことを選択する。 ぶつかり合う鋼の音に、剣の衝突によって生じる火花が幻想的なまでに闇の中を踊りだす。 ライトアップされた舞台の上であるにもかかわらず、観客にもその姿を確かに見えていた。 飛び散る火花に乗せて、黒騎士と剣姫の衝突が何かを心に訴えかけてくる。 剣という殺し合いの道具を持って見世物としているにも関わらず、不思議と危険だという意識が吹き飛んでしまうほどの安心感は一体なんなのだろうか?

 そして、彼らの衝突が観客にも静かに熱として伝わっていく。歓声は応援となり、応援は波及して人々の心に熱を与える。 誰もが二人の剣を楽しんでいた。

 それは、団長も団員も同じだ。 団長は観客の興奮と自身の興奮に仕切りに頷き、楽師がこの剣舞に合うような勇敢な楽を奏でる。 一種の異界のように、その空間は果てしない熱気に包まれていく。

 剣が人々を魅せた瞬間であった。












「いいねいいねぇぇ、盛り上がってきたぜぇぇぇ!!!」

 最高の舞台だった。 黒騎士の剣はまだまだ拙いと思ったが、それでもその剣に宿る意志は本物だ。 少しばかり、剣を交えたくなってきた。

「……ねえ、やっぱやめにしない? 提案した私が言うのなんなんだけどさ」

「馬鹿いうなよ。 楽しみが二倍に膨らんだんだぜ? ここでやらなきゃ、いつやるんだってんだ」

「で、でもさ??盛り上がってんのに水をさすのもアレじゃん?」

「盛り上がってるからこそ、今が最高なんじゃねーかよ」

 青年は弱気になったアーチェを促して、舞台の中心へと移動させる。現在、彼らは舞台から十数メートル頭上だった。箒に跨ったアーチェと、その箒にしがみ付いている青年。 観客のほとんどがステージの剣舞に注目している現在、二人に気がついている人間はいない。

「後は、タイミングだ。 最高のタイミングで名乗りを上げて、有無を言わさず決闘に持ち込んでやるぜ」

 身体には既に火が付いている。 この熱を冷ますには、もうあの二人と戦うしか無い。 剣をぶつけ合う両者。 黒騎士が大きく身体を捻り、渾身の力で迎撃を図る。 対する剣姫は、力を十分に蓄えた一撃に対して同じく真っ向からぶつかった。 どうやら同じ流派の技のようだったが、青年はこの瞬間こそ最高の場面だと読んだ。

「じゃあいってくるわ。 嬢ちゃんは応援よろしく!!」

「だから私は嬢ちゃんじゃあ……って、もう遅いか」

 箒から飛び下りた青年。 最後まで自分のことを子ども扱いした青年に対して怒りが沸く。 が、それもすぐに止んだ。 舞台の十数メートル頭上から飛び降りた青年は、黒騎士と剣姫の間に降り立つと腰の剣を抜いて大声で叫んだ。

「二人とも面白い戦いしてやがるじゃねぇか!! 俺の名はアラン・アルベイン!! 俺も混ぜやがれぇぇぇぇ!!!」

 その様子を見ながら、アーチェは目を点にしながら一言、

「――ばか?」

とだけ呟いた。









「二人とも面白い戦いしてやがるじゃねぇか!! 俺の名はアラン・アルベイン!! 俺も混ぜやがれぇぇぇぇ!!!」

 突如として、頭上から現れた一人の青年。一体どうやって現れたのかなど、この際アキトにはどうでも良かった。 ただ、せっかくの高揚を台無しに去れたことに少し怒りを覚えたぐらいだ。

「えーと、こういうのって道場破りならぬ舞台破りとでもいうのかな?」

 半ば呆れた風な様子で、ミュラーが惚けた感想を漏らす。 が、その口元が笑っているのは恐らくは状況を楽しんでいるからに他ならないだろう。 アキトはどうしたものかと団長に視線を向けるが、団長もまた固まっていた。 恐らく、いまだかつてこのように舞台の乱入されるような経験が無いのだろう。 さもありなん。

