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憑依奮闘記 外伝2 そして剣は受け継がれた

 2008-05-21
 アルハザードという世界が、虚数空間の向こう側に存在している。 次元世界にて次元震動を高純度エネルギー結晶体を用いて誘発させ、その余波によって生じる次元断層に消えた伝説の都である。 都と言っても、それはそれ一つが次元世界であり、星であった。 パッとみた限りでは、恐ろしく巨大な要塞であろう。 それは星のような球体をしたまま、鋼鉄で武装されている。 星を武装させた要塞。 その力は、本気を出せばダース単位で次元世界を吹き飛ばせるほどであり、まるで次元世界の常識を全てひっくり返したかのような荒唐無稽な技術力を持っていた。
 時空管理局の本局と似てはいるが、その規模が比べ物にならないほど強大である。 果たして、どれだけの歳月をかけて建造されたのだろうか? 数百年、数千年規模をかけて建造されたことは想像に難くなかった。 また、それ自体が世界であり、さらに複数の世界を実験世界として内包しているまさに自他ともに認める次元世界最強の世界であったのだ。

 だが、一人の人間によってそれは歴史からほぼ抹消されていた。 今でこそそれを信じるものが辛うじて片道切符の渡航に挑戦するぐらいで、過去と比べればほとんど封鎖世界内部からの来訪者は減っていた。 アルハザードは辿りついた人間や超一流の資格を認め招いた人間を受け入れる。 その世界独特の流儀さえ守れば、そこの住人として認められ様々な権利を取得できる。 少なくとも、技術者にとっては最高の環境だ。 この世界で研究できるということほど名誉なことはないだろう。 

「どうですカグヤ? もう完全に外周部の復興は終わりましたよ。 いやぁ、長かったです。 色々と加えたらこんなにも時間がかかってしまいましてね」

「……そうね。 随分と外周部が様変わりしたわね。 当時とは比べ物にならないわ。 勿論、アルカンシェルももう届かないようになっているのでしょう?」

 白衣を着た黒髪の青年、ジル・アブソリュートの研究室でカグヤは疑問を口にする。 無論、分かりきっている事柄だったが、それでも確認しておかないではいられないのは、それで一度殺されているからか。 その最もな懸念に、いちいち頷きながらジルは答えた。

「当然です。 ベルカでの作戦段階ですでにアルカンシェルを克服する技術は完成していましたからね。 それを応用すれば造作もありませんでした」

「そう、なら安心ね。 これでゆっくりとお茶が楽しめるわ」

「ふふ、ところでお土産はありますか? できれば吉報が望ましいんですが」

「……ジル。 その問いかけには三百二十五回以上答えたけれどもう一度言うわね。 どれもまだよ」

「そうですか。 少なくとも僕の代わりぐらいはそろそろ見つかってもらいたいんですけれどね。 夜天の書もある程度復活サイクルがあるし……色々とタイミング的なものもあります。 一番はあの男の拠点が見つかることなのは言うまでもありませんが」

「小心者のペテン師だもの。 逃げ隠れすることが嫌になるくらい上手いわシュナイゼルは。 少なくとも、保身にかけては限界突破者<リミットブレイカー>級かしら?」

「領域として取り込まれた世界全てに僕の裁量で網を張っていますが、やはり表立っての動きは見られません。 一番怪しいのは言わずもがな彼の出身世界のミッドチルダですが……これほど張っているのに一向に姿を見せない。 むしろ、まったく関係の無い世界での暗躍が目立ちますね。 少し前にできたという時空管理局はどうです? 本局と地上、後各支部と結構幅広い次元に存在していますが……」

「私の勘では真っ黒だわ。 なにせ、彼の”魔法至上主義”をあれほど明確に形にしているのはあの組織だけしょ? ただ、直接的な関与事態が完璧に偽装されていて手が出せそうに無いわね。 ある程度絞り込まないと”被害”が大きすぎるわ。 無関係な人たちにはそれはいい迷惑でしかないでしょうし、頭の痛い悩みだわ」

「……そうですか。 それと、このところまた過激派の動きが活発です。 独自に”僕”の睨みを超えてミッドチルダを調べている節が見られます。 彼らもやはり、ミッドチルダを監視しているらしいのですが同じく何も探り当てられていません。 ただ、今一つ気になる組織があります」

「気になる?」

「ええ、前はそれほど気にしていなかったんですけどね。 よくよく考えてみれば、これはありえるかなと」

「どんな組織かしら? 表側の? それとも裏側の?」

「裏側も裏側。 次元犯罪組織ですよ。 その名も『古代の叡智』。 構成員不明、組織概要不明、”管理局で死刑判決が下された死刑にされた魔導師”を引き連れて現れる未知の犯罪組織です」

「……アルハザードの復活システムのコピーを利用しているというのね?」

「その可能性は高いと思われます。 ただ、余りにも事実隠蔽が上手すぎる。 例の時空管理局でさえ表向きにはその概要を捉え切れていません。 ここまであからさまだとまるで、僕たちを誘い出すための罠のようにも感じられます」

「……あるいは、完全にデコイ。 そちらに目を向けさせるブラフかしら?」

「かもしれません。 基本的にはロストロギアの収集ばかりを行っているようですし、今更あんな程度の遺産を発掘したところで対して意味があるとも思えませんからその可能性はあるかと」

「……では、そちらは放置?」

「単独で死者を操っているというのなら高確率で蒐集詩篇か杖喰いがいると思うんですが……現状彼らの動きを補足することは困難です。 そもそも意図が掴めないのですから、こればっかりは彼らに運良く出くわさなければ対処はできないでしょう」

「私の別荘のある地に何れやってくるかしら? あそこならアギトもあるし、それなら向こうを押さえられる可能性があるでしょう。 少なくともレイヴァンの剣精よ。 不自然にあそこにいれば色々と勘繰るでしょうしね」

「それが無難ですかね。 でもあの辺りなら”貴女”の知覚範囲でしょうから放置しておいても問題はないでしょう? どうです、また武者修行の旅に出てみては?」

「……今度は私に何を試させようというの? 使える技術であるのなら、考えてあげるけど」

「ふふふ、今度のも中々ですよ。 グラムサイトを習得している貴女なら使うのは簡単だと思いますよ」

 そういうと、ジルは己のデバイスを操作してデータをカグヤのデバイスに転送する。

「グラムサイトVer2と……これはAMB?」

「グラムサイトにまた別の情報を知覚できるようにバージョンアップしてあります。 それで見えるようになったものをそのAMB(アンチマジックブレイド)を用いて切り裂くことで魔法を無効化する技術です。 例によって僕が考案しましたが、僕は技術者であって剣士でも戦闘者でもないので完成を貴女に頼もうかと思っていたんですよ」

「……アルシェの分まで二人分の仕事をしている癖に、よくこんなものを考える時間があるわね?」

「研究と仕事は別物ですよ。 さぁ、カグヤ。 それを使って僕のシールドを抜いてください。 無論、僕ごとバッサリと斬ってくれても構いませんよ」

 そういうと、ジルがカグヤの前に立って透明なシールドを張ってみせる。 カグヤはジルのやる気満々な態度にため息をつくと、それに乗ることにした。 刀型のアームドデバイスを顕現させ、構える。

「あら? 確かに妙なモノが視えるわね」

 バージョンアップされたグラムサイトの知覚越しに、奇妙な文字が見える。 ジルのシールドの上に見えるそれに、カグヤは首を捻った。

「それはこの魔法の術式です。 視覚的に見えるように細工してみました。 そして、AMBはその術式を切断するために対魔法術式の術式だけで構成しました。 魔法としての威力は使用者の魔力依存ですが、これの術式切断力は半端じゃありませんよ。 理屈的に言えばですね――」

「いいわ、まず感触から確かめるから」

 と、ジルがさらに言い募ろうとしたときであった。 カグヤの身体が一瞬ブレたかと思うと、喋ろうと口を開いていたジルごとシールドを切り裂いていた。 刀を抜き放った姿勢で立つカグヤ。 その向こう側に立つジルが、カグヤの居合いによって血を噴出しながら二等分された。 実に恐ろしきはカグヤの剣の腕前である。 ただの一撃で、ジルのシールドを破りその後ろのジルごと両断して見せた技量には、恐らくは見ていた誰しもが感服することだろう。 また、友人であるジルをこうもあっさりと両断してみせる思い切りの良さにもゾッとする。 

「……”なるほど”確かにこれは使えるわね。 ただ、動く魔法には少しばかり練習がいるわね」

 床に血の海を広げている男を無視して、カグヤが言う。 と、次の瞬間に室内に奇妙な機械音がなった。

――カチコチカチ。

 まるで、時計の内部機関が作動するようなレトロな音だ。 だが、それを皮切りにしてジルの身体が巻き戻っていく。 周辺に広がった紅の血が、両断されたはずの身体がまるでビデオの逆回しのように斬られる前の状態へと戻っていく。 まるで、悪夢やホラー映画のような出来事だった。

