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憑依奮闘記 第10.5話

 2008-06-01
 魔導師にだって勝てないモノはある。 少なくとも、彼らもまた人間であるわけだから、人間の生物的限界を著しく超えられるわけがない。 例を挙げよう。 例えば金欠だ。 こればかりはどれだけ魔力があろうとも勝てない。 その魔力を使って労働すれば良いわけだが、少なくとも魔力だけでは意味が無い。 あと、まあ空腹とか病気とかもにも原則勝てない。 少なくとも現在の魔導師にはそれは無理だ。 まあ、だからこそベッドの上でリンディが唸っているわけだが。

「……ごほ、ごほ」
 苦しげにベッドの上で、妖精が咳き込む。 かなり高熱が出ているようで、絹のように白い肌がうっすらと桜色に染まっていた。 いやはや、見るからに熱が出ていますよといった具合だ。 俺はとりあえず、シールドを展開。 そのままさらに冷却の術式を刻み、ある程度寒すぎないように調整してからリンディの額に乗せてやった。 枕の上にあるアイスノンだけではきついだろう。 ぴったりと額にくっつけるようにして冷えペタにする。

「ほれ、とりあえずこれでマシだろ」

「……すいません。 クライドさん」

「気にするな、フレスタがいない間だけだ。 今日はあいつが面倒を見てくれるんだろう?」

「……くしゅん!! ええ、風邪がうつったらっていったんですけど」

「いや、無理だろ。 あいつの性格上絶対に直るまでお節介を焼くに決まってる」

「……ですね。 ふふ、こういうの結構嬉しいです」

「だろうな。 俺も多分そう思うだろうなぁ」

 病気になったときに誰かが側に居てくれるというのはかなり心強いものだ。 それが分かるだけに、俺に否は無い。 適当に周囲を見回す。 と、テーブルの上に果物があるのが目にはいった。 どうやら、フレスタかクラスメイト辺りがお見舞いに持ってきていたようだ。

「ふむ? 俺的果物の王様”りんご”があるじゃないか。 これは、俺に皮を剥けという天の声に違いない」

 そういうと、家主の許可を得ずに俺はそれを一つ掴んで台所に向かう。 簡易的なキッチンぐらいは各部屋に備え付けられている。 本格的に料理をする学生は少ないだろうが、それでも夜食作りなどに使われる場合が多い。 また、食堂は高くつくからと自炊する学生にはかなり好評であった。

「包丁は……お、あるある」

 適当にそれを手にすると、俺は鼻歌混じりで皮を向く。 正直、料理は得意ではない。 煮るか焼くかしかできない俺だが、りんごの皮むきだけは得意である。 勿論、ウサギりんごはできない。 あくまでも”皮を剥く”ことだけが得意なのである。

「ギネスに挑戦できないほどの凡夫の皮むきを喰らえ!!」

 シュルシュルなんて綺麗な擬音は出ない。 むしろ、俺ぐらいになるとザッザッだ。 そうやって慎重にかつ大胆にリンゴを丸裸にしていく。 紅い皮が、少しずつ流し台へと落ちていった。 数分もすれば、簡単にマッパになったリンゴ様の登場だ。 後は適当に斬るだけなのだが……。 ここからが問題である。 

 ザクザクと四等分し、さらに種の辺りを切り飛ばす。 ここまでやって、さらに喰いやすいように斬っていく。 勿論、俺なら面倒くさいので八等分ぐらいで十分だが、あの小さな口にはそれでも辛いかもしれない。 もう少し、小さくするべきか。 しかも、風邪ということも鑑みて食欲がわくようにしてやらねばならないだろう。 であれば――。

「ふむ……ミッドには存在しない幻の料理すりおろしリンゴ……君に決めた!!」

 適当な器をこれまた勝手に拝借し、その上でまたシールドを展開。 小さな穴をいくつも開けるようにしながら、その穴の辺りに鉤爪のようギザギザを作る。 通常、ここまでのシールド変性は出来ない。 だが、そこはそれ。 今習得中のアルハザード式がその不可能を可能にする。

 アルハザード式魔法はミッド式と違って恐ろしくカスタマイズ性が高い。 恐らく、同じような魔法でも使用者の術式構成や消費魔力、威力にかなりの差が出てくるだろう。 それほど、個人個人の癖を諸に反映させることができるほど精緻な記述が可能である。 ぶっちゃけ、今までそこまでの改造は不可能だろうと言うようなレベルのものまで形にできるようになっている。 ある意味で、奥深い魔法体系である。 それに比べてミッドチルダ式は汎用性を重視している分術式に遊びは余り無い。 その遊びの無さが改造の限界を生み出すわけだ。 また、特化型が多いベルカ式はこの遊びが全く無い。 特化型故にそれ以外に振り分けるリソースをあえて持たせないのだろう。 結構、それぞれの世界の癖が出ている。

「うむ……まあ、こんなもんだろう」

 適当に冷蔵庫から氷を取り出してそれもすりおろし、すりおろしリンゴに混ぜる。 工夫はこんなもので良いだろう。 医者要らずの真髄ここに極まれりといった具合である。 すりおろさずに残しておいた一口サイズのリンゴを口に放り込むと、俺はリンディのところへと戻っていこうとする。

「おっと、スプーンを忘れちゃあおしまいだ」

 器にスプーンを乗せ、お姫様の下へはせ参じる。 気分は宮廷料理屋である。 もっとも、暴君に出した日には器ごとひっくり返されるかもしれないほど簡素なものであるが。

「リンディ食欲は?」 

「……あまりないです。 一応、消化の良いものは食べましたけど」

「そうか、ならばこれを食すが良い」

「なんですか、それ?」

「リンゴだ」

 そういうと、俺はスプーンに中身を掬って口元に運ぶ。

「じ、自分で食べます」

「病人がなま言うんじゃねぇよ。 ほれ、あーんって奴だ」

 しばし恥ずかしさからか渋っていたが、強引に押し切るとそれで折れた。 口にそれを運ぶ、とリンディが思わず目を瞬かせた。

「……冷たくて良いですね、これ」

「だろう? これなら喰いやすい。 ま、風邪引いたときはなんでも食わなきゃいかんから、そのための工夫だな」

「ふふ、こんなところでも”工夫”ですか?」

「料理なんて工夫の塊だろ? それの延長だよ。 もっとも、俺のはそんなたいそうなもんじゃないから小細工でしかないけど」

 そういって、残りも口に運んでやる。 ここ最近、この妖精はかなり無茶をしていた。 勉強しかり、俺の出した課題然りである。 後、毎夜毎夜気絶させてもらっている借りもあるし、これぐらいはしてやらねばなるまい。 英国紳士に育てられた身としては。

「ああ、それと後なんか喰いたいもんあるか? 今日はパシリでもなんでもしてやるぞ?」

「クライドさん……今日はいつになく優しいですね?」

「俺はいつも女子供には優しいんだ。 勿論、野郎は知らんが」

 憮然とそういうと、リンディは少しおかしそうに笑った。 

「……嘘ですね? いつもあんなに意地悪ばっかりする癖に」

「いいや。 でなきゃ、相手になんざそもそもしない。 そんなのは――」

「――面倒くさい?」

「……そういうことだ」

 言葉を先にとられた。 どうにも、少しずつ俺のパターンを読まれてきている気がする。 まあ、それが嫌というわけではないが。 どうにもやり辛い気がしてくる。 と、そんなことを考えてきたときである。

「リンディちゃん、入るわよ?」

 ドアを開けてフレスタがやってきた。 その手に持っているは買い物袋である。 なるほど、色々と物資を補給してきたというわけか。

「えーと、とりあえず色々買ってきたわ。 冷えペタとか……て、何それ?」

 リンディのデコの上に載っているシールドを見て、フレスタが首を傾げる。

「ひんやりシールドだ。 所謂、クライド君特製冷えペタ」
 
「また随分と変な魔法を」

「だが経済的だぞ? もっとも、俺にしか有用に使えないけどな」

 ”現状維持”の無駄遣いである。

「……さて、じゃあ俺はそろそろ部屋に戻るぜ? フレスタ、リンディは任せた。 それと、そのシールドはブレイクされるまで消えないからいらなくなったらブレイクしといてくれ」