「さあ、どっちが俺の相手をしてくれるんだ!? 何だったら二人同時でも構わないぜ!!」

 アランと名乗った男は、そういうとアキトとミュラーを交互に見る。彼にすれば、どちらが出てきても良かった。 本命は勿論ミュラーだが、黒騎士を倒した後でも良いと思ったからだ。 まあ、さすがに同時にこられたら洒落にならないとは思ったが。

「ふぅん、じゃあアキトにお願いしようかな」

 そういうと、ミュラーは握っていた剣をアランに投げる。

「あん?」

「一応これは見世物なんだよ。 刃引きしていない剣で大立ち回りされて流血沙汰は簡便してくれないかい?」

「……まあ、しょうがねぇか」

 自分の剣を鞘に戻し、ミュラーに投げる。

「預かっといてくれ。 あんたは後で相手してもらうからよ」

「そうそううまくいくかな? アキトは強いよ?」

「はっ、黒騎士もどきに負ける俺じゃないぜ」

「そう、じゃあ二人ともがんばってね。 この際審判は私がしてあげるから存分にやればいいよ」

 事態はアキトを無視して進む。

「俺はまだやるといってはいないが?」

 さすがに、勝手に話が進むのがアレだったのでアキトが声をかけたが、拒否権は無かった。

「周りを見てみなよ。 今更無しにしたら、お客さんのブーイングが酷いよ?」

「――む?」

 言われて周りを見ると、観客が歓声を上げていた。 団長も我に返り、挑戦者現るなどといって賭けを始める始末だ。 商魂逞しいその姿に、思わずアキトは顔を引きつらせた。

「さて、団長が稼ぎ終えてから開始ということで、いいかな?」

「おうよ」

「……了解した」

 なし崩し的に話がまとまったことに戸惑いを覚えたアキトだったが、不承不承頷く。 こうして、珍妙な乱入者とのアキトの戦いが決まった。









 闘争は闘争を呼び、興奮は熱を呼ぶ。 ならばこそ、最高潮にまで達したこの大舞台で戦えるということはそれだけ価値のある経験を二人にもたらすことになるだろう。

「では、準備はいいね?」

 舞台の中央に立ち、審判よろしく腕を掲げたミュラーが二人に問いかける。

「おう、いつでもいいぜ」

「こちらもだ」

 距離にして10メートル。 両者共に刃を潰した長剣を構えながら、高ぶった躰を爆発させる瞬間を待っていた。 アキトは右足を前にして半身になりながら薙ぎ払う構えで立ち、対するアランもそれと似た構えで相対する。 その口元が笑っているのは、恐らく何かの意図があってだろう。

 どう仕掛けてくるつもりなのか?
 アキトはミュラーから教わった一貫の極意、先の先を取るために予測する。 剣による攻撃は大よそ八種類の角度から迫る斬撃と突きの九種類。 その中で、今の構えから予測されうる攻撃を予測する。

(想定できるのは、右の切りあげ……ならば切り返しが勝負どころか?)

 アキトには長期戦をする気が無かった。 できれば短期決戦で仕留めたい。 自分は全力で舞台を舞っていた。 それは、自ずと自分自身の癖を露呈させていたことに他ならない。 太刀筋が割れていれば、対処もしやすいだろうし何よりどのようにして相手をするかのリズムが掴みやすい。 だからこそ、アキトは今の自分が最もとるべき方法を選択した。

「――初め!!」

 振り下ろされる腕と共に、両者がダッと地面を蹴った。 10メートルの距離など、両者の加速からすれば無いにも等しい。
鍛え上げられた戦士の踏み込みは、数歩で両者の攻撃範囲へと場を移行させる。 そのままトップスピードへとギアを上げながら、アキトは渾身の切り上げを放つ。 地面すれすれを走って翻る刃が、アランへと向かう。 突進の勢いと合わせれば、それは威力的にも今のアキトが振るうことのできる最高の一撃だった。

「はっ、甘ぇぜ!!」

 それを迎え撃つはアランの長剣。 剣閃は違わずにアキトと同じ軌跡を描く。 違うのは、切り上げを放つ瞬間に大きくアランが跳躍したことぐらいだ。 次の瞬間、衝突した二本の剣が、激しい音を立てながら弾き飛ばされる。

(――威力は向こうが上か!!)