「で、理屈で言えばですね……っておや?」

 目を瞬かせて、ジルが呟く。 と、すぐに周囲に空間モニターを浮かべて”先ほど”取得したデータを自分のデバイスに反映させていった。

「どうも、ご協力ありがとうございますカグヤ。 なるほど、これでまた一つ僕の大事な領域研究のデータが増えましたよ」

「これでもう貴方にはAMBは効果なくなったのかしら?」

「ええ、少なくとも対抗術式の生成は完了しました。 威力で抜かれる以外にはもうAMBでは僕のシールドを抜けませんよ」

 良い仕事をしたとばかりに頷きながら、ジルは言う。 それを見ながら、カグヤは内心でこの男の出鱈目さに舌を巻いていた。 自分自身をこうして実験台にすることになんら戸惑いを見せない狂った思考もそうだが、こうして確実に一つ一つデータ検証してありとあらゆる攻撃を無力化するためのデータを確実にモノにしていく技術者としての力量には感嘆しか浮かばない。 さすが、アルハザードの十三賢者にその名を連ねる程の青年だ。

「で、どうです? 使ってみての感想は?」

「悪くないわね。 ただ、これは貴方の想定ではどこまでの魔法を切り裂けるのかしら?」

「うーん、理論上は普通の三大魔法……所謂アルハ式、ベルカ式、ミッド式全てです。 ただ……あくまでも理論上ですよ。 貴女が反応できない速度で飛んでくる魔法とか、そういうのは貴女は切れないでしょうし、切り裂くことを念頭に術式を形成していますから貴女のように斬る技術を習得していない人間には使えないでしょう」

「……万能性は低いわけね。 剣士特化魔法……それも一刀両断系以外の技で斬るタイプ専用の技術といったところかしら?」

「そういうことです。 そもそも、一刀両断系なら態々そんな小細工なんていらないでしょう。 これは力ずく以外でどこまで魔法を潰せるのかを突き詰めて考えた技術ですからね」

 その言葉に、ふふっとカグヤは笑みを浮かべる。 どうやら、存外友人は自分のことが心配のようだ。 不意打ち防止用のグラムサイト然り、AMB然り、数々の技術をまるであつらえたように自分に提供してくる。同じ目的を持つ仲間としても、また友人としてもこういう気遣いができるところが彼の美点であろう。

 彼のような人間はこのアルハザードでは少ない。 基本的に皆自分の研究に没頭するタイプばかりであり、他のことには関心を示さない人間が圧倒的に多いのだ。 だが、少なくとも彼らは技術を追求するという分野においての結束力は半端ではなく、この素敵な実験場を脅かしたシュナイゼル打倒への熱は数百年を過ぎた今でも健在である。 ミッドチルダやベルカの出身の人間への偏見の目が未だになくならないのもそのせいであろう。 尤も、カグヤのように名が知れた対シュナイゼル派には友好的だ。 むしろ、同情的であるともいえる。 過激派はまた別だが、少なくとも精力的に復興やアルハザードの外への出向任務をこなす彼女は彼らから認められていた。

「じゃあ、これから少しAMBを慣らしてくるわ。 何か進展や任務があったら教えて頂戴」

「はい、ではまた――っと、忘れるところでしたセカンドを渡してもらえます? そろそろサードへバージョンアップしたいので」

「あら、あの子はセカンドになってからもう十分私用になっているわよ? これ以上の改良が必要かしら?」

「ええ、さすがにそのままだと彼の剣を使えないでしょう? 元々のプラスベクトルから強引にマイナスベクトルへ原理を逆転させたのがセカンドです。 が、今度はその両方を兼ね備えたモノになりますよ。 これを応用すれば貴女の魔力資質を逆転させることが可能になります」

「……呆れた。 そこまでするの?」

「当然です。 技術者としては納得のいくところまで突き詰めさせてもらいますよ」

 にっこりとそういうジル。 彼らしいその言葉に、カグヤは胸ポケットを小突く。 と、ポケット辺りがもぞもぞと動くと、中から水色の髪をした小悪魔が現れた。

「ふぁーーあぁ。 姐さんなんか用?」

「セカンドからサードへと移行するそうよ。 ついでに最適化もしてもらってきなさい」

「あいよ。 ったく、滅多にアタシ使わない癖にそういうところだけはマメなんだからなぁ」

「武器の調整を渋る戦闘者なんていないわよ。 ついでに、貴女の好みに仕上げてもらいなさい」

「いいのか!?」

「まったく、どうしてこう貴方は炎好きなのかしらね?」

「元々彼女はそのための存在ですからね。 っと、では預かっておきますよ。 武者修行を終えた頃がお互いお楽しみですね。 ああ、勿論セカンドには合流するまで私の仕事を手伝ってもらいますが」

「えー!? ジルの仕事量多すぎなんだよ。 もっと他の奴に回せよな」

「ははは、二人分ですからね。 しょうがないんですよ。 十二位の空席が埋まるまでは……ね」

「……もう用件はないわねジル?」

「はい、それではいってらっしゃいカグヤ」

「ええ、行ってくるわ」

「姐さんお土産忘れるなよぉぉ」

 セカンドとジルに見送られながら、カグヤは研究室を出て行った。 行く宛など特に決めてもいなかったが、それは準備をしてから決めれば良いことである。 一瞬にして別荘であるログハウスまで移動すると、適当にツールボックスに荷物を詰めていく。

「うーん、次はどの辺りの剣を学ぼうかしら……いえ、そういえばまだ日本横断が終わっていなかったわね……それの続きからにしようかしら?」

 黒髪を結いながら、ドレスを脱ぐと艶やかな紅いの着物へと着替えていく。 気分は女侍である。 そうして、竹刀袋に態々デバイスを収納すると優雅に部屋を出て行った。 今時現地でもそんな女性は少ないのだが、カグヤはさもそれが当然という風に超然と着こなしている。

「さて、まずは食事からかしらね?」

 行き着けの屋台へと移動しながら、カグヤは修行を開始した。








憑依奮闘記
外伝2
「そして剣は受け継がれた」














 グツグツと、濃厚なスープの素材が鍋の中で煮立っていく。 その様をじっくりと見ながら、アーク・チェザイルは自室で趣味のラーメン作りに勤しんでいた。 元々彼は日系のアメリカ人だったのだが、ひょんなことから時空管理局に保護されることになりそこで魔法を学んで管理局員になった変り種である。 第九十七管理外世界惑星地球出身の魔導師。 魔力資質はそれほど高くないとはいえ、それでも彼は強かった。

 魔導師としての強さは恐らくそれほど強くは無い。 だが、戦闘者としての彼の戦闘技術は現行の管理局員の中でもトップクラスである。 少年時代から研鑽してきたその技術は、こと近接戦闘では彼の右に立つものはいないとまで言われるほどに圧倒的だ。 二本の刀型アームドデバイスを用いた無双の剣術は、高ランク魔導師でさえ一対一では敗北するほどの冴えがある。 

「アークいるか? アーク?」

 ベルを鳴らしても一向に出てこないアークに業を煮やした女性が、鍵を開けっ放しのドアを開けて声を上げた。 

「おう、入れよミズノハ」

 それに答えながら、しかし鍋からアークは視線を外さない。 これは高々趣味とはいえ、されど趣味。 そこに在るこだわりは半端ではない。 変化の全てを見極めるといった具合に睨みつけられるその双眸には、妥協など一切無い。 まるで戦闘態勢を維持している兵士そのものといった具合だ。

「……またラーメン作りか?」 

「ああ、趣味だからな。 管理局引退したら店出そうかなと思ってる」

「冗談を……お前ほどの魔導師を管理局が手放すものか」

「そんときゃ、総務部ごと切り刻むだけさ」

「……」

 割と本気でそういうと、アークは後ろを振り返る。 金髪を伸ばした女性が、ムスっとした顔でアークを見ていた。 それに苦笑しながら頷くと、趣味をやめた。 続きはまた後からにしたようである。 趣味はあくまで二番目。 本当の一番は別にある。 ならば、それのために二番目を我慢するのは至極当然の結論であった。

「それで、訓練か? 休日だってのに精が出るな」

「……一日剣を振るわなければ技術が三日前に戻る。 そう教えたのはアークのはずだぞ」

「ああ、だが朝っぱらからやることでも無いと思うが……まあいい付き合ってやるよ」

 そういうと、アークは適当に身に着けていたエプロンをテーブルに放り投げるとのっそりと台所を歩き出す。 ポケットに突っ込んであるデバイスに命令し、バリアジャケットを着込むとそのままミズノハと共に外へ出て行った。

「そういえば、もう結構お前に剣を教えてたなぁ。 剣術とエア・ステップがかなり様になってきてるし、そろそろ次やってみるか?」

「ん? 次とは?」

「グラムサイトだよ。 まだ教えちゃいないが、それを覚えてAMBに行かなきゃ魔法を切り裂くことはできん。 力づくで叩き切るだけなら、今のままでもまあなんとかなるだろうけどよ。 それだと、本当の意味で俺の剣に近づくことなんてできねぇ」