「ん、任せなさい。 ガサツなあんた達じゃ、細かいところとか行き届かないだろうしね。 快適な生活をさせてあげるわよリンディちゃん」

「あはははは。 くしゅん、ありがとうございます」

「じゃあな、お大事に」

 甲斐甲斐しく世話を始めたフレスタに後を任せると、俺は部屋へと戻っていく。 どうやら今日は青空教室は無しのようである。 ならば、その間に少しでもやることをやっておかなければなるまい。

「しっかし、風邪か。 ……そういえば相手を病気にする魔法なんてないよなーここの魔法」

 某運命に出会う世界ではそういう呪いの類の魔術があるのだが、ここの世界の魔法にはそんなものは存在しない。 アレらを呪術系魔法と仮に呼ぶとすれば、こちらの魔法は科学魔法だろう。 魔力を使った科学といった印象を受ける。

「ちっ。 そういう魔法を開発できれば執務官殿も一発ダウンにさせられるんだがな」

 相手を風邪等の病気にする魔法。 そんなものを防ぐにはどうすれば良いだろうか? いや、そもそもどうやってそんな魔法を作れば良いだろうか? アルハ式でも無理だぞ多分。 それをするならば細菌兵器とかをばら撒く方が楽かもしれん。 管理局に確実に逮捕されることになるだろうけどな。

「さて、今日も今日とて悪あがき……かな」













憑依奮闘記
第10.5話
「嵐の前の静けさ」










 一般的に、美学などというものは個人個人の価値観や考え方によって感じ方が違う。 であれば、そこには千差万別の美学があって然るものである。 何を持って美しいと思うか。 それはかなり重要な感情であると彼女――かつて『ガンスリンガー』と呼ばれた女性は思う。

 例えば『職業に貴賎は無い』という言葉がある。 彼女はその言葉に美学を感じていた。 世に存在するありとあらゆる仕事は”必要”だからこそ人の手で考案され生み出されたものであり、そこには本来正義も悪も存在しない。 それが真理であるからこそこの言葉が存在し、今でも言葉として残っているのだと考えれば、その言葉を生み出した人物はよほどの賢者であったのだろう。 そう思うからこそ、彼女はかつて平然と”殺しの仕事”も受け付けていた。 何故? 勿論、”職業に貴賎は無い”からだ。

 人が人を殺す。 そんなことがまかり通る世界など普通は無い。 だが、それでもこの次元世界には平然と”暗殺”という仕事がある。 滑稽な話だ。 誰もが忌避しながら、その言葉はどこの世界でもあり続け消えるということを知らない。 犯罪者と同じで、恐らくは人間が存在する限りなくならないのではないだろうか? 口封じ、言うことを聞かない他者を封じる最悪の手段。 その究極系。 暗殺とはそんなものだ。 だというのに、そうであると理解しているというのに人間が存在する限りそれは無くならない。

 彼女は暗殺を否定しない。 その意義を否定しない。 特に、大勢と敵対する者が一抹の望みをかけて行うそれにはカタルシスとシンパシーさえ感じる。 悪と自覚せずに、それが正義だと信仰して行う彼らにどこか同族のような匂いを感じた。 無論、それを奨励する世界があるなど聞いたことはない。 だが、悪になってまでやらなければならないと感じた彼らはその罪を平然と犯す。 悪を正義に変えて罰をその身刻むまでどうしても成さなければならないからこそそれを行う。 その念が、痛いほどによく分かるのだ。

 初めての依頼は最後の依頼。 それまではただ、自治世界所属のフリーランス魔導師として研鑽を積み、十分な力を蓄えてから彼女は犯行に及んだ。 それが悪かどうかなんて感覚は無かった。 正義を名乗る連中に正義を見出せなかったからこそ、当然暗殺という仕事自体が悪だなんてことを思いもしなかった。 思うわけにはいかなかったのだ。 彼女にとって正義などはただの偶像であり幻だった。 存在しないもの。 在ると一般にはといわれて、でも決してそこには無いもの。 ただの、言葉遊び。 嘘の塊。 そんな程度のものでしかなかった。 今も、やはりその認識は変わらない。

――カチャカチャと、分解整備しているデバイスが音を立てる。

 相棒だった。 家族<ファミリー>が残してくれたその遺産。 最早記憶の彼方にしかないそれに、思いを馳せる。 懐かしい、本当に懐かしいと思う。 リビングデッド<屍人>になった今でさえそう思う。 この懐古の感情にも、やはり彼女は美学を感じる。 思わず、整備の手を止めていた。

「チェーン、手が止まっているようだが?」

 その姿を見た筋骨隆々の男が、訝しんで声をかけた。 別段、その程度の作業に手を止める理由を感じなかったからだ。

「ああ、グラ爺。 ちょっと、昔のことを考えていたのさ」

「……そうか」

 奇妙なことに、グラ爺と呼ばれた男はそれほど歳をとっているようには見えない。 年齢で言えば二十台後半だろうか。 まだまだ若々しく、到底”爺”などと形容される歳には見えない。 だが、そんな生者の論理は彼らリビングデッドには通用しない。 戦闘力を最高に引き出せる年齢に意図的に設定されているからである。 技術は最高に高まった状態で、肉体年齢はピーク時のもの。 歴戦の勇士ほど、その恩恵は鰻上りに跳ね上がる。 そのせいで、彼の戦闘力は生前よりも上がっているぐらいである。

「家族<ファミリー>の遺産は奴らにほとんど奪われて処分されたけれど、”こいつら”だけは私の手元にまだ残っている。 だからこそ、なんだろうね。 これらを弄っているときほど落ち着くときは無いよ。 ああ、勿論、グラ爺といるときも落ち着くよ?」

「それは嬉しい話じゃな」

 二人は、別段血が通っているというわけではない。 だが、家族<ファミリー>の者たちにとってはグラ爺は大事な家族であり、家長だった。 彼がいなければ、あの連中によって殺されていた者も数多くいたはずだ。 彼は数々の同じ境遇の人間を拾い、助け、集めて、自らの家族としていった。 だからこそ、皆から頼れる長として奉られた。 ただ、それだけのこと。 そして、チェーンもまたその彼に拾われた一人だったというだけの話。

「まあ、だからこそ少し思うときもあるよ。 まだこの子らは”無意味”な悪に堕ちていない。 それだけが救いかなと……ね。 屍人<グール>に成り下がった身で、美学を貫くのは酷く厳しい。 ドクターが代わりに用意してくれた玩具<簡易デバイス>がなければ、私は恐らく怒り狂っているころさ」

 リビングデッドに自由は無い。 命令されれば、その命令の範囲内での絶対服従を強いられる。 そのことに深い憤りを感じるとともに、また”奴ら”に良いようにされているということが腹立たしくて仕方なかった。 特に、現世に未練も無い今それは苦痛でしかないからだ。 せめてもの救いは、この青年がいることぐらいか。 まさか、昔に亡くなった恩人と会えるなどという奇跡以外にはこれといって彼女に今の生は意味が無い。

「と、グラ爺……口調が戻っているよ? 今のその姿でその口調じゃあ、まるであってないね」

「しょうがないだろう? それが最後のときの口調だったんだから」

 頬をかきながら、男が言う。 その口調には苦笑があり、少なくともそうやって自らを変えようとする彼女の我が侭に付き合おうという親心のようなものが感じられる。 事実、彼からすれば彼女は娘とか孫であった。 であれば、我が侭など可愛らしいと思うのは当然だろう。

「ふふ」

 優しいその目に篭った確かな慈愛に、チェーンは満足する。 恐らく、二人のやりとりを普通の人間が見ていれば仲の良い男女がふざけあっているようにしか見えまい。 それほど自然に、彼らの関係は構築されていた。

――カチャカチャ。

 再び、チェーンが作業を再開する。 と、整備されている2丁拳銃が見る見る元の形を取り戻していく。 そうして、二つをくみ上げ終えた頃には、彼女は思い出したように口を開いた。 話題は、居なくなった一人のことだった。