 ニ撃目の切り替えしを防ぐために、相手のバランスを崩すために放った本気の一撃。 連撃を狙っていた相手の、二発目のために温存されていたはずの一撃がどうしてこれほど重いのか。 同じような身長と体格であったが、完全に自分の膂力が負けていることにアキトは驚愕した。
 しかし、それを深く考えている暇は無い。 アランは跳躍した勢いを利用しつつ弾かれた剣を既に振り下ろさんと迫っていた。

「しっかり受けやがれ黒ずくめ!! 虎牙破斬!!」

「く!?」

 アランの剣が迫る。 まともに受ければ、受けた剣ごと真っ二つに切裂かれることは間違いないだろう。 それほどに重厚な一撃であるとアキトは危機感を募らせる。 ならば、やることは一つだった。

 弾かれた剣の柄を強引に押し上げ握り締めた剣の角度を斜め下にしながら剣を滑らせるようにして衝撃を逃がす。 紙一重でそれが功を奏し、アキトの剣を滑るようにしてアランの剣がずれていく。

 そうして、二人の距離がゼロ距離へと移行する。 剣を振るうには近すぎ、両者共に剣を動かす暇は無い。 けれど、その程度で攻撃の手を休めることなど戦場では命取りだ。 特に、自身よりも強力な身体能力を持つ魔物と戦うにはその瞬間に爪で引き裂かれるに違い無い。 アランはそれを良く理解していた。 だからこそ、手を休めない。 いや、手が使えないならと着地した瞬間にさらにもう一度跳躍した。

「うぉぉぉ、飛燕連脚!!」

 それは、ゼロ距離からの二段蹴りだった。

「ぐあ!?」

 虎牙破斬の一撃によって完全に動きを止めていたアキトに、コレを防ぐことはできなかった。 腹部に突き刺さる二段蹴りによって身体がくの字に曲がったところへ、更なる追い討ちが迫る。 蹴りなど、それの前座に過ぎない。 本命は蹴りによって体制を崩した相手への突きだ。
 真っ直ぐにアキトに向けて突き進むその突きを前に、アキトは辛うじて繋ぎとめた意識を総動員して体を回転させる。

 神速の突きが、自身の首の皮一枚すれすれを走り抜ける。 刃を潰したとはいえ、その威力は刃のある剣と相違ない。 突きによって生じた風圧を首に確かに感じながら、アキトは咄嗟に剣を捨てた。 突き避けた回転の勢いに載せて、無手によるカウンターを放つ気なのだ。

「あん!?」

 回転しながら自らの突きを避けたアキトに内心で称賛したが、捨てられた剣が床に転がる姿に眉を顰める。 それは一瞬の思考停止を生み、アキトにとっては十分な隙となる。 剣の握りから開放された右腕が、強烈な踏み込みと共に螺旋を描く。 瞬時に伝播されるエネルギーが、引き絞られた弓の弦であるアキトの体を伝って解放たれる瞬間を待つ。 それは今まさに突きを放った腕を引き戻そうとしているアランのゼロ距離から、剣士には再現できないほど見事な格闘術となって襲い掛かった。

「破っ!!」

 今度は、アランが咳き込む番であった。

「げほ、げほ、くそ、テメェ剣士じゃねぇのかよ」

「浅いか」

 回転運動を利用して放っ一撃だったが、着地の瞬間一瞬早く後方に飛んだアランにはあまり効いていないようだった。 だが、これで一度仕切りなおし。 それだけでもアキトには十分だった。 すぐさま、捨てた剣を拾い上げ間合いを広げるように後退する。 その唇は、ミュラーと剣を交えていた瞬間のように愉悦によって笑っていた。