「なら、教えてくれ。 今まで以上に厳しかろうと覚えてみせる」

「あれ、死ぬほど気持ち悪いぞ?」

「――何?」

 痛みとか苦しいとかなら、理解できるが気持ち悪いとは一体何なのか? 剣と気持ち悪いという言葉の繋がりをミズノハは理解できなかった。 だが、それでもやりきろうと思った。 日頃からボロボロになるまで喰らいついて来たのである。 今更、後に引くようなことをするつもりは無い。

「ま、やってみたら分かる。 アレ、地獄の苦しみだからよ。 大体一日三十分を一年ぐらいだな」

 くくっと豪快に笑いながら、アークはミズノハと共に訓練室へと入っていく。 そこには、意地の悪い笑みが浮かんでいた。















 日本という国は、非常に間違ったイメージが先行している国だった。 少なくとも、外の国から見た日本というのはゲイシャがいて、ニンジャがいて、サムライが今でもいるジャパニメーション大国という認識がある。 一度行ったことのある人間や、詳しく勉強していればそんなイメージを抱くことはないだろうが、少なくともそういうイメージが定着していることは確かだった。

 アーク・チェザイルもその一人だ。 日系のアメリカ人である彼は、日本のテレビを放送するジャパニーズTVを良く鑑賞していた。 お気に入りは暴れん坊ジェネラルである。 ジェネラルが刀を片手に悪人をバッサバッさと切り倒していくアクションシーンが彼は幼少時から大好きで、いつか自分も刀を振り回して悪人をなぎ倒してやりたいと常々思っていた。 分かりやすい勧善懲悪。 だが、子供にはそれぐらい分かりやすいものでも十分だった。 国柄的にも自由と正義の国であったし、正義の執行にはなんら戸惑いなど無い。 両親はそんな彼の間違ったイメージを払拭すべく、一度本物の日本を見せようと思った。 だから、彼をつれて日本へと旅行に向かった。

 日本という国は世界中からみればかなり安全な国である。 街中で銃を携帯することが原則不可能であるし、危険とは一番程遠い国であるとされていた。 だから両親も安心して彼を旅行に連れて行くことを決められたのだ。 だが、そこで彼は今まで知りもしなかったものに出くわすことになった。 それが幸か不幸かは彼自身にしか分からないが、それでも運命的な出会いがあったことだけは確かだった。

「――え?」 

 夕方だった。 両親と一緒に首都東京を巡っていた彼の目の前で、世界が一瞬に闇へと落ちていった。 夕闇を遮断する黒。 それが広がるに従って世界が次々と色をなくしていく。 人間を食いつぶしていくようなその景色に、アークは呆然とした。 すぐ近くにいたはずの両親も、そして往来を行き来していた日本人たちが忽然と消えた。

 その変わりに、奇妙な装束を纏って杖を握る集団が彼を囲むようにして空から降りてきた。

「じゃ、ジャパニメーションCG?」

 もしくは、何かの撮影なのだろうか? そんなことを恐慌した頭で考えるが、アークにはそれらが異常であるという認識だけははっきりと持てた。 お土産に買った木刀に手を伸ばし、なんとか逃げようと考える。 だが、それはならない。 一瞬にして彼の身体をバインドが拘束したからである。

「な、なんだこれ!?」

 魔法など無い世界だ。 その未知に彼は怯えた。 やがて、奇妙な連中がゆっくりと詰め寄ってくる頃には、自分がどういう目に会うのか想像して彼は気の毒なぐらい震えていた。 もしかしたら、トラウマになっていたかもしれない。 抵抗はできず、理解不能な力で押さえ込まれている。 いっその事声をあげて泣き出そうかと思った。 だが、それをせずに彼はキッとそいつらを睨みつける。
 悪人に屈してはならない。 それは、彼が知らず知らずの内に考えていたことだった。 暴れ坊ジェネラルも、アメコミのヒーローも、決して最後まで泣き言など言わずに戦っていた。 ならばと、自分も戦おうと無意識に思ったのだ。

 詰め寄ってくる無数の悪人を前に、気丈にも立ち向おうとする少年。 驚くべきことに、彼はむしろ自分から一歩前に進んだ。 後ろに進むなんてことをするつもりはもうなかった。 震える足を恐る恐る前に出し、地面を踏みしめて拘束するために近寄ってきた悪人の一人に噛み付いて見せた。

「――この、クソガキが!!」

 噛み付かれた悪人が、アークを蹴り飛ばす。 ゴロゴロと地面を転がりながら、アークはしかしそれでも睨みつけるのをやめなかった。 最後まで、抵抗する気だったのだ。

「ちっ、少しいたぶってやるか」

 噛み付かれた男が、杖を構える。 その前方に収束するは魔力の弾丸。 足元に展開されている魔法陣が魔法の行使を宣言する。 銃撃音にも似た音が木霊し、アークへ向かって発射された。

――だが、それでもアークは目を閉じない。

 身体を振り、転がるようにして避けた。 その様に面白い遊びでも考え付いたのか、その悪人が次々と魔法を撃った。 撃って、撃って撃つ。

「ははは、ほら、避けろよガキ。 当たったらおしまいだぞ」

 笑いながら、悪人が囀る。 悔しいと思った。 悔しくて、悔しくて、何も出来ないことが悔しくて涙が出てきた。 自分にも悪人を切り飛ばすための剣が欲しい。 あのアメコミのヒーローのような力を、暴れん坊ジェネラルのような刀を。 そう、切実に思ったときだった。 そのソプラノが聞こえて来たのは。

「――ボウヤ、良く我慢したわね」

 ザシュっと何かを切るような音が響いた。 逃げ惑っていたアークは、砲撃音が聞こえなくなったことに訝しんで、転がるのを止め顔を上げる。 と、そこには自分より少し年上ぐらいの黒髪の少女が刀を構えて彼と悪人の間に立ちふさがっているのが見えた。

「いきなり封鎖結界が張られるから何かと思って来てみれば、弱い者苛め? 相変わらず次元犯罪者ってのは屑ばかりね」

 足首まであるのではないかと思える黒髪をそっと左手で撫でつけながら、少女が言う。 その言葉に込められた侮蔑に、悪人たちが青筋を浮かべて杖を構える。 だが、少女はそんなことには頓着せずに、アークに向かって振り返る。

「少し待っていなさい。 馬鹿な連中は東京湾へ沈めてきてあげるから」

 優しげなその紅眼に、アークはただ頷いた。 頷くことしかできなかった。 込められていたのは、魔性の如きカリスマか。 ただの視線に込められた優しげな慈愛に、アークはポカンと口を開けたまま呆然とした。 次の瞬間、着物を着た少女の姿がブレた。 いや、あまりにその動きが早すぎてアークには目で追いきれなかったのだ。

――シャーっと鞘を滑る刃音が、夕闇を切り裂く。

「あ……え?」

 アークを今まで砲撃していた悪人の一人が、ただそれだけの一瞬で視界から飛んでいった。 まるで呆気なかった。 冗談のようなことが、今目の前で起こっていた。 

「か、かかれ!!」

 悪人のリーダーらしき男が、怒声を張り上げる。 だが、それでも少女を止められることはできない。 神速の踏み込みで縦横無尽に大地を駆けると、手にしていた刀を振るう。 と、悪人がただそれだけれで、地面に倒れる。 まるで圧倒的であった。

「手加減するのも面倒ね……まったく」

 呟きながら、殺さないようにして少女が剣を振るっていく。 放たれる砲撃魔法を切り裂き、舞うように戦場を徘徊した。 次々と悪人たちが、少女の剣に沈んでいく。 それは、いつか見た暴れん坊ジェネラルそのものだった。 アークは、瞬きをするのも忘れてそれを凝視する。

「いるんだまだ、サムライが……まだこの国に!!」

 現実に、存在していた。 両親がいないと言い、日本に来てからただの一人も見ていないというのに、着物を着た侍が確かにアークの目の前にいたのだ。

「いっけぇぇぇサムライガール!!」

 いつの間にか応援していた。 そのアークの言葉が聞こえたのか、少女の口元が緩んだ。 苦笑しているような笑みだった。

 剣閃は流麗にして華麗。 魔法を刀一振りで切り伏せながら、少女は剣舞を披露していく。 実力の一端も出さぬまま、ただ淡々と作業をこなすように。 だが、無機質にも見えるその絶対零度の刃に宿った力は、確かな威力を誇っている。 悪人たちが皆、その刃に伏すのに十分も掛からなかった。 それだけ、彼女の力が圧倒的であったのだ。 やがて、彼女が一人一人蹴飛ばすように触れると、悪人たちが消えていった。 本当に、彼女が東京湾へと送ったのだ。

「ふぅ、こんなものかしらね。 後は……」

 刀を納刀し、少女が再び居合いの体制をとる。 目に見えない圧力のようなものが周辺に広がってく。

「……見つけた。 AMB最大出力」

 振るわれる刀が、音速を超える。 その瞬間、確かな悲鳴を少年は聞いた。 闇が晴れていく。 少女が術者ごと結界を切り裂いたのだ。 街が元に戻っていく。 人の歩みが、世界に戻ってきた。