「……そういえば、リーザが彼からデリートされたようだね?」

「ああ、学生に負けたからという話だ。 ワシらも何かヘマをすれば何れそうなるじゃろうな。 変わりにもう別のがダウンロードされているようじゃ」

「羨ましい限りだよ。 ”私”なんか次は殺す気で戦えと命令されたよ? 作業が終わるまで執務官殿の足をちゃんと止めたっていうのに。 ――っと、口調がまた戻ってる」

「ごほん……そんなに、それらを使いたくないのか?」

「当然だよ。 だって、それじゃあ私の大事なこの子たちが”無意味”な悪の手先に成り下がるじゃないか。 そんなのは御免だよ。 仕事以外で、この子たちが誰かを殺すなんてあっちゃいけない。 この子達を悪で染め上げるなんてことは、私が絶対に許さない。 私の美学が許さないよグラ爺」

「お前も頑固なところがあるからな……。 いっそ、どこかに壊して捨てるか預けたりしたらどうだ? 手元に無ければ使えはすまい」

「……けれど、それをする時間が無いじゃないか」

「任務次第といったところだ。 街中を移動するときにでも、そっと気に入った人間に託すなり偶然落すなりすれば良いだろう? まあ、そんな機会がそうそう訪れることは無いだろうが」

 基本的に隠密行動ばかりだ。 この犯罪組織『古代の叡智』が介入する作戦は、いつもそう。 確かな情報と正確な目的があって初めて動く。 それまでは、まるで囚人のように移動戦艦の部屋に閉じ込められている。 娯楽など、ありはしない。 もとより、彼ら死人にはそんなものは必要が無いということなのだろう。 彼らは道具。 生き返った兵器。 その程度の認識しか彼らを操る者は感じていないに違いない。 彼らを使っている男は、あらゆる意味で人間味が無い。 まるで、無機物から生まれたような男であると彼女は思っていた。

 ただ、ここ最近知り合ったドクターに愚痴を言ってみたら苦笑交じりで娯楽を用意してくれた。 代わりに、禁則事項に該当する事柄以外を話すという条件と少し嫌がらせに付き合うということも含められていたが、かなり彼女たちの苦痛は軽減されていた。 何分、何もせずただただ時を刻むというのは大変に辛い。 デバイスの整備道具然り、トランプや小型テレビ然り、簡単な娯楽用具を提供してくれたドクターの”遊び心”には感謝していた。

――あるいは、使われることに対する同族意識か同情心のようなものがあったのかもしれない。

「でも、貴方もミッドチルダの街中を歩きたいと思わないでしょ? 私もそうだよ。 だから、多分それは無いんじゃないかなと思う。 もっと有意義な出会い、もっと運命的な場所。 もっと、もっと美学を感じられるときにそれをしたいね。 まあ、そんな機会が訪れるかどうかは分からないけどね」

 時間はもうほとんどない。 最悪、次の任務で美学を歪めることになることもありうる。 あまり楽しい事ではなかった。 仕事以外で人を殺さない。 だというのに、仕事以外で無関係な人間を殺すという愚劣な行為を彼女はさせられようとしているのだから。 これが依頼であり仕事であったなら、まだ抵抗はなかっただろうが、これは”命令”である。 そんなものに美学を持ち込むことなど彼女はできない。

「そういえば、グラ爺は何回ぐらい出撃しているんだい? 私はまだ三回ぐらいしか無いよ?」

「二桁は軽く超えているな。 今いる五人のうちでは私が古株だな」

「……おやおや、ここでも貴方が長かい?」

「ただ単に、俺の使い勝手が良いのだろうよ。 少なくとも、未だに一対一での敗北は一度しか無い。 それも、相手は格上でSSランクの提督殿だ。 さすがに、許容範囲内として認識しているらしいよあの男も」

「ははぁ、それはすごい。 SとSSでは次元が違うという話だけれど本当かい? 生憎、私はSSとは戦ったことが無いんだ。 Sまでなら”全力”でかかればどうとでもする自信があるのだけれどねぇ」

「低ランクがFからBないしニアAランクまで。 中ランクがだいたいAからAA。 高ランクがAAAオーバーからだが、SとSSではかなりの差がある。 次元が違うとまでは言わないが、それでもそのランクに見合った戦闘力はもっているな。 倒せないというほどではないだろうが、相性の差がここまでくると歴然とする。 俺と彼の提督殿とでは相性があまり良くなかったな」

「へぇぇ、一体相手はどんな戦い方を?」

「彼はバランス型だったよ。 ただ、その技量が半端ではない。 完全な力押ししか知らない俺には少しばかりやり辛かったな」

「技巧派ってところなのかな?」

「その認識で間違いは無い。 さすがは管理局の提督というだけのことはあった」

 黎明期前後では艦隊戦が主であり、それ以降の過渡期には魔導師が戦場の主役に移っていた。 現在安定期に向かっている過渡期の最後辺りだろうと認識していたが、そのために培われてきた管理局の魔導師の腕というのは年々上昇の傾向にあるように思える。 もっとも、それは管理局の次元支配が進んでいることを表してもいた。 そのことについて、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。 正直、嬉しい話ではない。 むしろ、つまらない類の話である。 その弊害を黎明期に味わった彼にすれば、それは当然の認識であった。

「まあ、なんにしても”そういう”アクシデントはほとんど無い。 アレはイレギュラーの衝突だったからな。 ”予定”通りに彼らの狙い通りにことが進めばほとんどないさ」

「ふぅん。 むしろ歓迎するね私は。 速くデリートして欲しいものだよ。 バックアップがあるといっても、それでこの世界に呼ばれなくなると思うとせいせいする。 オリジナルが羨ましいよ……きっとあの世で皆仲良く暮らしているんだろうからね」

 そう思うと、少し気分が楽になる。 自分は偽者。 ただのコピーであり代替物。 その事実だけは変わらない。

「……そういえば、チェーンはフリーランスをどれくらいやっていたんだ?」

「ん? ああ、貴方が死んでから数年経ってからだね。 十年前後……かな」

「では、『ソードダンサー』はどうなっていた? 序列は変化していたか?」

「うーん、多分変わっていないと思うよ? 少なくとも、私が現役時代のときは最高位のフリーランスのままだった。 噂では代替わりしてその名を代々跡継ぎの少女が襲名するっていう話があるから”本人そのまま”かどうかは知らないけどね。 ……彼女がどうかしたのかい?」

「いや、もしあの少女が生きているというのならかち合いたくないと思ってな。 アレは余りにも強すぎるし、何よりも得体が知れない」

「得たいが知れない?」

「良いか? 相対したら絶対に逃げろ。 アレの剣からは逃れられん。 っと、消されたいお前ならむしろ望むところかのう」

 そういうと、どこか男は遠い目をした。 旧い記憶を回想しているのだろう。 どこか、恐れ慄くその様はいつもの彼らしくない。 断頭台と呼ばれる剣の使い手の呟きに彼女は首をかしげた。

「よく分からないね。 剣の使い手だというのなら、距離を取れば良いだけじゃないか」

「無理じゃよ。 彼女の剣は”距離”を選ばん。 三キロ先の狙撃主をその場から斬り飛ばすことさえ可能な剣を持つ。 一度雇ったことがあったが、たった一人で追撃に来た管理局のストライカー級魔導師を数人同時に落した女じゃ。 あんなのは相手にするだけ無駄というものじゃ。 まず勝ち目が無い」

「……すごい話だね? けど、だとしても今じゃあお婆ちゃんとかじゃないかい?」

「黎明期より以前からその存在はあるのじゃぞ? 襲名式だとしても、それを受け継ぐ者がおるということじゃ。 滅多に顔をださんからほとんどその素顔を知る者はおらん。 特に、あの自治世界『ヴァルハラ』のフリーランス制度は個人情報を極力残さんからのう」

 広大な次元世界最強の勢力といえばミッドチルダであり、それが生み出した次元管理局こそが現在の管理社会では幅を利かせているのが現状だ。 だが、それ以前からミッドチルダと敵対せず、吸収もされずに独立を保っている世界も多数ある。 その中でフリーランス魔導師たちが集まる世界といえば第二十三自治世界『ヴァルハラ』であった。