「はっ、手前いい顔してるじゃねぇか」

 アランはそんなアキトを見て、同じく笑みを浮かべる。 アランは自分が有利なことをはっきりと自覚していた。 先の瞬間でさえ、相手の土俵に態々合わせていたというのに相手は自分の攻撃を剣で防ぎきることができていない。 剣を失っても反撃する力があるのには驚いたが、剣道三倍段である。 もう一度剣を捨てたとしても、相手がそういうことが得意だと理解してさえいればやりようはいくらでもあった。

 傭兵として培ってきたアランには、格闘家との対戦経験も十分にあるのだ。 何も問題は無い。 少々毛並みの違う剣士だと思えば、それでいい。 剣には自ずと自分の味が出る。 同じ流派で剣を振ろうと、結局は本人の資質と武器や技術によって変化が生じるのだ。 そして、戦い方も人それぞれである。 剣の中に格闘術を組み入れている剣士が存在しても可笑しくはない。 そういう変わり種と戦えるというのも、いい経験だ。 もう少しだけ、この男に付き合うのも悪くは無いと思った。 もっとも、それだけがアキトとの試合をもう少しだけ続けようと思った理由ではなかった。 アランは得体の知れない奇妙な感覚を得ていたのだ。 剣の腕は中の上。 しかし、今の格闘術は技術だけみれば上の中ぐらいだろう。 明らかに剣術よりも格闘術の方が長けている相手が、何故剣を振るうことを選んだのか。 少しだけ、そこに違和感を感じる。

「ふぅぅぅぅぅ」

 深く深く息を吸い込み、自らの呼吸のリズムを合わせる。 そうして、少しの間相手のことを考えていたアラン。 勿論、それを隙にすることはなく油断なくアキトを見据える目はアキトの僅かな変化も見逃すまいとしていた。 黒ずくめの足が動く。 その一歩は凄まじい踏み込みであり、アキトが撃ちだされた弾丸と化して飛び出してきた。 昨日ミュラーが使った歩法と似た歩法だった。 初見では無いので、それに違和感を覚えることなくアランは剣をあわせようと防御を選んだ。 アキトは初撃と同じような剣を振るうつもりなのか、その構えは切り上げを行おうとしているように見えた。 が、その予想は少し外れた。

 確かに斬撃の種類は斜め上に奔る剣閃だったが、それに至るまでの工程に変化が生じていたのだ。 攻撃の間合いに入った瞬間、アキトの上半身が大きく捻られ捻転による威力を蓄える。 踏み込んだ右足は、地面を陥没させるのではないかと思うほどのエネルギーを伝えドンッと響くような重低音を発した。

―― 一貫・護剣竜撃の型。

 ニ撃目の存在しない、完全な一撃必殺の型だった。 捻転によって得た回転エネルギーと自らの振りのエネルギー、さらに地面を抉るような加重移動によって得られた重厚な一撃はまるで強大な力を持った竜の一撃だ。 対するアランは、両手で握る剣を調整してその攻撃を真っ向から受けた。 腕力では自分が勝っていると初撃の段階で理解していたからこそ、選択できた防御だった。 高速で迫る斬撃は疾風を生み出し、衝突した瞬間にアランの防御ごと体を引き裂こうと荒れ狂う。
 しかし、堅牢な城砦を思わせるアランの防御を突破することは叶わない。 叶わなかったが、ここに来てアランはアキトの剣の質が重いのではなく鋭いことに気がついた。

 重いのではなく、鋭い。 それの意味するところは、膂力で叩き斬るという長剣とは違い目の前の男は技で斬ろうしていたという事実。

(こいつの剣、侍やらの剣と同質なのか?)