「さて、ボウヤお腹空かないかしら? ラーメンでも食べに行きましょ。 驕ってあげるわ」

 刀を竹刀袋に納めながら、サムライ少女がアークに言う。 なんでもない風に、誘ってきた。

「あ……うん。 それと……その……ありがとう。 助けてくれて」

 はにかみながら、お礼を言う。 少女は、それに薄く微笑を返すと歩き始める。 どうやら、ついて来いということらしい。 アークは少女と共に近くの公園の屋台へと向かった。

「叔父さん、いつもの奴をこの子にも」

「あいよ。 しっかし、久しぶりだな嬢ちゃん」 

 しばらくして、出てきたのはとんこつラーメンだった。 それも、ネギが異様に多い奴。 アークはそれに箸を伸ばしながら、少女の顔を盗み見る。

「ん? とんこつは嫌いだったかしら?」

「あ、いや。 大好きだよ」

 不思議そうに見返してきた紅眼にドギマギしながら、アークはラーメンを平らげていく。 聞けたことは特に無い。 何を聞いたのかさえ、今はもう覚えていない。 ただ、少女のカグヤという名前だけは覚えた。 そして、ラーメンを驕ってもらった後に彼女はアークを近くの交番へ連れて行った。 そこには心配していた両親がいて、泣きながらアークを抱きしめた。 やがて、その様を見届けることなく彼女は東京の街へと消えていった。













「……潜入任務?」

「ああ、どうやら魔導師狩りを行っている次元犯罪組織へ潜入し、首魁を捕まえろってことらしい」

「ふーん、俺とミズノハでか?」

「残りは外で陽動と制圧だってさ」

「くっくっく……隊長も粋な計らいをしてくれるじゃないか」

 本局武装隊第五特殊制圧作戦小隊。 同僚の部隊員の言葉に、アークは愉快げに笑う。 彼自身、魔導師狩りにあった人間だ。 そういう輩のことを聞いて黙っていられるわけがない。 寧ろ、率先してそういう輩を一網打尽にしてやりたかった。

「作戦のブリーフィングは二時間後だと。 それまでに作戦室に集合だってよ。 伝令、確かに伝えたぜ?」

「おう」

 同僚と別れながら、メンテナンスを行っていたデバイスを受け取りにいくためにお抱えのデバイスマイスターの所へと足を向ける。 その足取りは軽い。 任務自身に付きまとう危険よりも、正義を行使できるということに彼の目線が行っていたからだ。

「爺さん、入るぞ?」

「――何べん言ったら分かるんじゃアーク。 入ってから言っても意味はないぞい」

「いいじゃねーか。 爺さんと俺の仲だろ?」

「――ふん」

 白髪の老人の隣に向かいながら、アークは調整槽に浮かぶ自分のデバイスを眺める。 二振りの刀型アームドデバイスが、主の登場にコアを光らせた。

「二時間後にブリーフィングなんだが、間に合いそうか?」

「勿論じゃ。 やったことは簡単なメンテナンスだけじゃからな。 お前さんのデバイスほど弄り甲斐の無いデバイスは無いわい」

「そうか? 俺にはデバイスのことなんて良く分からないからよ。 言われてもいまいちピンと来ないんだがな」

「お前さんみたいに剣を振るうだけにしか能が無い人間には分からんじゃろうが、このデバイス……完成度が高すぎるんじゃよ。 誰じゃ? こんな法外なものを作ったのは? 刀身は未知の素材、デバイス構造は明らかにミッド式でもベルカ式とも系統が微妙に違うもので出来ておる。 しかも意図的に手抜きされている節もあるぞい? そして極め付きはあのメイドインアルハザードのロゴ。 どんな遊び心のある技術者がこんな胡散臭いもんを作ったのかワシにはとんと理解できん」

「さぁな。 俺の師匠がくれたもんだから、どこの誰が作ったのかなんて知らねぇよ」

「その師匠というのも、アレじゃろう? 噂のフリーランス魔導師『ソードダンサー』じゃろう? 軽く百年ぐらい前から存在するって噂じゃ。 胡散臭いことこの上ないわい」

「だが、半端じゃなく強いぜ? 確実にヴォルク提督よりも上だ。 年齢不詳なのは確かだけどよ」

「かっ、あの御仁より上とは吹きおるわい。 ハラオウンの一門は管理局最強クラスの魔力資質を持つ魔導師の名門じゃぞ? ポッと出の在野魔導師とは比べ物にならんよ」

「だが、俺は倒したぜ? 模擬戦でだけどな」

「模擬戦じゃからじゃよ。 それに、低ランク魔導師相手に本気など出せまいて。 それをしてしまえば、むしろ彼の実力を疑われる」

「けっ。 戦闘技術が魔力量に反比例してる爺さんだよあの爺さんは。 言い訳だろそんなの」

「……これ。 滅多なことを言うでない。 それでなくても、お前さんはその悪趣味のせいで色々と上から反感を買っておるんじゃ。 今にとんでもない任務に回されてしまうぞい」

 アークの悪趣味といえば、高ランク魔導師狩りである。 高慢ちきなエリート魔導師共を地に叩き落すのは、今の彼の日課であった。 特に、管理局に確実に存在している高ランク魔導師贔屓の波を、彼は毛嫌いしていた。 仕方ないことなのかもしれないが、それでもやはりそういう特権を許すのは彼の性に会わない。 ならば、低ランク魔導師の自分が彼らを打倒し、少しでも現状を変えてやりたかった。 無論、彼が納めている最強の剣術を広めるという意味でも、その悪趣味は一応の効果を発揮していた。

「ヴォルク提督はそんな玉じゃねぇよ」

「じゃが、他の提督はそうとは限らんじゃろう?」

「心配性だな爺さんも」

「……武装局員は末端じゃからなぁ。 いつ、上の連中のせいでどんな激戦区や任務に飛ばされるか分からん。 この子らを見守っている者としては、心配じゃよ」

「はっ、俺がじゃなくてこいつらの心配かよ」

「当たり前じゃろう? ワシはデバイスマイスターじゃぞ? 人間の心配は医療班に任せておけばよいじゃろうて」

「ははは、爺さんらしいな。 でもまぁ、そうだな。 剣を握れなくなったら俺はラーメン屋でも開くさ。 そんときは爺さんにラーメンおごってやるよ。 それも、取っておきのラーメンをな」

「ふぉっふぉっふぉ。 剣を振ることしかできんおぬしが料理じゃと? ワシを笑い殺す気か」

「……いや、マジなんだけどな」

 憮然とした表情でそういうと、アークは調整槽に浮かぶデバイスを見る。 師匠にAMBを伝授された頃、練習用のデバイスをぶち壊してしまったときに変わりにと渡されたそれは、今も彼の大事な相棒である。

「ミッドチルダの侍……か」

 だが、そんな称号には余り彼は価値を感じてはいなかった。 もっともっと凄い者を知っているからだ。 決して表に出ようとしない自分の師匠。 彼女こそが、真にその称号に相応しいのではないだろうか? 未だに剣を掠らせることさえできない師匠のことを考えながら、アークはため息をつく。

「まだまだ、俺もヒヨっ子ってことかね」

「当たり前じゃろう? 二十超えたぐらいで大人の仲間入り気分か?」

「年じゃねぇよ爺さん。 腕っ節の話さ」

 肩を竦めながらそういうと、アークは調整が終わるのをじっと待った。 












――剣に意地と魂を込めなさい。

 彼女はいつもそういっていた。 それができれば、剣士としては一流であると彼女は言う。 アークにとって、その教えは聖句である。 自分が敬愛する師匠の言葉だというのもあったが、ここ一番でモノを言うのはそういった前へ進もうとする意思であると思っていたからだ。

 でなければ、一体誰が高ランク魔導師に対して持久戦を仕掛けられるのか。 剣に込めた意地と、低ランクとしての自分にある誇りを胸に剣を振るう。 そうでなければ、とてもではないが彼らを打倒することなどできない。 才能は確かな差を生み出す。 それを嫌というほど彼は感じていた。 管理局員にいる空戦魔導師、そしてさらにその上に君臨する高ランク魔導師。 彼らの傲岸不遜な行いが、アークは嫌いだ。 最後にモノを言うのは他者を制圧する魔力であるなんて、そんなものを認めるわけにはいかない。 そんな悪を許すわけにはいかない。

 才能があろうがなかろうが、刀を振り上げられる腕があるのなら振り上げる。 決してそんな正義無き連中に背を向けてやるものか。 意地を、プライドを踏みにじられてたまるものか。

 剣は平等だとアークは思う。 魔法とは違って、腕さえあれば誰でも振り上げることができる。 無論、そこには才能の良し悪しがまたある。 だが、少なくとも誰にでも握ることが出来るのだ。 ならば、修錬し研鑽をつめば良い。 そうして、少しずつ自分と剣を鍛えていかなければ剣は答えてはくれないのだ。 少なくとも、才能があろうとなかろうと最低限の努力をしない人間には至高の領域はありえない。

 流麗な刀のように、その身を研ぎ澄ませる。 一人一人の色を出しながら、不恰好であろうとなんだろうと積み上げてきたものが平等の力になる。 そんな剣に、彼はいつの間にか魅せられていた。

 勿論、ヒーロー願望がなかったというわけはない。 子供の頃、悪人に連れ去られた経験からそういう奴らをぶちのめしてやりたいと常々思っていた。 でも、それでもやっぱり思うのだ。 その価値を誇らない理由は無いと。 先天技術だけで勝敗が決まってしまうような生ぬるい魔導師の世界そのものを、彼は嫌っていた。 それを言ったとき、彼の師匠は笑った。

「ふふ。 貴方は、いつの間にか一流の剣士になっていたのね」

 なんのことかは分からなかったが、少なくとも師匠はそのことを褒めていた気がする。 であれば、それは曲がったことではないと自らに誇って良いのだろうか?