 特徴的なのはフリーランスの魔導師への仕事の斡旋などを行う魔導師ギルドを有し、交易世界全てにその支部を伸ばしていることだろうか。 徹底した個人情報の秘匿管理と依頼者の情報を原則公開しないため様々な犯罪の温床になると管理局から危惧されている。 事実、何度か管理局が査察の要請を出したが、かの魔導師ギルドを有するその世界はそれをつっぱね、自治権の侵害だと逆に抗議してくる始末である。

 次元世界でそれほど強大な力を持つ勢力では無いが、それでも次元世界人民の自治権を主張し、真正面からミッドチルダを糾弾した世界としては有名であり、同じようにミッドチルダや管理局の”管理支配”を危惧する世界たちとともに自治世界連合を作り出していた。

 さすがに次元世界の平穏を守るというお題目を掲げている以上、時空管理局にはそれに踏み込むことはできない。 それをすれば、確実に自治世界連合との戦争になる。 管理局からすれば頭の痛い話であったが、それでも”個々”の世界の独立自治を認めないと言う風に取られれば反発は必死である。 それに管理局ほどではないがフリーランスの魔導師たちを一挙に集め戦力とすることができるし、質量兵器の使用を禁止していないので下手をすれば泥沼の戦争になることは目に見えている。

 いくらアルカンシェルという切り札があるとはいえ、それをすれば”ミッドチルダ”という世界そのものの危険性を次元世界に証明してしまうことになるのでそれを使用することはできない。 なんともまあ、厄介な勢力であった。

「ヴァルハラ……か。 うん、あそこの魔導師ギルドは酷く居心地が良かったよ。 職業の貴賎を全く問わないし、かなり自由な気風があった。 良い意味で表も裏も容認している世界だからねぇ。 潔癖主義者の多いミッドチルダとは大違いさ」

「表の時空管理局という組織が表側筆頭だからな。 逆に、大規模な裏を残せば矛盾で自己崩壊を起こす。 そのために大きな裏を表向きに管理局は残すことができなかったのだ。 だからこそ、ヴァルハラが上手く立ち回れるのじゃよ。 表によって駆逐された裏の受け皿となっているからな。 俺たちの家族<ファミリー>もそのおかげでどうにか生きながらえることができていた」

「でも、貴方や出て行った者を守ってはくれなかったよ」

「いや、それは違う。 アレは私が言い出したことだ。 だからこそ、”立ち上がれない”ものたちやお前の未来を守れたと私は信じている。 私があそこで出なければ、あの黎明期の管理局では確実にアルカンシェルの引き金を引いていた。 自治連合など気にせずにヴァルハラに向けて……な。 私は仲間の中では旗頭だった。 逆に言えば、”私”さえどうにかすれば結束を崩すには十分だったのだよ。 それが分かっていたからこそ私は出た」

「そうなのかい?」

「自治連合の方は亡命後も、暗躍中も良くしてくれた。 私はその恩に報いるためにあの時、出られる仲間を率いて外へ出たのだ。 そうして、世界を巡りながら逃げ惑いお前たちを拾い、あの世界へと逃げさせていた。 あそこで不自由をしなかったし、お前は魔法を学べた。 アレは向こうの粋な計らいじゃよ。 政治的な理由も混ざっていたが、それでも向こうは義を尽くしてくれた。 ありがたいことだ」

「……じゃあ、私の学費とかの生活保障の手回しをしてくれていたのは貴方ではなかったのかい?」

「ああ、あの頃の私にはそんな余裕は無かった。 恐らくは向こうの好意じゃろう。 表向きには中立じゃが、向こうはミッドチルダが大層嫌いじゃ。 お前は魔導師としての素質があったし、フリーランスとして活躍してくれるかもしれないという打算もあったかもしれん。 だが、それでもそれがお前や家族のためになったというのなら意味がある。 第一、お前は私たち外へ出た者のために戦ってくれた。 それだけで俺は十分じゃよ。 方法は少々過激ではあるが、それでもその想いは次元犯罪者の烙印を押された彼らに、そして”私自身”のオリジナルへの手向けとなるじゃろう」

 彼はそういうと、チェーンの頭を撫でた。 いつの間にか、知らぬ間に大きくなっている彼女。 もはや少女とは呼べぬ年齢に達していたが、それでも彼からすればやはり子供であるという認識しかない。 無骨な掌に乗せられた親愛の情にチェーンはなすがままにされた。

 と、そのときだ。 彼らの前に空間モニターに展開される。 画面の向こう側から、その様子を見たドクターは軽く目を瞬かせた後に苦笑して、しかし言葉をかけた。

「やぁ、コレは家族の団欒を邪魔してしまったかな?」

「いや、気にすることはない。 君のおかげで大分ここの暮らしが快適になったし、君と話すのは苦ではない。 あのイーターよりも、まだ君の方が人間味があるからな」

「はは、そういってもらえると娯楽を提供したかいがあるよグライアス殿。 私の暇つぶし用のものばかりだが、すまないね」

 そういうと、ドクターはくっくっくと哂う。 どうやら、イーターよりも人間味があるという言葉に受けているらしい。 その様が、余りにも人間らしくてグライアスと呼ばれた男も釣られて哂った。

「……で、何かなドクター?」

「おや? 君はご機嫌斜めのようだね」

「そういうわけではないよ。 ただ、世間話や愚痴に付き合ってくれるのならモニター越しよりも体面しての方が良いと思ってね。 ここの窮屈な暮らしはいい加減うんざりさ」

「ふふ、そうだね。 私も君たちと同じように”コマンド”を植え付けられている口だからね、その苦痛はよく分かるよ。 まあ、私の場合は君たちよりも軽いがこの”境遇”には酷く憤りを覚えているからね。 ”大きな花火”を打ち上げるまでは開放されそうに無い。 もっとも、その花火は私自身を焼き焦がすか、それとも反抗の狼煙になるかは分からないがね」


「ふぅん。 随分と余裕があるじゃないかドクター。 そこはブリッジだろう? 怖い人が睨みつけているんじゃないかい? それともオペレーター殿しかいないのかい?」

「いや、いるよ? 彼らにとって私はまだ殺すべき段階ではないから大丈夫さ。 老人然りあの男然りさ。 この私をとことこん使い潰す気らしい。 ちょっとぐらい愚痴ったところで今更どうということはないさ」

 そう言って、ドクターは軽く肩を竦める。 その様をチェーンは羨ましく思う。 そこまで大々的に反抗できることにもそうだが、彼には目的がある。 それはもう、自分には無いものであるだけに、チェーンにはドクターが輝いて見えた。

 共に、束縛された身。 それであるというのに、彼は諦めない。 諦めていない。 抜け道を探し、最後の瞬間まで足掻き続けるつもりなのだ。 その不屈の闘志には確かな美学を感じた。

「ああ、やはり私は君が気に入っているよドクター。 生前に会えたなら、良い友人になれたかもしれないね?」

「はは、かのガンスリンガーにそう言ってもらえると光栄だよ。 っと、そろそろ怖い人が睨みつけてくるんでね。 手短に言うよ。 ――実は、今日限りで私はこの艦を降りることになった」

「……それは、栄転なのかい?」

「どうだろうね? 次の研究のためといえばそれまでだけれど、どちらにしろ身を粉にして働かされることは確定している。 いやはや、労働基準法ぐらい適応して欲しいのだがねぇ。 勿論、社会保険付きが望ましい」

「サービス残業無しや、週休二日の方が切実じゃと思うがのう」

 割と軽いやり取りだった。 後腐れの無い、最後の邂逅。 ドクター自身、彼らには敵意も無ければコレといって嫌う要素は無い。 だから、共通の敵に抗おうとするチェーンや、それを心配している男をどこか微笑ましく見ていた。 彼には親はいない。 テレビでしか見たことの無い生のホームドラマやアットホームな雰囲気には酷く興味をそそられていた。 その”人間”としての確かな感情の機微を研究してみたいとも思う。 もし、自分の兵隊をもつことができたならそういうのを再現してみてもいいかなと漠然と記憶の片隅に記憶した。