 剣とは違う、刀と呼ばれる武器を使う奇妙な出で立ちの剣士がアルヴァニスタの遥か南の森にいるという。 少数部族の剣ではあるが、その剣は恐ろしく速く鋭い。 威力よりも切ることを突き詰めた剣と呼べばいいのか。 それは、剣とは似て非なる剣術だった。 剣とは違って一撃の重さは軽いとはいえ、その一撃を侮ってはいけない。 剣を振り切って死に体の状態になったアキト。 しかし、その剣が絶妙な感覚で引き戻され続く上段からの袈裟切りへと移行する。

 防御からの反撃を狙っていたアランの剣が、それと丁度真ん中で衝突した。 威力はやはり、アランが上。 しかし、それだけでは意味が無い。 アランの剣とまともに衝突させる愚を理解しているのか、力のベクトルを変化させる角度でその剣は放たれていた。

 加えて、翻るアキトの剣はまるで終わりが無い。 次に繋ぐ剣裁きが、とてつもなく速い。 一撃一撃をほぼ全力でぶつけ合い、力で押し切ってきたアランの剣が次撃を放つ前にすでに放たれているのだ。

 アキトが剣をニ回振るうとしたなら、アランが返せるのは一回だけ。
かならず次の動作で貯めを作るための間が必要だ。 長剣同士のセオリーでいえば、一撃一撃の重さが勝負を分けるがアキトの刀の如き剣術の前ではこと攻撃回数で遅れをとった形となった。

「ちっ鬱陶しい!!!」

 徐々に少しずつアキトの剣の質が刀のそれに変化していく。 アランの剛剣に対抗するため、回転数を上げて攻め立ててくる刀の剣術が徐々に鋭さを増していった。

 威力と速度は比例しない。 威力を上げることを考えれば力みが生じて速度が殺され、速度を重視すれば力んだ腕は速さを失う。 アキトは威力が負けているからこそ、技と速度で圧倒することを選んだのだ。

 アランはそのことに歯噛みした。 いつか戦った侍と同じく、やり辛くてしょうがない。 一撃では勿論自分が勝利している。 しかし、それを放つための間が無い。 間合いを取って仕切りなおすことも出来るだろうが、そのためにはもうこのままでは無理だ。 彼”本来”の戦い方をしなければ恐らくは無理だろう。

 少し付き合ってやろうと思っていただけに、思った以上に出来るアキトのことを侮っていた自分に腹が立った。 自分もまだまだというところか。 薙ぎ、払い、突き、袈裟切り。 ありとあらゆる角度から攻め立ててくるアキトの剣に、剣術の可能性を感じたアラン。

 自らが構築してきたアルベイン流の剣術もそれに決して引けは取らないが、剣術はまだまだ奥が深いのだと驚嘆した。

「はっ偉くご機嫌じゃねぇか黒いの!!」

「お前もな!!」

 剣速が徐々に加速していく。 今まで力押しの剣だった癖に、それが自らの技術だと産声を上げているかのようだ。 確かに、アキトは今ミュラーの剣術と自らが学んだ剣を融合させようとしていた。 体に馴染ませていた技術が、生き返っていく。 剣を振るうことに違和感を感じていたが、今ではその違和感が消え去っていた。

――剣を刀と同じように。

 それこそが、ミュラーにアキトが掴ませたかったアキトの戦闘スタイルだった。 そして、その経験はいつか本来の獲物である刀を手に入れたときにさえ生かされるだろう。 一貫とはそういう戦闘技術であるのだから。

「いいねぇ、真っ直ぐでいい剣だ!! 邪念の無い純粋な、それでいて真っ直ぐな剣だ。 俺もそうありたいもんだぜ!!」

 剣を交える剣士だからの共感。

「お前こそ、酷く力強い剣だ。 敵を粉砕することに特化した剛剣だな。 俺ではそうはいかない」

 互いの剣の長所が見える。 それこそが、互いの極意であると理解できるが故に。 剣の質の違いは、力と技の関係にも等しい。 一長一短の性質を帯びる二人の剣が、その関係から酷く噛み合っている。 互いに得るものは大きいだろう。 技と力の二極のある種の到達点がそこにはあった。

 このまま、目の前の男の限界を見てみたい気もした。 けれど、アランはそれさえも凌駕する美女のことを考えるとこのまま続けるわけにもいかなかった。 アキトは前菜であり、ウォーミングアップの相手でしかないのだから。 だから、今まで溜め込んできた”気”を開放する。
 目に見えない力の本流。 アランの闘気、あるいは気配というものの質が変わった。 それが、アランの本当の戦闘スタイルだった。