「刻んでおいて上げるわアーク。 貴方という剣士の存在を私の距離に」

 首筋に這わされた小さな少女の掌に伝う血。 微かな痛みと共に覚えたその師匠の誇らしげな笑みに彼は、目を瞬かせた。 指先を舐める舌が、どこか艶やかに思えた。

「剣に意地と魂を込めなさい」

 彼女は言う。 そういって、自らの剣を取るとアークに対峙するように剣を構えた。 いつもの彼女の剣だ。 だが、いつもとはそれは違いすぎた。 気配が、あり方が、殺気が、今まで見せた意図的に力を抑え付けた剣ではない。 彼女が修行中は大抵封印しているそれを、今弟子に見せようとしていた。

「常人には見えない剣閃。 貴方の妖精の眼で見通しなさい。 そうして、私の真の剣を刻んでおきなさい。 今度は貴方が刻む番よアーク・チェザイル」

 年下にしか見えない少女。 あれから、まったく年齢を変えなかった師匠の姿が変わる。 彼と同じ二十台ぐらいの、絶世の美貌を宿した姿へと変わっていく。

「あ、姐さん……?」

 その姿に、ゴクリとアークは息を呑む。 絶対零度のその剣の、さらにその先。 彼女の秘奥が顕現していく。 グラムサイト越しに、通常ではありえないその剣閃に彼は震えを感じる。 まだ、まだ先があるというのか。 

「この私に、あの時のように貴方の意地を曝け出して魅せなさい」

 剣を握るために生まれたような女がいる。 剣で意地を通すことを選んだ青年がいる。 知らず知らずのうちに、アークはその手に剣を握っていた。 二振りのアームドデバイス。 いつかのように、彼は一歩前に出る。 後退は無い。 通すべき意地が、魅せるべき魂がその剣には宿っていた。 
――ならば、何も戸惑うことは無い。

 剣聖が舞う。 グラムサイト越しに感じる脅威の剣に、AMBを最大に展開しながら打ち合っていくアーク。 それを超える絶世の剣。 打ち合う度に、AMBが消滅する。 対魔法剣が、同じAMBで切り裂かれていく。 なんという妙技か。 それだけでも恐ろしい技術だというのに、彼女は一歩もその場から動いていない。 その場から、動かずとも斬撃だけを送り込んでくる。 それら全てが必殺の位置。 グラムサイトによって知覚していなければ、恐らくは防ぐことさえ適わない剣戟に、アークの意地が燃え上がる。

「それが、姐さんの剣の本気の剣閃ですかい?」

「ええ、そしてこれが本当の私のスタイルよ」 

 剣戟を交わしながら、アークはそれでも彼女が手加減していることを理解していた。 その事実がとても悔しい。 自分と打ち合うために、力を抑えた剣の声が聞こえる。 期待して振るわれるその剣が、さらに上を見せろと甲高い咆哮を上げた。

 耳に響く剣の慟哭。 そして、それに混じった歓喜。 そんな感情が伝播してくる。 彼女が何を思っているのかなんて、アークには分からない。 だが、それでも何か、本当に少しだけ混じった懐かしさの感情だけは理解した。 それは、彼女がこうして手加減せずとも打ち合える剣士を思い出しての回顧の情か。 それを感じたとき、アークは漠然と理解した。

――目の前の人にはもう、そんな人が誰もいないのだということを。

「……くっ!?」

 そう、思考が飛んだときだった。 両腕に握り締めた剣が飛んだ。 虚空を舞うデバイス。 アークの手元から逃れたそれが、ざっくりと地面に突き刺さった。 その向こうで、ギリギリのところで剣を止めた剣聖。 グラムサイト越しの視界で、その刀の切っ先が自分の首から一センチとも離れていないことを知覚したアークは両手を上げて降参のポーズをとる。 そんな弟子の様子に苦笑しながら、彼女は剣を仕舞うと少女の姿に戻った。

「……意地は通せたかしら?」

「無理でしたよ。 途中で意地がすっぽ抜けちまいましたからね」

 地面に突き刺さった刀を回収しながら、アークは肩を竦める。

「ふふ、まだまだ修行が必要かしらね?」

「まあ、先は長いっすね」

 二人揃って苦笑しながら、剣士たちが笑みを浮かべた。 それが、彼がその身体に刻んだ彼女の誇る最強の剣だった。 意地で、そこまでのし上がれるか。 武者震いを感じながら、彼は思った。 剣を振るえる限り、それを目指そう。 頂は遠く、今でさえもその全容を見せない。 だが――それでもそこには、確かな価値が見えたのだから。

 恐らくは、自分自身には彼女の剣を完全に模倣することはできない。 何より、あの奇妙な剣を再現することができない。 ならば、どうやって迫る? 簡単な話だ。 原型を超える剣技を身に着ければ良い。 距離を選ばないからどうした? その距離の向こうに、確かに彼女がいたのだ。 ならば、後はそこまで意地を飛ばせるようになれば良いのだ。 修錬で、積み上げたもので。 ゆっくりと自分の足で、そこまで登ってみせる。 そうして、もう一度彼女に自分の剣を刻みなおしてもらおう。

――今よりももっと全身全霊を込めて剣に意地と魂を込めよう。
















 武装隊の任務に楽な任務など無い。 彼らの敵はいつも危険な犯罪者で、道理を無視するはみ出し者ばかり。 そんな連中に道理を説いて、改心させるのが管理局の仕事であるとアークは思っていた。 そして、それが自分の使命であるとも。 魔導師の脅威を知り、魔法科学の威容を知った今だからこそ、はっきりと思うのだ。 これらの力を無作為に野に放置することは危険であると。 勿論、魔法科学だでけはない。 純粋な科学技術だけを用いられた質量兵器も、純粋な暴力でしかないものならばそれら全てを制御できるようにならなければ、人類に安寧は無い。

 ロストロギア――古代遺失物――然り、高ランク魔導師然り次元犯罪者然り質量兵器然りである。それら全て、基本的には使う人間がいて初めて意味を持つものばかり。 人間の欲望と野望の果てに、いつも巻き込まれるのは何も知らない人々だ。 力なき、剣を持たない者たちだ。 そのためにこそ、剣は振るわなければならない。 それが、彼の正義だった。 だが、彼がいくらそう思って犯罪を取り締まっても、次の瞬間にはまるでそれをあざ笑うかのように犯罪は起きる。 

「くそ!!」

 いつものように、次元犯罪者をしょっ引くだけの任務であったはずだ。 だが、これはどういうことなのか? 死んだはずの犯罪者が、蘇ってくる。 非殺傷設定で死に、しかしその次の瞬間にはまた別の死者が現れる。 切り捨てても切り捨ててもまるで意味が無い。

「アーク!! このまま進むのは危険すぎる!! 一度本隊と合流しよう!!」

「……いや、このまま行く。 ミズノハ、お前は戻って隊長に高ランク魔導師の援軍を呼んでもらって来い。 こいつを放置するわけにはいかねぇ。 こんな馬鹿げたこと、目の前でされて黙っていたら、この馬鹿野郎共が浮かばれねぇよ!!」

 ミズノハにそういうと、アークはグラムサイトを展開したまま先へと進む。 引くわけにはいかなかった。 今引けば、逃がすだろう。 犯人を。 この現況を作り出した大馬鹿野郎を。 そして何より、この嫌な雰囲気を彼は知っていた。 あのとき、カグヤに助け出される前に一度この感覚の男を見ているのだ。 あの黄金の男がいる感覚を彼のグラムサイトと記憶が訴えている。 ならば、前へ進――。

「ミズノハ、伏せろ!!」

「アーク? ――きゃっ!?」

 グラムサイトが鳴らした警鐘に、アークがミズノハに言う。 だが、それを理解する前にミズノハの身体が吹き飛んだ。 激しくバウンドしながら、通路を転がるミズノハ。 死んではいない。 上下する胸を見れば、生きていることは分かる。 ただ、頭を強く打ったのか衝撃で気を失ったようである。 ちっと舌打ちをしながら、高速移動魔法でミズノハに駆け寄る。 そうして、今にも彼女にトドメを誘うとしていた死者に剣を振るった。