 彼らとはここでお別れだ。 次にまた会えるかどうかは分からないが、それでも”彼女”が最後の一線だけは守れるように信じていない神とやらに軽く祈った。 あるいは、それはドクターという人間が初めて得た人間としてまともな感情だったのかもしれない。

 彼は常人からかけ離れた精神を持っていたが、紛れも無く人間だ。 彼女たちのように偽者では無い。 だが、彼だって偽者だった。 だからこそ彼女たちとは馬が合う。 それだけに、少しだけ名残惜しい気がした。

「ああ、そうそう。 僕のあげた暇つぶし道具はそのまま君たちにあげよう。 次のリビングデッドのためにもなるだろうしね。 よければ、私の名前を書いておいてくれたまえ。 次に会うことがあればもっとマシなものを用意してこよう」

「ふふ、それは楽しみだねドクター。 今までありがとう」

「達者でな」

「では、失礼するよ。 リビングデッド<偽者>にも神の祝福が在らんことを――」

 空間モニターの向こうで業とらしく十字を切ると、ドクターはモニターを切った。 その芝居がかった仕草に、彼らしいパフォーマンスを見たチェーンとグライアスは二人して笑う。

「はは、屍人<リビングデッド>にそんな大層なものが賜れるかな? ねえ、グラ爺?」

「さあな。 それは”オリジナル”にこそ賜るべきものだとは思うのじゃが、それでも無いよりはあった方が良いかな。 私にはもういらないが、せめてお前の美学だけは犯させずにそのままでいさせてやりたい。 それぐらいの我が侭は聞いて欲しいな」

「……さて、整備も完了だよ。 何をしようかグラ爺?」

「決まっている。 あ奴の存在を刻んでおこう。 何、幸いペンも暇つぶし用具の中にあった。 あの自己顕示欲の強い男のために、精々その名を刻んでおいてやろう」

 ペンをチェーンに投げると、彼から貰った道具に名前を書いていく。 茶目っ気であったが、それでも表に出られない男の些細な自己顕示欲を満たすためだと思えば少しはやりがいがあった。 くだらない仕事をさせられるよりはよほど楽しい。

「ふふ、まるで子供の玩具に名前を書いているようだよ」

「その通りじゃよ。 ドクターは子供だ。 だからこそ、彼は純粋だ。 善も悪も彼には無い。 あるのは自己を取り戻すという願いと全ての抑圧に対する反抗心だけじゃ。 ああいう気質はお前に似ているところがあるのう」

「……グラ爺?」

「ん?」

「また、口調が戻ってるよ?」

「――む」

 薄っすらと自分を見ながら笑っている女性の抗議に不意を突かれた彼は、染み付いてしまった口調を直すことの難しさに思わず唸り声を上げた。 と、その拍子にトランプケースに名前を書いていたペンを動かす手が変なところで止まってしまった。 完全に別の表記になっていた。

「……ペンでは書き直せんな。 ドクター、すまん」

 少し頬をかくと、グライアスは二重線を引いて新たに書き直す。 そのトランプケースには達筆なミッドチルダ語でドクターの名前が書かれていた。













「……ミーア、一つ聞きたいんだけどどうして今度は変身しているんだい?」

「ふぇ?」

 広大な無限書庫内で作業をしながら、キール・スクライアが小動物に声をかける。 見たところ、それは普通のフェレットではなかった。 別に首に紅い宝石のようなものを吊り下げているのは問題ない。 そういうアクセントを好む愛好家などもいるからだ。 だが、その背面にある赤っぽい翼が問題である。 なんだ、それは。 新種のフェレット、スカイフェレットだとでも言うのだろうか?

「省エネモードで仕事してるだけだよ」

「……絶対に技術の無駄遣いだ」

 呟いてから、キールはため息をつく。 どうにも、この少女は落ち着きが無い。 まあ、それが元気良さだといえば年相応で可愛らしいものだが、しかしもう少しぐらい落ち着いたらどうだろうか? まあ、もうそろそろ例の彼とのセッティングの日であるし、浮かれているのかもしれない。 そういうところは子供なのだなと、キールは改めて理解した。 もっとも、歳不相応な強かさには少しばかり辟易している。 例の彼とやらにも、何か迷惑をかけていやしないかと心配した。

「えー、でもきっちりと仕事はしてるよ?」

「ならいいんだけどね。 で、そろそろ”何か”あったかい? こっちは”色々”と面白そうなことになっているよ」

「そう? ベルカの方は微妙だよ。 無限書庫でも散逸しすぎてて、年代の辺りがすっごい曖昧。 というより滅茶苦茶。 資料整理されずに適当にぶち込んでるって感じ」

「ああ、それは僕も感じるよ。 何かこう、”素人”が編纂してるって感じの印象を受けるね。 まあ、それがこの無限書庫の限界なのかもしれないけれど……それにしてもこれだけ”意図的”だと笑うに笑えないねぇ」

 実際の話、資料として活用するには広く浅くでとても頼りになると思う。 無限の蔵書の中にはそれこそ様々な知識が眠っている。 探せば色々なことがどんどんと出てくるし、それはそれで使い勝手がある。 特に、ロストロギア関係の資料としては”多分に期待が出来そう”ではある。 だが、そのどれもこれもがキール・スクライアにとっては気に入らなかった。

 知識はある。 あるのだ。 文句など出そうに無いほどに。 だが、”それら全てに具体的なもの”が何一つ無い。 というより、それを証明するモノがなさすぎる。 それが事実だというのならばそれで良いのだが、彼は考古学の専門家である。 その裏を確実に取らなければ信用などしない。 情報一つ一つに可能性はあるのだが、根拠を書いているものが一つも無いところがこの書庫の怪しいところであった。 まるで、真実はいつも一つだと言って誤魔化されているような気がしてならない。 一見して嘘が書かれているという印象を持ち辛いこともそれに起因していた。

「一番笑えないのは、本によって微妙に違う書き方をされたり、年代がズレていたりすること。 まるで正確な年代を意図的にぼかしているみたいな印象を受けるね。 それを記述しているのが全て無限書庫だっていうのにね。 この違いはなんなんだろう?」

「あと、”常識”とされる部分では皆きっちりと計ったかのように”それ”がないよね」

 ミーアもまた、キールと同じことに疑問を持ったらしい。 ただの揚げ足取りであれば良いのだ。 それがロストロギア『無限書庫』のエラーやバグであるというのなら問題は無い。 これだって誰かが作ったもので、そういうものがあって然るべきである。 だが、本当にそれだけなのだろうか?

 ミーアの背中に薄っすらと冷や汗が流れていた。 思い出すのはあの黒髪の女である。 確か、あの襟首女はなんと言っていた?

――”あの男”が事実を隠蔽してきたかなんて、知っている人間が見たら一目瞭然じゃない。

 あの一言が、何か触れてはいけないものを今呼び覚まそうとしているのではないかと思えてならなかった。 あの男とは誰なのだろうか? ベルカ史を紐解いてみても、ミッドチルダの男でかつベルカを崩壊に導いたペテン師なんて人物の名はない。 そんな大物であったならば、確実に歴史に名が残っていても可笑しくは無い。 だというのに、そんな男の所業は一切無い。 どこにも載っていない。 それどころか、近年の考古学会ではミッドチルダとベルカの間の間には繋がりがあったのではないかという話まで出てきているのだ。 だとすれば、あの女が言っていたことは妄言なのか。 だが、もし仮に何か決定的なモノを彼女が知っていて、それを誰も知らないのであればこれは考古学会を揺るがす問題になるだろう。

 ミッドチルダとベルカ。 かつて、世界を二分するとまで言われた世界同士。 だが、実際にこの二つが真正面からぶつかったという記録は無い。 ベルカが聖王の揺りかごを用いて次元世界を席巻していた時代にさえ、攻撃を受けたという記録は無いのだ。 であれば、どうやってベルカをミッドチルダの人間が崩壊させるなんて真似ができるのだろうか? 密月関係にあった勢力同士だと仮定したのなら、当時今の”ベルカ自治領”の人間の祖がミッドチルダへと逃げ込んでくる理由にはなるが、敵対行動を取る理由など無いではないか。 