「お前とこのままやりあい続けるのも魅力的だが、俺には次に魅力的な美女が待ってるんでな。 そろそろ決めさせてもらうぜ!!」

 アキトには剣を通じて感じたアランの変化に、眉を顰める。何か得たいの知れない力を前にした気分だった。 嫌な予感がしてならない。 アキトの剣を防御し、溜めを作ったアランが剣を下にして体を捻る。

 薙ぎ払いにも似た構えだ。 その構えに、何故かアキトは戦慄を感じた。

――このままでは、負ける。

 感じた直感を信じて、アキトは後方へと跳躍。 剣の間合いから離れる。 しかし、その程度の間合いなど意味が無かった。

「うぉぉぉぉ魔神剣!!」

 それは、完全に剣の間合いの外からの斬撃だった。 空を切裂く剛剣が、地面を削り取りながら疾駆する。

「――な、んだと!?」

 放たれたのは、目に見えるほどに実体化した気の斬撃。 アキトは剣を盾に防御するが、その防御ごと吹き飛ばすような重厚な一撃に体を弾き飛ばされないようにするだけで精一杯だった。

 それだけではない。 防御した全身が痛む。 剣を盾にしなければ、恐らくは気の斬撃によってズタズタに切裂かれていたに違い無い。 裂傷が走っている体から、薄っすらと血が滲んでいた。

「まだまだ行くぜ黒ずくめ!!」

 間合いを詰め、アランが剣を振り上げながら跳躍する。 その瞬間、再びアランの剣から気の斬撃が生じていた。

「――!?」

 未知の攻撃に、アキトは対処に迷った。 防御するべきか否か?

(しかし、防御してどうにかなるものでない)

 アランの剣は剛剣だ。 気の衝撃波の威力からも理解できるように、もしアレを至近距離で斬撃と一緒に繰り出せば相当な威力となるだろう。 自分の防御など、それこそ意味を成さないことは明白。 故に、アキトは回避行動を取る。

 横に転がるようにして、完全に逃げを選ぶ。 数瞬までアキトがいた場所に気の衝撃波が通過しようとした瞬間、跳躍してそれに追いついたアランの渾身の斬撃が振り下ろされる。

「襲爪雷斬!!!」

 気の衝撃波にアランの剣が触れた瞬間、接触地点に落雷が生じ途方も無い威力の一撃となって襲い掛かった。 剣を叩きつけられた地面が捲れあがる。 まるで、雷の爪で切裂かれたかのような凄まじい威力だ。
 その姿を見たアキトは、試合を見ていた観客と同じで完全に度肝を抜かれていた。

「これが、本物の黒騎士たちが使う気と剣の融合剣術だ。 黒騎士を真似るならこれぐらい覚えてからにするんだな」

 ニヤリと笑いながら、アキトのほうへと歩みよるアラン。 そこにはすでに勝者の笑みが浮かんでいる。 剛剣の使い手らしい、豪快な笑みだった。

「……ははっ」

 その姿にアキトは苦笑を禁じえない。 確かに先ほどの一撃には度肝を抜かれた。 自分には無い、恐ろしい技術だとも思った。 だが同時に、そういう未知にこそ挑戦するべきだとも思っていた。 自分の力量を知るいいチャンスだったのだ。 この世界は、アキトにとって何れ旅をすることになる異星であり異界だ。 そこに住む人間の超常的な能力の一端に触れたことで、自分の今がどれだけ通じるのかを知るのも良いだろうと思う。