「人の相棒に何しやがる!!」

 剣閃が閃き、AMBを纏った刃が敵を無害な魔力へと還元させる。 リビングデッド<屍人>が霧へと帰る。 だが、その姿を確認せずとも理解できる彼は、一目散にミズノハに駆け寄る。 バイタルを確認……どうやら、特に異常は無い。 ダメージは追っていたが、この程度ならば許容範囲内だろう。 安堵のため息を漏らしながら、彼は次の瞬間に刀を振るう。

「――つぅ!?」

 衝撃で、肩が外れるかと思った。 それほどの衝撃が、刀越しに彼に響いた。 なんとかAMBで切り裂くことができたが、これを何度も喰らうことはできないと彼は内心で驚愕していた。 そもそも、ありえない。 その魔法を撃ってきた人間の魔力量が、その術式の強固さが。

「……ほう?」

 視線の先にいるのは金髪の優男だった。 如何にも典型的な高ランク魔導師といった風である。 だが、その顔にアークは見覚えがあった。 彼こそはあの魔導師狩りの男。 あの時、あの場所から逃げおおせた一人。 そして、彼女がやってくる前日には姿を消していた奇妙な男だ。

「――ようやく見つけたぜ」

「見つけた? この私を知っているのか?」

「もう随分昔だ。 十年ぐらい前に、あんたがやってた魔導師狩りに会ったことがあってな。 それからずっとあんたは俺の手で捕まえてやりたいと思ってたんだよ犯罪者!!」

「十年前? ……ああ、すまない。 そんなことは良くあることでね。 全く覚えていない」

「てめぇ……」

 だが、相手が忘れていても彼は覚えていた。 あの牢獄で、あの場所で。 一年間連れ去られ、洗脳にさえ耐え切った彼は。 彼だけは――。















 アメリカに帰った彼を待ち受けていたのは、二度目の闇であった。 再び展開された封鎖結界。 常人と魔導師を区別して異界に閉じ込めるその魔法によって、彼は彼らに捉えられた。 さすがにそのときは彼女は現れなかった。 そこはアメリカ。 サムライガールが現れる道理は無い。 ならば、アメコミのヒーローが来るかと思ったが、そんな偶然は起こらなかった。

 魔導師としての才能が少なからずあった彼は、別の次元世界へと連れ去られそこで魔導師としての教育と洗脳を受けさせられた。 来る日も来る日も続くそれに、さしもの彼の意思も弱っていった。 だが、それでも彼は紙一重のところで洗脳から耐え切っていた。 それには、次元犯罪者たちも驚いていた。 だからこそ、その非常に強い精神力を持っていた彼に一人の男が興味を見出した。

――それは、金色の男だった。

 薄気味悪いほどに整った顔立ちの男で、組織の人間たちは何故か彼を神のように崇めていた。 だが、アークには効かない。 そんな人々を狂わせる黄金のマスクの持ち主には、なんら興味など抱かなかった。 むしろ嫌悪してさえいた。 悪人の幹部か親玉。 そんな認識を抱く相手に、彼が好意を抱くはずなど初めからあるはずがないのだから。

 ジッと自分を見る金色。 それを、睨みつけるアーク。 数秒その奇妙な邂逅があった。 ただ、それだけの話。 すぐにアークから興味を失った彼は、組織の人間たちに何かを言うと去っていった。 だが、その後すぐに彼の洗脳が始まった。 そして、洗脳に混ざって何かの機械を身体に埋め込まれた。 小さなチップのようなそれに、アークは自分が改造人間にでもされるのかと恐怖を抱きながら、次の日を迎えた。

 だが、それ以上にそれが進展することはなかった。

「――ボウヤ、もう大丈夫よ」

 いつの間にか、自分を見下ろす一人の少女がいた。 それは、いつかの黒髪のサムライガールだった。 あの時と違うのは、その身を巫女服で包んでいたことか。 だが、それでも彼は彼女を覚えていた。

「――カ……グ……ヤ? サムライ……ガール?」

 呆然とした様子で、アークは周囲を見る。 と、そこには組織の人間たちが伸びていた。 いつかのように彼女の剣で切り伏せられたのだろう。

「……歩ける?」

「うん」

 酷い有様だった。 いたるところに剣閃の後があり、激闘が繰り広げられたことだけは理解した。 少し心配になって彼女の姿を見るが、彼女は傷一つ負っていない。 そのことに安堵しながら、彼は彼女と共に施設を歩いた。

「……そうだ、他にも連れてこられた奴らがいるんだ!! そいつらも助けてやって!!」

「ええ。 案内できる?」

「こっち」

 既に、施設内の一定区画は覚えていた。 カグヤを先導しながら、連れ込まれていた同胞たちの元へと彼は案内した。 と、そこには牢獄で死んだように眠る魔導師たちがいた。 皆息はあるが、意思が無い。 ただ、生きているだけの肉塊だった。 光を宿さない目に、微動だにしない体。 こちらが呼びかければ、気味が悪いぐらいに綺麗に整列し命令を待った。

「――あの男……どこまでも人を馬鹿にするわね」

 それを見た彼女の顔には表情がなかった。 感情という感情が消えている。 アークもまた、洗脳に耐え切れて居なければそうなっていたのかもしれない。 そう思うと、膝の辺りがガクガクと震えた。

「……」

「……」

「……いくわよ。 ついてきなさい」

 命令には忠実に。 そういう風にコマンドされているのか。 カグヤの言葉に彼らは従った。 人間として終わっていた彼らだが、それでも治療の見込みがないわけではない。 アークの手を握ったカグヤの手が怒りに震えていた。

 外に出た頃、ようやくやってきたのか奇妙な制服を着た一団がやってきた。 アークたちの一団を見つけるなり、手に持ったデバイスを向けて威圧してくる。 だが、それには構わずにカグヤはその一団のリーダーらしき人間のところに向かう。

 何を話しているのかは分からない。 だが、後ろの人間たちを保護してやってくれと言っているのだけは理解した。

「……全員、彼らについていきなさい。 貴方も、彼らについていきなさいな。 大丈夫、一応は彼らは正規の時空管理局員だから」

 その後、去っていく彼女を局員が止めようとしたが彼女はそれらを一喝して去っていこうとした。そのとき、アークはその背中を無意識に追っていた。 知らず知らずのうちに、彼女に声をかけて頭を地面にこすり付ける勢いで叫んだ。

――貴女の弟子にしてくださいと。 

 周囲の人間は皆呆気に取られていた。 勿論、彼女もだ。 彼女は断ったが、しかしアークは折れない。

「今度、また今度あいつらがやってきても、嫌だって自分を貫くための力が欲しいんです!! お願いします!! お願いします!! お願いします!!」

 少年の懇願に、カグヤが何を思ったのかは分からない。 だが、彼女は折れてアークを弟子にした。 そして、彼は彼女の剣を学んだ。

 管理局に保護され、訓練学校に通いながらカグヤの剣を学び続けた。 そうして、鍛え上げたモノを武器に彼は戦っていく。 彼の根源が何かなどと、言わずもがなだ。 不条理が何よりも嫌いだ。 悪というのが、たまらなく嫌いだ。 そして、そんなモノに蹂躙されるしかなかった自分も嫌いだ。 だからこその、剣を。 自分を貫くための剣を。 そんな剣を彼は望んだ。

――もしかしたら、彼がそういう剣を望んだからこそカグヤが応えたのかもしれない。 













「これで、仕舞いにしてやるぜ金色!!」

 踊りかかるように前へ出る。 それを迎撃するは散弾のような魔力弾。 あのヴォルク提督を凌駕する魔力で、それを超越する術式強度を持った砲撃が金色の光を放ちながらやってくる。

 グラムサイトの展開範囲を狭め、領域認識力を限界ギリギリにまで引き上げながらアークは渾身の力で刀を振るう。 一撃一撃に込められた魔力を考えれば、恐らくは最大出力でなければ競り負ける。 AMBとは基本的に術式を切断することで魔法を無力化しようとする技術である。 それにはグラムサイトのVer2が必要であり、それで感知した魔力術式を剣術で切り裂かなければならない。 高速で飛来する弾丸を切り裂くのには、酷く難しい。 だが、幾度となくそれを行ってきたアークの並外れた剣技が、その神業をこなしていく。 

 前へ。 少しずつ前へ。 剣で張った結界で、傍若無人な魔法の嵐へと突き進む。 後退は無い。 そもそも、それでは意地が通せない。 目の前の悪を前にして、アーク・チェザイルという魔法剣士にはその選択肢などはなから頭に無いのだ。

 ジリジリと、少しずつ。 散弾の雨を掻い潜る。 驚くべきことに、相手には溜めという行為が無い。 というよりも、必要無いらしい。 休みなく振るわれるその魔法の雨にアークは辟易した。

「ほう? その剣技……どこかで見たことがある。 それは……うむ。 確かシリウスの剣技だったかな?」

 金色が訝みながら、アークを見る。 その顔には何の感情も無い。 ただ、気味の悪い微笑を浮かべるだけだ。 まるで、それしか感情を表せないのかと思うぐらいに気色が悪い。 或いは、もしかしたら彼も”人間”を辞めているのか。 あの死人たちのように、切り裂けば魔力に還るのかもしれない。 だが、それをするのは容易では無いだろう。 なんとか掻い潜ろうと足掻いているが、それでも敵はまるでこちらを玩ぶかのように振舞っている。 彼のグラムサイトが感じていた。 その弾道が、少しずつ背後のミズノハを狙っているということを。 

(くそったれ!!)