「……ミーア、一つ思うんだけれどね、ここの本って一体どうやって作っているんだろうね?」

「さぁ? 管理局でさえ分かってないって話だよ」

「でもね、ここの本の書き方ってまるで”何人”もの視点で書かれたものを強引にツギハギしたような感じなんだ。 これらは絶対に”書き手は一人”ではないよ」

「えっ――」

「だからなのかな。 文章の書き方にそれぞれ別の次元世界の書き方が混ざっているように思えるんだ。 つまりは、これらの情報は一人が持っている情報として統合されているのではなくて、何人もの知識を共有してそれらしく統合しているだけのような気がする。 しかも、敢えて気づいた人間が混乱するように仕向けて……ね」

 キールは次元世界の歴史に広く浅く精通している。 ベルカ特化型のミーアとは違うからこそ、別ラインの流れが見えるのだろう。 ミーアはキールの言葉に、彼の考古学者としての確かな実力を垣間見た気がした。

「おお、さっすがキール。 目の付け所が良いねぇ。 お婆ちゃんにこっちに回してもらうように言った甲斐があったね」

「ま、まさか!? もしかして無限書庫の仕事を僕に押し付けるように提案したのは君か!!」

「勿論♪ そうなったらキールは私の手伝いをするしかないもんねー」

「は、謀ったなミーア!!」

「ふふ、自分のその優秀さを呪うが良いの♪」

 どんよりとミーアの強かな動きに戦慄しながら、キールは呻いた。 全て、このお子様の手の内だというのだろうか? 哀愁を漂わせながらその辺に放置していた本に頭からダイブする。 気のせいか眩暈がする気がしないでも無い。 だが、そこで負けていてはこのチビッコの相手など勤まるわけがない。 キールは思考を切り替え、前向きに考える。 これは、ある意味でチャンスなのだ。 そのことを彼は忘れていなかった。

「まあ、いいけどね。 そのおかげで”面白い”仕事が目の前にあるわけだし」

 すぐに立ち直って、仕事を再開。 さすが、日頃から彼女に振り回されているだけあって回復は早かった。 

「……で、結局さっきのそれってどういうことなの?」

「無限書庫は、どういうわけかミッドチルダが監視、管理している世界の情報を本として生み出していく情報記録放出型のロストロギアだ。 でも、その情報源は何からなのかが分かっていないけど、少なくとも本の情報の元になっている情報を提供しているのは一人では無いということ。 そして、この素人臭さの残った編纂の仕方から考えれば、専門家でもない人間がその情報を検閲して出力させてるんじゃないかなと僕は思う。 それが無限書庫を作った人間なのか、それとも無限書庫のシステムAIの仕業なのかは分からないけどね」

「じゃあ、勿論意図的に情報を削除したりもされてるかもしれない?」

「可能性はあるね。 ついでに言うともし仮に足らない情報を複数の情報提供者から集めて埋めているという場合だった場合、絶対にその情報提供者たちが知らない情報は出てこないし、統合し検閲された後にはその情報が歪められている可能性がある。 噂のアカシックレコードから情報を得ているとかいう眉唾な予想よりはよっぽど信用性があると思うよ。 僕個人的には”無限書庫”はロストロギア関係の資料集めには使えるけれど、考古学には余り向かないって気がする。 あくまでも、参考レベルに留めておいて、それ以外が無いかを現地で探すほうがよいのかもしれないね。 まあ、時空管理局としては”その”程度で十分なのかもしれないけどね」

「……あー、じゃ不味いかな?」

「ん? 何がだい?」

「だって、今私たちはその”編纂者”の目と鼻の先でこうして会話してるわけでしょ? たたき出されるかもしれないよ?」

 少し怯えるようにミーアが言う。 だが、それをキールは否定した。

「それはないよミーア。 そんなことをすれば、彼らは自らの存在を証明してしまう。 ここは管理局の本局だよ? もし仮に”僕たち”に何かあればそれはすぐに分かる。 どれだけ隠蔽しようが、ここの使用記録や一族や受付から僕たちがここにいたことは分かるから、そこから足が出る可能性が高いよ。 むしろ、その方が良いかもね。 ”何せ”監視され続けるだけじゃあつまらない。 きっちりと表に出てきてもらわないと会話ができないじゃないか」

 ニヤリと、キールは笑うと周囲に少し目を向ける。 もし、仮に何者かがここに潜んでいるというのなら面白いことだとキールは思う。 自らその存在を証明してくれるというのなら、話は早い。 資料を集める必要もなく、なんらかの意図を垣間見ることができるだろう。 キールは懐から機械を取り出すとミーアに見せた。

「……それは?」

「物凄く強力な電波を放出する機械さ。 いくら”無限書庫”の内部だといっても、それを封鎖するには結界を張るかジャミングするしかない。 けど、ここでそれの電波を遮断できるほどの結界を張ったりジャミングをすれば確実に管理局員が異常を感知してやってくる。 つまりは、手を出せない。 それに、僕は管理局員の知り合いに”何かあったら”後を頼むといってある。 何かあったらどうやっても彼らの存在が表に出る。 それじゃあ、”向こうがつまらない”だろう? だから、ここにいる限りは僕たちは安全。 寧ろ、本局の外へ出てからの方が危険だね」

 軽く頬を書きながら、キールは言う。 そのいつものヘタレさからは到底考えられない用心深さにミーアは素直に感心した。

「いつものキールじゃないなぁ。 なんていうか、考古学者とか辞めて探偵にでもなったらどうかな?」

「無理無理。 僕の情熱は考古学にしか無いよ」

「それもそうか。 それに綺麗な女の人に弱いもんね」

「……それは言わないでおくれ」

 少し涙を流しながら、キールは言う。 正直、悔しかった。 本気で結婚を考えていたというのもあるし、それほどに信頼し信用していた相手に騙されて一族に迷惑をかけてしまった。 ある意味で、女性不審に陥っても仕方が無かったかもしれない。 もはや、彼には考古学しか残っていないといっても過言ではないのだ。

「う、うーん。 ほら、キールはできる男なんだからそのうち良い人が見つかるよ」

「……慰めはいらないよ。 僕のお嫁さんはもう考古学と決まっているのさ。 ふふ、ふっふっふ」

『おいおい、重症だなこいつ』

 ミーアの内部でサポートしていたアギトが、たまらずに声をかける。 どうにも、フォローのしようが無い。 お子様やデバイスには到底彼の心を慰めることはできそうにない。 何より、そういう機微は二人にとって未知でありすぎたのだ。

「あ、あはははは。 さー、無駄話は終えてさっさと仕事仕事!!」

 あえて能天気にそういうと、ミーアは見なかったことにした。 傷口に塩を塗りこんだという自覚もあったが、それを洗い流すための水をミーアは持たない。 というより、持っていない。 冗談で『もし結婚できなかったら私がお婿に貰ってあげようか?』などといえば、彼は恐らくは二度と立ち直れないだろう。 さすがに、それでは哀れすぎる。

「いやぁー、今日も忙しいねぇアギト」

『……ミーアってさ、たまに鬼だよなぁ』

「ううん? 私はフェレットだよ?」

 完全に自分の所業を忘れ去って、ミーアは可愛らしくそういった。 フェレットの肉球が次々と本に触れていく。 何はともあれ、今日も無限書庫は平和であった。
















「それで校長先生、例の件はどうですか? なんとかなりそうですか?」

 昼時だった。 いつものメンバーから離れて単独行動を取っていたクライドは、やや遅れてやってきた初老の校長先生と学食で昼食を取っていた。 その目にはいつものやる気の無さがない。 彼を知る者がみれば、何かを画策していることが簡単に見て取れるだろう。

 対面している校長先生はそのクライドの様子にニコやかに笑みを浮かべると、静かに頷いた。 それをみて、クライドはニヤリと口元を歪める。 外交は全て順調であった。 ヴォルク提督に働きかけたことも効いているらしく、校長先生としても別に”この催し”に反対というわけではないらしい。 いや、寧ろ楽しみにしている節がある。