 剣を腰溜めに構え、左手で剣の腹に手を添える。 今の自分に出せる、最高の技でもって相対するために。 それはアキトが得意とした木連式抜刀術の構えだった。

「良い面構えだな黒ずくめ」

「あんたほどじゃない」

 互いに笑みを浮かべる。 恐らく次の一撃が最後だと両者ともに理解したが故に。

「最後に名前ぐらい教えてくれねーか? いつまでも黒ずくめなんて呼んでたら喧嘩腰っぽいしな」

 そういって、アランは近づくのをやめて少し後ろの方へと距離を取り、右腕を引いて突きの構えを取った。

「――テンカワ・アキトだ」

「テンカワ・アキトだな。 その名前、俺の剣に刻み込んでおくぜ。 俺の名前は知ってるだろうが、もう一度だけ名乗っておくぜ? 俺はアラン・アルベイン。 アルベイン流剣術の宗主だ」

 互いに語る言葉はもうない。 これ以上は、剣で語ればいいだけの話。 故に、今は自らの全てを剣に込める。


「――いざ尋常に」

「――勝負だ!!」 


 声と共に、アランは疾駆しアキトはそのまま迎え撃つ構えを取った。力ずくでねじ伏せるために、アランは渾身の気を剣に伝えると大きく跳躍する。 対するアキトは、それにあわせて腰の回転と腕の捻転を全身に蓄えていく。 引き絞った弓のように、射程内に入ったアランを迎撃するために。

「行くぜぇぇぇぇぇ鳳凰天駆!!」

 アランが空中で咆哮とともに剣を突き出した瞬間、全身が灼熱の炎を纏った鳳凰と化す。 気の力を昇華し爆炎を纏ったその姿は、一種の手品のように幻想的に見えて一種の奇術であるとも思えた。

 しかし、アキトは確かに感じていた。 それが幻想や幻ではなく、確かな熱を孕んでいる現実であるということを。 この世界に発達した機械の類は存在していない。 中世のヨーロッパのような世界観であるが故に、人々の武器は鉄を鍛えた剣であり槍であり弓などが大半であった。 そんな中で魔物と相対した人類が鍛え上げたのが、人外を屠るための武器であり技だ。 傭兵として人間と戦うこともあるが、一番この世界で必要とされるのは魔物を駆逐することのできる人間に他ならない。 そして、その魔物に対抗するための力が気であり剣であった。

 気を扱うには素質と修練が必要だ。 魔術が精霊を祖先とする者にしか扱えないように、気もまた素質が必要だった。 その意味でいえば、独自にその力に開眼して自らの流派を若くして作り上げたアラン・アルベインという戦士は天才といっても良いだろう。

 アキトはそんなことなど知りはしないが、それでも向かってくる鳳凰に畏怖した。 それが人間が手にする戦闘技術であるというのなら、感嘆せずにはいられないのだ。
 機動兵器、重火器などとは一味違う異界の人間の生み出した武器にアキトは宇宙の広さを感じた。
 しかし、それがどれだけ優れた攻撃であろうとも、それ以前の武器がどこまで通じるかというのも知りたいと思った。 二刀流使いに剣一本で立ち向かうことができるように、自分が得るべき技術はこういった超常的な技術を持つ存在にどこまで自分の力で打倒できるかではないだろうか?
 ミュラーの戦闘技術は一級品だ。 こと同じ土俵で戦うのなら、その価値を十分にアキトは認めていた。 だから、自らが師と仰いだミュラーが一貫と名づけた戦闘技術がどこまでいけるのか純粋に知りたかった。 故に、彼は最も愚かな選択を胸を張って選んだ。

―― 一貫・護剣竜撃の型。

 全身に蓄えた力を、最高の一撃へと昇華させる。 腰の捻り、腕の振り、そして手鞘を奔らせる剣と全身の加重を極限まで追及し居合いという名の特殊な剣術を再現するために。 ミュラーに教わった型の中で、今現在自分が使える最高の技を自身が納めていた武術と融合させる。

 この試みは未知数だったが、本能的にアキトは自分のそのやり方が間違っているとは思っていなかった。 剛剣を使うアランに対して、真正面から迎撃する。 そうすることでこそ、自らの力を測れると思ったのか。

「切裂けぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 その瞬間、アキトが絶叫と共に放った竜の如き一撃が真紅に燃える鳳凰と衝突した。


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