 態とやっているのだろう。 そして、それを肴に楽しんでいるのだ。 心底、性根が腐っている。 それに気がつかない振りをしながら、少しでもそれを防ぐ位置に剣閃を走らせる。 だが、それに気を回すせいで足が止まった。 前へ進めない。 剣の間合いへと進めない。 これでは、ジリ貧だ。 思考を回転させながら、剣を振るうがそれでも少しも前に進めない。 ここまで手ごわい相手を彼は知らない。 もしかしたら、彼の師匠でもなければ倒せない領域の相手なのか。

 通常の魔導師を遥かに凌駕する金色。 ただ、散弾の魔法を放つだけの魔導師。 だが、そんなのは嘘っぱちだ。 徐々に、戦場に満ちていく金色の魔力が別の術式を準備していく。 だが、それを前にしてもアークには止める術は無い。 じわりじわりと真綿を締め付けるように、厭らしい戦い方をする金色にこのまま成す術もなく負けるしかないのか?

(冗談じゃねぇ!!)

「くそ、くそ、くそ、ここまで来たんだ。 今更……だが……」

 意地があった。 決して、悪に背中を見せないというそんな子供っぽい我が侭を抱いたまま、今までやってきた。 だが、それは今この状況で貫くべき意地なのか? 背後にいるミズノハのことを考えれば、そんなことを言ってはいられない。 そんなことは分かっている。 だが、だが、だが――。

――剣に意地と魂を込めなさい。 そして、それに込められた誇りを持って戦いなさい。

 嗚呼、そうだ。 そうでなければ意味が無い。 本当は判っていたのだ。 多分、一番意地を通せなくなる選択肢があるとしたら、それは後ろにいるミズノハを守りきれず敵に屈することだということだ。 なら、また積み上げろ。 失ってからでは遅い。 何よりも、無くなったものは決して帰って来ることがないのだから。

「う、らぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 初めて、アーク・チェザイルという人間が後ろに下がった。 彼女を守るために、生涯選択しないであろうと思っていた選択を選んだ。 だが、そこに彼はもうなんの後悔もない。 ミズノハを生かして帰すという意地もまた、彼の胸には確かにあったのだ。

 まだ、彼女には教えていない技術がある。 グラムサイトだって教えきっていないし、AMBもまだだ。 こんな体たらくの師匠なんて、彼女に誇れないではないか。

 魔弾を切り裂きながら、グラムサイトの知覚を見る。 もう、時間が無い。 あのよく分からない術式が起動する。 防ぎきれるだろうか? 否、それをやるしかもう助かる方法が無い。 これだけの魔力の胎動だ。 時間を稼げば異変を感じて、仲間が応援にやってきてくれるかもしれない。 だが、それまで持たせられるかどうかは全て自分の剣技に掛かっている。 リスクは半端ではない。 だが、それでもやるしかない。

(今だけは、今この瞬間だけは姐さんぐらいの領域に意地で立って見せやがれ!! アーク・チェザイル!!)

 自分自身を叱咤激励しながら、なけなしの魔力を振り絞る。 限界など知ったことか。 アークのリンカーコアが、急激な魔力消費と魔力回復のピストン運動に悲鳴を上げる。 AMBへの供給魔力が臨界に達していく。

「さて、存外長引いたがそろそろ終りにしよう。 なに、跡形も残らないから安心したまえ」

 光が集う。 金色の光が、圧倒的な光陵を持って周辺を照らす。 まるで、太陽が至近距離で輝いているかのような、そんな光の闇に世界が飲み込まれていく。 と、金色が放っていた散弾が止まった。 次の瞬間、今までのそれなど比べるべくもないものが放たれる。 それは、収束魔法だったのだろう。 極太のレーザー光が真っ直ぐに二人の方へと向かって突き進んでくる。 光が全てを埋め尽くしていく。 そんな錯覚をアークは感じた。 だが――。

「うぉぉぉぉぉぉ!! 斬り裂けぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 後退は無い。 グラムサイトが知覚したその術式に、意地と魂を込めた剣を振り下ろす。 ただただ無心だった。 がむしゃらに、両の腕に力を込めてただその暴虐の光に抗った。 術式部分に刃が重なり、術式を切り裂いていく。 だが、持つのか? 破壊されていく暴虐の閃光。 だが、次の瞬間にはその後ろの術式で形成された魔法がやってきている。 AMBの術式に込められた魔力が持たない。 対消滅されていく端から、リンカーコアから魔力をくみ上げてやり過ごしていく。 魔力回復能力が尋常ではないアークだからこそできる、神技である。

 魔力の最大出力は弱くとも、最大放出時間はヴォルクを遥かに凌駕する彼にしかできない力技だ。 そこに込められた意地と魂が、暴虐の化身を無力化する。 その光景に、対峙した金色の目に初めて驚愕が浮かんだ。 まるで、信じられないものを見たような物凄い形相でアークを睨みつける。  あの瞬間、アークはランクSSSの収束魔法をAMBという魔法の混ざった剣術で凌駕して見せたのだ。 常人ならば、その偉業に驚愕しないわけがない。 ましてや、”彼の魔法至上主義者”にとって、それは青天の霹靂であったはずだ。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……はは、ざまぁみやがれ。 防いでやったぜ……はは、俺ってすげー」

「馬鹿な……貴様、何をした!!」

「何も、してねぇよ。 てめぇのちっぽけな魔法を剣で斬っただけじゃねぇかよ。 どうして、そんな怖いもんみたみたいに怯えてやがる? 怖いのか? それだけの魔法の才能を持ってて怖いのかよこの俺の剣<意地>が!!!!」

「――はっ!! 怖い? この私が塵芥の低ランク魔導師如きに恐怖しているだと? そんな馬鹿なことがあってたまるか!! 私は何れ魔導王になる人間だ。 貴様ら如きに恐怖することなどありえない!! もういい、奇跡は二度も起きないと知れ愚物が!!」

 再び集う金色の魔力。 世界事態を震撼させうる膨大なその魔力に、施設が揺れた。 アークが、息も絶え絶えな様子で、しかし再び剣を構える。 もう一度切り裂こうというのだろう。 だが、リンカーコアが反応しない。 まるで、燃料の切れた内燃機関のようにピクリとも動かない。 あれだけ魔力回復量が異常であるアークのそれが、先ほどの異常放出で完全に底をついていた。

「――ちっ。 ガス欠かよ。 だが、それでも――」

 AMBが、魔法が使えないからといってどうした。 それでも、この手にはまだ刀がある。 ヒビ一つ入っていない、相棒がその手の中にある。 ならば、再び意地<剣>を通すだけだ。 グラムサイトさえ使えない満身創痍の身体で、アークはゆっくりと剣を掲げる。 それは、一番初めに彼女にならった剣の型だった。 基本の型のその壱。 ただ、振り下ろすだけの、簡単な型。 だが、それでも良かった。

――まだ、通すべき意地がそこにはあるのだから。

「――消し飛ばせ……ガンマ・レイ」

 極光が放たれる。 それに、ただ無心に剣を振り下ろそうとした。 そのときだ。 彼の前に、何時か見たあの黒髪の少女がいたのに気づいたのは。

「――あら? 二度目が無いのは貴方の方でしょうシュナイゼル?」

 白の剣閃が空間を走る。 ただ、それだけで白いAMBの輝きを宿した光刃が金色を切り裂いた。 あれほど金色に輝いていた世界が、その白い剣閃に恐れをなしたかのように逃げていく。 金を凌駕する白。 こうして遍く次元世界の中にあって、かつて剣聖の名を冠した少女の剣が金色の光さえも切り裂いたのだ。

 その威容を、その光景を金色もアークもまた呆然と見た。 白いの魔力を放出するその小さな体躯に込められた剣気に、金色の魔力さえもが萎縮していた。 金色のメッキが剥がれて行く。 驚愕を確かな恐怖に変え、強張った表情で固まる金メッキの剥がれた男。 その顔が、酷く醜く歪んでいた。

「ば、かな? どうして君が……まさか、その男は!?」

「そうよ、私の最高の弟子よ。 でも、驚いたわ。 彼が貴方と相対して貴方の魔法を防ぎきっているんですもの。 滑稽だわシュナイゼル? 貴方は理解しているのかしら? ランクSSSが放った収束魔法を、この次元世界で初めて低ランク魔導師である彼に無効化されたのよ貴方は。 良かったわね? 最高に”不名誉”な称号を貴方は今手に入れたのよ。 魔導師としては恥ずかしくて今後とてもじゃないけれど”魔導王”なんて名乗れないわよ。 くく――あっはっはっは。 あーお腹が痛いわ」