 訓練学校生VS現役執務官。 もし、仮にこれでクライドが勝利することがあれば、それを利用して訓練学校のプロパガンダにも利用できるかもしれない。 少なくとも、面白くないことにはならない。 それに、これは別のウリを作り出すための布石にもなる。 これからも、こうして”現役”の管理局員を招き、それを生徒たちと戦わせるなどといった体験学習にも繋げやすくなる。 何事も前例というのはあった方が良いのだ。 それで、他の職員や教頭を黙らせることに彼は成功していた。

「それは良かった。 これで”凡そ”の問題はクリアーされました。 何分、準備に時間が掛かるんで困っていましたからね。 校長先生、ありがとうございます」

 クライドは笑う。 それはもう邪悪に顔を歪めながら。 眼の下にあるクマがその黒さに拍車をかけているが、校長はそんなことは気にしない。 昼食のパスタを食みながら、楽しげにそれを見ていた。 やはり、意欲的な学生を見るのは教師として嬉しいらしい。

「まあ、これが予備の模擬戦場でなければ無理だったよ。 けれど、君が提案したのはあくまでも予備地だし、それならば一月近く立ち入り禁止にするのもそれほど難しくは無かった」

「ええ、学校側に迷惑をかけるつもりはありません。 使っていない土地ですが、あそこは決戦場として相応しい。 素晴らしいまでの条件を持っていますよ」

 事実、彼が下見した段階では最高の環境であった。 森があり、草原がある。 崖もあったし、色々と戦術を使用するにはもってこいである。

「けれど、良く俺の提案を飲んでくれましたね? やはり、ヴォルク提督が圧力を?」

「いや、彼とは友人だからね。 この程度は造作も無いよ。 それに、旨味もある。 君には期待しているよクライド君」

「……勝つかどうかは時の運ですよ?」

「だがね、君は自分の勝利を疑っていない。 相手が強者だと知っていて、それで勝てるなんて考えられるのは馬鹿か本物だけだよ。 であれば、我が校の名誉のためにも是非勝ってもらいたい。 応援しているよ」

「ありがとうございます。 っと、それと休学の件はどうですか? 可能ですかね?」

「そちらは少し難しいな。 ある意味で家庭の事情という奴が入ってくるから適応できないことはないが、それでも出席日数に関係してくる。 仮にそれを行った場合君の成績ならそう問題にはならないと思うが、一月弱とはいえ卒業後の流れに少し悪影響がでるかもしれないよ」

「そちらは今回の発起人にフォローして貰うのは無理ですか?」

「どうだろうね。 人事にまで口を出せないとは言わないが、彼がそこまでするかどうかは少し難しいと思うよ。 ただ、”君”が勝つのならば向こうも動かざるを得まい。 そこまでしたという事実をしっかりと見てくれるはずだ。 そういう目を彼は持っているよ」

「なるほど。 であれば、勝てば何も問題は無いわけですね?」

「……本当にそこまでするのかい? 私としては立場上あまり勧められないが」

「”漢<おとこ>”には、勝たねばならない相手が生涯三人はいるはずです。 校長先生も同じ男としてそれは分かるでしょう? 俺の場合は今が正にそのときなのです」

「……なるほど。 君の気持ちは理解した。 これも青春という奴なのだろうね。 気をつけたまえよ? 勝ったら勝ったで、君はどちらにしても苦しむことになる。 だが、その先にこそ輝かしい未来<婚約者>を手に入れられるだろう」

「いいですね、輝かしい未来<勝利の栄光>」

 恐らくは、校長先生もまた勘違いしていた。 クライドの頭の中には現在リンディがどうのこうのとかそういう考えは今のところ一切無い。 ただただ、やる前から負けると断定されるのが嫌で目の色を変えているだけだった。 オオボケ野郎である。 なにせ、勝ってしまった後のことを彼は全く考えていないのだから。 というより、本当はそのことを第一に考えなければならないというのに、完璧にズレていた。

「では校長先生、来週辺りにでも出しときますね。 今日はこれで失礼します」

「うむ」

 そういうと、挨拶もそこそこに食事を終えたクライドは先に席を立つと食器の片付けに向かった。校長はその姿を目で追いながら、少しばかり考える。

「出会って二月の彼をあそこまで魅了するとは……うーむ。 さすがあいつの孫娘というわけか。 求心力というか、そういうモノまで無意識に備えているのかもしれんな」

 校長は特別授業の折、何度かリンディに授業を行ったが歳の割には聡明だという見解は持っていたが、さすがにカリスマとかそういう人を引きつける何かを見出したことはなかっただけに、現実にああいう学生の異常ながんばりを目にすれば唸るしかなかった。 

「たまにどこか抜けている感じの天然も混ざっていたが、そのあたりが彼らの年代には特別チャーミングに映っているのかもしれんな。 ふっ。 これが愛か……」

 まあ、なにはともあれ彼としては生徒であるクライドを応援するというスタンスに変わりは無い。 その動機がそういう感情であるというのなら、尚更である。

 あそこまで露骨なアプローチなど、校長の彼をして見たことが無かった。 しかも、態々ヴォルク提督から手回しをして交渉に及んでくるなどとは。 いやはや、手段を選ばないとはああいう人間のことを言うのだろう。 普通は模擬戦で”ここまでの下準備”をやる人間はいない。

「普段はやる気の無い少年だとミハエル君もミズノハ君も言っていたが、中々どうして。 随分とやる気に満ち溢れているではないか」

 その後、ゆっくりと食事を終えると校長は仕事へと戻っていった。 学生に混じって学食を利用することが趣味の校長だったが、いつもいつも昼食に来るのが遅いために生徒と食事をする機会はあまりない。 久しぶりの学生との対話で、知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。















――偽者と本物の違いとはなんだろう。

 モノの真贋を競うとき、ただ元々の情報に近いというものだけで図れば良いのだろうか? それとも、何か確固とした基準があってそれと全てが一致すれば良いのだろうか。 では、リビングデッドというコピー魔導師とオリジナルの魔導師がいたとして、それを判断する要素はなんだ?

 まず一つがその身体が実体を持っているかどうかということが上げられる。 現状のリビングデッドの情報をまとめるとそれが一番手っ取り早い。 であれば、話は簡単だ。 非殺傷設定魔法をぶつけ、消えるかどうかを試せば良い。 生き残ったほうが本物である。 これはリビングデッドたちの特徴であり、かの死者蘇生システムのコピーに他ならない。 正式には擬似復活システムとでも呼ぶべきか。 本物は限りなく人間に近い形で復活できる。 例えば、あの守護騎士たちのように。

――では、クローンはどうだろう。

 どちらも同じ遺伝子から作られた同位体。 そこにある姿かたちはそっくりである。 だが、それには欠陥がある。 人間が経験で得た生体反応の齟齬によって生じる人格の変性だ。 環境によって培われた人格を100%複製することなどできない。 それはかつても、そして今も変わらない。 ただ、記憶を持っただけの偽者でしかないのだ。 であれば、この場合は判断は容易いだろう。 人格がコピーできないのだから、知っている人間とあわせて反応を伺えば良い。 それで真贋は判断はできる。

 そしてそのことは『プロジェクトF.A.T.E』の理論を復活させた時点で既に予想されうる事態であった。 だが、100%など必要ではない。 意思や願い、そして知識さえ継承できればそれで良いのだ。 それができるだけで十分といえる。 仮に、リビングデッドのシステムを手に入れたとしても、ドクターは自分には使用できない。 何せ、彼のリンカーコアは封印されおり、既にブラックボックスであったからだ。 そこから情報を引き出すことはできない。 ただ、それを考えればどうやら魔法の才能はあるらしい。 勿論、封印されているせいでそれを使用できないのだが。

 自分のアイデンティティの一つを奪われてしまっているとドクターは思う。 無論、それだけではない。 偽者の自分はこうして研究をしているわけだが、植えつけられている記憶でさえ怪しいものが多々ある。 妙に霞がかっている記憶と、はっきりと理解できる記憶。 この二つの差が非常に気持ちが悪かった。

 どちらが本物の記憶なのか自分では判断ができない。 生み出された彼には、そもそもその判断をするための材料が無い。 故に、そのコマンドを解除するために様々な実験が必要だった。 勿論、それは彼らへの明確な反抗だ。 だからこそ、老人の求める研究をする傍ら隠れてデータを収集する必要があった。

 それで分かったことは二つ。 一つは彼からのコマンドを解除するには花火を打ち上げるしかないということ。 そして、二つ目は老人たちの組み込んだ安全装置。 こちらは解除ができないわけではないのでそのうちに解除し、目に物を見せてやろうと思う。 まあ、どちらにもそれ相応の報いをという点では同じ存在である。

「はてさて、次は何を研究させられるのやら」

 呟きながら、ドクターがブリッジでデータを纏めていく。 バックアップデータの転送はほぼ終わった。 知り合いであるガンスリンガーや断頭台への挨拶も終わった。 であれば、後はこうして次の研究についての思いを馳せるだけだ。 AMFの実用化か? それとも、人造魔導師? いやいや、今度はもしかしたら理論段階である戦闘機人の製造だろうか? 老人たちの狙いは酷く分かりやすい。 だが、浅はか過ぎではないだろうかと思う。 どうやら、脳みそだけになってまで生きながらえているせいでボケも永久に進行中のようだ。 アルツハイマーな最高評議会など、ただの老人会に過ぎないだろうに。

「ふふ、お土産にゲートボールセットでも送るべきかな。 いや、この場合はゲームの方が良いか。 なにせ、彼らには手も足も無いのだからね。 脳力トレーナーとかを送ったら皮肉が効いてて面白そうだね」

 データ上でやり取りするぐらいしかそういう娯楽を体験できないだろう。 とはいえ、あの最高評議会システムは所詮システム。 表向き最高権力者であり、”彼ら”自身がそうだと認識してはいるものの酷く怪しい。 というより、信用ができない。 それが”本物”の記憶だと彼らは微塵も疑ってはいないが、ドクターはそれさえも偽者ではないかと疑っている。 彼らはシステムだ。 時空管理局を運営するためのただのパーツに過ぎない。 そう、ドクターは思っていた。 事実かどうかなどは確認する必要などない。 そう思ってしまえば、そうなのだから。

 それが彼の奇妙なところであった。 彼自身、それがどこまで本当なのかは知らない。 だが、自分を天才だとしているその根源には、何かとてつもないものが隠れているように思えてならなかった。 故に、自分探しのためにも人体実験が彼の趣味にもなっている。 勿論、意味がある行為だ。 他の誰かが悪だといっても、彼はそんなことには頓着しない。 倫理などと、考えるはずもない。 そもそも彼自身が違法的存在である。 倫理から外れたように生み出された存在が、倫理を守らなければいけない理由など無いのだ。 完全なアウトサイダーに生きる裏側の存在。 彼はそういう存在なのだから。

「……それは!?」

 と、考え込んでいたときだった。 オペレーター席の近くで何やら通信をしているイーターが、珍しく驚愕を声にしていた。 何事かとドクターは軽くそちらへと視線を向ける。 と、空間モニター越しに何かの映像が見えた。 どうやら、次のロストロギアの奪取任務が決まったらしい。 だが、それにしたって少しばかり様子がおかしかった。 険しい顔でモニターを睨みつけるイーター。 その先にあるのは小さな人形のような少女の姿。 まるで小悪魔のような出で立ちのそれをみて、あの”イーター”が何か狼狽していた。

 それは、あの時”嫌”な予感がすると言っていたときの彼の苛立ちに満ちた表情よりもさらに感情がはっきりと表に出ていた。 その感情が何であるかどうかはよく分からないが、少なくとも歓迎しているというわけではなさそうだ。 ドクターはそれを見て、少し眉を顰める。

「ユニ……ス……烈……精……?」

――まただった。

 知らないはずであるのに、知っている。 そんな既視感にも似た感覚。 この”天才の閃き”などと自ら揶揄している感覚が、何かを訴えている。 それは、恐怖にも似た感情だった。

 息が苦しい。 何か、とてつもない感情が湧き上がってくる。 何か、アレに関連したものでそこまで感情を揺さぶるようなものがあったのだろうか? アレ自身には恐怖など無い。 だが、アレの”専属の騎士”とは絶対に戦ってはならない。

 フラッシュバックする記憶の中で、彼は赤の騎士を幻視する。 もしかしたら、この今の映像がイーターにも見えているのかもしれない。 だからこそ、あそこまでイーターが感情を露にしているのだとしたら痛快だ。 非常に気分が良い。 つまりはそれは、”彼”らにさえ確かに恐れるものがあるという証明であろう。 ならば、やれる。 最後の最後で彼らのシナリオを超越できる可能性が真実味を帯びてきた。 薄く笑みを浮かべながら、もう一度モニターを仰ぎ見る。 と、そのとき振り返ったオペレーターと目が合った。 少女は無表情だったが、それでもドクターの”微笑”に”微笑”を返してきた。 それにはさしもの彼も反射的に声を出してしまった。

「やぁ、何か面白い”もの”でも見つかったのかい?」

「ええ、とても面白い”もの”が」

 間髪いれずに返って来た答え。 イーターをさらに無機質にしたような、それこそ機械そのものを体現したようなその少女はそれだけいうとすぐに視線を前に戻した。 ドクターはそれをみて、少しだけ肩を竦めると作業へと戻っていく。 内心、ポーカーフェイスを装っていたが得たいの知れなさではイーターさえ上回る彼女に対する警戒心がさらに上がっていた。 やはり、この連中は一筋縄ではいきそうにない。

 『古代の叡智』とは良くいったものだ。 数々のロストロギアを所持し、管理局とは別にそれを管理研究する犯罪組織。 だが、誰が一体理解できるだろうか? それを運営しているのがこの目の前の二人だけだということに。 彼らの主や老人たちから指令は来るが、それでも実質運営はこの二人がやっている。 ”たった二人で”組織を名乗っている。 その事実が恐ろしい。

 たった二人の軍隊。 たった二人の大隊。 ”どこまで死者を呼べる”のか知らないが、それでもその戦力はイーターがダウンロードしたデータによってはかなりのものになるはずだ。 何せ、これまでに散々そのデータを蒐集してきたはずなのだから。

(まあ、いいさ。 今はお手並み拝見といこう。 全てを見せてもらわなければ対抗策など考えられないのだからね)

 最後に笑うのは自分だと、そう決意を新たにしながらドクターは次の実験に思いを馳せる。 勿論、その中には彼らの想定外のものが多分に含まれていたのは言うまでもない。 決して一枚岩ではない彼らの関係。 酷く利己的で人間味の無い利用関係。 それが生む軋轢を知らぬままに、彼らは各々の仕事を続けていく。

 ドクターはとある管理外世界へ降り立ち、イーターは”最重要任務”を得て部下たちとともにミッドチルダへテレポート。 残った艦船とそれを操る少女はそのまま別の任務へと移行していった。

コメント
なかなか興味深い話なのに、校長のとエイヤルの二人の会話のすれ違いがすべてをもって逝くな
【2008/06/01 17:08】 | tomo #SFo5/nok | [edit]
クライドが奮闘してる表面と、敵側の暗躍が描かれている裏面。
事件の表と裏がわかって楽しいです。
【2008/06/01 17:34】 | たたたん #JalddpaA | [edit]
今回テーマは「足掻く」かな? 全体的にもそうかもだけれど。
クライド君と裏主人公風味なスカに可能性が見えるあたり、今回は特に。
そして以外にというかやっと優秀さを見せてくれたキール氏に乾杯。

でも、あーんってのはまた随分と良イベントだったぜ!
【2008/06/02 19:40】 | 無何有 #pYrWfDco | [edit]
tomoさんたたたんさん無何有さんどうもコメありがとうございます。
今回はクライドのボケっぷりを笑ってやってください。 ええ、彼本気でああいうキャラなんですよw 
【2008/06/02 22:20】 | トラス・シュタイン #da/Koam6 | [edit]












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