 くつくつと、心底おかしそうに彼女は笑った。 ここまで痛快な話は無い。 目に涙を溜めて哂う彼女の笑い声がしばし周囲に響いた。

「――まあ、でも私が貴方の目の前に現れたってことはどういうことか分かっているわね?」

「……まったく君も懲りないね。 また、いつものようにかい?」

 何とか取り繕った言葉を金色が吐くが、しかしそれを彼女つまらなそうに一蹴する。 辟易しているのはお互い様だった。 だが、彼女と彼ではその重みが違いすぎた。 

「……君との縁は切れそうに無いね」

「冗談もそこまでにしておきなさい。 ”初めから”貴方との間に縁などは無いわ」

「……つれないことを言うね。 まあいい。 あれからこの身がどこまでの力を得たか、試すには丁度良い。 少なくとも、君を超えられるようにならなければあの連中の相手など夢のまたゆ――」

 最後まで、金色の男は言葉を発することはできなかった。 それを口にする前に、一瞬でその首ごと彼女の光速の剣によって飛ばされていたからだ。

「――地獄からやり直してきなさいペテン師。 貴方に、私の剣は絶対に見切れないわ。 それも、未来永劫ね」

 魔力へと還元されていく金色の男。 パクパクと何かを口にしようとしていたようだが、その先に何の興味も無いとばかりにその周囲を念入りに切り裂く。 圧倒的に無慈悲な剣聖の剣が、魔力の破片さえ残さないとばかりに空間を奔った。 ただ、それだけで金色の男を構成していた魔力が霧散した。

「……は、はは。 助かりましたよ姐さん」

 その場にどっかりと腰を下ろしながら、心底疲れたとばかりにアークが言う。 両腕に握り締めていた刀が、カランと地面に転がった。 どうやら、緊張の糸が切れてしまったらしい。

「礼を言う必要は無いわ。 偶々だもの」

 そういうと、彼女は軽く髪をかき上げた。 その優雅な姿に、アークはいつもと変わらない彼女のカリスマを仰ぎ見た。

「まあ、これであの男が金輪際貴方に関わることはないでしょう。 ”私”が関係していると知ったら、怖くて貴方に何もできないでしょうし」

「……あいつ、何者なんです?」

「私が、長く追っている人間よ。 まあ、正確に言えばあれはオリジナルのコピーでしかないから本物ではないのだけれど……」

 本物は既に死亡している。 彼女が追っているのはその本体。 コピーを生み出すその大元だ。

「ああ、それとあいつがランクSSSってのは本当ですかい?」

「ええ、ミッドチルダの最初の魔導師にしてミッド式の開祖。 馬鹿げた魔力資質を持った化け物よ。 もっとも、私やアルハザードの限界突破者<リミットブレイカー>には及ばないのだけれど」

「は、はは。 分かっちゃいたけど俺、すげぇ人に弟子入りしてたんですね」

「どうかしら? 私より凄いのなんて次元世界にはウヨウヨいるわよ」

「そいつは勘弁ですぜ。 だとしたら俺は、底辺の底辺じゃないっすかい」

「あら? そうでも無いわよ。 貴方の剣技は少なくともミッドで一番でしょうね。 彼のアレをあそこまで切り裂ける人間なんて、私以外ではまだ知らないわ」

 そういうと、カグヤはいつかの慈愛をその目に浮かべて微笑んでいた。 その言葉に思わず泣きそうになったアークだったが、それを見せる前に袖で拭うと満身創痍の身体で立ち上がりミズノハを抱き上げる。

「……他に、敵は居ますかね?」

「この周囲にはいないわ。 今、上の方から貴方の同僚がやってきているからこのまま戻って合流しなさいな」

「ええ……その、姐さん――」

「ん?」

「三度目ですね。 助けてもらったの」

「……そういえばそうね? 奇妙な縁かしら」

「はは、運命ですかね?」

「……どうかしら? だとしたら貴方、よほどついてないのね」

「……」

「ああ、それと貴方の最後の意地<剣>中々良かったわよ」

 そういうと、アークが口を開く前に彼女はいつものように転移していった。 後に残ったアークは、頭の後ろの辺りをガリガリとかいてから元来た道を戻っていく。 だが、その顔には確かに意地を通した男だけが晒せる誇らしげな顔があった。















 だが、意地を通すのにはそれ相応の代償を彼は払っていた。 それに気がついたのは、本局に還ってからだった。 彼のリンカーコアが死んでいたのだ。 いや、辛うじて死は免れてはいたものの、それでももう二度と魔法を使えないぐらいにまで損傷していた。 それも、二度と回復する見込みはないだろうとの医師のお墨付きで。

 そのことに、アークは愕然とした。 だが、それでも彼から全てが無くなったわけではなかった。意地の通し場所はあったのだ。 剣とは似ても似つかないけれど、それでも今度はそれで意地を通してみようかと思ったのだ。 

 管理局を辞める際に、ミズノハに本気で泣きつかれたり周囲の人間からその退役を惜しむ声があがったが、彼はそれらの声を振り切って管理局から飛び出し、新しい道を選んだ。 元々構想していたものであったし、それなりに研鑽はつんでいた。 趣味の延長だといったらそれまでかもしれないが、これもまた戦いである。


――そして、数年の月日が流れた。


 ミッドチルダの首都クラナガン。 その一角に、小さなラーメン屋が明日オープンする。 そのための準備に、アーク・チェザイルは追われていた。 スープの仕込みに、その他の材料の調達。 退職金をつぎ込んだこの店こそが、アークの次の戦場である。 と、開店は明日からだというのに、暖簾をくぐって一人の少女がやってきた。 アークはそれに気がつかずに、真剣な目でスープを睨んでいる。 彼の一番得意なのはとんこつだ。 醤油も味噌も研鑽したが、やはり得意なのはあの師匠が好きだったそれだった。

「店長、とんこつラーメンをもらえるかしら? ネギ多めで」

「え? あ、すいません開店は明日からなんで――!?」

「ええ、分かっているわ。 でも、一度客に出す前に練習は必要でしょう?」

「あ、姐さん!?」

 剣をもう二度と握らないと言ったとき、それ以降会うことがなかった師匠がカウンター席に座っていた。 それも、いつかのように着物姿に竹刀袋といった出で立ちだ。 まるで、初めてあったときと変わらないままでカグヤが微笑む。 それはもう唯我独尊を貫いて紅眼がアークを見る。 軽くウィンクしながらもう一度彼女は注文する。

「店長、とんこつラーメンをもらえるかしら? 勿論、ネギ多めでね」

「――へい!! とんこつネギ多め一丁!!」

 アークの威勢のいい声が、開店前日のラーメン屋に響いて消えた。

コメント
お久しぶりです。10日来ないうちに4話更新されていて、思わず小踊りした牛猫です。
今回の外伝のアークの話はかなり恰好良かったです。剣に意地と魂を込めるってなんかいいですね。やはり見所はアークがシュナイゼルの魔法を切り裂く所と、ミズノハ先生の思わず出てしまった可愛い悲鳴!(ぉぃ
すみません、少し変態入ってました。(ぇ!?
本編の方ではクライド(エイヤル)が色々頑張っているけど、一体どうなるのか。というか一瞬でグラムサイト使えるなんて、リンディ何て恐ろしいチートww。
そういえば、リーゼとロッテの会話の中でポロッともれた事故だかに遭う前のクライドの魔力ランクってどれぐらいだったんでしょう??会話からするとけっこう強かったみたいな気が……。
【2008/05/22 21:50】 | 牛猫 #mQop/nM. | [edit]
今回、個人的には馴染みが深いアークに主眼が当たっていたため、
前回の外伝よりもとっつき易くていいと思いました。
それにしてもミッド式の開祖の登場ですか・・・。
そんな大きいキャラクターを想像及び創造してしまう作者さんはすごいなぁ、と素直に思います。

これからも執筆活動がんばってください。
【2008/05/23 06:26】 | 名無し #wTmQMJHU | [edit]
はじめまして
アーク・・なんてかっこいいんだ!
意地ってこんなにかっこよかったですか? すごい。

>>大体一日三十分を一年ぐらいだな
約180時間くらいでしょうか?(てきとーに数えたので間違えてるかもしれません)
クライド、グラムサイト間に合うか?
まぁ、仮にアークと同レベルの適応力だった場合ですが。

次回も期待してます
では
【2008/05/25 16:58】 | フィロ #Wzq..5VQ | [edit]
牛猫さん名無しさんフィロさんコメントありがとうございます^^
外伝系列は少々とっつき難い感じだろうと思いますが、アーク店長のおかげで外伝2は少し入り安いですね。 楽しんでいただければ幸いですw

あと、牛猫さんの質問ですがそこそこ強い資質だったとだけ言っておきますねw

【2008/05/26 06:55】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]
こういう切り口のリリなのSSは初めてなので、
サイト見て一気読み余裕でした。

今後もぼちぼち参らせていただきます!
【2008/06/01 11:41】 | kazaawa #JalddpaA | [edit]
どうもkazaawaさんコメントありです^^。
私の妄想がオリジナルを侵食したせいであんな感じになってますが、楽しんでいただければ幸いです。 どこまで書けるか分かりませんが、ぼちぼち付きやってやってくださいw
【2008/06/01 13:18】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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